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発言要旨(和文)
【要旨】 基調講演 シャヒド・ユスフ 世界銀行開発経済研究グループ・ エコノミック・アドバイザー 「技術革新による貧困削減」 “Reducing Poverty Through Innovation” 本報告は発展途上国を取り巻く現状を踏まえて、貧困削減に対する ODA(Official Development Aid, 政府開発援助)のあり方について議論するものである。ODA と経 済成長については、両者の間に強い相関関係はなく、また ODA は経済成長に及ぼす効 果も大きくないことがこれまでに分かっている。このように ODA は経済成長を支える 中心的なものではないかもしれないが、補助的な役割を果たしてきた。 統計データから、経済成長の促進要因として、資本蓄積とともに近年、T FP(Total Factor Productivity, 全要素生産性 注1)が注目されている。例えば、東アジアでは 経済成長における TFP の貢献は大きく、中国の GDP 成長の 3 分の 1 から 2 分の 1 は TFP 上昇によるものとされている。 それでは TFP を高める要因とは一体何であろうか。 第 1 に都市化の促進が挙げられる。農村部の低付加価値労働から都市部の高付加価値労 働に向かって人口移動が起こることにより、生産性は上昇する。また技術革新を軸とし た工業化も TFP を高める上で重要である。海外直接投資は先進国から途上国への技術 移転を助ける効果を持っており、ODA がこうした技術移転を助けてきたという側面が ある。さらに TFP を高めるためには人的資本の蓄積も欠かせない。高い「物的技術」 を運用していくためには人的にも高い生産性を持った労働者が必要となるからである。 このように TFP を上昇させる要因として上記のようなものが挙げられる一方で、経 済成長を阻害する要因として都市のダイナミクスの欠落、水の供給不足、エネルギーの 供給不足と高コスト化、そして気候変動などが挙げられる。 都市の問題については大都市の効率的なマネージメントが経済成長のためには大切 である。もちろん中小規模の都市も重要であるが、大都市のマネージメントが良いと他 の規模の都市にも良い影響を与えると言われており、その意味で大都市の重要性は高い。 具体的には、都市における土地活用や交通網整備に関して効率性が低いと経済成長は阻 害される。発展途上国は都市開発に成功した先進国からその経験を学ぶことができる。 また都市の運営にあたっては財務面も重要であり、赤字ばかりの都市財政にならないよ うに配慮しなければならない。さらには公的サービスやリクリエーション・アメニティ ーの充実も都市開発にあたって考慮すべき点であろう。ODA はこのような課題を持つ 都市化の問題に対して十分活用することができるかもしれない。 次に、水の十分な供給も経済成長、特に財を生産する上で重要である。例えば、T シ ャツ、シリコン、鉄などはすべて生産するにあたって大量の水を消費する。また農業に おいても大量の水を必要とするのは想像に難くない。さらに水の供給に関しては衛生面 の問題も考慮しなければならない。水の汚染のために病気に感染してしまうということ がある。先程紹介した都市化の話と結びつけると、都市部における水のインフラ整備や 衛生整備は都市作りの柱の一つである。公害の問題も水の汚染と関連している。さらに は水の供給をどうやって確保するかという問題もある。ODA は技術移転、公害問題に 関する基準の確立、そして供給施設の建設などを通じてこのような水問題に貢献するこ とができる。そのためには大規模な資金が必要となる。 第三に、エネルギーの供給は経済成長や生活水準の向上のために不可欠なものである。 例えば、中国やインドでは製鉄業が発展しており、これには大規模なインフラが必要と なっているが、この際、エネルギーが必要とされている。エネルギー供給に関しては ODA を通じて、資金協力とともに先進国の先進技術を発展途上国に移転するというこ とも考えられる。具体的には近い将来、化石燃料だけでは供給不足となることが予想さ れるため、先進国は太陽光発電や風力発電などの新しいエネルギーの利用技術を発展途 上国に供与することで貢献することができるのである。 第四に、気候変動も経済成長に対して大きな影響をもたらす。例えば、地球温暖化が 進むことにより、水の供給が減少し、また CO2 の濃度が高くなることで穀物収穫が減 少するという問題が生じる。また気候変動により海面が上昇するという問題もある。海 面上昇の結果、汚水のはけ口がなくなるであるとか、地下水が汚染するといった問題な どが発生する。こうした利水や治水の問題は都市化や農業生産にも影響を与える。この ような新しいインフラ整備には多額の資金が必要になり、ODA はこの分野で貢献する ことができると考えられる。 ODA はこれまで発展途上国の経済成長を促進するという点において、大きくは成功 してこなかったかもしれない。また今日、上記で指摘した都市化、水不足、エネルギー 不足、気候変動など、従来の知識や技術移転だけでは解決できない問題も発生している。 従って今後、新しい ODA のあり方を考える必要がある。例えば、ODA の出し手(ド ナー)の間の協調をより良くすることでより効果の高い ODA を作りあげることができ るかもしれない。また ODA の受け手(レシピエント)の側の改善も必要となろう。ODA が提供されないから成長できなかった、あるいは ODA に問題があったため成長しなか ったなどとドナーを批判するだけでなく、レシピエントもより良い ODA の使い方を考 えていくことが重要である。 注1 生産物の増減が何に起因しているかを考えると、まず資本(より一般的な表現をすれば、 生産に用いられる機械など)と労働が挙げられる。労働の増減や資本の増減以外に起因 する生産物の増減部分のことを TFP(Total Factor Productivity, 全要素生産性)とい う。例えば、新技術の導入(技術革新)に伴う生産物の増加などもこの部分に含まれる。 TFP は「労働、資本以外に起因する生産物の増減」であるため、TFP には技術革新以 外にも様々な要素が含まれうる。