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欧州指令に見る今後の打ち手とその課題 - Nomura Research Institute

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欧州指令に見る今後の打ち手とその課題 - Nomura Research Institute
NRI Public Management Review
民生部門における省エネ対策のあり方
-欧州指令に見る今後の打ち手とその課題-
社会システムコンサルティング部
コンサルタント
1.はじめに
わが国において、エネルギー消費量の伸び
水石
仁
2.EPBDとは
1)EPBDの背景と目的
の著しい民生部門の省エネルギー対策は喫緊
欧州では、民生部門のエネルギー消費量が
の課題であり、建築物に着目した省エネ対策
全体の約 40%を占め、年々増加傾向にあった。
についても、省エネ法改正(2006 年 4 月)
また、各国における建築物のエネルギー性能
等、規制の強化が図られている。
の格差が非常に大きいことが問題視されてい
欧米においても同様の問題意識のもと、建
た。そこで、①増加する民生部門のエネルギ
築物の省エネ対策が講じられており、特に欧
ー消費削減と、②欧州内における建築物のエ
州では 2003 年 1 月に、建築物のエネルギー
ネルギー性能の格差の是正を目的とし、これ
性能の改善を目的とした「建築物のエネルギ
らの目的を実現するために EPBD が施行さ
ー性能に係る欧州指令(Energy Performance
れた。
of Buildings Directive、以下 EPBD)」が施
行された *1 。EPBD では、新築および既存を
2)EPBDの枠組み
含むすべての建築物を対象に、建築物のライ
EPBD は、大きく 5 つの要件から構成され
フサイクルを通したアプローチや建築物所有
ている(図表1)。建築物のエネルギー性能を
者等のインセンティブを活用したアプローチ
向上させるための制度として、②エネルギー
を仕掛けており、今後、わが国における民生
性能要求事項、③エネルギー性能評価証書、
部門の省エネ対策のあり方等を検討していく
④ボイラー・空調システムの検査の 3 つがあ
うえで、有益な要素が多く含まれている。
り、それらを運用するうえでの基盤となる、
そこで本稿では、EPBD に係る動向を中心
建築物のエネルギー性能に関する①計算方法
に、欧州における建築物の省エネに関する法
と⑤専門家制度が定められている。EPBD で
規制等の状況を整理し、その課題・問題点を
は、新築および既存のすべての建築物を対象
明らかにしたうえで、欧州とわが国との比較
にしているが、求められる要件によって対象
を行う。
が異なる。
各国は、2006 年 1 月 4 日までに履行のため
の国内法の施行や制度の整備を義務づけられ
たが、③エネルギー性能評価証書、④ボイラ
ー・空調システムの検査については、専門家
の不足を理由に実行期限を 3 年間延長するこ
とが認められている。
*1
本指令は、EU 加盟各国に対して指令に応じた国内法の施行を義務づけている。
NRI パブリックマネジメントレビュー October 2006 vol.39
-1-
当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法および国際条約により保護されています。
Copyright© 2006 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
図表1
EPBDの要件
要件
内容
①計算方法(第 3 条)
・建 築 物 のエネルギー性 能 を統 合 的 に評 価 できる計 算 方
法を開発
すべての建築物(新築・既存)
対象
②エネルギー性能
要求事項(第 4 条
~第 6 条)
・新 築 時 、および大 規 模 改 修 時 に、エネルギー性 能 要 求
事項の最低基準の適用を義務化
新築建築物
1,000 ㎡を超える既存建築物が大
規模改修される場合
③エネルギー性能
評価証書(第 7 条)
・建築物のエネルギー性能の評価・認証制度を構築
・建 設、売買、賃 貸 借など建築物の取り引き時にエネルギ
ー性能評価証書の取得を義務化
・公 共 建 築 物 および公 共 サービスを提 供 する建 築 物 にお
いてはエネルギー性能の表示を義務化
④ボイラー・空調
システムの検査
(第 8 条、第 9 条)
・ボイラーと空調システムの定期的な検査の実施を義務化
⑤専門家制度(第 10
条)
・建築物のエネルギー性能の評価・認証、ボイラー・空調シ
ステムの検査を実施できる独立した専門家を養成
すべての建築物(新築・既存)
1,000 ㎡を超 える公 共 建 築 物 ・公
共サービスを提供する建築物
実効出力 20kW を超えるボイラー
実効出力 12kW を超える空調シス
テム
-
また、新築時に加え、売買、賃貸借等の建
3)EPBDの特徴
①建築物のライフサイクルを通したアプローチ
築物の取り引き時に、建築物所有者に対し
EPBD では建設行為が伴う新築・改修時
てエネルギー性能評価証書の取得と取引先
だけでなく、使用時や取り引き時も含めた
への提示を義務づけることにより、エネル
建築物のライフサイクルを通して、エネル
ギー性能のより高い建築物が評価されやす
ギー性能向上のためのアプローチを組み込
い仕組みづくりを行っている。さらに、建
んでいる(図表2)。
築物の使用時にも、ボイラーや空調システ
建設行為が伴う新築時や既存建築物の大
ムの定期的な検査を義務づけている。これ
規模改修時には、エネルギー性能要求事項
は、設備機器は建築物躯体に比べて製品ラ
の最低基準の適用を義務づけることにより、
イフサイクルが短いことから、性能の悪く
一定水準以上のエネルギー性能を満たす建
なった設備機器の取り替えの促進をねらっ
築物しか建てられないよう規制している。
たものである。
図表2
建築物のライフサイクルを通したアプローチ
建設行為が伴う場面
新築建築物
建築物の取引が伴う場面
新築時
使用時
売買、賃貸借時
改修時
既存建築物
②エネルギ ー性能要求事項 ④ボイラー・空調システムの検査
③エネルギ ー性能評価証書
③エネルギ ー性能評価証書
①計算方法/⑤専門家制度
性能評価証書には、建築物のエネルギー性
②建築物所有者等へのインセンティブを活
用したアプローチ
能を可視化した情報、他の建築物との比較
エネルギー性能の評価・認証は、国が認
参考値およびエネルギー性能の改善方策が
定した専門家により実施され、評価・認証
提示される。一例として、デンマークのエ
コスト(一般的な戸建住宅で 5 万円程度)
ネルギー性能評価証書を図表3に示す。
は、建築物所有者が負担する。エネルギー
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図表3
デンマークのエネルギー性能評価証書
(Low Energy Consumption)
①建築物の概要
• 計算値に基づく
• 1次エネルギー消費量
(High Energy Consumption)
②エネルギー性能の
可視化情報
③改善方策
①
改善のための提案内容
②
③
④
⑤
エネルギー コストあたり 投資コス ト 投資
消費削減量 のエネルギ ー
回収期間
消費削減量
評価・認証制度は、建築物の所有者や購
物のエネルギー性能に対する関心が高まる
入者にエネルギー性能改善のためのインセ
ことで、エネルギー性能の高い建築物の資
ンティブを与えるための仕掛けとなってい
産価値が向上することから、これが建築物
る(図表4)。これまで建築物のエネルギー
所有者等へのインセンティブとなる。さら
性能に関する情報はほとんどなく、建築物
に、エネルギー性能改善策の提案やエネル
所有者は当該建築物でのエネルギー消費量
ギーコスト削減額、投資回収期間などを提
さえ明確に把握していないことも多い。そ
示することにより、エネルギー性能改善の
こで、エネルギー性能評価証書によって建
ための具体的な行動を促し、実効性を高め
築物のエネルギー性能を可視化した情報や、
る。将来的に建築物ストック全体のエネル
他の建築物との比較参考値を提供すること
ギー性能をより高いレベルへシフトさせる
で、その建築物のエネルギー性能のレベル
ことで、優良な建築資産の蓄積につながる
を認知させるとともに、エネルギー性能改
と期待されている。
善の意識を喚起する。市場において、建築
図表4
建築物所有者等へのインセンティブを活用したアプローチ
エネルギー性能の
可視化情報、比較
参考値の提供
エネルギー性能
レベルの認知
エネルギー性能
改善の意識喚起
建築物のエネル
ギー性能に対す
る関心の高まり
エネルギー性能
の高い建築物の
資産価値向上
エネルギー性能
改善方策と
改善による
効果の提供
NRI パブリックマネジメントレビュー October 2006 vol.39
建築物所有者へ
のインセンティブ
エネルギー性能
改善の実効性の
向上
エネルギー性能
の高い優良な
建築資産の蓄積
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このようなアプローチは、主に最低基準
ている(図表5)。EPBD では、建設行為
の対象とならない既存建築物に対するエネ
を伴う建築物に対してエネルギー性能要求
ルギー性能改善のきっかけを与えることを
事項の最低基準を適用しているにも関わら
ねらったものであるが、それだけでなく、
ず、エネルギー性能評価証書の取得を義務
建設行為を行う際に、より高いエネルギー
づけているのは、この点に注目しているた
性能レベルへの移行を促す効果も期待され
めである。
図表5
最低基準の適用と評価・認証制度との関係
最低基準
建築物ストック数
最低基準の適用対象にならない(エネルギー
性能の劣る)建築物に対して、エネルギー性
能改善のためのインセンティブを付与
劣
エネルギー効率
優
建設行為を伴う建築物(最低基準の適用対象)に対しても、
エネルギー性能をより向上させようというインセンティブを付与
れに適用できる計算方法や最低基準を設けて
3.欧州各国におけるEPBDの履行のため
いる。
の対応状況
一方、エネルギー評価証書やボイラー・空
EPBD では、各要件の枠組みが規定されて
調システムの検査については、実際に制度の
いるが、具体的な計算方法や評価・認証およ
運用が開始されている国はない。評価・認証
び表示に係る制度については、各国に裁量性
制度について、履行が最も進んでいるデンマ
が認められている。このため、EPBD の履行
ークでは、2006 年 9 月から制度の運用が開
のための対応状況は、国によって様々である。
始される予定である。エネルギー性能評価証
ここでは、EPBD の履行が進んでいるデンマ
書やボイラー・空調システムの検査への対応
ーク、ドイツ、ベルギー・フランダース地方、
が遅れている要因として、専門家の不足やコ
イギリスの 4 か国について、現地ヒアリング
ストの問題、評価・認証結果に対する責任の
調査に基づき対応状況を整理した(図表6)。
問題等、解決すべき課題が数多く挙げられる。
4 か国とも、EPBD 履行のための規定事項
各国は、これらの課題を解決すべく、専門家
は、建築基準法(Building Regulation)等の
の養成や手続きの効率化のための IT システ
強制力のある国内法により定められている。
ムの導入、評価・認証結果の整合を図るため
また、計算方法やエネルギー性能要求事項に
のガイドブックやチェックリストの整備など
ついては、新築/既存、住宅/非住宅それぞ
に力を注いでいる。
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図表6
デンマーク、ドイツ、ベルギー・フランダース地方、イギリスの対応状況
規定している法律
Building Regulation
デンマーク
Act to Promote
Energy Savings in
Buildings
Energy Saving Law
ドイツ
Energy Saving
Ordinance
計算方法
ベルギー
フランダース地方
イギリス
専門家制度
住宅、公共建築物、
商業ビルに対する評
価・認証制度を導入
(2006年1月施行、9
月運用開始)
2006年9月より運用開
始
認可を受けた専門家
新築、既存ともに住宅・
非住宅に分けて計算
方法を開発
新築、既存ともにエ ネ
ルギー性能要求事項
を規定(2004年)
既存の評価・認証制
度をもとに法制度を改
正中(2006-2007年)
ボイラーの検査制度は
一部を除いてすでに義
務化
専門家を養成中
○
○
○
○
Execution Order
※履行は各地方政府
に委譲されている。
住宅:EPW、非住宅:
EPU
Building Regulation
新築、既存ともに住宅・
非住宅に分けて計算
方法を開発
Sustainable and
Secure Buildings Act
ボイラー・空調
システムの検査
新築、既存ともに用途
別(住宅、事務所等)
にエネルギ ー性能要
求事項を規定(2006
年1月施行、4月運用
開始)
すべての建築物に適
用可能な計算方法を
開発
Part L
エネルギー性能
評価証書
すべての建築物に適
用可能な計算方法を
開発
Small & Medium
Size Combustion
Plant Ordinance
The Energy
Performance Decree
エネルギー性能
要求事項
住宅:SAP、非住宅:
SBEM
○
○
○
○
○
△
△
△
空調システムの検査は
検討段階
建設時および10年ご
とに、評価・認証を義
務化(2006年1月施行)
新築、既存ともにエ ネ
ルギー性能要求事項
を規定(2006年1月運
用開始)
2006年7月以降に竣
工した建築物を対象
改修に対する要求事
項は緩和
新築、既存ともに住宅・
非住宅に分けてエネ
ルギー性能要求事項
を規定(2006年4月)
○
△
×
×
住宅に対して、2007
年6月より義務化
非住宅に対しても、
2009年までに義務化
○
△
○
△
建築物:約750-800
名
ボイラー:約1,200名
国家資格制度を検
討中
検討段階
現時点で400名
2009年より開始予定
将来的には8001,000名程度を想定
検討段階
7,000-8,000名がト
レーニング中
国家資格制度を検
討中
※表中の○、△、×の判断基準 ○:EPBDの要件を完全に満たす国内法を施行/△:EPBDの要件を部分的に満たす国内法を施行/×:検討段階
4.建築物のエネルギー性能に係る規格化の
終決定される見通しである。図表7に EPBD
に関連する欧州規格案(prEN)の枠組みを
取り組み状況
示す。EPBD に関連する欧州規格案(prEN)
欧州標準化委員会(European Committee
は、以下に示す 4 つのセクションで構成され
for Standardization、以下 CEN)では、EPBD
ている。セクション 1 は、建築物の概括的な
が施行された当時から、各国における EPBD
エネルギー使用に関する計算方法の規格であ
のスムーズな履行を支援することを目的に、
り、セクション 2~4 は、暖房、冷房、給湯、
計算方法や評価・認証方法、検査方法等に関
換気、照明など項目ごとのエネルギー性能に
する規格化の検討を同時並行で進めている。
関する計算方法の規格である。
◇Section 1:
CEN には、EPBD に関連する規格化を検討
する 5 つの技術委員会(TC)がある。
・CEN/TC 89
Standards concerned with
calculation of overall energy use in
buildings: 建 築 物 の 概 括 的 な エ ネ ル ギ
Thermal performance of
buildings and building components: 建
ー使用に関する計算方法の規格類
◇Section 2:
築物と建築物要素の断熱性能
Standards concerned with
・CEN/TC 156
Light and lighting: 照明
the calculation of delivered energy: 供
・CEN/TC 169
Ventilation for buildings:
給エネルギーに関する計算方法の規格類
◇Section 3:
換気
・CEN/TC 228
Heating systems in
calculation of net energy for heating
buildings: 暖房システム
・CEN/TC 247
and cooling: 暖 冷 房 エ ネ ル ギ ー に 関 す
Building automation,
る計算方法の規格類
controls and building management: 建
◇Section 4:
築物の自動化、制御、ビル管理
Supporting standards: セ
クション1~3をサポートする規格類
現在、CEN では 31 の規格案について検討
・ Thermal performance of building
が進められており、これらは 2007 年春に最
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Standards concerned with
components: 建築物要素の断熱性能
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climate: 室内条件と気象条件
・Ventilation and air infiltration: 換気
・Definitions and terminology: 定義と
・Overheating and protection: 過熱(オ
専門用語
ーバーヒート)と遮熱
・ Indoor
conditions
図表7
and
external
EPBDに関連する欧州規格案(prEN)の枠組み
エネルギー性能要求事項
エネルギー性能要求事項
新築建築物 第4条、第5条
新築建築物 第4条、第5条
既存建築物 第4条、第6条
既存建築物 第4条、第6条
エネルギー性能評価証書 第7条
エネルギー性能評価証書 第7条
ボイラーの検査 第8条
ボイラーの検査 第8条
空調システムの検査 第9条
空調システムの検査 第9条
エネルギー性能の表示方法
建築物のエネルギー評価証明
暖房システム prEN 15378
prEN 15217 (セクション1)
prEN 15217 (セクション1)
空調システム prEN 15240
換気システム prEN 15239
供給エネルギー、計算値と実態値によるエネルギー性能評価
prEN 15203/prEN 15315 (セクション1)
各種計算規格(暖房、冷房、加湿、除湿、給湯、照明、換気による
建築物およびシステムのエネルギー需要)
prEN ISO 13790 他 (セクション2、3)
各種計算規格(気象データ、室内条件、オーバーヒート、遮熱、
建築物要素の断熱性能、換気、隙間風)
(セクション4)
出所)CEN(2005)をもとに NRI 作成
CEN で検討されている欧州規格案(prEN)
1)費用対効果の分析
は、ISO 化も視野に入れている。規格化の検
EPBD に基づく制度の導入、運用にあたっ
討に関しては、欧州委員会からの資金援助を
ては、行政および民間企業、そして個人にか
受けており、研究機関や大学、産業界の研究
なりの手間やコストの負担を課している。建
者を中心に検討が進められている。
築物のエネルギー消費削減は大きな社会的課
題であるが、そのための政策実行においては、
費用対効果を十分に考慮した取り組みが必要
である。すなわち、制度設計にあたって政策
5.EPBDの実行に係る課題・問題点
の費用対効果の分析を十分に行うとともに、
EPBD は、各国に対して 2006 年 1 月 4 日
できるだけ行政コストおよび民間コストを抑
までに国内法の整備および制度の実行を義務
制できるような仕組みを構築しなければなら
づけているが、第 7 条~第 9 条に関する 3 年
ない。
間の期限延長が認められていることや、国内
2)実効性のある体制整備
法の施行については各国の裁量に委ねられて
いることもあり、現時点では、まだほとんど
国内法や制度の整備について、政策を実行
の国が国内法の整備に取り組んでいる段階で
でき得る体制を整備できるか、その体制によ
ある。ここでは、本調査および国内有識者へ
ってどの程度の政策効果を上げることができ
のヒアリングを通じて得られた現段階での
るかが課題となる。
EPBD の実行に係る課題・問題点を整理する。
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まず実行体制として、建築物のエネルギー
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性能の計算、評価証書の作成、改善策の提案
が生じることが懸念される。EPBD が目指し
などを行える専門家を養成しなければならな
ている「建築物のエネルギー性能が資産価値
い。専門家の能力、評価証書の品質などによ
に影響する」という状態を想定すると、エネ
っては、エネルギー性能評価証書が建築物の
ルギー性能評価結果や、改善策の実施による
所有者や購入者などに信用されず、市場に受
エネルギーコスト削減効果に対する信頼性が
け入れられなくなることが懸念される。
強く求められ、その結果、エネルギー性能評
また、政策効果を確認するためには、どれ
価や改善策の提案内容が不適切、不当であっ
くらいの建築物がどの程度のエネルギー性能
た場合には、評価者に対する責任問題が生じ
を有しているのか、またどの程度改善がなさ
かねない。
れたのかを把握できるよう、モニタリングし
エネルギー性能評価に関わる制度をみる限
ておくことも必要である。導入および運用に
り、建築物のエネルギー性能への関心を高め
おいて、相当の手間とコストを要する制度で
ることを当面の目標としており、評価結果に
あり、モニタリング結果を分析して制度設計
関する正確さや精緻さは重視されていない。
を見直していくことも重要になる。
正確な評価を行おうとすると、かえって評価
作業が膨大になり評価コストを上昇させる要
因となる。一方で、精緻でない評価では、評
3)産業界等への影響配慮
EPBD により導入される制度は、建築物に
価に対する信用を失うか、評価者に対する訴
訟問題になることも考えられる。
関わる種々のステイクホルダーに対して大小
様々な影響を与えることになり、産業界を中
このため、エネルギー性能評価結果に対し
心に EPBD 導入による影響について十分に
てどの程度の評価レベルを要求するのか、評
考慮することが求められる。
価者に対する免責措置など、円滑化のための
どのような対策が可能なのかを検討する必要
例えば、エネルギー性能評価やボイラー等
がある。
の設備点検を行う事業者にとっては、新たな
業務として事業拡大の恩恵を受けることにな
5)実効性向上のための制度設計
るが、一方で、不動産の取引事業者にとって
は、エネルギー性能評価証書を取り寄せる、
各国では部分的に似通った既存制度を有し
建築物のエネルギー性能に関する基礎知識を
ているものの、EPBD による共通の枠組みと
身につけるなどの新たな業務負担を強いられ
して新たな制度を再構築することになる。こ
ることになると指摘されている。建築物に関
のため、制度の運用によって明らかになる課
する評価・認証制度などがすでにある場合は、
題・問題点も予想され、それらの課題・問題
それらの既存制度を活用することによって、
点に対応して実効性を高められるよう制度設
産業界等への影響をできるだけ軽減すること
計を見直すことが必要である。
例えば、EPBD では、最低基準の適用対象
を考慮すべきである。
となる大規模改修の判断基準として「建築物
4)エネルギー性能評価に関する責任・訴訟
問題
の 資 産 価 値 に 対 し て 25%を 超 え る 改 修 費 用
が必要になる場合」という条件をつけている。
エネルギー性能評価証書では、建築物のエ
大規模改修のための必要コストは同一であっ
ネルギー性能レベルと改善策が提示されるこ
ても、資産価値が大きく異なる都市部か地方
とになるが、その評価結果に対する責任問題
部かによって、最低基準の適用対象となり得
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るかどうかが変わってくるという問題が生じ
ネルギー性能改善が急務であることが理解で
ている。
きる。日本では、1970 年以前に建てられた住
宅は 2 割程度と欧州に比べそれほど多くはな
いが、民生部門の省エネを実現するためには
既存建築物対策が重要な課題であり、EPBD
6.欧州と日本との比較
の内容も踏まえて具体的な打ち手を検討し、
上述の EPBD に係る動向を踏まえ、欧州と
実行していかなければならない。
また、欧州ではエネルギー性能要求事項の
日本との相違点を図表8に整理する。
最低基準の適用やエネルギー性能評価証書の
欧州と日本との相違点として、欧州では特
に既存建築物のエネルギー性能改善に力を入
取得に関する法的強制力が強い。この相違は、
れていることが挙げられる。これは、欧州で
欧州と日本との法体系の違いによる影響が大
はエネルギー性能の劣る既存建築物が多いこ
きいと考えられる。欧州では、建築基準法で
とが背景として考えられる。欧州でも、日本
省エネに関して規定しているケースが多く、
と同様、1970 年代のオイル・ショックを契機
規定事項を満たしていなければ建築許可がお
として省エネ対策に本格的に取り組み始めた。
りない仕組みになっているが、日本の建築基
しかし、建築物の寿命が長い欧州では、1970
準法では、省エネに関する規定はない。今後、
年以前に建てられた住宅が 6 割以上を占めて
省エネ対策の進捗状況を見極めつつ、法体系
おり、エネルギー性能の劣る既存建築物のエ
の再編も視野に入れた検討が必要である。
図表8
計算方法
エネルギー性能要求事項
エネルギー性能評価証書
欧州と日本との相違点
欧州
日本
・ 新 築 / 既 存 、 住 宅 / 非 住 宅 それ ぞれ
・ 非 住 宅 用 の 計 算 方 法 とし て、 PAL( 年
に適用できるオーソライズされた計算方
法がある。
・ 暖房、冷房、給湯、換気、照明等のトー
タルでの 1 次エネルギー消費量で表現
される。
間 熱 負 荷 係 数 )/CEC(エネルギー消
費係数)がある。
・ CEC では、空調、機械換気、証明、給
湯 、 エレ ベー ターについ て個 別 のエネ
ルギー消費係数で表現される。
・ エネルギー性 能 要 求 事 項 の最 低 基 準
・ 省エネルギー基準の適用は、努力事項
の適用が義務づけられる。
・ すべての新築建築物および 1,000 ㎡を
超える既存建築物を対象としている。
・ 2,000 ㎡以上の新築および既存建築物
・ 建築 物の建 設、売 買 、賃 貸 借 時 等 に、
・ 住宅性能表示制度や CASBEE(建築
エネルギー 性 能 評 価 証 書 の 取 得 が義
務づけられる。
・ 評 価 ・認 証 の内 容 は、建 築 物 のエネル
ギー性能に絞られている。
物の総合環境性能評価システム)による
評価・認証は任意である。
・ 評 価 ・ 認 証 に おい て、 省 エ ネルギーは
評 価 項 目 の一 部 であり、他 の様 々の要
素を含んでいる。
・ 改 善 のためのアドバイスの付 記 は義 務
づけられていない。
・ 評価証書には、改善のためのアドバイス
を付記しなければならない。
7.おわりに
である。
を対象としている。
仕掛けている EPBD の内容は、今後、わが国
における民生部門の省エネ対策のあり方等を
すべての建築物を対象に、建築物のライフ
サイクルを通したアプローチや建築物所有者
検討していくうえで、有益な要素が多く含ま
れていると考えられる。
しかしながら、欧州各国における EPBD の
等のインセンティブを活用したアプローチを
NRI パブリックマネジメントレビュー October 2006 vol.39
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履行はまだ進展途中にあり、その有効性につ
いて判断するには時期尚早である。エネルギ
ー性能の評価・認証制度やボイラー・空調シ
ステムの検査制度が実際にうまく機能するか
どうか等、今後の動向に留意する必要がある
とともに、行政コストや業界関係者および国
民が負担するコストも含めた費用対効果の分
析も重要であると考えられる。
また、EPBD の履行と並行して検討が進め
られている CEN による欧州規格(EN)につ
いても、わが国の産業との関係にも配慮しつ
つ、今後の動向に留意する必要がある。
[謝辞]
本稿は、経済産業省資源エネルギー庁からの
委託による「建築物の省エネに関する欧米の法
規制等の状況に関する調査」に基づき執筆した。
また、調査を遂行するにあたり、伊香賀俊治
慶應義塾大学教授、吉野博 東北大学教授、田
辺新一早稲田大学 教授らの甚大な御協力と御
助言をいただいた。ここに記して謝意を表する
次第である。
筆 者
水石 仁(みずいし ただし)
社会システムコンサルティング部
コンサルタント
専門 は、 環 境政 策、 建 築環 境工 学 、ライ
フサイクルアセスメント など
E-mail: t-mizuishi@nri.co.jp
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