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第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

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第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
環境分野は多様であり、この第3部の各章に見ら
れるとおり、その中に多くのテーマ(サブ・セク
材等について議論に発展させようとしたものであ
る。
ター)
を含んでいる。それぞれのテーマごとの問題
そのため、この第 3 部第 1 章から第 10 章までの
の原因も深刻さの度合いも、問題の社会全体また
内容は、各委員がそれぞれの立場から執筆したも
は該当するコミュニティに対するインパクトも、
のであって、当研究会全体の議論を代表するもの
問題解決のためのアプローチも異なる。第3部は、
ではない。しかしながら、各委員の開発途上国に
当第二次環境分野別援助研究会の委員が、各テー
おける経験を通じた意見は多くの示唆を含み、環
マごとに開発途上国における現状、問題点、過去
境分野の政府開発援助(O f f i c i a l D e v e l o p m e n t
に実施された各種対策の効率性、今後の課題等を
Assistance:ODA)を議論するための技術的なバッ
執筆し、この中からテーマごとに技術協力のあり
クグラウンドとして価値を有するものと判断され
方、推進のための方法論、実行のために必要な人
るため、ここに第3部として掲載するものである。
第 1 章 持続可能な開発と環境アセスメント
原科 幸彦(東京工業大学大学院教授)
1.
持続可能な開発
為が必要だから「持続可能な開発」となるが、日本
のような十分開発の進んだ国においてはむしろ生
途上国への開発援助において環境配慮をどのよ
うに行うか。今日の環境配慮の考え方は1992年
「国
連環境と開発会議」
で国際的に合意された持続可能
活質の向上を求めるという意味で「持続可能な発
展」と訳したほうが適切であろう。
我が国の環境アセスメントは環境基本法(1993)
な開発(sustainable development)に基づかなければ
第20条に基づき、事業を対象とするいわゆる事業
ならない。そして、このための主要な手段が環境
アセスメントとして位置付けられている。すなわ
アセスメント
(環境影響評価、Environmental Impact
ち、
「事業者が、その事業の実施にあたりあらかじ
Assessment:EIA)である。本来の環境アセスメン
めその事業に係る環境への影響について自ら適正
トは、事業者が環境配慮をどのように行ったかを
に調査、予測又は評価を行い、その結果に基づき、
社会に対して説明する責任(アカウンタビリティ)
その事業に係る環境の保全について適正に配慮す
を果たすための手続きであり、計画の意思決定と
ること」
としている。環境基本法に基づき環境影響
結びついたものでなければならない。
評価法(アセスメント法)が 1997 年に制定され、
Sustainable Developmentという概念は、環境は人
1999 年から全面施行された。地方自治体でも制度
類生存の基盤であり器であるという認識に基づく。
化は進み、2000年末には47都道府県、12政令市の
人間活動の器である環境が将来世代にわたり持続
すべてでアセスメント条例が制定されるに至り、
可能でなければならない。そのためには環境と経
我が国のアセスメント制度は国と地方の両者で新
済の両面を統合した意思決定をいかに行うかが問
しいものとなった。アセスメント法に基づく制度
題となるのである。なお、Sustainable Development
も事業を対象とする事業アセスメントである点で
という表現の Development は開発とも発展とも訳
は従来の閣議アセスメントと同じだが、法制化さ
せる。途上国を対象に考えればまだ多くの開発行
れたことにより規制力が生まれ、その中身も大き
27
第二次環境分野別援助研究会報告書
く変わった 1, 2。
勧めた。これを受けて作成された 1988 年の「JICA
1992年の「国連環境と開発会議」を受けて、持続
分野別(環境)援助研究会報告書」では、JICA 事業
可能な発展を達成する観点から、環境アセスメン
の実施における環境配慮の強化が必要であり、今
トが貢献すべきだという問題意識が各国で生じて
後の検討課題として(1)スコーピング(アセスメン
きた。持続可能性を確保するためには人間活動の
トにおける検討範囲の絞込み)
の実施手法と協議事
管理が必要であり、環境アセスメントをそのよう
項の検討・作成、(2)環境配慮に関するガイドライ
な考え方に基づくものにして行かなければならな
ンの検討・作成、があることを提言している 5 。
い。アセスメント法もその方向で整備されたが、世
OECD 勧告ならびに研究会提言に対応するため、
界の新しい考え方からするとまだ不十分である。
JICA では 1990 年の「ダム建設計画に係る環境イン
国際協力事業団(Japan International Cooperation
パクト調査に関するガイドライン」
以来、現在まで
Agency:JICA)の環境配慮はアセスメント法だけ
に以下の20セクターについて環境配慮ガイドライ
でなく、それを超える新しい環境アセスメントの
ンを整備した。港湾、空港、道路、鉄道、河川・砂
考え方を反映したものにするべきである。
防、廃棄物処理、下水道、地下水開発、上水道、地
J I C A では、1 9 8 4 年の経済協力開発機構
域総合開発、観光、運輸交通一般、都市交通、農
(Organization for Economic Co-operation and
業、林業、ダム建設、水産、の 17 セクター(外部
Development:OECD)
によるアセスメント実施勧告
販売資料)
、及び、工業開発、鉱業開発、火力発電
を受けて、分野別(環境)援助研究会を組織し1988
所の 3 セクター(執務参考資料)。これを、開発調
3
年に報告書を出した 。これに基づき、1990年から
査の事前調査(調査計画立案のための調査)におけ
ダム事業などセクター別の環境配慮ガイドライン
る環境予備調査のためのスクリーニング
(環境配慮
を順次整備し、活用してきた。JICAガイドライン
の方式の選定)
、スコーピングの指針として利用し
は
「環境影響評価を実施するかどうか」
を審査して、
てきている。
当該国の環境影響評価を支援するためのものであ
JICAでは、このスクリーニング、スコーピング
る。これらのガイドラインはアセスメント法以前
によって、本格調査における環境配慮の必要性が
の国内のアセスメント制度よりは進んだものだが、
検討され、調査項目及び団員の配置計画が決定さ
環境アセスメントのあるべき姿にはなっておらず、
れる。このため、同ガイドラインの整備と並行し
4
新たな見直しが必要である 。
て環境配慮のための人員配置にかかる予算確保が
進められ、1992 年度に開発調査事業及び開発協力
2.
JICAの環境配慮ガイドラインの導入経緯と現
事業、1993 年度に無償資金協力事業における環境
状
配慮団員の予算が確保された。開発協力事業
(投融
資)
では、投融資案件の計画段階におけるEIA等環
2−1
28
環境配慮ガイドライン導入の経緯
境配慮のための人員派遣を行っている。また、無
OECD は 1984 年 6 月に「開発援助プロジェクト
償資金協力事業では、EIA の実施は原則的に受入
及びプログラムに係る EIA に関する OECD 理事会
れ国側の義務であるが、案件に応じてコンサルタ
勧告」
を出した。この勧告では、OECD開発援助委
ントより先方政府に対し具体的な環境配慮の方法
員会(Development Assistance Committee:DAC)加
を助言している。
盟国が開発途上国の開発援助プログラムにおいて
その結果、現在、開発調査事業においては、環境
EIA を行う際に留意すべきガイドラインの整備を
配慮を必要とする全案件への環境配慮団員の配置
1
環境庁環境影響評価研究会(1999)、
『逐条解説・環境影響評価法』、ぎょうせい、pp.745。
2
原科幸彦編著(2000)、
『改訂版・環境アセスメント』
、放送大学教育振興会、pp.331。
3
国際協力事業団(1988)、『JICA 分野別(環境)援助研究会報告書』
。
4
環境庁環境影響評価研究会(1999)、
『逐条解説・環境影響評価法』、ぎょうせい、pp.745。
5
国際協力事業団(1988)、『JICA 分野別(環境)援助研究会報告書』
。
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
が可能となっている。例えば、1999 年度実績にお
2−2
これまでの成果と問題点
いては、環境配慮団員の配置された案件数は119件
これまでの実績で評価するべき点としては、
「現
(全開発調査案件数251件:予備調査除く)
、配置さ
有のガイドラインは、開発調査の実施にあたって
れた団員数は 136 人(1 案件当たり複数回派遣を除
考慮が必要な環境配慮の諸点を明示したことによ
く)である。
り、環境配慮の必要な案件での環境影響評価が着
「環境配慮の基本的な考え方」
実に実行されるようになってきており、所期の目
同ガイドラインの示す
「環境配慮の基本的な考え
的を達成しているといえる。
」とJICAの担当者は評
方」
は以下のとおり、適切な環境アセスメントを行
価している。だが、これは所期の目的をどう定義
うことを求めている。
するかにかかっている。
「整備に伴い組織内に環境
(1)上記分野別援助研究会報告書に基づき、環
配慮の必要性が認知され、開発調査以外の事業実
境配慮の定義は
「開発プロジェクトにより著
施についても、判断基準のひとつとして環境影響
しい環境インパクトが生じるか否かを調査
が考慮されるようになってきている」
ことも指摘さ
し、その結果を評価し、必要に応じ、環境イ
れている。
一方、本ガイドラインがチェックリスト方式を
ンパクトを回避又は軽減するような対策を
講じることである」とする。
(2)開発援助においては、開発が持続する可能
有していることから、単にこのチェックリストへ
の記入を行うことで調査が必要十分なものである
性を考慮するべきである。そのためバラン
と、担当する調査団員から誤解される余地もある。
スのとれた開発が進められるよう長期的視
そして、本ガイドラインが本来指向している
「長期
野に基づき、開発計画のできるだけ早い段
的視野を有し、計画立案の早い段階から、持続可
階から、十分な環境配慮を検討しなければ
能な開発に必要な望ましい環境と開発の両立への
ならない。
提言が行われること。
」に貢献しない調査が時とし
(3)相手国側の環境配慮に関する法・規則・指
て行われている、などの指摘もある。このため、現
針・措置等を遵守する。一方、これらが存在
在、開発調査関係事業部において、より意識的に
しなかったり適切に運用されていない場合
計画段階の環境配慮を強化する方向に向けて、同
は、相手国側の政策等を勘案し、関係諸機関
ガイドラインの見直しが検討されている6。JICAの
の問題認識を把握した上で十分な協議を重
援助活動は有償資金協力との効果的な連携を行う
ねていく必要がある。
ことが必要であり、見直しにあたっては国際協力
(4)相手国の意向に基づき、住民の生活向上の
ための持続的な開発の推進と、適切な環境
銀行(Japan Bank for International Cooperation:JBIC)
との密接な情報交換が求められる。
との調和に役立てることが基本方針である。
(5)環境配慮を単に環境影響のマイナス量に対
3.
既存手続の改善
する予測、評価及び環境保全対策にとどめ
ず、開発プロジェクトによって当該地域及
JICA ガイドラインは「環境影響評価を実施する
び相手国にもたらされる便益、開発と環境
かどうか」
を審査して、当該国の環境影響評価を支
の調和、地域の環境向上を積極的に評価し
援するためのものである。環境配慮を行う目的と
つつ、開発プロジェクトの影響のモニタリ
して
「開発途上国側の努力により、持続可能な開発
ングを含めた検討を行えるものとしてとら
の達成を支援、推進すること」
を掲げており、環境
える。
配慮事項を明示することで、環境に配慮した計画
立案が行われることを促進・支援するという点で、
JICA も JBIC も目的を一にしている。
6
国際協力事業団、内部資料。
29
第二次環境分野別援助研究会報告書
3−1
アセスメント対象事業をどう選ぶか:ス
であればアセスメント対象となる埋立面積の下限
クリーニング
値ぎりぎりにして、アセスメント対象から逃れる
では、アセスメントの対象事業はどのように選
ことがある。このようなアセスメント逃れが累積
ぶべきか。我が国のアセスメント制度では相当大
すれば長期的には地域環境に悪影響をもたらすこ
規模な事業しかアセスメントの対象にならない。
とになるから、対象規模の下限ぎりぎりの場合は
だが、環境配慮を積極的に行うためには、本来、よ
事業者の自主的配慮でアセスメントを行うべきで
ほど小さな開発行為でない限りアセスメントを行
ある。
うべきだという考え方が必要である。例えば、ア
アセスメント法ではこのようなアセスメント逃
セスメントの先駆け、米国の国家環境政策法
れを減らすための工夫がなされている。従来の閣
(National Environmental Policy Act:NEPA)による
議アセスメントで対象としていた規模の事業はア
制度では、連邦政府の関与する行為は、すべてが
セスメント法でも対象とする(第一種事業)が、こ
アセスメントの対象になり得るという考え方で手
れ以下でも第一種事業の下限に近い規模の事業は
続きが開始される。この行為とは事業だけでなく
グレーゾーンを設けて第二種事業としてアセスメ
7
上位の計画や政策まで含む広い概念である 。
ント対象とするか否かの判定をする。この第二種
一方、従来の我が国の制度では大規模事業を、そ
事業は原則として下限値の4分の3の規模までのも
の種類と規模によって分類した対象事業リストを
のとなっている。これらの事業に関してはアセス
作りこれに該当するか否かで対象事業を選んでき
メント対象とすべきか否かをケース・バイ・ケー
た。しかし、この対象事業リストにより判断する
スで判断するための、スクリーニングが行われる
という方法だけでは、アセスメント逃れが行われ
るおそれがある。例えば、埋立事業などの面開発
(1) スクリーニング
(screening)
(図 3 − 1)
。
ある国の国内での事業であれば、影響を受ける
対象事業リストから選定
第一種事業はすべて
第二種事業は選択
(2) スコーピング
(scoping)
検討範囲の絞り込み
方 法 書
(3) 詳細なアセス
準 備 書
法施行前の
評 価 書
アセスの範囲
許 認 可 な ど
(フォローアップ)
事 業 の 実 施
図 3 − 1 アセスメント法による手順
出所:原科幸彦編著(2000)、『改訂版・環境アセスメント』
、放送大学教育振興会。
7
30
原科幸彦編著(2000)、
『改訂版・環境アセスメント』
、放送大学教育振興会、pp.331。
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
地域環境の状況や社会経済的背景が類似している
この方法書段階に相当する手続はJICAの手続の
ため、上記のような2種類のリストを用意しておい
中に部分的には存在しているが、スコーピングと
て対象事業を選ぶという方法も一定の有効性があ
は言い難い。JICAでは、開発行為によって生ずる
ろう。しかし、途上国援助のように援助対象国に
と考えられる環境インパクトのうち、重要と思わ
よって地域条件や社会経済的背景が様々に異なる
れるものを見出し、それを踏まえてIEE、EIAにお
場合は、リストだけで選ぶという考え方は適用で
ける重点項目を確認している。事前調査以前の段
きない。事業の種類は規定することができたとし
階でJICA側が既存資料、情報、独自調査に基づき
ても規模による判断はかなり困難になる。アセス
行うスコーピングを一次スコーピング、事前調査
メント法における第二種事業のような考え方を拡
で相手国政府とともに行うスコーピングを現地ス
大し、相当程度小さな事業でもアセスメント対象
コーピングと呼んでいる。ただし、方法案を地域
とすべきか否かをケース・バイ・ケースで判断す
住民等に公開しその意見を収集して、方法を確定
べきであろう。
する手続を行わないとスコーピングとは言えない
JICA では従来から、初期環境調査(Initial Envi-
ので、この点での改善が必要である。
ronmental Examination:IEE)で、EIA が必要となる
具体的には、まず、この段階における情報公開
開発プロジェクトか否かの判断を行っており、こ
と住民関与を義務付けなければならない。スコー
れがスクリーニングに相当する。そして、事前調
ピングには透明性が不可欠である。アセスメント
査以前の段階でJICA側が既存資料、情報で独自に
法では検討範囲についての案を方法書という文書
行うスクリーニングを一次スクリーニング、事前
で公表し、広く公衆の意見を収集するため意見書
調査で相手国政府とともに行うスクリーニングを
の提出を求める。意見を出せる人の範囲は、アセ
現地スクリーニングと呼んでいる。このスクリー
スメント法では従来の閣議アセスメントのような
ニングにおいて、環境影響の大きな事業が対象か
関係地域住民という制約はない。しかし、この検
ら外れることのないような仕組み作りが緊要であ
討範囲の絞込みは十分な双方向の意見交流がない
る。
とうまくいかない。この点ではアセスメント法の
仕組みはまだ不十分である8。自治体の制度の中に
3−2
スコーピング(検討範囲の絞込み)
は説明会を設けて直接、地域住民等の質疑の機会
スクリーニングの結果、詳細なアセスメントを
を作り、また、意見書に対して事業者はどう対応
行うことが決まると具体的なアセスメント手続に
するかを見解書という文書で回答させる仕組みも
入る。従来のアセスメント制度ではアセスメント
ある。このような、住民との間のコンサルテーショ
手続は準備書の公表から始まっていたが、アセス
ンが極めて重要である。
メント法に基づく制度ではこれよりも早期の段階
また、JICAでは、案件に応じてコンサルタント
からアセスメント手続を開始する。アセスメント
より先方政府に対し、スコーピングの結果絞り込
の方法を決める段階として準備書公表の前に方法
んだ影響評価項目を示す TOR(Terms of Reference)
書段階が設けられた。これはアセスメントの方法
について、その模範となるものを提示して環境配
が確定する前にアセスメント方法の案をあらかじ
慮を行うよう助言している。だが、スコーピング
め公表し、地域住民等の意見を求めるものである。
段階では、評価項目の絞込みと、調査・予測・評価
事業者はこれらの意見に答えて方法を確定し準備
の方法を絞り込むだけでなく、検討対象とする代
書を作成する。この手続はアセスメントにおける
替案の絞込みも行わなければらない。この点もア
検討範囲を絞り込むためのもので、スコーピング
セスメント法の欠陥である。アセスメント法では、
(検討範囲の絞込み)といわれるもののために設け
方法書では対象事業について記述することになっ
られた。
8
ているが、これは事業者が提案したい事業だけで
原科幸彦(1997)、
「環境影響評価法の評価−技術的側面から」、『ジュリスト』、1115、pp.59-66。
31
第二次環境分野別援助研究会報告書
なく比較検討のための代替案も合わせた複数案を
検討であると明言している。アセスメント法に基
記述するようにしなければらない。なぜならば、方
づく手続も、明確に表現はしていないが、実際は
法書の次の準備書段階では、複数案の比較検討が
複数案の比較検討を求めており、代替案の検討が
求められているからである。準備書で複数案を記
必要なことを示している。JICAにおいても、コン
載するのであれば、どのような複数案を比較する
サルテーションの推進の具体的な方法論は代替案
かについても方法書に記載しておくことが必要と
の検討を義務付けることである。そして、その検
なる。
討過程を、方法書、準備書、評価書、あるいは意見
書、見解書といった文書によるコミュニケーショ
3−3
住民参加の推進
ンと、双方向の意見交流ができる形での説明会や
JICA では、基本設計報告書(建設等実施のため
公聴会といった会議形式でのコミュニケーション
の詳細設計段階)
においては、案件に応じて環境配
を効果的に組み合わせることにより進めていくこ
慮についての項目を設け、必要な場合は対応策を
とが必要である。
検討するよう指示している。なお開発調査事業に
おいても、EIA は原則的には途上国政府によって
4.
戦略的環境アセスメント
(SEA)
なされるべきものであり、JICA調査団はその実施
支援を行っているという位置付けである。この時、
行為の累積的影響
地域住民とのコンサルテーションは極めて重要で
このように事業アセスメントの改善を図ること
ある。アセスメントのプロセス全体がコンサル
が第1であるが、個別の事業単位のアセスメントだ
テーションと言っても過言ではない。したがって
けでは十分な環境配慮が出来ないという問題があ
コミュニケーションが重要となる。この場合、誰
る。これは持続可能な開発にとって特に重要な問
との間でコンサルテーションをするかが問題とな
題である。
るが、ステークホルダー
(stakeholders)
と言われる、
例えば、東京のように既に環境汚染の進行した
色々な形やレベルでの多様な利害関係者のすべて
地域では、大規模開発であっても環境への汚染負
を対象に考えなければならない。
荷の増分は既存の汚染負荷に比べ、わずかでしか
JICAの環境配慮に対する考え方は、
「長期的視野
ない。累積的な影響をチェックする手だてがない
に基づき、相手国の意志を尊重しつつ、住民の生
と開発行為が集積していく地域では、時間ととも
活向上につながる持続可能な開発を推進する」
こと
に環境負荷は次第に大きくなっていく。すなわち、
としてとらえられる。この
「相手国の意志を尊重し
都市は稠密になり環境負荷が増大する。これが東
つつ」
は相手国政府の意志の尊重であり、国によっ
京の環境問題が依然として解決されていない根本
ては必ずしも相手国国民の意志の尊重とはならな
的な原因である。東京の大気汚染の主要因は自動
いところが問題である。どのような社会でも、政
車交通であり、根本的な解決は土地利用密度を下
府と国民、あるいは特定地域の住民の意志は乖離
げて自動車交通の発生集中を下げるしかない。事
することがあるが、民主化の進んでいない社会で
業所や都市生活など、都市活動に基づく窒素酸化
は特にこの乖離が大きい。今後は相手国の国民や
物の発生も都市的土地利用の密度が低下しないと
地域住民の意向をより的確に把握するためコンサ
低減できない。地球温暖化対策として二酸化炭素
ルテーションに一層の力を入れ、環境配慮を推進
(Carbon Dioxide:CO2)の発生を抑制するにも、都
していくことが極めて重要である。
アセスメントは事業者が環境配慮をどう行った
かについて、社会に説明する責任を果たすための
32
4−1
市はエネルギー利用効率を高める面があるとはい
え、基本的には都市活動の水準を下げることが必
要である。
手続であり、このため環境保全対策の代替案の比
東京 23 区の人口密度は 1ha 当たり 130 人で極め
較検討が不可欠である。世界で最初のアセスメン
て高い。これは同程度での広がり、ニューヨーク
ト制度を作った米国では、NEPAの核心は代替案の
市の人口密度の1.5倍にもなる。そして、東京の昼
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
間人口密度はさらに高い。ニューヨーク都心の一
スメントの必要性が明確になるのは開発行為と自
部地区の密度は高いが、都市全体では東京の方が
然保護とが対立するなど、土地利用計画が関連す
ずっと密度が高いのである。大気汚染など都市環
る場合である。自然保護に対する意識の高まりと
境のあり方を考えるには局地的な状況だけでは判
ともに、最近ではそのような事例も増えてきた。そ
断できず、少なくとも23区程度の広がりでの土地
のような最近の代表的な事例に、海岸部の土地利
利用を見て判断しなければならない。東京23区は
用計画に関する問題として干潟の問題がある。
既に世界一の、しかも特異な超過密都市圏である。
渡り鳥の飛来地として干潟の自然環境は国際的
東京は計画段階での環境配慮はほとんどなされず
にも重要な価値がある。とりわけラムサール条約
にきた。そして、我が国の極めて緩い土地利用規
の登録湿地の候補になるような干潟は貴重である。
制の結果、オープンスペースの少ない都市空間が
そのような干潟の1つ、名古屋市における藤前干潟
9
できてしまった 。
開発途上国における大都市の発生も東京の、と
が紆余曲折の末、1999 年 1 月に保全されることが
10, 11
決定した
。ここでは都市活動により生ずるごみ
りわけ戦後の急成長と類似したところがある。都
の問題と干潟の保全が対立した。このプロセスの
市スプロールを制御しなかった結果、途上国でも
詳細は省略するが、名古屋市の市域内に限らなけ
1,000 万人規模の大都市が各地に出現した。しか
れば名古屋港には埋立代替地となり得る多くの場
し、世界の巨大都市圏は東京以外はいずれも2,000
所があり、計画の早期段階で検討を始めれば十分
万人以下の人口である。東京は地球上で唯一、
に代替地は見つけられたはずである。事業に入る
3,000万人を超える人口を有する都市圏となってし
直前で行うアセスメントでは遅すぎ、その欠陥が
まった。東京の場合は、土地利用制御ができなかっ
明確に現れている。計画段階でのアセスメントは、
た上に鉄道に膨大な投資がなされた結果、都市圏
この代替地の検討プロセスを早期に始めることを
が広域に広がった。この過大都市になってしまっ
可能にする。
たという失敗の原因は、広域的な地域総合計画や
土地利用計画がなかったためである。
藤前干潟の事例は計画段階でのアセスメントの
必要性を具体的に示している。都市ごみの問題と
事業アセスメントだけでは、このように多数の
自然環境保全の問題を考えるには、本来、事業の
事業が特定の地域に集中することによる累積的影
上位計画である地域の総合計画や、さらには地域
響はチェックできない。地域の総合計画が必要で
政策にまでさかのぼった判断が必要とされる。こ
ある。地区レベルや都市レベルでの適正な土地利
のような、政策段階や計画段階という意思決定の
用密度はどのくらいか。この判断のためのアセス
戦略的な段階から行うアセスメントを戦略的環境
メントはこれまで実施されてこなかった。持続可
アセスメント(Strategic Environmental Assessment:
能な発展のためには、地域の総合計画や土地利用
SEA)
という。これは、事業の前の、計画やプログ
計画レベルでのアセスメントが必要である。
ラムの段階や、さらに前の政策段階で環境配慮を
12
行うためのアセスメントの総称である 。
4−2
事業アセスメントから戦略アセスメント
へ
環境アセスメント分野の国際学会である国際影
響評価学会(International Association for Impact
従来の事業アセスメントの経験から、計画段階
Assessment:IAIA)では、「SEA は、提案された政
でのアセスメントの必要性が次第に明確に認識さ
策・計画・プログラムにより生ずる環境面への影
れるようになってきた。特に計画段階からのアセ
響を評価する体系的なプロセスである。その目的
9
原科幸彦(1995)、
「都市の成長管理と環境計画−防災都市づくりの基礎−」、『環境情報科学』、24(2)、pp.64-70。
10
辻淳夫(1999)、
「藤前干潟から見た環境アセスメント」
、松行康夫・北原貞輔共編著、『環境経営論II』、税務経理協会、pp.21-61。
11
松浦さと子編(1999)、『そして干潟は残った』、リベルタ出版、pp.310。
12
原科幸彦編著(2000)、『改訂版・環境アセスメント』
、放送大学教育振興会、pp.331。
33
第二次環境分野別援助研究会報告書
は、意思決定のできる限り早い適切な段階で経済
れて行われることが通常である。特に、大規模な
的・社会的な配慮と同等に環境の配慮が十分に行
開発事業ほどこの傾向が強い。後述する欧州連合
われ、その結果、適切な対策がとられることを確
(European Union:EU)の SEA 指令も、このような
13
実にすることである。
」 と定義している。筆者はさ
枠組みのもと計画や政策段階での環境アセスメン
らに、プロセスの透明性が不可欠であることを付
トの実施を求めているが、我が国でも事業計画の
け加える。
意思決定は同様の階層構造になっている。
SEA は事業アセスメントの限界に対する認識を
5.
背景として、それより上位段階の意思決定に環境
戦略的環境アセスメント導入の動き
アセスメントを導入するという意味で用いられて
5−1
いる用語であり、対象は法令案の策定から地域開
海外の動き
発計画まで非常に幅広い。しかし、その本質は明
米国の NEPA は 1970 年に施行され、世界最初の
確である。それは政策・計画段階における意思決
アセスメント制度が制定されたが、個別の事業の
定過程の透明性を高めるということにある。持続
みならず政策や上位計画段階をも対象とするもの
可能な発展のためには、大規模事業を行う主体は
である。想定どおりにはいかなかったものの、米
官・民を問わず、その環境影響を政策策定や計画
国では計画段階のアセスメントは一定程度行われ
策定の段階からどのように配慮したかの説明責任、
て来た 14。
他の諸国においては政策や計画段階を対象とす
アカウンタビリティがある。そのための情報公開
と住民参加に基づく仕組みが SEA である。
るのではなく、開発事業段階のみを対象とする制
一般に事業に至るまでには、政策
(policy)
、計画
度が主に普及した。この傾向を決定づけたのが欧
(plan or program)
、事業(project)の流れがある(図
州委員会(European Commission:EC)における指令
3−2)
。すなわち、個別の開発事業計画の立案は、
である。1985 年に採択された EC 事業アセスメン
様々な政策や上位計画に影響され、また、規定さ
ト指令では、対象は開発事業に限定されることと
問題事項
政策段階
policy
戦略的環境
アセスメント
計画段階
plan, program
……計画アセス
事業段階
project
……事業アセス
(SEA)
実 行
図 3 − 2 政策・計画・事業と SEA
出所:原科幸彦編著(2000)、『改訂版・環境アセスメント』
、放送大学教育振興会。
34
13
Sadler, Barry and Verheem, Rob(1996)、Strategic Environmental Assessment.(国際影響評価学会日本支部訳(1998)、『戦略的環境ア
セスメント』
、ぎょうせい。
)
14
Council on Environmental Quality
(1997)
、
“The National Environmental Policy, Act-A Study of its Effectiveness After Twenty five Years-”
.
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
なった。日本だけでなく、従来は各国で事業アセ
与える、計画やプログラムに適用されるものであ
スメントが主として行われてきた。とはいえ、EC
る。
ではこの事業アセスメント指令を検討していた当
国際機関では、世界銀行が1990年代の半ばから
時から SEA の必要性は議論されていたが、加盟国
部門別の計画に対して SEA を適用してきている。
の最小限合意できるものとして、まず事業アセス
そして、途上国においても途上国援助の中で SEA
メントに絞った指令が採択されたのである。
の実施例が増えている。SEA は、少なくとも先進
したがって、EC において、政策・計画・プログ
諸国の間では共通のものとなりつつある。
ラムについての環境アセスメントが必要であると
いう残された課題が引き続き検討されてきた。そ
5−2
我が国の動き
して、EU 加盟国のいくつかで、政策・計画・プロ
SEA が必要であるという認識は我が国でも明確
グラム段階での環境アセスメントに関する具体的
になって来た。環境影響評価法は事業アセスメン
な取り組みが進められてきた。中でもオランダで
トを対象としているが、法律制定に当たり中央環
は、1987 年の環境影響評価令において、特定の部
境審議会から提出された答申では、政策や上位計
門別計画、国家・地域計画などに対して事業アセ
画段階の環境アセスメントについても指摘してい
スメントと同様の手続を行うこととした。また、
る 。SEAの必要性は明確に認識されており、環境
1995 年に環境テストと呼ばれる手続を開始し、新
影響評価法の国会での審議過程では、衆参両院に
しい法令案を作成する際の環境配慮を求めている。
おいて戦略的環境影響評価制度の検討についての
その他、デンマーク、フィンランドなどでも、SEA
付帯決議がなされた。
が制度化されている。また、イギリスにおいても、
公式の SEA 制度はないが、先進的な計画制度のも
15
と SEA の具体例が蓄積されてきた 。
17
アセスメント法の全面施行により我が国の環境
アセスメントは新しい段階に入った。この付帯決
議の実行が求められることとなる。このため、環
1996 年 12 月、EC によって SEA 指令案が公表さ
境省では1998年から戦略的環境アセスメント研究
れたが、その目的は環境アセスメントの実施と、そ
会を発足させ検討を開始した。1998年11月にはこ
の結果を基本計画や実施計画の、準備段階と採用
の研究会の活動として
「戦略的環境アセスメントに
段階において考慮することにより、環境保護をこ
関する国際ワークショップ」も開催し、2000年7月
れまで以上に高いレベルで実施することとなって
には報告書も公表された 。また、情報公開法が
いる16。そして、1999年2月にはその修正案が出さ
1999年に成立し、2001年4月から施行される。SEA
れた。これは現行の事業アセスメントを補足する
導入の条件は整いつつある。
18
ものと位置付けられているが、この案は2000年の
我が国でも SEA の試みは少しずつ行われ始め
3月に欧州理事会で承認され、欧州議会に送付され
た 19。例えば、川崎市の環境調査制度(1994)や東
た。EUのSEA指令では、事業に関する開発許可の
京都における総合アセスメントの試み(1998)があ
意思決定の枠組みを確立する目的で策定される計
る。川崎市では、1991 年に制定した環境基本条例
画やプログラムに適用されることとされている。
に基づき環境配慮制度を作った。東京都の総合ア
この指令案は、土地利用に関連する基本計画と実
セスメントの試みは、総合計画の計画段階から公
施計画の段階を中心に適用される。すなわち、土
開制の高いプロセスで環境配慮を行うもので、環
地利用に関連する事業の開発許可の判断枠組みを
境保全局が中心となり1998年から制度の試行を始
15
Sadler, Barry and Verheem, Rob(1996)、Strategic Environmental Assessment.(国際影響評価学会日本支部訳(1998)、
『戦略的環境ア
セスメント』
、ぎょうせい。
)
16
European Commission(1996),“Proposal for a council directive on the assessment of the effects of certain plans and programmes on the
environment”.
17
中央環境審議会(1997)、
『今後の環境影響評価制度のあり方について・答申』
。
18
環境庁戦略的環境アセスメント研究会(2000)。
19
環境庁戦略的環境アセスメント研究会(2000)。
35
第二次環境分野別援助研究会報告書
めた。しかし、いずれもまだ SEA の部分的な試み
な環境アセスメントの実施、さらには適切な案件
である。
の形成、実施に向けて、より積極的な支援をする
だが、横浜市青葉区における道路づくりへの住
よう取り組んでいく必要がある。このためには、事
民参加では本格的な SEA 的な取り組みがなされて
業アセスメントだけでなくより上位の計画や政策
20
いる 。筆者は専門家として、同時に地域住民の一
段階でのアセスメントである戦略的環境アセスメ
人としてもこの事例に直接関与してきた。この例
ント(SEA)の適用を積極的に図っていくべきであ
では数年間の準備期間の後、全長 7km ほどの計画
る。今後は具体的な事業や計画に円借款や融資を
区間のうち、未整備の3区間について住民参加によ
行う JBIC とも密接な連携を取っていくことが重要
る計画の検討が行われた。1996年から1998年にか
である。
けて、整備しないという案も含めた複数の路線代
実は、JICAの途上国援助での仕事の多くは、当
替案の検討が行われた。この住民参加による検討
事国の国や地域レベルでの総合計画やマスター・
を踏まえて、専門家による研究会で引き続き検討
プラン作りを行う場合が多い。これらの総合計画
が行われ、2000 年の 3 月に結論が出された。結果
や上位計画をもとに個別の事業計画が作られる。
は、3区間それぞれで検討された複数の代替案の中
事業アセスメントはこれら個別の事業計画に際し
から、いずれも住民の指示の最も多かった計画案
て行われるが、上位段階での意思決定にも援助機
が選ばれた。この事例は我が国における SEA の可
関として関与する場合が多いと言える。例えば、
能性を示しているものと言えよう。
JICAの援助事業では事業アセスメントの前に、事
前調査の段階での環境予備調査や、マスター・プ
6.
SEAの積極的導入を
ラン段階での IEE が行われる(表 3 − 1)21。今後は
これらの段階において SEA を積極的に行って行く
開発援助において、多くの当事国では環境アセ
スメントの国内法の整備はなされている。これは、
このような事業アセスメントに先立つ各段階で、
1980 年に世界銀行などの開発援助機関が採択した
各種の政策や上位計画についての意思決定に関与
「経済開発に関する環境政策手続宣言」や OECD の
する機会が多いということは、SEA を適用する可
取り組みが、開発途上国におけるアセスメント制
能性があることを示している。我が国の国内では
度の導入に契機を与えたと言われる。これらは、い
既存法制度の枠組みの中での活動ということなの
ずれも事業アセスメントが中心であったが、これ
で既存の仕組み自体を変えないと SEA の適用は困
らの途上国の制度は、形はできているが運用上の
難であるが、国際的な関係では状況が異なる。途
問題があると言われる。住民参加や情報公開に関
上国援助においては第三者的な立場で外部からの
する基本的な制度が整い、これらに関する社会的
関与を行うということから、SEA を適用できる可
理解がないと、アセスメントの適切な運用は困難
能性が高い。
である。
36
ことが必要であろう。
また、ベースとなるデータの整備が後れている
環境アセスメントに関しては、開発途上国ごと
など、技術的な条件も厳しい。事業アセスメント
にその制度が様々であるとともに、具体的な制度
でさえ、その実施が困難なのに SEA の導入は次期
運用も様々である。このため、JICAとしては、単
尚早であるという見方もあるが、実はそうではな
に開発途上国において行われるべき環境アセスメ
い。技術的には事業計画の内容が具体化していな
ントの内容を示したり、またはその結果をチェッ
い段階で行う SEA の方がアクセスしやすいのであ
クするといったことだけでは不十分である。開発
る。衛星画像データ等のマクロ・レベルでの基本
途上国ごとの様々な違いを考慮しながらも、適切
データが揃っていればよく、SEA のためにはあま
20
原科幸彦(1999)、「道路事業と戦略的環境アセスメント」
、『道路』、No.701、pp.8-12。
21
環境庁委託・海外環境協力センター(2000)、『国際協力における環境アセスメント』
、pp.160。
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
表 3 − 1 プロジェクトと環境配慮の各段階の対応
プロジェクト実施の各段階
J
I
C
A
に
よ
る
実
施
事
業
実
施
機
関
に
よ
る
実
施
環境配慮実施の各段階
事 前 調 査
Preparetory Study
本
格
調
査
全体調査計画
Master Plan Study
環 境 予 備 調 査
Preliminary Environmental Survey
実施可能性調査
Feasibility Study
実施可能性調査
Feasibility Study
初期環境調査(評価)への支援
Technical Assistance for
Initial Environmental Examination(IEE)
環境影響評価への支援
Technical Assistance for
Environmental Impact Assesment(EIA)
実施計画作成(詳細設計を含む)
環境保全対策のチェック
施工
環境保全対策の実施
運営
環境モニタリング
注:1. 各段階の対応は厳密なものではない。
2. IEE あるいは EIA はプロジェクトによっては必要でない場合もある。
3. 実施計画作成には環境保全対策のための施設及び講じの詳細設計を含む。
出所:(社)海外環境協力センター(2000)、『国際協力における環境アセスメント:国際協力に関係する人々が環境影
響評価制度の理解を深めるために』
。
り高度の精細なデータは必要ではない。
られることにもなる。社会的弱者の犠牲のもと事業
そして、最近では事業の「必要性」の判断で当事
が行われることのないようにしなければ、我が国の
国の地域住民との紛争が生じる例が増えてきてい
国際的信用を損なうことにもなりかねない。このよ
る。このような場合は、事業認定の前の上位段階で
うな社会的影響の評価は特に重要である。
の意思決定が問題とされる。事業の枠組みを与える
SEA は意思決定過程の透明性をいかに高めるか
上位計画の段階で社会経済面だけでなく環境面も勘
ということが、その核心である。このためには意
案した判断が必要であり、まさに SEA の実施が求
思形成過程の情報を公開し、その上で計画案検討
められることとなる。SEA の要点は政策や計画の
段階からの積極的な住民参加プロセスを作らなけ
意思決定過程の透明性を高めるということである。
ればならない。援助の当事国との関係では情報公
とりわけ、開発行為に伴い地域住民の移転問題
開や住民参加の推進を求めることは容易ではない
が生じる場合は深刻である。事業や計画の必要性自
であろう。しかし、我が国でも SEA は次第に導入
体が特に問われることになる。SEA はこのような
が可能になってきた。意思決定過程の透明性をい
事業や計画の必要性をも対象として行われる。この
かに高めるかは、日本社会だけでなく、開発途上
判断の正当性が示されないまま開発が行われると、
国諸国の改革のためにも根源的な問題である 。
22
結局立場の弱い地域住民が不公正な立ち退きをせま
22
Harashina, Sachihiko(1998),“EIA in Japan:Creating a more transparent society?”,EIA Review,15(8),pp.69-83.
37
第二次環境分野別援助研究会報告書
参考文献
・環境庁環境影響評価研究会(1999)
、
『逐条解説・
環境影響評価法』
、ぎょうせい。
・環境庁戦略的環境アセスメント研究会(2000)
。
・国際協力事業団(1988)
、『JICA 分野別(環境)援
助研究会報告書』
。
・環境庁委託・海外環境協力センター(2000)
、
『国
際協力における環境アセスメント』
。
・中央環境審議会
(1997)
、
『今後の環境影響評価制
度のあり方について・答申』。
・辻淳夫
(1999)
、
「藤前干潟から見た環境アセスメ
ント」松行康夫・北原貞輔共編著『環境経営論
II』
、税務経理協会、pp.21-61。
・原科幸彦編著(2000)
、『改訂版・環境アセスメン
ト . 放送大学教育振興会』
、pp.331。
・原科幸彦
(1999)
、
「道路事業と戦略的環境アセス
メント」
、『道路』
、No.701、pp.8-12。
・原科幸彦
(1997)
、
「環境影響評価法の評価−技術
的側面から」、
『ジュリスト』
、1115。
・原科幸彦
(1995)
、
「都市の成長管理と環境計画−
防災都市づくりの基礎−」
、
『環境情報科学』
、24
(2)
、pp.64-70。
・松浦さと子編
(1999)
、
『そして干潟は残った』
、リ
ベルタ出版。
・Sadler, Barry and Verheem, Rob(1996),Strategic
Environmental Assessment.(国際影響評価学会日本
支部訳
(1998)
,
『戦略的環境アセスメント』
,ぎょ
うせい.
)
・Council on Environmental Quality(1997),“The
National Environmental Policy Act-A Study of its Effectiveness After Twenty five Years -”
.
・European Commission
(1996)
,
“Proposal for a council directive on the assessment of the effects of certain plans and programmes on the environment”
.
・Harashina, Sachihiko(1998)
,“EIA in Japan:Creating a more transparent society?”
,EIA Review, 15
(8)
,pp.69-83.
38
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
第 2 章 環境と貧困
笹岡 雄一(国際協力事業団)
1.
問題のとらえ方
地球環境問題と貧困問題のディレンマである。
1992 年の「国連環境と開発会議」でも 2 つの国際条
開発途上国における貧困と環境破壊の密接な関
約がまとめられたが、その決定過程では先進国と
係が注目されている。世界銀行(以下、世銀)もア
途上国、つまり南北間の対立が鮮明になった。途
ジア開発銀行(Asian Development Bank:ADB)も、
上国側は、貧困問題の方が緊急性が高く、地球環
貧困と環境の関係をとらえ直している。2000 年 5
境問題の CO2 排出も責任は先進国側にあるとの論
月の本研究会でギョルギェバ世銀環境局長が報告
陣を張った。
「国連環境と開発会議」
では、
「共通だ
したように、世銀は環境アセスメントにより事業
が差異のある責任」
という合意のもとに、途上国に
の環境に対する悪影響を減らしながら、貧困対策
はCO2の排出削減は求められなかった。しかし、米
及び持続可能な開発の達成のためには、環境保全
国などは途上国の森林が破壊されており、それが
を開発戦略に一体化することが不可欠と認識した。
温暖化問題を困難にしていると途上国に対しても
ADBも同様に、アセスメントと共に環境戦略のア
責任があることを強調していた。
ジェンダを充実させている。また、アフリカを中
本稿では、このような観点に立ちながらも、1990
心として貧困と環境破壊と紛争の関係も注目され
年代以降の貧困問題をめぐる論調、環境と貧困が
ており、2000 年 7 月の沖縄サミットでは、重債務
融合しつつある援助戦略、幾つかの実例と課題を
1
貧困国(Heavily Indebted Poor Countries:HIPCs)の
概観し、今後の日本の開発援助に対するインプリ
軍事的紛争のせいで債務削減が遅れていることを
ケーションを考える。
憂慮する声明がでた。
本稿では、貧困と環境の問題を途上国の貧困者
2.
最近の開発支援動向
が日常生活の支持ベースである環境資源を減耗さ
せ、これがさらに貧困に拍車をかけるといわれる
2−1
援助機関の論調−貧困削減
「貧困の悪循環」から考察したい。この重点的な課
最近の援助機関の「貧困」重視政策は、新たな局
題としては、①熱帯林の減少(焼き畑耕作や耕地
面を迎えている。その代表的な政策転換を示すの
化)
、②砂漠化の加速
(薪の採取や過放牧)
、③野生
が、1999 年 9 月の国際通貨基金(International Mon-
生物種の減少(熱帯林や共通資産資源(Common
etary Fund:IMF)
・世銀合同開発委員会で策定され
2
Property Resources:CPRs)の減少)、④都市部にお
る こ と が 決 定 さ れ た「 貧 困 削 減 戦 略 ペ ー パ ー
ける公害多発地域への移住
(都市スラムの拡大や衛
(Poverty Reduction Strategy Papers:PRSP)」、世銀
生知識のなさ)
、⑤人口増加のメカニズム(貧困家
による「世界開発報告書」
(2000年版)、及び経済協
庭における人口増加)
、などがある。これらに開発
力開発機構(Organization for Economic Co-operation
援助がどのように応えていけるのかは重要な課題
a n d D e v e l o p m e n t :O E C D )の開発援助委員会
である。
第2に、環境を守ろうという先進国と貧困の脱却
をめざす途上国のあいだで環境保護をめぐって相
(Development Assistance Committee:DAC)による
「DAC貧困削減ガイドライン」
(2001年完成予定)で
ある。
克が働いている点を留意したい。典型的なものが、
世銀は従来の政策を変更し、債務削減を積極的
1
HIPCs は、1996 年に救済が開始され 1999 年に対象が拡大された。
2
CPRs は、不可耕地、牧草地、湿地、森林、池などの伝統的な管理ルールが働いていた場所で、貧困者には非常に重要な資源で
ある。しかし、新参者の参加やルールの衰退により急速な開発が行われて減少し、生産物の減少や水位の低下などを引き起こし
ている。
39
第二次環境分野別援助研究会報告書
に進めるとともにPRSPを策定することにより、政
たり反駁すること、社会的な障害に取り組むこと
策対話及び貸付のサイクルに貧困重視の視点を導
である。
3
入した。PRSP は、特定の国 に対して、貸付金や
③は
「貧困者の声
(voices of the poor)
」
に代表され
マクロ経済運営状況だけでなく、貧困の政策及び
るインタビュー調査などの結果、貧困の動態的な
戦略の策定方法、モニタリング体制等を貸付の際
側面として着目されている。不安定性が貧困層の
の確認事項として掲げた、向こう3年間をカバーす
生活と見通しに影響するとの見地より安全を提供
る計画である。PRSPは、新たな概念というわけで
することで、リスク及び脆弱性を政策の構想のな
はなく、ウォルフェンソン総裁が提唱した、包括
かに取り入れ、様々なマクロ的なショックを予防
的開発枠組み(C o m p r e h e n s i v e D e v e l o p m e n t
し、それに備え、対応する国家プログラムを形成
4
Framework:CDF)という開発の広義のアプローチ
し、貧困者が様々なリスクを管理することを助け、
に沿って開発途上国がドナーの協力を得て行う参
社会的なリスク・マネージメントの国家システム
加型のプロセス(非政府組織(Nongovernmental
を構想することである。
Organization:NGO)や民間セクターが参加)として
作成されるものである。
は、こうした発想の転換に従って、構造調整や制
さらに世銀は、「世界開発報告書」
(2000年版)に
度改革の推進をしており、その施行実態にはまだ
おいて10年ぶりに貧困をメインテーマに掲げてい
不明なところもあるし、国によりアプローチが異
る。今回強調されているのは、①経済的機会の形
なるものであるが、他のドナーに与える影響は非
成( O p p o r t u n i t y )、 ② エ ン パ ワ メ ン ト
常に大きいものがある。PRSP 策定・実施・モニタ
(Empowerment)、③安全(Security)及び脆弱性
リングのプロセスを支援するための国際ドナー・
(Vulnerability)である。貧困を解決できないよう
コミュニティの取り組みはいたるところで急速に
な、社会・経済・文化的要因を持つ国の経済成長は
展開しているとみなすことができ、国際ドナーの
持続しないという議論のもとに新たなドナーの
サークルにおいて議論されていることのほとんど
パートナーシップ論を展開している。
すべてが PRSP プロセスに関連していると言って
①は成長を促す様々な機会を作る政策や制度が
市場を貧困層のために働かせ、彼らの資産を形成
よい状況にある。
他方、二国間援助の先進国会合DACにおいても、
することであり、効率的な民間、公共投資の促進
貧困重視の視点は定着しつつあり、地域間・ジェ
や国際市場への参入、貧困層に有利な民営化や規
ンダー格差を含む、貧困の不平等性が問題視され
制緩和、人的、物理的、自然的、資金的な資産の拡
ている。DACによる貧困の定義も非常に広義であ
大やジェンダー、人権、及び社会的な分断を越え
り、個人消費(必要栄養摂取が可能な所得がある
た資産の不平等の是正、貧困地域へのインフラス
か)
、資産に加え、人間開発、社会資本やエンパワ
トラクチュアや知識の普及などを含んでいる。
メント、安全(脆弱性)を概念に含んでいる。オー
②は経済成長や貧困削減に影響する国家や社会
40
PRSPに代表される世銀の新たなイニシアティブ
ナーシップやパートナーシップも1996年のDAC新
的制度がより活性化することであり、すべての市
開発戦略から継続してキーワードとされており、
民に国家の制度が能率的で説明責任のあること、
世銀のCDFの視点とつながる要素も多い。このな
包括的な地方分権化とコミュニティ開発の促進、
かには、開発援助以外の様々な政策が途上国の開
社会的資本と迫害への社会文化的な基礎に支持し
発の効果にマイナスに働かないように政策の一貫
3
もともとは HIPCs を対象としたが、第二世銀(International Development Association:IDA)対象国、IMF の貧困削減成長ファシリ
ティ対象国も含まれるようになった。
4
1997、98年の世銀年次総会の際、ウォルフェンソン総裁が打ち出したもの。社会開発、ガバナンス、環境、経済等多セクターに
わたる援助の包括的実施、住民や民間セクターによる参加を得た開発戦略の策定、援助協調等を盛り込んだ枠組みで、原稿執筆
現在13ヶ国でパイロット的に適用されている。CDFがアプローチであるのに対し、PRSPは計画である。PRSPの枠組みでは、貧
困削減国別戦略を導入し、優先分野の選定、アカウンタビリティのための基本的な枠組みを作ることが期待されており、貧困関
連のプログラムが非常に重視されている。世銀はこれらをもとに国別援助戦略(Country Assistance Strategy:CAS)を策定する方
針である。
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
性(policy coherence)に努力することや、オペレー
hazards)
、の3つの目的が表明されている。これら
ションの分権化、人材の育成等、援助機関自体の
の目的は、私見では、前述した世銀の貧困削減の3
改革案も盛り込まれている。こうした概念及びア
つの観点、empowerment、opportunity 及び security
プローチからなるガイドラインは、2001 年 5 月に
に対応している。貧困削減の3つの目的のなかにそ
採択される予定である。
れぞれ環境戦略を位置付けることにより、環境と
開発援助における貧困問題をめぐる動きは、
貧困削減の密接な関係を強調し、環境対策をPRSP
1990 年以降、非常に活発化している。このなかで
形成という援助予算全体がプログラム化するなか
特に顕著なことは、1990年代後半以降、DAC新開
でも有利に位置付ける作戦である。
発戦略、世銀のPRSPの概念、国連開発計画
(United
DAC の「開発援助と環境に関する作業部会」は、
Nations Development Programme:UNDP)を始めと
開発援助における環境配慮や環境分野の援助の効
する国連機関の援助に係るアプローチなどがいず
果的な実施についてDACメンバー間の共通の認識
れも、貧困削減を最重視している点である。次に、
が得られるよう討議し、これらの成果を援助機関
貧困の概念自体に関しても、所得よりも広義にな
を対象としたガイドライン等にとりまとめている。
り、動態的な側面や地域による違いが重視され、政
2001 年 3 月までのマンデートは、①持続可能な開
策やモニタリングの援助協調がますます重要視さ
発のための国家戦略(National Strategies for Sustain-
れている。さらに、途上国の貧困削減のオーナー
able Development:NSSD)策定支援、②地球環境条
シップが重視され、2000 年 7 月の沖縄サミットの
約関連支援、③持続可能な開発のための環境、経
G8(Group of Eight)コミュニケも、途上国政府が、
済及び社会目標の連携の3つである。①のNSSDは、
市民社会の参加を得ながら貧困削減に取り組むこ
1996 年の DAC 新開発戦略において 2015 年までに
とを求めた。
現在の環境資源の悪化傾向を地球全体及び国ごと
で逆転させること、そのためにすべての国が 2005
2−2
環境と貧困の関係
世銀の環境戦略のドラフト案(2000 年 7 月時点)
では、①人の健康の改善(ex:indoor and urban air
年までに持続可能な開発のための国家戦略を実施
することが目標とされたことを受けて作成されて
いる。
pollution, dirty water, toxic substances)
、②自然資源
次に、DACの
「貧困削減非公式ネットワーク」に
に依存する貧困人口の生計の向上(land, freshwater
おいては、貧困削減の主要なアプローチ及び政策
and marine ecosystems, forests, and bio-diversity)
、③
アクションとしては、下表にある6つが挙げられて
自然災害等への脆弱性の減少(natural disasters and
いる。
表 3 − 2 DAC「貧困削減非公式ネットワーク」における貧困削減の主要なアプローチ及び政策アクション
①Pro-poor Growth:経済成長は持続的な貧困削減の鍵となるが、同じ成長でも貧困削減に及ぼす度合い
は異なる。地域によりいかなるタイプの成長が望ましいのかは異なるが、迅速で広汎かつ公平な成長、
労働集約的な生産の形態、適切な社会政策及びセーフティ・ネットなどが求められている。
② Political Empowerment:貧困は政治的な影響力の欠如でもあり、最低限度の社会的な参加の基準をみ
たせないことでもある。これは民主主義の欠如や差別、または社会的な排除の結果でもある。エンパワ
メントとは、貧困者が政府の制度や社会的な過程に影響を与えるキャパシティを向上させることである。
③Human Development:福祉とは、長く、健康に、闊達に生きることを意味している。女性や老人を中
心に貧困者は不十分な公共資源の配分や社会サービスの供給における弱いガバナンスのキャパシティに
よって十分な社会的なサービスへのアクセス(保健、教育、水、住居など)を奪われている。
41
第二次環境分野別援助研究会報告書
④ Mainstreaming Gender Equality:機会から便益を受ける男女のケイパビリティ(潜在能力)には差があ
り、消費と生産への諸資源
(人間、経済、社会、及び時間)
に対するアクセスに依存している。貧困は、
家計に利用できる資源の総量だけではなく、その分配についての決定を誰
(男/女)
がしているかにも影
響される。
⑤ Promoting Sustainable Livelihoods:物質的、社会的な資源としてのケイパビリティ(潜在能力)と社会
的に適切な生活水準を維持する活動が自然資源のベースを損なわずに行われることをいう。Livelihoodの
資源としては、土地、労働及び資本に限定されず、経済活動やガバナンス
(権力や依存関係)
の要因もあ
る。
⑥Human Security:貧困者であればあるほど不安定性に直面している。リスクは実質的で実に多様であ
る。紛争や犯罪、自然破壊により脆弱性はさらに上昇する。異なる社会集団のあいだの不平等は武力紛
争の主な原因になるし、これが直接、間接的に貧困の原因となり、それを拡大する。
出所:筆者作成
これらのアプローチは、相互に関連するととも
るが、将来に向けて建設的な改革を行う可能性も
に、ジェンダーと同様に環境保全の課題にも関係
ある。このSLのアプローチは、開発を専門的な知
している。例えば、①の Pro-poor Growth には多側
識を移入させるトップダウンの視点からではなく、
面あるが、環境を劇的に破壊するような性急かつ
貧困者が現状の技術を改良しプログラムに参加す
アンバランスな成長をしないことが求められる。
る、コミュニティ開発というボトムアップの視点
②の Empowerment では土地や水などの資源に対す
から考える特徴がある。
るアクセスを持たない貧困者に対する法的、政治
的な権利を設定することで環境の保全に対するイ
3.
貧困と環境破壊の相互連関
ンセンティブを高めることができる。③の Human
Developmentは人間開発一般であるが、自然資源の
管理にも必要なスキルを含んでいる。④の Gender
農村部における環境破壊
ここでは、主にアフリカの内陸国ウガンダ等を
も貧困のあらゆる局面にかかわりをもっている。
例にして途上国の農村部の環境破壊について検討
⑥のSecurityは個人の視点にたち、環境破壊や自然
する。ウガンダは所得的にも絶対貧困(1 日 1 ドル
災害のリスクを含んでいる。
以下)、5 歳以下の乳幼児死亡率は 1,000 分の 147、
⑤の Sustainable Livelihood(SL)は、環境の課題
水の供給率は 17%、AIDS(Acquired Immune Defi-
を最も鮮明に表現しており、コミュニティの単位
ciency Syndrome)の感染率は 15%、人口 2,000 万弱
で環境保全や自然資源管理ができるようになれば
の国である。輸出は農業で支えられ、その過半は
急激な貧困の悪化は発生しないとの考えにたって
コーヒーである。気候の不順やコーヒーの国際価
いる。貧困削減と持続可能な開発(発展)
、及び環
格が低いとすぐに輸出総額に影響がでる。例えば、
境保全はSustainable Communitiesとして論じられる
1997/1998年度にはエルニーニョのせいでコーヒー
ことも多い。
「国連環境と開発会議」
の
「アジェンダ
の輸出は前年度の 336 百万ドルから 240 百万ドル
21」でも SL とコミュニティの関連は多角的に論じ
に、農業輸出額も671百万ドルから436百万ドルに
5
られた 。貧困者は一般に富裕者よりも人間関係と
35%減った。IMF・世銀からは経済政策の優等生と
特定の場所を意味するコミュニティを必要として
呼ばれ、さきのPRSP、HIPCs、
「貧困者の声」など
おり、コミュニティには現状を維持する傾向もあ
すべてこの国が最も最初に適用されており、ODA
5
42
3−1
「アジェンダ 21」の 1.3 では、持続可能な開発の成功は政府と幅広い public participation にかかっている、3.2 では効果的な貧困削
減戦略の要素として改良されたガバナンスを伴ったローカルのコミュニティと民主的参加のプロセス、3.5 ではローカル及びコ
ミュニティ・グループのエンパワメント、3.7 及び 3.12 では政府が持続性への community-driven approach を支持すべきこと及び
そのための能力構築の重要性を論じている。
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
は国内総生産(Gross Domestic Product:GDP)の2割
かのアプローチが行われている。世銀は地球環境
近くに及ぶ(ただし、HIPCs はウガンダが 1998 年
ファシリティ(Global Environment Facility:GEF)予
にコンゴに侵攻した経緯から、その実施が見送ら
算でハイアシンス対策を含めビクトリア湖の保全、
れている)
。
周辺の土地利用に対して EAC3ヶ国に 77.6 百万ド
ルの資金供与を行っている。
3−1−1
漁業資源
ウガンダの漁業においては、ナイルパウチの導
2
ビクトリア湖は、6万2,000km で世界で2番目の
入で漁民の貧富の格差が拡大した。貧困漁民は、違
大きさである。ウガンダ、ケニア、タンザニアの東
反操業や過剰漁獲を行っている。これがますます
アフリカ共同体(East African Community:EAC)に
漁業資源をなくし、マーケットに対する信頼を失
囲まれており、ナイル川の最も遠い源流になって
わせている。ビクトリア湖は、貧困者がCPRsを消
いる。しかし、ウガンダの漁業資源と水質は深刻
耗し尽くし、さらに貧困に陥るのと同じようなプ
な危機にある。第1に、外来種のナイルパウチとい
ロセスにある。
う 2 メートルにもなる魚を導入したことで小型魚
が激減し、鳥の種類も減った。1996 年の世界資源
3−1−2
農業資源
研究所(World Resources Institute:WRI)の「地球環
ウガンダの農業においては、地方の人口は 1970
境報告」
でも説明されているように、ナイルパウチ
年から1997年までに90%増加したが、可耕地域は
を釣り上げるには設備のある船が必要で、これは
35%増加したのみである。換金作物を扱わない農
零細漁民には行えない。貧しい漁民は、大形魚は
民の収入は減少し、土地と労働生産性も増加して
釣れず、小型魚も減って漁獲が激減した。
いない。生産の増加は生産性ではなく耕地の拡大
そこで行われた対応は悲惨なものである。まず、
によりもたらされた。1986 年から 1996 年までは 4
一部の漁民は、毒をビニール袋に入れて小さな穴
%の成長がもたらされたが、これは内戦からの立
をあけ魚が袋に噛み付いて浮き上がったところを
ち直りに基づくところが大きく、技術的な進歩に
漁獲している。これはテラピアという魚をねらっ
よる収益の拡大はまだ現れていない。土地の衰退、
たもので、食べた人には有毒であるし、幼魚が死
土壌浸食、砂漠化、休閑期間の減少、病虫害、酸性
滅する。対策としては、罰則の強化、業者ライセン
化等の問題が起きている。小農セクターでは肥料
ス制の導入などがあるが、政府にはパトロールす
はほとんど使われないし、使用されても場当たり
る能力も予算もない。1 9 9 0 年代にケニアから
的で技術的な試行が欠けており対象もメイズのみ
EAC3ヶ国に及んだ。次に、過剰漁獲を行っている。
である。
禁止された魚網の使用により幼魚や繁殖場が減っ
主要作物を栄養源からみると、根菜類 3 2 %
ている。毎年ビクトリア湖のウガンダ側では20万
(キャッサバ22%、スイートポテト10%)
、バナナ
トン以上が漁獲されるが、1992年の25万トンから
30%、穀類19%(メイズは9%)
、豆類8%、オイル
は減っている。テラピアでいえば 200 種が 20 種に
クロップ4%、ミルクと肉4%となっている。食糧
減った。漁獲の減少により獲る魚の幼魚化も進み
作物は農業の付加価値の3分の2を占めており、残
国内市場では魚のサイズが小さくなった。
りが輸出作物である。輸出作物のうちコーヒー、綿
また、湖上のウォーター・ハイアシンス(ほてい
花、タバコは専ら主に小農の手により、茶、花、砂
あおい)の繁茂による酸素不足でも魚は死んでい
糖は大規模な農地で栽培されている。この見地か
る。繁茂の原因は、3ヶ国からの都市・農業排水に
らは、コーヒーの輸出を促進することは、ウガン
よる富栄養化である。ハイアシンスは船をはばみ、
ダの農民の貨幣所得を増やして貧困を減らすこと
漁網にからみ、ダムの取水口を塞ぐ。この除去に
になるが、国際市況の影響を受けるという意味では
ついては、日本の刈り取り機も含めて各ドナーが
脆弱性が増すので輸出産品の多様化も必要である。
援助を行っており、バイオガスにしてエネルギー
人口の増加により、世代を経るに従い、親から
を使うプラント、甲虫、化学薬品の利用など幾つ
子に相続される土地は小さくなる。そこで生産性
43
第二次環境分野別援助研究会報告書
の低い荒れ地、傾斜地、森林が開墾される。管理や
落振興は進めたが、植林は長期的なリターンであ
乱開発を防止するためには土地政策が重要である。
り啓蒙が必要である。村人がやがて目を向けるよ
ウガンダは小農が多く、農村での貧富の格差があ
うに活動が試みられたものの、ネパールでは森林
まりないので、土地政策の混乱が少ない。だが、不
は薪か飼葉の材料とみなされており、環境意識の
平等や紛争の避難民のような移動が多い社会では、
形成は非常に難しかった。
公平な土地政策の実施は容易ではない。
ケニアのソマリア寄り難民キャンプのダダブで
ドイツ技術協力公社(Deutsche Gesellschaft fur
3−1−3
森林資源
Technische Zusammenarbeit:GTZ)が行っている
森林伐採
(deforestation)は、途上国の人為的な土
RESCUEプロジェクト(Rational Energy Supply Con-
壌悪化の主要な原因の1つであると言われている。
servation Utilization and Education)
は、森林再生
(育
これにより水が不足し、土壌が悪化したり、降雨
苗、緑地帯形成)、家庭・コミュニティ用かまどの
により表土が流れる。アフリカでの森林破壊もひ
製作、薪の配付、環境教育をパッケージにした協
どく、エティオピアでは1980年代までにその96%
力である。薪の配給の目的は、環境の悪化防止
(薪
が耕作及び住居のために開墾されたという。森林
は遠隔地より入手)
と難民女性に対するレイプ防止
にも共同の所有権
(tenure)
を付与したり、未利用資
の2つである。レイプや強奪の犯人の多くは地域の
源の活用によりその資産性に気付かせることは、
盗賊であり、1993 年には半年で 192 のレイプが報
土地の管理を積極的に行わせる意味がある。
告されたが実際はその 10 倍規模と見なされてい
樹木を切ることは温暖化を促進するとしても、
た。暴行の犠牲を削減するプログラムが開始され、
貧しい地域では薪をとる以外にエネルギー供給の
地元警察の機能強化や RESCUE の成果もあってレ
方途がない。ウガンダは、ブエノスアイレスで開
イプは月に 1 桁台に減少した。
かれた気候変動枠組条約第4回締約国会合(The 4th
ネパールの案件は、住民組織のエンパワメント
Conference of the Parties:COP4)の席上において
を重視し、薪がなくなるという事態を知らない村
真っ先に温暖化の責任が途上国にもあることを認
人に時間をかけてメッセージを伝えようとしたも
めた。この例外的な行動には、ウガンダでは木材
ので現在フェーズIIに入っている。GTZのプロジェ
の輸出を禁じているという事情もあった。AIDSで
クトは、薪の供給と植林という短期・中長期の視
もウガンダは真っ先にその広がりを認めたが、こ
点を両立させているが、対象は難民であり、コミュ
れは観光も外資もなく援助に頼らざるを得ない国
ニティの永続的な活動ではない。UNDPによれば、
情も表している。一般的には、途上国では中長期
資源管理を通じた持続可能な開発の分野では幾つ
的には植林が重要であるが、短期的には伐採も必
かの成功例がある というが、植林して使い、また
要である。温暖化と貧困の問題はこうしたディレ
植えるサイクルが軌道に乗った案件はほとんどな
ンマをもっている。
いのが現状である。
6
JICA の「ネパール村落振興・森林保全計画」にお
いても地元民の事情は同様であった。土地のある
都市部における環境破壊
農民は、森林を所有しており、田畑の周辺の樹木
都市部の環境も、人口の密集やスラムの問題と
を利用して燃料や飼料に使うが、土地なし農民は
その非衛生的な環境など貧困と関連した深刻な問
CPRsや他人の私有林に頼らざるを得ない。そこで
題が多い。世界の各地域により都市化の水準は異
苗畑の建設、植林を含む収入向上やインフラ整備
なっている。ラテンアメリカは最も都市化が進み、
のプロジェクトが地元民の参加により行われた。
人口の 70%が都市に住んでいる。しかし、都市化
村での会合には女性と職業カーストの人々が積極
の遅いアフリカでも、農村から都市への人口の流
的に参加できるように配慮された。このように村
れは急である。2000 年の段階で世界の半分が都市
6
44
3−2
EC, UNDP“A Better Life - - with Nature's Help Success Stories”.
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
に住み、2025年までにこれは65%に上がるとまで
政策や構造改革、コンセンサスの形成などが重視
言われている(OECD)。都市部における環境破壊
されている。
都市部と農村部で望まれる戦略の違いについて、
がこれ以上に深刻にならないうちに、環境破壊の
対策をたてることが急務である。既にみたように、
次の 2 点を挙げておきたい。
農村部では貧困層が環境を破壊し、それがまた彼
①都市と農村の貧困削減戦略は異なるものであ
らを苦しめたが、都市部では貧困層は悪環境の矢
り、国により農村と都市の貧困の深刻度も異
面に立たされることが多い。
なる。バングラデシュの場合、都市の所得貧困
現在では都市部のスラム街に10億人以上が住ん
は減っているが、人間開発指数
(Human Devel-
でいるといわれる。こうした人々は多くの場合不
opment Index:HDI)
の方は悪化しており、農村
法占拠しているので、廃棄物処理場や鉄道の近く
部ではこの逆が起きている。途上国一般では
や傾斜地といった居住条件の悪いところに住んで
農村部の HDI は都市部よりも相当下がるが、
いる。不法に存在しているために、税金も払わな
スリ・ランカではその逆である。
いが、水、衛生、ごみ集めといった社会的なサービ
②都市の貧困は、都市計画や土地利用計画の段
スを受けられないことが多い。貧困者は水や大気
の汚染、騒音といった公害にさらされている。ホ
階から抜本的な対策を講じなければならない。
ンデュラスで実施された廃棄物管理のJICAの開発
都市の貧困層の存在は、かっては農村の貧困
調査では、ごみをうみだす住民の参加を促進して
に起源をもっていたが、近年は都市で生まれ
意識改革を行うキャンペーンを実施したが、貧困
育った貧困層の人口の方が徐々に増えている。
層が住む谷に堆積したごみを彼らの参加により片
付ける活動も行われた。これは貧困者の存在を認
4.
日本の援助に対する示唆
め、彼等を受益者とするだけでなくエンパワメン
トの主体とする意味で効果的な内容であった。本
貧困が国や地域により様相が異なることから、
当に環境破壊が深刻なところでは、リセツルメン
環境破壊との関係においてもどの国にもあてはま
トが必要であり、市政当局がそうした都市計画を
るような戦略をたてることは難しい。あくまで一
策定、実施することを促す方向での援助も必要で
般的な目安としては、貧困の多義性から出発した
ある。
環境戦略としては次の項目が望まれるだろう。
世銀は、都市部の環境問題に対して、さきの貧
① Opportunity の面では、農村部では土地の所有
困の 3 つの分類に対応した重点項目を整理してい
の形態が非常に不平等なために小規模な農業
る(A.Dasgupta ほか“Urban poverty”ドラフト
の振興が最良のオプションであり、続いてten-
2000.4)
。まず、機会(opportunity)については、基
ureも重要である。これは必ずしも所有権を意
本的なサービス、住居と土地、労働、環境保健が重
味しない。当該社会の環境に応じて効果的、効
要だとしている。次に、エンパワメントについて
率的な生産形態は異なることがあろう。例え
は、社会的、政治的な迫害のないこと、ニーズへの
ば、ヴィエトナムの場合、所得貧困が1993年
対応能力の不足、政府のレベル、公共セクターの
から 1998 年のあいだに 56.1%から 33.4%に激
範囲としている。最後に、安全については、リス
減したが、これはドイモイ政策のなかで農民
ク・プロファイル、インフォーマル・セーフティ・
が借地権を得て生産インセンティブを増やし
ネット、犯罪と暴力、外部性(externalities)
、自然
たことが大きい7。監視や法制を含むガバナン
災害の脆弱性などを挙げている。そして、こうし
ス、所有権、耕作権や漁業権が整備されれば、
た都市の貧困対策プロジェクトは、統合された戦
適切な資源管理が行われるようになる。ブラ
略のなかに位置付けられねばならないとし、公共
ジルのアマゾン川流域で1990年代に森林消失
7
Joint Report:Vietnam Development Report 2000:Attacking poverty p.95(1999).
45
第二次環境分野別援助研究会報告書
率が下がったのは採取保有地の導入による。
どが求められ、最貧困者、特に女性と老人の基
都市部においては、貧困者は一般に権利を主
本的なサービスへのアクセスは重要である。
張するベースが弱いので、政府による都市計
これらが環境管理や資源の有効利用のノウハ
画や雇用創出の政策・戦略も重要になる。
ウにつながることは言うまでもない。
② Empowerment 及び SL の視点では、初期に所
④Genderを政策にメインストリーム化すること
得向上プログラムを行うかどうかは別にして、
は、基礎的なサービス、土地及びファイナンス
長期の視点での当事者意識、環境意識の形成
などの資産、労働市場、技術及び知識に対する
が重要である。ネパールの
「プロジェクト方式
アクセスのジェンダー格差を減らすことであ
技術協力」やホンデュラスの廃棄物処理では
り、これが環境保全についても有効なインセ
(当初は参加者のニーズと関心にこたえるため
ンティブを発揮する。
にインセンティブの手法を用いることもあっ
たが)
、正しくこのアプローチが採用されてい
⑤Human Securityのアプローチは、貧困が経済、
る。これは援助を行う側が働きかけながらも、
政治、社会、文化の領域に及ぶ多面的な現象で
住民や貧困者が自分たちで問題を把握し、解
あり、貧困者はその多面的な領域での脆弱性
決するようになるまで待つことを意味する。
をもっているとみられることから、貧困者に
この観点から貧困者の権利に焦点をあてたア
とっての様々なリスクを包括的、総合的に解
プローチ(
“rights approach”
)も重要である。
析しようとする。
SL の視点では、参加型農村調査(Participatory
Rural Appraisal:PRA)などにより貧困者の実
例えば、スリ・ランカでは度重なる旱魃があり、
態をその権力や依存関係も含めて調査して政
1996年の米の生産が前年比27%減少するような天
策と制度的なメカニズムを形成することが重
候不順がある。このような国々では、後手に回る
要であり、何よりも持続可能な環境に対して
救援対策よりも災害予防が本来は重要である。被
コミュニティのボトムアップの視点から考察
災にあいやすい農民には、PRA 手法などにより居
すべきである。PPA 調査は、クライアントか
住地域の過去の災害にあうパターン、自然条件の
らプロジェクトのフィードバックをもらうた
特徴を学ばせることが脆弱性を減らすためには有
めのbeneficiary assessmentと関係者を巻き込み
効で、これは特に非識字農民のリスクを減少させ
特定の場所の問題を理解するPRAから1993年
るだろう。土砂崩れのような自然災害であっても、
にうまれたもので、多くの国際NGOがこの形
被災にあうまでに貧困者がそうした危ない場所に
成に関与している。次いで 2000 年 3 月に発表
移り住むようになった過程があり、それは社会経済
された世銀の「貧困者の声」は、貧しい人々に
的な貧困のプロセスであることも多く、貧困の多面
インタビューして有効な貧困削減政策を考え
性が災害を拡大している要素もある。
るという意味で、草の根のコミュニティ開発
貧困の 3 つの要素のうちの「安全」は脆弱性
のスタイルを顕著に現している。この手法は
(vulnerability)
と大きく関係しており、それらはほ
貧困者の無力感といった心理的な側面を浮か
ぼ反対概念と呼びあえるものである。脆弱性には
び上がらせている。
ショック、ストレス及びリスクにさらされる外的
な側面と無防備であることの内的な側面があると
8
46
8
③ Human Development では、公共投資における
言われている 。外的な側面は不安定な雨量や疾
教育と保健のシェアの向上、公共スタッフの
病、犯罪、暴力、自然災害、食糧品価格の変動など
アカウンタビリティとサービス達成の向上な
様々であるが、内的な側面には無力感(a sense of
Kanbur-Squire The Evolution of Thinking about Poverty:Exploring the Interactions, WDR background paper(1999).
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
powerlessness)という特徴的な要素があるという。
時間がかかるし、さらにその便益を体験的に納得
これが貧困者に問題解決に立ち上がらせる大きな
するには植林のサイクルが経営の軌道に乗るまで
障害になり、一般的な生活状態の悪化を招いてい
待たなければならない。このように環境と貧困の
る。貧困者の人々の多くは日常的な困窮に加えて、
分野では、援助の実施期間をより長くしていく必
災害や紛争の発生に対して非常にその影響を受け
要があるし、そのなかで援助のアプローチも時間
やすい。これは貧困者が災害、公害、紛争などを受
とともに変化させて受益者が主導権をもてるよう
けやすい社会の不利な場所に既に疎外されている
になることが重要である。
ことや、日常の身の回りや環境の変化に機敏に対
3つめが、世銀のように貧困削減プログラムのな
応する精神的な態度が失われていることによる。
かに環境プロジェクトないしコンポーネントを入
環境と貧困の分野では、援助案件のいわゆる先
れることの是非である。たしかに環境案件は環境
行例というものが少ないが、ほかのドナーにおい
だけやっていればよい、ないしは環境配慮はイン
ても確立した成功例というのは数少ないようであ
フラ案件の負の要素の修正を行えばよい、との発
る。これを踏まえて、今後の援助に対するインプ
想では不十分になっている。貧困が多セクターで
リケーションとして、最も基本的な点を3つ確認し
動態的な性格であり、それぞれの地域に固有の問
たい。
題をかかえているので、貧困削減プラス環境案件
1 つは、貧困削減のアプローチにおいては、コ
は多数のセクターやアプローチで動かしながらモ
ミュニティ、社会集団及び貧困者のエンパワメン
ニタリングしてその内容を変えていける柔軟性を
トが最も重要である。これまでの日本の環境協力
もつことが効果的である。農村や都市のコミュニ
は政府の公的なセクターの特定部局や研究所に対
ティに対する援助もこのような性格が一般には求
するキャパシティ・ディベロップメントが多かっ
められる。環境対策は、あらかじめインセンティ
たが、その方法では社会の貧困層にアクセスする
ブを誘導する社会開発プログラム、プロジェクト
ことは難しい。コミュニティに対する援助はNGO
のなかのコンポーネントとして位置付けられてい
を通じて行うこともできるし、
「プロジェクト方式
る方が、持続的な資源管理をすすめるうえで効率
技術協力」などの協力形態(スキーム)を事業タイ
や効果があがる場合が多いだろう。
プに改良していくことでも設定することもできる。
従来の日本の協力は、政府のある該当する部局
さらに、従来の公的なセクターを通じた援助
(例え
において、特定の環境技術領域に対するキャパシ
ば、都市計画)
と貧困者を含むコミュニティに対す
ティの改善を目指す協力が多かった。既にみたよ
る援助(例えば、ごみ対策)を有効にリンクさせて
うに、社会の国家を含む様々な制度的な領域に根
環境保全の意識、知識、技術が効率良く途上国社
づいた環境協力を行うには、環境案件は何らかの
会に定着するような複合戦略の援助も必要である。
統合された戦略の枠組みのなかで形成されねばな
これらは3番目の論点とも関連し、社会資本
(Social
らず、またそうした方がその制度を維持しようと
Capital)
を形成する環境援助の必要性を物語ってい
する受け手の側の、つまり途上国市民ないし貧困
る。
層のインセンティブも働くことがわかるのである。
2つめに、貧困削減と環境保全をからめた援助に
農村部においては、SLという考え方は生活基盤を
おいては長期の視点をもつことである。対象は、貧
守る発想に立っている限り環境保全と生活の維持
困者という極めて脆い、不安定な存在者なのであ
の両立を目指している。都市部においては、都市
る。例えば、植林では、プロジェクトが始まる時点
計画や都市政策の統合的なアプローチのなかに環
では、薪がなくなるという事態を貧困者の男性は
境プロジェクトを位置付けることにより持続的な
理解していない。薪を取りにいく貧困者の女性は、
資金、参加及び支持を継続させることが可能とな
時間をかけて遠方に取りにいくことに困難を感じ
る。このような観点で、セクターにせよ地域にせ
ているが、強く意見を言えない。こうした貧困者
よ、政策レベルにせよ事業実施レベルにせよ、よ
たちに植林の意味を真にわかってもらうには長い
り大きな枠組みのなかで環境(貧困)プロジェクト
47
第二次環境分野別援助研究会報告書
を位置付け、その力学のなかで援助を受入れ社会
のなかに定着させることが重要になっている。
48
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
第 3 章 環境とガバナンス
戸田 隆夫(国際協力事業団)
1.
はじめに
加、軍事支出、人権などもガバナンスに関する問
題として重視している。UNDP は、その要素とし
ガバナンスという概念は、ODA の展開に即し
て、国家、政府の機能、社会・組織の能力等にかか
て、住民の参加、法の支配、透明性、平等などを挙
げている(1999 外務省)
。
わる諸概念を包摂しつつ発達し、特に、冷戦構造
ガバナンス支援の例としては、各種制度づくり
崩壊後は、民主化など政治的な諸課題を含むもの
支援(民主化支援、行政支援、法制度整備・司法支
として広く受け入れられ、益々重視されてきてい
援、警察支援など)
、選挙支援、知的支援
(人権・民
る。本稿のねらいは、環境ODAをガバナンスの視
主化関連研究、オピニオン・リーダー招聘など)及
点から見直すことを通じて、我が国の環境ODAが
び市民社会の強化(メディア育成支援、NGO 支援
抱える課題についての洞察を深めることである。
など)
などがある。各種統計の整備、土地利用図や
まず、ODAの展開とガバナンス概念の成熟過程を
地形図の作成なども間接的な支援の例として挙げ
鳥瞰したうえで、次に、我が国環境ODAに関する
ることができる。
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A A A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A A A
A
A
A
ガバナンスの視点からの考察を加え、最後に、今
後の環境ODAの更なる展開とガバナンス支援強化
2−1−2
ODAの展開に応じたガバナンス概念
の定着
に向けての主な論点を略述する。
国際協力の中で、ガバナンス強化の重要性が頻
2.
ODAの展開とガバナンス概念の成熟
繁に語られるようになってきたのは、1990 年代に
入ってからのことであるが、その背景としては次
2−1
ODA 事業におけるガバナンスの意味
の 3 点がある。
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
第1は、構造調整の試みを通じて得られた教訓で
2−1−1
ガバナンスの意味、主なテーマ、支援
ある。1980 年代に IMF・世銀が導入した経済構造
の例
調整プログラムが、多くの場合経済の回復をもた
ガバナンスという概念のとらえ方は国際協力に
らさず、むしろ貧困層への打撃が大きかったとの
携わる機関あるいは研究者によって多様である。
反省から、政府の腐敗構造、政策決定の不透明性、
我が国の ODA 白書(1999 年)によれば、ガバナン
責任性の欠如、法の軽視・不備、公共部門の非効率
スとは、
「国の政治、経済、社会運営のあり方に関
性などが指摘され、これらの要因が開発資金の公
する概念」であり、「政府が開発の促進と国民の福
正かつ効率的な使用を妨げているとしてガバナン
祉向上を目指して努力し、効果的・効率的に機能
ス の 確 保 が 強 調 さ れ る よ う に な っ た( 外 務 省
しているかどうか、また、そのために適切な権力
1999)
。
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
の行使が行われているか、さらに、政府の正統性
第2は、冷戦構造の崩壊と市場経済化の進展であ
や人権の保障など国家のあり方を問題とする」
もの
る。これには、冷戦構造の崩壊によってガバナン
とされている。DACによれば、ガバナンスが包含
スの検討がより容易になったという側面と、冷戦
する主要なテーマは、民主主義、経済的・社会的資
構造という枠組みを失ったことによって生じた新
源配分における権力行使のあり方、政策策定と実
たな課題に対してガバナンスを重視せざるを得な
施のための政府の能力などである。世銀は、適切
くなったという側面の2つがある。前者の側面につ
な経済運営の前提としての、公的部門管理、説明
いては、1)
旧社会主義国の民主化・市場経済化、2)
責任、法的枠組み及び透明性からなるガバナンス
経済面でのいき詰まりがもたらした政治的な効果
強化を従来から強調するとともに、近年、住民参
としての中南米・アフリカにおける民主化プロセ
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
49
第二次環境分野別援助研究会報告書
ス、3)中国・ヴィエトナム等での経済改革等、世
効率や機能強化など機能的、非政治的、あるいは
界的な民主化や市場指向型経済への流れによって
価値中立的な領域から、冷戦構造崩壊後の状況を
ガバナンスの問題を国際協力の文脈において語る
踏まえ、民主化、人権など政治的な領域に踏み込
ことが広く受け入れられるようになったという点
んだ支援が行われつつある(JICA1995a)
。
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
などが挙げられる
(外務省1999)
。他方、後者は、特
第 3 の分析軸であるアプローチの仕方に関して
に冷戦後の社会の不安定化の観点からガバナンス
は、先進国の既存の制度を移植したり技術や知見
を論ずるものである。冷戦構造という枠組みに
を移転するという方法から、途上国の内発的な持
よって曲がりなりにも抑制されてきた諸問題が、
続的発展を重視した方法が志向されてきている。
その枠組みの消失によって一気に吹き出し、脆弱
これは、キャパシティ・ディベロップメントに纏
な途上国社会において紛争が多発し、一部の地域
わる諸概念の発展において如実に現れている。
で慢性化しているが、これらの紛争の発生あるい
1950年代のInstitution Building(制度構築)は、技術
は再発を予防し安定した社会を構築するためにガ
移転や資金投入の受け皿として新たな組織制度の
バナンス強化の必要性が認識されるに至っている。
構築を目指したのに対し、1960 年代の Institutional
第3は、援助協調の深化である。アフリカ最貧諸
Strengthening
(制度強化)
は、途上国における既往の
国を含む途上国の自立的発展が進まない中で、援
組織制度を強化することによって援助の受入れ能
助資源の細分化による弊害が指摘されていた従来
力を確保しようとした。さらに、1970年代に入り、
の協力のやり方を見直し、援助全体としての整合
Development Management(開発マネジメント)とい
性、及び援助政策と被援助国の開発政策との整合
う概念は、組織制度の強化に留まらずその結果と
性を重視する立場から、セクター・アプローチ、
しての行政サービス提供の実効性の確保を重視し、
CDF、PRSPなどのアプローチが提唱され、その中
1980年代のInstitutional Development(制度開発)は、
で、ガバナンスの重要性が再認識されるように
公的セクターに留まらず市民社会を含む社会全体
なった。
としての能力向上を重視している(OECD1994)。
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
(3 つの分析軸から 2 つの軸を順に用いてガバナン
2−1−3
ガバナンスの諸相と最近の動向
ス概念の成熟プロセスのイメージを図式化したも
ガバナンスの重層化
のを以下に付す。
)
ガバナンス支援の成熟あるいは発展過程を理解
するには、上述のガバナンスの重層化に加えて、1)
Value
ガバナンスを担う主体、2)対象領域、3)アプロー
チの仕方の3つから整理することが有効であろう。
Democratization
第 1 の分析軸であるガバナンスの主体に関して
は、従来は、国家あるいは政府を念頭においてき
A A A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
たのに対し、近年は、NGO等の市民社会、企業、地
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
Limited
PUblic Actors
Participatory
Development
A
Comprehensive
Participation
域共同体などがガバナンスの重要な担い手として
認識されるようになっている(毛利1999)
。この主
体の多様化と相俟って、従来、国家あるいは政府
の問題としてとらえられてきたガバナンスが、国
Administrative Capacity
Building
Capacity Development
Instrument
境を越えたガバナンス(グローバル・ガバナンス、
複数の国家から構成される地域のガバナンス)
や地
図 3 − 3 Analytical Axes of Governance - 1
域共同体社会レベルのガバナンスに拡散し重層化
(Value Neutrality / Actors)
してきている点が注目される。
第2の分析軸である対象領域に関しては、行政の
50
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
範な人づくり、国内の諸制度を含むインフラスト
Value
ラクチュア(経済社会基盤)及び基礎生活分野の整
Transplantation
'50 ∼
Endogenous
Dev.,'90 ∼(?)
Democratization
備等を通じて、これらの国における資源配分の効
率と公正や『良い統治』の確保を図り、その上に健
全な経済発展を実現することを目的として、政府
Endogenous
Exogenous
Participatory Development, '80
開発援助を実施する」ものとしている。
1996年のリオンサミットで、我が国は
「民主的発
Administrative Capacity Building
Transplantation
'50∼
Endogenous
Development
'90 ∼(?)
Capacity Development
展のためのパートナーシップ
(Partnership for Democratic Development:PDD)」を発表し、開発途上国
の民主化支援に積極的な姿勢を示している。PDD
は、法・司法制度や選挙制度の整備のための支援、
Instrument
図 3 − 4 Analyticlal Axes of Governance - 2
(Value Nertrality / Development Orientation)
司法官、行政官、警察官の研修、人権の擁護・促進
のための協力等に代表されるこれまでの日本の取
り組みを整理したものである。そこでは、民主化
の進展のためには、法律・行政・警察・統治・選挙
Sustainable
Capacity
Comprehensive
Participation
等の様々な分野における制度づくり及び市民社会
の強化に向けられた
「人づくり」
が中心となること、
Institutional
Development,'80
Development
Management,'70
Exogenous
また、民主化支援に際して人権の擁護も踏まえら
れるべきであるということが強調されている。
Endogenous
Institutional
Strengthening,'60
Institution
Building,'50
我が国による支援の特徴
他国や国際機関との比較において、我が国によ
Limited
Public
Actors
Absorbing
Capacity
2−2−2
るガバナンス支援の特徴としては、次の2点を挙げ
ることができる。
A
図 3 − 5 Analyticlal Axes of Governance - 3
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
第1は、当該国の主体性やペースを尊重し、特に
(Actors / Development Orientation)
政治的領域においては、我が国の考え方を押しつ
-Evolution of Capacity Development as an example-
けるのではなく途上国が自ら打開策を見出してい
くための議論の場の設定などの環境整備を重視し
2−2
我が国によるガバナンス支援の特徴
ている点である。近年は欧米諸国や国際機関も異
口同音に途上国の多様な個性尊重の重要性を唱え
2−2−1
我が国ODAの基本政策におけるガバ
ているところではあるが、実際の政策対話やプロ
ナンス
ジェクトを見る限り、かなり、欧米流のアプロー
1992 年の「政府開発援助大綱」
(
「ODA 大綱」)は、
「開発途上国における民主化の促進、市場指向型経
済導入の努力並びに基本的人権及び自由の保障状
チを性急に押しつける傾向があることは否定でき
ない。IMF・世銀のコンディショナリティに対する
1
途上国の反発はその傾向を裏付けている 。
況に十分注意を払」いつつ、
「開発途上国の離陸へ
我が国のODAに関し、例えば、インドネシアの
向けての自助努力を支援することを基本とし、広
南スラウェシにおける貧困対策プロジェクトでは、
1
例えば、1999 年 11 月にアビジャンでベディエ象牙海岸大統領とオバサンジョ・ナイジェリア大統領の共同議長のもとで開催さ
れた国際会議「La Bonne Gouvernance et le Development durable en Afrique」
(アフリカにおける「良い統治」と持続的開発)では、本
会議における3つの提言のうちのひとつとして、
「アフリカ的グッドガバナンスの追求と尊重」という柱が掲げられ、次のような
議論がなされている。
「グッド・ガバナンスは世銀による構造調整融資コンディショナリティのひとつであるが、その評価基準
はアフリカ大陸の文化的背景を考慮していない。アフリカ諸国の複雑性及び多様性を尊重し、各国状況に見合った基準及び定義
を設定する必要がある。」
51
第二次環境分野別援助研究会報告書
土着慣習などを踏まえつつ住民参加を通じた共同
3.
環境ODAとガバナンスに関する2つの側面
体の活性化を試みている。ヴィエトナムに対する
援助研究では、農業と教育に開発及び援助の重点
環境 ODA とガバナンスの関係には、2 つの側面
を置き、貿易と投資の自由化を過度に加速させな
がある。第 1 は、環境 ODA をより実効性のあるも
いことが議論されたが、これは、グローバル化へ
のとするためにガバナンスの強化を図るものであ
の帰順を強く求める IMF・世銀のそれとは対照的
り、第 2 は、環境 ODA におけるガバナンス支援を
なものとなっている 。同国に対する法制度支援へ
糸口として、途上国のガバナンス全般の強化を図
の取り組みは既に10年を超えているが、当初、日
るものである。
A
A
本に対する警戒心が強かったヴィエトナムについ
ても、信頼関係の醸成を重視する日本の地道で段
3−1
環境 ODA 強化のためのガバナンス支援
階的なアプローチが奏功し、現在は最高裁レベル
の人的交流にまで発展している。エル・サルバド
3−1−1
自立的メカニズムの構築、実効性の
確保とガバナンス強化
ル民主化セミナーでは、右派と左派の双方から、そ
して最高裁からも要人を招へいし、同国の民主化
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
のあり方について自由な議論をする場を設定した。
意義は、まず、途上国における環境改善の自立的
タジキスタンの民主化セミナーでは、国民和解委
なメカニズムを構築することにある。環境ODAに
員会のメンバーほか旧反政府側の要人に加え、フ
携わる実務者の多くは、個別の協力の成果が所期
ランスとロシアからも研究者を招へいし、多角的
の目論見どおりであったとしても、その結果、実
な視点から同国の民主化のあり方についての議論
際の環境改善になかなか繋がっていかないという
の場を設定した。
悩みを抱いている。環境基準や環境法制を整備す
A
A
第2の特徴は、第1の特徴と裏腹でもあるが、非
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
政治的側面、政府機能の向上に対する取り組みを
2
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
ることを支援してこれが成就してもエンフォース
メントが不十分でそれらの規範が遵守されない、
重視している点 である。中国に対して
「民主化」
の
モニタリング技術を移転しても実際のモニタリン
必要性を正面切って唱えるかわりに、刑事司法、税
グはごく限定的にしか行われず、環境管理の強化
務、企業経営、知的財産権、住宅金融など多岐にわ
に繋がらない、公害防止技術を開発、移転しても
たる分野で、中国の行政のあり方に立ち入り技術
企業の経営基盤が弱体で公害防止投資が行われな
協力を中心にガバナンス強化に貢献してきた。カ
い、などである。これらをガバナンスの視点から
ンボディアでは、「国のかたち」を整えるために最
解きほぐせばどうなるであろうか。
A
A
A
A
A
も基本的な資料である地図の作成のための協力を
第1に、政治的意思の問題がある。環境問題が顕
続け、全国土の 45%、ほぼ全人口をカバーする地
在化し、危機的状況にある一部の国、地域を除け
域の地図を整備した。インドネシアでは、各種の
ば、途上国にとっての環境問題は相変わらず経済
法整備や付加価値税導入、警察行政、司法などに
開発とのトレードオフの文脈においてとらえられ
加え、基礎的な社会統計分析のための協力にも力
ており、開発政策全体において高い優先度が与え
を入れている。
「新たな」建国のためのニーズが高
られていない。環境を主管する省庁以外の行政官
い中央アジアでは、労働行政、衛生、行財政監査、
庁、特に事業官庁において環境問題に積極的に取
税務、金融、経営、輸出入管理行政、幹部公務員養
り組むという姿勢は明確ではない。環境問題に対
成など多岐にわたる協力をガバナンス強化の観点
する国家のあり方、政府の姿勢がしっかりと定
から行っている(戸田 1999)
。
まっていない。この状況で、個別の協力を重ねて
2
52
環境ODAにおいてガバナンスの視点を導入する
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
誤解のないように付言すれば、我が国は、悉く政治的コミットメントを避けているということではない。近年の ODA 白書にお
いては、「ODA 大綱の原則の運用状況」についてかなり詳しい報告がなされるようになったが、1999 年版では、南アフリカ、イ
ンド、パキスタン、中国、ナイジェリア及びミャンマーについて、当該国の民主化の進展等と我が国ODAとのリンケージ が説
明されている。
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
も途上国側の自立的な環境改善努力に結びつける
て、①所得分配の不公平、②環境悪化、及び③政治
ことは難しい。
的暴力が共時的に進行する可能性がある」
というこ
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
第2に、国民全体及び政策決定者の環境意識の問
とであり、そこから、これらの「負の財(Bads)
」の
題がある。生活者として環境改善を求める姿勢、生
共時的増大に対する社会的安全弁としてのガバナ
産者として環境改善に向けて努力する姿勢が当該
ンスをより一層強化しなければならないという考
国・社会にない限り、環境 ODA の成果は根付かな
え方が導出される。特に、経済発展に伴い増大す
い。廃棄物処理の施設や汚水処理システムの導入
る環境負荷を、いかなるかたちで防いでいくかと
を試みても、生活環境改善に向けての地域住民の
いう問題意識
(Nickum2000)
は、環境分野における
積極的な姿勢や、企業体の遵法意識、あるいはこ
ガバナンスのあり方を考えるうえで極めて有益な
れらを監視しようとする住民意識などが育たない
見方を提供する。さらに、これらのアプローチは、
と実効性のある環境改善効果の発現は難しい。
人間の安全保障や環境安全保障の視点からガバナ
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
第3に、行政及び生産主体における環境管理能力
ンスのあり方を考えいくことに繋がる。
の問題である。環境ODAによる成果は、移転され
た技術なり開発され導入された知見なりが、行政
及び生産主体の活動において内在化される過程を
経ない限り定着しない。モニタリング・システム
1 所得格差
2 (政治的)暴力傾向
3 環境の悪化
の導入のみでは、当該システムを活用した監視、取
締体制の強化は実現せず、汚染物質排出基準の策
b
定と公害防止技術の紹介のみでは、当該技術を企
業の生産活動に取り込むことを促進することにな
らない。また、環境管理は、環境モニタリング・デー
タの公開、人々の健康管理に対する警告、NGOの
c
活動強化など、社会全体としての民主化が進まな
い限り強化されない。
3−1−2
経済成長過程における社会的脆弱性
経済成長
(GNP/人)
の克服(仮説)
a
経済成長過程における社会の安定的な運営のた
図 3 − 6 3 つの逆 U 字型仮説
めに必要とされるガバナンスについて見てみたい。
経済成長の初期の過程において、不均等な所得配
分が顕在化し、さらなる成長の過程において、再
び不均等が是正されていくというクズネッツの逆
3−2
ガバナンス強化の糸口としての環境ODA
U 字型曲線(仮説)について、これを経済成長と環
境汚染の問題に関し適用を試みようとするもの
(Nickum2000)
や、あるいは同曲線については言及
3−2−1
CP導入の過程等における生産管理能
力の構築
はないものの経済成長と政治的暴力の関係におい
「ガバナンス強化の糸口としての環境ODA」
とし
て同様の現象、すなわち経済発展の過程において
ての指向性を明確に持つものは極めて少ないが、
一時的に政治的暴力の顕在化が加速され、さらな
近い将来そのような環境ODAが頻出する可能性は
る発展の過程においてそれが収束していくという
十分にある。その中で比較的現実性の高いものの
仮説(白鳥1999)がある。本稿はその実証性に立ち
ひとつが、クリーナー・プロダクション(Cleaner
入らないが、これらの仮説をより一般化したかた
Production:CP)の導入を糸口とした、生産管理能
ちで敢えて提示すれば、「経済発展の過程におい
力全般の向上である。CPはその性格上、生産シス
3
53
第二次環境分野別援助研究会報告書
テム全体の見直しを必要とし、労働環境改善等の
報公開4の促進などを図っていくというアプローチ
企業そのものの管理改善を伴わない限り効果を発
は、特に政治的にセンシティブな状況にある途上
揮しない。また、個別の状況に応じた肌理の細か
国においては有効であろう。
い生産管理技術と不可分一体のものであることか
ら、既往の技術移転手法をそのまま適用すること
は困難であり、技術協力としては極めて難易度の
4.
我が国環境ODAに関するガバナンスの視点か
らの考察
高いものであるとの認識が一般的である。しかし、
国連環境計画(U n i t e d N a t i o n s E n v i r o n m e n t
Programme:UNEP)や国連工業開発機関(United
Nations Industrial Development Organization:
4−1
環境部局の強化とガバナンス
1992年の
「国連環境と開発会議」
以来、我が国は、
環境ODAを積極的に拡充してきている。1997年の
UNIDO)における取り組みの蓄積などを踏まえ、 「国連環境開発特別総会」で公表した「21 世紀に向
例えば、インドネシアではカナダ国際開発庁
けた環境開発支援構想
(Initiatives for Sustainable De-
(Canadian International Development Agency:CIDA)
velopment toward the 21st Century:ISD)」には、例
がCP導入の成功事例集の作成を試みるなど、ODA
えば、「環境センター」を通じた途上国の環境部局
の枠組みにおける試みがなされつつある。我が国
の強化や環境意識向上、地球環境戦略研究機関の
においても、経済産業省、外務省、JICA(事務局)
設置を含む戦略研究についての取り組みが含まれ、
及び関連諸団体が連携しつつ、CP に関する環境
環境ガバナンスに対する一定の配慮がなされてい
ODA の拡充可能性についての検討を進めている
る。しかし、現在実施中の環境センター型のプロ
(JICA 2000a)
。
ジェクト方式技術協力は、基本的に旧来の技術移
転の域を出ていない。今後は、より明確なかたち
3−2−2
環境 ODA 強化と民主化
環境 ODA を掘り下げていけば当該国・地域の民
主化を一層推進することに繋がり得る。環境ODA
54
で環境管理能力の強化、環境ガバナンスの強化を
目指すべきであろう。
環境行政の領域において、今後の課題としては、
は、単なる環境改善のための技術移転に留まらず、
環境問題を専管する機関の能力体制の強化に加え、
途上国における環境親和型の持続的発展を途上国
事業官庁や自治体あるいは市民団体などの能力を
において促すことを目指しているが、そのために
強化することを通じて、社会全体としての環境問
は、これを実効化するための自立的なメカニズム
題への取り組み能力を強化していくことが重要で
の構築が不可欠である。そのようなメカニズムを
ある。ラオスの環境法整備においては、JICAは、こ
支えるものは、地域住民の環境意識であり、それ
れらの関連部署における能力強化の仕組みを入れ
らの意識を的確に反映する国家、政府の存在であ
込むことに腐心した経緯がある(大田1999)
。鉱工
る。環境問題の性格からして、軍事、治安維持など
業関連の環境ODAに関しては、環境省に相当する
国家権力の機微に触れる領域から一見すると離れ
部局の強化に加え、日本の経済産業省に相当する
ている印象を与える点も見逃せない。直截的に
「民
行政機能を途上国において強化することの必要性
主化促進」を唱えるよりも、環境 ODA による支援
が論じられている。環境問題を特定の分野の課題
を通じて、地域住民の意識向上や参加型政策決定
として閉じこめることなく、各開発分野や地域開
過程の構築、あるいは、これらのベースとなる情
発、地方自治などにおいて環境問題を溶け込ませ、
3
UNEPの定義によれば、クリーナープロダクション(CP)とは、
「総合的な効率を上げ、人と環境に対するリスクを減少させるた
めに、工程、製品及びサービスに適用される、統合された予防的環境保全戦略の継続的な実施」
(1989年UNEP管理理事会。ただ
し継続的な実施とは管理サイクル(Plan-Do-Check-Act)の継続)を意味する。(JICA 2000a)
4
例えば、中国では近年、環境問題に関するマスコミの報道が急増しているとの報告(Pei Xiaofei 2000)がある。これについては、
報道の自由が拡充されたというのではなく、中国政府の環境問題に対する危機意識を踏まえた積極姿勢の顕れにすぎないとの見
方がおそらく正しい。しかし、結果として、国民、あるいは地域住民がこのような報道を通じて、より多くを知り考えるための
嚆矢となり、彼らのエンパワメントに寄与しているという点も見逃せない。
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
内在化させていく考え方が今後ますます重要とな
を前提として実施されてきた。環境保全のための
ろう。
施設や機材の供与やそのための資金協力などがそ
の典型である。近年、これまでの経験から得られ
4−2
相手国の主体性と援助依存
た知見が蓄積されてくるにつれて若干の変化は見
我が国の積極的な政策枠組みに基づき、我が国
られるが全体の趨勢は変わっていない。地球温暖
の環境ODAは急速に拡充されてきたが、相手国の
化対策にも資するものとして、近年、植林のため
自発的な取り組み姿勢が十分ではないところで、
に必要な資金を無償で供与するという協力形態
環境案件の共同形成に努め、相手国側の積極的な
(
「植林無償」
)が新たに導入されたが、今後改良の
姿勢、コミットメントを引き出していくことは容
余地はあり得るものの現時点では、安定的な森林
5
易ではない 。プロジェクトの形成に成功しても、
管理が可能な植林予定地が確保できること、及び
その後の展開を相手国の主体的な努力に委ねるこ
当該無償資金協力によって植え付けられた木々を
とができず、結局更なる協力を継続する必要が生
維持管理するための能力(費用、人材)を相手国が
じることが多い。大気汚染防止のために、モニタ
有していることが案件の発掘形成に際しての基準
リング技術の移転について協力を行ったが実際の
となっている。
モニタリングを行う設備がないのでその設備を後
そもそも途上国の実態に鑑みると、一部の国を
年新たな協力によって供与するケース、汚水処理
除き、十分なガバナンスが期待できないと考える
の技術開発について協力を行ったがこれを普及さ
ことが本来妥当であり、そのような認識から相手
せるために新たに施設供与のための協力が必要と
国のガバナンスの不足を補うべく、人材育成や体
なるケースなどがある。技術移転先であるカウン
制強化のための技術協力などを併せて、あるいは
ターパート人員の配置についても、質、量及び定
先行させて実施しなければならない。資金協力で
着率等の諸点で課題がある。環境ODAにおいてガ
は、当該協力の中に、ソフト・コンポーネントとし
バナンスが重要である、という総論のかけ声が援
て、施設や機材の適正使用を確保するための仕組
助の実務者にとって虚しく響くのは、このように、
みを取り入れる場合が増えてきているが、これら
途上国政府の積極的な姿勢を引き出すことの困難
の技術協力やソフト・コンポーネントがどの程度
さ、元来乏しい途上国のガバナンス能力が環境問
先方のガバナンスを補っているかという点につい
題への取り組みに適切に振り分けられないことに
てはプロジェクトによって大きなバラツキがある。
も大きく関係している。ニジェールの緑の推進協
ある国の火力発電所における排煙脱硫装置設置へ
力プロジェクトでは、1993 年の協力開始以来、自
の資金協力は、当該国発電公社の技術的能力を向
助努力を常に優先し、
「一切の物質的・金銭的援助
上させたが、それを活かして実際に大気汚染を抑
を与えない」という当初の方針を貫き続けている
制するために必要な法規制や制度的枠組みが構築
(関谷2000年)
。この試みは、貧困国の草の根レベ
されるまでには至らなかった。同国環境庁は電力
ルにおける持続的な環境ガバナンスの構築に向け
公社の自主規制値を排出基準として追認しただけ
て挑戦であるといえる。
であり、これに違反した場合の罰則もなければ立
ち入り検査権限もない、施設の改善命令や操業停
4−3
個別の協力の実効性とガバナンス
止命令が出せない、また、厚生省も県も客観的な
健康被害調査を実施できず、その結果は住民に公
4−3−1
相手国のガバナンスを前提とした協
表されなかった、等の指摘がある
(森2000)
。他方、
力の限界
同じ国の下水道設備への資金協力に際しては、そ
従来の環境ODAの多くは、相手国のガバナンス
5
の受け皿となった機関だけではなく関連する主体
ちなみに、1998年に公表された「21世紀に向けてのODA改革懇談会(最終報告)
」では、環境 ODAの案件形成に際して、「日本か
らも積極的に働きかけ、
『共同形成』に努める一方、開発途上国が環境案件を形成するようインセンティブを与える」べきである
との提言を行っている。
55
第二次環境分野別援助研究会報告書
に参加を求め、自治体や、最大の汚染源である工
化を促進するために健康被害調査の実施が当初予
場の操業規制を管轄する工業省工場局の参画の確
定のモニタリング技術の移転に加えて必要である
保 に も 成 功 し て い る と の 報 告 が あ る( 前 掲 森
というファインディングがあったとしても、これ
2000)
。
に応えることは、あらかじめリクルートされた人
員や体制による制約に加え、当初計画において状
4−3−2
ガバナンス構築に資する協力の実効
況に応じた変化を想定していない多くの関係者間
性
での合意形成の困難さなどを想定すると容易では
環境ガバナンスの構築を支援する協力としては、
環境法制、基準等の整備、組織づくり支援から、モ
既往の協力形態におけるガバナンスへの取り組
ニタリング技術の移転、環境教育、生産主体等に
みの限界や特徴などについて関係実務者より聴取
おける環境管理能力の構築支援などがある。しか
したところ、その要点は次のとおりである。
し、制度の構築から当該制度が目論む環境改善の
実効性の確保に至るまでの一連の必要条件を視野
に入れつつ総合的に取り組んでいる例は少ない。
個別プロジェクトのレベルにおける具体的な成果
を重視する傾向も相俟って、細分化された技術、知
見の移転を当該プロジェクトの目標として定め活
動内容を限定してプロジェクトをデザインするこ
とが少なくない。モニタリングの技術は移転する
がモニタリング施設の整備やモニタリングの実施、
更にはこれらを踏まえた規制行政の遂行などにつ
いては、当該プロジェクトの枠外のこととして扱
われる。環境法制の整備やモニタリング技術の移
転などの協力においては、整備された法制の実効
性、あるいは移転されたモニタリング技術の活用
や施設の整備は相手国の責任によるものとされ、
あるいは、別途形成される協力案件において対応
するといったかたちとなる。我が国国内の法制度
整備においては考えられないことではあるが、環
境法と当該法の施行規則を分けて個別の協力の目
標として特定している場合もある。問題は、これ
らの細分化されたプロジェクト目的を追求する過
程で、相手国のガバナンスに瑕疵が見出され、単
なるプロジェクト目的の達成が実効性のある環境
改善効果をもたらさないことが判明した場合の対
応である。実証的調査なしに断じることは危険で
あるが、多くの実務者からのヒアリングによる限
りにおいては、事情の変更に伴う途中の段階にお
けるプロジェクト目標の変更は不可能ではないが、
それ自体相当の労力を要するものとなっている。
仮に、環境センターを拠点としたモニタリング技
術の移転の過程において、モニタリング体制の強
56
ない。
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
表 3 − 3 既往の協力形態におけるガバナンスへの取り組みの限界や特徴
開発調査
・ 元来、途上国の公共的な計画策定支援を企図して作られた事業形態であり、調査の結果策定され
た計画の実施にまで踏み込んだ支援を行うことは想定されていなかった。
・同形態を計画策定調査以外の目的に用いること、例えば、モニタリング計画の策定に留まらず、
実際のモニタリング体制の整備支援にまで踏み込むためには、協力期間の長期化、モデル事業関
連の予算拡充などの工夫を要する。
・ 民間の知見を契約ベースで活用していくという形態の特徴を活かせば、今後は、広く知的支援、
包括的な政策策定支援から、キャパシティ・ディベロップメントやエンフォースメント強化など
実際の環境事業実施支援にまで踏み込んだ協力の形態として更なる発展が期待できる。
・ 調査の過程において得られた情報を随時公表していくことは、環境意識の向上に繋がり、また、
そのプロセスにおいて地域住民や関係諸機関の参加を慫慂していくことによって、計画策定プロ
セスにおける先方のガバナンス向上に貢献することが期待できる。
プロジェクト ・モニタリング技術の移転・向上、環境基準策定のための技術的支援、環境技術に関する研究開発
方式技術協力
など。「技術移転型」
と「技術開発型」が主たる領域であるが、「協力の成果を吸収する能力」と「そ
れを定着させる能力」の 2 つの次元におけるガバナンスの存在が効果的な協力実施の必要条件と
なっている。これらが満たされない場合は、プロジェクトの成果が達成できないと予想され協力
に着手できない。
・ 当初計画の策定に労力を要する反面、プロジェクト開始後の変更が難しい。
・一部既に試みられているが、本形態の特徴である長期にわたるコミットメントを活かして、「実
施しながら考えて適宜状況に合わせて修正していく」ような方式の更なる活用が望まれる。
・ 開発調査その他の技術協力と同様に、環境行政の執行や事業の実施にまで踏み込むことは想定し
ていない。
個別の専門家 ・ 基本的にプロジェクト方式技術協力と同じであるが、同協力との比較においては、当初計画の精
派遣、協力隊
度が粗く、専門家等への包括的な委任に近い。ただし、事前にプロジェクト・ドキュメントを作
の派遣等
成するなどの周到な準備を行うことは、後述の
「柔軟な対応」
を排除しない範囲において今後必要
となろう。
・(属人的な要因が大きいが)
小規模でかつ計画目的の達成手法に対して細かな限定がなされていな
い分、状況に応じた試行錯誤を含め比較的柔軟に対応していることがある。特に、環境行政や環
境基本法及び関連規則の整備などにおいて、先方の事情に応じつつ制度、規範づくりを進めてい
る。
・ 協力隊等に関しては、地域社会のレベルにおける環境ガバナンスに対する支援、あるいは自立的
な地域開発支援全般において環境親和的な知見を普及・定着させていくといったかたちでの支援
が期待できる。
・ただし、これらの可能性を現実のものとするためには、2つの条件、すなわち、1)応用動作の利
く優秀な人材が専門家等として確保されること、及び、2)これらの人材が先方関係者との間で
しっかりとした信頼関係を構築できることの 2 点が必要条件となる。
資金協力
・ 基本的に相手国のガバナンスを前提とした協力の形態である。相手国が供与された資金を適正に
活用して、資金によって得られた施設や資機材を有効に活用できることが協力実施の大前提と
なっている。近年導入された植林やクリーン・エネルギーに関する資金協力においても同様であ
る。
・ 他方、途上国の実態にかんがみ、途上国のガバナンス能力を補うべく、新たな組織体制の整備を
義務付けたり、あるいは、技術協力との連携の必要性が強調されてきた。さらに、近年では資金
協力のソフト・コンポーネントが拡充されてきている。
・ 資金協力を環境ガバナンス支援強化に対してより効果的に活用するためには、資金協力によって
整備・強化される施設・機材(ハード)の適正使用の確保に留まらず、資金協力の規模の大きさ、
インパクトの大きさを活かして、環境ガバナンス全般にかかわるような、より大きな政策課題に
対してより一層包括的に取り組むような方式の更なる活用が望まれる。この際、技術協力による
知的支援との連携が重要である。
開発福祉支援 ・ 新しい協力形態としての開発福祉支援は、現地の知見を効率的に活用するものであり、地域社会
の実態に合わせながら、かつ地域住民及び域内の諸機関の主体性を引き出しながら地域社会にお
ける環境管理能力の強化、コミュニティ・ガバナンスの強化を図る手段として特に有効である。
・ 地域開発の中に環境問題への対処を「内部化」して取り組むアプローチにも活用が考えられる。
・ しかしながら、予算、件数等の制約に加え、現時点では現地における実施管理上の手間暇がかか
る。この協力形態を多用して大規模な展開をするためには、アイデアを具体化し実行する能力を
有するスタッフの配置等、現地体制の相当の強化が必要となる。
出所:関係実務者へのインタビューにより筆者作成。
57
第二次環境分野別援助研究会報告書
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5.
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今後の環境ODAの更なる展開とガバナンス支
も有利となるというオプションを具体的に示すこ
援強化に向けて
とである。例えば、末端施設における汚染対策よ
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りもCPが望ましく、かつ経済的にも優れているこ
環境ODAには、脱硫装置を付けたり、あるいは、
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とについては総論で、あるいは知識としては伝え
植林を支援するなど環境問題の改善に直接貢献す
られているが、これに留まらずに、それぞれの途
ることを目指すものと、そのような取り組みを途
上国が置かれた状況において具体的に適用可能な
上国自らが持続的になし得るようにガバナンス強
ものであることを示していくことが重要となる。
化を目指すものの2つがあるが、前者の協力が有効
そのため例えば国ごとの具体的成功事例の集積と
に根付くためにも、後者の自立支援のための協力
公表は有効であるがそれだけでは不十分である。
が今後益々重要となる。しかしながら、後者のガ
CPについては、その導入に必要な資金、運営管理
バナンス強化のための協力は、相手国国民及び政
のための人材の確保、複数の企業体が共同して導
策決定者の環境意識や他の分野領域の政策との優
入する際の費用とリスクの負担など、当事者が直
先度などと深くかかわっており、その効果を確保
面するであろう諸課題について具体的な回答を用
することは容易ではない。ここでは、これまでの
意しこれを途上国政府が提供することを支援して
考察を踏まえ、今後、後者の環境ODAを更に拡充
いく必要がある。さらに、各企業の経営基盤強化
し同時にガバナンス全般を強化していくために特
やマネジメント全般の強化に対する支援も併せて
に留意すべき点として、1)環境意識の向上、2)柔
検討されなければならない。
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軟性の確保、3)戦略的視点・長期的視点に基づく
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第3は、環境の現状に関する情報を可能な限り、
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計画・実施の3点に絞り記述する。さらに、補論と
しかも早期の段階から当該国内、特に、地域社会
して、先進国の諸活動との関係について付記する。
においても公開していくことである。フィリピン
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のパラワン島における観光開発調査(JICA1997b)
5−1
環境意識向上への貢献
においては、調査実施の最初の段階から、JICA調
途上国の政策決定者及び国民が、環境問題の現
査団が得ている情報をフィリピン政府の理解を得
状と取り組みの必要性について正確な認識を形成
て公開し、同島の貴重な資源であるサンゴ礁が、既
し、自らの環境意識を向上させていくことが環境
に深刻な危機に瀕していること、そしてその原因
ガバナンス強化の大前提となる。今後の環境ODA
として推定されるものについての見解を示したが、
の推進に際しては、これまで以上に、環境意識の
このようなアプローチは大きな反響を呼び、当該
向上について留意した協力が望まれる。そのため
調査の終了を待たずして、同島自治体及び地域住
には、次の 4 点が大切である。
民が対策をとることを慫慂した。他方、ある別の
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第1に環境被害を客観的に示すことである。環境
国は政府関係者内における環境意識も高く、かつ
意識の向上にとって最も有効であるのが、環境被
一般国民に対して環境意識向上のためのキャン
害に対する危機意識を醸成することであるが、こ
ペーンなども行ってるが、他方、我が国の環境
れについてできる限り、科学的かつ具体的にわか
ODA を通じて得られた情報の公開を制限してい
りやすいかたちで、環境被害の状況を示していく
る。これについては今後とも根強く改善を求めて
ことが望まれる。我が国はこれまで環境センター
いく必要がある。
を拠点とした協力において環境モニタリング技術
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の移転に係る協力を進めてきたが、これを更に進
識の向上のための努力が、民主化や人権意識の向
めて、健康被害調査などの環境被害調査の実施あ
上などのガバナンス向上の糸口となり得るという
るいは環境管理強化のための具体的実施支援に踏
ことを常に意識するという点である。環境ODAの
み込むことができれば、これらの環境意識向上に
プロセスにおいて、情報公開や住民参加型の開発
貢献することができる。
を意識して取り入れることは、特に、情報公開や
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第 2 に環境汚染対策の実施が経済開発の点から
58
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最後に、情報公開と密接に関係するが、環境意
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民主化に関して課題を抱えている国において有効
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
である。ただし、このような考え方を前面に押し
出すことは相手国政府の機微に触れる可能性があ
る。外交的配慮からの援助戦略の懐の深さが求め
5−3
戦略的視点・長期的視点に基づく計画・実
施
最後に、環境改善の実効性を確保するために、限
定された目的を持つプロジェクト単体ではなく、
られるところである。
これらを組み合わせて戦略的・長期的に取り組ん
5−2
柔軟性の確保
でいく必要性について改めて強調しておきたい。
これまでの環境ODAでは、極めて限定的かつ固
典型としては、まず、開発調査などで環境被害の
定された目的を持つプロジェクトを積み上げてい
実態、環境管理に係る制度的・技術的課題などに
くアプローチが主流であったが、今後は、変化す
ついて状況を把握したうえで、その作業の後段に
る状況に柔軟に対応しながらプロジェクトの集合
重ねるかたちで、政策支援型専門家を派遣し、調
体として全体で具体的な環境問題の改善を目指す
査で得られた実証データをフルに活用しながらガ
アプローチがますます重要となってくるであろう。
バナンス強化に係る協力を行い、また、これらと
プロジェクトの開始当初に設定された目的や活動
並行して特定の技術開発や技術移転についてのプ
の範囲を墨守するのではなく、状況の変化に応じ
ロジェクト方式技術協力や関連する機材施設整備
て、最終目標である環境問題の改善に向けて、よ
に関する資金協力を展開していくといったストー
り効果的なプロジェクト目的や活動の範囲を随時
リーが想定される。このために重要なのは、環境
見直していく柔軟性を確保しなければならない。
改善の実効性まで見据えた戦略の策定であり、か
特定技術の移転を当初目的としていながらも、そ
つ、国別の事業計画策定の過程などを通じて、当
の実施の過程で、環境意識の向上やそのための環
該戦略に沿って個別のプロジェクトをプログラム
境被害調査などが必要であるという判断に達した
化していく作業である。
場合は、その新しい判断に応じた対応をすべきで
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先進国の諸活動との関係
ある。そのためには、プロジェクト開始の段階で、 (補論)
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「状況に応じた変化を前提とする」ことをあらかじ
経済のグローバル化によって、途上国の環境問
め関係者内のコンセンサスとしておくことが必要
題は、今後ますます、先進国の企業活動、消費活動
6
である 。
また、相手国のガバナンスを過信しない現実的
と深い関係を持つ。先進国のこれらの活動に対し
て環境ODAがいかなる影響を与え得るか、という
な計画を策定することが大切である。モニタリン
視点を持つことが従来に増して重要となってくる。
グ技術の移転や汚染防止技術の開発などを目的と
企業に関しては、途上国で活動する本邦企業の
した協力は、技術の移転の直接の対象となる先方
行動を規制したり、あるいは、その活力を利用し
人材の配置と定着、移転された技術、開発された
たりすることが想定される。特定の本邦企業を当
技術の実際の環境行政における適用などに関し、
該地における環境モデル企業として位置付け、当
相手国が必要な措置をとる能力があることを前提
該地におけるCP(クリーナー・プロダクション)の
に進められている。ところが、実際は、これらの能
導入などの環境改善努力を支援していく、あるい
力が相手国に期待できないことが協力開始後判明
は、物流にかかわる企業に対して、より環境適合
することが少なくない。この教訓を今後に生かさ
的な生産物の取引を慫慂していくといったことが
なければならない。
考えられる。もちろんこの際、ODA以外の枠組み
や、あるいは通商産業政策に基づく他の事業との
補完性を保ちつつ行われる必要がある。
消費者を通じたアプローチ、あるいは、これを
6
技術協力の手法としては、当初のプロジェクト目的と活動内容に従って邁進する Blue Print Approach(青写真型アプローチ)に対
して、プロジェクトの進捗に応じて学んだことを活かしながら随時目的と活動内容を変更していくLearning Process Approach(学
習過程重視型アプローチ)に相当する。
59
第二次環境分野別援助研究会報告書
梃子として企業の活動にも影響を与えていくとい
うアプローチについては、特に、既に我が国でも
顕在化しつつある消費のグリーン化現象、あるい
7
は、
「グリーン購入 」
を国境を越えて展開するとい
う文脈において環境ODAを活用するということが
援助研究会報告書。
・ JICA(1995b)
、「貧困問題とその対策:地域社会
とその社会的能力育成の重要性」。
・ JICA
(1997a)
、
「地域の発展と政府の役割」
分野別
援助研究会報告書。
想定される。ちなみに、分野は異なるが、我が国は
・ JICA(2000c)
、「マダガスカル国マンタスア及び
ミャンマーにおいて麻薬代替作物として蕎麦の栽
チアゾンパニリ地域流域管理計画調査」
、関係資
培を支援し、かつその蕎麦を我が国が買い付ける
料。
ことによって当該生産活動の持続性を確保しよう
とする試みがODAによってなされている。このよ
・ O E C D 環境委員会編、環境庁地球環境部監訳
(1992)
、「OECD 環境白書」
、中央法規。
うな試みをヒントとして、環境分野でも途上国に
・ エルンスト・U. フォン・ワイツゼッカー著、宮
おける生産活動と我が国における消費活動との関
本憲一ほか監訳(1994)
、「地球環境政策」
、有斐
係において、より環境負荷の少ない生産活動を奨
閣。
励し、あるいはそうでないものを抑制することに
対して有効な関与をODAを通じて行っていくこと
・ 臼井久和ほか編
(1993)
、
「地球環境と安全保障」
、
有信堂。
は検討に値する。公正な競争を阻害しない介入の
・ 大田正豁(2000a)、「(環境改善のための制度金
あり方としては、例えば、エコラベル等の認定シ
融)総合報告書」、JICA 内部資料(2000 年 5 月 19
ステムの整備を支援するなど、グリーン購入の国
日)
。
際化促進に必要な情報基盤を整備していくことが
想定される。
なお、このようなアイデアに対しては、そもそ
も途上国の貧困削減にもたらす効果の点で他のア
・ 大田正豁(2000b)
、
「ルバナ湿地帯総合環境管理
計画調査について」、JICA 内部資料。
・ 大田正豁
(1999)
、
「
(ラオス環境法整備に係る)
総
合報告書」
、JICA 内部資料。
プローチとの比較において優先的に取り組むべき
・ 外務省編(1 9 9 9 )、「我が国の政府開発援助 かどうかという議論、さらに、仮に着手するとし
ODA 白書」
(上巻)
、(財)国際協力推進協会。
ても、地元企業ではなく多国籍企業とのジョイン
・ 環境庁編(2000)
、「平成 12 年度版環境白書」
(総
ト・ベンチャーとの連携が現実的であり、また、相
当長期間の地道が必要であるという指摘などがあ
り得る。
説、各論)。
・ 共同編集グループ編
(1997)
、
「アジェンダフォー
チェンジ日本語版」、ほんの木。
・ グローバルガバナンス委員会著、京都フォーラ
参考文献
ム監訳
(1995)
、
「地球リーダーシップー新しい世
界秩序を目指して」、NHK 出版。
・JICA(2000a)
、「クリーナープロダクションに係
る第一回連携促進委員会」
、議事録及び関連資料
(2000 年 6 月 26 日)
。
・JICA(2000b)
、「中国太湖流域水環境修復高度化
システム開発プロジェクト」
、関連資料。
の環境法」
。
・(財)地球・人間環境フォーラム編(1996)
、「世界
の環境アセスメント」
、ぎょうせい。
・ 佐藤由美
(2000)
、
「メキシコ環境研修センターの
・JICA
(1999、2000)
、
「タンザニアソコイネ大学地
今後」、国際開発ジャーナル 2000 年 5 月号。
域開発センタープロジェクト」
、関連資料。
・ 信夫隆司編
(1999)
、
「環境と開発の国際政治」
、国
・JICA
(1995a)
、
「参加型開発と良い統治」
、分野別
7
60
・ 国際比較環境法センター編・発行(1996)
、「世界
際関係学業書 3、南窓社。
「グリーン購入」とは、
「市場に供給される製品・サービスの中から環境への負荷が少ないものを優先的に購入することによって、
これらを供給する事業者の環境負荷低減の取り組みに影響を与えていこうとする消費者一人一人の消費行動のこと」
(平成 12 年
度環境白書総説 p156)を指す。
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
・ 白鳥令
(1999)
、
「民主主義理論の変化と民主化に
おける選挙の役割」
(冷戦後世界における民主化
シンポジウム、東京、1999 年 12 月 3 日)におけ
る発表。
・ 関谷雄一
(2000)
、
「ニジェール共和国緑の推進協
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・Murase S., Trade and Environment:Legal
Persepectives, ISEG, Tokyo.
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(1995)
, Developing Environmental Capacity,
OECD.
力プロジェクトを事例とした開発援助における
・OECD(1994a), Environmental Indicators, OECD.
目的と手法に係る調査研究」
、JICA客員専門員成
・OECD
(1994b)
, Managing the Environment the Role
果物。
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(1999)
、
「
『良い統治』
と我が国の国際協
力について」
、成蹊大学大学院開発援助共同講座
講義録。
・ 毛利聡子
(1999)
、
「環境分野におけるガバナンス
と NGO」
、築地書館。
・ 森晶寿
(2000)
、
「日本の国際環境協力の現状と課
題」
、国際開発研究 vol.9、No.1。
・ 森直己ほか
(2000)
、
「我が国無償資金協力におけ
る住民参加活動の試み−ルサカ市周辺地区給水
計画の事例−」
、国際協力研究 vol.16, No.1。
of Economic Instrument, OECD.
・OECD
(1995)
, Participatory Development and Good
Governance.
・Pei Xiaofei(2000), Environmental Governance in
China, ISEG, Tokyo.
・Schreurs.M.A.(2000), Environmental Security and
the Asian Region, ISEG, Tokyo.
・Thomas F. Homer-Dixon
(1999)
, Environment, Scar-
city, and Violence, Princeton University Press.
・UNDP
(1997)
, Governance for Sustainable Develop-
ment.
・ ADB(2000), Asian Environment Outlook 2001
(draft), http://www.adb.org/environment/aeo/pub/
draft/.
【インタビュー】
本章資料のとりまとめに際しては、事業実施の
・ Harashima Y., Growth and Environmental Gover-
現場に根ざした具体的な問題意識を可能な限り反
nance, International Synmposium on Environmental
映すべく、本研究会関係者以外に、JICA職員を中
Governance organized by IGES and Sophia Univ.
心とする援助実務者等にインタビューさせて頂き
・ Institute for Grobal Environmental Studies(2000),
ました。ここに改めて御礼申し上げます。
Tokyo.
・ IBRD(1992), World Development Report , Gover-
nance and Development.
・ IBRD(2000), Toward an Environment Strategy for
the World Bank Group, Progress Report.
・ IGES et al(2000),Country Reports on Environmen-
tal Governance in Five Asian Countries, ISEG, Tokyo.
・ JICA(1997b), The Study on Environmentally Sus-
tainable Tourism Development Plan for Northern
Palawan in the Republic of the Philippines(F/R).
・ Arun P.Elhance(1995),“Hydro-politics in the 3rd
World-Conflict and Cooperation in International River
Basins, United Konrad,G.,et al., Sustainable Development and Good Governance, Martinus Nijhoff Publishers, Dordorecht.
・ Nickum J.E.(2000), Comment on the China and
61
第二次環境分野別援助研究会報告書
第 4 章 自然環境分野の協力事業に関する考察
中村 正久(滋賀県琵琶湖研究所所長)
1.
自然環境分野の定義
全」など生態系保全・生物圏保護、生物多様性保全
の問題がある
自然環境は一方で改変圧力を受け、他方で保全
努力によって改変や喪失から守られる(図 3 − 7)
。
1, 2, 3, 4
。ここでは前者を「森林・水産
資源と自然環境をめぐる課題」
、後者を「生物・生
態系保全をめぐる課題」として整理する。
両者のバランスを維持しようとする歴史的経験
は国や地域、更には対象自然環境ごとに大きく異
なる。我が国の一般的な歴史的経験は、非常に大
2.
自然環境保全分野の協力活動の特徴とその評
価
きな改変圧力に対し技術的対応で保全を果たそう
と努めてきた。その経験は貴重だが、その成果が
我が国の自然資源分野の協力プロジェクトや事
国際的に高く評価されてきたのは主として都市型
業はかなりの数量に上るが、自然環境保全に限定
の開発の中に含まれるインフラ整備型保全事業で
すれば少ない。特に個別専門家派遣は比較的多く
あり、自然環境保全の比較的限られた部分である。
なったものの、
「プロジェクト方式技術協力」のよ
JICAでは1980年代終わりから自然環境の保全に
対しては、保護区周辺の問題も取り込んで対応す
一方、林業や水産の資源の利用を念頭においた
ることが至上命題になり、特に林業・水産業など
開発事業が多い。しかし、1990 年代に入って林業
一次産業を含む広義の自然環境の活用を対象とす
部門は熱帯林保全といった世界的な趨勢もあって
る活動もあわせて対象としている意味で、図3−7
従来の人工林指向から天然林保全や管理に協力の
の領域のすべてを対象としている。
焦点が移行してきた。
荒廃地の再生、自然生態系の回復、断片化され
我が国の自然資源の利活用を目的とする自然環
た自然環境を回廊化して全体の保全的価値の向上
境資源といった包括的な目で問題を対処してきた
を図る、など自然環境そのものばかりでなく、そ
とは言えず、資源開発優先の活動を展開してきた
の接点の領域についても事業の対象として浮かび
ことは否めない。特に利用を考える上で自然環境
上がってくるものと考えられる。
全般に関する実態把握の業務
(例えば、湖沼生態系
一方では砂漠化防止を含む持続可能な森林経営
の実態把握調査研究)
が協力実績の中ではきわめて
や養殖漁業などの一次産業と自然環境とのかかわ
少ない。途上国の現状を考えれば調査研究ばかり
り、他方ではサンゴ礁保全を含む
「野生生物保護と
に目を向けることはできないが、持続可能性とい
保護区管理」、
「湿地・湖沼・河川・沿岸の生態系保
う視点に立って賢明な利用を考える上にも実態把
1
「自然環境保全分野プロジェクト方式技術協力、案件発掘・形成の手引き」
(国際協業力事業団、森林・自然環境協力部、2000 年
1月、以下
「手引き」
と呼ぶ)
によれば、自然環境協力部の業務の項目として従来からあったものとして、森林環境保全、社会林業、
天然林管理、持続可能な森林経営、水産養殖、水産資源管理、水産加工・流通、漁業訓練があり、新たに「手引き」作成の契機と
なった業務分野として、「野生生物保護と保護区管理」、及び「湿地・湖沼・河川・沿岸の生態系保全」を掲げている。上記は更に
「野生生物保護と保護区管理」
のプロジェクト例として希少種保護、地域生態系研究、保護区計画と管理を、また「湿地・湖沼・河
川・沿岸の生態系保全」のプロジェクト例として、水域生態系研究、サンゴ礁保全、マングローブ保全、湿地・湖沼保全、閉鎖
性海域保全、水源地域保全を、それぞれ挙げている。
2
JICA 企画部資料「平成 2 ∼ 10 年度自然環境関係プロ技」のリストの区分や、
「国際協力事業団(JICA)の環境協力への取り組み(平
成 11 年 10 月 21 日、企画部環境・女性課)」には、自然資源管理、森林保全・植林(前者)あるいは森林保全・緑化(後者)、及び
生物多様性があり、
「手引き」には無い「生物多様性」を示している。
3
森(2000)は、図 5(環境援助の分野別配分の国際比較、1993-97 年平均)の自然環境関連分野として、森林教育・研究、森林政策、
森林開発といった森林関連分野とは別に生態系保全、生物圏保護という項目で説明している。
4
62
うな協力形態では少ない。
「21 世紀に向けた環境開発支援構想(略称 ISD)」
(平成 9 年 6 月)、によれば、自然環境保全(green issues, blue issues)として、生物
多様性構想、サンゴ礁保全ネットワーク、持続可能な森林経営の推進・砂漠化防止協力の強化を挙げている。
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
自然環境の完全喪失
我が国の多く
の経験
Max
自然環境資源の
過度の利用
自
然
環
境
改
変
圧
力
の
程
度
技術的対応
によるバラ
ンスの維
自然回復力に
よるバランス
保全努力による
自然環境維持
手つかずの
自然環境
Min
Min
自然環境保全努力の程度
Max
図 3 − 7 自然環境資源の利用と保全の概念図
握のための科学的知見の獲得業務は不可避であり、
6
全、生物圏保護は著しく低い、としている 。
資源開発や保全事業と併せて対応することが現実
的である。
NGO との連携による環境協力については、(開
発協力における主要な分野別課題 -1999 年の特集、
我が国の協力活動の概要は上記「手引き」の第 5
JICA内部資料)に実績統計があり、我が国の場合、
章、「我が国の自然環境保全分野における協力体
自然環境保全分野における割合が、一般環境ODA
制」
、①国による取り組み、②地方公共団体による
における割合に比べて大きいという特徴がある 。
7
その内容は、業務委託や部分的参加依頼の域を
取り組み、③NGOによる取り組み、④プロジェク
ト類型と国内体制、に詳しい。
出ず、協力事業との有機的な連携や協働活動とし
他のドナーなどの活動概要に関する記述は脚注1
ての実績は極めてまれである。
「手引き」の「第4章、自然環境に関する国際協力の
現状」
が詳しい。項目としては、①国際機関による
3.
我が国の技術協力政策としての課題
取り組み、②各国ドナーによる取り組み、③国際
NGOによる取り組み、④援助機関の自然環境保全
課題としては<自然環境問題の協力事業そのも
プロジェクトの類型、⑤国際条約への加盟状況及
のがもつ課題>と<事業推進上の課題>がある。
5
び行動計画の作成、が掲げられている 。
事業量など量的な側面を他国に比較してどう評
価するのかについては、何を基準として評価する
後者については特に<人材の登用と育成の課題>
と<NGOとの連携>が課題であるため、その分析
を試みた。
かが問題だが、例えば森(2000)は、他国と比較し
て我が国の配分比が比較的大きいのは森林開発で、
森林教育・研究は比較的低く、森林政策生態系保
3−1
協力事業そのものが持つ課題
自然環境分野における技術協力(援助)には、自
5
他のドナーとの比較については外務省(2000年)で、米国国際開発庁(Agency for International Development:USAID)が特に生物多
様性の減少と気候変動に力を入れ、地方レベル、国レベル、地域レベルにおいて持続可能な成長を推進する目標を掲げているこ
とを紹介している。
6
JICA 内部でもそのような認識があり 2000 年 1 月には「林業水産開発協力部」を「森林・自然環境協力部」に、「林業開発協力課」を
「森林環境協力課」に、「水産業技術協力課」を「水産環境協力課」に改組した。
7
報告書は、我が国が他国の NGO 活動にも支援しているケース(米国、パナマ)も紹介している。
63
第二次環境分野別援助研究会報告書
資源の利用
[A]
自然の保全
保護[B]
両者のバランスに配慮[C]
図 3 − 8 自然環境分野における技術協力
然資源管理という資源開発あるいは資源の利用を
込むのではなく、持続可能な開発の意味や重要性
めぐる協力(援助)
[A]と生態系保全・生物圏保護
を理解し、推進する働きかけになるような協力事
という主として純粋な自然の保全保護の立場から
業を互いに育て上げていく方が効果的であること
遂行すべき協力
(援助)
[B]
、がそれぞれあり、その
は言を待たない。言い換えれば求められる事業の
中間に両者のバランスに配慮した協力
(援助)
[C]
)
性格に応じた戦略的アプローチが求められている
が持続可能な開発・利用といった概念との関係で
ことになる。国別地域別体制への移行に伴い、JICA
位置付けられていることが特徴である。協力事業
全体の事業戦略と同様に特定の分野における戦略
がこういった明確な区分の下で遂行されなければ
性がますます重要となる。
ならないというわけではないが、もともと[A]の
64
持続可能な開発・利用についてはその定義に関
性格をもった事業に「持続的利用」という命題[C]
する共通理解の熟度は高まっているものの、開発
を反映させるために[B]が持ちこまれたと受け止
主体と環境保護団体など相反する理念や価値観を
められかねないものも少なくない(図 3 − 8)
。
持つものが常に一定の共通理解に基づく協力(援
また、自然環境関連分野の事業を優先する意識
助)
の推進を可能とするユニバーサルな定義が存在
が先行しすぎ、果たして相手国や地域の実情に照
するわけではない。そのため、我が国の様に国外
し合わせて適当なものがどうかの検討が不十分な
からの自然資源に依存せざるを得ない国にとって
まま立ち上げられた事業について、成果ばかりが
この分野における協力(援助)プロジェクトの遂行
期待されるという状況が生じつつあることも懸念
には常に自己矛盾や内部葛藤が伴う。仮に、JICA
される。
を含めた技術協力関係機関内でそういった自己矛
特定の地域や国の開発の持続可能性は自然・文
盾や葛藤について一定の共通理解が存在してそれ
化・社会経済などの地域的特徴(ローカリティ)が
ぞれのプロジェクトが恙無く遂行されているとし
色濃く反映されていくからこそ維持されているも
ても、それが我が国の国民はもとより、相手国の
のである。持続性をもった取り組みが事業対象地
政府や国民によって十分理解されているかは別問
域の中で自律的に展開していくことが求められて
題である。特に「森林・水産資源と自然環境をめぐ
いる以上、こういったローカリティ醸成の歴史的
る課題」
については、上記の点は重要である。例え
経緯や現状の課題の理解を肌身を通して行い、マ
ば、植林プロジェクトと木材輸入政策や、水産プ
クロ社会・経済状況や地域社会の自律的発展を促
ロジェクトと漁業交渉、捕鯨問題などの漁業政策
す長期的視野を持った事業として位置付けるべき
との関係がそれに当たる。
である。特に貧困層の増大が結果的に自然資源基
「生物・生態系保全をめぐる課題」についてもも
盤の劣化を引き起こす構造的な問題(図3−9)に対
ちろん同様な整理の必要はあるが、協力事業の目
し、適切な事業形成やそれを実現し得る人材の育
的は資源開発や利用ではなく、保全や保護を最も
成が今後の大きな課題である。
効率的かつ効果的に遂行することであり、またそ
自然環境そのものの意味や重要性が全く理解さ
の技術的課題を解決することである。特に、
「野生
れていない国にいきなりその種の協力事業を持ち
生物保護と保護区管理」
の中の希少種保護、地域生
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
態系研究、保護区計画と管理や、「湿地・湖沼・河
よって協力のあり方や協力推進上の課題も異なっ
川・沿岸の生態系保全」の中の、水域生態系研究、
てくる。しかし、これらの保全と我が国の直接的
サンゴ礁保全などの課題はそういった特徴をもつ。
な資源輸入との関連はほとんど考慮の対象となる
他方、
「湿地・湖沼・河川・沿岸の生態系保全」の
ものではない。
中のマングローブ保全、湿地・湖沼保全、閉鎖性海
域保全、水源地域保全などは、森林の場合と同様、
3−2
事業推進上の課題
保全の対象となる地域や水域によって大きく異な
上記「手引き」
(JICA(2000年)
)
は、これまでほと
る。また、対象そのものが持つ資源価値の開発、あ
んど取り組みがなされてこなかった
「野生生物保護
るいは対象の周辺に存在する資源開発
(例えば集水
と保護区管理」及び「湿地・湖沼・河川・沿岸の生
域における農業や都市活動)
を、対象の保全とどう
態系保全」
について、プロジェクト形成のアプロー
関連づけるのかが大きな問題であり、その判断に
チを提示し、今後の課題として、
「環境と開発の調
内部マクロ経済及び社会
外部マクロ経済の状況
・政治環境の状況
負 債 、構 造 調 整 ・
社 会 ・経 済 ・政 治
プログラムの変更
対外依存・地域の自律的
意思決定構造の崩壊
社会・経済・政治オ
プションの制約
輸出を目的とした一次産
業形態への転換と基盤自
然資源の劣化
♦ 再生資源ストックの減少
♦ 土地生産性の劣化
貧困
♦ 生物多様性の喪失
♦ 資源コンフリクト
非
持
続
性
都市部への人口集中
♦ 環境インフラ整備の遅れ
♦ 都市環境の悪化
図 3 − 9 貧困・非持続性への連鎖
出所:Sustainability, Poverty and Policy Adjustment:From Legacy to Vision, Naresh C. Singh and Richard S. Strickland,
International Institute for Sustainable Development, 1993 の翻訳、引用。
65
第二次環境分野別援助研究会報告書
Y
非持続的農林水産業
(大)、アラル海
サグリンダ
ム湖
ナクルー湖
ラグナ湖
X
観光事業などよ
る自然環境の劣
化(大)
、西湖
フプスグル湖
Z
人口集中、都市化、
工業化(大)
、チャ
パラ湖
ボパール湖
図 3 − 10 湖沼問題カテゴリーの相対性
和」
、
「包括的な協力」
、
「多方面の人材確保・育成」
、
「相手国・地域との対話」
、
「協力期間及び専門家派
農林水産業
(Y)
、さらには人口集中や都市化・工業
遣方法の柔軟な対応」、「保全体制の持続的可能
化(Z)といったプロセスを通して変遷していくの
性」
、
「ローカルコストの配慮」
、
「成果の汎用性」
を
が一般的だが、世界の湖沼問題はそれぞれのおか
8
掲げている 。
れた自然的・社会的条件の下で、上記の一側面の
ここで具体例として湖沼保全をとりあげ、自然
みが進行しているものからすべての側面が様々な
環境分野における協力事業の相対的な位置付けを
レベルで同時に進行しているものまですこぶる多
検討する。湖沼環境の悪化は集水域における様々
様である。上記の人為活動カテゴリーを途上国の
な人為活動の結果としてもたらされる。多くの湖
いくつかの湖沼を例に相対的に位置付けたのが図
8
66
沼の場合、集水域は自然環境の劣化
(X)
、非持続的
一般論としては、「OECD/DAC『技術協力における新たな方向付けのための原則』
[仮訳]」
、(JICA企画部、年次不詳)の「Ⅰ.9技
術協力原則、2.参加型開発について」の中で、技術協力の立案・計画・実施・評価に参加することが不可欠、協力プログラムの
計画段階で、利用者及び受益者の団体との対話の機会を設けるべき人権に関する機関や民主主義社会の中核を育成すべき女性の
関与が不可欠、貧困層が教育訓練や基礎保健などの基本的なサービスを受けやすくすべき、地方分権化における技術協力の新た
な役割が必要
(p.5)
とうたっている。また、同書の
「3.機構制度づくり」
の中では
「技術協力によってどの機構制度を強化するかと
いった選択は、当該国の多様なニーズと優先度に基づいてセクターごとに決定すべきであり、公共機関・金融機関・法制度・教
育制度商業・地域コミュニティ・ボランティア組織といったあらゆる分野の機構制度を考慮に入れるべきである」としている
(p.7)。さらに、同書「5.総合的なプログラム・アプローチ」の中では「個別のプロジェクト・アプローチでなくプログラム・アプ
ローチをとることをもっと強調すべきである」
とし
(p.8)
、
「Ⅲ.技術協力の手法と形態」
の中では、研修事業改善、外国人の人材
の役割とカウンターパート/専門家の新しい関係、被援助国あるいは第3国の専門家の利用機関間のパートナーシップ、NGO及
びボランティア活動を掲げ、特に⑤については「ドナーは、NGO の利用だけでなく NGO の専門的技術や研修機能の強化を助成
することにより、NGO の機構強化・管理向上に関する要請に前向きに応えていくことができる。ドナーはまた、NGO と被援助
国政府の相互理解を促進し、国内諮問機能や国際的ネットワークを支援することも可能である。
」
としている。自然環境保全分野
として、こういった新たな方向付けにどのように対応していくべきかという問題もある。
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
人材(Human resource ---skill, knowledge,capacity)
育成(development)
発掘・登用(employment)
短期(Short-term)
長期(Long-term)
図 3 − 11 専門家人材に関する JICA のパースペクティブ
3−10であり、湖沼環境保全に対する協力事業ニー
ズの多様性も表している。
(適正技術の導入などを伴う)の向上、非持続的農
林水産業の改善は集落貧困層の自立を促す参加型
アフリカのマラウイ湖の生物多様性保全をめぐ
プロジェクトの遂行、などが程度の大小は別とし
る協力事業は自然環境保全の典型的な協力事業と
てそれぞれ課題となる。この様に課題自身が多面
言えるかも知れないが、フィリピンのラグナ湖の
性、複合性をもつプロジェクトに従事し、十分な
保全に関する我が国の事業協力はマニラ大都市圏
能力を発揮し一定の成果をあげ得る<人材の登用
における工業化を中心とする地域計画の中に都市
と育成>及び<NGOとの連携>は大きな課題であ
環境改善のためのインフラ整備をとりこんだプロ
る。
ジェクトで、いわゆる自然環境分野の協力事業と
は一線を画するものであった。
3−3
人材の登用と育成の課題
上記の「野生生物保護と保護区管理」や「湿地・湖
協力事業にかかる要素として協力事業に携わる
沼・河川・沿岸の生態系保全」が単独かつ独立した
者が持つ経験の蓄積と協力事業に必要な専門的能
プロジェクトとして意味をもつケースもあろうが、
力が挙げられる。事業推進上の課題を主として短
湖沼保全プロジェクトにおける自然環境の保全は
期的、長期的な視野に立った専門家人材に関する
その一面を表すに過ぎない場合も多い。すなわち、
JICA のパースペクティブは図 3−11のように簡単
上述の
「環境と開発の調和」
、
「包括的な協力」
、
「多
に表現できる。JICAにとって、自然環境分野の様
方面の人材確保・育成」、
「相手国・地域との対話」
、
に人材プールの限られた分野における専門家の調
「協力期間及び専門家派遣方法の柔軟な対応」
、
「保
達は容易ではない。そのため、短期的には人材発
全体制の持続的可能性」、「ローカルコストの配
掘・登用の方法を模索し、長期的には内外で育成
慮」
、
「成果の汎用性」
などの課題も、実は都市環境
された人材の活用を目的とすることになる。
分野や農林漁業分野の協力事業を含む複合的な多
技術協力業務に直接関係する蓄積経験として、
分野スペース(図 3 − 10)の中で考えていかなけれ
長期現地地域経験[L(local)
]、長期途上国経験[O
ば、総合的な保全を達成する事業として当事国あ
(overseas)
]
、長期国内体験
[D
(domestic)
]
からなる
るいは国際的に高い評価を得ることは難しい。
蓄積経験トライアングルを考える(図 3 − 12)
。我
具体的に図 3 − 10 を例にとって考えれば、自然
が国の技術協力事業従事者の蓄積経験トライアン
環境の劣化への対応は回復技術の指導や教育、自
グルは我が国の歴史的経験(図3−7)によって形成
然保護活動の支援、人口集中や都市化・工業化へ
されるため、当然のことながら長期国内体験[D]
の対応は公害防止や都市型インフラ整備プロジェ
の比重は一般に非常に大きい。我が国の協力事業
クトを当該プロジェクト地域のニーズと対応能力
に従事する専門家の蓄積経験トライアングルは、D
67
第二次環境分野別援助研究会報告書
長期現地地域経験
L
長期途上国経験
O
D
長期国内経験
図 3 − 12 蓄積経験トライアングル
現場問題解決
P
行政経験に基づくシ
ステム構築
A
R
研究アプローチによ
る実情把握・解析
図 3 − 13 専門家業務分野トライアングル
に比べ、L、Oが著しく低い。さらに、Dの比重が
はそれぞれの弱点を補い合う必要がある(図 3 −
大きいことはコミュニケーションの手段としての
14、図 3 − 15)。
語学習得の程度が必ずしも高くならない可能性を
示唆している。
68
上記図 3 − 10 に照らし合わせて考察すれば、専
門家個人としての L 及び O の増強を短期的な人材
JICAから提供されたプロジェクトリスト及び専
登用の枠の中で実現することは容易でなく、我が
門家リストから、現場対応型行動(NGO-現地地域
国における国際的な人材育成の長期的人材育成計
社会との連携)
[P
(practical)
]
、行政経験に基づくシ
画の中で対応していかなければならない。これは、
ステム構築
[A
(administration)
]
、自然環境の現状調
例えば省庁の枠を越えた総合的な取り組みの必要
査・解析[R(research)
]からなる専門家業務分野ト
性を意味する。また、
「生態系保全・生物圏保護」
分
ライアングルを考える(図 3 − 13)
。
野で国際的に評価される協力事業を長期的展望の
自然環境分野における現行専門家集団のリスト
下で成功させていくためには、相対的には、専門
(JICA企画課資料)
によれば、専門家業務分野トラ
家個人としては L や O の強化が、専門家集団とし
イアングル(図 3 − 13)は、[A]と[R]が多く、
[P]
ては P の強化が求められている。NGO の能力強化
が非常に少ない。歴史的経緯を経て自然保護団体
は、個人としてのD、集団としてのA、Rに大きく
が社会全体に支援され、潤沢な資金を有し、専門
依存する我が国の協力事業のバランスを改善する
家としての社会地位も確立した中で実務経験を積
上で喫急の課題である。
んで技術協力事業に参画する専門家集団
[P]
のプー
途上国の自然環境分野
(あるいは広く環境分野全
ルが存在する一部の欧米諸国とは好対照である。
般について)の課題に取り組むこういった人材が、
いずれにしても、一般的に蓄積経験トライアング
もともと個人に備わった能力とは別に、専門家と
ル[LOD]と専門家業務分野トライアングル[PAR]
して要求される資質、すなわち広い視野、的確な
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
L
O
P
D
A
図 3 − 14 経験蓄積:L と O の強化が必要
R
図 3 − 15 専門家:P の強化が必要
相互補完(integrative collaboration)が
可能な NGOの出現
NGOの既存能力の活用(collaboration)
短期(Short-term)
長期(Long-term)
図 3 − 16 NGO との連携に関する JICA のパースペクティブ
判断、高い指導力などは様々な場数を経て身につ
経済構造などについて意見を表明し運動する
「提言
いてくるものであり、下記の<NGOとの連携>で
型 NGO」、上記の問題に対する先進国のかかわり
も触れた多様な交流の場が必用とされる。
に焦点を当て人々の意識変革を起こしていこうと
する「開発教育型 NGO」があり、更には公正な貿
3−4
NGO との連携
易・経済活動を通して途上国民衆の自立的発展と
草の根レベルへの協力効果が望まれる領域の多
環境問題の解決に寄与することを目的とする
「草の
いこの種の分野では、プロジェクト方式技術協力
根貿易・フェアトレード型 NGO」や市民型企業が
の場合のように事業パートナーを公的機関に限定
生まれてきている。これらのNGOは①国際社会の
する形態から、NGOや裨益住民の直接参加が反映
最底辺にいる人々への支援、②政府・企業活動の
できるような協力形態への転換も課題である。
監視、③地球市民学習の普及(新しい価値観の創
NGOとの連携をめぐるJICAの短期的、長期的パー
造)
、④社会変革のための触媒・推進、⑤新しい地
スペクティブを簡単に描けば図 3 − 16 のとおりに
球社会のビジョンと実現に向けての先導役、など
表現できる。
を役割としている 9。
一方、開発途上国の環境問題に携わるNGOは千
JICA プロジェクトなど ODA 事業はこれらいず
差万別だが、主として環境と貧困問題を扱い実際
れのタイプのNGOと連携することも可能だし、か
に現場の状況を改善することを目的とする
「現場型
つ連携なくして有効な活動を推進することは難し
NGO」
、おなじく環境と貧困問題を扱うが、政治・
い。特に、自然環境分野プロジェクトで実際に環
9
馬橋憲男・斎藤千宏編著、「ハンドブック NGO、市民の地球的規模の問題への取り組み」
、明石書店、1998 年 4 月。
69
第二次環境分野別援助研究会報告書
境改善を目に見える形で改善することが期待され
実際にプロジェクトを企画する段階から現地NGO
る事業協力の場合は「現場型 NGO」や「開発(環境)
や専門家集団が我が国の事業支援 NGO と協力し、
教育型 NGO」などといかに効果的に連携していけ
現地のニーズに即したプロジェクト対応能力の向
るかが成否の鍵を握るといっても過言ではない。
上に関与する(図 3 − 19)あるいは、国内の潜在的
しかし、我が国のNGOの中で「現場型NGO」
、
「開
人資源を実際のプロジェクトを通して育成してい
発(環境)教育型 NGO」などとして様々な途上国環
く(図 3 − 20)などの新しい試みをさらに積極的に
境問題に直接コミットしていける体制とリソース
推進していく必要がある。
を有しているNGOは見当たらない。したがって当
上記について湖沼の保全を述べれば、途上国の
面(短期的には)は欧米の NGO や国籍色の薄い国
特定の湖をめぐるNGO、行政担当者、研究者、企
際NGOなどと連携していくことが現実的な対応の
業関係者などが、我が国の特定の湖沼地域と小規
構図となる。長期的には国内 NGO が力をつけ、
模でも継続した多岐にわたる交流(学 術交流 、
ODA事業の中で相互補完(integrative collaboration)
NGO 交流、専門家研修など)を行い、そのプロセ
的役割を果たし得るNGOの出現を支援することも
スで得られた様々な情報を相互に共有することに
JICA として重要な課題である。
より次のステップとして専門家を交えたプロジェ
国際協力において長期的にこのバランスを実現
クト形成に取り組む、といった形が図 3 − 19 に相
するシステムについては、既に現行の事業協力
(図
当する。また、プロジェクトの中にこの分野の次
3 − 17)から、現地の NGO グループの活用や他の
世代専門家人材の育成システムを付置する、ある
ドナー機関専門家の参画(図 3 − 18)などへの転換
いは既存の組織機関が連携支援するシステムをつ
を図る必要性があると指摘されている。
くりあげる、などという形が図3−20に相当する。
LOD-PAR両トライアングルをバランス良く、持
いずれも地域社会の持続的関心の喚起やプロ
続的に形成するためには長期的視野をもった人的
ジェクト支援などといった現行のJICA協力の枠を
資源の育成が不可欠である。国内の人的資源育成
越えた新しい取り組みを意味するが、ODA本来の
を目的の一環として組み込んだスキーム、例えば、
姿はこのあたりにあるのではないか。
協力プロジェクト(JICA)
相手国の援助対象事業
協力事業
カウンターパートなど
図 3 − 17 現行の技術協力
現地NGOなど
図 3 − 18 現地の人的資源(NGO など)の活用
70
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
現地NGO等が国内の人資源
育成にかかわる
プロジェクトを支援する国内協力
機関(NGO)など
図 3 − 19 長期的視野に立った国内人資源育成を組み込んだスキーム(1)
実践活動に従事する潜在的
人資源とそのキャリア開発
現地NGO等が国内の人資源
育成にかかわる
図 3 − 20 長期的視野に立った国内人資源育成を組み込んだスキーム(2)
71
第二次環境分野別援助研究会報告書
参考文献
・外務省経済協力局
(2000)
、
「環境協力の国際的潮
流と我が国の環境 ODA」
。
・国際協力事業団 森林・自然環境協力部(2000)
、
「自然環境保全分野プロジェクト方式技術協力、
案件発掘・形成の手引き」
。
・国際協力事業団 企画・評価部環境・女性課
(1999)
、
「国際協力事業団
(JICA)
の環境協力への
取り組み。
・国際協力事業団 企画・評価部、
「OECD/DAC
『技
術協力における新たな方向付けのための原則』
[仮訳]
」。
・馬橋憲男・斎藤千宏編著(1998)
、「ハンドブック
NGO、市民の地球的規模の問題への取り組み」
、
明石書店。
・森晶寿
(2000年)
、
「日本の国際環境援助の現状と
課題−タイへの環境援助プロジェクトの評価事
例を中心に−」
、国際開発学会
『国際開発研究』
第
9 巻第 1 号、pp21-39。
・Naresh C. Singh and Richard S. Strickland(1993),
“From Legacy to Vision”
,International Institute for
Sustainable Development.
72
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
第 5 章 社会環境―自然環境荒廃の悪循環を好循環に
松島 昇(
(財)自然環境研究センター研究主幹)
1.
はじめに
3ヶ国のゾウを、附属書 I から附属書 II にダウンリ
ストした内容である。50 トン弱、約 5 億円の象牙
開発途上国では自然及び社会環境の両問題の多
を日本へ輸出することが 1 回だけ認められた 1。こ
くが表裏の関係として、相互に関連している。そ
のようにアフリカゾウの保護管理においても社会
のため生物多様性の保全には、生物保護とともに
環境は、重要な位置を占めている。
自然資源に生活を依存している多数の地域住民の
小論では筆者自身が自然環境保全を課題に現地
存在を検討する必要がある。例えば、南アフリカ
調査した際、直接関心をもった社会環境問題を取
3ヶ国のアフリカゾウは、1997年のワシントン条約
り上げることとする 。
2
第10回締約国会議で、附属書I(商取り引きが禁止
される)から附属書 II(許可制で商業目的の取り引
2.
森林減少にみる開発途上国の社会環境問題
きが認められる)
にダウンリストされた。だが、我
が国の報道機関は十分にその主旨を伝えることが
2−1
貧困と大きな較差
できなかった。それは開発途上国における自然資
開発途上国社会の特色に、貧困、大きな較差、複
源と地域住民の関係をよく理解していないためと
雑な民族問題そして植民地被支配の経験などがあ
思われる。
る。これは較差の問題と言換えることができるか
先進諸国で知られている生物保護の手法に、エ
もしれない。階層間較差が多数の貧しい人々と一
コ・ツーリズムがある。アフリカゾウなどの野生
握りの少数の富裕階層である。このような較差は
生物を保護するために、観光収入を利用するので
中央と地方との地域間較差ともなって現れる。タ
ある。確かにエコ・ツーリズムは、ケニアやタンザ
イ国では首都圏と貧しい東北タイの中でも底辺部
ニアなどの東アフリカでは有力な手法である。し
とでは、平均収入にして13倍以上も(1984年)あっ
かし、南アフリカには、ゾウはたくさんいるが、先
た。1998 年の中国では 1 人当たり GDP が、貴州の
進国からの観光客の来訪をほとんど期待できない
302 ドルに対して上海の 3,411 ドルと 11.3 倍であ
国がある。ボツワナ、ナミビア、ジンバブエの3ヶ
る3。貴州より貧しいチベットの場合は、統計値す
国では、ゾウと地域住民との軋轢が、密猟の原因
ら発表されていない。
となって、絶滅の危機が懸念されてきた。
なにしろアフリカゾウは1日に200kg程度の樹木
2−2
恐ろしく高い金利(タイの例)
や草などを食べる。だから、地域の植生が扶養で
地域社会の階層間較差を象徴するものに借金の
きる範囲の生息頭数をまず定め、それ以上の頭数
金利がある。1992 年タイで、筆者は国立公園の保
のゾウについては象牙ばかりか狩猟収入や骨、皮、
全問題で周辺住民の生活水準を調査した。農民の
肉まで含めて収入源として、この収益を、生息す
多くは高利貸しから金を借りていた。カオヤイ国
るゾウの保護管理対策やゾウと共存していく地元
立公園周辺のクロンサイ村は、土地無し農民が流
農村の振興などの費用に当てるものである。これ
民となり、森林地域に侵入することによって成立
が先のワシントン条約締約国会議で決定された、
した、貧しい東北タイに属する村である。聞き取
1
石井信夫(2000)
「第 11 回締約国会議とワシントン条約の今後」
、日本環境協会編『かんきょう 8』、pp.11-14。
2
とりわけ東南アジアを中心に焼畑移動耕作の調査を主査した海外林業コンサルタンツ協会の土屋利昭氏には、現地調査、報告取
りまとめなど各面でお世話になっている。同協会発行
(1999、2000)
「平成10年度、11年度 焼畑移動耕作地域森林造成促進基礎
実証調査報告書、フィリピン編、ミャンマー編」参照。
3
三菱総合研究所編(1999)
「中国情報ハンドブック 1999 年版」
、蒼蒼社。
73
第二次環境分野別援助研究会報告書
写真 1 フィリピン、ミンダナオ島、南コタバトのトウモロコシ栽培で森林消失した山地
りによれば、農産物ブローカーを兼ねる商人から
に集荷する。この地域の森林減少は山地傾斜地を
前渡金が融資されると、農家は毎月5%の高利を支
占 め る 極 端 な ま で の ト ウ モ ロ コ シ・ モ ノ カ ル
払うのが一般的であった。月単位の金利であるこ
チャーが直接的な原因であるが、それを社会的に
とを確認して欲しい。貧しさゆえに、森林内を不
支えているのが農民と穀物商との前渡金支配体制
法占拠して開墾を進めた土地無し農民は、1990 年
である(写真 1:山地でのトウモロコシ栽培)
。
のタイ内務省によれば、170 万家族 870 万人おり、
それは全国民の 16%に及んでいた。しかし、森林
の奥に入り込んでも、住民はなお借金を重ね続け
ていたのである。
2−4
森林資源消失の悪循環
フィリピン大学のクンマーは、1988 年調査から
1800万人とフィリピン全国民の3分の1近くが、林
4
地内に生活すると推測する 。フィリピンの農村に
2−3
74
おそろしく高い金利(フィリピンの例)
は小作農にもなれない多数の農業労働者が、生活
同様の調査を 1995 年フィリピン・ミンダナオ島
苦から森林に逃げ込んでいる。商業伐採も、粗放
の南コタバトで行った。山地少数民族チボリ族の
な焼畑も森林消失の原因である。しかしながら、そ
189戸のうち、借金している家庭が60%おり、その
の基本は、大量の貧困な農民を再生産し続け、一
金利は月 10%であった。多数の貧しい農民の存在
方で一握りの有力者が大半の資産を所有する不公
と大きな階層間較差は、いわばコインの表裏の関
正がまかりとおる、大きな階層間較差の社会構造
係である。189戸は山地でトウモロコシを作る174
にあるといえよう 。富の偏在と貧困の再生産によ
戸のチボリ族の農民と麓に住む15戸のフィリピン
る、森林資源消失の悪循環である。食うや食わず
人穀物商に分かれた。穀物商は高利の前渡金で
の生活を続けている多数の住民には、森林減少を
もって、先住民の農民からトウモロコシを支配的
止める手段を考える余裕はない。
5
4
Kummer,D.M.(1992)Deforestation in the Postwar Philippines. Ateneo de Manila University Press.178pp. Manila.
5
松島 昇(1995)
「フィリピンの森林消失と農民生活-スービック周辺での社会林業の試み」
、北川泉編著『森林・林業と中山間地域
問題』
、pp.32-48。
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
表 3 − 4 好循環・悪循環のシェーマ
項目
好循環
悪循環
資 源 利 用 持続可能
略奪的
林 木 利 用 択伐の繰り返し
唯一回の皆伐
農 耕 栽 培 ポリカルチャー(複数作物の輪作) モノカルチャー(単一作物の連作)
2−5
土地利用権 住民が保有
なし:土地無し農民
収益・情報 地域社会へ公平に還元
域外流出・少数へ偏在
住民と対立する脆弱な管理当局
な土地無し農民が行う森林の中での粗放な開墾と
さらに開発途上国の大半は植民地支配を受けて
は、略奪的な焼畑を行って、わずかばかりの収穫
いる。これらの途上国では、独立後ですら、旧宗主
を上げた跡地を、農地でも森林でもない荒廃地に
国の森林法を継承しただけの国が多い。もとより
続々と変えてしまうことである。一方、伝統的な
宗主国の利益を守るためだけの法律であるから、
焼畑農民が持続可能な技術を持っている理由は、
森林はすべて国家、中央政府のものと規定した。地
自分たちの豊かな森は自分たちで守るという強い
元住民は慣行として生活に必要なだけの林木を消
意志があるためだと思う。自分たちの農地や森林
費してきた。ところが独立した中央政府は、森林
という所有意識があるからこそ、豊かさを維持す
の所有者として、木材の商業伐採を行い、その一
る気力がわき上がり、その技術を充実させようと
方で慣行を否定された地元民は、我先に盗伐に走
努めてきたのである。だから持続可能な技術を高
ることとなった。管理当局と地域住民との対立に
めるためには、まさしく社会問題の基礎である土
よる自然資源食いつぶしの悪循環である。持続可
地の保有権に突き当たる。
能な森林管理の責任がある当局には、地方の組織
自然資源利用の好循環と悪循環とを、いささか
があまりにも脆弱で、森林を実質的に管理するに
強引に整理すれば表3−4のようになる。択伐は林
はほど遠いのが実情である。
木を場所的、時間的に分散して収穫を繰り返すこ
とで、皆伐の対極にある。例えば植民地ではサト
3.
焼畑地域での山村振興プロジェクト
ウキビのモノカルチャーを大規模に、繰り返し、収
奪的に展開した。一方、地域住民の食糧自給にお
3−1
悪循環を好循環に
いては多種類の作物を少量づつ生産し、輪作する
開発途上国の深刻な社会経済条件は周知のこと
ので土地の生産力を維持する。土地利用権につい
である。その悪循環を好循環に変えるのが、プロ
ては説明した。持続可能な資源利用のためには、収
ジェクトの使命であり、技術であり、そして地域
益・情報が地域社会へ還元されなければならない。
住民自らの創意と工夫である。今日では森林減少
そこでもし、減少した森林周辺の地域住民が、土
の代表的な原因と思われている焼畑も、元来は長
地保有権を保証され、山間傾斜地を劣化させずに、
期の休閑期を置き、自然=森林の回復を重視した、
食糧を自給しながら、林木を再生管理する技術を
持続可能な伝統的農法なのである。これを森林減
開発し、獲得することができたら、途上国の森林
少、資源劣化に向けたのは、森林を開墾するため
環境や自然環境の保全にとって貴重な技術モデル
に略奪的な焼畑を行う多数の土地無し農民を流出
となる。
させてきた社会構造にある。これは伝統的な焼畑
を行ってきた少数民族も追いつめてきた。
3−2
ボトムアップ型の協力
土地無し農民には、農地や森林の豊かさを維持
本案件の対象は東南アジア諸国における山地少
しながら、収穫するという技術や気持ちを持つ余
数民族の焼畑地域である。このプロジェクトは、カ
裕がない。あるのは借金ばかりである。そのよう
ウンターパートとともに単に現地調査を実施する
75
第二次環境分野別援助研究会報告書
表 3 − 5 北部タイ焼畑調査開発段階別結果
開発段階
単位
調査地
平均
平均耕地面積
作物別栽培割合
月所得
水田
常畑
焼畑
水稲
陸稲
タロイモ
キャベツ
村
戸
バーツ
ha
ha
ha
%
%
%
%
開発先発
5
65
4,377
0.04
0.63
0.09
11
19
8
63
開発中発
8 124
1,707
0.14
0.22
0.16
51
50
31
50
開発後発
10 176
695
0.13
0.09
0.13
73
69
55
32
開発段階
調査地
単位
生活機材所有割合
小型トラック
バイク
テレビ
ラジオ
冷蔵庫
洗濯機
コンロ
ランプ
%
%
%
%
%
%
%
%
村
戸
開発先発
5
65
54
31
53
84
21
3
10
3
開発中発
8 124
10
31
25
68
20
0
9
40
開発後発
10 176
1
12
1
20
0
0
0
96
注:1995 年 11 月現地調査。
だけではない。焼畑住民のニーズを把握して、森
ライチなどの商品作物の栽培を支援して、現金収
林回復をはじめとする山村振興のモデル構築やそ
入を上げることを奨めるものである。冷涼な山地
の実証調査まで試みるものである。当初の2年間は
でのキャベツ栽培の急速な拡大に目を見張るとと
現地調査だけであるが、3年目からはモデル事業を
もに、少数民族の集落の間に、開発先発、開発中
立ち上げ、その評価まで企画している。ここにカ
発、開発後発という顕著な較差が、次のような点
ウンターパートとの比較的長い期間協力して、調
で生じていることを調査した(表 3 − 5)
。
査協力を行いながら、モデル事業を編成すると
いった、基礎から組み立てる、ボトムアップ型の
①村ごとの収入の較差
協力がある。
②焼畑・水田(急峻な傾斜地での零細な棚田)に
対する常畑面積の割合
3−3
焼畑跡地でのキャベツ栽培
③焼畑(陸稲、タロイモ)と水田(水稲)に対する
6
第1年次に北部タイの山地を調べた 。1995年の
常畑(キャベツ等)作物の栽培割合
ことだから、タイ経済はかなり好調であった。経
④生活備品の所有割合
(テレビや冷蔵庫は電気の
済成長は辺境の少数民族の生活向上を支えていた
普及にも関連する。ランプは電気の無いこと
と思う。数多くのケシ栽培撲滅と焼畑の常畑化を
を示す。
)
推進するプロジェクトを調べた。北欧、ドイツ、
それとともに住民のニーズが、健康のための清
オーストラリアなどの先進国が焼畑少数民族の生
潔な飲料水、雨期でも使える道路、電気、小学校、
活向上と自然回復を目指す地域振興プロジェクト
保健所などにあることを知った(写真2 メーホン
を進めていた。それは陸稲やタロイモを栽培して
ソン開発後発村の陸稲焼畑、写真3 チェンマイ近
きた少数民族に、焼畑の常畑化によって、焼畑を
郊の開発先発村の焼畑跡地)
。
制限し、キャベツ、野菜、コーヒー、茶、イチゴ、
6
76
松島 昇(1996)
「焼畑地域における森林と地域住民の実態 - 北部タイの焼畑地域」、海外林業コンサルタンツ協会編『平成 7 年度、
焼畑移動耕作地域森林造成促進基礎実証調査報告書、フィリピン国及びタイ国実態調査編』、pp.76-99。
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
写真 2 タイ北部、メーホンソンの山地、開発後発村の焼畑による陸稲栽培
写真 3 タイ北部、チェンマイ郊外山地、開発先進村の焼畑跡地での常畑
77
第二次環境分野別援助研究会報告書
3−4
多様な現地の調査協力
参加型の森林復旧植林と森林保全である。州都プ
カウンターパートの森林官と協力した現地調査
エルトプリンセサから車で 2 時間のカンディスⅢ
では、チェンマイ大学の研究者の支援により、大
がプロジェクト対象地に選ばれた。ここは同島中
学院生そして少数民族の生活向上に直接従事する
央部で、約1,200haあまりの山間地域に天然林、そ
チェンマイ県の山地民族福祉部職員などの協力を
の山麓部、焼畑跡地である二次林及び草地、山腹
得ることができた。調査結果から北欧などの支援
面での焼畑、緩斜地及び平坦地での常畑という、い
するプロジェクトとその仕組みについても情報を
わば焼畑跡地も自然林もほどほどに存在している。
得た。少ない予算に比して効率的な事業の進展は、
世帯数は約40の小集落である。うまくすればプロ
タイのカウンターパートやローカル・オフィサー
ジェクトの意図はすみずみまで伝わることも可能
の大きな役割や活躍にあると考えられる。現地に
であった。
詳しい、プロジェクト所属のカレン族技術者の協
力を得て、特に奥地の開発後発村を数多く調べる
4−2
山積する切実な課題
ことができた。山地民族の努力や工夫を直接聞き
1998 年は、前年からのエルニーニョ現象の影響
取り、開発すべき技術の素や種は現地にあること
をうけ、フィリピン全土で厳しい旱害に見舞われ
を調査メンバーは実感した。
ていた。カンディスⅢの住民も、深刻な食糧不足、
収入不足で、日々いかに過ごすかが最大の関心事
4.
フィリピン・パラワン島での経験
であった。このような状態では、長期的な森林復
旧等の活動に住民の注目を集めることは難しい。
土地無し農民の貧しさは、農民らしい心や技術
プロジェクトをアピールするために、①保育所開
を持っていない点にある。つまり農民なら当然
設、②苗畑造成、③集落入り口の橋梁の付け替え
もっている郷土への誇りや地力維持を工夫する心
などに着手した。特に①は母親に就労の道を開き、
のゆとりがないのである。パラワン島へ流れつい
③は雨期の通行を確保するため、住民から強い要
て、ようやく土地を得たばかりのプロジェクト集
望が上がっていた。そしてこの村の課題は、もと
落の人々に、いきなり長期的な計画や投資が必要
は土地無しの流民であるため、まずは未熟な農業
となる森林管理を期待することはできない。それ
技術の習熟が必要である。だが、それ以上に、よう
より実務として、食糧自給を行いつつ山間の傾斜
やく確保した山間の土地を自らのものとして、土
地の安定を追求することが緊急である。例えば農
地の豊かさを維持するといった農民として最も基
耕地の改良や多年生でも比較的すぐに収穫の上が
本となる心を、プロジェクトによって耕していく
る果樹栽培、それらを複合的に組み合わせること
ことである。
である。持続可能な農林複合経営が、山間の傾斜
地で行えるアグロフォレストリーを手掛かりとし
て、集落の人々が農民らしい心を養っていくこと
がプロジェクトの長期的な課題である。
4−3
在村土地所有者との連携
次に、森林保全やアグロフォレストリーを行う
土地の問題である。この地域は山地も畑地も民有
が相当部分認められており、土地所有者には不在
4−1
パラワン島山間の対象地
森林被覆率が全国の19%(1993年版森林統計)と
村者の山地に林木を植栽して、土地所有者と林木
深刻な森林減少が進むフィリピンにおいて、パラ
の植栽保育者とで、将来の林木からの収入を分割
ワン島は最も豊かな森林が残っている地域である。
する、分収林方式を計画した。しかし、まもなく不
それだけに他地域からの多数の流民による入植は、
在村所有者たちは土地の騰貴が目的であるため、
開墾を目的とした粗放な焼畑となって同島での森
山地での事業などに興味がないことが明らかに
林減少をさらに進めてきた。
なった。そこで植林は在村者の土地で行い、村民
プロジェクトの目的は、焼畑地域における住民
78
村と在村の所有者がいる。当初の計画では、不在
の希望の高いドリアンや柑橘類等の果樹やコー
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
ヒーなど多年生作物とそれらの樹間に穀物
(トウモ
のため①防火対策、②作業費の節約
(70%程度に抑
ロコシ、サツマイモ、陸稲)
やピーナッツの一年生
える)
、③安定した生態環境の維持などの効果が期
作物を栽培するアグロフォレストリーによる複合
待できる。プロジェクトとして3世帯により7haの
栽培に主力が置かれるようになった。アグロフォ
二次林でこの作業を実施している。
レストリーには、33haの山地に23世帯が参加して
いる。ただし、短期的な収穫にとらわれている住
民には、治山対策の生け垣植栽などは、現在のと
ころ余り人気がない。
4−6
インフラの整備
他に小河川の改修を行い、小規模灌漑による水
田の開設、簡易上水道、ミニ水力発電によるバッ
テリー充電(テレビが見られる)
、農業技術の研修
4−4
住民による苗畑造成
森林復旧植林事業でもアグロフォレストリーで
などである。また道路の維持管理としては路面保
護のために高校生が街路樹を植栽し、その労賃は
も、まず苗木が必要となる。プエルトプリンセサ
8km の通学となるジプニーの運賃にあてられた。
には市立の立派な苗畑がある。だが、住民の需要
街路樹には樹冠一杯に色鮮やかな花をつける火炎
を満たすにはためには、地元で育苗から取り組ま
樹を選択した。若い世代が地域の環境整備に参加
なければならない。1997 年に集落の中心部で給水
することは、次々に自然環境を食いつぶしてきた
2
できる場所に、まず 400m 程度の小規模の苗畑を
貧しい流民の子としてではなく、誇れる郷土を自
仮設した。この周辺に5倍の畑を拡大して、住民の
ら築く、環境を維持し、整備する新しい世代への
希望のある、樹木苗(1998年2万本、1999年7万本
成長を期するものでもある。
弱生産予定)、果樹苗(1998 年 0.6 万本弱、1999 年
2.5万本弱生産予定)
、治山対策の生け垣用苗(1999
年3万本弱生産予定)
、野菜などの栽培を計画した。
4−7
徹底した協議と共同作業
災害を受けやすい山間地を維持する作業や本格
的な苗畑造成、植林、アグロフォレストリー作業
4−5
森林回復構想と独自の作業
などを、協力して、計画的に推進するために、この
森林復旧は在村者の土地で、当面 25ha をプロ
集落では、参加メンバー全員の徹底した協議があ
ジェクトが一定の経費を投じて行う対象地とし、
る。村長はアグロフォレストリーなどの経験者で
住民の自主的活動により実行するものを 5ha とし
はあっても、集会の運営は極めて民主的に進めら
た。これには周囲の天然林を保全するためのバッ
れる。また事業量の大きなことに対してはバヤニ
ファー・ゾーンという意味がある。そして、ほとん
ハンという共同作業方式を採用する。これらの作
どが災害を受けやすい山間の傾斜地であるから、
業への就労の有無は、元婦人警官の村長夫人が管
周辺の耕地、果樹園、宅地、河川流域などを守って
理する労務日報に集約されている。
いくために優先度の高い場所が選ばれた。1998 年
の植林地は 23ha であった。
特記すべきはフィリピン独自で開発された天然
4−8
保育コスト削減とボランティア
1998 年度の協議で、日本側からの支援は植林経
更新補助作業である。この作業は草地や二次林に
費の50%とし、残りは住民の自助努力部分とした。
おいて、先駆樹種の成長を促進させ、森林回復を
造林成績は上がったが、面積が多すぎて、林木の
加速するものである。フィリピンにおける植林プ
保育作業の質を落としてしまった反省の結果、一
ロジェクトの失敗の多くは、乾期の火災である。防
部の作業を出来高支払いとして規制した。1999 年
火のためには、少しでも水分を保持する灌木やつ
度には、週に1日のボランティアによる共同作業日
る植物が存在したほうがよい。それはまた生態系
を金曜日とした。この日に住民に人気のあるアグ
としても活力がある状態となる。林木の成長促進
ロフォレストリーの作業を行い、アグロフォレス
のため日本なら刈り払う林木の周囲を、ここでは
トリーの保育経費削減に努めている。労務日報に
被圧板によって草を押し倒すことに専念した。こ
よれば、1998年度延べ就労日数6,795人日中、プロ
79
第二次環境分野別援助研究会報告書
表 3 − 6 カンディス III におけるプロジェクトの目標、要点、問題点
対策手法
農業
目 標
食糧生産
要 点
問題点
農耕地の改良
移民の未熟な農業技術
短期的な農業と
農/林 バランス
住民の造林賃金への過大な
長期的な林木との共生
長期的な土地管理
期待
収入の向上
アグロフォレストリー
(混農林業)
果樹栽培
造林
林産物生産
長期的な投資
住民だけでは不可能
地域環境の安定
住民の収穫権
造林地=政府による没収
住民に懸念
造林共同作業
現地密着技術指導
リーダーシップ
未熟な造林技術
治山用生け垣
土壌保全
飼料利用の普及
土壌保全効果の認識
インフラ整備
生活改善
住民の技能拾得
地域にある技術の開発
協同組合結成
プロジェクト自主経営
経営管理技術
未経験
村落共有林申請
国有地天然林を対象
森林の経営管理
政府と長期の折衝
ジェクトから労賃が支給された日数が 3,180 人日、
世帯数も小規模な集落であったこと等が本プロ
残りの 3,615 人日がボランティアで、また 1999 年
ジェクトを比較的好調に進めてきた要素といえよ
度は 5,900 人日中約 1,800 人日がボランティアで行
う。
われた。
5.
4−9
援助・被援助両サイドの人材
このプロジェクトを何とか順調に進めてきた点
ミャンマーは敬虔な小乗仏教の国である。どの
では、まず被援助側のリーダーの村長夫妻が挙げ
ように辺鄙な農山村地帯でも、パゴタ(仏塔)と僧
られる。夫妻も流民でNGOの経験があり、公平な
を見つけることができる。少数民族の場合にも地
措置が村民の人望を集めてきた。さらにフィリピ
力維持といった農民らしい心を深くもった人々で
ン側のコーディネーターとして、日本側の特殊法
ある。だが、貧しいミャンマーの中でも少数民族
人と長期にわたって様々な活動に関与してきた人
の集落では、とても十分な化学肥料や農薬など使
物の存在がある。その人物は林業技術や地域振興
う余裕はない。そのためプロジェクト対象地の農
の経験が深く、しかもその子息の1人がパラワン島
民は、緩やかな丘陵地帯を畑とし、周辺林地から
の現地に常駐して、技術指導面とプロジェクト支
薪を採取して、畑の中で有機質を焚いて耕地に養
援の NGO の中心となって活動している。日本と
分補給し、輪作(1 年目:ジャガイモ− 2 年目:陸
フィリピン両方に長い間気脈を通じてきた人たち
稲− 3 年目:油糧作物パンナン− 4 年目:休閑)を
が現地の村長夫妻らとじっくりと話し合ってきた。
行う、焼畑起源の特殊な農法(ペイポック Payit
ここに本プロジェクトが援助・被援助両サイド間
Phokeと呼ぶ)を続けてきた7。ただし、熱帯高原に
で親密なコミュニケーションが達成されている。
おいて乾期が長く、雨期には集中的で不安定な降
①両者の親密なコミュニケーション、②1995年か
雨があるという条件下で、周辺の森林や農耕地そ
らの入念な現地調査、③地域面積
(1,200ha程度)
も
のものを劣化させてきた。マツ林では燃材の盗伐
7
80
ミャンマー・シャン高原での試み
松島 昇
(1997)
「焼畑地域における森林と地域住民の実態−ミャンマーのシャン高原地域」、海外林業コンサルタンツ協会編
『平
成 8 年度、焼畑移動耕作地域森林造成促進基礎実証調査報告書』
、pp.23-52。
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
表 3 − 7 ペインタウン村の収入階層別生活備品保有及び飯米自給月数
世帯数
ラジカセ
牛車
牛
飯米自給
戸
%
%
頭数
月数
6 万チャット以上
11
64
109
8.9
9.3
2 階層
4∼6万
8
63
100
5.3
7.9
3 階層
2∼4万
45
31
71
2.7
8.0
4 階層
1∼2万
39
33
67
2.3
6.1
5 階層
1 万チャット未満
49
18
57
1.4
5.3
収入階層
年 収
1 階層
注:1996 年 11 月現地調査。
ジャガイモ
1階層
パンナン
2階層
ショウガ
3階層
他農作物
商売
4階層
畜産
5階層
労賃(籾)
0%
20%
40%
60%
80%
100%
図 3 − 21 ペインタウン村の階層別収入構成
が続き、稚樹の更新どころか、深刻な土壌浸食は
んで、2ヶ月前後ていねいな住民調査を実施した。
ガリーを生じさせている。年間降水量は 1,000mm
村長は 30 歳台前半の若さで、村内最有力者だが、
に及んでも、長い乾期と植生の荒廃により、景観
私財を提供して小学校を設置するように、村民か
はむしろ乾燥地を思わせる。
らも人望がある。そして、プロジェクトの労務配
したがって当地での課題は、農耕地及び周辺の
分などは村長の指令がそのままとおる権威がある。
森林を含めた地域で、乾燥に配慮した地力の回復
ペインタウン村は現地調査した 3 地域のうちでも
と生態系としての安定を目指すことである。それ
最も貧しい村であり、村長が熱心でFREDAの現地
とともにインフラの整備として、深刻な乾期の生
調査隊に常駐するほどである。これがプロジェク
活用水の確保、雨期に泥濘化する村内道路の改修、
ト対象村として選ばれた理由である。
小学校校舎の建設などである。
カレン族系は稲作を重視するが、水田はわずか
であるため、降雨だのみの陸稲栽培が丘陵地で営
5−1
村の概況とカウンターパート
まれる。主食は米であっても自家飯米を完全に生
チベット・ビルマ語族系のポオウ・カレン族が
産できるのは、世帯数のわずか17%にすぎない。ポ
プロジェクト対象のペインタウン村の住民である。
オウ族の生活水準を示すのが表3−7だが、米が食
カウンターパートとなる森林資源環境保全協会
べられるのは年間のうち豊かな 1 階層平均でも
(Forest Resources Environment and Development
9.3ヶ月に止まり、最も貧しい5階層平均では5.3ヶ
Association:FREDA)は、森林局をベースとする特
月にすぎない。飯米生産は総世帯平均で6.6ヶ月分
殊法人で、森林局との絆は強い。1996 年の現地調
と村内年間消費の半数をやや超える程度である。
査では元局長ら幹部も現地の寺院や家に泊まり込
村には電気がない。電池が使えるラジカセはこ
81
第二次環境分野別援助研究会報告書
の村にとって貴重な情報収集及び娯楽ための生活
もとインドやミャンマーの乾燥地における造林法
備品である。牛は、農作業、物資運搬などの主力で
である。
あり、畜産収入源でもある。図 3 − 21 はこの 152
世帯の収入構成を5階層別にみたものである。図に
5−4
インフラ整備
村内の悪路の改修と乾期の水の確保が大きな課
みるように、農業の中心は米だが、米は村内消費
に消えてしまうため主要な現金収入作物ではない。
題である。ペインタウン村の特産物にショウガが
1∼4階層で最大の収入源はジャガイモである。次
ある。これの村内での売り値は 1 ビス(1.633kg)当
の収入源は階層によって異なり、ショウガかピー
たり50から60チャットと安い。ところが国道沿い
ナッツ、チリ、トマト、米などの「他農作物」であ
では150チャットと約3倍で売れる。ヤンゴンだと
る。4 階層では第 2 の、そして 5 階層では最大の収
450チャットである。ヤンゴンはともかく、村内と
入源が労働収入である。しかも、労賃は現金では
国道沿いとの価格差は、雨期に泥濘化する村内の
なく、籾でもって支払われている。下層農の中に
悪路に基づくと考えられる。この村道は村人に
は農作業に重要な牛を持たず、牛を借りるために
とって農作業や給水に通うための重要な生活道で
他人のもとで働いているものまでいる。
ある。起伏はわずかだが、牛車によってつけられ
た轍が深い。国道端から最北部の集落まで、約8km
5−2
農耕地の地力回復
あるうち 2.4km を 1999 年度に、敷石や側溝を整備
酷使され、劣化した耕地の地力回復には2つの方
する道路改良事業が住民のボランティアで実施さ
法を選択した。①自生するひまわり、稲藁、草など
れた。また、小学校の建設や井戸の掘削などが行
を緑肥として散布することと、②等高線沿いに畝
われた。プロジェクト側では小学校には資材分だ
立て耕作、マメ科の草本や灌木で等高線沿いに植
けを出資し、大半は住民のボランティアで建設さ
生帯を栽培することである。
れた。井戸はカウンターパートが他のNGOの支援
を得て掘削した。
5−3
アグロフォレストリーによる森林回復
村内の荒廃地には、劣化耕地で岩石が露出して
6.
おわりに
いるところと、耕地跡地やマツ劣化林で集中豪雨
の際に土砂崩壊が進んでガリーが生じている地区
がある。岩石露出地では各種の植栽方法を試みた
あえて難題に取り組んだ。プロジェクト実施機関
が、植栽困難地であるため、乾燥に強い灌木の緑
は政府系の公益法人である。同法人は林業技術協
化に努めることとした。劣化耕地では果樹木の栽
力では我が国を代表し、実際に海外の現地で技術
培が行われ、樹種はアボガド、マンゴー、ジャック
援助に取り組んできたベテランによって構成され
フルーツなどやコーヒーも試みられている。農民
ている。彼らこそ開発途上国での植林プロジェク
の関心を集めているのが特にコーヒーで、庇陰が
トの難しさを承知している。そのベテランたちが
必要なコーヒーには、農民達は他の果樹との混植
小規模な山村振興プロジェクトを取り上げた理由
などに独自の工夫を試みている。
は、「自分たちの村の環境は自分たちで守る」とい
乾燥ぎみの熱帯高原での植樹方法に関しては、
82
小論では、自然環境荒廃の悪循環を好循環にと、
う地域住民の当事者意識形成に関与してみたかっ
カウンターパートが植え穴の集水トレンチ方式を
たに相違ない。取り上げたプロジェクトは開始し
提案した。不安定な降雨を集水する方法として、植
て2∼3年のものであるから、劣化した耕地や森林
栽木の植え穴を等高線沿いに横長に配置して、植
が本当に回復へ向かうかどうかは不明である。た
え穴を大きく(幅 0.5m、長さ 1.8m、最深 0.9m)し
だし、村の住民たちはプロジェクトの作業で賃金
た。大きな集水トレンチを掘るために費用はかか
を得るとともに、これまでできなかった道路の修
るが、当域の気候条件に適応しているため、植栽
復などのインフラ整備に本気でボランティアで参
木の生育は良好である。等高線トレンチ法はもと
加するようになっている。このような課題に対し
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
て、小規模なボトムアップ型のプロジェクト、カ
「平成 10 年度、11 年度 焼畑移動耕作地域森林
ウンターパートや地元NGOの事業企画や技術面で
造成促進基礎実証調査報告書、フィリピン編、
の役割は次のように整理される。
ミャンマー編」
。
・松島昇
(1995)
、
「フィリピンの森林消失と農民生
①日本人専門家:出資事業の的確な判定やプロ
ジェクト総体の経営管理
②カウンターパートや地元 NGO:事業企画や技
術面、管理面での主導的役割
③地域リーダー:事業企画に参加し、事業展開
での住民に対する指導者
④地域住民:リーダーと良好な信頼関係を築き、
共同作業などから環境意識の啓発
⑤プロジェクトの規模・期間:集落を単位とす
るような小規模なもので長期間継続する
活−スービック周辺での社会林業の試み」
、北川
泉編著『森林・林業と中山間地域問題』
。
・松島昇
(1996)
、
「焼畑地域における森林と地域住
民の実態―北部タイの焼畑地域」
、海外林業コン
サルタンツ協会編『平成7年度、焼畑移動耕作地
域森林造成促進基礎実証調査報告書、フィリピ
ン国及びタイ国実態調査編』
。
・三菱総合研究所編
(1999)
、
「中国情報ハンドブッ
ク 1999 年版」、蒼蒼社。
・Kummer,D.M.(1992)Deforestation in the Postwar
Philippines. Ateneo de Manila University Press.178pp.
ここでも中心的役割は、実際に現地で活動する、
Manila.
プロジェクト・スタッフとしてのローカル・オフィ
サーである。もちろん環境分野協力には、ローカ
ル・オフィサー養成のための学校教育やトレーニ
ング・コースがある。さらにローカル・オフィサー
の本格的な教育は、環境分野プロジェクトの現場
においてこそ可能となる。とすると国際協力事業
団がこれまで支援してきた環境 NGO のミニ・プロ
に加えて、政府機関と NGO との連携を密にして、
環境プロジェクトの管理及び技術両面においても
水準を高めていく必要があるのではないだろうか。
中央政府が管理や支配できない地域が多いのが
開発途上国の現実である。ところが自然環境や生
物多様性そして森林の保全には、現場で着実に活
動するローカル・オフィサーが求めれられている。
環境分野協力を本格的に行うには、このローカル・
オフィサーの養成のために、実質的なトレーニン
グの場としての地域住民に配慮した環境プロジェ
クトを小規模でよいから水準を高め、かつ段階的
に数を増やしていくことに努めるべきと考える。
参考文献
・ 石井信夫(2000)
、
「第 11 回締約国会議とワシン
トン条約の今後」
、日本環境協会編『かんきょう
8』
。
・ 海外林業コンサルタンツ協会発行
(1999、2000)
、
83
第二次環境分野別援助研究会報告書
第 6 章 産業公害
森島 彰(環境事業団)
1.
産業公害分野の問題と課題
業省は工業化の促進を業務として、両担当部局間
の協力がない例が多く、このことがエンフォース
我が国は環境協力を経済協力の重点事項として
メント体制の弱体につながっていることも多い。
位置付け、20 世紀後半に我が国が経験した産業対
策の伝達を基調とした技術移転を実施してきてい
るが、開発途上国の多くでは、その当時、日本が有
1−1−2
案件形成の意識が低い
産業公害の対策を強化することは、本来、開発
していた各種の条件を備えていないこともあり、
途上国の各企業が投資すべきであることから、政
産業公害対策の技術を移転しようとする努力だけ
府機関は自分たちの政策やその実行がうまくいか
では深刻な公害問題を解決できない現状にある。
ないことを企業側に責任を押しつける傾向が強い
これらの国々では、我が国が産業問題を抱えた
ためドナー側に技術協力を要請し、国としての政
当初に認識していたのと同様、産業公害対策は経
策及びその実行を支援することは少ない。また開
済成長に直接貢献しないとの認識がいまだ根強い。
発途上国内での公害防止のための対策は優先順位
一方、開発の遅れている途上国では、我が国の産
が低く、政策決定者は常に工業化をより急速に進
業公害経験の伝達を基調とした技術移転を受け入
めることに目を向けていることも優先順位が高く
れるために必要なキャパシティを有していないも
ならない原因である。また、ドナー側の技術協力
のと考えられる。
は、企業ごとに、生産プロセスごとに技術が異な
21 世紀の技術協力は、これまでの経験をもとに
り、その具体的な実行は、工業省に対する支援と
新たに多種多様なアプロ−チが求められている。
いうよりも企業に対する支援という性格が強くな
るため行政側から見た優先順位は低くなりがちで
1−1
被援助国側の問題と課題
1−1−1
弱体なエンフォースメント体制
ある。
1−1−3
開発優先の中での対応
開発途上国の多くでは、先進諸国の産業公害対
開発途上国における産業公害対策は、開発優先
策規制法を参考にした独自の規制関連法の整備は
の政策とのバランスの中で、高い優先度が与えら
進んでいるが、それを実施するための環境関連法
れておらず、開発途上国側における取り組み体制
や産業公害防止対策促進のための政策の整備が遅
が不十分である。また、産業公害に関する発生者
れているのみならず、それらを執行するエン
責任も十分に認識されず、技術協力を実施する際
フォースメント体制が弱体である。
に必要となるローカル・コストの負担ができない
その最大の理由は、政府の規制に対する意識が
ことにより、その対策が必ずしも十分な効果を生
低調なため強制力に欠け、定められた規制や基準
んでいない。JICA等が受入れ機関の現状を適切に
が機能していない、工場立ち入り検査を行うため
把握し、受入れ機関の作成すべき政策とその実行、
に必要なラボの整備ができていなかったり、罰金
その結果としての公害防止対策の促進による住民
の額が少なすぎたりすることが原因である。一方、
の健康や環境の保全のプログラムを提示し、政策
企業経営の基盤が弱体であるため、公害防止投資
対話によって進むべき方向を示さねばならない。
ができず、生産に対する管理意識が低く、汚染物
質の排出に伴う環境汚染に対する責任感も欠けて
84
1−1−4
資金、人材及び技術の不足
いるものと考えられる。また、開発途上国におい
開発途上国は、社会的資本の整備、産業開発及
ては、産業公害の防止は環境担当部局が実施し、工
び貧富の格差の是正が最重要課題になっているこ
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
とが多く、そのために多くの資金を費やしており、
産業公害対策に資金的資源や人的資源を向ける余
1−2−3
技術協力体制の整備の課題
(1)援助関連機関の体制の整備
裕がない。また、関連分野の技術レベルも十分で
行政改革等の影響により、昨今の環境分野での
なく、また、産業公害対策に関する経験も十分で
協力要請案件の増加に比較して JICA や JBIC 等の
ないことから、技術と人材が圧倒的に不足してい
援助関連機関の体制整備が十分とはいえない。産
る。最大の原因は、技術者の地位が低く、技術者自
業公害防止及びクリーナー・プロダクションの推
身が生産工程の改善を提案することはなく、単に
進等のプロジェクトをデザインし、実行するため
上司の指示によって生産設備の維持管理、運転を
に、必要な各組織の強化や人材の確保等について
するだけの業務を担当しているのみであることで
の具体的な目的に沿った協力体制へ改善せねばな
ある。
らない。
1−2
我が国の問題と課題
(2)技術協力実務に携わる人材の不足
我が国の行政に合わせて協力分野が縦割りに
1−2−1
案件発掘体制の課題
なっている、言葉の障壁、地方自治体や民間から
我が国のODAは、要請主義を基本にしてはいる
人材を派遣する制度の限界及び人材を確保する側
が、特に、産業公害分野は我が国が案件を受入れ
の手段が弱体であることなどから、要請に対応で
国に提案せざるを得ないにもかかわらず、受入れ
きる人材を提供する体制ができていない。
国の弱点を的確に把握し、プロポーザルを提案す
また、開発途上国の様々な実情に対応した適切
るという案件発掘の取り組みに対する認識が日本
な技術移転を行うためには、産業公害に関連する
側関係者の間で確立されていない。
工業政策の中に産業公害防止をきちんと位置付け
また、我が国の担当する省庁の所掌事務に案件
たり、実行するための組織を強化したり、人材を
発掘が左右され、本来、開発途上国が期待してい
育成する等広い分野にわたる技術を提供する必要
る事業とは異なった事業として実施されるなどの
があり、それらの人材も含めて体制を整備する必
非効率な面がある。民間企業に公害防止技術を移
要がある。しかしながら中央レベル、地方レベル
転することのみならず、産業公害防止政策やその
の公務員にはこのような幅広い知識を有する人材
実行のための組織の強化などを含めることが非常
は限られ、民間企業の人材は技術そのものに偏重
に重要である。今後、効率的、かつ、効果的な案件
している傾向にある。そのような人材の発掘が緊
を形成するためには関係省庁の定期的な関係機関
急の課題である。
の情報交換や協議の場の設置はもとより、省庁の
所掌事務の枠を越えた手法の検討が必要と思われ
(3)我が国の経験を伝達する手法の不足
産業公害対策の技術移転は、我が国の経験を基
る。
調にしているが、その経験を開発途上国に有効に
1−2−2
協力関係機関の連携の課題
伝達するための資料の整備が遅れている。特に、開
我が国の開発援助は、無償資金協力、有償資金
発途上国が最も必要としている産業公害対策と経
協力及び技術協力等の課題に応じて、外務省、
済成長との関係を系統的に整理し、産業公害防止
JBIC、JICAと実施機関が異なっている。これらの
対策の推進が工業化に貢献することを示した資料
機関が連携して実施する努力はみられるが、受入
が不足している。
れ国別に産業公害防止対策の現状を技術的側面か
また、産業公害対策分野でのこれまでの協力実
ら検討した情報を支援する等、より一層の連携が
績を振り返ると、我が国の経験の移転に力点を置
必要と思われる。
いてきた。しかしながら、開発途上国の企業は、資
本金も少なく、年間売上高、利潤も少なく高額の
投資ができる状況にないことを十分に考慮する必
85
第二次環境分野別援助研究会報告書
要があり、日本の技術をそのまま移転するという
2−2
経験をベースにした協力
考え方は、受入れ国では受け入れがたいことも多
開発途上国においては、我が国の高度経済成長
い。このことは、案件形成の前提となる当該開発
の時代に経験した化石燃料の燃焼による煤じん、
途上国の基礎的情報及びその解析が不十分のまま
硫黄酸化物等による大気汚染や工場排水、生活排
協力案件のデザインが行われていたことも原因と
水などによる水質汚濁等の生活に密接に関連する
考えられ、案件発掘からプロジェクト・デザイン
公害問題や廃棄物問題等が深刻な事態となってい
に至る過程を改善し、十分に時間をかけた調査を
る。また、我が国が過去に極めて深刻な課題とし
行い、さらに、案件形成に際して柔軟に対応する
て取り組み、その解決に多くの時間と費用を費や
ことが必要と思われる。
した重金属汚染も頻発している。
これらに対応するために、我が国の貴重な経験
2.
我が国の産業公害対策分野での協力の特色
を活用することを基本的考え方としている。局地
的で緊急に対応が求められている産業公害の発生
我が国の環境分野の技術協力は、JICAを中心に
源対策や省エネルギ−による環境対策などの特定
行う「プロジェクト方式技術協力」、「開発調査」、
課題を対象にした即効性のある技術移転や環境モ
「研修員の受入れ」、「専門家の派遺」、「機材供与」
ニタリング技術の移転を受入れ国機関に対して行
等の事業が行われている。
うことを重点的に取り組んでいる。
実施にあたっては、①環境保全の重要性の確認
と援助案件の形成を目的とする政策対話
(環境ミッ
3.
開発途上国のニーズ
ションの派遣等)
、②環境保全の拠点づくり(環境
センターの設置等)
、③有償資金協力供与などを重
開発途上国においては、公害対策の必要性が十
点的に実施している。その特徴は、環境モニタリ
分に理解されず深刻な産業公害問題が発生し、住
ングや工場の排ガス、排水のモニタリング技術移
民の健康や社会資源に重大な被害をもたらしてい
転、エンド・オブ・パイプ技術などの現場重視の技
る。我が国がこれまで長期間にわたり経験してき
術移転、省エネルギー等の技術移転など特定の技
た多くの種類の問題が短期間に発生し、問題の解
術を移転することを目的としたものが多いことで
決をより困難なものとしている。また、これらの
ある。
産業公害は、当該国内のみに留まらず、周辺諸国
の環境にも多大な影響を及ぼしはじめている。
2−1
積極型環境協力の実施
一方、開発途上国はインフラストラクチュア整
多くの開発途上国では危機的な公害問題に対処
備や貧富の差の是正等の産業公害問題に優先して
するため緊急な産業公害防止対策が必要であるに
取り組むべき課題、産業公害対策のために欠かせ
もかかわらず、自ら対策を講ずることができない。
ない汚染者責任の意識の欠如、社会の透明性の欠
また、その深刻な状況が十分に理解されていない
如等の基本的課題が存在する。
ためドナーに支援を求めない傾向がある。このよ
うな状況を考慮し、JICAは、積極型環境保全協力
これらの事から、産業公害対策に必要な資金や
人材の配分を十分に行えない状況にある。
のための予算を有し、1993 年度より、毎年 1 件の
プロジェクトを実施している。しかし、案件数が
3−1
経済成長に応じた産業公害対策
少ないため、今後は、受入れ国の状況を的確に分
開発途上国においては、産業公害対策と経済成
析し、我が国が受入れ国に適した協力案件をより
長が相互に補完的な関係を有する対策を取らざる
多くの国で提案し、積極型環境協力を推進するべ
を得ない。しかしながら、適時に適切な公害対策
きである。
を怠った場合、将来に多大の資金が必要となり、経
済成長に対する制約要因となり得るという我が国
の経験を前提にすると、開発途上国が安定的な経
86
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
済成長を持続するためにも、経済成長に合わせて
適切な産業公害等の環境対策を講じていくことが
有効であることを政府及び企業が認識することが
不可欠である。
3−3−1
資金面
開発途上国が産業公害対策を実施するには、現
状を正しく把握することがまず重要であり、その
産業公害防止政策は受入れ国の産業構造、汚染
ためのデータの収集や分析等のための測定器材整
物質を排出している業種、規模、排出量、各企業の
備、モニタリングシステムの整備、産業公害防止
資本金、売上高、利益率等を適格に分析し作成さ
施設設置及びその維持のために多額の資金が必要
れねばならない。企業そのものの経営基盤があま
であり、開発途上国の能力では十分な対応が困難
りにも弱体であれば、公害防止投資は不可能とな
となっている。
る。このような状況を分析し、政策を作成しその
例えば、我が国が硫黄酸化物による大気汚染及
実行を推進するためのキャパシティ・ディベロッ
び有機物による水質汚濁の除去のために行った投
プメントが援助ニーズである。一方、生産性向上
資額をもとに、アジア6ヶ国(中国、タイ、マレイ
を行い企業収益を確保し、同時に公害防止投資を
シア、インドネシア、フィリピン、インド)
の環境
行う「Win-Win アプローチ」により積極的に取り組
対策に必要となる費用を試算すると、我が国と同
むべきとの議論も行われている。そのアプローチ
様の規制が現時点で十分に機能すると仮定しても、
は、企業により、生産プロセスにより、また、工場
既存工場等の発生源対策として約16兆円の初期的
の規模により大きく異なるため、どうしても特定
な産業公害対策への設備投資が必要となるという
の企業の支援プロジェクトになりがちであって、
結果が得られ、さらに、これら諸国がこれらを講
産業界全体に対する支援になりにくいという弱点
じながらこれまでの経済成長を維持していくため
を有する。
には、今後さらに年間約6兆円
(うち設備投資約0.9
兆円、運転費用約5.0兆円、行政経費約0.1兆円)の
3−2
開発途上国に適した技術の開発
我が国は、公害の状況、産業の状況及び技術開
運転資金が追加的に必要となる(通産省(現経済産
業省)
「アジア等環境対策研究会報告書」
)。
発のレベルに応じて、段階的に規制を強化しなが
これらは我が国の経験からの試算であり、資金
ら対策が実施された結果、我が国独自の適正技術
力の乏しい開発途上国においては、経済効率の良
が開発され、環境関連の新たな産業や市場を創出
い援助手法を模索しなければならないとともに、
して経済成長に寄与したという経験を有している。
我が国が開発途上国に提供している年間平均 300
開発途上国では、技術者自身が生産プロセスの
億円程度の産業公害対策分野の援助資金だけでは
過程で産業公害防止の技術を開発するという努力
試算額にはとうてい及ばず、他のドナーの支援と
が求められることになるが、現実には技術者の賃
協調しなければならないし、合わせて開発途上国
金もあまりにも安く生産プロセスのオペレーショ
の自助努力をより一層促すように工夫する必要が
ン、維持管理のみに従事するだけであって、技術
ある。特に、多額にのぼる初期投資に加え、設備の
開発に対する意欲が生まれにくい状況にある。こ
運転費用も高額に達することは留意すべきであっ
のような閉塞した条件を克服する技術開発の手法
て、これらは各企業の有する資金ではとうてい達
を開発することが援助ニーズである。
せられるものではない。
3−3
3−3−2
産業公害対策への人的、資金的資源の配
分
人材育成
産業公害対策においては、基礎的データの収集、
一部の開発途上国政府においては、近年、産業
モニタリング、当該工場の指導、当該工場での具
公害問題に対する意識が向上し対策も講じられつ
体的取り組み及び対策機器の開発等を行う専門的
つあるが、人的、資金的資源の配分が困難であり、
な技術知見を有した実務経験の豊富な人材が不可
公害対策の実効があがっていない。
欠である。これらの人材の養成が求められている
87
第二次環境分野別援助研究会報告書
が、短期的な研修では技術者の養成は難しく、特
5.
我が国の産業公害分野の今後の戦略
に生産に従事している技術者の研修は非常に難し
い問題である。
この20世紀に我が国は多くのことを学んだ。そ
の最たるものは多くの犠牲を伴った公害経験であ
3−3−3
開発途上国の経済力に適した技術の
ろう。この克服の経緯とその成果の1つとして得た
選択
省資源、省エネルギ−型の産業構造を、開発途上
開発途上国の経済力から、産業公害対策に、高
諸国に伝達する責務がある。
価で高度の技術を駆使した設備を導入することは
資源とエネルギ−の確保が21世紀の人類共通の
不可能であり、安価で簡易な開発途上国に適した
深刻な課題となることが予測されており、これか
技術を選択して開発し、普及させることが不可欠
らの環境協力は経済成長と資源・エネルギ−の消
である。
費が相関しない持続可能な社会の構築、環境と共
また、データの収集・モニタリング及び産業公
害防止施設を計画して建設し、管理するためには
生した国と地域社会の構築を基調とすべきであろ
う。
高度な技術やノウハウが不可欠である。そのため
そのためにも、これまでの排出源における規制
には長期間にわたる実践的な経験が必要であり、
と対策に重きを置いた手法(エンド・オブ・パイプ)
今後、開発途上国がこのような技術やノウハウを
を基調とする技術協力から、生産性の向上と公害
蓄積するためには、多大な努力が必要である。
対策を同時に求めることを基調とする手法
(クリー
一方、我が国から多くの企業が開発途上国に生
産機能をシフトしているが、これらの企業は、我
ナー・プロダクション)に基調をおくことが必要で
ある。
が国において産業公害対策に取り組んだ豊富な経
験を有している。これら企業の現地法人活用等の
方策についても検討する必要がある。
5−1
産業公害防止政策の確立支援
多くの開発途上国は先進国からの直接投資の促
進によって工業化を達成することを目指し、投資
4.
他のドナ−との連携
の促進や工業化のための政策を策定している。し
かしながら、開発途上国の工業省は、産業公害防
開発途上国に対する環境分野の援助は、我が国
止のための政策が確立していない例も多く、また、
のみならず、他の先進諸国、世銀やADB等の国際
政策はあっても実行体制が弱体であって、直接産
開発援助機関、UNDP、UNIDO や UNEP などの国
業公害の防止につながっていないことが多い。一
連機関等にとっても最重要の課題となっている。
方、環境担当部局が産業公害防止を担当し、工業
その結果、開発途上国においてはそれぞれのド
省は工業化を目指すといった構図の国もあり、両
ナーが、入り乱れた状況で独自の経験に基づく手
者の協力メカニズムが構築されていない例も多い。
法で援助活動を行っている。
このような国に対しては、産業公害防止のため
これらの多くのドナーが支援を行う一方で、ド
の政策を確立し、その政策を実行するために必要
ナー側がそれぞれの援助の方向付けについての意
な法制度の強化、組織の強化、実行のために必要
見や情報の交換等を実施している場合が多い。ド
な工場地帯などの環境モニタリングや工場立入検
ナー間の情報交換の場に参加して、将来あるべき
査の制度の確立、必要なラボ施設の整備、技術者
方向性について事前に検討することが重要である
の養成や、そのための技術移転等幅広い協力が必
が、その場合、我が国が有する得意とする技術や
要である。同時に企業や市民に対する普及啓蒙な
特異な経験をもとに、我が国が担うべき役割を明
ども含まれねばならない。
確に提示しなければならない。
5−2
クリーナー・プロダクションの普及
クリーナー・プロダクションは企業収益の向上
88
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
と汚染物質排出削減を組み合わせて推進する概念
であって、Win-Winアプローチとも呼ばれている。
5−4
民間セクターの活動支援
コンサルティングなどの例にみられるような、
省エネルギー、省資源、廃棄物発生量の減少、リサ
企業へ環境対策を普及していくためのサービスの
イクル、生産工程の効率化、品質管理等によって、
提供は、サービスを受ける企業がサービス提供者
工場全体の生産性を向上させ、製品の質を向上さ
にコストを支払う形で進められることが、持続性、
せることによって、企業収益の向上に結びつけよ
人材育成の観点から必要である。このため、技術
うとするものである。
移転においても、民間コンサルタントの育成など、
日本の多くの工場では、工場技術者の質が高い
個別企業への技術移転を効果的・効率的に行う方
こともあって、工場技術者や労働者が一体となっ
法をデザインすべきである。また、ISO9000/14000
て、このような運動に取り組み、長い時間をかけ
の認証推進、業界団体を通じた情報の普及など、民
て産業公害の防止と企業収益の向上に結びつけた
間セクターの中での活動拡大が、クリーナー・プ
実績を有する。行政側もこのような民間企業の動
ロダクションの普及の前提条件となる。このため、
きを支援した。
企業の認識を高めるための活動も重要であり、セ
この行政としての支援策は開発途上国に対する
ミナーやワークショップの連続的な開催、成功し
今後の支援の柱となるものである。具体的には、工
ている工場でのデモンストレーションなど、情報
業省等がクリーナー・プロダクションを普及する
を伝えていく活動の強化のために、業界団体を通
ために必要となる政策、具体的なインセンティブ
じ民間セクターの中で活動していくことが効果的
の供与、その推進体制の強化、そのための種々の
である。
企業に対する働きかけの手法等を支援すること、
各業種、生産工程、生産規模ごとにどのようなサ
5−5
せ
クセス・ストーリーがあるかを提示すること、パ
イロット・プロジェクトを実施し、その普及を図
ること等が考えられる。
中小企業振興と産業公害防止の組み合わ
中小企業は、人材、情報、資金の面で制約があ
り、これらの問題は、公害対策において企業の抱
える問題点と同じである。したがって、産業公害
5−3
市場メカニズムの活用
産業公害防止を促進する施策として、経済的手
対策に限定した振興施策をもうける必要はなく、
既に多くの国で展開されている、既存の中小企業
法(Economic Instrument)と呼ばれる手法が先進国
振興施策を活用していくことが有効である。特に、
を中心に促進されている。クリーナー・プロダク
資金の面は、中小企業振興における施策を活用ま
ションやエンド・オブ・パイプ技術のための投資
たは活性化することが有効である。
については減税などのインセンティブを供与した
り、必要な機材の輸入に伴う関税を低くしたり、低
5−6
協力手法の再検討
利の融資を行ったりする手法である。
また、温室効果ガス対策のための排出権取引市
場が形成される動きも先進国では出始めており、
5−6−1
資金協力
開発途上国の企業にとっては、有利な条件で資
クリーナー・プロダクションに係るサービスがビ
金調達をし、公害を発生する旧来型の生産設備を
ジネスとして成り立ってもいる。最低限度のエン
低公害型で生産性の高い設備に更新することによ
フォースメントすらも確立していない開発途上国
り生産性を高めることが不可欠である。
では、このような経済的手法を活用することは困
その目的で実施されている我が国のツー・ス
難であるが、長期的な観点で支援を検討すべきで
テップ・ローンは、開発途上国側で資金を仲介し
あろう。
ている金融機関が企業に対する融資条件を別途設
定するなどにより、必ずしも我が国が目的として
いるソフト資金の提供とはならず、効果的に機能
89
第二次環境分野別援助研究会報告書
していない面もある。融資を受ける企業の経営基
源である工場等への支援ではなく、工業省に対す
盤がまだまだ十分でないことにも原因はある。
るキャパシティ・ディベロップメントのための技
必要とする視点は、開発途上国国内の民間金融
システムが有効に機能し、将来自立できる仕組み
術協力をより効率的に支援するために必要な施設
などが考慮されてしかるべきであろう。
づくりが前提であり、我が国からの援助はその誘
導的機能を果たすことが望ましいものと思われる。
5−7
手法の工夫
例えば、ツー・ステップ・ロ−ンは、直接産業公
害対策設備の設置費に活用するだけではなく、当
5−7−1
我が国の産業公害経験全体像の理解
該国の金融機関の融資に対する保証的機能を担う
我が国の産業公害対策においては、①公害対策
ことも検討に値する。また、金融機関の技術審査
を目的として進められた直接的な施策と②公害対
能力、企業経営審査能力及び環境リスクの評価能
策の推進に寄与した間接的な施策がとられ、これ
力等の技術協力も併せて実施することが望ましい。
らを実行するために表3−8の手段と手法を駆使し
て進めてきた。
5−6−2
技術協力
産業公害対策の技術移転に携わる場面では、我
我が国は、人づくりに力を注いで技術協力を推
が国のこれらの施策を正しく理解した上で、援助
進しているが、既に取り組みがなされているクリ
活動に望むことが効果的な伝達には欠かせない。
−ナ−・プロダクションなどの技術移転について
は、工業省の担当部局に対する政策レベルでの奨
5−7−2
我が国の経験と協力当該国の相違点
励策や、生産設備等の産業公害防止施設の上下流
の把握と協力戦略及びシナリオの作
施設までの全般に渡る技術移転を図ること、技術
成
協力後のフォローアップ等に対する支援措置など
開発途上国の取り組みの状況を解析し、我が国
も含まれるべきである。このためには、企業側の
の経験との相違点を明確にするとともに、開発途
積極的姿勢が伴わねばならない。
上国にふさわしい戦略的シナリオとプログラムを
一方、開発途上国における公害対策の実効性を
向上させるため、国ベ−スの協力に加え、公害対
作成して提示した上で、具体的な援助プロジェク
トを提案することが効果的と考えられる。
策についての経験が豊富な地方自治体、民間企業、
住民に密着した協力や政策立案能力を得意とする
NGO等あらゆる主体が連携した協力が効果的であ
5−7−3
段階的な適用
我が国の経験のうち、すぐにも移転が可能なも
の、移転に時間を要するもの、移転が不可能なも
る。
のなどに峻別して実施することが効率的である。
5−6−3
無償資金協力
適用の可能性が高いものとしては、地方自治体の
これら開発途上国における産業公害問題は、当
対策の立案、対策の組織づくり、人材の開発、規制
該国内のみならず、酸性雨、海洋汚染等の形態で
手法の作成、助成制度づくり、公害防止協定の締
地球全体の環境に大きな影響を及ぼすことが懸念
結、苦情処理システム及び公害防止管理者制度等
されているほか、気候変動問題への影響という観
がある。
点からも、開発途上国の位置付けは相対的に増大
している。開発途上国の産業公害問題は開発途上
90
5−7−4
現場を重視した技術移転
国自身の課題であるとともにひいては我が国の課
産業公害問題の多くは即地的な事象であり、現
題にもなり得る性格を有している。開発途上国に
場に即した対応技術の伝達も重要である。これま
多くの天然資源を依存して自国の経済を支えてい
でに行われてきた環境センター方式は、主に環境
る我が国の立場から、産業公害分野の無償資金協
担当部局の支援を目的にして環境監視システム、
力の増大も検討されてしかるべきであるが、汚染
行政側の人材育成、測定技術、監視技術等が主体
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
表 3 − 8 我が国の産業公害対策で用いた手段と手法
用いた手段
1.
基準・規則の整備
具 体 的 な 手 法
・実施可能性検討
・規制・基準の段階的強化(技術開発との調整)
・地方自治体に基準・規制の強化権限を付与
・公害防止協定など関係者合意による規制強化
2.
計画概念の導入
・公害防止計画(重点対策地域指定と事業支援)
・都市計画における地域指定
・産業立地計画(工場立地規制及び誘導)
3.
対策主体の形成
・事業場における公害防止管理者制度
・地方自治体担当職員育成のための研修制度
・公害対策ガイドラインなどの指導書の作成
・教育現場での公害教育
4.
監視・指導
・モニタリングシステムの整備
・排出量の定期的な調査と報告義務
・地方自治体による事業場の立ち入り調査
5.
資金・技術支援
・公害防止対策に対する税制上の優遇措置
・公害防止対策費の低利融資や担保保証
・環境事業団の設置
・中小企業の事業の協同化と共同公害防止施設設置
6.
被害補償制度
・公害調整委員会制度
・公害健康被害者補償制度
・公害対策事業費事業者負担制度
となった技術移転に重きを置いており、長期的に
5−7−5
我が国で採用した効果的事業の情報
は極めて有効と思われる。至急の対応が求められ
提供とモデル事業の実施
る産業公害対策という課題に対応する能力の移転
現在力を注いでいる政策レベルの組織、エン
は、工業省が対象となることが多いため、従来の
フォースメント強化等のキャパシティ・ディベ
事業計画の中に含まれていなかった。
ロップメントに加え、具体的な対策手法の伝達が
すなわち、環境センター方式に加えて、工業省
必要である。特に、我が国の中小企業の産業公害
を対象とした現場での対応に関する産業公害防止
対策に用いて効果をあげた、公害発生工場を移転
そのものの技術移転も必要と思われる。例えば、開
集約化させ、併せて低公害生産設備の導入すると
発途上国の多くが期待している我が国の産業公害
ともに、共同で公害防止施設を設置することによ
対策の成果ともいえるクリ−ナ−・プロダクショ
り、生産能力の向上と公害対策を両立させた共同
ン技術を整理し、システム的に提供することも重
公害防止方式などは、特に東南アジア諸国に適し
要である。しかしながら、工業省の技術者の多く
た手法であり、これらのモデル事業を実施するこ
は、政策的レベルの事業には興味を持つが、技術
とは効果的と思われる。
的レベルの問題には重点を置かない傾向が強く、
また、我が国の実施事例の情報を提供するシス
直接工場を指導する体制が弱いため、その指導体
テムの構築、実施企業が参加してその経験を伝達
制の強化も合わせて検討されるべきであろう。
するセミナ−を開発途上国で開催することも効果
的と思われる。
91
第二次環境分野別援助研究会報告書
6.
実行するために必要な人材の確保
集:環境協力の動向と課題」
、第 96 号。
・ 経済企画庁、日本総合研究所
(2000)
、
『我が国の
6−1
現場で携わった人材の活用と教材の作成
現在の開発途上国の多くは、まさに、産業公害
経済協力関係機関と国連機関:途上国の被援助
機関との協調・連携調査報告書』
。
問題で我が国が最も悩んでいた時代と類似した状
・ 経済企画庁、三井情報開発株式会社(1 9 9 9 )、
況にあり、これらの時期に我が国の現場に携わっ
『DAC7目標の効率的達成に関する調査研究報告
た人材の活用が有効である。しかし、我が国で公
書』
。
害対策に現場で携わった経験者の多くは既に一線
・(財)国際金融情報センタ−(1 9 9 6 )、『我が国
から退き、経験の多くが時間とともに埋もれつつ
ODAと地域環境問題−酸性雨対策を中心として
ある。これら経験者の活用が可能な方策を見いだ
−』
。
すことが必要と考えるが必ずしも可能とは思われ
ない。
・(社)産業環境管理協会(1999)、「環境管理 特
集:発展途上国の環境技術協力」
、VOL 35。
その意味からもこれら経験者による技術協力の
ためのマニュアルを作成し、技術協力の現場で活
用することも必要と思われる。
・(財)世界経営協議会 ODA 評価研究会(1994)、
『ODA 評価をめぐる論点と「開発と環境」
』。
・ 通産省、
『アジア等環境対策研究会報告書』
。
・(財)
日本機械工業連合会
(1999)
、
『海外の環境動
6−2
NGO との積極的な協調
開発途上国において環境保全活動をする我が国
のNGOは増加の傾向にあり、これらのNGOは、我
が国で草の根的に活用してきた経済効果のある技
術を、現地の素材やローカル・テクノロジーを駆
使しながら移転をしている。さらに、住民レベル
での活動が得意であり、ODAの現場におけるNGO
とのより積極的な協調は効果的であり、そのため
には我が国の支援事業の中に開発途上国のNGOの
育成を含めることが求められる。
6−3
各主体の役割と開発途上国の責任の明確
化
現在、開発途上国において政府、地方自治体、民
間及びNGOが個別の課題に取り組んでいる。我が
国の産業公害対策においては、政府、地方自治体、
民間及び住民が異なった役割を担ってきた経験か
ら、途上国において各々の主体が担うべき役割を
明確にして技術移転に携わることが効果的である。
そのための情報を共有する場の設定が望ましい。
参考文献
・(財)海外環境協力センタ−(2000)
、『設立 10 周
年記念特集号』
。
・(財)環境調査センタ−(1994)、「環境研究 特
92
向についての調査研究報告書』
。
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
第 7 章 都市環境
櫻井 國俊(沖縄大学教授)
1.
途上国における都市環境悪化の背景:急速か
かれてなどという移住理由である。総じてプッ
つ無秩序な都市化
シュ要因の方が強く、都市への流入人口は農村で
の生活困窮者と若年労働層が主体であり、縁故を
都市への人口集中と都市域の拡大は、先進国、途
頼ってスラム・スクワッター地域に居住し、雇用
上国を問わず進行している現象であるが、特に途
としてはインフォーマル部門での不安定な職業に
上国ではこの20年間の人口増加、都市域の拡大が
従事するケースが中心となる。すなわち、都市流
激しかった。急速かつ無秩序な都市化が放置され、
入後に貧困層、出産年齢層として、スラムの拡大、
都市形成の誘導が有効になされず、都市インフラ
出産による人口増を加速する性格を有している。
の整備が都市域の拡大に追いつかなかったため、
こうした都市人口の増大に加えて、都市側での
都市環境の悪化が急速に進行することとなった。
財政力、行政組織、対策技術面などの脆弱性から
例えば第二次大戦後に独立した途上国では、旧宗
の都市インフラの整備の遅れ、土地利用誘導の仕
主国が築いた都市インフラをリハビリ、拡幅しな
組みの未整備などを背景に、図 3 − 22 の U-1 ∼ U-
いまま 5 倍、10 倍の人口が張り付いてしまった都
5に示したような都市問題を誘発し、その直接、間
市が少なからず見うけられる。また19世紀に独立
接的な結果として E-1 ∼ E-14 に示したような都市
を達成した中南米の国々においても、ペルーの首
環境問題を誘発している。途上国での都市化の勢
都リマのように、20世紀前半には人口が50万人規
いは当面止まる可能性が乏しいことから、一層の
模で推移し、ciudad jardin
(公園都市)
と呼ばれた町
都市環境の悪化が懸念されるところである。図か
が、20 世紀後半にはインフラの整備が伴わないま
ら、都市環境問題の主だったものを列記すれば下
ま急膨張して今や700万人の大都市となり、人口の
記のとおりである。
半分がpueblos jovenes(
「新しい町」という意味であ
るが、実態は劣悪居住地域)
に居住するなど居住環
境の劣悪化が急速に進んでいる。
途上国における都市化の勢いは、地域によって
(1)都市スラムの発生・拡大(保健・衛生問題、
劣悪な生活環境、水質汚染などの都市環境
問題やごみの河川投棄などに繋がる)
異なるものの、全般的に衰えをみせず、今後とも
(2)洪水貯留機能の低下による都市洪水の多発
急速に進むと予測されている。世銀の予測によれ
と浸水による都市衛生問題。都市河川の基
ば、1990年時点では世界総人口の43%が都市に住
底流量低下による都市河川水質や環境の劣
んでいたが、2025年には都市人口の比率は61%を
化、地盤沈下問題
占めることになる。この間の都市人口の増加分は
(3)中小工場の近隣公害問題(悪臭・騒音・振動・
26 億人にも達し、そのうち約 9 割、24 億人が途上
ばいじん・中小河川の汚濁・工場災害に伴う
国での増加によるものとなる。
環境汚染など)
急速な都市化の原因は、国によりまた地域によ
り様々であるが、大きくは農村からのプッシュ要
因と都市からのプル要因に分かれる。前者には、農
(4)自動車排ガスや家庭暖房さらには工場排ガ
スなどによる大気汚染問題
(5)都市排水や産業排水に伴う河川・湖沼・流域
村における開発の遅れ、自然災害(地震など)、人
の水質汚染問題
為災害(内戦など)などがあり、後者には工業化の
(6)都市・産業廃棄物問題
進展やサービス部門の拡大による雇用機会の発生
(7)地下水汚染や土壌汚染問題
などがある。またプッシュ・プルの両要因が関与
(8)その他、都市の自然環境の劣化や地球環境
するのが、勉学のため、あるいは都市の魅力に惹
温暖化など
93
A-2 地方からの貧困層の流入・都市層の経済格差の拡大
A-2 都市財政力の脆弱性
A-2 工業資本の集積
B-2 土地利用誘導の仕組みの未成熟
(都市計画・誘導面の制度・組織、
B-1 都市インフラ整備の遅れ
自然保護対策などの不備)
(都市部)
(郊 外)
(都市・郊外)
U-1 交通量の増大・交通渋滞
U-2 低層高密度住宅の増大と居住水準の低下
U-3 E-1 都市スラムの発生・拡大
U-4 スプロールによる郊外への無秩序な拡大・乱開発
U-1 住宅・工場の混在地域の拡大
E-5 自動車排ガスによる大気汚染
E-3 都市環境の基盤としての周辺
(大量交通インフラの整備や自動車
排ガス規制の停滞から汚染の拡大
E-2 洪水貯留機能の低下
B-3 都市インフラ整備需要の拡大
自然環境の壊廃・劣化
B-3 都市環対策の遅れ
とその対応負担の非効率性
振動・ばいじん・中小河川の汚濁・景観劣化・
工場災害に伴う環境汚染リスクなど)
−都市環境政策・制度・組織
・改善対策の停滞を招来)
E-6 中小工場による近隣公害の拡大(悪臭・騒音・
−都市環境インフラ整備の遅れ
(下水道・浄化槽などのし尿・
E-10 膨大な生活排水(し尿・雑排水)
生活排水対応インフラや都市
都市ごみ・暖房排ガスの発生
ごみ収集・処理システム等)
(中小工場の公害対策・協業化や移転事業による住
E-8 ごみの河川投棄
U-5 浸水域への侵入
E-4 都市河川の基底流量低下・地盤沈下問題
工分離対策などが必要となる)
B-4 産業公害対策の遅れ(大気・水質規制や地下水
揚水規制・対策支援制度など)
E-9 U-6 都市洪水の多発と浸水による都市衛生問題
E-11 E-5を含めた都市大気汚染問題
E-12 河川・湖沼・湾域の水質汚染問題
E-13 都市廃棄物問題
E-7 産業公害の拡大(大気汚染・水質汚染・地盤沈
下・産業廃棄物問題など)
E-14 地下水汚染・土壌汚染問題
E-15 都市での石化燃料消費による地球温暖化
図 3 − 22 途上国における都市環境問題の発生・拡大の構造
出所:JICA(1996),『都市環境援助研究報告書』,pp.114.
第二次環境分野別援助研究会報告書
94
A-1 産業構造の転換を背景に工業・業務そして人口の都市への集中
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
また、こうした都市環境問題の拡大を抑止でき
水を煮沸するとしたら可処分所得の何%をこれに
ないのは、途上国が次のような問題を共通して抱
あてれば可能となるかという調査を行ったが、結
えているからだと考えられる。
果は 29%もの所得をあてなければならないという
ものであった。
(1)人口増や絶対的貧困や開発志向の環境への
圧力
(2)都市域における土地利用誘導の仕組みの未
熟性や土地所有形態
(3)都市財政力の脆弱性などからの都市インフ
ラ整備の遅れ
貧困層にとって最も関心のある都市環境問題は、
し尿その他の廃棄物、室内大気汚染、自然災害な
どから身を守ってくれない標準以下の住環境に
よってもたらされる健康問題である。同一都市内
で比較した場合、消化器系ならびに呼吸器系の感
染症や栄養失調から来る死亡率・発病率は、貧困
(4)技術・人材・資金の絶対的不足
層の場合、その他の層にくらべ顕著に高くなって
(5)環境対策にかかわる組織形成の困難性、特
いる。また貧困層の中で見ると、最も脆弱なのは
に地方自治体の行政組織の未成熟
(6)経済・産業政策を含めた総合的な環境政策
の不備
子供、女性、高齢者、そしてコテージ・インダスト
リー従業員である。多くの社会で家事労働は女性
が行うが、このことは彼女たちが長時間家に滞在
(7)市民側の環境意識や教育の不足
し、換気の悪い家で煮炊きをし、マラリア、デング
(8)民主化の遅れ、社会・経済的な不平等の存
熱、下痢その他の水系伝染病に病む子供を世話す
在、国土的なスケールでの都市拡大の抑止
政策の欠如など
ることを意味する。
このように見てくれば都市環境改善の第 1 の課
題は、都市住民とりわけ貧困層の健康、生産性、そ
2. 都市環境問題の特質と課題
して生活の質を、自然災害ならびに人間起源の汚
染や災害から守ることにある。つまり都市環境改
2−1
貧困と環境
善の取り組みの中に、貧困問題を最重要配慮事項
都市環境問題の特質の第 1 は、都市環境悪化に
として織り込むことである。都市環境の改善策と
よって最も深刻な被害を受けるのは都市の貧困層
しては、これまでにも河川の水質改善、ごみ収集
であるという事実である。世銀の
「1990年版世界開
の改善、自動車交通対策、住宅開発あるいは都市
発報告」によれば、途上国都市人口のおよそ4分の
の環境に影響を及ぼす産業公害対策など数々の対
1は絶対的貧困の条件下に暮らしており、標準以下
策が検討され、講じられてきたが、それらの多く
の生活を強いられている住民ということであれば、
はそれぞれの個別の分野における目標達成を主眼
その数はこれよりずっと多くなる。財政緊縮など
としたものであり、貧困問題とのかかわりが必ず
で補助金が削られれば、食料・居住・基礎サービス
しも重要視されてきたわけではなかった。むしろ
などの価格高騰で直撃されるのは貧困層である。
貧困層の生活環境の改善は、技術的にも在来技術
土地市場が満足に機能していないため、貧困層は
では対応が難しく、財政的にも負担能力の乏しい
危険地域や汚染地域に住むしかない場合が少なく
層の要求であり、かつまた多くの場合政治的にも
ない。メキシコ市では、浮遊粒子状物質の高濃度
発言力の乏しい層の要求であることから、従来の
汚染地区は、低所得者地域に現われている。また
個別の改善事業では扱いにくいテーマとして周縁
都市周辺部貧困層が水売りから飲み水を買う場合、
化されてきたというのが実情である。
水道管が敷設された地域の住民の10倍から20倍も
都市貧困層のニーズは、安全な飲み水の確保、し
の高額の料金を支払っている事例が少なからず見
尿・生活排水の適切な処理、ごみの収集、電化、交
うけられ、かつその水は人の手を経ているため汚
通手段の確保、医療サービスの確保、保育・教育施
れている。ペルーの首都リマでアジア型コレラが
設の整備、雇用機会の確保、住居の改善、土地所有
流行ったとき、世銀はリマのスラムの住民が飲み
の合法化等々多様であり、またコミュニティの発
95
第二次環境分野別援助研究会報告書
展に応じて変化する。したがって各都市ごとに貧
の改善と同時に雇用創出の効果も生み出すケース
困の実態を明らかにし、貧困克服の戦略・戦術を
などが生まれ、自治体もこうした動きを支援して
示した計画が必要である。都市環境改善のための
いる。ボトムアップの参加型アプローチで下水道
個別分野事業は、貧困克服計画と整合性を図りつ
整備を行ったことで世界の援助コミュニティに大
つ緊密な連携の下に実施していくことが求められ
きな衝撃を与えたパキスタンのカラチの低所得者
る。
地域オランギの事例も、当初はカラチ開発局の協
力が得られなかったが、今では認知され、両者の
2−2
様々なサービス提供主体
途上国都市環境問題の特質の第2は、問題解決の
このように途上国においては都市サービスを提
主役となるべき途上国政府、地方自治体の役割が、
供する主体が多様化しており、政府、地方自治体、
我が国政府・地方自治体が日本国で果たす役割と
民間、NGO、コミュニティ(Community-based
相似形ではなく、したがって日本の経験はそのま
Organization:CBO)が果たすべき役割は我が国の
までは途上国に有用な経験とならない場合が少な
それとは必ずしも相似形ではない。したがって都
くないことである。都市環境の改善は、多くの場
市環境改善の第2の課題は、政府や地方自治体の役
合、飲料水の供給サービス、し尿・生活排水処理
割についての伝統的な考え方にとらわれず、民間
サービス、ごみ収集・処理サービスなど、公共サー
とのあるいは NGO やコミュニティ(CBO)との連
ビスの改善という形をとる。こうしたサービスは
携・パートナーシップで問題の解決にあたること
公共的な性格を有し、地方自治体あるいは公社が
である。その意味では従来型の政府間協力
(こちら
サービス提供主体となるというのが途上国におい
も政府、相手も政府)
では対応に限界があり、我が
ても伝統的な考え方であった。しかし都市の急膨
国の企業や NGO のイニシアティブを尊重する「開
張に自治体や公社の人員や財政規模が追いつかず、
発パートナー事業」や、相手国の NGO のイニシア
劣悪なサービスが受益者の費用支払意思を損ない、
ティブをJICAが直接支援する「開発福祉支援事業」
財政が悪化してサービスが一層劣悪化するという
に期待したい。これらの事業の実施を通じてパー
悪循環が広く見られるようになった。自治体や公
トナーシップ構築のノウハウを体系的に蓄積しつ
社に経営マインドが乏しいことも事態の改善を困
つ、10年がかりでJICA事業の大きな柱に育ててい
難にした原因であった。
く必要がある。我が国の企業やNGOには当該国の
こうしたことから、日本では自治体や公社が行
企業やNGOと協働経験を積み重ねる中で、当該国
うのが当然と考えられてきた公共サービスの多く
における政府・地方自治体・民間・NGO・コミュ
が、途上国では民営化(privatization)・民間委託
ニティ間のパートナーシップ形成の点で必要性と
(contracting out)によって設備投資資金の調達や事
可能性の高い案件を発掘しプロジェクト化するこ
業運営を民間に任せる事例が増えてきた。この場
とが求められ、またJICAには、こうした民間・NGO
合には、公共が行うべき業務は、適格な民間業者
の取り組みを歓迎し支援するという姿勢をあらか
を適正に選択し、その業務を監督し、委託の場合
じめ明示することが求められる。
には適正な対価を支払うということになる。一方
なお公共サービスの民営化・民間委託について
民間業者は利潤動機で公共サービスに参入するた
は、我が国自身が規制緩和を求められていること
め、支払能力のある中間層・富裕層を主たる対象
に示されるように、十分なノウハウが国内に蓄積
としてサービスを提供し、貧困層が疎外される可
されているとは言いがたいところがある。従って、
能性が高い。このため、低所得者地域の失業者が
開発調査における外国人コンサルタント枠などを
中心になって極小企業
(micro enterprise)
を組織し当
活用してノウハウの不備を補い、それを通じて日
該地域住民を対象にごみ収集サービスを低廉な価
本人専門家の養成をはかるなどの戦略的な取り組
格で提供するケース、低所得コミュニティが自治
みが必要となろう。
の一環としてごみ収集サービスを組織し生活環境
96
協力関係
(パートナーシップ)
が形成されつつある。
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
3.
我が国の都市環境協力
ため、水を供給すれば必ず汚水が発生する
にもかかわらず、上水道と下水道の連携は
我が国の都市環境分野の国際協力は、JICA が
十分であったとは言い難く、またごみ収集
行っているもの、JBICが行っているもの、それ以
が不満足では都市内排水路は機能不全をお
外の官・民が行っているものに大別することがで
こすが、都市廃棄物管理と洪水対策は相互
きる。
に積極的な連携なしに進められてきた。こ
JICA はその協力形態(スキーム)に従い、「開発
のようにセクター間の連携が不十分であっ
調査(上下水道、廃棄物、都市交通、行政・環境問
ただけでなく、当該国・当該都市の限られた
題、河川・砂防、都市計画、水質汚染対策、大気汚
資源を効率よく使い、都市全体のバランス
染対策など)
」
、
「専門家派遣、青年海外協力隊員派
のとれた発展を支援するという視点が明確
遣
(上下水道、水質検査、公衆衛生、人口環境問題、
ではなかった。
環境教育など)
」、
「研修員受入(環境政策、大気汚
(2)日本の技術、それもハードの技術の移転が
染対策、水質汚染対策、廃棄物管理、公衆衛生、都
主で、協力対象となっている都市の条件に
市交通、都市計画など)
」
、
「プロジェクト方式技術
即した適正技術の開発適用や、都市経営・各
協力
(水道訓練センター、環境センターなど)
」
を行
種都市サービスのマネジメントにかかる技
い、一方、JBICは上下水道事業、環境モニタリン
術の移転は十分であったとは言えない。
グ改善事業、防災対策事業など環境案件への円借
(3)姉妹都市関係などの友好関係に基づく自治
款を行っている。また JICA が事前の調査を行い、
体間協力は、息が長く、相互の理解が深まり
外務省が実施する無償資金協力では上水道、下水
有益であるが、中国など一部の国・地域に偏
道、廃棄物、低所得者住宅改善などの都市環境関
りがあること、最近の自治体の財政事情悪
連の案件が実施されている。技術協力、資金協力
化で案件数ならびに規模が急速に縮小して
ともに近年環境案件の比重が高まる傾向にあるが、
いるという制約がある。
技術協力はそれを担う人材の確保の制約があるた
(4)環境センター協力は、環境行政を担う人材
め資金協力に比し伸びは緩やかである。これ以外
づくりやモニタリング網の整備に大きく貢
にも経済産業省がすすめるグリーン・エイド・プ
献している我が国の特色ある都市環境協力
ラン、国際厚生事業団がすすめる環境衛生プロ
である。この協力がより効果を発揮するに
ジェクトの案件形成事業、環境事業団の地球環境
は、環境責任官庁の中枢に政策アドバイ
基金によるNGO支援、北九州市と大連市、広島市
ザーを派遣し、政策アドバイザーと環境セ
と重慶市、横浜市とバンコク首都圏庁などの自治
ンターの日本人専門家チームとの連携の下
体間環境協力、CITYNET、国際環境自治体協議会
に協力を進めるという形を積極的に実現し
(International Council for Local Environmental
ていく必要がある。また将来的には、無償で
Initiatives:ICLEI)などの地方自治体間ネットワー
提供した分析機器の更新をいかなる財源で
クを介した協力、民間、大学・研究機関等による協
行うのかというプロジェクトの自立発展性
力などがある。
が問われてくる可能性がある。
上に見た我が国の都市環境協力は、おおむね下
記の特色を有している。
(5)道路・港湾・鉄道・橋梁など、都市インフラ
整備に協力の力点を置いてきたため、都市
貧困層の生活環境改善に明確に目的を絞り
(1)国土交通省
(旧建設省、運輸省)
、環境省
(旧
込み、住民の自治組織(CBO)やローカル
厚生省、環境庁)
といった中央省庁の縦割り
NGOの自助努力を支援する種類の協力案件
行政がそのまま国際協力に持ちこまれてき
が十分ではなかった。このためCBOやNGO
たため、都市環境を総合的にとらえ改善し
との協働のノウハウの蓄積が日本の援助関
ていく取り組みが弱い嫌いがあった。この
係者全体を通じて不十分である。
97
第二次環境分野別援助研究会報告書
(6)途上国の都市インフラ整備、都市サービス
誘導、制度改善や政策の見直し、目標の段階的達
の提供は、地方自治体の技術力・財政力の制
成のための能力強化などを行い、当該国のプロ
約から、プライベート・ファイナンス・イニ
ジェクト管理能力の向上と効率的な資金調達を
シアティブ(Private Finance Initiative:PFI)や
図っている。
民間委託など民間活力を利用する傾向が近
ADBでは貧困緩和に政策目標を一本化し、アジ
年急速に高まっており、こうした民間活力
ア市長会議の開催などを通じて都市の貧困の解決
の利用ノウハウが技術協力に求められる事
に向けた為政者の政治的意思の向上、解決策の開
例が増えてきた。しかし我が国では、こうし
発と経験交流を行い、優先案件を発掘して融資に
たノウハウの蓄積が必ずしも十分であると
つなげていくという戦略を展開している。
は言えないため、要望に応えられない場合
が少なくない。
世界保健機構(World Health Organization:WHO)
は、都市衛生改善のため Healthy Cities Programme
を実施している。このプログラムは、行政施策へ
上に見た我が国都市環境協力の制約(特に(5)で
の環境衛生施策の組み込みを提言したり、環境教
述べた制約)
の克服につながる国際協力の新しい動
育による衛生観念の向上を図るなどソフトウェア
きとして、
「開発パートナー事業」
と
「開発福祉支援
的なプログラムを中心として、国や地方自治体の
事業」が注目に値する。「開発パートナー事業」は、
ほか、学校、事業所
(労働環境の改善)
、市場
(食品
我が国の民間・NGO のイニシアティブによる対外
衛生の改善)
など様々な場で展開されている。さら
技術協力を JICA が支援する事業であり、また「開
にはヘルシー・シティ・ネットを設けて「Healthy
発福祉支援事業」は、相手国の NGO のイニシア
Cities Programme」の成果の普及を図っている。
ティブをJICAが直接支援する事業である。いずれ
他の援助機関という範疇には入らないが、イン
も、都市貧困層に直接アクセスし、そのニーズに
ドネシア政府が世銀の協力を得てすすめてきた
「都
きめ細かく答えていくうえで、使いやすい援助協
市インフラ施設整備総合プログラム
(Integrated Ur-
力形態(スキーム)として関係者の一致した協力で
ban Infrastructure Development Program:IUIDP)
」に
育て上げていくことが期待される。
ついて若干触れておきたい。これは公共事業省人
間居住総局の主導により、都市インフラ整備の効
4.
他の援助機関の都市環境協力
率化を目的として1985年に開始されたプログラム
である。1980 年代は大都市人口の急増、都市の拡
世銀では、国連人間居住センター
(United Nations
大によって生じた課題に対処するため、都市イン
Center for Human Settlement:UNCHS)や UNDP 及
フラ施設の整備が急務とされていたが、関連行政
び二国間援助機関と連携して、
「Urban Management
機関が個別に各担当分野を整備しており、計画間
Programme、Metropolitan Environmental Improvement
の不一致や非効率な事業が行われていた。そこで
Programme
(MEIP、北京、ボンベイ、コロンボ、ジャ
関連事業の整合性を図り、効率的な整備を行うた
カルタ、カトマンズ、メトロマニラの6都市を対象
めの統合的なシステムとして IUIDP が策定された
とする)
」、
「Sustainable Cities Programme」
などの都
のである。これにより、水道、都市排水、汚水処
市環境改善プログラムに取り組んでいる。世銀を
理、ごみ処理、道路、カンポン改善、住宅整備、防
中心としたこれらの援助機関のアプローチの特徴
火、商業施設改善などのセクター別都市整備事業
としては、都市環境プロファイルを作成して問題
を1つの事業とし、総合的に整備することが可能と
点を明らかにするとともに、その問題の関係者を
なったのである。インドネシアの大都市環境に関
一堂に集めて議論を行い、鍵を握る利害関係者を
する総合対策や世銀融資、二国間援助は IUIDP に
特定することにより、プロジェクトの円滑な進行
沿って実施されてきた。
を図っている。把握した問題点に基づき都市環境
戦略と都市行動計画を策定し、優先課題への投資
98
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
5.
今後の都市環境協力のあり方
(2)
(1)
を補完する意味で、途上国主要都市の基
礎情報、既存計画等についての情報源情報
今後、開発途上国の都市化はさらに進み、土地
を整備・定期更新し、ODA 関係機関、地方
利用の誘導策の不備やインフラ整備の立ち遅れか
自治体、NGOなどの公共財として公開活用
ら、都市環境問題は一層深刻化し、その影響は都
していく。
市の貧困層に集中的に現れてくると予測される。
(3)個別の都市型サービスの改善は、
(1)
の総合
こうした状況を放置すると、一国内、一都市内で
計画に基づく優先整備順位を考慮し、他部
の貧富の格差が更に拡大し、社会の不安定要因が
門と整合性を図りつつ実施する。日本が実
増大する。また都市は、当該国の経済発展のエン
施した総合計画がない都市については、当
ジンとしての役割がさらに高まるが、積極的な都
該都市あるいは他の援助機関が実施した類
市環境管理施策の展開がなければ経済活動の進展
似の計画を援用する。
が一層の都市環境の悪化をもたらし、都市の生産
(4)
「開発パートナー事業」
ならびに
「開発福祉支
性を大きく損なうことになる。したがって、貧困
援事業」
は都市貧困層の生活環境改善に直接
緩和を主要課題として掲げて社会的不公正の是正
取り組み得る可能性が高い援助形態であり、
に積極的に取り組みつつ、都市全体の効率性・生
貧困緩和、都市環境の改善に積極的に活用
産性を高めていく取り組みが必要となる。こうし
していく。日本の地方自治体や市民・NGO・
た中で途上国の地方自治体は、都市型サービスの
企業には、「開発パートナー事業」を通じて
提供主体としては技術力・財政力の制約がさらに
途上国の地方自治体、民間、CBO、NGO間
強くなり、むしろ調整主体としての役割の中に活
の連携・パートナーシップの形成を促進し、
路を見出す必要が高まると考えられる。すなわち
都市環境問題の解決に向かうように働きか
地方自治体は民間やNGO、CBOとの連携、パート
けてもらうと同時に、連携・パートナーシッ
ナーシップのもとに上記の課題を追求していくこ
プの形成に触媒的な役割を果たす能力を有
とになろう。
する途上国NGOの発掘に努めてもらう。こ
こうした認識に立てば、我が国の今後の都市環
境協力のあり方はおおよそ次のようなものになろ
うして発掘された NGO について JICA は、
「開発福祉支援事業」で積極的に支援してい
く。
う。
(5)貧困層に直接裨益する都市環境改善事業に
(1)土地政策・貧困対策を含む都市開発・都市環
おいては、地域条件の考慮
(気候、経済水準、
境整備・都市成長管理の総合的な計画づく
技術水準、風俗習慣)
、計画段階からの住民
りを幾つかの主要都市を対象に行い、21 世
参加、ジェンダーの視点からの検討、段階的
紀型都市環境協力の手法開発を行う。この
改善のアプローチ、パイロット事業を通じ
手法開発には、日本のコンサルタントの経
た適正技術開発、組織制度・料金徴収・衛生
験・能力だけでは限界があることから、他の
教育などのソフトの強化、極小企業(micro
援助機関との連携を図り、彼らの手法と成
enterprise)
など新しいスキームへの対応など
果を最大限に活用・吸収しつつ臨む必要が
が特に必要となる。これを担う日本側の人
ある。なおここで留意すべきは、各都市が抱
材としては、従来の工学系・自然科学系中心
えている問題はみな違うという点である
(自
の人材だけでは対応できず、経済学、経営
然条件、人口規模と人口増加率、経済水準と
学、社会学、文化人類学など人文科学系の専
開発、問題と空間的広がり、地元関係者の役
門家・フィールド経験者が不可欠である。ま
割など)。従って各都市固有の都市環境計
た専門家の女性比率を高める組織的取り組
画・行動計画の策定と実施が不可欠であり、
みが求められる。青年海外協力隊員の女性
安易な一般化は避けるべきである。
比率は高いものの、他の国際協力の現場で
99
第二次環境分野別援助研究会報告書
は圧倒的に男性中心であり、途上国で貧困
家庭をケアしているのが女性である現実を
踏まえると、協力ニーズの適格な把握にも
支障を生じているからである。
参考文献
・UNDP/UNCHS/World Bank(1994)
,“Toward Environmental Strategies for Cities; Urban Management
Programme Policy Paper 18”
, UNDP/UNCHS/World
Bank, 1994, Washington, D.C.
・JICA(1996)
、
『都市環境援助研究報告書』
、国際
協力事業団企画部。
100
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
第 8 章 地球温暖化
加藤 久和(名古屋大学大学院教授)
1.
地球温暖化の科学
比べゆっくりと温度変化するため、この影響を受
けて地球の平均気温の変化も遅れることから、仮
地球温暖化は、人為的な活動により大気中への
に GHGs の濃度上昇を 21 世紀末までに止められた
温室効果ガス(Greenhouse Gases:GHGs)の排出量
としても、それ以降数世紀にわたって、気温や海
が増え、それが大気中に蓄積して、地球に入射す
面の上昇は続くと考えられる。
る太陽エネルギーの宇宙空間への放出が妨げられ
地球が温暖化すると、気温上昇による直接的影
ることによって引き起こされる。地球大気の温度
響に加えて、降雨パターンの変化を通じて乾燥化
が上昇すると気候の変化を引き起こし、生態系を
する地域と湿潤化する地域が生じ、植生、水資源、
はじめとする人類の生存基盤に重大な影響を及ぼ
食糧生産、(媒介性感染症の増加など)保健・公衆
す。
衛生等の分野で大きな影響が出てくるものと予測
人為的に発生する温室効果ガスには、二酸化炭
されている。また、台風の増加、異常高温、洪水、
素(CO2)、メ タ ン 、 一 酸 化 二 窒 素 、 フ ロ ン 類
干ばつ等の異常気象が起きやすくなると考えられ
(クロロフルオロカーボン、Chlorofluorocarbon:
ている。海面の上昇と気象の極端化は、沿岸地域
C F C s )、 H F C( ハ イ ド ロ フ ル オ ロ カ ー ボ ン 、
における洪水・高潮の被害を増加させるおそれが
Hydrochlorofluorocarbon)等がある。メタン、一酸
ある。しかし、気候変動のメカニズムについては
化二窒素、フロン類、HFC 等の一定量あたりの温
科学的に未解明の部分も多く、世界的な気象モデ
室効果はCO2に比べてはるかに高いが、CO2の排出
ルの精度の問題もあって、こうした現象の現れる
量は膨大であるため世界全体として温暖化への寄
時期やその地理的分布、規模、頻度、強度等につい
与の大部分を占め、CO2 排出量の削減が重要な課
て、現時点で正確に予測することはできない。
題である。
地球温暖化の兆候は、既に大気中のGHGの濃度
2.
開発途上国と地球温暖化問題
上昇、地球の平均気温の上昇、海面水位の上昇と
いう形で現れている。気候変動に関する政府間パ
2−1
途上国の温暖化への寄与度
ネル(Intergovernmental Panel on Climate Change:
産業革命以降人為的に排出された温室効果ガス
IPCC)の第 2 次評価報告書は 19 世紀以降の気候を
による地球温暖化への直接的寄与度をみると、CO2
解析し、産業革命以後のGHG発生量の増大等の人
が63.7%と大半を占め、以下メタン
(19.2%)
、フロ
為的影響によって、地球温暖化が既に起こりつつ
ン類
(10.2%)
、一酸化二窒素
(5.7%)
となっている。
あることを確認している。
また、主要な温室効果ガスである CO2 について各
IPCC によると、2100 年の CO2 の排出量が 1990
国別の1年当たり排出量をみると、米国が22.4%で
年の 3 倍弱(CO2 の大気中濃度は 1990 年レベルの 2
第 1 位、中国が 13.4%で第 2 位、以下、ロシア(7.1
倍)となるシナリオ(中位の予測)では、2100 年に
%)
、日本(4.9%)と続き、インドが 3.8%と第 5 位
は約2°Cの平均気温の上昇、約50cmの海面水位の
である。中国、インドといった途上国を含め、以上
上昇が予測されており、さらにその後も気温上昇
の 5ヶ国だけで世界全体の CO2 排出量の半分を占
は続くとされている。(2001 年に出される予定の
めることになる。
IPCC第3次評価報告書では、21世紀末の気温上昇
現在の排出量増加の趨勢がこのまま将来も続く
は 1.4 ∼ 5.8°C と大幅に上方修正される見込みであ
とすれば2020年ごろには開発途上国からの排出量
る。
)また、一度排出された温室効果ガスは長期に
が先進国の排出量を上回るものと予測されており、
わたり大気中にとどまること、及び海洋は大気に
CO2 の大気中の残留期間が長期にわたること、そ
101
第二次環境分野別援助研究会報告書
の累積的影響は遅れて発現すること等から、途上
ならない水準において大気中の温室効果ガスの濃
国においてもできるだけ早い段階で世界的な排出
度を安定化させることを究極の目的としている。
抑制努力に加わる必要がある。
しかし、1人当たりの排出量で見ると途上国全体
(条約第 2 条)
。
さらに、1997年12月に京都で開催された条約の
では世界平均の約半分と、まだ低いレベルにある。
第 3 回締約国会議(The Third Conference of the
他方、国により大きく異なるものの、
(購買力平価
Parties:COP3)では、先進国(条約の付属書 I 国)か
でみた)
GDP当たりのエネルギー消費量、CO2排出
ら排出される 6 つの温室効果ガスについて法的拘
量ともに、日本に比べると数十%から数倍多い国
束力のある数値目標を盛り込んだ「京都議定書」が
もあり、省エネルギー、エネルギー効率の改善、新
採択され、今後の長期的・継続的な排出削減の第
エネルギーや再生可能エネルギーの開発・普及に
一歩がしるされた。2000 年 11 月 27 日現在、84ヶ
よる排出削減の余地が大きいと言うことができる。
国が署名しているが、主として小島嶼国や排出量
の少ない途上国を中心に31ヶ国が批准したのみで、
2−2
途上国への影響
まだ発効していない。
一般に、地球温暖化の影響は先進国よりも途上
国において、より重大であるといわれている。多
くの途上国が、地理的に被害を受けやすい条件を
3 − 1 「先進国の責任論」から「共通だが差異の
ある責任」の原則へ
有していることの他、被害防止のための対策・体
条約の交渉過程では、途上国グループから、地
制の現状、追加的対策を講ずるための技術・資金
球温暖化を引き起こした原因と責任はもっぱら先
的能力の不足等によるものと考えられる。気候変
進国にあり、先進国は率先して温室効果ガスの排
動枠組条約第 4 条 8 項は、特に「島嶼国、低地の沿
出削減を行うとともに、温暖化対策の推進に協力
岸地域、乾燥地域、半乾燥地域、森林地域又は森林
する途上国に対しては資金援助と技術移転を促進
の衰退のおそれのある地域、自然災害のおこりや
すべきであるとする「先進国の責任論」が展開され
すい地域、旱魃又は砂漠化のおそれのある地域、都
た。条約は、こうした議論の経過と最終的な妥協
市の大気汚染が著しい地域、脆弱な生態系を有す
の結果を如実に反映するものとなった。すなわち、
る地域」
を有する国等を挙げて、この条約の下でと
るべき措置(資金供与、保険、技術移転を含む)に
ついて十分な考慮が必要であるとしている。
「過去及び現在における世界全体の温室効果ガス
の排出量の最大の部分を占めるのは先進国におい
て排出されたものであること、開発途上国におけ
3.
国際協力の法的枠組み:気候変動枠組条約
る 1 人当たりの排出量は依然として比較的少ない
こと並びに世界全体の排出量において開発途上国
地球温暖化の脅威に対するこのような認識の高
における排出量が占める割合はこれらの国の社会
ま り を 背 景 と し て 、「 国 連 気 候 変 動 枠 組 条 約 」
的な及び開発のためのニーズに応じて増加してい
(United Nations Framework Convention on Climate
102
くことに留意し」
(前文)
Change:UNFCCC、以下、条約という)が 1992 年
「気候変動が地球的規模の性格を有することか
5月に採択され、同年6月の「国連環境と開発会議」
ら、すべての国が、それぞれに共通に有している
の場で各国政府代表による署名が開始されて、
が差異のある責任、各国の能力並びに各国の社会
1994年3月に発効した。2000年9月7日現在、186ヶ
的及び経済的状況に応じ、できる限り広範な協力
国が批准・受諾しており、開発途上国を含め世界
を行うこと及び効果的かつ適当な国際的対応に参
のほぼすべての国がこの条約に参加していると言
加することが必要であることを確認し」
(前文)
える。条約は、地球の気候の変動及びその影響が
「締約国は、衡平の原則に基づき、かつ、それぞ
「人類の共通の関心事」
であることを確認し
(前文)
、
れ共通に有しているが差異のある責任及び各国の
気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすことと
能力に従い、人類の現在及び将来の世代のために
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
気候系を保護すべきである。したがって、先進締
上国の協力の程度は、先進国からの資金供与と技
約国は、率先して気候変動及びその悪影響に対処
術移転の程度いかんによることを明言している。
すべきである。
」
(条約 3 条 1 項の原則)
すなわち、
なお、開発途上国が先進国と「共通に有する責
「開発途上締約国によるこの条約の効果的な履行
任」
の表れとしては、開発途上国を含むすべての締
の程度は、先進締約国によるこの条約に基づく資
約国が
「温室効果ガスについて、発生源による人為
金及び技術移転に関する約束の効果的な履行に依
的な排出及び吸収源による除去に関する目録を作
存しており、経済及び社会の開発並びに貧困の撲
成し、定期的に更新し、公表し、締約国会議に提供
滅が開発途上締約国にとって最優先の事項である
すること」、「気候変動を緩和するための措置及び
ことが十分に考慮される」
(条約 4 条 7 項)
。
気候変動に対する適応を容易にするための措置を
含む自国の計画を作成し、実施すること」
等が定め
4.
AIJの経験、CDMの可能性
られている(条約 4 条 1 項)
。
4−1
3 − 2 「補償」としての援助から「新規かつ追加的
な資金」の供与へ
共同実施(JI)
共同実施(Joint Implementation:JI)とは、複数の
国が全体としてより費用効果的に地球温暖化対策
先進国の責任論の裏返しとして、途上国の一部
を推進することを目的として、それぞれの有する
からは、途上国はむしろ地球温暖化の被害者であ
技術、資金、事業運営のノウハウ等を組み合わせ
り、先進国が引き起こした環境汚染の被害に対す
て共同で対策・事業を実施することをいう。
る補償を要求する、つまり先進国の自由意思に基
共同実施をめぐっては、条約交渉の過程でこの
づく資金援助ではなく、いわば途上国の当然の権
考え方が提唱されて以来、主に先進国と途上国の
利としてその対策に要する費用の支払いを請求で
間で見解の対立が続いてきた。前述のように、途
きる、とする主張が行われた。これに対し先進国
上国は一般に、先進国は地球の温暖化について特
側は、さすがに「補償」の考え方を受け入れること
別の責任を有しているのであり、率先してまず自
は拒否したものの、既存の ODA に加えて「新規で
らの国内で排出削減の努力を行うべきであると主
追加的な」資金を提供することを認めざるを得な
張し、そもそも共同実施の考え方には反対ないし
かった。
は懐疑的な立場をとるところが多かった。
その結果、開発途上国や経済移行国が条約上の
義務を履行するために温室効果ガスの排出及び吸
4−2
共同実施活動(AIJ)
収の目録や計画を作成し、諸般の対策を実施する
1995 年にベルリンで開かれた気候変動枠組条約
場合には、付属書 II の先進国(付属書 I の先進国か
第 1 回締約国会合(The First Conference of the
ら経済移行国を除いた OECD 加盟国を中心とする
Parties:COP1)
でも共同実施の進め方については合
国々)が「新規で追加的な」資金を供与することと
意 が 得 ら れ ず 、 こ れ に 代 え て「 共 同 実 施 活 動
され(条約 4 条 3 項)
、そのために新たな「資金メカ
(Activities Implemented Jointly:AIJ)
」という新しい
ニズム」に関する規定がおかれているが(条約第11
概念が導入され、関係国の自発的な参加と承認、事
条)、世銀、UNDP、UNEP の 3 者が共同管理する
業実施に伴う排出抑制の効果及び既存のODA等に
地球環境ファシリティ
(Global Environment Facility:
対する資金の追加性、技術移転にも資すること、排
GEF)
が
「暫定的に」
この資金供与のための制度とし
出削減量に対するクレジットは付与されず、その
て機能することになった。
分配や取り引きも認められないこと、等の条件の
さらに、途上国にとっては今後とも経済・社会
の開発と貧困の撲滅が最優先の課題であることを
確認し、世界的な地球温暖化防止努力に対する途
下で、2000 年まで試験的に AIJ が実施されること
になった。
すべての関係国政府の承認を得て条約事務局に
103
第二次環境分野別援助研究会報告書
報告されている AIJ 案件としては、2000 年 6 月末
れた事業活動に対する資金の準備を支援する」
。ま
現在、世界で約140件のAIJプロジェクトが進行中
た、認証された事業活動から得られる利益の一部
である。AIJプロジェクトの地域的分布
(ホスト国)
はCDMの運営費用を賄うとともに、気候変動の悪
については、年を追うにつれて次第に改善されて
影響に対して特に脆弱な開発途上締約国の適応策
きているものの、依然として地域的な偏りがみら
の支援に用いられることとなっている。
れる。
(東欧諸国−その 3 分の 1 がバルト海沿岸の
先進国間の共同実施と同様に、CDMについても
2ヶ国に集中−及び中南米、中でもコスタ・リカが
民間主体の参加が認められている。むしろ、CDM
特に多い)
。事業内容について件数で見ると、再生
の円滑な運用のためには、民間企業やNGOが持つ
可能エネルギー及びエネルギー効率改善のための
資金と技術を十分に活かすことこそが鍵となると
プロジェクトが圧倒的に多いが、1件当たりの排出
考えられる。
こうして京都議定書に CDM が盛り込まれてか
抑制
(または吸収)
効果で見ると、森林の保全管理、
植林事業による吸収量が大きい
(より正確には、当
ら、途上国にも微妙な態度の変化が現れている。イ
事国によって大きく見積もられている)と言える。
ンドは反対から積極姿勢に転じ、中国政府も公式
には反対の立場を貫いているものの、大きな関心
4−3
クリーン開発メカニズム
(Clean Develop-
を寄せている。
(しかし、植林事業、森林管理等の
ment Mechanism:CDM)
いわゆる「吸収源対策」を CDM による排出削減ク
米国を中心とする一部の先進国は、議定書交渉
レジットの対象とするか否かについては、これを
の早い段階から、法的拘束力のある排出削減数値
熱心に推進する中南米諸国とその他で、途上国グ
目標を受け入れる見返りとして、排出量取引、共
ループの中でも意見が分かれている。先進国の中
同実施等のいわゆる「柔軟性のある措置」の導入を
でも EU 諸国はこれに反対している。
)
強く要求してきた。京都会議では、先進国間の共
京都議定書上、CDM は 2000 年以降に行われる
同実施については比較的に異論なく受け入れられ
プロジェクトに適用されることになっており、
たものの、先進国と途上国の間の共同実施につい
2000 年 10 月末∼ 11 月にオランダのハーグで開か
ては従来からの議論が蒸し返され、交渉の最終段
れた気候変動枠組条約第 6 回締約国会合(The 6th
階までもつれ込んだ。そこで、これを当初ブラジ
Conference of the Parties:COP6)では、CDMの早期
ルが提案し、途上国グループも支持していた先進
運用開始を可能にするようなガイドラインについ
国の排出削減義務違反に対する罰金を原資とする
て合意されることが期待されたが、先進国・途上
「クリーン開発基金(Clean Development Fund:
国間のみならず先進国、途上国それぞれのグルー
CDF)
」の設立構想と抱き合わせて、途上国におけ
プの中で他にも多くの争点があり、全体のパッ
る共同実施もしくは類似の事業活動による排出削
ケージ・ディールの中でCDMについての最終決着
減クレジットの移転や取得を認めるとともに、途
は見送られた。
上国の持続可能な開発を支援することを目的とす
る CDM の制度を創設することで決着が図られた。
5.
国際的な取り組み
CDM については議定書第 12 条に規定されてい
る。このメカニズムの下で、非附属書 I 国は「認証
された排出削減量(Certified Emission Reduction:
104
5−1
地球環境ファシリティ(GEF)
地球環境ファシリティ
(GEF)
は、①地球温暖化、
CER)
」をもたらす事業活動から利益を得るととも
②生物多様性の保全、③国際水域の環境保全、④
に、附属書I国はこうした事業活動によって生ずる
オゾン層保護、の4つの分野で開発途上国の取り組
CER を自国の数値目標の達成のために利用するこ
みを促進するために、資金を供与するプログラム
とができる。これは、途上国にとってCDMは新た
である。世銀、UNDP、UNEPの協力により3年間
な資金及び技術移転メカニズムという側面を持っ
の試行期間を経て、1994 年から本格的に事業を開
ている。すなわち、CDM は「必要に応じ、認証さ
始した。GEF の運営については、従来から途上国
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
の意見が反映されにくい、プロジェクトの形成・実
どのように、これを財源とする気候変動基金を設
施にあたってNGOの参加が十分でない等の批判が
け、途上国及び東欧諸国における省エネルギー対
あったが、本格実施に際して組織再編・手続きの
策や AIJ プロジェクトの実施に充てている国もあ
改正が行われ、これらの点は相当に改善されてい
る。米国は、エネルギー省を中心とした関係省庁
る。
の協力の下に、気候変動に関する
「国別研究プログ
1991 年から 1999 年の間に、GEF は 130ヶ国にお
ラム」や「共同実施イニシアティブ(United States
ける 133 のエネルギー効率改善、再生可能エネル
Initiative on Joint Implementation:USIJI)
」を推進す
ギーの開発利用等のプロジェクト、及び 139 の
るため特別の事務局を設置し、これを通じて途上
GHG排出目録、対策計画の作成や基礎調査、担当
国の温暖化対策計画づくりや AIJ プロジェクトの
者の養成訓練といった活動
(enabling activities)
に対
形成・実施を支援している。
し、計10億ドルの援助を供与または承認した。そ
の他の政府、援助機関による協調融資や民間資金
5−4
世銀の「炭素投資基金(CIF)
」構想
の導入も併せると、これらの事業の総額は58億ド
前述のように GEF の実質的な運営管理を担う世
ルに上るという。そのほとんどは、途上国の対処
銀は、GEF とは別に(ある意味では京都議定書の
能力の開発・向上を目指したものである。なお、
CDM 制度の発足を先取りするような形で)、先進
1998 年からの第 2 期には、GEF の資金規模は 27.5
国政府及び民間から出資を募り、温室効果ガス削
億ドルに増資され、現在、第3期の増資に向けて交
減のための複数のプロジェクトに投資し、そこか
渉が始まろうとしている。
ら生じた排出削減クレジットを投資額に応じて投
資家に配分するファンド、「炭素投資基金(Carbon
5−2
ALGAS プロジェクト(ADB)
Investment Fund:CIF)」の設立を提唱してきたが、
ADBは、GEF、UNDP、ノールウェー政府の協力
2000 年秋にはその発足に必要な当初資金約 6,000
の下に、中国、韓国、インド、インドネシア等を含
万ドルの出資を得て、「プロトタイプ炭素基金
むアジアの 12ヶ国において「最少費用で温室効果
(Prototype Carbon Fund:PCF)
」を開始させた。
ガスを低減するためのアジア戦略(Asia Least-Cost
Greenhouse Gas Abatement Strategy:ALGAS)
」プロ
6.
我が国の取り組みの現状と課題
ジェクトを実施し、これらの国における排出目録
の作成及びそのためのキャパシティ・ディベロッ
6−1
21 世紀に向けた環境開発支援構想(ISD)
プメント、費用効果的な対策の選別、国の行動計
我が国は 1997 年 6 月の国連環境と開発特別総会
画の立案、技術協力及び投資プロジェクトのポー
において、今後のODAを中心とした日本の環境協
トフォリオの作成を支援してきた(総額 1,000 万ド
力政策を包括的にとりまとめた「21 世紀に向けた
ル)
。他の地域開発銀行や EU なども、単独である
環境開発支援構想(ISD)
」を発表し、その行動計画
いは GEF との協調により、域内各国における温暖
のポイントとして、①大気汚染・水質汚濁・廃棄物
化対策の推進のための投融資や技術協力を行って
対策、③自然環境保全・森林・植林、④水問題への
いる。
取り組み、⑤環境意識向上・戦略研究と並んで、②
地球温暖化対策を挙げ、省エネルギー、新エネル
5−3
他のドナー国の動向
ギー技術の世界的な普及を図る、とした。
主要なドナー国はすべてが GEF に出資するとと
もに、GEF との協調融資により途上国の排出目録
6−2
京都イニシアティブ
や温暖化対策に関する計画の作成、キャパシティ・
さらに 1997 年 12 月の京都会議(気候変動枠組条
ディベロップメント、及び個々の温暖化対策プロ
約第 3 回締約国会合、The Third Conference of the
ジェクトの実施を支援している。世界に先駆けて
Parties:COP3)
において、温暖化対策のための途上
炭素税を導入した北欧諸国のうちノールウェーな
国支援をODAを通じて具体化していくための諸施
105
第二次環境分野別援助研究会報告書
策を「京都イニシアティブ」として発表した。①温
し、域内各国での温暖化対策の現状や条約に基づ
暖化対策関連分野の人材育成(1998年度から5年間
く国別報告書の作成等に関する情報交換と議論を
で 3,000 人)
、②円借款特別環境金利の温暖化対策
進めてきたが、これはその後条約事務局の正式プ
関連分野の対象範囲拡大、③我が国が公害・省エ
ログラムにも組みこまれ、GEF、JICA 等の参加支
ネ対策の過程で培った技術・ノウハウの移転、の3
援も得て毎年アジア各地で開催されている。また、
つの柱からなる。
アジア太平洋地域諸国を対象とする
「国別温暖化対
応戦略策定調査」を通じて、温暖化による環境的、
6−3
新 ODA 中期政策
社会・経済的影響や温室効果ガスの排出目録の検
また、1999年に策定された
「ODA中期政策」にお
討、排出抑制対策や適応対策の優先順位の調査を
いても、重点課題の1つとして「地球規模問題への
行い、当該国における温暖化対応戦略の策定を支
取り組み」
が挙げられ、そのうち環境保全について
援している。
はISD、京都イニシアティブの積極的推進をうたっ
ている。
この他、林野庁による熱帯林等の持続可能な経
営の促進に関する調査、熱帯林の再生のための技
術開発のほか、必ずしも温暖化対策の支援を直接
6−4
その他
日米両国の政府首脳の合意に基づく「コモン・ア
ジェンダ」
の下で、地球温暖化問題を含め地球環境
の目的とはしていないが温暖化対策にも資する
様々な技術協力や民間の組織を通じた国際協力の
支援事業が関係省庁によって行われている。
研究を進めるためのアジア太平洋地域の研究協力
地方自治体レベルでも、1995 年に埼玉県で開催
ネットワーク
(Asia-Pacific Network for Global Change
された「第3回気候変動に関する世界自治体サミッ
Research:APN)が運営され、JICAによる技術協力
ト」を契機として、国際環境自治体評議会(ICLEI)
の一環として「サンゴ礁プロジェクト」が実施され
による「気候のための都市(Cities for Climate
ている。
Protection:CCP)キャンペーン」の一環として、ア
経済産業省(旧通産省)においては、アジア地域
の開発途上国における発展と環境の両立を目的と
ジア地域で CCP キャンペーンを支援する自治体が
増えてきている。
して、政府及び民間企業の公害問題に対する認識
さらに、我が国の数多くのNGOにより、途上国
を高め、環境対策の充実を図るため、我が国の公
における植林・緑化活動、アグロフォレストリー、
害対策の経験や技術を踏まえたエネルギー・環境
改良型コンロやかまど、ソーラーパネルの普及活
技術の移転・普及を行い、相手国のエネルギー・環
動等が単独資金で、あるいは外務省の草の根無償
境問題に対する自助努力の支援プログラムとして、
援助、NGO事業補助金、郵政省のボランティア貯
1992 年より「グリーン・エイド・プラン」を実施し
金、環境事業団の地球環境基金、その他の公的・私
ている。対象分野として CO2 削減対策に資する省
的なNGO活動助成制度による助成を受けて行われ
エネルギー及び代替エネルギーが含まれる。また、
ている。
その一環として、共同実施やCDMの対象になり得
る有望なプロジェクトの発掘と実現を目指す民間
の事業者に対する支援を目的として、基礎調査を
7.
温暖化対策における我が国の途上国援助のあ
り方
公募し、新エネルギー・産業技術総合開発機構
(New Energy and Industrial Technology Development
106
7−1
総合的・戦略的取り組みの重要性
Organization:NEDO)を通じて助成している。2000
途上国に限ったことではないが、温暖化対策は
年度の事業化調査案件としては、104件の応募の中
幅広く、総合的・計画的に進める必要がある。特に
から 37 件を採択した。
CO2 の発生源は多岐にわたるとともに、関連する
環境省(旧環境庁)においては、1991 年以降「ア
政策・制度や計画も非常に多く社会経済の仕組み
ジア太平洋地域地球温暖化セミナー」を毎年開催
の中に埋め込まれているので、ハード、ソフトの
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
両面にわたって対策を講ずるとともに、長期的な
7−3
メント
観点から研究・技術開発を進め、政策・制度や社会
一般の意識の改革を図っていくことが重要である。
共同作業とキャパシティ・ディベロップ
ところが、このように総合的・長期的な戦略や
主要な温室効果ガスである CO2 対策を中心に考
計画の立案・実施は、我が国のような先進国にとっ
えると、エネルギーの供給と需要の両面にわたる
ても未経験のことであり、まず相手途上国のニー
各種の省エネルギー対策を推進し、エネルギー効
ズや正確な実態の調査・把握から始めて目標の設
率の向上を図るとともに、CO2を排出しない新・再
定、プライオリティの確立、計画の立案、そして個
生可能エネルギーの開発・利用を進める必要があ
別対策の実施に至るまで、相手国の政策担当者、研
る。また、CO2の吸収源・貯蔵庫として森林の保全
究者、技術者、その他NGO関係者等とともに考え、
管理、植林、緑化活動が果たす役割も重要である。
協議し、合意のうえで行っていく必要がある。
さらに、IPCC のレポートも強調しているように、
また、これを可能にするためには、そのような
今後とも長期にわたる温暖化の進行は避けられな
政策立案と実施を担いうるような人材の育成、人
い事実であるので、排出抑制策と並行して適応策
的・組織的な能力の開発・向上(キャパシティ・ディ
を講じていくことも(特に、GHGsの排出量はわず
ベロップメント)
が不可欠であることは言うまでも
かでありながら海面上昇、台風・洪水の頻発等の
ない。前述のとおり、CDMプロジェクトにODAを
気候変動による影響に対して脆弱な島嶼国や広大
使用することについては途上国の反対が強く、ま
な低地国土を抱える途上国にとっては)重要であ
たその対象に植林等のいわゆる「吸収源対策」も含
る。
まれるのか否かについては 2000 年 11 月の COP6 で
も最終的な決着をみていないが、CDMプロジェク
7−2
途上国のニーズやプライオリティに合わ
トを途上国自らが企画・運営したり、認証・モニタ
せた対策支援
リング等の手続き・体制を整備するためのキャパ
しかしながら、同じ途上国といっても、その国
シティ・ディベロップメントを ODA で支援するこ
の経済発展の段階、工業化・都市化の進展の程度、
とには問題がなく、その必要性も高いと思われる。
エネルギー需給の構造
(特にエネルギー源の構成)
、
地理・地形・気候・植生・水分的条件の違い、政府
7−4
多面的便益のある対策支援
の行財政能力、民間企業の経営・管理能力、科学技
一般的に言って、開発途上国における地球温暖
術の水準、研究開発能力等によって、温暖化によ
化対策のプライオリティは低いと言わざるを得な
り受ける影響の性質も大きさも異なり、また、こ
い。また、途上国側も温暖化対策のみを目的とす
れへの対処能力も異なっている。
る援助プロジェクトには関心が少ないという事情
何よりも、各国の排出実態や経済的・技術的能
もあり、継続して政策対話を行うことが必要にな
力を踏まえ、他の重要な国家目標に整合した戦略
るとともに、一部の途上国では比較的プライオリ
あるいは計画を立てる必要がある。すなわち、こ
ティの高いばいじん、硫黄酸化物等による局地的
れらの対策・技術を総合的に評価し、プライオリ
な大気汚染対策や酸性雨対策、交通公害あるいは
ティをつけたうえで、短期・長期の対応戦略や行
交通渋滞解消のための交通管理計画の策定・実施
動計画を策定し、実施していくことが求められる。
等、温暖化対策にも資するような多面的利益をも
さらには、そうした援助を行う我が国自身が、途
たらすプロジェクトを支援していくことが重要で
上国の温暖化対策支援に関する長期的・総合的な
ある。
戦略を持っていることが必要になる。例えば、国
また、ジェンダー、貧困、紛争と平和等、他の地
別の開発援助方針の中に当該国における地球温暖
球規模の問題と温暖化問題とをリンクさせ、より
化対策に対する我が国の協力指針を盛り込むこと
効果的な援助を実施していくことも可能であろう。
などが考えられる。
107
第二次環境分野別援助研究会報告書
7−5
民間投資の推進と民間協力の支援
旧 OECF と旧日本輸出入銀行が合併して誕生し
前述のとおり、また、日本政府の打ち出した
「京
たJBICには、この点で組織的に連携を強化するこ
都イニシアティブ」にもうたわれているとおり、
とが可能になったわけであり、大きな期待が寄せ
「温室効果ガスは、特定の産業・民生活動から排出
られる。
されるものではなく、人類の諸活動によって生じ
るものであり、その対策を行う対象は産業構造や
人々のライフスタイルを含め広範なものとなる。
7−7
他の援助国及び国際機関との連携
「京都イニシアティブ」
にうたわれているとおり、
また、ODAによる協力のみでは、広範にわたる対
「二国間協力のみならず、国際機関を通じたマルチ
象に対し成果を挙げることは難しく、幅広い民間
の支援の役割も重要である。すなわち、GEF 等の
部門における対策の支援・推進を行う必要があ
主要なドナーとして、積極的な支援を行っていく
る。
」
こととする。」という方針は基本的に正しいが、特
特に、途上国において温暖化対策を進める上で
に我が国が米国に次いで 2 番目に大きい資金拠出
鍵となる民間からの投資や技術開発・移転を促進
国となっている GEF に関しては、単に資金を提供
するためには、CDM関連の事業活動を含め、JICA
したり諸外国から提案された案件を承認するだけ
がすでに行っている現地実証調査制度や開発投融
でなく、自らが途上国における温暖化対策プロ
資事業の促進、旧日本輸出入銀行との合併により
ジェクトを発掘・形成して GEF の協議の場に持ち
輸出信用供与機能を併せ持つことになったJBICや
込むとともに、その実施にも様々な形で関与して
経済産業省の持つ各種の保険制度の活用が考えら
いくことが重要である。
れる。また、民間企業として投資リスクの高い地
また、場合によっては、特定の国や分野におけ
域に対し、ODAによる投資可能性調査を実施する
る温暖化対策の推進にあたって、他の援助国や国
ことにより民間投資の呼び水となる支援・推進を
際機関と協議の上、役割を分担することも積極的
検討する必要がある。さらには、国際金融公社
に検討すべきであろう。
(International Finance Corporation:IFC)
、同じ世銀
グループの多数国間投資保証機関(Multilateral In-
8.
我が国における人材の確保と育成
vestment Gurantee Agency:MIGA)
、ADB 等の国際
金融機関による協調融資を積極的に行っていくこ
とが有効であろう。
我が国には相当なエネルギーの効率的生産と利
用、省エネルギー対策・技術の蓄積があるが、それ
らは主として民間の産業界が有しているものであ
7−6
各種協力形態・機関間の連携
ODA 中期政策においては、効果的・効率的な援
や産業技術にかたよっており、社会全体のエネル
助の実施のため、ODA以外のリソースを含めた開
ギー・システムを効率化する方向には働いて来な
発上の手段・主体の連携・活用の必要性を強調し、
かった。前述のとおり(6.の 6 − 1 ∼ 6 − 3 参照)、
具体的な援助手法のあり方として、「ODA におけ
温暖化対策の総合的推進にあたって不可欠な戦略
る各種協力形態・機関間の連携、ODA 以外の政府
的アプローチという点では、我が国にもあまり経
資金(Other Official Flows:OOF)及び民間との連
験がなく、それを立案できる人材も実行体制も不
携、NGO 等への支援・連携、他の援助国及び国際
十分と言わざるを得ない。
機関との連携、南南協力への支援」を挙げている
したがって、途上国の温暖化対策支援を進める
が、これらは地球温暖化問題に関する途上国協力
にあたっては、我が国自身の人材発掘・養成・確保
に特によく当てはまるものである。
(技術協力と無
を図るため、次のような措置を講ずる必要がある。
償資金協力の一層の連携強化、JICA専門家、地方
(1)民間及び地方自治体の現役、退職者の動員、
自治体等との連携、日本企業の途上国における環
境ビジネスの支援等。
)
108
る。それらもまた、どちらかというと個別の対策
再訓練策の強化
(2)専門家の所属先との関係等、制度面の整備
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
(3)専門家養成・研究の拡充
(4)他のドナー国・機関、地方自治体、NGO と
の連携促進
(5)中央省庁の縦割り行政の弊害の除去(例え
ば、地球温暖化に関する途上国援助プログ
ラムの立案や個別援助案件の形成・実施に
際しては、必ず各省庁の混成チームを結成
すること等)
参考文献
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事通信社。
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Royal Institute of International Affairs.
・ Oberthur, S. and Ott, H.( 1999),“The Kyoto
Protocol”, Springer.
109
第二次環境分野別援助研究会報告書
第 9 章 多国間環境条約(MEA)と環境協力
外務省国際社会協力部地球環境課
1.
多国間環境条約
(MEA)
との連携
している環境問題の解決を図るものである。例え
ばフロンガス等のオゾン層破壊物質の規制に関す
1972 年にストックホルムで開催された「国連人
る「モントリオール議定書」のように世界的な取り
間環境会議」
が環境問題への国際的取り組みを示す
組みによって大きな効果をあげているものが少な
第一歩となった。環境悪化という極めて深刻で、し
くない。一方で法律や関係組織の未整備、技術・機
かも新しい問題に焦点を当て、国際社会がいかに
材の不足など様々な要因により、条約の遵守が十
これに取り組むかを初めて本格的に議論したから
分できないでいる国も多い。また、これらを理由
である。これを契機として環境に関する様々な国
として条約に参加していない国も存在している。
際会議が開催された結果、ワシントン条約をはじ
このような国に対しては、各条約の締約国会議で
めとする多くの多国間環境条約(Multilateral Envi-
支援措置が検討されることとなり、通常、主とし
ronmental Agreement:MEA)が協議され、成立する
て先進国からの条約事務局(基金)に対する拠出金
こととなった。
で対応することとなるが、不十分な場合には受入
その 10 年後(1982 年)のナイロビでの「United
れ国は自国でも負担し、さらに世銀等の開発銀行
Nations Environment Programme:UNEP 管理理事会
や関係国際機関、あるいは二国間援助を要請する
特別会合」
で、我が国は地球環境保全に関する諸政
こととなる。
策を長期的かつ総合的に検討する特別委員会の設
また、特に技術的な問題については、当該分野
置を提案し、1984 ∼ 1987 年に開催された「環境と
で技術が高度に進歩している先進国や国際機関に
開発に関する世界委員会」
(ブルントラント委員会)
支援を要請し、技術指導や専門家の派遣がなされ
が設立されることとなった。この委員会では、
「持
る場合も多い。
続可能な開発」
をいかに達成するかが主題であると
する
「我ら共有の未来」
と題した報告書が発表され、
要な役割を果たしてきており、既に多くのMEAを
その実現に向け各国、国際社会が講ずべき方策が
批准しているほか、各条約の活動に対する資金的
示された。
な貢献も世界的にみて高いレベルにある。
さらに、1992年の「国連環境と開発会議」開催を
一方、我が国の二国間経済援助協力は、こうし
受け、
「気候変動枠組条約」
、「生物多様性条約」等
たMEAを中心とした議論や活動の流れに必ずしも
に代表されるよりグローバルな意味でのMEAが多
沿っていない場合があると思われる。折角、多く
数成立するに至った。こうしたMEAは、環境問題
の援助関係者が多大な努力を払い、また相当規模
への取り組みの世界的な規範を設定するとともに、
のODAを環境分野に注入しているのであれば、環
条約に関係する各分野における政策的優先事項を
境問題に係る国際的なデファクト・スタンダード
国際的に規定していく役割も担っている。
を作っているMEAの世界を十分考慮して、そこで
また、後述するように条約自身が条約関連分野
重要とされている途上国のニーズや援助政策の方
の開発途上国への援助についても直接・間接に関
向付けに合致するように我が国経済技術協力の政
与しているため、環境分野援助についての方向性
策企画や案件決定を行っていくことが望まれる。
の国際スタンダードを形成していく影響力を有し
さらに、我が国の環境分野での援助政策や実績を
ている。
MEA関連の議論の中で積極的にアピールしていく
MEAにおいては、批准した国々は条約規定事項
110
我が国は、MEAの作成及びその運営について重
べきと考える。
を遵守することが義務付けられるため、多くの国
このためには、外務省をはじめとする関係省庁
が条約に参加することにより世界的な規模で進行
が各条約事務局や国連等の国際機関に対して、資
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
金的、人的支援を充実させることが重要であるこ
(2)ラムサール条約
(特に水鳥の生息地として国際
的に重要な湿地に関する条約)
とはもちろん、今後は我が国の二国間経済協力に
よる支援、また二国間援助機関であるJICAやJBIC
本条約は、水鳥生息地としての湿地保全を目的
による支援を一層強化し、これらの国際的な取り
に1971年に採択された。条約事務局では、途上国
組みとさらに連携を深めていくことが重要となっ
における湿地保全プロジェクトに対し支援を行う
てくる。外務省、関係省庁、さらにJICAやJBICな
ための助成基金を設立しており、我が国はそのう
ど我が国の二国間援助機関とMEA事務局や国際機
ちの約 20%を拠出している。
関との情報の交換・共有を強化し、グローバルな
しかし、助成申請されるプロジェクト件数が多
取り組みの中でどのような支援が我が国に求めら
く、限られた資金を有効に使う観点から優先順位
ているのか、また我が国がどのような支援を提案
が高いとされる事業のみ実施されており、各ド
できるのかを十分検討していく必要がある。
ナー国に対しては一層の拠出要請が行われている。
我が国の二国間協力では、JICAが本条約の対処
2.
多国間環境条約
(MEA)
とその運用
能力向上のため、アジア諸国の湿地保護政策担当
者を対象とした研修を実施している。
● 「国連環境と開発会議」
以前に成立したMEA等
我が国として、今後も継続して助成基金に拠出
していくことはもちろん、JICAで実施している研
(1)ワシントン条約
(絶滅のおそれのある野生動植
物種の国際取引に関する条約)
本条約は、絶滅のおそれがある野生動植物種の
修は、今後とも同条約の趣旨・目的と整合がとれ
た内容としていくよう注意を払っていく必要があ
る。
国際取引を規制することを目的として1973年に採
択された。条約事務局では、多くの野生生物の生
(3)オゾン層保護条約及びモントリオール議定書
息地を占める途上国における適切な保護政策の実
オゾン層破壊物質及びかかる物質を用いた既存
施、機材や人的な面での密猟の防止体制の整備は
の生産設備を廃棄し、代替物質及び代替物質を用
もちろん、特に取引規制を行う担当部署や現場で
いた生産設備に転換していくことを目的に、条約
の取締にあたる税関の対処能力向上に力を入れて
は 1985 年、議定書は 1987 年に採択された。
おり、対象種であるかどうかの識別マニュアルの
条約事務局では、オゾン層保護基金を設立し、世
作成、研修の実施等に重点的に取り組んでいる。ま
銀、UNEP、UNDP、UNIDOを通じ、途上国におけ
た、絶滅のおそれがある野生動植物種については、
る代替物質及び代替物質を用いた生産設備に転換
生息調査や取引実態調査を実施している。
していく事業を支援している。
我が国は、条約事務局へ資金面から支援してい
特に開発途上国では、代替品供給、代替品を中
るほか、二国間協力でも途上国における国立公園
間財として用いる場合の転換及び最終消費財の転
職員の研修や専門家の派遣等の支援を行っている。
換に関する費用の負担が大きくなるため、資金面
途上国においても国内の法制面の整備が進みつつ
での手当が課題となっている。
あり、規制面では一定の前進が見られるが、多額
本議定書では、オゾン層保護のための二国間協
の経費を要する生息調査等は実施できない場合が
力は、一定の条件を満たせば自国のオゾン層保護
多い。我が国として今後は条約事務局が実施する
基金への拠出金の 20%を限度として、これを基金
規模の大きい生息調査等のプロジェクトに支援し
への拠出とみなすことが出来るとされ、経済産業
ていくのはもちろん、我が国に利害関係が深い動
省(旧通産省)を中心に二国間協力プロジェクトの
植物については、条約事務局が生息調査等を実施
発掘に努めてきたが、現在までの累計で8件、357
する際には、二国間協力で当該国への機材の提供
万ドルが実施されたに留まっている。これまでの
等を支援していくことが考えられる。
実施例としては、中国における液晶洗浄や冷媒分
野における代替物質への転換に関するプロジェク
111
第二次環境分野別援助研究会報告書
トがある。
また、二国間協力ではJICAが開発途上国政府の
プロジェクトの対象分野は、①気候変動対策、②
生物多様性保全、③海洋・河川等の国際水域保全、
政策担当者や技術者等を日本へ招聘し、我が国の
④オゾン層保護の4分野であるが、この4分野に関
代替技術に関する研修を実施している。
係する範囲で「土地劣化対策」
、
「砂漠化対処」及び
今後は我が国の技術や経験をさらに多くの国へ
「森林保全」の活動についても事業が実施されてい
広めるため、引き続き二国間協力プロジェクトの
る。なお、オゾン層保護については、前述のオゾン
発掘に努めるほか、こうした招聘研修の実施や専
層保護基金が途上国へ支援を行っているため、ロ
門家の派遣等を充実させていくことが期待される。
シア、東欧のみが対象となっている。
設立当初の GEF は、1994 年までの 3 年間の試験
(4)バーゼル条約
(有害廃棄物の国境を越える移動
及びその処分の規制に関する条約)
期間として約11億ドルの資金規模であったが、試
験期間終了後の正式発足(改組)を経て、現在の
本条約は、有害廃棄物の国境を越える移動を制
GEF 第 2 期間(1998 年∼ 2002 年までの 4 年間)の資
限することを目的として、1989 年に採択された。
金規模は約27億ドル、36ヶ国が資金提供を約束す
条約事務局では、途上国支援の支援のため、有
るにまで達しており、今や多国間の資金供与メカ
害廃棄物への対処能力向上に資する信託基金が設
ニズムとして重要な役割を果たしている。因みに
置されており、廃棄物処理に関する技術移転やリ
我が国は GEF 第 2 期間の新規資金約 20 億ドルのう
サイクルを行うための能力向上等に取り組んでい
ち、その 20%を拠出することとしている。
る。
我が国の拠出金は、全体の25%に及んでいるが、
試験期間中の GEF は、資金が少ないこと、プロ
ジェクトの承認手続が複雑で時間がかかること、
全額が中国及びインドネシアに設置されているア
開発途上国の意見が十分反映されないこと等によ
ジア地域の技術移転・研修センターの研修プロ
りかなり批判を浴びたが、「国連環境と開発会議」
ジェクト等へ振り向られている。
における検討や1994年の改組、その後の手続簡素
今後、我が国の二国間協力では、本条約の技術
移転地域センターの活動と協調し、途上国におけ
る有害廃棄物の適正管理計画の策定を支援するこ
と等が期待されている。
化等により、これらの点はかなり改善されてきて
いる。
プロジェクトは、事業規模によって①フル事業、
②中規模事業、③能力開発に関する事業の3つに大
きく区分されており、これらの事業をすべて合わ
(5)地球環境ファシリティ
(GEF)
地球環境ファシリティ(GEF)は環境条約ではな
事業が140ヶ国で実施されている。分野別の事業数
く、途上国が地球環境問題に対処するために新た
では、生物多様性が約45%、気候変動が約35%を
に負担することとなる費用について、原則として
占めており、これらの分野で全体の約 80%に達し
無償資金を提供することを目的に設立された資金
ている。
供与メカニズムである。1989 年、IMF・世銀合同
事業は、開発途上国のニーズを実施機関が汲み
開発委員会にて仏独が地球環境の保全・改善のた
取って形成されるが、GEF を資金メカニズムとし
めの基金設立を提案したことが契機となり、その
ている「気候変動枠組条約」
、
「生物多様性条約」等
後の世銀理事会決議を経て、1991 年に発足した。
の締約国会議で決定されるガイダンスにしたがっ
G E F は新たな国際機関というよりは、世銀、
て実施されるものもある。具体的な事業内容は、気
UNDP、UNEP 等既存の組織に依存した組織であ
候変動対策を例にとれば、条約の適応措置に関す
り、ドナー国が世銀に設置されている信託基金に
るアセスメントや温室効果ガス削減のための事業
資金を拠出し、これら3つの事業実施機関がその資
計画策定、対処能力向上のための研修の実施等と
金を使って開発途上国における支援プロジェクト
なっている。
を展開している。
112
せると、1991 年の設立から 1999 年末まで約 680 の
昨年末に残留性有機汚染物質(Persistent Organic
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
Pollutants:POPs)
の排出規制に関する条約の設立が
インドネシアにおける生物多様性保全行動計画へ
合意され、GEF がその資金メカニズムの中心とな
の無償資金協力・技術協力があり、動物標本館の
ることが決定したことを踏まえ、今後はこの分野
建設や生物多様性データベースの作成、国立公園
での積極的な事業展開も期待されている。また、
管理等の援助が実施されている。
2000 年 11 月から GEF 第 3 期間の増資に向けた交
渉が開始されている。
開発途上国では、各国の優先分野ごとに生物多
様性の動向を把握し、それに対する適切な保全及
び持続可能な利用を実現できる措置をとることが
● 「国連環境と開発会議」を契機として成立した
MEA等
求められており、我が国としては、専門家の派遣
を通じ、開発途上国における生態系の分類、動向
の把握、遺伝資源へのアクセスと利益配分の適切
(6)気候変動枠組条約及び京都議定書
本条約は、温室効果ガスの排出量を抑制又は削
な措置等のあり方について協力することができる
と思われる。
減し、大気中の温室効果ガスの濃度を安定化する
ことを目的に1992年に採択された。議定書は1997
年に採択されたが未発効である。
(8)バイオセイフティーに関するカルタヘナ議定
書
本条約の資金供与メカニズムである GEF が、条
本議定書は、環境に悪影響を与える可能性があ
約の適応措置に関するアセスメントや温室効果ガ
る遺伝子が改変された生物
(Living genitically Modi-
ス削減のための事業計画の策定、途上国の対処能
fied Organism:LMO)の移送、取扱い、利用、国境
力向上のための研修等の支援事業を実施している
間移動等について適切な保護を国際的に確保する
ほか、我が国の二国間協力でもJICAが地球温暖化
ことを目的として 2000 年に採択された。
対策に関する研修を開催したり、吸収源増大対策
なお、本条約は 2000 年 1 月に合意されたばかり
として有効と思われる造林や森林保全のための支
であり、現在、各国でこれに対応するための体制
援事業の実施、開発途上国(特に最貧国や島嶼国)
づくりが進められている。50ヶ国が批准した段階
が被る気候変動による悪影響への適応措置等への
で発効する(現在は 2ヶ国のみ批准)こととなって
支援事業を行っている。
いる。
今後、我が国としては、こうした取り組みをさ
条約事務局では、現在、LMO のリスク評価・管
らに充実させることで、議定書上温室効果ガスの
理の分野での専門家を登録しており、今後は開発
削減義務を有していない途上国が自主的に削減に
途上国の要請に基づき適切な専門家が支援を行う
取り組むことにつなげていくことが重要である。
制度を整備する予定である。また、資金供与メカ
ニズムである GEF が本議定書批准のための各国の
(7)生物多様性条約
本条約は、地球上の多様な生物をその生息環境
体制づくり設立のための支援事業を検討している。
途上国では、LMOについて適切な国内での利用
と共に保全すること、生物資源を持続可能である
及び輸入管理を行う能力向上が求められており、
ように利用すること及び遺伝資源の利用から生じ
我が国の二国間協力として、輸入されるLMOにつ
る利益を公正かつ公平に配分することを目的とし
いての生態系への悪影響の有無についての審査、
て 1992 年に採択された。
国内管理に関する制度づくり、人材育成について
本条約の資金供与メカニズムである GEF が開発
の助言や技術支援が考えられる。
途上国における保全地区設定や利用計画策定等の
動植物保護事業等を支援しているほか、UNEP等の
各種国際機関による支援や各国による二国間協力
も実施されている。
我が国のこの分野における環境協力の例として
(9)砂漠化対処条約
本条約は、砂漠化の影響を受ける地域における
持続可能な開発の達成に寄与するため、深刻な旱
魃又は砂漠化に直面する国(特にアフリカ)におい
113
第二次環境分野別援助研究会報告書
てその影響を緩和すること等を目的として1994年
に採択された。
先進主要国
(G8)
では、これを補足する形で1998
年からモニタリングの実施や保全計画の策定を中
本条約において途上国は、砂漠化を緩和するた
心とする「森林行動プログラム」を実施しているほ
めの資源配分、住民参加の促進、行動計画の策定・
か、2000 年 7 月の沖縄サミットでは、特に違法伐
実施等が求められており、GEF が対象としている
採問題への取り組みがクローズアップされてきて
4 分野に関連する範囲において援助を受けている。
いる。
また、各国の二国間援助も行われており、これ
また、熱帯林保有国の環境保全と木材貿易の両
ら二国・多国間の資金援助を促進するための組織
立を目的に1986年に設立された国際熱帯木材機関
として「地球機構」が国際農業開発基金内に設立さ
(International Tropical Timber Organization:ITTO)
に
れている。
おいても熱帯林保全事業が行われている。
我が国の二国間協力では、灌漑や植林等に関す
我が国の二国間協力では、砂漠化対処条約と同
る支援プロジェクトが行われているほか、農村住
様、「緑の推進協力プロジェクト」が実施されてい
民による植林を目的とした苗木栽培、植栽地造成
るが、これまでの二国間協力やITTO等が行ってい
等に対して専門家等を派遣し、技術指導を行う
「緑
る活動から得られる「持続可能な森林経営」のノウ
の推進協力プロジェクト」
がセネガル、タンザニア
ハウを関係国間で共有するためのワークショップ
等で実施されている。
を開催し、国連における議論へインプットするこ
今後の我が国の二国間協力においては、本条約
と連携し、被援助国が本条約に基づく行動計画を
とや開発途上木材輸出国における森林保全のため
の人材育成を支援していくことが考えられる。
策定していない場合はそのための専門家派遣、策
定している場合にはその実施に関するニーズに応
● その他の条約等
じたプロジェクトの実施等で途上国を支援するこ
とが可能と考えられる。また、各国が毎年締約国
(11) 東アジア酸性雨モニタリングネットワーク
会議で報告する取り組み状況に関する情報を我が
本事業は条約ではなく、関係諸国の共同声明に
国の二国間協力に活用する一方、
「地球機構」に対
より、UNEP を事務局として本年から本格稼働す
して我が国の二国間協力に関する情報提供を行い、
る。東アジア地域における酸性雨の状況を共通の
更なる事業連携を検討することも必要だと考えら
方法で観測することで汚染と被害の状況を明らか
れる。
にし、今後の国際的な排出源対策の検討の基礎と
することを目的としている。
(10) 森林保全
森林保全に関する多国間条約については、必要
が課題であり、観測データの収集・整備とは別に、
性の是非をめぐり国際的な意見の対立が続いてお
1998年からの試行稼働中においてJICAが本ネット
り、現在も存在していない。1992年の
「国連環境と
ワークの酸性雨対策に関する研修や専門家派遣等
開発会議」
でも森林の保全や持続可能な利用に関す
の事業を実施した。
る「森林原則声明」が採択されたに留まっている。
今後も精度の高い酸性雨データの充実を図るた
「国連環境と開発会議」
以降は、
「国連の持続可能
め、我が国の二国間協力による集団研修や参加国
な開発委員会」
(C o m m i s s i o n o n S u s t a i n a b l e
における研修、参加国研修生をネットワークに指
D e v e l o p m e n t :C S D )の下に設置された政府間
定された酸性雨研究センターに招へいして行う個
フォーラムで、各国による政策対話が続けられて
別研修、専門家の派遣、モニタリング機材の供与、
いるが、これまでのフォーラムでは、本来の目的
ネットワークセンターを通じた技術ミッションの
である「持続可能な森林経営」のために如何なる施
派遣や研究員の受入れ等を本ネットワークの活動
策が必要であるかとの議論が十分行われたとは必
と連携しながら行っていくことが有効と思われる。
ずしも言えない状況にある。
114
本事業においても関係国担当者の対処能力向上
また、本ネットワークが本格稼働を開始したこ
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
とを踏まえ、今後は排出源対策を視野に入れた二
国間協力の実施が従来に増して重要であり、発生
源の情報整備等に関する調査なども実施すること
が必要となる。
さらに具体的な事業としては、本ネットワーク
の観測結果も十分活かし、中国における脱硫設備
の設置促進を中心とした大気汚染防止モデル事業
をさらに各地へ普及させていくことが考えられる。
(12) その他
上記以外にも国際的な海洋汚染の防止を目的と
した
「国連海洋法条約」
、
「特定有害化学物質等の国
際貿易の同意手続に関するロッテルダム条約
(Rotterdam Convention on the Prior Informed Consent
(PIC)Procedure for Certain Hazardous Chemicals and
Pesticides in International Trade)
」など数多くの環境
保全を目的とした条約があるほか、今般、POPsの
排出規制に関する条約案が成立したところである。
今後新たに成立してくるMEAについても、条約
としての取り組みはもちろん、二国間協力でもこ
れと連携し、効率的で我が国の主体性が見える援
助としていくことが求められている。
115
第二次環境分野別援助研究会報告書
第 10 章 総括
笹岡 雄一(国際協力事業団)
1.
はじめに
体性にいかにかかわっていくかにつきグローバル
な次元、日本からのメッセージに関する考察も含
第 3 部は非常に広汎な環境協力のテーマが紹介
ませて、テーマ別の総括とする。
され、今後の処方箋が何通りにもわたり力説され
ている。各章のテーマは民間・公共分野それぞれ
2.
環境問題の困難性
が相互に関連した問題であり、世銀のCDFのよう
な包括的な展望のなかで論じられるべきものであ
る。また、環境保全はだれにとっても容易な課題
1990 年代前半の各ドナーの環境援助予算の拡充は
ではないが、必ずしも日本や日本人が得意ではな
一般的に目を見張るものがあった。例えば、世界
いジャンルもあるように思われる。このように第3
銀行の1995年の案件数及び誓約援助額は137件100
部は、かなり挑戦的なテーマ設定ではあるが、今
億ドルで、これは「国連環境と開発会議」前の1991
後の環境協力にとって看過できない重要なものば
年の 45 件30 億ドルから 3倍に拡大した。我が国も
かりである。昨今は、
「国連環境と開発会議」の時
「国連環境と開発会議」では環境 ODA を 1992 年か
のような環境保全の意識の高まりが見られないと
ら 5 年間にわたり 9,000 億円から 1 兆円供与するこ
の指摘が環境 NGO の側からも聞かれる。確かに
とを意図表明し、その目標は 4 割増しで達成され
2000年11月のオランダでの国連気候変動枠組条約
た。こうした環境援助の増加の背景には、地球規
の第6回締約国会議(COP6)のような国際社会での
模の環境問題の認識、途上国での工業化の進展や
長い議論の応酬が今は必要で、比較的に地味な季
人口の増加による汚染負荷の急速な蓄積、ロシア・
節に入っている。しかし、各章にある視点は
「国連
東欧・中国の「移行経済」下での「規模の経済」がも
環境と開発会議」
から続いている根本的なものばか
たらした大規模な環境破壊、なども存在した。
りである。
116
1992 年の「国連環境と開発会議」効果により、
途上国と言っても、所得、社会指標、ガバナンス
特に強調したいのは、今日のグローバリゼー
など様々な格差が生じている。先進国レベルに
ションが債務問題、国際商品価格や国際資本フ
キャッチ・アップしつつある中進国もあれば、経
ローの不安定性、情報に対するアクセスの格差な
済成長がある程度持続しているわりに環境破壊が
どを伴い、開発途上国の貧困問題に多大なる影響
著しい中国のような国もあれば、アフリカのよう
を及ぼしていることである。今日の環境劣化の問
に多くの人口が深刻な貧困から抜けだせないまま
題は、その被害が貧困層において最も甚大になる
環境の劣化も止められない地域もある。途上国で
ことから、貧困問題の原因ともとらえられ、グロー
はメディアの自由な報道ができない国もあるし、
バリゼーションの「負の側面」の 1 つともとらえら
環境活動家が暗殺される国もある。また、国内の
れる。したがって、環境援助は、市場メカニズムで
地域間格差も都市、農村に典型的に見られるよう
はカバーすることのできないこの「負の側面」を削
に拡大している。環境破壊も都市、農村間で因果
減する先進国の責務であり、貿易立国・資源小国
関係が交換されている場合も多い。都市部の人口
の日本としてはこれを非常に重視すべきであろう。
の増加が農村の農地を需要に見合った過剰生産で
本章では、これまでの9章を自然資源管理、都市環
荒廃させたり、都市部の生活排水が湖沼に流れ込
境管理、地球環境問題、政策的なソフトウェアの
んで内水面漁業に影響を与える、という具合であ
問題の4グループに分類し、それぞれの提案の活用
る。
について追加的に考察した。最後に、まとめと新
自然資源分野では、森林や草地、土壌、水資源な
たな展望として、これらの問題のもつ総合性、全
ど再生可能な自然資源の管理が適正に行われな
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
かったために砂漠化、森林枯渇、土壌流出、水資源
環境分野において持続可能性を確立するのは容易
の急激な減少、農地の荒廃などが起こり、こうし
なことではないであろう。
た資源に依存してきたコミュニティが生存基盤を
環境問題は、最終的にはそれぞれの国々の社会
失って崩壊、離散している事例も数多い。これら
経済的な条件の中で解決する他なく、先進国のな
の地域では、移住、環境難民や紛争が発生しやす
かでもこの2、30年の間に解決策が試行錯誤されて
くなっている。都市環境分野では、多くの国で農
きた分野である。したがって、現在の途上国にお
村の崩壊に伴って都市人口が急増し、都市として
いては一般の開発問題とは異なり、非常に新規な
の機能を果たすために必要なインフラストラク
アプローチをその社会に導入することになる。こ
チュアの整備が追い付かないために深刻な環境問
の政策の実施には、本来は税制や規制から産業政
題が貧困層を直撃している。経済発展の重要な手
策、貿易政策、都市政策などいろいろな段階の公
段として期待されていた工業化の方法が適正でな
共政策やプログラム戦略一般がかかわることにな
いため、水質・大気・産業廃棄物の管理が疎かにさ
り、こうした政策を可能にする社会経済的な制度
れ、住民の健康に悪影響が及んでいる場合も多い。
の確立も求められている。次に、総合的かつ長期
このような多様な環境問題の解決のためには、
的に取り組むことが必要であり、これは途上国の
自然資源管理、都市環境・産業公害管理、地球環境
みや限定規模のドナー、NGOだけでは到底解決で
問題のいずれをとっても開発途上国自身が今後努
きない国際的な協力体制を構築する必要のある
力すべき点が多々あり、これらがニーズとして検
テーマである。
討されるべき事項と考えられる。この意味で政治
的な民主化や地方分権化、表現の自由などのガバ
3.
自然資源管理
ナンスも環境問題の解決のために重要な要素であ
る。1980 年代からアジアや中南米ではガバナンス
レスター・ブラウンの「地球環境報告」など多く
の顕著な進展がみられ、アフリカでも分権化が進
の人々が警告しているように、地球は資源の枯渇
んでいる。他方、貧困問題は環境破壊と難民の発
という意味で病んでいる。多くの地域で、森林、土
生、紛争との間で悪循環をなしている場合もあり、
壌、草地などの自然資源が急速に減少し、その資
非常に解決が難しい。債務問題や貿易、投資、武器
源に依存してきたコミュニティが崩壊した。この
輸出のようなグローバルな問題と民族対立、資源
問題は貧困問題と密接に関連しており、コミュニ
の争奪のような地域固有の問題とが交錯し、従来
ティのサステナビリティは世界銀行などの新しい
の環境科学の領域を超えた新たな対処法の検討が
イニシアティブにも現れていることは第 2 章でみ
必要である。
たとおりである。第4章は、自然環境の幾つかの把
また、地球環境問題のように、先進国と途上国
握の仕方が紹介され、その保全協力の長所・短所
で汚染原因をめぐる責任問題が明確な決着をみて
を描いている。特に、図3−7の自然環境資源の利
いないものもある。一般に環境保全は途上国の財
用と保全の概念図は、立体模型であり、技術と自
政が負担し得ないような資金規模であり、他方貧
然回復力との関係が表現されている。これまでの
困国の環境予算そのものが世銀や UNDP により財
日本の協力の傾向としては、資源開発優先であっ
政援助されている場合も多い現状なので、援助機
たという指摘もあった。今後の課題としては、協
関はキャパシティ・ディベロップメントについて
力事業に携わる人材育成の面からの検討も行われ、
は長期的な視点で取り組むことが求められる。そ
NGOなど現地の人的資源の参加や関与が強調され
れは環境法や環境の専門部局を外部から導入する
ている。
だけでは全く不十分で、内部から制度的、資金的、
豊富な自然のなかに少人数のコミュニティが生
技術的に支えられるようにしなければならない。
活してきた地域では資源管理のノウハウや知識は
開発一般においてさえ持続可能性をうみだすのは
歴史的に身についてこなかった。このため大規模
難しいところ、ましてや短期的な収益を生まない
な商業伐採による熱帯林資源の衰退、焼き畑農業
117
第二次環境分野別援助研究会報告書
の休閑期間の短縮による森林の減少、低地農民の
118
することにあるのだろう。
林地への侵入、人口増加に伴う燃料材の採取過多
第5章の社会環境では、コミュニティの潜在能力
による疎林の消失、過放牧による草地の劣化、な
が着目され、エンパワメントの対象は専らコミュ
どの問題に対応しきれなかった。他方、厳しい環
ニティになっている。第2章でもコミュニティと貧
境のなかで限られた資源しか有しなかったコミュ
困者のエンパワメントという視点が提示されてい
ニティは、資源の枯渇とコミュニティの崩壊の関
る。第5章は、途上国の自然環境荒廃という具体的
係を知悉していたと思われる。この意味で、日本
な事例に基づいた社会環境問題の分析である。生
の伝統的なコミュニティには持続的な資源管理の
活格差や歴史的な背景をもった資源の不平等配分
知恵はあった。そのベースに乗った従来からの行
が森林などの共有資源を消失させる原因とされて
政経験や研究は多い。しかし、日本には途上国の
おり、これと対極的な対等な成員からなるコミュ
資源管理にとって有用な現場における技術の蓄積
ニティが持続可能なモデルとして取り上げられ、
がないと指摘されており、この克服に現地のNGO
ボトムアップを意図した効果的な協力の鍵が語ら
などを活用すべきと提言されている。
れている。確かに自然資源の減少により貧困にあ
途上国政府は、自国の自然資源管理の適正化を
えぐ特定地域のコミュニティを直接支援すること
推進し、国民の生活安定を図るべきである。貧困
は、パイロットないしはデモンストレーション・プ
の文脈で言えば、政府が適切な資源管理政策を
ロジェクトとして大きな効果をあげることが期待
行って、国民の脆弱性やリスクを減少させるべき
される。
である。しかしながら、自然資源管理に必要なノ
ドナー
(援助機関、NGO)
が存在するうちは、対
ウハウ、法律・規則、政策及び制度は整備されてお
象となる地域に技術や資金の供与がなされて多く
らず、管理は適切に行われていない。したがって、
の事業は成功するかもしれない。しかし、このう
自然資源管理は本来コミュニティが行うべきとの
ちどの位が永続する、持続可能なものになるのか
論点が強調されることになる(第 5 章)。政府機関
は常に考えねばならない視点であろう。第1に、コ
はフィールド・オフィスを設置して地域の資源評
ミュニティの内部で生産側の発展と、インセン
価を実施し、資源管理計画を作成、その計画を普
ティブや配分の公正との兼ね合いをどう考えるべ
及啓蒙・教育活動などをとおしてコミュニティに
きか、第2に、プロジェクトの成果の普及において
実行してもらう関係となろうが、この原則も実施
市場原理が入ってくる場合、レプリカビリティ
(模
されていないのが途上国の実情である。
倣可能性)とサステナビリティ(持続可能性)のト
自然資源管理を強化する様々な組織のキャパシ
レード・オフをどう考えるかという視点がある。例
ティ開発が重要であり、これを環境ガバナンスと
えば、UNDP のプロジェクトでは途上国の未利用
表す向きもある(第 3 章)。ガバナンスとガバメン
資源を商品として先進国に販売し、急激に農民の
トは必ずしも同じものではなく、政府
(中央・地方)
所得を増加させたが、その後近隣の村々の農民も
を強化するアプローチ、コミュニティを強化する
競って同じ商品を作り出したので市場価格と収入
アプローチ、NGOを強化するアプローチなど様々
は急落した。これなどはプロジェクトがパイロッ
である。それらは必ずしも排斥的な関係にはなく、
トとして成功すればするほど、ほかのコミュニ
中央政府は政策や法、全国的な組織に通じ、地方
ティにとっても模倣可能(レプリカブル)になり当
政府ないし中央からの資源管理のための現場事務
初プロジェクトの持続可能性が低下する現象であ
所(フィールド・オフィス)は特定の地域の資源賦
る。
存状況に詳しく、コミュニティは構成員の生活向
また、NGOならともかく、政府機関や大きな援
上の動機と抱き合わせの視点に強く、それぞれ相
助機関の場合特定地域にばかり援助をし続けるこ
互促進的な関係にある。この中で第4章が期待する
とはできない。一般的には、ある程度の広がりを
NGOの本来の役割は弱体な政府とコミュニティの
有する自然資源管理が必要で、長期的には地方行
あいだに立って事業を進めつつ双方の組織を強化
政機関の役割も検討せざるを得ないだろう。そし
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
て面的な普及段階を考慮しても無理のない規模の
主体という点で日本の経験と異なるものとして論
投資が当初から検討されるべきであろう。しかし
じた。こうした見地から、日本や他の援助機関の
ながら、このような最終受益者たるコミュニティ
今後の協力を論じており、土地政策、貧困対策な
の参加に基づく環境保全を行うアプローチは第 5
どの体系的な環境協力のあるべき姿を提示してい
章にあるように当事者意識の形成に対する支援と
る。
して有力である。コミュニティ自身の計画作成と
都市問題も、都市計画に基づき地方の行政機関
実行能力の形成を企画したうえで、地方の行政機
が関わることが求められている。しかしながら、多
関などに対して副次的に資源の把握や実行計画の
くの途上国では各機関が与えられた役割のみに固
作成支援を求める方法なのである。
執し、関係機関との調整を行うという集合的行動
最後に、第4章も第5章も従来の協力形態
(スキー
(collective action)
が欠落している。この結果環境規
ム)で言えば、地方に展開する「プロジェクト方式
制などに実効がなく汚染が放置されたり、産業系
技術協力」や「開発福祉支援」のような協力形態を
の汚染のモニタリングの未実施などが起きている。
想定しているように思われるが、「開発調査」のよ
1990年、世銀及びUNDPは、第7章にあるように、
うな協力形態ではどうなるのだろうか。もし地元
アジアの 6 首都に対して「U r b a n M a n a g e m e n t
の NGO が育成されてくれば、本邦企業のサブ・コ
programme
(MEIP)
」
という都市環境改善プログラム
ントラクトの形で参加してもらうことも可能であ
に取り組んでいる。これは広汎な利害関係者の参
ろう。さらに、本邦コンサルタントと外国人コン
加を含む総合的な観点からの戦略やアクションプ
サルタントとのジョイント・ベンチャーにおいて
ラン、制度の強化であった。受入れ機関のキャパ
も、日本の経験と異なる手法への OJT(On the Job
シティの制約や、途上国の財政能力を超えた投資
Training)を含めた学習プロセスがうまれる可能性
規模が課題になっているが、長い目で取り組む必
はあるだろう。しかし、こうした広汎な可能性を
要があるのだろう。
指摘するとともに、援助の対象国に対する国別計
具体的には、WHOのように住民の健康被害を把
画・戦略の策定、更新も考える必要があるだろう。
握し、その将来予測を行う作業から取りかかるべ
環境分野で現地の事情に精通した協力を行うには、
きであろうか。第7章でも述べているように、弱者
地域ごとか資源タイプ別にか選定された国々に対
が公害などの被害にあわないためにも都市の土地・
する個別の協力を長く行った方が、多くの国々に
貧困政策は非常に重要である。ただし、先進国の
限定した協力を行うよりも効果があるだろう。
中で日本は控えめに言っても総合的な都市計画を
つくる能力で傑出しているわけでもない。従って、
4.
都市環境管理
第 7 章は都市環境計画の前段として日本側のコン
サルタントの経験だけでは限界があることから他
第2章でもみたように、開発途上国では人口の都
の援助機関との連携を重要としている。また、サー
市への集中が続いている。これには地域差がある
ビスの提供では日本で言えば地方自治体の領域に
が、一様に途上国の首都や主要都市においては人
ついても、民営化や民間委託、低所得者地域の極
口が急激に増加しており、都市部が提供するイン
小企業を提言している。また、都市貧困には
「開発
フラストラクチュア、公共サービス及び雇用機会
福祉支援」や「開発パートナー事業」が有望であり、
は人口に追い付いていない。都市に比較的に新し
使いやすい援助の協力形態(スキーム)に育てあげ
く住みついた貧困層は大気や水質の汚染、一般廃
ていくことも強調されている。
棄物や産業系の汚染から身を守れないばかりか、
第6章では、産業公害の問題と課題を被援助国と
電気、水道、トイレもないスラムが拡大し、失業者
日本側に分け、援助組織の体制の問題にまでふみ
が増えて治安も悪化した環境で暮らしている。第7
こんだ分析がなされている。今後の戦略のところ
章の都市環境は、急速な都市化に由来する問題を
では、
「クリーナー・プロダクション」
の導入やISO、
列挙し、その特質を貧困と環境、サービスの提供
案件形成の促進、環境産業、協力の手法の改善を
119
第二次環境分野別援助研究会報告書
論じている。最終的に、担い手の人の問題、NGO
球的規模の環境問題は、このように地球的規模の
との関連まで言及したのは第 4 章と同じ帰結であ
政治的なプロセスのなかで対応が決まるものであ
る。モデル事業のところでは、公害防止施設など
る。
の導入も提言されているが、途上国では中進国を
第8章は、CO2 が温室効果ガス(GHGs)のなかで
除きパイロット事業の運転資金すらない事情があ
決定的に重要な理由、途上国に対する影響と気候
る。また、従来の「環境センター協力」の限界を論
変動枠組条約、対応メカニズムについて説明した
じ、現場を重視した対策が指摘されている。民間
後、GEFなどの国際的な取り組み、ISDのような日
市場のクリーナー・プロダクションに対する ODA
本の取り組み、そして温暖化対策としての途上国
の貢献も課題となる。これらの問いについては、都
援助のあり方が論じられている。温暖化の進行は
市環境と同様、住民の健康影響をもとに優先順位
避けられない事実であるので、排出抑制策ととも
を付けた計画の策定作業を進めるとともに、各国
に適応策を講じるなどバランスのとれた視点が提
別にステップ・バイ・ステップで検証する必要が
示されている。ただし、地球環境問題の対策につ
あろう。
いては、周知のとおり先進国内のコンセンサスと
産業公害の防止も都市の環境管理も、法体系、政
ともに途上国からの支持をいかに動員できるのか
策、実行体制
(エンフォースメント)
などの制度、人
が依然大きなテーマである。これは、具体的には、
材の育成、啓蒙普及事業、企業、NGO、コミュニ
気候変動枠組条約 3 条における途上国と先進国の
ティの参加などの幅広い要素が存在する。例えば、 「共通だが差異のある責任」原則の解釈をどのよう
公的借款により環境関連の機器を工場に導入する
に確定させるかという問題でもある。
2000 年のオランダにおける COP 6 では先進国間
ことが可能であっても、それを生産工程で用いれ
ば製品の生産費用を上げて競争力を下げてしまう。
の排出上限値につきコンセンサスが得られずシン
これが市場で定着するようになるには、受入れ国
クの取扱いについても難航したが、クリーン開発
の経済発展や国家財政などの要因も影響するし、
メカニズム
(CDM)
については、ODAの適用可能性
その社会の環境意識や人権意識の高まりも関係す
がほぼ承認された。しかし、依然として途上国の
る。この意味で第6章が手法について語る我が国の
反対は強いであろうし、COP 6 でもシンクまで含
経験と協力当該国の相違点の把握と協力戦略の作
むのかどうかも決着していないという。ただし、第
成は重要である。
8 章が言うように CDM プロジェクトに係るキャパ
シティ・ディベロップメントを ODA で支援するこ
5.
地球温暖化問題
とは問題がなく、その具体的方途につき政府、援
助実施機関は早急に検討すべきであろう。環境対
「国連環境と開発会議」は1972年のストックホル
策が途上国において支持されにくい事情がある中
ム「国連人間環境会議」の20周年目に開かれた。会
で、地球環境対策はさらに途上国にとり先進国側
議のテーマは、20 年間のあいだに先進国間の国際
に大部分の責任があるとみなされている。この意
的な汚染の波及から地球的規模の問題に移行した。
味で、途上国側に温暖化対策にも資する多面的利
地球的規模の問題としては、オゾン層破壊、地球
益をもたらすプロジェクト
(省エネルギーや排出抑
温暖化(気候変動)、種の絶滅、生物多様性の 4 つ
制など)を支援していくのは非常に重要である。
が存在した。気候変動枠組条約について米国の
ブッシュ大統領(当時)は署名に加わらず、米国は
6.
政策的なソフトの問題
CO2 の排出源の増加については人口の増加、さら
120
にシンク(sink)の減少については森林破壊という
環境アセスメントは、1986 年の OECD の勧告に
ように途上国側をむしろ潜在的な主たる汚染原因
よって途上国援助事業において、大規模な開発に
としてとらえた
(後に、クリントン大統領が署名)
。
ついてはその計画段階で実施することが求められ
これに対し途上国やNGOはもちろん反発した。地
ており、これ以降、多国間や二国間の援助機関で
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
各種 EIA ガイドラインの作成が行われ、計画アセ
決定過程の全体性と透明性を確保し、公正にモニタ
スメントが実施されている。第1章は、開発とアセ
リング評価する手法が重要になっているのである。
スメントの関係、アセスメント逃れを防ぐための
第3章でも論じられたように、環境とガバナンス
アセスメント法、そして事業アセスメントから戦
は、手段でも目的でもある。そこから実効的な協
略アセスメントという展開で先進国においてどの
力を個別具体的な協力形態(スキーム)に即して論
ように戦略的環境アセスメント(SEA)が定着して
じ、今後の環境ODAの展開としては環境意識の向
きたかが語られている。そもそも途上国において
上、柔軟性の確保、戦略的・長期的視点などが論じ
は、いまだに事業アセスメントのレベルでも運用
られている。包括的な協力や柔軟性が求められて
上の問題があり、住民参加、情報公開や意思決定
いるが、包括性については第 1 章の SEA に通じる
過程の透明化に対する社会的理解がないとアセス
ところがある。ガバナンスを環境協力の制約要因
メントの適切な運用は困難であろう。
と考えると、情報の公開や健康被害の提示は重要
事業アセスメントの運用は世銀やその他ドナー
である。また、環境意識向上の努力がプロセスと
融資の条件となっているため多くの途上国で実施
して人権や民主化といったガバナンスそのものに
され、進展がみられる。同時に、それを囲む社会環
影響するという力学も説得的である。ガバナンス
境として民主化や分権化も進み、政府やマスコミ
支援の発展過程における担い手は、第3章が説くよ
の対応にも急速に変化が見られる。しかし、事業
うに、政府のみではなくNGO等の市民社会、企業、
アセスメントから戦略的なアセスメントに進化さ
コミュニティがあり、アプローチは途上国の内発
せていくには克服すべきテーマが多く、さらに途
的な持続可能な発展を考えるべきであり、これら
上国にはベースライン・データも無いなど能力の
は第4章、第5章などの環境保全の叙述と通じるも
点で限界がある。しかし、横浜市青葉区における
のがある。
SEA の試みなどは途上国の「参加型開発」と全く同
環境ガバナンスについて考える際、環境援助は
じ課題を有しており、途上国に対する適用可能性
様々なハード、ソフトの要素を抱き合せていなけ
がここに示唆されているように思われる。
ればならないというメッセージが伝わってくる。
貧困(第 2 章の他、第 4 章、第 7 章でも言及)は、
SEA もガバナンスも、公共政策全体に対する視野
グローバリゼーションの進行のなかで主要ドナー
と国際的な目配りまでが求められている。こうし
から非常に重視され、同時に、国際的なドナーの
た協力を進める際には、環境と共に意思決定の透
協調、パートナーシップも強力に求められている。
明性やガバナンス分野における効果の測定、両者
PRSP然りであるが、環境保全もその多くが同じコ
の影響関係の考察も必要になるであろう。一般的
ンテキストを共有している。この意味では途上国
には、環境協力が最も社会的な意味で対処しにく
のトータルな自然破壊にどのように対処するのか
い領域ほど、ソフトの視点が重要になるだろう。環
が問われており、都市インフラストラクチュア整
境問題に全体で取り組むという視点は、第2章の貧
備、貧困、環境などを一体としたプログラム的な
困削減プラス環境や第 7 章の都市環境協力の提言
取り組みが生まれるのかどうかも問われている。
とも関連する。従来の環境案件は、環境を直接対
都市と農村の問題はそれぞれの固有性をもつとと
象とするかインフラストラクチュア開発などで環
もに一体的な連鎖の関係でもある。インフラスト
境配慮を行うかの 2 方向性であったが、第 3 部に
ラクチュア整備は開発過程を進めるとともに、利
よって環境を都市、貧困、ガバナンスなどの広い
益を受ける層と受けない層の格差を拡大させ、環
領域のプログラムの一部に位置付けて保全効果を
境にも影響する。あらゆる開発が整合性をもつよ
高める手法が提唱されるに至った、と考えられる。
うな地域開発プログラムの視点が重要になるだろ
う。この総合的、全体的な視点と計画段階におけ
7.
幅広い視点からの環境ODA
る SEA との関係も重要である。事業開発行為の一
連の流れを環境という枠組でとらえ、計画の意思
先進国が開発途上国の開発のあり方に関与し、
121
第二次環境分野別援助研究会報告書
協力し、介入するのはODAばかりではない。貿易・
工程の環境を向上させる技術支援も実施している。
投資、ODA を含む経済協力、環境政策の波及の 3
EUは環境を軸に国際的な政策を形成する傾向があ
つくらいの国際的な観点で考察し、この中でODA
るが、米国は拡大通商法を通して自由貿易体制の
が最も効果的な協力をあげるにはどうしたらよい
中に援助や環境を位置付ける傾向にある。1992 年
かが検討されるようになってきた。それが国際環
に調印された北米自由貿易協定は、米国とメキシ
境世論に対する先進国のメッセージともなってき
コのあいだに環境法制の調和化と実施のために各
た。環境問題は広汎であるだけに、民間セクター
種の協力とモニタリングの枠組みを形成させた。
や国際社会の様々な動向とかかわりがある。そし
こうした中で従来の日本は、
「東アジア酸性雨モニ
て、因果関係だけでなく、被害も地球規模のもの
タリングネットワーク」
(これもマイルドなアプ
から地域的なもの、国際的なもの、国内のものと
ローチであったが)
などの試みを除いて、環境保護
いった様々な次元で重層的に起きている。こうし
分野での貿易、投資、援助、地域統合をとりまとめ
た全体像を見極めるのは容易ではないが、この中
る包括的なスタンスを示せていない。
にODAを位置付けなければ援助の効果を順調に得
るのは難しくなっている。
122
日本もグローバリゼーションの進展があらゆる
人々の福祉と自由に資するように環境保護を積極
貿易や投資といった経済活動も、国際的な次元
的に支援すべきであり、同分野においてもより政
になると、一般に環境や社会的費用を市場に内部
策介入を強めるべきであるが、同時に日本は欧米
化するメカニズムが働かない。これが途上国に影
流の内政干渉をあまり好まず、途上国の自助努力
響を与える一方、途上国の中でも更新可能な資源
を称揚する外交原則を有し、近隣諸国との地域統
の減耗が進んでいる。関税及び貿易に関する一般
合のプロセスも緩慢である。したがって、欧米の
協定
(General Agreement on Tariff and Trade:GATT)
/
ような途上国に対する環境政策をほかの政策と積
世界貿易機関(World Trade Organization:WTO)や
極的にリンケージする可能性は当面高くはないと
地域統合のような貿易自由化の流れでは、環境保
は考えられる。しかし、日本の場合は、地道にマイ
護の水準の相違が非関税障壁ととらえられる一方、
ルドに粘り強く環境改善を協力の中で途上国に働
製品の国際競争力にも影響を与えることが認識さ
きかける姿勢を採ることができる。第3部の多岐に
れている。次に、DACで議論されている貧困削減
わたる提言は、このような日本の立場を踏まえ、少
を求める流れのなかでは、政策一貫性(p o l i c y
なくともODAの分野では積極的、かつ様々な要素
coherence)
も重視されている。これは、開発援助以
が取り込まれた包括性を示した方針になった。環
外の政策を先進国が決定する際に途上国の貧困削
境分野の拡充、特に質の向上を企図して、かかる
減に与える影響を考慮して全体として効果のあが
見地から 3 つの視点を示唆して結語としたい。
る政策形成を行うべきとの認識である。環境にも
第1に、環境意識の向上やアセスメント、ガバナ
同様なことが言え、援助案件の環境配慮だけでな
ンスとの関係からも、自然資源管理の方法からも、
く、貿易や投資などの政策を通じて間接的に途上
政府(中央・地方)のみならずNGOや市民社会を含
国に環境影響を起こす事象についても配慮する必
めてより積極的に関与するODA政策を採用すべき
要性が高まっている。
であろう。環境援助については、少なくとも実施
経済統合が進んでいる欧米地域では、貿易や投
段階では、政府間(G-G)の視点を完全に凌駕して
資の自由化を進める際に、環境保護水準の違いを
市民社会の視点から案件を形成し、進捗させ、モ
どの程度容認するかのルールづくりが必要となっ
ニタリング評価する必要がある。この観点からは、
ている。EUに加盟したい国々は環境保護水準を大
途上国のNGOやコミュニティ、市民社会の参加が
幅に引き上げるインセンティブをもつし、EUに輸
重要であり、それらの育成策についても相手社会
出する国々すらその製品のみならず生産工程にお
の主体性(オーナーシップ)を尊重しながら進める
ける環境基準を上げないと EU から禁輸措置を受
べきである。SEA の意思決定プロセスは、簡易的
ける事態が生まれている。その代わり、EUは生産
な手法であれば途上国でもドナーの支援のもとに
第 3 部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題
実施できる展望がある。
第2に、環境案件は従来の直接支援型、ほかのセ
クターとの関係での環境配慮型という 2 方向性の
みならず、貧困、都市、ガバナンス、自然資源と
いった幅広いプログラムの中の必須な構成要素と
して位置付けられる展開も有効である。これを環
境コンポーネント型の案件と呼ぶと、その特徴は
狭い技術的な分野の投入に限定されない当該社会
の地域性をもった内的な発展に資する幅広いハー
ド、ソフトのキャパシティ・ディベロップメント
である。環境改善や貧困削減、健康改善などの社
会的影響についてもモニタリングする体制をつく
ることが求められており、これを他のドナー、
NGOとともに行うことが必要である。プログラム
の包括性のなかで環境保全は参加者にインセン
ティブやサンクションを与えるその他の要素と抱
き合わせに計画され、より当該社会のなかで実効
性を持ち根付くように計画される。地球温暖化な
どの地球規模の課題についてもこの手法は有効で
あろう。環境案件は、環境コンポーネント型を加
えて3方向性となることで、より総合的なアプロー
チが可能になるのである。
第3に、グローバリゼーションが途上国の貧困層
などの弱者に与える負の影響との関係では、質の
高い環境援助を広汎かつ有効に進展させることが、
環境、貿易、投資などの国際的な議論において比
較的に顔の見えない日本政府の政策や日本社会の
メッセージにとって補完的な手段になるだろう。
我が国の政策としては、食品衛生法に違反しなけ
れば禁輸措置ができなくても、途上国の食品の安
全性を高める協力は他国に先んじて行うことがで
きるだろうし、途上国政府に民主化を援助のコン
ディショナリティとして求めなくても日本のNGO
の育成を行い協力活動を続ければ、途上国の市民
社会の形成に間接的に関われる。つまり、日本は
限られた国際貢献の手段の中で、環境ODAを国際
社会での途上国に影響を与える公共財として捉え、
国際環境条約(MEA)にもODAをリンケージさせ、
寡黙な実践者として欧米社会にも負けないほどの
メッセージの送り手としてその包括的、実効的な
内容を実現すべきなのである。
123
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