Comments
Description
Transcript
学会発表論文1
日本生産管理学会 全国大会 2002 年 8 月24日 北海道工業大学(札幌)2002年 8 月24日 企業変革におけるTOC思考プロセスの有効性 Effectiveness of TOC Thinking Process on Organization Evolution 佐々木俊雄 社団法人 東北経済連合会 Toshio Sasaki, Tohoku Economic Federation 1.はじめに 1980年代初めに、生産管理手法として米国 産業界にデビューした制約理論(TOC)は、米国 産業の復興に少なからぬ役割を果たしてきた。 (参 照文献1)その後、企業組織の問題解決の実践的 方法として思考プロセスが開発され、近年に至り 継続的企業変革の方法として注目されている。本 紙では、思考プロセスが企業変革をいかにして起 こすか、その基本概念と有効性について考察する。 2.思考プロセスの発展の経緯 TOC における工場の生産性改善は生産システ ムの中のボトル・ネックを特定し、ドラム・バッ ファー・ロープと呼ばれる生産方式のもと、継続 的改善の5ステップを繰り返すことで達成される。 しかし、生産性の改善が行われた結果、余剰能力 を抱えることになった工場では、人員削減を行う ところもでてきた。また、TOCの導入当初目覚 しい改善が行われたがいつの間にか停滞してしま う工場も目立ち始めた。 この状況を打開するために、生産ラインに限定 していた改善の範囲をそれを内包する組織全体に、 さらに制約条件が移動したマーケットも含めた範 囲に拡大する必要があった。生産ラインの制約条 件は物理制約であるが、範囲を広げることによっ て、企業経営に必要と考えられていた様々な規則 や方針(方針制約) 、さらには市場制約をも考慮し なければならない。 方針制約や市場制約はどのようにして見つけ出 すのか、制約条件の能力を上げるとはどういうこ とか、そのために人の行動をどのようにして変え るか、などに対する答えが求められた。改善活動 が継続するためには、制約条件がどのようなもの でも、 またどこにあろうとも、 その所在を特定し、 弊害のない対策を実施することが必要となる。こ のような背景の中で、E.M.Goldratt により開発さ れたのが思考プロセスである。 (参考文献2) 1/4 3.思考プロセスの要点 3.1 厳密な因果関係ロジックの適用 物理学や工学などのハード・サイエンスでは因 果関係ロジックを基に様々な現象が理解され、こ こ100年目覚しい発展を遂げた。一方、組織や 企業経営などのソフト・サイエンスでは、様々な 手法、理論が提案されてきが、その中で因果関係 ロジックは重要な要素ではあっても、部分的な適 用にとどまっている。思考プロセスは組織(シス テム)の現状を捉える方法として、また対策のシ ミュレーションのロジックとして全面的に、厳密 な因果関係ロジックを適用することが特徴の一つ である。(参考文献 3,4,5) 3.2 基本的な3ステップ 企業組織の問題解決に適用する場合、思考プロ セスは以下の3つの質問に答える基本的な3ステ ップで構成される。 ・ What to Change? (中核問題を見つける) ・ What to Change to? (解決策をつくる) ・ How to Cause a Change? (実行計画を立てる) 3.3 What to Change? システムの範囲を定め、そのシステムが達成し ようとする目的を設定する。その目的の達成にと って問題と考えられること(UDE: Undesirable Effect)を数項目挙げ、その中から3つの UDE を選び出し、それぞれに関連する UDE 対立図を 作成する。3つの UDE 対立図には類似性が見ら れ、それぞれの内容を包含する1つの中核対立図 にまとめる(3クラウド法) 。 現状問題構造ツリ ーは中核問題を中核対立図で捕らえ、 それが UDE を引き起こしている現状を因果関係ロジックで確 認し、現状の行動の背後にある業績評価と方針を 表面化させる。What to Change?における現状 日本生産管理学会 全国大会 2002 年 8 月24日 北海道工業大学(札幌)2002年 8 月24日 問題構造ツリーと関連する概念を図1に示す。 現状問題構造ツリー UDE1 UDE1 UDE3 UDE5 UDE2 3クラウド法 UDE3 UDE4 UDE5 中核対立図 B D D D’ (Obs :Obstacle)となる事柄を挙げ、それを乗り 越える中間目標(IO :Intermediate Objective) を設定する。前提条件ツリーはすべての TO が達 成されるまでの道筋を示す。具体的なアクション は移行ツリーで示される。アクションの実行は、 TOC のクリティカル・チェーン・プロジェクト管 理 の 利 用 が 効 果 的 で あ る 。 How to Cause a Change? における前提条件ツリーと移行ツリー の概念を図3に示す。 前提条件ツリー 移行ツリー 全てのTOが達成 A B TO D’ C 図1 What to Change?概念図 3.4 To What to Change? 共通目標を実現するために中核問題には対立す るアクションや方策が存在する。現状は対立があ るための妥協の結果、目標の達成が阻まれている と考えられる。中核問題を解決するためには、こ の対立の背後にある Assumption を表面化させ、 それを無効にする Injection を探し出す。この Injection の注入をスターティング・ポイントとし てすべての UDE を DE(Desirable Effect)に変 えるためにいくつかの Injection を適所に追加す る必要がある。それにより新たな問題が発生する ようであれば、それを解決する Injection をさら に追加する。また DE を実現するために業績評価 と方針の変更も必要となる。未来問題構造ツリー は厳密な因果関係ロジックを使って完全な解決策 を示す図である。To What to Change? における 未来問題構造ツリー関連の概念を図2に示す。 DE DE : Desirable Effect DE DE Assumptions Assumptions Injection B A D C DE Injection Injection Injection D’ Assumptions Assumptions Breakthrough Idea 図2 To What to Change?の概念図 3.5 How to Cause a Change? 未来問題構造ツリーで確認された Injection は 実行計画の TO(Tactical Objective)となる。時 間軸に沿って TO を配置し、その達成の障害 2/4 TO Obs Obs A 未来問題構造ツリー IO C IO Obs IO IO Action Obs IO IO Obs Obs IO IO Obs Obs IO Action IO IO : Intermediate Objective Obs : Obstacle TO :Tactical Objective 図3 How to Cause a Change?概念図 3.6 Buy-In Process 多くの組織で見られることの一つに変化に対す る抵抗がある。いかにすばらしい策でも実行され なければ何もならない。変化に対する抵抗を6段 階で認識し、各段階ごとに理解を得るための方法 を示している。 ステップ1.中核問題への同意を得る。 現状問題構造ツリーで、中核対立が目標達成 を妨げている現状認識を共有する。 ステップ2.解決の方向性について同意を得る。 中核対立の背後にある Assumption を表面化 し、それらを無効にすることで対立が解消す ることを示し、解決の方向性に対する認識を 共有する。 ステップ3.問題が解決され目的が達成される ことに同意を得る。 未来問題構造ツリーを使って UDE が解消し、 目的が達成されることを示す。 ステップ4.新たに発生する問題に手が打たれ ていることを確認。 ネガティブ・ブランチを確認し、新たな問題 に手が打たれていることを示す。 ステップ5.目的達成のための障害は取り除か れていることを確認。 目的達成のための障害が取り除かれている 日本生産管理学会 全国大会 2002 年 8 月24日 北海道工業大学(札幌)2002年 8 月24日 ことを前提条件ツリーで示す。 ステップ6.関係者の協力を確認 プロジェクトの全体像を関係者が共有し、協 力体制を確認。 4.思考プロセス・ベースの TOC の特徴 これまで日本企業(主に製造業)で実践されて きた組織活性化策のいくつかを挙げれば、 ・ TQM、6シグマ ・ TPM ・ JIT 等がある。今まで、生産システムを中心にTOC とJITの比較が試みられたことはある。一方、 いずれの手法もその発展過程で適用範囲を広げ、 企業経営の革新を目的に掲げている。TOC も発展 経過の中で思考プロセスが加わり、企業経営革新 の手法として位置付けられるようになってきた。 ここでは、企業経営革新という切り口で既存手法 との比較を通して TOC の特徴を探る。 4・1 業績評価手段 既存の手法は業績評価手段の一つとして、従来 の原価計算を用いている。R. S. Kaplan らは Relevance Lost で標準原価計算で処理される会 計情報は「管理者の意思決定を歪めている」とそ の弊害を指摘している。業績評価にゆがみがある こと自体重大な欠陥であり、管理機能が正しく働 かないことになる。 TOC はスループット会計を評価手段とするこ とにより企業業績と意思決定の関連性喪失を回避 している。 (参考文献6,7) 4・2 制約の認識 生産システムの中で「ボトル・ネック」は従来 から認識されてきたものの、能力の一番低い工程 といった程度の認識で、しかも生産ラインに限定 されていた。TOC は企業組織の連鎖を含むシステ ム全体を視野に入れて、物理制約だけではなく、 方針制約や市場制約をも制約条件と捕らえ、シス テムの機能を決定する上で、制約が極めて重要な 役割を果たしていることに注目する。 4・3 手法を支える学問領域 TQM・6シグマは主に品質管理が主領域で、統 計学を論理基盤としている。TPM は工場の生産 設備生産性向上を主テーマとして、機械・電気工 学やインダストリアル・エンジニアリング(IE) などを拠りどころとしている。JIT はトヨタ生産 方式として確立された生産方式そのものである。 TOC はドラム・バッファー・ロープで代表される 生産方式やクリティカル・チェーン・プロジェク ト管理などの具体的な領域はあるが、組織の全体 3/4 最適化を図るソフト・サイエンスの領域で、厳密 な 因果 関係 ロジッ クと制 約に 注目 すると いう TOC 独自の論理基盤に基づいている。既存の学問 領域からみれば、TOC は極めて学際的であり、既 存手法の組み込みが容易で相乗効果を引き出し易 い側面を有する。 4・4 継続性維持 TQM・6シグマは QC サークル、ZD、TQC そ して TQM、6シグマと適用範囲を広げ、フェー ズを変えながら持続発展してきた。TPM は設備 を対象にしているため組織内の活動に重点を置く。 改善効果が飽和する時点で停滞しやすくなるが段 階的な到達レベルを設け継続するよう工夫されて いる。JIT は現場改善から始まり、工場間、企業 間へと適用範囲が拡大し、また行動力を維持する ための訓練も併用するなど活動の継続に工夫を加 えている。TOC は企業活動の全領域を視野に、常 にどこかに存在する制約を認識することで、継続 的活動を可能とする循環的系統を有する。 4・5 実用性 既存の手法はいずれも現場での実践に重点を置 いてきた。今尚、製造業を中心とした経営手法の 中心的な存在である。現場活動の活発さが評価項 目でもある。TOC はもともと生産現場の生産性の 改善を目指してきた。継続的改善の5ステップは 現場での実践を容易にするための工夫の一つであ る。思考プロセスは複雑な組織を因果関係ロジッ クで理解することで、手法としての普遍性が強化 され、 ひろく容易に利用することが可能となった。 また Buy-In Process は導入に対する抵抗を緩和 し、実践を容易にしている。 従来は、UDE から因果関係をたどって中核問 題に到達することはかなりの時間と労力が必要で あったが、その後の3クラウド法等の開発などに よりかなりの時間短縮が図られるなど、思考プロ セスそのものの改良も進んでいる。 5.TOC の進化と適用範囲の拡大 思考プロセスが開発されたことにより、生産ラ イン(工場)の全体最適は、マーケットを含むサ プライ・チェーンというさらに大きい範囲での全 体最適を目ざすことが可能となった。生産ライン の最適化では物理制約が主な制約条件であったが、 組織全体さらにはサプライ・チェーン全体に範囲 を広げると、主要な制約条件は方針制約や市場制 約となる。生産システム内に制約条件があるうち は改善が継続するが、生産システム外に制約条件 が移ると同時に改善が停滞するという事態は回避 できるようになった。改善に伴い、あるいは環境 日本生産管理学会 全国大会 2002 年 8 月24日 北海道工業大学(札幌)2002年 8 月24日 の変化により制約条件がどこに移動してもそれを 特定し対処することにより、永続的な改善サイク ルが成立する論理的基盤ができ上がったと言える。 一方、思考プロセスは、厳密な因果関係ロジッ クと制約の認識および課題領域の直観が基本であ る。この簡潔さは様々な機能や目的の業務にも適 用可能である理由のひとつである。 新製品の開発、 新市場への参入やマーケットのセグメント化、業 種では航空産業、自動車産業、さらには非営利企 業である政府機関や軍隊、あるいは学校や病院な ど、人間が介在するあらゆる組織の問題解決に利 用の範囲が広がっている。V.J. Mabin らによる TOC の導入事例調査によれば、 「比較的最近の事 例の多くは全面的に思考プロセスを使っている」 と報告している。 また思考プロセスのツールの部分的な利用が可 能で、日常の比較的小規模な問題解決にも簡単に 利用可能である。 TPM や JIT など既知の手法との組合せが容易 で相乗効果を得やすいことも適用範囲の拡大に寄 与していると考えられる。ハリス・セミコンダク タ ー で は SFM ( Synchronous Flow Manufacturing)や TPM を TOC と組み合わせて 導入している。 (参考文献4、8)図4は思考プロ セスの適用範囲拡大のイメージを示す。 思考プロセス 組織 総務 材料メーカ 流通 物理制約 CCPM TPM 品質管理 製造ライン TQM 部品メーカ DBR 資材 部品メーカ JIT 流通 市場 制約 生産管理 設計 方針制約 図4 思考プロセスの適用範囲の拡大 6.企業変革と思考プロセス 少し前まで一流と呼ばれていた企業が急激に業 績を悪化させ、中には倒産に追い込まれる例も少 なくはない。多くの企業が業績低迷に喘いでいる のは、環境変化への適応能力の低さが一因と考え られる。企業を取り巻く環境変化のスピードが増 すにつれ、それへの適応力は企業が発展するため の重要な要素となってきている。 思考プロセスは「変化」を起こすことを狙いと している。最少の労力で効果的に変化を起こすた めには、組織の目標を定め、その達成を阻む中核 問題を表面化させ、その中核問題の解決にリソー スを集中させる必要がある。制約条件が市場に移 4/4 っても、市場が抱える中核問題に対するソル−シ ョンを創出し、自組織内の方針と評価基準を見直 し行動に変化を起こさせる。思考プロセスは、市 場の要求、コンペティターの戦略、世界の経済状 況など時々刻々変化する環境に適応すべく、変化 を起こすことに具体的手段を提供する経営手法の 一つと認識されている。 既知の手法との対比および思考プロセスそのも のの機能から、さらには主に米国企業を中心とす る先行実施例から、思考プロセスは簡潔ではある があらゆる組織に適用可能な普遍性を有し、企業 固有の特徴ある資産を生かしつつ、変化に継続的 に対応する手法としての有効性が認められる。 7.結言 TOCは思考プロセスが加わることで組織全般 にわたる変革の手法として体系化され、実用面の 改良も進められてきた。有効性が認識できたとし ても活用されなければ意味はない。 厳密な因果関係ロジックでの思考は非日常的で もあり、習得には多少の訓練が必要である。この 点から、思考プロセスの普及手段も重要な課題に なろう。早い時期に日本でも数多くの実施例が報 告されることを期待する。 8.参考文献 (1)稲垣公夫、TOC 革命、JMAM、1997/6 (2)E.M.Goldratt, The Goal, Second edition, North River Press Inc., 1992 (3)E.M.Goldratt, It’ s Not Luck, North River Press Inc., 1994 (4)AGI, A White Paper:Theory of Constraints and its Thinking Process, 2002 ( 5 ) D.Lepore and O.Cohen, Deming and Goldratt, North River Press Inc.,1999 ( 6 ) H.T.Jonson and R.S.Kaplan, Relevance Lost: The Rise and Fall of Management Accounting, Harvard Business School Press, 1991 (7)T.Corbett, Throughput Accounting, North River Press, 1998 (8)S.J.Balderstone and V.J.Mabin, A Review of Goldratt’ s Theory of Constraints, Victoria University, 1998