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CFA ジャーナル
CFA ジャーナル
2012年11月 No.1 創刊号

「勝者のゲーム」チャールズ ・エリス、CFA

「概ね効率的な市場におけるアクティブ運用」ロバート・ジョー
ンズ、CFA、ラス・ラーマーズ

「市場のネットワーク価値理論とパズル」ロバート・スニガロフ、
デイビッド・ロブルスキー

「隠された債務:エンロンの商品プリペイドからリーマンのレポ
105まで」ロナルド・スミス

「レバレッジ回避とリスク・パリティ」クリフォード・アスネス、
アンドレア・フラズィーニ、ラス・ペダーセン

「人口動態が金融市場と経済に与える影響」ロバート・アーノッ
ト、デニス・チャベス

「チャレンジする企業年金」近藤英男、佐川利通、久保俊一、荻
島誠治、喜多幸之助

「上場商品を用いたボラティリティ投資の実践」高橋康匡

「日本におけるESG投資の課題と今後の展望」辻本臣哉、CFA
CFA ジャーナル
CONTENTS
No.1 創刊号
2012 年 11 月
創刊にあたり…中瀬康彦、CFA
1
FAJ 論文より
2
解題…佐々木龍、CFA
-2
論評…鹿毛雄二
-4
「勝者のゲーム」(全訳)…チャールズ ・エリス、CFA
-6
「概ね効率的な市場におけるアクティブ運用」(全訳)…ロバート・ジョーンズ
- 16
CFA、ラス・ワーマーズ
「市場のネットワーク価値理論とパズル」(抄訳)…ロバート・スニガロフ、
- 36
デイビッド・ロブルスキー
「隠された債務:エンロンの商品プリペイドからリーマンのレポ 105 まで」
- 41
(抄訳)…ロナルド・スミス
「レバレッジ回避とリスク・パリティ」(抄訳)…クリフォード・アスネス、
- 45
アンドレア・フラズィーニ、ラス・ペダーセン
「人口動態が金融市場と経済に与える影響」(抄訳)…ロバート・アーノット、
- 50
デニス・チャベス
日本 CFA 協会主催セミナー講演要旨
「チャレンジする企業年金」…近藤英男、佐川利通、久保俊一、荻島誠治、
54
- 54
喜多幸之助(2012 年 1 月 16 日開催)
「上場商品を用いたボラティリティ投資の実践」…高橋康匡
- 59
(2012 年 2 月 21 日開催)
スタディグループより
「日本における ESG 投資の課題と今後の展望」…辻本臣哉、CFA
ブック・レビュー
「G20の経済学 国際協調と日本の成長戦略」(中林伸一著)他
…佐志田晶夫、CFA
60
- 60
67
「CFA ジャーナル」創刊にあたり
一般社団法人日本 CFA 協会
会長 中瀬康彦
日本 CFA 協会の定期刊行物としては、これまで「CFA ニュースレター」があり、メディアと会員に向けた情
報発信を行う役割を担ってきましたが、より投資の実践と理論に重点を置く「CFA ジャーナル」が創刊される運
びとなったのは誠に喜ばしいことであります。CFA 協会が発行する定期刊行物としては、Financial Analysts
Journal(FAJ)があり、投資分析と資産運用に関わる論文誌として定評があります。しかし英語であることから、
同誌に掲載される重要な論文が日本国内では必ずしも十分に消化されていない可能性があります。FAJ に掲載さ
れた論文から厳選して全訳あるいは要約翻訳を行い、それを一つの柱として日本国内に紹介すると共に、当協会
の活動の中から生まれてくるコンテンツや寄稿論文で構成するという本誌は大変意義深く、会員その他、資産運
用業界の方々に広く読まれ活用されていくものと確信しております。
本誌の企画に加えて主要コンテンツは、FAJ 論文の翻訳といい、セミナー講演録の作成といい、多数のボラン
ティア諸氏の力を結集しています。こうした意欲に満ちたボランティアの存在は、グローバルに展開する CFA コ
ミュニティが発展してきた原動力であり、その伝統を受け継ぐものです。また当協会スタディグループの研究成
果の発表や、寄稿論文も掲載する予定であり、当協会の活動に関わる方々が、様々な形で資産運用業界の発展に
寄与する意欲発揚の場として本誌を活用していただけるように構成されています。小さな電子ジャーナルとして
スタートする本誌が、当協会の発展と共に内容を拡充し、認知度を高めていき、我が国の資産運用業界に欠かす
ことのできない論文誌に発展していくことを願ってやみません。そのためにも、読者の方々から本誌に対する忌
憚のないご意見、ご感想をお寄せいただければ幸いと存じます。
最後に、本誌の創刊に向けて惜しみない時間と情熱を傾けられた編集委員の方々を始め、ご協力いただいた皆
様すべてに感謝申し上げます。
1
【FAJ 論文より】
解題
CFA ジャーナルの創刊号では、CFA 協会の FAJ
次に、株式市場に存在するパズルの解決を試みて
(Financial Analyst Journal)から、投資家や実務家
いる。株式プレミアム・パズルは、配当成長の価値
にとり興味深い幅広いテーマを選んで紹介する。ア
は長期的に概ね一定であり、ネットワーク価値向上
クティブ運用に関するテーマでは、否定的な立場
により説明可能としている。ネットワーク価値向上
(エリス)と肯定的な立場(ジョーンズ、ワーマー
は小型株式により大きな恩恵を与えるとする。イン
ズ)からそれぞれ論文を用意した。2論文の解説に
フレ・パズルは、ネットワーク価値は実物資産のた
ついては、次節の論評を参照されたい。他テーマで
めインフレ率上昇により悪影響を受けることで説明
は、株式価値に市場機能を加味した論文(スニガロ
可能としている。ニュース・パズルについては、市
フ、ロブルスキー)、会計操作の実例を紹介する論
場機能そのものがネットワーク価値であり、市場の
文(スミス)、リスクベースの戦略アセット・アロ
機能不全が株式市場下落の要因となるとしている。
ケーションを紹介する論文(アスネス、フラズィー
ニ、ペダーセン)、人口動態と経済・金融市場の関
係を論じた論文(アーノット、チャベス)を取り揃
えた。以下に、要訳した各論文の概要を紹介する。
スミス論文「隠された債務:エンロンの商品プリ
ペイドからリーマンのレポ 105 まで」は、財務内
容・業績改善のため会計ルールが悪用された事例を
紹介している。エンロンおよびリーマン・ブラザー
スニガロフ、ロブルスキー論文「市場のネット
ズに焦点を当て、合法的な取引の組み合わせにより
ワーク価値理論とパズル」は、株式価値はインフラ
会計ルールの趣旨を逸脱する手法が説明され、会計
としての株式市場の価値を反映するとの理論を紹介
ルールを悪用する企業とともにそれを可能とした監
するものである。こうした価値の考察を通じ、株式
査法人の責任を問う内容でもある。
市場に存在する「パズル」の解決を試みている。
エンロンのケースでは、「商品プリペイド」とい
株式市場は流動性・情報インフラとして機能する
う普通の商取引に商品スワップを組み合わせること
複雑なネットワークであり、常に正となる価値が存
により、債務をオフバランス化し営業キャッシュフ
在する。その価値は株式市場の取引量で測定可能で、
ローを底上げすることが可能となった。この取引は、
その上昇に伴い非線形に市場価値も上昇するとして
「決算操作の手口としては、複雑な特別目的会社の
いる。これを、配当割引モデル(DDM)の追加項
利用よりも悪質ではないか」と述べている。監査法
として組み込み、標準的な DDM の説明力向上を試
人は、本来であれば一連の取引として処理すべき商
みている。ネットワーク価値の効果を検証するため、
品プリペイド取引とスワップ取引を分けて処理する
GDP、期間スプレッド、規模ファクター、あるいは
ことが可能となる指針を示しており、また監査の際
バリュー株ファクターを DDM の追加項とした場合
に経済的な実態ではなく表面的ルールに従って取引
と株価配当率の説明力を比較し、ネットワーク価値
の会計処理を認めていた。リーマンのケースでは、
(売買回転率)の説明力が高いとしている。
一般的に行われているレポ取引を加工した「レポ
2
105」を実施することにより決算操作を可能とした
リターンが向上するのである。リスク・パリティ投
事例である。通常、レポの借手が差し出す担保は資
資では、株式と債券のリスク量を等しくするという
金調達額を若干上回る水準に設定される。しかし、
考え方であり、これはマーケットポートフォリオや
リーマンの場合は、敢えて通常よりも多い担保(高
株式と債券の比率が 60 対 40 のポートフォリオより
いヘアカット)を差し出すことにより、債務計上を
も、接点ポートフォリオに近いとの実証研究を示し
回避する決算処理を可能としたものである。
ている。そのため、レバレッジの活用が可能な投資
こうした決算操作を防ぐため、貸借対照表の主要
項目の期中平残や標準偏差の提供、外部向けの日次
データ提供、ルールではなく原則に基づいた決算書
家は、期待リターンを得るためにはリスク・パリ
ティ投資にレバレッジを組み合わせることにより、
高いリスク調整後リターンを獲得できるとする。
の作成を求めている。さらに、監査法人は、知りう
アーノット、チャベス論文「人口動態が金融市場
る限りにおいて、財務諸表は金融の実態を正確に反
と経済に与える影響」は、人口動態と経済・金融市
映し、投資判断において信頼に足るものであること
場の関係についての実証研究を紹介している。人口
を宣言すべきとの提言を行っている。
動態に関する年齢グループ別データを用い、GDP
アスネス、フラズィーニ、ペダーセン論文「レバ
レッジ回避とリスク・パリティ」は、戦略的アセッ
ト・アロケーションの手法としてリスクに基づいた
成長率や株式・債券リターンとの関係について、高
次多項式による回帰分析を行った。
先進国の場合、子供時代、青年期、中年期、そし
分散投資の考え方を紹介するものである。理論的根
て定年退職後世代等の年齢層に応じて、GDP 成長
拠と実証研究結果を示しながら、マーケットポート
率や株式・債券リターンへの影響は異なるという結
フォリオを上回る優れたリスク・リターン特性の獲
果が示された。また国毎の年齢構成の違いにより、
得が可能としている。
GDP 成長率や株式・債券リターンにも違いが出る
標準的な資本資産価格モデル(CAPM)は、すべ
ての投資家はマーケットポートフォリオを保有し、
リスク選好度に応じてレバレッジ水準を定めるとす
ことも示唆されている。新興市場について実施した
頑健性テストでは、人口動態と経済成長率の関係は
先進国と似た結果を得た。
るが、これは理論的かつ実証結果により否定される
今後の経済・金融市場の情勢については、先進国
としている。レバレッジ回避の投資家の存在を認め
では経済成長はマイナスで債券リターンにはプラス
れば、接点ポートフォリオより期待リターンの高い
な環境であるとする予測を得た。新興市場を含めて
投資家はリスク資産への配分を高め、すべての投資
も、アフリカなど生産年齢層が若い地域を除くと、
家がレバレッジを除き同一ポートフォリオを有する
経済成長率は悲観的で債券リターンは楽観的となる。
との CAPM の前提は成り立たないとしている。
株式に関しては国毎に異なる結果を予測する。
レバレッジ回避の投資家の存在のため、複数資産
最後に、本ジャーナルを読んで興味が深まった読
間および資産内の証券市場線はフラット化する。そ
者は、CFA 協会サイトに掲載されている原文をご
のため、接点ポートフォリオは事前に特定できず、
覧になることをお薦めする。
安全資産のオーバーウェイトにより接点ポートフォ
佐々木
龍、CFA
リオに近いポートフォリオを得られ、リスク調整後
3
論評
「勝者のゲーム」チャールズ ・エリス、CFA および「概ね効率的な市場におけるアクティブ運
用」ロバート・ジョーンズ、CFA、ラス・ワーマーズについて
鹿毛雄二、ブラックストーン・グループ・ジャパン特別顧問
Robert Jones と Russ Wermers(以下、RJRW と略称)
ロ経済データと将来のパフォーマンスとの相関を実証
による論文「概ね効率的な市場におけるアクティブ運
する分析例がいくつかあげられてはいるものの、厳密
用」は次のように主張する。
に言えば、これは、「過去の一時点における、それ以
1. コスト控除後、リスク調整後のアクティブ・リ
ターンはマネジャー全体として、長期的・平均的に見
れば、ゼロに近い。
前のデータとそれ以後のデータとの相関」であって、
現在時点での過去データと将来との相関についての実
証研究ではありえない。つまり、仮に過去においてこ
の両者間に相関が認められたとしても、将来それが繰
2. 投資家は、容易ではないが、①(適切に調整した)
過去のパフォーマンス ②マクロ経済との相関 ③ファ
ンド・マネジャー特性 ④ファンド保有銘柄分析を考
り返される、という論証にはなっていない。将来のパ
フォーマンスについては、スキルの継続性とか、環境
が追い風かどうか、など様々な条件しだいだからだ。
慮することで、アクティブ・リターンを生み出すファ
ンド・マネジャー(SAM)を事前に特定することが
可能と思われる。
第三に、「スキル」のとらえ方だ。本稿では、スキ
ルは持続性を持つ、という前提に立っている。確かに
そうした面がある事は否定できないが、同時に、我々
3. SAM を事前に特定することで、アクティブ運用を
ポートフォリオに組み入れる意義がある。
ただ評者が長年実務に携わっていた立場からは、冒
は優れたファンド・マネジャーの成績が採用後に大き
く崩れた経験を持つ。受託金額が急増するとパフォー
マンスが低下するのは一般的に見られるところだろう。
頭の SAM を事前に特定できる、という論旨には以下
ファンド・マネジャーも人間だから、成績不良の時は
のような疑問が浮かぶ。
必死に働くが、好転後も同じ緊張感を持ち続けるのは
第一に、結論のサポートとして RJRW 自身の実証研
究というより、これまでの膨大な実証研究に依存して
いるが、それぞれの実証研究には、調査対象・ユニ
バース・ファンドタイプ・期間等の前提・限界がある
という点だ。生存バイアスや自己選択バイアスもある。
それぞれ限界を持つ実証研究から、どこまで冒頭のよ
うな普遍的な結論が出せるかは、それらを熟読するま
で判らない。RJRW 自身もそうした限界を指摘しては
いる。
なかなか難しい。成功こそが、成功継続のためには最
大の敵なのだが、この点を乗り越えられる運用機関は
稀だ。さらに、昨今運用機関の合併・買収・事業売却、
あるいは、優秀なチームの引き抜きやスピンアウトと
いう例は少なくなく、そうした経営の不安定な状況下
では、ファンド・マネジャーが力を発揮することはで
きない。要するに、スキルはファンド・マネジャーが
常に発揮できるものではなく、環境如何で変わりうる
ものと考えた方が良い。そもそも好成績の原因がスキ
ルかラックかを見分けることも、なかなか難しい課題
第二に、特に SAM は事前に特定できる、という論
だろう。厳密に見分けるには 70 年かかる、という説
証の説得性だ。確かに、過去のパフォーマンスやマク
4
すらある。また、パフォーマンス・データは、スキル
認識し、経営目標を、「市場に勝つ事」、「運用資産
を示すものと言うよりスキルを示す標本に過ぎない。
拡大を図ること」から、組織の投資目的やリスク許容
測定期間を 1-2 年ずらすだけで、ベンチマークに対
度の確認、市場の現実の理解、投資政策の策定等の助
する勝ち負けが逆転することも良くある。
言提供に変更すべきと言う。運用機関とその顧客との
しかし、本稿はアクティブ運用の価値について現在
の文献と論点を出来るだけ広く整理したものとは言え
るだろう。
一方、チャールズ・エリスの論文「勝者のゲーム」
は、彼が長年努めてきた運用機関に対するアドバイス
や著作の集大成とも言える論文である。エリスは、運
用機関の犯しやすい以下三つの失敗を指摘した上で、
そのあるべき姿を示そうとする。
第一に、過去 50 年間で市場の効率性が劇的に高
まった結果、投資家が市場に勝つことがほとんど不可
能になったにもかかわらず、運用機関がその使命を
「市場インデックスに勝つ」ことと誤解していること。
そして投資家が事前に優秀なマネジャーを見出すこと
は困難と主張する。この点 RJRW とは対照的だ。
理解と信頼関係を深めることで、個々の顧客にとって
現実的な運用目標の策定と、その達成に向けた執行に
取り組む事が出来ると主張する。
このようにエリス論文は、パッシブ・アクティブ運
用の議論というよりは、運用機関経営のあり方を述べ
たものだ。
ただ、運用機関が顧客に有効なアドバイスを提供す
るのは容易ではない。年金や大学財団などの投資政策
策定を助言するためにはその組織固有の事情・政策や
債務の状況を詳しく知る必要がある。また、日本に限
らず世界の運用プロのほとんどは株式運用か債券運用
のプロであって、ポートフォリオ全体の資産配分やリ
スク管理の専門家の数は少ない。運用機関経営をそう
した方向へシフトするためには、明確な方針決定と、
長期的な人材育成が欠かせないだろう。
第二に、資産運用業の経営目標が短期的な収益増大、
特に運用資産の拡大、いわゆるアセット・ギャザリン
グに極端にシフトし、長期的な運用能力の向上が二の
次になっている事だ。
なお、現実にはアクティブ運用への期待は何故か大
きい。その結果アクティブ運用機関へ人材が流れ、市
場の効率性を高めるという役割を果たしている。それ
なくしてはパッシブ運用が成り立たない。またパッシ
第三は、運用機関は経験の浅い個人投資家や多くの
年金基金・財団基金等に対して、その専門性を生かし
て、さまざまな形で助言出来る立場にあるにもかかわ
らず、この大事な機能を果たそうとしないことだ。
ブ運用が存在することで、市場に非効率な部分が生ま
れアクティブ運用を支えるわけだ。その意味で、この
両論文のような議論が続く事が、市場と資産運用の活
性化、経済発展を支える、と言えるだろう。
その上で、エリスは運用機関に対しこうした過ちを
5
(全訳)
FAJ 2011 年 7/8 月号
勝者のゲーム
The Winners’ Game
チャールズ・D・エリス、CFA
Charles D. Ellis, CFA
誰もが投資で成功したいと願っている。多くの投資
経営コンサルティング等他の専門職と同様に、職業と
家にとっては、投資の成否次第で、老後の安心を確保
しての価値(value)と事業としての経済性
し、子供の教育費を賄い、より良い生活を楽しめるか
(economics)との間に絶えず葛藤がある。われわれ
どうかが決まってくる。学校や病院、美術館、大学は、
は、顧客の信頼を確保することと、事業を存続させる
上手に投資を行うことで、その重要な使命を果たしう
ことをうまく両立させなければならないが、長期的に
る。投資プロフェッショナルとして、提供するサービ
は、顧客の信頼があってこそ事業は存続するのである。
スが投資家の現実的な長期目標達成の一助となるので
極めて遺憾ながら、今日の資産運用業が他の多くの専
あれば、資産運用業は素晴らしい職業となりうるので
門職と異なる点は、葛藤に屈して事業上の目的を職業
ある。
としての価値と責任に優先させていることである。
ところが、投資家は深刻な資金不足に陥っていると
われわれが自らの使命を定義しなおし、投資助言を
認めざるを得ないような証拠が相次いでいる。問題の
行うという専門職としての価値および投資家と投資に
一端は投資家が犯す過ちによるものである。しかし、
関する理解に重点を置き、顧客が勝者となることがで
過ちを犯すのは投資家ばかりではない。投資プロ
き、また勝者となるに値するような投資のゲームに焦
フェッショナルとして、責任の大半は実際には顧客で
点を当てるよう手助けするならば、葛藤に屈した状態
はなく、われわれ資産運用業界側にあることを認識す
に終止符を打つことが可能となる。幸いなことに、職
る必要がある。それらは主に、三つの組織的な過ちに
業としての達成感を得るために役立つものは、長期的
基づく残念な結果によるものである。幸いなことに、
には事業にも役立つのである。
やり方を改めれば、顧客である投資家と資産運用業界
双方にとって、投資が真に勝者のゲームとなるよう手
助けすることができるし、またそうすべきでもある。
研鑽を必要とする他の専門職と同様に、投資専門職
にも優れた技能を必要とする極めて難解な面が多く、
ほぼ日増しに複雑さが増しているが、重要な側面は二
驚くほど複雑であるにもかかわらず、投資運用の分
つだけである。一つには、ますます難易度が増してい
野は、実際には主に二つの側面から成り立っているに
る課題であるが、独創的な調査分析と機動的なポート
すぎない。一つは顧客のために最善を尽くす職業
フォリオ運用を上手く組み合わせて、今や市場を支配
(profession)としての側面であり、もう一つは運用
し全体として証券価格を形成する、増える一方の幾多
マネジャーにとって最善の利益をはかる事業
の投資プロフェッショナルを出し抜いて、優れた運用
(business)としての側面である。法律や医学、建築、
成績をあげることである。常に興味深く、度々魅了さ
チャールズ・D・エリス、CFA はホワイトヘッド・
インスティテュート(マサチューセッツ州ケンブ
リッジ)会長を務める。
れ、時にはぞくぞくさせられるのだが、「市場を打ち
負かす」競争は激しくなる一方であり、今や極めて困
難な仕事になってきている。ほとんどの投資家は市場
6
を打ち負かすどころか、市場に打ち負かされているの
ある程度成功の見込みがあった。しかしそのような時
が実情である。
代は既に過去の話となっている。今日のように競争の
難しいことが必ずしも重要であるとは限らない。医
療では、ペニシリンを除いて救命に最も効果的なのが
単なる手洗いの励行であることが明らかになっている。
幸いなことに、投資プロフェッショナルの仕事の中で
最も価値があるのは、最も取り組みやすい投資助言で
ある。経験豊富な専門家として、われわれは、各顧客
が収入や資産の市場価値の変動、あるいは流動性の制
約等、さまざまなリスクに対する許容度の範囲内で、
自身の現実的な長期目標を達成する可能性が最も高い、
激しい証券市場では、長期的に、たとえ1%でさえ市
場をアウトパフォームするアクティブ・マネジャーは
ほとんどおらず、ほとんどの運用マネジャーが市場を
下回っており、程度の点からは、アンダーパフォーム
の度合いがアウトパフォームの度合いを大幅に上回っ
ている。さらに、将来の「勝ち組」となる稀有な運用
マネジャーを特定することが難しいことはよく知られ
ているとおりであり3、一時的な「市場のリーダー」
がその後成績不振に陥る割合は高い4。
妥当な投資計画を十分に検討して決定するように、支
非常に大きな変化が市場と投資運用のあり方を大き
援することができる。そして顧客が妥当な投資計画を
く変えたため、たいていの投資家は、市場を打ち負か
維持することを手助けできるのは、特に市場が「今回
すことがもはや現実的な目標ではないことを認めざる
は違う」と胸が躍るような投資機会に満ちている、あ
を得なくなっている。過去50年間にわたり、次に述べ
るいは動揺するような危険に満ちているように見える
るような変化が積み重なって、アクティブ運用は敗者
1
ときである 。投資助言で成功することは単純なこと
でも容易でもないが、投資運用で成功することに比べ
ればはるかに易しい。優れた運用成績をあげることが
着実に難しくなっているときでさえ、投資プロフェッ
ショナルに利用可能な新しいツール2のおかげで、投
のゲームへと変容したのである。
• ニューヨーク証券取引所の出来高は1日当たり約200
万株から約40億株へと2,000倍超にまで増加した。
世界の他の主要証券取引所でも同じような取引高の
増加が見られる。
資助言はますます容易になっている。
• 投資家の構成が大きく変化した。ニューヨーク証券
三つの過ち
何とも皮肉ではあるが、投資運用に携わる者は意図
せず三つの問題を自ら生みだしてきた。そのうち二つ
は作為による過ちであり、以前にも増して深刻な結果
を招いている。三つ目はさらに重大な、不作為による
過ちである。やり方を変えない限り、この過ちの三重
取引所上場株式では、「公開市場」における取引高
の90パーセントを個人が占めていたが、今や機関投
資家が90%を占めている。また、古い時代を知る人
であれば誰でも、往時と比べて今日の機関投資家は
規模が格段に大きく、洗練されていて侮りがたく、
かつ機敏であると言うであろう。
奏は、これまで知的にも報酬面でも多くの業界人に実
りをもたらしてくれた専門的職業に害を及ぼすことに
なるであろう。まず、それぞれの過ちについて順に説
明した後、最善の解決策を提案することとしたい。
• 取引集中度も大変なものである。最も活発に取引を
行う機関投資家上位50社が、ニューヨーク証券取引
所における上場株式取引高全体の50パーセントを占
め、50社の中で最も規模が小さい機関投資家でも世
過ちその1:使命の取り違え 一つ目の過ちは、既存
顧客および見込み顧客に対する専門家としての使命を
「市場を打ち負かす」ことと取り違えていることであ
る。50年前であれば、使命をそのように捉えた者にも
界の証券業界が提供するサービスに対して年間1億
米ドルの手数料を支払っている。当然これら大手の
機関投資家は、証券会社から「真っ先に連絡」を受
けることになる。
7
• デリバティブ市場の規模は、ほぼゼロから現物市場
を上回るまでに成長した。
• CFA協会認定証券アナリストの資格者は50年前のほ
ぼゼロから、およそ10万人となり、北米、中国、イ
ンドを中心にさらに20万人の受験者がいる。
残念ながら、「パフォーマンス」の説明では、あら
ゆる投資に係る最も重要な要素であるリスクについて、
言及もしていないことがほとんどである。そこで、
「敗者」が市場をアンダーパフォームする度合いは、
「勝者」がアウトパフォームする度合いの2倍に達す
ることを思い出してもらいたい6。また、パフォーマ
• 公平情報開示規則(Regulation Fair Disclosure)、通
称「Reg FD」の施行により、企業が公表する投資情
報の大半が「コモディティ化」した。
• アルゴリズム取引、コンピュータ・モデルおよび多
ンス・データは税金も考慮されていないが、今やポー
トフォリオの売買回転率は100パーセントが普通であ
り、それに伴う短期売買で生じる利益にかかる重い税
負担に特に留意する必要がある7。そして最後に、
数の独創的なクオンツ戦略が、市場で大きな影響力
ファンドのパフォーマンスは、通常、金額加重収益率
を持つようになった。
ではなく時間加重収益率を用いて示されるため、報告
• グローバル化やヘッジファンド、プライベート・エ
クイティ・ファンドがすべて、証券市場における競
争激化をもたらした。
される運用成績は投資による真の成果を示していない。
投資家の資金が実際にいくらになったのかを示すには、
金額加重収益率を用いるしかない。そうすると見栄え
はよくない。
• ブルームバーグ、インターネット、電子メール等が
世界の情報通信分野に技術革新をもたらした。実際
「誰もがネットワーク化」されているのである。
顧客である個人投資家や機関投資家が、アンダーパ
フォーマンスが数年続いた運用マネジャーに対する失
望から、最近の実績が「注目を集めるほど好調」な運
• 世界の主要市場で大手証券会社が発行する投資調査
レポートを通じて、膨大な量の有用な情報がもたら
され、インターネット経由でほぼ瞬時に、迅速な意
思決定を行う組織で働く世界中の何万人ものアナリ
ストやポートフォリオ・マネジャーに配信されてい
用マネジャーに乗り換え、高値で買って安値で売ると
いう過ちを繰り返し、ファンドの長期リターンから実
際に約3分の1を享受し損なっている状況を見ると気
分が滅入ってくる8。(自らアクティブ運用を行う個
人投資家のパフォーマンスはさらに悪いこともよく知
る。
られている)9。残念ながら、こうした高くつく投資
上記以外にも多くの変化によって、世界最大かつ最
行動を助長しているのが資産運用会社であり、売上げ
も取引が活発な「予測市場」である株式市場は、ます
を増やすために、ある特定の期間を抽出して直近の運
ます効率的になった。そのため、情報やコンピュータ
用実績が殊更「よく見える」ファンドを選んで、集中
に経験を駆使し市場価格を形成する、頭が切れて勤勉
的に宣伝するのである。数百本の様々なファンドを有
な専門家に打ち勝つことはますます難しくなっている。
する資産運用会社であれば、常に「記録上の勝者」を
さらに、取引費用および報酬控除後で、市場に打ち勝
何本か抱えているのは明白である。
つことははるかに困難になっている。だからこそ、投
資信託のうち、報酬控除後で市場平均を下回る割合が
どの1年間で見ても約60パーセント、10年間では約70
パーセント、20年間では80パーセントにも達するので
ある5。
新たに運用マネジャーを選定する際に、個人投資家
が過去の実績に頼りがちであることは広く知られてい
るが、投資信託に関する研究によれば、過去のパ
フォーマンスで十分位にわけた10のマネジャー群のう
ち9のマネジャー群は将来のパフォーマンスが過去の
8
パフォーマンスとはほとんど無関係であるという。
る。たいていの投資家が気づいていない事実であるが、
(過去データのうち予測能力が認められたのは、最下
すべてとは言わないまでも、ほとんどの投資を低コス
位の第10十分位だけであった。なぜなら、報酬の高さ
トのインデックス・ファンドあるいはインデックス連
と恒常的な運用能力の低さだけが、運用マネジャーの
動型上場投信(ETF)に投じていれば、その方が成果
成績に信頼できる反復的な影響を及ぼしているのであ
はあがるだろう。しかし、これはウォーレン・バ
る)。残念ながら、機関投資家、個人投資家ともに、
フェット(Warren Buffett)氏が事業に求める、競争に
最高の運用成績が出た後にマネジャーを採用し、最悪
対する強力な「防御のための堀」にはならない。投資
期を脱した後に解約することを繰り返している。年金
家がまだ気づいてない理由の一つは、報酬に関する大
基金の運用委員会の83パーセントが運用に係る専門能
きな誤解があるためである。
力について「平均以上」と自己評価しているが、皮肉
なことに、解約した運用マネジャーのその後数年間の
平均リターンは、新たに採用した運用マネジャーの平
均リターンをわずかながら上回っているのである 10 。
機関投資家が解約した投資商品のパフォーマンスは、
購入した商品をその後アウトパフォームしている 11 。
こうした投資行動の代償は大きい。
■ 報酬の実態
たいていの投資家は、報酬が決して低
くはないことにまだ気づいていない13。報酬の実態
を理解したならば、本当は非常に高いのである。0.5
パーセントの報酬は、資産に対する割合であるが、想
定される平均的な年間リターンに対する割合がゆうに
5パーセントを超えることは確実である14。投資家は、
インデックス・ファンドに投資すれば10ベーシスポイ
顧客がこう尋ねても不思議ではない。「どうしてこ
ント以下で市場リターンがほぼ保証されるため、アク
うなるのか。コンサルタントの説明では、彼らが推奨
ティブ・マネジャーに委託して実際に「買っている」
する運用マネジャーは通常ベンチマークを上回るので
のはリスク調整後の追加リターンである。リスク調整
はなかったのか。リスク調整後でも運用マネジャーは
後の追加リターンに対する比率として計測すると、運
市場をいくらかでも上回る収益をあげているはずでは
用報酬は決して低いとはいえず、むしろ高い。過去50
なかったのか」。こうした楽観的な見方を持つ投資家
年間で報酬が上昇し、現在では運用報酬総額がリスク
にとっては残念なことだが、多くのコンサルタントが
調整後の追加リターンを上回っている。これはとりも
通常提示するデータには不備がある。従来の方法で提
なおさず、運用マネジャーが実際に生み出した収益の
示される「データ」の中から、二つのバイアス、すな
100パーセントを越える報酬を顧客に課していること
わちデータ遡及と生存者バイアスを取り除くと、コン
になる。この紛れもない事実が、慎重ながらもある程
サルタントが調査対象としている運用マネジャーの運
度のスピード感をもって、顧客に対する投資プロ
用実績は、見かけ上「市場を上回っている」ように見
フェッショナルとしてのあり方を見直すべき大きな理
えたものが実際には「市場を下回っている」現実が露
由の一つである。
わになってしまう12。規模が大きく洗練された機関
投資家でも、見張りの見張りまで用意していないこと
を理解しておくべきである。
■ 資産運用業界にとって最良の機会
顧客の信用と信
頼を勝ち得た投資助言者は、多くの顧客の長期リター
ン向上にポートフォリオ・マネジャーが望むよりはる
一つ目の作為による過ちに関する厳然たる事実は、
かに多く寄与することができる。これは「お手軽」な
ほとんどの運用マネジャーが達成しておらず、また現
解決策ではない。投資助言を効果的に行うには、時間
実的に達成することのない商品、すなわち市場を打ち
を要し、複雑な市場に関する知識、投資実務および投
負かすパフォーマンスを売り込み続けていることであ
資家についての理解、勤勉さが必要とされる。とはい
9
え、投資助言を効果的に行うことは可能であり、繰り
いる。過去50年間に、資産運用業界の収益性がどのよ
返し上手く行うことも可能である。優秀な助言者は、
うに向上してきたか、その主な要因は以下の通りであ
顧客が投資に係るリスクを理解し、現実的な運用目標
る。
を設定し、貯蓄および支出について現実的に考え、適
• 運用資産残高は、一時的な停滞期も何度かあったも
切な資産クラスを選択し、適切に資産配分を行い、そ
して何よりも重要なことであるが、市場の高騰や下落
に対して過剰反応しないよう手助けすることができる。
助言者は、運用マネジャーが長期的に何を達成しよう
としているかについて顧客の理解を助けることによっ
て、顧客が方針を変えることなく長期的な視点を維持
し、動揺させるような市場の混乱は想定されるもので
のの、10倍に増加
• 運用資産残高に対する運用報酬の比率は5倍超に上
昇
この組み合わせの威力は絶大であった。収益性が飛躍
的に向上した結果、以下のような状況を生み出した。
• 個人の報酬は約10倍に増加
• 企業価値はさらに大きく上昇
あることを理解し、忍耐力と意思の強さが長期の運用
成績によって正当に報われると確信を持つことができ
るよう手助けすることができる。
■ 魅力ある事業
資産運用業は利益率が高く、所要資
本が比較的小さく、事業リスクが最小限であり、長期
的な成長がほぼ約束されていることから、資産運用会
過ちその2: 優先順位を誤る 作為による過ちの二つ
目は、職業としての価値より事業の経済性をますます
優先してきたことである。これはおそらく個人レベル
で最も明白に表れているであろう。裕福な生活が明ら
かに幸せなものであることを誰が否定できるだろうか
と、われわれは自らに率直に問いかけるべきである。
投資プロフェッショナルたちは、50年前に比べて、立
社は銀行、保険、証券会社など、資産運用会社以外の
巨大金融サービス・グループの格好の買収対象となっ
てきた15。独立路線を選択する資産運用会社のなか
には、株式を公開する会社もあれば非公開企業であり
続ける会社もあるが、いずれにしても事業規模が拡大
してきた事実を認識しており、適切な経営を行ってい
る。
派な家に住み、高級車に乗り、趣向を凝らした休暇を
楽しみ、大きな家やオフィスを絵画や彫刻の名品で飾
るようになってきた。プライベートジェットの所有や
「自分の名前を冠した」慈善活動の実施もよく知られ
たところである。現実問題として、個人の金銭面での
最大の課題は、いかにして債務を返済し、子供の大学
費用を捻出するかではなく、子供たちに自力で成功を
勝ち取るという正しい価値観を授けず、あまりに早い
時期から与えすぎることにより、子供の人生を台無し
にしてしまう愚を、いかに避けるかということである。
資産運用会社の規模が拡大するにつれて、驚くには
当たらないが、経営幹部には投資プロフェッショナル
に代わって、専門的経営者が登用されることが増えて
きており、また事業上の論理がますます職業としての
論理より優先されるようになってきている。事業上の
論理は、強い出世意欲を持つ人々の関心を利益拡大に
向かわせるが、その達成には「資産集め」の強化が最
も効果的なのである。一方、投資プロフェッショナル
にとって、資産規模の拡大が通常パフォーマンスに悪
影響を及ぼすことは常識である。大手の金融サービ
資産運用業界に引き寄せられた有能で競争意識の強
い人々は、意図しないまま、形ある報償を求めて競争
に没頭した結果、特に自分が極めて優秀で大変な努力
もしていると自負する人ほど、彼らの最善の努力の真
価をあるいは崩壊させかねない問いを発しないままで
ス・グループの経営幹部は、当然ながら運用成績より
利益を重視して部門別業績を評価することから、事業
の成否は公表利益の一貫性および成長率によって判断
される。事業規模が大きいほど、経営幹部の関心が事
業利益の拡大に向けられる可能性が高い。
10
■ 事業としての投資
長期的な価値を追求する投資プ
好調時にビジネスをさらに獲得すること)とリレー
ロフェッショナルは、絶えず変化し、時に乱高下する
ションシップ・マネジメント(特に運用成績の不振時
足元の市場価格に細心の注意を払う必要があることを
に取引関係を維持すること)であった。こうした変化
知っている。しかし、企業利益を重視する資産運用会
は、何よりももっぱら事業の現実に対応したものであ
社の所有者にとっては、資産運用業の長期トレンドが
り、専門職としての純粋な要請でも、ましてや投資家
全く別の視点をもたらす。もちろん、市場は時として
としての顧客からの要請でもなかった。
急激に、また大幅に変動するものだが、ポートフォリ
オ運用の教訓にしたがい、複数の資産クラスに分散投
資することで、利益変動の幅および頻度を減らし、資
産運用会社を上手く運営することが可能である。さら
に重要なことは、投資市場がすべて長期上昇傾向にあ
ることは非常に有利であり、明敏な経営者であれば、
長期間では利益が平準化されることに気付くであろう。
10年間に限っても、資産運用会社の所有者は金融市場
経営が優先される状況は、投資プロフェッショナル
にとって好ましいものではない。これはかなり頻繁に
起こることだが、資産集めに成功し、いずれ優れた投
資を行う専門能力に過度の負担がかかるようになると、
投資家が享受する運用成績はしりすぼみとなる。さら
に、コスト管理や報酬引上げ、「生産性」向上努力な
ど事業としての組織の業績向上を目的とした行動は、
運用成績悪化の可能性を高める。
の変動による影響を吸収し、事業の長期トレンドに焦
点を合わせることができる。
過ちその3: 綿密なアドバイスを省略する 三つ目の
過ちである不作為による過ちは、自らの仕事を価値の
名目的な市場価値は、基本的なトレンドとして明ら
かに増加基調にあり、複利成長率で年平均5パーセン
ト超、もしくは経済全体の成長率の2倍超のペースで
拡大している。これに、既存顧客への販売増加、新市
場に対する既存商品の投入、および既存顧客向けの新
商品開発の効果を加味すると、年複利平均成長率は10
パーセントを超える。10パーセント成長が可能なサー
ビス業で、潜在的損失に備える所要資本がほとんど必
要なく、高い利益率を維持しながら大きく成長するこ
とができる点では、メイ・ウェスト(Mae West)のう
まい表現を借りるならまさに「最高(Wunnerful!)」
である。このような状況では、投資プロフェッショナ
ルが経験から運用資産の増加が大敵となりえることを
理解していたとしても、精力旺盛な経営者であればど
のように行動するだろうか。追加資産の高い利益率に
気付いた経営者は、資産集めに力を入れ、事業を拡大
させ、売れる商品を売るのではないだろうか。
ある専門的サービスであると認められたいすべての資
産運用業界人にとって特に悩ましい問題である。達成
する見込みがますます薄くなっている中で市場を打ち
負かすことを投資プロフェッショナルの最適な評価尺
度と受け入れること、専門家としての成功よりも事業
面の達成度を一層重視する、という作為による二つの
過ちに加えて、我々は顧客の役に立つという職業とし
ての最良の機会をどういうわけか見失い、効果的な投
資助言から注意をそらしてしまった16。専門職員を
抱える大規模な機関投資家向けファンドであれば、最
適な長期運用計画を設計するという複雑な仕事を行う
訓練と経験を積んだ専門家の助けを借りなくとも、す
べての責任を引き受けることは確かに可能であろうが、
特に個人投資家、そしてほとんどの中小規模の公的年
金基金や企業年金基金、大学や美術館、病院の基金に
おける資産運用委員会など、たいていの投資家は、最
先端の投資運用の専門家ではなく、広範な経験を有し
世界の資産運用会社の内部において起きた、二つの
ていないとしても当然である。だからこそ、手助けを
最も重要な変化は、投資調査やポートフォリオ運用に
必要としている投資家は多い。専門家の最良の知見や
関してではない。それは、新規事業開発(運用成績の
判断を受けることが可能となれば、誰もが歓迎するで
11
あろう。
■ 役に立つことができる
確実性に対する許容度、市場経験、負債など多くの点
投資プロフェッショナルは
重要な手助けをすることができる格好の立場にいる。
長期的に実際に市場を打ち負かすと見込まれる運用マ
ネジャーを選定することが、もはや現実的な想定ある
いは「所与」ではないと理解してもらうのも、顧客が
必要とする手助けのひとつである(もちろん、運用マ
で異なる。かくも多様な個人投資家および機関投資家
は、投資家としての長所と短所を考慮した上で、それ
ぞれに真に適した投資計画を設計する際に手助けが必
要となる。重要なことだが、たいていの投資家にとっ
て正しいことは、集団行動的に市場を打ち負かすこと
に血道をあげることではないのである。
ネジャーの中には、市場を打ち負かす者もいるであろ
スキーに例えれば分かりやすいだろう。コロラド州
うが、事前にそうした運用マネジャーを見つけること
のヴェイルやアスペンでは、その他の名だたるスキー
は極めて困難になっている)。投資家は、市場を上回
リゾート同様、数多くのスキー客がそれぞれ楽しい時
ろうとすればするほど損失が利益を上回ることを理解
間を過ごしている。景色も美しいし、雪の量も多く、
するのにも手助けを必要としている。さらに重要なこ
整備も行き届いているが、何と言ってもスキー客がそ
とは、まずリスクとボラティリティにつき、次に収益
れぞれの技能や体力、興味に応じて最も適したルート
性につき様々な種類の投資に係る中長期の見通しを現
を明確に選べることが最大の理由である。緩やかな
実的に理解する手助けが必要とされており、それによ
「初心者向けコース」を好む人、適度に難しい中級者
り投資家は何を期待すればよいか、どのように戦略的
向けコースを好む人がいれば、上級者や、足のばねが
ポートフォリオと投資方針を決定すればよいかを理解
強く恐怖心がない10代後半の達人にとっても難しい
できるようになるのである。
コースに挑戦したい人もいる。スキー客が自分に適し
それ以上に重要なことは、前述のとおり、たいてい
の投資家は、自分自身と自分の置かれた状況について、
たコースで、それぞれに適した速さで滑っているとき、
誰もが最高の一日を過ごしていて、全員が勝者である。
バランスの取れた客観的な理解ができるよう手助けを
■ 役立つべきである
必要としていることである。具体的には、投資に関す
ルが投資家の運用技能や経験、財務状況、リスクおよ
る知識と技能、資産や収入、流動性に対するリスク許
び不確実性に対する許容度に適った投資計画を選択で
容度、資金面および心理面の要請、財源、短期および
きるよう手助けすることができれば、多様な投資家の
長期の資金目的や負債を理解することである。投資家
大半が投資計画を自分の運用技能や財源に見合ったも
は、最も対処と解決がなされるべき課題が市場を打ち
のにすることができ、通常は現実的な長期の目的を達
負かすことではないことを認識する必要がある。これ
成することが可能になるであろう。このことは基本的
ら他の要因が重なって、投資家として顧客自身の現実
な投資助言の重要な仕事であり、さほど難しくはない。
が明らかになるのである。
すべての投資家に共通する点もいくつかあるものの、
同様に、投資プロフェッショナ
われわれがほぼすべての投資家に提供できる最も価
値ある専門サービスは、効果的な投資助言である。ご
はるかに多くの点でそれぞれ大きく異なる。すべての
くわずかな例外を除いて、たいていの運用マネジャー
投資家に共通する点は、多くの選択肢を持ち選択の自
は現在この重要な仕事を無視している17。投資家が
由があること、その選択が重要であり、誰もがうまく
必要としていることが最も明瞭であり、投資家にとっ
やりたいと望んでおり、過ちを回避したいと考えてい
て最も価値があり、徹底して行えば成功する確率が高
ることである。同時にすべての投資家が、資産、収入、
い専門サービスに関心が払われていないとは、皮肉で
支出の義務と予定、投資期間、投資技能、リスクと不
すまされる話ではない。このことは今後の資産運用業
12
界における最大の課題であり、最良の機会でもあろう。
■ 必要性を示す事例 個人に対する投資助言が決定的
に必要とされるようになったのは、退職年金基金が確
定給付型(DB)から確定拠出型(DC)へ移行したた
めである。おそらく個人に対して提供された最も価値
ある金融サービスである確定給付年金は、退職者に低
コストで、長期的に管理の行き届いた投資から定期的
に給付金の支払いが行われ、投資に関する知識や技能
を必要とせず、市場の高値警戒も必要とせず、市場が
大きく下落しても勇気を奮い起す必要もなく、長寿リ
スクを心配する必要もないものである。
トのコンピュータ・モデルも同様である。商品中心か
らサービス中心の戦略へ移行している資産運用会社は、
運用実績および企業業績面で非常に良い結果を残して
いる。こうした資産運用会社は、基本的な投資助言に
拡張性を持たせ、さらにサービスの充実に期待が持て
る。例えば、ターゲット・デート・ポートフォリオを
一つに絞るのではなく、市場リスク選好度が高い、低
い、または平均並みという3種類のファンドを設ける
のはどうだろうか。母体企業が加入者に対して投資の
意思決定に関する基本的な助言を行うことについて、
米国議会は、従来のように禁止するのではなく、むし
ろ容認することで後押ししている。大手資産運用会社
対照的に、今日のDCプランでは5,500万人の加入者
が自らポートフォリオを決定している。20パーセント
程度の投資家が全額マネー・マーケット・ファンドに
「投資」しているが、残高が少なかった積立開始時よ
り、当初の資産配分を変えていないことがその理由で
ある。年金の母体企業の株式に投資できる年金制度で
は、17パーセントの加入者が口座残高の40パーセント
超を母体企業の株式に投資している。(エンロン社や
ポラロイド社他の事例が示すように、これには分散を
行わないことで痛手を被る潜在的な可能性がある。)
のなかには、現在どのセクターに魅力があり、どのセ
クターの魅力が乏しいかについて「実験的に」助言を
始めているところもあるが18、投資家の置かれた状
況、運用能力及び目的を理解するという重要な仕事に
は手をつけていないのが普通である。ほんの一部では
あるが、幅広い運用サービスとそれぞれの顧客に最適
な商品の組み合わせについての助言を提供する資産運
用会社もある。投資家が必要とするサービスと、投資
家が利用可能な商品との溝を埋めるためにすべきこと
はまだたくさんある。
多くの労働者にとってさらに重要な問題は、快適な生
活を送るための所要月額を得るのに資金がどのくらい
必要なのか、またどれほど多くの受給者が老後資金不
足に陥ることになるかを、どれだけの人が理解してい
ないか、という点にある。ひとつの基準は、年間引出
額を資産の4パーセントに抑えることである。積立期
間がこの先10年しかない50代半ばの加入者は、現在の
平均的な残高が15万米ドルである。4パーセントで計
算すると、税金およびインフレ考慮前で年間わずか6
千米ドルにしかならず、6パーセントでも年間9千米ド
ルにしかならない。これは大変である。
結論: 将来の約束
運用サービスと各投資家の長期的な目標との適合性
を高めること、すなわち自己責任が求められる「商品」
販売から、より長続きする理解を共有するサービス重
視の顧客関係に移行することにより、顧客関係の持続
性、言い換えれば「忠誠心」を高め、結果的に顧客と
マネジャーとの関係は経済的価値が高まることになる。
顧客と運用マネジャーとの関係の持続性が高まれば、
双方に大きな恩恵がもたらされることになる。必要と
されるサービスを提供する最良の方法が既存の顧客と
運用マネジャーとの関係に投資助言を加え、関係を維
■ 有益な変化
ターゲット・デート・ファンドあるい
はライフサイクル・ファンドは、「自分でつくる」投
資商品をサービスに転換するもので、正しい方向への
一歩である。大手の401(k)運用会社が提供する低コス
持、長期化することだとしても、既存事業の高い利益
率からすれば多少の費用は吸収できるのではないだろ
うか。資産運用業界の使命あるいは職業的使命として、
専門家としての使命を定義しなおし、賢明な投資助言
13
を含めることで、顧客と理解を共有し、成功を分かち
合うことができるのではないだろうか。
専門家として、市場を打ち負かすことを使命と捉え、
注
1 ヨットに親しんでいた少年時代、強い風が吹く日にわざと出航し、
事業の短期的な経済性を職業としての長期的な価値に
風を受けてボートを大きく傾かせ、海に慣れていない従兄弟を怖
優先させるという二つの作為による過ちを正そう。不
がらせたものである。ボートが今にも転覆しそうに見えても、実
作為の過ちを正して、顧客との関係における投資助言
を再認識すれば、我々と顧客の双方に利益のある本来
の状況が当然生まれるはずだ。
際にはキールが「復元梃子」の働きをするためそれ以上傾くこと
はないと知っていた。
2 例えば、フィナンシャル・エンジンズ社(Financial Engines)およ
びマーケットライダーズ社(MarketRiders)
3. 運用機関の運用実績を評価しようとする際に、専門家でさえも
資産運用業界の顧客と実務家が互いに利益を得るた
運と技能を区別することに苦労する。
めには、市場を打ち負かすという敗者のゲームに「勝
4 グリニッジ・アソシエイツ社(Greenwich Associates)の年次調査
とう」として労力を費やすのではなく、技能や知識、
によると、40年前の米国年金運用受託機関上位20社のうち、現在
および時間をかけて、顧客が市場の現実を認識し、投
も20位内にあるのは1社のみである。英国では、30年前の運用受
託機関上位20社のうち、現在も20位内にあるのは2社のみである。
資家としての本分を理解し、現実的な目標を明確にし、
5. 出所: リッパー・アソシエイツ社(Lipper Associates)
それぞれに相応しい方針を維持する手助けをする必要
6. 売買回転率が年平均 100%以上の機関投資家のポートフォリオは、
70~90 銘柄を保有し、運用実績が頻繁に「ベンチマーク」と比較
がある。
され、ベンチマークを「アンダーパフォーム」することがほとん
適切な行動をとれば、資産運用業界は信頼される専
門的職業として、また個人は投資プロフェッショナル
として将来の成功を享受することができる。顧客の側
ど許されないことから、ポートフォリオ・マネジャーは多くの技
能に優れた競争相手を出し抜くことは言うまでもなく、市場に追
随することに苦労している。
7. 機関投資家向けファンドの運用会社は、顧客および見込み顧客
で正しく振る舞い、投資という勝者のゲームに勝てる
に報酬控除後ではなく、報酬控除前のパフォーマンスを示してご
よう顧客を導くならば、資産運用業界自身も報いられ
まかそうとしていることがあまりにも多い。CFA協会は過去何年
にもわたり、この問題を解決するための改革を提唱してきた。
ることになるだろう。
8. J.C. Bogle, Don’t Count on It! (Hoboken, NJ: John Wiley & Sons, 2011)、
74頁
バートン・マルキール(Burt Malkiel)氏、リュウ・サ
ンダーズ(Lew Sanders)氏、アート・ケリー(Art
9. カルフォルニア大学ロサンゼルス校の教授テリー・オディーン
(Terry Odean)氏の調査データが最も良く示している。
10. A. Goyal and S. Wahal, “The Selection and Termination of Investment
Kelly)氏、フィリップ・ブレン(Phil Bullen)氏、
Management Firms by Plan Sponsors,” Journal of Finance, vol 63, no.4
ディーン・ルバロン(Dean LeBaron)氏、マーク・
(2008年8月): 1805~1847頁 (当然のことながら、採用された運用
ラップマン(Mark Lapman)氏、マーティン・レボ
会社は過去のパフォーマンスが極めて良かった。しかし、「パ
ウィッツ(Marty Leibowitz)氏、ピート・コルホーン
フォーマンス」の評価や「より良い」運用機関を探すことに運用
委員会の注意を集中させるコンサルタントが、本当は顧客の長期
(“Pete” Colhoun)氏、ゲイリー・ブリンソン(Gary
的なリスク調整後リターンと顧客に報酬を払い続けるよう納得さ
Brinson)氏、グ・コク・ソン(Ng Kok Song)氏、
せることのどちらにより関心があるのか疑問を感じざるをえな
パーカー・ホール(Parker Hall)氏には、有益な示唆
をいただいた。ここに感謝の意を表する。
い)。行動経済学者によると、80パーセントの人が、ユーモアの
センス、運動能力、話術、他者理解力、育児、ダンス、その他多
くの点において自らを「平均以上」と評価している。
11. S.D. Stewart, J.J. Neumann, C.R. Knittel and J. Heisler, “Absence of
森由紀、CFA
Value: An Analysis of Investment Allocation Decisions by Institutional
Plan Sponsors,” Financial Analysts Journal, vol.65, no.6 (2009年11/12
月): 34~51頁』
12. D.F. Swensen, Unconventional Success: A Fundamental Approach to
14
Personal Investment (New York: Free Press, 2005)
投資家がより多くの特化が進んだ運用機関を選択するようになり、
13. 驚くことに、インデックス・ファンドの一部にも運用報酬が高
外部監査人が財務諸表の監査を行うのと同じように、独立した運
いものがあり、S&P 500指数連動型ファンドの中には75 bpsの報
用コンサルタントに運用機関のモニタリングを任せ、二つの機能
酬を課すファンドもある。
を分離したいと考えたことかもしれない。
14. 債券型投資信託の平均経費率は75 bpsである。トリプルA格社債
17. これは、運用コンサルタントが多用されていることによって実
の利回りを5パーセントと仮定すると、投資家は期待リターンの
証されている。運用コンサルティングは、運用機関の代わりに投
15パーセントを運用報酬として支払うことになる。期待インフレ
資助言業務の空白を埋めるべく成長した関連業界である。多くの
率を2.5パーセントと仮定すると、投資家は社債ポートフォリオ
コンサルタントが運用機関の入れ替えに焦点を当てたミーティン
の実質期待リターンの30パーセントを運用報酬として支払うこと
グで驚くほど「ありきたりな」投資助言を行い、実際は顧客満足
になる。
および顧客維持を優先させているスタッフで占められていること
15. 事業の売り手側も大金を手に入れるようになった。ただし、第
一世代のサービス業所有権にとって 10 億米ドルが大金ではない
と思う人を除く。
が多い。
18. 政策アセットミックスへのリバランスはたいていリターンを向
上させる。
16. 運用マネジャーが投資助言から遠ざかった理由の一つは、機関
15
FAJ 2011 年 11/12 月号
(全訳)
概ね効率的な市場におけるアクティブ運用
Active Management in Mostly Efficient Markets
ロバート・C・ジョーンズ、CFA、ラス・ワーマーズ
Robert C. Jones, CFA, and Russ Wermers
アクティブ運用の価値に関する論文を調査した本稿は、アクティブ・マネジャーが平均して(ベンチマークを)
アウトパフォームしていないこと、ただし、ごく少数のアクティブ・マネジャーは確かに付加価値を創出してい
ることを示している。さらに、各種研究は、投資家が公開情報を用いて優れたアクティブ・マネジャー( superior
active managers: SAM)を事前に特定しうることを示唆している。SAM を特定できる投資家は、アクティブ戦略に
意味ある配分を行うことによって、全体のシャープレシオを向上させることが可能であろう。
リンカーンがダグラスに勝ち、ケネディがニクソン
に勝ち、レーガンがモンデールに勝ったように、大半
の討論で勝者は明白である。しかし、アクティブ運用
か、パッシブ運用かを巡る議論は、40 年以上も論争
が続いている。投資家はインデックスのリターンに満
2. 優れたアクティブ・マネジャーを事前に(ex ante)
特定できるのか
3. 投資家はポートフォリオにどれだけのアクティ
ブ・リスクを加えるべきか
注意事項
足すべきか、あるいは既に証券価格に織り込まれてい
....
るかもしれない情報を収集し、分析することによって、
この分野での学術研究は豊富にあり、結果が必ずし
も一貫していない場合もある。結論はしばしば対象期
インデックスをアウトパフォームすることを追求すべ
間、使用した方法、検討するファンドのユニバースお
きか。この問題では両陣営ともに自らの信念に関して
よびタイプ、また執筆者のバイアスに依存する。我々
教条的であり、それぞれの主張を裏付ける説得力のあ
はこれら様々な結果を取捨選択し、相対的にデータ量
る議論を展開している。我々は投資家に実践的な助言
が豊富でしっかりした分析を行った研究をより重視す
を提供するため、理論と実証分析の両面から学術研究
ることで、実践的な助言を抽出するよう試みたが、
の調査を行った。我々の目的は次に掲げる投資家に
我々自身のバイアスが結果の解釈に影響を与え、また
とって重要な 3 つの疑問に答えることであった。
は将来がこれらの研究で対象とした期間とは著しく異
1. アクティブ運用は付加価値を創出できるのか
なるものとなる可能性は常に存在する。
さらに、データの入手可能性の理由から、ほとんど
ロバート・C・ジョーンズ、CFA は、アーウェン・
の調査研究が米国国内の投資信託を分析している。他
アドバイザーズ社(Arwen Advisors, Newark, New
の資産クラス(債券、米国以外の株式、不動産、コモ
Jersey)の会長。ラス・ワーマーズは、メリーラン
ディティなど)や他のアクティブ運用商品(単独運用
ド大学ロバート・H・スミス・スクール(Robert H.
口座、ヘッジファンド、上場投資信託(ETF))に関
Smith School of Business, University of Maryland,
する調査は極めて限定的か、存在しないことさえある。
College Park)の金融准教授。
入手可能なデータでも、生存者バイアス(パフォーマ
16
ンスの悪化により閉鎖されたファンドや運用プロダク
フォームしないことを意味するものではない。このよ
トは除外されること)や自己選択バイアス(データの
うに、我々の推奨はすべて、個別のファンドやマネ
提供を選択したマネジャーのみが含まれること)を含
ジャーに当てはまるものではなく、一般的なものであ
む可能性があり、またリターンの頻度が限定される
る。
(月次または日次ではなく年次または四半期毎)こと
アクティブ運用は付加価値を創出するか
もある。さらに、アクティブに運用される ETF のサ
ンプルについては、統計的に信頼しうる分析を行うに
は規模が小さ過ぎ、設定されて間もないことに注意を
要する。それにもかかわらず、この概念は業界で多く
の関心を集めつつあり、将来の学術調査で焦点が当て
られることになろう。また、アクティブ運用の投資信
託に関する調査結果の多くは、アクティブ運用の ETF
すべてのアクティブに運用されるファンドを総合す
ると市場に一致する、つまりアクティブ運用をゼロサ
ム・ゲームと仮定するならば、アクティブ・ファンド
のリターンを総合すると市場リターンと同一となるが、
取引コストおよび報酬がかかるため、報酬・費用相当
分は市場に劣後することとなる。実証研究はこの結論
を広く支持するようだ 1。
にも当てはまるものと推測する。なぜなら、両者とも
同じマネジャーが同じ戦略で運用することが多いから
である。
Jensen の著名な研究(1968)に続く数多くの研究
は、「アクティブに運用される投資信託は平均して報
酬・費用控除後でアルファを創出していない」という
我々の結論がこれら他の資産クラスや運用商品にも
同じ結論に達している。図1では、直近の 2 つの研究
当てはまる可能性があるのか、または当てはまらない
(Barras, Scaillet, and Wermers 2010; Busse, Goyal,
のかを指摘しようと試みた。しかし、一般的に機関投
and Wahal 2010)による結果をまとめている。この
資家向けファンド(単独運用口座、合同運用信託ファ
図は、投資信託と機関投資家の単独運用口座
ンドなど)は、リテール・ファンド(個人投資家向け
(institutional separate account: ISA)のいずれも、
投資信託など)をアウトパフォームすると予想すべき
平均すると Carhart の 4 ファクター・モデル(1997)
であろう。その理由として、機関投資家向けファンド
の方が (1) 通常は規模の経済により運用報酬が低い
こと、(2) マネジャーと投資家の利害をより一致させ
るような成功報酬を多く利用できること、(3) 顧客口
座の会計処理、顧客サービス、日々のキャッシュフ
を用いて市場とスタイルのリスクを調整した後に、報
酬・費用控除後でプラスのアルファを生み出していな
いことを示している。我々の調査では税引き後の結果
を採り上げてはいないが、税引き後ではアクティブ・
ファンドがパッシブ・ファンドをアウトパフォームす
ロー管理にかかる費用が低いこと、が挙げられる。
ることがさらに難しいとする研究もある( Dickson
最後に、研究結果が直観的および統計的に有意であ
....
るとしても、それらは平均的に当てはまるだけであっ
and Shoven(1993)など)。実際に、これらの研究
て、必ずしも特定のマネジャーやファンドに当てはま
クティブ・マネジャーに支払う平均報酬率をやや下
るものではない。例えば、Chevalier and Ellison(1999)
回っているに過ぎず、アクティブ・マネジャーは平均
は、学生の平均 SAT スコアが相対的に高い大学を卒
すると報酬控除前でプラスのアルファを創出している
業したマネジャーが他のマネジャーをアウトパフォー
が、アクティブ運用にかかるコストを十分に賄えてい
ムしたことを示した。しかし、この調査結果は、そう
ないことを示唆している。さらに、国内株式ファンド、
したマネジャーのすべてがアウトパフォームすること、
債券ファンド、インターナショナル(米国を除くグ
あるいは他の学校を卒業したマネジャーがアウトパ
ローバル)株式ファンド、バランス型ファンド、そし
で報告されたアンダーパフォーマンス幅の平均は、ア
17
図1.アクティブ株式投資信託およびアクティブ株式機関投資家単独口座(ISA)の 4 ファクター・
アルファ、報酬・費用控除後
年率換算 4 ファクター・アルファ(%)
全ファンド
全グロース
ファンド
アグレッシブ
グロース
等加重
金額加重
グロース
インカム
ネット
ネット
アクティブ株式ミューチュアル・ファンドのデータに基づく(1975 年 1 月-2006 年 12 月)
アクティブ株式機関投資家単独口座のデータに基づく(1991 年-2007 年)
出所:投資信託のデータは Barra, Scaillet, and Werners (2010) 、ISA のデータは Busse, Goyal, and Wahal (2010)
て恐らくヘッジファンドやプライベート・エクティに
も、この結論は当てはまると思われる。(最後の二つ
のケースでは、データが直ちに入手可能ではないため、
結論の説得力は弱い)。2
る。
同じく 5 年間の結果を債券ファンドで見ると、アク
ティブ・マネジャーの方が幾分悪い。エマージング市
場債券を除けば、50 パーセント以上のアクティブ・
アクティブ運用の支持者は、市場のボラティリティ
マネジャーがベンチマークに勝っていない。5 年間の
が高まり、景気が低迷している時期に、その利点が最
資産加重平均リターンは、三つの分野を除きアクティ
も際立つとしばしば主張する。世界金融危機(2007
ブ・ファンドの方が低いものの、同じ投資ホライズン
年-2009 年)の時期についての関連する研究はまだ
での等加重リターンは、すべての分野で劣後している。
ないが、スタンダード・アンド・プアーズがある程度
このように、世界金融危機を含む直近の 5 年間は、
の比較を行っている 3。2010 年 12 月までの 5 年間を
調べた結果は、アクティブとパッシブの「成績表」が
かなり拮抗していることを示している。具体的には、
海外および国内すべての主要株式分類にわたり、市場
インデックスが大多数のアクティブ・マネジャーをア
ウトパフォームしているが、資産加重平均したアク
ティブ・マネジャーのパフォーマンスは、中型株、イ
ンターナショナル株式、エマージング市場株式を除く
以前の研究が対象としたかなり長期の時期よりも、明
らかにアクティブ株式運用にやや有利であった。ただ
し、顕著ではない。後ほど見るように、アクティブ・
ファンドは財務内容の悪化や景気後退の時期にアウト
パフォームする可能性が高まるとする研究者もいる。
しかし、「緊張時」と「平常時」をともに含む長期の
結果は、「平均的な」アクティブ・マネジャーをほと
んど支持していない。
大半の分野で、ベンチマークと同等かやや上回ってい
18
アクティブ運用と「概ね効率的な市場」
市場価格は一般に入手可能なすべての情報を完全か
つ正確に織り込むとするセミストロング型の効率的市
場仮説は、合理的な投資家(インサイダー情報を持た
ない)であれば、常にアクティブ運用ではなくパッシ
ブ運用を選択すると予測するが、そうなっていないの
は明らかである。なぜそうならないのか。投資家は非
合理なのか。それならば、市場はどのように効率的と
なりうるのか。Grossman and Stiglitz(1980)は、
実世界では、アクティブ・ファンドを平均すると報酬
控除後でインデックスをアンダーパフォームしている。
なぜそうなるのであろうか。
ファンドは報酬を正当化するために、流動性、保管、
経理、規模、選択肢、分散投資といった他の便益をも
.. ... ..
たらさなければならない。実際には、 ほぼ 100 パー
........................
セントのパッシブ・ファンドが報酬控除後で関連する
....................
インデックスをアンダーパフォームしている。平均報
酬率は、米国大型株に投資するパッシブ運用投資信託
彼らの著名な論文のなかで、情報にコストがかかる世
の年率 15 bps 未満から、パッシブ運用エマージング
界において、情報に通じたトレーダーは超過リターン
株式ファンドの年率 75 bps 以上までの間にある 5。し
を獲得するはずである、さもなければ価格の効率性
(つまり情報の反映)を高めるために情報を集めて分
析する動機がないと主張した 4。言い換えれば、市場
は「概ね効率的だが完全に効率的ではない」必要があ
り、さもなければ投資家は価格が「適正」であるかど
たがって、意味のある比較は、パッシブ・ファンドと
の比較であって、インデックス自体ではない。その基
準で言えば、アクティブ・ファンドの平均リターンは、
報酬控除後でパッシブ・ファンドの平均とほぼ同じで
ある 6。
うかを評価する努力をしないであろう。そうでなけれ
ば、価格はもはや入手可能なすべての関連する情報を
適切に反映しなくなり、市場は資本を効率的に配分す
る能力を失うであろう。それゆえ、アクティブ・マネ
ジャー間の競争はゼロサム・ゲームかもしれないが、
アクティブ運用全体では明確に違う。「市場の効率性
を高めることによって、アクティブ運用は資本の配分、
ひいては経済の効率性と成長を向上させ、結果として
社会全体の富の総和を増加させる」のである。した
がって、情報に通じたトレーダーが獲得する超過リ
ターンを、情報を入手、加工し、それによって市場の
効率性を高めるために支払われる一種の経済的地代と
みなすことができる。
我々を取り巻く世界、すなわち、平均して報酬控除
後で(パッシブ・マネジャーと比較して)超過リター
ンをもたらさないアクティブ・マネジャーで溢れてい
る世界は、価格がコストのかかる情報を十分に反映し
な い「概 ね効率 的な市 場」 を想定 する GrossmanStiglitz モデル(1980)に完全に当てはまる。実世界
では、アクティブ・マネジャーの間でスキルが異なる
ため、情報を収集、分析する優れた能力に比例して、
意味のある超過リターンを生み出すような情報に通じ
たトレーダー(または優れたアクティブ・マネジャー)
は見つかるものと予想される(実際に確認される)。
もちろん、他者のために資産を運用する限りにおいて、
そのサービスに対して要求する報酬も高くなると思わ
Grossman-Stiglitz の均衡論(1980)では、限界的
な(スキルが最も劣る)アクティブ・マネジャーは、
資産をアクティブに運用するコスト(つまり、人的資
本コストを含め、情報の収集と分析にかかるコスト)
に等しい超過リターンを獲得する。こうして、均衡状
態では、超過リターンの形でなんとか自分たちの報酬
を確保する、限界的だがアクティブな(恐らく多数の)
れる。しかし、市場はランダムに動くため、投資家が
スキルの優れたアクティブ・マネジャーと劣るアク
ティブ・マネジャーをあらかじめ(ex ante)完全に
区別することは、ほぼ不可能である。したがって、優
れたアクティブ・マネジャーが相対的に高い報酬の形
ですべての付加価値を獲得することはできない 7。そ
こで次の疑問は、報酬を上回る付加価値を創出する優
マネジャーが存在すると想定すべきであろう。しかし、
19
れたアクティブ・マネジャーを事前に特定できるか、
ということである。これについて、いくつかの学術研
究は肯定的な結果を示している。
優れたアクティブ・マネジャーの特定
ファンド保有銘柄の分析、である。
過去のパフォーマンス:SAM が優位な情報または
分析能力を有するならば、この利点は長期にわたり持
続するものと推定される。であれば、一期間でアウト
ゼロサム・ゲームでは、プラスのアルファを創出す
パフォームする SAM は、次の期間も同様にアウトパ
る投資家(優れたアクティブ・マネジャー、superior
フォームする可能性が高いであろう。この可能性は
active manager: SAM)がいれば、他の投資家(劣る
様々なエージェンシー効果や競争圧力によって相殺さ
アクティブ・マネジャー、inferior active manager:
れる。ファンドのパフォーマンスが振るわないマネ
IAM)はマイナスのアルファを「創出」するはずであ
ジャーは戦略の変更や運用者の交代を図り、その結果
る。SAM は、(1) 優れた情報および分析能力を持つ
として将来のパフォーマンスが改善される可能性が高
ことで結果をより正確に予測できること、(2) IAM が
まる 9。パフォーマンス上位のファンドを運用するマ
予想に関係ない理由(解約に応じるなど)で早急に売
ネジャーは、おそらく証券分析にかかるテクノロジー
買する必要がある時に、流動性/即時性を提供するこ
の変化、意欲の減退、過信を原因として、競争力を失
と、これら二つのうちいずれかの方法で IAM より優
う可能性があり、また自己の評判や報酬を守るために
位に立つことができる。もちろん、投資家の予測精度
ファンドのリスクを引き下げるかもしれない。それと
は銘柄によって異なり、時間とともに変化することが
等しく問題となるのは、パフォーマンス上位のマネ
ある。さらに、今日は流動性を供給しても、明日は流
ジャーが報酬を引き上げるか、多くの資産を集めすぎ
動性を必要とすることもある。また、幸運やランダム
て、過去と同じような報酬控除後の超過リターンを継
性が重要な役割を果たすこともある。したがって、ア
続して達成できなくなる(すなわち、ある時点でアク
クティブ運用は SAM と IAM の競争なのであって、
ティブ運用にとって規模の不利益となる)可能性であ
そこでは誰がどちらかを正確に判断することは難しい
る。このように、パフォーマンスが持続しないことは、
ことがある(象のホートンなら聞くことができるかも
必ずしもマネジャーにスキルがないことを意味するも
しれないが)8。
のではない。
Barras, Scaillet, and Wermers(2010)は、報酬
実証結果はまちまちであるが、投資信託のリターン
控除後で市場をアウトパフォームできるスキルを持つ
は適度に持続するようである。ただし、それは
マネジャーは確かにいるが、こうしたスキルのあるマ
Carhart の 4 ファクター・モデル(1997)や Fama-
ネジャーを単に運がいいためパフォーマンスが高いマ
French の 3 ファクター・モデル(1993)を用いて、
ネジャーと区別することは、実際には不可能であると
スタイル・バイアスを考慮して超過リターンを調整し
主張した。投資家が単に過去のリターンのみを捉える
た場合のみである。多くの関連する研究のなかで典型
のであれば、この議論は正当かもしれないが、研究者
的なものとして、Harlow and Brown(2006)は、ス
は投資家が他のデータや方法を用いることによって、
タイル調整後リターンを用いると、アウトパフォーム
SAM を特定する多くの方法を見つけてきた。我々は
するファンドを見出す確率が 45 パーセントから 60
投資家が SAM を特定し、評価するにあたり、次の四
パーセントに向上できることを示した。同論文から引
つの方法すべてを検討することを推奨する。すなわち、
用した図 2 は、過去のアルファが上位 25%のファン
(1) 過去のパフォーマンス(適切に調整後)、(2) マ
ドが将来に報酬控除後で年率約 150 bps のアルファを
クロ経済予測、(3) ファンド/マネジャーの特性、(4)
創 出 し て い る こ と を 示 し て い る 。 Pástor and
20
Stambaugh (2002) は、セクター・バイアスを調整す
で最も強く見られることを示しているが、3 年から 4
れば結果をさらに改善できることを示した。
年といった長期間での持続性を報告する研究もある
図 2 は、ファンドのアルファに見られる非正規性
(歪度やファットテールなど)を調整すると、リター
ンの持続性がより高いファンドを特定する確率が高ま
10。
ただし、これらの研究はいずれも、ファンドのリバラ
ンスによる潜在的コストを考慮していない。このコス
トを考慮すれば、過去のリターンあるいはリスク調整
ることを示した、Kosowski, Timmermann, Wermers,
後パフォーマンスのみに基づいてアクティブ・マネ
and White(2006)の研究結果も示している。直観的
ジャーを選ぶことがもたらしうる付加価値は、軽減さ
に、一部の SAM はリターンがプラス方向に傾いてお
れるであろう。
り、投資家にとって価値があると考えられる。そのた
ヘッジファンド・マネジャーの間にスキルの持続性
め、「ランダム・スキューネス」(ファンドのリター
があることを実証した研究もある。Kosowski, Naik,
ンに観測される統計的に有意ではない歪度と定義する)
and Teo ( 2007 ) は 、 Kosowski, Timmermann,
を調整すれば、幸運だったマネジャーとアクティブ・
Wermers, and White(2006)のブートストラップ法
リターンにプラスのバイアス(または歪み)のあるマ
をヘッジファンドにも適用した。ヘッジファンドの非
ネジャーとを識別することに役立つであろう。
正規的なリターンを考慮することは特に重要である。
調査結果は持続性が短期間(月次または四半期毎)
なぜなら、多くのヘッジファンドが行う動的戦略や銘
図 2.過去のパフォーマンスの持続性
過去のアルファによる十分位
将来の年率アルファ(%)
Kosowski、Timmermann、Wermers および White の 4 ファクター・アルファ・モデル
Harlow および Brown の 3 ファクター・アルファ・モデル
注:Harlow and Brown(2006)は、3 ファクター・アルファ・モデルを用いて 1973 年-2003 年にわたり四半
期毎にリバランスした。Kosowski, Timmermann, Wermers, and White (2006) は、4 ファクター・モデルを 3
年間のランキングで使用し、1978 年-2002 年にわたり年次でリバランスした。
出所:Harlow and Brown(2006); Kosowski, Timmermann, Wermers, and White (2006)
21
柄選択(各種デリバティブを含む)が、ポートフォリ
されるクローズド・エンド型ファンド(CEF)のリ
オのリターンを明らかに非正規的なものとしているか
ターンに持続性が見られることを示した。この結果が
らだ。Kosowski, Naik, and Teo(2007)によれば、
注目される理由は、CEF が(ISA と同様に)定期的
上位 25%のヘッジファンド(事後ベイズ確率で調整
な資金の流出入を気にする必要がないからである。資
した過去 2 年間のアルファによるランク付け)は、翌
金の流出入は、スキルの識別をより難しくすることが
年のパフォーマンスが下位 25%のファンドを 5.8%上
ある(なぜなら、オープン・エンド型ファンドのマネ
回った。通常の単純な最小二乗法によるランキングで
ジャーは、流動性と情報の両方の目的で売買しなけれ
は、上位 25%と下位 25%のマネジャー間に有意な差
ばならないからだ)。Huij and Derwall(2008)は、
は見られず、ヘッジファンドのリターン分布の非正規
債券ファンド、なかでもハイイールド債ファンドにお
性を調整する重要性が示された。
いて、複数のベンチマークについて調整した後にリ
Fung, Hsieh, Naik, and Ramadorai(2008)は、
ターンの持続性があることを実証した。
Fung-Hsieh の 7 ファクター・モデル(2004)を用い
Busse, Goyal, and Wahal(2010)は、ISA を取り
て、1995 年から 2004 年までの期間におけるファン
上げた数少ない研究の一つである(図 1 を参照)。そ
ド・オブ・ヘッジファンズのパフォーマンス、リスク、
こでは、国内の株式ファンドと債券ファンドにおいて、
資本形成を検証した。ファンド・オブ・ファンズは、
.....
平均すると 1998 年 10 月から 2000 年 3 月までの期間
1 年間までは弱い持続性があるが、インターナショナ
においてのみアルファを創出したが、一定群のファン
彼らはシステマティック・リスク(国、通貨、スタイ
ド・オブ・ファンズは、より長期にわたり持続するア
ルなど)を調整しておらず、それがインターナショナ
ルファを創出した。こうしたアルファを生み出してい
ル・ファンドにおいて、リターンの持続性が弱い研究
るファンドは、より安定した資金流入を経験しており、
結果を説明するかもしれない。
解約の可能性が相対的に低い。これらの資金流入は将
来にアルファを創出する能力を軽減するが、それを消
し去ってしまうわけではない。
ル株式ファンドの持続性は低いことを示した。しかし、
Goyal and Wahal(2008)は、持続性自体を検証す
るかわりに、機関投資家スポンサーによる採用および
解約の判断を調べ、機関投資家が採用するマネジャー
数は遥かに少ないが、他の資産クラスや運用手段に
が解約するマネジャーをアウトパフォームしていない
12 。マネジャーの採用と解約にはサー
関する研究も、ヘッジファンドおよび国内株式投資信
ことを示した
託に関する研究と同様の結果を示している。Kaplan
チ・コストと移管コストがかかるため
and Schoar ( 2005 ) は 、 プ ラ イ ベ ー ト ・ エ ク イ
ころは、機関投資家があまり積極的にマネジャーを変
ティ・ファンドのパフォーマンスに持続性があること
更すべきではないということである。しかし、機関投
を示した。ただし、我々が調査した他の投資分野とは
資家はパフォーマンス以外の理由からマネジャーをし
異なり、ゼネラル・パートナーは投資先の「市場」価
ばしば変更するため、この調査結果は投資家がマネ
値について平準化した推定を行うことによって、見か
ジャーを変更する時は慎重であるべきことを意味して
11。また、
いるとしても、リターンの持続性を否定する直接的な
これらのゼネラル・パートナーがより良い投資先を選
証拠とはならない。つまり、投資家がそうした意思決
んでいるのか、投資先企業を監督する優れたスキルを
定をする際には、過去のリターンを適切に調整し、移
持っているのか(あるいは両者か)は不明である。
管コストなど他の要因を検討すべきである(追加の要
け上のパフォーマンスを良くする時がある
Bers and Madura(2000)は、アクティブに運用
13、意味すると
因については本稿の後段で論じる)。
22
過去のパフォーマンスを評価する際には、マネ
たっては、洗練されたパフォーマンス要因分析システ
ジャーの寄与度とファンド運用会社の寄与度を区別す
ムを用いて慎重に考慮すべきである。洗練度の低い手
ることは困難となりうる。通常、SAM が良好なパ
法を用いるならば、過去のパフォーマンスに基づき真
フォーマンスを達成するにはチームの支援を必要とす
の SAM を見出す能力が大幅に減じることになる。さ
るからだ。Baks(2003)は両者の区別を試みて、投
らに、投資家はマネジャー変更によって見込まれるパ
資プロセスにもよるが、リターンの持続性の 10 パー
フォーマンスの改善が、移管コストに見合うものかど
セントから 50 パーセントをマネジャーの寄与とし、
うかを慎重に評価すべきである。
残りをファンド運用会社や他の要因によるものとした。
したがって、直近にファンド・マネジャーが変更され
た場合には過去のパフォーマンスを割り引くことが望
ましいかもしれない。チーム・アプローチや定量プロ
セスではなく「花形」マネジャーに依存するファンド
で は 特 に そ う で あ る 。 同様 に 、 投 資 家 は 花 形 マ ネ
ジャーを転職先まで追いかけることには慎重であるべ
きだ。
マクロ経済予測:マクロ経済予測に関する研究では、
アクティブ・マネジャーが一般的に特定の環境下でパ
フォーマンスが相対的に高いのか、また所与の環境下
でパフォーマンスが最も良好となるマネジャーを事前
に予測することが可能かどうかを判断しようとする。
言い換えれば、状況次第で IAM が SAM に(または
逆に)なることがあるかどうかである。結果は極めて
期 待 で き そ う で は あ る が、 こ の 戦 略 は 頻 繁 に マ ネ
表 1 に、持続性に関するいくつかの研究をまとめて
ある。これらを含む研究結果に基づく我々の結論とし
て、投資家は過去のパフォーマンスを分析することに
よって、SAM を特定する可能性はあるが、非正規的
なリターン分布(歪みやファット・テールなど)およ
び各種スタイルやセクターのバイアスを評価するにあ
ジャー変更を行うため、マネジャー移管コストを控除
した後の利点は、それほど高くないと思われる。
ファンドのアルファが時間の経過とともにシステマ
ティックに変化する範囲では、この変化の原因は (1)
内在するマクロ経済への感応度(継続的な循環銘柄の
オーバーウェイトなど)、(2) 時間の経過に伴うスキ
表1.過去のパフォーマンスの持続性
論文
資産クラス(期間)
調査結果
Bers and Madura (2009)
アクティブ・クローズドエンド・
ファンド(1976-1996)
リターン
Harlow and Brown (2006)
株式投資信託(1979-2003)
スタイル調整後リターン
Huij and Derwall (2008)
債券ファンド(1990-2003)
ベンチマーク調整後リターン
Bollen and Busse (2005)
株式投資信託(1985-1995)
次四半期における調整前リターン
Baks (2003)
株式投資信託(1992-1999)
ファンド・マネジャー固有リターン
Kosowsk, Timmermann, Wermers,
and White (2006)
株式投資信託(1975-2002)
ブートストラップ・アルファ
Busse, Goyal, and Wahal (2010)
機関投資家単独運用(1991-2008)
国内株式の弱いリターン
Fung, Hsieh, Naik, and Ramadorai
(2008)
ヘッジ・ファンズ・オブ・ファン
ズ(1995-2004)
アルファ
Goyal and Wahal (2008)
機関投資家単独運用(1994-2003)
解約なし
Jagannathan, Malakhov, and
Novikov (2010)
ヘッジファンド(1996-2005)
優良ファンドのみ
Kosowski, Naik, and Teo (2007)
ヘッジファンド(1994-2003)
ベイジアン手法で計測したアルファ
Kaplan and Schoar (2005)
プライベート・エクイティ・ファ
ンド(1980-2001)
割引キャッシュ流入/流出
23
ルの変化、または (3) 時間の経過に伴いそのスキル
いて他の時期よりも市場をアウトパフォームする可能
から利益を享受できる投資機会の変化にある。3 つの
性が高いことを示した。この結果は恐らく下落相場で
要因はすべて役割を果たすと思われるが、研究結果は
キャッシュを保有したことによるものではない。なぜ
3 点目、すなわち特定の環境は投資家が優れた洞察を
なら、特に Kosowski は、市場リスクでリターンを調
利用してミスプライスを捉える投資機会をより多くも
整しているからだ。一方、景気後退期は不確実性が平
たらす点を最も支持している。例えば、多くの逆張り
均を上回り、優位な情報および分析の価値が特に高ま
(コントラリアン)マネジャーは、株価がファンダメ
る可能性がある。この説明と一致するものとして、
ンタルズから著しくかい離した 1990 年代後半のテク
Kosowski や他の研究は、アクティブ・ファンドの平
ノロジー・バブルの期間にアンダーパフォームしたが、
均パフォーマンスはリターンのばらつきとボラティリ
バブル崩壊後は大きくアウトパフォームした。彼らの
ティが高い時期に高く、その時期は同時に不確実性が
スキルが突然劇的に変わったのであろうか、また単に
上昇し、したがって投資機会も増える可能性が高いこ
時期の変化に伴い市場がより多くの投資機会をもたら
とを示した。
したのであろうか。
図 3 は Kosowski(2006)の研究結果を示している。
Moskowitz(2000)および Kosowski(2006)は、
リッパー社の主要国内株式分類すべてにおいて、超過
平均的なアクティブ・マネジャーが、景気後退期にお
リターンは景気拡大期より景気後退期の方が高い。
図 3.景気後退期および拡大期のアルファ、1962 年-2005 年
A.全ファンド
B.全グロースファンド
C.アグレッシブ・グロース
年率 4 ファクター・アルファ(%)
年率 4 ファクター・アルファ(%)
年率 4 ファクター・アルファ(%)
全
景気後退 景気拡大
サンプル
全
景気後退 景気拡大
サンプル
全
景気後退 景気拡大
サンプル
D.グロース
E.グロース・インカム
F.バランス・インカム
年率 4 ファクター・アルファ(%)
年率 4 ファクター・アルファ(%)
年率 4 ファクター・アルファ(%)
全
景気後退 景気拡大
サンプル
全
サンプル
景気後退 景気拡大
全
景気後退 景気拡大
サンプル
出所:Kosowski (2006)
24
図 4.マネジャーのアルファとリターンのばらつき、1980 年-2007 年
(%)
注:2007 年 12 月 31 日までのデータを使用。リターンのばらつきは、アライアンスバーンスタイン米国大型株
ユニバースで 25 パーセンタイルの銘柄群と 75 パーセンタイルの銘柄群との間における四半期トータル・リ
ターン格差。マネジャーのアルファは、eVestment 米国大型株ユニバースで 25 パーセンタイルの銘柄群による
S&P500 インデックス対比の超過リターン。
出所:Paul (2009)
Paul(2009)から引用した図 4 は、上位 25%のマネ
造、市場の配当利回りなど株式リターンを予測すると
ジャーのアルファは、リターン格差が大きい時期の方
見 ら れ て い た マ ク ロ 経 済変 数 を 用 い て 、 ア ウ ト パ
が高い傾向があることを示している。Paul は、一般
フォームするファンドを事前に(ex ante)特定した。
的に、25 パーセンタイルの銘柄群と 75 パーセンタイ
彼らは、リターンとこれらのマクロ変数との過去の相
ルの銘柄群との間で、四半期リターンの格差が 1 パー
関を基準にファンドを選択することで、個別ファンド
セント開く毎に、同四半期中の米国国内株式の中位ア
の費用控除後、ファンドのリバランス費用控除前で、
クティブ・ファンドのアルファが 11-12 bps 増える
年率 600 bps を超える 4 ファクター・アルファを創出
ことを示した。
したことを示した。Banegas, Gillen, Timmermann,
これらの研究は、景気低迷期におけるファンドのパ
フォーマンスに注目した。しかし、そうした時期を予
測することは難しい。現在分かっているマクロ経済統
計を用いて、ファンドのパフォーマンスを予測できる
であろうか。
優れた資産運用マネジャーを見出すためのマクロ経
済予測に関する初期の研究の一つは、Avramov and
Wermers(2006)であった。彼らは、短期金利水準、
クレジット・デフォルト・スプレッド、金利の期間構
and Wermers(2009)は、同じアプローチを(予測
変数を追加して)欧州株式ファンドにも適用し、国別
の投資信託を入れ替えることによってもたらされる投
資機会の増大を原因として、アウトパフォーマンス水
準が(年率 10-12%)高まることを示した。
Avramov, Kosowski, Naik, and Teo(2011)は、
Avramov and Wermers(2006)の予測モデルをヘッ
ジファンドのユニバースに応用し、ヘッジファンドの
アウトパフォーマンスを予測する高い能力があること
を示した。具体的には、シカゴ・オプション取引所ボ
25
ラティリティ指数(VIX)や信用スプレッドを含む複
ネジャーの特性に関する調査結果をまとめたものであ
数のマクロ経済変数によって、移管コスト(多額にの
る。ファンド運用会社の手法は異なり、組織構造も違
ぼることがある)控除前で Fung-Hsieh ベンチマーク
うため、またファンド・マネジャーの経歴も様々であ
(2004)を年率 17 パーセント以上上回るヘッジファ
るため、一部のファンド会社およびファンド・マネ
ンドを特定できることが示された。
ジャーは、他よりも情報の収集と分析に優れたスキル
ファンドの選別において、マクロ予測戦略はリター
ン持続性戦略と矛盾する場合もありうることに注意を
要する。つまり、マクロ予測は、直近のパフォーマン
スが、特に最近のマクロ経済状況の変化によって悪化
しているファンドの購入を推奨する可能性がある。例
えば、短期金利が低く、デフォルト・スプレッドが開
いている時にリターンが相対的に高いファンドがある
を有する可能性がある。一定のタイプのファンド、
ファンド・マネジャー、ファンド運用会社が平均して
確実にアウトパフォームすることを、多くの研究が示
してきた。さらに、これらのアプローチはマネジャー
の回転率が極めて低水準であるため、これらがアク
ティブ・マネジャーを選別する最も効果的な方法と
我々は見ている。
とすると、直近のパフォーマンスが振るわなかったと
経験豊富なマネジャーは、経験の少ないマネジャー
しても、そうした状況が現れている時に当該ファンド
より SAM となる可能性が高い。なぜなら、成功しな
への投資を決定するかもしれない。
いファンド・マネジャー(IAM)は、時間の経過とと
警告として、マクロ経済のタイミングをとる戦略は、
ファンドを次々と頻繁に回転させる可能性がある(制
約を設けず実行するならば回転率が年間 200-300
パーセントとなりうる)。ターゲットとするファンド
に資金流出入制限があるなら、規模の大きい機関投資
家にとって、このアプローチは難しいものとなり、特
にロックアップ期間や早期解約料を課しているヘッジ
もに脱落する可能性が高いからである。 Ding and
.......
Wermers(2009)はまさに、 大規模ファンド (受託
資産額が中央値を上回る)の経験豊富なマネジャーが
経験の相対的に少ないマネジャーを年率 92 bps アウ
トパフォームしていることを示した。興味深いことに、
小規模ファンドでは逆のことが言える。 Ding and
Wermers(2009)は、その理由を自己保全に求めて
いる。経験豊富な小規模ファンドのマネジャーは、成
ファンドへの投資はさらに困難である。
績が振るわなかった(だからこそ規模が小さい)可能
表 2 は、マクロ経済のタイミングに関連する研究を
まとめている。このアプローチをとりたい投資家には、
異なるマクロ経済環境下で堅調である複数のファンド
に分散投資し、それらのファンドのなかでマクロ予測
に基づき限界的に再配分することを推奨する。こうし
た慎重なアプローチは全体のアルファを低下させるか
性が高いが、会社の都合や他の理由から入れ替えが難
しいと思われる。これらの調査結果は、ファンド・マ
ネジャーにとって市場が「概ね効率的」であることを
示唆しており、つまり大半の(すべてではないが)マ
ネジャーにとって生き残れるかどうかはスキル次第と
いうことである。
もしれないが、マネジャー・サーチおよび移管のコス
トを大幅に軽減すると同時に、マクロ経済環境の突然
の変化に対する部分的なヘッジを提供するであろう
14。
アウトパフォーマンスの予測に役立つ他のマネ
ジャー特性には、人的関係や学歴、共同投資実績があ
る。
ファンド/マネジャーの特性:様々な研究者がファ
ンドやファンド運用会社、ファンド・マネジャーの特
性を研究し、それらがアウトパフォーマンスを予測で
 Cohen, Frazzini, and Malloy (2008) は 、 マ ネ
ジャーが人的関係(幹部や取締役がマネジャーと
同じ大学を卒業しているなど)のある企業の株式
きるかどうかを確認してきた。表 3 は、ファンド/マ
26
表 2.マクロ経済タイミングに関する調査結果の概要
論文
調査結果
Moskowitz (2000)
アクティブ・マネジャーは平均して景気後退期にアウトパフォーム
Kosowski (2006)
アクティブ・マネジャーは平均して景気後退期とボラティリティ/ばら
つきが大きい時期にアウトパフォーム
Avramov and Wermers (2006)
過去の一定の環境で堅調だったファンドを特定し、現在の環境に照らし
て選別することからアウトパフォーム
Avramov, Kosowski, Naik, and Teo (2011)
ヘッジファンドについて Avramov and Wermers (2006) と同様
Banegas, Gillen,
Wermers (2009)
欧州株式ファンドについて Avramov and Wermers (2006) と同様
Timmermann,
and
表 3.ファンド/マネジャー特性に関する調査結果の概要
論文
調査結果
Chevalier and Ellison (1999)
平均 SAT が相対的に高い学校を卒業したマネジャーが相対的に良好
Edelen (1999)
キャッシュ保有残高の低いファンドがアウトパフォーム
Lian (1999)
ヘッジファンド(特に成功報酬が相対的に高くロックアップのあるファ
ンド)がアウトパフォーム
Howell (2001)
新しいヘッジファンドほど良好
Wermers (2010)
スタイル・エクスポージャーに最も変化のあるファンドが相対的に良好
De Souza and Gokcan (2003)
自身が運用するファンドに投資しているマネジャーがアウトパフォー
ム、ヘッジファンドが投資信託をアウトパフォーム、相対的に成功報酬
が高く、存続期間が長い大型のヘッジファンドがアウトパフォーム
Amenc, Curti, and Martellini (2004)
相対的に成功報酬が高く、存続期間が長い大型のヘッジファンドがアウ
トパフォーム
Getmansky (2005)
大き過ぎず、小さ過ぎないヘッジファンドが相対的に良好
Kacperczyk, Sialm, and Zheng (2005)
業種またはセクターに特化したファンドが相対的に良好
Gottesman and Morey (2006)
より良い MBA プログラムを終了したマネジャーがアウトパフォーム
Ding and Wermers (2009)
大型ファンドの経験豊富なマネジャーがアウトパフォーム、小型ファン
ドでは逆
Cohen, Frazzini, and Malloy (2008)
取締役とファンド・マネジャーが同窓の企業の株式がアウトパフォーム
Massa and Zhang (2009)
相対的にフラットな組織構造のファンドがアウトパフォーム
Dincer, Gregory-Allen, and Shawky (2010)
トレーニングを積んだマネジャーがアウトパフォーム
Kinnel (2010)
費用比率が相対的に低い投資信託・マネジャーがアウトパフォーム
保有割合を高めとしていることを示した。さらに、
スコアが高い大学を卒業したマネジャーにアウト
平均すると、これらの保有銘柄は人的関係のない
パフォームする傾向が見られると報告し、その理
保有銘柄をアウトパフォームしている。彼らは、
由として相対的に資格能力が高いこと、したがっ
人的関係のある方が内部情報にアクセスしやすい
て情報の分析能力が高いとの推測を示した。
か、経営陣の質を判断することができると推測し
た。
 Chevalier and Ellison (1999)は、学生の平均 SAT
 同様に、Gottesman and Morey(2006)は、マネ
ジャーが受けた MBA プログラムの質と将来のパ
フォーマンスに正の相関があることを示した。彼
27
らは、MBA プログラムの質を評価する基準として、
より少ない価格インパクトで売買を執行するより良い
プログラムを受けている学生の平均 GMAT スコア
テクノロジーが挙げられる。さらに、独立取締役の数
および年次の BusinessWeek ランキングの両方を
が相対的に多いファンド運用会社の方が、恐らくマネ
用いた。興味深いことに、パフォーマンスと他の
ジャーに対する要求水準が高いため、より良好なパ
修士資格(PhD を含む)または CFA 資格との間
フォーマンスとなる傾向がある 18。
に関連は見られなかった。
Massa and Zhang(2009)は、フラットな組織構
 Dincer, Gregory-Allen, and Shawky(2010)は、
CFA 資格者が運用するファンドが、他のファンド
よりトラッキング・エラーが小さい(リスク管理
に優れる)傾向があることを示した。逆に、MBA
取得者(かつ CFA 資格を持たない)が運用する
ファンドのトラッキング・エラーが相対的に高く、
造の会社が運用するファンドが、より上下関係の強い
階層構造の会社が運用するファンドをアウトパフォー
ムしていることを示した。フラットな組織構造の会社
が運用するファンドには、より集中度合いが高く、群
衆行動が少ない傾向も見られた。Massa and Zhang
(2009)は、上下の階層が増える毎にファンドの平
よく知られる過信を反映しているものと思われる。
均パフォーマンスが月次で 24 bps、年間でほぼ 300
(リスクではなく)リターンについては、MBA 取
bps 低下することを示した。この理由は、階層構造は
得者か CFA 資格者か、またその関連で経験による
顕著な違いは見られなかった。しかし、Ding and
Wermers(2009)とは異なり、彼らは経験とファ
ンドの規模との相関について調整していない。
マネジャーが革新的でリスクをとり、内部情報を収集
する意欲を失わせること、つまり、上下関係のある組
織ではマネジャーがファンドに対する直接的な責任
(オーナーシップ)を感じないことにあると思われる。
 De Souza and Gokcan(2003)は、自己の資金を
自ら運用するファンドに投資するヘッジファンド・
マネジャーがアウトパフォームする可能性が高く、
理由としておそらく当該マネジャーの確信度が相
対的に高いこと、あるいはリターンを生まないリ
スクをより良く回避している可能性が高いことを
一方、他の研究ではファンド自体の特性に焦点を当
てている。Edelen(1999)は、キャッシュの保有が
投資信託の平均的なアンダーパフォーマンスを主に説
明することを示した。つまり、大量の余剰資金を保有
するファンドは、他のファンドよりベンチマークに劣
後する可能性が高い。もしそうであるならば、余剰資
示した。
金を株式化(先物・ETF 購入等)するファンドは、
これらの研究に基づく我々の結論として、投資家は、
優秀で、人的繋がりを持ち、教育水準の高い、勝負に
敏感なマネジャーが運用するファンドを選択すべきで
ある。
アンダーパフォーマンスの源泉であるこの「キャッ
シュ・ドラッグ」を排除することができる。逆に、
キャッシュを戦術的な(マーケット・タイミングをと
る)手段として利用するならば、アルファの源泉とな
他の研究ではファンド運用会社の特性に焦点を当て
るかもしれない。きめ細かい要因分析は、マーケッ
ている。当然ながら、大手資産運用会社がスポンサー
ト ・ タ イ ミ ン グ が ア ル ファ 源 泉 と な る の か 、 マ ネ
をしているファンドの方が、小規模の会社がスポン
ジャーが余剰資金を株式化すべきなのかを投資家が判
サーをしているファンドより良好なパフォーマンスと
断することに役立つであろう。
なる傾向がある。その理由として (1) 規模および範
囲の経済(より低いコストおよび報酬) 16 、(2) 情報
を収集、分析するためのより豊富なリソース
17、(3)
Kinnel(2010)は、Morningstar による詳細で極
めて客観的な研究のなかで、経費率(報酬率)がパ
フォーマンスを予測する有力な指標であることを示し
28
た。どの期間およびどの範疇においても、最も安い
な制約が少なくてもマネジャーがその主たる専門分野
ファンドが最も高いファンドをアウトパフォームして
から外れ過ぎないファンドを探すべきである。
いた。報酬率の低いファンドの報酬控除後のリターン
が相対的に高いことを考慮した上で、Morningstar の
格付けに追加の予測能力があるかどうかは不明であっ
た。しかし、同社の格付けは過去のパフォーマンスの
みを基準としているため、より包括的な格付け手法よ
り予測能力は低いものと推測する。
最後に、多くの研究がパフォーマンス上位のヘッジ
ファンドの特性を調査している。
 Liang(1999)は、「ハイウォーターマーク」を
採用するヘッジファンドが、そうした取り決めの
ないファンドを大幅にアウトパフォームしている
20
こと、また、成功報酬が高く、ロックアップ期
専門性か柔軟性かの問題に関する結果は矛盾してい
間の長いファンドほどパフォーマンスが良好とい
る。一方で、自己の専門分野(つまり競争優位性のあ
う結果を示した。これらの研究結果は、マネ
る分野)に特化しているマネジャーがそうではないマ
ジャーと投資家の利害が最も一致するファンドが
ネジャーをアウトパフォームすると予想されるが、他
最も高いパフォーマンスとなることを示唆してい
方では、なんらかの制約がマネジャーのアルファ創出
る。
能力を制限する可能性がある。両方とも裏付けとなる
研究がある。
 数多くの研究は、規模の大きいヘッジファンドの
パフォーマンスが、おそらく規模の経済(Amenc,
Kacperczyk, Sialm, and Zheng(2005)は、一定
の産業やセクターに集中しているファンドが適切なベ
ンチマークをアウトパフォームしていることを示して
お り 、 産 業 ま た は セ ク ター に お け る 専 門 性 が マ ネ
ジャーの情報収集・分析能力を向上させることを示唆
している。さらに、マクロ環境に基づく一部の研究は
(前述のとおり)、異なる環境では、おそらくミスプ
ライスの機会が特定の分野で多く生じるため、その専
門分野によって異なるタイプのマネジャーやファンド
Curtis, and Martelini 2004; Getmansky 2005; De
Souza and Gokcan 2003 を参照)を理由として、
小規模のヘッジファンドより良好であることを示
した。例えば、規模が大きいファンドほど、収入
基盤が高いため、より多くの優れたアナリストや
マネジャーを採用することができるであろう。し
かし、Getmansky(2005)は、ファンドの規模と
パフォーマンスとの間には弓形の関係があること
を見出した。規模が小さ過ぎるか大き過ぎるファ
ンドはアンダーパフォームしており、このことは
が堅調となることを示している。
ほとんどのヘッジファンドにとって最適な規模が
逆に、Wermers(2010)は、「スタイル・ドリフ
ト」(バリューとグロースのようなスタイル・ファク
ターへのエクスポージャーの変化)が他の要素よりベ
ンチマークをアウトパフォームする可能性が高いこと
を示した。さらに、多くの研究は、「空売り禁止」と
する制約を取り除けば、ファンドのアクティブ・リス
ク対リターンの特性を向上できることを示している
19。
そのうえ、Liang(1999)は、通常は制約が相対的に
あることを示唆している。大き過ぎるファンドは
流動性の制約に直面するか、資産効果(つまり、
確固たる名声と実績を築いている資産規模の大き
いマネジャーは、積極的にパフォーマンスの向上
を追求する動機づけが弱いと思われる)によって
競争優位性を失う可能性がある。
 ファンドの持続期間については相反する結果が見
られる。Howell(2001)は、より新しいファンド
少ないヘッジファンドがより高いスキルを示し、投資
(設定来 3 年未満)が古いファンドを年率 700
信託よりリスク調整後のアウトパフォーマンス幅が高
bps 以上もアウトパフォームしていることを示し
いことを示した。我々の結論として、投資家は意図的
たが、この結果は自己選択および後付けのバイア
29
ス(結果を見てパフォーマンスの良い新しいファ
ターン・ギャップが大きくマイナスのファンドが月次
ンドのみを選択して、リターン情報をデータベー
でおよそ 18 bps(年率 216 bps)アンダーパフォーム
スに提供すること)による可能性がある。逆に、
している一方、リターン・ギャップが大きくプラスの
De Souza and Gokcan(2003)は、平均的には古
ファンドは月次で 10 bps(年率 120 bps)アウトパ
いファンドが若いファンドをアウトパフォームし
フォームしていることを示した。
ていることを示した。これらの相反する結果から、
我々はヘッジファンドの選択においては、ファン
ドの持続期間を考慮せず、マネジャーの経験(お
よび他のファクター)に焦点を当てたい。
ポートフォリオ保有銘柄分析:この分野での研究は、
Huang, Sialm, and Zhang(2010)は、ファンドの
実現ボラティリティ(報告されたリターンに基づき計
測)を、最も直近に報告された保有銘柄を使って算出
したボラティリティと比較した。彼らは「リスク遷移」
ファンドが安定したリスク特性を保つファンドをアン
パフォーマンスの予測に役立つような情報があるかど
ダーパフォームする傾向があることを示した。リスク
うかを判断するために、組み込まれたファンドの保有
を軽減するファンド・マネジャーが報酬を保護するた
銘柄を分析している。保有銘柄分析は一般的にかなり
めに利益を「確定する」と思われる一方、リスクを増
詳細な(銘柄)データを必要とし、計算の複雑さが増
やすマネジャーは他のファンドに何とか追いつこうと
すこととなる。しかし、調査結果は極めて信頼性が高
「買い下がり」をしている可能性がある。いずれの場
いと思われ、更なる分析を正当化すると思われる。実
合も、Huang, Sialm, and Zhang(2010)は、リスク
際に、これらのアプローチはマネジャーの回転率が低
遷移は能力が劣っていることを示すものか、エージェ
く、マネジャーの戦略の核心をとらえるため、我々は
ンシー問題が動機づけとなっていると結論づけた。
保有銘柄分析について SAM を特定する最良の方法の
我々の結論として、投資家はリスクを効果的に管理し、
一つと見ている。表 4 は、保有銘柄分析の結果をまと
適度に安定した(しかし必ずしも低くない)リスク特
めている。
性を保っているファンドを選択すべきである。
Kacperczyk, Sialm, and Zheng(2008)は、実際
優れた情報または分析能力を有するマネジャーは、
のファンドのパフォーマンスを公開されたファンドの
コントラリアン(逆張り)である可能性が高い。つま
保有銘柄のパフォーマンスと比較した(この差を「リ
り、株価はコンセンサス予想を反映するため、SAM
ターン・ギャップ」という)。このリターン・ギャッ
はコンセンサスと見方が異なる場合にのみ売買を行う
プが大きくマイナスの場合、期中の売買が拙いか、マ
であろう。Wei, Wermers, and Yao(2009)はまさに、
ネジャーが振るわない銘柄を隠そうとしていること
コントラリアン・マネジャーが他のマネジャー群を年
(つまり、保有銘柄が公表される四半期末に「ウイン
率 260 bps 以上もアウトパフォームしたことを示した
ドウ・ドレッシング」をすること)を示すものと思わ
21 。この結果は、これらの超過リターンが、他のマネ
れる。いずれの理由であれ懸念材料である。彼らはリ
ジャー群に流動性を供給することと、優れた情報収集
表 4.保有銘柄分析による調査結果の概要
論文
調査結果
Cremers and Petajisto (2009)
アクティブ・ポジションの相対的に大きいファンドがアウトパフォーム
Kacperczyk, Sialm, and Zheng
(2008)
公表されたパフォーマンスと保有銘柄から計測されるパフォーマンスと
の「リターン・ギャップ」の大きいファンドがアンダーパフォーム
Huang, Sialm, and Zhang (2010)
リスクを変更するファンドがアンダーパフォーム
Wei, Wermers, and Yao (2009)
コントラリアン・マネジャー(保有銘柄による)がアウトパフォーム
30
と分析の両方からもたらされていることを示唆する。
ろ BUM(behaviorally unhumble manager:行動が
特に、コントラリアン・ファンドの保有企業は、他の
謙虚ではないマネジャー)であることを示す可能性が
ファンドの保有企業よりも将来の利益率が遥かに大き
ある。最後に、Cremers and Petajisto 独自の分析は、
く改善している。
アクティブ・シェアと違って、トラッキング・エラー
Cremers and Petajisto ( 2009) は 、 大 きなア ク
ティブ・ポジションをとるマネジャーのパフォーマン
スが、ポジションの小さいマネジャーより良好である
ことを示した。彼らはポートフォリオと「最適な」ベ
ンチマークで保有するすべての銘柄について、ポート
フォリオにおける保有比率とベンチマークにおける保
の高いファンドと低いファンドの間でリターンに差が
あることを示しておらず、このことは最良のファンド
はアクティブ・シェアが高いもののトラッキング・エ
ラーは相対的に低いことを意味する(アクティブ・リ
ターンが同じであれば、トラッキング・エラーが低い
ファンドの方が情報比は事実上高いであろう)。
有比率との差の絶対値を累積した数値を「アクティ
これらの観測結果を総合して、我々は投資家がコン
ブ・シェア」と定義した。彼らは、アクティブ・シェ
トラリアンの傾向を有し、アクティブ・シェアは高い
アの合計値が最大のファンドは、アクティブ・シェア
が、トラッキング・エラーの安定しているファンドを
が最低のファンドを年率約 250 bps アウトパフォーム
選ぶべきであると結論づける。そうしたファンドのマ
していることを示した。彼らはこの結果の要因をマネ
ネジャーは、リスク管理が巧み(つまり、大きくても
ジャーの「確信度」の高さに求め、「最もアクティブ
相殺し合うようなベットをする)だが、最大のベット
な銘柄選択を行うマネジャーは、報酬および費用を控
をヘッジするため、恐らく過信していないと思われる。
除した後でさえベンチマークをアウトパフォームでき
また、投資家は「リスク遷移」を行うマネジャーやリ
るスキルを有する。対照的に、ファクター・ベットに
ターン・ギャップが大きくマイナスのファンドを避け
焦点を当てているファンドは、スキルがないかマイナ
るべきである。
スに寄与しており、そのため報酬控除後のパフォーマ
アクティブ・リスク・バジェッティング
ンスを特に悪化させる」と結論づけた(p.3332)。
しかし、Cremers and Petajisto(2009)の調査結
果には重要な留保がある。第一に、彼らはベンチマー
クの時価総額を調整していない。したがって、これら
の結果は単に小型株ファンドが大型株ファンドよりも
多くベンチマークをアウトパフォームしたことを意味
するに過ぎない可能性がある
22。この調査結果は興味
深いけれども、小型株の方がリサーチにコストがかか
ることから、Grossman and Stigliz(1980)の「高
価 な 情 報 」 理 論 と 完 全 に一 致 す る 。 第 二 に 、 マ ネ
ジャーの確信度が高いことが常に良いわけではない。
行動ファイナンスの論文は、投資家が過信によって自
己の情報または分析の質に見合う以上の過剰なリスク
リスク・バジェッティングは、異なる投資手段にリ
.....
スクを配分するプロセスのことをいう。アクティブ・
.....
リスク・バジェッティングとは、異なるアクティブ戦
略にどれだけのリスクを配分するのか、つまり投資家
がどのようなアクティブ・リスクをどれだけポート
フォリオに含めるべきかを決めることを意味する
23。
その答えは、アクティブ・リスクから期待されるリ
ターン(すなわち、期待情報比)およびそのアクティ
ブ・リスクと投資家のポートフォリオにおける他のリ
スクとの相関に依存する。実質的に、アクティブ・リ
スク・バジェッティングとは、期待リターン、ボラ
ティリティ、異なるアクティブ戦略間の相関の推定を
必要とする最適化の作業である。
をとる可能性があることを示している。したがって、
高いアクティブ・シェアは、真の SAM ではなくむし
SAM を特定するために必要な水準のリソースを費
やす意思や能力のない投資家にとって、アクティブ運
31
用から期待されるリターンはゼロかマイナスである。
この投資家が、ヘッジファンド、ロング・オンリーの
そのような投資家は、ボラティリティや相関にかかわ
アクティブ・ファンド、グローバル戦術的アセット・
りなく、アクティブ・リスクをほとんどあるいは全く
アロケーションのオーバーレイ・マネジャーなど複数
とるべきではない。彼らは各資産クラスでパッシブ運
の SAM を特定し、それらを総合した期待情報比が
用を採用しつつ適切な資産配分を決定することに注力
0.25 で、既存ポートフォリオの他のリスクとの相関
し、報酬および費用を最小化することにより、各資産
がないと仮定しよう。この投資家が既存ポートフォリ
クラスで少なくとも投資家の平均と同等なパフォーマ
オに 6 パーセントのアクティブ・リスクを加え、他の
ンスを達成する可能性が高いことに満足すべきである。
リスクを一切削減しないとするならば、ポートフォリ
そうした投資家は実質的に「群集の知恵」に便乗して
オ全体の期待リターンが 7 パーセントから 8.5 パーセ
いるのである 24。
ントに向上する一方、推定リスク(ボラティリティ)
それにもかかわらず、本稿で調べた研究の多くは、
事前に SAM を特定する信頼できる方法を提示してい
る。それがうまくできる投資家は、アクティブ運用か
らプラスの超過リターンを期待できるであろう。さら
に、アクティブ・リスクは、ほぼ定義のとおり、投資
家のポートフォリオにおけるシステマティック・リス
クとの相関がほとんどない。同様に、おそらく戦略が
異なると思われるアクティブ・マネジャーのアクティ
は 10 パーセントから 10.7 パーセントに上昇する 26。
したがって、追加リスク・リターン比( IRRR)は
1.5 パーセント/1.7 パーセントで 0.88 となる。投資
ホライズンが 20 年の投資家であれば、予想最終資産
額を 32 パーセント増加させることが可能で、通常は
年金基金の積み立て不足を解消するために十分である。
もちろん、ボラティリティがわずかに上昇しても最終
資産額の予想レンジは拡大する。
25。総
Litterman(2004)から引用した図 5 は、典型的な
合すると、これらの観察から、アクティブ運用はプラ
株式投資家にとって最適なアクティブ・リスクへの配
スの(アクティブ)リターンと大きな分散効果をとも
分割合を期待情報比(IR)の関数で示している。例え
にもたらすことができると言える。SAM を特定でき
ば、期待 IR が 0.25 の典型的な投資家は、6 パーセン
る投資家にとっては、綿密なリスク・バジェッティン
ト以上のアクティブ・リスクをとるべきであり、これ
グを行うことでアクティブ戦略への適切な配分を導く
は大半のポートフォリオで見られる水準を遥かに超え
ことができるであろう。
ている。Litterman はこのシナリオを「アクティブ・
ブ・リスク間にも相関がほとんどないであろう
別表 1 は、パッシブ・ポートフォリオにアクティ
ブ・リスクを加えることが利益をもたらす可能性を示
している。ある投資家について、期待リターンが 7
パーセントでボラティリティが 10 パーセントのパッ
シブ・ポートフォリオを出発点と仮定しよう。次に、
リスクのパズル」と呼んだ。なぜ多くの投資家がアク
ティブ・リスクをとらず、残りの投資家が大幅なアク
ティブ・リスクをとるような二極分化にはならず、大
多数の投資家は期待 IR が約 0.05 に過ぎないような 2
パーセント以下のアクティブ・リスクをとるのか。
Litterman は、エージェンシー問題がこのアノマリー
別表 1. パ ッ シ ブ ・ ポ ー ト フ ォ リオ に ア ク テ ィ
ブ・リスクを追加
パッシブ
ポートフォ
リオ
アクティブ
戦略
トータル
ポートフォ
リオ
追加
分析
リターン
7.0%
1.5%
8.5%
1.5%
リスク
10.0%
6.0%
11.7%
1.7%
IRRR
0.70
0.25
0.73
0.88
を説明すると想定した。例えば、機関投資家(スポン
サー)は、他の機関投資家と同じような行動をとり、
過剰に慎重となることによって、職を失うリスクを制
限しようとしていると考えたのである。
しかし、他に考えられる説明は、資産配分が典型的
32
図 5.典型的な株式投資家に最適なアクティブ・リスク配分と予想 IR の関係
アクティブ・リスクへの最適配分(%)
アクティブ・リスク合計の情報レシオ
出所:Goldman Sachs Asset Management; Litterman (2004)
な基金のリターンのばらつきを長期的には 90 パーセ
マンスに著しい影響を及ぼしている。実際に、過去
ント説明することを示した、頻繁に引用される
10 年間で最も成功した投資家の多くが(最近の危機
Brinson, Hood, and Beebower(BHB 1986)の論文
の後でさえ)、ヘッジファンド、アクティブ株式、グ
を、投資家が誤解しているというものであろう。投資
ローバル戦術的アセット・アロケーション・オーバー
家はこの研究結果が、資産クラス内でのアクティブ運
レイ、通貨オーバーレイ、プライベート・エクイティ、
用は相対パフォーマンスにほとんど影響しない、した
コモディティ、代替資産、および他のアクティブ・リ
がって、投資家は正しい資産配分の設定に焦点を当て
スク資産などのアクティブ戦略に多大なエクスポー
るべきであって、SAM を見出すことをあまり悩まな
ジャーをとってきている。明らかに、これらの投資家
くてもよい、という意味であると誤解している可能性
の一部は、プラスのアクティブ・リターンを創出して
がある。しかし、実際には BHB の研究結果は、資産
....
クラスのリターンが典型的なファンドの 長期的な リ
いることに示されるように、SAM を特定することが
ターンのばらつきの大部分を説明すると言っているに
...
過ぎないのであって、実際の長期リターンについてク
ロス・セクションでの差に関しては何も言っていない
のである 27。
できており、結果として極めて堅調である。
最後に、リソースが限られる投資家にとって、アク
ティブ運用によるリターンが最大となる可能性のある
ような資産クラス、つまり、情報の収集と分析が最も
難しく費用のかかる資産クラスに焦点を当てて SAM
近年では(つまり、1986 年の BHB 論文以降で
を探ることは妥当であろう。投資家が一部の資産クラ
は)、個人投資家、基金・財団を中心とする一部の投
スでパッシブ運用を採用し、他の資産クラスでアク
資家がアクティブ・リスクを大幅に増やし、パフォー
ティブ運用を採用することは完全に合理的である。
33
結論
アクティブ運用に関する学術研究を検討した結果、
次の結論と推奨に至った。
アクティブ・リターン(リスク調整後)は、マネ
ジャー全般および時期を通じて、平均すると報酬その
他の費用控除後で恐らくゼロに近いであろう。この結
果は、アクティブ・マネジャー間での激しい競争が平
均リスク調整後リターン(報酬・費用控除後)をゼロ
に均衡させるような、概ね効率的な市場で予想すべき
ことである。しかし、市場の効率性を保つことによっ
な結果をもたらすものと想定する。
.
アクティブ運用は「概ね効率的な」市場のなかで常
.
に居場所がある。したがって、SAM を特定できる投
..
資家は、相対的に有利なリターンを常に期待できるで
あろう。さらに、このアルファは、ポートフォリオ全
体のリスクに緩やかな影響を及ぼすだけでリターンに
大 き な 影 響 を 及 ぼ す こ とが で き る 。 そ う し た マ ネ
ジャーを見出すことは、容易で単純なことではなく、
過去のリターンを評価するだけでは足りないが、学術
研究はそれが可能であることを示している。
て、アクティブ運用は現代の資本主義経済で不可欠な
――――――――――――――――――――――
機能を果たす。すなわち、効率的で合理的な資産配分
多くの同僚たちが本稿に貢献してくれた。なかでも
は、経済成長を向上させ、社会全体の富を増加させる、
Andrew Alford、Wesley Chan、Gary Chropuvka、
という機能である。
Kent Clark、Kent Daniel、Terrence Lim、Surbhi
したがって、激しい競争を保つためには、優れた
(平均的ではない)アクティブ運用からマネジャーお
よび最終投資家の両方に十分な利益がもたらされなけ
Mehta、Sam Shikiar 各氏には、価値ある洞察やコメ
ントに感謝したい。彼らの助力が本稿の質を大いに高
めてくれた。
ればならず、実際にそうである。優れたマネジャーが
獅々見
高い報酬を獲得し、しばしば付加価値から分配を受け
注
る一方、スキルの劣るマネジャーは顧客と報酬の両方
1.
和秀、CFA
French(2008)は、アクティブ・ファンドへの投資による
「死重的損失」を計測する際にこの仮定を置いており、アク
を直ちに失う。アクティブ・マネジャーを採用する投
ティブ・ファンドへの投資から年率 67 bps の損失が生じてい
資家は、ポートフォリオ全体で見ればわずかな追加リ
ると結論づけた。しかし、Wermers and Yao(2010)は、ア
スクでプラスのアルファ(つまり、魅力的な IRRR)
クティブ・ファンドとパッシブ・ファンドの間で保有銘柄に大
を獲得することができる。しかし、この利益にはコス
きな差異があることを示し、この仮定に疑問があることを示唆
トがかかる。すなわち、アクティブ・リターンが実際
している。例えば、パッシブ・ファンドが大型コア株式をより
多く保有する一方、アクティブ・ファンドはより多くの中小型
にはマイナスとなり、最終的な資産価値の低下をもた
株を保有している。それにもかかわらず、いくつかの研究は、
らすリスクがある。
理由はともあれ、アクティブ・ファンドの平均がおよそ報酬と
費用相当分について市場をアンダーパフォームしていることを
投資家は本稿で議論したようなリサーチの一部を利
用することで、こうしたリスクを軽減することができ
示している。
2.
る。特に、研究が示 唆するように、投資家は、 (1)
ンドのサンプルを評価し、報酬控除後でアンダーパフォームし
て い る こ と を 示 し た 。 ま た 、 Phalippou and Gottschalg
(適切に調整した)過去のパフォーマンス、(2) マク
(2009)は、プライベート・エクイティ・ファンドも報酬控
ロ経済との相関、(3) ファンド/マネジャーの特性、
(4) ファンド保有銘柄の分析、を考慮することによっ
除後でアンダーパフォームしていることを示した。
3.
とは、いずれか一つのアプローチに特化するより良好
2010 年末時点の S&P 指数対アクティブ・ファンド(SPIVA)
分析レポートを参照
て、SAM を事前(ex ante)に特定することが可能と
思われる。これらのアプローチを組み合わせて使うこ
例えば、Ferson, Henry, and Kisgen(2006)は、米国債ファ
(www.standardandpoors.com/indices/apiva/en/us)
4.
情報に通じたトレーダーは、より良い情報を有しているか(あ
るいは同時に)、証券価格に関する情報の意味合いを評価する
34
5.
能力が相対的に高い。本稿では情報に通じたトレーダーと優れ
化に対するヘッジとなるが、大規模で予想されない変化に直面
たアクティブ・マネジャーを同一のものとして用いている。
したときは、より慎重な戦略がより大きな安全性をもたらすで
パッシブ運用とアクティブ運用のいずれにおいても、機関投資
あろう。
家向けの報酬率は相対的に低いが、ポイントは同じであり、ア
15. 個別マネジャーの SAT スコアが入手できないため、Chevalier
クティブ・マネジャーをインデックス自身ではなくパッシブ・
および Ellison (1999) は代替指標として大学の平均 SAT スコ
マネジャーと比較すべきである。
6.
例えば、Wermers(2000)は、1977 年から 1994 年までの報
酬控除後のリターンについてアクティブ運用国内株式ファンド
の資産加重平均がバンガード 500 インデックス・ファンドと同
7.
アを用いた。
16. Chen, Hong, Huang, and Kubik (2004) は、大手資産運用会
社における規模の経済を示した。
17. Busse, Goyal, and Wahal (2010) は、幅広いリサーチ能力を有
じであったことを示した。
する運用会社の設定するファンドがアウトパフォームする傾向
Berk and Green(2004)は、この直観を捉える理論的モデル
があることを示した。
を提示した。
8.
Dr. Seuss にお詫びを申し上げる。
9.
これらの予測を行う公式モデルについては Lynch and Musto
(2003)を参照
18. Ding and Wermers (2009) は、ファンドの独立取締役を一人
追加すると費用控除前のリターンが年率 20 bps 上昇すること
を示した。
19. 例えば、Hirshleifer, Teoh, and Yu (2011) は、会計発生高アノ
10. 短期的な持続性に関して、Bollen and Busse(2005)は、投
マリーがショートの側でより強いことを示した。Hong, Lim,
資信託の日次リターンを用いて、アクティブに運用される米国
and Steim (2000) は、モメンタムについて同様の結果を示し
株式投資信託を四半期ベースでランクづけした。その結果、上
た。Chordia, Subrahmanyam, and Tong (2010)は、近年では
位 25%のマネジャーには次の四半期に平均 39 bps(年率 156
ショートの側でバリューのアノマリーがより強いことを示した。
bps)の異常なリターンが見られた。長期的な持続性について、
Wermers(2003)は、1 年間の報酬控除後リターンでランクづ
けした上位 25%のファンドがその後 3 年間から 4 年間アウト
パフォームしていることを示した。
11. この潜在的なバイアスに対処するため、Kaplan and Schoar
20. ハイウォーターマークを設定するファンドは、過去のアンダー
パフォーマンスを取り返すまでは成功報酬を受け取らない。
21. 群衆行動をとるマネジャーは、他のマネジャー全体と同一方向
の売買(つまり、保有銘柄の変更)を行う。コントラリアン・
マネジャーは、他のマネジャー全体とは反対方向の売買を行う。
(2005)は、ファンド・マネジャーが提供する潜在的にバイ
22. 小型株ベンチマークは、大型株よりもベンチマークの構成銘柄
アスのかかったバリュエーションではなく、プライベート・エ
が多く、平均構成比率が低いため、小型株ファンドのアクティ
クイティ・ファンドのキャッシュフローを割り引く方法でリ
ブ・シェアが大きくなる可能性が高い。
ターンを計測した。それにもかかわらず、信頼しうる時価の不
在がそうした研究の信頼性を低下させている。また、研究で用
いられたデータは、プライベート・エクイティ会社(またはゼ
ネラル・パートナー)およびそのリミテッド・パートナーから
自発的に報告されたファンドのリターンであった。
12. Stewart, Neumann, Knittel, and Heisler (2009) も機関投資
23. アクティブ・リスク・バジェッティングに関する詳細な議論に
ついては、Winkelmann (2003) を参照。
24. コンセンサスの見方が専門家の意見よりしばしば正確である理
由についての説得力ある説明は、Surowiecki (2004) を参照。
25. より正式なリスク・バジェッティングの方法では、これらの相
関および関連するボラティリティを明示的に推定するであろう。
家による採用および解約の決定について研究した。そこで指摘
26. この例は、投資家がシステマティックなリスクあるいはリター
されたように、年金基金、基金・財団のスポンサーは 10 兆ド
ンを軽減することなく、アクティブ・リスクを追加できると仮
ルを超える資産運用を託されている。1984 年から 2007 年にわ
定している。この仮定で、トータル・リターンは 8.5 パーセン
たり機関投資家の運用資産、口座、リターンに関する年間
ト(7 パーセント + 0.25 × 6 パーセント)となる。アクティ
80,000 件に及ぶデータベースを用いた分析結果から、スポン
ブ・リスクとポートフォリオの他のリスクとの間に相関がない
サーが選定したマネジャーが長期的に付加価値を創出した証拠
と仮定すれば、トータル・リスクは(10 パーセントの二乗 +
はほとんど見られなかった。実際に、同期間にスポンサーによ
6 パーセントの二乗)の平方根、つまり 136 パーセントの平方
るマネジャー選定の失敗で 1,700 億ドル以上もの損失が生じた
根=11.7 パーセントとなる。
と推測された。
27. より完全な議論については、Xiong, Ibbotson, Idzorek, and
13. 移管コストは、新たなマネジャーを特定し面談するコストや
Chen (2010) を参照。そこでは、BHB (1986) の研究結果が真
ポートフォリオを新たな戦略/マネジャーに転換するコスト
に意味することとして、市場の動きが典型的な基金のリターン
(取引コスト)を含む。
の大半を説明すること、基金固有のアセット・アロケーション
14. Avramov and Wermers (2006) と Avramov, Kosowski, Nail,
and Teo(2011)の戦略は、マクロ経済環境の一部潜在的な変
およびアクティブ運用がトータル・アクティブ・リターンとリ
スクに寄与する度合いが同程度であることを示している。
35
(抄訳)
FAJ 2011 年 9/10 月
市場のネットワーク価値理論とパズル
A Network Value Theory of a Market, and Puzzles
ロバート・スニガロフ、デイビッド・ロブルスキー
Robert Snigaroff and David Wroblewski
株式市場を流動性と情報生成を内包するネットワークと考えることで、株式市場が株式の総価値や配当価値に及
ぼす影響を研究することが可能となった。市場参加者や実務家は彼らが形成する行動の連鎖を通じて価値を伝え
ているのである。本稿は、ネットワーク価値を価格に織り込むとともに、株式プレミアム、株式とインフレー
ションとの逆相関関係、およびニュースの欠如等の金融経済上の謎を解明する一助となる、ネットワーク価値モ
デルを提供するものである。
公開株式市場に情報と流動性をもたらす基盤は、複
雑かつ重要なネットワークであり、何百年もの間途切
れることなく存続してきたものである。皮肉なことに、
(1956)の配当割引モデル(DDM)にネットワーク
価値を付加することによりモデルを開発した。
Mehra and Prescott(1985)は、インデックスの長期
取引コストを考慮しない完全市場モデルや完全情報モ
複利リターンが、DDM で示唆される株価のリターン
デルにおいては、そうしたネットワークに価値をまっ
や債券リターンに比べあまりにも大きいことを示した。
たく与えていない。実際、大衆紙では、投資価値評価
これが、株式プレミアム・パズルと呼ばれる謎である。
の専門家は「サル」や「ダーツの的」並の扱いである。
また、Fama and Schwert(1977)は株価とインフレ率
われわれの研究は、市場参加者や実務家が形成する
との逆相関を指摘した。インフレが発生すると企業は
ネットワークの基盤には価値があり影響力が強いばか
価格を引き上げ、顧客は名目賃金(に対する期待)が
りでなく、測定可能であるということを前提としてい
上昇するため価格上昇を受け入れる。こうして企業は
る。以上を念頭に置いて、この基盤を測定するモデル
売り上げを伸ばし、名目利益、そして配当が増加する
を構築し、次にモデルにより実際の価格をうまく説明
と Fisher(1930)は説明する。しかし、この仕組みに
できることを示すとともに、モデルを用いて株式プレ
よる配当の増加が割引率の上昇を相殺できない理由を
ミアムやインフレーションとの逆相関関係、市場それ
理解し難いことから、この問題はしばしばインフレ逆
自体がニュースを作り出す謎の解明を試みる。われわ
相関パズルと呼ばれる。さらに、市場は DDM の変数
れ は 、 Williams ( 1938 ) お よ び Gordon and Shapiro
とは無関係に見える極めて大きな変動をしばしば経験
する。すなわち、市場は自らニュースを創出している
ロバート・スニガロフは、デナリ・アドバイザー
ように見えるのである。
ズ社(Denali Advisors)(米国カリフォルニア州
それぞれの問題について活発かつ詳細に論じた文献
ラホヤ市)の社長兼チーフ・インベストメント・
が数多くの解決案を提示しているなかで、上の説明は、
オフィサー、デイビッド・ロブルスキーは同社リ
こうした複雑な問題を確かに単純化し過ぎている。こ
サーチ・アナリストを務める。
れらの謎を解く単純な方法は、DDM が不完全と仮定
36
することである。市場は完全であり、全ての投資家が
ク価値を測定する有益な指標であり、(3)売買高は
全ての情報を有し、証券が完全に流動的であるとする
合理的であるとの前提である。
単純化した仮定を置かないことによって、市場の「完
全性」の程度の変化に応じて資産価格がどのように変
化するかを研究することができた。
モデルの結果
図4は、期初のインデックスの水準を前期末の配当で
割った 数値(株価配当率: P/D)と、 DDM およ び
われわれは、市場参加者の行動が「ネットワーク」
NVM による推計値(それぞれ P*/D および P(†,*)/D)の
を形成すると仮定した。そして、ネットワーク交通量
確率密度関数の分布を図示したものであり、モデルの
の水準、すなわち、米国の主要株式市場であるニュー
推計値と実測値との乖離度合いを表している。
ヨーク証券取引所(NYSE)における 108 年分の出来
高から、このネットワーク価値を抽出した。このネッ
トワークは、世界中のインターネットのネットワーク
価値に類似した価値を有している。「ネットワーク価
値理論」とは、ネットワークを形成する市場参加者の
行動が価値を生み出すとする理論である。時間の経過
パズルへの応用
これまで示したように、ネットワーク価値理論は、
経済的な合理性が存在し、株価の説明力が高い。ここ
で NV と、株式プレミアム・パズル、インフレ逆相関
パズル、およびニュース・パズルとの関係を検証し議
論する。
につれて変化するネットワーク価値(NV)関数を取
引量から求め、株式価値を配当の価値とネットワーク
価値(NV)に分解して、それらが資産価格に及ぼす
影響を研究した。
株式プレミアム・パズル
Fama and French(2002)は、株式のリターンが配当
成長ではなく主に大きなキャピタルゲインから得られ
ることを示したが、それに関連して 2 つの重要な疑問
ネットワーク価値モデル
モデルの構成と前提
ネットワーク価値は、ネットワーク交通量(すなわ
ち、株式売買回転率)から算出している。この方法は、
概念としてはインターネットの価値を「ページ閲覧数」
(つまり、ウェブサイトのクリック数)やテラバイト
で表わされる一定期間におけるインターネット通信の
トラフィック量(ユーザー、IP アドレス、接続、ある
いはコンピュータの数で標準化)から算出するのに似
ている。取引費用のために、市場全体のネットワーク
価値の測定基準としての総取引高は、インターネット
の例よりも正確な測定値を提供するものであろう。ゆ
えに、本論文では、ネットワーク価値の測定に売買回
転率を用いて、DDM と NV モデル(NVM)を比較し
ている。
が生じる。(1)なぜ大きなキャピタルゲインが発生
するのか、(2)株式プレミアムの変化をもたらすも
のは何か、の 2 つである。ファーマとフレンチは、こ
の事後的な高い株式プレミアムを投資家が予期せぬ結
果であるとみなし、割引率の低下(すなわち将来の期
待 利 益 率 の 低 下 ) か ら 生じ た も の で あ る と し た 。
Shiller(1992)は「一時的熱狂」、Keynes(1936)お
よび Akerlof and Shiller(2009)は「アニマル・スピ
リッツ」を提唱した。消費に基づく資本資産価格モデ
ル、生産に基づく資本資産価格モデル、その他のモデ
ルは一定の成果を収めたが、株式プレミアム・パズル
は依然として解明されていない。われわれの NV フ
レームワークでは、これらの見方に対する代替案とし
て、(1)NV がバリュエーション指標に織り込まれ
るためリターンが変化するが、バリュエーション指標
DDM を拡張した NVM の構築と解釈は、いくつか
は NV の上昇によりここ数十年上昇している、(2)
の主要な前提に基づいている。(1)市場ネットワー
株価の上昇のうち予期せぬ部分は NV 全体の増加から
クは正の価値を有し、(2)回転率は市場ネットワー
生じている、と考える。
37
図表 4:確率密度関数推計値
確率密度
指数水準
注)当グラフは、株価配当率実績値の確率密度関数と、シラーDDM および NVM における株価配当率推計値を表
している。株価配当率実績値の確率密度関数をベンチマークとすると、NVM 推計値の確率密度関数はシラーモデ
ルと比べ、ベンチマークに形も場所もはるかに近いことが分かる。確率密度関数はランダム変数に関する構造を示
すだけではなく、それに関連して確率を計算することが可能である。
Fama and French(2002)は、1950 年から 2000 年に
かけてキャピタルゲインのトータル・リターンに対す
る寄与度がいかに株式リスク・プレミアムに影響した
かを調査した。われわれは、NVM を用いることで同
準まで増大してきた。市場構造自体の価値増加につれ
高いリターンが生み出され、それが新たなより高い
NV の状態を作り出した、というわれわれの議論は、
株式リスクプレミアム・パズルの解明に役立つ。
時期(1950 年~2007 年)における予期せぬ大幅な
最後に、ネットワーク価値理論は、市場ネットワー
キャピタルゲインに対する寄与度につき研究を更に進
クが向上すれば流動性の劣る株式(例えば小型株式)
めた。この予期せぬ高いリターンの源泉は、(1)配
に最も有益であり、流動性のある株式(例えば大型株
当成長の価値と、(2)ネットワーク効果の価値であ
式)が得るものは最も小さいと予想する。図表6から、
る。
小型株式が大きく上昇したことで知られる時期に P†/D
図表6は、固定 NV 関数を前提に、P (†,*)/D に対す
る配当と NV の寄与(それぞれ P**/D、P†/D)の推移
が大きく上昇したことがわかる。
インフレ逆相関パズル
を表している。1930 年代以降、P**/D は比較的安定し
NV は株価の一部である。NV はネットワークであ
た平均値の周りで変動しているが、直近の約 50 年間
り、ネットワークは実物資産であるため、もし NV が
†
は P /D の寄与が安定的に上昇していることが分かる。
ネットワーク価値理論は観測される大きい流動性プ
レミアムを説明する手助けになる。流動性は市場ネッ
トワークの一部であり、その価値は変化するが、市場
ネットワークの価値は時間の経過とともにかなり高水
状況によって異なる価値を有しているのであれば、イ
ンフレは価値に影響を与えるはずである。株式とイン
フレの逆相関関係を取り上げた文献は、株式の期待
キャッシュフローに基づく何らかのバリュエーション
を前提としている。しかし、NV では投資家が保有株
式を売却する以外ではキャッシュフローが発生しない。
38
図表 6:配当および NV の寄与(1901 年~2008 年)
P(†,*)/D への寄与度
(注)Y 軸は、NVM による推定総価値に対する株価配当率推計値の寄与度を、インデックス・ポイントで表
す。当グラフで明らかな通り、1930 年代~1970 年代は、その前後の期間と比べると、われわれのモデルによる
推計総価格における市場機能の価値は明らかに小さい。
予想外のインフレは株式価値のこの部分にマイナスの
張する。これは Fed モデルの誤謬と呼ばれるが、こう
影響を与えるはずである。直観的に、投資家は将来の
した考え方は2つの問題を抱える。1つ目は、
インフレの長期予測に基づき NV の価値を永久に下方
Schwert(2003)が示したように、アノマリーは発見
修正すると見込まれるが、それは株式リターンにおけ
されると弱まり消滅する。インフレとの逆相関は、
る長期的な正の Fisher(1930)効果と整合的である。
1979 年以来強まりこそすれ弱まってはおらず、学会
しかしながら、短期的には、インフレ・サプライズが
の関心を大いに引いたにもかかわらずうまく説明でき
NV にマイナスの影響を与えるはずであるのは、ゼ
ていない。2つ目は、貨幣錯覚に関する文献は、議論
ロ・クーポン債がインフレに対し逆に反応するのに類
を補強するための、直接的な投資家行動(例えば、株
似している。
式ファンドの資金フロー)に関する研究を含んでいな
われわれの仮説は、インフレがネットワークにマイ
ナスの影響を与え、総株式価値に占めるネットワーク
価値が大きい時ほどそれが明らかになる、というもの
である。
Kaul(1987、1990)と Lee(2009)は、興味深いこ
とに、戦前の株式価値は戦後観察されるようなインフ
レとの逆相関関係がなかったことを発見している。
Modiliani and Cohn(1979)は、「貨幣錯覚」理論を用
いことは不可思議である。われわれの対案は、ネット
ワ ー ク は 実 物 資 産 で あ り、 実 物 資 産 は イ ン フ レ ・
ショックからマイナスの影響を受けるというものであ
る。
ニュース・パズル
Cochrane(1991)によれば、「重要なニュースがあ
ると、市場はその分だけ動く。不思議なのは明らかな
ニュースがない時にも動くことである」。
いて株式とインフレとの逆相関の説明を試みており、
ファイナンスや投資の教科書は、しばしば「実業」
「投資家は経済的な実質利子率ではなく、最も低い債
セクターと「金融」セクターについて議論し、金融セ
券利子率を用いて企業収益の現在価値を求める」と主
クターでは摩擦がなく、価格は連続的に変化するとし
39
て金融債権が値付けされる。それに対し、株式のネッ
値 を 示 す 数 多 く の 研 究 と 一 致 し て い る 。 Longstaff
トワーク価値は、価格の非連続性だけではなく市場の
(2009)は理論的な流動性モデルを提示し、投資家間
拡大も含んでいる。そのため、市場がネットワーク提
の「辛抱強さの不均一」が資産価格に大きな影響を与
供者としての役割においてどの程度機能しているかと
える可能性があるとした。この種の理論的考察は「需
いうことに関する新たな情報は重要である。このよう
要側」に立っていると考えられ、投資家は利便性にど
に考えると、市場がニュースを自ら作り出すことは謎
の程度支払う用意があるかという疑問に答える助けと
ではない。市場で起きたことこそがニュースなのであ
なるものである。ネットワーク価値理論は供給側の理
る。1987 年 10 月 19 日の大暴落や 2008 年後半の信用
論であると考えられ、流動性や情報の提供者がどのよ
危機のような市場の機能不全は、株価下落の原因にな
うに行動し、その価値はどの程度あるのかという問い
るのである。
に答えるものであり、われわれの研究は後者の問題に
まとめ
対応するものである。
バリュエーションへの追加項と、市場の取引機能を
NV は「不合理な売買」に間違って価値を認めると
取り込む資産価格モデルを議論してきた。この考えが
反論されるかもしれないが、市場は「実質的」な価値
ネットワーク価値理論である。ネットワーク構造の議
として NV を織り込んでいる。一部の売買は「不合理」
論を用いて、ネットワークに価格を付与し、売買回転
で NV 価値は大き過ぎるかもしれない。しかし、NV
率を用いて NV モデルを構築した。NV の存在を認め
価値を想定しない資産価格理論がパズルを生み出して
れば、よく知られた資産価格パズルに簡便な解を与え
いる。NV 価値を想定すれば、パズルの解明に役立つ
るのに役立ちうるということが一見して明らかである。
のである。
ネットワーク価値理論は、株式プレミアム・パズル、
インフレ逆相関パズル、市場が自ら作り出すニュー
ス・パズルを解くのに説得力のある方法を提供する。
関連する多くの事項に今後の研究が待たれる。その
中には、NV とクローズド・エンド・ファンド・パズ
ル、他の市場、特にエマージング市場のリターンに対
資産価格理論は、どこでも誰とでも費用をかけずに
して予想される NV の寄与度、他の NV 測定法、規模
取引可能だとする完全市場の前提に大きく依存してい
等他の要因からの NV の分離等である。その他、様々
る。しかし、その前提は単純化しすぎである。皆がす
なネットワーク状態のモデル化は他のネットワークへ
べてを「知っていれ」ば、インターネットの必要性も
も応用可能であろう。ネットワーク価値の増加は極め
価値もなくなるだろう。商品市場に完全な流動性があ
て安定的であり、株式価値増加の大きな部分を占める
れば、在庫を持つ必要はないであろう。これらの活動
ことを示したが、金融仲介における進展が次の 50 年
には費用がかかるが、同時に価値をもたらす。同様に、
間に同様の価格上昇をもたらすかについては想像し難
皆が資産価格の期待損益につきすべてを知っているわ
い。しかしながら、市場参加者のネットワークにより
けではなく、取引には費用がかかるとすれば、投資家
現実に存在し測定可能な価値が生み出されているとい
は価格決定(情報生成)と取引の媒介と資金手当て
う、金融生産機能が存在することは、彼らの努力は何
(流動性)のためネットワークを活用するため、ネッ
も生み出していないという虚無的な仮定に比べれば、
トワークは価値を有することになる。
確かに希望に満ちたものである。
興味深いことに、NV が株式価値の一部を構成する
森田
智弘、CFA
というのは、非上場株に対する上場株のプレミアム価
40
(抄訳)
FAJ 2011 年 9/10 月号
隠された債務:エンロンの商品プリペイドからリーマンのレポ 105 まで
Hidden Debt: From Enron’s Commodity Prepayments to Lehman’s Repo 105s
ドナルド・J・スミス
Donald J. Smith
「バルカスレポート」(Valukas Report,
2010)が
明らかにしたリーマン・ブラザーズによる負債隠蔽の
手口や、エンロンによる不正会計操作など、投資家か
ら債務を隠蔽しようとする行為は目新しいことではな
一方、契約相手の顧客は Day 0 に先渡し価格×数量
で計算される契約額の現在価値 PV(F0 × Q)を支払
う。
<商品スワップ契約および商品買戻し契約>
い。実際、長年にわたり企業は様々な手法を駆使して
Day0 において、さらに以下の 2 取引を契約する。
貸借対照表上における財務レバレッジの低下を図って
・Day T に、企業は先渡し価格×数量(F0 × Q)を顧
きた。Ketz(2003)はその古典的手口として、(1)持ち
客に支払い、顧客は Day T 時点のスポット価格×
分方式、(2)リース契約、(3)年金会計、(4)特別目的事
数量(ST×Q)を企業に支払う。
業体(SPEs)などを使う方法を挙げている。本論文で
は、さらに新しい 2 つの方法として、エンロンの商品
プリペイド取引とリーマンのレポ 105 取引を紹介し、
財務報告に関する改善策を提案する。
いずれも、それぞれの外部監査法人(アーサー・ア
ンダーセンとアーンスト・アンド・ヤング)は取引に
気づいていながら不正を見抜けなかった。そのような
・同時に企業が顧客(または市場)から Day T 時点
のスポット価格(ST×Q)にて商品を買戻す。
以上の取引を組み合わせると、商品の受け渡しと
ST×Q の授受がいずれも相殺され、Day 0 における現
金PV(F0 × Q)の受け取りとDay T における予め定め
た額F0 × Q の現金支払いという取引に集約される。
監査済み財務報告書から、アナリストが破綻前にエン
これらが2者間で行われる場合は実質的な借入れで
ロンやリーマンの財務状況の実態を知るにはどうすれ
あることが明白であり、外部監査法人は一連の取引を
ばよいのだろうか。
商業活動ではなく財務活動とみなすであろう。そこで、
商品プリペイド取引
3者間取引を利用してあたかも無関係な当事者間で
.....
別々の取引がなされているように見せかけたのである。
貸借対照表上負債と認識されずに資金を調達するた
めにエンロンが活用した商品プリペイド契約とスワッ
プ契約の仕組みは次のとおりである。
<プリペイド契約>
契約日(Day 0)に、企業は商品を T 日目(Day T)
に引渡す確約を行う。ここで、Day0 に定めた Day T
ここでの顧客は商業銀行の子会社であるが、その実態
は単に資金の受渡しを行う導管であり経済的には何ら
役割を果たしていない。
この一連の取引全体をまとめたのが図4であり、実
態は、(子会社を経由した)銀行と企業の間の標準的
な融資取引であることを示している。
における先渡し価格を F0、契約数量を Q とする。
ドナルド・J・スミスは米ボストン大学経営大学院
金融学准教授を務める。
明らかにこの取引は、Day 0 時点で企業の借入債務
と認識され、受入現金は営業活動ではなく財務活動か
41
ら発生するものとして計上されるべきものである。
エンロンとアーサー・アンダーセン.
(3) 顧客の商品購入は通常のビジネス上の理由に基
づくものとすること
エンロンにとって、債務のオフバランス化はその信
上記ルールを忠実に遵守すれば、取引は一体として
用格付けを維持するうえで不可欠であった。従って、
ではなく個々の取引として見なされるため会計操作が
そのプリペイド取引額は重大な金額に達しており、
可能となったのである。エンロンの実際の資本構成に
ローチレポート(Roach 2002)によれば、2000年決算
おける当該取引の規模や、高い株価や信用格付の維持
報告書での債務額約100億ドルに対し、未認識のプリ
という事業計画における戦略的重要性を鑑みると、外
ペイド額は約40億ドルであった。もしプリペイド取引
部監査法人は自身の設定した基準を(一連の取引が)
が本来あるべき姿で計上されていたならば、債務は
充足しているか確認する努力をすべきであった。
40%増加し営業活動からのキャッシュフローは半分に
なっていたはずである。
一方、同社の外部監査法人のアーサー・アンダーセ
2003年4月、米国財務会計基準審議会(The Financial
Accounting Standards Board;FASB)は、同年6月以降、
商品プリペイド取引での支払いは財務活動による
ンは、プリペイド取引を認識しつつ、借入れとされな
キャッシュフローとみなすというガイダンスを発表し
いための指針を提供していた。具体的には、ローチレ
た。だが、それでも債務隠蔽操作はなくならなかった。
ポートが注目した同外部監査法人の内部資料には以下
レポ取引による資金調達
の条件が示されていた。
(1) 銀行および銀行子会社との取引は相互に無関係
な「独立」したものであること
(2) 商品に係る価格リスクは買い手に移転しなけれ
一般的に、買戻し条件付売却契約は、機能的には担
保付き貸出しと同等の期限付契約で、最初の日に証券
を売却し、別の日により高い価格で買い戻すという取
引である。
ばならないこと
初日(Day 0)、レポの借り手は$100を受領し証券
42
を売却して、実質的にローンの担保として差し入れる
は買戻しに必要な資金を受け取らないため有効な支配
(レポ)。レポの貸し手はその証券を受入れる(リ
を放棄することになり、かかる取引は証券の売却およ
バース・レポ)。期日(Day T)には、貸し手は証券
び先日付買戻契約とみなされ「なければならない」と
を返却し、借り手は元利を返済する。証券の所有権は
された。
T日間、貸し手に渡るが経済的利益は借り手に残り、
証券の利息等を受取る権利を維持する。貸し手は、取
引に際し信用リスク緩和のために貸出額以上の担保を
求める。これが証券の市場価値がレポによる調達額
$100以上となっている理由である。その差額が「ヘア
カット」と呼ばれ、通常、貸出金額の1~2%の水準で
あるが、借り手の信用状態、取引条件などに左右され
その場合、担保証券の市場価値とレポに基づく貸出
額の差額が「イン・ザ・マネー」の先渡し契約となり、
FAS133号に従えば、デリバティブ取引として会計処
理されるものである。当該先渡し契約はレポの借り手
にとっては資産であり、レポの貸し手にとっては負債
となり、Day Tに証券が買い戻された時点で解消され
る。
る。注意すべきは、担保付貸出の場合の信用リスクは
双務的であるという点である。レポの貸し手も借り手
も相手方の債務不履行に際し、証券の市場価格の変動
に伴う損失リスクを負担する。
リーマンは世界金融危機の悪化を背景に、そのレバ
レッジ比率を低下させるために巨額のレポ105と108を
取り組んだ。バルカスレポートによれば2008年四半期
末時点で、貸借対照表から500億ドル以上の債務を削
従って、標準的レポ取引は担保付貸出として処理さ
れ、担保証券は借り手の貸借対照表に資産として残り、
資産に現金、負債に借入れを計上する。貸し手はその
貸借対照表上に証券を計上しないが、現金の代わりに
減し、ネットレバレッジ比率を12.1%にまで低下させ
た。もし当該レポ取引が担保付借入として処理されて
いたならば同比率は13.9%と報告されていたはずであ
る。
レポ貸出しを資産に計上する。
一方、リーマンの外部監査法人はレポ105などのプ
リーマンとアーンスト・アンド・ヤング
財務会計基準書(FAS)140号(FAS2000)は、米
国におけるレポ取引の会計報告に関する公式基準であ
る。そこでは、レポ取引の会計処理が理論的に不明瞭
であるとしつつ、基本的にはほとんどのレポ取引によ
ログラムに気づいていたが、そのFAS140号に対する
解釈の帰結については関心を示さなかった。レポ取引
は投資銀行にとって重要な資金調達手段であるため、
超過担保の相対的水準に応じて会計処理が異なるとい
う点を脚注や付属書のいずれかで開示すべきであった。
る資金調達を担保付貸出と判断した。その一方、同号
パラグラフ218では、担保に対する実効支配の状況な
どから担保付貸出とみなされる基準を示したが、基準
を満たさない例外的取扱いへの道を開いた。これによ
れば、$100に対して$98から$102の価値を有する証券
の引き渡しを伴う取引は担保付貸出とみなされる一方、
それ以外は基準を満たしていないとしたのである。
レポ取引の適正な会計処理は明確ではないが、財務
上の経済効果は明瞭であり、特にレポ取引による短期
資金調達は、ヘアカット水準に拘わらず明らかに担保
付借入であり証券の単純な売却ではない。その理由は
以下のとおりである。
① 買戻し契約は確約でありオプションではないこと。
レポの借り手は簡単に契約を解消することはでき
このパラグラフ218を利用したのが債券を担保とす
るレポ105プログラムである(レポ108という株式担保
の仕組みも同様)。つまり、通常以上のヘアカット率
(債券5%、株式8%)を設定した場合、レポの借り手
ない。
② ヘアカットが大きいほど先渡し契約の価値は増加
する。もしレポの借り手が取引不履行を甘受した
としても、レポ105の解消を通常のレポ取引より
43
優先する可能性は低いこと。
③ 債券を貸借対照表から外した後もレポ105の未収
利息を計上し続けていたこと。
③ 投資家やアナリスト向けの外部報告として日次
データを整備すること。
アーサー・アンダーセンはエンロンが全体として借
以上を考慮すれば、リーマンが債券を売却してオフ
入れを構成する個々の取引を個別に取扱えるルールを
バランス化しながら、金利収入を計上し続けていた事
策定した。また、リーマンが会計基準を独自に解釈し
実を外部監査人が見逃していたことは、まったく道理
て巧妙に債務を帳簿から切り離していたときアーンス
に合わない。
ト・アンド・ヤングは目を背けていた。
財務報告に関する提言
投資分析で不正会計操作を見抜くのは簡単ではない。
特に、監査済み報告書が債務残高の真の姿を示してい
るか信用できないときに、アナリストはどう対応すれ
ばよいのか。アナリストは、より正確な財務状況の実
態をつかむため財務報告を再構築するという業務に長
年携わってきた。企業は、金融危機のとき債務を隠そ
うという誘惑に駆られるが、かかる時こそ、真実を暴
くアナリストへのニーズが最も高まるのである。
財務諸表は企業の特定時点における財務内容を写し
取ったものであり、粉飾されて見かけが大幅に歪めら
今や、厳格なルールの遵守に依存するのではなく、
より原則主義的な姿勢で監査や財務報告に向きあうこ
とを考える時期なのである。
2003年にFASBがプリペイド取引に対して行ったよ
うに、ルールは一度悪用が判明すれば変更できるので
ある。しかし、財務報告が一般的に認められた会計基
準に従って作成されたことをアナリストが承知するだ
けでは十分でない。より望ましいのは、外部監査法人
にも、自らの知りえる範囲において財務報告が真に財
務状況を反映しており、投資判断を行う上で信頼に足
るものであると宣言させることであろう。
れることがある。そこで以下を提言したい。
①
貸借対照表上の主要項目(例えば借入債務)の期
中平残を開示すること。
大浜
匠一、CFA
商業銀行は常にそれらを開示しているが投資銀行
は大抵開示していない。
② 貸借対照表の項目について平均と標準偏差などを
報告すること。
44
(抄訳)
FAJ 2012 年 1/2 月号
レバレッジ回避とリスク・パリティ
Leverage Aversion and Risk Parity
クリフォード・S・アスネス、アンドレア・フラズィーニ、ラス・H・ペダーセン
Clifford S. Asness, Andrea Frazzini, and Lasse H. Pedersen
当論文は、レバレッジ回避理論が、現代ポートフォリオ理論による予測を変えてしまうことを示している。すな
わち、安全資産はリスク資産よりも高いリスク調整後リターンを提供する、というものである。安全資産の高い
リスク調整後リターンを享受するには、レバレッジの利用が必要であり、レバレッジが利用できる投資家に投資
機会をもたらす。資産クラス間でリスクを等しく配分すること、すなわち、マーケット・ポートフォリオと比較
して安全資産をオーバーウェイトすることで、リスク・パリティ・ポートフォリオはこの投資機会を享受できる。
「投資家はどのように資産を配分すべきか?」資本
RP 投資の発端は、マーケット・ポートフォリオや
資産価格モデル(以後、CAPM)に基づく標準的なア
60/40 ポートフォリオ(株式と債券の配分比率を 60/40
ドバイスは、全ての投資家がマーケット・ポートフォ
とするポートフォリオ)といった伝統的なアセット・
リオを保有し、投資家のリスク選好度合いに応じてレ
アロケーションが、ポートフォリオ全体のリスクに対
バレッジをかけるべきというものである。しかし、近
する個別の資産クラスの寄与度といった観点からする
年ではリスク・パリティ(risk parity、以後、RP)と
と十分に分散されていない、という事実である。とい
呼ばれる新たなアセット・アロケーション手法が実務
うのも、株式は債券と比べて非常に変動が大きいため、
家の間で広まっている。本研究は、投資家のレバレッ
ポートフォリオのリスクの大半は、株式市場の変動に
ジ回避に基づいた理論的な根拠を示し、同一の資産や
起因するものとなるからである。したがって、マー
国の中における、あるいは資産や国をまたいだ広範な
ケット・ポートフォリオや 60/40 ポートフォリオは、
実証結果を提示することで、RP 投資を支持する議論
各資産クラスへの投資額ベースでは分散されているも
の中で欠けていると思われる点を補完するものである。
のの、リスクの観点から見るとほとんど分散されてい
ないのである。
クリフォード・S・アスネスは AQR キャピタル・マ
RP 投資の提唱者による提案は、「金額ベースでは
ネジメント社(AQR Capital Management, LLC)(米
なく、リスク・ベースで分散させよ」というシンプル
国コネティカット州グリニージ)マネージング兼
なものである。リスク・ベースで分散させるには、一
ファウンディング・プリンシパル、アンドレア・フ
般的には、高リスク資産よりも低リスク資産への投資
ラズィーニは同社バイス・プレジデント、そしてラ
額を増やす必要がある。その結果、リスク 1 単位あた
ス・H・ペダーセンはニューヨーク大学スターン経
りのリターンは高くても、RP ポートフォリオ全体の
営大学院ファイナンス・オルタナティブ投資ジョ
期待リターンは伝統的な 60/40 ポートフォリオよりも
ン・A・ポールソン講座教授兼同社プリンシパルを
低くなる。RP 投資は、リスクをバランスさせたポー
務める。
トフォリオにレバレッジをかけて、期待リターンとリ
45
スクを投資家が望ましいと考える水準まで上昇させる
ことで得られるのである。更に、彼らは、主要な資産
ことで、この問題を解決するのである。レバレッジを
クラス内において、レバレッジ回避理論と整合的な実
利用することで、それに付随するリスクや実務的な問
証結果を得ている。例えば、米国株式とグローバル株
題が生じるものの、資産クラス間でリスクを真にバラ
式における低ベータ株式、低リスクの社債、低リスク
ンスさせることと、十分なリターンを得るのに必要な
の短期米国債は、それぞれ、高ベータ株式、高リスク
リスクを取ること、の両立が可能となったのである。
の社債、高リスクの長期米国債よりもリスク調整後リ
RP 投資は一般的に、(1)投資金額ではなく、リス
ターンが高いことを示した。
クをバランスさせることの直感的な優位性、(2)ヒ
レバレッジ回避理論
ストリカルに見て、RP ポートフォリオは、伝統的な
レバレッジ回避理論について探求する前に、現代
アロケーションをアウトパフォームしてきたこと、の
ポートフォリオ理論(以後、MPT)と CAPM による
2 点に依拠している。ただ、これだけでは根拠が不十
標準的なポートフォリオ選択について再考しよう。
分である。リスクをバランスさせたポートフォリオが、
いう直感は、債券に対する株式の期待リスク・プレミ
MPT による最適なポートフォリオは、平均・分散ダ
.....
イアグラム上において、無リスク資産と接点ポート
....
フォリオを結んだ線上に位置する。リスク回避的な投
アムが十分ではないという暗黙の仮定の上に成り立っ
資家の最適ポートフォリオは、無リスク資産と接点
ている。CAPM では、マーケット・ポートフォリオが
ポートフォリオの間に位置し、これは、資産の一部を
最適となるようにリスク・プレミアムが決まるとする。
現金に投資し、残りを接点ポートフォリオに投資する
そのため、RP 投資の提唱者は、低リスク資産へのア
ことで得られる。リスク選好的な投資家の最適ポート
ロケーションをマーケット・ポートフォリオにおける
フォリオは、接点ポートフォリオの延長線上に位置し、
アロケーションより高めることを正当化することで、
これは、レバレッジを利用して投資元本の 100%以上
CAPM が成立しないことを説明する必要がある。
を接点ポートフォリオに投資することで得られる。更
マーケット・ポートフォリオよりも常に優れていると
長期間に渡って、RP ポートフォリオが伝統的なア
ロケーションをアウトパフォームしてきたという実証
結果は重要であるが、それは過去の結果でしかない。
RP 投資の優位性に対する確信を高めるには、(1)
....
RP 投資の理論的な根拠の提示、(2)主要な資産クラ
.
.
ス・国の間、あるいは、主要な資産クラス・国の中で
の広範な実証分析の提示、が有効であろう。これらを
示したのが、Frazzini and Pedersen(2010)である。彼
らは、レバレッジを回避する投資家が存在すれば、低
ベータ資産のリスク調整後リターンは高くなり、高
ベータ資産のリスク調整後リターンは低くなることを
示した。それゆえ、レバレッジ回避理論は標準的な
に、CAPM は、すべての投資家がこのような投資を行
うとの仮定を MPT に導入することで、接点ポート
.............
フォリオはマーケット・ポートフォリオに等しいはず
であると結論づける。しかし、マーケット・ポート
フォリオのヒストリカルなパフォーマンスは接点ポー
トフォリオとはかけ離れている。マーケット・ポート
フォリオのシャープレシオは接点ポートフォリオのそ
れよりもかなり低いのである。これは、株式は債券よ
りも大幅にリスクが高いため、マーケット・ポート
フォリオが最適となるためには、株式は債券よりもか
なり高いシャープレシオを実現する必要があるにもか
かわらず、実際は逆だからである。
CAPM の否定につながり、同理論によれば、最も高い
これらの実証結果を CAPM では説明できないが、
リスク調整後リターンは、マーケット・ポートフォリ
レバレッジ回避理論では説明可能である。接点ポート
オではなく、より安全な資産をオーバーウェイトする
フォリオよりも高いリターンを期待し、そのための追
46
加的なリスクは許容するが、レバレッジは利用したく
うに定め、時価総額加重ポートフォリオの事後的なボ
ない(できない)投資家を想定する。この投資家は、
ラティリティと等しくなるような数値を選んでウェイ
接点ポートフォリオよりも多くの株式を含みレバレッ
ト付けすることで構築できる。RP ポートフォリオの
ジをかけないポートフォリオを選好することから、全
ヒストリカルなパフォーマンスは、マーケット・ポー
額を株式に投資することもありえる。このような投資
トフォリオや 60/40 ポートフォリオよりも接点ポート
家の存在は、すべての投資家が平均・分散ダイアグラ
フォリオに近いことが確認できる(図 2)。
ムの同一線上にあるポートフォリオに投資すると仮定
資産クラス間におけるリスクとリターン:
リスク・パリティvsマーケットvs 60/40
する CAPM の結論を変えてしまうものである。した
がって、レバレッジを回避する投資家を仮定すれば、
接点ポートフォリオは、マーケット・ポートフォリオ
と異なることになる。
レバレッジ回避理論から予測される結果について検
証するために、マーケット・ポートフォリオ、RP
ポートフォリオ、60/40 ポートフォリオのヒストリカ
それでは、この場合の接点ポートフォリオとは何で
ルなパフォーマンスを比較した。グローバル株式、米
あろうか。少なくとも事前にそれを知ることはできな
国債券、クレジット、コモディティといった広範な資
いが、レバレッジ回避による均衡理論は、一定のガイ
産クラスを含む実証分析では、RP ポートフォリオの
ダンスを与えてくれる。Frazzini and Pedersen(2010)
シャープレシオが、マーケット・ポートフォリオの
は、接点ポートフォリオが安全資産をオーバーウェイ
シャープレシオを大きく上回ることを示した。更に、
トすることを示した。レバレッジを避けてリスク資産
米国を含む 11 カ国のグローバル比較では、いずれの
をオーバーウェイトする投資家が存在するために、リ
国および全体においても、RP ポートフォリオの方が、
スク資産の価格が上昇し、期待リターンが低下すると
60/40 ポートフォリオよりも高いリスク調整後リター
考えられる。一方で、これらの投資家は安全資産をア
ンが得られていることが分かる。
ンダーウェイトするため、安全資産の価格が下落し、
期待リターンが上昇すると考えられる。したがって、
レバレッジを利用できる投資家は、安全資産をオー
バーウェイトすることで、高いリスク調整後リターン
得ることができるのである。ただし、接点ポートフォ
リオの構成は、レバレッジの利用に制限のある投資家
の数に依存し、それは時間の経過とともに変化するた
..
め、事前に特定することはできない。しかし、RP 投
資はこの点に関してレバレッジ回避理論によって示唆
されるシンプルなガイドラインを与えてくれる。すな
わち、株式と債券に対して同じ量のリスクを配分する、
というものである。
シンプルな RP ポートフォリオは、各資産のウェイ
実証分析において、標準的な CAPM が否定される
ことは、Black, Jensen, and Scholes(1972)が、米国株
.....
式市場において最初に指摘したように、証券市場線の
フラット化として説明される。更に、株式市場だけで
なく、様々な資産クラス間での証券市場線についても
フラット化が観察されることを実証した。これは、安
全資産のリターンが CAPM による予測と比べて高い
一方で、リスク資産のリターンは、そのリスクと比較
して低いことが原因である。資産クラス間での証券市
場線のフラット化は、安全資産の組み入れを増やす根
拠となる。
資産クラス内におけるリスクとリターン:高
ベータは低アルファ
トをリターンのボラティリティの逆数と等しくなるよ
47
図 2.効率的フロンティア、1926-2010
平均年率リターン(%)
年率標準偏差(%)
注:この図表は、長期サンプルにおける米国株式、米国債券によるポートフォリオの効率的フロンティアを表す。レ
バレッジをかけた RP ポートフォリオのウェイトは、時価ウェイト・ベンチマークの事後的な実現ボラティリティと
一致するような定数を乗じたものである。レバレッジをかけていない RP ポートフォリオのウェイトは、リバランス
の度に合計が 1 となるように調整している。
資産クラス間で観察された証券市場線のフラット化
は、各資産クラス内でも当てはまる。言い換えれば、
同じ資産クラス内の異なる証券に関しても、資産クラ
ス間に関しても、安全資産は、リスク資産よりもリス
ク調整後リターンが高い、ということである。Black,
Jensen, and Scholes(1972)は、米国の株式市場におい
て、証券市場線はフラットであることを報告したが、
Frazzini and Pedersen(2010)は 40 年間のアウトオブ
サンプルのデータを加えて、Black, Jensen, and Scholes
まとめ:リスク調整後リターンを享受できる
RP 投資は、伝統的な戦略的アセット・アロケー
ション手法に対する一般的な代替手段となってきた。
しかし、その根拠は十分でなく、首尾一貫した均衡理
論を提示できていない。金額ベースではなく、リス
ク・ベースでの分散を追求することの直感的な優位性
や、RP が伝統的なアロケーションをアウトパフォー
ムするとの実証結果を示すだけでは不十分である。レ
バレッジ回避理論はそうした不備を補完する。
(1972)と同じ結果を確認した。更に、Frazzini and
Pedersen(2010)は、その他の主要な資産クラスにつ
いても、証券市場線のフラット化が観察されることを
報告している。
レバレッジを利用できない(利用しない)投資家の
存在を仮定することが非現実的とはいえない。実際に、
例えば、多くの投資信託や年金基金は、借入が認めら
れていないか、あるいは利用できるレバレッジ量が制
48
限されている。それゆえ、その他の投資家はレバレッ
ことを示している。RP 投資はこの理論がアウトオブ
ジを利用することによって利益を得ることができるの
サンプルで有効であることを示すもう 1 つの事例であ
である。
り、RP の伝統的な戦略的アセット・アロケーション
Black, Jensen, and Scholes(1972)や、Frazzini and
Pedersen(2010)による発見は、レバレッジ回避理論
から得られる予測が、多くの資産クラス間、あるいは
手法に対する優位性が、データによる虚構ではないと
の自信を強めるものである。
斉藤
哲朗、CFA
資産クラス内における様々な検証に耐えるものである
49
(抄訳)
FAJ 2012 年 1/2 月号
人口動態が金融市場と経済に与える影響
Demographic Changes, Financial Markets, and the Economy
ロバート・D・アーノット、デニス・B・チャベス
Robert D. Arnott and Denis B. Chaves
執筆者は、多くの国に関する 60 年にわたるデータを用いて、人口動態と経済成長および資本市場のリターンと
の間にある明確でわかりやすい関係を解明した。これまでの研究者が一部の限られた人口統計を用いたのに対し、
執筆者はすべての年齢層を対象として、簡潔で平滑な多項式曲線を当てはめている。また、頑健性テストも行い、
次の 10 年の予測を行った。
人口は(少なくとも短期的には)極めて予測可能性
の高い社会科学である。10 年後を予測する場合、10
歳から 70 歳の人口については、戦争や疫病などがな
る。二つ目は、株式リターンと債券リターンについて、
国内の短期金利に対する超過リターンを用いることで
ある。
人口動態が金融市場と経済に与える影響に関
究者たちが、ベビーブーマーが年を取るのに合わせて、 する仮説
ければほぼ確実に予測可能である。これまで多くの研
住宅価格から退職プランの選好に至る様々な経済活動
一人当たり GDP 成長率と人口動態の関係を解明す
にどのような影響を与えるのか、人口統計を用いて示
るために、財とサービスの総生産量を年齢別グループ
唆を得ようと取り組んできた。
に分け、さらに年齢別グループ毎に生産性(就業者1
我々は人口動態と金融市場および経済との関係につ
いて、新たな手法で実証分析することに主眼を置いた。
人当たりの生産量)と総人口に占める就業者の割合と
の積で表した。
最初に、これまでよりも多くの国々について長期間の
ここでは生産年齢人口の伸び自体ではなく、総人口
データを用いて統計的な有意性を追求した。次に、年
に占める生産年齢人口の割合(以後、人口構成比率)
齢別にグループ分けしたデータと、GDP 成長率、株
に注目した。総人口の伸びに比べて生産年齢人口の伸
式リターン、債券リターンとの関係を、多項回帰式を
びが高ければ、購買力調整後の一人当たり実質 GDP
用いて表した。
成長率を高める効果があるはずである。
また、研究全体に共通する重要な2つの原則がある。
この関係から人口動態が GDP に影響する 2 つの経
一つ目は、経済成長率について、「一人当たりの」
路を推測する。一つは、「生産性は年齢層によって大
「購買力調整済み」「実質」成長率を用いることであ
きく異なる」という仮定に基づくものである。規模の
大きな年齢グループが生産年齢に加わり、次に一段と
ロバート・D・アーノットはリサーチ・アフィリ
生産性の高い段階に移行し、最後に引退する。この時、
エーツ社(Research Affiliates, LLC)(米国カリ
国全体の一人当たり GDP が最初は上昇しその後低下
フォルニア州ニューポートビーチ)CEO 兼会長、
する。これは「人口ボーナス」と呼ばれる効果である。
デニス・B・チャベスは同社シニア・リサーチャー
もう一つの経路は、多くの場合において起業家や発
を務める。
50
明家たちは若者であるということである。そこで、若
の GDP 成長に与える複合効果を推計するのが望まし
い年齢層の割合が相対的に高い国は、国全体の生産性
いが、独立変数である人口構成比率間の相関が高く、
が高く、一人当たり GDP の伸びが高いと想定する。
多重共線性の問題があるうえに、5 年間隔で取得でき
若者が中高年層より GDP 成長に高く寄与するとい
うことには、さらに単純な理由もある。生産水準自体
への寄与度は経験を積んだ段階で最高に達するが、生
..
産量の伸びへの寄与度は経験を積み始めた初心者が最
も高いのである。
る人口データの最大数が各国で 12 であり、独立変数
である 15 個の人口構成比率の数を下回るため、共分
散行列が特異行列であることから、我々は別の方法を
取ることにした。Fair and Dominguez(1991)およ
び Higgins(1998)にならい、人口構成比率の係数を
k 次(2 次~4 次)多項式に当てはまるように変換し、
つまり、一人当たり GDP 成長率が最も高いのは、
すべての年齢別グループに関する情報を取り込んだ。
若者が多くその伸びが急速な人口構成の場合であると
推測する。新興国の多くがまさにそれに当てはまるだ
ろう。
年齢別グループの割合
まず、人口構成比率を独立変数として用い、最小二
乗法によって、5 年間の株式および債券の超過リター
分析データおよび変数
人口については国連人口部の 5 年間隔のデータを5
ンと 5 年間の一人当たり GDP 成長率との関係を推定
した。
歳刻みの年齢別グループとして取得した。ほとんどの
国について 1950 年からのデータがあり、2050 年まで
の見込みも示されている。
多くの先行研究と同様に、株式の制御変数である配
当利回りと債券の制御変数である 10 年債利回りにか
かる係数は正の値となり、統計的にも有意な結果と
一人当たり実質 GDP は、ペンシルベニア大学の
Penn World Table から 1950 年から 2007 年の年次デー
タを取得した。データの取得可能性と信頼性に基づき、
メインの検証では先進国 22 カ国の 200 以上のデータ
を用いることとしたが、頑健性テストのためには 176
カ国から 1,600 以上のデータを用いた。
株式と債券については信頼できるデータは先進国と
なった。これは、株式と債券においては、利回りが高
いほど、リスク回避度が高く、価格が落ち込んでおり、
期待リターンが高くなる関係を示唆している。一方、
GDP 成長率と 3 カ月金利は、統計的に有意な負の関
係を示した。これは、景気後退期には FED が低金利
を保ち、その後必ず成長率が高まるという、わかりや
すい関係を示している。
一部の新興国に限られ、1970 年以前のデータは少な
3 つの回帰式の R2(決定係数)はいずれのケースも
い。データソースとしては基本的に Global Financial
30%台という高い結果となった。通常、人口に関する
Data を利用した。
多項式の係数は金融変数の係数ほどには高い統計的有
独立変数は人口構成比率とその変化である。年齢別
意性を示さないものだが、ここでは t 値が 3 近辺と
グループは 0〜4 歳をはじめとして、5 歳刻みで最後
なっており、統計的に有意であることを示している。
は 70 歳以上であり、15 の変数を作り出した。また、
人口構成比率を独立変数として、同一国の 5 年間の
配当利回り、3 カ月金利、10 年債利回りを回帰式にお
株式超過リターンを従属変数とした場合の係数を見て
ける制御変数とする。
いこう。最初の 6 つの年齢別グループ(0 歳から 29
結果と論考
歳)は人口構成比率と株式リターンはマイナスの関係
理想的には全 15 個の人口構成比率、あるいはその
にあることが分かった。特に 10 歳から 14 歳は、人
変化が、株式および債券の超過リターン、一人当たり
口 構 成 比 率 が 1 % 上 が ると 株 式 の 年 次 リ タ ー ン が
51
0.7%下がるという大きな影響が認められる。また、
GDP に対する消費の比率を対数化して景気サイク
70 歳以上の年齢別グループの係数が約−1.5 であるこ
ルの代理変数として用いること、データの質が劣るた
とも、急速に高齢化の進む国にとっては重大な結果で
め信頼区間を広めに取ること、GDP でウェイト付け
ある。
した最小二乗法を用いて推計することなどによって、
さらに、人口構成比率が株式リターンと債券リター
より正確な推計を得られるように努めた。
ンに与える影響は似ているが、一人当たり GDP 成長
その結果、人口構成比率を用いた回帰分析では、人
に与える影響は異なっていることに気づく。20 代前
口動態に関する係数は先進国に関する検証と同様の結
半の人口構成比率が高まると経済成長にとってはプラ
果となり頑健性が確認できた。
スだが、株式や債券にとってはマイナスに働く。これ
予測とインプリケーション
は若い世代の貯蓄が少なく借金が多いためだろう。逆
に 50 代については、人口構成比率が増えると、GDP
にはマイナスに働くが金融資産にはプラスとなる。生
産性は落ち始め、引退に備えて貯蓄が加速しているこ
とが明らかである。
将来はどうなるだろうか。過去は将来のプロローグ
ではない。ここでは過去の人口動態と GDP の関係、
あるいは人口動態と資本市場のリターンの関係が将来
においても変わらないと仮定するが、この研究から導
き出されるシナリオは実現可能性があるとしても、高
人 口 構 成 比 率 が 株 式 リタ ー ン 、 債 券 リ タ ー ン 、
い確率であると考えるべきではないだろう。各国の
GDP 成長に与える影響として共通するのは、65 歳以
GDP 成長率および株式と債券のリターンを予測する
上の退職者層が多い場合、経済成長を悪化させるだけ
にあたり、人口動態の変数のみを用いた。すべての予
ではなく、金融資産のパフォーマンスも悪化させるこ
測は過去の長期平均から乖離した異常値と見るべきで
とである。退職者は財やサービスを買うために資産を
ある。
取り崩していることを考えると、納得の行く結果であ
る。また、債券リターンへのマイナスの影響度が低い
のは、株式より後に売却されるためであろう。
人口構成比率の変化
先進国に共通して見られる 2 つのテーマは、GDP
成長率がマイナスであることと、債券の超過リターン
がプラスであることである。人口動態の現状を考える
と、少子高齢化が生産にマイナス、貯蓄にプラスの大
次に人口構成比率の変化を独立変数として用いて検
きなインパクトを与えることから、納得が行く結果で
証した。これは隣接する年齢グループの影響や前後の
ある。株式の超過リターンは国によってまちまちの結
時期との関係を緩和し、独立性を高めるものである。
果となった。また、いくつかの国では、人口構成比率
この変数を使うことで非定常状態のリスクを大きく下
を用いた予測と、人口構成比率の変化を用いた予測で
げることができるが、結果は人口構成比率自体を用い
大きく異なる結果となった。
た先の検証と類似するものとなった。
外挿データによる頑健性テスト
世界全体を見ると予測の幅は大きく広がる。インド
やアフリカなど生産年齢層が多く高齢者が少ない地域
我々は 3 つめの頑健性テストとして他の国々のデー
を例外とすると、GDP 成長予測は全般に暗い。債券
タを使って検証した。残念ながら、先進国以外では金
については、高齢化の進んだ世界ではこれから貯蓄に
融市場に関する信頼に足るデータはないが、GDP に
励む中年層が一躍主役に踊り出て、債券に好結果をも
ついては国連と Penn World Table から約 200 カ国の
たらす。アフリカでは貯蓄をする高齢者に比べて借金
データを取得することができる。そのため、この頑健
をする若年層が多いため、逆の結果となる。
性テストは経済成長だけに絞ることとした。
52
結果が最もはっきりと分かれたのは株式である。日
取り崩すということもあり GDP 成長に寄与しない。
本、フィンランド、スウ エーデンは少子化と高齢化の
若年層は GDP 成長の担い手であるが、まだ投資は始
危険な組み合わせが、株式市場に対する逆風として巷
めていない。収入、貯蓄、投資のピーク期を迎える中
間の話題となっているが、我々の研究はその議論に科
年 層 は 資 本 市 場 の 推 進 力で あ る 。 高 齢 層 に な る と
学的な証明を加えるものである。カナダ、米国、中央
GDP にも株式、債券にも貢献せず、もはや生産する
ヨーロッパは計測方法によって結果がまちまちとなる。
ことのなくなった財やサービスを購入するために、財
欧州周辺国は最近の問題にも関わらず、株式、債券と
産を取り崩すのである。
もやや良い結果となった。新興国は好悪混在する結果
となった。中南米とアジアは比較的良いが、サブサハ
ラ地域の多くは、若者が多すぎて貯蓄が不足しており
株式市場にとって良いとはいえない。なお、BRICS は
そして、世界各国の GDP 成長や株式、債券の超過
リターンについて予測を示した。先進国では、GDP
成長率の見通しは暗いが、債券は比較的明るく、株式
はまちまちである。
少なくとも今後 10 年間の見通しは明るい。
最後に、我々の研究は人口構成と経済成長および資
結論
我々は人口動態が世界各国の重要な3つの指標、つ
まり、一人当たり実質 GDP 成長率(購買力調整後)、
株式超過リターン、債券超過リターンに与える影響を
研究した。年齢別グループの回帰係数に多項式を当て
はめるといった新たな分析手法を用いることで、人口
に関するあらゆる情報を用いることができた。この回
帰分析に、60 年以上にわたる 22 カ国(分析によって
は 176 カ国分)のデータを用いた。
人口動態に関する変数に多項式を当てはめることで、
本市場との過去の関係に基づいて、長期のトレンドを
示したものであることを改めて強調しておきたい。人
口構成は非常にゆっくりと変化するものであり、我々
の予測は決して不変の悲観シナリオではない。対応に
残された時間は年々短くなってくるが、すべての国は
自らをよりよい環境に位置づけ直すために、取りうる
多くの手段を持っている。それはこの研究の範囲外と
なるが、必ずや将来における多くの研究のテーマとな
ることだろう。
小澤 光浩、CFA,CIPM
統計的に有意かつ納得感のある結果を導き出せた。子
供たちはすぐには GDP 成長に貢献しない。さらに、
株式と債券にも、彼らの親たちが養育のために財産を
53
【セミナー講演要旨】
「チャレンジする年金運用~企業年金の未来に向けて」
(2012 年 1 月 16 日開催パネルディスカッション・セミナー)
モデレーター: 近藤英男氏(DIC 企業年金基金
パネリスト:
運用執行理事)
久保俊一氏(日本経済新聞企業年金基金
常務理事
佐川利道氏(ブラックロック・ジャパン株式会社
荻島誠治氏(野村證券株式会社
兼
運用執行理事)
グローバル資産戦略運用部ディレクター)
フィデューシャリー・マネジメント部長)
喜多幸之助氏(ラッセル・インベストメント株式会社
コンサルティング部長
エグゼクティ
ブ・コンサルタント)
近藤:それでは、ディスカッションを始めたいと思い
ます。企業年金連絡協議会の資産運用委員会では、
2010 年 3 月から 13 回にわたって今後の資産運用の課
題に関する検討会を開催、年金担当者だけでなく、コ
のが足元の状況です。そこで、二つの伝統的な投資戦
略について今後の課題を挙げるとすれば、まず分散投
資に基づくポートフォリオについては、「籠」の種
類・数が十分か、という点があります。さらに、リー
ンサルタントの方も含めて 21 名が参加して、様々な
マンショックでは、イベント時に分散投資が期待通り
議論を展開しました。その結果、昨年 7 月、「チャレ
に機能するのか、という疑問も浮上しました。リーマ
ンジする年金運用」という本を出版することができま
した。本日は、その執筆者の中から 5 名が参加して、
検討会のディスカッションを再現したいと考えており
ます。最初に、年金運用のフレームワークの考え方に
ついて、佐川さんからプレゼンを行っていただきます。
ンショックを契機に、ポートフォリオの実行方法が重
要な課題になったと思います。「バイ・アンド・ホー
ルド」は優れたやり方の一つではありますが、今後の
年金運用を考えた時に、これだけで本当に長期計画を
実現できるのか、計画倒れになるリスクはないのか、
という疑問があります。
佐川:現在、様々な課題が世界中の年金基金に起きて
いますが、それらは二つの伝統的な投資戦略に帰着さ
せて整理できると思います。一つは分散投資に基づく
ポートフォリオの構築、いわゆる「卵を一つの籠に入
れてはいけない」という投資戦略です。もう一つは長
期方針を実行する際に「バイ・アンド・ホールド」す
ること、すなわち「リバランス・ルール」に従う静態
的管理です。
さらに、年金のガバナンスについても課題がありま
す。日本の年金で本格的にガバナンスが立ち上がった
のは、90 年代以降だと思います。5-3-3-2 規制が撤廃
される前後から、自己責任の原則、受託者責任を全う
するために、政策アセットミックスの策定や特化型運
用によるマネジャー選定を行ってきました。しかし、
リーマンショックの前辺りから、従来のガバナンスだ
けでは運用戦略の実行に不十分なところが出てきてお
低金利が長期化し、ソブリンリスクが顕在化するな
かで、年金基金の資産配分は依然として株式へのリス
ク配分が高く、ダウンサイド・リスクが増大している
り、ガバナンスのレベルアップが必要になってきてい
ると思います。例えば、リスクとリソースの配分とい
う課題があります。従来は静的管理であったため、政
54
策アセットミックスのリスクへ対応するためのリソー
やく運用会社や年金基金で具体的な戦略が作られるよ
スは、少なくても問題なかった。しかし、動的管理と
うになってきたのではないかと思います。
いうことになると、そのリスク配分に見合ったリソー
スの配分が必要になってくるものと考えます。また、
近藤:下振れリスクへの対応について、喜多さんはど
のように思われますか?
そこでは外部リソースの役割も重要になってくるで
しょう。
喜多:運用の環境変化に加え、年金基金を取り巻く環
境も変化しており、短期的なブレが許容されにくく
近藤:ありがとうございます。今の佐川さんのプレゼ
ンについて、久保さんは年金の立場から、どのような
印象を持たれましたか。
なってきているという事情があります。今、萩島さん
が言われたように、企業年金を提供している母体企業
から見れば、「バイ・アンド・ホールド」という静態
久保:10 年前に比べて、基金のリスク資産は代行返
的管理だけでは、イベントリスクに対する何の備えも
上等で減少したため、リスクは 5 割くらい軽減されて
していないことになります。平常時のリスク管理とし
いると思います。それでもリーマンショック以降のこ
ては、従前から年金基金は分散投資ということで管理
の数年は、基金も母体も、下振れリスクに対する大き
してきました。イベント時の管理として最近よく議論
な不安があります。リスク資産が半分になれば、株価
されているのは、イベントの時に初めて動くのではな
下落によるショックも半分になるはずです。しかしな
く、予め保険をかけておくという発想です。「ポート
がら、IT バブルの時は 3 年がかりで 6 割下がったの
フォリオ・インシュアランス」とか、「ダウンサイ
に対し、リーマンショックの時は1年半あまりで 6 割
ド・リスク・ヘッジ」等の保険的な仕組みを、年金運
下がっており、株価の下落スピードが 2 倍だったこと
用のプロセスにどのように組み込んでいくのか、とい
から、我々にとって大きなショックだったのです。年
うのが今後の課題になるものと考えます。
金基金の立場からは、株価の下落、乱高下、円高、低
金利の定着、この辺が大きな痛手になっていると思い
ます。
また、昨今では、先進国、特に日本について、少子
高齢化や政府債務等の問題により、今後は継続的に株
のリターンが低迷するのではないかという悲観的な見
近藤:ありがとうございます。荻島さんは、新しいフ
方が根強くあります。そのような悲観シナリオに対処
レームワークについてはどのようなご意見をお持ちで
するために、市場軟調時に下落幅を抑える手段として
すか。
も「ダウンサイド・リスク・ヘッジ」を組み込んだ株
荻島:年金基金では、予定利率の達成や不足金の解消
式運用が、注目されています。
を目標としていながら、伝統的な投資戦略ではうまく
近藤:次に下振れリスクへの対応、ダイナミック・プ
いかない現状があります。教科書的に「PLAN DO
ロセスについて、荻島さんにプレゼンをお願いします。
SEE」という運用を行っても、そのやり方自体が時代
遅れではないかと思います。一回決めてそのままとい
うことではなく、本来の目標に見合った戦略というも
のを、もっと考えた方がいいのではないか、そういっ
た認識の下、1997 年ぐらいから 15 年間、苦しみなが
ら年金基金では考えられていたのではないかと思いま
す。結果、今日になって、ダイナミック・プロセスと
荻島:フレームワークの中で特に重要なのがリスクマ
ネジメントでありますが、戦略をもう少し精緻に組ま
ないと、実際に実現できるリターンが計画と全然違う
ものになってしまうのではないかと思います。そこで、
まず負債サイドも含めたトータルなダイナミック・プ
ロセスとしての動態的資産管理について、次いで動態
的プロセスを盛り込んだ新たな株式戦略について話し
いった動態的なプロセス管理の考え方が生まれ、よう
55
たいと思います。
先ほど「PLAN DO SEE」の話がありましたが、目
標、手段または制約条件を決定したとしても、そこに
戦略性がなければ結果は伴わないでしょう。最近の年
金運用の投資戦略を挙げるとすれば、脱従来型ベンチ
マーク、脱最適化、動態的資産管理の 3 通りがありま
す。例えば、従来は「ビルディング・ブロック方式」
で期待リターンを計算していました。しかし、過去の
データをそのまま将来に適用しても予測力がなく、よ
スクをヘッジするようなポートフォリオを組んでいく
という方法があります。最近の論文によると時価総額
加重のポートフォリオより、日本株、米国株、グロー
バル株のいずれにおいてもシャープ・レシオが高いと
いう研究結果が発表されています。また、株式代替と
してロング・ショート戦略やグローバルマクロ戦略と
いったヘッジファンドもあります。こうした株式戦略
をとることが、下振れリスクの抑制にもつながると考
えております。
りモデル・ドリブンで、フォワード・ルッキングな期
近藤:ありがとうございます。久保さんは年金の立場
待リターンを求める必要があります。最近では、ヘッ
からみて、動態的資産管理という荻島さんの提言につ
ジファンド等のオルタナティブ投資を含めて期待リ
いて、どう思われますか。
ターンを計算する必要があると思います。
久保:従来の方法は、政策アセットミックスで四資産
動態的資産管理という考え方は、次の三つに類型化
をベースに「バイ・アンド・ホールド」するといった
できます。一つは、年金基金全体に適用するケースで
ものでした。しかしながら、この方法には限界がある
す。例えば企業年金連合会で採用している、積立水準
というのが、多くの基金が感じていることだと思いま
をトリガーにして、積立余剰になればリスクを引き下
す。先ほど示された三つくらいのアイデアの中で、
げるといった管理方法です。二つ目は、パフォーマン
ヘッジファンドを入れオーバーレイをするというのは、
スに対する影響の大きい株式と為替について、オー
ここ 10 年くらいで部分的には進んできたと思います。
バーレイでダイナミックにヘッジをかけていくという
気になる点としては、昔の TAA を知っている者から
方法があります。三つ目は、運用会社が、株や債券以
すると、現実にそのような動態的管理手法を用いた場
外のリターン分布が正規分布に従わない仕組みを、株
合に、果たして将来実績があがるのか、という疑問が
や債券のファンドに入れる等の設計を行い、年金スポ
あります。
ンサーに提供する手法です。すなわち、マーケットが
不調の時に運用会社のファンドのパフォーマンスも悪
近藤:荻島さんにお伺いしますが、今の久保さんから
の疑問に対してどのようにお考えですか?
化するのではなく、下落時のストレスに強いファンド
にするという考え方です。
荻島:TAA というのは、超過収益の源泉として、昔
でいうと株と債券のウェイトを魅力度を測定して決定
次に株式戦略の話をしたいと思います。最近、株式
の集中投資、つまり銘柄数を絞ってポートフォリオを
構築するという方法が注目されています。97 年から
15 年間程を観察すると、二割弱くらいの銘柄は、株
価が上がっています。そこで、具体的な株式戦略とし
ては、優れた企業を発掘して 40 銘柄くらいの株に集
中投資していくという戦略です。また、ファンダメン
タル・インデックスとか最小分散ポートフォリオ、等
金額ポートフォリオ、その他複雑なダウンサイド・リ
するという、プロでも最も難しい判断をするものです。
私が言っている動態的管理というのは、株と債券の
ウェイトを決定するものではなく、例えば債券の中だ
けで、債券ファンド・マネジャーがスキルをもって今
は円債なのかヘッジ付き外債なのか、事業債なのかを
判断するというものです。株と債券のウェイトについ
ては、政策的に、トップダウンで、負債サイドも考え
ながら決定すべきと考えています。また、企業のリス
ク許容度や負債の変化、さらには資産クラスの期待リ
56
ターンなどの前提の構造的な変化によって、資産配分
て管理するという二元化の運営を取り入れる企業年金
が見直されることも動態的管理です。私が言う動態的
も出てきています。
管理は、その点が昔の TAA とは異なります。
さらに、企業年金によっては、動態的な資産管理に
近藤:それでは最後に、年金運営の組織体制という
よって、ヘッジではなくリターンの獲得を追求する年
テーマで喜多さんにプレゼンをお願いします。
金基金も出てくるかもしれません。リターン獲得のた
喜多:まず、母体企業にとっての年金基金の位置づけ
ということでは、従来、中~大企業の企業年金は、厚
生年金基金として国の年金を代行して支払う役割を半
分くらい負っていた関係から、母体企業から独立した
めの資産配分変更は、企業年金自身で投資判断するこ
とはなかなか困難かもしれません。マネジャーなど外
部に投資判断を任せるという選択肢も併せて検討する
ことになるかと思います。
存在として運営されてきました。しかし、代行返上以
近藤:今の喜多さんのプレゼンとの関連で、佐川さん
降は、国の年金を代行する責務がなくなり、より母体
にお聞きしたいのですが、ガバナンスの改善が今後の
企業の一部としての運営が求められるようになってき
課題とご指摘されていた点について、もう少し説明し
たのです。また、2000 年に退職給付会計が導入され、
ていただけますか。
企業年金の運用結果が、母体企業の財務諸表に影響を
及ぼすようになった結果、企業年金基金は、短期的に
母体企業の財務に及ぼす影響を気にしなければならな
くなりました。IFRS が適用されると、年金資産の未
認識債務が、株主資本に直接計上されるようになると
見られています。未認識債務の変動を抑えるために、
リスク回避的な方向性が世界的に強まってきています。
佐川:年金運営の伝統的なフレームワークや既存のガ
バナンスを変える必要がでてきた要因は何かと考えま
すと、まず、外国の年金制度に見られるような、年金
制度自体の成熟度の上昇によるキャッシュフローの流
出超の拡大があると思います。さらに、閉鎖型、つま
り新しい加入員を入れない年金制度の比率が高まって
来ている。また、年金資産の時価評価の強化という会
言うまでもなく、制度提供者である母体企業には、
計制度の変化もあります。今までのような伝統的なフ
年金制度自体を廃止・移行するといった決定権限があ
レームワークでは、これらに対応するのが難しくなっ
ります。DB 制度の持続可能性を高めるためには、年
てきたのだと思います。具体的には、欧米では、従来
金運営の中に、母体の視点をどのように入れていくの
型のフレームワークが LDI 型のフレームワークに急
かという考察が不可欠になってきています。たとえば、
速に変わってきています。LDI のフレームワークが当
母体企業に与える財務的影響が大きな企業年金の場合
然なものとして業界に認知され、新しいフレームワー
には、単に分散投資をするだけではなく、基本戦略と
クに基づいた運用戦略の議論がされています。
して、「ポートフォリオ・インシュアランス」とか、
「ダウンサイド・ヘッジ」とかをより具体的に考える
必要性がより高い状況にあると思います。また、年金
の性格にもよると思いますが、掛け金よりも給付金が
多く、キャッシュアウトが持続的に生じるような年金
基金も多数あります。そうなると、長期運用として
「バイ・アンド・ホールド」で運用することは、理論
的にもそぐわないはずです。資金流出に対応する部分
と、リターンの追求に対応する部分とに、資産を分け
日本では、長期間低金利が継続していることに加え
て、金利のボラティリティも低い状態が続いている結
果、例えば PBO のデュレーション・リスクという論
点があっても、スポンサーが実感としてリスクを感じ
るような経験をしていません。そのため、このリスク
をヘッジする必要性を感じないため、単純なディリス
キングのポートフォリオで止まってしまっています。
海外では、新しいフレームワークに基づいて、債務リ
スクをどうマネージするか、債務リスクをベンチマー
57
クとした時に、資産サイドは、どのようにベータとア
申すという実態があります。その際、事前に取り決め
ルファを選択し組合わせるべきなのか、という形で運
たリバランス・ルールに即して対応しようとすると、
用の中身が議論されていきます。
実際には、様々な意見で紛糾して収拾が付かなくなる
日本でも、同様の動きは既にありますが、フレーム
ワークが旧態依然のままで、お客様のニーズに対応す
るための、いろいろなプロダクトが提供されています。
ある意味で、フレームワークに収まりきれずに、プロ
ダクトがあふれ返ってしまっているような状態にある
ことが多くの基金で見受けられます。このように、平
時には簡単に出来ていたことも、有事には極めて難し
くなります。その点では、動態的管理とは少し違うか
もしれませんが、管理面を第三者に渡すことも一つの
手ではないかと思います。
と思います。本来、プロダクトは先に選ぶものではな
近藤:最後にコンサルタントの立場から、荻島さんと
く、最後に選ぶものだと思いますが、現状はプロダク
喜多さんにアドバイスをお願いします。
トを先に選んでしまっているような状態ではないで
しょうか。
荻島:有事の時に母体企業が年金基金に何を要求する
かで、真の投資信念が分かると思います。まず投資信
運用のフレームワークの構築は、ガバナンスと表裏
念があり、次に投資戦略があり、最後にマネジャー選
一体でもあります。その点においても、ガバナンスの
択があるということです。いくら良いプロダクトが
レベルアップが必要になってくるのではないかと思い
あっても、そこに投資信念も投資戦略もないと長期運
ます。
用は難しいのではないかと思います。
近藤:久保さんにお伺いしますが、年金基金の現場か
喜多:母体企業に与える財務的影響が大きい年金基金
ら見て、新しいプロセスの確立ということについて、
や、キャッシュアウトが大きい年金基金ほど、従来の
どのようにお考えでしょうか。
バイ・アンド・ホールドを捨て、新しい管理方法を検
久保:10 年前に比べると、退職給付会計が広まった
ことも要因と思いますが、母体企業の年金資産に対す
るグリップが強くなっている傾向があり、徐々にガバ
ナンスは良くなっていると思います。ただし、多くの
討する必要に迫られています。そこでは、基金と母体
企業とのコミュニケーションが最も重要であって、両
者が一体となって変えていかなければならないと思い
ます。
企業で平時において予定利率に近いところで回ってい
近藤:これをもってパネルディスカッションを終了と
れば、多少不足金が出ても、母体企業はほとんど何も
させていただきます。ありがとうございました。
言って来ない一方で、有事の時、例えば、3年連続で
マ イ ナ ス に な る と か 、 リー マ ン シ ョ ッ ク の よ う に
セミナー要旨作成:吉野
雅法
10%、20%マイナスになったという状態になると、物
58
「上場商品を用いたボラティリティ投資の実践」
-ETF ヘッジの有効性とデリバティブ取引ヘッジの違い-
(2012 年 2 月 21 日開催 大阪証券取引所/日本 CFA 協会共催セミナー)
講師:高橋康匡氏
(株式会社大阪証券取引所デリバティブ本部デリバティブ企画グループサブリーダー)
高橋氏は、2001 年に大阪証券取引所入社後、デリバ
に基づく VIX 指数先物を上場し、さらに VIX 指数先
ティブ取引の市場監視業務を経て、2003 年売買シス
物指数を計算して ETF を組成する、というのが概略
テムの開発の業務等に従事。2007 年に商品開発担当
だ。実務上、S&P500 オプションから VIX 指数にする
へ転じ、WTI の原油 ETF、東京工業品取引所 ETF、
ことまでは数理計算で可能だが、指数先物なしに投資
VIX 短期先物市場、VIX-ETF 等の上場を実現。
商品=ETF とするのはほとんど不可能だ。実際には先
―――――――――――――――――――――――
物を挟まないと ETF 等の証券化商品を作ることはで
きない。今出ている商品はすべて先物を使っている、
概観
これがポイント。今回の日経平均 VI も、日経 225 オ
私はデリバティブ本部でストラクチャード・プロダ
プションに始まって、日経 VI 指数、日経 VI 指数先物
クツの開発及び市場振興を担当している。今の主な商
(2012 年 2 月 27 日スタート)の順番で実現させ、最
品は ETF とカバードワラントで、法令改正要望、規
終的に ETF 等の仕組み商品を開発するという段取り
則改正、スキーム開発から証券会社でのセミナー出演
で進めている。
まで一通り行っている。
前半は VIX の話が中心。後半に日経平均 VI の話も
していくが、今日(2012 年 2 月 21 日)現在、日経平
均 VI 先物がないため、私のほうからこんなことをし
てみたいというお薦めが多くなるかと思う。
第一部
VIX指数
1 VIX とは
VIX は CBOE がライセンスを持っている指数で、
S&P500 オプションのアウト・オブ・ザ・マネー銘柄
の価格を元にした指数。日経 225 オプションの価格を
元にした日経平均 VI を作るときも VIX は候補に挙
がったが、VIX は米国で商標登録されているので、日
経平均 VI という形になったと聞いている。
VIX に連動する ETF に至る商品化の流れとしては、
S&P500 オプションから VIX 指数を計算し、VIX 指数
2 何故、ボラティリティが計れるのか
相場平穏時にはボラティリティは一定水準以下にあ
るが、相場急変時には想定を上回るような急上昇をす
る。VIX も日経平均 VI も基本的には株式を長期保有
する投資家が買うだろうと思って作った商品。売りに
回るのはかなりのリスクとなるので高度なリスク管理
能力が求められる。その点、ETF は空売りしない限り
買い方になるため投資ツールとしては利便性が高いと
考えている。
3 VIX 指数に係る商品化の流れ
VIX 指数はオプションの値段を原材料としているが、
実際に買えるオプション価格ではない。実際に VIX
指数同様のポジションを立てようとすると、マーケッ
ト・スプレッドもあればマーケット・リクイディティ
によるデメリットも受けるはずなのに、インデックス
59
のほとんどはそんなことお構いなしに作っている。つ
ンドン証券取引所では、債務証券を Certificate という
まり、VIX 指数自体が理論価格であり、実際にそのオ
形で上場している。詳細は Listing Authority の上場規
プションに投資しても再現できない。ところが、VIX
則チャプター18 を参照して欲しい。
先物指数は投資成果指数であるので、実際に買ったり
4 VIX 先物指数とは
売ったりしたときに出てきたものを使っている。そし
て、コンタンゴ(またはバックワデーション)の影響
を受ける。コンタンゴは、先上がり、第 1 限月より第
2 限月のほうが高い場合など、つまり、ロール・オー
バーするたびにどんどん損をするパターン。バックワ
デーションはこの逆で、期近が高くて期先が安いパ
ターン。ロール・オーバーするたびにどんどん現金が
入ってくる。VIX 指数が理論価格、VIX 先物指数が投
資成果指数であることにより、両指数間で変動率に差
が出ていることは認識して欲しい。
VIX 先物指数は、VIX 先物の第 4 限月、第 5 限月、
第 6 限月、第 7 限月を使って、残存期間が 150 日とな
るように日々ロール・オーバーを行った場合を再現し
たもの。すなわち、期近売り、期先買いが常に発生し
ており、市場参加者からは、機械的な期先買いが出る
のが分かっているので高値で売ってやろうという動き
が出る。特に流動性が低い第 6 限月から第 7 限月への
ロールに関しては高値掴みしてしまう可能性が一定度
ある。また、期近を売らなければいけないが、売りが
出ることが周囲に知られているので安くなるという現
VIX の商品化は、バークレイズによる「S&P500
VIX
Mid-Term Futures
ETN」が世界初。ETN は、
象が起こりやすい。このため、VIX 先物指数はコンタ
ンゴの影響をかなり受けやすくなっている。
Exchange Traded Note のこと。アメリカで証券化商品
を組成する場合は、普通二つのやり方から選択する。
一つは 1940 年投資会社法での SPC、他方は Unit Trust
使うケースだ。ETN はこのどちらでもなく、銀行の
第二部
VIX短期先物指数ETF
1 上場投資信託とは
ここでは税制と会計が中心となる。ETF はすべて追
社債券、日本でいうところの金商法第 2 条第 1 項第 5
加型株式投信だが、その中で特定株式投信に分類され
号の有価証券に分類される。ETN は社債券なので、
るものが最多。追加型株式投信を所得税制で分類する
カウンターパーティ・リスクがある。ETF と ETN の
と、特定株式投信以外に①特定証券投資信託、②外貨
違いは、ETF が信託財産をファンド運用者から倒産隔
建証券投資信託、③特定外貨建等証券投資信託の 3 種
離しているのに対し、ETN は運用者が運用財産を保
があり合計 4 種。それぞれ法人税益金不算入の割合が
管する点。ETN はカウンターパーティ・リスクを背
異なるが、もっとも益金不算入比率が高い特定株式投
負うとはいえ、利便性が高い商品なので「S&P500
信は上場が必須要件になっているので ETF 以外には
VIX
Mid-Term Futures
ETN」は 1,000 億円くらい売
存在しない。銀行投資家も益金不算入率の高さをメ
れた。組成実務に携わるとわかるが、VIX 関連商品を
リットと感じている。更にインサイダー取引対象外で
ETF で組成するのは困難。日本の投信法・信託法の枠
あるというメリット、エグジットは解約に加えマー
組みでも非常に難しい。アメリカもそれはわかってい
ケット売却もあるというメリットもある。
て、最初から ETN という商品からスタートした。近
2 国内組成 ETF 一覧との分類
頃、2011 年の年末になってようやくプロシェアーズ
(ProShares)という会社から VIX 関連の ETF が出て
きた。
ETF の中で分配金メリットがあるのは特定株式投信、
逆に特定外貨建等証券投資信託は税制上私募投信とか
わらないため、分配金が出る ETF であれば私募投信
一方、欧州では ETN という形式が存在しない。ロ
との優位性は無い。例えば、VIX 先物指数 ETF と特
60
定株式投信の ETF を組み合わせることにより、より
多くの分配金を取った上で、キャピタルロスへのリス
クヘッジが図れる(100%ではないが)。例えば、高
配当で知られるダウ 30ETF と組み合わせて利用する
と投資効果が大きい。
VIX 短期先物指数 ETF の過去の残高をみると、特
筆すべき点が二点ある。一つ目が 2011 年 3 月、地震
があったのにもかかわらず、伸びてない。つまり国内
相場にはあまり反応しないこと。二つ目が 8 月、米国
3 内国法人の ETF 保有時の税制(当社調査)
債格下げのタイミングで大幅増加していること。VIX
繰り返しになるが、ETF の税制では特定株式投信に
注目。一方で信託報酬は私募投信より高いため、
8 VIX 短期先物指数 ETF の残高推移
分
配金が少ない ETF では私募投信より利回りが低下す
るおそれもある。
4 銀行経理における勘定仕訳(当社調査)
銀行の業務純益に含まれるのは分配金(有価証券利
息配当金)。株式売却益は業務純益外となる。した
がって、一般的に銀行は分配金が多い商品を望む傾向
がある。
5 インサイダー取引規制及び大量保有報告書
ETF はインサイダー取引の規制の対象外。ETF に関
しては金商法 166 条及び同施行令 27 条の 3 において
対象外となっており、大量保有報告も対象外である。
短期先物指数 ETF は国内市場との相関性が薄い。
9 VIX 短期先物指数 ETF の仕組み
VIX 短期先物指数 ETF を取引している証券会社は
約 80 社。他の ETF と比して大変多いと言える。
(【補足】証券化商品とデリバティブ投資の比較)
自分自身でいくつかの金融法人へ行って感じるが、
一口に金融法人といっても金融商品知識のレベルがま
ちまちで、デリバティブがいくら便利だとしても使え
る人材がいない場合や内規で取引を禁止している場合
もある。さらに、デリバティブ会計の面倒さを考える
と、セールスサイドとしても、顧客にとってデリバ
ティブ利用がベストプラクティスなのかよく考えるべ
き。ETF のような証券化商品でないと利用できない顧
客もいる。自分自身、今後もデリバティブの啓蒙を
6 ETF の購入方法
顧客が株式や ETF を売買する際、証券会社によっ
図っていきたいが、デリバティブの生利用は他の担当
者に任せて、小職はデリバティブの証券化商品を促進
ては市場に取次ぐかケースと自社のトレーダーが引き
していきたい。
受けるかを選択する場合がある。株式は他社に投げる
Q&A
のが難しいが、ETF は理論価格が出ており専業の外部
トレーダーが存在するため、自社トレーダー価格との
相見積りが可能。例えば、シンガポールに拠点を置く
大手 ETF 専業マーケット・メーカーのフロートレー
ダーズがそのビジネスを行っている。
7 VIX 短期先物指数投信の概要
VIX 短期先物指数を連動対象とした国際投信のファ
ンドの大きさは、4 月 20 日現在で 130 億円に達して
おり、米国外では最大。
Q1>証券会社が ETF のポジションを取らないと、指
定証券会社としては機能しないということになるが、
これは儲からないビジネスだからやらなくなったの
か?
A1>本来、指定参加者がマーケット・メーカーを兼
ねていると解されていたが、これはボランタリーベー
スであり、慣習である。2001 年から続いていたが、
2009 年以降は、この慣習が崩れている。
アメリカがそうであるように、指定参加者(AP)と
マーケットメイカー(MM)の専門化・分業化が進ん
61
でいる。今後はますますその傾向が強まるだろう。
Q2>証拠金取引を使っている場合において、預かっ
ている信託財産をすべて使っていないのではないか?
A2>その通りだ。WTI 原油 ETF の場合、NYMEX に
預託している証拠金は信託財産の 8%程度、追証を含
めてもせいぜい 12%だ。つまり、追加型株投と言い
ながら、92%は現金で持てる。これでは投信法上株式
投信にならないので、現金部分で米国短期国債を買っ
た。
Q3>バークレイズはなぜこうした ETF を手掛けるの
かっているかどうかという違いになるのか?また値下
がりをヘッジするものなのか?
A4>1552 は 1561 と比べて短期での値上がり・値下が
りが大きい。1552 は短期目的、1561 は中長期の投資
家に使われている。なお、VIX は株価下落に反応する
というよりはびっくり度合の大きさによって変化する。
いいニュースがあって株価が急騰した時も VIX は上
がっている。
Q5>(Q4 に関連して)第 3 限月が対象とならないの
はなぜか?
か?
A5>流動性がないため。
A3>債券発行に係る手数料収入が目的。VIX 短期先
Q6>VIX 指数には為替リスクはあるのか?
物指数 ETF は満期 1~2 年以内の指数連動バークレイ
ズ債を入れており、乗換時の債券発行にあたっては
A6>為替リスクはある。VIX 指数は米ドル建てであ
るため、円安は値上り要因、円高は値下り要因となる。
バークレイズ銀行が純資産総額の一定割合の手数料を
以上
得る。
Q4>VIX 先物指数に関して、ETF コード 1552(第 1
限月、第 2 限月が対象)と 1561(第 4 限月から第 7
(2012 年 2 月 21 日、於 JASDAQ プラザ)
セミナー要旨作成:早川
正弓
限月が対象)は、投資家からみるとレバレッジがか
62
【スタディグループ】
日本における ESG 投資の課題と今後の展望
辻本臣哉、CFA
ESG と は 、 環 境 ( Environment ) 、 社 会
が、署名機関は ESG 評価に取り組むことになる。
( Society ) 、 コ ー ポ レ ー ト ガ バ ナ ン ス
このように ESG は、株式運用において重要な要
(Governance)の略称であり、これら3つの要素
素となってきており、国内でも様々な運用機関が
に基づいて企業を評価し、投資をするファンドが
ESG を評価し、株式運用に導入することに取り組
徐々にではあるがわが国で増えてきている。環境、
んでいる。しかし、これまでの財務情報中心の分析
社会については、SRI(社会的責任投資)が欧米を
と比較して、ESG の導入において、様々な課題が
中心に発展してきたが、日本でも、SRI や環境ファ
山積しているのが現状である。以下では、運用会社
ンドが投資信託を中心に販売されてきている。一方、
が直面するこうした課題について考察するとともに、
コーポレートガバナンスについては、コーポレート
今後の展望について考えていく。
ガバナンスの良い企業に投資するファンドや、コー
まず、運用機関が ESG 投資において抱える主な
ポレートガバナンスの悪い企業に投資し、それを改
課題は、ESG 投資のパフォーマンスと ESG 投資の
善することによりリターンを得ようとするファンド
調査・運用体制という 2 つであると考えられる。
などが、過去出現してきた。現在では、敵対的では
なく企業との対話を重視したコーポレートガバナン
スファンドが中心となっている。ESG 投資は、こ
うした SRI とコーポレートガバナンスファンドと
いう2つの流れを統合するものである。また、環境、
社会、コーポレートガバナンスとも非財務情報であ
ることから、これまでの財務情報中心の企業評価と
の比較から、ESG 投資を非財務情報による企業評
価ということもできる。
ESG 投資がファンドのパフォーマンスにどの程
度貢献するかについて、これまで数多くの議論がな
されてきた。とくに、アカデミックを中心に、数々
の実証分析が行われてきた。ここでは、その実証分
析のサーベイを行うのではなく、ESG 要素と株価
パフォーマンスの関係における課題を考察する。株
価パフォーマンスといった場合、2種類の指標が考
えられる。1 つ目は、株式市場による企業評価であ
る。株価/1 株当り純資産(P/B)やトービンの
資産運用業界をとりまく環境としては、責任投資
原則(PRI)の発足が挙げられる。これは、2006
年 4 月に、国連環境計画の金融イニシアチブ
(UNEP‐FI)と国連グローバル・コンパクトが
中心となって作成されたものである。PRI は、投
資家に ESG の視点を投資プロセスに導入すること
を求めている。日本でも多くの運用機関が PRI に
署名している。もちろん PRI に法的拘束力はない
Q のように、株式市場からの評価を数値化したもの
を用いる。すなわち、ESG が優れた企業と、そう
でない企業で株式市場による企業評価に違いがある
かどうかを検証することになる。もう1つは、超過
リターンである。ESG に優れた企業に投資をした
場合、インデックスや ESG が劣る企業と比べて、
高い株式リターンが得られるかどうか検証すること
になる。しかしながら、この2種類の検証は矛盾す
63
る。ESG が優れた企業が高い株式市場で高い評価
い。実証分析でも、財務情報を統計的にコントロー
を得ていたとしても、これは超過リターンにつなが
ルして純粋な ESG 効果を摘出し、株価への影響を
らない。超過リターンは、ミスプライシング、すな
検証することになる。言い換えれば、財務情報のイ
わち ESG が優れた企業が割安に評価されている場
ンパクトが相対的に大きいということである。これ
合にのみ発生することになる。ESG 投資が正当化
は、ESG 要素のみで高いリターンを生み出すのが
されるためには、インデックス等と比較して、超過
難しいことを示している。SRI ファンドでも財務情
リターンを得なければならないが、そのためには、
報を無視しているわけではない。SRI 系の多くの
ミスプライシングされていることを検証しなければ
ファンドは、ESG 情報だけではなく財務情報も考
ならない。たとえ、ミスプライシングが検証できた
慮したものとなっている。
としても、一度ミスプライシングが修正され、超過
リターンが達成された場合、ESG 投資を行う合理
性が失われることになる。
ESG 投資のパフォーマンスに関する次の問題は、
第 2 の課題は、ESG 投資の調査・運用体制であ
る。現在、多くの運用会社では、E・S については、
外部の調査機関のリサーチを主に活用している。ま
た、運用会社内では、SRI 運用者等(専門のアナリ
ESG 要素の定義である。G(コーポレートガバナ
ストがいる場合もある)が、E・S について分析を
ンス)については、社外取締役比率や取締役の持ち
行っている。G については、ESG 投資ではない一
株比率等、要素の選択及び数値化が比較的容易であ
般的なファンドを運用しているセクターアナリスト
る。一方、E(環境)や S(社会)については、ど
やポートフォリオ・マネジャーが、財務情報中心の
の要素を選択するかといった問題が大きい。業種や
分析を補完する形で分析している場合もある。その
企業によっても、E・S の要素は異なる可能性が高
意味では、G については既に一般的なファンドの運
く、共通の要素を取り出して各社を比較・評価する
用に組み込まれていることになる。ここに 2 つの
ことは不可能である。また、たとえ要素を選択でき
問題が内在している。まず、E・S を分析する人と
たとしてもそれを数値化することは難しい。した
G を分析する人が異なっていることである。もちろ
がって、E・S については、基本的には客観的な数
ん、最近では ESG すべてを一括して分析する人や
値による分析だけではなく、評価者の主観に依存す
組織も増えてきているが、多くは E・S と G は分
ることになる。これは、G にも当てはまる。確かに
離された状況にある。もう 1 つの問題は、E・S に
G では、要素の選択及び数値化が可能であるが、こ
ついて、SRI ファンドを中心にそのリサーチが利用
の数値のみで企業を評価することは難しい。例えば、
されているのに対し、G は SRI 以外の一般のファ
社外取締役であってもその独立性が重要となる。こ
ンドにも利用されていることである。ここでも、
の場合、単なる社外取締役数ではなく、評価者によ
E・S と G の分離されている問題がある。この問題
る独立性のチェックなども重要になる。以上から、
は、言い換えると、E・S が財務情報中心の従来の
ESG すべてにおいて、評価者による主観的な分析
分析から切り離されていることを意味する。
が必要となる。
パフォーマンスにおける最後の課題は、ESG 要
投資対象となる企業にも同様の状況が存在する。
大手の企業では、CSR 担当部署が設置されており、
素が株価へ与えるインパクトの大きさである。不祥
E・S(G も担当しているところもある)について
事等を例外として、通常 ESG 要素が株価へ与える
の社内情報を収集分析している。一方、IR 担当部
インパクトは、財務情報と比較して、相対的に小さ
署は従来の財務情報を取り扱っており、最近では G
64
についても担当している。すなわち、企業サイドで
れるわけではない。しかしながら、財務情報と非財
も E・S 情報と財務情報が別々に取り扱われている
務情報を含めた総合的な企業評価によるファンドが、
ことになる。とくに、CSR 担当部署が総務部、IR
財務情報中心の従来型ファンドと、パフォーマンス
担当部署が経理部にあるといった状況では、2 つの
を比較することにより、ESG 要素のパフォーマン
情報は統合されることが難しい。結果として、運用
スへの寄与度が分析されることになる。
会社の E・S 分析担当者が、企業の CSR 担当部署
に取材に行き、従来の財務情報中心の分析担当者
( セ ク タ ー ア ナリ ス ト やポ ー ト フ ォ リ オ ・ マ ネ
ジャー)が IR 担当部署に取材に行くことになる。
理想として、財務情報と非財務情報(ESG)とは
統合して分析される必要があるが、企業サイドでも
運用会社サイドでも、分離された状況にある。
財務情報中心で運用されているファンドに ESG
要素を導入することは、財務情報中心の分析を行っ
てきたセクターアナリストやポートフォリオ・マネ
ジャーが、ESG についても分析をする必要に迫ら
れる。前述のように、G については、セクターアナ
リストやポートフォリオ・マネジャーも、企業評価
の重要な要素として認識し、ある程度の理解が進ん
以上のように E・S、G、財務情報を一括して分
でいるように思われる。今後は、E・S に対して、
析している者は少ない。もちろん、それぞれの専門
いかに取り組むかが課題となる。これまで、ESG
家が、情報や意見を共有し、企業の評価を行えば問
について様々な勉強会が開催されてきているが、そ
題はない。しかし、それぞれの専門家が、相手の専
の主な参加者は ESG 専門担当者である。今後は、
門をある程度理解していないと、情報や意見を共有
セクターアナリストやポートフォリオ・マネジャー
することは難しい。現在、E・S(あるいは ESG)
が積極的にこうした勉強会に参加して、ESG に対
に詳しい者、財務情報に詳しい者はいるが、両方に
して理解を深めるとともに、企業評価に導入してい
通じている者は少ない。
くことが望まれる。このことは、ひとりのアナリス
これまで、ESG 投資に関わる 2 つの課題につい
て考察してきたが、以下では、この課題を踏まえ、
今後の展望について述べていきたい。結論から言え
トまたはポートフォリオ・マネジャーが、財務情報
と非財務情報(ESG)の両方を用いて、総合的に
企業を評価することを意味する。
ば、こうした課題の克服の中心になるのは、メイン
こうしたメインストリーム化により、運用会社に
ストリーム化である。すなわち、現在、財務情報中
おいて、財務情報、E・S、G が分離して分析され
心で運用されているファンドに ESG 要素を導入す
る状況が解消されることが期待される。一方、ひと
ることである。この場合、ESG 要素は、絶対的な
りのアナリストまたはポートフォリオ・マネジャー
投資尺度ではなく、財務情報による従来型の分析と
が、財務情報と ESG 情報を分析する場合、投資対
統合された形で、企業評価に用いられることになる。
象となる企業サイドの対応も変化することが考えら
ESG 要素はパフォーマンスに重要であると考えら
れる。CSR 担当部署と IR 担当部署が密接に情報交
れるが、前述したようにそのインパクトは財務情報
換する、あるいは両部署が組織的に近くなっていく
と比較して小さい。SRI 等にも財務情報が考慮され
のではないだろうか。その結果、運用会社のセク
ていることを考えれば、一般的なファンドに ESG
ターアナリストとポートフォリオ・マネジャーが企
要素を統合することに合理性が高いように思われる。
業と、財務情報及び非財務情報(ESG)の両方に
もちろん、メインストリーム化だけでは、前述した
ついて議論することが可能となる。
ESG 要素とパフォーマンスの問題がすべて解決さ
最後に、メインストリーム化が株式市場に与える
65
影響について考えたい。確かに、一般的なファンド
ジャー、または IR を中心とした企業サイドの人々
にとって、ESG 要素が重要な役割を担うが、SRI
は、SRI 等に関わる人々よりもはるかに多い。した
等ほどではない。しかし、一般的なファンドの規模
がって、メインストリーム化の進展にともない、
は、SRI よりもはるかに大きい。また、それに関わ
ESG が株式市場に与える影響は、ますます拡大す
る セ ク タ ー ア ナリ ス ト やポ ー ト フ ォ リ オ ・ マ ネ
るものと考えられる。
66
【ブックレビュー】
「G20 の経済学 国際協調と日本の成長戦略」中林伸一著 中公新書」および関連図書
佐志田 晶夫、CFA
著者は 86 年大蔵省入省、オックスフォード大学修
士、IMF アジア太平洋局審議役、東京大学公共政策大
学院教授などを経て、IMF 国際経済コンサルタント。
資本移動と為替変動を含むオープンマクロ経済学の
実際的な知識と国際政策協調枠組みの基本を知ること
は、サブ・プライム問題から続く国際金融危機やユー
ロ圏の問題理解のため不可欠である。だが、経済・金
融市場分析専門のエコノミストではなくポートフォリ
オ・マネージャーなど運用の実務家が、こうした知識
を吸収するのに適した本は少ない。理論偏重では実務
の役には立ちづらいし、一方で時事的な解説書の多く
は、当座有用でもすぐ古びていくことから逃れ難い。
この点、「G20 の経済学
国際協調と日本の成長戦
略」は、IMF 勤務など著者の経験を生かし国際経済の
動きを整理、政策協調の枠組み変化の背景を説明し金
融危機発生の経緯と対応、再発防止策の要点を的確に
論じている。新書版で約 250 ページとコンパクトだが
主要な論点をカバーし課題の提示も含め充実した内容
だ。以下では、本書の概要を紹介し政策協調の多様な
課題を整理、補足的政策協調の歴史や国際金融に関連
する図書をいくつか簡単に紹介したい(敬称略)。
などの背景を踏まえて概観する。その中で、国家の政
策運営体制の相違や為替調整問題で、中国との政策協
調が容易ではないことを指摘している。
ついで、第 2 章:『世界金融危機と政策協調』では、
先般の世界金融危機への対応を振り返り、サブ・プラ
イム危機以降の金融危機の展開、各国中央銀行による
資金供給など国際金融システム安定の諸施策を概括す
る。その上で金融危機が生んだ景気後退に対する財政
政策の協調による総需要対策とその結果生じた財政収
支の悪化、ソブリン債務問題を論じる。また、先進国
と新興国の対立の場ともなる G20 の限界に言及しユー
ロ危機と欧州の政策協調へ議論を進める。
第 3 章:『金融危機の防止と政策協調』は、バブル
発生と崩壊への政策対応の考え方として Fed View
(バブル崩壊後の事後対応)と BIS View(マクロプ
ルーデンスによる事前対策)を対比して説明、金融・
通貨危機の経緯と原因を論じている。さらに、金融危
機で明らかになった IMF の組織運営上の問題点につき、
IEO(IMF の独立評価機関)の報告書を紹介しつつ要
点を整理している。政策面では為替レート管理及び資
本移動規制緩和の是非など、アジア危機への IMF の対
応を批判的に検討し、さらに、金融危機再発防止に向
本書は、4 章から構成されている。第 1 章:『政策
協調と対外不均衡』では、まず、オープンマクロ経済
学の基本を簡単に説明した上で、プラザ合意など 80
けた国際的金融規制の問題を取り上げる。IMF の果た
すべき機能と組織面やガバナンスを含む問題点の説明
は興味深く、評者には極めて有益だった。
年代の対外不均衡に対応した政策協調の推移を検証、
多角的サーベイランスなど、その後の政策協調遂行の
基礎となったメカニズムを論じている。続いて、政策
協調の遂行主体が G7 から G20 に変化してきた過程を、
国際経済での主要な不均衡問題が米・日から米・中に
移り、世界経済における新興国の比重が高まってきた
第 4 章『途上国・新興国経済と日本の成長戦略』で
は、サブ・プライム危機以降に資本輸出が減少・不安
定化したことが世界経済の一方の主役となってきた新
興国(ブラジル、インド、韓国)に及ぼした影響を分
析、こうした環境での IMF プログラムの変化を概観す
る。合わせてやや中長期的な課題である途上国支援と
67
開発援助の課題を取り上げ、中国と日本の対外援助の
為替ターゲットゾーン構想やマクロポリシーミックス
対比を踏まえて日本の成長戦略を論じる。
を分析的な支えとしたが、第 1 章で参照される J.A.
限られた紙幅にも関わらず幅広い内容だが、IMF な
どでの実際的な経験もある著者がオープンマクロ経済
学を活用しつつ論じているため、断片的な記述とは
なっていない。むしろ、国際経済と国際政治の現実を
フランケル、服部彰編著「1990 年代の国際政策協調」
同文舘、1992 年で主要な議論が一覧できる。複数の
国際マクロ計量モデルの政策効果比較では、モデルの
見解一致が簡単でないことが示される。
踏まえ、政策の効果と協調の課題を理論的・説得的に
90 年代は規制緩和とグローバルな投資家の増加に
論じ、相互に関連した問題を多層的に整理している。
より資本移動が活発化し為替レートをターゲットとし
様々な政策論義や国際機関をも巻き込む各国交渉の難
た政策協調の動きはやや鎮静化したようだ。欧州通貨
しさを含んだ臨場感のある記述は読み応えがある。
危機、アジア危機、ロシア危機、LTCM 破綻など資金
「おわりに」で著者が指摘するように、中国の動向に
フローの変動で生じた危機への対応と市場化・自由化
は多くの言及がなされている。政策協調、開発援助
を目指した東欧やアジアの構造調整に政策論議の重点
(特に対アフリカ)資源投資などで手ごわい隣国への
は移っている。ただし、IMF の政策は資本自由化や財
対応は日本の国家戦略に大切との指摘からは、著者の
政緊縮化を強調しすぎたとの批判が強い。本書、第 3
懸念が伝わってくる。政策協調は“主権国家”が行う
章は資本自由化とアジア通貨危機に言及し自由化の
ものだが主権国家には、国家戦略が必須なのが理解で
ペースや順序の重要性を指摘する。アジア危機は、資
きよう。
本移動による資産バブル・経済過熱を伴ったが、吉富
近年、アジア危機と欧州債務危機での IMF の対応の
異同や IMF の運営・ガバナンスには問題点も指摘され
てきている。現今の欧州危機への対応以降、IMF がマ
勝:「アジア経済の真実」東洋経済、2003 年が資本
収支、金融自由化と経済危機の展開を分析している。
2000 年代後半以降最近に至るサブ・プライム問題、
クロ政策を支援し開発金融を世銀などが担うグローバ
リーマン破綻、ソブリン危機では経常収支不均衡と表
ルな枠組みは、経済地域毎の協調体制によってどの程
裏の資本移動を担う国際金融システムに問題が発生し
度代替されるだろうか。宮沢構想の頃と異なりチェン
マクロ政策協調に加えて金融システム維持や金融規制
マイイニシアティブ増強、ASEAN+3 リサーチオフィ
の協調が不可欠となった。それまで、バーゼル規制な
ス創設と域内サーベイランス開始、アジア債券市場育
どの国際的な枠組みは、競争条件均衡や個別行の健全
成イニシアティブと ADB の支援やインフラプロジェク
性基準共通化を重視していた。金融危機を経てマクロ
トなどアジアでの政策協調と開発援助が進展している。
プルーデンスやシステミックリスクへの対応が重視さ
アジアでの中国との協働で生じる問題への対応を含め
れている。「グローバル金融新秩序」日本経済新聞社
た著者の次作を読む機会が得られれば幸いである。
2009 年、淵田康之は、各分野の金融規制を関連付け
以下では、関連文献を若干紹介しよう。80 年代に
はレーガノミクスと米国の双子の赤字に伴う国際不均
衡を背景に政策協調の議論が本格化した。船橋洋一の
「通貨烈烈」朝日新聞社、1988 年は、プラザ合意か
らルーブル合意までを詳述、各国首脳を含む政策当局
者に取材してその動きと市場の反応を描いたジャーナ
て整理している。その後も金融規制改革は、G20 サ
ミットを節目に進展し続けているが、本書第 3 章と合
わせ 2011 年 11 月日本証券経済研究所での河野正道
(金融庁審議官、IOSCO ボード議長就任)の講演録、
「国際金融規制の動向」では、制度・規制の設計段階
から実施に重点が移りつつある状況が概観できる。
リズムからのこの分野の古典。国際政策協調の議論は
68
編集委員・翻訳者
編集後記
大浜
匠一、CFA
最新の投資理論や研究成果を掲載する FAJ は、投資
小澤
光浩、CFA
とは何かという本質的な問題から、より実践的な投資
斉藤
哲朗、CFA
アプローチや手法に至るまで、様々な視点や考え方、
佐々木
龍、CFA
示唆に富んだ洞察を与えてくれる、投資運用業務に携
佐志田
晶夫、CFA
わる者にとって、まさに「宝の山」と言えます。しか
獅々見
和秀、CFA
し、内容がかなり高度であること、また英文というこ
中瀬
康彦、CFA
ともあり、日本では十分に活用されていないのではな
早川
正弓
いかとの(自省を含めた)認識から、FAJ 論文の翻
森田
智弘、CFA
訳・抄訳を軸に、セミナーの講演やスタディグループ
森
吉野
由紀、CFA
雅法
での議論など日本 CFA 協会独自のコンテンツを加え
て、ジャーナルを編集・出版するという企画が持ち上
がったのが昨年の終わり。その後、ボランティアの募
集に始まり、内容の選定、原稿の校正、名称およびデ
FAJ 論文翻訳に関する注意事項
ザインの検討を行いました。皆が出版については素人
のため試行錯誤しつつも、微力ながら我が国の投資運
当ジャーナルに掲載する Financial Analyst Journal (FAJ)
用業界の発展に貢献したいとの思いから、本業の合間、
論文は、CFA 協会の許可を得て日本 CFA 協会が全部
週末を中心に作業し、何とか上梓に至ることができま
または一部を翻訳したものであり、著作権は CFA 協
した。編集委員一同、読者の皆さまに役立てていただ
会が有しています。日本語訳および英語原本で内容の
ければと、願っております。
相違が生じている場合は、英語原本の内容を優先しま
す。
当創刊号は FAJ 論文が大部分を占める構成となって
いますが、今後は募集論文を含め日本独自のコンテン
ツをさらに充実させていきたいと考えております。是
非ご意見・ご感想等をお寄せください。また、編集ボ
ランティアも引き続き募集しておりますので、協会ま
でご連絡ください。
(獅々見
和秀、CFA)
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一般社団法人 日本 CFA 協会
103-0023 東京都中央区日本橋本町 1-3-8
Tel 03-3517-5471
[email protected]
www.cfasociety.org/japan
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