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小児感染免疫 Vol. 22 No. 2 169
2010
第 41 回日本小児感染症学会ワークショップ 1
当院 PICU における人工呼吸器関連肺炎
(ventilator associated pneumonia:VAP)の起因菌
*
多 田 昌 弘 笠 井 正 志**
は じ め に
貪食像がみられた形体と一致した菌,また,グラ
ム染色で貪食像がみられなかった場合は,グラム
当院 PICU(pediatric intensive care unit:小児集
染色で確認できた最多数の形体と一致した菌」を
中治療室)では年間 350 名の入室があり,入室患
起因菌として定義した.定義にあてはまる菌種が
者の 75%が人工呼吸管理を必要としている.人工
複数ある場合は起因菌不明とした.
呼吸器関連肺炎(ventilator associated pneumonia:
診断・治療方針は以下の通り行った(図 2)
.
VAP)の予防のため,成人で予防効果があるとされ
VAP を疑わせる症状(喀痰の増加,酸素化悪化,
ている方法をできるだけ実践しているが,それで
換気条件の上昇,発熱など)が出現した場合,気
も VAP の発症は避けられない.治療にあたるう
管吸引痰を採取し細菌培養開始と同時にグラム染
えでは,起因菌の診断方法,起因菌の頻度などに
色して鏡検を行う.グラム染色は細菌検査室の検
ついて,成人のデータを参考にしている.国内に
査技師もしくは,当直帯であれば PICU の医師が
参考になる小児のデータがほとんどないため,当
行った.鏡検で白血球に貪食されている細菌を確
院 PICU では VAP 治療に際して,治療前に気管吸
認し,起因菌の推定とそれにあった抗菌薬の選択
引痰のグラム染色を行い,その結果を基に起因菌
を行い治療開始する.治療開始後も注意深く症状
の推定をし,抗菌薬の選択を行っている.
の経過を観察する.発症当日,翌日と胸部 X 線検
今回われわれは 2008 年度に当院 PICU で発症
査で,肺野の状態の評価を行う.治療開始翌日に
した VAP 症例に,上記の診断・治療方針で治療
あらためて気管吸引痰のグラム染色を再検し菌量
を行った.起因菌について検討を行ったので報告
減少の確認を行う.その後,数日間の経過で症状
する.
改善の評価をし,培養結果の確認をする.培養さ
Ⅰ.対象と方法
れた菌種のうち,治療開始前の喀痰培養で培養さ
れた起因菌の感受性を確認し,現在の抗菌薬継続
対象は 2008 年度,当院 PICU で人工呼吸管理
投与か,de−escalation 可能かどうかの判断を行
を行った 270 例のうち CDC(Centers for Disease
う.
Control and Prevention)の臨床的に定義される肺
Ⅱ.結 果
(図 1)を満たす 13 例を対象とし
炎の診断基準1)
た.
起因菌については,
「気管吸引痰のグラム染色で
*
長野県立こども病院麻酔集中治療部 Yoshihiro Tada
〔〒399−8288 安曇野市豊科 3100〕
**
丸の内病院小児科 Masashi Kasai
対象の内訳
症例の詳細を表 1 に示す.年齢・性別・基礎疾
170
2010
X線
連続した2回以上の胸部X線写真で少なくとも以下の
一つがみられる
浸潤影・硬化像・空洞形成・気腫(1歳以下の乳児)
1歳以下の場合
1歳以上12歳以下の場合
ガス交換の悪化所見+以下のうち少なく
とも3つ以上を満たす
・不安定な体温
・WBC<4,000/μlまたは>15,000/μlで
かつ桿状核が>10%
・喀痰所見の変化
・呼吸パターンの変化(無呼吸,多呼吸,
陥没呼吸など)
・ラ音あるいは気管支呼吸音
・咳嗽
・脈の変化(<100 bpm, >170 bpm)
以下のうち少なくとも3つ以上を満たす
・発熱(>38.4℃,<36.5℃)
・WBC<4,000/μlまたは>15,000/μl
・喀痰所見の変化
・呼吸パターンなどの悪化(咳,呼吸困
難,無呼吸,多呼吸など)
・ラ音あるいは気管支呼吸音
・ガス交換の悪化所見
図 1 臨床的に定義される肺炎の診断基準(CDC)
症状
喀痰の増加
酸素化悪化
換気条件の上昇
発熱 など
喀痰の採取
グラム染色
起因菌の想定
抗菌薬の選択
治療開始
注意深く症状を観察
翌日グラム染色で
菌量のチェック
症状改善の
有無の評価
培養結果の確認
de−escalationの検討
または
現在の抗菌薬継続の判断
治療期間の決定
図 2 診断治療方針
患・入院から発症までの日数・気管挿管から発症
治療前の血液培養提出は 13 例中 9 例に行われ
までの日数・発症前の抗菌薬投与の有無・治療前
ていたが,陽性例は 1 例もなかった.
の血液培養採取の有無・起因菌・年齢月齢相当の
起因菌は気管挿管症例では H. influenzae が 5
発達の有無・転帰を示した.
例,P. aeruginosa が 3 例,H. parainfluenzae が 1
対象となった 13 例は年齢が 0 歳 4 カ月∼16
例,Neisseria が 1 例,同定できなかった症例が 1
歳 1 カ月,気管挿管例が 11 例,気管切開例が 2
例だった.気管切開症例では P. aeruginosa が 1
例だった.性別は男児 10 名,女児 3 名だった.
例,もう 1 例は同定できなかった.
気管挿管症例では入院から発症までの日数は
発症前の精神運動発達遅延の有無については,
1∼240 日(中央値 7 日)だった.気管切開症例で
13 例中 7 例に発達遅延が認められた.
は入院から発症までの日数は 10 日と 13 日だっ
た.
Ⅲ.考 察
気管挿管から発症までの日数は 1∼130 日(中
今回の調査で,起因菌が判明した 11 例中で H.
央値 10 日)だった.
influenzae が最多で 5 例,P. aeruginosa が 4 例で
発症前の抗菌薬投与は 13 例中 6 例に行われて
あった(図 3).成人院内肺炎診療ガイドライン2)
いた.
では,成人の VAP の起因菌は多い順に緑膿菌,黄
小児感染免疫 Vol. 22 No. 2 171
2010
表 1 症例の背景
症例
番号
年齢
性別
基礎疾患
1
2
4y0m
1y9m
M
M
3
4y3m
F
口蓋裂術後
低酸素性虚血性脳
症
巨舌減量術後
4
2y2m
F
5
6
7
3y5m
0 y 11 m
12 y 9 m
M
M
M
8
9
10
4y1m
2y5m
0y4m
F
M
M
11
2y6m
M
12
16 y 1 m
M
13
2y2m
M
ファロー四徴症,
術後心肺停止後
群発性けいれん
急性脳症
ベッカー型筋ジス
トロフィー
外傷性皮膚欠損
溺水後心肺停止
総肺静脈還流異常,
慢性腎不全
総肺静脈還流異常,
肺高血圧
脳性麻痺,急性骨
髄性白血病
CHARGE 連合
入院 から 数えた
発症日
気管挿管
から発症
までの 日数 発症前
の抗菌
薬投与
血液
培養
2
3
1
60
あり
―
なし
あり
4
3
あり
なし
5
3
あり
5
7
10
5
7
10
11
12
130
起因菌
年齢・
月齢 相当の
発達 転帰
あり
遅延
軽快
軽快
あり
軽快
あり
H. influenzae
複数菌検出で
同定できず
H. parainfluenzae
P. aeruginosa
遅延
あり
―
―
あり
なし
あり
H. influenzae
H. influenzae
P. aeruginosa
あり
あり
遅延
原疾患悪化の
ため死亡
軽快
軽快
軽快
11
12
130
あり
―
あり
あり
なし
あり
H. influenzae
H. influenzae
P. aeruginosa
あり
あり
遅延
240
44
―
あり
Neisseria sp
遅延
軽快
軽快
治療中止後 12
日で再発 VAP
軽快
10
気管切開
―
あり
P. aeruginosa
遅延
軽快
13
気管切開
―
あり
複数菌検出で
同定できず
遅延
軽快
色ブドウ球菌,腸内細菌,ヘモフィルス属,スト
差は認められなかった.発症前の抗菌薬投与の有
レプトコッカス属,アシネトバクター属,肺炎球
無について,H. influenzae が起因菌の群では 5 例
3)
菌 となっており,今回の調査で得られた起因菌
中 3 例に投与されており,P. aeruginosa が起因菌
の頻度とは異なっていた.起因菌の頻度が成人と
の群では 4 例中 2 例に投与されていたが,両群に
異なる原因は気道常在菌の相違によるものと考え
明らかな差は認められなかった.成人と同様にこ
られた.
のようなパラメーターで起因菌の推定をすること
成人の VAP では起因菌の推定は,気管挿管か
は難しいことがわかった.
らの日数を参考に 4∼5 日以上経過していれば院
今回の症例では,P. aeruginosa が起因菌の群と
内肺炎として扱っているが,今回の調査ではいわ
H. influenzae が起因菌の群で差が認められた項目
ゆる市中肺炎の起因菌である,H. influenzae が入
は,PICU 入室前の精神運動発達状況であった.H.
院後 12 日目の発症の症例まで認められた.原因
influenzae が起因菌の群の患児は発達が正常の児
として考えられるのは,耐性菌の定着しにくい環
で,P. aeruginosa が起因菌の群の患児は発達遅延
境,いわゆる院内感染対策の成功が考えられた.
のある児であった.高齢者では ADL(activities of
グラム染色で起因菌と考えられた菌がグラム陰
daily living)が低いと P. aeruginosa が起因菌とな
性桿菌の場合,P. aeruginosa か H. influenzae かで
ることが多いとされ4),小児でも精神運動発達の
選択する抗菌薬が異なるため,この 2 菌種の推定
状態が起因菌の推定に有用である可能性が考えら
ができるパラメーターを調査した(表 2).
れた.
入院から発症日,気管挿管から発症日に関して
今回 VAP と診断した症例は CDC の基準を満
は 1 例の長期入院患児を除けば両群に明らかな
たした症例だが,実際には胸部 X 線に所見がでる
172
2010
表 2 起因菌ごとの背景
入院 から 数えた
発症日
症例
番号
年齢
性別
基礎疾患
1
5
6
8
9
4
4y0m
3y5m
0 y 11 m
4y1m
2y5m
2y2m
M
M
M
F
M
F
7
12 y 9 m
M
10
0y4m
M
12
16 y 1 m
M
口蓋裂術後
群発性けいれん
急性脳症
外傷性皮膚欠損
溺水後心肺停止
ファロー四徴症,
術後心肺停止後
ベッカー型筋ジス
トロフィー
総肺静脈還流異常,
慢性腎不全
脳性麻痺,急性骨
髄性白血病
気管挿管
発症前
から発症
の抗菌
までの 薬投与
日数 血液
培養
起因菌
年齢・
月齢 相当の
発達 2
5
7
11
12
5
1
5
7
11
12
3
あり
あり
―
あり
―
あり
なし
あり
なし
あり
なし
あり
H. influenzae
H. influenzae
H. influenzae
H. influenzae
H. influenzae
P. aeruginosa
あり
あり
あり
あり
あり
遅延
10
10
―
あり
P. aeruginosa
遅延
130
130
あり
あり
P. aeruginosa
遅延
10
気管切開
―
あり
P. aeruginosa
遅延
転帰
軽快
軽快
軽快
軽快
軽快
原疾患悪化
のため死亡
軽快
治 療 中 止 後 12
日で再発 VAP
軽快
な姿勢が必要と考えられた.
今回の調査で,成人のデータ,海外のデータを
2
1
5
4
H. influenzae
そのまま国内の小児にあてはめることは難しいと
P. aeruginosa
考えられた.国内の呼吸管理が必要な重症小児の
H. parainfluenzae
数は決して多くなく,データ収集と集積のため,
不明
多施設間でのデータ共有が必要である.そのため
の統一された,肺炎の診断基準・起因菌の定義の
設定などが必要と考えられた.
図 3 起因菌の頻度
文 献
前に,治療を開始していることも多かった.VAP
1)CDC:Ventilator−Associated Pneumonia (VAP)
Event(http://www.cdc.gov/nhsn/PDFs/pscManual/6pscVAPcurrent.pdf)
の診断は困難で起因菌の同定に至らなかった症例
ると考えている.治療前の血液培養は 13 例中 6
2)日本呼吸器学会「呼吸器感染症に関するガイドラ
イン作成委員会」:成人院内肺炎診療ガイドライ
ン,
「呼吸器感染症に関するガイドライン」,2008
52−59
例で提出されていたが,陽性例は 1 例もなく,残
3)Chastre J, Fagon JY:Ventilator−associated
も 13 例中 2 例あった.グラム染色と培養を繰り
返すことで診断の精度をさらにあげることができ
念ながら起因菌の診断には有用でない可能性が考
pneumonia. Am J Respir Crit Care Med 165:867−
えられた.
「重症だから広域」という抗菌薬の選択でなく,
「重症で気管挿管されているからきちんと下気道
associated pneumonia. Lancet Infect Dis 10(4)
:
279−287, 2010
の検体を採取し,きちんと起因菌を同定する」と
いう診断に基づいた抗菌薬の選択がなされるよう
*
903, 2002
4)Ewig S, Welte T, Chastre J, et al:Rethinking the
concepts of community−acquired and health−care−
*
*
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