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奇人探偵が優雅に乗りこなす ビュイック・ロードマスター
『魍魎の匣 (もうりょうのはこ) 』 12 月 22 日 ( 土 ) 公開 渋谷東急ほか全国松竹・東急系にて C 2007「魍魎の匣」製作委員会 ○ 奇人探偵が優雅に乗りこなす ビュイック・ロードマスター 作家・京極夏彦が描く 「京極堂」シリーズは、 い。だがクルマ 科学と怪奇がまだ均衡していた昭和初期を舞台 自体が少ないこの に描くミステリーだ。主人公は現代の陰陽師にし 時代の日本で、真っ て古本屋、中善寺明彦。膨大な知識を持つこの 赤な輸入車というのはど 人物が次々と起こる怪事件を解明してゆくのだ うだろう。これじゃあ張り込み が、 その周辺にいるキャラの濃い登場人物たちが、 にも尾行にも目立ってしょうがない……と思いき 物語をさらに面白くしている。中でも中善寺の先 や、榎木津はそういう地道な調査はしない。彼は 輩である探偵・榎木津礼二郎はその筆頭と言っ 人間の過去が見えてしまう左目を持つサイキック ていい。神保町に所有するビルの一室に「薔薇 探偵なのである。なんと突き抜けたスーパーキャ 十字探偵社」を構えるこの男は旧華族出身の財 ラ。だがそれがバカバカしく見えないのは、やは 閥の次男坊で、西洋陶磁人形のような美男子の りこの時代の空気のなせる業だろう。40 〜 50 上に、やることなすことすべ 年代の映画の登場人物た て人並みはずれた才能を見 ちは、誰もが一部の隙もな せ、自分を神と呼ぶ傲慢さと いクラシックなファッション 躁病の気を持ち、なぜか赤 に身を包み、ゆったりとした ちゃんが大好きという奇人で 優雅さが漂う。ビュイックの ある。映画化されたシリーズ コンサバなラインもまた、そ の中の 1 作『魍魎の匣』では、真っ赤な 48 年型 こに一役買っている。なんともダンディなのだ。 ビュイック・ロードマスターに乗って登場する。 当初は地味なボディカラーも用意されていた 物語の舞台は 1952 年。連続少女バラバラ が上手く走らず、急遽この赤いビュイックになっ 殺人事件と怪しい新興宗教の大流行、そして引 たという。シートは動かず、ドアは内側から開け 退した大女優の娘の誘拐事件という3つのエピ ることができず、なかなかの難物だったようだが、 ソードを描き、やがて“匣(はこ) ”をキーワードに、 道路を走る姿はホンモノ。未舗装の悪路で走り 戦中の忌まわしい秘密をあぶりだしてゆく。映画 止るときの車体の揺れも、どこかゆったりしてい には 40 〜 50 年代の映画のモチーフがふんだん る。ちなみに「魍魎」とは、屍を食らう赤い小鬼 に盛り込まれ、同時代のアメリカ車を意識的に選 のことを言うらしい。偶然にも赤はここに符合し、 んだのもアメリカの探偵小説を気取ったに違いな 効いている。 渥美志保 映画ライター、コラムニスト。数々の人気雑誌に映画関連のコラムを執筆している。映画に登場するクルマ で最も好きなのはボンド・カーのアストン・マーティン。 025