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肺癌診療ガイドラインの改訂ポイント

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肺癌診療ガイドラインの改訂ポイント
病薬アワー
2013 年 9 月 30 日放送
企画協力:社団法人 日本病院薬剤師会
協
賛:MSD 株式会社
肺癌診療ガイドラインの改訂ポイント
和歌山県立医科大学内科学第三講座
教授
山本 信之
●はじめに●
本日は、日本肺癌学会が作成している肺癌診療ガイドラインの現行版、すなわち2012年
度版について、その前の2010年度版からの改訂ポイントを中心としてお話しさせていただ
きます。診療ガイドラインには多くの項目が含まれており、この限られた時間ではとても
すべてはお話しできません。そのため、今回は、近年、治療方法の進歩がめまぐるしい、
Ⅳ期非小細胞肺癌の抗がん剤治療に絞って解説させていただきます。
わが国の肺癌のガイドラインは、本日紹介する日本肺癌学会が作成しているものが、唯
一のものです。2003年に第1版が出され、その後2005年、2010年、2012年と改訂版が出て
おります。2010年版からは、日本肺癌学会のホームページで閲覧可能となっていますので、
興味のある方は、ぜひご覧になってください。
また、治療の進歩の速さから、昨年よりできるだけ年に1回、改訂するようにしており
ます。実は、本年度版、すなわち2013年度版も既に原案が完成しており、ホームページに
アップするのを待っている状況です。ただ、現在のガイドラインと2013年度版のガイドラ
インには大きな変化はございません。本日のお話の最後に、2013年度版のガイドラインに
ついても少し触れさせていただく予定です。
●Ⅳ期非小細胞肺癌の抗がん剤治療●
さて、Ⅳ期非小細胞肺癌の抗がん剤治療ですが、現行版すなわち2012年度版のガイドラ
インでは、2010年度版と比較して、主に7つの変更点がございました。
7つとは、推奨グレードの定義、治療方法の分岐点の順番、ALK陽性肺癌の追加、EGFR
遺伝子変異陽性肺癌の選択肢、高齢者の年齢の定義およびその治療方法、Performance Status
2の患者さんの治療方法、維持療法の推奨度、になります。本日はこのなかから、推奨グ
レードの定義、治療方法の分岐点の順番、ALK陽性肺癌の追加、維持療法の推奨度、の4つ
の変更点の解説をいたします。
●推奨グレードの定義●
最初に、推奨グレードについて説明いたします。推奨グレードはAからDに分かれてお
り、2010年度版では、Aは行うよう強く勧められる、Bは行うよう勧められる、Cは行う
よう勧められるだけの根拠が明確ではない、Dは行わないよう勧められる、というように
定義されています。2012年度版では、CをさらにC1、C2に分け、C1は科学的根拠は
十分ではないが行うことを考慮してもよい、C2は行うよう勧められるだけの科学的根拠
が明確ではない、というように定義し、エビデンスが十分ではないCの領域のなかで、現
時点で実施することが勧められるかどうかについての方向性を示すようにいたしました。
●治療方法の分岐点の順番●
肺癌診療ガイドラインでは、2010年版から治療方法の推奨をDecision Treeで示すようにし
ております。すなわち、治療方法を選択する樹形図を作成し、それぞれの分岐点で要因を
判断して進むことで、最終的に実施すべき具体的な治療方法がわかるようになっています。
樹形図そのものを口頭のみで説明するのは難しいので、ぜひ日本肺癌学会のホームページ
から、ガイドラインそのものをご覧になっていただければと思います。そのDecision Tree
ですが、2010年版では、最初の分岐点が組織型、扁平上皮癌か非扁平上皮癌となっており、
次にOncogenic Driver Mutationとなっておりましたが、2012年版ではそれが逆転し、まず
Oncogenic Driver Mutationのタイプで判断し、その次に組織型の要因が来るようになりまし
た。
ここで、Oncogenic Driver Mutationとは、それが生じることによって細胞内に強力ながん
化シグナルが伝わるような遺伝子の変化を言います。肺癌全体では約半数にOncogenic
Driver Mutationが発見されており、日本人の腺癌に絞ると、その数字は70%以上になります。
ちなみに、肺癌の組織型は、腺癌、扁平上皮癌、大細胞癌、小細胞癌に分かれており、
小細胞癌以外を非小細胞癌といい、それは肺癌全体の85%を占めます、非小細胞肺癌の3
分の2は腺癌です。そのため、先ほど申し上げたような、扁平上皮癌と非扁平上皮癌に分
けた場合に、非扁平上皮癌のほとんどは腺癌となります。
さて、Oncogenic Driver Mutationですが、近年、それに作用することで、これまでの抗が
ん剤と比較しても大幅にがんを縮小させる分子標的薬が2種類、開発されております。一
つは、EGFR遺伝子変異に作用するEGFRチロシンキナーゼ阻害剤で、もう一つはALK融合遺
伝子に効果のあるALK阻害剤です。
ただ、このEGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子は、そのほとんどが腺癌で見られることが
わかってきております。また、同じEGFR遺伝子変異を持っていても、腺癌とそれ以外の組
織型でEGFRチロシンキナーゼ阻害剤の治療効果が異なるという報告もあります。これらの
理由により、2012年版のガイドラインでは、まずは組織型で扁平上皮癌か非扁平上皮癌か
を分けて、非扁平上皮癌であれば、遺伝子変異の検索を行うことにいたしました。ここで
腺癌、非腺癌と分けなかったのは、ベバシズマブやペメトレシキシドといった抗がん剤が
非扁平上皮癌のみに使用でき、これらの使用も考慮してDecision Treeを作成した場合に、扁
平上皮癌と非扁平上皮癌に分けるほうが、治療の決定までの経過が複雑になり過ぎないこ
とが理由の一つです。
さて、このように最初の分岐が組織型になりましたが、肺癌の確定検査では極微小な組
織片しか採取できないことも多く、診断された組織型が確実でないこともあります。その
ため、検査の精度や患者さんの臨床的な特徴、たとえば、非喫煙者の扁平上皮癌、若年者
肺癌、p16による免疫染色での扁平上皮癌の診断などで遺伝子変異の存在が疑われる場合に
は、扁平上皮癌における遺伝子検索を否定するものではなく、ガイドラインにも、「進行期
症例では組織診断の確定が困難であることも多く、そのような場合にこれらの検索を行う
必要性が否定されるものではない」と記載しております。
●ALK陽性肺癌の追加●
2011年3月にALK融合遺伝子陽性肺癌に対してALK阻害剤のクリゾチニブの使用がわが
国でも承認されました。これは米国で承認されてから半年後のことで、Drug ragがなく承認
されております。
2012年度版作成時のクリゾチニブのエビデンスは、第Ⅰ/Ⅱ相試験とレトロスペクティ
ブ解析のデータしかありませんでしたが、奏効率が70%以上、無増悪生存期間の中央値が
10カ月程度と非常に良好であり、従来の抗がん剤と比較して生存期間も2倍以上に延長さ
せる可能性が示唆されております。そのため、ガイドラインでも遺伝子検索にALK融合遺伝
子検索の項目を作り、ALK融合遺伝子陽性の肺癌に対する治療方法の選択肢として、クリゾ
チニブをC1のレベルで推奨しております。推奨レベルがC1となったのは、前述しまし
たようにエビデンスレベルの高い報告がなかったことが要因の一つです。本ガイドライン
作成後に、抗がん剤治療後の再発のALK陽性肺癌に対するクリゾニチブと抗がん剤治療の第
Ⅲ相試験の結果が報告され、クリゾチニブが従来の抗がん剤と比較して、無増悪生存期間
を優位に延長することが示されましたので、クリゾニチブに関してもエビデンスが揃いつ
つあります。
●維持療法の推奨度●
次に維持療法についての変更点を説明いたします。
肺癌における抗がん剤治療は、その標準的治療がプラチナダブレット、すなわちプラチ
ナと他の1剤の抗がん剤との2剤併用療法であったことにより、治療効果があったとして
も4~6コースで治療を終了することが推奨されてきました。ただ近年、それ単剤で効果
があり、しかも副作用の少ない抗がん剤が開発されてきたことから、プラチナダブレット
での治療終了後に、そのような抗がん剤単剤での治療を継続する、維持療法に関する検討
が行われております。維持療法には、プラチナダブレットで使用していない抗がん剤を使
用するSwitch Maintenanceとプラチナダブレットで使用したプラチナ以外の抗がん剤を継続
するContinuous Maintenanceの2種類の治療方法があります。
維持療法については複数の第Ⅲ相試験が実施されており、それらを統合したメタアナリ
ーシスの結果も報告されています。
2010年版の時点では、維持療法が生存期間の延長に寄与するというメタアナリーシスと
寄与しないというものがあり、寄与するとしたものもその差がわずかでした。
また、維持療法のエビデンスの多くがSwitch Maintenanceによるものであり、それはすべ
て海外からのものでした。Switch Maintenanceは、その治療方法から、再発後の2次化学療
法を十分に実施できる医療環境にあるかどうかでその成績が左右されると考えられるため、
海外の結果をそのまま日本に導入することはできないと考えられ、2010年度版の推奨度は
C、行うよう勧めるだけの根拠が明確でない、となっています。
2012年度版までに維持療法に関するわが国から質の高いエビデンスは発信されませんで
したが、Continuation Maintenanceのエビデンスが充実してきたこと、また海外とわが国で2
次治療の実施率に差のない可能性が高いことが示されたことより、非扁平上皮癌では、ペ
メトレキシド、エルロチニブによるSwitch Maintenanceを考慮してもよい(推奨グレードC
1)、ペメトレキシドによるContinuation Maintenanceを考慮してもよい(推奨グレードC1)
と変更されてきています。
●おわりに●
最初にお話ししましたように、2013年度版のガイドラインが、8月には肺癌学会ホーム
ページ上にアップされる予定です。Ⅳ期非小細胞肺癌の変更点は、本日お話ししましたペ
メトレキシドのContinuation Maintenanceの推奨グレードがC1からBにアップされますが、
その他についても、ベバシズマブ、ノンプラチナ併用療法、EGFR遺伝子変異陰性もしくは
不明例におけるEGFRチロシンキナーゼ阻害剤に関する推奨グレードに若干の変更がなさ
れておりますので、アップされた際に確認ください。
肺癌診療ガイドラインを実際に見ていただけばおわかりになると思いますが、特に今回
説明させていただいたⅣ期非小細胞肺癌の治療方法に関しましては、Decision Treeの最後ま
できても複数の治療が示されております。すなわちガイドラインに則ったとしても治療方
法の選択肢は広くなっております。
治療環境や患者さんのニーズを考慮して、最適の治療を実施していただき、本ガイドラ
インがその一助になれば幸いです。
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