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日本製薬企業の新たなビジネス モデル構想と 組織変革のリーダーシップ

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日本製薬企業の新たなビジネス モデル構想と 組織変革のリーダーシップ
【経営学論集第 86 集】自由論題
(33)日本製薬企業の新たなビジネス
モデル構想と
組織変革のリーダーシップ
県立広島大学
小原
久美子
【キーワード】日本製薬企業(Japan Pharmaceutical Companies),企業の社会的責任(CSR: Corporate Social
Responsibility),ビジネスモデル(Business Model),共通価値の創造(CSV: Creating Share Value),変革型リーダ
ーシップ論(Transformational Leadership Theory)
【要約】今後の世界の医薬品開発をリードする従来からのブロックバスター中心でない新しいタイプのグローバル
ファーマの一角を目指すことを目的に,日本製薬企業の新たなビジネスモデル構想を提示し,その実現のための組
織変革型リーダーシップの考察を試みた。本研究での日本製薬企業(ブロックバスター)の新たなビジネスモデル
構想とは,スペシャリティファーマのなかでもカテゴリーファーマとして自社の存在意義を明確化し,CSR を前提
として進化する CSV,つまり,パートナーシップによる価値協創のネットワークによる持続的な成長企業となるこ
とにある。また,その構想の実現のためには,今日の製薬企業を取り巻く環境変化に適合させ,全社的な組織変革
の必要性から,変革型リーダーシップ論に着目した。変革型リーダーシップ論は,他のリーダーシップ論と質的に
異なるタイプのものとして区別されてきたが,他のアプローチの中にも多くの変革型リーダーシップの構成要因が
存在することから,それらを変革型リーダーシップに活かすことを主張した。
1.は じ め に
グローバルな競争が激化する製薬産業において,経営トップの強力なリーダーシップの下,企業自身に
よる継続的な新薬の研究開発やイノベーションが成長の鍵となる。しかし,今日の製薬産業を取り巻く環
境変化は,その事業構造をも変化させているのであり,「世界的に通用する医薬品を数多く有し世界市場
で一定の地位を獲得する総合的な新薬開発企業」(メガファーマ)のモデルでさえ限界があるとの見解もあ
る。生命科学の発展,グローバル化の進展,研究開発国際競争の激化,M&A の増加,基礎研究ベンチャ
ーや治験受託企業による機能分化の動きなど,日本の製薬業界の経営環境変化は急速であり,また,時と
ともに厳しさを増している。厚労省の「医薬品産業ビジョン 2013」では,医薬品は医療の一環に位置付
けられ,生命関連商品としての高い価値と重い社会的責任を持つものであり,官民で共通認識を持ち,責
任を分担し,また,分かち合うことが重要であることを主張している。今,製薬企業に求められるものは
国際競争力の強化のみではないということである。
そこで,本研究では,今後の世界の医薬品開発をリードする,従来からのブロックバスター中心でない
新しいタイプのグローバルファーマの一角を目指すことを目的に,日本製薬企業の新たなビジネスモデル
構想を試み,その実現のために組織変革のリーダーシップに着目し考察しようとするものである。ここで,
日本製薬企業とは,その代表となる大手製薬企業(武田薬品工業,アステラス製薬,第一三共など)を想定し
(33)-1
ており,本研究の主たる対象としている。
次に,本研究の方法であるが,まず,製薬企業を含めて,現代の企業経営は持続的成長企業の経営を志
向していることを述べ,持続的成長企業のマネジメントモデルを示す。そこから,日本製薬企業の新たな
ビジネスモデル構想の鍵は「現代における企業の社会的責任論である CSR(Corporate Social Responsibility)
を前提にして進化する共通価値の創造 CSV(Creating Share Value)にあるのではないか」という仮説を提
示する。この仮説の検証を試みるために,今日の製薬企業の経営環境の変化を考察することで,日本製薬
企業の旧来のビジネスモデルが機能しなくなってきていることを確認する。そして,今日の日本製薬企業
とステイクホルダーの関係において協創された CSV の考察をなし,日本製薬企業の新たなビジネスモデル
の構想を打ち出し,その新しいビジネスモデル構想の下での組織変革型リーダーシップについて考察を試
みる。なお,本研究でのビジネスモデルの定義についてであるが,「ビジネスモデルとは,旧来の戦略的
フレーワークを拡張するためのコンセプト・セットであり,その目的は多様化・複合化・ネットワーク化
への対応である」
(Christoph Zott 2010)。
2.日本製薬企業の新たなビジネスモデル構想の仮説と組織変革のリーダーシップ
2-1.グローバル化した企業の経営観
企業にとっての第 1 の責任は,その存続と発展(going concern)にある。そのために,社会にとって意
義のある有用な「事業(business)」を継続的に営み,顧客を創造することで経済的利益を獲得する。企
業経営とは,「一定の制度的環境の下で,何らかの経済原則にしたがって生産活動を営む独立的な組織
単位をなしている」のであり,①一定の制度的環境,②経済原則,③生産経済単位,④組織単位,とい
う条件を満たす必要がある。さらに今日では,社会的使命が重視され,行き過ぎた市場原理の反省から
「経営層がより次元の高い目的を果たす。経営層は,理念と実践の両面において,社会的に意義のある
高尚な目的の達成に向けてまい進しなければならない」(1)のである。
ポーター(Porter, M. E.)とクラマー(Kramer, M. R.)によれば,企業と社会を対立するものとして捉
えることを前提とするのではなく,むしろ事業上の判断を下すのと同じフレームワークに基づいて,企
業の社会的責任(CSR)を果たせば,CSR はコストでも制約でも慈善行為でもなく,ビジネスチャンス
やイノベーション,そして競争優位につながる有意義な事業活動となると主張する(2)。
2-1-1.現代のグローバルな潮流―CSR と CSV
ここで,CSR とは,現代の企業の社会的責任のことであり,基本的には企業が経営活動のプロセス
に社会的公正性や倫理性,環境や人権などへの配慮を組み込み,ステイクホルダーにアカウンタビリテ
ィを果たしていくことである(谷本寛治 2013)。今日の CSR 領域は増々拡大傾向にあり,CSR を企業の
本来的な事業活動領域の外にある,単なる社会貢献活動として捉えるのではなく,まさに本業そのもの
の領域として捉えていくことになる。したがって,企業は,CSR を前提として,ステイクホルダー間
の社会的価値と経済的価値を同時に満たす,CSV(Creating Share Value:共通価値の創造)による本来的
事業の進化が求められることになる。
2-1-2.企業とステイクホルダーの関係レベル
Roper(2012)は,図1に示すように,企業とステイクホルダーの関係を,①フィランソロピー,②ス
テイクホルダー・マネジメント,③ステイクホルダー・エンゲージメント,④パートナーシップの 4 つ
に区分している。②と③の違いは,企業とステイクホルダー間のコミュニケーションが一方向か双方向
かという点にある。ステイクホルダー・マネジメントは,企業側の立場からステイクホルダーを管理し
ようとするものであるが,ステイクホルダー・エンゲージメントでは,企業がステイクホルダーの関心
や影響に応じてその行動を変更する用意があるということである(3)。
また,AccountAbility 社では,企業とステイクホルダーの関係を①企業からの一方的なコミュニケー
ション(trust us),②ステイクホルダーとの双方向の協議(show us),③パートナーシップによる価値の
創造・問題解決(involve us)の 3 つに分類しており,特に今後の社会的課題の解決に向けたパートナー
シップが期待されている。Kuhn, T. & Deetz, S.(2008)などは,そこから新しい価値が生み出され,イ
ノベーションの源泉になるという指摘もされている(4)。
(33)-2
図1
企業とステイクホルダーの関係レベル
―――――――→双方向:価値創造・イノベーション
――――→双方向:互いの立場を尊重しながら提案・問題解決
――――→企業側の立場からの一方向
―――→企業側から一方向
(出所)Roper, J.(2012)“Stakeholder Engagement: Concepts, Practices, and Complexities”, ed. By Japan Forum of Business and Society,
Sustainable Development and Multi-Stakeholders, Chikura-Shobo, p.30. より一部加筆修正により筆者作成。
2-2.持続的成長企業のマネジメントモデル
さらに,野中郁次郎監修のもと,リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所が行った
調査(2009 年 3-4 月調査:従業員 1,000 名以上の大手企業およびその事業部の合計 194 組織を対象にした大規模な
定量調査)から導き出された,マネジメントモデルは,企業が持続的に成長していくためには,共通の価
値基準があり,その土台の上に 3 つの能力が備わっていることが必要なことを示している(5)。
持続的成長企業が備える 3 つの能力とは,①実行力・変革力「徹底した行動とたゆまぬ自己革新」,②
知の創出力「重層的なコミュニケーションや豊かな関係性による知の創出」,③ビジョン共有力「ぶれな
い軸を意味レベルで共有」ということであり,その土台となる持続的成長企業を貫く三対の価値基準は,
①社会的使命の重視,しかし経済的価値も同時に追求,②共同体意識,しかし健全な競争も共存,③長期
志向,しかし現実も直視というものである。
図2
組
織
能
力
持続的成長企業のマネジメントモデル
ビジョン
実行力
変革力
知の創出力
共有力
価
値
社会的使命の重視
共同体意識
長期志向
基
準
経済的価値の追求
健全な競争
現実志向
(出所)野中郁次郎監修・リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所著『日本の持続的成長企業』東洋経済新報社,2010 年,39 頁
を参考に筆者作成。
(33)-3
2-3.持続的成長企業の経営と CSV
先の 2-1.および 2-2.で示した,現代のグローバル化した企業の経営観と持続的成長企業のマネジメン
トモデル,そして,ポーター&クラマーの戦略的 CSR 経営の視点,さらには,Roper らの企業とステイ
クホルダーの関係レベルの考察から,日本製薬企業の新たなビジネスモデル構想の鍵は,「現代の企業の
社会的責任論である CSR を前提にして進化する CSV,つまり,企業の社会的責任を土台としたパートナ
ーシップによる共通価値の創造にあるのではないか」と考えた。そこで次に,今日の経営環境の変化によ
って,日本製薬企業の旧来のビジネスモデルでは機能しなくなって来ていることを確認する。また,今日
の日本製薬企業とステイクホルダーの関係を考察してみる。そして,現代の企業の社会的責任である
CSR を前提にして進化する CSV を考察することで,これからの日本製薬企業の新たなビジネスモデル構
想を試みる。
2-4.新しいビジネスモデル構想の下での組織変革のリーダーシップ
製薬企業の多くのリーダーがリーダーシップを戦略的な視点から包括的に捉えたいと願うときがある
とすれば,今日の製薬企業を取り巻く環境変化の激変状況おいては他にないであろう。組織が成功するた
めには,リーダーシップは欠かせない。活力あふれた強い組織をつくるためには,組織のあるべき未来を
思い描き,そのビジョンに向かって組織を変革していけるリーダーが必要である。本研究では,現代の組
織変革のリーダーシップに関する研究者である,ベニス(Warren, B.)とナナス(Nanus, B.)を中心として,
「人々の行動を促し,フォロワーをリーダーに変えるだけでなく,リーダーを変化の媒体にする,変革型
リーダーシップ」を考察する(6)。
3.これからの日本製薬企業の新たなビジネスモデル構想に向けて
3-1.日本製薬企業における厚労省のビジネスモデル
まず,日本製薬企業の旧来のビジネスモデル(厚生労働省,国家戦略としての医薬品産業ビジョン,2002 年)
では,①メガファーマ,②スペシャリティファーマ,③ジェネリックファーマ,④OTC(Over The Counter)
ファーマで,形成するとした。しかし,2007 年では,グローバル化を中心とした経営環境の変化に対応
すべく修正を加え,①メガファーマ(世界市場で一定の地位を獲得する総合的新薬開発を手がける企業),スペシ
ャリティファーマ(得意分野で国際的に一定の評価を得る研究開発力を有する新薬開発企業)を 2 つのタイプに
分け,②グローバルニッチファーマ(規模が小さい企業でも大きな研究成果で発展する企業),③グローバルカ
テゴリーファーマ(得意分野に研究開発を絞り込んで国際競争力強化を図る企業),④ベーシックドラックファ
ーマ(ワクチン・輸液・漢方製剤などの基礎医薬品・必須医薬品等を効率的・安定的に供給する企業),⑤ジェネリ
ックファーマ(良質で安価な後発医薬品を安定的に販売する企業),⑥OTC ファーマ(セルフメディケーションに
対応する企業),⑦異業種,ベンチャー(異業種の参入による医薬品と医療機器の融合の新しい分野を開く企業)に
特徴づけられるとしている(7)。
ここで問題とされるのは,⑥OTC ファーマ(一般用医薬品)に対して,医療用医薬品区分の内容部分が
不足しているのではないかと考える。医薬品は,日本では法的に,医師の処方の下,病院や診療所,調剤
薬局等でもらう「医療用医薬品」と,ドラックストアなどで購入できる「一般医薬品」に大きく分かれる。
④ベーシックドラックファーマの中のワクチンなどが医療用医薬品と考えてよいが,医師が処方した薬品
である処方薬=医療用医薬品とはならない。しかし,国内の医薬品市場の 90%以上が「医療用医薬品」
で占めており,医薬品卸売会社の取り扱いも 95%が医療用医薬品となっていることから,⑥OTC ファー
マ以外の大半は,医療用医薬品を扱う企業と捉えることにする。ところで,本研究における主たる対象は,
日本製薬企業を代表するブロックバスター(武田薬品工業,アステラス製薬,第一三共など想定)であるため,
厚労省のビジネスモデルにおいては,①メガファーマと,スペシャリティファーマの中で③グローバルカ
テゴリーファーマが中心となるであろう。次に,日本製薬企業のなかでもブロックバスターを対象とした
新たなビジネスモデル構想のために,昨今の日本製薬企業を取り巻く経営環境の変化を見てみよう。
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3-2.昨今の日本製薬企業を取り巻く経営環境の変化
日本製薬企業を取り巻く経営環境の変化は,次の 11 項目に及んでいる(8)。
① 2010 年以降,グローバルにジェネリック医薬品の市場が拡大している。
② 2000 年以降,日本発の大型新薬は登場していない。
③ 日本製薬企業の経営もより一層,グローバル市場や世界を視野に入れた戦略経営が求められている。
④ 製薬企業のグローバルな経営展開により,日米欧の市場は成熟化してきており,これらの 3 極におけ
るシェア争いは引き続き行われている。
⑤ アジア新興国や BRICs 諸国において,爆発的な市場形成が期待されるなど,海外市場の主戦場とした
競争の熾烈化が日本の製薬企業の主要課題となっている。
⑥ 日本のトップ企業も世界の 10 番手に届いていない。
⑦ 創薬技術革新の具体的成果が登場し始め,バイオ医薬品も抗体医薬品のような巨大たんぱく質の供給
が可能となり,2000 年のヒト遺伝子の解読に始まるゲノム創薬の成果として,コンパニオン診断薬を
用いた個別化医療も実用化している。
⑧ 現在は,どのビジネスモデルが勝ちパターンであるかが見えずに混沌としており,世界中の製薬企業
が方向性を模索しているという状況である。少なくとも,これまでのクローズ手法での新薬開発では
遅れをとってしまうため,製薬企業は研究開発のオープン化を進行させ,外部の技術とパイプライン
獲得を目指すことが不可欠となっているのである。
⑨ 創薬環境の変化に対する国家レベルでの対応では,EU,欧米各国,アジア新興国に日本が遅れを取っ
ている。
⑩ 日本製薬企業は,グローバル展開の戦略として海外企業の M&A は定着しているが,成功しているケ
ースは決して多くない。
⑪ 高血圧症治療薬ディオバン(一般名:バルサルタン)の臨床研究事案に関わる不正が発覚し,世界で連
続的に報道され,日本は,先進国では多大なマイナスイメージを持たれることとなった。
3-3.日本製薬企業に求められる使命と CSR
ここで,日本製薬企業における経営環境の変化に対応した新しいビジネスモデルの構想の考察の前に,
まず,日本製薬企業に求められる使命と CSR(企業の社会的責任)について明らかにしておきたい。
① 医薬品は医療の一環に位置づけられるものであり,生命関連商品としての高い価値と重い社会的責任
を持つものであり,今,製薬企業に求められるものは国際競争力の強化のみではないということであ
る。
② 社会における疾病構造は時代とともに変化しているため,その時代の疾病構造における未だ満たされ
ていない医療ニーズへの対応が重要であり,それに対応した新薬開発を成功させた製薬企業が世界の
医薬品業界をリードしていかなければならない。
③ まだ治療法のない難病の治療薬や,希少疾病用医薬品(オーファンドラック),新たな感染症の予防等に
有効な新たなワクチンなど,収益性は低いものの,開発の重要性が認識されている医薬品は多い。そ
のため,製薬企業の社会的責任を果たす上でも,その開発が求められる。
④ 日本に基盤を置く製薬企業として,国内またはアジアのニーズにより合った医薬品の開発および供給
についても取り組んでいくことは評価されてよい。さらに,医療品アクセスの悪い発展途上国に対す
る人道的支援や,新型インフルエンザや災害,バイオテロ等の不測の事態の発生に対する危機管理等
について,社会的・国際的に貢献することも期待される。
3-4.CSR を前提にして進化する CSV
3-4-1.日本製薬企業(ブロックバスター)とアカデミア(大学および研究所)
日本の大学における基礎研究の成果は豊かである。今後は,日本製薬企業と国内アカデミアとの積極的
な連携により基礎研究を充実させていくことが重要である。アカデミアの基礎研究の有望性をいち早く見
抜くためには,外資を含めたパートナーシップによる基礎研究を強化することにあるだろう(9)。
(33)-5
3-4-2.政府と官公庁,日本製薬企業,患者,グローバル人材,アカデミア
政府と日本製薬企業との関係では,12 年 2 月,第 2 次安倍政権が始まり,アベノミクスと呼ばれる経
済政策が打ち出され,成長戦略の重点領域として「健康・医療分野」に決まった。13 年 6 月に閣議決定
された成長戦略には,健康長寿産業が戦略分野の一つに位置付けられ,製薬産業の活性化が盛り込まれた。
日本版 NIH 構想も実現化され,15 年 4 月より,医療研究開発の司令塔となる「独立行政法人日本医療開
発機構(AMED:Japan Agency for Medical research and Development)が稼働することとなった。
3-4-3.政府と患者
政府と患者との関係については,患者の申し出に基づき国内未承認薬を混合診療として使用できるよう
になる「患者申し出療養制度」が新設される見込みである。かねてより取沙汰されてきた,日本のドラッ
グ・ラグ問題も解消しつつある。最近は,審査スピードが加速し,欧米との差が縮まった。13 年 11 月に
は,薬事法が改正され,再生医療の法整備が進められている。また,治験と臨床研究の一体改革が求めら
れており,11 年度からは早期・探索的臨床試験拠点を含む「臨床研究中核病院等の整備事業」
(5 年間の補
助事業,1 拠点当たり初年度は 5~6 億円)が開始されている。
3-4-4.製薬企業,医療機関と患者,消費者
現在,生活習慣病領域には多くのミー・トゥー・ドラックがレッド・オーシャンともいうべき状態にな
っており,社会保障費の伸びの限界,後発医薬品の促進政策もあり,高血圧や高脂血症,糖尿病の治療薬
開発に重点が置かれた開発戦略は大きな転換点を迎えている。欧米の製薬企業では,既存の開発部門のリ
ストラも盛んになってきており,アンメット・メディカル・ニーズ領域へシフトして来ている。今後は,
遺伝子変異をターゲットとしたがん治療薬や自己免疫疾患,難病,アルツハイマー等の認知症,網膜の加
齢黄斑変性症,COPD(慢性閉塞性肺疾患),心不全などが重点領域になりつつある。また,世界の大型医
薬品 50 品目のなかで,バイオ医薬品比率がここ 10 年で急激な伸びを示している 。
3-4-5.製薬企業と従業員,グローバル人材
グローバル化の進展により,外資に限らず国内においても人材の流動化が進みだしている。M&A によ
り,人員削減が余儀なくされている製薬企業が目立っている。今後はグローバル人材の海外からの登用と
ともに,国内の人材をグローバル人材へと成長させて,グローバルリーダー企業への飛躍が望まれる。
4.日本製薬企業・ブロックバスターの新たなビジネスモデル構想の検討
これまでの 3 節の一連の考察をふまえ,本研究の対象である日本製薬企業のなかでもブロックバスター
を中心として,新たなビジネスモデル構想の検討を試みる。
まず,日本を代表する製薬企業は,単なる短期的な企業利益の追求のために規模を拡大することを超え
た事業展開が期待される。なぜならば 2015 年 6 月現在,ここ 1~2 年の間に,日本ブロックバスター企
業の売上増進はそれほどの伸びを示さず,世界の医薬品売上ランキングも大幅には変化していない。それ
に対して,スペシャリティファーマは,つまり,得意分野において国際的にも一定の評価を得る研究開発
力を有する新薬開発企業で,比較的規模の小さい企業でも大きな研究開発の成果を活かして成長していく
ケースや,グローバルニッチファーマ,つまり,得意分野に研究開発を絞り込んで国際競争力の強化を図
る,グローバルカテゴリーファーマが一段と伸びを示している。
したがって,第 1 に,日本の製薬企業 1~2 社のメガファーマを中心にしたモデルは,市場のグロー
バル化も進み,バイオベンチャーなどのさまざまな主体が登場している現在の環境変化によって,もは
や妥当性を失っている。メガファーマも含めたすべての製薬企業は,その規模に関わらず,それぞれ特
徴を活かした企業にならなければ生き残れない状況にある。また,一概にメガファーマと言っても各企
業の対象領域や傾注している分野はさまざまであり,従来のようにただ規模が大きいだけのものではな
くなってきている。多くの製薬企業は研究開発から上市まで全て一手に行うのでなく,自らの強みのあ
る領域へ資金を集中すること,バイオ医薬品の製造による技術力の強化を行うことなど,厚労省が
2007 年ビジョンで示したファーマ類型にはない,抜本的な転身も必要となってくるといえるだろう。
第 2 に,世界の潮流は,社会保障費の伸びの限界,後発医薬品の促進政策もあり,高血圧や高脂血症,
糖尿病等の治療薬開発に重点が置かれた開発戦略は大きな転換を迫られている。欧米の製薬企業では既存
(33)-6
の開発部門のリストラも盛んになってきており,アンメット・メディカル・ニーズ領域へのシフトは明ら
かである。今後は,遺伝子変異をターゲットとした癌治療薬や自己免疫疾患,難病,アルツハイマー病等
の認知症,網膜の加齢黄斑変性症,COPD(慢性閉塞性肺疾患),心不全などが重点領域となりつつある。
とりわけ,先進国でも高齢化対策に追われている現在,超高齢化社会の日本では,認知症領域はもっとも
大きな課題となることが予想される。
第 3 に,研究開発については,これまでのように自社の研究者個人の能力のみに依拠した手法では,
もはや画期的な新薬を数多く創出することは困難である。今後は,自社開発だけにこだわらず,バイオ
ベンチャーとのアライアンスやオープンイノベーションにも積極的に取り組み,ネットワークとして研
究開発を進めていかなければ創薬力を伸ばしていくことはできない。現在,大企業で進められているア
カデミアとの共同研究,バイオベンチャーとのアライアンス,M&A はその一環である。研究開発の対象
については,
あらゆる分野を対象として研究開発するのではなく対象を絞って得意分野に注力し,その得
意分野で世界をリードするという方向に進むことが望ましいであろう。そして,その得意分野を複数持
つということがさらに望ましい方向性であると考える。また,これからの製薬企業は,CSV よって医療
費支払い者・患者と医療従事者とのよりよいバリューチェーンを構築し,価値提供の範囲を拡大し,医薬
品業界を含めた医療産業全体の成功への進路を果敢に切り拓き,リーダーシップを発揮することが重要と
言える。
5.日本製薬企業(ブロックバスター)における新たなビジネスモデル構想の実現のための
組織変革型リーダーシップ
5-1.自社の存在意義から出発
製薬企業の経営者は,このような厳しい経営環境だからこそ,自らの経営理念に立ち返ることが重要で
ある。時代や環境が変わろうとも,企業として変えてはならないものが,基本理念やその企業の価値観だ
からである。そこから,経営ビジョン→企業使命→企業目標→事業領域と全社的な経営戦略(企業戦略)
を練り直し,その経営戦略の実行のための組織構造へと変革していかなければならない。日本製薬企業の
経営者(CEO)において,特に注意して置きたいのは,多極化しグローバル化が進行する現在,大局観を
持って,全社的な戦略をもとに組織的にグローバル展開することであると考える。
5-2.組織全体の連帯感や時間的連続性を保つこと
グローバル化が進み,さまざまな人種・国籍をもつ多様な社員を抱え込むことになればなるほど,また,
環境の変化が激しくなればなるほど,その企業のフィロソフィーやバリューをしっかり持ち続けなければ,
組織全体における連携や時間的な連続性を保つことはできない。国内に限らず多極な国の人々にも理解し
てもらえるように経営理念をわかりやすく翻訳したビジョンを明らかにし,会社の DNA として受け継い
でもらうことが肝要である。ところが,日本製薬企業のトップ層に多くの外国人が配置されるやいなや,
自国の社員や OB は,経営者の人事に不満を表し,組織としての連帯感に自国の方が亀裂をもたらしてし
まうこともある。それでは,経営者はどのようなリーダーシップを取ればよいのだろうか。まず,リーダ
ーシップの先行研究から見ていくことにする。
5-3.リーダーシップの先行研究(10)
リーダーシップの先行研究は,初期の研究として,どのようなタイプの人間がリーダーとして適してい
るか,リーダー個人の人格や資質,特性を明らかにしようとした(1)特性理論(traits theory),1950 年
代からは,個人の人格や資質,特性よりもむしろ,観察によって得られた信頼できる行動的側面を強調し,
従業員の生産性を向上させるようなリーダーシップ・スタイルを発見することにあった(2)行動理論
(behavioral theory),①リーダーシップ・スタイルの古典的実験(アイオワ実験),②オハイオ州立大学に
おけるリーダーシップ研究,③ブレーク&ムートンのマネジリアルグリッド,④PM型リーダーシップな
どがある。1960 年代からは,有効なリーダーシップ・スタイルを状況との関連で考察する(3)状況適合
理論(contingency theory)となり,①フィドラーの LPC リーダーシップ,②ハーシー&ブランチャードの
(33)-7
SL 理論,③ハウスのパス・ゴール理論がある。このように,1980 年代以前のリーダーシップ研究の研究
対象は,特定の集団であり,企業を対象とした組織変革という視点での議論はなされてこなかった。現在
のように,グローバル化した環境の不確実性が増加するようになり,組織が環境変化に対応し,組織全体
を変革することの必要性が認識されるなかで誕生したのが(4)変革型リーダーシップ(transformational
leadership)であり,
(5)ウォレン・ベニスの「変革の時代に求められるリーダーシップ」,
(6)コッター
の「組織変革型リーダーシップ」その他がある。
5-4.ウォレン・ベニスの変革の時代に求められるリーダーシップ
現代のようにグローバル化し,企業の経営環境の変化が激しく,その先行きも不透明な時代においては,
組織の存在意義であるミッションや経営理念を基軸にしつつ,それを体現するためのビジョンや戦略,そ
して組織構造といったものを環境変化に適応させていかなければならない。そのために,企業における生
産性や効率性のみを追求するリーダーシップから,組織変革を実現し,フォロワーの意識改革を促す変革
型リーダーシップに議論の焦点がシフトしてきているのである。彼によれば,優れたリーダーが実践して
いる 4 つの戦略とは,①人をひきつけるビジョンを描く,②あらゆる方法で意味を伝える,③「ポジショ
ニング」で信頼を勝ち取る,④自己を創造的に活かすことにある。また,優れたリーダーに世代を超えて
共通する点は,高い学習意欲と厳しい試練に耐えた経験にある。また,リーダーシップの開発は,①適応
力と強靭な精神,②意味の共有化と他者の巻き込み,③意見と表現,④高潔さという 4 つの能力が求めら
れているとしている(11)。
6.まとめ―日本製薬企業(ブロックバスター)の新たなビジネスモデル構想の実現のため
の組織変革型リーダーシップの検討―
本研究での日本製薬企業(ブロックバスター)の新たなビジネスモデル構想とは,スペシャリティファー
マのなかでもカテゴリーファーマとして自社の存在意義を明確化し,CSR を前提として進化する CSV,
つまり,パートナーシップによる価値協創のネットワークによる持続的な成長企業となることにある。ま
た,その構想の実現のための変革型リーダーシップ論は,他のリーダーシップ論と質的に異なるタイプの
ものとして区別されてきたが,他のアプローチの中にも多くの変革型リーダーシップの構成要因が存在す
る。リーダーが部下を動機づけたり挑戦的にさせたり,個人の知的な成長の手助けをする程度は,ハウス
のパス・ゴール理論(通路―目標理論),状況的リーダーシップ論のなかにもみられる。武田薬品社長兼 COO
(最高執行責任者)クリストフ・ウェバー氏の次のような見解(PRESIDENT:2014/9/16)は,まさに変革型
リーダーシップ論のなかにハウスのパス・ゴール理論の併存を見て取れる。
「医薬の世界で武田ほど歴史があり,「誠実」を核にした価値観が明確な製薬会社は多くない。これ
は信頼を得る強いアドバンテージだ。社長就任を決意したのも,挑戦的な目標と価値観への共感から
だった。
」
「リーダーシップの本質は,部下を納得させ,
「この仕事をぜひやりたい」と動機づけることにあると
思う。そのため,私は意識してよきリスナーとなり,チームの話に耳を傾ける協調的なスタイルを第
一に考える。
」
「目標は世界のそれぞれの地域において,カスタマーから,『ベストな製品,サービスを提供するのは
タケダだ』と認められ,トップになることだ。それには地域ごとに異なるニーズを的確につかむこ
とが必要。私が GSK(イギリスの大手製薬会社「グラクソ・スミスクライン」)のいくつかの会社でマネ
ジメントを行ううえで大切にしたのは従業員のエンゲージメント,つまり,組織の目標達成に向け,
誰もが熱意を持って力を発揮していくような会社との強いつながりだ。
」
このように,変革型リーダーシップの独特の点は,組織のビジョンが,フォロワーの動機づけの源泉に
なることや,フォロワーが自分のアイデンティティと組織の使命(ミッション)とを融合させることにあ
る。ビジョンのもつ力は,明確で強力なビジョンを描き出すリーダーの能力と,環境的側面(例えば,危
険で予測がつかない状況),あるいは強い個人欲求(例えば,生きる目的やアイデンティティへの欲求)に起因す
るフォロワーのメッセージへの感受性のような要因が,ある特定の形で統合されることから発現するのか
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もしれない。変革型リーダーシップにおいても,リーダーはフォロワーの心情や物事の理解度や解釈に注
意し正しく理解する能力をより磨かなければならない。しかしながら,その意思決定には遅れを許さず,
的確に行うという合理的な厳しい面も決して見逃すことはできない。本研究では,日本製薬企業の新しい
ビジネスモデル構想をなしたが,医薬品そのものは,単なる機能的製品と異なり,人の生命を脅かしかね
ない,逆に,人の生命を救う,きわめて社会性・倫理性・人間性をもって創造していかなければならない
製品を扱っている。したがって,CSR を前提として進化する CSV 経営モデル構想は,日本製薬企業の新
しいビジネスモデル構想として適合的であると考える。その意味からしても,日本製薬企業の経営者は,
サーバントの精神をもちながら,世界のそれぞれのステイクホルダーおよび組織内のフォロワーの認知や
解釈により注意を向け,おのおののニーズを理解し配慮する思いやりを大切にしながら,ときとして厳し
く,彼らのフィルターのなかで真に信頼できるリーダーとして組織変革型リーダーシップを発揮すること
が要求される。
( 1)野中郁次郎監修,リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所『日本の持続的成長企業』東洋経
済新報社,2010 年,98 頁。
( 2)Porter, Michacl and Kramer, Mark R, “Strategy and Society: The Link between Competitive Advantage and
Corporate Social Responsibility”, Harvard Business Review, Vol.84, No12, 2006.
( 3)Roper, J.(2012)“Stakeholder Engagement: Concepts, Practices, and Complexities”, ed. By Japan Forum of
Business and Society, Sustainable Development and Multi-Stakeholders, Chikura-Shobo, p.30.
( 4)谷本寛治『責任ある競争力―CSR を問い直す』NTT 出版,2013 年,203 頁。
( 5)野中郁次郎監修,リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所『日本の持続的成長企業』東洋経
済新報社,2010 年,98 頁。
( 6)Warren Bennis & Burt Nanus, Leaders: The Strategies for Taking Charge, Harper & Row, New York, 1985.
(ウォレン・ベニス&バート・ナナス著,伊藤奈美子訳『本物のリーダーとは何か』海と月社,2012 年)
( 7)厚生労働省医政局経済課監修『創薬の未来―新医薬品ビジョンと創薬のための 5 か年戦略―』株式会社じほう,
2007 年,38-39 頁。
( 8)主に以下の文献を参考にした。
国際医薬品情報編『2014 年版特別資料 製薬企業の実態と中期展望』国際商業出版株式会社発行,2014 年。宮
田俊男『製薬企業クライシス―生き残りをかけた成長戦略』エルゼビア・ジャパン,2014 年。
( 9)宮田俊男,同上書を参照。
(10)リーダーシップ論の体系的な書として,次の文献を参照されたい。
Martin M. Chemers & Roya Ayman, Leadership Theory and Research: Perspectives and Directions,
Academic Press, Inc, 1993.
(11)Warren Bennis & Burt Nanus, op.cit., pp.27-68.(上掲訳書,50-94 頁)。
<参考文献>
小原久美子(2014)
「日本製薬企業の経営理念が経営業績に及ぼす影響に関する研究―武田薬品工業の事例を中心とし
て」『県立広島大学経営情報学部論集』第 6 号,2014 年 2 月。
厚生労働省編(2013)
「医薬品産業ビジョン 2013-創薬環境の国家間競争を勝ち抜くために次元の違う取り組みを-」
平成 25 年 6 月 26 日。その他。
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