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Regional Views 22: 69-93 (2009)

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Regional Views 22: 69-93 (2009)
小笠原諸島父島の乾性低木林における 31 年間の個体群動態
清
水
善
和*
要 旨
1976 年,小笠原諸島父島の中央山東平の乾性低木林に永久方形区(30 m330 m)を設置
し,ほぼ 10 年ごとに 4 回の調査を行った。本稿では 2007 年の第 4 回調査の結果を報告し,31
年間の植生の変化をまとめた。今回,調査区内に樹木 45 種,9215 個体,草本 ・ ツル植物 16 種
が出現した。林冠を構成する樹種は 22 種で,ムニンヒメツバキ,シマイスノキ,アカテツの
3 種で個体数の約半数を占めた。31 年間を 10 年ごとの 3 期に分けると,第 1 期(1976 ∼ 1986
年)には 1983 年の台風被害により多くの個体の所属階層が下方にシフトした。1984 年にはシ
マイスノキが成り年となり林床に大量の実生が発生した。第 2 期(1986 ∼ 1997 年)には優占
種の林冠が回復する一方で,乾性低木林の随伴種群をなす多くの稀産種の減少が進んだ。オ
オミトベラやシマムラサキでは第 1,2 期を通じて当初の 5 分の 1 にまで激減した。また,ア
カテツは大発生した蛾の食害によりすべての階層で個体数を減らした。第 3 期(1997 ∼ 2007
年)には,稀産種の個体数の減少がいっそう進み,以前は目立たなかったチチジマクロキや
シロテツも大幅に減少した。さらに,原因は不明だが,ムニンネズミモチが多数枯死した。
調査区の唯一の外来種リュウキュウマツは,第 1 期に調査区に侵入中であったが,1980 年代
初めに起こった松枯れにより種子の供給が途絶えたため,第 2 期に多くの個体が林冠から突
出するまでに成長した後は衰退傾向となった。31 年間の植生の変化をまとめると,比較的小
さな樹冠をもつ多数種,多数個体からなる構造が,より大きな樹冠をもつ主要樹種の少数個
体からなる構造に変化したといえる。大規模撹乱があっても稀産種の世代交代が進まず,こ
のままでは多くの種が調査区から消滅する可能性が高い。稀産種の減少の原因として,長期
的な気候の乾燥化のため好適な発芽環境がなく実生が定着できないこと,送粉昆虫の衰退等
により結実率および種子生産量が低下したこと,林冠ギャップの減少により林床の被陰の度
合いが高まったことなどがあげられる。同様の乾性低木林を有する兄島ではすでに稀産種の
多くが衰退または消滅しており,父島もその跡を辿っている(乾性低木林の「兄島化」
)よう
にみえる。
I. はじめに
水,1989,2008)。筆者は 1976 年に小笠原の植
生の研究を開始し,以後 30 年以上,乾性低木
島の成立以来一度も本土と陸続きになったこ
林の分布,成立条件,維持・更新機構などの解
とのない大洋島の小笠原諸島は,長年月にわた
明に取り組んできた。その中で,乾性低木林は
る生物進化を通じて形成された独自の生態系を
父島と兄島に広く分布し,中でも父島の中央山
もち,南米ガラパゴス諸島になぞらえて「東洋
東平に最も多くの固有種が集中する(分布のセ
のガラパゴス」と言われる(清水,2007a)
。中
ンターになっている)こと,また,乾性低木林
でも父島の中央山東平を中心とした乾性低木
は概ね標高 150 m 以上の山地平坦面上に分布し
林(乾性立地に成立する低木林・矮低木林のう
雲霧の発生と関係が深いことを明らかにした
ちでシマイスノキが優占し特有の随伴種群をも
(Shimizu, 1992)
。
つ植生タイプ)は,構成種の固有性が高く,多
一方で,1976 年に中央山東平の一角に永久
くの稀産種を含んでいることで重要である(清
方形区(30 m330 m)を設置し,調査区内の全
* 駒澤大学総合教育研究部自然科学部門
― 69 ―
地域学研究 第 22 号 2009
II.
出現個体を対象に個体群動態のモニタリング調
方 法
査を開始した(1 回目)
。ここでは 10 年ごとに
同一の調査を行って変化を見ることとし,1986
以下の手順で永久方形区(30 m330 m)の調
年(2 回 目 ),1997 年(3 回 目 ) の 調 査 を 実 施
査(第 4 回調査)を実施した。調査内容は基本
した。1976 年から 1997 年までの 21 年間の調査
的に過去に行なったモニタリング調査(清水,
結果は清水(1999)にまとめた。最初の 10 年
1999)を踏襲したものである。
(第 1 期: 1976 ∼ 86 年)においては,1983 年の
①調査区の復元と設定: 前回(1997 年)打ち
大型台風の被害により高木層の樹冠の多くが先
込んで残した目印の支柱を元に調査区を復元
枯れ状態となり,次の 11 年(第 2 期: 1986 ∼
し,実際の調査単位となる 5 m35 m の小区画
1997 年)で回復する傾向が見られた。また,
の 4 隅ごとに新たに目印の支柱を打ち込んで境
第 1 期には 1984 年に成り年を迎えたシマイスノ
界をはっきりさせた。調査時には支柱間にビ
キの実生が大量発生する一方,第 2 期には大発
ニールテープを張って 5 m35 m の小区画(全
生した蛾の食害によりアカテツの稚樹が大幅に
36 区画)を設定し,調査終了後にテープは回
個体数を減らした。特筆すべきはこの 21 年間
収した。
で稀産種(特に低木性樹種)の多くが個体数を
②木本の調査: 森林を樹高により 5 つの階層
減らし,森林の種多様性が低下したことであ
(第 I 層: 4 m 以上,第 II 層: 2 ∼ 4 m,第 III 層:
る。特に,絶滅危惧種のオオミトベラやシマム
0.7 ∼ 2 m,第 IV 層: 0.2 ∼ 0.7 m,第 V 層: 0.2 m
ラサキなどは個体数が当初の 5 分の 1 にまで減
未満)に分けた。I,II,III 層の個体について
少した。このような森林内部の変化は外から眺
は小区画ごとに作成してある配置図を元に個体
めているだけでは気づくのが難しく,継続的な
識別し,種名と出現階層,幹本数,DBH(樹
モニタリング調査の重要性を改めて示したと
高 2 m 以上の幹のみ)
,活力度(生死の確認,
いえる。なお,永久方形区は調査時以外の 10
樹冠の状態など)を記録した。階層について
年間は放置してあるが,この調査区の近傍に
は,ある個体の現在生きているもっとも高い体
10 m310 m の小方形区を設置し,1980 年より
の部分が属する階層をその個体の階層とした。
毎年の変化を継続調査してきた。2006 年まで
新たに III 層以上の階層に加わった個体は新規
の 26 年間の結果は清水(2007b)にまとめた。
に配置図に登録した。IV,V 層の実生・稚樹に
以上の経緯をふまえて,本研究では 1976 年
ついては個体識別はせず,小区画ごとに種名と
に設置した永久方形区(30 m330 m)におけ
個体数をカウントして記録した。
る 31 年目(第 4 回)の再調査を行い,1983 年
③草本・ツル植物の調査: 第 V 層の草本・ツル
の台風被害はどこまで回復したのか,希少種の
植物については小区画単位で出現する全種の種
減少傾向は止まったのか,一斉発芽したシマイ
名と優占度(個体数により 3 段階評価)を記録
スノキの稚樹は順調に育っているのかなど,
した。なお,樹幹への着生植物は種名のみを記
1997 ∼ 2007 年の 10 年間(第 3 期)の変化を明
録した。
らかにする。また,改めて 1976 年から 2007 年
④樹冠投影図の作成: 調査区内全域の林冠に達
までの 31 年間の変化を整理して,長期的な変
した個体を中心に樹冠投影図を作成した。
化の傾向についても検討したい。
なお,本研究は平成 19 年度駒澤大学特別研
究助成(個人研究)を得て行われた。
― 70 ―
父島の乾性低木林における 31 年間の個体群動態(清水)
a
b
図 1 父島の気候データの経年変化(1976 ∼ 2007 年)
a. 年平均気温(℃) b. 年降水量(mm)
III. 結 果
温の経年変化を見ると,1980 年代前半と 1986
年にわずかな落ち込みがあるが,全体としては
1.
調査期間の気候
年平均,最高,最低気温のいずれもが上昇傾向
図 1 に父島気象観測所で観測された過去 31 年
を示した(図 1a)。気温が上がれば蒸発・蒸散
間(1976 ∼ 2007 年)の気候データを示す。ま
も盛んになり,降水量が一定ならば土壌条件
ず,31 年間の年平均気温は 23.1℃であった。気
はより乾燥に傾くはずである。吉田ら(2006)
― 71 ―
地域学研究 第 22 号 2009
は 戦 前(1907 ∼ 1943 年 ) と 返 還 後(1969 ∼
中に 1 個体しか含まれない種が 6 種あり,10 個
2000 年)の気候データを比較して,返還後は
体以下ではその数が 18 種にのぼる。これらの
戦前に較べて年平均気温が 0.4 ∼ 0.6℃高く,
中には他の植生型や他地域では個体数が多くて
ソーンスウェイト法の水収支計算によれば,水
たまたま調査区内に出現した種も含まれるが,
過剰量(WS)は減少し,水不足量(WD)は
アツバシロテツ,オオミトベラ,ナガバキブ
増加する傾向があるとした。
シなど小笠原全体からみての絶滅危惧種も含
次 に, こ の 31 年 間 の 年 降 水 量 の 平 均 は
まれている。ちなみに,樹木 45 種のうち 17 種
1277.5 mm で あ っ た。 ま た, 経 年 変 化 を 見 る
(37.8%)が環境省のレッドリストに掲載の絶
と,年毎の変動がかなり大きいが,1980 年代
滅危惧種である。
後半と 1990 年代後半から 2000 年代初めにかけ
樹木の固有種は全出現樹種の 73.3% に当たる
て年降水量の多い時期があり,反対に 1980 年
33 種あり,非常に固有性の高い森林である。
代前半,1990 年代前半,2000 年代前半には少
一方,帰化種はアカギ,シマグワ,キバンジ
ない時期があり,10 年前後の周期的な増減の
ロウ,リュウキュウマツの 4 種が出現したが,
傾向がみられた(図 1b)
。とくに夏季(5 ∼ 10
リュウキュウマツを除いた一般的には侵略性の
月 ) の 降 水 量 で は,1980 年 と 1990 年 の 旱 魃
高いとされる 3 種は,第 V 層の芽生えのみで定
が 著 し か っ た( 清 水,1982)
。上記の吉田ら
着する様子はみられないので,方形区の植生は
(2006)も返還後は夏季における乾燥の度合い
帰化種の侵入という観点からも健全な状態が保
の強まりや乾燥期間の長期化が顕在化している
たれているといえる。
第 V 層の実生(樹高 20 cm 未満)ではアカテ
と述べている。
なお,小笠原は台風の通り道となっており,
ツとアデクが圧倒的に多く,この 2 種で全体の
毎年いくつかの台風が近づいて植物に被害をも
68.4% を占めた。また,今回は 2006年の台風に
たらすが(清水,2003)
,この 31 年間に小笠原
よる影響でパイオニア種のアコウザンショウの
を襲った台風のうち,1983 年,1997 年,2006
実生がとくに多くみられた。
年の台風による植生被害はとくに顕著であった
3.
(清水,1984)。
1997 ∼ 2007 年(第 3 期)の変化
図 2 にこの 10 年間にみられた階層間の個体数
2.
の異動を示す。また,表 2 には種ごと,階層ご
2007 年の状況
今回(2007 年)の調査結果(樹種ごと,階
との個体数の増減を示す。まず,第 I 層では,
層ごとの個体数と胸高断面積)を表 1 に示す。
10 年間で枯死したもの(23 個体)
,先枯れと
30 m330 m の調査区内に木本植物(樹木)45
なって下層へ移ったもの(16 個体),反対に下
種,9215 個体,草本 ・ ツル植物(着生を含む)
層から第 I 層に成長したもの(33 個体)があっ
16 種が出現した。このうち,林冠(第 I 層)を
たが,342 個体はそのまま第 I 層にとどまり全
構成する樹種は 22 種で,個体数ではムニンヒ
体として大きな変化は見られなかった。2006
メツバキ(64 個体),シマイスノキ(60 個体),
年 9 月の台風 14 号は他所(母島石門など)では
アカテツ(51 個体)が多く,この 3 種で約半数
林冠に大きな被害をもたらしたが,本調査区で
を占めた。また,これらの樹種には幹の太い個
はそれほどの影響はなかったようである。第 II
体も多く含まれ,胸高断面積でも大きい値(3
層も結果として個体数に大きな変動はないが,
種で全体の 58.1%)を示した。反対に方形区の
内容的にはムニンネズミモチの減少とアデクの
― 72 ―
父島の乾性低木林における 31 年間の個体群動態(清水)
表 1 2007 年の階層別個体数と胸高断面積合計
種名
略号
分布
モクタチバナ
オオバシロテツ
アツバシロテツ
シロテツ
アカギ
シマムラサキ
ムニンエノキ
コヤブニッケイ
ノヤシ
オオバシマムラサキ
シマイスノキ
シマホルトノキ
ムニンゴシュユ
アコウザンショウ
トキワイヌビワ
オガサワラクチナシ
オガサワラモクレイシ
モンテンボク
ムニンイヌツゲ
シマムロ
ムニンネズミモチ
オガサワラビロウ
ムニンイヌグス
センダン
シマタイミンタチバナ
シマグワ
キンショクダモ
シマモクセイ
タチテンノウメ
タコノキ
オオミトベラ
シマカナメモチ
リュウキュウマツ
アカテツ
キバンジロウ
オガサワラボチョウジ
シマシャリンバイ
アデク
ムニンヒメツバキ
チチジマクロキ
ナガバキブシ
シマギョクシンカ
ウラジロエノキ
ムニンシャシャンボ
ムニンアオガンピ
AR
BG
BN
BO
BS
CG
CE
CI
CL
CS
DL
EL
EN
FA
FI
GA
GE
HI
IM
JU
LI
LV
MB
ME
Mm
MO
NE
OM
OS
PA
PC
PH
PI
PO
PS
PY
RH
SB
SM
SP
ST
TA
TR
VA
WK
広域
固有
固有
固有
帰化
固有
固有
固有
固有
固有
固有
固有
固有
固有
固有
固有
固有
固有
固有
固有
固有
固有
固有
広域
固有
帰化
固有
広域
固有
固有
固有
広域
帰化
広域
帰化
固有
広域
広域
固有
固有
固有
固有
広域
固有
固有
合計
RED
階層
I
II
III
IV
V
2
1
9
4
52
2
24
1
130
237
2
5
3
82
3
21
4
1
11
3
650
79
20
353
10
18
30
66
88
1
284
1
352
1
50
1
61
51
14
115
9
5
19
2521
17
10
888
2438
381
50
1
30
6
8
452
375
526
625
1291
6398
9215
3
2
27
EN
CR
2
1
40
1
1
4
VU
1
1
2
1
101
6
76
5
258
9
VU
60
5
10
12
1
11
11
1
2
1
3
1
5
23
1
4
3
3
68
40
27
3
36
115
120
28
2
VU
VU
EN
VU
VU
9
1
15
2
1
2
19
34
CR
VU
15
51
VU
EN
CR
VU
VU
NT
合計
7
10
38
64
2
2
22
72
26
16
1
1
4
1
6
17
1
6
10
35
2
1
2
11
26
115
98
92
25
22
333
182
43
6
2
5
2
14
3
16
4
1
6
3
155
54
10
353
8
1
24
46
51
145
1
78
1
14
1
29
40
13
5
5
1
2325
17
1
425
2054
223
4
22
6
RED: 環境省レッドリストに記載,各カテゴリーは次の通り。
CR: 絶滅危惧 IA 類,EN: 絶滅危惧 IB 類,VU: 絶滅危惧 II 類,NT: 準絶滅危惧。
― 73 ―
胸高断面積
(cm2)
11.3
26.5
271.9
237.1
6929.1
287.4
1526
62.9
152.9
396.4
2003.8
84
117.9
110
1856.9
2877.6
2466.9
5749.3
558.2
351.9
3265.4
11230.5
177.2
105
255.8
41111.9
地域学研究 第 22 号 2009
増加がそれを示している。ムニンアオガンピも
先枯れ状となって階層が IV 層以下に下がるも
のが多かった。反対にアデクは III 層から II 層
へと成長したものが多くみられた。また,優占
種のシマイスノキは III 層だけでなく I,II 層で
も枯死するものがあり全体として衰退傾向にあ
る。一方,低木性樹種のチチジマクロキは小笠
原の中でも分布が中央山東平のこの当たりに限
られている(ごく少数個体が兄島にある)稀産
種かつ絶滅危惧種であり,また,III 層の枯死
個体には成熟段階に達した親個体が多く含まれ
るので,この減少は種の存続にとって由々しき
問題である。さらに前回(第 2 期)まではそん
図 2 第 3 期(1997 ∼ 2007 年)の階層間の個体
数の異動
矢 印 の 太 さ(3 段 階 ) は 個 体 数 の 多 さ(100 以
上,10 ∼ 99,10 未満)に対応する。
1997 年の短い矢印は第 3 期に枯死した個体数を
示す。
なに減少が目立たなかった低木性樹種のシロテ
ツ(小笠原固有属の 1 種)が今回多数枯死した
のも注目される。これら 2 種についても枯死の
原因は確定できないが,上層の他種個体の樹冠
に覆われて被陰されたと思われる個体が少なか
らず見られた。チチジマクロキもシロテツも低
増加がちょうど相殺する形になっている。
木性樹種の中では比較的横に広がる大きな樹冠
これに対して第 III 層では大きな個体数の減
を作るので,被陰の影響を蒙り易いといえる。
少が見られた。内訳をみるとムニンネズミモチ
第 IV,V 層の稚樹・実生においては,第 V 層
の激減(2209 個体)が注目される。ムニンネ
の実生で大幅な減少があった代わりに,第 IV
ズミモチは他の階層でも減少が起こっており,
層の稚樹でかなりの増加がみられた。アカテ
この 10 年間にこの種の集中枯死を引き起こす
ツ,シマイスノキ,シマシャリンバイ,ムニン
ような事象が起こったと推定される。ムニンネ
ヒメツバキ,ムニンアオガンピはもともと実生
ズミモチは低木から亜高木性の樹種なので上層
が多かった種であるが,この 10 年間で多くの
木による被陰の影響も考えられるが,それだけ
実生が間引かれて枯死する一方,第 IV 層の稚
では説明しきれない。この種を選択的に枯らす
樹に成長したものも多くあったことを示してい
病害虫の発生のような事象も考えられるが,生
る。とくにシマイスノキは 1985 年に一斉発芽
き残っている個体にはそのような兆候はとくに
した同齢個体が多くを占めており,その集団の
認められなかった。この他に第 III 層ではムニ
中で生き残った個体が現在も成長を続けてい
ンイヌグス,ムニンアオガンピ,アデク,シマ
る。その他,実生,稚樹の減少が顕著な樹種に
イスノキ,チチジマクロキ,シロテツの減少が
はムニンネズミモチとタコノキがあげられる。
大きかった。このうち,ムニンイヌグスは個体
以上の種に対して今回実生が大幅に増加したも
としては生残しているが主幹が枯死,または先
のにアデクとアコウザンショウがある。アデク
枯れ状態となって階層が IV 以下に下がったも
はこの 10 年間に大量の実をつける時期(成り
のがほとんどであり,第 IV,V 層の個体数の
年)があったようで前回までの 4 倍ほどの実生
― 74 ―
父島の乾性低木林における 31 年間の個体群動態(清水)
表 2 1997 ∼ 2007 年の階層別個体数の増減
種名
略号
I
II
III
IV
V
合計
モクタチバナ
オオバシロテツ
アツバシロテツ
シロテツ
アカギ
シマムラサキ
ムニンエノキ
コヤブニッケイ
ノヤシ
オオバシマムラサキ
シマイスノキ
シマホルトノキ
ムニンゴシュユ
アコウザンショウ
トキワイヌビワ
オガサワラクチナシ
オガサワラモクレイシ
モンテンボク
ムニンイヌツゲ
シマムロ
ムニンネズミモチ
オガサワラビロウ
ムニンイヌグス
センダン
シマタイミンタチバナ
シマグワ
キンショクダモ
シマモクセイ
タチテンノウメ
タコノキ
オオミトベラ
シマカナメモチ
リュウキュウマツ
アカテツ
キバンジロウ
オガサワラボチョウジ
シマシャリンバイ
アデク
ムニンヒメツバキ
チチジマクロキ
ナガバキブシ
シマギョクシンカ
ウラジロエノキ
ムニンシャシャンボ
ムニンアオガンピ
AR
BG
BN
BO
BS
CG
CE
CI
CL
CS
DL
EL
EN
FA
FI
GA
GE
HI
IM
JU
LI
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MM
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NE
OM
OS
PA
PC
PH
PI
PO
PS
PY
RH
SB
SM
SP
ST
TA
TR
VA
WK
0
0
0
0
0
0
0
0
1
0
25
0
21
0
0
21
0
1
23
0
0
0
0
0
22
0
21
0
0
5
0
0
22
25
0
0
1
22
1
2
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0
0
0
4
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2
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0
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23
2
21
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22
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0
1
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225
0
13
0
21
0
4
0
0
1
0
0
25
4
0
22
2
25
0
5
1
21
0
2
211
0
1
0
222
0
21
0
0
0
0
221
23
0
0
1
22
21
23
1
0
2209
0
254
0
0
0
26
0
0
25
0
0
23
25
0
0
28
235
28
223
22
24
0
22
250
0
0
0
23
0
3
0
0
21
0
87
5
0
0
21
21
0
1
21
0
224
0
40
0
3
0
5
10
0
226
22
2
0
58
0
0
132
96
29
3
0
218
0
0
102
22
0
0
2
-5
3
3
1
4
27
2385
2
5
353
21
1
18
36
23
0
226
1
37
0
231
1
15
25
9
212
23
24
24
21032
212
1
2134
1154
2312
27
21
1
6
0
241
22
1
0
221
-5
5
3
1
4
27
2327
6
3
353
23
23
17
36
19
0
2284
1
36
0
231
1
17
5
9
237
25
22
214
2980
212
21
27
1238
2290
220
22
222
6
0
4
27
10
2464
499
2348
2310
合計
がみられた。アコウザンショウは調査区内に親
よる一次的な林冠の疎開で明るくなった林床に
木,稚樹が一切なく,発芽したばかりの実生の
埋土種子起源の種子が一斉に芽生えたものと考
みが多数見られたので,2006 年の台風被害に
えられる。台風被害の直後にパイオニア種であ
― 75 ―
地域学研究 第 22 号 2009
図 3a 調査区(30 m330 m)の樹冠投影図(1976 年)
図中の種名の略号は表 1 を参照。
るアコウザンショウの実生が一斉に出現する現
象は 1983 年の台風被害の際にも顕著にみられ
(1)樹冠投影図の比較
1976 年と 2007 年の調査区全体の樹冠投影図
を図 3 に示す。また,図から判読した種ごとの
た(清水,2007b)。
樹冠の平均面積を表 3 に示す。調査の精度上あ
4.31 年間(1976 ∼ 2007 年)の変化
まり細かな数字の比較はできないが,次のよう
1976 年,1986 年,1997 年の調査結果の一覧
な変化が認められる。まず,林冠を構成する
と 1976 年から 1997 年までの階層間の個体数の
樹木の個体数が大幅に減少し(1976 年の 30%
異動を附録として本論文の末尾に付すので参照
減)
,1 個体当たりの樹冠面積が増加(1976 年
されたい。
の 1.4 倍)したことがあげられる。優先樹種の
シマイスノキ,アカテツ,ムニンヒメツバキ,
― 76 ―
父島の乾性低木林における 31 年間の個体群動態(清水)
図 3b 調査区(30 m330 m)の樹冠投影図(2007 年)
図中の種名の略号は表 1 を参照。
アデク,タコノキなどではこの傾向が顕著であ
次に,各個体の樹冠間にできる空隙である
り,とくに,シマイスノキとアカテツでは個体
林冠ギャップは,調査区全面積の 18.7% から
数の減少の度合いが著しい。小笠原全体の稀産
11.6% に 減 少 し た。1976 年 と 2007 年 の 樹 冠 投
種で分布が中央山東平に集中してみられる樹種
影図(図 3a,b)を比較すると,比較的まとまっ
のムニンイヌツゲとオガサワラボチョウジでも
たギャップの位置は両図で位置が互いにずれて
同様の傾向がみられた。これに対して,同様の
おり,31 年間で古いギャップが新しい樹冠で
稀産種であるムニンゴシュユ,オガサワラモク
埋められ,新たな場所に新規のギャップが生じ
レイシ,シマタイミンタチバナでは個体数が減
たことを示している。また,1976 年には樹冠
少する一方,生残個体の樹冠の増大もみられな
どうしの間に小さな隙間が多くあったが,2007
かった。
年には樹冠の縁が重なり合ってそうした小さな
― 77 ―
地域学研究 第 22 号 2009
表 3 林冠構成木の種別個体数と平均樹冠面積
種名
ノヤシ
シマイスノキ
シマホルトノキ
ムニンゴシュユ
オガサワラクチナシ
オガサワラモクレイシ
モンテンボク
ムニンイヌツゲ
シマムロ
ムニンネズミモチ
ムニンイヌグス
シマタイミンタチバナ
タチテンノウメ
タコノキ
リュウキュウマツ
アカテツ
オガサワラボチョウジ
シマシャリンバイ
アデク
ムニンヒメツバキ
チチジマクロキ
ムニンシャシャンボ
ムニンアオガンピ
空白(ギャップ)
合計
略号
CL
DL
EL
EN
GA
GE
HI
IM
JU
LI
MB
MM
OS
PA
PI
PO
PY
RH
SB
SM
SP
VA
WK
個体数
1976
107
3
15
2
3
8
36
1
8
3
35
割合(%)
2007
2
60
4
11
2
1
6
22
1
1
6
1
26
1
34
9
45
8
8
40
64
2
1
7
506
355
41
1
80
13
12
48
83
隙間が減少したように見うけられる。このこと
は下層の個体にとって被陰の度合いが高まった
1976
2007
0.4
15.8
0.7
2.9
0.1
0.1
1.0
4.2
0.2
21.0
0.3
4.2
0.1
0.3
0.9
3.9
0.1
0.2
0.1
3.8
0.1
0.3
18.7
0.0
2.9
0.0
6.4
2.5
16.5
1.4
0.8
5.8
25.8
0.6
0.1
0.4
11.5
100.0
100.0
5.3
0.0
13.8
1.5
0.8
4.6
20.2
平均面積(m2)
1976
1.76
0.87
2.50
0.24
0.95
1.04
0.97
0.71
0.27
0.16
0.97
2007
1.64
2.37
1.48
2.41
0.44
0.66
1.49
1.70
1.53
0.47
0.43
0.22
0.99
0.22
1.70
2.50
3.30
1.61
0.85
1.30
3.63
2.73
0.88
0.53
1.78
2.54
1.16
0.24
1.56
1.02
0.57
0.86
2.20
加傾向は見られない)
。
(3)個体数の変化
表 4 に調査区内に定着したと考えられる第Ⅲ
ことを意味する。
層以上の個体数の変化と 1976 年の個体数を 1 と
(2)胸高直径の変化
図 4 に 1976 年 と 2007 年 の 樹 高 2 m 以 上 の 個
した場合の 2007 年の個体数の比率を示す。ま
体の全幹の胸高直径度数分布(直径 3 cm 未満
ず,全体として第 1 期,第 2 期と大きな変化の
は除く)を示す。全体として 9 cm 未満の細い
な か っ た 総 個 体 数 が 第 3 期(1997 ∼ 2007 年 )
幹の数が減少し,9 cm 以上の太い幹の数が増
で大きく落ち込んだことが認められる。これは
加する傾向が認められる(図 4a)
。これは生残
表 2 でみたムニンネズミモチの大幅な減少が一
個体の 31 年間の直径の増加が反映されている
番大きな原因であるが,シロテツ,シマイスノ
と考えられ,上記の樹冠面積の傾向とも一致す
キ,ムニンイヌグス,アデク,チチジマクロキ,
る。主要樹種のうち,アカテツ(図 4b)とム
ムニンアオガンピなどの減少も寄与している。
ニンヒメツバキ(図 4c)ではこの傾向がはっ
もともと個体数の少なかった絶滅危惧種の低
き り 見 ら れ る が, シ マ イ ス ノ キ( 図 4d) は
木性樹種で,この 31 年間でいっそう危機的な
6 cm 未満では大幅な減少がある一方,6 cm 以
状態に陥ったものに,シマムラサキ,トキワイ
上では度数分布がほとんど変わっていない(増
ヌビワ,オオミトベラ,ナガバキブシがある。
― 78 ―
父島の乾性低木林における 31 年間の個体群動態(清水)
図4
31 年間の胸高直径度数分布の変化
a. 全種の合計
b. アカテツ
c. ムニンヒメツバキ
d. シマイスノキ
これらは現在 1 ∼数個体しか残っておらずほと
り,調査区の植生全体の多様性の低下に拍車を
んど調査区内から消滅しかかっている。チチジ
かけている。
マクロキもいまだ 40 個体を維持しているもの
以上の種に対して,例外的に個体数が増加し
の 1976 年の 60% にまで減少しており,小笠原
たものにシマシャリンバイとムニンアオガンピ
全体での本種の状況(分布が本調査区の設置場
がある。これらは継続して安定した実生の供給
所周辺に集中していること)を考えると危機的
があり,それらのある部分が林床でも順調に成
な状態が深まっていることに変わりはない。分
長して第Ⅲ層以上にまで達している(次世代が
布の広さ,総個体数ではまだ余裕のあるシロテ
順調に育っている)ためである。
ツも 1976 年の 60% まで減っており,同様のこ
(4)死亡率の変化
とが言える。このように低木性樹種の個体数が
表 5 に主要な樹種(母数となる個体数が 10 個
減ったために林内の見通しが増して林床が以前
体以上のみ)について各階層(I,II,III)ご
よりスカスカになった印象がある。
と,各時期ごとの死亡率の変化を示す。全体と
また,林冠に達する樹種で乾性低木林(シマ
し て は, 第 I 層 で は 6% 台, 第 II 層 で は 13% 前
イスノキ型)の随伴種となっているムニンゴ
後の値が各時期ともにみられ大きな変化はな
シュユ,オガサワラクチナシ,オガサワラモク
いが,第 III 層では期ごとに死亡率が上昇して
レイシ,ムニンイヌツゲ,シマタイミンタチバ
きており,第 3 期には第 1 期の 2 倍以上の 33.6%
ナ,オガサワラボチョウジなどでも,いずれも
の高率になっている。種別にみるとムニンイヌ
1976 年の 50 ∼ 60% にまで個体数が減少してお
ツゲ,ムニンネズミモチ,シマギョクシンカ,
― 79 ―
地域学研究 第 22 号 2009
表 4 第 I ∼ III 層の個体数の推移
種名
略号
オオバシロテツ
アツバシロテツ
シロテツ
アカギ
シマムラサキ
ノヤシ
シマイスノキ
シマホルトノキ
ムニンゴシュユ
トキワイヌビワ
オガサワラクチナシ
オガサワラモクレイシ
モンテンボク
ムニンイヌツゲ
シマムロ
ムニンネズミモチ
ムニンイヌグス
コブガシ
シマタイミンタチバナ
キンショクダモ
シマモクセイ
タチテンノウメ
タコノキ
オオミトベラ
シマカナメモチ
リュウキュウマツ
アカテツ
オガサワラボチョウジ
シマシャリンバイ
アデク
ムニンヒメツバキ
チチジマクロキ
ナガバキブシ
シマギョクシンカ
ムニンシャシャンボ
ムニンアオガンピ
BG
BN
BO
BS
CG
CL
DL
EL
EN
FI
GA
GE
HI
IM
JU
LI
MB
MK
MM
NE
OM
OS
PA
PC
PH
PI
PO
PY
RH
SB
SM
SP
ST
TA
VA
WK
合計
調査年
1976
1986
1997
2007
5
3
111
0
12
5
241
23
17
4
31
4
33
54
1
318
200
1
47
36
0
1
105
19
2
14
167
17
77
207
119
67
5
5
7
52
5
3
98
0
5
5
233
15
15
3
29
2
20
45
1
382
181
4
3
87
0
2
3
266
17
12
2
20
3
20
40
1
346
195
39
32
0
1
70
5
1
36
130
13
76
176
109
65
5
4
7
118
33
29
1
1
83
4
2
29
87
11
135
214
122
56
2
8
7
142
5
3
67
0
1
4
237
16
10
1
17
2
19
37
1
112
154
0
30
26
1
1
84
4
2
19
81
9
130
202
115
40
1
3
7
85
2010
1929
1987
1526
比率
1.00
1.00
0.60
0.08
0.80
0.98
0.70
0.59
0.25
0.55
0.50
0.58
0.69
1.00
0.35
0.77
0.00
0.64
0.72
1.00
0.80
0.21
1.00
1.36
0.49
0.53
1.69
0.98
0.97
0.60
0.20
0.60
1.00
1.63
0.76
比率は 1976 年を 1 とした場合の 2007 年の割合を示す。
リュウキュウマツ,ムニンアオガンピの第 III
を示しているようにみえる。反対にシマシャリ
層で第 3 期に 50% を越える死亡率がみられ,シ
ンバイはすべての階層で第 1 期に死亡率がもっ
ロテツ,アカテツ,チチジマクロキでも 30%
とも高く第 2,3 期は減少または横ばいとなっ
台の死亡率がみられた。
ている。モンテンボクも同様の傾向を示す。
林冠構成種のうち乾性低木林(シマイスノキ
アカテツは第 2 期にもっとも高い死亡率を示す
型)を特徴づけるシマイスノキは,すべての階
が,これはこの時期にオオシモフリエダシャク
層で期ごとに死亡率が高まっており衰退の傾向
の大発生に伴う食害があったためである(清
― 80 ―
父島の乾性低木林における 31 年間の個体群動態(清水)
表 5 階層別死亡率(%)の推移
I層
76–86
シロテツ
シマイスノキ
シマホルトノキ
ムニンゴシュユ
オガサワラクチナシ
モンテンボク
ムニンイヌツゲ
ムニンネズミモチ
ムニンイヌグス
シマタイミンタチバナ
シマギョクシンカ
タコノキ
リュウキュウマツ
アカテツ
オガサワラボチョウジ
シマシャリンバイ
アデク
ムニンヒメツバキ
チチジマクロキ
ムニンアオガンピ
全種
86–97
II 層
97–07
76–86
86–97
97–07
76–86
86–97
97–07
13.6
5.6
0
0
31.8
0
7.7
22.1
5.9
50.0
0
0
14.3
40.7
0
29.4
7.1
4.8
0
8.7
12.0
8.7
0.0
0.0
8.3
0.0
8.3
30.1
0.0
33.3
50.0
0.0
57.1
0.0
25.0
25.0
6.4
7.7
0.0
23.8
9.8
4.8
33.3
30.6
18.6
0.0
10.0
45.5
46.2
13.0
4.3
66.7
9.7
11.3
28.6
26.7
100.0
34.4
10.6
14.3
6.7
10.0
11.8
11.1
14.2
100.0
40.0
14.3
20.0
34.7
4.1
100.0
7.7
3.2
35.0
40.0
100.0
20.0
10.9
17.4
11.1
20.2
13.8
14.3
14.3
20.2
1.8
20.0
7.1
0
14.3
3.1
0
0
12.2
3.2
0
16.7
0
0
3.7
0
0
8.8
4.6
20.0
18.2
25.0
0.0
3.8
25.0
0.0
6.7
5.4
50.0
2.4
21.4
23.1
7.5
7.4
3.2
22.2
10.3
10.0
0
2.4
3.1
3.4
17.6
1.8
14.3
0.0
0.0
6.3
28.6
50.0
40.0
3.4
4.5
22.2
33.3
5.3
40.0
0
7.7
2.9
33.3
0
33.3
0
25.6
0
41.3
10.1
5.9
0
20.0
6.7
6.4
6.0
12.4
水,2007b)。
III 層
25.0
0.0
100.0
77.9
4.7
66.7
10.0
60.0
37.5
19.8
15.0
6.1
35.6
56.8
33.6
初めのマツノザイセンチュウによる松枯れ(一
(5)リュウキュウマツの動態
斉枯死)を引き起こし,調査区周辺でもマツの
リュウキュウマツは戦前に小笠原に導入され
親木の多くが枯死した。そのため,新たな種子
その後野生化したものであり,本調査区内に
の供給がなくなり 1986 年以降調査区内の実生,
唯一定着している外来種である。図 5 にリュウ
稚樹の数が激減した。2007 年には第 IV,V 層
キュウマツの階層ごとの個体数の変化を示す。
の実生・稚樹は皆無となっている。一方で,第
1976 年には第 I 層に達したのは 2 個体のみで下
I 層の親木の中には枯れるものも出ており,全
層ほど個体数の多い L 字型の度数分布をしてお
体として現在は衰退傾向にあるといってよい。
り,まさにリュウキュウマツが調査区内に侵入
リュウキュウマツは典型的な陽樹であるので,
しつつある状態であった。1986 年には定着し
林床の被陰の程度が高まったことも実生,稚樹
た個体の成長により第 I 層に 9 個体,1997 年に
の新たな定着を妨げている理由と考えられる。
は 17 個体が第 I 層に達し,そのうちの多くは他
(6)林床植生の変化
の在来種の樹冠の上方に突出した樹冠を作って
林床の草本・ツル植物(着生を含む)の出現
超高木のような状態を呈した。2007 年にも 15
頻度の変化を表 6 に示す。全体としては内容に
個体が第 I 層にあり超高木となって大きな樹冠
大きな変化はみられない。36 小区画のほぼす
を張り出しているものがみられる(樹冠投影図
べてに出現したのはムニンナキリスゲ,クロガ
参照)。
ヤ,フサシダの 3 種で,これらは個体数も多く
一方,父島のリュウキュウマツは 1980 年代
調査区の林床植生を代表する草本である。次い
― 81 ―
地域学研究 第 22 号 2009
図 5 リュウキュウマツの階層ごとの個体数の推移
IV.
で,個体数はそれほど多くないが広範囲に分布
議 論
する種として,ツル植物のトキワサルトリイバ
ラ,オオシラタマカズラ,ムニンハナガサノキ
調 査 期 間(1976 ∼ 2007 年 ) の 31 年 間 を 10
がある。こうした中で,唯一,1976 年に広く
年ごとの 3 つの時期に分けると,まず,第 1 期
見られたヒゲスゲがその後大幅に減少したのが
(1976 ∼ 1986 年)は 1983 年の台風 17 号による
目につく。ヒゲスゲはムニンナキリスゲに較べ
樹冠の被害により多くの個体(とくに第 I,II
て被陰の影響を受けやすいので,これは林床の
層)の所属階層が下方にシフトした。ちなみ
被陰の程度が進んだことで説明がつく(清水,
に,1997 年,2006 年にも母島の湿性高木林な
2007b)。
どには大きな被害をもたらした台風が小笠原を
絶滅危惧種のアサヒエビネは盗掘により小笠
襲ったが,調査区のある父島の乾性低木林の被
原全体で激減し,まさに絶滅寸前の状態である
害は軽微であったと推定される。また,調査区
が,調査区内でかろうじて 2 箇所に生育がみら
に定着した唯一の外来種であるリュウキュウマ
れた。2007 年になって帰化種のセイロンベン
ツは,1976 年時点で調査区に侵入中であった
ケイソウが散見されたが,これは 2006 年の台
が,1980 年代初めに起こった松枯れ(一斉枯
風による撹乱が原因であり,一時的な出現であ
死)により周辺のマツの親木が軒並み枯死して
ろう。また,2007 年に出現した腐生植物のウ
その後の種子の供給が途絶えたため,当時の稚
エマツソウは調査時期の関係でたまたま今回記
樹がいったんは超高木にまで成長したが,その
録されたもので,以前から調査区内にも分布し
後が続かず現在は衰退傾向にある。優占種の一
ていた(調査時以外に存在を確認している)。
つのシマイスノキでは 1984 年の生り年の後に
大量発生した実生が林床を埋め尽くす事象も起
こった。
第 2 期(1986 ∼ 1997 年)には台風で損傷し
― 82 ―
父島の乾性低木林における 31 年間の個体群動態(清水)
表 6 草本・ツル植物の出現頻度
種名
ムニンナキリスゲ
クロガヤ
フサシダ
トキワサルトリイバラ
オオシラタマカズラ
ムニンハナガサノキ
ヒゲスゲ
ヒラアンペライ
キキョウラン
マツバラン
ホソバクリハラン
アサヒエビネ
タマシダ
エダウチチジミザサ
テイカカズラ
ムニンエダウチホングウシダ
ヒバゴケ
ハマホラシノブ
セイロンベンケイソウ
ウエマツソウ
シマオオタニワタリ(着生)
ナンヨウシシラン(着生)
ムニンボウラン(着生)
ヒノキバヤドリギ(寄生)
RED
分布
固有
広域
固有
広域
固有
固有
広域
広域
広域
広域
固有
固有
広域
広域
広域
固有
広域
広域
帰化
広域
広域
広域
固有
広域
NT
NT
EN
VU
1976
1997
2007
34
34
33
33
32
30
28
10
8
7
5
3
1
1
1
1
36
34
34
29
25
30
4
10
12
10
7
2
5
36
35
34
27
28
30
14
10
6
4
4
2
4
3
1
VU
NT
EN
1
1
1
1
1
1
1
1
1
6
4
1
1
全 36 小区画中の出現区画数を示す。
RED: 環境省のレッドリストに記載,各カテゴリーは次の通り。
CR: 絶滅危惧 IA 類,EN: 絶滅危惧 IB 類,VU: 絶滅危惧 II 類,NT: 準絶滅危惧。
た林冠構成種の樹冠が少しずつ回復する一方
を行った Abe et al.(2008a)は,4 年間で 87 個
で,乾性低木林の随伴種群をなす多くの稀産樹
体から 68 個体(78.2%)に減少したことを報告
種の個体数の減少が進んだ。とくに低木性樹種
している。また,低木性樹種の中では比較的大
のオオミトベラやシマムラサキでは 1976 年の
きな樹冠をもち,第 2 期まではそれほど減少の
個体数の 5 分の 1 にまで激減した。また,アカ
目立たなかったチチジマクロキやシロテツにつ
テツはオオシモフリエダシャクという蛾の大発
いても,全体としてはまだ一定の個体数を維持
生による食害で実生,稚樹,親木のすべての個
しているものの,第 3 期に大幅な個体数の減少
体で大量の枯死がみられた。
がみられた。さらに,原因は不明だが,亜高木
今回の調査で明らかになった第 3 期(1997 ∼
2007 年)には,多くの樹種(とくに稀産種)
性樹種のムニンネズミモチが選択的に個体数を
大幅に減らす事象も起きた。
でいっそうの個体数の減少がみられ,シマムラ
31 年間を通してみると,主要優占樹種 3 種の
サキ,オオミトベラ,ナガバキブシなどは調
うち,シマイスノキは 1983 年の台風で樹冠が
査区から消滅する寸前となっている。ちなみ
損傷・縮小した第 I 層個体がその後あまり回復
に,本調査区の範囲を含む中央山東平全域で
せず枯死したり第 II 層にとどまったままになっ
2004 年∼ 2007 年にナガバキブシの個体群調査
たりしてやや衰退傾向にある。ただし,1984
― 83 ―
地域学研究 第 22 号 2009
年の成り年を契機に大量に発生した実生が成長
島にある直径 10 cm ものシマムロが高木林の伐
して IV 層(一部は III 層)に達しており,世代
採後に一気に成長したとは考えられないとし,
交代が進んでいるともいえる。ムニンヒメツバ
もともと平坦で土壌の深い場所には高木林の密
キも台風により林冠を構成する個体が打撃を受
林があり,岩石地や乾燥地にはもともと樹高の
けたが枯死したものは少なく,肥大成長を続け
低い森林が密生していたとした(高橋・栗田,
た結果直径の大きい個体が増加している。ま
1939)。
た,陽樹のムニンヒメツバキは 1983 年の台風
ちなみに,本調査区のある父島の中央山東平
被害で林床が明るくなった際に芽生えが増加し
付近には戦前の開拓初期に牧場があったと伝え
その一部が現在 IV 層に達している。一方,ア
られており,この一帯は武田牧場と呼ばれてい
カテツは第 2 期に蛾の食害によりすべての階層
たようである。前述の豊島(1938)は小笠原に
で個体数を大幅に減らした。ただし,生き残っ
自生する多数の種について解説をしており,チ
た個体は肥大成長を続けて大径木となってい
チジマクロキ,ムニンノボタン,コバノトベ
る。
ラ,ウチダシクロキなどの項では「父島武田牧
1976 年と 2007 年の樹冠投影図の解析からわ
場に自生する」との表記がみられる。これらの
かった 31 年間の林冠の変化をまとめると,小
種の分布からすると,当該地が現在の中央山東
さな樹冠をもつ多数種類,多数個体からなる森
平の位置と重なることは間違いなく,これを
林の構造が,比較的大きな樹冠をもつ少数の主
もって中央山東平の乾性低木林は,戦前に一度
要樹種の少数個体からなる構造に変化したとい
切り開かれ牧場として利用された後に成立した
える。その中で樹冠どうしの間に生じる小さな
二次林であるとの考えも成り立たないではな
林冠ギャップが減少し,全体として林床の被陰
い。しかし,返還後の 50 年間の森林の変化を
の度合いが高まったため,林床の低木性樹種は
みてきた筆者としては,一度森林が完全に破壊
いっそうの衰退に追い込まれた。
された場所に 100 年足らずの間に現在のような
上記のような変化は一見すると植生遷移の途
乾性低木林が成立したとはとても考えられな
中相から極相にいたる過程で生じる現象に似て
い。実は,この牧場の存在した時期,規模,位
いるともいえる。実は,小笠原の乾性低木林の
置,内容等の詳細は不明であり,豊田(1976)
植生遷移上の位置づけについては 2 つの考え方
は中央山東平学術参考保護林の指定にあたっ
がある。すなわち,乾性低木林はもっと樹高の
て「戦前の武田牧場は当林内の南部から大滝地
高い発達した極相林に至る途上の植生であると
内へかけての丘陵地を呼称していたと考えられ
する考えと,もともと土壌の薄い乾性立地に成
る」と述べている。現在の中央山東平には乾性
立する極相林であるという考えである。戦前に
低木林の他に,二次林と思われる組成の単純な
小笠原営林署長を務めた豊島恕清は,住民の言
マツ・ヒメツバキ林になっている場所も広くあ
い伝えや各地に残る大木の切り株跡などから本
るので,おそらく牧場はそうした場所で営まれ
来の小笠原は全島が鬱蒼とした高木林で覆われ
ていたものと思われる。
ていたが,開拓草創期の乱伐や野火の結果森林
乾性低木林の位置づけを考える上で,返還後
が開け,表土が流出したため樹高の低い低木林
の調査で詳細が明らかになった兄島の植生の存
になったとした(豊島,1938)
。これに対して,
在も重要である。兄島は小笠原の中で唯一本格
戦前(昭和 10 年)に小笠原国有林の全域の植
的な人為の影響を蒙らずに原生的な植生が残存
生調査を行い植生図も作成した高橋松尾は,兄
しているとされる(船越,1992)が,その兄島
― 84 ―
父島の乾性低木林における 31 年間の個体群動態(清水)
の乾性低木林と父島の中央山東平の乾性低木林
キ型からシマシャリンバイ型への移行の気配が
は基本的な組成,構造において共通しており,
うかがわれる。
同一の植生タイプであるとして間違いない(清
また,小笠原のシマイスノキ型乾性低木林の
水,1991)。植物ばかりでなく昆虫相や陸産貝
中でも,父島の中央山東平がもっとも標高が高
類相からみても原生状態を留めていると推測さ
く雲霧林的な環境がかろうじて残されているた
れる兄島の乾性低木林が極相であるならば,父
めに,随伴種の分布も東平付近に集中している
島の乾性低木林も極相であるとしなければなら
(Shimizu, 1992)。中央山東平を離れるにした
ない。また,筆者の 30 年間の観察からも,現
がって,随伴種は徐々に脱落していき,周辺部
在の乾性低木林の構成種の樹高が今後さらに伸
になるほど林分全体の種多様性は低下する。父
びて高木林に変化していくような兆候はまった
島の北隣りにある兄島にもシマイスノキ型乾性
くない。通常(数十∼数百年オーダー)の植生
低木林が広く分布しているが,生育地の山地平
遷移の概念を当てはめれば,中央山東平の乾性
坦面の標高が父島と較べてより低く,乾燥して
低木林は極相であるといえる。ただし,そのこ
いるために,随伴種は質・量ともに中央山東平
とは必ずしも現在の組成・構造が長期的にまっ
より貧弱になっている(清水,2008)
。本調査
たく変わらないということを意味しない。むし
区で進行中の事態がさらに進めば,まさに現在
ろ,数十年の気候のサイクル,台風や干ばつな
の兄島のような乾性低木林になっていくことが
どの大規模撹乱のあり方,さらには最近の地球
予想される。その意味で父島(とくに中央山東
温暖化のような大規模な気候変動の影響を受け
平)の乾性低木林の「兄島化」が進んでいると
て,その内容は常に揺れ続けているのが本来の
いえる。
あり方ではないかと推測される。
筆者が本研究を始めた目的の一つに生物多様
筆者は小笠原にみられる広義の乾性低木林を
性維持の仕組みを明らかにすることがあった。
シマイスノキ型(本研究で扱ってきたシマイス
日本本土の照葉樹林で優占種となるシイ,カシ
ノキの優占する狭義の乾性低木林)とシマシャ
類を欠く小笠原の森林では,特定の種が著しく
リンバイ型(シマシャリンバイの優占する固有
優占することなく多数の種が共存しているよう
性,多様性のより低い低木林)に分け,気候の
にみえる。とくに乾性低木林では低木性樹種
乾燥化が進むと,雲霧の発生と関係の深いシマ
も含めて 30 ∼ 40 種が一つの森林を構成してい
イスノキ型がより乾燥に強いシマシャリンバイ
る。ところが,初期の目論見に反して,中央山
型に移行するシナリオを考えている(清水,
東平の乾性低木林の種多様性はこの 31 年間で
2008)。調査区内の 31 年間の林冠構成種の変化
低下し,もともと個体数の多かった特定の樹種
をみると,シマイスノキやムニンヒメツバキ
がより優占する方向で動いてきた。シイ,カシ
などのシマイスノキ型乾性低木林の優占種が
類のような典型的な陰樹を欠く大洋島の小笠原
減少し,かつ,シマイスノキ型乾性低木林の
では,もともと陽樹的な性格をもつ樹種が圧倒
随伴種群とされる 20 種ほどの稀産種もほとん
的に多い(清水,1994)
。陽樹のムニンヒメツ
どが衰退傾向にある。一方でどちらかというと
バキが乾性低木林の主要樹種の一角を占めるの
シマシャリンバイ型でより優勢なシマシャリン
もそのせいであろう。陽樹的な性格をもつ低木
バイ,ムニンアオガンピ,タコノキ,モンテン
性樹種(チチジマクロキ,シマムラサキ,ナガ
ボクのような樹種が例外的に増える傾向がみら
バキブシなど)が永続して存在するためには林
れ,全体として気候の乾性化に伴うシマイスノ
冠に隙間(ギャップ)が常にあって林床がある
― 85 ―
地域学研究 第 22 号 2009
程度明るい状態に保たれる必要がある。そのた
るらしいことが理由としてあげられるが,確か
めには周期的に大規模な撹乱が起こって林冠が
なことはわかっていない(加藤,1992; Abe,
開ける必要があり,小笠原では台風や干ばつが
2006)。Abe et al.(2008a)は中央山東平のナガ
その役割を果たしてきたと考えられる(清水,
バキブシにおいて結実率の低さを指摘し,人工
1994)。
授粉を行っても向上がみられないことから,環
陽樹の維持と世代交代にとってもう一つ重要
境面での制約を理由として推定している。ちな
なことは,実生や稚樹が常に供給され続けて,
みに,父島では 1980 年代半ば以降,母島でも
撹乱が生じた際にそれらが成長できる条件が
10 年ほど遅れて 1990 年代に,外来種のグリー
整っていることである。撹乱の際にはあらかじ
ンアノール(トカゲ)が島の全域に広がり,ハ
め前生稚樹として林床に待機していた個体の方
ナバチ類を含む在来の昆虫類を食べ尽くしてし
が,撹乱後に新たに芽生えた個体より競争に打
まったという指摘がなされているが(苅部・須
ち勝つ可能性が高いので,林床に一定量の前生
田,2004; Abe et al., 2008b),ここで述べた結
稚樹が確保されていると更新(世代交代)がよ
実率の低さは 1970 年代からみられた現象であ
り確実になる(Shimizu,2005)
。本調査におい
り,グリーンアノールに起因する送粉昆虫の衰
ても,1983 年の台風被害はまさにそうした更
退にすべての原因を求めるわけにはいかない。
新のチャンスであったはずであるが,実際には
実は,稀産種においても実生がわずかなが
ほとんどの稀産種で新たな更新は起きなかっ
ら出現したものもあるのだが,定着して稚樹
た。台風の先にも後にもほとんど実生が供給さ
になったものは皆無といってよい。筆者は 21
れなかったからである。そのため既存の親木が
年目の論文(清水,1999)で,もともともう
枯死するとその分だけ個体数が減少して絶滅に
少し湿潤な発芽床を必要とするこれらの種に
近づくことになった。シマイスノキ,アカテ
とって,現在の林床の環境は乾きすぎているの
ツ,ムニンヒメツバキ,アデク,シャリンバイ
ではないかと推定した。現在の小笠原の降水
などの主要樹種では,毎年一定量の,あるいは
量(年間約 1200 mm)は戦前の降水量(年間約
成り年に大量の実生が供給されて,ある程度の
1600 mm)と比較して 75% くらいに減ってい
次世代が保障されてきたのとは対照的である。
る。また,夏季に干ばつの発生する頻度も増し
稀産種の実生の供給が滞っている理由とし
ている(吉田他,2006)
。実際,1980 年と 1990
て,多くの種で果実や種子をつける割合が低い
年の夏季の著しい干ばつの際には,平年にくら
ことがあげられる。筆者は 1970 年代後半に年
べて実生・稚樹が集中的に枯死したことが観察
間を通して多くの種のフェノロジー(植物季節)
された(Shimizu,1985; 清水,1999)
。このよ
を観察した際に,開花時には多数の花をつけて
うに,現在,台風や干ばつによる大規模な撹乱
いたのに実の時期になると極端に量が減ってし
はあっても一部の主要樹種を除いて次世代を担
まうものが多いことに疑問を感じた。この結実
う若い個体が有効に育っておらず,多くの種で
率の低さについては,花粉を運ぶ昆虫類(チョ
世代交替がうまく機能していないように思われ
ウ,ガ,ハナバチ,ハエ,アブなど)が大洋島
る。このままでは多くの稀産種(絶滅危惧種)
のためもともと貧弱であることに加え,戦前に
が近い将来絶滅してしまう恐れがある。
開発の進んだ父島や母島では送粉昆虫(とくに
最近の乾性低木林の低木性樹種の衰退の原因
固有ハナバチ類)が壊滅状態となり,かろうじ
としてノヤギの食害も指摘されている。たとえ
て人間が持ち込んだミツバチが代役を務めてい
ば,Abe et al. (2008a)は中央山東平付近のナ
― 86 ―
父島の乾性低木林における 31 年間の個体群動態(清水)
ガバキブシの多くの個体でノヤギの食害が認め
研究室の使用を許可していただいた首都大学東
られ,個体群衰退の一因になっていると述べて
京小笠原研究委員会に感謝いたします。さら
いる。近年,中央山東平の乾性低木林中にもノ
に,野外調査補助として活躍してくれた駒澤大
ヤギが出没していることは確かであり,調査区
学文学部地理学科学生の川口史雄君と松田倫明
の中でもノヤギの食痕と思われる葉の千切れた
君にお礼を申し上げます。
タコノキの稚樹が散見された。しかし,調査区
引 用 文 献
内の他の樹種についてはそれらしい証拠がみら
れず,実生調査のために調査区の林床をくまな
神崎 護 2006.日本の森林長期生態研究サイ
く観察した際にも,ノヤギの糞等はまったくみ
ト.種生物学会編『森林の生態学―長期大規
られなかった。そこで,とくに 2000 年代になっ
模研究からみえるもの』文一総合出版,pp. てノヤギの食害が顕在化してきた事実はあるに
361–370.
しても,これまで述べたような調査区内の稀産
加藤 真 1992.小笠原における植物と送粉昆
種の衰退の原因をノヤギの食害に求めるのは無
虫のパートナーシップ.WWFJ Science Report
理がある。さらに,外来種のクマネズミが在来
1(1): 51–61.
植物の果実や種子を食害することで更新を妨げ
苅部治紀・須田真一 2004.最強・最悪のプレ
ている可能性も指摘されているが(渡辺ら,
デター(捕食者)グリーンアノール.
『東洋
2003),これについても確かな状況は把握され
のガラパゴス小笠原―固有生物の魅力とその
ておらず今後の課題となっている。
危機』神奈川県立生命の星・地球博物館,
最後に,本研究はいわゆる長期大面積植生調
pp. 125–129.
査の部類に属し,本調査区も「日本の森林長期
清 水 善 和 1982.1980 年 夏 の 干 ば つ が 父 島 の
生態研究サイト」に登録・公表されている(神
植生に与えた影響について.
『小笠原諸島
崎,2006)。しかし,調査区の面積が標準より
自然環境現況調査報告書(3)
』東京都,pp.
小さく,個人研究の範囲で行っているので,環
31–37.
境省のモニタリングサイト 1000(重要生態系
清水善和 1984.台風 17 号(1983.11.6–7)が小
監視地域モニタリング推進事業)には対応して
笠原の森林に与えた影響.小笠原研究年報
いない。本研究は,実生から親木まで調査区内
8: 21–28.
の全出現個体を対象にしており,かつ,低木層
清水善和 1989.小笠原諸島にみる大洋島森林
以上の個体については識別して追跡できるよう
植生の生態的特徴.宮脇昭編『日本植生誌
にしているので,一般の長期大面積植生調査よ
沖縄・小笠原』至文堂,pp. 159–203.
りはきめ細かな内容となっている。本研究の調
清水善和 1991.小笠原諸島兄島の植生―乾性
査結果は小笠原の乾性低木林や稀産種の保護・
低木林の分布・組成・構造.駒沢地理 27:
保全のための基礎データとして重要な役割を果
77–130.
清水善和 1994. 小笠原諸島母島石門 におけ
たすものと考えられる。
る湿性高木林の生態と更新様式―17 号台風
謝 辞
(1983 年)による撹乱とその後の回復過程.
本研究を実施するにあたり入林許可証を発行
地域学研究 7: 3–32.
していただいた小笠原総合事務所国有林課にお
清水善和 1999.小笠原諸島父島における乾性
礼申し上げます。また,客員研究員として父島
低木林の 21 年間の個体群動態.保全生態学
― 87 ―
地域学研究 第 22 号 2009
研究
4: 175–197.
気候環境の変化.地理学評論 79: 516–526.
清水善和 2003.小笠原諸島における通常台風
Abe, T., 2006. Threatened pollination systems in na-
による植生被害―台風 9 号(2002 年 7 月)の
tive flora of the Ogasawara (Bonin) Islands. An-
事例.駒澤地理
nals of Botany 98: 317–334.
39: 1–15.
清水善和 2007a.ガラパゴスと“東洋のガラパ
Abe, T., Wada, K. & Nakagoshi, N., 2008a. Ex-
ゴス”小笠原―「ガラパゴス」の意味する
tinction threats of a narrowly endemic shrub,
第1号
Stachyurus macrocarpus (Stachyuraceae) in the
もの.駒澤大学総合教育研究部紀要
Ogasawara Islands. Plant Ecol 198: 169–183.
(分冊 I)
: 1–39.
清水善和 2007b.小笠原諸島父島のマツ・ヒメ
Abe, T., Makino, S. & Okochi, I., 2008b. Why have
ツバキ二次林における撹乱(松枯れと台風被
endemic pollinators declined on the Ogasawara
害)をはさむ 26 年間の植生変化.地域学研
Islands? Biodivers Conserv 17: 1465–1473.
究
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画.環境科学年報
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渡辺謙太・加藤英寿・若林三千男 2003.小笠
damage) in the Pinus-Schima secondary forest
原諸島の在来植物に対するクマネズミの食害
on Chichijima in the Ogasawara (Bonin) Islands:
状況調査.小笠原研究年報
which won, advanced saplings or new seedlings?
26: 13–31.
吉田圭一郎・岩下広和・飯島慈裕・岡 秀一
2006.小笠原諸島父島における 20 世紀の水文
― 88 ―
Ecological Research 20: 708–725.
父島の乾性低木林における 31 年間の個体群動態(清水)
A 31-year Population Dynamics of the Dry Forest
at Chichijima in the Ogasawara Islands
Yoshikazu SHIMIZU*
Synopsis
A permanent quadrat (30 m330 m) was installed in 1976 in a dry forest at Chuosan-higashi-daira, Chichijima in
the Ogasawara Islands, and the vegetation was surveyed 4 times every 10 years. This paper reports the result of the
4th investigation done in 2007, and the change of vegetation that happened for 31 years. In total, 45 tree species with
9215 individuals and 16 herb & vine species appeared in the quadrat. Among 22 species which composed the canopy,
Schima mertensiana, Distylium lepidotum and Pouteria obovata occupied about the half of the number of individuals.
The 31 years were divided into three periods. In the first period (1976–1986), the forest layer of many individuals shifted downward due to the typhoon damage in 1983. Distylium had a mast year in 1984, and a large quantity of
seedlings appeared on the forest floor. While the crowns of dominant species were recovered, many rare species whose
distribution was closely related with the dry forest decreased in the second period (1986–1997). Especially, Pittosporum chichisimense and Callicarpa glabra decreased to 1/5 of the beginnings through the 1st and 2nd periods. Pouteria
reduced the number of individuals by all the layers due to the harm of a moth which appeared abundantly. In the third
period (1997–2007), the decrease of the number of individuals of rare species proceeds all the more. Symplocos pergracilis and Boninia glabra, whose decrease was not so conspicuous before, decreased drastically. Furthermore, many
individuals of Ligustrum micranthum died in this period with unknown cause. Pinus lutchuensis, the only introduced
species in the quadrat, was invading in the 1st period, and some saplings grew upward and attained above the canopy
in the 2nd period, but it declined because most of matured trees died early 1980s by disease and seeds had not provided since then.
The 31-year change of the vegetation was summarized as follows that the forest composed of many individuals with
small crowns of many species changed to that of smaller number of individuals with larger crowns of some dominant
species. Nevertheless there was a large-scale disturbance during the periods, the regeneration of rare species did not
proceed. Thus many rare species might be extinguished from the quadrat in the near future. The following reasons are
proposed for the decrease of rare species; adequate environment for seedling establishment disappeared due to the
long-term dry tendency of climate; productivity of seeds decreased because of the loss of pollinators; the forest floor
became darker because of the coverage of large crowns. Most of rare species have already declined, or extinguished in
Anijima, which has the same type dry forest, so it seems that the dry forest of Chichijima follows the track of Anijima.
* Department of Natural Sciences, Faculty of Arts and Sciences, Komazawa University, Tokyo
― 89 ―
地域学研究 第 22 号 2009
附録 1a 全出現樹木の階層別個体数 1976 年(第 1 回調査)
種名
略号
オオバシロテツ
アツバシロテツ
シロテツ
アカギ
シマムラサキ
コヤブニッケイ
ノヤシ
シマイスノキ
シマホルトノキ
ムニンゴシュユ
アコウザンショウ
トキワイヌビワ
オガサワラクチナシ
オガサワラモクレイシ
モンテンボク
ムニンイヌツゲ
シマムロ
ムニンネズミモチ
ムニンイヌグス
コブガシ
シマタイミンタチバナ
キンショクダモ
シマモクセイ
タチテンノウメ
タコノキ
シロトベラ
オオミトベラ
シマカナメモチ
リュウキュウマツ
アカテツ
オガサワラボチョウジ
シマシャリンバイ
アデク
ムニンヒメツバキ
チチジマクロキ
ナガバキブシ
シマギョクシンカ
ムニンシャシャンボ
トキワガマズミ
ムニンアオガンピ
BG
BN
BO
BS
CG
CI
CL
DL
EL
EN
FA
FI
GA
GE
HI
IM
JU
LI
MB
MK
MM
NE
OM
OS
PA
PB
PC
PH
PI
PO
PY
RH
SB
SM
SP
ST
TA
VA
VB
WK
合計
階層
Ⅰ
Ⅱ
110
5
14
2
3
7
32
1
10
3
Ⅲ
1
82
4
8
3
89
9
3
2
42
9
62
1
3
393
19
1
19
3
10
1
11
13
9
1
6
3
29
639
49
12
5
6
1
18
9
226
1589
138
1756
78
3
5
230
163
1
3
31
4
3
1
1
15
53
70
1
35
18
14
7
8
3
78
34
37
5
2
83
14
13
53
81
5
39
2
32
69
17
7
1
1
1
1
Ⅴ
6
1
29
15
9
41
Ⅳ
1
14
2
7
45
1
32
85
21
60
4
4
5
5
16
123
325
318
18
10
4
63
7
5
40
1
84
519
508
983
3335
胸高直径 3 cm 以上の幹の胸高断面積合計も示す。
― 90 ―
合計
325
7
2
167
1
176
2
8
1273
91
29
5
19
33
28
45
309
1
3663
416
1
69
53
8
9
178
1
138
8
109
13706
20
1118
1105
567
80
9
297
8
1
461
18876
24221
51
1
102
1
84
6
79
13416
3
716
580
430
3
229
1
胸高断面積
(cm2)
7259.2
120.0
1331.2
143.9
492.0
1550.8
43.0
32.2
38.0
1854.6
1942.9
50.6
4190.7
937.1
232.0
1887.8
8863.5
7.5
43.0
31020.0
父島の乾性低木林における 31 年間の個体群動態(清水)
附録 1b 全出現樹木の階層別個体数 1986 年(第 2 回調査)
種名
略号
オオバシロテツ
アツバシロテツ
シロテツ
アカギ
シマムラサキ
ノヤシ
オオバシマムラサキ
シマイスノキ
シマホルトノキ
ムニンゴシュユ
アコウザンショウ
トキワイヌビワ
オガサワラクチナシ
オガサワラモクレイシ
モンテンボク
ムニンイヌツゲ
シマムロ
ムニンネズミモチ
ムニンイヌグス
シマタイミンタチバナ
キンショクダモ
タチテンノウメ
タコノキ
オオミトベラ
シマカナメモチ
リュウキュウマツ
アカテツ
キバンジロウ
オガサワラボチョウジ
シマシャリンバイ
アデク
ムニンヒメツバキ
チチジマクロキ
ナガバキブシ
シマギョクシンカ
ムニンシャシャンボ
ムニンアオガンピ
BG
BN
BO
BS
CG
CL
CS
DL
EL
EN
FA
FI
GA
GE
HI
IM
JU
LI
MB
MM
NE
OS
PA
PC
PH
PI
PO
PS
PY
RH
SB
SM
SP
ST
TA
VA
WK
合計
階層
I
II
63
3
12
III
IV
V
4
1
22
2
1
76
3
5
2
107
5
2
63
7
1
1
22
2
5
11
13
7
5
3
1
3
1
10
77
34
4
6
1
8
2
302
145
1
26
700
117
2
2
31
3
1
20
35
59
6
1
6
83
2
2
2
27
1
3
2
34
31
9
68
7
27
10
9
42
65
2
17
42
21
8
1
6
1
1
23
1
50
92
23
57
5
3
5
89
392
472
1065
― 91 ―
合計
95
60
6
2
110
1
82
9
3
4092
37
17
46
11
31
8
21
68
1
1495
330
46
42
5
146
35
6
51
7081
3
13
882
834
644
68
9
168
7
273
1882
12872
16683
5
7
2
1
168
7
309
204
19
1
4
66
7
1
70
2
2
3691
15
2
46
5
1
3
13
413
32
5
8
4
17
24
4
9
6868
3
497
454
516
2
98
地域学研究 第 22 号 2009
附録 1c 全出現樹木の階層別個体数 1997 年(第 3 回調査)
種名
略号
モクタチバナ
オオバシロテツ
アツバシロテツ
シロテツ
アカギ
ムニンエノキ
シマムラサキ
ノヤシ
オオバシマムラサキ
シマイスノキ
シマホルトノキ
ムニンゴシュユ
トキワイヌビワ
オガサワラクチナシ
オガサワラモクレイシ
モンテンボク
ムニンイヌツゲ
シマムロ
ムニンネズミモチ
ムニンイヌグス
センダン
シマタイミンタチバナ
キンショクダモ
シマモクセイ
タチテンノウメ
タコノキ
オオミトベラ
シマカナメモチ
リュウキュウマツ
アカテツ
キバンジロウ
オガサワラボチョウジ
シマシャリンバイ
アデク
ムニンヒメツバキ
チチジマクロキ
ナガバキブシ
シマギョクシンカ
ムニンシャシャンボ
ムニンアオガンピ
AR
BG
BN
BO
BS
CE
CG
CL
CS
DL
EL
EN
FI
GA
GE
HI
IM
JU
LI
MB
ME
MM
NE
OM
OS
PA
PC
PH
PI
PO
PS
PY
RH
SB
SM
SP
ST
TA
VA
WK
合計
階層
I
II
III
IV
合計
V
4
65
5
11
4
1
4
26
1
4
3
201
86
14
3
23
1
28
278
4
5
2
103
8
1
16
7
10
977
73
17
13
21
13
30
69
1
568
316
1
81
44
46
5
152
14
7
33
3501
29
11
895
1200
671
70
3
52
8
448
792
6746
9525
4
1
25
1
1
62
4
1
2
2
1
2
104
4
1
2
12
1
10
12
97
8
171
4
4
1
6
2
1
93
23
249
169
51
80
30
1
3
5
1
14
2
1
7
15
29
17
56
7
9
40
63
4
20
47
26
11
23
1
40
2
1
5
16
1
5
2
2
63
106
127
33
45
2
6
4
74
382
516
1089
― 92 ―
2
1
4
3
1
52
2
57
12
8
1
13
2
10
540
52
5
9
6
10
28
171
41
1
45
14
45
4
17
8
5
4
3357
29
559
900
535
11
1
21
父島の乾性低木林における 31 年間の個体群動態(清水)
附録 2 第 1 期(1976 ∼ 1986 年)
,第 2 期(1986 ∼ 1997 年)の階層間の個体数の異動
― 93 ―
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