...

- HERMES-IR

by user

on
Category: Documents
22

views

Report

Comments

Transcript

- HERMES-IR
Title
Author(s)
Citation
Issue Date
Type
貴重資料の保存環境整備について
床井, 啓太郎
一橋大学社会科学古典資料センター年報, 32: 14-19
2012-03
Departmental Bulletin Paper
Text Version publisher
URL
http://doi.org/10.15057/22893
Right
Hitotsubashi University Repository
一橋大学社会科学古典資料センター年報 32(2012) Ⓒ一橋大学社会科学古典資料センター
貴重資料の保存環境整備について
On Improvement of the Preservation Environment for Rare Materials
床井 啓太郎
TOKOI Keitaro
社会科学古典資料センターでは、2010 年 9 月から 2011 年 3 月にかけて行った耐震補強工事
に合わせて、貴重書庫を中心にセンター内の保存設備の改修を行った。工事の準備作業は年度
初めより始まっていたため、実務担当者が当時わずか 2 名のセンターにとって 2010 年度は文
字通り改修工事に明け暮れた 1 年となったが、改修のための検討作業は同時にセンターの保存
体制を再検討するよい機会ともなった。今回の改修では、これまで部分改修を行うに留まって
きた貴重書庫内の大規模な改修に初めて手を着けることができたが、それが可能となったのは
まず第一に書庫内の全資料約 8 万冊の外部倉庫への搬出が実現したためであった。本学が所蔵
する貴重資料をこれだけ大規模に外部へ移送するのは、第二次大戦中にメンガー文庫、ギール
ケ文庫などを長野へ疎開させて以来であったが、これによってこれまで資料への塵埃や振動等
の影響を考慮して行えなかった書架の組み直しや床面工事、壁面工事などが全面的に可能に
なった。資料の移送は、倉庫の選定から梱包方法の検討、作業管理、輸送作業のチェック、保
管状況の確認、戻しの際の割付管理、最終的な資料の全数確認まで、破損や紛失が許されない
だけに大変に神経を使う作業であったが、この改修工事の完了によって、それに見合う成果を
上げることができたといえる。また、センター 1 階事務スペースについても、間仕切り位置の
変更や壁の増築などによって、新たにマイクロフィルム保管室、撮影室の 2 室を設置すること
ができた。以下、改修点について具体的に紹介したい。
1. 貴重書庫内の改修
1.1. 書架の耐震補強
センター書庫では従来、
スチール製の単柱複式書架
をメインの書架として使用
していた。この書架は、天
井と床の間で固定された支
柱に棚を差し渡すタイプ
で、支柱の床部はビスによ
る簡易固定、天井部は躯体
ではなく天井部材に固定さ
れた金属製レールにビス止
めする構造になっていた。
床と天井の両方で支柱が固
定されているため一見頑丈
書架の頭つなぎ固定部分。横方向に差し渡した鋼材によって書架同士が
連結されている。最上段棚には資料を配架せず、棚板を埃よけとして使
用している
− 14 −
Bul. of the CHSSL 32(2012) © Center for the Historical Social Science Literature, Hitotsubashi Univ.
に見えるものの、横方向の転倒に弱く、必ずしも耐震強度が高いとは言えない構造であった。
今回の改修工事では、床や天井の補修を行う関係上、一旦書架もすべて解体したため、再組
み立てをする際に、より耐震強度の高い設置法へ変更することにした。具体的には、床部の固
定を簡易固定から躯体にアンカーボルトを打ちビス止めをする方式に変更し、天井に対しては
固定せずに書架間を頭つなぎにした。頭つなぎは書架の上部 5 箇所に鋼材を差し渡してすべて
の書架を連結する補強法で、横方向への書架の倒壊を防ぐ高い効果が期待できる。なお書架が
揺れた際の力が壁に集中的にかかると建物本体が破壊される恐れがあるため、頭つなぎの鋼材
は書架間のみに差し渡し、両端の書架から壁面に対して鋼材による固定はしていない。また、
その他の変更点として、壁面を通して外気の影響を受けやすい壁沿いの書架をすべて撤去し
た。
1.2. 照明の全 LED 化
センターでは従来、書庫
内の照明として美術・博物
館用の蛍光灯を使用してき
た。これは通常の蛍光灯を
紫外線吸収膜で覆ったもの
で、資料の劣化要因となる
紫外線を使用初期段階で約
99.9%カットすることがで
きる。ただ、紫外線吸収膜
の効果は経年で減衰する問
題があるほか、蛍光灯の交
換が煩雑でもあることか
ら、今回の改修を機にセン
書庫の LED 照明
ター内の照明をすべて
LED に変更した。
新たに採用した白色 LED は紫外線の波長をほとんど含まず、カット率の経年変化もないた
め、長期に渡って光線による色あせ等の資料劣化を防ぐことができる。また、LED の寿命は
蛍光灯に較べて約 4 倍、消費電力は書庫内に設置した電球タイプの場合で約 5 割で、メンテナ
ンス性・経済性に優れている。この他、書庫内では利用している箇所でのみ照明を点灯すれば
よい場合が多いため、書架列ごとに約 25 のブロックに区切って人感センサーで点灯消灯を行
う仕様に改め、資料への負担、電力消費の軽減を目指した。
1.3. 空調設備の更新
センターでは空調の温度調整によって書庫内の温湿度が短期的に大きく変化することを避け
るため、室温が 30℃前後まで上昇する真夏の時期を除き空調を使用していなかった。ただ、
近年では設備の老朽化により夏場のみの使用時にも故障することがしばしばあったため、より
空調能力・動作の信頼性の高い機種への更新を行った。
書庫などの閉鎖空間では、高湿度の空気が滞留する箇所でカビの発生する可能性が高くなる
ことが知られているので、新しい空調では吹き出しと吸気を同時に行うことで書庫内に強制的
− 15 −
に空気の流れを作り出すようにした。また、吹き出し口、吸気口の配置を工夫することで、書
庫内に空気の澱む場所が生じないように配慮した。空調機本体の周囲には水漏れセンサーを設
置し、万一水漏れがあった場合には速やかに対処できるようにしている。
写真左が吹き出し口、右が吸気口。書架間通路ごとに両端から吹き出し
と吸気を行うことで、書庫全体に隈なく空気の流れが生じるように配慮
されている
1.4. 内壁の設置
センター書庫内の温湿度
は空調を使用している夏場
の短期間を除き自然変動に
任せているため、建物自体
が外気の影響を受けにくい
建築構造を備えていること
が重要になる。書庫内に設
置している温湿度計のデー
タによると、耐震補強前の
書庫内の温湿度は、平均し
て 年 間 温 度 10 ~ 25 ℃、 相
対 湿 度 45 ~ 70 % 程 度 の 間
で変動しているが、短期的
な 変 動 幅 は 非 常 に 小 さ く、
書庫内壁部分。空間をとって設置されたボードの上に調湿パネルが貼
られている。写真の白枠部分は壁内の点検口
比較的安定した書庫内環境を維持していた。今回の改修ではこの安定性をさらに向上させるた
めに、書庫内に内壁を設置して外気との断熱性を高めることにした。
工事に先立って、吉川也志保氏(日本学術振興会(東京文化財研究所)特別研究員・現宮内
庁正倉院事務所・内閣府技官(研究職)
)の協力で、ドレスデン工科大学で開発されたソフト
ウェア Delphin 5 を用いて外壁構造のモデル解析を行った。それによると、改修前の既存壁で
は外気の気温・湿度が壁の内部を伝わって書庫内に影響を与えており、内壁表面の相対湿度が
− 16 −
90%を超える期間が多くなっていた。これに対し、既存の内壁から 20cm の空間をとってボー
ド壁を設置した場合、外気温の書庫内への影響、水分の移動ともに大幅に抑えられることがわ
かった。
改修工事ではこれらの試算に基づき、構造上工事のできない一部を除いて、書庫の壁面に
沿って並んでいる柱の凸面に沿う形で内壁を設置する工事を行った。まず、既存壁に発泡ウレ
タンを吹き付けたのち、軽量鉄骨で骨組みを形成してプラスターボードの壁面を作り、さらに
ボードの表面には珪藻土の調湿パネルを全面に貼った。これによって外気変動の書庫内への影
響を最小限に抑えることができる一方、調湿ボードが書庫内の余剰水分の吸収・発散を行うた
め、温湿度環境のより一層の安定が見込まれる。
1.5. 床材の変更
センター書庫の床材は設立当初は P タイル製で、その後 P タイルの上にカーペットを敷い
ていたが、カーペットは毛の中に虫などが潜みやすいことから 2008 年にこれを完全に撤去し
ていた。今回の改修では床材の P タイルも撤去し、長尺塩ビシート張りに変更した。長尺塩
ビシートは長期間使用しても傷などがつきにくいほか、P タイルと異なり継目を溶着するため、
隙間にゴミや埃が溜まることもなく清掃が非常に容易なことが特徴である。
2. その他の改修
2.1. マイクロフィルム保管室の設置
センターでは所蔵してい
るマイクロフィルムのう
ち、 長 期 保 存 を 図 る ネ ガ
フィルムを湿度調整機能付
きキャビネットに、閲覧等
に使用しているポジフィル
ムを通常のキャビネットに
収 納 し て 保 管 し て い た。
2010 年にマイクロフィルム
の保存状態の確認を行った
際には、極度に劣化の進行
したフィルムは見られず、
ネガ、ポジともに概ね良好
マイクロフィルム保管室
な状態を保っていることが
わかっていたが、キャビネットの設置位置が事務スペースとの共用部分にあたり、温湿度の変
化の大きい場所であったため、今後の安定的保存を考えて専用の保管室を新たに設置すること
にした。
保管室はセンターで所蔵している全マイクロフィルム、マイクロフィッシュを集中して保管
できるように、12 台のキャビネットと 3 台のフィッシュ用ケースを設置できるスペースをセ
ンター 1 階に確保し、新たに仕切って一室とした。内部は独立した空調設備によって温湿度を
事務スペースや書庫よりも低く保つことができるようにした。また温湿度調整機能付きキャビ
− 17 −
ネットを新たに 5 台購入し、メンガー文庫マイクロフィルムについてはポジフィルムも温湿度
調整機能付きキャビネット内で保管することにした。
実際に運用を開始してから判明した問題点として、設定した温湿度(夏場で温度 15 度前後、
湿度 40%前後)と外気との差が特に大きくなる梅雨時期から夏場にかけて、空調のオン・オ
フによる短期的な温湿度変化が非常に大きくなることがわかった。これは霜取り運転時に発生
する湿った空気が室内に流入することが原因で、別に除湿機を設置して室内空調と組み合わせ
て使用することで対処した。除湿機の設置後も依然として室内の温湿度変動はあるものの、マ
イクロフィルムが収納されているキャビネット内は、ケースが緩衝になることで比較的なだら
かな変動に留まっていることがデータロガーによる調査でわかっている。
2.2. 撮影室の設置
これまで、貴重書庫と事務
スペースの一部を利用して
行っていたマイクロフィルム
およびデジタル画像撮影を、
独立したスペースで行えるよ
うにするために、センター 1
階に専用の撮影室を設けた。
撮影室内の照明は、紫外線に
よる資料への影響を避けるた
め す べ て LED ラ イ ト と し、
撮影時の光の反射を抑えるた
め、 室 内 の 壁、 天 井、 床 を
灰 色 に 塗 装 し た。 ま た、 デ
ジタルカメラによる定期的
撮影室。マイクロフィルム撮影台(左奥)とデジタルカメラ撮影台
(右)が設置されている
な資料撮影に対応するため、LEDスポットライトを備えた専用の撮影台と記録用PCを新た
に設置した。
2.3. 温湿度データの集中管理
セ ン タ ー 内 10 箇 所( 保
存修復工房、マイクロフィ
ル ム 保 管 室、 書 庫 2、3 階
のそれぞれ 4 箇所ずつ)の
温湿度データを、1 階の専
用モニターで集中的に管理
できるようにした。得られ
たデータは数値とグラフで
表示され、センター全体の
温湿度変化の推移を一目で
把握することが可能になっ
た。データは内蔵のハード
モニターでは 10 箇所の温湿度データを数値とグラフで同時に知るこ
とができる
− 18 −
ディスクに自動的に保存されるほか、外部に簡単に出力することもできる。このモニターの導
入によって、例えば書庫階層ごとの温湿度の比較などがリアルタイムに容易に行えるように
なったが、記録されるデータはデータロガーなどと同様に一定間隔ごとに検出された「点」の
値であるため、通時的にデータを記録できる毛髪式温湿度計による計測もこれまでと同様に続
けている。
今回の改修工事では、センターの保存環境の維持に必要な設備や機材については、現在の保
存科学の知見に基づいて、より優れていると思われるものを積極的に導入するようにした。一
方で、センターの保存環境それ自体、とりわけ貴重書庫内の環境については、もともとの安定
した環境をできる限り変えないこと、あるいは改修前のバランスをなるべく崩さないまま、自
然状態でより安定した方向に進むよう補助的な措置を講じることを心掛けた。ただし、こうし
た配慮にも関わらず、今回の改修によってセンターの保存環境には必ずなんらかの変化が生じ
ているであろうし、また、半年に渡る外部倉庫での保管と移送作業、改修前後の書庫内環境の
変化は、資料に二重のストレスとなって蓄積されているはずである。こうした数字に定かに示
されない微かな変化の影響は、すぐに資料の上には現れないが、しかしその集積が 5 年後 10
年後の資料の姿を決定する。われわれはこうした点を心に留め置いて、少なくとも今後数年間
は、改修による環境の変化の影響を慎重に観察し続ける必要があるだろう。
改修工事に当たっては、多くの方々に貴重なご助言をいただいた。報告でお名前を挙げた吉
川也志保氏のほか、準備作業の段階でセンターの現状と課題について大変有益な示唆とアドバ
イスをいただいた東京文化財研究所の佐野千絵氏、書架の耐震改修について貴重なご意見をい
ただいた筑波大学の植松貞夫教授には特に感謝を申し上げたい。また、準備段階から工事の完
了まで 1 年以上に渡ってわれわれの様々な要望やわがままを辛抱強く聞き入れ、見事に形にし
て下さった財務部施設課の皆さんにも改めて御礼を申し上げたいと思う。
(一橋大学社会科学古典資料センター専門助手)
− 19 −
Fly UP