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銀行の規制-自己資本規制 - 経済学部研究会WWWサーバ

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銀行の規制-自己資本規制 - 経済学部研究会WWWサーバ
玉田康成研究会 <情報パート>
石井 宏史
牛嶋 和成
渡部 大輔
1.1
銀行の特徴 (銀行の役割)
1.1.1 取引コストの削減
1.1.2 代理モニタリング
1.1.2.1 自然独占的な情報提供
1.1.2.2 情報の自然独占の問題点
1.1.3 流動性の創出
1.1.3.1
ダイヤモンド=ディビッグ モデル
1.1.3.2
均衡の実現方法
1.2銀行のモラルハザード
1.2.1 ダイヤモンド・モデル
1.2.2 ダイヤモンド・モデルから導かれる問題点
1.2.3 ダイヤモンド・モデルの限界
2.1 規制の必要性又は根拠(他の企業と何が違うのか)
2.1.1 競争促進と健全性確保(の難しさ)
2.2 規制の種類
2.2.1 ルール的規制と裁量的規制
2.2.2 ナローバンク
3.1
自己資本規制とは何か
3.1.1
自己資本とは
3.1.2
リスク・アセットと自己資本比率
3.1.3
自己資本規制の問題点
3.1.4
自己資本比率規制の意義
3.2 自己資本に関する現在の日本の問題点
4.1
銀行のモデル
4.2
投資家のインセンティブ・スキーム
4.3
絶対的自己資本比率規制と相対的自己資本比率規制
4.4
取得原価会計と時価会計
5.1 プレコミットメント・ルール
5.1.1
5.2
プレコミットメント・ルールの問題点
自己選択メカニズムの導入
5.2.1 自己資本規制とモニタリングルールの組み合わせ
5.3
自己選択メカニズムの問題点ならびにその評価
1.1 銀行の特徴
1.1.1 取引コストの削減
銀行は、借手の要求するポートフォリオを預金者の要求するポートフォリオに変換する
機能を持っている。変換には二つの側面があり、一つは、銀行は資金の期間変換を行うこ
とである。企業はプロジェクトのファイナンスのために長期の資金を必要とする。ところ
が預金者は、流動性を確保するために短期の預金を好む。銀行はこの期間変換を行うこと
ができる。もちろん、企業自身が銀行の手を借りずに短期の債務を発行することも原理的
には可能であるが 小口の預金者・投資家の立場からすると、個々の企業といちいち契約
を結ぶのはコストが嵩んでしまう。預金者・投資家が分散投資を行おうとすれば、契約を
結ばなければならない企業の数は極めて多くなり、それについて取引コストも大きくなっ
てしまうので、銀行を含む金融仲介機関の役割は、個々の企業との契約を一手に請け負う
ことにより、規模の経済を追求することである。
二つ目は 銀行は決済システムを通じて取引コストの削減に寄与していることである。例え
ば、企業や個人が小切手を受け取った場合に、発行者の支払能力をいちいちチェックする
ことはしない。取引毎に発行者の支払能力を調べようとすれば、そのコストは膨大になっ
てしまうからである。銀行を含む金融仲介機関が発行者の支払能力を一括して調べること
によりこうしたコストを管理削減できる。
1.1.2 代理モニタリング
1.1.2.1 自然独占的な情報提供
資金を調達しようとする企業は、典型的には、証券の発行か銀行借入かという選択肢を
持っている。証券発行は、各資金提供者が投資先企業の支払能力をそれぞれ評価しなけれ
ばならず非効率である。資金提供者がそれぞれ独自に情報収集するとすれば、モニタリン
グ・コストの重複は大きな無駄である。また、資金提供者がモニタリング・コストを削減
するために他人の情報に頼るのはある程度合理的なことであるが、全ての資金提供者がこ
のようなフリーライドに走ってしまうと、真面目にモニタリングする人がいなくなってし
まうという問題もある。こうした事情から、証券の発行により資金調達するのは、既に市
場で高い評判を確立している企業か、あるいは自己資本が十分で倒産確立が低い企業に限
られてしまう。他方、自己資本が十分でなく、返済実績もないため支払能力を信用しても
らえないような企業、例えば、規模が小さいとか、設立間もない企業は、厳しくモニタリ
ングする必要があるので、証券発行には不向きである。そもそも情報は単一の主体が収集
するのが効率的という意味で自然独占の性格を持っている。これは資金調達を行う企業に
関する経営情報についても当てはまる。したがって、支払能力を信用してもらえないよう
な企業は銀行借入に依存するのが効率的である。
1.1.2.2 情報の自然独占の問題点
ある企業に対する融資を特定の銀行一行が行っている場合、その銀行は企業の支払能力
について誰よりも正確な情報を持っているので、その他の銀行に比べて圧倒的に優位な立
場にある。もちろんライバル企業がその企業に対してより好条件の融資を提示することは
可能であるが、ライバル企業が懸念するのは、「勝者の災い」である。すなわち、企業がラ
イバル銀行のオファーを受け入れるとすれば、それは正にメインバンクが企業の支払能力
に問題ありと判断した場合である。勝者の災いを恐れるライバル銀行は顧客企業の争奪に
参戦することを躊躇する結果、メインバンクの独占的な立場はますます強化されることに
なる。このような状況ではメインバンクは企業に対する貸出金利をつり上げて企業の投資
を「抑えてしまう」ことも可能になってしまう。
1.1.3 流動性の創出
1.1.3.1 ダイヤモンド=ディビッグ モデル
モデルは3期(弟0期、弟1期、弟2期)からなる。弟0期には預金契約が結ばれる。預
金者は金利を決める預金契約の締結時点では、弟1期と弟2期にどれだけの流動性が必要
か知らない。預金契約を結んだ後で弟1期と弟2期にどれだけの流動性が必要かを知る。
一方、銀行は預金者が弟1期と弟2期にどれだけの流動性を必要としているかわからない。
弟1期に多くの預金者が預金を引き出すと、銀行は長期運用している資産を売却しなけれ
ばならず、売り急ぎに伴う損失が発生する。弟1期の預金引出しには長期資産の売却で対
応できるとしても、売却に伴う損失が大きい場合には、弟2期の預金引出しに支障をきた
す可能性がある。これを認識している預金者は、仮に流動性が必要なのは弟2期であると
しても、弟1期に多くの預金が引き出されるのを見ると、弟2期の払い戻しが実行される
かどうかが心配になり、弟1期のうちに引き出す行動に出るため 取り付けが起きてしま
う。
この時銀行は次のようなジレンマに直面している。つまり、短期資産のみに投資すれば取
り付けの危険は回避できるが、それは期間変換機能を放棄することであり、効率的ではな
い。逆に、資産の一定部分を長期投資に向ければ効率的ではあるが、取り付けの可能性が
ある。
1.1.3.2 均衡の実現方法
弟1期に流動性の必要な預金者だけが引き出し、弟2期まで待てる預金者は2期間の預金
運用をするというのが「正しい均衡」である。この均衡を実現するためには 例えば、公的ま
たは私的に預金保険を設立することにより弟2期の払い戻しができないかもしれないとい
う預金者の心配を払拭できる。また別な方法としては、中央銀行などの「最後の貸手」機能
がある。支払能力には問題ないが短期の流動性の確保に問題がある先に対して中央銀行な
どが資金を供給する用意のあることが事前に認識されていれば、取り付けは発生しない。
1.2 銀行のモラル・ハザード
1.2.1 ダイヤモンド モデル
→ 銀行の規模が大きくなればなるほどモラル・ハザードの問題は小さくなることと
銀行の規模が極端に大きく資産ポートフォリオのリスク分散が完全である場合には
モラル・ハザードの問題は完全に消滅することを示し、収穫逓増現象の新たな側面
を指摘
仮定:① 借手企業は無数かつ連続的に存在する
② 銀行は預金者に固定額の支払いを約束する
③ 銀行はオーナー経営者が所有・経営している。
④ 預金者に対する支払いが履行できない場合には銀行のオーナー経営者は
ペナルティを課される
預金者に対する支払額は固定されているので、銀行のオーナー経営者が獲得するのは銀行
の利益から預金者への支払を差し引いた残余分である。銀行の借手である企業は無数にあ
るので、企業の各プロジェクトのリターンが互いに独立であれば、銀行の利益には不確実
性が無く,銀行は確立1で破綻を回避できる。また、銀行のオーナー経営者の債権の優先
順位は預金者に劣後するのでモラル・ハザードの問題も発生しない。こうした状況では、
銀行が1行存在するだけで最適の解が実現できる。この結果は、銀行のオーナー経営者の
責任が有限責任であったとしても、銀行が破綻してしまうとオーナーの経営者の得る利益
もなくなってしまうので不変である。
1.2.2 ダイヤモンドモデルから導かれる問題点
多数の預金者から資金を集め多数の先に貸し出している銀行は、リスク分散ができてい
るので破綻の確立が小さい。したがって、こうした銀行のもとにはさらに預金が集ること
になる。例えば、ネットワーク外部性の議論が示すように、銀行の規模は自己増殖的に拡
大していく。しかし、このような状況では、配分の効率性が損なわれる可能性がある。例
えば、銀行の質にばらつきがあるような世界では、全ての預金者が非効率的な銀行に集中
してしまうような均衡も存在する。また規模の経済が存在するもとでは単一の銀行が市場
を独占することが最適であるが、預金市場での独占が一旦成立してしまうと、この銀行は
企業取引先に対して市場支配力を悪用するインセンティブを持つことになってしまう。
1.2.3 ダイヤモンド・モデルの限界
ダイヤモンド・モデル自体の問題点を以下何点かあげると
・企業及び銀行に外部株主が存在することを説明できない。外部資金として存在する
のは債務だけである。
・銀行規制では自己資本の重要性が強調されているが、ダイヤモンド・モデルではそ
もそも自己資本の存在そのものを説明できない。
・ システミック・リスクやマクロ経済リスクが存在する状況では完全なリスク分散は
そもそも不可能。
2 銀行の規制について
2.1 規制の根拠
通常の産業であれば、非効率的な企業の参入はさほど大きな問題にはならない。という
のはそのような企業は市場から退出すれば良いからである。それよりもむしろ、効率的な
企業が参入できなくなる方を問題にする。どのような企業が効率的な経営を行うのか参入
時では分らないことが多いし、また参入後にどの企業が予想外のイノベーションに成功す
るか分らない可能性も高いからである。そのため、できるだけ自由に参入や企業活動を行
わせて、その上で結果的に非効率な企業は損失がでて退出していくというメカニズムが望
ましいと考えられる。それではなぜ銀行が規制されるかというと・・・
(1) 決済システムの安定性
決済システムは外部性が高く、一銀行経営者の判断、あるいは各預金者の判断の際に
はシステム全体に与える影響を十分に考慮しない。その結果、自由な判断に任せてお
いたのでは、システム全体がダウンするリスクが高くなってしまう。そのため、ある
程度の介入なり、システムを安定的に維持するための何らかの制度が必要だとされる。
(2) 預金者保護
金融商品の一つの特徴は、その商品がもたらすリターンについて不確実性が高く、ま
たその商品の性質や内容について消費者が十分に情報を獲得しにくいという点がある。
そのため、消費者は十分に製品の品質内容がわからない状態で商品の購入を迫られる
ような状況になっていうる。そこで、十分に情報提供を促すような仕組みや、不十分
な情報に基づいて購入してしまった消費者を保護するような仕組み、すなわち最低限
の金融商品についてはリスクが小さいあるいはゼロになるような形で供給されること
が弱者保護の立場から必要だとされる。それがないと所得水準が十分でない経済的弱
者が、所得に比べて相対的に大きなリスクに晒されることになり、望ましくないとい
う考えである。
またコーポーレート・ガバナンスの視点から言えるのは、銀行は、多くの企業と同じ
く、モラル・ハザードやアドバース・セレクションが発生する危険に晒されているた
め、投資家は審査、監督、経営介入などを通じて銀行経営者をモニタリングしなけれ
ばならない。こうしたモニタリング活動は、煩雑で、コストも時間もかかる。さらに、
モニタリングは誰か一人が行えば十分であり、その他の人々が同じことを繰り返すの
は無駄になるという意味で、自然独占的である。また銀行の何十万、何百万という顧
客一人一人にとってみれば、他の誰かが銀行をモニタリングすればよいので、敢えて
自分からこれに手を付けようとは思わない(フリー・ライドの問題) これを解決するに
は、小口預金者の私的な代表としてある程度監督官庁の監督が必要だという議論もあ
る。
(3) ボトルネック外部性
ある一部のルートに混雑現象やつまりが生じるとそこが「ボトルネック」になってそ
のルートに関連したルートの通りが悪くなるという問題が生じ、ボトルネックとなり
うる設備を有している経済主体は、取引相手に対して独占力を行使することができ、
より高い価値を提示することができるようになってしまう。そのためボトルネックに
なっているが故に、金融システムが十分に機能していないことが、他の産業や日本企
業全体に対して大きなマイナスの影響を与えているという考えがある。このような考
え方から、金融機関の不良債権処理を行うことがボトルネックを解消し、単に金融機
関の収益構造を改善するだけではなく、社会全体の経済活動を活発化させるうえでも
重要な役割を果たすという意見もあり、金融システムの安全性は、金融機関だけでは
なく他の企業の収益構造にも直接的な影響を与えるため、その点を十分に織り込んだ
制度設計が必要である。
2.1.1 競争促進と健全性確保
2.1で述べたように、銀行の経営内容に関する健全性確保が社会的に必要であるとさ
れている。また日本の金融システムが世界全体の発展から取り残されないように競争を促
進していく必要もある。しかしこの健全性の確保と競争促進あるいは自由な競争メカニズ
ムというのは両立させることが困難な命題で、競争メカニズムは健全性が失われる企業が
出てくることで、うまく機能する面が多分にあるためである。
競争のメカニズムがうまく機能し、効率性が達成される基本的な理由は、競争の結果、
パフォーマンスの良い企業つまり効率的な企業が利益を伸ばし、パフォーマンスの悪い企
業つまり相対的に効率性の劣った企業が利益を失うからである。その結果として、より良
いパフォーマンスを目指して各企業は積極的に経営努力をすることになり、またよりよい
経営ノウハウなどを持っている企業の参入が行われることになる。
ただし、そのためには非効率的な決定やパフォーマンスの悪い経営を行った企業は業績
を悪化させ、場合によっては市場から退出するメカニズムが存在することが基本的必要条
件となる。もしもそれがなければ各企業は経営努力などをしなくても、安穏と利益が得ら
れため経営努力のインセンティブが失われ、競争のメリットが生かされなくなってしまう。
言い換えると、一部企業の経営の健全性が失われることによって、競争メカニズムははじ
めてうまく機能するという側面がある。したがってあまり健全性の確保を重視してしまう
と、競争メカニズムが阻害され、効率的な資源配分ができなくなる可能性がある。
このように、競争メカニズムの促進と健全性の確保という目標にはそもそも相入れないト
レード・オフの構造があり、制度や規制のメカニズムを考えていくうえでは、このトレー
ド・オフを十分に認識し、どちらをどの程度重視するかをきちんと検討していかなければ
ならない。
けれども、この両者は完全なトレード・オフの関係にあるわけではなく、健全性を損なう
ことなく競争メカニズムがうまく働くような制度を構築していくことは可能である。例え
ば、預金保険のメカニズムはそのような性質を備えている。競争によって銀行が経営困難
に陥ったとしても、預金者の保護という意味での健全性は確保されるからである。したが
って、金融市場の制度設計を行っている際には、まず競争と健全性という2つの目的を満
たすような制度設計を目指し、そのうえで残るトレード・オフに対しては、トレード・オ
フを認識したうえで、適切に対処していくことが必要になる。
2.2
2 規制の種類
2.2.1 事前的規制と事後的規制
市場メカニズムを生かすためには参入を規制したり制限したりすることは、本来は望ま
しいことではない。それによって、競争が制限されたり、適切な金融機関の参入が妨げら
れたりする可能性があるからである.このようなマイナスの面があっても、様々な形で参
入規制がかけられているのは、非効率的な金融機関が参入することによって、金融システ
ム全体にマイナスが及ぶ可能性がるからである。
決済システムの問題や預金者保護の観点から、業績が上がらず退出する金融機関が出た場
合に、社会的な損失が発生する可能性がある。この点を強く重視する場合には、あまり非
効率的であったり問題があったりする金融機関に対しては、参入を制限するという発想が
出てくることになる。
ここで重要な点は、様々な参入規制のあり方は、参入後の金融機関に対してどのような規
制を実施するのか、また金融機関の退出をどのように進めるかである。例えば極端な例と
しては、参入後の規制がまったくできず、また金融機関の破綻に関する特別な手当てもな
い状況を考えてみると、このような状況で、預金者保護や決済システムの安定性を重視す
るのであれば、金融機関が破綻することは大きな問題であると同時にそれを防ぐことが非
情に困難になる。その結果、参入の段階で収益性や効率性に対してかなり厳しい判断をし
て、経営不振企業が出てくることがないようにすることが重要となる。それとは逆に、参
入後のシステムがきちんと組み立てられている場合には、参入の段階ではほとんど規制せ
ずに自由に参入させて、あとで問題が出てきた場合には参入後のシステムに任せるとした
方が自由競争のメリットが生かせることになる。したがって、参入の段階での規制や制度
を考える際には、たとえ行うにしても、参入後のシステムや退出のメカニズムとの整合性
を考える事が重要である。そして、両者をうまく組み合わせて制度を組み立てていく必要
がある。
参入規制の問題点としては、そもそも参入時に規制当局が、金融機関の参入後の業績内
容について判断ができるのか、という疑問もある。つまりたとえ、その段階で得られる情
報をすべて把握できたとしても、将来の業績や収益性を完全に予測することは不可能であ
り、業績予測を基準にした参入規制は望ましくないというものである。したがって、業績
予測の基づいた参入規制は、行うにしても最低限の条件を満たしているか否かを判断する
ような緩やかなものにする必要がある。
2.2.2 ルール的規制と裁量的規制
参入段階で行う規制の方法として裁量的な規制があり、参入を希望する金融機関に対し
て、当局が裁量的な判断で参入の可否を決定する。それに対するものとしては、ルール型
の参入規制があり、事前に公表されている一定のルールを満たすことができれば、参入を
認めるというやり方である。
ルール型にしておけば、参入を目指す金融機関にとっては透明性が高まり、それに合わせ
て参入のための準備がしやすいというメリットがある。その一方で、どうしてもルール型
は硬直的、画一的なものになりがちなため、個別事情に柔軟に対応できないというマイナ
ス面が発生する。その点、裁量型の参入規制にしておけば、個別の事情に対応することが
でき、柔軟性の高い政策運営ができるというメリットがある。しかし、政策の透明性は低
下するため、場合によっては、公平な判断がされているのかどうか等が問題になるという
点は裁量型のデメリットである。
実際には上のようなルール型と裁量型という単純な2分法による分類ではなく、両者の組
み合わせがとられることも多い。たとえば、参入にあたっての最低条件を事前ルールで定
めておき、その条件を満たせない場合には、ルールに従って参入できないとする。さらに
その条件を満たしたからといって参入が可能になるとは限らず、その段階で裁量による判
断を行うという2段階の政策も考えられる。このような2段階決定の方法は、ルール型と
裁量型両者のメリットを生かすという意味で有意義な場合が多い。
また2段階とはやや異なった組み合わせの例として、参入にあたってはある程度の基準が
あるという意味でルール型であるが、その基準にはある程度のバラエティがあり、どの基
準を選択するかによって、参入後の規制のあり方が変わってくるというものであり、この
ようなあり方は、情報劣位の立場にある規制当局が情報を引き出す上で有効なやり方で、
これについては、4.2の自己選択メカニズムで詳しく論ずる。
2.2.3 ナローバンク
ナローバンクとは決済機能が分離された銀行システムのことであり、それによって決済
機能の安定性・健全性を維持しつつ他の側面での競争を促進しようという政策である。た
とえば、決済預金に100%準備を強制するなど、参入時に金融機関の行動に何らかの規
制を加えるという意味では、参入段階での事前規制の一つとして考えることができる。
したがって、どのような方策がとられるにせよ、決済機能を分離させるという意味では、
金融機関に強制的に事前規制を課しており、その点からは自由な選択と競争を制限してい
る。しかし、それによって決済システムの安定性が確保されるため、その他の側面に対し
て規制をかける必要がなくなり、競争促進効果が期待できる。2.1節で述べたように、
金融機関に対して規制が必要な理由の一つとして決済システムの安定性と維持があったこ
とを考えると、それを確保しつつ競争メカニズムを導入することが可能になるという点で
は、ナローバンク制度には大きなメリットがあると言える。
ただし、2.1節で挙げた預金者保護やボトルネック外部性を重視しようとすれば、ナ
ローバンク制度を導入しても、自由競争メカニズムの完全な導入は必ずしも望ましくない
ことになってしまう。
3 自己資本規制
3.1
自己資本規制とは何か
ここでは自己資本規制の一般的な定義を行う。まず、3.1.1で自己資本の定義を行
い、3.1.2で自己資本比率の算出方法、3.1.3で自己資本比率規制の問題点を幾
つか挙げ、3.1.4で自己資本比率規制を行う意義を述べる。しかし、本章では EU に
おけるバーゼル合意の実施状況をもとにしていることを理解されたい。
3.1.1
自己資本とは次の2つから成る。
1
Tier1自己資本、または基本的項目
これは普通株、非累積型永久優先株である株式と公表準備金(留保利益、株式プレミアム、
その他剰余金の処分によって創出された準備金を指す)から成る。算入は無制限であり、
Tier1自己資本には営業権は含まれていない。
2
Tier2自己資本、または補完的項目
これには、永久証券(累積型永久優先株など)
、非公表準備金(銀行業務が有する一般的な
リスクに対する引当金)
、残存期間5年超の劣後債などが含まれる。
・ ・ 自己資本に関する処々の条件
(1) (1) Tier2 自己資本は Tier1 自己資本と同額までしか算入できない。さらに、
強制転換劣後債と期限付き劣後債は Tier1自己資本の 50%が算入の条件である。
(2) (2) 他の銀行の発行した株式や劣後債を保有する場合、その金額が発行銀行
の自己資本の 10%以上であれば、保有する銀行の自己資本から控除しなければ
ならない。また、株式や劣後債の金額が発行銀行の自己資本の 10%未満であっ
ても、それが保有銀行の自己資本の 10%以上である場合には同様に処理される。
(これらは、株式などの持ち合いにより意図的に自己資本を膨らますことを防
ぐためのものである。)
3.1.2
リスク・アセットと自己資本比率
自己資本規制はリスクでウェイト付けした資産総額の少なくとも 8%に相当する自己資
本をもたなければならない。このルールは次の式であらわせる。
自己資本≧0,08 [ {
∑ αi タイプ i のオンバラ資産}+{ ∑ αiβj タイプ i,j のオフバラ資
i
産}+{
i, j
∑ αˆiγk タイプ i,k のオフバラ通貨・金利契約} ]
i ,k
ただし、i は債務者の特性(とりわけ信用状態)を、また j と k は取引の特性を示す。
具体的には、
α 1 =0 現金、OECD 諸国の中央政府及び中央銀行向け債権、OECD 諸国の中央政府によ
り保証された債権、OECD 加盟国以外の諸国の中央政府及び中央銀行向け現地通貨建債
権
α 2 =0.2 国際開発銀行向け(または OECD 諸国の銀行向け)債権及びこれらの銀行によ
って保証あるいはこれらの銀行の債権によって担保された債権、残存期間1年以下の
OECD 諸国以外の銀行向け債権及びこれらの銀行によって保証された残存期間1年以下
の債権
α 3 =0.5 抵当権付住宅ローン
α 4 =1.0 上記以外の債権及びその他の資産(例えば、ノンバンク向けローン、保有株式な
ど)
オフバラ資産については、債務者のウェイトに、取引のリスク度合いを表すウェイトで
ある βj∈{0,0.2,0.5,1.0}を乗ずる。例えば、期間1年未満または随時取り消し可能なク
レジットラインに係るウェイトはゼロである( βj=0)また、期間1年以上のクレジット
ラインに係るウェイトは 0.5 である。さらに、先物契約や支払い承諾に係るウェイトは
1.0 である。
金利及び通貨に関するオフバラ取引(スワップ、先物、オプションなど)については、
債務者の信用状態を表す α̂ i (ただし、α̂ i = α i , i=1,2,3 α̂ 4 =0.5)にウェイト γ k を乗じた
ものを想定元本にかけあわせる。この想定元本の評価方法は、契約が「ヘッジ」を目的
とするものか、「トレーディング」を目的にするものかによって異なる。前者の場合には
契約期間当初の価格で、後者の場合にはそのとき時々の市場価格で評価する。ウェイト
γk は契約期間が長ければ長いほど大きくなり、金利契約よりも通貨契約で大きい。また、
元本が取得原価で評価される場合と時価で評価される場合とでは、取得原価評価の方が
大きい。具体的には、時価評価の場合に γ k は 0 から 0.025 の値をとるのに対して取得原
価評価の場合には 0 から 0.05 の値をとる。(契約期間が2年超の場合にはさらに 0.01 か
ら 0.03 をプラスする)
3.1.3
自己資本規制の問題点
3.1.2のように自己資本比率の分母が計算されるが、これは銀行の保有する個々の
資産のリスクだけを調整した銀行資産の会計上の価値を表す。つまり、銀行の資産全体
のポートフォリオ・リスクが調整されているわけではない。ポートフォリオ・リスクを
調整するためには、単に個々の資産のリスクを加算するだけでは不十分であり、個々の
資産の間の相関、あるいは資産と負債の間の相関を勘案する必要がある。ポートフォリ
オ・リスクの例としては、金利変動に伴うリスク、いわゆる金利リスクをあげることが
できる。金利リスクは、預金と貸し出しの期間構成や預金金利変動の分離度合いに依存
する。銀行は、預金と貸し出しの期間構成をバランスさせることにより金利リスクを削
減できる。また、預金金利と貸出金利を連動させたり、金利スワップのような派生商品
をもちることによっても金利リスクを削減できる。しかしながら、現行の規制の元では
こうした契約により逆に所要自己資本が増加してしまうことがある。同様のことは為替
リスクについてもいえる。
もう一つの重要なポイントはネッティングの取り扱いである。リスク・アセットの計算
では資産と負債のマッチングには十分な配慮がなされているとは言い難い。つまり、あ
る銀行にとっての債務者が同時にその銀行の債権者であるかどうかは考慮されていない。
しかしながら、原理的にいえば、債権者と債務者がマッチするかどうかはリスクに影響
を及ぼすはずである。
また、銀行の資産の評価方法が時価で統一されていないという問題点もある。確かに、
全ての資産を時価評価するのは難しいだろうが、銀行の資産の中には厚みのある市場で
取引される証券も少なくなく、こうした資産は容易に時価評価できるはずである。市場
価格を反映した評価方法をとらなければ、銀行の支払い能力に問題が生じた場合にそれ
を検出するのが遅れる危険(会計上のラグ)がある。
3.1.4 自己資本比率規制の意義
会計上のラグがないとすれば、自己資本比率が 8%を下回ると同時に規制当局が介入す
ることにより、預金者あるいは預金者の保険者を完全に保護できる。自己資本比率が
8%を下回ると同時に公的当局が介入するということは、銀行のコントロール権が規制
当局に移転することを意味する。規制当局は、必要であれば、銀行に対して資本の再
構築を命じることもできる。
3.2
日本の銀行の自己資本の現状
ここで、現在の日本の銀行における自己資本の現状、問題点を参照されたい。日本の銀行
における自己資本、自己資本比率の問題点として大まかに次の2つが挙げられる。
① 銀行の大量の株式持合いと株価低迷による悪循環
② 繰り延べ税金資産
・ ①については、3.1.1の(2)で取り上げたバーゼル合意のもとでは、銀行の株式
の持ち合いに対する規制が行われているが、日本では2001年11月にやっと「銀行株
式保有制限法」が成立したばかりだ。これにより、銀行は2004年9月までに保有株式
を中核的自己資本の総額以下に減らすことを義務づけられ、同時に今年1月には受け皿と
して「銀行等保有株式取得機構」が設立された。しかし、取得機構に売却する際、銀行が
8%の拠出金を払わなければならないことから、2∼4月に買い取り金額は1301億円
に留まった。2002年3月期で大手行が保有する株式は25,6兆円もあり、依然とし
て中核的自己資本を8,3兆円も上回っている。日本銀行が始める予定の銀行保有株式の
買い取りも、買い取り対象が中核的自己資本を超える部分に限定されている。地価下落が
続く中、銀行は保有株の処理に損失が出るのは必至で、そう簡単に株安と銀行の体力低下
の悪循環は断ち切れそうにない。
・ ②繰り延べ税金資産とは一度払った法人税などが、将来戻ってくることを前提に資産に
計上するものである。現在の日本の大手行での自己資本比率は 10%台を維持しているが、
(日本における自己資本比率の規定は国際業務を行う場合 8%以上、国内行は 4%以上が目
安)見かけ上の資本である繰り延べ税金資産が 20%∼30%と占めているため、その中身が
問題視されている。そこで、竹中金融相は繰入額にアメリカ並の制限を設け、自己資本の
10%までとする方針を表明した。
(参考資料)
12
10
8
その他
6
繰り延べ税金資産
4
公的資金
2
0
みず
三住
三東
UFJ
(各行公表資料とメリルリンチ日本証券推定による。02 年 3 月末時点)
みず:みずほ銀行(自己資本比率 10.56%)
三東:東京三菱銀行(10.30%)
4・1
三住:三井住友銀行(10.45%)
UFJ:UFJ 銀行(11.04%) 縦軸:自己資本比率
銀行のモデルによる分析
まず、銀行規制について評価をする前に、銀行のモデルを設定したい。金融仲介機関の t
時点におけるバランス・シートを簡略化すると図4−1のようになる。株式は外部株主に
よって保有されており、次の恒等式が成立する。
Lt = Dt + Et
このモデルは2期間(t=1,2)からなる。第 1 期初の預金 Dt と資本 E t は貸出にまわすの
で L0 = D0 + E 0 である。貸出の質は経営者の努力度 e∈{ e , e }に依存する。ここで e < e
である。経営者のみが努力度を知っている。また、経営努力によってコスト K がかかる。
これは貸出先の選定という仕事に対する経営者の評価、あるいは、最良の借り手ではなく
「友人達」に貸し出すことによって経営者が得る私的利得と解釈できる。
銀行が第 2 期までに獲得する収益を πとする。また、 πは第 1 期末には判明していない。
πは次の 2 要素からなる。
π= v+ η
v は第 1 期の収益であり、これは第 1 期末の時点で確定している。この v は財務省証券など
の安全資産に再投資され、その市場金利はゼロとする。つまり、v は第 2 期末まで支払われ
ないが、その価値は第 1 期に確定している。これに対して、 ηは第一期にはその価値が確
定していない資産から得られる収益である。V は ηについての情報を提供するという意味で
ηに 関するシグナルであるが、これ以外に、市場は第一期において、確率変数ηに 関する
第二のシグナル u∈{ u, u }を受け取る。簡単化のために ηを予測する上で u は十分統計量と
仮定する。η (u ) は、第一期末に市場で利用可能な情報に基づく ηの期待値である。また、η
は ηの取得勘定である。勘定する会計の方法は 2 つある。まず、取得原価会計は第一期に
おける貸出の総額を次のように評価する。
L1 = v + η
一方、時価会計は市場情報を用いて次のように評価する。
L1MVA = v + η (u )
両者については後ほど詳しく述べるとして、ここでは、市場金利などのマクロ的影響を省
略した取得原価会計に焦点を当てて議論を進めていくことにする。
第1期末に判明する二つのシグナル、u と v は銀行のパフォーマンスに関する指標である。
これらは経営者の努力水準と正の相関関係をもっている。ただし、経営者がコントロール
できないマクロ経済の変動、市場金利、不動産価格などの変数の場合は v のみが経営者の
努力水準の影響を受ける。確率変数 v の密度関数は e = e のときに f (v) , e = e のときに f(v),
である。同様に、確率変数 u の密度関数は e = e のとき g (u), e = e のときに g(u)である。
経営者が努力すればそれだけ収益も上がると仮定する。これは厳密には、単調性として定
式化できる。すなわち、次の条件が満たされる。
f
は v に関して強い意味で増加関数
f
g
は u に関して増加関数
g
銀行の最終的な収益は第 2 期に確定する。最終的な収益は、2 種類のシグナルが判明した
後で外部投資家が選択する行動 A に依存する。シグナル u と行動 A に規定される確率変
数 ηの密度関数と累積密度関数を、それぞれ、 h A ( η| u ), H A (η|u )と表記する。単純化
のために次の二つの行動に焦点をあてる。行動 S は経営者の「解雇」あるいは「経営介入」
を意味する。一方、行動 C は「経営方針の継続」あるいは「経営委託」を意味する。行動 S
は経営の安全性や健全性を損なう銀行に対する経営介入であるといえる。
行動 C と行動 S の選択は、第一期末に判明する u と v の実現値をもとにコントロール権を
あたえられた外部投資家が行う。どちらの行動を選択するかについては予め契約できない
と仮定する。このモデルでは、経営規律を保つ仕組みとして外部介入の役割を重視する。
行動を事前に契約できないという仮定の下で経営規律を保つためには、コントロール権を
持つ外部投資家に対して、その所有する債権から得られる所得の流列を通じて介入に関す
る適切なインセンティブを与える必要がある。
ここで経営者は金銭的なインセンティブには全くといっていいくらい無関心であると仮
定する。彼の給与は他の仕事に就いた場合の給与と等しく、それはゼロに正規化されてい
るとする。経営者は、外部介入を受けない場合には、通常の給与に加えて私的利得 B>0 を
享受できる。コントロール権を持つ外部投資家と経営者の間で再交渉が行われないという
設定のもとでは、投資家が行動 C をとるのなら、経営者は利得 B を得る。一方、行動 S が
とられたならば、経営者は利得を得られない。一方、外部投資家と経営者間で再交渉が可
能という設定のもとでは、行動 S をとられたくない経営者は立場上、譲歩を余儀なくされ、
投資家が行動 C とった時でさえ、私的利得は得られないかもしれない。
再交渉については次のように考えられる。まず、コントロール権をもつ外部投資家は、
事後的にみると効率的な行動を選択しない場合がある。つまり、経営者に最適な努力をさ
せるべく選択された行動が最適ではなかった場合である。このとき、外部投資家と経営者
の間に再交渉のインセンティブが生じる。また、再交渉が可能な場合、不可能な場合それ
ぞれに生じる非効率性は次のような意味で異なる。すなわち、完全再交渉が行われるケー
スでは、経営者は業績が悪い場合は譲歩させられる。これに対して、再交渉が不可能な場
合、経営者は一切譲歩しないが、コントロール権をもつ外部投資家は非効率な行動を選択
するかもしれない。最後に次の仮定を設ける。
・シグナル u が大きいほど行動 C がより望ましくなる。
∂/∂u( Hs−Hc )>0
この仮定の下では、どちらの行動がとられても第 2 期の期待収益が等しくなるようなシグ
ナルの値 u は次のように定義される。
⊿(u) =
=
∫
∞
0
∫
∞
0
η[ hc( η|u)−hs(η|u)]d η
η[H s( η|u)−Hc( η|u)]d η
とすれば、 û は次のように定義される。
⊿( û ) = 0
シグナル v と u が大きな値をとるということは、経営者の努力水準が高いことを示して
いるので、これらのシグナルが大きな値をとるときには経営者は経営委任を受ける(行動 C)。
いま、 v̂ を次のように定義する。
u * (vˆ) = uˆ
すなわち、第一期の収益が v̂ であるときには、外部投資家の行動は事後的にも効率的である。
最適インセンティブ・スキームの下では、経営者は第 1 期の業績が悪ければ(v < v̂ ),
外部からの介入の可能性にさらされるし、業績がよければ(v > v̂ ),経営委任が続くことにな
る。このルールを誘導するには、銀行に対して請求権を持つ全ての投資家の平均的な選好
とは異なる選好を持つ外部投資家にコントロール権を与える必要がある。つまり、外部投
資家がすべて均一(株式100%)では最適なインセンティブは誘導できない。また、再
交渉が可能な場合、不可能な場合、いずれにしてもこの結論に到達する(詳しくは「銀行
規制の新潮流」東洋経済
参照)。
次節では、選好の異なる投資家(株主と債権者)の、経営介入のインセンティブの違い
から生じるコントロール権の移転について述べたい。
4・2
投資家のインセンティブ・スキーム
まず、株主と債権者の役割について述べたい。収益変数が u が事前には確定できず、行動 C
も行動 S も事前に契約できないとすると、適切なインセンティブを持つ外部主体にコント
ロール権を与えることが必要になる。投資家のインセンティブは自らの選択(行動 C か行
動 S)が銀行の将来の収益に与える影響によって決まる。ここで、次のような仮定を設ける。
・行動 S をとった場合には、行動 C をとった場合より銀行のリスクが低下する。つまり、
任意の u に対して、
Hs( η|u)< Hc( η|u)
ただし、0< η< η 0 (u)
および
Hs( η|u)> Hc( η|u)
ただし、 η 0 (u)< η
を満たすような η(u)が存在する。
これは行動 S によってリスクが低下することを表している。図4−2と図4−3はこの
仮定を図示したものである。この仮定をもとに最適介入ルールを誘導したい。
事前の最適介入ルールを誘導するには銀行の期待収益の最大化とは異なるインセンティ
ブを持つ投資家にコントロール権をゆだねる必要があることは前節でも述べた。行動 C は
行動 S よりリスクを伴うので、所得の流列が凸関数になっている資産を保有する投資家(株
主)は行動 C を支持しがちであるのに対して、所得の流列が凹関数になっている資産を保
有する投資家(預金者などの債権者)は行動 S を支持する傾向がある。このことは、コン
トロール権を株主と債権者(図 4−4 参照)に分割して与えれば、事前の最適ルール誘導の
可能性を表している。つまり、銀行経営が良好なとき(v> v̂ )は所得の流列が凸関数である株
主に、悪化したとき(v< v̂ )には所得の流列が凹関数である債権者にコントロール権を与
えるのが適当である。
第 2 期に払い戻される預金額を D とする。収益 v は第 1 期に確定され、純債務 D−v も
第一期に確定される。この純債務は第 2 期の収益 ηから支払われる。当面、預金者は預金
保険に入ってないと仮定すると、彼らが行動 S より行動 C を選ぶインセンティブは次のよ
うになる。
∫
D −v
0
=
∫
D −v
0
η[ hc(η|c)−hs( η|u)]d η
[Hs(η|u)−Hc(η|u)]d η≡ ⊿ D (D−v, u)
同様に、株主が行動 S ではなく行動 C を選ぶことによって得られるネット・ゲインは次の
ようになる。
∫
∞
∫
∞
D −v
=
D −v
η[hc(η|c)−hs( η|u)]d η
[Hs(η|u)−Hc(η|u)]d η≡ ⊿ E (D−v, u)
図4−5と図4−6によって、預金保険でカバーされていない預金者は行動 S を好み、
株主は行動 C を好むことが再確認できる。また、図4−5で株主は純債務 D−v が大きく
なるにつれて、経営委任(行動 C つまりリスクテイク)を選択しがちであることを示して
いる。この点を明らかにするために、まず ⊿ E =0 としよう。つまり Hs−Hc で囲まれた斜
線部分の面積の和がゼロに等しい。このとき、純負債 D−v の増加は負の面積の部分を減少
させるので ⊿ E は正になる。つまり、もともとはどちらの行動に対しても無差別であった
株主が行動 C を好むようになる。これをわかりやすく言い換えると、銀行の自己資本が減
少すると、株主が儲かるのは第 2 期の収益がきわめて高いときのみである。このため、株
主はリスクの高い投資案件に手を出そうとするのである。預金者についても同様に、図4
−6は、純債務 D−v が大きくなるに従って、預金者がリスク・テイクに積極的になること
を示している。
第 1 期の収益 v が閾値を下回るとコントロール権が株主から預金者へ移転すると仮定す
る。預金額 D を固定する。収益 ηに対応する貸出のリスク・ウェイトは1である。これに
対して安全資産に再投資されている v のリスク・ウェイトはゼロである。取得原価会計の
下では、第 1 期末の銀行の純資産は E1 = v + η − D である。ここで η は第2期に満期を迎え
る貸し出しの元本の会計上の評価額である。自己資本比率は E1 / η = [v + η − D] / η となる。
このとき、
r min = [vˆ + η − D] / η
は株主がコントロール権を維持するために必要最小限の自己資本比率と解釈できる。この
値以下になるとコントロール権は預金者(あるいは規制当局)に移転する。経営者はコン
トロール権が預金者に移転するのを避けるべく自己資本比率を次のような水準に維持しな
ければならない。
r = [v + η − D] / η ≥ r min
以上のことをまとめると、株主はリスクの高い経営を支持するのに対し、預金者は保守
的である。また、銀行の自己資本が低下すればするほど、両者のリスク・テイクのインセ
ンティブは強まる。
以上のことに加えて、最適ルール u*(・)を誘導するには銀行の金融構造の調整がなされ
なければならない。なぜならば、第1期の業績の関数として経営介入が決まるという関係
は連続的でなければならないからである。つまり、v = v̂ を境に経営介入が不連続的に変化、
するわけではない。以下では、株主と債権者の間でのコントロール権の移転に着目するこ
とによって最適ルールを誘導していきたい。
株主から債権者へコントロール権を移転する際には、理論モデル上、次のような問題が
生じる。すなわち、コントロール権の移転は v = v̂ のときに生じるが、この近傍では純債務
額 D−v が不連続になってしまう。実際、v = v̂ では、選択された行動は事前のみならず事
後的にも効率的である( u*( v̂ )= û )。このように事前と事後で選択された行動が一致す
るのは、コントロール権が単一の投資家に帰属する場合のみである。したがって、v = v̂ の
近傍では、外部資金がすべて株式で調達されているか、またはすべて借入で調達されてい
るかのいずれかでなければならない。このことは、D−v が v = v̂ で不連続になることを意
味する。いま、v が下方から v̂ に近づく場合を考えると、純債務 D−v は無限大に大きくな
らなければならない。その結果、株式は無価値になる。逆に、v が上方から v̂ に近づいてい
く場合には、純債務 D−v はゼロに漸近する。つまり、D−v は v = v̂ で不連続である。し
かし、株主に対して銀行の資本再構築を行うことを条件にコントロール権の維持を認めれ
ば、不連続の問題は解消できる。それについて以下では述べていきたい。
ここでは、2つの点に注意しながら議論をすすめていくことにする。まず、経営状態の
悪い時には株主は資本再構築を行うと仮定する。この際に資本再構築のインセンティブを
明示的に考慮すべきである。というのも、純債務の大きさ次第で株主は資本再構築のイン
センティブが左右されてくるからである。2つ目に預金者あるいはその代表が常に行動 S
を選ぶ時に最適ルールがいかにして誘導できるかを示すことが重要であり、外部投資家の
コントロールの不完全性については詳しく論じなくてもよいという点である。
自発的な資本再構築という考え方は図4−7と図4−8で示されている。v > v~ のときに
は、コントロール権は無条件で株主に付与される(自己資本比率は ⊿ E (D−v, u*(v))=0)を
満たすように決まる)。ただし、 v~ は v̂ より大きい。一方、v < v̂ のときには、株主が I( v )
の資本を注入して銀行の資本再構築を行わない限り、コントロール権は債権者に移転する。
ここで資本注入額 I( v )は、u = u*( v )を前提として、資本再構築が行われないときに株主
が得る所得と、資本再構築を行うときに株主が得る所得とが等しくなるように定義される。
~
図4−8の D は、v = v~ のときに ⊿ E (D−v, u*( v ) )=0 を満たすように決まる。株主にと
って、v = v~ かつ u= u*( v~ )のときには行動 C と行動 S は無差別だから、v が下から v~ に近
づくときには、I( v)はゼロに漸近する。さらに、一定の資本水準 I( v )を注入するインセン
ティブは u の増加とともに強まる。したがって、株主が資本注入 I( v )を行うインセンティ
ブを持つための必要十分条件は u = u*( v )である。このように、資本注入の連続関数 I( v )
を条件に入れることによって、コントロール権移転の際における不連続性は解消され、最
適な事前ルール u*( v )が誘導される。
4・3 絶対的自己資本比率規制と相対的自己資本比率規制
この節での論点は前節で述べた最適介入ルールにおいて、銀行経営者がコントロールで
きないマクロ経済リスク(不動産市場の変動、金利変動など)はいかにして取り扱われる
かという点である。これを最低自己資本比率を景気局面にかかわらず一定に維持すべきか
(絶対的比率ルール)、それとも景気局面に応じて弾力的に運用すべきか(相対的比率ルー
ル)という 2 種類の規制方法からアプローチしてみたい。
銀行の経営のインセンティブ・スキームは経営業績に関する正しい情報に基づかなけれ
ばならない。情報理論の考え方を応用すれば、インセンティブ・スキームは、経営者がコ
ントロールできないリスクとは切り離して取り扱われるべきであり、経営業績の「十分統
計量」を反映したものでなければならない。以上のことから、相対的自己資本比率規制を
とることが、コントロール不可能なリスクの隔離という点では望ましいと思われる。(絶対
的自己資本比率規制はすでにここで望ましくないことがわかる)。しかし、このとき注意す
べき点は、規制する際に生じる外部主体の経営介入に対してのインセンティブの変化につ
いても考慮されなくてはならない、ということである。以下ではそのことについて相対的
自己資本比率規制にふれながら詳しく述べていきたい。
相対的自己資本比率の採用を提唱する論者たちは、銀行業全体の健全性の度合いに応じ
て所要自己資本比率を調整すべき〈相対的業績評価〉だと主張している。これは、すべて
の銀行業に等しく影響をあたえるマクロ経済ショックの下では同じような環境にある他行
の自己資本と自行の自己資本を比べることにより、銀行経営者のインセンティブを改善で
きるというものである。実際、非金融企業の経営者の報酬は、自社収益の増加とともに増
える一方、業界全体で増益基調のときには相対的に減少する傾向がある。これと同様に、
ある銀行に対するコントロール権の移転を他行の自己資本の変動とリンクさせることによ
り、その経営者のインセンティブを改善させることができる。しかし、この相対的業績評
価は外部投資家の経営介入のインセンティブについては補完できていない。マクロショッ
クに応じて最低自己資本比率を変動させるということは、経営介入が、正の好ましいショ
ックに対しては過度になり、負の好ましくないショックに対しては過少になることを意味
する。本当の意味でのマクロショックの「隔離」とはショックの規模に応じて配当額(ま
たは、資本再構築額)を 1 対 1 で調整することを意味する。これにより、ショックに伴う
外部投資家も行動の変化から経営を「隔離」することができる。したがって、負のショッ
クが生じた際に株主が資本再構築(同様の経営環境にある他行の平均的収率に見合うだけ
の)を行い、それをなんらかの方法で支援するのが望ましい。
相対的自己資本比率規制と絶対的自己資本比率規制には正反対の欠点がある。これを説
明するために例を挙げる。マクロ経済ショックがない場合には最低自己資本比率は8%で、
景気の低迷により、すべての銀行の自己資本比率が6%だけ低下したとする。ある銀行の
自己資本比率は8.5%達成できるが、これによって2.5%まで低下する。絶対的自己
資本比率ルールに従うと、コントロール権が株主から債権者に移転することになる。これ
はマクロショックを遮断していないため、経営者にとっての過剰な介入という点が問題で
ある。ここでコントロール権を株主に留めるためには、所要自己資本比率は2%まで下げ
られる必要がある。しかし、これによって株主の資本再構築のインセンティブが低下して
しまう。したがって、引き下げられた最低自己資本比率のもとで、株主のリスク・テイク
のインセンティブは強まってしまう。相対的自己資本比率ルールの欠点を補うには8%の
自己資本比率を達成するために、資本再構築を行う必要がある。しかし、負のショックが
あまりにも大きい場合は、資本再構築のコストもそれに比例して大きくなってくる。この
とき、株主はコントロール権を債権者に譲るか、資本注入 I(v)を行い、コントロール権を確
保し、介入をしないか、というトレード・オフに直面する。このことは、マクロ経済ショ
ックによって収益 v が低下する場合には、I(v)を引き下げるべきであることを意味している。
具体的には、政府による補助金などで株主が負う I(v)の負担をやわらげることが望ましい。
これにより、負のショックが大きいときでも株主の資本再構築のインセンティブを確保す
ることができる。
4.3
取得原価会計と時価会計
自己資本に対する規制を行う上では会計方法が重要な役割を果たす。したがって、銀行
や規制当局が会計実務に関心をもつのは当然のことである。そこで3.1.2で取り上げ
た時価会計を扱ってみる。多くの経済学者は、銀行の資産・負債を性格に評価できるとい
う理由から時価会計を推奨している。時価会計の利点には、益出し行為の余地を小さくす
るという点もある。しかし、これまでの銀行規制改革では、時価会計が導入されていない。
時価会計が適用できるかは資産の性格に依存する。金利の変動がバランス・シートの資産、
負債項目に与える影響を計算するのは容易である。これに対して、流動性のない貸付を時
価で値洗いするのは難しい。こうした資産については、銀行や規制当局の恣意的な推計値
に頼らざるを得ない。信頼できる評価額を得るために売却オファーを出すことも考えられ
るが、それだけでは不十分である。第一に、信頼できる評価額を知るには、潜在的買い手
に対して本気で売るつもりにならなければ駄目である。第二に、流動性のない長期の資産
は市場では過小に評価されるという逆選択の問題が生じるかもしれない。
二つの会計ルールのいずれを選択すべきかを分析するために、①第2期の収入は η+ εで
ある、②確率変数 ηの 分布はシグナル μ(これは経営努力の水準に依存する、③ εは第 1
期に実現値が判明するノイズである、と仮定する。簡単化のために、シグナルμは 無視す
ると(これは簡単に取り組むことが可能)、二つの会計のルールの下でのバランス・シート
は次のようになる。
資産
負債
資産
ν
D
ν+ ε
D
η
E
η
E
r=
ν +η − D
η
取得原価会計
負債
r=
ν + ε +η − D
η
時価会計
時価会計ルールの問題点は明らかである。自己資本率がノイズ εと 供に変動するので、
コントロール権の配分もノイズ εに左右される。例えば、負のショック εが起きると、コ
ントロール権は債権者(または、代表者としての規制当局)に移転するかもしれない。こ
れは、まさに銀行家が時価会計について懸念してきた点である。クック比率は急に低下し
たり、極端な場合にはマイナスになるからである。もちろん、このようなコントロール権
の移転がノイズのもたらすほかの効果を運良く相殺する可能性もある。例えば、銀行の総
資産の増加(減少)は株主(債権者)をより保守的に(よりリスク選好的)にする。した
がって、ノイズ εが負になりコントロール権が債権者に移転してしまうことがあっても、
それは債権者のリスクに対する態度の変化によってある程度相殺されるかもしれない。取
得原価会計ルールの下では、銀行のバランス・シートからノイズ εが隔離されているよう
に見えるが、これに騙されてはいけない。確かに、このルールの下ではノイズはコントロ
ール権の配分に影響しない。しかし、コントロール権を持つ外部投資家のインセンティブ
の変化も考慮すべきである。すなわち、正の(負の)ショックは、コントロール権を持つ
外部投資家をより保守的(よりリスク選考的)にする。理想的には、外部投資家のインセ
ンティブはノイズ εの 影響を受けるべきではない。
要するに、取得原価会計の下では、正の(負の)ショックが生じると過剰に保守的(リ
スク選考的)になる。一方、時価会計の下では傾向として逆のバイアスが発生するが、最
終的にどうなるかは明らかでない。二つの会計ルールの比較結果は、相対的自己資本比率
に関する議論と似ている。すなわち、取得原価会計と相対的自己資本比率は、①コントロ
ール権の配分がノイズから隔離されている。②ただし、このノイズが銀行の自己資本の変
化を通じてコントロール権を持つ外部投資家のインセンティブに及ぼす影響は無視されて
いる、という点で同じである。これに対して、時価会計と絶対的自己資本比率は、どちら
もコントロール権の配分がノイズに依存するという点で似ている。
相対的自己資本比率に関する議論と同時に、次のようにすれば外生的ノイズの効果を中
立化できる。すなわち、バランス・シート上にノイズが計上されるような時価会計ルール
を採用する一方で、負のショックが発生した場合には、必要な資本再構築を行えばよい。
経営者が不当に罰せられるのを回避するためには、場合によっては「補助金」も必要かも
しれない。
我々は、会計上だけでなく、実質的にも純資産調整が行われるという条件をつけた上で
時価会計ルールを支持する。ただし、このアイディアは経営者がコントロールできない外
性的ショックにのみ適用されるべきである。それ以外の場合には、経営者は自らの業績に
応じて報酬または罰則を受けるべきである。
5
現在の自己資本規制に対する代替案
5.1 プレコミットメント・アプローチ
現行の自己資本比率規制については、金融機関の内部情報や内部のリスク管理システ
ムについて、十分に情報を持っていない監督当局が自己資本比率を決定するため、情報
劣位の立場にある主体が規制のレベルを決定するという問題点がある。その解決策の一
つとしてプレコミットメント・アプローチがある。具体的には、各金融機関が自己のリ
スク管理システムに基づいて必要な自己資本額を算出し、監督当局に申告する。そして、
結果として生じた損失額が大きく、事前に申告した額が実現できなければ、何らかのペ
ナルティを被るようにメカニズムを設定する。ペナルティとしは、監督当局が設定する
罰金や自己資本積み増しの強制、あるいはディスクロージャーによる市場規律を利用す
るものなどがある。
このような仕組みにしておけば、監督当局は銀行の内部情報やリスク管理システムに対
して情報を収集する必要はなく、一方金融機関の側から見れば、自己の内部情報に基づ
いて自己資本額が設定できるというメリットがある。また、ペナルティを被らないよう
に、金融機関は利潤を最大にしようという積極的なインセンティブが働くことも期待で
きる。
5.1.1 プレコミットメント・アプローチの問題点
まず適切なペナルティを設定することが困難である。プレコミットメント・アプローチに
おいては、金融機関が自己の資本レベルを申告し、それにコミットすることが重要である。
しかし、より重要なコミットメントは、監督当局のペナルティの設定である。というのも、
このペナルティを認識した上で、金融機関は自信の申告する資本レベルや目標実現のため
の努力水準を選択するからである。したがって、ペナルティの設定の仕方が適切でないと、
目標実現のインセンティブが十分に引き出されないだけではなく、申告する目標のレベル
自体も不適切なものになってしまう恐れがある。
また、将来の目標を申告するために,結果が外的環境の変化に左右されやすく、そのため、
目標が実現できなかった場合に、一律にペナルティを与えてしまうことによる経営者の縁
センティブの降下も懸念される。さらに同じようなことだが、望ましいペナルティを実施
しようとすると事後的な健全性を損なう可能性が高くなってしまう可能性がある。例えば
大銀行であっても、経営が不振になれば市場から退出してもらった方が経営者の規律付け
という観点からは望ましい。それはその銀行の倒産・退出が経営者へのペナルティとして
機能し、その実行を恐れる経営者が経営努力を高めると考えるからである。しかし、大銀
行を実際に倒産させた場合には、決済システムの不安定化や信用不安の増大など、事後的
に見れば金融システムにとってマイナスの状況を招くことになる。したがって、実際には
そのようなペナルティを実施するのは困難となり、それを予測する銀行経営者のインセン
ティブは低下することになってしまうし、あるいは、無理してペナルティを実施しようと
すれば、社会的に大きな損失を招く恐れさえ考えられる。
5.2 自己選択メカニズムの導入
現行の自己資本規制では、自己資本比率が基本的には一律に課されており、それが金融
機関内の内部情報やリスク管理体制が考慮されていないという批判にも繋がっており、そ
の解決策の2つ目として自己資本比率の選択と監督当局のモニタリングレベル選択の組み
合わせを考える。それによって、現行制度より自己資本比率の選択の自由度が高くなり、
各金融機関の自己資本比率を現行より結果的に引き下げることができる可能性がある。
金融機関にとってみれば、規制によって必要以上に自己資本比率を高くすることは無駄な
コストであるし、また必要以上にモニタリングを受けることも、そのために様々な制約を
課されるための余分なコストと捉えることができる。しかし、例えば内部リスク管理シス
テムの完成度の違いによって、この2つのコストの相対的大きさは違うと考えられるので、
この点を利用して、各金融機関の内部管理システムに関する情報を引き出すことを考える。
5.2.1 自己資本規制とモニタリングルールの組み合わせ
単純化のためにここでは2つの選択肢、すなわち 「高自己資本比率と低モニタリング」の
組み合わせと、「低自己資本比率と高モニタリング」の組み合わせの2種類を設定し、金融
機関に自由に選択させることを考える。ここでは、プレコミットメント・アプローチと区
別するため、自己資本比率は一定期間後に実現させる目標値ではあく、事前の規制段階で
達成しておくべき実現値として考えることにする。
以上のような設定にしておくと、それぞれの金融機関は自行にとって望ましい方の規制メ
ニューを選ぶことになる。また自己資本比率とモニタリングレベルという2つの側面から
なる規制のため、すべての金融機関が同じ規制を選択する可能性は小さくなる。例えば、
内部のリスク管理システムがきちんと構築されていて、自己資本の必要性があまり高くな
いと判断し、高モニタリングが行われても相対的に大きなコストと感じない金融機関は、
「低自己資本比率、高モニタリング」を選択することになるだろうし、それに対して、内部
のリスク管理体制が十分でない金融機関は、監督当局によるモニタリングを相対的に高い
コストと認識する結果、「高自己資本比率、低モニタリング」を選択することになるだろう。
このような自己選択メカニズムによって、監督当局は選択の結果から各金融機関の健全性
の度合いを推測することができる。また健全性の高い金融機関の自己資本比率は低く、健
全性の低い金融機関の自己資本比率は高くなるように実現されるという意味で、それぞれ
の金融機関にとって適切な規制がかかることになる。これによって、自己資本比率規制や
モニタリングを全ての金融機関に対して一律にかける無駄を排除することができる。さら
に、金融機関にとっても、それぞれの状況に合わせて規制のレベルを選択できるというメ
リットがある。
ここでのメカニズムでは、プレコミットメント・アプローチのように事前に全てのメカニ
ズムを決定してしまうのではなくて、事後的に生じた様々な問題の処理は、ある程度監督
当局によるモニタリングによって調整することを想定している。その意味では事前に厳格
にルール化されたモニタリングではなく、現状と同じように、ある程度裁量性のあるモニ
タリングシステムであると考えることができる。しかし、このような仕組みにしておくこ
とで、事前のシステム設定に多少の問題があったり、事後的に予想外の事態が発生したり
しても、モニタリングの段階である程度の調整が可能になる。また事後的な行動結果につ
いてのペナルティも、このモニタリング段階で、ある程度監督当局が調整できる状況を想
定している。
このような緩やかな形の導入であれば、システムの設計に特に大きな情報を必要とせず、
規制システムも現行からさほど変化させる必要もない点でメリットがある。そのため、現
行の一律の自己資本比率規制に、追加的に 「低自己資本比率+高モニタリング」という選択
肢を増やすだけで、比較的容易に自己選択メカニズムを導入することができ、かつ高い自
己資本比率のために生じる社会的ロスを減らすことができるのではないかと考えられる。
5.3 自己選択メカニズムの問題点ならびにその評価
① 事前に完全にメカニズムを明確にできないという点で不透明性が否めない。そのため情
報の顕示やインセンティブの面からすればマイナスの面がある。
② 自己選択条件が本当に満たされているかどうかが疑わしい。つまり、内部管理システム
が不十分で健全性の低い銀行はすべて、本当に「高自己資本比率、低モニタリング」のメ
ニューを選択するかどうか疑わしいということである。経営が不健全な銀行は自己資本
の調達が思うようにいかない可能性があるし、資産を圧縮しようにも縮小均衡に陥るの
を恐れて踏み切れないかもしれない。そうであれば、高モニタリングを甘受しつつ、低
自己資本比率を選択するインセンティブがあるかもしれない。逆に経営の健全な銀行は、
高い自己資本比率を維持することで自行が優良行であるというシグナルを預金者に対
して発するインセンティブがあるかもしれない。さきほどの非健全行が高い自己資本比
率を達成できないかもしれないという 「非健全行=低自己資本比率」 が成り立ってし
まえば このインセンティブはますます強まることとなる。
③ 規制メニュー導入に伴うコストがどれくらいかかるのか。自己選択条件が満たされる、
つまり上の②の問題点がないとしても、どの銀行もメニュー上の特定の自己資本比率を
選択することができないということである。本来、個々の銀行の経営戦略やリスク選好
度が異なれば、各銀行にとっての最適な自己資本比率やモニタリング・レベルも異なる
はずなので、メニュー規制の導入により、資源配分が歪められることになる。例えば、
仮に弟3の選択肢として、「中自己資本比率、低モニタリング」という組み合わせがあっ
たとして、さらに、平均的な健全行にとって、「低自己資本比率、高モニタリング」とい
うメニューと無差別な効用をもたらすように設定されたものとする。この場合、一部の
健全行がこの弟3のメニューを選択すると同時に、すべての非健全行も、「高自己資本
比率、低モニタリング」の組み合わせではなく、この弟3のメニューを選択することに
なってしまい、この弟3のメニューの導入により、健全行と非健全行が混在してこれを
選択してしまうことになってしまう。このように、経済主体の選択の自由を奪うという
コストがどの程度の大きさであるか、検討する必要がある。
また上のような弟3のメニューでなく それぞれ1行、1行にとって最適な自己資本
比率とモニタリング度合いを各銀行が選択することも理論上はもちろん可能であるが、
そのようなメニューを作るために、情報収集などのコストがかかってしまうため、先
の2つしかないメニューの時のように自由な選択肢を失うことによって発生するコス
トとのトレード・オフとなり、再度検討が必要である。
<参考文献>
銀行規制の新潮流
ドゥワトリポン、M.ティロール、J
日本の「金融再生」戦略
契約と組織の経済学
柳川
ミクロ経済学
和雄
斉藤
朝日新聞
西村
日本経済新聞
範之
他
<スペシャルサンクス>
玉田
康成
玉田研究会ゼミ員の方々
<制作>
石井
宏史
牛嶋
和成
渡部
大輔
(50 音順)
誠
他
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