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全文PDF - 感染症学雑誌 ONLINE JOURNAL

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全文PDF - 感染症学雑誌 ONLINE JOURNAL
22
症
例
Scedosporium prolificans による真菌血症を起こした
骨髄異形成症候群の 1 症例
1)
滋賀県立成人病センター臨床検査部,2)同 血液・腫瘍内科,3)千葉大学真菌医学研究センター臨床感染症分野
西尾
鈴木
久明1)
孝世2)
内海
亀井
貴彦2)
克彦3)
中村由紀子1)
齋藤
崇1)
(平成 22 年 12 月 6 日受付)
(平成 23 年 9 月 5 日受理)
Key words : Scedosporium prolificans, fungemia, myelodysplastic syndrome
序
文
医療の高度化に伴いコンプロマイズドホストが増加
している現在,深在性真菌症の早期診断・治療は極め
入院時検査所見(Table 1)
:胸部単純 X 線および
CT において両側上葉に浸潤影を認め肺炎と診断し
た.
て重要である.特に近年わが国では,血清学的・真菌
血液検査は WBC 400!
μL および Platelet 2.3×104!
学的診断技術の進歩による新興真菌症の報告1),新規
μL と著減を認めた.白血球分画では好中球を認めず,
抗真菌薬の登場,深在性真菌症の診断・治療ガイドラ
リンパ球 92%,異型リンパ球 2% であった.凝固線
2)
イン の公表により真菌感染症に対する関心が高まり
溶系検査は PT 2.47(INR)と延長する一方で,fibrino-
つつある.
gen
今回われわれは,骨髄異形成症候群(MDS)患者
667mg!
dL と高値であった.生化学検査は CRP
34.28mg!
dL,BUN 52.4mg!
dL,creatinine 1.76mg!
dL
に合併した肺炎の治療中に本邦での分離報告としては
と高度の炎症と腎不全を反映していた.LDH は
非常にまれな Scedosporium prolificans による真菌血症
IU!
mL と軽度増加していた.血清学的検査は,カン
例を経験したので真菌学的考察を加えて報告する.
ジダ抗原(カンジテック)
,アスペルギルス抗原およ
症
例
患者:83 歳,男性.
主訴:呼吸苦,発熱.
既往歴:75 歳大動脈弁(人工弁)置換術.
336
びクリプトコッカス抗原はすべて陰性,β-D グルカン
mL,エ
(β―グルカン テストワコー)は 2.6 未 満 pg!
ンドトキシンは 1.5 未満 pg!
mL であった.
喀痰の一般細菌検査では常在菌のみ検出され,喀痰
家族歴:特記事項なし.
の抗酸菌検査および血液培養検査では菌は検出されな
現病歴:2008 年 11 月,近医にて血小板減少を指摘
かった.尿中肺炎球菌抗原およびレジオネラ抗原は陰
され,2008 年 12 月,当センター血液・腫瘍内科を受
性であり,肺炎の起炎菌と判定されるものは検出され
診.検査の結果,MDS と診断し,血小板輸血と副腎
なかった.
皮質ホルモン剤内服投与にて外来で経過観察してい
臨床経過(Fig. 1)
:肺炎に対して meropenem(0.5
た.2009 年 1 月,呼吸苦が出現し,肺炎疑いのため
g×3!
day)お よ び minocycline(100mg×2!
day)の
当センター血液・腫瘍内科に入院となった.
抗菌薬に加え,γ―グロブリンを投与した.原疾患およ
入 院 時 現 症:身 長 156.0cm,体 重 61.4kg,体 温
び無顆粒球症に対して血小板輸血および G-CSF 投与
38.1℃,脈拍 90!
分・整,血圧 130!
76mmHg.結膜に
を行った.第 11 病日に体温の上昇を認め肺炎も改善
貧血・黄染なく,心肺に valver click の他明らかな異
しなかった た め,抗 菌 薬 を teicoplanin(200mg×1!
常音聴取せず.皮膚に点状出血・紫斑を認めた.
day)と tazobactam!
piperacillin(4.5g×3!
day)に 変
更した.さらに同病日,発熱性好中球減少症に対する
別刷請求先:
(〒524―8524)滋賀県守山市守山 5 丁目 4 番 30
号
滋賀県立成人病センター臨床検査部
西尾 久明
抗真菌療法として voriconazole(VRCZ:経口 400mg!
day)を開始した.
第 15 病日頃より見当識障害の増悪・不穏を認めた
感染症学雑誌 第86巻 第 1 号
スケドスポリウム症を合併した MDS
23
Table 1 Laboratory findings on admission
<Haematology>
WBC
400/μL
Band
0%
<Blood chemistry>
<Urine analysis>
CRP
pH
34.28 mg/dL
5.5
TP
5.5 g/dL
Protein
(1+)
0%
92.0%
GOT
GPT
24 IU/L
23 IU/L
Glucose
Occult blood
(−)
(1+)
Mono
4.0%
LDH
336 IU/L
Baso
2.0%
ALP
γ-GTP
137 IU/L
PT
2.47 (INR)
32 IU/L
0.87 mg/dL
Fib
<Serology>
667 mg/dL
Seg
Lymph
A-Lymph
RBC
Hb
2.0%
296×104/μL
10.7g/dL
Ht
PLT
31.2%
2.3×104/μL
<Bone Marrow>
20.7×104/μL
Ncc
Megk
M/E
62/μL
0.18
T-Bil
UA
Candida Ag
(−)
BUN
52.4 mg/dL
Aspergillus Ag
(−)
Cr
1.76 mg/dL
Na
144 mEq/L
Cryptococcus Ag
β-D-glucan
<2.6 pg/mL
Endotoxin
<1.5 pg/mL
K
Cl
FBS
8.4 mg/dL
<Coagulation>
5.8 mEq/L
(−)
110 mEq/L
84 mg/dL
Fig. 1 Clinical course
MEPM: meropenem, BIPM: biapenem, MINO: minocycline, PZFX: pazufloxacin, TEIC: teicoplanin, TAZ/PIPC: tazobactam/piperacillin, VRCZ: voriconazole, MCFG: micafungin, PT: prothrombin time, BT: body temperature
a: Enterococcus faecium, b: Scedosporium prolificans
ため,第 18 病日に頭部 CT を施行したところ,右後
い,同 日 micafungin(MCFG:100mg!
day)を 投 与
頭葉および頭頂葉に新鮮な梗塞巣を確認.入院後,心
した.第 29 病日にはカンジダ抗原も陽性(力価 2 倍)
房細動発作を伴ったことから,心原性梗塞と考えた.
となり,以後 65 病日まで陽性となった.第 33 病日以
さらに,視覚異常,眩暈,意識レベルの低下を疑わせ
降,梗塞部に梗塞後出血を合併した.第 35 病日には,
る症状が出現したため,VRCZ は一旦中止した.
血液培養で検出した糸状菌を Scedosporium
第 18 病日以降白血球数が回復するのに伴い,肺炎
も急速な改善を認めたが,第 21 病日の血液培養では
spp.
と同
定したことから,VRCZ(200mg×2!
day)へ変更し
た.
培養 5 日目(第 26 病日)で糸状菌が検出された.さ
第 57 病日の血液培養では,前回と同様の真菌が検
らに,第 25 病日の β-D グルカンは 54.5pg!
mL と増加
出された.以後,除々に意識レベルは低下し,第 65
したため,Candida spp.
または Aspergillus spp.
を疑
病日に永眠された.第 65 病日の β-D グルカンは 2,010
平成24年 1 月20日
24
西尾 久明 他
pg!
mL と著増し,カンジダ抗原は陽性(力価 4 倍)
,
アスペルギルス抗原は陰性であった.
考
察
Scedosporium spp.
は子嚢菌類に属する土壌真菌であ
真菌学的所見(Fig. 2,3)
:血液培養より検出され
り,主に S. apiospermum と S. prolificans がヒトに対し
た真菌のグラム染色では,グラム陰性の隔壁を有する
て病原性を起こす代表的菌種として知られている4).S.
真菌菌糸が観察されたため,巨大集落の観察とスライ
prolificans は温帯地域での菌腫(mycetoma)の主要
ド培養を行った.巨大集落は 25℃,7 日間の培養で直
な起炎菌とされ,時には眼,耳,中枢神経系,肺など
径 3.9cm に発育し,中心部は灰白色,周辺部は茶褐
に感染症を起こす.特に 1990 年以降,骨髄移植など
色となった.スライド培養では,褐色楕円形の分生子
のコンプロマイズドホストに対する内臓真菌症として
と長く伸びた先端を持つフラスコ型の分生子形成細胞
注目され,新興真菌症の一つに挙げられている.S. pro-
を認めたため,千葉大学真菌医学研究センターで確認
lificans による内臓真菌症の報告は 1984 年 6 歳の骨髄
し,Scedosporium prolificans と同定した.分離菌の薬
炎患者に始まり,海外では 162 例の報告がある5).し
剤感受性について Clinical and Laboratory Standards
かし本邦においては S. apiospermum の報告は数例あ
Institute
3)
M38A-2 に基づいた微量液体希釈法により
MIC を 測 定 し た.Amphotericin
B,flucytocine,
るものの,S. prolificans の報告はほとんどなく,われ
われが調べた限りでは Kimura ら6)が 2010 年に急性骨
fluconazole,miconazole,itraconazole,VRCZ お よ
髄性白血病の化学療法中に血液培養と剖検の組織から
び MCFG の MIC は そ れ ぞ れ>16μg!
mL,>64μg!
本真菌を検出した 1 例のみであった.
mL,>64μg!mL
>16μg!mL,>8μg!mL,>8μg!
mL,8μg!
mL であった.
Juan らの 162 例での調査では,S. prolificans は播種
性感染が最も多く 44.4%,次いで肺炎が 29.0%,骨髄
炎または関節炎が 10.4% の症例で起こしていた5).さ
らに,血液培養の陽性率は 72% であり,S. apiosper-
Fig. 2 Microscopic Gram staining appearance in
blood culture
mum と比較して陽性率は高いと言われている5).本症
例においては血液から複数回検出されたことから,真
菌血症を起こしていたと思われる.しかし,播種性感
染や肺炎などを真菌学的に確認することは出来なかっ
た.本感染症の感染経路は分生子の吸入により気道感
染する場合と,外傷などにより真菌要素の皮膚への直
接伝播が考えられている.本症例は皮膚病変および中
心静脈カテーテル穿刺部の異常も認めていないため,
気道感染を起こし,後に真菌血症になったものと思わ
れる.
本例では血液培養で S. prolificans が検出される以前
の β-D グルカンは 3.6pg!
mL であったが,検 出 後 は
54.5pg!
mL と高値を示し,さらに病状の進行ととも
に上昇した.血液悪性腫瘍疾患患者の真菌感染症を
Fig. 3 Colony on Sabouraud dextrose agar and hyphae with typical conidia and
conidiogenous cells growing in slide culture
感染症学雑誌 第86巻 第 1 号
スケドスポリウム症を合併した MDS
25
疑った場合,β-D グルカンが上昇し,カンジダ症,ア
および臨床的検討がなされ良好な成績が得られてい
スペルギルス症さらには Pneumocystis jirovecii が否定
る4)10).今後はわが国においても予後の改善を図るた
的であれば,Scedosporium spp.
等の真菌も起炎菌とし
め,治療薬の臨床的検討が必要であると考える.
て考慮に入れる必要があり本例もそれを示唆する 1 例
と考えられる.しかし,本症例の血液培養は Candida
spp.
が培養陰性であったものの,カンジダ抗原は陽
性であった.カンジダ抗原と Scedosporium
spp.
との
交差抗原性を検討した報告は,われわれが調べた限り
では認めなかったため,β-D グルカンの上昇が S. prolificans によるものとは断定できなかった.
Scedosporium
spp.
の内臓真菌症に関する β-D グル
カンの報告は少なく,Fusarium spp.,zygomycete お
よび Scedosporium
spp.
による感染症 17 例の成績で
は,感度 63%,特異度 90% であったと報告している7).
今回のわれわれが測定した試薬キットとは異なること
から,β-D グルカンの成績は一概に評価できないと思
われ,今後,本邦においてのさらなる検討が必要であ
る.また,血液培養で真菌を検出するまで 5 日,さら
に同定するまで 5 日以上の日数を要したことから,
real-time
PCR 法などの迅速診断法8)も今後検討すべ
き検査法であると考える.
MDS は骨髄中の造血幹細胞の異常により,血球産
生の障害が起こり,末梢の血球減少,骨髄あるいは末
梢血中の血球の形態や機能の異常を呈する疾患群であ
る.本症候群は白血球数減少および機能低下に伴う感
染症の発症には細心の注意を払う必要がある.特に
MDS を含む血液悪性腫瘍疾患患者は,Scedosporium
症による真菌血症や播種性感染を起こす頻度が骨髄移
植や臓器移植患者より高いと言われている9).本症例
では,入院時 WBC 400!
μL と低値であったが,肺炎
の治療により症状は改善を認めた.しかし,肺炎治療
終了前頃より脳梗塞を確認してから病状は悪化し,S.
prolificans もほほ同一時期に検出された.一方,本症
例は人工弁置換後,かつ心房細動を合併しており,出
血傾向のためワーファリンを減量し,PT
(INR)
が 2.47
から 1.19 に減少した状態での梗塞であった.脳梗塞
の原因は心原性梗塞または S. prolificans によるものと
考えられたが,剖検を実施しなかったため明らかな原
因を究明することはできなかった.
本真菌症に対する治療は過去の報告例より効果の期
待できる VRCZ の投与を行ったが,副作用のため中
止した.しかし本菌株の VRCZ の MIC は>8μg!
mL
となり結果的には投与を継続しても無効であった可能
性が高い.さらに,S. prolificans 感染症の予後は極めて
悪く,Juan らは播種性感染になった場合の死亡率は
87.5%,悪性腫瘍が基礎疾患であった場合の死亡率も
85.1% であったと報告している5).近年,terbinafine
とアゾール系抗真菌薬との併用効果について基礎的
平成24年 1 月20日
本論文の要旨は第 84 回日本感染症学会総会(2010 年 4
月 京都)で発表した.
文
献
1)西尾久明,川村(榊原)和子,鈴木孝世,内海
貴彦,木下承晧:播種性 Fusarium solani 感染症
を合併した Ph1 陽性急性リンパ芽球性白血病の 1
剖検例.感染症誌 2002;76:67―71.
2)河野 茂:深在性真菌症の診断・治療ガイドラ
イン 2007.深在性真菌症のガイドライン作成委
員会,2007.
3)Clinical and Laboratory Standards Institute:
Reference method for broth dilution antifungal
susceptibility testing for filamentous fungi ; approved standard. Document M38-A2. Clinical
and Laboratory Standards Institute, Wayne, PA,
2008.
4)Karoll JC, Emmanuel R, Flavio QT, Joseph M,
Charalampos A, Tena K, et al.:Infection caused
by Scedosporium spp.. Clin Microbiol Rev 2008;
21:157―97.
5)Juan LRT, Juan B, Josep GA, Serda K, Regine
HG, Sybren DH, et al.:Epidemiology and outcome of Scedosporium prolificans infection, a review of 162 cases. Med Mycol 2009;47:359―
70.
6)Kimura M, Maenishi O, Ito H, Ohkusu K:
Unique histological characteristics of Scedosporium that could aid in its identification. Pathol
Int 2010;60:131―6.
7)Hachem RY, Kontoyiannis DP, Chemaly RF, Jiang Y, Reitzel R, Raad I:Utility of galactomannan enzyme immunoassay and(1,3)β-D-glucan in
diagnosis of invasive fungal infections : low sensitivity for aspergillus fumigatus infection in
haematologic malignancy patients. J Clin Microbiol 2009;47:129―33.
8)Maria VC, Maria JB, Leticia BM, Alicia GL, Juan
LRT, Manuel CE:Development and validation
of a quantitative PCR assay for diagnosis of Scedosporiosis. J Clin Microbiol 2008;46:3412―6.
9)Shahid H, Patricia M, Graeme F, Barbara DA,
Jyoti S, Kathleen B, et al.:Infection due to Scedosporium apiospermun and Scedosporium prolificans in transplant recipients : Clinical characteristics and impact of antifungal agent therapy on
Outcome. Clin Infect Dis 2005;40:89―99.
10)Arison MK, Michael CB, Timothy JO, David HE,
Tanis CS:Scedosporium prolificans osteomyelitis
in an immnocompetent child treated with a
novel agent, Hexadecylphospocholine(Miltefosine)
, in combination with terbinafine and
voriconazole : A case report. Clin Infect Dis
2009;48:1257―61.
26
西尾 久明 他
Fungemia Caused by Scedosporium prolificans in Myelodysplastic Syndrome
Hisaaki NISHIO1), Takahiko UTSUMI2), Yukiko NAKAMURA1),
Takayo SUZUKI2), Katsuhiko KAMEI3) & Takashi SAITOH1)
1)
Department of Clinical Laboratory and 2)Department of Haematology and Oncology,
Shiga Medical Center for Adults,
3)
Division of Clinical Research, Medical Mycology Research Center, Chiba University
We report a case of fungemia caused by Scedosporium prolificans, an emerging pathogen. An 83-year-old
man with myelodysplastic syndrome(MDS)and agranulocytosis was admitted for pneumonia in January
2009. He was treated with meropenem, minocycline, and γ-globulin for pneumonia and G-CSF and platelet
transfusion for MDS. Although he recovered from pneumonia as neutrophil count increased, intermittent fever continued.
On hospital day 17, blood culture yielded fungal colonies indicating S. prolificans. Voriconazole was
started immediately, but the man s general condition deteriorated with cerebral infarction and he died of
cerebral hemorrhage on hospital day 65.
Attention must therefore be paid to the increasing scedosporiosis incidence in Japan.
〔J.J.A. Inf. D. 86:22∼26, 2012〕
感染症学雑誌 第86巻 第 1 号
Fly UP