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ハリケーン・カトリーナが米財政に与える影響

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ハリケーン・カトリーナが米財政に与える影響
2005 年 9 月 8 日発行
2005 年 9 月 8 日発行
ハリケーン・カトリーナが米財政に与える影響
ハリケーン・カトリーナが米財政に与える影響
-未曾有の費用負担と中長期的なインパクト-
-未曾有の費用負担と中長期的なインパクト-
<要旨>
・ 米南部を襲ったハリケーン・カトリーナの復興に関する米国政府の費用負担は、過去の
災害復興費用を遥かに上回る規模になるとの見通しが出ている。例えば米議会筋では、
最大 1,500~2,000 億ドルの財政負担の可能性が指摘されている。
・ カトリーナ復興費用が、米財政に与える影響は短期と中長期に分けて考えられる。短期
的な影響は甚大であり、米財政の改善基調は維持できなくなる可能性が高い。その具体
的な規模については、直接的な被害救済以外の費用(避難民受け入れ先の州政府や、関
連産業への支援策等)がどの程度含まれるかといった点にも左右される。
・ 中長期的にみれば、災害復興費用が本来的には一時的な費用であることから、それが財
政に与える直接的な影響は、時間が経過するに連れて減退する。
・ ただし、ハリケーン・カトリーナが、中長期的に米財政に与える影響については、間接
的な影響も見逃せない。具体的には、政府によるセーフティー・ネット維持の必要性を
指摘する声が高まることで、議会が取り組もうとしていた、医療保険費用の削減といっ
た中長期的な財政健全化策の実現が難しくなる等の可能性が指摘できる。
本誌に関するお問い合わせ先
みずほ総合研究所(株) 政策調査部
上席主任研究員 安井明彦
Tel(03)3201-0521
E-mail:[email protected]
米南部を襲ったハリケーン・カトリーナによって、米政府が巨額の復興費用を負担せざ
るを得なくなる可能性が指摘されている。1,500~2,000 億ドルともいわれる復興費用が米
財政に与える影響は甚大であり、足下でみられていた財政の改善基調は維持できなくなる
可能性が高い。他方、中長期的には、財政に対する復興の直接的な影響は減退していく一
方で、政府によるセーフティー・ネット維持の重要性を指摘する声が高まることから、将
来の財政健全化策の実現が難しくなる等の影響も想定できる1。
1. 未曾有の規模となる復興費用
ハリケーン・カトリーナに関する米国
図表1
米国における災害復興費用
政府の復興費用が、過去の災害復興費用
ハリケーン・カトリーナ(2005)
を大きく上回る可能性が指摘され始め
ニューヨーク復興(2001)
ている。
米政府は既に 9 月 2 日の時点で 105
ロス地震(1994)
億ドルの復興費用の拠出を決定してい
フロリダ・ハリケーン(2004)
る。またブッシュ政権は 9 月 7 日に 518
ハリケーン・アンドリュー(1992)
億ドルの追加費用を議会に申請してい
ロマ・プリータ地震(1989)
る。米議会は今週中にも追加費用の拠出
中西部洪水(1993)
を認可する見込みであり、これにより、
さらに米国では、もう一段の復興費用
が必要になるとの見方が有力であり、最
第二次申請
最終?
ハリケーン・ヒューゴ(1989)
(億ドル)
当面の復興費用は、623 億ドルに達する
こととなる。
決定済み
0
500
1000
1500
2000
(注)2005 年価格。ハリケーン・カトリーナ以外は、州・地方政府
なども含む。
( 資 料 ) Rogers et al, September 1, 2005, McKinnon et al,
September 7, 2005 により作成。
終的な費用は 2,000 億ドルに上るとの見通しも出ている。
この「2,000 億ドル」という見通しは、共和党のグレッグ上院予算委員長によるものであ
る。また、民主党のリード上院民主党院内総務も、最終的な復興費用は 1,500 億ドルに上
るとの見通しを示している2。ブッシュ政権関係者も、議会関係者に対して、最終的な費用
が 1,000 億ドル規模に達する可能性があることを認めているといわれる3。
2,000 億ドルの復興費用というのは、米国における過去の災害復興費用を遥かに上回る、
未曾有の規模である(図表1)。
1
2
3
本稿は現地 9 月 7 日時点の情報に基づいている。被害実態や復興の進展状況、さらに政府・議会の対応
等は極めて流動的であり、本稿で試みた整理・評価はあくまでも暫定的なものである。
McKinnon, John D., David Rogers and Dionne Searcey, “First Estimates on Katrina Costs for
Washington Hit $200 Billion”, Wall Street Journal, September 7, 2005.
Andrews, Edmund L., and Jennifer Bayot, “Budget Office Says Storm Could Cost Economy 400,000
Jobs”, New York Times, September 7, 2005
1
これまでに米国が負担した災害復興費用では、州・地方政府による費用負担をあわせて
も、2001 年の同時多発テロ後のニューヨーク復興に対する 673 億ドルが最大であった4。
ハリケーン・カトリーナに関する復興費用は、連邦政府の負担だけで、ニューヨーク復興
費用の 3 倍近くに達する可能性が指摘されているのである5。
2. 米財政に与える短期的な影響は甚大
図表2
このようにカトリーナ復興費用が米財
政に与える影響は、短期的には極めて大き
ブッシュ政権下の主要政策(単年度費用)
ハリケーン・カトリーナ(06年度?)
く、足下でみられていた米財政の改善基調
01年減税(10年度)
は維持できなくなる可能性が高い。
仮に最終的な復興費用が 2,000 億ドル
03年減税(04年度)
となった場合には、その規模は、これまで
対テロ戦費補正(04年度)
ブッシュ政権が実施してきた他の主要な
政策と比較しても、かなり大きな部類に入
03年医療保険改革(13年度)
ることになる。例えば、2001 年にブッシ
02年減税(02年度)
ュ政権が実施した大型減税は、もっとも減
税額が大きい年度(2010 年度)でも、そ
の規模は 2,000 億ドルには届かない。イラ
(億ドル)
0
500
1000 1500 2000 2500
(注)最も費用が大きい年度(括弧内)を抽出。
(資料)議会予算局資料等により作成。
ク戦争を中心とした対テロ戦費でも、単年
図表3
度での負担としては、2004 年度の約 900
2500
億ドルが最大である。仮に 2,000 億ドルの
米財政に与える影響
(億ドル)
1500
復興費用が単年度に集中した場合には、こ
(年度)
500
うした過去の主要な政策の財政負担を、少
-500
なくとも単年度では上回る(図表2)。
-1500
こうした巨額の財政負担は、足下でみら
-2500
CBO予測(05年8月)
れていた米財政の改善基調を維持するこ
-3500
とを難しくする(図表3)。2,000 億ドル
の費用が 2006 年度に集中した場合、同年
ハリケーン対策(1年)
-5500
度の財政赤字は 5,000 億ドルを超えかね
ない。実際には、復興費用は3~4年かけ
て拠出されると思われるが、その場合でも、
ハリケーン対策(3年分割)
-4500
2001
02
03
04
05
06
07
08
09
10
(注)CBO 予測(05 年 8 月)は、イラクからの段階的撤退が前提。
ハリケーン対策は 2,000 億ドルを想定し、3 年分割では、1,000
億→600 億→400 億ドルの拠出とする。
(資料)議会予算局資等により作成。
米財政の改善基調は維持できない。
4
5
McKinnon et al, ibid, September 7, 2005. Rogers, David and Jackie Calmes, “Washington Gears Up
for Disaster Relief”, Wall Street Journal, September 1, 2005
ニューヨーク復興費用の場合、連邦政府の負担は 2002 年 10 月末時点で約 210 億ドル(Congressional
Budget Office, Letter to the Honorable Carolyn B. Maloney Regarding Appropriations to Assist New
York City Following the September 11, 2001, Terrorist Attacks, October 29, 2002)。
2
もっとも、現時点での復興費用の見積もりは、「推測」の域を出ていないのも事実であ
る。実際の被害の度合いや経済に与える影響が不確かな現状では、最終的な復興費用の規
模を的確に予測することは至難の業である。また、カトリーナが景気に大きくマイナスの
影響を与えるような場合には、税収減などの経路を通じて米財政に追加的な打撃が与えら
れる可能性も視野に入れなければならなくなる。
さらに、最終的な復興費用を考えるにあたっては、連邦政府がどの程度の範囲の施策を
講ずるかという点にも注意が必要である6。
とくに問題となるのが、多数の州外への避難民に係わる費用負担である。これらの避難
民に対しては、一時的な住居の手当てのみならず、医療保険(とくに低所得者向けの公的
医療保険であるメディケイド)や教育関連の費用負担が発生する。これらの費用は、本来
的には州政府と連邦政府が分担して負担する性格のものだが、今回の場合は、避難先の州
政府による負担を軽減するために、連邦政府が州政府分についても負担する可能性がある7。
加えて、ハリケーンによる影響を受けた個別産業に対する支援の必要性を指摘する声も
ある。例えば、港湾機能が停止したことにより生産物の出荷に支障を来たした農家に対す
る支援や、ガソリン価格の高騰による影響を受けた航空業界への支援といった選択肢が浮
上している8。
もっとも、こうした個別産業への支援策等については、復興を口実とした無駄遣いであ
るとの批判も一部であり、最終的な行方は流動的である9。
3. 中長期的には間接的な影響が残存?
中長期的な観点では、ハリケーン・カトリーナが、政府によるセーフティー・ネット維
持の必要性を再認識させることなどを通じて、将来的な財政健全化を巡る議論にも影響を
与える可能性がある。
6
7
8
9
前述のリード院内総務の「1,5000 億ドル」という復興費用の見通しでは、1,000 億ドルがFEMAによ
る救済活動、500 億ドルが被災地の復興に関する公共事業とされている(McKinnon et al, ibid,
September 7, 2005)。
Rogers, David and John J. Fialka, “Hurricane Reorders Capitol Hill Agenda”, Wall Street Journal,
September 6, 2005。実際に、避難民を多く受け入れているテキサス州選出のハッチンソン上院議員(共
和党)は、避難民に対する住宅・教育・医療費を対象とした、州政府への広汎な補助金の支給を考える
べきだと指摘している(McKinnon, ibid, September 7, 2005)。
McKinnon, ibid, September 7, 2005。
コバーン上院議員(共和党)は、復興費用に関する補正予算の中に関連性の薄い費用が含まれた場合に
は、その成立阻止に全力を注ぐと述べている。また、フレイク下院議員(共和党)なども、復興費用の
一部は、他の歳出を削減することで賄うべきだとしており、一例として、2003 年に成立した処方薬代保
険や、先頃成立した高速道路建設法などの見直しを提唱している(Crittendon, Michael R. and Liriel
Higa, “Bush Seeks Almost $52 Billion More for Hurricane Relief”, CQ Today, September 7, 2005)。
3
財政に与える中長期的な影響という
図表4
観点では、災害復興費用は原則として一
時的な費用であり、時間が経過するに連
れて、その影響は減少していくと考えら
1500
500
ーキン局長は、「1,000 億ドルの追加支
0
出が毎年生ずるのであれば別だが、一度
-500
だけの負担ということであれば許容範
-1000
囲内だ」と指摘している10。
-1500
的には、被災者が低所得者層に集中して
いるという状況のなかで、政府によるセ
財政赤字削減額
(年)
増税額
-2000
1990
ハリケーン・カトリーナの被害が与える
間接的な影響に注意が必要である。具体
歳出削減額
1000
れる。実際に、米議会予算局のホルツィ
むしろ、中長期的な財政の観点からは、
財政調整法の推移
(億ドル)
93
95
96
97
99
00
01
03
05
(注)各年に審議された財政調整法が財政に与える影響(複数年度
にわたる効果を年度平均で表示)。2005 年は予算決議、それ
以外は議会可決ベース。95 年、99 年、2000 年は大統領拒否
権発動により成立せず。
(資料)CBO 資料などにより作成。
ーフティー・ネット維持の必要性が再認識されることによって、医療保険などの歳出削減
が難しくなる可能性である。
米議会は、ハリケーン・カトリーナが来襲する前の段階では、「財政調整法」という枠
組みを使い、メディケイドなどの歳出を削減する計画を立てていた。しかし、ハリケーン
により多くの低所得者層が被害を被ったために、メディケイドのようなセーフティー・ネ
ットを損ねるべきではないとの議論が浮上している。
「財政調整法」は、予算に関する米議会での審議をスムーズに進めるための特別な手段
である11。その内容は、時代に連れて変遷してきており、財政に対する米国の姿勢を示すメ
ルクマールとなってきた。
具体的には、①1990 年代半ばまでは、歳出削減・増税を実施する、財政赤字削減策の色
彩が強かった。しかし、②90 年代後半からは、歳出削減を行なう一方で、同時に減税を実
施しようとする動きが目立ち始め、次第に財政赤字削減策としての性格が薄れていった。
そして、③ブッシュ政権下では、「財政調整法」は専ら減税を推進する手段として活用さ
れてきたのである(図表4)。
こうしたなかで、今年の「財政調整法」は、小額ではあるが、1997 年以来となる歳出削
減策が含まれる予定になっていた。すなわち、上記の分類でいえば、②の時代への回帰と
なる可能性があったことになる。
10
11
Andrews et al, ibid, September 7, 2005。
「財政調整法」として審議される法案には、上院での議事進行妨害が避けられるなどの利点がある(鈴
木将覚『米国の予算審議プロセス(I)~米国の予算決議案と歳入・歳出法案の審議~』みずほリポート、
2005 年 6 月 15 日)。
4
しかし、ハリケーン・カトリーナによる被害は、その実現を難しくする可能性がある。
実際に米議会では、貧困層の被害が甚大であるなかで、メディケイドの削減を議論するの
は不適切であるとの議論が聞かれる12。このため、共和党のナッスル下院予算委員長は、歳
出削減に関する「財政調整法」の審議を、当初の予定から遅らせる方針を示唆している。
もっとも、ハリケーン・カトリーナの中長期的な影響は、必ずしも中長期的な米財政の
健全化に逆行する内容ばかりとは限らない。「財政調整法」の審議に他方で、今年の「財
政調整法」には、歳出削減にあわせて、それを上回る規模の減税が予定されている。こち
らについても民主党議員を中心に、「貧困層が苦境に立っているなかで、主に富裕者層の
利益となる減税を実施するのは適切ではない」との批判が出ている13。仮にこちらについて
もその実施が見送られるようなことになれば、ブッシュ政権誕生以来継続されてきた減税
路線に、一旦終止符が打たれることになるからである。
このように、ハリケーン・カトリーナは、米議会による「財政調整法」の審議を左右す
ることを通じて、米財政の中長期的な行方にも、間接的な影響を与える可能性が指摘でき
るのである14。
12
民主党のリード上院院内総務は、「(財政調整法で削減しようとしている)メディケイドなどの施策は、
カトリーナの被災者がまさに必要としているものだ」と指摘している。また、共和党のスミス上院議員
とスノー上院議員は、メディケイド削減策の作成を担当する上院在世委員会のグラスリー委員長(共和
党)に対し、削減策の作成を無期限に延期すべきだとの書簡を送っている(Schatz, Joseph J, “Budget
Reconciliation Likely to Be Delayed, as Democrats Denounce Entire Process”, CQ Today, September
7, 2005)。
13 共和党指導部は、減税は景気を刺激する効果があるために、その実現をとりやめるべきではないと主張
してきた(Schatz, Joseph J., and Steven T. Dennis, “Katrina Clouds Budget Picture; Republican
Reconciliation Plan Imperiled”, CQ Today, September 6, 2005)。また、減税の内容を、復興に直結す
るような減税案の作成を検討する動きもみられる(Schatz, ibid, September 7, 2005)。
14 ちなみに、9 月 6 日に米議会予算局は、ハリケーン・カトリーナが経済・財政に与える影響に関する報
告書を発表している。ただしここでは、財政の側面については、最終的な復興費用についての検討を加
えているわけではなく、むしろ、ハリケーンによって、連邦政府による給付金の支払いが遅れることや、
被災者による納税時期がずれることなどによる、どちらかといえば技術的な影響に焦点があてられてい
る(Congressional Budget Office, Macroeconomic and Budgetary Effects of Hurricane Katrina,
September 6, 2005)。
5
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