ベ ル リ ン の 湖 で 舞 い 降 り た ﹁ 瀕 死 の 白 鳥 ﹂

いとおしき音楽生活を綴る新連載エッセイ
川畠成道の
レガート・コンチェルタンテ
かわばたなりみち
© ビクター・エンタテインメント
日曜の昼下がり、美しい湖のほと
りで心豊かなときを過ごした。今年
１ 月、 枚 目 の CD レ コ ー デ ィ ン
グのため訪れたドイツ・ベルリンで
のことである。午後のひととき、レ
コーディングセッションを離れ、会
場からほど近い湖を訪れた。ジョギ
ングや体操をする人々、家族や友人
で屋台のソーセージをほおばりな
が ら 談 笑 す る 人 々 ⋮⋮。 そ こ に は、
CD 収 録 と い う 緊 張 感 漂 う 世 界 と
コントラストをなすかのような、ゆ
ったりとした時間が流れていた。
この季節、北ヨーロッパドイツで
は、午後の早い時間であるにもかか
わらず日は傾き、さしずめ日本の夕
ことの多いこの繊細かつ甘美な旋律
をヴァイオリンでいかに表現するか。
録 音 ス タ ッ フ と 私 は、 立 ち 位 置 や
マイクの高さなど、様々な可能性を
試してみた。わずか数センチの差が、
録音では大きな違いとなって表れる。
試行錯誤を重ねた結果、おそらくこ
のあたりで、という結論を得た。し
かし、まだ何かが違う。最後に私は、
別の弓で試してみることにした。
私が所有する弓は、ドミニク・ペ
カット、ヤコブ・ユーリ、チャール
ズ・ベアで、コンサートホールの大
きさや演奏する曲によってこの 本
を使い分けている。コンサート中に
弓 を 取 り 替 え る こ と も し ば し ば で、
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そのような時にはステージ袖にヴァ
イオリンケースを置き、曲間で袖に
戻った時に取り替えている。それま
で私は、白鳥をぺカットで演奏する
ことが多かった。 世紀フランスの
名匠ドミニク・ぺカット作のこの弓
は、音の密度と深みを私に与えてく
れる。しかしコンサートと違い、わ
ずか メートルの所にいるたった一
人の聴衆であるマイクロフォンには、
あまりにも力強さが際立ってしま
う。次に私は、チャールズ・ベアを
手に取った。 年英国王立音楽院を
卒業する際、世界的楽器商であるロ
ンドンの社より頂いたものだ。以来、
度々コンサートではこの弓が私の音
楽表現を助けてくれているが、CD
収録で用いるのはこれが初めてであ
る。祈る気もちで初めの一音を弾い
た。これだ！ 湖面をただよう瀕死
の白鳥は、いつしか私をサン＝サー
ンスの音楽の世界へといざなってく
れた。そして、完全なる形をもって
私の前に姿を現した。湖畔で過ごし
た時間はわずかではあったが、しか
し確実に私の想像力を描き立ててく
れた。
香り豊かな音を表現することがで
きたら、こんなに幸せなことはない。
多くの方にその香りが届くことを願
いながら、これからも弾き続けてい
きたいと思う。
ファンクラブスペシャルコンサート
11月 29 日（木）19 時∼ 王子ホール
ピアノ：山口研生
第 1 部 フランク：ヴァイオリンソナタ 第 2 部 来場客のリクエスト曲を演奏
5,000 円（ワンドリンク付）
《問》せきれい社 03-5414-5914
日本ユニシス・プレゼンツ 川畠成道ニューイヤーコンサート 2008
2008 年１月 24 日（木）19 時∼紀尾井ホール
ピアノ：ロデリック・チャドウィック
グノー：アヴェ・マリア、サラサーテ：ツィゴイネルワイゼン他
S 席：5,500 円／ A 席：4,500 円 ※ 11月５日発売
《問》せきれい社 03-5414-5914
ベルリンの湖で舞い降りた﹁瀕死の白鳥﹂
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暮れ時のような感覚を覚える。湖面
は冬の淡い光を反射し、まるで氷の
粒のようでもあり、春の陽だまりの
ようにも感じられた。湖岸に佇み目
を閉じてみた。すると、瀕死の白鳥
が一羽、湖面をただよう情景が私の
脳裏をよぎった。この光景はどう表
現されるであろうか。音楽が自然の
中にとけこんでいる時、その魅力が
最大限に発揮されるのかもしれない。
湖岸を離れ、私は録音会場へと戻っ
た。
録 音 再 開。 会 場 は 2003 年 に
も訪れたことのあるエヴァンゲリッ
シュ教会である。曲はサン＝サーン
ス 作 曲﹁ 白 鳥 ﹂、 チ ェ ロ で 奏 さ れ る
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97
19
1971 年生まれ。8 歳で視覚障害となり 10 歳でヴァイオリンを始める。94 年桐
朋学園大学を卒業後、英国王立音楽院に留学。97 年には四半世紀に一度開催さ
れる同音楽院 175 周年記念コンサートでソリストに抜擢され、同年首席で卒業。
98 年には東京サントリーホールにおいて小林研一郎指揮、日本フィルと共演でデ
ビュー。その後はヨーロッパを中心に活動
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