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第1章

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第1章
第一章
緒
論
第一章 緒 論
1.1 研究の背景
1.1.1 工作機械の歴史と課題
人類は 19 世紀の産業革命以来,便利な道具や機械を生み出し利用することにより,生活
様式や生活環境を劇的に変えてきた.この道具や機械の作り方,あるいは使い方の革命が
人類に多くの富をもたらしたことは間違いない.その産業革命の象徴的な機械が“蒸気機
関”であるが,それを大量生産するために必然的に生まれた加工装置が工作機械であ
る.(1),(2) すなわち,産業革命を境にして,人類は機械を機械で作るようになり,作り得る
機械の品質と数を家内工業における手作業に比べて飛躍的に拡大することができた.また
その工作技術は今日においても,新たな工業製品が誕生する度に,革新が繰り返されてい
る.したがって,優れた工作機械を開発することは,その企業,国家,あるいは人類にと
って繁栄の原動力であり,逆にみると,保有する工作機械の質がその企業や国の実力の程
度を示すとも言える.(3) その観点から日本の現状を見ると,表 1.1.1.1(4)に示されるよう
に,少なくとも工作機械の生産,および輸出額ではこれまで世界のトップであり,今後も
優秀な工作機械の開発におけるリーダとなる責任があるといえよう.
ところで“工作機械”はその定義が広義と狭義に分けられる.(4) 広義には“金属,木,
石,プラスチク等,固体物になんらかの処理すなわち“加工”を施して役に立つ形に作
り上げる機械”とされる.一方,狭義には“専ら金属工作物を加工する切削加工機械”
とされる.一般には狭義の意味で使われることが多い.これらをふまえて工作機械の歴
史を再びふり返ると,産業改命以前にも“ローズ旋盤”で代表される木製の架台をベー
スとした家具の装飾部品を作る機械があったが,先の狭義の“工作機械”の定義からは
はずれる.その後は表 1.1.1.2(5)に示すように,産業革命の中で“モーズレイ旋盤”が
現れ,金属部品の切削加工が能率的に行われるようになった. その後,1940 年代にシ
ュレジンガー教授らが学術面からの検討を加えるようになり,工作機械の性能向上が加
速された.1960 年代になると電子計算機の発達により工作機械の自動化という新しい歩
みも始まり,図 1.1.1.1(6)に示すように工作機械が一段と普及した.これをソフトと呼
ぶなら,先のハードとソフトの両面でより工作機械の能力が向上されるようになった.
そして今日では図 1.1.1.2 に示すように汎用あるいは専用の工作機械のスタイルが多岐
にわたるようになっている.しかしこれら多くの工作機械に共通する極めて特徴的な
−1−1−
表 1.1.1.1 世界の工作機械の生産と貿易(4)
−1996−
[生産]
−1995−
[貿易]
合 計
切 削
成 形
輸 出
1. 日 本
9,199.9
7,635.9
1,564.0
6,439.9
2. ドイツ
7,801.1
5,538.5
2,262.6
5,163.1
3. アメリカ
4,914.6
3,343.1
1,571.5
4. イタリア
3,757.3
2,396.9
1,360.4
5. スイス
1,903.4
1,512.7
390.7
6. 台 湾
1,800.6
1,232.3
7. 中 国
1,790.0
8. イギリス
9. 韓 国
[生産]
合 計
切 削
成 形
輸 出
772.8
9,001.9
7,435.2
1,566.8
6,549.0
568.3
1,880.5
7,251.4
4,909.6
2,341.8
4,555.2
1,780.3
1,271.4
3,574.2
4,467.8
2,984.9
1,482.9
1,113.3
3,363.0
2,157.2
1,458.9
3,278.3
3,100.8
1,177.5
1,773.6
1,181.3
1,674.4
412.5
2,141.2
1,675.3
466.0
1,884.1
460.0
568.3
1,339.9
642.5
1,660.3
1,116.8
543.4
1,175.8
648.3
1,190.0
600.0
250.0
2,100.0
1,857.0
1,250.0
607.0
274.3
2,200.3
1,283.7
1,045.0
238.6
837.6
995.1
986.6
803. 5
183.1
696.1
888.7
1,190.9
1,069.5
121.4
436.0
1,712.0
1,152.5
1,045.0
107.5
334.3
1,434.3
10. フランス
889.4
584.4
304.9
546.3
1,143.5
820.2
542.9
277.3
507.5
1,008.5
11. スペイン
802.1
583.4
218.7
482.4
309.5
661.6
467.4
194.3
389.3
229.0
12. ブラジル
**522.5
418.0
104.5
143.0
513.9
668.1
534.5
133.6
158.9
585.0
13. カナダ
398.1
238.1
159.9
439.4
1,339.1
397.2
238.5
158.8
419.7
1,409.3
14. チェコ
273.7
241.0
32.7
213.4
169.5
196.2
171.9
24.3
169.9
168.5
15. オーストラリア
255.6
163.0
92.5
208.4
281.8
282.0
179.9
102.1
230.0
304.6
16. インド
249.3
215.9
33.4
14.1
413.9
218.0
188.8
29.3
13.7
303.3
*205.5
60.2
145.3
227.2
335.6
193.2
56.6
136.6
213.5
315.4
198.9
61.1
137.8
27.0
164.7
166.8
50.9
115.9
21.0
182.4
17. スウェーデン
18. トルコ
輸 入
[貿易]
輸 入
19. ベルギー
*193.8
10.1
183.7
271.9
286.9
203.5
10.6
192.9
285.5
301.2
20. ポーランド
*180.6
133.6
46.9
47.8
101.1
200.0
148.0
52.0
53.0
112.0
21. フィンランド
171.0
25.0
145.9
140.5
125.2
131.7
24.0
107.6
111.1
122.0
22. オランダ
119.7
19.6
100.1
138.8
255.1
120.6
19.6
101.1
162.2
213.6
23. ロシア
113.1
87.5
25.6
64.4
250.2
177.2
127.7
49.6
77.4
319.0
24. デンマーク
82.0
32.5
49.5
78.6
149.9
77.8
30.7
47.1
75.6
144.8
25. ユーコ
74.0
59.0
15.0
42.0
18.0
70.4
54.8
15.6
0.0
0.0
263.0
183.5
79.6
144.5
817.7
289.6
207.2
82.3
152.0
805.0
その他の国々
(9カ国計)
総合計
38,633.5 28,079.9 10,553.6 22,799.2 20,224.0
36,671.2 26,374.9 10,296.3 21,396.1 19,050.3
欧 州
17,773.1 12,216.7
5,556.4 12,159.4
7,849.6
16,377.7 10,997.1
5,380.6 11,073.5
7,184.4
アジア
14,230.7 11,343.6
2,887.2
8,479.9
5,641.2
13,889.7 11,035.8
2,854.0
8,347.1
5,154.3
米 州
5,327.7
1,737.4
1,718.8
5,263.3
4,880.0
3,232.4
1,647.7
1,540.0
5,092.3
東 欧
546.7
3,590.2
431.7
115.0
252.4
556.7
649.5
502.6
146.9
233.8
656.0
その他
755.2
497.6
257.6
188.6
913.3
874.2
607.1
267.1
201.7
962.0
(単位:100 万ドル)
出所:Gardner Publications,Inc.
(注) (1) 1995 年は改訂値
(2) *印は未改訂値(自国通貨を現行レートで換算)
.
(3) **印は部品を含む.
−1−2−
表 1.1.1.2 黎明期における画期的工作機械の歴史(5)
年
記
事
1775 年
ウィルキンソン(英)の中ぐり盤
1797 年
モーズレー(英)の旋盤
1817 年
ロバート(英)の平削り盤
1818 年
ホイットニー(米)の横フライス盤
1839 年
ボードマー(英)の平削り盤
1847 年
デコステー(仏)のラジアルボール盤
1855 年
ブラウン(米)の万能フライス盤
1862 年
ハートネス(米)のタレット旋盤
1874 年
グリーソン(米)のかさ歯車は切り盤
1876 年
ブラウン,シャープ(米)の万能研削盤
1896 年
フェロース(米)の歯切り盤
1902 年
ラポイント(米)のブローチ盤
1930 年
クルーター(米)の精密中ぐり盤
図 1.1.1.1 最近 30 年間の工作機械の国内生産高の推移(6)
−1−3−
旋削機械 (Lathe)
フライス盤・マシニングセンタ(Milling machine・Machining center)
歯車加工機(Gear shaper)
図 1.1.1.2 工作機械の主な機種
−1−4−
図 1.1.1.3 切削加工のいろいろ(2)
こととして,図 1.1.1.3(2)に示すようにほとんど例外なく加工動力の伝達に回転軸を使
っている.図中の(e)∼(j),(n)の加工仕事は平行運動によるが,その動力はやはりボー
ルスクリューとナット,あるいはピニオンギヤとラックにより回転軸から伝えられてい
る.すなわちほとんどの工作機械はモーターを動力源とし,その回転動力で品物を加工
する方式がとられている.この回転軸は“主軸”と呼ばれ,その伝達動力,速度,位置
決め精度,がその工作機械の性能を表す最も主要な指針となっている.
ここで再び概論として,工作機械の課題について考える.まずユーザから恒久的に要
求される能力を整理すると,主として次の三つに要約できる(3). すなわち(1)工作物の
精度が高いこと,(2)生産性が高いこと,すなわち加工速度が速いこと,(3)融通性に富
むこと,すなわち被加工材質,形状の対応範囲が広いこと,である.これを先述のハー
ドとソフトの分類に対応させるなら(1)と(2)が主としてハード面の課題であり,(3)は主
としてソフト面の課題である.これらは工作機械のユーザ側から要求される能力の表現
であるが,メーカの立場からその課題を技術的に分析すると,(1)と(2)は主として剛性
と熱,および工具寿命の問題に帰着し,(3)は主としてシステムの機能性の問題になる.
−1−5−
この中で(3)は今日の計算機制御によってめざましい進歩がみられ,
(1)と(2)の工具につ
いてもコーティングのような表面硬化技術が課題の解決に貢献しているが,剛性と熱に
関しては遅々としている感が否めない.
剛性と熱の問題に関して,加工精度と加工速度への関係を表 1.1.1.3 に示す.剛性に
関わる問題としては,軸受やリニアガイド等,バネ剛性の低い要素部品の使い方と,回
転軸の振動の問題がある.しかしこれらは数値解析手段の発達によって事前の予測,対
策が可能になりつつある.一方,熱に関わる問題は主として(1)品物と工具間の発熱に
よる工具寿命,(2)工作機械全体の熱変形による品物と工具間の熱変位,(3)回転主軸の
軸受の焼付,の3つが挙げられる.この中で,(1)は前述の通り工具の材質改善が主体
となる.(2)の問題に関しては,それを熱の発生源と伝達形態,および伝達先に分類す
ると,図 1.1.1.4(8)のように表現できる.工作機械のほとんどは電力で動力を供給され,
主軸モータ,移動用モータ,油圧源用モータ等の駆動に使われる.これらのモータはコ
イルの効率に伴う内部損失が避けられず,また動力伝達途中の摩擦仕事,および品物の
加工仕事のほとんどが最終的には熱になる。これらの熱が品物と刃先の位置決めに関わ
る工作機械主要部材に伝播し温度差を生じさせると,加工精度に関わる熱変位を発生さ
せる.
表 1.1.1.3 工作機械の要求される能力と技術的課題
加工面粗度
びびり振動
図 1.1.1.4 工作機械の熱収支(8)
−1−6−
図 1.1.1.4 工作機械の熱収支(8)
図 1.1.1.5 工作機械における動力配分の一例(8)
−1−7−
図 1.1.1.6 フライス盤の主軸頭の熱変形
(8)
(n= 1400rpm)
その他に,工作機械が置かれた室内の雰囲気も,その温度が工作機械の温度に対して変
動すれば,両者の間に放射と対流の熱伝達が発生し,工作機械の主要部材間に温度差,
熱変位を発生させ,高い精度が要求される工作機械では問題となる.図 1.1.1.5(8)に一
般的な旋盤における供給動力の消費先とその割合を示す.これより,動力のほとんどは
熱になり,その主な熱源は切削部と主軸であることが分かる.この主軸は,通常,一定
以上の剛性をもつ軸受で支持されるため,その摩擦が主な熱源となる.この熱が本体の
ハウジングに伝わると,加工精度に関わる熱変位を発生させる.軸受の他に主軸モータ
がビルトインされている場合は,モータでの銅損,鉄損も熱源になる.図 1.1.1.6(8)は
フライス盤の主軸頭の熱変位の実測例である.品物に対する工具先端は,加工開始とと
もに変位を始めている.この例では、Y方向はハウジングの熱膨張によりベクトルの正
方向に,またZ方向は最初に回転軸と工具の熱膨張により負方向に変位し,その後,ハ
ウジングの膨張により正方向に逆転している.このように機械の立ち上げや,あるいは
16∼18 時間目のように停止時間が入るような場合には、変位方向が時間的に複雑に変化
する.それはこの一工程の間に、複数の部材が,複数の熱源から異なる伝播時間で熱を
受けて熱膨張するためであり,さらに工程が異なればまたこれらも変わる.このため、
−1−8−
変位を予め予測し補正することは極めて難しく,理想的には、発熱を抑えるか、主要部
材に伝わる前に外部に排出することが望まれることになる.
(3)の軸受の焼付の問題については,発生した場合に要する修復の手間、あるいは発生
限界の予測が難しい,等の点で,従来から工作機械の最大の課題となっている.焼付き
の原因は基本的には,内輪の温度上昇による熱膨張であり,内輪の熱源は一般に自身の
摩擦熱と同軸上のモータである.モータの対策としては,たとえばモータを工作機械本
体から離れたところに配置することが考えられ,
実際にも初期の工作機械は図 1.1.1.7(8)
の例のようにそうした形式が主流であった.しかし駆動源が外部にあると動力の伝達に
軸受やプーリあるいは歯車が必要となりそこに熱源が発生するし,また伝達距離が長い
と振動や応答性等の問題が顕存化し高速化による工作機械の性能向上は致命的に難しく
なる.また省スペースという点からも不利である.よって主軸モータはスピンドル軸に
ビルトインとすることを前提に考える必要がある.
次いで軸受自身の発熱について考えると,回転数への依存性が最も大きい.参考とし
て,回転数に関する工作機械の位置付けを他の回転機械と比較して,図 1.1.1.8(9)に示
す.この場合の評価基準は一般に,回転数とともに回転体の大きさが軸受の負荷を決め
るため,回転数に軸受内輪内径を乗じた dN 値(rpm×mmφ)あるいは軸受のピッチ円直径
dm を乗じた dmN 値で論じられる.各製品の dN 値あるいは dmN 値を比較すると,工作機
械の主軸はジェットエンジンに継いで厳しいレベルが要求されており,また今後も一層
の向上が狙われている.その結果、主軸は図 1.1.1.5 に示すような大量の熱源を抱え込
むことを前提にする必要があることになり、
この熱が軸受内輪の温度を上昇させぬよう、
効率良く外部に放出する手段が必須となる.
−1−9−
図 1.1.1.7 熱源を隔離する方法(Pittler 社 PIMT 型)(8)
図 1.1.1.8 各種高 dN 機器の dN 値(9)
−1−10−
1.1.2 主軸における技術的課題
(1) 主軸の構造
主軸の主たる課題の一つである高速化のためには,回転系の剛性を上げ,回転慣性を
低減することが求められるめ,主軸ハウジングの中にモータのロータとステータをビル
トインした構造が主流となっている.マシニングセンタにビルトインモータを使う場合
の代表的な主軸の仕様の例を表 1.1.2.1 に示す.この中で 20,000rpm はアルミニウム合
金系材料の高速加工専用, 12,000rpm は鋼材からアルミニウム合金系材料までの共用,
6,000rpm は鋳物,鋼材用である.
(2) 主軸の動向と課題
図 1.1.2.1(10)に主軸の高速化の変遷を示す.1970 年代前半までの主軸の dmN 値は数十
万であり,すべり軸受あるいはころ軸受が使えていた.しかしその後, dmN 値の上昇に
ともない軸受はアンギュラ玉軸受が主流となり,さらにその潤滑にオイルエアが用いら
れるようになっている. dmN 値の上昇の主な要因は,航空機分野,あるいは最近では自
動車のエンジン, 駆動系周辺部品などにおいて,軽量化のためアルミニウム合金系の素
材が多用されるようになり,このような材料は切削抵抗が小さいため,切削速度を上げて
生産性を高めることによるコストダウンがはかられるためである.もう1つの理由は切
削面の品質や切削抵抗が切削速度に依るためである.具体的な切削試験の例を図
1.1.2.2∼図 1.1.2.4 に示す.図 1.1.2.2,図 1.1.2.3 には,同じ送り速度のもとでは切
削速度が速い程,仕上面粗さが低下することが示されている.図 1.1.2.4 には,切削速
度が速い程,切削抵抗が低減することが示されている.
表 1.1.1.3 の工作機械における課題を,さらに主軸の課題に絞って分類した結果を図
1.1.2.5 に示す.振動と騒音の抑制は構造の高剛性化,高精度化に依るところが大きく,
工具の長寿命化は材料あるいは材質の改善に依るところが大きい.しかし熱の問題は特
に軸受に関して効果的な対策の思想が確立していない.そのため焼付トラブルが後を絶
たないのが現状であり,新たなアイデアによる効果的な発熱抑制あるいは冷却技術の開
発が求められている.しかしころがり軸受を使う限りは,回転数の 2 乗で上昇する遠心
力によるころがり抵抗を飛躍的に軽減させる方法は原理的に考え難い.
−1−11−
表 1.1.2.1 マシニングセンタにおける利用分野と主軸の仕様
(rpm)
最高回転数 (rpm)
※
dmN 値
Al:アルミニウム系合金
※:工具側軸受
FC:鋳物
図 1.1.2.1 主軸の高速化の変遷(10)
−1−12−
SS:鋼
送り速度 f=0.34m/min
送り速度 f=2.0m/min
図 1.1.2.2 仕上面粗さの切削速度依存性(鋼材切削)
送り速度
f = 2.0 m/min
f = 0.64m/min
f = 0.32m/min
図 1.1.2.3 仕上面粗さの切削速度依存性(アルミニウム系合金切削)
−1−13−
鋼
アルミニウム系合
図 1.1.2.4 切削抵抗の切削速度依存性
よってより高速化のためには,固体接触のない軸受という発想がある.図 1.1.2.6 は磁
力により軸を外輪に対して浮上させる磁気軸受の構造の例である.これによれば軸受の
発熱の問題はなくなるが,軸受の剛性が低くまたコイルやモータの熱の排出が課題とな
る.よって現状では適用先が小型のモータで軽切削の分野に限られている.
(3) 軸受の課題
ころがり軸受を用いるとき考慮すべき課題を,図 1.1.2.7 に示す.軸受の負荷は一般
に軌道輪面圧とすべり速度の積で評価される.設計においては,仕様値から決まるすべ
り速度において,そのときの面圧が材料の耐久性を越えないようにする必要がある.その
面圧を変動させる要因が,遠心力,予圧,温度である.ここで“予圧”とは,軸受のガ
タを無くし軸の支持剛性を上げるため,特に円錐ころ軸受やアンギュラ玉軸受において,
内輪と外輪がせりあうよう両者の間に軸方向に負荷する荷重である.遠心力と予圧につ
いては既知,あるいは事前の設定が可能であるが,熱膨張に対しては発熱量,および周
囲のあらゆる部材が関わる伝熱を解析できなければ予測ができず、その技術が確立され
ていない現在は当然,焼付のトラブルが後を断たない状況となっている.
−1−14−
高性能主軸
−1−15−
モータ
図 1.1.2.5 主軸主軸における主要検討項目
図 1.1.2.6 磁気軸受主軸の構造例(18)
図 1.1.2.7 ころがり軸受の高速化において考慮すべき課題
−1−16−
(4) 軸受の機構
ころがり軸受の転動体には“ころ”あるいは“玉”が使われている.接触面積の違いか
ら玉の方がころがり抵抗が小さいため,とくに高dN値で使われる主軸には一般に玉軸受
が使われる.また主軸では,切削の負荷がラジアル方向のみでなく軸方向に作用する. そ
のため,図 1.1.2.8 に示すように内外輪に溝を設けて玉を斜めに挟むアンギュラ玉軸受が
使われる.ただしこの構造では,軸方向の一方向しか拘束しない.そこで図 1.1.2.9 に示
すように,軸方向の片側,とくにあまり大きい荷重がかからない引張り側の拘束には,目
的によって二種類の方式が使われている.(1)は定位置予圧方式と呼ばれる.この例では,
1と2の軸受が回転軸の押込み方向の荷重を支えており,3と4は引出し方向の荷重を支
えている.この方式では,軸方向の押込み,あるいは引出しいづれの切削荷重に対しても
支持剛性が高いが,軸受内輪やその間の軸が熱膨張するとき内輪が相対的に軸方向に逃げ
られないため,玉の接触面圧が上昇し,焼付き易くなる.(2)は定圧予圧方式と呼ばれる.
回転軸の引出しはスプリングにより支持されているため,軸受1,2や軸の熱膨張差はス
プリングが吸収するが,その分だけ支持剛性としては低い.すなわち高精度加工のための
支持剛性の点からは定位置予圧方式が理想であり,そのかわり高負荷で使うためには焼付
き対策として内外輪,回転軸とハウジング,およびそれぞれの間座の各熱膨張差を抑制し,
(鋼)
図 1.1.2.8 アンギュラー玉軸受の断面構造
−1−17−
(1) 定位置予圧
(2) 定圧予圧
図 1.1.2.9 代表的なアンギュラー玉軸受の使い方
予圧の変動を抑える手段が必要となる.
熱膨張差を発生させない一つの方法として,二列の内輪間にスペーサとして使われ
ている間座に熱膨張率の高いステンレス鋼,外輪の間座に熱膨張率の低いアンバー(高
Ni 鋳鉄)を用いる方法が試みられている.しかしこの場合は,逆に軸の温度が低い間
は予圧が過少となる等,適正な使用条件が限定される問題がある.よってこの問題を
根本的に解決するには,熱膨張差の原因となる温度差の上昇を抑えることが基本とな
る.
(5) アンギュラ玉軸受の発熱機構
アンギュラ玉軸受には図 1.1.2.10 に示すような差動滑りやスピン滑り,さらにジャ
イロ滑りがあることが知られている(11).この中で発熱に最も大きな影響をもつのは,
ジャイロ滑りである.ジャイロ滑りは,接触角をもつ(玉の公転軸と自転軸が一致しな
い)玉軸受の玉に作用するジャイロモーメント Mg によって発生する接線力Tが,転動
体荷重Qに接触面の摩擦係数μを掛けた値より大きくなるとき生ずるスピン滑りであ
−1−18−
る.図 1.1.2.11(12)は外輪の温度上昇の測定, および計算例である.7000rpm 以上で温
度上昇量が増す原因がジャイロ滑りによる発熱である.これが軸受の焼付に大きく関
わる.よって高速軸受の発熱を抑制するには,ジャイロ滑りを抑制する対策をとるこ
とが重要である.それには,玉の質量mを小さくする,玉径Da を小さくする,接触
角βを小さくするなどの対策が有効であるが,それぞれ質量低減のためのセラミック
化はコスト高,玉径Da の低減は面圧上昇による寿命低減,接触角βの低減はラジアル
方向支持剛性の低減,等の制約があるため,実用上は現状のサイズのまま使えるよう
にすることが求められている.
図 1.1.2.10 アンギュラ玉軸受の各種の滑り(11)
−1−19−
アンギュラー玉軸受
図 1.1.2.11 ジャイロ滑りによる温度上昇(12)
また転動体荷量Qとしては軸方向締付力である予圧が影響する.間座に電歪アクチ
ュエータを用い回転中の予圧を変化させそのときの軸受外輪温度を測定した例を図
1.1.2.12(12)に示す.予圧を変えると温度は敏感に変化しており,転動体荷量としてそ
の遠心力とともに予圧変化を抑える手段が必要であることが明らかである.
図 1.1.2.13 に回転数を変えて内外輪両方の温度を同時に測定した例を示す.各温度
は各回転数でのほぼ定常状態での値である.13,000 rpm から内外輪温度差,およびそ
の絶対値が拡大し 15,000 rpm を越えたところで焼付を生じている.これは摩擦抵抗,
すなわち摩擦発熱量が内外輪温度差にともなう内外輪熱膨張差に依存し相乗的に拡大
するためであり,焼付という現象の本質的な問題である.この基本的な対策としては
一般により高温となる内輪側の温度上昇を抑えることが有効である.
−1−20−
図 1.1.2.12 予圧変化に対する軸受外輪温度の変化(12)
焼付
軸受:アンギュラ玉軸受
型式 7013CT DBB
玉 径 10.32mmφ
玉材質 セラミックス
潤滑方式:オイルエア
予圧力 500N
図 1.1.2.13 軸の回転数と温度
−1−21−
(6) 軸受の潤滑方式
図 1.1.2.14,図 1.1.2.15(13)に,同じ実験装置と条件で使用したときの,オイルエア,
ジェット,アンダーレースの各潤滑法の外輪温度上昇と動力損失を示す.アンダレース
とジェットは油量が多いことによる冷却効果のために,外輪温度上昇は比較的小さいも
のの油の攪拌抵抗による動力損失が大きくなることが示されている.すなわち,各潤滑
方式の特徴は油量に依存するところが大きい.油量と軸受の温度上昇,摩擦損失の関係
は概念的に図 1.1.2.16(14)のように表され,B領域にグリース,オイルミスト,オイルエ
ア,Eにジェット,アンダーレースの潤滑法が対応する.温度の点だけならB,Eとも
良いが摩擦損失の点でBの方が理想的である.Bの欠点は異常発熱に対してそれを抑え
る冷却能力が弱い点である.図 1.1.2.17(15)に 1992 年の見本市の展示機における主軸径
(軸受内輪内径)
,回転数と潤滑法のマップを示す.高dN領域ではオイルエア,アンダ
ーレースが使われているがただし高価なセラミック玉と併用されている.
現在使われているころがり軸受の主な潤滑方式とその特徴を表 1.1.2.3(11)に要約す
る.オイルミスト潤滑とオイルエア潤滑は,一定温度範囲内では安定な潤滑性があるが,
それ自体に冷却能力はない.ジェット潤滑とアンダーレース潤滑はある程度の回転速度
までは潤滑油による抜熱が期待できるが,速度がより上昇すると,油の攪拌抵抗による
発熱量が上回るようになるため,有効な使用範囲は限定される.
以上のようにいずれも,主軸の高速化に対してはまだ問題をかかえている.しかし,
オイルエア潤滑は,冷却手段を他の方法で補えれば,ころがり軸受の一層の高速化に最
も相応しい手段になり得ると考えられる.
(7) 軸受の焼付限界
軸受の焼付については現在もまだ限界の予測が充分にできないため,トラブルが跡を
断たない.これに一定の考察を加えた例としては,図 1.1.2.18(16)に示すように4球式,
円筒外接式,および円筒端面式試験機でそれぞれすべり速度と焼付発生直前の表面温度
の関係を求めた例がある.これによると,焼付の現象はすべり速度に直接は依存してい
ないようである.よって現状では,軸受の使用限界を主として転動面の面圧で管理する
場合が多い.この面圧は初期予圧,玉の遠心力,内輪と間座の熱膨張差による予圧変化
分の合成によって決まる.この中の熱膨張差は各部材の温度分布に依存し,温度分布は
回転速度と面圧,すなわち pV 値の履歴,あるいは潤滑方式と冷却方式に依存する.
−1−22−
アンギュラー玉軸受
内輪内径 100mmφ
図 1.1.2.14 エアオイル潤滑・アンダーレース潤滑方式による外輪温度上昇の比較(13)
(エアオイル潤滑は室温との差,ジェット潤滑・アンダーレース潤滑は給油温度との差)
アンギュラー玉軸受
内輪内径 100mmφ
図 1.1.2.15 エアオイル潤滑・ジェット潤滑・アンダーレース潤滑による動力損失の比較(13)
−1−23−
)
図 1.1.2.16 軸受の油量,摩擦損失と温度上昇の関係(14
図 1.1.2.17 1994 年日本国際工作機見本市(第 17 回 JIMTOF)展示品における主軸の dmN 値 (15)
−1−24−
表 1.1.2.3 各潤滑法の特徴比較(11)
オイル(+エア)
オイル
−1−25−
オイル(+エア)
図 1.1.2.18 点,線,面接触形態の焼付き時摩擦面温度(16)
よって焼付に関する限界の使用条件は温度と面圧の連成解析によって求める必要がある.
このような連成解析手法はこれまで Kops(50)や Weck ら(51)が検討している.主軸に関して,
現在提案されている解析システムの一例を図 1.1.2.19 に示す.これと同様な解析は
Parker(17),伊東(18),是田(19)らによって試みられている.それらによると,軸受の発熱,
軸とハウジングの熱変形,予圧変化と接触面圧についてはいずれも比較的厳密に扱われて
いるが,温度計算の中で必要となる軸受内外輪間の熱伝達コンダクタンスに関してはその
根拠が十分に検討されているとは言い難く,新たな実験あるいは理論的研究が待たれる.
(8) モータの内部発熱量
代表的なビルトインモータの内部発熱量の計算例を図 1.1.2.20 に示す.定格 30kWのモ
ータの内部損失による発熱量は数百 W∼数 kW に達することが示されている.また発熱量
は動力の伝達先の負荷,すなわち軸出力や回転数によって変わっている.また実際の切削
仕事においてはその時間的変動も顕著である.よって限られた点の温度モニタによるだけ
の熱変位制御は,精度上の限界がある.また特にロータはハウジングに直接接触していな
いため,ハウジング側からの有効な冷却手段が無く,軸や軸受内輪の熱膨張が避けられな
い.これらの熱対策のためにも,軸からの安定した抜熱手段が求められる.
−1−26−
−1−27−
図 1.1.2.19 構想中の焼付限界予測プログラムの構成
図 1.1.2.20 M社 30kW ビルトインモータの内部発熱量計算例
−1−28−
図 1.1.2.21 電子冷却主軸の構成(20)
(9) 回転軸冷却の必要性
以上で述べたように,ころがり軸受の焼付は内輪側の温度上昇によるところが大きい.
よって焼付の本質的対策としては,回転軸上で各発熱を抑えるか,その熱を取り去ること
が必要である.摩擦発熱を抑えるにはオイルエア潤滑が望ましく,またこれは摩擦抵抗も
小さいことからモータ発熱も低減できる.しかし従来の実績からはこれだけでは不充分で
あり,何らかの方法で軸を冷却することが必要である.その手段の一案として従来,図
1.1.2.21(20)のようにペルチェ効果を利用する電子冷却が試験されている.しかしこの場合,
素子装着のスペースが必要であり,また軸受と素子までの熱伝導抵抗,素子の冷却原理に
関わる全発熱量の増大の問題,およびコストの点で一般的な普及に至っていない.これに
替わる技術としては回転軸にヒートパイプを設け,それによって運んだ熱を軸方向の一部
の外面に集中的に冷却油あるいはエアを当てて抜熱する方式が考えられる.この技術を使
えば,図 1.1.2.6 に示す磁気軸受に対してもこれらのコイルの抜熱も可能となる.ただし
一般に回転軸の中心は,工具をチャックに引き付けるためのドローバーや皿ばねが組み込
まれたり,あるいは回転軸の軽量化のため中空にする必要がある.よって作動流体封入空
間をその円筒の肉の部分に形成し,かつその伝熱断面積を最大にするにはヒートパイプを
アニュラー形とすることが必要となる.しかしこの形式のヒートパイプの熱輸送特性はま
だ明らかにされておらず,主軸への適用を前提とした基礎的研究が必要である.
−1−29−
1.1.3 本節のまとめ
工作機械は近代の産業の発展を支え,現在も用途に応じて革新を続けており,今後ます
ます高性能,高機能,高適応性が求められる.性能に関しては,高負荷でも高い加工精度
を維持できるよう,剛性が高く,熱変位の少ない主軸が求められている.しかし高剛性の
軸受に高切削荷重を負荷すると摩擦発熱の上昇が避けられず,内輪の温度上昇,熱膨張差
の拡大,転動面々圧の上昇による軸受の焼付と,熱膨張,熱変位による加工精度悪化が問
題となる.これらの対策のためには回転軸自体の冷却が理想であり,その手段として軸に
ヒートパイプを組み込むアイデアが考えられる.ただし回転軸は工具保持のドローバーや
皿ばねを組み込むために,また軽量化のためにも中空とする必要があり,よってアニュラ
ー形のヒートパイプを開発する必要がある.
1.2 回転ヒートパイプに関する従来の研究
1.2.1 回転ヒートパイプの原理
限られた空間において小さな温度差でも大量の熱を輸送する手段としてヒートパイプが
ある.通常のヒートパイプは内部に金網や焼結金属等を内張りし,作動液が毛細管力で蒸
発部に還流するようになっている.しかし熱輸送量が増し還流液量が増すと,ウイックは
逆に作動液の流動抵抗にもなり,熱輸送量を制約する主たる要因となる.表 1.2.1.1,表
1.2.1.2,図 1.2.1.1(22)は,水を作動液とした代表的なヒートパイプにおいて,作動液の
蒸発面と凝縮面の温度差に対する熱輸送量の関係を示したものである.温度差を拡大する
と熱輸送量は上昇するが毛細管による液の流動抵抗が熱輸送量の限界をもたらしている.
鉛直方向の姿勢で下方から上方に熱を輸送するサーモサイフォン式のヒートパイプは,ウ
イックを使う必要が無くなるため一般には更に熱輸送量を上げられるが,蒸気流による液
膜の飛散限界,あるいは蒸発面での液のバーンアウトが制約要因となってくる.また,ヒ
ートパイプの姿勢は当然,限定されたものとなる.これに対してヒートパイプを軸まわり
に回転させると,作動液に作用する遠心力が還流の動力として利用できるようになる.例
えば内径 70mm のパイプを 500rpm で回すだけで遠心力は重力の 10 倍も作用し,更に遠心
力は回転数の自乗で増すことを考えると,数千∼数万 rpm で使われる工作機械の主軸にヒ
ートパイプを用いれば,任意の姿勢で高い熱輸送量が期待できるはずである.
回転ヒートパイプ自体については,既にいくつかの研究がなされてきている.まず回転
ヒートパイプの概念は 1967 年,Gray より発表された (23).次いで図 1.2.1.2 に示すよう
−1−30−
表 1.2.1.1 水ヒ-トパイプの仕様(物性値含む)(22)
表 1.2.1.2 水ヒ-トパイプの毛細管圧力および各圧力損失計算値(22)
図 1.2.1.1 ヒ-トパイプの熱輸送限界概念図(22)
−1−31−
図 1.2.1.2
これまでに研究対象とされた各種回転ヒートパイプの内部構造
な構造,熱輸送の方向,回転軸の違い等について,種々のタイプの回転ヒートパイプの研
究が理論的,実験的に展開されるようになった(24).その主な研究例は前沢が要約しており
(25)
,次節ではそれをもとに主軸への適用に参考となる成果を概観する.
1.2.2 回転ヒートパイプの内部伝熱に関する研究例
まず回転円盤や円錐における凝縮熱伝達に関して,Sparrow and Gregg(26), Sparrow and
Hartnett (27)の理論解析,Nandapurkar and Beatty (28)の実験が実施されたが,これらはま
だヒートパイプを意識したものではなく,開放雰囲気中におけるものであった. Ballback
(29)は,回転している管内の凝縮熱伝達を初めて理論的に解析した.彼は等温のテーパ付き
の管を対象として,凝縮部の局所熱伝達率を求め,同時に平均熱伝達率を内壁のテーパー
角度の関数として表した.次いで Nimmo and Leppert (30),(31)は,有限の水平平板上の膜状
凝縮熱伝達について理論解析した結果を回転円管(α=0)内の凝縮に適用し,近似式の形で
表現した.また Marto (32)はテーパー壁において凝縮膜の傾きがテーパ角と同程度の場合に
ついて数値積分を行い,実験と比較している.Daniels and Al-Jumaily (33)は Ballback (29)
の解析を拡張し,液膜流動に蒸気のせん断抵抗を考慮して理論解析を行い,平均ヌッセル
ト数を求めている.図 1.2.2.2 は Marto (32)の水,エタノール,フロン 113 を用いた実験結
−1−32−
図 1.2.2.2 軸まわりに回転する管内の膜状凝縮の実験値と理論値の比較(32)
果であり,理論解析の妥当性を良く表している.
蒸発部における熱伝達に関する研究は Merte and Clark
Adelberg and Schwartz (36),Marto and Gray
ている. Marto and Gray
(37),and
(34),Costello
and Tuhill
(35),
Korner (38)等によって行われてき
(37)は回転円筒ボイラーの自然対流実験を行い
Fishenden and
Saunders (39)の次式を推薦する結果に至っており,また Vasiliev and Khrolenok (40)は次レ
ーレー数の乗数と係数が異なる新たな式を提案している.核沸騰に関する研究としては
Marto and Gray (37)が回転ボイラーを対象に実験したものがある.それによると,回転中の
核沸騰熱伝達率は回転加速度への依存性は小さく,熱流束は過熱度の3乗に比例するとし
ている.しかしその後,Vasilie and Khrolenok (41)は図 1.2.2.4 に示すような実験結果か
ら,重力加速度に対する回転加速度の比を回転加速度比として考慮し,これと表 1.2.2.1 に
示すような実験定数で表した熱伝達率の実験式を提案している.ただしこれら自然対流蒸
発あるいは核沸騰蒸発いずれの研究も,液体層の厚さは薄いものでも 5mm,ほとんどは
10mm 以上で実験されている.また回転加速度比は工作機械主軸の dmN 値1×105,軸径
70mmφのとき数千のレベルになるのに比べて,これらの実験範囲は大きいものでも図
1.2.2.4 に示されているηの 200 程度である.ちなみに図 1.2.2.4 の実験条件は,打ち上
−1−33−
げロケットの液体燃料に作用する加速度を想定したものである.
また回転数が同じでも作動状況が回転の増速時と減速時において熱伝達率は異なること
に着目した研究がある.Kastuta(42) ,Nakayama(43)らによれば,軸を水平に向けた回転ヒ
ートパイプは図 1.2.2.5 に示すように蒸発熱伝達率が回転数によって著しく変化し,低回
表 1.2.2.1 3 種類の蒸発形態における実験データ(41)
図 1.2.2.4 高速回転加速度場における熱伝達(a)water;(b)ethanol;(c);acetone(41)
−1−34−
図 1.2.2.5 水平姿勢の遠心力サーモサイフォンにおける回転数の蒸発熱伝達に及ぼす影響
転では比較的高いが回転数を上げると著しく低下する特性があること,また増速する過
程と減速する過程ではヒステリシス性がみられ,増速過程では比較的高回転まで高い熱
伝達率が維持されるが,熱伝達率が低下した後の減速過程では,低い回転数まで熱伝達
率の回復が見られないことを報告している.
作動流体封入孔を回転軸から半径方向に平行に偏心させたヒートパイプは偏心回転
式ヒートパイプ(Eccentric Rotating Heat Pipe),または平行回転式ヒートパイプ
(Parallel Rotating Heat Pipe)と呼ばれ,作動液の分布が封入孔の中で軸対称になら
ないことの影響を考慮した研究が行われている.図 1.2.3.1 に偏心回転式ヒートパイプ
内の作動液の分布を模式的に示す.回転速度が高い場合を考えると,作動液は遠心力に
よって回転軸の半径方向外側の位置にプール部を形成するため,作動液の凝縮側では半
径方向内側に液層厚さの薄い凝縮面を形成できるが,蒸発側は逆に薄く広い液膜の形成
ができないことになる.偏心回転式ヒートパイプに関しては,Curtila, R. and Chataig,
T
(44)
, Bontemps, A.(45),Chen, J. and Jing, C.(46)らの研究が報告されている.最近で
は Gi and Maezawa(47)が蒸発および凝縮熱伝達率を測定し,図 1.2.3.2,図 1.2.3.3 に示
すような結果から凝縮熱伝達率の実験式も提案している.
−1−35−
図 1.2.3.1 偏心回転ヒ-トパイプ内の作動流体の様式(25)
図 1.2.3.2 水平姿勢の遠心力サーモサイフォンにおける回転数の
蒸発熱伝達に及ぼす影響 (47)
図 1.2.3.3 水平姿勢の遠心力サーモサイフォンにおける回転数の
凝縮熱伝達に及ぼす影響(47)
1.2.3 主軸用アニュラー形ヒートパイプの思想
−1−36−
以上に示したように,回転ヒートパイプについては既にいくつかの研究がなされてい
る.しかしこれを工作機械の主軸に適用した例はまだほとんどない(49).その最大の理
由は,回転軸を中空とする必要があるためである.中空とする機能上の理由としては,
軸端で工具や品物をチャッキングする必要があり,そのつめを開閉したり締め付け力を
伝達する機構として軸中心を使って軸の反対側からドローバーを通したり,内部に引張
バネを内蔵させる必要がある.また性能上の理由として,回転系を軽量化する目的もあ
る.そこで偏心回転式ヒートパイプが試された例がある.しかしこの方法ではヒートパ
イプの熱輸送空間としての有効断面積は限定され,かつヒートパイプを形成するための
加工工数が多くなり、さらに各孔への作動液の均等配分が難しく軸バランスを崩す原因
となりやすい、等の欠点があり,現状では普及していない.
一方,軸を 2 重管としアニュラー部に作動流体を封入する構造とすれば,有効なヒー
トパイプ断面積はより拡大でき,加工工数はより少なくできる.また軸の曲げ剛性は,
アニュラー部に軸方向のリブを設けることで確保できることが見込める.このときリブ
は軸方向の適当な位置で切欠き,作動液が周方向にも流れるようにすれば,回転中に液
は全周均一に配分される.
以上の構造を考慮し,工作機械の主軸にヒートパイプを装着し,その一端から集中的
に熱を放出させれば,軸受の焼付の原因,あるいは加工精度に影響する軸の熱膨張の原
因となる軸の温度上昇を防がれることが期待できる.しかし先に参照した従来の研究だ
けでは,アニュラー構造とした回転ヒートパイプの熱輸送特性は予測できない.またヒ
ートパイプを装着したとき,熱源からヒートパイプ,およびヒートパイプから冷却源ま
での熱抵抗を明らかにしなければ,主軸におけるヒートパイプの効果は評価できない.
また実用化のためには,ヒートパイプの材質,熱媒の種類の選定,製作方法についても
信頼性のある方法を示す必要がある.
−1−37−
1.3 本論文の目的と構成
本論文は,工作機械主軸において軸受やモータの発熱による軸受の焼付や軸端の工具の
熱変位を防ぐことを目的としてアニュラー形回転ヒートパイプを適用するにあたり,その
内部の作動液の熱輸送特性を種々の条件に対して明らかにした上で,これを主軸に装着し
たときの主軸の冷却効果を予測する.それに加えて,ヒートパイプを実際に製作,装着す
る技術についても,試作を通して確認した有効な方法を提案する.これらの体系的な研究
は要素研究別に各章に構成しており,その主な内容は以下のとおりである.
第一章は,主に背景,主軸の問題点,ヒートパイプ技術の必要性および従来の研究例を
概観した上で,新たに必要となる研究テーマを述べている.
第二章は,回転ヒートパイプの特徴である回転数の増減に対する熱輸送量の不連続性に
関して,その原因となる作動液の流動形態の観察とそのときの熱輸送量の測定を行ない,
物理モデルに基づく遷移回転数の半実験的予測式を提案している.またそれらの数値解析
の可能性を考察している.
第三章は回転ヒートパイプの凝縮部について伝熱促進のためにテーパ状としたときの
熱伝達率を理論的に求め,実際に製作したヒートパイプから求めた実験値と比較すること
により,信頼性を確認している.
第四章は,ヒートパイプの蒸発部において円筒内面に張り付いた状態で回転しながら蒸
発している作動液膜に対して,光学的に静止像を形成する方法により,可視化と熱流束の
測定を行ない,遠心力場における自然対流蒸発と沸騰蒸発の各熱伝達率の予測式を提案し
ている.
第五章は,主な熱源である軸受に関して,焼付限界の指針となる内外輪の温度と温度差
の予測を可能とするため,実験的に発熱量と内外輪間熱コンダクタンスを求めている.ま
た玉が転がることによる伝熱への寄与を理論的に解析し,実験結果と比較している.
第六章は,実用化のための周辺技術として,放熱部に使われる冷却フィンに関して,そ
れに水を当てて抜熱する場合の熱伝達率を実験的に求めている.またヒートパイプ主軸の
製作方法に関して,試作と実験を通して得られた結果から,材質選定方法,作動流体封入
方法,主軸装着時のクーラントシール方法,ヒートパイプとシャフトの伝熱促進方法,等
を提案している.
第七章は,ヒートパイプをマシニングセンタの主軸に適用した場合の冷却能を,新たに
−1−38−
効率的な数値的計算法を提案して解析し,ヒートパイプの効果を予測するとともに,ヒー
トパイプ主軸の試作機を実際に製作し,冷却効果を検証している.
第八章は,本論文を総括している.
また付録として,本研究で作成した各種プログラムのリスト,伝熱の分野以外の要素試
験および解析結果,市販の解析ソフトによる流動解析例,解析式の補足説明などを掲載し
ている.
−1−39−
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