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京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
01 ガイダンス
2007年4月6日講義予定
1. この講義で身に付けてもらうこと
「民法総則・物権総論」と呼ばれる領域における諸制度について、重要な「ルールの枠組み」を知ってもら
い、実際の問題に当てはめて法的関係を論じることができるようにすると同時に、ルールの正当性・存在理
由・問題点についても知ってもらう。またその仮定で、今後4年の間に必要となる法律学を学ぶためのスキ
ルのうちでも初歩的なものについて身につけてもらう。
こうしたルールはどうして正しいのか、
なぜ存在するのか
このルールに問題点・
改正すべき点はないのか
ルールの正当性
存在理由
問題点
枠組みの名前=契約
要件
申込の意思表示と
承諾の意思表示が
合致すること
効果
契約で定めた通りの
権利・義務が発生する
ルールの枠組み
障害事由
(例外的に契約が成立しない場合)
典型的な事例
インターネットで広告を見ようとバナーをクリックしたら「入会ありがとう
ございました。あなたの個体識別記号はabcdefgです。入会金30,000円を
○○銀行 支店普通預金口座1234567にお振込ください。未払いの場合、上
記個体識別記号に基づき、1日当たり3,000円の延滞料を申し受けます。」と
表示された。30,000円+延滞料を払わないといけないだろうか。
実際の問題への
当てはめ
ルールを理解するために必要なスキル
法律用語の意味・その調べ方
法文の意味・読み方
2. 成績評価方法
基本的には、7月に実施する定期試験(100点満点)に基づいて判断する。ただし、これに以下のような加
点要素を判断して、最終評点(100点を超える場合にも100点とする)を決定し、60点をもって及第点とす
る。なお出席点は加味しない。
(1)自主レポート(上限30点)
全員が提出するべき課題としてのレポートは課さないが、受講生が自主的に執筆したレポートは、下記及び
「自主レポート提出要項」(p. 5)に従って加点要素とする。
• 定期試験前日までに提出すること(定期試験当日・定期試験後の提出は認めない)
• 1通につき5点を付与する(ただし、内容によって減点することがある)。また通算で30点までを
最終評点に加算する。
レポートの書き方、注意事項などについては、次回授業時(4/11㈬1限)に説明するので参考にする
•
他、オフィスアワーなどを活用してできる限り事前に相談すること。
01 ガイダンス p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(2)グループ報告コンテスト(上限60点)
講義のうち3回(4/27、5/25、7/6を予定)は、学生グループによる報告にあてる。報告者はコンテストの
形式で選出することとし、コンテスト参加者には、下記及び「グループ報告コンテスト実施要項」(p. 6)
に従って加点する。
• 受講生は誰でも、2∼4名のグループを組んで、コンテストにエントリ(報告レジュメ提出)するこ
とができる。エントリは、各コンテストの実施1週間前の授業終了時を締め切りとする。
• 報告担当は、2グループほどを、エントリしたグループの中から、審査の上決定する。
• エントリをすればグループメンバー全員にエントリ点として各10点を付与する(ただし、内容によっ
て減点することがある)。また報告担当に選ばれ実際に報告を行えばエントリ点とあわせて18点を付
与する。さらに、報告終了後受講学生による審査を行い最上位グループに2点を加算する。この他、
報告担当に選ばれなかったが優秀なレジュメについても、次点・佳作などとして適宜加点する。
(3)情報倫理教育(上限10点)
新入生ガイダンスで説明のあった通り、e-learning教材として提供される情報倫理教育を受講した場合に
は、その成績に応じてこれを平常点として加点要素とする。
• 教材は、e-Learningシステム「moodle(ムードル)」上で提供されている。新入生ガイダンス時の指
示に従い、教材を読んで学習し、修了テストを受験すること。なお、受験の有無・成績は、自動的に
教員に通知されるので、受験さえすれば別途申請などをする必要はない。なおmoodleには、ネットに
接続できる環境でさえあれば、学内外を問わず、また時間を問わずアクセスできる。
• 受講期間は、履修登録完了後(4月下旬予定)、5月末日までとする。
3.受講上の注意
①円滑な授業運営への協力=他の受講生のために!
私語・携帯電話(メール含む)の禁止
途中入退出の原則禁止(やむを得ない場合には静粛を保って入退出すること)
②積極的な予復習=あなた自身のために!
③六法の携行
④アポイントなく研究室を訪れることの禁止
⑤講義情報Webページ(次述)の定期的なチェック
4.民法Ⅰ・講義情報Webページ
本講義に関する情報は、Webページを通じて発信する。Webページに掲載した情報は受講生に伝わったも
のとして扱い、見ていなかったことによる不利益については責任を負えないので注意すること。
* これに限らず、大学からの情報は掲示板・Web掲示板POSTに掲載されることで学生に伝わったものとして扱わ
れる(「見ていなかった」という言い訳ができない)ので、注意すること。
URLは、http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~kazyoshi/teaching/2007/min1/index.html である。
*上肢・視覚障碍等の事情でパソコンの操作が困難である学生については配慮するので、吉永まで申し
出ていただきたい。
Tips
• 各種検索サイトで「吉永一行」「民法 吉永」などのキーワードで検索してもヒットする。トップペー
ジからは、「講義情報」>「2007年度民法Ⅰ」とリンクをたどる。
• 「kazyoshi」の前の「 」は、「チルダ」という記号である。入力方法がわからなければ、「%7E」と入
力することで代用できる。
ここに掲載される情報は
• 毎回の講義資料レジュメ(PDFファイル。閲覧するには、Adobe社が無償で提供する(Acrobat)Reader®が必
要である)。講義予定日の1週間前をメドにアップロードするので、必ず各自でダウンロード・印刷の上
授業に持参すること(教室・履修相談室では、事前にも事後にも一切配布しない)。
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京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
*大学の情報処理教室には、学生のアルバイトが相談員として待機している。パソコン・インターネットの利用に
慣れていないうちは、そうした学生に補助してもらうとよい。ただし、情報処理教室では、印刷に使う用紙
(A4)は自分で購入してもち込む必要があるので注意すること。
• 昨年度の講義資料、定期試験過去問(解答付き)へのリンク。
• 講義に関する情報(休講も含めた連絡事項など)。
• これまでの授業で受けた「よくある質問」集(ex. 教科書の選び方)。 などである
5. オフィスアワー
下記の通りオフィスアワーを設け、履修相談室(4号館1階)に教員が待機する時間とする。質問等がある学
生、法学検定などのため自主的な勉強会をする学生はもちろん、ただ世間話をしにくる(留学生であれば
(日本人学生も?)日本語の練習に来る)というだけでも歓迎するので、大いに利用してほしい。
• 毎週水曜日 午前8:30∼8:55
• 毎週金曜日 午後4:45∼5:30
この他、毎週木曜日3限(13:15∼14:45)は履修相談委員として履修相談室に待機している。この時間帯
は、一般の履修相談に来る学生が優先されるが、質問などがあればもちろん来室を歓迎する。
6. 参考資料の紹介
以下では、法律を学習する上での参考資料について
• 絶対に購入し、毎回持参するべきものとして、六法(法令集)、
• 特別の事情のない限り原則として購入し、毎回持参するべきものとして、法律用語集、
• そして、必要に応じて(適宜選択の上)購入し、予復習の手がかりとすることを勧めるが、図書館な
どで参照するにとどめてもよいと考えるものとして各種参考図書、体系書・教科書類
のそれぞれについて簡単に紹介する。
(1)六法(法令集)
日本では現在、1,800件もの法律が存在されているといわれているが、そのうち学習・実務に登場する頻度
が高く重要なものを出版社が取捨選択の上取りまとめた法令集が、「六法」の名を付されて販売されてい
る。数百件もの法律を収録した大型の六法から、100件を超える程度の法律を収録しただけの小型の六法ま
で様々な種類のものが販売されているが、授業では次に掲げるような小型のものをどれか1冊購入・持参す
ればよい(本講義の受講に関してはどれも違いがないので、字の読みやすさ、レイアウトの好みなどで決め
ればよい)。ただし、必ず2007年(平成19年)版を購入すること。
(有斐閣
・税込1,785円・ISBN 978-4-641-00907-3)
• 『ポケット六法』
(三省堂
・税込1,680円・ISBN 978-4-385-15685-9)
• 『デイリー六法』
『コンパクト六法』
(岩波書店
・税込1,680円・ISBN 978-4-00-083107-9)
•
Advanced
より高度の法律学習をするのであれば、中型・大型の六法を購入することが必要となるかもしれない。ま
た購入しないまでも、図書館などでこうした六法を閲覧するなり、インターネットで調べたりすることが
必要となるであろう。参考までにここに情報をまとめておく。この他パソコンや電子辞書にインストール
できるものもあるが、こちらは興味があれば個別に質問に来てほしい。
中型六法
• 『小六法』(有斐閣・税込5,460円・ISBN 978-4-641-00407-8)
• 『判例六法』(有斐閣・判例付きやや小型六法・税込3,990円・ISBN 978-4-641-00327-9)
• 『模範六法』(三省堂・判例付きやや大型六法・税込5,670円・ISBN 978-4-385-15664-4)
• 『コンサイス判例六法』(三省堂・判例付き・税込2,625円・ISBN 978-4-385-15673-6)
大型六法
• 『六法全書(2巻組)』(有斐閣・税込10,920円・ISBN 978-4-641-10467-9)
インターネットサイト
• 総務省・法令データ提供システム(http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxsearch.cgi)
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京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(2)法律用語集
購入することはもちろんであるが、マメに引くことが一番重要である(これは六法にも当てはまる)。スタ
ンダードでありもっともお勧めできるものが『法律学小事典(第4版)』(有斐閣・税込4,620・ISBN
978-4-641-00023-0)である。
この他のものとしては次のようなものがある。適宜図書館で参照するとよい
• 『法律用語辞典(第3版)』(有斐閣・税込6,510円・ISBN 978-4-641-00025-4)
見出し語にふりがながついているため、法律用語の「読み方」を調べられるという特徴がある。
• 『コンサイス法律学用語辞典』(三省堂・税込4,830円・ISBN 978-4-385-15505-0)
法律学小事典の対抗馬だが、項目の相互参照が少ない点にやや難あり
• 『キーワード民法ver.1』(法律文化社・税込2,100円・ISBN 978-4-589-01877-9)
民法のみを対象とするがその分説明は詳細。なお第2版(ver.2)が近刊予定である
(3)参考書・体系書
そもそも「法律学を学ぶ」とはどういうことなのかということについて、わかりやすく解説した本として、
弥永真生『法律学習マニュアル(第2版補訂版)』(有斐閣・税込2,100円・ISBN 978-4-641-12518-6)
が、秋学期のプレップセミナーにもつながる内容であり、お勧めできる。レポート作成方法などの他、普段
の授業の受け方などについてヒントが満載であり、購入しない者もぜひ図書館で目を通しておいてほしい。
この他図書館で閲覧してほしい書籍としては、
• 米倉明『民法の聴きどころ』(成文堂・税込1,680円・ISBN 978-4-7923-2421-1)
東大名誉教授である大ベテランの先生が、ユーモアたっぷりに「学習の心得」を語る
• 井上薫『法廷傍聴へ行こう(第4版)』(法学書院・税込1,470円・ISBN 978-4-587-03203-6)
裁判傍聴をしたいと考えているなら必読の一著。
本講義の対象領域である民法総則・物権総論に関して体系書を購入するのであれば、以下のいずれかをさし
あたっては勧める(もちろんこれ以外のものもたくさんあるので、図書館や店頭でいろいろと比較してみて
ほしい)。
• 佐久間毅『民法の基礎』シリーズ(有斐閣)
(1)総則(第2版)(税込2,940円・ISBN 978-4-641-13412-6)
(2)物権(税込2,520円・ISBN 978-4-641-13451-5)
• 内田貴『民法』シリーズ(東京大学出版会)
Ⅰ総則・物権(第3版)(税込3,360円・ISBN 978-4-13-032331-4)
Advanced
より高度の法律学習をするのであれば(ゼミやロースクールでの学習など)、次のようなより本格的な体
系書を図書館で閲覧することを強く勧める。
• 四宮和夫=能見善久『民法総則(第7版)』(弘文堂・税込3,360円・ISBN 978-4-335-30225-1)
• 山本敬三『民法講義Ⅰ』シリーズ(Ⅰ総則(第2版)/Ⅳ-1契約)(有斐閣)
• 大村敦志『基本民法』シリーズ(Ⅰ総則・物権総論(第3版・近刊)/Ⅱ債権各論(第2版)/Ⅲ債権
総論・担保物権(第2版))(有斐閣)
• 大村敦志『もう一つの基本民法Ⅰ』(有斐閣・税込2,310円・ISBN 978-4-641-13385-3)
• 我妻栄『民法講義』シリーズ(Ⅰ新訂民法総則/Ⅱ新訂物権法/Ⅲ新訂担保物権法/Ⅳ債権総論/Ⅴ1債
権各論上巻/Ⅴ2債権各論中巻一/ Ⅴ3債権各論中巻二/ Ⅴ4債権各論下巻一)(岩波書店)
• 『注釈民法』『新版注釈民法』シリーズ(有斐閣)
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京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
自主レポート提出要項
自主レポートを作成・提出するときには、以下の点に気をつけること。指示に従わない場合には、レポート
を無効にせざる場合もあるので注意すること。
1. 執筆
(1)A4用紙縦長に横書きで書くこと。用紙は任意のものでよく、産大指定のレポート用紙を用いる必要はな
い。また表紙を付す必要もない。
(2)学生証番号、氏名を忘れないこと。
(3)その他、必ず記載するべきこととしては、作成日と表題を付すこと。複数ページにわたるときにはページ
番号をふる。なお複数ページにわたるレポートは、左肩1箇所をホチキスで留めて提出すること。
(4)手書きでもかまわないがその際は楷書で丁寧に書くこと。
(5)レポートのテーマは自由とするが、レポートのテーマとなりうるものを授業の中で適宜指示するので、原
則として(とりわけ最初のうちは)それに従った方がよい。
(6)字数について制限は設けないが、ワープロうちであればA4用紙で2枚程度、字数にして2∼3千字を目安と
する。
2. 提出
(1)オフィスアワーの時間に提出すること。
(2)定期試験前日までに提出すること(定期試験当日・定期試験後の提出は認めない)。
(3)1回に提出できる通数は1通とする。
3. 採点基準
(1)1通につき原則として5点を付与する。ただし、内容によって減点することがある。また通算で30点ま
でを最終評点に加算する。
(2)教科書の丸写し、インターネットサイトからのコピーは、当該レポートを無効とする。さらに、悪質な著
作権侵害と判断するような場合には、最終評点(本講義の成績)を0にすることも含めて厳しい対応をと
る。
4. その他
(1)こうした禁止事項も含めたレポート作成にあたっての注意、さらにレポートの書き方については、次回授
業(4/11)に説明するので参考にすること。また後述するオフィスアワーの時間などを利用して、事前に
相談に来ることを勧める。
(2)レポートは可能な限り添削して返却するが、提出数が多数に及んだ場合などは返却しない(できない)こ
ともある。
レポート執筆の注意点
ホチキスは左肩1箇所
本文はわかりやすく整理して
民法について
2007年4月6日 表題・作成日・
123456・河野太郎 学生証番号・氏名
1. 民法とは
を忘れずに
……
2. 民法総則とは
……
……
-1-
フッタにページ番号を!
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京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
グループ報告コンテスト実施要項
1. グループ報告実施日・報告テーマ・エントリ期日
実施日時
第1回
4月27日(金)4限
テーマ
エントリ期限
契約の成立要件
隔地者間の契約
4月20日(金)
4限終了時
第2回
5月25日(金)4限
失踪宣告
5月18日(金)
4限終了時
第3回
6月29日(金)4限
契約の内容規制
6月22日(金)
4限終了時
参考文献
参考文献を、エントリ期日
2 週 間 前 に 講 義 情 報 We b
ページで公表するので参考
にすること
2. グループの結成
• 報告は、2∼4人のグループで行うものとする
• 本講義の受講生であれば誰と組んでもよいし、毎回メンバーを変えても、同一メンバーでもよい。
• 報告の際には、グループの全員が、必ず何か一言はしゃべること。
• グループにはニックネーム(グループ名)をつけること。
3. エントリの方法
• 上記のエントリ期日までに、①エントリ申込書及び②報告レジュメを提出すること。
• エントリ申込書は、講義情報Webページからダウンロードすること。
4. 報告レジュメの作成
• 報告レジュメは、A4縦長横書き 2枚で作成し、A3横長 1枚にコピーしたものを提出すること。
• 報告レジュメは、上記のテーマについての概要を記すこと(原稿でなくてよい)。
• 報告時間は1グループ20分とする。
• レジュメには、①テーマ(「契約の成立要件・隔地者間の契約」など)を表題とし、②報告実施日(提出
日ではない)を記入すること。さらに、③作成グループ名を記入すること(グループメンバーの氏名は記
入しないこと)。
5. 報告担当グループの決定
• 報告担当グループは、レジュメを審査の上、エントリ期限の2日後(月曜日)午前中に決定し、講義サイ
トで公表する。
• 報告担当と決まったグループにのみ、エントリ申込書に記載された代表者のメールアドレス宛に連絡す
る。このため、「[email protected]」からのメールを着信拒否しないよう、設定に気を
つけること。またグループ代表者が、責任をもって他のグループメンバーに連絡すること。
• なお、月曜日の昼過ぎまでに連絡がなければ落選ということになる。
• 報告担当に決まった旨のメールを受け取った場合は、24時間以内に返信すること(返信がない場合、他の
グループに報告担当を変更することがある)。
• 報告担当が決まった後に報告を辞退した場合には、エントリによる得点(10点)を与えない(メンバー
全員が病気になるなどやむを得ない場合を除く)。
6. 提出書類の扱い
• エントリ申込書に記入したメールアドレスは、上記の連絡のためにのみ用いる。
• 提出されたレジュメは、この授業又は他の授業で見本として利用することがあるほか、授業改善のための
研修の場などにおいて、他の教員に対して、実例として紹介することがある(いずれも実名は公表しな
い。また適宜修正を施す場合がある)。
• 報告担当グループの作成したレジュメは、報告実施日に出席した学生に配付する(このレジュメは授業の
場でのみ配付し、その後履修相談室などでは配付しない)。
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京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
02 法律学習基礎論覚書き
2007年4月11日講義予定
1. 「法学部」に対するよくある誤解∼六法全書を憶えることが法学部の勉強!?
(1) 紛争に対して正義にかなった解決を与えるという課題
「条文を憶えることが法学ではない」なら、「法学」とは何を目指した学問か。「神々の争い」ともいうべ
き難問ではあるが(興味ある人は3∼4回生で、法哲学や法社会学をしっかりと学んでください)、この授業
の中では、次のようなものとして考えておくことにする。
法実務=「紛争」に対する「正義」にかなった解決を、「誰が権利を持ち、誰が義務を負
うか」(「当事者間の権利義務関係(法的関係)」)という表現で提示しよう営み
被害者は加害者に対して、
損害の賠償を求める権利を
もつ(もたない)
「権利義務関係」という形式での
解決の提示
紛争の発生
(2) 「正義」の多義性・「正義にかなった解決」の困難性・「法律」の必要性
「正義」のもつ性質
そこから生じる問題点
「正義にかなった解決」を言い当てることは難し
い(ある解決が「正義にかなっていない」と指摘
することはこれよりは簡単であるが)
紛争が起こるたびに「正義にかなった解決」を探
求するのは大きな負担
「正義にかなった解決」は複数考えられる場合も
あり、その意味では「唯一の答えはない」ともい
いうる
どの解決をとるかということについてそのときど
きの判断者に全て任せてしまうことは、危険でも
ある
→あらかじめ、「一定の場合には一定の権利義務関係が発生する」という形式でルールをたてておけば、法
実務に携わる人がより軽い負担で判断を行うことができるようになるとともに、国としても恣意的な紛
争の解決を回避できるというメリットがある
=「法律」の必要性・意義
→特定の紛争の解決だけを目指しているわけではないという意味では抽象性を持っているが、
「正義」という概念に比べればより具体化されている
(3)「法律」を介在させた紛争解決のあり方
正義から直接具体的解決策を
導くのは難しい
正義
• あらかじめ正義にかなったルールを(日本で
あれば国会で)作っておく(立法)
• 作られたルールの曖昧な点を確定し、欠缺を
補充するなど、意味内容を理解する(解釈)
解決策
法律
• 抽象的なルールを、具体的な事件
に当てはめて解決策を導きだす
(適用)
法律の「解釈」の必要性
• 特定の紛争の解決だけを目指しているわけではなく、社会一般に適用されなくてはならないことから、法
律は抽象性・曖昧さをどうしても抱え込んでしまう(ex. 709条「過失」)
• ある一時点で、未来に起こる紛争のすべてを予測し、その解決の手がかりを与えておくことは不可能
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京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(4) 「法律学」とは何をする学問か
法律学=法律を介在させた紛争解決のあり方を学ぶ学問
=立法・解釈・適用の手法について探求することにより、法実務に携わる者を助ける知見を得ようと
する学問
とりわけ「法解釈学」(=(具体的な事件に当てはめることを念頭に置きながら)法律の意味内容
を確定する術を探究する学問)が代表選手
→だとすると、六法全書を憶えただけでは意味がない
書かれていることを憶える必要はなく、書かれていない意味を読み取る術を身につけることが重要
先人たちのそうした研究をたどることによって、みずからも「正義にかなった紛争解決」のための重要な
素養を身につけることが最終的な目標である
2. 「法律学」学習のKnow-How
(i)「意味を読み取る術を身につける」学習=外国語の学習に類似する
• 意味のわからない単語(専門用語)の意味を調べる
• 語学であれば語学事典
• 法律学であれば六法と法律用語辞典
• 文意を読み取る全体の枠組みを把握する
• 語学であれば「主語­動詞」
• 法律学であれば「要件­効果」
(ii)法律は具体的紛争を解決するための抽象的規範である
=「抽象世界」と「具体的事例」の間を自由に「翻訳」できることが必要
• ある抽象的規範を見たときに、どのような具体的紛争の解決に資するかを理解する
• ある具体的紛争にあったときに、どの抽象的規範を持ち出すかを判断できる
(iii)法律は「正義にかなった」紛争解決を目指すための道具である
• なぜ「正義にかなった」といえるのか理由があるはずであり、しかもその理由付けには一定の類似性
が生じてくる=法規範の正当性を支える法原理に目を向ける(Know-HowでなくKnow-Why)
3. 具体的なTips
(i)予習・復習が一番重要
• わからないところを洗い出す予習(最低限、講義資料に線を引くだけはしておいてほしい)
• 「わからない」を「わかった」にかえる受講(「わかった」内容は別途ノートに記録していく)
• 「わかった」を整理し、「わかったつもり」を注意深く拾い上げる復習(受講ノートと別に復習ノー
トに整理しながら書き写せば完璧)
(ii)法律用語は「しゃべって身につける」
• 「ガアガア鳴くことを覚えなければ、アヒルにはなれない」(スコット・タロー(山室まりや訳)
『ハーヴァード・ロー・スクール』(1985年・早川書房)65頁)
• そのためのオフィスアワー
(iii)法律用語は「対にして憶える」
• 言葉=AとBとは違うものであることを表す必要があるから違う名前がついている
→「どこまで同じか」「どこから違うか」を整理すると憶えやすくなる
Info
大学設置基準21条2項によると、45時間(ただしここでの1単位時間は45分と解釈されているので、実時間
としては33時間45分)の学習をもって「1単位」に相当すると定めている。この民法Ⅰの授業は4単位科目
なので135時間の学習が求められていることとなる。これを週2コマ授業の標準授業回数(30回)で割る
と、1回の授業あたりの学習時間は4.5時間となる。ところが、周知の通り実際に講義が行われるのは1.5時
間(=90分)にすぎない。残りの3時間は予復習を行うことが予定されているのである。もちろん試験直前
の一夜漬けでまかなえる時間数ではない。
02 法律学習基礎論覚書き p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
4. レポート執筆の注意
(1)レポートとは
• この授業においてレポートとは、特定の法制度についてのレポートであれば、その定義・内容・趣旨など
を簡潔にまとめたものを、判決についてのレポートであれば、事件の内容と裁判所の判示内容を簡潔にま
とめたものをさす。他の授業や、書籍の中では、これとは異なったもの(とりわけ学説の対立について説
明させたり、私見を述べさせたりするもの)をさすことが多いので、注意すること。
• 「まとめる」といっても、箇条書き・体言止めスタイルで書くのではなく、「文章」(=複数の文の集ま
り)で書くこと。
• 分量は「必要にして十分な量」となるが、目安としてはA4用紙にワープロで打ち出して2枚程度でよい
(多くなるようであれば、簡潔にまとめるか、内容を分割する)。
• レポートとは、例えば教科書を読んだのならばその教科書にかかれていることを報告するものではない。
また、教科書を読んだ感想や、自分の考えを報告するものでもない。教科書に書かれていること(これは
当然言語によって記されている)から読み取ることのできる内容を自分の頭の中で抽出・理解し(これは
頭の中でのことであるから言語化されていない)、その理解した事柄を言語で報告するものである。
頭の中で思考をめぐらせる(非言語的活動)
言語で書かれているものを読む
思考した結果を整理して言語で報告する
(2)過ちに学ぶレポート執筆
これまでの経験上、学生に対して行う指導で多いものは次のようなものである
• 一文を短くする(1つの文には1つの情報のみを記す)
• 文頭と文末を対応させる( 「文頭と文末がねじれる理由として、文が長いからだ」)
• 適宜小見出しをつけて、叙述を整理する(その際、この講義資料のように一連の番号を付す)
• 文と文は、接続詞を用いてつなぐ(理由?結果?具体例?逆接?)
• 意味のまとまり毎に段落を作る(一文毎に改行しない/適宜改行する)
• 段落の冒頭は一字下げる(二字以上下げなくてよい)
• 法律の条文は、原則として条文番号だけを示せばよく、条文の内容を書き写す必要はない(読み手が
六法をもっているということを前提にしてよい)
• 「レポートの書き方」について、自分で興味を持ち、書店・図書館で関連書籍を探して読んでみるこ
と。
(3)著作権を尊重するということ
• 教科書やWebページ上の記述には、著作権が発生する。これを丸写し(「複製」)すれば、著作権侵害と
なり、民事・刑事上の責任が発生する(それに伴い大学内の処分が行われる可能性もある)。このため、
本講義でも「丸写し」をはじめとする著作権侵害には、 本講義の最終評点を0点とすることも含めて厳正
に対処することとする。
• なお表現を微妙に変えるなどして「丸写しではない」と主張する学生がときどきいるが、実質的に見て他
人の著作物を流用したのであれば複製といえるし、著作物の勝手な改変は著作者人格権(同一性保持権)
の侵害となるので、これも禁止する。
• 「偉い学者が書いたのだから(あるいはGoogleでヒットしたのだから)、これ以上の『答え』はないは
ずであり、丸写しにする以外に何をする必要があるのか」と疑問をもつ学生がいるようであるが、課題は
「学者がどう書いているか」ではなく、「学者の書いた内容をあなたはどう理解したのか」であるから、
丸写しは課題に答えていないことにもなる。
02 法律学習基礎論覚書き p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
• 「丸写し」を避けるためには、一つのテーマについて複数の文献を読むということが重要である。内容に
(微妙な)違いがある文献を選ぶとなおよい。
• なお、全部を「丸写し」することと、参考にした文献のうち重要な部分を「紹介」することとは異なる。
「紹介」するにあたって、記述をそのまま書き写す際には、紹介(「引用」という)部分をカギカッコ
(「……」)でくくりだし、脚注でその出典(著者名、書名、頁数)を明らかにすること(なお、正式の
引用の方法については、弥永『法律学習マニュアル』247頁又は神戸大学Webページ「法律文献等の出典
の表示方法」(講義情報Webページからリンクを貼っている)を参照。
5. グループ報告レジュメ作成の注意
(1)報告レジュメとは
• レジュメ(仏résumé)とは、「要約・要旨」という意味である。従って、報告の際読み上げる原稿とは異
なる。耳で報告を聞く際に手助けとなるような情報を、簡潔に目で追えるようにまとめたものである。
• 報告レジュメは、箇条書き・図表なども利用して、視覚的にわかりやすいものとすることが肝要である。
• 報告は、どうしても「調べたことを全部」話したくなるものであるが、限られた時間で伝えられる情報量
は、思った以上に少ないものである。重要な部分を聞き手に伝えることを最優先し、些末な部分は思い
切って落とすと聞きやすくなる。「レジュメに書き、口頭でも説明すること」「レジュメに書くが、口頭
では説明しないこと」「レジュメに書かないが、口頭では説明すること」「レジュメに書かず、口頭でも
説明しないこと」を意識して分類するとよい。
• ちなみに、読むスピードは、1分間に300字∼400字の間が聞き手にとって聞き取りやすいと言われてい
る。できれば一度時間を計ってリハーサルをするとよい。
(2)審査のポイント
• 欠かれている情報の正確さが重要である。誤字などがないようにするということも含めて、情報の正確さ
には注意を払うこと。
• 情報の出典も重要である。誰が書いたかわからないWebページ上の情報では説得力は低い。司法試験をは
じめとする予備校作成のテキストも最低限の情報しかなく内容が薄くなる。学者(著者の経歴は書籍末尾
の奥付に記されていることが多い)の書いた、専門的な体系書を情報源とするとともに、複数の書籍を読
み、比較すること。
• 情報が整理されていることが必要である。適宜見出しを付けることはもちろん、見出しには必ず番号を付
して、階層化することが重要である。
• 聞き手(=法律学を初めて学ぶ学生)にとって理解しやすい内容となるよう工夫をすることも大切であ
る。抽象的な命題には具体例をそえるなど、報告者が加えたオリジナルの工夫が入れば評価は高くなる。
コツは、「どこがわかりにくいか」を常に意識するとともに、わかりにくいとする部分について「なぜわ
かりにくいのか」を考えることである。
• 見た目を整えることも忘れてはいけない。できればパソコンを利用し、その際もフォント・サイズ・イン
デントなどに不自然がないようにすること。手書きの場合には丁寧に書くことはもちろん、字の大きさを
そろえ、行をそろえることが重要である。
(3)作成の際の注意
• レポートとは体裁が異なるので(例えば報告レジュメでは箇条書きはむしろ推奨される)その点は注意が
必要であるが、「調べた事柄を、自分なりに整理・理解し、その内容を報告する」という点は同じである
ので、レポート執筆の注意も参考にすること。
• 報告レジュメにおいても、著作権侵害には厳正に対処する。この点も、「レポート執筆の注意」で述べた
ことを確認すること。
02 法律学習基礎論覚書き p. 4
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
03 財産法の基本構造
2007年4月13日講義予定
1.「民法」とは∼「私法」の基本法
(1) 公法と私法の峻別
公法:国家機関・行政機関と国民の関係(国家権力の行使方法・限界など)を定めた法を総称して「公法」
という。憲法や刑法が典型例。
私法:権力を持たない対等な私人同士の関係を定めた法を総称して「私法」という。民法や商法が典型例。
国
私法関係
取引・損害賠償
結婚・離婚
相続 etc.
公法関係
免許・許認可
行政処分・課税
科刑 etc.
(2)民法=私法の基本法
民法:「私法」の中心となる法律
経済生活・財産関係にかかわる法(財産法)と、
家庭生活にかかわる法(家族法)とに大きく分かれる
この授業では、前者の財産法(の一部)をメインに講義する
2. 民法の想定している経済社会と基本制度
(1) 民法の想定している経済社会
Case1 所有と契約
Aは1億円を持っており、Bは相続した土地甲を持っている。Aは、マイホームが欲しいと思っていたの
で甲を買いたいとBに持ちかけ、脱サラを計画していたBはちょうど資金が必要だったので、これを快諾し
た。
• 人が、
• その所有する物を、
• 契約によって自由に交換する社会
その土地を渡してほしい
そのお金を渡してほしい
このお金は私のものだ
本講義では、まずこの基本枠組みについて
説明する(5月上旬頃までの予定)
この土地は僕のものだ
甲
(2) 所有権
所有権=民法206条に規定がある
• 「自由に」=他人の干渉を受けない(排他的支配権)
←権利の主体
• 「使用、収益及び処分をする権利」=全面的に支配できる
=所有者(所有権者)
具体的には、次のような請求権を生じさせる根拠として働く
• 妨害されたときに、妨害を排除することができる
この土地は僕のものだ
=所有権に基づく妨害排除請求権
(講義資料05で取り上げる予定)
• 妨害されたときに、妨害によって生じた損害を賠償してもらえる
←権利の客体
甲
=不法行為(709条)
=所有物
(民法Ⅱの講義を参照のこと)
03 財産法の基本構造 p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Advanced 不法行為
民法709条によると、
• (加害者の)故意又は過失
• 被害者の権利等の(違法な)侵害
• 損害の発生
• 過失と権利侵害・権利侵害と損害発生の因果関係
という要件が満たされるときに、
• 損害賠償請求権の発生
という効果が生じる
(3) 契約
契約=第3編第2章に規定がある(売買契約であれば、555条)
• 売主は財産権( 所有権)を買主に移転する義務を負う一方、
• 買主に対して代金の支払を求める権利を持つ
買主
その土地を渡してほしい
↑契約によって生じた権利の主体
=債権者
が
しては、売主
代金支払に関
る
が債務者とな
債権者、買主
売主
↑契約によって生じた義務の主体
=債務者
Tips 矢印の引き方
法的関係(権利義務関係)を図示するときには、
• 所有権であれば、主体(所有者)から客体(所有物)に向かって
• 契約に基づく権利であれば、債権者から債務者に向かって
矢印を引くことで表す
3. 物権と債権の峻別
「所有権」と「契約によって発生する権利」を比べてみると、「権利」にも性質の違うものがあることがわ
かる
所有権
契約によって発生する権利
物の全面的支配権
債務者に対する一定の行為(物の引渡し、代金の
支払いetc.)を請求する権利
誰に対しても主張可能
契約の相手方に対してのみ主張可能
権利の内容、権利主張の相手方に注目して、民法上の権利を二つに分けると次のように一般化される
物権
債権
物の直接支配
権利の内容
人に一定の行為を請求
誰に対しても主張できる
(対世効・絶対効)
権利主張の
相手方
特定の人(債務者)に対してしか主張でき
ない(相対効)
占有権
地上権・永小作権・地役権・入会権
(→講義資料12で説明予定)
留置権・先取特権・質権・抵当権
その他の例
事務管理・不当利得・不法行為に基づいて
発生する権利
(→民法Ⅲを参照)
(→民法Ⅱを参照。この他債権全体に当てはまる
ルール(債権総則)については、民法Ⅲを参
照)
この物権と債権の峻別が、日本民法の第一の特色である(第2編と第3編の表題を参照)
03 財産法の基本構造 p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
4. 「民法総則」の意義
総則=総てに適用される準則 ( 各則)
→これを第1編(あるいは第1章、第1節etc)におく(共通ルールを前におき、個別のルールを後ろに
おく)のが、日本民法の第二の特色である
民法総則=民法の全体(物権と債権、さらには家族法)に共通するルール
• 権利濫用禁止などの基本原則(第1章 通則)
• 権利の主体となれるものの資格に関するルール(第2章 人、第3章 法人)
• 権利の客体のうち「物」に関するルール(第4章 物)
• 権利の変動に関する規定
• 当事者の意思に基づく権利変動(第5章 法律行為)
• 時の経過に基づく権利変動(第7章 時効)
期間の計算方法(第6章 期間の計算)
•
Info 条文の並べ方
日本民法は、①物権と債権をわけ、②さらに両者に共通するルールをその前に規定するという構造を
とっている。またその前段階として、③民法全体を財産法と家族法にわけている(前者が物権と債権に、
後者が家族法と親族法にわけられている)。
こうした規定の組み立て方を、パンデクテン体系と読んでいる。これはドイツ民法の構造に倣ったもの
である。
パンデクテン体系は非常に理論的に条文を配列するという点に特徴があるが、例えば売買契約に関連す
る規定が、売買に関する契約各則、契約総則、債権総則、民法総則の4箇所に分散してしまうこととな
り、とりわけ初学者にとって難解な条文配列となってしまうというデメリットがある。最初のうちは面倒
でも、講義資料や教科書に出てくる条文を全て六法で開いてみる手間を惜しまないことが重要である。
ちなみに、フランス民法は、イーンスティトゥーティオーネース体系と呼ばれる配列を採用している。こ
れは、民法の規定を「人」「所有権」「所有権を取得する種々の方法(契約もここに含まれる)」の3つ
に大きくわけて規定する方法である。
補:「編」の下位単位・条文の構造
• 民法は5つの「編」から構成されている
以下「章」>「節」>「款」>「目」となる(民法冒頭の目次を参照)
条文は、その中でいくつかの段落・文に分かれたり、箇条書きにされたりすることがある
•
• 項:1つの条が段落分けされている場合、第1項、第2項……と呼ぶ(六法では①②…で表すことが
多い)。 ex. 1条
• 号:漢数字で番号を振り箇条書きにされている部分は、第1号、第2号……と呼ぶ。また箇条書きの
前におかれた部分は「柱書き」という。ex. 725条
• 前段・(中段)・後段:1つの条(項)が2文からなるときは、前段・後段と、3文からなるときは
前段・中段・後段と呼ぶ。ex. 890条
• 本文・ただし書(但書):1つの条(項)が2文からなっているが、後半が「ただし(但し)」で始
まっているときには、第1文を本文、第2文をただし書と呼ぶ。ex. 140条
• 枝条文:法律改正などで、既存の条文の間に新たな条文を設けようとするとき、「○条の2」という条文
番号にして挿入する。これを枝条文と呼ぶ。ex 398条の2以下
03 財産法の基本構造 p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
04 人∼権利能力・意思能力・行為能力
2007年4月18日講義予定
1. 「人」に関するルールの概要∼3種類の「能力」
• 権利能力:権利・義務の主体となることのできる資格
• 意思能力:契約を成立させる前提となる知的判断能力
• 行為能力:契約を単独で成立させることのできる資格
Info
「能力」という言葉は、しばしば法律上何かをすることができるという意味での「地位」や「資格」を
さす。「権利能力」という言葉は、「権利の主体となることができるという地位・資格」をさすし、「行
為能力」も「(有効な)行為をすることができるという地位・資格」をさす。このときには「判断能力」
「知的能力」という意味での「能力」は問題にしていないので注意が必要である(逆に「意思能力」とい
うときには例外的に判断・知的能力をさしている)。
「能力」という言葉はこの他、「当事者能力」「破産能力」「不法行為能力」「(法人の)犯罪能力」
などという使い方がある。
2. 権利能力
(1) 権利能力とは
• 定義:権利・義務の主体となることのできる資格
• 権利能力を持つもの
‣ 全ての人(自然人)←人であればみな権利能力を持つ(権利能力平等の原則)
ただし外国人については法令・条約で権利能力の制限が可能(3条2項、特許法25条)
‣ 法人:法が特に権利能力を認めた組織体(詳細は講義資料10(6月中旬講義予定))
Case1-a 権利能力とは
①Aの家の隣に、5年ほど前にB株式会社が工場を建設した。この工場から出る有毒な排気ガスのために、
Aは喘息になってしまった。裁判所は、AはBに対して、不法行為に基づく損害賠償請求権(709条)を
もつと判示した。
②Aの飼い犬であるCも呼吸器に障害が生じ、これにより治療費がかかった。裁判所はこれについて、Cで
はなくAが損害賠償請求権をもつと判示した。
③不幸にもAは、重度の呼吸器障害が原因で死亡してしまった。Aの生まれたばかりの子どもDは、Aの財
産を相続するとともに、親の死亡による精神的損害の賠償を求める請求権(711条)を取得した。
①人(自然人)であるA、法人であるBは、いずれも権利能力を持つ
→損害賠償を求める権利、あるいは損害を賠償する義務の主体となりうる
②自然人でも法人でもないCは、権利能力をもたない
→権利・義務の主体とならない(Cに生じた損害は、Cの持ち主であるAが賠償を求める権利をもつ)
③権利能力は人であれば全ての者がもつ=幼年・高齢・病気などのため、判断能力をもたなかったり、自分
の意思で行動できなかったりしても、権利・義務の主体となる資格を失うわけではない
(2) 権利能力の始期と終期
始期:出生に始まることを原則とする(3条1項)が、胎児について特則がある
民法上は「全部露出説」(=生きて母体から完全に分離したときに権利能力を取得する)をとる
終期:死亡によって終了する(規定はないが、相続が開始する(882条)ことが根拠)
死亡の時期が不明であったり、そもそも生死が不明であったりする場合については、後日説明する
(3) 胎児の権利能力に関する特則
一定の場合には胎児は、すでに生まれたものとみなされる(=権利能力をもつ)
不法行為(721条)、相続(886条)、遺贈(965条)
←出生のタイミングという偶然の事情により運命が大きく変わるのを避ける趣旨である
04 人∼権利能力・意思能力・行為能力 p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Case1-b 胎児の権利能力に関する特則
Case1-a③で、Aの死亡時にはDはまだ生まれておらず、後になって出生した。この場合でも、相続と損害
賠償請求に関しては、Dはすでに生まれたものとみなされるので、Dはやはり相続を受け、かつ損害賠償請
求権を取得することができる。
Advanced 胎児の権利能力取得時期∼阪神電鉄事件
不法行為に際して、「胎児は、損害賠償の請求権については、既に生まれたものとみなす」(721条)と
の規定は、厳格には2通りの理解が可能である。一つは、①胎児の段階ですでに権利能力を持ち、権利を実
際に取得できる(その後死産だった場合には、過去に遡って、権利を取得しなかったものとして扱う)と
いう理解であり、もう一つは、②胎児の段階では権利能力は持っておらず、ただ生まれてきた時点で、過去
に遡って権利を取得したものとして扱うという理解である。
専門的には、 ①の説は、胎児の段階ですでに権利を持ち、ただ「死産」という条件が成就すると権利能力が
失われるという構成から、「解除条件説」と、②の説は、「出生」という条件が成就すると、権利能力が
(遡って)発生するという構成から、「停止条件説」と呼ばれる。
①説と②説の違いは、父親が事故で死亡したという事案で、母親が、お腹の中にいる胎児のために加害
者と和解契約を締結することができるかという形で問題になった。戦前の最高裁判所にあたる大審院は、
②の説(停止条件説)をとり、母親が胎児のために和解契約を結んだ時点では、まだ胎児は権利能力を取
得していなかったのだから(胎児の権利能力は、その後出生によって遡って発生したことにしただけであ
る)、和解契約により発生する権利・義務は胎児に帰属しない(無効である)とした(大審院昭和7年10
月6日判決・民集11巻2023頁〈阪神電鉄事件〉・百選I[四版]3事件)。
3. 意思能力
(1) 意思能力とは
定義:「債権・債務を発生させようという意思を形成する能力」と「その意思を外部に表明することを意味
を判断する知的能力」という、 契約締結の前提となる能力をいう
効果:意思能力を欠く者が契約を締結しても、契約は無効となる
制度趣旨:
契約は、当事者となる者の自由な意思によって成立する(要件について詳細は27日の報告を参照)
=契約を締結したいと思えばその内容で契約が成立する/契約締結を欲しな
ければ契約は成立しない
←このように当事者の判断を尊重するには、その当事者が判断をするのに十分な知力・判断力を有して
いることが前提
Case2 意思能力を欠く者のした契約は無効である
Aが死亡し、Aの所有していた株券を4歳の息子Bが相続した。Bの叔父のCは、今幼稚園児の間で大人気の
おもちゃをBにみせて「これとその紙切れをかえっこしよう」ともちかけた。Bは「いいよ」と答えた。表
面的には合意が存在し契約が成立するように見えるが、Aは意思能力を欠いているため契約は無効であ
る。
具体例:幼児(7∼10歳で意思能力が備わるといわれるが、取引内容によって変わるともいわれている)
泥酔者、老齢や疾病のために知的能力が低下している者
(2) 意思能力制度の限界∼行為能力制度の必要性
意思能力制度には次のような限界があり、これを補完する制度として後述の行為能力制度が必要となる
限界①:悪質な取引から本当に意思無能力者を救済できるかという限界
• 意思能力を欠いていたということの証明は必ずしも簡単ではない
• 意思能力を欠く者自身が、後に契約の無効を主張し、自分の財産を守るとは考えにくい
限界②:必要な取引からも意思無能力者を遠ざけてしまうという限界
04 人∼権利能力・意思能力・行為能力 p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
• 無効になってしまう契約ならば、そもそも相手方は契約に応じないこととなる=意思無能力者は生活
必需品の購入すらできなくなってしまう
限界③:相手方に不測の損害を被らせてしまうという限界
• 相手方にとって、自分の契約相手が意思能力を有しているかどうか常に正確な判断ができるわけでは
ない
Case3 意思能力制度の限界
Aは、高齢のため認知症が始まりつつある。
①Aの判断能力が落ちていることを知ったリフォーム業者Bは、必要のないリフォーム契約をくり返し結ん
で代金を払わせている。近所の人が見兼ねてBに苦情をいうと、Bは「A本人の問題であってあんたには
関係がない。第一Aは契約当時しっかり話しており、十分な判断能力はあった」と言った。
②Aは現在妻Cと暮らしている。Cは、Aの所有している家屋を売却して介護費用を捻出したいと考えてい
る。しかし不動産業者は、「後から家屋の売買契約が意思無能力を理由として無効であったといわれて
は困るから、Aとの取引に応じることはできない」と断られてしまった。
対応策(行為能力制度の趣旨):
限界①:「判断能力が低下している」ということを形式的な基準で判断することで救済を容易にするととも
に、この基準に当てはまる者に保護者を付してこの者の保護を図る
限界②:判断能力の程度に応じて、有効な契約を結ぶことのできる範囲を定めるとともに、保護者の助けを
得て契約を締結できるようにする
限界③:相手方の判断の資料となるような公示手段をととのえる
4. 行為能力(成年後見制度)
(1) 概要
定義:単独で有効な契約を締結することができる法律上の地位・資格
効果:行為能力を有さないでした契約は取消可能なものとなる。
保護者の同意を得て行為すれば有効な契約となるものがほとんどであるが
被後見人の行為は保護者の同意があったとしても取消可能なものとなる
行為能力制限の要件:未成年者と成年後見制度によるものに大きくわけられ、後者はさらに細かくわかれる
• 未成年=年齢(20歳未満)を基準とする
• 成年後見制度=精神上の障害により事理を弁識する能力が低下している者について、家庭裁判所の審判に
より開始する
• 法定後見:事理弁識能力低下の程度に応じて3つに分かれる
• 後見類型:事理弁識能力を欠く常況にある者。ほぼ全ての行為について行為能力が制限される。
• 保佐類型:事理弁識能力が著しく不十分である者。重要な行為について行為能力が制限される。
• 補助類型:事理弁識能力が不十分である者。重要な行為の一部について行為能力が制限される
が、判断能力低下の程度によっては行為能力の制限を行わない。
• 任意後見:事理弁識能力が不十分である者(本人)が、事理弁識能力低下前に任意後見人との間に任
意後見契約を交わしていた場合。本人の保護は任意後見人が行うが、家庭裁判所がこの任意後見人
を監督する任意後見監督人を選任することで、適切な事務処理を確保している。
Info 「未満・以下(∼を超えない)」「∼を超える・以上」
• 「20歳未満」というときには20歳は含まれない(記号でいえば「<20」)
• 20歳を含めるとき(記号でいえば「 20」)には、「20歳以下」又は「20歳を超えない」と表現する。
逆にある数字より大きい数字を表すときには、
• 「20歳を超える」とすれば20歳は含まれず(「>20」)
• 「20歳以上」とすれば20歳も含まれる(「 20」)
04 人∼権利能力・意思能力・行為能力 p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(2) 詳細
年齢によるもの
法定後見
被保護者
任意後見
未成年者
の種類
成年被後見人
4-6,20,21
条文
精神上の障害によるもの(成年後見制度)
818-837(親権),
838-875(後見)
被保佐人
被補助人
(本人)
7-10,19-21
11-14,19-21
15-21
任意後見契約に関
838-875
876-876の5
876の6-876の10
する法律
①任意後見契約の
年齢
・
判断
要
能力
20歳未満の者
精神上の障害によ
(婚姻による
り事理弁識能力を
成年擬制・753)
欠く常況にある者
精神上の障害によ
り事理弁識能力が
著しく不十分であ
る者
精神上の障害によ
り事理弁識能力が
不十分である者
家裁の
審判
本人の
同意
不要
------------------
保護
親権 未成年者
機
機関
者
関
監督
機関
より本人の事理弁
識能力が不十分な
後見人
なし
未成年者
後見監督人
必要
必要
必要
必要(任意後見監
(後見開始の審判)
(保佐開始の審判)
(補助開始の審判)
督人選任の審判)
不要
不要
必要
必要
成年後見人
保佐人
補助人
任意後見人
成年後見監督人
保佐監督人
補助監督人
①権 利 を 得 、 義
務を免れるだ
けの取引
②法 定 代 理 人 よ
り(目的を定
本人の行為
能力(でき
ること)
めて ま た は 定
めずに)処分
を許された財
産を用いた取
引
③法 定 代 理 人 よ
り許された営
日用品の購入、そ
の他日常生活に関
する行為
(これ以外の行為
については、後見
人の同意を得て
も、有効な行為を
行うことはできな
い)
①特定の行為(「重
要な財産の取
同意権
同意権
付与審
付与審
判あり
判なし
引」(13条1項)
家裁の
及び家庭裁判所
指定し
に指定された行
た行為
為)以外の全ての
(13条1
行為
項にあ
②日用品の購入、
その他日常生活
げる行
に関する行為
部)以外
為の一
業の範囲に属
の全て
する取引
の行為
なし(後見人の同
同意権
あり
護
意があっても、被
後見人は有効に行
あり
あり
関
取消・
の
追認権
あり
あり
あり
あり
(全ての行為)
(全ての行為)
権
代理権
任意後見監督人
(必置)
全ての行為
全ての
行為
(行為能力の制限
なし)
(行為能
力の制
限なし)
なし
為できない)
機
限
②精神上の障害に
状況にあるとき
件
保
登記、かつ
(行為能
力制限
なし)
あり
あり
なし
代理権付与の審判
代理権付与の審判
(本人の同意要)
(本人の同意要)
があればあり
があればあり
なし
(行為能力制限
なし)
なし
任意後見契約で定
められた代理権
04 人∼権利能力・意思能力・行為能力 p. 4
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Case4 制限行為能力を理由とする契約取消しの可否
①Aは、18歳の大学生である。友人にマルチ商法に誘われたAは、断りきれず「代理店契約」と称される入
会契約にサインをするとともに、加盟料を工面するために学生ローンから50万円を借りるとする契約に
もサインをした。このことを知ったAの両親は、マルチ業者とローン会社に対して、契約を取り消す旨
を通知した。
②18歳の大学生であるBは、京都で下宿生活をしている。実家からの仕送りが入った日、Bはパソコンを購
入したが、翌日やはり高価な買い物だったと後悔して、店に「契約を取り消したい」と申し出た。しか
し、この契約はBが未成年であったという理由では取り消すことができない(5条3項ただし書参照)。
③Cは高齢のために認知症を発症しており、息子Dの申し立てにより後見開始の審判が行われ、Dが後見人
に就任した。Cはその後、Dの留守中に訪ねて来た悪質リフォーム業者と契約を締結したが、Dはこれを
取り消した。また、Dは、Cの家を担保に銀行から融資を受け、介護費用を捻出した。
(3) 相手方の保護
制度趣旨:制限行為能力を理由として契約が取り消されると、相手方は不測の損害を被る。取引秩序を維持
するためやむを得ないこととはいえ、一方的に制限行為能力者の保護を図ることはできない。このた
め、相手方の利益を保護する制度も取り入れられている。それが①取引相手の行為能力を確認する手段
の確保、②制限能力者の詐術による取消権の消滅、③相手方の催告権である。
1. 行為能力の確認手段
未成年者の場合:年齢を確認する公的書類(戸籍の他、免許証、学生証など)
•
• 成年後見制度の場合:成年後見登記に関する「登記事項証明書」又は「登記されていないことの証明書」
2. 制限能力者の詐術
定義:行為能力を制限されている者が、能力者であることを相手に誤信させること
具体例:「20歳になっている」と嘘を告げる、「こんな大きな高校生がいると思いますか」と誤信を強める
発言をする、「親の許可をもらっています」と保護者の同意を得たとの嘘を告げるetc.
効果:その行為を取り消すことができなくなる(21条)
3. 相手方の催告権
前提:制限行為能力者が契約を締結すると、この契約は「取消可能」という状態になる。すなわち、相手方
は、さしあたって契約は有効であるが、いつ取り消されて無効になるかわからない(浮動的有効)とい
う不安定な状況におかれる
制度趣旨:相手方は、制限行為能力者側に、契約を取り消すのか、追認して確定するのか、確答するよう要
求することができ、しかも一定の要件が満たされれば、返答を受け取らなくても法的状態を確定することが
できる
要件:催告から確答まで、1か月以上の猶予期間を定めること
効果:返答がなくても取消し又は追認が擬制される。いずれが擬制されるかは、催告の相手によって異なる
①単独で追認できる者に対して催告をした場合 → 追認を擬制
• 制限能力者が能力を回復した後における本人に対する催告(20①)
• 保護者(親権者、後見人、保佐人、補助人*)に対する催告(20②)
②単独で追認できない者に対して催告をした場合 → 原則として取消しを擬制
• 被保佐人または被補助人*に対する催告(20④)
③ただし、未成年者や被後見人本人に対する催告は規定がない→追認・取消しの擬制は生じない
* 同意権付与の審判を受けている場合に限られる(それ以外の場合にはそもそも取消権が発生しない)
Case5 相手方の催告権
• 未成年者Aは、家から骨董品を持ち出し、古道具屋Bに売却してしまった。Bは、契約がいつ取り消され
るかわからないため、骨董品を転売できずにいる。BがAの親(親権者)に対して1か月以上の猶予期間
をおいた催告をすれば、期間経過後は契約は追認されたものとして扱うことができ、Bは安心して骨董品
を転売できる。仮にAに対して催告をしても、法律上の効果は生じない。
04 人∼権利能力・意思能力・行為能力 p. 5
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(4) 成年後見制度の特徴(平成11年改正前との比較)
①差別的表現・名称の変更
• 制限能力者(←無能力者)/成年被後見人(←禁治産者)/被保佐人(←準禁治産者)
• 精神上の障害に因り事理を弁識する能力を欠く常況にある者(←心神喪失の常況にある者)
• 精神上の障害に因り事理を弁識する能力が著しく不十分なる者(←心神耗弱者)
②成年後見について、行為能力の制限を伴わない新しい形態を創設
• 補助類型(保護者に代理権のみを付与し、同意権を与えないことも可能)/任意後見
残存能力の尊重・ノーマライゼーション(←旧法は行為能力を奪って保護するという発想)
③
• 成年被後見人も、日常生活に関する債務については行為能力を有する
• 柔軟な対処を可能とする補助類型・任意後見制度
• 補助開始の審判や、補助人に同意権を付与する審判に本人の同意を要求
保護者に関して柔軟な規定とする
④
• 未成年者について以外は自由に選任可能
(←旧法では、夫婦の一方が禁治産・準禁治産宣告を受けたときには、他方が後見人・保佐人にな
るとされていたが、夫婦とも高齢である場合に問題があった)
法人も選任可能
•
(←旧法では規定なし。福祉団体、信託銀行など、福祉や金融のプロを後見人として選定できる)
• 複数後見人を選任できる(←旧法では一人に限っている)
⑤公示制度の改正
• 後見登記ファイルによる登記
(←従来は戸籍に記載したので、公示を嫌って宣告を受けない人が多かった)
• ファイルの電子化
⑥その他
• 浪費者について行為能力を制限する理由にならないとする
• 保佐人について取消権をもつことを明記(←旧法は規定しておらず、問題になっていた)
Data 禁治産・成年後見制度の使われ方
司法統計年報から、「禁治産の宣告及びその取消し」「後見開始の審判及びその取消し」の年間件数を
まとめると、次のようになる。
平成10年
平成11年
平成12年
平成13年
平成14年
平成15年
平成16年
平成17年
新受件数
2,751
2,960
6,236
8,816
11,749
14,377
14,643
17,185
既済総件数(a)
2,644
2,944
4,440
8,455
10,738
14,398
15,067
16,435
認容件数(b)
1,709
1,834
3,134
6,474
8,294
11,603
12,631
14,257
b/a
64.6%
62.3%
70.6%
76.6%
77.2%
80.6%
83.8%
86.7%
(司法統計年報による)
取消しの申立ても含めた件数なので、正確なことはいえないが、それでも平成11年の民法改正(成年後
見制度導入・平成12年4月1日施行)により、より多くの人にとって利用しやすい制度となったことがうか
がわれる。
なお、認容にいたらないものは大部分が申立ての取下げで終了しており、申立てが却下されるケースは
ごくまれである。
* ちなみに平成12年以降の司法統計年報は裁判所Webページで見ることができる。URLは、
http://www.courts.go.jp/search/jtsp0010? である。
04 人∼権利能力・意思能力・行為能力 p. 6
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
04-補足 失踪宣告
2007年5月25日
1. 失踪宣告とは
失踪宣告:不在者の生死が不明の状態が一定期間続くときに、家庭裁判所の審判によってこの者を死亡した
ものとみなす制度(30条以下)。生死不明のままの状態である者をめぐる財産関係や家族関係が長期間
不安定なまま放置されることの不都合を回避するための制度である。普通失踪と特別失踪(危難失踪)
の2種にわかれ、要件・効果が異なる。
• 普通失踪:特別失踪にあたる事情がない場合の失踪宣告。
• 特別失踪:戦争・船舶の沈没など死亡の原因となるような危難に遭遇した者の生死が明らかでない場
合の失踪宣告。宣告の要件となる生死不明の継続期間が短縮されているほか、効果も異なる。
不在者:従来の住所又は居所を去った者(25条)。行方不明の場合も含むが、長期海外出張など生存・所
在が明らかである場合にも、従来の住所・居所に容易に戻る見込みがなければ不在者とされる。不在者
の財産管理人の選解任・権限について規定が設けられている(25条以下)。
2. 失踪宣告の要件
• 不在者の生死不明状態の継続
• 普通失踪:7年間の生死不明(30条1項)
• 特別失踪:戦争の停止、船舶の沈没又はその他の危難が去った後から1年間の生死不明(30条1項)
• 家庭裁判所による失踪宣告の審判
利害関係人(妻その他の相続人、債権者・債務者等)に申立ての権限がある
3. 失踪宣告の効果
不在者の死亡が擬制される
• 「死亡」が擬制される
不在者所有の財産が相続され、不在者と配偶者の間の婚姻が終了する
• 死亡が「擬制される」
反証があっても(極端にいえば不在者自身が証言台に立ったとしても)死亡したものとしての扱
いを貫徹する。失踪宣告の効力を消滅させるには、失踪宣告の取消しを行う必要がある
死亡擬制時(不在者はいつ死んだこととされるのか)
• 普通失踪:(7年間の)期間が満了した時(31条前段)
• 特別失踪:危難が去った時(31条後段)
死亡擬制時
7年
平成12年5月25日
平成19年5月25日
午前中
午後12時
最後に生存が確認された時
宣告要件の具備
普通失踪
死亡擬制時
平成12年5月25日
午前中
1年
平成13年5月25日
午後12時
特別失踪
危難が去った時
宣告要件の具備
Info 普通失踪と特別失踪で死亡擬制時が異なるわけ
特別失踪において、危難にあって行方不明になっていながら、その後1年間は生存し、1年が経過した時
点で死亡したと考えるのは不自然である。このため危難にあった時(遅くとも危難が去った時点)で死亡
したと考えるのが自然である。これに対して、そうした危難がない場合(普通失踪・典型的には自分の意
思による家出)には、行方不明になった直後に死亡したと考えるのは不自然である。このため、一定の期
間が経過した時点で死亡したものとみなすことにしている。
04-補足 失踪宣告 p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
4. 失踪宣告の取消し①要件
• 失踪者が生存すること又は31条に規定する時と異なる時に死亡したことの証明があること
• 家庭裁判所による失踪宣告取消しの審判
利害関係人のほか、失踪者本人にも申立ての権限がある
5. 失踪宣告の取消し②効果
失踪宣告取消しの効果:失踪宣告は、宣告時に遡って効力を失う
=最初から死亡していなかったことになる
=相続・婚姻解消も生じなかったことになる
失踪宣告取消しの効果を制限する必要性:
遡及効を貫徹することは、財産関係・家族関係を確定するという失踪宣告の趣旨に反することとなる
(失踪宣告が出されても、いつそれが取り消されて財産関係・家族関係が元に戻されるかわからないと
いう不安定な状態が続くことになる)
失踪宣告後・取消し前の行為の保護:
①失踪宣告によって(直接に)財産を得た者( 相続によって財産を取得した者・32条2項)
権利を失う(相続人は失踪者に財産を返還する)が、返還の範囲が縮減される:
• 返還の範囲は、「現に利益を受けている限度」(現存利益)でよい(=消費してしまった分は返還を
要しない)
• ただし、通説はこうした保護を受けられるのは、失踪宣告を受けた者が実は生存していることについ
て善意である者に限られると解している(悪意で財産を取得した者がこの財産を消費したときに、こ
れを保護する必要はないと考えている)。これによると、悪意の者は、受け取った物の代価額全額+
利息(法定利率年利5%+損害賠償(704条)を払わないといけない。
②失踪宣告後に行われた財産取引行為(32条1項ただし書)
• 失踪宣告を受けた者が実は生存していることについて善意でした行為の効力は否定されない
• ここでの善意が誰について判断するかについて争いがある
• 両当事者が善意である必要があるとする説(判例(大審院昭和13年2月7日判決・民集17巻59頁)):
真の権利者である失踪者から権利を奪う以上、両当事者ともに善意であったという特に保護の必要
性が高い場合にのみ保護を認めるという考え方
財産を取得する側の当事者のみが善意でありさえすればよいとする説:
•
規定の趣旨を「取引の安全」に求めるなら、財産を取得する側の善意・悪意のみが問題となるとす
る考え方
③失踪宣告後に行われた身分行為(とりわけ婚姻)
失踪宣告による婚姻解消の効力が、失踪宣告取消しによってどのような影響を受けるか(失踪者との婚姻
(前婚)は復活するか、失踪者の配偶者がした再婚(後婚)は重婚として取り消されるか)については、説
が分かれている
• 取引行為と同様、当事者の善意・悪意によって決するとする説(かつての通説):
32条1項の規定では、取引行為と身分行為を区別していないことから、取引行為と同じように解釈
するという考え方
• 婚姻については、常に後婚のみが有効で、前婚は復活しないとする説(近時の通説):
• 仮に残された配偶者が悪意であっても、その意に反した婚姻を復活させるのは疑問が残る
• 前婚は、失踪者が配偶者を悪意で遺棄した(770条1項2号)、あるいは3年以上生死が不明で
あった(同3号)ことから離婚事由が存在しており、復活させる意義が乏しい
04-補足 失踪宣告 p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Ex. 1 親族法・相続法(付・同時死亡の推定)
2007年5月2日講義予定
1. 家族法とは
(1) 家族法の体系上の位置
民法:私法(対等な私人間の関係を律する法)の基本法
• 財産法:財産の支配・取引に関する法 →第2編物権、第3編債権
• 家族法(身分法):家族関係に関する法 →第4編親族、第5編相続
(2) 家族法の内容
• 親族法(民法第4編)
• 親族の定義など(第1章総則)
• 夫婦間の関係:婚姻の成立・解消(離婚)、夫婦間の財産関係(第2章婚姻)
• 親子間の関係:実親子・養親子、親権(第3章親子、第4章親権)
• 家族間のサポート:扶養、後見・保佐・補助(第5章後見、第6章保佐及び補助、第7章扶養)
• 相続法(民法第5編)
• 法定相続:相続人、相続分(第2章相続人、第3章相続の効力など)
• 遺言相続:遺言、遺留分(第7章遺言、第8章遺留分)
Case1 家族間で生じる問題
同居
①夫Aと妻Bは、結婚して3年目で、昨年長女Cが生まれた。Aの父親Dも母
D
E
親Eも健在であるが、Dは最近認知症が進んできている。現在は、Dの所
有する家に、5人で住んでいる。
F
A
B
Eは数年前から足腰が弱くなってきているので、炊事・洗濯などの家事
一切を切り盛りしているのはBである。Eは、Eから見た夫Dの世話をあれ
C
これと焼く他、Bの手の忙しいときにCのおむつをかえるなどしている。
一家の生計は、サラリーマンであるAの給料に支えられている。DとE
は年金を受給しているが、額は小さい。その大部分は、彼らにとって初孫のCのお小遣いに使われてい
る。経済観念のしっかりしているAとBは、これをC名義の定期預金にしている。
Aには弟Fがいるが、大学進学のために家を出てからの10年というもの、ほとんど家に寄りついていな
かった。それが、どうも最近株取引で大きな損をしたらしく、父親であるDのもとをたびたび訪れて
は、金を無心しているようである。AやEは、認知症の進んできたDが、息子かわいさに家を売ると言い
出すのではないかと心配している。
②その後、不幸にしてDは死亡してしまった。このとき、相続はどのように行われるのだろうか。
2.「親族」の範囲
親族の範囲:①6親等内の血族、②配偶者、③3親等内の姻族(725条)→法律学小辞典671頁の図も参照
• 血族:生理的に血筋のつながる者(自然血族)+養子・養親(法定血族)
• 直系血族:ある者から世代を上に直線的にさかのぼった祖先(直系尊属:父母、祖父母、曾祖父
母……)、及びある者から世代をしたに直線的に下った子孫(直系卑属:子、孫、曾孫……)
• 傍系血族:ある者と共通の始祖を介して連なる血族(兄弟姉妹、伯叔父母、従兄弟姉妹……)
• 姻族:配偶者の血族、及び血族の配偶者
親族であることの効果:
• 同居の親族は、互いに扶け合う義務を負う(730条)
• このほかに民法上は、親族というだけで何らかの権利義務を負うとされることはほとんどない(親権喪失
宣告の請求(834条)など家庭裁判所に対する一定の請求をする権利を持つ程度)
• 刑法上は一定の犯罪が親族間でなされた場合に刑が免除されることがある(105条など)
いずれにしても、余りにも広範に過ぎ、また法律上の意味も乏しいとの批判がある
Ex. 1 親族法・相続法 p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
3. 相続法
(1) 相続とは
相続:死者(被相続人)の財産が、他の者(相続人)に包括的に承継されること
所有権・債権その他の権利のような積極財産のみならず、債務のような消極
財産も含まれる
• 遺言相続:被相続人は、生前に遺言(いごん)と呼ばれる書類を作成することで、遺産の分け方を指定す
ることができる。このときの相続を遺言相続という。
• 法定相続:遺言がない(あるいは無効である)場合には、遺産は法律の定める相続人(法定相続人)の間
で、法律の定める割合(法定相続分)で分配される。これを法定相続という。
(2) 法定相続分
法定相続人は、次の順で定まる。いずれの場合にも、配偶者は共同相続人になる(配偶者がいる場合の相続
分は()内の通り)
①子さらにその下の直系卑属(相続分½)
②子らがいないときには、親さらにその上の直系尊属(相続分⅓)
③親らもいないときには、兄弟姉妹(相続分¼)
②親
③兄弟姉妹
被相続人†
配偶者
配偶者は常に相続人になる
配偶者の相続分は
①子とともに相続人になるとき½
①子
②親とともに相続人になるとき⅔
③兄弟姉妹とともに相続人になるとき¾
4. 同時死亡の推定
規定の必要性:死亡した者(A)に子(B)がいた場合には、親(C)は法定相続人とならない。ここでAに
配偶者(D)がいたとすると、AとBのいずれが先に死亡したかということにより、Cがそもそも相続人
となるか、そしてその相続分はどれだけになるかということが変わってくることとなる。しかし、実際
には死亡の先後関係が不明であることも起こりうる。その際の不都合を避けるために、死亡の先後関係
が不明である場合には、これらの者は同時に死亡した(従って相互に相続しない)ものと推定される
(32条の2)。
Case2 同時死亡の推定
AはDとの間に、子Bがいた。またAの父親はすでに死亡していたが母親Cは健在である。ある日、AとBを
乗せた飛行機が墜落し、不幸にもAもBも死亡してしまった。Aの遺産は1,200万円、Bの遺産は300万円で
あったとして、誰がどれだけの財産を相続することになるか。
①Aが先に死亡し、その後Bが死亡した場合
• Aの遺産は妻Dに½(600万円)、子Bに½(600万円)が相続される。
• その後Bの死亡によりBの財産のすべてがDに相続されるので、最終的にDが1,500万円を相続する。
②Bが先に死亡し、その後Aが死亡した場合
• Bの遺産は父Aと母Dにそれぞれ½(150万円)ずつ相続される。
• その後Aの死亡によりAの財産(1,200万+150万)の⅓(450万円)がCに、⅔(900万円)がDに相
続される。
③AとBが同時に死亡した場合
• Aの遺産は親Cに⅓(400万円)、 妻Dに⅔(800万円)が相続される。
• Bの遺産は、親であるDに全て相続される。
Ex. 1 親族法・相続法 p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
05-1. 所有権(その1・所有権の効力・取得)
2007年4月20日講義予定
1. 所有権総論
所有権:「自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利」
=排他的・絶対的、全面的支配権
所有権(支配権)侵害に対する対応:
• 不法行為(709条):侵害によって生じた損害の金銭による賠償
• 物権的請求権:侵害の実際の排除、支配権の回復
2. 所有権に基づく物権的請求権
(1) 内容と要件
物権的請求権は3種の形態(返還・妨害排除・妨害予防)がある
所有権に基づく物権的請求権それぞれの内容と要件は次のようになる
①所有権に基づく返還請求権
• 内容:他人に奪われた(他人の占有下にある)自己の物を自己の占有下に取り戻す
• 要件:
(a)自己の物(所有物)であること、かつ
(b)相手方がこの物を占有していること。
所有権に基づく妨害排除請求権
②
• 内容:自己の占有下にはとどまっているものの使用が他人に妨害されているときに、その妨害を排除する
• 要件:
(a)自己の物(所有物)であること
(b)相手方が所有権(=使用・収益・処分をする権利)の行使を妨げていること
③所有権に基づく妨害予防請求権
• 内容:未だ現実の妨害は生じていないが、その妨害発生のおそれがあるときに、予防措置をとらせる
• 要件:
(a)自己の物(所有物)であること
(b)相手方が所有権行使を妨害する具体的な事情があること
Case1 所有権に基づく物権的請求権
①Aが駅前に自転車をおいておいたところ、この自転車がBによって盗まれた。AはBに対して、自転車を返
還するよう求めることができる。
②Cが所有する土地の上に、Dが勝手にプレハブ小屋を建ててしまった。CはDに対して、プレハブ小屋の
撤去(建物収去・土地明渡し)を求めることができる。
③Eが所有する土地の隣に土地を有するFが、マンションの建築を始めた。しかし、基礎工事のためにFの
土地の掘削が始まると、Eの土地も崩れてしまう危険が出てきた。EはFに対して、土地崩落を防ぐために
必要な措置をとるよう要求できる。
(2) 物権的請求権の根拠
物権的請求権は民法上に規定されていないが、次のような根拠から認められている
• 物権の性質上当然
• 「占有権」について占有訴権が認められている(198∼200条)ことからの勿論解釈
(3) 物権的請求権の衝突と費用負担
AがBに対して、BがAに対して、それぞれ物権的請求権を行使しているとき、この違法状態は誰の負担で解
消されるべきなのかという問題
05-1 所有権(その1・所有権の効力・取得)p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Case2 物権的請求権の衝突
AはBから家屋甲を賃貸していた。AはさらにCから大型の印刷機乙をリースして、甲に設置し、印刷業を営
んでいた。その後家賃の不払いを理由としてBはAとの賃貸借契約を解除した。Aは甲から立ち退いたが、
乙はそのまま甲に残されていた。Aの行方が知れないので、Bは乙の所有者であるCに対して乙を引き取る
ように請求した。これに対してCは、むしろBが乙を不法に占有しているのであるとして、Bに対して乙を
返還しに来るようにと求めた。
• B→Cの請求権:所有権に基づく妨害排除請求権
• C→Bの請求権:所有権に基づく返還請求権
この両請求権が衝突し、どちらが乙を運ぶか(実際には運送業者に払う運送料を負担するか)という問題が
生じている
①所有権に基づく返還請求権
• 説の内容:
• 所有者は、所有権を侵害している者に対して侵害の除去をなすよう請求でき、侵害除去にかかった費
用も侵害者に負わせることができる
• 問題点:
• Case2の場合、BのCに対する請求も、CがBに対する請求も認められることになる
→ 先に請求した方が相手に費用を押し付けることができるという結論になるのか?
①' 行為請求権説の修正説
(a)返還請求(Case2ではC→Bの請求)の場合だけは忍容請求と解する説
説の内容:
•
• 物権的請求権は原則として行為請求権であるが、返還請求権の場合には忍容請求権となる
• Case2ではB→Cの妨害排除請求権は行為請求権、C→Bの返還請求権は忍容請求権となり、Cが費用負
担することになる(請求権の衝突の回避)
問題点:
•
• 返還請求だけ忍容請求とする理論的根拠が不明
(b)侵害は一方にしかないと解する説
• 説の内容:
• 事例を「社会観念上客観的に」みれば、Cの所有物である乙がBの所有権を侵害しているのであり、そ
こには1つの物権的請求権しか成立していない
• 逆に乙をCが引き取ろうとしているのをBが妨害した場合には、違法な侵害は逆になり、BがCの所有権
を妨害していることになる
忍容請求権説
②
• 説の内容:
• 所有者が請求できるのは、侵害者に対して侵害除去を忍容・甘受することだけであり、侵害除去にか
かる費用は所有者自身が負担するのが原則であるとする
• 但し、別途不法行為などによりかかった費用を損害として侵害者(事例ではAにあたる)に請求するこ
とができる
• 問題点:
• 行為請求権説に立つときとは逆に、先に物権的請求権を行使した方が費用を負担するという結論にな
るのか?
③折衷説(責任説)
• 説の内容:
• 基本的に忍容請求権説にたちつつ、相手方に責任があるときには行為請求権になるとする
• 「責任」の判断基準について、「過失責任」ととらえる説と、「妨害排除請求のときには過失責任で
あるが、返還請求のときは悪意であることが責任原因である」とする説が対立している。
05-1 所有権(その1・所有権の効力・取得)p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(4) 物権的請求権の限界∼権利濫用の禁止
• 権利濫用とは:
• 外形上は権利の行使とみられるが、その行為が行われた具体的な状況・実際の結果に照らして、法律
上、権利の行使としては認められないと判断されること
• 昭和22年の民法改正により1条3項に「権利濫用の禁止」が盛り込まれるまでは規定がなかったが、
判例(後述の宇奈月温泉事件)上も認められていた
• 要件:事情に応じて個別に判断するしかないが、以下のような要因を総合的に考量するものとされている
• 客観的要因=権利行使によって生じる利益と不利益の著しい不均衡
権利者が権利を主張することによって得る利益(丙に対する妨害が排除される)がそれほど大きくな
い一方で、権利行使を受けた者が受ける不利益が余りにも大きいこと
• 主観的要因=権利行使者の害意
権利を行使する者が、相手方に対して害意をもって権利行使を行っていること
• 効果:権利行使が適法なものと認められないため、権利行使の効果が発生しないとされたり、権利行使行
為自体が不法行為を構成するものとして損害賠償義務が課されたりする。
Case3 宇奈月温泉事件(大審院昭和10年10月5日判決・民集14巻1965頁)
Aは温泉業を営んでおり、湯元から旅館まで7.5キロに渡って引湯管を引いていた。引湯管が通る土地を利
用することについて、Aはほとんどの土地の地主から利用権限を受けていた。しかし、その一部がBの所有
する土地甲を、無権限でかすめていた。侵害されたのは、112坪に及ぶ甲のうち2坪(=4畳:6.6平米)ほ
どであった。これに目をつけたCは、Bから甲を購入すると、Aに対して土地の不法占拠を改善するよう求
めた。しかし、引湯管を迂回させることは多額の費用がかかる上、温泉業を廃業にすることは地元経済に
も打撃を与えるためAが土地の買い取りを希望したところ、Cは甲を周辺の土地とあわせて2万円(昭和3年
当時)で買うようAに迫った。しかし甲を含めたこの土地は、急傾斜の荒れ地でほとんど価値がない(30
円程度)土地であった。Aが買い取りを断ったので、Cが所有権に基づく妨害排除を求めて裁判所に提訴し
た。裁判所は、Cによる提訴は権利の濫用であるとして訴えを棄却した。
3. 物∼物権の客体
民法における「物」の定義:有体物(=空間の一部をしめる気体・液体・固体)をいう(85条)
無体物(電気・熱・光等のエネルギー、アイディアなど知的財産)
分類:不動産(土地及びその定着物)と動産(それ以外の物)にわかれる(86条)
物権の客体としての要件:
①独立性
物権の客体は独立のものでなければならず、1個の物の一部に物権は成立しない
•
• ただし例外的に、マンションについては、1個の建物の一部である部屋ごとに「区分所有権」が成立する
ことが認められている
②特定性
物権の客体となる物は、特定していなければならない。
•
Case4 物の独立性と特定性
①Aが所有する自転車のブレーキワイヤーが切れたので、自転車工Bは、自己の所有するブレーキワイヤー
を取り付けて修理した。このとき、1台の自転車の一部をAが、一部をBが所有するというのは不都合で
あるため、1台の自転車の所有権はAかBのいずれか一方に定められる(そのルールについては、後述
「4.所有権の取得」の「⑵添付」を参照)。
②Cは、インターネット書店のDのサイトにアクセスすると、店に在庫があることを確認した上で、「ポ
ケット六法2007年版」を注文した。このとき、Dの倉庫の中にある「ポケット六法」のうちどれがCの
物になるかを特定することはいまだできないので、Cは「ポケット六法」に対する所有権をいまだ取得で
きないこととなる。
05-1 所有権(その1・所有権の効力・取得)p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
4. 所有権の取得原因
(1) 所有権取得原因一覧
承継取得=ある権利を他人の権利に基づいて権利を取得する(したがって、前主の下での負担を承継する)
移転的承継=他人の権利をそのまま承継する場合
特定承継=個々の権利を承継するもの(例:売買)
包括承継=他人の権利義務を一括して承継すること(例:相続)
設定的承継=前主の権利の一部を取得する場合
原始取得=ある権利を他人の権利に基づかないで取得する(前主の権利、及びその権利に付随していた負担は消
滅する)
所有者がいない・容易にわからない物の取得
無主物先占=所有者のいない動産を占有することで、所有権を取得すること(239条)
遺失物拾得=占有者の意思に基づかず所持を離れた物を拾得した者が、遺失物法の定める手続を経た後所有
権を取得すること(240条・遺失物法)
埋蔵物発見=土地その他の物(包蔵物)の中に埋蔵されていて,だれが所有者であるか容易に分からない物
を発見すること(241条・遺失物法)
添付=二つの物が結合して一つのものとなる場合(242∼248条) →⑵で説明する
付合=2個以上の物が結合して分離できなくなること
混和=2種類以上の液体、気体あるいは粒状の固体などが混じりあって分離できなくなること
加工=他人の動産に労働を加えて新たな物を作ること
取得時効=一定の期間他人の物を占有することにより、所有権を取得すること(162∼165条)
即時取得(善意取得)=所有権者でない単なる者の占有者から、この者を所有権者と信じて取り引きした者
が、動産について所有権を取得すること(192∼194条)
Info
2006年6月15日に改正遺失物法が公布されている(施行は「公布の日から起算して1年6月を超えない範
囲内において政令で定める日」)。民法の関係では、拾得者が所有権を取得するための期間(民法240
条)が「公告後3か月」に短縮されることが重要である(改正法附則3条)。拾得物の点数は平成16年で
1,070万点と膨大な数に達しており、これを6ヶ月も保管するのは合理的ではないとされたためである。
この他、以下のような事項が定められている。
(1)インターネットを活用した情報公開や貴重な物件についての全国手配、関係事業者への照会など、拾得
物の発見・返還を容易にするための仕組みの整備(改正法8条、12条)
(2)クレジットカードや携帯など個人の秘密に関する物件について拾得者が所有権を取得できないことの明
定(改正法35条)
(3)傘、衣類、自転車等、広く販売されている日常生活品、その他不相当な保管費用のかかる物についての
売却・廃棄処分(改正法9条、10条)
(4)施設内で拾得された遺失物の交付を受ける施設占有者の義務の明定、公安委員会による監督(改正法
13∼16条、25条、26条)
(5)遺失物を適切に保管できるものとして政令で定める者に該当する施設占有者(特例施設占有者)につい
ての負担軽減措置(改正法17∼24条)
改正法は、官報で読むことができるほか、衆議院の第164回国会議案の一覧*1からも(法案段階である
が)読むことができる。このほか改正の要点は、警察庁のサイト上のPDFファイル*2が有用である。
*1 http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/kaiji164.htm
*2 http://www.npa.go.jp/safetylife/chiiki16/20060417.pdf
05-1 所有権(その1・所有権の効力・取得)p. 4
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(2) 添付
添付:以下の3種類の総称
• 付合:異なった所有者に属する複数の物が結合し、分離されると経済上不適当と認められる程度にまでな
ること。動産の場合と不動産の場合とで扱いが変わり、後者ではさらに独立性を失う「強い付合」と独立
性を失わない「弱い付合」に区別される。
• 混和:異なった所有者に属する複数の物が混じり合って識別できなくなること。動産の付合に準じた扱い
を受ける。
• 加工:他人の動産に工作を加えて新たな物(加工物)を作り出すこと。
添付による所有権取得者:
添付の態様
強 い 付 合
条 文
備 考
不動産所有者
242条本文
不
付 動 弱い
産 付合
合
添付により生じた物の所有者
原則
例外=権原による附属
原則
動 産
例外=主従の区別がつかな
い場合
混 和
原則
加 工
例外=加工物の価額が材料
の価額を著しく上回るとき
不動産所有者
付属された動産の元の権利者
(付合しない)
主たる動産の所有者
価額に応じた共有
242条ただし書
• 当事者間の契約(の
解釈)で所有権の帰
属が決まるときに
243条
は、それに従う。
244条
• 所有権を失った者、
工作をした者は、添
付により所有権を取
動産の付合と同じ
245条
材料提供者
246条1項本文
加工者
得した者に対して償
金 請 求 権 を 持 つ
(248条)
246条1項
ただし書
Case5 添付
①Aが所有する土地甲に、造園業を営むBは、自己が所有する庭石を埋め込んだ。土地に埋め込まれた庭石
はもはや独立の物とはいえず、土地の構成要素としてその一部をなす(強い付合)ので、契約で所有権者
が定まらないときには、庭石の所有権は土地甲の所有権に吸収される形でAに帰属する(242条本文)。
②Aが所有する土地甲に、 Cは野菜の種を植えた。種は土地の構成要素となるわけではないから(ただし
「土地の定着物」として「不動産」となる)、いわゆる弱い付合である。原則として野菜の種の所有権
はAに移る(242条本文)が、CがAの許可を得て(土地を借りるなどして)種をまいた場合には、種の
所有権はCの下にとどまる(242条ただし書)。
③Aが所有する土地甲に、Dは建物を建てた。日本では、建物は土地に付合せず、常に土地とは別個の財産
として扱われるので、Aの許可を得たか否かにかかわらず、この建物はDの所有物である。
④Eは、自己の所有する自転車のブレーキワイヤーが切れたので、Fの所有するブレーキワイヤーを取り付
けて修理した。取り付けられたブレーキワイヤーはもはや合理的には自転車から取り外せないので自転
車に付合しており、この場合自転車の方が「主たる動産」であるから、ブレーキワイヤーの所有権はEに
移転し、Fは償金請求権をもつこととなる(243条)。
⑤Gは、Hの部屋にウォッカをもってきた。そして冷蔵庫にHの買って来たオレンジジュースがあるのを見
つけると、それを勝手にコップに注ぎ、ウォッカと混ぜて、スクリュードライバーを作ってしまった。
この場合、値段や混ぜられた量から「主たる動産」を特定できるのであれば、その所有者がスクリュー
ドライバー全部を所有することとなり、他方が償金請求権をもつこととなる(245条)。
①Iは、Jが所有する近所の雑木林から若い樹木を1本切り倒すと、彫刻を彫り上げた。これに気がつい
たJが、木は自己の物であるとして彫刻を自分に引き渡すように主張した。加工の規定によれば、彫刻
は材料の提供者であるJの所有物となる(246条1項本文)が、Iが有名な彫刻家であるなどの理由で彫
刻の価額が著しく高いものと評価できるときには、Iが所有者となる(同項ただし書)。
05-1 所有権(その1・所有権の効力・取得)p. 5
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
05-2. 所有権(その2・共同所有)
2007年4月25日講義予定
1. (狭義の)共有
(1) (狭義の)共有とは
(狭義の)共有:1つの物を複数の者が所有している状態の原則的な形態
このとき、共有の目的物を共有物、共有している者を共有者という。また共有者が共有物に対して有する権
利は持分権(あるいは単に持分)という。
単独所有との違い:
• 単独所有の場合=所有者は所有物を自由に使用・収益・処分できる
• 共有の場合=共有者は共有物の使用・収益・処分について、他の共有者の権利を侵害しないよう制約
を受ける。
• 1つの物について2つの単独所有権(完全に自由な使用・収益・処分権)が成立しているわけでは
ない。
• 物を2つにわけて、それぞれに単独所有権が成立しているという状態とも異なる。
Case1-1 共有関係の成立
社会人の姉Aと大学4回生の妹Bは、京都のアパートで共同生活をしている。ある日二人の共通の友人であ
るCが、2人のためにハリー=ポッター・シリーズの最新刊『Harry Potter and Deathly Hallows』(以下
「甲」と呼ぶ)をプレゼントした。甲は、AとBの共有に属し、AとBはそれぞれ等しい割合(つまり½ず
つの割合)で持分権をもつ。
(2) 共有者の権能
①各共有者が単独でできること:
• 共有物の全部についての使用(ただし他の共有者の使用を妨害することはできない)(249条)
• 保存行為(=財産の価値を現状において維持するための行為)(252条ただし書)
ex. 返還請求、不法占拠者に対する妨害排除請求、簡単な修繕、時効の中断
• 持分の放棄・譲渡
• 共有物分割の請求(後述⑶を参照)
②共有者の持分の価格の過半数で決すること:
• 管理行為(=財産の性質を変えない範囲での範囲での利用又は改良)(252条本文)
ex.共有物の利用方法の決定、共有物を目的とした賃貸借・使用貸借契約の締結・解除
共有者全員の同意が必要となること:
③
• 変更行為(処分行為)(251条)
ex. 共有物の売却、廃棄、共有物に対する担保設定
Case1-2 共有者の権能
Case1­1で、Aは次のような行為をしようと考えている。Aはそれらの行為を単独で行いうるか。
①-1 甲をDが無断で持ち出してしまった。Bは特に気にしていないようであるが、Aは甲を返すようDに求
めたい。共有物の返還請求は、共有物の価値を維持しようとする行為であるから、Aが単独でできる。
①-2 東京に転勤が決まったAは、甲に対する自己の持分を放棄(Bに譲渡)するか、新たに大学に入学しB
と同居することになった妹のEに譲るかしようと思っている。Aが持分を放棄し(又はBに譲渡し)た場
合には甲はBの単独所有に、Aが持分をEに譲渡すればBとEの共有となる。
②Aの友人Fが、甲を半年間借りたいといっている。Aはこの申出を受けたいと考えているが、Bは反対して
いる。この場合には、共有物の性質は変わらないとはいえその利用方法に関する決定であるから、持分
の過半数をもって決定する必要があり、½しか持分をもたないAは単独で決定することができない。
③すでに甲を読み終えたAは、甲を古本屋に売り、その代金で別の本を買おうと思っているがBは同意して
いない。こうした処分行為(共有物に対する変更)は、共有者全員の同意が必要であるので、Aが単独で
決定することはできない。
05-2 所有権(その2・共同所有)p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(3) 共有物の分割
共有物の分割:共有状態を解消し、単独所有へと移行すること
共有物分割請求権:
• 各共有者はいつでも他の共有者に対して共有物の分割を請求できる(ただし5年以内の期間を区切って、
分割しない旨の特約を結ぶことは可能)(256条)
• 当事者間で協議が整わなければ、裁判所に対して共有物分割の訴えを提起することができる(258条)
分割の方法:
• 現物分割:共有物を物理的に分割し、各共有者に単独所有権を取得させる
裁判においてはこの分割方法が原則
• 代金分割:共有物を競売により第三者に売却し、その売却代金を各共有者で分割する
裁判においてこの分割方法が命じられるのは、現物分割ができない場合や、現物分割をすると共有
物の価格が著しく低下する場合(258条2項)
• 価格賠償:共有者の一人が共有物全部を単独所有することとし、他の共有者にはその持分の価格を支払う
民法上規定はないが、最高裁判例においても認められている(最高裁平成8年10月31日判決・民集
50巻9号2563頁)
Case1-3 共有物分割請求権
Case1­1で、東京に転勤が決まったAは甲の代金の半額を払って甲を東京にもっていきたいと考えてい
る。甲の分割方法についてAとBの間で協議が整わなければ裁判で共有物の分割方法を決めることができ
る。この場合、現物分割をすることはできないのであるから、代金分割が命じられると考えられるが、特
別な事情があればAによる価格賠償の申し出が認められることもあるだろう。
(4) 共有物に関する負担
負担者・負担割合:各共有者が持分割合に応じて費用その他の負担を負う(253条1項)
自己の負担分を超えて費用を負担した場合には、他の共有者に対して償還請求をすることができる
費用負担者の保護:償還請求に応じない共有者(義務違反者)がいる場合、費用負担者は次のような保護を
受ける
共有持分の強制取得(253条2項)
•
義務違反者が費用償還請求に1年間応じずにいる場合、費用負担者は義務違反者に「相当の賞金」
(=義務負担者のもつ持分の価格 ­ 費用負担者の負担した額)を払うことで、義務違反者の持分を
取得することができる
特定承継人に対する費用償還請求(254条)
•
義務違反者が費用を償還しないままに第三者に持分を譲渡したときには、費用負担者は持分の譲受
人に対しても費用償還を請求できる
• 分割に際しての費用負担者の保護(259条)
共有物が分割されるに際して、費用負担者は義務違反者に割り当てられるべき部分(現物又は売却
価額)をもって償還を受けることができる
05-2 所有権(その2・共同所有)p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
2. 共同所有の他の形態∼合有・総有
(狭義の)共有←共有者が互いの所有権を制限し合っている状況であり、早期に解消するべきとの発想で規
定が設けられている
実際には、共同所有関係の解消が自由に認められない場合がある
• 合有:
• 共同所有をしている目的を達するまでは、持分の譲渡や分割請求が制限される
• しかし持分は潜在的には存在しているので、共同所有関係から離脱するに際して、持分の払い戻しが
行われる
ex. 組合契約に基づいて共同の事業のために各組合員が出資・取得した財産、遺産分割が行われる前
の相続財産
• 総有:
• 財産が、いわば共同体に帰属している状態であり、共同体構成員は利用することはできるが、目的物
に対する持分にあたる物を全く観念できないもの
• 持分の譲渡や分割請求はできず、さらに共同体を脱退するときにも持分の払い戻しはなされない
ex. 共有の性質を有する入会権、権利能力なき社団
Info 入会(イリアイ)権
村落などの一定の地域集団の住民が、自己の所有物ではない一定の山林・原野などで、共同して薪用の
樹木、秣(まぐさ=馬・牛の飼料用の草)その他の雑草、果実の収取などを行う権利を「入会権」と呼
ぶ。
民法では、村落など地域集団が所有する土地上でその地域集団の住民が収取する権利を「共有の性質を
持つ入会権」(263条)と、住民の居住する地域集団以外の者が所有している土地に立ち入って収取する
権利を「共有の性質を有しない入会権」(294条)と呼んでいる。もっともいずれにしても、その地域ごと
の慣習によって規律される部分が大きく、民法上の規律はほとんどない。
共有の性質を持つ入会権の場合であっても、例えばその村落からよその地域に引っ越す者が、自己の持
分に相当する額の払戻しを村落に対して請求できるわけではない。
Info 権利能力なき社団
人の集まり(社団)は、手続に従って「法人」になることで、構成員とは別個の人格を獲得し、権利・
義務の主体となることができる。例えば会社は、ここの従業員や株主、取締役のどれとも違う、独立した
権利・義務の主体として活動している。
このような権利・義務の主体となる資格(権利能力)を取得しないままに活動する組織というものも、
社会の中では多くみられる。そして実際には法人と同じように組織化されているものの、手続をしていな
いという点だけを理由として法人となっていない(権利能力をもっていない)社団のことを「権利能力な
き社団」と呼んでいる。
こうした権利能力なき社団は、社団自体が所有権の主体となることはできないから、社団の財産は社団
構成員の共有というかたちで所有されることとなる。しかし、実質的には社団という組織体が所有し、
様々な活動を行っているのであるから、個々の構成員が勝手に分割請求をしたり、脱退にあたって払戻し
を受けたりすることは認められない。
05-2 所有権(その2・共同所有)p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Ex. 2 権利の実現手続と債権者平等の原則
2007年5月11日講義予定
1. 債務不履行
債務不履行:債務者が債務を履行しないこと。このとき、債権者がとりうる手段は次の3種類である。
• 強制履行:債務をその内容通りに実現させる。
• 損害賠償の請求:債務が履行されたのと同じ利益状態を金銭の支払いで実現させる
• 解除:契約の拘束力を失わせる。債権者は、債務者から履行を受けることはできなくなるが、対価を
払う必要はなくなる。このため、他の取引相手を見つけて填補取引をすることが出来る。
2. 自力救済の禁止と手続法の整備
(1) 自力救済の禁止
自力救済:権利者が裁判などの司法上の手続によらずに自己の権利を実現すること。原則として禁止される
自力救済が禁止される理由:社会秩序が混乱するおそれがある
• 権利を主張している者が本当に権利者であるかどうか確実でない場合がありうる
• 権利行使の態様が不穏当なものとなる危険もある
権利実現手続の策定・運営の必要性:
国家は、真に権利を有する者のみが「権利行使」を行い(「権利行使」の名の下に非権利者が利益を受
けることを防止する)、さらに権利実現の手段が正義にかなったものとなるよう、制度を整え運営しな
ければならない→裁判手続(訴訟手続)と執行手続の整備
(2) 手続法と実体法
手続法:実体法において定められた権利を実現するための手続について定めた法律
ex. 民事手続法:民事訴訟法・民事執行法、刑事手続法:刑事訴訟法・少年法
実体法:手続法において実現されるべき権利の発生要件・内容を定めた法律
ex. 民事実体法:民法・商法、刑事実体法:刑法
3.権利実現手続①∼訴訟手続
訴訟手続:紛争の解決のために、権利の存否について、当事者を関与させて国家機関(裁判所)が審理・判
断する手続
• 民事訴訟:私人(原告)が別の私人(被告)を相手取って、債権その他の権利の存在(時に不存在)
を主張して起こす訴訟
• 刑事訴訟:国家機関(検察官)が一方当事者となり、私人(被告人)を相手取って、刑罰権の存在を
主張して起こす訴訟
民事訴訟の進行:
• 民事訴訟は様々な態様のものがあるが、多くは原告が、被告に対して、何らかの権利を有することを
主張して提起する
• 権利の存在を主張する原告が、権利の存在について立証に成功すれば、裁判所は被告に対して権利の
実現を命じる判決(請求認容判決)を出す
• 逆に、裁判所が権利の存在を認めるに足りる証拠が提出されなかったと判断した場合(不存在が証明
されたというのとは異なる)、あるいは弁済など権利が消滅したことを認めるに足りる証拠が提出さ
れた場合には、裁判所は原告には主張しているような権利が存在しないことを確認する判決(請求棄
却判決)を出す
• 一度判決が出された事柄については、原則として再び裁判で争うことは出来ない(一事不再理・判決
の既判力)
Case1-1 訴訟の提起・判決
Aは、Bとの間で、Bの有する土地甲を3000万円で購入するとの契約を締結した。しかし、Bは約束の期日
になっても土地を明け渡さずにいる。Aは、裁判所に、売買契約に基づいてBに対して土地の明渡しを求め
る権利があると主張して提訴した。Aは売買契約書を提出したり、契約締結の立会人などを証人として尋問
するなどして、自分の権利を立証することとなる。
Ex. 2 権利の実現手続と債権者平等の原則 p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Info 立証責任
裁判においては、権利の存否を確定する必要があり、そのためには権利発生の要件にあてはまるような
事実の存否を確定する必要がある。しかし、事実は常に「存在」か「不存在」かを確定できるわけではな
い。全知全能の神でもない限り、「存否不明」という状態がありうる。この場合でも裁判所は審理を放棄
することはできないので、ある事実の存否が不明の場合でも、審理をし判決が出せるようなルールが必要
である。このルールが「立証責任(立証負担・挙証責任などともいう)」である。
立証責任については、非常に多くの複雑な問題が存在しているが、ごく大雑把な原則をいうと「自分に
権利があると主張する者は、その発生原因となる事実を立証しなければならない」「これを立証できな
かったとき(存否不明のままであるとき)には、その事実は存在しなかったものとして扱う」となる。
従って、Case1-1では、Aが、売買契約の発生原因となる事実(申込みと承諾の合致)を証明する必要が
ある。証明できなかったとき(申込みと承諾の合致という事実が存在したかどうか不明の時)には、この
事実は存在しなかった(従って売買契約も成立していない)ものとして扱われる。契約にあたって契約書
を作成するなど確実な証拠方法を残すのは、こうした立証責任を果たすための準備として重要なのであ
る。
4. 権利実現手続②∼執行手続
執行手続:権利を強制的に実現する手続。債務名義をもつ者からの申請に基づき、地方裁判所に配置されて
いる執行官が、権利者の権利を強制的に実現する。
執行方法の例:
• 土地の明渡し:執行官が、債務者の土地に対する占有を解いて、債権者に占有させる(民事執行法168
条)
• 金銭支払い:不動産等の財産を差し押さえて、競売にかけ、その売却代金から債権者に配当する
• 建物収去:債権者又は第三者に建物を取り壊させて、その費用を取り立てる
執行を確保する方法:執行官のする執行を妨害することは、強制執行妨害(刑法96条の2)や公務執行妨害
(刑法95条)にあたる。すなわち警察力という強制力をもって、執行手続は貫徹される。
債務名義:強制執行によって実現されるべき請求権の存在及び内容を公的に証明する文書。民事執行法22条
に一覧がある。重要なものとしては、確定判決、執行証書などがある
確定判決:上訴(控訴・上告)がもはやできなくなった(上告審で判決が出た場合、控訴・上告期間
が経過した場合、あるいは控訴・上告権の放棄があった場合など)判決
執行証書:公証人が作成した公正証書で、一定外の金銭の支払いなどを目的とした請求について、
「債務者が直ちに強制執行に服する」との陳述(執行受諾文言)が記載されているもの
Case1-2 執行手続の開始
Case1-1で、Aが自分の権利の立証に成功すると、Aはこの判決をもって管轄の地方裁判所に申請すること
によって、執行手続を開始してもらうことができる。この場合、執行官が土地甲に対するBの占有を解い
て、Aに占有させることになる。
Info 裁判所のもう一つの顔∼執行裁判所
地方裁判所は、裁判手続のみならず執行手続をする際の機関(執行裁判所)でもある。裁判傍聴で地方裁
判所を訪れる機会があった際には、裁判手続をみるだけでなく、館内案内図などで執行関係の部署が存在
していることも確認することをぜひお勧めする。
5. 配当手続∼債務者の資産が十分でない場合を中心に
配当:金銭の支払いを目的とする強制執行において、差し押さえた財産を換価した代金から債権者に弁済を
すること
配当要求:金銭の支払いを目的とする強制執行において、強制執行の申立てを行った債権者(執行債権者)
以外の債権者が、同じ債務者に対して自分がもつ金銭債権に対しても配当をするよう要求して手続に参加
すること。配当要求をするに際しても原則として債務名義が必要である。
Ex. 2 権利の実現手続と債権者平等の原則 p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Case2-1 配当要求
個人で事業を営むAは、B銀行から1億円を借り入れている。Aは、さらに新規の事業を展開するために、C
銀行から5,000万円を借り入れた。しかし、事業はうまく行かず資金繰りが苦しくなった上、Aが体調を崩
し、事業を継続することができなくなった。B銀行は債権を回収するために、Aの所有する事業用地と事務
所建物(合わせて「甲」と呼ぶ)に対する強制執行を開始した。この手続にはCも配当要求を行った。こ
こで甲が売却され、手続費用などをのぞいて2億円が配当原資としてのこったとすると、B銀行が1億円、C
銀行が5,000万円の配当を受け、残る5,000万円はAに返還されることとなる。
債権者平等の原則:強制執行や破産などにおいて、差押財産を換価した配当原資又は破産財団が、手続に参
加する全債権者の全債権を弁済するには不十分である場合に、各債権の額に応じて、按分比例的に弁済
が行われるべきとする原則。
Case2-2 債権者平等の原則
Case2-1において、配当原資が6,000万円にしかならなかったとする。この場合、B銀行とC銀行は、債権
額の比(2:1)に比例する額でこの配当原資を分け合うこととなる(B銀行に4,000万円、C銀行に2,000万
円)。
債権者平等の原則がとられる理由:債権の相対効が理由となる。
債権は相対効しかない(債務者以外の者との関係では権利を主張することができない)ため、各債
権者は互いに他の債権者を排除して、自分の債権のみ優先的に弁済を受けることを主張できない。
このため、現実に配当される額が全債権を満足させるには足りないものであれば、各債権者は同じ
割合で不利益を甘受しなければならないと考えられている。
6. 破産手続∼債権者平等の原則その2
破産:債務が超過し、支払不能に陥った債務者の財産を清算する手続。債権者又は債務者自身の申立てによ
り、裁判所が破産手続開始の決定をすることによって開始する(破産法15条)。
破産手続の進行:破産手続は大まかには以下のように進行する
1) 破産手続開始決定・ 破産管財人の選任
2) 破産財団の確定:破産手続開始が決定された時点での債務者(破産債務者)の全財産が破産財団と
なるが、破産管財人がそれを確定・管理する
3) 破産債権の調査:破産債務者に対して誰がどれだけの債権を有しているかを確定する
4) 配当額の決定:破産財団が全債権の弁済に不足するときには、債権者平等の原則に従い、各債権に
対する弁済額を決定する(破産法194条2項)
5) 免責:破産手続終了後、破産債務者が裁判所から免責決定を受けたときには、配当によっても弁済
されなかった債務を免除される。これによって破産債務者は経済的に再出発をすることができる
(これは国家的にも、マンパワーを効率性の低い事業から撤退させ、効率性の高い事業に進出させ
ることを促進できるというメリットがある)
• ただしこの免責は、 破産に際して財産を隠した場合、過度のギャンブルなどで財産を減らした場
合、7年以内に免責決定を受けていた場合などには、認められないことがある(破産法252条)
• さらに、免責が認められても、租税、悪意の不法行為を原因とする損害賠償請求権、家族の扶養
請求権などについては、引き続き弁済の責任を負う(破産法253条)
Ex. 2 権利の実現手続と債権者平等の原則 p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Info 破産におけるの配当率
実際には、破産者にはすでにほとんど財産がないことが多い。また、不動産が裁判所により競売に付さ
れる場合には、売却価格は通常の市場価格より低くなる。さらに、債権者が配当を受ける前には、破産手
続にかかった費用や債務者が滞納していた税金などが債務者の財産から優先的に回収される。従って、実
際には高額の配当率(=配当額 債権額)になることはほとんどない。
下の表は、平成16年度版司法統計年報(裁判所ホームページ http://www.courts.go.jp/ より閲覧可)を
もとに作成したものである。これによると、そもそも配当が行われた事件が全体の3%に満たないことが
わかる。さらに、配当が行われた事件のうち、配当率が5%までのものが半数以上に達している。配当率が
50%をこえるものは、破産事件総数のわずか0.11%である。
件数(件)
破産宣告総数に対
する割合 (%)
配当があった件数
に対する割合 (%)
破産宣告
配当が行わ
総数
れた件数
配当率
5%まで
10%まで
25%まで
50%まで
75%まで
75%超
227,053
5,728
3,098
954
1,021
417
134
104
100.00
2.52
1.36
0.42
0.45
0.18
0.06
0.05
------------
100.00
54.09
16.66
17.82
7.28
2.34
1.82
Advanced 免責制度の存在理由
借金をしながら返さなくてよいというのは、なにか正義にもとるように思われるかもしれない。事実、
破産するということは、債務者の怠惰の結果であるとして、選挙権の停止などの罰則的な対応をとってい
た時代がある(懲戒主義という)。
これに対して近年は、自由競争社会においては、誠実な債務者とて破産することがあると認め、破産は
犯罪的な行為として非難するべきものではないとの思想に基づいて法律が作られている(免責主義とい
う)。
もっとも実際の社会において「破産」に伴う負のイメージはいまだ大きい。しかし、破産を恐れる債務
者がいつまでも非効率的な投資を続けるよりも、債務者が経済的に再出発し、より効率的な投資へと資金
を向けることができるようにすることは、社会にとっても利益となることである。
もちろん、返す見込みがないままに借金を重ねておきながら破産によって免責を得ることは、社会的に
見て許されることではなく、免責を許可されないばかりか、詐欺罪などにより刑事罰が課されることもあ
る。
興味のある学生は、破産法の教科書(例えば伊藤眞『破産法(第4版補訂版)』で、破産制度や免責制
度の存在理由、免責不許可事由などについて調べてみるとよい。
Advanced 破産以外の倒産手続
債務超過に陥った場合の倒産手続には、破産法のように、破産宣告が出た時点に債務者が所有している
全財産で、債務者の全債務を清算してしまうという「清算型」手続の他に、一定程度の債務は免責しつつ
も、債務者の経済活動を更正・再建しながら続けさせ、そこからの収益をも配当にまわすという「再建
型」手続がある。「再建型」倒産手続は、会社については会社更生法、個人については民事再生法があ
る。興味のある学生は、こうした手続の異同について調べてみるとよい。
Ex. 2 権利の実現手続と債権者平等の原則 p. 4
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Ex. 3 担保∼保証と抵当権
2007年5月16日講義予定
1. 債権回収の確保の必要性と担保制度
債権者にとってのリスク:倒産リスク・無資力リスク
• 債権者平等の原則:強制執行や破産などにおいて、差押財産を換価した配当原資又は破産財団が、手
続に参加する全債権者の全債権を弁済するには不十分である場合に、各債権の額に応じて、按分比例
的に弁済が行われるべきとする原則。
• 破産免責制度:債務者が破産し、免責が認められると、債権者は債務者に対して債務の履行を請求で
きなくなるという制度。
担保:債務者が無資力に陥った場合や倒産した場合に備えて、債権者が債権の履行を確保するためにあらか
じめ講じておく手段(詳しくは民法Ⅲで学習する)
• 人的担保:債権を担保するため、債務者以外の者からも強制的に弁済を受けることができる法的制度
• 保証:債権者Aが、債務者Bに対する債権の担保のために、保証人となる第三者Cとの間で締結す
る契約で、Bが債務を履行しないときには、Bに代わってCがその債務を履行するという内容の契
約
• 連帯保証:保証の中でも特に保証人が主たる債務者と「連帯して」保証するとの内容の契約。通
常の保証契約が、主たる債務者に「代わって」弁済する責任を負うのに対して、連帯保証では保
証人自身が主たる債務を負っているのと同じような内容で責任を負うこととなる。
物的担保:債権を担保するため、債務者又は第三者の特定の財産から強制的に弁済を受けることがで
•
きる法的制度。このとき債権者が取得する権利は担保物権と呼ばれる。
• 抵当権:債務者又は第三者の所有する不動産上に債権者が設定する権利で、債務不履行があった
ときには目的物である不動産を売却し、その代金から優先弁済を受けることを内容とする権利
(369条以下)。特定の債権を担保する通常の抵当権と、一定の取引範囲から生じる債権を包括
的に担保する根抵当権(398条の2以下)がある。
Tips 「権利」を理解する枠組み
「権利」は、「誰が」(=主体)「誰(何)に対して」(=客体)「どのような内容の」権利を持つかと
いう枠組みにそって理解すること。例えば、抵当権であれば、「抵当権者(=債権者)」が「不動産(多
くは債務者所有)に対して」、「債務不履行に際して売却し、代金から優先回収を受けることを内容とす
る」権利と整理できる。
2. 保証契約
(1) 通常の保証契約
保証契約の締結:保証契約は、債権者と保証人の間で締結する(主たる債務者は契約当事者とならない)。
書面でしなければ契約は成立しない(保証契約の要式行為性・平成16年改正による446条2項)。
保証契約締結の効果:保証債務(主たる債務者が債務を履行しないときに、その履行をするという内容の債
務)が発生する
保証債務の性質:主たる債務が履行されないときに主債務者に代わって履行するという性質が、次の2点に
現れる
• 保証債務の附従性:保証債務は、主たる債務が成立しなければ成立せず、それが消滅すれば同時に消
滅し、これが移転すれば一緒に移転する(この性質は特に随伴性という)という性質。448条も参照
• 保証債務の補充性:主たる債務者が履行しない場合に、保証人の責任が発生するという性質。具体的
には保証人が次の2つの抗弁権をもつという形で規定されている。
• 催告の抗弁権:保証人が債権者から保証債務の履行を求められた場合に、まず主たる債務者に履
行を催告するよう求める権利(452条本文)
• 検索の抗弁権:保証人が債権者から保証債務の履行を求められた場合に、まず主たる債務者の財
産に執行をするよう求める権利。保証人の側で、主たる債務者が弁済をする資力を持ち、執行も
容易であることを証明する必要がある(453条)
Ex. 3 担保∼保証と抵当権 p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Case1 保証契約の成立
Aの子Bが、この春から大学に通うこととなった。Aは、入学金・授業料などを支払うために、国民生活金
融公庫(C)で教育ローンを組み、200万円を借り入れることにした。CはAと貸付契約(金銭消費貸借契
約)を結ぶにあたって、保証人を立てるように要求した。そこでAは、兄のDに依頼し保証人になってもら
うこととした。CとDは、Aの200万円の債務を保証する旨の契約を締結した。
主たる債務者
主たる債務
債権者
Finance Corp. C公庫
A
200万円
保証債務
Aが200万円支払わなかったら
200万円支払う
保証人
D
(2) 根保証契約
根保証(ねほしょう):債権者と主たる債務者の継続的な取引関係から生じる全ての債務を包括的に保証す
る契約。将来債務が発生する可能性がありさえすれば、根保証契約を締結する際には保証される債権が
現実に存在していなくてもよいとされる点で、附従性の例外といえる。
根保証の問題:将来に発生する債務を(しばしば無期限に)包括的に保証する契約であるため、保証人の責
任が際限なく膨らむ危険がある上、主たる債務者がすでに経済的に破綻状態にあっても債権者が貸付を
続け、保証人に過度の負担を押し付けるという問題があった
平成16年民法改正:こうした問題を解決するために平成16年民法改正により、第三編第一章第三節第四款
第二目(465条の2から465条の5)に「貸金等根保証契約」に関する規定が設けられた。
• 極度額の定めの必要性:極度額(保証人が負担する限度額)を定めない貸金等根保証契約は無効とさ
れる(465条の2第2項)
• 保証期間の限定:保証期間(元本確定期日までの期間)を定める場合には5年以内であることが必要
であり、定めていない場合には3年を経過する日に元本が確定するものとされる(465条の3・根保証
契約締結後に変更することができるが、この場合も変更から5年以内の日とする必要がある)
• 元本確定事由の定め:元本確定期日が到来する場合の他、主たる債務者が破産するなどした場合には
元本が確定する(465条の4)
Case2 根保証契約
Aは、個人経営のB株式会社の社長である。B会社は新規事業で必要となる材料をC社から定期的に購入す
ることを決定したが、C社はB社の代金債務をAが全て保証することを望んでいる。このためAとC社の間
で、C社が材料を納品することによって取得するB社に対する債権をAが包括的に保証することを内容とし
た根保証契約が締結された。
(3) 連帯保証契約
連帯保証:保証人が主たる債務者と「連帯して」保証債務を負うこと。
連帯保証における補充性の否定:連帯保証は通常の保証と異なり、保証債務の補充性が適用されない。従っ
て、連帯保証人は、催告の抗弁権・検索の抗弁権をもつことなく、いきなり主債務者同様の履行責任を
負うこととなる(454条)。債権者にとって、主債務者への催告・執行を先に行う必要がなく簡便である
ため、ほとんどの保証契約が連帯保証契約として締結されている。
3. 抵当権
抵当権を設定された不動産をめぐる権利関係:
• 所有権:元の所有者(抵当権設定者)の所有にとどまる
Ex. 3 担保∼保証と抵当権 p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
• 使用・収益をする権利:抵当権設定者が引き続き不動産を使用・収益できる(=使用価値は抵当権設
定者が把握する)。これによって債務を弁済することが期待されている。
• 不動産が処分(売却)された場合:不動産の譲受人は抵当権が設定された状態の(抵当権の負担のつ
いた)不動産を取得する(従って不動産の価格は、抵当権のついていない不動産に比べて安くなる)
• 抵当権者のもつ権利:債務不履行があったときに、不動産を裁判所の手続を通じて売却し(強制執行
における差押え・競売と同様の手続をとる)、その売却代金から、他の債権者に先立って弁済を受け
ることができる(優先弁済)。一般に「交換価値を支配している」と表現する。
抵当権の設定:抵当権は、債権者(抵当権者)と抵当権の目的物となる不動産の所有者(=抵当権設定者:
債務者自身のことも第三者(=物上保証人)のこともある)の間で抵当権設定契約を締結することで設
定する。さらに、抵当権が設定された旨の登記が行われる。
債務者
者
=不動産所有
者
=抵当権設定
債権者=抵当
被担保債権
抵当権
所有権
債務者以外の者が、自己の所有する
不動産に抵当権を設定し抵当権設定
者となることもある。このときの抵
当権設定者を物上保証人という。
権者
甲
Case3 抵当権
A株式会社は、新しい工場を建てようとB銀行に対して3,000万円の融資を申し込んだ。B銀行がA社の財
産状態を調べたところ、工場用地としてA社は土地甲を所有しており、この価値が5,000万円ほどになる一
方、A社はC銀行からも3,000万円の融資を受けていることがわかった。
B銀行が3,000万円を貸し付けた後にA社が破産してしまうと、配当は2,500万円にとどまることとな
る。 新しい事業がうまくいくという保証はないため、B銀行ではこのままでは融資を行えないと考えてい
る。B銀行はA社に保証人をたてるよう勧めてみたが、金額が大きいため保証人のなり手はなかった。また
土地甲を売却すれば資金は手に入るが、今度は建設用地がなくなってしまうこととなる。
そこでA社とB銀行は、土地甲に抵当権を設定することで、B銀行の債権を担保することとした。この抵
当権が登記されると、C銀行に対しても優先効が認められる。すなわち万一A社が破産しても、B銀行は抵
当権の実行を裁判所に申し立てることで、甲の売却代金から先に3,000万円を回収できることとなる(残
りの2,000万円がC銀行への弁済に充てられる)。
Info 抵当権の順位
一つの不動産には、同時に複数の抵当権を設定することができる。例えばAがB・C・D・Eの四者に対し
てそれぞれ1,000万円の債務を負っている一方、土地甲を所有しているとする。ここでAが、B・C・Dの三
者に抵当権を設定したとすると、抵当権の登記の順に一番抵当権、二番抵当権、三番抵当権と順位がつけ
られる(ここでは仮にB→C→Dの順だとしよう。このとき担保を設定してもらっていないEを無担保債権
者という)。そして抵当権が実行され甲が売却されると、その売却代金からは、まず一番抵当権者であるB
が1,000万円をC・D・Eに先立って回収できる。残余があれば続いてCが1,000万円を、さらに残余があれ
ばDが1,000万円を回収し、全ての抵当権者に対する弁済が終わった後に、無担保債権者への弁済が行われ
る。
Ex. 3 担保∼保証と抵当権 p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
06 契約の成立と解釈
2007年5月9日講義予定
1. 契約の成立
甲を5000万円で
売ろうと思います
要件:
申込みと承諾の合致
A
甲を5000万円で
買おうと思います
B
契約
甲の明渡し・登記の移転
A
代金の支払い
効果:
債権・債務の発生
B
申込み:相手方が承諾すれば契約を成立させ、権利・義務を発生させるという意思を表示したもの
cf. 申込みの誘引:他人を誘って申込みをさせようという意思の表明。相手方がこれに応じたときに直ちに契約を成
立させる趣旨なのかどうかによって申込みと区別されるが、しばしばその区別は難しいとされる。
承諾:相手方の申込みを受け入れて契約を成立させ、権利・義務を発生させるという意思を表示したもの
→いずれも意思表示の一種である
=一定の法律効果(ここでは売買契約に基づく債権・債務の発生)を欲する意思を、外部に対
して表示する行為(ここではその旨を発言する行為)
Info 「要件」「効果」という用語の確認
要件:ある制度(=法律要件。ここでは契約)が成立するために必要となる事実
効果:ある制度(=法律要件。ここでは契約)から生じる権利義務関係の変動(権利義務の発生・変更・
消滅)
2. 法律行為と私的自治の原則
(1) 法律行為とは
法律行為:法律効果の発生を欲する者に、その欲する通りの法律効果を生じさせる制度。意思表示が要件に
含まれる。契約、単独行為、合同行為の3種がある。
• 契約:互いに対立する複数の意思表示が合致することによって成立する法律行為
• 単独行為:一つの意思表示のみで成立する法律行為(例:取消・追認・解除権の行使、遺言など)
• 合同行為:同じ内容の複数の意思表示によって成立する法律行為(例:社団法人の設立行為)
Check
「契約」という法律用語について、「法律行為」「意思表示」「法律行為」の3語を用いて、説明してみ
てください。
(2) 私的自治の原則
私的自治の原則:自由で平等である個人を拘束し、権利義務関係を生じさせるのは、その個人の意思による
べきであるという考え方(権利能力平等、所有権絶対と並ぶ民法三大原則の一つ)
←法律行為制度は、意思表示を要件として権利義務関係を生じさせるという意味で、この私的自治の原則を
最も端的に体現した制度といえる
06 契約の成立と解釈 p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
契約自由の原則:私的自治の原則の現れの一つで、個人の契約関係は、その契約当事者の自由な意思によっ
て決定される(とりわけ国家からの干渉は排除されるべき)とする原則。契約を締結するかどうかはも
ちろん、誰とどのような内容の契約を結ぶかということについても及ぶ。
契約自由の原則に対する例外:ただし、経済的弱者の保護、その他の秩序維持のために一定の内容が国に
よって強制されたり、場合によっては契約の締結そのものが強制されることもある。また、取引社会の
発展による約款の使用のように、契約の締結・内容が当事者の自由な意思によるとはいえない場合も少
なくない。
3. 隔地者間の契約の効力発生時期
(1) 問題の所在
隔地者:意思表示が即時に到達しない相手方( 対話者)
# 一般には、空間的な隔たりが問題ではなく、時間的な隔たりが問題なのであるから、遠隔地にいる者でも電話
で話をする場合には隔地者にあたらないと解している。もっとも私は若干疑問がある。実質的な理由として
は、隔地者であることの問題は、意思表示が届くまでのタイム・ラグという側面とともに、不到達のリスクと
いう側面もあるはずであるということがある。形式的には、電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の
特例に関する法律2条4項及び4条によれば、電話による承諾も隔地者間の契約に関する民法526条1項が適用さ
れうることを前提にしているということがある(特別法を考慮して民法を解釈するというのはおかしな話かも
しれないが)。
• 意思表示が即時に到達しない=このタイムラグの間に意思表示を撤回することは可能か
• 意思表示が到達しない危険がある=このリスクを負担するのは誰か
(2) 隔地者間の意思表示の効力発生時期に関する原則=到達主義
意思表示の伝達過程:「表白→発信→到達→了知」という経過をたどるものと分析されている
表白:意思が外部に客観化されること。発言する、手紙を書くなど。
この段階では、相手方は意思
発信:意思表示が相手方に向けて送り出されること。外部に表される
こと。手紙をポストに投函するなど
表示の存在・内容を了知する
可能性すら与えられていない
到達:意思表示が相手方のもとに届くこと。手紙が郵便受けに配達されるなど。
了知:相手方が実際に意思表示の存在と内容を知ること。
手紙を読むなど。
この段階にいたらないと意思表示の効力
が発生しないのなら、相手方はいつまで
も手紙を読まずにおくことで意思表示の
効力を発生させずにおくことが出来る
到達主義:隔地者間での意思表示の効力が発生する時期を、意思表示が相手方に到達したときとする立法主
義。日本では民法97条1項により、到達主義が原則とされている。
到達主義をとる理由:
• 存在・内容を了知する可能性すらないままに、意思表示の効力を相手方に押し付けることは相手方にとっ
て大きな不利益となる可能性がある
• 逆に、相手方が意思表示の存在及び内容を了知できる状態にある以上、現実に了知していなくても相手方
にとって不利になるわけではない
• 意思表示を発信しても到達しなければ効力が発生しないという点では表意者の不利であるが、より確実な
通信手段を用いたり、到達したか否かを確認する手段を付したりするなどの対策を表意者はとることがで
きる(逆に相手方はこうした対策をとることができない)
Case Law 到達とは
• 「相手方によって直接受領され又は了知されることを要するものではなく、意思表示又は通知を記載し
た書面が、相手方のいわゆる支配圏内に置かれることをもって足りる」(最高裁昭和43年12月17日判
決・民集22巻13号2998頁)
06 契約の成立と解釈 p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Case Law 到達したとされた事例
• 会社に対する郵便を、たまたま会社事務室に居合わせた社長の娘が受け取り、これを机の引き出しに入
れておいたが、特にこの会社の社員に郵便を受け取ったことを告げていなかった場合(最高裁昭和36年4
月20日判決・民集15巻4号774頁)
• 郵便が受取人不在のため配達されなかったが、受取人が不在通知を受け取っていたという場合で、受取
人が郵便の内容を推測でき、かつ郵便物を受け取ろうと思えば簡単に受け取れたという場合には、たと
えこの郵便が留置期間を過ぎたため差出人に還付されたとしても、受取人に到達したといえる(最高裁
平成10年6月11日判決・ 民集52巻4号1034頁[百選21事件])
Case1-1 申込みの意思表示の効力発生時期(到達主義)
京都に住む作家Aは、毎年夏になると、長野のとある老舗旅館Bに2ヶ月ほど避暑をするのを常としてい
た。5月5日にAは、7月15日から8月末まで滞在したいと、いつものように毛筆の手紙をしたためた。Aは
この手紙を5月6日にポストに投函した。手紙は5月7日にBの元に届いたが、その日は支配人がたまたま不
在であり、支配人が手紙を読んだのは翌日8日のことだった。
さて、他方でポストに手紙を投函して自宅に戻ってきたAの元に、旧友のCから電話がかかってきた。C
が7月17日の祇園祭・山鉾巡行を見に京都に出てくるので、そのときAに会いたいと言うので、AはBにし
た宿泊の申込みを変更したい。この場合、申込みが効力をもつ(A及びBを拘束する)のはその到達のとき
である5月7日であるから、それ以前にAがBに電話をかけるなどすれば、申込みを変更することができる。
(3) 承諾の効力発生(契約成立)時期に関する例外=発信主義
発信主義:隔地者間での意思表示の効力が発生する時期を、表意者が意思表示を発信したときとする立法主
義。到達主義が原則とされている中、承諾の意思表示では例外的に発信主義がとられている(526条1
項)
承諾の意思表示について発信主義をとる理由:
• 承諾の意思表示の相手方(=申込者)は、自分に対して意思表示がなされる可能性(さらにその内容)を
知っている
• 承諾者は、発信と同時に契約の履行準備に取りかかることができ、取引の迅速という要請にかなう
Info 発信主義がとられるその他の例
この他民法上発信主義が採用されている例として、制限行為能力者の相手方がした催告に対する確答(20
条)がある。制限行為能力者を保護するためである。さらに民法以外では、割賦販売法・特定商取引に関
する法律上のクーリング・オフが、買主を保護する趣旨から発信主義をとっている。
Advanced 発信主義の合理性
他国の法制度を見ると、発信主義は必ずしも多数派ではない。発信主義の問題点については、内田43頁以
下及び四宮=能見224頁以下などを参照。
Case1-2 承諾の意思表示の効力発生時期(発信主義)
Case1-1で、結局申込みは変更されなかったものとする。Bは5/9に「承知いたしました。お部屋を準備し
お待ちしています」との返事を書き、その日の夕方にポストに投函した。承諾の意思表示については発信
主義がとられるため、この手紙がAに届こうと届くまいと、この時点で契約は成立することとなる。
(4) 例外の例外:電子承諾通知に関する発信主義の排除
電子承諾通知:電気通信回線を介して、申込者と承諾者が電子端末(パソコン、ファックス、電話、テレッ
クス)をつないで、承諾の意思表示を通信すること(電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の
特例に関する法律2条4項)
電子承諾通知における発信主義の排除:電子承諾通知については526条1項の適用が排除される(同4条)
→原則に戻って到達主義が採用される
06 契約の成立と解釈 p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
発信主義が排除される理由:
• 意思表示が届くまでに時間がかからないため、承諾者がすぐに契約の準備に取りかかれるように、発信主
義をとる必要がない
• むしろ、承諾の意思表示が何らかの事故で届かなかった場合に、承諾の相手方が契約の成立を全く知らな
いままに契約上の義務を負うという不都合を回避するために、到達主義の原則にかえっている
Case1-3 電子承諾通知における発信主義の排除
Case1-2で、Bは宿泊を承諾する書類を手紙ではなくファックスでAに送信した。しかし、このときたまた
まNTTの回線にトラブルが生じており、ファックスはAには到達しなかった。電子承諾通知の場合には原
則にかえって到達主義がとられるため、Bの承諾の意思表示がAに到達していない本件では、契約は成立し
ないこととなる。
4. 意思表示(契約)の解釈
(1) 意思表示の解釈の必要性
意思表示の解釈:意思表示の内容を確定すること
Case2-1 意味を確定する必要のある意思表示
AはBに対して、「1グロスのボールペンを10,000円で売る」と発言し、Bはこれに対してうなずいた。1グ
ロスとは本来12ダース(=144本)であるが、Aは10ダース(=120本)であると勘違いしていた(Bは勘
違いすることなく、144本を10,000円で買うつもりでいた)。この場合、A及びBがそれぞれした意思表示
の内容はどのようなものとなるか。
(2) 意思表示の構造
伝統的な通説は、意思表示を以下の3段階にわけて理解する
• 効果意思:まず表意者の心の中に、ある法律効果を発生させようという意思が生じる
• 表示意識(表示意思):次に、その効果意思を外部に表明しようという意思が生じる
ただし、通説は表示意識がなくても意思表示は有効に成立するとの立場をとっているため、以下の授業では深く
触れることはしない
• 表示行為:そして実際に外部的に表明する行為が行われる。この行為は発言の他、身ぶり・手ぶりなどで
もよい。
Aの内心の意思(効果意思):
ボールペン120本を
10,000円で売ろう
A
Aの行った表示行為:
ボールペン1グロスを
10,000円で売る
(3) 意思表示の解釈:客観的解釈説とその問題点
客観的解釈説:意思表示の解釈にあたって、効果意思は問題とせず、表示行為がもつ社会的な意味を明らか
にするべきとする説(通説)
具体例:
• Aの意思表示の内容:効果意思(120本を10,000円)ではなく、表示行為(1グロスを10,000円)の
もつ社会的意味がAのした意思表示の内容として確定される。「1グロス」が社会でもっている意味が
「144本」である以上、Aのした意思表示の内容は「ボールペン144本を10,000円で売る」と解釈され
る。
• Bの意思表示の内容:うなずくという表示行為が、このケースの文脈(「1グロスを10,000円で買わな
いか」と声をかけられている状況)でもつ社会的意味に従い、「ボールペン144本を10,000円で買
う」という内容であると解釈される。
• AとBの契約の内容:Aの意思表示の内容とBの意思表示の内容は、「ボールペン144本を10,000円で
売買する」との内容で合致しているので、これが契約の内容となる。
06 契約の成立と解釈 p. 4
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
客観的解釈を行う理由:
• 表意者(例えばA)の内心は他人からはうかがい知ることができないので、それを基準にすると相手方
(B)が予期しない損害を被る可能性がある(相手方の信頼保護)
• ひいては、社会の中で安心して契約を結ぶことができなくなる(取引安全の保護)
• 客観的意味は、通常人であれば理解できるはずのものであるから、それと異なる意味でとらえた表意者
(A)が不利益を被るのはやむを得ない(表意者の帰責性)
客観的解釈説の問題:AもBも1グロスを10ダース=120本と考えていたような場合にも、契約の内容が
「144本・10,000円」ということになってしまうが、当事者のどちらも考えていなかったような内容で
契約が成立してよいかという問題が生じる
→ ここから様々な批判説が展開されるが、ここでは詳細には触れない
Info 勘違いをしたAの保護
この事例では、Aの内心の意思(効果意思)とは異なった意味内容で、Aの意思表示の内容が確定される。
それによってAは不利益を被る可能性がある。この不利益に対する救済の可否・内容は、「錯誤」という
制度により契約が無効になるかどうかという形で論じられる。
(4) 契約の補充
契約の補充:当事者の意思が欠けている部分(契約の中で決めていない部分)について、それを補うこと
補充手段:民法上の規定によるというのが一つの例である
Case2-2 民法の規定による契約の補充
Case2-1で、結局144本のボールペンを10,000円で売買するという契約が成立したとする。しかし、Aが3
日後にBの店にボールペンを配達することは決められたものの、代金をいつ・どこで支払うかは決められな
かった。この場合、代金の支払いに関する契約上のルールは、民法573条により目的物の引渡しと同時
に、民法574条により目的物を引き渡す場所(Bの店)で行われるべきものと補充される。
(5) 任意規定
補充規定:当事者の意思が欠けている部分を補充するための(民法などの)法律上の規定
解釈規定:契約の法律上の意味内容が不明確な場合に、その意味を確定するための(民法などの)法律上の
規定。「手付けを支払う」との条項があるときにこれを違約罰ではなく「解約手付け」と解釈する557
条、「契約に違反したときには金○円を支払う」との条項があるときに、これを損害賠償額の予定と解
釈する420条3項などがその例
←いずれも、当事者の意思が欠けている場合・不明確な場合に働く規定である
=当事者が明確な意思を表示している場合には、法規定よりも当事者の意思が優先する(cf. 91条)
=任意規定( 強行規定)
Info 任意規定・強行規定
民法上では、任意規定は「公の秩序に関しない規定」(91条)と表現され、強行規定は逆に「公の秩序に
関する規定」と表現される。
Case2-3 当事者の意思の任意規定に対する優先
Case2-2で、AとBが代金支払について「ボールペンの納品時にAがBに振込伝票を渡し、Bが3日以内に銀
行振込をする」と約束していたとする。この場合、民法573条の規定にかかわらず支払い期日は納品から3
日後となり、民法574条の規定にかかわらずBは自分の店ではなく銀行からの振込で代金を支払えばよいこ
ととなる。
06 契約の成立と解釈 p. 5
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
07-1. 物権変動(その1・物権変動時期と公示の原則)
2007年5月18日講義予定
1. 物権変動の時期
(1) 物権変動における意思主義
物権変動における意思主義:物権変動(物権の設定や移転)は、当事者の意思表示のみによって効力を生じ
るとする立法主義(176条)。逆に、当事者の意思表示だけでは足りず、一定の形式(登記名義の移転や
目的物の引渡し)を伴う必要があるとする考え方を形式主義という。
売買契約の履行過程
売買契約締結
代金支払い
目的物引渡し
登記名義移転
(不動産のみ)
この時点ですでに所有権は
買主に移転していることとなる
意思主義をとる理由:
• 私的自治の原則からの素直な帰結
• 売買契約締結後、一定の形式を備えるまで所有権を得られないとすると、この間の不法行為から買主を保
護することができない
意思表示時に物権変動が生じない場合:当事者が物権変動時期について合意していたような場合には、契約
時ではなく、合意された時期に物権変動が生じる。
「代金が払われないときには売買契約は解除される」という約束がある場合について、代金支払時をもって所有
権を移転させる趣旨であったと解釈する判決がある(最高裁昭和35年3月22日判決・民集17巻4号501頁)
Advanced 物権変動時期に関する批判説
契約締結があっただけで物権が変動するという考え方に対しては、次のような批判が向けられている
批判①:登記・引渡・代金支払時移転説
契約締結時に所有権が移転するというのは早すぎると考え、登記移転・引渡し・代金支払いのいずれかが
あったときに物権変動が生じると考える説。その根拠は二つにわかれる
(1) 当事者の通常の意思(あるいは社会における取引慣行)に従うべき
「お金を払ったら・登記を移したら、自分の物になる」というのが普通の考え方であり、それに
従って考えるべきである。
(2) 売買契約のような有償契約では、売主と買主の一方だけが利益を受けるようなことがあってはなら
ない
• 買主は義務を履行する(=代金を支払う)まで所有権を手に入れられないとするべきである
• 但し売主が代金支払前に登記を移転したり引渡しをしたりした場合には、買主を特に信頼したと
いうことであるから、所有権の移転を認めてよい
批判②:確定不要説・段階的移転説
「所有権をもっている」ということの意味は多様であり、全てが同時に移転すると解する必要はないた
め、「所有権」の移転時期を確定する必要はないと考える説。「所有権の移転時期」として一括して論じ
るのではなく、問題となる事項ごとに考えることとなる。
(例)
• 災害などで目的物が滅失したときに、その損害を自分で負担する → 危険負担(534-536条)
• 所有物から生じてくる利益を享受する → 売買契約における果実の帰属(575条1項)
• 第三者に所有物を売却することができる → 対抗要件(177条)
07-1. 物権変動(その1・物権変動時期と公示の原則) p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(2) 意思主義の問題点と公示の原則
意思主義の問題点:当事者間の意思表示のみで物権変動が生じるとすると、これを認識することができない
第三者が不測の損害を被る危険がある
Case1-1 意思主義の問題点
Aは、自己の所有する土地甲をBに売却した。意思主義のもとでは、これによって所有権はBに移ることと
なる。しかしその後、この売買契約を知らないCがAのもとを訪れ、「あなたのもっている甲を売ってほし
い」と契約締結を持ちかけるかもしれない。このときAが、故意又は過失で、Cと甲の売買契約を締結(二
重譲渡/二重売買)し、代金を受け取れば、Cは所有権を取得することができないままに不測の損害を被
ることとなる。
公示の原則:物権などの排他的な権利の変動は,外部から認識できる方法(=公示手段)を伴わなければな
らないとする原則。わが国では、意思主義をとりつつ公示の原則もみたすために、対抗要件主義を組み
合わせた物権変動制度を採用している。
2. 対抗要件主義
対抗要件:当事者間(売買契約であれば売主と買主)の間で生じている法律関係を、第三者に主張するため
に必要となる要件。第三者は、対抗要件が備えられていない法律関係を、ないものと扱うことができる
物権変動における対抗要件:不動産の場合と動産の場合で異なる
• 不動産の場合:不動産登記法などの規定に従い登記をすること(177条)
• 動産の場合:目的物を引き渡す(占有を移転する)こと(178条)
動産物権変動について登記を対抗要件としない理由:
• 動産は種類も数も多く、全てを把握することができない
• 動産は取引が頻繁であり、全ての取引を記録することは現実的でない
Case1-2 対抗要件を具備することの意味
Case1-1で、Bが甲の所有権を取得したことについての登記を得る前にA-C間の売買が行われ、Cが先に甲
の所有権を取得したことについての登記を得たとする。このとき、Bは登記という対抗要件を備えていない
ためにCに対して自己が甲の所有者であると主張することはできず、むしろCの方がBに対して、自分が甲
の所有者であると主張することができる。
•Cが登記を備えた段階で、Cが確定的に所有権を取得しており、Bは所有権を失ったのと同じ状態になる。ただ
し法律的にはあくまでBは「自己がもつ所有権を他人に主張できない」状態であるに過ぎない。
•Bの救済は、Aに対する売買契約の不履行を理由とする損害賠償請求によって図ることとなる。またAが仮に故
意に二重譲渡を行っていたような場合には、横領罪などの犯罪が成立することもある。
Case2 抵当権の設定と対抗要件
Aは、B銀行から融資を受けるにあたって、自己所有の土地甲に抵当権を設定した。その後、Aは甲をCに
売却した。このとき、抵当権の登記が行われていれば、B銀行は甲の上に抵当権を有していることを、Cに
も主張することができる(Aに債務不履行があれば抵当権を実行できる)。これに対してB銀行が抵当権の
登記をする前に、Cが所有権取得の登記を備えると、B銀行は抵当権をCに対して対抗することができなく
なる。
07-1. 物権変動(その1・物権変動時期と公示の原則) p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Advanced 対抗問題の理論的説明
対抗要件主義を適用した結果がどうなるかについては、以上のような説明で明確であろう。しかし、理論
的に考えてみると、Bとの売買契約により本来甲の所有権を失っているはずのAが、なぜ再び甲を譲渡する
ことができるのかということについて説明が必要となる。学説では以下のような説明が試みられている。
①Aもまた所有権を残しているという説明の仕方(不完全物権変動説:伝統的通説)
Bが取得した物権は登記を備えるまでは不完全であり、その裏返しとしてAは未だ所有権を残していると
する考え方。このAから譲渡を受けたCもこの(不完全な)物権を取得し、登記を備えることで確定的
な所有者となると考える。
②Aは所有権をもっていないという説明の仕方(公信力説)
売買により所有権は完全にBに移り、Aは無権利者になるのであるが、登記を信頼したCを保護する必要
があるため、特別にCが所有権を取得することを認めるとする考え方(この説ではCが少なくとも悪意で
ないことを要する)。
③所有権の所在について考える必要はないとする説(法定制度説)
売買契約によってAは確かに無権利になるが、それでもCに甲を売却でき、しかもCが先に登記を備えれ
ばAに優先する旨を定めたのが177条の趣旨である以上、所有権の所在などを問う必要はないとする
説。
3. 不動産物権変動の対抗要件
(1) 登記制度
不動産登記:不動産の権利関係を明らかにするために、国が設置する帳簿(不動産登記簿・もっとも現在は
電子ファイル化されている)に記載すること。この事務を行う国の役所は、登記所と呼ばれ、法務局・
地方法務局などが登記所としての働きをすることとなっている。
不動産登記簿の例は、佐久間2・47頁、内田433-435頁などを参照。
登記手続:登記によって利益を得る者(登記権利者:例えば買主)と、登記によって不利益を受ける者(登
記義務者:例えば売主)とが、共同で登記所に申請する(共同申請主義:不動産登記法60)。ただし、
登記義務者が登記申請に協力しないときには、登記権利者は登記義務者に対して訴訟を提起することに
なる。ただし通常の場合と異なり、勝訴した後に執行手続を踏む必要はなく、確定判決をもっていれば
登記権利者が単独で登記申請を行うことができる(不動産登記法63条1項)。
(2) 登記を要する物権変動
Advanced 登記を要する物権変動
判例は、物権変動を生じさせた原因が何であろうと、対抗要件として登記が必要であるとの立場をとって
いると言われている(物権変動原因に関する無制限説)。これに関連して、とりわけ「取消しと登記」
「解除と登記」「共同相続と登記」「遺産分割と登記」「相続放棄と登記」「取得時効と登記」といった
問題について議論があるが、ここでは深く検討しない(詳細は佐久間2・85頁以下)。
(3) 登記なくして対抗できる第三者
「177条の第三者」に関する制限説:判例は、民法177条にいう「第三者」は、およそあらゆる者をさすわ
けではなく、「不動産に関する物権の得喪
変更の登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者」に限定されるとの立場をとっている=「正当な利益」
をもたない者に対しては、登記を備えずして物権変動を対抗することができる
制限説をとる理由:公示の原則は、物権変動について公示しないと第三者が不測の損害を被るということを
根拠に要求されるのだから、逆に不測の損害を被ることがない者については、こうした要請を考慮する
必要がないと考えられるため。
(a) 不法行為者・不法占有者
登記を経ていない土地・建物に対して不法行為をはたらく者や、こうした土地・建物を不法に占拠している
者に対しては、所有者は登記なくして所有権を主張し、損害賠償や妨害排除を求めることができる。
←これらの者はそもそも自己が所有権を取得したと主張しているわけではなく、対抗問題とならない
07-1. 物権変動(その1・物権変動時期と公示の原則) p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(b) 実質的無権利者
およそ当該不動産に対して権利を持たない者(実体的無権利者)に対して、所有者は登記なくして所有権を
主張することができる
Case3 実体的無権利者
Aが所有する土地甲について、Bは書類を偽造して名義を自分に移した。さらにBは、甲をCに売却し、Cが
登記を備えた。AがCに対して所有権を主張し、甲の返還を求めてきたときに、CはAの登記欠缺を理由に
この主張に反論することができない。甲に対する所有権を有していないBと売買契約を結んだCは、甲に対
する所有権を取得していない無権利者であり、Aは登記なくして所有権を対抗することができるからである
(この場合のCの保護については07-2を参照)。
(c) 背信的悪意者
背信的悪意者:登記が真の権利状態を反映していないことを知っている(悪意)のみならず、ここで真の権
利者が登記を備えていないと指摘して利益を得ることが信義に反することとなる者。背信的悪意者に対
しても、所有者は登記なくして所有権を主張することができるとされている
Info 善意と悪意
善意=ある事実を知らないこと
悪意=ある事実を知っていること
いずれも道徳的な善悪や、法律上の違法性とは無関係に、単に知・不知を意味するだけである。
背信的悪意者の例:
①不当に利益をあげようとする意図をもって不動産を取得した者
②第三者が所有権を取得する(取得した)ことを前提とする行動をしながら、それに矛盾する主張をする者
Case4 背信的悪意者
①A所有の土地を、Bが購入した。Bは登記を得ないままに、この土地を20年以上も使い続けている。こう
した事情を知っていたCは、この土地をAから時価の15%程度の値段で購入し登記名義を移すと、Bに対
してこの土地を高額で購入するよう迫った。このように、不当な利益をあげる意図をもって不動産を取
得したCは、いわゆる背信的悪意者にあたると解され、Bは登記なくして土地の所有権を対抗できる。
(最高裁昭和43年8月2日判決・民集22巻8号1571頁)
②DとEとの間で、DがEに山林を贈与し、登記も早期にEに移転する旨を内容とする和解が締結された。こ
の和解締結の際には、Fが立会人として交渉に関与し、和解条項を記した書面に署名捺印もしていた。と
ころがその後、FとDの間にトラブルが生じ、FはDに対する債権に基づいて、この山林を(Dの所有物と
して)差し押さえてしまった。このとき、Fは、一度はEの所有権取得を認める行動をとっているにもか
かわらず、今度はEの所有権取得を否定するような矛盾した行動をとっているのであり、背信的悪意者に
あたると解される。そのためEは、登記なくして、この山林が自己の所有物であることを主張して、Fの
した差押えを排除することができる。
(最高裁昭和43年11月15日・民集22巻12号2671頁)
07-1. 物権変動(その1・物権変動時期と公示の原則) p. 4
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Advanced 善意悪意不問説の妥当性
背信的悪意者排除説は、前提として、単に登記が真の権利状態を反映していないことを知っているだけ
の者(単純悪意者)に対しては、権利者は登記がないと権利を対抗できないと考えている。つまり、土地
甲の所有者Aが、まずBに、続いてCに甲を売却し、Cが先に登記を備えたという場合には、仮にCがA-B間
で先に売買が行われていたことを知っていたとしても、登記を備えていないBはCに対して所有権を主張で
きないという結論となる。
こうした結論をとることについては、いわゆる「自由競争論」が根拠としてあげられている。すなわち
自由競争が認められている社会においては、物の取得をめぐって他人と競争して、他人よりも有利な条件
を示して物を取得することも許される。物権を取得した者は、登記を得ることで権利を確実なものとしな
いままに他の競争者に破れて権利を失ったとしても仕方がないという考え方である。 もっとも学説では、
こうした自由競争論に対して批判がある。
なお自由競争論からは、背信的悪意者に対しては登記なくして物権を対抗することができるとする理由
について、背信的悪意者は取引上の信義に反しているという意味で、自由競争の限界を超えているためで
あると説明することとなる。 4. 動産物権変動の対抗要件
引渡し:物の占有を移転すること。ただし、現実に物を引き渡す場合(現実の引渡し)の他に、取引上の便
宜に鑑みて3種類の引渡方法が民法上定められている(下図を参照)。
占有の移転(引渡し)前
現実の
引渡し
簡易の
引渡し
占有の移転(引渡し)後
直接占有
直接占有
売主
買主
間接占有
売主
売主
直接占有
直接占有
買主
売主
直接占有
占有改定
売主
買主
買主
直接占有
買主
売主
買主
間接占有
指図による
占有移転
売主
間接占有
買主
直接占有
占有代理人
間接占有
売主
買主
直接占有
占有代理人
07-1. 物権変動(その1・物権変動時期と公示の原則) p. 5
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
• 簡易の引渡し:譲受人がすでに目的物を所持している場合に、現実の引渡しをしないで、単に当事者間の
意思表示だけで占有を移転すること(182条2項)。
• 占有改定:譲渡人が、自己の所持している目的物について、今後は譲受人のために占有するという意思表
示をすることで、譲渡人から譲受人に占有を移転すること(183条)。これにより、譲受人は間接占有を
取得することとなる。
• 指図による占有移転:譲渡人が、占有代理人に直接占有をさせている場合において、この占有代理人に対
して、今後は譲受人のために占有せよと命じることで、譲渡人から譲受人に占有を移転すること(184
条)。これにより、譲受人は間接占有を取得することとなる。
Info 直接占有と間接占有
占有とは、(自己のためにする意思を持って)物を所持することをいうが(180条)、自分が現実に・物
理的に物を支配している場合にのみ認められるものではなく、他人(占有代理人)を介して占有すること
もできる。例えば、物を他人に貸している者(賃貸人)や預けている者(寄託者)は、借りている者(賃
借人)や預かっている者(受寄者)を介して占有していると理解されている(181条)。このとき、現実に
物を所持している賃借人や受寄者が「直接占有者」、これらの物を介して占有をしている賃貸人や寄託者
は「間接占有者」と呼ばれる。
Case5 動産物権変動の対抗要件①現実の引渡しと占有改定
①Aが所有するパソコン甲をBが購入した。その後、Bが甲を引き取らずにいるうちに、Aの家を訪れたCが
Aからこの甲を購入し、自宅に持ち帰った。現実の引渡しによってCが先に対抗要件を備えているため、
Bは自分が甲の所有権を取得したことをCに対して主張することができない。
②これに対して、Bが甲を購入したときに、Aとの間で寄託契約を締結し、AがBのために甲を預かるとの
意思表示が行われていたときには、Aのもとに現実の所持が残されたままであっても、Bは占有改定によ
る引渡しを受けたこととなる。このため、後にCが甲を購入したとしても(さらに引渡しを受けたとして
も)、BはCに対して甲の所有権を対抗することができる。
②では、Bが占有改定による引渡しを受けたとしても、外観上Aの占有状態には何も変化がない。占有改定は物権
変動を公示する手段としては非常に弱いといえる。 このため、CはAに所有権があるものと信頼して、Aから甲を
購入してしまう危険が高い。こうした場合のCの保護については、「即時取得」という制度が設けられている
(レジュメ07-2を参照)。
Case6 動産物権変動の対抗要件②指図による占有移転
Aは、大阪で製造した工業部品(甲)を、東京で販売しようと、運送業者Bに運送を依頼した。BがAから
甲を受け取り東京に向けて運送している間に、Aは東京のCとの間で甲の売買契約を締結した。Aは、Bに
対して、甲をCに売却した旨を伝え、以後はCの指示に従って甲を配送するようにと指示をした。この場
合、Cはすでに指図による占有移転によって、引渡しを受けたこととなる。
Info 動産に関する登記制度
動産物権変動の対抗要件は引渡しとされているが、例外的に登記制度も設けられている。
①まず、自動車・船舶・航空機などでは、登記・登録を備えることが物権変動の対抗要件とされている
(道路運送車両法5条1項、商法687条、航空法3条の3)。
②次に、こうした特別の動産に限らず、およそ全ての動産について、「動産及び債権の譲渡の対抗要件に
関する民法の特例等に関する法律」に基づいて、動産譲渡登記を行うことができる。同法3条1項は「法
人が動産……を譲渡した場合において、当該動産の譲渡につき動産譲渡登記ファイルに譲渡の登記がさ
れたときは、当該動産について、民法第178条の引渡しがあったものとみなす。」と規定している。占有
改定に比べて公示力が強い公示手段を確保することによって、「動産譲渡担保」(→詳しくは「担保物
権」で)を行いやすくすることを目的とした法律である。
07-1. 物権変動(その1・物権変動時期と公示の原則) p. 6
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
07-2. 物権変動(その2・公信の原則)
2007年5月23日講義予定
1. 動産の即時取得
(1) 即時取得(192-194条)の必要性 →レジュメ07-1Case5も参照
即時取得(善意取得):無権利で動産を占有している者を正当な権利者と誤信して取引した者が、その動産
について完全な権利を取得すること。これに伴って真の所有権者は、その権利を失うこととなる。
即時取得制度の必要性:
①動産物権変動における対抗要件制度のもつ問題点:公示力が不十分 →レジュメ07-1Case5も参照
対抗要件を備えても外観上権利移転があったことが明確にならない場合がある(ex. 引渡しは現実の引渡
しに限らず、占有改定のような方法もある)
=第二買受人は、すでに対抗要件を備えた第一買受人がいることを知らずに取引関係に入ってしまう危
険がある
②動産取引における取引保護の必要性の強さ
不動産に比べて迅速かつ頻繁に取引が現実に行われているし、その流通の容易さを確保する必要がある
=動産を占有している者を真の権利者と信じることが許されなければ、買主となろうとする者は、権利
関係についての慎重な調査をするか、取引をあきらめるかするしか選択肢がなくなるが、それでは動
産の円滑な流通が阻害されてしまう
Case1 即時取得の必要性
A宅を訪れたCは、Aの家におかれていたパソコン甲に興味を持ち、5万円で譲ってもらう契約を結んで、
代金を払った上で自宅に持ち帰った。しばらくしてから、BがCのもとを訪れ、甲は自分が買った者である
から返還してほしい、CがAに払った代金はAに対して債務不履行責任を追及することで取り戻してほしい
といってきた。
Cが、現実の引渡しを受けたのは自分でありBは対抗要件を備えていないのではないかと主張すると、B
はAが作成したとする「預かり証」を示し、「自分は占有改定によって対抗要件を備えていた」と主張し
た。預かり証の日付は、Cが甲を購入する1か月ほど前の日付であった。
この場合、Cが甲を購入した時点での真の所有者はAではなくBであったこととなり、Cは無権利者から
購入したこととなるが、即時取得の要件を満たしていれば、Cは甲の所有権を取得できる。
即時取得の要件・効果(192条):
• 要件:①取引行為によって、②平穏に、かつ、公然と③動産の④占有を始めた者は、⑤善意であり、
かつ、過失がないときは、
さらに目的物が盗品・遺失物であった場合の特則が193・194条にある。
• 効果:即時にその動産について行使する権利を取得する( 所有権を取得する)
(2) 即時取得の要件
✦要件①取引行為による取得
取引行為:ここでは要するに、動産の前主との間で、動産の取得を目的とした契約を結ぶ行為をさす。
• 取引行為による取得に限られる理由:即時取得制度は、動産取引の円滑を趣旨として定められた制度
であるので、取引行為による取得のみが保護の対象となる(平成16年改正以前は明文の規定がなかっ
たが解釈上一致して認められていた)
• 取引行為が有効であることの必要性:取引自体は有効なものであることが必要である。即時取得制度
は、相手が無権利者・無権限者であることから取得者を保護するものであるが、取引に無効・取消原
因があること(例えば未成年者との取引であったこと)から取得者を救済することを目的とはしてい
ないからである。
事実行為:人の意思に基づかないで法律効果を発生させる行為。事実行為による所有権の取得としては、遺
失物拾得・埋蔵物発見(ただし異論あり)、添付(付合・混和・加工)などがある。
07-2. 物権変動(その2・公信の原則) p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Case2 「取引行為」であるという要件
①Aは、山林を所有しており、その一部をBに貸している。AもBもミカンを育てていたが、ある日Aは誤っ
て、Bが育てていたミカンを収穫してしまった。このときのAのミカンの取得行為は、取引によるもので
はなく事実行為であるので、他の要件がととのったとしてもAはミカンを即時取得することはできない。
②①で、その後AがこのミカンをCに売却した。このときCは、無権利者Aから、 取引行為によって動産を
取得したものであるから、他の要件が満たされる限りミカンを即時取得することができる。Bはミカンの
返還をCに求めることはできない(Bの保護は、誤ってミカンを収穫したAに対する損害賠償の形で図る
こととなる)。
売却=取引行為
即時取得の余地がある
A
収穫=事実行為
即時取得の余地はない
C
Case3 「有効な」取引行為であるという要件
①リサイクルショップを営むAは、Bから、中古のDVD甲を購入した。しかしその後Bは、自分が未成年者
であり親権者の同意を得ていなかったとして、契約を取り消した。この場合Aには、即時取得を理由とし
て甲の所有権取得を主張する余地はない。Aが所有権を取得できないのは、Bが無権利・無権限であった
からではなく、A‒B間の契約に取消原因があるからであり、即時取得制度によって未成年者保護の趣旨
を潜脱することは許されないからである。
②①で、その後Aは、事情を知らないCに、甲を売却してしまった。この場合Cは、無権利者であるAから
動産である甲を有効な取引行為によって取得していることになるから、他の要件が満たされる限りで効
を即時取得することができる。
✦要件②平穏かつ公然の占有開始
平穏 強暴(実力行使により占有を開始すること)
公然 隠避(譲渡人に知られないように占有を開始すること)
ただし、いずれも取引行為による占有開始が要件となる即時取得にあっては、問題となること自体が皆無と
いってよい
✦要件③動産であること
不動産:土地及びその定着物(86条1項)
動産:不動産以外の物(有体物)
ただし、動産ではあっても、登記・登録制度のある動産(ex. 自動車)には、即時取得の適用はない(最
高裁昭和62年4月24日判決・判時1243号24頁)。引渡しよりも公示力の強い対抗要件制度があるからで
ある。
Case4 「動産」の取引という要件
①Aは、Bが所有する山林からミカンを自己の物と誤信して収穫してしまい、これをCに売却した。このと
き、Cは即時取得によってミカンの所有権を取得する余地がある(Case2②参照)。
②Aは、Bが所有する山林のミカンを自己の物と誤信して、まだ収穫前の状態でCに対してこれを売却する
とともに、Cからミカンの収穫を依頼された。この場合には、CがAから購入した物は不動産であるの
で、即時取得が成立する余地はない。
07-2. 物権変動(その2・公信の原則) p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
✦要件④占有の開始
譲受人が占有改定あるいは指図による占有移転の形で引渡しを受け、占有を開始した場合(=譲受人が間接
占有しか取得していない場合)について議論がある
(i) 占有改定による場合
(i-1)即時取得否定説=判例:最高裁昭和35年2月11日判決・民集14巻2号168頁(百選66事件)
• 説の内容:譲受人が占有改定を受けているだけでは、譲受人は即時取得することはできない。後に現
実の引渡しを受けて初めて即時取得が成立する。
• 理由:
• 動産がまずAに譲渡され、占有改定で引渡しが行われた後、Bに譲渡され占有改定が行われたとい
う場合に、譲渡人の手もとでの占有状態に変化がないため、最初の譲受人Aは不当に害される危
険がある。
• またここでは、真の権利者Aを犠牲にする以上、Bもそれに見合うだけの十分な占有を手に入れる
べきである。
(i-2)即時取得肯定説
• 説の内容:占有改定であるというだけで即時取得の成立が否定されることはない
• 理由:前主の占有状態に対する信頼を保護するという制度趣旨からは、占有取得の方法によって差異
を設ける理由は導かれない
(i-3)折衷説(即時取得暫定肯定説)
• 説の内容:
• 占有改定によって譲受人は一応の所有権取得を果たすが、後に現実の引渡しを受けるまでそれは
確定的なものではなく、真の権利者が先に現実の引渡しを受ければ即時取得によって取得した一
応の所有権は失われる。
• もっとも、占有改定の時点で一応即時取得は成立しているので、善意無過失の要件はこの時点で
判断することとし、現実の引渡しの時点では悪意あるいは善意有過失であってもかまわない。
Case5 占有改定による即時取得
①Aが所有するパソコン甲をBが購入したが、占有改定による引渡しにとどまっていた。その後Cは、Aが
所持している甲を購入し、自宅に持ち帰った。このとき、他の要件がととのえば即時取得が成立し、Bは
Cに対して甲の返還を求められることに問題はない。
②①において、Cもまた当初は占有改定により甲の引渡しを受けるにとどまっていたとする。このとき、即
時取得を否定する(i-1)説によれば、Cは甲の所有権を取得できない。またその後Cが現実の引渡しを受け
たとしても、この現実の引渡しのときに、Aが無権利であることについてCが知っていたら、即時取得は
やはり成立しないこととなる(この点で(i-3)説と結論が異なる)。
(ii) 指図による占有移転による場合
判例の立場:判例はこの場合について、即時取得の成立を肯定している(最高裁昭和57年9月7日判決・民
集36巻8号1527頁)。
占有改定による場合と結論を異にする理由:占有改定の場合には、譲渡人と譲受人の間でのみ占有移転が行
われているのに対して、指図による占有移転では譲渡当事者ではない第三者を巻き込んだ占有移転が行
われている。このため、物権移転の公示の信頼性は相対的に見て高いといえる。
Case6 指図による占有移転による即時取得
Aは、Bから預かったダイヤの指輪甲をクリーニングのためCに預けていた。その後、Aは借金の返済に困
るようになってしまったので、甲をDに売却した。AはCに対し、クリーニングが終わったら甲を直接Dに
返還するよう指示した。その後、CからDへと甲が渡される前に、Bが甲の所有権をCに主張した。判例の
立場によれば、この場合に他の要件がととのうのであれば、 指図による占有移転によってすでに即時取得
は成立し、Dが所有権を取得していることとなる。
07-2. 物権変動(その2・公信の原則) p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
✦要件⑤取得者の善意無過失
善意:ある事実(ここでは譲渡人が無権利者であること)について知らずにいること
無過失:善意であることについて、過失がないこと。過失とは、取引上当然に要求される照会や調査をしな
かったために、誤った判断に到ったことをさす。
✦特則:盗品・遺失物の場合の即時取得の制限=真の権利者の回復請求権
真の権利者の回復請求権の要件(193条):
• 回復者が盗難又は遺失によって占有を失ったこと(=目的物が盗品又は遺失物であったこと)
• 盗難又は遺失の時から2年以内に請求すること
回復請求権の根拠:真の所有者の意思に基づかずにその占有を離れた場合について、真の権利者の利益に一
定程度配慮するため
占有者の保護=代価弁償(194条):
真の権利者は、占有者が、競売若しくは公の市場において、又はその物と同種の物を販売する商人から
目的物を購入していた場合には、占有者に対して代価を弁償しないと目的物の回復を請求することがで
きない
代価弁償制度の根拠:特に信頼のおける相手からの購入については取引保護の必要性が一層高いといえるた
め、こうした場合の占有者を厚く保護する必要があるから。
Case6 盗品・遺失物の即時取得
①Aは、所有していたパソコン甲をBに盗まれた。その後Bは、甲を善意無過失のCに売却した。盗難から
一年半後に、逮捕されたBの供述から、AはCが甲を占有しているのを見つけ、Cに対して甲の返還を請求
した。この場合、盗難から2年以内の請求であるため、Cは甲をAに返還しなければならない。
②①において、Bが甲を直接Cに売却したのではなく、中古パソコン店のDに甲を売却し、その後善意無過
失のCが甲を購入していたとする。この場合には194条により、AはCに対して、CがDに払った購入代金
を弁償するまでは、Cは甲の返還を拒むことができる。
2. 占有の公信力
公信力:権利関係が存在するかのような外形があるが、真の権利関係はこれと異なっているという場合に、
その外形を信頼して取引をした者に対し,その外形通りの権利関係があったと同様に権利の取得を認め
る効力。
即時取得制度との関係:即時取得制度は、Aの占有を信頼してAと取引をした者に対して、たとえAが所有者
ではない場合でも、Aが所有者であったのと同様に権利の取得を認める制度である。すなわち民法は、即
時取得制度を規定することによって、占有に公信力を認めているといえる。
3. 登記には公信力はない
これに対して不動産物権変動の対抗要件である登記には公信力は認められていない。ここでは、不動産取引
をめぐる取引の安全(動的安全)よりも、真の権利者の所有権の保護(静的安全)優先されているといえる
登記に公信力を認めない理由:
• 不動産は、生活や生産の基礎となる非常に重要な財産であり、権利喪失によって権利者が被る不利益は深
刻なものとなる
• 不動産取引は動産取引ほど頻度も高くなく、また不動産は一般に高価であることからして、不動産取引を
しようとする者に、登記簿上の情報だけでなく、より慎重に権利関係を調べるよう求めることも不当とは
いえない
• わが国では登記手続を行う登記官に、真の実体的権利関係に従った登記申請がされているかどうかを審査
する権限が与えられていない(形式審査主義・不動産登記法25条参照)ため、登記が実体的権利関係に合
致することを確保するシステムとなっていない
07-2. 物権変動(その2・公信の原則) p. 4
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Case7 動産取引と不動産取引における公信力
①Aは、所有していたパソコン甲をBに盗まれた。その後Bは、甲を善意無過失のCに売却した。このとき
(193条の特則により一定の制限はあるものの)Bの占有に対するCの信頼は保護され、Cは即時取得に
より甲の所有権を取得する。
②Dは土地乙を所有していたが、Eが書類を偽造して登記名義をEに移す虚偽の申請をしたために登記名義
を失った。その後Eは、この偽の登記名義を利用して乙をFに売却した。このとき、登記名義がEとなって
いたことに対するFの信頼は保護されず、Fは乙の所有権を取得することはない。DはFに対して土地の返
還を請求できる。
事実上の公信力:ただし、判例・通説は民法94条2項を類推適用することによって、一定の例外が認められる事
例において、登記に事実上公信力を与えたのと同じような結論を導いている。これについては、虚偽表示に
ついて学習する中で説明する。
Info 不動産取引における登記の公示力と公信力
不動産取引における登記の公示力と公信力については、正しく理解し区別することが必要である。
公示力・公示の原則
公信力・公信の原則
物権などの排他的な権利の変動は,外部か
ら認識できる方法(=公示手段)を伴わな
ければならないとする原則。
実際には権利が存在しないのに権利が存
在すると思われるような外形的事実(公
示)がある場合に,その外形を信頼し,
権利があると信じて取引をした者を保護
するために,その者のためにその権利が
存在するものとみなす原則。
原則の定義
B
第一譲渡
A
D
未
登記
無権利者
E
偽造登記
抹消
登記
譲渡
F
イメージ図
登記
第二譲渡
C
登記
Bに移転したという登記がないこと
(物権変動の不存在)
信頼の内容
保護される
(対抗要件制度・177条、178条)
民法上
この信頼は
保護されるか
Eが登記を有しているということ
(権利関係の存在)
保護されない(登記に公信力はない)
ただし、民法94条2項類推適用により特殊
な場合に例外的にFを保護する
07-2. 物権変動(その2・公信の原則) p. 5
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
08-1. 契約の無効・取消原因(その1・意思の欠缺1心裡留保・虚偽表示)
2007年5月30日講義予定
1. 契約の効力の否定
(1) 効力否定要件
契約の効力否定要件:契約が成立すれば原則として債権・債務が発生するが、例外的に、成立した契約に内
在している問題のために債権・債務の発生が妨げられる(契約の効力が否定される)ことがある。この
とき、「効力否定要件が存在する」(あるいは逆に「契約は有効要件を満たしていない」)と表現す
る。
契約の効力が否定される場合:
• 当事者の判断能力に関わる効力否定要件:意思無能力・制限行為能力(→講義資料04)
• 意思表示の瑕疵に関わる効力否定要件(締結過程規制):
• 意思の欠缺:心裡留保・虚偽表示・錯誤(→本講義資料)
• 瑕疵ある意思表示:詐欺・強迫(→講義資料08-2)
• 法律行為の内容に関する効力否定要件(内容規制):
実現可能性・確定性・適法性・社会的妥当性(→第3回グループ報告コンテスト)
(2) 効力否定の効果
無効:法律行為が当事者の表示した効果意思の内容に従った法律効果を生じないこと。客観的に見て効力を
与えることがふさわしくないと判断される場合であり、「誰からでも、誰に対しても主張しうる」と説
明される。
取消し:意思表示に欠点があるために、法律行為を一応は有効と扱いつつも(浮動的有効)、特定の者(取
消権者)の意思表示によって遡って無効とすること。表意者保護のための制度と位置づけられ、表意者
(とその法定代理人等)のみが、契約を最終的に有効とするかどうかを決定することができる。
取消し
無効
法律行為の効力
一応は有効だが、取消権者が取消しの意
思表示をすると無効となる
最初から効力を発しない
無効であることの
主張ができる者
取消権者のみが法律行為を無効にできる
(120条)
誰からでも無効であることを主張できる
追認の効力
法律行為が有効に確定し、以後取り消す
ことはできない
追認によって有効とすることはできない
(119条・新たな行為とみなす)
期間制限
追認できるときから5年又は行為の時か
ら20年が経過すると取消権が消滅する
(126条)
期間制限は定められていない
取消・無効原因
制限行為能力、瑕疵ある意思表示
意思無能力、意思の欠缺、内容に関する
効力否定要件 (意思無能力と錯誤について
は取消しに近づけた解釈がされている)
2. 意思の欠缺(けんけつ)
意思の欠缺:表示行為から推定される効果意思に対応した内心の効果意思(真意)が欠けている場合を総称
する語。
表示行為の中身:
この土地を1億円で売る
この間に不一致があるのが
意思の欠缺
内心の効果意思:
土地を1億円で売るつもりはない
08-1. 契約の無効・取消原因(その1・意思の欠缺1) p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
意思の欠缺の種類: 心裡留保、虚偽表示、錯誤の3種がある。
• 心裡留保:表意者が、意思の欠缺を知りながら真意を欠いた意思表示をすること
• 虚偽表示:表意者が、自ら意思の欠缺を知るのみならず、相手方と通じて真意を欠いた意思表示をす
ること
• 錯誤:表意者が、意思の欠缺に気づかずに真意を欠いた意思表示をすること。
意思の欠缺の効果についての考え方:意思主義と表示主義との間でバランスをとる必要がある
• 意思主義:意思表示の効力が生じるには、効果意思がなければならないとする原則(を重視する考え
方)。この主義のみを尊重すれば、意思の欠缺があれば、意思表示は全て無効とするべきこととな
る。
• 表示主義:表意者の内心を知ることができない相手方の信頼を保護するためには、対応する効果意思
がなくても、表示行為があれば意思表示の効力を生じさせるべきであるとする原則(を重視する考え
方)。この主義のみを尊重すれば、意思の欠缺があっても、意思表示は無効とするべきではないこと
となる。
⇨意思の欠缺が存在した場合の意思表示の効力は、この両主義のどちらをどこまで貫徹できるか、その
限界点を探求することで確定される
3. 心裡留保
(1) 原則∼心裡留保があっても意思表示は有効である
心裡留保の成立要件:
• 意思の欠缺(表示行為に対応する効果意思の不存在)があること
• 表意者がそのことを自ら知りながら意思表示したこと
心裡留保による意思表示の効力:心裡留保があるというだけで意思表示は無効とならず、意思表示は有効と
される(93条本文)
✦ このように解する理由
• 相手方の信頼保護・取引安全の保護:表意者の心の中は外からはわからないから、相手方としては表
示を信じるしかない。この信頼を保護しないと、取引社会がおよそ成り立たなくなるおそれがある
• 表意者の帰責性:表意者は、真意でない表示をせずにおけばよかったのにわざわざそうした表示を
行っている。このため、不利益を甘受しなければならない。
Case1-1 心裡留保があっても意思表示は原則として有効である
①Aは、恋人のBとデート中、Bがブランド物のバッグを見ながら「こういうのが欲しいなあ」といった
ので恰好良いところを見せたくなり、「いいよ、今度給料が入ったら買ってあげよう」と約束した。こ
れによりA­B間には贈与契約が成立しているが、しかしAには本当にバッグを買うつもりなどなく、給
料日までにBは約束を忘れてしまうだろうと思っていた。この場合、Aの意思表示には心裡留保がある
が、原則としてAの意思表示は有効であることとなる(ただし、書面によらない贈与は撤回が可能である
(550条前段))。
②C大学で教授の職にあるDは、教育方針などをめぐる同僚とのトラブルなどが原因で学長Eに呼び出さ
れ、叱責を受けた。学長Eが、D教授の解雇も辞さないとの考えでいることを副学長Fなどから聞いた
ため、D教授は「お詫び状」と題した書面を学長Eに渡そうとしたが受領を拒絶されてしまった。そこ
で、改めて「進退伺」を出すことを考えたが、より強い謝罪の意思を示す必要があると考えて、「退職
願」と題した書面を書き、これを学長Eに手渡した。このときD教授は退職の意思は全くなく、単に誠
実な謝意を表すためと思って「退職願」としたのであるが、C大学は、この書面に基づいてD教授を解
雇してしまった。この場合も、D教授の退職の意思表示は真意を欠いたものであるが、原則として有効な
ものとなる。
(東京地決平4.2.6労判610-72、東京地判平4.12.21労判623-36参照)
08-1. 契約の無効・取消原因(その1・意思の欠缺1) p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Info 心裡留保と「教科書事例」
心裡留保はしばしば「ウソ」「冗談」をいう場合であるであるなどと紹介される。確かにCase1-1①の
ような例は、初学者にとってわかりやすいかもしれない。しかし、こうした事例のみで心裡留保を理解し
てしまうと、実際の取引ではほとんど問題とならない事柄のように感じられてしまうかもしれない。バッ
グをめぐって恋人を訴えるということはありそうもないし、そもそも恋人同士の口約束にどこまで法的な
拘束力が生じるかという問題もある(書面によらない贈与が撤回可能であることも注意)。心裡留保のイ
メージをつかむにはよい事例かもしれないが、必ずしも現実の社会で応用可能な事例ではなく、教科書の
中だけに登場する事例ではある。
実際に心裡留保が問題となる場面というのは、例えばCase1-1②のように、相手がウソと気付くことを
期待して、あるいはその場を取り繕おうとして真の効果意思と異なる表示をする場合などである。この
他、他人の債務の保証人となろうとする者が、保証契約の内容や主たる債務者の財務状況について積極的
な情報提供を受けず、契約内容をよく理解しないままに契約を締結してしまう場合、他人に名義を貸す意
図で契約をする場合などが心裡留保が実際に適用される裁判例として報告されている。
もっともこうした場合には、そもそもどういった内容で契約が成立しているかという契約解釈の問題、
あるいは後述する錯誤や公序良俗の問題も複雑に絡んでおり、制度の基礎を勉強しようとする段階ではな
かなか取り上げるのが難しいというのも事実である。
(2) 例外∼心裡留保に基づく意思表示が無効となる場合
心裡留保により意思表示が無効となる場合:意思表示の相手方が、表意者に心裡留保があること(表意者が
真意に反する表示をしていること)について悪意であるとき、又は善意ではあるがそこに過失があると
きには、意思表示は無効となる(93条ただし書)。
✦ このように解する理由
• 相手方が、表意者が真意に反する表示をしていることについて知っている場合には、相手方の信頼を
保護する必要は失われる。このため、私的自治の原則に照らして、真意を欠く意思表示は無効にする
べきであると考えられるから。
• 相手方が善意有過失であるときについても、その相手方の信頼は保護に値するだけの正当なものとは
いえないと評価されるので、意思表示はやはり無効になると条文は規定している。
(しかし、表意者が「わざと」嘘の表示をしていることと比較すると、相手方は過失があっても善意であれ
ば保護されるべきではないかとする批判説がある(佐久間116頁))
Info 善意「有過失」と「無過失」
善意有過失:ある事実を、過失があったがために知らずにいること。言い換えると、注意を尽くせば知る
ことができたはずであるのに、知らないままにしたことをさす。
善意無過失:ある事実を知らず(善意)、かつ知らないことについて過失がないこと。言い換えれば、知
ることができたはずだと評価することができない場合である。
Case1-2 心裡留保に基づく意思表示が無効となる場合
①Case1-1②で、退職届を学長Eが受理するにあたって同席した副学長Fが「本当にやめるつもりなのか、
汚名返上のために働き続けるつもりはないのか」とD教授にただしたのに対して、D教授が「勤務し続
けたいと考えています」と述べ、学長EもこれによってD教授の真意を知っていたとする。この場合、D
教授の意思表示が心裡留保であることについて相手方は悪意であり、意思表示は無効となる。
②Case1-1②で、学長EらはD教授の真意を実際には知らなかったが、以前にも似たような場合に退職願
を学長に提出することでことなきを得た例があったことや、退職願には、退職希望年月の記載がなく、
通常であればD教授に退職の意思がないことが明白であったとする。この場合、D教授の意思表示が心
裡留保であることについて、相手方は、善意ではあるがそこに過失があると判断される可能性があり、
過失ありと判断されるときには意思表示は無効となる。
08-1. 契約の無効・取消原因(その1・意思の欠缺1) p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
4. 虚偽表示
(1) 虚偽表示の無効
虚偽表示の成立要件:
• 意思の欠缺(表示行為に対応する効果意思の不存在)があること
• 表意者がそのことを自ら知りながら意思表示したこと
• 相手方が、表意者と通謀して意思表示に応じていること
単に意思の欠缺であることについて知っていた(悪意)というだけでなく、
積極的に、法律効果を生じさせない虚偽の意思表示をするとの合意をする
ことをさす
虚偽表示による意思表示の効力:虚偽の意思表示は無効である(94条1項)
✦ このように解する理由
• 心裡留保において相手方が悪意である場合以上に、相手方が積極的に虚偽の意思表示に関与している
のであり、意思表示を有効にする理由がない。
• そもそも表意者と相手方の間には、(外観上意思表示らしきものがあったことにしつつも)効果を発
生させないという合意がある場合である。
Case2-1 虚偽表示は無効である
AはBとの間で、Aが所有する土地甲をBに売却するという契約を締結し、甲の登記名義をBに移した。し
かしこれは、Cから借金をしていながら返済の見込みが立たなくなったAが、先祖伝来の土地である甲を強
制執行でとられてしまうことを恐れ、Bと相談の上で行ったことであった。Aは契約締結にあたって、Cへ
の借金を返済し終わるまでBの名義を借りたいと述べており、Bもこれを了解して契約を締結していた。も
ちろん代金の授受も行われていなかった。
この場合の甲の売買契約は虚偽表示により無効となる。このためAは、いつでも甲の登記名義を元に戻
すことをBに対して請求できる。さらに、Aの債権者であるCも、A­B間の売買契約が無効であることを根
拠に甲をAの財産であるとして差し押さえることができる。
(2) 善意の第三者の保護
善意の第三者の保護:AとBの間の意思表示が虚偽表示を理由に無効になるとしても、意思表示がなされた
と信じた第三者Cに対しては、意思表示の無効を主張することはできない(94条2項)。
✦ このように解する理由∼心裡留保による意思表示が原則として有効となる理由も参照
• 相手方の信頼保護・取引安全の保護:虚偽表示当事者間の事情は外からはわからないから、第三者と
しては表示を信じるしかない。この信頼を保護しないと、取引社会がおよそ成り立たなくなるおそれ
がある
• 表意者の帰責性:虚偽表示の当事者は、真意でない表示をせずにおけばよかったのにわざわざそうし
た表示を行っている。このため、不利益を甘受しなければならない。
善意「無過失」は必要かという問題:
• 必要説(通説):94条2項の保護を受けるためには第三者は善意無過失であることを要するとする説
①権利外観法理(後述)に基づく他の制度では、無過失が要求されることが多い
②心裡留保についても、相手方が保護されるためには無過失でなくてはならない
③過失という第三者側の事情を考慮する要件を入れておくと、真の権利者の帰責性の強さとバラン
スをとりながら柔軟に解決できる
不要説(判例):94条2項の保護を受けるためには第三者は善意でありさえすれば足りるとする説
•
①虚偽表示は、他の権利外観法理に基づく制度と比べても表意者の帰責性が強い
②-1心裡留保は意思表示の直接の相手方の保護の問題であり「真意を知るべき」といえる場合もあ
るかもしれないが、虚偽表示はこれと異なる
②-2そもそも心裡留保における相手方の保護要件から「無過失」を外すべきとの考えもある
③「柔軟な解決」は裁判官の恣意に流れてしまうおそれがある
08-1. 契約の無効・取消原因(その1・意思の欠缺1) p. 4
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Case2-2 虚偽表示における善意の第三者の保護
Case2-1で、Aが甲の名義を取り戻す前に、第三者DがBとの間で甲の売買契約を締結し、代金を払った
上で甲の登記名義を移してしまった。この場合、A‒B間の契約が無効であることからすると、本来権利を
取得できないBから甲を購入したDもまた所有権者となれず、Aに甲を返還しなければならない。しかしD
が、A‒B間の契約が虚偽表示に基づくものであることについて善意であれば(通説によればさらに善意で
あることについて無過失であれば)、94条2項の規定により、AはもはやDに対して、A‒B間の契約が無効
であることを理由として甲の返還を求めることはできない。
(3) 第三者の範囲
94条2項で保護される「第三者」の範囲:真の権利者を犠牲にしてまで保護すべきといえる程度の利害関係
を持った者のみを保護するという趣旨で、「法律上の利害関係」を有するにいたった者(ごく簡単に言
い換えるならば、虚偽表示の対象となった物に対して権利を取得した者)に限定している
具体例:
• 「第三者」にあたるとされる例:目的物の譲受人、目的物上に抵当権の設定を受けた抵当権者、目的
物を差し押さえた差押債権者
• 「第三者」にあたらないとされた例:真の権利者に対して債権を持つだけの一般債権者
Advanced
四宮和夫=能見善久『民法総則(第7版)』179頁6-12行目に掲載されている事例(最高裁昭和57年6月7
日・判時1049号36頁)も考えてみるとよい。
(4) 転得者の保護
転得者:虚偽表示の当事者から土地を譲り受けた第三者からさらに土地を譲り受けた者
基本的にはこの者自身が「第三者」であるかのように扱う(善意であれば保護され、悪意であれば
虚偽表示の無効を対抗される)が、第三者が善意・転得者が悪意の場合に特別の考慮を必要とす
る。
Case3 虚偽表示により移転された物の転得者
A所有の土地甲が虚偽表示によりBに(外見上)移転された。その後、第三者Cが甲をBから買い取り、Cは
さらに甲をDに売却した。
①ここでCもDも善意であれば、Aは虚偽表示の無効をDに主張できない
②Cが悪意でもDが善意であれば、やはりAは虚偽表示の無効をDに主張できない
③CもDも悪意であるときには、Aは虚偽表示の無効をDに対して対抗できる
ことに問題はない。しかし、Cが善意でDが悪意である場合に、D自身が悪意であることに注目してAから
の虚偽表示無効の主張を許す(相対的構成)と問題が生じてしまう。
相対的構成の問題点:虚偽表示による契約の無効を対抗されたDは、Aに土地甲を返還することとなる。
→このときDは、甲に対する代金を払いながら、甲を取得できなかったことになる。
→こうした場合に売主であるCは買主であるDに対して、「追奪担保」と呼ばれる責任により代金を
返還することとなる。
→そうすると、Cは善意の第三者として甲の所有権を取得したはずなのに、結局のところ甲の所有
権を取得できなかったかのような状況になってしまう。
絶対的構成の採用:このため、一度でも善意者が甲を取得すれば、以降の転得者について善意・悪意を問わ
ず保護を認める絶対的構成が通説となっている
08-1. 契約の無効・取消原因(その1・意思の欠缺1) p. 5
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
5. 94条2項の類推適用∼登記の事実上の公信力?
(1) 類推適用とは
類推適用:ある事項(α)に関する規定を、これに類似した別の事項(β)に適用するという法適用の方
法。裏返していえば、βという事項に関する規定がないときに、これに類似したαという事項に関する
規定を(必要な修正を加えて)適用することで解決すること。罪刑法定主義の制約がある刑法では制限
されるが、あらゆる事案について公平な解決を提示することを求められる私法ではよく用いられる。
Case4 94条2項の類推適用による第三者の保護・1
①Aは、自己の所有する土地甲を、Bと相談の上、Bに仮想譲渡することとした。この虚偽の売買契約によ
り甲の登記はBに移された。その後Bは、事情を知らないCに甲を売却した。この場合Cは、94条2項の適
用(本来的適用)により保護され、Aから甲の返還を求められることはない。
②Dは、Zから土地乙を購入した。しかしその際、自己の名義にするのではなく、Eの名義とすることに
し、ZからEに売却されたかのように契約を偽装し、E名義で登記を行った。その後、この登記を奇禍と
したEは、事情を知らないFに甲を売却した。
②に94条2項が直接は適用されない理由:DとEの間で契約が結ばれたわけではなく、この両当事者間で94
条1項にいう「虚偽の意思表示」がなされたわけではない。
②の事例が①に「似ている」理由:
• 本来の所有者(A・D)の意思により、本来の権利状態と異なる外観(B・E名義の登記)が作出さ
れ、これを第三者(C・F)が信頼して取引が行われている
• このとき②の事例においても①の事例と同様に、94条2項で善意の第三者が保護される理由としてあ
げられる、「第三者の信頼保護・取引安全」の要素・「真の権利者の帰責性」の要素のいずれもが満
たされている
94条2項類推適用による②の解決:D‒E間で虚偽表示が行われたわけではないので94条の本来的適用はでき
ないが、Dの帰責性ある行為によりE名義の登記という虚偽の外観が生じ、これをFが信頼していること
から、94条2項を類推適用して、Dは登記が虚偽のものであり自分が真の権利者であることをFに対抗で
きないと解釈する(最高裁昭和29年8月20日判決・民集8巻8号1505頁を参照)
Advanced 94条2項の類推適用による第三者の保護・2
判例・通説においては、その後も94条2項の類推適用により問題を解決する領域を拡大している。とりわ
け虚偽の登記の存在を知りながらあえて放置したような場合に94条2項の類推適用が認められているので、
代表的な判例を紹介しておく。いずれも⑴94条2項の本来的適用ではない(虚偽の意思表示は存在していな
い)こと、⑵それでも「真の権利者の帰責性」「第三者の信頼保護・取引安全」という94条2項の趣旨が
あてはまることを確認すること。
最高裁昭和45年9月22日判決・民集24巻10号1424頁
Aが所有する土地甲について、内縁の夫であるBが書類を偽造して登記名義を勝手に自分に移してしまっ
た。これに気づいたAは登記名義を元に戻そうとしたが手数料がかかることを知り、またその後AとBが
正式に結婚したこともあり登記名義はBのまま残された。さらにAは、銀行から借金をするにあたってB
名義のままの土地甲に抵当権を設定するなどした。その後Aとの間で離婚訴訟となったBが、訴訟費用を
捻出するために甲をCに売却してしまった。
最高裁昭和48年6月28日判決・民集27巻6号724頁
Dは建物乙を建築したが、登記をしないままにしている。この乙に対して固定資産税を課すために自治
体により課税台帳が作成されたが、誤って夫のEが所有者として登録された。Dはそのことを知りながら
E名義で固定資産税を8年間払い続けた。その後、Eの債権者であるFが乙建物を差し押さえた。
判例・学説の更なる展開については佐久間136-138頁を参照。
08-1. 契約の無効・取消原因(その1・意思の欠缺1) p. 6
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(2) 不動産登記の事実上の公信力?
公信力:権利関係が存在するかのような外形があるが、真の権利関係はこれと異なっているという場合に、
その外形を信頼して取引をした者に対し,その外形通りの権利関係があったと同様に権利の取得を認め
る効力。不動産登記にはこの効力はないとされている(→講義資料07-2)
94条2項類推適用による事実上の公信力?:これに対して、94条2項が類推適用されると、登記を信頼して
取引に応じた者が、登記通りの権利関係があったのと同様の権利の取得を認められる結論となり、あた
かも登記に公信力があるかのような結論が導かれる。このため94条2項類推適用によって、「登記に事実
上の公信力が認められている」と表現することがある。
「登記の公信力」との相違:しかし、94条2項類推適用による問題の解決は、登記に本来の意味での公信力
を認めたことにはならない。「登記に公信力がある」というときには、その登記がどのような経緯で作
出されたか(とりわけ真の権利者に帰責性があるか否か)は問題とならないのに対して、94条2項類推適
用においては、真の権利者に帰責性がある場合にしか、第三者は保護されないからである。
Info 権利外観法理
A‒B間で虚偽表示がなされ、A所有の土地甲についてB名義の登記がなされ、その後Bから善意の第三者
Cに甲が売却されると、94条2項が適用されて、AはCに対して甲の返還を求めることができなくなる。こ
のとき、真の権利者であるはずのAから、Cに権利が移転したかのように扱われることになる。
しかし、この「権利の移転」は、Aの意思に基づくものではない。そうすると、民法の原則である「私
的自治の原則」からは説明できず、その例外として位置づけられることとなり、「私的自治の原則」とは
別の原則によってこの結論(そしてそうした結論を導く法規定)を正当化する必要がある。
94条2項が正当な法規定とされるのは、要するに「真の権利者が虚偽の外観を作出することについて帰
責性を負う一方、この虚偽の外観を信頼した者がいた場合には、外観を信頼した第三者は保護されるべき
である」という考え方があるからである。この考え方を、「権利外観法理」又は「表見法理」と呼んでい
る。
94条2項が類推適用される場面では、確かに法律の規定としては規定されていないが、まさにこの「権利
外観法理」から正当化される結論を実現するために、「権利外観法理」の現れの一つである94条2項とい
う規定を借用していることとなる。
権利外観法理は民法の他の箇所にも見られる。とりわけ、後日説明する「表見代理」の制度は、94条2
項とならぶ権利外観法理の代表的規定と位置づけられている。
「法体系」の簡略なイメージ
私的自治の原則
公示の原則
正当化
正当化
法理
権利外観法理
正当化
117条
118条
94条2項
正当化
正当化
94条2項類推適用
条文
正当化
Aの意思によりA所有
申込者と承諾者の自 所有権を取得しなが
A‒B間の虚偽表示で
の土地がB名義で登記
由な意思の合致によ ら対抗要件を備えな
作出された虚偽の外
かった場合に、所有
さ れて い る と き 、 こ
り契約が成立する
観に対するCの信頼
権取得を対抗できな
の登記を信じたCが保
が保護される
いとされる
護される
具体的
結論
08-1. 契約の無効・取消原因(その1・意思の欠缺1) p. 7
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
08-2. 契約の無効・取消原因(その2・意思の欠缺2錯誤)
2007年6月1日講義予定
Advanced
錯誤については、非常に様々な説が展開されている。そしてそれは、根本においては「人はなぜ契約に
拘束されるのか」という哲学・基礎法学につながる問題での対立を反映している。その意味では、錯誤を
めぐる議論を理解することは、初学者にとっては非常に難しいと考えられる。
そこでこの講義では、判例の立場(それは契約に拘束される理由について、個人の意思を重視する立場
(法律行為論)を前提としている)を前提に説明を進めていくこととする。しかしこれは決して、判例の
立場が唯一絶対の正解であり、他の説は取り上げるに足らないという意味ではない。判例を批判する理論
について興味のある人は、佐久間140頁以下、内田63頁以下、あるいは山本敬三『民法講義Ⅰ総則』157
頁以下を参考に、各自で研究していただきたい。
1. 錯誤とは
錯誤:表意者が、意思の欠缺に気づかずに真意の欠けた意思表示をすること。
心裡留保との相違:
• 同じ意思の欠缺でも、これに気づいている場合である心裡留保と比べると、表意者の帰責性はより小さい
と評価できる
⇨表意者の保護はより厚くなる
=相手方の善意・悪意を問わず(一定の錯誤に限定され、表意者に重大な過失がないことが要件とされる
が)意思表示は無効となる
錯誤による意思表示の無効の要件:
①意思表示の内容に関する錯誤(顧慮される錯誤)であり、かつ → 2.
②法律行為の「要素」(=重要な部分)に錯誤があること → 3.
(1)その点についての錯誤がなかったら表意者はその意思表示をしなかったといえ(主観的因果関係)、
(2)通常人が表意者の立場にあったとしてもしなかっただろうと考えられること(客観的重要性)
③ただし、表意者に重過失がある場合には契約は無効とはならない → 4.
2. 意思表示の内容に関する錯誤
表示錯誤と動機錯誤の峻別:錯誤は、意思欠缺が伴う表示錯誤と、伴わない動機錯誤を峻別する
• 表示錯誤:錯誤があることにより表示行為の内容と内心の効果意思に不一致を来す(意思欠缺が生じる)
タイプの錯誤。次の2種にわかれる。
• 表示上の錯誤:言い間違い・書き間違いのように、表意者が誤って予定外の表示手段をとってしまう
こと
• 内容の錯誤(表示行為の意味に関する錯誤):表示手段の持つ意味を誤解していたために、意思欠缺
が生じる場合。例えば、10ダース(=120本)のボールペンを購入しようという効果意思を形成しな
がら、10ダースのことを1グロスというのだと「グロス」という言葉の意味を勘違いしていたために
(正しくは1グロス=12ダース=144本)、「1グロスのボールペン」と効果意思に対応しない表示行
為を行ってしまう場合
• 動機錯誤:錯誤が効果意思を形成する段階(動機・縁由の段階)に存しているため、効果意思と表示行為
のないようには不一致がない(意思欠缺は生じていない)タイプの錯誤。次の2種にわけられる
• 性質の錯誤(性状の錯誤・属性の錯誤):意思表示の対象となる人や物の性質に関する錯誤。例えば
「スピードが出る」という性質があるからと思い「この車を買う」という意思表示をしたが、実際に
は高速度を出す性能がなかったという場合、効果意思と表示行為の内容に不一致は存在していない。
• 理由の錯誤(縁由の錯誤・狭義の動機錯誤):意思表示を行うにいたる間接的な理由・背景事情に関
する錯誤。例えば「地下鉄が開通すれば値上がりする」と考えて「この土地を買う」という意思表示
をしたが、実際には地下鉄が開通しなかったという場合、効果意思と表示行為の内容に不一致は存在
していない
08-2. 契約の無効・取消原因(その2・意思の欠缺2) p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Case1 「動機」は意思表示の内容とならない
Aは、高校時代の友人Bに「大学の講義に必要なので、君の持っている中古パソコン甲を1万円で譲ってほ
しい」と申し込み、Bは快諾した。甲の引渡しと代金の支払いが行われた後、実は大学の講義ではパソコ
ンが必要ないことが判明したが、Aはゲームをするなど甲を利用し続けている。このとき、「大学の講義
に必要なので」というAの発言部分はAの動機を述べたに過ぎず、意思表示の内容にはなっていない。この
ため、契約上の債務の内容に取り込まれているわけでもないので、BはAに対して、パソコンを講義で使う
よう要求することは(法律上は)できない。
意思表示の内容に関する錯誤:民法95条によって顧慮されるのは「意思表示の内容に関する錯誤」だけであ
るが、これは次のように判断する
• 表示錯誤の場合:意思欠缺が存在するため、常に意思表示の内容に関する錯誤として扱われ、他の要件が
ととのえば、民法95条により意思表示を無効にする
• 動機錯誤の場合:
• 原則:意思欠缺が存在しないため、原則として意思表示の内容に関する錯誤ではないとされ、意思表
示の無効を導かない。
• 例外:ただし、動機が相手方に対して表示され、さらに意思表示の内容になっていれば、意思表示の
内容に関する錯誤にあたるとされ、他の要件がととのえば、民法95条により意思表示を無効にする
(動機表示構成)というのが判例の立場である
「意思表示の内容になる」の意味は、一義的な基準で明らかにすることはできないが、抽象的には
次のようにいわれている
• 動機を前提あるいは条件とすることまでは必要ない(「地下鉄が開通しない場合には売買契
約は無効」とまでいう必要はない)
• しかし、一方的に動機を相手に伝えるだけでは不十分
Case2 顧慮される錯誤か否かの判断
①AはBに、Bが所有する土地甲を3,000万円で買いたいと申し込む手紙を書くつもりで、誤って0を一つ多
く(300,000,000円)書いてしまった。これはいわゆる表示錯誤の中の表示上の錯誤であり、効果意思
(3000万円の代金)と表示行為の内容(3億円)に不一致をきたしている。このため、意思表示の内容
に関する錯誤として、95条の他の要件がととのえば、意思表示は無効となる。
②Cは、Dの所有する時価3,000万円相当の土地乙を3億円で買いたいと申し込み、Dがこの申込を承諾し
た。Cが、時価の10倍もの値段で申し込んだのは、乙周辺に近々京都市営地下鉄が開通するという情報
をつかんだからであった。しかし、京都市の財政難が原因で、地下鉄開通計画は頓挫してしまい、乙の
値段が上がることはなかった。このときのCの錯誤は狭い意味での動機にとどまっており、効果意思(乙
を3億円で買う)と表示行為の内容(乙を3億円で買う)は一致している。そのため原則として意思表示
は無効とならない。
③これに対して②において、Cは地下鉄建設計画をDにも話し、それも考慮要素としながら金額をはじめと
する契約条件についての交渉が行われていたという場合には、Cの動機が表示され、意思表示の内容に
なったといえるため、例外的に意思表示を無効にする余地が生じることとなる。
Advanced 表示錯誤と動機錯誤の微妙な境界
Aが、中古車販売店Bにいき、「このスピードの出る車を50万円で売ってくれ」と言って車を買ったが、
この車がスピードのでないものであったという場合(「性質の錯誤」)、これが表示錯誤となるのか、動
機錯誤となるのかという問題は、両錯誤の峻別を説明する際によく引き合いに出される例である。
伝統的な通説によれば「動機錯誤」に分類されている。「この車」といって「この車」を買うことに
なっているため、意思欠缺は存しないからである。ここで、「Aは『スピードの出る車』といって、『ス
ピードのでない車』を買うことになったので、表示錯誤である」との考え方をとると、誤りとなる。
性質錯誤については、山本敬三『民法講義Ⅰ総則』160頁の Comment も参照すること。
08-2. 契約の無効・取消原因(その2・意思の欠缺2) p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
3. 「要素」の錯誤=重要な部分に関する錯誤
意思表示の内容の「重要な部分」か否かは、主観的因果関係と客観的重要性の有無によって判断する
• 主観的因果関係:当該錯誤がなかったら、当該表意者自身はその意思表示をしなかった、といえること
もっとも主観的因果関係の要件が問題となることはほとんどない。表意者が意思表示の無効を主張して裁判を起
こすような場合には、まさに「当該錯誤がなかったら自分はその意思表示をしなかった」と思ったから裁判を起
こしていると考えられるからである。
• 客観的重要性:当該錯誤がなかったら、通常人であってもやはりその意思表示をしなかった、といえるこ
と。これは、行われた契約類型の特質によっても影響を受けるし、当事者が意思表示をした趣旨にも影響
を受けると考えられ、一義的な基準を提示することはできない。
Case3 客観的重要性の判断の一例∼債務者の同一性についての錯誤の場合
①Aは、友人Bから「私の友達がソニーのパソコンVAIOを売りたいといっているのだけど買わない?」と
話を持ちかけられて、このBの友人とVAIOの売買契約を締結することとした。その際、Aは「Bの友人」
というのはCのことであるとずっと思っていたが、実はDであった。Aは債務者が誰であるかについて錯
誤していたことになる。しかし、通常売買契約においては、売主が誰であれ目的の商品が希望の代金で
買えるならば問題はないのであるから、原則としてこの錯誤には客観的重要性が欠けており、要素の錯
誤であるとはいえない。
②Eは、友人Fに頼まれて10万円を貸すこととした。しかし、契約を締結し10万円を渡した後になって気が
ついたのだが、Eが契約を結んだ相手はFによく似た双子の兄弟のGであった。Eは債務者が誰であるかに
ついて錯誤していたことになる。通常、金銭の貸付(消費貸借)では、誰が債務者であるかによって貸
付金が返ってくる見込みが大きく変わってしまうため、この錯誤には客観的重要性があるといえる。
4. 重過失の不存在
重過失:「重大な過失」のこと。その事情の下で払うべき注意を著しく欠いていたこと(甚だしい注意義務
違反)をいう。具体的には、表意者の職業・知識・経験・当該取引の種類等に照らして、ごく当たり前
のこともしなかったという場合に、重過失があるとされる。
重過失がある場合の効果:表意者が錯誤に陥るにつき重大な過失があった場合には、表意者は錯誤の主張を
することができない(95条ただし書)。表意者に大きな帰責性が認められることを根拠に、相手方の保
護を優先するためである。
Case4 金額の誤記と重過失の認定
不動産の競売が行われ、売却基準価額は3,000万円とされていた。他の入札者が3,000万∼4,000万円の
価格で応札した中で、Aだけが3億5000万円という金額で応札し、結局買受人(落札者)となった。しか
しAは、入札額を記入する際に、桁を1つ間違えて記入していたのであり、錯誤に基づく契約の無効を主張
した。
東京高裁はこうしたケースで、競売という(一般の不動産取引と異なり高度の知識と経験が必要とな
る)場での売買であり、しかもAは不動産取引の専門家であること、入札額の記入欄には「一、十、百、
千、万、十万、百万……」と位取りが書かれていたことなどから、Aは著しく注意を欠いていたとしてAの
重過失を認定し、錯誤の主張を認めなかった。
もっとも、競売において買受人となっても、代金を納付せずにいれば買受人たる資格を失うだけで購入を強
制されるわけではない(ただし、予納した保証金(売却基準価額の20%=600万円(民事執行規則39条)の返
還を求めることができなくなる)。
(東京高裁昭和60年10月25日決定・判時1181号104頁参照)
5. 錯誤による意思表示の「無効」
無効:誰からでも契約の効力がないことを主張できる、というのが原則
錯誤による無効は、表意者保護を目的にしている制度であるという理解から、表意者の意思に反して第三
者が主張することはできないとされている(相対的無効・取消的無効)
08-2. 契約の無効・取消原因(その2・意思の欠缺2) p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
08-3. 契約の無効・取消原因(その3・瑕疵ある意思表示)
2007年6月1日講義予定
1. 瑕疵ある意思表示とは
(1) 瑕疵ある意思表示の定義と効果∼意思の欠缺との相違
• 意思の欠缺:心裡留保(93条)・虚偽表示(94条)・錯誤(95条)
• 定義:表示行為の内容と効果意思に不一致が生じていること(真意を欠いた意思表示)
• 効果:効果意思を欠いているので、(相手方の保護とのバランス上一定の制約はあるが)意思表示は
無効となる
• 瑕疵ある意思表示:詐欺・強迫(95条)
• 定義:表示行為の内容に対応する効果意思は存在しているが、効果意思の形成過程に欠陥(相手方・
第三者からの不当な干渉)がある場合の意思表示のこと
• 効果:効果意思はあるので、当然に無効となるわけではない。しかし、効果意思の形成過程に欠陥が
あることから、表意者がのぞめば契約の効力を否定できる(表意者が取消権を持つ)という形で、表
意者の保護を図っている。
(2) 瑕疵ある意思表示の種類
瑕疵ある意思表示には次の2種がある。
• 詐欺:他人の欺罔行為によって錯誤に陥った表意者が、それに基づいてした意思表示
• 強迫:他人の強迫行為によって畏怖した表意者が、それに基づいてした意思表示
2. 詐欺
(1) 詐欺の要件
詐欺が成立するためには、次の要件を満たす必要がある
①詐欺者が故意をもって → ⑵
②表意者のことを騙し(欺罔行為) → ⑶
③欺罔行為により表意者が錯誤に陥り(欺罔行為と錯誤の因果関係)、かつ
その錯誤に基づいて表意者が意思表示をすること(錯誤と意思表示の因果関係) → ⑷
(2) 詐欺者の故意
詐欺者の故意:詐欺は、詐欺者が故意をもって行うのでなければ成立せず、過失では成立しない。
「故意」は次の二段階について必要とされている(二段の故意)。
• 相手を錯誤に陥らせようという故意
• それに基づいて意思表示をさせようとする故意
Case1 詐欺における二段の故意
Aは、Bに対して、Aが所有する郊外の土地甲の周辺で京都市が地下鉄を建設すると語り、Bに対して「甲は
値上がり確実だから、今のうちに買っておくといいよ」としきりに勧めた。Aの話を聞くうちにBも儲かり
そうな気がしてきて、甲を1億円で買うという契約を締結した。しかし、実際には地下鉄建設の話は、Aの
作り話であった。
①このとき、地下鉄建設計画が成立したとAが勘違いしてBにこの話をしていたとすると、AにはBを騙して
錯誤に陥らせようとする故意がないこととなる。このため詐欺は成立しない。
②AがBに対して嘘をつこうと思ってこうした発言をしていた場合であっても、それが例えばBに対して見栄
を張ろうとして「まもなく地下鉄が開通して地価が上がる」と述べたのに対して、Bが「購入したい」と
申込みをしてきたという場合には、「錯誤に陥らせようとする故意」はあるが「それに基づいて意思表
示をさせようとする故意」はないから、やはり詐欺は成立しない。
(3) 欺罔行為
欺罔行為:他人を騙し、誤った認識や判断をさせる行為。
もっとも、取引社会で認められる程度の誇張的な表現(セールストーク)は、違法性がなく、詐欺は成立しない
とされる。
08-3. 契約の無効・取消原因(その3・瑕疵ある意思表示) p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
沈黙による詐欺:問題となるのは、表意者が錯誤に陥っていることを知りながら真実を告げない場合(沈黙
による詐欺)である。 原則として取引に必要な情報は、自己責任で収集するべきであると考えられているの
で、単なる沈黙は原則として欺罔行為にあたらないと解されている。
✦ このように解する理由:
• 自己のもっている情報を全て(自分にとって有利なことも不利なことも)述べなくてはならないとす
ると、およそ取引は成り立たない
• 情報を収集するにはコストがかかるのであり、相手方がコストをかけて収集した情報を表意者に無償
で提供しなければならないというのは不合理
• 逆に表意者側は、錯誤に陥っても相手方から情報を提供してもらえると思えば、自らコストを負担し
て情報を収集することを怠る可能性がある
✦ 例外∼沈黙による詐欺が成立する場合
• 表意者が錯誤に陥っているときに、これを知っている相手方が、情報を提供しないでいることが、取
引の状況からして表意者の信頼を不当に裏切る不誠実な行為となる場合(信義則に反する場合)
Case2 沈黙による詐欺
①AはBに、Aが所有する郊外の土地甲を売ったが、これはBの側から「地下鉄が開通するから、甲は値上
がりするだろう。1億円で買いたい」と持ちかけたものであったとする。これに対してAは地下鉄が開通
しないことを知っていたため、実際には甲が5,000万円程度の価値しかないことを知っていたが、これを
隠してBとの契約に応じていたとする。この場合、Aの「沈黙」を理由としては原則として詐欺は成立せ
ず、契約は有効とされる。
②しかし、Aが例えばこれまでもBの不動産投資のために情報を収集するなどすることがあり、Bに、Aか
ら情報を提供してもらえるという正当な信頼があった場合には、こうした信頼を裏切ってAが「沈黙」す
ることは、信義則に反すると解され、「沈黙による詐欺」が成立することがある。
(4) 欺罔行為→錯誤→意思表示の因果関係
• 欺罔行為→錯誤の因果関係:詐欺者のした当該欺罔行為が原因となって、表意者が錯誤に陥った(当該欺
罔行為がなければ、表意者は錯誤に陥らなかった)という関係
• 錯誤→意思表示の因果関係:表意者が錯誤に陥ったことが原因となって、表意者は当該意思表示をした
(当該錯誤がなければ、表意者は当該意思表示をしなかった)という関係
Case3 因果関係
Aは、Bに対して、Aが所有する郊外の土地甲の周辺で京都市が地下鉄を建設すると語り、Bに対して甲の購
入を勧めた。
①このとき、Bは地下鉄建設計画がないことを実は知っており、しかしこれとは別に甲周辺にショッピング
モールの建設計画があるとの噂を聞いていたので、甲を購入することとしたとする。このショッピング
モール建設計画も真実ではなく、甲が結局値上がりをしなかったとしても、BはAの詐欺を理由に契約を
取り消すことはできない。Bの錯誤は、Aの欺罔行為によって引き起こされたものではないからである。
②Aの嘘により、Bは本当は存在しない地下鉄建設計画があるものとの錯誤に陥ったとする。しかし、Bが
甲を市場価格より高く購入したのは、業績の悪化しているAを助けようという考えからであって、もとも
と高値で買うつもりであったとする。この場合には、Bのした意思表示は、錯誤に陥ったことが原因では
ないから、詐欺は成立しないこととなる。
08-3. 契約の無効・取消原因(その3・瑕疵ある意思表示) p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
3. 強迫
(1) 強迫の要件∼詐欺と対比して
詐 欺
詐欺者・
強迫者側
の要件
二段
の
故意
行為
強 迫
錯誤を生じさせようとする故意
畏怖を生じさせようとする故意
その錯誤によって一定の意思表示をさせ
ようとする故意
その畏怖によって一定の意思表示をさせ
ようとする故意
欺罔行為(誤った認識や判断をさせる行
為)
強迫行為(害悪を示して相手方を畏怖さ
せる行為)
違法なものと評価されなくてはならない
表意者側の要件
欺罔行為と錯誤の因果関係 +
錯誤と意思表示の因果関係
強迫行為と畏怖の因果関係 +
畏怖と意思表示の因果関係
効果意思の存在
効果意思はある(「意思の欠缺」ではなく「瑕疵ある意思表示」)
効 果
当然に無効になるのではなく、取り消しうる意思表示となる
(2) 強迫行為の違法性
強迫行為の違法性=行為の目的と手段とを総合的・相関的に考察して判断するとされている
• 目的が正当でも、手段が非常に不適切であれば違法性を認める
• 目的の不当性が大きくなれば、手段が適切でも違法性は認められやすくなる
Case4 強迫行為の違法性
Aは、Bの経営する会社を解雇された。Aはこれに抗議してBの自宅を訪れ、解雇を撤回するよう強く申
し入れた。このためBは、通常以上の退職金をAに支払うこととし、Aもこれに合意した。しかし後にB
は、退職金を上積みするとの合意は、Aの強迫によるものだと主張して、取消しの意思表示をした。
①Bのした解雇が違法なものであり、Aの行為が違法な解雇の撤回を求めるという正当な目的をもったもの
であったとすると、Aの行為の違法性は認められにくくなる。もっともこの場合でも、深夜に多人数でB
の自宅に押し掛け、大声をあげるなど手段の悪質性が大きければ、強迫行為の違法性が認定され、契約
の取消しが認められる可能性もある。
②これに対してBのした解雇が適法なものであったとすると、その撤回や退職金の上積みを求めることは目
的としての正当性を失うこととなる。このとき、権限ある機関(労働基準監督署など)への申立てをす
ることを告げるなど正当な手段を用いる限りは違法と判断されることはないが、通常の要望・交渉を超
えた手段を用いると、違法性が肯定されやすくなる。
4. 第三者による詐欺・強迫
第三者による詐欺・強迫:欺罔行為・強迫行為は、契約の相手方から受ける場合だけでなく、第三者から受
ける場合もある
第三者による詐欺・強迫の効果:
• 第三者による詐欺の場合:表意者が第三者に騙されていることについて、契約の相手方が悪意である
場合に限り、詐欺を理由として取消しが認められる(96条2項)
• 第三者による強迫の場合:契約相手方の善意・悪意を問わず、表意者は強迫を理由として契約を取り
消すことができる(96条2項反対解釈)
扱いを異にする理由:
• 詐欺においては、表意者自身も正確な情報を集めようと思えばできたはずであるのに、それをせず、
漫然と相手のいうことを信じたという意味で落ち度がある。
• 強迫では、表意者にこうした落ち度はなく、被害者をより強く保護することが正当化される。
08-3. 契約の無効・取消原因(その3・瑕疵ある意思表示) p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Case5 第三者による詐欺・強迫の例
AはB銀行との間で、B銀行がCに貸し付けている100万円の債権を保証するために保証契約を締結した。
①CがAに、保証人となってくれるよう頼む際に、「妻の父親も連帯保証人としてつくことになっており、
Aに迷惑をかけることはない」と述べていたが、これは全くの嘘であった。この場合、CからAに対する
詐欺について、B銀行が悪意である場合には、AはB銀行との間の保証契約を取り消すことができる。し
かしB銀行が善意であれば、Aは保証契約を取り消すことができない。
②CがAに、保証人となってくれるよう頼む際に、「保証人にならなければ、知り合いの暴力団員に頼んで
痛い目に遭わせてやる」と脅していたとする。この場合Aは、Cによる強迫を理由として、B銀行のこれ
についての善意・悪意を問うことなく、保証契約を取り消すことができる。
A
保証契約締結
迫
B銀行
主たる債務
強
・
欺
詐
C
5. 取消しの効果∼第三者との関係を中心に
取消し:取消権者の意思表示により、契約を最初から無効であったものとして扱う
• 契約当事者間での効果:詐欺・強迫により締結された当事者間で契約の効力が失われれば、債権・債
務は消滅し、すでに物が引き渡されていたり、代金が支払われていたりすれば、返還しなければなら
ない。
• 第三者との関係:原則としては最初から契約がなかったものと考えるが、一定の例外がある
Case6 取消しの第三者に対する効力
Aは所有する土地甲をBに売却し、登記名義もBに移していた。
①この契約は、Bの強迫によって締結されたものであった。そこでAはBに対して契約を取り消す旨の意思
表示をしたが、この取消前に、BはCに土地を売却し、登記名義も移転していた。AはCに土地の返還を
求めることができるか。
②①において、強迫ではなく詐欺を原因として契約を取り消していたときはどうか。
③①において、Aによる契約の取消しが先に行われ、その後Aが登記名義を取り戻す前にBからCへの譲渡
が行われていた場合はどうか。
①取消前の第三者(詐欺以外の場合)
取消しによって契約は最初から無効であったこととなる
→このときAからBへの甲の所有権の移転もなかったことになるので、Bは無権利者であったこととなる
→Bが無権利者であるからCも権利を取得していない
→従って、AはCから甲を取り戻すことができる
②取消前の第三者(詐欺の場合)
ただし、詐欺については96条3項に特則が定められている
→Cが、A­B間での取消原因について善意であれば、AはもはやCに対して甲の返還を求めることはできない
✦ このように解する理由:
• 詐欺の場合には、被害者であるAにも落ち度があると考えられるから(上述4.を参照)
08-3. 契約の無効・取消原因(その3・瑕疵ある意思表示) p. 4
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
③取消後の第三者
判例(大審院昭和17年9月30日・民集21巻911頁(百選52事件))は対抗問題として解決しようとする
取消の意思表示によってBからAへと物権変動(復帰的物権変動)がおこる
→その後BからCへと土地が売却されると、あたかも二重譲渡がなされたかのような関係となる
→従ってAは対抗要件である登記を備えないと、所有権の返還を受けたことをCに対抗できない
取消前の第三者(①②の場合)
取消後の第三者(③の場合)
A
取消しによって、
所有権移転は
なかったことになる
A
取消しによって
物権がAへと
復帰的に移転する
B
B
C
C
• Cは無権利者であったことになる
から、Aは甲の返還を請求できる
• ただし詐欺の場合には、この請求
は制限される(96条3項)
Cも甲を購入すると、Aへの復帰
と二重譲渡類似の関係にたつ
Advanced
判例は以上のように考えているが、ここには一つの矛盾がある。取消前の段階では、「取消には遡及効
がある」のだから、「Bは所有権を取得しなかったことになる」と説明されている。これに対して取消後の
段階になると、「復帰的物権変動」すなわち「BからAへと所有権が(復帰的に)移転する」と説明する
(取消前の段階でBが所有権者であることを前提とした説明の仕方をする)。
学説の中には、こうした矛盾を指摘した上で、取消後についても取消の遡及効からの説明を貫徹しよう
とするものがある。この説によると、取消後の第三者(C)も無権利者Bから土地の譲渡を受けたことにな
り、177条の適用領域外の問題となる。第三者(C)の保護は、94条2項の類推適用として解決されること
となる(Cは善意でなくてはならない)。佐久間・169-170も参照。
08-3. 契約の無効・取消原因(その3・瑕疵ある意思表示) p. 5
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
08-補足. 契約の無効・取消原因(その4・内容に関する有効要件)
2007年6月29日
1. 序論
法律行為の有効要件:法律行為は、成立要件を満たす場合であっても、有効要件を満たさなければその効力
を発しない。
• 当事者(人)に関する有効要件:(権利能力)、意思能力、行為能力
• 意思表示過程に関する有効要件:
• 意思の欠缺(心裡留保、虚偽表示、錯誤)
• 瑕疵ある意思表示(詐欺、強迫)
• 内容に関する有効要件:確定性、実現可能性、適法性、社会的妥当性
2. 確定性
確定性を欠く法律行為の効果:内容を確定することのできない法律行為は無効となる(条文はない)
✦ このように解する理由
• 権利・義務関係の内容が確定できないのであれば、裁判を通じて強制することもできないため
法律行為の内容を確定する作業(解釈)については、講義資料06を参照
3. 実現可能性
不能:法律行為の内容が実現不可能な状態になっていること。
• 原始的不能:法律行為成立の時点で、すでに不能となっていること。通説は、不能となった原因のいかん
にかかわらず、法律行為は無効になると解している。
ただし、原始的不能であっても契約を有効とし、債務者に帰責事由がある場合には損害賠償を認めるとの考え方
が近年では相当有力になっている。
✦ 原始的不能の法律行為を無効とする理由
• 実現できない以上、効力を認める(国が強制的に実現させる)としても無意味
• 法律行為を有効とすると、債務者に対して不可能なことを強いることになり、許されない
• 後発的不能:法律行為成立の時点では可能であったが、その後不能となること。債務内容が不能になれ
ば、その債務は消滅すると解されている。
その上で、不能について債務者に帰責事由があれば債務不履行(損害賠償・解除)の問題となり、帰責性がなけ
れば危険負担の規定に従い他方当事者の債務の帰趨が決定される。
Case1 原始的不能の契約は無効である
Aは、自己の所有する軽井沢の別荘甲を、Bに5,000万円で売ることとした。売買契約は、7月30日夜7時
に東京で締結された。しかし、契約締結の3時間ほど前に、甲は落雷による火災が原因で焼失していた。こ
の場合、甲の売買契約は原始的不能を理由として無効となる。
4. 適法性
(1) 強行規定・任意規定
任意規定(任意法規):「公の秩序に関しない規定」。任意規定に反する内容を契約に盛り込んだとして
も、無効とならない(91条)。契約自由の原則(とりわけ契約内容の自由の原則)からすると、契約内
容に関する規定は任意規定とするのが原則である。
強行規定(強行法規):「公の秩序に関する規定」。強行規定に反する契約内容は適法性を欠くものとして
無効となる(91条の反対解釈:通説)。契約自由が原則であるとしても、主として次のような事柄に関
して、自由を制限するために(民法典、あるいは特別法中に)強行規定がおかれている。
• 契約制度の前提となることがら(申込みと承諾の合致による契約の成立、など)
• 第三者の権利義務にかかわることがら(94条2項のような第三者保護規定)
• 家族法など社会秩序の維持にかかわることがら
• 弱者を保護するために設けられている規定(借地借家法の他、利息制限法、消費者保護法)
任意規定か強行規定かは、条文中で明示されることもあるが、そうでない場合には、条文の趣旨なども含めて解
釈することで決するしかない。
08-補足. 契約の無効・取消原因(その4・内容に関する有効要件) p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(2) 公法上の規定に違反した行為の私法上の効力(取締法規論)
(a) 公法・私法二分論
私法:私人間の権利義務関係を規律することを目的とした法。民法は私法の基本法と位置づけられている。
公法:公権力が私人に対してどのように行使されるべきかを定めることを目的とした法(行政・自治体の組
織、権限など)。私人間の権利義務関係を規律する目的では定められていないため、公法上の規定(広
義の取締規定)に違反たことから直ちに私法上の効力も否定されるわけではない。
(b) 取締法規論
取締規定違反の行為の効力:違反された(広義の)取締規定が、その性質・趣旨からして効力規定だったの
か、狭義の取締規定だったのかを検討し、効力規定違反であれば行為は無効、狭義の取締規定違反であ
れば行為は有効とするというのが、通説的な考え方である。
• 効力規定:第一次的な目的は公権力による私人の取締り(許認可・刑罰)について定める規定である
が、同時に私法上の権利関係を規律することも目的としている規定。効力規定違反の法律行為は無効
とされる。
• 狭義の取締規定:専ら公権力による私人の取締りについて定めることを目的としており、私法上の権
利関係に影響することを予定していない規定。狭義の取締規定違反の法律行為は無効とされない。
Case2 公法上の規定に違反する行為の効力
①菓子製造業を営むAは、製造した菓子をB商店に納入した。しかしその後、Aが、菓子製造業を営む際に
必要な都道府県知事の許可(食品衛生法51条、52条)を受けていなかったことが判明した。Bは、売買
契約は無効であるとして、代金の支払いを拒んだ。
このときのAの行為は、食品衛生法51条、52条に違反するものであるが、これらの規定の主たる目的
は、都道府県知事の許認可権限について定めるとともに、違反者に刑罰(72条)を課すというもので、
公法の領域に属するものである。そしてこれらの規定は、許可制にすることで食品を扱う店の衛生状態
を監督することが主たる目的と解釈されており、そうであればAが結んだ契約を全て無効にすることまで
は必要がないと考えられている(商品の品質が悪いなどの事情があれば、そうしたことを理由として私
法上の責任が生じうるのはもちろんであるが、無許可営業という一事をもって契約を無効とする理由は
ない)。すなわちこれらの条文は狭義の取締規定と解されている。
従ってこれに違反したAの行為は、私法上の効力を否定されないと解される。
②菓子製造業を営むCは、製造した菓子をD商店に納入した。しかしその後、Cが、使用を禁じられている
添加物(食品衛生法10条)を使用していたことが判明した。Dは、売買契約は無効であるとして、代金
の支払を拒んだ。
このときのCの行為は、食品衛生法10条に違反するものであるが、この規定の主たる目的は、危険な
添加物の使用を刑罰(71条)をもって禁ずるというところにあり、公法の領域に属するものである。し
かし、さらにこの規定は、危険な添加物が流通することを阻止する趣旨も含んでいると解釈されてお
り、そうであればCが結んだ契約を全て無効にすることが必要である。すなわちこの条文は、効力規定と
解されている。
従ってこれに違反したCの行為は、私法上の効力を否定されると解される。
Advanced 取締法規論
以上が、通説的見解による取締法規論(公法上の規定に違反したことに基づく私法上の効力の問題)で
あるが、こうした考え方に対しては、近時有力な批判が向けられている。
問題とされているのは、法律の規定だけを眺めて、この規定が狭義の取締規定なのか効力規定なのかを
抽象的に考え、それによって契約の効力が左右されるという考え方である。このような考え方ではなく、
実際には、同じ規定に違反している場合であっても、行為の悪性・危険性、契約を無効とした場合に当事
者の信頼が害される程度といった個別の事情を考慮して、契約を無効とするべき場合とそうでない場合と
をわけるべきであると主張されているのである。
こうした考え方については、山本227-237・大村65-67を参照。
08-補足. 契約の無効・取消原因(その4・内容に関する有効要件) p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
5.社会的妥当性
(1) 公序良俗とは
公序良俗:「公の秩序又は善良の風俗」。もともとは政治的・国家的秩序と性風俗をさしていたが、現在で
はより一般的に社会的な妥当性を意味していると理解されている。公序良俗に反する契約は、社会的な
妥当性を欠くものとして無効となる(90条)。
✦ 公序良俗に反する法律行為を無効とする理由
• 法律行為が有効となると、その実現を国家が保証することになるが、社会的に妥当でない事柄の実現
を国家が保証することは許されないと考えられているから。
(2) 一般条項のジレンマ
一般条項:要件が抽象的・一般的な概念で定められている規定。要件が一義的に明確ではないため、裁判官
の評価の余地が大きく働くという特徴がある。公序良俗に関する民法90条がその代表的な例である。
• 一般条項の必要性:全ての事柄について、あらかじめ明確な基準で定めておくことは不可能であり、具体
的事件ごとに妥当な解決を目指すためには、包括的・抽象的なルールが必要。
• 例えば「社会的に妥当でない」契約を無効にしようとするとき、その判断基準は時代によって変化し
うる
• 戦前∼戦中であれば、団体主義的な思想(国体思想)が判断に影響を及ぼしていたが、現在ではこうした価
値観は支持を集めていない
• 逆に、現在であれば、戦前にはそれほど重視されていなかった、経済的な弱者の保護、男女平等といった考
え方が契約の有効性を判断するにあたって重要になっている
• 「ある契約が社会的にみて許されない」ということの判断は、複雑に絡み合った様々な要素の総合的
な判断に基づいていることが多い(「市場価格の2倍の価格で取引しているから無効」と一概に決めら
れず、当事者の意図・判断能力、行為の悪性などが総合的に考慮されなくてはならない)
• 一般条項の危険性:裁判官の恣意的な運用につながる危険があるとともに、当事者にとってもルールをあ
らかじめ予測する可能性が低下する。
(3) 公序良俗の類型化
公序良俗の類型化:伝統的通説は、公序良俗によって契約が無効とされた裁判例を分類し、類型化すること
によって、要件の曖昧さを補い、当事者のルールに対する予見可能性も確保しようとしてきた。
✦ 公序良俗違反が認められてきた類型
• 犯罪行為(談合契約、共同絶交(「村八分」)など)
• 家族秩序や性道徳に反する行為(家族と同居しないことを求め、同居した場合には金銭をとるといっ
た契約など)
• 個人の自由を極度に制限する行為(芸娼妓契約、過度の営業避止義務を課す契約など)
• 憲法の認める基本的な価値に反する契約(男女で定年が異なる旨を定めた就業規則など)
• 暴利行為や不公正な方法による取引
• 著しい射幸行為(賭博など)
• 動機の不法(その内容自体は問題はないがそれをする動機が不法であるような契約。例えば、賭博に
当てることを目的にした金銭消費貸借契約など)
Advanced 公序良俗論の再構成
伝統的通説による類型化により、公序良俗の適用場面はある程度明確にされてきた。しかし、類型化を
していくだけでは、今後生じてくる新たな問題について民法90条が適用されるかどうかを明らかにするこ
とはできない。またそもそも、これまで民法90条が適用された事例について、「なぜこの契約が無効とな
るのか」ということが説明されていない(裁判官がアウトといったからアウト!)という問題もある。
そこで近年、「どのような問題がなぜ公序良俗の下で論じられるのか」という基本的な枠組みを構築し
ようとする研究が進んでいる。そうした研究を行う学者としては、山本敬三教授と大村敦志教授が双璧を
なしている。さしあたっては教科書(山本敬三『民法講義Ⅰ総則(第2版)』(2005年・有斐閣)
241-248頁、大村敦志『基本民法Ⅰ総則・物権総論(第2版)』(2005年・有斐閣)61-73頁)でなされ
ている、(ある程度)かみ砕いた説明を参考ににするとよい。
08-補足. 契約の無効・取消原因(その4・内容に関する有効要件) p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
09-1. 代理(その1・有権代理)
2007年6月6日講義予定
1. 代理とは
代理:一定の要件の下で、A(代理人)とB(相手方)の間の法律行為により、C(本人)に法律効果が生じ
るという制度。
代理の要件:
• 本人が代理人に代理権を与えており、代理人がその範囲内で行為すること(→2.)、かつ
• 代理人が代理行為であることを示して(顕名)、行為をすること(→3.)
代理の基本構造
本人
ex
.物
の
法
引
渡
代理権の授与
律
効
・
果
代
の
発
金
支
生
払
い
義
務
の
発
生
代理人
法律行為
相手方
ex.売買契約の締結
代理制度の必要性:
①私的自治の拡張
自分一人だけでは、専門的知識の不足・時間的制約など種々の制約を受けるが、代理人を用いることに
よって自分の活動範囲を広げることができる
②私的自治の補充
判断能力が不十分な者を保護するために、この者から有効な法律行為を行う資格を奪った(行為能力を
制限した)場合に、その代償として代わりに法律行為を行ってくれる者を選任してやる必要がある
③法人の活動の支援
人・財産の集合体である法人は、それ自体は意思をもったり行為を行ったりすることはできないので、
法人のために行為する人間が必要となる
代理の種類:
代理制度の存在理由とオーバーラップするが完全に一致するわけではない
①任意代理
本人(=代理人の行った法律行為の効果が帰属する者)自身が、代理人を選ぶ場合
②法定代理
法律の規定に基づいて、本人以外の者が代理人を選ぶ場合。未成年者に対する親権者のように、手続を
経ることなく当然に代理人になる場合と、後見人や(代理権付与の審判により代理権を付与された)保
佐人・補助人のように裁判所などの公的機関により選任される場合とがある
③法人の代理(代表)
本人となる法人によって選任されるという点では任意代理としての側面をもつが、権限の内容が法律に
よって定められているという点では法定代理としての側面も有している(法人については後日説明する)
09-1. 代理(その1・有権代理) p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
2. 代理権
(1) 代理権の発生原因と代理権の範囲
代理権:代理人がもつ、本人を代理する権限。この権限の範囲内であれば、代理人が相手方との間でした法
律行為の効果が本人と相手方との間で発生する。
代理権の発生原因と代理権の範囲:
• 法定代理:法律の定めによる
• 子の代理人としての親権者=原則として父母が親権者となり(818条)、親権者は子の財産に関する
法律行為についてその子を代表すると定められている(824条)
• 他の制限能力者に付される代理人=家庭裁判所の審判により選任・代理権付与がなされ、権限の範囲
も法律で定められている(後見人8条・859条、保佐人12条・876条の4、補助人16条・876条の9)
• 任意代理:
• 代理権の発生:本人から代理人への権限の授与(委任契約と考えておけばよい)による。委任状に実
印を押し印鑑証明書を付すというのが最も厳格な形式であるが、口頭でもよく、黙示でもよい。
• 代理権の範囲:代理権を授与するときに本人が指定する(委任状を交付するときには委任状に記載す
る)のが通常である。代理権の範囲について定めがない場合には、民法103条によって定める。
103条による代理権の範囲
• 代理権は管理行為(=保存行為、客体の性質を変えない利用行為・改良行為)に限定される
• 処分行為を行うことはできない
Case1 代理権の発生と代理権の範囲
①Aは生まれたばかりの子供である。Aの両親BとCは、Aの出産祝として受け取った10万円の金銭をAの名
義で銀行に預けることとし、D銀行に口座を開設(=消費寄託契約の締結)した。BとCは、Aの父母と
してAの財産について法律行為を行う法定代理権を有しているため、B・CがD銀行との間で締結した消費
寄託契約の効力はAに発生する。
②EはFから土地を5,000万円で購入することにしている。契約締結の予定日に急な用事が入ったEは、自分
に代わってFと契約を結ぶようGに依頼し、実印を押した委任状を印鑑証明書とともにGに交付した。G
は、Eのために土地を購入する契約を締結する代理権を与えられたこととなり、この範囲内で契約をすれ
ば契約の効力はEとFの間で発生する。
③Hの父親Iが死亡し、Hがその遺産を相続した。ところがIは大富豪であり、多忙なHには、どのような
財産を相続したのかを整理することすらままならずにいた。そこでHは、Jに対して「相続財産の件は君
に一任する。とにかくうまくやってくれ」と依頼した。このときJは相続財産に関する代理権をもつ
が、その範囲は民法103条により管理行為をする権限にとどまる。
Info 実印と印鑑証明書
日本では、契約書など重要な書類に印鑑を押す習慣がある。しかし、契約書に押印されているだけで
は、押印したのが本当に本人であるかどうかは確実ではない。特に委任状は、本人が目の前にいないとこ
ろで代理人から相手方に示されるものであるから、委任状に押印したのが本当に本人であることを確認す
ることが(特に土地の売買や多額の借財といった重要な取引では)必要である。
このときに、「実印」と呼ばれる印鑑を用いる。「実印」とは、市町村に予め印影を登録してある印鑑
のことをいう。市町村は本人からの申請で、(本人の身分確認をした上で)本人が持参した印鑑の印影を
データベースに登録する。そして、その後本人からの申請があれば、この印影が本人のものであることを
証明する書類(印鑑証明書)を発行する。この印鑑証明書と同じ印影の押印があれば、本人しか持ってい
ないはずの印鑑が押されていることを市町村が証明することとなるというわけである。
なお実印として登録できる印鑑は、印影が変化しない丈夫な素材であり、模倣しにくい複雑な印影であ
ることなど条件が設けられている。一般に「実印」として市販されている印鑑はこうした条件を満たしう
る印鑑という意味にすぎない。登録していない印鑑は実印ではなく、逆に登録されれば「認印」として市
販されている印鑑でも「実印」となる。
09-1. 代理(その1・有権代理) p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(2) 代理権の制限∼自己契約・双方代理の禁止
自己契約・双方代理の禁止:以下の行為は禁止されている(108条)
• 自己契約:同一の法律行為について、相手方の代理人となること
• 双方代理: 同一の法律行為について、当事者双方の代理人となること
双方代理
自己契約
買主
(相手方)
売主
効果の発生
買主
生
効果
の発
契約の締結
売主
この両者が同一人物
=自己契約
契約の締結
買主
(相手方)
の代理人
売主の
代理人
この両者が同一人物
=双方代理
買主の
代理人
自己契約・双方代理の効果:代理権がないものとして扱われる(無権代理となる)
自己契約・双方代理を禁じる理由:代理人と本人の間に利益相反が生じるため
• 契約当事者の関係は、一方が自己に有利な条件で契約を締結しようとすれば、他方にとっては不利な
条件となるという意味で、類型的・形式的に利害が対立している
• ここで、本来は利害の対立する両者が、それぞれに自己の利益を最大限にしようと交渉し妥協点を模
索するのが契約交渉であるが、自己契約・双方代理の場合には、代理人が望んだ契約条件で(極端に
いえば代金が0円でも)契約が成立してしまうため、契約の一方の当事者の利益を害する危険が高い
といえる
Case2-1 自己契約・双方代理の禁止
①Aは、A所有の土地甲を売却しようと考え、買主の選定と契約の締結・履行をBに委託した。Bはもとも
とマイホームの建築用地を探していたので、甲を自分で買い取ることとし、売主を「A代理人B」買主を
「B」とする契約書を作成し、契約を締結した。この場合、108条の禁じる自己契約にあたり、たとえ価
格が適正なものであったとしても、Bは代理権なく土地の売買契約を締結したものとして扱われる。
②①で、BはAから甲の売却を委託されたが、たまたまそのときCから「よい土地があれば購入してもらい
たい」と土地の選定と購入契約の締結を委託されていた。そこでBは、売主を「A代理人B」買主を「C代
理人B」とする契約書を作成し、契約を締結した。この場合、108条の禁じる双方代理にあたり、 たと
え価格が適正なものであったとしても、Bは代理権なく土地の売買契約を締結したものとして扱われる。
自己契約・双方代理の実質化:自己契約・双方代理の禁止理由が、代理人が本人と利益の相反するような地
位に立つこと(利益相反行為)の防止にあるとすると、
①形式的には自己契約・双方代理にあたる場合でも、実質的には本人の利益を害さないなら代理権を認
めてよい
②形式的には自己契約・双方代理にあたらなくても、実質的には本人の利益を害するなら代理権を制限
するべき
ということとなる。
09-1. 代理(その1・有権代理) p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
①自己契約・双方代理が許される場合(108条ただし書)
• 債務の履行
すでに契約内容は確定しているので、その実現は一人の代理人が債権者・債務者の双方を代理して
も、当事者の利益を害することはない
• 本人(双方代理であれば両方の本人)が予め許諾した行為
本人が同意を与えているのであれば禁止する理由はない(事後的に同意した場合には「無権代理の
追認」として行為が有効となるのであり、事前の同意についても行為を有効にしてよい)
Info 本人の同意と自己契約・双方代理の許容
108条ただし書のうち、「本人があらかじめ許諾した行為」は、平成16年改正により挿入されたものであ
るが、こうした行為が108条本文による禁止の例外となることは、それ以前から判例・通説で認められて
いた。
Case2-2 自己契約・双方代理が許される場合
①Case2-1②で、AとCとの間で交渉・締結された契約について、司法書士であるBが、登記申請のために
必要な書類を作成し、登記所に申請することの代理権を受けたとする。この場合、Bは契約当事者の双方
の代理人として登記申請を行うこととなるが、これはすでに成立した契約の履行のために双方の代理人
となっているのであり、108条の禁止する行為にあたらない。
②Case2-1①でAがあらかじめBに対して、「もし自分で購入するのであれば、それでもかまわない。ただ
市場価格で購入してくれ」と伝えていたとする。この場合において、Bが市場価格で契約を締結していた
とすれば、本人Aは自己契約について事前に同意していたのであるから、Bのした行為は禁止されない。
②実質的に自己契約・双方代理にあたるとして禁止される場合
形式的には自己契約にあたらないとしても、代理人が実質的に自己と利害を同じくする者を相手方とし
て契約をしたときには、実質的には利益相反があるものとして108条本文が類推適用される
Case2-3 実質的な利益相反
Case2-1①で、Bは、自分が購入するのではなく、自分の妻Dに購入させることとし、売主「A代理人B」買
主「D」の契約書を作成した。これは形式的には自己契約にはあたらないが、BとDは(通常は)夫婦とし
て生計を一にしており、土地の購入ということに関しては利害を同じくしていると考えられる。従って、B
の行為は実質的には利益相反にあたり、108条本文が類推適用されて、禁止されていると解される。
3. 顕名
顕名:代理人が法律行為をするにあたって「本人のためにする」ことを示すこと。具体的には、「A代理人
B」という名義で行為することをいう。
顕名の効果:顕名をしてした法律行為は、(代理権の範囲内であれば)代理人ではなく本人に法律効果が帰
属する(99条)
顕名をしない場合の効果:
• 原則:相手方は契約相手が本人となることを知り得ないので、代理人自身のためにした行為であると
みなされる=代理人に法律効果が帰属する(100条本文)
• 例外:相手方が、代理行為であることについて悪意又は善意有過失であるときには本人に法律効果が
帰属する(100条ただし書)
Case3 顕名
Aは、自己の所有する土地甲を売却する代理権をBに与えていた。BはCとの間で甲の売買契約を締結し
た。このときBは契約書に「A代理人B」と署名することで、この法律行為の効果がAに帰属すること(Aが
土地引渡の債務を負い、Aが代金債権の権利者となること)を示さなければならない。これをしない場合
で、かつBが代理人に過ぎないことについてCが善意無過失であれば、B自身が契約当事者とみなされる。
09-1. 代理(その1・有権代理) p. 4
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
4. 代理行為の有効性
(1) 制限行為能力者による代理
制限行為能力者による代理行為の効力:代理人が制限行為能力者(未成年者・被後見人・被保佐人・同意権
付与の審判を受けた被補助人)であったとしても、代理行為を取り消すことはできない(102条)
✦ このように解する理由
• 代理人たる制限能力者は代理行為によって不利益を受けない
• 本人は自ら、制限能力者を代理人に選任している
✦ 注意:代理人は意思表示はするので、意思能力は備えている必要がある(意思能力を備えていない代
理人がした代理行為は無効となる)
(2) 代理行為の瑕疵
善意(無過失)を要件として有効となる法律行為が代理人を解して行われた場合の効力:
• 原則:代理人について善意(無過失)であったかどうかを判断する(101条1項)
→意思の欠缺(心裡留保・虚偽表示・錯誤)、瑕疵ある意思表示(詐欺・強迫)についても同様
• 例外:「特定の法律行為をすることを委託された場合において、代理人が本人の指図に従ってその行
為をしたとき」には、本人が悪意であった事情について、代理人が善意であったということを主張す
ることができなくなる( 本人について善意であったかどうかを判断する)(101条2項)
• 通説による例外の拡張:「特定の法律行為の委託」ではない包括的な委託の場合でも、本人がある事
情を知っていたのであれば、代理人に適宜の指示を与えて自分の身を守ることができるはずであると
して、本人が悪意であった事情について、代理人が善意であったということは主張できないとする
Case4 代理行為の瑕疵
①本人Aは、Bを代理人に選任し、Cが所有する土地甲を5,000万円以下で購入することを依頼した。とこ
ろがこの甲は、本当はDが所有するものであるにもかかわらず、C−D間の虚偽表示により、Cの名義に
なっているものであった。ここで虚偽表示について本人Aが善意であったとしても、代理人Bが悪意で
あった場合には、AはC­D間の契約が虚偽表示により無効であることを主張できない。民法101条1項に
よりAの保護の可否は、その代理人の善意・悪意により決するからである。
②①で、Aが悪意、Bが善意であった場合にも、Aは「特定の法律行為の委託」をしており、BはそのAの指
図に従って代理行為をしているから、101条2項により、虚偽表示についてBが善意であることをAは主張
できない。
③①において、Aは漠然と「適当な土地を購入してほしい」と指示していただけであり、Bが土地甲を見つ
けてきて、Aに報告したとする。このときAがC‒D間の契約が虚偽表示により無効であることを知ってい
たのであれば、やはりAは、虚偽表示についてBが善意であることを理由として保護を受けることができ
ないというのが通説の立場である。
Info 「or」を日本語でいうと?
条文の中で、2つ以上のものを選択的に結ぶ場合(or接続)には、次のようなルールに従う。
(1)通常は「又は」を用いる。ex. 「A又はB」
(2)3つ以上を並べる場合には、最後の部分にだけ「又は」を用いる。ex. 「A、B又はC」
(3)選択的接続の段階が2段階以上になる場合には、一番小さい接続に「若しくは」を用い、それ以外の接
続には「又は」を用いる。ex. 「A又はB若しくはC」(=「A又は(B若しくはC)」の意味)
意思表示の効力が
①意思の不存在、
②詐欺、
③強迫、 又は
④
❶ある事情を知っていたこと、若しくは
によって影響を受けるべき場合には
❷知らなかったことにつき過失があったこと
09-1. 代理(その1・有権代理) p. 5
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
5. 復代理
(1) 復代理とは
復代理:代理人が選任した本人の代理人(=復代理人)が、本人を代理して法律行為をすること。代理人が
選任した代理人であるにも関わらず、「代理人の代理人」としての効果が発生するのではなく、直接に
「本人の代理人」としての効果が発生する。
本人
選任
法
律
効
代理人
果
の
発
生
選任
復代理人
法律行為
相手方
(2) 自己執行義務とその例外
自己執行義務:代理人は、例外を除いては、本人から委託された事務を自ら実行するべきであり、他人に委
ねることができない(=復代理人を選任できない)とする義務
✦ このように解する理由
本人は、特に代理人を信頼して、自己の法律関係の形成を委ねたのだから、代理人がこの信頼に反
してむやみに他人を介入させることは許されない。
任意代理・法定代理と自己執行義務
• 任意代理の場合:原則として自己執行義務を負う(104条)
✦ 例外
• 本人の許諾を得たとき
• やむを得ない事由のあるとき
✦ 例外に基づいて復代理人を選任した場合の代理人の責任
• 復代理人の選任・監督に過失があれば、本人に対して損害賠償責任を負う(105条1項)
• ただし、復代理人を指名したのが本人である場合には、代理人は責任を免れる(105条2項本文)
• ただし、本人の指名が不適当であると代理人が知りながら対処しなかった場合は損害賠償責任を
免れることができない(105条2項ただし書)
Case5 任意代理における復代理
①Aからアパートの一室を借りているBは、半年近くも家賃を滞納している。困ったAは、以前同じような
トラブルの際に借主との交渉をうまくまとめてくれた弁護士Cに、家賃の取立と、家賃が払われなかった
ときには契約を解消することを依頼し、必要な代理権を与えた。ところがCは多忙を理由として、別の弁
護士Dに事件を一任した。こうした行為は、原則として禁止されており、Dの行為の効果はAには帰属し
ない。しかし、Dを復代理人として選任することにAの同意があったり、やむを得ない事情があった場合
には、Dの行為は直接にAに帰属する(一度Cに帰属するわけではない)。
②①で、DはBから家賃の一部として5万円を受け取りながら、これをAにもCにも交付せず着服した。その
後、Dは以前にもこうした着服事件を起こし、弁護士会から処分を受けていたことがわかった。このと
き、CにDの選任につき過失があると認められれば、CもまたAに対して責任を負う。
• 法定代理の場合:自己執行義務を負わず、常にで復代理人を選任できる(106条本文)。ただし「自己の
責任で」とされているので、選任・監督に過失がなくても(やむを得ない事情のない限り)責任を負う。
✦ このように解する理由
法定代理人は本人が特に信頼したわけでもなく、必要な技能を常に有しているわけでもないから
09-1. 代理(その1・有権代理) p. 6
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
09-2. 代理(その2・無権代理1表見代理)
2007年6月8日講義予定
1. 無権代理とは
無権代理:代理人であるとして法律行為をした者が、当該行為に関する代理権を持っていないこと。そもそ
も何らの代理権も持っていなかったという場合だけでなく、代理人が権限外の行為をする場合も含む。
無権代理の効果:
• 代理行為の効力:
• 原則:代理権がない以上、本人とされた者に効果が帰属することは、原則としてない。
• 例外:ただし、相手方を保護するため一定の場合には本人に効果が帰属する
①本人の意思による効果帰属(=無権代理の追認):
• 本人は、無権代理行為を追認することによって、本人に対する効力を生じさせることがで
きる(113条)
• ただし、相手方は本人が追認する前に行為を取り消すことによって、契約の効力をそもそ
も否定することができる(115条本文)
• 相手方は、本人に対して追認するかどうか確答するよう催告することができる(確答のな
い場合は追認拒絶が擬制される・114条)
②本人の意思によらない効果帰属(表見代理):
無権代理人に代理権があるかのように見える状態の発生や存続について本人の帰責性があ
り、こうした外観を相手方が正当に信頼していたときには、相手方を保護するために、無権
代理人のした行為の効果を本人に帰属させる(表見代理制度)
• 代理権授与表示による表見代理(109条 →2.)
• 代理権踰越による表見代理(越権代理・110条 →3.)
• 代理権消滅後の表見代理(滅権代理・112条 →4.)
• 無権代理人の責任:無権代理という事態を生じさせた無権代理人に対して、相手方は責任(履行請
求・損害賠償)を追及することもできる(117条 →講義資料09-3)
2. 代理権授与表示による表見代理(109条)
(1) 109条の要件・効果
109条による表見代理の要件:
• 本人が相手方に対して、他人(無権代理人)に対して代理権を与えた旨を表示したこと
• 相手方が、無権代理について善意無過失であること
109条による表見代理の効果:本人は、有権代理であったのと同様の責任を負う
109条の正当化根拠:
• 相手方は、無権代理人に代理権が与えられているかのような外観を信頼しており、この信頼を保護し
ないと取引社会において代理取引を安心してできなくなる(信頼保護・取引安全)
• この外観は本人が作出したものであり、本人には不利益を甘受しても仕方がないというだけの帰責性
がある
Case1 代理権授与表示による表見代理
Aは個人で事業を営んでいる。資金繰りが苦しいために、Aは所有する土地甲を担保にして銀行から資金を
借りることを考えていた。AはB銀行との交渉の中で、「今回の件については、息子のCに一任しようと
思っているのでよろしく頼みます」と述べた。この席に同席していたCは、翌日早速にB銀行を訪れ、Aを
代理して500万円の借り入れ契約を締結するとともに、甲に抵当権を設定した。ところがAとしては、融資
条件に関する交渉は今しばらく自分で行うつもりでいたのであり、Cに代理権を与えてもいなかった。こ
のとき、Cの行為は無権代理であるが、AはB銀行に対してCに代理権を与えたかのような表示を行ってい
るのであるから、B銀行がCに代理権がないことについて善意無過失であると判断されれば、表見代理が成
立する。このとき、AはB銀行に対して500万円を返済する義務を負うこととなり、抵当権の設定も有効に
なされていることとなる。
09-2. 代理(その2・無権代理1表見代理) p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Info 相手方の善意無過失という要件
相手方が善意無過失であることを要件として定める109条ただし書は、平成16年改正により挿入されたも
のであるが、改正以前からすでに相手方の善意無過失が要件となることは判例・通説で認められていた。
(2) 109条の特殊な適用例⑴黙示の代理権授与表示
黙示の代理権授与表示:代理権授与表示は、「○○に代理権を与える」という明示的なものに限らず、代理
権を授与したとの意味内容を含む行為をすることで黙示に行われることもあり得る
Case2 黙示の代理権授与表示
Aは個人で企業などに文房具を小売りする商売を営んでいる。息子Bは、Aについて会社を手伝っている
が、何らかの代理権を与えられているわけではなかった。こうした中、Bは肩書きが何もないと信用されな
いと考えたので、しばらく前から名刺に「仕入・販売責任者」との肩書きを刷り込んでいた。さらにBは社
印・社長印の保管を委ねられることも多く、社内はもとより取引先や同業者からも次期社長として一目置
かれ、またB自身も会社の重要な役職に就いているかのように振る舞っていた。こうした事情はAも知って
いたが、特に対処しないままにしていた。そうした中でBは、Aを代理してCに対して商品を発注した。
この場合Aは、Bに代理権を授与した旨の表示を明示的に行っているわけではないが、BがAを代理する
権限を持っているかのような肩書きを使い、言動をしていることを黙認していたことから、Bが代理権を持
つことを容認するかのような表示を黙示的に行っていたと評価しうる。このため、109条による表見代理が
成立し、AはCに対して代金を支払う義務を負うこととなる。
Info 商法上の制度
商法・会社法には、黙示の代理権授与表示と関連する制度がいくつか規定されている。
①表見代表取締役(会社法354条)
会社を代表する権限がない者に、あたかもそうした権限があるかのような肩書(社長、副社長、専務取
締役など)を与えた場合
=その者に代表権があるかのように扱われる
②表見支配人(商法24条・会社法13条)
本店・支店の営業を取り仕切る権限がない者に、あたかも営業主任者であるかのような肩書(支店長、
営業部長など)を与えた場合
=その者に代表権があるかのように扱われる
③名板貸し(商法14条・会社法9条)
他人に、自分の氏名・商号を用いて商売することを許した場合
=この他人が負った債務について連帯責任を負う
Advanced 東京地裁厚生部事件
東京地方裁判所には、「東京地方裁判所厚生部」という裁判所職員の福利厚生のための組織があった。
もっとも正式の組織ではなく、裁判所職員が有志参加で作ったものであり、当然会計は国家とは別のもの
であった。しかし、厚生部と取引をした業者が、東京地方裁判所の一部局と取引をしたものと考えて、国
を相手に裁判を起こした。これが「東京地方裁判所厚生部」事件である。
この事件では、109条は直接に適用されない。なぜなら、相手方たる業者は、「東京地方裁判所厚生
部」なる組織を、代理人と勘違いしたわけではなく、本人である東京地裁(=国)の一部局であると勘違
いしているからである。
しかし判例(最高裁昭和35年10月21日判決・民集14巻12号2661頁)は、「東京地方裁判所厚生部」と
いう名称を用い、裁判所の用箋を用いて取引することを東京地裁が容認してきたという経緯からすると、
民法109条の場合と同様、業者の信頼を保護する必要があるとし、本人(国)に効果が生じると判示し
た。
09-2. 代理(その2・無権代理1表見代理) p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(3) 109条の特殊な適用例⑵白紙委任状
白紙委任状:受任者名(代理人名)、委任事項など委任状の一部を記載しないで白地のままにしてある委任
状。白地部分は、実際に代理権を行使する段階で代理人が補充するなどすることが予定されている。
Info 白紙委任状
委任状の一部を記載しないでおくというと異常なことと思うかもしれないが、取引において白紙委任状
が作成されることは少なくない。例えば、土地を売却するという代理権を与える場合に、誰とどのような
内容で契約を結ぶかの決定まで代理人に委ねようとするのであれば、委任事項・範囲をあらかじめ委任状
に書いておくことはできなくなる。あるいは、本人が直接に選任した代理人自身が行為するかどうか定ま
らず、代理人に選任された他の者が実際に代理行為をすることが予定されている場合がある(ゴルフ会員
権の譲渡において、会員証とともに、譲渡人に代わってゴルフクラブに対する手続きを行う権限を与える
旨を記した代理人欄空欄の白紙委任状が交付されるのがその例)。そこで本人は、代理人に、白地にして
ある部分(委任事項・範囲や受任者名)の内容が決まり次第、その部分を補充して委任状を完成させるこ
とまで依頼して、白紙委任状を交付することとなる。
代理人が、本人の依頼通りに白紙委任状を補充するのであれば、通常の有権代理となる。しかし代理人
でない者の名が代理人欄に書き込まれ、相手方に提示されると、無権代理となる。しかも、相手方からみ
れば、本人が無権代理人をあたかも代理人に選任したかのような表示をしていることとなり、109条の問
題が生じる(判例・学説は、白紙委任状が他人に渡ることを予定していたか否か、委任事項について本人
が予定していないような補充があったか否か等によって事案を分類して、表見代理の成否を論じる)。
なお、代理人自身が白紙委任状を補充する際に、依頼されていない事項を書き込んで無権代理行為を
行った場合には、110条の問題となる(後述Case4②を参照)。
Case3 白紙委任状の不当補充と109条の表見代理
Aは、Bから融資を受けようと思い、Cに消費貸借契約の締結とそれを担保するためにA所有の土地甲に
抵当権を設定することについての代理権を与えた。Cはその旨を記した委任状が必要だといい、文房具屋
で委任状のひな形を買ってきた。Cは受任者の名前や委任事項は自分がうめておくので、とりあえずAの署
名と実印の押印が必要であると述べ、Aはこれに従い、記名・捺印したものの受任者欄・委任事項欄が白
地の白紙委任状を印鑑証明書とともにCに交付した。ところがCはこの白紙委任状と実印・印鑑証明書を自
分の妻Dに交付してしまった。Dは株取引の失敗で借金を抱えていたので、この白紙委任状を用いてAの名
義で1,000万円をEから借りてそれを着服した上、甲の上に抵当権を設定してしまった。
この場合、Eからみれば、DがAのために消費貸借契約を締結し、甲に抵当権を設定する代理権を有して
いるかのような外観が存在しているといえる。その外観はAがCに白紙委任状を交付することで作出された
といえるから、その限りでAに帰責性があると評価できる。このため、Eが善意無過失であるならば、Aは
Eに対して1,000万円の返済義務を負い、抵当権設定も有効となる。
本人A
表
見
白紙委任状交付
効
代
理
果
帰
C
に
属
よ
り
消費貸借契約締結
抵当権設定
白紙委任状交付
相手方E
白紙委任状呈示
無権代理人D
09-2. 代理(その2・無権代理1表見代理) p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
3. 代理権踰越による表見代理(越権代理・110条)
(1) 110条による表見代理の要件・効果
110条による表見代理の要件:
• 代理人が、与えられた権限(基本代理権)を超えた行為をしていること
• 相手方が、この行為が権限内であったと信じるにつき正当な理由があること(=無権代理について善
意無過失であること)
110条による表見代理の効果:本人は、有権代理であったのと同様の責任を負う
110条の正当化根拠:
• 相手方は、無権代理人のした当該行為についても代理権が与えられていると信頼しており、この信頼
を保護しないと取引社会において代理取引を安心してできなくなる(信頼保護・取引安全)
• 当該行為についても代理権が与えられているかのような外観は、(当該行為には代理権がないことを
明確に示さないままに)代理権を与えることによって本人が作出したものであり、本人には不利益を
甘受しても仕方がないというだけの帰責性がある
Case4 代理権踰越による表見代理の例
①AはBに、マイホームのための用地を購入するための代理権を与え、委任事項欄に「土地購入に関する一
切の権限を与える」と記した委任状も渡していた。その際Aは、「5,000万円以下の値段であればいい
が、それをこえる値段の時には自分に相談するように」とBに口頭で伝えておいた。ところがBはCとの
間で、土地甲を6,000万円で購入するという契約を、Aを代理して締結してしまった。
この場合、委任状に記載されていなかったとしても、Bの代理権は「5,000万円以下の値段で」土地を
購入することに限られる。従ってBの行為はその権限の範囲を超えた無権代理となるが、無権代理であ
ることについてCが善意無過失であれば、110条の表見代理が成立し、AはCに対して代金債務を負う。
②DはEに、Dが負っている債務を担保するためにDが所有する土地乙に抵当権を設定するための代理権を
与え、委任事項を白紙にした白紙委任状を渡していた。Eはこれを悪用して、自分がFに対して負ってい
る債務を担保するための抵当権を、乙の上に設定してしまった。
この場合、Eは権限外の行為をしており無権代理となるが、無権代理であることについてFが善意無過
失であれば、110条の表見代理が成立し、抵当権は有効に成立する。
(2) 基本代理権の存在
判例・通説:本人が無権代理人に「代理権」を与えている(=法律行為の委託)ことを要件とする
✦ このように解する理由
• 110条の文言は「代理人がその権限外の行為をした場合」となっている
• 事実行為を委託しただけの場合には、本人は自分の法律関係を変動させる意思を持っていないのであ
り、表見代理によって債務を負うことを正当化するだけの帰責性がない
これに対しては、基本権限(=事実行為を含む事務の委託)で足りるとする有力な批判説がある
✦ このように解する理由
• 重大な事実行為の委託(多額の投資取引の勧誘)があっても表見代理による責任を負わない一方、些
細な法律行為の委託(鉛筆一本の購入)があれば表見代理による責任を負うというのはアンバランス
Case5 事実行為の委託と表見代理の成否
Aはある投資会社の勧誘員であった。しかし体が弱かったので、勧誘行為は子供のBに任せていた。Bに
勧誘されてCは投資を行うこととした。その際Cが、「自分の投資した金銭が返ってくることについて、A
の保証をもらいたい」と言ったので、BはAを代理してCが投資した金額についてAが保証するという保証
契約を締結した。しかし、Bは保証契約を締結する代理権をAから与えられていなかった。
このような場合、BがAから委託されていたのは、投資への勧誘という事実行為である(Bは単にCを投
資会社に紹介するだけであり、契約は投資会社とCの間で締結される。BとCの間で法律行為を行うことは
予定されていない)。このため、判例・通説の立場によれば110条の表見代理が成立する余地はなく、Cは
Aに対して保証契約の履行を求めることはできない。
(最高裁昭和35年2月19日判決・民集18巻4号497頁をベースにしている)
09-2. 代理(その2・無権代理1表見代理) p. 4
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Advanced 公法上の代理権は基本代理権たりうるか
判例は、「本人が権利義務関係を変動させる意思を持っている必要がある」との立場から、基本代理権
が存在することを110条の表見代理が成立する要件としている。これを前提にすると本来、私法上の(=
私人に対する)権利義務関係を変動させるわけではない公法上の行為(国・地方自治体などに対する行
為)の代理権を与えただけでは、110条の表見代理は成立しないこととなるはずである。
しかし、最高裁昭和46年6月3日・民集25巻4号455頁(百選26事件)は、登記申請(=登記所という国
家機関への申請であり、公法上の行為となる)を委託する行為が110条の「基本代理権」にあたると判断
している。その理由について、興味のある学生は判決文を読んで考えてみてほしい。
Info 法定代理権を基礎とする110条の適用の可否
①法人の理事/自治体の長による権限踰越
理論的には110条の適用が可能と考えられている(詳しくは法人に関する講義で説明する)
②行為能力を制限された者に付された法定代理人による権限踰越
(1)親権者・後見人の場合には包括的代理権を有しているので問題になるケースが少ない
• 判例は適用肯定(大審院昭和17年5月20日判決・民集21巻571頁:但し今日でも妥当するか疑問)
• 学説上は否定説が有力か(本人による選任・監督が考えられない以上帰責性がない)
(2)代理権を付与された保佐人・補助人のように代理人の選任・代理権の内容の決定に本人が関与して
いる場合(876条の4第2項・ 876条の9第2項)については改正直後なのでほとんど議論はない
③配偶者による日常家事債務に関する代理権(761条)の踰越
代理権の内容も含めて民法Ⅳ(親族法)の講義参照。興味のある学生は、最高裁昭和44年12月18日判
決・民集23巻12号2476頁(百選30事件)を読んでまとめるとよい。
(3) 「正当な理由」の判断
正当な理由:判例・通説は善意無過失のことであると解している
過失の判断基準:
• 「なすべき調査をしなかった」ことを過失ととらえる
• しかし、通常は、委任状が呈示されれば、代理権があるものと信頼してよく、過失はないとされる
• 例外的に、委任状が呈示されても、そこに何らかの不審事由がある場合には、相手方は代理権の有無
について調査確認義務を負い、これを怠ると過失ありと判断される
不審事由の例:
• 委任状に不審な点がある場合(重要な取引であるのに実印の押印がない、氏名に誤字があるなど)
• 本人の負担で代理人にとって有利な契約が締結されている(本人が代理人の債務を保証するなど)
• 代理人が本人の家族である場合も不審事由ありとされることがある(実印などを容易に持ち出すこと
ができるため)
4. 代理権消滅後の表見代理(滅権代理・112条)
(1) 112条による表見代理の要件・効果
112条による表見代理の要件:
• 代理権が消滅したこと
• 相手方が、代理権消滅について善意無過失であること
112条による表見代理の効果:本人は、有権代理であったのと同様の責任を負う
(ただし精確には、「本人は代理権が消滅したことを相手方に主張できない」(存在していた代理権が消滅しな
かったことになる)というものであり、存在していない代理権があったかのように扱う109条・110条とは若
干性格が異なる)
112条の正当化根拠:
• 相手方は、無権代理人はいまだ代理権を有していると信頼しており、この信頼を保護しないと取引社
会において代理取引を安心してできなくなる(信頼保護・取引安全)
• 代理権が消滅しているにも関わらず、いまだ代理権を有するかのような外観を取り除かずにおいたと
いう点で、本人には不利益を甘受しても仕方がないというだけの帰責性がある
09-2. 代理(その2・無権代理1表見代理) p. 5
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Case6-1 代理権消滅後の表見代理
Aは卸売業を営んでいる。経理はBが担当しており、そこには銀行と融資に関する契約を交渉・締結する
ことも含まれていた。しかし、AとBは営業方針に関する意見の相違から対立するようになり、AはBを経
理担当から外すとともに、代理権を剥奪した。しかしBはかねてから取引関係のあったC銀行に赴き、Aの
名義で1,000万円の融資を受けてしまった。
この場合、Bの代理権はすでに消滅しているが、AがC銀行に対してBの解任を伝えるなどしなかったため
に、C銀行がBにはいまだ代理権があるものと過失なく信頼したのであれば、112条の表見代理が成立し、
AはCに対して1,000万円を返還する債務を負うこととなる。
(2) 過去の取引関係の必要性
判例:相手方が過去に無権代理人と取引をしていたために、代理権が存続していると信じたという事情は不
要であると解している(最高裁昭和44年7月25日判決・判時572号26頁)
✦ このように解する理由
• 代理権の存在を信じた者を保護するのが表見代理の制度であり、過去に取引があったことは善意無過
失を認定する事情の一つにはなるが必要条件にはならない
112条の趣旨を「過去に存在していた代理権が今も存続している」という信頼の保護にあると理解するな
らば、相手方が過去に無権代理人と実際に取引をしたことがあるという事情を要件とすることも考えら
れる
Case6-2 無権代理人と相手方の取引関係
Case6-1で、C銀行はこれまでBを介してAと取引した経験が全くなく、ただBが委任状などをもっていたの
を信頼しただけであったとする。判例の立場に立つならば、こうした一事があるというだけでは112条の
表見代理の成立は否定されない。しかし、初対面の者が持ち込んだ委任状を簡単に信頼して取引に応じた
ということから、調査・確認を尽くさなかった過失があると判断される可能性はある。
(3) 112条と110条の重畳適用
重畳適用:条文を重ねて適用すること。112条のみの適用でも、110条のみの適用でも解決できない事案に
ついて、両条を同時に重ねて適用することで解決を図ること。
• 112条:代理権が消滅した後に、過去に実際にもっていた代理権の範囲で、表見代理が成立する
• 110条:代理権が現に存在する場合に、その代理権を超えた範囲について、表見代理が成立する
→「代理権が消滅した後に」「過去に持っていた代理権の範囲を超えて」行われた代理行為は、112条・
110条単独では対処できないこととなる
→両条を同時に重ねて適用することによって、「代理権が消滅した後」でも過去に持っていた代理権が存続
するものとして扱い、この存続しているとみなされる代理権を基本代理権として「その範囲を超えた範
囲」について表見代理を成立させる(大審院昭和19年12月22日判決・民集23巻626頁(百選32事件))
Case6-3 112条と110条の重畳適用
Case6-1で、Bは500万円までしか融資を受ける権限がなかったものとする。Aにより代理権を剥奪され
た後Bは、C銀行に赴き、Aの名義で1,000万円の融資を受ける契約を締結したとする。
この場合、112条のみによれば500万円までしか代理権がないこととなり、110条のみによれば現在Bは
代理権を有していないのであるからそもそも要件を満たさないこととなる。しかし、112条により「復
活」した500万円までの融資を受ける権限を「基本代理権」とみて110条を重ねて適用することにより、こ
うした行為についても表見代理が成立し、AはCに対して1,000万円の返済義務を負うこととなる。
Advanced 109条と110条の重畳適用
109条と110条の重畳適用も判例上認められている(最高裁昭和45年7月28日判決・民集24巻7号1203頁
(百選25事件))が、実際的意味を持たないのではないかという疑問が佐久間273頁で指摘されている。
09-2. 代理(その2・無権代理1表見代理) p. 6
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
09-3. 代理(その3・無権代理2無権代理人の責任)
2007年6月13日講義予定
1. 無権代理人の責任の内容
表見代理:無権代理行為で本人と顕名された者が、契約上の責任を負う
無権代理人の責任:無権代理人自身が、履行責任又は履行にかわる損害賠償(=履行利益賠償)責任を負う
(117条1項)
履行責任:無権代理人自身が契約当事者であるかのように、契約上の義務を履行する。金銭の支払な
•
どが内容の契約では有効な手段。
• 履行利益賠償:金銭の支払い(損害賠償)によって、相手方を契約の履行があったのと同じ利益状態
にすること。 特定物(典型的には本人が所有する土地)の売却のように、無権代理人には契約上の義
務が履行できないときに有効な手段。
Case1 無権代理人の履行責任・履行利益賠償責任
①Aの代理人と称してBは、Cとの間で、Cの所有する土地甲を5,000万円で購入するという契約を締結し
た。しかしBにはこうした代理権はなかった。Aが追認を拒絶したので、CはBに対して契約の履行を請求
した。この場合Bは、契約の履行としてCに対して5,000万円の代金を支払わなければならない。その代
わりにBは、甲の所有権を取得する。
②Dの代理人と称してEは、Fとの間で、Dの所有する土地乙を5,000万円で売却するという契約を締結し
た。しかしEにはこうした代理権はなかった。Fは乙を6,000万円でGに転売する契約を締結していたが、
Dが追認を拒絶したため乙を手に入れることができず、転売による1,000万円の利益を取得できなかっ
た。この場合、Eは、Fに対する履行利益賠償として、契約が履行されていればFが得ていたであろう利益
(1,000万円)を賠償しなければならない。
2. 無権代理人の責任の成立要件
(1) 無権代理人の主観的要件
判例・通説(無過失責任説):無権代理人に過失のない場合にも、無権代理人は117条の責任を負う
(最高裁昭和62年7月7日判決・民集41巻5号1133頁・百選34事件)
✦ このように解する理由
• 取引の安全を確保し、代理制度の信用を維持する必要性
• 無権代理人は、代理権の存在を主張し、相手方を信頼させている
批判説(過失責任説);無権代理人に過失がない場合、117条の責任は発生しない
✦ このように解する理由
• 不法行為責任(=損害賠償:過失責任)より重い内容の責任(=履行責任)を負わせるのに、過失不
要というのはアンバランスである
Case2 無過失の無権代理人
Aは、Bに対してCとの間で保証契約を締結することを内容とする代理権を与えた。この保証契約は、CがD
に対してもっている債権を保証するものであった。しかし、実はこの保証契約は、DがAを強迫して締結さ
せていたものであった。Aは強迫を理由としてBに対する代理権授与を取り消した。Bのした代理行為はこ
れにより無権代理行為となった。Dが債務を履行せず、またAがBの無権代理による保証契約を追認しな
かったため、CはBに対して、保証契約の履行責任を追及した。この場合、Bが行為をした当時、Bは自分が
無権代理人である(になる)と予見できず、Bに過失はない。しかし、判例・通説によればこの場合にも、
BはCに対して、保証債務を履行しなければならない。
09-3. 代理(その3・無権代理2無権代理人の責任) p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
強迫
本人A
代理権授与
(後に取消)
(無権)代理人B
(過失なし)
D
主たる債務
保証債務の履行請求
相手方C
無権代理による契約締結
3. 無権代理人の責任を追及できない場合
117条2項: 無権代理であることについて相手方が知り、又は過失で知らないときには、相手方は無権代理
人の責任を追及することができない。
✦ このように解する理由
• 無権代理人の責任が無過失責任という重いものだとすると、それとの均衡上、相手方も善意無過失で
なければ保護されない
• 相手方が、有効な代理により契約が締結されたものと正当に信頼した場合でなければ、代理人に履行
(履行利益賠償)責任を課すのは妥当ではない
批判説:117条にいう過失は「重過失」と読むべきであり、相手方は善意無重過失であれば保護されるとす
る説
✦ このように解する理由
• 無権代理人の責任を追及する際にも相手方が無過失であることを要するとすると、相手方に過失があ
るときには、表見代理に基づく責任も、無権代理人に対する責任も追及できないこととなる。
• 他方で、相手方に過失がなく表見代理が成立する場合には、わざわざ無権代理人の責任を追求すると
は考えられない。そうすると、117条は使われることのない規定となってしまう。
✦ 通説からの再批判
• 相手方に過失はないが本人に帰責性がないため表見代理が成立しない場合(代理権授与表示も、基本
代理権の付与も、過去に代理権を与えた事実もない場合)に、無権代理人に対する責任を追及する意
味がある
• 裁判において表見代理が認められるかどうかはわからないため、表見代理ではなく無権代理人の責任
を追及するという可能性がある
Case3 相手方の善意無過失
Aの代理人と称してBは、Cとの間で保証契約を締結した。しかし、AはBに代理権を与えたことはなく、
この行為は無権代理であった。
Bが締結した保証契約は、Bの息子DがCに対して負っている債務を保証するものであった(契約の内容
が本人Aの不利益で代理人B(の親族)を利するものである)。しかも、Bの持っていた委任状にはAの実
印ではなく認印しか推されていなかった。こうした不審事由にも関わらず、CはAへの照会を行うこともな
く、漫然と保証契約に応じていた。
Dが債務を履行せず、Aも保証契約を追認しなかったので、CはBに保証債務の履行を求めた。この場
合、Cには過失があるといえるので、117条2項によりCはBに保証契約の履行を求めることができない。た
だし、善意無重過失で足りるとする反対説に立つならば、Bに保証契約を履行する義務が生じる余地はあ
る。
09-3. 代理(その3・無権代理2無権代理人の責任) p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
09-4. 代理(その4・代理権の濫用)
2007年6月13日講義予定
1. 代理権の濫用とは
代理権の濫用:代理人が、客観的には代理権の範囲内でありながら、本人ではなく自己又は第三者の利益を
図るために代理権を行使し、代理行為を行うこと
2. 代理権濫用の効果
代理権濫用の効果:判例は93条(心裡留保)の類推適用によって解決する
(最高裁昭和38年9月5日判決・民集17巻8号909頁、最高裁昭和42年4月20日判決・民集21巻3号697頁)
=原則として有効な代理行為だが、相手方が代理権の濫用(=代理人の自己又は第三者の利益を図ろ
うとする意図)について悪意又は善意有過失であるときには無効となる
93条(心裡留保)の本来的適用
表示された意思:
融資を受けたい
内心の効果意思:
融資を受けるつもりはない
93条(心裡留保)の類推適用
(代理人により)表示された意思:
融資を受けたい
代理関係
(本人の)内心の効果意思:
融資を受けるつもりはない
批判説(信義則説):原則として有効な代理があったものとして扱うべきで、ただ例外的に相手方に悪意
(又はこれと同視できるほどの重過失)がある場合にのみ、代理行為は信義則上効力を失う
✦ このように解する理由
• 本人を害するという代理人の意図は、通常外部からは分かりにくいのであるから、表見代理の場合よ
りも相手方は保護されてよい
Case1 代理権の濫用
Aは個人で事業を営んでいる。経理担当者としてBをあてており、手形の振り出し・決済や、銀行から融
資を受けることなどの権限を与えていた。ところがBはこの権限を悪用し、AのためにするといってC銀行
から200万円を借り出すと、自分の個人的な借金の穴埋めに用いてしまった。
この場合、Bの行為はAから与えられた銀行融資を受ける権限の範囲内であり、有権代理である。従って
原則としてAはC銀行に対して200万円を返還しなければならない。しかし判例の立場を前提とすれば、C
銀行が、Bの背信的意図について悪意又は善意有過失であるときには、Aは返還を拒むことができる。
Advanced 代理権の濫用=無権代理説
学説では、代理権の濫用を有権代理ととらえるのが一般的である。しかし、少数ながら代理権濫用を無
権代理ととらえる見解もある。この場合、代理権の内容に「本人の利益で代理行為を行うこと」が含まれ
ている(代理権濫用の場合には、この代理権の範囲をこえた行為が行われるため、無権代理となる)と考
えられている。
その上でこの見解は、代理権濫用を表見代理(とりわけ110条)の一形態ととらえる。
この見解は、相手方が代理権の濫用について悪意又は有過失であれば保護されないとの結論において
は、判例の立場と同じである。しかし「原則として有効だが、例外的に相手方が悪意ないし善意有過失の
ときには無効となる」(判例)のか、「原則として無効だが、例外的に相手方が善意無過失のときには有
効となる」(少数説)のかということは、訴訟における証明責任に影響することとなる。
09-4. 代理(その4・代理権の濫用) p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
10-1. 法人(その1総論)
2007年6月15日講義予定
Info 平成18年法人法改正
昨年6月2日公布された「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」「公益社団法人及び公益財団法
人の認定等に関する法律」及び「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律及び公益社団法人及び公益
財団法人の認定等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」の3法*により、民法の規定
は大幅に改正された(なお後述する中間法人法も廃止される)。
ただし、施行は「公布の日から起算して2年6月を超えない範囲内で政令で定める日」からとされており
(施行期日を定める政令はまだ制定されていない)、まだ当面は改正前の規定が適用される。
そこで今年度の講義では、改正前の規定を前提とした説明を中心に行い、試験範囲も改正前の規定に限
定する。ただし、受講生の今後の便宜を考え、主たる改正点について補足的に説明することとする。
なお、改正前後の主立った変更点については、吉永一行「<資料>平成18年法人法改正・新旧制度の対
照」産大法学40巻2号(2006年)1頁にまとめてあるので、興味のある者は参照すること。
*本講義では、この3法を「一般法人法」「公益法人法」「整備法」と略称する。
1.法人制度の意義・必要性
(1) 法人とは
法人:自然人以外で法律上の権利義務の主体となるもの(権利能力=法人格を持つもの)。わが国では、一
定の要件を満たした人の集まり(社団)及び財産の集まり(財団)に法人格を与える制度がある。
法人格:権利能力と同義で用いられる。すなわち独立した権利・義務の主体となる資格をさす。ある社団が
法人格を与えられ社団法人となると、この社団法人は構成員とは別個の法人格を持つこととなる。この
ため例えば法人独自の所有権を持つことができ、また法人が負う債務は構成員にとっては「他人の債
務」となる(ただし次の「無限責任」についての説明を参照)。
Info 無限責任
法人αに構成員Aがいるとき、αとAは別人格となるので、αの債務はAの債務ではない。原則としてα
の債権者は、Aの財産に対して執行をすることはできない。これはAがαの債務に対して責任を負っていな
い(「無責任」?)と表現できると思うかもしれない。しかし、Aはαの構成員になるにあたって出資を
行うのが通常であり(例えばαが株式会社であればAはαの株式を購入している)、αが倒産してしまうと
この出資額が返還されないという限度では損をするため、法律上このような場合はAはαに対して有限責
任を負っていると表現している。
ところが、理屈の上では別人格であっても、例えば構成員が一人だけで小さな事業を営んでいるような
法人の場合には、法人の財産・活動と構成員個人の財産・活動が判然と区別されないことはあり得る。例
えば、αの財産を全てAに移してしまうことも簡単にできてしまい、そうなるとαの債権者Bは、不測の損
害をこうむることとなる。ひいてはそうしたリスクを嫌って取引に応じなくなるかもしれない。
そこで、構成員Aも法人αの債務について責任を負うというタイプの法人制度が設けられている。こうし
た際にAが負う責任は無限責任という。
会社法に定められた合名会社は、こうした無限責任を負う者(無限責任社員という)のみを構成員とす
る会社の類型である(会社法576条2項も参照)。また合資会社は、構成員の一部が無限責任社員である会
社の類型である(同3項)。
(2) 法人制度の必要性
(a) 社団法人制度の必要性
社団法人設立の効果:構成員各自の人格から独立した別個の単一の権利主体が生じる
社団法人制度の必要性:
①複数人が共同で事業を行う際の権利関係が簡素化され、構成員の変動にも左右されず維持される
②事業活動に必要な資金・財産を、構成員の経済状態からは独立して維持することができる
③構成員も事業活動に伴うリスクを受けない(ただし上述「無限責任」を参照)
10-1. 法人(その1総論) p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(b) 財団法人制度の必要性
財団法人設立の効果:ある者の所有権に服していた財産がそこから脱し、独立した権利主体となる
財団法人制度の必要性:
①事業活動に必要な資金・財産を、その拠出しようとする者の経済状態・死亡から独立して維持することが
できる
②こうした独立財産を、出資者自ら活動を実施せずとも設立することができる(社団法人制度との相違点)
Case1 法人制度の利用例
①AとBは、共同して喫茶店を出すこととした。Aが自己所有の土地(3,000万円相当)を事業用地として提
供し、Bが開業資金として1,000万円を出すこととした。このとき、土地をA名義のままにしておけば、A
がこの名義を悪用したり、Aの債権者に差し押さえられたりする危険がある。AとBの共同名義にする方
法もあるが、今後事業が拡大すればCも仲間に加える計画があり、その際もう一度登記名義を変更するの
は煩わしい。このとき、社団法人を設立することができれば、土地を法人の所有物とし、法人の名義で
登記することができる。さらに、事業資金を銀行に預ける際も法人が契約当事者となることができ、
A・Bいずれがどれだけの権利を預金に有しているか不明確になることもなくなる。
②コンピュータ関係のベンチャー企業を立ち上げ、巨万の富を得たCは、これからの日本には世界の中で通
用する英語力と経済的知識を身につけた学生が育つ必要があると考え、こうした学生の育成のために10
億円を拠出すると発表した。C自身は企業経営に引き続き従事するつもりであり、みずから社団法人の
構成員として活動するつもりはない。また、Cはこうした事業は100年という単位で行っていく必要があ
ると考えており、自分の死後も自分の拠出した財産が、目的にそった利用をされることを望んでいる。
こうした場合、財団法人を設立することができれば、拠出した財産自体が独立の主体として権利義務関
係を築き、事業を継続していくことができる。
2. 法人の目的による分類
• 営利法人:営利を目的とした法人。ただしここでいう「営利」は「収益を上げる」という意味ではなく、
あげた収益を構成員に配分するという意味である。
• 公益法人: 学術、技芸、慈善、祭祀、宗教などの公益(不特定多数の者の利益)を目的とし、営利を目
的としない法人。民法上設立される法人は公益法人のみである。
民法の規定によって設立されるのは公益法人のみであるが、民法は私法の一般法であるから、設立以外の規定は
他の法人一般にも適用される。
• 中間法人:営利も公益も目的としない法人。ただし中間法人法による中間法人をはじめほとんどの中間法
人は、利益配当という形ではなく(この点で営利法人と異なる)構成員に共通する利益を図ることを目的
としている(この点で公益法人と異なる)。
法人の種類
公益
法人
民法の規定により設立される例
特別法により設立される例
社団
日本野球機構・日本医師会
JASRAC(日本音楽著作権協会)
日本赤十字社
特定非営利活動法人
財団
みずほ学術振興財団
骨髄移植推進財団・日本相撲協会
宗教法人
学校法人(私立学校法)
平成16年改正前民法35条による民事会社
株式会社
持分会社(合同会社・合名会社・合資会社)
営利
法人
社団
中間
法人
社団
(現在は規定が削除されている)
(設立できない)
(いずれも会社法)
中間法人*
消費生活協同組合(生協)
農業協同組合(農協)・労働組合
* かつては特に法律が制定されたものだけが法人となれたが、平成14年4月1日からは中間法人法により、一般に設立が
認められている。もっとも、一般法人法制定により中間法人法は廃止されることとなっている(整備法1条)。
10-1. 法人(その1総論) p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Reform 法人制度の改正見取り図
公益法人
設立されるもの
民法により
公益法人法
設立されるもの
による認定
一般社団法人
一般財団法人
中間法人法により
中間法人
特別法により設立される
公益法人
変更なし
特別法により
設立されるもの
特別法により
変更なし
設立されるもの
営利法人
特別法により設立される
中間法人
営利法人
変更なし
主として会社法により設立
公益社団法人
公益財団法人
主として会社法により設立
公益法人は、一度、一般社団法人・一般財団法人として法人を設立させた上で、行政庁(内閣総理大臣又
は都道府県知事)から公益認定を受けることで公益社団法人・公益財団法人となる(公益認定を受けられ
なくても、法人として存続することはできる)。
3. 法人設立の要件
民法上の公益法人設立の要件:①目的の制限+②設立者の意思表示+③国の許可
①目的に関する要件:公益目的に限定される(34条)
②設立者の意思表示:法人設立は法律行為として行われる
• 社団法人:複数の設立者が、定款に同意することにより、法人を設立する旨の意思を表示(37条)
• 財団法人:出資財産の所有者が、寄附行為の作成により法人を設立する旨の意思を表示(39条)
③主務官庁の許可(34条)
特許
主義
法人設立について私人
が権利をもつか
設立への
国の関与
私人に権利はなく国が
特別に設立を認める
法律の
作成
許可
主義
認可
主義
認証
主義
準則
主義
私人に権利があるが国
が一定の制限を課す
主務官庁
による
審査
設立の要件
特別の立法により設立
形式的審査(定款に
必要事項が記載
されているか)+
実質的審査(目的・
資産など)
形式的審査のみ
審査不要
要件具備と設立
必要事項を記した定
款の作成の他、登記
が設立要件とされる
ことが多い
例
日本銀行
要件が満たされても
許可しないことがで
きる
(官庁に裁量あり)
要件が満たされれば
認可しなくてはなら
ない(裁量なし)
要件が満たされれば
当然に設立
民法上の
公益法人
学校法人、
各種協同組合
宗教法人、
特定非営利活
動法人
各種会社、
中間法人法上
の中間法人、
労働組合
10-1. 法人(その1総論) p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Info 法律行為の類型
意思表示の内容通りに法律効果を発生させる制度である「法律行為」には、成立要件の違いにより3つ
の形態がある。
(1)契約:2つの内容的に対応する意思表示が合致する場合
(2)単独行為:1つの意思表示のみで成立する場合(例:取消し・追認、寄附行為の作成)
(3)合同行為:2つ以上の内容が同じ意思表示が一致する場合(例:定款の作成)
Reform 成立要件に関する改正点
• 一般法人法では、営利目的は禁じられるものの、それ以外に法人の目的に制限はない。
• 一般法人法では、財団法人についても寄附行為ではなく「定款」の作成を要件としている。
• 一般法人法では準則主義がとられており、定款を作成し登記をすることで、主務官庁の許可を受けるこ
となく法人が成立する。
• なお、公益法人を設立するためには、一度、一般法人法に基づく一般社団法人・一般財団法人を設立し
た上で、公益法人法による認定(公益認定)を受ける必要がある。その際、公益法人法5条によれば、行
政庁は「基準に適合すると認めるときは、当該法人について公益認定をするものとする」と定めている
のであり、実質的審査の結果要件を満たすと判断したときには、裁量の余地なく公益認定をしなければ
ならないようである。
4. 法人の解散(消滅)
(1) 法人の解散事由(68条)
①社団・財団に共通のもの
• 定款、寄附行為に定めた解散事由の発生
実際にはほとんどない
• 法人の目的となった事業の成功、または成功が不可能となったこと
• 破産
• 設立許可の取消し
• 目的外の事業を行った場合
かつ他の方法では監督できないこと
• 設立許可の際の条件や、主務官庁の命令に違反した場合
• その他公益を害する行為をした場合
• 正当の理由なく3年以上継続して事業を行わない場合
②社団(=社員の集団)に特有のもの
• 社員総会の決議(原則として総社員の4分の3以上で可決)
• 社員の欠亡
(2) 解散後の法人の事務=清算(72-83条)
解散の効果:
• 解散後も法人は、清算の終了までは存続するものとみなされる(清算法人と呼ばれる)
• 原則として理事が清算人となり、債権・債務関係を清算する
残余財産の帰属先:
• 定款・寄附行為で指定した人に引き渡す
• 指定がない場合は当該法人と類似した目的のために処分(社員総会決議及び主務官庁の許可が必要)
• それでも残った財産は国庫に帰属する
Reform 解散事由に関する改正点
• 法人格が悪用され問題になっていた休眠法人について「みなし解散」が規定された(149条・203条)。
さらに、裁判所による解散を命ずる裁判(解散命令・解散を求める訴え)が新たに整備された(261条1
項・268条)。
• 清算後の残余財産の帰属が定款の定めにより決まらない場合について、社員総会又は評議員会の決議に
よって定めるとだけ規定されており、「その法人の目的に類似する目的のために」が外されている(239
条・それでも決まらない場合には国庫に帰属する)
10-1. 法人(その1総論) p. 4
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
5. 法人の内部関係・組織
(1) 法人の機関
理事:法人の執行機関(52条 57条) → 権限については講義資料10-2.参照
監事:理事の業務執行を監督する機関(58・59条:必須機関ではない)
社員総会:社団法人にのみ存在する最高意思決定機関。最低年1回開催する(60 66条)
(2) 法人の意思決定
最高法規としての定款・寄附行為:
• 法人は定款・寄附行為で定められた目的の範囲内で活動することが求められる(43条)
• この条文の意味することについては、講義資料10-2.参照
基本となる意思を決定する機関としての社員総会:
• 理事は、総会の決議に従わなければならない(53条但書後段 → 講義資料10-2.も参照)
理事による日常業務に関する意思決定:
• 理事は、法人の執行機関として法人を代表する(53条本文)
• 理事が複数あるときには、理事の過半数で意思決定を行う(52条2項)
Reform 法人の機関に関する改正点
改正前民法
(公益法人)
一般法人法
(一般社団法人・一般財団法人)
意思決定機関
意思決定機関
社団法人
社員総会
財団法人
(なし)
社員総会
(必置)
新設
執行機関
理事
評議員・評議員会
(必置)
執行機関
理事
(必置)
新設
監査機関
監事
(必置)
理事会
監査機関
監事
(任意)
(必置)
(財団法人では必置)
(社団法人では任意)
(財団法人では必置)
(社団法人では任意。ただし理事会又
は会計監査人をおくときには必置)
新設
会計監査人
(任意。ただし負債総額が200
億円を超える法人では必置)
10-1. 法人(その1総論) p. 5
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
10-2. 法人(その2法人の外部関係)
2007年6月20日講義予定
1. 序
法人の外部関係:法人と、法人外の者(取引の相手方、法人の活動によって損害を受けた者)との関係
✦ 外部関係において問題となる事柄
法人の権利能力:そもそも法人はどのような権利を持ち義務を負うことができるか → 2.
理事の代理権:法人を代理(代表する)理事はどのような行為ができるか。それにより法人はどのよ
うな責任を負うか。 → 3.
法人の不法行為責任:理事が不法行為を犯した場合、法人はどのような責任を負うか → 4.
2. 法人の権利能力
(1) 性質・法令による制限
法人が性質上権利能力をもちえない事柄:
• 家族法上の権利義務(婚姻・養子縁組をする権利など)
• 肉体の存在を前提とする権利義務(生命・身体の自由を前提とする権利など)
法人が法令上権利能力をもちえない事柄:
• 一定の法人について、会社の無限責任社員となることができない旨が規定されている(一般法人法65条)
平成17年の会社法制定により改正される前の商法55条、同法制定により廃止される前の有限会社法4条、あるい
は一般法人法制定により廃止される前の中間法人法5条にも同旨の規定がおかれていた
(2) 目的による制限
目的による権利能力の制限:判例・旧通説は、43条(改正法34条)を文字通りに解釈して、法人は「目的
の範囲内」でのみ権利能力をもつとする(目的外の行為によっては、法人に権利・義務が生じないこと
となる)
✦ 判例・旧通説に対する批判
①法人の活動範囲が著しく狭められる。特に、法人にとって都合の悪い契約について、責任逃れの口実
として「目的外の行為」として契約が無効にされ、取引相手が害される危険がある
②法人が不法行為に基づく責任(715条・使用者責任、44条・理事の行為による責任)を負うことを説
明できなくなる(不法行為を行うことが「目的の範囲内」というのは無理がある)
✦ 判例・旧通説からの再反論
①「目的」を文言に限定せず、目的達成に必要な活動を含むものとして、より緩やかに解釈することで
対応すればよい
②これらの条文は法律が特に法人の責任を認めたものと理解すればよい
Advanced 法人の権利能力を「目的の範囲」に制限しない説
判例・旧通説の立場に対して、近時は、「目的の範囲」という規定を法人の権利能力を制限したものと
はみない説が有力となっている。こうした立場はさらに43条が「目的の範囲」に制限しているものが何で
あるのかという点に関する立場の違いから、以下の2説にわかれる。
①理事の代理権制限説(行為能力制限説):43条は理事の代理権を制限した規定であると理解し、目的外
の行為は無権代理行為となる(=追認・表見代理によって法人に効果が帰属する可能性がある)と解す
る
②内部的制限説(営利法人適用除外説):43条の規定はそもそも営利法人(とりわけ会社)には適用され
ず、「目的の範囲」は法人と相手方との法的関係(外部関係)に影響しないと解する
この説においては、目的による制限は、目的外行為をした取締役の解任や報酬の減額など、法人の内部関係に
のみ影響すると解されることとなる。
(3) 「目的の範囲」の確定
(a) 一般的基準
判例の基準:法人の活動が「目的の範囲」内にあるかを判断する基準について、判例の依拠しているところ
を整理すると、次の3点に要約できる。
10-2. 法人(その2法人の外部関係) p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
①定款に明示された目的自体に限られない
②その目的を遂行する上で、直接又は間接に必要な行為を全て含む
③その必要性は、「問題となっている行為が、会社の定款記載の目的に現実に必要であるかどうかの基準に
よるべきではなくして、定款の記載自体から観察して、客観的に抽象的に必要であり得べきかどうかの基
準に従って決すべき」である
(b) 営利法人の場合
営利法人における目的の範囲の判断:結果的には、営利法人については、目的による制限はほとんど存在し
ていないといわれている。
• 判例では、株式会社による政党への政治献金について、「ある行為が一見定款所定の目的とかかわり
がないものであるとしても、会社に、社会通念上、期待ないし要請されるものである限り、その期待
ないし要請にこたえることは、会社の当然になしうるところであるといわなければならない」とし
て、目的の範囲内であるとしたものがある(最高裁昭和45年6月24日判決・民集24巻6号625頁(百選7事件
「八幡製鉄所事件」))
(c) 非営利法人の場合
非営利法人における目的の範囲の判断:
①原則としては、営利法人と同じ基準が妥当するとしている
• 判例では、農協(=中間法人)の理事が、自分の個人的な借金を穴埋めするために、法人の名義で手
形を振り出したという事案について、「理事個人の利益を図った」という具体的な目的はみずに、お
よそ「手形を振り出す」という行為自体を標準として判断するべきとし、法人が金銭取引を営んでい
る以上、手形行為も当然に農協も目的の範囲内に属するとして、この行為が法人に有効に帰属すると
したものがある(最高裁昭和44年4月3日判決・民集23巻4号737頁)
②しかし、実際には目的の範囲外の行為であるとして無効とされた場合も少なくない
• 判例でしばしば無効とされているのは、農協による「員外貸付」(加盟組合員以外の者に対する貸
付)である(最高裁昭和41年4月26日判決・民集20巻4号849頁など)。農協が組合員の利益を図るために
設立されているのだとすると、「組合員以外の者に対する貸付」という行為は、これを客観的・抽象
的に観察する限り、目的の範囲外として無効と判断されるからである。
③さらに、行為を客観的・抽象的にみるだけでなく、実質的な考慮から行為の有効・無効を判断する例も見
られる
• こうしたタイプに属する判例の第一として、員外貸付について、当該貸付が「農協の経済的基礎を確
立するため」の行為であったという具体的な事情(具体的にはリンゴの収穫を組合員でない者に委託
するとともに、その資金を貸し付けていた)を根拠に、この員外貸付を有効としたものがある(最高
裁昭和33年9月18日判決・民集12巻13号2027頁)
• 第二のものとしては、税理士会(=公益法人)による政治献金を目的外の行為と判断するにあたっ
て、税理士会が公的な目的をもった法人であるという事情、さらには強制加入団体(=税理士業務を
行おうとすると税理士会の会員とならなくてはならない)であるため少数派に属する会員の政治的な
思想の自由を侵害する危険があるという事情を考慮した判例がある(最高裁平成8年3月19日判決・民集
50巻3号615頁)
3. 理事の代理権
(1) 理事の代理権の原則と例外
包括的代理権:法人の理事は、あらゆる事項について代理権を有する(53条本文)
民法の「代理」(=法律行為の代行)にとどまらず、事実行為・訴訟行為の代行も含むのであり、法文上は「代
表」と表現されている。
包括的代理権の例外:
①定款・寄附行為・社員総会決議による制限 → 善意者の保護について⑵を参照
②法令による制限 → 善意者の保護の必要性について⑶を参照
③復任の制限(55条)
④利益相反行為の禁止(57条。代理における自己契約・双方代理に関する108条と同趣旨)
⑤目的による制限(判例を批判し現在有力になっている説は43条を理事の代理権の制限と解する)
10-2. 法人(その2法人の外部関係) p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(2) 定款等による理事の代理権の制限と相手方の保護
理事の代理権の制限:理事は、定款の規定・寄附行為の趣旨に違反してはならないほか、社団法人にあって
は総会決議に従わなくてはならない(53条ただし書)
制限違反行為の効果:無権代理になると解されているが、相手方の保護は110条の表見代理ではなく、54条
によるとされている。これにより相手方は善意でありさえすれば保護され、善意無過失であることを要
しない。
✦ 通常の表見代理よりも相手方を保護する理由
• 理事の代理権は包括的というのが原則(53条本文)であるため、例外的に代理権が制限されていると
きに「調査確認義務」を課すことは考えられない
• 定款や寄附行為、社員総会の決議上の制限の有無は、登記などにより公示されているわけではなく、
第三者が調査することは容易でない
Case1-1 寄附行為による代理権の制限と相手方の保護
学校法人京都産業大学(以下A)の理事長Bは、銀行Cより、Aの名義で(=学校法人A理事長Bと顕名を
して)1,000万円を借り入れた。借入れに際してBはCの担当者に対して、教育用コンピュータを急遽大量
導入する必要が生じたからと説明していたが、実際にはB個人の借金の穴埋めに用いられていた。
しかし、この行為はAの寄附行為31条後段に違反するものであった。この場合、民法53条ただし書によ
り、Bの行為は無権代理となる。しかし、C銀行(の担当者)がこの寄附行為の規定について善意であれ
ば、54条により金銭消費貸借の効力はA­C間で発生することとなる。
*参考:京都産業大学寄附行為31条
予算をもって定めるものを除くほか,新たに義務の負担をし,又は権利の放棄をしようとするときは,理事会
において理事総数の3分の2以上の議決がなければならない。借入金(当該会計年度内の収入をもって償還す
る一時の借入金を除く。)についても,同様とする。
(なお、寄附行為の条文は実在しますが、事案は全てフィクションです(以下も同じ)。念のため)
制限の存在を知っている相手方の保護:相手方が、定款等による理事の代理権の制限の存在自体は知ってい
たものの、定款等に定められた手続きを踏むことで制限が解除されたと信じていた場合には、110条を
類推適用することで保護する(相手方は善意無過失まで要求される)というのが判例・通説である(最高
裁昭和60年11月29日判決・民集39巻7号1960頁(百選31事件))
✦ このように解する理由
• 定款等による代理権の制限を知っている以上54条の適用はできない。この場合は、理事の代理権が包
括的であることに対する信頼は存在していないからである
• むしろ問題となっているのは、理事がもともとは代理権を持っていない行為について、特別に代理権
授与があったかのように信頼したことに対する保護なのであり、これは通常の表見代理と同様の枠組
みで保護するのが適切である
Case1-2 寄附行為による制限を知る相手方の保護
Case1-1において、C銀行(の担当者)は、以前にもAと取引をしたことがあったので、寄附行為31条に
よる制限を知っていたとする。それでもC銀行が取引に応じたのは、同条に定められた「理事会における3
分の2以上の多数による議決」があったことを示す議事録をBが提示したからである。しかし、この議事録
は実際にはBが偽造したものであり、必要な決議は行われてはいなかった。
この場合、寄附行為上の制限自体は知っていたC銀行は、54条による保護は受けられない。しかし、理
事Bが借入れをする権限を特に与えられていたと信頼したことについては110条の類推適用によって保護さ
れる。つまり、C銀行は、Bの言動や提示された議事録の記載などに不審事由があれば調査・確認を行わな
ければならず、こうした調査確認義務を怠れば過失があるものとして保護を受けられなくなる。
(3) 法令による理事の代理権の制限と相手方の保護
法令により理事の代理権が制限されている場合には、54条、110条の適用はないと解されている
• 54条は、条文の配列上53条ただし書を受けた規定と読める
• さらに法令を知らない者を54条・110条によって保護する必要性は乏しい
10-2. 法人(その2法人の外部関係) p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Case2 法令による代表権の制限
A村の村長Bは、C銀行との間で、A村のために500万円の融資を受けるという契約を締結した。この融資
契約の締結自体は、Bが村議会から権限を与えられていたものであった。Bは自らC銀行に出向くと、500
万円を受取ったが、これを着服し、自分の借金の穴埋めに使ってしまった。
C銀行はA村に対して500万円の返還を求めたが、A村は地方自治法148条により市町村長には金銭の受
領権限がなかったこと、さらに金銭消費貸借契約(融資契約)の成立には現実の金銭の授受が必要である
こと(民法587条)を理由として、Bには金銭消費貸借契約を成立させるにたるだけの権限がなかったと主
張し、C銀行の要求を拒絶した。
この場合、村長Bは有効にA村を代理して金銭消費貸借契約を成立させたとはいえない。そこで、C銀行
がBに代理権があるものと信頼したことについて、その保護の可否が問題となるが、54条の適用はできず、
法令による代理権の制限を知らなかった者に「代理人の権限があると信ずべき正当な理由」があるとはい
えないため、110条の適用もできない。結局C銀行は保護を受けられない(A村に対して500万円の返還を
求めることはできない)こととなる。
Info 消費貸借契約の締結に必要なこと(要物契約性)
民法587条は、消費貸借契約の成立について、「消費貸借は、当事者の一方が種類、品質及び数量の同
じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生
ずる」と定めている。すなわち金銭の貸し借りを合意する(「約する」)だけでなく、実際に金銭を受け
取ることが契約の成立には必要である。
このように、契約の成立のために、契約の目的物を実際に交付することが必要とされている契約を要物
契約という(これに対して合意だけで成立する契約を諾成契約という)。
代理行為によって要物契約を成立させるためには、単に約束をすることについてだけでなく、契約目的
物となる物を受け取ることについても代理権が与えられていることが必要である。Case2では、この目的
物を受け取る代理権が問題となっている。
Info 市町村における契約締結権限と金銭受領権限
地方自治法147∼149条により、市町村長は予算を執行する権限(=事例でいえば、C銀行との間で消費
貸借契約を締結する権限)を有している。
しかし、前述の通り、金銭消費貸借契約は要物契約であり、金銭を受領することが契約成立要件となっ
ている。村長Bの行為の効力がA村に及ぶためには、Bが金銭を受領する権限をも有していることが必要で
ある。
この、地方自治体のために現金を受け取る権限であるが、地方自治法168条・170条により会計管理者
(平成18年改正前は出納長(都道府県)・収入役(市町村)と呼ばれていた)に与えられている。すなわ
ち地方自治体のために金銭消費貸借契約を締結するためには、契約締結権限を持っている市町村長と、金
銭受領権限を持っている会計管理者が共同して行為しなければならないこととなる。
Reform 理事の代表権・その制限と善意の第三者の保護に関する法人法改正
一般法人法は、77条4項・197条で改正前民法53条本文と同旨(ただし表現は異なる)を定めている。
ただし、一般法人法には、改正前民法53条ただし書に相当する規定は見られない。他方で一般法人法77条
5項・197条は、改正前民法54条と同旨を定めており、理事の代理権制限を予定している。
こうした一般法人法が施行された場合、解釈論上は次のような問題が生じうる。
• 法令による理事の代表権制限に54条が適用されない理由として、「54条は条文配列上53条ただし書を受
けた規定と読める」という理由付け使えないこととなる。
• そもそも市町村長の代理権について、一般法人法を適用して問題を解決することの可否が問題となる。
民法は「私法の基本法」としてあらゆる私法上の問題に適用可能であるが、一般法人法は「一般社団法
人・一般財団法人」という特定の類型の法人のみに適用される特別法だからである。
10-2. 法人(その2法人の外部関係) p. 4
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
4. 法人の不法行為責任
(1) 法人が負う不法行為責任
(a) 類型
• 法人自体の不法行為 → 詳細は民法Ⅱで
• 法人と関係する者の不法行為に基づく法人の責任:
• 使用者責任(715条):事業のために他人(被用者)を使用する者(使用者)が負う、被用者がその
事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任。法人も、事業活動のために従業員を雇って
いれば、この従業員が事業執行についてした不法行為について使用者責任に基づく賠償責任を負うこ
ととなる → 詳細は民法Ⅱで
• 理事の行為に基づく法人の不法行為責任(44条1項→一般法人法78条・197条):法人が負う、理事
その他の代理人がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任。法人の代表機関(単
なる任意代理人では不可)の行為に限る点で使用者責任とは異なる。
(b) 被用者・理事の行為に基づいて法人が責任を負う根拠
法人は、被用者・理事などとは別人格=715条・44条1項は他人の行為に基づいて賠償責任を課す規定
→人は自己の過失ある行為についてのみ責任を負えばよいとする過失責任の原則に対する例外
✦ 例外を認める根拠
• 危険責任:社会に対して危険を作り出している者は,そこから生じる損害に対して常に賠償しなけれ
ばならないという考え方
• 報償責任:利益を上げる過程で他人に損害を与えた者は,その利益から賠償しなければならないとい
う考え方で,利益あるところに損失もまた帰させるのが公平であるという考え方
Case3 法人の負う不法行為責任
①家電メーカーA(株式会社=法人)は、テレビを製造・販売している。Aの製造・販売していた商品に配
線ミスがあり、これが原因で出火したために、テレビを購入・使用していたBの家が全焼してしまった。
このとき、製造物責任法3条により、AにはBに対する損害賠償義務が発生する。これは、法人自体の活
動に基づく不法行為責任であるといえる。
②Aの従業員Cは、製品運搬のためにトラックを運転している際に、わき見運転が原因でDをはねてケガを
させてしまった。このときAは、民法715条(使用者責任)に基づいて、Cの不法行為によって生じた損
害を、Dに対して賠償する責任を負う。
③Aの社長(代表取締役)であるEは、業績のあがらない社員Fを叱責している際に、Fを殴りつけてケガを
させてしまった。このときAは、会社法350条(=民法44条1項と同旨が規定されている)に基づいて、
Eの不法行為によって生じた損害を、Fに対して賠償する責任を負う。
(2) 44条1項に基づく責任の要件
(a) 総説
理事の行為に基づく不法行為責任を考えるにあたっては、理事のした不法行為を事実的不法行為と取引的不
法行為にわけて考える
• 取引的不法行為:理事等が、第三者と取引をするにあたって、当該取引をする権限があると第三者に思わ
せたことによってこの第三者に損害を与えるタイプの不法行為をいう。表見代理による第三者の保護との
バランスを考慮に入れる必要がある。 → ⒞
• 事実的不法行為:取引的不法行為以外のタイプの不法行為をいう。 → ⒝
(b) 事実的不法行為の場合の44条1項の責任成立要件
①法人の代表機関(理事その他の代理人)の行為であり、
②この行為が709条の不法行為を構成するものであり、かつ
③この行為が「職務を行うについて」されたものであること
事実的不法行為においては、理事の職務行為と適当な関連がある場合に、「職務を行う
について」損害を加えたと認められる
10-2. 法人(その2法人の外部関係) p. 5
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Case4 理事の事実的不法行為に基づく法人の責任
①Case3③のように、業績をあげるために社員を指導することというのは、理事(ここでは社長)として
の職務行為と関連をもったものといえる。ここで行き過ぎた指導をすることにより第三者にケガをさせ
た場合には、会社法350条(44条1項)にいう「職務を行うについて」損害を与えた場合であると認めら
れる。
②家電メーカーAの社長Eは、休日に野球を見に行った際に、相手球団の応援団長Gとケンカになり、Gを
殴りつけてケガをさせてしまった。この場合には、休日に野球を見に行くということは通常は理事(こ
こでは社長)としての職務行為と関連したものとはいえない。このため、会社法350条(44条1項)にい
う「職務を行うについて」損害を与えた場合であると認めることはできず、GはAに対して損害賠償責任
を問うことはできない。
(c) 取引的不法行為の場合の44条1項の責任成立要件
①法人の代表機関(理事その他の代理人)の行為であり、
②この行為が709条の不法行為を構成するものであり
③この行為が「職務を行うについて」されたものであり、かつ
事実的不法行為とは異なる判断をする → (i)
④相手方が当該行為が理事の職務行為に属さないことにつき悪意(悪意と同視すべき善意重過失を含む)で
はないこと → (ii)
(i) 「職務を行うにつき」の認定
取引的不法行為における「職務を行うにつき」の要件の判断基準(判例の立場):
• 客観的に「加害行為がその外形から見て代表機関の職務に属すると認められるかどうか」(客観的・
外形的に見て職務との関連性があるか)で判断するとしている(外形理論)
• 行為者の主観(法人の職務として行う意思であったか、自己の利益を図る意思であったか)は問題と
しない
Case5 理事の取引的不法行為に基づく法人の責任
①A村の村長Bは、村の名義でC銀行から1,000万円の融資を受けるという契約を締結し、現金を受領し
た。しかし、Bはこの金銭を着服し、個人的な借金の返済に充ててしまった。C銀行は、Bの取引的不法
行為によって損害を受けたとしてA村に対して損害を賠償するよう請求した。
このときには、Bの行為が客観的・外形的に職務との関連を有しているといえるか否かが問題となる。
しかし、Bは法律によって、村のために金銭を受領する権限をもたないと定められているのであり、そう
であれば客観的・外形的に見て職務と関連のある行為とはいえない。このためA村は44条1項に基づく責
任を負わない。(最高裁昭和37年2月6日判決・民集16巻2号195頁)
②①で、村長ではなく会計管理者Dが、C銀行と契約を締結し、現金を受領していたとする。契約締結にあ
たっては、村の印鑑を用いて契約書を偽造することで、C銀行に対して契約締結権限があるかのように見
せかけていた。Dは受け取った1,000万円を着服して自己の借金の返済に充ててしまっており、この不法
行為によって損害をこうむったC銀行がA村に損害賠償を請求した。
このときには、確かにDはA村のためにする意思で契約を結んではいない。しかし、44条1項の判断に
あたってはそうした主観的要因は判断しない。そしてDの行った行為は、村の公印の押された契約書をも
ち、会計管理者としての職務範囲に属する現金の受領をしたというものであり、客観的・外形的に見れ
ば、会計管理者としての職務に関連したものといえる。このためA村は、(他の要件もととのうことがも
ちろん必要であるが)C銀行に対して損害賠償責任を負う。
(最高裁昭和44年6月24日判決・民集23巻7号1121頁)
* いずれも平成18年改正前の地方自治法下の事件であり、判決文では当時の役職名である「収入役」とされている
が、改正後の表現に改めた。
** なお、いずれの場合も村の職務を代理する権限を持つ者が、権限を踰越した行為をした場合であり、民法110条の
表見代理を論じうるケースである。判例は、相手方は110条の責任を追及しても、44条1項の責任を追及しても自由
であるとしている。
10-2. 法人(その2法人の外部関係) p. 6
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(ii) 相手方の善意無重過失
相手方が、当該行為が職務行為でないと知っていた(悪意)か、あるいは重大な過失により知らなかったと
き(善意重過失)には、法人は損害賠償責任を負わない(最高裁昭和50年7月14日判決・民集29巻6号1012頁)
✦ このように解する理由
• 外形理論(=客観的な外形を信じた者を法人の負担で保護するという理論)の趣旨からすると、客観
的にみて職務としての外形があったとしても、現実に職務行為でないと知っていた者(それに比肩す
るほど注意を欠いていた者も含む)を保護する必要はない
(3) 44条1項に基づく責任の効果(とりわけ取引的不法行為について)
44条1項の効果:不法行為に基づく損害賠償責任を、法人も(行為者とともに)負うこととなる。賠償額に
ついては709条の一般原則と同じであるが、取引的不法行為においては注意が必要である。
取引的不法行為における損害賠償額の範囲:原状回復的損害賠償に限られ、履行利益賠償までは認められな
い
• 原状回復的損害賠償:理事等が不法行為をはたらいたために、本来効力を生じない契約を有効な職務行為である
と信頼したためにした支出であって、そのような信頼をしなければ支払っていなかったものを「損害」として賠償
させる。
• 履行利益賠償:契約が有効に成立していたことを前提として、そのときに得ることができたはずの利益を「損害」
として賠償させる。
Case6 44条1項による責任の賠償範囲
学校法人京都産業大学(以下Aと呼ぶ)の理事長Bは、A所有の土地の一部(以下甲と呼ぶ)をCに売却
するという契約を、Aを代表して締結した。京都産業大学寄附行為27条によると、学校設立の基礎となる
財産(基本財産)の処分には、理事会で理事総数の3分の2以上の多数による決議を行う必要があり、しか
も甲は基本財産にあたる。しかし、Bはこの決議を経ないままに、決議があったかのように偽造した議事
録を作成し、Cを信頼させていた。
Cは、契約書の作成や登記名義変更のための司法書士報酬、登記名義変更に伴う登録免許税などとして、
500万円の諸費用を支払っていた。さらに、Cは転売先としてDを見つけており、転売による利益(売却価
格と購入価格との差額)として1,500万円が見込まれていた。
その後、この契約が実はBには権限がないままに行われた取引的不法行為であることが判明したため、C
は、理事の不法行為に基づく責任として法人Aに対して損害賠償を請求することとした。このとき、Cは、
効力を生じない契約を有効な職務行為と信頼したためにこうむった、契約書の作成その他の諸費用500万
円の賠償を求めることができる。しかし、契約が有効に成立していたことを前提とすることはできないた
め、転売利益である1,500万円の賠償を求めることはできない。
*参考:
京都産業大学寄附行為26条
この法人の資産は,これを分けて基本財産及び運用財産とする。
2 基本財産は,この法人の設置する学校に必要な施設及び設備又はこれらに要する資金とし,財産目録中基
本財産の部に記載する財産及び将来基本財産に編入された財産とする。
(以下略)
京都産業大学寄附行為27条
基本財産は,これを処分してはならない。ただし,この法人の事業の遂行上やむを得ない理由があるときは,
理事会において理事総数の3分の2以上の議決を得て,その一部に限り処分することができる。
10-2. 法人(その2法人の外部関係) p. 7
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
11-補足1 期間の計算
2007年6月16日
1. 概要
期間:継続する時間の長さを表す。とりわけ重要となるのは期間の終了時点(満了点)の算出方法である。
期間の計算方法:
• 日より短い単位(時・分・秒)で定めている場合:即時から起算し、定められた時間が経過した時点で満
了する。
• 日、又はそれより長い単位(週・月・年)で定めている場合:次のような順序で期間の満了点を決定する
(1)起算日を定める → 2 ⑴
(2)そこから定められた期間に応じて末日を定める → 2 ⑵
(3)満了点は、原則として末日の終了時点となるが、末日が日曜休日の場合例外がある → 2 ⑶
Case1 日より短い単位で定められた期間の計算
7月1日午前10時、Aは、Bからパソコンを48時間借りる約束をした。この場合、即時(7月1日午前10時)
から48時間を数え上げ、それが終了する時点(7月3日午前10時)をもって、満了点とする。このためこの
時点を過ぎると、Aはパソコンの返還義務を履行しなければならなくなる。
2. 日より長い単位で定められた期間の計算方法
(1) 起算日の定め方
原則:初日を参入しない(初日不算入の原則)=翌日から数え始める
例外:期間の初日が午前零時から始まるときには、初日も期間に参入する。初日も24時間全てを当事者が
利用できるからである。
Case2 起算日の定め方
①7月1日午前10時、Aは、Bからパソコンを2日間借りる約束をした。この場合、起算日は7月2日となる
(7月2日を第1日目として数える)。
②7月1日午前10時、地域のお祭りで使う必要があるため、自治会長Cは、町Dとの間で、「7月20日から2
日間」集会場を借りるという契約を結んだ。この場合、7月20日の午前零時から期間は始まっているの
で、起算日は7月20日となる(7月20日を第1日目として数える)。
(2) 末日の定め方
(a) 原則(143条1項・2項本文)
(i) 期間が「日」で定められる場合:起算日を「第1日目」として、指定された日数を数える。
(ii) 期間が「週」で定められる場合:起算日を「第0週」とし、翌週以降同じ曜日(=応当日)がくる度に
第1週、第2週、、と数える。指定された週数の応当日の前日を末日とする。
(iii)期間が「月」で定められる場合:起算日を「第0月」とし、翌月以降の同じ日(=応当日)がくる度に
第1月、第2月、、と数える。指定された月数の応当日の前日を末日とする。
(iv)期間が「年」で定められる場合:起算日を「第0年」とし、翌年以降の同じ月日(=応当日)がくる度
に第1年、第2年、、と数える。指定された年数の応当日の前日を末日とする。
Case2 末日の定め方・原則
①平成19年7月1日(日)午前10時、Aは、Bからパソコンを2日間借りる約束をした。起算日は7月2日と
なる(以下も同じ)。そこから指定日数を数えると7月3日が末日となる。
②平成19年7月1日(日)午前10時、Aは、Bからパソコンを2週間借りる約束をした。起算日から数える
と、7月16日(月)が第2週の応当日となる。期間の末日はその前日(15日(日))となる。
③平成19年7月1日(日)午前10時、Aは、Bからパソコンを2ヶ月間借りる約束をした。起算日から数え
ると、9月2日が第2月の応当日となる。期間の末日はその前日(9月1日)となる。
④平成19年7月1日(日)午前10時、Aは、Bからパソコンを2年間借りる約束をした。起算日から数える
と、平成21年7月2日が第2年の応当日となる。期間の末日はその前日(平成21年7月1日)となる。
11-補足1 期間の計算 p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(b) 例外∼応当日が存在しない場合(143条2項ただし書)
期間が月・年で定められていて、応当日が存在しないこととなる場合には、応当日となるはずの日を含む月
の月末をもって末日とする。
Case3 末日の定め方・応当日のない場合
①平成19年5月30日午前10時、Aは、Bからパソコンを1ヶ月間借りる約束をした。この場合起算日は5月
31日となり、第1月の応答日は6月31日となるはずであるが、これは存在しない。このため6月末日であ
る6月30日が期間の末日となる。
②平成16年2月28日午前10時、Aは、Bからパソコンを3年間借りる約束をした。この場合起算日は平成
16年2月29日となり(平成16年は閏年である)、第3年の応答日は平成19年2月29日となるはずである
が、これは存在しない(平成19年は平年である)。このため2月末日である平成19年2月28日が期間の
末日となる。
(3) 満了点の定め方
• 原則:末日の終了をもって期間は満了する(141条)
末日が7月1日なら、7月1日が終わり、7月2日午前0時になった瞬間に、期間が終わったことになる
• 例外:末日が日曜・休日にあたるときであって、その日に取引をしないという慣習がある場合には、末日
の翌日の終了をもって期間は満了する(142条)
11-補足1 期間の計算 p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
11-1. 時効(その1・総論)
2007年6月22日講義予定
1. 時効とは
(1) 定義・分類
時効:一定の事実状態が継続した状態で時が経過したことを原因として、真の権利状態のいかんにかかわら
ず、この事実状態に対応する権利状態を認める制度。私法上の時効制度としては取得時効と消滅時効が
ある。
• 取得時効:権利者らしい状態が一定の期間継続することによって、権利取得の効果が与えられるとす
る時効制度。
• 消滅時効:権利不行使の状態が一定期間継続することによって、権利消滅の効果が生じるとする時効
制度。
Case1 取得時効・消滅時効
①AとBは隣り合った土地を所有している。土地の境界は、それぞれの先代が話し合って決めたものであっ
た。土地を相続したAは、この土地の上に家屋を建築し、そこに住んでいる。ところが、先代が取り決め
た際に作成した図面に誤りがあることが判明した。このため、Aが所有する家が本来Bが所有している土
地の上にまたがって建てられていることが判明した。BはAに対して建物を取り壊すように要求してい
る。
このとき、取得時効の要件が満たされているならば、Aが占有している部分についても最初からAの所
有する土地であったものとして扱われる。従ってAは建物を取り壊す必要がない。
②Cは、Dから手紙を受け取った。それによると、Dは、Cの父親である故Eに対して金を貸していたという
のである。しかしEは、既に先日十三回忌を迎えており、そのような古い話の真偽を確かめる術はCには
なかった。
このとき、消滅時効の要件が満たされているならば、Eが実際にDから金銭を借り入れていたか否かに
かかわらず、債権は最初から存在していなかったものとして扱われる。従ってCは金銭を返還する必要は
ない。
Info 刑事訴訟法・刑法上の時効制度
「時効」というと、犯罪者が犯罪後一定期間つかまらずにいると罪を問われなくなる(正確には、起訴
されないままにいるともはや起訴ができなくなる)という制度を思い浮かべる人が多いかも知れない。こ
れは「公訴時効」という刑事訴訟法上の制度である(250条)。
さらに刑法には、「刑の時効」が定められている(31 34条)。刑の言い渡しを受けながら、刑の執行
(執行のための拘束することを含む)を受けないまま一定期間が過ぎると、刑の言い渡しが効力を失う
(=もはや執行できなくなる)という制度である。
(2) 制度趣旨
時効制度は、真の権利者でない者に有利な方向で働くことも、真の権利者に有利な方向で働くこともある。
このため、一元的な正当化はできないといわれており、次の3つの制度趣旨を場面に応じて使い分ける必要
があるとされている。
(1)継続する事実状態を保護する必要性
→Case1①では、土地所有権をもっているかのような事実状態が継続したために、新たな権利関係(家屋所
有権の取得)が形成されている
(2)権利を行使しないままとすることに対する制裁(「権利の上に眠る者は許さず」)
→①のBや、②のDは、真実の権利を行使することなく放置している
(3)証明困難からの救済
→①のAや、②のCは、例えば実際に所有権を得ていた、債務は既に弁済しているという事情があったとし
ても、真実の権利関係を証明することが困難になっている
11-1. 時効(その1・総論) p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
2. 時効の要件
(1) 概要
• 時効が完成し、かつ
• 時効により利益を受ける者が時効完成を援用すること
(2) 時効の完成
時効の完成:一定の事実状態が、一定期間間断なく継続すること →講義資料10-2
取得時効の場合:権利をもっているかのような状態
消滅時効の場合:権利が行使されない状態
時効障害:時効の完成を妨げる事由のことで、時効の中断と時効の停止がある →講義資料10-3
• 時効の中断:時効の基礎となる事実状態と相容れない一定の事実(訴えの提起、債務者による債務の
承認など)が生じた場合に、時効期間の進行を止めるとともに、すでに進行した時効期間の効力を失
わせること。
• 時効の停止:時効完成の間際において、権利者が時効を中断することが困難な事情があるときに、時
効期間を延長し、一定の期間、時効の完成を猶予すること。
(3) 時効の援用
時効の援用:時効によって利益を受ける者が、利益を享受する旨の意思を表明すること →講義資料10-4
3. 時効の効果
基礎となる事実状態が最初から正しい法的状態であったものとして扱われる(遡及効・144条)
✦ このように解する理由
• 取得時効の場合、時効の遡及効を認めないと、占有開始から時効完成までの間は違法占有であったこ
とになってしまう
• 消滅時効の場合、時効の遡及効を認めないと、例えば債権であればこの間に利息を生んでいたことと
なり清算する必要が出てくる
取得時効の場合:時効が完成すると、時効完成時からではなく、占有開始時にすでに権利者であったとみな
される
(他人の物の)占有開始
時効の完成
時効の援用
真の権利状態
時効完成・援用の効果
消滅時効の場合:時効が完成すると、時効完成時からではなく、権利行使可能時にすでに権利はなかったと
みなされる
権利行使可能時
時効の完成
時効の援用
真の権利状態
時効完成・援用の効果
11-1. 時効(その1・総論) p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
11-2. 時効(その2・時効の完成)
2007年6月22日講義予定
1. 取得時効完成の要件
(1) 概要
162条1項 ①二十年間、②所有の意思をもって、③平穏に、かつ、公然と④他人の物を占有した者は、そ
の所有権を取得する。
(2) 占有の継続(要件①)
(a) 占有継続の必要性と継続期間
占有継続期間:占有者の主観的態様によって短縮される
• 原則:20年
• 例外:占有開始時に(自己が権利者でないことについて)善意無過失であれば10年
(なお善意であることは推定される・186条1項)
占有「継続」の必要性:占有は継続する必要がある。途中で占有が中断すると、時効期間が進まなくなるの
みならず、それまで経過した期間も効力を失う(0に戻る)(なお占有の継続は推定される・186条2項)
占有継続の例外:ただし、占有を奪われた後、占有回収の訴え(200条)を提起した場合には、占有を
失っていないものとみなされる(203条ただし書)。
(b) 占有の承継
占有の承継:
• 占有継続期間の合算:占有継続期間を計算するにあたっては、自分の占有期間のみを主張してもよい
し、自分の前の占有者(前主)の占有期間と自分の占有期間を合算して主張してもよい
• 占有の瑕疵の承継:ただし、前主の占有期間を合算するときには、前主の占有の瑕疵(悪意・有過
失、その他後述の要件を満たさないこと)も承継する。
Case1 占有の承継
①AはBから、建物甲を購入した。しかし、この売買契約はBに錯誤があったことから無効なものであっ
た。Aはこのことを知っており、従って甲を占有し始めた時、自己に所有権がないことについて悪意で
あった。Aはその後9年間甲を占有し続けた後、Cに甲を売却した。Cは、自己に所有権がないことにつ
いては善意無過失であった。Cが10年間甲を占有したところで、BがCに対して、甲の返還を求めた。
この場合、Cは善意無過失で占有を開始し、10年間占有を継続しているから、自己の占有を主張する
のみで取得時効の完成を主張することができる。
②①において、悪意のAが9年間甲を占有し続けた後、善意無過失のCに売却したというのは同一である
が、Cの占有期間が9年間のところでBがCに対して甲の返還を求めたとする。この場合、C単独の占有で
は10年に達していないため、取得時効の完成を主張することができない。さらに、Cが前主Aの占有期間
もあわせて主張するならば、Aの占有開始が悪意であったということも引き継ぐことになるため、Cは悪
意の占有者として18年しか占有を継続していないこととなり、やはり取得時効の完成を主張することは
できない。
③②において、悪意のAが11年間甲を占有し続けた後に、善意無過失のCに売却し、Cが9年間占有を継続
していたならば、Cは前主Aの占有をあわせて主張することで、20年間の時効期間が完成したことを主張
できる。
④②において、Aが善意無過失で9年間甲を占有し続けた後、悪意のCに売却され、Cが9年間占有したとこ
ろでBがCに対して甲の返還を求めたとする。この場合、C自身は悪意でも、前主Aが善意無過失であるの
で、Aの占有をあわせて主張することで、善意無過失で18年間占有をしたと計算することができる
(最高裁昭和53年3月6日判決・民集32巻2号135頁(百選64事件))
11-2. 時効(その2・時効の完成) p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(3) 所有の意思を持った占有(要件②)
(a) 自主占有・他主占有の分類
自主占有:所有の意思をもって、すなわち所有者自身がする占有として行う占有のこと(実際に所有者であ
る必要はない)。(なお所有の意思をもった占有であることは推定される・186条1項)
他主占有:所有の意思なく、すなわち他に所有者があり、この所有者に占有を認めてもらう立場として行う
占有のこと。
Case2-1 自主占有・他主占有
①AはBから、建物甲を購入した。しかし、この売買契約はBに錯誤があったことから無効なものであっ
た。この状態で20年が経過したとする。このとき、Aの占有は、買主であるA自身が所有者であるものと
して行われるものであるから自主占有であり、取得時効が完成する余地がある。
②CはDから建物乙を月10万円で賃貸し、占有している。この状態で20年が経過した。しかし、Cの占有
は、他に所有者がいる(Dが乙を所有している)ことを前提として行われているものであり、取得時効を
基礎づける占有とはいえない。
(b) 自主占有・他主占有の区別
自主占有・他主占有の区別は、占有の原因となった事実(権原)の客観的な性質によって定めるのであり、
占有者の内心によるのではない。
Case2-2 自主占有・他主占有の区別
①Case2-1①において、AはBに錯誤があったことを知っており、契約が無効であることを知っていた。そ
のため自分が甲の所有者でないことを知りながら占有していた。しかし、この場合でもAの占有が自主占
有であることに変わりはない。Aの占有の原因となった事実は(無効になったとはいえ)売買契約であ
り、売買契約はその客観的性質として、買主を所有者とするからである。
②Case2-1②において、AはBと賃貸借契約を結んだが、内心では賃料も払わず甲をそのまま自己の物にし
てしまう意思であった。しかし、この場合でもCの占有が他主占有であることに変わりはない。Cの占有
の権原は賃貸借契約であり、賃貸借契約はその客観的性質として、貸主が所有者であり、借主はその所
有者に占有を認められたものとするからである。
(c) 他主占有から自主占有への変更
他主占有から自主占有へと変更しようとすれば、占有の性質が変わったことが外部からも認識可能となるよ
うにする必要がある。その方法は民法では2種が規定されている(185条)
• 「占有者が、自己に占有をさせた者に対して所有の意思があることを表示」すること、又は
• 「新たな権原により更に所有の意思をもって占有を始める」こと
Case2-3 占有の性質の変更
①Case2-1②において、Cがある日Dに対して「乙はもともと自分のものであったのだから、賃貸借契約は
無効である。これからは賃料を払わないし、これまで払った賃料を返してもらいたい」と主張した。そ
してCは実際に、以後賃料を払わないままに乙を占有し続けた。この場合には、Cの占有は自主占有に変
更しており、その時から取得時効期間が進行する。もっとも、Cが仮に、単に「乙はもともと自分のもの
であった」と言うだけで、そのように主張しながらも賃料を払い続けている場合には、「所有の意思が
あることを表示」したとはいえず、自主占有に変更しない。
②Case2-1②において、その後DがCに対して乙を売却したとする。この場合、売買契約という新たな権原
に基づくCの占有は自主占有となり、取得時効期間が進行を開始することとなる。
(4) 平穏かつ公然たる占有(要件③)
平穏:占有が違法・強暴の行為に基づくものでないこと(ただ返還請求を受けたというだけでは、平穏な占有で
はなくなったということはできないとされている・最高裁昭和41年4月15日判決・民集20巻4号676頁)。
公然:利害関係人に対して占有を隠秘していないこと。
(なお平穏かつ公然たる占有であることは推定される・186条1項)
11-2. 時効(その2・時効の完成) p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Case3 平穏かつ公然たる占有
①Aは、B美術館に白昼堂々と侵入すると、警備員らを拳銃で脅した上で著名な画家の手になる油絵甲を強
奪した。その後Aの所在を突き止めたB美術館より、甲の返還を求める裁判を起こされたが、Aは街宣車
をB美術館やその館長の自宅前にまわすなどして執拗な嫌がらせを行い、ついには訴えを取り下げさせて
しまった。こうしてAが甲を占有したまま20年が経過した。この場合、Aの占有は平穏なものではないの
で、Aは甲を時効により取得することはできない。
②Cは、D美術館に深夜侵入すると、乙を盗み出した。その後Cは乙を誰にも気付かれないように自宅屋根
裏にしまいこんだ。そうして乙が誰にも発見されることのないまま、20年間が経過した。この場合、C
の占有は公然たるものではないので、Cは乙を時効により取得することはできない。
(5) 他人の物(要件④)
条文上は「他人の物」を占有することが要件とされている
判例は「自己の物」の占有にも取得時効の完成を認めている(最高裁昭和42年7月21日判決・民集21巻6
号1643頁(百選44事件)、最高裁昭和44年12月18日判決・民集23巻12号2467頁)
✦ このように解する理由
継続した事実状態通りの権利関係を認めるというのであれば、自分のものについても時効取得を認め
るべきであるから
Case4 自己の物の時効取得
①Aは、Bから土地甲を5,000万円で購入した。代金は30年の分割で払われることとなっていたが、15年程
したところでAは代金の支払を停止してしまった。それから6年たったところでBがAに対して代金の支払
を求めたところ、Aは「自分は所有の意思をもって20年間占有を継続したので土地を時効取得した」と
主張した。判例の立場によれば、Aのこの主張は認められ、Aは契約ではなく時効に基づいて甲を取得し
たことになる。
②Cは、Dから土地乙を5,000万円で購入した。しかし登記はDの名義のまま放置されていた。それから15
年がたったところでDは乙をEに売却してしまい、Eが登記を先に備えた。それから6年後、Cは「自分は
所有の意思をもって20年間占有を継続したので土地を時効取得した」と主張した。判例の立場によれ
ば、Cのこの主張は認められ、登記を備えていない第一買主CはEに優先することとなる。
判例に対する批判
①では、Bは契約上の対価を受けることのないままに所有権を失うこととなる
②では、二重売買は民法177条で解決するはずなのに、そのルールを潜脱することとなる
2. 消滅時効完成の要件
(1) 消滅時効期間
(a) 原則
債権の消滅時効期間:原則として10年間(167条1項)
債権・所有権以外の権利の消滅時効期間:原則として20年間(167条2項)
所有権:消滅時効にかからない(取得時効の影響で所有権を失うことがあるだけ)
(b) 短期消滅時効
消滅時効の期間については、民法その他の法律で特則が設けられ、短縮されているものが多い
・商事債権(商法501-503条の定める商行為によって生じる債権)=5年(商法522条本文)
商売においては大量の取引を迅速に行う必要があるので、権利関係を短期間で確定させる必要がある
・家賃(定期給付債権)=5年(169条)
10年分をまとめて請求されると、債務者が大きな損害を被る危険がある
・「使用人の給料」=1年(174条1号)、但し通常の労働者の賃金は労働基準法115条により2年
債権額も大きくなく、また受取証が交付されない(交付されても長期保存しない)のが普通
判決で確定された権利については、時効期間が10年に延長される(174条の2)
公に債権の存在が確定しているため、短期消滅時効にかかる債権(商事債権を含む)も、時効期間が「判決の確
定から10年」に延長される
11-2. 時効(その2・時効の完成) p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(2) 消滅時効の起算点
消滅時効の起算点:消滅時効は、「権利を行使することができる時」から進行する(166条1項)
法律上の制約がないことをさすものであり、事実上の制約(とりわけ権利発生を知らないこと)は時効起算日を
送らせる理由にならないと解されている
Case5 消滅時効の起算点
①平成9年5月1日にAは、6か月間という約束でBに10万円を貸した。その後Aは、平成19年6月1日にBに
対して10万円を返すように求めた。Bは、契約成立から10年が経っているから、消滅時効が完成している
と主張した。しかし、この債権は契約成立から6か月は行使できない(6か月経ってから初めて返済を請
求できる)のであるから、消滅時効は平成9年11月2日午前零時から進行を開始するのであり、平成19年
11月1日が満了するまで完成しない。
②Cは、別荘甲に、D社の火災保険を付していた。ところが、長期に海外に滞在している間に甲を管理して
いたEの過失が原因で甲は全焼してしまった。Eがこの事実を隠していたので、Cは甲の焼失を知らない
まま2年を過ごしてしまった。CがDに火災保険金の支払いを求めたところ、D社は商法663条により火災
保険金は2年の時効にかかり、消滅していると主張した。Cは、甲の焼失を知り得なかったのだから時効
は進行していなかったと主張している(なお通知義務に関しては考慮しない)。しかし、Cは事実上権利
の理由(権利発生の不知)で権利を行使しえなかったに過ぎず、法律上は権利を行使することに何ら妨
げはなかったのであるから、消滅時効が成立する。
(3) 取消権・不法行為における特則
条文
時効期間
126条前段
追認をすることができる時
=取消しの原因となっていた状況が消滅した時
126条後段
行為の時
724条前段
被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時
724条後段
行為の時
取消権
不法行為
起算点
5年
*20年
3年
*20年
*判例は除斥期間と解している。除斥期間については講義資料11-補足2を参照
11-2. 時効(その2・時効の完成) p. 4
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
11-3. 時効(その3・時効障害)
2007年6月27日講義予定
1. 時効の中断
(1) 時効の中断とは
時効の中断: 時効の基礎となる事実状態と相容れない一定の事実(権利行使、義務の承認)が生じた場合
に、時効期間の進行を止めるとともに、すでに進行した時効期間の効力を失わせること。
時効中断事由(147条):
①時効によって不利益を受ける者が権利を行使する場合
• 請求(1号):
• 裁判所の関与する請求:裁判上の請求、支払督促、和解及び調停の申立て、破産手続き等への参
加をいう。ただし権利が確定されないときには時効中断の効力を生じない(149∼152条)。
• 催告:裁判外で権利実現を請求すること。6箇月以内に裁判所の関与する請求、又は差押え、仮
差押え若しくは仮処分をしなければ時効中断の効力を生じない(153条)。逆に言えば、時効完
成間際に、裁判外であっても請求をすることによって、時効完成を6箇月遅らせ、この間に裁判
上の請求などより強力な時効中断措置をとることができる。
• 差押え、仮差押え又は仮処分(2号)
②時効によって利益を受ける者が他人の権利を認める場合
• 承認(3号):時効によって利益を受ける者が他人の権利を認めること。権利を認める旨を直接に文
書・口頭で伝えるほか、支払い猶予の懇請、利息の支払い、元本の一部支払いなども、権利の存在を
認めるものであり、承認として扱われる。
時効の中断と再度の時効の進行:時効中断事由が止んだ場合、時効期間は新たに(=0から)進行を開始す
る。それまでに経過してきた時効期間は効力を失うこととなる。
時効の中断(通常の債権の場合)
時効進行開始
時効中断事由発生
時効中断によりこの期間は意味を失う
時効中断事由消滅
=時効進行開始
時効完成
10年
Case1 時効の中断
①平成9年7月1日に、AはBから土地甲を購入し、甲の上に家を建てて住み続けている。ところが、Bは平
成19年4月になって、この売買契約に錯誤があったことに気付いた(AはBの錯誤について善意無過失と
する)。Bはただちに契約の無効を主張し、Aに対して立ち退きを求めた。Aがこれに応じなかったため
に、Bは平成19年6月1日にAに対する訴えを起こした。B勝訴の判決は、同年11月1日に確定した。この
場合、判決の確定は当初の時効完成予定日後ということになるが、それ以前の平成19年6月1日に裁判上
の請求を行っているため、時効は中断しており、時効完成は妨げられている。時効期間は、裁判の確定
した時点から、また新たに進行を開始する(157条2項)。
②平成9年7月1日に、CはDから10万円を借りた。その後CもDもこのことを忘れていたが、日記を読んだD
が思い出し、平成19年6月1日にメールで「あの10万円はどうなってる?」と聞いた。Cは翌日、「すっ
かり忘れていた。7月のボーナスで利息もつけて返すからもうしばらく待ってくれ」と答えた。こうした
支払い猶予の懇請も、相手が債権を有することを前提とするものであるから、債務の承認にあたり、時
効を中断させる。時効期間は承認の時点からまた新たに進行を開始する(157条1項)。
11-3. 時効(その3・時効障害) p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(2) 時効中断の効果の及ぶ範囲
時効中断の相対効の原則:時効の中断は、時効中断事由の生じた当事者の間でしか生じない(148条)。
例外:主債務者に対して時効中断事由が発生すると、その時効中断の効力は、保証人にも及ぶ(457条1
項。この他連帯債務者に関する434条、連帯保証人に対する458条も参照)。
Case2 時効中断の相対効・絶対効
①AはBから1,000万円を借りた。その際、Cが保証人となった。時効期間の完成一月前になって、BはCの
もとを訪れ、「Aが債務を履行しないので保証債務を履行してもらいたい」と言った。Cは、「一度に払
うことはできないが、できる限り払い続ける」と述べ、債務を承認した。この場合、CがBに対して負う
保証債務の時効は中断するが、AがBに対して負う主たる債務の時効は中断せず進行を続ける。そして主
たる債務が消滅時効により消滅すると、保証債務の消滅における附従性(講義資料Ex. 3を参照)によ
り、保証債務も消滅する。このためCは、主たる債務の消滅時効が完成した後は、主たる債務の時効消
滅により保証債務も消滅したものとして、支払いを拒むことができる。
②①で、承認を行ったのが主たる債務者Aであったとする。この場合、AがBに対して負う主たる債務のみ
ならず、CがBに対して負う保証債務の時効も中断する。Cは、みずからが債務を承認したわけではない
が、再び0から時効期間が進行することとなる。
2. 時効の停止
時効の停止:時効完成の間際において、権利者が時効を中断することが困難な事情があるときに、時効期間
を延長し、一定の期間、時効の完成を猶予すること。
時効停止事由:時効完成時に次に掲げるような事由が存在する場合、時効は、時効停止事由が消滅してから
所定の期間が経過するまで完成しない。
①財産を適切に管理することが期待できない場合
• 未成年者・成年被後見人に法定代理人(親権者・後見人)がいない場合:これらの者が行為能力者と
なる(成年となる又は成年後見開始審判が取り消される)か、法定代理人が就職してから6箇月を経
過するまで時効は完成しない(158条1項)。
• 未成年者・成年被後見人がその法定代理人に対して権利を有している場合: これらの者が行為能力者
となるか、後任の法定代理人が就職してから6箇月を経過するまで時効は完成しない(158条2項)。
• 夫婦の一方が他方に対して権利を有している場合:婚姻解消の時から6箇月を経過するまで時効は完
成しない(159条)。
• 相続財産に関する権利が問題となる場合:相続人の確定、管理人の選任又は相続財産に対する破産手
続き開始決定がなされた時から6箇月を経過するまで時効は完成しない(160条)。
②天災等の生じた場合
• 時効期間の満了に当たり、天災その他避けることのできない事変のため時効を中断することができな
いとき:その障害が消滅した時から2週間を経過するまでの間は、時効は、完成しない(161条)。
時効の停止(通常の債権の場合)
時効完成予定時
時効停止事由が存在
時効進行開始
10年
時効停止事由消滅
時効完成
6箇月or2週間
Case3 時効の停止
未成年者Aは10年前に父親の財産を相続し、多額の銀行預金を相続した。しかしその際、一部が誤って母
親Bのものとして預金されてしまった。Aが19歳の時に、Bに対する返還請求権の時効期間の満了日がき
た。しかし、158条2項により時効は完成せず、時効はAが成年に達してから6箇月が経過したときに完成す
る。
11-3. 時効(その3・時効障害) p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
11-4. 時効(その4・時効の援用・時効利益の放棄)
2007年6月27日講義予定
1. 時効の援用と時効利益の放棄
時効の援用:時効によって利益を受ける者が、時効の利益を受ける旨の意思を表示すること。民法145条に
より、時効が完成しても、それによる権利の発生・義務の消滅といった利益を受けるかどうかは、当事
者の意思に委ねられていることになる。
✦ 時効の効果が帰属するために援用が必要とされる理由
• 私的自治の原則=ある者の法律関係は(たとえ自分の利益になることがらであっても)その者の意思
に基づいて変動するという原則
• 時効は、権利者が権利を失い、義務者が義務を免れるという道徳に反する結果を生むので、利益を享
受するかどうかを、その者の良心に委ねている
Advanced 時効学説
民法162条(取得時効)、167条(消滅時効)は、一定の期間が経過すれば、それだけで権利取得・消滅と
いった変動が生じると規定している。しかしその一方で、145条は、当事者が援用しないと「裁判所がこ
れによって裁判をすることができない」と定めている。この矛盾を説明するために学説は苦慮してきた。
こうした時効学説については、佐久間379-380頁、山本453-458頁を参照。
2. 援用権者の範囲
時効の援用権者:民法145条には「当事者」とのみ規定されている。取得時効で権利を得、消滅時効で義務
を免れる者に限定されないが、その範囲については必ずしも詳しく検討された基準があるわけではない
(そうした検討の例としては佐久間384-386頁を参照)。
判例:「時効完成により直接利益を受けるべき者」が当事者になるという基準のもと、次のように判示
している。
①消滅時効の場合
• 援用権者となる者:債務者自身、保証人・連帯保証人、物上保証人など
• 消滅時効の援用権者とならない者:一般債権者(差押えをしていても援用権者とならない)
援用権者となる
援用権者とならない
一般(差押え)債権者
差押え
債務者
保証人
物上保証人
所有権
時効完成
保証債権
所有権
乙
配当要求
抵当権
甲
債権者
②取得時効の場合
• 取得時効の援用権者となる者:占有者自身
• 取得時効の援用権者とならない者:
建物賃貸人が土地の取得時効による利益を受けるときに、建物賃借人がこれを援用すること
はできないというのが判例(最高裁昭和44年7月15日判決・民集23巻8号1520頁)
11-4. 時効(その4・時効の援用・時効利益の放棄) p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
3. 時効利益の放棄
時効利益の放棄:時効の利益を受けない(援用権を放棄する)という意思表示。時効利益を放棄すると、以
後、時効を援用することができなくなる(ただし、放棄の時から新たに時効が進行し、これが完成すれ
ば新たに援用権を取得する)。
時効利益の事前放棄の禁止:時効の利益をあらかじめ(=時効完成前に)放棄しておくことは禁止されてい
る(放棄の効果を生じない=時効が完成すれば時効を援用してよい)。
✦ 時効利益の事前放棄を禁止する理由
• 債権者が強い立場を利用して時効利益を放棄させる危険がある
• 一定期間ごとに「承認」をするのと異なり、一回事前放棄すると権利の行使や確認を経ないままに、
以後永遠に時効完成が妨げられることとなる
Case1-1 取得時効・消滅時効
①Aは、飲食店Bに飲み代のツケとして10万円の債務があった。時効期間(174条4号により1年)が経過し
た後、Aは、時効が完成したことは知っていたが、借金を踏み倒すのは道義的によくないことと考えて、
Bに対して「時効は完成したが援用しない。10万円は必ず返す」と述べた。この場合、Aは時効の利益を
放棄したこととなり、以後時効を援用することはできなくなる。
②①で、時効が完成する直前に、AがBに対して「時効の利益を受けるつもりはない。時効の利益は放棄す
る」との念書を差し入れていたとする。この場合には、Aは時効の利益を放棄したこととはならない。し
かし、AはBに対して、自分が債務を負っていることを認めているので、時効中断事由の承認には当た
る。時効期間はこの時点から新たに進行を開始し、これが完成すればAは時効を援用することができ
る。
4. 時効完成後の自認行為
時効完成後の自認行為:時効完成によって利益を受ける者が、時効完成後に、時効の完成を知らずに、時効
が完成したことと相容れない言動を行うこと。
• 承認(時効中断事由)との相違:時効完成後に行われたものであるため、時効中断事由たる承認には
当たらない
• 時効利益の放棄との相違:時効の完成を知らずに(=利益を放棄するという明確な意図をもたずに)
行ったものである点で、時効利益の放棄にも当たらない
時効完成後の自認行為の効果:時効利益の放棄には当たらないものの、自認行為以後、時効の利益を援用す
ることは、信義則上許されなくなる。
✦ 以後の援用が禁止される理由
• 一旦は債務が存続することを認めながら、後になって時効による消滅を主張するというのは、自己が
以前とった行為に矛盾する行為である
• 他方で相手方は、債務者が時効を援用しないと信頼しており、この信頼が裏切られることにより不測
の損害を被る恐れがある
Case1-2 時効完成後の自認行為
Case1-1①で、時効完成後に、Bにツケの支払いを請求されたAは、とりあえず手もとにあった1万円をBに
交付するとともに、「今手持ちがないので、次の給料日に返す」と述べた。このときAは、時効が完成して
いたことを知らなかった。後に時効完成に気づいたAは、「あのツケは時効にかかっていたはずであるか
ら、残額は返さない。先日払った1万円も返してほしい」と主張した。しかし、こうした主張は認められな
い。時効完成を知らなかったとはいえ、一部弁済・支払い猶予の懇請という形で自己が債務を負うことを
一度は認めている以上、その発言を翻すということは信義に反し、またBの信頼を裏切り不測の損害を与
えかねないものだからである。
11-4. 時効(その4・時効の援用・時効利益の放棄) p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
11-補足2 時効類似の制度
2007年6月20日
1. 除斥期間
(1) 除斥期間とは
除斥期間:一定の期間が経過することによって、権利が当然に消滅するとする権利行使期間制度。民法の条
文上に現れた制度ではないが、判例は不法行為に基づく損害賠償請求権の期間制限に関する724条につ
いて、前段の3年の期間制限を消滅時効と解する一方、後段の20年の期間制限を除斥期間と解している
(最高裁平成元年12月21日判決・民集43巻12号2209頁)。
除斥期間の性質:除斥期間の性質(消滅時効との相違)として以下のものがいわれている。
• 中断がない:とりわけ債務者の承認によっても中断しない。除斥期間として定められた期間(724条
後段であれば20年)の間に権利を行使(提訴)することが必要である。
• 当事者の援用を要しない:除斥期間の完成により、権利は当然に消滅する。当事者による援用は不要
である。より重要なこととして、援用が不要である以上、援用が信義則に反する、権利の濫用に当た
るといった判断も、論理的にあり得ないこととなる。
除斥期間制度の趣旨:被害者が、加害者や損害を知ろうと知るまいと、法律関係を早期に確定させることを
目的にしている。
Case1 除斥期間
Aは、不発弾の処理中に事故にあい、重い後遺障害を負った。その後Aは、役所に何度も足を運ぶなどし
て救済を求めていたが、事故について警察署が作成した調書が責任の所在を曖昧にしていたなどの事情の
ため、Bから損害を十分に補償されることはなかった。そこで事故から28年あまりすぎた後にAは損害賠償
(国家賠償)請求訴訟を提起した。
原審(福岡高裁宮崎支部昭和59年9月28日判決)は、民法724条後段の定める20年の期間制限を消滅時
効であると解した上で、Bによる時効の援用は信義則に反するとした。このように判断したのは、Bは事故
を原因として損害賠償責任が発生することを知りうる状況にありながら、不適切な調書の作成などを原因
としてAの権利行使を困難にさせていること、さらにAは役所に何度も足を運んでおり、権利行使を怠った
わけではないことなどが理由である。以上を踏まえて原審は、Aの訴えを認容した。
しかし最高裁(最高裁平成元年12月21日判決・民集43巻12号2209頁)は、民法724条後段は除斥期間
を定めたものであるとの判断を示し、援用を必要としない以上、援用が信義則に反するとの判断をするこ
ともできないとして原判決を破棄し、Aの訴えを棄却した。
(2) 除斥期間の停止
除斥期間の停止:判例(最高裁平成10年6月12日判決・民集52巻4号1087頁)は、次のような要件の下で、
除斥期間についても民法158条(現・158条1項)を類推適用することを認めている。
• 当該不法行為を原因として被害者が心神喪失の常況(事理を弁識する能力を欠く常況)に陥ったこと
• この被害者が、除斥期間の完成時に法定代理人を有していないこと
✦ このように解する理由
• 被害者は、不法行為により事理弁識能力を奪われ、権利行使の可能性を奪われている。他方、不法行
為者は被害者から事理弁識能力を奪うことで、20年の期間経過により責任を免れることができる。こ
の状況下で724条をそのまま適用することは、著しく正義・公平に反する。
11-補足2 時効類似の制度 p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Case2 除斥期間の停止
Aは、生後5ヶ月で予防接種を受けたが、その副作用のために身体・精神に障害を受けた。この副作用につ
いては、予防接種を行った国Bに過失があったと主張されている。その後Aは成人し、Aが20歳5ヶ月のと
きに民法724条の定める除斥期間(20年)が経過したが、その当時Aは、前記の障害のために判断能力が
全くない状態であった。その後、Aに禁治産宣告(現在の後見開始の審判)がなされ、Aには後見人Cが付
された。Cは直ちにBに対して損害賠償を請求する訴えを起こした*。Bは、20年の除斥期間が経過している
と主張して争った。
最高裁は、上述の通り、民法158条(現在の158条1項)を類推適用し、Cが後見人に就任してから6か月
は除斥期間は完成していないと判示した上で、事件の更なる審理のために事件を高裁に差し戻した。
*なお、実際の事件では、Aの成人後にも関わらずAの両親が「親権者」としてAを代理して提訴した。1審判決
後にAが禁治産宣告を受け、後見人に就任したAの父親Cが改めて弁護士に訴訟を委任して、控訴審を追行して
いる。
2. 権利失効の原則
権利失効の原則:権利を有する者が、長期にわたりこれを行使せず、相手方がこの権利がもはや行使されな
いのだと正当に信頼するにいたったときには、時効や除斥期間の完成を待たずに、信義則上この権利の
行使が許されなくなるとする原則。判例(最高裁昭和30年11月22日判決・民集9巻12号1781頁)は一般
論として認めるが具体的に適用した事例はなく、また学説上も批判が強い(四宮=能見357頁)。
Case3 権利失効の原則
Aは、Bの詐欺のために土地甲を購入した。やがて詐欺に気がついたAがBに抗議すると、Bは「契約を取
り消すのであればすぐにでも書類を送ってほしい。そうすれば代金は返還するから」と答えた。その後A
から契約を取り消す旨の書類が届かなかったので、Bは契約は取り消されないものと思い込んでいた。
ところがAが詐欺に気がついてから4年半ほど経過したある日、Bのもとに契約を取り消す旨の意思を記
した書類が届いた。Bは「契約が取り消されないものと信頼していたのだから、それを裏切るような権利行
使は信義則に反し許されない」と主張した。
しかし本件では、確かに「取り消すなら書類を送ってほしい」というBからの申し出が長期にわたって放
置されているが、その一事をもって「契約は取り消されない」というBの信頼が正当化されるかは疑問であ
る。そもそも民法では取消権を行使するか否かを5年間の時効期間内に決定すればよいとされているのであ
り、安易に権利行使が妨げられることに対しては、やはり慎重になるべきだといえるであろう。権利失効
の原則を一般論として認める立場に立ったとしても、こうしたケースではAの取消権行使を認めるのではな
いかと考えられる。
11-補足2 時効類似の制度 p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
12. 条件・期限
2007年7月4日講義予定
1. 法律行為の付款
付款:法律行為から生じる効果を制限するために、表意者が法律行為の際に、その法律行為の一部として特
に付加する制限のこと。代表例が、法律行為の効果の発生・消滅時期を定める条件・期限である。
• 条件:法律行為の効力の発生又は消滅を、将来発生するかどうか不確実な事実にかからせる付款。
• 期限:法律行為の効力の発生又は消滅を、将来発生することが確実な事実にかからせる付款。
2. 条件
(1) 条件の分類
停止条件:法律行為の効力発生時期に関する条件(停止条件が成就すれば、法律行為の効力が発生する)
契約締結
条件成就
解除条件:法律行為の効力消滅時期に関する条件(解除条件が成就すれば、法律行為の効力が消滅する)
契約締結
条件成就
Case1 停止条件・解除条件
①Aは、育英団体Bとの間で、C大学に合格した場合には奨学金として月々3万円の給付を受けるという契約
を締結した。ここでは、「AがC大学に合格する」という実現するかどうか不確実な事実(条件) が問
題になっている。そして契約の効力は、条件の実現(成就)により生じる(奨学金の給付が受けられ
る)のであるから、これは停止条件付き契約となる。
②Dは、育英団体Eとの間で、在学中奨学金として月々3万円の給付を受けるという契約を締結した。その
中には、「年間の取得単位が10単位に満たなかった場合には、以後の奨学金を給付しない」との条項が
含まれていた。ここでは、「Dの年間取得単位が10単位に満たない」という実現するかどうか不確実な
事実(条件)が問題になっている。そして契約の効力は、条件の実現(成就)により消滅する(奨学金
の給付が打ち切られる)のであるから、これは解除条件付き契約となる。
(2) 条件成就の妨害
条件成就の妨害の効果:条件の成就によって不利益をこうむる者(停止条件の成就により義務を負う者・解
除条件の成就により権利を失う者)が、故意に条件の成就を妨害した場合、相手方は条件が成就したも
のとみなすことができる(130条)=条件は実際には成就していないが、成就したものとして扱う
Case2 条件成就の妨害
Aは、不動産仲介業を営むBに、Aが所有する土地甲の売却先をさがすよう委託した。Bが売買契約を成
立させた場合には、AはBに200万円の手数料を支払うこととなっていた。Bは甲の購入を希望するCをみつ
けた。Cが、5,000万円程度の代金ではどうかとBに持ちかけたので、この代金でよいかどうかBはAに問い
合わせた。ところがAは、Bに対する回答をせず、Cと直接交渉して、甲を4,900万円で売却してしまった。
この場合、確かに「Bが売買契約を成立させる」という条件は成就していないが、これはAがCと直接契
約を結ぶことによって、故意に条件成就を妨害したためである。従ってBは、条件が成就したものとして扱
われるべきことを主張することができ、手数料200万円をAに請求することができる。
Info 「みなす」と「推定する」
条件が成就したものと「みなす」(平成16年改正前は「看做ス」と表記)ということの意味は、条件が
成就していないとの証明(反証)があったとしても、条件が成就したという扱いに変更を加えないという
意味である(「擬制する」ともいう。失踪宣告の効力も参照)。
これに対して、同時死亡の推定(34条の2)のように「推定」という場合には、推定とは異なる事実
(同時には死亡していないとの事実)が証明されたときには、推定が覆されるという意味である(「反証
を許す」という)。
12. 条件・期限 p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(3) 無意味な条件・無効な条件
定義
場合分
け
不能
条件
実現すること
が通常あり得
ないと考えら
れる条件
純粋
随意
条件
条件の成否が
当事者の意思
によって決定
される条件
例
効果
無条件の
贈与契約
となる
大学に合格したら
予備校との受講契
約を解除するとい
う契約において、
すでに合格が決
まっていた場合
予備校と
の契約は
無効とな
る
無条件の
契約とな
る
131条
2項
大学に合格したら
100万円を贈与す
るという契約にお
いて、不合格がす
でに決まっていた
場合
贈与契約
は無効と
なる
大学に合格したら
予備校との受講契
約を解除するとい
う契約において、
すでに不合格が決
まっていた場合
不法を
なすと
いう条
件
132条
前段
犯罪行為をなした
ときには、100万
円を贈与するとい
う契約
法律行為
は無効と
なる
犯罪行為をなした
ときには返還する
という条件を付し
た贈与
法律行為
は無効と
なる
不法を
なさな
いとい
う条件
132条
後段
犯罪行為をなさな
かったときには、
100万円を贈与す
るという契約
法律行為
は無効と
なる
犯罪行為をなさな
かったときには返
還するという条件
を付した贈与
法律行為
は無効と
なる
133条
深海に沈んだ指輪
を見つけたら100
万円を贈与すると
いう契約
法律行為
は無効と
なる
深海に沈んだ指輪
が見つかったとき
には返還するとい
う条件で結んだ
(別の)指輪の購
入契約
無条件の
売買契約
が成立す
る
134条
気が向いたら100
万円を贈与すると
いう契約
法律行為
は無効と
なる
気が向いたら返し
てもらうという約
束でする100万円
の贈与契約
約束通り
の契約が
成立
条件の成就・
不成就がすで
に確定してい
る条件
不法をなす
(なさない)
という条件
効果
131条
1項
不成就
が確定
不法
条件
例
解除条件
大学に合格したら
100万円を贈与す
るという契約にお
いて、合格がすで
に決まってい場合
成就が
確定
既成
条件
停止条件
条文
3. 期限
(1) 期限の分類
(a) 始期・終期
始期:法律行為の効力発生時期に関する期限(始期が到来すれば、法律行為の効力が発生する)
終期:法律行為の効力消滅時期に関する期限(終期が到来すれば、法律行為の効力が消滅する)
契約締結
始期到来
終期到来
(b) 確定期限・不確定期限
不確定期限:到来すること自体は確実(=期限の定義)でも、それがいつ到来するかは確定していない期限
確定期限:到来する時期も確定している期限
12. 条件・期限 p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Case3 期限の分類
①衆議院議員Aは、Bから国会議事堂近くのマンションを借りている。次の選挙には出ないと決めているA
は、契約条項に「議員の任期が切れたらマンションの賃貸借を解約する」との一項を盛り込んだ。衆議
院議員の任期(最長4年)終了は必ず実現する事実なのでこれは期限となり、契約の効力消滅時期を定め
ているため、終期となる。しかし、4年間が経過する前でも、衆議院が解散されれば、Aの任期はそこで
終了することとなるため、この期限がいつ到来するかは確定していない。このためこの契約は、不確定
の終期を付した賃貸借契約となる。
②参議院議員Aは、次の選挙には出ないと決めている。引退後の住居としてAは、郊外のマンションをBか
ら借りることとした。この契約条項には「議員の任期が切れたらマンションを借り受ける」との一項が
盛りこまれていた。参議院議員の任期(6年)終了は必ず実現する事実なのでこれは期限となり、契約の
効力発生時期を定めているため、始期となる。そして、解散のない参議院では、議員の任期の終了時期
は確定しているため、この期限が到来する時期は確定している。このためこの契約は、確定した始期を
付した賃貸借契約となる。
(2) 期限の利益
(a) 期限の利益とその放棄
期限の利益:法律行為に期限が付されていることによって発生する利益。通常は債務の履行が期限到来まで
猶予されているのであるから、期限の利益を持つのは債務者であると推定される(136条1項)。
期限の利益の放棄:期限の利益を持つ者は、これを放棄することができる(136条2項本文)。期限の利益
を持つのが債務者である場合には、期限到来をまたずに債務を繰り上げて弁済することが認められる。
期限の利益の放棄と相手方に生じる損害の填補:期限の利益を放棄することで、相手方の利益を害するとき
には、(期限の利益の放棄自体は禁止されないが)相手方のこうむる損失を填補しなければならない
(136条2項ただし書)。
Case4 期限の利益とその放棄
①平成18年7月1日に、AはBから10万円を無利息で借りた。返還の時期(弁済期)は平成19年7月1日とさ
れた(この期限は、債務者Aの利益のためと推定され、また実際にもAの利益のためである)。その後、
思ったよりも高額の冬のボーナスが支給されたAは、期限よりも半年早く返済したいと考えた。この場
合、Aは、期限の利益を放棄することにより、債務を繰り上げて弁済することができる。
②①で、AはBに年利2%の利息を支払うことになっていたとする。Aが期限の利益を放棄して、弁済期を
半年繰り上げると、Bは繰り上げられた分の利息(10万円 2% 2=1000円)を受け取れなくなってしま
う。そこでAは、期限の利益を放棄するにあたって、すでに発生している利息を支払うだけでなく、この
Bの損失を填補しなければならない。
(b) 期限の利益の喪失
期限の利益の喪失: 一定の事由の発生により 、債務者が自ら放棄しなくとも期限の利益が失われること。
民法は、特に債務者の信用に不安が生じたことを示す事由が生じたときについて、期限の利益の喪失を
定めている(137条:破産手続開始決定、担保の毀滅・減少、担保提供義務の不履行)。また、取引実務
では、民法の定めるものよりも緩やかな要件で期限の利益が失われることを定めるものが多い(破産手
続開始の申立てがあった段階で、期限の利益を喪失させる約款など)。
12. 条件・期限 p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
13. 所有権の制限
2007年7月6日講義予定
1. 所有権絶対の原則とその制限
所有権:「自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利」(206条)。物に対する排他的・絶対的、
全面的支配権と表現できる。
所有権の制限:しかし、所有権も無制限に行使できるわけではない。
• 権利濫用による制限:講義資料05-1参照
• 行政的な考慮からの制限:防災等警察上の理由に基づく制限(建築基準法、消防法など)の他、公共の利
益のための土地利用との見地から私人の所有権を制限する場合もある(公用収用、都市計画など)
• 民法上の制限:
• 法の規定による制限:民法上重要なものとして、(隣接した)土地・建物所有者相互の利用を調整す
るための規定(相隣関係の規定)がおかれている(209-238条) → 2.
• 当事者の約束による土地利用の制限:契約上の債権による制限(例えば賃貸借契約により貸主は自身
では物を利用できなくなる)のほか、物権(とりわけ用益物権・280-294条)を設定することにより
土地利用が制限されることもある → 3.
2. 相隣関係(囲繞地通行権を中心に)
(1) 囲繞地通行権
公道
(a) 囲繞地通行権とは
袋地:他の土地に囲まれて公道に通じない土地(図の甲地)
乙(B所有)
河
囲繞地(いにょうち):袋地を囲んでいる他の土地(図の乙地・丙地)
川 甲(A所有)
囲繞地通行権:袋地所有者がもつ、公道に出るために囲繞地を通行することを
内容とする権利(210条)。ただし袋地所有者が囲繞地通行権を行使するに
丙(C所有)
あたっては、次の制約がある
• 囲繞地にとって最も損害の少ない方法(通常は、公道に出る最短距離で
公道
ある乙地上を通行すること)を選択すること(211条1項)
• 囲繞地の所有者に対して償金を支払うこと(212条)
(b) 分筆による袋地の発生と囲繞地通行権
分筆により袋地が発生した場合:囲繞地通行権について特則がある
公道
公道
乙(B所有)
乙(B所有)
河
河
川
丁(C所有)
分筆による
袋地の発生
川 甲(A所有)
丙(C所有)
公道
分筆前
公道
分筆後
①分割した土地の他方(丙)についてのみ通行権を有する(213条1項前段)
←他の土地所有者(B)は、袋地形成に参加していないので、負担を押し付けられるべきではない。
②AはCに対して償金を払うことを要しない(213条1項後段)
←袋地である甲をCがAに譲渡した際に、譲渡価格の中に丙を通行することに対する償金も織り込まれて
いるものとみている。
判例は、その後丙がCからDに譲渡された場合においては、Dが善意であってもAに対して償金を請求できないと
解している(最高裁平成2年11月20日判決・民集44巻8号1037頁(百選71事件))
13. 所有権の制限 p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(2) その他の相隣関係に関する規定
権利・制限の内容
隣地
費用・損害の負担
建物築造などのため必要な範囲で隣地を使用 隣地所有者が損害を受けたときには
209
隣地の使
使用権
できる
用・通行
囲繞地
袋地所有者は公道にでるために囲繞地を通行 囲繞地所有者が損害を受けたときに 210-
通行権
できる
自然水流
妨害禁止
疎通
自然
工事権
水流
償金請求できる
条文
は償金請求できる
213
隣地から来る自然の水流を妨げてはならない
高地所有者は低地で水流がつまったときに疎
通工事を行うことができる
214
高地所有者の自費で工事する
215
他者の所有地で貯水・排水・引水施設が破損
予防工事
請求権
したため、土地所有者が損害を被った(ある 施設が設置された土地所有者が予防
いはそのおそれがある)場合、施設の修繕や 工事費を負担する
216
損害予防工事を請求できる
雨水注瀉
工作物の
水
・ 人工的
排水
水流変更
の制限
水
施設の
設置・
利用
農業・工業排水を流すため、低地に水を通過
使用権
堰の
設置権
堰の
使用権
境界標
境界上
工作物
ならない
めの低地
工作物の
設置権
囲障
設置権
させることができる
所有地内の水を通過させるため他の所有地に
ある工作物を使用できる
ても対岸に堰を付着することができる
竹木の
隣地の竹木の根が境界線をこえてきた場合、
截取権
土地所有者自ら截取できる
設置義務
建築・
工作物
掘削制限
注意義務
221
222①
222②
223・
224
建物所有者は隣接建物との間に囲障を設置で 隣接建物所有者と折半(227条も参
越境
付近の
償金請求できる
隣地所有者と折半
竹木所有者に剪除を請求できる
220
る
土地所有者は境界を示す物を設置できる
除請求権
目隠し
た利益の割合に応じて費用を負担す
合に応じて費用を負担する
きる
219②
他人の工作物を利用した者は、受け
は堰を使用できる
竹木の
境界線
221条が規定
対岸所有者が水流地の一部を所有するときに 堰を利用した者は、受けた利益の割
隣地の竹木の枝が境界線をこえてきた場合、
建築制限
低地にある通水施設の利用について
水流地の所有者は、対岸が他人の所有であっ 対岸所有者が損害を受けたときには
竹木の剪
界
219①
水流の両岸を所有している場合でも所有地を出るところで自然の水路に戻さなくては
高地所有者は、浸水地を乾かすため、生活・
通水用
通水
水流の対岸が他人の土地の場合、水流を勝手に変更できない
排水のた
通水権
境
218
禁止
流
排
雨水を直接隣地に流し込むような工作物を設置してはならない
照)
225・
226
竹木所有者
233①
土地所有者
233②
建物を築造するには境界線より50センチ以上距離をとらなくてはならない
234
境界線より1メートル未満のところにあって、
他人の宅地をのぞけるような窓・縁側を設置 窓等の設置者
235
した者は、目隠しをつけなくてはならない
土地の掘削に際しては、境界線から一定の距離をとらなくてはならない
土地の掘削にあたっては土砂の崩壊・汚水漏出などを防ぐため必要な注意をなさなけ
ればならない
237
238
13. 所有権の制限 p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
1. 用益物権
(1) 用益物権とは
用益物権:他人の物(ただし民法の規定するものは全て土地に限る)を、一定の範囲において使用・収益す
る物権。地上権、永小作権(えいこさくけん)、地役権(ちえきけん)、入会権(いりあいけん)の4種があ
る。
他人の土地を利用するには、この土地に関して賃貸借契約を結ぶという方法もある。ただしそこから生じる権利
は債権となる。
地上権
永小作権
地役権
入会権
条文
265∼269
270∼279
280∼293
263、294
目的
工作物又は竹木の所有
耕作又は牧畜
自己の土地の便益
山林原野などの共同利用
対価
地代は必須ではない
小作料は必須
対価は必須ではない
対価は必須ではない
(2) 地上権
地上権:他人の土地において工作物又は竹木を所有するためにその土地を使用する物権。土地所有者は、地
上権者が土地を利用することを認容する義務を負うが、修繕など積極的な行為をする義務を負わない。
cf. 賃貸借契約:賃貸人は、目的物を修繕し、賃借人が使える状態にする義務を負う(606)
✦ 地上権者が修繕請求権をもたない理由
• 目的物の利用価値についての支配権は所有権者から地上権者に移っていると考え、地上権者に所有権
者と同じような負担を課すこととしている。
区分地上権:地下又は空間に上下の範囲を定め工作物を所有するために設定された地上権(269条の2)。
• 範囲の定め方:「地表から10m以上」「地表を基準に下10mから40mの間」など
• 工作物の例:送電線、鉄道(高架・地下鉄)、水道管・ガス管、貯蔵施設など
(3) 永小作権
永小作権:小作料を支払って他人の土地で耕作又は牧畜をする物権。もっとも戦後の農地改革により、小作
農を自作農化する政策がすすめられたので、現在では小作関係はほとんど残っていないといわれる。
cf.農地法1条「この法律は、農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認めて、耕作者の農
地の取得を促進し、及びその権利を保護し、並びに土地の農業上の効率的な利用を図るためその利用関係を調整
し、もつて耕作者の地位の安定と農業生産力の増進とを図ることを目的とする。」
(参考・登記件数(平成17年))
種類
総数
土地に関する 件数
13,307,405
46,628,742
登記
個数
売買による
地上権
永小作権
賃借権
地役権
抵当権
根抵当権
1,580,441
5,368
11
4,220
17,223
888,829
254,436
2,898,772
10,252
28
7,615
31,308
1,922,641
669,912
所有権の移転
(単位・件)
(法務省・法務統計DB(http://www.moj.go.jp/TOUKEI/DB/index.html)による)
(4) 地役権
地役権:他人の土地(承役地)を自己の土地(要役地)の便益に供する物権。便益の例としては通行(cf.囲
繞地通行権)、眺望・日照・通風(甲地の眺望・日照・通風を確保することを目的として、乙地に高い
建物を建てないことを内容とする地役権を設定する)などがある。要役地の所有者は、承役地の所有者
がかわったとしても、(登記をしていれば)承役地の新所有者に対して地役権を主張することができる。
(5) 入会権
入会権:一定の村落(地域共同体)の住民が,一定の山林原野などにおいて,共同して収益(草木の採取な
ど)する慣習上の権利。講義資料05-2を参照。
13. 所有権の制限 p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Ex. 4 消費者契約法・特定商取引法(取引「弱者」保護ルール)
2007年7月11日講義予定
1. 取引弱者保護法制の必要性
(1) 民法の前提
民法の(暗黙の)前提としての自己決定・自己責任の原則:各当事者は、契約締結にあたって自由に自己決
定を行うことができるが、①自己決定に必要な情報を収集すること及び自己決定に必要な能力(情報の
分析能力、判断能力)を身につけることは、各自の責任とされており、②自己決定の結果については自
己責任を負わなければならない。
→当事者が一度締結した契約の効力は、ごく例外的な場合にしか否定されない
• 公序良俗違反が認められる例はごくわずか
• 錯誤は、動機の錯誤が原則として契約の無効を導かない
• 詐欺・強迫の成立要件は狭い(故意・違法性の必要性、第三者詐欺の成立要件の限定)
(2) 取引弱者の存在
現実社会における取引「弱者」の存在:しかし現実には、自己決定の前提が満たされないままに契約が締
結される場面も少なくない
• 自己決定をするために必要な情報が一方当事者に偏在している場合
複雑な取引形態であればもちろん、そうでなくても、取引商品の故障率、訴訟の場合の管轄裁判所
など、買い手の把握していない情報は少なくない。
• 一方当事者が自己決定をする能力(情報分析や判断をする能力)を有していない場合
仮に商品に関するあらゆる情報を提供されたとしても、工学・法学・経済と他領域にわたる情報を
全て分析し、判断材料とすることは組織内で分業でもしない限り不可能。
• そもそも「契約を締結しない」という自由をもたない場合
とりわけ衣食住に関わる事柄や、その前提となる収入(労働、借財)に関することについては、一
方の当事者は「契約を締結しない」という選択をすることができない状態におかれている。
• 冷静な判断を妨げる要因をもった取引
不意打ち的に取引を持ちかけられたり、メリットばかりが強調されたりすると、冷静かつ慎重な自
己決定ができなくなる。
→取引「弱者」を保護するルールの必要性:十分の情報を収集し、それを分析した上で自己決定できるもの
同士の契約という、理想的・理念的な状態で締結された契約を律する民法上の原則に対して、こうした
前提を欠く状況で締結せざるを得ない契約を律する特別法が必要となる
(3) 取引「弱者」保護の方法
• 契約締結にあたって一方当事者に他方当事者に対する情報提供を義務づける
• 不当な(不当である可能性をもつ)契約の効力を否定する
• 内容の不当性(cf. 適法性・社会的妥当性)を判断するに際して、通常よりも一方当事者に有利な基準
で判断し、契約の無効を導く
• 一方当事者による取消しや解除・解約の要件を緩和する
(4) 取引「弱者」保護のための特別法の例
• 利息制限法
相対的に立場の弱い借主を保護するために、金銭消費貸借契約の利率について、一定の限度を超え
た部分を無効とする
• 借地借家法
相対的に立場の弱い借主を保護するために、土地・建物の賃貸借契約(及び地上権設定契約)につ
いて、一定の契約条件を無効とする
• 労働基準法(その他労働者保護法)
相対的に立場の弱い被用者・労働者を保護するために、一定の労働条件を無効とする
• 消費者契約法・特定商取引に関する法律 → 以下で説明
Ex. 4 消費者契約法・特定商取引法(取引「弱者」保護ルール) p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
2. 消費者契約法
(1) 概要
制定・施行:平成12年制定・平成13年4月1日以降締結された「消費者契約」に適用
対象:消費者契約=消費者と事業者との間で締結される契約
• 消費者:個人をさす。ただし、事業として又は事業のために契約の当事者となる場合はのぞく
• 事業者:法人その他の団体(及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合の個人)
規制内容:
• 契約締結過程規制:重要事実の不実告知、不利益事実の不告知の他、民法上の詐欺・強迫の要件を緩
和した取消事由を定める(4条)
• 内容規制:無効となる契約条項のリスト、及び一般条項を定める(8∼10条)
正当化根拠:「消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ」(1条)ると、民
法の予定している「対等な当事者が自由に交渉する」という前提が構造的・類型的に崩れている。この
ため、自己責任の原則を貫徹できず、国家による介入(契約締結過程・契約内容の適正化)をより緩や
かな要件で行うことが正当化される。
事業者
消費者
• 取引内容(商品の品質、契約の仕組み)について質量
共に豊富な情報を持つ
• 取引内容について十分な情報を持っていない
• 契約相手たる事業者から情報を提供されることも多い
• 契約内容が有利かどうかを判断するために、多くの時
間・費用・労力をかけることができる
• 契約内容を判断するためにかけられる時間・費用・労
力は限られる
• 契約内容が不利であっても、生活必需品の購入など、
• 不利な契約を締結する必要はない
契約締結を余儀無くされる
(2) 契約締結過程規制
(a) 誤認類型
誤認類型:事業者が消費者を契約に勧誘するにあたって消費者の誤認を引き起こした場合(4条1項・2
項)、消費者は契約を取り消すことができる。民法上の制度として「詐欺」があるが、要件が緩和され
ている。
詐欺
当事者
故意
不実告知
断定的判断の提供
限定なし
二段
錯誤に陥れる故意
の
錯誤に基づき意思
故意
表示をさせる故意
不利益事実の不告知
事業者と消費者の契約
不利益を知りながら隠
故意不要
そうとする故意
誤認惹起行為
行為
内容
欺罔行為
(他人を欺罔して
錯誤に陥れる行為)
重要事項*について事実
と異なることを述べる
こと
契約目的物の将来にお
ける変動が不確実な事
項について確実である
かのように述べること
重要事項*(に関連する
事項)について、利益
となる旨を述べながら
不利益について述べず
におくこと
違法性
要
不要(但し、不実告知と不告知では重要事項*に限る)
因果
欺罔行為と錯誤の因果関係
誤認惹起行為(不実告知・断定的判断の提供・不告知)と誤認の因果関係
関係
錯誤と意思表示の因果関係
誤認と意思表示の因果関係
効果
当該契約が取り消しうるものとなる
*重要事項(消費者契約法4条4項):(1)当該契約の目的となる物・権利・サービスの質や内容、その対価等に関
わるものであり、かつ(2)当該契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすもの
Ex. 4 消費者契約法・特定商取引法(取引「弱者」保護ルール) p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Case1 誤認類型による契約の取消
Aは、B銀行で投資信託商品「アルファ・ファンド」を購入した。しかし、その後アルファ・ファンドの
基準価額は下がる一方であり、Aは損失を被った。AはB銀行の職員の説明に不備があったとして契約を取
り消したいと思っている。
①勧誘にあたってB銀行の職員は、「このファンドは今まで元本割れしたことがありません」と説明した
が、実はアルファ・ファンドは元本割れをしたことがあった。これは職員が元本割れしたことのない
ベータ・ファンドのデータとアルファ・ファンドのデータを取り違えたからであった。このとき、錯誤
に陥れる故意がないため民法上の詐欺にはあたらないが、消費者契約法上の誤認類型(不実告知)にあ
たる。Aは、契約を取り消すことが可能である。
②勧誘にあたってB銀行の職員は、「このファンドは、今成長中の会社の株に投資するものですから、値上
がりは確実です。年利に換算したら5%にはなりますから、定期預金よりお得ですよ」と説明した。値上
がりするかどうかという将来における変動が不確実な事項について確実であるかのように述べること
は、消費者契約法上の誤認類型(断定的判断の提供)にあたる。Aは、契約を取り消すことができる。
③勧誘にあたってB銀行の職員は、「このファンドは一年で5%をこえる値上がりをこの5年間で2回して
います」と説明した。しかし他方アルファ・ファンドは5%近い値下がりを5年間のうち3回していた。
利益となる情報を提供しながら、不利益について述べずにいる行為は、不利益事実の不告知として、消
費者契約法上の取消権を生じさせる。ただし、この場合にはB銀行に、不利益を知りながら隠そうとする
故意があったことが必要である。
(b) 困惑類型
困惑類型:事業者が消費者を契約に勧誘するにあたって消費者を困惑させた場合(4条3項)、消費者は契約
を取り消すことができる。民法上の制度として「強迫」があるが、要件が緩和されている。
強迫
当事者
故意
限定なし
二段
畏怖させる故意
の
畏怖に基づき意思表示
故意
をさせる故意
不退去
監禁
事業者と消費者の契約
故意不要
困惑惹起行為
行為
内容
強迫行為
(害悪を告知して
他人を畏怖させる行為)
消費者が求めているのに、事業者が
勧誘場所から立ち去らないこと
消費者が求めているのに、事業者が
消費者を勧誘場所から立ち去らせな
いこと
違法性
要
不要
因果
強迫と畏怖の因果関係
困惑惹起行為(不退去・監禁)と困惑の因果関係
関係
畏怖と意思表示の因果関係
困惑と意思表示の因果関係
効果
当該契約が取り消しうるものとなる
Ex. 4 消費者契約法・特定商取引法(取引「弱者」保護ルール) p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
Case2 困惑類型による契約の取消
①A宅をBが訪ねてきた。Bは幼児向けの教育玩具のカタログを示しながら、Aに購入するよう勧めた。一
通りの説明を聞いたところでAは「高額でもあるし、買う気はない。もう帰ってほしい」と言ったが、B
は「こんな商品もあるんです」と次々に商品を紹介しながら、長時間にわたって勧誘を続けた。Aは次第
に断るのも疲れてしまい、ついいくつかの商品を購入する契約をBと締結してしまった。この場合、消費
者であるAの求めにもかかわらず、Bが勧誘場所から立ち去らないことが不退去にあたり、消費者契約法
上の取消権発生の原因となる。
②Cが町を歩いていると、Dに「お肌が荒れていますね」と呼び止められた。CはDの勧誘に従い、Dの店舗
に赴き化粧品の販売勧誘を受けた。Cにはどれも高いもののように思えたので、Cは席を立とうとしたが
「まだ時間はあるでしょう」とDに何度も引き戻された。そうこうするうちに、多くの店員がCを取り囲
むようにして勧誘を始め、Cはますます席を立ちづらくなってしまった。とにかくこの場を早く立ち去り
たいと考えたCは、化粧品を購入する契約書に認印を押してしまった。この場合、席を立とうとすること
でCが立ち去りたいと求めているにもかかわらず、Dが勧誘場所から立ち去らせなかったことが監禁にあ
たり、消費者契約法上の取消権発生の原因となる。
(2) 内容規制
(a) 免責条項の無効
免責条項・責任軽減条項を定めることは、民法上直ちに無効となるものではないが、消費者契約法では以下
の表にあてはまる免責条項・責任軽減条項は無効とされる(8条1項)
• 免責条項:契約当事者が相手方に対して負う損害賠償責任をあらかじめ免除しておく条項。
• 責任軽減条項: 契約当事者が相手方に対して負う損害賠償責任の一部を免除し、軽減しておく条項。
全部免責
一部免責
債務不履行(契約違反)
不法行為
瑕疵担保
債務不履行に基づく損害賠償責任の
不法行為に基づく損害賠償責任の全
瑕疵担保に基づく損害賠償
全部免責
部免責
責任の全部免責
故意または重過失による債務不履行
故意または重過失による不法行為か
から生じる損害賠償責任の一部免責
ら生じる損害賠償責任の一部免責
(規定なし)
*但し、瑕疵担保については消費者契約法8条2項に例外が定められている
Case3 不当な免責条項の無効
①Aは、B運送会社に荷物の配達を頼んだ。しかし、途中Bの側の過失により、荷物が壊れてしまった。A
はBに、損害を賠償するよう求めたが、Bは「契約書には、Bはいかなる理由があっても損害賠償責任を
負わないと書いてある」として、賠償に応じようとしない。しかし、この条項は債務不履行ないし不法
行為から生じる損害賠償責任の全部を免責する条項であり、消費者契約法8条1項1号・3号により無効で
ある。従ってAは、Bに対して損害賠償を求めることができる。
②Aは、B運送会社に荷物の配達を頼んだ。しかし、途中Bの社員が荷物を持ち逃げしてしまった。AはB
に、荷物の時価相当額50万円を賠償するよう求めたが、Bは「契約書では、損害賠償額の上限を10万円
までとしている」として、賠償に応じようとしない。しかし、この条項は、故意に基づく債務不履行な
いし不法行為から生じる損害賠償責任も含めて、責任の一部を免責する(責任を軽減する)条項であ
り、 消費者契約法8条1項2号・4号により無効である。従ってAは、Bに対して、50万円の損害賠償を求
めることができる。
(b) 賠償額の予定・違約金条項の無効
債務不履行があった場合に備えて、賠償額を予定したり、違約金を定めたりすることは民法上直ちに無効と
なるものではないが、消費者契約法では、以下の表で示した限度を超える賠償額の予定・違約金の定め
は無効とされている(9条)。
Ex. 4 消費者契約法・特定商取引法(取引「弱者」保護ルール) p. 4
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
• 賠償額の予定:債務不履行があった場合に、一定の額を損害賠償として払うことを約する条項。実際
の損害がいくらであるかを証明せず(また実損額と違っていても)約束した額を損害賠償として請求
できる(民法420条1項)
• 違約金:債務不履行があった場合に一定額を支払うとの条項は「違約金条項」と呼ばれることがあ
る。通常は、損害賠償額の予定と同じ意味である(民法420条3項も参照)。しかし、損害賠償とは別
個に、債務不履行をした者が債権者に対して一定の金銭を支払うべきものとされることもある。
契約解除に伴う損害賠償額の予定
通常生じる損害額をこえる部分
金銭債務不履行の場合の遅延損害金
年14.6%(日歩4銭=1日当たり元金100円に対して利息4銭)をこえる部分
Case4 損害賠償額の予定・違約金条項の無効
①Aは、Bの経営する旅館に8月1日から宿泊するとの契約を締結し、代金を前払いした。しかし、その後都
合が悪くなってしまったので、6月30日にキャンセルの電話を入れた。するとBは、「お送りしたパンフ
レットには、1ヶ月前のキャンセルでは、宿泊代金の50%をキャンセル料としていただく旨書いてあるの
で、宿泊代の半額のみ返金します」と主張した。1か月前のキャンセルであれば、通常は、他の客の予約
を得ることで損害を回避できるといえるので、この違約金条項は「通常生じる損害額をこえる」ものと
いえ、こえる部分で無効となる。
②Cは、D社が所有する学生向けワンルームマンションを月5万円で借りている。その賃貸借契約書には、
「借主は毎月末日(銀行の最終営業日)までに、翌月分の家賃を指定された口座に振り込むものとしま
す。振込が遅れた場合、遅延損害金として1日につき1,000円を申し受けます」との文言があった。Cは
4月の月末が休日と土曜日にあたることを忘れており、5月分の家賃を5月6日になってようやく支払っ
た。DはCに対し遅延損害金として5,000円を請求した。しかし、この違約金条項は、5万円の元金に対し
て1日2%(=年730%!)もの遅延損害金をとるものである。消費者契約法上の上限は、一日あたり
0.04%(=20円。5日分でも100円)であり、これをこえる部分で、遅延損害金の定めは無効となる。
(c) 任意規定より消費者を不当に不利にする条項の無効
任意規定:「公の秩序に関しない規定」(民法91条)として、これと異なる当事者の定めをすることが許さ
れる規定。
法律の規定である以上、債権者と債務者のバランスに配慮した(その意味で一つの正義のあり方を体現し
ている)規定であるとともに、消費者としては特約を結ばなければ得られるものと期待してよい状態を
規定しているともいえる。
→そこで、消費者契約法10条は、次の場合に消費者契約の条項が無効となるとしている。
• 任意規定よりも消費者の不利になる場合で、かつ
• 信義誠実に反して消費者の利益を一方的に害する場合
信義誠実に反するか否かは、消費者の不利益を正当化するような特段の事情(代替的な救済策・代償が与えられ
ているかなど)があるかどうかによって判断する
Case5 任意規定より消費者を不当に不利にする条項の無効
Aは、B社が提供しているサービスを申し込んだ。これは毎月1日に、フランス産のワインが3本ずつ届け
られるというものであった。当初は毎月1日にワインが届いていたが、次第に到着が遅れるようになり、今
月はすでに5日になっているのにワインが届いていない。Aは、「3日以内にワインが届かないのであれ
ば、契約を解除したい」とBに申し入れた。するとBは、「契約書には顧客は契約を解除することができな
いと書いてある。受け取らないというならそちらの勝手だが、代金だけは支払ってもらうことになる」と
主張した。
しかし、民法541条(=任意規定)によれば、債権者は、債務者が債務の履行を遅滞しているときに
は、相当の期間を定めて履行を催告することによって、契約を解除する権利を取得すると定めている。本
件の契約条項は、この任意規定に反したものであり、しかも一方的に消費者に不利で、代替的な救済策を
講じてもいない。従ってAは、解除を妨げる契約条項は無効だとして、民法の規定に従い契約を解除するこ
とができる。
Ex. 4 消費者契約法・特定商取引法(取引「弱者」保護ルール) p. 5
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
1. 特定商取引に関する法律
(1) 概要
制定:昭和51年制定(当初は「訪問販売等に関する法律」)・平成12年改正で「特定商取引に関する法
律」と名称変更
対象:訪問販売、通信販売、電話勧誘販売、連鎖販売取引、特定継続的役務提供、及び業務提供誘引販売取
引の6つの取引類型
規制内容:
• 契約締結過程規制:重要事実の不告知・不実告知の禁止に基づく取消権を定めるほか、 業者名称・勧
誘目的の明示及び契約内容書面の交付について罰則をもって強制
• 内容規制:損害賠償額の予定について無効原因を定める。
• 無条件解約権(クーリングオフ):契約内容書面の交付から一定の期間中、顧客による無条件解約を
認める
(2) 規制内容
(a) 規制される類型
訪問販売
通信販売
電話勧誘販売
連鎖販売取引
特定継続的役
業務提供誘引
(2①)
(2②)
(2③)
(33)
務提供(41)
販売取引(51)
販売組織への
営業所外での
取引方法
(一例)
取引・営業所
外で呼び止め
政令指定6業
いて事業をし
織からの利益
種(エステ・
て利益をあげ
語学教室・家
られることを
ての営業所で
郵便・イン
事業者から顧
配当を組み合
の取引
ターネットな
客への電話に
わせた商品再
庭教師・学習
もって勧誘す
よる勧誘
販売
塾・パソコン
る商品販売
どでの申込み
教室・結婚相
訪問販売・
典型例
その商品を用
参加と販売組
キャッチセー
マルチ商法
手紹介)
内職商法
ルス
目的物の限定
限定あり
限定なし
業者名称・
勧誘目的等の
3
16
33の2
なし
51の2
5
19
37
42
55
21・
34・
44・
52・
取消権9の2
取消権24の2
取消権40の3
取消権49の2
取消権58の2
10
25
40の2③
49④
58の3
クーリング・
9
24
40
48
58
オフ*
(8日間)
(8日間)
(20日間)
(8日間)
(20日間)
明示
契約内容書面
の交付
不告知・
不実告知の
禁止
損害額の予定
の制限
備考
6・
なし
広告規制が主
中途解約権
中途解約権
40の2
49
*クーリング・オフの期間は法定書面の交付日から起算する。
またクーリングオフは、発信時に効力を発する(民法97条1項の例外)
参考:日本弁護士連合会『消費者法講義』(日本評論社・2004年)137頁
Ex. 4 消費者契約法・特定商取引法(取引「弱者」保護ルール) p. 6
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(b) この他の内容
①ネガティブ・オプションへの対応
• 売買契約に基づかないで送付された商品は、14日が経過すれば業者に返還しなくてよい(59)
②主務大臣(経済産業大臣)の行政指導
• 業者に対する指示や業務停止(7・8など)
③主務大臣への申出
• 特定商取引の公正及び購入者等の利益が害されるおそれがあるときに適切な措置を採るよう申し出ること
ができる(60)
• この申出に際して適切な指導・助言を行うための法人を設立する(61)
④顧客利益の保護を目的とした協会の設立
• 訪問販売協会(27)、通信販売協会(30)
⑤刑事罰
• 連鎖販売取引の勧誘に際する不実告知(34①→70Ⅰ(2年以下の懲役又は300万円以下の罰金)など)
(3) 規制の正当化根拠
特定商取引に関する法律における規制を正当化する根拠について、単純化して図解するとおおよそ次のよう
になる。
電話勧誘販売
訪問販売・キャッチセールス
不意打ち
事業者のペースでの勧誘
取引に入るという注意を
欠いたまま交渉に入る危険
名称・勧誘目的
の明示
顧客の冷静かつ慎重な
自己決定の阻害
顧客の十分な情報に基
づいた自己決定の阻害
クーリングオフ
契約内容が不明確・
理解不十分となる危険
法定書面の交付
メリットばかりが
強調されがち
不実告知・不告
知に対する規制
契約締結時には契約から
得られる利益が不明確で
ある一方で長期間の拘束
中途解約権
事業者からの
一方的な情報提供
広告規制
閉鎖的な場での契約締結
商品に関する情報を
事業者が独占
業務提供誘引販売取引
特定利益による誘引
実際にあっせんされる業
務を行うまで収益性はわ
からない
連鎖販売取引
特定利益による誘引
複雑な取引形態
実際販売を行うまで収益
性はわからない
取引自体がもつ危険
(ねずみ講類似)
特定継続的役務提供
受けてみなければ内容が
わからない/受け手の個
性によって異なる効果に
もかかわらず、利益が強
調されがち
通信販売
Ex. 4 消費者契約法・特定商取引法(取引「弱者」保護ルール) p. 7
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
14. まとめ
2007年7月13日講義予定
0. 定期試験等について
*ここに掲げた情報は、学生の便宜のために掲載するものであり、正確性を保証するものではない。必ず大学から
の掲示により情報を確認すること。
(1) 定期試験
日時:7月20日(金)14:30から
!
注
意
!
試験時間は4限であるが、試験期間中の時間割は通常の時間割とは開始時間が異なる。通常の4限
(15:00開始)にあわせて教室にきても、入室できない(遅刻は開始20分までしか認められない)。
教室:515教室 *普段の授業教室と異なるので注意すること
注意事項:履修要項に掲載の試験に関するルール(http://www.kyoto-su.ac.jp/campus/shiken.htmlにも掲
載されている)を遵守すること(とりわけ追試験の扱いについて)。
(2) 自主レポートの提出
第1回授業時のガイダンスで案内している通り、授業レポートは、試験前日まで提出を認める。このため、
試験前日の7月19日(木)にレポート提出用の臨時オフィスアワーを以下の要領で設ける。
・場所:4号館1階履修相談室
• 時間:13:15∼14:45
• 注意事項:この日の臨時オフィスアワーはレポートの提出を受け付けるのみで、添削は行わない。
*なお、これもガイダンスで案内している通り、レポートの提出は、1回につき1通とする。
(3) オフィスアワーについて
• 通常のオフィスアワーは、授業が終了する7月13日(金)の16:45∼17:30をもって最終とする。
• 上述の19日のオフィスアワーは、レポート提出のためだけの臨時のものである。
1.この講義で身に付けてもらうこと(再掲)
こうしたルールはどうして正しいのか、
なぜ存在するのか
このルールに問題点・
改正すべき点はないのか
ルールの正当性
存在理由
問題点
枠組みの名前=契約
要件
申込の意思表示と
承諾の意思表示が
合致すること
効果
契約で定めた通りの
権利・義務が発生する
ルールの枠組み
障害事由
(例外的に契約が成立しない場合)
典型的な事例
インターネットで広告を見ようとバナーをクリックしたら「入会ありがとう
ございました。あなたの個体識別記号はabcdefgです。入会金30,000円を
○○銀行 支店普通預金口座1234567にお振込ください。未払いの場合、上
記個体識別記号に基づき、1日当たり3,000円の延滞料を申し受けます。」と
表示された。30,000円+延滞料を払わないといけないだろうか。
実際の問題への
当てはめ
講義の中で取り扱った制度は、こうした枠組みにそって整理しながら、知識として身につけている必要があ
る。
14 まとめ p. 1
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
2. 本講義の対象範囲の概観
*以下の図は、本講義で扱った制度を簡略化した図で体系的に示したものである。全ての情報を網羅するものでは
ない(とりわけ要件­効果については触れていないものも多い。以下の図は、各自で上述の図で示した枠組みに
そった整理をするための手がかりとして提示するものと理解されたい)。さらに、試験問題を予告するものでは
なく、とりわけ図の中に現れていない用語も含めて授業で扱った全ての範囲が試験範囲であることをここに強調
しておく。
(1) 財産法の基本構造
(2) 「人」
14 まとめ p. 2
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(3) 「所有」
(4) 「契約」
14 まとめ p. 3
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料
(5) 「代理」
(6) 「時効」
2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料は以上である。
14 まとめ p. 4
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