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舞子ビラ事業のあり方に関する最終まとめ

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舞子ビラ事業のあり方に関する最終まとめ
舞子ビラ事業のあり方に関する最終まとめ
平成 24 年 2 月 10 日
舞子ビラ事業あり方検討委員会
目
次
頁
Ⅰ.中間まとめ以降の舞子ビラ事業を取り巻く状況・・・・・・・・・・・1
Ⅱ.事業継続が困難になった原因分析・・・・・・・・・・・・・・・・・3
Ⅲ.舞子ビラ事業の措置に関する検討・・・・・・・・・・・・・・・・・7
Ⅳ.まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14
【参考資料】
(資料1)ホテル収支予測の根拠資料
(資料2)用語説明
(資料3)開催要綱
(資料4)委員名簿
(資料5)舞子ビラ事業に関する検証調査報告書
舞子ビラ事業あり方検討委員会「最終まとめ」
平成 24 年 2 月 10 日
当委員会は、平成23年9月8日に舞子ビラ事業の今後のあり方について
「中間まとめ」を矢田神戸市長、神戸市民にご報告しました。「中間まとめ」
では、「第三セクター等の改革を抜本的に進める神戸市の姿勢を踏まえて検討
するものとし、(土地建物の売却処分等)神戸市民の将来負担・リスクがゼロ
となると考えられるあらゆる選択肢を排除しない。」ことを基本に、「神戸市
行財政の持続性の確保、神戸市民の将来負担・リスクの最小化を実現するため
の抜本的改革議論においては、従来の事業スキームの延長線上で漸次見直しを
対象とするのではなく、将来負担・リスクをなくす土地・建物の売却処分の選
択肢を基本に、売却処分の選択肢と比較検討するためいわゆる所有と経営を分
けた上下分離方式の検討を行う。上下分離方式の比較検討においては、売却処
分に比較して法的、政策的両面から経済合理性が認められるか、神戸市民の将
来負担・リスクの最小化が図られるか、公益性が相対的に高まるかなどについ
て検討する。その際に、過去の財政投入等の損失である、いわゆるサンク・コ
スト(埋没費用)を過大評価し、将来負担・リスクを過小評価することがあっ
てはならない」との考え方を示しました。
その後、当委員会は、神戸市の関係金融機関との協議状況の把握、舞子ビラ
のホテルとしての事業性の検証、そして舞子ビラ事業が継続困難となった原因
の検証等を進め、「中間まとめ」で提示した内容の再検討を行ってきたところ
です。この度、これらの検証結果が整理されたことから、これを踏まえた委員
会としての最終結論を得たところです。ここに、舞子ビラ事業の今後のあり方
の最終結論として、改めて矢田神戸市長、神戸市民に「最終まとめ」をご報告
申し上げます。
【Ⅰ.中間まとめ以降の舞子ビラ事業を取り巻く状況】
1.「中間まとめ」を受けた神戸市の基本方針
神戸市では、平成23年9月8日に当委員会が報告した「中間まとめ」を受
けて、「次の世代に負担を残さず、問題を先送りしないこと」を基本方針とし、
① 将来にわたる市民負担の最小化とリスクの回避
② 公共性・公益性の維持充実
③ 行財政改革の推進
④ 透明性の確保
の4つの観点から、「舞子ビラ事業は、信託解消後の事業形態について、あら
ゆる選択肢を排除せずゼロベースから検討するとともに、関係金融機関との協
- 1 -
議を進める」という方向性を打ち出した。
2.「中間まとめ」以降の舞子ビラ事業に対する議会審議
「中間まとめ」とそれを受けた「神戸市の基本方針」の打ち出し以降、市議
会においては、市がスピード感を持って今後の具体的対処の検討を行うことや、
本来信託銀行団が負うべき責任を神戸市が背負うこととなった原因を検証すべ
きという意見が出された。また、次の世代に負担を残さず、問題を先送りにし
ないという市の基本方針について、その解決にあたっては市民の合意と理解が
必要であるという意見等が出されている。
3.「中間まとめ」以降の関係金融機関の姿勢
市と関係金融機関との協議を通じて信託銀行団からは、「受託者の立場にお
いては、法令及び善管注意義務を遵守して信託事務を処理してきたものと認識
しており、また、貸付人の立場においても、いわゆる貸手責任が問題となる事
情はないものと認識している。土地信託事業全体の抜本的対応策についても、
土地信託契約の合意解除も選択肢の一つとして法令及び契約等を踏まえた協議
をさせていただきたいと考えており、仮に契約解除が選択される場合には、必
要に応じて受託者として信託不動産を売却すること等についても協力する。」
という意向が示されており、受託者または貸付人の負担を前提とした協議に応
じる姿勢はないという考えが市に示されている。
4.舞子ビラ事業に関係する最高裁判決
加えて「中間まとめ」以降、舞子ビラ事業に関連し損失補償契約と公有地信
託契約に関する2件の判決が最高裁で示された。その判決の重要なポイントは
以下のとおりである。
(1)安曇野菜園事件最高裁判決(平成 23 年 10 月 27 日)
①地方公共団体(安曇野市)が、第三セクターに融資した金融機関との間
に締結した損失補償契約には、法人に対する政府の財政援助の制限に関
する法律 3 条の類推適用はすべきでなく、損失補償契約の適法性及び有
効性は、当該契約の締結に係る公益上の必要性に関する地方公共団体の
執行機関の判断にその裁量権の範囲の逸脱又は濫用があったか否かによ
って決せられるべきと解するのが相当であると判断した。
②当該第三セクターは、原審の東京高裁判決後に清算手続きに移行し、同
社の債務のうち地方公共団体が損失の補償を約していた部分は、既に金
融機関に全額弁済されたことから、差止めの対象となる行為が行われる
ことはないと判断し、損失補償契約に基づく金融機関への公金支出の差
止を求める住民の訴えを不適法として却下した。
(2) 青野運動公苑土地信託事業に係る立替金請求事件最高裁判決(平成 23 年
11 月 17 日)
①本判決は、兵庫県の青野運動公苑土地信託事業において、受託者である
- 2 -
信託銀行が事業遂行のために自己の固有財産で負担した費用(約 79 億
円)の補償を兵庫県に請求した訴訟の上告審で、県側の上告を棄却し、
受託者の費用補償請求権を認める判断となり、兵庫県に対して全額支払
いを命じた大阪高裁判決が確定した。
②公有地の信託契約において、受益者に対する費用補償請求権を定めた旧
信託法 36 条 2 項が適用されると判断した。
(3)舞子ビラ事業及び関係金融機関との交渉への影響・留意事項
2つの最高裁判決により、第三セクターに融資した金融機関との間で地
方自治体が締結した損失補償契約は、公益上の必要性に関する地方自治体
執行機関の裁量権の範囲の逸脱又は濫用が認められない限り有効とされ、
損失補償契約で定められた内容で地方自治体が支払いを行っても基本的に
違法となることはなくなり、一方で地方自治体側は債務圧縮等の根拠を失
うこととなった。また、公有地信託事業において、受託者の受益者(委託
者)に対する費用補償請求権が認められた。以上から舞子ビラ事業及び関
係金融機関交渉への主な影響・留意事項を整理すると次の通りとなる。
舞子ビラ事業では、公有地の信託制度を活用し、平成 8 年 10 月 1 日に
信託銀行団と土地信託契約を締結し事業を開始し、その後、平成 15 年 4
月 1 日に神戸市と融資銀行との間で、信託銀行団の融資銀行からの借入れ
に関し、損失補償契約等を締結している。「中間まとめ」で既に指摘して
いる通り、神戸市が舞子ビラ事業の抜本的改革を図るためには、信託銀行
団との間で締結している信託契約の解消が不可欠であるが、融資銀行に対
する損失補償契約や信託銀行団に対する責任財産限定特約が締結されてい
ることを前提として、信託債務の神戸市による処理が必要となる。
この処理に関して、2つの最高裁判決が示されるまでは、損失補償契約、
費用補償請求権について法的に不安定な状況の中で、市代理人弁護士が信
託銀行及び融資銀行と交渉を行っていた。しかしながら、安曇野菜園判決
により、損失補償契約の有効性については原則として問題がないものと考
えられ、また、青野運動公苑判決により信託銀行等受託者の費用補償請求
についても認められたことから、損失補償の履行もしくは費用補償請求に
基づいた信託債務の処理が必要となった。
【Ⅱ.事業継続が困難になった原因分析】
「中間まとめ」を踏まえ、あり方検討委員会においては、舞子ビラ事業が継
続困難に至ったことについて、その法的責任の存否及び問題点の検討を弁護士
である乗鞍委員に指示し、その結果について委員会として評価を行った。なお、
事業継続が困難となった原因分析の詳細については、委員会参考資料「舞子ビ
ラ事業に関する検証調査報告書」を参照。
(1)原因分析結果要旨
- 3 -
①現状の舞子ビラ事業の問題点
神戸マリンホテルズ株式会社(以下「マリンホテルズ社」という。)の
収支状況は、平成 23 年 3 月期の決算において 3,348 百万円の債務超過の
状況にあるが、他方、信託会計については、信託借入残高が信託財産の時
価を大幅に上回っており、実質債務超過に陥っている状況である。
今後、信託会計を維持するに足りる賃料を収受できる可能性も不透明で
あり、継続事業価値の観点からも破綻に瀕していることは明らかである。
また、信託会計ないしは管理運営会社であるマリンホテルズ社が破綻し
た場合、神戸市は、信託借入金の精算やマリンホテルズ社に対する単年度
貸付の回収不能等による金銭的損失の発生が不可避の事態となっている。
②土地信託(公有地信託)の問題点
ア 信託債務の最終的な負担者
神戸市は、舞子ビラ事業を信託の枠組みで行うことについて、神戸市
議会の議決を経ているが、同市議会の総務財政委員会において、信託の
収支勘定に債務(ないしは清算未了の金員)が生じた場合は、これを神
戸市が負担するという認識を明確に示している。
青野事件(兵庫県土地信託事業)判決を先例として、舞子ビラ事業を判
断すると、信託銀行団が信託借入金等を融資銀行に固有財産で弁済し、
その弁済金相当額の補償請求を旧信託法第 36 条 2 項本文に基づき神戸
市に行ったとすれば、神戸市はその請求に応じなければならないという
法的判断が下される可能性は極めて高いものといわざるを得ないし、こ
のような結論は、信託契約締結後の事情に基づき導かれるものではなく、
契約締結時の信託契約の本質に基づくものと評価するべきである。
イ 損失補償契約、責任財産限定特約の意義
神戸市は補償請求に応じなければならない可能性が極めて高いため、
現時点において、本件の損失補償契約、責任限定特約の締結は、それ以
前と比較して、神戸市に不利となる行為であるということはできず、ま
た、神戸市の執行機関の判断にその裁量権の範囲の逸脱又はその濫用が
あったと断言できるような事情は見当たらず、損失補償契約締結等が妥
当ではなかったと結論付けることはできない。
③舞子ビラ事業運営のため土地信託制度を採用したことの妥当性
ア 土地信託制度を採用した理由に係る問題点
「民間の優れた企画力と経営能力」の活用という点について、舞子ビ
ラ事業において、信託銀行団の「優れた企画力と経営能力」が十分発揮
されていたことを示す具体的事情があったのかどうかは不明であり、ま
た、信託銀行団が、積極的にマリンホテルズ社の経営を指導していた事
情も窺われないし、信託銀行団がホテル経営の具体的なノウハウ等を有
しているとは考えられず、この理由には無理があったと考えざるを得な
い。
イ 本件土地信託制度における問題点
- 4 -
神戸市は、土地信託制度の採用により、民間の優れた企画力と経営能
力の活用が期待できるとして、受託者である信託銀行団に期待を抱いて
いた一方、信託銀行団は、マリンホテルズ社の経営に積極的に関与せず、
舞子ビラ事業を成功させるための協力体制が構築できていなかったこと
から、土地信託の仕組み自体に問題があったと思われる。また、信託銀
行団が作成・提出した事業収支計画が実質的に破綻したにもかかわらず、
信託報酬が発生し、支払われる仕組みも問題である。
土地信託制度を採用したものの、結果として多額の損失が生じてしま
った。
④管理運営上の問題点
ア マリンホテルズ社
開業当初の時期には、ホテルオペレーションを開始するに際して一定
の冗長性があったことは否定できないが、それは開業当初にホテルのオ
ペレーションを開始するに際して必要なものであったという余地もあり、
その後は、外部有識者の意見を採り入れ、経営改善を行い、複数の専門
家からは一定の評価をうけており、賃料設定に問題があったということ
が示されている。
また、施設運営に際し、専門家・経験者を雇用する等、第三セクター
として巷間言及されるような半官半民会社の非効率性というものが運営
に大きな影響を与えていたとは認めがたい。
以上のことから、マリンホテルズ社には、事業が当初計画どおり進ま
なかった責任を認めることはできない。
イ 神戸市
神戸市は、マリンホテルズ社のホテル運営について、組織統括や組織
間調整に有意な人材を派遣した点で一定の貢献が認められるが、具体的
なホテル運営について行った協力は消極的に評価されるべきとはいえる
ものの、そのことをもって、神戸市に法的責任を問うことはできない。
ウ 信託銀行団
信託契約において、受託者である信託銀行団は、運営会社に対して賃
貸人であるという地位を越えて格別の経営指導を行うべき義務は定めら
れていないので、マリンホテルズ社のホテル運営に対して積極的な関与
をしなかったことが、契約上明確に定められた義務の違反には該当する
とは言いがたい。
ただ、信託銀行団は舞子ビラの開業当初からマリンホテルズの経営が
苦戦を強いられている状況は認識していたにも関わらず、運営の改善指
導を行ったりすることについて積極的な姿勢を示さず、むしろ、神戸市
に対して、損失補償契約の締結を求める等、立場の保全に熱心であった
という評価が下されるべきことは否定できない。
⑤当初の事業収支計画の問題点
舞子ビラ事業が事実上破綻するに至った原因は、当初の賃料設定を含め
- 5 -
た事業収支計画にあったといわざるを得ないが、平成 8 年当時の景気動向、
旧舞子ビラの実績、明石海峡大橋の影響、公的宿泊施設の利用客数増加率、
近隣ホテルの料金等を検討したうえで地元の建替え要望や阪神淡路大震災
後の復興による観光需要の見込み等を考慮すると、その当時において、明
らかに不合理で善管注意義務違反があったとまでは言い切れないものと判
断する。
また、信託銀行団においては、神戸市が定めた事業収支計画の大枠に沿
った事業収支計画を提出しており、神戸市の事業収支計画が不合理であっ
たまではいえない以上、信託銀行団の事業収支計画についても同様に明ら
かに不合理とはいえない。加えて、事業収支計画作成、提出時は、未だ土
地信託契約上の受託者の地位を有しておらず、協議参加者として信義則上
の義務を負うに過ぎなかったことからして、信託銀行団に事業収支計画作
成・提出に関する法的な責任があったとは言いがたい。
したがって、神戸市及び信託銀行団に、結果的に破綻をきたした本件事
業収支計画を作成・提出したことに関する法的責任があるとまではいえな
いと考える。
⑥その他の問題点
ア 金利交換契約締結による損失発生
損失の発生について、神戸市がその責任を負担しなければならないと
考えるが、当時の事情や当該契約を締結した目的等を考慮すれば、当該
契約締結が執行者の善管注意義務違反を問いうる程度に不当なものであ
ったとまでは言えない。
イ 受託者たる地位と融資銀行たる地位を兼務することの問題
法的には利益相反行為に該当しないとしても、実態として委託者兼受
益者の利益を図るべき受託者たる地位と融資の回収を目的とする融資銀
行としての地位が相反することは明らかで、法的に問題はないとはいえ、
本件土地信託制度はそのような事実上の問題を内包していたと言わざる
を得ない。
ウ 融資銀行の貸し手責任の問題
神戸市、信託銀行団に事業収支計画作成についての法的な責任は認め
られないこと等からすれば、本件において貸し手責任の問題は発生しな
いと考える。
エ その他受託者としての責任
関係資料、関係者からのヒアリング結果から、受託者として課せられ
ている本件土地信託契約及び旧信託法上の各種義務(善管注意義務等)
に反するような事情は特段見当たらなかった。
⑦結論
神戸市、信託銀行団、融資銀行、マリンホテルズ社の関係者のいずれに
ついても、善管注意義務違反等の法的な責任は発生していないとの結論に
達した。
- 6 -
(2)検証結果に対する評価
当委員会として以上の法的な検証結果を踏まえ、政策的、制度的に特に留意
すべき点は以下のとおり。
公有地信託制度における信託銀行等の役割が単なる財産管理であるとすれば
それを前提とする政策判断が必要であり、事業展開への経営ノウハウ提供等の
機能とそれに伴う責任の所在を明らかにしていくことが必要となる。加えて、
制度としての公有地信託の意義について立法・政策の視点から再検討する必要
がある。
行政において、様々な計画を作成するにあたり、将来予測を行うことは当然
であるが、バブル経済の崩壊後も、わが国を取り巻く社会経済情勢は大きく、
しかも加速度的に変化している。そのような中で、官民を問わず、社会経済環
境の変化によって事業に生ずる危険性への予見可能性には限界がある。
したがって、行政、議会を問わず既存計画に過度に依存しその責任論等に終
始し、予見可能性を超えた環境変化への対処への機動性を低め、行政経営に対
する過度の制約が生じることのないよう努める必要がある。長期的計画等は機
動的経営実現のため、現実との乖離を認識し目的達成のための新たな選択を敏
速に行う手段である点を政策的に踏まえることが重要である。そのことが変動
期の経営責任を支える基盤ともなると考える。
【Ⅲ.舞子ビラ事業の措置に関する検討】
1. 手法の検討
「中間まとめ」の「第三セクター等の改革を抜本的に進める神戸市の姿勢を
踏まえて検討するものとし、(土地建物の売却処分等)神戸市民の将来負担・
リスクがゼロとなると考えられるあらゆる選択肢を排除しない。」ことを基本
に、「神戸市行財政の持続性の確保、神戸市民の将来負担・リスクの最小化を
実現するための抜本的改革議論においては、従来の事業スキームの延長線上で
漸次見直しを対象とするのではなく、将来負担・リスクをなくす土地・建物の
売却処分の選択肢を基本に、売却処分の選択肢と比較検討するためいわゆる所
有と経営を分けた上下分離方式の検討を行う。上下分離方式の比較検討におい
ては、売却処分に比較して法的、政策的両面から経済合理性が認められるか、
神戸市民の将来負担・リスクの最小化が図られるか、公益性が相対的に高まる
かなどについて検討する。」との整理に基づき、土地・建物の売却処分をはじ
め、神戸市民の将来負担・リスクが最小化すると考えられるあらゆる選択肢を
排除せず当委員会として検討を行った。
- 7 -
選択肢の比較
選択肢
内
容
売
①無条件売却方 条件を付与せず事業者に土地建物を売却する方式
式
却
②条件付売却方 一 定 期 間 の ホ テ ル 事 業 存 続 や 雇 用 維 持 等 の 条 件 を 付 与
式
し、事業者に売却する方式
③直営方式
市が土地建物を所有し、宿泊施設管理運営を担う方式
④指定管理方式
公の施設として認定し、指定管理者を運営事業者とす
る方式
所
⑤賃貸借方式
市が土地建物を所有し、普通財産として運営事業者に
賃貸する方式
有
⑥従来型 PFI 方 建設と管理運営を長期間、事業者に委ねる方式
式
⑦コンセション 市 が 土 地 建 物 を 所 有 し 、 施 設 運 営 権 を 事 業 者 に 設 定 す
方式(改正 PFI る方式
法)
2. 手法検討にあたり考慮すべき事項
(1)公有地の有効活用及び行政関与のあり方
神戸市の行財政改善懇談会における「公共関与のあり方、受益と負担の
あり方、公の施設の管理運営について」の報告(平成 16.1.30)において
は、「公共サービスに対する住民のニーズが複雑化・多様化する一方、経
済成長による税収の伸びが期待できない状況においては、効率的な税配分
を行うために、施策の一層の選択と集中が求められる。即ち、一定の基準
で個々の事務事業の位置づけを明らかにすることにより、①サービスに対
して行政が関与する範囲と、②行政が関与するサービスにどの程度税配分
を行うべきかの考え方を示すことが必要である。」としている。そして、
公共(行政)関与の必要性については、①法的な位置付け(実施の義務付
け)②サービスの非競合性③受益の不特定性④セーフティーネット⑤類似
サービスの不在⑥サービスの外部性の観点から行政関与の必要性を考える
べきであるとしている。
加えて、民間と競合する施設については、総務省から、「民間と競合す
る公的施設の改革について」(平成 12 年 6 月 9 日付自治事務次官通知)
において、国に準じて公的施設(会館、宿泊施設、会議場、健康増進施設、
総合保養施設、勤労者リフレッシュ施設その他これらに準ずる施設)の新
築、増築の禁止や、既存施設の廃止、民営化その他の合理化措置を行うよ
う通知がなされたほか、「地方公共団体における行政改革の更なる推進の
ための指針」(平成 18 年 8 月 31 日付総務事務次官通知)においても、公
共サービス改革の中で、住民に対するサービスの提供、その他の公共の利
益の増進に資する業務として行う必要のないもの、その実施を民間が担う
- 8 -
ことができるものについては、廃止、民営化、民間譲渡、民間委託等の措
置を講ずることが規定されている。
なお、当該地については、公の施設の位置づけを外し、従来のような市
が直接運営に関与するのではなく、民間活力導入の観点から土地信託制度
を採用し、公有地の有効活用を図るために導入した経緯がある。
(2)地域政策と公益性について
当該地は、昭和 34 年にオリエンタルホテル舞子ビラとして誕生した後、
昭和 41 年に神戸市が買収し、市民いこいの家として市民に長年親しまれ
てきた施設である。この事業に関し、当委員会は、「中間まとめ」で「舞
子ビラ事業は地域政策の観点から公益性を否定することは困難なものの本
来、排他性(料金負担をしない人へのサービス提供を排除すること)があ
り、競合性(民間でも提供できるサービス)が強い事業であることから財
政資金で担う純粋な公共財ではなく、極力、民間領域で担える仕組みを検
討すべきであること。そのことから、神戸市全体に対する現行スキームに
よる公益性は相対的に低いと言わざるを得ないこと。」と指摘している。
これを踏まえた上で、土地信託事業を採用する以前の施設は、市民いこ
いの家条例に基づき、神戸市民の福祉を増進する目的をもった施設として
スタートしており、公共の利益の増進に寄与する公益性を地方自治体とし
て神戸市が認めたもので、その判断は地方自治体執行機関の裁量権の範囲
内にあると当委員会では判断する。したがって、地域政策として一定の役
割を果たしてきたことは評価すべきであり、その役割の継続を当委員会と
して否定するものではない。
(3)不動産鑑定評価
本委員会の設置以前に神戸市が行った不動産鑑定によると、当該土地・
建物の評価に関し、現実の社会経済情勢の下で、合理的と考えられる条件
を満たすであろう市場価値を分析したところ、近隣地域の標準的使用及び
対象地の個別的要因に基づき、現況のままリゾート性を有する都市型ホテ
ルとして継続使用することが建物及びその敷地の最有効使用と判断されて
いる。但し、当委員会としては現時点におけるマリンホテルズ社の収益等
を前提とした事業性について精査すべき事項と判断しており、その検証を
行うこととする。
3. 手法分析及び評価
(1)直営方式
まず、直営方式に関しては、舞子ビラ事業の公益性判断が神戸市執行機
関の裁量範囲にあるとしても、神戸市が新たに自ら組織を構築し運営する
ことは行財政改革の推進の観点からも妥当性を持たず、当委員会として今
後のあり方の選択肢とすることは困難である。
- 9 -
(2)上下分離方式(所有と経営の分離)等の検討
「中間まとめ」において完全売却とともに検討すべきとした上下分離方
式としては、事業者を指定管理者として設定する指定管理者方式と長期間
の施設運営権を民間事業者に設定するコンセション方式がある。この両方
式の選択の前提として、神戸市が土地建物を所有し「公の施設」として認
定する必要がある。前節でも整理したように規制緩和や構造改革などを通
じ地方自治体の役割が見直されている時代のなかで、舞子ビラ施設のこれ
までの経緯等から改めて「公の施設」としての意味を持たせることを選択
するのは政策的に困難であるとの神戸市の判断があることを踏まえ、さら
に指定管理者制度は柔軟性に乏しいこと、コンセション方式は法令面も含
め我が国においてまだ十分な制度設計と環境整備が整っておらず本事業の
あり方の選択肢とすることについて実現性が極めて低いことなどから、両
方式については選択肢から除外した。
また、従来型 PFI 方式については、近年、新たな施設建設だけでなく維
持更新事業にも活用されておりひとつの選択肢となるものの、事前調査等
その発注プロセスの時間軸を踏まえると舞子ビラ事業の今後のあり方の選
択肢とすることについては困難と判断した。
(3)無条件売却
無条件売却については、不動産鑑定における評価として、現況のまま継
続使用することが経済合理性として最有効であると判断されているほか、
神戸市執行機関が本事業の公益性について裁量権の範囲内で認めているこ
となどからホテルとしての事業性が成立するのであれば、無条件売却の選
択肢は劣位の位置づけにあると判断した。
4. 事業性検証
以上の検討から舞子ビラ事業の今後のあり方としてまず選択肢となるの
は、「条件付き売却方式」及び「賃貸借方式」となる。両方式ともにその
選択に当たっては事業性が確保できるかが重要な要素となるため当委員会
として「中間まとめ」に際して踏まえた「平成 22 年 3 月 18 日付け、弁護
士法人神戸シティ法律事務所による神戸市舞子ビラ土地信託事業のあり方
に関するデューデリジェンス業務報告書」及び「平成 22 年 8 月 31 日付け、
有限会社エーエム・ワークスによるシーサイドホテル舞子ビラ神戸事業デ
ューデリジェンス報告書」に加え、神戸市に新たな事業性の検証の実施を
依頼し、その結果を踏まえ検討を行った。
なお、事業性の判断は、過去の投資の失敗等による元利返済により経常
利益が赤字で採算性に乏しいとされる場合でも、その担っている事業自体
の営業利益が黒字で確保されている場合、新たなビジネスモデルの展開が
- 10 -
可能であるか否かを基準とする。
(1)舞子ビラ事業に関するこれまで実施した事業性検証の概要
「中間まとめ」以降、神戸市に実施を依頼した新たな事業性検証を踏ま
えるに当たり、舞子ビラ事業に関するこれまで実施した事業性検証の概要
についてまず以下のように整理した。
① 土地信託事業の検証(平成 21 年度)
平成 21 年 6 月に「第三セクター等の抜本的改革の推進に関する指針」
が示されたことを踏まえ、舞子ビラ事業の今後のあり方に関して、経営改
善の方策を検討するため実施したものである。
検討にあたり、神戸市は、融資銀行に対して損失補償契約を締結すると
ともに、マリンホテルズ社に対する短期貸付金を有するため、検討にあた
っては、神戸市の負担が最小となるスキームの選択が必要とされた。
舞子ビラ事業全体としては、収益は維持していることから、事業として
は存続可能であることを前提として、清算売却をはじめ抜本的なスキーム
変更を含むシナリオを策定した。このうち、清算売却シナリオは、舞子ビ
ラの土地建物資産を喪失するほか、市の負担額が最も大きいと想定され、
また、信託継続シナリオは、信託解除シナリオより市の負担額がより大き
くなる手法であり、合理的な選択ではないとされた。
この点、信託スキーム解除シナリオは、市の負担額がより小さくなる方
法であり、かつ舞子ビラ施設が市の財産として残存することから、手法と
しては相応な合理性があるとされた。
また、市のマリンホテルズ社に対する貸付金の回収可能性を含めて考え
るか否かは検討の余地があるとされ、マリンホテルズ社を継続させること
で短期貸付金の回収を図ることも考えられる一方、マリンホテルズ社と第
三者との自由競争のなかで短期貸付金の回収と市が取得する賃料収入等を
勘案した実質収入を重視して、これらがもっとも多額となる可能性のある
事業者を選定することも検討すべき選択肢であるとされた。
今後は、舞子ビラ事業のあり方について慎重に方針決定が行われたのち、
信託銀行団並びに融資銀行などの利害関係者と協議がなされなければなら
ないが、その際は、損失補償に関する有効性の判断を含め、市民に対する
アカウンタビリティに留意することが肝要だとされた。
② ホテル事業の検証(平成 22 年度)
舞子ビラ事業を運営しているマリンホテルズ社の経営等に関して検証を
行ったものである。検証結果としては、運営面において商圏の更なる拡大
や施設商品力の強化など改善すべき点は多少あるものの、昨今の厳しい市
場環境の中においても運営上の競争力は一定のレベルを堅持し、運営の難
しい多機能型ホテルとしては GOP レベルにおいて比較的良好な水準を維
持しており、ホテルオペレーターとしての運営能力は比較的高いと評価さ
- 11 -
れている。それにもかかわらず債務超過が続いている最大の要因は、賃料
が重すぎることにあると判断されている。
賃料支払によってホテルが産み出すキャッシュフローが枯渇し、施設商
品力を維持・改善するための再投資に向ける資金が不足し、経年劣化によ
る施設商品力の低下及びマーケティング力が低下し、「競争力の低下⇒業
績の低下⇒債務超過の拡大⇒運営予算の削減⇒競争力の低下」という負の
スパイラルに陥りつつあると推察されている。
ま た 、 当 該 ホ テ ル は 、 CAPEX(修 繕 投 資 ) に つ い て 、 オ ー ナ ー で あ る
信託銀行団が管理執行し、施設商品力維持・改善再投資については、賃借
人であるマリンホテルズの責任範疇となっている。信託銀行団の資金確保
を優先した賃料設定が成されているため、後者の再投資にほとんど資金が
割けない状態となっている。
ホテル経営者としてはホテル事業収益の最大化を目的として、投資配分
を決定してゆくのが本来の姿であり、賃借人であるマリンホテルズが再投
資配分について主導権を持ち、ホテルの運営が産み出すキャッシュフロー
から適切な再投資資金と適切な利益を確保した上で、オーナーに対する賃
料を支払うスキームとすることが望ましいと考える。そのため、オーナー
側にもホテル事業の専門的知識を持つアセットマネージャー機能を付与す
ることが必要との提案を受けた。
(2) 今回行った舞子ビラ事業の事業性検証(ホテル収支予測)
「中間まとめ」以降、神戸市に実施を依頼した新たな事業性検証の内容
は以下のとおりである。
① 実施主体 ジョーンズ ラング ラサール株式会社
② 実施方法
・ 方法の概要
シーサイドホテル舞子ビラ神戸に関して、過年度におけるホテル事
業の運営実績を分析したうえで簡易収支予測を行い、現状維持シナ
リオと収支改善シナリオの 2 つのシナリオを設定し、当該ホテルの
第三者ホテルオペレーターへの賃貸可能性又は売却可能性について、
検証を実施した。
③検証結果
過年度におけるホテル事業の運営実績を分析したうえで、以下の2つの
シナリオを設定した上で事業性の検証を行った。
ア 現状維持シナリオ
今後のホテル運営において現状の運営継続を前提とし、設備投資に
ついても施設劣化を補填するための必要最低限の投資に留める。
イ 収支改善シナリオ
ホテルの集客力を急速に向上させることを目的として、大規模設備
投資を実施してグレードアップを図ると同時に、ホテルサービス水準
- 12 -
を維持させながら、運営コストの削減等自助努力を積極的に行う等運
営を効率化させる。
ウ ホテル簡易収支予測
いずれのシナリオでも、一定の売上げを確保するとともに事業自体
の営業利益は黒字が確保される結果となった。
安定稼動年(5 年目)における主要運営指標の比較
シナリオ
現状維持
客室稼働率
収支改善
77%
77%
10,000 円
10,500 円
7,700 円
8,085 円
356,500 人
356,500 人
一般宴会件数
3,000 件
3,000 件
婚礼宴会件数
340 組
400 組
ホテル総売上
3,855,183 千円
4,136,338 千円
785,364 千円
901,262 千円
20.4%
21.8%
530,503 千円
618,868 千円
ADR
RevPer
レストラン利用人
数
GOP
利益率
年間支払可能賃料
エ 売却及び賃貸借の検討
①売却方式
ホテル売却価格の試算
シナリオ
現状維持
収支改善
3,040,000 千円
3,590,000 千円
割引率
8.5%
8.5%
最終還元利回り
9.0%
9.0%
想定売却価格
・売却価格の試算方法は収益還元法のうち DCF 法による。
ホテル収支予測をもとに試算すると、売却が成立する可能性はあるが、
2008 年以降、世界的にホテル取引が低調に推移する中、日本国内の取
引においても低迷期が続いており、特に流動性の低いフルサービスホテ
ルの売買事例は近年少ない。
また、投資家の期待利回りは、ホテルの立地、ブランド、施設グレー
ドのみならず、契約形態、テナント信用力等幅広い要素の影響を受けて
おり、本ホテルと同条件の類似取引事例は希少である。
投資家のホテル投資意欲はありながらも、売り手の想定売却価格が未
だ高水準に留まっており、売り手と買い手の価格目線に乖離があること
から、売買が成立しにくい状況が続いている。
係る状況下、戦略立地から外れる立地のフルサービスホテル取得に積
極的に動く投資家は少なく、売却実現に向けては、売却のための条件の
検討が期待される。
- 13 -
そのため、緻密な事前準備に基づいた売却活動(マーケティング活
動)を行うほか、投資家向けの資料開示・質疑応答体制の整備や売却後
のホテル雇用条件の柔軟化、中長期的な再開発可能性(ホテル以外の用
途)の容認などの条件を整備することが求められる。
②賃貸借方式
第三者ホテルオペレーターへの賃貸可能性について検討したところ、
本ホテルは、フルサービスホテルとしては比較的高い水準の利益が期待
できることから、ホテルオペレーターによっては、興味を示す可能性は
ある。ただ、既存の賃貸借契約に定められている年間固定賃料 9.6 億円
をホテル収支から恒常的に捻出することは実質困難と考える。
賃貸借契約を前提として、第三者オペレーターを募る場合、国内の一
般的なホテルオペレーターが支払い可能とする最大賃料は、概ね年間5
~6億円と見込まれる。
なお、本ホテルのような大型のフルサービスホテルの運営ノウハウを
十分に備えるオペレーターの数は、ビジネスホテルのオペレーターに比
べると圧倒的に少なく、またフルサービスホテルにおいては、(相対的に
運営リスクの高い)賃貸借契約でのホテル出店を志向するオペレーター
も少ない等、オペレーター候補者となり得るホテルオペレーターの絶対
数が国内外には少ないため、高水準の固定賃料を支払って運営にあたる
適当なホテルオペレーターを見つけることは比較的難しいと思料される。
そのため、変動賃料を組み入れることや現オペレーター変更時の神戸
市による資本的支出の拠出及び継続的利用などの条件を整備することを
検討されるべきと考える。
【Ⅳ.まとめ】
舞子ビラ事業のあり方について、神戸市からの求めに応じ、聖域なくゼロベ
ースからの検討を進めてきた。当委員会として、以下の内容を神戸市に対する
意見としてとりまとめる。
1.舞子ビラ事業の信託スキームを早急に解消すること
(1)神戸市の対処
「中間まとめ」において、舞子ビラ事業の今後のあり方を検討するにあ
たり、まず現在の信託スキームを早急に解消しなければ、舞子ビラ事業の
今後のあり方を検討し描くことはできないとしていた。
平成 23 年度今期のマリンホテルズ社の見通しは、売上高で 3,681 百万円、
営業粗利益では 599 百万円となっており、現状を踏まえると、平成 24 年
度中に信託会計の資金が枯渇する可能性がある。一方、三セク等の抜本的
- 14 -
改革等に関する総務省指針(平成 21 年 6 月)により、神戸市からマリンホテ
ルズ社に対する短期貸付の継続が困難となっている。そのような中で現状
の同社に追加融資することは、財政課題を発生させる可能性があり、貸付
が困難なことはもとより、現状債務超過である同社においては、民間金融
機関等からの資金調達の見通しも立たない状況である。
このような舞子ビラ事業を取り巻く状況を勘案すると、神戸市民の将来
負担・リスクを最小限にするためには信託スキームの早急な解消が必要不
可欠と考える。また、すでに整理したように安曇野菜園判決により、損失
補償契約の有効性については問題がないものと考えられ、青野運動公苑判
決により信託銀行等受託者の費用補償請求についても認められた。したが
って、現行制度のもとにおける信託債務等の処理については、神戸市が締
結している損失補償契約に基づいた損失補償の履行及び費用補償請求に基
づく費用補償の履行に法的な問題はないと考えられる。
債務の処理に必要な財源について、三セク債による調達ができないこ
とから、一時的に多額の支払いが生じるが、将来に負担を残さず、問題を
先送りにしないために必要な措置として、市に対して所要の財源措置を求
める。
今後、神戸市においては、市民の将来負担・リスクの最小化及び、市民サ
ービスの提供の観点から、円滑な事業移行を行う必要がある。信託銀行団
や融資銀行に対しても、神戸市が行う取り組みを理解し、市民サービスに
支障をきたさぬよう適切な対応を求める。なお、信託銀行団や融資銀行が
理解を示さず、遅々として協議が進まない状況が見られる場合は、必要に
応じて法的手続きを利用するなどして解決を図る必要がある。
(2)制度的問題
信託制度については 1980 年代以降、民間活用の公有地信託制度をはじ
め、官民連携のパートナーシップとして民間化政策が展開されてきた。そ
の仕組みの充実が不可欠であるが、あくまで基本は民による官の補完にあ
る。
現行制度に対する法的判断は最高裁判決によって示されているものの、
政策的検討、制度設計の面から公有地信託制度がその意味で民が官にいか
なる機能を提供し、補完する仕組みなのか改めて再検討する必要がある。
公有地信託制度における信託銀行等の役割が単なる財産管理であるとすれ
ばそれを前提とする政策判断が必要であり、事業展開への経営ノウハウ提
供等の機能とそれに伴う責任の所在を明らかにしていくことが必要となる。
また、信託銀行の一部が信託事業における受託者としての地位と信託事
業に関する融資銀行としての地位を兼ねていることなどの根本的課題が存
在していることも指摘せざるを得ない。
- 15 -
2.今後のあり方としての選択肢
舞子ビラ事業について、将来負担・リスクの最小化を図るためには、一定
期間のホテル事業存続等の条件を付与し売却処分する選択肢を優先して、賃
貸借方式も選択肢に含め、幅広く事業提案を募る。
(1)舞子ビラの措置
「中間まとめ」以降、さらに行った検討結果から一定期間のホテル事業存続
等の条件を付与し売却処分する選択肢を優先して進め、神戸市民の将来負担・
リ ス ク の 最 小 化 を 図 る 必 要 が あ る 。 但し 、 今 回 実 施 し た 事 業 性 検 証 に お い て
2008 年以降、世界的にホテル取引が低調に推移する中、日本国内のホテル取
引においても低迷期が続いており、特に舞子ビラのような流動性の低いフルサ
ービス型の売買事例は近年少なく、また国内外の経営環境が不安定なこともあ
り、市場の低迷期が続いていることが指摘されている。このため、条件付き売
却方式に加え賃貸借方式も踏まえて進めていく必要がある。
なお、賃貸借方式に関しても、フルサービスのホテルを運営する事業者の数
は、ビジネスホテルなどを運営する事業者に比べて少なく、高水準の固定賃料
を支払って運営に当たる民間事業者等を見つけることの困難性は排除できない。
従って、その実現に向けては、施設の再投資リスクを勘案した弾力性のある賃
料設定や現在の運営ノウハウを引き継ぐことが可能な形での事業譲渡の手法な
ど、既存の手法にとらわれず、幅広く提案を受け、適切な手法を選択できるよ
うな仕組みを検討した上で、最終的にはマリンホテルズ社からの貸付金回収も
含めて、神戸市にとって最も有利な選択を行うべきである。
さらに、適宜、適切な情報開示により、関心を持つ民間事業者を増やすこと
も必要であるとともに、透明性のある手続きを通じて、事業の責任分担を明確
化することも留意する必要がある。
(2)マリンホテルズ社
マリンホテルズ社に関しては、外郭団体経営検討委員会からは、「神戸市内
に民間ホテルが数多く立地する中、なぜ第三セクターによるホテル経営が必要
か神戸市民にとってわかりにくい面があり、今後どこまで行政が関与するのか
を明確にする必要がある」との指摘もあり、取り巻く社会情勢の変化も踏まえ
ると、今日、第三セクターとしての意義はなくなっていると言わざるを得ない。
一方で今回の事業性検証でもホテル運営能力としては平均以上のレベルとの
評価を受けており、マリンホテルズ社は基本的には宿泊・宴会施設の運営を業
務として長年実績を有していた会社であることは評価できる。現在の取り巻く
厳しい状況を勘案すると、神戸市からの短期貸付金の継続は困難であり、より
一層厳しい経営環境になることはやむを得ないが、これまでの経緯・評価に加
え、事業の市場価値・市民サービスの継続などを考えると、引き続き、新しい
事業形態に移行するまでの間は、少なくとも現在のマリンホテルズ社が運営を
継続することに必然性はある。
- 16 -
おわりに
当委員会は、舞子ビラ事業のあり方について採算性・事業性の面から検証し、
事業継続が困難となった原因分析を同時に行いました。今後、少子高齢化やグ
ローバル化が進む中で神戸市の行財政への制約は強まらざるを得ず、過去から
堆積した負の資産の積極的整理は、市民の将来の負担の最小化・リスクの回避
に向けて必要不可欠と考えます。
当委員会は、主に事業を単位とした経営の視点から検証しました。今後、本
事業の負の資産の積極的な整理と同時に、本事業を地域政策の面から如何に位
置づけるか市執行機関、議会そして市民を通じて開かれた政策議論を展開する
必要があります。その際に、「あれもこれも」、「あったらいいな」の従来型
の視点ではなく、より良い地域社会の形成に向けた創造的な政策議論が展開さ
れることを強く望みます。
- 17 -
【当委員会の審議経過】
第1回
平成23年
6月14日
舞子ビラ事業の現状等
第2回
平成23年
7月12日
利用者ヒアリング、舞子ビラ事業の現状等
第3回
平成23年
8月30日
専門家ヒアリング、金融機関との交渉現状
報告、中間まとめに向けた論点整理等
第4回
平成23年
9月
中間まとめ
第5回
平成23年10月28日
舞子ビラ事業の再生の可能性に関する選択
肢等
第6回
平成24年
最終まとめに向けた論点整理等
2月
8日
3日
- 18 -
参考資料添付
(資料1)
ホテル収支予測の根拠資料
■ シーサイドホテル舞子ビラ神戸 ホテル事業収支予測
【現状維持シナリオ】
主要運営指標
客室稼働率
ADR(円)
RevPAR(円)
レストラン利用人数(人)
一般宴会件数(件)
婚礼宴会件数(件)
ホテル事業収支
ホテル総売上
GOP
利益率
NOI
利益率
本ホテルNCF
利益率
2009/3期
予測
2010/3期
予測
2011/3期
予測
72.0%
10,809
7,783
357,050
2,953
516
72.7%
9,816
7,138
338,247
2,759
405
74.3%
9,016
6,699
331,214
2,802
354
4,146,974
891,072
21.5%
3,684,411
599,996
16.3%
2009/3期
予測
2010/3期
予測
2011/3期
予測
72.0%
10,809
7,783
357,050
2,953
516
72.7%
9,816
7,138
338,247
2,759
405
74.3%
9,016
6,699
331,214
2,802
354
4,146,974
891,072
21.5%
3,684,411
599,996
16.3%
2012/3期
予測
87.0%
8,200
7,134
371,300
2,900
340
Year1
予測
77.0%
9,400
7,238
356,500
2,950
340
Year2
予測
77.0%
9,600
7,392
356,500
3,000
340
Year3
予測
77.0%
9,800
7,546
356,500
3,000
340
77.0%
10,000
7,700
356,500
3,000
340
77.0%
10,000
7,700
356,500
3,000
340
3,474,567 3,684,670 3,731,510 3,805,301 3,830,242 3,855,183 3,855,183
571,208
654,052
702,697
750,002
767,683
785,364
785,364
16.4%
17.8%
18.8%
19.7%
20.0%
20.4%
20.4%
313,022
354,636
370,309
385,982
385,982
8.4%
9.3%
9.7%
10.0%
10.0%
204,315
245,929
261,602
277,275
277,275
5.5%
6.5%
6.8%
7.2%
7.2%
【収支改善シナリオ】
主要運営指標
客室稼働率
ADR(円)
RevPAR(円)
レストラン利用人数(人)
一般宴会件数(件)
婚礼宴会件数(件)
ホテル事業収支
ホテル総売上
GOP
利益率
NOI
利益率
本ホテルNCF
利益率
(金額単位:千円)
Year4
Year5
予測
予測
2012/3期
予測
87.0%
8,200
7,134
371,300
2,900
340
Year1
予測
77.0%
9,400
7,238
356,500
2,950
340
Year2
予測
77.0%
10,100
7,777
356,500
3,000
360
Year3
予測
77.0%
10,300
7,931
356,500
3,000
380
(金額単位:千円)
Year4
Year5
予測
予測
77.0%
10,500
8,085
356,500
3,000
400
77.0%
10,500
8,085
356,500
3,000
400
3,474,567 3,684,670 3,731,510 3,991,163 4,063,751 4,136,338 4,136,338
571,208
654,052
702,697
844,685
872,974
901,262
901,262
16.4%
17.8%
18.8%
21.2%
21.5%
21.8%
21.8%
313,022
436,208
459,811
483,414
483,414
8.4%
10.9%
11.3%
11.7%
11.7%
-273,685
327,501
351,104
374,707
374,707
-7.3%
8.2%
8.6%
9.1%
9.1%
■ オペレーターの賃料負担力
【現状維持シナリオ】
ホテル総売上
GOP
リース料
租税公課
保険料
FFE&リザーブ
賃借料控除前NOI
賃借料
賃借人NOI
2009/3期 2010/3期 2011/3期 2012/3期
予測
予測
予測
予測
4,146,974 3,684,411 3,474,567 3,684,670
891,072
599,996
571,208
654,052
14,247
16,420
17,613
18,678
25,766
24,862
11,888
6,485
8,468
7,749
7,152
7,078
842,590
784,984
57,606
550,964
578,822
-27,858
534,555
904,731
-370,176
621,811
538,800
83,011
年間支払可能賃料
賃貸借面積(㎡)
賃貸借面積(坪)
月坪賃料(円/月)
Year1
予測
3,731,510
702,697
18,915
6,485
7,078
111,945
558,273
465,228
93,046
Year2
予測
3,805,301
750,002
19,289
6,485
7,078
114,159
602,991
502,492
100,498
Year3
予測
3,830,242
767,683
19,416
6,485
7,078
114,907
619,797
516,497
103,299
465,228
44,484
13,456
2,881
502,492
44,484
13,456
3,112
516,497
44,484
13,456
3,199
Year1
予測
3,731,510
702,697
18,915
6,485
7,078
111,945
558,273
465,228
93,046
Year2
予測
3,991,163
844,685
20,232
6,485
7,078
119,735
691,155
575,963
115,193
Year3
予測
4,063,751
872,974
20,600
6,485
7,078
121,913
716,899
597,416
119,483
465,228
44,484
13,456
2,881
575,963
44,484
13,456
3,567
597,416
44,484
13,456
3,700
【収支改善シナリオ】
ホテル総売上
GOP
リース料
租税公課
保険料
FFE&リザーブ
賃借料控除前NOI
賃借料
賃借人NOI
2009/3期 2010/3期 2011/3期 2012/3期
予測
予測
予測
予測
4,146,974 3,684,411 3,474,567 3,684,670
891,072
599,996
571,208
654,052
14,247
16,420
17,613
18,678
25,766
24,862
11,888
6,485
8,468
7,749
7,152
7,078
842,590
784,984
57,606
550,964
578,822
-27,858
534,555
904,731
-370,176
621,811
538,800
83,011
年間支払可能賃料
賃貸借面積(㎡)
賃貸借面積(坪)
月坪賃料(円/月)
【略語の説明】
ADR: 平均客室単価(Average Daily Rate)
FF&E: 家具什器備品(Funiture, Fixture & Equipment)
GOP: ホテル運営総利益(Gross Operating Profit)
(金額単位:千円)
Year4
Year5
予測
予測
3,855,183 3,855,183
785,364
785,364
19,542
19,542
6,485
6,485
7,078
7,078
115,655
115,655
636,603
636,603
530,503
530,503
106,101
106,101
530,503
44,484
13,456
3,285
530,503
44,484
13,456
3,285
(金額単位:千円)
Year4
Year5
予測
予測
4,136,338 4,136,338
901,262
901,262
20,968
20,968
6,485
6,485
7,078
7,078
124,090
124,090
742,642
742,642
618,868
618,868
123,774
123,774
618,868
44,484
13,456
3,833
618,868
44,484
13,456
3,833
NCF: 純キャッシュフロー(Net Cash Flow)
NOI: 営業純収益(Net Operating Income)
RevPAR: 1日1室当り客室収入(Revenue Per Available Room)
- 19 -
(資料2)
用語説明
・土地信託
○土地の有効活用の手法。土地のオーナー(委託者・受益権者)が信託銀行(受託
者)等に土地を信託して信託受益を得る方式。
土地の所有権は受託者に移転し、信託期間終了後委託者に戻る。受託者は資金を
調達して建物等を建設し、テナントの募集、建物の維持管理、事業運営を行い、
事業収入から諸経費、信託報酬等を差引いた残りを信託配当として受益権者が受
取る。
・損失補償
○舞子ビラ事業における損失補償
信託団が、金融機関から受けた融資の全額又は一部が返済不能となって、当該金
融機関が損失を被った場合に、神戸市が信託団に代わって当該金融機関に対し損
失を補償する。
・責任財産限定特約条項
○受託者が信託事業について委託者に対して負う金銭債務の引当となる受託者の資
産が信託財産に限定される旨の契約条項。
・ホテル売上高営業粗利益(GOP)
○売上から原材料費や営業にかかる販売費、一般管理費を差引いた利益
利益率(%)=(売上-(原材料費+販管費))÷売上
・DCF法
○対象不動産を一定期間保有し、その後売却することを前提として、保有期間(収
益期間)の純収益の現在価値の総和と保有期間終了後の転売価格等の現在価値を
加算して、対象不動産の収益価格を試算する鑑定評価手法。
・ADR(Avenue Daily Rate)
○販売客室当たりの1室単価。
・RevPER(Revenue Per Available Room)
○総客室(販売可能)当たりの1室単価。
- 20 -
(資料3)
舞子ビラ事業あり方検討委員会開催要綱
平成23年6月1日
市民参画推進局長決定
(趣旨)
第1条
舞子ビラ事業について、今後の方向性を検討するため、専門的な見地から幅
広く意見を求めることを目的として、舞子ビラ事業あり方検討委員会(以下「委員
会」という。)を開催する。
(委員)
第2条
委員会に参加する委員は、外部の有識者及び学識経験者から、市長が委嘱
する。
2 委員の任期は、平成24年3月31日までとする。ただし、必要がある場合は延
長できるものとする。
(委員長の指名等)
第3条
市民参画推進局長は、委員の中から委員長を指名する。
2 委員長は、会の進行をつかさどる。
3 市民参画推進局長は、委員長に事故あるとき、又は、委員長が欠けたときは、前
項の職務を代行する者を指名する。
(委員会の公開)
第4条 委員会は、これを公開とする。ただし、次のいずれかに該当する場合で、市民
参画推進局長が公開しないと決めたときは、この限りでない。
(1)神戸市情報公開条例(平成13年神戸市条例第29条)第10条各号に該当すると認
められる情報について意見交換を行う場合。
(2)委員会を公開することにより公正かつ円滑な委員会の進行が著しく損なわれる
と認められる場合。
2
委員会の傍聴に関して必要な事項は、市民参画推進局長が別に定める。
(補則)
第5条
この要綱に定めるもののほか、委員会の開催に関し必要な事項は、市民参画
推進局市民生活部長が定める。
附 則
この要綱は、平成23年6月1日から実施する。
- 21 -
(資料4)
「舞子ビラ事業あり方検討委員会」委員名簿
(50音順、敬称略、◎は委員長)
岡村
修
公認会計士・税理士
高橋
一夫
流通科学大学サービス産業学部教授
乗鞍
良彦
弁護士
◎宮脇
淳
北海道大学公共政策大学院長・教授
- 22 -
(資料5)
舞子ビラ事業に関する検証調査報告書
平成 24 年 1 月 31 日
弁護士
乗鞍
良彦
第1
調査の概要
1
調査の趣旨
神戸市の外郭団体たる神戸マリンホテルズ株式会社(以下「マリンホテルズ」とい
う。)が管理運営する舞子ビラ事業のあり方を検討してきた舞子ビラ事業あり方検討
委員会(以下「あり方検討委員会」ということがある。)は、平成 23 年 9 月 8 日に「舞
子ビラ事業のあり方に関する中間まとめ」を発表したが、そこでは、舞子ビラ事業、
特に公有地信託方式を利用した事業が事実上破綻している状態にあるとの認識のもと
に、「神戸市として早急に信託スキームの解消に取り組むことが、神戸市民の将来負
担・リスクを最小化することになるといえる。但し、神戸市と信託銀行、融資各行間
の信託スキーム解消にあたっては、神戸市民の将来負担・リスクを最小化するために、
神戸市自身の責任はもちろんのこと、信託銀行団に対しては信託受託者としての責任
を、また融資行に対しては貸手金融機関としての責任を明確化するよう求める努力を
徹底して行う必要がある。また、そもそも、信託銀行団の一部が信託事業における受
託者としての地位と信託事業に関する融資行としての地位を兼ねていること、一部融
資行との間で金利スワップ契約が締結されていることについても問題なしとしない。
したがって、神戸市は、信託銀行団及び融資行各行との間で、現時点での契約を踏ま
え、神戸市自身の責任検証に加え、かかる信託スキームの形成過程並びに金融機関に
よる一連の行為が信託受託者たる金融機関として、かつあるいはまたは、事業の融資
金融機関として、社会的、法的に適切なものであったか否かについて、神戸市民に対
して明確な説明責任の履行を求めたうえで、最終的に信託債務等の負担処理について
神戸市民が納得しうる合理的な案を検討し、当事者間の協議並びに第三者機関を利用
するなどして信託銀行団及び融資行各行との間での適切な解決をはかるべきである。」
との提言をするとともに、あり方検討委員会は、かかる当事者・関係者それぞれの法
的責任の存否及び問題点の検討を委員会の構成員である小職に下命し、小職がこれら
の事項につき、調査・検討を行うこととなった。
本報告は、これらの事項に関する小職の調査・検討結果をあり方検討委員会に報告
するものである。
1
2
調査の対象、調査方法
(1) 前記のとおり、本報告における調査・検討は、
「舞子ビラ」事業の事業開始準備段
階から現在に至るまでの経緯を調査した上で、舞子ビラ事業に関する当事者・関係
者である信託契約の委託者兼受益者たる神戸市、同受託者たる金融機関、融資銀行、
運営会社それぞれの法的責任の存否及び問題点を検討することを対象としたもので
ある。
(2) 小職は、兵庫県弁護士会所属弁護士白川哲朗及び同中山高に補助を依頼し、両名
とともに上記の点について調査・検討を進めてきたが、今般、そのとりまとめを行
うことができるに至ったので、本報告書を提出する次第である。
(3) 調査にあたっては、主に、神戸市、運営会社その他の関係者・団体から提出を受
けた書面及び関係者に対して行ったヒアリングの聴取結果を資料とした。
これら資料のうち主なものは、別紙添付資料一覧表記載のとおりであるが、書面
資料について、作成名義や作成日付及び内容の正確性(当該各書面の作成当時の作
成者の認識が正確に記載されていること)を判断することは時間的な制約から困難
であったため、その判断は加えないまま、調査・検討の資料としている。
また、関係者からのヒアリングで聴取した資料事項についても、ヒアリングにお
いて格別に反対尋問的な質問を実施したものではなく、また、聴取事項の詳細に渉
るまで裏付資料の提出等を求めたものでもなく、その聴取内容の正確性について検
証することは現実的には極めて困難であったので、これらの聴取事項もヒアリング
対象者の現在の記憶、認識が率直に開陳されていることを前提として検討を進める
こととした。
同様に、舞子ビラ事業やそのホテル運営に関して、従前に、弁護士、公認会計士
その他専門的知見を有する者が調査・検討の上で作成した意見書、鑑定書等につい
ても、これら各書面における専門的意見の当否について検証を行うことはせず、各
意見の妥当性、正当性を前提として調査、検討を進めるものとした。
このように、本報告は、各種資料の正確性・真実性等については、これを当然の
前提として進めた調査・検討の結果であることをお断りしておく。
第2
1
現状の舞子ビラ事業の問題点
土地信託に基づく舞子ビラ事業の概要
(1) 舞子ビラ事業の概要は、①神戸市が、その所有に係る別紙第 1 物件目録記載の各
土地(以下、各土地を合わせて「本件信託土地」という。)及び別紙第 2 物件目録記
載1の建物(以下「旧別館」という。)を、「信託」を原因として信託銀行団(現在
でいうと、中央三井アセット信託銀行株式会社、中央三井信託銀行株式会社及び三
菱UFJ信託銀行株式会社の三つの信託銀行)に所有権を移転する、②信託銀行団
2
は、融資行(現在でいうと、株式会社三井住友銀行、三菱UFJ信託銀行株式会社、
中央三井信託銀行株式会社及び株式会社日本政策投資銀行の四つの銀行)からの融
資によって調達した資金をもって、本件信託土地上に存在していた建物(以前の本
館)を取り壊したうえで、別紙第 2 物件目録記載 1 の建物の附属建物符号 1 の車庫
及び符号 2 の建物(以下、この建物を「新本館」という。)を建設し、旧別館を同目
録記載 1 の「主である建物」のように増改築(以下、増改築後の建物を「新別館」
という。)する、③信託銀行団は、新本館、新別館及び車庫等のホテル設備をマリン
ホテルズに賃貸し、マリンホテルズは賃借した設備においてホテル業を営み、信託
銀行団に賃料を支払う、④信託銀行団はマリンホテルズから支払われた賃料から信
託報酬を受領し、融資行からの借入金の元本及び利息等を返済したうえ、神戸市に
対し、信託配当を行う、というものである(以下、この枠組みの事業を「本件土地
信託事業」または「舞子ビラ事業」という。)。
(2) 本件信託土地には、従前、客室 95 室(本館 28 室、新館 67 室)の宿泊施設があり、
「神戸市いこいの家舞子ビラ条例」に基づき公の施設(舞子ビラ)として、昭和 45
年 10 月 16 日より、宿泊・結婚式を中心とした事業が行われていた。
しかし、上記の本館(以前の本館)の老朽化が進む一方で、明石海峡大橋の建設、
舞子駅前再開発事業等が推進されていたため、その関連事業として神戸市は本館を
解体して新しいホテル施設を建設することを計画し、昭和 62 年頃より検討が進めら
れていたが、平成 7 年 1 月の阪神淡路大震災により、計画は中断することとなった。
しかし、利用需要が多く建替え要望が強いこと、収支(利益)の見込める施設で
あること等の判断から、建設計画全体が撤回されることなく、震災を踏まえ施設規
模・内容・財源措置・事業手法など当初計画全体の見直しを行って建設計画を進め
ることとなった。そして、当初計画の見直しにより、神戸市の直営宿泊施設として
の計画は白紙とされ、土地信託を利用して舞子ビラ事業を進めることになったもの
である。
その結果、平成 8 年 10 月 1 日、神戸市を「委託者兼受益者」、旧さくら信託銀行
(現中央三井アセット信託銀行)を代表とする信託銀行団を「受託者」とする土地
信託契約(以下「本件信託契約」といい、本件信託契約に係る契約書を「本件信託
契約書」という。)が締結され、舞子ビラ事業が開始された。
なお、土地信託に基づく舞子ビラ事業を開始するに際しては、事前に神戸市や信
託銀行団においてその事業収支計画を検討・作成しており、当該事業収支計画が舞
子ビラ事業の基礎となっていたものである。
2
現在の問題点について
舞子ビラでのホテル事業は、準備期間を経て、平成 10 年 9 月 13 日の舞子ビラグラ
ンドオープンにより実働開始することになるが、マリンホテルズの営業収支状況は思
3
わしくなく、平成 23 年 3 月期の決算においては 3,348 百万円の欠損を抱え、債務超過
の状況にある。
他方、舞子ビラ事業における信託会計については、①信託借入の残高がホテル施設
等を含む信託財産の時価を大幅に上回っており、事実上、債務超過に陥っていること、
②これまで当初の事業収支計画において想定されていた賃料を下回る額の賃料しか収
受できず、また、今後も信託会計を維持するに足りる賃料を収受できる可能性も不透
明であって、継続事業価値の観点からも破綻に瀕していることは明らかである。
そして、舞子ビラ事業ないしは管理運営会社であるマリンホテルズが破綻した場合、
神戸市は、本件土地信託上の信託借入の精算(平成 23 年 12 月時点で残高 10,229 百万
円)やマリンホテルズに対する単年度貸付(平成 23 年度貸付額 2,600 百万円)の回収
不能等による金銭的損失を受けることが不可避の事態となっている。
第3
事実経緯
神戸市から提出された資料や関係者からのヒアリング結果に基づき判明した舞子ビ
ラ事業の事実経緯の概要は、以下のとおりである。
・昭和 41 年 11 月
神戸市が、オリエンタルホテル株式会社により運営されていた「オリエンタルホテ
ル舞子ビラ」を買収した。
・昭和 45 年 10 月
鉄筋コンクリート 5 階建てに改築し、「市民いこいの家舞子ビラ」として運営が開
始された。なお、「市民いこいの家舞子ビラ」は公の施設であり、神戸市民生活協同
組合(以下「市民生協」という。)が管理運営受託団体として実際の管理運営を行う
こととなった。
また、昭和 45 年 10 月制定の「神戸市いこいの家舞子ビラ条例」によると、舞子ビ
ラは、市民のいこいのため及び教養文化の向上を図るために設置(第 1 条)されたも
のであり、その事業として以下の内容が規定されている(第 3 条)。
① 教養文化の向上のための催しに施設を利用させること
② 諸会合、宿泊及び結婚式のために施設を利用させること
③ 青少年の健全な育成を図るために施設を利用させること
④ 上記①~③に掲げるもののほか、舞子ビラの目的を達成するために必要な事業
・昭和 52 年 6 月
神戸協同興業株式会社(現マリンホテルズ)の設立。なお、同社は神戸タワーサイ
ドホテルの前身である神戸みなと会館(昭和 45 年 4 月オープン)の運営を市民生協か
ら引き継ぐため、市民生協を中心に神戸市の関係団体が出資して設立されたもので、
昭和 52 年 6 月から平成 14 年 3 月まで神戸タワーサイドホテルの運営を行うとともに、
4
平成 8 年 10 月から現在に至るまで舞子ビラの運営を行っている。なお、「神戸協同興
業株式会社」は、平成 9 年 4 月 1 日に「神戸マリンホテルズ株式会社」に商号を変更
している。
・昭和 61 年 5 月
地方自治法改正により、普通地方公共団体は、当該普通地方公共団体を受益者とす
る場合に限り、議会の議決によって普通財産である土地を信託することができること
になった。
なお、自治省第 61 号各都道府県知事・指定都市市長あて自治事務次官通知によると、
公有地について信託を行おうとする場合、その計画の概要、収支見通し等参考となる
資料を添えて事前に自治省行政局行政課長宛に連絡することが求められていた。
・平成 5 年
第 3 次神戸市総合基本計画(マスタープラン)
【資料 1】により、舞子ビラ本館建替
計画(構想では、当時の本館のある場所に新本館を建設。宿泊室だけでなく、健康文
化施設も設け、多くの市民の方々が憩い集える施設となるよう計画され、平成 6 年度
着工、同 9 年度開設を予定。敷地面積約 33,000 ㎡、延床面積約 30,000 ㎡。)が検討さ
れていた。
・平成 7 年 1 月
阪神淡路大震災発生。震災当日が舞子ビラ本館建替工事の入札日であったが、震災
により延期となった。
・平成 8 年 1 月
神戸市が旧自治省に対して、舞子ビラ事業に関して公有地信託を採用することにつ
いての事前聴取事項【資料 2-1】を報告。事前聴取事項項目、すなわち報告事項の項
目は、以下のとおりである。
1
信託の受託者および選定方法
2
信託しようとする理由
3
信託目的
4
信託される土地の概要
5
信託期間
6
信託財産の管理及び処分に関する事項
7
収支計画
8
資金計画
9
当該信託に係る債務負担行為の内容
10
信託受託者が信託財産に係る契約を締結する場合の契約方法
11
信託による建物を神戸市が使用する場合の権利関係
12
信託報酬及び信託配当に関する事項(支払い期間・支払い方法など)
5
13
信託の受託者の行う報告に関する事項
14
信託契約の変更及び解除に関する事項
15
信託終了の際の最終計算およびその報告並びに信託財産の交付に関する事項
なお、この事項に関しては、報告書中に「借入金債務、その他の債務が残存
するときは、債務の期限の如何にかかわらずその債務の弁済に充当するための
資金として、受託者は信託財産に属する金銭によりその資金を支弁して留保し、
さらに不足あるときは神戸市がその資金を受託者に預託するものとする。ただ
し、債権者の同意を得て、神戸市が借入金債務その他の債務を継承し、受託者
の責を免れしめることを妨げないものとする。」との記載がある。
・平成 8 年 2 月 16 日
神戸市いこいの家舞子ビラ新本館建設事業提案競技募集要項【資料 3】に基づき説
明会が開催され、旧さくら信託銀行(現中央三井アセット信託銀行)、住友信託銀行、
旧大和銀行(現りそな銀行)、旧東洋信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)、旧日本信託
銀行(現三菱UFJ信託銀行)、旧三井信託銀行(現中央三井アセット信託銀行)、旧
三菱信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)、旧安田信託銀行(現みずほ信託銀行)の 8
社が参加したが、結局、さくら信託銀行(代表者)、三井信託銀行、東洋信託銀行の 3
社のグループと安田信託銀行らのグループの合計2グループが応募することになっ
た。
また、提案競技の条件概要は以下のとおりである。
・提案競技の対象:開発の基本構想、施設計画、事業計画(資金計画、収支計画、
管理運営計画)。
・計画条件として、提案競技の中に、宿泊施設(客室 200 室程度、最大収容人員
500 人程度)、宴会施設(1,000 人程度の立食可能でかつ分割活用ができる仕様)、
婚礼施設、レストラン施設を含めること。
・管理運営会社は、株主会社方式とし、現存の神戸市関連会社を活用して平成 9
年度を目処に設立する。
・提案競技受託決定者は、管理運営会社の経営に参画すること。
・平成 8 年 4 月 26 日
神戸市いこいの家舞子ビラ新本館建設事業提案競技審査委員会より神戸市長宛に、
「神戸市いこいの家舞子ビラ新本館建設事業提案競技の審査に関する答申」【資料 4】
が提出され、さくら信託銀行を代表者とするグループの案【資料 5】が、
「提案条件の
満足度や資金計画、収支計画、管理運営計画等の面で優れ、また、全体的にみて、よ
り熟度の高い計画となっている」と評価され、選考順位第 1 位とされた。
・平成 8 年 5 月 2 日
さくら信託銀行、三井信託銀行、東洋信託銀行を共同受託者(代表受託者はさくら
6
信託銀行)とすることが内部決定された。
・平成 8 年 9 月 18 日
神戸市議会の総務財政委員会において、当時の市民局長より、舞子ビラ新本館建設
等を土地信託方式で実施することについて、信託終了時の最終的な事業の収支、債務
が残った場合の神戸市の負担、舞子ビラの経常収支等の答弁がなされた【資料 6】。
・平成 8 年 9 月 24 日
舞子ビラ事業のため本件信託土地を信託することが、神戸市議会において可決され
た【資料 7】。
・平成 8 年 10 月 1 日
神戸市とさくら信託銀行、三井信託銀行、東洋信託銀行(信託銀行団)との間で、
舞子ビラ事業に関する土地信託契約,すなわち本件信託契約が締結された【資料 8】。
なお、契約内容の概要は以下のとおりである。
・信託期間
30 年(第 3 条)
・代表受託者をさくら信託銀行とする(第 4 条 1 項)。
・信託建物の賃貸料の設定は神戸市と信託銀行団が協議して決定する(第 11 条 2 項、
3 項)。
・契約締結から信託建物竣工の日までの企画立案等に対する信託報酬を金 230 百万円
(消費税別途)とする(第 20 条 1 項)。
・信託建物竣工後の信託財産の管理・運用に対する信託報酬を信託不動産賃貸料収入
(駐車場収入含む)の 2.5%相当額(消費税別途)とする(第 20 条 2 項)。
・受託者(信託銀行団)は、信託不動産の大規模な修繕等の費用に充当するため、準
備金及び積立金を信託の純利益から積み立てることができるものとする(第 21 条)。
・委託者(神戸市)は、契約を解除しようとするときは、あらかじめ受託者(信託銀
行団)と協議する(第 32 条1項)。
・信託の終了時に借入金債務、その他債務が残存する場合、この処理方法について神
戸市と協議のうえ処理する(第 34 条 2 項 3 号)。
・平成 8 年 10 月 1 日
信託銀行団が融資銀行(日本政策投資銀行、三井住友銀行、三井信託銀行、東洋信
託銀行)より総額 15,860 百万円の信託借入を行った。
内訳は次のとおりである。
日本政策投資銀行
借入額 3,000 百万円
固定金利(年 2.4%)
三井住友銀行
借入額 5,787 百万円
固定金利(市場金利+0.4%)
三井信託銀行
借入額 5,787 百万円
変動金利(長期プライムレート-0.6%)
東洋信託銀行
借入額 1,286 百万円
変動金利(長期プライムレート-0.6%)
・平成 9 年 4 月 1 日
7
神戸協同興業株式会社が神戸マリンホテルズ株式会社に商号変更。なお、同社の資
本金増資状況は【資料 9】参照。
・平成 10 年 4 月
さくら銀行は、マリンホテルズに対して事業資金融資を行っていたところ、同銀行
が神戸市に対して、神戸市がマリンホテルズの経営を指導する旨を明らかにした書面
(いわゆる「経営指導念書」)の提出を要請し、神戸市は同書面を提出した。
なお、
【資料 10】によると、少なくとも、さくら銀行の上記要請は平成 10 年 4 月 22
日、平成 12 年 6 月 20 日、平成 13 年 12 月 27 日の 3 回行われ、神戸市からは平成 10
年 4 月 27 日、平成 14 年 1 月7日の 2 回「経営指導念書」が提出されている。
・平成 10 年 8 月 28 日
信託銀行団とマリンホテルズとの間で舞子ビラに関する建物賃貸借契約締結【資料
11】。なお、月額賃料合計 103 百万円、年額 1,237 百万円(消費税別途)とされていた。
・平成 10 年 9 月 13 日
舞子ビラ開業(グランドオープン)。
・平成 12 年 3 月 23 日
信託銀行団とマリンホテルズとの間で賃料減額の覚書締結【資料 12】。
・平成 13 年
神戸市内部において、マリンホテルズに対する神戸市からの支援策等の検討がなさ
れていた。すなわち、信託期間の延長、信託契約の解約、マリンホテルズに対する増
資、貸付等の方策が検討されていた。
・平成 13 年 11 月 13 日
信託銀行団が神戸市に対して、信託期間の延長は不可、信託契約解除の場合の処理
についての回答を行った【資料 13】。
・平成 13 年 12 月 31 日
マリンホテルズに対する新規銀行融資が打ち切りとなった。
なお、平成 13 年度当時においては、三井住友銀行、中央三井信託銀行が総額 101
百万円の融資を行っていた。
・平成 14 年 1 月
マリンホテルズが外部機関(経営コンサルティング会社等)に依頼した同社の経営
実態、経営改善策等の調査の結果報告がなされた。
また、神戸市が弁護士に依頼した本件土地信託事業に関する法律関係およびマリン
ホテルズの再建手法等についての調査の結果報告がなされた。
・平成 14 年 4 月 1 日
神戸市、信託銀行団、融資銀行(借主:信託銀行団またはマリンホテルズ)との間
で、舞子ビラ事業の今後の取組方針に関する覚書が締結された【資料 14】。
8
主たる内容は、神戸市がマリンホテルズに対して平成 14 年度に 1,800 百万円の融資
すること、マリンホテルズの経営の黒字化を前提条件として、信託期間の延長、借入
期間の延長、各借入について神戸市が損失補償をする方向で協議すること等について
の確認である。
その後、神戸市内部においても、本件土地信託事業について、解消も含めた検討が
なされていたが、結局、平成 15 年 2 月頃には信託期間を延長して本件土地信託事業を
継続させるとの方針が決められるに至った。
・平成 15 年 3 月 20 日
神戸市の平成 15 年度一般会計予算において、債務負担行為として「舞子ビラ土地信
託事業損失補償」(13,545 百万円及び利息相当額)が可決された【資料 15】。
・平成 15 年 3 月 31 日
神戸市、信託銀行団、融資銀行との間で平成 14 年 4 月 1 日付け覚書を失効させるこ
と、その後のスキーム変更を定めた覚書が作成された【資料 16】。
・平成 15 年 4 月 1 日
神戸市と信託銀行団との間で土地信託変更契約締結。主たる内容としては、①信託
期間を 45 年間に延長、②責任財産限定特約、③信託契約終了時において受託者が負担
する債務は神戸市に帰属すること等が合意された【資料 17】。
神戸市、信託銀行団、融資銀行(中央三井信託銀行、三井住友銀行、UFJ信託銀
行)との間で、信託銀行団の信託借入金について、神戸市が損失補償する旨の合意が
された【資料 18】。
信託銀行団とマリンホテルズとの間で、賃料減額、賃貸期間延長等に関する建物賃
貸借変更契約が締結された【資料 19】。
・平成 15 年 10 月 15 日
信託銀行団が三井住友銀行との間で、信託借入金(融資銀行は中央三井信託銀行、
UFJ信託銀行)のうち変動金利部分 3,000 百万円について、固定金利と交換する旨
の金利交換契約を締結した【資料 20】。期間は平成 16 年 9 月 30 日から平成 23 年 9 月
30 日、支払金利は 2.29%(固定)とされたが、取引終了時においては、金利交換契約
を締結しなかった場合と比較して 248 百万円の利息負担が増える結果となった。
上記金利交換契約締結に際して、神戸市と信託銀行団との間で、上記金利交換契約
による責任は神戸市に帰属する旨の合意がされている【資料 21、22】。
・平成 16 年 8 月 20 日
神戸市と信託銀行団との間で土地信託変更契約が締結された。なお、内容は、有料
老人ホームサン舞子マンションの再整備のため、本件信託土地のうち 522 平方メート
ルを信託対象から除外するというものである【資料 23】。
・平成 20 年 3 月 31 日
9
神戸市と信託銀行団との間で概ね下記内容の覚書が締結された【資料 24】。
① マリンホテルズの未払賃料の確認。
② 賃料減額の実施。
③ マリンホテルズが長期収支計画を策定し信託銀行団に提示すること。
④ 神戸市はマリンホテルズに対する貸付等の支援、長期収支計画策定への協力を
実施するため所要予算の確保について最大限の努力をすること。
⑤ 場合によっては、信託契約解除を含む抜本的対応策の協議を開始すること。
・平成 21 年 3 月 31 日
神戸市と信託銀行団との間で、信託契約解除を含む抜本的対応策の協議を開始して
いること等についての覚書が締結された【資料 25】。
・平成 22 年 2 月 25 日
神戸市と信託銀行団との間で、平成 21 年度分のマリンホテルズの賃料のうち、新型
インフルエンザの影響に対する特別措置として 207 百万円(消費税別途)を減額する
こと、委託者指図型信託への切替えや信託解除等の抜本的対応策について平成 22 年度
中の合意及び実施を目指し、引き続き協議する旨の覚書が締結された【資料 26】。
・平成 22 年 3 月 31 日
神戸市と信託銀行団との間で、マリンホテルズの賃料減額等に関する覚書が締結さ
れた【資料 27】。
・平成 23 年 6 月 14 日
神戸市外郭団体経営検討委員会等の審議・提言、調査等を踏まえた上、神戸市の外
郭団体であるマリンホテルズを含む舞子ビラ事業のあり方を検討する「舞子ビラ事業
あり方検討委員会」の第 1 回委員会が開催された。
・平成 23 年 6 月 15 日
神戸市の依頼を受けた弁護士により、信託銀行団との間で舞子ビラ事業に関する信
託契約の解除等についての協議が開始された。
・平成 23 年 9 月 8 日
あり方検討委員会より、
「 舞子ビラ事業のあり方に関する中間まとめ」が発表された。
・平成 23 年 10 月 27 日
最高裁判所第一小法廷判決(平成 22 年(行ツ)第 463 号)により、地方公共団体が
法人の事業に関して当該法人の債権者との間で締結した損失補償契約の効力について
の判断が示された【資料 28】。
・平成 23 年 11 月 17 日
最高裁判所第一小法廷判決(平成 22 年(受)第 1584 号)により、公有地の信託契
約における受託者の受益者に対する費用償還請求権(旧信託法第 36 条 2 項本文)に関
する判断が示された【資料 29】。
10
第4
1
土地信託(公有地信託)の問題点
土地信託の概要
本件土地信託契約は信託法(現行信託法は平成 18 年に改正・施行されたものである
ため、舞子ビラ事業については旧信託法(大正 11 年 4 月 21 日法律第 62 号)が適用さ
れると考えられる)に基づく契約である。
そして、旧信託法第 1 条によると「本法ニ於テ信託ト称スルハ財産権ノ移転其ノ他
ノ処分ヲ為シ他人ヲシテ一定ノ目的ニ従ヒ財産ノ管理又ハ処分ヲ為サシムルヲ謂フ」
と規定されている。すなわち、信託とは、
「財産権の移転その他の処分」と「一定の目
的に従う管理処分」を行うことをその内容とするものであり、具体的には、委託者が
受託者に対して財産権を移転すると同時に、受益者の利益となるべき一定の目的に従
った管理処分を受託者に行わせる法制度である。また、委託者が受益者となることも
可能であり(講学上「自益信託」と称される。)、舞子ビラ事業における信託制度は神
戸市を委託者兼受益者とする「自益信託」である(地方自治法第 238 条の 5 第 2 項に
より公有地信託では自益信託のみが認められる。)。
また、受託者には旧信託法上、以下のような義務が定められており、受益者の保護
を目的として受託者の権限濫用行為を牽制・抑止することが図られている。
・信託事務遂行義務(旧信託法第 4 条)
・善管注意義務(旧信託法第 20 条)
善管注意義務の内容等については、民法上の善管注意義務に関する理論が
あてはまると考えられており、義務の内容や程度の判断に当たっては、受託
者の具体的な能力を基準とするのではなく、その受託者が属する社会的、経
済的地位や職業等を考慮したうえで、その類型に属する者に対して一般的・
客観的に要求される注意能力を基準として判断を行うことになるとされてい
る。
・忠実義務ないしは誠実義務(旧信託法第 22 条)
・合手的行動義務(旧信託法第 24 条 2 項)
・自己執行義務(旧信託法第 26 条 1 項)
・損失填補義務(旧信託法第 27 条)
・信託財産の分別管理義務(旧信託法第 28 条)
・帳簿作成義務(旧信託法第 39 条、第 40 条)
他方で、旧信託法上定められている受託者の権利は以下のとおりである。
・費用・損害補償請求権(旧信託法第 36 条)
第 1 項では信託財産に関して負担した公租公課等の費用、その他損害に関
して信託財産を売却して補償が受けられるとされ、第 2 項では費用又は損害
11
の補償請求権を受益者に対して行使できる旨が定められている。
・報酬請求権(旧信託法第 37 条)
2
公有地信託について
公有地信託(信託の対象となる財産が公有地である信託)は、昭和 61 年 5 月 30 日
に公布・同日施行された地方自治法の一部を改正する法律(昭和 61 年法律第 75 条)
により採用された制度で、議会の議決を経て普通地方公共団体が所有する普通財産で
ある土地(その土地の定着物含む)に限り、そして、受益者を当該普通地方公共団体
とするものに限って信託を認めるものである(地方自治法第 96 条 1 項 7 号、第 237
条第 3 項、第 238 条の 5 第 2 項、地方自治法施行令第 169 条の 3)。
全国の地方公共団体が公有地信託を採用した例は40数件程度存在するようである
が、最近の新聞報道等によると、下記の事業はいずれもその事業収支の面からは成功
したとは言い難い状況となっている。
・兵庫県の青野運動公苑土地信託事業(昭和 62 年 12 月 1 日に信託契約締結)
・東京都の両国シティコア土地信託事業(平成 4 年開業)
・大阪市の弁天町駅前開発土地信託事業(オーク 200、平成 5 年開業)
・大阪市中央区西心斎橋土地信託事業(ビッグステップ、平成 5 年開業)
・大阪市の新大阪駅周辺区画整理事業用地土地信託事業(ソーラ新大阪 21、平成
6 年開業)
・大阪市の住之江用地土地信託事業(オスカードリーム、平成 7 年開業)
・大阪市のフェスティバルゲート土地信託事業(平成 9 年開業)
3
土地信託における信託債務の最終的な負担者
(1) 神戸市と信託銀行団との間の信託関係は、平成 8 年 10 月 1 日付けの本件信託契約
書【資料 8】の取り交わしをもって成立し、平成 15 年 4 月 1 日付け土地信託変更契
約書【資料 17】の取り交わしによりその内容を一部変更したものであるが(その余
の一部の調整的変更についての言及はここでは割愛する。)、これら信託関係を成立
させ、また、変更する契約は、いずれも現行信託法(平成 18 年法律第 108 号)の制
定、施行前に成立したものであり、旧信託法(大正 11 年法律第 62 号)による規律
を受けることとなる。
そして、旧信託法は、第 36 条に次のとおりの規定をおいていた。
〔1項〕
受託者ハ信託財産ニ関シテ負担シタル租税、公課其ノ他ノ費用又ハ信
託事務ヲ処理スル為自己ニ過失ナクシテ受ケタル損害ノ補償ニ付テハ
信託財産ヲ売却シ他ノ権利者ニ先チテ其ノ権利ヲ行フコトヲ得
〔2項〕
受託者ハ受益者ニ対シ前項ノ費用又ハ損害ニ付其ノ補償ヲ請求シ又ハ
相当ノ担保ヲ供セシムルコトヲ得但シ受益者カ不特定ナルトキ及未タ
存在セサルトキハ此ノ限ニ在ラス
12
〔3項〕
前項ノ規定ハ受益者カ其ノ権利ヲ抛棄シタル場合ニハ之ヲ適用セス
信託銀行団は、前記旧信託法第 36 条 2 項本文の規定に基づき、舞子ビラ事業の
遂行のため、なかでも新本館等の建築資金として信託銀行団が融資行(信託銀行団
を構成する各銀行を含む)から借り入れた金員中、信託収支をもって弁済がなされ
ていない金員について、「信託財産ニ関シテ負担シタル……費用」にあたるとして、
受益者(兼委託者)である神戸市に対し、その補償すなわち損失負担を求めること
が予想され、また、神戸市の依頼を受けた弁護士と信託銀行団との協議の席上、現
に信託銀行団はそのような意向を示しているところであるので、このような補償請
求が法的に認容されるか否かについての検討を要する。
公有地信託において、受託者から受益者(兼委託者)である地方公共団体に対し、
前記旧信託法第 36 条 2 項本文に基づく費用補償請求がなされた場合の請求の可否に
関しては、舞子ビラ事業との類似性が高いと評価される事案について、最高裁判所
第一小法廷平成 23 年 11 月 17 日判決(以下、この判決の事案を「アオノ事件」とい
い、その最高裁判所判決を「アオノ事件判決」という。)が判断を下しており、舞子
ビラ事業における信託銀行団からの神戸市に対する費用償還請求についても、この
アオノ事件判決を規範として検討することが妥当であると判断される。
(2) アオノ事件は、兵庫県が三菱UFJ信託銀行(旧東洋信託銀行)及び住友信託銀
行に対し、兵庫県が所有する同県加西市所在の土地を信託譲渡してその受益者を兼
ねることとし、受託者である前記各信託銀行はその建設資金を借り入れて信託土地
上に「アオノリゾート」と呼称されるスポーツ・レクリエーション施設を建設して
同施設の運営による収益で借入金を弁済しその余剰金を信託配当として兵庫県が受
領するという枠組とされていたところ、その建設資金の借入金の借換に際して、委
託者兼受益者である兵庫県が借換による借入金債務について損失補償契約を締結す
ることを拒絶したことを契機として、受託者である前記各信託銀行が借入金 78 億
7900 万円を自らの固有財産で融資銀行に弁済し、その弁済金相当額を旧信託法第 36
条 2 項本文の費用として受益者である兵庫県に対して補償を求めた事案である。
同事件の第一審判決(神戸地方裁判所平成 21 年 2 月 26 日判決)は、旧信託法第
36 条 2 項本文は限定的に解釈する余地があり、「本件信託契約に費用補償請求権を
排除する明示的な規定がない以上は法律上当然に費用補償請求権が認められると解
することは相当ではな(い)」として、旧信託法第 36 条 2 項本文にいう費用補償請
求権を排除する特約は、明文の定めがなくとも、
「契約の規定の文言や契約に至る経
緯等を検討し、本件信託契約の合理的な解釈」を行ってその存否を決するべきであ
る(その信託契約の約旨の解釈によりかかる特約が認められる場合があると判断し
たものと評価できる)とした上で、結論としてはアオノ事件における信託契約の約
旨には「費用補償請求権を排除する特約」が含まれていると判断し、前記各信託銀
13
行の請求を棄却した。
これに対して第二審判決(大阪高等裁判所平成 22 年 5 月 14 日判決)は、いわゆ
る自益信託においては旧信託法第 36 条 2 項を「制限的に適用する根拠はない」とし、
費用補償請求権を排除する特段の定めがない限り、受託者の費用補償請求権の行使
は認められるとし、これを排除する特約は存在しないことを認定して、一審判決を
破棄し、前記各信託銀行の請求を認容する判断を下した。
アオノ事件判決は、このような第二審判決(原審判決)を支持したものであるが、
最高裁判所における判断は、費用補償請求権を排除する特段の定めの有無に関する
事実認定について、以下のように比較的詳細な理由を示している。
(3) アオノ事件判決では、費用補償請求権を排除する特段の定めの有無に関する事実
認定について、次のような事実が着目され、兵庫県と前記各信託銀行との間に費用
補償請求権を排除する合意が成立していたとはいえないとされたものと解される。
ア
次の(ア)ないし(ウ)の事実からすると、公有地の信託であっても旧信託法第 36
条 2 項本文の適用があることが原則であることが公有地の信託に関わる関係者の
共通認識であった。
(ア) 昭和 61 年の地方自治法改正により地方公共団体が普通財産である公有地を
信託することが許容されることとなった際、旧自治省のとりまとめた公有地信
託制度に関する報告書に、信託事業が見通しに反して損失を生じたときには地
方公共団体が債務を承継する可能性があることが明記されていたこと(昭和 61
年 1 月)、旧自治省は事務次官通知によって公有地の信託には旧信託法の適用
があることを地方公共団体に注意喚起していたこと(同年 5 月)。
(イ) 受託者である信託銀行は、信託契約締結の前に公有地の信託においても管
理・処分の成果・損失は全て受益者に帰属する旨を記載した文書を提出してい
たこと(昭和 61 年 4 月)
(ウ) 兵庫県の副知事は、兵庫県議会において、信託期間満了時に兵庫県が債務を
引き継ぐ可能性がある旨を答弁していたこと(昭和 62 年 9 月、なお、信託契
約の締結はその約 2 か月後であるとされる)
イ
アのとおり旧信託法第 36 条 2 項本文の適用を原則とすることが共通認識であっ
たにもかかわらず、信託契約締結に至るまでの間に、同項本文の適用を排除する特
約を設けることについて交渉がもたれたことが全く窺われない上に、信託契約書の
契約文言も、同項本文の適用を排除する趣旨と解するべきものはない。
(ア) 「信託事務に必要な費用は、信託財産から支弁する。」
(18 条本文)との規定に
は、旧信託法第 36 条 2 項本文の適用を排除する趣旨の文言はない。
(イ) 「信託終了に要する費用は、信託財産から支弁する。」
(32 条 2 項 4 号)との規
定も(ア)と同様である。
14
この条項の置かれた位置等に照らすと、この条項は信託終了に際し、受託者が
信託土地や信託施設を委託者に引き渡し、その登記名義を変更するなどの事務に
要する費用の負担について定めたものにすぎないと解される。
(ウ) 信託の収支に不足金が生ずる場合の処理方法について、委託者兼受益者と受託
者が予め協議する(25 条)、信託の終了時に借入金債務等が残存する場合には受
託者が委託者兼受益者と協議の上これを処理する(32 条 2 項 3 号)とされており、
これらの規定は、受託者が負担した費用については、最終的に委託者兼受益者が
負担する義務を負っていることを前提に、その具体的な処理の方針等について協
議する機会を設けるべきことを定めたものと解することができる。
ウ
信託契約の締結後も、委託者兼受益者(兵庫県)は、自己の費用補償義務を否定
するような態度をとっていない。
(ア) 信託収支が悪化し、信託期間満了時に約 81 億円もの借入金が残存する予定とな
り、委託者兼受益者と受託者は信託事業の資金不足が生じた場合の協議を重ねる
ようになったが、その協議で兵庫県が自己の費用補償義務を否定するような態度
を示したとはうかがわれない。
(イ) 委託者兼受益者は、(ア)のような実情が生じた後、信託事業の資金不足について、
融資金融機関に対して損失補償契約を締結してまで、その資金調達を支援してき
た。
(4) 本件信託契約について、旧信託法第 36 条 2 項本文の適用の有無について検討する
に、アオノ事件判決を先例として、その判断の枠組みに従う限り、旧信託法第 36 条
2 項本文の適用があることが原則であって、同項本文を限定的、制限的に解釈するべ
き積極的理由はないと解され、そして、同項本文の適用を排除する特約の存在が認め
られるか否かについても、舞子ビラ事業における各事実に即して検討すると次に述べ
るとおり消極的に解さざるを得ない。
ア
アオノ事件において、公有地の信託であっても旧信託法第 36 条 2 項本文の適用が
あることが原則であることが公有地の信託に関わる関係者の共通認識であったとさ
れたことについては、以下の事実に照らし、舞子ビラ事業においても同様であると
判断される。
(ア) 旧自治省の報告書、事務次官通知については、神戸市もこれに接していたこと
は明らかであろうと思われる。
(イ) 信託銀行団が信託契約を締結する以前、提案競技の応募内容(計画書)等にお
いて、信託の枠組において損失が生じた場合、その損失が委託者兼受益者である
神戸市の負担となることを神戸市に対して説明していたということを明確に確
認できる資料はないが、神戸市の負担とならないかのような説明をしていたとい
うことを認めるべき資料もない。そして、信託銀行団は、提案競技に提出した提
15
案書【資料 5】においては、「収支計画の基本的な考え方」(24 頁)において、
「信託と管理運営会社の長期安定性に配慮して賃料条件を設定します。」、「事
業の健全性を追求する観点から、事業収支の算定に当たっては、借入金について
過去の平均金利を採用する等長期安定性を重視しました。」と、事業の資金面で
の健全性、安定性を強調しているが、これらから、計画されている信託事業につ
いて信託銀行団がいわゆる元本や利回りを保証した、ないしはそれと同様の意味
をもつ意思を表示したとみることは困難であり、競技提案に応募した信託事業計
画の健全性、安定性を強調していることは、むしろ、信託事業計画が破綻した場
合には神戸市に一定の損失負担が発生することを前提とし、ただ、そのような事
態が生じる可能性は乏しいということを述べていたものと解釈できる。
(ウ) 神戸市の議会答弁その他の負担に関する認識の開陳
舞子ビラ事業を信託の枠組で行うことについては、平成 8 年 9 月 24 日、神戸
市市議会平成 8 年度第 90 号議案として神戸市市議会の議決を経ているが【資料
7】、それに先立つ同市議会の総務財政委員会の審議において、市民局長は「30
年間の信託期間が終了した後の最終的な事業の成否について、どのような見通し
を持っているのか。また、経理内容の報告についてはどのような形で行われるの
か」という問に対し、「30 年後には土地の所有権は本市に返還されるが、その際
に赤字となっていればそれは本市が引き受けなければならない。しかし、30 年間
という長期にわたるため不確定要素もあるものの、立地条件の良さ等を勘案する
と、今後の業績については大きな期待が持てる。なお、議会に対しては毎年1回、
信託勘定の経理状況を報告することが地方自治法で義務づけられている。」と答
弁しており、信託の枠組の収支勘定において、負債(ないしは精算未了の金員)
が生じた場合は、これを神戸市が負担することになっているという認識を明確に
示している【資料6】。
また、神戸市が舞子ビラ事業についての提案競技を実施する前に、旧自治省に
事前聴取事項を報告した「公有地信託にかかる事前聴取事項について」と題する
文書(以下「事前聴取事項」という。【資料 2-1】)においては、神戸市は、「9.
当該信託に係る債務負担行為の内容」として、「当該土地はポテンシャルの高い
地域であり、現宿泊施設の経営実績から収支が十分確保される見込みがあること、
収支査定のなかに十分に安全を見込んでいること、また、借入限度額を設定して
超える場合は本市の承認がいることとしていること、さらに、コンペ実施の際に、
募集要領の中に借入金は信託期間内に完済する旨を盛りこむことを考えており、
債務負担行為は原則として生じないと考えている。」と報告しており、信託の収
支における負債等は委託者兼受益者である神戸市が最終的な負担責任を負うこ
とが法的な前提であるが、しかし、舞子ビラ事業の安全性、健全性に鑑みて、そ
16
のような事態は事実としては生じる可能性が極めて乏しいという認識を有して
いたことを示している。
イ
本件信託契約書【資料 8】の条項も、アオノ事件における信託契約についてアオ
ノ事件判決が着目した文言と同様の文言がみられる。
(ア) 本件信託契約書第 18 条 1 項では、「乙は、信託財産に関する公租公課及び登記
費用、設計・監理費用、各種調査費用、建築工事請負代金(本体工事、解体・盛
替工事、リニューアル工事)、電波障害対策経費、電波障害管理費、借入金等の
返済金及び利息、信託不動産の修繕・保存・改良の費用、損害保険料その他信託
事務の処理に必要な費用を信託財産から支弁するものとする。」と定めており、
アオノ事件の「信託事務に必要な費用は、信託財産から支弁する。」との規定と
比較して、「借入金等の返済金及び利息」も含めあらゆる信託事務の費用が信託
財産から出捐されることが定められており、旧信託法第 36 条 2 項本文の適用を
排除する趣旨の文言はないという評価は更に高いというべきである。
また、本件信託契約書第 18 条2項は「乙が信託事務を処理するために過失な
くして受けた損害の補償についても、信託財産から支弁するものとする。」と定
めているが、この規定は、「費用」と「損害」が旧信託法第 36 条 1 項にあわせて
規定されているという関係を、本件信託契約書の第 18 条 1 項、2 項であわせて規
定しているという観点から、旧信託法第 36 条 2 項本文の適用を意識した条項で
あるとみることも可能であろう。
(イ) 本件信託契約書第 34 条 2 項(4)号は「信託終了に要する費用は、信託財産か
ら支弁する。」と定めているが、これはアオノ事件の信託契約と全く同一の文言で
あるし、この条項は、置かれた位置等に照らしても、信託終了に際し、受託者が
信託土地や施設を委託者に引き渡し、その登記名義を変更するなどの事務に要す
る費用の負担について定めたものにすぎないと解するというアオノ事件判決の評
価がそのままあてはまる。
(ウ) アオノ事件判決では、信託の収支に不足金が生ずる場合の処理方法について、
委託者兼受益者と受託者が予め協議する旨の規定(25 条)、信託の終了時に借入
金債務等が残存する場合には受託者が委託者兼受益者と協議の上これを処理する
旨の規定(32 条2項 3 号)は、受託者が負担した費用については、最終的に委託
者兼受益者が負担する義務を負っていることを前提に、その具体的な処理の方針
等について協議する機会を設けるべきことを定めたものと解することができると
されたが、本件信託契約書にもこれらと同旨の規定が置かれており(19 条、34
条 2 項(3)号)、アオノ事件と同様の評価を受ける可能性が高い。
ウ
信託契約の締結後の事情についても、神戸市は、信託が当初の見通しどおりの
収益を上げていない実情となり、信託期間の延長的変更等を内容とする信託契約
17
の変更契約を信託銀行団と締結するに至ったとき(平成 15 年 4 月)等、信託契
約の維持、遂行について信託銀行団と協議を行う機会が頻回に生じていたのに、
費用補償義務を否定するような言動をとったという明確な資料はなく、したがっ
て、神戸市は費用補償義務を否定するような言動をとっていないと評価されるこ
とになる可能性が高い。
(5) 以上のとおりであるから、信託銀行団が新本館等の建設費用借入金等を金融機関
に固有財産で弁済し、その弁済金相当額の補償請求を旧信託法第 36 条 2 項本文に
基づき神戸市に対して行ったとすれば、神戸市はその請求に応じなければならない
という法的判断が下される可能性は極めて高いものといわざるを得ないし、このよ
うな結論は、信託契約締結後の事情に基づき導かれるものではなく、契約締結時の
信託契約の本質に基づくものと評価するべきである。
4
本件における損失補償契約、責任財産限定特約の意義
(1) 損失補償契約、責任財産限定特約が合意されるに至った経緯
ア
平成 15 年 4 月 1 日、神戸市、信託銀行団及び各融資銀行(中央三井信託銀行、
三井住友銀行、UFJ信託銀行)との間で、信託銀行団の各融資銀行からの信託
借入金について、神戸市が損失補償する旨の合意がされた【資料 18】。
すなわち、信託銀行団が信託借入金にかかる一切の金銭債務の全部又は一部を
当該債務の弁済期において弁済しなかった場合、それによって融資銀行に発生し
た損失(具体的には信託借入金の最終弁済期日(期限の利益喪失日等含む)にお
ける元利金相当額)を神戸市が補償するという合意がなされている。
また、同日、神戸市と信託銀行団との間で土地信託変更契約【資料 17】が締結
され、主たる内容としては、①信託期間を 45 年間に延長(第 1 条)、②責任財産
限定特約(第 3 条)、③信託契約終了時において受託者が負担する債務は神戸市
に帰属するとすること(第 5 条)等が合意された。
②の責任財産限定特約の概要は以下のとおりである。
・
神戸市は、信託銀行団が本件土地信託事業について神戸市に対して負う金
銭債務の引当となる信託銀行団の資産が神戸市から本件信託契約に基づき受
託した信託財産に限定されること。
なお、神戸市と信託銀行団との間で取り交わされた平成 15 年 4 月 1 日付け
土地信託変更契約書では、責任財産限定の対象は、上記のとおり、信託銀行
団が本件土地信託事業について神戸市に対して負う金銭債務とされているが、
神戸市、信託銀行団及び融資銀行の 3 者の間で取り交わされた平成 15 年 3
月 31 日付け覚書では、信託銀行団が各融資銀行に対して負う金銭債務につい
ても、その引当となる信託銀行団の資産は、神戸市から本件信託契約に基づ
き受託した信託財産に限定されることが確認されている。
18
・
神戸市は、信託銀行団が本件土地信託事業について神戸市または融資銀行
に対して負う金銭債務を弁済するために金銭以外の信託財産を売却処分する
義務を神戸市に対して負わないこと。但し、信託銀行団が自らの判断で旧信
託法第 36 条 1 項に従い、受託者としての権利を行使することは妨げない。
イ
関係者からのヒアリング内容及びその際の関係資料によると、上記損失補償契
約、責任財産限定特約が合意されるに至った経緯は以下のとおりである。
平成 13 年 4 月当時、マリンホテルズが 3 年連続の赤字を計上し、その資金繰り
も逼迫していたため、神戸市内部において、本件土地信託事業自体のスキーム変
更、すなわち、信託期間を延長すること等によってマリンホテルズが信託銀行団
に支払う賃料を減額して本件土地信託事業を維持するのか、それとも信託契約を
解約して清算するかが検討されていた。
また、神戸市は、信託銀行団との間で、信託期間延長を含むスキーム変更の協
議をするとともに、マリンホテルズを通じて、適正賃料、マリンホテルズが負担
可能な賃料、同社の経営改善の見込み、リストラ等について外部の専門家の意見
を聴く等をしていた。
そして、神戸市としては、検討の結果、①マリンホテルズが経営改善のための
リストラを実施し、他方で、賃料の減額がなされれば黒字化が可能である、②信
託期間を延長することで本件土地信託事業の収支にも影響を与えないとして、本
件土地信託事業をその時点で清算するのではなく、継続させていく方針を決定し
たのである。
その後、神戸市と信託銀行団との間で協議が続けられた結果、平成 13 年 11 月
13 日時点においては信託期間延長に難色を示し、むしろ、信託契約の解除をすべ
きだとの意向を示していた信託銀行団【資料 13】においても、平成 14 年 1 月頃
にはこれを内諾するに至り,神戸市,信託銀行団,融資銀行間において平成 14
年 4 月 1 日付け覚書【資料 14】が締結され、神戸市がマリンホテルズに事業資金
の融資をすることや同社の経営改善が進み黒字体質が定着することを前提条件
とし、平成 14 年 10 月時点を目途に当該前提条件が達成されているかを判断して、
条件が達成されていれば信託期間を延長(神戸市による信託借入への損失補償を
伴う)する方向での協議を行うことの確認がなされた。
しかし、平成 14 年 10 月時点においては前提条件が達成されたとは判断されな
かった(マリンホテルズの平成 14 年上半期の経営状況は営業損益ベースで 93 百
万円の赤字であった。)ため、信託銀行団は神戸市に対して、現状のマリンホテ
ルズの収支状況ではスキームの変更はできないとして、信託契約の解除を含めた
抜本的な改善策の検討を求めてきたが、神戸市としては、信託契約解除時に負担
しなければならない 140 億円(キャンセルコストとして別途数億円が必要)を支
19
払うことが出来ないため、市の方針として信託事業の継続及びスキーム変更時期
の延長を要求し、信託銀行団と再交渉するに至った。
そして、神戸市において、マリンホテルズに対する単年度貸付を増額(平成 14
年度 18 億円を平成 15 年度に 20 億円)することや舞子ビラ施設内にある「あじ
さいホール」を実質的に神戸市が賃借りする等の案を再提示し、マリンホテルズ
の経営改善策等に信託銀行団の理解が得られた結果、平成 15 年 3 月 31 日付けで
以下を前提条件として、賃料を減額して信託期間を延長する旨の合意が神戸市、
信託銀行団、融資銀行間において成立した【資料 16】。
・上記損失補償契約が合意されること。
・神戸市がマリンホテルズに対して事業資金の融資を継続すること。
・信託不動産の一部を財団法人神戸市民文化振興財団が賃借し、当該賃借期間
中、同法人が賃料支払債務の不履行を来さないよう神戸市が賃料相当額の補助
を継続すること。
なお、この覚書において、信託銀行団が各融資銀行に対して負う金銭債務に
ついても、その引当となる信託銀行団の資産は、神戸市から本信託契約に基づ
き受託した信託財産に限定されることが確認されていることは上記のとおりで
ある。
そして、上記覚書を前提として、平成 15 年 4 月 1 日、神戸市と信託銀行団間
で土地信託変更契約【資料 17】、神戸市、信託銀行団、各融資銀行間においては
損失補償契約【資料 18】、信託銀行団とマリンホテルズ間で建物賃貸借変更契約
【資料 19】がそれぞれ締結された。なお、当該損失補償契約締結については、債
務負担行為として平成 15 年 3 月 20 日付けで議会の承認を受けている【資料 15】。
神戸市の当時の担当者に対するヒアリング結果によると、信託銀行団側から信
託期間延長等の前提条件として損失補償契約、責任財産限定特約の提案があった
ところ、当時の神戸市としては、①神戸市にとって本件土地信託事業は初めての
事業であり、可能な限り継続していく方針を決めていたこと、②賃料を下げ、マ
リンホテルズの経営改善策を実行すれば同社は黒字化し本件土地信託事業も安
定し、将来的な債務負担の問題はなくなる見込みであること、③他の事業におい
て、損失補償契約は締結されていたことから本件土地信託事業に関して損失補償
契約を締結すること自体に違和感がなかったこと等から、損失補償契約締結、責
任財産限定特約の合意を行ったとのことである。
以上のように、上記の損失補償契約締結、責任財産限定特約の合意は、本件土
地信託事業を継続させることを目的としてなされたものであるといえる。
(2) 損失補償契約、責任財産限定特約の具体的な効果
ア
本来、信託受託者は、信託事務の遂行に要する費用のために第三者に負った債
20
務についても、受託者自らが債務者となり、その弁済責任は無限責任(受託者の
固有の財産及び信託により受託者名義となっている信託財産が引当となる。)で
ある。そして、信託事務の遂行に際して、自らの計算から直接支出した費用は、
費用補償請求権(旧信託法第 36 条 2 項)として受益者から償われるべきことに
なる。
第三者との間の責任財産限定特約は、この受託者の無限責任を限定し、信託事
務の遂行に要する費用として第三者に負った債務の引当を信託財産に限定する
という分別を行う契約であるといってよい(なお、現行信託法において限定責任
信託制度が創設されたが、旧信託法の下でも、受託者が第三者との間の特約によ
って責任を信託財産に限定することは可能だと解されていた。)。
この責任財産限定特約により、信託受託者に債権を有する第三者が、信託財産
から全額の回収を受けられない場合、回収できなかった分については、債権貸倒
の損失が生じることとなる。損失補償契約は、そのような損失が生じたときに、
これを補償することを約するものである。
イ
上記アの理解を前提とすると、本件においては、損失補償契約・責任財産限定
特約が締結されていない時点では、信託銀行団は、融資銀行団からの借入に対し
て無限責任(固有資産を含む引当)を負っており、従って、融資銀行団に対して
は、固有資産からも弁済すべき義務を負っている。
そして、そのような弁済を行った信託銀行団は、信託受益者である神戸市に旧
信託法第 36 条 2 項に基づく費用補償請求を行うことになり、神戸市としてはこ
れに応じざるを得ない(アオノ事件判決)ため、結局のところ、融資銀行団から
の借入金の全額について実質的な負担は神戸市が負うこととなる。
また、損失補償契約・責任財産限定特約が締結されると、信託銀行団は、融資
銀行団からの借入に対して固有資産をもって弁済する義務を免除されるが、融資
銀行団は、信託資産で償われない債権について、神戸市(損失補償を約した者)
に弁済(補填)を求めるということになる。
従って、損失補償契約・責任財産限定特約の有無によって、融資銀行団の信託
貸付金について神戸市が負う弁済の責任という大枠の部分(利息や遅延損害金と
いった附随的な債権額の計算で具体的金額の計算に若干の利害得失はあり得
る。)に格別の差異が生じることはないということができる。
ウ
以上のように損失補償契約・責任財産限定特約の締結の前後で、契約上の枠組
みはともかく、経済的な結果として、神戸市が信託事業のための借入金の負担責
任を負うということに変動がないのであれば、なぜ、信託銀行団及び神戸市は、
これらの契約を締結したのか、という疑問が生じる。
この点に関する信託銀行団の事情(メリット)としては、いくつかのことが推
21
測できるが、少なくとも、次のことは明らかに信託銀行団のメリットだといって
良いであろう。
すなわち、前述した損失補償契約・責任財産限定特約の締結の有無によって経
済的な結論は変わらない、という結論はアオノ事件判決を踏まえてのことであっ
て、本件の損失補償契約・責任財産限定特約が締結された当時としては、旧信託
法第 36 条 2 項の解釈やそれを前提とする信託契約の契約条項の解釈として、公有
地信託の場合は受益者が費用補償義務を免れるという結論を想定することも明ら
かな誤りとまではいえなかったから、損失補償契約・責任財産限定特約の締結に
より、受益者神戸市が信託借入金の弁済負担をするという結論が確定した、とい
うことである。
このことを、神戸市側からいうと、旧信託法第 36 条 2 項等について争うという
地位(利益)を放棄したということであり、争う余地のあった信託借入金の弁済
負担という問題について、認諾的な契約をしたという評価は免れない、というこ
とになる。もっとも、アオノ事件判決で公権的解釈が明らかにされた現在の時点
では、実質的には、なんらかの地位(利益)を放棄したとか、それまでにない負
担(義務)を負ったとかという結果は生じていないことになる。また、神戸市に
とっては、これらの契約の締結を受け入れることにより、本件信託契約の変更合
意、舞子ビラ事業の継続が実現できたということもできる。
エ
以上のとおり、結果的には、損失補償契約・責任財産限定特約の締結は、それ
以前と比較して、神戸市に不利となる行為であるということはできないが、信託
銀行団や融資銀行団と交渉する際に、信託契約を解消して損失について応分の負
担を求めるという方針(当時としては相当に合理性のある方針である)を選択せ
ず、神戸市が損失の全てを負担するという大幅な譲歩(当時の状況を前提とした
評価としては、このような評価を下さざるを得ないであろう。)をしてまで本件
信託契約の変更的存続を選択したという方針の当不当は、検証されるべきとする
余地がある。
しかし、現在の限られた資料等からではあるが、平成 15 年 4 月時点において本
件信託契約を解除し清算した方が、現時点以降に清算した場合と比較して神戸市
の損失負担が少なくなっていたことが確実であるとはいえないし、また、平成 15
年 4 月時点において信託銀行団に損失負担を求めたとして、一定の負担を認めさ
せることができたということも確実ではない(もし訴訟により公権的な法的判断
を受けるということになったとしたら、アオノ事件判決と同旨の、信託銀行団は
一切損失を負担しなくてよいという結果になったであろうことがほぼ確実であっ
て、一定の負担を信託銀行団に求めるという方針を採っていたとしても、結果的
には、相当困難な交渉になったであろうことは間違いない。)。そして、前述し
22
た損失補償契約締結等の経緯及び神戸市が認識していた事情(このような合意に
より本件信託契約を延長的に変更し、事業の再建を図ることが必要とされ、また、
本件信託契約の変更により事業の再建が可能であろうという見通しも有していた
こと)、神戸市の目的(本件信託事業を継続することにより、神戸市に損失負担
が発生することを回避し、また、「舞子ビラ」を存続させて、市民の憩いの場を
維持する等の行政目的を維持継続すること)等からすると神戸市の執行機関の判
断にその裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があったと断言できるような事情は見
当たらず、したがって、本報告書においては本件の損失補償契約締結等が妥当で
はなかったと結論付けることはできない。
ところで、平成 23 年 10 月 27 日付け最高裁判所判決【資料 28】は、地方公共
団体が第三セクター等の債務について、この種の損失補償契約を締結することは、
国及び地方公共団体が会社その他の法人の債務について保証契約を締結すること
を禁じた「法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律」第 3 条の規定ない
しはその趣旨に反するが故をもって無効であるという下級審の判断を否定し、
「損
失補償契約の適法性及び有効性は、地方自治法 232 条の 2 の規定の趣旨等に鑑み、
当該契約の締結に係る公益上の必要性に関する当該地方公共団体の執行機関の判
断にその裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があったか否かによって決せられるべ
き。」と判示している。この判例で示されたのは、その損失補償契約を締結する
という「当該地方公共団体の執行機関の判断」の裁量権の範囲の逸脱又は濫用の
有無により損失補償契約の有効無効を決するということであり、地方公共団体の
内部の意思決定としての損失補償契約締結の当不当についての判断基準が示され
たものではないが、国及び地方公共団体が第三者の債務を保証することにより財
政の安定性や行政事務の公平性が損なわれることを回避(禁止)するという「法
人に対する政府の財政援助の制限に関する法律」の趣旨を適用することを排斥し、
「公益上の必要性に関する」判断について行政執行機関の一定の裁量権を尊重し、
その裁量権の範囲に逸脱等があった場合に限って契約を無効とするという考え方
に基づき、損失補償契約の有効無効を執行機関の「公益上の必要性に関する」判
断の裁量権の範囲逸脱又は濫用にかからしめるという判断基準を示したものと解
釈できる。そうであるとすると、内部の意思決定としての当不当を論じる際にも、
行政執行機関の一定の裁量権を尊重し、その裁量権の範囲に逸脱等があった場合
に限って、契約を締結するという判断の不当性を認定するというように、この判
例で示された判断基準が同じく導入されてしかるべきであろうと考えられる。
5
また、本件土地信託事業において信託解約が解除等により終了した場合、神戸市が
信託債務の負担をせざるを得ないと考えるものであるが、そのように受託者である信
託銀行団が何らの負担もしないという結論に至ること自体、旧信託法の不備・欠陥を
23
示すものではないかとの指摘がある。
この点、確かに、旧信託法第 36 条 2 項に規定されていた費用補償請求権により受
益者が無限責任を負わされることになってしまう結論は問題であり、旧信託法第 36
条 2 項は制限的に解すべきであるとする有力な学説もみられたところであるが、費用
補償請求権は、財産権からの利益を享受する者は、特別の事情のない限り、その負担
も負うとするのが正義の要求に適うとの一定の合理的な考え方に基づくものである
こと、委託者と受託者との協議により費用補償請求権を特約で排除することが可能で
あったこと、また、受託者に善管注意義務(旧信託法第 20 条)違反等が認められる
場合には損害賠償責任が発生すること(旧信託法第 27 条)等からすれば、法の不備、
欠陥があったとまではいえないであろう(なお、現行信託法第 48 条 5 項においては、
「受託者が受益者との間の合意に基づいて当該受益者から費用等の償還又は費用の
前払を受けることを妨げない。」と規定されており、受託者の費用補償請求権を法律
上当然のものとはしない法改正がなされている。)。
第5
1
舞子ビラ事業のため土地信託を採用したことの妥当性
神戸市が土地信託を採用した理由
神戸市が舞子ビラ事業のために、直営方式ではなく土地信託を採用した理由は以下
のとおりである【資料 2-1】。
まず、阪神淡路大震災後の神戸市の財政事情、復興事業の1つとしての舞子ビラ事
業の位置づけ、将来の市財政への影響などを踏まえた結果、将来の本件信託土地の所
有権を留保しつつ周辺地域の振興と活性化および神戸市の復興事業に寄与するには、
民間の資金および優れた企画力と経営能力を積極的に活用できる事業手法で事業運営
するのが最善であると考え、次に、民間活力の導入を図る場合の当該土地処分の形態
として、売却、賃貸借よりも土地信託が妥当であると考えたということである。
そして、売却、賃貸借よりも土地信託が妥当であると判断するに至った理由は概ね
以下のとおりである。
・本件信託土地は、有栖川宮家ゆかりの土地であり、20 数年間、市民いこいの地と
して親しまれてきた経緯があることから、本件信託土地の所有権は、街づくりの
観点から神戸市が留保し、市の施策の中で活用していく必要があること。
・権利金の授受を伴う土地の貸付は、借地権が生じ、事実上、土地を売却した場合
と同様の結果となること。また、権利金の授受を伴わない借地方式(定期借地権
方式)は土地所有権の確保はできるが、最終的には施設の買取り、事業運営につ
いての市の意思の反映が難しいという問題が残ること。
・土地信託の場合、神戸市の開発方針などの趣旨を盛り込み、民間の企画力、ノウ
ハウ、資金力を活用することができる。また、委託者兼受益者である神戸市は、
24
信託の受託者に対して、一定の調査・監査権を及ぼすことができ、一定の場合に
は信託契約を解除することもできること。
・民間資金導入により、神戸市の財政負担もほとんどなく事業化できること。
・事業採算については、現行宿泊施設が採算性を確保している実績があることと本
件信託土地の立地条件からも将来の利用需要が十分に見込めることから、将来的
にも神戸市財政に負担を及ぼすことなく、開発利益を享受できる見込みがあり、
最終事業リスクが生じない運営が可能なこと。
・現新館(引用者注:旧別館のこと)および庭園についても、施設全体の一体的な
管理運営を図ることが不可欠のため、土地の定着物として一括して信託に付すこ
とができること。
2
上記 1 の理由の問題点
上記 1 の理由の中では、
「 民間の資金および優れた企画力と経営能力を積極的に活用
できる事業手法」であること、
「民間の企画力、ノウハウ、資金力を活用することがで
きる」ことが土地信託を採用した主たる理由であると考えられる。
まず、
「民間の資金」の活用という点については、当時の神戸市の財政事情からする
と、民間資金がないと舞子ビラの建替えは実現できなかった事業であったということ
は間違いないが、現状に鑑みれば、単に神戸市が事業資金の借入をしていたのと同じ
状況にあり、果たして真の意味で「民間の資金」の活用といえるのか疑問がある。
また、
「民間の優れた企画力と経営能力」の活用という点については、舞子ビラ事業
において「民間」たる信託銀行団の「優れた企画力と経営能力」が十分に発揮されて
いたことを示すような具体的な事情があったのかどうか不明であるし、信託銀行団が
積極的に管理運営会社であるマリンホテルズの経営を指導したりしていた事情も窺わ
れないし、そもそも信託銀行がホテル経営の具体的なノウハウ等を有しているとは考
えられず、この理由には無理があったと考えざるを得ない。
なお、関係者からのヒアリング結果によると、土地信託を採用したことにより舞子
ビラ事業における建設単価が他のホテルの建設単価よりも低額となった面があるとの
意見もあったが、比較対象となる他のホテルの建設時期や延床面積等の違いもあり、
単純に比較することは困難であり、また、建設単価が低額となったことが事実だとし
ても、本件土地信託事業全体を通じて考慮した場合、建設単価が低額となった一事を
もって民間たる信託銀行団の「優れた企画力と経営能力」が十分に発揮されたと評価
できるかも疑問である。
したがって、土地信託が「民間の資金および優れた企画力と経営能力を積極的に活
用できる事業手法」であるとの神戸市の認識は、結果的には誤りであったと言わざる
を得ないと考える(アオノ事件の高裁判決は、「受託者は、実質的にみると受益者のた
めの財産管理人にすぎない」と判示しており、これを前提にすると、もともと受託者
25
に専門的な知識経験に基づくホテル施設の管理運営を期待することが誤りであったと
いうことになろう。)。
なお、平成 8 年 9 月 18 日の神戸市議会の総務財政委員会において、委員からの「他
都市において実施されている土地信託の実例では、事業の成否はどうなっているの
か。」との質問に対して、市民局長は「昭和 61 年以降、東京都や大阪市・名古屋市・
北九州市・川崎市等の諸都市で土地信託の実例がある。大阪市が弁天埠頭で行ってい
る「オーク 200」という名称のプール・ホテル・商業施設の複合事業は厳しい状況に
あると聞いているほかは、実績についての詳細は承知していないが、信託する物件の
内容にその成否がかかっていると考えている。」との答弁をしているところ、平成8年
当時において、例えば、同じく土地信託で運営されていた青野運動公苑についても経
営が悪化しており、そのような事情を詳細に調査すべきであったのではないかとの指
摘も可能である。
3
本件土地信託事業の問題点
(1) 本件土地信託事業の根幹は信託不動産において営まれるホテル事業であるところ、
本件信託契約においては、ホテル事業を営むことは受託者たる信託銀行団の権限と
されておらず、信託銀行団は専ら信託不動産の管理、運用等を行うという仕組みと
なっているが、信託銀行団がホテル事業の具体的な経営能力を有している訳ではな
いことからすれば、ある意味当然のことといえる。
しかし、神戸市は前述のように土地信託の採用により民間の「優れた企画力と経
営能力」の活用ができるとして、受託者である信託銀行団に対する期待(特に管理
運営会社の経営に関して)を抱いていた一方、受託者である信託銀行団は、上記仕
組みにより管理運営会社であるマリンホテルズの経営に積極的に関与しない態度に
終始して、舞子ビラ事業を成功させるための協力体制が構築できていなかったこと
からすれば、そのような土地信託の仕組み自体に問題があったと思われる。
また、信託銀行団が作成・提出した事業収支計画が実質的に破綻したにも関わら
ず、受託者である信託銀行団には一定の信託報酬が支払われ、また、舞子ビラ事業
開始後においては当該事業等の収支内容が悪化しても信託報酬が発生し、支払われ
る仕組みとなっていたことも問題であろう。
(2) 土地信託を採用し「民間の資金」を活用できたことにより、巨額の投資が可能と
なり、結果的に最終的な損失が多額となった可能性が高いことは否めない。
すなわち、後述するように舞子ビラ事業破綻の直接の原因は、過大なホテル施設
等を建設するため多額の工事費用等全額を借入で用意した結果、最終的には当該借
入につき返済不可能となったことにあるところ、神戸市が土地信託を利用せず、直
営方式で行っていた場合には、当時の財政事情からして本件のような過大な規模と
することはできず、旧舞子ビラ事業と同程度の規模での事業を行っていた可能性が
26
あり、その場合、事業への投資規模も小規模となったと考えられるからである。
4
小括
以上のように、舞子ビラ事業において土地信託を採用したものの、神戸市が思い描
いていたようにはいかず、結果的には多額の損失が生じてしまったということである。
第6
1
管理運営会社マリンホテルズの運営責任
客観的な事実関係
(1) マリンホテルズの概要
舞子ビラの運営受託会社(賃借人)となったマリンホテルズの概要は、次のとお
りである。
ア
株主構成
資本金 580 百万円であり、うち、神戸市出資額は 150 百万円(出資比率 25.86
パーセント)。
信託銀行団及び融資銀行のうち、株式会社三井住友銀行(25 百万円)、三井
信託銀行株式会社(25 百万円)及び東洋信託銀行株式会社(5 百万円)は、本
件土地信託事業開始時(出資は平成 8 年 11 月 29 日付け)に出資を行っている
(金融機関名は当時の商号で表示した。)。
イ
役員構成(平成 23 年 3 月 31 日現在)
代表取締役社長 1 名(民間企業出身)、代表取締役常務 1 名(神戸市職員の
出向)をおく。なお、当初は代表取締役社長も神戸市の元職員であった。
代表取締役社長および代表取締役常務を除く取締役は 8 名である(神戸市の
現職職員 1 名、神戸市の外郭団体の役員 3 名、民間企業の者 4 名)。
ウ
マリンホテルズの収支状況は、別紙「神戸マリンホテルズ株式会社の決算状況」
のとおりである。
(2) 舞子ビラ事業におけるマリンホテルズの運営会社としての関与の具体的内容
ア
信託銀行団とマリンホテルズの建物賃貸借契約
平成 10 年 8 月 28 日付け建物賃貸借契約が締結されている【資料 11】。
運営に関する法的な形式としては、運営会社は、ホテルの運営だけを委託され
るのではなく、ホテル建物を賃借して自らの計算においてホテルを経営し、そ
の経営収入から賃料を支払うという構成がとられている(なお、前掲契約書第 2
条には、運営会社(マリンホテルズ)は、建物をホテルとしてのみ使用し、そ
れ以外の目的に使用してはならないという定めも置かれている。)。
なお、その賃料額についても月額の固定制とされ(前掲契約書第 4 条第 1 項)、
ホテルの売上額や収益額に応じて増減額されるという約定とはなっておらず、
契約の形式上は、運営会社の経営努力によってホテル経営に大幅な収益を生じ
27
たとしても、運営会社はこの収益を信託銀行団ないしは受益者である神戸市に
対して還元する義務を負わないとされる一方で、全くの自己の計算においてホ
テル経営を行い、ホテル経営の収支如何にかかわらず約定の賃料を支払う義務
を負う(結果的には、信託銀行団の信託事務のための借入金の弁済及び神戸市
への収益配当の原資を賄う義務を負うこととなる)とされる契約である。
すなわち、短期的には、ホテルの収益状況の好不調の如何にかかわらず、神
戸市及び信託銀行団はその収支が赤字となるリスク負担から切り離され、一定
の賃料収入及び収入に基づく収益を上げることができることとされ、そのリス
クは一方的に運営会社が負担することとなっていたと評価することが可能であ
る。
イ
神戸市の舞子ビラ事業の信託事業募集要項における運営会社の事実上の指定
ア記載の運営会社の選定、運営委託の方法については、神戸市が、舞子ビラ
事業の信託事業募集の時点で、既に定めていた。
神戸市いこいの家舞子ビラ新本館建設事業提案競技募集要項【資料 3】では、
「土地信託制度により開発を行(う)」ことを前提とし(1 頁・1 項)、信託さ
れた土地上の施設については、「管理運営会社が床全面を一括賃借し、事業主
体として施設の経営を行う」(5 頁・5 項(7)②ア)とされ、その管理運営会社
は「株式会社方式とし、現存の神戸市関連会社を活用して平成 9 年度を目処に
設立する。」(6 頁・5 項(7)③ア)とされており、運営会社をマリンホテルズ
とすることが予定されていた(少なくとも信託契約の成立後に公募したり信託
受託者が指名したりするという方針は排除されていた。)。
そして、募集要項においては、この「運営管理会社」について、「提案競技
受託決定者(引用者注:信託受託者に該当する。)は管理運営会社の経営に参
画すること」とされている(6 頁・5 項(7)④)が、この条件指定の外には、管
理運営会社の運営(組織体制等)について「管理運営会社が当該施設を経営す
るにあたって、計画目標を達成するために最も実務的に適正であると提案者が
考える内容をもって設定すること。」(8 頁・8 項(2)③エ b))という条件のも
とで「経営計画」を策定するべきことが指定されていることしか管理運営会社
について言及するところはなく、信託受託者が運営会社に対して前掲の2点以
外の関与を行うことは応募提案の条件とされていない。
ウ
信託事業の内容確定、ホテル事業開始時の賃料設定
前掲神戸市の募集要項では、「信託と管理運営会社との賃料設定および所管
区分」について、「双方の運営・経営が最も理想的な形態となるよう考慮する
こと」という注記をおきながらも(8 頁・8(2)③ア)、信託受託者(となろうと
して計画を策定する者)が設定することが定められており、現に、信託銀行団
28
は、自らの判断により賃料設定を行った上で経営計画を提出して応募している
【資料 5】。
そして、現に前掲平成 10 年 8 月 28 日付け建物賃貸借契約が信託銀行団とマ
リンホテルズとの間で締結された際も、その賃料設定は、(消極的なものであ
れ神戸市の承認は得ていたであろうが)信託銀行団が独自に設定し、マリンホ
テルズは設定された賃料について諾否を述べたり、減額設定を求める交渉を行
ったりする余地はなかったであろうことが窺われ、また、現に、そのような交
渉が行われたということもない。
2
運営会社の運営管理上の法的責任の存否
(1) 舞子ビラ事業が実質的に破綻状態となった原因は、端的に述べると、ホテル事業
の収益性が、本件信託契約締結時(平成 8 年 10 月 1 日)及び本件信託契約の変更
契約締結時(平成 15 年 4 月 1 日)に計画、予定されていた程度に至らず、運営会
社(マリンホテルズ)の経営が大幅な赤字状態となり、従って、借入金の弁済や受
益者への信託配当の原資とされる運営会社からの賃料収入の確実性、安定性が大幅
に損なわれていることにある。
そうすると、本件信託契約において計画、予定されていた程度に舞子ビラ(ホテ
ル事業)の収益性を確保することができなかったことについての運営会社の責任の
有無を検証することが求められるということになろう。
(2) マリンホテルズの経営努力
ア
マリンホテルズの運営する舞子ビラは、開業初年度から赤字であり、現在に至
るまで、ホテル事業として実質的な黒字を上げるに至っていない。
しかし、マリンホテルズの関係者は、ホテル事業の赤字について、その原因を
考究し、可能な限りの改善策をとってきた旨を述べており、各種資料及びマリン
ホテルズ関係者から事情を聴取した結果からも経営改善のための相応の努力が
払われてきた事実が認められる。
イ
まず、マリンホテルズの関係者からのヒアリング及びヒアリングに際してとり
まとめられた資料から認められるものを分野ごとに列挙する。
(ア) 人員削減、人的組織再構築等の人件費抑制
平成 11 年度には、契約社員等の整理を行った(平成 15 年度までの累計で 485
百万円の人件費削減効果が生じたとマリンホテルズは評価している。以下、本
項において括弧内に金額を示す場合は、いずれもそのような金額の削減効果が
あったとマリンホテルズが評価していることを示す。)。
平成 12 年度には、スチュワード業務の見直しを行った(48 百万円の人件費
削減効果)。
平成 14 年度には、早期退職募集及び退職勧奨を実施した(6 名が退職し、28
29
百万円の人件費削減効果)。冬季賞与を一時金(勤続 3 年以上 5 万円、勤続 3
年未満 3 万円)として支給するに止めた(28 百万円の人件費削減効果)。また、
この外、退職金規程の見直し(51 百万円)、他企業への従業員出向(2 名、8 百万
円)といった大幅な人件費削減効果を有する給料・退職金体系の見直し、人員削
減を実施した。
平成 15 年度にも、前年度に引き続き、給与体系変更(85 百万円)、他企業へ
の従業員転籍(2 名、8 百万円)、他企業への従業員出向(2 名、8 百万円)といっ
た給料・退職金体系の見直し、人員削減を実施した。
平成 17 年度にも、他企業への従業員出向を増員した(4 名、16 百万円)。
平成 19 年度、平成 20 年度には、冬季賞与を一時金(19 年度一律 3.5 万円、
20 年度一律 3 万円)として支給するに止めた(各年度毎に 39 百万円の人件費
削減効果)。
また、平成 21 年度には、冬季賞与を凍結し(45 百万円の人件費削減効果)、
変形労働制の導入、食事補助額見直しを行って、人件費抑制及び人件費(を投
じて得た労働力)の効率的利用を行うこととした。
平成 22 年度には、報酬、給与等のカット(24.5 百万円の人件費削減効果)、
臨時雇の雇止め等(44 百万円の人件費削減効果)、定期昇給の凍結(3 百万円の人
件費削減効果)、年間賞与の凍結(48 百万円の人件費削減効果)を行って、それ
ぞれ人件費抑制を図った。
(イ) 舞子ビラの収益性の向上のための施策
平成 15 年度には、ホテル施設の委託契約等を変更した(36 百万円の経費削減
効果)。
平成 16 年度には、ホテルシステムコンピューター導入による業務の効率化
を行った。
平成 17 年度には、費用削減システムの確立(経費管理係の新設、入札相見積
の拡大と徹底)、部門別損益管理システムの導入(サービス・調理を統合管理
し、責任者の明確化、執行管理の強化)、進捗管理・検証システムの導入(検
証委員会により、四半期毎に各計画の進捗状況、経費の検証)といった経費削
減、損益管理の徹底を行うシステムを導入した。
平成 18 年度には、KEMS(神戸環境マネジメントシステム)を導入してエ
ネルギー資源の節減と水光熱費の抑制を図るとともに、閑散期に別館休館日・
レストラン定休日を設けて、諸費用を削減することとし、また、駐車場運営を
直営から「パーク24」社に運営を委託するように変更して設備投資の軽減を
図った。
平成 19 年度には、閑散期対策である別館休館日・レストラン定休日の制度を
30
拡大継続して更なる諸費用の削減を図った。
平成 20 年度にも、この閑散期対策の制度を更に拡大継続して更なる諸費用の
削減を図った。同年度において、神戸市からの借上社宅を返還した(6 百万円の
経費削減効果)。
平成 22 年度には、大浴場の廃止(8 百万円の経費削減)、原価率の 3%抑制(32
万円の経費削減)、物件費の削減(30 百万円の経費削減)を行った。
(ウ) 会社の運営に関する事業再編等
平成 14 年度にはマリンホテルズが舞子ビラとは別途に受託していた神戸タ
ワーサイドホテル事業の運営を辞退し、採算性の低い部門から撤退した(平均
的には年額 32 百万円程度の赤字を生じていた部門から撤退して、更なる赤字
の発生を回避した)。
ウ
また、前掲の経営努力の外、マリンホテルズは、次のとおり運営収支を向上さ
せるための努力を継続してきたことが認められる。
(ア) 賃料減額
マリンホテルズと信託銀行団との間の賃貸借契約においては、当初、賃料は
月額 103 百万円(本館等、別館等及び駐車場の分を合算した金額、但し、別途
消費税相当額が加算される。)とされたが、その後、順次、賃料減額が合意さ
れてきた。
この賃料減額は、本件信託契約の委託者兼受益者である神戸市と受託者であ
る信託銀行団との間で協議され、合意されたという性格が強いようであるが、
マリンホテルズもホテル運営の大きな経費となるホテル施設賃借料につき、神
戸市や信託銀行団との折衝や、神戸市と信託銀行団との間の協議への資料提供、
意見陳述を行う等して、減額が実現されるよう努力を尽くしてきたことが認め
られる。
(イ) 売上アップのための努力
マリンホテルズ内部の努力に加え、外部(神戸市や旅行代理店)との連絡調
整を密にして、ホテル施設利用者、ウェディングその他の宴会受注の拡大につ
いて努力を継続してきた。
舞子ビラは、神戸市内でも新幹線新神戸駅やJR西日本鉄道の主要駅である
三宮駅から隔たっているので、このような都市型のホテル施設としての性格で
同業他社と競争するだけではなく、舞子地域に密着したコミュニティホテル型
のホテル運営も指向し、同種の近郊都市区域での地域密着型コミュニティホテ
ルの運営に長年携わってきた専門家を招聘する等して、売上向上のための努力
を継続してきたことも認められる。
(ウ) ホテル設備管理業務経費
31
信託事業の開始当初は信託銀行団が所管していたホテル施設の管理業務を
マリンホテルズに移管するよう求め、機動的かつ効率的なホテル施設管理業務
が実現できるようにし、冗費の削減と効率的な施設管理費の投入が可能となる
よう取り計らった。
エ
リストラ(人件費、人員削減)
(ア) 一般には、ホテル事業は、大規模なホテル施設建物を建設することに多額の
投資を要するものであって装置産業の性格を有するが、施設建物の運用を開始
した後は、サービスに従事する多数の従業員を要することから労働力集約産業
の要素をも有するといえる。そこで、ホテル事業の運営の適否を検討するに際
しては、多数の従業員を業務に就かせるについて生じる人件費の投入が合理的
になされているかどうかを検討すべきところ、マリンホテルズは、後述のとお
り外部の専門家からも人件費の負担が過大であることが指摘されたりもして
いるところであるので、人件費の抑制に関するマリンホテルズの取り組みの内
容を特に取り上げておくこととする(ホテル事業が装置産業の性格を有すると
いう面では、当初の投資の適否も検討されるべきであるといえないわけではな
いが、マリンホテルズは投資の規模、内容を決定できる立場にはなかったので、
マリンホテルズの運営の適否を検討するに際して、当初の投資の適否を論じる
ことは適当とは言い難い。)。
(イ) 平成 14 年 1 月、マリンホテルズは、後述のとおり株式会社ビジネス総合研
究所に依頼して、今後あるべき経営の方向、経営戦略等についてのコンサルテ
ィング(調査)を受けたが、同時に、具体的な経営提案(指導)として、同社
及び松永和美社会保険労務士から、リストラ(人員削減、人件費抑制)の実施
とこれに伴う雇用関係助成金の受給停止への対応、および新たな事業展開を行
うべく介護関係事業に進出することについての提案を受けた。
マリンホテルズは、株式会社ビジネス総合研究所らの提案をそのまま受け入
れて実行に移すことはしていないが、これは同社らの提案がリストラと共に新
規事業(介護関係事業)の展開までを視野に入れたものであって、既に実質的
に債務超過にあるか、そうではないとしても債務超過の状態に限りなく近い状
態にあり、また、神戸市や信託銀行団の経営方針に関する意向、指導を受け入
れざるを得ない実情にあるマリンホテルズが独自にこのような大きな事業構
造の転換を行うということは極めて困難であったためであり、株式会社ビジネ
ス総合研究所らの提案を漫然放置していたといったものではなく、むしろ、そ
の提案のうち、リストラを実施して人件費を抑制しなければならないという助
言を真摯に受け止め、前掲の人員削減、人的組織再構築等の人件費抑制を積極
的に展開してきたものと認められる。
32
なお、この提案のあった平成 14 年度のマリンホテルズの舞子ビラホテル事
業に従事する職員数は 207 名であったものが、翌年度には 162 名に削減されて
いるようであって、マリンホテルズは特に平成 14 年度から積極的に人件費抑
制に努める姿勢を明確にしたということができる。
(ウ) 従って、舞子ビラ事業の開業当初は、結果的に過大な需要予測に基づき投入
された人件費が冗費となっていた面を否定することはできないものの、その過
剰な出捐がマリンホテルズのホテル運営について致命的な障碍となったとは
評価し難いし、また、遅くとも平成 15 年以降は、人件費を抑制し、従業員の
福利厚生、経済的処遇としてはともかく、経営的な観点からは、効率的な人件
費の投入がなされる体制を整えるべく努力し、そのような体制が実現しつつあ
ったといって差し支えないであろうと思われる(なお、マリンホテルズの関係
者は、近時の舞子ビラの日常業務について、「毎日のオペレーションをぎりぎ
りの人数で廻していて、なかなかよくやっている、あの人数でよく営業できる
ものだと取引先等から評価されていた」旨を述べている。)。
(3) マリンホテルズの経営悪化の原因
ア
(2)に列挙したマリンホテルズの経営努力のための各方策の一部については、
本来なら開業当初から執られているべき方策であるとも言い得るものであり、開
業当初、マリンホテルズのホテル運営に、冗費の出捐、非効率的な運営が全くみ
られなかったとすることは困難であるが、ホテル運営のオペレーションを開始す
るに際して人員配置やその外の経費出捐について一定の冗長性をもたせる必要
があることは否定できず、その全てが経済的合理性を欠くものと断定することは
できないし、その後、ホテル運営のオペレーションを継続する過程で、その時々
のホテルの具体的運営状況に対応して人員配置やその外の経費出捐について改
善がなされてもなお、ホテル経営の収支に顕著な改善はみられないことからして
も、マリンホテルズの経営悪化の主要な原因は、これら既に対策が講じられた要
因(人件費負担等の運営経費の超過)によるものではないということが推認され
るといってよい。
そして、マリンホテルズや神戸市が舞子ビラ事業に関して意見を求めた各種専
門家は、マリンホテルズの経営悪化の原因について、次のとおりの見解を示して
いる。
イ
平成 14 年 1 月 16 日付け株式会社ビジネス総合研究所の報告書
(ア) マリンホテルズの依頼により、経営コンサルタント、公認会計士、不動産鑑
定士、税理士及び社会保険労務士が、同社の経営課題、財政状態、収益性、組
織体制等について調査し、今後あるべき経営の方向、経営戦略等についてとり
まとめたものであるが、神戸市、信託銀行団をも含めた集合事業体としての「舞
33
子ビラ」事業を分析したものとされる。
(イ) 同報告書においては、「Ⅲ.経営の実態と問題の所在」(6 頁以降)として
「1.不動産所有の特殊性と経営システムの特殊性」、「2.過大な人件費」、
「3.当初の建築費と事業計画」の項目を掲げて、ホテル施設の賃料と人件費
が大きな経営課題であることを指摘している。
特にホテル施設の賃料については、「これだけの事業を全て借入金により賄
い、それを家賃に引き直して30年で回収できると考えた点に最大の認識誤り
があったといえます。」、「事業計画と実績のギャップについてはP16のと
おりです。平成11年度で舞子ビラにおける実績との売上のギャップは608
百万円、平成12年度で836百万円、平成13年度に至っては半期で599
百万円ものギャップが生じています。これが利益にそれぞれ444百万円、3
48百万円、234百万円のギャップを生じさせており、初年度からこれほど
のギャップが生じることは正常ではなく、いかに杜撰な事業計画を基礎に建物
建設が進められたかということがわかります。」、「ホテルやゴルフ場のよう
な装置産業では、イニシャルでの巨額の投資が命運を左右し、オペレーション
における経営努力では如何ともしがたい状況に陥ることが多いのですが、舞子
ビラは震災後の神戸経済がどん底に落ちた時期に建築されたものであり、適正
かつ保守的な見地からの事業計画の設定が求められるにもかかわらず、明石海
峡大橋等の一時的な需要増をあたかも永続的な需要にみたて、このような『建
築費を逆算』したような事業計画に基づき『まず建築ありき』を実行したこと
は、今回の経営再建にあたっての責任分担を考える上で重要なポイントです。
また、このことは、当社(引用者注:マリンホテルズのこと)にとっても事業
の収益性に見合わない高額な家賃を負担させられ続けていることを意味しま
す。この収益に見合わない家賃設定の問題の根本的解決なしに、当社の再生は
ありえませんし、家賃問題を放置して人員削減等のリストラに取り組んだので
は従業員に対しても経営者としての責任を果たさないまま痛みを従業員のみ
に押しつける結果となります。」との総合的な評価を加えている。
(ウ) その上で、同報告書は、現行(平成 14 年)で年額 1,080 百万円とされる賃
料について、年額 896 百万円との需要者サイドからの適正賃料額が積算される
としながら、「ただし、これについても現状はさらに悪化しているため、修正
が必要です。」(30 頁)として、802 百円が信託期間を50年に延長した後の
適正額であるとしている(33 頁)。
そして、信託期間の延長と賃料の引下を行った場合の、宴会、宿泊、料飲部
門毎に収益シミュレーションを行った上で、なお、抜本的な解決は「今までの
延長線上にない思い切った方策の導入が必要であります。」(60 頁)として、
34
①ケアハウスの導入、②人件費削減・レストラン部門の外注化、③土地売却に
よる信託銀行団借入金の削減という、従前の土地信託契約及び賃貸借契約によ
るホテル施設の運営という枠組みを大幅に変更する改革を提言する結論とな
っている。
(エ) 同報告書は、神戸市、信託銀行団をも含めた集合事業体としての「舞子ビラ」
事業を分析したものであり、この報告を受けたマリンホテルズとしては、信託
期間の延長や賃料の減額設定といった契約当事者として一方的に決定できな
い事項や、「①ケアハウスの導入」及び「③土地売却による信託銀行団借入金
の削減」といった信託事業の枠組みを変更する事項については、単独で対応す
ることは不可能であり、独自に対応することが可能であったのは、人件費が過
大となっているという問題点にとどまるものである。
そして、この人件費が過大となっているという指摘については、マリンホテ
ルズは、その後、リストラその他相当の人件費抑制策をとっており、同報告書
で指摘された問題点について、然るべき対応をしたと評価して差し支えないと
いえるであろう。
一方、信託期間の延長や賃料の減額設定といった事項については、平成 15
年 4 月 1 日付けの建物賃貸借変更契約により、信託期間の延長やこれに伴う建
物賃貸借期間の延長が実現し、その際、ホテル施設の賃料も平成 14 年度は年
額 8 億 4000 万円、平成 15 年以降は年額 9 億 5880 万円とされて【資料 19】、
一定程度の実現をみたといえるものの、平成 15 年以降の賃料は、同報告書の
積算した適正賃料額の水準にも達していない等、上記の建物賃貸借変更契約は、
同報告書が指摘した「『建築費を逆算』したような事業計画に基づき『まず建
築ありき』」のホテル建設費の回収のために賃料額が設定され、「イニシャル
での巨額の投資が命運を左右し、オペレーションにおける経営努力では如何と
もしがたい状況」ともいえる問題点を抜本的に解決するものではなかったとい
える。また、同報告書は、同報告書に示された適正賃料額が設定されれば問題
が解決する見込みが高いことを指摘したものではなく、なお売上水準の維持向
上や資金需要・金利水準の問題から「①ケアハウスの導入」及び「③土地売却
による信託銀行団借入金の削減」といった大幅な方針転換を検討するべきこと
を提言するものであったが、そのような提言が採用されることはなかった。
(オ) 以上、平成 14 年 1 月 16 日付け株式会社ビジネス総合研究所の報告書におい
て指摘された問題点のうち、人件費の問題については、同報告書の指摘を受け
るまでは漫然放置していたという誤りが指摘されないわけではないものの、マ
リンホテルズはこれを重要な経営課題と認識した後は、然るべき対応を行って
いると評価できるものであって、同報告書は、マリンホテルズの運営会社とし
35
ての問題点を明らかにしたものというよりも、「結果的に過剰投資であったと
評価できないわけではないホテル建設費を当然の前提としてこれを回収する
という賃料設定方法に事業収益構造の最大の問題がある」という指摘を行った
ものと評価することが妥当であり、かく解すると、同報告書は、むしろマリン
ホテルズは運営会社としては重大な過失や懈怠なく舞子ビラ事業の運営管理
を行っていたということを報告したものと捉えることになるであろう。
ウ
2010 年(平成 22 年)8 月 31 日付け有限会社エーエム・ワークスの「シーサイ
ド舞子ビラ神戸
事業デューデリジェンス報告書
(ア) 神戸市の依頼により、「ホテル・旅館・レストラン・ウエディング・アミュ
ーズメント施設などを専門とした運営支援・経営改善をコンサルティングする
プロフェッショナルチーム」(同社のインターネット上のウエブ・サイトにて
標榜されている自社の位置づけ)である有限会社エーエム・ワークスが、舞子
ビラの事業施設としての収益性等を調査した事業デューデリジェンスの結果
をとりまとめたものである。
同報告書においては、神戸市内のホテル事業の概況等、舞子ビラを取り巻く
経営環境について一定の分析を行った上で、舞子ビラの各部門(レストラン部
門、宴会部門等)の収益状況の調査検証や、収支分析を実施した上で、「9
事
業評価と改善提案」(95 頁以下)において、問題点の整理と事業スキームの見
直しも含めた改善提案を行っている。
(イ) 同報告書における問題点の整理としては、総論的講評において「当該ホテル
は宿泊機能以外にもレストラン、宴会場、その他付帯施設を多くもつ多機能型
シティ/コミュニティホテルであるが、そういった多機能型ホテルの運営は機
能が複雑であるがゆえに難しく、大手ホテルチェーンであっても運営能力の拙
さにより適正な売上・利益を産み出せていないケースも多くみられる。そうい
った中で、前章までの評価・分析に基づくと、当該ホテルは現状の市場環境、
施設商品力からみて総評的には及第点と言える競争力・売上・利益率を達成し
ており、運営能力としては平均以上のレベルを有していると判断する。」とし
て、マリンホテルズのホテル運営には一定の能力、実績が認められると総括し
ている。そして、「今後さらに当該ホテルの収益性を向上させるために考慮す
べき問題点を整理して下記に列記する。」として、「①宿泊、レストラン、宴
会に関して、全体的に商圏が狭く、全国的にも知名度が低い。②客層も高齢者
主体で先細り傾向であり、客層の拡大・新規顧客獲得が不充分である。③マー
ケティング不足や施設の陳腐化により、顧客のホテルへのロイヤリティが低下
している。④本館客室や宴会場内装、レストラン内装(特に有栖川)の経年劣
化により施設商品力が低下し、売上低迷に結びついている。⑤予算縮小により
36
充分なマーケティング活動が出来ず、広範囲に向けての告知力や宣伝力に欠け
る。⑥同じく予算縮小により、PMS(Property Management System:フロン
トシステムや顧客管理システムなど、ホテルを運営するための総合システム)
やPCなどの運営管理上のコンピューターシステム、並びにPBX及び客室イ
ンジケーターなど諸設備の老朽化が進行しており、運営効率や営業面で支障を
きたしている。また、それが人員効率化の阻害要因にもなっている。⑦従業員
のゲストコンタクトに対するスキルに個人差があり、リピーターの醸成が出来
ていない。また、顧客管理支援システムの整備も遅れている。⑧人材開発プロ
グラムが無く、スキルアップトレーニングやモチベーション向上トレーニング
なども実施できておらず、社員の士気が低下しつつある。⑨指示、伝達系統も、
上層部では徹底されているようであるが、各部門内のコミュニケーションは不
明瞭で、部門間でもマネジメントによって差がある。そのため、新たな改革な
どを試みても、末端の社員には指示が行き届いてない部門がある。⑩神戸市か
ら派遣されている役員の人件費は、ホテル単体としての必要経費の観点からみ
ると、役務とコストのバランスにおいて疑問がある。」(注記:丸囲みによる
番号は引用者において付したもの。)と10項目の個別の問題点を指摘してい
る。これら指摘された問題点のうち①、②の問題や、③のうち施設の陳腐化の
問題、④の問題は、ホテルの立地や経年や環境変化によるものであって、運営
会社であるマリンホテルズには対応が不可能ないしは極めて困難な事項であ
り、③のうちマーケティングの問題、④、⑤、⑥の問題は、これら問題の解消
のために営業開発を行ったり、什器備品等の拡充を行ったりするには、相当の
資金を投下する必要があり、運営会社であるマリンホテルズにとっては独自の
判断や計算においてこれらに対処することは容易ではなく、⑩の問題も、神戸
市や信託銀行団との調整なしに対応は不可能である。従って、有限会社エーエ
ム・ワークスが、運営会社であるマリンホテルズにおいて対応可能な(逆に述
べると不十分な点があるとされる)ホテル事業の問題点として指摘しているの
は、⑦、⑧、⑨の問題、すなわち、従業員教育や指示・伝達系統の整備に止ま
るものといってよいと考えられる。
これら運営業務の人的オペレーティングの面で、マリンホテルズの運営に不
十分な点が指摘されているが、主に売上率等の客観的指標をもとに「当該ホテ
ルは現状の市場環境、施設商品力からみて総評的には及第点と言える競争力・
売上・利益率を達成しており、運営能力としては平均以上のレベルを有してい
ると判断する。」という評価が下されていることや、各問題点の指摘でも、「ス
キルに個人差があり」(⑦、個人的には相当のスキルを身につけている者もあ
るという評価と解釈できる)、社員の士気が低下しつつある(⑧、「低下して
37
しまっている」という評価ではないと解釈できる)、「上層部では徹底されて
いるようである」(⑨、指示、伝達系統の整備について努力はしていると評価
したと解釈できる)といった全面的に運営体制を否定する評価とはなっていな
いことからすると、有限会社エーエム・ワークスの問題点の指摘は、マリンホ
テルズの運営体制には改善すべき点があることを指摘しつつも、従前の運営体
制に致命的欠陥があり、これがホテル事業の収益性を損ねていたという判断を
下したものとはいえないと解される。
(ウ) そして、同報告書においては、具体的な改善提案として、「①商圏の拡大お
よび客層の拡大に向けては、マーケティング力強化が求められるが、単体のホ
テルではブランド力に欠け時間もかかるため、全国ホテルチェーンブランドの
フランチャイズによる導入を薦める。当該ホテルの運営力は標準以上ではある
ので、運営委託など運営スキル面での指導は受ける必要はなく、商圏の拡大・
全国レベルの送客力拡大だけを期待する意味で大手ホテルチェーンのフラン
チャイズ或いは送客支援契約を受ける事が適当と思われる。②候補に関して軽
くヒアリングした結果も踏まえ、ニューオータニ、JALホテルズ、リーガロ
イヤル、グランヴィア(JR西日本ホテル開発)などが候補と考える。③施設
商品力強化については、本館客室改装、レストラン内装改修などを優先的に実
施すると考え、キャッシュフローをにらみながら順次改装を実施、以後継続的
に適切な再投資を行なう。④老朽化したシステムや施設機器のリニューアルを
実施し、運営効率の改善を図る。⑤人材開発担当者・部門を選任し、適切なト
レーニングシステムの開発やトレーニングの実施、及び社内コミュニケーショ
ンの強化を図る。⑥神戸市からの役員派遣およびその人件費負担は極力最小限
とし、ホテル単体としての経営・運営に実質的に必要な人員でのスタッフ構成、
人件費とする。」(注記:丸囲みによる番号は引用者において付したもの。)
という 6 項目が示されているが、①、②については、ホテルのフランチャイズ
加入等による知名度、集客力の向上が提案されているものであって、マリンホ
テルズとしては独自の判断でこのような加入等を行うことができるものでは
なく、③、④については、新たな資金投下が必要という面で、マリンホテルズ
としては独自の判断、計算によりこれらを実施することは容易ではなく、⑥に
ついても、神戸市との調整が必要な事項であるといえ、マリンホテルズが独自
に対応可能であるのは、⑤の人材開発、社内コミュニケーションの向上しかな
いということができる。
この⑤の人材開発、社内コミュニケーションの向上については、そのための
社内での総括機関を設置する等、提案のとおりの取り組みがなされたとまでは
いえないようであるが、マリンホテルズとしてはホテル営業について相当の知
38
見を有する専門家を招聘して従業員の指導も担当してもらう等、提案を受ける
以前から人材開発等については相当の努力を継続していたことが認められ、ま
た、かかる提案を受けて、これを具体化することを検討していることも認めら
れるところであるので、この提案のような取組が提案の以前になされず、また、
以後も具体化されていないという一事をもって、運営会社であるマリンホテル
ズのホテル運営に問題があったという結論を導くことは相当ではないであろ
う。
なお、同報告書もこの提案と共に、「尚、先にも述べたように、当該ホテル
の現状の営業実績は厳しい市場環境、現状の施設商品力の中では比較的健闘し
ているレベルであると言え、上記改善策が適正に講じられたとしても、当該ホ
テル内で確保できる収益には限界があり、過去実績に比較して大幅な収益拡大
を望むことは難しい。当該ホテル内での改善策という訳ではないが、優れた運
営能力を活かして、当該ホテル以外のホテル施設の運営受託を求めることも、
施設外での収益確保、人員の有効活用、人件費の効率化、料理等の生産性効率
化という面において、ホテル経営会社であるマリンホテルズの経営改善の方策
として検討すべきと考える。」と、マリンホテルズ自体は「比較的健闘してい
るレベル」という評価と共に、同社の「優れた運営能力を活かして」ホテル施
設の運営受託の規模を拡大して、スケールメリットによる運営収支の効率化を
図ることを提言しているぐらいである。
(エ) そして、同報告書においては、「事業スキームの見直し」として事業全体(特
に賃料設定)の枠組みの再構築について言及している。
「当該ホテルの運営者であるマリンホテルズは多額の債務超過状態に陥って
いる。ここまでの分析・評価において指摘したように、運営面において改善す
べき点は多少あるものの、昨今の厳しい市場環境の中においても運営上の競争
力は一定のレベルを堅持し、運営の難しい多機能型ホテルとしてはGOPレベ
ルにおいて比較的良好な水準を維持しており、ホテルオペレーターとしての運
営能力は比較的高いと評価できる。それにも関らず債務超過が続いている最大
の要因は、賃料負担が重すぎることにあると判断する。」「賃料支払によって
ホテルが産み出すキャッシュフローが枯渇してしまい、ホテルとして施設商品
力を維持・改善するために必要となる再投資に向ける資金がないために、経年
劣化による施設商品力の低下が目立ち始めた中で「競争力の低下⇒業績の低下
⇒債務超過の拡大⇒運営予算の削減⇒競争力の低下」という負のスパイラルに
陥りつつあると推察する。」として、賃料支払の負担がホテル施設に再投資す
るべき運営収入の相当部分を圧迫し、そのためにホテル施設の競争力が低下す
るという負の循環に陥っていることが推察されることを指摘し、「当該ホテル
39
の賃料は、信託銀行団(オーナー)がホテル開発時に調達した資金の元利返済
額に建物・設備の維持更新に係る長期修繕計画に基づくCAPEX費用(修繕
投資)、信託報酬その他不動産費用を加味して設定されているが、特にCAP
EX費用が厚く想定されていることが、賃料の高さに大きく影響しているよう
である。」「CAPEXは建物・設備を良好な状態で維持するために不動産全
般に共通して必要な費用であるが、ホテルは土地・建物を運営して集客するこ
とにより初めて収益を産む収益不動産であるので、集客に値する施設商品魅力
度を維持・改善させるための施設商品力維持・改善再投資は、ホテル事業を継
続する上でCAPEX以上に重要な役割を担う。すなわち、CAPEXについ
ては、緊急を要する状態でない限り、細かいメンテナンスや補修により費用の
支出を先延ばしにできる場合が多く、そうしたとしてもホテルの集客や売上に
直接影響を与える場合は少ないが、施設商品力維持・改善再投資については、
それを先延ばしにすることが集客や売上、収益性に影響する可能性が大きい。」
として、同報告書にいう「CAPEX費用(修繕投資)」を手厚く設定してこ
れを賃料設定に反映させていることが賃料の高値硬直化を生じさせていると
し、「当該ホテルでは、CAPEXについてはオーナーである信託銀行団が管
理執行し、施設商品力維持・改善再投資については賃借人であるマリンホテル
ズの責任範疇となっているが、前者の資金確保を優先した賃料設定が成されて
いるために、後者の再投資にほとんど資金を割けない状態となっている。当該
ホテルが所有直営されていたとすれば、ホテル経営者としてはホテル事業収益
の最大化を目的として、施設商品力維持・改善再投資にプライオリティを置き
ながら、CAPEXについては緊急度を見極めながら投資配分を決定してゆく
のが本来の姿である。」として、CAPEXの設定、賃料への硬直的な反映の
ために、ホテル運営により重要な「集客に値する施設商品魅力度を維持・改善
させるための施設商品力維持・改善再投資」に関して運営会社であるマリンホ
テルズは資金的余裕を奪われていることが問題であり、「そこで、信託スキー
ムを継続するか否かは別として、オーナー(賃貸人)とホテル会社(賃借人)
の関係としては、ホテル運営者であるマリンホテルズがホテル収益の最大化・
維持の観点から再投資配分について主導権を持ち、ホテルの運営が産み出すキ
ャッシュフローから適切な再投資資金(施設商品力維持・改善再投資+CAP
EX)と適切な利益を確保した上で、オーナーに対する賃料を支払うスキーム
とすることが望ましいと考える。但し、オーナーとしても、神戸マリンホテル
ズのホテル経営方針がホテル事業の専門的見地からみて適切であるかどうか
を見極め、ホテル経営(利益)および投資支出に対する監査・承認権を持つ必
要があるので、オーナーサイドでホテル事業に関して専門知識を持つアセット
40
マネージャー機能(内包または外注)を持つ必要がある。これらを踏まえたス
キームの概念図を下記に示す。」(注:「下記」概念図の引用は省略)として、
同報告書にいう「再投資資金(施設商品力維持・改善再投資+CAPEX)」
の投入判断やその財源を運営会社であるマリホテルズが把握するのではなく、
信託銀行団が把握している現況(枠組み)に問題があるとして、以下、「施設
商品力維持・改善投資に向ける準備金(FFEリザーブ)とCAPEX」の配
分を行う「5カ年程度の中長期計画」による賃料設定を行うことを提案してい
る。
このように同報告書は、全体的な結論としては、運営会社であるマリンホテ
ルズの運営には一定の改善の余地がないわけではないものの、ホテル事業の不
振については、これに起因する要素は乏しく、むしろ、適正な施設商品力維持・
改善投資に向ける準備金(FFEリザーブ)をマリンホテルズが維持できるよ
うな賃料設定がなされていないことを最大の問題として捉えたものであると
解釈できる。
(オ) 以上、2010 年(平成 22 年)8 月 31 日付け有限会社エーエム・ワークスの「シ
ーサイド舞子ビラ神戸
事業デューデリジェンス報告書」については、マリン
ホテルズに対して、特に人材開発、社内コミュニケーションの向上の分野にお
いて改善を指摘するものではあるものの、マリンホテルズにホテル事業不振の
責任を問うという結論ではなく、賃料設定の枠組み自体に最大の問題があると
いうことを指摘したものと評価することが妥当であり、かく解すると、同報告
書は、むしろマリンホテルズは運営会社としては重大な過失や懈怠なく舞子ビ
ラ事業の運営管理を行っていたということを報告したものと捉えることにな
るであろう。
エ
平成 22 年 3 月 18 日付け弁護士法人神戸シティ法律事務所の神戸市舞子ビラ土
地信託事業のあり方に関するデューデリジェンス業務報告書
(ア) 同報告書は、「本件デューデリジェンス受託業務は、平成 21(2009)年 4 月 1
日に施行された「地方公共団体の財政の健全化に関する法律(以下「財政健全
化法」という。)並びに総務省等による第三セクター等の抜本的改革等に関す
る指針等に基づいて、神戸市の舞子ビラ事業における信託財産及びその中心と
なる第三セクターであるマリンホテルズの資産・負債や損益の状況、営業キャ
ッシュフローの動向、経営悪化の原因、今後の関連市場の動向や経営の見通し、
現状のまま経営を続けていった場合の地方公共団体の財政負担等について分
析し、「経営改善のための方策」を検討する際の資料を提供するために作成提
出されるものである。」(1 頁)とされ、舞子ビラ事業の信託スキームの内容
の検証、分析を行った後、特にマリンホテルズの経営状況を詳細に分析して、
41
今後の舞子ビラ事業の再生方法等を検討するものである。
(イ) 同報告書においては、「いずれにしても今後もマリンホテルズ社に事業を委
託するとなると、同社には、第三セクターとしての意識を払拭し、抜本的なコ
スト削減を意識した経営が求められることは明らかであろう。」(40 頁)とい
ったマリンホテルズに対する厳しい提言が含まれていないわけではない。
しかし、信託事業の経営分析の部分では、信託銀行団が今後必要とされる設
備投資を行い融資銀行に対する元利金の返済を約定どおり行うために必要な
ホテルの賃料は年額 823 百万円であるところ、現状の収支を前提する限り、こ
の賃料を支払うに足る収益を上げるための経費節減を人件費にのみ求めると
すると、年額 1,086 百万円から年額 736 百万円へ、年額 350 百万円の削減(人
数比で換算すると 281 人から 190 人まで 91 人削減)を要することとなり現実
的ではないとする(25 頁、26 頁)等して、「売上高を今後の予測に 400 百万
円を増額させる 4,200 百万円、あるいは人件費等の経費で年間 350 百万円の削
減により営業粗利益(GOP)1,000 百万円を継続的に実現できる収益構造に転換
できれば、現在のスキームを維持しながらの事業存続が可能なようにみえる。」
「しかし、営業粗利益(GOP)を増額させるには、売上増とともに、人件費等の
削減が必要である。しかし、過去 5 期において売上高が現時点の売上高を上回
っていた時期においても売上粗利益(GOP)は最高で 900 百万円弱が実績であり、
これをさらに 1,000 百万円まで増益をさせることは相当に困難である。」(27
頁)と信託事業の枠組を維持するために必要とされる年額 823 百万円の賃料設
定を維持してマリンホテルズの運営を継続することは困難であるとしている。
また、「ホテル成行きシナリオをベースに現金が回る水準まで賃料の減額を
行うと、2012 年 3 月期から 2018 年 3 月期にかけて支払が可能な賃料は 500~
550 百万円程度である。また、今後必要な長期修繕費を勘案すると、2019 年 3
月期以降に支払可能な賃料は 472 百万円となる見通しである。」として、最大
でも年額 550 百万円が現在の状況を前提としたマリンホテルズの支払い可能賃
料額であるとしている(27 頁)。
(ウ) 同報告書は、現在の状況に立ち至った原因については、今後の再建スキーム
の中で、再建に伴う損失を負担するべき責任主体を検討する部分(41 頁)にお
いて言及するだけで、その調査、検討の主眼は今後の再建スキームを検討する
ことにあるといえ、格別にマリンホテルズの運営責任の有無について言及した
ものではないといえるが、前記のとおりの同報告書における検討に鑑みれば、
少なくともこのデューデリジェンス事業が実施された平成 22 年 3 月の時点に
おいては、マリンホテルズ自体が経営努力を行うことによっては、信託の枠組
みを維持できるだけの事業収支を実現することは困難であるという判断が示
42
されたものと評価することができるであろう。
(4) 結論-マリンホテルズのホテル運営会社としての法的責任の存否
以上、各種資料の検討及びマリンホテルズの関係者からのヒアリングを行い、また、
株式会社ビジネス総合研究所、有限会社エーエム・ワークス及び弁護士法人神戸シテ
ィ法律事務所がそれぞれ舞子ビラ事業の全般に渉り調査、検討を行った結果に徴する
ところでは、マリンホテルズの舞子ビラ事業の運営に関しては、開業当初の時期には
一定の冗長性があったことは否定できないところであるが、それは開業当初にホテル
のオペレーションを開始するに際して必要なものであったという余地があり、また、
マリンホテルズの関係者は外部の有識者の意見を採り入れる等して、改善余地のある
経費出捐等を洗い出して対応していくことに努力を尽くしてきたと認識しており、外
部の意見もこのような認識が正しく、賃料設定に問題があったということを示してい
るということができる。そして、GOP(売上高営業粗利益、Gross Operating Profit)
その他のホテル事業の経営指標として重視される各種経営指標も、このような評価を
裏付ける。
マリンホテルズは、いわゆる第三セクターと評価される株式会社であり、半官半民
の会社であるが故の非効率性があったのではないかという指摘もなされるところであ
り、確かに神戸市職員の元職員の役員就任や出資企業からの役員派遣等、そのような
非効率性の存在を疑わせる事実もないわけではないが、マリンホテルズは基本的には
宿泊、宴会施設の運営を業務として長年実績を有していた会社であり、また、舞子ビ
ラという大規模なホテル施設の運営受託に際しては専門家、経験者を雇用する等の措
置もとっていたものであって、巷間言及されるような半官半民会社の非効率性という
ものが会社の運営に大きな影響を与えていたとは認め難い。
以上のとおりであるから、マリンホテルズには、事業を当初の収支計画どおり運営
していくについてその運営を大きく怠ったという責任を認めることはできない。
3
神戸市、信託銀行団の運営管理上の法的責任の存否
(1) 前項に述べたとおり、運営会社(マリンホテルズ)はホテル事業の運営において相
当の努力を尽くしており、赤字計上が恒常化し、ホテル事業の継続が極めて困難な
状態に立ち至ったことについての法的責任を認めることはできないという判断に至
ったものであるが、舞子ビラ事業は、実質的にはホテル事業のみがその具体的な事
業内容であり、ホテル事業の成否が舞子ビラ事業の成否に直結していることは明白
なのであるから、ホテル事業の成否について強い利害を有している神戸市及び信託
銀行団も、一定の関与を行うべきであったといえる。
従って、運営会社(マリンホテルズ)にホテル事業の破綻について法的責任を認
めることはできないとの結論にもかかわらず、神戸市及び信託銀行団のホテル事業
の運営に関する法的責任の存否が検証されるべきである。
43
(2) 神戸市
ア 神戸市が運営会社(マリンホテルズ)に行った関与のうち主要なもの
神戸市は、信託事業の枠組を設定するに際して、事実上、その運営会社をマリンホ
テルズと指名した。
取締役及び幹部従業員(常務、総務部長)に神戸市の現職職員ないしは元職員を派
遣している(かつては、社長も神戸市から派遣されていた。)。
マリンホテルズがその事業資金(運転資金)を金融機関から借り入れるに際しては、
金融機関の求めに応じていわゆる経営指導念書を金融機関に差入れ、また、後には神
戸市自体が自ら事業資金(運転資金)をマリンホテルズに融資している。この外、売
上向上のための企画立案等について一定の協力を行ったことも指摘される。
イ 神戸市の関与に対する評価
マリンホテルズには、神戸市の職員が派遣され、派遣された職員は常務取締役ない
しは総務部長といった、マリンホテルズの業務執行の現実のオペレーションを担う経
営幹部の地位に就いていた。特に、総務部長に就任した神戸市からの派遣職員は、実
質的には財務部長(会社の資金繰り管理を担当し、その融資交渉等も担当する)に相
当する職を兼任することになった者もあったほどである。
これら神戸市からの派遣職員は、神戸市の吏員としての経験及び人脈を生かし、マ
リンホテルズ内部の組織の統轄、信託銀行団及び融資銀行その他の取引先企業との連
絡調整について、相当の貢献をしたものと認められる。このような神戸市の関与は、
マリンホテルズ内に有用な人材を派遣してマリンホテルズの業務を遂行させる面で
も、また、神戸市がマリンホテルズをバックアップしているということを取引先企業
に示す面でも、マリンホテルズの運営について、無形ながら相当の貢献をしたものと
評価できる。しかし、マリンホテルズのホテル事業の運営を、これら組織の内部調整
や組織間調整といったものも含む広義の概念としてではなく、ホテル事業を現実に運
営する(オペレーションしていく)という狭義の概念として捉えたとすると、神戸市
の職員は、基本的には、ホテル業務その他サービス業に従事した経験もなく、世上い
わゆる営業マンの業務に従事した経験もなく、ホテル事業との関係では専門的な知識、
経験を有すると評価することはできず、神戸市が売上向上のための企画立案等に協力
したといったことも、マリンホテルズの売上を劇的に改善、向上させるようなものに
は至っていないのであり、神戸市からの派遣職員や神戸市の組織としての運営協力が、
このような狭義の意味でのマリンホテルズの運営に大きな向上や改善をもたらした
といった格別の事実は認められない。
すなわち、神戸市の貢献は、マリンホテルズという一個の企業がその組織を維持し
発展させていくという抽象的な面では大きな評価ができるものの、ホテル業務そのも
のについては、格別の貢献として評価し難いところである。
44
また、経営指導念書の金融機関への差入や直接の融資といった経済的援助は、金融
機関のマリンホテルズへの金融打切への代替的性格が強く、マリンホテルズが運転資
金の融資を受けて経営を存続させていくためには有用であったことは勿論であるが、
これもマリンホテルズの運営そのものに対する協力、貢献とはいいにくい面がある。
ウ
神戸市の法的責任の存否
(ア) 以上のとおり、神戸市は、運営会社であるマリンホテルズのホテル運営について、
組織統括や組織間調整に有意な人材を派遣したという点では一定の貢献が認められ
るが、具体的なホテル事業の運営について、相当の役割を果たしたとは評価し難い。
しかし、元々、商事行為、特にホテル事業について、知識も経験も有しない地方
公共団体である神戸市に、ホテル運営について大きな協力、貢献を行って実績を上
げる(マリンホテルズに上げさせる)ことを期待することはできないものであり、
また、神戸市がマリンホテルズに対して行った関与について明らかに違法不当であ
るとされるべきものは認められないのであるから、神戸市がマリンホテルズのホテ
ル運営について行った協力は消極的に評価されるべきとはいえるものの、そのこと
をもって、神戸市に法的責任を問うことはできないというべきである。
(イ) ただ、神戸市はマリンホテルズを運営会社に選任するに際して、例えば、マリン
ホテルズに詳細な運営計画(前述の狭義の「運営」の観点からするホテル事業運営
に関する具体的な事業計画であって、単なる収益見込、向上策の計画書といったも
のとは異なるもの)を作成させてこれを検証する等、マリンホテルズが信託事業の
計画どおりにホテル運営を行っていく体制を構築することに協力しようとしたとい
う態度は窺われない。
また、神戸市は、信託銀行団に対して、信託銀行団がマリンホテルズのホテル運
営について、前述のような狭義の意味でも関与するよう求めることに積極的であっ
た様子も窺われない。
これらの事情からすると、神戸市は、マリンホテルズのホテル運営会社としての
能力を具体的に検証しようとすることについて消極的で、同社の能力を盲目的に過
信していたという評価が下されないわけではないし、また、神戸市が信託銀行団に
対してホテル事業の運営そのものについて関与を求めることに消極的であったこと
は、舞子ビラ事業の構築にあたって「民間のノウハウ」も期待できるとして信託方
式によることを選択したという態度とは矛盾するといえなくもない。
このように、神戸市は、民間金融機関を信託受託者とし、いわゆる第三セクター
を運営会社とするという舞子ビラ事業の事業枠組における「民間活力(民間資金、
民間のノウハウ)の導入」という側面に漫然と過大な期待、信頼をおいていたとい
う評価を下さざるを得ない側面がある。このことは、神戸市が、当初の事業計画の
策定に際し、また、事業計画を遂行する過程において、資金収支管理の面では信託
45
銀行団が、ホテルの運営オペレーションの面では運営会社(マリンホテルズ)が、
それぞれ立案した具体的な計画の当否や改善の要否を検討するについて、その検討
作業に緻密さを欠く結果を招来した可能性なしとしない。
(3) 信託銀行団
ア 信託銀行団が運営会社(マリンホテルズ)に行った関与のうち主要なもの
マリンホテルズに出資し、舞子ビラ事業開始当初は社外役員を派遣した。
平成 12 年 3 月 23 日付け覚書にて、賃料減額の条件とされているようにマリンホテ
ルズに対して事業計画を提出させた。
その余は、格別に、マリンホテルズの舞子ビラの運営について、指導その他の関与
を行ったという事実は見いだしがたい。
イ 信託銀行団の関与に対する評価
出資者(株主)として、また、役員として、マリンホテルズの運営の改善について
主体的に具体的な提案を行ったといった事実は認められないし、事業計画の提出を求
めたことも、提出された事業計画に基づき運営の改善を指導する趣旨ではなく、単に
債権者(賃貸人)としての利害から提出させた側面が強いように思われる(少なくと
も、事業計画の提出を受けて改善指導に乗り出したという経過は認められない。)。
このように、信託銀行団は、マリンホテルズが運営会社として舞子ビラを運営して
いくことについて、格別の関与を行ったとは認められない。
ウ 信託銀行団の法的責任の存否
(ア) 以上のとおり、信託銀行団が格別の関与を行ったとは認められないが、そもそも、
信託契約においては、受託者である信託銀行団において、運営会社に対して賃貸人
であるという地位を越えて格別の経営指導を行うべき義務は定められていないので
あるから、信託銀行団がマリンホテルズのホテル運営に対して積極的な関与をしな
かったことが、信託銀行団の契約上明確に定められた義務(すなわち、善管注意義
務等の一般的な義務を除く。また、かかる一般的な義務違反の存否は、ホテル運営
の関与の面だけで決せられるべきものではないから、本項においては検討の対象外
とする。)の違反に該当するとは言い難い(アオノ事件の高裁判決が「受託者は、
実質的にみると受益者のための財産管理人にすぎない」と判示したこと、その高裁
判決が最高裁においても支持されたことは前述のとおりである。)。
なお、本件信託契約の前提となった信託事業の提案競技の条件としても、「提案
競技受託決定者(引用者注:信託受託者に該当する。)は管理運営会社の経営に参
画すること」、管理運営会社の運営(組織体制等)について「管理運営会社が当該
施設を経営するにあたって、計画目標を達成するために最も実務的に適正であると
提案者が考える内容をもって設定すること。」ということしか定められていない。
また、その提案競技に際して信託銀行団が提出した計画書にも、「わたくしども(信
46
託銀行)、管理運営会社及び管理専門会社とが一体となった管理体制により、施設
全体の管理運営を行います。」との、受託者が「管理運営」に関与することを表明
したとも読み取れないわけではない記載もあるが(【資料 5】51 頁)、この記載は
「管理運営計画」の中の記載であって、「ホテルのオペレーティング」だけを取り
上げたものではなく、建物の物理的なメンテナンスや収支管理を行うこと全体につ
いての記載にすぎず、この記載部分の直後には「管理運営会社については管理専門
会社に対する強い指揮統制力を確保しつつ、運営面を重視した事業主としての業務
に専念します。」といった記載があり、また、その直後(52 頁)では、「テナント
管理」として「テナント情報収集」、「トラブル対応」、「テナント入居状況の把
握」、「館内規則の遵守指導」、「貸室使用状況の確認」を行うとしか記載されて
いないので、信託銀行団が提案競技に応募した際にも、受託者(信託銀行団)が格
別にホテル運営に対して積極的に関与することを約したと評価し得るような記述は
見当たらない。
(イ)
また、信託銀行団を構成するのはいずれも信託銀行であってホテル経営について
格別の専門性を有しないし、運営会社も信託の枠組決定の際に事実上指名されてお
り、信託銀行団は選択権を与えられていなかった。このように信託銀行団のもとも
との性格(能力)、運営会社が選定された経緯からすると、信託銀行団自体が、ホ
テル運営に積極的に関与することは期待できないものであり、信託銀行団が積極的
に運営に関与するべき法的義務を負っていたとは言い難い。
(ウ)
神戸市及びマリンホテルズの関係者には、信託銀行団がホテル運営に関与するこ
とに消極的な態度を示していたことについて不満の意を示す者もある。そのような
不満の意は、信託銀行団がホテル運営についても相当の「民間のノウハウ」を提供
してくれるという期待が裏切られたという思いに起因するものと思われるが、そう
であるとすれば、そのような期待は、もともと過剰な期待であったといえるし、ま
た、そのように期待するのであれば、信託契約における明示的な義務として、ホテ
ル運営についても受託者が関与すべきことを規定し、また、その関与のための一定
の裁量権(運営会社の選択権等)を与えるべきであったといえるであろう。
ただ、信託銀行団は、舞子ビラの開業当初からマリンホテルズの経営が苦戦を強
いられている状況は認識していたし、その苦戦が計画の見通しの甘さ(過大な設備
投資からくる高額な賃料設定)に起因する側面が強いことは理解していたはずなの
に、信託契約の事業計画を見直したり、マリンホテルズの運営を改善指導したりす
ることについて積極的な姿勢を示さず、むしろ、神戸市に対して損失補償契約の締
結を求める等、融資銀行としての立場、信託受託者としての立場の保全に熱心であ
ったという評価が下されるべきことは否定できないと思われる。
47
第7
1
当初の事業収支計画の問題点
はじめに
本件土地信託事業の事業収支計画は、神戸市及び旧さくら信託銀行を代表とする信
託銀行団においてそれぞれに作成されており、信託銀行団作成の事業収支計画は神戸
市いこいの家舞子ビラ新本館建設事業提案競技審査委員会における審査対象にもなっ
ていたものである。
他方、本件土地信託事業におけるホテルの管理運営会社、すなわち、マリンホテル
ズの事業収支計画については、神戸市が平成 8 年 1 月に旧自治省に対して、公有地信
託を採用することについて事前聴取事項を報告する際に作成され、併せて報告されて
いる。
そして、舞子ビラ事業が事実上破綻するに至った原因調査として、当初の事業収支
計画に問題はなかったのか、特にその根幹をなすと思われる管理運営会社から受託者
に支払われるホテル施設等の賃料設定、さらには、賃料設定の基礎となるホテル施設
等の規模に問題はなかったのかを検討する必要があるが、まず、その客観的なデータ
を明らかにした後、それらの妥当性について検討をする。
2
舞子ビラ事業におけるホテル施設等の規模
舞子ビラ事業におけるホテル施設等の現状及び各計画段階の規模の概要は以下の
とおりであって、現状のホテル施設等は、神戸市の案(下記(2))、旧さくら信託銀
行の案(下記(3))と近い内容となっている。
また、現状のホテル施設の規模は、本件土地信託事業以前の旧舞子ビラにおいて客
室合計 95 室(本館 28 室、新館 67 室)であったのが、現状は,客室合計 248 室(ホ
テル本館 190 室、ホテル別館 58 室)と、大幅に増加(年間利用可能室数が約 35,000
室から約 9 万室に増加)している。
なお、下記の「工事費用」については、基となった資料によって金額が異なること、
積算の前提となる工事範囲等が全く同一か否か不明な部分もあることに注意が必要
である。
(1) 現状のホテル施設等の規模
工事費用 14,512 百万円
(新本館:平成 10 年 9 月新築)
地下 1 階付き 15 階建
延床面積 29,420.74 ㎡(検査済証)
客室数合計 190 室
(別館:昭和 56 年 2 月新築、平成 10 年 3 月増築)
地下 1 階付 8 階建
延床面積 10,647.09 ㎡(検査済証)
48
客室合計 58 室
(駐車場棟:平成 10 年 3 月新築)
地下 1 階付 2 階建
延床面積 6,197.60 ㎡(検査済証)
収容台数 314 台
(チャペル棟:平成 10 年 9 月新築)
2 階建て
延床面積 248.13 ㎡
(2) 平成 8 年 1 月の事前聴取事項提出の段階
工事費用 11,876 百万円
宿泊宴会棟
地下 1 階~地上 14 階
ホール棟
地上 3 階吹抜
駐車場棟
3階4層
客室合計
189 室
(3) 平成 8 年
30,620 ㎡
1,820 ㎡
320 台
10,500 ㎡
さくら信託銀行等の提案内容
工事費用 11,485 百万円
ホテル棟
地上 16 階~地下 1 階
最高高さ 69.4m
建築面積 6,439 ㎡(延床 33,357 ㎡)
駐車場棟
321 台(バス 5、身障者用 6、平面 10 台含む)
駐車場面積 6,032 ㎡(建築面積 2,172 ㎡)
客室合計
(4) 平成 8 年
190 室
安田信託銀行等の提案内容
工事費用 5,993 百万円
ホテル棟
地上 9 階~地下 1 階
最高高さ 41m
建築面積 4,195 ㎡(延床 20,100 ㎡)
駐車場棟
200 台・バス 25 台
合計 225 台
駐車場面積 3,800 ㎡
客室合計
60 室
なお、地上 18 階とする第 2 期工事を行う予定であった。
3
当初の事業収支計画と現実の乖離
(1) 土地信託の事業収支
土地信託の事業収支について、神戸市の検討結果は平成 8 年 1 月の事前聴取事項
に記載されており【資料 2-1】、また、旧さくら信託銀行を代表とする信託銀行団の
検討結果は「神戸市いこいの家舞子ビラ新本館建設事業提案競技」における提案資
料中に記載がある【資料 5】。
49
なお、神戸市が上記事前聴取事項を作成するに際しての検討資料は、概ね資料 2-2
のとおりである。
上記事業収支計画によると、主たる収入(マリンホテルズからの賃料)が徐々に
増額されていく内容であったこと、かなりの信託配当が見込まれていたこと(神戸
市案では 30 年間累計で 8,818 百万円、さくら信託銀行案では 28 年間累計で 5,608
百万円)が指摘できる。
そして、実際の収支においては、マリンホテルズの賃料が増額されたことはなく
(むしろ減額されている)、また、信託配当も一切なされていない。
(2) 管理運営会社(マリンホテルズ)の事業収支
平成 8 年 1 月の事前聴取事項を作成する際に神戸市によって作成され、ないしは、
少なくとも検討資料として用いられた収支計画の試算書(シュミレーション)によ
ると、初年度の売上高 5,467 百万円、その後、事業開始 10 年度 6,226 百万円、20
年度 7,533 百万円、30 年度 9,115 百万円と徐々に増えていき、また、税引き後当期
利益の累計額においても事業開始後 16 年において累計 87 百万円の赤字であるが、
その後は黒字化され、20 年度 474 百万円、25 年度 1,175 百万円、30 年度 1,886 百
万円の累計黒字が計画されていた。
しかし、実際には当初の事業収支計画が達成されることはなく、前述したように
マリンホテルズは平成 23 年 3 月期において 3,348 百万円の欠損が生じており、計画
と実際の乖離が著しい。
また、関係者からのヒアリングによると、このような実際の結果については計画
していた程度の売上高が確保できなかったことが第 1 の原因であったとのことであ
る(売上高に関する事業収支計画と実際の比較は別紙「管理運営会社の事業収支計
画と実際」のとおり。)。
そして、事前聴取事項作成に際して、作成され、ないしは、検討された前記試算
書における各部門の基準年度の主な部門における売上予測と平成 12 年度から平成
22 年度までの実際の平均値との乖離は以下のとおりであって、特に宿泊部門での乖
離が大きいといえる。
なお、宿泊部門については、後述するように予測された年間の宿泊人数を年平均
で約 13,000 人程度下回っていること(予測では 138,364 人のところ実績では年平均
125,000 人程度)、室料単価が大幅に低下したこと(平成 11 年当時 14,109 円、平成
22 年当時 9,016 円)等が乖離の大きな原因と考えられる。
部門
予測
実績(平均値)
差額
宿泊部門
15 億 3828 万円
7 億 8300 万円
▲7 億 5528 万円
宴集会部門
23 億 9151 万円
20 億 8800 万円
▲3 億 0351 万円
50
レストラン部門
4
16 億 4558 万円
12 億 1800 万円
▲4 億 2758 万円
神戸市の事業収支計画作成時の検討内容
(1) 事業収支計画の作成経緯について
平成 8 年 1 月に作成され、旧自治省に提出された事前聴取事項における事業収支
計画については、関係者に対するヒアリングによると神戸市内部で作成されたのは
事実のようではある。もっとも、具体的にどの部署で作成されたのか、作成担当者
は誰なのか等は明らかにならなかったが、事業収支計画作成に際しては民間の専門
コンサルタントと委託契約を締結し、その内容全般についてのアドバイスを受けて
いたとのことである。
また、神戸市において平成 8 年 1 月以前において具体的にどのような検討がなさ
れていたかは明らかではなく、唯一、平成 5 年の第 3 次神戸市総合基本計画(マス
タープラン)
【資料 1】に、舞子ビラ本館建替計画(構想では、当時の本館のある場
所に新本館を建設。宿泊室だけでなく、健康文化施設も設け、多くの市民の方々が
憩い集える施設となるよう検討され、平成 6 年度着工、同 9 年度開設を予定。敷地
面積約 33,000 ㎡、延床面積約 30,000 ㎡。)が検討されていたとの記載があるだけで
ある。
(2) 事前聴取事項における検討内容
事前聴取事項における事業収支計画作成に際して、概ね以下の事項が検討・推定
されている。
ア
旧舞子ビラの収支状況、利用状況
平成 4 年度から平成 6 年度までの収支状況を通算すると収支自体は赤字(139
百万円)となっていた。なお、旧舞子ビラについては、神戸市の直営管理委託方
式、すなわち、市民生協に管理委託し、宿泊売上は神戸市の収入、その他の売上
は市民生協に入る方式で運営され、市民生協の収支の赤字分を神戸市が委託料と
して支払っていた。
平成 6 年度の利用件数(宿泊 28,070 件、休憩 5,093 件、会議 6,403 件、挙式
461 件)、利用人数(宿泊 80,288 人、休憩 46,919 人、会議 160,052 人、挙式 27,573
人)は、以下のとおり、前年度実績比で宿泊人数が微増した以外はいずれもマイ
ナスとなっていた。
・宿泊
件数▲3.9%
人数 0.4%
・休憩
件数▲25.2%
人数▲22%
・会議
件数▲20.6%
人数▲22.7%
・挙式
件数▲15.1%
人数▲18.5%
なお、昭和 62 年度から平成 6 年度の宿泊利用状況については、実利用可能室数
約 34,500 室のところ、その稼働率は 80%前後、利用人数は 8 万人前後で推移し
51
ていた。
また、平成 2 年度から平成 6 年度までの利用客の割合をその住所地(市内、県
内(市内除く)、県外)で分類すると概ね市内が 40%前後、県内が 16%前後、県
外 44%前後で推移していた。
イ
ホテル施設建替後の宿泊者利用率の推計
建替え後の宿泊者利用率の推計については、以下の事項が検討されており、こ
れが本件土地信託に基づく舞子ビラのホテル施設の規模の検討に対して大きな
影響を与えたと思われる。
【舞子ビラ(現況)の収容の限界を考慮しないポテンシャル客数】
昭和 63 年度の年間宿泊者利用実績 76,261 人に当時の利用申込みお断り数 15、
590 人を加えた 91,851 人を「舞子ビラ(現況)の収容の限界を考慮しないポテン
シャル客数」として設定している。
【舞子ビラ(現況)の須磨・舞子地区でのポテンシャルシェア】
昭和 63 年度の神戸市入込客数(2203 万人)及びその宿泊率(37%)、須磨・舞
子地域の入込客数(455 万人)及びその宿泊率(15%)を前提として、須磨・舞
子地域の宿泊率は宿泊施設が少ないため平均値を大きく下回るとし、仮に宿泊率
を 30%と仮定した場合の旧舞子ビラのポテンシャルシェアを 6.73%と算出して
いる。
【年度推計】
宿泊者数については、昭和 63 年度実績(76,261 人)と平成 4 年度実績(80,836
人)から毎年 1143 名順調に増加するとの前提のもと、平成 10 年度予想で 87,694
人(ポテンシャル客数 105,621 人)と推計して、宿泊施設の増加(舞子ビラの建
替え)による宿泊率の上昇効果を反映させた年間宿泊人数の最終予測人数を
138,364 人(稼働率 84%)と予測している。なお、実際、舞子ビラ事業において、
平成 11 年度以降、年間の宿泊者数平均 125,000 人程度を確保していたが、その
稼働率は 60%~70%程度となっていた。
【シェアの考え方
新施設となった場合の客数の増の考え方】
民間の専門コンサルタントや神戸市内部の予測等が示されている。
明石海峡大橋の影響については、架橋完成後数年は来客数の増加が見込めるが、
長期・継続的に客の増加につながるかについての評価は困難であり、むしろ、四
国縦貫道路等の整備が進むことによって、中長期的には兵庫県への観光客の増加
が見込めるとされている。
【架橋の顧客への影響
岡山県の公的宿泊施設の利用者増】
瀬戸大橋の完成後、岡山県の公的宿泊施設の利用客数や岡山県全体の観光客入
込データはいずれも増加しているとのことである。
52
【舞子ビラの宿泊者曜日別割合
平成 4 年度】
平成 4 年度の舞子ビラの曜日ごとに平均した利用率は比較的平準化されていた
ことから、施設に一定の収容量の拡大ができれば、それに比例して、利用率の向
上が図りやすい施設であると推測している。
ウ
他のホテルの宿泊料金
三宮ターミナルホテル、グリーンヒルホテル、新神戸オリエンタルホテル、ポ
ートピアホテル、ホテルシェレナ、ホテルオークラ神戸、ホテルゴーフルリッツ、
ホテルキャッスルプラザの宿泊料金の調査がなされていた。
エ
その他
ホテル施設の建替費用(工事費)、公租公課、信託報酬、資金調達(金利負担含
む)等が検討され、事業収支計画作成の基礎データとされている。
(3) 賃料の設定、事業の採算性等の見込み
以上の事情が総合検討された結果、管理運営会社が受託者に支払うべき賃料は、
初年度で年間 1,105 百万円、その後、徐々に上昇するものとして、事業開始後 30
年度においては年間 1,812 百万円と計画されていた。
また、事業の採算性等の見込みについては、事前聴取事項において「事業採算に
ついては、現行宿泊施設が採算性を確保している実績があることと当該土地の立地
条件からも将来の利用需要が十分に見込めることから、将来的にも本市財政に負担
を及ぼすことなく、開発利益が享受できる見込みがあり、最終事業リスクが生じな
い運営が可能」(2.(2)信託をしようとする理由⑤)との記載がある。
5
信託銀行団の事業収支計画作成時の検討内容
(1) 募集要項による前提条件
神戸市いこいの家舞子ビラ新本館建設事業提案競技募集要項に基づいて、信託銀
行団は当該事業収支計画を作成している。
そして、当該募集要項の提案競技の条件のうち特に重要と思われる条件は以下の
とおりである。
ア
提案競技の対象
開発の基本構想、施設計画、事業計画(資金計画、収支計画、管理運営計画)。
なお、管理運営会社の運営に関する計画があるだけで、管理運営会社の事業収
支計画を対象とする記載は見当たらない。
イ
計画条件
提案競技の中に宿泊施設(新本館客室は 200 室程度、最大収容人員 500 人程度)、
宴会施設(宴会場規模として 1,000 人程度が立食可能で、かつ、分割活用ができ
る仕様)、婚礼施設、レストラン施設、駐車場機能(収容台数約 300 台の立体駐
車場形式)、ホール機能(全席固定席で収容可能人数 300 人程度)、プール機能、
53
現新館・庭園の取り扱い(基本的には現状有姿で存続させ、一体的な管理運営が
図られるよう配慮する)等を含めるものとする。
なお、参考図書として神戸市作成の新本館施設平面図が添付されていたが、こ
れは提案競技の内容を拘束するものではないとされている。
ウ
信託と管理運営
信託勘定の設立、管理運営会社の設立(管理運営会社は現存の神戸市関連会社
を活用する)、管理運営会社への参画(提案競技受託決定者は、管理運営会社の
経営に参画すること)等が記載されている。
エ
経営計画
基本的な考え方としては、信託と管理運営会社との賃料設定および所管区分は、
双方の運営・経営が最も理想的な形態となるよう考慮することとされ、資金計画
(資金の使途および調達等)、収支計画(収入、支出の内訳および信託期間中の
収支見積り等)、管理運営計画、テナント誘致計画を提出することとなっていた。
また、管理運営計画としては、施設の維持管理に関する提案のほか、管理運営
会社の運営(組織体制等)について、管理運営会社が当該施設を経営するにあた
って、計画目標を達成するために最も実務的に適正であると提案者が考える内容
をもって設定)を定めることが求められていた。
(2) 信託銀行団の検討内容(信託銀行団の提案書について)【資料5】
ア
経営計画の基本方針等
管理運営会社が担う「市民に低廉でかつ快適なサービスを提供する」という基
本路線を踏まえ、信託と管理運営会社の事業が理想的な形態になるよう配慮した
経営、管理運営会社の経営基盤をしっかりと支えるため、経済環境の変化にも耐
えうる堅実な経営を目指す。
施設グレード、建築コスト、施設賃料のトータルバランスを踏まえた事業をめ
ざし、管理運営会社のランニングコストを見据えた賃料設定とする。
イ
資金計画
適切な資金配分、工事工程により建築コストを圧縮するとともに、金利変動に
も適切に対応できるよう工夫する。
そして、工事費、公租公課、その他経費の見積りをして、その資金調達を全額
借入金により調達するものとしている。
ウ
収支計画
信託と管理運営会社の事業の長期安定性に配慮して賃料条件を設定する。
収入の前提条件(ホテル施設、駐車場の賃料)、支出の前提条件(公租公課、
保険料、信託報酬、借入金利息等)を定めた上、ホテル施設完成後、28 年間の事
業収支計画を検討している。
54
エ
収支計画のうち賃料の設定
賃料設定については、管理運営会社が担う「市民に低廉でかつ快適なサービス
を提供する」という基本路線を踏まえて、建築コスト等のトータルバランス、信
託と管理運営会社の事業の長期安定性に配慮して定めたとし、また、通常の賃貸
ホテルの場合には含まれない工事費を除くと周辺ホテルの賃料事例から見ても
大幅に下回る水準であるとの記載がある。
また、賃料の上昇率については、旧舞子ビラの客室料金の上昇率、企業向けサ
ービス価格指数(不動産賃料)の対前年比上昇率(昭和 61 年~平成 7 年)等を
考慮して、ホテル賃料は 3 年毎 6%、駐車場は 2 年毎 3%上昇するものとされて
いる。
信託会計における主たる収入が管理運営会社からの賃料収入であることから
すれば、想定された賃料が適正であり、かつ、管理運営会社の収支を圧迫するこ
となく十分支払い可能であること、すなわち、管理運営会社の収支も、当然、検
討されておくべき事項とも思われるが、神戸市より提出を受けた資料によると、
須磨・舞子地域での観光客の状況や収支計画の賃料設定で当該ホテル施設の規模
等で当該ホテル事業、すなわち、管理運営会社の経営が成り立つのか等について
信託銀行団が具体的に検討している資料は見当たらなかった。
オ
施設管理計画
受託者、管理運営会社及び管理専門会社が一体となった管理体制により、施設
全体の管理運営を行う。
具体的には、①受託者は本件土地信託事業全体の管理、すなわち、管理業務統
括と金銭の管理を主たる業務とし、実管理部門は管理運営会社へ委託し、②管理
運営会社は、ホテル施設等を受託者から一括賃借してホテル事業を行い、③管理
専門会社は、ランニングコスト低減をはかるために、設備管理・清掃管理・警備
保安・環境衛生の各業務を管理運営会社の委託を受けて行うとされていた。
また、管理運営会社の組織体制についての記載もある。
(3) 賃料の設定
以上の事情が総合検討された結果、管理運営会社が受託者に支払うべき賃料は、
初年度で年間 1,083 百万円、その後、徐々に上昇するものとして、最終年度におい
ては年間 1,822 百万円と計画されていた。
6
神戸市、信託銀行団の事業収支計画作成についての法的責任の存否
(1) 舞子ビラ事業の事実上の破綻の原因
ア
本件舞子ビラ事業は管理運営会社が受託者に支払う賃料がその根幹をなすもの
であり、当該事業が事実上破綻するに至った原因の検討にあたっては、まず、そ
の事業収支計画における賃料設定が妥当であったのかについての検討が重要で
55
ある。
そして、神戸市、信託銀行団が作成した事業収支計画に基づく賃料設定(神戸
市:年額 1,105 百万円、信託銀行団:初年度年額 1,083 百万円)は、現実の賃料
設定 1,237 百万円(消費税別途)よりも若干低額の設定とはいえ、事業収支計画
に基づく賃料設定によっていても本件舞子ビラ事業が現実と同様の結果になっ
たであろうことは容易に想像できるところである。なお、現実には賃料減額合意
がなされ事業収支計画での賃料よりも低額(平成 11 年度は除く)の賃料設定が
なされていた。
また、賃料に関して、事業開始から間もない平成 12 年 3 月の段階で信託銀行団
とマリンホテルズとの間で減額合意がなされていることも勘案すると、結果的に
は舞子ビラ事業開始当時から相当で実現可能な賃料設定であったのかについて
疑義があったと判断せざるを得ないものである。
イ
次に、上記のような相当性に疑義のある賃料は、①当初から高額の売上、しか
も、右肩上がり売上の予測がされたこと、及び、②過大な規模のホテル施設等を
建設することになり、多額の工事費用が必要となったのでこれを賄う必要がある
ことから、設定されるに至ったものと解される。
そして、売上について神戸市の事業収支計画と実績とが乖離していることは明
らかであり(前記 3(2)参照)、また、計画どおりの売上を達成できなかったこと
について、管理運営会社であるマリンホテルズに特段の経営責任が認められない
こと(前記第 6 参照)からすると、やはり事業収支計画自体に問題があったと判
断せざるを得ないものである。
ウ
この点、関係者のヒアリング結果によると、神戸市、信託銀行団、マリンホテ
ルズ三者の総合収支(神戸市の利益は固定資産税の累計額、信託銀行団の利益は
修繕積立金の累計額)は、以下のとおり平成 20 年度までは黒字であったが、平
成 21 年度以降、リーマンショック、新型インフルエンザ等の影響、婚礼件数の
減少により赤字傾向となったものであるとの意見があった。
神
戸
市:15 億 71 百万円
信 託 銀 行 団: 9 億 10 百万円
マリンホテルズ:▲23 億 45 百万円
収
支
合
計:136 百万円
しかし、①マリンホテルズは平成 8 年度以降の決算において一部の年度に若干
の当期利益を確保しているものの、その他は大幅な赤字を計上しており(別紙神
戸マリンホテルズ株式会社の決算状況)、そもそもマリンホテルズのみに赤字が
集中するような事業計画が適切なものであったのか疑問があること、②平成 20
年度までの総合収支が黒字であったとして、その後、平成 22 年度、23 年度の赤
56
字傾向の影響のみで本件土地信託事業が現在のような事実上破綻状態に至った
とは考えにくく、その原因は平成 20 年度以前にも既に存在していたと考えられ
ること、③神戸市の利益が固定資産税の累計額、信託銀行団の利益が修繕積立金
の累計額であるとすると、上記総合収支が黒字であるということは、実質的には、
本件土地信託事業の収支は固定資産税や修繕積立金の負担さえなければ黒字で
あるということと同義と思われ、当該事情が積極的な意味を有するのか疑問であ
ることからすれば、上記総合収支が平成 20 年度までで黒字であったことをもっ
て当初の事業収支計画に問題がなかったとすることはできないというべきであ
ろう。
エ
以上のように舞子ビラ事業が事実上破綻するに至った原因は、結果的には当初
の事業収支計画にあったといわざるを得ないものである。
(2) 事業収支計画作成についての法的責任
ア
不相当であった事業収支計画を作成したことについて、神戸市、信託銀行団が
法的な責任を負うかどうかについては、舞子ビラ事業がホテル経営という営利的
な側面も有していることからすれば、会社経営の経営者の責任判断において用い
られる、いわゆる「経営判断の原則」も考慮してその判断を行うべきである。
すなわち、一般に「経営判断の原則」においては、善管注意義務がつくされた
か否かの判断は、行為当時の状況に照らし合理的な情報収集・調査・検討等が行
なわれたか、及び、その状況と取締役に要求される能力水準に照らし不合理な判
断がなされなかったかを基準になされるべきであり、事後的・結果論的な評価が
なされてはならないとされており、本件においてもそのような考え方に準じてそ
の責任の有無を判断するべきである。
※ 経営判断の原則に関する裁判例
○東京地裁平成5年9月 16 日判決
損失補償を行った証券会社の取締役の判断につき、「取締役は会社の経営に関し善良な管
理者の注意をもって忠実にその任務を果たすべきものであるが、企業の経営に関する判断は、
不確実かつ流動的で複雑多様な諸要素を対象にした専門的、予測的、政策的な判断能力を必
要とする総合的判断であるから、その裁量の幅はおのずと広いものとなり、取締役の経営判
断が結果的に会社に損失をもたらしたとしても、それだけで取締役が必要な注意を怠ったと
断定することはできない。会社は、株主総会で選任された取締役に経営を委ねて利益を追求
しようとするのであるから、適法に選任された取締役がその権限の範囲内で会社のために最
良であると判断した場合には、基本的にはその判断を尊重して結果を受容すべきであり、こ
のように考えることによって、初めて、取締役を萎縮させることなく経営に専念させること
ができ、その結果、会社は利益を得ることが期待できるのである。このような経営判断の性
57
質に照らすと、取締役の経営判断の当否が問題となった場合、取締役であればそのときどの
ような経営判断をすべきであったかをまず考えたうえ、これとの対比によって実際に行われ
た取締役の判断の当否を決定することは相当でない。むしろ、裁判所としては、実際に行わ
れた取締役の経営判断そのものを対象として、その前提となった事実の認識について不注意
な誤りがなかったかどうか、また、その事実に基づく意思決定の過程が通常の企業人として
著しく不合理なものでなかったかどうかという観点から審査を行うべきであり、その結果、
前提となった事実認識に不注意な誤りがあり、又は意思決定の過程が著しく不合理であった
と認められる場合には、取締役の経営判断は許容される裁量の範囲を逸脱したものとなり、
取締役の善管注意義務又は忠実義務に違反するものとなると解するのが相当である。
○最高裁第一小法廷平成 22 年 7 月 15 日判決
事業再編計画の一環としての他社株式の合意による買取りにおける買取価格の決定について、
「事業再編計画の策定は,完全子会社とすることのメリットの評価を含め,将来予測にわたる
経営上の専門的判断にゆだねられていると解される。そして,この場合における株式取得の方
法や価格についても,取締役において,株式の評価額のほか,取得の必要性,参加人の財務上
の負担,株式の取得を円滑に進める必要性の程度等をも総合考慮して決定することができ,そ
の決定の過程,内容に著しく不合理な点がない限り,取締役としての善管注意義務に違反する
ものではないと解すべきである。」
なお、アオノ事件の高裁判決においては、「本件事業計画においては、訂正の
上引用した原判決「事実及び理由」中の第 3 の 2 で認定した収支予測がなされて
おり、ゴルフ部門については、全国及び兵庫県のゴルフ場の利用者数推移、平均
伸び率、利用料金、立地条件等を検討の上、信託期間の収支予測をし、他の部門
についてもほぼ同様の要素を検討の上、収支予測をしていることが認められると
ころ、その収支予測が当時の経済状況や利用料金の伸び率等から見て不合理であ
ったとまでいうことはできない。なお、本件事業計画については、被控訴人(兵
庫県)自身の承諾を得ているものである。」として、受託者側に善管注意義務違
反はないと判断している。
イ
この点については、平成 14 年 1 月に外部機関である株式会社ビジネス総合研究
所が作成した「マリンホテルズ
経営実態調査報告書」においては、「ホテルや
ゴルフ場のような装置産業では、イニシャルでの巨額の投資が命運を左右し、オ
ペレーションにおける経営努力では如何ともしがたい状況に陥ることが多いの
ですが、舞子ビラは震災後の神戸経済がどん底に落ちた時期に建築されたもので
あり、適正かつ保守的な見地からの事業計画の設定が求められるにもかかわらず、
明石海峡大橋等の一時的な需要増をあたかも永続的な需要にみたて、このような
58
「建築費を逆算」したような事業計画」を実行したことについて問題視する指摘
もなされている。
また、ホテル施設等の規模についても、平成 5 年の第 3 次神戸市総合基本計画
(マスタープラン)とほぼ同規模であり、当初から想定された規模を実現するた
めに種々の検討がなされた感が否めない。
しかし、少なくとも神戸市において、事業収支計画作成時において、民間の専
門コンサルタントと委託契約を締結してそのアドバイスを受け、旧舞子ビラの実
績、明石海峡大橋の影響、岡山県の公的宿泊施設の利用客数増加率、近隣ホテル
の料金等を検討した上で、年間利用可能室数 9 万室のホテル施設規模でも十分採
算は合うと判断していたものと推認される。
また、①平成 8 年というと、平成 5 年 10 月から平成 9 年 5 月にかけての景気
の拡張期の間であり、また、日銀による経済動向においても平成 7 年秋からの景
気回復基調が平成 8 年度も続き、今後も景気回復そのものは持続していくと考え
られていたこと、②舞子ビラ事業は、平成 10 年春完成予定の明石海峡大橋の神
戸市側の拠点にもなり、阪神淡路大震災により大打撃を受けた神戸市の観光事業
の復活や新たな雇用創出の場にもなることで地元の活性化につながる復興事業
としての位置づけを有していたこと、③舞子ビラというホテルに対する地元の要
望があったこと(関係者からのヒアリング等によると舞子ビラが地元住民に親し
まれており、建替え要望もあったことが窺える)、④外部の有識者を含む「舞子
ビラ新本館建設事業提案競技審査委員会」の審査を経て信託銀行団提出の事業収
支計画を含む提案が採用されたこと、⑤運営管理会社であるマリンホテルズへは
地元の主要な民間企業が複数出資しているところ、舞子ビラ事業の事業計画内容
が出資者である民間企業にもある程度理解されていたものと窺えること、⑥舞子
ビラ事業開始後、種々の要因により室料単価が大幅に低下したという予測できな
い事情があったこと等を考慮すると、その当時において明らかに不合理で善管注
意義務違反があったとまでは言い切れないものと判断する。
ウ
信託銀行団については、前述のように管理運営会社の事業収支について具体的
に検討した資料はなかったものの、神戸市が定めた事業収支計画の大枠に沿った
事業収支計画を提出しているもので、かつ、その内容について神戸市自身が承諾
しているものであり、前述したように神戸市の事業収支計画作成が明らかに不合
理であったとまではいえない以上、信託銀行団の事業収支計画作成も同様に明ら
かに不合理であったとまではいえないであろう。
加えて、事業収支計画作成、提出時において、信託銀行団は未だ土地信託契約
上の受託者たる地位を有していないため、契約上の義務を負担しておらず、単に
競技参加者として信義則上の義務を負うにすぎなかったことからしても、信託銀
59
行団に事業収支計画作成・提出について法的な責任があったとは言い難いであろ
う。
エ
したがって、神戸市及び信託銀行団に、結果的に破綻をきたした本件事業収支
計画を作成・提出したことについて、法的責任があるとまではいえないと考える。
なお、本報告書はこれまでの事実経緯を確認し専ら法的責任の有無についての
検討を行っているものであって、舞子ビラ事業により神戸市民に対して多大な負
担をかける結果を招来したことに対する関係者の社会的責任の有無は検討の対
象とはしていない。
第8
1
その他の問題点
金利交換契約締結による損失発生
信託銀行団は三井住友銀行との間で、平成 15 年 10 月 15 日、信託借入金(融資銀行
は中央三井信託銀行、UFJ信託銀行)のうち変動金利部分 3,000 百万円について、
固定金利と交換する旨の金利交換契約を締結している【資料 20】。
また、この金利交換契約締結について、神戸市と信託銀行団との間で覚書【資料 21】
が作成され、その第 2 条においては、神戸市が、その取引内容・取引条件・中途解約
の扱い・経済効果・その他取引に係るリスクに関する一切の事項について、三井住友
銀行から説明を受け、その内容について充分理解した上で、取引を開始する旨判断し
たこと、及び、金利交換契約の締結を判断したことに係る一切の責任は、神戸市に帰
属し信託銀行団は責任を負わないことが確認されている。
そして、期間は平成 16 年 9 月 30 日から平成 23 年 9 月 30 日、支払金利は 2.29%(固
定)とされ、取引終了時において、金利交換契約を締結しなかった場合と比較して 248
百万円の利息負担が増える結果となっている。
この点、関係者からのヒアリングによると、確かに三井住友銀行側から神戸市に対
して本件金利交換契約という商品の提案がなされたものであるが、特段、問題となる
ような勧誘行為が行われた形跡は認められず、もっぱら神戸市において金利上昇局面
における信託借入(変動金利部分)の金利負担増大のリスクを低下させることを目的
として締結することを判断したものとしか理解できなかった。
したがって、金利交換契約締結による損失の発生については、専ら神戸市がその責
任を負担しなければならないものと考えるが、当時の事情や当該契約を締結しようと
した目的等を考慮すれば、当該契約締結が神戸市の執行機関の善管注意義務違反を問
いうる程度に不当なものであったとまではいえないと考える。
2
受託者たる地位と融資銀行たる地位を兼務することの問題
本件における受託者たる信託銀行団のうち一部の銀行は、信託債務についての融資
銀行としての地位も有しており、その結果、信託銀行団は信託財産から信託報酬と信
60
託借入に関する利息を得ていることから、かかる行為、地位がいわゆる利益相反行為
として問題ではないかとの指摘がある。
この点に関しては、①土地信託契約書第 22 条 1 項において信託銀行団を受託者と
する他の信託財産からの借入も可能としていること、②同条 4 項において借入する際
に神戸市と協議するものとされており、本件でも神戸市が承諾していたと思われるこ
と、③利息についても他の信託財産がこれを得るものであり融資銀行の固有財産が得
る利益ということはできない等として、いわゆる利益相反行為ではないとする考え方
もある。
しかし、その実態としては、委託者兼受益者の利益を図るべき受託者たる地位と融
資の回収を目的とする融資銀行としての地位が相反することは明らかであって、法的
には利益相反行為に該当しないとしても、本件土地信託制度はそのような事実上の問
題を内包していたといわざるを得ない。
また、上記③について、信託銀行団の本件での借入の調達先が他の信託財産であっ
たかどうか明確ではないが、仮に他の信託財産からの借入であっても、利息の発生は
「他の信託財産」には有利な事情である一方で、本件土地信託事業における信託財産
にとっては不利な事情であるところ、同一の信託銀行が管理する二つの信託財産間に
おいてそのような有利、不利な事情が発生する仕組み自体にも問題があると考える。
3
融資銀行の貸し手責任の問題
いわゆる貸し手責任(レンダー・ライアビリティー)とは、広義では、融資をめぐ
る全過程に関し、借主が貸し手である金融機関に対し提起するあらゆる請求に基づく
責任を指す。
貸し手責任の一般的な分類としては、第 1 に消費貸借契約が成立し融資が実行され
た後、借主が、契約成立時の事情に基づき金融機関の責任を追及する場合、第 2 に金
融機関が融資拒絶した場合に、融資実行義務違反に基づく責任を問う場合、第 3 に金
融機関が借主の経営や事業計画を支配したことに基づく一定の責任を追及する場合
があり、第 1 については、さらに、下記の 3 つの場合に分類されている。
①
消費貸借契約自体に係る説明義務違反に基づき金融機関の責任を追及する場合
②
消費貸借契約自体ではなく、貸付金の使途となる別契約の仕組や危険性に係る
説明義務違反等に基づき、別契約の相手方とともに金融機関の責任を追及する場
合
③
貸付金の使途となった別契約の相手方に対する責任は追及せず、金融機関のみ
を相手方としてその紹介者責任、説明義務違反等を追及する場合
本件においては、借主が神戸市といった大きな地方公共団体であること、神戸市に
おいても本件土地信託制度に基づく舞子ビラ事業の事業収支計画等を十分検討してお
り、前述したように神戸市、信託銀行団に事業収支計画作成についての法的な責任は
61
認められないこと等からすれば、本件において貸し手責任の問題は発生しないと考え
る。
4
その他受託者としての責任
小職が関係資料、関係者からヒアリングをした結果からすれば、信託銀行団に受託
者として課せられている本件土地信託契約及び旧信託法上の各種義務(例えば、善管
注意義務等)に反するような事情は、特段、見当たらなかった。
第9
まとめ
以上に述べてきたように、神戸市、信託銀行団、融資銀行、マリンホテルズの各関
係者のいずれについても、善管注意義務違反等の法的な責任は発生していないとの結
論に達したものである。
ただ、現在の公有地信託については、受託者が信託借入の融資銀行を兼ねることや
事業の成否に関しリスクを負わず報酬のみを受け取る仕組みが許されていることにつ
いては、その相当性があらためて検討されるべきであろうと思われ、また、公有地信
託が、委託者兼受益者である地方公共団体の「民間の資金および優れた企画力と経営
能力を積極的に活用できる事業手法」であるとの期待を実現するような制度でないこ
とが明らかとなったことは事実であり、地方公共団体の有する財産について、民間活
力の有効な活用を可能とする新たな制度、枠組みの検討が必要ではないかと思われる
ことを付言する。
なお、本報告書作成のために参照した資料のうち、本文中において資料番号を付し
たものをあらためて整理しておくと、下記のとおりであるが、それらの資料の添付は
省略することとする。
記
資料 1
第 3 次神戸市総合基本計画(マスタープラン)
資料 2 の 1
公有地信託にかかる事前聴取事項(神戸市
資料 2 の2
上記聴取事項を作成する際の検討資料一式
資料 3
募集要項(神戸市
資料 4
神戸市いこいの家舞子ビラ新本館建設事業提案競技の審査に関する答申
資料 5
さくらグループ提案書
資料 6
平成 8 年 9 月 18 日付け総務財政委員会議事録
資料 7
土地信託に関する神戸市議会の可決(平成 8 年 9 月 24 日)
資料 8
平成 8 年 10 月 1 日付け土地信託契約書
資料 9
マリンホテルズの資本金増資状況
資料 10
経営指導念書関係書類
平成 8 年 1 月)
平成 8 年 2 月)
62
資料 11
平成 10 年 8 月 28 日付け建物賃貸借契約書
資料 12
平成 12 年 3 月 23 日付け覚書(賃料減額)
資料 13
平成 13 年 11 月 13 日付け信託銀行団の回答書
資料 14
平成 14 年 4 月 1 日付け覚書
資料 15
平成 15 年度神戸市一般会計予算
資料 16
平成 15 年 3 月 31 日付け覚書
資料 17
平成 15 年 4 月 1 日付け土地信託変更契約書
資料 18
平成 15 年 4 月 1 日付け損失補償契約証書
資料 19
平成 15 年 4 月 1 日付け建物賃貸借変更契約書
資料 20
平成 15 年 10 月 15 日付け金利交換契約証書
資料 21
平成 15 年 10 月 15 日付け覚書
資料 22
平成 15 年 10 月 15 日付け土地信託変更契約書
資料 23
平成 16 年 8 月 20 日付け土地信託変更契約書
資料 24
平成 20 年 3 月 31 日付け覚書
資料 25
平成 21 年 3 月 31 日付け覚書
資料 26
平成 22 年 2 月 25 日付け覚書
資料 27
平成 22 年 3 月 31 日付け覚書
資料 28
平成 23 年 10 月 27 日付け最高裁判決
資料 29
平成 23 年 11 月 17 日付け最高裁判決
以
63
上
【別紙一覧】
第 1 物件目録
第 2 物件目録
神戸マリンホテルズ株式会社の決算状況
管理運営会社の事業収支計画と実際
以上
64
(別紙)
1
2
3
4
5
第1物件目録
所
在
神戸市垂水区東舞子町
地
番
1997 番
地
目
雑種地
地
積
2032 ㎡
所
在
神戸市垂水区東舞子町
地
番
2004 番1
地
目
雑種地
地
積
2525 ㎡
所
在
神戸市垂水区東舞子町
地
番
2013 番2
地
目
宅地
地
積
14030.07 ㎡
所
在
神戸市垂水区東舞子町
地
番
2013 番4
地
目
雑種地
地
積
9339 ㎡
所
在
神戸市垂水区東舞子町
地
番
2027 番1
地
目
山林
地
積
5184 ㎡
合計地積
33110.07 ㎡
以
上
(別紙)
第2物件目録
1 所
在
神戸市垂水区東舞子町 2004 番地1、2013 番地2、2013 番地4
家屋番号
2004 番1
種
類
ホテル
構
造
鉄骨・鉄筋コンクリート造陸屋根地下1階付8階建
床 面 積
2 所
1階
1591.87 ㎡
2階
1345.48 ㎡
3階
887.38 ㎡
4階
887.38 ㎡
5階
887.38 ㎡
6階
887.38 ㎡
7階
887.38 ㎡
8階
931.04 ㎡
地下1階
1731.87 ㎡
在
神戸市垂水区東舞子町 2004 番地1、2013 番地2、2013 番地4
家屋番号
2004 番1
種
類
ホテル
構
造
鉄骨・鉄筋コンクリート造陸屋根亜鉛メッキ鋼板葺地下1階付8階建
床 面 積
1階
1934.80 ㎡
2階
1487.10 ㎡
3階
887.38 ㎡
4階
887.38 ㎡
5階
887.38 ㎡
6階
887.38 ㎡
7階
887.38 ㎡
8階
931.04 ㎡
地下1階
1766.28 ㎡
(附属建物の表示)
符号1
種
類
車庫
構
造
鉄骨造陸屋根地下1階付2階建
床 面 積
1階
2042.88 ㎡
2階
2017.88 ㎡
地下1階
2093.28 ㎡
符号2
種
類
ホテル
構
造
鉄骨・鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根亜鉛メッキ鋼板葺地下1階付
15階建
床 面 積
1階
4765.70 ㎡
2階
209.69 ㎡
3階
5028.91 ㎡
4階
4864.31 ㎡
5階
873.34 ㎡
6階
873.34 ㎡
7階
873.34 ㎡
8階
873.34 ㎡
9階
873.34 ㎡
10階
873.34 ㎡
11階
873.34 ㎡
12階
873.34 ㎡
13階
873.34 ㎡
14階
873.34 ㎡
15階
988.13 ㎡
地下1階
3528.71 ㎡
以
上
(別紙)神戸マリンホテルズ株式会社の決算状況
売上高
(単位:百万円)
営業利益
経常利益
当期利益
未処分利益
GOP
賃料
平成9年3月末(平成8年度)
1,793
2
8
-228
-281
17.2%
10
平成10年3月末(平成9年度)
2,249
-202
-196
-196
-197
5.7%
47
平成11年3月末(平成10年度)
4,691
-743
-744
-715
-912
12.7%
803
平成12年3月末(平成11年度)
6,103
-433
-456
-456
-1,369
21%
1,118
平成13年3月末(平成12年度)
5,800
-253
-280
-309
-1,679
23.7%
1,036
平成14年3月末(平成13年度)
5,258
-499
-524
-596
-2,275
18.4%
1,063
*金額単位は百万円。タワーサイドホテルの収支含む。当期利益は税引き前。賃料は舞子ビラ分。
売上高
営業利益
経常利益
当期利益
未処分利益
GOP
賃料
融資額
平成15年3月末(平成14年度)
4,312
-91
-119
-119
-2,394
25.7%
840
1800
平成16年3月末(平成15年度)
4,266
-39
-63
-108
-2,503
22.8%
826
2,000
平成17年3月末(平成16年度)
4,214
-289
-311
-316
-2,819
17.7%
856
1,800
平成18年3月末(平成17年度)
4,455
-31
-53
-419
-3,238
19.3%
796
2,000
平成19年3月末(平成18年度)
4,391
-60
-90
-141
-3,380
20.2%
887
2,000
平成20年3月末(平成19年度)
4,262
63
23
23
-3,357
21%
767
2,000
平成21年3月末(平成20年度)
4,147
48
10
6
-3,351
21.5%
776
2,550
平成22年3月末(平成21年度)
3,684
-42
-72
-72
-3,424
16.3%
570
2,600
平成23年3月末(平成22年度)
3,475
-370
-402
-550
-3,974
16.4%
896
2,600
*金額単位は百万円。当期利益は税引き前。融資額は神戸市による貸付。
(別紙) 管理運営会社の事業収支計画と実際
単位:百万円
平成10年度
(1998年)
平成11年度
(1999年)
平成12年度
(2000年)
平成13年度
(2001年)
平成14年度
(2002年)
平成15年度
(2003年)
平成16年度
(2004年)
平成17年度
(2005年)
平成18年度
(2006年)
平成19年度
(2007年)
平成20年度
(2008年)
平成21年度
(2009年)
平成22年度
(2010年)
売上高(計画)
5467
5581
5660
5660
5660
6226
6226
6226
6226
6226
6848
6848
6848
売上高(実際)
3708
5246
5018
4532
4312
4266
4214
4455
4391
4262
4147
3684
3475
-1759
-335
-642
-1128
-1348
-1960
-2012
-1771
-1835
-1964
-2701
-3164
-3373
差異
売上グラフ
8000
7000
6848
6000
5467
5000
売
上
5581
5246
5660
5660
3708
6226
4266
4214
6226
6226
6226
4455
4391
4262
6848
6848
5660
5018
4532
4000
6226
4312
4147
3684
売上高(計画)
3475
3000
2000
1000
0
平成10年度 平成11年度 平成12年度 平成13年度 平成14年度 平成15年度 平成16年度 平成17年度 平成18年度 平成19年度 平成20年度 平成21年度 平成22年度
(1998年) (1999年) (2000年) (2001年) (2002年) (2003年) (2004年) (2005年) (2006年) (2007年) (2008年) (2009年) (2010年)
売上高(実際)
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