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新段階に入った ASEAN 共同体設立への動き

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新段階に入った ASEAN 共同体設立への動き
2009 年 2 月 5 日発行
新段階に入った ASEAN 共同体設立への動き
~ASEAN 憲章の発効で ASEAN はどう変わるのか~
00
本誌に関するお問い合わせは
みずほ総合研究所株式会社
調査本部
塚越由郁
[email protected]
電話 (03) 3591-1332 まで。
当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたもの
ではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき作成されており
ますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容
は予告なしに変更されることもあります。
要旨
1.2008 年 12 月 15 日、東南アジア諸国連合(ASEAN)は ASEAN 憲章を発効させた。
同憲章は、ASEAN の目的・原則や組織構造、意思決定、紛争解決、対外関係等を規定
しており、ASEAN の基本法というべきものである。
2.同憲章の最大の特徴は、従来、緩やかな連合体としてまとまってきた ASEAN につい
て、意思決定や決定の実施、対外的な一体性の面において制度化を進めたことである。
これにより ASEAN は、共同体の設立に向けて新たな段階に入った。
3.ASEAN は、従来「ASEAN Way」と呼ばれる独特の行動原則を採用しながら、地理的
な拡大と域内協力の深化を進めてきた。この原則は、ASEAN 加盟国の多様な政治・経
済状況に配慮し、域内の対立や拘束を避け、加盟国を緩やかにまとめるものであった。
しかし、冷戦の終結による国際的な政治経済環境の変化や、地理的な拡大による多様
性の増大といった要因により、ASEAN は、加盟国間の連携を一層強固なものとする必
要性を認識するようになった。
4.加盟国間の連携を強化するため、ASEAN は共同体の設立を目指すようになった。2003
年 10 月の第 9 回 ASEAN 首脳会議で採択された「第二 ASEAN 協和宣言(バリ・コン
コードⅡ)」は、2015 年までに「安全保障」「経済」及び「社会・文化」という 3 本
の共同体の柱から成る「ASEAN 共同体」を設立することを宣言している。
5.共同体の設立を進めるなか、ASEAN では、従来の ASEAN Way に起因する ASEAN
としての意思決定の非効率性や合意の実効性の欠如が指摘されるようになり、これら
の問題を改善するための新たな指針として、ASEAN 憲章の策定が議論された。ASEAN
憲章草案について検討を行うため設置された賢人会議(Eminent Persons Group)は、
2007 年 1 月の第 12 回 ASEAN 首脳会議に同憲章に関する提言書を提出した。
6.2007 年 11 月の第 13 回 ASEAN 首脳会議における署名を経て、ASEAN 憲章が 2008
年 12 月 15 日に発効した。同憲章は、今まで未整備だった ASEAN の各組織を再編し
たうえ、紛争解決メカニズムの構築などを規定した。これにより、ASEAN 域内で決定
や決定の実施が効率的に行われるようになることが期待される。
7.但し、ASEAN 憲章では、ASEAN 加盟国の多様な政治・経済状況に配慮し、多数決制
の導入や協定等の違反に対する制裁措置の導入は見送られるなど、共同体設立に向け
た課題が残った。ASEAN 加盟国が ASEAN 憲章の謳う「1 つのビジョン・1 つのアイ
デンティティ・1つの思いやりのある共有の共同体(One Vision, One Identity and
One Caring and Sharing Community)」の下に結束するためには、今後 ASEAN 各
国が、強固な政治的意思により政治・経済の差異を乗り越えていくことが一層重要と
なる。
(政策調査部
塚越由郁)
目次
1.
はじめに .......................................................................................................................... 1
2.
ASEAN共同体設立への動き ........................................................................................... 2
(1)
地理的な拡大に向けた動き ............................................................................................ 2
(2)
域内協力の深化に向けた動き ........................................................................................ 2
(3)
ASEAN共同体設立に向けた動き................................................................................... 4
3.
ASEAN憲章ができるまでのASEANの問題 .................................................................... 5
(1)
ASEAN WAYという行動原則......................................................................................... 5
(2)
ASEAN WAYによる問題................................................................................................ 6
4.
ASEAN憲章 .................................................................................................................... 7
(1)
ASEAN憲章策定に向けた議論 ...................................................................................... 7
(2)
ASEAN憲章の内容と効果 ............................................................................................. 8
5.
残された課題................................................................................................................. 14
1. はじめに
2008 年 12 月 15 日、ASEAN憲章が発効した。同憲章は、東南アジア諸国連合(ASEAN:
Association of South-East Asian Nations)1 の目的・原則や組織構造、意思決定、紛争解
決、対外関係等を規定しており、ASEANの基本法というべきものである。同憲章の発効
により、ASEAN加盟国間の連携がさらに強まり、2015 年に予定されているASEAN共同
体の設立に向けた歩みが一層進むことが期待されている。
結成以来 ASEAN は、加盟国を拡大させ、政治や経済、社会分野における協力を深めて
きた。その際、政治や経済、文化の面で多様な国から成る ASEAN は、加盟国間の対立や
拘束力のある合意を敬遠する「ASEAN Way」と呼ばれる独特な行動原則により特徴付け
られる緩やかな連合体としてまとまってきた。しかし、冷戦の終結による国際的な政治経
済環境の変化並びにアジア金融危機などの対外的要因や、地理的な拡大による多様性の増
大といった対内的要因により、ASEAN 加盟国は、加盟国間の連携を一層強化する必要性
を認識するようになった。
こうして ASEAN は加盟国間の協力強化と迅速な連携を実現するため、政治・安全保障、
経済、社会・文化を 3 本柱とするより強固な共同体へと移行することを目指すようになっ
た。ASEAN 憲章の発効は、この ASEAN の共同体構築への歩みが新たな段階に入ったこ
とを示すものである。
では、ASEAN憲章の発効により、ASEANはどのように変化するのだろうか。同憲章を
土台に、今後ASEANは共同体構築に向けどのような歩みを見せるのであろうか。本稿で
は、ASEANの 2020 年の在り方についての提言書である「ASEAN賢人会議報告書(Report
of the ASEAN Eminent Persons Group on Vision 2020,The People’s ASEAN )」 2 と
ASEAN憲章の提言書である「賢人会議報告書(Report of the Eminent Persons Group on
the ASEAN Charter)」3 を中心に、ASEAN憲章策定までの背景を概観した後、同憲章の
内容を解説していきたい。また、この憲章がASEANにどのような変化をもたらすのか、
ASEAN共同体構築に向けて残された課題は何かについて若干の考察を行うこととする。
1ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、
タイ、ベトナムの 10 カ国から構成されている。
2ASEAN賢人会議報告書を作成したASEAN賢人会議は、1990
年に設置され、2000 年 11 月の第 4 回
ASEAN非公式首脳会議に同報告書を提出した。
3賢人会議報告書を作成した賢人会議は 2005 年 12 月の第 11 回ASEAN首脳会議においてその設置が合意
され、2007 年 1 月の第 12 回ASEAN首脳会議に同報告書を提出した。
1
2. ASEAN 共同体設立への動き
(1) 地理的な拡大に向けた動き
ASEANは、1967 年に「ASEAN設立宣言(バンコク宣言)」に基づき結成された。ASEAN
は結成当時、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイから構成され
ていたものの、東南アジア地域の平和と安定の維持を目的に、同地域における全諸国の加
盟を目指していた。2000 年 11 月の第 4 回ASEAN非公式首脳会議 4 に提出された「ASEAN
賢人会議報告書」によれば、ASEANは結成以降、地理的な拡大と域内協力の深化を進め
てきた。
しかし、山影(1997)によれば、冷戦下でこれら加盟国が反共体制を共通としていたた
め、ASEAN の地理的な拡大は 1984 年のブルネイの参加に留まっていた。ASEAN が同地
域の全ての国の加盟という目標を実現するためには、冷戦の終結を待たねばならなかった。
冷戦の終結に伴い、1995 年 12 月の第 5 回ASEAN首脳会議でベトナムが、ASEANの地
理的拡大の先陣としてASEAN加盟を果たした。ASEAN加盟国のなかでは、当初、政治体
制や経済状況の異なるベトナムの加盟により、ASEANの団結や経済統合へのスピードが
緩まることが懸念されていたという 5 。それにも関わらずベトナムがASEANに加盟したこ
とは、ASEAN各国の地理的拡大への強い意向を表していると言えるだろう。インドネシ
アのアリ・アラタス外相(当時)は、ASEANの地理的拡大が地域に共通の繁栄と安定を
もたらすと述べ、ASEAN加盟国とインドシナ諸国に 2 分された東南アジアが 1 つの東南
アジアになることへのASEANの期待を表明している 6 。このようななか、ベトナムに続き
1997 年にはラオスとミャンマーが、1999 年にカンボジアがASEANに加盟し、ASEANへ
の東南アジア 10 カ国の加盟が達成された。
(2) 域内協力の深化に向けた動き
冷戦の終結に伴いASEANの地理的な拡大が進むなか、域内協力の深化も進められた。
まず経済分野の協力が先行し、「1992 年シンガポール宣言」では、ASEANの経済成長を
維持するため、1993 年から 15 年以内に関税率の範囲を 0~5%にすることを目指すASEAN
4ASEAN首脳会議については
1992 年シンガポール宣言で、3 年後に公式首脳会議とその間に非公式首脳
会議を持つことが規定された。2001 年以降は公式・非公式の区別がなくなり、毎年首脳会議が開催さ
れている。本稿では、ASEANの表記に倣い、公式・非公式の区別があった 2000 年以前のASEAN公式
首脳会議についてもASEAN首脳会議と訳している。
5International
6The
Herald Tribune “Vietnam and ASEAN Move to Strengthen Ties”23 Feb 1993
Asian Wall Street Journal “Southeast Asia—Dividends of Peace: Asean Seeks Stronger Ties
With Vietnam---Growing Commercial, Diplomatic Links Geared to ‘One Southeast Asia’”9 Apr
1992
2
自由貿易地域(AFTA :ASEAN Free Trade Area)の創設が目標に掲げられた 7 。また、1995
年にはサービスに関するASEAN枠組み協定(AFAS:ASEAN Framework Agreement on
Services)が制定され、適切な時期までにASEANがサービス貿易を自由化することが明記
された 8 。さらに、1997 年の第 2 回ASEAN非公式首脳会議で提示された 21 世紀のASEAN
の在り方を提示した「ASEANビジョン 2020」は、AFTAの完全な実施やサービス貿易に
おける自由化の促進、並びに 2010 年までのASEAN投資地域(AIA:ASEAN Investment
Area) 9 の実現を通して、安定的で競争力のあるASEAN経済地域(ASEAN Economic
Region)を創設することを掲げている。
1992 年シンガポール宣言に見られるように、ASEAN が 1990 年代に入り経済における
域内協力の深化を進めた要因について山影(1997)は、①欧州や北米における地域主義の
台頭に対する ASEAN 諸国の懸念が高まったこと、②東南アジア地域における経済分野の
相互依存が深まり、同域内における協力が一層重視されるようになったこと、③先進国か
らの直接投資が中国等に大量に向かうようになり、ASEAN 諸国が海外から投資を引き付
けるためには、東南アジア地域に大きな市場を形成する必要があるとの認識が高まったこ
とを挙げている。また、2007 年 1 月の第 12 回 ASEAN 首脳会議に提出された「賢人会議
報告書」は、グローバリゼーションの進展や中国・インドの台頭など、ASEAN を取り巻
く国際環境が大きく変化したことにより、ASEAN 加盟国の間では緊密な協力の必要が生
じたと述べている。
ASEAN を取り巻く国際環境の変化の一例は、ASEAN と中国における直接投資受入額
の推移からも見て取れる。1990 年以降の ASEAN と中国における直接投資受入額の推移
を見ると、中国の直接投資受入額は、1990 年代初頭には ASEAN の 3 分の 1 の水準であ
ったが、1993 年には ASEAN の同受入額を上回った。中国の同受入額は、アジア金融危
機の影響が如実に現れる直前の 1997 年には、ASEAN の約 344 億 US ドルに対し、約 453
億 US ドルに達している(図表 1)。こうした資本の流れの変化を背景に、ASEAN の投
資先としての魅力が相対的に低下しているとの懸念が ASEAN に生じたと思われる。
7ASEAN
82005
“Singapore Declaration Of 1992” 28 Jan 1992 [http://www.aseansec.org/1163.htm]
年 12 月の第 11 回ASEAN首脳会議で 2015 年までにサービス貿易の自由化を行うことが宣言され
た(ASEAN “Chairman’s Statement of the 11th ASEAN Summit ”12 Dec 2005
[http://www.aseansec.org/18039.htm])。
91998
年にASEAN投資地域枠組み協定が制定され、例外はあるものの、2010 年までに域内の投資に対し
て、2020 年までに域外からの投資に対して全産業を自由化することが規定されている(ASEAN
“ASEAN INVESTMENT AREA: AN UPDATE”[ http://www.aseansec.org/7664.htm])。
3
図表 1
中国と ASEAN の直接投資受入額の推移
(億USドル)
500
450
中国
400
350
300
250
200
ASEAN
150
100
50
0
1990
1992
1994
1996
1998
2000 (年)
(注)中国のデータについては、香港、マカ
オ、台湾を除いたものを用いている。
(資料)UNCTAD
1990 年代後半に入ると、ASEAN は政治や社会分野においても協力を深化させていく。
ASEAN ビジョン 2020 では、2020 年までに ASEAN がアジア太平洋地域や世界において
平和と正義をもたらす勢力となることや、ASEAN 加盟国が ASEAN というアイデンティ
ティの下に連携し、飢えや貧困が問題とならない地域を形成することが目指されている。
ASEAN 賢人会議報告書は、ASEAN が経済のみならず政治や社会分野にまで協力を深
める必要性を指摘している。その理由として、政治的側面では、ASEAN が多様な政治・
経済状況を抱える 10 カ国にまで拡大した結果、全加盟国が協力体制を強化する必要が生
じたためだと述べている。社会的側面では、地理的拡大の結果、域内の高齢化や貧困問題
などの社会的問題に団結して取り組むことが求められるようになったと指摘している。ま
た、賢人会議報告書は、重症急性呼吸器症候群(SARS)のような感染症の流行など近年
増加している国境を越えた問題に対して、ASEAN 域内でより緊密な協力の必要が生じた
点を挙げている。これらの要因により政治・社会分野の連携強化の必要が生じたことが、
ASEAN を経済のみならず、政治・社会分野の域内協力の深化へと促すこととなった。
(3) ASEAN 共同体設立に向けた動き
2000 年代に入ると、ASEANは地理的な拡大と域内協力の深化を背景にASEAN共同体
の設立に向けて動き始めた。2003 年 10 月の第 9 回ASEAN首脳会議で採択された「第二
4
ASEAN協和宣言(バリ・コンコードⅡ)」 10 は、安全保障、経済、社会・文化という 3
本の共同体の柱から成る「ASEAN共同体(ASEAN Community)」の具体的な構想を打
ち出した。そして、2007 年 1 月の第 12 回ASEAN首脳会議において、ASEAN加盟国は、
2015 年までにこの構想に沿った共同体を設立することに合意した 11 。
第二 ASEAN 協和宣言では、安全保障共同体については、軍事同盟や共同の外交政策で
はなく、政治、経済、社会及び文化の側面を含む包括的安全保障の原則を軸とすることや、
テロや麻薬取引などの国境を越える犯罪に対応するために、ASEAN 内の既存の制度を活
用することが謳われている。社会・文化共同体については、教育や雇用対策及び社会的保
護を充実させることにより、労働者が経済統合の恩恵を享受できる社会を形成することが
掲げられている。経済共同体については、AFTA や AFAS、AIA を通して、モノやサービ
ス、投資が自由に移動する安定的で競争力のある ASEAN 経済地域を創設することが目指
されている。
経済共同体の設立に向けた動きは最も進行しており、貿易では、1993 年から進められて
きたAFTAの形成が完成に向けた最終段階に入っている。
(独)日本貿易振興機構(2008b)
によれば、ASEAN 先行加盟 6 カ国 12 が 2008 年に関税削減対象品目のうち 80%の品目で
関税撤廃を達成した。今後、ASEAN先行加盟 6 カ国が 2010 年、その他の 4 カ国が 2015
年までに域内の関税を撤廃することが計画されている。
3. ASEAN 憲章ができるまでの ASEAN の問題
(1) ASEAN Way という行動原則
これまで見てきたように、ASEAN が共同体設立を目指して動き始めるなか、ASEAN
加盟国の間では、ASEAN の独特の行動原則である「ASEAN Way」の問題点が次第に指
摘されるようになった。賢人会議報告書は、ASEAN Way に基づく意思決定方式を「加盟
国の多様性に適切に配慮した協議(consultation)とコンセンサス(consensus)の原則」
であると評している。黒柳(2005)は、この ASEAN Way を ASEAN の頭文字を取り、
曖昧さ(Ambiguity)-法的拘束より政治的合意を優先させ、制度化を敬遠する非公式主
義、沈黙(Silence)-面子を重視し、公開の場では他国を批判しないことなどを含む内政
10ASEAN
“DECLARATION OF ASEAN CONCORD II(BALI CONCORD II)”7 Oct 2003、
[http://www.aseansec.org/15159.htm]
11第二ASEAN協和宣言で
2020 年とされたASEAN共同体設立の目標年が、同会議で前倒しされた
(ASEAN “Chairperson’s Statement of the 12th ASEAN Summit”13 Jan 2007、
[http://www.aseansec.org/19280.htm])。但し、経済共同体については 2006 年の第 38 回ASEAN
経済閣僚会議で 2015 年の設立がすでに合意されていた。
121980
年代までにASEANに加盟していたブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポ
ール、タイの 6 カ国を指す。
5
不干渉主義、漸進主義(Evolution)-合意の成立を急がず、弱者の歩調に合わせて機の熟
すのを待つ姿勢、順応(Accommodation)-二国間対立を公的に論じず、棚上げという解
決を許容する姿勢、善隣(Neighborliness)-地域の独自性を確信し、域外からの干渉を
峻拒する地域自助路線と表現している。
ASEAN Way に則り ASEAN は、加盟国間のルールや規範を不文律のものとして定着さ
せてきた。この理由については、ASEAN 加盟国が多様な政治・経済状況を有するため、
ルールの法的拘束性が前面に出ると各国の警戒を呼び、逆に協力が進まないことへの危惧
があったからだと指摘されている(鈴木(2007))。また ASEAN が組織として加盟国を
拘束したり、域外に対して加盟国を代表したりする権限を持たず、国際的主体として曖昧
な地位にある点にも、このような ASEAN の漸進主義や曖昧さを好むという特徴が表れて
いるといえるだろう(山影(1991))。
(2) ASEAN Way による問題
ASEAN Way は、多様な政治・経済状況を抱える ASEAN 加盟国をまとめることに寄与
してきた一方、ASEAN が共同体設立を目指すうえで、意思決定の効率性や決定の確実な
実施を損なう要因と指摘されるようになった。
例えば、山影(1991)は、ASEANのコンセンサスによる意思決定方式について、対立
する争点を明確化・先鋭化することによって駆け引き・取り引きを公然と行い合意点・妥
協点を探る通常の外交交渉とは異なり、反対意見の存在を尊重し、特定の政府が自国の意
思を他国に押しつけることを避ける「各国拒否権尊重」方式であると指摘した上で、この
方式は全会一致が成立するまで可決を先送りすることを意味するため、迅速な意思決定を
著しく困難にし、ASEANとしての活動を非効率的にする方式であるとしている 13 。賢人会
議報告書は、ASEANが統合を加速するなか、コンセンサスによる意思決定方式の採用に
よりASEANの決定が阻止されたり、協力が行き詰まることは許されるべきではないと強
い懸念を述べている。
また、ASEAN Wayに基づいて形成された組織構造も、意思決定の非効率性に影響を与
えている。ASEANは結成当初、充分な組織構造を備えていなかったが、情勢に応じてそ
の都度必要な枠組みを整えていった結果、組織が複雑化し、組織間の効率性の欠如が問題
となった。例えばASEAN設立宣言では、唯一の閣僚級の会議として加盟各国の外相によ
13山影(1991)によれば、ASEAN諸国政府は、ASEANにおける暗黙の全会一致ルールをASEAN的協議
―ムシャワラ―という形で時に明記していた。「ムシャワラ」とはインドネシア語で、話し合いを通じ
てコンセンサスを成立させる意味だという。
6
るASEAN外相会議(AMM:ASEAN Ministerial Meeting)の開催が定められていた 14 。し
かし、ASEAN加盟国の首脳が集まるASEAN首脳会議(ASEAN Summit)が 1976 年に
開催され、1992 年に同会議の公式化が決定されて以降、どちらがASEANの最高意思決定
機関なのかが曖昧となった。さらに、農業やエネルギー、労働など様々な分野に渡る数多
くの閣僚会議や、それを支える約 30 の委員会や 100 を超えるワーキンググループが開催
されるようになった。扱う分野も会議の数も増えるにつれ、なかには位置付けが曖昧な会
議も見られるようになった。こうした複雑な組織構造も、ASEANの意思決定の非効率性
を招く要因として挙げられる。
さらに、ASEAN Wayは、合意の実効性にもマイナスの影響を与えてきた。ASEANで
は拘束力の強い合意を避け、多くの合意が努力目標として規定されている。このため、
ASEANでは合意がなかなか実行に移されないという問題が指摘されている(山影(2001))。
例えばASEANでは前述のように、ASEAN先行加盟 6 カ国が 2010 年までに、その他の国々
が 2015 年までに域内の関税・非関税障壁を撤廃し、域内貿易を自由化することが計画さ
れており、2002 年の第 34 回ASEAN経済閣僚会議では、この中間目標として、ASEAN先
行加盟 6 カ国が 2007 年までに関税撤廃率を 80%にすることが合意された((独)日本貿
易振興機構(2008a))。しかし、期限年までにこの目標を実現できたのはシンガポール
とマレーシアのみであり、タイ、フィリピンについては約 50%の撤廃率が達成されたに過
ぎなかった((独)日本貿易振興機構(2007))15 。拘束力の強い合意を回避するASEAN
Wayの下では、加盟国の自発的努力以外に合意を確実に実施するメカニズムは存在しなか
った。ASEAN加盟国の間でもこの点について懸念が表明されており、賢人会議報告書は、
決定の実施の遅れはASEANの信頼を損なうと指摘していた。
4. ASEAN 憲章
(1) ASEAN 憲章策定に向けた議論
これまで見てきたことから、ASEAN が共同体へと移行するためには、①効率的な意思
決定方式を整備すること、②組織の効率性を改善するため、様々な部門を再編成し、組織
の指揮系統や各部門の役割を明確にすること、③決定の実施を保障する仕組みを導入する
ことが課題として考えられる。さらに賢人会議報告書は、④ASEAN の対外的な一体性の
確保についても提案していた。この背景として、ASEAN が日本や EU のような主要な貿
14同宣言は年次外相会議(Annual
Meeting of Foreign Ministers)をASEAN閣僚会議(ASEAN
Ministerial Meeting)と呼ぶと規定している(ASEAN “Bangkok Declaration”8 Aug 1967、
[http://www.aseansec.org/1212.htm])。ここでは外務省(2008)の訳に倣い、ASEAN Ministerial
MeetingについてもASEAN外相会議と訳している。
15(独)日本貿易振興機構(2008b)によれば、ASEAN
先行加盟 6 ヵ国が 2007 年の中間目標である関
税撤廃率 80%を達成したのは、翌年の 2008 年であった。
7
易相手と交渉を行う際、集団としての ASEAN の強みを重視するようになったこと等が挙
げられている。
これらの課題に取り組むため、第二ASEAN協和宣言は、より明確で一貫したASEANの
協力の道筋を示す必要性を指摘した。その道筋として、ASEAN憲章を策定することが 2004
年 6 月の第 37 回ASEAN外相会議で宣言された 16 。2005 年 12 月の第 11 回ASEAN首脳会
議で発表された「憲章策定のためのクアラルンプール宣言」はASEAN憲章について、
ASEANの規範、原則、価値を成文化し、ASEANに法人格を与え、ASEANの主要機関の
機能や権限の範囲、機関相互の関係を特定するものと述べている 17 。ASEAN加盟国は同宣
言のなかで、ASEAN憲章がASEANの強固な土台となり、ASEAN共同体設立を容易にす
るものになるという確信を示している。
これを受けた賢人会議報告書は、ASEAN が地域統合を加速させるためには、ASEAN
Way の改善が必要であることを指摘し、内政不干渉の原則や独特な意思決定方式といった
ASEAN の伝統的な組織運営について、ASEAN 憲章に盛り込むべき具体的な改革案を提
言した。
賢人会議の提言を受けた 2007 年 1 月の第 12 回 ASEAN 首脳会議は、ASEAN 憲章の起
草作業の開始を各国代表で構成される「高級作業部会(High Level Task Force)」に指示
し、2007 年 11 月の第 13 回 ASEAN 首脳会議までに作業を終えることを求めた。
(2) ASEAN 憲章の内容と効果
こうしてASEANは、設立 40 周年にあたる 2007 年 11 月の第 13 回首脳会議でASEAN
憲章に調印し、2008 年 12 月 15 日に同憲章を発効させた。ASEAN憲章は、前文、全 13
章・55 条から構成されており、ASEANの目的と原則、組織構造や意思決定、紛争解決、
対外関係などについて規定している(図表 2)。以下では、前節で指摘した 4 つの課題に
ついてASEAN憲章がどのように規定し、それによりASEANにいかなる変化が期待される
のかについて検討を行いたい 18 。
第一の課題は、効率的な意思決定方式の整備である。前述のように、賢人会議報告書は、
コンセンサスによる意思決定方式により、ASEAN の一貫性や効率性が阻害されてはなら
ないと指摘していた。
これを受けて ASEAN 憲章は、協議及びコンセンサスを原則維持するものの、コンセン
サスが得られない場合は ASEAN 首脳会議が特別な意思決定方式を決定できる(第 7 章第
16ASEAN
“Joint Communique of the 37th ASEAN Ministerial Meting”29-30 June 2004、
[http://www.aseansec.org/16192.htm]
17ASEA
N “Kuala Lumpur Declaration on the Establishment of the ASEAN Charter”12 Dec 2005、
[http://www.aseansec.org/18030.htm]
18ASEAN憲章の和訳については遠藤(2008)を参照した。
8
20 条第 1、2 項)と規定した。
このように従来慣習とされてきたコンセンサスによる意思決定方式が明文化されたこと
やコンセンサスが得られない場合の手続きが規定されたことは、ASEAN が制度化を嫌う
傾向から一歩踏み出し、より組織化された共同体へと動き出したことを示していると言え
るだろう。
第二の課題は、ASEAN の意思決定や決定の実施の効率性を高めるための組織構造の再
編である(図表 3)。例えば ASEAN 憲章は、ASEAN 首脳会議について、ASEAN の最
高意思決定機関であることを明記し、ASEAN の目的を実現するために重要な争点につい
て、政策の指針を提示し、決定を行う会議と規定した(第 4 章第 7 条)。また、同会議の
開催数が従来の年 1 回から年 2 回へと増加した(第 4 章第 7 条)。これにより、今後 ASEAN
加盟国の首脳間の交流が一層進み、問題にさらに迅速に対応できるようになることが期待
される。
また、ASEAN 首脳会議の下には ASEAN 調整評議会(ASEAN Coordinating Council)
が設置された(第 4 章第 8 条)。同評議会は、加盟国の外相により構成され、年 2 回開催
される。この評議会の目的は、ASEAN 首脳会議での決定や協定の実施を調整するととも
に、ASEAN 共同体評議会(ASEAN Community Councils)と政策の一貫性や効率性を高
めるために協力することである。ASEAN 共同体評議会は、ASEAN 政治・安全保障共同
体評議会(ASEAN Political-Security Community Council)、ASEAN 経済共同体評議会
(ASEAN Economic Community Council)、ASEAN 社会・文化共同体評議会(ASEAN
Socio-Cultural Community Council)から構成される(第 4 章第 9 条)。各評議会は、そ
れぞれの分野について ASEAN 首脳会議の決定事項の実施を保障する役割を負う。そして、
各評議会の下には、部門別閣僚組織(ASEAN Sectoral Ministerial Bodies)が設置され、
それぞれの権限のもとで ASEAN 首脳会議の決定や協定の実施を行う(第 4 章第 10 条)。
こうした組織再編により、ASEAN の各組織の責任や役割が明確化された。その結果、
政治・安全保障、経済、社会・文化それぞれの共同体の柱について、決定や決定の実施が
効率的に行われることが期待される。また各柱の決定の実施体制が明確化したため、政治・
安全保障、経済、社会・文化それぞれの共同体が分野を超えて相互に協力し易くなり、横
の繋がりも強化されることが見込まれる。
第三の課題は、決定の実施を計画通りに促す仕組みの導入である。賢人会議報告書は、
ASEAN の問題はビジョンや行動計画が欠如していることではなく、合意を遵守したり、
計画に沿って決定を実施できていないことだと指摘したうえで、ASEAN が統合への努力
を促進するためには、適切な監督体制や紛争解決のメカニズムを設立すべきだと提案して
いた。
これを受けてASEAN憲章では、ASEAN事務局長の権限が強化され、同事務局長が
ASEANの協定や決定の実施の進捗状況を監視し、実施を促進する役割を担うことが規定
9
された 19 (第 4 章第 11 条)。また、紛争が生じた際に紛争当事国は、ASEAN議長 20 又は
ASEAN事務局長に対して、紛争の斡旋、調停又は仲裁の行使を要請することができると
規定された(第 8 章第 23 条)。この手続きにより紛争が解決しない場合は、ASEAN首脳
会議に紛争を付託し、その決定を求めることとなった(第 8 章 26 条)。さらに、ASEAN
憲章及びその他のASEAN文書の解釈又は適用に関係する紛争に対処するため、仲裁裁判
を含む適切な紛争解決メカニズムを構築しなければならないことが明記された(第 8 章 25
条)。
これらの規定により、決定の実施の遅れがしばしば指摘されてきた ASEAN が、より確
実に決定を実施するようになることが見込まれる。また、紛争解決メカニズムが構築され
ることにより、ASEAN における紛争処理の中立性や透明性がさらに高まることが期待さ
れる。
第四の課題は、対外的な一体性の確保である。ASEANに法人格を付与することが規定
され(第 2 章第 3 条)、ASEANが、域外各国との、又は圏域的(sub-regional) 21 、地域
的及び国際的な組織及び機関との協定を締結することができるようになった(第 12 章第
41 条)。これにより域外国や国際組織などにとっては、協定の内容次第ではASEAN加盟
国それぞれと協定を締結する必要がなくなり、協定の迅速な締結が期待される。
またASEAN憲章には、加盟国が共同行動を推進させるために調整することや、ASEAN
外相会議(ASEAN Foreign Ministers Meeting)がASEANの対外関係の一貫性を保障す
ることが明記されている(第 12 章 41 条)。加えて、ASEAN非加盟国や政府間組織はASEAN
への大使を任命した際には、ASEAN外相会議はこれを信任することについて決定すると
規定されている 22 (第 12 章 46 条)。今後、ASEANの組織としての対外的な一体性が強
19従来、ASEAN事務局長の主な役割はASEANの調査活動や会議の招集といった各種活動について助
言・調整をすることや、AFTAなど特定の活動についてのみ実施を監視することだった(ASEAN
“Protocol Amending The Agreement On The Establishment Of The ASEAN Secretariat” Jul 1992、
[http://www.aseansec.org/1198.htm])。従来のASEAN事務局長の活動は、ASEAN加盟国間の対立
を招きにくい分野や経済といった限定された分野に限られていたといえる。
20ASEAN憲章では議長職を有する加盟国を、「ASEAN議長(Chairman
of ASEAN)」と規定している
(第 10 章第 31 条)。
21ここで言う圏域の範囲について遠藤(2008)は、アジア開発銀行が主導する「拡大メコン圏(Greater
Mekong Subregion)経済協力計画」において圏と定義されている、中国雲南省からミャンマー、ラオ
ス、タイ、カンボジア、ベトナムの東南アジア諸国を貫通するメコン河周辺地域に代表される国境横断
的な地域協力の場を指すと述べている。
222009
年 1 月末現在、日本に加え、米国、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、中国、インドの
7 カ国がASEAN大使を任命している(ASEAN Secretariat “Press Release – India Appoints
Ambassador to ASEAN”7 Jan 2009[http://www.aseansec.org/India-Ambassador.pdf])。
10
まることにより、ASEANは、ASEAN加盟国が個別に域外国などと交渉を行う際に比べて、
より影響力の大きい国際主体となるだろう。同時に、ASEAN域外の国々や国際組織など
が、ASEANへの大使の任命などを通して、ASEANという組織自体との交流を今後ますま
す増やすことが予想される。この結果、域外国や域外の地域組織・国際組織が、ASEAN
全体の対外関係の方向性を把握し易くなることが期待される。
以上の ASEAN 憲章の規定を通して ASEAN は、組織としての基盤を整備し、ASEAN
共同体の設立に向けた新たな段階に入ることとなった。
11
図表 2
ASEAN 憲章の概要
ASEAN の原則・目的
<ASEAN の原則>
・ASEAN 加盟国の国内問題に対する内政不干渉
・基本的自由の尊重、人権の保護及び促進、社会的正義の促進
・多様性の中の統一の精神における共通の価値の重視、並びに、ASEAN の人々の異なる文化、
言語及び宗教の尊重
・外向性、包括性、非差別性などを伴う、対外的な政治、経済、社会及び文化の関係における
ASEAN の中立性
<ASEAN の目的>
・平和、安全及び安定の維持の強化及び地域の平和志向の価値の強化
・政治的、安全保障上、経済的及び社会・文化的な協力の推進による地域の強靭性の強化
・相互の援助や協力を通した ASEAN 内の貧困の削減と開発格差の縮小
・東南アジア地域の多様な文化や遺産への一層の関心の育成を通した ASEAN アイデンティテ
ィの促進
組織構造
●主要機関
ASEAN 首脳会議(ASEAN Summit)加盟国の国家元首や政府の長から構成される会議で、
ASEAN の最高意思決定機関。年 2 回、ASEAN 議長職を有する加盟国により開催される。
ASEAN 調整評議会(ASEAN Coordinating Council)加盟国の外相から構成される会議で、少
なくとも年 2 回開催される。ASEAN 首脳会議における決定の実施を調整するとともに、政策
の一貫性や効率性を高めるため ASEAN 共同体評議会と調整を行う。
ASEAN 共同体評議会(ASEAN Community Councils)ASEAN 政治・安全保障共同体評議会、
ASEAN 経済共同体評議会、ASEAN 社会・文化共同体評議会から構成される。各評議会は、議
長国の適当な閣僚が議長を務め、年 2 回開催される。ASEAN 共同体の各柱の目的を実現する
ため、ASEAN 首脳会議における関連する決定の実施を保障し、他の共同体評議会の領域をま
たぐ問題について調整を行う。
ASEAN 部門別閣僚組織(ASEAN Sectoral Ministerial Bodies)3 つの共同体評議会それぞれの
下には、10 から 20 の部門別閣僚組織が構成される。各組織はそれぞれの権限のもと、ASEAN
首脳会議の決定を実施する。
ASEAN 事務局長(Secretary-General of ASEAN)アルファベット順に加盟国のなかから選ば
れ、ASEAN 首脳会議で任命される。任期は再任のない 5 年である。ASEAN の最高行政責任者
であり、ASEAN の協定や決定の実施を促進し、その進捗状況を監視する役割を負う。
12
●主要機関を支える主な組織
ASEAN 事務局(ASEAN Secretariat)ASEAN 事務局長と事務局職員から構成される。ASEAN
事務局長は 4 名の事務次長に補佐される。
常駐代表委員会(Committee of Permanent Representatives)加盟国は、インドネシアのジャ
カルタに大使級の常駐代表を派遣する。常駐代表は、常駐代表委員会を共同で構成する。
ASEAN 国内事務局(ASEAN National Secretariats)加盟国は、国内に ASEAN 国内事務局を
設置する。同事務局は、国レベルで ASEAN の決定の実施を調整する。
ASEAN 関連団体(Entities Associated with ASEAN) ASEAN と協働する ASEAN 憲章の目的
と原則を支援するための諸団体であり、ビジネスや学術、市民社会分野の組織から構成される。
意思決定
・基本原則として、ASEAN の意思決定は、協議及びコンセンサスに基づく。
・コンセンサスが得られない場合、ASEAN 首脳会議は、特別な意思決定の方式を決定できる。
紛争解決
・加盟国は、対話、協議及び交渉を通じて、すべての紛争を平和的に解決することに努めると
ともに、紛争解決手続きを維持し、構築しなければならない。
・紛争当事国は、ASEAN 議長又は ASEAN 事務局長に対して、斡旋、調停、仲裁を要請する
ことが可能である。紛争が未解決の場合は、ASEAN 首脳会議に紛争が付託され、その決定
が求められる。
予算
・ASEAN 事務局の活動予算は、加盟国が均等に負担する。
対外関係
・ASEAN は、各国との、並びに圏域的、地域的及び国際的な組織及び機関との友好関係、互
恵的対話、協力及びパートナーシップを進展させなければならない。
・ASEAN の対外関係の指揮において、加盟国は、一体性及び連帯性に基づき、共通の地位を
進展させ、共同行動を推進するために協力し、努力しなければならない。
・ASEAN 外相会議は、ASEAN の対外関係の指揮において、整合性及び一貫性を保障しなけれ
ばならない。
・ASEAN は、各国との、又は圏域的、地域的及び国際的な組織及び機関との協定を締結する
ことができる。
その他
・憲章発効前に効力を発した全ての条約、協定、宣言、議定書などの有効性は維持される。
・これらが規定する加盟国の権利と義務に憲章との不一致があった場合、憲章が優先される。
(資料)ASEAN “Charter of the Association of Southeast Asian Nations” 2007 及び遠藤
(2008)を基に作成
13
図表 3
ASEAN の主要機関
任命
ASEAN首脳会議
参加
参加
ASEAN調整評議会
参加
ASEAN政治・安全保
障共同体評議会
ASEAN経済
共同体評議会
ASEAN社会・文化
共同体評議会
ASEAN部門別
閣僚組織
ASEAN部門別
閣僚組織
ASEAN部門別
閣僚組織
ASEAN
事務
局長
ASEAN
事務局
参加
ASEAN国内事務局
(資料)ASEAN “Charter of the Association of Southeast Asian Nations” 2007 及び遠藤
(2008)を基に作成
5. 残された課題
ASEAN は ASEAN 憲章を発効させたことにより、従来曖昧であった ASEAN の規定や
慣習を成文化し、組織構造を改革した。その結果、2015 年の共同体設立への一歩として、
ASEAN は緩やかな連合体からより制度化した組織へと移り変わることとなった。
しかしながら ASEAN 憲章は、ASEAN 共同体の設立の成否にとって重要な点、即ち、
意思決定の方式と協定違反に対する措置については明確な規定を行わなかった。この点を
鑑みれば、ASEAN 共同体設立に向けた動きはまだ道半ばといえるだろう。今後の注目点
は、意思決定や協定違反の問題が生じた際、ASEAN 憲章で最終的な判断を委ねられてい
る ASEAN 首脳会議がどのように対応するのかという点である。
意思決定の方式について賢人会議報告書は、安全保障や外交以外の領域の問題について
コンセンサスが成立しない場合、単純多数決や 3 分の 2 又は 4 分の 3 の多数票により意思
決定を行う方式を提案していた。しかし、ASEAN 憲章はこのような大胆な意思決定方式
の変更にまでは踏み込まず、コンセンサスが得られない場合は ASEAN 首脳会議が特別な
意思決定方式を決定すると規定した。この際 ASEAN 首脳会議が、多数決制など、より効
率的な意思決定の方式を実現できるのかは現段階では定かではない。今後、ASEAN 首脳
会議において意思決定が効率的に実施されるかどうかが、ASEAN 共同体の設立に向けた
試金石となる。
また、決定の実施について賢人会議報告書は、ASEANの最高意思決定機関 23 がASEAN
の宣言・協定にある目的や原則、取り決め等について重大な違反を侵した加盟国に対して、
23ASEANの最高意思決定機関の名称について、報告書ではASEAN評議会(ASEAN
Council)が採用さ
れていたが、憲章では現行のASEAN首脳会議(ASEAN Summit)の名称が引き継がれた。
14
権利や特権の一時停止を含む何らかの措置を講ずることや、同機関が加盟国の除名を行う
権限などを規定していた。しかし、意思決定方式の規定と同様、ASEAN憲章は賢人会議
報告書が提案するような大胆な制裁措置の規定にまでは踏み込まず、違反や紛争が生じた
場合に問題をASEAN首脳会議に付託することのみを規定するに留まった。今後、ASEAN
首脳会議が問題が付託された際に取る対応により、ASEANの組織としての一体性や実効
性が改善されたのか、又は従来のままなのかが明らかになるだろう。
ASEAN憲章が賢人会議報告書の提案のような大胆な変更を行えなかった原因は、
ASEANがASEAN Wayを維持してきた背景から推察される 24 。ASEANは政治や経済の面
で多様な加盟国を抱えている。例えば経済については、2007 年の一人当たりGDPをみる
と、ASEAN加盟国の中で最も高いシンガポールでは約 35,000USドルである一方、ミャン
マーはシンガポールの 100 分の 1 にも満たない約 230USドルである(IMF統計)。この
ような域内の経済格差は、ASEAN全加盟国が同じスピードで経済統合に向けて進むこと
を難しくしている。また各国の政治体制は、ミャンマーのような軍事体制やベトナムのよ
うな社会主義体制など様々であるうえ、宗教についても、仏教やイスラム教、キリスト教
など多種多様である。ASEAN新規加盟国であるカンボジア、ラオス、ミャンマー、ベト
ナムが、外部からの政治体制に関する非難を警戒しているという指摘からも 25 、多様な政
治体制をまとめることの難しさが推測できる。
従来 ASEAN はこのような政治や経済の多様性に配慮し、ASEAN Way に則り意思決定
や合意の実施を行ってきた。しかし、地理的な拡大を遂げ域内協力の深化を進めてきた
ASEAN が、共同体の設立という新たな段階に入るうえで、これらの多様性を乗り越え、
組織として統一的な意思決定や決定の確実な実施を行うことが求められるようになった。
その際に大きな原動力となるのが、ASEAN 加盟国の強固な政治的意思である。ASEAN
各国が ASEAN 憲章の提示する「1 つのビジョン・1 つのアイデンティティ・1つの思い
やりのある共有の共同体(One Vision, One Identity and One Caring and Sharing
Community)」の下に結束するためには、強固な政治的意思により、政治や経済の差異を
乗り越えていくことが一層重要となる。今後、ASEAN 憲章が、ASEAN 加盟国の政治的
意思をより強固なものへと発展させるべく運用されることが期待される。
24湯澤(2008)によれば、賢人会議報告書の発表当初から、ミャンマー、ラオス、ベトナムといった新
規加盟国が、制裁措置の導入といった内政不干渉の原則の見直しやコンセンサスによる意思決定方式の
変更について強固に反発していた。
25Associated
Press “ASEAN’s 4 newest members want bigger say in drafting ASEAN charter., says
official” 24 Jun 2007
15
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かのぼって適用―(タイ)」『通商弘報』2008 年 2 月 15 日
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