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MRI | 所報 | 銀行におけるリスク調整後業績評価
JOURNAL OF MITSUBISHI RESEARCH INSTITUTE 三菱総合研究所 /所報 No. 35 お問い合わせ先 三菱総合研究所 広報部 電話: : (03)3277-0003 FAX (03)3277-0520 E-mail: [email protected] 1999 研究ノート 銀行におけるリスク調整後業績評価指標とEVAの 活用 木村 公昭 要 約 銀行の自己資本の効率的運用は、実務的にも学術的にも、今後の発展が期待されるテーマである。 本研究ノートでは、自己資本の効率的運用ツールとしてのリスク調整後業績評価指標(RAPM)を紹介し、 近年、米銀ではRAPMからEVAに関心が移っていることを述べる。最後に、EVAの向上と株主価値の創出 の関係について考察している。 本研究ノートを通じて、RAPMはEVAと融合して、株主価値を最大化するためのツールとして活用できる こと、EVAを経営に活用する場合には、株主の成長期待を考慮する必要があることが示される。 目 次 1.はじめに 2.リスク調整後業績評価指標(RAPM) 2.1 RAPMの考え方 2.2 さくら銀行におけるRAPM 3.RAPMとEVA 3.1 RAPMからEVAへ 3.2 EVA 4.EVAと株主価値の創出 4.1 EVA、MVAと株主価値 4.2 株主の成長期待と株主価値 5.まとめ 三菱総合研究所 所報第35号(1999年9月) 160 銀行におけるリスク調整後業績評価指標とEVAの活用 ● Research Note The Use of Risk-Adjusted Performance Measurement and EVA in the Banking Industry Kimiaki Kimura Summary Efficient allocation of bank capital is a fruitful area to be developed theoretically as well as practically. In this paper, we begin by describing RAPM, short for risk-adjusted performance measurement, as a tool to improve the capital allocation process. We then look at economic value added (EVA), which is finding increasing popularity as an alternative to RAPM among U.S. banks with the aim of maximizing shareholder value. Our attention is then directed to the relationship between increasing EVA and creating shareholder value. In conclusion, we show that RAPM coupled with EVA can be used as a tool that enables you to maximize shareholder value and that shareholders’ growth expectations need to be taken into account when you apply EVA in making managerial decisions. Contents 1. Introduction 2. Risk adjusted performance measurement (RAPM) 2.1 What is RAPM? 2.2 A case study of RAPM at Sakura Bank 3. RAPM and EVA 3.1 Moving from RAPM to EVA 3.2 EVA 4. EVA and shareholder value creation 4.1 EVA, MVA, and shareholder value 4.2 Shareholders’ growth expectations and shareholder value 5. Conclusion JOURNAL OF MITSUBISHI RESEARCH INSTITUTE No.35(SEP. 1999) 161 1.はじめに バンク・オブ・アメリカのCFOであるマイケル・オニールの言葉を借りれば、 「株主資本は最も高価な 調達原資である(equity capital is the most expensive source of funding) 」。今日になって、わが国の銀 行もようやく自己資本の重要性を認識するようになった。株価低迷と不良債権処理で自己資本が減少す る一方で、これといった収益機会もないため、自己資本の積み上げが進まない。これが格付けの引き下 げを招き、株価も下がる。こうした状況を打開するためにも、邦銀には、冒頭のオニールの言葉どおり、 「株主資本は最も高価な調達原資である」との考えに立った経営が求められている。具体的には、自己資 本の効率的運用による株主価値の創出が求められているのである。 欧米の銀行では、自己資本の効率的運用という問題に早くから取り組んでいる。その過程で、リスク 調整後業績評価指標(RAPM)という考え方が生まれ、活用されてきた。バンカース・トラストの資本 リスク調整後収益率(RAROC)はよく知られている。また近年、EVAという指標が注目を集めている が、金融機関でも、バンク・オブ・アメリカ、ファースト・ユニオン、ロイズTSBなどが導入している。 銀行の自己資本の効率的運用については、近年、理論的な研究も行われるようになっている。例えば、 Stoughton & Zechner[8]は、自己資本比率規制の下での、RAROCとEVAを用いた最適資本配分につ いて論じている。とはいえ、この分野の研究は緒についたばかりであり、論文は少ないのが現状である。 さて、本研究ノートでは、最初にリスク調整後業績評価指標(RAPM)の考え方を整理し、次に株主 価値の最大化を目標に掲げる米銀の間では、RAPMからEVAに関心が移っていることを述べ、最後に EVAの向上と株主価値の創出について述べる。以下で述べる内容は、銀行について書いているが、自己 資本の効率的運用による株主価値の創出は銀行に限った問題ではなく、一般企業にも参考になるものと 考えている。 2.リスク調整後業績評価指標(RAPM) 2.1 RAPMの考え方 (1)RAPMとリスク資本 自己資本は稀少な経営資源であり、事業部門への資本の配分に際しては、リスクとリターンの最適化 が求められている。そのためには、資本の使用効率を測定することが出発点となる。最も単純な指標は、 資本利益率(ROC)である。しかし、ROCのみを用いる場合、事業部門のリスクの違いは全く考慮され ないことになる。そこで、何らかの方法で事業部門のリスクの違いを反映するように調整することが必 要になる。これがリスク調整後業績評価指標(Risk Adjusted Performance Measurement, RAPM)であ る。 RAPMにはバリエーションがあるが、基本的な式は次のようなものである。 RAPM=(収入−費用−期待損失) /リスク資本 なお、リスク資本(Risk Capital)は、予測できない損失に対して備えるべき資本を意味し、経済的資 本(Economic Capital)と呼ばれることも多い。 リスク資本の算出には、資産ボラティリティ・アプローチと収益ボラティリティ・アプローチという 2つの方法がある(Matten[5])。 162 銀行におけるリスク調整後業績評価指標とEVAの活用 ● (2)資産ボラティリティ・アプローチ 資産ボラティリティ・アプローチは、個々の資産のリスクを計量し、積み上げることによってリスク 資本を求める方法である。このとき資産のリスクは、バリュー・アット・リスク(Value-at-Risk, VAR)で 計量される。VARは、計測期間内に、与えられた信頼区間の下で発生し得る最大の損失額と定義するこ とができる。従って、資産ボラティリティ・アプローチによるRAPMを式で表すと、以下のようになる。 RAPM=(収入−費用−期待損失) /VAR 資産ボラティリティ・アプローチによるRAPMとしては、バンカース・トラストが開発したRAROC (Risk Adjusted Return on Capital)がよく知られている。後ほど紹介するさくら銀行の統合ROEも、資 産ボラティリティ・アプローチを採用している。 (3)収益ボラティリティ・アプローチ 収益ボラティリティ・アプローチは、収益の振幅を利用してリスク資本を求める方法である。前述の 資産ボラティリティ・アプローチが個々の資産のリスクを積み上げるボトムアップ方式であるのに対し て、収益ボラティリティ・アプローチはトップダウン方式ということができる。 アーニング・アット・リスク(Earnings-at-Risk, EAR)は、収益ボラティリティ(標準偏差)に基づ き、与えられた信頼区間の下で計算される収益の変動と定義することができる。これを式で表すと、 EAR=kδ ここで、kは信頼区間に対応する信頼係数、δは収益の標準偏差を表す。 リスク資本を収益の潜在的損失額を無リスク金利での運用でカバーするために必要な資本と考えれば、 リスク資本=EAR/ rf 、rf は無リスク金利 従って、収益ボラティリティ・アプローチによるRAPMを式で表すと、以下のようになる。 RAPM=(収入−費用−期待損失) /(EAR/ rf ) 但し、無リスク金利がゼロに近いと、必要なリスク資本が巨額になってしまい、現実的に意味ある数 字でなくなるという問題がある(牟田[10] ) 。 (4)リスク資本と自己資本 以上見てきたように、各事業部門のリスク資本を求めることができれば、期待損失控除後利益をリス ク資本で割ることで、RAPMを計算することができる。RAPMはリスク資本の使用効率を測定する指標 であり、自己資本の使用効率を測定するものではない。自己資本の使用効率を測定するためには、リス ク資本と自己資本の関係を明確にする必要がある。 通常、各事業部門のリスク資本の合計よりも、自己資本のほうが大きい。そこで、自己資本を各事業 部門のリスク資本に応じて比例配分することが考えられる(Best[2])。これは、自己資本を各事業部 門のVARまたはEARで比例配分することと同じである。 事業部門の割当資本=自己資本総額×{各事業部門の VAR(または EAR)/銀行全体の VAR(または EAR) } 後述するさくら銀行のケースでも、同様の考え方に基づいて、各事業部門の割当資本が決定されてい る。しかしながら、この考え方には次のような疑問が残る。第一に、自己資本全額を各事業部門に割り 当てることの意味である。リスク資本を超える自己資本はある意味で過剰資本であり、自己資本の水準 そのものを見直す必要がある。第二に、当該事業部門のVARが変化していなくても、他の事業部門の VARが変化すると、その影響を受けて割当資本が変化してしまうことである(EARとしても同様)。 163 2.2 さくら銀行におけるRAPM (1)ROEマネジメント 資産ボラティリティ・アプローチによるRAPMを導入した邦銀の例として、さくら銀行がある。さく ら銀行では、平成9年10月にカンパニー・グループ制を採用し、投資銀行業務については投資銀行ディ ビジョンカンパニーとし、商業銀行業務については、支店営業グループ、営業部グループ、海外営業グ ループに分けた。カンパニー・グループ制の実施と同時に、RAPMの考え方に基づくROEマネジメント が導入された。 ROEマネジメントは、安全性の確保と収益性の向上を同時に実現することを目的としており、そのた めに各カンパニー・グループのリスクを計量化し、資本対比で適切な水準にコントロールするとともに、 RAPMを統一的な尺度として各カンパニー・グループの収益性を評価し、収益性の高いカンパニー・グ ループに資本を重点的に配分する(さくら銀行[9]) 。 (2)統合ROE さくら銀行におけるROEマネジメントのベースになっているのが、統合ROEと呼ばれる指標である。 統合ROEは、信用コスト控除後利益を割当資本で割ったものである。 統合ROE= (経費控除後利益−信用コスト) /割当資本 信用コストは、平均的な状況で予想される損失であり、貸出原価に含めて考えるべきものである。そ こで、統合ROEでは、経費控除後利益から信用コストを差し引いている。信用コストの算出は、信用リ スクについては、格付推移をシミュレーションして、今後1年以内に予想される倒産による損失額を求 め、これを単純平均する。また、市場リスクについては、予想損失額はゼロと考える。 一方、予想損失を超えて発生する損失は自己資本でカバーすべきとの考えから、最大損失と予想損失 の差をリスク所要資本と定義している。ここで最大損失は、統計的に想定される最悪の状況下で発生す る損失である。市場リスクについてはVARを算出し、信用リスクについては格付推移をシミュレーショ ンし、予想される最大損失(信頼水準値99%)を算出する。 割当資本は、各カンパニー・グループに配分された自己資本(BIS自己資本のTier1+Tier2)である。 割当資本は、各カンパニー・グループのリスク所要資本と戦略などを考慮して決定される。 さくら銀行では、統合ROEによる収益性評価に基づいて、割当資本の再配分を行っている。例えば、 ある年度における統合ROEが、支店営業グループ11%、営業部グループ7%、海外営業グループ5%、 投資銀行ディビジョンカンパニー13%であったとする。この場合、翌年度の計画では、統合ROEが低い 海外営業グループの割当資本を減らし、支店営業グループに再配分するといった見直しが行われる。 さくら銀行では、統合ROEに加えて、リスクリターン率と割当資本使用率という2つの指標を新たに 導入した。 リスクリターン率=(経費控除後利益−信用コスト) /リスク所要資本 割当資本使用率=リスク所要資本/割当資本 リスクリターン率は、営業店のように割当資本を持たない先の収益性の評価に用いられる。カンパニ ー・ディビジョンの収益性を見る場合は、リスクリターン率でなく、統合ROEが用いられる。 各カンパニー・ディビジョンは、期初に設定された割当資本の範囲内でリスクをとるよう求められる。 この場合、割当資本使用率<100%となり、銀行全体のリスクを自己資本の範囲内に抑えることができ る。 164 銀行におけるリスク調整後業績評価指標とEVAの活用 ● 割当資本の再配分〈選択と集中〉 割当資本の範囲内 での業務運営 割当資本の配分 割当資本 自己資本 割当資本 リスク 所要資本 収益性の評価 統合ROE カンパニー・グループ別 または業務別 割当資本 リスク 所要資本 統合ROE 資料:さくら銀行[9]より作成 図1.さくら銀行におけるRAPM 3.RAPMとEVA 3.1 RAPMからEVAへ RAPMの目的は、自己資本を効率的に運用することで、株主価値を高めることにある。安田・西川 [11]は、「RAPMは、いわばグローバル・スタンダードなのである」として、邦銀によるRAPM導入の 必要性を強く主張している。しかしながら、RAPMを導入済みの米銀の間では、RAPMは株主価値を最 大化する上で有効な指標とは考えられていない。 例えば、バンク・オブ・アメリカ(BOA)では1990年代前半にRAROCを導入しているが、CFOのマ イケル・オニールは、1996年に開催された討論会で、株主価値を最大化することがBOAの目標であり、 そうした観点から最も意味ある指標はRAROCではなく、経済的利益(Economic Profit)であると発言 している(Roundtable Discussion of Current Issues in Commercial Banking, June 14, 1996, Chew[3] ) 。 ここで経済的利益は、税引後営業利益から投下資本に資本コストを乗じたものを差し引くことで計算さ れる。経済的利益は、後で述べる経済的付加価値(Economic Value Added, EVA)に他ならない。 また、同じ討論会において、ファースト・ユニオンの上席副社長ジム・ハッチも、最良の業績評価指 標は RAROCでなく、株主付加価値(Shareholder Value Added, SVA)であると述べている。なお、 SVAはファースト・ユニオンの用語であり、意味するところは経済的利益またはEVAと同じである。 以上から分かるように、株主価値の最大化を目標に掲げる米銀では、RAROC(より一般的には RAPM)は有効な業績評価指標とは考えられておらず、EVAへと関心が移っているのが実状である。 3.2 EVA (1)EVAの定義 EVAは、スターン・スチュアート社が登録商標とした業績評価指標であり、税引後営業利益から投下 165 資本に加重平均資本コスト( k )を乗じたものを差し引くことによって計算される(Stewart[7]) 。 EVA=税引後営業利益− k *投下資本 投下資本利益率をROCで表すと、 EVA=投下資本*(ROC− k ) この式が示すように、EVAは投下資本、資本利益率(ROC)、資本コスト( k )という3つの要素から 成る。 EVAを金融機関に適用する場合、税引後利益の代わりに期待損失控除後利益、投下資本の代わりにリ スク資本を用いることが考えられる。 EVA=期待損失控除後利益− k *リスク資本 期待損失控除後利益をリスク資本で割った比率はRAPMに他ならないから、 EVA=リスク資本*(RAPM− k ) この式から分かるように、株主価値を最大化する上でEVAを重視するのであれば、RAPMは業績評価 指標というよりも、EVAを決定する要素の一つとして位置付けられることになる。ファースト・ユニオ ンのハッチも同じ趣旨の発言をしている。“RAROC should instead be thought of as a tool that enables you to measure your economic profit or EVA.” (Chew[3], p.308) (2)会計上の歪みの修正 EVAの計算式は単純なものだが、実際はそれほど易しくない。EVAの計算を難しくしている要因の一 つに、会計上の歪みの調整がある。 EVAを決める要素のうち、投下資本には現有資産の市場価値を用いるべきであるが、測定が容易でな いため、資本の簿価を用いることが多い。簿価である以上、会計処理の仕方や判断などの影響を受ける。 そこで、会計上の歪みを修正する必要がある(Stewart[7] ) 。 例えば、将来の収入を期待して支出する費用については、資本化する必要がある。典型的な例が、研 究開発費である。研究開発費を費用化している場合には、繰延資産に計上する必要がある。また、事実 上オフバランスの資金調達に相当する費用についても資本化する必要がある。例えば、オペレーティン グリースである。オペレーティングリースについては、リース料を現在価値に割り引き、資産計上する 必要がある。これらは、ほんの一例に過ぎない。 前述のように、EVAは投下資本にROCと資本コストの差を乗じたものである。ROCは投下資本に対す る営業利益の比率であり、営業利益として利払・税前利益(EBIT)を用いることが多いが、投下資本の 場合と同様の修正が必要である。例えば、研究開発費を費用化している場合、ROCを次のように修正す る必要がある。 修正後ROC= (EBIT+R&D費) / (資本の簿価+資本化したR&D費) オペレーティングリースについても同様である。 修正後ROC= (EBIT+リース費)/(資本の簿価+資産化したリース債務) (3)資本コストの推定 投下資本とROCについて会計上の歪みを修正したら、EVAを算出する上で残されているのは資本コス トの推定である。資本コストとしては、加重平均資本コスト( k )を用いる。 k = ke *{E/(D+E)}+ kd *{D/(D+E)} ここで、ke は株主資本コスト、kd は負債コスト、Dは有利子負債の市場価値、Eは株主資本の市場価値 166 銀行におけるリスク調整後業績評価指標とEVAの活用 ● を表す。さらに、株主資本コスト(ke )は、資本資産価格モデル(CAPM)から、以下のように決定さ れる。 ke = rf +β*( rm − rf ) ここで、rf は無リスク証券の収益率(無リスク金利)、rm は市場ポートフォリオの期待収益率である。 従って、( rm − rf )は市場リスクプレミアムである。βは、ある株式が市場全体の動きにどう感応するか を示す指標である。 CAPMの考え方は、各事業部門の資本コストの推定にも適用することができる。このとき問題となる のは、β値の推定である。事業部門については、株式が市場で取引されているわけではないため、β値 を直接推定することができない。そこで、当該事業部門と似た上場企業のβ値を利用するか、各事業部 門に同じ資本コストを適用することが考えられる。例えば、バンク・オブ・アメリカでは、各事業部門 に同じ資本コストを適用している(Chew[3]) 。しかし、何れも合理的な方法ではない。 金融機関については、全く別の方法もある。それは、β値と収益ボラティリティの相関に着目して、 事業部門のβ値を推定するという方法である。Matten[5]は、世界各国25銀行の10年間(1984∼93) のデータを用いて、以下の回帰式を推計している。 β=0.14+10.82*収益ボラティリティ(決定係数=0.85) 例えば、A銀行の収益ボラティリティを10%とすると、A銀行のβ値は1.22となる。無リスク金利を 5%、市場リスクプレミアムを4%とすると、CAPMから、A銀行の資本コストは9.9%(=5%+1.22 *4%)と推定される。 4.EVAと株主価値の創出 4.1 EVA、MVAと株主価値 株主価値とは、株主資本の市場価値であり、企業価値から負債の市場価値を差し引くことによって求 めることができる。企業価値は、再投資分を除いたキャッシュフロー(フリーキャッシュフロー、FCF) を資本コスト( k )で割り引くことによって求めることができる。 株主価値=企業価値−負債価値 t =n 企業価値= Σ t =1 FCFt t (1+k ) 企業が新たに創出した株主価値は、株主資本の市場価値と株主資本の簿価の差で表すことができる。 Stewart[7]は、これを市場付加価値(Market Value Added, MVA)と呼んでいる。株主価値は、株 主資本の簿価とMVAの合計と考えることができる。MVAは、EVAを資本コスト( k )で割り引いた価 値の合計に等しい。 株主価値=株主資本簿価+MVA t =n MVA= Σ t =1 EVAt t (1+k ) 以上のように、株主価値を求める方法には、FCFを割り引くやり方と、EVAを割り引くやり方とがあ る。割り引く対象となるFCFとEVAとでは、タイミングも大きさも異なるが、何れの方法でも同一の株 主価値が得られることが分かっている(Palepu, etc.[6])。キャッシュフローに遡ることなく、EVAと いう会計数値を割り引くことによって株主価値を求めることが可能であり、しかもFCFを用いる方法と 167 同じ結果が得られることが重要な点である。この点が、1990年代に入って、EVAが実務界に受け入れら れている理由の一つと考えられる。 4.2 株主の成長期待と株主価値 (1)EVAの向上 EVAを高めることが、MVAそして株主価値を高めることになる。既に見たように、 EVA=投下資本*(ROC− k )、k は資本コスト または、 EVA=リスク資本*(RAPM− k )、k は資本コスト 以上の式から、ROCまたはRAPMが資本コストより高ければ、EVAはプラスとなり、株主価値を創出 しているとされる。しかしながら、この主張は必ずしも正しくない。実際には、以下で見るように、ROC またはRAPMが資本コストを超えていても、株主価値を損なっている場合がある。 (2)株主の成長期待 株主から見た投資利回り(ρ)は、ROCを株価純資産倍率(Price/Book Value Ratios, PBR)で割っ た比率に等しい。 ρ=ROC/PBR PBRは自己資本の簿価に対する市場価値の比率であり、高いPBRは将来の収益の伸びに対する株主の 期待が大きいことを意味する。この式から分かるように、PBRが1に等しければ、投資利回りはROCに 一致し、ROCが資本コストを超えていれば、投資利回りも資本コストを上回り、株主価値を創出してい ることになる。しかし、株主の成長期待が高く、PBRが1を超える場合には、ROCが資本コストを超え ていても、投資利回りは資本コストを下回る場合があり、この場合には株主価値を損なっていることに なる。 例えば、自己資本1兆円、PBRが1.5のA銀行があるとする。A銀行の資本コストは10%、ROCは12% であり、ROCが資本コストを上回っている。しかし、ROCが12%といっても、株主から見た投資利回り は8%(=12%/1.5)に過ぎず、資本コスト割れということになる。この場合、A銀行が株主価値を創 出するためには、少なくとも15%(=10%*1.5)以上のROCを達成する必要がある。 逆に、ROCが資本コストより低くても、株主価値を創出している場合もある。例えば、自己資本1兆 円、PBRが0.5のB銀行があるとする。B銀行の資本コストは10%、ROCは6%であり、ROCは資本コス トを下回っている。しかし、ROCが6%というのは、株主から見た投資利回りに換算すると12%(= 6%/0.5)となり、資本コストを上回ることになる。 5.まとめ 本稿では、RAPMの考え方とわが国における適用事例を紹介した後、米銀ではRAPMからEVAへの移 行が進行中であることを述べた。その背景には、株主価値を最大化する上で、RAPMよりもEVAのほう が有効であるとの考えがある。しかしながら、株主の成長期待が高い場合には、ROCが資本コストより 高く、EVAがプラスであるように見えても、株主価値を損なっている場合があることを示した。 168 銀行におけるリスク調整後業績評価指標とEVAの活用 ● 参考文献 1)Bessis, Joel:“Risk Management in Banking”,Wiley(1998) . 2)Best, Philip:“Implementing Value at Risk” , Wiley(1998) . 3)Chew, Donald ed.:“Discussing the Revolution in Corporate Finance” , Wiley(1998) . 4)Damodaran, Aswath:“Damodaran on Valuation”,Wiley(1994) . 5)Matten, Chris:“Managing Bank Capital ”, Wiley(1996)(小島邦夫監訳,『21世紀の銀行経営』,金融財政事情 研究会) . 6)Palepu, Krishna, Victor Bernard, and Paul Healy:“ Introduction to Business Analysis and Valuation”, SouthWestern(1996)(斉藤静樹監訳,『企業分析入門』,東京大学出版会) . 7)Stewart, G. Bennett:“The Quest for Value” , HarperCollins(1991) (日興リサーチセンター訳, 『EVA創造の経 営』 ,東洋経済新報社) . 8)Stoughton, Neal M., and Josef Zechner:“Optimal Capital Allocation Using RAROC and EVA” , working paper presented at seminars at the European Finance Association(1999) . 9)さくら銀行:『リスクの計量化に基づくROEマネジメント』 (1998) . http://www.sakura.co.jp/bank/fmenu/f-riskm.htm 10)牟田誠一朗:『リスクキャピタルをマネージする』,シグマベイスキャピタル(1999) . 11)安田隆二,西川久仁子:『金融機関の経営パラダイムの転換』(1999),伊藤邦雄編著:『企業価値を経営する』, 東洋経済新報社(1999) . 169