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1 ASEAN と東アジアの経済統合に不可欠なインフラ

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1 ASEAN と東アジアの経済統合に不可欠なインフラ
e-NEXI 2011 年 8 月号
特集記事 ASEAN と東アジアの経済統合に不可欠なインフラ整備
ASEAN と東アジアの経済統合に不可欠なインフラ整備
東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)
総務部長(General Manager)
春日原大樹(かすがはら・だいき)
1. はじめに
東アジア・アセアン経済研究センター(Economic Research Institute for ASEAN and East Asia:
ERIA)は、ASEAN (Association of Southeast Asian Nations、東南アジア諸国連合)及び東アジア地域
における経済統合をより一層進めるため、地域の経済の実情を正確に把握し、客観的な分析を基に具
体的な政策提言を行う機関として、2007 年 11 月の第 3 回東アジア首脳会議における 16 カ国*注の首
脳の合意に基づき、2008 年 6 月に正式設立された国際機関である。
現在本拠地はインドネシア・ジャカルタにあり、西村英俊事務総長以下、日本、中国、インドネシア、フ
ィリピン、カンボジア、ブルネイ各国からの研究者やサポーティングスタッフ併せて約 50 名の人員を擁してい
る。経済統合の深化、経済格差の是正、持続可能な成長の各分野に関し様々な研究プロジェクトを実
施し、首脳会議や閣僚会議に政策提言を行うとともに、シンポジウム・セミナーも開催している。今後は、
2015 年の ASAEN 共同体設立に向けた経済統合に関する課題解決や、エネルギー問題などへの対応
を強化していくこととしている。
2015 年の ASEAN 共同体設立に向けた取り組みの一環として、2010 年 10 月の第 17 回 ASEAN サ
ミットでは ASEAN コネクティビティ・マスタープラン(Master Plan on ASEAN Connectivity : MPAC)が採択
され、コネクティビティ(接続性)をキーワードとして優先プロジェクトを示すとともに、その実行に向けた新たな
体制作りが行われている。また、ERIA は、設立以来の研究成果の集大成の一つとして、2010 年の第 5
回東アジア首脳会議に「アジア総合開発計画(Comprehensive Asia Development Plan: CADP)」を提
出したが、その研究成果を活用しながら、ERIA はアジア開発銀行や世界銀行とともに ASEAN コネクティ
ビティ・マスタープランの作成にも主導的に参加し、その中核部分である戦略の立案に取り組んだ。
*注 東アジア首脳会議参加国:ASEAN10 カ国(ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、
ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)及びその主要6対話国(オーストラリア、中国、インド、
日本、韓国、ニュージーランド)
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2.アジア総合開発計画(CADP)
東アジアは 1980 年以降、製造業における工程間分業、細分化された生産工程の最適地への立地を
通じて国際的な生産ネットワークを構築し、目覚ましい経済発展を遂げてきた。しかし、生産ネットワーク
が張り巡らされているのは、首都近郊などの産業集積を中心とした地域に限定されており、東アジアには
大きな格差が残っている(図 1 参照)。アジア総合開発計画は、この経済格差を経済発展の源泉へと転
換することが可能であることを示している。
図 1.域内の主な産業集積と所得格差
(出典:ERIA / IDE-JETRO GSM Team.)
アジア総合開発計画では、ASEAN および周辺地域からなる分析対象地域を3つの階層に分類してい
る。第1階層(Tier 1)は、既存あるいは形成されつつある産業集積、第2階層(Tier 2)はその周辺地域に
あり、第1階層を中心として形成されている生産ネットワークへの効果的な参加が期待できる地域、第3
階層(Tier 3)は短中期的には生産ネットワークへの参加は難しいがコネクティビティが新たな展望を切り開
くと期待される地域である。
ASEAN 域内で Tier1 に位置づけられるのは、バンコク、シンガポール、ジャカルタといった大都市圏(産業
集積)である。これら産業集積が「中所得の罠」を乗り越えていくためには、より多くの技術革新を実現して
いけるようにしなければならない。そのためには、地場中小企業が国際的生産ネットワークに参加できるよ
うにする支援策が重要である。
Tier2 の開発戦略は、既存の産業集積で行われている生産活動の一部(典型的には労働集約的な
生産工程)を切り離し、誘致することである。ここでは、既存の産業集積とのやりとりが低廉・安定的に行
われる環境整備、すなわち輸送費用・時間、国境を越えての費用・時間などの削減が必要である。
Tier3 は、インドシナ半島の山岳部やフィリピン南部やインドネシア東部などの島嶼地域を念頭に置い
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ている。これら地域は、大都市圏へのコネクティビティを強化することにより、一次産品、天然資源、観光
資源などをより有効に活用し、地域独自の発展戦略を描いていくことが可能になる。
広域的な開発計画をデザインする際には、この階層間の相互作用に十分に留意することが重要であ
る。ここで鍵となるのが、経済回廊という概念である。アジア総合開発計画が主張する経済回廊開発戦
略は、主に物流インフラの改善を通じた沿線各地域のコネクティビティの強化により、生産活動の集積・
分散効果をコントロールし、経済統合と格差是正の両立を目指す、というものである。
アジア総合開発計画は、経済回廊の効果を数量的に分析し、広域的なインフラ開発の在り方を検討
している。数量分析に際しては、アジア経済研究所の研究チームが開発したジオグラフィカル・シミュレーシ
ョン・モデル(Geographical Simulation Model: GSM)を用いている。このモデルは、インフラ整備の地域大の
影響を詳細に分析し、今後 10 年間の地域 GDP の増分の合計額を、2010 年の当該地域 GDP 推計
値で割った値(%)として表記している。南北回廊、メコン・インド経済回廊などについて経済効果を分析し
ているが、その一例として、ASEAN 及びその周辺地域の主要な陸路、海路、空路の改善を行った場合
の経済効果を図 2 に示す。この場合、分析対象地域全体への経済効果は 54.8%にまで増大するとともに
ジニ係数も 0.63%縮小し、所得格差縮小への効果も大きいことが明らかになった。
図 2.複数経済回廊の効果
(出典:ERIA / IDE-JETRO GSM Team.)
実際の経済回廊開発は、高速道路の建設、港湾・空港開発、工業団地整備、発電所建設、送電
網整備といったインフラ開発プロジェクトとして実行される。アジア総合開発計画では、695 件の未実施の
プロジェクトをリストアップし、分類・優先順位付けを行った(表 1 参照)。今後 ERIA としては、特にそのうち
170 の最優先プロジェクトの実施に焦点を当て、現実のプロジェクト化に向けたコンサルティングを実施する
とともに、PPP(Public Private Partnership)の展開に向けた人材開発も推進していくこととしている。
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表 1.アジア総合開発計画におけるプロジェクト案件総括表
(出典:MPAC)
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3. ASEAN コネクティビティ・マスタープラン(MPAC)
ASEAN コネクティビティ・マスタープランは、2009 年 10 月の第 15 回 ASEAN サミットにおける首脳合意
に基づいて策定されたものである。ASEAN 加盟国は、先に述べたアジア総合開発計画における分析手
法の有益性に着目し、ERIA に対し、ASEAN コネクティビティの現状と課題を抽出し、中核となる戦略をリ
ストアップすることを要請し、いわば ASEAN の基本戦略の策定を ERIA に委ねた。ASEAN コネクティビティ
・マスタープランでは、コネクティビティを物理的、制度的及び人的の3つの側面から捉え、合計 19 の戦略
を打ち出し、それぞれに関する行動計画を策定している(表 2)。
表 2.ASEAN コネクティビティ・マスタープランの戦略
物理的コネクティビティを強化するための戦略
ASEAN ハイウェイ・ネットワークの完成
シンガポール・昆明鉄道の完成
効率的で統合された内陸水運ネットワークの構築
統合され、効率的な、競争力のある海運システムの確立
ASEAN を東アジア地域における交通ハブとするために、統合され、シームレスなマルチモード輸送システムの確立
ASEAN メンバー各国における ICT インフラ、サービス開発を加速
ASEAN のエネルギー・インフラ・プロジェクトに関する制度的課題を解決するための過程の優先順位付け
制度的コネクティビティを強化するための戦略
交通円滑化に関する枠組み合意の完全実施
ASEAN 域内の陸路旅客輸送の促進
ASEAN 単一航空市場の設立
ASEAN 単一海運市場の設立
ASEAN 域内の障壁を最小化することによる貿易自由化の加速
効率的かつ競争力のあるロジスティックス産業開発の加速 (交通、通信、その他関連サービスを中心に)
ASEAN 域内の貿易円滑化措置の実効的改善
国境管理能力の強化
ASEAN メンバー国の、公正な投資ルールに基づく投資自由化(域内、対域外)を加速
人的コネクティビティを強化するための戦略
ASEAN 域内の社会・文化的相互理解の深化を促進
ASEAN 域内の「人の移動」を振興
(出典:MPAC)
ERIA の立案によるこれらの戦略の実施については、PPP をはじめとする財源と政治的リーダーシップに
裏付けされた実施体制の必要性を示しているが、今後はその実現を如何に進めていくかが課題である。
ASEAN コネクティビティ・マスタープランにおいて、ERIA は、世界銀行やアジア開発銀行と並んで、ハード・
ソフト両面のプロジェクトのプレ F/S(実行可能性調査:Feasibility Study)や、事後評価などの潜在的な
資金源として正式に位置付けられている。ASEAN コネクティビティ・マスタープランやアジア総合開発計画
の実施についての ERIA の取り組みについては、8 月上旬に開催予定の東アジア首脳会議経済大臣会
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合において ERIA から各国大臣に直接報告するとともに、11 月の ASEAN サミット及び東アジア首脳会議
にも報告することを予定している。
4.ASEAN 統合のもたらすもの
ASEAN 経済共同体(AEC)の 2015 年の経済効果は非常に大きなものがある。ここでは、中国の経験
を援用しつつ、展望を試みてみる。中国の目覚ましい経済発展の契機となったのが 1970 年代末の改革
開放政策の導入であることは論を待たないが、特に急速に経済成長したのは 2000 年代以降のことであ
る。この時期、特に政策面で重要であったのは、2001 年の WTO 加盟とそれに引き続く外資規制緩和、
そして、2004 年に決定され、2006 年までに完成された国内流通市場の開放である。このわずか 5 年の間
に、中国の GDP は倍増しているのである(図 3)。
図 3 ASEAN 経済共同体が意味するもの
(出典:ERIA)
ASEAN 経済共同体は、(1)単一市場・生産拠点、(2)競争力のある経済圏、(3)平等な経済発展、
(4)世界経済との統合を中核要素と位置付けており、これはまさに中国が WTO 加盟、外資規制緩和、
国内流通市場開放において希求してきたものと一致する。図 3 には、時間軸を 10 年ずらした形で、
ASEAN の GDP も図示している。1999 年の中国の GDP は 1 兆 832 億ドルであり、これに対応する 2009
年の ASEAN の GDP はその約 2 倍に相当する 2 兆 312 億ドルである。図 3 中の破線部分は ERIA の
試算に基づく ASEAN の GDP 見通しであり、2020 年には ASEAN の GDP は 4 兆 5149 億ドルと、現在
の中国(4 兆 9847 億ドル、2009 年)に匹敵すると見込まれる。もちろん、ASEAN は中国のような中央政
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府がないなど差異もあるが、ASEAN 経済共同体構築を通じて ASEAN 域外との交易を活性化しつつ、
特に中国、インド等の需要を取り込んでいくことで、上述のシナリオを達成することは十分可能である。
5.終わりに
ASEAN コネクティビティ・マスタープランの実施を含めた ASEAN 経済共同体構築に当たっては、
ASEAN の開発パートナーである日本に寄せられる期待も大きい。ASEAN 経済共同体構築過程では、
インフラ開発の実施主体、インフラ開発資金の供給者、制度的コネクティビティ強化に関する技術支援の
供給者といった役割が重要になっている。そして、ASEAN の拡大した市場、改善された投資環境は、日
系民間企業にとってもより魅力的なものとなっているであろう。
特に我が国が東日本大震災からより活力ある国として復活するためには、東アジアとの接続性を高め、
その活力を取り込んでいくこと以外にない。ERIA としては、その総力を挙げて ASEAN 事務局を支え、
ASEAN 経済共同体の設立を現実化し、より活発な経済活動の舞台を創設するとともに、インフラ整備
についても、PPP(Public Private Partnership)を用いた具体的なプロジェクトに関する調査を主導してい
きたいと考えている。
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