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(20) 卒業旅行

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(20) 卒業旅行
キャンパス模様(二十)
2001/3 月号
卒業旅行
いつの時代からか、四年生が卒業をひかえた二、三月に外国旅行を始めるようになりま
した。外国に出かけることは、別段珍しいことではなくなりましたが、卒業旅行となれば
なぜ?と考えさせられます。新婚旅行も外国ばやりですから、人生の節目に外国旅行とい
うゲーテ並の高等遊民の習慣ができたようです。
私のゼミでも、大半の学生が卒業旅行に出かけました。今年はオーストラリア旅行が流
行で、オリンピックの後追い景気が続いているようです。また、これまでの東南アジアか
ら、ヨーロッパに人気が移ったようです。私がドイツ派なので、ドイツの歴史や文化、都
市についてゼミで雑談するせいか、それに誘惑されて、ヨーロッパに行くものが毎年いま
す。今年も、ゼミの五人娘が一緒に十数日のドイツ旅行に出かけました。ウィーンに飛ん
で、ドイツのミュンヘンに入り、ロマンチック街道を逆に北上し、ハイデルベルグを経て、
パリから帰国するコースだそうです。
「国を転々と廻るな、一カ国を味わえ。一人旅せよ、女性は安全上二人旅もよし」と助
言するのですが、学生たちはパック旅行に群がります。「パック旅行かい」と非難めいた私
の言葉に、「だって安いんです。ドイツ中心で、フリータイムの多いのを選びました」とこ
ちらの意見にも耳を貸していたようです。
本学の生活協同組合に旅行のコーナーが設置されていて、休暇前には大変な賑わいです。
シンガポール四日間五万円、ヨーロッパ一〇日の旅一六万円、ホテル・食事付きの信じら
れないお得な料金です。私が初めてヨーロッパに飛んだ二十数年前には、アエロ・フロー
トいうソ連航空がヨーロッパへの最短距離で最安値、それでも片道十六、七万円だったと
記憶します。その後数回ヨーロッパに行きましたが、その度に航空運賃は安くなるという
変遷でした。
その生協のチラシに、ひときわ目立って、ヨーロッパ旅行五万九八〇〇円というのがあ
りました。係りの人に尋ねると、これは二月中に日本を出発すれば、一カ月有効の往復の
フリー・チケットで、ホテル代金は含んでいません。さすがに売りきれのようです。
多くの学生が安さにつられて、一、二月のツアー旅行でヨーロッパを旅しています。乗
る、泊まる、食べる、さらに見物先までパックされた、お子さま修学旅行ですから、気楽
な旅ではあるでしょうが、旅の実感は残らないはずです。私も外国にいたころ、日本人の
団体客に何度も遭遇しました。どやどやとレストランに入ってくると、やれビールだの、
昼食だのと大声で、添乗員に要求するのをみるにつけ、同席するのがいたたまれない同国
人の振る舞いでした。ヨーロッパのレストランでは物静かに食事します。騒ぐところは場
所が違って、ミュンヘンにはホーフブロイハウスという賑やかなビヤホールがあります。
ベルリンでは、東西の壁があるころ、そこに観光バスでやってきた日本の団体さんが、ど
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さっと下車し、物見台を通過して車に戻されて、五分とかからない観光でした。なにをみ
たのだろうと、立ち去る観光バスを眺めながら、西側の壁に刻まれた哀詩やあるいは書き
なぐられた悪口を判読するのに苦労しながら、東西を隔てる壁とはなにか考え込んだこと
を思い出しました。
旅は楽しいものですが、とりわけ外国の旅は異文化の体験です。空港の搭乗や税関通過、
通貨の交換、ホテル予約、乗り物、初旅は不安です。でも、そこに旅の醍醐味があり、失
敗するだけ旅は濃くなります。私は、ゼミ員に「大学という最高学府を卒業しようという
大の人間が、文明国を一人で旅できないとは恥ずかしい」と冷やかしています。安上がり
のパック旅行は、名所旧跡に、「行った、見た、忘れた」という印象の薄い記念の旅に終わ
ります。折角の外国旅行だから、本当に自分の目で見る旅をしてきたら、たとえ十日でも、
なにかテーマをもって旅するようにと、アドバイスしています。そうでなければ、行くこ
ともない。ただの見物なら、ビデオ旅行がはるかに詳細です。
初めての外国旅行だから、物見高くなってこい。せめて現地では、個人行動をしろよ。
メモ帳をもっていけ。メモ帳といっても、大学ノートで十分。通貨交換のレシートを貼り
つけておけ、美術館のチケットを貼りつけておけ、訪ねた建物の名前をメモしておけ、と
言わずもがなの老婆心を振りまいています。
「ヨーロッパって寒いんでしょう。なに着ていけばよいのですか?」
「なに大したことはないよ。ちょっと厚めのコートがあれば」と、私は答えておきまし
た。
私はベルリンに留学して、楽しい反面、二冬目はもたなくなりました。日中の平均気温
が零度前後、夜はマイナス五度以下になります。ときに、夜中はマイナス一〇度を超える
こともたびたびあり、私が住んでいた住居の前の小川が厚く凍って、子供たちがスケート
を楽しんでいました。しかし、ヨーロッパの冬が歓迎されないのは、寒さの厳しさではあ
りません。この寒さは暖房の完璧な建物に入ると解消します。実は、暗く、日が短く、日
がささない陰鬱な気候のせいです。冬の四カ月間はほとんど太陽を見ることはありません。
毎日、どんよりと曇り、空が低くたれ下がり、ベルリンともなると、朝は九時過ぎにやっ
と明るくなり、午後は三時には薄暗くなります。この日中の短さにヨーロッパの緯度を思
い知らされます。ゲーテが「光を!」求めて、地中海に旅したのも、むべなるかなと納得
します。冬の観光旅行は、見る場所をかぎられます。
ベルリンの緯度は日本のどの地域に当たるか。ついでに、パリやローマは緯度で日本の
どの地方に当たるか、ちょっと考えてください。逆に、東京はヨーロッパのどの都市と同
緯度か答えられるでしょうか。
ベルリンは北緯五二度、パリは北緯四九度、両都市とも稚内よりはるか北でサハリンに
位置します。東京は実はアフリカの北に当たります。でも、パリは一月の平均気温が三度
くらいですから、東京より少し寒いというレベルです。緯度は高いが、その割には暖かく、
東北地方の寒さだと私は思っています。
一人旅は失敗の連続ですが、多くは異国との生活習慣の差違を知らないためにおきる失
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敗です。そこで、自分の無知を悟りながら、外国を理解し、比較して母国を知ります。そ
こに外国旅行の意味が生まれるのですが、パック旅行は日本の延長となって、外国を知ら
ない消費の経験に終わるのではないかと懸念します。
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