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報告書 - 日本証券業協会

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報告書 - 日本証券業協会
「英国における個人の中長期的・自助努力による
資産形成のための投資優遇税制等の実態調査」
報告書
平成 28 年 6 月
日本証券業協会
日本証券業協会では、個人の中長期的・自助努力による資産形成の支援のため、次
のとおり投資優遇税制等の海外調査を実施した。
1.調査日程
2016 年 4 月 18 日から 21 日
2.調査先
・
・
・
・
英国財務省(Her Majesty’s Treasury(HMT))
金融行為監督機構(Financial Conduct Authority(FCA))
業界団体
販売会社
・
金融経済教育団体
3.主な調査項目
(1)ISA
(2)ジュニア ISA
(3)ライフタイム ISA
(4)ワークプレイス ISA
―――

要
約
―――
英国の ISA は、1999 年に英国民の貯蓄率の向上を目的として導入され、今日
では、成人人口の約半数が ISA 口座を保有し、資産形成手段として広く認知・
利用されている。導入以降、年間拠出限度額の増額や制度の拡充が進められ
ており、英国政府においても大きな期待が寄せられていることがうかがえる。

ISA は、非課税期間は当初より恒久とされていたが、口座開設期間には当初
10 年間という期限があった。導入から 7 年後に英国財務省による ISA 制度の
効果検証を行った結果、広く英国民に普及したこと、特に低所得者層や若年
層に対しても普及していることを高く評価し、制度の恒久化が決定された。
恒久化決定の背景には金融機関や業界団体からの強い要望もあり、英国政府
が積極的に業界の声に耳を傾けた結果、実現したものだといえよう。

ISA 恒久化後、残高と口座数は共に大きく伸びた。恒久化後も、英国政府は
制度をシンプルにし、更なる英国民の貯蓄習慣の定着を目指してきたが、今
後は特に若年層の資産形成を促すためにターゲットを絞った拡充策も導入し
たいとしている。具体的な政策としては、初めての住宅購入や退職後の資金
の支援のためのライフタイム ISA を導入する予定である。今後も投資者の利
便性向上に向けた取組みがされていくことだろう。

我が国では、2014 年 1 月より、NISA が開始され、既に約 987 万口座が開設さ
れている。NISA の導入によって、預貯金に偏重している個人金融資産の「貯
蓄から投資へ」の流れが加速し、家計から企業への資本市場を通じた資金供
給拡大による経済成長が期待されている。一方で、NISA は 10 年という時限
的な措置であり、非課税期間も 5 年の制限があることから、投資者の利便性
という観点からは解決すべき課題は多い。NISA を幅広い国民の中長期的な資
産形成手段として安心して利用できる制度とするためには、将来に亘ってい
つでも口座を開設できるようにする口座開設期間の恒久化と、一度投資をし
た金融商品について期限を気にせず保有できるようにする非課税期間の恒久
化が、それぞれ必要であろう。
目
次
Ⅰ.はじめに
……………
1
……………
1
5
11
Ⅱ.英国 ISA 制度について
1.ISA について
(1)ISA 導入の目的及び沿革
(2)ISA の仕組み
(3)現状の評価
2.ジュニア ISA について
(1)ジュニア ISA 導入の目的及び沿革
(2)ジュニア ISA の仕組み
(3)現状の評価
Ⅲ.英国における ISA 恒久化議論について
(1)恒久化の背景
(2)恒久化の評価
Ⅳ.英国 ISA 制度の今後の展望
(1)ライフタイム ISA
(2)投資教育
(3)その他:変化の兆しを見せる ISA 提供金融機関
Ⅴ.おわりに
……………
……………
……………
……………
……………
……………
……………
13
14
15
16
18
……………
18
20
22
……………
22
……………
……………
Ⅰ.はじめに
我が国では、2014 年 1 月より、少額投資非課税制度(以下「NISA」という。)が、2016
年 4 月からは未成年者少額投資非課税制度(以下「ジュニア NISA」という。)が開始され
た。NISA は、英国で 1999 年 4 月に導入された Individual Savings Account(以下「ISA」と
いう。)をモデルとした制度であり、
ジュニア NISA は英国で 2011 年 11 月に導入された Junior
Individual Savings Account(以下「ジュニア ISA」という。)をモデルとした制度である。
ISA は英国民の貯蓄率の向上を目的として導入された。当初は 10 年間という期限が設定
されていたが1、2008 年に恒久化され ISA が使えなくなるという懸念がなくなったことによ
り、ISA の利用は一層拡大した。その上、恒久化以後も英国政府による制度改善努力は続
けられ、年間拠出限度額の物価指数連動引上げ決定(2010 年)
、ジュニア ISA 導入(2011
年 11 月)、近年では配偶者による相続の解禁(2015 年 4 月)、住宅購入支援策であるヘルプ・
トゥ・バイという制度の ISA への拡大(同年 12 月)
、既存の預金型 ISA 及び株式型 ISA に
続く第 3 の ISA としてのイノベーティブ・ファイナンス ISA の導入(2016 年 4 月)など、
様々な制度拡充がなされた。結果、今日では ISA は英国民の資産形成手段として高く評価
されている。
本協会では、日本に先立って導入され、個人の資産形成促進策として評価されている英
国の ISA 及びジュニア ISA 等について、英国の財務省・規制機関、金融機関・業界団体等
の市場関係者からのヒアリング等を踏まえ、報告書として取りまとめた。
本報告書が、証券会社等をはじめ関係者による NISA の取組みや NISA の恒久化など税制
改正等の議論の一助になれば幸いである。
Ⅱ.英国 ISA 制度について
1.ISA について2
(1)ISA 導入の目的及び沿革
①ISA 導入の目的
英国の ISA は、英国民の貯蓄率の向上を目的として 1999 年 4 月に導入された。
背景には、国民の貯蓄意識が極めて低いことに対する危機感があった。第一に、規制
緩和により融資利用が容易になり人々の貯蓄意欲が低下したこと、第二に、個人年金保
険等の不正販売問題によって国民の貯蓄意識にネガティブな印象が植えつけられたこと、
第三に、英国の国家的特質として「from the cradle to the grave(ゆりかごから墓場まで)」
と称するセーフティネットが行き届いた福祉国家であったことから、貯蓄に対する意識
が希薄となっていたという3。
1
2
3
口座開設期間が 10 年とされていたということであり、日本の NISA でいう 5 年の非課税期間については当初か
ら制約がなかった。
ISA については日本証券業協会「英国の ISA(Individual Savings Account)の実施状況等について~英国の ISA の
実態調査報告~」(2012 年 11 月)、同「『英国・米国における個人の中長期的・自助努力による資産形成のた
めの投資優遇税制等の実態調査』報告書」(2014 年 5 月)も参照。
前脚注、日本証券業協会(2014)。
-1-
また、国民の資産形成を支援する既存の優遇税制である個人持株制度(Personal Equity
Plan、以下「PEP」という。)及び免税貯蓄制度(Tax Exempt Special Savings Account、以
下「TESSA」という。)
(Ⅱ.1.
(1)②参照)において生じていた、金融商品間の不均衡
を是正したいという思惑もあった。
②ISA 導入の沿革
前述のとおり、英国には ISA 導入以前から、個人の資産形成を支援する優遇税制が存
在した(図表 1)。PEP は、サッチャー政権が公営企業の民営化を推進する中、より多く
の人々の株式保有を促す施策として 1987 年に導入された。同制度は 18 歳以上の居住者
を対象としており、上場株式や投資信託等の譲渡益及び配当所得が非課税となる。拠出
上限額は、制度導入当初は 2,400 ポンドであったが、その後徐々に引き上げられ、1992
年度には年間で合計 9,000 ポンドまで拠出することが可能となった4。他方、1991 年に導
入された TESSA は、18 歳以上の居住者という対象者は同じだが、投資対象が銀行や住宅
金融組合等の預金に限られている上に、5 年間 TESSA に据え置かなければ非課税となら
ない。さらに、年間拠出限度額が 5 年間で 9,000 ポンドと PEP に比べて小さかった。
こうした中、より個人の資産形成習慣を促進し、金融商品間の税制優遇状況の不均衡
を是正するという目的で、株式、投資信託、預金、保険のいずれも受け入れうる ISA が
1999 年に導入された(図表 2)
。当初は、ミニ口座(mini ISA)と総合口座(maxi ISA)
という 2 種類の口座があり、投資家はいずれかを選択する必要があった。ミニ口座 ISA
であれば株式、預金、保険それぞれについて異なる金融機関で口座を開設することがで
き、株式と預金については各々3,000 ポンド、保険については 1,000 ポンドの拠出が認め
られていた。他方、総合口座 ISA は株式、預金、保険のいずれについても拠出が可能な
口座で、1 金融機関で 1 口座しか開設できないが、合計で最大 7,000 ポンドの拠出が可能
であった5。
しかし、同制度は複雑だとの批判もあり、2005 年には保険型が株式型に統合され、2008
年にはミニ口座 ISA と総合口座 ISA という区分が廃止され、株式型 ISA と預金型 ISA と
いう商品別のシンプルな区分となった。
4
5
PEP には年間拠出限度額が 6,000 ポンドの一般 PEP(general PEP、対象は合同運用による株式や債券、投資信託
の配当、譲渡益、利子に限定)と、年間拠出限度額が 3,000 ポンドの単一企業 PEP(single company PEP、対象
は単一企業の株式)があった。
ただし、株式は 7,000 ポンド、預金は 3,000 ポンド、保険は 1,000 ポンドという内訳の上限が課されていたため、
年間拠出上限額まで投資をしようとすると、投資家は株式に拠出せざるを得ない仕組みになっていた。また、
制度上、maxi ISA では株式、預金、保険のいずれについても受け入れ可能であったが、maxi ISA を提供する金
融機関の多くは対象商品を株式に絞っていたため、
実際に maxi ISA で保有されている商品は株式に偏っていた。
(HM Revenue & Customs “Individual Savings Account (ISA) Statistics”, August 2015)
-2-
図表 1 英国における資産形成のための投資優遇税制の比較
制度導入時期
TESSA
ISA
1991年
1999年
満18歳以上の居住者
(預金型は2001年以降16歳以上)
満18歳以上の居住者
口座開設者
口座開設期間
PEP
1987年
~1999年3月
(2008年に残高もISAに統合)
対象商品
上場株式や投資信託等
拠出上限額
年間9,000ポンド
(1999年4月時点)
~1999年3月
(満期資金は預金型ISAへの
移管も可)
銀行や住宅金融組合等の預金
(5年間TESSAに据え置くことで
利子が非課税に)
2008年に恒久化
・株式型は株式・投資信託等
・預金型は預金等
・イノベーティブ・ファイナンスISAはPeer to peer loan等
(以上、2016年4月時点)
5年間で9,000ポンド
15,240ポンド
(2016年4月時点)
(出所)HMRC 資料等より日本証券業協会作成
図表 2 英国 ISA 等の制度改正の変遷
年
導入制度
1987
パーソナル・エクイティー・プラン(PEP)導入。
下記2種類のPEPがあった。
・年間拠出限度額が6,000ポンドの一般PEP(general PEP)。
対象は、合同運用による株式や債券、投資信託の配当・利子やキャピタルゲインに限定。
・年間拠出限度額が3,000ポンドの単一企業PEP(single company PEP)。
対象は、単一企業の株式。
1991
免税特別貯蓄口座(Tax-Exempt special savings account, TESSA)導入。
銀行または住宅金融組合における特別口座で、5年間は利子が非課税に。
限度額は9,000ポンドで、初年は3,000ポンド、翌年以降は1,800ポンドが拠出限度。
1999
ISA導入。10年間の時限措置。投資家は下記2種類のいずれかを選択。
・mini ISA:預金、株式、保険についてそれぞれ異なる金融機関に開設可。
預金、株式は各々3,000ポンド、保険は1,000ポンドまで拠出可。
・maxi ISA:1人1口座。様々な商品を合計7,000ポンドまで保有できる。
2005
・保険型は株式型に統合。
2008
・株式型と預金型の2種類に簡素化(miniとmaxiの区別は廃止)。
・当初2010年までとされていたISA制度を恒久化。
・全体の拠出限度額を7,200ポンドに引上げ。うち3,600ポンドは預金型に拠出可。
・預金型から株式型への移管解禁。
2009
拠出限度額を10,200ポンドに引上げ(当初は50歳以上のみが対象)。
うち5,200ポンドは預金型へ投資可。
2010
・すべての投資家に10,200ポンドの拠出限度額を適用。
・2011年度以降は物価指数に連動して限度額を引き上げる旨を公表。
2011
ジュニアISA導入。拠出限度額は当初3,600ポンド。
2014
「新ISA(New ISA)」と銘打ち、7月に下記の制度改正を実施。
・拠出限度額をISAは15,000ポンド、ジュニアISAは4,000ポンドに。
・預金型ISAでもISAの拠出限度額まで拠出可能に(それまでは半額)。
・株式型から預金型への移管も可能に。
2015
・4月、配偶者によるISAの相続が可能に(対象は2014年12月以降)。
・4月、チャイルド・トラスト・ファンドからジュニアISAへの移管が可能に。
・12月、ヘルプ・トゥ・バイISAを導入。
2016
・4月、イノベーティブ・ファイナンスISAを導入。
・4月、フレキシブルISA(ISA内の現預金を引き出しても同課税年度内であれば再拠出可)。
2017
・4月、ライフタイムISAの導入(予定)。
・4月、拠出限度額を20,000ポンドに引上げ。
(出所)HMRC 資料等より日本証券業協会作成
-3-
このように制度をよりわかりやすいものにしたことで、人々の ISA 利用意欲は高まっ
たと考えられるが、それ以上に人々の制度利用に影響を与えたと考えられるのが同年の
制度の恒久化である。当初、ISA は 10 年間の期限付きとして導入されたが、導入 7 年後
に、英国財務省(HM Treasury、以下「HMT」という。)による制度の効果検証が行われ、
制度の存続が判断されることとされていた。HMT は ISA は導入時の目的を達成している
と判断し6、2008 年に制度が恒久化された(恒久化についてはⅢ.参照)
。2008 年には、
ミニ口座と総合口座の区別廃止、制度恒久化の他にも、全体の年間拠出限度額の引上げ
や預金型から株式型への ISA 保有資産の移管解禁など、様々な見直しが行われた。
さらに制度改正は続き、2010 年には ISA の年間拠出限度額が口座開設前年 9 月におけ
る物価指数の年間上昇率に応じて決定されることとされ、以後、年間拠出限度額は図表 3
のとおり拡大している7。また、2011 年にはジュニア ISA が導入され、未成年者も非課税
で資産形成ができる器を手に入れることとなった(Ⅱ.2.参照)
。
図表 3 英国 ISA の年間拠出限度額の変遷
(単位:ポンド)
課税年度(注1)
株式型ISA及び
預金型ISAの
合計年間拠出限度額
預金型ISAの
年間拠出限度額
イノベーティブ・
ファイナンスISAの
年間拠出限度額(注2)
ライフタイムISAの
年間拠出限度額
1999-2007
7,000
3,000
-
-
2008
7,200
3,600
-
-
2009
7,200 (注3) /10,200 (注4)
3,600 (注3) /5,100 (注4)
-
-
2010
10,200
5,100
-
-
2011
10,680
5,340
-
-
2012
11,280
5,640
-
-
2013
11,520
5,760
-
-
2014年6月まで11,880
2014年6月まで5,940
-
-
-
-
2014
2015
2016
2017
2014年7月から15,000 (注5)
15,240 (注5)
15,240 (注6)
-
20,000ポンド (注7)
(注)1. 課税年度は各年 4 月 6 日から。
2. イノベーティブ・ファイナンス ISA についてはⅡ.1.
(2)① iii) 参照。
3. 50 歳未満の ISA 開設者に適用された年間拠出限度額。
4. 2009 年 10 月 6 日以降、50 歳以上の ISA 開設者に適用された年間拠出限度額。
5. 株式型 ISA 及び預金型 ISA の合計年間拠出限度額。
6. 株式型 ISA、預金型 ISA 及びイノベーティブ・ファイナンス ISA の合計年間拠出限度額。
7. 株式型 ISA、預金型 ISA、イノベーティブ・ファイナンス ISA 及びライフタイム ISA の
合計年間拠出限度額。
(ライフタイム ISA には個別に 4,000 ポンドの年間拠出限度額も
設定されている)
(出所)HMRC “Individual Savings Account (ISA) Statistics”, August 2015
及び HMT “Budget 2016”, March 16 2016 より日本証券業協会作成
6
7
HMT “Individual Savings Accounts: proposed reforms”, December 2006.
ISA 口座開設者による毎月の積立投資の利便に供するため、2011 年度以降は基本的に物価指数の上昇に応じて
120 ポンド刻みで引上げられている。
-4-
2014 年 7 月には、New ISA と銘打った改正が行われた。具体的な変更点としては、一
点目として、ISA の年間拠出限度額が通常の物価指数連動引上げとは別に、2013 年度の
11,520 ポンド(約 184 万円8)から 15,000 ポンド(約 240 万円)へと大きく引上げられた。
二点目として、前年まで株式型の半額とされていた預金型 ISA の年間拠出限度額が株式
型 ISA と同額(15,000 ポンド)となると同時に、株式型 ISA から預金型 ISA への ISA 保
有資産の移管が認められた。従来は、預金型 ISA の年間拠出限度額は株式型 ISA の半額
(5,760 ポンド)で、預金型 ISA から株式型 ISA への ISA 保有資産の移管に限り認めら
れていた。三点目として、株式型 ISA の投資対象商品の拡大として、社債に係る 5 年間
の残存満期要件が撤廃された9。
2015 年 4 月からは、配偶者による ISA 保有資産の相続が認められ(Inherited ISA
allowance、Ⅱ.1.
(2)③ 参照)
、同年 12 月からは住宅購入支援のためのヘルプ・トゥ・
バイ ISA(Help to Buy: ISA)が導入された(Ⅱ.1.
(2)⑤ 参照)
。
2016 年 4 月からは株式型 ISA、預金型 ISA に続く第 3 の ISA として「Peer to peer loan」
を投資対象としたイノベーティブ・ファイナンス ISA(Innovative Finance ISA)が導入さ
れ、現在では、株式型 ISA、預金型 ISA 及びイノベーティブ・ファイナンス ISA の 3 種
類が存在する。さらに 2017 年 4 月には、ライフタイム ISA(Lifetime ISA)という第 4 の
新たなタイプの ISA が導入される予定となっている。
(2)ISA の仕組み
①ISA の概要(図表 4 参照)
英国法令上に規定されている一定の要件を満たした場合には、英国居住者は誰でも
ISA 口座を開設することができる。
ISA 口座保有者は、年間拠出限度額の範囲内で投資を行い、当該 ISA 口座で保有する
金融商品から生じる配当、譲渡益、利子等について非課税の恩恵を受けることができる。
年間拠出限度額の管理は英国歳入関税庁(HM Revenue and Customs、以下「HMRC」とい
う。)が行う。
ISA 口座の開設は、株式型 ISA、預金型 ISA、イノベーティブ・ファイナンス ISA のそ
れぞれで、一つの金融機関でしか開設することはできないが、翌年度になれば、それぞ
れ別の金融機関において口座開設を行うことが可能である。また、株式型 ISA ではスイ
ッチングも認められており10、所得制限や資金の引出制限はない。
また、異なる金融機関の ISA 口座間の ISA 資産の移管も認められている11。その場合、
移管元及び移管先のいずれでも取扱いのある金融商品については、振替手続により移管
8
1 ポンド=160 円で換算。以下、すべて同じレートで換算している。
これらの改革方針の公表と同時期に peer to peer loan を ISA 投資対象商品に含める方針も公表されたが、実際に
peer to peer loan が投資対象商品に含まれるようになったのは、2016 年 4 月のイノベーティブ・ファイナンス ISA
開始時である。
10
日本の NISA ではスイッチングが認められていない。
11
日本の NISAについては、同一の金融機関で開設した NISA 口座からのみ移管が可能であり、他の金融機関で開
設している NISA 口座からの移管は認められていない。
9
-5-
図表 4 ISA(英国)及び NISA(日本)の制度概要
ISA(英国)
株式型ISA
1999年4月6日
導入時期
口座開設者
口座開設期間
イノベーティブ・
ファイナンスISA
2016年4月6日
預金型ISA
満18歳以上の居住者
満16歳以上の居住者
当初は10年間の予定であったが、2008年に恒久化
NISA(日本)
2014年1月1日
満18歳以上の居住者
満20歳以上の居住者
(※口座開設年の1月1日現在時点)
恒久
10年(2014年~2023年)
恒久
非課税期間
5年
対象商品
株式、債券、投資信託、
保険等
預金、MMF等
peer to peer loan、現金
非課税対象
配当、譲渡益、利子等
利子
利子等
上場株式、株式投資信託等
配当、譲渡益
拠出限度額
株式型、預金型及びイノベーティブ・ファイナンスISAの
合計で15,240ポンドまで(2016年度)
年間合計で120万円まで
(※手数料は含まない)
スイッチング
可能
不可
(出所)HMRC 及び金融庁資料より日本証券業協会作成
を行うことが可能であるが、移管元の ISA 口座で保有する金融商品が移管先において取
扱いがなされていない場合には、移管元の ISA 口座で保有する金融商品を一旦現金化し、
移管先に ISA 口座を開設した後に当該現金を送金することにより、移管がなされること
となる。
ISA 口座の開設に係る申込は、
(ⅰ)Web による申込、
(ⅱ)電話による申込、
(ⅲ)書
類による申込により行われている12。ISA 口座の開設手続は、英国の課税年度末である 4
月 5 日までに開設申請を行い、ISA 口座への入金が完了している必要がある。
i) 株式型 ISA
株式型 ISA の口座開設資格は 18 歳以上の英国居住者であり、ISA マネージャーとして
FCA(Financial Conduct Authority、金融行為監督機構)から認可を受けた証券業者、銀行、
保険会社、投資信託委託会社等に株式型 ISA を開設することができる。
2016 年度の年間拠出限度額は、預金型 ISA 及びイノベーティブ・ファイナンス ISA と
の合計で年間 15,240 ポンド(約 244 万円)である。株式型 ISA では、株式、公社債、投
資信託、保険などの金融商品に投資を行い、当該金融商品から生じる配当、譲渡益、利
子等が非課税となる。2015 年 4 月 5 日時点では、約 78%が投資信託に対する投資であっ
た(図表 5 参照)
。
ii) 預金型 ISA
預金型 ISA の口座開設資格は 16 歳以上の英国居住者であり、株式型 ISA と同様に ISA
マネージャーとして FCA から認可を受けた証券業者、銀行、保険会社、投資信託委託会
12
本人確認は初めて口座を開く際にのみ必要で、ISA 以外に他の口座を保有している場合は、本人確認書類の提
示は不要となる。また、国民保険番号(National Insurance Number)については金融機関では確認していない。
ISA を保有していれば年度末に HMRC に国民保険番号が送付される仕組みになっている(以上、現地調査イン
タビュー(2016 年 4 月)による)。
-6-
図表 5 株式型 ISA において保有する金融商品の内訳(2015 年 4 月 5 日時点)
金額
割合
(億ポンド)
2,500
2,000
預り金
3.3%
1,906
保険
0.8% 公社債
0.3%
株式
17.9%
1,500
1,000
500
投資信託
77.6%
440
82
0
20
7
投資信託 株式
預り金
保険
公社債
(出所)HMRC “Individual Savings Account (ISA) Statistics”, August 2015 より日本証券業協会作成
社等に預金型 ISA を開設することができる。
2016 年度の年間拠出限度額は、預金型 ISA 及びイノベーティブ・ファイナンス ISA と
の合計で年間 15,240 ポンド(約 244 万円)である。預金型 ISA では、預貯金や MMF な
どから生じる利子が非課税とされる。
iii) イノベーティブ・ファイナンス ISA
イノベーティブ・ファイナンス ISA の口座開設資格は 18 歳以上の英国居住者であり、
株式型 ISA と同様、ISA マネージャーとして FCA から認可を受けた証券業者、銀行、保
険会社、投資信託委託会社等にイノベーティブ・ファイナンス ISA を開設することがで
きる。対象商品は peer to peer loan と現金に限られており、peer to peer loan から生じる利
子や譲渡益が非課税となる。
2016 年度の年間拠出限度額は、株式型 ISA 及び預金型 ISA との合計で年間 15,240 ポン
ド(約 244 万円)である。
なお、ジュニア ISA へのイノベーティブ・ファイナンス ISA 導入は予定されていない。
②配偶者による ISA での相続
これまでは ISA の口座名義人が亡くなると口座が閉鎖され、配偶者による相続に当た
ってその後の運用益は課税されていた。そのため、例えば夫婦が夫名義の ISA で共同し
て資産形成をしていても、夫に先立たれた妻が引き続き ISA のメリットを享受できなく
なるといった事例も見られた13。
しかし、2015 年 4 月から、配偶者による ISA での相続が認められた14。ISA を利用し
13
14
HMT “Autumn Statement 2014”, December 2014.
なお、対象となる相続は被相続人が 2014 年 12 月 3 日以降に亡くなった場合。また、本制度は配偶者にのみ認
められており、子や孫へ適用は認められていない。
-7-
図表 6 配偶者による ISA での相続
夫婦の一方(A)が死亡
残された配偶者(B)が
金融機関に申請
B
非課税のまま保有可
自身名義で新拠出も可
B
B
B名義のISA
A名義の
ISA
B名義の
ISA
A名義の
ISA
B名義の
ISA
※B名義のISA口座の有無は
相続の可否に関係しない。
申
請
A名義の
ISA残高
B名義の
当該年
拠出枠
金融機関
(出所)HMRC “Guidance: additional permitted subscriptions for the spouse/civil partner of a
deceased ISA investor”, July 9, 2015 より日本証券業協会作成
ていた配偶者が死亡し、生存している配偶者がその ISA 資産を相続した場合、180 日以
内に金融機関に申請することにより、その ISA 資産を自身の ISA 口座で引き続き保有す
ることができるようになった(図表 6)
。
また、死亡した配偶者の ISA 資産を子や孫等が一般の口座で相続し、生存した配偶者
が相続しなかった場合には、生存者の年間拠出限度額に死亡者の ISA 資産の死亡日の時
価総額に相当する追加拠出額が加えられる。
③ヘルプ・トゥ・バイ ISA
預金型 ISA の拡充策として、2015 年 12 月 1 日からヘルプ・トゥ・バイ ISA が導入さ
れた。図表 7 のように住宅価格が高騰している英国には、もともとヘルプ・トゥ・バイ
という住宅購入支援策があった。2013 年 4 月に「ヘルプ・トゥ・バイ:エクイティ・ロ
ーン」という、新築物件に限り住宅価格の 20%相当のローンを当初 5 年間は金利負担ゼ
ロで政府が提供するという制度が始まり、加えて同年 10 月に「ヘルプ・トゥ・バイ:モ
ーゲージ保証」という中古物件にも適用できる類似の制度が導入された。両制度は、2015
年末までに 15 万人もの人々が利用していたが15、昨今の低金利環境が個人の住宅購入に
影響を与えているという理由から16、ブランド力があり訴求力のある ISA にも拡充が行わ
れた。
ヘルプ・トゥ・バイ ISA は、専用の預金型 ISA を開設し、資金を拠出することで、口
座開設者が初めて住宅を購入する際に、政府から拠出額の 25%のボーナスを非課税で受
け取ることができる制度である(図表 8)
。口座開設時に最大 1,000 ポンドまで拠出する
ことができ、初めての住宅購入までの間、毎月最大 200 ポンドまで拠出することができ
る。ヘルプ・トゥ・バイ ISA での拠出は最大 12,000 ポンドまで行うことができ、政府か
らのボーナスは 3,000 ポンドが上限となる。口座開設者が初めて住宅を購入する際に、口
15
16
HMT “BUDGET 2016” March 16, 2016.
HMT “BUDGET 2015” March 18, 2015.
-8-
座開設者に政府からのボーナスが支払われ、口座は廃止される。なお、政府からのボー
ナスを受け取り購入できる住宅価格の上限は、ロンドンでは最大 450,000 ポンド、ロンド
ン以外で最大 250,000 ポンドとされている。
通常の預金型 ISA では年度ごとに異なる金融機関に口座を開設することができるが、
ヘルプ・トゥ・バイ ISA は一人につき一つの金融機関でしか持つことができない。
なお、預金型ジュニア ISA への適用は認められていない。
図表 7 英国の住宅価格
住宅価格指数の推移
地域別の平均価格(2015 年 9 月時点)
240
地域
平均住宅価格
220
英国全体
イングランド
ウェールズ
スコットランド
北アイルランド
ロンドン
200
180
160
140
£286,000
£299,000
£175,000
£199,000
£162,000
£531,000
120
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
100
(年)
(注)住宅価格指数は 2002 年 2 月を 100 としている。
(出所)Office for National Statistics より日本証券業協会作成
図表 8 ヘルプ・トゥ・バイ ISA の制度概要
ヘルプ・トゥ・バイISA
導入時期
2015年12月1日
制度概要
初めての住宅購入時に政府から拠出額の25%の
ボーナス(最大3,000ポンド)を受け取ることができる。
口座開設者
満16歳以上の居住者
(※初めて住宅を購入する者に限る。)
口座開設期間
4年
非課税期間
恒久
対象商品
預金、MMF等
非課税対象
利子、政府ボーナス
口座開設時:1,000ポンド
拠出上限額
毎月:200ポンド
最大拠出総額:12,000ポンド
住宅価格上限額
ロンドン:450,000ポンド
ロンドン以外:250,000ポンド
スイッチング
可能
(出所)HMRC 資料より日本証券業協会作成
-9-
過去1年間の
上昇率
6.1%
6.4%
1.1%
1.1%
10.2%
7.2%
ヘルプ・トゥ・バイ ISA は 2016 年 3 月までに 35 万人の利用者がおり17、その大多数が
それまで ISA 口座を開設していなかった人であったという18。本制度は既に英国の成人人
口の約半数が利用している ISA 制度を基に、政府からのボーナスを受け取るための追加
的な要件を定めていることから、英国民にとってわかりやすい制度となっており、利用
者が拡大している。
④フレキシブル ISA
2016 年 4 月からは、フレキシブル ISA(Flexible ISA)という仕組みが始まった19。こ
れまでは ISA 内の資金を引き出すと、以後は同資金について非課税のメリットを享受で
きない仕組みになっていた。しかし、人々が非課税というメリットを失うことなくこれ
まで貯めた ISA 内の資金を活用できるよう20、一度資金を引き出しても同課税年度中(4
月 6 日から翌年 4 月 5 日まで)に戻し入れれば、当該年度の枠を使った新たな拠出とみ
なされないこととされた21。例えば、2016 年 5 月に預金型 ISA に 10,000 ポンド拠出し、
同年 6 月に 2,000 ポンド引き出した場合、その時点での既拠出額は 8,000 ポンドと見なさ
れ、年間拠出限度額の残額分(15,240 ポンドから 8,000 ポンドを引いた 7,240 ポンド)に
ついては、預金型 ISA、株式型 ISA、イノベーティブ・ファイナンス ISA のいずれに対
しても拠出が可能となる。
⑤ワークプレイス ISA の仕組み
職域における ISA(以下「ワークプレイス ISA」という。)は、2011 年ごろから普及し
始めた。ワークプレイス ISA は、一般企業が自社の従業員に提供する福利厚生の一環で
ある。同様の福利厚生策としては、確定拠出型年金(以下「DC」という。)や従業員持
株制度などが挙げられる。
ワークプレイス ISA は、給与天引きで資金が ISA に拠出され、
通常の ISA と変わることなく税制優遇措置を受けることができる。
ワークプレイス ISA については、特別の法規制・ガイドラインが存在するわけではな
く、ISA の範囲で運用がなされる。したがって、通常の ISA 口座とは別にワークプレイ
ス ISA 口座が存在するわけではなく、拠出についても通常の ISA 口座と同様の扱いがな
される。
ワークプレイス ISA は、自社株保有制度を補充する形で活用されることもある。英国
では、自社株保有の税制優遇制度として SIP(Share Incentive Plan、株式奨励制度)などが存
在するが、このスキームによって取得した自社株は、取得後 90 日以内であれば、移管時
の時価で ISA に移管することができる。そのため、職域における他の福利厚生政策とワ
17
18
19
20
21
HMT “BUDGET 2016” March 16, 2016. 同数値は Tax Incentivised Savings Association 調べ。
現地調査インタビュー(2016 年 4 月)による。
フレキシブル ISA は、株式型 ISA 及びイノベーティブ・ファイナンス ISA に預託されている現金についても適
用されうる。
HMT “Budget 2015”, March 18, 2015.
ただし、再預入れを認めるかどうかは各金融機関の判断に委ねられている。また、ジュニア ISA には同制度が
適用されない。(HMRC “ISAs Guidance Notes for ISA Managers”, April 2016, Chapter 6.78.
- 10 -
ークプレイス ISA は相互補完・補充関係にあるといえ、相乗効果が期待できる。
政府や雇用者からのマッチング拠出というインセンティブがないことから22、必ずしも
ワークプレイス ISA の利用率は高くないという23。しかし、年金は退職時まで引出すこと
ができないデメリットがあるが、ワークプレイス ISA には引出制限がないため、年金よ
りも柔軟性があり、年金に代替する退職に向けた資産形成手段として利用することがで
きる。また、年金の控除枠を使い切ってしまった人にとっては ISA という税制優遇枠は
魅力的なものとなる。
他方、企業としては、ワークプレイス ISA の提供により従業員に対して年金のほかに
退職に向けた資産形成手段の選択肢を与えることができる。前述のとおり ISA への本人
以外の拠出は認められていないため企業がマッチング拠出をすることはできないが、ISA
へ資金を拠出した従業員に対して DC へのマッチング拠出を上乗せする等の方法により
インセンティブを付与することも考えられる。また、EU で導入された雇用における年齢
差別の禁止への対応という観点からも、企業側にワークプレイス ISA を導入するインセ
ンティブがある。年齢差別の禁止とは、企業が従業員の年齢を理由として退職を求める
ことができないというルールであり、これによって退職に向けた資産形成ができていな
い従業員がいつまでも企業に居座るリスクが生じる。そのため、企業としても年金のほ
かに従業員の資産形成を支援するインセンティブがあるといえる。
さらに、ワークプレイス ISA は税引き後の拠出となるため、英国政府にとっても年金
制度の管理と比較して、低コストとなるメリットがあるといえる。
(3)現状の評価
ISA は、英国政府によって英国民の貯蓄率の向上を目的として導入され、資産残高は増
加傾向が続き、2015 年 4 月 5 日時点で 4,830 億ポンド(約 77 兆円)に上る(図表 9)24。
また、2014 年 4 月 5 日時点では英国民の約 2,200 万人が ISA 口座を保有しており、成人人
口25のおよそ半数が保有していることになる(図表 10 参照)26。こうした状況から見ても、
英国において ISA は広く普及した制度であり、ブランドが確立されているといえる27。
ここまで英国民の間に普及した理由としては、制度設計がシンプルであったことが挙げ
22
現地調査インタビュー(2016 年 4 月)による。
「投資サービス関連の調査・コンサルティング会社ザ・プラットフォーラム社の調査によると、調査対象企業
237 社(従業員総数 25 万 9,000 人)のうち 11%がワークプレース ISA を導入しており、それら企業の従業員に
よる利用率は 10%以下であった。しかし、79%の企業は今後職域貯蓄サービスを拡充していくとしており、そ
の中でワークプレース ISA が言及されることが多かった。」(神山哲也、田中健太郎「英国におけるワークプ
レース ISA の現状」『野村資本市場クォータリー』2013 年秋号)
24
英国個人金融資産の約 1 割が ISA 口座で保有されている
(2015 年 3 月末の英国個人金融資産は約 6 兆ポンド)。
(Office for National Statistics“United Kingdom Economic Account” Quarter 3 2015,)
25
2014 年の英国成人人口は約 4,900 万人
26
近年は ISA 口座数が若干減少しているものの、HMT によれば「微減に過ぎず、英国の経済状況が良く万一に備
えて貯蓄をしようという英国民の意識が薄れたためではないか」とのことであった(現地調査インタビュー
(2016 年 4 月)による)。
27
複数の政府関係者及び金融機関から、ISA は制度設計がシンプルであること、また、投資者保護上の大きな問
題も発生していないことから、国民の間で高いブランド・信頼を確立しており、今後もそれらを維持していく
必要があるといった指摘があった。
23
- 11 -
られるという声が多く聞かれた28。昨年までは ISA 口座には、株式型 ISA と預金型 ISA の
二種類しかなかった点や、NISA とは異なり制度が恒久化されている点など、投資者にとっ
てはわかりやすいものとなっている。また、ISA 口座からは資金をいつでも引出すことが
可能であり、フレキシブル ISA の導入により、引出した資産を同課税年度中に ISA 口座に
戻し入れることで、年間拠出限度額に影響することなく拠出を続けられるようになったこ
とで柔軟性が高まり、投資者にとっては利用に際してのハードルが低いことも魅力のひと
つであろう。
また、金融機関側からも、ISA に対しては、高い評価がなされている。ISA は法令で規定
されているが、実務上の取扱いについては、HMRC が策定する「Guidance Notes」によって
規定されている。そのため、市場の変化に対して柔軟に対応することが可能となっている。
「Guidance Notes」の改定については、HMT や HMRC が金融業界と協議を行い、改定によ
る実務上の影響を確認する場が設けられている。
図表 9 ISA 資産残高の推移
(億ポンド)
5,000
4,428
4,500
4,000
3,429
3,500
3,000
2,610
2,500
2,000
1,226
1,500
1,617
1,429 1,573
4,696 4,830
3,749 3,881
2,870 2,891 2,745
2,248
1,935
1,000
500
0
2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年 2015年
(注)各年 4 月 5 日(課税年度末)現在の残高。
(出所)HMRC “Individual Savings Account (ISA) Statistics”, August 2015 より日本証券業協会作成
図表 10 ISA 口座数の推移
(万口座)
2,500
2,365
2,000
1,424
1,500
1,000
1,574
1,656
1,726
1,812
1,909
2,065
2,390
2,436
2,316
2,268
2,169
1,250
890
500
0
2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年
(注)各年 4 月 5 日(課税年度末)現在の口座数。
(出所)HMRC “Individual Savings Account (ISA) Statistics”, August 2015 より日本証券業協会作成
28
現地調査インタビュー(2016 年 4 月)による。
- 12 -
2.ジュニア ISA について
(1)ジュニア ISA 導入の目的及び沿革
①ジュニア ISA 導入の目的
ジュニア ISA は、税制優遇が付された子どもの将来のための資産形成制度である。も
ともと、英国では子ども向けの資産形成制度としてチャイルド・トラスト・ファンド(Child
Trust Fund、児童信託基金。以下「CTF」という。
)29が導入されていたが、財政上の理由
で新規口座開設が停止されたことから、代替手段として 2011 年 11 月よりジュニア ISA
が導入された。
ジュニア ISA は CTF とは異なる仕組みではあるが、その導入目的は共通しており、英
国で生まれたすべての子どもの将来のための資産形成を推奨することである。英国政府
の狙いとしては、子どものころから貯蓄の習慣を身に付けることによって、短期的には
若年者層の貯蓄意識を向上させ、長期的には英国社会全体の貯蓄率の向上を実現するこ
とが考えられる。
②ジュニア ISA の沿革
ジュニア ISA が導入される前には CTF が利用されていたが、ジュニア ISA と CTF と
はその成り立ちが大きく異なる。
CTF は、ブレア政権によって、2004 年 5 月に成立した「The Child Trust Funds Act 2004」
に基づく制度である(制度導入は 2005 年 1 月)。18 歳未満の英国居住者に対して CTF 口
座を開設させ、税制優遇を与えるとともに、口座に対して英国政府による給付があるこ
とが特徴である。ブレア政権は、CTF によってすべての子どもが 18 歳になった時点で貯
蓄習慣を身につけることを目的としていた。
しかし、英国の財政状況が悪化したこと、また CTF への給付に対する批判があったこ
とから、政権交代後のキャメロン政権は、2010 年 5 月に CTF への給付金の削減及び停止
を発表した。その後、2010 年 12 月に成立した「The Saving Accounts and Health in Pregnancy
Grant Act 2010」により、2011 年 1 月以降は新たな CTF 口座の新規口座開設や CTF 口座
への給付が停止され、既存の CTF 口座のみ維持されることになった。
2010 年 10 月、英国政府は、子どもの将来のための資産形成手段としてジュニア ISA
の導入を発表した。ジュニア ISA の年間拠出限度額については、2011 年 3 月に HMT か
ら公表された規則案では年間 3,000 ポンドとされていたが、その後のパブリックコメント
で寄せられた意見を考慮し、2011 年 7 月に成立した「The Individual Savings Account
Regulations 2011」において 3,600 ポンドへと引上げられた。また、既存の CTF 口座への
年間拠出上限額についても、それまでの 1,200 ポンドからジュニア ISA と同額の 3,600 ポ
ンドへと引上げられることになった。
29
CTF とは、子ども向け税制優遇貯蓄スキームであり、CTF で保有する金融商品から生じる利子、配当、収益分
配金、譲渡益は非課税とされる。CTF では、当初、子どもの誕生時と 7 歳の誕生日の 2 回、国から補助金(そ
れぞれ 250 ポンド)が支給されていた。
- 13 -
ジュニア ISA の年間拠出限度額についても、ISA と同様に口座開設前年 9 月における
物価指数の年間上昇率に応じて決定されることとなっており、制度導入以降、年間拠出
限度額は拡大している(図表 11 参照)。
2014 年 7 月からは、ISA の年間拠出限度額の増加に伴い、ジュニア ISA でも年間拠出
限度額が 4,000 ポンドに引上げられ(2013 年度は 3,720 ポンド)
、引上げ幅は過去最大と
なった。また、2015 年 4 月からは 4,080 ポンドに引上げられ、12 で割ることができ月々
の積立がしやすい年間拠出限度額となった。さらに、それまで CTF 口座を有するものは
ジュニア ISA 口座を開設することはできないこととなっていたが、
CTF からジュニア ISA
へのロールオーバーが可能となった。
図表 11 ジュニア ISA の年間拠出限度額の変遷
(単位:ポンド)
株式型ジュニアISA及び
預金型ジュニアISAの
合計年間拠出限度額
預金型ジュニアISAの
年間拠出限度額
2011年
3,600
3,600
2012年
3,600
3,600
2013年
3,720
3,720
2014年6月まで3,840
2014年6月まで3,840
2014年7月から4,000
2014年7月から4,000
2015年
4,080
4,080
2016年
4,080
4,080
2014年
(出所)HMRC “Individual Savings Account (ISA) Statistics”, August 2015 より
日本証券業協会作成
(2)ジュニア ISA の仕組み(図表 12 参照)
ジュニア ISA の口座開設資格は 18 歳未満の英国居住者である30。親や祖父母など31が
資金を拠出し、子や孫の将来の資産形成のために利用されることが多い。利用者には所
得制限は設けられていない。
ジュニア ISA 口座の開設は、株式型、預金型それぞれ、一人につき 1 つの金融機関で
しか開設できず、ジュニア ISA 口座の金融機関を変更する場合には、ジュニア ISA 口座
で管理する資産のすべてを新しいジュニア ISA 口座に移管する必要がある。
2016 年度の年間拠出限度額は、株式型と預金型の合計で 4,080 ポンド(約 65 万円)で
あり、HMRC(Her Majesty's Revenue and Customs、歳入関税庁)が管理を行う。株式型ジ
ュニア ISA では、株式、公社債、投資信託、保険などの金融商品に投資を行い、当該金
融商品から生じる配当、譲渡益、利子等が非課税となる。預金型ジュニア ISA では、預
30
31
16 歳未満の英国居住者のジュニア ISA 口座を開設する際には、口座開設手続を行う親等の国民保険番号を届け
出る必要があるが、口座開設者本人の国民保険番号は不要である。16 歳以降にジュニア ISA 口座を開設する際
には、未成年者本人による口座開設が可能となり、親等の情報は不要となる。
ジュニア ISA への資金拠出者に制限はない。
- 14 -
貯金や MMF などから生じる利子が非課税とされる。
ジュニア ISA 口座では引出制限が設けられており、法定の事由を除き32、口座保有者
は 18 歳になるまで、資金を引出すことはできない33。
ジュニア ISA は、口座保有者が 16 歳になったときに自ら運用を行うことが可能となり、
口座保有者が 18 歳になったときに ISA 口座へと移管されることとになる。
なお、預金型 ISA については 16 歳から開設が可能となることから、口座保有者が 16
歳から 18 歳の間にはジュニア ISA での拠出に加えて預金型 ISA での拠出も認められる34。
図表 12 ジュニア ISA(英国)とジュニア NISA(日本)の制度概要
ジュニアISA(英国)
株式型ジュニアISA
ジュニアNISA(日本)
預金型ジュニアISA
2011年11月1日
2016年4月1日
口座開設者
満18歳未満の居住者
満20歳未満の居住者
(※口座開設年の1月1日現在時点)
口座開設期間
恒久
8年(2016年~2023年)
※2023年以降も、口座開設者が20歳に
到達するまでは非課税保有を継続可能
非課税期間
恒久
5年
導入時期
対象商品
株式、債券、投資信託、保険等
預金、MMF等
上場株式、株式投資信託等
非課税対象
配当、譲渡益、利子等
利子
配当、譲渡益
拠出上限額
株式型と預金型の合計で4,080ポンドまで(2016年度)
年間合計で80万円まで
(※手数料は含まない)
スイッチング
可能
不可
(出所)HMRC 及び金融庁資料等より日本証券業協会作成
(3)現状の評価
ジュニア ISA は、子どもの将来のための資産形成を目的に CTF に代わって導入された制
度である。2015 年 4 月現在、ジュニア ISA 口座の資産残高は約 16 億 5,500 万ポンド(約
2650 億円)であり、稼働口座数は約 51 万口座である(図表 13 参照)
。また、2015 年 4 月
からは CTF からジュニア ISA へのロールオーバーが認められたことから、今後利用者が拡
大していくことが期待されている35。さらに、ジュニア ISA 口座には祖父母などでも拠出で
きるため、世代間の資産移転に対しても大きく寄与することが期待されている。実際に、
ジュニア ISA のみに特化したマーケティング等を行うのではなく、顧客の世帯全体の状況
を把握したうえで、顧客との長期的な関係の構築を目指してジュニア ISA の提供を行って
いる金融機関もあるという36。
一方で、ジュニア ISA には引出制限があり、子どもが 18 歳になるまで引出制限が課され
ることに対して賛否があるが、子どもが資金を無駄な利用で費消してしまうことを防ぐこ
32
死亡又は重篤な病気の場合にのみ引出すことが認められている。
ジュニア ISA 口座からの引出しについては口座開設金融機関による確認が義務付けられている。
34
預金型 ISA での拠出限度額は、16 歳時には拠出限度額の 50%、17 歳から 18 歳の間には拠出限度額の 100%。
35
2012 年 4 月 5 日時点の CTF の残高は約 49 億ポンド、口座数は約 614 万口座である。
(HMRC “Child Trust Funds
Statistics” February 2013.)
36
現地調査インタビュー(2016 年 4 月)による。
33
- 15 -
とができるというメリットも評価されている。また、富裕者層が自らの投資目的として利
用する制度ではなく、子どもに独立心を持たせるという目的で用いられているという声も
聞かれる。
図表 13 ジュニア ISA の稼働口座数及び資産残高の推移
資産残高
稼働口座数
(万 口座)
(億ポンド)
18
60
17
51
16
50
14
11
12
40
10
30
30
8
6
6
20
4
2
43
7
10
1
0
0
2012年
2013年
2014年
2012年
2015年
2013年
2014年
2015年
(注)各年 4 月 5 日(課税年度末)現在の残高。
(出所)HMRC “Individual Savings Account (ISA) Statistics”, August 2015 より日本証券業協会作成
Ⅲ.英国における ISA 恒久化議論について
(1)恒久化の背景
ISA は、非課税期間は導入時より恒久とされていたが、口座開設期間には当初 10 年間と
いう期限があった。導入から 7 年後に HMT による ISA 制度の効果検証を行い、その結果
を踏まえて ISA 制度の存続を検討することとされていた。
これを受け、2006 年に ISA 制度の効果検証が行われ、HMT は「ISA 導入の目的は、資産
形成習慣の形成を促進し拡大すること、及び金融商品間の税制優遇をより公平に配するこ
とであった。今日では 1,600 万人以上の人々が ISA 口座を保有しており(これは 1999 年当
時に TESSA または PEP を保有していた人口の倍以上である)、当初の目的は達成された」
37
と判断した。また、ISA 口座保有者の所得をみると年収 20,000 ポンド未満が 6 割を超えて
おり(図表 14)
、45 歳未満が 4 割を超えていることから(図表 15)
、特に低所得者層や若年
層に対しても普及していることが高く評価された。
このように政府も恒久化に好意的ではあったが、背景には金融機関や業界団体からの強
い要望もあった。例えば PEP と ISA の業者による業界団体は、2006 年 7 月に ISA に関する
要望書を HMT に提出した(図表 16 参照)。当該要望書には 16 項目が掲げられ、うち 12
項目が 2016 年 6 月時点で対応済み(または対応予定)である。ミニ口座と総合口座の区分
解消、PEP の ISA への統合など ISA 特有の項目もあるが、年間拠出限度額の引上げや口座
37
HMT “Individual Savings Accounts: proposed reforms”, December 2006.
- 16 -
開設期間の恒久化38、配偶者による ISA 相続の解禁などの議論は NISA にも関係しうる。
ISA の年間拠出限度額の初めての引上げは 2008 年、制度の恒久化も 2008 年と迅速な対
応が行われたのに比べ、配偶者による ISA 相続の解禁は 2014 年 12 月からと少々時間がか
かった。しかし、いずれも政府が積極的に業界の声に耳を傾けた結果、実現したものだと
いえよう。
図表 14 ISA 口座数の所得別推移
100%
年収100,000ポンド以上
90%
80%
年収50,000ポンド以上
100,000ポンド未満
70%
年収30,000ポンド以上
50,000ポンド未満
60%
50%
年収20,000ポンド以上
30,000ポンド未満
40%
年収10,000ポンド以上
20,000ポンド未満
30%
20%
10%
年収 5,000ポンド以上
10,000ポンド未満
0%
年収5000ポンド未満
(注)各年 4 月 5 日(課税年度末)現在。
(出所)HMRC “Individual Savings Account (ISA) Statistics”, August 2015 より日本証券業協会作成
図表 15 ISA 口座数の年代別推移
100%
90%
65歳以上
80%
55~64歳
70%
60%
45~54歳
50%
40%
35~44歳
30%
25~34歳
20%
10%
25歳未満
0%
(注)各年 4 月 5 日(課税年度末)現在。
(出所)HMRC “Individual Savings Account (ISA) Statistics”, August 2015 より日本証券業協会作成
38
日本の NISA は非課税期間が 5 年であるのに対し、英国の ISA は当初から非課税期間の制約がなかった点は、
日本と大きく異なる。
- 17 -
図表 16 PEP と ISA の業界団体による要望とその後の制度改正
2006年の業界要望(抜粋)
・MiniとMaxiの区分廃止
・拠出限度額の引上げ
・預金型から株式型への移管
制度改正
・2008年4月に廃止。
・2008年4月に最初の引上げ
・2011年以降は原則インフレ連動で引上げ
・2008年4月に預金型から株式型への移管解禁。
・2014年7月に株式型から預金型への移管解禁。
・PEPのISAへの統合
・2008年4月に統合。
・AIM等をISAの対象に
・2013年7月にAIM等も対象に。
・ISAの配偶者による相続
・2015年4月から可能に。(対象は2014年12月以降。)
・ISAの2020年までの延長
・2008年4月に恒久化。
・ISAにおける資産形成に対する
さらなるインセンティブ付与
・2015年12月にヘルプ・トゥ・バイISA導入。
・CTF⇒ISAのロールオーバー
・2017年4月にライフタイムISA導入(予定)。
(・2011年11月にジュニアISA導入。)
・2015年4月以降、CTFからジュニアISAへの移管が可能に。
・退職ISA(Retirement ISA)
・2017年4月にライフタイムISA導入(予定)。
・CTFの対象者拡大
・2011年11月にジュニアISA導入。
・一生涯をカバーする資産形成制度
・2011年11月にジュニアISA導入。
・2017年4月にライフタイムISA導入(予定)。
(出所)PIMA “ISA Review 2006 –Proposals submitted to HM Treasury”, July 2006 より
日本証券業協会作成
(2)恒久化の評価
2008 年の恒久化以降、ISA 資産残高は約 1.7 倍と飛躍的に増加しており、2014 年 4 月 5
日時点では英国の成人人口の約半数が ISA 制度を利用している。現在では住宅購入の支援
のためのヘルプ・トゥ・バイ ISA や退職後の資金準備のためのワークプレイス ISA 等、ISA
制度をベースに様々な支援策が展開されているが、これらの支援策が国民に受け入れられ
ているのも、恒久化を契機に多くの国民に受け入れられた ISA 制度を基にしていることが
理由に挙げられるであろう。
政府にとっては将来にわたって ISA 内の資産から生じる利益に係る歳入が年間で 35 億ポ
ンド程度失われることになるが、私的年金の控除に対する歳入減と比べると 10 分の 1 程度
であるため、コストも抑えることができるという39。また、政府は制度導入時には英国民の
貯蓄率の向上を目的としていたが、現在では英国経済全体の活性化への貢献が貯蓄率の向
上を上回る便益があると考えているようである40。
Ⅳ.英国 ISA 制度の今後の展望
(1)ライフタイム ISA
HMT は、2017 年 4 月より、第 4 の ISA として、次世代の住宅購入や退職後のための長
期的な資産形成を支援するために、新たにライフタイム ISA を導入することを発表した(図
表 17)41。
39
40
41
そもそも英国では、DC を含む私的年金が日本に比べて非常に優遇されている点に留意する必要がある。拠出限
度額は年間で基本的に 4 万ポンド、生涯で 100 万ポンドと大きく、DC のみでこの限度額を使い切ることもでき
る。
以上、現地調査インタビュー(2016 年 4 月)による。
手続き等の詳細は秋頃アナウンスされる予定。
- 18 -
図表 17 ライフタイム ISA の制度改正
ライフタイムISA
導入時期
2017年4月
制度概要
初めての住宅購入時もしくは60歳の誕生日以降に非課税で払い出す
ことができる。政府から拠出額の 25%のボーナス(最大32,000ポンド)
を受け取ることができる。
口座開設者
満18歳以上40歳未満の居住者
資金拠出期間 50歳の誕生日まで
非課税期間
対象商品
非課税対象
拠出上限額
60歳の誕生日まで
預金型ISA及び株式型ISAと同様
配当、譲渡益、利子、政府ボーナス
年間拠出限度額:4,000ポンド
最大拠出総額:128,000ポンド
住宅価格上限額 450,000ポンド
スイッチング
可能
(出所)HMRC 資料より日本証券業協会作成
ライフタイム ISA 導入の背景には、英国における現行の年金制度に関する議論がある42。
英国の年金制度は EET(拠出時非課税、運用時非課税、給付時課税)と呼ばれるものであ
り、拠出時に非課税措置の適用を受けるためには、課税後の拠出金に対して還付を受ける
方法か雇用主が課税前の所得から拠出金を差し引く方法をとる必要がある。また、拠出額
には年間拠出限度額と生涯積立限度額が設定されており、各限度額を超過した場合には超
過額が課税対象となる。運用時は配当、譲渡益、利子が非課税となり、給付時は残高の 25%
までは非課税となり、残りの金額が課税対象となる。
2015 年 4 月に英国の政策研究センター(Centre for Policy Studies)が発表したレポートで
は、TEE(拠出時課税、運用時非課税、給付時非課税)を採用することにより、退職者層
からでなく現役世代から税収を得ることができる点と英国政府にとっても費用削減のメリ
ットがあり、現行の年金制度を廃止し、退職後に向けた資産形成手段として ISA を活用す
ることを提案した43。この提案を受け、英国財務省は 2015 年 7 月に拠出時非課税を中心と
する年金税制の見直しに関する市中協議書を公表し、
「現行の年金税制の複雑性が個人の年
金拠出に対するインセンティブをどの程度減退させているか」、「税制がシンプルであれば
年金拠出のインセンティブ向上に結び付くか、その場合どのように税制を変更するべきか」
についてコメントを募った44。寄せられたコメント等を踏まえ、現行の年金制度を維持した
まま、ライフタイム ISA が導入されることとなった。
ライフタイム ISA を開設し、資金を拠出することで、政府から拠出額の 25%のボーナス
を非課税で受け取ることができる制度である。対象商品は株式型 ISA 及び預金型 ISA と同
様とされている。口座開設は 18 歳から 40 歳までの英国居住者に限られており、資金拠出
42
43
44
議論の詳細については、「英国におけるライフタイム ISA と年金税制改革の議論」『野村資本市場クォータリ
ー』2016 年春号も参照。
Michael Johnson “The unification of pensions and ISAs”, Centre for Policy Studies, April 2015.
HM treasury “Strengthening the incentive to save: a consultation on pensions tax relief”, July 2015.
- 19 -
は 50 歳の誕生日までに限られているが、毎年拠出した金額の 25%の政府ボーナスを受け取
ることができる。年間拠出限度額は 4,000 ポンド(約 64 万円)であり、18 歳から 50 歳ま
で年間拠出限度額を拠出した場合、拠出総額は最大 128,000 ポンド(約 2,048 万円)、そこ
から受け取ることのできる政府ボーナスは 32,000 ポンド(約 512 万円)となる。ヘルプ・
トゥ・バイ ISA とは異なり、毎月の拠出限度額はなく、年間 4,000 ポンドを上限として、
毎月拠出したい金額を拠出することができる。
拠出した資金及び政府からのボーナスは最初の住宅購入時もしくは 60 歳以降に非課税で
払い出すことができる。ライフタイム ISA では初めて住宅を購入する際に、ロンドン以外
であっても住宅価格が 450,000 ポンドまでの住宅を購入するために使用できる。
60 歳の誕生日以降であれば資金使途に関わらず非課税で拠出額及び政府ボーナスを払い
出すことができるが、60 歳以前に初めての住宅購入以外の目的で払い出した場合は法定の
事由を除き45、政府ボーナス(そこから生じる収益を含む)が失われ、拠出額の 5%のチャ
ージを支払わなければならない。
既にヘルプ・トゥ・バイ ISA を開設している場合には、ヘルプ・トゥ・バイ ISA 及びラ
イフタイム ISA のどちらか一方の政府ボーナスのみ最初の住宅購入に使用することができ
る。また、2017 年 4 月からの 1 年間に限り、ヘルプ・トゥ・バイ ISA の資産をライフタイ
ム ISA に移すこともできる。
なお、ライフタイム ISA 導入に合わせ、2017 年 4 月から ISA の年間拠出限度額は株式型
ISA、預金型 ISA、イノベーティブ・ファイナンス ISA 及びライフタイム ISA の総額で 20,000
ポンド(約 320 万円)にまで拡充される予定である。
ライフタイム ISA の評価として、払出し制限については一部批判的な意見があるが46、制
度全般としては高く評価されている。
(2)投資教育
英国は ISA など税制面での資産形成支援制度というハード面の整備を進める一方、投資
教育というソフト面の充実にも取り組んでいる。
成人については、2010 年に金融サービス法に基づき設立された独立法人であるマネー・
アドバイス・サービス(Money Advice Service、以下「MAS」という。)によって公的金融
教育が提供されている。英国では、生産年齢人口の 7 割以上が月収 3 か月分未満の貯蓄し
かない、6 人に 1 人が多額債務者となっているなど金融能力(financial capability)の低さが
問題視されており47、MAS によるウェブサイトを通じた情報提供や電話・対面での相談受
付を通じて英国民の金融リテラシー向上や資産形成支援を図っている48。MAS の職員によ
れば、少額でも利用でき、万一の場合に資金を引き出すことができる ISA という制度は英
45
46
47
48
死亡又は重篤な病気の場合にのみ非課税で引き出すことが認められている。
業界団体では、目的外で払い出した場合の 5%のチャージは妥当ではないとしており、政府と交渉が行われて
いる (現地調査インタビュー(2016 年 4 月)による)。
Financial Capability Strategy for the UK ウェブサイト。
Money Advice Service ウェブサイト。
- 20 -
国民の資産形成支援に有効だが、ISA を十分に活用するためには金融リテラシーが必要だ
という49。また、直接的な教育ではないが、政府予算によって運営される年金アドバイスサ
ービス(The Pensions Advisory Service、以下「TPAS」という。)では、年金や退職後の資産
運用に関する相談を受け付けている。TPAS の職員によれば、TPAS では年金に関する相談
だけでなく、年金と ISA のどちらに拠出すべきかといった質問にも回答しており、結果的
に ISA に関する説明をすることもあるという50。
他方、まだ自分で運用を行う年齢には達していない子どもたちについても、2014 年 9 月
以降適用の学習指導要領に金融関連事項が盛り込まれた51,
52, 53
。具体的には、
「数学は、日々
の生活に不可欠であり、…[中略]…金融リテラシー及び大半の雇用形態において必要であ
る」とされ、11~14 歳(Key Stage 3)は単利計算を、14~16 歳(Key Stage4)は二次関数
グラフなど非線形グラフの金融分野等への適用を学ぶこととされている。また、
「公民教育
においては、生徒が責任ある市民として社会の一員となり、自らの資産を管理し、金融に
ついて健全な意思決定ができるよう準備させなければならない」とされ、Key Stage 3 では
お金の機能と使い方、収支管理の重要性と実践、リスクマネジメントを、Key Stage 4 では
収入と支出、信用と負債、保険、貯蓄と年金、金融商品・サービス、税金がどのように集
められ使われるかを学ぶこととされている。
既に実際の教育現場で金融経済教育が行われているが、今後は、全体的な教育の質の向
上、また、学習指導要領が適用されない私学にも金融経済教育の提供を義務付けることが
課題だという 54 。その対応の一環として、金融経済教育を行っている Personal Finance
Education Group という非営利組織では金融経済教育において年齢別に達成すべき目標を示
した資料(Financial Education Planning Framework)を提供している。同資料では、①お金を
管理する、②批判的な目を持つ消費者になる、③お金に関するリスクと感情を管理する、
④人生におけるお金の重要な役割を理解するという 4 分類に項目が分かれており、3~5 歳
向けの「貨幣を区別する」というものから、16~19 歳向けの「自らの状況にあった金融商
品を選択することに責任を持ち、契約に署名する前には細かな文字で書かれた文言まで読
む」というものまで、各年齢で達成すべき目標がそれぞれ示されている。
このように英国では、ISA 及びジュニア ISA の制度整備と併せて、周知や教育も図るこ
とによって、家計の資産形成支援効果を一層高めようとしている。わが国においても、ハ
ード面の拡充はもちろん、制度周知や教育のさらなる充実を検討する余地があるのではな
いだろうか。
49
50
51
52
53
54
現地調査インタビュー(2016 年 4 月)による。
現地調査インタビュー(2016 年 4 月)による。
Department of Education “The national curriculum in England - Framework document” July 2014.
背景には、署名運動がある。2006 年から政府の補助金を受けて金融経済教育を行っていた Personal Finance
Education Group という非営利組織が、2011 年の経済危機により補助金が打ち切りとなり活動を縮小せざるをえ
なくなったことを契機として、署名運動を展開した。金融業界の著名人等の協力も得ながら約 10 万人の署名を
集め、議会でも超党派のグループが形成され、無事学習指導要領に盛り込まれるに至った。
MAS によれば、お金の取り扱いに関する姿勢・習慣の多くは 7 歳までに形成されるという。
現地調査インタビュー(2016 年 4 月)による。
- 21 -
(3)その他:変化の兆しを見せる ISA 提供金融機関
ISA については、制度のみならず参入する金融機関にも変化の兆しが見られる。例えば、
オンラインで投資一任サービスを提供しているナツメグの株式型 ISA 提供など、伝統的な
銀行や証券会社以外の金融機関が登場している。背景には、若年層の資産形成に関するア
ドバイス需要がある。
現在高齢である人々は、株価や住宅価格が上がる時代に資産形成をしており、年金も受
け取ることができている。しかし、これから資産形成をする層は、価格が高騰しているた
め住宅が購入できないことも多い上に、今後は長寿化・高齢化が進み、年金受給開始年齢
がさらに引き上げられていく。
そうした環境の中で、ISA は資産形成の器として重要な役割を持つ。政府としても、既
にブランドとして確立している ISA を使い、前述のヘルプ・トゥ・バイ ISA やライフタイ
ム ISA などインセンティブを付与する形で個人の資産形成支援を図っている。しかし、現
状、ISA を利用するには自ら銘柄を選択しなければならない。富裕層向けには独立系アド
バイザー(Independent Financial Advisor、IFA)やウェルス・マネジメント、プライベート
バンキング等のサービスがあったが、非富裕層はこうしたものにアクセスができなかった。
そこで前述のナツメグでは、非富裕層向けに、オンライン上で簡単な質問に回答すること
で個々人に合わせたポートフォリオを提案するというサービスを提供している。
現状、ナツメグのような金融機関で ISA に参入している者は多くないが、今後増えてい
く可能性がある。
また、
前述のイノベーティブ・ファイナンス ISA 開始による peer to peer loan
業者の参入も進むと考えられ、ISA 業者はますます多様化していくだろう。
Ⅴ.おわりに
英国では、ISA の導入から 17 年目を迎え、いまや英国の成人人口の約半数が ISA 口座を
有していることや、多くの英国民の貯蓄習慣の定着に寄与していることから非常に成功し
た制度であると評価されている。ISA が英国で成功した理由に、制度が恒久化されたこと
による投資家の安心感や制度がシンプルでわかりやすく柔軟性が高い点をあげる声が多い。
これらの点は英国政府が制度導入後も投資者の利便性向上のために制度改善に努めた結果
と言える。
ISA 恒久化後、残高と口座数は共に大きく伸びた。恒久化後も、英国政府は制度をシンプ
ルにし、更なる英国民の貯蓄習慣の定着を目指してきたが、今後は特に若年層の資産形成
を促すためにターゲットを絞った拡充策も導入したいとしている55。具体的な政策として、
ヘルプ・トゥ・バイ ISA や今後導入される予定のライフタイム ISA を打ち出した。今後も
投資者の利便性向上に向けた取組みがされていくであろう。
我が国では、2014 年 1 月より、NISA が開始され、2015 年 12 月 31 日時点では約 987 万
口座56が開設され、累計買付額は約 6 兆 4,465 億円である。NISA の導入によって、金融資
55
56
現地調査インタビュー(2016 年 4 月)による。
金融庁「NISA 口座の開設・利用状況調査(平成 27 年 12 月 31 日時点(速報値))」
- 22 -
産を全く保有していない世帯、とりわけ若年者層が将来に向けた資産形成に取組むことが
期待されている。また、日本国内において家計が保有する金融資産は 1,700 兆円を超えてい
るが、そのうち預貯金が占める割合は半数以上と、他国と比べ突出して高くなっているこ
とから、
「貯蓄から投資へ」の流れが促進されることで、家計から企業への成長資金の供給
が多様化・拡大化し、経済の成長につながることが期待されている。
NISA 制度は 10 年という時限的な措置であり、非課税期間も 5 年の制限があることから、
投資者の利便性という観点からは解決すべき課題は多い。制度開始から 3 年目を迎え、当
初の非課税期間終了も近づいている。NISA を幅広い国民の中長期的な資産形成手段として
安心して利用できる制度とするためには、将来に亘っていつでも口座を開設できるように
する口座開設期間の恒久化と、一度投資をした金融商品について期限を気にせず保有でき
るようにする非課税期間の恒久化が、それぞれ必要であろう。
以
- 23 -
上
【参考文献】
・HM Revenue & Customs “ISAs Guidance Notes for ISA Managers”, April 2016.
・HM Revenue & Customs “Individual Savings Account (ISA) Statistics”, April 2016.
・HM Revenue & Customs “Child Trust Fund Guidance Notes for Providers”, October 2013.
・HM Treasury “Individual Savings Accounts: proposed reforms”, December 2006.
・HM Treasury “Budget 2016”, March 2016.
・日本証券業協会「英国の ISA(Individual Savings Account)の実施状況等について~英国の
ISA の実態調査報告~」(2012 年 11 月)
・日本証券業協会「
『英国・米国における個人の中長期的・自助努力による資産形成のための
投資優遇税制等の実態調査』報告書」(2014 年 5 月)
・小橋亜由美「英国の証券投資優遇税制」『資本市場クォータリー』2004 年夏号
・神山哲也、田中健太郎「制度面から見た英国 ISA の拡大と我が国への示唆」
『野村資本市場
クォータリー』2013 年夏号
・神山哲也、田中健太郎「英国におけるワークプレース ISA の現状」
『野村資本市場クォータ
リー』2013 年秋号
・神山哲也、田中健太郎「英国 ISA シーズンと新 ISA」
『野村資本市場家クォータリー』2014
年春号
・神山哲也、荻谷亜紀「英国におけるライフタイム ISA と年金税制改革の議論」
『野村資本市
場クォータリー』2016 年春号
・田中(平松)那須加「英国の貯蓄推進政策とチャイルド・トラスト・ファンド」
『資本市場
クォータリー』2004 年夏号
・宮本佐知子「英国で導入されるジュニア ISA―チャイルド・トラスト・ファンドに替わる
子供向け資産形成スキーム」
『野村資本市場クォータリー』2011 年春号
・宮本佐知子「拠出限度額を引上げて導入される英国ジュニア ISA」
『野村資本市場クォータ
リー』2011 年秋号
- 24 -
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