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第 3 講
第3講 (1) 第 3 講:GDP って何なの?(支出からみた GDP) 【講義の前に】 イラストのイメージ(3-1) :丁寧に説明するイメージ、言い換えの連鎖 父:GDP の議論では、 「GDP=所得」の側面よりも、 「GDP=支出」の側面の方が簡単だと思われがちだが、い やいや、どっこい、 「GDP=支出」の側面は、ほんの少しでも掘り下げて考え始めると、厄介なイシューがいく つも、いくつも出てくるんだな。 特に、 この第 3 講では、 普通のマクロ経済学入門の講義であまり議論されることがない在庫投資と政府消費も、 できるだけ丁寧に議論してみたい。 ただ、自分でいっておいてなんだけど、 「丁寧に」が結構難しい。 丁寧な説明って、 「難しいことをやさしく説明する努力」ではなくて、手をかえ、品をかえて、 「難しいことを 等身大で伝える努力」なんだ。根気よく、事柄を正確に言い換えているだけなんだけど、 「正確な言い換えの連鎖」 で、聞き手は、その事柄の意味を正確につかみとっていくわけ。 それを、 「やさしく説明する」と、事柄の一部だけが、ときには、歪んだ形で、聞き手に伝わってしまう。 教育者が絶対にやっていけないことだよね。特に、若い人に対してはね。 第3講 (2) 1 「生産=支出」に向かって 父:第 2 回の講義では、経済統計において「生産と所得が一致する」とはどういうことなのかを考えてきたね。 「生産=所得」にたどり着くまでに、いろいろな約束事があって、君は、いい加減飽きたと思う。 息子:ちょっとね。 父:今度は、 「生産=支出」を考えてみよう。 息子:支出って? 父:支出は、ある期間に、製品やサービスを購入するのに誰かが支払った金額のこと。ここでは、期間を 1 年間 としよう。支出も、生産と同様にフロー変数だね。 息子:生産が売る側のことで、支出が買う側のこと? そうだとすると、それぞれの製品について、生産者が売る代金と、購入者が買う代金が一致するので、すべて の製品についても、同じことじゃないかなぁ。 父:君のいっていることは、正しいんだけど、よく考えてみると、難しい面もある。 息子:いつも思うんだけど、お父さんって、簡単そうなことを、わざと難しくしているってことない。 父:そうかなぁ… それでは、非常に簡単なケースを考えてみるから。 購入者としては、家計、企業、政府、海外勢としよう。家計というと、少し難しく聞こえるけれど、消費者と 考えればよい。 家計の支出は消費、ここでは、消費の年間総額を家計消費と呼ぼう。実は、後から議論することになるが、消 費支出と消費は、厳密にいうと違う。 息子:そう、それは、お願いだから後からにして。 父:分かった。 企業の支出は設備投資(正確には、粗設備投資) 、ここでは、設備投資の年間総額を単に設備投資。政府の支 出は、1 年間のありとあらゆる支出を何もかもひっくるめて政府支出。海外勢の支出は、日本側からみれば、輸 出だね。1 年間の輸出総額を単に輸出。 第 2 講で習ったように、1 年間に日本国内の生産活動で生じた付加価値は、GDP だね。GDP が生産に相当す るわけだ。 それでは、 「生産=支出」というのは、 (3-1) GDP=家計消費+設備投資+政府支出+輸出 第3講 (3) ということになるのかな? 息子:そうじゃないかなぁ… いや、待てよ。僕のスキーウェアーは、外国メーカーのものだよ。スキーウェア ーを買うのも、消費だよね。GDP は、いってみれば、国産品の総額、外国製は含まれていない。ということは、 (3-1)式は、国産品しか含まない左辺と外国製も含む右辺じゃ、釣り合わないね。 父:いきなり本質を突いてくるな。 外国から輸入した製品の年間総額を単に輸入と呼ぼう。すると、(3-1)式の左辺に国産品だけでなく、外国製 も含めて、 (3-2) GDP+輸入=家計消費+設備投資+政府支出+輸出 と書き換えられるね。 息子:でも、左辺は、GDP だけにしたいなぁ。そちらの方が、格好がよいし。 父:いいよ。 (3-3) GDP=家計消費+設備投資+政府支出+(輸出-輸入) =家計消費+設備投資+政府支出+純輸出 とするね。 輸出から輸入を差し引いたものは、純輸出とも呼んでいるんだよ。 息子:輸出を純輸出に置き換えれば、 「生産=支出」ってことだね。 父:それが、そうじゃないんだ。 息子:また、小難しいことにならない… 父:そうかも… (3-3)式の左辺は、国内で生産された付加価値の年間総額、右辺は、家計、企業、政府、海外勢が購入した製 品の年間総額。ということは、左辺⇒右辺と考えると、その年に国内で生産されたものは、誰かがその年に買っ ているということになるね。 逆に、右辺⇒左辺と考えると、輸入品を除くと、家計、企業、政府、海外勢がその年に購入したものはすべて、 その年に作られた国産品となるね。 いつもそうだろうか。 息子:左辺⇒右辺でいうと… うーん、難しい。 第3講 (4) そうか! だれも買わずに売れ残る製品もあるかな。 父:そうだね。売れ残りというと、なんだかネガティブな響きだけど、来年の売上増を見込んで、今年に多めに 作っておくということもあるね。 息子:じゃ、右辺⇒左辺だけど、逆を考えればよいわけか。 製品の売れ行きがよくて、その年につくられた国産品だけでは、まかないきれない場合か。 父:売れ残りの場合は、左辺>右辺。売れすぎの場合は、左辺<右辺。これらの不等号を等号に置き換える工夫 はないかな。 実は、最初の講義で君がすでに触れているんだけど。 息子:そんなこと、いったっけ? そうか。在庫だね。 売れ残った製品(ネガティブな表現でゴメン)を倉庫に貯えるケースや、昨年までに作った製品を倉庫から持 ち出してくるケースだね。 父:在庫投資っていうんだ。在庫投資がプラスだと、倉庫への持ち込み、在庫投資がマイナスだと倉庫からの持 ち出し。 息子:ということは、在庫投資を(3-3)式の右辺に加えると、倉庫の持ち込み(プラスの在庫投資)で左辺>右 辺が左辺=右辺に、倉庫からの持ち出し(マイナスの在庫投資)で左辺<右辺が左辺=右辺になるわけか。 (3-4) GDP=家計消費+設備投資+在庫投資+政府支出+純輸出 父:正解! (3-3)式では、今年作った国産品は、すべて今年中にかならず売れて、今年買った製品は、輸入品を除いて、 すべて今年作った国産品ということになるけれど、(3-4)式では、在庫投資があることで、かならずしもそうな らない。 息子:ここでも、過去、現在、未来にひかれた時間のレールが垣間みられるね。 父:というと… 息子:去年に作ったものを倉庫に貯えていたものを、今年、持ち出してきたり、今年に作ったものを倉庫に貯え て、来年、売ったりと… 父:第 2 回の講義で議論したように、(3-4)式の右辺にある設備投資も、今年の生産活動ではなく、来年以降の 生産活動に貢献するから、現在から未来への時間の流れがある。 第3講 (5) 息子:ということは、(3-4)式の左辺は、なるほど、今年の生産活動を指しているけれど、(3-4)式の右辺に現 れる在庫投資と設備投資は、去年から今年にかけての経済活動、今年から来年にかけての経済活動とかかわるん だね。 父:この講義の終わりに、君が今いったことを、まったく逆の角度からもう一度考えてみよう。 その前に、家計、企業、政府の支出について、詳しくみていくから。 息子:ゆっくり進むということだね。 父:そういうことかな。 2 人生いろいろ♪♪ 支出いろいろ♪♪ 2-1 家計の支出とは? 息子:人生いろいろ♪♪って、それ何? 父:君知らんか。島倉千代子だよ。母さんが好きな歌、カラオケでいつも歌っているらしい… 息子:そんなの知るはずないじゃん。 父:まぁ、そういうな。 先ほど、家計の支出である消費支出と消費は、厳密には違うといったけど、違いが本当に重要なんだ。 「消費」は、辞書で引くと「使いつくす」という意味だが、ある年に消費支出をしたからといって、その年に、 購入した品物を使いつくすとはかぎらない。 たとえば、衣服。今年買った冬物は、来年も、再来年も使うよね。机だったら、数十年使うね。車も、同じこ と。 息子:そうでないものも、あるよ。たとえば、さっき、買ってきたアイスクリーム。早く食べないととけちゃう よ。 父:そうかなぁ… 冷蔵庫の冷凍室に入れておけば、1 年ぐらいもつんじゃないかなぁ。 息子:それじゃぁ、外食。たとえば、レストランのコックさんが調理した料理は、その場で味わうよね。中華料 理だと、持ち帰りもあるけれど、家に帰ったら食べちゃうじゃない。 父:何事も程度の問題かな。すぐに消費される度合いが小さいものから、耐久消費財、半耐久消費財、非耐久消 費財、サービスと分けている。 先からの例だと、家具や車は耐久消費財、衣服は半耐久消費財、アイスクリームは非耐久消費財、外食はサー 第3講 (6) ビス。 息子:耐久消費財や半耐久消費財は、消費自体が時間を通じた行為ということだね。 父:その通り。 フロー変数である家計消費は、本来、1 年間で消費した部分に対応する。でも、経済統計では、1 年間に支出 した部分を消費として計上しているんだ。便宜から。 息子:大人が「便宜」っていうと、何だかずるい気がする。 父:君だって、もう直に成人じゃないか。 便宜は、英語でなんていうか知っているか。 息子:知らない… 父:convenience store の convenience だよ。英語では、けっしてネガティブな意味はないけどね。 それはともかく、便宜ってのも大切なんだ。 たとえば、自動車を考えてみよう。今年 1 年間に乗り回した分だけ、車が減耗する。その減耗分が、今年、消 費した部分に対応する。そうすると、その自動車に価値として残っている部分、すなわち、自動車の残存価値と いうストック変数を導入して、 (3-5) 今年末の自動車の残存価値=昨年末の自動車の残存価値-今年 1 年間の自動車の減耗分 ということを考えなくてはならない。 こんな作業を、耐久性がある消費財すべてについて行うのは、とても大変。第一、自分の家の衣服の枚数を正 確に把握している人なんて、ほとんどいないじゃないか。 「いわんや、政府の統計作成部門をや」だよ。 息子:分かった。便宜も、必要ってことだね。 父:もう 1 つ注意しなければならないのは、GDP が今年生産した新品の国産品であることに対応して、中古品 の売買は、家計消費に含まれないこと。 息子:今は、環境に配慮してリサイクルを進めないといけない時代、そんな経済統計は、時代遅れ! 父:そうあわてるな。経済統計が「リサイクルがいけない」なんて命じるわけないじゃないか。 中古品の消費財は、過去の家計消費にすでに計上されているわけだし、それを今年の家計消費に再び計上した ら、二重計上になってしまう。また、中古品の売買を考えても、経済全体でみれば、中古品の持ち主が変わった だけで、新たな付加価値が生まれているわけではないよね。 第3講 (7) 息子:理屈としては、お父さんのいっていることはよく分かるんだけど… たとえばだよ、モノを大切に使う社会と、モノをポイ捨てしていく社会を比べると、新品がどんどん製造され て GDP が拡大するのは、ポイ捨て社会だよね。でも、僕は、GDP が低くても、モノを大切にする社会の方がい いと思うな。 父:その指摘は、なかなかいいじゃないか。 GDP 統計の作成方法を深く知ることによって、GDP 統計の限界を知ることになっているね。 息子:エヘン! 父:話を少し進めるよ。 住居の取り扱いは、とても難しい。 まず、住居の消費は、毎年、既存の住居から住宅サービスを受けていると考える。 賃貸住宅の場合は、分かりやすいよね。住宅サービスの対価として、大家さんに家賃を払っているので、家賃 が、住宅サービスとして家計消費に含まれる。 息子:持家はどうするの。家賃なんて払ってないし、持家に住んでいたら、住宅サービスがゼロってこと。 父:持家の場合、自分が大家であり、同時に店子であるって考えるんだ。 すなわち、店子である自分が大家である自分に家賃を支払っているって考えるわけ。そうした家賃は、帰属家 賃って呼んでいる。 息子:帰属家賃って、実際に支払っていない家賃だろう。どうやって計算するの。 父:その家とよく似た、近所の賃貸物件の家賃をもって、帰属家賃とするわけ。 息子:それにしても、そんな家賃がなぜ、 「帰属」っていわれるわけ。 「帰属」って、従う、属する、という意味 だよね。 父:父さんは、誤訳だと思う。 英語では、imputed rent となるが、impute には、確かに「帰属する」という意味もあるけど、ここでは「計 算した価値を割り当てる」という意味の方だと思う。帰属家賃じゃなくて、評価家賃とか、想定家賃とかいえば よかったんじゃないかな。 息子:誤訳だと分かって使い続けるのも、大人のずるさだと思う。 父:そうかもしれない。肝に銘じておくよ。 息子:ところで、住宅の購入は、どのように扱われるの。まさか、購入代金が丸ごと、家計消費に計上されるわ 第3講 (8) けないよね。だって、住宅サービスの対価として、家賃や帰属家賃が家計消費に含まれているわけだから。 父:実は、住宅購入は、新規住宅投資として扱われる。 各年末時点ですでに存在する住宅をストック変数、新規の住宅購入を新規住宅投資として、既存の住宅ストッ クも 1 年間の住居使用で減耗すると考えると、固定資本と同じように考えられる。 すなわち、 (3-6) 今年末の住宅ストック=昨年末の住宅ストック+新規住宅投資-住宅固定資本減耗 となるね。 息子:おっと、ここでも、ストック変数とフロー変数の共演だね。 父:なお、消費財と同じで、中古住宅の売買は、新規住宅投資には含まれないね。 息子:住宅ストックの価値には、土地の価値も含まれるの。 父:いい質問だね。一般論としては、土地は含まれないんだ。 土地は、その年の生産活動で生まれたわけではなく、国土の一部としてすでに存在していた部分だから。 息子:それは、違うんじゃないかな。 たとえばだよ、不動産開発業者が、山野を購入して、宅地造成をして、その土地の上に住宅を建てて分譲した らどう? 山野は、国土の一部としてそもそもあったけれど、住宅地は、業者の造成で新しく生まれたのだから。 父:不動産開発業者(英語で developer、片仮名でデブロッパーって変な書き方するが…)が山野から宅地に造 成して土地の価値が増加した分は、ディブロッパーの行った設備投資(固定資本形成)として支出に計上される。 次に議論する企業の設備投資支出として、統計上は取り扱われるわけ。 息子:統計の約束事って、至れり尽くせりだね。 2-2 企業の支出とは? 父:ディブロッパーの設備投資という話が出てきたので、企業の支出の方に移ろうか。 息子:企業の生産活動における購入というと、すでに出てきたのは、原材料の中間投入品に対する出費だけど、 これは、GDP には含まれないよね、二重計上を避けるために。 父:企業の大きな支出としては、これもすでに出てきたけど、 (粗)設備投資、すなわち、固定資本形成だね。 第3講 (9) 固定資本形成の中身は、幅広い。機械設備の購入、事務所や工場の建物建設、さらには、宅地造成と同じく工場 用地造成なんかも含まれる。 息子:固定資本形成については、ばっちりだよ。ストック変数とフロー変数のデュエットは、 (3-7) 今年末の固定資本=昨年末の固定資本+固定資本形成-固定資本減耗 だったよね。 在庫投資も、企業の支出に含まれるよね。 父:そう。そこまで理解していれば、あまり説明することはない。 ただ、一言だけ。 ここでは、経済主体別に支出をみているが、投資という範疇で見ると、設備投資、在庫投資、住宅投資がある ね。 2-3 政府の支出とは? 息子:次は、政府の支出だね。 父:ここで政府(正確には、一般政府)というときは、中央政府だけでなく、地方自治体も含まれると考えてほ しい。 支出する主体として政府が面白いのは、消費も、設備投資も行う点だね。設備投資の方がイメージがわきやす いから、そちらを先に。 息子:政府の設備投資といえば、公共投資や公共事業だろう。高校の政治経済で習ったよ。 父:正確には、政府や公的企業の設備投資は、公的固定資本形成と呼んでいて、民間企業の設備投資である民間 固定資本形成と対をなしているんだ。 息子:公的企業って、たとえば… 父:政府が運営している事業体・企業だよ。 たとえば、国有林野事業。 面白いところだと、日本中央競馬会。日本郵便やゆうちょ銀行を傘下に置く日本郵政株式会社は、現在のとこ ろ、政府が全額株式を保有しているので、公的企業。 JR 東海や JR 東日本などいくつもの民間企業に分かれる前の日本国有鉄道(国鉄って略されるけど)も、公的 企業だった。 では、難しい方の政府消費支出に移ってみよう。 第3講 (10) 息子:政府消費支出って、それ何? 父:中央政府や地方自治体は、さまざまな行政サービスを住民に提供している。 行政サービスが何かといわれると、答えるのに戸惑うほど幅広い。たとえば、国公立の学校、住民登録、裁判 所、警察、自衛隊など。また、国民は、公的な保険制度(健康保険や介護保険)を通じて、医療や介護の給付も 受けているよね。いわば、中央官庁、県庁、市役所、町役場は、行政サービスを生産する一種の企業。 息子:ということは、GDP 統計では、お役所が生産した行政サービスを、住民が消費するという形になってい るの。 父:なっているといえば、なっているのだけど… 難しいのは、通常の消費財やサービスは、消費者がどこかで購入してから、消費するよね。しかし、住民は、 確かに行政サービスを消費しているけれど、どこかで行政サービスを購入しているわけではない。もちろん、住 民も、一部、利用料や授業料の形で支払っているが、全額支払っているわけではない。 すべての行政サービスに値段がついているわけではないわけ。 息子:頭がこんがらがってきちゃった。 父:政府消費支出というのは、お役所の行政サービス生産活動を支えるあらゆる経費(かなりの部分が人件費だ が)を一括して計上している。 息子:まだ分からない… 父:どうやって説明したらよいかなぁ… たとえば、市役所の行政サービスも政府消費支出なんだけど、その行政サービスの提供にかかった人件費(公 務員の給与だとか)などの経費が政府消費支出として計上されるわけ。 息子:そうなんだ。 父:他にも、健康保険でカバーされている医療サービスや介護保険でカバーされている介護サービスなども、政 府消費支出に含まれている。 息子:少しずつ話が見えてきたんだけど、 「生産=支出」の側面を考えると、政府も、企業と同じく生産者とい うことになるの。 父:実は、そうなんだ。 「国民経済計算」では、政府サービス生産者って呼ばれている。 息子:それでは、 「生産=所得」の側面で考えると、公務員給与は政府消費支出に計上されると同時に、労働者 所得としても計上されているんだね。 第3講 (11) 父:国立大学法人も、政府部門扱いだから、政府サービス生産者。 息子:ということは、お父さんの給与も、政府部門が生み出す付加価値の一部ということ。 父:ほんの、ほんの一部だけどね。 息子:複雑そうにみえるけど、ひとつずつ、丁寧にみていくと、それぞれに理屈があって、それなりに面白いね。 父:そうだと、いいのだけれど… 海外勢の支出に相当する輸出については、次の講義で議論しよう。 息子:実は、輸出や輸入が一番興味があったのだけれど… 3 時間の流れを無視してモデルを作ってみると… 父:第 2 講で「生産=所得」 、本講で「生産=支出」の関係をみてきた。 冒頭でも議論したけれど、 「生産=支出」の右辺には、過去、現在、未来の時間の流れが垣間みれたよね。 息子:そう。設備投資と在庫投資だよね。ストック変数とフロー変数がコラボする住宅投資も、時間のレールに 乗っているね。 父:コラボとは、うまいこというなぁ。 ここでは、時間の役割を考えるためにも、時間の流れがまったく取り除かれている経済モデルを作ってみよう か。 息子:そんなのできるの。 父:簡単だよ。 まずは、GDP(生産)=所得=支出が成り立っているとしよう。これらの等式は、まとめて三面等価と呼ばれ ている。生産や所得にY という記号を割り当てておこう。 時間の要素がないんだから、設備投資、在庫投資、住宅投資は、ゼロだ。 話を簡単にするために、輸出も輸入もゼロとしよう。 息子:そんな乱暴な。非現実的だよ。 父:経済モデルには、現実を説明する目的の他にも、極端なケースを想定して思考実験を行う役割もあるんだよ。 息子:支出の項目は、家計消費と政府消費だけ… 第3講 (12) 父:そう。家計消費は C 、政府消費は G とするよ。 息子: 「GDP=支出」の式は、 (3-8) Y= C + G と、簡単になるね。 父:そう。 消費も、所得(Y )から税金(T )を差し引いた可処分所得に比例するとしよう。 (3-9) C = c (Y − T ) + c0 0 < c < 1 、 c0 > 0 にするよ。 息子:経済学者って、そんなに乱暴に物事を決めていく種族なの。 僕は、(3-9)式にも反対。今年の消費は、今年の所得だけじゃなくて、来年の所得や再来年の所得にも左右さ れるんじゃないの。たとえば、来年、再来年、もしかして失業するかもしれないから、それに備えて、使っちゃ わないで、貯金ということもあるよね。 父:君のいっていることは、まさに、時間の流れの中で起きること。今は、時間の流れを考慮しないんだから、 君の反論は却下。 息子:お父さん、暴君みたい。 父:それと、政府は、今、借金して、将来返済するなんていうこともしない。だって、時間の流れがないんだか ら。 政府消費も、税収で完全にまかなうとしよう。 (3-10) G =T 息子:お父さんのこの仮定は、大好き! 僕は、政府の借金が嫌いだね。どうせ返済するのは、若い僕らなんだから。 父:(3-10)式が君に気に入ってもらってうれしいよ。 (3-10)式は、均衡財政って呼ばれている。 それでは、(3-9)式と(3-10)式を(3-8)式に代入して、 C とT を消去してみよう。 第3講 (3-11) (13) Y = c (Y − G ) + c0 + G (3-11)式をY について解くと… 息子:そんな簡単なことを僕にやらせるの。 父:つべこべいわずに。 息子:暴君お父さん… (3-12) Y= G + c0 1− c だよ。 父:やっとたどり着いたなぁ。それにしても、(3-12)式が意味するところは、なかなか意味深長だね。 たとえば、政府消費が拡大すると、どうなる。 息子:政府消費が拡大した分だけ、Y で表されている GDP(生産)や所得が増えるよ。 父:家計消費は… 息子:家計消費は、可処分所得(Y − T )に比例するんだよね。 政府消費の G が拡大すると、均衡財政で同じ分だけ増税しなくてはいけないので、所得が上がっても、可処分 所得に変わりがないから、家計消費に変化なし。 父:正解。 モデルで何が起きているのか、さらに深く考えてみよう。まずは、政府消費がゼロのケースを考えてみようか。 息子:簡単だよ。 (3-13) Y= C= c0 1− c 父:ということは、政府が活動していないケース( G= T= 0 )では、生産(GDP)が c0 の水準で行われ、 1− c それがそのまま消費に充てられているわけ。 もっと具体的にして、政府が活動していない場合の生産水準は、2 億 7 千万円とする( c0 = 2億7千 万円 )。 1− c この国には 100 人の国民がいて、政府が活動をしていないと、90 人が民間企業に就業し、10 人が失業してい るとしよう。その場合、就業している国民 90 人には、2 億円 7 千万円の生産水準が分配され、1 人あたり 300 万円の所得を得て、税金がないので、それを丸ごと消費に充てている。 第3講 (14) 一方、失業している国民 10 人は、所得がいっさいないので、消費もできず、飢え死に寸前だとする。 息子:お父さんが、非情な暴君にみえてきた。 父:そこで、この国の政府は、失業者 10 人を 1 人あたり 300 万円で政府部門に雇用するという失業対策を発表 した。 政府部門で新たに雇用された 10 人は、行政サービスの提供に従事した。政府消費支出は人件費で計上するの で、政府消費が 3 千万円に拡大したことを意味するよね。もちろん、3 千万円の政府消費は、3 千万円の増税で まかなうことにする。 息子:お父さんが、突然、お釈迦様にみえてきた。 父:そうすると、GDP はどうなる。 息子:GDP は、3 千万円の政府消費分だけ増えるので、2 億 7 千万円から 3 億円に拡大するよ。とてもいいこと じゃないか。お父さんは、暴君どころか、賢帝だよ! 父:それでは、 「就業者 1 人あたり」で考えてみようよ。失業対策発前の就業者数は 90 人で、失業対策後の就業 者数は 100 人だよ。 息子:失業対策前は、就業者 1 人あたりの所得も、家計消費も、300 万円。 次に失業対策後は…とみると、就業者 1 人あたりの所得は、依然として 300 万円。でも、3 千万円の政府消費 をまかなうために、就業者 1 人あたりで 30 万円の税金を支払わなければならないので、可処分所得は 270 万円 に減少。その結果、就業者 1 人あたりの家計消費も、300 万円から 270 万円に減少。 一方では、国民は、1 人あたり 30 万円の行政サービス(政府消費)を受けることができる。 ということは、就業者 1 人あたりでみると、家計消費は 300 万円から 270 万円に減るけれども、行政セービス (政府消費)はゼロから 30 万円に増えるので、家計消費と行政サービスをあわせて、依然として 300 万円をキ ープできることになる。 さらによいことに、失業対策後は、就業者数が 90 人から 100 人に増えて、GDP の規模も 2 億 7 千万円から 3 億円に拡大する。 素晴らしい! 父:本当に素晴らしいことなのかなぁ… 息子:お父さん、謙遜しているの? 父:そうじゃなくて、君が説明してくれたことに、どこか、おかしなことや、思い込みみたいなことがないかな ぁ。 第3講 (15) 息子:先、お父さんが政府消費について説明してくれたことを、忠実に応用しただけだと思うけど。 父:それじゃ、役所に雇われた 10 人が、職場で仕事もせずにサボっていたらどうだろか。 息子:お父さんは、政府消費支出は、役所の人件費をそのまま計上するっていっていたんで、1 人あたり 300 万 円で 10 人雇って 3 千万円也。だから、GDP も 2 億 7 千万円から 3 億円に拡大している。 そうか。雇われた人たちが役場でサボっていれば、国民が受けられる行政サービスの価値はゼロ。したがって、 失業対策後、国民は家計消費しか享受できない。見せかけの GDP は 3 億円だけど、正味の GDP は 2 億 7 千万 円のまま。今度は、それを 90 人ではなく、100 人で分配するので、家計消費の水準が 300 万円から 270 万円に 減少してしまう。 父:政府消費の拡大で GDP が水増しされる可能性があるわけだけど、何が本質的な原因なのだろうか。 息子:僕は分かったと思う。 GDP 統計では、政府消費支出をコストでしか考えていなくて、人件費をかけた分だけ、GDP が自動的に拡大 する。しかし、国民にとって価値のある行政サービスが生み出されているのかどうかは、GDP 統計で分からな いってことかな。 父:その通り。 常識的に考えれば、行政サービスに対するニーズが国民の側にあれば、役所は、最初から、10 人を雇って国民 が欲する行政サービスを提供するよね。そうだとすると、そもそも、10 人が失業する事態に至らなかった。 行政サービスへの健全なニーズがあってこそ雇用が生み出されるのであって、政府消費支出を無理矢理に拡大 させても、国民にとって価値ある行政サービスが生み出されるわけではないということだと思う。 第3講 (16) 【講義の後で】 イラストのイメージ(3-2) :火曜サスペンス 息子:3 回の講義を受けて思ったことだけど、お父さんの準備が半端じゃないんだ。 お父さんは、大学の講義で使っているノートを手もとに置いている。そこには、文字やら、数式やらがギッシ リと書き込まれている。といって、僕の前で白い紙に数式を書くときは、ノートをのぞくことなく、すらすら書 いていく。全部、頭に入っているみたい。それでも、 「手もとに講義ノートがないと、講義ができない」って、お 父さんはいうんだな。 講義中でも、頻繁に講義ノートにメモを書き込んでいる。僕のレスポンスのことも、ときどき、メモを取って いるみたい。 こんなふうなお父さんを見たことがない。 居間にいるときは、真剣に見ているんだか、見ていないんだか、よく分からないけれど、ケーブルテレビで昔 の「火曜サスペンス」ばかり見ているし、食事も、さっさと食べて、お母さんには、いつも、 「ゆっくり食べなさ い」と叱られている。お酒を飲みだすと、全然止まらなくなって、直に酔いつぶれてしまう。 でも、講義中のお父さんは、全然違う。うまく言い表せないんだけど、仕事の顔っていうのかな。もちろん、 教えることがお父さんの仕事だから、当然なんだけど、なんだか違うんだよ。ちょっと格好いい。 いつもお父さんのことを叱ってばかりのお母さんだけど、お父さんの講演の姿、少し格好いいっていっている し。 不可解なお父さん…