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銀翼の天使達 - タテ書き小説ネット

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銀翼の天使達 - タテ書き小説ネット
銀翼の天使達
蛍蛍
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
銀翼の天使達
︻Nコード︼
N7258BE
︻作者名︼
蛍蛍
︻あらすじ︼
神︵?︶により異世界へ転生したミリオタ・メカマニアな主人
公。ファンタジー世界かと思いきや、空を横切った飛行機を目撃。
そしてロボット兵器の存在する奇妙
二人の少女を助けた主人公は導かれるまま、小さ
そこは飛行機や空飛ぶ巨船、
な世界だった。
な村での新たな生活を送る︱︱。ロマン重視です。
1
ロリな女神と黒き騎士︵前書き︶
この作品は﹃銀翼の天使達﹄の再構成作品です。
注意 この作品には挿し絵があります。苦手な方は挿し絵設定を
OFFにして下さい。
2
ロリな女神と黒き騎士
﹁お主は死んだのじゃ﹂
少女を象った光の輪郭。
ふわふわと浮かぶ彼女は、唐突にそう告げた。
﹁いきなりだな﹂
真っ白な空間。
上も下もない世界には、俺と少女︵?︶の二人しかいない。
これは、あれか。ロリ神、というやつか。
﹁長生きはするものだ。まさか、生きているうちにロリ神と対面し
ようとはな﹂
﹁死んどると言っとるだろう。それにお主いうほど長く生きとらん
だろ、あとロリじゃないわい。更にいえばその本から目を離せ﹂
﹁気にするな。話はこれ読みながらでも聞こう﹂
﹁全力投球で失礼な奴じゃ!﹂
四カ所全てにツッコミを入れていたな。神とは伊達ではないらし
い。
﹁その本はなんじゃ?﹂
3
﹁ん?﹂
雑誌の表紙を持ち上げる。
﹁⋮⋮世界が違えど、男というのはそういうのが好きなのじゃな﹂
﹁愚問だな、この美に心惑わさない奴などいるものか﹂
この優美なシルエットに見惚れない奴がいるなら、ソイツは玉無
しだ。
﹁永遠の浪漫さ⋮⋮メカニックは﹂
迫力あるエフェクトの施されたロボット模型の写真。なんてこと
はない、模型雑誌である。
エロ雑誌だと勘違いした奴、正直に手を上げなさい。
主砲
﹁ロボットだけではない。素晴らしいぞ、機械は﹂
俺は少女に語る。
複合装甲と一振りの槍を携え戦場を駆け抜ける主力戦車。
各種武装を総合的に制御し女神の盾の名に恥じぬ防御力を誇るイ
ージス艦。
電子装備
そして航空力学の随を凝らし、重量という制限と戦いつつも最新
鋭工学とアビオニクスの限界に挑む戦闘機。
勘違いしないでほしい。俺は戦争を望んでいるのではない。
技術者達の創意工夫と努力の日々が注ぎ込まれた彼らに、ときめ
かない男などいないっ!
﹁理解してもらえたな、ロリ神様﹂
4
満足げに頷く俺。
﹁なにを理解すればよいのかすら最後まで解らんかったわ。あとロ
リいうな﹂
ロリを否定するか。確かに言葉は年寄り臭い。ロリバ⋮⋮ロリ淑
女と見た。
﹁ところで誰だ君は? ここはどこ? 私は誰?﹂
﹁その質問、真っ先にするべきじゃよな!?﹂
このロリ神、ツッコミ属性だ。
﹁しかし、自分のことを思い出せんのか? ここに来たショックで
記憶が⋮⋮?﹂
真剣に悩むロリ神。いかん、﹁お約束でした!﹂なんて言い出せ
ない。
まやま れいか
﹁よし、まずはお主の名じゃ。お主は真山 零夏じゃ。どうじゃ、
聞き覚えはないか?﹂
﹁まあそれは置いといて﹂
﹁⋮⋮置いといて、いいのか?﹂
釈然としなさげな少女。
5
﹁知っているぞ。こういう時になんて言えばいいか﹂
﹁なんというのじゃ?﹂
興味があるのか首を傾げる。
そんな姿に内心ときめきを覚えつつ、俺は大きく息を吸い込み、
叫ぶように言い放った。
﹁はい、テンプレテンプレッ﹂
﹁⋮⋮本題に入っていいかの? 時間がないのじゃ﹂
ごめんなさい。
﹁先にも言ったが、お主は死んだ﹂
﹁トラックに轢かれたのか?﹂
﹁死因までは把握しとらん﹂
いや、そうに違いない。
正義感溢れる俺のことだ、信号無視したトラックが子供を撥ねそ
うになり、間一髪助けたものの⋮⋮といったところか。
﹁さすが俺だな⋮⋮﹂
﹁話を続けるぞ。お主はこれから︱︱︱﹂
手の平を翳し彼女の言葉を遮る。
俺は不敵に笑みを漏らし、続きを引き継いだ。
6
﹁︱︱︱他の世界に行ってもらう、というのだろう?﹂
光の輪郭故に顔は判らないが、ロリ神から驚愕の気配が伝わった。
﹁な、なぜそれを⋮⋮!?﹂
﹁なぜ、か。それを問おうとはな、勉強不足としか言いようがない
ぞロリ神﹂
自信満々にどや顔をしておく。意味なんてない。
﹁⋮⋮なるほど、お主はわしには知り得ない理を把握しているよう
じゃの﹂
勝手に解釈してくれた。
つーか、さっき﹁世界は違えど﹂って言ってたし。
﹁その通りじゃ。お主はこれから別の世界で生きてもらう﹂
﹁それは、あんたの都合なのか?﹂
どうせ書類にコーヒー零したとか、そんなのだろ?
﹁⋮⋮そうじゃ。お主にはすまんと思っている﹂
申し訳なさそうに項垂れるロリ神。
その頭にポンと手を乗せ、ぐしぐし撫でてやった。
﹁うおっ、なにをするのじゃ!?﹂
7
光の輪郭とはいえ、実体は存在するらしい。しなやかな髪の感触
が指先に触れる。
﹁気にするな。俺は、気にしない﹂
子供に落ち込まれると困ってしまう。中身はお婆さんだったとし
ても、だ。
﹁死因を把握していないってことは、君が死の原因なわけではない
のだろう? なら、第二の生を与えてくれることに感謝だよ﹂
目的もなく生きていた半生であったが、ぽっくり死んで納得出来
るわけではない。
楽しいことがしたい、趣味を満喫したい、美味い物が食いたい。
目的がなかったからこそ、時間が欲しい。
それをくれようというのだ。感謝しないはずがない。
﹁⋮⋮ありがとう﹂
﹁なぜ君が感謝する? ありがとうと言うべきは俺だって﹂
﹁そう言ってもらえると、ありがたい﹂
﹁だから、ありがとうは俺が⋮⋮﹂
おっと、このままではありがとう合戦を繰り返してしまうな。
﹁ありがたいついでに、頼みをしていいか?﹂
8
﹁ちゃっかりしているなロリ神﹂
とはいえ上目使い︵見えないけど︶で迫られたら断れまい。
基本、子供には弱いのだ。
﹁お主には、姫の手助けをしてほしいのじゃ﹂
﹁誰?﹂
姫とは、またベタな⋮⋮
﹁お主はいつか、雪の如く白き姫と出会うであろう。この娘を助け
てほしい﹂
﹁助けるっつったって⋮⋮俺一人で出来ることなんてたかが知れて
いるぞ? 俺はただのミリオタだ﹂
戦いなんて経験がない。武術を多少嗜んでいるが、それでも一般
人より強い護衛にしかならないだろう。
それとも神様パワーで特殊能力を与えられたりするのだろうか。
光輝く剣を振りかざし、颯爽と敵に立ち向かう自分を想像する。
我ながら似合わない。
﹁なにも悪人から救い出せ、と言っているのではない。お主の出来
る範囲で、好きなように行動してくれればよい。むしろ変に無理に
干渉してくれるな﹂
要求が微妙過ぎてむしろ難しいのだが。
﹁気にとめてくれればいいのじゃ。無理だと思ったことは、やらん
9
くていい﹂
﹁そういうことなら﹂
真意が気になるが、なんせ神の思惑だ。無理に読み取ろうとして
も無駄だろう。
﹁いうべきことはそれくらいかの。ああ、お主は魔法を使えんよな
?﹂
﹁俺の住んでいた世界には魔法なんてなかったよ﹂
﹁そうらしいな。わしらからすれば魔法のない生活というのを想像
出来んが⋮⋮まあ、世界を渡った暁には膨大な魔力を有することに
なっておる。魔法を習得すれば生きるのも楽だと思うぞ?﹂
チートキター!
﹁あと肉体も新しい物を用意することとなる。年齢は一〇歳じゃ﹂
﹁そうか、ついでにイケメンにしてくれたって構わないんだぜ?﹂
さりげなぁ∼く要求してみる。
﹁いや、無理にとは言わないぜ? ただやってくれると嬉しいかな、
ってくらいでさ。お願いしますどうかこの通り﹂
﹁⋮⋮善処しよう。あとは⋮⋮なにかあった気もするが、まあいい
か﹂
10
いいのか?
﹁話はこれで終わりじゃ。達者で暮らすのじゃぞ﹂
﹁おうっ﹂
ロリ神は垂れ下がっていた紐を引く。
床にぽっかりと穴が開いた。
﹁いや、紐なんてなかったろ﹂
浮遊感、そして落下感。
新たな世界に思いを馳せつつ、俺は落とし穴へと落ちて行った。
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ロリな女神と黒き騎士︵後書き︶
イレギュラーをカットしました。
12
白き少女とメイドの少女
微睡みからゆっくりと浮き上がる意識。
鉄と油の臭いに包まれ、俺の思考はゆっくりと現実へと回帰して
いった。
﹁ん⋮⋮あ、あぁ、ここで寝ちまったのか﹂
強化ガラスの三面窓に、両手の操縦桿。
足元にはペダルがあるが、子供の体では届かない。残念。
シンプルに纏められたスイッチやレバー。アナログ時計のような
メーターが並び、さながら計器の棺桶だ。
﹁ぐふ、ぐふふ、ふっふっふっふぁのほほほほうけー!﹂
変な笑いが漏れるのは致し方がないだろう。なにせ、コイツはコ
ックピットなのだ。
自動車? 船? 飛行機? 否!
ハッチを開いてコックピットモジュールから抜け出し、数歩後退
して見上げる。
﹁まさか異世界で人型ロボットと出会うとはな⋮⋮!﹂
体長約一〇メートル。無骨な鉄の外装に包まれた機械仕掛けの巨
人。
鈍い鉄色の味気ない外見は、しかしそれが玩具ではなく実用品だ
と証明している。
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俺がやってきた世界。
ここはファンタジーな世界観の癖に、人型ロボットを初めとした
様々なテクノロジーが発展した、アンバランスな場所だった。
﹁⋮⋮とりあえず顔を洗うか﹂
いつまで眺めていても飽きないが、現実問題そうはいかない。
寝ぼけ気味な意識。しっかりと目を覚ます為に井戸へと歩きつつ、
俺は一昨日︱︱︱異世界初日について思い出していた。
﹁ここはどこ、私は誰、ってこれはロリ神にもう使ったネタだった
な﹂
煙ったい空気に、服の裾を口に当てつつ立ち上がる。
瓦礫と煙。火も上がっているようだ。
︵本当にどこだよここ⋮⋮︶
室内のようだが、建物ごと傾いている。火災が発生しているのは
二次的な災害か。
︵とにかく脱出だ、異世界来ていきなりなんなんだよホント︶
丸い窓を室内に発見。レバーに手を掛けようとして、背が届かな
いことに気付く。
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︵変に高い位置にある窓だな、いや、俺が小さいのか?︶
家具が妙に大きい。そういえば新しい体を用意すると神は言って
いたな。
椅子を移動させ上に乗り、窓のレバーを握ったところで躊躇する。
︵バックドラフトだかフラッシュオーバーだか、どっちか忘れたが
火災現場で不用意に窓を開けちゃいけないんだったか⋮⋮いや、呼
吸を出来ているのだから酸素はまだ減っていない。大丈夫だ、たぶ
ん︶
冷静に努めるも決断は結局いい加減な案配。仕方がないだろ、火
事の専門知識なんてない。
一応側面に身を隠し、転がっていた本で頭を守りつつ窓を開ける。
幸運にも爆発は起こらなかった。
うめ
﹁ぷはー! 空気美味ー!﹂
頭だけ出して新鮮な空気を補給、そして下を見る。
低い。一階だったらしい。
ぴょんと飛び降りて、急いで建物から離れる。
﹁これだけ距離を取ればいいだろ﹂
充分と思えるほどに安全確保の距離まで走り振り返ると、初めて
建物の全景が見えた。
﹁は、えっと、トラック?﹂
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全長一〇メートルはほどの箱。それが、俺が建物だと思い込んで
いた物の正体だった。
前方が運転席、後方のコンテナ部分が部屋になっているようだ。
キャンピングトラック。
問題は、それが生い茂った森の真っ只中に落ちていることだ。そ
う、まるで空から落ちてきたかのように。
﹁なんでこんな場所にトラックが、いやそれより他に誰かいるかも
!﹂
火災現場に再突入するのは愚の骨頂だが、それでも人を助けられ
るなら選択肢としては捨てきれない。
﹁火はほとんど吹いていないし、ちょっとくらい近付いたって⋮⋮﹂
そう口にした瞬間、それは起こった。
膨れ上がる炎。そして爆音。
先程まで小さかった火の手は、刹那の間に船を包み込んだ。
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
逃げ遅れていたら、どうなっていたか。
肝の冷える思いをしつつ、俺はどうすることも出来ずにトラック
が燃える様を呆然と見続けた。
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数時間後に燃え尽きた乗り物から、とりあえず小さな果物ナイフ
を回収した。
なぜ﹁トラック﹂ではなく﹁乗り物﹂と呼び変えたかというと、
タイヤがなかったから。
﹁本当に、どうやってこんな場所に来たんだコレ?﹂
ナイフの握り具合を確認しつつ呟く。
こんなちゃちいナイフではなくサバイバルナイフが良かったのだ
が、贅沢は言っていられない。刃物一本で生存性が大きく変わって
くる、まさに命綱だ。
早く行動に移さなければ。大きな問題は既に目前まで迫っている
のだ。
﹁腹減った⋮⋮﹂
ゲームを始めた時はレベル1からと相場が決まっているが、腹の
内容物まで最低値から始めましょう、なんて考えではないと思いた
い。
実は乗り物を捜索した際に食べ物も探したのだが、すぐにその気
も失せた。
焼き肉の臭いがしたのだ。食欲も失せるというものである。
﹁持ち物は妙に豪華な服に、ナイフが一本⋮⋮なるほど、初期装備
だな﹂
身なりは立派な癖に銅の剣しか装備していない勇者を想像しつつ、
身嗜みを整える。
なぜか身に付けていた貴金属類は持っていくべきか迷ったが、重
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りになるだけと判断。捨てておく。肌の露出を控えつつ薄着に着替
え、覚悟を決めて森の奥に歩みを進める。
なにせ異世界だ。野生動物なんて生易しい物ならまだ対処出来る
が、いや熊とか出てこられても困るけど、もっと恐ろしい物がいる
かもしれない。
﹁古武術に短刀術ってのがあったな、確かこうだっけ?﹂
片手に握り、前に出した姿勢で歩く。武術経験者といえど、こん
なマニアックな戦闘法には不慣れだ。CQC︵近接戦闘︶とは訳が
違う。
しばし歩くと、空の開けた場所に出た。
﹁すげぇ﹂
そこに広がっていたのは、圧倒的な青い蒼い青空だった。
地球とは異なる、淡い印象を抱かせる蒼の空。
ここが異世界。
これから俺が生きていく世界。
思いっきり手を広げる。
地球とどこか違う風が、全身に吹き抜けた。
反り返り、蒼穹を仰ぎ見る。
飛行機が空を過ぎった。
﹁⋮⋮はぁ?﹂
エンジン音がないので、気付いたのは真上を通ってから。
﹁なんだ、グライダーか?﹂
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音のない飛行機なんて一部の例外を除いてありえない。ちなみに
例外とは滑空可能なモーターグライダーなどだ。
少し離れた場所で、地面を削る音が響く。
﹁墜ちた!?﹂
俺は慌てて現場へと駆けた。
岩場に出ると、そこには紅の飛行機が不時着していた。
﹁綺麗だな、すごく﹂
感動すら覚えるほど美しい曲線を描く機体だった。
僅かに後退した真っ直ぐな主翼。
第一次世界大戦によく見られた、丸みを帯びた三枚の尾翼。
エンジンは機体上部、コックピット後ろに据え付けられている。
なんとジェットエンジンだ。
そして、肝心のコックピットには誰も乗っていなかった。
﹁いやいやいや、そんな馬鹿な﹂
墜落から駆け付けるまでそう時間は経っていない。どこかに行っ
たとは考えにくい。
小さな風避けだけで、コックピットを包む風防はない。オープン
カーならぬオープンコックピットだ。
翼によじ登り、コックピットを覗き込む。
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﹁ふぇ⋮⋮﹂
﹁うぅ⋮⋮﹂
﹁あ、えっと、スイマセン﹂
意味もなく謝ってしまった。
コックピットには二人の女の子がいた。小さくて下から見えなか
っただけらしい。
後部座席に乗った茶髪の少女は頭から血を流しぐったりと気を失
っている。衝撃で打ったのかと確認する為に手を伸ばし、前の座席
に乗った少女に手を払われた。
﹁マリアに触らないで⋮⋮!﹂
﹁でも診察しないと、あれ、言葉は通じるんだ﹂
異世界に来る上で大きな問題だった言語は共通っぽい。
警戒心を露わに涙目で睨んでくる少女。彼女の蒼い瞳を真っ向か
ら覗き込んでしまい、俺は数瞬の間その幼い美貌に見惚れていた。
真っ白な肌に白いワンピース、白に近い銀髪を白いリボンでツイ
ンテールに括る少女。
歳の頃は八歳程度か、どこまでも白い、浮世離れした容貌の女の
子だった。
神の言葉を思い出す。
﹃お主はいつか、真っ白な姫と出会うであろう。この娘を助けてほ
しい﹄
﹃いつか﹄というか、即日出会った?
それとも姫とは別人だろうか? お姫様が飛行機に乗っているの
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はイメージが合わない。
﹁あの﹂
﹁ひっ﹂
無言で後ずさる少女。どこまで嫌われているんだ俺。
と、そこでやっと自分がナイフを持ちっぱなしだと気付く。そり
ゃ怯えるわ。
﹁ほら、怖くない﹂
ナイフを捨てて無害アピールをするものの、白髪の少女は茶髪の
少女を庇うように覆い被さり、目を固く閉じている。見ちゃいない。
白髪少女の脇に手を差し込んで持ち上げ、機体の下に降ろす。抵
抗がなかったのは声も出せないほど硬直していただけ。
茶髪⋮⋮マリアだったか、彼女もコックピットから持ち上げて地
上に降りる。こちらの方が年上らしく、少し背が高い。
ごめん嘘。抱き抱えているのに身長差なんて判らない。重さで判
断しました。
地面の柔らかい部分に寝かせ、傷の具合を診つつ白い少女に話し
かける。
﹁俺は零夏、あぁ∼、うん?﹂
肉体が変わっているのだし、乗り物に乗っていたことから何か﹁
設定﹂があるはず。不用意に地球の名前を名乗って良かっただろう
か?
﹁レーカ・アーウン?﹂
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﹁誰それ﹂
カッコいい名前を考える。それっぽい英単語を並べてみるか。
﹁エクスカイザー・R・テクノブレイクと呼んでくれ﹂
傷は深くない。頭を高い場所に乗せて、押さえておけば出血は止
まるだろう。というかほっといてもいいレベルだ。
﹁エクスカイザー?﹂
ちょっと寒気がした。
﹁真山 零夏です﹂
名前は無難が一番だ。ビバ平凡。
﹁ミスタ・レーカ、私は、ソフィー⋮⋮です﹂
﹁マリアにソフィーか、覚えたよ﹂
ところで名字は真山の方だから、ミスタ・マヤマが正しいのだけ
れどな。まあ訂正するほどのことでもない。
女の子に名前で呼んでほしい、なんて下心はありませんとも。あ
りませんとも。
﹁同い年、くらい?﹂
﹁んー、どうかな。俺の方が上だろ、君は何歳?﹂
22
両手でパー。
﹁一〇歳!?﹂
びくりと震えて頷くソフィー。もっと下だと思った。
彼女との身長差から考えて、俺の肉体年齢も一〇歳程度。彼女の
言うとおり同い年くらいだ。
まあ子供なんて個人差が激しい。この子もこれから急成長する可
能性だってあるのだ。
﹁それで、どうして墜落してきたか訊いていいか?﹂
優しく聞き出そうと試みるも、少女はマリアにすがりついて口を
開かない。
怯えというより、人見知り? こちらに視線すら向けないのは警
戒としては間違っているだろう。
なにか、話題になりそうなことは⋮⋮
﹁君、ソフィーがこの飛行機を操縦していたんだよな?﹂
ソードシップ
﹁ヒコーキ⋮⋮? うんん、あれは飛行機﹂
世界による呼び方の違いだろうか?
﹁んっ、んぁ﹂
茶髪の少女、マリアが妙に色っぽい声を漏らしてうっすらと目を
開く。
23
﹁マリア!﹂
ようやく安堵を見せるソフィー。俺の方も安堵していた。
こちらの少女はソフィーより年上だ、手探り状態の情報収集から
解放されるといいのだけれど。
﹁異世界ね、信じられないわ﹂
夜行性の動物じゃない人間にとって暗闇は最大の恐怖。幸い乾燥
した倒木を飛行機のすぐ側で発見し、それを燃料に焚き火をする。
実は動物避けには効果などない。野宿の焚き火は人間の為の物だ。
暗くなった空。地球とは違って見える星空の下、俺達三人は火を
囲んで飛行機に積んであった保存食をかじりつつ過ごす。
ソフィーよりも幾分ハキハキとした口調で答えるマリアとの会話
は、かなり潤滑に進んだ。
一三歳らしいが、年齢以上に大人びた子に見える。将来は、とい
うか既に美人の片鱗はある娘だ。
﹁だって貴方、私達と同じ言葉を使っているじゃない﹂
﹁⋮⋮異世界には、私達と同じ人間がいるの?﹂
言語の共通点について言及するマリアと、彼女の後ろに隠れつつ
も意外と鋭い質問をするソフィー。
﹁頭がいい子だな、君達は﹂
24
頭を撫でようと試みるも、するりと逃げてしまった。
﹁違いもあるみたいだけどな﹂
魔法があるのは確かなので、ファンタジーに該当するのだろう。
焚き火の火種を作ったのもマリアの魔法だ。
しかし、だとしたらこの飛行機はなんだ? ファンタジーであろ
うと、進化の辿り着く所は地球と同じなのか?
ソードシップ
彼女達に聞いたところ、こういった技術はそれなりに普及してい
るらしい。
エアシップ
自在に空を飛ぶ飛行機。
ストライカー
ゆったりと空を浮かぶ飛宙船。
そして、巨大人型ロボットの人型機。
﹁ストライカー、ねぇ⋮⋮﹂
巨大人型ロボット。そんなものがあるならぜひ見てみたいものだ
が、実用性はどうなのだろう?
地球で人型兵器が作られなかったのは、実用性がないからだ。ミ
リタリーと似て非なる存在、それが人型ロボット兵器。
もう二度と見れないであろうロボットアニメに思いを馳せつつ、
教わった呪文を唱えてみる。
﹁うおっ、熱っ!﹂
﹁ドジね﹂
呆れた様子のマリア。火種の魔法を使ってみたのだが、魔力を注
ぎすぎたらしく前髪がちょっと焦げた。そういえば魔力チートだっ
25
たな。
﹁失敗失敗⋮⋮それで二人はどうするんだ、これから?﹂
﹁どうするって言われてもね。助けを待つしかないわ﹂
開けた場所なので動物に襲われても対処しやすいし、近くに川も
ある。落ち着くにはいい場所かもしれない。
問題は、人間にとって快適な場所は動物にとっても快適という事
実だ。間違いなく、俺達は何らかのテリトリーを侵している。
彼女達にその手の危機感というか知識はないらしく、俺以外に対
しては警戒していない様子。むしろ俺が不審者か。
ソフィーは飛行機操縦の練習に時折単独飛行を行っている見習い
パイロットらしく、マリアは気まぐれで遊覧飛行に同乗したらしい。
しかし機体の不調から墜落してしまい今に至る、とのことだ。
﹁浮遊装置って奴で浮かんでいるんだろ? 墜落なんてあるの?﹂
この世界では飛行機の離着陸は降着装置に依存しない。浮遊装置
なる、文字通りの浮かぶ機構で垂直離着陸するそうだ。変にファン
タジーである。
会話の中で俺が乗っていたトラックモドキも飛宙船であると判明
した。あれ浮いてたのか⋮⋮
﹁私には機械は判らないわ、ただのメイド見習いだもの﹂
メイドなの?
﹁ソフィーは私よりは⋮⋮判らない?﹂
26
ふるふると首を横に振るソフィー。
﹁エンジンと浮遊装置が同時に止まったから、たぶんクリスタルの
故障﹂
クリスタルって魔法機械の原動力らしいが、その故障なら致命的
過ぎるぞ。
﹁しゃーない、俺が見てみるよ。直れば儲け物だろう﹂
﹁機械に詳しいの?﹂
﹁そ、それなり?﹂
自動車の整備が精々なのは黙っておこう。
﹁直ったらお礼として装備一式恵んでくれないか?﹂
﹁装備?﹂
﹁剣とか、盾?﹂
旅人ってなにを用意すればいいんだ?
﹁冒険者になるつもり?﹂
﹁ファンタジーといえば冒険だろ?﹂
異世界に渡っておきながら隠居する主人公など、漫画にも小説に
もそういまい。冒険は浪漫だ。
27
﹁そうね、直せたら大人に交渉くらいしたっていいわ﹂
﹁頼む﹂
現時点で彼女達に恩など一つも売っていない。むしろ保存食を分
けてもらっているので借りがある状態だ。
飛行機をざっと眺め、修理に挑む。道具など機体に積んである必
要最低限一式だけだ、さてどこまでやれるか。
﹁これってパルスジェットエンジン? 燃料はこの水晶で、タンク
があるはずの主翼内には金属の塊⋮⋮これが浮遊装置か﹂
化石燃料で動くか魔力とやらで動くかの違いはあれど、飛行機の
基本的な構造は地球と変わらないっぽいな。
ソフィー曰くクリスタルが怪しいとのことだが、俺には判らない。
とりあえずハッチを開いて目視してみる。罅割れていたりなどは
ない。
注視していると、内部構造が透けて見えた。
﹁うおぉ!?﹂
﹁ふぁ、なに?﹂
ウトウトしていた女の子二人が飛び上がった。すまん。
28
﹁なんだこれ、魔法?﹂
コツを掴むと、その現象は任意で発動した。
機械を透視し、内部構造が脳裏に浮かぶ。
違う、機械に限らず物体はなんでも透視出来るんだ。
﹁︱︱︱ハッ!?﹂
こ、これは素晴らしい魔法なのではなかろうか!
透視。それは男の浪漫。
幸いすぐそこに見目麗しい美少女が二人いる。
﹁待て待て待て、落ち着くんだ俺⋮⋮!﹂
喜び勇んで色々なものを台無しにしてしまうのは愚か者のするこ
とだ。
﹁ここは慎重を期して、まず自分の体で練習するぞ﹂
覗きとはバレたら全てが終わりだ。この能力の限界を見極め、把
握した上で︱︱︱
﹁舐め尽くすように堪能してやる!﹂
げへへ、と笑いつつ自分の裸体を透視可能かテストする。
そして、期待は失望へと変わった。
この魔法︵?︶の本質は、透視というより解析らしい。
自分の体の起伏は理解出来た。しかしそれは映像的なイメージで
はない。
しかも内臓まで見てしまった。この魔法、覗き見には適さないら
29
しい。畜生。
解析魔法の修得によって、意外とあっさりトラブルの原因は判明
した。
クリスタルから捻出される魔力を供給するケーブルが切れていた。
ここを繋げばオーケーだ。
﹁つかこの飛行機、舵は重ステなんだな⋮⋮タブがあるとはいえ細
腕でよくもまぁ、ふぁあ、眠い﹂
時計がないので判らないが、もう深夜だろうか? 未知の技術を
把握するのに集中していたが、随分時間が経った気がする。
飛行機から降りて彼女達の側へ。二人の身の安全を守るのも俺の
役割だ、今晩は徹夜で火の番をする所存である。
飛行機の方は部品がちょっと足りない。最初の飛宙船に戻らなけ
ればならないので、今日の修理作業は中止だ。
﹁一人の夜か、時間を潰す作業があればいいのだけれど﹂
眠気が薄いのが幸いだ。異世界初日で興奮しているのかも。
ふと気配を感じ、解析魔法で森の奥を探る。
野生動物がかなりいた。中には俺達を狙っているらしい熊まで。
﹁あー、どうしよ。クマとか﹂
ナイフ一本で熊に適うと自惚れてなんかいない。積極的に人を襲
30
う動物じゃないんじゃなかったか、熊って。
手元にある武器はナイフ一本。それと飛行機に搭載されている機
関銃、ただし弾切れ。
考えろ。少女達は逃がすべきか、いや子供の、人間の脚力じゃ熊
からは逃げられない。
威嚇して追い払う? 縄張りに入ったのはこちら、逃げ出すはず
がない。
ガサリ、と木陰から現れる巨体。悩むのも待ったなしか!
あまりの威圧感と不気味さに足がすくむも、後ろにいるのは子供。
迎え撃つ、しかない!
﹁武器、武器⋮⋮そうだ﹂
上着を両手で広げ、襟巻きトカゲのように相手を威嚇する。相手
より大きく見せるのは基本。それでも熊より小さいけど。
﹁うわああぁぁぁぁ!﹂
景気付けに意味もなく叫び突撃。間合いに入る直前、上着を放り
上げて熊の顔を被う。
﹁グマァ!?﹂
﹁熊ってそう鳴くの!?﹂
新発見しつつ懐に入り、唱えておいた呪文の力を解放する。
﹁ふぁ、ファイアー!!﹂
ありったけの魔力を注いで着火魔法を発動する。
31
爆発した。
そう形容して構わないほどの炎の膨張。懐で燃え広がった爆炎に、
熊は悲鳴を上げて仰け反る。
しかし手は緩めない。何度も魔法を繰り返し、徹底的に焼く。
やがて仰向けに倒れた熊の頭部に回り込み、駄目押しとばかりに
延髄側面にナイフを突き刺す。
激痛に舌を飛び出させ呻く熊。しかし分厚い筋肉に阻まれ切っ先
は神経に届かない。
小さな岩を持ち上げ、金槌の要領で打ち込んでいく。
やがて、熊は身動き一つしなくなった。
解析魔法で心臓が停止しているのを確認。
﹁っや、やったぁぁおえぇぇっ﹂
吐いた。
そりゃ吐くだろ。人間より大きな動物を殺したら。
罪悪感や恐怖がぐちゃぐちゃに入り乱れ、声を押し殺して泣く。
﹁⋮⋮大丈夫?﹂
背後からかけられた声に、思わず吐瀉物の残滓で咽せた。
﹁ソフィー⋮⋮!? 起きていたのか?﹂
否定の仕草をして彼女は俺の背中をさする。
﹁ソフィー?﹂
﹁あなたは、怖い人じゃない⋮⋮弱い人﹂
32
そりゃゲロって泣いてたら情けなく見えるだろうけど。君達を守
る為奮闘した努力をちょーっとは評価してほしい。
﹁おとーさんが言ってた。人は弱い動物だから、みんなで暮らすん
だって﹂
人間に限った話じゃない。補食される側の動物は、集まって生存
する可能性を少しでも上げようとする。
﹁貴方は、弱いけどかっこいい人﹂
ぽかん、とアホ面を晒してしまう。
女性に真顔でかっこいいなんて言われたのは初めてだ。
﹁見張りは私がする。寝てて﹂
﹁見張りって言っても⋮⋮﹂
﹁平気よ﹂
マリアまで起きていた。欠伸をかみ殺しつつ、目を擦る。
﹁ふぁ⋮⋮この子、風が読めるもの﹂
﹁風?﹂
魔法だろうか?
﹁まあ、マリアがそういうなら⋮⋮寝かせてもらうよ?﹂
33
﹁ええ、後始末はやっておくわ﹂
後始末?
朝に目が醒めたら、熊が枝肉と成り果てていた。
﹁すげぇ!?﹂
﹁メイドだもの﹂
メイドすげぇ! 動物の解体までこなすのか、メイドって。
死体の処理なんて俺には出来ないし、本当に助かった。
肉ばかりの朝食を済ませ、修理の続きに取りかかる。
﹁そんじゃ、部品取ってくるよ﹂
﹁乗っていた飛宙船があるのに、異世界から来たって主張するのね。
ま、いいけれど﹂ 手を振るマリアと、ソフィー。ソフィーはマリアに手首を握られ
て無理矢理振られているが。
﹁なんか新婚さんみたいだな﹂
﹁貴方の性格、ちょっと解ってきたわ﹂
34
﹁⋮⋮どっちが?﹂
洗ったナイフを手に飛宙船に戻る。
﹁何度も煙が上がってるのに、救援来ないもんだなぁ﹂
なんでも、二人が住む村には飛行機があれ一機しかないらしい。
飛宙船は多数保有しているが、夜間飛行は出来ないだろうとのこと。
危ないしな。
飛宙船から転用可能なケーブルを引っこ抜き、二人の元へと戻る。
﹁︱︱︱なんだ、この音?﹂
耳朶に届いたのは、微かな、重い落下音。
集中してみると、何かが歩いていると気付いた。
﹁まずい、昨日の熊よりよほどでかいぞこいつは!﹂
慌てて野営地に戻り、二人に異常を知らせる。
﹁何か近付いている! 二人とも、飛行機に乗って!﹂
﹁何か⋮⋮って、何が?﹂
﹁知らんが、足音が聞こえるんだ! 早く!﹂
彼女達が乗り込んでいる間に手早く修理を終える。交換するだけ
なら一分かからない。
地鳴りが大きくなっていく。一体や二体じゃない、沢山のデカブ
ツが近付いてやがる!
35
﹁これで飛べるはず︱︱︱﹂
修理完了と同時に、森の木々が吹き飛んだ。
現れたのは熊。しかし体長は五メートルを越え、牙やらツノやら
が生えている。
それが計一〇匹ほど。横一列に並ぶ姿は、さながら津波だった。
﹁どーいう進化をしたんだよ!?﹂
﹁動物じゃなくて魔物よ! レーカ、乗って早く!﹂
操縦席に収まったソフィーの邪魔は出来ない。後部座席に片足を
突っ込み、主翼の支柱に腕を回す。
﹁これでいいや、出してくれ!﹂
始動するジェットエンジン。吸気に髪が引っ張られつつ、機体が
ふわりと浮上する。
本当に垂直離着陸機なんだな、でも高度がなかなか上がらない。
﹁ソフィー、もっと急いで!﹂
﹁出力が低い、上手く飛べない⋮⋮!﹂
舌打ちする。応急処置は所詮応急処置か。
巨体を唸らせ地面を蹴り、かなりの速度で迫ってくる熊。このま
まじゃ間に合わない!
ああもう、しょうがない!
機体から飛び降りて胴体を押す。
36
﹁レーカ!?﹂
﹁浮かんでくれ、後生だ!﹂
俺の重さがなくなったことと、気持ち程度の腕力によるサポート。
だが意味はあったらしく機体は魔物の腕の届かない高さにまで上昇
した。
それを見届け、振り返れば目前にまで迫った熊ども。
逃げても追い付かれる、横列隊形だから回避は不可能⋮⋮
分の悪い賭など大っ嫌いだが、やるしかない!
体長が五メートルもあれば、熊といえど足も長い。その合間をス
ライディングで抜ける!
頭上を過ぎる﹁米﹂。見たくなかった!
べちっと額に尻尾が衝突し、よろけるも駆け出す。
﹁その巨体では急旋回出来まい!﹂
森に入って身を隠しつつ逃げる。これが思い付いた唯一のプラン
だった。
しかし魔物の身体能力は俺の想定を凌駕する。飛行機に届かない
と判断した彼らは足で地面を削りつつ急制動、俺に向けてクラウチ
ングスタート気味に反転する。
﹁なんでそこまで執着するんだよ!? 野郎に追われる趣味はねぇ
!﹂
きっとあいつらが本当のここの縄張りのヌシなのだろう。昨夜の
熊は子分か?
必死に駆ける。もう振り返る余裕もなく、がむしゃらに足を動か
37
す。
正面の森の奥から、別の足音が聞こえた。
﹁挟み撃ち!?﹂
その足音は魔物の熊より重く、早く、そして威圧的だった。
﹁群のボスとか、そういうのか!?﹂
半分泣きつつ足を止めない。
次の瞬間森から飛び出して来たのは︱︱︱
﹁へっ? 鎧?﹂
︱︱︱体長一〇メートルほどの、鋼の巨人であった。
巨人は俺を飛び越え、手にした鉈を振るう。
両断される大熊。突如現れた巨人に、大熊達もさすがに怯んだ。
彼らにとって倍のサイズの敵は、子供が大人に挑むような無謀な
差。
あれほど恐ろしかった魔物が一方的に次々と殺されていく。低い
駆動音を響かせ、フレームを軋ませながら鋼の巨人は暴れ回る。
俺はその様に魅入られていた。
あの機体を動かすパイロットは専門の人間ではない。そんなの、
ちょっと武術を嗜んでいれば判る。
しかしそんな力任せの戦い方であっても、スペックの差は覆せな
い。
振り回す鉈は地面ごと敵を切り裂き、全身を覆う装甲は熊の小さ
な爪ではひっかき傷を付けるのが精々。
戦車以上の小回りと反応速度。こと、接近戦においてはあの巨人
に適う地球の兵器は存在しないだろう。
38
まもなく、全ての大熊は討伐される。
損傷らしい損傷もなく、返り血で一部が赤く染まっただけの巨人。
ストライカー
﹁︱︱︱あれが、人型機﹂
上空を飛行する紅の飛行機と、空飛ぶ船⋮⋮飛宙船。
俺は、ようやく命拾いしたのだと確信した。
﹁でもこれ、戦闘用じゃないよな﹂
人型ロボット=戦闘、なんて公式が頭の中で成立していたが、こ
のロボットは民間用と見た。
﹁背中に作業用のクレーンがあるし、剣じゃなくて鉈だし﹂
周囲をクルクル回って機構を観察する。
﹁油圧、じゃないな。人工筋肉ってやつか?﹂
ロボットの間接部からは妙に有機的なラインが覗いている。サー
ボモーター駆動ではない。
﹁バッテリーか? それともジェネレーターを回して変換している
のか? そもそも電動か? これも魔力で動いているのか?﹂
動力は当然胴体部だろうが、やはり内部構造は外見だけでは把握
39
出来ない。
そうだ! こういう時の魔法だ!
装甲を見つめ集中すると、内部構造が頭に流れ込んできた。
﹁おぉ⋮⋮えろい﹂
機能美を追求し消耗部品を効率よく交換する為の配置。負荷を均
一に均す為の計算されたフレーム。
手足を動かすのはやはり筋肉だ。無機物の物質で構成されており、
年月で劣化はしなさそう。風化はするけど。
とはいえモーター部品がないわけではない。細かな制御は電気仕
掛けだ。
ならばそのパワーはどこから? ケーブルを辿れば大元が存在す
るはず。
﹁くそ、ハッチどこだハッチ﹂
人型機の足をよじ登る。
﹃おい坊主、登ってくるんじゃねぇよ﹄
人型機の頭のあたりから声が聞こえた。
﹁ハッチは⋮⋮頭の付け根か﹂
﹃聞けよ﹄
振り落とされた。
﹁痛い﹂
40
﹃落としたからな﹄
﹁再チャレンジ!﹂
﹃すんな﹄
また落とされた。
﹁なんだよさっきから!﹂
﹃テメェこそなんだよさっきから!?﹄
人型機のパイロットと怒鳴り合う。この野郎、俺の知的好奇心の
暴走を邪魔しやがって!
﹁機械があったらバラしたくなるだろう!?﹂
﹃気持ちは解るが落ち着け!?﹄
ひょいと人型機の指が俺の服の首根っこを摘んで持ち上げる。
﹁畜生! 畜生ぉぉお!! ロボットが目の前にあるっていうのに
ぃぃぃ!!!﹂
慟哭であった。
俺に構わず人型機は歩き始める。俺はブラブラ。
﹃変なことを言う奴だな。坊主、﹁ろぼっと﹂てぇのはなんだ?﹄
41
﹁特定の目的を自己判断によって達成する機械の総称だ﹂
確かこんな定義だったはず。
ちなみにこの定義では自動販売機もロボットである。
ストライカー
お膳立て
﹃じゃあ人型機はろぼっとじゃねえだろ。自己判断なんざしねーよ、
人が乗り込んで一から十まで操作するんだから﹄
﹁ああ、人型ロボット兵器というのはその点でいえば矛盾した言葉
だ。鉄人28号でさえリモコン操作である以上ロボットではないと
いうのに﹂
リアルロボットアニメではロボットという言葉自体出てこないこ
とも多いんだけどな。
﹁で、俺の何が変なんだ? あと放してくれ、いい加減﹂
指が緩んだので手の平に移動する。揺れる揺れる!
ストライカー
﹃人型機の駆動原理に疑問を持ってたろ? 子供だってある程度は
知っているもんだぜ?﹄
﹁知っているのか?﹂
﹃たりめーだ、俺は職人だぜ﹄
﹁メカニックか、道理で動きが力任せなわけだ﹂
本職じゃないんだ、やっぱり。
42
﹃あの短い戦いでそれを見抜いたか、天士として才能があるかもな﹄
褒められた。
﹃こいつの動力は﹃魔力﹄だ。クリスタルから捻出された魔力によ
って無機収縮帯を稼働させ駆動する。けどそれだけじゃない﹄
男は心なしか楽しげな声で説明する。
﹃複雑な制御装置、姿勢を把握するジャイロ、それを頭部に集中し
ストライカー
たセンサー⋮⋮それだけではない、それこそ数え切れないほどの複
雑な技術が絡み合った結晶が人型機だ﹄
﹁全体のシステムが同調して初めてまともに動くって言いたいのか
?﹂
ストライカー
﹃そういうこった。それぞれの働きを理解して、始めて人型機の整
備作業が出来る。けれど最近はそんな込み入った専門知識をもった
技術者も減っちまってな、素体のポテンシャルに頼り切った3流も
多い。嘆かわしい限りだ﹄
ハードルというか、志が高いんだなこの人。
村に辿り着いた人型機。
43
﹁そんじゃあな、俺は帰るぜ﹂
﹁ええ、ありがとうございました﹂
人型機のパイロットであった髭もじゃ、たぶんドワーフの男性は
ソフィーの母親に挨拶をした後に早々に飛宙船で村を出て行った。
彼はたまたま村を訪ねていた知人らしく、墜落し行方不明となっ
ていたソフィーとマリアの捜索に滞在予定を延長して参加していた
らしい。
ソフィーの父のガイルとやらは、飛行機の整備不良の罰として後
始末に奮闘している。子供二人が危険に晒されたのだ、そりゃ怒ら
れる。
ただいま捜索に参加した人々にお礼として熊の肉を配り歩いてい
るらしい。あんな大量の枝肉を持っていても困るので、買ってもら
ったのだ。
﹁この度は本当にありがとうございました、レーカ君﹂
村の出入り口にて、俺は絶世の美女に頭を下げられていた。
白銀の髪は腰まで伸び、瞳は娘と同じ深いブルー。そう、ソフィ
ーの母親のアナスタシアだ。
﹁え、えっと、いいっすよ! 女性を守るのは当然の義務です!﹂
しどろもどろ。こんな美人に見つめられて平静でいられるはずが
ない。
じっと俺を見つめるアナスタシアさん。
﹁ほ、惚れてまうやろー!﹂
44
なに言ってんだ俺は。
﹁ふふっ、私の娘なんてどう? 貴方のこと、ちょっと気を許して
いるみたいだし﹂
あれで気を許しているのか、避けられっぱなしに思えるが。
ソフィーも将来は美人になるのかな。それを踏まえると、彼女が
俺に気を許しているというのが実に朗報に思える。
夫人は俺を見、ややおいて首を傾げた。
﹁貴方は、帝国の人ですか?﹂
﹁いえ、住んでいた場所はむしろ共和国⋮⋮あれ、どっちなんだろ
?﹂
日本は制度的には共和国だけど、天皇家があるから王国? うー
む。
﹁とにかく、帝国と呼ばれる国ではありません﹂﹁そう。ごめんな
さい、少し勘違いしてしまいましたわ﹂
なんのことだろう?
﹁マリアちゃんから聞いています、異世界から渡ったばかりで、旅
立ちの道具が欲しいのですよね?﹂
﹁あ、えっと。これといった目的はないので、しばらく村に滞在し
てからと思っていますが﹂
45
アナスタシアさんはしばらく悩み、こう問いかけた。
﹁旅立つのは決定事項かしら?﹂
﹁そういうものかな、って⋮⋮定住したら異世界に来た甲斐があり
ませんし﹂
ただ、不安要素があるのも事実。魔物に殺されかけた俺が、旅な
んて出来るのだろうか?
﹁なら私達の家で働くというのはどうかしら?﹂
そう彼女が提案し指差したのは、丘の上の豪邸。
﹁城?﹂
﹁屋敷よ、あそこに住んでいるの﹂
いや、ほとんど城だろう。外壁こそないが、あんな立派な洋館は
見たことがない。
﹁使用人として雇われれば、この世界のことを学べる上に給料も貯
金出来るわ。三食寝床付きだから色々お得よ?﹂
うっ、ホームがレスな身としては凄く魅力的なお誘いだ!
﹁使用人の仕事とか、よく解りませんし⋮⋮﹂
﹁おいおい覚えていけばいいわ。それに、娘達の命の恩人を無碍に
は出来ないもの。ねっ?﹂
46
﹁そ、そのっ﹂
度を超えた美人は微笑むだけで、相対する男の心を掻き乱してし
まわれるらしい。
まったくけしからん! けしからん微笑み頂きましたありがとう
っ!
⋮⋮そうだ。ロリ神は、白い姫の側にいろと言っていた。
現時点で該当するのはソフィーとアナスタシアさんの母娘。この
お誘い、側にいる口実として最適じゃないか?
彼女達のどちらかが白き姫だとして、姫を助けるのは神との約束
だ。それを違えるわけにはいくまい。
決めた。予定無期限で、あの屋敷の使用人をしよう。
﹁お話、お受けします。よろしくお願いします﹂
﹁はい。よろしくお願いします。じゃあ早速屋敷の皆と挨拶しなく
っちゃ﹂
手を掴まれ軽やかに草原を登る。手が柔らかくって、思わず赤面。
﹁もうソフィーとマリアちゃんは知っているから、あとは私の夫の
ガイルと、マリアちゃんのお母さんのキャサリンね。大丈夫よ、夫
はいい加減な子供みたいな人だしキャサリンも根は優しいから﹂
微妙に不安になることを聞き流しつつ、俺は異界の故郷とも呼べ
る場所となる屋敷を目指す。
丘の上には着替えたソフィーとマリア。手を振る彼女達に返礼。
﹁走りましょう!﹂
47
﹁ちょ、元気ね、もう﹂
アナスタシアさん、いや雇い主なのだから⋮⋮アナスタシア様?
を逆に引っ張り、駆け出した。
﹁⋮⋮良かった、まだ村にいたんだ﹂
﹁お母さんが料理を用意しているから一緒に食べましょ!﹂
﹁ああ、ご馳走になるよ、ソフィー、マリア﹂
ここは異世界セルファーク。共和国と帝国の狭間の田舎村、ゼェ
ーレスト。
人口僅か一〇〇人ほどの小さな村から、物語は始まる。
48
白き少女とメイドの少女︵後書き︶
見たとおり、大幅改訂。物語の流れがグダグダだったのをシェイ
プアップしました。
あとは、ソフィーとマリアがダブルヒロイン的なポジションとい
うことでそれを強調。
49
白き美女とメイド美女
ゼェーレスト村。
そう呼ばれるここは、人口一〇〇人以下の小さな村だ。
この異世界セルファークには大国が二つ存在し、このゼェーレス
ト村は丁度その中間に位置する。
戦争が起こるたびに両国を行き来するも、村に戦略的価値が皆無
な為、行き来する﹃だけ﹄。
かつてなにかのきっかけで興り、発展することもなく消滅するこ
ともなく漫然と存在し続けた村。
もはや、住人ですら今現在どちらの領土だったかを把握していな
い、そんな土地である。
主産業は麦と芋。その他、育てやすい野菜を中心に農業主体。
肉は猟師が狩ってくるが、全体から見ればやはり草食主体な食生
活。
そんな村近くの丘の上に、不釣り合いに巨大な屋敷があり。
俺はその屋敷の倉庫を貸し与えられ、異世界での不慣れな生活を
始めたのだった。
屋敷で働く運びとなった俺だが、それはあくまでアナスタシア様
の独断。
説明兼改めて自己紹介は必要とのことで、腹拵えの後に住人は屋
敷のリビングへと集結していた。
50
煌びやかな調度品が並ぶ室内はどこの貴族だと問いたいほど絢爛
であり、それでいて嫌味さはない。
いや、あるいはただの金持ちではなく、本当に貴族か?
﹁どうしたの?﹂
﹁いえ、文化の違いは大きいなとつくづく感じまして﹂
日本の現代文明で生きてきた俺がヨーロッパ的な中世文明の一般
人として振る舞うのは、ハードルがあまりに高過ぎた。
﹁ピンとこないのだけれど、貴方は別の世界の人間なのね?﹂
そう俺に改めて確認してくるのは、真っ白な婦人、アナスタシア
様。
その傍らでは母親のドレスにしがみ付く、婦人の娘のソフィー嬢。
ツインテールが愛らしい、将来が楽しみな少女である。
あと家主で夫人の夫のガイル。
﹁俺だけ適当じゃないか?﹂
﹁気のせいだろう﹂
仕方がないのでもう少し解説すると、この男はガイル。婦人の夫
でソフィー嬢の父親である。
ソフィー嬢が一〇歳なので夫妻は三〇前後? 見えねぇ、ハタチ
で通じる。
夫人に下僕宣言した俺は、とりあえず丘の上の屋敷まで連れられ
て事情聴取された。
そして色々と疑われた次第である。
51
﹁当然、だろうなー﹂
再び溜め息が漏れる。俺だって異世界から来ました、なんて言葉
を発する奴はまず信じない。
﹁残念だが、違和感は凄いぞ﹂
ガイルが駄目出ししてきやがった。
﹁黒アリの中に白アリがいるくらい経ち振る舞いが奇妙だ﹂
変な比喩だった。
﹁それで、結局俺は下僕にして頂けるのですか、アナスタシア様?﹂
若干下僕という単語に興奮を覚え始めた感がある。
﹁下僕というのはやめろ、娘に悪い影響がある﹂
まあ、確かにそうかも。美少女は健やかに成長してほしい。
﹁ならば犬とお呼び下さいソフィー嬢﹂
恭しく頭を垂れる。
﹁伏せだ、犬﹂
ガイルに脳天踵落としされた。
52
﹁ぐはっ﹂
この男、大人げねぇ!
﹁おとーさん、怖い﹂
﹁ぐはっ﹂
ガイルは娘から痛恨の一撃を受けていた。
﹁くけけ、ざまーないなオッサン﹂
人に割と容赦なく踵落としした報いだ。
﹁誰がオッサンだガキ﹂
耳を引っ張り上げられる。
﹁痛てぇよ﹂
オッサンの頬を引っ張ってやる。
﹁痛い痛い!﹂
涙目のオッサンとか誰得。
﹁なにが痛いだ畜生! 俺だって男の顔なんて触りたくないっ!﹂
﹁ガキッ! ガキ!﹂
53
﹁オッサン! オッサンッ!﹂
言い合いをしていると頭上に影が。
﹁空飛ぶ円盤?﹂
円盤もとい、タライが落ちてきた。
﹁あぎゃ﹂
﹁のぅお﹂
視線を上げると、そこにはメイド服の女性。
﹁ほれ旦那様、お客様、まずは座れ﹂
やたら貫録のあるメイドだった。
﹁いや、こういう生意気な餓鬼はな⋮⋮﹂
﹁いやいや、こういうリア充に情けなど⋮⋮﹂
タライ再び。
﹁あべし﹂
﹁のヮの﹂
あ、頭がグラグラする。馬鹿になったらどうする気だ。
54
﹁いいから座りな、馬鹿共様﹂
この人﹃様﹄を付ければメイドとしてOKとか思ってないだろう
か。
﹁アンタは仕事と住み家が欲しいんだろう? なら殊勝な態度をポ
ーズだけでもとっときな﹂
﹁ポーズだけでいいのですか?﹂
心から仕えろ、というのがメイドの嗜みだと思っていたが。
ちなみに、メイドさんは気が強そうだが美人なので丁寧な対応と
なる。
﹁生意気な餓鬼っていう旦那様の見立ては間違ってなさそうだから
ねぇ﹂
﹁こんな素直な子供もそういないぜ﹂
親指を立てて歯を光らしてみる。
﹁うさんくさい﹂
ソフィーにジト目で見られた!
俺は所詮、中身はいい大人だ。正真正銘一〇歳児の無垢な瞳は、
正直キツイ。
年齢が逆行していることも話して問題ないといえばないのだが⋮
⋮それにロリ神に関しても話していない。さすがに残念な人扱いは
されたくはない。
そして、俺の評価だが。
55
﹁上辺だけの誠意なんて生ゴミほどの価値もないよ。そういう意味
ではアンタのこと、嫌いじゃないね﹂
ツンデレかっ!?
﹁女にだけ紳士的なその態度、ある意味男らしい﹂
﹁惚れるなよ﹂
﹁で、どうすんだい旦那様? 娘の命の恩人らしいし、私としても
雑には扱いたくないんだけれど﹂
このメイド実はガイルより偉いだろ。って、娘?
﹁そうだな、放り出すのもなんだし⋮⋮お前、なにが出来る?﹂
﹁それは︱︱︱貴様が決めることだ﹂
眼光を光らせ、鋭く、カッコよく言ってみた。
殴られた。
﹁お前、なにが出来る?﹂
﹁なんでもやらせて頂きます﹂
56
暴力反対。
﹁あなた?﹂
底冷えするようなアナスタシアの声であった。
﹁元はといえばあなたの整備がいい加減だったせいで、子供達が危
険に晒されたのよ? 助けてくれたレーカ君に暴力を振るうのはい
かがかしら?﹂
﹁お、おう、すまない﹂
そうだそうだ、とまくし立てる気も起きないような怒気。多くの
夫婦の例に漏れず、この家も女性が強いらしい。
﹁⋮⋮ならとりあえずマリアの手伝いでもさせようかね。ああ、勿
論高い品物の手入れや、入っちゃいけない部屋の掃除なんかはやら
せないから﹂
﹁ええ、お願いねキャサリン﹂
メイド様はキャサリンというらしい。マリアってことは、やっぱ
り彼女の母親なのかこの人。
﹁しかし異世界、か⋮⋮帝国の書庫ならなにか判るか?﹂
ガイルが顎に手を当て思案する。
﹁調べましょうか? 帝国にはまだ知り合いがいますし﹂
57
﹁いえいえ、別に帰ろうとも考えてませんし!﹂
慌てて手を横に振る。
﹁えっ? 帰りたくないの?﹂
﹁ええ、あー、そうですね。なんだか不思議と思い出さないんです
よね。日本に帰りたい、って﹂
新しい肉体が既にある程度成長しているのは、転生なのかトリッ
プなのか。
そもそも向こうではどのようになっているのだろう。死体が残っ
ているのか? 忽然と消えたのか?
﹁故郷には家族や友達がいるのよね?﹂
﹁ええ、そうなんですけれど⋮⋮﹂
﹁そう⋮⋮﹂
なんとも言い難い沈黙。
本当に、寂しくないのだ。︱︱︱きっと、目まぐるしく変化する
状況に戸惑いの方が大きいのだろうけど。
けどそれはそれでありがたい。男は人前で涙を見せたくない生き
物だ、たぶん年齢に関係なく。 昨日女の子二人にさっそく見られた気もするが。
﹁今日は屋敷の案内だけしとくよ。明日からはキリキリ働きな﹂
﹁承知しました、キャサリン様﹂
58
﹁アタシに様はいらないよ﹂
﹁解ったよ、キャサリン﹂
踏まれた。
やっと回想終了、人型機のコックピットで目を覚ましたところか
らである。
そんなこんなで始まった異世界生活。顔を洗う為に井戸へ近付く
と、そこには先客がいた。
﹁おはよ﹂
﹁あら、おはよう﹂
振り返る茶色い髪のメイド少女。
﹁どう、この屋敷での生活はやっていけそう?﹂
﹁ぼちぼちでんがな﹂
﹁でんがな⋮⋮?﹂
59
﹁故郷の言葉だ﹂
嘘ではない。
﹁ふ∼ん、そういえばレーカはどんな国の生まれなの?﹂
﹁周辺国からは黄金の国と呼ばれていたな﹂
﹁黄金!?﹂
﹁ああ、そしてニンジャと呼ばれる暗殺集団が闊歩し、サムライと
いう剣豪達が戦っている﹂
﹁ぶ、物騒な国なのね﹂
﹁その通りだ。ちなみにニンジャもサムライも鉄を砕き切り裂いて
見せるから、俺の国では鎧が発達していない。無意味だからな﹂
﹁黄金でニンジャでサムライ⋮⋮﹂
適当にからかいつつ井戸の汲み上げポンプに体重をかける。
﹁私が先に使っていたんだけれど﹂
横入りするなと抗議するマリア。
﹁女性に力仕事を任せるわけにはいくまい﹂
ポンプが水を吐き出し、マリアが用意した桶に水が注がれる。
60
﹁代わりにやってくれるの?﹂
俺は女性を大切にする主義だ。なぜなら︱︱︱
﹁紳士だからな﹂
﹁⋮⋮まあ、感謝はしとくけど。ほどほどにお願いね、﹃自分の役
割は自分で果たせ﹄ってお母さんに怒られそうだから﹂
このマリアという少女が、キャサリンさんの娘なんだよなぁ。
言われれば面影があるような気もしなくもないが、性格はずっと
穏やかだ。新入りの俺にも優しいし、ソフィーも姉のように慕って
いる。
今年で一三歳、身長でいえば見上げるくらいだがやっぱりところ
どころで子供だと感じる。
日常業務の先輩であり、この屋敷の見習いメイド。
可愛いよね、メイド服。
﹁自分の部屋の掃除が終わったら朝食で会いましょう。ありがとね、
汲んでくれて﹂
﹁おう﹂
マリアの後姿を見送り俺も水を汲む。キャサリンさんは抜き打ち
で部屋を片付けているか検査してくるらしいから油断出来ない。
61
自室の倉庫を手早く掃除して、身支度を整える。
掃除するのは部屋の半分。もう半分は元々あった荷物やガラクタ
で壁となっている。これでも一方へ押し退けてようやく生活スペー
スを確保したのだ。
﹁寝てるときに崩れてきたら、助かんないだろうなぁ﹂
木箱の壁を見上げつつ呟く。異世界トリップしてガラクタで圧死
! とかつまらな過ぎる。
俺に与えられた雑用を幾つかこなし、頃合いに屋敷を調理場入口
から入ると丁度使用人達の朝食準備が終わったところだった。
食器を並べていた女性、キャサリンさんに頭を下げる。
﹁おはようございます﹂
﹁あいよ、おはよ﹂
なんというか⋮⋮
﹁今日も麗しく男らしいですね﹂
﹁飯いらんのかい?﹂
褒めたのに!
ガビンと口を開けていると、先に到着していたマリアが料理を運
びつつ肩を竦めていた。器用だ。
ちなみに使用人はキャサリンさん、マリア、俺の、ここにいる三
人だけ。
新人である俺は当然として、見習いメイドのマリアも労働力とし
ては半人前。実質キャサリンさん一人で屋敷を切り盛りしていると
62
かパネェっす。
屋敷の住人の食事準備もこなすキャサリンさんだが、この人が一
番早起きだ。
次にアナスタシア様とガイルが目を醒ます。ついでに一緒に寝て
いるソフィーも目覚める。
しかしソフィー嬢は朝が弱く、しばらくベッドの上から動けない
らしい。見てみたい。
そして俺とマリアが起床する。目を醒ますのはソフィーの方が先
だが、活動を開始するのはほぼ同時刻。
キャサリンさんが朝食の準備を終えた頃に夫妻は身支度を終え、
ソフィーも婦人の手を借りて着替える。
そして皆で朝食、という流れだ。
﹁おはよう、レーカ君﹂
﹁ほら、あんたも座りな﹂
﹁あ、はい﹂
全員が席に付き、口上を唱和する。
﹃母なる蒼月の祈りよ。娘たるセルファークの意志よ。今日もまた、
我らが旅路をお見守り下さい﹄
いわゆるお祈りってやつだ。宗教的なものかと思ったが、訊けば
慣習的なものらしい。
﹁セルファークってのは世界の名前なんですよね?﹂
スープを啜りつつ訊ねる。使用人達の食事は家主一家と同じメニ
63
ューだ。
なんでもランクダウンしたものを作り直すよりまとめて仕上げた
方が楽だそうだ。そりゃ、俺が来る前は三人分を五人分にするだけ
だしな。
﹁そうよ、あとは神様の名前でもあるわ﹂
口を拭きつつ答えるアナスタシア様。
﹁宗教的なものではないんじゃ? そう聞きましたが﹂
﹁神様と宗教は別でしょう?﹂
マリアが首を傾げる。
﹁神様と宗教は別?﹂
文面をそのまま繰り返すと、キャサリンさんが娘の後を引き継い
だ。
﹁そりゃ神様は信仰とは無関係に存在するんだし、別物だろ?﹂
﹁⋮⋮実在するのか、神様﹂
そりゃロリ神と話したけどさ。この世界ではそんなに人と神が密
に接しているのか?
﹁お前の世界には神様いなかったのか?﹂
ガイルがフォークに刺さったソーセージを揺らし、夫人にぺしっ
64
と手を叩かれた。
﹁み、見たことはないが﹂
いなかったよな? いないよな? キリストとか。
キリストって神様だっけ?
そもそもロリ神は地球とセルファークどっちの神様なのだろう。
﹁宗教はあるんだよな﹂
﹁あるね、神やら精霊やらを崇めてるよ﹂
キャサリンさんは信仰に無頓着のようだ。
﹁崇めて見返りがあるの?﹂
﹁さてねぇ、あいつらは排他的だし。あやしい魔術やら神術を使う
って聞いたこともあるけど。知りたきゃアナスタシア様に訊きな﹂
アナスタシア様万能説。
﹁あまり深いことは知らないのよ、私も。表面的なことは本を貸す
ことも出来るけれど、あまり込み入ったことは国家機密に該当する
から話しにくいしね﹂
なんで国家機密とか知っているんですかアナスタシア様。
65
朝食の後はまた掃除だ。掃除、掃除、掃除⋮⋮
掃除以外の仕事をさせてもらっていない。そりゃ料理なんて出来
ないけどさ。
洗濯くらいならと申し出たのだが、洗濯機なんて存在しない。飛
行機があるのに納得出来ん。
そうでなくとも家主親子の衣類は高級品なので、この先も洗濯を
任せてもらう機会はないとか。
別にアナスタシア様やソフィー嬢の洋服を⋮⋮なんて思ってない
ぜ。本当だぜ!
﹁なにニヤニヤ笑ってるのよ﹂
不審気な目でマリアに見られた。
ただいまマリアと一緒に廊下の掃除中である。
﹁⋮⋮⋮⋮ふっ﹂
﹁答えなさいよ﹂
ハタキで叩かれた。
﹁仕事に関わる考え事だよ、もっと別の仕事も出来るようになれれ
ばなって﹂
どうだこの爽やかな切り返し!
﹁どうせソフィーの服の洗濯とかしたいなぁ、とか考えてたんでし
ょ﹂
66
﹁なぜばれた?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹁へんたい﹂
少女に変態呼ばわりとか。
﹁ありがとうございます﹂
頬を引き攣らせて後退していった。なにか気に障ることを言った
だろうか。
マリアが沈黙のまま仕事に戻ったので、俺もそれに習う。
精神年齢はこちらが上なのだ。仕事で劣り続けるのもささやかな
プライドが傷付く。
見ろ、この神速の掃除技術︱︱︱!
﹁仕事が雑になってるわよ﹂
﹁すいません﹂
﹁はぁ、年上の面目がなぁ﹂
67
ソードシップ
せきよく
中庭で飛行機の紅翼を眺めつつ溜め息を吐く。
昼食後の遊び時間。子供は自由時間の多さでも、大人より優遇さ
れている。
マリアは麓の村まで遊びに出ているそうだが、俺は大抵ここで紅
翼を眺めていた。
人型機は村の正面に停めてあるので、ちょっと遠いい。昨晩は我
慢しきれずコックピットで寝てしまったが。
﹁仕事って奥深いな、メイド舐めてた﹂
時間的に大して働いてもいないのに、体はくたびれてしまってい
る。
肉体が子供に戻ったのも、自身の体力に釈然としない理由の一つ
だと思うけど。
体を解そうと思い立ち、おぼろげな記憶に従いラジオ体操の真似
事をする。
﹁ん?﹂
中庭を取り囲む半開放式の回廊、その柱の一本に白い影が横切っ
た⋮⋮気がする。
注視していると、柱の背後から白い髪が覗いていた。
高さは一メートルほど。アナスタシア様がしゃがみ込んでいる可
能性もあるが、まあ普通に考えれば⋮⋮
﹁ソフィー嬢か?﹂
片方だけはみ出ているツインテールが跳ねた。俺に用事だろうか?
ソフィーは午前は自室でお勉強の時間、午後は自由な遊び時間と
68
なっている。教師は母親だ。
貴族って、娘の世話を自分で行うイメージないけど。教育係とか
お世話係とかさ、娘専属でいるもんじゃないか?
使用人は実質一人だし、そもそもこの人達が貴族なのかも断定出
来ていないのだがな。
回り込んで捕まえようかと思ったが、遭難以来ソフィー嬢はひた
すらに俺を避け続けた。本気で逃げられたらショックなので腰を据
えて待つ。
こうなったら持久戦だ。土の上に正座してソフィー嬢の隠れた柱
を睨む。
ソフィー嬢が少し頭を出して、正座した俺を見てビクリと震えた。
さあ、こっちは文字通り待ちの姿勢だ! 来い! 来い!!
そろそろと近付いて来るソフィー嬢。最初より怯えた様子なのは
きっと気のせい。
﹁あたま﹂
頭?
そんな、体の部位を単語一つで言い表されても。名詞オンリーと
か難易度高い。
とりあえずソフィー嬢の頭を撫でてみる。
﹁⋮⋮むぅ﹂
顔を赤く染め上目使いで睨まれた。ハズレか。
ソフィー嬢が俺の眼前に手の平を翳す。
ちっちゃな手だ。自分のそれと重ね合わせてみる。
子供となった俺の手は、彼女のそれより少し大きいだけ。
﹁⋮⋮むぅぅ﹂
69
これもハズレのようだ。この小さなお嬢様はなにがしたいのだろ
う?
﹁あたま﹂
手の平にあたま。
﹁頭﹂じゃなくて﹁あたま﹂なのがポイントだ。
というか、もしかして。
少し屈んで頭を差し出す。
︱︱︱撫でられた。
あまり気持ち良くない。
ソフィー嬢は撫でるより撫でられる機会の方がずっと多いだろう
しな。
しかし羞恥を堪えてひたすら手を動かし続ける少女を至近距離で
眺められるのは何者にも代え難い特権ではなかろうか。
それに頭を撫でるのって、それ自体はさして心地よいものでもな
いんじゃないか?
こう、なんていうかさ、無防備に頭を差し出す信頼感?
うん、なんかいい。物理的じゃなくて精神的に気持ちいい。
﹁あー。ソフィー嬢?﹂
﹁ソフィー﹂
ガシガシと頭を撫で続けるソフィー嬢。髪が引っ張られて痛い。
髪質悪くてごめんなさい。
﹁私、ソフィー。ソフィージョーなんて名前じゃない﹂
70
嫌だったのか。まあ慣れない呼ばれ方って気になるよな。
﹁ソフィー様はいいのか?﹂
キャサリンさんはそう呼んでたが。
﹁貴方はキャサリンさんじゃない﹂
⋮⋮そうじゃない。
ピンときた。これは愛称呼ばれ方云々の話じゃない。
ただの口実だ。
﹁俺と仲良くしたいのか?﹂
﹁∼∼∼∼!﹂
横に往復していた手が上下運動に変わった。
﹁いてっ、やめ、叩かないで﹂
正座して美少女に頭を叩かれる俺。
なにこれご褒美?
しばしのご満悦タイムの後、疲れて腕を下ろしたソフィー嬢⋮⋮
ソフィーに問う。
﹁それで、なんで俺の頭を撫でてくれたんだ?﹂
﹁落ち込んでた﹂
誰が? 俺がか?
71
﹁落ち込んだ時、おかーさんが撫でてくれるから﹂
﹁⋮⋮確かに仕事がうまくいかなくて意気消沈してたかもしれない
けど、君に心配されるほどだったか?﹂
﹁ソフィー﹂
意地でも名前を呼ばせたいらしい。
﹁最初から落ち込んでた﹂
﹁最初?﹂
﹁会った時﹂
そういえば、あの晩も背中を撫でられたっけ。
でもあれとは別だろう。もっと、根本的な⋮⋮
﹁間違いだった?﹂
﹁間違い⋮⋮じゃ、ないかも﹂
異世界に来て悲しいと思ったことはない。
ただ、寂しいとは感じ出していた。
きっとこの心に空いた穴は、これからどんどん大きくなっていく
んだろうな。 ﹁や、ごめん、間違いだ。全然平気だし。男だし﹂
72
でもやっぱ、こんな小さな少女に弱いところは見せられない。
﹁そうなの?﹂
﹁そうなの﹂
ただ、だから、今はこの言葉だけを送ろうと思う。
﹁ありがとう﹂
急に現れた得体の知れない男を慰めてくれた、優しい少女に感謝
したい。
﹁ありがとう、ソフィー﹂
数瞬の間が流れた。
⋮⋮変なこと言ったか?
硬直したソフィーの前で手を左右に振る。
﹁あう﹂
茹でタコのように真っ赤に染め上がり、挙動不審に周囲に視線を
巡らせる。
﹁ち、ちがうの、そうじゃないの、あれなの、ああいうの﹂
どういうの?
﹁きゃうぅ﹂
73
一目散に逃げてった。
あれか、急に自分がやっていることに気付き、我に返ったのか。
﹁気が向いたら﹂
去りゆく小さな背中に声をかける。
最初以降、彼女に名を呼ばれたことがないことを不意に思い出し
たのだ。
﹁気が向いたら︱︱︱﹂
だが聞こえなかったのか無視されたのか、ソフィーは足を止める
こともなく屋内へのドアへ消えていった。
届かぬと知りつつも、言葉を続ける。
﹁︱︱︱俺の名前も呼んでくれ﹂
と、思ったらドアの隙間からひょっこりと顔を出して小さく呟い
た。
﹁⋮⋮レーカ﹂ モグラ叩きのように機敏に頭を引っ込めて、タタタタタと走り去
っていくソフィー。
俺は開きっぱなしのドアのスリッドから、揺れる白髪を見続けて
いた。
﹁なにあれかわえぇ﹂
今日はこの屋敷のお嬢様と少しだけ仲良くなれた。
74
まやま れいか
真山 零夏、異世界3日目の昼の出来事である。
75
白き美女とメイド美女︵後書き︶
NGシーン
何がしたかったのか作者自身解らないボツ。
﹁グズと呼んで下さい﹂
今日も今日とて仕事を完遂出来なかった俺は、廊下でたまたま出
会ったソフィーの前で正座していた。
﹁ぐ、ぐず?﹂
困惑するソフィー。
だがしかし、俺は更なる罰を所望する。
﹁もっと﹂
﹁ぐずっ﹂
戸惑いつつも、振り絞る感じがラブリー。
﹁もっと! MOTTO!﹂
﹁ぐずっ、ぐずっ!﹂
76
つい調子に乗ってオカワリを催促する俺に、ソフィーも自棄にな
ってきた。
﹁イイ! イイヨ! モット、モットオネガイ!﹂
﹁愚図!!﹂
なんで私こんなことしているの、と彼女の顔にはありありと浮か
んでいる。
﹁フヒヒィ! アリガトーウ!﹂
THE☆開眼
﹁いやあぁぁ、おかあさーん!﹂
泣いて逃げられた。
ガイルに殴られた。
キャサリンさんに踏み躙られた。
アナスタシア様に困った顔で注意された。
アナスタシア様の説教が一番堪えた。
77
紅の翼と娘バカ
﹁ふふ﹂
思わす声が漏れる。
﹁やっぱり可愛いな、お前は﹂
俺は柔らかいラインを描く彼女に触れる。
﹁綺麗だ。お前は本当に美人さんだ﹂
真っ赤に染まった彼女。俺は優しく指をなぞらせる。
﹁︱︱︱脱がすよ﹂
一つ一つ、留め金を外す。焦らすように、そっと。
﹁心配しないで。お前の華奢な体を、壊したりなんかしないから﹂
繊細としか形容不可なそれは、正しく芸術品。
傷付けるなど、許されるはずがない。
﹁少し開いてみようか﹂
そっと腕に力を籠める。
微かな抵抗を覚えつつも、彼女は大事な場所を俺に晒した。
⋮⋮息を飲む。
78
﹁綺麗だ﹂
目を見開き凝視する。
﹁綺麗だ。︱︱︱綺麗だ﹂
うわ言のように繰り返す。
﹁指、入れるよ﹂
複雑に絡み合うそこを確認するように、静かに指先を進める。
せきよく
﹁ああ、凄い。凄いよ︱︱︱紅翼﹂
﹁お前はさっきからなにを言っているんだ﹂
横槍の声に振りかえれば、ガイルが怪訝な目を俺に向けていた。
﹁なにって、そりゃ﹂
俺は目の前を見る。
﹁エンジン整備﹂
ソードシップ
只今、ガイルに付き添って飛行機の整備中。
解析の魔法で機体内部を解析すれば、専門的な知識がなくとも機
械の整備が出来ると気付いた時は狂喜乱舞のあまりコサックダンス
を踊ってしまった。
細やかな情報まで頭に流れ込んでくるので処理しすぎると頭痛を
79
催すのだが、トラブルの箇所や解体の手順、果ては実働させた場合
のシミュレートまで頭の中でこなせるのだ。素晴らしい。
いやしかし、エンジンカウルの中ってエロいです。
﹁⋮⋮あ、そうだ﹂
俺は常々疑問だったことを単刀直入に訊いてみることにした。
﹁ガイルって所謂﹃働いていない系﹄の人?﹂
ニート
﹁働いてるよ誰が自宅警備員だバカヤロウ﹂
ソードシップ
﹁そうなのか? いっつも家にいるし、たまに出掛けると思ったら
村に買い物しに行くだけだし、飛行機でアクロバット飛行して遊ん
でるし﹂
﹁フライトが仕事だとなぜ推測しない﹂
曲芸飛行
﹁アンタは仕事の帰りにアクロかますのか?﹂
そもそも空飛ぶ仕事ってなんだ。
﹁いいだろ別に。あんなもん曲芸飛行に入るかよ﹂
﹁中庭へのアプローチにコブラで減速しつつ高度を下げる変態は言
うことが違うな﹂
紅翼がウイリーしながら降りてきた時は開いた口が塞がらなかっ
た。無意味に危ないことすんな。
80
﹁で、結局何の仕事をしてるんだ?﹂
﹁自由天士﹂
なにそれ。
﹁フリーのパイロットってことだよ﹂
﹁臨時の雇われパイロットってこと?﹂
﹁そういう意味合いもあるが、広義では軍に所属していないパイロ
ット全般を指す言葉だ。民間商会や航空事務所と契約しているパイ
ロットもフリーに分類される﹂
民間商会や航空事務所、まあなんとなくどんな組織かは判る。
﹁ガイルはそういう場所から仕事を斡旋してもらっているのか﹂
通りで不定期に外出するわけだ。
﹁いや、俺は事務所にも所属していない。個人で活動している﹂
思わずガイルを見やる。
必然的に見つめ合う俺とガイル。
﹁⋮⋮なんだ、その憐れむような目﹂
﹁友達いないんだ﹂
﹁待て。なぜそうなる、友達くらい︱︱︱﹂
81
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
ガイルはしばし逡巡し、
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
俺を指差した。
﹁うわ﹂
とりあえず、指先の延長線上から避けた。
﹁ないわー。圧倒的子供をダチ呼ばわりとかないわー﹂
﹁うっせ。仲のいい仲間は前の戦争でみんな死んだんだよ﹂
﹁戦争なんてあったのか?﹂
﹁ああ、とびっきり酷いのがな﹂
ガイルの顔に影が差したのを察し、話題を変える。
﹁なんにせよないわー。出会ったばっかの異世界出身者を友達とか
ないわー﹂
﹁むしろお前の厚かましさが驚きだ。世話になってる家の家主にな
んでそんなにフランクなんだ。場の空気は歳不相応に読める奴なの
に﹂
82
﹁おや、そんな評価だったのか?﹂
ガイルからはてっきりただの馬鹿扱いされてるとばかり。
﹁馬鹿扱いは大前提だが﹂
さよか。
アナスタシア
﹁ナスチヤには一線を引いて接しているだろ、身分とかそういうの
を考慮して。大人とは言い難いがガキとも思えん﹂
頭脳は大人、体は子供!
﹁とにかくなんでそんな対応なんだ。別にいいけどよ﹂
﹁だってガイルだし﹂
モンキーレンチで殴られた。
﹁てめぇ、刑事ドラマ殺人凶器出演ランキング8位︵暫定︶のモン
キーとか下手すれば殺人沙汰だぞ﹂
鈍器のような物といえばこれ。
栄光の1位は当然包丁だな。
﹁まあ仕事をしているのは理解したけどさ﹂
頭を撫でながら地球の歴史を思い返す。
﹁でも楽じゃないだろ、それ。国家とか民族とかくだらないスポン
83
サーをしょって飛ぶしかないんだ、って昔のイタリア人は言ってた
ぞ﹂
﹁どこだよイタリアって﹂
ソードシップ
飛行機は維持にも運用にも莫大な予算を必要とする。それはきっ
と飛行機でも変わらない。
ソードシップ
﹁金持ちの道楽ならともかく、個人が仕事として飛行機を運用する
のは無茶じゃないか?﹂
例えこの世界の航空機が垂直離着陸を可能とし、大規模な施設を
必要とせず使い勝手がいいとしても、だ。
地球で個人が自由に空を飛べたのは飛行機発明黎明機から第二次
世界大戦まで。航空法が完成しておらず色々といい加減だった時代
に、個人の資産で扱えるしょぼっちい飛行機を乗り回すだけだった。
現代ではそうはいかない。空は狭くレーダーという金網で覆われ、
無限に続くように見える水平線もまた、国境という柵で囲まれてい
る。
この時代、小さなラジコン飛行機すら下手に飛ばせば怒られる。
飛行機の操縦桿を握りたければ自衛隊に入隊し首輪を付けるしか
ないのだ。その場合でも命令という束縛によって自由な空など望め
ない。
本当の意味で空を楽しみたければ、よっぽどの金持ちになるくら
いしか手段はない。
てんし
﹁⋮⋮確かにな。金払いのいい軍隊を選ぶ奴も多い。自前の飛行機
で満足な生活が出来るのは一握りの、一流の天士だけだ﹂
﹁さっきも言っていたが、テンシってなんだ?﹂
84
﹃天使﹄じゃあるまい。
﹁天士は天士だろ、天を舞う騎士だ﹂
ガイルは指先で地面に﹃天士﹄と書く。
この世界って異世界なのに漢字、日本語使うんだよな。俺の頭に
翻訳魔法でもかけられて日本語と認識しているだけなのか、マジで
日本語使っているのか。
まあ便利だからいいけど。
地面の﹃天士﹄を見つめていると、不意にピンと得心した。
﹁⋮⋮ああ、パイロットのことか﹂
日常会話は可能なのに時折意味不明な用語が残ってるとか、なん
とも中途半端な翻訳魔法である。
﹁っていうか、今自画自賛入ったよな。自分は一流です的な﹂
﹁また殴られたいか?﹂
﹁まあ、そうツンツンするな、禿げるぞストレスで。禿げろよスト
レスで﹂
美人でビューティポーな奥さんに加え、天使のようにエンジェル
な子供に恵まれるなんて。
改めて思い返せば、なんて充実してやがるんだこの男は。
﹁裏路地で刺されればいいのに﹂
85
﹁唐突に酷い言いようだなオイ﹂
おっと、つい内心を吐露してしまった。
﹁バールの釘抜きの方でグリグリって抉るように刺されればいのに﹂
﹁イメージが痛々しいわっ!﹂
スパンと叩かれた。
﹁あまり簡単に叩くな、馬鹿になったらどうする﹂
﹁⋮⋮そうだな、注意しよう﹂
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹁ボケ殺し⋮⋮ッ!﹂
﹁付き合いきれんだけだ﹂
下らない会話の応酬を繰り返しつつ、今後について思いを巡ら
せる。
⋮⋮ふむ。
﹁ガイル、この世界では航空機が身近な乗り物なんだよな?﹂
﹁さてな﹂
86
まさかのはぐらかし。
﹁お前の住んでいた世界を知らないから何ともいえないが、そうな
んじゃないか?﹂
答えようがなかったのも解るが、なんとも適当な返事である。
この世界、セルファークでは航空機を見かけることがやたら多い。
ひちゅうせん
航空機といっても飛行機を目撃したのはこの紅翼ただ一機。この
村で見かけるのは大半が飛宙船という、つまり不思議パワーで浮か
ぶ空飛ぶ船だ。
どちらが優れているかではない。どちらも使用用途に合わせて機
能美を追求した、完成された道具だ。
スーパーカーと大型トラックを比べでも仕方がない、そんな関係
である。
飛宙船は飛行機と比べ、速度が劣る代わりに操作性と積載量で勝
る。浮遊装置が大型なので質量・体積こそかさむが、汎用性という
意味では飛行機を圧倒しており、世の中の主流であるのも納得とい
ソードシップ
うものだ。
対して飛行機は飛宙船より加速及び速度で勝る。浮遊装置を離着
陸でしか使用しないので小型のもので済ませることが出来、水平飛
行中はエンジンに全魔力を注ぎ込めるからだ。
航空機が生活と密着したこの世界、大人であれば大抵は飛宙船く
らい扱える。逆に言えば、飛宙船もなしでは職に就けない。
つまり、操縦学べば色々便利!
﹁ガイル、飛行機の操縦教えてくれ!﹂
ちゃっかり飛宙船ではなく飛行機なのは、やはり翼は男の憧れだ
からである。
パイロットを夢見ない男なんて、いないだろ?
87
しかしガイルは﹁やだ﹂と端的に即答で拒否りやがった。
﹁なんで﹂
﹁お前素質なさそうだし、鈍臭そうだし﹂
勝手に決めつけるな。
﹁運動神経はいい方だ﹂
﹁⋮⋮飛宙船ならまだいいんだがな、飛行機は危な過ぎる﹂
﹁事故か?﹂
﹁そうだ。数百キロで飛行する飛行機は、優れた反射神経と判断能
力を必要とする。その上、一度事故が起きれば搭乗者はまず助から
ない﹂
﹁そうそう事故なんておこらないだろ﹂
﹁そう思っているうちは絶対に教えられないぞ。未熟者や子供が面
白半分で乗り回して、結果大惨事に繋がったなんて話は多々存在す
るんだ﹂
おや、と首を傾げてしまう。
飛行機事故の確率は限り無く低いと聞く。むしろ海上を行く船の
方が事故が多いのではなかっただろうか。
﹁って、そうじゃない、違う違う。前提からして違う﹂
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地球での飛行機の運用は厳しい安全基準と整備の上、過酷な訓練
を受けたパイロットが操縦する。こっちの世界はその辺がいい加減
なのだろう。
﹁言いたいことは解った。けど危ないならなんで資格制度になって
いないんだ?﹂
﹁資格制にしたところで今更誰も気にしないさ。航空機はこの世界
に溶け込みすぎた﹂
地球でいえば、チャリ乗るのに資格なんてとってられっか、っつ
ーことか。
﹁あと一応あるんだぜ、航空機の運転免許って﹂
﹁あるんかい!?﹂
びっくりするほど機能してねぇ!
﹁一般人で取得する奴は滅多にいないが、航空事務所なんかに所属
する奴は取っているな。仕事の依頼主が実力を計るのに必要だから
だろう。いや、ギルドの加入条件にもあったっけ⋮⋮﹂
頭をひねりながら胸ポケットから取り出したカード、そこには﹃
シルバーウイングス ガイル?ファレット?ドレッドノート﹄と明
記されていた。
シルバーウイングス。銀翼の天士、ね。
﹁⋮⋮事故の可能性は理解した、けどやっぱり飛行機は乗ってみた
い。頼むっ﹂
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真っ直ぐ頭を下げる。恥も意地もへったくれもない。
空を自由に飛びたいな、なんて、小学校が抱くようなたわいもな
い夢だ。
けれどそんなたわいもない夢が、今この場に形としてある。
仕事を得るのに有利とか便利とか、そんなつまらない理由ではな
く。
空を飛びたい。見上げるしかなかった雲を、上から見下ろしたい。
上半分でさえ俺を魅了してやまない空、それに三六〇度全てから
包まれてみたい。
﹁目の前にあって、手も届いて。それでも掴み取れないなんてオア
ズケは、もうごめんだ﹂
それはまさに渇望。
日本では到底叶わぬ夢が、目の前にある。
﹁必要なことは覚える。仕事も頑張る! だから、俺に︱︱︱﹂
﹁⋮⋮ったく﹂
ガシガシと頭をかくガイル。
﹁上手くねぇぞ、教えんの﹂
﹁教えてくれるのか!?﹂
﹁教えねぇよ﹂
えー。
90
﹁教えはしないが、紅翼をたまに貸してやる。あとは自力で感覚を
覚えろ﹂
﹁いきなり単独飛行とか馬鹿じゃね?﹂
﹁機銃を一つ外せば座席が一人分生まれる。本来はソフィーに操縦
を教えるために追加した装備だ﹂
機体を叩いてみせるガイル。その装甲板には確かに取り外せそう
な四角い切り込みが走っていた、マリアが乗っていた席だ。
﹁ソフィーに同乗してもらえ﹂
﹁ふむ、逃避行しろと?﹂
拳骨が降ってきた。
﹁悪いがぺったん娘には興味ないんだ﹂
﹁それに関しては同意だ。安心しろ、ソフィーはナスチヤに似てグ
ラマラスな美人になる﹂
﹁安心しろと申すか。なんだかんだ言って俺に任せる気なんだな﹂
背負い投げされた。
﹁というか、ソフィーの操縦は人に教えられるほどなのか?﹂
上下逆さまになったガイルに問う。墜落したのは整備不良とはい
91
え、ちょっと怖い。
﹁お前の万倍上手いっての。俺には及ばないがな﹂
万倍というが、ゼロ︵経験一切なし︶に一万掛けてもゼロのまま
である。
﹁即ち俺は貴様と並んだ⋮⋮!﹂
﹁お前、今日は絶好調だな﹂
飛行機いじれてハイテンションです。
﹁飛行機乗りたいなら体を鍛えとけ。今も昔も天士は体力勝負だ﹂
﹁これでも運動神経には自身があるんだぜ?﹂
﹁ほー﹂
全く信用していない声色で返された。
﹁本当だぞ? これでも小さい頃から武芸十八版とか、その辺を仕
込まれているからな﹂
﹁お前は騎士の家系かなにかかよ﹂
すげぇ、武芸十八版が通じたぞ異世界。
﹁まあ護身術とかそういうもんだろ、結局俺が興味を持ったのは機
械系だったが﹂
92
生身で強くたって拳銃一つに適わない、それが戦場。
﹁そういやさっき背負い投げした時も受け身取ってたか?﹂
﹁やっと気付いたか。つか受け身取れるか判らない相手を投げるな﹂
頭を打ったら冗談抜きで危ない。
﹁運動は出来ると考えていいんだな?﹂
むむむ、これは実演して見せねばなるまい。
﹁ふん、︱︱︱刮目しろ﹂
立ち上がり、腰を低く構える。
﹁いくぞ︱︱︱!﹂
カバティカバティカバティッ!
ふふん、どうだこの華麗なキャント!
﹁どーや!﹂
自慢顔でガイルを見やった。
ガイルの側でソフィーが瞳を興味深げな色に染めていた。
﹁⋮⋮ソフィーさん、イツカラ見テタ?﹂
一歩二歩三歩、後退するソフィー。
93
﹁コレハ、ユイショ正シイ、スポーツデ⋮⋮﹂
﹁こういう人がいたら近付いてはいけないぞ。お父さんとの約束だ﹂
﹁うん﹂
踵を返し駆け去っていくソフィー。膝から崩れ落ちる俺。
﹁⋮⋮は⋮⋮はは⋮⋮ははは﹂
気付くと、喉から乾いた笑いが漏れていた。
﹁⋮⋮はは。笑えよ。どうせ俺のことを馬鹿だと思ってるんだろ﹂
﹁それ以外の何があると﹂
いかん、涙が。
﹁泣くなよ。ククク﹂
性悪不良親父め。
﹁泣くか! ガキじゃねえんだら泣くか! バーカバーカ!﹂
﹁ベッドの中で泣いているくせに﹂
ギギギと油切れのような音を発て、俯いていた顔を上げる。
﹁なぜ知ってる﹂
94
﹁そりゃ、聞いたからな﹂
そうじゃない。
﹁なんで深夜に倉庫まで来た﹂
俺が部屋として使っている小屋は、母屋から少し距離を置いてい
る。たまたま通りかかるような場所じゃない。
﹁どっかのマセガキが泣いていないかと思ってな﹂
わざわざ気配消して忍び寄ったんかい、暇人がっ!
﹁アナスタシア様に泣きついてやる﹂
ん、待て!? あの豊満な胸に飛び込む⋮⋮ふむ、我ながら恐ろ
しい発想力だ。
﹁それはないな。お前はいっちょ前に女の前じゃ虚勢を張る男だ。
ナスチヤに弱さを自ら晒すことはあるまい﹂
ぬぐぐっ!
﹁対して俺はナスチヤに甘え放題だな。いやー色男はこまるぜー﹂
わざとらしい棒読みだぜー。
﹁ふん、精々情けない姿を晒して愛想尽かされるがいいっ!﹂
95
﹁ナスチヤがそんな狭量な女に見えるか?﹂
畜生っ! ガッテーム!
﹁クケケケケ﹂
くそっ、なにかないか! この馬鹿男に一泡吹かす方法!?
﹁⋮⋮はっ!﹂
そうだ、あれがあった。
﹁さめ、られたぜ⋮⋮﹂
﹁なに?﹂
﹁ソフィーに、慰められたぜ!﹂
沈黙が降りた。
﹁ま、ままま、まままままま、まあ、あの子は優しい娘だかららら
らら﹂
動揺し過ぎだろいくらなんでも。
だが俺は攻勢の手を緩めない。これで積みだっ!
﹁なでなでされた、んだぜぇえ!!﹂
﹁畜生! 俺でさえ、俺でさえされたことないのにぃ!﹂
96
﹁ククク⋮⋮ハァーハッハッハ!﹂
哀れよのう! 哀れよのうガイル!
お前の娘の初ナデナデは俺が奪わせてもらった!
高笑いを上げる俺、慟哭を上げるガイル。
不審な二人のやりとりは、何事かと出てきた屋敷の住人達に見ら
れていると気付くまで続いた。
97
三人組と青空教室
少年は瞑目していた。
微動だにせず。揺るぎもせず。
ただ、ただ草の香りの風を受けていた。
館と村の中間。草原の中で小さな、ほんの数十センチ程度の崖と
なった場所で彼はひたすら立ち尽くす。
彼の前にはゼェーレスト村。少年が新たに住まうこととなった小
さな自然村。
ゆっくり瞼が持ち上がる。
その瞳に宿るは憂いか、嘆きか。
ターゲットインサイド
﹁目標視認﹂
事務的な確認作業。
機械の如く無機質に少年は言葉を発した。
﹁第一目標との接触後、第二目標の調査活動へと移行する﹂
脳内で描かれる村の俯瞰図。
幾たびも作戦のシュミレートを繰り返し、最善手を導き出さんと
する。
やがて、彼の中で一つの作戦が完成した。
﹁オペレーション﹃OTUKAI﹄発令﹂
汗ばんだ手の平で握っていた紙を広げる。
この指令書こそ、本作戦の要。否、全てといって過言ではない。
98
﹁状況開始﹂
一歩踏み出そうとして︱︱︱ようやく、自分の足が震えているこ
とに気付いた。
﹁くっ⋮⋮びびっているってのか、俺が⋮⋮!?﹂
腿を叩いて叱咤するも、一度怖じ気付いた足は簡単には動かない。
情けない。情けなさ過ぎる。
﹁ハハ、笑え﹁さっさと行けや!﹂
れいか
ガイルに背中を蹴っ飛ばされ、小さな崖を転げ落ちる我らが主人
公。
今日は零夏君の村デビューである。
﹁いやさ、別に引きこもっていたわけじゃないんだよ?﹂
見知らぬ俺に対する村人の好奇の視線を集めつつ、俺は隣を歩く
マリアに弁明していた。
﹁たださ、ほらね? 飛行機って格好いいじゃん﹂
﹁じゃん? とか言われても困るわよ⋮⋮﹂
99
飛行機の格好良さが解らないとは、人生の一〇割を損している。
﹁ソフィーだったらきっと解ってくれるのに﹂
﹁それはないわね﹂
断言された。
ソードシップ
ソードシップ
﹁あの子は飛行機に愛着こそ抱くけれど、格好いいだとかそういう
感想は持たないわ。あの子にとって飛行機は空を飛ぶための道具で
あり、翼よ。男と違って女は空に余計なものを持ち込まないの﹂
マリアは異世界出身の俺より飛行機の知識に乏しい。
だというのに彼女の言葉は、俺の中の何かを少しだけ、しかし確
かに抉った。
﹁とにかく﹂
咳払いを一つ。
せきよく
﹁とにかく、俺は悪くない。悪いのは俺を魅了する紅翼だ﹂
せきにんてんか
﹁責任転嫁﹂
ズバッと切り捨てられた。
﹁五年後また来てくれ﹂
﹁え?﹂
100
言葉責めも悪くはないが、話はもう少し大人の女性になってから
だな。
変態? シラナカッタノ?
きっとマリアもキャサリンさんのような美人になるだろう。今か
ら楽しみだ。
下心なんかじゃないぞ。美女美少女は見て愛でるものだからな。
﹁ところで村に出かける時もメイド服なんだな﹂
﹁今は仕事中よ﹂
﹁そだったの?﹂
初耳だ。てっきり自由時間かと。
﹁ええ。今一つ冴えない後輩のお守りをしなきゃ﹂
﹁大変だな、先輩ってのも﹂
間髪入れず他人事のように返すのがコツである。
﹁⋮⋮なぜかしら。イラっとしたわ﹂
﹁牛乳飲め。胸も大きくなるぞ﹂
﹁むっ⋮⋮!?﹂
牛乳による苛立ちの沈静化と胸のサイズアップが迷信なのは秘密
だ。
101
﹁デリカシーのない人ね!﹂
俺の思う以上にセクハラがショックだったのか、マリアは眉を釣
り上げ踵を返してしまった。
突然の出来事に困惑が先に来て、呼び止めることも出来ぬまま見
送ってしまう。
﹁⋮⋮しくじった﹂
子供のマリアにセクハラ発言をしても楽しくないし、単に友達の
ノリで下品な話をしただけなんだけど。
﹁繊細な年頃って奴だったかな﹂
マリアは一三歳、二次成長の時期だ。性に関しては色々と不安定
だったのかもしれない。
後でちゃんと謝っておこうと決意し、俺は目的地である商店への
歩みを進めた。
村に一つの雑貨屋さん。
王都で入荷を行うこの店は、日用品から都会の流行品まで、ゼェ
ーレストでは生産不可能な品々を手に入れる唯一といっていい手段
である。
﹁こんにちは﹂
102
﹁ん、おお、いらっしゃい。見ない顔だね﹂
店番の初老の男性は、どうやらうたた寝していた様子だった。
﹁はじめまして。丘の上の屋敷に住まわせてもらうことになったレ
ーカと申します。OTUKAIに来ました﹂
自己紹介しつつキャサリンさんが書いたメモを渡す。
﹁ああ君が⋮⋮どうだいこの村は?﹂
﹁新しい生活に慣れるのに忙しくて︵若干嘘︶、村に降りたのは今
日が初めてなんです﹂
だから判らないと正直に告げる。のどかだとか静かだとか、適当
なことを言って茶を濁すよりはマシだろう。
﹁そうなのか。都会と違ってゼェーレストは色々と不便も多いだろ
うが、なに、ここじゃ誰もせわしなく生きることを強要しないさ。
ゆっくり馴染めばいい﹂
雑貨を袋に納めつつ口を動かすおじさん。なぜだか俺が都会育ち
と確信しているような?
﹁そうします。おじさんは都会の人だったんですか?﹂
雰囲気が少し垢抜けているし、物事を捉える視点が都会基準だ。
﹁この村生まれこの村育ちだよ。ただ商人の修行時代は王都に住ん
でたし、今でも週に一度はあっちへ仕入れにいかんきゃいけないか
103
らね。君が都会の人間だってことくらいは解るさ﹂
この村と比べれば大抵の場所は大規模といっていいと思う。現代
日本なら尚更だ。
﹁ほれ、メモにあった分の品だ﹂
﹁ども﹂
商品と交換に硬貨を渡す。この世界、セルファークには紙幣はな
いそうだ。存在の有無をレイチェルさんに尋ねたところ﹁紙では破
けるし偽物を作られるだろう﹂と返された。
﹁こっちにいたぞー!﹂
ん?
﹁エドウィン、お前は裏から回り込め! 俺は正面から追い立てる
!﹂
﹁了解っ﹂
商店の前を二人の男の子が走り抜けて行った。
﹁なんだありゃ?﹂
﹁さてな、どうせまた下らんことだろ﹂
慣れているのかそれ以上気にする様子もないおじさん。
104
﹁ふむ﹂
見た感じ今の俺と同じ頃だったよな。
﹁この村に、俺と同い年くらいの子供ってどれくらいいますか?﹂
﹁そうさね。さっきの二人と⋮⋮あと一人いるだけだな。それとソ
フィー様とマリアちゃんか﹂
つまり俺を含めても六人か。
﹁少し年上の成人したてな奴や、また言葉も不自由なちびっ子なら
いるがね﹂
﹁この歳ではその差は大き過ぎます。ところで﹂
先程の言葉で気になった部分を訊ねる。
﹁ソフィーに様付けしていましたけど、彼らの身分をご存じなので
すか?﹂
﹁学のない俺にはやんごとない身分のお方、ってことしか判らんね。
村の噂では貴族だとか王族だとか囁かれているが﹂
アナスタシア様はとにかく、ガイルが王様とかまじうけるー。
とっと、そうじゃない。ガイルのことなんて置いといて、今さっ
き閃いた思い付きを実行しなければ。
﹁あの、袋を一旦預かってもらえませんか?﹂
105
﹁どうしてだい?﹂
俺は少年二人が走り去って行った方角を視線で示し、
﹁小さな村ですし、交流くらいあった方がいいかなって﹂
おじさんは察したようで頷いてくれた。
﹁そうかい、なら行ってきなさい﹂
﹁はい﹂
おじさんに一礼。荷物を手渡し、俺は少年達を追い掛けた。
﹁ふっふっふ、遂に追いつめたぞニール!﹂
﹁今日こそ僕達の勝ちだ!﹂
なんという負けフラグの口上だ⋮⋮
彼らの子供特有の小回りの良さで若干見失いそうになりつつ辿り
着いたのは、村外れの岩場。これ以上外に出れば魔物に遭遇すると
いう、ギリギリのラインだ。
少年二人は巧みに回り込み、この小さな細道へとその人物を誘い
込んだ。
女の子だ。肩あたりで切り揃えられた黄色に近い金髪と勝ち気な
瞳が印象的な、お転婆そうな少女。スカートを穿いていなければ男
106
の子だと勘違いしてたかもしれない。
少女を追い詰める二人の少年。
イジメか、或いは犯罪的な香りすら漂うシチュエーションだが、
もう少し様子を窺うことにする。
なんというか、少女に余裕があり過ぎるのだ。
ジリジリと迫る少年二人、その様をあざ笑うように首を横に振る
少女。
﹁あのねぇ⋮⋮これが考え抜いたって作戦? ちょっとひどいわ﹂
﹁なんだと?﹂
俺口調の少年が足を止める。
﹁マイケル、惑わされないで。ニールは追い込まれたら相手の動揺
を誘って窮地を脱しようとすることがある﹂
もう一人の少年は警戒を緩めぬまま、静かに移動して少女の退路
を断つことに努める。
少女、ニールはその様を笑みを堪えられない風に眺めていた。
相手に不快さを与える笑みではなく、悪戯心から漏れるような子
供っぽい喜色だ。
﹁追い詰めるっていうのは悪くない。でも、包囲網を維持するのに
二人ってことは、更に決定打を与えるにはもう一人必要になるんじ
ゃない?﹂
ぴたりと止まる少年二人。
﹁ほら、どうしたのよ? かかってきなって、逃げるけどね﹂
107
挑発するニール。
ふぅむ⋮⋮果たしてどこまでがブラフだ?
ニールはもっともらしく﹁襲いかかれば隙が出来て逃げ出せる﹂
と言っているが、実際はそこまで杜撰な退路の絶ち方ではない。俺
はそう感じる。
その前提で考えれば、やはり彼女が狙うのは⋮⋮
﹁こ、このっ!﹂
﹁マイケル、駄目っ!﹂
エドウィン少年が叫ぶも、マイケルは既に焦りにかられたまま木
刀を振りかぶり少女に襲いかかっている。
﹁ちょーっと待ったあぁ!﹂
思わず叫んでいた。
驚いて俺を見るエドウィン。マイケルは視線を向けるだけだった
が、ニールは一瞥すらせずマイケルの迎撃に努めた。
マイケルは腕を掴まれ、勢いのまま組み伏せられる。
﹁ぐあっ!?﹂
﹁そんな、仲間がいたのか!?﹂
マイケル、エドウィンの順である。
愕然と俺とニールを見比べるエドウィン。マイケルが組み伏せら
れながらも抗議の声を上げた。
108
﹁卑怯だぞニール!﹂
﹁冒険者になってからも、魔物の前でそう駄々をこねる気?﹂
更に腕を締め上げられたマイケルは呻き声を漏らすしか出来ない。
﹁⋮⋮そうだね、卑怯とは言わないよ。でも君らしくないね伏兵な
んて﹂
﹁とっにかく、うでぇを、はなせぇぇぇ﹂
涙目で息も絶え絶えに訴えるマイケル。ニールが手を離すと猫の
ように飛び退いた。
﹁言っとくけどそいつ、私の知り合いじゃないよ。あんた、たまた
まこの村に来ていた子?﹂
まやま れいか
﹁違う。俺は丘の上の屋敷の居候だ。真山 零夏、零夏と呼んでく
れ﹂
﹁レーカね、変な名前﹂
ほっとけ。日本でも散々﹁変わってる﹂と言われ続けたわい。
﹁で、さっきはどうして私達の訓練を止めようとしたのよ﹂
訓練だったのかよこれ。
﹁女の子が襲われていればとりあえず止めるだろ。木刀は危ないっ
て﹂
109
ただの喧嘩ではないと察してはいたが、だからといって許容出来
る展開ではなかった。主に俺の常識が。
﹁くそ、それじゃあお前が声をかけなければ勝ててたのかよ﹂
マイケルがぼやく。
﹁いや無理じゃないか? 俺が注意を反らさなくても自分でなんと
かしていただろうし﹂
ニールの体捌きは見事だった。素人としては破格の、流麗で無駄
のない動きだ。
﹁お前達はなにをしていたんだ? さっき﹃冒険者﹄と言っていた
が﹂
三人は顔を見合わせた後、エドウィンが代表して答えた。
﹁そうだよ。僕達は冒険者を目指しているんだ﹂
冒険者か、なんともファンタジーな響きだな。
冒険者というからには冒険をして生計を立てていると考えるべき
だろうが、地球において冒険者という職業はそうそう存在を許容さ
れてこなかった。
豊かになった現代においても、旅で生活するのは困難だ。町から
町へ移動するだけでも多大な労力を要するし、滞在地で職を求める
のは困難。それが中世時代な世界なら尚更だ。
せいぜい国家に属する軍人が莫大な予算を投じて未開の地へ探索
へ行ったり、あるいは企業のスポンサーを得て記録挑戦に挑む程度。
110
登山家とか○○海無着陸横断飛行、とか。
そういう意味では宇宙開発事業も一種の冒険なのかも。最後のフ
ロンティアとはよく言ったものだ。
とにかく、よく想像するようなRPG的な冒険者というのは歴史
上それほど実在していなかった。戦を生業とする傭兵やチンピラが
関の山だな。
初日に旅立とうとしておいてなんだが、つまるところ俺の知識で
は冒険者という存在がよく判らない。
﹁冒険者ってなんだ?﹂
判らないので、率直に訊いてみた。
数瞬硬直するも、訝しむ様子は見せず答えてくれた。主にエドウ
ィンが。
なに今の、気を遣われた? ほかの二人は眉顰めてるんですが。
﹁冒険者は町や集落の外に出て、素材を集める職業だよ﹂
﹁素材って何の?﹂
ストライカー
﹁何のって⋮⋮色々だよ。日用品から人型機の部品まで、というか
人の暮らす場所で手に入りにくいもの全般だね﹂
﹁狩人とどう違うんだ?﹂
﹁ギルドを介するか否か、かな。狩人は直接商店に獲物を売り込む
けれど、冒険者はギルドの依頼で動くね。専門家としては狩人の方
が仕事の効率がいいけど、戦闘能力は冒険者が上。だから強い魔物
から取れる素材は狩人じゃなくてギルドを介して冒険者に頼む必要
がある﹂
111
なんか説明慣れてないか?
ギルドはやはりゲームなどで登場する、依頼者と冒険者の仲介を
受け持つ組織だろう。
﹁そういうのって個人や少数ばかりか? 航空事務所ってのがある
んだし、冒険者の事務所もあるのか?﹂
エドウィンは説明上手っぽいので、ここぞとばかりに訊ねる。
﹁うーん、航空事務所は飛宙船や飛行機を扱うから必然的に大規模
になるからね⋮⋮というか、冒険者も凄腕となると人型機を使うよ
うになるし、冒険者と自由天士の間に明確な線引きはないかもしれ
ない﹂
﹁冒険者の上位互換が自由天士?﹂
﹁兵器を扱う自由天士の方が戦闘能力は段違いに高いけれど、個人
で高い戦闘能力を持つ冒険者にも需要はあるよ。小型の魔物に一々
人型機を動かしていたら採算が合わないし﹂
なるほど、冒険者と自由天士は上手く住み分けしているんだな。
﹁あ、それと冒険者は遺跡の発掘もするね﹂
﹁遺跡とな?﹂
脳裏にストーンヘンジ的なものが思い浮かぶ。なぜこのイメージ。
﹁うん。遺跡から発掘される物は現在の技術では制作不可能な場合
112
も多いからね。大規模な発見でもすれば相当な金額が手に入るよ﹂
﹁一攫千金ってやつか。お前達もそういう夢見て冒険者を目指して
るのか?﹂
﹁⋮⋮心外だね、私達が求めるのは金でも名誉でもない。夢、よ﹂
今まで黙っていたニールが、腰に手を当てて反論してきた。
﹁そりゃ先立つものがなけりゃ飯も食えないけど、単に平穏に暮ら
したきゃこの村から出なければいいの。私達が命を掛けてでも得た
いのは安泰じゃなくて、未知の景色﹂
﹁未知の、景色﹂
反復して呟いた俺に、ニールは頷く。
﹁あんたは経験がないかい? 空の向こうがどうなっているのか、
境界を越えたらどんな景色が広がっているのか。それを知りたくて、
いてもたってもいられなくなったことは﹂
﹁⋮⋮ある﹂
ああ、あるともさ。あるに決まっている。
﹁凄く解るよ。それ﹂
﹁そーかそーか﹂
嬉しげに大仰な態度で頷くニール。
113
﹁いや、金も名誉もほしいけどな﹂
マイケルが余計なことを口走ってニールに殴られていた。
﹁あんたは将来冒険者になろうとか考えてるの?﹂
﹁俺か? そうだな⋮⋮﹂
ニールにヘッドロックされているマイケルが邪魔で、ちょっと気
が散るんだけど。
﹁悪くはないと思うけれど、俺はどちらかといえば乗り物が好きな
んだ﹂
冒険者。その響きに憧れぬ男はいまい。
しかし俺がそれで満足出来るかと自問すれば、もう無理だ。
足では届かない場所も行きたい。空を見上げずにはいられない。
﹁つまり、俺は地面に転がっているものも空に舞っているものも気
になって仕方がない、強欲な人間なんだろ﹂
肩をすくめて見せる。
﹁ふーん、まあ一番乗りは私だけどね﹂
負けず嫌いな女の子である。
﹁違うよ。﹃私﹄じゃなくて、﹃僕達﹄だ﹂
114
﹁そうだ! 俺達を忘れるな!﹂
マイケルとエドウィンの抗議の声に、ニールは微かに頬を染めそ
っぽを向く。
﹁ふん、ならもっと強くなりなさいな﹂
﹁なにをー!﹂
ニールなりの照れ隠しだと気付かぬマイケルは眉を吊り上げ喚き、
目が合った俺とエドウィンは思わず苦笑を交わした。
﹁それじゃあ、えっと、﹁⋮⋮零夏だ﹂レーカは自由天士になりた
いんだ﹂
﹁ああ。そうでなくても、飛行機や人型機と関わる仕事に就けたら
と考えてるよ﹂
いつまでもあの屋敷の世話になるわけにもいくまい。母子を見守
るというロリ神との約束もあるが、せっかく異世界まで来て使用人
としての人生を送るのもあれだしな。
﹁取り合えずまずは飛行機や人型機の操縦を覚えないと。今日もこ
れから人型機を眺めに行くつもりだ﹂
第二目標というやつである。前回は眠ってしまいじっくりと観察
出来なかったが、今度こそ魔法で内部構造を覗き尽くしてやる!
﹁気持ちは解らなくもないけど、弄ったら駄目だよ? 村の正面に
ある人型機は魔物の襲撃や家を建てる時に備えた村全体の所有物だ
115
から、壊したら怒られるからね?﹂
﹁⋮⋮エドウィン﹂
﹁なに?﹂
﹁三人組のブレーキ役、頑張れよ﹂
﹁⋮⋮解ってくれる? この二人ったら、すぐ無茶するから﹂
エドウィンは背後で互いの脇腹に手刀を打ち合って喧嘩している
二人を見やり、肩を落とした。
ほんと、お疲れさん。
それとお前らは目を離した隙にどんな状況になっているんだ。
﹁でも飛行機の操縦は覚えるの大変だよね﹂
﹁それは大丈夫だ! ガイルに頼んだら教えてくれることになった
!﹂
ソフィーが。
﹁でも人型機は教えてくれそうな知り合いがいなくて、心当たりは
ないか?﹂
﹁心当たり? というか今週末にガイルさんが教室を開くよね、人
型機の操縦﹂
﹁マジで!?﹂
116
頷くエドウィン。
﹁この村では週末にガイルさんとアナスタシア様が教室を開くんだ。
僕達三人と、マリアとソフィーが生徒なんだけれど。ガイルさんが
戦闘訓練やサバイバル知識の練習で、アナスタシア様が魔法や勉強・
礼儀作法を教えてくれる﹂
ガイルは﹃さん﹄付けだが、アナスタシア様には﹃様﹄付け。子
供にまで舐められてやがる⋮⋮じゃなくて。
なんてこった。つまり週末には人型機に乗れるのか!
﹁うひゃあぁあテンション上がってきたあぁぁ!! よっしゃ、予
習に村前の人型機ばらし尽くしてくらぁ!﹂
﹁ばらしちゃ駄目だって!?﹂
制止するエドウィンの声を無視し、俺は愛しの人型機へと駆け出
した。
マッシブな肢体、鈍い鋼色の装甲、チャームポイントの背面クレ
ーン。
胴体部には主要な機関部が備えられ、虚空を睨む頭部の眼孔は今
は光を静めている。
﹁いや起動時に光ったりするもんじゃないけどな﹂
117
解析から推測するにキュピーン! と発光する機能はない。
﹁いいねぇいいねぇ素敵だねぇ。巨大ロボットだぜ巨大ロボット!﹂
﹁なにをやっているのよ、貴方は⋮⋮﹂
浮かれていると、マリアが呆れた顔で側に立っていた。
﹁おかえり、見ろよ巨大ロボ!﹂
﹁喧嘩売ってる?﹂
⋮⋮いかん、怒ってる。
﹁その、な。マリア﹂
﹁なに?﹂
﹁ごめんなさい﹂
結局俺に選べる選択肢など、素直に謝る以外なかろう。
﹁⋮⋮反省してる?﹂
﹁してる。すまなかった﹂
ひたすら謝り倒す。
﹁いいわよ。私も、少しおかしかったし﹂
118
マリア自身なぜここまで俺のセクハラに過剰反応してしまったか、
と戸惑っているのかもしれない。
﹁マリアに非はない。悪いのは全般的に俺だ﹂
そこに俺がマリアの精神状態についての推論と俺が如何に配慮に
欠けていたか、などと説明しても意味などなかろう。
そもそもここまで考えを巡らせること自体、年齢不相応なのだ。
﹁ごめんなさい。以後注意を心掛ける﹂
だからこそひたすら頭を下げるしかない。
神妙な顔付きで俺を見つめるマリア。顔は見えないけれど、きっ
とそんな気がする。
どれほど頭を下げていたか。
不意に、小さな溜め息が聞こえた。
﹁頭を上げて頂戴。年下に謝らせるなんて、自分が情けなくなって
くるわ﹂
﹁⋮⋮ありがとう!﹂
許してくれたようだ。俺は喜びのまま、喜色を隠さず本心をマリ
アに告げる。
﹁マリアはいい女になるな!﹂
学習能力☆ナッシング
119
力一杯の拳を顔面に放たれた俺は、日が沈んだ後にようやく目を
醒ました。
雑貨屋のおじさんに謝り荷物を回収し、帰宅してキャサリンさん
に怒られて。
﹁だいじょうぶ?﹂
ソフィーが頭を撫でてくれた。
﹁大丈夫、本番が残っているしな﹂
本日最後のメインディッシュ、マリアへの謝罪セカンドシーズン
である。
﹁本当にだいじょうぶ?﹂
﹁⋮⋮微妙に駄目﹂
﹁⋮⋮だめなんだ﹂
﹁うん、だってもう扉の前で2時間粘ってるんだぜ⋮⋮﹂
中にすら入れてもらえなかった。
﹁⋮⋮だめだね﹂
﹁ごめんなさい﹂
120
さて、あと何時間でメイド様は機嫌を治してくれるかな。
﹁これはもう徹夜かな⋮⋮女性の部屋から朝帰り、いい響きだ﹂
﹁⋮⋮だめだね﹂
121
三人組と青空教室︵後書き︶
NGシーン
﹁あ、ソフィー﹂
立ち去ろうとする彼女を呼び止める。
﹁なに?﹂
﹁罵ってくれ﹂
﹁死ねばいいのに﹂
﹁イヒ﹂
122
人型ロボットと空飛ぶ船
週末。
人をこれほど惑わす単語は、そうそう存在しないと思う。
学生であろうが、社会人であろうが、異世界人であろうが。
皆一様に週末という余暇を目指して猛進し、月曜日から毎日の戦
いに身を投じるのだ。
つか異世界なのに曜日あるんだね。地球での曜日の発祥なんて知
スマンスマン、話が 逸れちまったぜ。
らないけれど。
閑話休題。 とかく、ゼェーレスト村でも曜日という制度は機能しており、都
会ほど徹底されていなくとも基本週末は休日という形式が定着して
いるのだ。
大人達が休みならば、子供達は尚の事休みだ。超休日というべき
か。
ゼェーレストでは週末にイベントがある。ご存知、アナスタシア
様︵+α︶主催の屋外教室だ。アナスタシア様らがこの村に越して
きてから、何かゼェーレストに貢献出来ないかと始めたのが元らし
い。確かな教養を持つ彼らの授業は村でも評判がよく、若い世代は
皆夫妻の生徒である。
﹁元々この村に住んでいたわけじゃないんだな﹂
﹁そうみたい。たぶん一〇年前くらいにこの村に移住したのね﹂
﹁直接聞いたわけじゃないのか?﹂
123
﹁大人達は昔のことを教えてくれないもの。ただ村の人曰わくソフ
ィーが生まれたのはゼェーレストみたいだし、大体数字はあってい
るはずよ﹂
授業が始まる前のいわばホームルームの時間。俺はメイド服では
なく私服を着たマリアと雑談を交わしていた。俺にかかれば仲直り
なんてちょちょいのそぉい!、さ。
マリアの横少し後ろにはソフィー。なんとなく、心細げな表情を
している。
本当に人見知りな少女である。最近では俺にも懐いてくれるよう
になったけど。
﹁きたわよ﹂
﹁おーっす﹂
﹁おはよう﹂
冒険者志望三人組、ニール、マイケル、エドウィンがやってきた。
﹁おはー﹂
﹁おはよう﹂
﹁っ⋮⋮﹂
ソフィーがさっと俺とマリアの背後に隠れる。しかし見習いメイ
ドはそれを許さず、猫のように両脇からひょいと持ち上げ三人の前
にソフィーを差し出して見せた。
124
﹁ほら、挨拶くらいしなさいな﹂
﹁⋮⋮おはー﹂
なぜ俺の真似?
この子本当にこの村生まれこの村育ちなのか? 同年代の幼なじ
みにまで人見知りするなんて。
それとも、なにか過去にきっかけがあったのだろうか。ここまで
人見知りするようになった大きな出来事が。
︱︱︱出生の知れぬ令嬢、心を開かぬ少女。
俺の中で、違和感が膨れ上がるのを感じた。
﹁ただ箱入り娘なだけよ?﹂
﹁うん、シリアスしたかっただけ﹂
ソフィーが無言で脇腹を抓ってくる。ネタにされたことの報復ら
しい。
しかし一〇歳女児であることを考慮しても全く痛くない。
見つめ合うこと十数秒。
﹁⋮⋮さーせん﹂
いたたまれない雰囲気に思わず謝ってしまう。
ソフィーは再びマリアの後ろに隠れる。抓ったのは抗議の意を訴
える﹁だけ﹂が目的だったようだ。
人を痛めつけることに慣れてないんだろう、抓っているソフィー
本人が心苦しそうに見えた。だからこそいたたまれなかったんだけ
ど。
125
﹁そういえばガイルから聞いているか? 俺が飛行機の操縦を覚え
たいって話﹂
話題転換がてら思い出したことを訊いた。確かソフィーが教えて
くれる手筈だ。
﹁空飛びたいの?﹂
﹁飛びたい﹂
﹁うん。気持ちいいよね﹂
残念、俺は未経験だ。
﹁頑張る?﹂
なにを? ⋮⋮いや、なんでもいいか。
﹁頑張るぞ。どんなことだって﹂
﹁とりあえず毎日、村を一〇周﹂
お嬢様はスパルタだった。っていうか君は走り込みなんてしてな
いよね。
﹁おっ﹂
見慣れた男に気付いた。
﹁どうしたの?﹂
126
﹁ガイルがいる﹂
﹃⋮⋮⋮⋮﹄
ん、皆沈黙してどうした?
﹁⋮⋮っ! ち、違う! 俺がそんなくだらない親父ギャグを言う
とでも思うのか!?﹂
抗議すると、一様に頷かれた。なにこの人望。
﹁きぃーん、こぉーん、かぁーん、こぉぉーうぉうぉうぉうぉん﹂
諸悪の元凶が呑気にチャイムの音色を口ずさみながら子供達の前
に立つ。
﹁ガイル大先生の登場だ﹂
本人はキリッとキメたつもりのようだ。その気楽さにイラッとき
た。
﹁いいから早く始めろよ﹂
﹁ガイル様自重して下さい﹂
﹁おとーさん恥ずかしい﹂
屋敷住まいの三人に冒険者志望三人も追撃する。
127
﹁先生今日は白兵戦訓練なし?﹂
ストライカー
﹁せんせー人型機で戦わせてよ﹂
﹁魔法の勉強もしたいです﹂
好き勝手告げてるだけだった。
﹁今日は乗り物の練習だって言ったろニール、冒険者になりたいな
ら武器兵器は選ぶな、なんでも使えるようになっとけ。マイケル、
勿論今日は人型機にも乗ってもらうが、人型機の戦闘は遊びじゃな
いからな、油断したら怪我するぞ。エドウィンお前は⋮⋮向上心が
あるのは結構だが、俺に魔法について訊くな。俺は戦闘用の魔法を
幾つかしか使えん、魔法はナスチヤの領分だ﹂
律儀に返答するガイル。
﹁そんなことより、はよ、はよ。人型機に乗れるとあって、興奮し
て今日は夜の十一時に起きちゃったんだぜマジで﹂
﹁それはもう今日じゃなくて昨日だろマジで。とにかく移動するぞ、
村の外れに機体達はを用意してある﹂
﹁そうかそうか、なら行こうすぐ行こう⋮⋮機体﹃達﹄?﹂
﹁達﹂
﹁達?﹂
﹁達﹂
128
せきよく
﹁うきょおおおおぉぉぉぉぉおおぉおぉ!!!﹂
思わず雄叫ぶ。
俺は今、最高に興奮していた。
てつあにき
異世界に渡り久しい今日、飛行機の﹃紅翼﹄や村所有の人型機﹃
鉄兄貴﹄︵勝手に名付けた︶との心の触れ合いで地球で積もりに積
もった機械的欲求を満たしてきた。
しかしながら人とは欲深いもの。熱望していたそれら友も、最近
では少し飽き気味だったわけだ。
だって乗れないし。
何度も機体を解析魔法で解析し脳内シミュレートを重ねるが、紅
翼は地球の飛行機とほぼ同じ、人型機は逆によく解らなくて理解仕
切れない。
人型機に関しては誰か専門家に弟子入りして学ぶしかないと考え
ている。誰かいないかね、専門家。
初日で出会ったドワーフのおっさんは、専門家っぽかったが村人
じゃないから教えを請えない。どこに住んでいるか聞けば良かった
か?
しかしながら、そんな悶々とは今日でおさらばでございますっ!
まやま れいか
﹁乗れる、乗れる! 乗れる!! 遂に、幾星霜待ちわびたことか
! 真山零夏、本日ロボットに乗っちゃいまーす!﹂
﹁うっさい!﹂
129
ガイルの拳骨が脳天に直撃した。
﹁効かん!﹂
今の俺に拳など無意味でござるっ!
﹁かかと落としィィ!!﹂
轟沈。
こいつ、調子に乗った子供にマジで暴力振るいやがった。
﹁うし授業始めるぞ﹂
あ、スルーするんだ。
﹁なんでそんなに冷めてるんだよ、見ろよこれ!﹂
﹁見たよ、だからどうした﹂
俺達の前に現れたのは、五種類の機体。
﹁この村に五機も浪漫兵器があったなんて﹂
せきよく
﹁一機は余所の村から借りてきたんだ。あと紅翼以外は武装ないか
ら兵器じゃねぇよ﹂
悠然と草原に並ぶ船達は、それぞれ特徴を異としていた。
見慣れた紅翼と鉄兄貴、そして畑仕事に使用されている飛宙船。
これらはともかくとして、気になるのはあと二つの機体だ。
一人乗りのウインドサーフィンを連想させるシンプルな帆船。帆
130
ではなくセイルと呼ぶんだったかな。羽が片方生えているみたいな
やつ。
ボード部分は少し分厚い。魔法で解析すると、内部に見慣れた装
置が確認出来た。
﹁浮遊装置?﹂
﹁そうだ、それも自前の魔力で起動するほど小型のな﹂
﹁まさか、これは⋮⋮!﹂
極小の浮遊装置にセイルのみ、これほど簡略な構造なればその使
用方法も容易に推測可能。
エアボート
﹁飛宙艇。︱︱︱飛宙船が普及する以前の、今ではめっきり使われ
なくなった骨董品だ﹂
そして、とガイルは言葉を続ける。
﹁人類が初めて手にした、空を飛ぶ手段だ﹂
﹁っ、敬えぇ! 皆の衆、この大いなる遺産を崇め敬うのじゃあー
!﹂
思わず額を地面に擦り付ける。
ライトフライヤー、スピリットオブセントルイス、X−1、アポ
ロ11⋮⋮
それそのものではなくレプリカであったとしても、この品に込め
られた先人達の魂を否定してはならないっ! 否、断じて俺が許さ
ない!
131
エアボート
﹁飛宙艇は村の倉庫から引っ張り出したが、こっちはツヴェー渓谷
って場所から借りてきた。皆もこういう人型機は見覚えがないだろ
う﹂
いや、それを人型機と称していいものなのか。
﹁こいつは山の岩場で作業を行うことに特化している。脆く凹凸の
激しい地面で安定して上半身を支えられるように、環境に合わせて
進化した人型機の亜種だ﹂
その人型機には、足が八本あった。
まるで、というよりまさしく蜘蛛そのもののその造形。
機能美のみを追求し常識を捨て去ったその勇姿に、俺は呼吸を忘
れざるを得ない。
ビースター
﹁人型機の一種には違いないが、その中でも人の姿を辞めている機
体はこう呼ばれる。︱︱︱獣型機と﹂
﹁蜘蛛とか獣じゃないじゃん﹂
﹁知るか。そういうもんなんだよ﹂
﹁例えばさ、下半身がキャタピラや飛宙船そのものだったりするの
もあるのか?﹂
﹁きゃたぴらが何なのかは判らんが、下半身が飛宙船の機体は実在
する。どちらかといえば飛宙船に作業用の上半身が付いているとい
う具合だが﹂
132
そういえばキャタピラって登録商標だったね。
﹁勘違いなどをしてても面倒だし、一旦それぞれの機体について定
義や原理をはっきりさせておこう。お前だけじゃなく、村の子供達
も知らないで使っている部分があるだろうしな﹂
おぉう、楽しくなってきたぜ。
エアボート
﹁歴史的に発明された順に行くぞ。まずはこいつ、飛宙艇だ﹂
ガイルがウィンドサーフィンのボードに乗る。
﹁定義は浮遊装置のみしか付いていないこと。推進力は風を受けて
進む。他の機体と違って魔力源のクリスタルも付いていないから、
自分で浮遊装置に魔力を流し込んで浮力を発生させるんだ﹂
頬を奇妙な風がくすぐった。
この感覚は覚えがある。この世界に来て初めて得た第六感、魔力
の波動。
ガイルの魔力がボード内部の浮遊装置に注ぎ込まれる。
ボードが重力の呪縛から解放され、ガイルを乗せた飛宙艇は高さ
一メートル程度まで浮かび上がった。
﹁最も原始的な航空機だが、それは操縦が楽だということにはなら
ない。風にうまく乗ってバランスを保たなければならないので扱い
にはコツが必要になってくる。これしかなかった昔は大変だったみ
たいだな、自前の魔力で動かすからあまり重い荷物も運べないのも
不便といえば不便だ﹂
そう説明しながらも、ガイルは巧みにボードを操り俺たちの周り
133
を回って見せる。
ウィンドサーフィンは構造上風上に向かうのが難しいはずだが、
それを微塵も感じさせない見事な旋回だった。
﹁飛宙船が一般化した今の時代、不便で危険な飛宙艇は見かけるこ
とすら珍しい。とはいえ簡易な移動手段として使っている所では使
っているし、荒事を生業とする者は大抵乗れる。この先覚えておい
て損ということはないはずだ。必須とは言わんがな﹂
﹁ガイル! 乗せて! 抱いて!﹂
﹁まだ説明は始まったばっかりだ、堪え性のない奴め﹂
ジト目を向けられ、少し反省。
確かにはしゃぎ過ぎた。精神年齢は生徒の中で一番高いのだし、
ここは俺が模範とならねばならない場面だというのに。
いや、今からでも遅くない。
﹁失礼した。続けたまえ、ガイル教官よ﹂
クールに髪をかき上げる。
﹁きめぇ﹂
なんなんだよ畜生。
エアシップ
﹁あー、そんで、次に発明されたのがこの飛宙船だ。生活の中で最
も見かける機会の多い航空機だと思う。つか練習で動かしたことの
ある奴もいるだろ?﹂
134
ガイルの問いに生徒ほぼ全員が頷いた。マジかよ、俺だけ時代に
乗り遅れてやがる。
エアボート
﹁運転は簡単だが構造は飛宙艇と比べ一気に複雑になる。クリスタ
ルから供給される魔力を浮遊装置と魔力式エンジンに供給し、刻ま
れた魔導術式が天士の操作をそれら装置へ伝え制御する。一見簡単
に見える操縦も長いノウハウの蓄積と技術者達の不断の努力による
ところが大きいな﹂
いつだか飛宙船を空飛ぶトラックと称したが、間近で見ると言い
得て妙だったのだと思う。
全長と幅の比率も地球の自動車に近いし、目の前の機体には荷台
まである。場所︵世界︶が違おうとそういう理想的な運用における
サイズっていうのは変わらないのだろう。
﹁ガイル、質問だ﹂
しゅたと手を上げる。
﹁却下﹂
﹁そういうな、真面目な質問だよ。クリスタルって奴について聞き
たいのだか﹂
﹁クリスタルか? ⋮⋮あー、つまり、魔力を生み出す石だ。以上﹂
おい。
﹁仕方がないだろ、クリスタルは判らない事も多いんだ。人工的に
は作れず天然物を採取するしかない。魔力を使い切っても1日ほっ
135
とけば回復する。わかるのはそんくらいだ﹂
﹁そんな意味不明なもんを世界中で使っているのか﹂
石油が尽きるみたいに魔力が枯渇したら、飛宙船に依存している
人類は大変なことになりそうだ。
﹁そういうな。次行くぞ、次﹂
ストライカー
ガイルが歩み寄ったのは、浪漫兵器・人型機だ。
﹁人型機が世に現れるには飛宙船が作られてからそれなりの時間を
必要とした。魔法の研究による魔導術式の発展、全身を稼働させる
無機収縮帯︱︱︱人工筋肉の発見及び安定した調達、その他様々な
技術が成熟することによって人型機の製造が可能となった﹂
﹁人型機はどんな用途に使われているんだ?﹂
﹁なんでも、だ。汎用性の高さが人型機の売りだからな。土木作業
から戦闘までなんでも使える﹂
﹁体長一〇メートルの巨人が戦闘に役立つのか?﹂
俺は人型ロボットが大好きだが、浪漫で戦いには勝てないのだ。
俺の問いに反応したのはガイルではなくニールだった。
﹁なに言ってんのさ、こんなでかいんだからパワーだって凄いだろ
? どんな敵も薙ぎ払えるじゃない﹂
﹁それは否定しないけどさ﹂
136
実際に鉄兄貴に助けられたのだ、人型機の接近戦での強さは認め
ている。
しかし、戦争において接近戦などほとんどない。
﹁足が片方やられたらもう動けないし、なによりいい的になるじゃ
ないか﹂
前面投射面積という概念がある。
主に自動車などの空気抵抗を語る上で使用される言葉だが、軍事
⋮⋮それも地上戦では﹃敵から見てどれだけ身を隠せているか﹄と
いう意図で使われる。
つまり前面投射面積が大きければ、敵からすれば見つけやすいし
長距離攻撃を当てやすい。
﹁もしかしてこの世界には長距離攻撃の手段がないのか?﹂
それならまだ納得出来るけど。
﹁あるぞ? 魔法も火砲も﹂
あるんかよ。白兵戦オンリーであれば人型兵器も有効だと思った
のだが。
﹁人間同士ならそうだが、魔物は魔法も火砲も使ってこないからな﹂
﹁あ、そうか﹂
考えてみれば当然だ。この世界で最も厄介な敵は人ではなく魔物
だ。
137
﹁さてな、人の敵はいつだって人だぜ?﹂
﹁子供の前でそういうこと言うな﹂
一瞬剣呑とした空気を纏ったガイルを窘める。
﹁と、と。すまんすまん﹂
普段のおどけた調子に即座に戻るも幾人かは顔を強ばらせいた。
子供は感受性が強いというしな。
よし、アナスタシア様に報告しよう。あとで説教されてしまえ。
﹁あと、重い装甲を装着する上に無機収縮帯そのものが防御手段と
なる。無機収縮帯はちょっとくらい削れたって稼働するしそうそう
行動不能にはならないよ﹂
なるほど、それほど頑丈なら二脚もいいかもな。走破性も無限軌
道より上だろうし。
ビースター
﹁そんで獣型機は⋮⋮用途に合わせて人型に囚われないアイディア
で発展した人型機。定義は明確じゃない。詳しく説明はしない、と
いうより多岐に渡りすぎて出来ない﹂
若干投げやり気味に手をヒラヒラ振るな。しかし⋮⋮
蜘蛛脚に人間の上半身がくっ付いた異形の機体。足一本に掛かる
負担も少ないし、実は一番完成度の高い種類なんじゃないかと思う。
﹁それも一理ある﹂
138
ストライカー
ビースター
尋ねてみたら、思いがけず肯定が返ってきた。
ター
ビース
﹁対等な条件で戦闘用の人型機と獣型機が戦えば、有利なのは獣型
機だ﹂
全てのロボットアニメを否定したぞコイツ。
いや、一部のアニメを肯定してもいるが。
﹁まあ、地球でも多脚戦車なんかは研究されてたしな⋮⋮﹂
スペックや接地圧、あと信頼性等の課題さえクリアすれば、多脚
戦車は存外実用的なのだ。
事実、戦闘用でなければ多脚機械は一部実用化されている。
﹁汎用性を殺して戦闘特化させた獣型機は人型機以上の戦闘能力を
持つ。実際、人と人、国と国が争うことを想定した軍では結構な数
の獣型機が採用されているしな﹂
﹁じゃあ人型機ってほんとは弱いのかよー。うそつきー。サギシー﹂
マイケルがブーたれながら抗議する。冒険者志望三人組の中で一
番人型機に憧れを抱いているのは彼だろうな。
﹁誰が詐欺師だ。そもそも人型機が最強だなんて言ってねぇよ。そ
れにお前、詐欺ってなにか知ってるのか?﹂
﹁鳥だろ?﹂
﹁惜しいっ﹂
139
﹁惜しくないよレーカ君﹂
やんわりながらナイスツッコミだ、エドウィン。
﹁それに俺は人型機が獣型機に劣っているなど思っていないぞ﹂
おや?
﹁戦いはスペックだけで勝敗が決まるものではない。周囲の状況を
生かし、時には手持ち武器を使用出来る人型機はどうしても必要だ。
一対一で戦えば獣型機が勝つが、集団で戦えば案外人型機が優勢に
なったりするんだな、これが﹂
﹁そんなもんか?﹂
﹁そんなもんだ﹂
そんなもんか。
﹁付け加えれば、戦うだけが軍の仕事じゃない。人命救助や災害対
策、時には土木工事の真似事までさせられる。獣型機だけじゃとて
も賄い切れないさ﹂
﹁業者に頼めよ﹂
﹁頼めない場合ってのがあるんだよ。ほれ次行くぞ、散々話が逸れ
ちまった﹂
そして最後を飾るは見慣れた赤い翼。
140
ソードシップ
﹁飛行機。航空力学と魔力式エンジンの発達により、全魔力を推進
力へ供給出来るようになった高速船だ﹂
﹁いえー!﹂
﹁きゃー!﹂
﹁かっこいー!﹂
出演・全部俺。
﹁現時点で世界最速の移動手段であり、最強の単一兵器だ。防御力
は脆弱としか言いようがないが、それを補って余りある機動力を有
している。大きな主翼で必要な揚力全てを賄うので、飛行中は浮遊
装置を停止出来るのが特徴か﹂
﹁こいつが最強か!? すげー!﹂
そういう単語に反応したくなる年頃なんだな、マイケル。
﹁今日はこいつの訓練はしないぞ。高い機動力を有しているが故に、
天士には優れた技量と判断力を求められる。つまり、お前らに任せ
るには危ない﹂
湧き上がる子供達からのブーイング。それをしれっと無視しガイ
ルは空を見上げた。
エアボート
﹁説明はこんなもんか。あとは飛宙艇から実習と行きたいんだが﹂
﹁よし、どれでもいいから乗せてくれ。遠慮はするな﹂
141
﹁待て、今日は講師をもう一人呼んでいる。そろそろ来るはずだ﹂
﹁そろそろってどんくらいだ﹂
﹁あとちょっとだ﹂
﹁ちょっとってどんくらいだ﹂
﹁少しだ﹂
﹁大人の少しは長いからなぁ。ヤレヤレだぜ﹂
ぼやいているとガイルに足首を掴まれた。
そのまま持ち上げられ上下逆さまにされる俺。
﹁お前、今日少し煩い﹂
﹁ウザカワイイだろ?﹂
ウインクしつつサムズアップ。
足首を掴んだままぐるぐる回り出すガイル。俺も干されたスルメ
のごとく、ぐるぐる回る。
﹁ちょ、やめて、頭に血が上るっ﹂
﹁飛行機に乗る為の訓練だ。Gに負けていては戦闘機には乗れない
ぞ﹂
﹁嘘だっ! 今アンタ凄いイイ顔してる! 絶対嘘だっ!﹂
142
振り回された挙げ句ゴミのようにぽーんと投げ捨てられた。酷い
仕打ちだ。
﹁やろ、毎晩寝る前に水虫になるように願ってやる⋮⋮﹂
いや駄目だ、アナスタシア様とソフィーが一緒に寝ているんだっ
た。
ガイルを半目で睨んでいると、くすくすと笑い声が耳に届いた。
声の主は誰かと視線を向ける。
ソフィーだった。
口元に指を当て、可笑しそうに声を漏らすソフィー。たぶん始め
て見る、なんの気負いもない心からの笑み。
アナスタシア様を彷彿とさせる控えめな上品さと子供らしい可愛
らしさの同居したその笑顔に、俺は強く動揺した。
﹁⋮⋮ガイル教官ッ! 質問であります!﹂
挙手しつつ叫ぶ。
﹁なんだ、レーカ二等兵﹂
一番下かよ。
﹁娘さんをお嫁に戴くにはどうしたらいいですか!?﹂
﹁諦めろっ!!﹂
﹁でもあの目は確実に俺に惚れてます!﹂
143
﹁自意識過剰だ!﹂
俺を掴もうとするガイルの手をかい潜る。
﹁逃げんな!﹂
﹁ふははは、武術とカバティで鍛えた俺の足捌きを捉えられるもの
か!﹂
ひょいひょいと魔の手から逃げつつ、ソフィーを盗み見た。
先の笑みはなりを潜め、自分の名前が出されたことで困惑を浮か
べているソフィー。
男女の機微も境界もない歳の彼女に、こんな想いを抱くのはおか
しいのかもしれない。
けれど、後で思い返せば。
俺にとっての姫君が彼女と確信したのは、きっとこの瞬間だった。
﹁まったくこいつは︱︱︱来たようだな﹂
空を見上げるガイルにつられて、みなが上を向く。
巨大な船が空を遮った。
﹁なっ︱︱︱﹂
全長は目算一〇〇メートルほど。村を跨ぐのではないかと思うほ
ど、否、実際跨いでいる巨大な機影に、一帯が暗闇に落とされる。
﹁なんじゃこりゃあ!?﹂
けたたましい轟音と共に空を滑る巨大船。細長い船体に、様々な
144
箇所に取り付けられた沢山のプロペラがピュンピュンと回っている。
鯨よりなお大きな船、そいつが上空を通過し終えると再び日中の
明るさが舞い戻る。
緩やかに船体を傾け旋回する船を、俺達は呆然と見つめるしかな
かった。
﹁飛宙船︱︱︱なのか?﹂
﹁中型級飛宙船だな﹂
ガイルの返事に気が遠くなる。
中型? あのバケモノが、中間サイズだというのか?
地球では歴史上最大の飛行機でも八〇メートル弱だったはず。そ
れを上回るあの船ですら﹃中型級﹄に過ぎないなんて。
﹁大型級ともなればどれくらいの巨体なんだよ⋮⋮﹂
﹁三〇〇メートルは優に越えるな﹂
聞かなきゃ良かった。それ、飛行機じゃなくて船だろ。ああ、飛
宙船か。
﹁飛宙船ってみんなこのサイズじゃないのかよ﹂
トラックサイズの飛宙船を指差し訊く。
﹁勿論小型級が一番多いさ。けどまとめて運ぶなら大きい方が効率
的だろ? 飛宙船には技術的に大きさ制限がほとんどないからな﹂
会話の間にも中型級飛宙船は高度を降ろし、やがて草原に着陸し
145
た。
ギアや脚を出すわけでもなく、船体を直接降ろす胴体着陸だ。船
の底面が平らだったことからこれが正式な着陸法なのだろう。
この世界の航空機は基本的に胴体着陸だ。浮遊装置の存在が、手
の込んだ着陸装置の必要性を失わせている。
中型級飛宙船の後部が開き、地上まで続くスロープとなる。
そして船内から歩み出てきたのは、鉄兄貴より複雑な造形を持つ
人型機だった。
﹁わざわざ鉄兄貴以外の人型機を持ってこさせたのか?﹂
鉄兄貴、という聞き慣れぬ単語に首を傾げる一同。
﹁てつ⋮⋮? あの人型機なら、王都でレンタルしてこさせたんだ。
今年の生徒は冒険者志望が多いし、実戦的な訓練も遅かれ早かれ必
要だろう﹂
﹁鉄兄貴は戦闘用じゃないんだろ? 二機あったって訓練は出来ま
い﹂
﹁鉄兄貴ってこの人型機の名前かよ⋮⋮問題ない、戦闘用人型機は
複数持ってくる手筈になっている﹂
マイケルが興奮した様子でガイルに詰め寄る。
﹁それってつまり、人型機で戦っていいのか!?﹂
﹁訓練だと忘れるなよ? あれは玩具じゃない、世界最強の兵器の
一つなんだから﹂
146
﹁人型機に乗れるのか! いよいよだなレーカ!﹂
﹁おーよマイケル! 負けるつもりはないぜ!﹂
﹁聞いてねぇよこの馬鹿共⋮⋮﹂
肩を落とすガイルを無視し、こちらへ接近する人型機の内側を解
析する。
﹁随分と複雑なんだな﹂
まず驚いたのは内部構造の緻密さだった。
極力シンプルにまとめ、ほぼ完全なメンテナンスフリーを実現し
ている鉄兄貴とは違い、強固ながらも出力を最大限まで絞り出せる
ようセッティングされている。おそらく定期的な整備が必須なはず
だ。
詳しいことは判らないが、制御系統も複雑化している。なにより
駆動系がハイブリッド方式なのが驚愕だった。
無機収縮帯、つまり人工筋肉と油圧シリンダーの併用。いったい
なぜこんなややこしい仕組みを採用しているやら。
解らないなら解らないなりに解析結果を吟味していると、膝立ち
となった人型機のハッチが開き若い男が飛び降りてきた。
﹁お久しぶりです、ガイル先輩﹂
﹁久々だな。ギイ﹂
﹁げぇ、イケメン﹂
現れたのは見た目成人すらしていなさそうな青年だ。いやこの国
147
の成人年齢は一五、一六歳くらいだったっけか。
﹁元気そうでなによりだ。向こうではどうだ?﹂
﹁相変わらずですよ。情勢も安定していますし、軍人は暇を持て余
しています。国境付近では共和国天士と帝国天士が空で挨拶するっ
てくらい呑気です﹂
﹁ははは、給料泥棒め﹂
﹁泥棒結構。平和な証拠です﹂
笑い合うガイルと青年。なんだ、友達いるじゃん。
しかし、共和国と帝国は仮にも仮想敵国だろうに。空の上で挨拶
とか、まるで第一次世界大戦の話だ。
﹁紹介しよう。こいつはギイハルト、共和国軍の戦闘機天士だ。休
暇を取ると聞いてウチの屋敷に招待した。ついでに様々な訓練など
にも付き添ってくれるというから、俺は実にいい後輩を持ったもの
だな﹂
﹁あれ、いつの間にか溜まっていたはずの有給が消費されていて、
散々手紙でコキ使われたのは記憶違いでしたっけ? 飛宙船と人型
機レンタルしたり新型の試作機持ってこさせられたり子供達の講師
役押しつけられたり⋮⋮はは、給料払えよ﹂
ぶつぶつと呟き負のオーラを纏い出したギイハルト青年にガイル
が適当な口笛で誤魔化す。誤魔化す気ねぇだろお前。
⋮⋮って、そんなことより!
148
﹁新型!? 共和国の新型を持ってきているっていうのか?﹂
共和国は世界を二分する大国の一つ。その最新鋭機となれば、即
ち現最強の機体に他ならない。
こうしちゃいられない! こんな機会がそうそう巡ってくるとも
思えないし、徹底的に情報収集しなければ!
﹁なっ!? おい、待て!﹂
制止を無視して中型級飛宙船に後部スロープから駆け込む。目に
飛び込んできたのは数機の戦闘用人型機。
これじゃない。寸分違わずさっきの奴と同じ、量産型だ。
目視で探すのももどかしく、解析魔法で一息に探し出す。︱︱︱
あそこか!
駆け込んできたガイルとギイハルトを尻目に格納庫の奥へと進む。
そこにあったのは、俺の予想を遥かに超える機体だった。
﹁︱︱︱戦闘機﹂
デルタ翼に水平尾翼と垂直尾翼が二枚ずつ。安定性の高い保守的
な設計ながら、その洗練されたデザインは見る者に鮮烈な迫力を覚
えさせる。
見るからに強力そうな二基のエンジン。機体の重心がかなり後方
にあることから、相当のトップスピードに至れると予想する。音速
なんて楽に越えられるだろう。
﹁す、げ﹂
せきよく
正直、舐めていた。ガイルの紅翼が第一次世界大戦レベルの機体
であったことから、世界全体の技術水準もそれ相応だと思い込んで
149
いたのだ。
しかしこの機体は違う。第二次世界大戦を通り越して、あるいは
冷戦時代の技術力にまで達しているかもしれない。
﹁ほう、これが﹂
あらだか
﹁はい。共和国の最新鋭試作機、荒鷹です。先輩の手回しがあった
とはいえ、持ってくるのは大変だったんですよ﹂
あらだか
追い付いてきた二人も戦闘機、荒鷹の前に立つ。
ガイルに首根っこを掴み上げられた。
﹁これは俺がじっくりと楽しむ⋮⋮げほげほ、練習するために持っ
てこさせたんだ。お前は外で飛宙艇の練習でもしてろ﹂
﹁今本音だだ漏れましたよね﹂
持ち上げたまま外に運び戻されそうになる。やばい、まだ外装し
か見ていない!
﹁よく持ってこれたな、最高ランクの国家機密じゃないの?﹂
時間稼ぎの為に適当な質問をする。その間に、解析魔法!
設計を脳裏に刻み込む。これでもかと詳細に徹底的に。
異世界に来てから妙に物覚えがよくなっている。それこそ、荒鷹
の全設計をミリ単位で覚えることが可能なほどに。
言葉が日本語に聞こえるのと同じく神様の特典なのかもしれない
が、あのロリ神は伝え忘れ多すぎだと思う。
ギイハルトが俺に視線の高さを合わせて、優しげに語りかける。
150
﹁国家機密だからこそ見られるわけにはいかないんだよ。あまり探
らないでくれないかい?﹂
﹁やだ﹂
ギイハルトの目元が引きつっていた。
﹁そんなこと言わないで、ね? 外に出て人型機の練習をしたくな
いかい?﹂
﹁︱︱︱よし、ロボットが俺を待ってるぜ!﹂
ガイルの手を振り払い飛宙船のスロープを駆け降りる。
男二人は即座に考えを改めた俺に首を傾げたが、深く考えずに授
業を再開するようだ。
しかしそれは甘い考えと言わざるを得ない。
魔力を動力としている以上差異はあるものの、荒鷹は間違いなく
戦闘機であり。
ならばそれは、俺の知識の延長線上にあるものだ。
︵盗ませてもらったぞ︱︱︱﹃国家機密﹄!︶
いつかこっそり作ろっと。
151
戻ってきた俺がマリアに怒られた後、予定通りそれぞれの搭乗練
習と相成った。
飛宙艇の上に立ち、説明通りボードに魔力を込める。
込める。
込める⋮⋮
﹁どうした、さっさとやれ﹂
指導役を行うガイルに急かされるも、俺はこう問う以外になかっ
た。
﹁⋮⋮魔力ってどうやって体の外に出すの?﹂
全員にずっこけられた。
﹁い、いままでどうやって生活してたんだい? 魔法なしで﹂
エドウィンに引きつった顔で訊かれる。
え? え? 魔力扱えないってそんな変なの?
﹁魔法を使う場面なんて日常でいくらでもあると思うけれど﹂
﹁あー、うん、火種出すくらいなら?﹂
地球出身としてはなんの不便も感じなかったので、それ以上の魔
法修得はしていなかった。
﹁とりあえずお前はナスチヤに魔法を習え﹂
頭痛を堪えるようにこめかみに指を当て眉を顰めるガイル。
152
﹁魔力を出せない奴が飛宙艇に乗れるか﹂
﹁魔法⋮⋮そうだな、そっちに興味がないといえば嘘になる﹂
なんせ、魔法だ。地球にないファンタジーの極みのジャンルじゃ
ないか。
﹁とにかく今日は諦めろ﹂
﹁解った﹂
﹁いやに素直だな、なに企んでいる﹂
頷いただけで悪巧み確定!?
﹁違うよ、飛宙艇に乗れなくたって飛宙船には乗れるだろ? だか
らまあいっか、って思っただけだ﹂
﹁ああ、なるほど。でも飛宙船ってあんまり飛んでるって気がしな
いんだよな。あれは浮かんでいるって感覚に近い﹂
見ている限りではその印象はあるな。えっちらおっちら進む飛宙
船は、実を言うとあまり食指が動かない。
気球や飛行船も、展望タワーに登るのと同じじゃないか、と考え
てしまうタイプだ。気球が趣味の人ゴメンナサイ。
﹁飛宙船って最高速度はどんなもんなんだ?﹂
﹁エンジンが日々進歩しているから一括りには語れないが、速くて
153
も時速一〇〇キロってとこか﹂
﹁遅っ﹂
﹁空気抵抗も大きいし、なにより浮遊装置が重過ぎる。村にある飛
宙船なら下手すれば五〇キロ出ないだろう﹂
﹁飛行機に搭載されてる小さな浮遊装置は? 出力を保ったまま小
型化は可能なんだろ?﹂
﹁浮遊装置を小型軽量にすれば今度は魔力消費が激し過ぎて使い物
にならない。飛行機は離着陸のみで使うからなんとかなるんだ﹂
なるほど、ままならないのだな。
一人ごちていると、白い風が俺達を掠め飛んでいった。
﹁おぉ?﹂
振り返ると猛烈な勢いで空を舞う小さな影。
ソフィーだ。
飛宙艇に乗り、小さな体をめいいっぱい傾けて重心を取り風を受
ける少女。
走る、というより疾走、と表した方が相応しかろう。青々とした
草原と風のゲレンデを滑走するように飛ぶ様子は、まさしく風の精
霊だった。
﹁さすがは俺の娘。この短時間で覚えたか﹂
﹁って、飛宙艇乗るのは今日が初めてなのか?﹂
154
﹁いつも紅翼に乗せてはいるが、飛宙艇は長らく倉庫に眠っていた
からな。見るのも初めてのはずだぞ﹂
それで﹃あれ﹄か?
軽快に空を走る様はどう見ても乗り慣れた人のそれ。戸惑いも躊
躇もなく、空を我が領域と言わんばかりに駆け抜けている。
﹁天才、って奴か?﹂
﹁才能無ければ可愛い一人娘に単独飛行なんてさせねぇよ﹂
⋮⋮ごもっともで。
見れば、他の生徒も呆然とソフィーを眺めている。そりゃ普段は
屋敷から出てこない引っ込み思案な子が、あんなアグレッシブに動
いていれば唖然とするだろう。
胸の奥に重いものを感じる。嫉妬? いや、苛立ちか。
ソフィーに、じゃない。自分に、だ。
体が一〇歳になったって中身は大人だ。ゼェーレストに来て以来、
童心に返ってはしゃいでこそいるが、それでも自分はここにいる子
供達を見守り、導く側なのだと常に頭の片隅に置いてきた。
嘘吐け、と思うだろうが、とにかく自分なりに考えてはいた。
だというのに︱︱︱俺は、この世界で生きていく術をなにも知ら
ない。
誰でも動かせる飛宙船も乗れない。魔法も使えない。使用人の仕
事だって半人前。
それで、いいのか?
爆走するソフィーにギイハルトの操る飛宙艇が併走する。ギイハ
ルトがなにか話しかけ、緩やかに速度を落とし着陸した。
地上に降りたギイハルトは笑みを浮かべながらソフィーの頭を撫
でる。彼女はくすぐったそうに屈託なく笑った。
155
笑った。
⋮⋮笑った?
﹁⋮⋮良くねえよ! かっこわりぃよ!﹂
﹁うをぉ!? なんだいきなり叫んで!﹂
﹁特訓だ! 血反吐を吐くような訓練を所望する!﹂
﹁よくわからんが、希望とあらばスパルタでやってやるが。覚悟は
あるかフニャチン野郎!?﹂
﹁サーイエッサー!﹂
﹁まずは飛宙艇抱えて村一周だ! 貴様はロクに飛宙艇にも乗れな
いんだからな! 他の訓練兵の邪魔するぐらいなら走り込んでいろ
!﹂
﹁イエッサー!﹂
セイルを外したボードを肩で担ぐ。お、重い⋮⋮!
﹁やる気あんのか貴様ァ! 腰を入れて走れやコラ!﹂
ケツキックされ、崩れ落ちそうになるのを踏み留まる。
﹁っ! ⋮⋮ありがとうございますぁあ!!﹂
﹁とんだ変態野郎だな! 子供の教育に悪いからそろそろ止めよう
ぜ豚野郎!!﹂
156
﹁いいや、やるね! あんなぽっと出のイケメンにニコポされたん
だ、腹の虫が収まるか!﹂
﹁あ、それが原因か﹂
マリアが俺の肩を叩いた。
﹁見苦しいわよ﹂
﹁ぐはっ﹂
結局俺は、苛立ちなのか焦りなのかも解らない感情を静める為に
も村一週を敢行することにした。
よくよく見てみると、ソフィー以外の子供達も飛宙艇には四苦八
苦している。扱いが難しいのは本当のようだ。
うん、焦る必要なんてないな。らしくなく取り乱してしまった。
汗かいたら体が火照る代わりに頭が冷えた。心を落ち着かせ、教
室の元まで戻る。
﹁皆、すまん。少し落ち着い︱︱︱﹂
﹁ギイハルトさん、左のペダルはなんですか?﹂
﹁あの⋮⋮ベルトが長いのですが﹂
﹁すっげーなギイハルト、冒険者なのか!?﹂
ギイハルトがモテモテだった。
つか飛宙船訓練始まってるし。
157
イケメンなんて死滅すればいいのに。
﹁あっ!? そういえば今の俺もイケメンだった!?﹂
顔が変わっているのを忘れていた。
﹁は﹂
ガイルに鼻で笑われた。
飛宙船に関しては俺が一番上手かった。操縦感覚は自動車そのも
のだ。
﹁つまらん﹂
﹁な?﹂
運転が素直でイメージ通りに動く。上下に動く以外は車と変わら
ない。
高度を上げれば景色を楽しめるかも知れないしそれはそれで楽し
そうだけど、あまり上まで行くなと事前に通知されている。
﹁あまり風で流れたりもしないな。図体でかいから影響受けそうな
もんだが﹂
﹁だから浮遊装置はばか重いっつってんだろ。お前が問題なく動か
158
せることは判ったからさっさと降りろ﹂
飛宙船から降りてソフィーが乗り込む。助手席にギイハルトが乗
車。
﹁まずは腰のベルトを締めて﹂
﹁⋮⋮入りません﹂
﹁金具が逆だね。お腹じゃなくて腰に合わせるんだ﹂
それでも手間取るソフィーに、ギイハルトが上半身を乗り出して
手伝ってあげる。
﹁ほら、娘さんにボディータッチしているぞ。アイツ体育館裏に呼
び出すべきじゃね?﹂
﹁アイツは誠実な男だ。心配ない﹂
﹁なあ。あのギイハルトってどんな男なんだ?﹂
ソフィーの下手っぴな操縦を眺めながら問う。ソフィーが適性を
持つのは風で飛ぶ航空機に限定される模様。
﹁気になるのか?﹂
﹁べっつにー? キニナラナイヨー?﹂
﹁ならいいな。面倒くさいし﹂
159
﹁すいません教えて下さい﹂
敵を知り己を知れば百戦危うからず。
情報収集は兵法の基本である。
﹁ギイハルト・ハーツ。現在は共和国軍のテストパイロットを勤め
るエリートだ。専門は戦闘機天士。だが白兵戦から大型級飛宙船ま
で幅広く扱える器用さも併せ持つ。ランクはトップウイングス。遅
かれ早かれシルバーウイングスに到達出来るだろうな。若いが、一
〇年前の大戦にも参加した。戦いも酸いも甘いも知り尽くした優秀
な男だ。性格は温厚。血の繋がらない妹がいる。こんなものか?﹂
訊いといてなんだが、個人情報少しは保護しようぜ?
﹁十年前の大戦って、あいつ何歳だよ﹂
﹁一桁﹂
少年兵じゃないか。
﹁つまり、強いし覚悟もあるし優しいし、ってことか?﹂
﹁だな。正直、将来いい相手が見つからないようだったらソフィー
を任せようかなと考えている﹂
なんてこった。この娘馬鹿なガイルがそこまで信頼しているなん
て。
﹁⋮⋮勝つしかないな﹂
160
﹁誰に何でだ﹂
視線を走らせる。
人型巨大ロボット、勝負はコイツで決めるッ!
﹁ガイル! 人型機の練習が終わったらギイハルトとサシでやらせ
てくれ﹂
﹁わーったよ。好きにしろ﹂
肩を竦めるガイルに頭を下げ、目を閉じる。
こんな小さな勝負で勝ったって、絶望的に届かない場所に彼はい
るのだろう。
けれど、それでも。
長い階段だろうと、一歩一歩登ってくしかないのだ。
人型機の説明と簡単な練習を経て、ガイルの指示で俺とギイハル
トの乗った戦闘用人型機が対峙する。
﹁勝負だ︱︱︱ギイハルト!﹂
そして俺は︱︱︱
その場にいる全員に、ぼろ負けした。
161
162
人型ロボットと空飛ぶ船︵後書き︶
主人公最強︵笑︶
改訂前は読みやすさ重視で設定を軽くしていましたが、皆さんが
読みたいのはガチムチに緻密な技術設定だと考えしっかりと背景を
考えてみました。
163
小説的主人公と映画的主人公
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
ほっとけよ、もう。
﹁⋮⋮⋮⋮ぐすぐす﹂
薄暗い自室の倉庫にて、膝を抱えてうずくまる。
今頃あいつ、ギイハルトは一家と楽しい夕食を取っているのだろ
う。
ぎゅるると腹の虫が﹁ハラヘッタ﹂と抗議する。黙れ。
すいか
暗い室内に扉のスリッドの光が射した。
闇に慣れた目は、逆光ながらも誰何するまでもなく人影が誰かを
判別する。
﹁まだふてくされ⋮⋮泣いてた?﹂
マリアだ。
﹁泣いていない﹂
ストライカー
彼女もまた、今日俺を打ち負かせた一人。
互いに人型機の操縦は初めて。しかし俺は対人戦技能を有し且つ、
地球生まれ故に機械操作に慣れている。
だというのに、戦いのたの字も知らず機械らしい機械に禄に触っ
たこともない女の子に負けたのだ。落ち込むなという方が無茶だろ
164
う。
﹁⋮⋮そう。ええ、私は何も見てないわ。きっと明日になればいつ
もみたいに変な顔で笑いかけてくるでしょうし、気にしないことに
するわ﹂
少しわざとらしいが、マリアらしい気遣いがありがたい。変な顔
は余計だが。
俺がショックで倉庫に籠もり、マリア受け持ちの仕事が増えてし
まっているだろうに。それをおくびにも出さない彼女は実にいい女
だと思う。
﹁ご飯、ここに置いて行くわよ﹂
彼女はトレイを床に起き、踵を返す。
﹁⋮⋮ありがとう﹂
これだけは伝えねば後悔すると、咄嗟にマリアの背に言葉を投げ
かけた。
聞こえていたのかいまいのか、パタンと扉が閉まる。残ったのは、
まだ湯気の立つ食事だけ。
スープを皿から直接飲む。
﹁⋮⋮しょっぱい﹂
これは、きっとマリアの手作りだな。
165
外に出る。この世界には星はあれど月はない。
地球より少し寂しい夜空を見上げ、大きく深呼吸した。
﹁⋮⋮アホらしい﹂
なにをくよくよしているのだ。そんなの、時間の無駄以外の何物
でもない。
倉庫から屋敷を確認。明かりはリビングに点いている。
あらだか
アナスタシア様とソフィー、そしてゲストのギイハルトはあそこ
にいる。ガイルは先程、共和国の新型・荒鷹で飛び立つのを確認し
た。どこか騒音被害の発生しない場所でフライトを楽しむ算段だと
推測。
﹁悩むな、いや、悩んでもいいが歩みは止めるな。時間が勿体無い﹂
自身に言い聞かせ、言葉通りに足を進める。
時間の浪費など愚の骨頂。俺はギイハルトを倒すと決めたのだ、
ならばやることはただ一つ。
﹁特訓だ!﹂
ギイハルト帰宅のタイムリミットは明日の昼。今日は徹夜してで
も、人型機を自在に操れるまでになってやる。
てつあにき
目的地はゼェーレスト村正面。
人型機・鉄兄貴だ。
166
闇夜に眠る体長一〇メートルの巨人は、日の下で見るのとはまた
異質な迫力があった。
見慣れた仰向けに固定される彼の首筋に潜り込む。
首の装甲の隙間。人型機のハッチは基本この位置だ。
誤作動が起きないように複雑な手順で開く小さな扉。その先を抜
けると、辿り着くのは人型機の頭部。
セルファークに来るまでは、ロボットの操縦席といえば胸部にあ
るものと思い込んでいたが、人型機の操縦席が頭部に存在するのは
幾つか理由があるそうな。
座席に腰を下ろす。子供のこの体であればスペースにも余裕があ
るが、大人が乗ると余分な隙間もなくそれなりに窮屈な思いをする
羽目になる。頭部全体がコックピットモジュールであるにも関わら
ず人の為に用意された空間は微々たるものだ。
これは下手に空間があれば動いた時に中で跳ね回る羽目になると
か、頭部の全方位に搭載されたセンサーやそれらの制御装置が空間
を抑圧しているからというのもあるが、なにより頭部の基礎フレー
ムである球体の装甲が分厚いからに他ならない。
頭部は人型機の中で一番装甲が厚い。
中に人がいるのだから当然なのだが、少し考えてみてほしい。
人間やはり危険が迫ると咄嗟に頭を守ってしまう。頭にカメラを
設置して胴体にコックピットを入れると、カメラ位置とはかけ離れ
た場所を攻撃されたと思ったら実は自分のいるコックピットでした、
なんて話になる。それはぞっとしない。
また、コックピット﹃モジュール﹄というだけあって、頭部は非
常時にはパージ出来る。いわゆる脱出ポッドだ。
分離した頭部はただの鉄の球体だ。球体というのは構造体として
167
根本的に衝撃に強く、大型の魔物に分離した頭部を踏みつけられて
もそうそう潰れない。
また長時間の待機や救援待ちを想定して、戦闘用人型機のコック
ピット内には保存食、メディカルパック、サバイバルキット、果て
は簡易トイレまで設置されている。まるでロシアの戦闘機だ。
これら生存性の向上が人型機のコックピットが頭部にある理由の
一つ。
もう一つは、俺の目の前にある強化ガラスのはめ込まれた窓だ。
この世界にカメラやモニターはない。もしかしたらあるかもしれ
ないが、人型機の内部には採用されていない。
視覚は戦場で最も重きを置かれる。だから、故障の心配のないこ
の方式が一般的なのだろう。
モニターを介さず外を直接見る。原始的だが機械的信頼性も高く、
なにより早い。
一切のタイムラグもなく、見たままの情報が飛び込んでくる。人
間の目より優れたカメラは存在しないとはよく言ったもので、格闘
戦闘すら行う人型機にはこれが一番重要なのだ。
外から見れば小さな隙間だが、中から見れば自動車のフロントガ
ラス並だ。視界の狭さも感じない。
戦闘用人型機では金網がガラスに重ねられ、装甲重視の考えから
視界が若干狭くなっている。それでも昼間乗った時に視界が小さい
とは感じなかった。
作業用と戦闘用では視界範囲を初め様々な違いがあるが、基本的
な操作は変わらない。
深呼吸を一つ。胴体をベルトで固定して、小さな箱に手を伸ばす。
鍵穴に針金を突っ込み、解析魔法を併用してピッキング。簡単な
鍵だったのですぐ開いた。
箱の中の起動用レバーを掴む。
﹁あー、怒られるだろうな。子供が勝手に動かしていいものじゃな
168
いよな﹂
しかしそれも覚悟の上。
罰を受ければなにをしてもいいなどという道理にはならないが、
今は明確な意志を持って規則を破らせてもらおう。
レバーを操作する。
各部を制御するためのバッテリー回路が繋がれる。金属の擦れ合
うような音。電動モーターが魔導術式を組み替え、クリスタルの魔
力が人型機全身の無機収縮帯に供給される。
星形エンジンみたいな無機収縮帯を利用した発電器が動き出し、
充分な電力源を得たことで各種センサーが目覚める。
今の俺では理解不可能なシステムが幾つも立ち上がり、発電機の
低い唸りがフレームを震わせる。
視線を走らせ計器を確認。
﹁クリスタル魔力供給量正常、無機収縮帯テンションOK、︱︱︱
よし、いくぞ﹂
両手両足のペダルとレバーを押し込む。鉄兄貴が仰向けの状態か
らクルリと反転、うつ伏せに。
座席の角度を一八〇度回転。
人型機の手足が伸び、動物のように四つん這いで立ち上がった。
⋮⋮これが、俺の限界だった。
二足で立ち上がれないのだ。
訓練ではどうやってもバランスを保てず、転倒を繰り返した。
情けなさのあまり涙がこぼれそうになるが、それをぐっと堪えて
移動を始める。
見るに耐えない不安定な挙動の不気味なハイハイ。それを巨大ロ
ボットが行う様は実にシュールなのだろう。
169
やってきた先は村外れの畑道。人型機が歩くことを元より想定し
ているので、動き回るに足りる広さがある。
なによりあくまで村の中なので魔物も現れず、かつ近くに民家も
ない。少々うるさくしても問題なかろう。
早速といわんばかりにフットペダルに力を入れる。
腕を押し出すように伸ばし、その反動で立ち上がる!
﹁わ、うわあっ﹂
勢い余って後方に傾いてしまった。片足を後ろに下げ体重を支え
ようとして、片足立ちとなったことで横に傾き豪快な騒音を撒き散
らしながら崩れ落ちる。
﹁なんのぉ、おぉ!﹂
勢い余って畑に突っ込みそうになり、咄嗟に踏ん張って方向転換。
鉄兄貴は体を中途半端に捻った姿勢で倒れた。
﹁⋮⋮ふむ﹂
ここは一つ、考え方を変えてみよう。
ガイルやギイハルトの指導ではなく、俺が初めから持っていた地
球知識。
日本は人型ロボットに並々ならぬ情熱を注ぐ民族だった。故に、
二足歩行の困難さも認識している。
そうだ、いきなり歩こうするのが間違いなのだ。物事には順序が
170
ある。
まずは立とう。直立が最初の目標だ。
﹁目標低けぇ⋮⋮﹂
ようは人型機の重心が足の裏にあれば立てるのだ。重心が接地部
分から外れれば転倒する。簡単な理屈だ。
静かに、ゆっくりと立ち上がる。手を地面から放し、慎重に具合
を見ながら力を込める。
半腰の体勢で一旦ストップ。ハンドルを回して座席の角度を九〇
度回転させる。
待機状態と起動状態では座席の向きが異なる為に用意された装置
だが、くそ、戦闘用では電動だったのになんで作業用では手動なん
だ、面倒くさい。
気を取り直して中腰の状態から更に上を目指す。ここで転倒すれ
ば衝撃は馬鹿にならない。
五メートル、六メートルと上昇していく視線。そして遂に︱︱︱
﹁立った﹂
直立。
﹁立った、立ったぞ⋮⋮!﹂
何度繰り返そうと至れなかった体勢を、やっと成し遂げたのだ。
﹁⋮⋮といっても、立つのだけで手間取ってたの俺だけだけどな﹂
浮かれてどうする。ギイハルトはこんな基本よりずっと先にいる
のだ。
171
四つん這いでハイハイして頭突きで試合するなんて、もう二度と
ごめんだ。
﹁しかし、これは⋮⋮高いな﹂
搭乗型ロボットとして身長一〇メートルはありふれたサイズだが、
実際乗ってみると相当高い。そりゃ三階に匹敵するわけだから当然
だけど。
﹁次は、歩く、か﹂
二足歩行には静歩行と動歩行が存在する。
静歩行は重心が足から外れない歩行。つまり、動作を中断しても
倒れない。
しかし動歩行は重心が足から外れる、あえてバランスを崩す歩行
だ。人間が普段行っている歩行であり、高い制御技術を必要とする。
人間パネェ。
これができなきゃ戦えない。重心移動は武術における基本にして
奥義。
とはいえ人型機のセンサーは感覚まで完全にフィードバックして
くれない。
地道に、動作パターンを模索するしかないか⋮⋮
意外な解決法があった。解析魔法だ。
常に解析魔法を使用し、機体の状況を網羅し続ける。
それこそ、足の裏の接地圧まで。
172
重い足音を轟かせ鉄兄貴が前進する。それっぽく歩けるようにな
った。
こうなってくるとやはり楽しいもので、色々な動作を試行錯誤し
てみたくなる。
カーブ歩行、横飛び、ムーンウォーク等々。一度確立してしまえ
ば寸分の誤差もなく制御出来るのが快感だ。
人型機の操縦はピーキー過ぎて制御が難しいが、逆にいえば人間
以上の精度で動けるということに他ならない。
﹁完全把握出来るなら、こっちのもんだ﹂
クラウチングスタートの構えから、一気に加速。畑道を駆け抜け
る。
﹁うおお、動く動く! もしかしてこっちの世界では解析魔法みん
な使えてたのか?﹂
だとしたら俺以外の奴が軽々と人型機を乗りこなしていたのにも
納得だ。こんな扱いにくい乗り物、なにかのインチキなしで動かせ
るもんじゃない。
とにかく、この調子で動きの幅を広げるぞ!
俺はギイハルト打倒に燃え、時間を忘れて練習を続けた。
どれほど時間が経っただろうか。
﹃レーカ君?﹄
173
夢中で操縦していた俺は、聞き慣れた声に我に返った。
﹃こっちよ、こっち﹄
これは、集音機から聞こえるのか。
外にいるであろう人影を探す。
操縦席で首を振ると、連動して人型機の頭部も回転する。
座席は常に正面を向いているので、頭部を移動するとフロントガ
ラスも移動する。つまり頭は向けている方向の視界が開けている。
闇夜に佇む、小さな人影を発見。シルエットで女性だと判る。
真っ白なショールを羽織っていたので、白装束かと思って焦った。
﹁⋮⋮アナスタシア様?﹂
いかん、見つかった。怒られる。
﹃ガイルに聞いたよりずっと動けるようになったみたいね﹄
﹁う、うす﹂
﹃降りてこない? 話したいことがあるの﹄
怒られる! アナスタシア様はきっと普段は優しいが怒ると鬼に
なるタイプの人だ!
ビクビクしつつ鉄兄貴を降着姿勢に固定し、ハッチから這い出る。
﹁到着しました。うす﹂
﹁その口調はなに?﹂
174
﹁すいません! ふざけてないです! 勝手に人型機動かしてごめ
んなさい! うす!﹂
土下座を敢行。アナスタシア様の溜め息が上から聞こえた。
﹁私は貴方を叱るつもりはないわよ?﹂
﹁ごめんな⋮⋮え? なんで? こういう時はビシッと言わなきゃ﹂
予想外の展開に意味不明な言葉が漏れる。
﹁なぜ人型機に乗ってはいけないか、それは判るわね?﹂
﹁えっと、危ないから。人様に迷惑をかけかねないから。村の共有
財産だから。これくらいでしょうか?﹂
思い付いたまま並べると、肯定が返ってきた。
﹁そうよ。貴方はそれを承知した上で法を破った。こういう相手は
叱る必要もないわ、責任を忘却しているか責任から目を反らしてい
るかのどちらかだもの﹂
辛辣だなこの人。
﹁前者、忘却しているなら性根矯正しなおせばいいし、ね﹂
﹁アナスタシア様、怖いです﹂
年甲斐もないウインク。愛嬌があって可愛いとすら思うが、内容
175
は物騒だ。
俺の勘は間違っていない。普段優しい人は怒ると怖い。
おとこ
﹁まあ、あの人も﹃男の子じゃなくて漢だから﹄とか言ってたし、
女の身としては一歩引いていることにするわ。﹃漢﹄というよりま
だ﹃男﹄だと思うのだけれども﹂
﹁えっと⋮⋮﹃おとこ﹄﹃おとこ﹄連呼されてもよく解りません﹂
きっとそれぞれニュアンスが違うのだろうが、口頭じゃみんな一
緒だ。
アナスタシア様は答えることはぜず、笑って誤魔化した。
﹁それに、貴方は責任感の強い人よ。自分で自分を戒めてたでしょ
う?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹁そこで黙るあたり、頑固者でもあるわね﹂
さて、知らないな。
﹁俺を叱るつもりがないなら、なぜここまで来たのですか? 他の
人は?﹂
﹁ソフィーは寝かしつけたわ。ギイももう休んでいるし、あの人は
荒鷹でどこか行っちゃった﹂
奥さん大事にしろよガイル⋮⋮
176
﹁それで暇になった貴女は俺の様子を見に来たと? というか俺が
ここにいるのバレてたんですか?﹂
﹁バレバレよ。ソフィーとマリア以外はすぐ気が付いたわ﹂
自分なりにこっそりと行動したはずなんだけれどな、やっぱり軍
人の目は誤魔化せないか。
﹁どうも目が冴えちゃって。寂しかったんですもの、ガイルは最近
貴方と遊んでばかりだし。倦怠期ってやつかしら﹂
よよよ、と裾で涙を拭う芝居をするアナスタシア様。相変わらず
余裕を纏った、つかみどころのない人である。
﹁寒いし、屋敷に戻らない? もう深夜を過ぎているわよ﹂
﹁そんな時間ですか、むぅ﹂
まだ体力に余裕はあるし、もっと動きを詰めたいのだが。
﹁見た感じ必要ないかもしれないけれど、人型機を動かすのに必要
な技術を教えてあげるわ﹂
﹁人型機を動かすのに必要な技術?﹂
エアボート
どういうことだろう。操縦方法は昼にレクチャーを受けたし、今
もそれで動かしていたのだけれど。
俺の返事を待たずアナスタシア様は飛宙艇の準備を始める。帰る
気マンマンっすね。
177
エアボート
﹁飛宙艇、乗れるんですね﹂
﹁練習すれば誰にだって乗れるわよ?﹂
﹁俺はそもそも魔力を扱えなくて乗れませんでしたが﹂
﹁なら練習すればいいじゃない﹂
ソフィーのスパルタは貴女の遺伝ですか。
﹁ガイルほど上手くないから、風上には行けないけれどね﹂
﹁え?﹂
指を舐めて風向きを確認してみる。
﹁屋敷の方向が風上ですが﹂
﹁平気よ。ほら、乗って﹂
まあ大きくジグザグに進めばいいか。
﹁その前に鉄兄、人型機を片付けてきます。先に行ってて下さい﹂
﹁私が動かしておくわよ﹂
﹁いやいや、そこまでお手数を⋮⋮﹂
﹁︱︱︱﹃与えるは偽りの魂、我が命の印を以て骸に仮初めの意志
を﹄﹂
178
ん?
﹁立ち上がりなさい︱︱︱﹃ワーク・ゴーレム﹄!﹂
声を張り上げたと思ったら、なんと鉄兄貴が自立した。
﹁な、え、えぇええ!?﹂
﹁ゴーレム魔法の応用よ。あまり複雑なことは出来ないけれど、外
から動かすくらい訳ないわ﹂
足音を響かせつつ去っていく鉄兄貴。俺は魔法の自立制御にすら
負けていたのか⋮⋮
再び落ち込みつつも、促されるままに飛宙艇にアナスタシア様と
二人乗りする。俺はセイルに掴まっているだけ。アナスタシア様が
俺の後ろからハグする形で操るのだ。
むにゅん、と柔らかい感触。
硬直する俺。頭の後ろに大きな弾力が。ががががが。
﹁どうしたの?﹂
﹁イイエ! ナンデモ ナイ デスヨ!?﹂
落ち着け俺! 相手は人妻で恩人だ! 雑念を捨て去れ!
動揺する俺になにかを得心したのか、にまにまと笑みを浮かべる
アナスタシア様。
﹁おませさん﹂
179
﹁ぐ﹂
セイルにしがみつきアナスタシア様と隙間を作る。
﹁あら酷いわ、私嫌われてるの?﹂
だというのに、アナスタシア様は更に密着してくる。
アナスタシア様は、大きい。たわわというか、大きいのだ。
女性としての魅力を十二分にアピールするそれはしかし、彼女持
ち前の気品の前には下品にはなりえない。
ゆったりした服を着ることが多いので失念しがちだが、肉感的な
がらも引っ込むとこ引っ込んでいるプロポーションはまさしく女神
のそれ。
ソフィーも将来はきっとこんな、と、待て、なに考えているんだ。
頭を振って雑念を振り払う。
﹁俺を誘惑してどーするんですか﹂
﹁そんな姿勢じゃ危ないの。別に気にしないから、自然に私に背中
を預けて頂戴﹂
しかし、いや、でも。
﹁はっきりしないわね。こういう時は役得くらいに思っておけばい
いのよ。行くわよ、レーカ君?﹂
魔力が注がれボードが浮上する。
﹁﹃風よ。集い、纏い、覆い、大気の流動となれ﹄﹂
180
風向きが変わった。魔法で無理矢理真っ直ぐ進むのか。さすがは
青空教室で魔法講師をするだけあって、魔法は得意らしい。
通されたのはアナスタシア様の私室。掃除も禁じられているので、
初めて入る。
豪華な家具が並ぶもあまり派手さはなく、しっかりした机も設置
されていることから執務室も兼ねている様子。
失礼と思いつつもついキョロキョロ見てしまう。女性の部屋なん
て慣れていないのだ。
﹁魔法を教えるわ﹂
﹁魔法ですか?﹂
それが人型機を動かすのに必要な技術?
﹁ええ、貴方は魔法に慣れていない。だから人型機とのイメージリ
ンクが行われていないの。訓練で立ち上がれなかったのはきっとそ
のせいよ﹂
﹁なんですかそのイメージリンクって﹂
﹁人というのは、厳密に体を動かしているわけではないわ。心が﹁
前に進みたい﹂と思えば、心とは別の部分が筋肉を動かして前進す
181
る。それらを心だけで動かそうと思えば、緻密な制御が必要となっ
てくる﹂
なんとなく判る。フルマニュアルで人型機を動かしていたので、
歩行というシンプルな動作にどれほど工程が積み重ねられているか
改めて思い知らされた。
﹁操縦桿で大雑把な動きを入力し、イメージリンクがその動きを修
正する。そうやって人型機は立ったり走ったりするの﹂
⋮⋮起動させた時の不明なシステムってこれか?
﹁イメージって、搭乗者のイメージですよね? そんなのどうやっ
て読み取ってるんです?﹂
﹁元々あった感覚共有魔法の応用ね。使い魔の目を通して景色を見
たり、人同士で感覚をリンクさせる用途に使われるわ﹂
﹁簡単ですか?﹂
勝負のチャンスは明日だから、あまり難しいと困る。
﹁中級魔法だから簡単な部類ではないわ。でも魔導術式は人型機に
刻まれているから、魔力を操る感覚に慣れたらあとは人型機が勝手
にやってくれるの﹂
﹁他の子供が人型機を乗りこなしていたのは⋮⋮﹂
﹁イメージリンクが正しく確立していたからね﹂
182
なんてこった、やっぱあったよインチキ。
﹁そもそもイメージ補正なしでどうやって手とかを操作していると
思ったの?﹂
﹁えっと、パターン化とかしてるのかなと⋮⋮﹂
練習ではずっとグーだった。操縦席に指を操作する部分がなかっ
たから不思議ではあったんだ。
﹁それでよく動けていたわね。普通立ち上がることすらできないは
ずよ﹂
﹁それは解析魔法を使ったからですね﹂
﹁解析魔法?﹂
﹁って、勝手に名付けただけですが。本来の名前はなんていうんで
しょう?﹂
アナスタシア様に解析魔法について説明する。
﹁目視出来る物体を解析する魔法。呪文詠唱は不要、ね⋮⋮﹂
顎に指を当てやや考え込み、
﹁ないわよ、そんな魔法﹂
﹁え?﹂
183
予想外の返答を発した。
﹁いい? 魔法を発動する方法は二つ。口頭による呪文詠唱か、金
属に魔導術式を刻むかだけなの。例外もあるけどそれもどちらかの
変則・応用でしかない。魔導術式も用意せず意識だけで発動する魔
法なんて聞いたことがないわ﹂
﹁で、でも、使えてますよ? なんならなにか透視しましょうか?﹂
﹁いいわ、信じるから。ところでそれ、覗きとかに使ってないでし
ょうね﹂
﹁無理でした。人体の中身まで解析してしまって﹂
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
奇妙な沈黙が流れた。あれ、俺の無罪潔癖を証明したはずなのに。
﹁⋮⋮まあ、ともかく興味深いわね。異世界の次は謎の魔法。詳し
く調べてみようかしら﹂
人体実験とかはノーセンキューです。
﹁それで、その解析魔法を使ってどう人型機を操ったの?﹂
﹁人型機ってセンサーは付いてても、感覚はないですよね。だから
重心やフレームの負担を読み取って最適な動きをさせたんですよ﹂
﹁⋮⋮ふぅん﹂
184
なんですか、その意味深な声。 ﹁それにしても詳しいですね、人型機について﹂
ゴーレムや使い魔魔法の応用で片付けるには、少し博識過ぎると
思う。
﹁あら、私はメカニックよ?﹂
﹁⋮⋮マジっすか?﹂
﹁マジっすよ﹂
いたよ、人型機に詳しい人。
せきよく
﹁でも紅翼整備してるところなんて見たことありませんよ?﹂
﹁飛行機乗りは最低限自分の機体は自分で世話するものよ。あの人
の手に負えないトラブルが発生したら私の出番ということね﹂
なるほどと頷き、姿勢を正して頭を下げる。
﹁アナスタシア様﹂
﹁はい﹂
﹁俺に魔法を、それに人型機の技術を教えて下さい。今夜だけでは
なく、これから長期間に渡って。お礼は必ずします﹂
﹁お礼なんていらないわ。子供を導くのは大人の役割だもの﹂
185
﹁いえ、そういうわけには﹂
﹁私だってそうやって知識や技術を学んだのよ。そして貴方が大人
になった時、誰かに私の技術を伝えて。そういうものよ﹂
﹁︱︱︱はい﹂
アナスタシア様は嬉しそうに機材などの準備を始める。
﹁ふふっ、ソフィーは機械は苦手だし、メカニックの技術伝承に関
してはもう諦めてたの。弟子が見つかってよかったわ﹂
﹁ソフィーが将来自分の飛行機を持ったらどうするんです? 自分
で整備するものなんでしょ?﹂
﹁その時はお願いね﹂
俺任せですか。
﹁さて、まずは魔力を操ることから始めましょう。貴方は出鱈目な
ほど魔力があるから、きっと凄い魔法使いになれるわ﹂
出鱈目? ⋮⋮あ、チートで魔力強化されてるの忘れてた。
﹁それともいっそ強力な魔法一つ覚える? 貴方の魔力量なら力任
せに放っても人型機を撃破するくらい可能よ?﹂
﹁生身の人間が人型機に勝てるんですか?﹂
186
﹁攻撃力だけで語れば上級魔法で装甲を貫けるわね。生身だと一撃
で墜ちる危険もあるけれど、逆に言えば的が小さく当てにくいわけ
だし﹂
確かにファンタジーに登場する竜殺しの英雄など、超人的な人種
なら人型機も倒せそうなイメージはある。
﹁いえ。訓練はあくまで人型機の操縦中心にお願いします。巨大ロ
ボットを生身で倒すなんて邪道です。それもまた浪漫だけど、邪道
です﹂
﹁よく解らないけど、判ったわ。今夜は寝かせないわよ﹂
別の場面で聞きたかったっす。
れいか
なぜここまでギイハルトとの勝負に拘るのかと問われれば、零夏
自身はっきりとした回答を提示出来ない。
解らないから、が半分。もう半分は認めたくないから。
零夏から見たギイハルトは、イケメンであり人気者でありガイル
やアナスタシアからの信頼も厚い。人見知りのソフィーに対しても
上手く接して見せた。そんななんでも超人だ。
零夏はギイハルトに嫉妬した。少年ながらに兵士だったという悲
劇的な過去も含めて、そのかっこいいプロフィールに。
こんなことを考える自分に自己嫌悪しながらも、彼は不安だった。
187
まるで物語の主人公のようなギイハルトが、彼がこの世界で運良
く手に入れた家族をかっさらうのではないか。
そんな焦燥が零夏を突き動かした。表向きは悔しさという健全な
感情で覆い隠し、本心ではこう思っていた。
﹁俺の居場所を奪うな﹂と。
しかし相手は経験豊かな大人であり、社会的な地位も実力もある。
到底零夏という存在では太刀打ち出来ない。
だから、せめて。せめて、ギイハルトになにか一つだけでも勝ち
たかった。
﹁馬鹿らしい﹂
そんな取り留めのない﹃仮説﹄に自嘲しつつレバーを捻る。
人造の巨人の心臓が脈動を始める。
眼前の敵ならぬ敵を見据え、操縦桿を強く握り締め。
まさに今、真の主人公の初陣が始まろうとしている。
ギイハルトにとって、その試合は優しさで付き合うだけのものだ
った。
レーカというあの少年は昨日全く人型機を操れなかった。人型機
は戦闘機と並ぶ子供の憧れだ。その才能がないというのは子供なが
らショックのはず。
だから、少年がリベンジを申し込んできた時も面倒だとは一蹴出
来なかったし、共和国の騎士として正々堂々受けて立った。
188
昨晩ガイルとアナスタシアが出掛けていたのは彼も気が付いてい
る。おそらくは夜通し特訓を行っていたのだろし、両名がこの試合
を許可したことからレーカ少年は一通り人型機を操れるようになっ
たのだろうと推測する。
その心意気や良し。そう思えるほどには、彼は大人だ。
無論、負ける気などさらさらない。
結局のところ、それが男同士の戦い故に。
朝一で零夏の申し込みにより行われることとなった試合。
形式的には前日の訓練とまったく同じであり、草原を舞台とした
ほぼ平地における得物なし格闘戦。
朝食後すぐに準備されたその舞台には、当然ながらガイルとアナ
スタシアも同席している。
村の子供達も騒ぎを聞いて集まり、キャサリンとマリアもまた仕
事を中断し屋敷に住み着いた少年を見守っていた。
﹁ナスチヤ﹂
﹁はい﹂
対面して降着姿勢を保つ二機の人型機を見据えたまま、ガイルは
隣に立つ妻に問う。
﹁結局、あいつの仕上がりはどうなんだ?﹂
﹁想像以上ね﹂
189
学ぶことには厳しい妻の、珍しい称賛にガイルは意外そうに視線
を彼女へ向けた。
﹁一晩で魔法に関してはソフィーを越えたわ。ソフィーは魔法に関
してはあなたに似て凡才だけれど、それにしたって早い﹂
﹁それは、魔力量に任せた力業などではなくて、か?﹂
﹁魔力も馬鹿げているけれど、それ以上に確かな教養と知識、更に
言えば柔軟な発想を持ち合わせているわね。異世界というのはあん
な子ばかりなのかしら﹂
﹁最初に話し合った可能性に関しては?﹂
﹁むしろ可能性が消えたと考えるべき。事前に聞いていたのと違い
過ぎるもの﹂
ガイルとしては、零夏に魔法の適性があるというのは釈然としな
い。魔法に長けた者は例外なく頭の回転が速い。いつも馬鹿ばかり
している零夏にそのイメージが合わなかったのだ。
しかし、アナスタシアはそれすら否定する。
﹁あの子は聡い子よ﹂
﹁随分と高評価だな﹂
﹁気付いていた? あの子があなたにだけふざけた態度で接するの
は、他ならぬあなたがそれを望んでいるからだって﹂
190
﹁バカ言うな。アイツに構うのも大変なんだぞ﹂
﹁構ってやっているようで、構ってもらっていたのよ。レーカ君は
あなたがいつも寂しそうな目をしていると気付いていたから、無礼
を承知で友人として接していた﹂
﹁⋮⋮人に友達がいないみたいな言い方するな﹂
﹁いないじゃない﹂
カラカラ笑う妻に、そのうちなにか仕返ししてやろうと考える駄
目な夫。
憮然とふてくされたガイルに可愛らしさを見出しつつ、アナスタ
シアは思案する。
人型機の操縦はどうしても誤差が生じる。
人間が﹁五〇センチ足を進める﹂と考えて踏み込んでも、脳が勝
手に最適な距離・重心へと修正し、数値とは異なる場所へ足を降ろ
すことになる。イメージリンクはその無意識の修正を利用し違和感
なく操縦を補助する機能だ。
熟練した乗り手であればイメージリンクの割合が減り動作精度が
上がるが、それでもズレは必ずある。
しかし零夏の動かし方は根本的に違う。解析魔法により正確なデ
ータを得て、それを寸分の狂いなく現実に再投射している。
故に、その人型機の動きは、無機的であり正しく機械的。
そもそもが、解析魔法というイカサマの存在は、零夏が操縦の入
力を誤差なく行える理由にはならないのだ。
︵零夏君の操縦において、注目すべきは解析魔法なんかじゃない。
本当に凄まじいのは︱︱︱︶
191
︱︱︱彼自身の持つ、精密制御技能ではないか?
黙りこくってしまった妻に、なにか機嫌を損ねたかと焦るガイル。
﹁ど、どうした? もしかしてお前も女友達が欲しかったとかか?
すまんな、こんな田舎に住ませて⋮⋮﹂
﹁ここに住んでいるのは私の事情もありますし、このゼェーレスト
村は気に入ってますし、私は村の奥様方と仲良くさせて頂いており
ます。あなたと一緒にしないで下さい﹂
ぐは、と崩れ落ちるガイル。 ﹁この際だから言わせて頂きますけれど、昨日はどこに行ってたの
? 新型機で夜明けまでほっつき歩いて、いえほっつき飛んでいて、
娘の教育に悪いのよ。それに騒音で人様にご迷惑をおかけしたりし
ていない?﹂
思考の海に浸かったアナスタシアは無意識に普段覆い隠した本音
を漏らす。あくまで無意識である。
二人の後ろでソフィーが母に怯えていた。
﹁だ、大丈夫だ! 昨日は重力境界でドラゴン相手に新型機の性能
を試していてな、いやさすが最新型だぜ、エンジン出力が半端なか
った﹂
だから騒音被害は出していないと弁明するガイルに、アナスタシ
192
アはようやく冷めた目を向けた。
﹁あそこには行かないって約束だったでしょう? 今月のお小遣い
は半分カットです﹂
声もなくガイルは突っ伏した。
なにやら意気消沈しているらしい審判に仕事を促し、両名は構え
をとる。
零夏機は片足を半歩引き、ギイハルト機は腰を落とす。
民間と軍隊という差もあれど、双方格闘技の経験者。
その違和感のない立ち姿にギイハルトは手心を加えることを止め
た。
人型機に関しては素人でも、白兵戦についてはそうではない。彼
の知識と長い軍歴故の勘は、それを正しく見抜いた。
構えたまま、微動だにせず試合開始の合図を待つ。
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
待つ。
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
193
待つ。
﹁⋮⋮⋮⋮先輩まだですか﹂
﹁⋮⋮⋮⋮はよしろガイル﹂
﹁うっせ。こっちは小遣いカットで落ち込んでるんだ。はい開始か
いし∼﹂
投げやりに振られた手に、しかしそれでも切って落とされた火蓋。
発電機とコンプレッサーを唸らせる鋼の巨人が、勢いよく駆け出
した。
不意打ちで始まった勝負に観客は息を飲む。
振りかぶり放たれるギイハルト機の拳。識域下で未だ残っていた
零夏への侮りが、多少の疑念を押し潰しての一撃として零夏機へと
迫る。
僅かに姿勢を低める零夏機。
ギイハルト機の拳は零夏機の頭上、コックピットモジュールを掠
めた。
その紙一重の回避に驚愕する間もなく、ギイハルト機のコックピ
ットに零夏機の右肘が突き刺さる。
﹁ぐっ!? ああぁ!﹂
左足から右肘まで真っ直ぐ衝撃を通した一撃。人型機のパワーを
存分に込めたそれは、砲撃の跡のように左足が地面を抉り、固定さ
れていないギイハルト機に至っては誇張なしに宙を舞うこととなっ
た。
スケールの比率からいえば人間以上のパワーを人型機は持つ。一
194
〇メートル以上吹き飛んだギイハルト機は盛大に金属の擦れ合う音
をがなり立て地表に落ち、更に地面を数メートル掘削した場所でよ
うやく静止した。
あまりの展開に言葉を失う一同。
誰もが、軍人であるギイハルトの圧勝を疑っていなかった。
しかし現実はどうだ。最初の一撃、それも痛烈なダメージを受け
たのは零夏機ではなくギイハルト機。
ギイハルト機は倒れたまま微動だにせず、零夏機もまた肘打ちを
放った姿勢から動かない。
あまりに予想外の展開だった︱︱︱零夏の可能性に至ったアナス
タシアを除いて。
金属が千切れる、人が生理的に受け付けない類の音が響く。
誰もがギイハルト機に何らかの支障が生じたと考える。その音の
正体に気付いたアナスタシア以外は。
﹁あの子、人型機と人間のフレームが別だって考えてなかったわね﹂
零夏機の右肘関節部が火花を散らし垂れ下がる。
人型機に想定されていない角度からのダメージに、精密な腕関節
が耐えきれなかったのだ。
コックピットの窓から破損した腕を確認し、零夏は呟く。
﹁っく、こういう使い方は駄目なのか?﹂
それは間違いである。人型機には、人型機の肘打ちがあるのだ。
これは正しく人体と人型機とを同一視した零夏の知識不足からの
失敗。
なんであれ、零夏はこの戦闘において拳以外の打撃技を使用しな
いことにした。
ギイハルト機が立ち上がる。
195
その緩慢な動作にダメージが残っているのかと人々は予想するが、
それはあまり正しくない。
ギイハルトは戦闘機のエースパイロットであり多少の衝撃でどう
こうなるほどヤワな鍛え方などしていない。
彼の搭乗する人型機にしても、咄嗟に構えることで衝撃を分散し、
見た目ほどの損傷はなかった。そもそもが人型機の頭や首は重要箇
所であるが故に強固であり、致命傷とはなりにくい。
しかし、ギイハルト自身は別だった。
彼自身は大人であろうと男であり、それ相応に負けず嫌いであり。
早々に傷付けられたプライドに、彼の目は爛々と輝いていた。
既にギイハルトに油断は欠片もない。
じりじりと近付く零夏機とギイハルト機。
脚部の挙動一つ見落とすまいと、座席に座る彼らの眼光は鋭くな
る。
間合いに入った。そう確信したのは双方同時だった。
ギイハルト機が超重量のハイキックを放ち、零夏機がそれをかわ
し拳を撃つ。
しかしギイハルト機は人型機の人間以上のスペックを生かしハイ
キックを放ち終わる前に跳躍。機体を空中に踊らせる。
足場のない空中で、もう片方の足をしならせ蹴りを放つ。
零夏機は予想外の二撃目を攻撃を放つ為に突き出していた左腕で
防御。咄嗟に横へ飛び前転して距離を取る。
体勢を崩した零夏機に、ギイハルト機は容赦なく追撃した。
最初の大技とは打って変わり拳による小ダメージを狙ったギイハ
ルト機の猛撃。
連続で放たれるそれを、零夏機は受けとめ、かわし、逸らすしか
なかった。
共に格闘技経験者である彼らだが、場数はギイハルトの方が遥か
に多く踏んでいる。
少しずつ後退する零夏機。経験の差が、確実に力の差として表れ
196
ている。
しかしながら、焦りを覚えているのはギイハルトの方だった。
︵なぜ︱︱︱攻めきれない!?︶
ギイハルト機は万全な状態であり、対する零夏機は片腕のみ。ト
ラブルを恐れてか攻撃方法も限られており、残った左拳を時折放つ
だけだ。
だというのに、なぜギイハルト機は決定打を与えられないか。
それは、零夏の精密過ぎる制御が理由だった。
紙一重でかわし、いなし、受け止める。
所謂﹃見切り﹄。それをただ、限界まで最小限の労力で行ってい
る。
しかしながら時間経過と共にキレを増していくそれは、既に距離
僅か数センチという巨大ロボットにあるまじき精度にまで達してい
る。
それは既にセルファークの人型機天士の限界を超えた、超人的な
ものであった。
次第に攻防が逆転する。
人型機の実戦を学習した零夏は、もう一つの体の動きを貪欲なま
でに洗練させる。
やがて限界が訪れ、ギイハルト機は大きく後退した。
﹁仕切り直しはさせないっ!﹂
零夏は踏み込み強引にインファイトに持ち込む。
ギイハルトは焦り、否、戦慄を覚えていた。
︵これが、本当に昨日四つん這いでしか動けなかった少年の操縦な
のか!?︶
197
ここまで来てはギイハルトは認めざるおえなかった。目の前の少
年は、尋常の存在ではない。
︵そう、か。彼は、そういう人間なんだ︶
かつての上司であるガイルや、その娘でありガイルの才能を受け
継いでいるであろうソフィーと同じ部類の人種。
エースオブエース
即ち、生まれながらにして﹃銀翼の天使﹄としての素質を持つ者。
込み上げる悔しさを噛み締め、それでもギイハルトは戦意を失わ
ない。
戦場では諦めるなどという選択肢はありえない。敗北すれば死し
か存在しない世界を知っている彼は、如何なる状況でも動きを止め
たりなどはしない。
意地がある。誇りがある。
人外的な戦果を上げる上司を持ち、その男の背中を追い続けたギ
イハルトには自負があった。
﹁下せるとでも思ったかい?﹂
操縦桿を思い切り引き、後ろへ飛び退く。
当然のように追いかける零夏機。
﹁これでも軍人でね、そう簡単に墜ちると思わないでほしいっ!﹂
198
迫る零夏機に、右肘を予め構え突き刺す。
﹁しまっ、引き撃ち!?﹂
﹁過信したな、少年!﹂
勢い付き回避しきれないタイミングで、ギイハルトのカウンター
が零夏機を沈めた。
意趣返しとばかりに放たれた肘打ちは人型機の設計想定通りの正
しいものであり、零夏機の頭部は大きく揺さぶられパイロットに重
大なダメージを与えることとなった。
零夏の意識が一瞬途絶える。鈍重な轟音を伴い地面に落ちる零夏
機。
ギイハルト機はとどめを刺すべく装甲の薄い背部に拳を放つ。
主要な機関を内包する胴体にダメージを与えれば、確実に人型機
は機能を停止する。
﹁これで、終わりだ!﹂
勝利を確信したギイハルト。
零夏はようやく目の焦点を合わせ、自分の危機に気付く。
﹁︱︱︱︱︱︱!﹂
それは、既に考えての行動ではなかった。
全身を跳ね上がらせての後方宙返り。
重量を無視した挙動に、観客は当然ながら、目の前で警戒し尽く
していたはずのギイハルトすら呆気に取られた。
零夏機は生き残った左腕でギイハルト機の装甲を掴む。
199
そして敵に背面を向け、肩で人型機の全重量を持ち上げたあたり
で正気に返った。
﹁しま︱︱︱﹂
﹁うりゃあああぁぁぁ!!﹂
人型機による、人型機の背負い投げ。
本日最大の音と振動が、ゼェーレスト村を揺さぶった。
慣性のまま全身のフレームが歪み、無機収縮帯が破断し、魔導術
式が致命傷を受ける。
徐々に駆動音を沈めていく自機に、ギイハルトは天を仰いだまま
認めざるをえなかった。
﹁俺の、負け、か﹂
﹁⋮⋮いぇい﹂
息も絶え絶えにそれでも人型機にピースサインをさせる零夏。
零夏機もまた、無茶な機動により無機収縮帯が損傷し挙動がぎこ
ちない。
その間の抜けた行動に毒気を抜かれながらも、ギイハルトは一つ
の決意をする。
︵いつか戦闘機で空から一方的な攻撃してやる。地上兵器が戦闘機
に適うと思うな︶
こいつもやっぱりガキだった。
200
﹁勝ったぞー! 俺は、勝ったぞおおぉぉぉ!﹂
バッチから這い出て空に向かって叫ぶ零夏。
興奮のまま、思いを青空にぶつける。
﹁ロボォォォオ、ットォォォ!!!﹂
﹃なにそれ?﹄
聞き慣れない単語に首を傾げる人々。気にせずロボット! ロボ
ット! と連呼する零夏。
なんだかんだいって、やはり一番の馬鹿はコイツだった。
201
作者の落書き
イラストをやっていたのは何年も前なので、文字通り落書きレベ
ルです。
<i48276|5977>
ソフィー
ヒロイン。ゼェーレストの屋敷に住むお嬢様。極度の人見知りだ
が零夏には興味を示している模様。実はフルネームが長い。
<i48277|5977>
マリア
メイド長キャサリンさんの娘。ソフィーや零夏にはお姉さんぶり
たい年頃。世話焼きの苦労人。主に零夏のせいで。
<i48278|5977>
アナスタシア様
202
ソフィーの母親でガイルの妻。実は凄腕メカニック。意外とお茶
目なお姉さん。
<i48273|5977>
零夏
︵心の澄んだ人には生意気そうな少年に見えます︶
真山 まやま れいか
地球から異世界セルファークへ転生した主人公。肉体と共に精神
まで童心に返って異世界ライフを満喫中。カバティとの関連は不明。
<i48274|5977>
︵正直な心を持つ人には不良親父に見えます︶
ガイル
ソフィーの父親でアナスタシア様の夫。何気にシルバーウイング
スを有するエースオブエース。最近では零夏と一緒に馬鹿ばっかや
っている。
<i48275|5977>
︵高潔な魂の持ち主にはイケメン青年に見えます︶
ギイハルト・ハーツ
203
共和国新型戦闘機のテストパイロットを勤めるエリート。元ガイ
ルの部下。
<i48200|5977>
鉄兄貴
村の正面に鎮座する人型機。鉄兄貴は零夏が勝手に付けた名前で
あり正式な登録名称ではない。
セルファークの至る所で見ることの出来るベストセラー機。
左右の肩パットや足の装甲など、同じパーツを使い回せる部分が
多い。手の指も小指∼人差し指が一体化していたりなど、安価での
大量量産を前提とした設計が特徴。
背面のクレーンはアナスタシア様がジャンクを引き取り修理した
物。製造元が違うので少々強引な接続をしている、という無駄設定
があった。
鉄兄貴は作業用なのでほっそりしているが、戦闘用人型機は内部
構造が複雑かつ装甲も厚いのでもっと太ましいシルエットである。
204
ガンブレードとガトリング
ゼェーレスト村もそろそろ夏の日差しが射す時期になってきた。
春先の過ごしやすいそよ風は今や、発汗を促す熱風となりかけて
おり。
この間までの可愛げは演技か、いわばツンデレのデレか、このっ、
このっ、デレが先にくるとかデレツンじゃねぇか、と空気に向かっ
てパンチし余計に汗をかいて後悔する今日この頃。
少し前のギイハルトに勝利するという快挙もそれ以上のイベント
に発展することなく、俺は今日もまた平穏な生活を送っていた。
ちなみにあのレンタルした人型機、そもそも戦闘前提で借りるも
のだから壊しても問題ないらしい。壊した分だけ追加料金を取られ
るが、アナスタシア様がぱぱっと直したのでそれもなかった。
せきよく
凄い手際だった。是非目標にしたい。
最近の出来事といえば、紅翼のエンジンがお亡くなりになったく
らいか。おかげで俺のパイロットデビューは先送りである。
正確にいえばもう金属疲労が限界で、動くことは動くのだが飛ん
でる途中に止まる可能性があるとのこと。それでも耐久年数を超え
て一,五倍は稼働したというのだから頑張った。
﹁そもそも耐久年数越えたの使っていいんですか?﹂
﹁機械は人と同じで、一つ一つ個性があるの。量産品で見た目が瓜
二つだったとしても、長く使っていれば差が出てくる。最初にいい
一品を捜し当てるのもメカニックの仕事よ﹂
ツナギポニテ姿のアナスタシア様と実習がてら紅翼からエンジン
205
を降ろしている時、そう教えられた。
解析魔法を使えば機械の構造は判る。けれど経験に基づく判断は
別だ。俺には知識も技術も全然足りない。
とりあえず教材として、紅翼のエンジンは俺の玩具となった。
アナスタシア様が精製魔法で溶かしてインゴットにしようとして
いたのを慌てて止め、頼み込んで譲ってもらったのだ。
﹁まったく、ただでさえガラクタだらけの倉庫にまたデカいゴミを
持ち込んだね﹂
倉庫を圧迫するエンジンに溜め息を吐くキャサリンさん。
﹁ゴミじゃないです! このエンジンは俺のお宝一号です!﹂ 出力を抑えた量産品とはいえ、飛行機を動かすほどの大型コンプ
レッサーだ。焼けて茶色くなったそれは、役目を終えた今も尚どこ
か力強い。
﹁ゴミじゃないかい。そもそもこの倉庫の木箱だってアナスタシア
様が﹁これはまだ使える﹂だの﹁これはあとでインゴットに﹂とか
言って溜め込んだものだし﹂
物を捨てられない人ですか、アナスタシア様。
﹁その、でも本当に使えるんだもの。勿体ないわ﹂
﹁そうです。勿体ないです﹂
居候
﹁⋮⋮まあ倉庫の住人がいいって言ってんなら気にしないけどさ。
やれやれ、そもそも特大のゴミが屋敷に居着いたっていうのに﹂
206
もしかしてそれは俺のことですか。
﹁でもレーカ君、エンジンを起動させる時は周りに気を付けるのよ
? 吹き飛ぶからね、色々と﹂
むしろそれで遊びたかったのは黙っておこう。
﹁この状態からはもう再生出来ないんですよね﹂
﹁一度潰して全部作り直すことは出来るけれど、それなら買った方
が早いし品質もいいわ﹂
まあ、それならそれでやりようはある。
エアボート
﹁手始めに飛宙艇に積んでみるか﹂
﹃やめなさい﹄
ハモって止められた。
ジェットエンジンを積んだ空飛ぶボード、格好いいと思うのに。
﹁ソフィーの玩具になるわ﹂
﹁すいません、やめときます﹂
ソフィーにいつ壊れるか判らない乗り物を与えるわけにはいかな
いか。
﹁技師魔法を幾つか覚えたのだし、使いたくなるのは解るわ。でも、
207
最初はもっと小さな物から作ってみなさい﹂
技師魔法とはメカニックや職人が使う、精製魔法や鋳造魔法とい
った金属加工用の魔法である。作業規模と魔力消費が比例するので
大掛かりな作業は難しいが、小物を作る程度であればこちらの方が
便利だとのこと。
﹁この倉庫にあるものは材料にしていいわよ。どうせ使う予定もな
いしね﹂
﹁予定もないなら貯めないで下さい﹂
アナスタシア様はキャサリンさんから露骨に目を逸らした。
﹁しかし、小物、ねぇ﹂
倉庫は屋敷と比例して相当でかい。その倉庫が半分埋まるほどだ
から、相当量のガラクタが眠っていることは想像に難いだろう。
暇な時に漁ったりもしていたので、何があるかも大体把握してい
る。
一言でいえば、なんでもある。
各種インゴットや金属片、魔導術式用の鉄板や無機収縮帯の細切
れ、この世界における物作りの基本的な材料や部品は探せばあると
考えていい。
︵⋮⋮やべ、なに作ろう?︶
わくわくしてきた。せっかくだから、少し凝った物を拵えたいも
のだ。
208
﹁あー楽しくなってきた。これは早速図面を引かなければ!﹂
木箱を二つ置いて上に板を載せただけの簡素な作業机に張り付く。
﹁邪魔するのも悪いし行きましょっか、キャサリン﹂
﹁はい、アナスタシア様。レーカ、夢中になるのはいいが仕事はち
ゃんとこなすんだよ﹂
﹁うっす!﹂
ハイなテンションで返事をする。アナスタシア様は退室する前に
こう言い残した。
﹁現物ができたら見せてね﹂
﹁⋮⋮もしかして、課題とか?﹂
﹁いいえ、ただ見てみたいだけよ﹂
そっすか。
﹁何を作ってもいい﹂と言われるとかえって困ってしまうのはな
んだかお料理上手の奥さんみたいな悩みだが、赴くままに思考を走
らせた結果、朧気になにを作りたいか見えてきた。
209
﹁小物だが、単純な物では駄目だ。外装は勿論だが中身も凝らなけ
れば﹂
内部に細かな機械装置を組み込んだ小物。この時点で、大体二つ
に絞られた。
﹁ロボットか、銃だな﹂
地球では実用化されていた玩具用の小型ロボットも楽しそうだし、
実銃を拵えてしまうというのも捨てがたい。うーむ。
﹁実用性は? ⋮⋮当然銃だよな﹂
アナスタシア様が使っていたゴーレム制御魔法の応用、﹃ワーク・
ゴーレム﹄を使えれれば小型ロボットにお使いさせたりするのも楽
しそうだけど。
それも結局一発ネタで終わりそうなんだよな。それに人型機の知
識も未だ怪しいので、作るとしてもまた今度だ。
﹁よし、銃だ! 銃を作ろう!﹂
手始めに簡単な物から作ってみることにした。
適当な金属片を鋳造魔法で形成する。
鋳造魔法は大雑把な形を整える魔法だ。どうしても歪みが残って
しまう。
それをヤスリで地道に削る。丁寧に、慎重に。
大量生産品であれば地球と同じ本来の鋳造技術等で作り出せるの
だが、特注となればこうやってチマチマと頑張るしかない。
更にいえばあちらには精密加工が可能な機材があるが、こっちで
は職人の技量任せだ。魔法のサポートがあるとはいえクオリティを
210
上げるのは並大抵のことではない。だからこそドワーフといった器
用な種族は重宝される。
そうして出来上がったのは、片方の穴が塞がった鉄パイプだ。側
面に一カ所穴が開いており、穴が塞がっている側には簡素な銃床が
くっついている。
﹁そういえば水道管って呼ばれてる短機関銃があったよな﹂
さして関連のない豆知識を思い出す。
側面の穴に合うように金属板をカットし、簡単な魔導術式を刻む。
魔力を通すと小さな爆発をおこすものだ。
この世界にだって火薬はある。倉庫にもあるのだが、今回は使わ
ないことにした。
単純に勿体無いから。実験にいちいち消耗品を使ってはいられな
い。
﹁とにかく、これで一旦完成だ﹂
火縄銃以下の﹁銃らしき物﹂だが、歴史を辿れば似た物はいくら
でも存在する。グリップがあるだけ上等だ。
﹁早速試射しよう、そうしよう﹂
倉庫から出て草原へ向かう。途中、ガイルに出会った。
﹁丁度よかった。ガイル、試射の的になってくれないか?﹂
﹁やだよ!?﹂
軽いノリで頼めば頷くかと思ったのに。
211
﹁というか⋮⋮それは、銃か?﹂
鉄パイプに首を傾げるガイル。
﹁銃だな。原始的だけど﹂
﹁珍しい物を作っているな。手持ちの銃なんて﹂
手持ちじゃない銃があるか。
ストライカー
﹁人型機用の銃とか﹂
﹁あ、そっか。⋮⋮いや、なんで珍しいんだ? 手持ちの銃ってな
いのか?﹂
﹁ナイフとか投げた方が早いだろ﹂
そりゃ接近していればそうかもしれないが。
﹁それなりに距離があったら?﹂
﹁魔法ぶっ放す﹂
ファンタジーだな。
﹁人間用の銃はないのか⋮⋮﹂
﹁あまり聞かないな。試し撃ちか?﹂
212
﹁ああ。ちょっと離れた場所で撃ってみる﹂
﹁なら俺も行こう。どうも暇でな﹂
紅翼が飛べなくなって仕事に行けないのか。
ヒキコモリ
﹁よう、自宅警備員!﹂
威勢良く肩を叩いてやる。
﹁⋮⋮⋮⋮うっせ﹂
あ、落ち込んじゃった。
﹁レーカ、これ着けろ﹂
頭にコンと何かがぶつかった。地面に落ちる直前にそれを掴み取
る。
﹁ゴーグル?﹂
﹁何かと必要だろう。やる﹂
﹁くれるのか? なら貰う。ありがとう﹂
見れば新品だ。ピカピカのフレームに傷一つないレンズが填め込
213
まれている。
﹁何用のゴーグルだ、これ?﹂
﹁汎用だ。お前は人型機にも飛行機にも、挙げ句鍛冶にも興味があ
るんだろ? 溶接の遮光から戦闘での物理保護までこなせるやつを
選んだ﹂
﹁わざわざ、俺の為に?﹂
﹁ふん、ソフィーのついでに注文しただけだ﹂
やばい、ちょっと嬉しかった。
﹁⋮⋮ソフィーにはどんなのを?﹂
にやつきを押し殺しながら訊ねる。
﹁これだな﹂
懐から出たのは、俺のよりシンプルで視界が良さそうなゴーグル。
﹁天士用だ。あまり重いとソフィーは身に付けるのを嫌がりそうだ
から、ミスリル製の軽量タイプを特注した﹂
親バカで伝説の金属使いやがった!
﹁と、とにかく試射始めろ。ここらなら人様に迷惑もかかるまい﹂
誤魔化したな。しかし、多機能ゴテゴテの俺と軽量シンプルなソ
214
フィー、なんとも対照的なチョイスだ。
ゴーグルを装着する。
銃を構える。しっかりとストックを肩に当て、一呼吸。
的は五メートルほど先の切り株だ。この距離なら外さまい。
魔力を魔導術式に注ぐ。
なんか爆発した。
﹁︱︱︱へ?﹂
パン、という乾いた音を想像していたのだが、実際に鳴り響いた
のはドン! という大砲じみた破裂音。
見れば出来立てホヤホヤだったはずの銃は、百合の花のように銃
口から裂けてしまっていた。
花の形なんて判らない? じゃあバナナだバナナ。皮むきかけの。
﹁おいっ、大丈夫か!?﹂
珍しく慌てた様子のガイルに、平気だと手を振る。
﹁ああ、問題ない。ゴーグルがいきなり活躍したな﹂
破片が飛んできたわけじゃないが、裸眼だったらと考えるとやは
り怖い。
﹁強度が足りなかったのか?﹂
﹁らしいな。話で聞いたことはあったが、銃身が破裂すると本当に
こうなるのか﹂
ちなみに弾丸は的の横三〇センチに着弾していた。もう少し気概
215
を見せてほしい。
﹁そう薄い銃身にも見えないが、素材はなんだ?﹂
﹁えっと、⋮⋮あ゛﹂
解析魔法で調べた結果に、変な呟きが零れる。
﹁軟鉄だ﹂
﹁あほか。そりゃ破裂する﹂
軟鉄とは、つまり純粋に近い鉄のことだ。柔らかく加工しやすい
が、勿論銃身などを作るには適さない。
﹁これは、最適なサイズを求める為に色々試作する必要がありそう
だな﹂
銃身の強度を保ちつつ限界まで軽くする、そのラインを見極めな
いといけない。
それだけじゃない。素材となる鋼の強度に関しても考えなければ。
﹁ナスチヤなら資料を持っているかもしれないぞ?﹂
﹁いや。既存のデータに頼っては身にならない。地味に感覚に焼き
付けるよ﹂
知識と技術は別。これは俺の持論である。
﹁⋮⋮そうか。怪我しないようにな﹂
216
﹁うん﹂
立ち去るガイルを見送り、ふん、と気合いを入れる。
千里の道も一歩から。地道に、根気強くいこう!
それから三日間、俺は銃の試作に努めた。
先に上がった問題である重量と素材、更に内部機械の構造や体格
に合わせたサイズなどを少しずつ確実に発展させる。
試射の回数はひょっとすると三桁に達しているかもしれない。せ
っかくなので驚かせようと、アナスタシア様にバレないように、時
には暇そうにしているガイルにも協力してもらった。
そうしてようやく、納得のいくデータが集まることとなる。
﹁一から道具を組むのって大変なのね﹂
夕食後、お茶を飲むマリアがそう呟いた。
使用人休憩部屋。たった三人の使用人の為の共有スペースであり、
俺達の居間のように扱われることが多い。
実質キャサリン親子の部屋だったので俺が居座ってもいいものか
と躊躇ったが、遠慮してたらキャサリンさんに強引に連れ込まれた。
マリアも気にした様子もないので、ここで引いたら返って失礼と
堂々利用している。
ただ、女性の部屋だったのでどうもファンシーだ。可愛い物が多
い。
大半がキャサリンさんの手作りであり、イメージ合わずちょっと
217
吹いた。
キャサリンさんに耳を抓られた。恐ろしいことにそのまま持ち上
げられ、ちょっと爪先浮いた。
﹁設計図を描いて、その通りに作ればいいって思ってたわ﹂
﹁その設計図の段階で詰まっているんだよな﹂
データは揃った。揃ったが、成果を纏める段階で行き詰まったの
だ。
﹁なんというか、さ。つまらないんだよ﹂
ただ銃を作るだけでは面白味がない。
せっかくだからこう、誰もが驚くような!
それでいて実用的で、自分も満足出来る!
⋮⋮そんな逸品を作りたいわけである。
﹁大きいのを作ったらどう?﹂
単純だがいい発想だ。しかし⋮⋮
﹁実用性に欠ける﹂
携帯用の火器に求められるのは、あくまで取り回しの良さだ。
かといって高火力かつ小型を目指せば装填数が減る。 ﹁装填数が減るのは銃としては欠陥だ。ネタとしては最高だけど﹂
﹁なら小さいのにいっぱい撃てる、とか﹂
218
﹁マシンピストルか? 実用性も高いしやりがいもあるんだが⋮⋮﹂
マシンピストル
機関拳銃。個人で携帯可能な小型機関銃であり、物によっては本
当にピストル程度の大きさな物まである。
現在多くの軍で採用されており、小型軽量を目指すには高度な技
術を要することから課題としては無難だろう。
だろう、が。
﹁面白くない﹂
﹁わがままね!﹂
だって普通過ぎるし。
﹁それに聞いた話、魔物相手に拳銃弾程度じゃ有効なダメージを与
えられるか疑問なんだ﹂
﹁⋮⋮一言で言うと?﹂
﹁人は死ぬけど魔物は死なない﹂
端的に要約した。
﹁あ、うん⋮⋮人を撃つこともあるの?﹂
一瞬言葉が詰まる。
﹁⋮⋮まさか。魔物との戦いでしか使わないよ﹂
219
大人の理屈を飲み込み、作り笑いで否定した。
俺はつい対人間で戦闘を考えてしまう。地球で見聞きした数多の
資料が、最も厄介な敵が人間であると訴える。
この世界でもきっと変わらない。一番の敵は、いつも人間だ。
でもそんな俗物な理屈、この平和な時代に生まれたマリアに教え
ることなんてない。
セルファークにおける人間の敵は魔物。それで、いいのだ。
﹁とにかく、あんまり小さいと威力が心許ない﹂
グレネートランチャーはちょっとやり過ぎだし、でもサブマシン
ガンだと威力が。あれは運用思想からして対人戦前提だし。
﹁そのゴーグルみたいに多機能にするのは?﹂
﹁それは⋮⋮いや、それだ﹂
ショットガン。弾を変更することで多様な働きをするこの銃は、
俺の求めるものにぴったりじゃないか?
それにショットガンなら散弾が撃てる。武術を嗜んでいようと銃
器の扱いには慣れない俺には、精密射撃能力がない。小さな弾をば
らまいて面で攻める散弾はうってつけだ。
﹁よし、銃の基本はショットガンでいこう。それに⋮⋮﹂
マリアがやおら立ち上がった。
見れば俺が準備しておいたコーヒーがドリップし終わっている。
マリアはテキパキとした動きでカップに注ぎ、砂糖とミルクを添え
俺に差し出した。
220
﹁あ、ありがと。でも自分でやるぞ?﹂
﹁そういう君はたまに私の仕事を奪うじゃない。給仕は私の本職だ
し、これくらいはやらせて?﹂
仕事を奪うといっても、力仕事を請け負っているだけだ。身体強
化魔法を覚えたので全く苦痛にも思っていない。
身体強化魔法は冒険者御用達の基本魔法だ。しかし基本ながら肉
体に魔力を通わすのは難しく、初心者と熟練者では大きく強化量に
差が出る。
俺の肉体は滅法魔力の通りが良いらしく、身体強化魔法はかなり
有用だった。紅翼のエンジンだって一人で持ち上げられるのだから、
ロリ神の用意したこの体は本当にチートである。
軋んだ音を鳴らしドアが開いた。
﹁へぇー、こともあろうか本職を名乗るかいマリア?﹂
にやにやと笑いながらキャサリンさんが部屋にやってきた。
﹁お、お母さん!?﹂
﹁給仕、そろそろ実際やってみるかい? 失敗したら罰だけど﹂
﹁ごめんなさい私は未熟ですだから勘弁して﹂
即座に頭を下げるマリア。
﹁キャサリンさん、そこまできつくしなくても。別にガイルやアナ
スタシア様は怒らないでしょ?﹂
221
﹁怒らない相手なら失敗してもいいって?﹂
﹁ごめんなさい生意気言いました勘弁して﹂
目が怖い。あれは二,三人確実に殺ってる。
﹁マリアは将来ソフィー様付きのメイドになるんだから、それに相
応しい技能じゃなきゃいけないんだ﹂
﹁でもソフィーはマリアにメイドじゃなくて姉を求めていると思う﹂
つい口を挟んでヤバいと焦る。しかしキャサリンさんはどこか憂
いを隠した目で遠くを見るだけだった。
﹁⋮⋮それはソフィー様次第だね。あのお方が進む道によっては、
今のような関係ではいられなくなる。それでも尚ソフィー様と共に
あり支え続ける為には、完全な給仕である必要があるんだよ﹂
﹁そんなこと、言われても﹂
泣きそうな顔のマリア。場合によっては妹分と関係を切れと言わ
れたのだ、当然ショックだろう。
キャサリンさんはマリアを胸に抱きしめる。
﹁ごめんね、こんなこと。でもきっとソフィー様はこのままじゃい
られない。田舎に住む世間知らずなお嬢様でいられなくなる時が、
必ずくる。ソフィー様を大事だと思うなら、どうか側に居てやって
くれないかい?﹂
マリアは母の胸で何度も頷く。
222
﹁俺もだ、俺も忘れるな。俺もソフィーを守るぞ﹂
﹁⋮⋮ああ、期待しているよ﹂
意外なことに頷かれた。いらんことするなと切り捨てられると思
ったのに。
﹁悪いね、せっかくのんびりしているところに水を差して﹂
﹁いえ。コーヒー飲みます?﹂
﹁もう貰ってるよ﹂
カップを傾けるキャサリンさん。早い。
俺なりに気遣ったのだが、キャサリンさんには不要だったか。
﹁えっと、それでなにを話していたんだっけ?﹂
﹁どんな銃を作るかでしょ?﹂
そうだった。基本はショットガンとして、それに⋮⋮
﹁必殺技が欲しいな﹂
コーヒーにミルクを注ぎつつ思案する。
ショットガンとは別に、強力な一撃必殺が欲しい。
サブマシンガンにショットガンを外付けするマスターキーなるア
イテムは存在するが、ショットガンに更に外付けするとすれば、グ
レネートランチャー? うーん。
223
ちなみにマスターキーとは、﹁ショットガンをサブマシンガンに
付けとけば一つの武器で人撃ちつつドアもぶっ壊せるんじゃね!?﹂
という素敵な発想で生まれた武器である。ネーミングセンスがアレ
だ。
ぐるぐると渦巻く白黒を見つめていると、なにかが脳裏にちらつ
いた。
﹁どうしたの?﹂
固まった俺に怪訝そうにマリアが訪ねるが、俺は渦から目を放す
ことが出来ない。
﹁︱︱︱そうだ、これだ﹂
ああ、こんな近くに答えがあるなんて。
俺に足りないもの。俺が求め続けたもの。
俺が探し続けた﹁答え﹂。
そう、それは︱︱︱
﹁︱︱︱ドリルだ﹂
停滞が嘘だったかのようにアイディアが浮かんできた俺は、コー
ヒーを飲みきるのも待たず倉庫に駆け込んだ。カップ片手に。
夜が更け、屋敷の住人が寝静まった後もとりつかれたように筆を
224
走らせる。
夜が明け睡眠不足で苦しみつつ午前中の仕事を終え、一休みした
後それの制作に取りかかった。
実用品として運用する為、クオリティには妥協しない。
解析魔法も多用しつつひたすら集中して部品を組む。
銃身、グリップ、弾倉、銃床、そしてブレード、更に無機収縮帯
を組んだポンプ、スライド、アナログ気圧計。一部無関係そうな物
も多いが、設計図にはちゃんと組み込まれている。
集中力とは馬鹿にならないもので、朝の鐘が村に鳴り響く頃には
形が出来ていた。
連日の作業敢行で機能不全を起こす脳を叱咤しつつ、仕事を行う。
﹁ふらふらしてるじゃないの。物を運ぶのは私がやるから、床を掃
除して頂戴﹂
マリアに気を遣われた。実に情けない男である。
そして昼食を終えベッドに潜りしばし昼寝。
数時間でも眠ると頭がスッキリするもので、俺は意気揚々と﹁成
果﹂を担ぎアナスタシア様に披露せんと屋敷の中を練り歩いた。
﹁どこにいるかな、どこにいるかな﹂
鼻歌を歌いながら廊下を進む。
5分も探さぬうちに、中庭の白いテーブルで母娘が揃っているの
を発見した。
話しかけようと手を上げ、何やら取り込み中らしいと気付く。
アナスタシア様はテーブルに広げた紙をソフィーに示す。
﹁このデータから判ることは?﹂
225
﹁えっと⋮⋮﹂
今日は勉強が長引いているのかな。仕方がない、出直すか。
と思いつつもこそこそとアナスタシア様の背後に忍び寄る。ソフ
ィーがどんな勉強をしているか気になったのだ。
耳を澄ますと、先ほどの問いの解答をソフィーが提示していた。
﹁A地区の治安の悪化?﹂
アナスタシア様は首を横に振る。
﹁いいえ、それは付随した現象よ。この状況では貴族cが税の着服
をしている可能性が高いことが読みとれるわ﹂
﹁はぁ?﹂
思わず妙な言葉が漏れた。なにそれ、学問なの?
﹁あらレーカ君、どうしたの?﹂
驚いた様子もなく小首を傾げるアナスタシア様。
﹁おはようございます。ソフィーもおはよ﹂
﹁おはよう。もう昼過ぎだからこんにちは、だけれどね﹂
﹁⋮⋮おはよ﹂
また真似っこされた!
226
﹁いえ、ソフィーってどんな勉強してっるんだろうなって。ソフィ
ーって将来城勤め、えっと、文官? になったりするんですか?﹂
お嬢様の将来ってどこまで決まっているものなのだろう。よくあ
る、許嫁ってのはいないみたいだけれども。
﹁この子の将来ねぇ。そうね、素敵な旦那様を貰って欲しいわ。孫
が生まれたら私お婆ちゃんよ、きゃっ﹂
嬉しそうに頬を両手で包みくるくる回るアナスタシア様。暴走し
てどっかいかないで下さい。つーか、はぐらかされた?
しかし問題の文面を読む限り、相当高度なことを学んでいるよう
だ。少なくとも俺がソフィーくらいの時には絶対理解出来ない。
ソフィーに視線を向けると、彼女も俺を見てた。
視線が交錯する。
﹁?﹂
瞳に疑問符を浮かべるソフィー。一見ただ可憐なだけの少女なの
に、飛行機乗れたり頭がよかったりと多彩なものだ。
﹁レーカ君?﹂
﹁あ、はい、すいません。お勉強の邪魔はしません、失礼します﹂
﹁いえ、お勉強はもう終わりにしようと思っていたのだからいいけ
ど。それがレーカ君の作品?﹂
﹁⋮⋮はい。自信作です!﹂
227
アナスタシア様に布で巻かれた長い棒状の物を手渡す。
包みを解き全貌を表したその武器に、アナスタシア様の顔が引き
つった。
ぱくぱくと口を開き、諦めたようにそれの検分を始める。
﹁小物って食器とか文具とか、刃物だとしても精々ナイフ程度を作
るように言いたかったのだけれど⋮⋮なんでこの子は武器作っちゃ
ってるのかしら﹂
﹁悲しいすれ違いですね﹂
人が分かり合うのって難しい。
アナスタシア様はあっという間に俺の作品を把握してみせた。
﹁基本は銃剣ね﹂
銃剣。銃身の先にナイフや短刀を固定した類の武器である。
俺の作った銃剣は銃身と刀身が同一化したデザインの、所謂ガン
ブレード。柄はマスケット銃のように一直線に近い。グリップ下部
からストックが始まり、全体的に真っ直ぐした印象だ。
剣としての使い勝手も考慮しこの形状となったが、せっかくなの
でデザインもマスケット銃を模した。木目調と冷たい金属の調和は
なかなかのセンスであると自負している。
﹁人が手で持つ銃はないのに、銃剣はあるんですね﹂
ストライカー
﹁人型機用の装備にあるわ。人型機はパワーがあるから多少武器が
重くなってもデメリットが小さいの﹂
なるほど、奥が深い。
228
﹁銃と剣が一体化しているように見えるけれど、バレルと刀身の間
には空間が取ってあるわね。銃身は冷却が必要だし剣の衝撃が銃身
に伝われば悪影響が及ぶから、正しい判断といえる。でもなんで銃
身とブレードが一体化しているようなデザインなの? 整備性悪く
ないかしら?﹂
﹁かっこいいですから﹂
﹁⋮⋮それだけ?﹂
﹁それだけ!﹂
ぽかりと叩かれた。痛くないけど。
﹁あと内部機構を外見から判断されにくくしているって考えもあり
ます。外から見ると肉厚なブレードですけど、実際はそうでもない
でしょう?﹂
﹁つまりハッタリね。ブレードとバレルの間にポンプアクションの
弾倉があるし、確かに見た目は大剣っぽいわ﹂
実際の刀身は結構細い上に、内部に機構まで組み込まれているの
で脆い。魔刃の魔法と強化の魔法を使用する前提なので、魔法なし
では包丁以下、鉈程度の切れ味しかないのだ。
魔刃の魔法とは、刀身に魔力を纏わせ切れ味を増す魔法。口頭詠
唱でも使えるが大抵は剣に予め魔導術式が刻み込まれている。
﹁弾丸は散弾?﹂
229
﹁当てる自信がないので﹂
面制圧ですよ奥さん。
﹁銃剣としてはこんなところだけれど。⋮⋮レーカ君、これ、変な
機能が付いてるでしょう﹂
﹁変じゃないです。コンセプトは﹃人型機を真っ向から撃破する一
撃﹄です﹂
﹁最上級魔法の域に挑んだのね。見せてくれる?﹂
﹁ここで撃つんですか?﹂
せきよく
中庭は花壇や彫刻などが設置され、適当に写真を撮るだけで芸術
作品になりそうなほど美しい。紅翼が若干⋮⋮かなり違和感だが。
ここで撃てば、決して安く無さそうなそれらに被害が及ぶ。
﹁勿論実践は外でやるけれど⋮⋮って、これ試射したの?﹂
﹁いいえ、直接持って来ました﹂
﹁そう、なら新兵器の動作実験心得も教えてあげる。ソフィーも来
る?﹂
﹁うん﹂
頷く娘。あ、行くんだ。
230
ロープや万力を駆使し、離れた場所からガンブレードを操作出来
るように設置。
充分な距離を取り、障壁魔法を展開。更に幾つかの安全対策を行
いアナスタシア様は頷いた。
﹁レーカ君、お願い﹂
﹁はい﹂
目標は岩。人の身の丈より巨大な大岩だ。
アナスタシア様曰く人型機の正面装甲及び胸部の無機収縮帯を貫
くには、これくらいの岩を砕けなければお話にならないとのこと。
手元のワイヤーを握り、ガンブレードの取っ手を引く。
ガンブレードの上部、銃のバレルが後方へスライドする。一般的
なスライドとは違い銃身ごと、だ。
銃身はストックより後方までめいいっぱい伸び、ガンブレードの
全長は一,五倍近くになる。同時に銃口は厳重に閉じロックされた。
導線を通じて魔力を送る。
魔導術式に魔力が満ち、まずは練金魔法が発動した。
空気中の酸素と水素を抽出。急速冷却し液体となったそれを銃身
へとポンプで圧縮。
水素と酸素の混合気体とかほとんど爆弾だが、常に練金魔法を発
動させ続けることで固定化しているので、魔力が続く限りは安全だ。
続く限りは。
一分間もの時間を要し、銃身内に混合気体が満ちる。
注入が完了すると、安全装置が解除されブレードが真っ二つに分
離・展開する。
231
内部から飛び出したのは、そう、ドリルである。
﹁アナスタシア様﹂
﹁ええ、行きなさい﹂
トリガーを引く。
混合気体が燃焼室へ送られ、後方へ炎を吹き上げる。
タービンのシャフトと直結したドリルが、甲高い音を発て回転す
る。まるで歯医者のアレ。
ロケットとなったガンブレードは台座から飛翔し、そして︱︱︱
その場の全員がどん引きしていた。
焼けた土と草。破壊、否、粉砕された大岩。
砂や石としか形容出来ないそれは、だが間違いなく岩の成れの果
てだ。
ガンブレードは岩を貫き、勢いのまま数十メートル先で地面に突
き刺さった。
それでも内部の燃料は尽きず、炎と轟音の渦を撒き散らしながら
猛回転。
それもやっと沈静化したと思えば、そこにはクレーターになって
いた。
﹁あー、ありますよね、あんな感じで刺さった剣﹂
﹁そうね。この前読んだ本に、主人公の青年があんな感じの剣を抜
232
く場面があったわ﹂
あはははは、とアナスタシア様と一緒に笑い合う。
﹃はぁ⋮⋮﹄
そして溜め息。
﹁レーカ君﹂
﹁はい﹂
﹁この機能、非常時以外は使っちゃ駄目よ﹂
﹁合点承知です﹂
この威力はちょーっとヤバすぎる。岩が割れればいいな、くらい
に考えていたのに。
﹁ひょっとしてドリルにも魔刃の魔法を使っていた?﹂
﹁ええ、どの程度効果があるかは疑問でしたが﹂
﹁想像以上だった、というわけね﹂
そう言い、跪いて地面を抉る平行線の溝をなぞる。
﹁これは魔刃の魔法の魔力が切り裂いたものよ。ドリルが回転する
ことによって魔刃の魔力が円錐状に広がったのね﹂
233
これ、自分を傷つけたりしないだろうか?
﹁軍に売り込んだら結構なお金になるかもしれないわ﹂
﹁それはちょっと⋮⋮﹂
﹁⋮⋮そうね、魔力消費が大きすぎるから万人向けじゃないか﹂
いえ、自分が作った物が人に使われるのが嫌なのですが。
﹁まあ色々と荒削りだけれど初作品としては上出来ね。これから改
良次第ではまだまだ強化出来るわよ﹂
﹁充分じゃないですか?﹂
これ以上の破壊力を必要とする現場にはあまり立ち会いたくはな
い。
﹁強化も威力だけじゃなくて、強度や信頼性、軽量化と色々あるも
の。これ、レーカ君には重すぎて身体強化魔法を使わないと振り回
せないでしょう?﹂
担ぐだけならともかく、振り回すのは確かに難しい。
﹁とりあえず今日のところは﹁よくできました﹂ね。でも次はもっ
と無難な物を作ってね﹂
﹁はい﹂
次か、なに作ろうかな。
234
ん? ソフィーが俺の袖をくいくい引いている。
﹁ソードシップ、つくって﹂
﹁飛行機か﹂
ラジコン飛行機を作ればソフィーは喜ぶかもしれない。
って、そういえばセルファークには電波通信技術がないんだった。
﹁また今度ね﹂
作るとなれば有人飛行機に限定されるが、今の俺が作るには色々
と不安だ。
﹁むう﹂
拗ねることはないだろう、と思うも可愛いからいいや。
﹁そのうち作ってあげるから﹂
せっかくなので頭を撫でる。髪質が凄い。良し悪しなんて判らな
いけど、凄いサラサラだ。
﹁約束﹂
﹁おう﹂
指切りげんまん、この世界でもあるんだな。
絡まった小さな小指を歌いながら上下に揺らす。
次は無難な作品の制作か。ありふれた物で、かつ練習として適度
235
な難易度の工芸品⋮⋮
﹁ゆびきった!﹂
そうだ、あれにしよう。跳ね上げた腕を見上げつつ、俺は空の眩
しさに思わず笑みが漏れた。
一週間後。渾身の新作が完成し、俺は師匠にそれをお披露目した。
﹁⋮⋮レーカ君﹂
﹁はい﹂
﹁私、無難な物を作るように言ったわよね?﹂
﹁はい。技術的にもサイズ的にもいい案配でした。あ、動作テスト
は済ませてあるんで使えますよ﹂
本当は人型機や飛行機を作りたいというのに、我ながら実に自重
したものだと思う。
﹁レーカ君の無難って、こういうの?﹂
﹁え? 俺が設計したわけじゃないし、武器として信頼性も高いの
236
では?﹂
目の前に鎮座する努力の結晶を指差し、首を傾げる。
﹁レーカ君、あのね﹂
俺の両肩に手を置くアナスタシア様。
﹁こういうのは、武器じゃなくて兵器っていうの﹂
﹁そうともいいますね﹂
﹁そうとしかいわないわ。こんな︱︱︱﹂
アナスタシア様は一瞬言葉に迷い、
﹁︱︱︱20ミリガトリング砲なんて﹂
﹁バルカンです﹂
重量一〇〇キロ以上、全長一八〇センチちょい。六本の砲身がロ
ーターから伸び、コンベアで繋がった弾倉が傍らに備え付けられて
いる。
火薬は勿体無いので魔力式に改造されているのと、お茶目な取っ
手がポイントだ。
﹁これ、どうやって作ったの?﹂
﹁荒鷹に装備されているのを解析魔法でコピーしました﹂
237
﹁⋮⋮レーカ君、そのうちスパイとして捕まっちゃうわよ?﹂
﹁大丈夫ですよ﹂
あはは、と脳天気に笑って見せる。
﹁バレなきゃ犯罪じゃありません﹂
﹁犯罪でしょ。いいわ、この20ミリガトリングは様々な派系が存
在するベストセラーだからバレでも言い逃れは出来るし。でも荒鷹
そのものは作っちゃ駄目よ?﹂
﹁はい。技術の流用だけで留めます﹂
だからそうじゃなくて、と頭を抱えるアナスタシア様。なんか申
し訳なくなってきた。
﹁それとこの刻印は潰しておきなさい。というかなんで刻印までコ
ピーしているのよ﹂
ノリと勢いです。
﹁刻印を潰された出所不明な兵器か、なんか胸が熱くなるな﹂
﹁⋮⋮レーカ君?﹂
アナスタシア様の声が低い。いかん、怒らせた。
﹁と、とにかく撃ってみましょう!﹂
238
弾丸は作っていないので、引き金を引いてもただの空包状態。固
定しての実験でも不具合はでなかった。
空包も意外と危ないけどな、実際爆発するわけだし。
よっとガトリングを持ち上げ構える。身体強化魔法は実に便利だ。
﹁そんじゃ、いきまーす﹂
﹁え、駄目、ちょっと待って!﹂
アナスタシア様の制止も間に合わずトリガーを引いてしまう。
真山 零夏一〇歳︵肉体年齢︶。
今日、初めて空を飛んだ。
そりゃ筋力が上がっても体重増えるわけじゃないしな。反動で吹
っ飛ぶのは当然だ。
﹁見て見てアナスタシア様、俺空飛んでる!﹂
﹁やめなさい!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹁ソフィーもやってみたそうな顔しない!﹂
239
ガンブレードとガトリング︵後書き︶
ロボットと銃、なぜか銃を選ぶロボット小説の主人公。ロボット作
れ。
240
不思議な夢と少女の決意
バルカン
20ミリガトリング砲も久しい昼下がり。⋮⋮ひどい冒頭だ。
使用人の仕事も慣れ、最近では余力を充分残して村に遊びに降り
ることも多い。
色々と制作予定が貯まっているとはいえ、俺の技術がそれに追従
しない。故に今はアナスタシア様の下で知識・経験を充実させる時
と割り切ったのだ。
なのでどうしても暇を持て余してしまう。
そんな時は大抵同年代の冒険者志望三人組と遊んだりしている。
マリアとソフィーのお上品な遊戯は付き合っていられない。
お裁縫とかお菓子作りとか何が楽しいの。作業だろそれ。
と主張すれば、当然の如く
﹁君の物作りの方がよっぽど作業じゃない﹂
とマリアに返される。そうだね。自覚してるよ。でも楽しいんだ
もの。
ちなみにクッキーを分けてもらった。生地は同じでも形でマリア
とソフィーの見分けが付く。生地作りはキャサリンさんも手助けし
ているそうで、地球の市販品より旨かった。
⋮⋮とまあこんな具合に、屋敷に居場所がないことに気付いてし
まった俺は、村に降りて冒険者志望三人組と戯れているわけである。
ガイル? 知らん。自室に引きこもってるんじゃね?
そして三人組の遊びというのは、つまるところ冒険者の訓練だっ
たりする。所謂チャンバラだ。
241
﹁そんなことよりカバティやろうぜ﹂
俺の主張の返答は、木刀の切っ先だった。
つか子供のスタミナやばい。なにがやばいってスタミナやばい。
﹁げほっ、げほっ、おえぇええ﹂
リバースしてないからな! 声だけだからな!
﹁⋮⋮俺も歳だな﹂
﹁ほとんど同い年でしょ僕達﹂
膝に手を当てて地面にえずいていると、上からエドウィンの声が
聞こえた。
今日も今日とてツッコミご苦労さん。
﹁あー疲れた。仕事の後にこれとか苦行だぞ﹂
﹁な、なにケロッとした、顔で言ってんのよ⋮⋮﹂
地面で這いつくばっているニールが睨んできた。
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
隣ではマイケルが倒れている。金魚みたいな荒い呼吸音はしばら
く止みそうにない。
いや金魚の呼吸音なんて聞いたことないけど。
﹁凄いね。ニールって同年代で一番強いんだと思ってたよ﹂
242
同年代っつったって、この三人にマリアとソフィーだけだろ。マ
リアはちょっと年上だし。ソフィーは空の上では天才だけど地面で
はへっぽこだし。
しかし、同年代で一番、か。
﹁勘や身のこなしは凄いぞ? 野生動物の域に達しているな﹂
戦いに関して天賦の才がある。ニールに対して俺はそう結論付け
ていた。
﹁その私とマイケルを纏めて相手にして、呼吸一つ乱していない貴
方は魔物かなにか?﹂
﹁なに言ってんだ、さっきげほげほしてたろ。あとマイケルはそろ
そろ復活しようぜ﹂
﹁⋮⋮俺は?﹂
ん?
﹁ニールが野生動物なら、俺は?﹂
⋮⋮なんと答えよう?
マイケルは体格もいいし筋も悪くないが、正直平凡だ。
冒険者という仕事を知らない俺が判断出来ることではないが、戦
士として見れば、きっと一流には至れない。
普通。そう率直に伝えて、いいものだろうか?
﹁普通﹂
243
悩むの面倒だから率直に伝えた。
﹁うわあああぁぁぁん!﹂
泣き声を上げて走り去るマイケル。俺は彼の背中に叫ぶ。
﹁こらっ! 男が簡単に泣くな! つか余力あったなお前!﹂
﹁鬼だね、レーカ君⋮⋮﹂
﹁男は鬼と向き合う時、強くなるのだ⋮⋮﹂
︱︱︱今の俺、カッコいい︱︱︱!
﹁こんな馬鹿面に負けたのね、私って﹂
﹁腕っ節と顔は関係ないからね﹂
酷いこと言われてた。
﹁でもさ、実際ニールは凄い。俺が勝てるのは対人戦技能があるか
らで、才能はお前が上だ﹂
身体強化魔法を併用すれば身体能力でも負けないが、柔軟さは補
えない。根本的な部分で桁違いなのだ。
244
﹁私だってガイルさんに教えられたこと、ちゃんと全部身につけて
いるわ。青空教室でも誉めてもらえるんだから﹂
﹁教えられて、出来るようになって、ただそれだけだろ。技術って
のは知識じゃない﹂
偉そうなことを言えばニールに睨まれた。反骨精神、結構結構。
﹁そもそもガイルが教えてるのはきっと対魔物用の剣術だ。だから
対人戦は不利だよ﹂
﹁対人と対魔物でそんなに違うの?﹂
﹁全然違う。対人戦技能ってのは相手が人である前提だ﹂
﹁当たり前でしょ﹂
当たり前だな。
﹁敵が人であると限定されていれば、選択肢が増える。人体の弱点
を攻めるもよし、死角に入り込むもよし。間合いに入ったって行動
が限られてるし予測出来るから充分対処可能だ﹂
しかし対魔物戦は違う。
﹁魔物は種類も大きさも様々だ。だから信用出来る要素は間合いだ
け、それ以外の技術・知識は全部無駄になる。言ったろう、ニール
はまるで野生動物だって﹂
245
偉そうに言っているが、俺も魔物との戦闘に詳しいわけではない。
想像だ。
ニールは決して弱くない。むしろエドウィンの﹁同年代で一番強
い﹂発言は的を射ているだろう。
定期的なガイルの指導だけでここまでやれるなら、結構凄いこと
だと思う。
︵むむむ、この村は天才ばっかりだな︶
ストライカー
人型機の操縦では負けないと思うが、それもチートあってこそ。
地力では完全に劣っている。
そもそも中身大人なのだから、ムキになって張り合うあたりが一
番恥ずかしいのだが。
そのうち凡才な俺など追い越して彼らはどこか遠くに行ってしま
うのではなかろうか。
それは寂しい。なんとか着いて行きたいものだ。
﹁⋮⋮貴方は、ずっと遠くにいるのね﹂
﹁ん?﹂
﹁なんでよ。そんなの、ずるいじゃない﹂
ニールに睨まれる。なぜ?
ストライカー
﹁私だって頑張ってきたのに、なんで貴方は生身でも人型機でも強
いのよ。おかしいわ、現役軍人に勝てるなんて無茶苦茶よ﹂
瞳に苛立ちを浮かべ拳を握り締めるニール。
246
﹁そんなに悔しかったのか?﹂
﹁ふざけないでっ!﹂
﹁ふざけてないが﹂
若干癇癪気味に喚き散らすニール。さてどうしたものか。
能力に嫉妬していたのはお互い様だ。俺からすれば、彼女の素質
の方が価値がある。そういう勘は鍛えようったってそうそう伸びる
ものではない。
けどそれを伝えても彼女は納得するか? ﹁なんだそうなのか﹂
と頷けるか?
﹁悔しかったら、勝てるようになればいいだろ?﹂
﹁⋮⋮ッ!﹂
ただそれだけだ、とキョトンとした風に告げてやる。
やれやれ、損な役回りだぜ。
しばらく俺を睨んでいたニールは、人差し指を俺に指し宣言した。
﹁これから貴方と私達はライバルよ!﹂
﹁えっと、私﹃たち﹄? 僕とマイケルも?﹂
エドウィンが呟く。
﹁仲間でしょ!﹂
一人離脱しているけどな!
247
﹁対人戦を習いたいならガイルを探したらどうだ? あいつは今無
職だし﹂
﹁わかったわ、ありがとう!﹂
素直に礼を告げるあたり、俺に対するわだかまりはないらしい。
良かった。
﹁行くわよエドウィン!﹂
﹁ちょ、マイケルは!?﹂
﹁途中で拾うわ!﹂
車かよ。
再び独りぼっちになった俺。
﹁え? え? 俺って嫌われてる?﹂
この小さなコミニティーではぶられるとか、割と致命的だぜ。
﹁いや、そんなことない。もう一人いるぞ、今現在独りぼっちな奴
が﹂
248
誰とは言わないが、お屋敷さん家の﹃力・・ 人 ノレ﹄さんと
か。
﹁ククク、今頃一人で畳の目を数えているに違いない﹂
⋮⋮いや、たった今、冒険者志望三人組がガイルに会いに行った
のだったな。俺は自分の手で話し相手を送ってしまったのか。
自身の失策に意気消沈しつつ、とぼとぼと村の広場に移動。
背負っていたガンブレードを抜き放つ。たまにはこいつの練習も
しないと。
地球ではほぼ架空の武器であったガンブレード。架空の武器に架
空の武術など用意されているはずもなく、結果俺は戦いの理論を一
から構築せねばならなくなった。
﹁素直に銃剣にすべきだったか? 銃剣道なら存在したわけだし﹂
銃剣道、銃剣の剣道なんて一般には馴染みがないが、つまりは戦
争中の竹槍訓練である。剣なのに槍とはこれいかに。
いや駄目か。銃剣はあくまで弾が切れた際の非常手段、剣と銃を
織り交ぜたコンビネーションは考慮されていない。つかそれなら撃
った方が早い。
俺がガンブレードにこだわったのは、セルファークでは身体強化
と魔刃の魔法が近接武器の価値を引き上げているから。手持ちの銃
が発達していないのはこの辺も理由だろう。
あと格好いいから。
﹁とにかく振ってみよう。なにか見えるかもしれない﹂
ガンブレードを正眼に構える。敵のイメージは⋮⋮魔物的ななに
か。
249
﹁なにかってなんだよ⋮⋮﹂
そう、あれだ。犬っぽいような、スライムっぽいような。
結局頭に浮かんだのは水色の柴犬。水犬?
﹃クゥ∼ン﹄
や、やめろ! つぶらな瞳で俺を見ないでくれ!
おのれ、俺のイメージの産物の癖に精神攻撃とは小癪な!
貧弱に過ぎる自身の想像力に絶望しつつ、それでもガンブレード
を振るう。
スライムの動きなんて知らないので基本は犬だ。飛びかかってき
たイメージの水犬を剣で受け止め、砕けたゼリー状の物が俺に降り
注ぐ。
﹁そんな魔物いるか!?﹂
いきなり死んだぞ!? あれか、触ったら溶けるのか? 俺負け
たのか?
﹁⋮⋮イメージに負けるのは、勝てる自信がないからだ。きっとそ
うだ﹂
自信を持つんだ。俺は勝てる! どんな魔物だって一撃だ!
水犬を想像する。性懲りもなく俺に突撃してくるソイツを、俺は
鼻で笑った。
い
﹁去ね﹂
250
衝突直前で爆散する水犬。
﹁ククッ﹂
にえ
俺にかかれば魔法すら必要ない。全ての敵は、須く我が贄である
︱︱︱!
﹁クク、クァ︱︱︱ッハッハッハ!﹂
両手を左右に広げ高笑い。俗物には判るまい、その全能感!
﹁って、俺は魔王か!?﹂
睨んだだけで敵が死ぬとか予想外だ。俺ツエー。
﹁巧く行かないもんだ、やっぱり実戦は経験しとくべきか﹂
戦いなんて進んで行いたいと思えないが、根本的に俺が戦ったこ
とのある動物とは人間だけなのだ。それも殺し合いではなく試合。
改めて考えると俺とニールは真逆だ。対人戦が出来るか、対魔物
戦が出来るかなんて差でしかない。やっぱり大差ないだろ俺と彼女。
と考えていると、張本人達が目の前を横切った。
﹁離してくれー! 俺は普通なんだ、凡庸なんだー!﹂
﹁うっさい! エドウィン、そっちしっかり掴んでてよ!﹂
251
﹁うん、ほら観念してよマイケル。というか自分の足で歩いてよ﹂
両腕を掴まれ引き擦られるマイケル。両脇を固めるニールとエド
ウィン。
なんだあれ。連行? 拘束された宇宙人?
呆然と彼らの奇行を見送る。なんか訓練どころじゃなくなった。
﹁あー、うん、屋敷に帰ろうかな﹂
ガンブレードを鞘に納める。と、そこでようやく広場に男達が集
まっていることに気が付いた。
村の男達だ。彼らは普段から畑仕事や狩猟で鍛え上げられた膂力
を存分に発揮し、丸太を何本も集め﹃井﹄の形に積み上げていく。
﹁あれは、ひょっとしてやぐらか?﹂
キャンプファイヤーで燃やすアレだ。なぜあんな物を?
訊くは一時の恥、訊かぬは知らないことがバレた時までの恥。
ということでさっさと手近な人に尋ねる。
﹁レオさん、こんにちは﹂
﹁ん、おお。屋敷の坊主か﹂
252
話しかけたのは白髪と白髭のお爺さん。
時計台の管理人でありゼェーレスト村の村長的な役割を担うレオ
ナルドさんである。
白髪だが勿論アナスタシア様やソフィーとは無関係。ただ、ご高
齢なだけだ。
﹁なんですか、このやぐら﹂
﹁こいつは収穫祭の準備じゃ。この村では夏の終わり頃にこいつに
火を点けて、周りで踊って騒ぐのじゃよ﹂
盆踊りか。でも収穫?
﹁夏の終わりって、収穫には早くないですか?﹂
作物によりけりだろうが、収穫といえば秋だろ、たぶん。
﹁まぁな。収穫はもうちょい後じゃ。きっと最初は秋にやってたん
だろうが、大陸横断レースの閉幕に合わせて前倒しされるようにな
ったんだろ﹂
大陸横断レース?
﹁クイズでもやるんですか?﹂
﹁はぁ?﹂
横断といえばウルトラなクイズだろう。
﹁いや、レースと言っておるだろう。航空機で競う、国を跨いだ世
253
界最大のレースじゃ﹂
﹁それは⋮⋮豪快だな﹂
地球にだってエアレース、飛行機レースはあるが、ごく限られた
範囲のタイムを計測するだけである。
それを国、大陸を跨いで行うとは。
﹁世界的に有名、というか常識だと思うのだがのう。坊主、山奥に
でも住んでおったのか?﹂
﹁ここだって大概田舎じゃないですか⋮⋮﹂
そもそもセルファークでは町や村以外の土地は魔物の領域だ。人
の住処に魔物が侵入することは滅多にないが、一歩でも彼らの領地
に踏み込めば敵として認識される。
﹁ん? でもそれって、観客は試合ほとんど見れなくないですか?﹂
一瞬通り過ぎる飛行機を見たって、あまり楽しくない。
﹁見せ場のポイント、セクションがあるのじゃよ。観客は近場のセ
クションに集まり、大会側が用意した障害を突破する参加機を応援
する、それが大会横断レースの観戦方法じゃな﹂
﹁セクション?﹂
﹁うむ。恒例なのは谷の合間を飛んだり、海面五メートル以上飛行
禁止だったり、そんな操縦技術と度胸を試される危険な物ばかりじ
ゃな﹂
254
ちょ、それ、結構な死者が出ないか?
﹁それも恒例じゃ﹂
﹁まじっすか﹂
怖過ぎるだろ大陸横断レース。
エース
﹁元より出場者は大半がシルバーウイングス、最高クラスの天使じ
ゃからな。どれだけ過酷な難題も大半は突破する。セルファークの
人間は皆、幼い頃から空の英雄である彼らに憧れ、そして敬意を抱
くものじゃ﹂
ワールドラリーチャンピオンシップ
詳しいルールを聞いていくと、それがWRCに近い催し物だと判
ってきた。
開催主催地もレース開始もゴールも毎年バラバラ。参加者達は一
斉にスタートし、長距離の高速飛行区間と危険なセクションをクリ
アして次の土地へと移動する。
そして一晩の整備を終えた後、生き残った選手達は再び一斉に空
へ旅立つ。次の土地を目指し、危険極まりない障害を突破していく。
その繰り返しを、実に一ヶ月ぶっ通しで行う。聞いただけでも、
パイロットも整備士も精魂尽き果てそうなほど過酷なレースだと判
る。
最後に各区間のタイムを合計し優勝者を決める。
天士の、そして技術者達、ひいては国家が威信を賭けて名誉と名
声を競い合う。それが大会横断レースなのだ。
しかもワールドラリーチャンピオンシップとは違い、時間差でス
タートするわけではない。参加者選手全員一斉に、だ。
セクション内でデットヒートが発生した際は最高の見せ場、とは
255
レオナルド爺さんの言。
﹁つまり、この村の近くにセクションがあるんですね? 収穫祭で
はそれを肴に騒ぐ、と﹂
﹁いやいや、各地を移動するとはいえこんな辺鄙な村にまでは来ん
よ﹂
来ないんだ、見たかったのに。
﹁祭りの当日は時計台のクリスタル共振設備をフル稼働させて、村
中に放送するのじゃ﹂
あー、あのラジオか。
セルファークには電波による無線通信は存在しないが、クリスタ
ルの共振を利用した音声通話は存在する。
ようは周波数の概念のない無線であり、出力を上げれば通信半径
を広げることも可能。
だから低出力で仕事に利用する者もいれば、大出力でラジオ放送
を行う団体もいる。周波数が一つしかないので規則や制限は厳しく
定められているが。
しかしラジオもどきとはいえ、各家庭に一台ずつ受信機が設置さ
れているわけではない。
町では数カ所、ゼェーレストのような小さな村では一カ所が普通
だ。緊急通信もあるので〇カ所はさすがにほとんどないそうだが。
そしてその受信機こそ、時計台に設置されているのである。
見せてもらったけど、でかい。本当にでかい。昔のラジオだって
あそこまで大きくなかった。今の人はそんなの知らないか? 鞄の
ような大きな電池とか。
まあ時計台の受信機は村中に放送する設備だから大きい、という
256
のもあるとは思う。
﹁大会の最後には、選手の最終セクション突入前にこれまでのレー
スの経過を放送する。そして最後のセクション実況を聞きながら祭
りに興じるわけじゃな﹂
なるほど、一番盛り上がるクライマックスが夏の終わりとなるわ
けか。
﹁ん? それじゃあ、レースってもう始まってるんですか?﹂
﹁うむ、まあスタートはその土地以外では盛り上がらんもんじゃよ。
一ヶ月ずっと祭り気分というのも疲れるじゃろう﹂
それもそうだ。
頷いていると、背後で喧騒が聞こえてきた。
﹁な、なんなんだお前ら!? 着いて来るな!﹂
﹁ガイルさんが逃げたぞ、追えっ!﹂
﹁待ちなさいガイルさん!﹂
﹁ガイルさん、この二人は逃げたら追うよ、犬みたいに﹂
冒険者志望三人組がガイルを追いかけ回していた。
257
さっきも言ったが、再び呟くこととしよう。
なんだよあれ。なんだあれ。
﹁話が逸れたが、とにかく収穫祭はこの村の数少ない賑わいじゃ。
ゲーム大会をしたり、歌を歌ったり。あとは若者達も張り切り時じ
ゃな﹂
﹁どうして?﹂
﹁村の異性にアピールする数少ない機会じゃからの。そりゃあもう、
意中の相手がいる者の張り切り様は年寄りにとって絶好の肴じゃ﹂
大人達に面白可笑しく見物にされる若者、頑張れ。
﹁お主にはおらんのか、意中の娘は?﹂
﹁いませんよ、周りにいるのがそもそもソフィーとマリアとニール
だけじゃないですか﹂
﹁ふむ、どれもめんこい嬢さん方だと思うがのう﹂
﹁子供です﹂
はっきりと切り捨てる。
258
﹁いや、お主も子供じゃろ﹂
﹁そうですが、そもそも人格形成の途中であるこの時期に一体なに
を基準に惚れろと? 容姿だけで選ぶほど下半身で生きてもいませ
んし、その容姿だってこれから更に変わっていく。なんの目安にも
なりません﹂
いや、皆美人になると思うけどね。
﹁いや、うむ、可愛げのない子供じゃの﹂
﹁ふぇぇ。急に好きな子と言われても、僕困っちゃうよぉ﹂
ご期待に応えてみた。
﹁可愛くなったと自分で思えるか?﹂
﹁いえ、こんな子供がいたらとりあえずぶん殴ります﹂
まあ参考までに発表しとけば、俺の中の異性として意識している
ランキングは一位マリア、二位ソフィー、三位ニールである。
人妻であることを無視すればアナスタシア様がダントツだけど。
あの人は時折眩暈がするほど色っぽい。
マリアは一三歳、地球でいえば中学生というだけあって徐々に女
の子から女性へと変貌する気配が垣間見える。時々、どきっとさせ
られることがあるのだ。
対してニールは同年代である以上に男の子っぽい。普段から少女
と念頭に置かず接しているのでぶっちぎりの最下位である。
ソフィー? 彼女だってせいぜい妹分だ。異性云々の関係ではな
い。
259
﹁枯れとるのお﹂
枯れてるんじゃなくて、芽生えてすらいないんです。
﹁とにかく、変化の少ないゼェーレストではこういう機会は貴重な
のじゃ﹂
﹁ふーん﹂
男衆のからかいの的になるのは嫌なので、話題を終わらせるべく
興味ありませんアピールへと移行する。
﹁とくに祭りの踊りにはジンクスというか言い伝えがあっての﹂
﹁へー﹂
適当に相槌を打っていると、また背後が騒がしいのに気付いた。
﹁予めダンスのパートナーに異性に誘い、最初で共に踊ったカップ
ルは結ばれるというおまじないがあるのじゃ。ダンスの申し込みは
即ち愛の告白なのじゃな﹂
﹁ほうほう﹂
背後をちら見する。
260
﹁出してー!? なんで僕を閉じこめるの!?﹂
﹁うるさいっ! 貴方ちょこざいのよ!﹂
﹁そうだそうだ、ちょこざいエドウィン!﹂
﹁帰っていいか、俺?﹂
エドウィンがやぐらの内側に監禁されていた。
三度目であろうと言ってしまおう。
なんだあれ。なんだあれ。なんだあれ。
﹁おい、聞いておるのか?﹂
﹁えっと、なんでしたっけ? ダンスでなにかするんですか?﹂
ごめんあんまり聞いてなかった。
﹁ふん、知らんわい。せいぜい寂しく祭りの夜を過ごすんじゃな﹂
ふてくされて仕事へと戻っていくレオナルド爺さん。蔑ろにした
ことに謝意がないわけではないが、あちらも俺を祭りの肴にしよう
としていたのでお互い様だろう。
﹁お話、ありがとうございましたっ﹂
レオナルドさんの背中に叫んで、俺は屋敷へと戻ることにした。
261
屋敷へ帰ると、とりあえず厨房を覗いてみた。マリアとソフィー
がケーキ作りをすると出かける前に聞いたのだ。
﹁ただいまー⋮⋮あれ?﹂
厨房に入ると、予想外の人がいた。
﹁ああ、おかえり﹂
﹁おかえりなさい、レーカ君﹂
﹁おかえり、机の上のケーキは君の分よ﹂
﹁おかえり﹂
キャサリンさん、アナスタシア様、マリア、ソフィーの順だ。
﹁アナスタシア様? なんで厨房に?﹂
﹁その、ね﹂
恥ずかしげに頬を朱に染めるアナスタシア様。
﹁練習していたの。ゼェーレストの村のお祭りで作る料理。あ、お
262
祭りのことは知っている? 収穫祭というのだけれど﹂
﹁レオナルドさんにさっき聞きました。アナスタシア様、料理を振
る舞うんですか?﹂
﹁アナスタシア様だけじゃないよ。祭りの料理は各家庭の女が自慢
料理を持ち寄って用意するんだ。それを立食パーティー形式で戴く
のさ﹂
立食パーティーというと格調高そうだけど、つまりバイキング形
式だな。
﹁んー、なんだかいまいちなのよねぇ。キャサリン、これってなに
が足りないのかしら?﹂
アナスタシア様は小皿でスープを味見する。どうもお気に召さな
いようだ。
﹁足りないのではなく、野菜を炒める時に味付けを濃くし過ぎたの
ですね﹂
キャサリンさんも味見をして問題点を指摘する。
﹁そうなの? 薄いよりはいいかなって確かに濃い目にしたのだけ
ど﹂
﹁濃く作ってはあとから修正が利きませんよ。薄ければ完成した後
に整えることも出来ます。というか変にアレンジしないでレシピ通
り作って下さい﹂
263
素人のアレンジは失敗フラグ!
しかしなんとも赤いスープである。
﹁まさか、血の赤?﹂
﹁えっ? キャサリン、このスープの赤って血の色なの?﹂
﹁違います。この赤はテーブルビートという植物の色です。レーカ、
お前も変なこと言うな﹂
失敬失敬。つかアナスタシア様作っている本人なのになんで解ら
ないの。
﹁⋮⋮⋮⋮!﹂
一方、こちらは親の敵を見る目で玉ねぎを睨むソフィーである。
包丁を片手に、まな板の上の玉ねぎを慎重に刻む。
その隣ではマリアが落ち着かない様子でソフィーを見守っていた。
ちなみにソフィーはガイルの用意したミスリルゴーグル装着して
いる。彼女なりの玉ねぎ対策らしい。
伝説の金属でゴーグル作る親父も親父だが、それを真っ先に料理
で利用する娘も娘だ。
しかし、そんなんしったことか、と言わんばかりにソフィーの目
からは涙が溢れていた。
それはそうだろう。俺の無駄知識によると、確か⋮⋮
﹁涙が出る原因の物質って、鼻からも入るんだってさ﹂
﹁⋮⋮そうなの?﹂
264
頭を傾け、鼻を摘むソフィー。どうやって片手で包丁を扱うんだ。
﹁ちょっと包丁を見せてもらえるか?﹂
切っ先を確認。おや、普通に綺麗に研がれている。
包丁の切れ味が悪いと玉ねぎの細胞を潰してしまい涙が出る成分
が拡散する。しかし今回はただ単に切り方が下手なだけのようだ。
ここの備品はキャサリンさんが管理しているし、研がれていない
はずこそないのだが。
あるいは怪我しないように敢えて切れ味の悪い包丁を使わせてい
るのかとも考えたが、かえって力んでしまい危ないだろう。
そもそもソフィーに包丁を使わせてるのが早すぎる気もする。怪
我したら危ないじゃないか。
そうキャサリンさんに進言すると、返ってきた答えは以下の通り
だった。
﹁料理は怪我をしながら覚えるものだよ﹂
この屋敷の人間は基本スパルタである。
﹁きゃう!?﹂
早速指切ってるし。
﹁隠し味さ﹂
﹁いや、治療して下さいよキャサリンさん﹂
人の血液が隠し味とか嫌過ぎる。
265
﹁救急箱! 救急箱どこ!?﹂
血相を変えたマリアが厨房を飛び出して行った。初めに準備しと
けよ。
ポロポロと泣き出したソフィーの指を確認。表面を切っただけか、
男の子なら舐めて終わるレベルだ。
圧迫して止血する。
﹁痛ぃ⋮⋮﹂
きゅっと目を瞑り、呻くソフィーの頭を撫でる。
﹁我慢﹂
﹁⋮⋮うん﹂
ちょっと待てば止まるだろ、と予想していると、アナスタシア様
がソフィーの手を握り呪文を唱えた。
﹁命の詩篇よ、その綴りを反復せよ。﹃ライトエイド﹄﹂
みるみるうちに指の切り傷が塞がる。RPGの必需要素、治癒魔
法か。
﹁あー、だからソフィーか完全に目を離していたんですね﹂
アナスタシア様は治癒魔法も達者なのだろう、ある程度の怪我や
火傷なら痕も残さず消せるほどには。
﹁じゃあなんでマリアは心配そうにしてたの?﹂
266
てっきりソフィーが怪我しないかと見守っているのかと。
﹁ソフィー、治療するわよ!﹂
マリアが救急箱を抱いて駆け込んできた。
﹁食べ物のある場所で走るんじゃない!﹂
﹁たらぁぃ!?﹂
キャサリンさんがマリアをぶん殴った。実娘であろうと容赦ない。
ぐわんぐわんと鳴る金タライ、頭を抱えてうずくまるマリア。
﹁マリア! レーカ!﹂
﹁は、はい﹂
﹁え、俺も?﹂
﹁用事ないなら、出てけ﹂
ぽいと廊下に放り出された俺とマリア。
マリアは俺を見て、溜め息を吐き、一旦厨房へ戻り俺の取り分の
ケーキを載せた皿を回収して俺に手渡し、無言で立ち去って行った。
﹁え、オチなし?﹂
この日常にオチがあるとすれば、精々晩飯が赤いスープ尽くしと
なったことくらいだろう。
267
旨かったけどさ。
変わりない日常。
ゆったりと流れるゼェーレストの日々の中、その事件は唐突に起
きた。
朝。
今日もまた、レオナルドさんの打つ鐘が村に鳴り響く。
就寝していた俺はその音で目を醒ます。
慣れたもので、地球で使っていた目覚まし時計よりずっと小さく
聞き取りにくいその音も、今では意識せずとも聞き逃さないように
なっていた。
トラウマ
最初の頃は鐘を聞き逃し寝過ごしてキャサリンさんに叱られたの
も、今となってはいい思い出である。
意識が覚醒してゆく。
慣れ親しんだ、自室である倉庫の匂い。
そこに、いつもとは違う香りが混ざっていた。
268
︵ん⋮⋮?︶
暖かな温もりと、小さな呼吸音。
誰か、俺の部屋にいる?
目をこすり、瞼をしっかりと開く。
﹁う⋮⋮ん⋮⋮﹂
寝息をたてるソフィーがいた。
あー。
うん、あれだ。
なんで俺のベッドで寝てるの?
﹁え、えええぇえぇ?﹂
困惑するしかない。ソフィーだ。何度見直してもソフィーだ。ソ
フィーである。結論、ソフィー。
むゆうびょう
寝ぼけて俺のベッドに潜り込んだ? いや不自然だろ。屋敷から
倉庫まで寝ぼけて歩いてくるとか、夢遊病?
仮に夢遊病だとしても、ソフィーは両親と共に寝ているはず。二
人ともソフィーが抜け出したことに気付かないとは考えにくい。
いや、ここにいる理由は置いといて、これからどうする?
ソフィーを見つめる。
幼いながらに整った顔立ち。伏せた瞼と長いまつげ。小さな口。
白に限りなく近い銀髪。
よし、悪戯しよう。
事態の解消より自身の欲望を優先することとした。
後から考えるとやはり寝ぼけていたと思う。
︵まずは、ほっぺた⋮⋮!︶
269
指先でつつく。傷付けそうなので、人差し指の腹で。
﹁お、おぉ⋮⋮ふにふに﹂
ぷにぷにとしばしソフィーの頬を堪能する。
よし、次は。
︵ハ、ハグ行ってみましょう⋮⋮!︶
何度も繰り返すが寝ぼけている。既に目は冴えているが寝ぼけて
いるのだ。
再度繰り返す! 寝ぼけているから犯罪じゃない!
腕をそーっと伸ばす。
心臓がバクバク煩い。思考が纏まりを失う。
ソフィーの背中に手を回し、ぎゅっと抱き締める。
柔らかい。温かい。いい匂い。
この時期、年代は女性の方が平均身長も高く発育がいいと聞く。
しかしソフィーは俺より小さく、壊れてしまいそうなほど華奢だ。
﹁ん﹂
身じろぎしたソフィーに思わず背中から掌を離す。
起きたのかと慌て、そっと胸に抱いていて見えなかったソフィー
の顔を覗く。
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
おめめパッチリ、完全に目覚めていた。
270
﹁ち、違うんだ! これは、その、出来心だ!﹂
慌て離れて弁明する。
﹁ついやってしまったんだ、反省していない!﹂
すっく、と上半身を起き上がらせ女の子座りでベッドに佇むソフ
ィー。
﹁本当だ! 信じてくれ!﹂
ん? なにかがおかしい。
いや、俺の動言じゃなくてソフィーの様子が。
﹁⋮⋮⋮⋮?﹂
﹁あのー、ソフィーさん? ハロー?﹂
﹁⋮⋮はろー﹂
寝ぼけ眼の返事。体は動いているが、意識がしっかりしていると
は言い難い。
︵⋮⋮あ。そういえば︶
そうだ、忘れていた。ソフィーは朝が弱いんだ。
﹁おとーさん?﹂
ソフィーが俺の寝間着の裾をくいと引く。
271
﹁む、俺はガイルじゃないぞ?﹂
﹁んー﹂
だめだこりゃ、彼女の心は完全に夢の世界だ。
彼女の瞼がゆっくり落ちる。
二度寝するのかと思いきや、次に続けられた言葉は予想外にもほ
どがあった。
﹁おはようの、ちゅー﹂
な、なんですとー!?
唇を突き出して待ちの姿勢のソフィー。
つまりこれは、俺にキ、キ、キ、キチューを求めていると!?
行かねばなるまい! ここで引いたら男が廃る!
いいよね奪っちゃって! 据え膳食わねばナントヤラ!
冷静に考えれば俺をガイルと間違えているだけだが、そんなの知
っちゃこっちゃない。
ソフィーの肩を掴む。頭をそっと近付ける。
三〇センチ、二〇センチ、五センチ⋮⋮
心臓が早鐘のように打ち鳴らされる。
寸前でピタリと停止。
本当にいいのか? こんな騙し討ちみたいなことで、彼女の唇を
奪って?
︵えぇい、覚悟を決めろ、俺!︶
躊躇うな、こうなったらむさぼり尽くすぐらいの勢いで︱︱︱
272
倉庫の扉が突然開いた。
﹁おい、レーカ起きてるか? 突然だが出掛ける準備をし⋮⋮ろ⋮
⋮?﹂
硬直するガイル。
寝ぼけたままお座りしているソフィー。
その無防備な彼女の唇を奪おうとしている俺。
異世界生活始まって以来の大ピンチだった。
273
旅立ちと妖怪逆さ男 1︵前書き︶
前回のあらすじ
俺↓︵´・ω・` ︶ω︱ ︶↑ソフィー
ガイル↓︵ °Д°︶
274
旅立ちと妖怪逆さ男 1
緊急事態だ。
ソフィーにちゅーしようとする俺。
それを目撃したガイル。
まずい。まずいまずい。
開き直って自分の正当性を主張する? 却下だ、ガイルの怒りに
油を注ぐだけだし、それ以前に俺自身がそれは許せない。
俺が欲望に屈しソフィーに悪戯しようとしたのは事実。
ならば、俺はそれを潔く認めるだけだ。
﹁ガイル!﹂
﹁⋮⋮なんだ﹂
うわ、すげぇドスの効いた声だ。威圧感が半端じゃない。
それでも殺気ではなく威圧に留まっているのは、俺に弁明の機会
を与えているのだろうか?
まあいい。俺は、自分の意志を、言葉を伝えるだけ!
﹁ありがとう!﹂
275
謝罪より感謝を。
だって、その方が素敵じゃないか。
俺はマジで拳が顔面に突き刺さる五秒前くらいに、そんなことを
想った。
すまき
簀巻き。縄で人をぐるぐる巻いて、芋虫状態にすることである。
それを上下逆さまに木から吊せば、さながら蓑虫状態と呼ぶべき
だろうか。
今の俺のことなんだけどさ。
﹁⋮⋮で? 朝起きたらソフィーが目の前にいて、つい手を出した
と?﹂
﹁未遂だ。ほっぺた触ったり、えっと、ほっぺ触っただけだ﹂
﹁絶対それ以外にもしたでしょ君﹂
余計なことをいわないでマリア!
ほっぺたツンツンまではともかく、抱き締めは有罪だろう。口が
裂けても言えない。
276
屋敷の側。ここに集まっているのは三人。俺を木に吊したガイル
と、何事かとやってきたキャサリン、マリア母娘だ。
ソフィーは眠ったままガイルが寝室に運んだ。性犯罪者と一緒に
いさせるわけにはいかないとのことだ。一体誰のことだろう。俺の
ことですね判ってます。
﹁レーカ。怒らないから正直に答えろ。ソフィーの体を触ったなぁ
ア゛ァ゛!?﹂
台詞の最後は忍耐力が切れてチンピラと化していた。
﹁違う、その、触ったといえば触ったが性的な意味はない!﹂
抱き締めたり肩掴んだり、そういうのは同性でもやる時はやる。
やるったら、やる。
問題は異性間でしか触り得ない場所に触れたか、だ。
﹁ガイルは知っているだろう、俺が巨乳派だって! この前も巨乳
について熱く語り合ったじゃないか!﹂
﹁あ、こら、人前でそういうのバラすな! 俺のイメージが!﹂
知ったことかそんなもん。
﹁だからソフィーに、その、えっちなことをしようなんて一切考え
ていなかった! 信じてくれ!﹂
﹁ならなぜソフィーの顔に涙の跡があった?﹂
﹁マジっすか!?﹂
277
知らんよ本当に!
﹁俺じゃない! 俺はそりゃ普段はエロいこと考えたり、女の子と
仲良くなりたいとか、そんな煩悩だらけのこと考えているさ!﹂
マリアの前でさらけ出すのは気が引けるが、ここで引いては俺と
いう存在が誤解されてしまう。
﹁えー⋮⋮そういうの、さらけ出さないで胸にしまっておいてほし
かったわ⋮⋮﹂
マリアがドン引いていた。
つーかね、男なんてそんなもんだよ。いつだっておんにゃの子の
こと考えているもんだ。
とかく、良きにしろ悪しきにしろ、ここで面倒な誤解は生じさせ
るのはよろしくない。きっちりしておくべきだ。
﹁けれど、絶対に、女性を傷付けるような真似はしないっ!﹂
ソフィーにキスしようとしたのは彼女が子供で、寝起きのことな
どすぐ忘却してしまうだろうという打算もあった。うん最低。
付け加えれば、なんだかんだいってやっぱり俺も寝ぼけていたの
だろう。
﹁マリアにセクハラでからかったりもするが、それだってちゃんと
冗談の域で収まるように留意している! それになにより、俺は女
性を悲しませるようなことはしないっ!﹂
フェミニストと呼ばれようと構わない。女性の笑顔を守る、それ
278
は俺のルールだ。
﹁その笑顔を壊すような真似、俺は絶対にしないっ﹂
まあこの前マリア怒らせちゃったんだが、それは一旦脇に置いと
こう。
﹁⋮⋮本当だな?﹂
﹁ああ、当然だ!﹂
逆さまで力強く頷いてみせる。
﹁まだソフィーに手を出すつもりはない!﹂
竹箒で顔面フルスイングされた。
そして俺に対する暴虐と屈辱の体罰が始まった。
ガイルに箒の筆の方で何度も叩かれた。︵チクチク︶
キャサリンさんに﹁丁度いいから﹂と逆さまのまま散髪された。
︵ハラハラ︶
マリアに高速で回転させられた。︵グルグル︶
どれも中途半端にやめて欲しいレベルの罰である。
でも悪いの俺だし。
﹁ところで、なんでマリアまで参加してるの?﹂
279
﹁女の敵を懲らしめているの﹂
それは大切なことだ。
ムチ
﹁いっそ罵りながらやってくれないか? 鞭とか持ってさ﹂
うん、案外いいかもしれない。
慣れない未知の感覚に高揚し、我を忘れて口汚い言葉を並べ叫び、
ひたすらに俺に鞭を振るうメイド少女。
なんか興奮する。
ばべん
﹁ガイル様、馬鞭をお持ちしました﹂
﹁うむ﹂
鞭をしならせ頷くガイル。
﹁お前じゃねぇよ! ﹃うむ﹄じゃねぇよ!﹂
ムチって痛いだけじゃなくて、実は死人がでるくらい危ないもの
なんだぞ。
﹁あ? あ? てめ調子にのんなよ? 人の娘にちょっかい出しと
いてそれかアァ?﹂
﹁ごめんなさい俺が悪かったですだから鞭はやめて﹂
ぺちぺちと頬に当てられる鞭先。ほとんど力を入れていないのに、
これでもちょっと痛い。
280
チンピラガイルに凄まれる俺に救いの手を伸ばしてくれたのは、
意外な人物であった。
﹁いい加減にしなさい﹂
﹁ナスチヤ?﹂
どこか気怠い雰囲気を纏う人妻枠、アナスタシア様だった。
﹁レーカ君を責めてどうするのよ。彼に非はないわ﹂
﹁寝ぼけたソフィーに手を出そうとしたんだぞ﹂
﹁それは有罪ね﹂
味方じゃなかった。
﹁その前に、だ﹂
ガイルはアナスタシア様を軽く睨む。
﹁昨晩はどこにいたんだナスチヤ﹂
﹁どこだっていいじゃない。一人で過ごしたい夜もあるわ﹂
数瞬睨み合う夫婦。なにこれ、夫婦喧嘩?
﹁⋮⋮屋敷の外には出ていないわ﹂
﹁俺と一緒に寝るのが嫌だったのか?﹂
281
﹁そんなこと、一言も言っていないじゃない﹂
﹁なら書き置きや言伝があってもいいだろう。心配したんだぞ﹂
あらだか
﹁貴方だってこの前、私に断らずに荒鷹を乗り回して一晩姿を眩ま
せていたわ。貴方はよくて私はいけないというの?﹂
﹁らしくない。君は気の回る女性なのに、俺が心配することを予想
出来なかったのか?﹂
﹁酷い人。理由があるとは考えないのね﹂
﹁相当泣きはらしたな﹂
アナスタシア様の肩が震える。
﹁化粧で誤魔化したって俺には判るぞ。一晩中、泣いてただろ。な
んで俺の側に来なかった。俺は、そんなに頼りないか﹂
﹁⋮⋮一人で泣きたかったの。これは、私の問題﹂
﹁夫婦だろ﹂
﹁大切だからよ﹂
き、気まずい⋮⋮
喧嘩していたのに、急にしんみりした空気になった。
アナスタシア様は昨日、姿を眩ませて、一晩泣きはらしたらしい。
なぜ?
282
だんまりを決め込むガイル。
﹁おいっ、そこは﹃俺を頼れよ﹄とか言え!﹂
それが甲斐性だろと訴えるも、ガイルは気色悪い、薄い笑みを浮
かべるだけ。
﹁⋮⋮そんな言葉で無理につなぎ止めなければならないほど、脆い
絆じゃないさ﹂
なーにいってんだこいつは。ばっかじゃねぇ。
﹁そうやって油断してると、手遅れになって後悔するぞ。今日出来
ることは今日やれ、ちゃんと言葉にしろ!﹂
﹁⋮⋮そう、だな﹂
ガイルは妻に歩み寄る。
抱き締めた。
逞しいガイルの腕が、華奢なアナスタシア様を包み込む。
﹁その、な。⋮⋮愛してる﹂
不器用な夫の言葉に、彼女は口元を綻ばせた。
﹁⋮⋮当然よ。独りにしたら、許さないんだから﹂
そしていちゃつきだした。まったく、今日の俺はキューピットだ
ぜ。
しばしの間ちちくり合う二人。興味深げに、それでも少し恥ずか
283
しげに観察するマリア。
ウブ
俺とキャサリンさん? 俺達がそんな初心な反応をするとでも?
ガン見でした。ガンガンジロジロ見ました。
屋敷の住人の視線に気付いた彼らは、はっと我に返りコホンと咳
払い。
﹁結局、レーカとソフィーが一緒に寝ていたことと、ナスチヤが一
晩姿を眩ませていたことは関連しているのか?﹂
話題を変えた。賢明だな、俺の嫉妬レベル的にも。
﹁そうね。たぶん、関係あるわ﹂
ほら無実だった。
﹁そもそも、レーカ君もソフィーも昨晩からの記憶がないんじゃな
いかしら?﹂
﹁え? ⋮⋮あれ、本当だ﹂
昨日いつ寝たのか、記憶が曖昧だ。
﹁昨日の晩か。そういえばナスチヤもそうだが、ソフィーもどこか
おかしかったな。妙なことを訊いてきた﹂
思い出し笑いならぬ思い出しデレデレしだしたガイル。気持ち悪
い。
﹁ともかく、この話はこれでお終い﹂
284
﹁ちょっと待て、理由が解らないし、今朝コイツがソフィーに悪戯
しようとしたことはどうする﹂
﹁理由に関して話す気はないわ。私が泣いた理由も、レーカ君とソ
フィーがなにをしていたのかも﹂
切り捨てるアナスタシア様。これで、この事件の顛末は迷宮入り
と相成った。
ろうぜき
﹁レーカの狼藉も許すのか?﹂
﹁うーん、無罪放免というのもなんだし⋮⋮そうね﹂
アナスタシア様は今朝一番のいい笑顔で、こう宣言した。
﹁レーカ君には責任をとってもらうわ﹂
責任?
﹁レーカ君を、ソフィーの許嫁︵仮︶とします﹂
アナスタシア様の決定はあまりに酷かった。
許嫁︵仮︶。
︵仮︶が付いているとはいえ、あまりに唐突過ぎた。
なぜ? ここでの生活で信頼を得たのだとしても、ちょっと展開
が早過ぎる。
285
⋮⋮まあ、アナスタシア様の思惑は置いといて。
今は俺を高速スピンさせまくっているマリアと、箒の筆で顔を引
っ掻きまくっているガイルについて考えよう。
﹁二人とも、やめてくれないか?﹂
﹁やーだよーだ﹂
﹁ばーかばーか﹂
あらやだなにこの二人、退行してる。
﹁冷静に考えて見ろよ。この決定が不服として、責めるべきはアナ
スタシア様じゃないか?﹂
﹁ほう、つまりお前は女性に責任を押し付けるのか?﹂
﹁なわけないだろ! 悪いのは俺だ!﹂
つい叫んでしまうのが俺である。
でもなんでマリアまで参加してる?
俺とソフィーが許嫁︵仮︶となるのが嫌なのか。そりゃ嫌か。こ
んな不審人物が妹分の許嫁︵仮︶なんて。
でも無表情でひたすら俺を回すのはやめて欲しい。光を失った瞳
からは既に狂気すら感じる。
マリアの腕が止まった。当然回転も停止する。
﹁どうした?﹂
﹁⋮⋮魔力切れ﹂
286
身体強化魔法まで使っていたようだ。
この短時間かつ小効力で終わるとは、本来は使い勝手が悪いとい
う話も頷ける。道理で力仕事でも使っていないわけだな。 ﹁ナスチヤ! ソフィーの許嫁なんて、なにを考えているんだ!﹂
一応ガイルも妻の決定に異議を唱えるらしい。
まず最初に訴えろ、なぜとりあえず俺を痛めつけた。
﹁あら、でも︵仮︶よ? それとも︵暫定︶にすべきかしら?﹂
同じです。
﹁ソフィーは誰にもやらん!﹂
﹁行き遅れっていうのもねぇ﹂
この世界では地球、ないし日本より結婚適齢期がちょっとだけ早
い。
﹁こいつには精々、許嫁︵笑︶がいいところだ!﹂
﹁許嫁であること自体は構わないの?﹂
﹁構う! ソフィーは俺と結婚するんだ!﹂
ガイルが問題発言しだした。
﹁娘と結婚するとか⋮⋮﹂
287
﹁それはないわ⋮⋮﹂
﹁ひくわー⋮⋮ん?﹂
視点が再び回り始める。どうした?
﹁お? おお? おおぉぉぉぉ﹂
捻れたロープが元に戻ろうと、模型飛行機の輪ゴムの如く俺を回
す。
マリアの腕力に依存していた先程より早い。みるみる加速し、俺
の視界は横線にしか知覚出来ないまでになった。
﹁とにかく話を纏めましょう﹂
﹁回り始めた俺は無視ですか﹂
﹁昨晩ちょっとした出来事があって、私が寝室へ戻らなかったのも
ソフィーとレーカ君が一緒に寝ていたのもそれ関連。これに関して
はレーカ君に非はないからいいとして、今朝ソフィーに悪戯しよう
としたのは許嫁︵仮︶として責任を取る。こんなところでいいわね
貴方?﹂
﹁よくない! 全く解らんし、なんでコイツなんぞに可愛い一人娘
を⋮⋮﹂
﹁いいわね﹂
﹁いや、だから⋮⋮﹂
288
﹁いいわね﹂
﹁その、あの﹂
﹃い い わ ね ?﹄
﹁はい、いいです⋮⋮﹂
﹁よろしい﹂
弱い! ガイル弱い!
﹁でも︵仮︶だからなっ。ソフィーの為にも、それ以上は認めんぞ
!﹂
﹁解っているわ。レーカ君?﹂
﹁はい﹂
﹁不純異性交遊、ばっちこいよ﹂
﹁まじっすか!?﹂
﹁節度と常識は弁えてね﹂
289
﹁うっす!﹂
冷め切った目のマリアにロープをナイフで切られた。
地面に落ち、ヘッドスピン︵ブレイクダンスのアレ︶の要領で回
転する俺。
﹁一段落ついたのだしソフィーを起こしましょうか﹂
﹁ソフィー⋮⋮ああ、ソフィーぃぃ⋮⋮﹂
﹁時間が遅くなっちまったね。マリア、朝食の準備を手伝いな﹂
﹁はい、わかりました﹂
それぞれ日常へと戻っていく四人。
スピンする俺。
﹁おーい、誰かー、助けてー﹂
回転は徐々に収まり、ジャイロ効果を喪失した肉体は地面に叩き
付けられる。
﹁え、マジ? 本気で置いて行かれた?﹂
この時俺の脳裏に過ぎっていたのは、薄情な彼らに対する呪詛で
はなく、地球で学んだ一つの単語であった。
﹁放置プレイ!﹂
未知の興奮にときめきつつも、どこか頭に引っかかるものがある
290
のも事実。
なぜ、アナスタシア様は夜通し涙したのか。
なぜ、俺とソフィーは添い寝していたのか。
なぜ、アナスタシア様は俺と娘を許嫁︵仮︶にしたのか。
なぜ、こうも俺はイケメンのナイスガイなのだろうか。
様々な疑問が解氷するのは、この出来事からずっとずっと先のこ
とである。
朝食として運ばれてきたスープ皿と、それに放り込まれたスープ
漬けのパン。
エアシップ
簀巻きのままガツガツ犬食い。絶対マリア怒ってる。
そして小型級飛宙船の後部にロープを繋がれ、宙吊りで広場まで
運ばれた。
﹁あの、アナスタシア様?﹂
﹁なにかしら、レーカ君?﹂
なにかしら、じゃなくて。
﹁どこか連れて行かれるんですか、俺﹂
もしかしてアナスタシア様は微塵も俺を許しておらず、どこか遠
い国に捨てられてしまうのだろうか。
291
漠然とした不安が冷気となって背筋に抜けた。
異世界で放逐。それがどれだけ絶望的な状況か、考えるまでもな
い。
﹁せめて縄はほどいて! あとサバイバルキットも! あと少々の
路銀もお願いします! 更に言えば愛をプリーズ!﹂
﹁大丈夫、ロープは解かないけどサバイバルキットと路銀はあげる
わ。愛はソフィーに頼んで頂戴﹂
いやあぁぁぁ⋮⋮捨てられるぅぅ︱︱︱
ドナドナ気分で売られる子牛のビジョンを幻視していると、冒険
者志望三人組がやってきた。
﹃おはようございます﹄
三人揃ってお行儀良くご挨拶。
明らかにガイルに対する態度と違う。
﹁はい、おはようございます。準備はしてきたかしら?﹂
﹃はいっ!﹄
準備?
冒険者志望三人組は軽装ながら、普段は身に付けないような物々
しいアイテムを幾らか所持していた。腰の短剣や、背中のマント。
﹁お前ら、冒険にでも出る気か?﹂
ファンファーレが聞こえてきそうな、見事なちびっ子パーティで
292
ある。
﹁そうだよ?﹂
﹁そうなの?﹂
エドウィンに肯定された。
﹁そうか、皆も遂に夢を叶えるんだな﹂
考えていたよりずっと早い旅立ちだが、ここは笑顔で送り出すべ
き場面だ。
﹁頑張れよ。俺も応援してるぜ﹂
﹁貴方も行くのよ﹂
なにいってんですかニールさん。
﹁俺は冒険者志望じゃないんだけど﹂
興味がないといえば嘘になるが。
﹁そんなことより早く出発しようぜ﹂
マイケルが急かし、ぞろぞろと小型級飛宙船に乗り込む三人。
アナスタシア様は運転席だ。
﹁それじゃ、行きましょうか﹂
293
﹃はーい﹄
あれ、俺の意見は?
﹁ちょ、おおまた宙吊りかよぉおぅ﹂
飛宙船が飛翔し、後部に繋がれた俺は上下逆さまに浮き上がる。
﹁アナスタシア様、ほんとにどこ行くの!?﹂
﹁大丈夫、レーカ君のガンブレードは荷物に入れといたわ﹂
会話が成立していない!
船は俺に構わず村の出入り口まで進む。
﹁⋮⋮⋮⋮ん?﹂
物影に白い人影がちらちらと見えた。
﹁アナスタシア様、ソフィーが見送りに来ているみたいですよー﹂
﹁あら、見つけちゃったわね。私はなにもしていないけれど、レー
カ君が自分で見つけちゃったわね﹂
はか
あれ? 謀られた?
どうやらソフィーがここにいるのはアナスタシア様の采配らしい。
そして俺はまんまと罠に引っかかったのだ。どんなトラップかは
判らないが。
おずおずと姿を表すソフィー。今朝の寝間着姿ではなく、妙に気
合いの入ったフリルたっぷりの洋服である。
294
﹁おはよ﹂
﹁⋮⋮おはよ﹂
﹁可愛い服だな。ソフィーもどこかにお出掛けか?﹂
﹁うんん、おかーさんが﹃しょうぶふくよ﹄って着せてくれたの﹂
上を見下げると︵くどいようだが上下逆さまである︶ニマニマ顔
のアナスタシア様。
貴女なんで今朝から急にアグレッシブなんですか。キャラちょっ
と失ってますよ。
﹁その、レーカ⋮⋮﹂
もじもじと指を絡ませるソフィー。
大変可愛らしいと思うのだが、残念ながら相手は妖怪逆さま男で
ある。 ﹁あのね、その﹂
﹁うん﹂
焦らせてはいけない。本人に任せて、ゆっくり聞いてあげよう。
﹁一緒に、踊って欲しいの﹂
﹁踊り?﹂
295
この村で踊りといえば⋮⋮
﹁収穫祭か?﹂
頷くソフィー。
収穫祭の踊り、即ちキャンプファイヤーを囲む盆踊りだ。
ペアだからむしろフォークダンス?
どうしよ、俺は盆踊りもフォークダンスも判らない。
﹁おいっ! レーカがソフィーにダンスのお誘いを受けたぞっ﹂
﹁へぇーやるわね。よ、この色男ッ﹂
﹁レーカ君、女の子に恥かかせちゃ駄目だよ?﹂
三人組が好き勝手言っている。
ソフィーは二、三度大きく呼吸し、真っ直ぐ俺を見据えた。
風がざわりと震えるのを感じた。
﹁どうか、僅かばかりの時を私の為に割いて下さい﹂
せいれん そそ
いつものソフィーと違う。
ジェントルマン
清廉楚々とした気配に思わず息を止めてしまう。
わたくし
﹁私と踊って頂けませんか、紳士殿﹂
296
しなやかに差し出される手の甲。
女王の如く侵しがたい気配を纏ったソフィー。
しかしそこに演技臭さなど微塵もなく。
彼女は、ソフィーでありながらにして他を圧倒するなにかを放っ
ていた。
たまらず視線を落とせば陶器のように白い手が目に映る。
見慣れたはずのソフィーの手。だが今だけは、この世界に実在す
ることが不可解な矛盾をはらんでいるようにすら錯覚してしまう。
人造でなければ至れない繊細さと精巧さに、生身でなければ有り
得ない温かさと意志。
それに触れてもいいものか?
新品のキャンパスに絵の具を垂らせば後戻りが効かないように、
目の前にいる少女は決して触れてはいけない存在ではないか?
ま、さっきハグしたけど。
︵⋮⋮あれ、なにびびってんだ俺︶
触れるどころではないボディータッチを既に行っていたことに気
付き、気が抜けた。
なに子供相手に気圧されてるんだ。自然に、普通に返せばいいこ
とじゃないか。
﹁あー、うん。ダンスのお誘いだよな? いやー照れるな﹂
むしろ反動で緩みまくっていた。
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
なぜかソフィー固まってる。
297
﹁えっと、ね。その﹂
口調が戻った。さっきの漢字を多用した長文は奇跡かなにかだっ
たようだ。
﹁あああぁぁぁぁぁ﹂
終いには頭を抱えてうずくまってしまった。
﹁⋮⋮どうした?﹂
﹁忘れて、忘れて! 私は忘れるから!﹂
エアボート
草陰から飛宙艇を取り出し、手早くセイルを展開。
マナー
止める間もなく、ソフィーは飛び去っていった。
追いかけるのがドラマ的な礼儀かもしれないが、それすら許さな
い早業。
あっという間に彼方まで飛んで行った彼女に、俺は手を空に伸ば
すしかなかった。
﹁惜しいっ﹂
なにがですかアナスタシア様。
ちなみにこの時点で俺はダンスのお誘いの意味するところを知ら
ないわけで。
友達のいない娘にアナスタシア様が俺をあてがった、程度に考え
298
ていた。
299
旅立ちと妖怪逆さ男 1︵後書き︶
中途半端な長さなので前後編に分けました。
300
旅立ちと妖怪逆さ男 2
飛宙船はゼェーレストを出発し、草原を突き進んでいた。
﹁それで、説明して貰えるんでしょうね﹂
憮然と睨み付ける。眼前に広がるのは草原だけど。
いい加減ロープを解いてもらいたいものだが、やっぱり怒ってい
るのだろうか、アナスタシア様。
の
﹁事の始まりは、この子達がガイルに対人戦技術の指南を求めたこ
とよ﹂
昨日のあれか。
俺がニールとマイケルを纏めて伸してしまい、ニールは自分にな
い対人技能というジャンルに少なからず興味を示していた。
その後繰り広げられた追いかけっこの結末が、この旅立ちらしい。
アナスタシア様の説明を要約するとこうだ。
ニール﹁対人戦教えてー﹂
ガイル﹁必要ない﹂
マイケル﹁なら魔物と実戦させてよ︵脈絡がないが、マイケルだ
し︶﹂
ガイル﹁まだだめー﹂
三人組﹁ブーブー﹂
301
せきよく
ガイル﹁うっせー。んー、でも紅翼のエンジン買いに行くから、
道中のナスチヤの護衛をする?﹂
三人組﹁やるー﹂
こんな感じだ。
俺の行動が発端なのだし、これもある意味因果応報か。
⋮⋮つまり、あれがなければ今朝ガイルが部屋にやってくること
もなく、俺はソフィーに⋮⋮
﹁むふ﹂
﹁今、船の下から気色悪い声が聞こえたわ﹂
ニールに他人事のように言われた。
﹁アナスタシア様、どうしてこんなに低く飛んでるんだ? もっと
高く飛んだ方がスピード出せるんじゃねぇの?﹂
この声はマイケルか。アナスタシア様になんてぞんざいな口調だ。
飛宙船は高度五メートルほどをふわふわ浮いている。おかげで吊
された俺は時折頭を擦りそうでハラハラだ。
﹁あまり高く飛べば飛行系の魔物が来るわ。みんなには空の敵に攻
撃する手段はないでしょう?﹂
﹁僕は魔法得意ですよ﹂
﹁エドウィン君だけが戦う? この旅は全員の修行なのだから、ま
302
ずはちゃんと地上の魔物相手に慣れて冷静に対応するのが第一、そ
して基本で大前提。焦って出鱈目に突進していく冒険者は長生き出
来ないわ﹂
そういやなんで俺は呼ばれたのだろう。彼らの修行に俺は関係な
い。
ついでに俺にも魔物との戦いを経験させようという案配だろうか。
なら簀巻きを解いてほしいものだ。
﹁それに地上の魔物は縄張りを把握しておけば危険な種類と遭遇す
る危険は低いけれど、飛行系の魔物ははぐれが意外な場所に迷い込
むことが多々あるのよ。勿論地上が確実に安全なわけでも、空で絶
対に危険な魔物に遭遇するわけでもないけれど﹂
それがこの微妙な高度の理由か。
初めての冒険がお使いなのはお約束だが、徒歩でない分、意外と
暇かもしれない。
﹁旅ってもっと楽しいものだと思っていたわ﹂
暇過ぎた。
既に空は少し暗く、夕焼けになりかかっている。
かれこれ出発からかなりの時間が経っているが、代わり映えしな
い景色に子供達はうんざりしている様子。
そりゃ、朝から夕方手前まで船の上じゃ当然だ。
303
﹁旅なんて苦労と退屈が九割、喜びが一割よ。でも、その一割が代
え難いものだからこそ冒険者は生まれたのでしょうね﹂
いいこと言ったアナスタシア様だが、子供達は集中を切らしてい
るので生返事を返すだけだった。哀れなり。
せめて俺は胸に刻みつけておくとしよう。その一割は、本当に輝
かしいものだと思えたから。
﹁ツヴェーまではどれくらいかかるんですか?﹂
エドウィンが訊ねた。
ツヴェー渓谷。村でも時々名前を聞く、工業の町だ。
一〇年前の大戦にて、帝国軍は当時ただの自然形成された渓谷を
砦へと作り替えた。
秘密裏かつ迅速に形成された砦は最前線秘密基地として帝国の重
要拠点となり、その存在が暴かれた後も谷底という攻撃方法の限ら
れた地形は防衛を容易とし、長らく敵の侵入を拒み続けた。
その後、終戦を経て基地は破棄される。
戦争で職場や住処を失った人々が住み着き、設備をそのまま利用
出来たことから工房が幾つも開かれ、両国の境という立地も幸いし
一躍中継地点の街として発展した。
伝え聞いたところによるツヴェー渓谷のあらましはこんなところ
だ。
﹁途中で一晩野宿をして、明日には到着するわ﹂
早いんだか遅いんだか。
飛宙船の最高速度は現行技術で約時速一〇〇キロだが、常に全速
力で飛ぶわけもなく、巡航速度は大抵五〇キロ程度だ。
更にこの旅では低空を地形に沿って飛んでいることもあり、時速
304
三〇キロくらいが平均であるとみている。
隣の町に行くのに一泊しなければならないのは日本人としての感
覚ではあり得ないが、そもそもアナスタシア様は最速の手段を選ん
でいない気がする。
魔法に長けたアナスタシア様なら高度を上げて巡航速度で飛宙船
を真っ直ぐ飛ばし、魔物は走りつつ遠距離から蹴散らせばいいのだ。
それなら宿はツヴェー渓谷でゆっくり休める。
そうでなくとも、地表近くを飛んで、魔物が現れた時だけ高度を
上げるという方法もある。
それをせずわざわざ戦闘や野宿するのは、やはり経験を子供達に
積ませる為なのだろう。
思考に耽っていると、船がゆっくりと停止した。
﹁⋮⋮みんな、出たわよ﹂
半分寝ていた冒険者志望三人組だが、徐々にその言葉の意味を理
解し表情を強ばらせる。
そう、この旅の目的の一つ。
魔物との実戦が、始まったのだ。
﹁あれ、俺どうすればいいの?﹂
高度を下げる飛宙船。
頭から地面に衝突し、そっと土の上に横たわらせられる俺。
ガサガサと草陰から物音と動物の気配がする。
﹁あれ? あれあれ?﹂
305
地面に降りた三人が船を守るようにおっかなびっくりに立つ。
出来れば無防備な俺を守ってほしい。
いや、こんなことでは駄目だ。俺だって臨時とはいえパーティの
一員なんだ。
体を動かせないなら、動かせないなりに出来ることを探そう。
﹁頑張れー! 気張れー! 俺を守れー!﹂
﹁うっせぇ!﹂
﹁うごぉ!?﹂
マイケルに脇腹を蹴られた。痛みで呼吸困難に陥る俺。
これにて俺は本当に戦闘不能となった。
﹁⋮⋮来る!﹂
RPGのボス直前みたいな台詞をニールが叫ぶ。
これも一種のフラグだろうか。
そして、俺達の前に魔物が飛び出した。
水色の胴体。
足が四本の、体長五〇センチほどの獣。
魔物と呼ぶにはあまりにつぶらな瞳がこちらを捉える。
俺はソイツを見た瞬間、強烈なデジャヴを感じた。
︵まさか、アイツは︱︱︱!︶
魔物は口を開き、鳴き声を放った。
306
﹁クゥ∼ン﹂
アナスタシア様が真顔で魔物を見極める。 ﹁下級モンスターの水犬ね﹂
﹁本当にいたのかよっ!﹂
水色の柴犬、略して水犬であった。
ニールとマイケルが木刀に魔刃の魔法をかける。
戦士系の基本魔法である魔刃の魔法は、例え対象が木刀であろう
と鉄をも切り裂くような切り裂かないような凄い切れ味をもたらす
魔法だ。
⋮⋮ごめん、やったことないから程度は判らない。
とにかく、木刀だろうが魔力なしの刃物より鋭くなるのは確かだ。
敵は下級モンスター一匹だけなので、アナスタシア様も手を貸す
気はなさそう。 エドウィンも魔法の準備を終える。
三人の敵意を察した水犬は不思議そうに首を傾げる。
﹁クゥ?﹂
そしてテトテトと先頭のニールに歩み寄る。
﹁ニールちゃん、見た目で油断しないで。それもれっきとした魔物、
人を襲う存在よ﹂
俺達はアナスタシア様の言葉をすぐ理解することとなった。
水犬の口が大きく開く。
スライム質を生かし瞬時に自身の倍以上に膨れる、水犬の頭部。
307
口内には大小無数の牙が並び、飛び散った唾液は付着した草木を
嫌な匂いを発しつつ溶かしてしまった。
まるで蛇だ。伸び縮みする肉体で巨大な獲物を丸呑みする、アナ
コンダだ。
﹁可愛くない! 可愛くないぞ!﹂
﹁魔物相手になにを求めているのよ!﹂
即座にバックステップ。間合いギリギリまで下がった後、突進し
てきた水犬の側面に入り込み横薙ぎに両断!
頭部、目から尻までを切り裂かれた水犬は自身の身体を維持でき
なくなり、重力のままに崩壊し水溜まりとなった。
﹁⋮⋮これで、終わり?﹂
あっさりした幕切れに呆然とするニール。
﹁ええ。お疲れ様、ニールちゃん﹂
﹁う、うん﹂
生き物を殺したことにショックを受けているのかと思いきや、む
しろ簡単に行き過ぎて釈然としてない様子。
まあ村に住んでいれば動物の解体なんてたまに見るしな。俺も後
学の為に手伝わせて貰った。
結構力いるんだよね、動物の体を刃物で切るのって。
人はともかく魔物や動物を殺すのは、精神面では問題なさそう。
水犬の死骸︵?︶を見ても冷静でいられる。
戦闘自体も、あの速度であれば対象出来る。パワーや特殊能力に
308
は長けているが小回りを生かせば対処可能なのが魔物全般の共通点
なのだそうだ。
無論例外もあるし、格上の魔物にはどうやっても勝てないが。 アナスタシア様も船を降りる。
魔物の残骸を適当な木の枝で漁ると、ゲル状の死体に埋もれた小
さな石が出てきた。
見覚えのある、カット済みの宝石にしか見えないそれを彼女は躊
躇いなく拾い上げる。
﹁これがクリスタルよ。町の換金所やギルドへ持ち込めば、お金に
変えられるわ﹂
説明しつつ、倒した張本人であるニールに戦利品が手渡された。
﹁クリスタルって、飛宙船や人型機のエネルギー源のクリスタル?﹂
﹁そう。冒険者の主な収入源は魔物の核であるクリスタル集めね﹂ クリスタルって魔物から取れるのか。新事実だ。
﹁常識だろ﹂
なんとなく、マイケルに無知を笑われるとむかついた。
でもちっちゃいクリスタルだな。
せきよく
﹁紅翼のクリスタルはもっと大きかったですよ﹂
整備の時にその辺も覗いたが、大きさも輝きも段違いだった、と
記憶している。
309
ソードシップ
﹁紅翼のエンジンは飛行機用の高出力魔力式ジェットだもの、クリ
スタルも比例して大きくなるわ。小型魔物ならクリスタルもこんな
ものよ﹂
﹁ならこれって価値ないんですか?﹂
手の平の上でクリスタルを転がしつつ、ニールが訊ねる。
﹁いいえ、小さなクリスタルには別に大きな需要があるわ。はい、
出席番号六番、レーカ君。クリスタルの用途について詳しく答えて
頂戴﹂
﹁はーい﹂
アナスタシア様の個人授業を思い返す。
ストライカー
﹁えっと、クリスタルの用途ですが。基本的にはエンジンか浮遊装
置、あるいは人型機の動力源になります﹂
つまりクリスタルのほぼ全ては航空機や兵器の部品となる。
﹁それ以外の用途にも転用可能ですが、常に多くの需要がある航空
機関連に品が流れるのは当然であり、そもそも大半の﹃それ以外の
用途﹄も魔法で代用可能だったりすることから、日常生活でクリス
タル動力の装置を見かけることはほとんどありません﹂
飛行機や人型ロボットが存在しながら、生活風景が中世的なのは
これが理由だ。
人型機の発電機のように、魔力を単純な回転に変換することは技
術的に容易い。
310
しかしそれで洗濯機を作ったり、ポンプを作ったりなどはしない。
するとしても、クリスタルは高価なので割に合わない。
盛んに製造される航空機や人型機、そのクリスタル需要に対し供
給が間に合っているとは言い難いのだ。
商人であろうが冒険者であろうが、売るならより高く買い取って
くれる相手に売るのは当然。
﹁またクリスタルは出力が大きい代わりに制御が大味で難しいこと
も、複合的な機械に応用が利かず用途の幅を狭める要因となってい
ます﹂
クリスタルに限らず、魔力には人それぞれ、魔物それぞれに質の
違いがあるそうだ。
複数の魔力を束ねようとしてもうまく安定せず、故に一つの機械
に対し一つのクリスタルというのはメカニックの基本となっている。
また、魔力装置はレスポンスにおいても問題を抱える。
魔力反応の良さで語れば、最も早いのは人型機、というか無機収
縮帯。次にエンジン。一番遅いのが浮遊装置である。
人型機は無機収縮帯との同調を行う為、クリスタルは大型のが一
つ。追加武装があれば複数使用の場合もあるそうな。
ちなみに鉄兄貴の背面クレーンは人型機本体から電力を引っ張っ
ているので、追加クリスタルは存在しない。その代わり本体とクレ
ーンを同時に動かせない。
魔力式エンジンも魔力の安定性から大型クリスタルが一機につき
一つ。ただ人型機ほど機敏なレスポンスを求められていないという
だけで、反応速度に関して根本的な解決法があるわけではない。
浮遊装置。こいつは一番雑だ。
箱の中に沢山小さなクリスタルを詰め込み、一つ一つに導線を接
続。
その魔力を浮遊装置に送る。以上。
311
浮遊装置は浮かび上がらせるだけの装置なので、制御もへったく
れもない。ごちゃ混ぜの大雑把な魔力を注ぎ込めばOKなのだ。
まあつまり、浮遊装置以外の機械では規模に比例したサイズのク
リスタルを用意しなければならないわけであり、そうなると大型ク
リスタルの需要は鰻登りなのである。
なら小さなクリスタルは安いのかといえば、そんなことはない。
大きなクリスタルよりは価値が落ちるも、数さえ揃えば飛宙船を
浮かばせられる。セルファークでの主要な移動手段は飛宙船であり、
小粒なクリスタルだっていくらあっても困らないのだ。
かなり話が逸れたが、ようは飛行機や船作るほうが優先だから、
他の物は技術的に可能だけど次の機会にね、なのだ。
﹁はい、よろしい。ツヴェーに到着したらギルドで換金してみまし
ょう。代金の割り振りは皆で相談してね﹂
アナスタシア様がさらりと爆弾を投下すると、冒険者志望三人組
は不毛な争いを始めた。
﹁私が倒したんだから当然私のお金よね!﹂
﹁いーや、あの程度ならこっち来ても迎え打ててたぞ。俺にも何割
か貰う権利はあるはずだ﹂
﹁僕は割り勘にすべきだと思う。今後毎回こうやって争うよりは、
きっちり皆の成果としといた方が諍いは少ないよ﹂
﹁うっせ! っていうかマイケルはなにもやってねーじゃないか!﹂
﹁そうよ、船から降りてすらいなかったじゃない!﹂
312
﹁ええっ!? 船から降りなかったのは高い場所の方が狙いやすい
からだし、魔力を準備してたからなにもやってないわけじゃ⋮⋮﹂
勿論口喧嘩だが、いやまったくお金とは怖いものである。
アナスタシア様はわざとやったな。きっとお金のトラブルは冒険
者にも多いのだろうし、その予行練習といったところか。
喧嘩をしばし眺めていると、ぐぅぅ、と誰かの腹の虫が鳴った。
﹁お腹空いた﹂
﹁はらへった﹂
﹁そろそろ夕食の時間ですよ﹂
金より食欲か。
﹁もうしばらく進めば野宿に適した場所があるわ。今日はそこまで
行きましょう﹂
子供達が乗り込み飛宙船が再び発進する。
俺を引きずって。
数十メートル進んだあたりではたと気付いた。
﹁アナスタシア様、俺のこと忘れてません?﹂
﹁そ、そんなことないわよ?﹂
いそいそと高度を上げといて、なにしらを切ってるんすか。
313
野宿。
岩場の上の平らになった広場に陣取った俺達は、揺れる船上で凝
り固まった体をようやく解せた。
俺は凝りっぱなしだが。
﹁ここが野宿に適した場所ですか?﹂
﹁そうよ。見渡しがいいから魔物にも余裕を持って対象出来るし、
何もないから飛行系の魔物もやってこない。燃える物がないから火
の始末も楽だしね﹂
他の冒険者が作ったのだろう、石を積んだ簡単な釜戸がいくつか
ある。
その一つに燃料を放り込み、魔法で着火。
﹁固形燃料ですか﹂
変に文明的なものを見た。
﹁一晩だもの、ちょっと横着しちゃうわ。冒険者であれば薪拾いを
したりもするけど、乾いた木ってなかなか見つからないのよ﹂
炎は小さいが、暗闇の中では大きな光源だ。目が慣れればかなり
見渡せるようになるだろう。
旅では暗くなってはもう動けない。移動は基本的に日が昇ってい
314
る間だけだ。
食事は固い保存食のパンと干し肉。それにスープが付いた。
﹁旅先で温かい食事が一つあれば、精神的にはとても楽になるの。
野宿でスープを用意するのも大変だから、余裕がある時にしかやら
ないけれどね﹂
簡単な塩味だが、一口飲むと思わずみんな息を吐く。
犬食いでなければもっと味わえそうなもんだ。
食事の後は、交代交代で見張りをしつつ体を休めることに専念す
る。つまり、寝る。
しかしキャンプではしゃいでしまうのは子供の性であり、俺達は
結局しりとりなど道具不要の遊びで時間を潰すことになった。
﹁私は先に寝るわね、護衛対象だし﹂
そんな中、一人早々と毛布にくるまって横になるアナスタシア様。
あくまで保護者でも監督役でもなく護衛対象、つまりお姫様なの
で決定権は彼女にある。いや、アナスタシア様に遊びに付き合えな
んて言わないが。
寝静まった、と思いきや立ち上がり、俺に耳打ちをしてくる。
︵みんなが寝て誰かが見張りを始めたら、こっそり起こしてね︶
︵⋮⋮もしかして、寝てるふりをしてこっそり夜通し起きてようと
か思ってません?︶
︵まあ、ね︶
そりゃあ、子供だけで見張りさせるのは不安だが。夜通しなんて
315
負担が大き過ぎる。
︵俺も交代で見張ってますよ︶
︵魔物を見張るんじゃなくて、子供達を見守るの。これは私の預か
った責任なのよ︶
︵責任?︶
︵そう。人の子供を預かるという、責任︶
目の前の真摯な瞳に、なにも言えなくなってしまう。
︵⋮⋮解りました。このしりとりは出来るだけ長引かせますから、
今のうちにゆっくり休んでいてください︶
︵ありがとう、レーカ君︶
仮眠を終え、見張りが俺の番となった。
見晴らしのいい場所に転がり登り、空を見上げる。
煌めく星々。月のない夜空。
町並みや文化を再現することは出来るが、この月のない独特の空
だけは地球での再現は不可能だろう。
空を見上げる度に、俺はここが異世界であると強く思い知らされ
る。
316
﹁今日はとんでもない一日だったな﹂
ソフィーに始まり野宿に終わる。濃いというか、偏ってる。
並びの安定しない、星の光の煌めく闇夜。
見る度に位置が変わるので、この世界では星座は存在しない。
漠然と見上げていると、空になにかが浮かんでいるのが見えた。
目を細める。解析魔法を発動。
アナスタシア様曰く、﹃魔法より世界に直接的にアクセスしてい
る魔法﹄。
専門的なことは判らないが、魔法ではあるそうだ。
それで、空に浮かんでいる未確認飛行物体だが。
﹁⋮⋮ガイル?﹂
エアボート
飛宙艇に乗ったガイルがこちらを見下ろしてパンを食べていた。
﹁ガイルー、ガイルー﹂
ひょんぴょん跳ねてアピール。
ガイルの顔が引きつった。俺と目が合っていることに気付いたよ
うだ。
ガイルとソフィーの目の良さは凄まじい。チートである遠見の魔
法とタメをはれるのだから、最早異常だ。
どうやら朝からずっと俺達を上から尾行していたのだろう。変質
者である。
飛宙艇は搭乗者の魔力で浮かぶが、ガイルは魔力に乏しいはずな
のでボードを魔改造してクリスタルを装備しているのかもしれない。
じゃないと途中で落ちる。
おそらくは二段構えの体制なのだろう。子供達のお守りにアナス
タシア様。もしアナスタシア様の手に余る魔物が現れれば、ガイル
317
の出番。
あるいは、ずっと接近しようとする飛行系の魔物を駆除していた
のかも。だとしたらお疲れさんとしか言いようがない。
⋮⋮ガイル繋がりで、朝の出来事に思考が移った。
ずっと疑問だったこと。この際だ、アナスタシア様に訊いてしま
おう。
﹁アナスタシア様﹂
反応はない。
﹁アナスタシア様、起きていますか?﹂
﹁⋮⋮なぁに?﹂
ちょっと寝てた?
なんだか色っぽい。
﹁まだ怒ってますか?﹂
﹁朝のこと?﹂
頷いて肯定。
一見、一件落着したかのような雰囲気だったが、俺のロープはま
だ解かれる気配はない。
もしかしてアナスタシア様、内心憤怒しているのでなかろうか。
﹁確かにね。あの時は許嫁︵仮︶で済ましたけれど、改めて考える
と少しどうかと思ったわ﹂
318
ごめんなさい。やっぱり怒ってた。
﹁ソフィーを幸せにすると誓えるなら、解いてあげるわよ﹂
なんて仰るし。
﹁それは⋮⋮無理です。誓えません﹂
その誓いは、語数の割にあまりにも重い。
普通の夫婦でも付きまとう性格の相性や経済的な問題に加え、ど
う考えてもソフィーは﹃普通じゃない﹄。
お嬢様かご貴族様か。
田舎にあれだけの屋敷があって、メイド二人に家族三人で暮らし
ていたこと自体があまりにも不自然なのだ。
俺はソフィーについてなにも知らない。素性どころか、本人の嗜
好や性格すらちゃんと把握しているわけじゃない。人見知りだし。
﹁誓えないのなら、気の迷いなんておこさないことね。女の子は簡
単に傷ついちゃうんだから﹂
﹁⋮⋮はい﹂
﹁正直もういいかなって思っているのだけれど、せっかくだもの。
ツヴェーまではこのままにしときましょうか﹂
なにがせっかくなのかさっぱりだった。
溜め息混じりに天体観測へと戻る。
﹁⋮⋮ん?﹂
319
天球の隅に、光の帯が浮かび上がっている。
オーロラか? 違う、連続的な光ではなく光源の集まった、不思
議な雲だ。
﹁なんだあれ? 天の川?﹂
﹁えっ?﹂
アナスタシア様が俺の呟きに、やおら立ち上がりその場でターン。
すぐに不思議な雲を見つけ、﹁まぁ﹂と感嘆の声を零した。
﹁天使の雲ね。珍しいわ﹂
天使の雲、か。天の川ではないらしい。
その正体は判らないが、幻想的な光景であることには違いない。
感慨に耽って目に焼き付けていると、解析魔法が発動した。
雲ならば解析魔法の射程内だからそれはいいのだが、様子がおか
しい。
低い。
雲だけではなく、他の星々も同じ程度の高さに浮かんでいる。ガ
イルのいる空より数百メートル上だ。
これはどういうことだ。
それの正体を探ろうと、解析魔法を星に向ける。
﹁が、岩石?﹂
岩だ。大小様々な岩が、無数に空に浮かんでいる。
それが地上の光を反射して光点に見えているのだ。
なんとも不可解な現象だが、なら天使の雲の正体も空飛ぶ岩なの
かと再び解析する。
320
その川を形成する物体がなんなのか、それを認識した俺は一瞬呼
吸を忘れた。
﹁なっ、なっ、なんじゃありゃあぁ!?﹂
﹁な、なに? 魔物!?﹂
アナスタシア様を驚かせてしまったが、俺はそれどころではなか
った。
空に帯状に浮かぶ、それは︱︱︱
﹁航空機、だと!?﹂
朽ち果てた飛宙船。原形を留めていない飛宙艇。真っ二つに折れ
た飛行機。
古今東西、古いものから真新しいものまで。
数え切れないほどの航空機の亡骸が、空高く跳び続けていた。
﹁んー、なんだよぉ﹂
﹁うるさい﹂
子供達が起きてしまった。
﹁あ、天使の雲だ。久しぶりにみたなぁ﹂
エドウィンの様子から、どうやら驚いているのは俺だけらしい。
﹁なんですか、あれ﹂
321
﹁なにって、天使の雲⋮⋮あぁ、レーカ君には馴染みがないのかし
ら﹂
すげーすげーと騒いでいるニールとマイケルの傍ら、アナスタシ
ア様の真夜中の授業が始まった。
﹁重力境界って知っている?﹂
判りません。
﹁重力境界とは地上三〇〇〇メートルの空に存在する、無重力空間
のことよ﹂
﹁無重力、だから岩が浮かんでいるんですか﹂
﹁そう。そして重力境界を超えて上昇していくと、今度は重力が上
下反転する。上が下になるの﹂
上層と下層に逆方向の重力が働き、その中間の重力を打ち消しあ
っている領域が﹃重力境界﹄だそうだ。
﹁なら重力境界の先を上昇⋮⋮下降し続けると、どうなるんですか
?﹂
﹁月面にたどり着くわね﹂
﹁月!?﹂
あったのかよ、月。
322
﹁常識過ぎて教えていなかったけれど⋮⋮この世界、セルファーク
は二つの大地が向かい合っているの。私達が住んでいる地上と、空
の向こうにある月﹂
﹁てっきり月はないものかと﹂
下さい﹄
﹁食事前のお祈りにあるじゃない。﹃母なるセルファークの意思よ。
父なる蒼月の祈りよ。今日もまた、我らが旅路をお見守り
って﹂
聞き流してました。
﹁蒼月ってなんですか?﹂
﹁空の青は月の蒼よ?﹂
太陽の光から青の波長のみが強く地上に届いて、なんて地球的理
屈は無視ですか。さすがファンタジー。
﹁月にも色々とあるのだけれど、それは一旦置いといて。重力境界
は天士にとって最も身近な難所なのよ。無重力という特殊な環境故
に、大型飛行系魔物の住処となっているの﹂
﹁大型飛行系魔物?﹂
﹁ドラゴンやワイバーンよ﹂
定番ですな。
﹁レーカ君なら解ると思うけれど、戦闘機同士の戦いは最初に上を
323
取った方が有利でしょ? だから少しでも高度を上げようとして、
重力境界に突入しちゃうの﹂
﹁あー、それで魔物の餌食となると﹂
﹁そう。そうやって重力境界で犠牲となった航空機は、上空の気流
に乗って永遠に空を飛び続けることとなる。そうして生まれたのが
天使の雲よ﹂ 地上に舞い戻ることもなく、永遠のフライトか。
天士にとってそれは不幸か幸福か、栄誉か悲劇か。
﹁頻繁に見られるものなんですか?﹂
﹁どこかの空に常にあるけれど、気流は不規則に変化し続けるから
見れるかどうかは運ね﹂
珍しいのか。しっかり見ておこう。
考えようによってはこれほど多種多様な機体を観察出来る機会は
そうそうない。例え破棄されたものであっても、参考になる部分は
多そうだ。
﹁さぁ、みんなも寝なさい。明日も大変よ﹂
﹃はーい﹄
国も時代も関係なく寄り添い合う飛行機達は、戦いによって生ま
れた情景にも関わらず空には国境など存在しないと訴えているよう
に思えた。
324
翌日。
トラブルもなく船はツヴェーへと出発する。
いや、トラブルというほどでなくても、ちょっとした騒動はあっ
た。
アナスタシア様とニールが近くの泉で水浴びをしている最中、マ
イケルがコソコソと挙動不審に草むらへ入っていったのだ。
﹁おい﹂
なんて解りやすい奴だ。せめて﹁お花を摘んでくる﹂とか誤魔化
して行けよ。
﹁お花を摘みに行ったのかな?﹂
﹁エドウィン、なぜ数ある表現法の中からそれを選んだ﹂
純粋な彼にはマイケルの煩悩は思慮の外にあるようだ。
﹁ま、すぐ戻ってくるだろ﹂
空を仰ぐ。
真っ逆様に落下してくるパン。
それはマイケルの消えた草むらに突っ込み、鈍い音と間抜けな断
末魔を生じさせた。
325
無論ガイルの朝食である。
例え東京タワーの天辺からコッペパンを落としても大した衝撃に
はならなかろうが、保存用のパンはなかなかに固い。あの速度でぶ
つかればたんこぶにはなりそう。
﹁なぜパンが空から?﹂
﹁パンの神様だろ﹂
適当に誤魔化す。ガイルに見守られていると知れば、子供達は自
分が信用されていなかったと感じてしまうかもしれない。
草の向こうから傷だらけのマイケルが現れた。
﹁どうしたの?﹂
﹁⋮⋮転んだ﹂
ニールにふるぼっこにされたか。
﹁フン、餓鬼が﹂
お前如きがエロスを語るなんざ片腹痛いわ。
﹁なんだと!﹂
﹁興味本位で覗きをしようとするからそうなるんだ。どうせ女の体
がどうなってるか知りたいとか、その程度だろ﹂
﹁悪いのかよ﹂
326
﹁最悪だ。そんな心意気で覗いては女性にも失礼だろう。覗くなら
確固たるエロ目的で覗け﹂
﹁レーカ君、君の方が最悪だよ⋮⋮﹂
いい子ぶるなよエドウィン、お前みたいな奴が案外むっつりだっ
たりするんだ。
﹁よーし、俺がお前達に女体の神秘ってのを教えてやる!﹂
﹁へぇ⋮⋮﹂
﹁ほぉ⋮⋮﹂
女性陣がご帰還していらっしゃっていた。
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹁⋮⋮教えてくれってマイケルが!﹂
﹁ちょ、おい!﹂
てんやわんやで出発した俺達。
昨日と違い魔物の襲撃もなく、順調に旅路は進む。
そして昼頃に、遂に目的地へと到着した。
327
岩場の多い土地に、絶壁のような崖。
その崖を切り裂いたかのように谷間が伸びている。
谷の底辺は決して狭くなく、人型機が充分にすれ違えるほどだ。
頻繁に谷に出入りする飛宙船や飛行機。谷の両側面には幾つも店
舗が開き、それは奥方向のみならず上方向、つまり谷の壁面にも存
在する。
人力であれば梯子や階段が必要そうな場所にも店が存在するのは
奇妙な光景だが、どうやら岩盤をくり抜いて町全体に地下トンネル
網まで張られているらしい。
谷の左右に沢山のロープが渡されている。滑車を使って行き来す
るのか?
工業の町だけあって常に金属音や怒号が響いている。油の匂いと、
ゼェーレストでは有り得ない雑踏と喧騒。
﹁すげ⋮⋮﹂
それ以外の感想がなかった。
地球とはあまりに異なる生活形式。驚いているのは俺だけではな
く、冒険者志望三人組も似たようなものだ。
﹁驚いた? ここがフリーパイロット御用達の町、ツヴェー渓谷よ﹂
慣れた様子で船を預けて戻ってきたアナスタシア様。
﹁色々見て回りたいでしょうけど、まずは宿を取りましょう。荷物
を預けないと﹂
328
﹁あ、はい﹂
アナスタシア様を先頭に宿を目指す四人。
俺は彼らの背中を見つめ、そっと息を吐いた。
﹁アナスタシア様︱︱︱いい加減ロープ解いて下さい﹂
慌てて戻ってきたアナスタシア様だった。
329
旅立ちと妖怪逆さ男 2︵後書き︶
なかなかロボットの出てこないロボット小説です。
しかし次回からは工業の町、ツヴェー渓谷メイン。
きっと沢山の兵器や新キャラが登場するはず。
ところで、このペースでは主人公機製作は3章になりそうです⋮
⋮
330
髭と男と少年と︵前書き︶
前代未聞の一週間更新成功。
もう無理。奇跡。絶対無理。
331
髭と男と少年と
俺達はツヴェー渓谷の一角、比較的大きな工房へと足を踏み入れ
る。
ストライカー
フィアット工房。アナスタシア様の知人が運営する工房だそうだ。
人型機も潜れる巨大な門を抜けると、町中とは一線を画した喧騒
に包まれた。
ソードシップ
台座に設置された人型機。天井クレーンに吊り下げられたパーツ。
組み立て途中の戦闘機。
煩雑ながらも充分な空間を確保された作業場は、大勢の技師達が
忙しそうに働いている。
設備も規模も、屋敷の簡易的なものとは段違いだ。まさしく機械
を作り、改造する為の専門の施設。
﹁これだ、これだよ俺が見たかったのは!﹂
思わず鼻血を吹き出しつつ俺は叫んだ。
﹁興奮して鼻血を吹く人って初めて見たわ⋮⋮﹂
呆れつつもアナスタシア様が鼻に詰め物をしてくれた。女性にや
ってもらうのは気恥ずかしく、少し頭が冷える。
﹁初めて見る戦闘機だ! かっけぇ!﹂
組み立て中の戦闘機に駆け寄ろうとしたマイケルの首をアナスタ
シア様は素早く掴む。
332
﹁工房内は無闇に動き回らない!﹂
﹁えぇー⋮⋮﹂
拗ねるマイケルを彼女は鋭く睨み付ける。
﹁言い付けが守れないなら宿で待っていてもらうわよ? ここは本
当に危ないの﹂
﹁でもレーカだって興奮してるじゃん﹂
﹁興奮してても一歩も動かなかったでしょう? レーカ君はこうい
う場所の危険性をよく理解しているのよ﹂
照れるぜ。俺だって駆け出したいんだがな。
﹁でも、色々見学しておきたいです。大丈夫な範囲からでも出来ま
せんか?﹂
理知的に提案するエドウィン。ニールも落ち着かない様子でキョ
ロキョロとその場で回っている。
﹁解っているわ。まずここの工房長にご挨拶して、それから色々見
せてもらいましょう?﹂
﹁やれやれ、ここはガキの来る場所じゃねぇんだがな。面倒そうな
連れをゾロゾロ連れてきたじゃねぇかナスチヤ﹂
野太い声に振り返る。
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筋骨隆々とした背の低めの男が立派な髭を撫でながら俺達を見据
えていた。
﹁⋮⋮あ! ゼェーレスト村で会ったドワーフの人だ﹂
すぐに思い出した。この世界に来た初日に鉄兄貴で魔物を蹴散ら
した恩人だ。
﹁ん、おお坊主。村に住み着いたのか﹂
﹁あー、はい。お陰様で。アナスタシア様の屋敷に住まわせて貰っ
ています﹂
アナスタシア様が一歩進み出る。
﹁お久しぶりです。みんな、この人がこの工房の責任者のカストル
ディさんよ﹂
﹃はじめましてー﹄
﹁お、おう﹂
子供達のご挨拶に困惑した様子の⋮⋮俺もカストルディさんと呼
ぶか。
﹁ナスチヤ、こいつ等は一体なんだ? ただの旅行か?﹂
﹁いいえ、私の頼もしい護衛ですよ。冒険者志望なので守って貰っ
てきたんです﹂
334
﹁護衛って、おま、生身で人型機潰せるお前に護衛なんて⋮⋮いで
ぇ!?﹂
余計なことを口走りかけたカストルディさんの髭を引っ張り、ア
ナスタシア様は再度繰り返す。
﹁守って貰ったんです﹂
﹁おおそうだな! ナスチヤはか弱いからな、うん!﹂
ところでこの人もアナスタシア様の呼び方がナスチヤだな。家族
レベルで親しい人以外は使っちゃいけない愛称だと聞いているけれ
ど。
﹁まあこいつ等が何なのかは判ったが。どうする、直ぐに持ってく
エンジンを見るか?﹂
﹁そうですね、うぅん⋮⋮﹂
アナスタシア様は人差し指を唇に当てしばし黙考。
﹁私はみんなを工房に案内しているので、エンジン選びはレーカ君
にさせて下さい﹂
﹁えっ?﹂
カストルディさんと目が合う。
がっしと分厚い手が俺の頭を鷲掴んだ。
﹁レーカってぇのはコイツか?﹂
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﹁はい。私の弟子一号です﹂
﹁ほー?﹂
﹁頭痛いです。放して下さい﹂
カストルディさんが俺ににかっと笑いかける。
﹁責任重大だぜ、やれるか?﹂
﹁自信はありますが保証は出来ません!﹂
﹁堂々というな。実践じゃ誰も保証なんてしてくれねぇぜ﹂
﹁⋮⋮はい﹂
怒られた。自分の仕事に責任を持てないと断言したのだから、ま
あ当然か。
俺も知らず知らずのうちに子供という身分に甘えてしまっていた
らしい。
﹁自信はあるんだな?﹂
﹁あります﹂
解析魔法を使えば、アナスタシア様以上の精度で内部を検査する
ことも可能だ。
最も俺の場合、経験不足から解析結果の問題点を見過ごしかねな
いのが一番の問題なのだが。それも日頃の勉強で大分マシになって
336
きた。
俺を睨むカストルディさん。勿論睨み返す。
喧嘩腰云々ではなく、単に男の意地である。
背中で柔らかく暖かい感触が押し付けられた。
﹁どうです、生意気そうで可愛いでしょ?﹂
アナスタシア様に後ろから抱きしめられ頬を指先で突かれる。多
少は俺の理性も気遣ってほしい。
﹁どうだ、可愛いだろ?﹂
親指で自身を指してフフンと鼻を鳴らしてみた。
﹁すっげぇぶん殴りてぇな﹂
そんなご無体な。
﹁ふん。ナスチヤ、工房の見学なら勝手にやってろ。坊主、こっち
に来な﹂
﹁うぃうぃ﹂
カストルディさんの案内で工房内のドアを潜り、石をくり抜いた
ような薄暗いトンネルを歩く。
﹁ここは、崖の内側?﹂
﹁そうだ。こんな変な場所に出来た町だからな。表の道以外にも裏
から回り込むトンネルは腐るほどある。ほとんど迷路だな﹂
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それは酷い。
しばし階段を登っていくと一枚の扉。
ドアノブを引くと隙間からの光に少し目が眩む。
﹁外? ⋮⋮うおっ﹂
崖肌だった。
キャットウォークのようなごく小さな面積の足場。下を覗けば⋮
⋮高さ二〇メートルといったところか。
柵はあるので落ちる心配はないが、この町は高所恐怖症に優しく
ないな。
航空機の発達したセルファークでは根本的に致命的かもしれない
が。
﹁崖の反対側まで飛ぶぞ﹂
﹁飛ぶって﹂
エアボート
カストルディさんは手慣れた様子で用意されてあった飛宙艇を準
備する。
﹁その、俺、飛宙艇乗れません﹂
浮遊装置が足元にあるのが設計として間違っている。練習で何度
すっころんだか判らない。
以前アナスタシア様と二人乗りをしたが、暑苦しいこの人と二人
乗りとか絶対やだ。
﹁安心しろ。この町の飛宙艇は魔力さえ扱えれば問題ない﹂
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そう断言し、飛宙艇に追加された滑車を手近なロープに固定した。
﹁先に行ってるぞ﹂
飛宙艇はロープを辿り対壁まで滑走する。
﹁⋮⋮ロープウェイ?﹂
ロープの道、だからこれもまごうこと無きロープウェイか?
なるほど、谷に張り巡らされたロープは行き来の度に下に降りる
手間を省く為の工夫なのか。
俺も試してみる。
高所、それも谷の中だけあって風は申し分ない。セイルを張れば
すぐ体が強く引っ張られた。
意を決して床を蹴り、空中に飛び込んでみる。
﹁おっおおっ!?﹂
ロープがぐわんぐわんと上下に揺れるが、耐えきれないほどでは
ない。
滑車は滑らかなベアリング音を鳴らす。さすがよく整備されてい
るようだ。
舟は一気に反対側まで飛ぶ。
﹁ちょ、これどうやって止まるんだ!?﹂
焦るが、それも杞憂。
ロープは端が金属レールとなっており、下船エリヤではそのレー
ルが登り坂となっている。緩やかに停止したタイミングを見計らい、
339
俺は飛宙艇を飛び降りた。
﹁来たか。面白いだろ?﹂
その自信たっぷりな顔が苛立たしい。
﹁怖かったですが。落ちたらどーするんですか﹂
﹁そりゃ安全フックを使わなかったからな。これを付けときゃ寝て
ても落ちねぇよ﹂
腰のフックを自慢げに示す親方。そんなものがあるなら俺にも貸
せよ。
ふとゼェーレスト村での青空教室を思い出した。
確か飛宙艇の乗り方を習っている時、﹁簡易な移動手段として使
っているところでは使っている﹂みたいなことをガイルは言ってい
た記憶がある。
﹁ツヴェー渓谷もその一つ、例外ってことか﹂
﹁ほれ。こっちだ﹂
てっぴ
鍵を開け鉄扉を開く。
そこに広がっていたのは、巨大な空間に並べられた数多くの機械
やパーツのストックだった。
人型機や飛行機、戦闘用や民間用の区別なく様々な機械が眠る倉
庫。それらパーツは全てが几帳面に整理され、布を巻いて保管して
ある。
横方向だけではなく、縦方向にもぎっちりとパーツが詰め込まれ
た鋼鉄製の棚。それらはまるでスーパーマーケットの品棚のようだ
340
った。
ただ、高さ一〇メートル以上の人型機サイズだというだけで。
﹁フィアット工房が所有する倉庫だ﹂
ドヤッ
自慢顔のところ悪いが、気になった点を訪ねてみる。
﹁なんで谷の対面にあるんですか?人間の行き来は飛宙艇で出来て
も、パーツの移動は大変な気がしますが﹂
﹁⋮⋮仕方がねぇだろ。この倉庫は後から買った部分で、本来は工
房だけだったんだ。そん時にゃ既に両隣は施設が入ってたんだよ﹂
聞いちゃいけないことだったらしい。
足音が室内を揺らした。人間ではなく人型機の足音だ。
﹁おぉい! マキ、こっちにこぉぉい!﹂
カストルディさんが叫ぶ。
とんでもない大声だ。隣で叫ばれると鼓膜の心配すら必要だった。
棚の影から人型機がひょっこりと顔を覗かせた。
﹃んー? お父さん、どうしたのー?﹄
拡声器越しの高い声に思わず変な顔になってしまう。
この人型機に搭乗しているのはカストルディさんの娘のようだが、
この暑苦しいドワーフの娘とはいかなるものか。
やっぱり髭もじゃだろうか。女の子で髭、斬新だ。
斬新ということにしとこう。
いや、斬新なんだって。マジマジ。
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﹁ネ20エンジンのストックを並べてくれ!﹂
﹃アナスタシアさんの注文の品? 一番良さそうなのにする?﹄
﹁いーや、このナスチヤの弟子が選ぶからあるだけ降ろしてこい!﹂
﹃うん、了解ー﹄
頷くと人型機はせっせと布巻きのエンジンを並べていった。
頷く程度であれば人型機と搭乗者の首の動きが連動しているので
簡単だが、さっきの頭だけ陰から覗かせる動作などはちょっと難し
そうだ。よほど長く人型機に乗っているのだろう。
﹁そういえばあの人型機は戦闘用ですか?﹂
﹁あん? いや、あれは土木作業用の改造機だ。なんで戦闘用だと
思ったんだ?﹂
﹁無機収縮帯と油圧システムのハイブリッドだったので﹂
﹁油圧使ってりゃ戦闘用ってわけでもねぇよ。ナスチヤに人型機が
油圧使ったり使わなかったりする理由は習ってるだろ?﹂
﹁えっと、無機収縮帯の特性をカバーする為ですよね﹂
﹁おう、判ってんじゃねーか﹂
頭をガシガシと撫でられる。誉められたのだろうか。
無機収縮帯の特性とは、瞬発力に優れる代わりに粘りに欠けるこ
342
とである。
無機収縮帯はつまり無機質で構築された筋肉だ。それは縮むとい
うだけではなく、稼働し続ければ疲弊したり、無茶な出力を要求す
れば破断したり。あるいは、しばらくほっとけば損傷が治癒したり
と﹁お前本当に無機物かよ?﹂といいたくなるほど性質が筋肉に酷
似している。
それはあるいは、人型巨大ロボットを作るに際し利点であったり
するのだが、機械として見れば難点だったりもするのだ。
人間と違い長時間高出力で正確な作業を求められるのが機械であ
る。
しかし、その要求を無機収縮帯のみで叶えることは困難だ。なに
せ、長所も短所も人体そのものなのだから。
だからこそ油圧システムを組み込むのである。
瞬発力と速度と柔軟性を担う無機収縮帯に、パワーをサポートす
る油圧。それらをリンクさせて稼働させるのが戦闘用人型機なのだ。
鉄兄貴︱︱︱作業用人型機が油圧なしの無機収縮帯のみなのは、
大きな出力を必要とする作業を想定していないからである。元より
体長が人間の五∼六倍の巨人なのだ、生身と比較すれば力の差は歴
然としており、大抵の作業をこなすパワーは無機収縮帯のみでも発
揮出来る。
⋮⋮人型機の構造についておさらいしている間に、エンジンが並
べ終わった。
﹁さあ選べ﹂
あんまりである。
﹁全部で五つか、布を取っても?﹂
﹁いいぜ﹂
343
取りあえず全ての巻き布を剥ぐ。
右から左まで全部同型の、ネ20エンジンだ。
かなり今更感も漂うが、ネ20エンジンについても説明しよう。
ネ20は低出力の量産型エンジンだ。
パルスジェットエンジン、間欠燃焼型エンジンと呼ばれる単純な
構造のエンジンで、普通の人がジェットエンジンと聞いてイメージ
するであろうタービンが存在しない。
吸気口から空気を吸い込み、それを圧縮。吸気口を閉じ、燃焼室
で爆発、後方からジェット噴射。再び吸気口を開き、空気を燃焼室
に圧縮⋮⋮これを繰り返すエンジンである。
推力となるはずのジェット噴射も間欠的だし、吸気口を閉じてい
る間はエンジンそのものが空気抵抗。これらの理由により根本的に
性能がいまいちなエンジンなのだ。
更にネ20エンジンは設計限界より下にリミッターを設けること
で製品ごとの差が小さく、かつ安価なエンジンと仕上がっている。
本来は戦闘機ではなく民間機や飛宙船の動力としての使用を前提
としたエンジンだが、ガイルは操縦技術でエンジンパワーの不足を
カバー出来る為にコストパフォーマンスのいいネ20エンジンを紅
せきよく
翼に使用しているとのこと。
紅翼って本来はバリバリ過激なチューンをされた高出力ジェネレ
ータを搭載していたらしい。ただ機械的信頼性や整備性は最悪だっ
たそうだ。
﹁ってこれ、新品じゃないし﹂
﹁注文は﹃中古でいい﹄って話だったからな。ネ20エンジンに新
旧でさして差はねぇよ、そういうエンジンだ﹂
うむむ、これは想像以上に見極めが難しそうだ。
344
パルスジェットといえど機械稼働部が存在しないわけではない。
解析魔法も併用しつつシャッターの開閉機構を観察する。
﹁⋮⋮なるほど、比較してみると意外と違うものだな﹂
動作中常に稼働する部分なので少なからず磨耗していた。五機の
うち三機はここだけを新品に交換している。
﹁というわけで、まずはこっちの二つは除外で﹂
﹁チッ﹂
﹁舌打ち!?﹂
気にせず続行する。
外見だけ見れば、ピカピカ一つにちょい焼け二つだ。
一見ピカピカに磨き上げられたコイツが当たりに思えるが、それ
はさすがに判り安すぎる。
解析魔法で構造体を注視すると、やはりというか問題点が見えて
きた。
﹁ムラがある?﹂
手作業でここまで磨き上げるとは大した根気と忍耐だが、作業の
キズがあったり歪みがあったりするのだ。
﹁よく判ったな。ソイツは工房の若い連中に練習としてレストアさ
せた奴だ﹂
﹁そんなもん混ぜるな!?﹂
345
外見だけいい粗悪品とか悪質過ぎるだろ、そのトラップ。
﹁フィアット工房って悪徳商会なの?﹂
﹃お父さんのせいで工房の評判が下がったよ!﹄
﹁ナスチヤの弟子っていうならこれくらい判断出来なきゃ論外だ。
普通の客だったら予め除外しとくさ﹂
売る気ないならその一手間を惜しむなよ。
さてさて、あと候補は二つである。
見た目はそんなに変わらない。ただ全体を解析してみると差異に
気付いた。
﹁刻印がない?﹂
片方のエンジンには純正を指し示す刻印がなかったのだ。
﹁なにこれ? 削り出した時点で別の設計だったのか?﹂
﹁そいつは俺が作った模造品だな。実物と同じように使えるが純正
品じゃない﹂
レプリカか、ならやっぱり純正品を選ぶべきか⋮⋮いや。
解析魔法の応用テクニック、脳内動作シミュレーションを行って
みる。
⋮⋮やはり、か。レプリカの方が精度が高い。
大量生産品は品質に一定の妥協が必要だが、レプリカは模造とは
いえワンオフだ。制作する人間の技量と趣味次第で幾らでもクオリ
346
ティは向上する。
﹁俺が作った﹂、つまりカストルディさんという職人の手作り。
この手抜きが嫌いそうな男の作品であれば質には期待していいと予
想し、そしてその通りであった。
﹁こっちにします。レプリカのこいつを下さい﹂
﹁いいのか? メーカーに修理に出せないぞ?﹂
﹁修理出すとしたら近場の個人工房になるでしょうし、そもそもア
ナスタシア様が自分で直すじゃないですか﹂
別に修理保証対象外となろうが大した問題じゃないのだ。
﹁それでいいのか﹂
﹁はい﹂
﹁本当に、それでいいのか?﹂
﹁お、おう﹂
﹁後悔しないか? 断言出来るか? 本当の本当に、それでいいの
か?﹂
﹁いいよ、これだ! むしろこれしかないって!﹂
﹁⋮⋮やれやれ、一番いいのを持ってかれちまったぜ﹂
それが本音か!
347
﹁マキ、こいつを工房まで運んどけ。たぶん明日の朝に飛宙船を回
して受け取りに来るだろうが、一応工房にいるナスチヤにも確認さ
せるんだ﹂
﹃はーい﹄
人型機がエンジンを持ち上げようと指をかける。
巨大な腕。その動きに、微かに奇妙な振動が混ざった?
︵なんだ、今の? 操縦ミス?︶
違う。そんな人間の延長上の挙動じゃない。
︵機体異常? 無機収縮帯の動作ではない、となると︱︱︱︶
油圧ホースとシリンダーの接続部を解析する。
﹁待ったああぁぁぁ!﹂
﹃きゃうぅ!?﹄
跳ね上がる人型機。
ドシンと着地すると、床が豪快に揺れる。
﹁な、なんだいきなり! っつかマキも跳ね上がるな! 床が抜け
たらどうする!﹂
﹃ごめんなさいっ、でも君、なにいきなり!? びっくりしたでし
ょ!﹄
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﹁すいません、でもでも!﹂
﹃でも、なんなの?﹄
プンプンと腰に手を当て怒ったポーズのマキ機。こんな表情豊か
に人型機を操作する人って始めてみた。
﹁そっちの、悪徳商品エンジンを持ち上げてみて下さい!﹂
﹁悪徳商品エンジンってなんだよ⋮⋮﹂
﹃持てばいいの?﹄
よっこいしょ、とピカピカエンジンを担ぎ上げる。
指が解けてエンジンが床に転がった。
﹃あれ? 力が抜けた﹄
腕から油が漏れる。
﹁よしっ﹂
﹁よしじゃねぇよ。気付いてたなら言えや﹂
拳骨が落ちてきた。
油圧接続部の疲弊が限界だったのだ。あと一度でも重量物を持ち
上げれば限界が訪れると目算を付け、俺達が持ち帰るエンジンでは
なく粗悪品を持ってもらったのである。
予測は的中し、腕は見事破損。
349
﹁よしっ﹂
﹁だから、よしじゃねぇよ﹂
拳で脳天を真上からグリグリされた。背が縮むっ。
﹁なんで気付いた?﹂
﹁違和感があって。直前からちょっとオイルが抜けてたのか、緩む
感じがあったので。確信を得たのは魔法で確認したあとですが﹂
﹁⋮⋮ふぅん。まぁいい﹂
人型機が半屈みとなり、故障個所の腕を俺達、カストルディさん
に突き出す。
うなじのハッチが開き、女の子が飛び降りた。
﹁って、危ないっ!﹂
屈んでいるとはいえ、ハッチから地上は高低差七メートルほどは
ある。気軽に飛んでいい高さではない。
すたりと身軽に着地する少女。
⋮⋮あれ?
﹁お父さん、どんな感じ?﹂
﹁部品交換とオイル追加で済むな。さっさと直しちまえ﹂
二人は何事もなかったかのように腕の外装を外していた。
350
結構高い位置から飛び降りたのに、親子揃って気にした様子もな
い。
不思議そうにしていた俺に、カストルディさんが説明してくれた。
﹁マキは猫の獣人だからな。身軽だからあのくらいの高さなんとも
ねぇぞ﹂
﹁なんともないよー﹂
マキは腕を駆け上り肩へ跳躍、肩の装甲を蹴りバック転。そのま
ま再び俺達の側に着地してみせる。
魔法強化なしでこの脚力か。凄いな獣人。
﹁よくみたら猫耳あるし。触っていい?﹂
﹁び、敏感なんだから触っちゃダメッ!﹂
敏感なのか。覚えておこう。
ちなみにドワーフの娘であるマキに髭はなかった。ちょっと小柄
な可愛らしい少女だ。小柄といえど当然今の俺よりは大きい。そし
て猫耳である。
﹁マキさん、だっけ。工房の職人なの?﹂
﹁私は簡単な修理くらいなら出来るけれど、大抵は裏方かここの整
理をしているかだよ。ところで君のお名前は?﹂
﹁そういや聞いてなかったな﹂
おっといかん、名乗りがまだだったな。
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まやま れいか
﹁俺は零夏、真山 零夏だ﹂
﹁レーカ、ね。変な名前﹂
うっせ。
土木建築用人型機のパワーは伊達ではない。
応急処置の後、片手の脇にネ20エンジンを抱え、油圧の死んだ
片手に俺とカストルディさんを乗せて向かいの工房まで歩く。
﹁ゆっ、ゆっ、ゆれ、揺れるな、けっこー、おぉお﹂
一歩歩く度に声が中断される。やはりここは慣れない。
﹁そりゃ、手の平、乗ってりゃ、な、舌噛む、から黙っぐぎゃ!﹂
噛んだ。
巨大門をくぐり、俺達とエンジンを降ろしてマキ機は工房の奥へ
歩く。
﹃空いてる場所あるー?﹄
﹁おーどうしたー?﹂
﹃油圧ホース取れたー﹄
352
若い職人に場所を空けてもらい修理を始めたマキを眺めていると、
アナスタシア様と子供達が戻ってきた。
﹁選び終わった?﹂
﹁はい、これにしました﹂
エンジンを検分すると、アナスタシア様はすぐ制作者に至った。
﹁カストルディさんのお手製ね。いい仕事よレーカ君﹂
﹁ケッ、割に合わない商売だぜ﹂
﹁どうせこの﹃当たり﹄だけではなく﹃ハズレ﹄も並べたのでしょ
う? 私の弟子を舐めちゃ駄目ですよ﹂
なんだかんだで、ある意味よしみの客にオマケしてくれたのだろ
うか。
と、マイケルがニマニマ笑って俺に視線を向けていた。
﹁⋮⋮なに?﹂
﹁色々見せてもらったぜ、いいだろ﹂
それが言いたかっただけか。
ああ羨ましいよ。でもここまできてアナスタシア様が工房見学の
予定を入れていないとは思えないし、もう少し様子を見よう。
﹁そういえばアナスタシア様ってこの工房自体と関係があるんです
353
か?﹂
知人とは聞いていたが、職人と顧客、という割には工房の案内を
アナスタシア様に任せたりするのは不自然だ。危ない物の多い施設
を顔見知りとはいえ勝手に歩き回らせたりしないだろう。
カストルディさんの呼び方が﹃ナスチヤ﹄なのも気になる。
﹁私は昔、この工房で働いていたのよ﹂
﹁⋮⋮アナスタシア様が?﹂
それは⋮⋮予想外とまではいかないが、なんとも浮いていただろ
うな。
﹁ええ、これでもフィアット工房の看板娘だったんだから﹂
事実なのだろうが、自分で娘って。
つなぎ姿のアナスタシア様は整備の度に見ていたが、高貴な婦人
としての印象が強すぎて下っ端として工房を駆け回る姿なんてピン
と来ない。
﹁まったくだ、あの坊主がウチ一番の戦力をかっさらって行きやが
った﹂
﹁坊主?﹂
﹁あの赤い翼の飛行機乗りだよ﹂
ガイルか。この人と出会った頃はまだガキだったのかな。
⋮⋮アナスタシア様が普通の家庭出身ならば、あの貴族的な生活
354
はガイルの影響?
うーん、でも夫婦の様子を見る限り、ガイルはガサツ男だしやっ
ぱり逆なんだよなぁ。
やめよ。邪推は悪趣味だ。
﹁この後、みんなに見ておいてもらいたいものがあるの﹂
アナスタシア様が提案した。
﹁カストルディさん、私達はこれで﹂
﹁おう﹂
踵を返しこちらも見ず手を振るカストルディさん。
手の平を腰の上で重ね、斜め四五度にきっちり礼をするアナスタ
シア様。
性格的な差もあれど、二人の奇妙な関係を垣間見た気がした。
町中を歩く。
お祭りでもないのに多くの人が、あるいは人型機までもが行き交
うストリートに子供達は戸惑い気味だ。
多いだけではなく、服装や種族も多種多様。
いかにも冒険者然とした者、身の丈以上の大剣を背負う者、ゆっ
たりしたローブを着込む者。
尖った耳の持ち主や獣耳の生えた人。思い付く限りの人間に近い
種族がそこにはいた。
355
それに加えて空には常に飛宙船や飛宙艇、飛行機が飛び交ってい
る。
ゼェーレストでは一度しか見る機会のなかった中型級飛宙船、一
〇〇メートル級の船ですらこの町の空では珍しくもないようだ。
地球でこのくらいの雑踏は体験済みなはずなのに、俺でも眩暈を
おこしそう。
俺もあの村に馴染んでいたということか。
﹁おー見ろよ、あの男︱︱︱﹂
﹁こら﹂
マイケルが異種族の人を指さそうとしたので手を叩いた。世界に
関わらずそれは失礼だろ。
﹁あそこよ。みんなに見せたい物は﹂
そこは、谷中において特に奥まった場所に存在する広場だった。
空が開けており他所より明るい。赤煉瓦の床がドーナッツ状に敷
かれ、内側には芝生、そして中心には大きな碑が二つ立っていた。
道路には露天が開かれ、芝生の上では思い思いに人々がくつろい
でいる。ただ、誰も中心の碑だけは触れようとせず、まるで視界に
すら入っていないかのよう。
碑の前に進む。
﹁⋮⋮慰霊碑﹂
陽気な喧騒の中、そこだけが日常から切り離され陰鬱な空気を濁
らせていた。
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﹁そう。この谷で死んだ人々の魂を慰める為、生き残った人々が彼
等を忘れない為の碑よ﹂
﹁どうして二つもあるの?﹂
ニールが首を傾げる。
﹁一つは一〇年前の大戦の兵士に宛てたもの。一つは、帰ってこな
かったの冒険者に宛てたもの﹂
︱︱︱こんなに、死んでいるのか。
碑には数え切れないほどの名が刻まれている。フルネームもあれ
ば愛称のみの名前、あるいは空白のみで﹃そこに誰かがいた﹄と示
している部分もある。
冷たい風が首筋を抜ける錯覚。
冒険者とは想像以上に死と隣り合わせの職業らしい。
それもそうか。人生にゲームオーバーもリセットもないのだ。
﹁みんなが目指しているのは、こういう職業よ。実力が低ければそ
の日暮らしをよぎなくされ、怪我で再起不能となる人も多い。引退
して、戦う以外のことを学んでいなかったが為に路頭に迷う人もい
る﹂
﹁ガイルは?﹂
マイケルは相も変わらず呼び捨てである。
﹁あの人みたいに実績を積んでいれば別よ。彼はあれでも凄腕だも
の﹂
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屋敷を維持して家族を養えるほどだもんな、実際凄いのだろう。
﹁私は冒険者になることを反対はしないわ。でも、無茶はしないで。
あるいはその日暮らしだって構わない。みんなには、帰る場所があ
るんだから﹂
それだけ告げるとアナスタシア様は一歩進み、片膝を着いた。
お祈り。
アナスタシア様も、誰かを亡くしたのだろうか?
子供達もそれに習う。
俺も手を合わせる。俺だけ日本式だが、変に真似をするのは返っ
て非礼な気がした。
しばしの黙祷の後、アナスタシア様が立ち上がる。
﹁さあみんな、次はギルドへ行きましょう。水犬のクリスタルを換
金しないと﹂
西部劇の酒場風の、観音開きの扉を押す。
妙に堅牢な建築物に収まったギルドへ足を踏み入れた俺達は、た
ちまち好奇の視線に晒された。
﹁おい女! ここは嬢ちゃんみたいなガキがチビ共連れてくる場所
じゃ⋮⋮げぇ、アナスタシア!?﹂
アナスタシア様、昔なにやったんですか。
つーか、嬢ちゃんって。確かに見た目若いけどそんな歳じゃいえ
358
何でもありませんごめんなさい。
アナスタシア様は無礼な男ににっこりと笑いかけて黙らせた。恐
いです。
﹁ここがギルドよ。個人や業者、組織が依頼をここに提出し、冒険
者や航空事務所との仲買を行う場所。冒険者向けの依頼は個人的な
ものを除いてここで受けるわ﹂
﹁受けてみていい!?﹂
ニールが挙手して訴える。
﹁ダメよ、というかギルドの依頼を受けるには登録が必要よ。年齢
制限はないけれど時期尚早ね﹂
﹁そこをなんとか﹂
﹁なりません﹂
ばっさり切り捨てる。まあ当然だ。
﹁換金する場所にはちゃんと案内板があるから、どこの町でも迷う
ことはないわ。換金だけなら登録は必要ないから、まずは行ってみ
なさい﹂
﹁えっと、なんて言えばいいんでしょう?﹂
﹁いいからいいから﹂
なにがいいのか、エドウィンの背中を押すアナスタシア様。
359
﹁旅の恥はかき捨てよ。心配しなくても受付の人が教えてくれるわ﹂
苦笑するアナスタシア様。あくまで本人達にやらせるスタンスか。
おっかなびっくり緊張しつつ受付の女性に声をかけるエドウィン
に、周囲の視線も微笑ましいものを見るそれだ。
﹁いらっしゃいませ、小さな冒険者さん﹂
﹁あ、えっと、換金したいのですが﹂
﹁はい。素材ですか? クリスタルですか?﹂
﹁素材? あ、いえいえ素材じゃなくてクリスタルです。これです﹂
﹁承知しました。今査定するからちょっと待ってね。すぐ済むから
カウンターの前にいて良いわよ﹂
﹁はい﹂
俺は参加せず貼り紙なんかをのんびり見てる。
三人組パーティの一員ではないので距離を置いているが、周囲か
ら見れば落ち着きのない奴とか、浮いている奴と思われているかも。
貼り紙を適当に目を通す。
﹃冒険者パーティ募集 新人パーティチームを結成します。魔法の
使い手さん、私達と冒険しませんか?﹄
﹃調達依頼 ガルーダの翼 一〇個∼数十個まで買い取ります﹄
360
﹃ギルドよりの注意 近辺でシールドロックが目撃されました。情
報及び討伐の報告はギルドまでお願いします﹄
掲示板には沢山の貼り紙がひしめき合っている。最初の一枚は仲
間募集だし、これって依頼者が勝手に張っていいのかな?
﹁﹃零夏 参上﹄っと﹂
職員に怒られた。
﹁お金を手に入れたわ!﹂
ニールが硬貨を包んだ小袋を天に突き付ける。
﹁おー!﹂と拍手するマイケルとエドウィン。
周囲の冒険者も彼らに乗って拍手。みんなノリいいな。
﹁村にお土産を買うわよ!﹂
﹁なに買うの?﹂
﹁甘い物!﹂
それ自分が食べたいだけだろ。
﹁アナスタシア様、買い物しましょう!﹂
﹁そうね、用事は済ませたし、少しだけ見て回りましょうか。観光
名所もないわけではないしね﹂
361
﹁観光名所?﹂
﹁ええ。こんな町だし、あるのよ。ちょっぴり大人向けの遊技場が﹂
﹁なっ!?﹂
ちょ、ちょっぴり大人向けだと!?
﹁アナスタシア様、なにを考えているんですか!﹂
俺の剣幕にアナスタシア様がちょっと引く。
﹁な、なにレーカ君? どうしたの?﹂
﹁この子達には早いです! 健全な成長を妨げます! 見損ないま
したよ!? どうしてそんな発想に至ったんですか!﹂
﹁⋮⋮その発想に至るのは、レーカ君だけよ⋮⋮﹂
後々聞くと、人型機同士の闘技場でした☆
賭事ありらしい。なるほど、それで大人か。
﹁あの、アナスタシア様﹂
つい先ほど。用事は済んだ、と言っていたが⋮⋮
﹁俺の工房見学は、なしですか?﹂
今更口に出すのも未練がましいのだが、あまりに頓着していない
ので一度訊ねることにしたのだ。
362
﹁うーん⋮⋮見たい?﹂
﹁そりゃ、まぁ﹂
むしろそれがメインイベントでしたし。
﹁実を言うと、レーカ君って凄く優秀な生徒なのよ﹂
﹁はぁ? ありがとうございます?﹂
﹁だから、工房で行っていた作業も見新しいのがないと思うの。レ
ーカ君の興味のありそうな変種の作業もなかったし﹂
変種の作業ってなんですか。俺は魔改造が好きだと思ってるんで
すか。好きですよ、ええ。
﹁勿論そういった未知の技術にも興味はありますが、それより︱︱
︱つまり、本物の工房を知りたかったんです﹂
俺に足りないのは知識ではなく経験。それくらい判っている。
﹁だから、現場を知れば少しでも糧に出来るかなって。短い滞在な
ら尚の事、しっかりと目に焼き付けておきたいんです﹂
﹁現場を知りたいのなら、実際に働くしかないわよ?﹂
ぴしゃりと断じられた言葉は、俺の上辺の奥、無意識に隠した弱
さを貫いていた。
363
﹁実際に、働く⋮⋮﹂
﹁そう。見学して、見て聞いて、それで経験した気になるのは間違
いよ。知識と経験は別だって、レーカ君もよく言っているでしょ?﹂
﹁は、い﹂
そうだ。経験とは一歩ずつ踏みしめて登る以外にない、急勾配の
階段だ。
二段飛ばしなんて、元より論外だった。
ならばどうするか。
悩んで、悩んで、辿り着いた答えに、思わず溜め息が漏れる。
﹁アナ、スタシア、様﹂
﹁なに?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮俺は闘技場はいいので、工房見学、してきてもいいです
か?﹂
﹁︱︱︱ええ、いってらっしゃい﹂
ここで送り出してくれる彼女は、やはりいい女なのだろうな。
望んでここへ来たというのに、目の前で進む飛行機の改修作業は
ほとんど俺の視界に入っていなかった。
364
﹁はぁ﹂
ピント
作業を見つめつつ、心の焦点はあまり合っていない。
見慣れない景色を眺めていると、胸の奥が締め付けられるような
錯覚を覚える。
驚いたことに、俺はたった二泊でホームシックになってしまった
ようだ。
郷愁の念?
馬鹿な。いつから俺の帰る場所は地球か、あの屋敷か?
帰りたい、帰りたくない。
そんな葛藤が心を渦巻く。
もっとこの町で経験を積みたい。
ここは宝の町だ。探せば探すだけ好奇心が満たされる。
けどちらちらと脳裏を過ぎるのは、屋敷の住人とガラクタだらけ
の倉庫なのだ。
たかが旅行。明日帰るのならば、こんなことは考えない。
明日帰るのならば。
俺には、覚悟が足りない。
365
なんだかんだいって工房での見学は楽しくなってきて、長居をし
てしまいカストルディさんに追い出された。
予めとっていた宿に戻り、窓枠に腰掛け星空を見上げる。
人々は既に寝静まり、冒険者のたむろする酒場のみで光と喧騒が
残る時間。
こうも落差があると、昼間の活気が嘘だったかのように思える。
﹁⋮⋮明日、か。明日にはもう、ゼェーレストに帰﹁ぐがあああぁ
あぁぁあぁあああああぁ﹂マイケル、うるせえ!﹂
とんでもないイビキだ。シリアスぶっ飛んだ。
やれやれと嘆息すると、隣の部屋の窓が開いた。
﹁よぉ﹂
ガイルだった。
﹁お休みなさい﹂
﹁待てやコラ﹂
宿はアナスタシア様とニールの女部屋、俺とマイケルとエドウィ
ンの男部屋を二つ隣同士でとっている。
男部屋を挟んで女部屋の反対側が、ガイルがいる部屋だ。
﹁誰かと思えば孤独なガイルさんチューッス﹂
﹁お前、旅の途中で気付いてたよな。案外いい勘してるじゃないか﹂
366
勘の問題なのか?
ガイルも窓枠に座る。俺は足を室内に残しているが、ガイルは足
を外に放り出す。
﹁落ちるぞ﹂
﹁落ちねえよ。地面とキスして死ぬのは天士の恥だ﹂
まあ、落ちても死ぬような高さじゃないが。
﹁この町で色々見たよ﹂
﹁そうか﹂
﹁アナスタシア様はこの町出身だったんだな﹂
﹁ちげーよ。全然ちげーよ﹂
二度否定された。
﹁上空からの護衛、お疲れ様。大変だったろ﹂
﹁なっ? 気持ち悪いぞ?﹂
素直に労ったら気持ち悪い呼ばわりされた。
そもそもガイルはなんの為に現れたんだ。裏でこそこそ動くなら、
最後まで徹しろ。
﹁どうしたんだ? 部屋に一人で寝るのが寂しくなったか?﹂
367
べ、別に話し相手くらいにならなってやろうかな、とか考えてな
いんだからねっ。
﹁いまいち楽しんでるだけって気もしなくてな。どうした、悩み事
か?﹂
俺の話か。
﹁気のせいだろう。楽しいことばっかりだぜ、ツヴェー渓谷サイコ
ー!﹂
⋮⋮⋮⋮。
寒々しい沈黙。
夏場だけど、夜はやっぱり冷え込むな。
﹁⋮⋮例えばだけどさ﹂
﹁おう?﹂
﹁⋮⋮なんでもない﹂
﹁イライラするな、おい。言えよ﹂
﹁すまん。自分の女々しさにちょっと泣きたくなった﹂
悩んでなんかいないのだ。
答えは、とうに出ている。
ただ、臆病故に踏み出せないだけで。
﹁あー、なんだ﹂
368
困り顔のガイル。
﹁ガキの決断なんてな、大人になってみれば大したことじゃないぞ
?﹂
﹁︱︱︱なんの話だ?﹂
﹁知るか。お前が語らんから、俺は勝手にそれっぽいこと並べるだ
けだ﹂
とんでもない御高説である。 ﹁子供の時は﹃あっちを選べばこっちが手に入らない﹄だの﹃こっ
ちを選べばあっちを失っちゃう﹄だのケチくさいこと考えちまうが、
大抵のことは後からでも取り戻せる。大抵のことは、な﹂
人の悩みをケチ呼ばわりとは、酷い大人だ。
﹁後悔するなとは言わん。前に進むのをビビるな。そりゃあ、ちょ
っとカッコ悪過ぎるってモンだぜ﹂
﹁︱︱︱ハハハ、カッコ良さ優先かよ?﹂
暴論に思わず声に出して笑う。
﹁うっせぇな。空っぽな人生より、後悔塗れの人生の方が万倍マシ
だ﹂
そう悪ガキみたく笑うガイルは、本当に本気でそう考えているよ
369
うに見えて。
⋮⋮なんとなく、決意が出来た。
﹁ありがとお休み!﹂
気恥ずかしさから、お礼と就寝の挨拶を一瞬で終える。
ベッドに飛び込んで明日に備える。寝不足は良くない。
隣から微かに物音が聞こえ、やがて静まった。ガイルも寝たのだ
ろう。
﹁ありがとう。お休みなさい﹂
壁に向かって丁寧に言い直し、俺は瞼を下ろした。
出発の朝。
アナスタシア様が工房からネ20エンジンを受け取り、飛宙船を
宿の前に駐船する。
﹁みんな、準備は出来ている?﹂
﹃はーい﹄
三人の声が重なる。
俺以外の、三人の声が。
370
﹁アナスタシア様、お話があります﹂
こんな時くらいは真面目ぶってもいいだろう。
﹁なに? 別にちゃんと船にのっていいわよ﹂
﹁いえ、そうではなく⋮⋮﹂
見送りに同席していたカストルディさんを見やる。
﹁カストルディさん﹂
﹁なんでぇ﹂
﹁しばらくの間、俺を雇ってもらえませんか?﹂
これが俺が出した結論。
やっぱ、全然ツヴェー渓谷を見たりない。今やらなくてどうする
! である。
﹁レーカ君⋮⋮﹂
﹁俺、この町に残ります﹂
自惚れでなければどこか気落ちしているアナスタシア様。
しっかりと目を合わせ、自分の覚悟を示した。
﹁⋮⋮カストルディさん、そちらは大丈夫ですか?﹂
371
﹁構わねぇよ。つーかコイツ、僅かな動作の鈍りで人型機の故障を
見抜いたんだ。そっちが言わなきゃ俺から提案してたさ、ウチに預
けねぇかって﹂
意外と高評価だったんだな。
﹁レーカ君、ゼェーレストに戻って来る気はあるのよね。むしろ戻
ってこないと許さないわ﹂
﹁え、えぇ。その、厚かましいですが、俺はあの倉庫を自分の部屋
だと⋮⋮思っています﹂
俺の帰る場所。それは、あの屋敷なのだ。
地球に戻る予定も方法もない。俺は今はもう、セルファークの住
人なのだから。
﹁収穫祭までには戻って来なさい。それが、最低限の、そして絶対
遵守の条件。破ったら許さないんだから﹂
﹁はい﹂
そして飛宙船は出発する。
小さくなっていく後ろ姿。
完全に見えなくなると、我慢していたものが溢れ出した。
﹁ふえ、ぇぇえ、えぇぇ⋮⋮﹂
カストルディさんがガシガシと頭を撫でてくれる。
﹁ば、馬鹿みてぇ、かっこわりぃ。何で泣くかね、情けねぇ﹂
372
涙が止まらない。これじゃあガキだ。
﹁まごうことなきガキじゃねぇか﹂
カストルディさんの手が、存外暖かい。
﹁それだけお前があの一家の一員になれてたってことさ。誇れよ、
恥じるんじゃなくてよ﹂
﹁⋮⋮おうっ﹂
373
夏の熱風と異世界の風︵前書き︶
なぜか一週間更新再び成功!?
サブタイトル付けたりフリーパイロット↓自由天士にしたりと、
色々変更してみました。
やっぱりメカニックシーンは書くのが早いです。
374
夏の熱風と異世界の風
﹁レーカ! 左腕装甲持ってこい!﹂
﹁はい!﹂
﹁レーカ、こっちの仕様書知らないか!?﹂ ﹁知りませんよ! あ、さっき山羊の獣人がそれっぽい紙を食って
ました!﹂
﹁マジか!?﹂
﹁レーカ君、お腹空いたー﹂
﹁さっき奥さんがお菓子差し入れて来まし⋮⋮マキさんそれ俺の管
轄?﹂
フィアット工房は今日も忙しい。
夏真っ盛り。灼熱地獄と化した工房だが、だからといって仕事が
無くなるわけもなく。
ひっきりなしに門を叩くフリーパイロット達はとどまることを知
らず、お前ら少し夏休みでも取れよと言ったら﹁だから機体預けた
んだろ﹂と返された。
歴戦のフリーパイロットも暑い季節に仕事などしたくはないのだ
ろう。働け。
375
ソードシップ
﹁その点飛行機乗りはいいよな。防風開ければ冷え冷えだ﹂
ソードシップ
﹁お前飛行機乗り馬鹿にしてるだろ?﹂
ただの愚痴である。
﹁昼休みだよーご飯だよー!﹂
マキさんが鍋の底をお玉でガンガン叩きながら作業場へやってき
た。
﹁うし飯だ! 行くぞレーカ!﹂
﹁うっす!﹂
ゾロゾロと男達が移動する。
暑苦しいことこの上ない。食わんとやってられないのである。
あっさりした食事では腹が満たないので、取り敢えず肉。
長いテーブルを囲み、大皿に盛られた肉料理を全員で奪い合う。
そんな日常だ。
﹁どうだレーカ、少しは慣れたか?﹂
カストルディさんが隣に座る。新入りの俺をなにかと気にしてく
れるあたり、見かけによらず面倒見がいい。
﹁体力面では問題ないです。暑いですけど﹂
﹁そりゃ、常時身体強化魔法使ってりゃな⋮⋮なんで一日中保つん
だよ、ずりぃな﹂
376
最近では珍しくチートを有効活用している。この体は魔力が使っ
た側から回復するので身体強化に制限時間がない。
クレーンよりも手持ちの方が早く、最近では大荷物を運ぶのにパ
シられることも多い。
新人だから、当然といえば当然だが。
ストライカー
﹁人型機の頭部モジュールを頭に載っけて歩いてるの見た時はなん
の冗談かと思ったぜ﹂
ストライカー
人型機の頭部、脱出モジュールを兼ねている球体型のコックピッ
トである。
なんでも、頭が超デカい奴が歩いているように見えたとか。
﹁よーし、レーカ! 午後からは楽しい楽しい資材の搬入を任せる
ぞ! 力仕事で誰もやりたがらねぇが、お前なら問題ないだろ﹂
﹁えー﹂
抗議の声を上げる。本気ではないので棒読みだが。
﹁なんだよ、嫌なのか?﹂
﹁作業が出来ません﹂
機体をいじるのが楽しくてここにいるのだ。荷物運びなんてつま
らない。
﹁人型機に乗って良いぜ﹂
377
﹁じっくりやってきます!﹂
久々に人型機に搭乗する機会を得た。ゼェーレストに来たギイハ
ルトと模擬戦をして以来だ。
﹁ちゃっちゃとやってこい﹂
﹁じっくりコトコトやってきます!﹂
そこは曲げない。
﹁⋮⋮ま、いいだろ。お前だけじゃよく判らんだろうから、マキを
付けるぜ﹂
﹁複座機?﹂
﹁別々の機体だっての。二人居る意味ねーじゃねぇか。別にマキが
人型機乗ってお前がちょこまか足元走り回ったっていいんだぜ﹂
﹁単座サイコー!﹂
飯を食い終わり、しばしの休憩の後事務所へ向かう。
﹁マキさん、いますか?﹂
﹁いるよ、どの子に乗るか決めた?﹂
378
フィアット工房には幾つか機体を所有している。
工房所有となれば若干の趣味改造は施されており、流石に個性的
なのばかりだ。
しかも残念ながら唯一まともな機体はマキさん専用機と化してい
る。
ふうせんか
﹁風船花は渡さないからね﹂
﹁解ってますよ。⋮⋮コイツにします。ずっと乗りたかったので﹂
ビースター
事務所の壁に設置されたキーロッカーから鍵を摘み取る。
鍵のタグには﹃多脚獣型機﹄の文字。
名前すら与えられていない、以前ゼェーレストにやってきた機体
だ。
﹁別にいいけれど、それ足場の悪い場所用だよ?﹂
ビースター
﹁獣型機、扱ったことないんです﹂
青空教室では戦闘用人型機の適正すらないと判断され、獣型機に
は乗せてもらえなかった。
仮に乗っていたとしても動かせなかっただろう。獣型機の操縦シ
ステムを習った今ならば確信を持って言える。俺には合わない。
しかし、それはそれ。これはこれ。
乗ってみたいことは変わりないのだ。
格納庫へ移動しそれぞれの機体へ乗り込む。
マキさんは風船花へ。俺は獣型機へ。
|改造済土木建築用人型機︽漢字の羅列ってカッコイイ︾である
風船花は仰向けに寝た姿勢を駐機姿勢としているが、八本の足を持
379
つ獣型機はケツを地面に降ろし上半身を直立させた状態が基本だ。
足の一本から背中によじ登り、ハッチを開いてコックピットに潜
り込む。
沢山のレバーとスイッチ、正面に据えられたフロントガラス。基
本は人型機と変わらない。
シートに尻を落とし、据え付けられた小さな箱を開鍵する。
内部には起動レバー。
それを操作すると電気回路が繋がり各部のモーターが作動する。
魔力が機体全身に満ち、発電機とコンプレッサーが稼働を始める。
回転部品による甲高い作動音。油圧シリンダーに力が籠もり、機
体が微かに震えた。
各部システムが立ち上がる。当然、イメージリンクもだ。
前回は魔法が使えずイメージリンクを確立出来なかったが、今は
可能。むしろ、獣型機はイメージリンクなしでは満足に動かせない。
イメージリンクについておさらいしよう。
例えば目の前のコップを手に取ろうとした時、﹃腕を五〇センチ
前方へ伸ばし、指を七センチ開き、筋力を三〇パーセントの握力で
締めて掴む﹄などと考える人は当然いない。
そしてそれを実際に行えば、大抵失敗する。所詮は目算、人間の
感覚なんていい加減だ。
そご
人間は体をイメージで操作する。そのイメージを操縦桿と肢体の
動作に挟むさせることで、齟齬を解消するわけだ。
一見精密制御が可能となりそうなイメージリンクシステムだが、
実は逆である。
最初に述べたように人間の感覚なんていい加減。そのいい加減な
情報を読み取った人型機の動作もまた、不完全なものとなる。
すなわち、操縦桿と実際の動きに誤差が生じるのだ。
高度な戦闘となればこの誤差こそ障害となる。機体制御を簡易と
するはずのイメージリンクが、逆に足を引っ張る。
その為イメージリンクは搭乗者の案配でリンク強度を変えられる
380
仕様となっている。
素人のマリアであればイメージリンクが強くほとんど直感的に。
軍人のギイハルトであればイメージリンクを手放しほぼマニュア
ルで。
そして俺の場合となれば、解析魔法を併用することでイメージリ
ンクなしのフルマニュアル操作が可能となるのだ。
これが俺の強みであり、俺のみに許された技術。
アナスタシア様曰く、理論上俺より精密に人型機を制御可能な者
はいない。
そんな俺だが、獣型機をフルマニュアルで操作するのは物理的に
不可能だ。人型機の操縦はそれぞれの手足がおおよそ対応している
が、生憎人間には足が八本もない。
存在しない手足を動かすのにどうするかといえば、イメージリン
クで操作するのだ。フットペダルは前後進の操作程度に終始するこ
ととなる。
これでは俺の長所であるフルマニュアル操作は不可能。故に﹃俺
には合わない﹄わけである。
﹁とはいえ、ただの作業だしな﹂
高速精密作業を求められるわけではないので、イメージリンク制
御の割合が多かろうと問題ない。むしろ、ただ歩いたりなどといっ
た単純な操縦は熟練者であってもイメージリンク全開にする。楽だ
し。
機体の全体像をイメージしつつ、脚部に力を込める。
八本の脚が地面を踏みしめる。
ゆっくりと持ち上がる上半身。
それはさながら、獲物を捕らえる地獄の檻。
そう、コイツは鬼だ。決して獲物を逃がさない、地獄の門番だ。
故に名付けよう。お前の名は︱︱︱
381
きこうきゃく
﹁いくぞ、鬼檻脚!﹂
﹃勝手に変な名前付けてるし⋮⋮﹄
ペダルを踏み込むと、のしのしと二機は格納庫から発進した。
ツヴェー渓谷の上は台地となっており、中型、大型級飛宙船の船
エアシップ
着き場が設けられている。
何十機もの人型機が飛宙船のスロープを上り下りして、せっせと
荷物を積んだり降ろしたり
しているのはどこかシュールさすら漂う光景だ。
遠目では甲冑を着た人間が働いているように見える。写真を撮っ
て地球人に見せれば﹁脱げよ暑苦しい﹂といわれること請け合いか
も。
この町に来て人型機や飛宙船が想像以上に生活に溶け込んでいる
ことにも驚いたが、やはり一番はアレかもしれない。
中型級に混ざり、途方もなく巨大な船が停泊している。
全長三〇〇メートル。高さも場所によっては五〇メートルに至る。
人型機の五倍だ。
沢山のプロペラを備えた空飛ぶ巨大船。大型級飛宙船である。
絶大な積載量を誇る大型級は、あまりに大き過ぎて並の組織では
運用出来ない。
その大きなキャパシティを生かしきれる需要があってこそ、真価
が発揮されるのだ。
扱いにくさは断トツだが、効率も断トツ。同じ量の荷物を中型級
382
で往復して運ぶよりはずっと安上がりに済む。
﹁いやほんと、でかいよなぁ﹂
﹃こっちこっち。あんなデカブツに配達依頼してないから﹄
長い坂を登り終えた俺達は一直線に工房馴染みの中型級飛宙船へ
向かう。
﹃こんちわー﹄
受領の手続きや打ち合わせはマキさん任せだ。俺はその間、獣型
機に慣れるべく色々動作を試しておく。
超接地旋回、跳ね上がり、カニ歩き。
細かな動きはややこしくて困難だが、﹁こっちに行きたい﹂﹁あ
っちに跳びたい﹂等の大雑把な動きはかえって楽だ。イメージリン
クすげ。
﹃アルミニウム、超々ジェラルミン、銀、⋮⋮よし、ちゃんとある
わね﹄
ツヴェー渓谷は鉱山しても優秀で、仕入れるのはここでは掘れな
いレアメタルや部品だったりする。
せっせと貨物を運ぶ。
﹁ククク⋮⋮やはり、凄まじい安定性だぞ鬼檻脚ッ﹂
﹃多脚なんだからあたりまえでしょ﹄
小さな箱や人型機の大きな手では取りにくい荷物は、俺が降りて
383
マキさん機の手の平に積んでいく。
そして用意した飛宙船まで移動し、また俺が手作業で荷台に運ぶ
のだ。
結局走り回る羽目になっている件に関して、俺はカストルディさ
んに騙されたと判断してもいいと思う。
いかん、熱で頭がぼーっとしてきた。
﹁あ、あと何回往復ですか⋮⋮?﹂
﹃⋮⋮がんばれー!﹄
答えて下さい。
炎天下で走るのはツラい。人型機乗れないし、ほんと、これが嫌
で俺に押し付けたんじゃなかろうか。
当然ながらマキさんにこれをやらせる気はない。俺は紳士である。
以前のように手の平に乗ればいいと思うかもしれないが、あれっ
て本当に揺れるのだ。落ちたら怪我する。
周囲を見渡すと、同じような作業に取り組む人がいる。
ほとんどがゼェゼェ息を切らしながら走っているが、中には飛宙
艇で移動する猛者もいた。
﹁なにあれずるい﹂
らく
﹃あれが本来の使い方なんだから、楽したいなら覚えれば?﹄
エアボート
簡単に言ってくれる。
飛宙艇。浮遊装置を内蔵したボードとセイルのみで構成された、
世界最初の簡易航空機。
しかし如何せん、現代ではその扱いにくさと事故の危険性から骨
董品と化している。
384
ボードは浮遊装置のせいで重く、風や重心を読み取るのも楽では
ない。
いかにも体重が軽そうなソフィーは、重心を取るためにほとんど
真横にまで体を倒していた。
これほど扱いにくいと敬遠されるのも当然である。飛宙艇は運転
エアボート
の容易な飛宙船の登場によって廃れ、そもそも乗れる人間もほとん
どいなくなった。
それでも完全になくならないのは、飛宙艇故の利点もあるからだ
ろう。
例えば、クリスタルを使用しないこと。
乗り手の魔力を注ぐ飛宙艇はクリスタルを装備していない。技術
の発達と共にクリスタルの単価も値下がりしたそうだが、それでも
高価であることには変わりない。つまり安上がり。
また、小回りの良さや扱いの気軽さも魅力だろう。
逆に難点は操舵の困難さ、安全面の未成熟さ、そして重量制限の
厳しさ。
まあ結局、一番の問題は操縦の難しさだろうな。これを解決でき
れば素晴らしく便利な乗り物だ。
﹃どうしたのレーカ君?﹄
﹁いえ、すいません。⋮⋮あの、飛宙艇を改良しよう、という試み
は今までなかったのですか?﹂
﹃うーん、言いたいことは判るけれど、飛宙艇って完成してるでし
ょ?﹄
そう、飛宙艇はどこまでもシンプル軽量を追い求めた、一種の機
能美があの姿なのだ。
385
﹃パーツを極限まで減らし軽くして、自然の風を推力とすることで
魔力なしで前進する。浮遊装置もこれ以上重くなれば大型化せざる
おえない、そうなると魔力消費が跳ね上がる。結局このサイズが理
想なんだよ﹄
﹁そうなんですが⋮⋮ほら、飛宙艇ってひっくり返り易いでしょ?
せめて重心の調節とか出来ないもんなんですかね﹂
例えば、自転車やバイクのように跨がる形式にしたり。
股の間に浮遊装置を配置すれば、浮力発生箇所が上に移動してひ
っくり返りにくくなるはずだ。
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹃どしたの?﹄
﹁⋮⋮これ、ありかも?﹂
重量も素材技術の発達で幾らか余裕があるはずだ。
仮に万人向けとならなかったとしても、俺の魔力量なら、ぶっち
ゃけ普通の飛宙船だって動かせる。自分用として作るのもいい。
﹁よしっ、帰りましょう!﹂
﹃搬入し終わったらね﹄
386
ヤカンに直接口を付け、魔法で冷えた水を胃に流し込む。
呼吸すら忘れ、暑く火照った体が急速冷却される快感に酔う。
あまり急に飲むと腹を壊しかねないとは理解しているが、それで
も止まらない。
﹁︱︱︱っぷ、っはああああぁぁぁ!﹂
結局ヤカンの水を全部飲みきってしまった。
﹁⋮⋮と、いうわけですよ!﹂
﹁どういうわけだよ﹂
荷物を運び終えた俺とマキさんは、灼熱の工房へと戻ってきた。
外は風があるが日の光もある。屋内は風がないが日もない。
どっちにしろ灼熱だ。
﹁仕事後の工房を貸してほしい、だぁ?﹂
﹁はい!﹂
カストルディさんに直談判を決行中である。
﹁なにすんだ、なんか作りたいのか?﹂
﹁飛宙艇です! 今こそ飛宙艇の時代なんです!﹂
飛宙船を自動車や電車に当て填めるなら、飛宙艇は自転車だ。
387
この世界では一人一台で飛宙船を所有していたりはしない。町中
の離れた場所へ移動するならバスのように定期運行する飛宙船を利
用する。
それはそれでいいのだが、やはり個人所有の移動手段だって必要
だと思う。ゼェーレストのような田舎に住んでいると尚更だ。
﹁この世界には、一人∼二人乗りの簡易な乗り物⋮⋮エアバイクが
足りない!﹂
拳を握り締め力説する。
﹁えあばいく? つーか今時飛宙艇?﹂
﹁飛宙船の発達により飛宙艇は忘れられた遺物となりました! で
も、飛宙艇にはまだまだ可能性が眠っている、そう思うんです!﹂
﹁⋮⋮ま、たかが飛宙艇だしな。構わんぜ、好きにやりな﹂
﹁ありがとうございます!﹂
話の分かる上司がいると嬉しい。
﹁とはいえ一人で残すわけにもいかんしな。いや、お前さんを信頼
してないってわけじゃないぞ?﹂
弁明するカストルディさんだが、別に当然なので怒りはない。
ここには金目の物が意外とある。夜にこっそり運び出して転売す
れば、それなりの金にはるはずだ。
信頼の有無に関わらず、後々のトラブルを防ぐ為に配慮は必要で
ある。
388
あと安全面でも問題か。俺が機材に潰されて身動きが取れなくな
れば、一人だと終わりだ。
﹁マキ、お前が付き合え!﹂
﹁え、やだ﹂
露骨に嫌そうな顔をされた。猫耳がへにょんと縮む。
そりゃ、いつ終わるか判らない作業を手伝えといわれれば誰だっ
て嫌だろう。暑いし。
﹁今日やれば明日休んでいいぞ﹂
﹁ホントッ!? やるやる!﹂
これには俺が驚いた。マキさんは女性だが、裏方としてはベテラ
ンの大きな戦力だ。なにせ生まれた時から鍛冶場を見ていたのだし。
マキさんが欠ければ相応に仕事がキツくなりそうなものだが、な
ぜそこまでして俺の趣味を後押ししてくれるのか。
﹁なんせナスチヤが呆れるような奴だからな。なにを作るのか、楽
しみにしているぜ﹂
﹁お、おう﹂
プレッシャーかけられた。俺だって念密な計画の上でやっている
わけじゃないので、あまり過度な期待はしないでほしい。
﹁お前らー! レーカが明日すっげぇ作品を見せてくれるってよぉ
!﹂
389
﹁おー!﹂
﹁マジで、超期待だぜ!﹂
﹁頑張れよ∼﹂
ハードルガンガン上げにかかってやがる。
﹁ふんっ、その髭が全部抜けるくらいびっくりな物作ってやります
!﹂
﹁ガハハ、そりゃあ楽しみだ!﹂
職人達がはけた工房は、普段とのギャップに戸惑うほど静かだっ
た。
高い天井に響くのは俺の足音と、マキさんの寝息だけ。
⋮⋮なんで寝てるんだろう。完全にさぼっている。
まあ事故が起きれば叫んで起こせばいい。早速作業を始めよう。
自転車を元に、各機関を納める空間を考慮しつつパイプを溶接す
る。
倉庫から飛宙艇用の小さな浮遊装置を持ち出す。小さなといって
もやはり重い。
とりあえず座席と浮遊装置を組んだ。理屈ではこれで、もう飛ぶ。
自転車といいつつ、乗車姿勢はアメリカンバイク方式を選んだ。
重心を低くかつ、浮遊装置を上部に配置出来る。しかも空気抵抗も
390
少ない。浮遊装置を抱えるような体勢だな。
﹁さて、あとは推力だが﹂
エンジンかモーターか。エンジンだとしてもどのような方式か。
﹁あるいは化学式エンジンってのもありか?﹂
いやいや待て待て、この機体に求められている能力を考えようか。
用途は基本、町中での使用が前提だ。速いに越したことはないが、
飛宙船の現代技術における最高速度、時速一〇〇キロは必要ない。
普段から使用するということで整備性の悪いのもアウト。
﹁残念、化学式エンジンは却下か﹂
燃料補給が必要なのでセルファークでは化学式エンジンは普及し
ていない。クリスタルは一日で魔力回復するのでリーズナブル。そ
してエコ。
でもあることはあるのだ、化学式エンジン。一回使い切りであれ
ばこっちの方が安上がりだ。クリスタルは高価だし使い捨てなんて
論外。
﹁整備性のいいエンジン⋮⋮ピストンは却下だな。往復部品のない
ジェットエンジンか?﹂
自動車のエンジンはピストンを使用しているので、機械的負担が
大きかったりする。
対して飛行機等のジェットエンジンはタービンが一方方向に回る
のみなので消耗は少ない。熱による劣化は問題だが。
ようは出力を落として使えばいいのだ。それはピストンでも同じ
391
だけど。
﹁こんな時こそネ20エンジンの出番かも﹂
パルスジェットエンジンはタービンすらない。ぶっちゃけ筒だ。
メンテナンスフリーは凄まじいが、エネルギーの変換効率は悪い。
とはいえクリスタルでの運用前提だからネ20エンジンは存在を
許される。
長持ち、ほどほど高出力。
よくよく考えるとニーズに合った、よく出来たエンジンだ。
﹁燃費がよくて低速度域に適したエンジン。ジェットは低速に適し
てないし、プロペラはピストンが⋮⋮﹂
いや、プロペラ=ピストンエンジンだというのが間違いだ。
あるじゃないか。ジェットエンジンでプロペラを回す方法!
﹁ターボプロップエンジン!﹂
ターボプロップとはジェットエンジンにプロペラを付けた、小型・
高効率を特徴とするエンジンである。
ジェットエンジンのシャフトは高速回転する。その回転を減速機
を経過させプロペラを回すのだ。
ジェットエンジンとしての推力はほとんどが失われるが、そのパ
ワーで回されるプロペラは粘り強いパワーのある推進力となる。
地球でプロペラの旅客機や輸送機を見かければ、よほど古い機体
でなければ大抵このエンジンだ。
バイク程度の重量を、そこまで速度を求めず動かすとなればかな
り小型のエンジンで充分なはず。
倉庫を漁り、ペットボトルサイズのエンジンを見つける。
392
減速機と適当に作った扇風機の羽みたいなプロペラを搭載。
プロペラはプッシャー式、機体後部つまり座席の後ろにした。
﹁ふふふ、俺の最速伝説が始まるぜ﹂
意気揚々と座席に跨がる。
浮遊装置+エンジン、これで一応進むはずなのだ。
﹁さあ発進だ! エアバイク初号機、行けぇ!﹂
エンジンから伸びた紐を引っ張り、魔力を注ぐ。
ジェットエンジン特有の甲高い音と共にプロペラが数回転し︱︱
︱停止した。
﹁あれ?﹂
何度か試すが、始動する様子はない。
この感覚はまさか⋮⋮エンスト?
エンジンストップ。マニュアル自動車でクラッチをミスした時な
どにエンジンパワーが駆動部の抵抗負担に負けてしまい停止する、
あれ。
﹁あー、そっか。プロペラが重いのか﹂
ターボプロップの利点を生かす為にプロペラを幅広三枚にしたの
だが、始動からアイドリングにまで持っていく加速の負荷が予想以
上に大きかったのだ。
プロペラを軽くするかエンジンを大きくする?
﹁うーん、いや。動くはずなんだパワー的には。それにプロペラを
393
軽くしてもエンジンを大きくしても効率が悪くなる。自前の魔力で
飛ぶコイツにとっては致命的だ﹂
ならば自動車の技術をそのまま応用しよう。
さっそく部品を追加する。
﹁クラッチを備えたエアバイクに死角はない﹂
クラッチとは動力を機械的に切ったり繋いだりする装置だ。
もう一度エンジン点火を試みる。
クラッチを切った状態で紐をぐいっと引く。チェーンソーのあれ
に近い。
空転するエンジンに魔力を込める。
筒に火が灯った。
連続的な燃焼は回転となり、やがてジェット特有のキーンという
音が響く。
﹁やった! ちゃんと回った!﹂
ここからが問題だ。
少しだけ回転数を上げ、ゆっくりとクラッチを繋ぐ。
初めはゆっくりと、徐々に回り始めたプロペラ。
微風はあっという間に強風となる。プロペラは座席の後ろだが、
もっと大きな背もたれを用意しないと吸い込まれそうで危ないな。
クラッチを繋ぎきり、出力を下げる。
アイドリング状態に達する。しかし、プロペラが止まる様子はな
い。
﹁成功、だよな。後はこのまま浮かべば﹂
394
浮遊装置を起動する。
さすがにドキドキする。胸の鼓動が治まらない。
新世代飛宙艇、その初飛行だ!
エアバイクは工房の床から浮かび上がり、数メートル前進し︱︱︱
︱︱︱凄まじい速度でローリングしだした。
﹁な、なんじゃこりゃーっ!?﹂
捻るように横にクルクル回る飛宙艇。必死にしがみつくも、遠心
力に放り出され五メートルほど放り出された。
﹁ぐえっ﹂
背中から落ちて呼吸困難に陥る。そこに陰が差した。
エアバイクが跳ね回りながら、俺に向かってきていた。
﹁う、わあああぁぁ!﹂
﹁危ないっ!﹂
飛び出してきた人物が俺を拾い上げ、安全圏まで退避する。
壁に突っ込むエアバイクが工房を揺らす。
﹁だいじょうぶ?﹂
﹁マ⋮⋮キ、さん?﹂
俺をお姫様抱っこしていたのは、先程まで寝ていたはずの猫少女
だった。
395
﹁起きたの?﹂
﹁﹃なんじゃこりゃーっ!?﹄でね﹂
エンジン音がそれなりにうるさかったはずだが⋮⋮って、そんな
の聞き慣れているのか。
﹁稼働実験をする時は安全を徹底して、非常停止の手順も把握して
おくこと﹂
﹁ごめんなさい﹂
非常停止を用意していなかった時点で、明らかに俺のミスだった。
﹁また随分と吹っ飛んだね。どしたの?﹂
﹁機体に回転する力が働いて⋮⋮あ、そっか﹂
プロペラのトルクだ。
レジプロ機ではどうしてもプロペラの反動が発生する。
軽量なエアバイク、それも主翼などが存在せず回転の際空気抵抗
も発生しないとなれば当然回りやすい。
﹁どうするの?﹂
﹁ご心配なく、解決法はずっと昔に完成しています﹂
歪んだフレームを戻し、プロペラを改造する。
﹁じゃん! 二重反転プロペラです!﹂
396
﹁二重反転って高難易度なはずなのに、あっさり作るね⋮⋮﹂
工作精度はカストルディさんにも誉められている。
説明しとくと二重反転プロペラの長所はトルクの左右相殺と、羽
が増えることによる推力増大である。
欠点が色々有りすぎてあまり採用されていないけど。
早速試運転すると、今度は真っ直ぐ飛んだ。
﹁あっさり行き過ぎて肩透かしだな﹂
﹁楽しいねこれ!﹂
マキさんが未完成のエアバイクを乗り回す。舵もないので方向転
換は重心移動だ。
﹁なんか、舵要らないですか? 普通に飛んでますけれど﹂
﹁いるって。レーカ君乗ってみて﹂
言われるがままに試乗。
﹁お、お、おおおおおおおお?﹂
傾く。真っ直ぐ飛ばない。なにこれ。
重心だけでは安定しないということか?
﹁舵、ってゆうかエルロンを付ければ安定はさせられるね﹂
エルロンは飛行機の主翼端に位置する、ロールを制御する方向舵
397
である。
確かに幾ら傾こうが、その都度制御してしまえば真っ直ぐとなる。
が⋮⋮
﹁駄目です。真っ直ぐ進まない乗り物なんて欠陥でしょう﹂
﹁ま、そだね﹂
ここに来て難題だ。
空中で空力なしで姿勢制御する方法なんてあるか?
いや、いっそフライバイワイヤ的な、逐次自動姿勢制御機構を組
み込む?
﹁難しいな。セルファークでは電子制御なんてこれっぽっちも発達
していないし﹂
この世界のコンピューター技術は真空管レベルだ。
厳密に言えば魔導術式によるちょっとした電子工作レベル。なの
でミサイルなども存在しない。
一から作る? 俺だってそっち方面は詳しくないのだ。
ジャイロで傾き検知センサーを用意して、傾けば即座にカウンタ
ーを当てるとか。
﹁頑張れば出来なくもなさそうだが⋮⋮ん、ジャイロ?﹂
待て待て。そもそも地球のバイクはどうやって姿勢を安定させて
いる?
バイクは二輪だ。にも関わらず、人が乗っていなくとも真っ直ぐ
走る。
重心移動もあるだろう。しかし、その足掛かりとなるのは⋮⋮
398
﹁タイヤのジャイロ効果か﹂
つまり玩具の駒だ。回っていれば倒れない力が働く。
ならばタイヤを実装するか? でもなぁ⋮⋮
﹁相当なデットウェイトだぞ。駆動系にサスペンション、いや空を
飛ぶならサスは要らないか﹂
タイヤを回すには変速機が必要だ。プロペラを適当に回すのとは
わけが違う。
﹁どういうこと?﹂
﹁車輪を付ければ安定するけど、重くなっちゃうってことです﹂
﹁そういうものなの?﹂
﹁そーいうもんです。でも大半が空中移動のエアバイクにそんな凝
った走行装置は必要ありません﹂
そうだ! 浮遊装置をくるくる回すっていうのはどうだろ?
﹁さっきの問題再燃するし﹂
浮遊装置も二つ用意して、反動を相殺する?
﹁いいとおもうけど。タイヤ付けても﹂
マキさんが耳をパタパタさせつつ提案した。
399
﹁どうしてです? 日常生活で地上を移動することなんて⋮⋮﹂
﹁大半でしょ﹂
⋮⋮確かにそうか。
飛宙船に乗っていた時も地を這って飛んでいた。飛宙艇だって地
上スレスレを滑走する航空機だ。
高度を上げるのは中型∼大型級飛宙船か、飛行機と相場が決まっ
ている。
﹁水陸両用ならぬ、空陸両用?﹂
必要な時だけ飛び、普段は地面を走ると。
﹁確かに考えてみると、常時飛ぶ必要ってあんまりないよな﹂
舗装された場所が少ないので空を飛べないと困るが、常に浮いて
いる必要もない。
空中では前後のタイヤを反転させトルクを相殺。低パワー高スピ
ードでジャイロ効果を狙う。
地上では高パワー低スピードで同方向にタイヤを駆動。プロペラ
をクラッチ解除で空転状態にし、浮遊装置もカットすることで魔力
消費を節約。
そうなると設計を根本からやり直す必要があるな。
浮遊装置の位置を低くして、地上時での重心を安定させる。
クラッチ、変速機など色々詰め込んで大型化してしまった駆動部
を真面目に設計し直し、小型軽量化。
これが一番大変だった。空と陸で動きが変わるので複雑化しやす
いのだ。
400
舵とハンドルも装備。ハンドルバーの上に各部の操作スイッチを
並べる。
﹁すっげぇややこしい﹂
アクセル、ブレーキ、クラッチ、ギアチェンジ、浮遊装置のオン
オフ、前後タイヤの正転反転切り替え。あと非常停止ボタン。
操作系統を練り直すのは後からでも出来るので、今はこれでいい
や。
﹁こんなもんか?﹂
恐る恐る跨がり、テスト飛行を開始する。
﹁レーカ君﹂
﹁あ、はい﹂
マキさんに渡されたヘルメットを被り、ガイルに貰ったゴーグル
も装着。
異世界にノーヘル違反なんてない。テスト飛行だから今回だけだ。
エンジン始動。二重反転プロペラは回さず、地上走行モードから
テストする。
そういえばプロペラも地上では空気抵抗だな。回ってない時はた
たんでおいて、遠心力で展開するようにあとで変更するか。
低速からクラッチを繋ぎ加速する。
﹁ちょっと重いが、バイクとして乗れるな﹂
サスペンションはやっぱり必要か。高い段差は浮いて乗り越える
401
としても、振動を吸収する程度の簡単なものは付けないと、ハンド
ルを握る手とケツが痛い。
今度は空中飛行モード。
軽くエンジンを吹かし、クラッチ切り替え。トルクをプロペラへ
配分。浮遊装置起動。
前輪が浮いた時点で反転を開始。
後輪が浮き上がる。抵抗を失ったタイヤは高速空転へと移行。
軽くハンドルを引く。
車頭が持ち上がり、エアバイクは工房の中を飛行してみせた。
﹁よしっ。安定しているぞ﹂
壁が迫ってきたので重心移動とエルロン操作で機体を傾ける。
エレベーターを操作、エアバイクは見事に旋回飛行を成す。
﹁成功、かな﹂
思った以上に操縦が楽だ。ジャイロいい仕事してる。
﹁レーカ君乗せてー!﹂
﹁マキさんバランス感覚良すぎてテストにならないので駄目です﹂
猫の獣人は伊達じゃない。ソフィーほどの出鱈目ではないが、一
般的な平均として考えるのは不適切だろう。
しばし様々な機動を試していると、下から野太い声が聞こえた。
﹁ほーっ。面白いもん作ったじゃねぇか!﹂
﹁カストルディさん?﹂
402
工房の門にカストルディさんを初めとした職人達が、俺を見上げ
ていた。
門の外から光が覗いている。
﹁えっ? 朝?﹂
﹁朝だぜ﹂
知らず知らずの内に徹夜してしまっていたか。
﹁それ、普通の奴の魔力量でも動くのか?﹂
﹁まあ、計算上たぶん?﹂
﹁ふん。全員で一旦乗ってみようぜ、勿論外でな﹂
新しい玩具を見つけたオッサン集団は、子供のような笑顔でにか
っと笑った。
﹁ひゃっほー!﹂
マキさんの乗ったエアバイクが爆走する。
地面を走り、飛び上がり、建物の上に飛び乗ったと思えば飛び降
りて。
時には壁を走ったり、タイヤの反転を一瞬停止してその場でター
403
ンしたり。その発想はなかった。
﹁使いこなせば相当小回りが利くみてーだな﹂
﹁まだまだ作りが甘いですけどね。一晩で作ったとは思えません﹂
﹁髭が抜け落ちはせんが、結構びっくりだ﹂
職人達のお眼鏡にも叶ったらしい。
﹁あとサスペンションやプロペラはこんな感じに⋮⋮ふぁあ﹂
説明していると欠伸が漏れた。山場を越えて眠気が戻ってきたか。
﹁⋮⋮よし、マキ、それとレーカも今日は休みでいいぞ﹂
﹁はーいっ!﹂
﹁うっす⋮⋮﹂
寝よ。工房の宿舎に帰って死ぬまで寝てよ。
細かな改造はボチボチやってけばいいや。
﹁なにいってんの! せっかくの休みなんだから遊びにいくよっ!﹂
﹁ちょ、やめ、引っ張らないでぇぇ﹂
マキさんに手を引っ張られて連行される。
結局その日は闘技場にマキさんとデートに行ったりと、見事に休
みを潰されたのだった。
404
寝てたいけど、目の前で人型機が戦っていては眠れもしない。な
んてことだ。
お転婆マキさんの相手も疲れ、フラフラとした足取りで俺達は工
房へと戻る。
﹁⋮⋮なにやってるんですか、カストルディさん﹂
﹁おう、いい出来だろ!﹂
エアバイクが強化されていた。
俺の考え通りのサスペンションとプロペラに加え、操作系統も洗
練されている。
発電機とライトを実装、ミラーなどバイクに必要なパーツも追加。
地球の大型バイクと変わりない、洗練された形状。違いは後部に
プロペラとラダー︵舵︶があるくらい。
美しい流線形の外装を備え、見事な完成品となっていた。
﹁他にも各部の調節もしといたぜ﹂
﹁お見事ですが、なにやってんのアンタ等﹂
死屍累々と燃え尽きる職人達。今日は仕事を放り出してエアバイ
クをいじっていたらしい。
﹁いやぁ、よく出来てるぜ。空陸両用にすることで魔力消費を抑え
ているのがすげぇよ。これなら飛宙艇より少し多いくらいで済むな﹂
空陸両用は結果論だけど、低燃費第一で設計したし。
﹁自前の魔力で動く小型級飛宙船か⋮⋮クリスタルを積んでいない
405
からだいぶ安上がりに済むな。売れるんじゃね、これ?﹂
﹁えっ?﹂
製品化とか、考えてなかった。
後日、更なる洗練を遂げた新たな航空機がフィアット工房の目玉
商品として発表されることとなる。
小回りが利きパワーと速度を備え、なにより扱いやすい新型機。
町から町への冒険者の使用も考慮しクリスタル別売りで装備可能
となった新たな船は、全く新しい人々の足として世界中で大ヒット
することとなる。
通勤に。レースに。買い物に。
エアバイク
超小型級飛宙船︱︱︱この技術がセルファークの文化に組み込ま
れるまでに、そう時間は掛からなかった。
406
﹁うわ、どうしよ﹂
趣味に走ったら大事になった。
﹁⋮⋮まぁ、いいか﹂
さて次はなにを作ろうかな。
面倒ごとは御免なので全部押し付ける。フィアット工房ガンバ。
超ガンバ。
﹁発注が増えた分お前のシフトも増えたからな。なに、発案料も給
料もたっぷりやるよ﹂
﹁やるよー!﹂
﹁いやあああぁぁぁ⋮⋮⋮⋮﹂
407
夏の熱風と異世界の風︵後書き︶
闘技場メインの話を書いていたつもりが、なぜかバイクを作って
いた。
な、なにを言っているのか︵ry
408
超重量機と標準機︵前書き︶
前回書けなかった闘技場でのお話です。
おっと、なんで平日のこんな時間に投稿しているんだ、って疑問
は抱くなよ!絶対だぞ!作者との約束だ!
409
超重量機と標準機
屋敷であろうと、工房の宿舎であろうと朝の日課は変わらない。
寝ぼけた頭で井戸へ向かい、水を汲む。
桶に水を貯め洗顔。冷たさで目が覚めた。
﹁マリアは元気かな﹂
井戸といえばマリアだ。朝によく出くわしたのでセットで思い浮
かぶ。
﹁おいおいマリアって誰だよ﹂
耳敏く、顔を洗いに来てた職人の一人に聞かれた。
﹁コレかっ? コレなのかっ?﹂
﹁餓鬼が色付きやがって、うりうり﹂
小指を立てたり肘でつついてきたりするオッサン共。朝からなん
てウザさ。
﹁おーそうだよ。ありゃメロメロだな。むしろ抱いて! って感じ
だ﹂
﹁なんだ、ただの知り合いかよ﹂
410
その通りだが、断定されるとむかつく。
つーか友達ですらなく知り合いと断言するな。
﹁そもそもお前﹃女を抱く﹄って意味知ってんのかよ﹂
﹁ぎゅーっとすることだよね!﹂
童心に返って愛らしく言ってみた。
﹁よーし朝飯だー﹂
﹁今日も頑張るぞー﹂
スルーしやがった。
﹁お前さ、マキちゃんはどう思ってんだよ﹂
﹁えっ? 区切っておいて恋バナ続いてたの?﹂
朝食は流石に昼飯や晩飯などより遥かに静かだ。
汗臭い男達も、一日の始まりたる朝食だけは粛々と食す。
ナフキンを用意し、ナイフとフォークを音も発てず振るい、僅か
な糧に感謝しつつ、ひたすら厳かに進行するのだ。
ごめん嘘。朝から騒がしいです。
﹁仲いいだろ、どう思ってんだ? 秘密にするからお兄さんに打ち
411
明けてみなさい﹂
最後まで秘密であり通した秘密の話を俺は知らない。
﹁どうって、別に友達ですよ﹂
焼きたてのパンが山盛りになった籠に手を伸ばす。
指が届く直前、籠ごと没収された。
﹁そういうのいいから、なっ? なっ?﹂
酔ってんのかコイツら。
﹁実際有りだと思うんだよな、レーカもメカニックとしていい腕だ
し。親方もお前なら納得安心だろう﹂
﹁ただ一つの不幸があるとすれば、本人達に一切その気がないこと
でしょうね﹂
皮肉りつつパン籠を強奪する。パサパサした安パンだが焼きたて
は美味いのだ。
﹁ほら、そこはよ? 形から始まる恋もあるっつーことで。きゃー
恋って言っちゃったー!﹂
ウゼェ⋮⋮
きゃーきゃーと姦しく騒ぐオッサン集団。なんでこんな光景に﹃
姦し︵かしまし︶﹄なんて単語を使わねばならないのだろう。
付き合ってられんと卵サラダの器を引き寄せる。
背後から伸びた手に皿を強奪された。
412
まっこと食卓とは戦場である。
﹁なになに? レーカ君わたしにお熱なのー? もてる女は辛いわ
っ﹂
﹁サラダ⋮⋮﹂
卵は栄養豊富なのだ。世界中で朝食として選ばれているのは伊達
ではない。
和えたマヨネーズも高カロリーで、働く男の味方である。
背後? ああ、猫娘がいるね。だから?
﹁でもごめんね、私にとって君は手間のかからない弟なの﹂
﹁むしろ俺が手間⋮⋮なんでもないです﹂
騒動には巻き込まれるが、仕事の裏方サポートとしてはマキさん
は優秀だ。面倒事扱いはあんまりだろうと自重する。
サラダは諦めてチーズハムカツにフォークを突き刺す。
と思いきや、また皿が奥に逃げやがった。
﹁おう、なんだレーカ。男だっていうのに女に興味ねぇのか?﹂
﹁カストルディさん、チーズハムカツ⋮⋮﹂
手掴みでカツをむさぼり食う工房長。一気に消費されていく⋮⋮
﹁ほれ﹂
丁寧に衣だけ剥がして与えてくれた。ワーイヤッター。
413
﹁いや、勿論可愛い女の子がいれば目を奪われたりもしますけど⋮
⋮あぁ衣は美味しいなぁ﹂
チーズハムカツ。スライスしたハムにチーズを挟み、からっと揚
げた高カロリー料理。
チーズでクドくなりがちだが、ここは気を遣っていい油で揚げた
らしく、まあ衣も確かに美味い。
中身があったらもっと美味しいだろうけどな!
﹁ほう、んじゃあ誰なら可愛いと?﹂
真っ先に浮かんできた人物は⋮⋮
﹁アナスタシア様﹂
﹁確かにとびっきりの美人だが、人妻だろ﹂
それは障害ではなく魅力です。
﹁ナスチヤの娘っ子はどうだ?﹂
﹁あれこそ妹です。可愛いですけどね﹂
将来的には解らない。もしいつかソフィーが男を俺に紹介してき
たら⋮⋮
イメージする。成人の一五歳ほどとなったソフィー。髪型は今と
同じツインテールでいいや。
大人びた色香と子供の無邪気さを併せ持つ年頃。母親似で巨乳。
414
﹃レーカお兄ちゃん! あのね、大切な人を紹介したいのっ﹄
イラッときた。
そもそもソフィーって素ではどんな話し方なのだろう?
長文を話したのが旅立ちの朝だけなので、未だに口調を把握出来
ていない。
あの時は深窓の令嬢の如くお淑やかな語り口だった。あれが素?
再びイメージ。今度は落ち着いたストレートヘア。
わたくし
﹃お兄様。実は、私⋮⋮想い人がいるのです﹄
イライラッときた。
こんなのは認めない。よし、都合良く切り取ってしまおう。
﹃お兄ちゃん!﹄
﹃お兄様﹄
415
﹁勝ったぞ!﹂
﹁誰にだよ﹂
﹁俺って結婚とかするのかね。今更なんだよね﹂
当然といえば当然だが、将来のことなんて判らない。
人生設計なんて現時点では﹃機械いじって屁こいて寝たい﹄程度
しかない。
よく漫画などで﹁精神は肉体に引っ張られる﹂と聞くが、まあそ
れも当然だ。成長ホルモンやらなんやら、ぶっちゃけてしまえば人
格など化学物質で左右される。
麻薬など最たる例だろう。ただの粉如きに、人の精神が再起不能
となるまで破壊されるのだ。
なにが言いたいかというと、二次成長前から異性のことなど考え
たりしない、みたいな?
勿論早熟な子はいるし、俺自身幼き日の淡い恋心の思い出がある
ような気もしなくもない。しかしそれが将来に直結する事例などほ
とんどないはずだ。
結論。今は機械が恋人。
中身がとうの昔に二次成長を終えていることをあえて無視しつつ、
仕事の準備を進める。
﹁おーい、レーカ! 来い!﹂
416
﹁恋なんてしてません!﹂
﹁あ? なに言ってんだてめぇ?﹂
いかん、頭の中がピンク色だ。
﹁すいません。なんですか?﹂
カストルディさんの傍らには二人の男がいた。服装からして自由
天士だ。
﹁こいつらの注文、お前が受けろ﹂
﹁えっ? 俺一人で、ですか?﹂
﹁おう﹂
驚いた。まだメインで任せてはもらえないと考えていたのに。
天士の二人もカストルディさんに食いつく。
﹁おい親方、こんな子供に俺の愛機を触られては堪らないのだが﹂
﹁ああ、コイツの愛馬は凶暴だからな。セッティング一つでも素人
には任せられないよ﹂
﹁誰が素人だ! アマチュアと言え!﹂
﹁同じだろ﹂
417
玄人を名乗るのは抵抗がありました。
﹁大丈夫だ。こいつは技術に貪欲だぜ、そこらの職人よりずっと出
来る﹂
そこまで評価してくれていたとは。ちょっとジーンときた。
﹁ただ目を離すと暴走するからな。妙な改造されたくなければこま
めに監視することだ﹂
﹃おい﹄
俺と冒険者二人の声が見事にハモった。
﹁闘技場用のセッティング?﹂
ストライカー
﹁そうだ。ここらで路銀を稼ごうと思ってな、相棒を決闘仕様に作
り替えてほしい﹂
ストライカー
ソードシップ
自由天士の片割れ、人型機乗りのヨーゼフと打ち合わせをする。
彼等は人型機と戦闘機のペアで戦う天士だそうだ。先に帰った彼
が戦闘機乗りだろう。
こういったコンビは珍しくはない。空と地上から同時に作戦行動
を行えるのはとても大きい利点である。
闘技場。冒険者や人型機同士が富と名声を求めて力を競い合う、
割とポピュラーな娯楽だ。
418
地球生まれの俺としては奴隷の剣闘士などダークなイメージの付
き纏う闘技場だが、セルファークでは意外と健全な職業だ。
厳格なルールの下で、審判の判断により勝敗は決する。
﹁勝利条件は三回撃たれれば負け、でしたよね﹂
﹁そうだ、ダメージの大小は関係ない。だから背中の57ミリ砲は
降ろしておいてくれ、重いだけだ﹂
分厚い装甲でコックピットを守られた人型機は、狙った攻撃でも
なければ搭乗者が死亡することはない。勿論正面のガラスは人型機
の大きな弱点の一つだが、戦争や賊退治以外でコックピットを狙う
のは人型機天士にとって御法度であり、闘技場などでやったものな
ら大顰蹙間違いなしだ。
人同士の試合であっても優秀な治癒魔法使いが控えているので、
大抵はなんとかなる。
そもそも刃の付いた武器やHEAT弾等の貫通力の高い兵器は使
用自体禁止である。57ミリ砲程度ならどうやっても頭部装甲を破
れないので許可されるだろうが。
とかく、安全な競技なので腕試しや小遣い稼ぎで出場する人は多
い。
というか健全じゃなかったらアナスタシア様が子供連れて見に行
ったりなんかしない。
ただ注意が必要なのは、治癒費や機体修繕費は自腹ということで
ある。負ければ報酬なし、機体はボロボロと踏んだり蹴ったり。
しかし試合はトーナメント方式であり、一回でも勝てば修理費は
捻出出来るのだ。ボロいぜ。
つまり収支をプラスにしたけりゃ二回勝て、である。
﹁あとは無機収縮帯の反応強化と装甲の軽量化、いっそ油圧関係外
419
します? トップスピードは速くなりますよ﹂
複雑なギミックのないヨーゼフ機であれば、油圧なしでも稼働す
る。
﹁加速が悪くなるだろう、狭い闘技場では致命的だ﹂
うん、言ってみただけ。
﹁機体は基本的な部分だけで構わんよ。試合が終われば戻すのだし、
あんまり弄れば操縦感覚が変わる﹂
﹁了解です。ちゃっちゃとやっときますね﹂
﹁頼んだぞ﹂
工房を去るヨーゼフの背中にニヤリと笑みが漏れる。
﹁基本的な部分だけ? いいぜ、﹃改造﹄するのは基本的な部分だ
けにとどめてやる﹂
せっかくだ。徹底的に、完膚無きまでにメンテナンスしてやる。
﹁俺に機体を預けたこと、心から後悔⋮⋮じゃなくて喜ぶがいい!﹂
﹁ほほぉぉう⋮⋮﹂
あしゅら
背後に阿修羅がいた。
420
ドワーフの屈強な腕力でぶん撫でられた頭がヒリヒリする。
ぶん殴られたのではなく、ぶん撫でられた。
整備士として間違ったことはしていないので、叱るべきか誉める
べきか迷ったらしい。
だからって皮手袋で撫でるのは酷い。ちょっとサービスしようと
思っただけじゃないか。
とはいえ注文外のことをやろうとしたのは事実だし、強く出れな
い。
﹁なんだよ、ちょっと角付けたりするのは誤差の範疇だろーに﹂
額にVアンテナとかどうだろう。
機体をハイハイポーズで降着状態に維持し、厳重にボルト止めさ
れた57ミリ砲をクレーンで釣り上げる。
玉詰ま
﹁あとは手持ち銃のメンテをやっとくか。唯一の射撃武器がジャム
ると戦術が狭まる﹂
安全確認ののち俺よりデカい銃をバラしていると、背中からなに
かがぶつかってきた。
﹁レーカ君聞いてよ!﹂
﹁なんだいマキ太くん﹂
マキさんだった。
421
ふうせんか
﹁また風船花が壊れちゃった!﹂
﹁直せばいいじゃないですか。暑苦しいので離れて下さい﹂
外装修理くらいならマキさん一人でも出来る。
﹁直すよ、私の愛機だもん﹂
所有登録はフィアット工房ですが。
﹁そうじゃなくて、もう負けたくないの!﹂
﹁だから、風船花で闘技場に行くのが間違いなんですって﹂
そう、マキさんは闘技場の常連だったりする。
ふらりと出撃したと思えば、機体を壊して帰ってくる。初めて見
た時は何事かと慌てたものだ。
﹁私は風船花が最強であることを証明しなくちゃいけないの!﹂
﹁土木作業で最強を目指して下さい﹂
武装もない機体で戦闘を行うのが無茶なのだ。
なんでも、事の発端はマキさんの母親、カストルディさんの奥さ
んらしい。
母親はお調子者な人物だったらしく、﹁私は風船花で闘技場を制
覇した!﹂と娘によく話していたそうな。
それを真に受けたマキさんは、言葉だけの事実を実績を伴う事実
にしようと奮闘しているのだ。
事実じゃないってそれ。誇張してるって絶対。
422
﹁そもそもなんですかいきなり? 今更っていうか、マキさん負け
慣れてるでしょ?﹂
﹁負け慣れて堪るかーっ!?﹂
にゃおーっ! と吠える猫耳。
でも実際、上手く修理し易い感じで被弾してるんだよな。だから
マキさん一人でいつも修理してる。
﹁あのねあのね、私は今日も頑張って戦ったの!﹂
語り出した。
﹁今思い返しても手に汗握る戦いだった︱︱︱逃げ回る敵機、必死
に追い掛ける私!﹂
それって適度に距離を置いて銃撃されてたんじゃね?
﹁けど惜しくも一歩届かず、私は撃破されちゃったの﹂
途方もなく遠い一歩だな。
﹁そしたら相手の天士、クリスタル通信越しになんて言ったと思う
!?﹂
﹁なんて言ったんですか?﹂
相槌打ってあげる俺って優しい。
423
﹁﹃風船花っつーより噛ません花? って感じだよな﹄って!﹂ ﹁ぷっ、なんですかそれ。酷いセンスですね﹂
噛ません花って。噛ませ犬+風船花のつもりだろうか。
﹁笑うなっ! だからレーカ君にお願いしたいのよ﹂
﹁風船花の戦闘用への改造ですか? まあ、面白そうですし付き合
いますよ﹂
﹁改造? そんなことしないよ?﹂
ならなにを手伝えと。
﹁レーカ君が風船花に乗って、﹃噛ません花﹄とか﹃テスト先生﹄
とか﹃腕試し1号﹄とか言っている人達を、ギッタンギッタンのボ
ッコボッコのグチャグチャにしちゃうの!﹂
﹁グチャグチャはちょっと﹂
色々言われ過ぎだろ。初戦で毎度負ける風船花はちょっとしたツ
ヴェー闘技場の名物だそうだが。
﹁それに俺が乗れば勝てるとは限らないでしょ﹂
マキさんだって相当の腕前だ。毎日精密機器を運んでいれば、動
作も洗練されるというものである。
﹁聞いたんだからね、レーカ君が軍人さんに勝ったってこと﹂
424
﹁ちょ、誰に?﹂
﹁君達が工房に来た時の、男の子の馬鹿っぽい方﹂
マイケル⋮⋮
﹁いや、それでも。そもそも俺、登録してませんし。出場出来ませ
んよ﹂
﹁大丈夫! いい考えがあるわ!﹂
あ、禄でもないことだ、と俺は直感した。
﹁レーカ君が女装して、私のフリをすればいいのよ!﹂
﹁疲れてるんですよ、マキさん﹂
エアシップ
マキさんの話を適当にいなし、ヨーゼフの人型機を調整し終え就
寝し。
次の日起きたら、飛宙船の中にいた。
しかも猫耳ヘアバンド付きのカツラを被り、スカートを穿いてい
る。
飛宙船の窓に写るのは、女物の洋服を着た幼女だ。
425
ターンセックス
﹁⋮⋮異世界トリップの次はTSか?﹂
勘弁してくれ。年齢変化だけでも大いに戸惑っているのに、性別
まで変わるとか悪い冗談だ。
スカートの中に手を突っ込む。
あった。なにがかは具体的にしないが、あった。
﹁ただの女装かよ⋮⋮マキさんか? マキさんか!﹂
本気で俺を身替わりにして、闘技場に出場させる気なのか?
立ち上がって窓ガラスの鏡にて全体像を確認する。
そりゃあもう、見事な猫耳美幼女だった。
﹁笑えよ。ほら、笑えよ。俺は笑うよ。ハハッ﹂
突然立ち上がった俺に、他の乗客からの不審の視線が刺さる。
この飛宙船は乗り合いのバスか? 町から町へ移動する船ではな
いな、外が暗い岩肌だし。
ここはおそらく、ツヴェー渓谷のどこか、飛宙船用の地下トンネ
ルだ。
そして流れから察して、船がどこに向かっているかは明白である。
﹁やっぱここかい﹂
闘技場だった。
平らな土地を抉り抜いて建設させたこの施設は、基本岩盤剥き出
しである。
天井は存在しない。船着き場から先は常に空が見えている。
手抜き工事ではなく、こういうデザインなのだ。ツヴェー渓谷の
426
職人達は手間を惜しみはしない。
証拠というには弱いが、床は磨いたかのように平らであり、壁も
危険な尖った部分は削られている。
ここは正確にはツヴェー渓谷ではない。渓谷より数百メートル離
れた台地である。
闘技場の要領は円形闘技場、つまりローマのコロッセオと同じだ
が、ツヴェー闘技場は地面を掘って作られた浅く広い縦穴だ。
深さ数十メートル、直径数百メートルに及ぶ縦穴は大型級飛宙船
がすっぽり収まるほど広大だ。競技の障害物として岩が転がってい
るので着陸は無理だけど。
これほど大規模な施設、人型機あってこそだろう。地球でブルト
ーザー使って行うとすれば︱︱︱あれ、なんか出来そう?
地球の巨大建造物を鑑みるに、物量の前に技術差など大して問題
ではないのかもしれない。
トンネルを抜けた先の発着場は闘技場を囲む階段状の観客席に繋
がっている。
﹁さて、どこに行けばいいのかな﹂
ネコミミ
﹁ふっふっふ。道に、否、人生に迷っているようだね少年!﹂
﹁余計なお世話だ﹂
黒フードの女がいた。
小柄な体格。頭のフードを突き上げ二つの突起。
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
空気を読むべきだろうか。
427
﹁なっ、何者!?﹂
我ながら白々しい。
﹁私は⋮⋮えっと⋮⋮私は、とある女性に君の手助けを頼まれた者。
君がレーカ君だね?﹂
偽名は予め考えとけ。
﹁質問です﹂
﹁なにかね?﹂
﹁なんで﹃とある女性に君の手助けを頼まれた者﹄さんとは現地合
流だったんですか。つかどうやって俺を着替えさせて飛宙船に放り
込んだ﹂
﹁ふむ、なに簡単なことだ。現地集合なのは風船花を運び込むのに
私が動かす必要があったから。君が着替えているのは眠りの魔法を
使っただけだ、寝顔はなかなか可愛かったぞー﹂
﹁殴っていいですか?﹂
﹁ま、待ちたまえ。魔法をかけたのは私ではない﹂
今、寝顔は可愛かったって言ったやん。
﹁ならマキさんですね。あとで殴っておきましょう﹂
﹁待て待て、彼女はか弱い女性であって、殴るなんて以ての外だ!
428
むしろ愛でろ!﹂
慌てふためく﹃とある女性に君の手助けを頼まれた者﹄さん。そ
ろそろ勘弁してやるか。
﹁さてマキさん、なにか言いたいことは?﹂
﹁何事も経験だよっ﹂
女装の経験がいつ必要になるんですか。
﹁私は知ってほしかったんだ。レーカ君はメカニックにしか興味が
ないみたいだけれど、世界はもっともっと広い。色々な素晴らしい
ことがあるんだって﹂
俺を女装趣味に目覚めさせたかったのだろうか。
﹁⋮⋮だめ?﹂
﹁⋮⋮まあ、いいですよ﹂
実を言えば以前から闘技場にも興味があった。この期に及んで帰
るのも往生際が悪いか。
﹁じゃあ受付してきますか﹂
﹁うん!﹂
﹁ところで俺の今日の仕事はどうなってるんでしょう?﹂
429
﹁大丈夫、お父さんに休みにしてもらったから﹂
﹁そっすか﹂
﹁その代わり明日が地獄だそうだけど﹂
﹁殴らせろ﹂
一瞬だが、自分が紳士であることを忘れた。
﹁すいません、出場枠はまだ開いてますか?﹂
﹁マキさんですか。いい加減、怪我をする前に手を引いた方が︱︱
︱﹂
声をかけられ振り返りつつ忠告をした受付嬢は、俺達を見て固ま
った。
受付嬢と対面する俺。俺の背後に控えるフードの不審人物。
﹁こんにちは。出場登録をお願いします﹂
後ろから聞こえる声に合わせて口を開閉する。
自信をもって断言しよう。絶対ズレてる。
﹁え、えっと、マキさん? 小さくなったわね?﹂
430
﹁成長期です﹂
﹁瞳の色も変わったわね?﹂
﹁成長期です﹂
﹁別人よね?﹂
﹁成長期です﹂
淀みなく断言するマキさん。すげぇ。あんたすげぇよ。
﹁⋮⋮ではこちらの書類にご記入下さい﹂
﹁えっ、認めるの?﹂
﹁控え室はいつもの部屋となっております。ご武運を﹂
﹁お、おぉ﹂
﹁今日は勝ちにいくわよー﹂
﹁はい、レーカ君﹂
﹁なんですか?﹂
431
マキさんにロケットを渡された。
打ち上げる方じゃなくて、写真を入れるペンダントだ。
﹁胸ポケットに家族や恋人の写真を入れておくと、生きて帰ってく
るってジンクスがあるんだよ﹂
﹁俺がこれから向かうのは生死に関わる戦場ですか﹂
風船花の座席周りの調節を急ぐ。俺の試合まであと一時間もない。
大規模な改修はマキさんの許可が下りないが、少しでも戦闘に最
適化せねば。
﹁あと俺が着てるのワンピースですが。ポケットありません﹂
﹁私のお古だけど、本当に似合ってるよ!﹂
二枚目だからな。
﹁三枚目ってゆーんだよ、レーカ君みたいな人は﹂
失礼な。俺は常に凛々しいのに。
ロケットは首に掛けておく。むしろこれが正しい着用法だ。
﹁鉄板持ってっていいですか? 盾代わりに﹂
﹁固定しなきゃいいよ﹂
ならハンドガンの使用許可が欲しい。あれだって固定してないの
に。
432
﹁一回戦目は絶対に勝ってね。試合相手が﹃噛ません花﹄って呼ん
だ男だから﹂
﹁へーへー、よしこんなモンか﹂
操作卓
座席周りにコンソールを増設する。
戦闘となればイメージリンクに頼っていられない。作業用装備も
フルマニュアル制御可能としなくては。
﹁レーカ君、これ操れるの? 二重鍵盤のピアノ弾くのより難しそ
うだけど﹂
﹁なんとかします﹂
あと二重鍵盤舐めんな。
コックピットに潜る。
﹁もうスタンバイ?﹂
﹁少しでも機体に慣れないと﹂
時間はない。クリスタルの魔力が尽きない程度に、慣熟訓練しな
ければ。
試合時間となるまで俺はラジオ体操を続けることにした。
﹃さあいよいよ第一試合! 初戦は恒例の余興係、風船花戦となり
433
ました!﹄
そういう口上どうかと思うがねぇ?
格納庫兼控え室から闘技場のフィールドに直通するゲート前。こ
の段階で既に会場の熱気が音と振動となり響いているようだ。
マキさんは観客席へ向かい、俺は一人、初めての人型機による実
戦︵前回は訓練だし︶に集中する。
﹃対するはガチターン選手、彼の超重装機はあらゆる敵を蜂の巣に
します! 昨日に引き続き派手な試合を見せてくれるでしょう!﹄
ほう、超重装機?
鉄扉を潜り三〇〇メートル先の敵機と対面する。
すかさず解析開始。その設計コンセプトに変な笑みが漏れざるお
えない。
﹁あんな機体を浮かべて喜ぶか、変態共め﹂
ガチターン機は今まで見た中で最高の重量機だった。
両腕に20ミリガトリング、両肩にも20ミリガトリング、背中
にも20ミリガトリング。
計五門のガトリングを装備している。
整備面から武装を統一しているのか。一発当たればダメージに関
わらず有効打なのだから、もっと小さな機関砲に付け替えろよ。
ひゃっかじん
﹁あれは⋮⋮百花人のカスタム機か﹂
ひゃっかじん
百花人。大戦時に帝国が量産した傑作機だ。
高い性能に優れたバランス、初期状態から五つの武装を搭載可能
な火器管制。ただし、大量生産の為に工作精度は低く乗り心地も悪
434
い。
しかし大量生産故の交換パーツの多さ、汎用性の高さは大きな魅
力であり多くの冒険者の愛機として親しまれている。
ストライカー
ガチターン機は武装を交換している。流石にオリジナルは20ミ
リガトリング×五なんて変態じゃない。
武装も大概だが、脚部は更にぶっ飛んでる。
ビースター
﹁小型級飛宙船を下半身として取り付けるとか、人型機じゃなくて
獣型機だろ﹂
積載量に優れる飛宙船の浮力により、重火力重装甲を運用してい
るのだ。
あれだけの重量であれば、飛宙船といえど機動力の低下は免れな
い。
まさに正面から耐えきり、正面から叩き潰す機体だ。
﹃さあ両者とも準備が整ったようです! ではさっさと終わらせま
しょう!﹄
解説者ひでぇ。いや、選手より観客のテンポ優先なのだろうけど。
﹃試合、開始っ!﹄
合図とともに鉄板を構える。
機体がひっくり返るかと思えるほどの衝撃が、鉄板を介して風船
花を揺さぶった。
飛び散る花火と鉄片。補助腕に加え両手の平で支えなければ後退
してしまいそうだ。
激しく揺れるコックピット。鉄板の盾がみるみる削れる。
435
﹁︱︱︱や、っぱ来たなっ!﹂
三〇〇メートルなど20ミリガトリングの射程に余裕で入ってい
る。射線にいる以上ぶっ放すのは当然だ。
卑怯でもなんでもない。そういう機体なのだから。
長距離攻撃を行う敵に対してこちらには攻撃手段がない。近付か
なければ戦いにすらならない。
少しでも距離を詰めようと左右に回避しつつ駆ける。機動性はこ
っちが上だ円形闘技場のここで逃げ切られることはない。
﹁昨日は追いかけたってマキさん言ってたけど、あれホントかよ!
?﹂
盾を必死に支えつつ叫ぶ。マキさんが誇張したか、上手く接近し
たかだ。マキさんがつまらない嘘を吐くとも思えないし、あれで操
縦技術も高いので意外と後者である可能性も捨てきれない。
ガチターン機は浮遊し高度を上げる。闘技場から出たら反則だが、
たかが数十メートル、されど数十メートル。
上に居座られるのは驚異だ。
﹁そろそろ盾が保たないか﹂
言った途端に限界を迎え、盾がへし折れる。
横に飛び、岩陰に隠れる。
あと五〇メートル。いいところまで近付いたか。
﹃そんな岩で隠れたつもりか、!﹄
クリスタル通信から敵機の声が届く。
436
﹃甘いぜ、俺のガトリングはそんな岩簡単に粉砕するぞ!﹄
宣言通り、みるみる欠けていく岩。
あまり時間をかけては距離を開けられる。ここはやるしかない。
ウインチのワイヤーを岩に巻き、クレーンに固定。
補助腕を突き刺し、両腕も岩に指を食い込ませる。
﹃風船花のパワー、舐めんなあああぁぁぁぁぁ!﹄
操縦桿を全力で引く。
人型機より巨大な岩が持ち上がる。
その異様な光景にどよめく会場。
﹃な、馬鹿な!?﹄
﹁はっ、土木建築用の風船花、リミッター外せばこれくらい屁でも
ねぇよ!﹂
﹃⋮⋮つかお前誰だよ、別人だろ﹄
﹁ぴっちぴちの猫耳美少女だゴラァ!﹂
岩を盾に更に接近。だがやはり、鉄板の盾より脆い!
﹃ここまで届かねぇよ!﹄
﹁届くさ、こうやってな!﹂
両足を地面に踏み締める。
ワイヤーを掴み、その場で一回転!
437
背中を見せた瞬間に短時間掃射を受けるが、耐えきれないほどで
はない。
ダメージを無視し、スイングさせ大岩をぶん投げる!
﹃んな馬鹿なぁ!?﹄
飛来する岩を迎撃するガチターン。投擲した拍子に脆くなったの
か、岩は空中で瓦解する。
大小様々な岩石がガチターン機を打つ。しかしその重装甲はダメ
ージを通さない。
﹃ガ、ガチターン機に有効打! マキ機のダメージ覚悟の一撃が届
きました! 今日の風船花は一味違う!?﹄
だが、ルール上は一発に変わりない。あと二発で勝利だ。
一気に駆け抜ける。
﹃チッ、どこ行った!?﹄
﹁こっちだよ﹂
俺が走ったのは物陰でも、投擲可能な小さな岩が転がるポイント
でもない。
﹁あんたの機体の、真下だ!﹂
﹃なっ!?﹄
解析した時にすぐ気付いた。ガチターン機は真下が見えないし、
銃口を向けられない。
438
﹁つまり、完全無欠な大死角!﹂
﹃はっは、⋮⋮甘めぇよ!﹄
ガチターン機機体底面の装甲が爆破パージされる。
降り注ぐ装甲板、しかしこれは攻撃ではない。
﹃こちとら現役だ、死角なんざねぇ!﹄
黒い物体が内側から射出される。
爆雷。投下型の爆弾だ。
そいつは風船花に着弾︱︱︱
﹁するわけないだろ、﹃視た﹄からな﹂
︱︱︱せずに、マニュピレータで掴み取った。
解析の結果、コイツは時限式。自機からある程度離れたタイミン
グで発動しなければ自らダメージを受けかねないからだろう。
なので当然、すかさず投げ返す。
﹁これ落としましたよ、っと﹂
﹃おい馬鹿やめろうわああぁぁ!?﹄
元々収まっていたウエポンベイに見事はまり爆発した爆雷。ナイ
スシュー。
浮遊装置が大破しガチターン機は墜落、部品と装甲を撒き散らす。
﹃こぉの、俺はまだ︱︱︱﹄
439
﹁パーンチ!﹂
頭部コックピットをポカリと叩く。
これで、三撃目。
﹃トドメのへなちょこパンチがヒットー! ガチターン機、撃沈で
す! 誰が予想したかとんんだ大穴、つか誰か賭けた奴いるのか!
? とにかくマキ機の風船花、連敗記録を破り初勝利を飾ったああ
ぁぁぁ!!﹄
﹁おー﹂とか﹁へー﹂とか微妙な声を漏らす観客達。
観客席で飛び跳ねる黒フードの不審人物。
観客の皆さんはそもそも賭けに参加していなかったな。マキさん
は勝ったかもしれないが、配当は微々たるものだろう。
片手を上げ僅かに俯きつつゲートに戻る。
ただカッコつけているだけである。
﹁悲しいものだな、勝利というものは⋮⋮﹂
なにこれ楽しい。
軽く自分に酔っていた。
﹁覚えておけ、ガチターン﹂
﹃なんだよ﹄
﹁二枚目を敵に回す、それそのものを﹃死亡フラグ﹄と呼ぶのだ︱
︱︱!﹂
440
﹃⋮⋮⋮⋮。﹄
﹁レーカくぅぅぅん⋮⋮﹂
﹁勝ちましたよ﹂
風船花の前で涙目のマキさん。
﹁壊れてる、傷だらけ、ぼーろぼろ、あっはっはー﹂
風船花初勝利が嬉しすぎて泣いているらしい。いいことした。
﹁とにかく、これで俺の仕事も終わりですね。﹃噛ません花﹄呼ば
わりした男も倒しましたし﹂
﹁なにいってんの。目指すは優勝よ!﹂
あんたがなにいってんの。
風船花は無茶な運用のせいで内側からダメージが蓄積している。
オーバーホールが必要なレベルだ。
あれ、もしかしてそれも俺の仕事?
﹁レーカ君は私の見立て通り強かったわ! このままビクトリーを
勝ち取るの!﹂
441
﹁別に貴女が見立てたわけじゃないでしょ﹂
﹁おーう、邪魔するぜ﹂
格納庫に髭面男が現れる。
﹁げっ﹂
露骨に顔をしかめたマキさんに、溜め息を吐く髭。
﹁げっ、はないだろ⋮⋮まあ俺が悪かったけどよ﹂
﹁なにしに来たのよ、ガチターン﹂
あの機体の天士か。
﹁その⋮⋮なんだ、あれだ。お前さんに謝ろうと思ってな﹂
後頭部を掻きつつ視線を逸らし、でもやっぱりマキさんに向かい
合い直すガチターン。
﹁﹃噛ません花﹄なんつって悪かった。いい人型機じゃないか、風
船花は﹂
﹁⋮⋮そうでしょー! どうよ、どうよー!﹂
しかめ面から一転喜色満面となるマキさん。単純である。
バシバシとガチターンの背中を手の平で叩きまくる。
﹁ふふふん、私が本気になればこんなモンよ!﹂
442
﹁いや、試合で風船花に乗ってたのお前じゃねぇだろ?﹂
﹁⋮⋮ワタシダヨ?﹂
嘘吐け。
﹁誰が乗ってたかはともかく、二回戦目にも出るのか?﹂
﹁機体損傷が激しいから辞退﹁なんかしないわ! 目指すは最強!
風船花がトップであることを証明するの!﹂聞けよ﹂
意地でも勝ちたいらしい。
﹁だそうだ、頑張れよ⋮⋮坊主? 坊主だよな?﹂
﹁妹よ﹂
初耳である。
﹁だが次の試合はキツいと思うぜ、相手はバランス型の正当機だ。
かなりいいセッティングなのか、動きのキレが半端じゃない﹂
﹁っていうかあれ、昨日レーカ君が弄ってた機体だよね﹂
﹁え?﹂
闘技場を覗ける窓から試合の勝者を確認する。
昨日俺が、闘技場仕様に改造したヨーゼフ氏の機体だった。
443
﹁自分が調節した機体を自分で壊すのってどんな気分?﹂
﹁あっ、泣きたい﹂
再び会場に足を踏み入れる。
最初より観客の声援が大きい。負け続けの奴がたまに勝つと応援
したくなるよね。
相手ゲートからも人型機が現れる。
武装は長剣とハンドガン。銃は連射不可能だが、しっかり狙えば
充分会場全てが射程内だ。
本来57ミリ砲が長距離攻撃を担うが、射程距離は手持ち銃と変
わらないので外している。軽くなった分接近戦能力が向上しており、
武装のない風船花では分が悪い。
﹁けど近付かなきゃ話にならないんだよなぁ⋮⋮うーん、素晴らし
いメンテだ。弄ったメカニックは腕がいい﹂
﹃なにを自画自賛しているんだ、君は﹄
うげぇ、こっちの正体がばれてる。
﹁お久しぶりです﹂
﹃今朝機体を受け取りにいったら君は行方不明だと聞いたが、なに
444
があった?﹄
﹁下っ端の辛いところです﹂
﹃そうか﹄
それだけ呟き、通信が切れる。冷めてるぜ。
﹃さぁーあ、いよいよマキ機の第二試合です! 先の勝利は偶然か、
はたまた我々はツヴェーの新たな伝説を目撃しているのか!? 相
手なんてどうでもいいので早速始めましょう! 試合開始ッ!﹄
ヨーゼフ機の扱いが酷いぞ。
観戦客の声援も概ねこちらに向いているようである。あんまりだ。
まずは岩場に隠れる。あの人型機に三〇〇メートルの距離から岩
を砕くような火力はない。隠れていれば勝手に近付いてくるはずだ。
今のうちにウインチのワイヤーを編んで、ある﹃武器﹄を作る。
最も原始的であり、人力としては割と強力な類の兵器。
﹁出来たっ﹂
投石機
スリングである。
﹁敵機との距離は⋮⋮二〇〇メートル﹂
急いだつもりだったが時間を取られた。さっさと作戦開始だ。
岩をスリングに込めて周辺環境を解析。
空気圧。温度。湿度。大気の粘度。風量。その他、弾道に影響す
る全てをシミュレートする。
風船花も同等に解析、支配。
445
ありとあらゆる要素を計算し尽くし、岩を投擲!
二〇〇メートル先の移動物体を観測班も誘導もなしに曲射で狙う
なんて本来は不可能だが、全てを単身で担える俺には可能。
一度空高く舞い上がった岩石は、重力のまま高速で敵機に自由落
下する弾頭となる!
想定外の攻撃だったのだろう、直前まで反応しなかったヨーゼフ
機は着弾寸前で横に跳躍、回避した。
機体へのダメージは皆無。手持ちの銃が持ってかれてスクラップ
になっただけだ。
﹁チッ、もっと致命的なダメージを期待したのに﹂
前回の試合から、敵は俺が岩を投げることで数十メートルの長距
離攻撃が可能と判断していたはず。
なので接近に回避行動を組み込むのは精々一〇〇メートル以内。
一〇〇∼三〇〇メートル間では直線移動を行うと踏んだのだ。
直線移動ならば予測による曲射が行える。しかし、それももう通
じないだろう。
ぎょうこう
﹁だがハンドガンを潰せたのは僥倖か。中距離ならジワジワなぶら
れるのはゴメンだ﹂
俺が一番恐れていたのはそれだ。接近戦に強制的に持ち込めただ
けでもよしと⋮⋮
﹁って、あの銃、俺が昨日丁寧に整備し直した奴じゃねぇか!﹂
トラブルが起きないようにと丹誠込めてメンテしたのに。あの様
子じゃジャンク直行だ。
446
﹁畜生、ちくしょお﹂
半泣きで目の前の大岩にワイヤースリングを巻き付ける。手慰め
である。
﹃なんというか、怒る気も失せるな。もっと目の前に集中したらど
うだ﹄
﹁ちょっとほっといてくれ。今落ち込んでいるんだ﹂
いじけている間に寸前まで接近した敵機に視線を向ける。
﹃余裕だな!﹄
﹁うん接近戦自信あるし﹂
長剣を振りかぶり、風船花に叩き付けんとするヨーゼフ機。
その切っ先を補助腕で掴んだ。
﹃なっ、なに!?﹄
風船花本体はだらりと棒立ち。
補助腕だけが器用に動き、白刃取りをしてみせたのだ。
﹃馬鹿な。どれだけ精密な制御をすれば、腕を壊さずに白刃取りな
ど﹄
﹁そうでもないさ。補助腕は単純なペンチだが、その分強度が強い。
マニュピレータじゃこうも簡単にはいかないよ﹂
447
片足を後方に下げ両手の平で掌底を胴に叩き込む。
﹁吹っ飛べ!﹂
﹃ぐうぅ!?﹄
地面から浮き上がり、五メートル程後退する敵機。
勿論剣は手放したりなんかしない。
﹁借りるよこれ﹂
剣を握り軽く振るう。武器ゲットだ。
﹃強い、強いぞマキ・フィアットォォッ! あっさりと一ポイント
先取だ! このまま押し切るのか!?﹄
ハンドガン破壊はノーカウントか。まあいい。
スペアのナイフを握る敵機。
﹃やはり卑怯だな、武装が見透かされているのは﹄
まったくだ。
リーチとは絶対的な差だ。剣が槍に勝るなど迷信であり、結局は
遠くから一方的に攻撃出来る方が強い。
ナイフの存在は知っていた。だが、槍が剣に勝るように、剣はナ
イフに勝る。正しい武術を会得していればそうそう勝敗が逆転する
ことはない。
同じ条件、得意な接近戦、こちらが有利な武器。
これだけの条件に、勝利は必至と慢心してしまったのだ。
剣を横凪ぎに振るう。
448
ヨーゼフ機はそれを防ぐ素振りすら見せず無視した。
﹁は?﹂
片腕を切り落とす長剣。
しかし敵は怯むことなく接近、懐に入り込む。
ナイフがクリスタルの存在する胸部、その外装の隙間に突き刺さ
る。
﹁しまった︱︱︱﹂
魔力伝達が途切れるのが判る。風船花の半身が死んだ。
片膝を付く風船花。
敵機はあと一撃で落ちる。こちらはあと二撃、しかし半壊。
まずい。こんな状態では剣はもう使えない。
﹃戦いの心得えがあるようだが、人間と人型機では勝手が違うぞ。
機械は腕が落ちようと痛みを感じないからな﹄
﹁そうだったな、師匠に言われてたのに!﹂
人体と機体は別物であると、散々アナスタシア様に教えられてい
たはずだ。
更に言えばあんなナイフで貫けるのは非戦闘用の外装のみ。風船
花が戦闘用の装甲を備えていれば、刃の方がへし折れていた。
メカニックでありながら、彼我の機体特性を理解し切れていなか
った。とんだ失態だ。
﹃先程の試合もそうだが、君は厄介だ。さっさと終わらせるぞ﹄
449
ナイフを動かない側から風船花に突き立てるヨーゼフ。これで二
撃目。
一度引き抜き、再び放たれる切っ先。
﹁こうなりゃ一か八かだ!﹂
審判にどう判断されるか判らない。同士討ち扱いされるかもしれ
ない。
だが、指一本でも動くのなら諦めない。風船花はまだまだ死んで
なんかいない!
岩に巻き付けたワイヤーウインチを少しだけ巻き上げる。
数メートル後退する風船花。ナイフの切っ先から僅かに逃げる。
﹁こんなこともあろうかと! さあ一緒に逝こうぜ!﹂
突き出された腕を補助腕で挟む。それこそペンチで握り潰さんと
するほどに。
﹃なにを︱︱︱﹄
﹁いけええぇぇぇぇ!﹂
ウインチを全力で収縮! 一気に敵機諸共大岩に突撃する!
﹃自滅する気か!?﹄
﹁ごめんだな、それは!﹂
生き残った足の裏を敵機の腹に押し当てる。
背を丸め、足で敵機を持ち上げ後方回転!
450
﹃まさか﹄
﹁巴投げええぇぇぇ!!!﹂
後ろの岩に敵を投げぶち当てる! ついでに風船花も勢いのまま
体当たり!
フレームの歪む軋みの音、内装が砕ける金属音。
それは風船花も同等。重大なダメージを免れない。
沈黙する敵機。静まり返る会場。
﹃す、凄い一撃が決まりました⋮⋮ですが両者とも3ポイント目、
いえ⋮⋮﹄
風船花の脚部に魔力を注ぐ。
油圧は断線し、無機収縮帯も疲労が溜まっている。
それを許容以上の過剰魔力を注ぐことで収縮させる。もう大腿部
の収縮帯は交換必須だな。
﹃た、立ち上がりました! 満身創痍のマキ機、自滅せずに起動!
二ポイントのままとし、この試合風船花の勝利です!﹄
ほぼ片足立ちの人型機に、多くの人々が歓声を送る。
だが俺の心境は暗澹たるものだった。
﹃どうした、皆君の勝利を祝っているんだぞ﹄
自機が大ダメージを与えられたというのに冷静沈着に問うてくる
対戦相手。
451
﹁⋮⋮こんなに風船花をボロボロにして、勝利に意味があるんでし
ょうか?﹂
﹃やれやれ。その機体は君に応えたのだ。君が褒めてやらねばどう
する﹄
﹁誉める? 人型機を?﹂
﹃長く天士をやっていると解るのだ、人型機にも意志があると。そ
れに君はメカニックだろう、壊れたなら直せばいいではないか。世
界の大半の物は修理可能だ﹄
﹁⋮⋮はい﹂
そうだ。壊れたなら直せばいい。
世の中に沢山ある﹃修理不可能なもの﹄を守る者、それが人型機
なのだから。
﹁ふへへへへ∼、ぼっろぼろ∼、ふーせんかぼっろぼろ∼﹂
マキさんが壊れた。 ﹁あー⋮⋮えっと﹂
452
さすがに開き直れない。壊し過ぎた。
マキさんじゃなくて、風船花を。
﹁棄権、します?﹂
﹁する﹂
おや。意外にも肯定された。
これだけ損傷していれば当然なのだが、マキさんはそれでも優勝
を目指すと思っていた。
風船花の現状はクリスタル制御用魔導術式が中破、油圧システム
が大破、背面作業用アーム類が大破、無機収縮帯⋮⋮特に下半身が
中破である。第一試合でリミッターを外したのが全身に響いている。
フレームや内部機構は比較的無事だが外見は満身創痍、辛うじて
人型というレベルだ。
﹁風船花の損傷もそうだけど、次の相手はやばいの﹂
﹁やばい?﹂
﹁うん。さっき気付いたけど、あの人には勝てない。どんな天士で
も。⋮⋮銀翼でも﹂
銀翼でも、って、嘘だろ?
シルバーウイングス。トップクラスの操縦技能を持った天士に送
られる、天士資格の最高位。
地球でいえばテストパイロットや宇宙飛行士などの領域に生きる
者達。
それが、勝てない?
453
﹁⋮⋮ガイルでも?﹂
俺が唯一会ったことのある銀翼がガイルだ。ツヴェーに来てから
多くの天士と出会ったが、未だシルバーウイングスはおろかトップ
ウイングスにすら遭遇していない。
﹁それは判らない。ガイルさんも伝説クラスの人だから。そもそも
飛行機天士のガイルさんと人型機天士の彼女では戦場が違うもの﹂
伝説⋮⋮ガイルが? それと今、彼女って?
﹁次の試合の相手は女性ですか?﹂
頷き、窓の側に手招きするマキさん。
控え室から闘技場を観戦する窓を覗いた先には、まるで甲冑のよ
うな人型機が立っていた。
足下には試合相手と思われる人型機。⋮⋮だった物。
四肢を切り刻まれ、装甲をバターのように裂かれた人型機のスク
ラップ。
﹃圧倒的だあああぁぁぁぁ!! 何人たりとも寄せ付けない、まさ
しく最強の伝説!! 彼女が闘技場に現れた以上他の選手は平伏す
しかないというのかあぁぁ!?﹄
興奮気味のアナウンス。だがそれも当然だろう。
一目で理解した。あれは異常だ。解析するまでもない。
違うのだ。あれは兵器ですらない︱︱︱魔神だ。
どこか達観した猫の瞳でマキさんは呟く。
﹁そう、世界最古にして最強の人型機天士、キョウコ。彼女が次の
454
試合相手よ﹂
最古にして最強。
それが、俺がこの世界で出会った二人目の﹃銀翼の天使﹄だった。
455
転生者と最強最古
ふうせんか
ストライカー
フィアット工房の作業場に並び横たわる三機の人型機。
一つは全身を徹底的に隈無く大破した風船花。
一つは二人組の冒険者の片割れ、ヨーゼフ氏の人型機。
そして最後の一つは、甲冑のような流線の美しいシルエットを持
つ、最強最古の人型機。
じゃけんひめ
﹁蛇剣姫、か﹂
めがた
言われてみると機体のシルエットは女性的なラインを描いている
ようにも見える。女型の人型機⋮⋮なんてわけではなかろうが、搭
乗天士に合わせてそれっぽい意匠となっているのだろう。
美しい、と思う。
ひとがた
兵器の枠を越え芸術品にすら昇華された機体。
名も知らぬ名工の手掛けた巨大な人形は、しかし今は隻腕となっ
ていた。
﹁いや俺が奪ったんだけどさ﹂
風船花を大破させてやっとの戦果がこれだけだ。接近戦には自信
がある、などと自惚れていた自分が恥ずかしい。
世界は広い。俺の知るゼェーレストとツヴェーなんて、セルファ
ークのごく一部でしかないのだ。
結論は置いといて、まずは昨日の試合の顛末を語るとしよう。
456
﹁マキさん。戦いたいです。俺、最強と戦ってみたい﹂
闘技場の控え室。
中破した風船花を前に、俺は自分の意志を表明した。
﹁な、なにいってんのレーカ君!? 最強だよ!? そこらの子供
みたいな自称最強じゃなくて、ほんとのほんとに最強なんだよ!?﹂
両手を羽ばたくように振り叫ぶマキさん。
﹁判ってますよ。セルファークで一番、あるいはそんな領域の強者
なのでしょう?﹂
﹁レーカ君は解ってない! 最強なんだから!﹂
﹁お願いします。風船花を、あと一度だけ使わせて下さい﹂
頭を下げる。
闘技場に参加したのは、元を辿ればマキさんの我が儘だ。
実際、次の試合が平凡な相手であれば棄権も受け入れた。風船花
はもう限界なのだ、無理をさせたくはない。
けど、最強とあらば。
勝利に興味があるわけではない。知りたいのだ、銀翼の名の意味
を。
セルファークの人々が畏敬して止まない、様々な時代に生きる英
457
雄。
その中でも尚最強の天士と戦える機会など、そう訪れはしないだ
ろう。
﹁お願いします。マキさん﹂
﹁⋮⋮一つだけ、条件があるわ﹂
﹁条件?﹂
マキさんは俺を指さし、その条件とやらを提示する。
﹁負ける前提なんて許さないんだから! やるんなら、勝ちなさい
!﹂
﹁え、それは確約出来ませんが﹂
﹁そこは﹃おうっ!﹄とか﹃はいっ!﹄とか言いなさい!﹂
﹁⋮⋮はい﹂
﹁気合いが足りないッ! もう一度!﹂
修理初めてもいいかな。
風船花は中破という名のほぼ全損であり、完全修理は容易ではな
458
い。
なので修復は必要最低限の部分に留めることにした。
作業用器具は全て降ろし、油圧関連もオミット。
開いた空間に無機収縮帯を多めに張り直し、外装を錬金で繋ぎ目
なく修復。気休め程度だが強度と軽さを兼ね備えていたはず。
油圧をばっさり捨てた風船花は鉄兄貴と変わらない。パワーが落
ちた分、瞬発力とスピードを生かしたセッティングを心掛ける。
﹁こんなものか﹂
修理の完了した風船花を見上げ汗を拭う。
設計上想定されていない無機収縮帯の張り方をしたので、相当ピ
ーキーな操縦特性になっているだろう。ぶっつけ本番で物にしなけ
ればならないとは罰ゲームだ。
﹁マキさーん、早く棄権の手続きを⋮⋮ふぇえ!? な、なんで機
体が一時間で直ってるの!?﹂
俺、頑張った。
控え室にやってきたのは口パクを黙認した受付嬢だ。
ふぇえ!? って随分と可愛い驚き方である。
﹁フィアット工房の職人にかかればこんなもんですよ﹂
ない胸を張るマキさん。耳も心なし嬉しげにぴくぴくさせている。
﹁名高きフィアット工房といえど、あれだけの損傷を短時間で直す
のは困難かと思いますが⋮⋮﹂
本来なら修理に一日掛かる。魔力量に任せパーツをでっち上げ、
459
効率よく組んだ結果だ。
ただ精度面は少し甘い。鋳造魔法の工作精度はカストルティさん
にも褒められているが、それでも慎重に作った方が出来がいいのは
当然。
﹁⋮⋮というか、出場するんですか? 次の相手はキョウコ様です
よ? 負けますよ?﹂
ちょっとカチンと来た。
﹁負ける前提だから誰も勝てないんでしょう﹂
売り言葉に買い言葉。でもそれだけじゃない。
勝つ確約は出来ないが、負ける前提で挑むなんてごめんだ。
﹁そうです! 勝っちゃいますよ、レーカく⋮⋮じゃなくて私は!﹂
マジ
﹁本気で?﹂
マジ
﹁本気で!﹂
これはえらいことになった、と慌てて退室する受付嬢。
なんだろう、嫌な予感がする。
460
﹃信じられない情報が飛び込んできましたぁぁ! 風船花のマキ選
手が最強最古の人型機、蛇剣姫の撃破を宣言したあああぁぁぁ!?
どうなっている風船花、なにが起こっているんだ今日のツヴェー
闘技場はぁぁぁ!!?﹄
ほーらやっぱり。
俺としては全力で挑みたいだけであり、名誉名声に興味ないので
気負いもない。
冷めた俺と対照的に、会場のボルテージは鰻登りだ。
﹃改めてご紹介致しましょう! 最古にして最強の人型機、蛇剣姫
! そしてそれを駆るは銀翼の天使と名高いキョウコ選手だああぁ
ぁぁぁ!!﹄
﹁いよっ、キョウコ様!﹂﹁お美しいですキョウコ様ー!﹂﹁踏
んで罵って下さい! 蛇剣姫で!﹂と沸き上がる観客席。
﹃対するはツヴェー渓谷の名物となっていた、究極の噛ませ犬! マキ・フィアット選手の操る土木建築用人型機、風船花ああぁぁあ
ぁ!!﹄
﹁負けたら人生ままならないぜー!﹂﹁カワイー!﹂﹁踏んで嘲
笑ってくれ! 風船花で!﹂と奇妙な方向に沸き上がっている客共。
変な奴が多いな。
﹃勝敗など見えていそうな試合ですが、多くの決闘を見てきた私に
は解りますっ! 風船花は、強者の気配がするとしか言いようがな
いっ! むしろ別人の気配すら発するが、そこんとこどーなの!?
我々が目撃するのは伝説の証明か、あるいは新たな伝説の始まり
かっ!? さあ張り切っていきましょう、試合、開始いいいいぃぃ
461
ぃぃっ!!!﹄
打ち鳴らされる鐘の音に俺はペダルを思い切り踏み込む。
解析の結果、蛇剣姫は極めてシンプルな人型機だ。
否、シンプルどころではない。あれは最早︱︱︱
﹁人体の模倣﹂
限りなく人に近いフレーム、無駄すらも転写された、人そのもの
の設計。
クリスタルの魔力を全て機体に供給する為か、余計な物は一切付
いていない。
唯一の武装は蛇のように曲がりくねった剣、まさしく蛇剣だ。
﹁フランベルジェ、だっけ﹂
刃が波打った剣。
突き刺した敵の肉を内側から抉る、文字通りエグい剣である。
こともあろうか蛇剣姫の全長とほぼ変わらない巨大なフランベル
ジェには、魔刃の魔法の為だけにクリスタルが埋め込まれていた。
魔刃の魔法を覚えているだろうか。木刀を真剣に変えてしまう、
切れ味を強化する魔法だ。
フランベルジェにはその魔導術式が刻み込まれている。それも、
過剰ともいえる出力で。
それが先の試合の結果だ。あの刃には触れただけで上から下まで
両断される。あのバラバラとなった人型機のように。
そんな玄人向けの武装﹃のみ﹄を装備したのが、蛇剣姫である。
頭がおかしいんじゃないだろうか。接近戦の武装のみに特化して
いるなんて。
接近戦武装﹃すら﹄持たず敵に突進しながら、そんなことを考え
462
る。
とにかく距離を詰める。互いに近付かなければなにも始まらない。
疾走する俺に対し、蛇剣姫は静かに歩くのみ。
剣をだらりと提げ、切っ先を地に触れるか否かの高さで保ち、一
歩一歩静かに前進する。
それはきっと、作戦ですらない。
近付く者は斬り伏せる。投擲であろうと、砲弾であろうと例外は
ない。
そう、雄弁に語っていた。
︵くっ⋮⋮⋮⋮!︶
プレッシャーに負けて止まりそうになる足を叱咤し地面を蹴る。
論外だ。自分に負ける奴が敵に勝てるものか。
あと五〇メートル!
考えるな! イメージするのは分解された風船花じゃない!
地に伏す蛇剣姫だ!
﹁うおおおおぉぉぉ!﹂
二〇メートル地点で片足を大きく後ろに振り上げ︱︱︱
﹃こっ、これは!?﹄
実況者の驚きの声。それを聞き流し、俺は。
﹁目眩ましいいぃぃ!﹂
爪先で土を蹴り飛ばした。
463
﹃え、えええぇぇぇぇ⋮⋮﹄
不満そうな声出さないでほしい。
舞い上がった土は蛇剣姫のコックピットに降りかかる。
流石に歩みを止め、手で視界を守る蛇剣姫。
﹁今だ!﹂
この隙に、更に接近!
﹃馬鹿にしているのですか、貴女は﹄
初めて聞く敵天士の声。それを思考から振り切り、風船花を跳躍
させる。
﹁っらあぁ!﹂
﹃む?﹄
一旦停滞した状況からの、瞬時の加速。
独特の歩法によりトルクをほぼ全て前進することに割り振り、同
時に敵の認識を錯覚させやすくする。
﹃なるほど、縮地ですか﹄
人型機による武術の再現。それが、俺が今持ちうる唯一の手札だ
った。
だが、最強はそれすら意に介さない。
完璧な間合い、タイミングで横から振るわれるフランベルジェ。
ビビるな。こんなの、﹃計算内﹄だ。
464
敵機を解析する。
前々から考えてはいたのだ。自機を解析し掌握出来るのなら、敵
機も同じ可能性があるのではないか、と。
証明と実践が同時なのが些か不安だが、やってみせる!
蛇剣姫を解析開始。駆動系、魔導術式、コンソール、操縦桿⋮⋮
天士が入力した操作が人型機の挙動に反映されるまでのタイムラ
グ。
チャンスとすら呼べない僅かな時間。だが、それでも間違いない。
解析を使えば、敵機の動きを先読み出来る。そう確信する。
迫り来る剣先に指先を伸ばす。
防ぐのでも、かわすのでもない。
押す。
ブレードの魔刃の魔法が効力を発していない腹の部分に、指先を
当てそっと逸らす。
下に軌道修正されたフランベルジェを、ほんの少しだけ飛び上が
ることで回避する。
︵まだだ、フランベルジェは両刃剣だ。すぐに返しがくるぞ!︶
しかし蛇剣姫はそんな常識的な剣技を振るいはしなかった。
片足で爪先立ちとなり、独楽のようにその場で一回転ターン。
剣に制動を掛けるのではなく、運動エネルギーを更に加速させる
ことで想定以下の時間、想像以上の速度で再び俺を切らんとしたの
だ。
風船花はジャンプしたことで攻勢に出れないとはいえ、この距離
で背中を一瞬でも見せるとはとんだ度胸だ。
地を這う切っ先が蛇剣姫を中心に真円を描き、地面をコンパスの
ように切り裂く。
ようやく機体は滞空を終え地面に着地。
465
﹁間に合えっ⋮⋮!﹂
今すべきことは回避ではない。
更に踏み込む。双方の距離、僅かに数メートル。
接近戦ですら分が悪いのであれば、超接近戦を挑むのみ!
長剣の取り回し上、振るいにくいほぼ〇距離︱︱︱即ちクロスレ
ンジ。
間髪入れず距離を開けようとする蛇剣姫を迷わず追撃する。
ここまで迫れたのは偶然だ。一度距離が開けば、もうチャンスは
ない!
剣を持った蛇剣姫の腕を片手で受け止め、開いた片手で拳での応
酬を繰り広げる。
フェイントを織り交ぜての打撃技。しかし、それでも攻めきれな
い。
こいつ、単純に格闘技まで達人クラスなんだ。こちらは挙動予知
までしているのに。
蛇剣姫が消えた。
﹁は?﹂
刹那、コックピットを大きく揺さぶる衝撃。
一瞬だが見えた。蛇剣姫の爪先が風船花の頭部を蹴り上げたのだ。
︵コイツ、バック転ついでに攻撃しやがった⋮⋮!︶
蛇剣姫は限りなく接近していることを逆手に取り、急降下によっ
て視界から喪失してみせたのだ。
最小限の操作による認識の錯覚。この短時間で、俺が何らかの方
法で予知を行っていることを見抜いて対策したのか?
まるで後ろを取られた戦闘機が急降下で視界から逃げ去る航空技
466
能、コノハオトシである。
頭部を跳ね上げられて宙を舞う風船花。
転倒したら終わりだ。追撃されて積む。
風船花は頭部から落下すると判断し、両手の指を地面に突き刺し
逆立ちで踏ん張る。
全重量を支えることとなった腕部の無機収縮帯が悲鳴を上げる。
油圧なしだとやはりパワーが小さい。
しかし落ち着く暇はない。背面に迫る剣。
手は使えない。仕方がないので足の裏で挟み取る。
風船花と蛇剣姫二機分の重量を支えることとなった両腕が、衝撃
のあまり手首まで地面に埋まった。
﹃器用なものですね、足で白刃取りをされたのは初めてです。貴方
には背後が、未来が見えているのですか?﹄
﹁ああ、はっきりと視えているよ!﹂
剣を押す蛇剣姫と、剣を足で挟み抑える風船花。
端から見れば冗談じみた光景だったが、俺としては真剣である。
﹃双方、交戦開始五秒にて凄まじい展開だ! キョウコ選手一ポイ
ント先取、そのまま叩き斬るかと思えばマキ選手神業じみた防御!
これはまだ、試合の推移は読めないと判断すべきかっ!?﹄
五秒、か。あれだけの攻防が一瞬だったなんて。
﹃ふむ﹄
敵天士、キョウコが呟く。
剣が光を纏う。
467
コックピットでも察知出来るほど濃厚な魔力。まさか︱︱︱
風船花の足の裏に貼られた保護板が溶け落ちた。
﹁うわわわわっ!﹂
慌てて足を離して転がりつつ距離を取る。
蛇剣姫はなぜかそれ以上の追撃を控えた。気まぐれで見逃した?
改めて蛇剣姫を確認すると、フランベルジェが外見から一変して
いる。先程まで魔刃の魔法の効力は刃にのみ発動していた。しかし
今は違う。剣全体が光を放ち、若干リーチも長くなっている模様。
さっきまでは剣の横腹は接触可能だったが、今後はアウトだろう。
あの剣は、きっと横にしてぶん殴っても切れる。
とりあえず足裏の保護板を引っ剥がす。人間にとっての靴だ、な
くても歩ける。
﹁それがその剣の本来の使い方?﹂
﹃はい。先程までは簡易省エネモードです﹄
凶悪過ぎるエコモードである。
﹃訊いてもいいですか?﹄
﹁なんだよ﹂
﹃さきほど実況者曰く、貴方が私を倒すと宣言したそうですが、そ
れは本当ですか﹄
﹁︱︱︱ああ、言った﹂
468
﹃そうですか﹄
切られた。
初動すら見えず、風船花が胴体部から上下に別れていた。
﹁は︱︱︱?﹂
﹃忠告しておきます。貴方程度であれば、世界に幾らでもいる。私
を倒すなど妄言を吐くのはやめなさい﹄
地面に崩れ落ちる風船花。辛うじてフレームと外装が皮一枚で繋
がっているが、内部機構は完全に断絶された。
︵なにが起こった? なにをされた!?︶
一瞬蛇剣姫に魔力がたぎるのを感じた。
つまりは簡単なことだ。フランベルジェがそうであるように、蛇
剣姫そのものが魔力消費を抑えるエコモードだったのだ。
蛇剣姫は察知すら不可能な速度で踏み込み剣を振るった。ただ、
それだけ。
︵そういうことか、妙な設計だと思ったが︶
兵器にあるまじき無駄の多い蛇剣姫の設計は、人間で言う﹃火事
場の馬鹿力﹄を再現する為なのだ。
﹃弱者には囀る権利すら与えられない。それが戦場です﹄
蛇剣姫は今までこれっぽっちも本気を出していなかった。
踵を返しゲートへ向かう蛇剣姫。
469
﹁ま、待て! まだ二撃目⋮⋮﹂
上半身なら動く、戦闘不能と判断されるのは癪だ。
せめて致命的なとどめを刺されるまで、と手を伸ばし︱︱︱足下
から伝わる魔力が収縮していくのを感じた。
風船花をつぶさに解析する。
クリスタルが、両断されていた。
﹃風船花の魔力反応収縮を確認、クリスタルが破壊された模様! やはり強かったキョウコ選手、貫禄の︱︱︱﹄
解説が熱狂的にまくし立てるのを、俺はどこか他人事のように聞
いていた。
いいのか、それで?
まだ出来ることはないか?
まだ可能性はないか?
まだ手段はあるんじゃないか?
まだやれることはあるはずだ。
まだだ。まだ、終わってやるものか。
︵いつもと同じだ。ツヴェーに来て散々やったこと。それを、一息
でこなすだけだ︶
切断された機体の断面。
足りない部品は錬金魔法ででっちあげろ。
断ち切れた無機収縮帯は金具で繋いでしまえ。
クリスタルの変わりは⋮⋮俺自身だ!
コックピット奥からケーブルを引っ張り出し、顎で噛んで固定。
自分の魔力を流し込む。
470
ピクリと風船花の指先が動く。
足を止める蛇剣姫。
﹃まさか﹄
二脚で大地を踏み締め、上半身を持ち上げる。
ざわめく会場。どこか戸惑った様子の蛇剣姫。
それが可笑しく、口の端を少しだけ吊り上げ笑った。
﹃まだ終わってないぜ、最強最古︱︱︱!﹄
風船花は力強く駆け出す。
﹃風船花、再起動!? ありえるのでしょうか、そんな人型機が︱
︱︱?﹄
困惑するアナウンス。
このまま突っ込んでも先の二の舞だ。
操縦精度はほぼ同等。判断力と機体性能はあちらが上。
真っ向からやれば勝ち目はない。
いや、あと一つだけある。俺にはあって敵にはないものが。
︵解析魔法⋮⋮!︶
敵機を併せて解析し、次の挙動を予想しても勝負は五分。反応し
きれない小さな不意打ちから崩されるのがオチだ。さっきはそれで
形勢逆転された。
だが、解析魔法の限界とはどこまでなのだろう?
目の前の機械? 三〇〇メートル先の敵? 違う。そんな区切り、
あくまで主観的なものではないか?
471
﹃弱者には囀る権利すら与えられない。それが戦場です﹄
キョウコはそう言った。いいだろう、ならば。
ならば、この闘技場ごと、環境を、時間を、思考すら。
この場に存在する、ありとあらゆる要素を︱︱︱
セカイ ノ スベテ ヲ カイセキ シロ
脳裏に浮かび上がる3Dで再現された会場。
大気も、熱量も、魔力も。
そして、キョウコの思考ルーチンすらも。
︵ぐっ︱︱︱!?︶
他人の脳を覗き見るのは流石に負担が大きい。記憶を読み取るな
どではなく、あくまで﹃なにを見てどう体を動かそうとしているの
か﹄という表層のみだというのに。
﹁ぐ、おおおおぉぉぉおおおぉぉおおおっ!!﹂
魔力を更に機体に流し込む。
風船花も蛇剣姫も、既に許容以上の魔力を供給され自壊しながら
稼働している。
﹃速いっ!?﹄
一気に接近! フランベルジェが振るわれるより早く、蛇剣姫に
472
肉薄する。
剣は間に合わないと判断し、拳を放つ蛇剣姫。
その拳を真っ向から掴み取る。
﹃な、読まれた? このタイミングで?﹄
﹁借りるぞ!﹂
精錬魔法と鋳造魔法を発動。
蛇剣姫の片腕を溶かし、剣を形成する。
﹃馬鹿な、敵機に対して技師魔法を? そんなの、反則︱︱︱いえ、
出来るはずがない!﹄
技師魔法。機械の製造及び修理に使用されるこの魔法は、落ち着
いた状況で対象のことをしっかりと理解し時間をかけて発動するも
のだ。決して戦場で敵に対して一瞬で行えるものではない。
﹃その魔力量、そして能力⋮⋮まさか、貴方は﹄
悪いが、お喋りするつもりはない。
口頭詠唱で魔刃の魔法を剣にかけ、蛇剣姫に斬り掛かる。
隻腕で迎え撃つフランベルジェ。
魔刃同時が衝突し、拡散した魔力が互いの装甲に傷を刻む。
これほど強力な魔刃同士の衝突など本来は有り得ない。一太刀打
ち合えば、それだけで周辺に被害が及ぶ。
あちらは片腕、こちらは両腕。
しかしそんなハンデすらものともせず、キョウコは互角の剣技を
振るって見せる。
473
﹁どうも決定打に欠けるよな、俺って!﹂
﹃というより剣技が未熟です。敵を切るという気迫が足りない﹄
﹁気迫で勝てれば苦労はしないさっ﹂
﹃そうですね。あるいは、貴方はそれでいいのかもしれません﹄
数十太刀を交えた頃、蛇剣姫が後方へ飛び退いた。
﹃ついてきなさい。貴方の可能性、興味があります﹄
蛇剣姫の魔力が更に解放される。
搭載された信じられないほどの高純度クリスタル、そのキャパシ
ティー限界まで出力が跳ね上がる。
その濃度は、ゆうに通常機の三倍に達するだろう。
﹁もっと加速するっていうのか﹂
重量と慣性を振り切った非常識な速度で走る蛇剣姫。その完璧な
操縦技術に、少し見惚れた。
常人が操ればすぐに無機収縮帯が焼き切れる、そんなじゃじゃ馬
を御しきっている。
俺にも出来るか?
﹁⋮⋮やってみせるさ﹂
蛇剣姫を追う。
魔力を更に注ぎ、キョウコの操縦を模倣する。
体験したことのない速度で流れる景色。転倒すれば衝撃だけで戦
474
闘不能になりかねない。
蛇剣姫はフィールドの中でも一際大きい岩、というより既に山に
駆け上る。
この不安定な場所で切り結ぶ気か?
﹃決定打に欠ける、そう言いましたね?﹄
﹁違うのか?﹂
再び開始されるシナリオ無き殺陣。
﹃違います。若い者は勘違いしがちですが、決め技、必殺技など二
流の証です﹄
﹁よくもまあ、悠長に話せるもんだっ﹂
自機、敵機、敵パイロットに加え傾斜・障害物だらけの周辺環境
までシミュレートしなければならない。こっちは頭がパンクしそう
だっていうのに。
﹃その方が刺激があるでしょう。平坦な土地での戦闘などそうあり
ません﹄
﹁っ、アンタ何者なんだ、この変な魔法を知っているのか!?﹂
アナスタシア様ですら判らなかった、この解析の魔法を知ってい
るのか?
﹃年寄りなので﹄
475
声が若々しいのはなんなんだ。
﹃少年。覚えておきなさい。必殺の技とは未だ至らぬ高みに、一時
的に手を伸ばす為の術。その技を成し得る時点で、その者は更なる
高みへ至れることを保証される﹄
心を落ち着かせて使えるなら、鍛錬すれば常時使用可能になると
いうことか?
﹁一時的に許容以上の力を発揮する技とかもあるだろ、使い続けた
ら体がぶっ壊れるとか!﹂
﹃ならば壊れない体を得ればいい。出来ないというならば、それは
現状に満足しているだけです﹄
会話の最中にも剣戟は続く。集中力が途切れそうだ。
⋮⋮なるほど、つまりこの解析併用戦術を常に成し得るだけの精
神力を得れば、俺はどんな戦いでもこのレベルでの戦闘を行える、
という話か。
﹃そう。その領域に至った剣士は、全ての斬撃を一撃必殺とするこ
とを許される﹄
フランベルジェを迎え撃つ。
俺の持つ剣を切られた。
同量の魔力による魔刃化、真っ向からの衝突。
だというのに、フランベルジェは原形を留め、俺の剣は断ち切ら
れたのだ。
﹁それが、あんたの必殺技か﹂
476
﹃いえ、ただの斬撃です﹄
風船花が袈裟切りにされる。
崩れ落ちる機体。
全身のパーツが崩壊し、山頂の傾斜から転げ落ちていく。
当然、コックピットである頭部も︱︱︱
﹁⋮⋮?﹂
振動がこない。
何事かと状況を確認する。
﹃この高さから転がり落ちれば、流石に怪我は免れません﹄
蛇剣姫が、風船花の頭部を赤子のように抱き抱えていた。
﹁負けだよ。これで三撃目、強いな本当に﹂
﹃それは私の台詞です。本気を出したのは一体何年ぶりか。貴方な
ら、きっと至れる。全ての太刀を必殺とする、剣士の極みへと﹄
静かに大岩から降りて、蛇剣姫は俺と向き合った。
﹃そうなれば、貴方を止められる者はもういません﹄
﹁⋮⋮そりゃどーも﹂
ここまではっきりと負ければ、いっそ清々しい。
観客席の人々は皆立ち上がり、拍手をしてくれている。
477
﹃風船花、三ポイントにて勝負アリ! ですが、蛇剣姫を隻腕にす
るという快挙を成し遂げました! 皆さん、勝者のキョウコ選手と
敗者のマキ選手に盛大な拍手︱︱︱ってもうしてるか、とにかく凄
い試合でしたあっ!﹄
そうして蛇剣姫に連れられて俺は闘技場のフィールドを後にする。
戦歴 二勝一敗。
俺の闘技場デビューは、こうして幕を閉じた。
﹁で、これをどうするか、なんだよな﹂
時間軸は冒頭、翌日へと戻る。
俺のわがままで戦闘に挑んだ結果で風船花が大破したのだから、
コイツを俺が直すのは当然だ。マキさんも修理に参加したかったそ
うだが、本職以外に手を出せる状況ではない。
つーか、本職だって匙を投げて買い替えをお勧めするレベルであ
る。
ヨーゼフさんの人型機も俺が修理と改修をすることとなった。俺
のセッティングが気に入ってくれたようで本人から指名されたのだ
が、絶対意匠返しも含んでいると思う。
蛇剣姫。コイツは片腕の復元と無機収縮帯の総張り替え、そして
外装の修復である。なぜかご丁寧に彼女も俺を指定しやがった。
478
﹁とりあえず身内の風船花は後回しだな。蛇剣姫は最強最古ってい
うくらいだから金もたんまり持ってるだろ、路銀で困ることはある
まい。となれば、コイツからか﹂
ヨーゼフ氏の機体から手がけることに決めた。
金稼ぎで出場したというのに、一回しか勝てなかったからな。懐
が寒々しくなっているだろう。俺のせいだけど。
﹁というか外装修復とか誰がやっても同じなんだし、誰か手伝って
くれたっていいだろうに﹂
﹁お前の腕を買ってくれたんだ、ちゃんとやり遂げろよ﹂
愚痴をカストルディさんに聞かれた。
﹁げ、カストルディさん!﹂
やばい、怒られる!
勝手に仕事を休んだこと、風船花をボロボロにしたこと。色々小
言を受ける心当たりはある。
﹁や、怒らねぇよ﹂
﹁は? なんで?﹂
﹁なんでって、お前⋮⋮別に悪さをしたわけじゃねぇじゃねーか﹂
⋮⋮まあ、それもそうか。
﹁それによ、お前がいい成績を残してくれたおかげでマキも踏ん切
479
りが付いたらしい。もう闘技場通いはやめるってよ﹂
﹁そうですか、はあ、おめでとうございます?﹂
予想外のところに影響が出た。
﹁彼氏と結婚して腰を落ち着かせるそうだ。ついこの間まで寝小便
垂れてたと思っていたのにな⋮⋮﹂
﹁いや何時の話⋮⋮結婚!? そんな相手いたの!?﹂
そりゃ見た目に反して成人してるんだし、年齢的にはそういう相
手だっていたっておかしくないけど!
びっくりだ。あの人が結婚とか。
﹁知らなかったのか? 結構長い付き合いだし、相手はちょくちょ
く工房にも顔出すぞ⋮⋮って、噂をすれば来たな﹂
工房の門に視線を向ける。
そこにいたのは、男と腕を絡ませるマキさんの姿があった。
男の方は逆光でよく見えない。
﹁あ、レーカ君。私、この人と結婚するんだ!﹂
﹁えっと、おめでとう?﹂
﹁ありがとう!﹂
近付いて男の顔を確認する。
480
﹁⋮⋮⋮⋮アンタ、なにやってるんだ?﹂
﹁なにって、機体を修理しているから開いた時間でデートしている
んだが?﹂
マキさんの相手は暑苦しい髭面の大男。
﹁お前かよ、ガチターン⋮⋮﹂
﹁俺で悪かったな﹂
初戦の相手であり、下半身飛宙船の人型機を駆る天士、ガチター
ンだった。
確か﹃噛ません花﹄って言ったのこいつだよな。
え? なに? それじゃあ俺ってもしかして。
﹁痴話喧嘩に巻き込まれただけかよよよよぉぉぉぉぉぉ⋮⋮⋮⋮﹂
脱力した俺の叫びは、工房の高い天井に響きわたったのだった。
481
例の彼女と休日でぇと
ストライカー
じゃけんひめ
三機の人型機が立ち並ぶ姿は、中々に壮観である。
﹁終わったぁぁ⋮⋮﹂
ふうせんか
朝から始めた風船花・ヨーゼフ機・蛇剣姫の改修がようやく全て
完了したのだ。
﹁ほ、骨がばきばきする﹂
身体強化していたとはいえ重労働には違いない。せっかく俺を指
定してくれたのだから期待に応えようと丁寧な仕事を心掛けたせい
もあって、少し時間がかかってしまった。それでも破格のスピード
作業だと自負するが。
﹁終わったのか、片付けたら今日はあがっていいぞ﹂
﹁うーっす﹂
マーフィーロジック
テキパキと工具を片付けて井戸で顔を洗う。仕事は遅々として進
まず、されと帰宅の準備はテキパキテキパキ。それが社会の真理。
まだ働いている職人達に挨拶しつつ、工房のゲートを押して外へ
出る。
﹁あー、もう外は少し薄暗くなってるな﹂
482
夏至を過ぎ町が闇に包まれる時間も最近は心なしか早くなってい
る。暑さもじきに和らぐだろう。
門から一歩踏み出せば音が消えた。
違う、小さくなったのだ。都会の喧噪も工房の喧しさには適わな
い。なので静寂であると錯覚してしまったのだ。
町のざわめきも、すっかり日常となってしまっている。ゼェーレ
スト村に戻れば更にもう一段階静かなことに驚くことになりそうだ。
ふらりとストリートに出てきたものの、予定は特にない。仕事を
要領よくこなした結果で降って沸いた余暇なので、まったく使い方
を考えていなかったのだ。
しにせ
真新しいフィアット工房の看板の下で暫し悩む。
老舗なのになぜ真新しいかといえば、一〇年前に移転してきたか
ら⋮⋮ではなくカストルディさんが暇を見つけては作り直すからで
ある。
なんだろうあれ、看板作りが趣味なのだろうか。
昨日作られたばかりの看板を眺めていると、ふと答えを得た。
ソードシップ
﹁そうだ、他の技術屋を見学してみよう﹂
ストライカー
フィアット工房は人型機、戦闘機を中心に扱う工房だ。
エアシップ
しかし世の中の技術はそれだけではない。人間用の武具を作る鍛
冶士、飛宙船を製造する造船所など様々な技術者がいる。
前者も興味深いが、男は基本的に巨大が正義なので造船所へ行く
ことにしよう。
俺専用のエアバイクをガレージから引っ張り出す。オリジナルモ
デルを職人達が面白半分に改造しまくった、魔力馬鹿食いの欠陥機
である。
﹁なんで男は兵器に欠陥を求めるの、っと!﹂
483
スターターロープを引く。
可愛い女の子と強力な兵器は似ているかもしれない。ちょっとく
らい欠点︵欠陥︶があった方が可愛い︵格好いい︶のだ。
バイクに跨がり各パラメータに目を通す。問題がないことを確認
し、アクセルを捻る。
造船所はツヴェー渓谷の地下にある。元々は軍事施設だったこと
もあり、上空から見下ろしてもどこにあるか判らない。
谷の岩壁に巨大な横穴があり、基本的にここから船は出入りする。
内部には広大なドックが存在し、大型級飛宙船ですら多数収容出来
るそうだ。
まるで秘密基地といった趣だ。実に楽しみである。
﹁というか、実際に秘密基地か。ツヴェーそのものが帝国軍の最前
線の秘密補給基地だったんだし﹂
首にかけておいたゴーグルを装備。造船所の近くまでは路面を走
行する。
エアバイク制作当初は物珍しさと技術的好奇心の籠もった視線に
なんとも落ち着かないツーリングであったが、今ではほとんど俺を
気にとめる人はいない。時々余所から来た冒険者がガン見してくる
程度だ。
工業の町だけあって、エアバイクはフィアット工房の正規品から
粗悪な類似品まで多くがあっという間に出回った。この町だけでは
なく、少しずつ他の土地でも使用され始めているらしい。
市場に出回っているのはほぼフィアット工房製、あるいはライセ
ンス生産された同型機だ。
ライセンス生産とは他の工房が許可料を払い、開発元の製品と全
く同規格の製品を作ることだ。パクリ、盗用ではないので法的にも
問題なく、優秀な製品であれば許可料を上回る収益を得られると利
点も多い。問題もあるっちゃあるが。
484
能力を認められたエアバイクは需要が急拡大、需要に供給を応え
させる為に早々とライセンス生産許可へと踏み切った次第である。
ぶっちゃけ枯れた技術の水平思考なので、漏れて困るノウハウも
大してないし。
というわけで、俺のお小遣い帳は夏時期の蛾かGの如く絶賛数字
が増殖しているわけだが、ちょっと怖い領域まで〇が増えだしたの
で俺はなにもミテイナーイ。
セコい工房は安かろう悪かろうな類似品を売り出したが、この渓
谷でアイディアをパクるのは御法度であり周囲から相当叩かれたと
のこと。技術者だけあってやはり矜持を持っている。
作る側の者達は驚きこそすれ新たな技術に貪欲な変態共なのでど
うでもいいのだが、使う側では少し混乱があった。
特に大変だったのが、人々の治安と安全を守る騎士団の方々だ。
エアバイクに関する諸々の整備に突如として追われる羽目になった
のである。
新たな航空機の出現に、騎士達の兵舎は規律の制作や安全管理で
てんやわんやだったらしい。すまん。
あんまり忙しそうで少しだけ申し訳なかったので、自腹で何台か
エアバイクを寄贈した。懐には余裕があるので大盤振る舞いである。
治安を守るバイクに跨がった騎士。白バイならぬ騎士バイの誕生
である。
いや、誰もそう呼んでいないけど。
まあ小回りが効いて便利そうだと好評なのでよしとしよう。
そろそろ造船所付近だ。浮遊装置を作動、前輪を浮かべる。
駆動をギア比が極度の高速回転、低トルクとなるジャイロモード
へ切り替えてハンドルを手前に引く。
プロペラを始動すると、エアバイクは昔の宇宙人映画の如く上昇
した。
エアボート
﹁飛宙挺用のロープに引っ掛からないように気を付けないと﹂
485
何度か谷を横切る飛宙挺のロープに引っ掛かる事例が報告されて
いる。機体が小さいことでかえって変な隙間を通り抜けようとする
奴がいるらしい。
あれか、水溜まりを見ると飛び込みたくなるようなモンか。
﹁まったく、ガキじゃあるまいし安全第一で乗れよな﹂
ロープの間をスラローム飛行しつつ唇を尖らせる。
後ろから﹁真っ直ぐ飛べバカヤロー!﹂という怒声。またどこか
のアホが危険飛行したらしい。やれやれだ。
ドッグ出入り口の横穴の高さまで上昇した。
﹁でけー﹂
大型級がすっぽり入れるのだ、小さいはずはないのは解っていた
が⋮⋮実際目の当たりにすると存在感が凄まじい。まるで魔物が大
口を開けているかのよう。
キューンと加速しトンネルを抜ける。すぐに大空洞へと飛び出し
た。
﹁すっげーでけー﹂
ここはあれか。アリの巣か。
さながら俺は巣に迷い込んだノミだ。
様々な飛宙船が鎮座する巨大空間。一隻一隻のサイズは一〇〇∼
三〇〇メートル、中型級と大型級を造っているのか。
闘技場もべらぼうに大きな施設だったが、こちらはそれ以上だ。
四方それぞれ一キロメートルは下らないだろう。
地下の割に結構明るい。魔法の明かりもあるが、しっかり日の光
486
も取り込める工夫がされている。
天井は鉄骨を格子状に組んだ作りだ。そこに植物を生やして覆っ
ている。
下から見ればそれなりに光が降り注ぎ、上空からは植物が生い茂
っているだけに見える。なにも戦後までカモフラージュを維持しな
くたっていいだろうに。
﹁雨の日とかどうするんだろ﹂
﹁あそこを見な、あそこ﹂
独り言に返事があった。
小型級飛宙船に乗ったオッサンが天井を指さしている。
巨大な一枚布が天井の端でトイレットペーパー的に巻き納められ
ている。
﹁天気が悪くなればあれで上を覆うんだ﹂
﹁大変だなぁ﹂
﹁流石に人型機に乗ってでかいクランクを回すからそうでもないさ。
お前さんは何かここに用事か?﹂
﹁あー、見学とかって出来ますか?﹂
危険な場所なので駄目ならすっぱり諦めよう。
﹁いいぜ﹂
﹁いいの?﹂
487
﹁事務所で確認してからな。着いて来い﹂
﹁こちらが大型級用のレシプロエンジンです。このサイズのエンジ
ンを一つのクリスタルで稼働させるのは不可能なので、多数のクリ
スタルから供給される不安定な魔力で安定して動くように工夫され
ています﹂
﹁工夫、ですか?﹂
﹁その通りです。ご存知の通り、一つの機械に一つのクリスタルが
魔法機械の基本。ですが、小さなエンジンを船に何百も積んでいて
は整備性がとても悪くなります。そこで開発されたのが、中型・大
型級飛宙船の動力用大型レシプロエンジンなのです﹂
レシプロエンジンとはシリンダーの並んだ、自動車などに採用さ
れているエンジンだ。地球ではジェットエンジンよりよほど見かけ
る機会が多い。
﹁シリンダー一つにクリスタル一つ。この方式を採用することで、
整備性・耐久性は格段に向上しました﹂
﹁なるほど、中型級以上の飛宙船がプロペラで動くのは、このエン
ジンに合わせた結果なのですか﹂
488
小型級飛宙船が大抵ネ20エンジン、つまりジェットエンジンだ
ったので不思議ではあったのだ。
﹁そういうことです。また、飛宙船は理論限界上時速一〇〇キロ以
上出せません。なので低速における粘りの強いプロペラの方が、ジ
ェットエンジンより適していたという理由もあります﹂
﹁それでもそれなりの数のエンジンを積んでいるんですよね。極端
な大型化は難しいのですか?﹂
﹁そうですね、しかし大型級のエンジンをオーバーホールするのは
容易なことではないので、業界では異常が発生してから整備を行う
オンコンデイション・メンテナンス方式を採用しています。なので
エンジンが一つや二つ停止したところで問題なく運行出来るように、
リスクを減らすという思想なのです﹂
﹁なるほどなるほど﹂
巨大なレシプロエンジンを前に事務員の女性に説明を受ける。
どれくらい巨大かというと、どう見てもプロペラ径が人型機の身
長より大きい。まるで海上船のスクリューだ。
﹁なにか質問はございますか?﹂
﹁えっと、結構しっかり見せてもらってますが、いいんですか?﹂
﹁と、いいますと?﹂
首を傾げる事務員さん。
489
﹁アポイントもなしに来たのに丁寧に案内してもらって、申し訳な
いというか﹂
事務所に通された俺は見学を快諾され、事務員さんの案内までし
てもらうという好待遇だった。俺なんかにおべっか使ったって意味
はないし、純粋に厚意なのだろう。
﹁お気になさらず。見学者のご案内も我々の業務です﹂
仕事っすか。
﹁実を言えば、ここに見学を申し込んでくる方は多いのです。さす
がに個人は珍しいですが﹂
﹁そうなんですか?﹂
﹁ええ、これほど大規模な造船所は珍しいですからね。皆さんスケ
ールの大きさに驚かれていきますよ﹂
その顔を見るのが我々の密かな楽しみなんです、とちょっと失礼
なことを宣う女性。俺を和ませる冗談かもしれないが。
﹁これで一通りのご案内を終えましたが、他に気になる場所はござ
いますか?﹂
﹁いえ、ありがとうございます。とても勉強になりました﹂
予想していた以上に詳しく見れたので、俺としては大満足である。
490
﹁これはお土産のツヴェー造船饅頭です﹂
﹁ど、どうも﹂
なぜ饅頭。
﹁お忙しいところをありがとうございました﹂
﹁業務なので仕方がありません﹂
にっこり笑顔で言わないで! どこまで本気か解らない!
俺は造船所を後にしてバイクで空へと昇った。
渓谷の町明かりは上から見るとまるで天の川だ。天の川といえば
恋人同士の織姫彦星だが、この天の川には代わりに飛宙船のライト
が瞬いている。
﹁天の川に寄り添う蛍の光、ってな﹂
エアバイクに横乗りし、エンジンをカットして浮遊装置だけでフ
ワフワ浮かぶ。
静寂と風音の中、この景色をつまみに饅頭を食うのは中々にオツ
だ。
宿舎に戻るには少し惜しい。知らなかったツヴェーの一面を見れ
491
て、少し興奮気味。
﹁もっと早く見学しとくべきだったか。いや、下積みがあったから
ソードシップ
こそ造船所の技術もより理解出来たわけだし、うーん﹂
ストライカー
船を造るのも楽しいかもしれない。でも最近は飛行機成分が足り
ない。人型機、格好いい。
うーん、と唸っていると景色が流れていることに気付いた。
﹁そりゃ風で流れるよな﹂
饅頭の箱をエアバイクの保管スペースに放り込む。
場所を変えて一杯やり直そうか。饅頭で。
﹁︱︱︱ん?﹂
⋮⋮歌?
歌声が聞こえる。
どこからか風で運ばれてきているのだろうか。
耳を澄ますと解析魔法が発動した。大気中の振動から位置を特定。
あっちか。
森の中、一際大きな木の枝の上に誰かが立っている。
ちょうど風はそっちに流れている。エアバイクの上で暫し漂流し
ていると次第にその人物の顔がはっきり見えてきた。
﹁あれは⋮⋮﹂
俺の呟きに反応したかは定かではないが、彼女の閉じられていた
瞼が開く。
艶やかな足首まで届く黒髪。
492
黒水晶の如く澄んだ、あるいは無機質ともとれる瞳。
女性らしい起伏は乏しいながらも、一〇人いれば一〇人が美しい
と答えるであろうプロポーション。
どこか妖精を連想させる独特のミニスカ浴衣を着た、尖ったお耳
のスレンダー美女。
﹁キョウコ⋮⋮?﹂
﹁貴方ですか。こんばんは﹂
試合の後で顔を合わせることとなった、最強最古の蛇剣姫を駆る
天士だった。
﹁こんばんは。歌ってたみたいだが邪魔だったか?﹂
﹁いいえ、大丈夫です。むしろ、貴方とはゆっくりと話してみたい
と思っていたのでいい機会でしょう﹂
そう言い枝に腰を下ろし、隣をポンポンと叩く。座れということ
か。
幹の近くにエアバイクを着地させる。枝だけで太さが一メートル
はあるので、浮遊装置を解除してもそうそう折れないだろう。
念の為バイクをチェーンで固定してから座る。なるほど、ここは
ツヴェーの夜景が先程とはまた別の角度から覗けるのか。
﹁饅頭食べる?﹂
﹁戴きましょう﹂
二人の間に箱を置く。
493
﹁あれ、白餡だ﹂
﹁こちらはうぐいす餡です﹂
肩を並べて饅頭を頬張る。
隣は俺よりはお上品にはむはむと少しずつ。
そうしてお菓子を食べていると、彼女も普通の人なんだと思えて
くるから不思議だ。
﹁⋮⋮なんですか?﹂
﹁お、おお、すまん﹂
ジロジロ見てしまっていたらしい。
﹁解っています。訊きたいことがあるのでしょう?﹂
なにか勘違いされた。訊きたいこと、ねぇ。
確かにある。それも色々と。
俺達は互いをあまり知らない。闘技場の控え室でいきなり修理の
依頼をされ、打ち合わせが終わったら即退室である。これで人とな
りを把握出来るはずもない。
知り合いレベル。質問どころか、自己紹介から始めねばならない
域だ。
いきなり本題に入るのは性急というものだろう。ここは気の利い
た質問を選ばねば。
﹁えっと、その⋮⋮﹂
494
﹁はい﹂
ドンと来い、と言わんばかりに無い胸を張るキョウコ。
な、なにを訊けばいいんだ?
﹁その長い髪、どうやって洗っているんだ?﹂
﹁⋮⋮なんですか、その質問?﹂
しくじった。
﹁髪を全部前に垂らして洗います。あとは頭の上にタオルで纏めて
おくんです。むしろ洗うより乾かす方が大変ですね。完全に乾かす
となると面倒なので適当に切り上げますが﹂
しかも事細かに教えてくれた。
﹁なんでそんな質問を?﹂
﹁単純に気になっていたのと、相互理解の為に必要かなって﹂
﹁相互⋮⋮理解? 私とですか?﹂
﹁この場には俺とあんた以外にいないだろ﹂
さっきから最古最強とタメ口だけど、いいのかな。
基本美人には丁寧語の俺だが、なぜかキョウコには慇懃な言葉使
いをする気にはなれなかった。ガイルと同じでなんか寂しそうだも
の。こいつ友達いない。
それに立場的には対等なはずだし、これでいっか。
495
﹁変な人ですね。私を理解したいなどと言う人は初めてです﹂
﹁そうなのか? そんだけ美人で男に言い寄られたりしないの?﹂
﹁びっ、美人!?﹂
そこ?
﹁美人だなんて、なにを! いいですか君、女性にそういうことを
軽はずみに言ってはいけません!﹂
顔を真っ赤に染めるキョウコ。この人容姿を褒められたことない
の?
﹁それに殿方に言い寄られるなんて⋮⋮ありえません、こんな色気
のない女に﹂
沈痛な面持ちで自分の体を見つめる。スレンダーだがゼロでもな
いだろうに。
﹁色気だってあると思うが﹂
服が体のラインに密着したデザインなので、しなやかな曲線が中
々に色香を放っている。個人的な趣味だがソックスとスカートの間
の白い太股も結構エロい。
﹁あまりからかうなら怒りますよ﹂
﹁からかってない。俺は美人には美人と言える男を目指しているん
496
だ﹂
﹁⋮⋮はぁ、もういいです。次の質問は?﹂
﹁その前に、あんたは俺に訊くことはないの?﹂
﹁なんのことですか?﹂
きょとんと目を瞬くキョウコ。本気で解っていないようだ。
まやま れいか
﹁俺はレーカ。真山 零夏だ。ゼェーレスト村に住んでいてツヴェ
ーに修行に来ている﹂
次はあんただと指さす。
﹁あ、あぁ、なるほど。名前ですね? でも私のことは知っている
のでは?﹂
﹁大して知らないし、本人からされるものだろ自己紹介は﹂
﹁⋮⋮道理です。私を知らない相手に会うことは滅多にないので、
そんなことも忘れていました﹂
襟元を正し、俺と向き合う。
﹁自由天士のキョウコです。以後、お見知り置きを﹂
﹁はい宜しく﹂
握手。細くて柔らかい手だ。
497
﹁キョウコって、なんだか日本人みたいな名前だよな﹂
顔立ちは欧米系だが、麗しい黒髪はやはり故郷を連想させる。
﹁日本人ではなくハイエルフです。博識ですね、日本を知っている
とは﹂
﹁え、日本判るの?﹂
﹁それなりに長生きをしているので﹂
答えになっていない。それと、やはりエルフは長寿なのか。
﹁アナ⋮⋮こっちの物知りな人も異世界に関しては判らなかったの
に﹂
﹁⋮⋮ふむ。あまり現状がよく判っていないようですね﹂
﹁どういう意味だ?﹂
﹁この話は終わりにしませんか?﹂
そんな殺生な。気になるじゃないか。
﹁私達ハイエルフには秘密にしなければならないことがあるのです。
次の質問をどうぞ﹂
﹁⋮⋮じゃあ、解析魔法を知っているのか? 戦闘中に気付いてい
たみたいだが﹂
498
﹁秘密です﹂
﹁⋮⋮⋮⋮俺の魔力量に関してもなにか言ってなかったか? ﹃ま
さか、貴方は!?﹄とか﹂
﹁秘密です﹂
なにも答える気ねぇよこの人。
﹁なら⋮⋮神は?﹂
あの試合以来、どうもロリ神が気になる。
てっきり俺に宿ったのは神様パワーなチートと思い込んでいたが、
この力にキョウコは心当たりがあるらしい。
ロリ神に悪意があった、とは思いたくはない。あの時俺は彼女を
信じると決めたのだ。今更反故にするのは自分自身が許さない。
でも、あるいは何かしらの目的があったのではないか、とも考え
てしまうのだ。
あの時、神は言った。異世界へ俺を送るのは自分の都合だと。
適当に聞き流すべきではなかったかな。いや、あれ以上追求して
も困らせるだけか。
彼女からは本当に申し訳なさそうな感情が伝わってきていた。俺
はそれが演技ではないと信じる。
﹁神ですか?﹂
﹁ああ。俺をセルファークに送り込んだ張本人だ。なんというか、
目的とか知らないか?﹂
499
﹁大それた質問ですね。神の意志を知りたいなどと﹂
﹁あいにくほぼ無宗教な国で育ったんでな。で、どうなんだ?﹂
﹁どうなんだ、と言われましても﹂
困ったように眉を八の字にする。
﹁この世界の神の目的は、究極的に人々の生存です﹂
生存、か。
﹁一〇年前の戦争は? 神なら止められなかったのか?﹂
﹁超越者があまり人に介入していたら、そのうち人類は怠けて壊死
しますよ﹂
ありがたいやらスパルタやら判らんな。
﹁神が介入するのは人という種が滅びかねないような事態のみです。
戦争とて、昔から幾度となく繰り返された人の在り方の一面でしか
ありません。人は、争い成長する種族です﹂
﹁良くも悪しくも神様だな。なんとも客観的だ﹂
種の保存。最終的に人類滅亡さえしなければ殺し合ってもOK。
そんな基準である。
ロリ神からは人間らしさを感じたが、イメージが食い違うのはな
んなのだろう?
500
﹁貴方は神と会ったのですか? どんな姿でした?﹂
﹁たぶん、小さな女の子﹂
光の輪郭だったが、背格好や声からはそう判断出来る。
﹁なら本物かもしれません。唯一神セルファークは、確かに女の子
の姿です﹂
﹁ふぅん﹂
まあいい。神に関しては一旦置いておこう。
﹁最後の質問だが、ハイエルフってどんな種族だ?﹂
セルファークには多種多様な種族が存在する。俺が出会っただけ
でも、人間、獣人、ドワーフ、エルフ、そしてハイエルフ。他にも
色々いるらしい。
﹁ハイエルフとは他の種族とは一線を画する存在です。人々は両親
を持ちますが、ハイエルフは自然発生します﹂
﹁⋮⋮人間が自然発生?﹂
思わずキョウコをじろじろ見る。
﹁そうです。我々は人という枠組みより世界に近い存在、人の形を
持つ自然現象です﹂
501
水の精霊とか火の精霊とか、そういうのだろうか?
﹁またなんでそんなものが生まれるんだ?﹂
﹁我々は世界の﹃目﹄です。そして﹃口﹄であり、﹃手﹄である。
それでいて、確固たる﹃個﹄を有しています﹂
⋮⋮ごめん。全然わかんなーい。
﹁ハイエルフは滅多に発生しないことから、世界的に珍しい種です。
精々一〇人程度しかいないでしょうね﹂
確かにハイエルフはキョウコしか出会っていない。
外見上の違いは耳の形だ。エルフよりハイエルフの方が長く尖っ
てる。
﹁えっと、そういうのもいいが⋮⋮エルフらしく弓が得意とか、ベ
ジタリアンですとか、寿命は何年とか、もっと身近なことが知りた
いな﹂
﹁⋮⋮相互理解ですか?﹂
なぜその言葉を蒸し返す。
﹁どちらもハイエルフという種ではなく私個人に関する質問だった
ので⋮⋮なるほど、人に興味を持たれるとはこういう感覚ですか。
どこかこそばゆいですね﹂
高揚した頬を照れ気味に掻く。俺の中のこの人の評価がどんどん
変人カテゴリーに近付いていく気がする。
502
﹁得意な武器はご存知、長剣です。食事の好き嫌いはほぼありませ
ん。寿命は半永久ですが、私は⋮⋮大体四〇〇歳になります﹂
﹁四〇〇年!?﹂
まさに桁違い。日本では織田信長が﹁猿が裏切るとかないわー。
ひくわー。でも猿呼ばわりはちょっと酷かったかなー?﹂とかやっ
てた時代だ。
﹃大体﹄の部分で鯖を読んだようだし、実際は更に長いのだろう。
﹁えっ、じゃあエルフもそれくらい生きるの?﹂
﹁いいえ。エルフはハイエルフと人間のハーフ、或いは更にその子
孫であり、人間より少し寿命が長い程度です﹂
それでも一〇〇年は平均して越えますが、と付け加える。やっぱ
長寿だ。
ハイエルフの血を引くのがエルフか。ならば定番のハーフエルフ
なる種族は存在しないのだな。
﹁一応説明すると、人間も獣人もドワーフもほぼ同じ程度の寿命で
す。あと長寿の種族といえば吸血鬼でしょうか﹂
バンパイアとな。魔物ではなく人型種族の一つなのか。
﹁これで質問は終了ですか? なんだか奇妙な質疑応答でした。あ
まり自分の置かれた状況に興味がないのですね﹂
﹁まあ、現状に不満があるわけでもないしな﹂
503
訊くべきことはまだあるのかもしれないが、別に急を要する状態
でもない。必要な時に訊けばいいさ。
﹁そういえばあんた⋮⋮いつまでもあんたは失礼だな。キョウコっ
て呼んでいいか?﹂
﹁構いません。な、なら私もレーカと呼んでいいですか?﹂
﹁いいよ。キョウコはいつまでここにいるんだ?﹂
﹁ツヴェーにですか?﹂
頷く。連絡先くらいは交換したいものだ。
﹁まだ暫く滞在するつもりですが。蛇剣姫の修理も終わってないで
すし﹂
﹁いや終わったけどね﹂
﹁そうなのですか? どちらにしろ休暇を取るつもりだったので、
一週間はいますよ﹂
一週間か。どうせ友達はいないだろうし、ぐーたらしているだけ
だろう。
﹁ならまた⋮⋮明日も会わないか? キョウコとももっと話したい
し、よければだが人型機の戦闘を教えてほしい﹂
﹁ま、待ち合わせですか。友人みたいです﹂
504
﹁友人だろ﹂
こういう友達いないタイプって友達の定義に無駄に悩んだりする
よな。
﹁そうですね、そうしましょう! 時間は? 待ち合わせ場所は?
どこに行きますか? なにをします?﹂
﹁落ち着け﹂
矢継ぎ早に顔を近付けるキョウコ。困った顔をしておくが、内心
美人に迫られるのは嬉しい。
友人と遊ぶことに慣れていなそうだし、まずは俺がリードするか。
﹁とりあえず明日はデートしようか。親睦を深める為に演劇でも見
に行こう﹂
﹁デデデ、デート!?﹂
ボフンと頭から湯気を吹いた。
﹁駄目ですよいいですか男女には然るべき順序がありそれを飛び越
えるということは風紀の乱れにも直結する由々しき事態であるので
すそもそも私と貴方は知り合ったばかりでいや別に嫌ではなくむし
ろ世間の評判に捕らわれず私に対等な目線で接してくれる貴方はと
ても好ましくいやいやなにを言っているのですか私はうわあああぁ
ぁぁぁぁ⋮⋮﹂
まくし立てた挙げ句、頭を抱えて突っ伏した。
505
いかん。マキさんに連れ回される度に﹁レーカ君、私とデート行
こう!﹂と誘われたので、この単語に抵抗や羞恥が薄くなっている。
しかもこの人面白い。あるいは面倒くさい。
どうしよ、﹁なに勘違いしてんの、そういう意味じゃないし﹂と
か返したら傷付くだろうし。いっそ、口説く方向でからかうか?
でも男女の機微に関しては無知なようだ。純情を弄ぶわけにもい
かない。男だったら遠慮なくからかって弄り倒すのだが。
結論。仕方がないので真摯に接しよう。
﹁デートといってもあれだ、友情的デートだ﹂
﹁なんですかそれ﹂
ふざけてんのかぶっ飛ばすぞオーラを纏いだした。こわいです。
﹁キョウコみたいな綺麗な人には初めて会ったからさ。恋人とはい
かなくとも、一緒に過ごせれば楽しいだろうなって思ったのだけれ
ど⋮⋮ごめん、不愉快になったなら謝るよ﹂
﹁美人⋮⋮し、仕方がないですね、どうしてもというなら初デート
の相手に選んであげましょう﹂
よし、これでデートという名の友達付き合いだ。ちょろい。
つかマジで異性とお付き合いしたことがないのか。四〇〇歳なの
に。
むしろ四〇〇歳だから? 若い時期を過ぎてしまえば積極的に男
を漁る気もなくなり、男性側も最強の名に尻込みして口説かなかっ
たとか。それが四〇〇年間。
﹁じゃあ明日は休みだし、昼に広場で待ち合わせよう。昼ご飯はど
506
こかで一緒に食べるか﹂
﹁そうですね。天士御用達の酒場があるのですが、そこに行きませ
んか? 料理も美味しいですし、開店直後の昼間であれば荒くれ者
も少ない。貴方が自由天士となるなら場所や雰囲気を知っておいて
損はありません﹂
﹁うんおっけー﹂
予算も天士御用達ならば心配なさそうだ。キョウコはどこか高貴
な雰囲気があるから、ぶっつけで高い店に入られたらどうしようか
と思った。
﹁あ、あの、それでですが﹂
赤面かつ上目使いで両手の指先を弄り、太股を摺り合わせるキョ
ウコ。
﹁やはり、デートなら可愛い服を着てきた方がいいのでしょうか?﹂
﹁︱︱︱ッ!?﹂
俺の灰色の脳味噌が高速回転を開始した。
考えろ。デートでは女性は着飾るべきか、あまりに重要な難題だ。
当然着飾るべき、そう答えるのは尚早だ。キョウコの浴衣っぽい
服はスレンダーな彼女によく似合っているし、細やかな刺繍が施さ
れているので決して安物ではない。むしろ着慣れない服装を強要し
てはデートを楽しんでもらえない可能性だってある。
本当の美人には華美な装飾など必要ない。ボロ布を纏うだけであ
ろうと、美女美少女でありさえすればそれはトゥニカと化すのだ。
507
キョウコの容姿からすれば﹁そのままの君が一番さ!﹂、そう囁
くことも出来る。
しかし、しかしだ。ここは本人のチャレンジング精神を尊重すべ
きではないだろうか。
美人系のキョウコが可愛い服に臨む。そこには他者には決して踏
み入れぬ彼女だけの葛藤があるはずだ。
﹁あの服可愛いな、でも私じゃ似合わないだろうな﹂⋮⋮とか、
可愛いじゃないか。
そう、そうだ。女は前に進もうとするとき一番美しいのだ!
あと俺は目の保養が大好きだ!︵本音︶
﹁︱︱︱俺のために、可愛い服を着てくれ!﹂
本音がダダ漏れた。
今までの高速思考はなんだったの、ってレベルでダダ漏れた。
﹁あ、はい、ご期待に添えるように最前を尽くさせて頂きます!﹂
﹁うむ﹂
最強最古の天士が頭を下げる。
静かに頷く俺。
﹁ではそろそろ帰ろうか。夏の夜は以外と冷え込む、体を壊しては
いけない﹂
﹁はい﹂
バイクの後ろにキョウコを乗せ宿まで送る。
508
﹁それじゃ、また明日﹂
﹁はい、おやすみなさいレーカさん﹂
ドアが閉まるまで見送り一息吐く。
なんかもう、どうにでもな∼れ、である。
改めて思えば、このやりとりこそキョウコの新たな伝説が始まっ
た瞬間だったのだろう。
これから俺は何度も、この問答に賞賛と後悔を覚えることとなる。
当時の俺なぜ言った、当時の俺よく言った、と。
そんな遠くない未来の悩みなどつゆ知らず、帰宅した俺は﹁うひ
ょひょ美人とデートだぜぇ﹂と興奮気味に就寝したのだった。
509
例の彼女と休日でぇと︵後書き︶
この小説の悪い部分などを教えて頂けるととても助かります。自
分ではわかりにくいので。
510
例の彼女と休日でぇと 2
﹁マキといちゃついてると思えば、今度は最強の女か。お前も好き
だな﹂
﹁なに言ってるかさっぱりです、カストルディさん﹂
朝っぱらからカストルディさんの寝言をスルーして、渓谷広場で
待ち合わせ。
ベンチに腰掛け足をぶらぶらと揺らしてボーっとしていると、や
がて待ち人がやってきた。
﹁おや、早いですね﹂
﹁おはよ、キョウ⋮⋮コ?﹂
顔を上げて、彼女の恰好に困惑。
﹁昼なのでこんにちは。ですよ﹂
しれっと言い放つキョウコ。
服装もそうだが、彼女が昼であると主張する現時刻も困惑の一要
因である。
昼に待ち合わせ。その予定であった。
現在時刻は地球換算で一〇時頃。昼? いや、朝?
大前提として女性より先に来るのは当然として、俺が憂慮したの
はキョウコが遠足前の子供のようにはしゃいだ挙げ句フライングす
511
る可能性である。
きっと時間より早く来る。それも、一般的なレベルを超越して。
その読みは見事的中し、俺達は予定の二時間前に顔を合わせるこ
ととなった。
﹁えっと、あの、どうでしょうか?﹂
頬を赤らめもじもじと照れるキョウコ。時間に関してはスルーか。
どうでしょう、とは服装の感想を期待しているのだろうが⋮⋮
︵⋮⋮どう返事をすればいいんだ、これ!?︶
あまりに異世界とは別次元の衣服に、俺は若干混乱気味だった。
ポロシャツに蝶ネクタイ、チェックのミニスカート。カーディガ
ンは腰に巻いてある。
﹁ブレザー制服?﹂
﹁教国立魔法学園の制服です﹂
この世界に学校があるのか。いや当然か。国民全員が通えるかは
ともかく、教育機関は必要だ。
﹁キョウコは学園の卒業生だとか?﹂
﹁いえ、そこら辺のお店で買いました﹂
それ純正品か?
﹁着てみたかったのです。か、可愛いなって⋮⋮﹂
512
前々から興味があったのか。まあ、今日は制服デート気分という
ことにしよう。
﹁似合っているよ?﹂
﹁そうですか? いい歳して変だとか思ってません?﹂
﹁思ってるけど、外見は若いんだし﹂
﹁思っているんですか⋮⋮﹂
落ち込んだ。今更年齢を気にしていたのか。
﹁大人の妖艶さと制服のあどけなさが調和して最高だぜ﹂
﹁今の誉め言葉は若干の適当さが垣間見えました⋮⋮﹂
そんなことはないと否定しつつ、俺達は昼飯までの過ごし方を話
し合った。
腹ごなしにキョウコと剣の鍛錬をしたのち、俺達は酒場へと向か
った。
﹁汗臭くないか、俺?﹂
513
﹁気にしませんよ﹂
気になりませんよ、じゃないあたり臭いことは否定しないのか。
﹁や、やっぱ体を拭いてくる!﹂
﹁だから、気にしませんよ。天士や冒険者ならばもっと酷い人だっ
て多いのですし﹂
首元でスンと匂いを嗅がれる。ウブな癖に、彼女が俺を異性と意
識していない時はこちらが動揺させられてしまう。顔が近いって。
キョウコはといえば、汗一つかいていない。更にいえば巧みな足
裁きにより一度もスカートの中を垣間見ることは適わなかった。
﹁さあ、入りましょうか﹂
手を引かれて酒場へと踏み入る。子供か俺は。
薄暗い店内には客は数えるほどしかいない。こういう時は窓際の
一番奥に限る。
﹁カウンターに座りましょう﹂
﹁団体客なのにカウンター席?﹂
﹁マスターに面白い話を聞けるかもしれません﹂
なるほど、それも酒場の醍醐味か。
﹁というわけで、面白い話はありませんか?﹂
514
﹁むしろキョウコ様の方が面白い話題の宝庫に見えますがね。なん
ですかその服、その子は一体?﹂
渋いオッサンマスターの珍獣を見る目が痛かった。
﹁残念ですが、面白い話はないようです﹂
手を引かれて窓際のテーブル席に移動。
﹁まったく、なにが面白いですか。せっかく可愛い服に挑戦したと
いうのに﹂
﹁⋮⋮⋮⋮!﹂
その時、俺に天啓が降りた!
足早に外へと歩く。
﹁どこにいくのですか!?﹂
慌てて立ち上がるキョウコ。
﹁待て!﹂
手の平で制止すると大人しく腰を下ろした。君は犬か。
とにかく、外へ出る。
515
再び入店。
室内を見渡し、キョウコの姿を見つけて駆け寄る。
﹁キョウコ、わりぃ! 教室の掃除でさ、お詫びにパフェ奢るよ!﹂
﹁は、はぁ?﹂
﹁で、大事な話ってなんだ?﹂
どっかと対面の椅子に座る。
﹁大事な話? なんの︱︱︱﹂
﹁大学の進路か、そうだな⋮⋮俺はロボット工学を学べればと思っ
てる。キョウコは剣道で推薦行くんだろ?﹂
﹁ちょっと、一体なにを﹂
﹁悩んでる? そっか、やっぱり不安だよな⋮⋮でもさ、俺はキョ
ウコならやってみせるって信じてる。俺はキョウコの幼なじみでフ
ァン一号だからな!﹂
﹁黙れ﹂
拳骨された。
516
﹁なんですか、先の猿芝居は﹂
﹁放課後デートってヤツを少々⋮⋮﹂
設定は﹁剣道をこの先続けていくか悩む幼なじみキョウコ、彼女
に憧れつつも一歩踏み出せないで友達止まりの少年レーカ﹂である。
﹁個人的には﹃あーん﹄までしたかったんだけどな﹂
﹁そ、そういうことならパフェをやはり奢って下さい。学生デート
なのですから﹃あーん﹄くらい当然でしょうしね、はい﹂
なにやら自分を強引に納得させている。
マスターを呼び注文を告げる。暇であろうこの時間帯、店員は彼
以外いない。
﹁そういえばね、ありましたよ面白い話﹂
﹁ほう、なんですか?﹂
﹁シールドロックです﹂
ぴくりとキョウコの眉が動いた。
﹁夏から目撃例があったことはご存知ですよね?﹂
﹁ええ、ギルドでも注意が張り出されていましたね﹂
あー、見たような見てないような。
ギルドに初めて入った時、そんな張り紙を読んだ⋮⋮ような?
517
﹁シールドロックってなに?﹂
解らないことは質問するべし。机の上に身を乗り出して訊ねる。
﹁ゴーレム系モンスターですよ﹂
﹁ゴーレム?﹂
﹁非生物人型モンスターの総称です。魔法としてのゴーレムとは別
に、独立したクリスタルを有する一種類です﹂
ストライカー
﹁サイズは様々で、小人サイズから人型機よりでかいのもいるぜ。
シールドロックの場合は人型機とほぼ同サイズだな﹂
続けてマスターも説明してくれた。
﹁ですが同サイズといえど、普通の人型機がシールドロックに単独
で向かうのは危険です﹂
﹁どうして? 腕力が人型機より強いとか?﹂
﹁むしろ、その名の由来である盾が問題なのです。シールドロック
の持つ盾はこの世のほぼ全ての攻撃を防ぐ。その為、盾を貫くよう
な神術クラスの魔法をぶつけるか、側面から本体にダメージを与え
るしかありません﹂
﹁なら回り込めばいいだろ、ってそれが出来ない理由があるのか?﹂
その通りです、とキョウコは息を吐く。
518
﹁素早いのですよ。シールドロックは巨体にも関わらずダンスのよ
うに盾を振り回すのです。どんな不意打ちも瞬時にガードされてし
まう、厄介な防御です﹂
キョウコに厄介とまで言わせるとは。
﹁いいえ、私なら盾ごと斬り伏せられますが﹂
訂正、最強最古は伊達じゃない。
﹁でもさ、十字砲火すれば?﹂
複数箇所から同時砲撃を放てば、盾で防ぎ切れず着弾するだろう。
﹁その通り、シールドロックの弱点は複数を相手に出来ないこと。
囲んでしまえばあっさりと落とせます﹂
単独で向かうのは危険とはそういう意味なのだな。
﹁それで、そのシールドロックがどうかしたのですか?﹂
﹁なんでも挑んでいった冒険者が皆帰ってこないようです﹂
⋮⋮食事前にする話ではないぞ。
﹁どうしてです? 真っ向から挑むには危険な相手ですが、事前情
報があれば攻略は容易いでしょう﹂
﹁さてな、証言する奴がこの世にいないからなんとも。そもそも戦
519
闘能力は高いが人里を襲うような面倒厄介な魔物でもないし、挑も
うって冒険者や自由天士自体が少ないんです﹂
かといって野放しも不安だが。あと接客業員が丁寧語に不慣れっ
てどうなんだ?
﹁それが面白い話ですか?﹂
﹁ええ、キョウコ様からすれば斬り応えのあるいい獲物でしょう?﹂
﹁試し斬りに目の前の男を切り捨てましょうか?﹂
怒気を孕んだ瞳にマスターは肩をすくめてカウンターへ戻る。最
強最古をからかうとかいい度胸だ。いや案外マジでお勧めしていた
かもしれないが。
﹁まったく、失礼な店員です。レーカさん、こんなお店には二度と
来てはいけませんよ?﹂
お勧め店じゃないのかよ。
魔法で冷えたお冷やをちびちび飲む。
﹁キョウコはジュースに氷が入っているのどう思う? 溶けたら薄
くなるよな、許せるタイプ?﹂
﹁万死に値します﹂
﹁そこまで!?﹂
くだらない会話を交わしつつ、ふと、後回しにされていた疑問を
520
訪ねてみた。
﹁キョウコ。あんたの二つ名の﹃最強最古﹄、その﹃最古﹄ってど
ういう意味なんだ?﹂
﹁そのままの意味ですよ。私は世界で最初の人型機天士です﹂
コードネーム
﹁最初って⋮⋮そのままの意味で、世界最初?﹂
じゃけんひめ
﹁はい。巨大人体模倣兵器概念実証機、機体通称﹃姫﹄。それにフ
ランベルジェを装備したのが今の蛇剣姫です。私は姫のテストパイ
ロットを勤めました﹂
﹁概念実証機⋮⋮﹂
新たな技術の実用性を実証する。それが概念実証機だ。
機体開発の順序はおおよそ実験機、概念実証機、試作機、先行量
産機、量産機となる。
実験機で様々な方向性のデータを得る。
概念実証機はデータをまとめて新技術として形にし、技術を完成
させる。
521
試作機はそれまでの集大成として様々な状況を想定した量産機の
雛型を完成させる。
先行量産機ではそれなりの数を制作し、実戦投入して現場の意見
を収集する。
量産機において現場の声を反映した小改良を加え、大量生産する。
こんな流れである。
実験機や概念実証機の段階であれば兵器として最低限の稼働すら
しないことも多いので、実用に耐えうるのは試作機からだ。ロボッ
トアニメでも試作機が主役メカだったりするし。
もっとも、新兵器開発がこの通り行われるとは限らない。ありふ
れた技術の結晶であれば実験機や概念実証機の段階をこなすほど慎
重にならなくとも良い場合もあるし、実験機と概念実証機の区分は
そもそも曖昧だ。
あるいは、戦局が逼迫している場合は先行量産機をすっ飛ばして
量産機を大量生産してしまうこともある。ドイツは昔、それで初期
不良が多発し酷い目に遭った。試験はしっかりやりましょう。
﹁その、全ての人型機のご先祖様が蛇剣姫?﹂
﹁そういえますね﹂
522
セルファークに存在する全ての祖、か。
なんてことだ。工房に戻ったら五時間は崇めよう。
﹁試作機じゃなくて概念実証機なのは何故? 蛇剣姫の後に試作機
や量産機も作られたんだろう?﹂
完成度は概念実証機より試作機の方が遙かに上だ。比べものにな
らないほどに。
﹁その答えは、昨日の試合で気付いているはずですよ﹂
キョウコの愛機が概念実証機でなくてはならない理由?
なんの技術を実証をしたか。キョウコは蛇剣姫を巨大人体模倣兵
器と称した。
つまり、巨大ロボットという兵器群そのものの有用性を検証した
のだ。
蛇剣姫とその後の量産機の違い。それは⋮⋮
﹁人体模倣か、兵器か、だな﹂
﹁その通りです。兵器として設計された試作機以降の人型機では、
武術を改善再現出来なかった。それが私が蛇剣姫に乗り続ける理由
です﹂
﹁だからって少しは近代改修したっていいだろうに。あれって完全
オリジナル設計のままだろ?﹂
装甲や無機収縮帯などの消耗品は交換しているが、根本的な部分
は一切弄られていない。
523
﹁一度イメージリンクを装備したのですけれど、動きにズレがある
ので外しました﹂
﹁極端だな﹂
熟練者にとってイメージリンクは枷となるが、だからって外しは
しない。普段の移動を行う分には便利だからだ。
﹁ま、いいけどね﹂
イメージリンクは操縦席からオンオフ切り替え可能だ。違和感が
あるなら戦闘中は切ってしまえばいいのだが、無理強いすることも
あるまい。
﹁乗り慣れた愛着のある機体です。必要以上に手を加えたくはない
のですよ﹂
﹁テストパイロットってことは、開発の現場に居合わせたんだよな。
最初に人型機を作ったのってどんな奴だったんだ?﹂
エアシップ
飛宙船などと比べ、人型機の複雑さは際立っている。人間が乗り
込み動かす巨人、そんな発想を最初に抱いたのはどんな人だったの
だろう?
﹁そうですね⋮⋮ふふっ﹂
不意に思い出し笑いをするキョウコ。
﹁すいません。開発の現場にふらりと現れた彼を思い出してしまっ
て﹂
524
彼?
﹁なんというか、変な人でした。思えばレーカさんに似ていたかも
しれません﹂
遠回りに失礼だ。
﹁ですが優秀な技術者でした。滞っていた開発を一気に進めた、天
才という奴ですね﹂
﹁そりゃあな。時代を超えて現在でも通用する設計なんて、よほど
の天才でなければ作れまい。えっと、蛇剣姫が作れたのって何時?﹂
﹁四〇〇年前です﹂
﹁キョウコがまだ若い頃?﹂
無言で頬をひねり上げられた。まさかまだ若いつもりなのだろう
か。
エアボート
﹁とにかく、機動兵器が飛宙挺しか存在しなかったあの時代、人型
機は戦闘能力も汎用性も桁違いの新兵器でした﹂
﹁機動兵器が飛宙挺だけって⋮⋮どうやって戦うの?﹂
ウインドサーフィンで併走して魔法を打ち合う騎士を想像する。
これも天を舞う騎士、天士と呼称すべきか?
﹁現在の主流は魔力式エンジン搭載の飛宙船ですが、昔は大きな帆
525
船もありました。大砲を載っけて撃ち合ったり小型飛宙挺で敵船に
乗り込んだり﹂
海賊みたいだ。空賊?
そんな原始的な時代に人型機が発明されたのだから、ほとんどオ
ーバーテクノロジー扱いだったろう。
前人未踏の新技術に挑む男達。想像するだけで咽せかえりそうな
ほど熱い。
﹁オーバーテクノロジーですか、言い得て妙ですね。あと空賊はい
ますよ現在でも﹂
﹁マジか﹂
布張りのボロ船で天空の城を目指したりするのだろうか。
﹁⋮⋮じゃあ、空に浮かぶ城は?﹂
﹁幾つかあります﹂
﹁マジかマジか﹂
一つじゃないのかよ。
﹁お待ち﹂
マスターがお盆に料理を乗せてやってきた。
﹁特盛りストロベリーパフェとペペロンチーノ、こちらは和風ハン
バーグセットになります﹂
526
﹁まとめて来たな⋮⋮﹂
パフェはあとで持って来いよ。そしてキョウコ、チョイスが可愛
すぎるだろ。
更に異世界で和風ハンバーグとかふざけてるのか。注文したの俺
だが。
﹁あああ、ツッコミが追い付かない﹂
﹁話は終わりにしてお昼ご飯にしましょう﹂
俺達は店内の少ない客達が向ける珍景色を見る視線に晒されつつ、
事前情報通り結構イケる食事に舌鼓を打ったのだった。
ギャラリー達が俺達をどのような目で眺めていたかは、後々判明
することとなる。
演劇とは、セルファークにおいて大きなウェイトを占める娯楽で
ある。
テレビもないこの世界では文化的な娯楽が少ない。スポーツ系の
娯楽は闘技場や現在開催中の大陸横断レース、若者の間で流行りだ
したエアバイクレースなど様々あるが、勿論全ての人がそういうこ
とに熱中出来るわけではない。
そんな人々を夢中にさせるのが舞台であり、華々しい女優男優で
ある。
527
あとは読書か。本当に物語という娯楽そのものが少ないのだ。
故に、俺達が入ったホールには既に多くの客、年若い娘やカップ
ルなどが瞳を輝かせステージをみつめていた。
﹁演目は⋮⋮﹃父を訪ねて三千里﹄か﹂
﹁どんなお話なのです?﹂
﹁さあ? 俺もこういうの詳しくないし⋮⋮でも国境を越えセルフ
ァークを席巻! 今世紀最大の感動! って表に書いてあったし、
期待は出来るんじゃないか?﹂
指定された席に腰掛ける。長時間座っても疲れない、適度な柔ら
かさの椅子だ。人型機のコックピットを学ぶ課程で人体工学も判る
ようになった。
緩く傾斜となった階段状の座席は、ここが演劇専用に設えられた
建築物だと示している。
スタッフ達が窓にカーテンをかけ、舞台がライトアップされる。
楽しげな音楽と港町を描いた背景から物語は始まった。
物語はとある国の王都、活気溢れる港町からスタートする。
主人公は魔族の青年。新たな勇者を暗殺するために送り込まれた
手練れだ。
しかし彼は、とある酒場で働く可憐な少女に恋をしてしまう。
︵なるほど、種族を超えた禁断の恋の話か。ちょっと恥ずかしいが
528
デートらしいといえばらしいな︶
更に悲劇は続く。
その少女こそ、青年が殺さねばならぬ勇者だったのだ。
ショックのあまりうちひがれる魔族。自分は同族と愛、どちらを
取ればいいのだ!?
︵おお、面白くなってきたぞ︶
﹃あの子は俺が嫁にする! 魔族なんて滅んでしまえ!﹄
魔族が叫ぶ。
︵いや、もう少し葛藤しろよ。速攻で裏切ったぞ、盛り上がりが台
無しだよ︶
﹃黙りなさい魔族! あの子は私の嫁です!﹄
王国の姫が負けじと叫ぶ。
︵レズかよ︶
展開がカオスになってきた。
﹃貴方にはこれがお似合いです。魔族⋮⋮いえ、犬!﹄
呪いの首輪を嵌められる主人公。
﹃ワンと吠えなさい、犬!﹄
529
﹃わんっ!﹄
﹃もっと! 駄犬のように狂ったように!﹄
﹃キサマ⋮⋮あまり調子に乗っていると﹄
﹃その首輪には力を封じる力があるのですわ﹄
﹃⋮⋮わん﹄
﹃ふはははは、無様ですわね!﹄
∼第一部 完∼
﹁ちょっと待て﹂
終わりなのか? これで終わったのか!?
﹁流石は世界中で大ブームの物語ですね、強いメッセージ性を感じ
ました﹂
﹁トチ狂ったか最強最古﹂
最後は主人公が従属して終わった。この物語を書いた奴はビョー
キに違いない。
530
﹁やれやれ。今日は第二部もやるそうですし、そちらも見てから判
断されてはどうです? 安易な批判は器の小ささを露呈しますよ﹂
俺が変なのか?
﹁まあいい、批評はこれからにしようか﹂
釈然としない気分を助長するかのように、休憩時間を終えたホー
ルは暗くなっていった。
世界征服を目論むお姫様。
最強最大の戦艦を指揮し、祖国を仲間二人︵勇者の少女と魔族の
青年︶と共に旅立つ。
﹃私達には足りないものがあります﹄
﹃足りないものだらけだ。絆とか、チームワークとか﹄
︵魔族が友情を重んじるなよ、主人公だからいいけど︶
﹃そんなことはどうだっていいのです﹄
︵言い切った!?︶
﹃私達には、魔法使いが足りない!﹄
531
仲間達は皆、武闘派だった。
姫はさっそく船の舳先を優秀な神官達の住まう、神殿島へと向け
る。
﹃仲間は四人までと決まっているのです! いいですか犬、攻撃魔
法だけでも回復魔法だけでもなく、どちらも扱える逸材を探し出す
のです!﹄
姫の無理難題。しかし、天は悪魔に微笑んだ。
﹃賢者ゲットですわ!﹄
﹃はわわっ!?﹄
まだ幼い賢者の卵。純粋無垢な彼女の悲劇はこの日はじまった。
﹃聞いて下さいな大神官様。この子ったら、法を破ることに協力し
ていましたわ。神官にあるまじきことだと思いません?﹄
﹃ふえぇ⋮⋮﹄
騙し、弱みを握り、人々の彼女に対する評価を下げたところで交
渉する。
賢者少女涙目である。
﹃気にするな。一緒に頑張っていこうぜ、賢者少女﹄
﹃優しいのですね、魔族さん⋮⋮﹄
そして生まれる聖と魔の絆、禁忌の愛。
532
年齢差二〇〇歳以上の恋愛物語が、今始まった。
∼第二部 完∼
﹁ちょっと待て﹂
勇者はどこいった。しかも主人公ロリコンかよ。
﹁ううっ、ぐす、いいお話でした⋮⋮﹂
感涙するキョウコ。
会場はスタンディングオベーションである。
ドン引きである。
超ドン引きである。
なにこの空気。俺が変なの? 俺が例外なの?
これが大ブームとか、セルファークちょっと変だろ。ビョーキだ
ろ。
人々は先程までの演劇を楽しげに語り合いつつ会場から出て行く。
﹁私達もどこかで﹃父に訪ねて三千里﹄について話しませんか?﹂
﹁話し合いません﹂
にべもなくキョウコの提案をあしらうと、聞き慣れた女の子の声
が聞こえた。
533
﹁あっれー、レーカ君! 君もこれを見てたの?﹂
マキさんが駆け寄ってきた。
﹁マキさん、こんにちは。もしかして会場にいたんですか?﹂
﹁いたよ、すっごく感動しちゃった! あ、キョウコ様もいたんだ﹂
﹁いましたよ、失礼ですね﹂
あれ、知り合い?
﹁蛇剣姫の修理はいつもフィアット工房ですからね﹂
﹁私が小さい頃から来てたよ。おばさんって呼んで泣かせちゃった
なぁ﹂
やめてあげて、心はつい制服着ちゃうようなヤングだよ!
と、そこにエアバイクがやってきた。俺の愛機はアメリカンタイ
プだが、このエアバイクはハーレータイプだ。
エアバイクから大男が降り立つ。
﹁待たせたなマキ⋮⋮って、坊主、とキョウコ様!?﹂
マキさんに片手をあげて歩み寄った男は俺に気付き、そしてキョ
ウコを見て、文字通り飛び上がった。
ご存知、ガチターンである。
﹁お初にお目にかかります、私はガチターンと申します! この度
はお会い出来てとても光栄っつーかサイン下さいファンなんで!﹂
534
﹁別にいいよ、この人にそういうの﹂
﹁いいぜガチターン、この人にそういうの﹂
﹁いいのですが、なぜ貴方達がそれを断るのです⋮⋮﹂
憮然としてしまったキョウコを宥めていると、ガチターンはどこ
からともかく色紙とペンを持ち出した。本当にサインを貰うつもり
のようだ。
﹁あまり上手くはないのですが⋮⋮どうぞ﹂
﹁ありがとうございます! 家宝に、いえコックピットに飾ってお
きます!﹂
家族や恋人の写真ならよく聞くが、憧れの同業者のサインって。
﹁マキさんの写真飾ってやれよ﹂
﹁もうやってらぁ﹂
さよか。
﹁ガチターン達はなにしてんの?﹂
﹁見て判らんか。デートだよデート﹂
こいつも﹃デート﹄という単語に羞恥がなくなってやがる。マキ
さんと付き合っていると色々と感性がズレるのだ。
535
﹁傍目から見ると若い女の子といけないことをする変態犯罪者だな﹂
﹁るせーよ。人がなんと言おうが俺達はラブラブだ﹂
髭面おっさんがラブラブ言うな。ズレが致命的な域に達している。
﹁そういう二人はなにやってるの? 君達もデート?﹂
﹁その⋮⋮はい﹂
頬を高揚させ頷くキョウコ。
初々しく可愛らしいが、その返答はミスチョイス。
﹁へぇえぇぇ、そうなんだぁ、だいじょうぶぜったいヒミツにしと
くからぁ﹂
にまにまと擬音が聞こえそうなほど目を輝かせてるマキさん。
なんてことだ。宿舎に帰ったら全員に知れ渡っているぞ。
﹁どっか行け、ほら行けさっさと行け﹂
二人の背中をエアバイクに向けて押す。婚約者達は気色悪い笑み
のままバイクに搭乗。
﹁あばよ﹂
﹁じゃーねー﹂
飛び去る彼らを見送る。
536
あれでまあ、お似合いの組み合わせなのかもしれない。いつ挙式
をあげるかは知らないが、祝福することにしよう。
﹁じゃあ俺達も⋮⋮キョウコ?﹂
﹁あ、はい、すいません﹂
演劇の看板を見つめてぼうっとしていたキョウコ。まだ心が完全
に正気に戻っていなかったか。
﹁⋮⋮演劇作家?﹂
どうやらスタッフ名の羅列を読んでいたらしい。
﹁どうしたんだ?﹂
﹁⋮⋮いえ。それより、レーカさん﹂
﹁ん?﹂
﹁この後の予定は組んでいますか?﹂
﹁いや、適当にウィンドウショッピングでもしようかな、って程度
だけれど﹂
﹁ならお願いがあるのですが﹂
﹁お金がかからないことならいいよ﹂
ケチくさいと言うこと無かれ。持て余していようとお金は大事な
537
のである。
﹁かかりませんよ。貴方のエアバイクを貸してほしいのです﹂
なんでまた?
﹁私に適正があるなら、一台くらい所有したいと考えているので。
少し貸してほしいのと、レクチャーをしてほしいのです﹂
﹁そりゃ、構わないけど﹂
まさか俺が最強の天士に指導することとなろうとは。
﹁じゃあ、一度フィアット工房に戻ろうか﹂
﹁はい﹂
﹁そういえばさ、なんでツヴェーって共和国領なんだろ?﹂
工房への道中。
広場を通過した際、騎士団の詰め所に掲げられた共和国の国旗を
見かけて疑問を抱く。
﹁ここって帝国の基地だったろ?﹂
﹁それは当然、戦争で奪われたからですよ﹂
538
﹁あらら﹂
重要拠点を奪われるとは、とんだ失態だな。
﹁とはいえ、どうやら共和国は銀翼を投入したとのことです。幾ら
防衛を固めていようと相手が悪かったのでしょう﹂
﹁銀翼一人で基地一つを落とせるのか?﹂
そんな無茶な道理が通るのだろうか?
﹁例えば、私が単独でツヴェー要塞を陥落させることは可能だと思
いますか?﹂
﹁うーん⋮⋮﹂
キョウコが万全な状態で、一切の油断なく、事前の基地情報を揃
えた上で、後方の補給も確保した環境だとしたら?
ここが基地だったとして、人型機が単独で攻め込むのに想定され
るルートは開けた真っ正面か、あとは崖を駆け降りるかだろう。ど
ちらにしろ困難な作戦だ。
だとしても、それでも尚キョウコだとしたら︱︱︱
﹁一〇〇機くらいは切り捨てそうだな﹂
群がる敵機や砲弾の全てを切り捨てる、そんなビジョンが浮かん
だ。
﹁はい、作戦次第では可能です。銀翼、シルバーウイングスは戦略
539
すら覆しかねない戦力であり、国家の切り札としての側面すら有し
ているのですよ﹂
歩く戦略兵器か、おっかねぇ。
﹁私にあれだけ食い下がった貴方がそれを言いますか。レーカさん
とてシルバーウイングスの一つ下、トップウイングス以上の操縦技
術は持っています﹂
確か以前ゼェーレストにやってきたギイハルトがトップウイング
スだったっけ。
前回彼に勝てたのはギイハルトが戦闘機天士であり、人型機の操
縦は専門外だったからだ。
本当に今の俺に、トップウイングス級の力があるのだろうか。
﹁貴方は銀翼の名の重みをよく理解していないように思えます。私
としてはそれは嬉しいことなのですが、人々が銀翼に抱く感情の影
響力を軽視してはなりませんよ﹂
﹁⋮⋮覚えとく﹂
﹁実感出来ないのであれば、今はそれでいいです﹂
ちなみに、とキョウコは人差し指を立てる。
﹁なんでもツヴェー渓谷を陥落させたのは、赤い翼の飛行機だった
そうですよ﹂
﹁ふぅん⋮⋮赤い翼?﹂
540
せきよく
﹁ええ、紅翼の名で知られる伝説の天士。その名も︱︱︱﹂
﹁さあ行こうかキョウコ、エアバイクが待ってるぜ!﹂
彼女の手を引き駆け出す。
﹁ちょ、ちょっと!? まだ話の途中﹁ハハハ、聞こえない聞こえ
なーい﹂﹂
エアバイクを工房対面の倉庫から持ち出し、後ろにキョウコを乗
せて移動する。
彼女の長い髪はプロペラに巻き込まれたら一大事なので、三つ編
みにして先端を腰の辺りに固定した。
﹁長い髪のまま乗れるバイクは作れませんか?﹂
﹁魔力量に自信があるなら魔力式ジェットエンジンに換装するのも
ありだ。いや、お金があるならクリスタル内蔵すればいいか﹂
﹁技術的に可能なら何故やらないのです?﹂
﹁値段が高騰する。お手軽がコンセプトのエアバイクには合わない
し、それをやると小型級飛宙船と変わらない。あとは小回りが利か
なくなるな。ジェットエンジンでは出力調節にタイムラグが発生す
る﹂
541
﹁なるほど、欠点ばかりですね。多少面倒でも性能重視で考えまし
ょうか﹂
﹁その辺は使用用途次第だな。クリスタルと高性能のエンジンを装
備すればある程度の融通は利く。⋮⋮クリスタルといえば﹂
まだキョウコに訊いていないことがあったな。
﹁あのクリスタルはなんなんだ?﹂
﹁どのクリスタルですか?﹂
﹁蛇剣姫に搭載されている、あれだよ﹂
蛇剣姫の修理を行った際、俺はクリスタルを目視で確認していた。
通常機の三倍の出力を発揮してみせた蛇剣姫のクリスタル。それ
がどのような物か気になったのだ。
胸部ハッチから機内に潜り込んだ俺は、﹃それ﹄の小ささに拍子
抜けしてしまった。
とても小さなクリスタル。
今まで見てきた人型機搭載用のクリスタルとは根本的に異なる、
小石のような結晶。
あんな小さなクリスタルが、あれほどの高魔力を発現するとは俄
には信じがたい。
﹁あれは神の涙、その欠片ですよ﹂
﹁神の涙?﹂
﹁教国で保管されている、超高出力クリスタルです。あの国の国宝
542
ですね﹂
﹁教国?﹂
﹁⋮⋮教国を知らないのですか?﹂
﹁む、不勉強なもので﹂
知らないと恥ずかしいレベルの常識なのだろうか?
でも仕方がないだろ。俺、地球出身だし。
﹁それを差し引いても常識です﹂
﹁うへー﹂
﹁教国とは共和国と帝国の間にある小さな国ですよ﹂
﹁間? 昔戦争したのって共和国と帝国だろ? 教国を跨いで戦っ
たのか?﹂
﹁言い方が悪かったですね。三つの国家はどれも、他の二つの国と
接しています。ですが教国は世界地図でも端に位置しているので、
実質二つの大国は隣り合っています﹂
戦争してても知らんぷり出来る位置か。とはいえ戦争中は流石に
ピリピリしていただろうな。
﹁教国は世界最古の国家と呼ばれ、唯一神セルファークを敬神する
宗教国です﹂
543
﹁崇めたらリターンあるの?﹂
﹁あると思いますか?﹂
神が介入するのは人類の危機にのみ、だったな。
個人に肩入れしないよなぁ、そりゃ。
﹁信じる者は救われる、です﹂
﹁人はそれを詐欺という﹂
救われない=信じる心が足りない、だし。
﹁でもよくもまあ、秘宝の欠片なんて入手出来たな﹂
﹁長く生きていれば機会もあるものですよ。と、エアバイクの練習
はこの辺がいいのでは?﹂
昨日キョウコと出会った森に着地。
﹁それじゃ、頑張って。まずは地面を走れるようになることだ﹂
﹁はい﹂
キョウコを一人で乗せ、俺は岩に腰を降ろす。
よく考えたら自転車をすっ飛ばしてバイクって意外と難しいな。
エアバイクは巨大で重量も半端ないし。
﹁と、っと、っと、これって、浮遊装置なしで直進出来るのですよ
ね!?﹂
544
﹁慣れないうちは装置に引っ張ってもらって練習するのもいいと思
うよ。重心より上に浮遊装置は配置しているから起動させとけば勝
手に立つ﹂
四苦八苦しつつもなんとか真っ直ぐ走れるようになる。
﹁次は飛んでみようか。といっても飛宙船と変わらないから、そう
難しくはないよ﹂
﹁⋮⋮あの、後ろに乗ってもらえませんか?﹂
なんで?
﹁判らないことがある度に地上に降りるのも非効率的でしょう﹂
﹁ま、確かに。それじゃあ失礼します﹂
後部に跨がる。
⋮⋮彼女のお腹に手を回さなければならないわけだが、ここで悪
戯心が芽生えてしまうのが俺が俺である所以である。
︵つい間違えたと言う定で、胸を鷲掴みにすべきだろうか?︶
実行したところでキョウコはさほど怒るまい。それに俺は子供だ。
つい悪戯しちゃったって仕方がないんだもん☆
︵だ、駄目だ! 俺は紳士なんだ! それに前回、似た状況でソフ
ィーに手を出そうとして酷い目に遭ったじゃないか!︶
545
俺は学習する男なのだ。
そうだ、ふふ、こんな脂肪の塊に惑わされる俺ではない!
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹁どうしました? 早く掴まって下さい﹂
鷲掴んでみた。
﹁きゃああぁ!?﹂
揉んでみた。
﹁おおお、柔らかい︱︱︱ノーブラ?﹂
﹁やっ、やめなさいっ!﹂
﹁ぐは﹂
肘鉄砲を額に入れられた。
﹁なにをするのですか!﹂
﹁いや、ついうっかり﹂
﹁そんなうっかりがありますか!﹂
﹁子供だし﹂
﹁中身はどう見ても大人でしょうが!﹂
546
﹁生き別れた母を思い出して、つい⋮⋮﹂
﹁なんですかその適当な言い訳!? ⋮⋮はぁ、もういいです﹂
﹁触っていいの?﹂
怒気が陽炎のように揺らめいた。これ以上はまずい。
黙って腰に手を回す。これはこれで温かくていい匂いだ。
さっきあんなことを言ったからか、地球の親を思い出しそうにな
った。
不意に沸き上がりそうになった涙を堪える。
﹁訂正します。貴方は子供です﹂
﹁大人だし﹂
それ以上の会話もなく、俺達はツヴェーの空へと駆け昇った。
﹁キョウコってさ。エロいこととか経験ないの?﹂
﹁な、な、な﹂
ふらふらとエアバイクの機動が乱れる。
﹁⋮⋮いい加減にしなさい。私をからかって楽しいですか?﹂
547
うん楽しい。⋮⋮じゃなくて。
﹁ふざけた意味ではなく、さ。一度もそういう深い仲になった人は
四〇〇年間いなかったの?﹂
﹁⋮⋮随分と遠慮なく踏み込みましたね。でもいいです。ここなら
誰も聞いていませんから﹂
ツヴェー渓谷上空、約一〇〇メートル。
四方を空虚に包まれた、解放された密室での秘密のお話。
﹁踏み出せなかった、というのが正しいです。誰か大切な人を得て
しまって、死に別れる勇気は私にはない﹂
﹁四〇〇年間なにやってたの?﹂
﹁なにをしていたか、ですか﹂
人を究極的に子孫を残すことを目的とした動物であるとすれば、
その目的を放棄したキョウコは何を目指して生きてきたのだろう。
﹁正直解りません。ただ、堕落に耽り立ち止まることだけはしなか
った。足を止めてしまえば、それこそ心が死に絶える気がしたから﹂
キョウコの背中が微かに揺れる。
﹁大丈夫ですよ。私はこうして、人との出会いを喜び笑うことが出
来る。なら、もうしばらくは大丈夫です﹂
548
それは、あるいは俺を安心させる為の悲しい嘘なのかもしれない。
ただ、俺には確かに彼女が笑っている気配を感じ取った。
﹁私はハイエルフとして生まれた。だから、心構えをする猶予はあ
ったんです﹂
﹁ん?﹂
﹁ですが、もし常人が大切な人を得た後に永遠の命となったならば、
その時に魂がどうなるかは判りません﹂
﹁⋮⋮なんの話だ?﹂
﹁すいません、忘れて下さい﹂
言葉を返そうとして、急に体に掛かる重圧が増した。
体が重くなり、呼吸に詰まる。キョウコが前触れもなくループを
開始したのだ。
遠心力によってバイクとキョウコの背中に押し付けられる。アク
ロバット飛行に慣れていない俺は現状把握で精一杯。
重力
上下逆さまなツヴェーの景色。ループの頂点?
Gで苦しいというより突然の状況に混乱した側面が大きいが、と
もかく俺はキョウコに先の話を問い詰めるタイミングを失った。
周囲の情景が正しい角度に戻り、エアバイクはゆるやかに着地す
る。
﹁なにすんだ!?﹂
﹁貴方は昨日私に訊きましたよね。なんでハイエルフなんて存在が
生まれるんだ、って﹂
549
キョウコはバイクを飛び降り、数歩離れる。
その小さな背中からは、特に感情は読み取れない。
﹁四〇〇年間で学んだことなど、そう多くはないのです﹂
そう呟く少女は、どれだけの時間を一人で過ごしたのだろうか。
﹁ハイエルフがなぜ生まれたのか。それを一番知りたいと思ってい
るのは、私なのかもしれません﹂
固定していた髪の毛、その先端を外す。
しなやかな黒髪は、自らの弾力で自然と解け扇のように広がった。
﹁今日はこの辺でお開きにしましょう﹂
﹁お、おう﹂
なにか怒らせてしまっただろうか?
こちらに振り返るキョウコ。その表情は予想に反し穏やかだった。
﹁怒っていませんよ。むしろ、今日はとても有意義な一日でした。
明日もまた会って下さるのですよね?﹂
﹁ああ、キョウコさえよければだし、仕事があるから今日ほど時間
は確保出来ないけれど。あと、人型機の訓練とかしてほしかったり﹂
﹁そうでしたね。若輩者ですが勤めさせていただきます﹂
イヤミレベルの謙遜である。
550
﹁明日は私が迎えに上がらせていただきます。エアバイクの注文を
したいので、工房の方がなにかと都合がいいでしょう﹂
﹁そうだな。じゃあ六回目の鐘が鳴る頃に来てくれ。一段落着く時
間帯だから﹂
﹁解りました。では、⋮⋮その、また明日﹂
﹁おうまたな、って送るよ﹂
女性を一人で帰しては男の名折れだ。
﹁いえ、髪を解いてしまいましたし。少し散歩して帰ります﹂
﹁そうか? 気をつけてな、あまり遅くなるなよ﹂
﹁ふふっ。はい、そうします﹂
踵を返し姿勢正しく歩み去る彼女を最後まで見送り、俺もバイク
に跨がった。
これにて、俺の休日でぇとは閉幕である。
次の日も俺達は時間を共にした。
551
その次の日も、その次の次の日も。
意味もなくブラブラと食べ歩きをしてみたり、人型機で試合をし
たり。
彼女の案内で穴場の観光名所を巡ったり、生身での戦闘訓練をし
てみたり。
訓練とデートを相互に繰り返し、奇妙な親睦を深めていく。
キョウコの服は日替わりで、チャイナドレスの時もあればリクル
ートスーツの場合もあったりと、お前その服どこで調達したんだと
問い詰めたくなるほど統一性がなかった。
彼女の中で日本的なサブカルチャー精神が芽生えているのではな
いかと若干危惧している。
ある時キョウコがショタコンではないかと噂が立ったが、俺は彼
女の弟子だと誤魔化した。完全な嘘でもない。
後のキョウコの調査によれば、噂の発端は休日デートで寄った酒
場の客の目撃情報だったそうだ。あいつら禄なこと話していなかっ
たな。
彼女以外の出来事といえばヨーゼフ氏の冒険者コンビが旅立った
ことくらいか。シールドロックに挑むとのことで、危なくなったら
すぐ退くよう強く念を押しておいた。
そして、ある日。
俺はカストルディさんにこう言われた。
﹁おめぇよ、いつまでこの工房にいる気だ?﹂
﹁⋮⋮え? 俺、もしかして厄介者?﹂
実は邪魔な存在で、空気読まずに疎まれていた?
ショックのあまり眩暈がする。俺ってそんな立場だったの?
マキさんがカストルディさんに跳び蹴りを放った。
552
﹁なにしやがるんだ!﹂
﹁お父さん! レーカ君に謝ってよ!﹂
﹁ん? ああ、いやそういう意味じゃねぇんだ! スマンスマン!﹂
誤解らしい。心臓に悪いからやめてほしい、そういうの。
﹁お父さんはガサツというか、ちょっと無神経過ぎるんだよ! そ
ういう人は最終巻あたりで見ず知らずの人に刺されて死ぬんだから﹂
解るような解らないような?
﹁そ、そこまで言うかぁ?﹂
﹁レーカ君のさっきの顔、見た!? 見た上でそんなこと言ってる
の!?﹂
﹁気にしてないので親子喧嘩しないで下さい﹂
むしろ周囲に騒音被害だ。
﹁決めた! 私、まだお嫁に行かない! お父さん一人だと生活し
ていけない!﹂
﹁ちょ、お前せっかくお前みたいなチンチクリン貰ってくれる奇特
な人間が居たっていうのに、人生最後のチャンスを棒に振るんじゃ
ねぇ!﹂
﹁ニャンだとーっ!﹂
553
いいから本題入れ。
俺の苛立ちを察したのか、ようやく話題が本来の路線へと回帰す
る。
﹁ナスチヤがゼェーレストに帰る時に言ってたじゃねーか。﹃収穫
祭までに戻ってこい﹄って﹂
﹁ああ、そんなことも言っていましたね﹂
﹁ゼェーレストの収穫祭って、明後日じゃなかったか?﹂
マジっすか
﹁⋮⋮⋮⋮リアリー?﹂
マジっすよ
﹁︱︱︱イエー﹂
翌日、俺は多くの仲間や友人に見送られエアバイクでツヴェーを
発つ。
突然の旅立ちにお別れ会を開いてくれた技師達。
妙に動揺しつつも悲しんでくれたキョウコ。
それと、旅立ちの朝に偶然見た、メカニックとして鮮烈に印象に
残ったある光景。
様々なものを学び、俺は帰路に就く。
一路、目的地は原点の地ゼェーレストである。
554
555
異界の故郷と収穫祭
青々とした草木。穏やかな風。自然音以外の混ざらない、無音な
らざる静寂。
エアバイクを草原に軟着陸させ、村を、そして丘の上の屋敷を一
望する。
変わっていない。木々の色は季節によって変化しつつも、この心
地よい緩やかな空気は俺の記憶と寸分違いない。
バイクから降りて、目を閉じ深呼吸。
両手を左右に伸ばしたまま、風を全身で受けつつ瞼を上げる。
﹁懐かしきかなゼェーレスト村!﹂
修行の末、俺はようやくここへ帰ってきた。
村の広場、その上空から俯瞰する。
いつもは閑散とした村の中心地だが、今日ばかりは大人も子供も
総出で収穫祭の準備をしていた。
食材を運ぶ冒険者志望三人組を発見し、エアバイクを垂直降下。
﹁うおおぉぉぉ、なんかきたー!﹂
556
﹁うるさいわよマイケル、黙って運び⋮⋮エドウィン、本当に何か
来た!﹂
エアシップ
﹁ニール、飛宙船なんて珍しくないでしょ︱︱︱って未確認飛行物
体が来たあぁ!﹂
おバカのマイケルとリーダー格のニール、ツッコミのエドウィン
だ。
今は仲良く三人揃って間抜け顔でこちらを見つめているが。
﹁ただいまー﹂
﹁レーカか! 久々だな! お土産くれ!﹂
黙れマイケル。
﹁ああ、レーカじゃない。ちゃんと収穫祭までに戻ってきたのね。
向こうはどうだった?﹂
﹁見事に都会だったな。刺激には困らない町だ﹂
﹁お土産!﹂
うっさい。
鞄から饅頭の入った箱を取り出し、遠方に放り投げる。
﹁ほーらとってこーい﹂
﹁ひゃっはぁ! お菓子だぜぇ!﹂
557
駆け出すマイケルが視界から消えるのを確認し、二人にも饅頭を
贈る。食い意地張った奴のことだ、同時に配れば他の饅頭まで欲し
がりかねない。
﹁お菓子ね、ありがとう﹂
﹁しかし、当日ギリギリまで粘ったね。皆、君が帰る期限を忘れて
いるのかと思ってたよ﹂
﹁おいおい、俺は約束を守る男だぜ﹂
忘れていたのは黙っておこう。
﹁ところでそれ、何?﹂
エアバイク
﹁超小型級飛宙船。今向こうで流行っているんだ﹂
﹁あとで乗せて﹂
﹁また今度な﹂
エアバイクは今や世界中で爆発的に普及している。冒険者を目指
すなら操縦は習得しておくべきだろう。
勿論暇な大人、主にガイルとかガイルとかガイルあたりに監督役
を頼むが。
﹁今日は収穫祭を楽しむことに専念しよう﹂
と、そこに聞き慣れたエンジン音。
558
ネ20式エンジンのパパパパパ、という独特の音が鳴り響く。
空を大きく旋回する赤い翼に、ああ帰ってきたのだな、と強く印
象付けられた。
﹁ちょっと行ってくるわ﹂
﹁うん、また夜にね﹂
﹁じゃあねー﹂
せきよく
バイクを再始動。空へ昇り、ガイルの愛機・紅翼を追いかける。
速度差は歴然としているが、紅翼のはすぐに俺に気付きコブラを
併用した捻り込みで俺の後ろに着いた。
﹁⋮⋮なに今の﹂
突然紅翼が大仰角で後ろに立ち上がったかと思えば、進行方向に
機体の腹を向けた姿勢で急減速、更にバネのように溜め込んだ揚力
を解き放ち木の葉のように一回転。
気が付けば後ろを取られていた。
﹁相変わらずガイルの操縦技術は変態だな﹂
今も機首を斜め上に保ち、失速寸前の速度で俺と平行飛行をして
いる。
俺のエアバイクはカスタムされているとはいえ、飛宙船の最高速
度一〇〇キロメートル毎時しか出ない。
飛行機にとって時速一〇〇キロとは相当遅い。機種によっては離
陸すら不可能なほどだ。
紅翼とて、いくら低速度機の古い設計とはいえ低速域での安定性
559
は悪いはずなのだが。
コックピットを覗く。
白い髪が見えた。
﹁⋮⋮えっ? もしかしてソフィー?﹂
間違いない。白髪をポニーテールに纏め、こちらをゴーグル越し
に蒼の瞳で見つめるのは、ガイルとアナスタシア様の一人娘のソフ
ィーに相違ない。
そういや彼女は単独飛行を許されているんだっけ。ガイル曰く、
﹃俺には及ばないが天才﹄だったな。
紅翼の翼が揺れる。飛行気乗りの挨拶、ロックウィングだ。
俺も片手を振る。
紅翼が少しエアバイクから離れ、安全な距離を確保した後に急旋
回。
アプローチ
進路からして、屋敷に戻ろうという意味か。
俺も彼女に追従し、屋敷の中庭に着陸した。
紅翼、エアバイクの順でタッチダウンする。
双方のジェネレータが完全停止したことを確認し、地面に降り立
つ。
﹁ただいま、ソフィー﹂
⋮⋮ソフィーが機体から降りてこない。
下からはコックピットに隠れた彼女の頭頂部だけがはみでている。
俺が着陸する前にとっとと降りてどこか行っていた、なんてオチで
はない。
﹁おーい?﹂
560
引っ込んだ。
あれ、嫌われている?
﹁⋮⋮おかえりなさい﹂
﹁お、おお、ただいま。他の皆は?﹂
﹁しゅうかく祭の準備をしているわ。お父さんもお母さんも、キャ
サリンさんもマリアも村に降りている﹂
﹁ソフィーは? 参加しないのか?﹂
この屋敷の人間は妙にスパルタだから、ソフィーにもなにかしら
仕事を与えそうなものだが。
﹁私はレーカを探していたの﹂
﹁俺を? 空から?﹂
﹁そう、空から。祭りの当日になっても帰って来ないから、道中で
迷子になっているんじゃないかってお母さんが﹂
母の要請により娘が出動したらしい。
﹁そうか、遅くなってすまなかった。いや、別に迷子になんてなっ
てないぞ?﹂
﹁嘘はどろぼうのはじまりよ﹂
なぜバレる。
561
﹁とにかく降りてきたらどうだ?﹂
﹁⋮⋮うん﹂
そろそろと慎重に地面に降り立つソフィー。小さいから若干危な
っかしい。
機体をロープで固定し、大きな麻布で覆う。メンテナンスはまた
今度。
その間もソフィーはひたすら俺を避け続けた。
﹁ソフィー、なにか怒ってる?﹂
﹁えっ? 違うよ、そんなつもりではないわ!﹂
彼女は両手を振って否定する。
確かに警戒心は感じない。というか⋮⋮
﹁ソフィーって素はそんな話し方なのか? もっと子供っぽいのイ
メージしてた﹂
今まで片言に単語単位でしか発声しなかったので、文章として会
話した機会が驚くほど少ないのだ。
しかしながら、それは当然なのかもしれない。ソフィーに一番身
近な女性はアナスタシア様だ、話し方も自然と似通ってくるだろう。
﹁変?﹂
﹁女の子らしくていいんじゃないか﹂
562
顔を赤く染めてモンキーレンチを投げつけられた。父娘そろって
同じ武器使いやがる。
﹁おや、帰ってきたのかい﹂
大股歩きで中庭に現れたのは屋敷のメイド長、キャサリンさん。
村にいるとのことだったが、フライト中に戻ってきたのだろう。
﹁ただいま帰りました、お久しぶりです﹂
﹁あいよ。汗水垂らして働いて、少しは男らしい顔付きになったん
じゃないかい?﹂
﹁キャサリンさんは相も変わらず凛々しくそして美しい。貴女の美
貌の前には唯一神のロリ神すら恥じらうことでしょう﹂
﹁⋮⋮訂正だ。町で覚えたのは軟派の語録だけか﹂
﹁心外な、デートのエスコートテクニックも精進しました﹂
﹁へー﹂
半目のマリアがキャサリンさんの後ろから現れた。
﹁そう、随分と楽しんできたみたいね。そのままあっちに居着けば
良かったんじゃない?﹂
﹁それは流石に勘弁してくれ。俺の故郷はこっちなんだ﹂
﹁でも都会の方が可愛い女の子は多いでしょう?﹂
563
﹁ははは、マリアもなんだかんだで身嗜みが気になる年頃か﹂
ビンタされた。
﹁なんでぶたれたか解る?﹂
﹁ごめんなさいデリカシーが欠如していました﹂
往復ビンタされた。
﹁そういう問題じゃないの﹂
﹁どういう問題だよ﹂
﹁真っ向から訊くな﹂
アッパーされた。
﹁ほんと、可愛い女の子を探す旅にでも行けば?﹂
﹁俺をなんだと思っているんだ。それにゼェーレストにも可愛い女
の子はいるだろう﹂
俺は目を逸らさず、彼女の手を引き寄せる。
﹁ほら見ろ、小動物みたいな可愛らしさだろ?﹂
﹁あ、あの、レーカ⋮⋮﹂
564
ソフィーの肩を抱いてサムズアップ。
戸惑うソフィーもラブリーである。
マリアの必殺ドロップキックが炸裂した。
女の子の心はまっこと、ラビリンスの如く迷宮である。
﹁アンタ、遊んでないで村に行って祭りの準備を手伝ってきな。マ
リアとソフィー様は着替えだよ、飛びっきりおめかししなくちゃね﹂
わざわざ着替えるんだ?
﹁未婚の若者は大抵着飾るもんさ。まぁアンタはどうでもいいだろ
?﹂
ひどい。実際、服装にさほど興味はないけど。
﹁えっと、家主夫妻にも挨拶したいのですが﹂
﹁挨拶なんざ仕事の前に五秒で済ませられるだろ。ほれ駆け足!﹂
﹁は、はいっ。あ、これお土産のツヴェー饅頭です!﹂
中庭から追い立てられ、自室の倉庫に荷物を放り込み村へ向かう。
レオナルドさんが時計台の調節をしていた。
565
﹁レオさーん、ただいまー﹂
﹁む、おお。お前さんか﹂
時計台の天辺で受信機の調節をしていた彼は、すぐ俺に気付き手
招きをしてきた。
﹁ツヴェーで修行しておったのだろう、手伝ってくれんか?﹂
いきなりか。いいけど。
身体強化にて屋根まで飛び上がり、魔力共振ラジオを解析。
﹁音量が安定しないんですよね、受信装置ではなく増幅器の不調で
すよ﹂
﹁む、そうなのか? よく説明もなしに判るもんじゃ﹂
﹁ふっふっふ、修行の成果です﹂
増幅器に干渉していたノイズの原因を取り払うと、音量は安定状
態に戻る。
﹁大したものだ。アナスタシア様を呼ぼうかと思っておったが、こ
んなことであの方にご足労願うのは気が引けての﹂
﹁確かにアナスタシア様でもすぐ直せたでしょうね。アナスタシア
様といえば、今はどこに?﹂
﹁ああ、あそこじゃよ﹂
566
レオさんの指先には料理を運ぶ女性達が集まっていた。
大鍋を棒で吊し、焚き火でスープを煮込んでいる。
大半が恰幅の良い婦人であるのに対し、一人だけすらりと細身で
ありながら出るとこ出てる女性がスープと睨み合っていた。
光を反射する白髪が美しい、ご存知アナスタシア様である。
﹁⋮⋮美人だよなぁ﹂
本人を見て確信した。俺の中でトップの異性はやはり彼女だ。
﹁人妻じゃぞ?﹂
﹁報われぬのもまた恋﹂
﹁アホか﹂
時計台から飛び降り女性達の元へ駆け寄る。
﹁アナスタシア様! 好きです不倫して下さい!﹂
﹁おかえり、また今度ね﹂
あっさり流された。
﹁久しぶりね。いつ帰ってくるのかとハラハラしたわ﹂
﹁ははは、いやぁ俺が⋮⋮ははは﹂
誤魔化し損ねた。
びしっと姿勢を正し、改めてご挨拶。
567
まやま れいか
﹁真山 零夏ただいま戻りました。この度はわがままを聞き入れて
頂きありがとうございました。また屋敷で厄介になります﹂
﹁ええ、よろしくね。ソフィーとはもう会ったわよね? あの子落
ち着いて話せていた?﹂
﹁言葉遣いは落ち着いていましたが、目を合わせてもらえませんで
した。なにかしたんですか?﹂
﹁レーカ君がいない間に色々と心を整理させただけよ。貴方に対し
てはもう人見知りはしないと思うわ﹂
なら目を合わせないのはまた別の要因か。
﹁ふふふっ、大丈夫よ。万事お母さんに任せて頂戴!﹂
いかん、不安だ。
﹁ちゃんとご挨拶を終えたかしら? もうそろそろ収穫祭が始まる
わよ﹂
﹁あとはガイルだけですね。どこにいますか?﹂
﹁あの人は男衆に混じって動物を捌いているわ﹂
動物?
この村には家畜はいない。肉は全て狩りによって賄われる。
アナスタシア様の視線の先に、数体の大型動物を囲む野郎共がい
た。
568
﹁ガイル、ただいま﹂
﹁ん、おう﹂
再会挨拶終了。
ガサツなガイルに慇懃かつ形式美な挨拶など時間の無駄だ。伝え
るべきことは態度と行動で示す、そんな男である。
﹁手伝うことはあるか?﹂
﹁いや、いい。あとは焼くだけだ﹂
鹿とクマらしき動物の肉塊が鉄棒に貫かれ、宙に浮いている。
これをクルクル回しながら焼くのか。ワイルドだな。
鹿と目が合った。
﹁そ、そんな目で俺を見るな﹂
魔物の時は平気だったのに、鹿のような可愛い動物だと抵抗が湧
く。
なんたって、こいつは殺された挙げ句こんな間抜けポーズをさせ
られているんだろうな。
﹁死んでいるんだからいいじゃねーか。生きたまま串刺しにってん
569
なら躊躇するが﹂
﹁襲ってくる魔物は殺して平気でも、食べる為に殺したコイツには
罪悪感を覚えるらしい﹂
﹁そりゃそうだろ。例えばさ、襲ってくる男と怯えてる女、助ける
とすればどっちだ?﹂
﹁女﹂
﹁だろ?﹂
悔しいが、どこか納得してしまった。
﹁人間って傲慢だな﹂
﹁完全公平な奴を人間とは呼ばねーよ﹂
ガイルは鹿の頭をぺちぺちと叩く。
﹁感謝しろとは言わん﹂
﹁しなくていいの?﹂
﹁誰かに言われて頭を下げるのは感謝ではない。謝罪も感謝も上辺
だけなら誰にも出来るさ﹂
うーむ。
ガイルは感謝しろとは言わなかった。
だが、感謝してはならないとも言わなかった。
570
鹿と見つめ合う。
﹁⋮⋮いただきます!﹂
なにはなくとも、肉は美味そうだ。
﹁皆の者。本日はお日柄もよく、村の美しいお嬢さん方の料理も男
達の調達した肉もたっぷりと用意出来た。更に大陸横断レースはま
さに佳境であり、楽しみには飢えぬ夜となるであろう。さあ、ゼェ
ーレスト収穫祭の始まりじゃ!﹂
レオさんの宣言により、村人達の掲げたコップが宙を舞う。
既に日は暮れかけているが、広場中央のキャンプファイアーによ
り村全体が煌々と照らされていて明かりに不自由はしない。
歓声と共に人々は歌を歌ったりラジオに耳を傾けたり肉に殺到し
たり。思い思いの形で収穫祭へと挑んでいった。
当然、俺は肉である。
﹁意外だね。レーカ君は大陸横断レースが気になると思っていたけ
れど﹂
﹁貴方はツヴェーで散々美味しい物を食べたでしょうし、こっちで
は控えていなさいよ﹂
エドウィンとニールに鉢合わせた。
571
﹁レースは気になるけど、音声だけじゃね。どこのチームがどうと
かも詳しくないし﹂
スポーツもラジオ中継では楽しめないタイプだ。携帯電話にすら
テレビが内蔵されているこの時代、音だけで試合の情景を想像出来
るのは映像すら見飽きた玄人だけだと思う。
﹁それとニール、実は飯はゼェーレストの方が美味いぜ﹂
﹁そうなの?﹂
﹁ああ、ツヴェーは食物の大半を外部からの入荷に頼っているから
な。鮮度が全体的に低かったよ﹂
それにゼェーレストでの食事はレイチェルさんお手製だった。ま
ずいはずがない。
香ばしい肉の香りが漂う。
見た目はグロテスクだが、ジューシーな香りがこの死体が食べ物
であると強烈に訴える。
﹁く、悔しいが美味そうだ!﹂
﹁なにが悔しいの?﹂
担当の男がOKサインを出すと、人々は嬉々と肉をナイフで削り
始めた。
マイケルが皿にてんこ盛りの肉を頬張る。
﹁どうだ、大盛りだぜ!﹂
572
﹁ふふん、これは負けられないな﹂
俺も負けじと肉を削る。
﹁脳は珍味よ﹂
﹁ニール、食えるの?﹂
﹁やめとく﹂
だよなー。
フォークで肉を口に運ぶ。アッサリパリパリこれは⋮⋮味がない。
﹁レーカ君、これこれ。塩で食べるんだよ﹂
﹁ああ、そうなのか。そりゃそうだな﹂
胡椒もあったのでふんだんに振りかける。うむむ、これは米が欲
しい。
﹁うむ、いいタイミングで村に来たな。まさか祭りの日に出くわす
とは﹂
﹁だな。とりあえず食えるだけ食っておこう﹂
ん?
村人ではない二人が肉をつついていた。
﹁あれ、ヨーゼフとハインツじゃないか。生きてたの?﹂
573
シールドロックに挑んだ自由天士だった。ヨーゼフは闘技場の第
二試合の相手である。
﹁失礼だな。命からがら逃げてきたとも﹂
﹁おお、前にヨーゼフの愛機を改修した坊主か。なんでこの村に?﹂
﹁なんでって、俺はこっちの出身だし﹂
むしろ俺としては二人がなぜゼェーレストでちゃっかり祭りに参
加しているのかを聞きたい。
﹁シールドロックに負けたの?﹂
﹁む、むぅ。端的に言えばそうだ。村の外れに機体は駐機している
が、修理は依頼出来るかね?﹂
いいけど、二人の懐事情は大丈夫なのだろうか?
よほど苦しいようなら無期限無利子ローンも認めることにしよう。
﹁しかもよ、アイツはシールドロックじゃなかったぜ﹂
じゃあなに?
﹁あれはシールドナイトというシールドロックの上位種だ。鱗の鎧
を着込んでおり、長距離攻撃手段すら有する危険な魔物だ﹂
﹁ああ、道理であんなに強かったのか﹂
納得である。
574
ストライカー
ソードシップ
﹁私の人型機は後回しでいいので、先にハインツの戦闘機を修復し
てほしい。早くギルドに魔物の正体を伝えなければ﹂
﹁そうだな。また誰かが無策で挑んで犠牲になっちまう﹂
真剣に話し合い始めた二人に、少し気まずい心境で割り込む。
﹁これはもう騎士団に申請して⋮⋮﹂
﹁いや、トップウイングスをどこかから呼んで⋮⋮﹂
﹁あ、あのー?﹂
コンビは同時に俺を見る。
﹁なにかね?﹂
﹁なんだ?﹂
﹁いや、その?﹂
逸らした視線を戻し、一呼吸。
﹁俺、ゼェーレストに戻る道中で倒しちゃいました﹂
﹁⋮⋮なにを?﹂
﹁シールドロック、じゃなくてナイト﹂
575
途方もなく微妙な空気が場を支配した。
まやま れいか
真山 零夏はツヴェーから出発してすぐ、異変に気付いた。
﹁ここ、どこだ?﹂
エアバイクを一旦停止。跨がったまま、困ったように頭を掻いた。
断っておけば彼は記憶力の良い方だ。異世界に渡って以来は特に、
後天的な付加能力か金髪碧眼の肉体が有する基礎能力か、頭の回転
も早くなっている。
そんな零夏が道に迷った理由はただ一つ。
﹁左右逆だったもんなぁ﹂
ツヴェー行きの道中を逆さ吊りにされていた為、道順を間違えて
覚えていたのである。
﹁そこまで致命的にルートを逸脱しているとも思えないが⋮⋮﹂
保存食は充分バイクに詰め込まれている。制限時間的な焦りはな
い。
しかし、向かう指針がないのは零夏の精神力を気付かぬ間に削い
でいた。
方位磁石の通用しないこの世界、迷子になった時に最も確実にル
576
ート復帰する方法は上空からの俯瞰である。
だがそれは飛行系の魔物に狙われかねない賭。
実際のところさほど大きなギャンブルではないのだが、今の今ま
で﹃魔物との戦闘経験がない﹄という事実が必要以上に彼を臆病に
していた。
﹁大丈夫、俺にはこれがある。アナスタシア様だって認めてくれた
じゃないか﹂
エアバイクのフックを引くと、ガンブレードの柄が飛び出す。
身体強化を行った状態であればガンブレードのショットガン機能
を片手で扱うことも容易い。防御の脆弱な飛行系魔物は一撃で終わ
る。
不安が残るとすれば、ツヴェー渓谷でもあまり訓練は行わず、終
盤でキョウコと多少訓練をした程度なことくらいだ。
エアバイクのエンジンを吹かし、クラッチを繋ぐ。
二重反転プロペラが始動し風がエアバイクを空中へと押しやった。
用心を重ね、遠見魔法を併用しながら周辺を見渡す零夏。
すぐ、その表情に喜色が広がった。
﹁あの岩場は!﹂
ゼェーレストからツヴェーへ移動する際、一晩野宿した見晴らし
の良い台地である。
彼の読み通り、街道から極端な逸脱はしていなかった。
⋮⋮最も、遠見の魔法なしでは視認出来ない数キロ単位の距離で
あったが。
浮ついた気分で地上に降りもせず岩場に急行する零夏。
彼の前に、巨大な壁がせり上がった。
577
﹁へっ?﹂
無骨な鉄の板。否、それは既に板のレベルを超越していた。
上下の高さは約八メートル。厚さも一メートルを越える。
それは鉄盾ではない。鉄塊である。
途方もない重量を誇るその﹃盾﹄を保持するのは、身長一〇メー
トルの巨人だった。
ストライカー
﹁︱︱︱人型機ァ!?﹂
ハンドルを切るも、到底間に合わない。
バイクのタイヤを盾にぶつけ、壁走りによってようやく回避する。
﹁自由天士か!? 危ないだろいきなり起きあがるな!﹂
頭部付近まで上昇し叫ぶ。パイロットに直接抗議しようとしたの
だ。
そこで、零夏はやっと気付く。
その巨人の頭部が人間を収めるコックピットではなく、有機的な
眼球を備えた生物であると。
一瞬現実逃避し人型機の新型装置かと疑うも、同時に行った解析
の結果、認めざるおえなくなる。
全身を駆動させるのは無機収縮帯ではなく、グロテスクな有機組
織。
外部からの解体を考慮しない、神懸かった複雑怪奇な構造。
これは人の作った物ではない。
﹁こいつは︱︱︱魔物だ﹂
そして思い出す。ツヴェーにて密かに話題となっていた、危険性
578
は低くとも戦闘能力は高いとされるAランクモンスター。
﹁シールド、ロック⋮⋮!﹂
ギロリ、とシールドロックは零夏を睨んだ。
零夏はシールドロックと判断するも、この魔物の本当の名はシー
ルドナイトである。
両者は大元を同じとする魔物だ。ただ、意志の強さがそれぞれを
分かつ。
シールドロックもシールドナイトも同等に巨大な盾を持つゴーレ
ムである。しかしロックは表面が脆い岩なのに対し、ナイトは鱗の
ように隙間なく硬質化した鎧で覆われている。
変質し死して再生しながら、それでも護人としての誇りを失わな
かった英霊の成れの果て。
だがそんな誇りを解する者はいない。魔物と分類される彼は、理
性もなくただ目の前の外敵を払うのみ。
しかしそれでも人里を襲わぬのは、彼の矜持故だろうか。
彼は人間を能動的に襲わない。殺すのは敵意を以て武器を構える
敵全てである。
彼は苦悩していた。なぜ自身は存在するのか。自身はなにを求め
ているのか。
誰がそう呼んだのか、彼はその在り方より名を与えられる。
﹃シールドナイト﹄。護ることに特化しつつも、護るべき対象を
見失った哀れな騎士。
その盾は、その鎧は。
579
全てを手放しながらも最後まで見失わなかった、その尊い誇りの
具現なのだ。
それを知る由もない人間達は、シールドロック及びシールドナイ
トを﹃危険性は低くも戦闘能力の高い魔物﹄とだけ位置付ける。
その強固な盾がどのような願いで形を得たのか、そんなことは誰
もが思慮の外であった。
それこそ、当の本人でさえ。
﹁︱︱︱︱︱︱﹂
しかし、だ。
﹁︱︱︱︱︱︱ッ﹂
しかしながら、彼は遂に見つけた。
﹁︱︱︱︱︱︱ッツァ ﹂
空飛ぶ大型バイクに跨がる少年。
﹁︱︱︱︱︱︱アアアアッ﹂
零夏を見た瞬間に理解したのだ。自身が生まれた意味、自身の最
期を。
﹁︱︱︱︱︱︱ッッッッッ!﹂
だからこそ彼は、その姿となって初めて自分の意志で武器を構え
る。
580
﹁ ァァ!!﹂
鱗状となった鎧を数枚剥がし指の間に固定。
﹁アアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!!!﹂
全身全霊を以てして、彼に撃ち放ったのだ。
﹁うおおぉ!?﹂
超音速で飛来した鱗。
到底エアバイクの加速では避けきれないと判断し、飛び降りて回
避。
ガンブレードは咄嗟に引き抜いている。それが生命線、命綱だと
直感していた。
地面を転がり着地。身体強化を継続していたので怪我はない。
鱗はバイクのプロペラを掠め、数百メートル先で着弾、爆発。
爆薬が仕込まれていたはずもない。運動エネルギーだけで爆発し
たのだ。
﹁っつーか、俺のエアバイクがああぁ!﹂
錐揉み状態で墜落するバイク。
所詮高度一〇メートルからの落下だが、徹底的に軽量化されたエ
アバイクは最低限の強度しか有していない。フレームがへし折れ内
部機構が空転するジェットエンジンにて粉砕された。
581
メカニックとして習熟した解析能力が、修理に最低数時間を要す
ると算出する。それでも異常に早いタイムであり、並の技師であれ
ば全損扱いか部品取りが精々の大破レベルだ。
ともかく、これにて零夏には逃走という選択肢がほぼ消滅した。
﹁シールドロックって、積極的に攻撃してこないんじゃないのかよ
!? それとも怒らせた?﹂
かもなぁ、と頭痛を堪える。先程はっきりと怒鳴り散らしたこと
から、その可能性をどうも捨てきれない⋮⋮気がするような。
無論、気のせいであるがそれを教えるものはいない。
﹁アアアアアアアアアアアアア!!!﹂
ほうこう
どこか悲痛な響きの咆哮を発し、盾を保持していない片手を振り
回すシールドナイト。 ﹁にゃろう、これでも食らえや!﹂
ポンプアクションを駆動、ガンブレードのショットガンをぶっ放
す。
盾の脇からシールドナイトへ迫る、マッハ1に達するショットガ
ンの粒弾。
当たる、と確信したそれは。
音速を超えて割り込んだ鉄盾にすべからく防がれた。
﹁はぁ?﹂
対人用の弾なのでダメージがないのは予想していた。だがしかし、
あの角度あの速度で防御されるなど有り得ない。
582
出鱈目だ。こいつの反射神経は、とにかく攻撃を防ぐことに特化
している。
零夏はようやく気付く。その盾を持つ左腕が、尋常ではない太さ
だということに。
﹁盾を音速で振り回すのか、戦車砲だって防げるんじゃないか?﹂
脳裏に、逃げるという選択肢が再浮上する。
バイクがないので危険な賭となるが、それでもシールドナイトを
撃破するよりは現実的な方向性だ。
メインバトルタンク
︵こいつはMBTだ。最強の装甲、最強の砲撃、高い機動性を有し
ている。更に恐るべきことに、MBTの弱点である上面側面背面か
らの攻撃が効かないときた︶
馬鹿げている。相手にするだけ馬鹿らしい。馬鹿だ馬鹿。
逃げてしまえ、と感情が叫ぶ。
﹁⋮⋮びびんなよ、俺!﹂
実戦の恐怖に駆られて判断力が鈍っている。
戦車から逃げる? 出来るはずねぇじゃねえか。
自分を叱咤し、シールドナイトを睨み付ける。
﹁いいぜ、やってやるよ﹂
ニールだって初めての戦闘で戦い抜いたんだ。なら俺だって。
﹁光栄に思えシールドロック、初体験のお相手は︱︱︱お前だ!﹂
583
覚悟を決めた零夏がすべきこと。
それは現状可能な最強攻撃を叩き込むことだけ。
ガンブレードの銃身を後方へスライド。刀身が展開し内部よりド
リルが出現する。
コンプレッサー始動。錬金魔法にて水素と酸素の混合物が銃身で
あった圧力タンクに注入される。
︵チャージ終了まで一分、徹底的に逃げ切る!︶
火花を散らすコンプレッサー。火の粉の光帯を残し小さな影は縦
横無尽に走り続ける。 時に飛翔し、時に木を蹴り飛ばし。
そして、盾の真っ正面に飛びかかる。
当然盾を構えるシールドナイト。
その鉄盾にドリルの先端を突き付ける。
間合い
﹁悪いが、この距離こそ俺のレンジだ﹂
トリガーを引く。
森に巨大な火柱が上がった。
目撃者がいたならドラゴンのブレスであると確実に勘違いするよ
うな、まさしく炎の柱。
高速回転するドリルが盾を削り、付加された魔刃の魔法が森の木
々を切り裂く。
円錐状に細切りにされる森。凶悪に過ぎる杭を、ロケットエンジ
ンが更に押し込む。
﹁防がれるなら、防御ごと貫いてしまえばいい﹂
一〇メートルに及ぶ爆炎の一〇秒間の推進。一度ゼェーレスト村
584
にて実験し、アナスタシアに使用禁止を命じられた禁忌の一撃。
その威力をして、彼女は呆れ気味にこう呼んだ。
全てを貫く10×10の金管楽器。即ち︱︱︱
100管のオルガン
﹁︱︱︱ストーカチューシャ!!!﹂
かつて硬い大岩すら粉砕したそれは、森の一角を砂塵へと変えた。
最上級魔法に迫る一撃。
しかし、それでも尚。
﹁届かない、だと⋮⋮?﹂
燃料が尽きて、ガンブレードは零夏共々地面に落ちる。
真っ赤に熱せられたガンブレード。
周辺は甚大な被害を受けつつも、シールドナイトの盾は健在であ
った。
﹁ふざけてやがる﹂
零夏の体は身に余る一撃の土台となったことで、全身ボロボロで
ある。
シールドナイトは零夏に対して盾を突きつける。
なんとなく新聞紙で潰される虫を連想し、顔を歪めた。
﹁俺はゴキじゃねぇぞ⋮⋮!﹂
横に飛ぶと、シールドナイトの盾と地面との間の空気が潰される
風圧で数回転吹き飛ばされた。
後頭部が硬い物に衝突。
585
﹁いてぇ!? ⋮⋮って、これは﹂
﹃硬い物﹄の正体に気付き思わず笑みが浮かぶ。どうやら運は尽
きていないらしい。
それは、エアバイクの残骸。
側面の外装を開くと、お目当ての物は幸い無事だった。
﹁ゼェーレスト村を出発した時のガンブレードじゃゲームオーバー
だったな﹂
﹃カードリッジ﹄を交換し、圧力を確認。
100管のオルガン
﹁しっかり改良しといたぜ、最後の問題点!﹂
引き金を引く。
有り得ざる二度目のストーカチューシャが、シールドナイトの盾
に突き刺さった。
ガンブレードの弱点であるチャージ時間とコンプレッサーの負荷。
その対策が﹁予めカードリッジに圧縮燃料を込めておく﹂という
ものだった。
水素と酸素を保存する危険性から、実用化の遅れたガンブレード
の最後の機能。
火柱は地面に叩き付けられることで、地面効果により更に推進力
を増す。
高温によりガラス状に溶け始める地面。
近くに転がっているエアバイクも危険であったが、今は忘れるこ
とにする。
100管のオルガン
一〇秒後、更に再装填。
計三発のストーカチューシャは、遂に鉄盾を砕き割った。
586
﹁ !!!﹂
声ならぬ絶叫を上げるシールドナイト。
その間に四発目を用意する。
後ろに倒れるシールドナイトは、そのままバランスを取り戻すこ
ともなく大地を揺らし仰向けに崩れる。
﹁⋮⋮倒したのか?﹂
100管のオルガン
そんなはずはない、と勘が否定した。
ストーカチューシャの切っ先は決してシールドナイト本体に突き
刺さっていなかった。
慎重に接近し、内部のクリスタルにガンブレードの照準を合わせ
いつでも貫ける状態のままシールドナイトに飛び乗った。
盾を保持した左腕は砕けている。ならば、右腕は?
視線を向けた途端、唐突に右腕が持ち上がる。
﹁やっぱ生きて︱︱︱え?﹂
零夏は、腕は自分を掴むか払うかすると予想した。
しかしシールドナイトのとった行動は想定外だった。
自分の胸部装甲である鱗を剥ぎ始めたのだ。
﹁な、なにやっているんだ? 痛くないのか?﹂
敵対している相手にも、痛みを覚えてしまうのは難点か美点か。
みるみる剥がれ落ちる鱗。
そして胸に腕を突っ込んだかと思えば、なにかを掴み零夏に差し
出した。
開いた手のひらに乗っているのは、人型機の動力源としては充分
587
なサイズのクリスタル。
シールドナイトは、こともあろうか自害し心臓を人間に差し出し
たのだ。
﹁くれる⋮⋮のか?﹂
シールドナイトの瞳から光が失われる。魔力の絶たれた肉体が動
くはずもない。
盾を砕かれ、胸に穴が開いた大型魔物。
その上で呆然と亡骸を見つめる零夏。
彼の初実戦は、こうして奇妙な閉幕と相成った。
﹁というわけだ﹂
﹁いや、なんというか⋮⋮無茶をするな﹂
冒険者二人と冒険者志望三人組の視線が痛い。
﹁なぁ、結局どう違うんだ、シールドロックとシールドナイトって﹂
﹁真正面から近距離で挑んだ君には大差なかっただろうな。むしろ、
あの盾を貫こうなど発想からして狂っているぞ﹂
﹁ははは、それほどでも﹂
588
﹃褒めてない﹄
ハモった。
﹁ロックとナイトの違いは鎧と遠距離攻撃手段の有無だな。なぁ、
ヨーゼフ﹂
﹁その通りだ。だが、その違いが戦術に大きな差を与える。ロック
は十字砲火で仕留められる、というのは知っているか?﹂
﹁うん。キョウコに聞いた﹂
﹁最強最古、そういえば弟子だったな⋮⋮﹂
そういう設定です。
﹁我々もセオリーに則りそれを試した。そして、返り討ちにあった﹂
ヨーゼフ氏の人型機には57ミリ砲が装備してあったはずだ。あ
れなら鱗の鎧は貫通しそうなものだけど。
﹁奴の判断能力は想像以上だった。確かに私の人型機には大砲が積
まれているが僚機であるハインツの戦闘機には30ミリ機銃しか積
まれていない。57ミリ砲を側面から本体に当てようと思えば、事
前に別の方向から機銃で盾の方向を釘付けにする必要がある。だが、
奴は30ミリ機銃を徹底的に無視し鎧で受け止め続けたのだ﹂
ダメージコントロールってやつか。人型機には自分の鎧を貫ける
装備があると理解し、盾を温存したんだな。
589
﹁おまけに長距離攻撃のせいで対空攻撃まで可能ときた。俺はあれ
でやられたな﹂
逃げ切ることも許されない、生還者が少なかった理由はこの辺だ
ろう。
﹁なんなのだろうな、シールドナイトとは。私はあの魔物から物悲
しさを覚えた﹂
﹁だよなぁ、ああいう魔物はやりずらいわな﹂
最期の自害。あそこには、いったいどんな思いがあったのだろう。
﹁⋮⋮あれ、冒険者志望三人組は?﹂
どこか行ってしまった。
﹁子供達かね? あそこだ、あそこ﹂
ヨーゼフの指先には赤いスープをガバ飲みする少年少女。
﹁てめぇ、アナスタシア様の手料理を食い尽くすんじゃねぇぇぇぇ
!!﹂
話を切り上げて駆ける。
そんな後ろ姿を微笑ましげに冒険者達は見ていた。
﹁やれやれ、Aランクモンスターの武勇伝より食い気ときたか﹂
590
﹁がはは、いいじゃないか。俺達も食おうぜ、金もないしな!﹂
食い意地張った相棒に溜め息を吐きつつ、ヨーゼフは一人違和感
を覚えていた。
﹁アナスタシア⋮⋮? まさか、あのお方が⋮⋮?﹂
宴もたけなわ、皆が腹を満たし騒ぎ疲れた頃合い。
﹁うぎゃああぁぁぁ、酒だ酒だぁぁ!﹂
酒に溺れたり、
﹁やっちまえぇ! ヒャッハー!?﹂
喧嘩したり、
﹁首都で話題の流行歌、三四曲目歌いまーす!﹂
歌ったり、
﹁おめーら、ここにガイル様がいるぜ、なんつってー!﹂
自己紹介したり、
﹁ぶっちぎれー! ここでお前が負けたら罰ゲームなんじゃー!!﹂
大陸横断レースでつまらない賭をしたりとなかなか混沌としてい
る。
591
訂正、こいつら全然疲れてない。
一人知り合いがいたが忘れよう。
﹁もう食えん﹂
肉も料理も、三日分は腹に収めた。
﹁ごちそうさ⋮⋮いやいや。甘いものは別腹別腹﹂
お菓子の並んだテーブルを発見し食事再開。
女の子理論ということなかれ。男だって甘味は好きなのだ。
﹁シートケーキは浪漫ロマン﹂
板状に大量生産されたお手軽ケーキ。量優先なので見た目は簡素
だが、味は良質だ。
中世的世界観では砂糖が貴重なはずだが、セルファークでは現代
日本と変わらぬ食文化が成熟している。ちょっと不自然なほどに。
﹁もしかしてロリ神のテコ入れかもな。食は人類の生存に直結する
し﹂
地上と月面が向かい合っていたりと、とことん歪な世界である。
皿にケーキをてんこ盛り。言わばスイートピラミッド!
﹁太古の浪漫と甘味の浪漫の融合! ⋮⋮ん?﹂
服の裾をくいと引かれる。
﹁誰?﹂
592
振り返れど誰もいない。悪戯か?
﹁⋮⋮こっち﹂
﹁あ、ごめん﹂
ソフィーが側に立っていた。
小さくて気が付けなかった。
﹁なんかごめん﹂
﹁ケーキ取って﹂
﹁⋮⋮怒ってる?﹂
﹁ちょっと﹂
おお、ソフィーが甘えてきた。
他人行儀な距離がない。甘えるのは信頼の裏返しだ。
ハグしたい衝動を抑え、彼女の皿にケーキをよそう。
﹁こんなもんでいいか?﹂
﹁うん、ありがとう﹂
適当な丸太に腰を降ろすと、隣にソフィーが座ろうとした。
﹁ちょっと待った、その服汚すと怒られるんじゃないか?﹂
593
﹁あ﹂
ソフィーの服装はシンプルながらも美しいドレスだ。田舎の祭り
で浮かない程度に、かつ見栄えのいい品を選んだのだろう。
ここはスマートに丸太にハンカチでも敷ければいいのだが、生憎
そんなこじゃれた物は携帯していない。さて困ったものだ。
﹁そうだ、広場の方には加工した製材のベンチがあったはずだし、
あっちに︱︱︱﹂
ぽすん、と俺の膝の上にソフィーが収まった。
え? 俺、ベンチかハンカチ代わり?
年の割にも小さな彼女は俺の腕にもすっぽり収まってしまう。
これはあれだ。ガイルとかと同じ感覚で座られている?
細く繊細な白髪やつむじを眺めていると、頭頂をつついてみたい
衝動に駆られる。
なんのツボかは勝手に各自調べてほしい。
﹁⋮⋮美味いな、ケーキ﹂
﹁そうだね﹂
二人羽織りの状態で、互いに自分の皿からケーキを食す。
せっかくこんな体勢なので、アレをやってみる。
小さく切ったケーキを持ち上げる。
﹁あーん﹂
﹁あむ﹂
594
フォークを差し出すと素直に応じて食べてくれた。可愛いじゃな
いか。
和んでいると遠くから着飾ったマリアが殺す目で睨んできたが、
ふふん、この子は渡さん!
そこに、どこかチグハグな素人音楽が流れてきた。
先程の流行歌︵ほんとかよ?︶を歌っていたオッサンではなく、
ある程度年齢を重ねた者達の楽器による穏やかな演奏。
どこか上品で、どこか軽快で。楽しげなリズムに若者達は広場の
中心のキャンプファイアー元へと集まった。
クリスタル共振ラジオも停止している。
﹁なにが始まるんだ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮祭りの最後の、ダンスなの﹂
あ、盆踊りをするって言ってたっけ。
むしろ社交ダンスだろうか。男女がペアとなり、思い思いに体を
揺らしている。
﹁簡単な踊りだな﹂
﹁ダンスの奥深さは底知れないわ﹂
普段からその手の訓練を積んでいるソフィーの口調はちょっと固
かった。
﹁ソフィーはダンス嫌いなのか?﹂
﹁うんん。でも、知らない人と近付くのは嫌。普段は家族がパート
ナーをしてくれているけれど﹂
595
人見知りだとダンスが苦手で当然か。
ソフィーは立ち上がり、俺と向き合う。
﹁どうした?﹂
﹁う、ん⋮⋮﹂
視線を泳がせ、深呼吸。
それでも落ち着かない様子。俺は立ち上がり、片膝を着いて彼女
より視線を低くした。
子供は自分より高い視線には緊張するものである。
急かすことはせず。真摯な目でただ待つ。
﹁レーカ﹂
﹁なんだい?﹂
ソフィーはそっと白磁のような華奢な手を俺に差し出し、かつて
返事を待って貰えなかったお誘いを再び告げた。
﹁私と踊って下さい、レーカ﹂
前回の女王の如く気を纏うそれではなく、等身大の女の子らしい
精一杯の一言。
顔を紅葉のように紅潮させたそれは、どこか危うく、今にも崩れ
てしまいそうで。
﹁ダンスなんて初めてだからな﹂
596
なら俺がすべきことは、王子様の飾った言葉ではない。
﹁お手柔らかに頼む、ソフィー先生﹂
彼女と同じ視線で接すること。ただ、それだけだ。
﹁さあ、曲が終わる前に行こっか﹂
﹁︱︱︱うんっ﹂
俺に手を引かれる少女の笑顔は、王族の大衆向けなんて陳腐なも
のではない。
俺一人に向けられた笑顔は、きっとそんなものより何万倍も価値
がある。
ならば守るだけだ。他でもない今この瞬間の平穏を。
幻想のように回る光景、目の前の白き少女に俺はそんなことを思
っていた。
2章 完
597
真っ暗な室内。
蝋燭の灯り一つない密室にて、それは行われていた。
﹁報告によれば、シールドナイトが撃破されたらしい﹂
男の指が微かに動く。
﹁ふん。あれは失敗作、未完成故に破棄された物だ。倒されたとこ
ろでなんら問題はあるまい﹂
男は口の端を吊り上げ、気味の悪い笑みを漏らす。
﹁やれやれ、貴様はそれだから小物なのだ﹂
﹁なんだと!?﹂
﹁やめんか!!﹂
男の一喝により、室内には静寂が戻った。
﹁撃破したのは誰だ? 自由天士か?﹂
﹁いえ︱︱︱レーカ、という少年です﹂
﹁少年? 馬鹿な、子供に倒せるような魔物ではないぞ﹂
男は紙を何枚かめくり、内容を見る動作をする。
598
﹁ある日ふらりとゼェーレストに現れた少年か﹂
﹁怪しいな。なにより齢一〇歳にしてこの才気、異常過ぎる﹂
﹁うむ⋮⋮しかもかなりの美形らしい﹂
室内にざわめきが起こった。
﹁天才、そして美形、更に凄腕メカニックでありイケメン⋮⋮完璧
ではないか﹂
﹁妨げになるかもしれんな。我らが最終計画﹃アルティメット・オ
ペレー⋮⋮﹄﹂
ギィィ、とドアが軋みつつ開いた。
室内に光が射し込み、人間が入ってくる。
ガイルであった。
﹁⋮⋮⋮⋮なにやってんだ、お前?﹂
﹁あ、いや、その、黒幕ごっこ﹂
ここは屋敷の一室。
一人遊びをしていた零夏は慌てふためいた。
見られた! 恥ずかしいところを見られた!?
599
異界の故郷と収穫祭︵後書き︶
これにてツヴェー修行編終了です。次こそ主人公機製作編。
600
作者の落書き 2
<i55469|5977>
﹁夫と少年を見守る妻の図﹂
<i49190|5977>
帝国最新鋭獣型機﹁ホモォ﹂
帝国最新鋭獣型機。機体上部に搭載されているのはパイルバンカ
ーユニットである。脚部にはローラーダッシュを内蔵しており、敵
人型機に高速接近、懐に潜り込んで敵機の下半身にパイルバンカー
を打ち込むという戦闘スタイルを得意としている。
︵画像は開発中の物です。実物は未塗装です。設定及びデザインは
予期なく変更する場合でございます︶
<i51893|5977>
ニール・マイケル・エドウィン
冒険者志望三人組
ゼェーレストに住む冒険者を目指す幼なじみ達。
手軽に動かせる裏設定のないキャラとして登場させたはいいもの
の、常に三人一緒なので意外と動かしにくい。
601
名前の元ネタはググればすぐ判る。
<i52975|5977>
﹁夏の熱風と異世界の風﹂より、お仕事中の零夏君。
<i53620|5977>
ひゃっかじん
百花人ガチターンカスタム機
以下、作者の人型機メモ。カスタム前のオリジナル状態の設定で
ある。
帝国が大戦中に開発した量産傑作人型機。優れた操縦性、整備性、
量産性を持ち戦御子︵共和国量産機、現未登場︶より高スペック。
しかし拡張性は比較的悪く工作精度も低いので敬遠されがちである。
帝国の戦術は数によるごり押しだったので、オリジナルは両手の
他に背中に3門の火砲を備え、計5つの火器を搭載することとなる。
多くの兵器を管制する為に複座。
自由天士機では単座に改造されていることも多い。イメージはロ
シア戦車T34とT35。
<i53925|5977>
エアバイク設定画
602
<i54783|5977>
最強最古の天士キョウコ
400年生きているハイエルフの女性。人生経験豊富かと思いき
や、意外と初心。
戦闘能力は割と出鱈目。万全の状態では零夏すら適わない。作中
最強の一人。
<i55470|5977>
2章ラスト、収穫祭シーンより。
メインヒロインということで気合を入れて描いた。やっぱり全筆
塗りは大変だが色合いがいい。
603
フルーツポンチと秋の空
﹁泣くんじゃねぇよ、ガキがピーピーと。やがましいったりゃあり
ゃしねぇ﹂
﹁泣いてるのは貴方の娘さんですよ、カストルディさん﹂
ツヴェーの旅立ちの朝。
早朝、俺は荷物を纏めたエアバイクを脇に、渓谷の出入り口でお
世話になった人々と最後の挨拶を交わしていた。
﹁ルゥェェぇぇぇクァぁぁ、くぅぅぅんんん⋮⋮﹂
﹁ほら、涙を拭いて。どぅどぅ﹂
﹁馬かよ﹂
泣きじゃくるマキさんをあやすも、到底泣き止みそうにもない。
この人ほんとに結婚を控えているのだろうか。
﹁弟になってぇぇ、うちの子になろうよぉぉぉ﹂
﹁その、お気持ちは嬉しいのですが⋮⋮﹂
本当に嬉しいのだ。ここは俺の第二の、じゃなくて第三の故郷と
感じている。
604
﹁ほれ、迷惑かけんじゃねぇよ﹂
カストルディさんがマキさんを掴み上げ米俵のように肩に担ぐ。
﹁レーカ君、私のこと忘れないでねぇええぇぇ⋮⋮﹂
﹁忘れませんよ、今生の別れじゃないんですし﹂
ちなみにカストルディさんは俺から見て向こう側に頭が向かう体
勢でマキさんを担いだ。
最後のお別れにケツを向けられているのもどうなんだろうか。
俺はマキさんを回想する度、この可愛いお尻を思い出すのだろう。
なんかやだ。
﹁レーカさん、本当に行ってしまうのですか?﹂
ウェイトレス姿のキョウコが悲しげに顔を伏せる。
むしろその迷走を続ける服装のチョイスが気になって仕方がない。
最強最古はどこへ向かうのか。
﹁そう落ち込むな、人生短いようで長いさ。いくらでも再開の機会
はある﹂
﹁︱︱︱そうですね、貴方が独り立ちすれば自ずと顔を合わせるで
しょう。なんら問題はありません﹂
そう言い笑顔を作るキョウコ。四〇〇年生きていようと、どうも
不器用な女性だ。
﹁じゃあな坊主、機体の火力を強化するからまた戦おうぜ﹂
605
﹁あれ以上強化してどうするガチターン﹂
なんでお前まで居るの? さして面識はないのに。
﹁冷てぇな、俺とお前の仲じゃねぇか。俺のケツにいいものぶっ込
んどいてそりゃねーだろ?﹂
通りかかった筋肉隆々な冒険者がウホッと反応した。
ガチターン機の下部格納ハッチに爆雷を投げ込んだ記憶しかない
が、嬉しかったのか?
彼とは少し距離を置こう。
﹁そろそろ行くよ? あんまり町の出入り口を塞ぐのもマナー違反
だ﹂
バイクに跨がりエンジンを回す。
﹁︱︱︱ん?﹂
遠方より、船団がこちらへ飛行していた。
﹁なんだありゃ? 戦争か?﹂
﹁んー? おお、来たな﹂
カストルディさんが髭面を綻ばせる。
﹁やっとここまで来たんだ﹂
606
﹁そういえばこの町は最後のセクションでしたね﹂
マキさんもキョウコも理解している様子。
エアシップ
セクション? どこかで聞いた言葉だが。
中型級を主とした飛宙船団は、だがそれぞれに統一性はない。
色鮮やかに塗装された船や、見るからにオンボロ船。船名も船体
に描かれたファンネルマークもバラバラだ。
﹁なんなんだあれ?﹂
﹁大陸横断レースの参加チームだ。一機に一つのチーム、一隻の船
が着いて回って世界中を移動するんだよ﹂
自慢気な顔でカストルディさんが話す。
﹁大陸横断レース⋮⋮一月かけて世界を股に掛ける、あの大規模レ
ース? ツヴェー渓谷が開催地の一つだったとは﹂
通りで最近観光客が多いと思っていたのだ。気付かない俺も俺だ
が。
﹁実はフィアット工房からも出場しているんだぜ!﹂
﹁あ、それは知ってる﹂
﹁知ってんのかよ﹂
さすがに何週間も働いていれば耳に入る。
﹁戦況はどうなんですか?﹂
607
﹁⋮⋮今年は本腰じゃなかったからな、あれだ、来年こそ本番だ、
全然気合い入れてなかったしな﹂
負け越しているらしい。
﹁ケッ、若い奴らがやりたいっつーから任せたのによ。あいつらト
ラブル続きで全然機体スペックを生かしきれずにダラダラと情けな
いザマを晒しやがった﹂
﹁お父さんの設計はピーキー過ぎるんだよ﹂
﹁ばろ、今年はあいつ等にゼロから設計させたんだ、俺の責任じゃ
ねぇ﹂
送り出したということはその技師達も優秀なのだろうし、本当に
複雑な設計だったと推測出来る。見てみたかった。
﹁見れるんじゃねぇか? 飛宙船は渓谷の近くに降りて、そこで整
備を行う。敵情視察を警戒して外部の人間は整備中の機体を覗けな
いけどよ、お前のヘンテコ覗き魔法なら見れるだろ﹂
その手があったか。
﹁そんじゃ、さよなら!﹂
﹁ちょ、おい! ⋮⋮行きやがった﹂
颯爽とエアバイクを飛翔させる俺。少し薄情だったかと反省する
も、好奇心のままに飛宙船を追いかける。
608
そして、俺は彼等を目撃する。
ップ
ソードシ
世界最速を争い大空を駆ける、最強のパイロット達と、その搭乗
機を。
シールドナイトを撃破する、実に数時間前の出来事である。
﹁ゆ⋮⋮め?﹂
知らない、とは言い難い見慣れた天井。
ゼェーレスト村外れの屋敷、その倉庫にて俺は目を醒ました。
﹁またか。またあの夢か﹂
最近こんな目覚めばかりだ。いや、決して悪夢の類ではないのだ
けど。
今日も変わらぬゼェーレストの朝。ツヴェーより帰還して一月経
ち、風もめっきり涼しくなった。
﹁過ごしやすいと油断していたら、すぐに寒い季節がきちゃうんだ
ぞ、っと﹂
609
井戸で顔を洗っていると、例の如くマリアと鉢合わせ。
﹁おはよう﹂
﹁おはよー﹂
いつにも増して顔をごしごししていると、マリアに顔を両手で鷲
掴みされた。
﹁あんまり強く擦ると肌に悪いわよ﹂
﹁だからってスイカみたいに持つな﹂
止めるなら頭ではなく手を掴むべきではなかろうか。
﹁そういえばスイカが余っているのよね。魔法で保管しておいたか
らまだ悪くなっていないし、あとで食べる?﹂
フルーツポンチ食べたいです。
﹁貴方最近、毎朝変よね﹂
﹁そうか?﹂
﹁そうでもないか。変なのは常日頃からね﹂
常日頃から変となると、むしろ何を基準に奇妙と断じるべきなの
か。
﹁なにかあったの? お姉さんに言ってご覧なさい﹂
610
﹁結婚して下さい﹂
﹁ふえぇ!?﹂
後ずさり屋敷の壁まで後退するマリア。顔は真っ赤である。
まだまだだな。アナスタシア様なら﹁再婚する時は考えてあげる
わ﹂と即座にいなすし、キャサリンさんなら蹴るか、キックするか、
足蹴にする。
年上ぶったところでまだまだ子供だ。相談事が出来る相手ではな
い。
﹁ま、あと三年、いや二年後をお楽しみにだな。マリア⋮⋮いや、
マリアちゃん﹂
肩を優しく叩く。
大外刈りされた。
﹁よう、スイカ人間﹂
﹁ムゴゴ! ︵うっせーよガイル、これが今のトレンドなんだ︶﹂
マリアに中身をくり抜いたスイカを被せられ早数分。
ただの被り物と侮るなかれ。一度真っ二つに割ったスイカをくり
611
抜いて、再び針金で固定し作った力作だ。
つまり、再び割らないと頭から取れない。
視界もなくふらふらと廊下を移動していた際に、ガイルと遭遇し
たのは僥倖だろう。
﹁解析魔法で確認しつつ針金切ればどうだ?﹂
﹁ムゴ! ︵自分に向けて刃物向けるとか怖いだろ︶﹂
﹁空気穴は見受けられないが、呼吸は出来るのか﹂
﹁ム! ︵そろそろ息苦しくなってきた︶﹂
冗談抜きにマズい。洒落じゃ済まない。 ﹁! ︵取って、ガイル取って! スイカ取ってぇ!︶﹂
﹁じっとしてろ、あまり暴れるな。苦しむスイカとかシュール過ぎ
る﹂
楽しんでるだろこいつ。
﹁こら暴れるな! 取ろうにも取れ︱︱︱ええい、面倒くさい!﹂
頭を殴られた。
スイカが木っ端微塵に砕ける。
赤い汁の滴るいい男な俺。
バールのような物を握るガイル。
﹁⋮⋮もう少しマシな手段はなかったのか﹂
612
﹁その﹃マシな手段﹄ってのを即座に提示出来るなら謝ってやる﹂
これなら自力で割った方がマシだった気がする。
しかも通りかかったソフィーに悲鳴を上げて逃げられた。
頭をスイカの果汁で真っ赤に染める俺。
バールのような物、というかバールそのものを握るガイル。
殺人現場である。
仕事を終えた午後、俺はアナスタシア様と娘ソフィーのお茶の時
間に誘われた。
美女美少女と時間を共に出来るとあってほいほいと着いて行き、
早速といわんばかりに唐突にスイカ事件について訊ねられる。
﹁子供扱いしたらスイカ被せられた﹂
﹁子供扱い?﹂
﹁マリアちゃんって呼びました﹂
指を顎に当てて眉を顰め、首を傾げるアナスタシア様。
﹁あの子がその程度で怒るかしら?﹂
613
﹁いえ、彼女の親切心を無碍にするのとセクハラ発言のコンボがあ
ります﹂
﹁なんだ、やっぱりレーカ君が悪いのね﹂
﹁やっぱり﹂使用の上で納得された。
﹁あれは怒っていたというより、照れ隠しでは?﹂
﹁照れるようなことをしたの?﹂
そりゃ、セクハラじゃ照れないしな。
﹁求婚した﹂
﹁ふぷぅ!?﹂
ソフィーが飲んでいた紅茶に咽せた。
すかさずアナスタシア様が口元を拭いてあげる。鼻水が飛び出し
ていたのは見て見ぬフリをしよう。
﹁レーカ、マリアのことが好きなの!?﹂
﹁そうじゃなくて、﹃大人ぶるのはプロポーズを聞き流せてからに
しろ﹄って意味合いだよ﹂
﹁⋮⋮最低﹂
﹁レーカ君、最低ね﹂
614
母娘からの評価が下落した。
﹁まあ、大外刈りとスイカ人間事件に関しては解ったわ。それとも
う一つ訊きたいことがあるのだけれど、いいかしら?﹂
﹁? 構いませんが﹂
お茶会に誘われたのもそれが本題だろうか?
﹁私からの質問ではなくて、ソフィーが気になってしょうがないみ
たいね﹂
﹁お、お母さん﹂
慌てた様子のソフィー。なんだろ、俺に質問って。
﹁ツヴェー渓谷から帰って来て以来、レーカ君の様子がおかしい気
がするのよ﹂
⋮⋮⋮⋮。
﹁そうですか?﹂
﹁ええ、様子が変なことは私も気が付いていたのだけれど、てっき
りツヴェーを懐かしがっているのかと思っていたわ。でもソフィー
曰く違うって﹂
よく見ているものだ。ひょっとして洞察力は母より娘の方が高い
のだろうか。
615
﹁誰に対しても同等に発揮される洞察力かは疑問ね。それで、なに
か悩み事でもあるのかしら?﹂
﹁いえ、特にそういうことではありませんよ﹂
﹁そうよね。レーカ君だと大人が聞いてもそう答えちゃうわよね﹂
アナスタシア様は立ち上がり、ソフィーの肩に手を置いた。
﹁それじゃあ、私は中庭の方にでも行っているわ。あとは若い人同
士で楽しんで頂戴﹂
お見合いですか?
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹁⋮⋮⋮⋮!﹂
絶妙な緊張感を孕むお茶会会場。強ばっているのはソフィーだけ
だが。
﹁⋮⋮あっ!﹂
﹁どうした?﹂
ソフィーはテーブルの下でカサコソと紙を広げた。
角度的に見えないけど、音と仕草で紙と判る。
﹁れ、れーか、わたししんぱいなのぉ﹂
616
棒読みだった。
﹁教えてほしいな、なにをなやん、でいるの?﹂
ちらちら下を見ていた。
﹁わたし、おに、おにいちゃ、んの力になりたいの!﹂
どうやら彼女の膝の上にはアナスタシア様特製のカンペが載って
いる模様。
ソフィーと許嫁にされて以来、時折アナスタシア様がアンポンタ
ンな行動に走るのはなんなのだろう。
いや、それより今、ソフィーはなんと言った?
﹁⋮⋮もう一度﹂
﹁えっ?﹂
真摯な目でソフィーの手を両手で包む。
﹁もう一度頼む﹂
﹁⋮⋮お兄ちゃんの力になりたいの?﹂
さ、さすがアナスタシア様! 俺のツボを突いてきやがる!
﹁前半! 前半をもう一度!﹂
﹁お兄ちゃん?﹂
617
幸せだった。
﹁よーし、俺はお兄ちゃんだぞー!﹂
ソフィーの両脇に手を入れて持ち上げ、ぐるぐる回す。同い年の
設定は忘却の彼方。
﹁れ、レーカ降ろして!﹂
﹁お兄ちゃんと呼びなさい!﹂
﹁やめてレーカお兄ちゃん!﹂
﹁ふはははははははははははははは﹂
﹁ぐるぐるが加速したよぉ!?﹂
﹁なにやっているのよ貴方達は⋮⋮﹂
マリアがジト目で見ていた。
まやま れいか
お茶会の雰囲気は一転し、さながら裁判所の体を成していた。
無論、被告人は俺こと真山 零夏。
正面には裁判長のマリア様。なにやら気合いの入り方が違います。
左手の検事はソフィー。控え目ながらも、決して俺への追及は緩
めないご様子。
618
︵そして右側、弁護士席には⋮⋮︶
皆大好きフルーツポンチ。
色とりどりの果物に、甘くて冷ややかなシロップ。季節に関わら
ず舌を楽しませる贅沢の極み。
少し赤色、即ちスイカの割合が多いのはご愛敬。ガラスの大きな
器が粋な清涼感の演出だ。
マリア手作りの一品である。
︵どうしろと⋮⋮︶
皆で楽しくフルーツポンチ食おうぜ。
﹁リクエストに応えてくれたのか。マリア、ありがとう﹂
﹁え、あ、うん。さっきはごめんなさい。冷静になってみれば、頭
にスイカって危ないわ﹂
事実窒息しかけたしな。ギャグ補正で助かるけど。
﹁それで、レーカはなにを思い悩んでいるの?﹂
﹁思い悩む、って﹂
苦笑が漏れる。
﹁皆、ちょっと考え過ぎだよ。俺が一々悩みを溜め込むタイプに見
えるか?﹂
619
﹁むしろゴミを溜め込んで片付けられないタイプね﹂
それはアナスタシア様だ。
﹁まあ、真面目な話さ。これは俺の趣味の問題なんだよ﹂
﹃趣味?﹄
少女達の声が重なる。
﹁そう、そしてその趣味を始めるには、ちと歳が早い。だからモン
モンとしてたってわけ。むしろ楽しい部類の悩みだろ?﹂
﹁その割には、自分を抑え込んでいるように見えるわ﹂
と、ソフィー。鋭いこった。
饒舌になって知ったが、彼女はよく人を見ている。
﹁教えない。気遣いは嬉しいけれど、よく考えて決めたことなんだ﹂
彼女の碧い瞳ではなくガラスの器と向き合いつつ、俺は言い切っ
た。
﹁シリアスするならフルーツポンチから目を離しなさい﹂
食べちゃダメ?
620
﹁欲しければ白状しなさい﹂という外道な脅迫に、俺は泣く泣く
部屋を後にした。
これは俺の意地だ。甘えるわけにはいかない。
ああくちおしやフルーツポンチ。俺の要望でこの世に生を受け、
なぜか俺の胃袋にやってこない捻くれっ子。
﹁はいアナタ、あーん﹂
﹁あーん﹂
バカップルが中庭のテーブルでいちゃついていた。
見た目若いので恋人同士にしか見えないが、無論屋敷外の部外者
ではなくガイルとアナスタシア様夫妻である。
互いにフルーツポンチを食べさせあっこしている。ケッ。
﹁あらレーカ君、話は終わったの?﹂
見つかった。
﹁いえ、逃げてきました。村に行ってきます﹂
﹁貴方も強情ねぇ。それじゃあフルーツポンチは?﹂
﹁食い損ねました﹂
マリア、俺の分とっていてくれるだろうか。
いや、人質は生きているからこそ人質として有効なのだ。俺が口
621
を割らない限りは保管してくれるだろう。
﹁そう、じゃあ⋮⋮はい﹂
器から果物を一掬い。匙を俺へと差し出すアナスタシア様。
ま、まさか⋮⋮!?
彼女の色っぽい唇から声が発せられる。
﹁レーカ君、あーん﹂
うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
うううおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
うううううううおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ
ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
解るだろうか、いや解るまい! この単調でアホっぽい叫びでし
か表現しきれぬ歓喜!
せいれん
ねはん
そう、それは恋! 春! 秋だけど!
かいびゃく
清廉とした春風の如く涅槃に至りし境地の心持ちにして、新たな
る領域の開闢記念日おめでとう!
ちょっと難しく表現してみた! 意味不明だけど!
﹁食べないの?﹂
﹁いただきまっす!﹂
パクリ、と口に含む。
DNA
シロップの繊細な甘さ、酸味がアクセントのフルーツ達。
それぞれの内包する塩基配列は違えど、その心は同じ。
﹃俺、甘くて美味いよ! 種入っているけど! つか食べていい
から種運んで!﹄である。
622
天然の甘さのフルコース。しかし味が喧嘩しないのは、シロップ
なるまとめ役がいるから。
果実の詰め合わせなどではない、これは一つの料理なのだ。
そして、アナスタシア様の﹁あーん﹂。
あーん。あーん。あーん。
つつ、と涙が頬を伝った。
こうぼう
こんな感動は初めてだ。この世界は素晴らしい。光で満ちている。
中庭に光芒が射す。天使の梯子ともいう。
つまり、雲の隙間から光が降り注ぐアレである。
そう、ここは楽園。アナスタシア様は天より舞い降りた天使様。
︵ああ、俺、今この瞬間死んでしまって構わないよ︱︱︱︶
﹁そのスプーン、俺がくわえてた奴だけどな﹂
ガイルが言った。
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
あー、俺、今この瞬間死んでしまって構わないよ。
俺が世界に絶望し村へ向かうと、背後に気配を感じた。
解析魔法で確認。ソフィーとマリアである。
尾行されている。俺になにか用だろうか。
623
﹁この状況で俺に対する用事など一つしかないな。どれだけお節介
なんだ﹂
ご両人はまだ諦めていないらしい。
とりあえず気付かぬフリをして、目的地である村正面出入り口へ。
﹁はは、お前は最高に美人だぜ﹂
ストライカー
ゼェーレスト村所有の人型機、鉄兄貴に語りかける。カストルデ
ィさん曰く、兵器は女性の如く扱え。
以前俺が提唱した﹁浪漫兵器=可愛い女の子﹂学説に通ずるとこ
ろがある。
﹁お主も飽きんのう。もう鉄兄貴は整備され尽くしておるじゃろう
?﹂
﹁レオさん、こんにちは﹂
レオナルドさんがやってきた。
﹁今日は整備ではなく相談です﹂
ストライカー
﹁人型機相手にか? 寂しい奴じゃ﹂
ほっとけ。機械は愛情注ぐ限り裏切らない。
﹁時に人の絆は愛情が失われようと導きあうものじゃ﹂
﹁そんなの片思いじゃないですか﹂
624
﹁ははは、結構結構。恋など悲恋が一番面白いもんじゃよ、第三者
視点であれば﹂
最低だ。
﹁まあこれは冗談だが。片思いというのも、存外馬鹿に出来んぞ?
お主もいつか信じる誰かに裏切られたら、とことん信じてみると
いい。あるいは、その絆は再び繋がるかもしれん。繋がらんかもし
れん﹂
どっちだよ。
﹁こんな老いぼれじゃが、相談くらい乗るぞ? 明日には村中の話
のネタとなっておるが﹂
﹁その口説き文句で心を開く馬鹿がいるのか﹂
﹁マイケルとか﹂
またあいつか。ご近所の皆さんに話題の提供ご苦労様です。
﹁おねしょをその場凌ぎで隠したそうでな。どう誤魔化すか相談さ
れたのじゃ﹂
誤魔化すどころか村人全員が証人に!?
﹁⋮⋮んー、レオさん?﹂
﹁うむ?﹂
625
﹁好きな対象が複数なのは、不誠実ですかね?﹂
レオさんの瞳が空前絶後に輝いた。
﹁いやいやそんなことはないぞ! むしろ目移りするのは雄の本能
じゃ!﹂
﹁そうですか?﹂
﹁そうじゃ! お主は若い、どちらか選ぶのではなく両方自分のも
のにしてしまうことをお勧めするぞ! その方が面白い!﹂
両方自分のものにしてしまう、か。傲慢だが、確かにそれが一番
幸福なのかもしれない。
﹁解りました。俺、もう迷いません!﹂
﹁そうかそうか! ところで複数というのは、つまりソフィー様と
マリアちゃんのことじゃな?﹂
ソードシップ
なに言ってんだこの人?
ストライカー
﹁人型機と戦闘機、どっちメインのメカニックになるかってことで
すが﹂
﹁なにそれこわい﹂
物影からソフィーとマリアがずっこけて現れた。
626
﹁ど、どうしようマリア? 見つかってしまったわ﹂
﹁ソフィー、大丈夫よ。お母さんに男の人に口を割らせる方法を教
えてもらったから﹂
キャサリンさん直伝の尋問術とか、嫌な予感しかしない。
マリアは大股で俺に歩み寄る。
俺は後ずさろうとするも、背後に駐機された鉄兄貴で後退出来な
い。
数十センチまで接近する俺達。
﹁ち、近過ぎないか?﹂
マリアは一度深呼吸、そして目を見開き空を指差す。
ハツネ
﹁あっ! あれは帝国軍の戦闘機、初音シリーズね!﹂
﹁なんだと!?﹂
初音。帝国の現行機であり、民間にはまだあまり出回っていない
割と新型の機体。少なくともフィアット工房には運ばれて来なかっ
た。
﹁どこ? どこどこ? ハツネさんどこです︱︱︱﹂
呼吸が止まった。
空に向けていた視線を下ろせば、羞恥に染まるマリアの顔。
彼女の手は、俺の股の間にぶらさがるお稲荷さんを鷲掴みにして
いた。
627
﹁⋮⋮話して﹂
ぐぐっと若干指に力が籠もる。
﹁⋮⋮ヨロコンデ﹂
つ、潰される。
﹁発端は、ツヴェー渓谷から旅立つ朝のことなんだ﹂
鉄兄貴の装甲に腰掛けて語る。
マリアは先程の行為で茹でダコ状態であり、ソフィーはいまいち
マリアの行為の意味が判っていないらしく俺の下半身を見つめて首
を傾げている。聞けよお前ら。
﹁大陸横断レースのチームを盗み見たんだが。緊張した天士や、忙
しそうに機体をセッティングするメカニック。作戦を練る人や雑用
をこなし後方からのサポートに徹する人なんかもいた﹂
飛宙船内の小さな格納庫で、必死に作業する人々。
﹁大変そうだなって思ったんだけれど、それでも皆楽しそうだった。
世界最強の称号を目指して本当に活き活きしていたんだ﹂
そして、俺は彼らを羨ましいと思った。
628
﹁俺も参加したいと感じた。自分の思い描く機体を作って、試行錯
誤して、勝利を目指せたら楽しいだろうなって﹂
﹁大陸横断レースに参加したい、っていうのが悩みなのね﹂
ソフィーの確認に頷き答える。
﹁難しいだろ? 俺には仲間も飛行機も資金も⋮⋮いや資金はエア
バイクの報酬が結構あるけど⋮⋮とにかく、ガキの夢としては無茶
が過ぎる﹂
参加する天士達は軍人だったり名の知れた自由天士だったり、と
にかく実力と実績を得た者達ばかりだ。
対して俺は? 子供だし、飛行機の操縦は未だ未経験だし、実績
なんてシールドナイト撃破程度しかない。
﹁仮に目指すとしても、まずは天士となるところからだ。今この場
でモンモンとしたところで、どうこうなる問題じゃないんだ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮そうね。ごめんなさい。私じゃ力になれそうもないわ﹂
マリアがうなだれる。そんな顔はしてほしくなかったのに。
﹁でもレーカ、お父さんとお母さんに頼めば⋮⋮﹂
﹁ソフィー、それは絶対にしちゃ駄目だ﹂
確かに、得体の知れないコネを持っていそうな二人に頼めば何と
かなるかもしれない。
だが俺は居候だ。アナスタシア様に拾ってもらい、倉庫を部屋と
629
して貸して頂き、技師としての技術を教授してくれたことは忘れは
しない。
絶対だ。絶対、甘えてはいけない。
それが当然だと思い込んではいけない。俺は彼らに恵んでもらう
ばかりで、何一つ返せていないのだ。
﹁それにさ。夢って、自分の力で叶えるものだろ?﹂
﹁⋮⋮ちょっと、違うと思う。レーカもお父さんとお母さんを頼っ
ていいよ﹂
だから、駄目なの。
﹁レーカ。その夢、手伝っていい?﹂
ずい、とソフィーが顔を寄せる。
﹁手伝うって?﹂
﹁約束、覚えている?﹂
約束⋮⋮
﹁いつか私に、飛行機を作ってって﹂
﹁ああ、ツヴェーに旅立つ前にそんな約束したな﹂
いつかその内な、とか応えたんだ。
﹁飛行機に乗れないレーカには、航空機天士が必要よね?﹂
630
﹁そりゃあ、そうだけど、まさか﹂
ソフィーは頷く。
﹁私を、レーカの天士にして﹂
﹁⋮⋮それは、俺の夢を手助けしたいから?﹂
俺が甘えるのは無理としても、ソフィーが親に甘える分には問題
ないと、そういう意味かと問う。
ソフィーはツインテールを横に振る。
﹁レーカの話を聞いて、私もその世界を知りたいと思ったわ。それ
と︱︱︱﹂
少しだけ言葉に迷い、
﹁レーカが作り上げる機体に、乗ってみたい﹂
﹁⋮⋮くくく、ははははは﹂
思わず笑いが込み上げた。
﹁なんで笑うの、もう﹂
﹁いやいや、ソフィーは自分に正直だな﹂
頭をぐりぐり撫でてみる。
631
﹁痛いよ﹂
﹁はは、すまん﹂
なんというか、話してしまうとすっきりした。
行動するか否かはともかく、一人で悩んでいないでさっさと話す
べきだったかな。
﹁わ、私も!﹂
置いてきぼりをくらっていたマリアが声を上げる。
﹁私もサポートする! チームには雑用専門の後方支援の人もいる
のよね、私も参加したい!﹂
﹁おお、頼もしいぞマリア﹂
働き者の彼女がいれば百人力だ。 ﹁それじゃあ、いつ、どんな形になるかは判らないけど⋮⋮﹂
俺達は手を重ねる。
﹁目指そう、世界最速を!﹂
﹃おー!﹄
元気のいい掛け声が、ゼェーレスト村に響き渡った。
632
﹁大陸横断レース、あれに参加したいのか﹂
﹁ああ、ガイルも昔参戦したんだろ? いつになるかは判らないが、
いつかは俺達で参加しようと思う﹂
俺達子供組は、ガイル、アナスタシア様、キャサリンさんの大人
組に全てを話した。
キャサリンさんはお仕事モードの鉄仮面。アナスタシア様は楽し
げに微笑み、ガイルは仏頂面を崩さない。
﹁お父さんは、反対なの?﹂
﹁そんなことはないぞソフィー!﹂
叫ぶな。
﹁ただなぁ、奴等がな﹂
奴等?
﹁大丈夫よ、今もこうして平穏に暮らしていられるのだし、今更私
達を問題にする組織なんていないわ﹂
﹁⋮⋮ま、それもそうだな。いいぜ、色々支援してやる﹂
633
おお、許可が降りた。でも⋮⋮
﹁自力でチャレンジするから支援はいいよ。言ったろ、﹃いつにな
るかは判らない﹄って﹂
﹁自力って、成人するまで待つのか?﹂
﹁ボーッと待ち続けるわけじゃないさ。目の前の壁に挑んでいれば、
いつかは必ず辿り着くだろ?﹂
﹁違いない。でもよ、なんだ、そのよ﹂
なんだよ気持ち悪い。
﹁レーカ君、勘違いしちゃ駄目よ?﹂
アナスタシア様に抱きしめられた。
﹁ソフィーもマリアちゃんも、そしてレーカ君も家族、私達の子供
よ。困ったことがあれば、存分に甘えなさい﹂
その温かな体からはどこか懐かしい匂いがして、なぜか目頭が熱
くなる。
﹁︱︱︱はい。アナスタシア、様﹂
母さん、と呼びそうになりギリギリ自重する。抵抗があるわけで
はなく、ただ気恥ずかしいだけだ。きっとアナスタシア様は許して
くれる。
634
マリアもまた、自分の母に訪ねた。
﹁お母さんは、賛成してくれる?﹂
﹁私は主の意向に従うだけさ﹂
﹁そう、そうだよね⋮⋮﹂
寂しげに俯くマリア。
娘の頭を、どこか不器用に撫でる。
﹁自分でやるって決めたんだからね。裏方は大変だよ、気張りな﹂
男らしい母の激励に、娘はぽかんと見上げた後、大きく返事をす
る。
﹁うんっ!﹂
全員の理解を得られたことで緊張が抜ける。つか、緊張している
ことにも気付かなかった。
﹁でもレーカ君、いきなり世界最大の大会に出場することもないん
じゃないかしら?﹂
﹁え? ええ、だから実績を積んで⋮⋮﹂
﹁そうじゃなくて、えっと、この辺にパンフレットがあったはず⋮
⋮﹂
引き出しを漁るアナスタシア様。パンフレットとやらが見つから
635
ず苦戦している様子。
﹁きゃあ!﹂
引き出しを出し過ぎてひっくり返して中身をぶちまけた。ドジっ
子︵子?︶可愛い。
﹁まったく、捜し物があるなら私がやります。何を探してたんだい﹂
﹁ごめんなさいキャサ⋮⋮あっ、あったわ!﹂
床にバラまいたことで結果的に目的の物を発見出来たようだ。
﹁あらら、六年前の資料ね。でも大まかなルールは変わっていない
はずだし、参考にはなるわ﹂
差し出された大きな紙を読む。何かの大会案内のようだ。
一番大きな上の見出しを声に出して読み上げる。
﹁大陸横断レース︱︱︱未成年の部?﹂
それは、未来の天士達が幼い才能を競い伸ばし合う為の舞台。
大陸横断レース本編の前哨戦として行われる、もう一つの世界大
会であった。
636
フルーツポンチと秋の空︵後書き︶
主人公機=人型機と予想していた方も多いでしょうが、実は飛行
機です。しかも戦闘機ではなくレース機。
それと、レーカ君はフルーツポンチあとで食べました。
本編では割り込める場面がなかったので。
それとそれと、今回はイラストなしです。というか3章は村の中
で話が進むのでイラストの題材がない⋮
なので、最初の一話目に挿絵を入れてみました。大した絵でもあ
りませんが興味があれば。
637
魔界ゾーンとラムレーズン︵前書き︶
今回はエンジン制作のお話。それだけのお話。
正直、興味ない人は飛ばしてもいいかも?
638
魔界ゾーンとラムレーズン
大陸横断レース・未成年の部。
ソードシップ
本命レースの前座に開催されるこの大会は、文字通り子供によっ
て繰り広げられる飛行機レースである。
大人の部と同様に機体を持ち込んで機械技術と操縦技術の双方を
競うのだが、割となんでもあり、速ければ正義といった具合の本命
レースよりは安全面で多くの制約が存在するようだ。
﹁ふむふむ、なるほど﹂
自室の倉庫にて最新版の大会規程を確認する。
﹁なになに、機体は出場者及びチームの人間が用意すること?﹂
大人の力を借りるなってことか。厳密に守らせることは出来るの
だろうか?
﹁機体はフルオリジナルであるか量産機ベースの改造機であるかは
問わない﹂
これは機体調達の難易度を下げる為かな? いや、本命レースで
も改造機OKだったか。
ただ最速を目指すには最初からレース専用に設計することが望ま
しいので、大陸横断レースで改造は見たことがない。
﹁エンジンの発数は自由とする。但し、エンジンは大会側が用意し
639
たネ20魔力エンジンを使用すること。⋮⋮マジか﹂
ネ20エンジンは傑作発動機だが、最高速度は精々六〇〇キロ程
度が限界だ。となると、速度の向上を狙うには機体を洗練させるし
かない。
﹁機体を数日前から預け大会側の審査に合格した上で出場すること。
機体は多少分解した状態で返却し、丸一日かけて組み立て・エンジ
ンの設置・セッティングをチームで行う﹂
ちゃんと組み立てて返せよ⋮⋮いや、そうじゃない?
﹁そうか、組み立てを行えるかどうかで、自分で作った機体かを判
断するのか﹂
おまけに丸一日程度ではエンジンの改造も行えない。参加者達は
大会側の用意した均一な性能のエンジンを以て、対等な条件で戦う
のだ。
﹁その他細かな規程は⋮⋮あとでいいや﹂
米粒のように小さな文字に読む気が失せた。保険の契約書かって
の。
﹁アナスタシア様が取り寄せてくれた資料はまだまだあるからな⋮
⋮いったん休もっと﹂
机にずっと座って体が痛い。気分転換に村唯一の飛行機でも見に
行くか。
640
結論からいえば、俺は大陸横断レース・未成年の部に出場するこ
とを決めた。
大会は来年の夏。専属天士を勤めてくれるソフィーが慣熟訓練を
行う期間を鑑みれば、少なくとも春には完成しなければならない。
むしろ春でも遅いかも。機体に不具合がないか検査する為、早け
れば早いほどいい。
﹁おおよそ半年。長いようで短いな﹂
さっさと制作を開始したいところではあるが、どんな機体を作る
せきよく
かのビジョンは不明瞭だ。まずは方針を決めなければ。
中庭へ移動。紅翼と向かい合う。
﹁紅翼は直線翼のシンプルな機体だ。ネ20エンジンであれば、こ
ういうシンプルな設計が一番じゃないか?﹂
汎用性の高い万能指向。余計な物が付いていない以上重さも最低
限だし、なんだかんだ言ってこれが一番だと思う。
﹁無理だな﹂
﹁ガイル? いたのか﹂
いきなり背後に現れるな。
641
﹁このレースに出場する奴らは例外なく頂点を目指している。そん
なつまらない設計で勝ち抜けるほど生半可じゃないさ﹂
﹁ああ、というかそんな面白味のない機体しか作れないようなら、
俺は出場を辞退するよ﹂
せっかくの大舞台だ。人々の度肝を抜くような機体を作りたい。
﹁ガイル、未成年の部のコースを知っているか?﹂
﹁ああ、昔はよく見ていたからな。そう難しいものではない﹂
最新版の資料にも次回の飛行コースに関する情報はなかった。ぶ
っつけ本番らしい。
しかし、昨年までの傾向からある程度予想は可能。
﹁基本的に大陸横断レースの未成年部門は大都市で開催される。都
市の外周を指定された回数回れ、というのが基本だな﹂
﹁それだけ?﹂
そんなの、とにかく軽くて速い機体を作ればいいだけじゃないか。
﹁まさか。勿論あるぜ、﹃セクション﹄がな﹂
セクション、高い技術を必要とする難所か。
﹁セクションでは墜落して死ぬ奴とかもいるんじゃなかったか?﹂
642
﹁さすがにそこまで露骨に危ない場所はない。つーか町の近場でそ
んなことやったら問題になる﹂
ガイルは地面に指先で線を引く。
エアシップ
﹁こんな感じで、蜘蛛の巣みたいに空中に輪っかを作るんだ。数隻
の飛宙船でロープを張って﹂
地面に描かれたのは、外周のみの蜘蛛の巣らしき図。
﹁勿論一つや二つじゃない、数十個の輪を正しい順序で通過してい
くんだ。勿論空中に張られているから、輪は縦横斜めお構いなしだ
ぞ﹂
﹁縦横斜めお構いなしって、無茶苦茶だな﹂
地球のエアレースはあくまで平面的だ。地上や水上から巨大なバ
イロンを立て、その合間を縫って空を飛ぶ。常時地上四〇メートル
以下で飛行とか、地球のパイロット達も正気じゃない。
それを、上下左右デタラメに? この世界のパイロットは基準が
すっ飛んでいるな。
﹁しかも、リングの配置は実に嫌らしいときた。急激な速度の緩急
や急旋回を必要とするような、コース設計者の性根捻くれ具合が見
え透くようなルートだぞ。理想的にクリアすれば短時間で突破出来
て、曲がりきれなければ大幅なタイムロスとなる︱︱︱つまり、高
度にテクニカルな操縦を求められるんだ﹂
﹁⋮⋮それ、ほんとに子供向けかよ?﹂
643
﹁大人向けはもっと酷い﹂
なんか大陸横断レース怖くなってきた。悪魔の巣窟だろ。
﹁機体の機動性は最優先事項だな﹂
﹁ああ、だがテクニカルセクションで速かろうと、直線区画のスピ
ードセクションで遅ければ一気に抜かれる。機動性にもトップスピ
ードにも優秀なのが理想だな﹂
﹁ネ20エンジンに多くを求め過ぎだ﹂
あらだか
そういう機体は総じてエンジン出力に優れている。以前ゼェーレ
ストに来た最新鋭戦闘機・荒鷹などその古典的な例だ。
⋮⋮最新鋭の古典的とはこれ如何に。
﹁エンジンはどの程度手を加えられるんだ? 参加機はどれも、大
規模改造は不可能だとしてもリミッター解除くらいはしているぜ﹂
エンジン自体に対する改造か。俺のスピード作業ならば組み立て
くらい一時間で済むし、制限時間は最大二三時間だ。
﹁って、余り過ぎだろ!?﹂
作業用機械を使わず身体強化魔法で部品を運び、技師魔法にて調
節なしの瞬間溶接を行える俺は作業速度が異常に早い。
﹁もしかして、俺だけ改造し放題?﹂
いいのだろうか? ルール的には問題ないけどさ。
644
﹁と、とにかくネ20エンジンをどこまで強化出来るか実験だな。
ガイル、紅翼のエンジン使っていい?﹂
﹁アホ、こういう時こそあのエンジン使え﹂
あのエンジン?
﹁ああ! 前に紅翼に積んでたエンジン、貰ったんだっけ﹂
﹁お前の部屋にデカデカと鎮座してるじゃねぇか。どうして忘れる、
あの存在感を﹂
抱き枕として使用していたのは黙っていよう。
﹁そんじゃ、機体制作の第一歩はエンジン強化だな﹂
﹁それがいいだろう。飛行機発展の歴史はエンジン発展の歴史だ。
エンジン出力と機体性能は大抵比例する﹂
つまり、どれだけエンジンを強化出来るかで俺達の機体の性能が
決まるのだ!
﹁よし、部屋に戻ってアイディアを実践してみよう。じゃあなガイ
ルー﹂
﹁じゃあな﹂
ふふふ、エンジン強化とは難題だな。楽しくなってきた。
645
ネ20エンジンはフィアット工房でもよく触った、馴染み深いエ
ンジンだ。
間欠燃焼型エンジン、燃費は悪く性能も悪い。しかし耐久性とコ
ストパフォーマンスは最高クラス。
性能の低さは日頃の生活で使用する飛宙船向けなので問題にはな
らない。燃費の悪さも、クリスタルの丸一日で魔力が回復するとい
う特性から運用でカバー可能。
地球では発展しなかったパルスジェットがセルファークで普及し
ているのは、そんな背景があるのだ。
﹁こんなもんか、っと﹂
ネ20エンジンを改めて図面に起こす。
結局のところ、エンジンの性能とは﹃どれだけ空気を圧縮出来る
か﹄。ネ20エンジンのようなパルスジェットエンジンは圧縮率が
低いからダメダメなのである。
あとは耐熱金属の調達・配置だが、この世界には固定化魔法なる
科学的物質変化を封じる便利魔法があるので対してある程度問題で
はない。
間欠燃焼型エンジンと呼ばれる通り、ネ20エンジンは連続的な
爆発が不可能。吸気口から空気を吸ったらシャッターを閉じ、ロケ
ット花火の要領で推進する。
改造するとすれば、連続燃焼を可能にするために吸気方法を変え
るしかない。
﹁となれば、やることは﹂
646
倉庫に転がっていたターボジェットエンジンをターボファンエン
ジンに改造し、ネ20エンジンの吸気口に直結したみた。
つまり加給機だ。無理矢理ジェットエンジンで空気を詰め込んで
しまえばいい。
丸一日かけて制作し、屋敷近くの平原でテスト準備をする。上よ
ーし、下よーし。東西南北人影なーし。
充分な距離を確保し、スイッチを入れる。
聞き慣れない轟音が村を揺らした。
ネ20エンジン改は炎の柱を吹き上げ、村全ての建物をびりびり
揺さぶる。
﹁おおお、結構凄いな﹂
解析魔法で出力を算出。おおよそ7,5kNくらいか。
頑張れば時速一〇〇〇キロ出せそうな出力だ。
﹁あら素敵ね。昔、こんなエンジンを見たわ﹂
エンジンが吹き上げる爆炎を微笑ましげに見つめつつ、アナスタ
シア様が現れた。
﹁アナスタシア様。昔って?﹂
﹁試作エンジンだったかしら。タービンの回転だけでコンプレッサ
ーのエネルギーを賄えなかった頃に作られた、ピストンエンジンで
空気を圧縮する飛行機よ﹂
確かに原理的には⋮⋮全然違うよ。見た目しか似てないよ。
647
﹁出力もほどほど、重量は残念でした、な失敗作だったわ﹂
﹁ま、まあ、ネ20エンジンの要らない部分削れば軽量化は出来ま
すし﹂
﹁⋮⋮レーカ君、それ本気で言ってる?﹂
なにか間違っていただろうか?
﹁それ、ターボファンエンジンの後ろにアフターバーナーの筒がく
っついているだけじゃない﹂
あ、確かに。
﹁しかも他のエンジン載せたらルール違反よ﹂
﹁なんてこった﹂
ネ20エンジン強化計画第一段︱︱︱見事に失敗。
﹁懲りずに同じ発想だぜ!﹂
今度は電気式のコンプレッサーを付けてみた。
648
﹁⋮⋮⋮⋮うん、判っている﹂
倉庫に鎮座するその巨大な箱を眺め、溜め息を吐いた。
﹁でけぇ﹂
試運転する前から失敗作臭が半端じゃなかった。
なにせコンプレッサーの大きさは1,5立方メートルにも至る。
当然、重さも凄い。
小型機には載らない⋮⋮とは断言出来ないも、相当苦しいだろう。
﹁い、一応動かしてみるか﹂
結果としては先程と大して変わらなかった。
アナスタシア様にはルール的に問題ないと判断されたが、残念な
人を見る目で見られた。
強化計画第二段、また失敗。
﹁方向性を変えよう。地球の知識を思い出せ﹂
技術者達は様々な方法でエンジンを動かす術を考え抜いた。彼ら
の知恵を借りるのだ。
﹁外部動力のコンプレッサーを搭載するのは意外に難しい⋮⋮ネ2
649
0エンジンをターボジェットエンジンに改造するか?﹂
いや、無理だ。
構造が根本から違い過ぎるし、ターボのシャフトは極めて精密な
加工精度でなければ異常振動やトラブルの元となる。限られた時間
の中で気軽に作れる物ではない。
﹁となれば、コンプレッサーなしのエンジン?﹂
そんなの、そもそもジェットエンジンと呼べるかすら怪しい⋮⋮
いや。
﹁あったな、あるじゃないか。コンプレッサーなしのエンジン!﹂
前方からの風を、その風圧そのもので圧縮し、燃焼室へ酸素を供
給する。そんな原理が存在するのだ。
﹁ラムジェットエンジン!﹂
マイナーな形式だから思い出せなかった。地球では完全な実用化
すら出来なかったからな。
多少強引な接続でもなんとかなった先の失敗作シリーズとは違い、
ラムジェットには高度な設計技術を求められる。解析魔法のシミュ
レーション能力を駆使し、試作と実験を繰り返してようやく納得の
いく品が出来た。
様々なデータを纏めた結果、それだけで一週間。ラムジェット舐
めてた。
﹁計算上、最低稼動速度は風速六〇〇キロ毎時。⋮⋮どうやってそ
んな風を作れと﹂
650
先程のターボファンエンジンを改造、ラムジェットエンジンに接
続した。
練金魔法によりターボファンエンジンの排気は大気中の酸素濃度
に戻されている。そして結果は。
﹁さすがに、半端なパワーじゃないな﹂
槍のように大気を貫く轟雷は、それまでの試作エンジンとは一線
を画いていた。
ラムジェットエンジンは起動に高速飛行状態であることが求めら
れる扱いにくいエンジンだ。しかし、一度起動してしまえばファン
によるコンプレッサーの物理限界など知ったことかと言わんばかり
の圧縮比を成し遂げ強力無比な出力を発揮する。
﹁いい感じだが、やはりネックは低速飛行だよな﹂
六〇〇キロ以下での飛行では充分な空気が供給されず、エンジン
が停止してしまう。
最適な速度粋はマッハ3∼6、つまり三六七〇キロから七三五〇
キロぐらい。高速度域特化型のラムジェットはこの扱いにくさから
中々実用化されないのだ。
地球ではターボファンエンジンとラムジェットエンジンを組み合
わせることで解決を試みていたが、レース規程的に無理。
﹁低速用にもう一発、ネ20エンジンを積む?﹂
⋮⋮馬鹿げている。どう考えても互いに足を引っ張り合うだけだ。
﹁そうだ、さっき思い付いたこと、試してみるか﹂
651
ラムジェットエンジン起動実験の際、ターボファンエンジンの排
気を錬金魔法で通常大気に戻して吸気として使用した。
それを更に押し進め、吸気の酸素濃度を上げるのはどうだろう?
錬金魔法の魔導術式を刻んだ鉄板を三枚、三角柱状に固定。これ
で内側の気体を錬金出来る。
解析で慎重に探りつつ、風速を上げていく。
度重なる調節とデータ採取の結果、最終的には⋮⋮
﹁⋮⋮おお、時速一〇〇キロで起動状態になったぞ﹂
想像以上の成果だった。
ラムジェットエンジンはつまり筒だ。計算された内部構造と前方
からの風圧によって排気口のみから爆発を排気するのだが、風圧が
足りなければ爆発が逆流してしまう。
そうするとエンジンストップだ。
しかし一〇〇キロ以上ならば正しく吸気が燃焼室まで届けられる。
そうなってしまえば、酸素濃度は申し分ないので最高出力で起動出
来るわけだ。
こうして、一〇〇キロ以下では役立たずだが一〇〇キロ以上なら
変態出力という、奇妙なエンジンが完成した。
﹁あとは低速時にどうやって飛ぶか、だな﹂
低速では酸素をコンプレッサーで⋮⋮いやだから、外部動力コン
プレッサーは無理だって。
﹁液体酸素のタンクでも用意して、側面から酸素供給するか?﹂
あれ、なんか簡単に結論が出た。
652
ガンブレード制作で空気中からの酸素抽出、タンクへの保存技術
は確立している。
低速では吸気口シャッターを閉じてロケットエンジンとして稼動
させればいいのだ。
これで、理屈の上ではゼロ速度からマッハ6までカバーするエン
ジンが完成したわけだ。
あくまで理屈上だ。所詮ネ20エンジンの魔改造、そんな高圧力
に耐えきれるはずもない。
慎重に行われた試験の結果、エンジンの実働性能は︱︱︱
﹁結局、うまくいかなかったの?﹂
﹁うん⋮⋮﹂
マリアの掃除仕事を手伝いつつ答える。この屋敷は使っていない
部屋が多過ぎだ。
最近ではマリアが俺の仕事を請け負ってくれることが多い。なの
で午後まで彼女の仕事が割り込む。
申し訳ないという思いはあるのだが、マリアは一歩も譲らない。
これが自分なりの大陸横断レースなのだそうだ。
もっとも、こうして行き詰まってしまった以上は気分転換がてら
手伝わねばなるまい。悩むのは手を動かしながらでも出来る。
﹁どれくらいエンジンは強力になったの?﹂
653
﹁具体的な数値でいえば70kNくらいだな﹂
﹁⋮⋮つまりどれくらい?﹂
﹁最初の二〇倍くらい﹂
オリジナルのネ20エンジンは3kN程度だ。
﹁二〇倍っ。それって凄いんじゃない?﹂
﹁そうでもない。ネ20エンジンはそもそも低出力エンジンとして
開発されたんだ、改造の余地は予め確保されていた。それに荒鷹の
エンジンだって同クラスだし、完成度でいえばあっちの完勝だ﹂
それに何より、低速度域でのエンジン運用がうまくいかなかった
のが悔しい。
酸素をタンクから供給し、エンジンをロケットとして稼動させる。
なにが問題なのだろう。
﹁アナスタシア様に訊いたら?﹂
﹁うむむ、それは⋮⋮﹂
俺が開発すると意気込んでおいて、アナスタシア様に助力を申し
出ていいのだろうか。
出来ないならレースなど出場するな、ということだ。
﹁聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥よ﹂
654
﹁それ、俺が教えた言葉だろ﹂
﹁レーカはもう少し甘えていいって、前に言われたじゃない﹂
﹁⋮⋮わーったよ、あとで聞きに行く﹂
﹁今すぐ行きなさい。ここは私の仕事よ﹂
部屋から放り出された。
﹁キャサリンさんに似てきたな、うううっ﹂
なぜか泣けてくる。
アナスタシア様を探して屋敷を歩き回る。
ち
﹁なんで自分家で迷子になるんだ﹂
リビング、書斎、キッチン、中庭と思い付く場所を手当たり次第
に当たるもいないものはいない。
プライバシーの侵害一歩手前だが屋敷ごと遠見の魔法で解析して
しまおうかと迷い始めた頃、ようやく廊下の先で白い髪の端を見た。
﹁おのれ、あっちか!﹂
655
廊下の曲がり角に消えた人影を追うも⋮⋮その先には誰もいなか
った。
﹁見間違いじゃないよな﹂
アナスタシア様の香水の匂いがする。
そこ、変態とか言うな。
くんくんと残り香を辿ると、何の変哲もない廊下の途中で途切れ
ている。
﹁窓から外へ出た?﹂
そんなアホな。一階だから不可能ではないが、アナスタシア様は
そんなにお転婆じゃない。
たぶん。
﹁ツヴェー渓谷の冒険者の間で伝説になっている人だしなぁ⋮⋮﹂
酒場で尋ねても逃げるか震えるかで、誰もアナスタシア様の現役
時代について語らなかった。
証言を得られない=やっぱりお転婆じゃなかった!
完璧な理論である。
﹁そんなことより、今のアナスタシア様だ﹂
周囲に何か痕跡がないか見渡すと、あることに気付く。
﹁なんだろこのでっぱり?﹂
656
壁に奇妙な突起が存在した。
壁紙に紛れて見逃してしまうような、指を這わせて初めて発見す
る程度の膨らみ。
押してみた。
壁がせり上がり、地下室への階段が出現した。
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
ジャンプして隠し扉を掴み、体重で下に閉じる。
もう一度押してみた。
壁がせり上がり、地下室への階段が出現した。
﹁な、なんじゃこりゃーっ!?﹂
隠し階段!? なんでこんなモンが屋敷に!
﹁よし、突入するぞ! オーバー﹂
先程までの、エンジン開発に難航し憂鬱だった気分は吹き飛んだ。
気分はダンジョンに潜る冒険者である。
﹁武器はちゃんと﹃装備﹄しないと意味がないよ!﹂
村人Aのセリフを唱えつつ、こっそりと階段を降りる。
背後で入り口が閉まった。解析してみると、どうやら時限式だっ
た模様。
それでいてセンサーで周囲の動体を感知し開閉が停止するシステ
ムを実装しているのは、やはり母親故の配慮だろうか。
﹁こんにちは旅の人。ここはゼェーレストです﹂
657
しばし降っていると、鉄の扉が現れた。
音が軋まないように、慎重に開く。
﹁と見せかけてドーン!﹂
一気に突入!
﹁スクープ、地下室で妖しげな実験を繰り返す美女!﹂
﹁静かにしてくれないかしら、レーカ君﹂
ごめんなさい。
床から視線を逸らさず、大きな杖で地面に術式を刻み続けるアナ
スタシア様がそこにはいた。
﹁魔導術式?﹂
そこは、屋敷の下に存在するとは思えないほど広大な部屋だった。
向こうの壁まで五〇メートルはあるだろうか。薄暗い地下室は柱
の一本も存在せずただただ広く、そして地面には光り輝く魔法陣が
描かれている。
部屋一杯に広がる緻密な術式。多少は俺も魔法を学んだが、到底
理解仕切れるものではない。
なにこれ。すっげぇ気になる。
でも真剣なアナスタシア様の眼差しに声をかけるのも躊躇われる。
さっき騒いで怒られたし。
⋮⋮ここは、いったん出直すか。
静かに扉へ戻ると、背中に声をかけられた。
658
﹁ここでなにをしているのか、訊かないの?﹂
﹁訊いていいんですか?﹂
﹁どうしよっかなー?﹂
じらさないで下さい。
﹁⋮⋮レーカ君は、どうしても会いたい人っている?﹂
ぽつりと彼女は呟いた。
﹁これは魔法。火を起こしたり水を出したりなんかじゃない、奇跡
を呼ぶ為の魔法﹂
奇跡、ね。
﹁会いたい人とまた出会う、そんな夢を見られる魔法よ﹂
⋮⋮なんかしょぼい奇跡だ。
﹁夢ですか?﹂
﹁ええ。人は時を越えられない。けれど過去は変えられるわ﹂
どういう意味だろう?
時を越えられないのは判る。でも、過去を変えられる?
むしろ、時を越えずにどうやって過去を変えるのだ?
﹁けれど過去って、そんなに簡単に変えちゃいけないものだと思う
659
の。だから﹃夢﹄よ﹂
﹁はぁ?﹂
つまり、要約すると⋮⋮
﹁最近夢見が悪いからいい夢見れる魔法を作ったんですね!﹂
﹁レーカ君、話聞いてた?﹂
解らないんだもん。
﹁いいわ、もう﹂
拗ねたように頬を膨らませるアナスタシア様。可愛い。
﹁レーカ君は私になにかご用?﹂
﹁ああ、そうでした。実は︱︱︱﹂
現在ぶち当たっている問題を説明しつつ、魔法陣を端目で眺める。
屋敷の地下で人知れず構築されていた、超大規模術式。
いつしかこの術式は、世界を巡る戦いの重要な鍵となる。
誰もが求め、秘匿し、流血を厭わず我が物にしようとする奇跡の
魔法。
しかし俺はそんなことを知るはずもなく、あっという間に興味を
失ったのだった。
660
エンジンの問題を語り終えると、アナスタシア様は考え込むよう
に目を閉じた。
﹁⋮⋮レーカ君、エンジンの中で使用されている爆発魔法ってどん
なものか知っている?﹂
爆発魔法?
﹁錬金魔法みたいなもん、って解釈してますけど﹂
魔力式ジェットエンジン。魔法で動くエンジンっつーのも冷静に
なるとちょっと変だが。
地球のエンジンの燃料は油だ。燃料をエンジン内部に噴射し、吸
気口から吸い込んだ酸素と結合させ爆発を得る。
魔力式ジェットエンジンも同じだ。内部に燃料を生みだし、酸化
させて推力とする。
﹁だから、空気中に燃料っぽい物質を練金する魔法術式でしょう?﹂
﹁違うわ﹂
違うんかい。
﹁魔力式ジェットエンジンに使用される術式は、燃料の役割を果た
す架空物資を現実に投影する魔法。再現する物質にはジェットエン
ジン内部で酸素と結び付き膨張する、ただその機能しかないのよ﹂
具体的な原理など初めて知った。
661
﹁燃焼されるしかない物質って、なんでそんな限定的なんですか?﹂
素直に油作ればいいのに。
﹁その方が爆発力が強くてエンジンの性能が良かったからよ。どん
なものでも、不要な部分を割り切って目的に特化させれば性能は上
がるわ﹂
アナスタシア様は壁に設置された炎の灯った松明を持つ。
﹁不思議だと思わない? 魔法の炎はなにも存在しない空間に直接
的に火が発生する。油を気化させるわけでもなく、燃料なしの本当
に直接に、ね﹂
うーん、戦闘魔法自体あまり見ないからなぁ。
ファイアー! とかそんな感じ?
﹁魔法の炎は魔力が架空物資へと形を変えて、酸素と結合し燃焼す
る現象なの。この架空物資は物理学的には存在せず、燃焼すること
しか出来ない。それ以外の機能を削ぎ落として燃料としての機能に
特化させている、文字通りジェットエンジンの為に調節された燃料
なのよ﹂
ピンときた。つまり⋮⋮
﹁ロケットエンジンには未対応ってことですか﹂
﹁そういうことよ。ジェットエンジンの定義は外部から酸素を供給
すること。レーカ君のロケットエンジンはその条件を満たしていな
662
かったから、術式がエンジンであると認識出来なかったのね﹂
魔法方面の理由だったのか、解らないわけだ。
﹁その術式の調整を行えば、ロケットエンジンにもジェットエンジ
ンにも対応する架空燃料物資を発生させられますか?﹂
﹁可能だけれど、爆発の膨張率は下がるわよ﹂
つまりエンジン出力ダウンか。それはなんか嫌だ。
現時点でも十分な出力だし、ちょっとくらい性能がダウンしても
いいのだが、なんか悔しい。
と、揺らめく松明の炎に目が行き疑問がよぎった。
﹁そういえば室内で松明とか大丈夫なんですか? 酸素は消費して
いるのでしょう?﹂
﹁魔力が尽きれば架空物資は消滅するわ。酸素濃度はすぐ戻るから
平気よ﹂
窒息の心配はないのか。
﹁架空物資の保管は出来ます?﹂
﹁え? ええっと、いいえ不可能だわ﹂
アナスタシア様は首を横に振った。
﹁魔力式ジェットエンジンの架空燃料物資は酸素以外の気体の存在
を無視するわ。容器に閉じ込めることは可能だけれど、空間座標的
663
に重なった物理物質と架空物質を分離することは困難ね。というか
仮に分離出来でも、すぐに無に帰るもの﹂
そっかー、予めロケットエンジン用の架空燃料物質を保管してお
こうと思ったのに。
﹁そうだ、真空中で架空物質を生成すれば?﹂
それなら分離する手間もない。
﹁頭いいわね、レーカ君。その方法は考えつかなかったわ﹂
でも最終的に霧散することは避けられない、か。
⋮⋮⋮⋮空間座標的に重なる?
﹁この松明は魔法の炎なんですよね﹂
﹁そうよ﹂
床に落ちていた、火の灯っていない松明を拾う。
魔法で着火。
﹁それ、科学的な炎?﹂
﹁はい、気が済めばすぐ消すのでご勘弁を﹂
この炎は酸素を消費するので長時間地下室で使用出来ない。
松明同士の炎を近付ける。
炎が干渉することなく重なった。
664
﹁まさかと思ってやってみたけど、なんだこりゃ﹂
﹁どうしたの?﹂
アナスタシア様に重ね合わせを見せると、なんだと言わんばかり
に頷いた。
﹁化学変化の炎と魔力の炎は、まったく別の視点、別次元の現象で
すもの。同時に同座標に成立しちゃうのよ﹂
無茶苦茶だ。深く考えると頭がおかしくなりそう。
﹁魔法は神の敷いた理の上に成り立っているわ。自然の摂理とは矛
盾するころもあるのよ﹂
⋮⋮これをエンジンに転用したらどうだろう?
即ち、言わば︱︱︱
﹁魔力式ジェットと化学式ロケットのハイブリッドエンジン?﹂
﹁そのとーり!﹂
ガイルに自慢げに説明する。
暇そうにしていたのでわざわざ倉庫まで呼んだのだ。正直誰でも
665
良かった。犬とか猫でも許可。
アナスタシア様に魔法の神秘について習った後、俺は新たなエン
ジンの制作に取りかかった。
魔法と科学の複合エンジン。あまりの複雑さに解析魔法を使用し
ているのにも関わらず制作は難航し、完成品を見たのは作業開始か
ら二週間後である。
数多くの失敗を乗り越え、それは完成した。
﹁静止状態から時速一〇〇キロまでは水素ロケットエンジンで稼動。
それ以上はラムジェットエンジンが始動し、更にスロットルを解放
すればラムジェットと水素ロケットの同時起動状態となる﹂
﹁同時って、別の駆動原理を同時に? 可能なのか、そんなこと﹂
﹁魔法と科学の合わせ出汁だ﹂
科学オンリーのロケットエンジン。
魔法オンリーのジェットエンジン。
混合技術ではなく、それぞれを住み分けさせて独立することで相
互干渉を回避したのだ。
﹁この世界の人ってどうしても中途半端に魔法に頼っちゃうんだよ。
科学だけで頑張っている地球舐めんな﹂
﹁お前だって解析魔法の恩恵に与っているだろ﹂
﹁つまりは、このエンジンは双発が重なった状態なわけだ﹂
﹁無視すんな﹂
666
更に更に! とエンジンを台座に固定。
﹁大出力アフターバーナーを組み込んだことにより、最大出力は前
人未踏の150kN!﹂
アフターバーナーとは排気に燃料を再び混入させ、過剰燃焼させ
る加速装置である。
出力は一気に約二倍。しかし、魔力消費は数倍となる。
到底一つのクリスタルでは賄えない魔力は、俺自身が供給するこ
とにした。
始
シールドナイトのクリスタルも高純度なのだが、全力運転となれ
ば魔力の追加供給とシステム管制が必須となる。
だから、制作するレース機必然的に複座の予定だ。
動
﹁難しい話は置いといて、刮目するといい! エンジン、コンタク
ト!﹂
燃焼室に酸素と水素が注入され、最初の点火が行われる。 ﹁吸気は? 一〇〇キロ以上の速度じゃなくては起動しないんだろ
?﹂
﹁酸素タンク用意しているから大丈夫!﹂
言ってる側からジェットエンジンに切り替わった。
炎の色が変わり、轟音が膨れ上がった。
排気ノズルがこちらを向いているわけでもないのに、あまりの風
に立っていることすら困難となる。
﹁いい音だ! このエンジンは当たりだぜ! どうだ、よく回るだ
667
ろう!﹂
﹁当たりもなにもお前が作ったんじゃねぇか! あと回るような稼
動部ないだろ!﹂
形式美という奴である。
﹁いい加減にしねぇと土台から飛んじまうぞ!﹂
﹁ああ!? まだまだだ、ハイブリッドシステム起動!﹂
﹁やめんかー!?﹂
ジェットエンジンとロケットエンジンの同時起動!
台風すら生温い殺人的な風圧に、思わず身体強化魔法で踏ん張る。
ガイルは魔法が苦手なので俺に掴まっている。
﹁お前、いい加減に︱︱︱﹂
﹁これでラスト! アフターバーナー全開!﹂
エンジン後方よりアームが展開される。
あまりに強力、大規模なアフターバーナーはエンジンの半分程度
のサイズとなってしまった。
バカ正直に一体化してはエンジン全長だけで一〇メートルを越え
るので、必要時にのみ後方に展開されるように設計したのだ。
光の帯だった排気は正しく炎となり、熱波が周辺の植物を焼き尽
くす。
ショックダイヤモンドが長く尾を引き、エンジンは熱せられ光を
帯びる。
668
﹁っ、軍人時代だってこんなエンジンなかったぞッ﹂
﹁ふはははははは、燃え上がれ、吹き飛ばせ! いっそ飛んで行っ
ちまえー!﹂
飛んで行っちまった。
﹁⋮⋮は?﹂
台座が地面から千切れ、酸素タンクを引っ張り上げエンジンが浮
き上がる。
徐々に加速するエンジン。
さながらそれは、在りし日に父と遊んだロケット花火。
﹁あはは、綺麗だな﹂
﹁現実逃避するなっ﹂
エンジンはあっという間に空へと昇っていき、雲の中へと消えた。
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
沈黙が痛い。
﹁ま、まあそのうち落ちてくるだろ﹂
﹁あるいは月面に突き刺さって終わるだろ﹂
﹃あはははははは﹄
669
ガイルと笑い合う。
﹁なにがおかしいのかしら?﹂
アナスタシア様の、すっごく低い声が背後から聞こえた。
ガイルと正座させられお説教を受ける。
﹁ナスチヤ、俺はただ呼ばれただけでな⋮⋮﹂
﹁お黙りっ!﹂
﹁はい、スイマセン﹂
縮こまるガイル。完全にとばっちりである。
﹁ははは、ザマないなガイル﹂
﹁なにか可笑しいのかしらレーカ君?﹂
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
﹁あ、エンジン落ちてきた﹂
雲から鉄柱が抜けるのに気付く。
670
﹁﹃フュージョン・レイ!﹄﹂
アナスタシア様の魔法の弓矢がエンジンを貫いた。
彼女の等身を遙かに越える巨大な弓。引き絞られた弦が弾かれる
と、極太のレーザーがエンジンを飲み込む。
﹁⋮⋮ガイル、ねえアレなに?﹂
﹁俺も詳しくは判らないが、空気中の水素を融合させて、そのエネ
ルギーを光に変換する魔法だそうだ﹂
核融合レーザーかよ。
﹃こえー﹄
アナスタシア様は光の弓を握り潰す。無言で。
﹃こえー﹄
﹁⋮⋮いい加減にしなさい、貴方達﹂
﹃彼﹄は苛立っていた。
671
﹃彼﹄はその空の覇者だった。
風より速く、音より速く。誰も﹃彼﹄を止められない。
そんな﹃彼﹄に、奇妙な物体がぶつかったのだ。
炎と轟音を撒き散らすソレは、﹃彼﹄に突撃した挙げ句グリグリ
と、そりゃあもうグリグリと頭をこねくり回す。
空飛ぶ鉄柱は意思を持つかのように執拗に﹃彼﹄を追い回し、ど
突き、張ったき、ビンタし、抉り、ようやく燃料が尽きて地上へ落
ちていった。
イラッときた。
凄くイライラッときた。
虚仮にされたままで収まるほど﹃彼﹄は忍耐強くない。
﹃彼﹄は鉄柱を睨み、その音をしかと記憶する。
再びその音と出会った時に、決して聞き逃さない為に。
﹁つーかお前、なに他の出場者が亜音速機で出場しようとしている
中で超音速機作る気マンマンなんだよ﹂
アナスタシア様の説教を右から左に聞き流しつつ、ガイルに訪ね
られた。
﹁新型エンジン、名称は付けるのか?﹂
エンジンの名前? そうだなぁ⋮⋮
672
﹁魔改造ラムジェットエンジン?﹂
﹁魔界ゾーンラムレーズンエンジン?﹂ そんなことは一言も言っていない。
673
魔界ゾーンとラムレーズン︵後書き︶
ソフィー﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
エンジンの開発は沢山のお金と時間を必要とします。それを時間
短縮する為に設定されたのが解析魔法です。
今回はちょっと展開に無理がありますね。﹁科学と魔力のハイブ
リッドエンジン﹂をやりたいが為に強引に話をもっていった感が。
674
鳥人間とXプレーン
﹁やだ﹂
﹁うぐぐ﹂
今月に入ってからの俺とソフィーの睨めっこは、記念すべき通算
一〇度目を数えていた。
﹁だから、これ以上主翼が長いと超音速時に不利になるんだ!﹂
ソードシップ
﹁飛行機はエンジンで旋回するものじゃないわ。翼で風を受け止め
て、勢いを殺さないままに曲がるのが理想。浮かび上がる力はあっ
て困るものじゃない﹂
推力偏向
﹁ベクタードノズルを装備すればエンジンパワーで強引に曲がれる
!﹂
﹁邪道﹂
﹁むぎーっ!﹂
このお嬢様は、俺の提案をことごとく否定しやがって。
エンジンが完成してしばし経つが、俺は未だ機体制作に取り掛か
れてはいなかった。
軽い機体で空力を生かした飛び方を好むソフィー。
機体が重かろうとエンジンの出力で無理矢理機動を行えばいいと
675
いう発想の俺。
どうも方向性が定まらず、模型を作ってはソフィーに却下される
日々の繰り返しなのだ。
模型で見せるのは、彼女が感覚的に空を飛んでいるからである。
図面読めないんだよねこの子。
﹁ソフィーの言い分も解る、そりゃ軽くて機敏に動く方がいいには
決まっているが、な﹂
そのコンセプトで設計すると、エンジンのパワーに機体が耐えき
れないのだ。
主に翼がへし折れて溶け落ちる。
﹁⋮⋮ごめんね、わがままばかり言って﹂
急にしおらしくしないでほしい。
﹁いや、気にするな。要求に応えられないのは俺の未熟だ﹂
要望は遠慮せずに言ってくれ、と予め断ったのは俺の方だ。
レースに挑むのに、彼女が求める良好な機動性と反射速度は間違
いなく武器となる。
機体が重ければどうしても慣性が残ってしまうのだ。
﹁とにかくさ、一度作って乗ってみないか?﹂
試行錯誤するにも実際に実験する機体が欲しい。
﹁作るって、どんな機体を?﹂
676
俺が作れる、高性能かつ汎用性の高い機体などあれしかない。
あらだか
﹁荒鷹﹂
﹁というわけで、作ってみました荒鷹﹂
格納庫に収まった共和国最新鋭試作機のレプリカを見上げる。
格納庫は機体制作に際し必要と判断し、予め制作しておいた。ソ
フィーと議論ばかりしていたわけじゃない。
﹁以前はバルカン砲のレプリカで一週間かかっていたのに、今では
機体そのものを同期間で作れるとは⋮⋮俺も成長しているんだな﹂
しみじみしていると、格納庫に俺的異性好感度ナンバーワンの婦
人が現れた。
﹁レーカ君、荒鷹はコピーしちゃ駄目って言ったわよね、私⋮⋮?﹂
アナスタシア様がジト目で俺を睨む。
﹁でも白です﹂
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹁白です﹂
677
荒鷹レプリカは見事な純白だった。
﹁⋮⋮⋮⋮レーカ君?﹂
﹁は、はい﹂
﹁せめて細部を作り替えなさい。特徴を消して﹂
渋々垂直尾翼を一枚に変更したり、主翼を完全な三角形にしたり
するのであった。
これじゃあ荒鷹︵笑︶だ。
ついでにエンジンも単発である。もはや別物。
タイガーシャークならぬイーグルシャークとでも名付けよう⋮⋮
何人が判るんだこのネタ。
﹁とにかく、試運転してみるか﹂
解析シミュレーション上は問題ない。浮遊装置も付いているし、
最悪ゆっくり墜落すればいいのだ。
﹁それじゃあエンジンに火を入れて︱︱︱﹂
はたと気付く。室内でエンジンを始動すれば、木造格納庫が吹っ
飛んでしまう。
﹁それじゃあエアバイクで引っ張れば﹂
タイヤが空転するばかりだった。
ケッテンクラート
﹁畜生、今度、エアバイクを半装軌式に改造しなければ⋮⋮!﹂
678
結局、地引き網漁のように腕力で牽引する俺の姿があった。
この荒鷹︵笑︶は、つまり実験機だ。
新型機制作の手順を語ったが、覚えているだろうか。
実験機、概念実証機、試作機、先行量産機、量産機の順で制作さ
れるというアレだ。
まずは荒鷹︵笑︶をベースに、様々な技術を実験してみたい。
﹁俺がエンジンテストしてやるぞ!﹂
と手をノリノリで上げたガイル。どう考えても乗りたいだけだ。
とはいえアイディアを纏めるにも時間がかかる。しばらくは好き
にさせておこう。
﹃ヒャッホオオオォォォォォ!!﹄
只今、俺は村の時計台の上。
通信室を借りて、荒鷹︵笑︶のテスト飛行を行うガイルを見上げ
ていた。
﹃前に乗った荒鷹よりちとパワーが足りないが、いい出来だ! こ
の時点で楽に優勝しちまうぜ!﹄
679
﹁楽しそうでなによりだ、ガイル﹂
受信機越しに鮮明なガイルの声が届く。
木々も紅葉し、風はとても心地よい。この季節がずっと続けばい
いのに。
実は巡航飛行での出力性能は、魔改造エンジン装備でも荒鷹のエ
ンジン装備でも変わらない。
魔改造エンジンは荒鷹エンジンの倍の出力を持つ。ただし単発。
つまり、プラスマイナスゼロ。
それでも尚ガイルが物足りないと称したのはアフターバーナーが
使用出来ないからだ。魔力不足から荒鷹︵笑︶でのAB起動は不可
なのである。
俺が乗り込めばいいんだけどさ。野郎と2ケツとか罰ゲームだ。
﹁ソフィーお嬢様はパワーより機体の軽さが大事みたいだぜ﹂
﹃なんだ、喧嘩でもしたのか? よっしゃ婚約解消だ!﹄
今度ガイルの前でソフィーをハグしてやろ。最近ではお触りOK
になったし。
エロい意味ではなく、頬をつついたり抱っこしたり手を繋いだり
しても抵抗されなくなったのである。
ただ気を許しただけで、今までマイナスであった⋮⋮とは考えな
いようにしよう。
ただ人見知りなだけだ、屋敷に住み着いた不審者などと思われて
はいない!
﹃あとな、俺とソフィーにだって癖の違いはあるさ。俺はエンジン
出力を生かした飛び方、ソフィーは風に乗った飛び方を好む﹄
680
せきよく
﹁じゃあ紅翼に物足りなさを覚えるんじゃないか?﹂
オリジナルのネ20エンジンでは、下手に機首を上げるだけで失
速する。そんな程度のパワーなのだ。
﹃そうなんだよ、でもナスチヤが﹃こっちの方が維持費が安いから﹄
ってなぁ⋮⋮﹄
尻に敷かれているな、ガイル。
しかし、うーむ。
﹁軽い機体、か﹂
﹃難しいのか?﹄
そりゃ難しいさ。案は色々あるけれど。
﹁浮遊装置、外そうかなって考えている﹂
荒鷹︵笑︶の挙動が揺らいだ。
﹃お、おま、浮遊装置外すとか、正気か!?﹄
動揺し過ぎだろ。
﹁別になくたって飛べるだろ。飛行中は浮遊装置を停止させるんだ
し﹂
﹃いや、そういう問題じゃなくてよ、つかどうやって離着陸するん
だ﹄
681
﹁引き込み式の車輪を付ける﹂
つまり地球方式である。
﹃そりゃ、理屈の上では可能だが、なぁ﹄
歯切れの悪いことだ。
﹁なにをそんなに渋っているんだ? 浮遊装置なしだと怖くて飛べ
ないか?﹂
挑発するようにおどけてみせるが、やはり彼の口調はキレを欠い
ていた。
﹃そんなことはないんだが、だってよ、航空機に浮遊装置を積まな
いのは⋮⋮非常識だ﹄
なるほど。セルファークでは浮遊装置が当たり前過ぎて、浮遊装
置なしの航空機など信用出来ないのか。
﹃ずっと昔から、航空機には浮遊装置が常識だった。飛行中に浮遊
装置を止める飛行機だって、登場した時は大騒ぎだったんだぞ﹄
ましてや最初から積まない航空機など、ってところか。
﹁けどさ、ガイルは⋮⋮これがなければ、って思ったことはないの
か?﹂
﹃むっ﹄
682
ライディングギア
ないはずがない。
降着装置だって飛行機の機構としてはかなりの体積、重量を占め
る悩みの種なのだ。浮遊装置は輪にかけて重い。
これがなければもっと軽やかに空を舞えるのに。
空を飛ぶのが大好きなガイルであれば、絶対そう考えている。 ﹁それにさ、俺達は、地球の人間はずっとそれで飛んできたんだぜ﹂
墜落=死。それは、飛行機乗りが皆覚悟する最期だ。
エンジンが停止してもフワフワ降りられるセルファークの天士と
は、気合いが違う。
﹁仮にエンジンが止まっても、滑空出来る高度と平らな地面があれ
ばなんとかなるもんだ。凄腕パイロット、じゃなくて天士であれば
尚更だろ?﹂
﹃⋮⋮わーったよ、わーったよ! 好きにしろ! でも安全管理は
徹底しろよ!﹄
﹁おうっ﹂
良かった。ガイルに反対されれば押し切る気はなかったのだ。
娘の命を預かるのだ。絶対に間違いは許されない。
エアボート
﹁飛宙挺でも脱出装置として積んでおけばいいだろ?﹂
﹃だな﹄
脱出するだけなら充分だ。
683
タイヤ
﹁それじゃあギアの設計を⋮⋮﹂
﹁れーかー!﹂
時計台の下から呼び声が聞こえた。
窓から見下ろすと、マリアが手を振っている。
﹁どうしたー?﹂
﹁紅葉狩り、行きましょう!﹂
手に提げたバスケットを掲げ笑顔をふりまく。
紅葉狩り? どうして急に。
﹃どうした?﹄
無線の向こうから疑問符を投げかけるガイル。なんと応えるべき
か。
﹁えっと⋮⋮デートのお誘い?﹂
やってきました近隣の湖畔。
684
﹁ゼェーレスト村の近くにこんな綺麗な場所があったとは﹂
清掃されているはずもない落ち葉がふわふわして若干鬱陶しいが、
シートを敷けばむしろ座り心地が良さそうだ。
﹁綺麗ね、ここまで来たのは初めてよ﹂
﹁よっしゃ、なにして遊ぶ?﹂
﹁ちょっと移動しただけで植生が変わるんだね。メモメモっと﹂
駆け出したのは冒険者志望三人組。
﹁たまにはカバティやろうぜ!﹂
﹃やらない﹄
なぜだか、異世界でカバティが普及する兆候はない。
地球であれだけ地味かつ広範囲で流行っていたのだ。セルファー
クでも流行するに決まっている⋮⋮のだが。
﹁缶蹴りやろう! あれは面白かったわ!﹂
﹁鬼ごっこだ! 小難しいのは苦手なんだ!﹂
﹁ダルマさんが転んだ、がいいんじゃないかな。慣れない場所で走
り回るのは危ないよ﹂
なぜか他の遊びばかりが好評である。
まあ、カバティをやるには致命的に人数が足りないし。面白さが
685
伝わらないのも仕方がない。
﹁レーカ、こっちこっち﹂
手招きするマリア。
﹁こっちこっち﹂
真似するソフィー。
﹁﹃此処は我が領域。此処は我が地。魔の道理に生きし者よ、踏み
入ることを不敬と痴れ﹄﹂
怪しげな呪文を唱えるアナスタシア様。
﹁﹃レスト・フィールド﹄﹂ アナスタシア様を中心に魔力の円が広がるのを感じた。
﹁これで村の近くの魔物は近付いてこれないわ﹂
﹁便利ですねぇ﹂
むしろ以前の野宿で⋮⋮というのは無粋だが。
あの旅は訓練だったし。
﹁マリアが時計台に来たときはなにかと思いましたけれど、アナス
タシア様発案の遠足だったんですね﹂
面子は保護者役のアナスタシア様、俺とソフィーとマリア、冒険
686
者志望三人組の計七人。旅の顔ぶれとほぼ同じだ。
﹁あら、言い出しっぺはマリアちゃんよ?﹂
﹁あ、アナスタシア様っ﹂
あたふたと手を振るマリア。
提案したのが彼女だったとして、なにか慌てる要因があっただろ
うか。
﹁レーカ君に気分転換してほしい、って頑張ってお弁当を作ったの
よ﹂
﹁アナスタシア様ーッ!?﹂
なるほど、それで照れているのか。
ちょっと感動した。
マリアに抱き付いたら犯罪だろうか?
﹁ち、違うの! 前々から紅葉狩りに行きたいって考えていたの、
たまたまなんだから!﹂
﹁いいお母さんになるな、マリアは﹂
﹁そ、それって褒められているのかしら⋮⋮?﹂
最上級の褒め言葉だ。
本気でハグしたいが、繊細な年頃の彼女に過度のボディータッチ
は傷付けるだけだと学習している。
でも、いじらしい。可愛い。ハグしたい。
687
﹁俺はどうしたらいいんだ!?﹂
﹁⋮⋮とりあえず身の危険が迫っているのは、ひしひしと感じるわ﹂
自分の体を抱いて震え上がるマリアであった。
﹁ほら、そんなことよりお弁当食べなさい!﹂
バスケットを突き出される。中身は綺麗な形に握られたオニギリ
の詰め合わせ。
てっきりサンドイッチかと予想していたが、異世界でも米に飢え
ないのはいいことだ。
ぱくりと一口。
﹁ああ、キャサリンさんほど完璧な出来じゃないのが、かえってお
母さんの味に思える﹂
﹁褒め言葉⋮⋮?﹂
褒め言葉。
遊び回っていた子供達より一足先にお弁当を食し、近くを散歩す
る。
靴を脱いで湖に足首まで浸すと、意外と冷たくて小さく声を上げ
て引っ込めた。
688
﹁レーカ、なにやっているの?﹂
ソフィーが湖を覗き込む。
﹁何か居る?﹂
﹁ああ、牙の生えたカエルの化け物がな。足を噛まれそうになって
思わず叫んでしまったよ﹂
﹁ふえぇ!?﹂
驚き、ついでに足を踏み外して湖に転げ落ちるソフィー。
﹁いやぁ、噛まれる、助けてレーカ!﹂
ばちゃばちゃと水面を叩いて混乱するソフィー。ごめん。本当、
嘘吐いてごめん。
﹁落ち着いて落ち着いて、よいしょっと﹂
冷静になるように声をかけても無駄だろう。俺も湖に入り、背後
から彼女を持ち上げて陸へと上げた。
溺れる人を助けるときは背中から近付こう。お兄さんとの約束だ。
というか、足、届くじゃないか。
﹁レーカも早く!﹂
﹁お⋮⋮おぉおぉぉっ?﹂
689
登ろうとして、視線を逸らし踵を返した。
ソフィーは白いシャツの上にカーディガンを羽織っている。
白いシャツが濡れればどうなるか。
大変なことになっちゃうのである。
断っておくが変な劣情を抱いたわけではない。視線を逸らすのは
紳士として当然の振る舞いだ。
﹁レーカ!﹂
焦り声のソフィーに促され渋々陸へ。ついでにソフィーのカーデ
ィガンの前を閉める。
マイケルやエドウィンに見られるのは気にくわない。
いいだろ、独占欲があったって。妹分だし、婚約者でもあるし。
﹁張り付いて気持ち悪いよ﹂
﹁ぬ、脱ぐな! アナスタシア様、アナスタシア様ー!﹂
﹁あらあら﹂
必死に男達の視線からソフィーを守る。その隙にアナスタシア様
は手早く娘を着替えさせた。
疲れた。どっと疲れた。
﹁レーカ君も着替えたらどう?﹂
俺の服をひらひらと揺らすアナスタシア様。なんで持ってきてい
るの?
﹁水辺で遊ぶんですもの、替えの服くらい持ってくるわ﹂
690
﹁それもそうですね﹂
俺が飛び込まないとしてもマイケルがダイブしかねない。
﹁どりゃあああぁぁぁ!!﹂
﹁ほらやっぱり﹂
﹁あらあら⋮⋮﹂
水しぶきを撒き散らして入水するマイケル。
せめてパンツ一丁になってやれよ。
﹁俺はそこら辺で乾かしてくるんで、それはマイケルに着せて下さ
い﹂
﹁乾かすといっても、時間がかかるでしょ?﹂
﹁練金魔法でなんとかなるかと﹂
水分子を分解してしまえばいい。
﹁あんまり遠くに行っちゃ駄目よ?﹂
﹁そこの影にいるんで﹂
片手を上げ、俺は岩影に駆けた。
691
服を下着以外全部脱ぎ、向かい合う。
﹁ちちんぷいぷい︱︱︱ソフィー?﹂
ソフィーが覗き込んでいた。
彼女はまだ異性に興味などないはずだ。
はずだが、俺のことをガン見している。
﹁俺の肉体美に酔いしれるなよ?﹂
﹁︱︱︱?﹂
いかん、最低な形で滑った。
トテトテと俺の側に寄るソフィー。
﹁なにするの?﹂
﹁いや、別に面白いことなんてしないぞ?﹂
魔法で服を乾かすだけだ。
実演してみせると、感動した面持ちで服を見つめる。
そして再び湖に服を放り込んだ。
﹁もう一回!﹂
思わずチョップした俺は悪くない。
叱るときは美少女でも叱る男なのだ、俺は。
692
乾いた衣服を着込んでいると、ソフィーが湖を凝視していた。
﹁何かいるのか?﹂
﹁足を噛むような変な生き物はいないわよっ﹂
先程の牙ガエルがジョークだと気付かれたらしい。
﹁鳥?﹂
水面を進む鳥を観察していたようだ。
﹁楽しい?﹂
﹁うん﹂
親近感でも覚えるのだろうか?
﹁鳥みたいに、自由に飛べたら楽しいよね﹂
﹁飛行機は、鳥よりずっと速く飛ぶぞ?﹂
鳥なんて水平飛行では一五〇キロが精々だ。
693
﹁速く飛ぶだけが飛行じゃないわ﹂
﹁⋮⋮そうだったな﹂
思えば、ソフィーの目指すところはまさしく鳥なのかもしれない。
風を捕まえ、気流に乗り、滑空し。
それこそ彼女の望む﹃飛行﹄か。
正面から吹く風に、両手を左右に伸ばして構える。
﹁鳥ってこんな感じか?﹂
なんてな、と一人ごちていると、そっと腕に触られた。
﹁もうちょっと、こう﹂
ソフィーが俺の背後に回り、腕の角度を調節する。
﹁これが滑空。翼を少し上げて、重心に重ねるの﹂
耳元で囁かれ、少しこそばゆい。
﹁これが旋回。厳密にいえば、左右で翼の角度が違うの。そう、こ
こで翼を捻って﹂
男女が風を感じつつ、体をそっと重ねる。昔こんな映画があった
よな。
﹁これが滞空。風を受け止めて、バランスを取るの。そうすれば一
瞬だけど速度ゼロで浮かべるわ。風があれば数秒は浮かんでいられ
る﹂
694
こうしてみると、飛行機の操縦システムは人間用に簡略化された
ものなのだな、と感じる。
ソフィーはきっと、なにかの間違いで人として産まれてしまった
鳥なんだ。だから彼女は風を愛し、風に愛される。
﹁⋮⋮鳥みたいに、自由に翼が動く飛行機って作れないの?﹂
﹁可変翼、って技術はあるけどさ﹂
可変翼とは、低速飛行時には翼を広げ、高速飛行時に後方へと折
り畳む形式である。
一見空気抵抗の有無だけが変化内容に思えるが、機体の重心変化、
尾翼への気流の影響等様々な要因が変化するややこしい技術だ。
﹁あれは前後に動かすだけでしょう? もっと、主翼ごと捻ったり、
上下にもパタパタしたりって⋮⋮無理かな?﹂
﹁うーん⋮⋮﹂
可変翼ですら困難なのに、軸を増やすというのか?
可変後退翼の場合、稼動部の軸は左右一つずつ。それだけで無視
出来ないウェイトなのだ。
もし自在に動かせる翼を得るとすれば、更に機構が重く複雑化す
る。
﹁動物の動きを機械で再現するって難しいんだ。人型ロボットが実
用化出来ないのも、筋肉のしなやかで俊敏な反応を再現しきれない
からだし﹂
695
ストライカー
﹁レーカは人型機のこと、いっつも﹃人型ロボット﹄って呼んでい
るわよ?﹂
それは無機収縮帯なる、生物の模倣に適した素材が存在するから
︱︱︱
﹁︱︱︱無機収縮帯で稼動させればいいんじゃないか?﹂
なぜ思い付かなかったのか不思議な、シンプルな答えだった。
重量増加は避けられないが、モーターや油圧を積まない分、ずっ
と軽く収まりそう。
﹁こうやって、ここに収縮帯を詰め込んで、これじゃ翼が厚すぎる
から⋮⋮﹂
ぶつぶつ呟きつつ、脳裏に設計図を起こしていく。
﹁お母さん、レーカが自分の世界に入っちゃった﹂
﹁こうなったらもう声が届かないわね。帰る時間にも現実に戻って
きていなければ、魔法で浮かべて運びましょう﹂
脳裏の図面をまとめ終えて一呼吸。
周囲を見渡すと、そこは自室の倉庫だった。
﹁⋮⋮あれ?﹂
696
図面に引いた時点で気付いたのだが、無機収縮帯を航空機に詰め
込むのは些か無理があった。
人型機の股関節に関するノウハウを流用したわけだが、筋状に配
置する以上は体積を大きく占領してしまうのだ。
荒鷹をベースに可変翼を組み込むも、問題は次々と沸いて出た。
独自の理論を組み立てて無機収縮帯を機体の胴体内に集約させる。
それでもかさばるので、無機収縮帯を細く変更し、過剰魔力を注
ぎ込むことにした。
少ない収縮帯に過剰な魔力。無機収縮帯の寿命は当然縮み、それ
をカバーするために無機収縮用の治癒魔法を術式に刻み込む。
こうしてようやく必要な性能に至ったのだが、技師が同時に乗り
込み常にどこかを治癒修復しなければならない無茶苦茶な仕様とな
ってしまった。
エンジンといい、主翼といい、この飛行機は俺泣かせになりそう
だ。
無機収縮帯の可変翼、技師が乗り込まなければ運用不可能とは、
道理でセルファークでも実用化されていないわけである。
﹁とにもかくにも、荒鷹︵笑︶改が完成したわけだが﹂
デルタ翼は直線翼となり、随分とイメージが変わった。
しかしこの主翼、付け根と半ばの二カ所で可変し柔軟な空力制御
が可能な優れものなのだ。
低速時は最大展開で直線翼となり、高速時は尾翼幅にほぼ納まる
ほど折りたためる。
地球生まれの可変翼機は根本だけしか動かないので、案外幅が小
さくならずに空気抵抗を減らすという目的を果たしきっていない。
697
その為の、翼途中の可変部分だ。
あれだ、ロボットによくある二重間接ってやつだ。二重であれば
ぴったり折りたためるんだ。
﹁と、こんな具合だが⋮⋮操縦系がかなりややこしい﹂
﹁操縦桿が二つあるわね﹂
操縦桿
﹁左右の翼を個別に動かせるからな。スティックの位置だけではな
く、肘まで使って操縦することになる﹂
苦肉の策である。どうやっても翼の動きを手首の位置だけで入力
しきれないのだ。
﹁加速とかはどうするの?﹂
天士ならスロットルと呼べ。ソフィーは感覚で操縦しているので、
専門用語をあまりちゃんと覚えていない。
﹁ラダーを片足で、スロットルをもう片足で操ることになる﹂
本当に大丈夫だろうか。ベテランのガイルにまず乗ってもらうべ
きではなかろうか。
俺の懸念を余所に、ソフィーはうれしそうにコックピットによじ
登る。
﹁はやく、早く乗ろう!﹂
﹁⋮⋮やれやれ、人の心配も知らないで。一緒にメリーゴーランド
に乗ろう、ってくらいの気軽さだな﹂
698
苦笑し、俺はコックピットの後部に増設された座席に入り込んだ。
こうしてソフィーと俺とで機乗し、テスト飛行へと臨んだわけだ
が︱︱︱
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹁大丈夫?﹂
﹁⋮⋮もうダメ﹂
初めての戦闘機だとか、ソフィーとの初の共同作業だとか、そん
な感動はフライト開始三分で消え失せた。
曰く、戦闘機パイロットは空の楽しさより辛さの方が多いらしい。
兵器に楽しいだけで乗る奴なんてただの人格破綻者だが、空を夢
見て自衛隊に入りつつも、いざ戦闘機に乗ると嫌で嫌で仕方がなく
なってしまった、ということがあるそうだ。
所詮人間は鳥ではない。空を飛ぶように出来ていない肉体は、飛
行中に常に全力酷使される。
ならば、ソフィーのように人の形をした鳥のような人物であれば?
そんな天士の操る機体に、なんの飛行訓練も受けていない人物が
同乗すれば?
699
﹁大丈夫?﹂
﹁⋮⋮もうダメダメ﹂
こうなるのである。
ここは使用人休憩室。マリアとキャサリンさんのリビング的空間。
俺は気持ちの悪さに机につっぷし、ソフィーは健気に背中をさす
ってくれていた。
本来であればここにソフィーが立ち入るのはキャサリンさんがい
い顔をしない。心情的なものではなく、主と従者のケジメだそうだ。
かといって子供のソフィーにあまり厳密にそれを求めるのも酷だ
と考えているらしい。遊びに来る程度であれば、何も言う気はなさ
そう。
﹁なにがそんなに苦しいの?﹂
﹁ぐるぐるって回って、上と下がぎゅんぎゅん変化して、景色がび
ゅんびゅん飛んでいくのが﹂
それのなにが問題なのだろう、と首を傾げるソフィー。
つまりは乗り物酔いに近い。ロリ神の用意した肉体は人一倍頑丈
なので高機動飛行のGには耐えきれるのだが、地上生活の長い俺に
は空の常識は肌に合わなかった。
﹁頑張ってなんとかして﹂
﹁お、おう﹂
スパルタである。
対G能力は素質に左右され鍛えるのが難しい部分だが、乗り物酔
700
いは慣れれば脳がなんとかする。
ソフィーの慣熟訓練に付き合っていれば、じきになんとかなるだ
ろう。
﹁それで、試作機の乗り心地はどうだった?﹂
﹁うーん⋮⋮﹂
え、なんで眉潜めるの。
﹁ちょっと物足りない﹂
﹁君ちょっとオカシイ﹂
ロシアの試作機だって真っ青な変態機動をしておいて、物足りな
いって。
声と嘔吐感を抑えるのに必死であまり飛行内容は把握していなか
ったが、あのグルグルっぷりはどう考えても常軌を逸していた。
﹁先端を上下に振るスピードが遅いかな、って﹂
﹁ああ、なるほど﹂
主翼を強化したわけだが、それで賄えるのはフラップとエルロン、
つまり浮力の調節とローリングの速さだけだ。機首を上下に傾ける、
エレベータは荒鷹オリジナルのままだった。
﹁それでね。こんな風に出来ない?﹂
メモ用紙にペンを走らせる。
701
その下手っぴなイラストを何気なく観察し、次第にある感情が湧
き上がった。
それは、戦慄。
﹁⋮⋮ソフィー、これを誰に教わったんだ?﹂
﹁え? 自分で考えたんだよ?﹂
アナスタシア様なら知っていたかもしれない。ガイルなら気付い
たかもしれない。
だが、飛行機など紅翼しか知らないであろうソフィーが、こいつ
を独自に編み出した?
﹁こいつは極めて扱いにくい技術だ。コンピューターでの補正が出
来ない現状、ソフィーの腕で操るしかない。⋮⋮こいつを、御しき
れるのか?﹂
﹁うん﹂
気負いもなにもない返答。
これを制御することに、微塵も不安がないと彼女の瞳は雄弁に語
る。
﹁⋮⋮こいつをなんて呼ぶか、知っているか?﹂
﹁名前があるの?﹂
そのイラストは、飛行機を真上から見た視点の図だった。
一見ただの後退翼機。しかし、操縦席とエンジンの位置が明らか
におかしい。
702
そう、まるで前後が逆に配置されたかのようなレイアウト。
尾翼の役割を果たすカナード翼がコックピット若干後ろに設置さ
れ、主翼は機体の後方から﹃前﹄へ伸びている。
飛行機の常識を捨て去り、進行方向へと逆らうように配置された
翼はまるで矢尻。
これは地球ですら完全な実用化を成し得ていない技術。
新素材により強度問題を解決し、根本的な不安定性を電子制御に
て克服してようやく満足な飛行を成し得た翼。
ステレスに重きを置かれたことで、進化の道を閉ざされた技術。
FORWARD SWEPT WING。日本語ではこう呼ばれ
る。
﹁︱︱︱前進翼。それが、この技術の名だ﹂
703
長耳メイドとロリコンドラゴン 1
前進翼。
その発案は古く、第二次世界大戦のドイツではすでに研究が行わ
れていた。
原理的に失速しにくく、静安定性が極めて低いことから挙動が俊
敏となる。
棒を手の平に乗せて、バランスをとって直立させて遊んだことは
ないだろうか。つまりはあの原理である。
棒の端を摘んで下に垂らせば、当然安定する。
しかし上に立てれば、倒れようとする力で不安定な動きとなる。
普通の飛行機は下に垂らした状態だ。操縦桿を握っていれば、真
っ直ぐ前進し飛ぶ。
ソードシップ
前進翼機は上に立てた状態。常に小刻みにバランスをとらねば倒
れてしまう、とても不安定な飛行機なのである。
だがそれは、機動性という観点から見れば極めて大きな利点とな
る。
姿勢の崩れやすい機体は、同時に高レスポンスで一気に回頭出来
る。前部に尾翼、カナード翼があれば尚更だ。
﹁エレベーターを強化するのにこれ以上適した形式はないだろう。
だが、なぜ実用化されていないか、理由は解るか?﹂
使用人休憩室の机を挟み、ソフィーに前進翼概要の授業。
﹁乗りにくい?﹂
704
本来﹁乗りにくい﹂ではなく﹁乗れない﹂なんだけどな。
﹁それもあるけど、それはフライ・バイ・ワイヤ⋮⋮電子制御を操
縦に介することで解決出来るんだ﹂
﹁フライ⋮⋮白身魚?﹂
ガイルといいソフィーといい、専門用語はほんとに駄目だな。
﹁白身魚のフライにはタルタルソースが正義として、操縦の難しさ
はソフィーの技量でなんとかなるのかもしれない。問題は航空力学
的な部分じゃなくて、工学的な部分だ﹂
つまり俺の問題である。
﹁ソフィーの描いたこの絵、切っていい?﹂
頷きを確認し、俺はハサミでイラストを切り取って機体正面から
息を吹きかけた。
主翼がくにゃり、と裏返る。
﹁あっ﹂
﹁こういうことだ。前進翼は﹃前面からの風で折れる﹄という、あ
まりに致命的な弱点を持っている。これを解決するには、通常以上
の強度が必要になるんだ﹂
風で折られないほどの強度。それを実現するのは、第二次世界大
戦の技術では到底不可能だった。
705
﹁なら、強い金属を使えば?﹂
﹁まあ、そうなんだけどな﹂
単純明快な発想ではある⋮⋮が。
今度は少し堅い厚紙を同じ形に切り取り、正面から息を吹く。
ブルルルルル、と主翼は小刻みに振動した。
﹁中途半端な強度じゃ翼は弾性で板バネのようにしなり、こんな振
動となって繰り返される。これを解決するには、しなりを打ち消す
ように主翼を設計するか、ガチガチの硬質素材でフレームを作るか、
だ﹂
﹁そこまで解っているなら、なぜ渋っているの?﹂
﹁前進翼ってだけなら、まあ出来たさ。でもコイツは可変翼機だ。
様々な角度からの風圧・加速度に耐えるために剛性の強化がかなり
必要だし、軸部分にかかる負担は更に増える。この世界にある金属
じゃ、耐えきれそうにない﹂
だから、選ぶしかない。
﹁どっちかだ。前進翼か可変翼、どっちか選べ﹂
残念ながら、これを打開する方法は思い付きそうにない。飛行中
に前進翼へと可変する機体など、地球でも成功したことがないのだ。
マニアックなところでは、可変翼機を改造して手動で前進翼に変
形出来るるなんて実験機もあるけれど。
二択を問うた俺。
しかし、それにソフィーが返した応えは三択目の選択肢であった。
706
﹁頑丈にすればいいのよね?﹂
﹁ああ、でも翼を厚くするとかはなしだぞ。重量過多で色々なデメ
リットがメリットを上回る﹂
﹁どんな金属でも無理?﹂
﹁無理。フィアット工房で様々な材質を学んだが、軽さと強度を都
合よく兼ね備えた素材なんて︱︱︱﹂
﹁これは試した?﹂
コトリ、と机の上に置かれた物。
﹁これは⋮⋮なるほど。これは扱ったことがない﹂
地球ですら名が知られ、伝説の金属としてゲームや漫画で登場す
ることも多いこの素材であれば⋮⋮あるいは。
手に取り、軽さに驚きつつも解析魔法を開始する。
ガイルが娘に送った、天士用のシンプルなゴーグル。
そして、その材質は︱︱︱
﹁ミスリル、か﹂
錬金魔法で作れるのだろうか、これ。
707
数日後。
作れた。
といっても、錬金は楽ではなかった。
ミスリルの原子はなんと炭素である。つまりこれ、ダイヤモンド
の同素体だ。
フラーレン、カーボンナノチューブといった物と並ぶ、炭素素材
の未知の形態らしい。
しかしその四次元立体構造は既知の素材とは一線を画しており、
様々な角度から最大限の強度を誇ると考えられる。
﹁軌道エレベーターの材料に使えるな﹂
宇宙のないこの世界では六〇〇〇メートルで月面に達してしまう
が。
自室の机にて錬金したミスリルを、様々な角度から眺める。
﹁この量だけで半日か⋮⋮必要量に達するのは何日後だよ﹂
実験的に錬金したミスリルは極少量。特殊な構造からか、空気中
の二酸化炭素を分解してミスリルを精製するのは想像以上の手間だ
った。
機材を片付け机を立つ。そろそろ昼食の時間だ。
厨房へ向かうと、キャサリンさんと誰かが机を挟んで会話してい
た。
﹁誰だろ?﹂
708
ドアから頭を覗かせ確認するも、その客人は後頭部しか見えない。
キャサリンさーん、飯はー?
目が合うも、即座に興味なさげに逸らされた。めしェ⋮⋮
﹁っつーとなんだい。家事はほとんど出来ないと?﹂
﹁野戦料理などなら可能です。あと掃除くらいは﹂
キャサリンさんと客人の会話は続く。
﹁この屋敷には貴重な調度品も多いんだよ。雑巾で拭けばいいって
もんじゃない、正しい薬品や手順で手入れをしなきゃいけないんだ﹂
﹁む、むむっ、ですが、その、力仕事とか﹂
﹁うちには一人、いくらでもこき使える労働力がいるんでね。何時
間重労働させても心が痛まないヤツが﹂
俺のことですね、判ります。
確かに身体強化魔法を絶え間なく使える俺は何時間重労働し続け
ることも可能だが、セリフの響きが酷い。
襟をくいと引かれた。振り返るとお盆を持ったマリア。
﹁今は人が来ているから、お昼ご飯は休憩室で食べるわよ﹂
﹁ああ、解った﹂
といいつつも、再び視線はキャサリンさん対面の女性へ。
どこかで見覚えがある。ほっそりしたボディーライン、艶やかな
黒髪、ツンと尖った耳。
709
⋮⋮尖った耳?
﹁ハイエルフ?﹂
俺の声に気付き、彼女は振り返った。
﹁レーカさん!﹂
数ヶ月前に別れた人型機自由天士、キョウコであった。
とりあえず見なかったことにしてマリアと二人でお昼ご飯。
去り際に背後から呼び声をかけられたが、嫌な予感がするので無
視した。
﹁ねえ、レーカ? あの人はだぁれ?﹂
﹁なんで猫なで声なんだ﹂
薄ら寒い笑みで﹁うふふ﹂と笑うマリア。
﹁まあ一言で言うと﹂
﹁言うと?﹂
﹁マリアにはまだ早い関係だ﹂
710
彼女の持つフォークがへし折れた。
柔らかい銀製とはいえ、魔法なしで折ったぞ。
﹁へ、へえええ、レーカってば大人なのねぇ⋮⋮﹂
﹁いや、厳密に大人への階段を登ってはいない﹂
﹁ははは、お、大人への階段⋮⋮?﹂
頭から煙を噴くマリア。いかん、壊れた。
﹁落ち着け。そういうのは、ちゃんと順序を踏んで進むものだ﹂
﹁レーカ、私の気持ち解っているようで解ってないでしょ!﹂
本人ですら混乱している心情をどう察せと。
﹁マリア、俺のことが好きなのか?﹂
﹁⋮⋮たぶん、違う﹂
﹁ほら、自分自身のことすら﹃たぶん﹄って言っちゃってる﹂
他人の心理を勝手に推測するなんて俺の趣味ではないのだが、き
っとマリアはこんな感じだ。
﹁どっちでもないんだろ﹂
﹁なによそれ﹂
711
ふてくされたように頬を膨らませるマリア。
﹁人の心なんてさ、シーソーみたいに必ずどっちかに傾いているも
のじゃなくて、花壇の花みたいに一斉に芽生えて、ニョキニョキと
横並びに大きくなるものなんだよ。大きさの差はあれど、どちらが
メインなんてことはない﹂
俺のクサい高説に、それでも得心するものがあったのかマリアは
手を胸に当てて頷いた。
﹁ねぇ﹂
﹁ん?﹂
﹁私がレーカのことを好きだって言ったらどうする?﹂
﹁⋮⋮俺の花壇で一番育っている花は、あくまで親愛だよ﹂
一番は、な。
俺は中身が大人なのだ。ズルい意味でも。
﹁そう。この花って、水あげたら育つのかしら?﹂
﹁? それは︱︱︱﹂
背中からなにかが衝突した。
首に回される腕、黒髪のいい香り。
いくせいそう
﹁お久しぶりです、レーカさん。貴方と会える日を幾星霜と待って
いました﹂
712
キョウコが背中から抱きついていた。
﹁あー、うん。久しぶり﹂
﹁はい。再び出会えて、とても嬉しいです﹂
抱きつかれているので顔が近い。キャッキャとはしゃぐキョウコ
は、まるで子供だ。
ここまで近いと、黒水晶のような瞳に吸い込まれる錯覚を覚える。
数ヶ月前までのキョウコと、なにかが違う。
﹁まさか再会の時を待ちきれずに村に来ちゃった、と?﹂
冗談めかして訊ねてみるが、
﹁いえ、ただの旅路の途中の路銀稼ぎです﹂
ストライ
否定の皮を被った虚言の肯定という、ややこしい返答が返ってき
た。
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹁偶然です﹂
ここまで信憑性のない真顔は初めて見た。
カー
路銀稼ぎであれば適当な依頼を受ければいいのだ。村の中に人型
機を運用させられるほど稼ぎのいい仕事があるはずない。
﹁じゃあ金を稼ぎ終えれば出て行くのか?﹂
713
﹁⋮⋮私の存在は邪魔ですか?﹂
すまん、ちょっと虐め過ぎた。
﹁俺の決めることじゃないけど、ゆっくりしていくといい﹂
﹁はい、末永く宜しくお願いします﹂
追い出したくなった。
じゃけんひめ
﹁そういえば蛇剣姫は?﹂
﹁村外れに駐機していますが?﹂
よっしゃ、あとで整備してやろう。
﹁それより前方注意ですよ﹂
﹁へっ?﹂
視線を戻すと、マリアが箒を大きくふりかぶっていた。
箒の筆が俺に迫る。
突然の状況に反応が遅れる中、衝突寸前でキョウコが箒の柄を掴
みスイングを止めた。
﹁危ないです﹂
平然と返すキョウコ。華奢な体とは裏腹に、最強最古の反射神経
は半端じゃない。
714
﹁なんなのよ、あんたは!﹂
﹁子供は黙っていて下さい﹂
俺をいっそう抱きしめ、フフンと嘲笑してみせるキョウコ。四〇
〇歳が一三歳相手になにやってるんだ。
﹁なんなのです? 私とレーカさんの間にどのような過去があって
も、貴女には関係のないことでしょう?﹂
﹁レーカ! この女となにやったのよ!﹂
年頃の女の子は情緒不安定で困る。
﹁私とレーカさんは大人の関係なので。お子様の出る幕ではありま
せん﹂
﹁レーカは私よりも歳下よ﹂
﹁恋に歳の差など問題ではありません﹂
﹁恋って言った! 恋って言ったわ!﹂
なんで二人とも出会い頭で喧嘩腰なんだ。
﹁キョウコ、大人げない。あまりにも大人げない﹂
﹁⋮⋮すいません﹂
715
俺の苛立ちを察知したのだろう、キョウコは素直に黙った。
﹁マリア﹂
﹁なによ。ああ、もうっ。なんなのよ!﹂
泣きそうな顔で行き場のない思いを持て余すマリアに、これだけ
は注意しておく。
﹁気持ちが整理出来なくて、周りの人に当たってしまうこともある
と思う﹂
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹁それはいい。受け止めてやる。でも、誰かを本当に怪我させかね
ないような真似は止めなさい﹂
﹁⋮⋮ごめん、なさい﹂
﹁ん﹂
彼女の頭をぽんぽんと優しく叩き、キョウコの頭はゴツンゴツン
と拳で叩いた。
﹁扱いが違います⋮⋮﹂
うっさい元凶。
﹁なぜ再会して早々、そんなに積極的なんだ。俺達の関係は友達以
上恋人未満以下だったろ﹂
716
友達以上恋人未満以下。我ながらいい案配の表現である。
﹁考えたのです。レーカさんと別れた後、この胸にぽっかり開いた
心の穴をどうすればいいかと﹂
それで?
﹁責任をとって頂こうかと﹂
一途かつトンデモな理論の飛躍であった。
﹁いいのです。例え私とのことが遊びだったとしても、私は貴方を
想い続けると決めました﹂
一方的に悪役にされた気がする。
﹁つまりあれだ﹂
頭痛を堪えつつ訪ねる。
﹁これからどうする気だ?﹂
﹁路銀稼ぎの目標金額達成まで、この屋敷で働かせて頂こうかと﹂
その設定まだ使うんだ。
﹁しかし給金は蛇剣姫の維持費に消えていき、いつまで経っても旅
立てない⋮⋮という体で﹂ 717
ずっと居座る気らしい。
やれやれと嘆息。俺は女難の相でも出ているんじゃないか?
おご
⋮⋮だが或いは、一番の問題は明確な答えを出せない俺なのかも
しれない。
そう考えるのは、ちょっと驕りが過ぎるだろうか。
急いたところで答えは近付かない。精々、俺にも非があると忘れ
ずに生活しよう。
どうやらキョウコはキャサリンさんに面接を受けていたらしい。
採用通知された瞬間に駆け出し、そのまま俺の背中にタックルか
ましたわけだ。
雇うならば当然、家主に顔通ししなければならない。
というわけでリビングにて住人が全員集合し、キョウコの紹介と
相成った。
﹁こ、これは⋮⋮!﹂
こうこつ
真新しいメイド服に身を包み恍惚とした表情のキョウコ。
うん、可愛い。見た目若いから凄く可愛い。
最近心も退行しているんじゃないかと心配だが。
﹁つーわけで、報告が遅くなりましたが。レーカがシフトから外れ
てマリアの負担が増えていると判断し、コイツを雇いました﹂
718
ガイルとアナスタシア様に雇用の経緯を説明するキャサリンさん。
新しい使用人の雇用を独自の裁量で行えるとか、キャサリンさん
はどれだけ夫妻に信頼されているんだ。
仕事量は俺が屋敷に住み着く前の状態に戻っただけじゃないか?
と思いきや、よく考えたら俺の生活に関する労働が増えている?
﹁別にアンタは自分のことは自分でする人間だし、負担じゃないよ。
元々この屋敷は使用人不足なんだ、人も簡単に雇えるわけじゃない
しね﹂
そりゃ二人では、全室の維持は不可能だろ。結構な数の空き部屋
を今も放置しているし。
﹁キャサリン﹂
ガイルが眉を顰める。
﹁キョウコって、こいつ銀翼だろ⋮⋮どうしろってんだ﹂
﹁身元がはっきりしている、という意味では渡りに船かと。我々は
気楽に人も雇えませんので﹂
目的さえ達せられていれば手段は気にしないのな。
﹁銀翼の天使がメイドだと? なにが目的だ、キョウコ﹂
﹁路銀稼ぎです﹂
涼しげに真顔で応えるキョウコ。
アナスタシア様が小さく手を挙げる。
719
﹁雇うのに異はないけれど、なにをさせるの?﹂
﹁基本使いぱしりを。おまけに護衛も出来ます。便利です﹂
そっちがおまけかよ。さすがキャサリンさん、銀翼相手でも遠慮
ない。
﹁ほれ挨拶!﹂
バシンと景気よくキョウコの背中に平手を打つ。完全に新米扱い
である。
せきよく
﹁は、はいっ。﹃平時﹄では始めまして、紅翼の天使。今後とも宜
しくお願いします﹂
﹁久々だな、最強最古。メイドはともかく、護衛としては頼りにさ
せてもらうぜ﹂
こいつら戦場で会ったことあるだろ。
﹁いやにあっさり信用するんだな。もっと警戒しないのか?﹂
﹁最強最古が気まぐれな奴なのは教科書に載るくらい常識だ。どこ
ぞの陣営に属してコソコソ動くようなタイプじゃない﹂
﹁他の銀翼だったら別だったってこと?﹂
﹁だな﹂
720
こうして、屋敷のメイドが一人増えたのである。
美人さんが増える分には大歓迎だぜ、ひゃっはー!
﹁ひゃっはー⋮⋮﹂
﹁どうした、炭酸の抜けた温いグレープフルーツジュースみたいな
顔をして﹂
どんな顔だよ。
﹁どうしたんだ? 廊下で変な声出しやがって﹂
ガイルに心配された。
廊下からキッチンを覗く俺。ドアの細い隙間から、そっと二人の
後ろ姿をピーピングトムる。
﹁新しいメイドとキャサリンやマリアが上手くやれてないのか?﹂
俺の頭の上にガイルの頭が載っかる。重い。
﹁仕事はしっかりと⋮⋮まあミスもまだ多いけど、真面目にやって
くれてるよ﹂
﹁なら人間関係か?﹂
721
﹁マリアが戸惑ってるっぽい﹂
年上の後輩ってやりにくいよね。
﹁ああ、なるほど。年上として敬えばいいのか、後輩としてこき使
えばいいのか、ってやつか﹂
立場的にはこき使ってなんら問題はないのだけれど、そう割り切
るのも難しいものだ。
﹁その点、俺はやりやすかったんだろうな。歳下の後輩だから、持
ち前の面倒見の良さで自然に接することが出来た﹂
﹁面倒臭いな、なんとかしろ﹂
投げやりだぜ。
﹁そのうち慣れるだろ、としか言いようがないな。それともきっか
けは必要か?﹂
﹁さあな。ソフィーはどうだ?﹂
どうだ? と訊かれても。
﹁普通に人見知りしているけど﹂
初期の頃の俺に対する態度そのままだ。若干キョウコが落ち込ん
でいた。
722
﹁それこそ時間が解決するだろ。つーか、親としてはあの人見知り
体質どう思っているんだ?﹂
﹁可愛いな﹂
こいつ親としてどうなんだ。
﹁世の中、あれくらい慎重な方がいいこともあるさ。ソフィーはシ
ャイだが根暗じゃない、なんら問題ない﹂
そういうもんかねぇ?
﹁それよりこんな場所でピーピングトムってていいのか? 飛行機
制作はどーした﹂
﹁あー、うん。前進翼用のミスリル精製をちまちまやっているが、
それより資材が足りなくなってきてな﹂
倉庫の中身もみるみる消費されていき、反比例的に俺の部屋の広
さは増えていった。
実は広さだけで比べれば、自室が一番大きいのは俺だったりする。
﹁近々ツヴェーに資材やパーツの買い出しに行こうかなって思って
いる﹂
﹁そうか﹂
おっ、キッチンの状況に動きがあった。
どうやらマリアが鍋から離れられず、キョウコの手助けを欲して
いるようだ。
723
ちらちらと伺いつつ、ついに口を開く。
﹁キョウコ、少し手伝ってくれる?﹂
﹁はい、なんでしょう?﹂
﹁手を離せないから、鍋に塩を一杯入れて﹂
視線で示した先には計量スプーン。それで計れ、ということだろ
う。
﹁はい、判りました﹂
頷き、スプーンで﹃何度も﹄塩を注ぐキョウコ。
﹁ちょっと、なんでそんなに入れるのよ!﹂
﹁えっ? ですが、いっぱい入れろと⋮⋮﹂
﹁一杯よ! ひとすくい!﹂
﹁あっ、も、申し訳ございません!﹂
﹁⋮⋮いいわ、私もややこしい言い方をしたし﹂
﹁すいません⋮⋮﹂
﹁とりあえず塩味をなんとかしないと﹂
﹁では砂糖を入れて中和しましょう﹂
724
汚名挽回︵誤字にあらず︶とばかりに再び砂糖を計量スプーンで
投入し始めたキョウコに、マリアは静かにうなだれた。
﹁⋮⋮とりあえず、これはレーカ用にしましょうか﹂
やっぱり、どこかぎくしゃくしているんだよな⋮⋮っておい、俺
は失敗作処理班かよ。
とりあえず晩飯の際には﹁このスープしょっぱくないか? この
スープ甘くないか?﹂と連呼してやったのだった。
まさか鍋の中身は汁物のスープではなく、肉にかかったソースだ
ったとは思わなかったぜ。
そしてスープを作ったキャサリンさんに般若の面影を見たぜ。
﹁ツヴェーに行くの? ならお遣いを頼んでいいかしら?﹂
全員揃っているタイミングで買い出しを行いたいことを発表する
と、アナスタシア様に用事を頼まれた。
﹁レーカ君が来て随分と経つし、知人に頼んでおいた異世界の資料
がそろそろ揃っていると思うのよ﹂
﹁え、あれ、ほんとにやってくれてたんですか?﹂
725
異世界トリップ初日の会話だぞ。完全に忘れていた。
﹁なんかすいません。俺が脳天気に暮らしている時に、やってもら
っていたなんて﹂
﹁気にしなくてもいいわ。定期的な手紙のやりとりはあるから、そ
のついでだもの﹂
なにより、そこの黒髪ミニスカメイドになりきっている女性が地
球について知っているっぽいんだよな。
目の前に答えがあるのに、なんでこんな回り道しているんだか。
⋮⋮よく見るとメイド服が支給品ではないのだが、いいのだろう
か。
白い絶対領域が眩しい。ついついそっちに目が行ってしまう。
﹁あ・な・た・た・ち?﹂
アナスタシア様に耳たぶを引っ張り上げられた。
﹁いた、痛い、千切れちゃうやめて、ごめんなさい﹂
﹁勘違いなんだナスチヤ、ただけしからんと思っただけで、いやそ
うじゃなくて﹂
アナスタシア様のもう片方の腕はガイルの耳たぶを引っ張ってい
た。お前は駄目だろ。
気を取り直して手紙の件を聞く。
﹁手紙はどこで受け取れば?﹂
726
﹁この商会で預かっている手筈よ﹂
メモを受け取り、なくさないように懐にしまう。
﹁いつ出るの?﹂
ソフィーに訪ねられ、明日にはさっさと出発する旨を伝える。
﹁私も行きたい!﹂
﹁なんとっ!?﹂
ソフィーが外の世界に興味を示した!?
予想外、だがいい兆候かもしれない。現状、ソフィーはほぼ引き
こもりなのだ。屋敷が広いから運動量は少なくないと思うが。
視線でガイルに問うと、彼は頷く。
﹁まあ、小旅行みたいなもんなら構わないぞ。旅もいい経験だ﹂
旅と旅行は違うだろ。
﹁私も、私も行きますっ﹂
マリアも挙手する。
﹁では私も同行しましょう。護衛が必要でしょう?﹂
キョウコが護衛なら安心だ。
﹁じゃあ明日の朝、出発ということで﹂
727
一同が頷き返すのを確認し、俺ははたと気付いた。
同行する女性陣、ソフィー、マリア、キョウコ。
こいつら纏めるのって、俺の役割?
エアシップ
資材を運ぶので、村に存在する小型級飛宙船の中でも一番大きな
船を借りた。
大型トラックほどのサイズ、これなら荷台に人型機が寝そべって
載せることも可能だろう。
実際、自由天士にはそうやって人型機の脚部の消耗を減らす者も
多い。一流の自由天士であれば個人で中型級飛宙船を所有していた
りもするけど。
﹁おー晴れた晴れた﹂
くーっと腕を左右に伸ばし体を解す。秋は過ごしやすくていいな。
﹁ゼェーレストって雪降るのかな﹂
﹁降るわよ、これくらい﹂
マリアが旅行鞄を引きつつ、自分の腰ぐらいの高さに手を示す。
結構積もるのな。
728
﹁ソフィーは?﹂
マリアの鞄を何気なく受け取り荷台に載せる。
﹁ありがと、あの子はアナスタシア様に捕まっているわ。魔法を使
っていたけれど﹂
﹁ふぅん?﹂
なんの魔法だろう?
﹁それで、マリアが飛宙船を操縦する手筈だが、大丈夫か?﹂
﹁平気よ。動かすだけならどうとでもなるわ﹂
小型級とはいえこの大きさ、マリアの操縦技術で街道を抜けるの
は厳しい。となれば木々より上を飛ぶこととなる。
となれば蛇剣姫の他にも小回りの利く生身の護衛も欲しいところ
で、俺はエアバイクで併走することとなったのだ。
正直、キョウコの蛇剣姫か、あるいは俺のエアバイク。弱い魔物
しか出ないこの辺であればどちらかで護衛は充分なのだが⋮⋮まあ
用心に越したことはない。
﹁蛇剣姫は⋮⋮ああ、来たな。あとはソフィーだけか﹂
女性的なシルエットを持つ人型機。騎士の甲冑を連想させる意匠
は、遠目で見ればただの人間と見間違えそうだ。
﹃そろそろ出発ですか?﹄
729
﹁ソフィーがまだだ﹂
小型のクリスタル共振通信機で蛇剣姫コックピットのキョウコと
会話。トランシーバーだが、携帯電話慣れした現代人には少し重い。
暇なのでエアバイクをメンテナンスしつつ、マリアに忠告してお
く。
﹁マリアとソフィーで飛宙船に乗るわけだけど、なるべくソフィー
と話し続けるようにな﹂
﹁どうして?﹂
﹁長時間の運転は眠くなる﹂
長距離ドライブでは眠気は強敵だ。
と、そこにブロンドの少女がやってきた。
﹁ってあれ、ソフィー?﹂
﹁ええ。遅れてごめんなさい﹂
﹁いや、それはいいけど﹂
ソフィーの装いは都会の少女としては一般的なものだ。村娘とし
ては華美であり、年頃の娘からすれば質素。つまり普通。
なによりブロンドである。染めた?
﹁髪が傷んで勿体無い。ソフィーの髪、綺麗で好きなのに﹂
﹁え︱︱︱あ、うん。ありがとう﹂
730
髪を触りつつ照れるソフィー。思わず頭を撫でてしまった。
﹁私の髪は悪目立ちするから、ってお母さんが魔法で色を変えたの﹂
﹁なるほど、魔法なら髪は傷まないな﹂
謎の液体が入ったボトルを渡される。
﹁一日で効果がなくなるから、朝にこれで染めなさいって﹂
﹁俺が?﹂
﹁レーカにやってもらいなさいとも言っていたわ﹂
マリアの方が適任じゃないだろうか。姉分なんだし。
﹁これ、お母さんから﹂
小さなメモを受け取る。なになに。
﹃レーカ君はソフィーを最近蔑ろにしていると思うの。イタズラし
ていいから、朝の寝ぼけたソフィーを世話しなさい﹄
そういえば不純異性交遊アリだったな。
紙を丸めてポイと捨てる。
マリアにキャッチされた。
読んだ後、ボトルを奪い取られる。
﹁私がやるわ﹂
731
﹁⋮⋮頼む﹂
目が怖い。
732
長耳メイドとロリコンドラゴン 2
ツヴェーに到着。
﹁あっさりね﹂
マリアの拍子抜けした様子の呟きに、肩をすくめて返事をする。
﹁所詮隣町だ、行き来する度にトラブルが発生したら身が保たない﹂
旅は順調に終わり、俺達は目的に着いた。
﹁どういう順番で回る?﹂
三人が一斉に挙手した。
﹁レーカの働いていた場所、見たいわ﹂
﹁お買い物をしたいな﹂
﹁あの演劇の続きを見たいです﹂
それ全部私用じゃねぇか。俺には手紙受け取りと資材買い出しが。
﹁分担するか?﹂
三人に腕を掴まれた。
733
﹁レーカの、働いていた場所、見たいわっ﹂
﹁お買い物、を、したいなー﹂
﹁あの演劇の、続きを、見たいです!﹂
なにこの人達怖い。
﹁それじゃあ⋮⋮﹂
三人の視線が集まる。
﹁宿を確保するか﹂
腕に籠もる力が、ちょっと危険な域に強まった。
フィアット工房は変わらず、怒号と喧噪に包まれた男達の戦場だ
った。
﹁うわぁ﹂
秋も後半というのに、あまりの暑苦しさにマリアが若干引いてい
る。
734
﹁飛行機っ!﹂
ソフィーが飛行機に駆け寄ろうとしたので、脇から持ち上げて止
める。
不満そうな瞳が俺を射抜く。
﹁見たら駄目ってわけじゃなくて、危ないんだ。むやみに近付いた
ら駄目﹂
ソフィーを肩車して安全な距離まで近付く。ちっこいソフィーだ
と、こうでもしないと全貌が見えないだろう。
﹁しかしこいつは⋮⋮なんだ?﹂
ずんぐりとした胴体の、見覚えのない機体だった。
垂直尾翼は上だけではなく下にも伸び、機首と後部の双方にプロ
ペラが付いている。
随分とへんてこな形だ。空力的に優れた形状なのはなんとなく判
るが。
﹁つか、プロペラ機自体珍しいな﹂
セルファークでは、飛行機登場時には既にジェットエンジンが開
発されていたので、小型プロペラ機はあまり見ない。中型級以上の
サイズの飛宙船か、エアバイクのように町中で使う船か、あるいは
亜音速以下で機敏な速度変更を行う必要性のある特殊な機体に採用
される程度だ。
推進式と牽引式、双方の特徴を備えた飛行機。エンジンを一列に
並べたことで空気抵抗も小さく、レシプロ機の割にはトップスピー
735
ドに優れた機体になりそう。
﹁整備性は悪そうだけど﹂
こういう奇妙な機体は、総じて整備が難しいという特徴がある。
可変前進翼機なんてゲテモノを作ろうとしている俺に言えること
ではないが、奇抜な機体は大抵は失敗作だ。
そして極一部は後の標準となり、先進的という評価が与えられる。
因果な話である。
﹁おっ、レーカじゃねーか! どうしたんだ?﹂
技師の一人が俺に気付き、連鎖的にわらわらと男達が集まってく
る。
﹁おいお前ら、レーカが来たぞー! しかも女連れだ!﹂
これ以上呼ぶな、ムサい。
ソフィーが慌てて降りて俺の背後に隠れる。
﹁ほら、皆の暑苦しい顔に怯えているから離れて離れて﹂
お前が怖いんだろ、いやお前の方が、お前昨日風呂入ってなくて
臭いんだろ、と責任転嫁しつつ数歩離れる技師達。
﹁久しぶり。遊びにきたぜ﹂
﹁おう、ついでに手伝ってくれてもいいぜ!﹂
﹁時間がないからまた今度な。カストルディさんいる?﹂
736
のっしのっしとドワーフの男性が現れた。
﹁レーカか。元気だったか?﹂
﹁おかげさまで﹂
相変わらずご立派な髭である。
﹁で、お前の後ろのチビは⋮⋮ああ、ナスチヤの娘っ子か。確か、
ソ、ソー⋮⋮ソフィア?﹂
彼女は驚くように目を見開いた後、妙にキツく親方を睨み﹁ソフ
ィー﹂とだけ訂正した。
﹁おおそうだ、すまねえ。大きくなったなソフィー﹂
そういえば彼女はソフィー嬢と呼ばれるのも嫌がった。呼ばれ方
には強いこだわりがあるのかもしれない。
アナスタシア様もナスチヤという呼び名は家族レベルの人にしか
許さないし、似た者親子ということか。
今の俺はナスチヤって呼ぶことを許されるのかな。
きっと大丈夫だけれど、﹁アナスタシア様﹂に慣れてしまったか
らそのままでいいや。
﹁ところで、この飛行機はなんですか?﹂
﹁おう、こいつは大戦末期に帝国で試作された機体でな。むしろ実
験機としての意味合いが強い、新しいエンジンレイアウトのテスト
機だ﹂
737
きっと﹁エンジン二つなら凄くね?﹂﹁横に並べたら空気抵抗が﹂
﹁前後に並べようぜ!﹂﹁ならプロペラだな。どうせ空中戦闘は亜
音速だし﹂って具合だろう。
戦争が長引くと、どうも珍妙な発想が湧いて出るのはどうしてか
ね。
﹁帝国の貴族様に依頼されててな。レストアしている最中だ﹂
﹁道楽的な好事家かなんかですか?﹂
﹁いや、この情報はあんまり漏らしちゃいけないんだけどよ﹂
カストルディさんは俺に耳打ちする。
﹁なんでも、この機体を改造して大陸横断レース未成年の部に出場
するんだってよ﹂
⋮⋮オフレコもなにも、俺が出場者の一人なのだが。
﹁大陸横断レース未成年部門に出るのか。まあお前なら遅かれ早か
れ興味持つんじゃないかと思っていたが﹂
ツヴェー滞在中に教えてくれれば良かったのに。知っていれば⋮⋮
﹁仕事が手に付かなくなるだろ﹂
738
⋮⋮そうかも。
﹁でも未成年部門は機体の自作、改造が条件でしょう?﹂
出場チーム以外の手伝いを得た機体は失格のはずだ。
﹁改造機ありってルール上、改造する前のベース機をレストアする
のは誰でもいいんだろ﹂
まあ改造じゃなくて修復だしな。
﹁改修計画の図面をちらっと見たが、ありゃお前でも苦戦するかも
しれねぇぜ。まさか理論段階の新技術を組み込むとはな﹂
﹁どんな技術?﹂
﹁言えるか、アホ﹂
偵察ではなく、技術的好奇心からの質問なんだけどね。
もう一度機体を見上げる。
機体は一度塗装を落とされ、赤く塗り直されている途中だ。
﹁紅翼のパクリ?﹂
﹁赤は天士にも人気の色だからな。紅ならお前んトコの悪ガキ、赤
なら帝国貴族の伯爵様、紅蓮なら統一主義者ども、ってな感じで少
しの色合いの差で意味が全く異なるわけだ﹂
違いがわからねぇよ。
739
﹁統一主義って?﹂
﹁共和国と帝国は一つの超大国であるべきだ、って主張する連中だ
よ。先の大戦の元凶っていわれるクソッタレだ﹂
大国同士を合併って、無茶だろ。絶対どこかで無理が生じる。
﹁その無理のツケが大戦だったのさ。俺には政治家や思想家の考え
ることなんざ解らんがな﹂
いやはや、物騒な話だ。
﹁とうの昔に全滅させられているからな。今更歴史の表舞台に出て
はこないさ﹂
﹁そうだといいけど﹂
つーか、なんで俺は工房まで来て世界情勢の話なんてしているん
だ。
﹁それで、これだけ購入出来ますか?﹂
購入リストを提示すると、カストルディさんはガリガリを頭を掻
いて唸った。
﹁結構な量じゃねぇか。ある程度の量なら俺達を仲買しない方が安
いぜ﹂
﹁仕入れ先なんて知りませんよ﹂
740
書類仕事はマキさんの管轄だ。
﹁そういえばマキさんは?﹂
﹁ガチターンと新婚生活を満喫しているだろうさ﹂
お、結婚したのか。
﹁そうだ、あいつに買い出しに付き合ってもらえ。仕入れ先も把握
しているし、ガンガン値切るぜ﹂
﹁愛の巣に乗り込めと?﹂
流石に気が引ける。
﹁俺は行きたくねぇ。様子を見てきてくれ﹂
げんなりした表情でしっしと手を振るカストルディさん。
﹁見に行けと言うなら行きますけれど﹂
疑問符を浮かべつつ、﹁お邪魔しました﹂と頭を下げて俺達は工
房を出る。
﹁ところでよレーカ、この機体、試し乗りしたらガクガク揺れるん
だよ。シャフトが曲がっているわけでもなし、なにが原因なんだろ
うな?﹂
﹁巡航速度で翼が固有振動と同調してしまうんですよ。翼端に重量
741
配分を移動させることで解決出来る可能性があります﹂
前進翼の研究なんてやっていると、この辺は詳しくなるな。
﹁⋮⋮ヘンテコ覗き魔法を使ったのか?﹂
﹁ぱっと見の勘です﹂
﹁そ、そうか。あんがとよ﹂
奇妙にどもるカストルディさんに首を傾げつつ、俺達は今度こそ
フィアット工房後にした。
﹁物は試しのつもりで訊いてみたが⋮⋮あいつ、しばらく見ないう
ちに更に腕上げてやがる。もう俺を抜いちまったか?﹂
カストルディさんに教わった住所まで歩く。
立体的なツヴェーの町は徒歩が不便だ。ソフィーが早々にバテて、
俺の背中で眠っている。
﹁旅の疲れもあったのでしょう﹂
﹁目的地で寝るとか、旅の意味がないな﹂
742
﹁ソフィー的には目的は果たしたんじゃない?﹂
工房見れたから、彼女の旅はもう終了か。
ちょいちょいとマリアが露天商に目を奪われつつ、俺達は道を進
む。
﹁買わないのか?﹂
せっかくだし、ちょっとの無駄遣いくらいしてもいいのに。
﹁いいのよ。うぃんどうしょっぴんぐ、だから﹂
﹁ハッ﹂
慣れない横文字とか田舎娘丸出しだろ。
思わず鼻で笑い、肘鉄砲を脇腹にクリーンヒットされそうになり、
ソフィーが俺の背中にいることに思い至り手を出せない。
これはチャンスだ。
﹁いや失敬。遠慮なくうぃんどうしょっぴんぐに励みたまへ。俺は
そこにすたばで待っているよ。なういぜ﹂
真っ赤になり拳を振るわせるマリア。だがソフィーがいる限り俺
に危害は加えられまい。万が一、ソフィーが怪我をしたら大変だ。
マリアが俺の正面に回り込む。
そして俺のほっぺたを正面から両方抓られる。
﹁⋮⋮痛いです﹂
﹁それで?﹂
743
﹁くぅくぅ﹂
寝息をたてるソフィーと、俺を半目で睨むマリア。
両手に花ならぬ、前後に花である。
﹁レーカ君、ひっさしっぶり∼!﹂
再会早々抱きつかれた。
まあ、予想していたので気にしない。
﹁こんにちは、マキさん﹂
ゆったりとしたマタニティ服のマキさん。ネコミミのモフモフっ
ぷりは、相変わらず触りたい欲求に駆られるな。
ここはガチターンの家だった場所だ。一人暮らしの汚い男部屋だ
ったらしいが、今は住人が二人に増えて﹃色々と﹄片付いている。
﹁すぐに三人に増えるよ!﹂
ポンと狸のようにお腹を叩くマキさん。元が細いから判りにくい
が、お腹にもう一つの命が宿っている。
﹃お∼﹄
なにやら感嘆の声を漏らしマキさんのお腹を撫でるソフィーとマ
744
リア。
マリアはともかく、ソフィーはちゃんと解っているのだろうか?
﹁しっかし、また⋮⋮﹂
使用人休憩室もなかなかだったが、この部屋はそれ以上だ。
﹁よぉ、ガチターン﹂
お人形のように椅子に座るガチターンに声をかける。
﹁み、見るな、汚されちまった俺を見ないでくれ!﹂
必死に縮こまる巨体は大層キモいが、服装は尚キモい。
親方がここに来たくない理由、よく解る。
ピンクのレースカーテン。
天蓋付きのベッド。
大量のヌイグルミ。
小綺麗な燕尾服に身を包む大男。
そこは、女子の夢を詰め込み煮込みカラメル状となるまで放置し
た鍋の中身の惨劇を呈していた。
﹁イッツ、ソー、ファンシー!﹂
﹁oh⋮⋮﹂
呻き、机に突っ伏すガチターン。育ちの悪そうなコイツにはこれ
はキツい。
﹁マキさん、許して上げて。ガチターンが可哀想です!﹂
745
﹁かわいそう、じゃなくてかわいい、でしょう?﹂
駄目だこの人、根本的に駄目だ。
﹁ガチターンみたいに粗暴でガサツでいい加減でルーズで残念フェ
イスで歩く粗大ゴミみたいな男は、ちょっとくらい汚い場所の方が
安心するんです! ゴキブリなんです!﹂
﹁そうなの?﹂
マキさんは夫に問うと、彼はカサカサと小刻みに何度も頷いた。
﹁それならそう言ってくれればいいのに。あとで物置掃除してあげ
る﹂
新婚の夫を物置に押し込む気だー!?
それでもどこか安堵した様子のガチターン。物置もいいもんだぜ。
﹁それはそうと、レーカ君はどうしてツヴェーにいるの? あ、出
産祝い頂戴﹂
﹁まだ生まれていないでしょ。俺達がツヴェーにいる理由ですが︱
︱︱﹂
746
﹁おじさん、そこをもう一声!﹂
﹁って言ってもなぁ、困ったなぁ、あはは﹂
商会で年上の男性相手に一歩も引かず値切るマキさん。
時に愛想を振りまき、時に陽気に、時に色香を放ち、様々な顔を
見せつつ巧みに交渉する。
その様は、まさに歴戦の商人だ。
﹁はぁ、せっかく可愛い弟が遊びに来たから、お土産一杯持って帰
って貰おうとおもったのになぁ⋮⋮﹂
﹁お土産? まあ他ならぬマキちゃんの頼みだ、これで手を打とう﹂
請求書の金額に満足げに頷く。
﹁ありがとうおじさん! これからもよろしくねっ﹂
﹁ははは、あんまり頻繁には勘弁してくれよ?﹂
こうして俺は、予定よりずっと低額で資材を購入したのだった。
別にお金に困ってもいないし、無理して値切る必要もなかったん
だけどな。
﹁お金を溜め込んだら、でふれーしょんになるわよ﹂
﹁ソフィーは頭がいいな﹂
経済なんて俺一人の行動でどうこうなるわけでもないけど。
747
﹁そうとも言えないよ﹂
商談を終えたマキさんが話に入ってきた。
﹁エアバイクの発注数は右肩上がり、専門の新工場まで世界各地に
作られたんだから。フィアット工房で預かっているレーカ君の取り
分、凄いことになってるよ﹂
﹁聞きたくなかった!﹂
過ぎたるは及ばざるが如しだ。あっても困らない、なんてレベル
を越えてしまうのは問題である。
﹁それにしてもレーカ君が大陸横断レースに出場するとは。気を付
けてね﹂
商会から出て、並んで歩く。
﹁解っています。危ないレースだってことは充分理解しています﹂
﹁それもあるけれど、飛行機制作のことも、ね﹂
実験機、試作機の墜落事故は確かに珍しくない。が、マキさん曰
くそれだけでもないようだ。
﹁未成年部門はネ20エンジン指定でしょ? 最近、このエンジン
の音に反応して巨大なワイバーンが接近するって事件が多発してい
るの﹂
748
こえー。
﹁ネ20エンジンだけ?﹂
﹁うん。噂では、自分を傷付けた飛行機を探して微かなエンジン音
の違いを見極めているんじゃないかって言われている﹂
誰だよそんな面倒臭そうな奴に中途半端に手を出した奴。
﹁音を確認すればすぐどこか行ってしまうらしいから、実害は出て
いないのだけれど⋮⋮﹂
いつまでも放置ってわけにはいかないよな。
﹁とにかく、テスト飛行には注意してね﹂
﹁うっす﹂
軽いノリで敬礼してみせる。
﹁これで用事は終わり? それじゃあデートいきましょう!﹂
﹁人妻がデートとか言っちゃダメです﹂
マキさんは子供っぽいから人妻って気がしない。
アナスタシア様の色気と美しさには適わないな。あの方は女性の
完全体だ。
マキさんに手を掴まれる。じゃなくて繋がれる。
﹁では私はこちらを﹂
749
キョウコがもう片手を握った。
両者とも俺より背が高いから、腕がちょっと苦しい。
﹁むしろ宇宙人?﹂
昔、グレイタイプ宇宙人がこんな風に確保されている写真を見た
覚えがある。
﹁私達は?﹂
﹁レーカは大人の女性に囲まれて喜んでいるし、子供同士で手を繋
ぎましょっか﹂
白けた表情のマリアが嫌味ったらしく提案した。
左右から引っ張られて宙ぶらりんの俺の背後で、ソフィーとマリ
アが手を繋ぐ。
と思いきや、ソフィーが俺に近付いた?
﹁これならどう?﹂
ソフィーが俺の足首を持ち上げた。
﹁あら、いいわね﹂
マリアも便乗し俺の片足を持ち上げる。
四肢を掴まれ運搬される俺。
その様は、まるで⋮⋮なんだこれ。なんだこれ。
形容しがたいポーズのまま、俺達は次の目的地へと向かった。
750
﹁やってきましたツヴェー劇場!﹂
﹁手紙じゃないの!?﹂
先に用事すませてから遊びなさい。
﹁なに、ここ?﹂
﹁演劇?﹂
子供二人の目にはこの劇がどう映るのか、ちょっと気になる。
﹁すっごく楽しい場所よ﹂
﹁きっとこの物語は、貴女方の人生にいい影響を与えるでしょう﹂
やたら絶賛する大人二人に背中を押され、劇場に入場した。
751
﹃父を訪ねて三千里﹄前回までのあらすじ。
主人公の魔族は、勇者の少女に一目惚れした。
しかし勇者は悪しき王国のお姫様に調教され、心身ともにメイド
であった。
魔族の青年もまた、従属の呪いをかけられお姫様の下僕となる。
そして彼らの、世界征服⋮⋮じゃなくて世界平和を目指す旅が始
まったのだった。
︵ああ、そんな内容だったな。初っ端から疲れてきた︶
時刻は深夜。
勇者一行の船旅は、突然の襲撃により歓喜に包まれた。
襲ってきたのは近海に名を轟かす、海賊一味である。
﹁戦いだヒャッハー!﹂
﹁コロセコロセー!﹂
﹁背中を見せるのは敵だ! こっちに向かってくるのは訓練された
敵だ!! 俺の隣に立つのも出世競争の敵だーッ!!!﹂
武者震いする騎士達。
﹁やらなきゃやられる、やらなきゃやられる、やらなきゃやられる
⋮⋮!﹂
752
﹁田舎のカアチャンの薬代がどうしても必要なんだ、許してくれっ﹂
﹁正義の味方なんてこの世にいない。所詮は悪と悪がぶつかり合う
だけだ。ならばせめて、俺は正義の悪でい続けようぞ︱︱︱﹂
続々と乗り移ってくる海賊達。
︵なぜ海賊の方を応援したくなるのだろう⋮⋮︶
そして最後に飛び移ったのは、美しい海賊の女頭首だ。
﹁私らは義賊団! 悪名高きお姫様よ、有り金全部置いて行きな!﹂
お姫様の返答は熱い拳だった。
女頭首とお姫様の殴り合い。
幾度となく繰り返される拳の応酬。
二人の戦いは、どこか美しくもなく、どこか儚げでもなかった。
盛り上がるギャラリー。彼等に最早、騎士や海賊といった境界は
ない。
賭事が始まり、出店が船の上に並ぶ。大人しかいない状況でワタ
アメにどれほどの需要があるのか。
どれほど戦いは続いたか。
ラストは当然、クロスカウンターの相打ちで終わった。
﹁やりますわね﹂
﹁あんたもな﹂
真っ赤な夕日の中、女頭首とお姫様は互いの健闘を讃え合う。
753
﹁友情が芽生えたようですね、良いことです﹂
賢者の少女が優しげな瞳でワタアメ食いつつ頷いた。
以前と変わらず酷い内容だった。
主人公の魔族が登場しない。ヒロインのメイドも登場しない。
深夜から始まったのに夕日で終わった。
あああ、ツッコミきれない。
﹁誰もが正義であり、悪でもある。人という種族の真理を描いた、
考えされるお話でした⋮⋮﹂
絶対考え過ぎである。
﹁どうだった、二人とも。今度はもっとマトモな演劇を見よう︱︱
︱﹂
困惑しているであると予想しソフィーとマリアに声をかけると、
少女達はのぼせたようにうっとりした瞳で感慨に耽っていた。
﹁これが、演劇なのね﹂
﹁ええ、素晴らしかったわ。私、今日の思い出を絶対に忘れない﹂
754
﹁私もよ。文化って素晴らしいわ﹂
頭痛が痛い。馬から落馬しそうなほどだ。
恍惚とした様子の美女美少女を路上に放置し手紙を受け取りに向
かう。
商会から劇場へ戻ってきても尚、彼女達はあちらの世界から帰還
を果たしていなかった。
観光地を一通り巡り、宿で一晩過ごす。
出発する前に工房とガチターン邸に挨拶に寄り、俺達はツヴェー
を発った。
ガチターンは狭く埃っぽい物置で腹を出して寝ていた。久々のプ
ライベートスペースだ、そっとしておいてやろう。
資材を満載した飛宙船をツヴェー渓谷の出入り口で受け取り、小
さな冒険の再会。
ソフィーが旅路の暇っぷりに早々にダウンしてしまったので、マ
リアの話し相手は俺が務める。
エアバイクは俺自身の魔力で動いているが、シールドナイトのク
リスタルを通信機にセットして懐に入れているのだ。
﹃近くでワイバーンが現れるのよね﹄
無線越しの少しノイズ混じりのマリアの声。
755
﹁そうそう襲ってはこないさ﹂
そんなフラグを立てたのがいけなかったのか、奴はシナリオ通り
に現れた。
ギャース、ってな感じの鳴き声が森に響く。
﹃ねぇ、なにか聞こえない?﹄
﹁聞こえない﹂
フラグに負けるものか。
﹃ねえ、なにかいない?﹄
﹁いない﹂
俺達の上空を影が過ぎったのはきっと気のせい。
﹃ねえ、私達襲われていない?﹄
﹁襲われていない﹂
巨大なドラゴンがばっさばっさと羽ばたきホバリングして、飛宙
船をしっぽでつついていた。
背中から翼の生えているドラゴンではなく、腕が翼となっている
のがワイバーンだ。なんでもドラゴンより飛行能力に優れているら
しい。
翼を広げているせいかもしれないが、目測で一五メートルはある。
人型機として平均的なサイズの蛇剣姫より、一回りは大きい。
756
﹃⋮⋮助けて﹄
﹁とりあえず様子見で﹂
話ではワイバーンはしばらく飛宙船を調べた後、危害も加えず去
ってしまうとのことだった。
﹃貴女方という護衛対象のいる現状、下手に手を出すのはかえって
危険です﹄
キョウコも蛇剣姫のフランベルジェに手をかけつつ、それを抜く
様子はない。
やがて興味を失ったかのようにバフンと鼻息を噴き︵飛宙船が揺
れた︶、高度を上げようとする。
しかし、その瞳がある人物を認識し、ひょいと口で拾い上げ拉致
してしまった。
﹃⋮⋮ソフィ︱︱︱!?!?﹄
服をくわえられ宙ぶらりんとなっているのは、ソフィーその人で
ある。
大きく羽ばたき上昇。
﹁ソフィー待ってろ!﹂
この高度で届くのはエアバイクの俺だけだ。
アクセルを噴かし加速。
ばしっと蠅のように尻尾で弾かれた。
ワイバーンはぽーんとソフィーを放り投げ背中に乗せる。
きゃっきゃと喜ぶソフィー。人間以外には人見知りしないのな。
757
でも今はせめて慌ててくれ。
キョウコが驚愕する。
﹃ま、まさか彼女にはドラゴンライダーとしての素質が!? そん
な人間は何百年もの間、現れなかったというのに⋮⋮!﹄
﹁年寄りエルフはだまらっしゃい!﹂
膝から崩れ落ち﹃年寄り年寄り年寄り⋮⋮﹄とうなだれる蛇剣姫。
力を蓄えるように身震いするワイバーン。いかん、飛び去ろうと
している!
エアバイクからガンブレードを抜き、カードリッジ装填。
柄の中に仕込まれた鎖を掴み引く。
重量を感じさせない急上昇を行うワイバーン。間に合えっ!
ロケットを点火。飛翔するガンブレードがワイバーンに辛うじて
追い付き、後ろ足に鎖が絡み付く。
﹁うぉお!?﹂
ビン、と張った鎖で俺も引っ張られる。エアバイクが落ちるのを
端目に俺とソフィーを連れてワイバーンは空高く昇っていった。
呆然と二人を見送るマリアとキョウコ。
意外な展開に思考停止していた両者は、はたと我に返り慌てふた
めく。
758
﹁た、大変っ! キョウコ、なんとかして!﹂
最強最古の名に縋るマリア。
﹁届けっ、届けっ﹂
混乱冷め止まぬまま、天井の蜘蛛の巣を払うようにフランベルジ
ェを上空へ振るうキョウコ。
﹁あー、このバカ新入りはぁ!? 落ち着きなさい!﹂
﹁そ、そうですね。こういう時は完全数を数えるのです! 3,1
415926536⋮⋮﹂
﹁それ円周率! あと数えるのは素数!﹂
セルファークの空はどこまで昇っても、寒さで凍えたり呼吸が苦
しくなったりなどしない。
地表より六〇〇〇メートルで月面に到達し、中間の高度三〇〇〇
メートルには重力境界が存在する。
地表と月面の重力が吊り合う重力境界。そこは大型飛行系魔物の
巣窟であり、このワイバーンもその住人なのだろう。
現に、こうして巣まで連れてこられたのだから。
﹁レーカ、急降下しているみたいね﹂
759
﹁ああ、まるで弾道飛行だなソフィー⋮⋮ってそんな経験ないから﹂
地上から夜に見える星々は、無重力地帯に浮かぶ岩だ。
ロマンチックもクソもない。近くで見るそれは、まさにただの岩
石である。
﹁そうかな。色々と浮かんでいるのって綺麗よ﹂
﹁神秘的といえば神秘的かもな﹂
無数の岩が重力から解き放たれ、宙に浮かぶ光景。こんな絵画を
好んで描いた芸術家が地球にもいたよな。
そしてここは、一際大きな岩の上である。直径数十メートルはあ
るだろう、どうやらワイバーンのテリトリーのようだった。
つまり俺達はお持ち帰りされたのである。
﹁鳥の巣みたいね。虫を捕まえて巣に持ち帰るじゃない?﹂
﹁そして子供につつかれて餌になるのか、勘弁してくれ﹂
ガンブレードは失っていないが、あんな巨大な、それも飛行系モ
ンスターと生身で戦うなんてぞっとしない。
﹁あの子は?﹂
﹁⋮⋮ワイバーンのことか? どこか飛んでったけど﹂
なんでワイバーンはソフィーを攫ったのだろうか。
﹁友達が欲しかったのよ﹂
760
﹁君、同類には心をあっさり開くよね﹂
空を飛ぶのは皆友達か。ワイバーンも同じシンパシーを感じて拉
致ったのだろうか。
件のワイバーンが戻ってきた。
頭に果物や果実を載せている。
﹁食べていいの?﹂
頷くワイバーン。
﹁俺も食うぞ﹂
やたら人間くさい、しかめっ面をするワイバーン。
ふわふわ宙に浮くリンゴをかじる。でもなぜ貢ぎ物を?
ワイバーンは必死に身振り手振りソフィーにアピールする。
その顔は少し赤い。それでピンときた。
こいつ、ソフィーに求愛行動してやがる。
﹁なにをしているのかしら?﹂
﹁ソフィー見るなっ、こら腰を振るな!﹂
犬かこいつは。
その醜悪かつコミカルな様子に、頭のどこかがキレる。
﹁ふふふ、いい度胸だトカゲ野郎。覚えておきな畜生が﹂
ガンブレードの切っ先を奴に向け、挑発的に口角を吊り上げる。
761
﹁ソフィーは俺の嫁だ、手を出すんじゃねぇえぇぇぇぇぇ!!﹂
俺とワイバーンの戦いは長く続いた。
100管のオルガン
満身創痍なのは互いに同じだ。意外にワイバーンは手練れであり、
ストーカチューシャも早々当たらず不毛な持久戦となり果てていた。
﹁く、くそっ、一旦休憩だっ﹂
﹁グァ、ギャアァァ、ガギャアッ﹂
息も絶え絶えに浮かぶ俺とワイバーン。
ソフィーはのんびり果物を食べていた。
くそっ、なにかないか? コイツにギャフンと言わせる方法は!
﹁⋮⋮認めよう。お前は強い、俺と同程度にはな﹂
﹁お前もな、人間の割にはやるじゃないか﹂と俺を見据えるワイ
バーン。
﹁ここは一つ、勝負をしないか?﹂
﹁ギャァ?﹂
﹁人間は些細な勝負を行う時、こんな遊びをするんだ﹂
762
ルールを説明し、同時に腕を差し出す。
﹁じゃーんけーんぽん!﹂
俺はチョキ。
ワイバーンはパー。
﹁グギャア!? ギャア、ギャア!﹂
﹁わはははは、その翼の腕でパー以外出せるか、ばーかばーか!﹂
よし決着。帰るぞ。
﹃⋮⋮きこえる? レーカ、応答して!﹄
﹁おっ?﹂
クリスタルの共振無線に音声が入った。
﹁その声、マリアか?﹂
﹃レーカ? 良かった、無事だったのね!﹄
だがはて、クリスタル通信はこの程度の出力では近距離しか通じ
ないはずだけど。
そこに鳴り響くネ20エンジンの排気音。
岩の蔭、地表側を覗くとそこには飛宙船の姿が。
﹁なっ、どうやってこんな高度まで? 飛行系魔物が現れなかった
のか?﹂
763
﹃新米メイドもちょっとは役に立つわ!﹄
見れば、荷台には蛇剣姫がしがみついて剣を振り回していた。
﹃もう少し右に寄って下さい、いえそっちではなく私から見て右で
す!﹄
﹃荷台の蛇剣姫がどんな体勢かなんて判らないわよ!﹄
﹃上! 上に岩が!﹄
﹃回避するわ! よーそろー!﹄
﹃下方より小さな魔物が来ました! ひっくり返って下さい!﹄
﹃どっこいしょー!﹄
﹃回り過ぎですよぉぉ!?﹄
ふらふらとふらつきつつ上昇してくる飛宙船。
こんな調子で高度三〇〇〇メートルまで昇ってきたのか。
思わずソフィーと顔を見合わせて笑い合う。
ワイバーンも可笑しそうにフガフガ笑っていた。
﹁なんか仲良くなったな、二人とも﹂
口調に堅さがなくなった。
﹃なってないわ!﹄
764
﹃なってません!﹄
なってるじゃん。
俺達は飛宙船の荷台に乗り移り、船は地表へと降りていった。
﹁じゃあね﹂
手を振るソフィー。ワイバーンもだらしない顔で尻尾を揺らす。
あいつまだソフィーを諦めてねぇ。
ゼェーレスト村に戻り、ミスリルの翼を制作。
一月かけてデータを取り、前進翼の研究を進める。
ソフィーの意見も取り入れつつ、図面は完成度を増してゆく。
エンジンは完成した。
形も決まった。
データも充分揃った。
﹁あとは、制作するだけだ﹂
765
長耳メイドとロリコンドラゴン 2︵後書き︶
作者はなぜか円周率をキョウコと同じ単位まで暗唱出来ます。
就職面接にてこんなことがありました。
﹁円周率は言えますか?﹂
﹁はい! 3,1415926536まで言えます﹂
﹁3,14まででいいです﹂
落ちました♪︵実話︶
766
粉雪と白亜の翼
空中で吊され組まれたミスリルの骨組み。
ソードシップ
3DのCGのように輪郭だけを浮かび上がらせるそれは、だが確
せいひつ
かに俺の飛行機が一歩一歩完成に近付いているのを感じさせる。
ひんやりと凍る格納庫の静謐とした空気は、この未だ胎児たる機
体が眠るには相応しい。
飛行機といえばモノコック構造が定番だが、コイツは動翼の稼働
ストライカー
に無機収縮帯を採用している。
人型機は基本的に内骨格、つまり骨がある。その構造を流用して
いれば、当然この飛行機にも﹃骨﹄が必要となってくるのだ。
つまり、重い。
それ以上に、内部が複雑でややこしい。
もっとも、これはどんな可変翼機でも共通の悩みだろう。強度が
必要な稼働部は重量増加の一因となりがちだ。
苦肉の策としてセミモノコック構造らしき構成となった。そもそ
も用途のある機械である以上、究極なモノコック構造なんて不可能
なのだけど。
﹁ま、その辺はエンジンパワーで解決だな﹂
それにミスリルの強度であればモノコックのフレームも相当細く
て済む。ミスリル様々である。
﹁一番の難所はクリア、か﹂
手をこすり息で温めつつ、自分の機体を見上げる。
あとは機器を順番通りに詰め込むだけだ。設計図面の段階で手順
767
まで計算されている、あとは確実にこなすだけだ。
﹁もうすぐ完成?﹂
ソフィーが推力偏向ノズルの上で上半身を揺らし、重心を左右に
移動させてぎっこんばっこんゆらゆらとシーソーのように遊んでい
る。
﹁飛べるようになるのは、たぶんもうすぐだ。その後の調節が長い
よ﹂
推力偏向装置はソフィーの反対を押し切って実装された装備だ。
STOL
浮遊装置を載せないこの機体にどうしても求められる能力、それが
短距離離着陸能力である。
VTOL
この世界には滑走路など存在しない。全ての機体に浮遊装置が装
備され、垂直離着陸が出来るから。
しかしこの機体はそうはいかない。ならば、なんとか重量を増さ
ずに短距離離着陸する方法が必要だった。
その答えがベクタードノズルである。
実のところソフィーはこんな小細工なしで主翼をはためかせて短
距離離陸してみせたのだが、着陸はそうもいかない。エアブレーキ
にも限度がある。
エンジンの排気を逆噴射し急激に減速する機能と、上下のエレベ
ーターを行う能力。それだけの、簡素な推力偏向である。
左右のノズルを上下逆に偏向しロールを行う飛行機もあるが、こ
の機体は主翼を丸ごと捻ることが可能なのでロール速度に不満はな
い。あと複雑だと整備が大変、なんて切実な事情もある。
﹁練習、しておいた方がいいわよね?﹂
768
﹁練習?﹂
﹁そう、練習﹂
ゆーらゆーらと揺れつつ、腕を左右に伸ばし上下に振って翼のア
ピール。
操縦桿二本はやはりソフィーにとっても難儀なのだろうか。
あらだか
﹁荒鷹︵笑︶に乗りたいのなら事前に言ってくれれば準備するぞ?﹂
﹁それには及ばないわ﹂
? イメージトレーニングをしておく、ということか?
﹁そういえばお母さんがレーカを呼んでいたわ﹂
ぎこん、と傾いたノズルからずり落ちつつソフィーが告げた。
﹁アナスタシア様が? なんで?﹂
﹁さあ?﹂
そもそもお呼びがかかったのは何時間前だろう。ずっとフレーム
制作を行っていたし、ソフィーもその様子を眺めていたのだが。
手遅れかもしれないが、まあ急用ではないと推測される。俺がこ
こにいることは屋敷の住人全員が推測出来るはずだし。急ぎならあ
っちから来る。
﹁とはいえお待たせするわけにはいかないな﹂
769
機材を片付け格納庫の外へ出る。
外は白い世界へと変貌していた。
﹁雪? いつの間に⋮⋮﹂
さらさらと舞い降りる粉雪。地面の色が透ける程度しか積もって
おらず、ついさっきから降り始めたと思われる。
踏みしめただけで消える積雪。マリア曰くこの村の雪は積もるら
しいが、うむむ。
﹁積もるべきか、積もらぬべきか。悩むな﹂
雪合戦とかしたい。
﹁どっちみちレーカが決めることじゃないでしょう、雪が積もるか
どうかなんて﹂
俺の後を着いて外へ出たソフィーが、冷めた口調でぶったぎった。
﹁解らないぞ、この世界にはなんといっても神様がいるんだからな。
祈れば届くかもしれない﹂
﹁届きませんよ、神は個人に介入しないと説明したでしょう﹂
メイド服のキョウコと出くわした。
﹁今日はミニスカじゃないんだな﹂
﹁寒いです﹂
770
ごもっとも。
解析するとパンストを履いている。防寒対策か。
⋮⋮か、勘違いするな! 肉体を解析してもグロテスクなだけだ、
おれが解析で視たのは衣服だけだ! ちなみにキョウコの下着は黒
だ!
﹁み、見たいなら履きますよ?﹂
ロングスカートの端を摘み揺らすキョウコ。
﹁いや、こんな寒い日に足を出すのは体に良くないだろう。女性に
冷えは天敵と聞く﹂
雑念を振り払い彼女の健康を優先する。着飾る為に体調を崩して
は本末転倒だ。
﹁そ、そうですね。嬉しいです、私の体を気遣って下さって。とこ
ろで子供は何人くらい︱︱︱﹂
思考が熱暴走を始めたキョウコを無視し、俺は屋敷へと向かった。
ソフィーはさっさと温かい屋敷へと駆け込んでいた。
アナスタシア様の書斎の前の廊下に立つと、中から話し声が聞こ
えてきた。
771
内容までは判らないが、声質はアナスタシア様とガイルのものだ。
﹁⋮⋮よしっ﹂
扉に耳を沿わせる。
意味なんてない。ただの悪戯心である。
﹃⋮⋮人間大の人影が空を高速で飛んでいたそうよ﹄
﹃人間大?﹄
﹃手紙にはそう書かれているわ﹄
﹃人型機じゃなくて?﹄
﹃知らないわよそんなの﹄
あ。今の言い方、ソフィーそっくりだった。
てんし
﹃飛行可能な人間サイズの⋮⋮まさか、天師?﹄
﹃⋮⋮魔法至上主義者の残党だというの?﹄
﹃なんだか最近きな臭いな。どこもかしこも、怪しい動きをして︱
︱︱﹄
ガイルの声が途切れた。
と思いきや、バン! と扉が開く。
部屋の内側に転がり込む俺。俺を見下すガイル。
772
﹁⋮⋮なにをしている?﹂
﹁あ、怪しい動き﹂
カバティカバティカバティ。
誤魔化そうとする俺にガイルは拳を落としたのだった。
﹁はい、これが異世界に関する資料よ﹂
アナスタシア様に封筒を渡される。それなりの紙量が入っている
ようだ。
開けてもいいかと確認すると、すでに開封したと返された。
﹁ごめんなさい、レーカ君の用事なのだから開けるべきではなかっ
たかもしれないのだけれど⋮⋮﹂
﹁けれど?﹂
﹁気になっちゃった﹂
ぺろりと舌を出してウインクするアナスタシア様。可愛いからオ
ーケーです。
隣のガイルも真似してテヘペロ。うっぜぇ!
﹁長々と書かれていたけれど、つまり異世界に直接の関わりを示す
資料はなかった、という結論よ﹂
773
﹁その割には厚いですが﹂
封筒の中身を抜き、机の上に広げる。
これは⋮⋮スケッチ?
﹁異世界はあくまで物語の中や空論だけの存在だったわ。けれど、
セルファークでは時折、この世界にそぐわない違和感のある物が発
見されるの﹂
﹃存在しない量産車両﹄
これは⋮⋮日本では珍しくもない、普遍的な乗用車だ。
糸で留められているもう一枚の紙は、具体的な検証・解析結果が
纏められている。
﹃内燃式動力の車両。
モノコック構造であり部品も大量生産前提であるにも関わらず、
これを生産している国家、商会は存在しない。
また異文明の工芸品に共通することであるが、魔力を使用しない
科学燃料で動作する﹄
﹁こんな物が、実際にこの世界で見つかるんですか﹂
﹁技術転用されることもあるわ。次のスケッチの車両とかね﹂
自動車のスケッチ、その隣のイラストに目をやる。これは⋮⋮
﹃平面車輪を搭載した隻腕人型機﹄
774
⋮⋮つまりショベルカーだ。
﹃金属部品を連結した帯状の車輪により、優れた接地圧を実現。
土木作業に特化した、ショベル専用の腕を持つ。
人型機の方が遙かに効率的ではあるが、アームの設計を補助腕と
して流用可能。また、平面車輪も用途によっては有効と考えられる﹄
地面を走り回ることに関しては、人型機のあるセルファークには
適わないな。
﹁その次の紙なんて、セルファークでは絶対に有り得ない機体よ。
レーカ君の世界では本当にそんなものが運用されていたの?﹂
そこに描かれていたのは、形状は普通の飛行機であった。
﹃超巨大飛行機﹄
⋮⋮旅客機かよ。どうやって異世界に紛れ込んだんだ。
﹃読んで字の如く、巨大な飛行機。
浮遊装置は搭載されておらず、そもそもこれを制作した文明では
魔力装置が存在しないと推測される。
飛宙船より積載量が少ないものの、速度は圧倒的に勝る模様﹄
旅客機の最大の利点は速度だからな。物資を運ぶ分には地球でも
コンテナ船を使うわけだし。
飛宙船だって巡航速度はそう速くもないので、船の分野では地球
も負けてはいない。
775
ガイルが一枚の紙を手に取る。
﹁レーカ、この飛行機はなんだ? 随分思い切ったデザインだな﹂
示された紙を見つめ、思わず眉を顰める。
﹁なにそれ⋮⋮?﹂
﹁お前の世界の飛行機だろ?﹂
こんな航空機、俺は知らない。
無尾翼機からエンテ翼機に変形する可変機だ。コックピットのキ
ャノピーが存在しない。
﹁無人機か? 形状からしてステルス機だし、無人ステルス機なん
て作りそうな国といえば⋮⋮﹂
またあの国はトンデモ兵器を試作していたのかと、スケッチイラ
ストとペアとなったもう一枚の説明原稿を眺め、そして俺は呼吸を
忘れた。
違う。この飛行機を作ったのは、あの国ではない。
スケッチに記された機体、その主翼に描かれた見慣れた赤い丸印。
しんしん
﹃国産第八世代戦闘機 心神﹄
︱︱︱しらねぇよ、そんなの。
﹃我々の技術を超越した機体。不明な点が圧倒的に多く、下手に分
解しても修復不能に陥るだけと判断。技術力の進歩を待ち保管する
方針。
776
ただしコックピットの﹁動く絵﹂を操作することで、僅かながら
情報は得られている。
判明している事柄は以下の通りである。
第八世代戦闘機、という種の機体。
大気圏外離脱・飛行能力︵﹁大気圏﹂がなにを指し示す単語かは
不明︶。
﹁日本﹂なる国の所属。
ロールアウト 2112年。
無尾翼機とエンテ翼機を切り替える可変翼機。
エンジン形式は不明。吸気口は存在しない。
コックピットは外から内部が伺えない密閉空間だが、なぜか搭乗
者には外が視認可能。
以上﹄
⋮⋮出鱈目だ。
現在日本で運用されている戦闘機は第四世代だ。いつの間に世代
を四つも飛び越えた?
可変翼は⋮⋮まあいいさ。なにせ第八世代だ。変形くらいするだ
ろう。
コックピットはあるんだな。無人機のようにのっぺりとした外見
だが、まさか全てカメラで見ているのか?
いや、それら以上に明確な問題はここだ。
﹃ロールアウト 2112年﹄
﹁未来にもほどがあるだろ﹂
自動車もパワーショベルも、まあ旅客機もいいとして。
777
コイツは異質過ぎる。なぜ、俺の生きた時代より一〇〇年も後の
機体がセルファークに紛れ込んでいるのだ。
﹁そりゃあ、あれだ、異世界とセルファークの時間の流れのスピー
ドが違うんじゃないか?﹂
うらしま理論か。セルファークは地球より遙かに時間の進む速度
が遅く、俺がこちらで半年過ごす間に地球は一〇〇年経過していた、
という理屈だ。
﹁待って、この機体が帝国に発見されたのはレーカ君が異世界に来
る前よ? その節は否定されるわ﹂
用紙には発見日時、状況も記されていた。うむむ。
﹁異世界を渡る際、時間は一定しないとか?﹂
﹁異世界転移なんて、正直、私にもよく判らないわ。現時点では答
えを求めるのは無茶よ﹂
地球に戻りたい気はないのだが、この戦闘機︱︱︱心神が気にな
らないわけでもない。
﹁これって帝国にあるんですよね? 現物を見たりとかは出来ませ
んか?﹂
ガイル
﹁私かこの人、あとソフィーのいずれかが同行していれば、たぶん
許可は降りるはずよ。
ソフィーでもいいんだ。
778
いつか訪ねてみよう。帝国に眠る、日本製第八世代戦闘機を。
﹁それで、この手紙を渡すのが用件の一つ。そしてもう一つの用件
なのだけれど﹂
アナスタシア様は一枚の書類を取り出した。
﹁大陸横断レース未成年の部の受付がそろそろ開始されるわ。それ
に際し、そろそろ確認しておきたいの﹂
細い人差し指が指すのは、機体名記入欄。
﹁レーカ君。貴方の翼の名は?﹂
︱︱︱そろそろ、来るとは思っていた。
名前。その機体を象徴する、真っ先に注目されるステータス。
勿論考えていたとも。時に夜通し、時に風呂に浸かりながら。
﹁セルファークの飛行機は基本、漢字二文字。あの機体は複座です
から、俺とソフィーそれぞれを象徴する文字を選びました﹂
﹁子供かよ。︱︱︱俺は認めないぞ!?﹂
なにやら連想して唐突に叫んだガイルを押し退け、アナスタシア
様の続きを促す視線に頷き名を述べる。
779
﹁あの機体の名。それは︱︱︱⋮⋮﹂
マリアの言はまこと真実であり。翌朝、村は銀世界へと変遷して
いた。
﹁外は寒そうだな﹂
﹃こちらは中でも寒いですが﹄
シャベルを握り人型機で雪かき。操縦は久々なのでいいリハビリ
だ。
じゃけんひめ
﹁蛇剣姫には暖房がないんだっけ﹂
﹃動く以外の機能はありません。こんな日ばかりは、近代改修を考
えてしまいます﹄
てつあにき
鉄兄貴を駆る俺と蛇剣姫を操るキョウコ。元々こういう用途の為
に設計された鉄兄貴はともかく、最強最古が雑用をやっていると冒
険者達が知れば卒倒するだろう。
ざっくざっくと重い雪を片付ける。最初は粉雪だったのに、いつ
の間にかボタ雪に変わっていたようだ。
足元では冒険者志望三人組が雪遊びに興じている。
780
﹁雪合戦か、混ざりたいな﹂
三人なのでどうしても一対二になる。チーム分けはニール&マイ
ケルペアと、エドウィンぼっちチームだ。
意外にも善戦しているのは、普段大人しいエドウィンだった。
﹃彼は後方からの攻撃に適正があるようですね﹄
﹁だな。魔法が得意みたいだし、冒険者としてもそっち系を目指し
ているはずだ﹂
しかし所詮は前衛ありきで動く兵隊。
マイケルに距離を詰められ、雪を掴んだ手で殴られていた。それ
ありか?
ずっと伺っていたからか、三人が俺の、というか鉄兄貴の視線に
気付いた。
﹁レーカー! 何か作ってー!﹂
ニールが叫ぶ。何かってなんだよ。
キョウコに断りを入れ、雪を集めて山にする。
人型機と同程度の高さ、標高一〇メートルである。
﹁どーだ、ソリで滑るがいい!﹂
腰に手を当てて満足げに頷くも、子供達には不評だった。
﹁坂なら丘から滑ればいいじゃない﹂
﹁あ﹂
781
ここら辺の土地は平らじゃないからな、坂は幾らでもあるんだっ
た。
﹁ならこれでどうだ!﹂
雪山を削り、盛り、形作ってゆく。
完成したのは、氷の滑り台。
ただの滑り台じゃない。くねくねと曲がりくねり、バンクやルー
プといった面白要素も満載なスペシャル滑り台である。
つまり、傾斜の緩やかなボブスレーのコースだ。
満足してもらえたらしく、歓声を上げて嬉々とコースに入る子供
達。
子供達の後に続々と続き、歓声を上げて嬉々とコースに入る大人
達。
﹁おい﹂
なんで大人まで参加しているんだよ。
見渡してみれば、かなりの数の村人が集まっていた。
﹃農村は冬は退屈ですから。内職で貯金をするにしても、時間を持
て余すことは多いのです﹄
家畜でも飼っていれば世話で忙しいのだろうけど、ここでの肉は
狩りでの調達が基本だからな。
﹁ともかく、せっかく作ったんだ。俺も滑ってこよう﹂
鉄兄貴を駐機姿勢に下ろそうとして、蛇剣姫に手首を掴まれた。
782
﹃村の反対側の雪かきがまだです﹄
﹁⋮⋮。﹂
﹃まだです﹄
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹃まだです﹄
﹁⋮⋮うっす﹂
結局俺は遊べないのかよ、チクショー。
この村での銀景色が珍しいものでもなくなり、再び大人達が暇を
持て余し始めた頃。
屋敷で小さな事件が起きた。
﹁そろそろ完成だな﹂
783
徐々にイメージへと近付いていく機体を見上げるのは、もはやこ
の格納庫での癖だ。
航空機は莫大な数の部品の集合体だ。分解状態では格納庫を圧迫
していたパーツが、みるみるこの小さな機体に収まり消えていくの
はなんだか面白い。
設計段階で組み立て手順まで考慮しているとはいえ、やはり新造
機。予想外のトラブルや試行錯誤に制作はなかなか進まない。
荒鷹をコピーするのにも一週間かかったが、さてこいつの組み立
てはどれだけかかるかな。
﹁そろそろ晩飯の時間か、よっしゃもう一踏ん張りだ!﹂
気合いを入れ直し、背中をググッと反らして伸び。
格納庫から屋敷の食堂へ向かうと、アナスタシア様と出くわした。
﹁あれ、どうしてここに?﹂
﹁レーカ君、ソフィー見なかった?﹂
﹁え︱︱︱見ていませんが﹂
最後に目撃したのは昼過ぎ、外でソフィーとマリアが雪だるまを
作っていた。
﹁マリアに訊いてみては?﹂
﹁もう訊いたわ﹂
﹁⋮⋮いないんですか?﹂
784
﹁ええ﹂
平静の中に微かに焦燥を孕むアナスタシア様の様子に、それが滅
多にないことなのだと気付く。
﹁大丈夫よ、人見知りのあの子がこんな時間帯に外に出るとも考え
にくいわ﹂
自身に言い聞かせるような言葉だが、俺はそれを否定しなければ
ならなかった。
﹁⋮⋮いえ、出ているようです﹂
解析魔法で屋敷全体をサーチする。
﹁いません。格納庫にも、地下にも、この屋敷の敷地内にソフィー
はいません﹂
夕食給仕の準備を行っていたキャサリンさんも含め、キョウコ以
外の屋敷に住まう全員がリビングへと集まる。
﹁むやみに大事にするのもあれだから、まず確認しておこう。誰か、
ソフィーの居場所に心当たりはないか?﹂
785
ガイルが一同に問うも、返答はない。
﹁⋮⋮レーカ。屋敷にいないのは確実なんだな?﹂
﹁ああ。建築物の中にはいないし、地下も屋根の上も反応ナシだっ
た﹂
﹁地下? この家に地下なんて⋮⋮﹂
﹁階段裏の小さな物置のことでしょう?﹂
アナスタシア様が割り込む。
﹁あそこは少し下るから、地下と言えなくもないわね﹂
﹁え、ええ。そこです﹂
困惑しつつも話を合わせる。地下室の存在を誤魔化した?
あの巨大魔法陣の実験は、ガイルには無断で行っているのか?
﹁解析魔法は屋敷の外周も調べたの?﹂
﹁ええ、壁から一〇メートルほどまで探しました﹂
ドアがノックされ、﹁失礼します﹂との声と共にキョウコが入室
してきた。
﹁エアバイクで屋敷周辺の見える範囲を確認しましたが、それらし
い人影はありませんでした﹂
786
屋敷にも屋敷付近にもいないのか、これは本当におかしい。
﹁⋮⋮自発的にどこかへ行ってしまったか、事故、怪我をして動け
ない、というあたりか﹂
最悪の結末に関しては誰も話さない。
マリアが小さく手を挙げる。
﹁人攫い、って可能性はどうですか?﹂
空気が一気に重くなった。
一転した部屋の雰囲気にマリアは困惑する。
マリアはきっと、人攫いが攫った人間をどのような用途に﹁使う﹂
かを知らないのだろう。
﹁というか、セルファークにもいるのか?﹂
﹁⋮⋮いるぜ。大戦が終わってからは両軍が積極的に討伐と摘発を
行っているが、そういう輩はゴキブリのように生き残りやがる﹂
忌々しげに唸るガイル。そういう存在がすこぶる嫌いなのだろう。
﹁えっと、でも人攫いなら少なくとも無事でしょうし﹂
そういう考え方もあるか。
﹁ああ、少なくとも生きてはいるだろうな﹂
無事かは判らないが。
787
﹁俺は村に降りて、家を全て解析魔法で洗います。⋮⋮誰かの家に
遊びに行っているだけ、ってこともありますから﹂
﹁レーカ、コピー荒鷹は使えるか?﹂
﹁クリスタルを装着すれば﹂と返答すると、ガイルは﹁借りるぞ
!﹂とだけ叫んで部屋を飛び出して行った。空から探すつもりだろ
う。
次に立ち上がったのはアナスタシア様だ。
﹁私はレーカ君と一緒に村に降りて、広範囲索敵魔法で探してみる
わ﹂
索敵魔法を人探しに流用するのか。
﹁ならば私は街道を辿って探してみます。人型機ならば道を人が通
過した痕跡を調べながら歩けますから﹂
﹁路面を観察するなら人型機よりエアバイクの方が⋮⋮ああ、寒い
か﹂
﹁それもありますが、賊との戦闘もあり得るので。フランベルジェ
を装備した鉄兄貴で出ます。鍵を﹂
俺の機体じゃないが、なぜか俺も合い鍵を持っているのでそれを
投げ渡す。
一礼して廊下に消えた後、タタタタと駆け出すキョウコ。
﹁な、なら私は﹂
788
﹁私達は留守番だよ、マリア﹂
キャサリンさんが娘の肩を掴む。
﹁でもっお母さん!﹂
﹁残念だけれど、私達はどこまでいっても非戦闘員なんだ。こうい
う時に動くと返って周りに迷惑をかけちまう﹂
﹁そんな⋮⋮こと﹂
私情を仕事中に持ち出さないキャサリンさんには珍しく、母親と
して娘にニカッと笑ってみせる。
﹁それに、屋敷に誰もいなけりゃソフィー様が自力で帰ってきた時
に困っちまうだろ? 待つのも大切な役割さ﹂
﹁︱︱︱いない﹂
村の広場。ここが村の中心だ。
くるりと回転し村の全てを解析する。
他人の生活を覗くなんて実悪趣味だが、今回ばかりは勘弁願いた
い。
789
﹁レーカ君、近くに来て。広域探査を使うから魔力は控えて欲しい
の﹂
﹁わかりました﹂
アナスタシア様が案内板に触れると、空気が少し変わった。
﹁今のは?﹂
﹁⋮⋮生活を守る為の結界を、いったん解除したの。索敵魔法の邪
魔になるから﹂
続いてアナスタシア様が呪文を唱えると、うっすらと光る魔法陣
が足元に浮かびあがった。
﹁﹃タクティカル・サーチ!﹄﹂
魔法陣の外周が弾け、光のラインが地を走り円が広がっていく。
暫しの間。
集中を乱さぬようにと彼女を視界から外し背を向けていたのだが、
背中から聞こえた溜め息で俺は魔法の失敗を悟った。
視線を戻すと、からんからんと杖が俺に足元に転がってきた。
崩れるように広場のベンチに座るアナスタシア様。
杖を拾い上げ歩み寄るも、なんと言えばいいのか解らない。
﹁ソフィー﹂
アナスタシア様がぽつりと呟いた。
790
﹁あの子は私達にとって︱︱︱いえ、﹃我々﹄にとっての希望なの
よ﹂
⋮⋮﹃我々﹄? 我々って?
﹁⋮⋮失言だったわ。忘れて頂戴﹂
そういわれても。
﹁最低の母親ね、私﹂
﹁は、ぁ。意味が解りません﹂
なにやら落ち込んでいるが、なんと返せばいいものか。
﹁私はね、世界とあの子を天秤にかけようとしているの﹂
夜空を見上げ懺悔を始めたアナスタシア様。
﹁いつの日かその時がきたら、﹃お母さんのことを恨んでいい﹄っ
て伝えて﹂
溢れんばかりの愛情を抱いていて、なにいってんだ、とちょっと
頭に来る。
アナスタシア様がソフィーに対して何かを抱いているとしても、
彼女がソフィーを全力で想っていることは疑いようがない。
だから、俺はこう応える。
﹁了解です、﹃お母さんは貴女を愛している﹄と伝えます﹂
791
﹁ふふっ、ありがと﹂
笑ってくれた。やっぱり美人は笑顔が一番だ。
天空の騎士様
﹁レーカ君はいい天士になるわ﹂
風が俺達の髪を揺らした。
初めは気にしなかったのだが、風は一定のリズムで空気をかき乱
し、やがては﹁ばっさばっさ﹂という音まで聞こえてきた。
アナスタシア様と顔を見合わせ、同時に上を向く。
ワイバーンがここに降下してきていた。
ピンと来た。というか、来ない方がおかしい。
﹁ま た お ま え か﹂
﹁な、なに!?﹂
﹁ロリゴンです﹂
﹁ロリゴン?﹂
頷き、﹁はい﹂と肯定する。
﹁ロリコンドラゴン︱︱︱略してロリゴンです﹂
﹁ああ、以前ソフィーを攫った変態ワイバーンね﹂
あ、今、アナスタシア様の声で変態って単語を聞いて、ちょっと
ドキッとした。
792
終わってみれば、つまらない事件の真相だった。
ソフィーはロリゴンに翼での飛び方を習っていたらしい。
ソフィーが天才とはいえ、自由に動かせる翼での飛行経験が豊富
なわけではない。
そこで、ワイバーンの背に乗って曲芸飛行をしてもらうことで翼
での飛行を学ぼうとしたのだ。
﹁そ、そう、貴女って子は、まったく⋮⋮﹂
俯いてぶつぶつ唸るアナスタシア様。いかん、逃げろ。
﹁ここに座りなさい、ソフィ︱︱︱︱︱︱!!!!!﹂
溢れきった愛情が炸裂した。
普段の穏やかさをかなぐり捨ててガミガミとソフィーを叱るアナ
スタシア様。
カーチャンだ。今のアナスタシア様はお母様ではなくカーチャン
だ!
ソフィーが涙目で助けを求める視線を向けてくるが、皆に心配を
かけたことは間違いないので気付かぬフリ。
ソフィーの隣で器用に正座してしょぼくれているワイバーンは正
直、何事かと集まってきた村人達を怖がらせるだけなので帰ってほ
しい。
一通り叱り終えた後、気が抜けてへたり込んでしまったアナスタ
シア様を背負って屋敷へ戻る。
そこで玄関で寒い中待ち続けていたマリアを見て、ソフィーは泣
793
き出してしまうのであった。
子供ってそんなもんである。
﹁そういえばガイルとキョウコに、解決したって連絡しないと﹂
﹁そうね。私はもう少しソフィーを叱っておくから、レーカ君お願
い出来る?﹂
ガビーンとショックを受けるソフィーを尻目に、俺は再度村に降
りて時計台に住むレオさんからクリスタル共振通信機を借りた。
借りた、が。
﹁キョウコには通じたのですが、ガイルには通じませんでした⋮⋮﹂
﹁時計台の大出力通信機で届かないってことは、相当離れた場所ま
で飛んでいったようね﹂
連絡が付かなかった旨をアナスタシア様に報告する。
﹁そのうち帰ってくるでしょう。気にしなくていいわ﹂
﹁えっ﹂
結局、ガイルが帰宅したのは翌日の昼過ぎだった。
794
冬も深まり年の数字が変わる頃。
屋敷の住人が全員集結し、その白い翼を見上げていた。
﹁綺麗ね。初作品とは思えないわ﹂
今まで完成した時のお楽しみと称して格納庫に踏み入らなかった
アナスタシア様。
にも関わらず格納庫にいるのは、つまりその時が来たからである。
﹁まだ完成じゃないのよね?﹂
マリアが首を傾げ、キャサリンが応える。
﹁飛行機作りでは最後に大事な行程があるのさ。船の初出航で船首
に酒瓶をぶつけたりするのと同じだ﹂
カナード翼から登り、ソフィーを手招きする。
﹁ソフィー、おいで﹂
手を差し伸べて彼女をエスコート。
コックピット傍らに座り、彼女と共にクリスタルを持つ。
手の平サイズの石を二人で持つのはかえってやりにくいが、この
795
作業は俺達でやらなければならないのだ。
この飛行機は、俺とソフィーの翼なのだから。
﹁いくよ﹂
﹁うん﹂
シールドナイトのクリスタルを共に台座に押し込む。
カチ、と音がして、クリスタルは機体の一部となった。
小さく感嘆の声が格納庫に上がる。
﹁おめでとう、レーカ君。これで貴方の飛行機は完成ね﹂
﹁ありがとうございます﹂
小さく拍手するアナスタシア様。
﹁大したもんだ。感じるぜ、こいつは常識とかそういうのを越えた
機体だ﹂
﹁はい。真新しさに似合わぬ圧倒的なオーラです。こういう機体は
珍しい﹂
銀翼二人も賞賛してくれる。見て解るのかよ敵のスペックが。
﹁ま、お前さんにしちゃあ上出来だと思うさ﹂
キャサリンさんも率直に⋮⋮とは少し言い難いながらも褒めてく
れた。
796
﹁私も間接的だけどサポートしたわ﹂
﹁ああ、よくやったよくやった﹂
﹁ありがとマリア。差し入れとか嬉しかったぞ?﹂
キャサリンさんと二人でぽんぽんとマリアの頭を撫でる。
本当に感謝しているからふてくされるなって。
もう一度機体を見つめる。
真っ白な前進翼機。機体後方から主翼が前方へ向かって伸び、風
防の横の吸気口にはカナード翼が設置されている。
エンジンは単発。上下と逆噴射のみが可能な簡易推力偏向装置を
装備。
垂直尾翼は機体後方と主翼左右中間のなんと三枚も。これはヨー
イング⋮⋮横スライド方向の動きが、強化された他の部分と比べて
弱いというソフィーの要望から追加された。
こだわったのは無論、機体の軽量小型化だ。
機体の大きさ、太さを決めるのはエンジンとコックピットだ。魔
界ゾーンラムジェットエンジンは幸い細長いエンジンだし、搭乗者
が子供であることからコックピットをサイズダウンすることに成功
した。
ジェット機としては極めて小さな機体にミスリルのフレーム。こ
れらにより、機体重量は約3トン半に収まったのである。
﹁これが、私の翼﹂
カナード翼の上に立つソフィーが、そっと機体に寄り添う。
﹁これからよろしくね。私の︱︱︱﹂
797
俺の持つ技術の粋を集結した、この数ヶ月の努力の結晶。
胴体側面に描かれた二文字。
白亜の少女と鋼を愛する男。それぞれから一文字ずつ取り、この
飛行機の名とした。
機体名をソフィーと一緒に読み上げる。
しろがね
﹃︱︱︱白鋼﹄
機体重量 3525kg
機体全長 6,76m
機体幅 前進翼時 11,114m
エンジン出力 ハイブリッドAB時 約150kN 最高速度 M2,6
推力重量比 4,2:1
後に様々な偉業を成し遂げ、セルファークに知らぬ者のいないほ
どの勇名を轟かす純白の翼。
いつか伝説となる白き機体は国境の小さな村の片隅で、静かに世
界に生まれ落ちたのだった。
798
粉雪と白亜の翼︵後書き︶
推力重量比が変態的な数字になってしまいました。スペースシャ
トル越えてます。
まあ、レース機なのでペイロードが存在せず数字が跳ね上がった、
ということでひとつ。
これだけ大出力なのに最高速度がM2,6止まりなのは、機体表
面が耐えきれないからです。
799
音の壁と月の世界
﹁もー既にー今日はー、おーしょーおーがーつぅー﹂
カツンカツンと響く木槌の音。
﹁おしょーがつにはー飛行機上げてぇー﹂
ノミ
目の前には大理石。歪な形のそれを、俺はひたすら鑿で整え続け
る。
﹁記念碑立ててー遊びましょー﹂
﹁なにやってんだ、お前?﹂
せきひ
石碑を掘る俺の背後からガイルが訊ねてきた。
しろがね
﹁白鋼が初飛行した記念すべき日の、記念碑を立ててるんだ﹂
﹁形から入るな!﹂
800
ソードシップ
白鋼の格納庫。しかし、俺が対峙しているのは飛行機ではない。
うつ伏せに倒し台座に乗せた蛇剣姫の整備をしているのだ。
﹁いいのですか? 連日、飛行機のテストで忙しいようでしたが﹂
流石にメイド服を脱ぎ蛇剣姫を弄るキョウコ。いや、素っ裸じゃ
ないぞ? ツナギ姿だ。
﹁いいのいいの、息抜きだし﹂
白鋼が完成しひたすら実験の繰り返し。慎重に、機体の限界を確
かめるようにテストテストテストの毎日である。
安全の為に浮遊装置を背負い、起動しつつゆっくりと飛ぶ。
楽しくないわけではない。が、ずっと続けるにはチトきつい作業
だった。
データは大事だ。生のデータはこうやって確実に収集しなければ
ならない。
が、飽きるッ!
途中興味深い第三の飛行形態を発見したりしたが、さすがに疲れ
た。
だからこそ息抜きである。
﹁そろそろ全力飛行がしたい﹂
おー、ここはカストルディさんの仕事だな。相変わらず顔に似合
わず繊細な仕事だ。
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
蛇剣姫のコックピット、頭部を見やる。
801
﹁なぁ﹂
﹁はい?﹂
ソードシップ
ストライカー
﹁飛行機が人型機に変形したら、格好いいと思わないか?﹂
変形メカはロマンである。
ソードストライカー
﹁半人型戦闘機ですか?﹂
ストライカー
﹁ソードストライカー?﹂
ソードシップ
戦闘機+人型機か?
初めて聞いた。ちっ、もうあったのか。
﹁架空の兵器ですよ。実用どころか実験段階ですらまともに動いて
いません﹂
マジで想像レベルだな。
﹁元より陸上兵器を空へ上げよう、という時点で無茶なのですよ﹂
地球でもあったな、戦車に翼を付けて飛ばそうって発想が。
なんと日本でも計画されていた。アホか。
﹁いや、だが﹂
無茶。無謀。そんな言葉に技術者達は挑み続けてきたのではなか
ろうか。
802
﹁面白い。なかなか発展性のあるアイディアだと思うのだが﹂
﹁半人型戦闘機が、ですか?﹂
ぽけっと呆けた顔を晒すキョウコ。
﹁無理ですよ、前進翼とは難易度が違います。現実的ではありませ
ん﹂
﹁残念ながら、やってみて失敗しないと納得しないタイプなんだ﹂
﹁難儀ですね﹂
俺はその晩、物は試しと白鋼の図面を引き直し︱︱︱
︱︱︱その高過ぎる難易度に頭を抱えるのであった。
手足が飛行機の時に完全にデットウェイトだ。飛ばすには重過ぎ
るし、軽くすれば人型機として自立出来ない。それに飛行機として
の性能が下がって、飛べたとしてもすぐ負ける。
中途半端な兵器は失敗する。第二次世界大戦からの教訓はまっこ
と真実であると、しみじみと再認識するのであった。
ところで、地球での戦闘機は自力でエンジンをかけられないこと
が多い。
803
自動車におけるセルモーターに該当する、エンジンを始動させる
機構がないのだ。
なにせモーターは金属の塊、かなり重い。離陸前にしか使わない
ものにそれほどの重量を割くのは無駄だろう。
ならばどうするか。当然、外部からコンプレッサーなどで点火す
るのだ。
古い機体であれば人力でレシプロエンジンを始動することもあっ
たが、現代ではだいたい他力本願である。
ではセルファークではどうか。基本はこちらも同じだ。
しかしこの世界には便利なものがある。
魔法である。
短時間であれば機械以上の作業もこなせる魔法は、セルファーク
における航空機の利便性・汎用性に貢献している。
だが白鋼の場合、始動に魔法すら必要ない。
スロットルを踏み込むだけでエンジン始動。高レスポンスの機敏
な制御はロケットエンジンの特徴だ。
と、まあ御託はいいとして。
俺達はこれから、ある試験飛行に挑むのだ。
エアバイクで白鋼を格納庫から牽引する。
コックピットの縁に飛び乗ると、既に前席に座るソフィーと目が
合った。
﹁ご機嫌いかが?﹂
﹁ぼちぼちでんな﹂
肩を竦めてみせる。まさかソフィーがおどけるとは、機嫌がいい
みたいだ。
後部座席に身を滑り込ませ、ついでに後ろからソフィーの頭を撫
でておく。
804
﹁レーカは私に一方的に悪戯出来るのに、私は前しか見えないって
理不尽ね﹂
頭をさすりつつ不満げに振り返るソフィー。
﹁諦めろ。こればかりは後ろの特権だ﹂
やろうと思えばもっと悪戯らしい悪戯も可能だが、やればただの
変態なのでソフィーが大人になるまで自重する。
主電源を入れる。
各部のモーターやセンサーが起動し、魔力導線がクリスタルと無
機収縮帯を接続する。
垂れていた翼がピンと持ち上がる。
﹁エンジンコントロールユニット、オン﹂
レバーを跳ね上げる。
複雑なこの機体のエンジンは魔導術式で半自動制御される。マニ
ュアルでの介入も可能だが、機体の維持に俺は結構忙しいのだ。
俺とソフィー両名で操作して初めて全能力を発揮する白鋼だが、
ソフィー一人での操縦も勿論可能。
いつまでも俺とソフィーが共にあるとは限らない。将来的にはソ
フィー単独で一から十まで制御出来るようになるのが理想だが⋮⋮
ロケット
制御はともかく整備を出来る人材がいないだろうな。
エンジンパラメーターに﹃Rocket﹄の表示。
時速一〇〇キロ以下では水素ロケットとしてしか駆動しないこの
エンジンは、プロペラントが五分しか確保されていない。
つまり、五分以内に飛び立たなければならないのだ。
⋮⋮短いように思えるが、実際に飛行してみるとむしろ長過ぎる
805
気もした。
ソフィーがスロットルを踏み込み、水素と酸素が燃焼室へ供給さ
れ炎を吹く。
ゆっくりと前進する白鋼。
﹁エンジンに時間制限があるとはいえ、あまり焦るなよ。この機体
の足はあまり頑丈ではないんだ﹂
﹁荒っぽく乗ることはあっても、雑に乗ったことはないわ﹂
車輪
軽量化の為に簡素に仕上げられたギアは、最低限の強度しか持ち
合わせていない。
不整地を想定してサスペンションと空気圧はかなり柔らかく調節
されているのだが、強度そのものは下手な着陸を行えばへし折れる、
そんなレベルだ。
丘を作り替えたスキージャンプ滑走路に進入。なんてことはない、
ただ地面を均した坂道だ。
気をつけろよ
﹃GoodLuck﹄
荒鷹︵笑︶で上空待機するガイルがお決まりの願掛けを呟く。
戦闘ではなく試験飛行なのだから大袈裟ではないか、と考えて頭
を振る。
そうじゃない。白鋼はまだ未完成なんだ、何度も試験飛行に成功
しているからって油断するな。
これから白鋼が挑むのは、多くのパイロットの命を奪った﹃壁﹄
だ。
ゴーグルを装着。
キャノピー越しに空を舞う荒鷹︵笑︶にサムズアップ。パイロッ
トといえばこれ。
806
タキシングを終えエンジンスロットルが徐々に解放される。
航空機は普通はフルスロットルで離陸する。静止状態から離陸速
度まで重い航空機を加速させるには、それくらいしなければならな
いのだ。
それは白鋼の場合でも同じ。最大出力150kNという化け物エ
ンジンであっても、静止状態では水素ロケットの最大出力、40k
N程度しか出せない。
もとより水素ロケットの役割は極低速での始動と、アフターバー
ナー的な加速装置に限定される。このエンジンの本気はラムジェッ
トエンジンとなってからだ。
置いて行かれようとする体がシートに押し付けられ、速度は数瞬
で時速一〇〇キロを突破。機体が軽いので加速も早い。
表示が﹃Ramjet﹄に変化。
吸気口から大気の吸い上げが開始され、酸素濃度を調節された空
気が燃焼室へと飛び込む。
若干、体への負担が減る。ラムジェットエンジンとて高出力のエ
ンジンだが、水素ロケットよりは劣る。
振動の質が変化した。タイヤが地面から離れたのだ。
﹁テイクオフ、ギアアップ﹂
ソフィーは気にした様子もないので俺が操作する。ナビは大変だ
ぜ。
尚も加速する白鋼。地面スレスレで飛行したのち、そのまま滑走
路は途切れ上昇へと移行した。
﹁⋮⋮何度やっても思うけど、これ離陸じゃなくて発進だよな﹂
﹁違いが判らないわ﹂
807
滑走から一切機首上げしていないし、マスドライバーから射出さ
れるシャトルの気分だ。
V1とかVRとかV2とか言ってみたいよ。
﹁そもそも﹃かっそうろ﹄を使う必要って有るのかしら? エンジ
ンの力ですぐに飛んじゃダメ?﹂
水素ロケットエンジンでも推力重量比は1を越えているので、一
応垂直上昇は出来る。
出力不足でほとんど昇っていかないけれど。
﹁そのエンジンのテストをこれからするんだから。なんだかんだで
負担が掛からないのは通常離陸だぞ﹂
セルファークで運用しようと思えば、結局はSTOLを多用する
ことになるだろうが。
﹃そのまま高度を一〇〇〇メートルにまで上昇だ﹄
﹁了解﹂
平行して飛行する荒鷹︵笑︶と共に、空高く昇っていく。
﹃このまま海に出るまで直進だ。今のうちに今回のフライトプラン
を確認しておこう﹄
﹁うん﹂
﹁りょーかい﹂
808
超音速
ソフィーは両手が塞がっているので俺が資料に目を通す。
巡航
﹁試験内容は超音速飛行と、アフターバーナーなしでのスーパーク
ルーズの挑戦﹂
遂にこの試験だ。余計な重りかつ空気抵抗を背負っては性能試験
にならないので、今回は浮遊装置を背負っていない。
高度が上がるにつれ対比物である地面から離れて体感速度は遅く
なっていくが、速度は時速九〇〇キロに迫っている。
音速への挑戦。白鋼にとって初の全力運転テストである。
﹃通信には常に留意しておけ。周囲に航空機がいるかどうかを判断
する、数少ない情報だからな﹄
﹁了解﹂
いつになく真剣なガイルの声色に、自然俺達の表情も引き締まる。
地図から計算すると、試験飛行予定空域まで数分かかりそうだ。
﹁ソフィー、操縦が大変なら後退翼にしてもいいんだぞ?﹂
最も浮力が大きくなるのは前進翼だが、その特性故に挙動は不安
定となる。
常に小刻みに動くカナードがその証拠だ。動きにカウンターを当
てて修正し続けるなんて、アナログでやろうと考えること自体馬鹿
げている。
時速九〇〇キロも出ていれば後退翼でも充分浮いていられる。無
理して前進翼で居続ける理由はない。
﹁平気よ。このくらいならむしろウトウトしちゃうくらい﹂
809
﹁⋮⋮居眠り運転は勘弁してくれよ、運転手さん﹂
﹁話し相手がいれば眠くならないんでしょ? ナビゲーターさん﹂
白銀の地平線がやがて水平線へと変化する。
迫る海岸線は、あっという間に後方へと流れていった。
ここから先は煌めく海面の眩しい水の世界だ。
﹃予定空域に到達。いけるか?﹄
解析で機体を調べつつメーターの数値も確認する。オーケー、問
題ない。
﹁ソフィー﹂
﹁うん﹂
彼女もいいみたいだし、あとは決行するのみ。
﹁白鋼は試験飛行に入る! 高度一〇〇〇メートルにて超音速域の
飛行を行うので周囲の空域に存在する船舶はご注意を!﹂
﹃りょ∼かい、気をつけろよ﹄
﹃高度下げとくぜ、墜ちてくるな﹄
顔も見知らぬ天士達から返事があった。彼らの空に国境線などな
いらしく、広域通信では雑談や口喧嘩もよく聞こえてくるものだ。
管制官などいない空の安全、互いに注意しあって守るしかない。
810
現時刻をレポートに書き込み、ソフィーに合図する。
﹁やってくれ﹂
﹁︱︱︱白鋼、高速飛行形態!﹂
ソフィーの操作に従い、無機収縮帯が稼働。
前方に伸びていた主翼は斜め後方まで後退し、僅かに下へ傾く。
更に翼の中程が内側へ畳まれ、カナード翼は翼長が通常の半分に
短くなる。
全体的に矢に近いシルエット。前面投射面積を減らし音速の壁を
破る為の形態、それがこの高速飛行形態だ。
グン、と加速する機体。
ほうこう
絞られていたスロットルは解き放たれ、速度が上昇すればするほ
どラムジェットエンジンは歓喜の咆哮をあげる。
前方からの風圧により空気を圧縮するラムジェットは、速度が上
がれば上がるほど効率が良くなる。
ちらちらとコックピットの周囲に白い雲が纏い出した。
後ろを振り返れば、白鋼の後部丸い雲が発生している。
﹁ヴェイバーコーンってやつか⋮⋮﹂
飛行機の衝撃波によって、機体後方に水蒸気の雲が円錐状に形成
される現象。それがヴェイバーコーンだ。
よくソニックムーブと勘違いされるが、音速以下でも発生する現
象である。
﹁九五〇キロ︱︱︱﹂
速度を読み上げる。
811
既に音速に片足を踏み込んだ、所謂亜音速を越えている。もう挑
戦は始まっているのだ。
音速とは時速約一二二五キロを指す。温度や気圧によって変化す
るが、だいたこのくらいだ。
学校などでは秒速三四〇メートルと習うっけ。こちらの方がイメ
ージしやすいかもしれない。
音速付近のことを遷音速、音速より遅い六〇〇キロあたりを亜音
速、一二二五キロ以上を超音速と呼ぶ。
超音速という単語を聞けば音速の数十倍といったイメージを抱か
せるが、実はマッハ1以上はマッハ1,5であろうがマッハ10で
あろうが超音速なのである。
まあ、マッハ5以上を極超音速と呼んだりもするけど。
﹁一〇〇〇キロ︱︱︱﹂
一秒間に三四〇メートル進む速さ。遅いか速いか感じ方は人それ
ぞれだろうが、航空史においてこの速度はまさしく壁であった。
単にエンジン性能による速度の目標ではない。音速より遅いか速
いかで、航空力学は激変するのである。
ビリビリと機体が震え始める。音の壁が、遂に姿を現し始めた。
﹁一〇五〇キロ︱︱︱﹂
音とは﹃移動﹄ではなく﹃伝播﹄する波だ。
そしてその性質と有り様は、水中にて発生する波と類似、という
か酷似している。
当然だ。媒体が異なるだけで、同じ現象なのだから。
つまりは船の舳先だ。水をかき分ける先端で発生した波は、船の
速度が波のスピードを上回るが故にひたすら船体へぶつかり続ける。
機体の振動はより一層激しくなる。俺の設計が間違っていれば、
812
この機体は次の瞬間空中分解してもなんらおかしくはない。
﹁一一〇〇キロ︱︱︱﹂
この際発生する、波の折り重なった壁。それこそソニックムーブ
なのである。
人類が空に挑み、そしてぶちあたった第二の試練。
多くのパイロットを飲み込んだ悪魔は、まさに目の前に大口を開
けて控えている。
﹁一一五〇キロ︱︱︱﹂
加速が、止まった。
あと七五キロ。ほとんど壁となり果てている衝撃波は白鋼を揺さ
ぶり、切り裂かんと口角を吊り上げている。
﹁ソフィー!﹂
﹁⋮⋮うん﹂
ここにきて出力不足などありえない。
踏みとどまったのは、ソフィーの意志だ。
だけど彼女も判っているはず。音と併走する遷音速こそ、衝撃波
が後方へ置いて行かれることもなく危険なのだ。
躊躇ってはならない。退くか進むか。
振動という振動が機体を囲い、内部まで破壊せんとする。
﹁いきますっ﹂
結局のところ、明確な解決法など存在しない。
813
﹁一一六〇︱︱︱﹂
エリアゾーン等、超音速で自在に飛ぶ技術は幾つも提案されてき
た。
﹁一一七〇︱︱︱﹂
しかしそれでも尚、音は壁として立ちふさがり続ける。
﹁一一八〇︱︱︱﹂
数多のテストパイロット達に不可能だと断じられた壁。
﹁一一九〇︱︱︱﹂
つまるところ、壁なんて存在しなかったのだと俺は思う。
﹁一二〇〇︱︱︱﹂
世界最速の人類。その栄誉を手に入れる為に必要だったのは、ほ
んの僅かな勇気。
﹁一二一〇︱︱︱﹂
音の壁は、それを恐れる人々の内こそ存在した。 ﹁一二二〇!﹂
ただ、貫くだけ。
814
1225キロ
﹁︱︱︱マッハ、1!﹂
貫き受け流す。それだけが、人が音より速く飛ぶ方法だった。
急激に騒音が消えてゆく。
空気中からコックピットに到達する音が、機体に追いついていな
い。
機体そのものを伝導する振動まで消えるわけではないが、外部に
発生したエンジン音から白鋼は逃げ切っているのだ。
﹁これが︱︱︱超音速﹂
速度計はM1,2に達した。アフターバーナーなしでの超音速飛
行だ。
﹃惚けるのはいいが、スーパークルーズの試験もするんだろ? し
っかり記録取っとけよ﹄
ガイルの指摘に我に返り、解析やメーター等から得た情報を記録
していく。
﹁魔力消費量にも問題ない。長時間飛行し続けて、問題がないか確
認するぞ﹂
﹃直進していたら最果て山脈にぶつかるからな。少しずつ進路を曲
げて、一時間後にゼェーレスト村上空に戻るぞ﹄
﹁了解﹂
それから俺達は、しばしの超音速での遊覧飛行を楽しむのであっ
815
た。
エンジンへの解析魔法に集中していたので、楽しんでいたのは主
にソフィーだが。
﹁ガイル、あれなんだ?﹂
﹃あれじゃわからねーよ﹄
﹁九時方向のでっかいタワーだ﹂
左面に、空まで貫く巨大な柱が立っていた。
頂上は遠過ぎて見えない。月まで突き刺さっている?
まさか、月面行きの軌道エレベーター的なもの? この世界の技
術力はあんな代物まで建設可能とするのか?
﹃いや、あれは自然物だぞ?﹄
﹁あんな自然物があってたまるか!﹂
﹃ホントだっての⋮⋮あれは巨塔と呼ばれるダンジョンだ﹄
ダンジョン。RPGの定番、冒険者達の職場だ。
剣と魔法とくればあるいは、と思っていたが⋮⋮まさか本当にあ
るとはダンジョン。
﹃セルファークの何カ所かに点在する、超巨大ダンジョンだな。世
816
界の柱とも称される﹄
﹁お父さん、上まで登ったらなにかあるの?﹂
﹃月に徒歩で行ける﹄
なんの意味があるんだ⋮⋮三キロ登って三キロ降るとか、足がガ
タガタになりそうだ。
﹃無意味でもないぞ﹄
﹁なんで?﹂
﹃⋮⋮秘密﹄
なんじゃそりゃ? 奥歯に挟まるような気になる言いようだ。
﹁あれを超巨大と称するってことは、通常サイズのダンジョンもあ
るのか?﹂
﹃それこそ数知れないな。冒険者がいる町の近くには必ずダンジョ
ンがある﹄
ツヴェー付近にもあったのかな、調べとけば良かった。
﹁そもそもダンジョンってどうやって出来るんだ? 神様が作るの
か?﹂
﹃有力な説としては古代文明の遺跡だ、というのがある。中では貴
重な材料や道具が見つかったりするし、構造が明らかになんらかの
817
意図がある建築物だしな﹄
古代文明が作ったならやっぱり人工物じゃん。
﹃さあな、そもそも人じゃないかも﹄
なんとなくゴブリンちっくな魔物が遺跡で生活しているのを夢想
した。
﹁あり得なくもなさそうなのがファンタジーだ﹂
﹁ふぁんたじー、ってなに?﹂
む、ファンタジーの住人にファンタジーの説明ってどうやればい
いんだ?
返答に困ったので、とりあえず頭を撫でて誤魔化しておく。
﹃︱︱︱おい、変態が現れたぞ﹄
ぎくり。
﹁な、なにを言っている? 触ってないぞ? ホントダヨ?﹂
﹃お前じゃねぇよ⋮⋮ソフィーになにかしたのか!?﹄
いかん、墓穴を掘った。
狼狽した俺に変わり、返事をしたのは白鋼の運転手。
﹁後ろから一方的に体を触られたわ﹂
818
オォゥノォゥ⋮⋮
﹃⋮⋮⋮⋮。﹄
沈黙がむしろ怖かった。
﹃言い残すことはあるか?﹄
﹁許嫁とスキンシップしてなにが悪い!﹂
﹃そうか、ないなら黙って静かに死ね﹄
短い人生だった。
﹃ってそうじゃない。例のワイバーンが来たぞ﹄
﹁例の、って、ロリゴン?﹂
彼は遂に見つけた。
数ヶ月前に彼にぶつかってきた筒。
何度も低空まで降り、似た音を探してさまよった。
だがどれも違う。彼の優れた聴覚は、状況によって変化する音質
から共通部分を見い出し候補を選別していく。
途中人間のメスに気を取られたりもしたが、それでも目的を見失
819
いはしなかった。
そして遂に辿り着く。
白鋼に搭載された魔界ゾーンラムジェットエンジン。
そのラムジェット機構と、ハイブリッド状態のラムジェット音が
共通であることに。
随分と見た目が変わり速く飛ぶ筒になっていたが、それでも彼か
ら逃れ得るほどの速度ではない。
れいか
彼︱︱︱ソニックワイバーンは、獲物たる白鋼の上へと身を進め
るのであった。
その時点で、ガイルに指摘された零夏もようやく頭上の影に気付
く。
﹁例の、って、ロリゴン?﹂
コックピット内が影に暗くなる。
白鋼と荒鷹、そしてソニックワイバーンの奇妙な編隊飛行。
﹁いつの間に﹂
零夏は超音速巡航を行う白鋼に悠々と併走するソニックワイバー
ンに目を見開く。
﹁お迎え?﹂
頭上を見上げ首を傾げるソフィー。
ワイバーンはじろりと白鋼を眺め︱︱︱
﹁ッ! 逃げろっ!﹂
唐突に、炎のブレスを放った。
820
零夏はソフィーの操縦を無理矢理奪い、後部座席に据え付けられ
たラダーで機体を無理矢理スライドさせる。
﹁レーカ!? なにするのよっ!﹂
崩れた制御を咄嗟に立て直すソフィー。
﹁高速飛行形態では急旋回出来ないことは、レーカが一番判ってい
るでしょう!? 私の反応が少しでも遅れたらひっくり返っていた
わよ!﹂
﹁す、すまん﹂
ソフィーに強い口調で叱責され、思わず謝罪の言葉を紡ぐ零夏。
直後、白鋼が先程まで飛んでいた空間を炎が埋め尽くす。
﹁⋮⋮えっ?﹂
ワイバーンが放ったブレス。それは、明らかに白鋼を狙っていた。
﹁な、なんで?﹂
﹁この速度で吹き飛ばない⋮⋮半固形に近い燃料なのか?﹂
ナパームなんて飛行機に着火すれば消しようがない。触れればア
ウトだと零夏は直感した。
﹁次、来るぞ!﹂
ソフィーに制御を戻し、零夏は祈る。
821
所詮零夏はナビゲーター。操縦補佐と機体トラブルへの対応しか
出来ない。
緩慢に旋回する白鋼。この機体が高速飛行時に急旋回出来ないの
は、強度的な問題であるのと同時に動翼の半減という理由もある。
高速飛行形態ではカナードと垂直尾翼しか動かせない。⋮⋮もっ
とも、これらだけで通常の航空機と変わらない機動性は確保されて
いるのだが。
だが高速であるが故に、Gは見た目以上に大きい。 ﹁ガイル、助けてくれ!﹂
﹃解ってる! こっちだ、変態ドラゴン!﹄
白鋼の前方に躍り出る荒鷹。20ミリガトリングを外している荒
鷹にはワイバーンを倒すことは叶わないが、銀翼たるガイルの技量
であれば話は別だ。
巧みな操縦にてワイバーンの頭部を覆い、視線に割り込むことで
注意を逸らす。
目障りな荒鷹をロリゴンは振り払おうとするも、ガイルは紙一重
で回避して時間を稼ぐ。
﹃今のうちに逃げろ!﹄
﹁⋮⋮うんっ﹂
父を置いていくのかとソフィーは僅かに迷うも、自分に出来るこ
とはなにもないと割り切り離脱を試みる。
しかし、トラブルは荒鷹に発生した。
僅かな荒鷹のブレにガイルは気付き、零夏に叫ぶ。
822
﹃主翼を解析してくれ! どうなっている!﹄
言われるがままに零夏は解析魔法を発動し、そして唖然とした。
﹁右主翼のフレームが、折れかかっている﹂
﹃チッ、超音速でのシザーズなんてやるもんじゃないな!﹄
シザーズとは平行飛行での後ろの取り合いのことだ。もっとも、
ガイルは後ろではなく前を取ろうとしていたので全くシザーズでは
ない。
主翼を庇っていることで上手くロリゴンを誘導出来ないガイル。
それどころか白鋼を追従するロリゴン、それを追う荒鷹、という構
図となってしまった。
﹃偽装改造のせいじゃないだろうな!﹄
オリジナル荒鷹の印象を消す為に細部を変更したことが問題では
ないか、と難癖を付けるガイル。
﹁人聞きの悪いこというな! 主翼は翼端の形しかいじっていない、
フレームはオリジナルと変わらん!﹂
﹃なら試作機の初期不良って奴か! ギイハルトに要連絡だな!﹄
なるほど、と零夏は思わず納得した。軍の制作した機体だからと
安心していたが、荒鷹とてまだ未完成の機体だったのだ。
ところでギイハルトって誰だっけ、と零夏が失礼なことを考える
と同時に鈍い音と共に翼がへし折れる。クリスタル動力であるセル
ファークの戦闘機は翼から燃料が零れ落ちることはないが、超音速
823
で機体のバランスが崩れるのはあまりに致命的だった。
横スピンに陥る荒鷹。想定外の真横から風圧を受けた垂直尾翼が
曲がり、複雑な回転をおこし急減速する。
﹁お父さん!﹂
どんなパイロットであっても立て直すことは不可能な状況。
﹃こんのぉ!﹄
だがそれでも復帰するのが、銀翼の天使である。
ロールしつつ姿勢を脳裏に描き、現状生存している動翼のみで機
体を安定させる。
エンジンの片方を緊急停止させることでカウンターを当て、横倒
しの状態でようやく安定。
ナイフエッジに近い体勢に落ち着きつつも、速度は音速を下回り
一機と一匹に置いて行かれてしまった。
﹃くそっ! ソフィー、俺は離脱する! 白鋼は加速して逃げろ、
後退翼で旋回性能勝負しても分が悪過ぎる!﹄
﹁わ、わかった!﹂
ソフィーは躊躇いなくスロットルを踏み込んだ。
エンジンステータスが﹃Ramjet﹄から﹃Hybridーa
fterburner﹄へと変化。
主翼のエルロン部分と垂直尾翼の付け根の三カ所からアームが展
開される。
水素ロケットによる短時間加速が可能な白鋼にとって、アフター
バーナーは加速手段の一つでしかない。
824
試験においては低燃費スーパークルーズを行う為にアフターバー
ナーは未使用であったが、高速飛行形態は本来アフターバーナーあ
りきの形態なのだ。
三本のアームの内側に錬金魔法が展開される。
ラムジェットエンジンと水素ロケットエンジンの重ね合わせ。更
に排気後のガスを再燃焼し、白鋼は炎柱を吹き上げる。
劇的な、殺人的なまでの加速であった。
高い対G耐性を持つ二人にしても、苦悶を漏らすほどの重圧。常
人であれば失神あるいは内臓破裂は免れないほどのものだった。
﹁が、はっ⋮⋮﹂
﹁くぅぅ⋮⋮﹂
Gによって眼球の血液が頭の後方へと圧迫される。
毛細血管の血流が滞り、視界が暗くなる。
︵ブラックアウト⋮⋮!? 正面方向への加速で、かよ!?︶
飛行機が急旋回を行った際、パイロットは下半身へと血液が集中
し頭部の血が不足、その結果視界が暗くなったり意識を喪失したり
することがある。
それこそブラックアウト。戦闘機の機動性能に制限を与えた、人
体の限界である。
現状これを解決する方法はない。体を鍛え抜くか、対Gスーツを
着るか、無人機化するか、その程度だ。
余談だが、逆に上半身に血が流れ視界が赤くなることをレッドア
ウトと呼ぶ。
本来はループ機動で発生する現象が、正面への加速で再現される。
それだけでも白鋼の狂気の域に達した加速のほどは明らかだった。
825
狂ったように速度計が回る。
メーターがマッハ2,5に到達し、零夏はソフィーに叫んだ。
﹁スロットルを戻せ! 計算上の理論限界に達している!﹂
慎重に行うはずだった全力飛行。それをぶっつけ本番で行うこと
になり、零夏は心臓を鷲掴みにされる思いだった。
冷や汗が滝のように流れる。次の瞬間、白鋼は空中分解し俺達は
マッハ2オーバーなどという人類に許されざる速度で宙に放り出さ
れるのではないか。
︵くそっ、ソフィーが白鋼を信じているんだ、制作者の俺が信じな
いでどうする!?︶
思考の間にマッハ2,6に。しかしエンジンにはまだまだ余力が
ある。
白鋼は高速飛行と低速飛行の両立を目指し可変翼機として設計さ
れた。
しかしそれではどうしようもない部分もある。キャノピー⋮⋮コ
ックピットのガラスだ。
競技機として視界の良さを第一に設計されたキャノピーは、空気
抵抗としては形状的に優れているとは言い難い。
正面からの風圧をどこよりも受ける場所なのだ。
無論強度面は可能な限り強化されているが、それでも圧縮され高
温となった大気は機体にとって大きな驚異。
低速時とは全く異なる空気の一面を見せる。それが航空力学なの
である。
﹁ソフィー、速度を落とせ! 風防が溶け落ちるぞ!﹂
826
マッハ2,8。零夏が定めた最高速度を既に二五〇キロ近くオー
バーしている。
﹁でもっ、後ろから!﹂
ミラー越しにロリゴンを確認し、零夏は唖然とした。
﹁なんで2,9に翼で到達出来るんだよ!?﹂
このままではマッハ3を突破してしまう。なんとか、あいつを振
り切らなければならない。
焦る思考に苛立ちつつ、零夏は一つの策を発案した。
﹁ソフィー、上だ! 垂直上昇であればエンジンパワーを生かせる
し、羽ばたき飛行している奴は垂直上昇なんで出来ない⋮⋮気がす
る!﹂
いまいち自信がない物言いなのは、現に羽ばたき飛行で超音速飛
行を行っているからである。
﹁ちょっと無理するわよ!﹂
ソフィーの言うところの﹁ちょっと﹂は、実のところ﹁ちょっと﹂
ではない。
機体の限界を振り切り、破損寸前まで酷使するのが彼女にとって
の﹁ちょっと﹂。
整備担当の零夏からすればたまったものではないが、彼とて人型
機を限界以上まで酷使するので同類である。
前進翼となり大仰角に機首を上げる白鋼。
827
﹁この速度で前進翼!?﹂
﹁後退翼じゃ曲がらないわ!﹂
前進翼となったことで、アフターバーナーが使用不能となり﹃H
ybrid﹄に。
後退翼では当然、翼の揚力の重心は機体の後方へと移動する。
この状態で機首を上げたところで、翼の持ち上がろうとする力に
よって機体は水平飛行へと戻るのだ。
しかし前進翼の状態であれば主翼の揚力と機体の重心がほぼ同じ
ポイントに︱︱︱それどころか、高速である故に重心が後方へと移
動し、静安定性の値が大きくマイナスに達してしまっている。
素早く回頭するには正しい判断だが、あまりに揚力が強くそのま
ま後方へ一回転してしまいかねない危険な行為である。
カナード翼がほぼ意味をなさない体勢なのでベクタードノズルに
よって辛うじてひっくり返るのを耐え堪える。
﹁レーカ、やっぱり動くノズルは必要だわ﹂
﹁そーかい、理解してもらえて何よりだ!﹂
彼視点からして頭上に迫るロリゴンを睨みつつ、零夏はヤケクソ
気味に叫んだ。
機体下面に大気を受け止め、速度を高度に変換しつつ方向を変え
る。
垂直上昇に移行する白鋼。
速度は徐々に低下していき、マッハ2,5に。
﹁後退翼に戻して、前進翼ではアフターバーナーが起動しない!﹂
828
速度低下に焦る零夏。しかしソフィーは眼前を睨んだまま返答。
﹁加速しない方がいいと思うわ﹂
﹁なんでで御座いますか!?﹂
既に敬語となっている零夏。ヘタレた。
﹁まだ追ってきているわよね﹂
﹁げ、マジかよ、しつこい⋮⋮ってソフィーソフィー! 前ぇえ!﹂
セルファークの空には高度三〇〇〇メートルに重力境界なる空域
が存在する。
高度一〇〇〇メートルで飛行していた白鋼がマッハ2,5から減
速しつつ垂直上昇を行った場合、二キロ先の重力境界に突入するま
での時間は︱︱︱
︵︱︱︱約1,5秒!? 二〇〇〇メートル駆け上るのに、瞬き一
つかよ!︶
これこそが超音速の世界。
一瞬の判断が生死を分ける、常人には至れぬ領域。
空にちらつく星という名の岩石群。ソフィーが旋回性能の低下す
る後退翼を避けた理由である。
無重力空域に浮遊する岩々が迫るも、ソフィーはスロットルを緩
めない。
ただ、じっと近付く障害物を見据える。
ノーブレーキでの重力境界突入。
829
ソフィーは人間離れした視力と反射神経で全ての岩石を回避する。
前進翼を機敏に動かし、軽量な機体を存分に振り回す超機動。
軌跡は既に鋭角な未確認飛行物体の様を呈している。刹那の間に
数え切れぬほど入力される操縦桿を、白鋼はひたすらに実行しきっ
た。
非現実的ですらある、風防の外に広がる岩々の奔流。
それを眺め、零夏はとりあえずもう気にしないことにした。常人
が理解出来る世界ではない。
全ての障害物が後方へ流れ、白鋼は明るい空へ突き抜ける。
﹁ここは︱︱︱﹂
どこか色の違う大気。
異世界において尚、異なる世界。
﹁月側の空?﹂
重力境界を突破した白鋼は、遂には反対側に広がるもう一つの空
へ到達した。
空の青さを作り出す、蒼く霞んだ地平線。否、月平線。
ここでようやく水素燃料が空に。エンジンステータスが﹃Ram
jet﹄に戻る。
これからチャージの終了するまでハイブリッドエンジンは使用出
来ない。とはいえ、ここまでくればロリゴンも諦めただろうと後ろ
を振り返り、離れた場所で尚こちらを追いかけてくる彼に気付いた。
﹁ソフィー、まだアイツ諦めていない!﹂
﹁もうっ、どこに逃げろっていうのよ﹂
830
月面に急降下する白鋼。エンジン出力は減少したが、重力が逆転
しているので加速。
つまり、月に落ちていっている。
一気に落下する白鋼。零夏は悲鳴をあげる余裕もなく目を瞑りそ
うになり、男の意地を総動員して片目だけ開いておく。
﹁今っ!﹂
ベクタードノズルを逆噴射。動翼を全て垂直に捻り、強力なエア
ブレーキに。
ベルトに体を締め付けられる。ちなみに白鋼に対Gスーツなどな
い。
急減速した白鋼は月面墜落寸前で機首を引き起こし、蛇のように
大地を這う巨大な﹃蔦﹄をくぐり抜け回避しつつ着陸した。
咄嗟に零夏がギアを降ろすも、強度不足の支柱は簡単に折れる。
彼にとっては予想済み、機体そのものにダメージを受けるよりはマ
シと判断した結果である。
制御不能に陥りつつも機体は運良く蔦の下に潜り込み、ロリゴン
から隠れることに成功。
数秒後に月面へ降り立ったロリゴンは、怒りに染まった目で周囲
を見渡すも憎い炎を吐き出す筒を発見出来ず、やがて翼を広げ空へ
と飛び立った。
諦めたわけではない。周囲を旋回し、上空から探しているのだ。
ホームから遠く離れた地で、唯一の帰還手段である白鋼の中破。
比較的絶望的な状況で、零夏とソフィーは墜落のショックから目
を醒ました。
831
﹁⋮⋮生きているか、ソフィー?﹂
﹁うん、ちょっと感動した﹂
喜びのあまりコックピット内で抱き合う俺とソフィー。九死に一
生だ。
﹁なんたってあの馬鹿ドラゴンは襲ってきたんだ﹂
﹁判らない。けれど白鋼に私達が乗っていることは気付いていない
と思うわ﹂
だろうな。求愛行動した相手を殺しにかかるとか、意味が判らな
い。
いや、可愛さ余って憎さ百倍、なんて言葉もあるけれど。
﹁これからどうする? 外に出られるのか、月面って。宇宙服とか
必要?﹂
﹁ウチュウフク?﹂
周囲は蔦だらけ、というか白鋼が不時着したのも蔦の上だ。
なんだこれ? 大小様々な青い蔦が血管のように周囲を満たして
いる。蔦同士の間には結構な隙間があるのだが、ぼんやり歩いてい
たら頭をぶつけそう、という程度の密度。
細いものは数センチ程度。太いものは直径数十メートルはありそ
う。
832
俺達が乗っている蔦も大層太く、足下だけ見れば平地と変わらな
い。
月面ってなんつーか、こう、岩だらけでモノリスや人面岩があっ
たりするものじゃないのか。
﹁レーカの魔法で解らないの?﹂
﹁あ、そうだな﹂
大気を解析。人間の呼吸には問題なさそう。
キャノピーを上げ蔦に飛び降りる。
﹁この一歩は小さな一歩だが、俺達にとっては大きな一歩である﹂
﹁なぁに、それ?﹂
続いて降りたソフィーが首を傾げる。
﹁新年の挨拶だ﹂
﹁数日前にもう済ませなかったかしら﹂
外部から目視と解析を駆使し白鋼を調べる。
﹁うへぇ、酷いぞこれは﹂
ミスリルフレームこそ驚異の強度を発揮し曲がってすらいないが、
外装や無機収縮帯がボロボロだ。
﹁直る?﹂
833
﹁外装はなんとか鋳造魔法で整えて、無機収縮帯は治癒魔法で修復
すればある程度は。けど欠落した部分もあるし、飛ぶのはちょっと
苦しいかも﹂
中破といったところか。工具なんて積み込んでいないし、非常時
用に用意したサバイバルキットの食料もあまりない。
﹁お父さんが迎えに来ないかな?﹂
﹁荒鷹のダメージは大きかったしな。アナスタシア様といえど簡単
に直せるレベルじゃなかった﹂
だいたい一週間といったところか。到底食料が保たない。
せきよく
﹁紅翼があるわ﹂
﹁あのノーマルのネ20エンジンではここまで来れないと思うぞ⋮
⋮﹂
結論。迎えは来ない。
そもそもガイルは俺達が月面まで来てしまったことを把握してい
ないだろう。
なんとか自力で地上まで戻らなければ。
﹁そうだ、脱出用にアレを積み込んでおいたんだった!﹂
コックピットを漁ると目的の物はすぐに見つかった。
エアボート
﹁じゃん! 飛宙艇!﹂
834
取り出したるはサーフボードのような板。ガイルと話し合って積
み込むこととなった白鋼の脱出装置だ。
結構ずしっと重いのだが、サイズは飛宙艇としては小さめの1メ
ートル程度。あまり大きいとコックピット周りに積み込めない。
﹁これでゼェーレストまで戻ろう。白鋼はあとで回収だ﹂
﹁ほっといていいの?﹂
誰も盗まないだろ⋮⋮たぶん。
タコ型宇宙人がいたらどうしようと、周囲を一望する。出たらた
こ焼きにしたるでワレ∼。
セイルを開き、ソフィーに差し出す。
﹁どうやって二人乗るの?﹂
﹁考えてなかった﹂
上に乗れるのは一人。当然、風を読むのに長けたソフィーだろう。
となると選択肢など一つしかない。
﹁俺はボードの下にぶら下がるよ﹂
身体強化しとけば落っこちることはないだろ。
ソフィーはバッとワンピースのスカートを押さえ︵なんつー恰好
で飛行機操縦しているんだ︶、顔を赤らめつつ俺を半目で睨んだ。
﹁⋮⋮飛んでいる間、絶対に上を向かないって約束出来る?﹂
835
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹁なんで黙るのよ﹂
﹁嘘は吐かない主義でね﹂
ビンタされた。
一悶着の後に実践してみたのだが⋮⋮
﹁浮かない﹂
﹁あれー、壊れているのか?﹂
飛宙艇なんて単純な道具、まさにメンテナンスいらずというほど
壊れにくいものだけど。
﹁いや、やっぱり壊れていない。ちゃんと術式に魔力は供給されて
いる﹂
どういうことだ。浮遊装置なんてただよく判らん魔導術式を刻ん
だ鉄板の束だ、壊れようがない。
﹁よく判らないで使っているの?﹂
﹁うーん、魔法は専門外でなぁ。飛宙船はあんまり興味ないし﹂
836
条件如何によっては使えないのだろうか、浮遊装置って。
今までの状況と現在の状況、明確に異なる箇所といえば⋮⋮
﹁月では使えない?﹂
そんなルールあったのだろうか。そもそも月に行ってきました、
なんていう奴自体見かけないのだ。
﹁白鋼は動作に不調はなかったよな?﹂
﹁ええ。こっちの空に来ても、いい子だったわ﹂
無機収縮帯もエンジンも正常稼働した。
となると、やっぱり原因は浮遊装置の術式か?
だいたいが浮遊装置ってのが意味不明なんだよ。なんで浮かぶん
だ。
﹁白鋼を修理するしかないのか﹂
﹁部品がないのでしょう?﹂
最悪、不完全な応急措置になるかもしれない。主翼を固定してカ
ナードだけでも制御は出来るのだから。
﹁自由天士が破棄した人型機でもあればな。月にはまったく誰も来
ない、ってわけじゃなかろうし﹂
言いつつも望み薄だと溜め息を吐く。地上でも破棄された機体な
どそう見かけはしない。
837
﹁レーカ﹂
﹁ん?﹂
袖を引っ張るソフィー。その人差し指が示す方向に目を凝らし、
思わず吹き出した。
ストライカー
﹁ス、人型機!?﹂
辛うじて肉眼でも見える距離に、人型の物体が朽ちていた。
遠くてサイズは判らないが、まあ生身の人間ではなかろう。
﹁なんだってまた、こんな場所に﹂
﹁一つじゃないわ﹂
ソフィーが様々な場所を指差す。何体あるんだ。
俺の視力では見えないが、ソフィーが見えるというなら見えるの
だろう。神様チートボディーの視力など彼女は素で凌駕している。
﹁一番近いのは?﹂
﹁あっち﹂
魔法で白鋼のフレームから剣を鋳造。
﹁ちゃちゃらちゃーちゃちゃー! ミスリルプレードを手に入れた
!﹂
838
得物なしじゃ危ないからな。台詞の前半はファンファーレである。
﹁これで魔王も必殺だぜ﹂
﹁レーカ﹂
ソフィーがおずおずと手を伸ばしてきた。
彼女の手を取り、俺達は蔦の上を歩く。
幸い、道中に魔物は現れなかった。
﹁って人型機じゃないぞこれ!?﹂
騙された。人型に接近し、体長一〇メートルほど︱︱︱人型機と
同じサイズと判ったので、本当に目と鼻の先に立つまで勘違いした。
人型機のような機械ではなく、のっぺりした表皮の魔物の死体。
キモイ。
﹁ゴーレム系の魔物か?﹂
以前戦ったシールドナイトと同じ種類だろうか?
とりあえず解析し、その奇妙な構造に眉を顰める。
﹁なんで無機収縮帯で体が構成されているんだ﹂
839
脳はあるのだが、それ以外の部分が人型機の部品なのだ。
筋肉は無機収縮帯。心臓はクリスタル。骨組みも蛇剣姫のような
初期型の人型機に近い。
まさしく、人型機のパーツで作った人間だ。
﹁野生化した人型機⋮⋮とか﹂
ねーよ。
﹁⋮⋮怖い﹂
震えて俺の陰に隠れるソフィー。
﹁とりあえず、こいつを分解するか﹂
脳は確かに機能停止している。罪悪感を感じる必要はない。
魔刃の魔法を発動し野生の人型機を解体。無機収縮帯と外装を拝
借し、白鋼へと戻る。
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
視線を感じ、踵を返す。
体を奪われ無惨な残骸となった人型機が、俺を睨んでいた。
﹁⋮⋮そんな目で見るな﹂
なんとなく居心地が悪くなり、そう呟く。
﹁白鋼が直して、そのまま村に戻るの?﹂
840
﹁ん、ああ、そうだな。問題は上空待機しているロリゴンか﹂
完全修復したとしても、意外なトップスピードを秘めていたロリ
ゴンからは逃げきれない。
なんとかして、正気に戻さなければ。
﹁私には襲ってこないと思う﹂
⋮⋮俺を月面に置いていく気か?
﹁いい考えがあるの﹂
前進翼しかり、彼女の﹁いい考え﹂は突拍子もないことが多い。
御多分に漏れず、此度もかなりアレなアイディアであった。
白い翼が再び空へと飛び立つ。
ほうこう
白鳥のように羽ばたき優雅に舞い上がった白鋼をロリゴンは確認。
大きく咆哮を発する。
水平飛行に移行する白鋼。追うロリゴン。
白鋼のキャノピーが開き、小さな影が飛び出した。
ロープを握ったソフィーである。
彼女は浮遊装置を取り出して軽くなった飛宙艇に乗り、凧のよう
にふわりと浮かぶ。
波乗りならぬ、風乗り。所謂ウェイクボードだ。
841
﹁見えたっ﹂
後部座席で白鋼の操縦桿を握る零夏がなにかを叫んだが、幸いソ
フィーには聞こえなかった。
本来零夏には白鋼を操れない。しかし、テスト飛行の際に主翼を
軽く後方へ後退させると安定性が増すことを発見し、第三の飛行形
態として組み込んだのだ。
巡航飛行形態。零夏が唯一白鋼を操れる状態である。
ロリゴンは白鋼の後方で風乗りを行うのが意中の女性と気付き、
困惑する。
なぜ憎き炎の筒から彼女が出てくるのだ。三〇〇〇年生きていて
案外馬鹿な彼には、航空機という概念が理解出来ない。
ただ一つ判ることがある。今、彼女は怒っている。
ロリゴンを睨むソフィー。どうしていいか判らず、気色の悪い中
途半端な鳴き声を出すロリゴン。
ソフィーはロリゴンを指差し、ただ一言叫んだ。
﹁メッ!﹂
決着である。
﹁酷いオチだ﹂
後部座席で、零夏がぽつりとひとりごちた。
842
驚いたことにガイルは一旦村へ戻り、紅翼に荒鷹︵笑︶のエンジ
ンを載せ替えて重力境界を突破してきた。
ロリゴンにロープで牽引され、グライダーのように飛ぶ白鋼。散
々壊されエンジンにも無理をさせたので懲罰兼レッカーとして引か
せていたのだが、そこに現れた紅翼⋮⋮ガイルには獲物を巣に持ち
帰る変態の図に見えたらしい。
突如ガイルの攻撃で始まる空中戦。紅翼にはしっかり機銃が搭載
されており、攻撃手段はばっちりだ。
しかし白鋼を追い詰めたロリゴンと、荒鷹のエンジンを搭載した
とはいえ低速機の紅翼では勝負にならない。
そう考えていた時期が、俺にもありました。
銀翼の天使ってのが伊達じゃないって、よく解った。
乗り慣れた紅翼だからか、ガイルの一方的な攻勢の連続。
一応止めたのだが、﹁ここで引き下がれば親として立つ瀬がない
んじゃー!﹂だそうだ。
フルボッコになり涙目でこちらに助けを求めるロリゴンを無視し、
俺達は頷き合った。
﹁付き合ってられん﹂
﹁先に帰りましょう﹂
大きくバンクし夕日に飛び込んでいく白鋼。
遠目で見ると、浜辺で男同士が殴り合っている青春の図、にも見
843
えなくもなかった。
見えなくなくなくもないような気もしなくもなくなかった。
﹁それって結局どっちなの?﹂
﹁さあ?﹂
帰宅し、色々と片付けを終えた後にアナスタシア様を訪ねてリビ
ングにやってきた。
﹁てめ、よくも置いてったな﹂
ガイルに脇腹をチョップされる。子供みたいな拗ね方するな。
とりあえずソフィーの後ろに隠れる。逃げたのは彼女も同罪だ。
﹁ほらチョップしろよチョップ。けっけっけ﹂
﹁うぐぐ⋮⋮﹂
ソフィーはアナスタシア様の後ろに隠れた。
﹁お母さん、お父さんが変﹂
﹁うぐぐぐ⋮⋮﹂
844
アナスタシア様、ソフィー、俺と一列に並ぶこの状況。
﹁なんだそれ﹂
﹁俺に訊くな﹂
この不可思議な現状において、ただ一つだけ確かなことがある。
﹁ガイルが悪い﹂
﹁お父さんが悪い﹂
﹁まあ、あなたが悪いわね﹂
多数決って残酷だ。
﹁⋮⋮これで勝ったと思うなよ!﹂
捨て台詞を吐き、ガイルはリビングを飛び出していった。
多数決。より多くの者の意見を尊重するこの方法論は、だがしか
し少数意見をねじ伏せる悲しい理論。
民主主義の闇を垣間見た気がするぜ。
﹁それでレーカ君、なにか聞きたいことがあって訪ねてきたのよね
?﹂
﹁あ、はい、ってあれ?﹂
質問がある、なんて一言も言っていないのだけれど。
845
﹁月を見たのよね。あれを見て、疑問を抱かない方がおかしいわ﹂
どうやら、俺の疑問に対する答えを彼女は持っているらしい。
﹁お訊ねしたいのは、浮遊装置の術式とあの人型機らしき残骸に関
してです﹂
﹁浮遊装置は大したことではないわね。浮遊装置というのは、セル
ファークの重力を無効化する魔導術式なのよ﹂
だと思った。
つまりこうだ。この世界では地上と月面、双方から物体は引っ張
られている。
一般に勘違いされがちだが、現実における無重力とは大きな重力
︵この場合の大きな重力とは、天体などが発生させるマクロの重力
である︶が働いていない状態ではない。正しくは様々な方向から引
っ張られていることで宙吊りになる状態だ。
解りにくい? 紐の端と端を両手で持って、横に広げるとピンと
張って宙に浮くだろ。そんな感じ。
つまり、より近い地上の重力が勝るってだけで、地上側の世界で
も月の重力はちゃんと働いている。だから地上の重力を無効化すれ
ば月の重力で浮かび上がるというわけだ。
月面では元々地上の重力の方が弱く、それを打ち消したところで
体感的には浮遊装置の重量が増すだけである。
﹁地上ではなく月の重力を打ち消す浮遊装置があれば、あっちでも
飛べるってことですね﹂
﹁ええ、理屈の上ではそうね。けれど月用の浮遊装置は存在しない
846
のよ﹂
なぜ? 需要は少ないだろうが、皆無ってことはなかろうに。
﹁月の重力は打ち消せないの。そんな魔法や術式は存在しない。だ
から、どうやっても飛宙船は月の空を飛べないわ﹂
魔法のことは解らないが、そういうことらしい。
﹁浮遊装置のお話はこれで終わり。それより、レーカ君とソフィー
が見た﹃月面人﹄について教えておくわ﹂
月面人。古くさいSFに出てきそうなネーミングだ。
﹁月面人は文字通り、月面に住まう人よ。巨大で人間に似た体を持
ち、生きている個体はひたすらさまよい続ける。詳しい生態は判っ
ていなくて、意志があるとかコミュニティーを築いているだとか、
色々と言われているかしら﹂
﹁曖昧ですね﹂
﹁月まで出向いて調査するのも大変だもの。月面の蔦を見たでしょ
う?﹂
月を満たす青い蔦。人型機ならばともかく、飛行機で探索するの
は困難そうだ。
﹁月面に人型機を持っていく手段がないわけでもないのだけどね。
あの蔦の層は意外と深くて、かなり奥まで入らないと底にたどり着
かないのよ。そんな環境の調査は到底捗らないわ﹂
847
人型機を月面に運ぶ方法?
﹁巨塔という月まで伸びた塔があるのだけれど、内部には巨大なエ
レベーターがあるの﹂
まんま軌道エレベーターだった!?
﹁無機質であるが故に、彼らは成長も老化もしない。子供も作らず、
なにより機能停止したところで肉体は朽ち果てない。その肉体は永
遠に残り続けるわ﹂
あれらの死骸は一度にまとめて出来たのではなく、致命的なダメ
ージを受けた個体が間欠的に発生して増えていったのか。
﹁でも月面人って、魔物とは違うんですか?﹂
﹁ええ、無機収縮帯を使用した魔物なんていないもの。あれは別の
区分よ﹂
結局、話を聞いても理解不能だったな。
﹁二人とも、あれを他人に話しちゃダメよ﹂
俺達の高さに合わせてしゃがみ、真剣な瞳でそうアナスタシア様
は訴えた。
﹁あの存在は政府によって秘匿されているの。そもそも、月面に無
許可で降り立つこと自体が法に反するのよ。乱獲されたら大変だか
ら﹂
848
俺達犯罪者? いやでも緊急事態だったし。
でも、乱獲って?
﹁無機収縮帯がなぜ、わざわざ無機と断っているか解る?﹂
﹁そりゃあ⋮⋮⋮なんでだろ?﹂
別に﹁無機﹂と付けなくったって、名称としては﹁収縮帯﹂でも
いいはずだ。
﹁有機収縮帯があるからよ。まあ、つまり人体のことなんだけれど
ね﹂
﹁ロボットの部品と人体は別物でしょう?﹂
製造された無機収縮帯と自然由来の筋肉では、いくら性質が似て
いようと同列には扱えない。
﹁扱えるの、学術的に同等のものとして。そもそも工学的に生産さ
れたものに治癒能力があるなんて変じゃない﹂
そういえば、俺は無機収縮帯がどこから運ばれてくるかを知らな
い。
どこかの工場で生産しているのか? ツヴェーにて大型級飛宙船
から運び出されるコンテナ、その送り元はどこだった?
アナスタシア様曰く、無機収縮帯は工学的に生産された物ではな
いらしい。
⋮⋮まさか。
849
﹁そう。この世界に出回っている無機収縮帯は、全て国家が巨塔を
登って月まで赴き、月面人を狩って採取しているのよ﹂
﹁うわぁ⋮⋮﹂
イメージ変わった。無機収縮帯今まで通り扱えるだろうか。
﹁そもそも人型機自体、月面人を模倣したものといわれているわ﹂
なるほど、だからオーパーツじみた完成度なのだな。
最初から人の手でロボットを制作しました、よりはずっと信憑性
がある。
﹁さ、お話はこれでお終い! お腹が空いちゃったわ﹂
手をパンと叩きアナスタシア様は立ち上がる。
﹁今日は二人が初めて音速突破した記念日だから、キャサリンがご
馳走を用意しているわよ﹂
そんな記念日があるのか。
さすが航空機の世界と関心し、後日村の子供達に語ってみた。
﹁あるわけないでしょ﹂
﹁あるわけねーだろ﹂
﹁ないよ﹂
民主主義の残酷さが目に染みるぜ。
850
最初は多少︵?︶のトラブルに見舞われた試験飛行も、順調に消
化されていく。
生データが集まるほどに完成度を増していく白鋼。それと平行し
ソフィーも機体の特性を深く理解する。
日に日に輝きを増す白亜の翼。それはけっして幻覚などではない。
誰もが信じていた。この翼の勝利を。
そして半年後︱︱︱初夏。
ガイルがレンタルしてきた中型級飛宙船に白鋼と屋敷の住人が乗
り込み、応援してくれる村人達に見送られて船は大陸横断レースの
舞台となる町へ向かった。
名をドリット。ゼェーレスト村も属する、共和国首都だ。
色々なことが始まり、そして終わる夏。
船旅の先に大いなる波乱が待ち受けていることも知らず、俺は呑
気にレースのことばかり思い描く。
小さく完結していた世界は終わりを告げ、異邦人は始まりの村を
旅立ち遙かな旅路へと赴くこととなる。
様々な国。様々な町。様々な空。
この世界の広さを、俺はまだ知らない。
851
この世界に来て、およそ一年経っていた。
852
音の壁と月の世界︵後書き︶
マリア﹁解せぬ﹂
これにて3章、主人公機製作編の終わりです。遂に問題の4章。
4章は序盤のまとめであり、内容も複雑になりそうです。書きき
れるか不安だったりします。
853
作者の落書き 3
<i56327|5977>
﹁魔界ゾーンとラムレーズン﹂より、﹁本編に入る
を失ったヒロインの図﹂
<i56323|5977>
エアバイクレーカ仕様
なにそれ?
ターボフ
タイミング
いでしょうし、イラストにしました。
ケッテンクラート? という方も多
変更。サイドにはガンブ
れた、バイクと
。改造はこの程度ですが、描いてみる
ァンエンジンに換装、後輪を無限軌道に
でした。
レードとカードリッジ装備
と変態バイク
ケッテンクラートとはWW2のドイツにて使用さ
器です。しかし小回りの良さ
がしてきまし
飛行機の牽引など多くの場面で利用された
キャタピラを合体させたヘンテコ兵
やパワーの強さから、
とか。
<i56325|5977>
<i56324|5977>
帝国軍最新鋭獣型機﹁ホモォ﹂
なんだか作者も本編にコイツを登場させていい気
854
た。
<i57805|5977>
メイドキョウコ
メイド服を作ったイギリス人は天才です。
<i57764|5977>
<i57806|5977>
<i57799|5977>
白鋼と上面図と高速飛行形態。
<i57795|5977>
ロリゴン︵ロリコンドラゴン︶
ゼェーレスト村からツヴェー渓谷にかけての上空に住むワイバーン
ドラゴン。ソフィーに一目惚れして拉致した変態。別に小さな女の
子が好きなわけではなく、好きになった女の子がたまたま小さかっ
ただけである。300とんで28歳独身、彼女なし。好きなタイプ
は清楚で一途な娘。実はソニックワイバーンというワイバーンの中
でも上位種族であり、ギルドの評価はSランク。少し前に体当たり
してきた改造版ネ20エンジンを恨んでおり、今もその音を聞き分
け探し続けている。初飛行を控えている白鋼逃げて超逃げて。
<i58903|5977>
855
<i58905|5977>
﹃日本純国産第八世代領域制圧戦闘機 心神﹄
セルファークに存在するはずのない戦闘機。異文明の工芸品。
100年後の機体ということで、現行技術の延長線上かつ、SF
な形状としてデザインしました。
些かフライング登場ですが︵6章登場予定︶、せっかくなので載
せときます。
日本が22世紀に入りようやく完成させた、戦後初の純国産戦闘
機。
第七世代戦闘機で実用化された航空機用ミニイージスシステムに
より、飛来するミサイル及び戦闘機は尽く無効化された。
それに対抗すべく各国は鉄壁たる第七世代戦闘機を撃墜する方法
を模索。そして日本が考案したのが、迎撃不可能な超高速で弾頭を
放つレールガンの装備であった。
莫大な電力を消費するレールガンを作動させる為、熱核融合水素
ロケットエンジンを採用。また宇宙開拓時代となり宇宙戦闘機が必
要とされていた背景もあった。しかし熱核エンジンは大きな熱量を
発する為に発見されやすいという欠陥も併せ持っていた。
そこで大胆な可変機構を設計に取り入れ、サイレントモードとし
てステルス能力と熱源探知不可化を実現。また機体表面は光学迷彩
となっており、肉眼での視認が不可能となる他、自由な迷彩を設定
一つで施せる︵イラストは海洋迷彩︶。
レーダー波吸収材と光学迷彩が施されているのはサイレントモー
ド時に表に出ている部分だけなので、ファイターモード時には光学
迷彩は不可能。そういった非ステルス部分は航空機の迷彩として有
効とされる灰色が塗られている。
以上を以て、日本は第八世代戦闘機を世界に先駆けて開発。ただ
856
し﹁レールガン及びそれを稼働させる為の熱核エンジン﹂という定
義はあくまで日本が提唱しているだけであり、世界的に認められて
いるわけではない。後に更に洗練されたシステムが考案されれば、
そちらが第八世代戦闘機の定義となる可能性もある。
第七世代戦闘機の定義であるミニイージスシステムは引き続き実
装しているが、第六世代戦闘機の定義であるデータリンクによる無
人子機の運用、編隊行動は第七世代にて無効化されたため不採用と
なった。第七世代のミニイージスシステムは実弾による迎撃であっ
たが、この機体では電力が潤滑に供給されることからレーザー迎撃
に変更されている。
主翼の後方に二本伸びているのがレーザー砲台。ミサイル等に警
サイレントモード
ファイターモード
戒して後方に設置されているが、前や横を向くことも出来る。
﹁水平尾翼+デルタ翼﹂と﹁エンテ翼+カナード翼﹂の可変式。
サイレントモードでは完全な意味でのステルス能力を持つが機動性
は劣る。
ファイターモードへの変形の際には、まず主翼の前部が機首側へ
とスライドしてカナード翼となる。カナード翼内部に熱核エンジン
が装備されており、全動式の翼ごとエンジンノズルが稼働して推力
偏向を行う。
カナードが主翼から分離すると同時に主翼後部︵フラップに該当
する部分︶も分離。90度稼働し後方へ向く。この部分にレーザー
砲身が内蔵されている。
以上を実行すれば主翼中心付近の上下外装のみとなる。そこから
更に、主翼下面が外側へ展開し翼が延長される。
カナード翼の熱核エンジンとの干渉を避けるため主翼は上方へと
持ち上がる。この際機体の背骨部分に格納されていたレールガンも
上部へと一緒に移動し、使用可能となる。
水平尾翼は内側へ畳まれ、サイレントモード時の吸気口に被さり
空気抵抗を減らす役割を果たす。
VTOLが可能だが、それは推力偏向と強力なエンジン、コンピ
857
ューターによる自動補正によって成し得ることであり、それ専用の
機構があるわけではない。
キャノピーがないのは視界を網膜に直接投影する為。パイロット
は寝そべるように乗り込み、Gの方向によってモジュールが回転す
ることで人体への負担を常に全身で受ける。それでも当然この機体
の機動性を完全に生かしきれるわけではなく、かなりのリミッター
が働いている。
技術的に高度な機体であるが当然容易に開発されたわけではない。
開発費、政治的な問題から失敗した第五世代機及び第六世代機の開
発を踏まえ、しばらくの自国開発を諦めて長期のスパンで技術蓄積
を行い、その結果実用化された様々な技術によりようやく完成へと
こぎ着けた。心神の名はかつての失敗の屈辱を返上する、という意
図がある。 後に、白鋼の宿命のライバルとなる機体。
最重要ネタバレにつきご注意下さい
﹁謎の紋章﹂
レーカとソフィーが冒険の果てに辿り着いた超古代文明の遺跡。
そこで発見した壁面には、謎の紋章が描かれていた。
誰が、どのような目的で残したのか?
その紋章の意味は?
858
人か?
兵器か?
あるいは、﹁神﹂か?
答えは、もう誰にもわからない。
以下が、その紋章である。
859
<i58906|5977>
860
開会式とお姫様 1
エアシップ
空を埋め尽くす飛宙船。
果てしなく広がる街並み。
眩暈がするほどの人々の雑踏。
多くの海上船が行き来する海。
降下する中型級飛宙船のブリッジからそれを見下ろした俺は、あ
まりの情報量にポカンと口を開けるしかなかった。
﹁村の何倍かしら⋮⋮﹂
ブロンド髪のソフィーの呟き。
﹁考えるだけ無駄な数字になると思うぞ﹂
ソフィーとアナスタシア様は例の如く、髪の色を魔法で偽装して
いた。
そんなに珍しいのかな、純白髪って。確かに見ないけれど。
﹁ゼェーレストは勿論、ツヴェー渓谷とだって比較にならないな﹂
﹁当然だ、ここは世界最大の都市の一つだぞ﹂
舵を握るガイルが答える。ここはレンタルした中型級飛宙船の艦
橋である。
中型級ともなれば部屋数もそれなりなのだが、一人一部屋では寂
しいので自然と全員ここに集まって時間を過ごしていた。
戦闘艦ならばともかく、運搬船のこいつは基本ワンマン運転が可
861
能。アナスタシア様が補佐を行いガイルが操舵してきたわけだ。
これはセルファークの飛宙船に限った話ではなく、地球のタンカ
ーなども基本一人、あるいは少人数で操舵が可能と聞いたことがあ
る。帆船では舵を切るだけで大人数の船員が走り回る大事なのに、
いやはや便利な時代となったものだ。
﹁あんまりボーッとするんじゃないよ。楽しいことだけじゃなく、
悪い奴だって大都市には多いんだ﹂
私服姿のキャサリンさんに注意される。おのぼりさん丸出しでは
犯罪のカモ、というのは世界共通らしい。
﹁しっかし凄い数の飛宙船だな。エアバイクから大型級まで所狭し
と飛んでるぞ、さすが首都⋮⋮えっと、なんて名前だっけ?﹂
﹁ドリット。一〇年前に滅び、生まれ変わった都市だ﹂
まあそっくりそのまま共和国になったんだけどな、と肩をすくめ
る。
﹁革命でもあったの?﹂
﹁王が頂点に立つなんて、もうそんな時代じゃなかったのさ。きっ
かけは戦争だが、事前に当時の人々が準備してあったんだ﹂
海の上には巨塔が聳える。そう、月まで突き刺さった軌道エレベ
ーターモドキだ。世界に何本もあるうちの一本。
あれが予選会場か。白鋼のお披露目、なんだか緊張する。
海を見つめていると、海中に人工物の影が見えた。
なんだろう。水没した都市、といった風情だ。
862
﹁ガイル、あれなに?﹂
﹁ん、大型級よりでかい飛宙船の残骸だな﹂
大型級より大型の飛宙船?
﹁そんなの聞いたこともないが﹂
全長三〇〇メートルの大型級より大きいって、運用出来るのかそ
れ。
﹁現存しているのは共和国軍と帝国軍のを合わせてもたった七隻だ﹂
少ねー。
﹁動かすだけで莫大な金がかかるからそうそう動き回らないんだ。
自分で見に行こうと思えば、その巨体故に見放題だが﹂
﹁で、海の中に沈んでいるアレは?﹂
﹁大戦で墜とされた一隻だ。あの頃はもっと沢山あったからな﹂
らしい
水中に朽ちる超巨大飛宙船、その大きさのほどはよく判らない。
﹁あんなの、見えている部分は上の方だけだ。ま、そのうち見る機
会もあるだろ﹂
ふむふむと頷き、今度はブリッジの反対側に駆ける。こっちはな
にが見えるのだろう。
863
﹁おっ、城だ! 城だぞ!﹂
﹁大きいわね、掃除が大変そう﹂
隣にいたやはり私服のマリアが見習いメイドらしい感想を述べた。
西洋風のメルヘンかつ実用的な城だ。かなり古臭い。古城ってや
つか。
﹁見学とか、お土産屋とかあるのかな﹂
﹁どっからそんな発想が出てきたんだ?﹂
だって王制廃止したんだし、一般公開してたっておかしくない。
﹁残念ながら今でも城は政治の中枢だ﹂
﹁なんだ、そのまま施設を使っているのか⋮⋮その中枢目掛けて降
りてないか?﹂
降下する飛宙船はどう考えても城に向かっている。
しろがね
﹁いいんだよ、白鋼を預けなきゃいけないからな﹂
ああ、数日前から預けて検査されるんだっけ。
﹁ちゃんとエンジンは外したな?﹂
﹁おう、今の白鋼はただのグライダーだ﹂
864
ところで、この場にはキョウコはいない。
じゃけんひめ
彼女はゼェーレストを発つ前に﹁用事があるので別行動です﹂と
飛宙船に乗り込まなかった。
言いつつ楽しげに様々な職種の制服を蛇剣姫に積み込んでいたの
は、なんというかくだらない予感しかいない。
なのでこの艦橋にいるのは俺、ソフィー、マリア、アナスタシア
様、キャサリンさん、そして操舵席のガイルである。
約一名、ずっと黙っているのはやはり気になった。
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
思いつめた表情で城を見下ろすアナスタシア様。
﹁あの⋮⋮﹂
﹁⋮⋮あ、えっと、なにかしら?﹂
上の空だったらしい反応に、思わずガイルにアイコンタクト。
しかしガイルは難しい顔をして視線をちょっと逸らした。ヘタレ
め。
﹁明日一緒にデートに行きましょう、って俺と約束したところです﹂
﹁そ、そうだったわね。⋮⋮って騙されないわよ﹂
惜しい。
﹁ソフィーと行ってらっしゃい。マリアちゃんもね﹂
﹁スリーマンセルとか難易度高いのですが﹂
865
キョウコがいなくて良かった。一対三はさすがにエスコートしき
れない。
﹁で、アナスタシア様はどうしてぼうっとしていたんですか?﹂
﹁直球ね、レーカ君﹂
回りくどく訊いてもはぐらかせられるだけなので。
﹁でもノーコメントよ﹂
﹁やめとけ、レーカ。俺が訊いても黙っているんだ、お前じゃ聞き
出せん﹂
ふてくされたように頬杖を突くガイル。夫に無理なものを俺に出
来るわけがない、か。
﹁着陸するぞ。俺は飛宙船には慣れていないからな、ショックに備﹂
ズカンと船が地面に衝突した。その拍子に転びそうになったマリ
アを抱き止め、ガイルを一睨み。
おせーよ、対ショック指示。
866
着地したのは城の城壁内、だだっ広い広場だ。大型級でも着地可
能なことを想定しているのだろう。
飛宙船後部のスロープを降りると、見覚えのある男が駆けてきた。
﹁お久しぶりです、ガイル先輩﹂
﹁久々だ、ギイ。妹も一緒か﹂
男の一歩引いた場所で少女が会釈する。つーかなんだこのイケメ
ン。
﹁⋮⋮あ、一年前の軍人!﹂
﹁ちょっと大きくなったね、レーカ君﹂
指差して叫ぶと、頭をグリグリと撫でられた。
﹁痛い痛い、皆さーん軍人が一般人に手を上げてまーす﹂
﹁ちょ、おま、それはやめてくれ!﹂
というかよく覚えていたな、俺の名前。
﹁手紙で君達がレースに参加するのは知っていたよ。書類を色々手
続きしたのも俺だしね﹂
﹁あ、それはどうも、お世話になりました。先程はごめんなさい﹂
知らずのうちに助けてもらっていたと知り、姿勢を正して頭を下
げる。
867
﹁あー、うん。なんというか⋮⋮相変わらず大人と子供の部分を併
せ持った子だね﹂
頭脳は大人、体は子供!
﹁アナスタシア様、それにキャサリンさんとソフィーちゃんとマリ
アちゃん、久しぶり﹂
﹁はい⋮⋮﹂
軽く頭を下げた後、俺の背後に隠れてしまう。
ふはははは、今となっては紳士なギイハルト氏より、相棒の俺に
懐いているぜ。
⋮⋮こうして久しく見ると、ソフィーって本当に人見知りだった
んだよな。
最初の頃は意志疎通すら辿々しかったし。
﹁ほら、イリアも挨拶しなさい﹂
﹁︱︱︱はい﹂
ギイハルトの隣の少女が一歩進む。
﹁久しぶり、ガイルとアナスタシアとキャサリン。始めまして、子
供達﹂
なんとも無機質な声色だった。
﹁私はイリア。イリア・ハーツ。ギイハルト・ハーツの妹﹂
868
ぺこりと頭を下げて、挨拶終了。
さらりと髪が肩に流れる。
少し紫がかった銀色の髪。瞳もまたアメジストのように美しく、
そして光を写していない。
全体を見れば紛れもなく美少女。しかし、どこか人形を思わせる
気配。
年の頃は判断が付きにくい。大人になりかけた少女、一五∼一七
くらいかな。
﹁では俺はこれで﹂
﹁何だ、もう行くのか?﹂
﹁レースでは有事に備えて軍も忙しいですから。俺もレース期間中
はテストパイロットではなくスクランブル要員です﹂
スクランブルエッグ? と小首を傾げるソフィーの為に説明する
と、スクランブル要員とは緊急事態に備えて基地で待機しているパ
イロット、天士のことである。
ちなみにソフィーは一人でスクランブルエッグを作ったことがあ
る。
最初は目玉焼きを作るはずだったのは内緒である。
﹁適当な宿を予約しておきました。道案内にイリアを残しておきま
す﹂
﹁悪いな﹂
こんな一家なので予約を取ったのは当然最高級の宿だが、なんと
869
最高級でも当日では部屋がない可能性があるらしい。
勿論選り好みしなければ宿は当日でも確保出来るだろうが、家族
を適当な場所で寝かせるのはガイルの矜持に反するとか。知るか。
﹁よろしくね、イリアちゃん﹂
コクリ、とアナスタシア様に肯定を示す。それを確認して、ギイ
ハルトはその場を去った。
﹁この船は私が業者に返しておく。宿への案内の前に飛行機を出し
て﹂
あ、俺か。
エアバイクで白鋼を引っ張り出すと、周囲にいた兵士達がどよめ
いた。
﹁立派﹂
﹁ありがと﹂
前進翼を隠すため、若干斜め後方へ主翼を下げた巡航飛行形態で
運んできた。
別に始まればすぐバレるけどさ、観客を驚かせたいというお茶目
だ。
﹁これ、本当に未成年が作ったのか?﹂
﹁小さいけど完成度高いじゃねーか、誰が制作者だ?﹂﹁エンテ翼
とは思い切ったな、嫌いじゃないぜその冒険心﹂
870
集まってきた兵士達。サボるなよ。﹁俺だよ制作者。どや﹂
視線が集まり、大半の兵士が眉を顰めた。
﹁こんな子供が?﹂
﹁むっ﹂
未成年部門は参加最低年齢は一〇歳だが、実質大人になる直前の
奴らが参加する大会だ。
日本でいえば鳥人間コンテスト。その中に小学生が混ざっていれ
ば奇妙なのは解るが、腕を疑われるのは癪である。
﹁こいつが間違いなく制作者だ。さっさと受け取りをしてくれ﹂
ガイルが兵士達に告げると、疑問を抱きつつも彼らは動き出した。
その中で一人、動かずガイルを凝視する壮年の男性兵士。
﹁ガ、ガ、ガイル隊長!? けっ敬礼ー! 総員敬礼ー!!﹂
緩んだ空気でもやはり軍人。彼らは跳ねるように姿勢を正し右手
を翳した。
その様子を煩わしそうに目を逸らし、手をしっし、と振るガイル。
﹁やめろ、俺はもう軍を辞めたんだぞ﹂
﹁いえ、しかし⋮⋮﹂
﹁やめろ﹂
﹁⋮⋮ハッ。失礼しました﹂
871
一礼する男性。
﹁だからそれをやめろと⋮⋮いいから持ってってくれ﹂
﹁はい、確かにお預かりします﹂
飛宙船に牽引される白鋼を見送る。
﹁ガイルって偉かったの?﹂
﹁それなりだ﹂
それなり、ねぇ。
﹁来て﹂ 端的に発し歩き出すイリア。
急過ぎて、道案内を開始したのだと気付くのに数瞬要いた。
﹁レーカ君、荷物お願いね﹂
﹁ちょ、ま、しばしお待ちをっ﹂
俺は纏めておいた各自の衣服や荷物をエアバイクに積み込み、若
干遅れつつも彼らに追従するのであった。
872
﹁イリアちゃん、こんにちわであります!﹂
﹁こんにちは﹂
﹁イリアちゃーん、今度デートしようぜ!﹂
﹁拒否﹂
﹁イリア、俺だ! 結婚してくれー!﹂
﹁否﹂
﹁イリアさん、お菓子を焼いたのでお裾分けです﹂
﹁感謝﹂
歩いていると頻繁に兵士や騎士、文官らしき男達から声をかけら
れる。最後はメイドさんだが。
﹁人気者だな﹂
﹁兄の影響。兄は有名人﹂
いや、君本人の人気だろ。
カラクリ人形のように一定の歩幅で歩くイリア嬢。非現実的にミ
ステリアスな美しさは、やはり人々の目を引く。
﹁⋮⋮笑えばすっごく可愛いだろうに、目の保養的な意味で﹂
イリア本人に聞こえない程度の小声で呟く。
873
あれは無表情ではない。無感情に近い。
無表情は属性としてアリだが、無感情は頂けないな。
﹁そこは勿体無いとか言っとけよ、それじゃあお前の損得の問題だ
ろ﹂
独り言だったのにガイルから返事があった。
﹁損得かどうかを判断するのは本人だし﹂
幾ら異性にちやほやされる優れた容姿を持っていても、本人がそ
れを良しとするかは別だ。
俺としては美人が笑顔なのはバッチコイだが。
﹁正直、面倒﹂
背中を見せたままイリアは愚痴る。
﹁歩いていると男に声をかけられる。騎士達は冗談として行うので
構わないが、町中でのあれは最早進路妨害﹂
聞かれていた。
つまり、ナンパされておちおち町も歩けないらしい。
﹁しかし身嗜みを整えなければ兄に注意される。それは嫌﹂
おや、あるじゃん感情。
ブラコンか? 一言だけで判断するのは性急だが。
874
﹁お兄さん以外で気になる人とかいないのかしら?﹂
アナスタシア様の問いにイリアは首を横に振るだけで否定を示す。
﹁恋に興味がないの?﹂
やはり否定。
⋮⋮あれ、否定?
﹁興味がないとは言い切れない。私も既に思春期﹂
自分で言うな。
﹁しかし焦るほど必要性も感じない。私には人より多くの時間があ
る﹂
﹁人間じゃないのか?﹂
耳尖っていないけれど、エルフとかなのか?
﹁私は天師﹂
﹁天士? ああ、ギイハルトもテストパイロットだしな﹂
⋮⋮なにか食い違っている気がしなくもない。
﹁ほれ、初対面の女性にねぼりはぼり訊くのはマナー違反だぞ﹂
ガイルに怒られた。まあしょうがないこれは。
875
﹁ごめん﹂
﹁いい。貴方は興味深い﹂
﹁惚れたか﹂
﹁否﹂
街中は既にお祭り状態だった。
着実に増加する観光客を狙い屋台が幾つも出店される。
横断レースは開会式もまだだというのに、至る所でどこが勝つか
を肴に盛り上がっている。
そんな喧噪を尻目に、俺達は裏路地を歩く。
﹁近道。それに人がいない﹂
﹁でも危なくない?﹂
裏路地の治安が悪いのは世界共通のはずだ。
まさか普段から一人でこういう道を利用してないよな、この子。
﹁私強い﹂
﹁えー⋮⋮﹂
876
見るからに細い腕、華奢な体格。あまりに姿勢は素晴らしいので
武術を嗜んでいる可能性もあるが、筋力に自信がありそうには見え
ない。
あ、魔法が得意系? アナスタシア様も魔法ありなら強いらしい
し。
﹁ぱわーふぁいたー系﹂
﹁⋮⋮とりあえず表通りを歩くようにしなさい﹂
﹁なぜ﹂
﹁お願い﹂
﹁非、効率的﹂
﹁安全と効率は大抵の場合反比例するものだ﹂
﹁心配しているの?﹂
﹁それ以外なにがある﹂
﹁⋮⋮了解﹂
なんとか納得してもらえた。
877
宿は高級ホテルの相を成していた。
広いロビー、煌びやかなシャンデリア、一分の隙もない従業員の
接客。
贅沢の限りを尽くした内装は、きっと間違えて壊したら弁償もの
だろう。
⋮⋮バレないように直せばいいか。
﹁普通だね﹂
﹁まあまあかな﹂
メイド母娘は調度品に関して目が肥えていた。
毒舌のキャサリンさんはともかく、マリアからしても﹁まあまあ﹂
止まりなのか。
﹁部屋の内装を注意深く見てみな。一年屋敷で過ごしたお前なら、
違いが判るさ﹂
割とどうでもいい。
﹁さよなら﹂
それだけ言い帰ろうとするイリア。皆でお礼を述べ、俺達はそれ
ぞれ割り振られた部屋へと荷物を運んだ。
ところで、このメンバーだと部屋の振り分けはどうなるのか。
アナスタシア様に訊ねたところ、こんな答えが戻ってきた。
ガイルとアナスタシア様夫妻で一部屋。
878
メイド母娘で一部屋。
そして俺とその婚約者で一部屋。
﹁⋮⋮マジ?﹂
いや、ガイル一家とマリア母娘+俺の三対三でいいんじゃないか?
﹁お前、ソフィーになにかしたら八つ裂きにするからな﹂
﹁ガイルこそ久々にソフィーが間にいないからって、アナスタシア
様と変なことするなよ﹂
﹁いや俺達夫婦だし﹂
﹁なら俺達婚約者だし﹂
バチバチと俺とガイルの間に火花が散る。
﹁お母さんと別に寝るの?﹂
﹁何事も経験よ、ソフィー﹂
なんの経験をさせろと。
そしてソフィーにカウントされないガイル。
しかしソフィーと同衾か、むしろ俺の方が落ち着けない気がする。
﹁なにを考えているんだ俺は﹂
俺だって気にしないし。しないし。
879
﹁レーカ君なら安心でしょ?﹂
﹁うん﹂
うおぉ、ソフィーから凄く信頼されてるぞ。
﹁男ならガタガタ言うな、レーカ﹂
キャサリンさんにチョップされた。
﹁キャサリンさん的にこの展開はオーケーなのですか?﹂
﹁私の見立てでは、ソフィー様が生まれて以来あの二人はプライベ
ートな夜を過ごしていないんだよ﹂
﹁ははぁ、まさか一度も?﹂
﹁一度だ﹂
﹁キャサリン、なんでそんなことを把握しているのよ!?﹂
涙目のアナスタシア様。
﹁俺が一人部屋、キャサリンさんマリアとソフィーで三人部屋にす
れば?﹂
﹁寝るときまで私に恭しくされたらソフィー様も落ち着かないだろ﹂
ここにきてキャサリンさんのプロ意識が障害となるのか。
880
﹁ならソフィーが一人部屋、残り三人で一部屋ってのは?﹂
﹁この子は一人で寝られないわ⋮⋮﹂
お子様である。
ならば仕方がないかと溜め息を吐いていると、マリアが挙手した。
﹁私もそっちに泊まる!﹂
マリアのDA☆I☆TA☆N︵死語︶発言から一夜明け。
女性の話し声によって、俺の意識は覚醒していく。
﹁ふー! ふがー! ふーふー!!﹂
﹁黙りなさい、レーカさんが目を醒ましてしまうでしょう。いいか
らここで、じっとしていて下さい﹂
﹁むー! むぅぅぅぅぅ!?﹂
﹁こら、暴れるなっ。こうなったら足も縛ってしまいますか﹂
﹁んー!? んーんんー!! ん︱︱︱⋮⋮﹂
﹁ふう、これでよし、っと﹂
881
なんだろう、この物騒な会話。
目を開くのが怖いのだが。
﹁ふふっ、お休み中のレーカさん⋮⋮如何様に愛しましょうか? 口で? 足で? それとも⋮⋮げへへ﹂
思わず刮目したね。
目と鼻の先にまで迫っていたキョウコの端麗な顔。
パチクリと瞬き一つし、彼女は直立して咳払い。
この宿の従業員の制服だ。シンプルだが安っぽさはなく、美人が
着るとよく似合っている。
﹁奇遇ですね﹂
﹁何がだ﹂
別行動をしていたはずのキョウコがなぜここにいる。
そしてなぜホテル従業員の制服を着ている。
﹁仕事です。路銀稼ぎに立ち寄りました﹂
﹁⋮⋮臨時の仕事場がたまたまこの町の、たまたま俺達と同じ宿の、
たまたま俺と同じ部屋だったと?﹂
﹁はい﹂
しれっと言うな。
﹁今さっき、俺になにをしようとした﹂
882
﹁おはようのキ⋮⋮モーニングコールを﹂
頼んでいない。
とりあえず、二人が起きる前になんとかしよう。
そっとキョウコを抱き寄せる。
﹁ああ、いけませんレーカさん、初めてなので優しくして下さい⋮
⋮﹂
そしてお姫様だっこの要領で持ち上げ⋮⋮
﹁ま、まさか外で? そんな、初めてがそんな高度なプレイだなん
て﹂
⋮⋮窓から彼女を放り投げた。
地上五階。まあ、最強最古であれば傷一つ付かないだろう。たぶ
ん。
﹁⋮⋮おかしな光景を見たわ﹂
﹁起きた、というか見ていたのかマリア﹂
上体を起き上がらせ眠たげに目をこするマリア。可愛らしい寝間
着が少し乱れて色っぽい。
﹁先にシャワー浴びてこいよ﹂
﹁朝にお風呂に入る習慣なんてないけれど﹂
883
男なら言ってみたい台詞なのだ。
﹁まあ、せっかくだし使ってくるわ﹂
緩慢な動きで立ち上がり部屋に備え付けの洗面所兼風呂場へと歩
む。
何気なくマリアの使用していたベッドを見れば、ソフィーが潜り
込んで寝息をたてていた。
いや、そっちじゃないだろ。お約束的には女の子二人が俺のベッ
ドに潜り込むべきだろ。いや合っているんだが。マリアのベッドを
選ぶのが正解なんだが。
ふふん、と勝ち誇った表情のマリア。
畜生。今晩は俺がマリアのベッドに忍び込んでやろう。
ちなみに、本物の従業員はクローゼットで涙目になっているとこ
ろを発見された。
キョウコに追い剥ぎされたらしい。残念ながら中年女性である。
﹁ゆうべは おたのしみでしたね﹂
﹁う、うるせぇ﹂
884
顔を赤らめるガイルとアナスタシア様。もげればいいのに。
借りたフロアの共有スペースで出くわした夫妻を、俺は早速から
かってみるのだった。
﹁ソフィーとマリアちゃんは?﹂
﹁マリアがソフィーを着替えさせています。すぐ来るかと﹂
テーブルに座ると、キャサリンさんが全員分のお茶を煎れてくれ
る。
﹁ガイル様、アナスタシア様、おはようございます。お母さん、お
はよう﹂
﹁おは⋮⋮ふぁ﹂
きっちり挨拶するマリアと、彼女に手を引かれた寝ぼけ眼のソフ
ィーもやってきた。
﹁ん? マリア、あんた⋮⋮﹂
キャサリンさんが娘の髪に触れて愕然とする。どした。
﹁レーカに勧められてシャワーを浴びたのだけれど、どうかしたの
?﹂
﹁⋮⋮それはなんだい、体を洗わなければならないようなことをし
た、と解釈していいのか?﹂
キャサリンさんの手が俺の頭をバスケットボールのように鷲掴ん
885
だ。
﹁そ、それは早計というものであります。誤解です。提案に他意は
ありません﹂
﹁神に誓えるんだろうなア゛ァ゛!?﹂
チンピラかこの人は。
﹁それより、今日は俺の実家に顔を見せに行くからな。俺とナスチ
ヤとソフィー、それに興味があるなら連れて行くが誰か来るか?﹂
﹁娘の貞操がかかっている時に﹃それより﹄ったぁどういう了見だ
ご主人様アァアア!?﹂
キャサリンさん怖い。
﹁大丈夫よキャサリン﹂
アナスタシア様がキャサリンさんを窘める。
﹁レーカ君は一線は越えない人間だし、もし越えていれば責任をと
ってもらえばいいのよ﹂
﹁⋮⋮まあ、それもそうか﹂
握った頭がミシミシと鳴る。放して頭がスイカみたいに割れちゃ
う。
﹁もしいい加減な行為に及べば、三本目の足をねじ切るからね﹂
886
責任を取るって物理的にねじ切り取るの!?
﹁で、なんだ、行くか?﹂
﹁⋮⋮ガイルの実家? 興味ない﹂
﹁だろうな。まあつまらない場所だ、家族三人でさっさと行って帰
ってくるさ﹂
白鋼の審査結果は今日中にも戻ってくるはずだが、俺が直接受け
取らねばならない規則もない。つまり、今日はお出かけ日和だ。
﹁私は昔の職場にでも挨拶に行こうかね﹂
キャサリンさんも用事があるのか。
﹁あまり組の俺達で観光でもするか?﹂
﹁そうね。独り歩きならちょっと怖いけれど、レーカはこれでも腕
が立つんでしょ?﹂
ボディーガードよろしくね、とウインクするマリア。
﹁デートだな﹂
﹁ボディーガードよろしくね﹂
二度言われた。
887
888
開会式とお姫様 1︵後書き︶
長いので半分こ。
889
開会式とお姫様 2
倉庫に運び込んでおいたエアバイクを持ち出し、マリアを後ろに
乗せてデート開始。
﹁ねえ、レーカ。このエアバイクって一年くらい前にレーカが発明
したのよね?﹂
﹁そうだけれど?﹂
﹁私、このエアバイクしか見たことがなかったから疑問に思わなか
ったけれど、これって形が変じゃない?﹂
﹁何を今更﹂
ケッテンクラート化したエアバイクは原型から大きく変質してい
る。後輪がキャタピラとなったエアバイクはとにかくデカい。重い。
燃費悪い。
﹁は、恥ずかしいっ。降ろして、歩いて観光しましょう!﹂
﹁なにいってんだ、見ろよ、人々がコイツを見る目を。最高に目立
っているじゃないか﹂
﹁だから嫌なのよ!﹂
数台のエアバイクが併走し接近してくる。
890
﹁随分カスタムしたエアバイクじゃねーか! クールだぜぇぇぇ!﹂
﹁女連れたぁ、色男だなヒャッハー!﹂
﹁バイクレースの参加者か? 今年の大陸横断レースは面白くなり
そうだ!﹂
若者達の歓声。俺達はちょっとしたヒーローだった。
つーか去年生まれたばかりのエアバイクが、もう参加部門の一つ
に組み込まれているのか。
﹁柄が悪い人が集まっているんだけれど⋮⋮﹂
﹁まあバイクだし﹂
腰に回した手がきつくなり、マリアが俺に密着する。
役得というほど柔らかくもないが、まあ悪い気はしない。
﹁おりゃあ、一回転ループ!﹂
照れ隠しに曲芸。
﹁きゃああぁあぁぁあ!?﹂
悲鳴を上げるマリア。
﹁コイツはクレイジーだぜぇー!﹂
﹁イッツ、クール!﹂
891
そこに現れるのは、やはりエアバイクに跨がる騎士だった。
﹁こらぁまたお前らか! 真っ昼間から暴走行為するんじゃねぇ!﹂
﹁いけぇね、高速機動騎士隊だ!﹂
﹁てめぇら、解散だ解散ーっ!﹂
セルファークに暴走族紛いの連中を生み出した件に関して、俺は
ちょっと反省してもいいかもしれない。
﹁こっちに行けば道が入り組んでいて逃げやすいぜアニキ!﹂
﹁おう! ⋮⋮誰が兄貴だ!?﹂
﹁またか、またお前か⋮⋮!﹂
ツヴェーのそれとは比べものにはならない大きな施設。
人々の目はこれから繰り広げられる劇に、期待と興奮で輝いてい
る。
それはマリアとて例外ではない。
駐車場にエアバイクを停車させ、せかすマリアを宥めつつチケッ
トを買う。
892
コロッセオのような円形会場。その中心にて公演される物語は、
勿論︱︱︱
﹁︱︱︱父を訪ねて、三千里⋮⋮!﹂
ふふふ、いいだろう。ならば今日も今日とて見てやろう。
今日こそは、絶対にツッコミを入れないぞ!
巨大船にて世界征服の旅を続けるお姫様御一行。
︵勇者一行じゃないのか? ⋮⋮いかんいかん、ツッコむな俺︶
﹃武力に物を言わせる時代は終わりました。これからは智をもって
世を治める時代です!﹄
そう思い立った姫は、さっそく学問の聖地と呼ばれる神殿の武力
制圧に乗り出した。
︵つっこむな、つっこむな!︶
しかしそこで悲劇が!
賢者少女の転移魔法が大失敗。仲間や部下達はバラバラにはぐれ
てしまうのだった。
893
﹃部下達が集結するまでの間、暇潰しに残った部下で神殿を制圧し
ましょう﹄
﹃なんということです、私は悪魔を故郷に呼び込んでしまいました﹄
神殿の最高責任者である大神官の少女と、勇者の仲間の賢者少女
が対面する。
﹃賢者よ、悪魔に魂を売ったのですか!?﹄
﹃むしろ悪魔に飼われています⋮⋮﹄
賢者と大神官は双子の姉妹だったのだ!
﹃賢者よ、今こそ洗礼の時。試練の塔に登り、あの悪魔を打倒する
力を得るのです﹄
﹃あれを倒せとか、私に死ねと!?﹄
﹃ガンバ﹄
サムブアップする大神官に、賢者少女はうなだれつつ試練の塔へ
と旅立った。
﹃魔族さん、手伝って下さい﹄
﹃おう﹄
︵いたのか、主人公︶
894
試練の塔に挑む賢者少女と魔族の青年。
降り注ぐタライをはねのけつつ、彼らは試練の間へとたどり着く。
賢者は太古の精霊と対峙した。
﹃貴女は自身を隠さず生きていますか?﹄
﹃そうあろうと努めております﹄
﹃果たして本当にそうでしょうか?﹄
精霊が取り出したるは一冊のノート。
﹃貴女の部屋から拝借しました﹄
﹃え﹄
﹃ 職業 賢者
肉体年齢 十歳︵しかし普段の身体は封印状態にあり、力を解
放すれば二十代のグラマラスな女性となる︶
左目には邪神が封印されており、賢者の聖なる力と融合させる
ことで一万倍まで増幅する。
あまりのパワーによって髪は白に染まり、全身に拘束用術式が
浮かぶ。
拘束用術式がなければ魔力が暴発して世界の半分が抉られるこ
ととなる。
895
装備
アルティメットタクト 古代に生きた最高峰の錬金術師達が、その魂と引き換えに精製
した至高の杖。オリハルコン、ミスリル、マダスカス鋼、ヒヒイロ
カネ、オモイカネを最適な割合で融合させた超々合金にて作られて
いる。
人の至る究極の極地に存在する一本であることから、アルティ
メットの名が与えられた。レア度EXランクアイテム。
必殺技
カイザーフレイム・ゴッド・エンドレス・ラッドローチ・エタ
ーナルフォースブリザード
賢者が魂の力を全解放し一〇八の属性攻撃をまとめて放つ究極
魔法。
凄まじい光と共に、相手は死ぬ。 ﹄
﹃いやああああああぁぁぁぁ!?﹄
なんという悲劇。精霊に妄想ノートを音読された賢者は絶望のあ
まり崩れ落ちる。
﹃⋮⋮それでも、それも私の一部なのです!﹄
でも賢者負けない! 女の子だもん!
896
﹃くらいなさい太古の精霊! カイザーフレイム・ゴッド・エンド
レス・ラッドローチ・エターナルフォースブリザードォォォ!!!﹄
︵これって、それっぽい英単語並べただけだろ⋮⋮︶
精霊は死んだ。
新たな力に目覚めた賢者。しかしその表情は晴れない。
大切ななにかを失いつつも、真の賢者となった少女。
彼女の苦難と挫折はまだまだ続く。
賢者、ガンバ!
∼続く∼
﹁なんでやねぇぇぇん!!!﹂
無駄にちょっと長いし! ラッドローチの意味判ってないし!
微かに地球にいた頃の黒歴史で胸がチクチクするし!
﹁そうね、こんな盛り上がっている場面で終わってしまうなんて、
叫びたくなる気持ちも解るわ﹂
﹁マリア、お前疲れているんだよ﹂
897
うっとりと遠い目をしないでくれ。
なんだろう、この胸に残る二日酔いのような残念感は。変なもの
を見せやがって。
例の如く人々の熱の冷めやまぬ中、ステージの上に立った役者が
観客に向けて叫ぶ。
﹁皆様、今日はなんと﹃父を訪ねて三千里﹄の作者であり、天才演
劇作家のセルフ様がいらしております! チケットの裏にマークが
描かれている方、抽選一〇名はセルフ様と触れ合う機会が得られる
のです! 当たりチケットをお持ちの方はこちらへどうぞ!﹂
劇場の各所で歓声や落胆の声が上がる。次々とステージの上に客
が登り、遂にその数は九名となった。
﹁あと一名、お見逃しは御座いませんか? セルフ様は多忙なので
さっさと締め切ってしまいますよ?﹂
﹁うううっ、誰よ最後の一枚を持っているのは! 興味ないなら私
に譲ってよぉ﹂
そんなに会ってみたいのか、マリア。
あんな劇を書く奴にどうして、と呆れつつチケットを裏返す。
あった。
一〇人目の当たりマーク。
﹁レ、レーカ⋮⋮! それちょうだ⋮⋮じゃなくて早く行きなさい、
間に合わないわよ!﹂
﹁いらん、マリアにあげる﹂
898
﹁いいの? 返せって言っても返さないわよ!?﹂
喜色満面のマリア。
むしろセルフとやらに嫉妬したくなるレベルである。
俺からひったくるようにチケットを受け取り、跳ねるようにステ
ージまで駆ける。
あほくさ。俺は外で待っているか。
恍惚とした潤んだ瞳のまま機能停止したマリアの手を引き、俺は
広場までやってきた。
この状態のマリアをエアバイクに乗せるのは危ない。一旦休憩と
洒落込もう。
﹁にしても、ゼェーレストにも広場と呼ばれる場所があるが、まっ
たく別物だよなぁ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮え、なにか言った⋮⋮?﹂
﹁ナンデモアーリマセーン﹂
ゼェーレスト村の広場は、ただ道が合流した空き地だ。それなり
に広いがなにもない。案内看板がある程度だ。
この広場には石畳に色とりどりの花壇、ロータリーの中心は噴水
まである。外周には幾つも屋台が軒を連ね、縦横無尽に人が行き交
899
うのだ。ここはスクランブル交差点かっての。
﹁マリア、なにか食べたい?﹂
﹁ふふふ、セルフ様にサインもらっちゃった⋮⋮﹂
だめだこりゃ。意識が月面まで飛んでしまっている。
一人残すのは不用心なので、手を繋いでクレープ屋に並ぶ。
﹁今日のオススメを。テイクオフで﹂
﹁クレープ屋に日ごとの差なんてありませんよ、お客さん﹂
渾身のギャグをスルーされつつ、はむはむとクレープを頬張る。
祭りに乗じた店や大道芸を眺めつつ、奇妙な一団を発見した。
﹃衣装遊技同志の会﹄
そう掲げられた看板の元、着飾った人々が観客にポーズを取る。
歓声を上げつつ観客は魔法でスケッチボードに光景を写し取る。
ファンタジー世界において彼らの格好は目立ち難いのだが、もし
やあれはコスプレの類だろうか。
さながら周囲の人々はカメラマンか。
まああれも祭りの一つの興じ方だろうと視線を戻そうとして、長
い黒髪の女性が剣を持って構えているのに気付いた。
﹁我が名は勇者! レーカさん、じゃなくて魔族の青年よ私に惚れ
なさい!﹂
父を訪ねて三千里の勇者になりきっているっぽい。
900
人の名前を出さないでくれ、皆さん、あの人は俺の知り合いじゃ
ありません。
ちなみに彼女のコスプレには賛否両論だった。美人だし似合って
いるが、致命的にキャラ付けを間違っている。
﹁身内の恥ね﹂
﹁あ、おかえり﹂
さて、マリアが現実に帰還したことだし次の場所に行くか。
汝、女子の買い物に付き合うべからず。
地球において散々語られていたこの教えは、決して嘘ではないと
理解した。
﹁レーカ、こっちこっち!﹂
﹁おー﹂
﹁ねえ、どっちが似合う?﹂
﹁どっちもサイコー﹂
女の買い物ってやつは、実にアグレッシブでエネルギッシュだ。
901
幾つか買い物袋を持たされ右へ左へ。大した店のないゼェーレス
トでの鬱憤を晴らすように、実に景気良く彼女は散財していく。
﹁前にツヴェー行った時は、我慢して一銭も使わなかったのに﹂
﹁せっかくの首都だもの、お小遣い貯まってたし丁度いいわ﹂
金を使うこと自体に快楽を覚えなければいいけど。
お姫様は興味のままに歩き、そして路地へと入ってしまう。
慌てて追いかけるが、姿がない。
﹁⋮⋮どこ行った?﹂
見失ったかと焦る。路地といいつつもツヴェーの大通り並の密度
があるそこは、治安が悪くはなかろうが⋮⋮はぐれたとなれば厄介
だ。
と、側面の店の出入口にマリアの手だけが飛び出して手招きして
いた。心配させないでほしい。
入店してみるとそこは雑貨屋だった。明治か大正っぽいロスタル
ジックな佇まいだ。
﹁かわいー!﹂
小物に興味を示すマリア。普段背伸びしている彼女だが、こんな
時は年相応だ。
彼女の肩に手を置き耳元に囁く。
﹁君の方が可愛いよ﹂
マリアは黙って俺から数歩離れ、鳥肌の立った腕をさすった。
902
夏場なのに寒いのか? 風邪などをひいていなければいいけど。
⋮⋮解っているよ、気持ち悪かったんだろ。どうせキャラじゃな
いよ。
﹁む、お客さんかね?﹂
店員が店の奥から現れた。初老の老人である。
﹁気にしないで下さい、ひやかしです﹂
﹁堂々と言うな、坊主﹂
﹁⋮⋮レーカ?﹂
聞き覚えのある声が、老人の後ろから届く。
﹁ガイル?﹂
ひょっこり扉から現れたのは、ゼェーレストの家主その人。
﹁なんでここに?﹂
﹁ここ、俺の実家だし﹂
﹁マジで?﹂
ガイルが何者なのかは永遠のテーマだったが、まさかこんな庶民
の出だったとは。
﹁俺をなんだと思っていたんだよ﹂
903
﹁そう問われると困るんだけどさ﹂
そっか、ここでガイルは育ったのか。
幼いガイルが店内を走り回る姿を幻視する。それはきっと、かつ
て実際にあった光景だろう。
﹁いや、ここに引っ越したのは大人になってからだが﹂
実際にはない光景だった。
﹁ガイル、小奴は何じゃ?﹂
﹁ウチの居候だよ。レーカっていうクソガキだ。この爺さんは俺の
親父のイソロクだ。別に覚えておかなくていいぜ﹂
﹁えっと、初めまして﹂
今更だが敬語を使っておくか。
﹁うむ、初めましてじゃ。今後も会う機会があるかもしれん、よろ
しくな﹂
﹁あらレーカ君?﹂
扉の奥からアナスタシア様とソフィーが現れる。そりゃいるよな。
﹁おお、言い忘れておった。一緒に住んでおるからといって孫娘に
手を出すなよ?﹂
904
﹁お義父様、レーカ君はもうソフィーの婚約者ですよ﹂
老人の表情が凍った。
ギギギ、と油切れしたカラクリのようにこちらを向く。
﹁本当なのか、坊主?﹂
﹁え、ええ、まあ﹂
﹁どこまでいっておる?﹂
子供になんつー質問するんだ。
どこまで、といえば恋愛感情以前の段階だが。
ソフィーを軽く抱き締める。
﹁こんなことをしても抵抗されないところまで行ってますが﹂
ソフィーは腕の中でも、安心した様子で俺を不思議そうに見上げ
ている。
なんてことはない。彼女は白鋼に乗った時点で、俺に命まで預け
ているのだ。
この程度のことで抵抗するはずがない。
﹁今後よろしくなどするものか! 死ね!﹂
﹁死ね!?﹂
ひどい老害だった。
905
ガイル達と宿に戻ると、ギイハルトと出くわした。
﹁白鋼の審査結果をお持ちしました﹂
﹁わざわざお前が持ってこなくてもいいだろうに﹂
﹁用事のついでなので﹂
ギイハルトから封筒を受け取る。
全員が覗き込む。手元暗いからやめろ。
封筒の蝋を剥がし、中身を取り出す。
﹃失格﹄
﹁なんでー!?﹂
﹁まあ、そうだろうな﹂
なんでガイルは納得しているんだ。
読み進めると、しっかり理由も記されていた。
﹃浮遊装置未装備﹄
﹃魔力不足﹄
906
﹃安定性欠落﹄
﹁⋮⋮大丈夫なのかい、この飛行機﹂
ギイハルトに哀れなものを見る目で見られた。
﹁浮遊装置がないのは軽量化の為、軽い機体と強力なエンジンで短
距離離陸が出来るから問題ない。魔力だってシールドロックのクリ
スタルは高出力だから足りているし、いざとなれば俺の魔力を供給
可能だ。安定性欠落だって設計上わざとだ、ソフィーが気合いで制
御するから問題ない﹂
﹁⋮⋮それはそれで大丈夫なのかい、あの飛行機﹂
テスト飛行は飽きるほど繰り返した。問題ないと断言出来る。
﹁紙貸せ﹂
貸せと言いつつ奪い取るガイル。
﹃失格﹄に訂正線を引き、﹃合格にしろ。ガイル﹄と書き換える。
﹁これを届けろ﹂
﹁了解です﹂
﹁それでいいのか審査委員﹂
907
次の日、改めてギイハルトが合格通知を届けてくれたのであった。
﹁どうしたんだい、その顔﹂
俺は頬に紅葉を貼り付けつつも、堂々と返答する。
﹁夜這いは浪漫です﹂
この日、マリアは視線をすら合わせてくれなかった。
そして開会式にして、未成年部門の予選当日。
﹁おい、おきろレーカ﹂
ガイルに揺すられ俺はうっすら目を開く。
﹁なんだよ⋮⋮今日はもう少し寝ている予定なんだ、ほっといてく
れぇ﹂
マリアも早々は起きて、部屋に不在。ソフィーはベッドの上でぼ
ーっとしている。
﹁開会式見ないのか?﹂
908
﹁きょーみない﹂
校長先生のありがたいお話とか、あれなんの価値があるんだ。
昨日は審査でバラバラにされた白鋼を組み立てるので忙しかった
んだ。寝かせてくれ。
本来であればほどほどに解体され、それを自力で組み上げること
で機体を自分で制作したことを証明するのだが⋮⋮なぜか白鋼は完
膚なきまでに分解されていた。
呆然とする俺の前には一枚の紙。
﹃ごめんなさい組み立てられませんでした。必要なら人手を貸すの
でガイル様には内密にお願いします﹄
他人に触られるのは嫌なので全て自分で組み立てた。
一部無理外したらしくパーツが破損していた。ファック。
そんなこんなで、昨日は就寝が遅かったのだ。
﹁というわけで、寝かせて﹂
﹁共和国の大統領と帝国の姫の挨拶、見ないのか?﹂
﹁だからきょーみないって⋮⋮帝国の姫?﹂
がばっと起き上がる。
﹁お姫様って美人?﹂
﹁まあ美人には違いないな。国民からも人気があるし﹂
909
﹁なにをしているんだガイル、さっさと城前広場へ行くぞウスノロ
!﹂
﹁おい﹂
扉の前で身支度を済ませガイルを急かす。
ガイルは頭痛を堪えるように頭を押さえていた。
広場にたどり着くと、丁度大統領の開会挨拶が終わったところだ
った。
城のバルコニーを見上げる。
奥から現れたのは、ウェーブした金砂の髪の少女。
真っ赤なドレスに凛とした顔立ち。年は俺と同じくらいか。
常人とは一線を画す存在感に、観衆は一瞬息を飲み、そして大歓
声を上げた。
﹁うおおおぉぉぉぉ、リデア様愛してるー!﹂
﹁こっち向いて! 俺を見てー!﹂
﹁ガキじゃねぇか、騙したなー!﹂
﹁どさくさに紛れて叫ぶな!﹂
910
とんだ詐欺だ。もっと大人の女性を期待していたのに。
帝国姫︱︱︱リデア様は民衆を睥睨し、手元を少し見ながら口を
開いた。
﹁こんにちは諸君。我が名はリデア・ハーティリー・マリンドルフ。
帝国の第一王女じゃ﹂
あれ? なんだか彼女に見覚えがある気がする。
なぜだろう。雰囲気というか、見たことがあるような、ないよう
な⋮⋮
﹁今日は歴史ある大陸横断レースの開会式に呼ばれ、大変名誉に思
う。先の悲しい大戦より十一年、記憶も薄れ若い世代は戦争を知ら
エ
ない者も多かろう。かくいうわしも、直接見知っている世代ではな
いのじゃ﹂
ソードシップ
マリアあたりも当時三才、覚えてなんかいないだろう。
アシップ
﹁かつて空から飛来する恐怖の象徴だった戦闘機⋮⋮それまでの飛
宙船とは比べ物にならない機動性。戦争は新たな飛行手段であった
飛行機の開発を皮肉にも加速させ、やがて音の速度すら越えて銀翼
の天使達は殺し合う時代となった﹂
せきよく
あらだか
元々、この世界では飛宙船にて航空力学やエンジン技術が研究さ
れていた。
あとは枯れた技術の水平思考だ。一〇年程度で紅翼から荒鷹に進
歩したのもその辺が理由だろう。
﹁神聖な空が血の赤に染まる時代。だがしかし、戦争は終結し空は
蒼さを取り戻した﹂
911
リデア姫は大げさに腕を左右に広げる。
﹁若人達よ。最早空に境界はない、存分に己が才を振るうのじゃ!
賭けるのは命ではなく誇りである! さあ、この⋮⋮⋮⋮やって
られるかー!﹂
どうした急に。
﹁皆の者、こんな話くだらないのじゃ! そんなことよりわしの歌
を聞けー!﹂
カンペをビリビリに破き捨てる。
﹁待ってましたぁ!﹂
﹁リデア姫にお堅い話なんであわないぜ!﹂
﹁うぉーリデアちゃーん!﹂
盛り上がる民衆。この展開は予想済みだったらしい。
﹁帝国姫、リデアいっきまーすのじゃ!﹂
軽快なリズムでステップを踏み、彼女はノリノリである。
912
﹁ 行けっ 飛べっ 気になる彼は天士様♪
ツバサ震わせ コノハオトシ♪
スティック引いて スクランブル♪
音の速さなんて 置き去りね♪
ワイバーンも置き去り 鋼の天使♪
私が手を振れば 翼端揺らす♪
でも、でも⋮⋮ あの人は♪
縛られるのがキライな 自由天士♪
ねえっ ねえっ たまには顔だしてよ テ・ン・シ・様♪ ﹂
盛り上がる広場。
やりきった顔のリデア姫。
その背後からガタイのいいオッサンが近付き、首根っこを掴んで
猫のように持ち上げ退場していった。
なんだろう、この気分。
﹁わ、わるい気がしない⋮⋮﹂
アイドルが好きな人って、こんな気分なのだろうか。
確かに美人だし人気者。
でもベクトルが斜め四五度上だった。
913
予選開始まで、あと数時間。
914
開会式とお姫様 2︵後書き︶
現時点での強さランキング︵生身のみ︶を考えてみました。
あくまで目安の思い付きなので、当てにしないでください。
上から最強、下にいくほど弱くなります。
セルフ﹁演劇作家。ファンレター待ってます! 応援してね☆﹂
イレギュラー﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
アナスタシア様﹁魔法を極めたら攻撃魔法も上手くなったってだけ
よ?﹂
ロリ神﹁ロリ言うな﹂
イリア﹁ぱわーふぁいたー系﹂
ロリゴン﹁イエスソフィー、ノー拉致﹂
ラプター﹁第五世代戦闘機っス!﹂
レーカ﹁主人公最強ェ⋮⋮﹂
一〇式戦車﹁無段階変速は伊達じゃない﹂
ガイル﹁俺、天士だし﹂
キョウコ﹁私、天士ですし﹂
ガチターン﹁がはははは﹂
カストルディ﹁小せぇ人型機だな、ばらしちまうか﹂
クラタス﹁水道橋重工製です⋮⋮ふぇぇ、ばらさないでぇ﹂
冒険者志望三人組﹁﹁﹁まとめてカウントすんな﹂﹂﹂
マキ﹁真のヒロインはわたし!﹂
キャサリン﹁メイドだぞ?﹂
ウィンウィン
マリア﹁お母さんには勝てないわ﹂
ビックドッグ﹁Viiiiii⋮⋮﹂
アシモ﹁ホンダ製人型ロボット。でも階段は勘弁な!﹂
915
猫﹁にゃー﹂
ムカデ﹁いつから百本足だと錯覚していた?﹂
ソフィー﹁ムカデいやぁ﹂
916
白い鋼と赤い矢
選手控え室にて現在、俺とマリアはソフィーをなんとか奮い立た
せようと苦戦していた。
彼女は部屋に入った後、他の年上の選手達に揉みくちゃにされて
しまったのだ。愛玩的な意味で。
彼らが迷い込んだ子供の世話を焼きたがったのは、緊張を解した
い意図もあったのかもしれないが⋮⋮当人にとってはいい迷惑。
ご存じソフィーは人見知り。
突然他人に頭を撫でられたりお菓子を与えられたりした彼女は怯
えきって俺とマリアの合間に隠れてしまったのである。
彼らも反省したらしく、今は申し訳なさそうに俺達から離れてい
る。
﹁もうっ、選手控え室が個室だったらこんなことにもならなかった
のに﹂
﹁たかだか余興の、しかも予選だからな⋮⋮合同控え室は仕方がな
い﹂
さすがに他選手が悪かったとはいえ、ソフィーの人見知りにも困
ったものだ。
﹁ソフィー、これから観客の前を歩かなきゃいけないのよ? そん
なので大丈夫?﹂
ふるふると首を横に振る。大丈夫じゃないんかい。
917
﹁ならレーカの一年の努力を無駄にするの?﹂
そういう言い方もあれだけどな。
逃げ場をなくして前に進むことを強制するのは、ちょっと違う気
がする。
しろがね
﹁俺はいいよ、白鋼を作れただけでそれなりに満足だ。これはソフ
ィーの問題だよ﹂
彼女の手を握る。
﹁ソフィーだって、白鋼を乗りこなそうと何十時間も乗り続けたん
だ。その時間を徒労にするか、それとも勲章にするか⋮⋮俺はソフ
ィーの意思を尊重する﹂
なんの心配もない。きっと彼女は立ち上がる強さを持った人間だ
から。
しばし黙った後、ゆっくり顔を上げる。
﹁⋮⋮手、握ってて﹂
彼女はそう、少しだけ甘えてきた。
﹁お安い御用だ、お姫様﹂
918
﹁駄目ね、私⋮⋮﹂
今度はこっちか。
落ち込んだマリアに溜め息を吐きたい気分になる。
なぜ主役の俺が本番直前に周囲のフォローをせにゃならんのだ。
﹁私には、ここにいる資格はないわ﹂
﹁資格って﹂
﹁だって、レースに参加するわけでもない、図面も引けない、機体
の整備も出来ない私はただの部外者よ﹂
この大会にはチームで登録する。
飛行機は一人では飛ばない。大抵のチームは天士の他に五名ほど
の整備員がいるものだ。
勿論、整備員も未成年である。
俺とソフィーは当然として、マリアも一員として登録している。
たからこそ控え室に入れるのだ。
親バカなガイルは規則を破ってでも同行しようとしたが、アナス
タシア様に捻られた。
マリアの役割は雑用。あんまりだとは思ったが、事実それしか出
来ないし、本人からそれでいいいと申し出たのだ。
﹁非力な私じゃ重いパーツを運べない。ソフィーみたいに特殊な技
能もない。私なんて、ただの見習いメイドなのよ﹂
あー、もう。落ち込みスパイラルにはまっている。
﹁せめて心のサポートだけでも、って焦って、さっきは逆にソフィ
919
ーの負担になることを言ってしまったし⋮⋮駄目駄目の役立たずだ
わ﹂
ごめんなさい、と控え室を後にしようとするマリア。
自己完結して変な思考の堂々巡りに入るのは、生来彼女が真面目
な人間だからかね。
少しくらい緩く生きればいいのに。俺を見習え。
﹁確かにマリアのサポートなんて誰にも出来ることだ。けれど、そ
れを一年続けるのは誰にも出来ることではないぞ﹂
辛抱強さは、彼女の大きな長所。
﹁格納庫の掃除をしてくれたり、図面を引いている時にお茶を煎れ
てくれたりしてくれた。机で寝てしまった時なんかも毛布をかけて
くれた。あんな時間まで俺の様子を気にしてくれていてくれたんだ
って、嬉しかったんだからな﹂
裏方は見えない場所で働くからこそ裏なのだ。解析魔法の使い手
である俺には、例え壁の向こうでもお見通しだぜ。
﹁なにより、この三人で大会に参加するって決めた時。マリアが賛
同してくれて本当に嬉しかった。白鋼は三人で作った機体だ。二人
では、完成しなかったかもしれない﹂
﹁でも⋮⋮﹂
﹁それでも納得出来ないなら、ちょっと甘えさせて﹂
マリアに胸に抱き付く。
920
﹁レ、レーカ!?﹂
﹁俺だって緊張もするし不安だったりするさ。でも、マリアの温か
さは落ち着くんだ﹂
﹁⋮⋮子供みたいね、もう﹂
﹁そういう設定なんでね﹂
妙な劣情があるわけでもなく、マリアは単に温かくて気持ちがい
い。
俺みたいな似非マセガキがこう表現するのもなんだが⋮⋮母親の
いい香りがする。
⋮⋮きめぇ。俺きめぇ。うわあああ。
﹁よ、よしっ! マリアエネルギー空中給油完了!﹂
﹁私のエネルギーって油なの?﹂
さー頑張るぞー! と叫んで誤魔化す。俺は今凄い恥ずかしいこ
とをしていた気がする。
﹁ケッ、リア充がっ﹂
﹁こっちは女っ気の一つもないっていうのに﹂
﹁あの歳で二股とか、これが格差社会か﹂
おっと、人目があったなここは。
921
見せつけるように二人を抱き寄せ嫉妬を煽る。モテる男は辛いの
う!
﹁レーカ、その顔気持ち悪い﹂
﹁上がった株が大暴落したわ﹂
クールな毒舌も素敵だぜ。
﹁ありがとう、レーカ。なんだか元気出たわ﹂
﹁はっはっは、感謝のキスでもするがいい﹂
﹁︱︱︱ええ、そうする﹂
疑問に思う間もなく、頬に柔らかい感触。
﹁え、ええっ、ええええぇぇ!?﹂
﹁違うわよ!﹂
なにが!?
﹁これはおまじないよ、アナスタシア様に教えてもらった勝利のお
まじない!﹂
だからって実践しなくても。
マリアはソフィーにもキスする。女の子同士のちゅーって芸術だ。
﹁これが私に出来る最後の手伝い。わ、私はもう観客席に戻るわ!﹂
922
赤面を俺から逸らし、走り去るマリア。
﹁転ぶなよー﹂
﹁転ばないわんぎゃ!﹂
あ、転んだ。
係員の指示通り一列に並び、会場へと足踏みしつつ進行する。ま
るで運動会。
室内から外の明るさに少し目眩。
空に地上に、物々しいなんて感想を飛び越え最早圧巻すら抱かせ
る軍用機の数々。
観客席に埋め尽くす観戦客の声援に、ファンファーレの音はほと
んどかき消された。
さて、マリア達はどの辺にいるのかな。
世界最大のお祭りである大陸横断レースには、共和国帝国その他
小国様々な軍隊が警備に集結する。
それは互いの軍事力を誇示し合ったり、他国の天士と交流したり、
最新鋭機のお披露目であったりと多分に政治的要素も含むのだろう。
エアシップ
場所を選ばず溢れかえる機体。
飛宙船、<ruby><rb>戦闘機
</rb><rp>(</rp><rt>ソードシップ</rt>
923
ストライカー
<rp>)</rp></ruby>、人型機、<ruby><r
b>獣型機
</rb><rp>(</rp><rt>ビースター</rt><
rp>)</rp></ruby>がこれほど雑多に入り乱れるこ
となどそうそうあるまい。
使用用途が戦闘に限定される獣型機は軍隊で多く採用されている
とは聞いていたが、滅多に見ない獣型機の部隊はかなり物珍しい。
帝国の獣型機部隊に輪にかけて異様な白くて丸っこい奴がいるの
はキニシナイ。
レースの余興である未成年の部、その予選ですらこれほど賑わう
とは。
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
経験したことのない多くの人の視線に、人見知りのソフィーはガ
チガチに固まり俺の手を強く︵彼女の握力からすれば、だけど︶握
り締める。
﹁大丈夫?﹂
﹁だだだ、だいじょ、うぶうぶ﹂
舌が巧く動いていない。どの辺が大丈夫なんだ。
それでも真っ直ぐ歩くソフィーはたいへんいじらしい。ナンバ歩
きになっているが。
観客が﹁かわいー!﹂と声を上げる。
列がある程度の感覚を開けぴたりと停止。
白鋼の前である。
ここが予選のスタート地点。ドリットの海岸線に並べられた数々
の飛行機、白鋼もその中の一機だ。
924
どこまでも続く清水の舞台、柵なしVerと言ったところか。
あまり潮風に当てたくないな、と整備する者としては思うのだが。
白鋼の前方はすぐ舞台が途切れ、高さ二〇メートルほどの崖っぷ
ちだ。
﹁ソフィー、この距離で離陸出来る?﹂
﹁風向きが悪い。無理よ﹂
﹁なら他の機体が離陸した後に横向いて飛ぶか﹂
ちょっとタイムロスだが、仕方がない。
一〇〇機以上の参加機、その全てに操縦者である少年少女が緊張
した面持ちで立っている。
俺達は参加者中最年少に近い。一〇〇機もあると端まで見えない
けど。
二人乗り、というのも珍しいようだ。先程から俺にしがみつくソ
フィーを見てからかう奴も多い。
﹃さあいよいよ始まります、年に一度の大レース! その前座を努
める若き勇者達に拍手と声援を!﹄
実況者が司会進行。この音声がクリスタル通信で世界中に飛んで
いるのか。
というか勇者とかやめて、俺まで恥ずかしくなってきた。
﹃コースはご存じの通り、この海岸線からスタート。海上の巨塔を
旋回してこのスタートラインに戻ってくるまで! 直進、旋回、直
進で終わる単純なコースですが、故に機体性能と天士の操縦精度が
求められます!﹄
925
巨塔をどうクリアするかが肝だろう。なるべく巨塔の近くを飛ぼ
うと、デットヒートになりそうだ。
とはいえ⋮⋮白鋼の性能であればよほどのミスをしない限り勝て
るけれど。
他の機体へ目を向ける。
複葉機、三葉機、果ては箱型飛行機や布張りの機体まである。
勿論それは少数。大半は大戦の量産機をチューンしたもののよう
だ。
しかし大戦後の機体はほぼ存在しない。つまりなにが言いたいか
というと⋮⋮
︵白鋼、すげー浮いてる⋮⋮︶
エリアゾーン、くびれのボディを採用した流線型のデザインは、
この中ではかなり異質なのだ。
別に機体にくびれを入れるのは亜音速でも有効な技術だが、その
効果が顕著に現れるのは超音速に突入してから。
なので他の機体はほぼエリアゾーンを考慮していない。
︵なんでまた、第一次世界大戦クラスの飛行機とレースせにゃいけ
ないのだ⋮⋮︶
いや、そういう選手をふるい落とす為の予選なのだけれど。
予想より参加機のレベルが低い。
やり過ぎた。そんな言葉が脳裏を過ぎり、そしてどこかへ飛んで
いった。
考えても仕方がない。面白い機体があるならそれでよし、なけれ
ばサクッと優勝勝ち取ろう。
そもそもが亜音速機限定だと初めから解っていたのだ。本来、ネ
926
20エンジンではどれだけ強化しても音速は越えられない。
むしろ縛りプレイでもしようかな。エンジンカット、グライダー
のように滑空のみ、とか。
⋮⋮さすがのソフィーでも、それでは完走するのが精々だろう。
﹃本戦に進めるのは一〇機のみ! 他の人はまた来年! 落ちても
大丈夫、下は海!﹄
あ、だから海上がコースなのか。
﹃さあ若き天士の皆さんご搭乗を!﹄
やっと視線の嵐から逃れられると息を吐くと、観客席に横断幕が
垂れる。
﹁ソフィーィィィィッ! 俺が応援しているぞぉぉぉ!﹂
﹁フレーッ! フレーッ! 我が孫娘よ頑張るのじゃー!﹂
幕の左右を支える二人の男。
父と叔父の痴態に、羞恥で真っ赤となるソフィー。
他人のフリ、他人のフリ。
﹁さっさと乗り込むぞ、周りにあの二人との関係を気取られる﹂
﹁そうね、そうしましょう﹂
俺達は彼等にそれ以上の目を向けることもなく、さっさと白鋼に
乗り込んだ。
というかアンタら、俺も応援しろよ。
927
各機のパルスジェットエンジンに火が点る。
れいか
間欠燃焼エンジン特有のパパパパパ、というエンジン音。
それが一〇〇機ともなると、まるでスコールの雨音だと零夏は思
う。
焔を宿し開始の合図を今か今かと待ちわびる飛行機達の中、白鋼
はノズルから炎を漏らすこともなく沈黙し続ける。
﹃皆さん準備出来ましたか? 何機かエンジン点火に失敗しており
ますが、まあそれも実力の内。もうレースは始まっているのです!﹄
飛行機の製造から改造、そして整備技術までもがレースの一部な
のだ。コンタクトに失敗しようが、大会側は待つ気はない。
﹁白鋼もエンジントラブルだと思われているのかしら?﹂
そうソフィーが呟くと、零夏は﹁だろうな﹂と返した。
﹃では私の打ち上げる魔法が破裂するのがスタートサインです! よおおぉぉぉぉい、﹄
パシュウ、と杖の先から発射される火の玉。
火球は徐々に減速し、高度が最大に達した時︱︱︱パァンと破裂
した。
928
﹃スタートォ!﹄
人型機が二〇メートルサイズの巨大チェッカーフラッグを振った。
一〇〇機の機体が一斉に浮上する。
レトロな外見の機体群が最新鋭機でも困難なVTOLをこなすの
は、やはり零夏にとっては奇妙でチグハグな光景だ。
何機か離陸失敗し、転倒やその場で墜落。⋮⋮やはり素人設計ら
しい。
しかし白鋼にとってもそれは他人事ではない。隣の機体がバラン
スを崩しこちらへ接近してくることに気付き零夏は叫んだ。
﹁出力最大!﹂
踏み込まれるスロットル。
水素ロケットに点火、即座にパワーマキシマム。
突っ込んでくる機体を回避し崖から墜ちる。
﹁レ、レーカ!?﹂
指示に従ったら墜ちたぞと抗議の声を上げるソフィー。
﹁頭から落ちて!﹂
﹁⋮⋮っ、信じるわよ!﹂
推力偏向を駆使し機体を垂直に。
水しぶきを上げ白鋼は、水泳の飛び込みのように水中へと消えた。
水平姿勢で着水すれば、衝撃で内部機構がオシャカになりかねな
い。
929
咄嗟に海中が意外と深いと解析判断し、白鋼のナビゲーターはダ
メージの少ない姿勢を選んだのだ。
﹁水の中よ、どうするの?﹂
風防の外に魚が泳ぐのを見て、眉を顰めるソフィー。
﹁エンジンをアイドリングに﹂
ロケットエンジン状態なので吸気口は閉じているが、エンジンを
停止させると排気口から水が侵入しかねない。
﹁一〇五度機首上げ、ヨー左三〇度回頭。角度維持したままエンジ
ン全開!﹂
エンジンコントロールユニットを手動に切り替えて﹃Rocke
t﹄に固定。水中で時速一〇〇キロを越えることはほぼ不可能だが、
センサーの誤作動でラムジェットエンジンに切り替われば海水がエ
ンジンに入り致命的な損傷を受ける。それを避ける措置だ。
体勢を立て直した白鋼は水中にて加速する。
泡を置き去りに、垂直尾翼が鮫の尾ひれよろしく海上へ飛び出す。
﹃な、なんでしょうか? サメ、にしては速いですが﹄
墜落した天士の安否を気にし海面にも注意を払っていた司会者が、
海中より突出した三枚の尾ひれを見て困惑。
現在この水域に危険な動物はいないはずだが、と訝しむも、その
正体はすぐ明らかとなった。
姿を露わにする、海中より浮き上がる白き翼。
続いてコックピットキャノピーの内側にも空の青さが戻る。
930
静かに、水を振り払いつつ白鋼は離水。
抵抗が激減した白鋼は水面を這うように更に加速する。
﹁水中発進は浪漫だが、メカニックとしては勘弁してほしいぜ﹂
潮風を受けるどころか、塩水を被ってしまった。
エンジンコントロールユニットを自動に。﹃Ramjet﹄へと
切り替わり、白鋼は戦線復帰を果たす。
ソードシップ
﹃ソ、飛行機!? あれは選手番号三八番、白鋼です! 白鋼、ピ
ンチを脱しスタート成功!﹄
一度墜落してからの復帰という展開に、観客は沸き立つ。
この瞬間より、白鋼の名は表世界に出始めた。
タイムロスは甚大。トップを飛ぶ機体までの距離はかなり離れて
いる。
﹁ここからだ。目に物見せてやろうぜ﹂
﹁了解!﹂
次々と墜落していくライバル機。
﹁撃墜されているわけでもないのに、なぜ墜ちる﹂
白鋼が水没しているうちに、空に浮かんでいる機体は半数程度ま
でふるい落とされた。これからが本番、ということだ。
高度を上げつつ周囲を確認する。
遥か遠方に赤い飛行機。その後に数機が続き、後方に大多数、そ
してテールエンドに白鋼といったところか。
931
﹁速度を八〇〇キロに。打ち合わせ通り、七位前後を狙うぞ﹂
﹁うん﹂
加速では白鋼に分があるが、トップスピードであれば七〇〇キロ
を越えると思われる機体も多々ある。ネ20エンジンにしてはなか
なかの速度だ。
八〇〇キロを維持すればそれなりに追い付けるだろう。そう判断
しての、プラス一〇〇キロ。
全力で一位を狙わないのは、本戦でマークされないように。想定
外のトラブルで八〇〇キロも出しているので最早作戦の有用性自体
怪しいが、ともかく誤差を考慮に入れ七位前後を手堅く狙っている。
そう時間もかからず、巨塔は迫ってきた。﹁でかい、な﹂﹁そう
だね﹂ 対比物が存在しないこと、巨塔が馬鹿げた大きさであるこ
とから距離感が狂う。
﹁あと一キロ、4,5秒で到達する﹂ 解析魔法で正確な距離を算
出しつつ、旋回のタイミングを計る。 側面に迫る巨塔。 一〇〇
メートルまで近付いたそれは、既にただの壁だ。 この中にダンジ
ョンがあるのだ、大きいのは当然。
だが、間近で見ると本当に非現実的なサイズである。 緩くバン
クし、速度を殺さないように巨塔に沿って旋回する。 上手く角度
を掴めずもたついてしまった選手を追い抜き、巨塔スレスレを飛行。
巨塔は遠目で見るとただの円柱だが、実際はかなり凹凸がある。
障害物に衝突しないよう高度を上げ下げする白鋼。
他の機体は激突を恐れて、白鋼よりも巨塔との距離を広くとって
いる。臆病なのではなく、それが普通で常識的な判断である。
零夏の予想した巨塔付近のデットヒートは、あくまで普通の天士
932
の場合。基準が狂っているソフィーと接戦を行おうなどという猛者
はいなかった。
鮮やかに建築物の隙間を抜ける白鋼。その隙間は一〇メートルも
ない。
ソフィーにとっては造作もない技術。しかし、他選手からすれば
狂気の沙汰だった。
やがて旋回を終えスタート地点の海岸を望める位置まで来ると、
既に白鋼は先頭集団に追い付いていた。
先頭集団は数十機、この群れの前方にさえいれば本戦は確実。
もし急加速しても、白鋼の瞬発力はご存じの通り。例え軍用機で
あってもコイツの加速には追い付けない。
白鋼はようやく予選突破の安全圏に食らいついた。
﹁いち、にい、さん⋮⋮この辺が七位かしら﹂
﹁いや⋮⋮いる。ずっと先に、赤い飛行機が﹂
その異常な速度に、零夏は違和感を覚えた。
﹁なんだ、あの速度は?﹂
加速に伸びがあり過ぎる。
流線型の葉巻ボディに、翼下双発エンジン。珍しい十字の尾翼。
エンジンも勿論チューンされているだろうが、それだけじゃない。
なにか秘密があると零夏は睨み、そして違和感の正体に気付いた。
﹁プロペラ⋮⋮だと?﹂
その機体には前後にプロペラが付いていた。
ただのプロペラではない。速度を稼ぐにしてはゆっくり回転して
933
いる。それが機体の前後、双方に装備されているのだ。
︵そうだ、あれはフィアット工房で見た機体だ。あの機構はなんの
意味がある?︶
﹁レーカ! あの飛行機、風の層を纏っている!﹂
﹁⋮⋮なんだって!?﹂
口で言うのは簡単、しかしとんでもない技術だと理解した。
前方からの風圧は飛行機を浮かせる為には必要不可欠だが、利点
ばかりではない。
空気抵抗や圧縮熱、様々な障害として飛行機を邪魔している。
それらを完全に受け流しているとすれば?
つまり、あの飛行機は宇宙船。抵抗がないから加速し続けること
が可能で、そのくせ主翼はしっかり揚力を稼いでいる。
﹁それじゃああのプロペラモドキは魔導術式か、面白い﹂
風の魔法には詳しくない零夏には、想像も付かないような発想だ
った。
﹁関心している場合?﹂
﹁いや、一位はどの道譲る予定なんだ。今は精々情報収集と洒落込
も⋮⋮なんだと?﹂
加速し続ける赤い矢。その周囲を纏う空気の質が変化する。
﹁⋮⋮音速突破した!﹂
934
ネ20エンジンで音速なんて不可能。そんな常識を覆す存在が、
目の前にもいた。
﹃し、信じられません! 未だかつて音の壁を破る未成年部門選手
レッドアロウ
がいたでしょうか! 優勝候補マンフレート選手、そして赤き矢︱
︱︱赤矢! 多くの有名天士を輩出した帝国名門リヒトフォーフェ
ン家の名は伊達じゃない!﹄
興奮気味に伝える司会者。それは、大陸横断レース未成年の部に
おいて初の偉業であった。
ソニックムーブすら無効化し尚も加速する赤矢。
︵理論最高速度無限ってか、無茶苦茶だ︶
観客の視線を釘付けにする赤矢を零夏は恨めしそうに睨む。
﹁未成年部門初音速の栄光は、白鋼がかっさらう予定だったのに⋮
⋮!﹂
﹁作戦作戦。レーカ作戦忘れないで﹂
︵ふはははは、まあいい、今は音速程度で満足しているがいい︶
そう心中で負け惜しみを漏らした時、レースは動いた。
俺達の前後を飛ぶ先頭集団、その大半が加速したのだ。
﹁な、余力を残していた?﹂
先程までの先頭集団はせいぜい七〇〇キロ程度。それが、赤矢に
935
追従するように加速したのだ。
﹁違う、あれは、アフターバーナー!?﹂
加速した機体は例外なくアフターバーナーを実装、使用していた。
排気口付近で燃料の仮想物質を再噴射し出力を倍近く跳ね上げる
加速装置。しかし、ネ20エンジンはアフターバーナーと相性が悪
い。
だからこそ、白鋼はアフターバーナーの外付けなどという回りく
どいことをしているのだ。
強引に一体化すれば、魔導術式が熱で損傷しかねない。
﹁いや、だからこそ、このタイミングなのか﹂
アフターバーナー
零夏は知らないが、自壊覚悟のABは優勝狙いの機体では定番の
改造なのだ。
想定していたとはいえ予想以上の加速に、白鋼の順位は一気に落
ちる。
︵予選で見せる気はなかったが⋮⋮ゴールまで時間がない、か︶
﹁ソフィー、仕方がない。高速飛行形態!﹂
﹁了解!﹂
ソフィーが両手の操縦桿を大きく引くと、主翼が二重後退。カナ
ードも空気抵抗を減らすため短縮。
アフターバーナーの魔導術式が両翼と垂直尾翼の三カ所から展開。
三角柱状の空間を連金し、白鋼の魔界ゾーンラムレーズンエンジン
が炎の柱を伸ばす。
936
﹃Hybrid After−Burner﹄
そんな魔法のコトバによって再現される、殺人的な急加速。
酸素を消費し尽くし不完全燃焼となった炎はトーチングとして噴
き上がる。
骨が砕けてしまいそうなほどの狂った出力に、暴れ馬のように白
鋼は獰猛に他機を抜き去る。
炎のラインを空に刻み、衝撃波は他の機体を大いに震わせ。
ここに、最速の白鳥は本性を垣間見せた。
﹃白鋼が猛追撃、というか形が変わっている!? まさかまさかの
またしても未成年部門初、可変後退翼機です、っというか速すぎや
しないか!?﹄
音速を軽々と越える白鋼。赤矢以上の加速を見せ付ける飛行機に、
誰もが唖然と口を開いた。
﹁ソフィー、もういい! もう2位!﹂
﹁もう手遅れじゃないかしら?﹂
マッハ2に迫る白鋼。ソフィーの言う通り、既にこの機体の異常
性は皆理解していた。
﹁こうなったらあの赤い機体も抜くわ﹂
﹁え、なんで意地になっているの?﹂
﹁だって﹂
937
ソフィーは拗ねたように唇を尖らせる。
﹁紅を纏っていいのはお父さんだけだもん﹂
音速の赤矢と、その倍速で迫る白鋼。
速度差は一二二五キロ。白鋼にとって、赤矢など静止しているの
と変わらなかった。
抜き去るのは一瞬。
直後、海岸線を白鋼、赤矢の順で突破する。
ある程度高度があったとはいえ、ソニックムーブはガラスを罅割
り、風圧は屋台を吹き飛ばす。
一瞬の静寂。
未成年の部に不釣り合いな潜在能力を見せた二機に、人々は喝采
を上げた。
最下位からトップへ。そんな劇的な姿は、人々の記憶に白鋼の名
をしかと刻み付ける。
最初の伝説を成した白鋼のコックピットにて、ナビは頭を抱えて
いた。
﹁⋮⋮目立ちまくりだ﹂
満足げなソフィーの後頭部を小突いてやりたい気分の零夏であっ
た。
938
白い鋼と赤い矢︵後書き︶
レッドバロン レッドバロウ レッドアロウ⋮⋮く、くるしい。
プファイルの作中ネーミングには苦労しました。
そもそもなんでレッドアロウとか英語なんだよって話です。
939
キザ男と眼鏡女性
予選終了後、本来なら予選突破選手にインタビューを行ったりす
るそうだが、俺自身そういうのは苦手だしソフィーは以ての外。
大会側が用意した格納庫にさっさと着陸し、堅く扉を閉じていた。
格納庫の屋上に登り、そぉっと下を覗く。
俺達を出待ちする記者達が、扉の前に陣取っていた。
﹁出れねぇ⋮⋮﹂
﹁むぅぅ﹂
しろがね
一度海に落ちた白鋼の海水洗浄作業で随分時間を食ったはずだが、
しつこい連中だ。
風で飛んできた紙をキャッチすると、それは号外新聞だった。
﹃姿無き謎の天士! 可変翼機﹃白鋼﹄を操るのは、美しい兄妹!
?﹄
兄妹じゃねーよ。美形なのは事実だが。キリッ。
どうやら奇妙な噂が流れているらしい。
ゴシップじみた号外新聞を投げ捨て、さてどうしようかと思案す
る。
﹁早くお母さんとお父さんのところに戻ろ?﹂
﹁そうしたいのは山々だが、そのまま無策で歩いたら見つかるしな
ぁ﹂
940
明日の本戦前となれば名前は明かされるが、いち早く情報を掲載
したいのはメディアの性。
彼らとて成果なしで帰れないのだろう。あのゴシップは苦肉の策
か。
建物の扉の反対側に飛び降りようにも、人は裏手まで回り込んで
いる。
まさしく陸の孤島だ。
﹁いっそ隣の建物に飛び移るか?﹂
あれ、いい考えかもしれない。
格納庫は何棟も真っ直ぐ並んでいる。同じ設計であれば、ここに
登ってこれたように屋上階段があるだろう。
ストライカー
空に監視はない。飛び移って、降りて、何気ない顔で扉から出る。
よし名案。そうしよう。
﹁明日はエアバイクを持ってこないとな、脱出用に﹂
ソフィーに目隠しして抱き上げる。
﹁わっ、なんで隠すの?﹂
﹁暴れられても困る﹂
エアシップ
隣の建物までの距離は二〇メートルほど。飛宙船や人型機の通行
も考慮して、かなり余裕をもって開いている。
身体強化の上で助走を付ければ飛べるはず。人間はそもそも一〇
メートルは飛べるのだ。
ソフィーが困惑しているうちにジャンプ、ジャンプ、ジャンプ。
941
彼女が衝撃をモロに受けないように、膝を屈伸させソフトにラン
ディング。
何棟か隣の格納庫に飛び移り、ソフィーの目隠しを解く。
﹁うううっ、レーカ嫌いよ﹂
泣いていた。
﹁君に涙は似合わないぜ﹂
﹁レーカのせいでしょ!﹂
屋上の扉をピッキングして一階へ降りる。
そこには多くの整備員が働いていた。
⋮⋮ちょっと多過ぎないか? それに連携も練度も低い。
ソードシップ
﹁なんだこれ、ここも予選突破した選手の格納庫だよな?﹂
﹁レーカ、あそこ﹂
レッドアロウ
・・
ソフィーが指差す方向には、赤い飛行機が鎮座していた。
赤矢。未成年部門において、一応初の音速突破した機体。
﹁おー、見てみたかったんだよな﹂
空気の層を作る技術、なかなか興味深い。
942
機首と最後部に装備された、三枚ずつの回転式魔導術式。
どうやらこいつが前後で気流を繋ぎ、機体を包み込んでいるっぽ
い。
﹁⋮⋮思ったより強引な術式だな﹂
魔力消費も大きく、モーターというデッドウェイトを抱えてまで
回転させ続けなければならない。後付けだからか機構も無駄だらけ。
﹁なんていうか、概念実証機?﹂
動けばいい、みたいなコンセプトが透けて見える。
まったく新しい技術であれば新規設計の方がいいのだ。プロペラ
機にジェットエンジンを積んだところで性能を生かしきれないよう
に。
なにより問題は⋮⋮
﹁使い捨てなのか、あのブレード﹂
見合わない魔力を魔導術式に注ぎ込んでいる為に、短時間で焼き
切れてしまうのだ。
この設計では完全な解決は難しい。基本設計からやり直しなけれ
ばなるまい、そう例えば︱︱︱
﹁やれやれ、敵情視察とは品がないな、平民﹂
背後からの声に思わずスルーする。
﹁そこは思わず振り返りたまえよ、君﹂
943
﹁なあ、あれってすげー金食い虫じゃないか?﹂
背後にいたのは口元をひくつかえせ俺を睨む、金髪美形少年だっ
た。
真っ赤な軍服もどきにカールした髪。年齢は俺達よりちょっと上。
あからさまに煌びやかなオーラを纏う、お近付きになりたくない
タイプである。
﹁⋮⋮ほう、判るか。メカニックとしての腕は悪くないようだ、僕
の専属メカニックになりたまえ﹂
﹁ノーセンキュー﹂
いきなり勧誘してくるとは。
﹁君達は白鋼とかいう飛行機の天士だったね。まったく、あれだけ
世間を騒がせておいて偵察ごっことは、民衆が知れば恰好のバッシ
ング対象だぞ﹂
意外と親切だった。
﹁ご忠告どうも﹂
﹁べ、別に忠告などではない! 勘違いするな!﹂
男のツンデレとかどうしよう。
﹁それより先程の話だ。腕に覚えのある職人が足りていない。金な
ら出そう﹂
944
ああ、なるほど。この格納庫にいる少年少女は質より量で手当た
り次第に雇ったのだな。
工房の子供であれば簡単な整備くらいは可能が⋮⋮短期アルバイ
トでは連携も上手くいくまい。
﹁でも、むしろ量より質が問題になる飛行機だろ、これ。魔導術式
を刻むのは職人技だぜ﹂
﹁う、ううむ、そうなのだが、如何せんなぁ。僕はこの飛行機に一
目惚れしてしまったのだよ﹂
飛ぶ度にオーバーホールが必要なレベルで繊細な機体、実用機と
しては落第点だろう。
それこそ、愛がなければ運用出来まい。
﹁確かに綺麗な機体だな﹂
﹁そうだろう、そうだろう! スクラップになっているのを偶然見
つけてね、評判の工房でレストアしてもらい、帝国の最新鋭技術を
組み込んだのだよ! おかげでお小遣いはスッカラカンだが⋮⋮い
いさ、僕はコイツとこれからも、ハッ!?﹂
熱弁途中で我に返った。
﹁いいから早く出て行きたまえ! ⋮⋮ふむ?﹂
美形少年の視線がソフィーに向く。
しばし見つめ、そして呟く。
美しい
﹁⋮⋮Beautiful⋮⋮﹂
945
もう、黙れあんた。
フロイライン
わたくし
﹁失礼しましたお嬢様。私の名はマンフレート・リヒトフォーフェ
ン。帝国貴族リヒトフォーフェン家の長男で御座います﹂
片膝をつきソフィーの手を取るマンフロ⋮⋮言えん、キザ男でい
いや。
ソフィーは怯えつつも問い返す。
﹁リヒトフォーフェン家⋮⋮優秀な軍人を多く輩出した、あの?﹂
﹁おお、ご存じですか﹂
なんで知っているんだソフィー。
﹁これから私と共にお茶でも如何でしょう? 決して退屈はさせま
せん﹂
歯の浮くような台詞にソフィーは怯みつつも、勇気を振り絞りこ
う答えた。
﹁お誘い頂けて光栄ですわ。しかし、私共はこれから家の者と予選
突破を祝う予定ですの﹂
おお、お嬢様モードの猫被りソフィーだ。久々に見た。
﹁君は貴族の子なのかい?﹂
その切り替えになにかを感じ取ったのか、キザ男は視線鋭くそう
946
訊ねた。
﹁ふえぇ﹂
あ、お嬢様モード破綻した。
慣れないことをしていっぱいいっぱいだったのが、一瞬で限界を
迎え俺の後ろに隠れた。
アナスタシア様の教育はあんまり実を結んでいないっぽい。
まあ頼られた以上、助け船を出すか。
﹁俺の女に手を出すな!﹂
﹁なぁ!?﹂
ふっふっふ、この一言に怯まぬ奴はいまい。
﹁き、君達は、そういう関係なのか!?﹂
﹁そうだ! あ、いやそうじゃない!﹂
﹁どっちかね﹂
﹁清いお付き合いだ!﹂
うぐぐ、と歯を噛みしめた後、キザ男は踵を返す。
﹁ふ、ふん! 所詮田舎娘、僕の目に留まるのが間違いだった!﹂
﹁あ゛あ゛あ゛? 今ソフィーを貶した? なあ今ソフィーを貶し
た?﹂
947
微妙に互いに引けない状況へともつれ込む。
そこに割り込んだのは、他ならぬ張本人だった。
﹁レーカ。貴族と喧嘩しちゃ、駄目﹂
﹁⋮⋮ふん﹂
ソフィーの瞳には真剣な色しか写っていない。
﹁⋮⋮すいませんでした﹂
頭を下げる。
﹁クックック、それが貴族に対する謝罪かね?﹂
﹁図に乗るな﹂
思わずぶん殴った。後悔はしない。
床でピクピクと痙攣するキザ男を踏み越え、格納庫を後にする。
下から﹁見え﹂とか聞こえたので、もう一度蹴り飛ばしておいた。
﹁お、覚えておけよ平民! 君達のせいで赤矢のデビューが台無し
になったのだ、絶対にギャフンと言わせてやる!﹂
﹁ぎゃふん﹂
平民は貴族に楯突いてはならない。
子供のソフィーだって知っている、この世界の法則。
やはりここは日本と違うのだな、と今更ながら思った。
948
﹁おおおっ!﹂
﹁おー﹂
ソフィーと一緒に空を見上げて感嘆する。
共和国軍の戦闘機による航空ショーだ。
さすが空と密着した世界、一〇〇機以上で編隊飛行とか狂ってる。
爆撃でもされるのかここは。
ぼうれい
﹁あれは亡霊か、共和国主力戦闘機だな﹂
﹁安定性が良さそうな機体ね﹂
﹁直線ならな﹂
大戦後の新世代機開発における混乱を象徴するような機体だ。
戦闘がドックファイト主体のセルファークにおいて、なぜか運動
性が軽視された機体。
操縦次第ではかなりの運動性を発揮するのだが、コンセプトが迷
走した設計のせいでとても扱いが難しい。
しかし既に大量生産した後であり、今更設計し直すより天士の練
度を上げた方が安上がりという結論に達した。おかげで共和国軍の
天士は亡霊というじゃじゃ馬を乗りこなさなければならなくなった
949
のだ。
あらだか
共和国が荒鷹の開発を急ぐ理由の一つである。
﹁いい戦闘機なんだけれどね﹂
性能が悪ければ普及しない。総合的に見れば上出来だ。
空に描かれる共和国の国旗に、人々は歓声を上げる。
﹁すげー規模だな、大き過ぎて見えない﹂
魚眼レンズとか通さないと、カメラにも収まるまい。
﹁上手いなぁ、やっぱり﹂
﹁⋮⋮そう?﹂
訊く相手を間違えた。
﹁俺の世界だと曲芸飛行を任されるのは凄腕中の凄腕だけど、彼ら
も銀翼だったりするのかな﹂
﹁違うと思うわ。シルバーウイングスって世界で五〇人程度しかい
ないって聞くし、操縦もお父さんほど上手くないもの﹂
﹁その通りだ。彼らはトップウイングス、凄腕には違いないが銀翼
ほどではない﹂
﹁レーカ?﹂
ソフィーが声質の変化に首を傾げる。いや俺じゃないから。
950
筋肉質な男が俺達の前に立ちふさがった。雰囲気からして自由天
士?
﹁久々だな、レーカ君﹂
﹁誰?﹂
がくり、とずっこける男。お約束を理解するとは⋮⋮こいつ、出
来るっ!
ストライカー
﹁一年前に君に人型機を改修され、壊され、修理された者だ﹂
さて、皆も一緒に考えよう!
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
誰?
﹁ヨーゼフだ。まあ短い付き合いだ、忘れてしまっても不思議では
ないが﹂
﹁あっ、闘技場の!﹂
俺が初めて受け持ったお客さんだ。どうしてこんなところに。
﹁おかしいことでもあるまい、自由天士は世界を渡り歩くものだ。
951
大陸横断レースは我々にとってもいい暇つぶしだしな﹂
﹁お久しぶりです。相方の戦闘機乗りの人は?﹂
﹁アイツといつも行動を共にしているわけではないさ﹂
子供じゃないし、出会ったり別れたりすることもあるか。
﹁それより予選レースのスタートで君を見てな、素晴らしいフライ
トだったぞ﹂
﹁いえ、それほどでもありますが﹂
﹁謙遜することは⋮⋮していなかったな。ともかく、本戦も頑張り
たまえ﹂
﹁はい。頑張るのは主にこの子ですが﹂
﹁ふ、可愛らしい天士だ﹂
しゃがんでソフィーの頭を撫でようとするも、ソフィーは素早く
逃げてしまった。
﹁やれやれ、嫌われているらしい﹂
﹁女の子の頭を気安く撫でるのはどうかと。本人も極度の人見知り
ですし﹂
ヨーゼフは肩を竦める。
952
﹁どうやら私はデートの邪魔のようだ。これにて失礼する、レーカ
君、ソフィー嬢﹂
﹁応援宜しく∼﹂
後ろ手に振るヨーゼフを見送り、俺達は宿への道を再び歩き始め
た。
﹁⋮⋮?﹂
﹃カンパーイ!﹄
男達が杯をぶつけ合い、ガイル一家が貸し切ったフロアは笑い声
に包まれた。
﹁いやー見たか親父、俺の娘の勇姿をよぉ!﹂
﹁それよりワシの孫娘じゃ、なんとも素晴らしい操縦じゃったぞ!﹂
娘バカと孫バカが酒を呷り語り合う。
それ同一人物だから。あと俺も後ろにいたから。
﹁まったく、馬鹿共はこんな時間から酒盛りを始めやがって﹂
953
キャサリンさんがつまみの料理を運びつつ小言を漏らす。
﹁そうねぇ。浮かれるのは解るけれど、予選突破しただけで祝賀会
はないわ﹂
そう、祝賀会である。
宿に戻ってみれば、既にガイルとイソロクは酒瓶を開けていた。
﹁ソフィー、こっちに来い! だっこしたる!﹂
﹁嫌﹂
酒臭い父から逃げ、母の元へ逃げ込むソフィー。
﹁おうソフィー、知らないうちに大きくなったな! あはははは!﹂
れいか
﹁残念ながらアンタが抱っこしているのは零夏君であります。離せ
馬鹿ガイル﹂
ビースター
なにが悲しくて男に抱きかかえられなきゃならんのだ。
外から﹁ホモォ、ホモォ、ホモォ﹂と帝国最新鋭獣型機の独特の
駆動音が聞こえる。黙れ。
身体強化を使って腕を振り解き、アナスタシア様に抱き付く。
﹁あぁ癒される、荒んだ心が解けてゆく⋮⋮﹂
﹁大袈裟ね、もう﹂
ソフィーと俺に纏われて少し困り顔のアナスタシア様。
954
﹁はい、あーん﹂
﹁あーん﹂
アナスタシア様はソフィーに料理を食べさせる。相変わらず仲の
いい母娘だ。
親子喧嘩なんてしたことないんだろうな。
﹁そんなことないわよ。一度だけ喧嘩したことがあるわ﹂
へー、意外だ。
﹁お母さん、喧嘩なんてしたっけ?﹂
﹁ふふっ。ソフィーは知らないわよ﹂
﹁覚えていない﹂ではなく﹁知らない﹂?
変な言い回しだ、と思っているとドアがノックされた。
﹁あら、なにかしら﹂
﹁⋮⋮ギイハルトとイリアさん、それに後ろに眼鏡の女性ですね﹂
解析魔法の結果を伝える。防犯には極めて便利だ。
ギイハルト兄妹だけならばともかく、後ろの見知らぬ人物の存在
にアナスタシア様は怪訝な表情になる。
﹁軍人?﹂
﹁うーん、どうでしょう? 癖に軍人っぽさはあるんですけれど、
955
むしろ⋮⋮整備員?﹂
整備員と判断したのはただの勘だ。
﹁整備員の眼鏡の女性、まさか﹂
アナスタシア様の表情がなんとも複雑な感情を表していた。
﹁⋮⋮そう、なら開けてきてもらえる?﹂
﹁了解です﹂
ドアを少しだけ開く。
﹁合い言葉を言え!﹂
﹁合い言葉?﹂
隙間から覗く、困り顔のギイハルト。だが俺は容赦しない。
﹁山!﹂
﹁どかーん﹂
イリアが間髪入れず返答した。
﹁⋮⋮よしっ、入れ!﹂
彼女の中では山=活火山なのだろうか?
956
﹁う、うんありがとう。あと予選突破おめでとうレーカ君﹂
﹁おめでとう﹂
兄に続き祝辞を述べるイリア。
そして気になるのは、やはり二人の背後の女性だ。
﹁君が白鋼の制作者のレーカ君?﹂
ポカンと眼鏡の女性が俺を見つめる。
﹁うううっ、こんな小さな子があんな機体を作ったなんて﹂
涙目で壁に突っ伏す女性。誰だこの人。
﹁とにかく入って入って﹂
廊下で騒がれては変な噂が立ちかねない。
﹁こんにちはガイル先輩⋮⋮イソロク様もご一緒でしたか﹂
﹁おう、ギイか﹂
﹁新米銀翼の小僧じゃな﹂
酒盛りする二人を呆れた目で見つめるギイハルト。
﹁って親父、今なんつった?﹂
﹁新米銀翼、じゃが﹂
957
おお! ギイハルト銀翼に昇格したんだ!
﹁てめー教えろよ水くせーなおい!﹂
﹁すいません、伝え忘れていて⋮⋮臭いです先輩、酒臭い﹂
ギイハルトにまで逃げられるガイルだった。
﹁祝杯だ。飲め﹂
﹁いえ、すぐお暇しますので﹂
﹁俺の酒が飲めないってかぁー﹂
駄目だ、すっかり近付いたら面倒臭い人に成り下がっている。
ギイハルトがガイルとイソロクに完全に捕まったので、イリアに
用件を伺う。
﹁それで、どうしたの?﹂
﹁遊びに来た﹂
腰掛け、料理を摘むイリア。
マイペースな人だ。仕方がない、本人に訊くか。
本日やってきた理由であろう、眼鏡の女性を探す。
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹁あ、あの⋮⋮﹂
958
アナスタシア様と睨み合っていた。
いや、正しくはアナスタシア様が一方的に睨み、女性は竦んでい
た。
いやいや、もっと正しく言えばアナスタシア様は睨んでいない。
ただ無言無表情で女性を見つめているだけだ。
いやいやいや、無言無表情って無感情を表すわけでもないんだな。
今のアナスタシア様はちょっと怖いわ。
﹁久しぶりね、フィオ﹂
﹁はい、お久しぶりですアナスタシア様﹂
﹁なにをしにきたの?﹂
﹁白鋼を作った人とお話してみたいと、ギイハルトさんに頼んだの
です﹂
﹁それだけ?﹂
﹁そっ、それだけです!﹂
﹁ゆっくりしていって頂戴。別に気にしないから﹂
﹁はい⋮⋮﹂
女同士の静かな戦争が始まっていた。
戦争と呼ぶにはあまりに一方的にアナスタシア様が攻め込んでい
るが。
あんな剣呑としたアナスタシア様は珍しい。かつて何かあったの
959
か?
﹁白鋼、凄いですよ、ね?﹂
﹁そうね。貴女は﹃それなりに﹄腕のいいメカニックだし、あの機
体の異常性も解るのね﹂
﹁機体審査をしたの、私達のプロジェクトチームなんです﹂
この人が白鋼をバラして、そして組み立てられなかったのか。
女性が俺の元までやってきた。
﹁初めまして、フィオ・マクダネルと申します。白鋼の件はごめん
なさい﹂
﹁レーカです、初めまして。気に病まなくてもいいですよフィオさ
ん﹂
美人なのでオッケーである。何もかも水に流した。
﹁それにしても出鱈目、いえ、素晴らしい飛行機でした﹂
﹁一度失格にしたのによく言うわね﹂
﹁ううっ﹂
アナスタシア様、たとえ貴女であっても美人を虐めないで下さい。
﹁正直なぜあれで飛べるのか、今でも信じられません。非常識です﹂
960
ひでぇ。
﹁私達は大会中こそ審査委員に駆り出されていますが、普段はある
企業で最新鋭戦闘機の開発を行っているのです。その私達が白鋼に
は手も足も出ませんでした﹂
彼女曰わく、白鋼の検査を行った面々の反応は概ねこんな具合だ
ったらしい。
﹃ミスリルモノコックフレームなんて採算度外視にも程がある! しかもレイアウトが複雑過ぎて、まるでパズルだ!﹄
﹃無機収縮帯を人体構造とまったく無関係な箇所に使うだと!?﹄
﹃あのエンジンはどういう構造なんだ、意味が判らない! そもそ
もラムジェットエンジンは国家機密のはず⋮⋮!﹄
﹃アフターバーナーの規模が出鱈目だ、魔力不足に決まっている⋮
⋮搭乗者の魔力まで食らうのか、化け物め!﹄
﹃主機最大出力150kN、こんな小さなエンジンで荒鷹のそれに
匹敵するだと⋮⋮﹄
﹃ロケットのコントロールはどうやって⋮⋮マニュアルだと! 狂
っている!﹄
﹃浮遊装置を廃するなど、墜落が恐ろしくないのかこの天士は!?﹄
961
﹃離着陸は車輪で!? そこまでして軽量化したいのか!?﹄
﹃操縦が複雑過ぎる! 天士にはピアニスト以上の精度を求められ
るぞ、人間に扱える機体ではない!﹄
﹃仕様通りの機動性を発揮すれば、搭乗天士はミンチになる! リ
ミッター無しなんて狂気の沙汰だ!﹄
﹃こんな機体をレースに出せるかっ! 失格だ失格!﹄
﹃あのー、ガイル様が﹁合格にしろ﹂とお達しですが⋮⋮﹄
﹃ギャー! あの悪ガキがー!﹄
﹁はっきり言って、あの飛行機は異常です。浮かぶどころかいつ墜
ちるかと、レース中はハラハラしっぱなしでした。蓋を開けてみれ
ば前代未聞の好成績で、またびっくりです﹂
失礼な。
﹁その、それで、実はお話があるのですが﹂
﹁なんですか?﹂
﹁当社に技術者として来ませんか?﹂
スカウトか。
962
﹁民間であれだけの機体を作れる貴方であれば、企業に属したとこ
ろでさして利はないかもしれませんが⋮⋮同志と共に一つの機体を
作り上げるのは、やりがいのある仕事ですよ﹂
むむ、うまい口説き文句だ。
﹁それって企業側から勧誘してこいって命令されて来たんですか?﹂
﹁いえ私の、私達の独断です。プロジェクトチームは皆貴方に興味
があります﹂
プロジェクト、というとさっきの最新鋭戦闘機ってやつか。
﹁⋮⋮いえ、せっかくですがお断りします﹂
レース後は再びゼェーレストに引きこもって、あの村で機械いじ
りをしつつ、のんびり暮らす予定なのだ。
﹁そうですか、残念です﹂
そう言いつつも安堵した様子のフィオさん。大人ってフクザツだ。
﹁ところで最新鋭戦闘機ってどんなの?﹂
﹁荒鷹です。名前だけなら一般にも公開されているはずですが﹂
﹁おおおっ! 荒鷹の中の人か!﹂
手を握り上下にブンブン振る。
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﹁謙遜しちゃってもう、あんな戦闘機作れる貴女も凄いじゃないか
!﹂
﹁い、いえ、私の設計なんてまだまだ無駄だらけで⋮⋮﹂
﹁しかも設計者!? サインくれサイン!﹂
﹁サイン!?﹂
俺の勢いに押されつつも、技術者だけあって会話はマニアックに
終始する。
最初はおどおどしていた彼女も、次第に緊張が解れていく。共通
の話題があれば人は盛り上がれるものだ。
外界の技術者に触れ合う機会の少ない俺にとって、この時間はな
かなか有意義。
若干寂しそうにしているアナスタシア様を気にしつつも、俺達は
様々な機体について語り合うのであった。
﹁ギイ、ここにいるのは判っているのよ!﹂
扉が吹っ飛んだ。
酒の力か、あるいはガイルの悪酒の前では女の争いなど些細なこ
となのか、その後宴会は酒臭いながらも和やかな空気で時間が過ぎ
ていく。
依然としてフィオさんとアナスタシア様は視線すら合わせなかっ
たが。
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男二人は既にへべれけ、アナスタシア様とキャサリンさんもちび
ちび飲んでいる。キョウコは飲んでいないが、酒の匂いだけで酔っ
てしまっているようだ。
ソフィーとマリアの子供組はジュース。
俺? 子供じゃないし。
というか、いつからキョウコが参加していたんだろう。気付かぬ
うちにいたぞ。
そんな時