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学 術 講 演 録

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学 術 講 演 録
学 術 講 演 録
於:第8回日本臨床獣医学フォーラム年次大会(JBVP2006)
日程:2006年9月17日(日)
■犬
のスキンケア ─犬のアトピー性皮膚炎(AD)は完治
ではなく、QOLの向上を目指す─
岩崎利郎(東京農工大学農学部獣医内科学教室)
2007年5月号 別刷
アニマル・メディア社
JBVP(日本臨床獣医学フォーラム)年次大会 2006 レポート
犬のスキンケア
─ 犬のアトピー性皮膚炎(AD)は完治ではなく、QOLの向上を目指す─
岩崎利郎(東京農工大学農学部獣医内科学教室)
犬のアトピー性皮膚炎について、皮膚のバリア機能に焦点を当てて説明し、シャンプーによるスキンケアの有
用性について紹介します。
必要であることを説明し、③症状をどの程
た外用療法、食物抗原の除去を目的とする
度まで抑制する治療を希望するかを確認し
フード療法もあります。減感作療法は、薬
合う、ということです。ここが AD の治療
物療法に比べると根本療法に近いとも言わ
犬のアトピー性皮膚炎(AD)の診断に
のかなり重要なポイントになると思いま
れますが、私は薬物療法の効果がなかった
ついては、すでに多くの先生が理解されて
す。「まだ症状が残っている」と飼い主に
場合に選択する最終的な方法と考えていま
いると思いますが、痒みを伴う犬の皮膚疾
言われたことをすべて鵜呑みにして治療を
す。それから必須脂肪酸は、皮膚のバリア
患の場合、常にADを疑う必要があります。
続けると、あとで「副作用が出た」と責め
機能改善や炎症の軽減に役立ちます。薬物
しかし、診断の最初から AD 以外の疾患を
られることにもなりかねません。
の投与量をできるだけ減らすため、以上の
除外することはできませんから、まず外部
薬を選択する際には、その薬の「効果」
ような複数の療法を組み合わせることが、
寄生虫症を鑑別し、次にマラセチア感染、
と「副作用」
、それに「費用」、これら3つ
一般的な AD の治療だと考えて下さい。
細菌性膿皮症の鑑別を行います。最後に食
の要素を天秤にかけて、どこでバランスを
物アレルゲンの関与を知るための除外食試
とるのかを話し合います。ただし、治療の
験を行います。
種類によって飼い主のコンプライアンスも
以上の診断過程を踏んだうえでも、診断
違ってくるだろうと思います。シャンプー
できなかったものについて、AD を疑うこ
療法も同じですが、獣医師が「毎日続けて
ここからは AD とバリア機能について話
とになります。AD であるかどうかは、初
下さい」と伝えても、本当に行われている
を進めたいと思いますが、まず、AD は免
発年齢(0.5 ∼3歳齢)、病変分布(腹部と
のかどうか、よくわからないことが多いの
疫疾患かどうかを考えてみましょう。IgE
頭部)、皮疹の種類、犬種、季節性などを
が実状です。この点からも、薬であれば飲
を遺伝的につくりやすいような体質をアト
確認すればさほど難しくありません。
みやすい剤型のものや投薬回数が少ないも
ピーと呼び、それに絡んで発症する症状を
症例が AD であると診断できたら、治療
のを選択する。シャンプーであれば、週に
アトピー性皮膚炎と定義していますから、
に入る前に飼い主に対して治療と予後につ
1、2回で十分なもの、シャンプーするこ
AD は免疫疾患であると考える先生は多い
いてのインフォームド・コンセントを行わ
と自体が楽しくなるようなものを選択すれ
と思います。その認識に間違いはありませ
なくてはいけません。その際には、AD は
ば、コンプライアンスを上げることができ
んが、免疫異常だけが AD を引き起こして
治らない疾患であることを説明したうえ
ますから、長期間の治療や管理には非常に
いるわけではないことに注意して下さい。
で、投薬によりどの程度症状をコントロー
役立ちます。
ここで、AD の一連の免疫反応を簡単に
ルしていくかを話し合います。
現在ADの治療には、幅ができてきました。
みてみましょう(図1)。アレルゲンがハ
AD の症状は 10 歳齢を超えても持続する
獣医師が選択できる方法、オプションが多
ウスダストマイト(HDM)であった場合、
症例が多く、罹病期間は非常に長期間にわ
いということです。しかし、特定の個体に
乾燥してバリア機能が低下した皮膚から
たります。その間の治療方法を飼い主と十
対してどれが効くということは言えません。
HDM が侵入すると、ランゲルハンス細胞
分に話し合う必要があるわけですが、ポイ
現状としては薬物療法
(副腎皮質ホルモン、
により HDM が取り込まれます。ランゲル
ントは、AD は治らない疾患であるため、
シクロスポリン、抗ヒスタミン剤、インター
ハンス細胞はリンパ節に移動し、HDM の
①治療は完治ではなく症状の軽減を図るも
フェロンなど)が中心になるかと思います
ペプチドの一部をヘルパーT細胞に抗原と
のであること、②長期間のコントロールが
が、それに付随してシャンプーを中心とし
して提示します。その後サイトカインを
治療と予後について
飼い主と十分に話し合う
アトピー性皮膚炎は
免疫疾患か?
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日本臨床獣医学フォーラム
J B V P 年次大会 2006 レポート
通じて B リンパ球をプラズマ細胞に変化さ
せ、IgE の産生を促します。このようにし
て産生された HDM に対する IgE は、マス
ト細胞表面の高親和性 IgE 受容体(FcεRI)
に結合します。その後、抗原である HDM
によって IgE が架橋されると、マスト細胞
が脱顆粒してさまざまな炎症が起きます。
しかし、この一連の免疫反応が起きるた
めには、大前提として、皮膚が荒れていて
アレルゲンが皮膚のなかへ侵入するという
過程が必要です。もし皮膚のバリア機能が
しっかりしていて、HDM が皮膚に入り込
まなければ、免疫反応は起きにくいという
ことです。したがって、免疫的な異常によ
り IgE を産生しやすくても、皮膚バリア機
能がしっかりしている場合には、AD の症
状は起きにくいと言えるわけです。もちろ
ん免疫異常がなくては AD は起こりません
が、それと同時に皮膚のバリア機能が低下
図1 ハウスダストマイトの免疫反応
していることが重大な要因の1つであるわ
けです。AD の柴犬では、不思議と眼の周
りによく症状がみられます。ヒトでも眼の
周囲に症状が出やすいのですが、これは眼
の周りの皮膚あるいは角質層が薄く、バリ
ア機能が弱いため症状が出やすいのかもし
れないと考えられています。
同様に、環境中にアレルゲンが存在する
ことも AD の要因となります。皮膚のバリ
ア機能が低下していても、また IgE 産生に
未処理①
写真1
テープストリッピング処理②
アセトン/エーテル処理③
フルオレセイン浸透試験結果
関する免疫異常があっても、環境中にアレ
クとセメントにたとえられます。コンク
ルゲンが存在しなければ発症することはあ
リートブロックが角質細胞、セメントがそ
りません。
の間を埋めている角質細胞間脂質です。セ
このようにさまざまな要因が複合的に存
メントである細胞間脂質が少なくなると、
在して、初めてADが発症します。ですから、
ブロックである角質細胞がバラバラになっ
AD は免疫の異常だけで起きるものではな
て、バリア機能が破綻してしまいます。そ
いことを覚えておいて下さい。
こからアレルゲンが侵入するわけです。そ
こで、ヒトと同じように犬でも角質層にバ
リア機能があるのかを検討してみました
角質層の構造とバリア機能
(写真1)。皮膚の一部に①未処理(コン
トロール)
、②テープストリッピング処理
岩崎利郎 教授
東京農工大学農学部獣医内科学教室
37
次に角質層の構造とバリア機能について
(セロハンテープを皮膚に貼っては剥がす
みてみましょう。乾燥した皮膚では角質
を繰り返して角質層を除去)、③アセトン
層が乱れているとイメージして下さい。
/エーテル処理(角質細胞は残し、細胞間
角質層の構造は、よくコンクリートブロッ
脂質のみを除去)を施し、それぞれの部位
日本臨床獣医学フォーラム
J B V P 年次大会 2006 レポート
にフルオレセインを塗布後、洗浄して検査
しました。バリア機能のある未処理部分
は、色素がきれいに流れ落ちていますが、
テープストリッピング処理およびアセトン
ヒトの皮膚には被毛が少ない
ヒトの表皮と角質は厚い
犬の皮膚には被毛が多い
犬の表皮と角質は薄い
表皮と角質が薄いとバリア機能は低い?
/エーテル処理を施した部分は皮膚にフル
オレセインが浸透していることから、犬の
皮膚でも角質層にバリア機能があり、とく
に細胞間脂質がその働きを担っていると考
えられました。
皮膚を接写した画像を拡大してみると、
正常な皮膚では細かい山と谷が無数にあり
ますが、AD の病変部では傷があり、角質
層が剥がれてしまっている箇所がたくさん
あります。このような部位ではアレルゲン
が侵入しやすくなっているため、皮膚バリ
アを再構築する必要があります。皮膚バリ
ヒトの皮膚
写真2
犬の皮膚
犬とヒトとの皮膚の比較
アを再構築することによって、現在起きて
いる反応が改善することが期待されます。
角質細胞膜
ヒトの皮膚と比較すると、犬の皮膚は表
皮も角質層も薄く(写真2)、犬の皮膚バ
リア機能はヒトよりも低いのではないかと
角質細胞
考えられます。しかし犬には被毛がありま
すから、被毛がバリア機能の低い分を補っ
水分子
ていると推測されます。ですから、被毛を
刈ってしまうことで、皮膚と被毛を合わせ
セラミド
たトータルのバリア機能としては低下する
可能性があります。とくに、AD の犬では
この点に気をつけたほうがよいでしょう。
角質細胞間脂質の重要な鍵は
セラミドが握る
角質細胞間脂質をイメージした図をご覧
ください(図2)。細胞間脂質の半分程度
はセラミドと呼ばれる物質が占めていると
思われます。セラミドが水分子を引きつけ
角質細胞間脂質
角質細胞膜
角質細胞間脂質は角質細胞を取り囲んで存在しており、ヒトではその半分がセラミドであると報告
されています。またセラミドは水分を保ち、緻密な層構造をつくることで角質層の構造を強化し、
外部からの物質の浸透を防ぐことが明らかになっています。このことから、セラミドがバリア機能
に重要な役割を果たしていると考えられています。
図2 角質細胞間脂質のイメージ
ることにより、角質層のなかに水を保持し
犬セラミド
ています。皮膚を保湿するということの本
質はここにあり、角質層に十分な量のセラ
ヒトセラミド
cer 1
cer 2
ミドが存在し、水と結合して角質層を保湿
することで、角質層のバリア機能が保たれ
cer 3
cer 4
ます。そこで、犬の角質層にもセラミドが
cer 5/6
存在するのかを薄層クロマトグラフィーで
調べてみたところ、ヒトとは若干分画が異
cer 7
なるようにも見えましたが、犬でも確かに
セラミドが存在することがわかりました
(写真3)
。
01.mg
sample
そこで、犬の皮膚バリア機能の評価方法
について検討してみました。ヒト用のコル
写真3
0.2mg
0.4mg
standard
1.0mg
犬のセラミド試験-犬にもセラミドが存在する
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日本臨床獣医学フォーラム
J B V P 年次大会 2006 レポート
ネオメーター使った表皮水分量、皮膚pH、
経皮的水分蒸散量(Transepidermal Water
<今まで犬の TEWL を測る際の難点>
Loss:TEWL)の3項目を測定しましたが、
犬はじっとしていてくれない
結論としては TEWL が犬のバリア機能と関
被毛に吸着した水分の影響を受ける
連がありそうだと考えられました。
従来の装置では測定が困難
新しい測定装置(TEWL analyzer CC - 01)
表皮水分量の測定は、表皮中の水分をイ
ンピーダンス(電気抵抗値)で測定するの
ですが、角質層がヒトより薄いため、犬で
測定器本体
はもっと下層を測定しているように感じら
パソコン
れ、バリア機能の評価には適さないと思わ
れました。
次は皮膚のpHです。皮膚のpHが酸性
∼弱酸性であれば、細菌の増殖を阻害し、
アルカリ性であれば、細菌の増殖を促進す
るため、バリア機能の評価に役立つかと期
待しましたが、犬種差や個体差が極端に大
プローブ
きいため、皮膚のpHをバリア機能の指標
にすることは難しいと思われました。驚く
べきことに、犬のpHはヒトやほかの動物
写真4
犬の経皮的水分蒸散量(TEWL)の測定
種よりもアルカリ性に傾いています。細菌
が増殖しやすいという点ではかなり不利な
10 回
5回
Pre
条件だと思われますが、犬の皮膚のpHが
高い理由はわかっていません。
■ 経皮的水分蒸散量(TEWL)
従来の TEWL 測定装置では犬を測定する
ことはできませんでしたが、花王㈱によっ
て 新 た に TEWL 測 定 装 置(TEWL Analyzer
CC - 01)が開発されましたので(写真4)、
腰部 セロハンテープ
HE 染色 × 400
これを用いて、花王㈱と共同で研究を行い
ました。バリア機能が正常であれば皮膚か
ら蒸散する水分量は少ない(TEWL 値が低
い)のですが、バリア機能が低下すると、
皮膚からの水分蒸散量が増加(TEWL 値が
上昇)します。皮膚から蒸散する水分量を
測定し、バリア機能の評価の指標にしよう
という試験です。
TEWL 試験を行う際にテープストリッピ
ング処理を行いました。テープストリッピ
ング処理の前には十分な角質層がありま
すが、処理の回数を増やすと角質層が薄く
なっていきます(図3)
。処理の回数に比
例して、TEWL 値は青い線のように上がっ
ています。このように角質層の細胞数と
TEWL の間に相関があることから、TEWL は
バリア機能の指標になると考えられました。
体の各部位における TEWL を測定した結
果から、腹部ではバリア機能が強く、背側
39
20 回
15 回
TEWL
350
300
250
セロハン
ニチバン
200
150
100
50
0
pre
5回
図3 テープストリッピング回数と TEWL
10 回
15 回
20 回
日本臨床獣医学フォーラム
J B V P 年次大会 2006 レポート
部、大腿部、頭部では、皮膚自体のバリア
60
機能はさほど強くはないと考えられました。
被毛の作用を考慮しなければなりませんが、
TEWL の結果と AD の好発部位は全く逆とい
50
う興味深い結果となっています。
補助療法としてのシャンプー
では、AD の個体でのバリア機能の修復
TEWL 値 g/m2h
40
30
20
はどのようにしていけばよいのでしょう
か。ここでは、シャンプーによる方法を考
えてみます。AD の補助療法としてのシャ
10
ンプーの目的は、皮膚への刺激となる汚れ
や余分な角質、アレルゲンなどを皮膚表面
0
から除去し、皮膚を清潔にすることです。
Day 0
Day 14
Day 28
さらに、角質層のバリアを修復し保湿を促
す製剤であれば理想的です。したがって、
選択するシャンプーの条件は、第一に洗浄
図4 TEWL の推移
力を有すること、第二に皮脂の除去が最少
限であることです。これは、皮膚の油分を
過剰に除去してしまうと、バリア機能が損
なわれてしまうからです。保湿力も重要で
す。シャンプーを変更することで、その症
機能が低下すると、さまざまな刺激物質に
すが、これまでは、シャンプーにリンスを
状がどうなったかを評価したわけです。試
よって症状が悪化し、さらに掻くという悪
併用することでその働きを補っていまし
験前に使用していたシャンプーは、個体に
循環に陥ることになります。このような時
た。つまり、シャンプーで洗浄し、リンス
よって抗菌性シャンプー、保湿性シャン
には短期的に高用量でプレドニゾロンを使
で保湿するということです。保湿作用のあ
プー、角質溶解性シャンプーのいずれかで
うのがよいと思います。私は1mg/kg SID
る成分として知られているのは、この後に
した。
で3日間使うことが多いのですが、その後
お話するバリアセラミドのほかに、プロピ
4週間後の皮膚のスコアは青色の線で
0.5mg/kg SID で4日間続けて、計1週間
レングリコール、ラノリン、グリセリン、
示した 11 頭で改善がみられ、TEWL の数
使用することもあります。とにかく増悪期
オートミール、オーツなどがあり、これら
値も症状の改善に伴い低下していました
には掻くのを止めさせることで、さらなる
を主成分としたシャンプーやリンスが販売
(図4)。これに対し、赤色の線で示した
バリアの傷害を防ぎ、修復を図ることが大
されています。
3頭は、症状の悪化とともに TEWL の数値
切です。
も上昇していました。以上の結果から、症
またプレドニゾロンと併用して、さきほ
状の程度と TEWL 値すなわちバリア機能の
どお話したバリアセラミドのような保湿性
強さには相関があり、高濃度バリアセラミ
のシャンプーを用い、週に2∼3回シャン
ド配合シャンプーによりバリア機能の回復
プーすることでバリア機能を修復します。
が図れることが確認されました。
そして増悪期の症状が改善したら、通常の
高濃度バリアセラミド配合
シャンプー
高濃度(1%)にバリアセラミドを配合
したシャンプーを、AD の症例 14 頭に応用
したケースを紹介します。週2回で4週間
使用し、見た目や症状による判定だけでな
く、TEWL の測定によるバリア機能の評価
AD の治療に戻ればよいと思います。
増悪期の治療の重要課題は
バリア機能修復
も同時に行いました。
AD の増悪期においては、バリアの再構
主とする治療法は、14 頭のうち 11 頭が
築によって症状を改善させることができま
減感作療法、ほかの3頭はそれぞれシクロ
す。皮膚のバリア機能が損傷された状態は、
スポリン、副腎皮質ホルモン、抗ヒスタミ
言わばアレルゲンが入り放題の状態ですか
ン剤を使用していました。減感作療法や薬
ら、それを食い止めることが必要です。
物療法で、すべての症状が全くなくなるわ
そこでまずは、掻くのを止めさせます。
けではないため、多少の症状は残っていま
掻くことで皮膚に細かい傷がつき、バリア
2007. 5
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