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No.26 - インナビネット
チーム力&地域力をアップさせる 情報共有と連携のノウハウ 特集1 情報を力に変えるための 情報・人・ネットワークのあり方 2012 年度の診療報酬改定は,チーム医療や地域医療連携を高く評価 する結果となった。チーム医療は,着実に現場にも広がってきたが,近 年の医療環境の変化により,医師をはじめとした医療従事者の負担軽 減はもとより,医療の質の向上の観点からも,ますます重要になってい る。また,地域医療連携についても, 「機能分化と連携」という国の方 針の下に地域医療再生計画や医療計画が進められ,在宅医療・介護も 含めた連携が各地で行われている。 こうした状況において,電子カルテシステムやグループウエア,地域連 携システムなどを導入し,施設内の職員間での情報共有や,地域内の医 療機関同士が連携を図るケースも増えてきた。システムを導入し成果を 出すためには,多職種・多施設が関係することから,ヒューマンネット ワークも含めた事前の計画・準備がカギを握っている。そこで,特集で は,チーム医療や地域医療連携における情報共有・連携のためのシス テム構築と運用のノウハウに焦点を当てる。 IT VISION No.26 (2012) 15 1 チーム力&地域力をアップさせる 情報共有と連携のノウハウ 特 集 情報を力に変えるための情報・人・ネットワークのあり方 Interview ICT連携Team によるユーザーファースト医療 ── 杉本 真樹 氏 ICTを現場の視点で活用し 医療の「壁」 を打破して 患者中心の医療を提供することが重要 ─ 情報共有・連携により医療機関の中にとどまらない, 地域で全体最適化された医療の提供をめざす チーム医療や地域医療連携には,ICT が大きな武器となる。最近では iPad などのモバイルデバイスを使い,医療者間で 情報を共有するような事例も増えてきている。そこで,いち早く iPad を医療現場に持ち込み,教育やチーム医療などに 役立ててきた神戸大学大学院医学研究科消化器内科学特命講師の杉本真樹氏に,チーム医療や地域医療連携のための ICT 活用についてインタビューした。 照したり,医学部生に見せたりしました。 思います。そして,このような「壁」を その後,2010 年に iPad が発表される 打破するには,iPad などの低価格で便 と,日本での発売を待たずに導入して, 利なデバイスを使って,「医領」を解放 ─ iPhone や iPad を医療現場で使う 医療現場で活用できないか検討しました。 しなければならないと考えました。 きっかけについてお聞かせください。 そして,まず医学部生の学習ツールと 一方で,iPhone や iPad が日本で発売 は,かつて都心から離れた千葉 して利用することとしました。iPad に されるようになってから,それを診療所 県の病院に赴任し,地域医療 CT や MRI の画像を入れて,診断やディ や在宅,救急などの日常診療,研修医 の現場で外科医として,日々患者さん スカッションをさせることで,教科書以 教育の場で利用する医療者が増えてき や地域住民と向き合ってきました。そ 上に自ら考え,理解する力をつけるこ ました。そこで,このようなデバイスを こで,医師が慢性的に不足し,疲弊し とができます。さらに,病院実習でも, 使って, 「医療崩壊」と言われる状況を 切った地域医療の現場を目の当たりに OsiriX で作成した画像を iPad で患者 改善し, 「医領解放」をめざす仲間たち しました。 さんに見せて説明させています。これに が集い,Team 医療 3 . 0(http://www. その後,大学病院に戻り,外科医と より,患者さんとの距離が近くなり, tm 3 .jp/)として活動を始めました。 して 診 療 にあたる 中 で, 画 像 解 析 患者さんや家族の方の理解度も高まり 「医療 3 . 0」とは,新しい医療の姿を PACS ワークステーションの OsiriX を ます。 指したものです。かつて,医療は細分化, 知りました。従来の 3 D 画像を作成す ─ そうした取り組みから「Team 医療 分業化され,ピラミッド型組織で行わ るためのワークステーションは非常に高 3 . 0」の活動も始まったのでしょうか。 れていました。これが「医療 1 . 0」とすれ 額でしたが,OsiriX はオープンソース 地域医療に携わっていく中で,医師 ば, 「医療 2 . 0」は,臨床研修制度が変 のソフトウエアであり,しかも無償で使 不足など,都市部の医療との大きな違 わり組織のフラット化が進み,それによっ 用することができます。私は,このソフ いを感じていました。このような格差が て地域や診療科での偏在化が起こりま トウエアを手術のシミュレーションや, できてしまった理由のひとつは,医療 した。 「医療 3 . 0」では,ICT を活用して 手術室での画像参照に使いたいと考え を取り巻く環境に,行政や規制,情報, このような医療の仕組みを変えていきま ました。そこで,OsiriX で作った画像 医局,職種の「壁」があり, 「医療鎖国」 す。iPhone や iPad などのデバイス,イ を iPod に収めて持ち歩き,手術室で参 と呼ぶべき状況になっているからだと ンターネットを駆使し,医療者間で情 ICT の力で「医療鎖国」を打破して 「医領解放」を図る 私 16 IT VISION No.26 (2012) 報を共有し合い,患者さんを中心とし いというのが現実でした。iPad は民生 ち医療者も,より正確な情報を提供し た医療を行うことをめざしています。こ 用のデバイスであり,低価格で,容易 なければならず,責任も大きくなります。 れが広がれば,医師の負担軽減や医師 に 導 入 することができます。また, さらに,行政がきちんとオーソライズさ 不足の解消,医療費の抑制にもつなが OsiriX も無償です。ですから,これら れた情報を提供できるようにして,国 ります。さらには,ビジネスモデルを生み, を使ったシステムは,従来の医療情報 民全体でこれを共有できるようになるの 産業として成長させていくことにもなる システムに比べ,低コストで構築でき が理想です。 と考えています。 ます。 モバイルデバイスの登場で チーム医療,地域医療は変わる さらに,そのシステムをほかの施設や 地域で導入することも容易です。例えば, 病院の中だけにとどまらずに 全体最適化をめざす視点が必要 Team 医療 3 . 0 のメンバーである高尾洋 ─ 今後の情報共有や連携を進めてい ─ Team 医療 3 . 0 の方々の ICT 活用 之先生が開発に加わった脳卒中の遠隔 く上で,医療者にとってどのような姿 事例の反響はいかがでしょうか。 画像診断治療補助システム i-Stroke は, 勢が必要でしょうか。 大 最 学病院の医療情報部をはじめ, 最近では脳卒中に限らず,ほかの疾患 医療機関の情報システム管理者 でも利用され,海外でも導入が検討さ にも,だんだんと認められるようになっ れていて,診療科も国境も越えて広まっ で,医療を行うことにとどまらず,施 て来ました。例えば,佐賀県では救急 ています。 設内の設備や医療機器,データなどの 車に iPad を搭載したことにより搬送時 間を短縮できた,といった具体的な成 果がたくさん出てきたことで,大学病 患者さんの関心が高まることにより ICT を活用した患者中心の医療が進む 近よく言うのは「病院の外へ」 ということです。医療機関の中 情報を地域全体で共有して,地域の底 上げをする,全体最適化を図ることが 重要です。そして,このような仕組み 院も含め,医療現場が大きく変わろう ─ 医療の ICT 化は,これまで行政が のためのイノベーションを起こせるよう としていることを実感しています。 主導して進めてきましたが,最近では, な環境づくりが,行政には求められて もちろん,医療者一人ひとりの意識 現場で生まれたシステムがボトムアップ いると考えています。 も変わってきていると思います。医師自 式に広まっています。 ─ 先生自身は今後どのような活動を 身が,貴重な時間を割いてでも,デバイ スを活用する仕組みをつくることで, 「成 ま さに,ユーザーファーストであ していきたいとお考えですか。 り,現場で使ってみて,とても 患者さんを助けるだけが医師ではなく, 果を生む」 「やるだけの価値はある」と 良いから広がっているのです。さらに, 医療そのものを救う医師も必要だと感じ いうことを認識し始めています。また, 医療者だけでなく,患者さんから「ほか ています。ですから今後も情報発信や教 在宅医療の重要性が高まり,医療・介 の病院で iPad を使っているのを見まし 育などを通じて,医療者や医療機関, 護連携が求められている中で,在宅診 た」 「私の iPad で検査画像を見られる そして医療を支えていきたいと考えてい 療医や訪問看護ステーションなどでも ようにしてください」と言われるように ます。さらには,私のような立場の人が, ICT を活用して,職種間,施設間で情 なってきました。医療現場での iPad が 地域医療の場にこそ必要です。ですから, 報を共有・連携する仕組みも各地で生 利用されていることがマスメディアなど そういう方たちが増えるように,これか まれています。今後は,さらに健診や日 で紹介されるようになり,医療の受け らも取り組んでいきたいと思います。 常的な健康チェックなどの予防医療の 手側である患者さんから,積極的に使 場面でも,モバイルデバイスの活用が進 いたいという声が出てきています。患者 むと思います。 さんが積極的に情報を得ようとするのは, ─ 容易に導入できるという点も普及 医療や健康への関心を高めることにも を早めているのではないでしょうか。 なるというメリットにもつながります。 その通りです。従来は,システムが 今 後, このような要 望によ っ て, 大がかりであったり,1 つの診療科に特 ICT を活用した患者中心の医療が提供 化していて非常に高額で,ほかの診療 できるようになるはずです。ただし,患 科がそれを使いたいと思っても,難し 者さんと情報を共有する以上は,私た (すぎもと まき) 1996 年帝京大学医学部卒業。米国パロア ルト退役軍人局病院などを経て現職。神戸 大学生命医学イノベーション創出人材養成 センターコーディネーター兼任。外科医と して臨床を通じ,医療画像解析,手術ナビ ゲーション,次世代低侵襲手術(NOTES, SPS)機器開発,ロボット手術,モバイル 医療 ICT などの研究開発に従事。無償画像 解析 PACS ワークステーション OsiriX を ジュネーブ大学と共同開発。 IT VISION No.26 (2012) 17 1 チーム力&地域力をアップさせる 情報共有と連携のノウハウ 特 集 情報を力に変えるための情報・人・ネットワークのあり方 Overview 情報共有と連携を成功させるために 多職種間での情報共有・連携による チーム医療に向けて 瀬戸 僚馬 東京医療保健大学 医療保健学部 医療情報学科 講師 専門職が自職種に必要な情報を細か はじめに 職種依存の「部門システム」という チーム医療の壁 電子カルテシステムをはじめとする病 病院情報システムでは,医療プロセ そこにライセンスや端末数など資源管 院情報システムの導入目的として, 「多 スの発生源になるオーダエントリシステ 理上の制約も加わるので,ほかの職種 職種間での情報共有」という言葉がよ ムと,最終工程を担う医事会計システ がその部門システムを使用する機会は く用いられる。これは,紙媒体による診 ムが基幹システムとなり,その周囲を 少なくなる。この点では,紙カルテ時 療録や診療に関する諸記録(処方せん 看護・薬剤・検査あるいはリハビリテー 代の方が,多職種の情報共有が容易で や看護記録など)が電子化されることに ションなどの職種に依存する「部門シ あったとも言える。例えば透析記録な より,空間的制約や時間的制約から解 ステム」が取り囲むという構成が多い。 どが複写紙(ノンカーボン紙)を用いて 放され,患者情報を共有しやすくなる 電子カルテシステムは,この基幹システ 記録されたころは,診療録に「原本」を というものであった。ただ,もとより病 ムの骨格にプログレスノートが肉付けさ 保管し,部門では「控」が保管されてい 院自体の組織や機能が複雑であるがゆ れたものとも言えるだろう。 た。紙カルテは,こうした職種依存の えに,病院情報システムの構成やシステ ただ,多職種協働においては,この「部 部門システムを使用するよりもはるかに ム間の関係性も複雑化しやすい。その 門」という発想が,チーム医療の壁にな 簡便な方法で,それでも情報共有を図 ため,電子化によりかえって情報共有 る面もある。すなわち,部門システムか る媒体になっていたことは事実であろう。 が難しくなった面があることも否めない。 ら入力した情報は,基本的に他部門か 昨今,チーム医療の議論が新たな局 らは閲覧できず,どうしても必要であれ 面を迎えている。従来からの役割をダ ばコストを投じてビューワなどを設けて イナミックに見直し,医療提供体制を 閲覧するものも多いからである。 チーム医療の議論が加速されたのは, 再構築しようとする動きである。 電子カルテの看護師向け機能が一般 2007 年 12 月の厚生労働省医政局長通 病院情報システムが,この医療全体 化されるまで,長らく看護支援システム 知(医政発第 1228001 号「医師及び医 の波に乗り遅れることがあってはならな は職種依存の部門システムとしての位 療関係職と事務職員等との間等での役 い。他方で,病院業務の基盤を,あま 置づけであった。しかし,これでは同シ 割分担の推進について」)が端緒である。 り近視眼的な発想で枠組みを見直すよ ステムで立案された褥 瘡診療計画を, この背景は医師・看護師不足であるから, うなことも避けるべきである。 管理栄養士が端末上で参照することは 通知では「医師,看護師等の医療関係 本稿では,チーム医療推進の潮流を 難しい。また,理学療法士や作業療法 職の医療の専門職種が専門性を必要と 受けて多職種協働がどのように進むの 士が記載した日常生活機能に関する評 する業務に専念することにより効率的 か概観し,そこで求められる情報共有・ 価結果も,やはり看護師があまり参照 な業務運営がなされるよう」さまざまな 連携基盤のあり方について展望する。 しない運用になってしまうのであった。 対策を講ずるよう医療現場に求めた。 18 IT VISION No.26 (2012) く記録しようとすると,それだけ部門シ ステムの機能や画面遷移は複雑になる。 チーム医療の動向と今後の方向性 【 現 状 】 就業 環境 供給 体制 医師不足 医療職員の 負荷の増大 教 育 難 機 関 労 働 市 産 場 業 易 界 保険 制度 硬直的な 業務プロセス 縦割りの 業務体制 オペレーション コントロールの 個人依存 先 少 行 投 多 資 事務職員 への 業務委譲 ITによる 効率化 コスト構 造の改善 実 績 デ 連 産 携 学 タ還 業 務 設 計 業務プロセス の見直し 分析ツール 開発 看護補助者 教 育 設 計 養 成 支 援 改 善 支 援 導 入 促 進 医師事務作業 補助者 ー 経済 財政 組織 文化 事務職員 の確保 事務職員等 の人材養成 定 着 促 進 悪循環 経営環境 の激化 制度上 の規制 カリキュラム 構築 教材 指導者 開発 養成 医療職員 の確保 易 看護師 不足 【 解 決 策 】 元 業務分析 業務手順改訂 院内周知 TF要員 養成 図 1 医師と医療関係職種による役割分担推進の背景と解決策(新医療施設開発振興財団研究班報告書より) すなわち, 「医療関係職種(いわゆるコ・ らの「職種縦割り」という文化を脱却す 業務支援についても,人材不足を補え メディカル) 」と「事務職員等」が業務 ることにもつながるので,具体的業務に るまでの効果が出るにはかなりの時間を 範囲を拡大することで,医療人材の不 即した議論が院内で活性化されるだろう。 要することは明らかである。これらの中 足に対応しようという考え方である。 他方,通知でうたわれている「事務 長期的な取り組みも続けながら,喫 緊 2010 年 4 月には,さらに医政発 0430 職員等」とは,免許を持たない職種全 の対策である多職種協働を推進するた 第 1 号「医療スタッフの協働・連携に 般を指している。その業務には,入退 めの人材育成や業務プロセスの見直し よるチーム医療の推進について」が発 院オリエンテーションや,配膳など幅 が重視されるのである(図 1)。 出され,補完されている。 広く含んでいる。雇用創出という社会 これは,医療全体にかかわるパラダ この「医療関係職種」の活用について 的課題もあり,3 時間を超える医師の イムシフトである。もちろん病院情報シ は,病棟薬剤師の配置や,院内助産所 間接的業務の負担や,同様な状況の看 ステムも社会の変化に対応すべきであ の開設,さらには「看護師特定能力認 護業務をいかに事務職員などに委譲し るが,医療情報分野においては多職種 証制度(仮称) 」のような議論につながっ ていくかは今後の大きな論点である。 協働を実現する上での大きな論点が ており,一部は診療報酬制度にも組み 込まれた。その中では,医療関係職種 間の相互乗り入れも加速されている。例 病院情報システムは多職種協働を 推進できるか 2 つある。 1 つは,オーダ生成プロセスの変遷で ある。各職種の活動の基となる「オーダ」 えば,作業療法士の業務に「移動,食事, チーム医療推進は,2007 年ごろから も,従来は発生源である医師が自ら入 排泄,入浴等の日常生活活動に関する の一過的な打ち上げ花火ではない。こ 力することが基本とされていた。しかし, ADL 訓練」が含まれることが明記され れは,政府が示した「社会保障・税一 昨今では,そのオーダの指し示すところ たが,これらの生活支援は看護師や介 体改革成案」で掲げている 2025 年に向 が少し変化している。例えば,2010 年 護福祉士の業務とも関連する。どこま けて医療人材がさらに不足する可能性 5 月の医政局長通知では,「一般食(常 でが「ADL 訓練」であり,どこからが が否めない中で,その重要な解決手段 食)について,医師の包括的な指導を 「生活支援」なのか,現実には線引きが と位置づけられている。医療職の養成 受けてその食事内容や形態を決定し, 難しい。このような人材活用は,従来か には膨大なコストがかかり,IT による 又は変更すること」は管理栄養士の業 IT VISION No.26 (2012) 19 Overview 多職種間での情報共有・連携によるチーム医療に向けて 務とされた。現在の給食オーダでは, manual.pdf)に詳述したので割愛する。 形態変更は医師のオーダ発行を前提と もう 1 つの課題は,先述した「多職 している。しかし,医療関係職種の裁 種相互乗り入れ」への対応である。例 量が大きくなれば,このようなオーダが えば診療報酬上は摂食機能療法の担い 2025 年を視野に入れると,このよう 必要なのかも見直す必要があるだろう。 手として,言語聴覚士,歯科衛生士, な議論には決して時間をかけることがで 今後,医師が出す指示は,個別具体的 看護師など複数の職種が認められている。 きない。よって,多職種協働のための なものから包括的な大意を示すものに しかし,この機能訓練に係る計画や評 枠組みは,3 年度の 2015 年までにはあ 変わってくる。すると,業務遂行上の 価の情報を,1 職種向けの部門システ る程度の方向性をうたっておくことが 細かい入力が必要なのであれば,医療 ムで管理しようとすると,扱える職種 必要であろう。病院情報システムが多 関係職種が自ら発行するか,あるいは が限定されてしまう。さりとて,こうし 職種協働の推進役としての役割を果た 医師の指示を受けて医師事務作業補助 た案件ごとに「摂食機能訓練支援シス せるのか,あるいは部分最適の集大成 者が代行入力するのが一般的になるだ テム」のようなものを開発していたら際 になってしまうのかは,まさにいまが正 ろう。このような「オーダ」概念の転換 限もなく,情報が分散して逆に情報共 念場と筆者は考えている。 に,病院情報システムがどう対応して 有しにくい環境になってしまう。よって, いくのかは熟慮が必要だ。代行入力も 多職種乗り入れを前提とした業務は, 大きな課題だが,これは筆者が代表を 全職種が利用できる基幹システムで管 務めた政策医療振興財団研究班の「医 理すべきである。こうした業務の担い手 師事務作業補助体制の推進を目的とし と,業務管理のために必要な情報,情 た病院情報システムの標準的運用マニュ 報の管理方法に関する整理も,大きな アル」(http://plaza.umin.ac.jp/~seto/ 課題と言えるだろう。 おわりに (せと りょうま) 国際医療福祉大学保健学部卒業,同大学院医 療福祉学研究科博士課程修了。津久井赤十 字病院,杏林大学医学部付属病院を経て現 職。第 13 回日本医療情報学会看護学術大会 (2012 年 8 月)では,大会長を務める。著書 に「はじめてのメディカルセクレタリー」 (医 療タイムス社) , 「看護管理ガイドブック 上 級編」 (杏林図書)などがある。 医療機器・医療 IT のバーチャル展示場 モ ダリティ モダリティ EXPO 300 展示製品数 以上 http://www.innervision.co.jp 入り口は コチラ 画像 と ITの 医療情報 ポータルサイト * CT・MRI・核医学装置・超音波・マンモグラフィ・ X 線装置・ヘルスケア IT など公開中。 インナビネット OK! 求 請 料 資 ィの テ リ ダ モ 充実! が 報 情 知りたい 導入時の 料に! 資 討 検 較 比 株式会社インナービジョン 〒113-0033 東京都文京区本郷3-15-1 TEL:03-3818-3502 FAX:03-3818-3522 E-mail:[email protected] URL:http://www.innervision.co.jp 20 IT VISION No.26 (2012) 1 特 集 チーム力&地域力をアップさせる 情報共有と連携のノウハウ 情報を力に変えるための情報・人・ネットワークのあり方 Overview 情報共有と連携を成功させるために 地域連携を成功させるための システム構築と運用のノウハウ 松本 武浩 長崎大学 大学院医歯薬学総合研究科 医療情報学 准教授 はじめに るが,電子化された診療情報を暗号化 関から利用可能であり(図 1),本ネット したインターネットで結び,診療に役立 ワーク上で診療情報を提供する病院(以 てる地域医療 ICT 連携が,いま注目さ 下,情報提供病院と略す) ,診療情報を 2003 年,医療費抑制の切り札として れている。ICT を使った医療連携では, 利用する医療機関(以下,情報閲覧施設 わが国の保険医療に導入された DPC 医療従事者の負担を増やさずに,大量 と略す)ともに, 年々増加している 2)〜 4)。 (Diagnosis Procedure Combination) の価値ある診療情報を瞬時に共有する 全例,書面同意を取得し運用してい は,ほかの先進国よりもきわめて長いと ことができるため,密接な連携が可能で るが,利用登録された連携患者数は された平均在院日数の短縮に大きく貢 あり,すでに臨床の現場で欠かせない取 2 万名を超え,毎月 500 名弱の新規患 献してきた。厚生労働省が毎年実施し り組みとして運用されているネットワー 者情報が登録されている。すでに 7 年間, ている「DPC 導入の影響評価に関する クも存在する。さらに,2009 年度補正 順調に運用されているため,最近では, 調査結果」によれば,最も平均在院日 予算にて予算化された 2400 億円もの地 全国からその運用ノウハウを知りたいと 数が長いとされた大学病院などの特定 域医療再生基金は,地域医療 ICT 連 見学が相次いでいる。あじさいネット 機能病院が多くを占める 2003 年度 DPC 携での利用が認められたため,いまや全 構築のきっかけは 2003 年 5 月,長崎県 導入病院群であっても,2003年度19.7日 国各地で企画されている。しかしながら, の大村市において大村市医師会の代表 であった平均在院日数が,2010 年度に 過去に公的資金の支援を受けながらも (診療所医師)と国立長崎医療センター は 15 . 7 日と,7 年間で 4 日短縮している。 運用がうまくいかず断念したケースは少 および市立大村市民病院の代表者が集 そのほかの病院群においても同様に平均 なからず報告されており ,全国の成功 まり,ICT を使って医療連携をもっと 在院日数が減少しているが,その結果, 例に学び,価値あるネットワーク構築 活性化できないかと「地域医療 IT 化検 急性期病院は急性期に特化し,リハビ に生かす必要があるものと思われる。こ 討委員会」を設置し,検討を始めたこ リなどを実施する慢性期病院との協業 こでは 1 医療圏の取り組みから県全体 とである。なお,この委員会はその後「あ の中で診療が完遂される「地域完結型 の取り組みへと発展した長崎県のあじ じさいネット運営委員会」と名を変え, 医療」が,従来型の「病院完結型医療」 さいネットについて取り上げ,システム 本ネットワークを運営している。この委 に変わって主流になりつつある。 構築と運用のノウハウを解説する。 員会の中で全国の取り組みの問題点に また,生活習慣病や慢性疾患におけ る専門医と診療所のダブル主治医型病 診連携も広がりつつあり,いずれのケー 1) 地域医療 ICT 連携の運用・ 事業継続が難しい現実とその原因 ついて検討し, 「なぜ運用が難しいの か?」と「そもそもニーズがあるのか?」 について議論を重ねた。 スにおいても従来以上に医療機関間の 長崎県のあじさいネットは 2004 年, その結果,うまくいかない原因を以 密な連携が重要になってきている。 1 病院の電子カルテを 31 診療所で共有 下のように結論づけた。当時のシステム 一方,ここ 10 年間で大規模病院を する取り組みから始まったが,現在では の多くは,地域に専用サーバを設置し, 中心として電子カルテが普及しつつあ 14 拠点病院の診療情報を約 150 医療機 そのサーバ上で診療情報を共有するた IT VISION No.26 (2012) 21 1 チーム力&地域力をアップさせる 情報共有と連携のノウハウ 特 集 情報を力に変えるための情報・人・ネットワークのあり方 運用中 14病院 2012 年稼働 6病院 稼働予定 2病院 長崎エリア 五島エリア 上五島病院 五島中央病院 長崎大学病院 光晴会病院 十善会病院 長崎市民病院 日赤原爆病院 済生会長崎病院 聖フランシスコ病院 井上病院 長崎記念病院 長崎北病院 虹ヶ丘病院 回答率 61 / 67 施設(91 %) 利用したい参照データは何ですか?(複数回答) 県北エリア 佐世保総合病院 佐世保中央病院 佐世保共済病院 長崎労災病院 1.検査結果: 2.画像所見: 3.治療内容: 4.退院サマリー: 5.2 号用紙: 県央・島原エリア 長崎医療センター 市立大村市民病院 長崎川棚医療センター 諫早総合病院 県立島原病院 82 . 0 % 78 . 7 % 67 . 2 % 57 . 4 % 34 . 4 % 図 2 あじさいネット運用前のニーズ調査 (2003 年 12 月大村市医師会アンケート) 図 1 長崎県全体へのあじさいネットの広がり めの ASP 型の電子カルテシステムを準 はフリーアクセス制を採用しているので, 望するという結果が得られた。われわれ 備し,病院はこのシステムと自院の電 誰もが自由に好きな医療機関を受診で はこの時点でニーズありと判断したが, 子カルテを自動連携させていた。しか きるが,その結果貴重な診療情報は各 同種のアンケートでは,われわれと逆の しながら,診療所では,直接手入力が 医療機関に分散して保存され,その医 結果のケースもあると聞いている。その 前提であったため, 「診療所側の負担 療機関を受診しないかぎり,永久にそ 違いはおそらく,回答者が容易にイメー が大きい」結果となっていた。これが の診療情報は利用できない。また,複 ジできるような事前説明が不十分だっ 1 番目の原因と考えた。 数医療機関を同時に受診している場合 たのではないかと考えている。このため また,診療所の負担は経済的な面も は,薬剤の重複投与や併用禁忌薬につ 有効なネットワークを構築する上で重 あった。多くが補助金で構築されてい いても問題になるが,その情報は患者 要なのは,自身が利用する上で,メリッ たので,補助金が尽きると利用費負担 本人が正確に把握して処方医に伝えな トを想像できるだけの十分な情報提供 の問題が発生する。地域の専用サーバ いかぎり,安全に処方へ反映すること と啓蒙であり,それを行った上でのニー の保有は,継続的な維持コストに加え はできない。このような問題は,ICT ズ調査が必要と考えられる。 更新費用も捻出する必要があり,維持 連携により解決すると考えた。さらに, さらに,診療所の入力負担に関して するための「 コストが高い 」 。これが 拠点病院に紹介する際は,自院での診 は,診療所への電子カルテ普及が進み, 2 番目の原因である。 断あるいは治療が難しいといった理由 診療所での記録が地域医療 ICT 連携シ 3 番目は, 「現場ニーズを反映してい があるからこそ紹介するわけであるが, ステムに自動で反映しないかぎり,診 ない」のではないかという点である。補 紹介時点で連携すれば自院の端末上で 療所側の入力を前提としたシステム構 助金事業の申請期間は往々にして短い 紹介先での診療の詳細と経過を把握す 築は無理ではないかと考えた。このため, ため,地域医療の中でのニーズの検討 ることができる。つまり,紹介患者の 拠点病院の診療情報を診療所群が利用 が不十分なまま構築されていたのではな 診断過程や治療方法の展開の中で最新 する,片方向の連携を採用した。われ いかと考えた。 医療が学ぶことができる点も,大きなメ われが運用を始めた 2004 年ごろの地域 以上の 3 点が原因と推測した。 リットであると考えた。 医療 ICT 連携に関する考え方は,双方 次に,大村市医師会会員医師に対し, 向であることが前提であったため,当時, 以上のような利用方法をイメージ化し, われわれが提案した片方向連携の評価 メリットを説明した上で,アンケートに は低かった。しかしながら,拠点病院 よるニーズ調査を行った(図 2)。すると, の診療情報と診療所の診療情報の間に そこで,われわれは,改めて ICT 連 約 70%以上の診療所医師が検査データ は,その規模の違いから,質,量とも 携の必要性について検討した。わが国 や処方内容,画像所見などの閲覧を希 に格段の差がある。地方の拠点病院では, 地域医療 ICT 連携の運用・ 事業継続が難しい原因に対する われわれの対応 22 IT VISION No.26 (2012) 拠点病院そのものが地域の診療所群の 検査センター的な機能を果たす地域も 1.ネットワークシステムの課題と対策 ステムを導入し,月額使用料支払いにて 利用している。これにより,現在はポー ある。それならば,拠点病院の情報を 運用開始当初,あじさいネットのネッ タルサイトへのログインのみにて,全病院 共有するだけでも,十分な価値がある トワーク構成は,病院側はジュニパー の診療情報が利用できる。このように, ものと判断した。片方向連携であれば, ネットワークス社製 Netscreen 204,情 利用者ログイン面での利便性確保のため 診療所はまるで,インターネットのホー 報閲覧施設は Netscreen 5 GT を導入 には,SSO は有効である(図 3)。 ムページを閲覧するようなイメージで, し,メッシュ型の VPN(IPsec + IKE) 簡単に利用できるため,負担はきわめ を構築していた。しかしながら,規模 て少ないはずである。現在では,診療 拡大に伴う接続施設数増により,接続 所をはじめ情報提供病院以外の医療機 数制限のある従来設計では対応できず, 情報提供病院増に伴うログインの煩 関からも診療情報の入力は可能,すな 2009 年 4 月よりオンデマンド型のハード 雑さの問題は,SSO システムにて解決 わち双方向連携が可能であるが,7 年 ウエア VPN を採用し,保守も従来のス したが,情報提供病院が提供する地域 経過した今でも,病診連携での利用が ポット対応から,24 時間 365 日の対応 連携サーバに直接アクセスする方法は変 主体である。また,その後いくつかの地 を NTT データ中国社と契約した。 わらなかったので,複数の病院にまたが 域で地域医療 ICT 連携の成功例が生ま その結果,将来的に参加医療機関が る同一患者の診療情報は,それぞれの れたが,その多くは片方向連携運用が いくつ増えようとも対応が可能となっ 病院システムで閲覧する必要があった。 主体であった。 たが,月額 2000 円だった利用料の値 しかも,病院ごとに GUI(Graphical 一方,このようなネットワークであれ 上げが必要となり,アンケートの結果, User Interface)が異なる点も問題と ば,拠点病院側(情報提供病院)は自 得られた支払い上限内の 4000 円へと値 なった。当時,14 情報提供病院のうち 院の電子カルテ情報を VPN ネットワー 上げを与儀なくされた。ただし,VPN 7 病院は NEC 社 /SEC 社の ID-Link シ ク上で提供できる地域医療 ICT 連携シ 方式の変更により,本ネットワーク上 ス テ ム を, 残 り 7 病 院 が 富 士 通 社 ステムを導入すればよく,院外に地域 でレセプトオンライン請求が可能となっ HOPE/ 地域連携システムを採用してい 専用サーバを持つ必要がないため,コ たことは,新たなあじさいネットの価値 た。ID-Link は複数病院での診療情報 スト削減も可能であった。これにより となり,現在約 50 施設があじさいネッ の一元表示に対応していたが,富士通 あじさいネットは補助金なしで,会費 トを使ってレセプトオンライン請求を実 社は当時,独立したシステムのみを提 収入のみでの運用を可能とした。 施している。 供していた。同社も ID-Link 同様,複 以上のことから,将来の利用施設増 数病院が一画面上で同時表示できるシ に対応できる暗号化ネットワークの構 ステム(HumanBridge)を新たに開発 築が必要である。 し,参加全 7 病院が新システムに移行 広域化と規模拡大の課題 あじさいネットの運用開始後 4 年間は, 2 情報提供病院の診療情報を利用する サービスとして運用したが,2009 年 2.プライベートクラウド型シングル・ サイン・オン(SSO)の採用 3.プライベートクラウド型の中継サーバ 導入による統一 GUI システムの構築 した。両者ともその仕組みは,プライベー トクラウド上に設置された中継サーバ と各 病 院に設 置されたゲートウェイ 4 月に長崎県で最も医療機関の多い長 情報提供病院が用意する地域連携 (GW)サーバが連携し,同一患者の複 崎市医師会が参加したことで,広域化 サーバに直接アクセスする当初の方式は, 数病院に分散した診療情報を同一画面 と 10 病院以上の情報提供病院が参加 コスト面で有利であったが,情報提供 で表示する仕様であり,これによって, する「中〜大規模ネットワーク」へと拡 病院数が増えたことによって,複数シ ID-Link 型と HumanBridge 型の 2 種類 大した。地域医療 ICT ネットワークが, ステムへのログインと 3 か月ごとの複数 の画面があれば,全病院の同時表示が 臨床の現場で真に価値あるネットワー システム上でのパスワード変更が問題 可能となり,利用者の利便性は格段に クであるためには,地域全体で利用で となった。これは接続する病院が 1 ない 改善した。これらの中継サーバは,前 きる必要があるが,徐々に情報提供病 し 2 施設であれば問題ないが,それ以上 者が函館,後者は群馬のデータセンター 院が増えていった結果,直面した課題 であれば負担となる。このため,2009 年 に設置されており,全国どこからの利 と施した対策を述べる。 5月よりプライベートクラウド型のSSOシ 用も可能である点は,新しく ICT 連携 IT VISION No.26 (2012) 23 Overview 地域連携を成功させるためのシステム構築と運用のノウハウ 長崎大学病院 GW 長崎原爆病院 済生会長崎病院 大村市民病院 GW NEC ID-Link Server Internet IP-VPN network GW 連携クリニック等 GW 長崎市民病院 光晴会病院 十善会病院 長崎医療センター SSOによる 玄関口 GW GW GW HumanBridge Server GW 富士通 連携クリニック等 を構築する地域の導入を容易にするも 援を受けたとしても,継続運用のため のと思われる。なお,すでに両者の中 のコストは必要であり,妥当なコストで 継サーバは IP-VPN 上で接続されてお あるためには,本稿で紹介したプライベー り,最終的にどちらのシステムを使っ トクラウド型の中継サーバ利用は有効 ても,両者のいずれかに接続されたすべ であるものと思われる。 ての情報提供病院の診療情報が利用で 3 つ目には,何といっても地域医療 きるよう準備中である。なお,この中 にとって価値あるサービスであることが 継サーバ利用においては,月額使用料 重要である。そのためには,導入する 支払いでの運用を前提としているため, 地域の特性に応じたニーズ(これは潜 コスト増を避けつつ継続的な運用が可 在的ニーズである場合もある)や課題 能である。 を解決できるサービスを検討し,提供 5) ,6) 地域連携を成功させる システム構築と運用とは できる必要がある。さらには,先行し た病院だけが参加できるのではなく,一 でも容易に参加できるネットワーク構 医療が必要としている医療機関間の密 築が必要と思われる。そして,決して な連携を基盤とした診療に有益であるし, 欠くことのできない条件は,診療所, 質の高い地域医療の提供のためには必 薬局,病院,医師会,関連医療機関, 須とも言える。しかしながら,このよう 行政など地域医療にかかわるあらゆる なシステムは,多忙な臨床現場の中で, 関係各所の代表者が集結し,地域医療 業務効率を低下させずに業務の質を向 の質向上のために対等な立場で協議す 上しうるものでなければ存在し得ない。 る機会を持つことである。患者のメリッ したがって,利用する上での業務負 トを最優先し,同時に参加医療機関が 担が増えない,あるいは些少の業務負 皆納得する運用と展開を進めていくこ 担に比べはるかにメリットが大きいこと とで,ボトムアップ型の EHR(Electronic が条件となる。次に費用負担が納得で Health Record)が構築されていくもの きる範囲であること。仮に補助金の支 と思われる。 IT VISION No.26 (2012) ●参考文献 1)読売新聞 : 公費 59 億 電子カルテ共有シス テム 26 地域中「14」で休止…「審査不十分」 総 務 省 指 摘 . 2006 年 8 月 13 日 .(http://lob. kuhp.kyoto-u.ac.jp:16080/bos98/bos98i/ yomiuri20060813/yomiuri_online.pdf) 2)松本武浩 , 木村博典 , 山田理恵 , et al. : 情報シ ステムを利用した地域連携運用の構築と評価 . 医療情報学 , 26(Suppl.), 323 ∼ 324, 2006. 3)松本武浩 , 本多正幸 : 地域医療連携 IT 化の実 際「あじさいネットワークの取り組み」. 医療情 報学 , 27(Suppl.), 164 ∼ 165, 2007. 4)松本武浩 : 地域医療連携の IT 化 . 日本臨床内 科会会誌 , 24・1, 59 ∼ 64, 2009. 5)松本武浩 , 本多正幸 : 長崎県での地域医療 IT 連携普及への取組み「あじさいネット」. 医療情 報学 , 30(Suppl.), 31 ∼ 34, 2010. 6)松本武浩 : 地域医療 ICT 連携が診療所で十分 に機能するための条件̶長崎県での地域医療 ICT ネットワーク「あじさいネット」運用を例 に̶. 新医療 , 38・9, 32 ∼ 37, 2011. 定の基準を満たせばいかなる医療機関 地域医療 ICT 連携システムは,現代 24 図 3 SSO とプライベート クラウド型中継サーバ 接続 (まつもと たけひろ) 医学博士。長崎大学大学院医歯薬学総合研 究科医療情報学准教授,あじさいネット理 事。1989 年長崎大学医学部卒業。94 年長崎 大学第一内科消化器研究班,97 年国立病院 機構長崎医療センター臨床研究センター情報 推進研究室長を経て,2005 年より現職。長 崎医療センターでは情報部門の責任者として 電子カルテを導入(国立病院機構では全国 2 番目) ,2004 年には同院の電子カルテを共 有する初期型の「あじさいネット」を稼働。 2008 年,長崎大学病院に実務責任者として 電子カルテを導入。同時に長崎市医師会と協 力し長崎市でのあじさいネット展開に従事, 2009 年に長崎市でのあじさいネットサービ スを開始。長崎大学病院は,長崎市で初の情 報提供病院となる。 1 チーム力&地域力をアップさせる 情報共有と連携のノウハウ 特 集 情報を力に変えるための情報・人・ネットワークのあり方 User Report チーム力&地域力アップ事例 ITを用いた地域ぐるみの糖尿病スクリーニングの取り組み ─ 埼玉利根医療圏のバーチャル糖尿病検診センター事業 中野 智紀 社会医療法人ジャパンメディカルアライアンス 東埼玉総合病院 代謝内分泌科・地域糖尿病センター 高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT 戦略本部)医療情報化に関するタスクフォース構成員 診断,未治療,あるいは治療を中断し れた患者は,歯科診療所から電話にて た糖尿病患者が相当数歯科診療所へ通 診療予約が取得される。次に,紹介状 院している可能性を示唆していると考 が作成され,糖尿病専門外来を受診し 埼玉利根医療圏は,埼玉県北東部に えられた。同時に,当地域の歯科診療 糖尿病に関する診断を受ける。糖尿病 位置する 6 市 3 町(人口 66 万人)を含 所が糖尿病治療に高い関心を示し,糖 専門医への紹介の際,同時に歯科診療 んだ二次保健医療圏である。全国でも 尿病連携パス参画への意欲を持ってい 所や薬局は糖尿病連携パスに登録され, 最低レベルの医師数と糖尿病専門医数 ることが明らかになった。 それぞれ,かかりつけ歯科医,かかりつ 埼玉利根医療圏における 糖尿病医科歯科連携 け薬局となる。 (それぞれ人口 10 万人対) ,さらに全国 で最も急速に進行する高齢化とそれに バーチャル糖尿病検診センター 糖尿病専門医による治療が開始され, 病状が安定すれば,患者は循環型糖尿 伴う糖尿病の急増が喫緊の課題となっ ており,同医療圏が策定する地域医療 バーチャル糖尿病検診センター構想 病連携パスを用いた,かかりつけ医と 計画の重点項目に挙げられている。 は,NPO 法人埼玉利根医療圏糖尿病 の連携診療へ移行する(二人主治医制) 。 2010 年 11 月,同地域で歯科診療を ネットワークが考案した地域ぐるみの かかりつけ医との連携診療移行後も糖 行う埼葛歯科医師会と協力し,同歯科 糖尿病スクリーニングを可能にする IT 尿病連携パスに基づき,歯科診療所へ 医師会所属診療所 219 施設を対象とし ソリューションである。現在,相当数 の年 1 回の定期受診,あるいは治療は て,糖尿病歯科医科連携に関する実態 潜在していると考えられている未診断, 継続していく。薬局はかかりつけ薬局 調査が行われた(有効回答率 31 . 1%) 。 未治療,治療中断の糖尿病患者をコミュ としてかかわりを続ける。 その結果, 「過去に明らかに糖尿病が疑 ニティレベルで見いだし,継続的な治 2011 年 11 月現在,モデル事業として, われるが,治療を受けていない患者に 療へ結びつけるための仕組みである。 埼葛歯科医師会所属の 2 歯科診療所, かかわったことがある」という問いに対 図 1 にバーチャル糖尿病検診センター 大宮歯科医院(幸手市) ,山崎歯科医 して 59 . 0%が「本当にそう思う」 「そう 事業の具体的なワークフローを示す。 院(春日部市)と,春日部市薬剤師会 思う」と回答した。さらに, 「歯科治療 まず,歯科診療所(または薬局)にお 所属薬局,ファーマシーいまいの計 3 施 中,治療や通院を中断している糖尿病 いて,口腔内所見や問診,患者の希望 設が本事業へ参加している。相談窓口 患者とかかわったことがある」という問 などにより,糖尿病の可能性を疑い, となる糖尿病専門医は,社会医療法人 いに対して,56 . 0%が「本当にそう思う」 利用者の同意の下で血糖測定を行う。 ジャパンメディカルアライアンス東埼玉 「そう思う」と回答した。また,現在, 穿刺行為および採血は利用者が歯科医 総合病院地域糖尿病センター所属の糖 当医療圏において運用されている糖尿 師,あるいは薬剤師の指導の下で自ら 尿病専門医 1 名が担当している。 病 連 携 パ ス へ の 参 画 に つ い て も, 行う。検査結果は Net-SMBG システム 今後,モデル事業終了後に登録施設 76 . 5%が積極的に参加したいと回答 によりインターネット経由で糖尿病専 数を増やし,業種を超えた多様かつ多 した。 門医へ送信される。検査結果を参照し 数の施設において,この IT ソリューショ 本調査の結果は,歯周病を有する未 た糖尿病専門医により要受診と判断さ ンを活用した地域ぐるみの糖尿病スク 30 IT VISION No.26 (2012) ミテネインターネット社 ①結果 送信 Net-SMBG ④受診の要否 の連絡 ②インターネット 経由で参照 ⑤血糖値を 見て受診の 要否を判断 ⑦糖尿病専門医 による診断と 初期治療開始 歯科診療所 埼葛歯科医師会 ⑥歯科診療所より 予約取得し専門 外来へ紹介。 (紹介状 250点) 循環型 連携パス ⑨パスによる定期的な歯科受診 2人主治医制 循環型 連携パス 糖尿病専門医 東埼玉総合病院 ⑧安定したら かかりつけ医 と二人主治医制 かかりつけ医 連携診療所35施設 図 1 バーチャル糖尿病検診センター事業のワークフロー リーニングを行うことの医学的効果を から受診を確認したり,通院継続を支 見えるコミュニティによる治療継続支 検討していく計画である。また,継続 援するための仕組みが準備されているこ 援体制を提供できると期待している。 可能な仕組みとするために,医療経済 と,④ 治療中断を未然に防ぐための仕 本事業で必要とされるコストは,血 学的な検討も必要と考えている。 組みが準備されていること,⑤こうした 糖測定器や穿刺針,測定チップなど比 当事業は,内閣官房高度情報通信 仕組みが継続可能なビジネスモデルと 較的廉価なものと考えられる。さらに, ネットワーク社会推進戦略本部(IT 戦 して成立することが挙げられる。 社団法人日本歯科医師会と社団法人 略本部)における第 8 回医療情報化に 本事業は,歯周病を合併した潜在的 日本糖尿病協会により作成された「診 関するタスクフォースにおいて「どこで な糖尿病患者が集まると考えられる歯 療情報提供書」 (250 点)の活用や,紹 も MY 病院」の具体的な使い方として 科診療所と,過去にスクリーニングの 介した利用者が糖尿病と診断された場 紹介された。 有効性が報告されている薬局において 合,糖尿病連携パスに自院が登録され, 実施された。また,糖尿病専門医へ紹 定期的検診を担当することになるため, 介の際には,必ずコールセンターを経 自己血糖測定に関連したコストに十分 期待される効果と課題についての考察 由して糖尿病専門外来の診療予約が取 見合うだけの診療報酬が得られると考 われわれの小さな取り組みより得た 得される。紹介患者が受診した際には, えられ,当事業は日常診療においても 知見より,こうしたコミュニティベース 患者の同意の上,紹介元へ報告される。 活用できる新たなビジネスモデルとして における糖尿病スクリーニングの仕組 事前に専門医へ血糖値の結果を Web 成立するものと期待している。 みが全国各地で提供される際に,検討 上で見てもらっており,一度,コンタ 当医療圏では 500 施設以上ある歯科 されるべき要点を以下にまとめる。 クトを取っているという安心感も初診 診療所や薬局などを新たな糖尿病検診 すなわち,① 多種多様な拠点におい に対する心理的抵抗感を軽減させ,受 拠点に変えることができ,糖尿病の早 て数多くのスクリーニングが実施される 診しやすい環境を提供できるものと考え 期発見と重症化予防に貢献できる可能 ことも重要だが,一方で,潜在的な糖 られる。さらに,状態が安定した後は, 性が期待される。 尿病患者が集まると考えられる拠点で 循環型糖尿病連携パスを用いて,年に の効率的なスクリーニングを心がけるこ 1 回専門医による重症化予防のための と(例えば歯科診療所や健康イベント 検査と診察を受けながら,普段は自宅 など) ,② 糖尿病が疑われた場合,適 近くにあるかかりつけ医で治療を継続す 切な診断を受けられる医療施設とあら ることができる。他方,自宅近くにある かじめ連携し,受診を支援できる体制 かかりつけ歯科医や薬局においてもかか を整えること,③ 治療開始後も紹介元 わりを続けることによって,顔と顔が (なかの ともき) 獨協医科大学卒業。社会医療法人ジャパン メディカルアライアンス東埼玉総合病院代謝 内分泌科・地域糖尿病センター勤務。糖尿 病学会認定専門医,日本内科学会認定内科 医,埼玉県糖尿病協会理事。高度情報通信 ネットワーク社会推進戦略本部の医療情報 化に関するタスクフォース構成員を務める。 IT VISION No.26 (2012) 31 1 チーム力&地域力をアップさせる 情報共有と連携のノウハウ 特 集 情報を力に変えるための情報・人・ネットワークのあり方 User Report チーム力&地域力アップ事例 周産期医療における情報共有と連携 ─ ITを活用した情報共有と連携の仕組み 原 量宏 日本産婦人科医会 情報システム委員会 委員長,日本遠隔医療学会 会長 香川大学 瀬戸内圏研究センター 特任教授,徳島文理大学 保健福祉学部 臨床工学科 教授 子カルテネットワークの先見性が再認 はじめに 東日本大震災で威力を発揮した 奇跡の電子母子手帳「いーはとーぶ」 産婦人科医の減少は急激で,日本の 2011 年 3 月の東日本大震災では,震 周産期医療は全国各地で崩壊しつつあ 災地域,特に津波の被害にあった沿岸 り,これまでの周産期医療のあり方を 部の医療機関で,建物はもちろん,診 政府の推進するシームレスな地域連 根本的に再構築し,新たな周産期管理 療情報も完全に失われたところが多く, 携医療とどこでも MY 病院構想の重要 体制(集約化と分散化,効率化)を確 被災した住民の健康管理に多大な支障 性が打ち出される中,これからの電子 立しなくてはならない が生じた。医療情報の記録に関しては, カルテは標準的なフォーマットに基づく 最新の IT の力を駆使した周産期電子 従来からの紙のカルテ,そして最近普 ネットワーク対応〔データセンター型 カルテネットワークシステムを導入し, 及している電子カルテがあるが,紙のカ (クラウド型) 〕でなくてはならないこと 総合周産期母子医療センターと地域の ルテは津波で流出したものが多く,電 が強調されている 3),4)。日本産婦人科 医療機関の間で診療情報を共有し,シー 子カルテに関しても,サーバ自身が破 医会情報システム委員会では,そのこ ムレスな連携を実現すること,そして 壊された場合はもちろん,電子カルテの とを予見して,すでに 1999 年に妊娠週 妊娠管理は診療所で分娩は病院で行う, サーバは残っても停電により診療に支 数,血圧,超音波計測による胎児の大 病院と診療所の分業体制(オープン・ 障を来すところが多く認められた。 きさなどを 「 日母標準データフォーマッ セミオープンシステム)の確立が不可欠 ところが,一昨年から岩手県で稼働 ト 」(http://www.jaog.or.jp/japanese/ である。さらに,最近は助産師の活用 していた,電子母子手帳「いーはとー jigyo/jouhou/h 10 /data_ 199902 .htm) が大きな潮流となっており,周産期電 ぶ」は,行政ならびに医療機関により, として,さらに同年に胎児心拍,子宮 子カルテネットワークを用いた産婦人 岩手県,特に沿岸部の妊婦管理のデー 収縮の伝送,記録に関して 「 日母胎児 科専門医と助産師の連携も重要な課題 タがデジタルデータとして記録されてお 心拍数情報ファイルデータフォーマット 」 である。 り,しかもサーバは内陸部の盛岡市に (http://www.jaog.or.jp/japanese/ 日本産婦人科医会情報システム委員 あったため,震災の被害を免れて,そ jigyo/jouhou/h 10 /shinpaku.htm)を定 会では,このような時代が来ることを予 の後の沿岸部の妊婦への母子健康手帳 義している 4)。 見し,10 年以上前から,周産期医療情 の再発行はもちろん,妊婦を内陸部の 上に述べた周産期電子カルテネット 報の記録・伝送法の標準化と,ネット 医療機関へ紹介する際に大変威力を発 ワーク,ならびに岩手県の電子母子手 ワーク対応型 Web 版周産期電子カル 揮した 。 帳「いーはとーぶ」では,周産期管理 テの開発・普及に取り組んできた。 最近,データセンター型(クラウド型) に用いるデータが,日本産婦人科医会 の電子カルテが大変注目されているが, で定義された標準フォーマットに準拠 日本産婦人科医会で取り組む周産期電 しているため,ネットワーク上で地域 32 IT VISION 。そのためには, 1) , 2) No.26 (2012) 3) 識されている。 周産期医療における情報の標準化と ネットワーク化の必要性 ・病院と診療所が医療データを共有 地域中核病院 診療所 モバイルで 胎児心拍等 伝送 情報共有 妊婦宅 SSL サーバ Web 電子カルテ Web 電子カルテ ・在宅でとったデータはリアルタイムで病院・診療所に 検診画面 パルトグラム画面 全体のデータを共有できることが大きな 特徴である。また,大学病院や地域の 図 1 周産期電子カルテ ネットワークと モバイルによる在宅 妊婦管理システムの 機能統合 周産期医療のための電 子カルテネットワーク と,モバイルによる在宅 妊婦管理システムの機 能を統合し,全国に普 及させる。 胎児心拍モニタリング画面 Web 版周産期電子カルテの機能 の妊娠経過が表示される。助産師外来 と医療機関との間で利用する場合には, 中核病院で稼働している基幹電子カル 本ソフトウエアでは,Web 画面を開 患者紹介のみならず,症例の相談など テと国際標準である HL 7 を介しての連 くことにより,産婦人科で行われる外 多様な利用法が考えられる(図 1)。 携も容易である。 来診療,入院診療,分娩において発生 最近,電子カルテの画面を参照でき する各種情報を登録し,必要に応じて るだけで地域連携システムと称している 入力,変更,削除,画面表示,印刷を ものがあるが,ネットワークを介して, 行うことができる。印刷画面は,個々 ハイリスクの妊婦管理においては,胎 実際のデータを双方向で受け渡しでき の医療機関のカルテに合わせて自由に 児心拍数の連続モニタリングが最も重 なければ,どこでも MY 病院構想の普 印刷可能である。他院への紹介状や出 要である。モバイル化の利点として,患 及を阻害することになる。 生届などに関しても印刷可能で,仕事 者,医療従事者双方が場所を問わずに の効率が上がるだけでなく,転記ミス 情報を活用できる,リアルタイムに情報 も大幅に減少する。すべての情報をサー 交換できる,医療従事者間の相互支援 バ内のデータベースにより一元管理し, ツールとして機能するなどが挙げられる。 経済産業省は,日本産婦人科医会の 複数の医療機関から入力,参照,編集 モバイルによる在宅妊婦管理システム 協力の下,2006 年度から 3 年間にわたり 処理することが可能であり,ネットワー は携帯電話(NTT ドコモの FOMA) , 「周産期電子カルテネットワーク連携プロ クに接続されている医療機関であれば, スマートフォンを用いることにより,妊 ジェクト」を,岩手県,千葉県,東京都, 電子カルテの紹介機能を利用すること 婦および医師側が病院,診療所の中は 香川県を中心に進めた。本プロジェクトは, により,簡単に診療情報を相互に送る もちろん,外部のどこからでも,胎児モ 周産期電子カルテネットワークと,モバイ ことができる。 ニタリングが可能になっている。また, ルによる在宅妊婦管理システムの機能を 妊婦が診療所から中核病院へ紹介さ 本システムを周産期電子カルテネット 統合し全国に普及させる目的で始めら れる場合や,里帰りなどで他地域の医 ワークと連携することにより,Web 版 れた(図 1)。幸い本プロジェクトへの評 療機関へ紹介される場合,電子カルテ 周産期電子カルテ上で,在宅の妊婦の 価は高く,現在,厚生労働省,総務省 の画面から紹介先の医療機関を選択し データ参照も可能になり,院内外を問 のプロジェクトとして,北海道から沖縄 クリックすることにより,受け入れ側の わず,胎児心拍数情報をすべて一元管 県まで全国に展開しつつある 医療機関の電子カルテ上に,それまで 理が可能になったわけで,妊婦を管理 周産期電子カルテネットワーク プロジェクトの概要 (図 2) 。 5) , 6) モバイルによる 在宅妊婦管理システムの機能 IT VISION No.26 (2012) 33 1 チーム力&地域力をアップさせる 情報共有と連携のノウハウ 特 集 情報を力に変えるための情報・人・ネットワークのあり方 図 2 周産期電子カルテネットワーク の全国展開 本プロジェクトへの関心は非常に高く, 岩手県,千葉県,東京都,香川県の 4 地域以外においても,北海道から沖 縄県まで全国に展開しつつある。 産婦人科病院 在宅妊婦 データセンター インターネット SSL モバイルCTG ①モバイル CTG モニタで胎児の心拍, 胎動を測定。 測定単位は任意に設定:20分,40分,60分 ②データ送信ボタンを押すと自動的に取得データがデータセンターへ送り出される ③モバイル CTG モニタで取得データのグラフを見ることも可能 ④データセンターにて, 妊産婦別のモバイル CTG モニタからのバイナリデータを グラフ表示に変換 ⑤同時にデータをデータベースに保管 ⑥iアプリとデータベースの連携 ⑦産婦人科病院にて担当医が妊産婦のデータを確認し, 胎児の状況を把握 ⑧担当医は外出先からも携帯電話により胎児の状況を確認することが可能 (図 3) する上で大変有意義である 7) 。 モバイルによる在宅妊婦管理システムの 構成と携帯電話による胎児心拍数の表示 胎児心拍数は,リアルタイム自己相 34 IT VISION No.26 (2012) 担当医が外出先で 図3 在宅妊婦管理システムのイメージ 在宅妊婦管理システムにより,妊婦 および医師側が病院,診療所の中は もちろん,外部のどこからでも,胎児 モニタリングが可能になっている。 関システムにより,安定して微細な変 タは胎児心拍数用のサーバに蓄積され, 動まで検出可能であり,双胎妊娠にも 医師側はインターネット網,ならびに 対応している。家庭で検出された胎児 携帯電話網を介して常時データを受け 心拍数情報はパケットの形で,FOMA 取ることができる。通常は,1 回 20 分 網に送信される(図 4)。受信されたデー 間のデータを 1 日 1,2 回,圧縮した形 づくネットワーク対応 Web 版周産期電 子カルテとモバイルによる在宅妊婦管理 システムの開発・普及に取り組んできた。 本プロジェクトへの海外からの注目度は 高く,すでにタイ国内で実証実験を進め ている。今後は,シンガポール,中国な どアジア諸国から,世界全体を視野に 入れた展開をめざしている 9)。 図 4 携帯端末による胎児心拍数の表示 携帯電話に表示された胎児心拍数と子宮収縮。NTT ドコモ,au,ソフトバンクなど どの会社でも利用可能である。 で一度に伝送する。 会 」 を組織し,妊娠に合併する代表的 受信に関しては,すべての会社(NTT な疾患,妊娠高血圧症候群,前期破水 ドコモ,au,ソフトバンクなど)の携帯 (PROM) ,切迫早産,妊娠糖尿病,胎 電話,スマートフォンが利用可能となっ 児発育不全(FGR,IUGR),前置胎盤, ている。 双胎,羊水過多・過少の 8 種類に関して, 地域医療連携のための周産期電子 カルテの自動診断機能の強化 標準的な診断基準を定義した。 本機能により,電子カルテに各種診 療情報を入力するだけで,ハイリスク妊 始めに述べたように,今後は総合周産 娠は自動的に診断される。各医療機関は, 期母子医療センター,地域周産期母子 それらの症例の治療方針などに関して, 医療センターと診療所はもちろん,助産 総合周産期母子医療センターなどとの 師と医療機関との連携が大変重要となっ 間で事前に情報交換を行うことも可能 てくる。そのためには,診療所の医師や となる。地域全体においてのハイリスク 助産師が,妊娠高血圧症候群(PIH) , 妊婦の管理,さらには出産後の母児の 妊娠糖尿病(GDM)など,周産期に特 長期予後の調査なども利用することがで 有の疾患を正確に診断し,適切な治療 きるわけで,大変意義あるものである 8)。 を早期に開始する必要がある。 これまで日本産科婦人科学会,日本 *本研究は,文部科学省連携融合事業経費,文部 科学省科学研究費 No. 15300185,厚生労働省 研究助成費,経済産業省研究開発助成費,香川 県健康福祉部,医療情報システム開発センター (MEDIS-DC)の援助による。 ●参考文献: 1)原 量宏 , 横井英人 , 岡田宏基 : 地域医療連携 に向けた遠隔医療の現状と課題 . ITvision, 10, 21 ∼ 23, 2006. 2)原 量宏 : IT が結ぶ地域医療連携の実力 地 域医療ネットワークが日本の医療の救世主とな るでしょう . 新医療 , 36・2, 36 ∼ 39, 2009. 3)小笠原敏浩 : 被災地からのレポート 東日本 大震災 その時,被災地にある岩手県立大船渡 病院産婦人科では . 助産雑誌 , 65・7, 598 ∼ 605, 2011. 4)原 量宏 , 岡田宏基・他 : 周産期医療情報の標 準化“日母標準フォーマット”とネットワーク を用いた周産期管理システムの開発と運用 . 医 療情報学 , 20・2, 143 ∼ 148, 2000. 5)原 量宏 : 周産期電子カルテを活用した周産期 医療の再構築 ─ 電子カルテネットワークを用 いて産科医療の崩壊を防ぐ . 周産期医学 , 40・1, 49 ∼ 56, 2010. 6)原 量宏 , 横井英人 , 小笠原敏浩・他 : 産科医療 の崩壊を止める ─ 周産期医療における IT の応 用 . 産婦人科の実際 , 58・6, 897 ∼ 909, 2009. 7)原 量宏 : 在宅 CTG と CTG 伝送システム . 周 産期医学 , 39・4, 423 ∼ 430, 2009. 8)原 量宏 , 中林正雄 : 周産期電子カルテシステ ムを用いたハイリスク妊娠の自動診断 . 周産期 医学 , 39・1, 120 ∼ 127, 2009. 9)原 量宏 : 崩壊する周産期医療を救うIT ─ 分 娩監視装置の開発から遠隔医療, そして日本版 EHRの全国展開まで. 情報処理, 51・8, 1039∼ 1048, 2010. おわりに 産婦人科医会,ならびに厚生労働省研 究班を中心として,妊娠に合併する各 周産期医療における情報共有と連携 種疾患に関しての標準的な診断基準や, に関して,日本産婦人科医会情報シス 治療法のガイドラインの作成がなされて テム委員会で取り組んできた「周産期電 きたが,文章としての表現にとどまっ 子カルテネットワーク連携プロジェクト」 ており,実際の電子カルテに実装され を中心に解説した。政府の高度情報通 るまでには至っていなかった。 信ネットワーク社会推進戦略本部(IT 日本産婦人科医会では,愛育病院の 戦略本部)により,シームレスな地域連 中林正雄院長を中心に,新たに周産期 携医療の導入が強調される中,日本産 医療事業 「 クリティカルパス検討委員 婦人科医会では,標準フォーマットに基 (はら かずひろ) 1970 年東京大学医学部卒業後,同大学医 学部産婦人科入局。80 年に香川医科大学 (現・香川大学医学部)母子科学教室助教 授となり,2000 年に同大学附属病院医療 情報部教授。2009 年から同大学名誉教授, 同大学瀬戸内圏研究センター特任教授,徳 島文理大学理工学部臨床工学科教授(現在, 保健福祉学部臨床工学科教授)。2007 年 に経済産業大臣表彰(個人)「情報化促進 部門」を受賞。現在,日本産婦人科医会情 報システム委員会委員長,日本遠隔医療学 会会長を務める。 IT VISION No.26 (2012) 35 特集3 スマホ・タブレット活用術 医療機関のための 医療現場を変える力を秘めたデバイスをどう使いこなすか? Apple 社の iPhone や iPad の登場以降,医療現場でもスマートフォンやタブレットの利用が進んでいる。すでに 在宅医療での多職種間情報連携,患者自身の問診票入力,救急・術中の画像参照,遠隔画像診断,医学教育などの 場面で活用され,威力を発揮している。クラウドなどのネットワーク技術の進歩により,今後ますます普及が予想 され,注目を集めている。そこで,本特集では,スマートフォンやタブレットの最新導入事例を取り上げる。 ケース別に見るスマホ・タブレット利用 周産期医療 新生児健診におけるiPad問診票システムの活用 吉田 茂 名古屋大学医学部附属病院 病院長補佐,メディカル IT センター長 なり,この状態で母親に渡す。後は, はじめに 事例概要 新生児健診とは,一度に多数の生後 名古屋市緑区にあるロイヤルベルク 回答してもらうだけである。 1 か月児を外来に集め,問診,計測,診 リニック(17 床)では,2010 年 6 月の 質問内容は,全国共通で母子手帳に 察,育児相談までこなす,非常に濃密 開院時より,富士通社製電子カルテ 記載されている項目であり,通常の新 な外来業務である。出生時から退院ま HOPE/EGMAIN-NX と連携する形で, 生児健診外来では,母親が母子手帳に での新生児期(生後数日間〜 10 日間) 市販データベースソフトウエアの File 手書きした情報を医療者が見て確認し, の入院中の情報の把握を行い,かつ, Maker を用いて,筆者が開発した新生 必要であればカルテに記載しているもの 退院後の児の状況を母親から聴取し, 児管理システムが稼働している。 である。当システムでは,母親が iPad 短い診察時間で全身をくまなく診て,児 出生から退院までの新生児の情報は, に直接入力した情報が,診察室の PC の健康状態を把握し,医療が必要な児 すべてこのシステムで管理され,健診 画面に転記されるので,業務負荷の には,適切な処置,手続きを行い,母 予約管理業務および外来での健診時の 軽減および転記ミスの防止に役立って 親の育児不安にも答えなければならない。 記録も,シームレスに行えるようになっ いる。 そこで扱う情報は大量かつ多種多様 ている。 母子手帳の質問に回答した後は,母 であるが,ほとんどの医療機関では, そして,2011 年 9 月より,FileMaker 親が児に関して気になることを自由に 紙媒体もしくは口頭での情報交換が主 を使って開発した新生児健診 iPad 問 質問できる「質問コーナー画面」に移 となっており,新生児健診に携わる医 診票システムを追加し,FileMaker Go 動する(図 2)。 療従事者の業務負荷は大きく,かつ, によって,iPad 上で使用できる環境を 最初に,ステップ 1 で質問のキーワー 情報の有効利用や医療安全の意味から 構築した。 ドを選択するわけだが,選択方法とし も改善すべき点は多い。 受付には,受診予定者一覧画面を表 ては,キーワードの単語から選ぶやり 今回,われわれは,ファイルメーカー 示した iPad が 3 台スタンバイしている。 方と,赤ちゃんのイラスト上で体の気 画面の指示に従って,全 12 問の質問に 社 FileMaker で自作した新生児管理シ 「待機中」 「問診中」 「計測中」などの健 になる部分をタップするやり方がある。 ステムと,さらに FileMaker Go によっ 診状況が色別に表示されており,来院 次に,ステップ 2 では,キーワードに関 て連動した新生児健診 iPad 問診票シ された方を「待機中」から探してタッチ する FAQ(よくある質問)をリスト表 ステムを導入したので報告する。 (図 1)と すると, 「新生児質問票画面」 示し,自分の聞きたい質問に近いもの 36 IT VISION No.26 (2012) 図 1 新生児健診問診票画面 図 2 質問コーナー画面(ステップ 1) 入院新生児)の情報は,従来の紙カル テ時代から母親の付属物としてしか扱 えず苦慮してきたが,多くのベンダー製 電子カルテでは,いまもその状況は同 じである。すなわち,入院中の新生児 の情報は,1 か月健診では参照するこ とはできても,フルに利用することはで きず,退院時から健診時までの体重増 図 3 1 か月健診画面(診察室 PC) 加(g/ 日)も手計算されていることが 多い。今回,紹介したシステムでは, 出生から退院までの情報が外来受診時 を選ぶ。そうすると,ステップ 3 では, ト機能もあるため,うっかり見落とし までシームレスに継続し,かつ,母子 選択した質問に対する回答が表示され や誤入力の防止にも役立っている。 手帳や問診用紙などの紙媒体に記録さ る仕組みになっている。さらに,ステッ 入力完了後に送信することにより, れていた情報も統合されたわけである。 プ 4 では,回答を読んだ母親に,その 診察室の PC 上の FileMaker 新生児管 さらに,待ち時間を利用して母親に入 回答を評価してもらう仕組みがあり, 理システムの 1 か月健診画面(図 3)に, 力してもらうことにより,現場スタッフ 回答に満足した場合は「スッキリ!」 iPad で記録された情報がすべて反映さ の省力化にも貢献している。また,単 と表示され,もっと詳しく聞きたい場 れる。この画面は,母子手帳の 1 か月 に医療者側がほしい情報を入力させる 合は,後で診察の際に医師から説明す 健診用の見開きページそのものであり, だけではなく,母親の聞きたい質問に る旨を表示している。質問と回答は, 通常,母親が自由記載で書き込んでい 対して,iPad 上で回答まで与える仕組 1 か月健診で頻出の 170 項目あまりの る質問欄には,iPad で選択した質問が みを備えていることで,母親の満足度 Q&A を,新生児科医でもある筆者が 転記されている。なお,母親が, 「スッ も向上し,診察時の医師とのやり取り 各種資料と自らの経験を基に厳選した。 キリ!」と評価した質問は,青字で記 もスムーズになって,かなり省力化さ 質問コーナーを終えると,母親は 載され末尾に「スッキリ」と表示されて れた。 iPad を看護師に渡す。看護師は,処置 いるので,この質問に関してはさらっ さらには,この iPad 問診票システム 室で児の身長,体重,頭囲,胸囲の計 と流し,ほかの質問を詳しく説明する では,すべての画面の操作ログ,画面 測と哺乳状況の確認や全身所見の簡単 ことで,母親との Q&A 時間の省力化 遷移のタイムスタンプを保存しており, なチェックを行い,結果を iPad に入力 および効率化につながっている。 母親がどの画面で数秒間ためらったと する。これらの入 力 作 業も基本的に チェックやリスト選択のみで簡便に行え る。かつ,異常値や異常所見のアラー 考 察 入院扱いとならない正常新生児(未 か,画面遷移の戻りがどこで多く発生 するかなどを解析することによって,回 答に時間を要する質問や操作に迷う画 IT VISION No.26 (2012) 37 医療機関のためのスマホ・タブレット活用術 特集3 医療現場を変える力を秘めたデバイスをどう使いこなすか? FileMaker による迅速かつ効 に関する知識や経験を生かして,File 率的な開発環境である。通常, Maker などの市販のアプリケーション i O S ア プ リ の 開 発 に は, ソフトウエアを用いて,医療者自らの Objective-C というプログラミ 手で業務に使用する IT システムを構築 ング言語か,Web アプリなら する活動の普及,促進を図るため,以 ば HTML 5 などの習得が必要 下の研究会を主催しているので,興味 であるが,FileMaker の場合, のある方はぜひご連絡いただきたい。 PC 上で作成したシステムが, ・ 日 本ユーザーメード医療 IT 研究会 そのまま iOS 上の FileMaker Go を使って使用可能となる 図 4 操作ログ解析画面 URL http://www.j-summits.jp ため,特に新たな技術を身に 面などの改善につなげている。また,筆 付けることなく,これまでの FileMaker 者は健診終了後に毎回,その日の全新 システム開発の延長で,iOS アプリを作 生児の各種平均所要時間を iPad のワ 成することができたのである。 ンタッチ操作で表示させて(図 4),外 今後,医療の現場で iPad の導入事 来待ち時間の短縮に向けて参考にして 例は増加するであろうが,限られた予 いる。 算と時間の中で,医療者のニーズに的 確に応えられるシステムを作成するには, まとめ (J-SUMMITS) FileMaker を用いて医療者自身の手で 週に 1 回だけの健診業務に従事して 作成する,今回のシステムのようなユー いる医療者である筆者が,短時間で ザーメードシステムの有用性は大きいと iPad 上で動くシステムを開発し,速や 考える。 かに現場に導入できた最大の要因は, 筆者は,医療現場に蓄積された業務 (よしだ しげる) 1987 年神戸大学医学 部卒業。同大学医学部 附属病院小児科,兵庫 県立こども病院新生児 科,呉共済病院小児科, 神鋼病院小児科,神鋼 加古川病院小児科医長 を経て,2 0 0 4 年に名 古屋大学医学部附属病 院医療経営管理部助教 授となる。2008 年から同院メディカル IT センター 長,2010 年から同院病院長補佐も兼任する。現在, 日本クリニカルパス学会評議員,日本ユーザーメー ド医療 IT 研究会代表,日本医療情報学会評議員 などを務める。 ケース別に見るスマホ・タブレット利用 在宅医療・看護 訪問看護ステーションにおける業務改善と 医療連携 ─ iPhone・iPad を利用して 櫻井 悦子 聖隷訪問看護ステーション千本 所長 赤ちゃんから老人まで医療保険での訪問 担う役割は増えている。しかし,ステー 看護が可能となった。2000 年には,介 ションの設置数と利用者数は,微増にと 訪問看護ステーション(以下,ステー 護保険法が成立し,訪問看護は医療保 どまっている。その原因には,制度的な ション)は,1991 年老人保健法が改正 険と介護保険の 2 本立てとなった。超高 問題と業務内容に問題があると考える。 され,老人訪問看護制度として開始さ 齢化社会を急速に迎え,在院日数の短 制度の問題では,疾患や病状によっ れた。1994 年には,老人だけでなく在宅 縮化により医療ニーズの高い人たちが在 て医療保険と介護保険に分けられ,同 療養を受けるすべての人が対象になり, 宅で療養せざるを得ず,ステーションの じ看護が保険によって料金が違うなど はじめに 38 IT VISION No.26 (2012) 表 1 休日・夜間の緊急電話件数と内容別訪問件数 緊急 電話 訪問 看とり 処置 相談 精神的 な不安 2012 年 1月 61 37 5 32 21 3 2月 58 42 2 40 16 0 3月 60 32 3 29 28 0 4月 43 27 4 23 15 1 年月 件 訪問 看とり 3月 4月 4月 かかわる人にとってわかりにくいものに なっている。また,小規模な事業所が 多く,静岡県のステーションは常勤換 算 5 人未満が 63%である(平成 22 年度 難さがあり,背景には給与が病院勤務 看とり 3月 複雑で,利用者やケアマネジャーなど の原因は,高い離職率や人材確保の困 緊急 電話 緊急 電話 訪問 2月 図 1 緊急電話件数と訪問数 静岡県訪問看護協議会実地調査) 。そ 2012年 1月 2012年 1月 2月 図 2 緊急電話の 当番制によ る負担軽減 給与より低かったり,教育体制が不十 0 0 現在 2012年 現在 4月 2012年 4月 合併後 2010年 合併後 4月 2010年 4月 10 20 10 20 30 40 30 50 40 1番緊急当番 50 60 60 件 70 件 70 2番緊急当番 1番緊急当番 2番緊急当番 緊急当番 緊急当番 0 0 1 1 2 2 3 3 4 4 5 6 5 6 7 7 8 8 件 9 件 9 分であったりするなど,処遇の悪さが に至る。利用者は 200 名,月の延べ訪 “便が出てオムツ交換ができない” “汗が ある。 問回数は 1100 程度である。看護師常 出て服の交換ができない”などの依頼も 業務内容の問題では,小規模事業所 勤 10 名,非常勤 3 名,事務 2 名勤務, あるが,対応せざるを得ない。 になればなるほど,夜間・休日に緊急 そのうち常勤看護師 8 名が自宅待機を 緊急電話を受ける看護師の問題もあ 携帯電話を持つ回数が増え,負担感や し,緊急電話に対応している。ステー る。当ステーションは,合併後 2 チーム 責任の重さを感じることである。自宅 ションは,看護師数 10 人以上を大規模 体制で緊急電話を受けていた。そのため で直接利用者や介護者からの緊急電話 型と位置付けてあるので,当ステーショ 1 人が 1 か月に持つ回数は,平均 7 . 7 回 をとるプレッシャーは感じて余りある。 ンはそれにあたる。 であった(図 2)。その負担を減らすため, 本稿では,この業務内容の改善につい 2012 年 1 月から 4 月までの休日・夜 2011 年 4 月より 1 チーム制にして 1 番携 て述べる。 間の緊急電話回数は,平均 1 . 8 回で, 帯,2 番携帯に分け,1 番携帯が主で その 62%は訪問している。この回数は, 2 番はそれのサポートにあたるようにした。 年々増えている(表 1,図 1)。要因は, 1 番携帯を持つ平均は 3 . 9 回に減り, 当ステーションのある沼津市は,静 核家族化が進み,高齢者世帯や独居世 2 番携帯を持つ負担感はほとんどなく 岡県の東部に位置する,人口約 20 万人 帯が増えたこと,それとともに認知症高 なった。しかし,問題は利用者の情報 の地方都市である。当ステーションは, 齢者が増えたこと,在宅でさまざまな機 共有である。200 名の利用者に全員の 1996 年 2 月に聖隷沼津病院の訪問看護 械,器具を使いながら療養する利用者 看護師が訪問することは不可能で,緊 室から独立し開設した。2000 年には介 が増えたこと,在宅看とりの場合,人 急時は訪問したことがない利用者の対 護保険制度の開始により,居宅介護支 の死が初めてで不安が大きい,などがあ 応もしなくてはならない。そのため,持 援事業所を併設し,看護師は兼務で業 り,さまざまな不安が緊急電話をかけ ち歩く情報は多岐にわたる。吸引器な 務している。ステーションは一時 2 か所 ることにつながっている。24 時間 365 日 どの器具や医療材料,衛生材料と情報 にしたが,看護師不足と大規模事業所 サービスを提供する訪問看護へ,看護 である。器具や物品などは車にあれば をめざして 2010 年 3 月に合併し,いま 師ではなくてもいいようなこと,例えば いいが,情報は肌身離さず持ち歩く。 当ステーションの現状 IT VISION No.26 (2012) 39 医療機関のためのスマホ・タブレット活用術 特集3 医療現場を変える力を秘めたデバイスをどう使いこなすか? ポータブル吸引器 死後処置セット 利用者地図 利用者情報 夜間当番表 ペンライトや 血糖測定器 図 4 訪問看護師の訪問スタイル(左が従来,右が EIR 導入後) 緊急ノート 図 3 訪問看護師が持ち歩く物品(従来) 今後の課題 iPhone・iPad,アプリを使い始めて さほど経っていないが,在宅にこそ生 かせるものだと感じる。今後は,処置 方法やケアの仕方など動画に取り込み, 共有するなど教育にも使えるように準 備し始めた。また,医師との情報交換 図 5 iPad を用いた患者への指導 図 6 EIR を用いた医師との情報共有 で集まる機会が増え,一番大事な顔の 見える関係が築けている。 住所,病名,主治医,主治医連絡先,薬, カーから 2 週間借り受け,それぞれが 訪問看護師の大変さばかりを言った いままでの経過,利用者宅までの地図, 家に持ち帰った。また,招いた医師の が,これに余りあるものが訪問看護に ケアマネジャーの名前,連絡先,サー ところに見学に行き,実際を見ること はある。 「いつも支えられていると実感 ビス事業者の連絡先などがある(図 3)。 も行った。その結果,スタッフ全員の します」「困った時に電話できるという 合意を得て,2011 年 9 月より導入した。 だけで安心して介護が続けられます」 「夜 200 名のデータの打ち込みは大変だっ 中でも来てくれるので家で看とることが たが,使い始めると徐々に慣れた。初 できました」という感謝の言葉も聞ける。 回の訪問時,個人情報提供同意書がと 訪問看護師の大変さばかりがマスコミ れると,本人の顔写真を含めた情報を, などで知らされているが,看護の原点 開業医師との勉強会で,iPhone・ 地域医療連携システム EIR(エイル)な とも言える場所が在宅ではないかと思う。 iPad とアプリを利用して,グループ診 どに打ち込み,緊急対応時に備えた。 いろいろなことをステーションから発信 療を行い,地域での情報共有をしてい これにより,紙ベースの情報から解放さ し,若い看護師が来てくれるステーショ る医師を招いた。その内容を知り,こ れ身軽な身体で訪問できるようになっ ンでありたいと強く思う。 れをステーションに活用できないかと た(図 4)。初めて行く家でも,iPhone 思った。速やかな緊急時対応に生かせ がナビをしてくれ,薬の情報もすぐわか たら,看護師の負担も減り,ひいては る。点滴の時はアプリですぐに摘数の計 連携している医師との情報共有にも有 算をし,音で介護者に点滴速度を指導 効と考えた。 する。また,連携している先生方は, 問題はステーションでスマートフォン パスワードで EIR を開き,自分の患者 を使っているのは私 1 人であったため, 状態を診て書き込みもできるので,タイ まず触って慣れることから始めた。メー ムリーな連携が可能になった(図 5,6)。 「 重くて大変です 」とスタッフがこぼす 言葉が気になった。 iPhone・iPad を利用するに至る 経緯 40 IT VISION No.26 (2012) (さくらい えつこ) 静岡医療センター看護 学校卒業後,静岡医療 センター,聖隷浜松病 院,聖隷沼津病院を経 て,1 9 9 6 年から聖 隷 訪問看護ステーション 千本の所長となり,現 在に至る。 特集3 診療情報という資産を生かす 医療機関のためのデータ戦術 経営改善, 医療の質, 患者サービスに真に役立つデータマネジメント IT導入メリットの1つは,システムから得られるデータを二次利 用し,医療の質向上や経営改善に役立てられることである。最 近では,DPCデータによるベンチマークなどが広まってきた。一方, 診療データの管理方法として,クラウドや仮想化が普及し始めて いる。そこで,医療機関にとって大事な資産と言えるデータの活 用方法と管理方法について,事例を交えて特集する。 S cope データを資産に変えるノウハウ 診療と経営に生かす データマネジメント手法 佐藤 菊枝 岐阜大学医学部附属病院 経営企画課 長瀬 清 岐阜大学医学部附属病院 手術部 紀ノ定保臣 岐阜大学医学部附属病院 医療情報部 医療機関におけるマネジメントの対 のシステム構築について,また診療と 象は,大きく 2 つに分類される。clini- 経営に生かすデータマネジメント手法に cal process(診療)と administrative ついて,さらに診療,経営,医療の質 医療機関におけるオーダエントリシス process(経営)である。また,この両 のマネジメントについて岐阜大学医学 テムや電子カルテシステムの導入は,ほ 者はお互いに関連性を持っているため, 部附属病院の事例を紹介する。 ぼ所期の目的を達成した感がある。一方, それぞれを個別に考えることは無意味 最近のさまざまな雑誌を賑わす言葉とし である。さらに,A. Donabedian は, 診療プロセスに沿った て, “ビッグデータ” や “データマイニング” 医療サービスの質を structure(構造), データマネジメント が挙げられる。これらはいずれも大規模 process(プロセス) ,outcome(成果) に蓄積されたデータの活用を意味するも の 3 つの視点から評価されるべきである 手術部の運営を例に,診療プロセス のであり,今後の医療機関の運営に際 と提唱(1966 年)しており,診療プロ に沿ったデータの発生と収集,またこ して検討すべき最重要課題である。さら セスに沿ったデータの収集・分析を通 れらを支える部 門システムと D W H に,ビッグデータをマイニングする目的 して,プロセスの最適化とサービスの向 (Data WareHouse)の関係を紹介する。 は,効率的・効果的にサービスを提供 上を達成することにより,投入した医 する方策の探索と構築であり,PDCA 療資源から最大の価値増分を導くこと はじめに (Plan, Do, Check, Act)サイクルを回し 続けるべきマネジメント対象である。 46 IT VISION No.26 (2012) が可能になる(図 1)。 本稿では,データ収集と分析のため 1.手術部における診療のプロセス評価 をめざした取り組み 手術部は医療機関の中で,先進医療 向けた十分条件となる。そのため,情 医療サービスの評価 病院のブランド確立 医療資源の投入 報連携がわかりやすいこと,連携作業に プロセス 手間がかからないこと,診療録作成も次 • データの収集 (DataCollection) の情報に生かされ重複入力を防止するこ • データの分析 (Analysis) • プロセスの最適化 マネジメント (プロセスの効率性) (Optimization) •サービスの向上 (Improvement) ■価値の増分 (付加価値) ■効率(生産性) パフォーマンスの最適化をめざし より多くの付加価値を与え より高い生産性を達成するように と,データがわかりやすい形式(例えば, スプレッドシート)で取り出せることな 図 1 投入した医療資 どを主眼に置いた設計が重要となる。 源から最大の価 以上の手順を踏むことで,診療のプ 値増分を得るた ロセス管理が可能になり,手術医療の めの方策 専門性や進歩,拡張性にも対応するこ や高度救命医療の中心的な役割を果た ④ 急性期病院における手術医療は,病 す部署である。また,患者情報,術前 院経営の要諦であるだけでなく,病 情報,手術・麻酔情報,術後情報を活 院ブランド構築の礎となる。このため, 用した周術期医療の継続的な質向上が 周術期医療プロセスの可視化は,医 求められる部署でもある。特に,安全 療の質のみならず,病院経営上も最 岐阜大学医学部附属病院では,2004年 優先課題となる。 の開院当初より,診療情報の中央一元 性が担保され,標準化や効率化の達成 とが容易になる。 2.手術部における診療プロセスの管理 とリアルタイム DWH が評価・測定できる診療プロセスの確 本院手術部では,標準的な業務形態 管理を通して,clinical process の管理 立は,より高い専門性をめざす高度先 を構築し,この業務プロセスに適合す を行ってきた。さらに 2010 年のシステ 進医療の基本条件である。 るように手術部門システムを設計・構 ム更新に際しては,administrative 手術部は以下の特徴を有することよ 築した。多職種が集う部署では,業務 process の管理を強化し,患者ごとに り,診療プロセス評価に最も適した部 形態が複雑化することにより,情報シ 一元管理された情報をよりタイムリー 署の 1 つである。 ステムの一元化が困難になる危険性が に活用できる統合型の DWH を設計・ ① 短時間に患者医療情報と医療行為 ある。このため,情報化整備の前に診 構築した。これにより,院内各部署の が集約されるため,情報収集だけで 療業務の標準化を進めることが,診療 診療情報を最大限活用できるようにデー なく,その利活用の効率化が求めら プロセス最適化の出発点となる。 タ収集範囲を広げることが可能になり, れる。また,この要求は猶予のない 次に,診療情報の重要性に注目した。 即時的情報取得が可能なリアルタイム 緊急性の高い手術患者に対して最も カンファレンスや術前サマリなど,外科 DWH の運用が実現した。リアルタイム 有益である。 医や麻酔科医が術前に行う患者評価は, DWH のコンセプトは,① 横断的リアル ② 手術では医師のみでなく多くのスタッ 多くの診療情報から重要情報が抽出さ タイムな情報検索や包括的病院マネジ フがチームとして関与するため,情 れ,さらにほかの専門医師の査読も加 メントとして活用できるインフラストラ 報共有や医療の標準化が求められる。 わるため,その臨床的価値は高い。また, クチャ(基盤)の強化,② 診療データ また,他部署からの支援を円滑に受 術前に作成される多くのサマリ情報を の可視化,③ 病院スタッフが専門的な けるため, システム間のプラット 積極的に集約すると,それらが定型化 情報知識を持たなくても使えるアプリ フォームも共有される必要がある。 されていることにより,手術・麻酔記 ケーションの導入とエンドユーザー(病 特に,システム間連携の不備は医療 録との連携や退院時サマリとの共有も 院スタッフ)へのデータ提供環境の整 従事者にとって大きなストレスとな 容易になる。これはまさに周術期にお 備,などである。 るため,シームレスな連携が構築さ けるプロセス管理の可視化そのものであ リアルタイム DWH の運用により, れていなければならない。 り,診療価値の高いサマリ情報を連携 前述の周術期プロセスにおいて発生す することで,プロセス管理を医師自ら る診療情報は,サマリの入力情報のみ ものの,日常臨床は一般的に定型的 が実施できる条件となる。 ならずサマリ間の連携データとともに情 であり,その診療プロセスも定型化 ただし,これらのプロセス管理は,質 報統合されるため,医師は診療情報を されている。そのため,臨床業務だけ 向上への必要条件にすぎない。成果を 確認し必要に応じて,データを多面的 でなく情報システムにおいても,診療 得るためには,医師自らによるプロセス に活用することが容易になった。また, プロセスの評価に適した部署である。 管理の実践が,周術期医療の質向上に 消費した薬剤,医療材料から使用した ③ 専門性が高い診療行為が実施される IT VISION No.26 (2012) 47 特集3 診療情報という資産を生かす 医療機関のためのデータ戦術 経営改善, 医療の質, 患者サービスに真に役立つデータマネジメント 医療機器の管理費に至るまで,医療資 源のコストにひも付けされ,さらに医療 従事者の業務に携わった時間を把握で きることから,人的資源の評価へも適 用できる環境が整備できた。このこと により,診療プロセスの透明性と効率 化へのマネジメントとして,①リアルタ イムに近い形で診療プロセスへフィード バックできる後利用が可能で,② 多様 化する診療報酬・医療提供体制にも対 応できる経営マネジメントとしての時系 列でタイムリーな診療実績の把握と, 迅速な分析に基づいた意思決定支援が できることに,有用性を示すことができ る。このことは,リアルタイム DWH を 介して経営のプロセス管理をも可能に したと言える成果である。リアルタイム DWH と周術期におけるプロセス管理を 可視化したデータの流れを図 2 に示す。 データ収集手法と分析のための システムについて 図 2 周術期におけるプロセス管理とリアルタイム DWH の実現 院内で発生する診療情報が,リアル は,リアルタイムに情報収集を行いな であった。特に,全国的にも例のない タイム DWH を介して病院経営や臨床 がら,同時にオンラインシステムの中で 完全ペーパーレス化の電子カルテシス 指標の二次利用データとして活用され 分析が行える ODS(Operational Data テムを導入し,最先端の ICT(情報通 る仕組みについて,概要説明と活用事 Store)を実装している。 信技術)を駆使した原価計算システム 例を紹介する。 リアルタイム DWH には,臨床支援 の運用を開始することができたことは幸 のための医療情報検索,統計データと 運であった。現在は,その機能の進化 しての集計から資料作成,clinical indi- を図りながら,リアルタイム DWH を活 cator(臨床指標)の測定と公開,病院 用し,院内各部署への診療実態のエビ DWH の情報収集対象は,マルチベ 経営における原価計算など,医療情報 デンスを配信している。また,このよう ンダー方式である医療情報システム内 の効果的な二次活用のためのツール機 な活動と院内でのコストに対する意識 の情報をほぼ網羅している( 図 3 左半 能類を導入しており,これら CLISTA! の高さが,DWH のシステム化をさらに 分) 。高次救命救急,手術部門,看護 関連アプリケーション(開発は医用工 発展させる原動力となっている。 部門システムは,フィリップス社製シ 学研究所社)と一体となった構成で運 本院で稼働するリアルタイム DWH ステム,各診療科や中央診療部門は主 用している(図 3 中央・右半分)。 の特徴として,以下のことが言える。 1.リアルタイム DWH の構築と多機能 なアプリケーション群との連携 に日本 IBM 社とヤギー社製などである。 これらのデータは,本番系と参照系の 2 系統からなる中央診療データベースで 2.独立行政法人化後の病院経営意識 から特化した原価計算システム ① 各種の経営分析システムがある中で, その多くは原価計算に必要なデータ を医事会計システムや物流管理シス 一元管理され,このうちの参照系シス 岐阜大学医学部附属病院の新築・ テムから抽出してシステム処理をす テムデータベースからリアルタイムに情 移転は,2004 年の独立行政法人化と時 る流れとなっている。一方,本院では, 報を収集し,情報統合された DWH を を同じくして実行されたため,開院当 原価計算システム自体を DWH に組 構築している(図 3 中央)。また,DWH 初より病院経営改革を前提とした運用 み込む形でデータマート化すること 48 IT VISION No.26 (2012) 診療と経営に生かすデータマネジメント手法 高次救命救急 手術部門 麻酔記録情報 ORSYS 看護部門 看護実施情報 各診療科 文書情報 NASIST データ抽出 看護 参照 DB CLISTA! WEB CLISTA! 診療総合 CLISTA! 情報 (DB2) 電子カルテ 電子カルテ 参照 DB DCIS DCISEMR 物流部門 物流情報 医事会計部門 医事会計 情報 患者業務支援 患者 トラッキング Table Repository CANDWH (DB2) らかになりつつある。また,診療コスト 臨床診療・研究支援 分散データの 論理結合 CLISTA! SEARCH yahgee 中央診療部門 業務が集中するという新たな課題も明 医療情報の二次利用 高次生体情報 GALS Clinical Data Repository CDR (Cache) ユーザーデータ活用支援 データ検索機能 データ参照機能 CLISTA! クライアント CLISTA!アプリケーション Data Mart layer 長期保存用 DWH: 論理統合された後の データを蓄積 病院スタッフへ 医療情報の 二次的利用促進 月次・会議資料 WWWブラウザ 情報 共有 統計機能 データ抽出・集計 もある。 本院では,リアルタイム DWH に対し, 院内で十分活用できるよう,医療情報 用という形でのデータ利用の促進を図っ 原価計算 ている。例えば,原価計算においては, 診療科別損益計算書 患者別原価計算 作できる環境を提供し,情報資産を病 の病院経営や臨床支援などへの二次利 月次・会議資料 病院経営管理 DWH の情報収集対象は, マルチベンダー方式である 医療情報システム内の情報を ほぼ網羅している。 情報を「見える化」するという視点での エンドユーザー(病院スタッフ)でも操 統計機能 データ抽出・集計 の算出に意識が集中するあまり,診療 取り組みが不十分であるという問題点 情報検索 Cost Calculation Central DWH layer 部門システムデータは TableRepositoryとして 保管され,論理統合 されたデータとリアル タイムに二次利用できる 環境へ ODS (Operational Data Store) データ分析 三期連続損益計算書 疾患別原価計算 損益計算書の作成に係るデータ処理の 一連の作業を,DWH からのデータ取 診療科別診療実績書 得やシステム計算処理を意識すること なく,単一のランチャー(GUI ツール) 図 3 リアルタイム DWH と医療情報の二次利用関連図 によるボタン操作で完結できるように簡 素化した。また,毎月の病院経営会議 や科長会議資料の作成も,Excel での 原価計算が EBM(根拠に基づいた 医療)に連携して実行 迅速 処理 物流システム 購入情報 電子カルテシステム 実施情報 医事会計システム CLISTA! DB Table リアル Repository タイム CANDWH 診療総合 Cost Calculation 原価計算システム データテーブルから分析対象項目を選 Data Mart layer 択したもの)を,統計システム専用のア プリケーション CLISTA! で登録して 情報 収益情報 Central DWH layer 支出 様式に合わせた分析セット(あらかじめ CLISTA! 収入 おき,データ更新処理後スナップショッ 原価計算されたコストテーブル が短時間で作成 診療実績を患者直課に紐付けるだけでなく, 医事会計情報と連携して即時的取得が可能 情報実績を蓄積した DWH と連携して直接 コストドライバーの処理に使用 ト機能を使用し,そのまま Excel シー 図 4 リアルタイム トに貼り付けて仕上げることができる機 DWH と原価計算 能を充実させるなど,業務の迅速化に システムの関係図 も取り組んでいる。損益計算書のよう により,医事会計システムでの収益 療科や各部署への配賦基準を基に, に定型的なものだけでなく,診療科別 情報,電子カルテシステムからの実 DWH と連携して直接コストドライ 集計値から患者別,DPC データを利用 施情報,その実施情報にひも付いた バー(配賦設定)の処理に使用して して疾患別・患者別の詳細な原価計算 物流管理システムからの購入・価格 いる。すなわち,原価計算が EBM 結果までドリルスルーして参照すること 情報を一連のデータベース連携で情 (Evidence Based Medicine,根拠に 報取得して,患者ごとに原価計算を 基づいた医療)を基にして実行できる 行うことができる点に特徴がある。 仕組みになっているのである(図 4)。 ② しかも,リアルタイム DWH により, も容易になっている(図 5)。 医療の質をマネジメントするために 3.本院における医療情報二次利用デー タの利活用状況 本院における,clinical indicator の ト計算処理を実行することが可能で 最近では,医療情報の二次活用に対 を紹介する。より質の高い医療を実現 ある。原価計算処理には,CLISTA! する関心が高まりを見せている。一方, するための目標設定,および評価・改 Cost Calculation を使用しており,医 DWH 活用の広がりとともに,データ 善につなげるための指標を,リアルタイ 療情報システム内の診療実績を患者 ベースを扱う専門的スキルを持った特 ム DWH と連携して CLISTA! Scale 直課にひも付けるだけでなく,各診 定の担当者にデータ提供,および処理 Calculation で集計し,情報共有化を 現時点での患者診療実施に収益情報 と支出情報を即時に取得して,コス 自動収集と情報共有に向けた取り組み IT VISION No.26 (2012) 49 特集3 医療機関のためのデータ戦術 診療情報という資産を生かす 経営改善, 医療の質, 患者サービスに真に役立つデータマネジメント 診療科別患者別収支 おわりに MDC 別患者別収支 任意のセルをダブルクリックすると ドリルスルー機能により 構成情報の参照ができる 診断群分類 MDC 別収支集計 からも同様にドリルダウンして 詳細な患者別収支情報を参照 リアルタイム DWH の構築は,本院 における診療と経営に係るプロセスを 可視化し,同時にタイムリーかつ迅速 2.患者別 収支集計 3Dグラフ化 に多種多角的分析結果に基づいたマネ ジメントの実践を可能とした。今後は 1.診療科別 収支集計 さらなる二次利用環境の充実を図り, 3.患者日別 費目金額 診療実態のエビデンスを提供することで, 患者別疾患情報と 入院患者には入院情報付加 診療活動の活発化と医療の質向上に寄 与したいと希望している。 岐阜大学医学部附属病院における診 図 5 患者別疾患別原価計算結果の活用例 療情報という資産を生かすための環境 整備と診療・経営・医療の質マネジメ 事例指標:MRI 検査の翌営業日まで に読影が実施された読影率 Scale Caluculation を利用した タスク実行 ントについて紹介した。本稿が読者に とって少なからず役に立つものであれば 幸いである。 コストドライバー一覧に指標項目のデータ抽出式設定 分母:MRI 実施件数 分子:MRI 翌営業日までにされた読影件数 MRI 翌営業日までの読影率 =(分子)MRI 翌営業日読影件数 / (分母)MRI 実施件数 MRI 実施件数 MRI 翌営業日読影響件数 設定期間ごとに指標項目が 集計されて,指標率が 算出される Web ブラウザにて指標項目の結果と グラフ化による情報共有 アウトカムの 可視化 図 6 臨床指標における活用例:タスク実行とアウトカムの可視化 CLSITA! Web で実現した。指標項目 れたものである。 に基づきデータ抽出から指標算出計算 原価計算処理におけるコストドライ まで自動処理がなされ,かつ結果表示 バーの処理と同様に,各臨床指標項目 とグラフ化による時系列推移も見るこ におけるデータ抽出ロジックをタスクと とが可能である。この CLISTA! Scale して登録し,算出期間(または時間) Calculation は,原価計算システムで利 指定によるタスクの実行により,タイム 用している CLISTA! Cost Calculation リーにアウトカムを可視化することも可 を clinical indicator に応用して開発さ 能となっている(図 6)。 50 IT VISION No.26 (2012) (さとう きくえ) 京都大学大学院医学研 究科人間健康科学系専 攻修士課程修了。岐阜 大学医学部附属病院経 営企画課勤務。医療情 報技師,診療情報管理 士。主に病院経営や臨 床データにかかる情 報 分析を担当。 (ながせ きよし) 1994 年岐阜大学医学 部卒業。96 年同大学医 学附属病院麻酔蘇生科 助手となり,2002 年同 大学大学院医学研究科 修了。2004 年に同院高 次救命センター助手を 経て,2006 年から同大 学講師,2008 年より同 院手術部副部長。 (きのさだ やすとみ) 1983 年東海大学大学 院工学研究科光工学専 攻博士課程(後期)修了。 医 学 博 士, 工 学 博 士。 83 年に東海大学医学部 ME 学教室助手,89 年 三重大学医学部放射線 医 学 講 座 助 手,9 6 年 京都府立医科大学放射 線医学教室講師となり, 99 年から岐阜大学医学部附属病院医療情報部教授。 2007 年同大学大学院連合創薬医療情報研究科教 授(併任) ,2011 年から岐阜大学大学院連合創薬 医療情報研究科研究科長。 特集3 診療情報という資産を生かす 医療機関のためのデータ戦術 経営改善, 医療の質, 患者サービスに真に役立つデータマネジメント S cope データを資産に変えるノウハウ 医療機関における 仮想化・クラウド環境構築のポイント 上杉 正人 北海道情報大学 経営情報学部 医療情報学科 教授 ように医療情報を守るのか,あるいは な影響を与える。ベストエフォート型の 診療を継続するためにどのようなシステ 通信回線でリアルタイムな情報の更新 ムを構築するべきか,明確にする必要 や参照を行う場合,回線トラブルによ 2011 年の東日本大震災以降,医療 がある。また,個人情報保護のために り診療がストップする可能性がある。 機関の診療情報をいかに安全に保存管 仮想化技術を用いてデータを端末に残 これを回避するには,医療機関に最低 理するにはどうあるべきか議論を呼んだ。 さない仕組みを取り入れるなど,目的 限診療に必要な情報を保存管理するオ また,近年の仮想化技術の進歩やクラ に応じて構築するシステムの技術や規 ンプレミスとの併用が理想的である。 ウドコンピューティングの一般への普及 模が異なる。つまり,医療機関内にプ 次に,クラウド業者選定であるが, を反映して,医療クラウドへの期待が ライベートクラウドを構築するのか,シ これはクラウド構築の目的と,対象と 高まっている。そこで本稿では,仮想 ステムベンダーが提供する医療クラウ する情報の範囲をベンダーに提示して 化やクラウド技術による医療情報シス ドを利用するのかにより対応が異なる。 数社にシステム提案の依頼をする。そ テム構築のポイントと,そのための院内 次に,どのような情報をクラウド上 の上で,必須となる検討項目を以下に 体制やガイドライン,またコストの考え に保存するのか検討する。画像などの 記述する。 方について述べる。 診療情報の一部を保存するのか,全診 ① 電子保存の 3 基準を満たすこと。実 療情報を保存するのか,あるいはその 際にどのように真正性,見読性や保 ほかの病院経営情報なども含めるのか, 存性を担保しているのか,各ベンダー クラウド上に置く情報の範囲を定義する。 に確認する。 はじめに クラウド構築のポイントについて ② 医療情報連携の標準仕様の実装。 クラウド構築のポイントを,構築目的, そして,それらの情報がクラウド上にあ 対象情報の範囲と業者選定の 3 つにつ る場合のリスクについても検討する。自 オンプレミスの院内情報システムと いて以下に述べる(図 1)。 施設でプライベートクラウドを構築する 連携する方法としてどのような標準 クラウド構築について,まずその目 場合,その管理コスト(電源設備やコ 仕 様〔 厚 生 労 働 省 が 推 進 す る 的を明確にする必要がある。医療機関 ンピュータ設備だけでなく,情報漏え SS-MIX(Standardized Structured の規模や立地条件により目的は異なる いのリスク対策などのコスト)について Medical Information Exchange) だろう。3 月 11 日の大震災以来,震災 の検討,コミュニティクラウドを利用 や IHE-J の XDS(Cross-Enterprise 被害に再評価が行われ,従来の地震予 する場合には,通信回線の速度と品質 Document Sharing)など〕を実装 知から被災規模をいかに小さくするのか, の検討も必要である。通信回線におい しているのか。将来オンプレミスの その対策に重点が置かれている。医療 ては,速度と品質がコストに影響を与 リプレース時にクラウド上の医療情 機関においても同様に,被災時にどの えるだけでなく,診療そのものにも大き 報を継承するためにも検討する必要 IT VISION No.26 (2012) 51 特集3 診療情報という資産を生かす 医療機関のためのデータ戦術 経営改善, 医療の質, 患者サービスに真に役立つデータマネジメント クラウドシステムによって,優先順位 ときに,医療情報のオリジナルはどこに ③ クラウド内の情報の削除方法。一定 は変わってくるはずである。その点を 管理されているのか,保存ポリシーが 期間を過ぎたデータの取り扱いにつ 考慮して,複数のベンダーから提案を どのようになっているのかを管理する必 いて,保存ポリシーを決めておく。 受けて検討することが望ましい。 要があり,こうした管理を専門に行う がある。 部門を院内に置く必要がある。 また,永久保存するという保存ポリ 院内体制について シーであってもクラウドサービスベ クラウドの対象にする情報のリスクに ついては,導入時の検討にとどめるだ ンダーを変更するとき,移行後の元 データを削除できるのか,誰が行う 自院でプライベートクラウドを構築す けでなく,システム運用後も定期的に のか確認する必要がある。 る場合,従来どおり院内の保守体制を チェックを行い,新たな脅威や脆 弱性 ④ 被災時の医療情報の参照方法。被 確立し,ベンダーとのコミュニケーショ に対して対策をとる必要がある。つまり, 災地支援に来た医療チームに対して ンも十分にとる必要がある。一方,ク PDCA(Plan,Do,Check,Act)サイ 迅速に情報を公開できる仕組みや ラウドサービスを利用する場合,システ クルを基本にした ISMS(Information 最悪権限を持ったスタッフが不明に ム保守コストを小さくできると考えるが, Security Management System)を機 なってしまった場合に,特権的に 保守体制をなくすことはできない。また, 能させることである。また,院内での定 参照できる機能を実装しているか オンプレミスとクラウドを併用する場合 期的な学習の場を設け,スタッフのセ 確認する必要がある。いわゆるブレー も,保守体制が必要であることはもち キュリティ意識を向上させる。これら ク・グラス機能である。 ろんだが,医療クラウドの情報の管理 の点については,従来の医療情報シス ⑤ 番号制度への対応。番号制度が実 コストが発生する。つまり,医療情報 テムの管理と同様に,クラウドよる運 施されたときに,クラウド上の医療 が適正に管理されているかどうか監督 用においても必須である 1)。 情報が地域の中で有効に活用される する責任は医療機関側にあり,第三者 ことが期待される。院内で運用され にどのように管理されているのか説明す る患者番号だけでなく,社会保障番 る責任が医療機関にある 。さらに, 号(マイナンバー)も管理されるこ 今後さまざまな医療クラウドサービスが システム導入コストは,一般的に病 とが期待される。 登場することが予想され,より安全で 院収入の 3%程度 2),3)と言われている。 ここに挙げた 5 つのポイントも,情報 コストメリットの大きなサービスに乗り これも病院の規模や診療科の構成で医 の範囲と目的によって,また利用する 換えていくことも考えられる。こうした 業収入金額が変わったり,対象とする コストについて 1) 医療情報の範囲(保存・参照)とデー タ発生量やアクセス量により,システム 価格も変わったりする。したがって, 構築目的 診療継続のための 情報保護 業者選定 診療情報の一部 または全て 電子保存の3条件 性能サーバハードウエアの上に,仮想 連携標準仕様の実装 的に電子カルテや部門機能を集約する4) 削除方法 ことにより,全体としてシステムコスト 病院経営情報 個人情報保護 あくまでも参考数値である。自院でプ 対象情報の範囲 リスク分析と対策 ライベートクラウドを構築する場合,高 非常時の参照方法 を低減することができると考えられる。 番号制度への対応 また,端末には仮想画面のみをサーバ から転送するので高いハードウエアスペッ 医療情報システムの安全管理に関するガイドライン リスク分析・安全対策・ISMS・外部保存 院内体制 保守管理・教育・管理責任・説明責任・導入評価 クは必要なく,端末故障時も端末交換 だけで済み,ソフトのバージョンアップ もサーバサイドの作業で全端末に反映 されるため,保守管理は軽減される。 しかし,プライベートクラウドをマルチ ベンダーで構築するような場合,複数 図 1 クラウド構築ポイント 52 IT VISION No.26 (2012) の仮想サーバのホスト OS とそのバー ジョンやその上で稼働するデータベース どが考えられる。サービスと価格につい とそのバージョンの管理など,これまで て,将来を見据えて十分に検討する必 と違った保守が必要になり,システム 要がある。 を提供するベンダーも,これに対応し たスキルが求められる。これらの問題が, おわりに コストにどのように影響するのか見てい く必要がある。 医療機関のデータ戦略としてのシス 医療コミュニティクラウドの場合のコ テム構築は,仮想化・クラウド化の方 ストは, “資源を利用した分”のコスト 向に向くことが予想される。時流である を支払うことになる。したがって,初期 が,遅れまいと焦るのではなく,自院に 導入コストだけでなく,保守管理コスト とって何が必要であるか,その目的と も下げることが期待できる。クラウドコ 利用するサービスをよく検討して決定す ンピューティングの特徴である“使った ることである。これが曖昧なままにシス 分だけ支払う”measured service で テム構築を進めると,導入したメリット あるため,会計は明瞭であるが,どの や効果,利用者の満足度が得られない ように課金するかは,各ベンダーの差 結果に終わる。これを回避するためにも, 別化戦略で,いろいろなサービスが提 ここで挙げた構築のポイントを参考にし 供されるだろう。例えば,病床数の階 ていただき,さらに厚生労働省の「医療 層別の価格設定,アクセス頻度に応じ 情報システムの安全管理に関するガイド た課金や保存データ量に応じた課金な ライン」を熟読していただきたい。 ●参考文献 1)厚生労働省 : 医療情報システムの安全管理に 関するガイドライン 第 4.1 版 . 2010.(http:// www.mhlw.go.jp/shingi/2010/02/s0202-4. html) 2)医療情報 医療情報システム編 . 日本医療情報 学会医療情報技師育成部会編 , 東京 , 篠原出版 . 2009. 3)新田真由 : 中小規模病院の電子カルテ導入に おける盲点 . 新医療 , 36・7, 2009. 4)山下芳範 : クラウド化時代の病院ネットワーク 構築の考え方 . INNERVISION , 26・8, 102 ∼ 105, 2011. (うえすぎ まさひと) 1980 年北海道大学医学 部附属診療放射線技師 学校卒業。札幌を中心 に診療放射線技師とし て病院勤務。93 年から 株式会社ジェイマックシ ステムに勤務。2009 年 に北海道大学大学院医 学研究科博士課程修了 後,北海道情報大学経 営情報学部医療情報学科教授として現在に至る。 株式会社ジェイマックシステム非常勤役員。 画像 と ITの 医療情報 ポータルサイト インナビネット モダリティ・ナビ 検索 http://www.innervision.co.jp *モダリティ・ナビのご利用には,会員登録が必要です(無料)。 *2011年12月末の時点。 株式会社インナービジョン 〒113-0033 東京都文京区本郷3-15-1 TEL:03-3818-3502 FAX:03-3818-3522 E-mail:[email protected] URL:http://www.innervision.co.jp IT VISION No.26 (2012) 53 特集3 診療情報という資産を生かす 医療機関のためのデータ戦術 経営改善, 医療の質, 患者サービスに真に役立つデータマネジメント C ase Study 成功事例に学ぶデータ管理・活用 DPCデータを活用した ベンチマーク分析により経営改善 諏訪中央病院 吉澤 徹 〒391-8503 長野県茅野市玉川4300 TEL 0266-72-1000 URL http://www.suwachuo.jp/ 諏訪中央病院 副院長 杉田 勇 諏訪中央病院 リハビリテーション科 副技師長 はじめに 諏訪中央病院は,八ヶ岳連峰の西麓 に位置する長野県茅野市・原村・諏訪 市の 3 市村の組合立病院である。病床 ルスコンサルティング・ジャパン社(以下, EVE の操作説明と経営分析トレーニン GHC)にコンサルティングを依頼するこ グを行った結果,病院内に少しずつ変 とを決めた。2011 年 4 月のことである。 化が表れた。病院経営に対する危機感 GHC によるコンサルティングの開始 を持つ職員や,関心を持つ職員が増え たことである。病院トップが機会あるご 数はケアミックスの 360 床。 『がんばら GHC は,① 診療科別 DPC コスト分 とに病院の危機的な経営状況を説明し, ない』 (集英社)の著者鎌田實は,当院 析および検討会,②ベンチマークソフ 経営改善への協力を呼びかけた影響も の名誉院長である。 ト EVE の操作教育と経営分析トレー あるが,何より GHC という「黒船」が ニング,③ 材料費コスト削減,を初年 来襲した効果が大きい。そして,2011年 度の活動の 3 本柱とした。GHC の立て 度の収支は,約 1 億円の赤字であった。 病院経営コンサルティング導入に 至った背景 たプランに沿って月 1 回のコンサルティ 前年度の 1 億 9000 万円と比較すると, 当院は数年来,公立病院のご多分に ングが始まったが,肝となったのは「診 約 9000 万円の好転である。 漏れず,経営赤字に苦しんできた。もち 療科別 DPC コスト分析検討会」であっ ろん,さまざまな経営努力を行っていた た。主要診療科の診療内容について他 が,複合的な要因ゆえに状況はなかなか 院とのベンチマークを行い,DPC 上の 入院・外来患者数や,診療科別業績, 好転せず,病院内には諦めと閉塞感が 経営的問題点を検討するのであるが, 病院収益・経営状況の数字は,幹部会 漂っていた。そんな厳しい状況の中, 予想どおり各診療科の抵抗・反発があっ 議などで定期的に報告され,検討・議論 2010 年 12 月に吉澤が副院長を拝命した。 た。治外法権であった医師の診療内容 が行われる。しかし,これまでの当院で 就任直後にまず何をすべきかを考えた に改善を要求するので,当然とも言える。 の議論は,自戒を込めて言えば「その場 結果,曲がりなりにも出した判断は,き ここでは,各診療科の医師のモチベー 限りの検討」の謗りは免れない。1 年間 わめて漠然であるが「病院経営の戦略化」 ションを下げずに,病院経営に「診療 コンサルテーションを受ける中で,何と が急務である,ということだった。病院 内容面で実際的に協力」してもらうこ してでもこのような経営分析を生かせる 経営の戦略化には,DPC 対策とコスト とをわれわれの目標とした。GHC の指 部門,すなわち病院の経営的に重要な問 削減,原価計算が必須であり,特に自 摘はきわめて適切で,圧倒的な説得力 題を把握・分析し,その結果をフィード 病院の現状と立ち位置を知るためには, があった。他院と比較しつつも決して バックすることで,現実的に経営改善を ベンチマークが必須であることもわかっ 批判はせず,「経営の良い病院の診療・ なしうる部門が必要であることを痛感した。 た。病院経営を戦略的に行うには,当 治療内容により近づく」ことを求めた。 そこで,2012 年 4 月に,経営戦略室 面は外部の知恵に頼らざるを得ないと考 こうして 1 年間,診療科別 DPC コス を立ち上げた。構成は,診療部 1 名, え,この分野で実績のあるグローバルヘ ト分析検討会を重ね,多くの職員に 看護部 2 名,技術部 1 名,薬剤部 1 名, 54 IT VISION No.26 (2012) 経営戦略室の創設 検討前 平均在院日数 医療資源 リハビリ 検討後 平均在院日数 医療資源 リハビリ 在院日数分布 期間超えⅡ割合 術前・術後日数 投薬 注射 処置 検査 画像 血液凝固阻止剤 抗生物質製剤 術前血液検査 画像詳細(術前) 画像詳細(術日&術後) 在院日数分布 期間超えⅡ割合 術前・術後日数 投薬 血液凝固阻止剤 注射 抗生物質製剤 処置 術前血液検査 検査 画像 画像詳細(術前) 画像詳細(術日&術後) 図 1 検討前後でのロードマップの変化 最初にケース選定を行うが,患 99 . 3 % の症例に投与され,平均投与金 者サービスおよび病院経営上から 額 4516 円,平均投与日数 3 . 5 日であっ 考えるとある程度の症例数があり, た。投与金額,日数が他院より多いこ 出来高との比較で DPC 収入が とがわかった。この結果を整形外科部 減収となっている症例を優先的 長と協議し,血液凝固阻止剤は注射薬 に 検 討 す る こ と が 望 ま し い。 から経口薬へ,抗生物質製剤は高価な 月 平 均 5 件,1 症 例あたり 3 万 キット製剤から安価なバイアル製剤へ 5 0 0 0 円 の 減 収 とな っ ている 変更し,投与日数を 3 日へ変更するこ 「070230 xx 010 xxx 膝関節症 ととなった。変更後の様子をロードマッ (変形性を含む) 人工関節再置 プで確認すると青シグナルとなり,問題 換術等 手術・処置等 1 なし」 が少ないことが確認できた。結果,1 症 を選択した。病院ダッシュボード 例あたり 4 万円程度の収益改善に結び の DPC ケース分析機能では,ロー つき,減収から増収へと好転した。 ドマップと言われるものが瞬時に 病院ダッシュボードでは,ベンチマー 事務部 4 名(医事,総務課企画財政, 表示され,青・黄・赤のシグナルで各項 ク比較を短時間(今回は 10 分程度)で, 秘書係,診療情報管理士) ,室長であ 目の評価が行われる。色のイメージどお 視覚的に提示することができる。視覚的 る吉澤の総勢 10 名で,各部門から比較 りではあるが,青は良好,黄は要注意, に提示できるために,関係者の理解も得 的若手の中堅職員を選出した。迅速な 赤は改善の可能性ありとの判断になる やすく,医療の標準化や経営的な健全性 決断と機動力を持つべく,組織図上は (図 1) 。 を検討するための有効なツールだと考える。 院長直轄下とした。当面の目標は,分 本症例では,医療資源の中で赤シグ 析スタッフの育成である。今年度 1 年 ナルとなった血液凝固阻止剤・抗生物 間は,この 10 名が GHC から経営分析 質製剤について,改善の必要性がある 組織が硬直化すると客観性を失いが の特訓を受ける。現在は皆現職と兼任 か検討を行った。血液凝固阻止剤は, ちになり,経営判断のような重要な局 であるが,将来的に人材が養成され軌 当院では 76 . 5%の症例に投与され,平 面においてさえも独善に陥りかねない。 道に乗れば,数名の専従のいる部門に 均投与金額 2 万 5263 円,平均投与日 地域住民のためにより良い医療を提供 したい。そして,GHC にお願いしてい 数 12 . 8 日であった。病院ダッシュボー しようと邁進してきたわれわれの病院も, るコンサルティング自体も担えるまでに ドにデータを提出している全病院では, 残念ながらその傾向にあった。病院経 成長させることが中長期的な目標である。 58 . 7 % の症例に投与され,平均投与金 営コンサルタントの適切で実践的な助 額 1 万 5564 円,平均投与日数 8 . 4 日で 言により,病院幹部は「病院がその社 あった。投与割合,金額,日数すべて 会的使命を果たすためにも,客観的か 経営改善の 1 つの切り口として,不 が他院より多いことがわかった。抗生 つ戦略的に経営を考えることが重要で 必要な医療資源の投入を削減し,DPC 物質製剤は,当院では全症例に投与さ ある」ことを再認識できた。そして,経 収益の健全化を図ることが必要になる。 れ,平均投与金額 7539 円,平均投与 営戦略室という新たな試みが動き始め, 最適な量と質の医療を提供することが, 日 数 5 . 0 日 であ っ た。全 病 院 では 職員も期待を込めて見守っている。 経営分析の一例 最後に 患者にとっても良い医療と考える。 DPC 分析ツールはいくつもあるが,当 院では病院ダッシュボード(h t t p : / / dashboard.ghc-j.com/)と EVE を使用 している。病院ダッシュボードでは, DPC 分析,財務分析,マーケット分析 などが簡単な操作で行える。病院ダッシュ ボードの DPC ケース分析機能を使用し, 医療資源の投入状況を把握して,投入 量を変更するに至った例を紹介する。 (よしざわ とおる) 諏訪中央病院副院 長, 経 営 戦 略 室 室 長, ドック健診センター長。 1989 年佐賀医科大学卒 業。信州大学産婦人科, 諏訪中央病院内科を経 て,2010 年 12 月より 同 院 副 院 長。2 0 0 0 年 デンマーク短期留学。日 本内科学会認定内科医, 日本産婦人科学会専門医,日本プライマリケア連 合学会指導医・関東甲信越ブロック代議員。 (すぎた いさむ) 諏訪中央病院リハビリ テーション科副技師長。 信州大学医療技術短期 大学部卒業。理学療法 士として従事しながら, 院 内クリニカルパス委 員会副委員長,経営戦 略 室メンバー として医 療の質の向上および経 営改善に少しでも貢献 できればと活動中。 IT VISION No.26 (2012) 55 前谷耳鼻咽喉科は,2005 年に開院。味覚障害を専門としていた前谷 近秀院長は,できるだけ専門用語を使わず,患者さんにわかりやすい説 明を心がけるなど,患者サービスを重視した診療を展開している。さらに, 開院時から電子カルテシステムと予約システムを導入し,患者さんの待ち 時間をなくす努力をしてきた。2011年には,電子カルテシステムをパナ ソニック ヘルスケアの医事一体型電子カルテシステム Medicom-HR Ⅱ クリニック と Web 予約システム受け Navi に更新。両システムを連携させて,予約 から診察,会計までの流れをスムーズにするなどの効果を生んでいる。 ● 主な構成機器 Part 5 前谷耳鼻咽喉科 ITを効果的に活用するためには,どのような システムを導入し,それを医療機器とどう連 医事一体型電子カルテシステム Medicom-HRⅡ(パナソニック ヘルスケア) Web 予約システム 受け Navi(パナソニック ヘルスケア) 鼻咽喉スコープ・ビデオプロセッサ PENTAX EPK- 1000 など(HOYA) オージオメータ AA- 79 S(リオン) インクジェット複合機 (スキャナ,プリンタ) PIXUS シリーズ(キヤノン) ● 前谷耳鼻咽喉科のレイアウト 携させるかがカギとなる。そこで本連載では, 電子カルテシステム,レセプトコンピュータ, 画像ファイリングシステムなどを導入して成 果を上げているクリニックの診療環境を徹底 取材。各クリニックの運用スタイルから,IT 化を成功に導くヒントを探る。 ❹ ❸ 診察室 聴覚検査室 耳鼻咽喉科 診療ユニット オージオメータ 鼻咽喉 スコープ ネブライザー インクジェット複合機 (スキャナ,プリンタ) 電子カルテ 端末 ❷ 受付 電子カルテ 端末 待合室 〒 660 - 0807 兵庫県尼崎市長洲西通 1 - 3 - 26 尼崎ステーションビル 1 階 TEL 06 - 6401 - 1787 56 IT VISION No.26 (2012) ❶ 患者宅など Web予約 電子カルテ システム サーバ キッズルーム 前谷耳鼻咽喉科の IT を活用した診療スタイル ❶ 予 約 ❷ 受 付 左のモニタが医事一体型電子カルテシステムのサーバ( ) , 中央がWeb予約システム( ) 。右は医事一体型電子カ ルテシステムの端末( ) 。 予約方法は,診療時に次回予約,Web予約システム,電話の3通りがある。 ● 自宅や外出先で携帯電話,PCなどを使って,前谷耳鼻咽喉科のホームペー ジ( )からWeb予約システムのサイト( )にアクセスして,診療時間を予 約する。予約の形態は時間と順番の2つがあり,診療所の運用によって異なる。 前谷耳鼻咽喉科では,前者にしている。 なお,初診の場合は,Web予約システムを利用することはできないよう設定す ることができる。 ● 予約方法は,システムのWebサイトにアクセス後,与えられた患者番号とパスワー ドを入力して認証を行い,その後「診察」などの予約内容を選択。さらに,日時 を指定した上で,確定する。予約の変更やキャンセルも同様の手順で行う。診 療所側では,その情報がすぐに予約システムに反映されるようになっている。 ● 携帯電話の場合,QRコードを読み取って,予約サイトにアクセスすることも できる。 ● 診療の予約は電話でも受け付けており,事務員が Web予約システムの「アポイント表」を確認しながら, 電話予約のスケジュールを決めていくようにしている ( ) 。予約枠は 30 分で 2 人としており,その合間に 初診や予約のない患者さんの診察を行う。予約システ ムは,スギ花粉症患者の多い2∼3月の時期などの繁 忙期には混雑を分散化させることにもつながっている。 ● 初診の場合,受付で問診票を患者さんに記入してもらい,それを事務員が医事一体型電 子カルテシステムに入力する。 ● 前谷耳鼻咽喉科では,カルテの表紙だけを出力して,ファイルに入れて,受付のカルテ棚 に保管している( ) 。受診時には,患者さんの動きに応じて,このファイルを施設内で 回す。これにより,患者さんがどこにいるのか状況がわかる。スムーズな診療の流れをつ くり出せているだけでなく,取り違えなどの医療過誤を防ぐ上で有効である。 ❸ 診察室 ❹ 耳鼻咽喉科診療ユニットの横にラックを用意して,医事一体型電子カルテシステム( )とインクジェット 複合機( )を設置している。 聴覚検査室 ● 鼻咽喉スコープ( )の画像やオージオメータのデータは,それぞれの装置でプリントアウトして,そ れを診療後や空き時間に前谷院長がインクジェット複合機のスキャナ機能を使って読み込み,デジタ ルデータとして電子カルテシステムに保存する。手順は,まず当該患者さんのカルテを開いて,カルテ 画面上にある「画像入力」ボタンを選択( ) 。自動的にスキャンされて,当該患者データとして記録 される。 ● 電子カルテシステムのシェーマ図作成( ) 。前谷院長は, 「耳鼻咽喉科は絵を描くことが多い診療科 だけにタッチペン入力は重要な選定ポイント」と述べている。 ● 耳鼻咽喉科診療ユニットには,患者さんも鼻咽喉スコープの映像を見られるようにモニタがとりつけ られている( ) 。 ● 鼻咽喉スコープやオージオメータのデータは,直接電子カルテシステムに取り込むことも可能であるが, ゲートウェイを用意するなど,費用がかかる場合が多い。そこで,前谷耳鼻咽喉科では,コストとの バランスを考慮して,スキャナによるデジタルデータ化を考えたという。 オージオメータ( )が設置されている。 ● 前谷院長は,開院時に X 線撮影装置の導入も 検討したが,最終的に X 線検査は外部に紹介 することとし,防音対策など聴覚検査室の設備 にコストをかけることを選んだ。味覚,聴覚, 嗅覚の検査に力を入れているという前谷耳鼻咽 喉科の特色を打ち出した選択だと言える。 IT VISION No.26 (2012) 57 インタビュー 前谷近秀院長 に聞く 入力しやすい電子カルテシステムと 予約システムで無駄を省いた診療 タッチペン入力を重視した 電子カルテシステム選定 検査装置としては,鼻咽喉スコープシ カルテシステムメーカーと同じ方が,サ ステムとオージオメータを使っていますが, ポートも共通化でき利便性も高く,ラン これらは電子カルテシステムとは連携させ ニングコストを低く抑えられると判断し, ずに運用しています。理由は,直接接続 受け Navi にしました。電子カルテシス するようにすると,非常にコストがかかる テムと連携する点も選定のポイントです。 ためです。そこで,費用対効果の視点から, ─ 予約システムのメリットについてお スコープの画像,オージオメータのデータ 聞かせください。 ともにプリントアウトして,それをスキャ 前谷:患者さんの待ち時間を減らすこと ナで取り込み電子カルテシステム内に画 ができるのが,何よりも大きなメリットだ 像データとして保存するようにしています。 と思います。患者サービスという観点から, ─ 開院の動機と電子カルテシステム また,システムでは医事コンピュータ これは非常に重要なことです。 導入の理由をお聞かせください。 のほかに,予約システムも導入しました。 一方,診療面では,予約システムによ 前谷:勤務医では医療機器の購入など ただし,これは三洋電機(当時)のもの り事前に来院する患者さんがわかるので, もなかなか思うようにはいきませんが, ではなく,システム間の連携はしていま 前もって準備をすることができるのが良 開業医はリスクを負うものの,自分のめ せんでした。予約システムを導入した理 い点です。空き時間に入力できるものな ざした医療ができると考えました。努力 由は,勤務医のころから受け持っている どを済ませておけば,少しでも診療の効 すればそれが必ず返ってくるし,やりが 患者さんが遠方に多くおり,その方たち 率化を図ることができます。それによって, いがあるだろうと思い,開業を決意しま が来院したときに,長時間待つことがな さらに患者さんの待ち時間を短縮するこ した。開業にあたっては,始めから電子 いようにしたかったからです。 とにもつながります。 予約システムによる 患者サービス向上と診療の効率化 今後 I T化する施設は患者数増加 も可能なクラークの採用も検討を の時代は絶対に診療所もIT 化が必要で ─ 現在のシステム構成はどのように ─ 今後電子カルテシステムや予約シス あり,最初から導入した方が,後々楽に なっているのでしょうか。 テムの導入を検討している施設へのア なると考えました。 前谷:2011 年 8 月にパナソニック ヘル ドバイスをお願いします。 ─システム選定と接続する機器の構成な スケア(当時,三洋電機)の医事一体型 前谷:これからの医療を考えると電子カ どIT化のコンセプトをお聞かせください。 電子カルテシステム Medicom-HRⅡに ルテシステムは必須です。そこに予約シ カルテシステムの導入を決めていました。 当時,行政が医療の IT 化に関してのグ ランドデザインを示していて,これから 前谷:システムの選定では,複数の製 更新して,合わせて予約システムを受け ステムを加えることで,待ち時間を短縮 品を候補にしました。耳鼻咽喉科の場合, Navi に切り替えました。電子カルテシス し患者サービスの向上を図れることはも 文字の入力だけでなく,耳や鼻,口の中 テムは,開院以降,レセプトの請求など ちろん,無駄を省いた診療をすることが の様子を絵で描く機会が多くあります。 で正確,かつスピーディに処理できてい できます。また,電子カルテシステムの そこで,最終的にタッチペンによるシェー る点に非常に満足しており,サポート体 入力については,クラークを採用するこ マ図の作成や絵の描き込みがしやすかっ 制も充実していて,こちらの要望に速や とも検討してよいと思います。人件費は た当時の三洋電機(現・パナソニック かに対応してもらっていました。その実 かかるものの,入力作業が短時間化され, ヘルスケア)のドクターズパートナーに 績も評価して,Medicom-HRⅡに更新 さらに患者数を増加させることができる 決めました。 しました。また,予約システムは,電子 はずです。 58 IT VISION No.26 (2012)