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外来種になった日本の海藻類:遺伝子からみたその

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外来種になった日本の海藻類:遺伝子からみたその
外来種になった日本の海藻類:遺伝子からみたその起源と動態
Japanese marine macroalgae as non-indigenous species:
their origin and dynamics deduced from genetic studies
川井 浩史
・上井 進也 ・羽生田 岳昭
1*
2
1*
2
1
1
Hiroshi KAWAI , Shinya UWAI , Takeaki HANYUDA
神戸大学 自然科学系先端融合研究環内海域環境教育研究センター
2
新潟大学 理学部 自然環境科学科
1
Kobe University Research Center for Inland Seas
2
Department of Environmental Science, Faculty of Science, Niigata University
1
摘 要
経済活動の活発化とグローバル化によりさまざまな海洋生物が大洋を越えて移入・
定着し、沿岸生態系や漁業に深刻な影響を及ぼしているが、船舶を介した移入の場合、
その起源や移入経路は明らかでない場合が多い。ここではアジア原産で世界各地に移
入したとされる海藻類の数種について、各地集団の遺伝的多様性の解析を行い、移入
集団の起源と移入経路について考察した。褐藻ワカメは 1970 年代に水産目的で導入
されたカキに混入して欧州に移入したほか、1980 年代以降はおそらく船を介した移
入で世界各地へ拡散したが、その際、日本と韓国に由来する集団が複数の経路で移入
したことが明らかになった。また緑藻アナアオサ、褐藻シダモク、褐藻ムチモについ
てもその起源と移入経路について推定した。数年前にカリフォルニア沿岸に定着した
シダモクは、その後も地域的に分布を拡大しており、この種のもつ生活史型の特徴か
ら世界規模での分布拡大が危惧される。
キーワード:アナアオサ、遺伝子マーカー、移入、海藻、シダモク、ワカメ
Key words:Ulva pertusa, genetic marker, introduction, marine macroalgae (seaweeds),
Sargassum filicinum, Undaria pinnatifida
1.はじめに
経済活動の活発化とグローバル化により、海の生
態系においてもさまざまな海洋生物が大洋を越えて
移動・定着し、定着先の生態系や漁業に深刻な影響
1)
を与える例が報告されている 。このような海洋生
物の人為的な移動については、養殖や天敵としての
利用のために意図的に行われた場合(ここでは導入
と呼ぶ)と、導入された生物に混入したり、船舶の
運行に伴って運ばれたりして非意図的に起こる場合
(ここでは移入と呼ぶ)
などがある。例えば海藻類で
は、おそらく水族館からの放流によって地中海に移
入した緑藻イチイズタ Caulerpa taxifolia は、在来
の海草類(海産被子植物)を駆逐することで、これら
の海草が基礎となって成立していた藻場生態系を激
2)
変させた 。また水産目的で導入されたカキ稚貝に
混入していたとされる褐藻タマハハキモク
Sargassum muticum はアメリカ北西部、欧州などの
広い海域に拡大し、港湾部などで大繁茂し、沿岸生
態系のみならず船舶輸送や漁業にも影響を与えてき
た 。
これらの海洋生物の人為的な移入・定着のうち、
船体付着やバラスト水などの船舶を介した移動につ
いては近年の船舶の大型化・高速化でさまざまな沿
岸生物が船舶によって生きたまま運ばれる可能性が
高まった。しかし、その生物種自体、または関連す
る生物種の移動に関わる何らかの記録や情報が比較
的残りやすい水産目的の導入と比べて、船舶を介し
た移入の場合、移入集団の起源や移動経路を推定す
ることが困難な場合が多い。また、海藻類の多くは
その形態が単純であるにもかかわらず形態的な可塑
性が大きいため、外部形態だけでは正確な種の同定
が困難な場合が多い。このため、そもそもある地域
で新たに分布が確認された集団が外来種であるのか
2), 5)
在来種であるのかが議論になる場合もある
。こ
れに対して、最近ではさまざまな遺伝子マーカーを
用いて、各地の地域集団の遺伝的多様性を比較する
ことで、その種の本来の分布域や移入経路を推定す
ることが可能になった。例えば前述のイチイズタの
場合、その起源について人為的な移入(この場合は
3), 4)
受付;2010 年 9 月 27 日,受理:2010 年 11 月 8 日
*
〒 657-8501 神戸市灘区六甲台町 1-1,e-mail:[email protected]
2011 AIRIES
45
川井・上井・羽生田:外来種になった日本の海藻類
水族館で育成・展示されていた個体が海に流出した
とされる)という説と、在来種の未知の一品種で周
辺の海域からの分布拡大に基づくという説の間で論
争があった。しかし水族館で展示されていた個体と
さまざまな海域の集団から採集された個体の遺伝子
解析によって、水族館が直接の移入経路であろうと
5)- 8)
の結論が導かれた
。これに関して、筆者らは同
様の解析手法は、船舶を介した移入の場合の移入起
源や経路の解析にも適用可能であろうと考え、ワカ
メほかの海藻類を対象に研究を行った。ここでは、
筆者らが 2004 ~ 2009 年度に実施した地球環境問題
総合推進費による研究プロジェクトの成果を中心に
日本から海外に越境移入したいくつかの海藻類の遺
伝的多様性と移入起源・経路に関する研究結果につ
いて紹介する。
2.褐藻ワカメ
ワカメ Undaria pinnatifida は極東アジア原産の
コンブ類の一種であるが、日本を代表する食用海藻
の 1 つであり、伝統的に行われてきた自然藻体の採
取のほか、最近では日本、韓国、中国で盛んに養殖
されている。ワカメは前述のタマハハキモク同様
図 1 ニ ュージーランド・ウェリントンの港内に繁茂
するワカメ.
1970 年代初めに養殖目的で地中海に導入された
カキ稚貝とともに欧州へ移入、定着したとされてい
4), 9)
る
。一方、1980 年代後半以降はおそらく大型船
抽出し、複数の遺伝子部位による解析に使用した。
舶(船体付着またはバラスト水)
を介した移入でオー
解析に用いる遺伝子マーカーとしては、はじめに比
ストラリア、
ニュージーランド、
北米太平洋岸
(米国、 較的進化速度が速く、褐藻類では種や集団レベルの
メキシコ)、アルゼンチンなどへ分布を広げたと考
解析にしばしば用いられるミトコンドリア cox3 と
10), 11)
15)
えられており
、現在もさらなる拡大が危惧され
tatC-tLeu 遺伝子の塩基配列を選定した 。その結
る状況にある。なかでもニュージーランドは、1987
果、北東アジア産の約 100 個体から 25 の遺伝子型
年の北島ウェリントン、南島ティマルでの発見後 (ハプロタイプ)が確認された。これらの遺伝子型は
10 年程度でほぼ全土に広がり、その分布域の広さ
日本国内においては基本的に地理的に離れたところ
や生物量だけでなく、生育期間の長さ、生育水深帯
では遺伝的にも遠くなる関係が見られ、自然集団で
の広さなどからも生態系や水産業への影響が憂慮さ
は遺伝子交流の地理的な隔離が起こっていることが
れる事態になっている(図 1)。すなわち自生する大
確認された。ただし、ワカメの養殖が盛んな大阪湾
型海藻類をワカメが駆逐することで、それらの種を
では日本の他の海域では見られないタイプを含めさ
基礎として成立していた藻場生態系が損なわれた
まざまなタイプが見られ、国内においても養殖によ
り、漁業対象種が減少したりするという可能性が高
る人為的な遺伝子の撹乱が起こっていることが示さ
い。これら海外のワカメ集団は現地で‘Japanese
れた。
seaweed’と呼ばれることもあるが、その実際の起
ミトコンドリア遺伝子による解析結果から、極東
12)- 14)
源については不明であった
。また、新たな越
アジアのワカメはそれぞれの遺伝子型間の遺伝的距
境移入や拡散を防ぐための方策の検討には、その移
離と地理的分布に基づいて、以下の4つのグループ
入経路を明らかにすることが不可欠である。
そこで、 に分類できた(図 2)
:(I)北日本タイプ;(II)大陸タ
海外各地のワカメ集団の起源や移入経路を明らかに
イプ;(III)本州太平洋岸タイプ;(IV)日本海タイ
するため、東アジア各地を含む世界各地のワカメの
プ。このうち、(I)北日本タイプは日本の北海道・
標本を収集するとともにその遺伝的多様性に関する
東北地方の太平洋岸と韓国・中国の一部に分布す
研究を行った。
る。一方、
(II)
大陸タイプは遺伝的には
(I)
北日本タ
具体的には現地調査による採集や、共同研究者か
イプと近縁だが地理的には不連続であり、韓国およ
らの提供によって得た日本各地、韓国、中国、フラ
び中国に分布する。(IV)
日本海タイプは遺伝的には
ンス、オーストラリア、ニュージーランド、アルゼ (III)と近縁で、日本海と瀬戸内海沿岸の広い範囲に
ンチン、米国、メキシコのワカメ藻体から DNA を
おいて同じ遺伝子型が見られる。
46
地球環境 Vol.16 No.1 45-52
(2011)
(Ⅳ)
(Ⅲ)
(Ⅱ)
(Ⅰ)
図 2 世界各地のワカメ集団のミトコンドリア遺伝子による遺伝子型の
遺伝的類縁関係
(スパニングネットワーク図)と地理的分布.
上図中の各ハプロタイプは,中図・下図中各地点のハプロタイプと対応して
おり,2 つのハプロタイプ間の距離が遺伝的距離(突然変異による塩基置換の
数)を示している.各地点の括弧内の数字は解析した個体数を,円グラフは各
15)
遺伝子型の比率を示す.
(Uwai ら をもとに改変)
一方、アジア以外のワカメ集団では、欧州とメキ
シコの集団は
(I)
北日本タイプを示した。このうち、
フランスの集団ではこれまでに北東アジアでは確認
されていない遺伝子型が見いだされたが、塩基配列
からは北日本タイプと近縁である。オーストラリア
南東部(ビクトリア州)とアルゼンチンの集団は(II)
大陸タイプを示した。しかしオーストラリアはタス
マニア島と本土のビクトリア州でタイプが異なり、
前者は
(IV)
日本海タイプであった。またカリフォル
ニア沿岸の集団は(III)本州太平洋岸タイプに含ま
れた。ニュージーランドでは複数のタイプが見いだ
されたが、北島では(II)大陸タイプが優占していた
のに対し、南島では
(II)
大陸タイプと
(I)
北日本タイ
プが混在していた。
またニュージーランド沿岸において 1980 年代後
半から 1990 年代に採集され、乾燥標本として博物
47
川井・上井・羽生田:外来種になった日本の海藻類
館に保存されていたワカメ藻体について DNA を抽
出し、そのハプロタイプを調べた結果、北島のウェ
リントンでは現在優占しているものと同じハプロタ
イプ
(大陸タイプ)であったが、南島のティマルやオ
アマルの標本は現在優占的な大陸タイプではなく、
現在はかなりまれな北日本タイプであることが示さ
れた。すなわち、1980 年代に初めてワカメが移入
した当時から現在にかけて優占集団が変化してきた
ことになる。1987 年にウェリントンで採集された
ワカメ標本には、寄港していた韓国籍のトロール漁
船の船体表面から採取されたもの
(大陸タイプ)
が含
まれており、比較的小型の漁船の船体に付着したも
のが移入した可能性が示唆される。またこれらの結
果は、より高い解像度をもつと考えられる核遺伝子
16)
マイクロサテライトマーカー を用いた解析でも、
同様の傾向が示された。
以上の結果は、文献などにおいて報告されている
以下の歴史的な事情と一致する。欧州へ導入された
カキ種苗は、万石浦など東北地方太平洋沿岸産のも
のとされており、これに伴って移入したワカメも東
北地方のタイプと一致する。一方、カリフォルニア
およびメキシコの集団は、移入集団の成立が比較的
新しいが、1950 年代に欧州同様カキ種苗の導入が
行われたワシントン州ではその当時から現在に至る
までワカメの報告はなかったことから、この海域か
らの水産活動に伴う二次的
(移入先からの拡散)
な移
入とは考えにくく、比較的最近、本州から大型船舶
などによって一次的
(自生地からの直接の移入)
に移
入された可能性が示唆される。ワカメは本来冷温帯
から温帯に分布する種類であり、水温が 30℃を超
える熱帯域を通過するのに数日間を要する国際航路
の船舶を介して移動するよりは、同緯度域を航行す
る船舶による移動のほうが可能性は高いことから、
比較的最近になって成立したアルゼンチンの集団は
同緯度域のオーストラリア、ニュージーランドなど
からの海運に伴う二次的な拡散の可能性も考えられ
る。
3.緑藻アナアオサ
アナアオサ Ulva pertusa は日本各地の沿岸で最も
一般的に見られる海藻の 1 つであり、上述のワカメ
と同じく極東アジア原産と考えられるが、近年、世
界のさまざまな海域に越境移入したとされている。
アオサ・アオノリ類は糸状褐藻のシオミドロ類とな
らんで代表的な船体付着
(汚損)生物であり、このよ
うな移入が頻繁に起こっているものと考えられる。
しかし、アオサ・アオノリ類は分類に用いうるよう
な形態学的な特徴が乏しく、また形態変異が大きい
ため、形態に基づく種レベルの分類が困難な場合が
多い。このため、移入とされる報告についても、そ
の種の同定の正確さについて慎重な再検討が必要な
48
場合がある。関連して日本において三河湾の数地点
で優占する
(大量に繁茂している)
種類をある程度ラ
ンダムに採取し、遺伝子マーカーによって分類する
という解析を行った結果では、これまで日本では報
告されていなかった、比較的最近日本に移入したと
17), 18)
考えられる種類が含まれていた
。アジア以外の
集団でも、ニュージーランドにおける現地の研究者
らによるアオサ類の分布に関する調査では、ニュー
ジーランドに分布するアナアオサは移入種とは考え
19)
られていなかった 。
そこで、日本を含む極東アジアおよび欧州、北米、
南米、オーストラリア、ニュージーランドから採集
されたアオサ類のうち、遺伝子マーカー(核 rDNA
ITS 領域)を用いた分類によってアナアオサと同定
された標本について、3 つの異なる分子マーカー
(葉
緑体 atpI-atpH 介在領域、ミトコンドリア cob-cox3
介在領域、核遺伝子マイクロサテライト領域)を用
いて、より詳細な遺伝的多様性を比較した。その結
果、葉緑体遺伝子介在領域(atpI-atpH)とミトコン
ドリア遺伝子介在領域(cob-cox3)の塩基配列解析で
は、調査地域全体で約 50 のハプロタイプに分類さ
れ(図 3)、そのうち、極東アジアでは 46 ハプロタ
イプが認められた。一方、沿岸域のほぼ全域から標
本が得られたニュージーランドについては、確認さ
れたハプロタイプは 5 つのみであり、また特定のハ
プロタイプが 9 割近くを占めていた。また、欧州で
は 2 つの、北米、南米では 1 つのハプロタイプのみ
が見られた(図 3)。一方、核遺伝子に対するマイク
ロサテライトマーカーを用いた解析でも、極東アジ
アで 14 遺伝子型が認められたのに対して、ニュー
ジーランドでは7遺伝子型に過ぎなかった。
これらの結果は、極東アジア以外の地域のアナア
オサ集団は、遺伝的多様性が極めて低い小さな母集
団に由来することを示唆しており、移入に伴うボト
ルネック・創始者効果によると解釈される。このた
め、極東アジア以外の集団はニュージーランドも含
め、いずれも極東アジアからの人為的な移入に基づ
いていると結論した。また越境移入の起源は、オセ
アニアと北米、南米については日本の太平洋沿岸の
集団からの一次的あるいは二次的な移入であると考
えられる。一方、欧州の集団については、ワカメや
他の海藻類と同様に、水産目的で導入されたカキの
稚貝に伴って移入したと考えられるが、今回の解析
では日本周辺で比較的高い頻度で見られるハプロタ
イプ(H8)に加えて、日本の一部(大阪湾)と韓国で
しか確認されていないハプロタイプ(H39)が含まれ
ていた。このため、移入が頻繁に起こっており、ま
た多様な経路で移入した可能性が示された。この結
果は、移入が少なくとも 2 回以上起こっており、ま
たその経路も複数ある(大阪湾を起源とした場合、
その経路はカキの稚貝によるものとは考えにくい)
ことを示唆している。
地球環境 Vol.16 No.1 45-52
(2011)
図 3 世界各地のアナアオサ集団の葉緑体遺伝子介在領域(atpⅠ -atpH)とミトコンドリア
遺伝子介在領域
(cob-cox3)
の塩基配列に基づくハプロタイプの地理的分布.
各地点の円グラフは各遺伝子型の比率を示し,直径は解析した個体数を反映している.
4.褐藻シダモク
前述したタマハハキモクと同じホンダワラ類のア
カモク Sargassum horneri やシダモク Sargassum
filicinum は、日本周辺の温帯域沿岸の主要な藻場構
成種である。両種は形態的には気胞(浮き袋)の形態
と雌雄異株であるか雌雄同株であるかで区別される
が、しばしば中間型が見られ、その分類には困難が
20)
伴うことが多く、同種であるとする考え方もある 。
これまで海外でタマハハキモク以外のホンダワラ類
の大規模な移入が報告されたことはなかったが、
2006 年に北米カリフォルニア州のサンタカタリナ
島で、現地の研究者らによって新たな移入種と考え
られる大型のホンダワラ類の種が発見された。この
種は水深 2 ~ 8 m の漸深帯の海底に生育し、高さ
約 2 m に達し、その気胞の先端に鋸歯のある葉を
もっていることから、アカモクまたはシダモクと近
縁であると考えられた(図 4、5)。サンタカタリナ
島の藻体は楕円形の気胞と雌雄同株という、その形
態学的特徴からシダモクと暫定的に同定したが、こ
れらの形質は可塑性が大きく、必ずしも決定的な形
質とはならない。そこで、ミトコンドリア cox3 領
域の遺伝子配列を決定しこれまでに明らかになって
いる北東アジアの集団の結果と比較した結果、日本
のシダモクのうち瀬戸内海で採集された個体と同一
の塩基配列を示した。このためカリフォルニアに新
規に移入・定着したホンダワラ類はシダモクであ
り、瀬戸内海周辺の個体群に由来する可能性が高い
21)
ことが示された 。
その後の調査で、この種は 2003 年頃にはすでに
本土側のロサンゼルス・ロングビーチの周辺に生育
していたことが明らかになった。また、この報告に
基づいて、メキシコの研究者はメキシコ・バハカリ
フォルニアで 2005 年以降新たに採集されたホンダ
ワラ類が近縁であることを確認し、遺伝子マーカー
を用いた解析を行った。その結果、これもカリフォ
ルニアの集団と同様シダモクであり、瀬戸内海で採
集された個体と同一のミトコンドリア cox3 遺伝子
22)
塩基配列を示した 。このため、両者は北米におけ
る二次的な拡散である可能性が示された。その後、
同じくカリフォルニアのチャネル諸島アナカパ島や
サンクレメンテ島、本土側のオレンジカウンティ、
サンディエゴなどの広い範囲で分布が確認され、
2009 年にはついにロサンゼルス南部の潮間帯でも
生育が確認され、分布が拡大していることが報告さ
23)
れている 。
49
川井・上井・羽生田:外来種になった日本の海藻類
図 4 サンタカタリナ島の漸深帯に生育するシダモク.
これまでに移入種として定着し、世界的に分布を
広げた海藻類には、①栄養繁殖または雌雄同株であ
るなど、1 個体だけの移入からでも定着・繁殖でき
る種、②一年生の種、が多く知られている。上述し
た代表的な移入海藻
(イチイズタ、タマハハキモク、
ワカメ、アオサ・アオノリ類)はいずれもこれらの
特性で共通している。今回、カリフォルニアやバハ
カリフォルニアに新たに定着したと考えられるシダ
モクは、一年生で、雌雄同株であり、これらの条件
に適合するほか、藻体自体が気胞により浮き、流れ
藻として一世代の間に広範囲に分布を広げる可能性
がある。このため、この種は短期間に世界各地に分
布を広げたタマハハキモクと同様に、今後世界各地
に拡散する可能性が危惧され、その移入経路の推定
および周辺海域への新規移入のモニタリングが必要
であると考える。この際、大陸間航路の大型船舶が
頻繁に入出港する国際港湾は、水質汚濁の進んだ閉
鎖性海域に設置されることが多く、在来種の生物相
が貧弱であることから、大型船舶に付着する生物群
が持ち込まれ、あるいは持ち出される、いわば海洋
生物の移入・移出のホットスポットとなる可能性が
高い。また、これらの港湾は、さまざまなタイプの
運搬船、フェリー、漁船などが頻繁に入港・停泊す
る。よって、移入生物の周辺海域への二次拡散源と
なることも危惧されるため、重点的なモニタリング
が必要である。
50
図 5 シダモクの発見と駆除を呼びかけるポスター.
5.おわりに
外来種の問題は、昆虫、哺乳類、淡水魚、被子植
物など、われわれが普段の生活の中で接する機会の
多い陸域または陸水域の生物については、比較的よ
く知られており、またそれらの生物の起源や移入経
路が明らかになっている例も多い。一方、海の生物
については、二枚貝類やカニ類などの一部の例を除
いて、一般的にはほとんど知られておらず、またそ
の起源や移入経路などが明らかになっている例はき
わめて少ない。これは、そもそも海の生物について
は観察や調査に困難が伴う場合が多く、また研究者
も比較的少ないことから、その分類や分布、生態に
関する情報が乏しいことが大きな要因である。しか
しながら、実際には世界各地ですでに多くの海洋生
物が外来種として定着している。さらに経済活動の
活発化やグローバル化に伴う海運や水産活動の増加
に加えて、世界各地での沿岸域の開発・富栄養化に
伴う在来生態系の荒廃と外来種の優占化、地球規模
の気候変動に伴う海水温の上昇や海洋酸性化、北極
海航路の開通など、沿岸域における外来種問題を一
層深刻化させかねない要因は多い。そのような状況
の中で、外来種による生態系の撹乱を防ぐためには、
海洋生物においても、移入を早期に検出し、速やか
に駆除などの対応をとることが肝要である。これに
対して、本稿で紹介したような遺伝子マーカーを用
地球環境 Vol.16 No.1 45-52
(2011)
いた解析は、さまざまな海の生物の正確な同定や原
産地の推定、あるいは環境試料からの特定の生物群
の検出などに有効な手段であろう。また、移入を早
期に、また効率的に検出するためには、海洋生物の
移入が高頻度で起こることが予想される国際港湾な
どにおけるモニタリング体制の整備が必要であると
考える。
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辞
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本成果の一部は環境省地球環境研究総合推進費
(D-04, D-072)
によって得られたものである。同プロ
ジェクト参加者およびそのほかの共同研究者に感謝
する。
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The Natural History of Undaria pinnatifida and Sargassum filicinum
at the California Channel Islands: Non-native seaweeds with different invasion styles. Proceedings of
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(in press)
川井 浩史
Hiroshi KAWAI
北海道大学理学系研究科博士後
期課程修了。理学博士。褐藻類を
中心とした海藻類の系統進化・分
類や生活史、生物地理などを専門
に研究してきた。本稿で紹介した
船舶を介した生物移入に関する研
究プロジェクトの実施をきっかけ
に、底生動物、プランクトンの研究者と交流する機会が増え、
関連 3 学会が参加する「海産外来種研究委員会」の立ち上げ
に参加した。
上井 進也
Shinya UWAI
北海道大学大学院理学研究科博
士課程修了。博士(理学)
。専門は、
植物系統分類学、藻類学。現在は、
新潟大学理学部自然環境科学科准
教授。海藻の集団分化や移動・拡
散に興味をもち、日本沿岸の海藻
に見られる集団構造を調べている。
羽生田 岳昭
Takeaki HANYUDA
金沢大学大学院自然科学研究科
修了。博士(理学)。現在は神戸大
学内海域環境教育研究センター助
教。専門は、藻類の系統分類学、
生物地理学。藻類の系統進化や種
分化、分布の成立過程等に興味を
もち、海藻類や淡水域の大型藻類
を対象として研究を進めている。
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