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(千葉P40~59)を読む
③男声合唱の作品
三善の合唱作品中、男声合唱は 10 作品程度しかない。合唱界では、男声合唱団は圧
倒的に数が少なく作品があまり流通しなかった。三善の男声合唱も 5 作品しか出版され
ていない。ピアノが付いている作品には連弾(四手)による作品もある。連弾で音の響
きを厚く、音域を幅広くすることによって、男声合唱に対抗出来る音量、足りない高音
の華やかさを補っている。
○ 男声合唱のための「王孫不帰」
(1970)
詩:三好達治
不帰の人たちへの弔慰や贖罪を古語で歌ったこの作品は、三善が幼少時から家で耳に
しながら馴染めずにいた謡いの拍節や旋法が、声部の横の動向に取り入れている。そし
て縦の関係ではクラスターが作られている。曲に見られる狭い音程内での半音的な旋律
進行や、半音で重なる縦の響きは、謡いの節回しと響きの影響である。三善には珍しい
男声のみの編成によって生み出される闇ばかりの音空間に「はたり」
「ちょう」という詩
句だけが聴こえてくる。時折、魂の深部に楔を打ちこむようなピアノが響き、木鉦、鈴
が鳴る。木鉦や鈴は、合唱のシラブルの発声と同時に音を発して、アーティキュレーシ
ョンを補い、合唱とポリフォニックな関係を形成する。ピアノも、合唱の謡いふうの旋
律進行に同調する音形で関わるので、合唱、ピアノ、打楽器で一つの言葉を発している
ようなテクスチュアとなる。
【譜例 1】
lontano とあるように、遠くから謡いのリズムと同じリズムで近づいてくる。リズム
が徐々に縮小され、強まり楔を打つような音型になる。硬質で、鋭さを持った音色で演
奏する。
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【譜例 2】
2 楽章の冒頭で[Lacrimoso con patimento]とある上に、cantabile misterioso e
dolcissimo の指示もある。オクターヴの空虚感、対旋律に対して半音でのぶつかり、バ
スのうごめくような響きによって、帰らぬ人を思う悲しみを表現する。そしてこのフレ
ーズは発展し、高まっていき、徐々に収まっていく。硬質な透明な音色が求められる。
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【譜例 3】
ffff という強奏のアルペジオで、ついに帰ってこなかったという嘆きが爆発する。広
い音域だが、すばやく演奏する。バスを良く鳴らし、バスの響きの上にアルペジオの響
きを重ねる。
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④編曲作品
編曲作品の題材は、わらべうたや唱歌、山田耕筰や滝廉太郎の歌曲等が挙げられる。
編成は混声、女声、男声、童声と様々であり、また童声・混声合唱と 2 台ピアノという
大きな編成も見られる。編曲作品という親しみやすさから、合同合唱用に作曲された作
品もある。
ただ原曲に沿って編曲しているのではなく、合唱やピアノの至る所に、三善の色彩的
で複雑な和声や綾を成すようなピアノの書法などの特徴が目立ち、シンプルな原曲が三
善のオリジナル作品のように生まれ変わっている。
○ 「唱歌の四季」より『朧月夜』
原曲:文部省唱歌
この曲集は、春の「朧月夜」に始まり、夏「茶摘」~秋『紅葉』~冬「雪」と進んで
いき、最後に「夕焼け小焼け」で閉じられる。合唱はシンプルな旋律に、色彩豊かなハ
ーモニーがつけられている。
ピアノは 2 台版と 1 台版があり、2 台版の方が主流である。2 台版では、それぞれが
交互に旋律を担当しながら、片方がアルペジオで和声を作り出していく。1 台版は、2
台に分散されている動きを一人で演奏するため、難易度がかなり高くなっている。
また特筆すべき特徴として、
「朧月夜」は出だしの旋律がアウフタクトではなく、1 拍
目から歌われる。これは言葉のアクセントと音楽のアクセントを一致させるためだと考
えられる。
【譜例 1】
冒頭 4 分の 4 拍子で始まり、2 小節目で 3 拍子になり旋律が登場する。旋律は 1st か
ら 2nd へ交互に、エコーのように音域を変えながら受け継がれていく。旋律は十分に歌
って、アルペジオで和声の響きを作っていく。柔らかいが芯のある音色が求められる。
冒頭 2nd のアルペジオのテヌートに隠された旋律を浮き立たせ、1st の旋律へと受け渡す。
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【譜例 2】
1st にオブリガートが出てくる。華麗なパッセージだが、歌と被りやすいので、バラン
スには注意が必要である。
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○ 『Over the Rainbow』(1999)
詩:E.Y.Harburg
曲:Harold Arlen
武満徹(1930~1996)は、この曲を愛していたことで有名であった。その武満へのオ
マージュとして、1999 年に三善が編曲した。
合唱は原曲の美しい旋律に色彩豊かな和声がつけられて、音がより立体的になってい
る。ピアノは美しい和声の中に、旋律が埋もれている。綾を成すような各声部の中から
旋律を浮き立たせる。
【譜例 1】
4 声部が入り組んでいるため、各声部のバランス、横の流れを考えながら旋律を歌っ
ていく。また音が飛ぶので、なめらかに流れていくような音の取り方を考える。またバ
スにあるテヌートを生かし、よく響かせて全体をしっかり支える。
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○ 混声・童声合唱とピアノのための「島根のわらべ歌」
(2003)より
・ 『いっぽかっぽ(履物かくし歌・飯石郡)
・こいしくらい(とんぼとり歌・松江市)
』
・ 『おじゃみおふた(お手玉歌・松江市)』
原曲:島根のわらべ歌
わらべ歌の持つシンプルな韻律が、歯切れのよい音律に置き換えられている。どの曲
も島根の風土が色濃く立ち込め、無邪気な中にも少し翳りを見せる。混声合唱と童声合
唱の掛け合いが面白く、混声合唱と一緒に演奏することで、より童声合唱のトーンが活
かされている。
【譜例 1】
非和声音をいれることによって鋭さと滑稽さを出し、わらべ歌の音律をより歯切れ良
くしている。付点のリズムは、歌に寄り添いながら合いの手を入れるように演奏する。
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【譜例 2】
グリッサンドを用いて、華やかさと面白さを表現している。グリッサンドは軽く、洒
脱な感じで演奏する。
【譜例 3】
お手玉歌のおっとりとした雅な情感が、色彩的な和声やゆったりとしたアルペジオ、
綾を成すような声部の絡みで描かれている。繊細な音の響きを積み上げていき、曲に奥
行きを持たせる。柔らかさの中にも芯のある透明な音色が求められる。
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(注 1)日本の作曲家シリーズ
-その人と作品と-①
(合唱連盟会報『ハーモニー
(注 2)三善晃
夏号
三善晃
No.85』 1993 年 7 月
6-21 頁)
三善晃作品集『三つの抒情・三つの夜想』の解説
ビクターエンタテイメント、日本伝統文化振興財団
VZCC-44 CD 2005 年
演奏:東京混声合唱団(女声)
(注 3)同上
(注 4)日本の作曲家シリーズ
-その人と作品と-①
(合唱連盟会報『ハーモニー
夏号
三善晃
No.85』 1993 年 7 月
51
6-21 頁)
第3章
現代日本合唱作品のピアノ伴奏の演奏法について
1、三善作品の分析のまとめ
第 2 章で三善作品の分析から、ピアノ伴奏の演奏法について様々なことが見えてきた。
ピアノ伴奏は合唱音楽において、詩の世界の情景や声では表せない表現を行っていた。
それは歌と同様またはそれ以上に扱われており、
「ピアノ伴奏」というより「ピアノ・パ
ート」という言葉の方が適切だと感じた。分析を通して見えてきた三善作品の特徴、演
奏するにあたっての注意点等をまとめた。
三善がそれ以前の作曲家と大きく異なっていたのは、詩に対する発想力や想像力であ
る。三善は詩の言葉を何度も自分の中で咀嚼し、見えてきた世界を音楽にしてきた。三
善の選ぶ詩、音楽への発想力や想像力には独創性があり、他に類を見ないものであった。
現在三善の作品は、初期の作品から最近の作品まで幅広く頻繁に演奏されている。初期
の作品が作られた頃からおよそ 40 年以上経つ中で、時代の淘汰の中で未だに演奏され
続けているという点にも、三善の作品の独創性を伺うことが出来る。また三善が登場し
て以降、作曲家の選ぶ詩や表現する音楽が多様化してきたように感じられる。
詩の世界を表出するために、合唱やピアノには単純な旋律から前衛的な手法まで様々
な技法が用いられた。その一つ一つが単なるテクニックとしてではなく表現として扱わ
れていた。三善作品を演奏する際に、詩の情景だけで曲にアプローチしようとしても解
釈は困難である。詩と音の両面から曲を解釈していき、三善が目指した、三善の中にあ
る詩の世界を表現していかなければならない。
またピアノ・パートを分析していく中で、共通していた点があった。それは「音質」
と「書法」である。
「音質」においては、どの作品も硬質で芯があり、透明感のある音質
が求められた。合唱の響きに融け込むような柔らかな音色ではなく、ピアノはピアノと
しての響きを聞かせるためにそのような音質が求められた。この音質は三善のソロ・ピ
アノ作品においても求められているので、三善自身がピアノに求めている「音」である。
「書法」に関しては、声部が綾を成すような書法が多く見られた。複数の声部が絡み
合うことによって、色彩的で繊細な曲の流れを作り出している。縦のラインを合わせる
だけではなく、各声部の横の流れを意識しながら演奏していかなければならない。
そして曲を分析する際に再度認識した解釈や演奏への総括的な留意点を、次のように
まとめた。
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まず曲の解釈に関しての留意点は以下の二点である。
①作曲家の音楽の特性を理解する。
作曲家には固有の音の世界がある。例えば、バッハ、ベートーヴェン、ショパン、ド
ビュッシー等それぞれに異なった音の世界がある。それは伝統的に受け継がれ、今日演
奏する際も気をつけなくてはならない重要なポイントになっている。日本の作曲家も同
様で、それぞれに目指している音の世界がある。演奏する際には、どのような経歴の作
曲家か調べ、他の作品を聴き、その作曲家の目指す音の世界へと少しでも近づかなくて
はいけない。日本の作曲家の場合は(特に伴奏では)それが御座なりになっている。目
指す音楽の方向がずれていると演奏に説得力がなくなり、見当違いなものになってしま
う。段階としてはその作曲家の音楽、音色を理解してから、曲の中の表現を考えていく
べきである。
②編成による表現や声の色の違いを理解する。
演奏する曲の作曲家の音楽、音色の理解を基盤に、編成による音楽や声の色の違いを
考えていかなければならない。編成によって表現する音楽の方向は異なってくる。作曲
家の求める音色や表現、編成による声の色や表現、曲や詩の求める音色や表現をすべて
総合させて、合唱とうまく融合する音色と表現を作り出さなければならない。演奏者は
多数の音色と表現の引き出しが必要である。そして伴奏(特に現代作品の)をする際に
は、様々な知識や経験が必要になってくる。
実際に演奏する際の留意点は、以下の四点である。
①曲のイメージを作る
実際に演奏する際には、ピアノ・パートや歌を分析して自分自身の曲に対する解釈を
行わなければならない。今回の分析を通しても、ピアノ・パートには様々な意図が隠さ
れていた。それらを解かないで演奏するとただ音をなぞっているだけで、音に説得力や
必然性が生まれてこない。楽譜の中に無駄な音は一音も無く、すべての音に意味がある。
一つ一つの音に意味を持たせ、音楽作りを指揮者任せにするのではなく、自ら音楽を作
り、指揮者の音楽に歩み寄っていくと、より充実した音楽を作り出すことが出来る。
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②バランス
伴奏は様々なバランスに対して配慮しなければならない。先ずは左右のバランスであ
る。伴奏の中でも必要なフレーズ、背景となる音を楽譜から分析して的確に弾き分けな
ければいけない。バスラインのアピールも大切である。
次に音量のバランスである。歌い手の人数、ピアノの種類、会場の大きさ等様々な要
因で音量バランスは変化する。これに対処するには経験も必要となってくるが、自分の
出した音、合唱を聴ける余裕を持って演奏に望めると対処することが出来る。そして曲
によっては、合唱よりピアノ・パートのデュナーミクが大きい場合がある。表現するに
あたって、どの程度のバランスが曲にとって妥当なのか考える必要がある。合唱の音域
にピアノ・パートの音域が被さって合唱が埋もれてしまわないかも重要なポイントであ
る。
③テンポ
実際にテンポが指定されている場合と速度記号しかない場合がある。詩や曲の表現す
る内容を考えて適切なテンポ設定を行う必要がある。作曲家が書いたテンポが絶対とは
限らない。作曲家もテンポに対して様々な考え方を持っている。一つの指標として、表
現に対して適切なテンポを探さなくてはならない。また人数や編成による配慮も必要で
ある。
④フレージングとブレス
演奏する際、合唱のフレージングの整理は必要不可欠である。合唱のフレージングと
ピアノのフレージングを対比させて、合わせていくか、別の動きになるかを決めなくて
はならない。対旋律等も注意が必要である。合唱は多数の声部を相手にするので、メロ
ディーの移り変わりやパート毎の動きに注目して、合わせるポイントを決めなくてはな
らない。また言葉の扱いも注意する。表現で言葉を立てる際にフレーズの冒頭に時間を
掛ける場合等がある。
またフレージングの整理で重要となってくるのがブレスである。合唱は人の声が相手
なので、どうしてもブレスのタイミングが必要である。ブレスの間隔の調整も重要であ
る。
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以上のように、今回の分析を通して解釈と実際演奏するにあたっての留意点をまとめ
てみた。合唱は一人ではなく複数を相手にする。集団に埋没しないようしっかりとした
音楽面、演奏面での主張が必要である。またこのような注意は歌曲にも応用することが
出来る。
次節では、より現代的な作品の演奏法について触れていく。
第 2 節 現代的な作品への応用
三善以降様々な作曲家が多くの合唱作品を書いている。その中では合唱もピアノもよ
り現代的な響きを求めた作品も登場してきている。
ここでは鈴木輝昭(1958~)の作品を取り上げる。鈴木作品では三善作品以上に、音
の響きに重点が置かれている。言葉の意味から詩の持つ世界を伝えるのではなく、音の
響きによって詩の持つ世界やニュアンスが伝えられている。言葉は楽音の一つでしかな
く、より器楽的なアプローチがなされている。
また鈴木作品におけるピアノ・パートも特筆すべき点である。鈴木自身は合唱におけ
るピアノに関して以下のように述べている。
「ピアノが伴奏であることに私ははじめから抵抗がありました。ピアノは合唱と対等
に関わり合わなければならない。言葉の背後にある世界やイメージは、歌よりむしろピ
アノで表現しようという思いが強かった~(略)」(注 1)
ピアノ・パートはどの作品も技巧的に書かれており、ピアノ・パートだけで独立した
流れがあり、詩の背後にある世界を鮮烈に描き出している。
そして合唱には「ひぐらしのモティーフ」という奏法が度々用いられる。この「ひぐ
らしのモティーフ」とは、ひぐらしの声に着想を得た声によるトレモロである。巻き舌
にはせず、舌をできるだけ速く動かして音を細かく刻む。この「ひぐらしのモティーフ」
について鈴木は以下のように述べている。
「夏から秋にかけ、山野で鳴き続けるひぐらしの声に着想を得たもので、私はこれを
ひぐらしのモティーフと名付けた。私にとってその声は、この世の現象として最も
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美しく妖しい音であり、彼岸の音を聞くような非現実的な体験として耳を支配して
きた。1990 年以降、ひぐらしのモティーフは、管弦楽、室内楽、合唱等それぞれの
分野の作品の中で様々に変容してきた。ひぐらしの音は単なるせみ鳴きの声なので
はなく、樹々から立ち昇る空気、風、魂の振動にほかならない。それは具体的な音、
というより森の奥から私の精神に直接訴えかけてくる声、悠久の響きなのである。」
(注 2)
「ひぐらしのモティーフ」は、鈴木作品の中で度々登場するが、それは自然描写ではな
く、シンボリックな表現として用いられている。また合唱が「ひぐらしのモティーフ」
を演奏している間、ピアノも同じような記号で書かれたパッセージの演奏や内部奏法等
をして、よりシンボリックな音の世界を作り出している。
演奏する際には次のような記譜上の註が記されている。
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実際の譜面になると次のようになる。【譜例 1、2】
【譜例 1】
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【譜例 2】
演奏する際には、楔を打ち込むようなタッチで、硬質で輝きがあり一音ずつが独立し
たような音質が求められる。アルペジオを柔らかい響きの帯にしてしまうのではなく、
一音一音の動きをはっきりと浮かび上がらせ、強靭で鮮やかな音の流れを作る必要があ
る。以下の譜例の箇所もそのような音質が求められる。鈴木作品の特徴としてピアノ・
パートの音の多さが挙げられる。そのため柔らかい音質では響きが立ち上がらず、ピア
ノが鳴らないからである。【譜例 3、4】
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