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第69回 作品にこめられた無償の愛 ∼絵画とともに聴く古楽

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第69回 作品にこめられた無償の愛 ∼絵画とともに聴く古楽
∼絵画とともに聴く古楽
須田 純一(銀座本店)
第69回 作品にこめられた無償の愛
ウィリアム・バード:ララバイ
(Lullaby my sweet little baby
おやすみ、かわいい幼子よ)
ハリー・クリストファーズ指揮
ザ・シックスティーン
アルバム
「キリストは生まれたもう
∼中世・ルネサンス・イギリスのクリスマス」に所収
■CD:\2,280(税込) COR16027 〈CORO〉 輸入盤
参考図~狩野芳崖:仁王捉鬼
(東京国立近代美術館)
狩野芳崖:「悲母観音」
東京藝術大学大学美術館
(重要文化財)
よる編成で書かれた楽譜もあり、いわゆるコン
かれているものもあるようで、実際に芳崖がどの
狩野芳崖という画家をご存知でしょうか。
ソート・ソング(ごく簡単に言えば合奏を伴う歌
ようなタイトルを考えていたのか、気になるとこ
「鮭」や「花魁」で知られる高橋由一が近代西
曲)
とも呼べるものなのです。宗教曲と世俗曲の
ろですが、
この作品の最後の締めである金砂子
洋画の礎を築いた重要人物ならば、同い年の狩
中間に位置するようなこの作品ですが、歌詞はま
を蒔くところまでたどり着くことが出来ず、その作
野芳崖は近代日本画の礎を築いた重要人物な
さにイエスが生まれた時の話です。
しかも子守歌
業を盟友の橋本雅邦に託し、芳崖はこの世を
のです。お雇い外国人として来日していたアメリ
ではあるものの、その曲調は物悲しいのです。随
去ってしまったため、それは分からずじまいと
カの哲学者で、近代日本美術の改革に大いに貢
なってしまいました。
それでは芳崖は「悲母観音」 所で現れる付点音符による下降音型はゆりかご
献したアーネスト・フェノロサの指導の下、日本
をイメージしているようですが、それにしても暗
で何を描きたかったのでしょうか。
画に、西洋画の顔料や技法、描写を取り入れ、新
これはいったいなぜでしょうか。
芳崖は大の愛妻家でした。時代が明治になり、 さが目立ちます。
しい日本画を築いていった芳崖の波瀾万丈の人
一つはこの子守歌が、聖母マリアが幼子イエス
生活が激変する中、貧窮する芳崖を内職で支え
生は、
「狩野芳崖・高橋由一 日本画も西洋画も帰
の今後の過酷な人生を思っているから。
これは
する処は同一の処」
(古田亮著 ミネルヴァ書房) たのが妻よしでした。芳崖は常日頃から妻よしの
(第26回
ことを「うちの観音様」
と呼んでいたといいます。 以前この連載でも取り上げたことがある
に大変詳しく、
この本も実に面白いので、そちら
メールラの「聖母マリ
しかし妻よしは芳崖よりも早く亡くなってしまい 「マリアの喜びと悲しみ」)、
にお任せしますが、
ここでは新機軸の日本画とし
アの子守歌」
と同じで、そちらをご参照ください。
ます。ちょうどその前後にこの作品の制作が始
ての芳崖の代表作の一つである
「仁王捉鬼」
をご
もう一つはこれが「嬰児虐殺」で殺害された多く
まったのではないかとされています。そのような
紹介します。紙面ではカラーでなくて申し訳ない
の赤子を弔っているから。新約聖書マタイ伝に
ことなどから、芳崖が集大成として臨んだこの観
のですが、西洋顔料を用いたその鮮やかな色
記述があるこの事件は、イエスが生まれた時、新
音像には妻よしがイメージされているのではな
彩、
デフォルメされながらも迫力を失わない仁王
しい王の誕生を予言されていたヘロデ王がその
いかというのです。
また赤ん坊の方は、生まれた
の描写、なにより
(それほど大きな絵画でないに
誕生を恐れ、ベツレヘムで2歳以下の幼児を虐
ばかりの初孫新治がイメージされています。
です
もかかわらず)画面全体から放たれる気迫には
殺したというエピソードです。
イエスは、
この事件
から、
ここには妻への強い愛情と孫の行く末を案
凄まじいものがあります。私は数年前にある展覧
を天使によって先に告げられていたヨセフによっ
じた芳崖の想いが強くこめられているのでしょ
会で実物を観る機会を得たのですが、目に飛び
て、エジプトに避難させられていたのです。
キリス
う。
しかもこの自らの画芸の集大成と呼べる作品
込んできた瞬間に強い衝撃を受け、その凄さに
ト教ではイエスのために命を落とした最初の殉
の制作において、
これまで芳崖が巧みに用いて
圧倒されてしまいました。近代日本画にこんなに
教者として、彼らを聖人として扱い、その祝日も設
日本画の新機軸を作り上げていた西洋画の顔料
もすごい絵があったのかとただただ驚かされた
けています。
この赤子たちの弔いの曲だからこそ
をあえて使用せず、伝統的な日本の顔料だけで
ものでした。
それ以来、私の中で狩野芳崖は特別
この曲調なのです。
仕上げたのでした。
ここには近代日本画の礎を
な画家となったのです。
この曲はクリスマス・キャロルとしても知られて
築いてきた強烈な自負と自分の家族への強い愛
そんな芳崖の絶筆にして、代表作が「悲母観
いるので、録音も数多く存在します。中でもザ・
情が入り混じっています。そうした融合が普遍的
音」
という作品です。
さっそく画面を見てみましょ
シックスティーンの歌唱はアンサンブルの抜群の
であり個人的でもあるという実に稀有な魅力を
う。
精度と声の力で聴かせてくれます。曲の持つ憂
持つ作品へと昇華させているのです。
観音と赤ん坊が登場人物です。柔和な顔をし
いの情感表現も見事です。
た観音は水瓶を右手に持ち、優しげなまなざし
バードは果たしてどんな想いでこの曲を書い
さて音楽の話です。日本の聖母像とも呼べる
を赤ん坊に向けています。赤ん坊は光輪を負っ
たのでしょうか。それを推し量ることはできませ
て合掌し、観音を見上げています。水瓶からこぼ 「悲母観音」ですが、マリアと言えばもちろん西
んが、
もしかするとつらい人生を送った子どもた
洋。キリスト教の音楽にはマリアを題材とする作
れる雫は優しく赤ん坊にそそがれ、下方の山々
ちや幼くして命を落とした子どもたちへの普遍の
品は無数に作られています。
そんな中でマリアが
へとしたたり落ちています。
まるで観音が透明な
愛が込められているのかもしれません。
我が子イエスを案じている、そんな様子や心情
球体の中に赤ん坊を入れて、空中に迎え上げて
が描かれている作品は「スターバト・マーテル」 芳崖は「人生の慈悲は母の子を愛するに若く
いるかのようです。実は「悲母観音」
という題名は
はなし。観音は理想的の母なり。
」
と語っていたそ
を始め、いくつか挙げることができますが、今回
芳崖の死後に付けられたタイトルのようで、慈愛
うです。そうした想いがこの「悲母観音」には込め
取り上げるイギリス・ルネサンスの作曲家ウィリ
に満ちた観音像だから付けられたのでしょう。あ
られているのかもしれません。人間の子や孫に対
アム・バードの「ララバイ」
もそうしたもののひと
るいは、
この作品は日本における聖母マリア像を
する愛は、無償の愛だと言います。強い愛情で結
つかもしれません。
とはいってもこの曲、純然たる
描いたとされることから、悲しむ聖母マリア像で
ばれた夫婦の愛も無償の愛と言えるでしょう。今
宗教曲と呼ぶには差し支えがあるかもしれませ
あるマーテル・ドロローサを訳した「悲しみの聖
回取り上げた作品にはそうした普遍的な無償の
ん。なにせ子守歌なのですから。歌詞もラテン語
母」
という西洋画の題材のタイトルからの連想で
愛情が詰まっているのかもしれません。
ではなく英語ですし、5声部の合唱曲ではありま
付けられたのかもしれません。芳崖を語る弟子
すが、その中の1声部を歌い、残りは器楽合奏に
や関係者の証言には、
「観音」や「慈母観音」
と書
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ご了承下さい。
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