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多胎妊娠の取り扱い

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多胎妊娠の取り扱い
N―315
2003年9月
卒後研修プログラム―サンライズセミナー―
5.多胎妊娠の取り扱い
東北大学
教授
岡村 州博
座長:旭川医科大学教授
石川 睦男
はじめに
わが国においては,双胎の頻度は1950年代から1980年代半ばまで出産1,000に対し6前
後で推移してきたが,その後の生殖補助医療の発達により,急激に増加している.2000
年の統計では1,216,168分娩に12,443組と約1"
100の頻度に増加している.自然妊娠による
双胎妊娠の頻度の人種による違いをみてみると,日本人では100妊娠あたり2.3であるが,
中国人では6.8,
英国白人では8.9,
さらに南アフリカのバンツ族,ナイジェリアのヨルバ族
ではそれぞれ17.5,44.5と極端に高い.頻度の高い国ではその多くは二卵性の双胎であり,
一卵性の双胎の頻度は平均3.5"
1,000妊娠とほぼ変わりはない.
わが国では,一卵性双胎妊娠の頻度はほぼ変わらないものの,前述の如く全体的に多胎
妊娠は増加しており,医学的問題とともに,医療社会的に新たな問題を呈している.産婦
人科医としてはこれらの社会的背景をよく理解し,母児にとって最善の医療を常に真摯に
考えてゆかなければならない.ここでは双胎妊娠に焦点をあてて述べる.
多胎妊娠取り扱いの十戒
多胎妊娠を取り扱う際に常に考えておかなければならない点を10項目あげる.
1)カウンセリング:多胎妊娠における,経過,合併症,将来などカウンセリングを行
い,妊婦および家族の不安に対し十分な説明を行わなければならない.
2)正しい診断,特に膜性診断:一絨毛膜性か二絨毛膜性かの診断は妊娠初期に確実に
行わなければならない.膜性により児の予後は大いに異なるからである.
3)専門施設での診療:双胎妊娠特異的な合併症のほか早産等の合併症もあり,NICU
が完備されている施設での診療が望ましい.
4)個別的なケア:型にはまった診療ではなく,個々の妊婦,家族の状況を考慮した診
療が必要である.
5)妊娠合併症の予防:早産,妊娠中毒症など.
6)多胎妊娠特異的な病態の認識:双胎間輸血症候群,TRAP
(twin reversed arterial
Management of Multiple Pregnancy
Kunihiro OKAMURA
Department of Obstetrics and Gynecology, Tohoku University Graduate School of Medicine,
Sendai
key words:Twin pregnancy・Chorionicity・Premature labour・
Twin-twin transfusion syndrome
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日産婦誌55巻9号
(表1) 二絨毛膜性双胎の超音波診断
胎捜を 2 個認めた(∼ 6W )
胎芽拍動を 1 個ずつ確認(6 ∼ 8W)
2mm 以上の厚い隔壁の確認(8 ∼ 13W)
Twin peak sign を確認(12 ∼ 16W )
分離した 2 個の胎盤を確認(12 ∼ 13W )
性の不一致(17 ∼ 25W )
(表2)
一絨毛膜性双胎の超音波診断
1 個の胎捜内に 2 個の羊膜腔(7 ∼ 9W )
卵黄捜 2 個:MD,卵黄捜 1 個:MM
2mm 以下の薄い隔膜の確認(9 ∼ 15W )
Y,J-shape membrane の確認(10 ∼ 15W )
隔膜が確認できない(9 ∼ 13W )
perfusion,無心体)
,discordant twin など.
7)胎児形態異常の有無の観察:双胎妊娠では形態異常の頻度が上昇するので,妊娠初
期から超音波断層法による観察が必要である.
8)胎児モニタリング:胎児の well- being の評価,胎児発育,羊水量の評価,胎児循
環,胎盤循環の評価.
9)分娩のタイミングと方法:膜性による分娩方法とその時期の検討.
10)分娩後の母親,家族への支援:複数の児を保育することは母親,家族にとっても
大きな負担であり,ピアサポートを含めた援助を検討する.
卵性と膜性
1)膜性診断の重要性:産婦人科の診療では卵性よりも膜性診断が重要である.
一卵性であっても,着床以前(受精後約 3 日以内)
に分割すると二絨毛膜性である.そ
れ以降約 1 週間以内では一絨毛膜二羊膜性,さらに約13日までに分割すると一絨毛膜一
羊膜性の双胎であり,人では 2 週間以降に分割することはなく,単胎となるが,ごく稀
に,分割が遅く不完全に生じた場合に結合双胎となる.このように,分割する時期により
双胎の胎盤の形態は異なり,かつ後述する血管吻合の形態にも違いが生じるとされる.
2)超音波断層法による膜性診断:表 1 に超音波断層法による二絨毛膜性の診断法を,
さらに表 2 に一絨毛膜性の診断法を示す.しかし,一絨毛膜性の児の予後は二絨毛膜性
の場合より明らかに悪いので,どちらか判断のつかない場合は一絨毛膜性双胎であるとの
想定で診療に当たる方がよい.図 1 に二絨毛膜性に特徴的な twin peak sign を示す.妊
娠経過が進むと膜性診断は困難となることが多く,妊娠初期の段階での正しい診断がぜひ
とも必要である.
妊娠合併症の診断と予防
1)双胎妊娠と早産
双胎妊娠の平均分娩週数は35.1週,出生体重は平均2,153g であり,早産率は42.1%で
ある.呼吸管理が必要な32週未満の早産も10.4%にのぼる.このように,早産の頻度は高
い.予防的入院安静によって早産を予防することはできないとされ,予防的頸管縫縮術は
品胎妊娠には有効であるとする報告もあるが,双胎妊娠の早産予防に有効であるという証
拠はなく,逆に絨毛膜羊膜炎,前期破水,性器出血の頻度が上昇する.また,予防的に β 2
刺激剤の投与は早産率,出生体重,周産期死亡率を改善するにはいたらないとする報告が
多い.
2)双胎妊娠における頸管長と早産との関係
双胎妊娠において妊娠24∼26週の頸管長が35mm 以上の場合,97%が正期産.しかし,
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2003年9月
monochorinonic placenta ; lambda sign(−)
dichorionic placenta ; lambda sign(+)
(図 1 )
25mm 以下の場合でも33週以下の早産の33%しか予知できなかった1),とする報告.
Goldenberg et al. は正期産となった双胎のうち86%は妊娠23週の頸管長が25mm 以上
あり,早産となった例のうち23週の頸管長が25mm 未満だったのは54%のみであったと
している2).これらを要約すると,妊娠中期での頸管長の測定は,早産のリスクが低い例
を発見するのには精度が高いが,早産例を発見するには精度が低い.
双胎妊娠特異的病態の把握
1)双胎間輸血症候群 Twin-twin transfusion syndrome TTTS
TTTS とは一児から他児へ何らかの原因により血液が移行し,供血児は循環血液量の減
少,尿量の減少から羊水過少を来す腎不全型の病態を示し,受血児では循環血液量の増大,
尿量の増加から羊水過多を来す心不全型の病態を示す症候群である.
ア)血管吻合の形態と TTTS
一絨毛膜性双胎の胎盤には両児間での血管吻合が認められる.最も頻度の高い吻合は動
脈―動脈(A-A)吻合であり,胎盤の表面(羊膜面)
にみられる.また静脈―静脈(V-V)
吻合も胎盤表面に認められるがまれである.動脈―静脈(A-V)吻合は胎盤表面にはなく,
通常 cotyledon などで artery-capillary-vein という吻合形態をとり,この吻合の有無
が TTTS の病態と密接に関係している.Bajoria et al. は TTTS の胎盤における血管吻合
の形態とその頻度を調べた結果,胎盤で A-V 吻合が認められ,それ以外の胎盤表面の血
管吻合がないか,少ない例に TTTS 例が多く,A-A,V-V などの血管吻合が多くみられ
る例では TTTS にならない例が多いことを示した3).臨床的にも超音波ドプラ法により胎
盤表面の A-A 吻合を同定することが可能であり,この存在を確認できた例では TTTS が
少ないと報告している4).
イ)TTTS の診断
古典的には出生児の Hb 値が5g"
dl 以上の差がある時に TTTS と診断されていたが,
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(表3) Staging of TTTS on sonographic and Doppler
findings(by Quintero et al. )
Stage
Donor
Recipient
1
羊水過少
膀胱確認可能
膀胱確認できず
羊水過多
2
3
4
5
胎児水腫
(胎児死亡)
超音波ドプラの異常
(UA,DV,UV)
胎児水腫
胎児死亡
日常臨床で妊娠経過中に TTTS と診断するものは chronic に経過する病態であり,この
古典的な診断基準はあてはまらない.
Berry et al. は胎児採血より,Hb 差が2.5g"
dl 以上あるものはすべて stuck twin で
5)
あったとしているが ,このような診断法は一般的ではなく日常臨床では表 2 に示したよ
うな超音波断層法による診断が行われている.しかし,これらの項目の中で羊水量の不均
衡が最も信頼性があるとされている.また,重症度に関して Quintero et al.の分類(表
3)
が用いられている.これにより,治療法の選択にも役立っている.
2)双胎妊娠における胎児発育
concordant twin の発育は dichorionic, monochorionic ともほぼ,仁志田らの単胎
における発育曲線の±1.5SD 間内で発育を続ける.dichorionic discordant twin では
larger twin は仁志田の曲線の1.5SD 間に入るが,smaller twin の発育は妊娠28∼30週
から徐々に停滞し,twin 間での discordancy を生じる.また,monochorionic discordant twin の場合は,妊娠20週頃には既に discordancy を示しているもの,妊娠経過と
ともに徐々に smaller twin の発育が鈍化し discordancy を生じるもの,さらには急激
に discordancy が現れるものの3type がある6).
一絨毛膜性双胎一児死亡
周産期委員会平成8年の報告によると,MD 双胎70例,DD 双胎54例における,一児死
亡時の生存時の予後についての調査を行った.その結果 MD では死亡または出生後に何
らかの障害がある予後不良例が全体の52%にみられた,これは DD では17%が予後不良
例であったことと比較して明らかに高い値である.一児死亡の際に MD で生存児の予後
が不良となる機序については(1)hypotension,hypovolemia による虚血障害,
(2)死
亡児からの thromboplastins 様物質が血管吻合を通じて生存児へ移行し,梗塞を生じる
とする,二つの仮説が提唱されている.現在は(1)
の説が有力である7)が,一児死亡後に
すぐ帝王切開にて分娩させた場合でも予後不良例もみられることから,必ずしも(1)
です
べてを説明することができず,今後の課題として残っている.
双胎間輸血症候群の治療
厚生労働省の研究班の調査によると,わが国では65%が何らかの治療を試みており,
最も多い治療法として羊水除去,次に隔壁穿孔術が行われている.最近は主に海外の施設
で,重症な TTTS で胎児が胎外では生存不可能な例に対して胎児鏡を用いた laser によ
り胎盤の A-V 血管吻合を焼灼する試みがなされ,良好な予後が報告されているが,一般
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的医療として認められるには更なる症例の蓄積と長期予後の解析が必要と思われる.
《参考文献》
1)Imseis HM, Albert TA, Iams JD. Identifying twin gestations at low risk for
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Units Net work. Am J Obstet Gynecol 1996 ; 175(4 Pt 1)
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3)Bajoria R, Wigglesworth J, Fisk NM . Angioarchitecture of monochorionic
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7)Okamura K, Murotsuki J, Tanigawara S, Uehara S, Yajima A. Funipuncture
for evaluation of hematologic and coagulation indices in the surviving twin
following co−t win’
s death. Obstet Gynecol 1994 ; 83 : 975―978
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