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子ども買春と子どもの社会復帰システムについての研究 ~日本とタイの

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子ども買春と子どもの社会復帰システムについての研究 ~日本とタイの
子ども買春と子どもの社会復帰システムについての研究
-日本とタイの比較を通してA study on child prostitution and reintegration system:
A comparison of cases in Japan and Thailand
04M43289 山本 佳世
Kayo Yamamoto
指導教員 土場 学
Adviser Gaku Doba
SYNOPSIS
The situation of child prostitution is very dynamic and spreading in various forms and expanding all over the
world. The purpose of this study is to compare child prostitution and reintegration system in Japan and Thailand, and
discuss more effective systems of reintegration. In Thailand, the main factor that pushed children into the prostitution
before was poverty. It now appears that child prostitution was not caused mainly by poverty. On the other hand,
Enjo-Kosai, which is child prostitution in Japan, is caused more by psychological factors. Government and NGOs in
Thailand have taken many efforts to reintegrate children into society, while few were taken in Japan. While the
situation and background of child prostitution in Japan and Thailand is very different from each other, this paper
revealed that there are the same cycle of lack of self esteem and prostitution behind continuation of child prostitution.
This indicates the possibility of developing a concrete system to facilitate and support the reintegration of children
into society after prostitution.
第一章 研究の背景と目的
1-1 問題の所在
現在,子ども買春,子どもポルノ,性目的の子どもの人身売買を
含めた子どもの商業的性的搾取が世界中で問題となっている.問題
の性質上,正確な統計は発表されていないものの,国際 NGO の ECPAT
によれば,アジアだけでも毎年 100 万人以上の子どもが被害にあっ
ていると推測される.被害者の子どもは,身体的,精神的に一生続
く可能性のある傷を負うことになる.さらに,妊娠や HIV/AIDS など
の性感染症により,命を脅かされることもある.
一般的に,子ども買春の背景として,経済的な貧困や経済格差が
挙げられる.実際に,途上国の多くでは,貧困のために子どもが売
買春に巻き込まれるケースが多い.しかし,昨今では日本における
援助交際など,従来とは背景の異なる子どもの売買春がでてきた.
現在,各国の政府や NGO などが,子どもの売買春を防止し,被害
者の保護をする活動を進めている.しかし,各国で取り組みにばら
つきがあり,包括的な対応がなされていないのが現状だ.
1-2 先行研究の検討
子ども買春とその社会復帰システムについて,国際会議で示され
た指標と幾つかのケーススタディはあるものの,社会復帰の総合的
指針を提示しているものは見当たらない.
第 2 回子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議で発表された
テーマペーパーで指摘された課題と,ケーススタディから図1のモ
デルを概括できる.ここでは以下のことが提言されている.まず,
子どもの社会復帰は,子どもを中心としたプログラムでなければな
らない.ここでは子どもの権利が十分に考慮されるべきである.次
に,身体的な保護のみでなく,心理的なケアも同時に行うことが重
要だ.子ども買春では被害者は一生続くこともある傷を負ってい
る.この点をケアしなければならない.そして,子どもに対するケ
アのみでなく,同時に社会の価値観の変革を促すアドボカシー活動
が必要である.これらの社会復帰活動を円滑に進めるために,政府,
NPOなどの団体が連携していくことが重要である.
本研究では,以上の先行研究の知見を図1にまとめ,その社会復
帰システムに準拠しつつ,日本とタイでの調査を行った.
子どもの売買春
社会へのアプローチ
子どもへのアプローチ
法的整備
アドボカシー活動
子ども買春のない社会
保護
物理的介入
ケア
意識変化
社会復帰
図1 子どもの社会復帰モデル
1-3 本研究の目的と枠組み
本研究では,子ども買春と子ども買春の被害者となった子どもの
社会復帰システムについて,日本とタイの現状を比較し,今後の在
り方について考察することを目的とする.タイの子ども買春は,貧
困を背景としたものであり,日本での子ども買春である援助交際は
貧困はない.また,タイでは,早くから子ども買春の問題が注目さ
れ,様々な取組みが蓄積れてきた.一方,日本ではその対応が遅れ
ている.対象的な両者を比較することで,今後,子ども買春に取り
組みと,その社会復帰支援に関する知
第1章
見が得られると考えられる.
研究の背景・目的
図2に本研究の構成を示した.
第2章
第3章
第 2 章では,タイの子ども買春の現
タイの事例
日本の事例
状とその取組みについて述べる.第 3
第4章
章では日本の子ども買春の現状と取組
タイと日本の子ども買春と子ども
の社会復帰システムの比較
みについて述べ,第 4 章でタイと日本
第5章
の子ども買春の現状と社会復帰システ
子どもの社会復帰システム
ムを比較する.第5章では子どもの社
構築の可能性
会復帰システム構築の可能性を探り,
第6章
第 6 章で本研究を総括する.
結論
図2 本研究の構成
第二章 タイの子ども買春と子どもの社会復帰システム
2-1 タイの子ども買春の現状と背景
2-1-1
子ども買春の現状
正確に捉えるのは困難であるが,タイ政府の発表によると約 12000
∼18000 人の子どもが被害にあっている.しかし,経済が安定してき
たことや,
出生率の低下に伴う子どもの教育の機会の増加,
HIV/AIDS
への恐れにより,その数は減少していると考えられている.また,
以前は絶対的貧困のため,売春を強制されたり騙されたりする子ど
もが多かったが,昨今では相対的貧困感から自ら選択して売春をし
ていることが多くなってきた.
2-1-2
子ども買春の背景
(1)経済,社会的背景
)経済,社会的背景
1985∼1995 年の間にタイは大きな経済成長を遂げたが,それに伴
う地域における経済格差の拡大が女性を売買春産業へ押しやる背景
となっていることが指摘されている.また,政府は外貨獲得の手段
として観光産業を推進し,売買春産業を黙認してきた経緯がある
が,子どもの売買春に関しては取り締まりに力を入れている.
(2)被害者の背景
)被害者の背景
子どもが売春をする動機が多様化してきた.従来の貧困を背景と
した売春(図 3)と同時に,必ずしも貧困が直接の背景となっている
とはいえない売春(図 4)が存在している.
売春
売春
ドラッグ中毒
教育の欠如
自己尊重感の欠如
貧困
隣国からの子ども
経済格差
山岳民族
ストリートチルドレン
図3 貧困を背景とした子ども買春
ストリートチルドレン
山岳民族
行動が不適当な子ども
図4 貧困を背景としない子ども買春
現在,タイで子ども買春の被害に逢うリスクの高い子どもは,主
にタイ北部に住む山岳民族や,ミャンマーからの移住者の子ども
だ.彼らの中には,貧困を理由に売春を強いられる子どももいるが,
山岳民族であっても,貧困が直接の背景とならず,薬物中毒などが
原因で売春をする子どももいる.このように,貧困を直接の背景と
したものと,そうでないものが混在している.
(3)買春者の背景
)買春者の背景
旅行者が買春をする場合と,現地人による買春がある.多くは現
地人による買春であると考えられている(リン 1999).また,買春
者の中には,子どもに対して異常な性的感情を持つペドファイルと
呼ばれる人がいるが,彼らによる買春はあまり多くない.買春者に
ついては研究が不足し,動機など多くが不明である.
2-2
子どもの保護と社会復帰への取組み
(1) 政府
売買春産業と観光との結びつきから,成人の売買春については態
度が明確ではないが,子どもの売買春については,他のアジア諸国
に先駆け取り組みを行っている.法制度は,1996 年に子ども買春に
関する法律を制定,(Prostitution Prevention Suppression ACT)売春斡
旋業者に対する罰則を強化するとともに,子どもを業者に売り渡し
た保護者や買春客への罰則を新設した.
警察
(2) NGO,
,NPO
多数の NGO が予防,保護活動を行っ
国立
ている.異分野 NGO との交流も活発だ. 保護
NGO
NGO
施設
しかし,貧困を背景としない新たな子ど
も買春には十分に対応できていない面
社会復帰
もある.
図5 タイ政府とNGOの連携
(3) 政府と NGO の連携
政府と NGO との連携にも成功している(図5).警察によって保護
された子どもは,国立の保護施設か NGO に保護される.また,政策
決定の過程に NGO が参加する等,実施面だけではなく,制度構築で
も協力をしている.
2-3
調査結果
2-3-1 調査概要
期間 2005 年 11 月
対象 The Volunteer Group for Children Development(グルムアーサー)
方法 スタッフへのインタビュー,活動見学
2-3-2 団体概要,
団体概要,活動内容
活動目的 ストリートチルドレンに対する援助・救済
対象者
18 歳未満のストリートチルドレン
活動内容
①フィールド調査…路上で生活する子どもに声をかけ,子どもの現
状を把握する.
②ドロップインセンター…フィールド調査で活動に興味をもった子
どもが立ち寄ることが出来る一時保護施設.ア
ートセラピーやライフスキルトレーニングを受
ける.
③子どもの家 … 希望した子どもが,共同生活により,学校へ通
い,職業訓練などの教育を受ける.
身体的ケアについては,専門的に扱わずに他団体との協力によっ
て補っている.心理的ケアには,ライフスキルトレーニングとアー
トセラピーを用いて,問題解決能力と自己尊重感の育成をしてい
る.また,元ストリートチルドレンであった人や現在ストリートチ
ルドレンである子どもを中心に運営するプログラムもあり,プログ
ラムの運営そのものを通して,子どもの発達を促そうとしている.
2-3-3 社会復帰のプロセス
社会復帰プログラムとその効果を図 6 にまとめた.
第 1 段階は,子ど
活動
子どもへの効果
もへのアプローチ
フィールド調査で
第1段階
・自分に関心を持つ人がいることを知る
だ.自分に価値がな
の声かけ
いと考えている子
・自分の生活を振り返る
ライフスキルト
どもに積極的に話
・普段の生活で直面する問題についての
レーニング
対処方法を身につける
しかけ,関心を持つ
第2段階
人がいることを示
・生活していくための技術を身につける
職業訓練
・技術獲得によって自信を得る
す.第2段階は,ラ
イフスキルトレー
・売春せずに生きてい くことができる
第3段階
社会復帰
ニングやアートセ
図 グルムアーサーによる社会復帰プロセスとその効果
図6
ラピーなどの活動
への参加だ.自分の
生活を客観的に振り返り,直面している問題に対してどのように行
動することができるかを具体的に考えさせ,それを繰り返すことで
身につける.子ども自身がプログラム運営に参加することもある.
第 3 段階は職業訓練だ.学校へ通う他,専門的な技術を身につける
ことのできる施設へ行くことが出来る.また,子どもの家でも様々
な活動があり,それに参加することでビーズ細工つくりなどの技術
を身につけ,僅かではあるが現金収入を得ることができる.
しかし,このプロセスが全て成功するとは限らない.子どもの家
で保護し,経済的困難が排除された状態であっても,街での生活に
戻ってしまい,売春を繰り返す子どももいる.この様な子どもの背
景として,贅沢がみについてしまい,贅沢をせずにはいられないこ
と,セックスにしか自分の価値を見出せないことなどが挙げられる.
2-4 2 章まとめ
・全体として減少傾向にあるが,まだ被害にあうリスクが高い子ど
もがいる.また,貧困を背景としたものと,貧困を背景としない
ものが混在している.
・買春者については,不明な部分が多い.
・政府,NGO ともに協力しながら,積極的に取り組んでいる.
・調査対象団体では,重点を置く活動を核に,その他の団地アとの
連携によって子どもの様々なニーズに対応している.
・貧困など生活のために売春をしなくてよくなっても,自分の価値
観を変えられず,抜け出せないことがある.
第三章 日本の子ども買春と子どもの社会復帰システム
3-1
日本の子ども買春の背景と現状
3-1-1 子ども買春の現状
警察庁がまとめた児童買春事件の被害にあった子どもの数は,
2000 年に 840 人から 2004 年には,1617 人と増加している.現実的
にはもっと多くの子どもが援助交際に関わっていると考えられる.
3-1-2 子ども買春の背景
(1)経済,社会的背景
)経済,社会的背景
援助交際は,貧困を背景としていない.女子中高生を性的な対象
として商品化する文化が存在している.
(2)被害者の背景
)被害者の背景
福富(1998)では,援助交際に対する抵抗感や経験と関連する環
境的背景要因として,親子間の関係(干渉的な親の態度や甘やかす親
の態度),相対的貧困感,周囲の友人環境(友人に対する同調傾向,自
己開示的)を,心理背景として,ミーイズム,自己存在感のなさ,賞
賛獲得欲求を挙げている.また,圓田(2001)では,インタビュー
調査から援助交際を①バイト系 ②快楽系 ③欠落系 の3つに類
型化し,インタビューをした人の 6 割が欠落系に当てはまることを
指摘している.さらに,快楽系やバイト系に分類した女性たちに関
しても,かなりの数の欠陥系(AC 系)が多いとしている.
以上の2つの先行研
援助交際
究を図 7 にまとめた.対
相対的貧困感
享楽主義
賞賛獲得欲求
人関係におけるトラウ
マを抱え,自己尊重感情
自己存在感のなさ
を持つことができない
対人関係におけるトラウマ
子どもが,相対的貧困
機能不全家族
友人関係におけるトラウマ
感,享楽主義,他者から
図 援助交際をする子どもの背景
図7
の賞賛を得たいという
動機が援助交際につながるという心理背景があると考えられる.
(3)買春者の背景
)買春者の背景
買春者については研究が少ない.福富(1998)では,援助交際や
買春への抵抗感に関するアンケート調査から買春者の環境的背景と
して,家庭や職場での居場所のなさ,心理的背景として,自己存在
感のなさ,生活充実感のなさ,高いミーイズム,ぬくもり希求の高
さを挙げている.これらは,援助交際をする子どもの背景と重なる.
援助交際は同じ問題を抱えた者同士が一時的なぬくもりを求める行
為とも考えられる.一方,男性の買春一般に関する調査では,男性
の性的欲求は押させることができない等の性欲を自明視している様
子が伺える.しかし,その多くはタイと同様,不明である.
3-2 子どもの保護と社会復帰への取組み
(1) 政府
子ども買春が国際的な問題として注目されてからも政府の取組み
は遅れていたが,世界会議で厳しく批判されたことから,法律の整
備等に向け少しずつ動き始めた.1999 年に子どもの権利の擁護を目
的に掲げた法律(児童買春,児童ポルノに係わる行為等の処罰及び
児童の保護に関する法律)が施行された.図 8 のように現在,子ど
も買春事件では,子どもは保護された後,すぐに開放されることが
多い.また,必要と判断されれば,児童相談所が対応することとな
るが,現在,児童相談所は飽和状態であり,援助交際をする子ども
が入るのは難しい.同じ子どもが買春事件で捕まった場合,虞犯青
年として警察で保護され,初めてケアなどを受けることになる.
(2) NGO,
,NPO
警察
海外での子ども買春についてアドボカ
保護
シー活動を行う団体はあるが,援助交際
をする子どもの保護や社会復帰の支援を そのまま
児童相談所
開放
行う団体は少ない.
(3) 政府と NPO の連携
法律を整備する過程で NGO との協力
社会復帰
図8 日本政府とNGOの連携
は一部見られたが,実践での協力はない.
3-3 調査結果
3-3-1 調査概要
時期 2005 年 11 月
対象 赤枝六本木診療所
方法 スタッフへのインタビュー,活動の見学
3-3-2 団体概要,
団体概要,活動内容
活動目的 来院が難しい若い世代のための性に関する相談と,性病
や望まない妊娠の予防
対象者 若い世代の男女(子どもを含む)
活動内容
六本木にて産婦人科の診療所の医師が街へ出て,若い女性の性に
関する相談や AIDS 検査などを行う.活動は,主に街角女性相談室,
AIDS 街角検査,性教育ピアエデュケーター養成講座の3つである.
この他にもラジオ番組などを持ち,性に関する情報を提供する.活
動は医師を中心に行われているが,病院のスタッフやボランティア
が活動を支えている.
主に身体的ケアを中心に行い,医師が子どもの相談にのる形で心
理的ケアがなされているが,ワークショップ等の心理的ケアの専門
的なプログラムは行っていない.また,援助交際について活動する
他の団体があまり存在しないため,他の団体との連携はないが,企
業などと連携をしている.アドボカシー活動は,医師がラジオ番組
に出演するほか,ピアエデュケーター養成講座などを行い,子ども
から子どもへ性教育をするプログラムを行っている.
3-3-3
社会復帰のプロセス
赤枝医師の活動による社会復帰システムを図 9 に示した.
活動
子どもへの効果
第一段階は,子
・話を聞いてくれる人、場所の発見
街角相談
どもが赤枝医師
のところへ相談 (性に関する事) ・身体的ケア
・様々な相談を通して、自分の状況を振り返る
に来ることで始
*
(バイト紹介)
まる.子どもは,
当初,体の不調を
訴えてくること
なかなか社会復帰に結びつかない
社会復帰
が多い.体の不調 *( )内はケースに応じて
図 赤枝医師による社会復帰プロセスとその効果
図9
の訴えを聞く中
で,子どもが援助交際していることが分かる.そこから,援助交際
に関することも赤枝医師と話していくようになる.相談は幾度にわ
たって続くこともある.場合によっては,医師が援助交際の代わり
となるアルバイトを紹介することもある.しかし,この相談事業か
ら,社会復帰にはなかなかつながらないという.ある子どもは,回
数を減らしたという報告はあったものの,結局援助交際をやめるに
いたっていない.
援助交際をやめるきっかけを掴むのは子どもにとって難しいこと
だ.ある程度年齢が高くなると必然的に援助交際ができないように
なってくるが,それまではやめることが出来ないという.以前,赤
枝医師のところへ相談に来ていた子どもで,援助交際をやめて他の
アルバイトを希望したため,喫茶店のアルバイトを手配したことが
あった.本人もその喫茶店で働くことを希望していたが,長続きせ
ず,すぐに辞めてしまったという.援助交際をやめられない理由と
しては,援助交際で得た高額な報酬をすぐに使ってしまうという浪
費癖をなかなかやめることが出来ないからだと指摘する.
3-4 3章まとめ
・援助交際の数は増加傾向にある.
・援助交際をする子どもの背景は,絶対的貧困を背景とせず,その
意味で他の途上国における子ども買春とは異なる部分がある.
・買春者については不明な部分が多い.
・政府による保護体制は未整備のままである.実際に援助交際をす
る子どもを保護する NGO は少ない.
・調査対象団体では,ケアを行うものの,それが援助交際をやめる
ことにはなかなかつながっていない.
第四章 タイ・日本の子ども買春と子どもの社会復帰システムの比較
4-1 タイと日本の子ども買春の相違点
タイと日本の子ども買春の相違点
タイでは子どもが売春する動機が複雑化している.かつて,子ど
も買春の被害者の多くは,貧困を直接の背景としていた.しかし,
最近では売春する動機が多様化し,必ずしも貧困が直接の原因とは
いえない状況が発生している.山岳民族や移民といった社会的属性
が複雑に絡み合った結果,いわゆる生計とは異なるニーズが出現し
ているのだ.それに対し日本では,子どもの経済環境はほぼ等しく,
子どもが売春する背景として,心理的背景が大きなウェイトを占め
ている.
4-2 タイと日本の子ども買春の共通点
売春に入るきっかけは,大きく異なるにも関わらず,その継続に
関してはある共通したサイクルが見られる.それは,経済的,心理
的な動機がある程度解消されても,売春を抜け出せない構造だ.売
春をすることによって,自分の価値がお金で表されるような気がし
て,一時的に承認欲求が充足される.しかし,あくまでもそれは一
時的なものであり,その後激しい自己嫌悪に襲われ,売春をするこ
とによって傷を埋めようとする悪循環が生じている.(図 10)
貧困
売春
自尊心の
欠如
豊かさ
売春の循環構造
図10 売春の循環構造
タイでは,売春をし,その結果自尊心が欠如した結果,また売春
を続けるという構造がある.調査でも,施設で保護している子ども
が,施設を抜け出して売春に戻る子どもがいることが分かったが,
それは自尊心の欠如故に,売春から抜け出せないという構造である
と考えられる.一方,日本では,自尊心の欠如ゆえに売春をし,さ
らに自尊心が傷つけられた結果,それを埋めるために売春をやめら
れないという構造がある.援助交際をする子どもがそれをやめられ
ないのはこの悪循環を抜け出せないからである.このように,自尊
心の欠如と売春の悪循環という構造は両者に共通している.
また,社会・経済的背景として,巨大な市場の存在が共通してい
る.買春者が低年齢の子どもを求めるようになってきたという点に
関しては共通点が見られる.
4-3 タイと日本の子どもの社会復帰システム
タイでは,政府,NGO,国立の子どもの保護施設などが連携して,
それぞれの特性を補いあいながら子どもの社会復帰を促している.
また,その内容についても,職業訓練だけではなく自尊感情を育て
ることを重視している.しかし,貧困を背景とした子どもの社会復
帰に対応するシステムを構築してきたため,背景が複雑化した現在
の子ども買春に従来の保護システムが十分に対応しきれていない.
一方,日本では,援助交際をする子どもの心理要因についての分析
がされてきた.しかし,その分析を利用した上で子どもの社会復帰
を図るシステムが存在しない.そもそも,日本には援助交際をする
子どもを保護しようとする動きがない.
4-3 4 章まとめ
・タイと日本で,子どもの背景には様々な相違点がある.しかし,
売春が子どもに与える影響については共通性,すなわち,損なわ
れた自尊心を売春によって埋めようとする構造が見られる.
・タイは政府が NGO と協力し,子どもの社会復帰を支援しているの
に対し,日本は子どもの社会復帰を促そうとする機運すらない.
・タイは,様々な取組みがあるものの,貧困を背景としない売春に
対して,十分に対応しきれていない.一方,日本では,援助交際
に関する心理分析が先行しているものの,実践的な活動が見られ
ない.
第五章 子どもの社会復帰システムの構築の可能性
タイと日本の子ども買春とその社会復帰システムの比較から,タ
イと日本では売春に入る動機が大きく異なるにもかかわらず,売春
を続ける背景として,共通の構造を見ることができた.すなわち,
売春すること,買春をされることによって子どもが受ける精神的な
打撃は,普遍的な共通性を有することである.これが,文化的,経
済,社会的背景がそれぞれ異なるにもかかわらず,なぜ子ども買春
が世界中いたるところで起こり,根絶するのが困難であるかの説明
でもある.
この共通性が示唆するのは,世界中,様々な形態で起こっている
子ども買春という問題に対し,統一的な社会復帰システムの可能性
だ.これまでの漠然的な身体の保護と心理的ケアという概念から,
一歩踏み込んだ分析ができる.本研究において取り上げた日本とタ
イの事例でも,図 10 を媒介に,日本の心理分析とタイの物理的介入
による保護を結合させることができるのではないだろうか.
具体的には,日本では物理的に売春から引き離すこと,自己尊重
感情を確立する心理的ケアが必要だ.その際に,調査対象団体でお
こなわれていたライフスキルトレーニングを応用できる.一方,タ
イにおいては,より精密な社会復帰システムを構築し,また,複雑
化した貧困を背景とする子どもの売春や,援助交際にも似た新たな
形態の子ども買春に対応するために,日本で得られた子どもの心理
的背景に関する知見を活かすことができるのではないだろうか.
第六章 結論
①子ども買春
タイでは,直接的にせよ間接的にせよ,貧困を背景とした子ども
の売買春が大きな社会問題となってきた.日本では,その豊かさ故
の子どもの売買春が問題となっている.一見,異なる問題であるが,
売春と自己尊重感情の欠如が悪循環となる構造が共通し,売春を続
けてしまう背景となっていることが分かった.
②子どもの社会復帰システム
タイでは,政府,NGO などが連携して子どもの社会復帰システム
を構成している.NGO では,子どもが自尊感情を持つことができる
ように支援をしている.日本では,そもそも援助交際をする子ども
の支援をしようという動きが少ない.また,政府や NGO などの連携
も取れていないことが分かった.
③子どもの社会復帰システム構築の可能性
タイと日本の子ども買春には多くの相違点がある.しかし,売春
が子どもに与える影響についてはかなりの類似性が見られた.この
点に注目し,今後,統一的な社会復帰システムを構築の可能性が示
唆された.
以上,タイと日本の子ども買春と子どもの社会復帰システムにつ
いて見てきた.タイには取組みの蓄積があるものの,日本には子ど
もを支援するシステムは存在しない.それは,援助交際がこれまで,
途上国での子ども買春とは異なるものとして扱われてきたからでは
ないだだろうか.しかし,本研究で両者には共通した構造があるこ
とが分かった.援助交際も子ども買春の問題として捉え,子どもの
社会復帰システムを考える必要がある.そして,援助交際を子ども
買春として捉えるならば,問題は子どもにあるのではなく,買春者
や売買春産業で利益を得ている人たちにある.本論文でも,買春者
の視点を考慮して,今後の社会復帰システムについて考えようと試
みたが,これまでに買春者についての研究の蓄積がなく,私自身も
調査ができなかった.今後,買春者の視点からも研究を進める必要
がある.
<主要参考文献>
・Chulalongkorn University, Social Research Institute,1997, “Impact assessment of child prostitution intervention programmes in Thailand : five case
studies”; : pbk.. Social Research Institute, Chulalongkorn University.
・ Simon ,2000, “The changing situation of child prostitution in Northern Thailand: A study of Changwat Chiang Rai” ECPAT
・圓田2001『誰が誰に何を売るのか? ―援助交際にみる性・愛・コミュニケーション―』関東学院大学出版会
・福富1998「援助交際に対する女子高校生の意識と背景要因」女性のためのアジア平和国民基金
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