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全文 - Azbil Corporation

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全文 - Azbil Corporation
Contents
巻頭言:企業による価値創造方法の歴史的転回
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
妹尾 大
東京工業大学 大学院社会理工学研究科 准教授
1
安全・安心実現のための技術
気中微生物リアルタイム検出技術とその応用
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
長谷川 倫男
J. P. Jiang
株式会社 山武 BioVigilant Systems, Inc.
山﨑 信介
引継ぎ業務を支援する操業知識データベースシステムの開発
堀口 康子
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
−経験/知識の可視化・共有・活用−
株式会社 山武 アドバンスオートメーションカンパニー
籠浦 守
2
8
尾形 竜太
省エネルギー技術
ビル省エネルギー支援サービスのための高度情報処理応用技術の開発
14
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
久下谷 任祥 綛田 長生
松本 邦裕
太宰 龍太
株式会社 山武 株式会社 山武 ビルシステムカンパニー
原動力設備の運用最適化パッケージの開発
株式会社 山武 アドバンスオートメーションカンパニー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
植木 和夫
鈴木 康央
今福 賢一
20
計測制御技術
世界最高水準の精度と信頼性を有するピエゾ抵抗式圧力センサの開発
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
徳田 智久
株式会社 山武 水中環境下におけるトライボケミカル反応を利用した低摩擦・低摩耗技術の研究
・・・・・・・・・
34
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
42
大橋 智文
株式会社 山武 ビルシステムカンパニー
流量計測・制御機能付きバルブの開発
古谷 元洋
株式会社 山武 ビルシステムカンパニー
大谷 秀雄
フィールド機器診断の技術動向と差圧・圧力発信器導圧管詰まり診断技術の開発
・・・・・・・・
50
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
56
田原 鉄也
株式会社 山武 高安定温度調節モジュールの開発
28
株式会社 山武 アドバンスオートメーションカンパニー
青田 直之
岩切 研
基盤技術
アクティブ・コンプライアンスデバイスの開発
川瀬 茂
株式会社 山武 バイオマスプラスチックへの取組み
株式会社 山武 株式会社 山武 ビルシステムカンパニー
高温高湿発生技術の研究
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
津村 高志
小黒 直輝
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
浜野 裕之
石塚 保夫
伊藤 力哉
68
宇田川 良吉
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
株式会社 山武 ビルシステムカンパニー
62
石塚 保夫
72
Contents
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1
Instantaneous Bioaerosol Detection Technology and Its Application
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2
Yamatake Corporation Yasuko Horiguchi
Preface:Historical Turnaround in Value Creation Methods by Corporations
Associate Professor, Graduate School of Decision Science and Technology, Tokyo Institute of Technology
Dai Senoo
Technologies for Realizing Safety and Peace of Mind
BioVigilant Systems, Inc.
Norio Hasegawa
J. P. Jiang
Shinsuke Yamasaki
Development of Operation Knowledge Database System for Assisting in Work Handover Process ・ ・・・・・・・・ 8
−Visualization, Sharing, and Utilization of Experience and Knowledge−
Advanced Automation Company, Yamatake Corporation
Mamoru Kagoura
Ryota Ogata
Energy-saving Technology
Development of Intelligent Data Analysis Technology for Solution Services for Saving Energy in Buildings ・・・・・・・14
Yamatake Corporation
Building Systems Company, Yamatake Corporation
Hideaki Kugaya
Chosei Kaseda
Kunihiro Matsumoto
Ryouta Dazai
Development of Operation Optimization Package for Utility Facility
Advanced Automation Company, Yamatake Corporation
Kazuo Ueki
Michihisa Suzuki
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
20
Kenichi Imafuku
Measurement and Control Technology
Development of Piezoresistive Pressure Sensors with the World’s Highest Level of Accuracy and Reliability ・・・・・・
Yamatake Corporation
Tomohisa Tokuda
A Study on Low-friction and Low-wear Technology Applying the Tribo-chemical Reaction in a Water Environment ・・・・・
Building Systems Company, Yamatake Corporation
Motohiro Furuya
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
42
Hideo Otani
Technological Trends in Field Device Diagnosis and the Development of Blockage Diagnosis for Impulse
Lines Connected to Differential Pressure Transmitters / Pressure Transmitters ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Yamatake Corporation
34
Tomofumi Oohashi
Development of Control Valve with Flow Measurement and Flow Control
Building Systems Company, Yamatake Corporation
28
Tetsuya Tabaru
50
Naoyuki Aota
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
56
Development of Active Compliance Device ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
62
Development of a High-stability Digital Temperature Controller
Advanced Automation Company, Yamatake Corporation
Ken Iwakiri
Fundamental Technologies
Yamatake Corporation
Shigeru Kawase
Takashi Tsumura
Naoki Oguro
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
68
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
72
Application of Biomass Plastics to Industrial Control Product Housings
Yamatake Corporation
Building Systems Company, Yamatake Corporation
Hiroyuki Hamano
Ryoukichi Udagawa
Yasuo Ishizuka
Development of Two-pressure, Two-temperature Humidity Generator
Building Systems Company, Yamatake Corporation
Rikiya Itou
Yasuo Ishizuka
巻頭言
企業による価値創造方法の歴史的転回
東京工業大学
大学院社会理工学研究科
准教授
妹尾 大
なぜ企業は存在するのか。企業の存在意義は,顧客,社員,
を指す
「ゴーイング・コンサーン」
という前提には,個人の寿命
株主,そして社会に対する価値を生み出すことにある。
を超えるという時間的超越の意図がみえる。そして,空間的
各ステイクホルダーの求める価値が安定している状況にお
超越の意図としては,
「情報処理装置」としての組織観をあ
いては,既に価値が認められた特定の財やサービスを生産
げることができよう。サイモン(H. A. Simon)は,個人の情
し続けることが企業のなすべき中核的活動である。したがっ
報処理能力の限界を組織によって克服する考えを示した。
て,企業の価値創造の大部分は生産機能
(工場など)
が負う
個人の処理能力限界を超える大きな情報負荷を,階層構造
こととなり,その他機能
(営業,研究所,本社など)の果た
や分業制度を用いて組織が削減して対処可能にするのであ
すべき役割は,計画的生産を脅かす各種の外部擾乱要因か
る。複雑システムを相互作用関係の低い下位システムに分解
ら生産機能を保護することに置かれる。企業の,とりわけ
する 「準分解可能システム」という概念は,多くの企業で依
製造業における企業の機能設計はこのような指針に基づい
然として支配的な経営原則であるように見受けられる。組
てきた。
織の各部門と各個人は,全社目標からブレイクダウンされて
ところが,日本を 含 む 先 進 国では ,上 述のような状
きた定型活動を粛々と遂行することが期待される。
況,すなわち生産活動がそのまま価値創造活動を意味する
これとは異なり,組織の利点を
「準分解可能システム」で
時代は終わりを迎えつつある,と多くの論者が指摘してい
はなく,
「文脈の多様性」に求める理論が日本で構築され
る。情報通信技術の進歩,市場のグローバル化,消費者
た。これが,野中郁次郎の
「組織的知識創造理論」である。
の嗜好の多様化,と原因とされているものは論者によって
新たな意味形成には異なる文脈を持つ主体同士の対話が
さまざまであるが,各ステイクホルダーの求める価値が大
必要であるとし,文脈共有の関係性である
「場」を,組織の
きく変化する状況にあるという認識では一致している。近
主要素と捉えている。
年の自然環境保全意識の急速な高まりは,変化の一例であ
企業がイノベーションを中核的活動に据える際には,文
ろう。
脈の多様性を用いて新しい知識を創造するという観点を導
変化の激しい状況において,企業のなすべき中核的活動
入すべきであると私は考えており,ここ数年,
「クリエイティ
は,イノベーション(革新)である。これは,新しい財やサー
ブ・オフィス」というキャッチフレーズのもとで,情報処理作
ビスの創出や,新しい生産技術やビジネスシステムを確立す
業に適した職場だけでなく,知識創造作業に適した職場と
る活動などを指す。ここでは,もはや価値創造を生産機能
そこでの 「場」づくりが必要であることを訴え,そのあり方を
のみに頼ることはかなわず,企業内外の各種機能が連携し
模索している。顧客現場での価値創出を目指して部門間シ
ながら価値創造活動を遂行していかなければならない。な
ナジーを追求する山武に共感するのは,同じ方角に向けて
ぜなら,イノベーションの本質は,利用可能な物質や力を従
舵を切っていると思うからである。
来とは異なるかたちで結合する 「新結合」
だからである。
元来,企業が組織を必要とするのは,個人の能力を超え
る活動を実現するためであった。企業の無期限な事業継続
妹尾 大
(せのお だい)
東京工業大学 大学院社会理工学研究科 准教授
1969年生まれ。1998年,一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取
得満期退学
北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科助手を経て,2002年か
ら現職。博士
(商学)
専門分野は,経営組織論,経営戦略論,情報・知識システム
著書に,
『知識経営実践論』白桃書房2001年
(編著)などがある
−1−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
気中微生物リアルタイム検出技術とその応用
Instantaneous Bioaerosol Detection Technology and Its Application
株式会社 山武
長谷川 倫男
Norio Hasegawa
Yasuko Horiguchi
株式会社 山武
山﨑 信介
BioVigilant Systems, Inc.
J. P. Jiang
株式会社 山武
Shinsuke Yamasaki
堀口 康子
キーワード
バイオエアロゾル,リアルタイム,散乱光,蛍光
米国BioVigilant Systems社*が開発したリアルタイム細菌ディテクタTMは,空気中に浮遊する細菌細胞など,生物に由
来するバイオエアロゾルをリアルタイムに検出することができる。装置内に吸引した試料空気にレーザーを照射し,その
中に存在する微粒子による散乱光を検出することで,エアロゾルを検出する。さらに,そのレーザー光で励起された細菌
や生物由来粒子が発する蛍光を同時に検出することによって,それがバイオエアロゾルか否かを判定する。本稿では,こ
のリアルタイム細菌ディテクタのバイオエアロゾル検出技術について紹介する。
(*:azbilグループのグループ会社)
BioVigilant Systems, Inc. (Tucson, AZ, USA) has developed Instantaneous Microbial DetectionTM .
Instantaneous Microbial DetectionTM is capable of realtime detection of bioaerosols, especially bacteria and
fungi spores. The air is aspirated into the equipment and aerosols in the air are detected by laser induced
light scattering. At the same time, if the aerosol particles are bioaerosols, Instantaneous Microbial DetectionTM
recognizes them by their auto-fluorescence excited by the laser. This paper describes the instantaneous
bioaerosol detection technology.
1.はじめに
質であるがゆえに,生物である我々ヒトの健康に大きく影
響する。そのため,感染症学や衛生学など,医学的な立場
から多く研究されている。
普段目には見えないが,空気中には多くの粒子が浮遊し
2009年にazbilグループの一員となった米国BioVigilant
ている。それらの粒子は液体であったり固体であったり,
Systems社は,このようなバイオエアロゾルを瞬時に検出す
大きさや性状も様々である。これらの浮遊粒子は総称して
る装置「リアルタイム細菌ディテクタ」
(図1)の開発を行ってき
エアロゾルと呼ばれる。エアロゾルは,気象や公害,健康
た。ここではリアルタイム細菌ディテクタのバイオエアロゾル
への影響まで,様々なかたちで我々に関係している。そのた
検出技術と,それが検出する微生物の性状について紹介す
め,その性状などの物理的な解析,自然現象,医学・衛生
る。
学の分野からの解析など様々な角度からエアロゾルに対す
る研究がなされている。
2.
リアルタイム細菌ディテクタの光学的原理
エアロゾルのうち,生物に由来するものを,特にバイオエ
アロゾルと呼んでいる。昨今注目されているインフルエンザ
2.1 背景
も,バイオエアロゾル化したインフルエンザウイルス粒子が
空気感染の原因となっているし,カビによるアレルギー症
前述のようにバイオエアロゾルは,以前から健康被害をも
もバイオエアロゾルとしてのカビ胞子によって引き起こされ
たらすものとして研究対象となってきた。衛生学などの分野
る。細菌感染も同様である。さらに,このような,粒子が生
とともに,食品や医薬品の製造現場では,微生物による汚
きている細胞そのものである場合以外であっても,バイオエ
染を防ぐためにも,それを管理し空気清浄度を保つことが
アロゾルは我々に影響を及ぼしている。花粉などはその良
重要となっている。
い例である。このようにバイオエアロゾルは,生物由来の物
−2−
気中微生物リアルタイム検出技術とその応用
2.2 バイオエアロゾルの検出技術
リアルタイム細菌ディテクタはこのような背景のもと,バ
イオエアロゾルを瞬時に検出することを目的に開発されてき
た。リアルタイム細菌ディテクタはバイオエアロゾルも含め,
すべてのエアロゾルを検出するための光学系と,そのなかか
らバイオエアロゾルを判定するための光学系の,2種類の検
出系を持つ。
エアロゾルの検出は,通常のレーザーパーティクルカウン
ターと同様に,粒子によるレーザー光の散乱で行う。レー
ザーの波長と粒子の大きさが同程度のときに起こるMie散
乱による前方散乱を検出することで,エアロゾルの有無と大
きさを判定する。光学系検出部分の構成を図3に示す(8)。
ファンで吸引された空気は,図の④に導入される。その中
図1 BioVigilant Systems社製リアルタイム細菌ディテクタ
にエアロゾルが存在すれば,光源①から発せられたレー
ザー光に当たり散乱光を生じる。粒子のまわりに生じる散乱
目に見えないバイオエアロゾルの検出,特に細菌やカビの
光強度の分布のイメージを図4に示す。縦軸と横軸の交点に
検出は,空気を吸引し,その中にある粒子をフィルターで濾
粒子が存在するとし,縦軸は上半分のみ示した。下に行く
し取るか,空気を液体中に通すことで含まれる粒子を液体
ほど粒子が大きくなる。図の左側に光源を置いたとすると,
に懸濁させる,あるいは粒子の質量を利用して捕集面に慣
粒子の大きさに従って散乱光強度の分布は複雑な形をとり
性衝突させることで捕集し,その後培養して目に見える量に
ながら変化していくが,図の右側への前方散乱が大きくなっ
増やすことで行うのが一般的である
(図2)。
ていく。リアルタイム細菌ディテクタが検出対象とする大き
しかし培養して目に見える量まで増殖させるには,通常
さの粒子に由来する前方散乱光は,図3のレンズ②及び③に
よく検出される微生物でも1~3日かかり,生育の遅いもの
よって粒子検出部⑥に集光される。検出されるエアロゾル
では培養に1週間かかるものもある。そのため,サンプルを
の粒径範囲は0.5 ~15μmで,一般的に検出されるバイオエ
採取してから検出結果が出るまで,非常に時間がかかると
アロゾルの粒径範囲に合わせている。さらに,検出された
いう問題がある。そこで,フィルター上などに捕集したバイ
前方散乱光の強度によって粒径が判定される。屈折率1.6の
オエアロゾルを,培養を経ずに直接顕微鏡で観察する手法
ポリスチレンビーズで計算した,前方散乱光の強度と粒径
も行われているが(3),バイオエアロゾル濃度が低いと顕微
の関係を図5に示す(8)。
鏡下での検出が難しく,さらに観察には前処理が必要で
ある。近年では,細胞の持つ遺伝子の本体であるDNAを
検出する方法など,分子生物学的手法も開発されてきてい
る。しかし,このような方法も検出に先立つ前処理が必要
なため,実験室で行われる解析においては多くの成果を挙
①
げてきたが,測定現場で処理をして検出することはできな
②
③
い。さらに,これらの方法による結果は,空気を吸引してい
た間だけのもので,恒常的にモニタリングできるものではな
い。したがって,バイオエアロゾルに対しては,その性状や
⑤
ヒトへの影響を調べる研究とともに,近年では,古くから行
④
⑥
われてきた培養法に代わる迅速,簡便に検出する方法の研
⑦
(1)
,
(2)
。
究が行われている
①
②
Condenser Lens
④
Collimating Lens
Nozzle
Beam Blocker
Air Flow
③
Source
(Laser)
⑥
Particle
Detector
Scattered
Signal
⑤ Elliptical
Mirror
Fluorescence
Signal
⑦
Fluorescence Detector
図3 リアルタイム細菌ディテクタの光学系部分のイラスト
(上)
と
(8)
その模式図
(下)
①光源,②コリメートレンズ,③コンデンサーレンズ,④検出部,
⑤集光ミラー,⑥粒子検出部,⑦蛍光検出部
図2 培養により生育した細菌のコロニー
−3−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
ウ球菌Staphylococcus aureus を含む菌液を霧状に噴霧する
一方,バイオエアロゾルの判定は,エアロゾルの蛍光の有
無を検出することによって行う。
ことでバイオエアロゾルを発生させた。リアルタイム細菌ディ
生物細胞の多くは自家蛍光を持つため,それを指標にし
テクタでモニタリングすると同時に,ある時間におけるチャン
て,非生物粒子,生物粒子の判定を行う。詳細は第3章で
バー内の空気をサンプリングし,それに含まれるバイオエア
述べるが,生物細胞に存在して自家蛍光を持つものとして,
ロゾルを培養した。リアルタイム細菌ディテクタによる計数結
アミノ酸の一種であるトリプトファン,代謝産物のNADH
果と培養法による結果は,このとき良く相関していた。
(Nicotinamide Adenine Dinucleotide),ビタミンであるリ
ボフラビンが良く知られている。リアルタイム細菌ディテク
タはおもに,このうちのNADH及びリボフラビン由来とされ
Light
㻖㻓㻓
㻖㻕㻓
㻖㻗㻓 㻖㻙㻓
㻖㻛㻓
㻗㻓㻓
図6 リボフラビンの励起吸収スペクトル(7),(8)
図4 粒子のまわりの散乱光分布のイメージ(軸の交点に粒子,左側に
光源があるとし,下へ行くほど粒子径が大きくなるとした)
IMD検出総粒子数
IMD検出細菌数
培養法による細菌数
図7 リアルタイム細菌ディテクタによる細菌の検出
(0min(矢印)
で
噴霧を開始)
nMEDIUM = 1.0000 + i 0.0000
nPARTICLE =1.6100 + i 0.0004
2.3 新たな微生物迅速測定法としての利用
リアルタイム細菌ディテクタのおもなアプリケーションは,
図5 前方散乱光強度と粒径の関係(8)
製薬工場の製造ラインにおける微生物モニタリングである。
注射剤や点眼剤などのいわゆる無菌医薬品は,
「厚生労働
る蛍光を検出している(8)。例として,リボフラビンの励起波
省・無菌操作法による無菌医薬品の製造に関する指針」に
長と蛍光強度との関係を図6に示す(7),(8)。リアルタイム細菌
従って製造されている。この中で,製造環境を監視するもの
ディテクタでは,粒子の検出及び自家蛍光物質の励起のた
として,0.5μm以上の大きさの浮遊粒子及び細菌・真菌の微
(8)
。
めのレーザーは波長405nmのものが搭載されている
生物が挙げられている。
図3 ④の検出部に導かれたエアロゾルのうちバイオエア
環境監視測定の頻度については,指針の中で参考として
ロゾルは,散乱光を生じさせると同時に,レーザーによって
挙げられている。グレードA及びBの環境では,浮遊粒子に
細胞内の蛍光物質が励起され,蛍光を発する。発した蛍光
ついては無菌作業中,浮遊微生物については作業シフトご
は,集光ミラー⑤によって蛍光検出部⑦に集光され検出さ
ととなっている。つまり,浮遊粒子については従来型のレー
れる。これによって散乱光を生じさせたエアロゾルが,バイ
ザーパーティクルカウンターで作業中リアルタイムに監視でき
オエアロゾルであるかどうか判定される。
るが,浮遊微生物についてはリアルタイムモニタリングする
図7にリアルタイム細菌ディテクタでバイオエアロゾルを測
手法がこれまでなかったため,作業が停止したタイミングで
定した例を示す。1m3の機密性の高いチャンバーを用意し,
空気をサンプリングし,培養法などの検査に供する。また,
内部をHEPAフィルターユニットで清浄にしたのち,黄色ブド
製造エリアの無菌試験においては,培養時間が24時間~7
−4−
気中微生物リアルタイム検出技術とその応用
日間に設定されており,結果が出るまでに相当の時間を要す
る。その間,製品は出荷できない。
リアルタイム細菌ディテクタはレーザーパーティクルカウン
ターと同様にリアルタイムで浮遊粒子を測定しつつ,そのな
かの浮遊微生物つまりバイオエアロゾルを検出できる。これ
によって製造環境を常時モニタリングし,その清浄度を担保
できれば,最終製品の品質検査の代替とし,従来の,製造
後の検査に時間がかかるなどの問題の解決を図ることがで
きる。また,リアルタイムであることで,菌による汚染が発生
した場合,そのときの作業内容などから何が原因であった
か分析しやすくなり,対策を立て易くなる。
図9 酵母の顕微鏡写真
(左)とその自家蛍光
(右)
3.生物学的視点からの検出原理
3.2 微生物の代謝
3.1 微生物の自家蛍光
それでは,このような自家蛍光のもととなる物質は,細
第2章ではリアルタイム細菌ディテクタの細菌検出技術に
胞内で何を担っているのか?
ついて装置の面から述べたが,この章ではその検出原理の
細菌,カビは自分で栄養を得て増殖することができる。
元となる微生物の知見について,もう少し詳しく紹介する。
増殖するにはエネルギーが必要だが,細菌,カビのみなら
バイオエアロゾルのうち微生物であるものは,ウイルス,細
ず生物の細胞が増殖するため,あるいは生きるためのエネ
菌,カビ胞子・酵母が挙げられ,その大きさは,0.01~数十μ
ルギーを得る代謝は,大雑把に言えば,ガゾリンエンジン
mにわたる
(図8)。リアルタイム細菌ディテクタの検出対象と
に例えることができる。ガソリンエンジンでは,ガソリンと
なっている細菌,カビ胞子は0.2μm以上になるので,エアロ
いう炭化水素を酸素で燃やすことによって,おもに二酸化
ゾルとしては大きな部類に入る。したがって,散乱光の原理
炭素と水を排出しながら運動エネルギー,熱エネルギーを
に基づいた微生物粒子の検出が可能となっている。
得る。このとき,反応を引き起こすのは点火プラグである。
一方,細菌の自家蛍光は古くから知られている
(図9)。医
一方,生物の細胞では栄養源としてのブドウ糖など炭水化
学・生物学分野で最大の論文データベースで検索すると,細
物を,呼吸で得た酸素を使って燃やすことで,二酸化炭素
菌の自家蛍光を論じているもっとも古い報告として1962年
と水を排出しながら,生命活動のための化学エネルギーを
のものがヒットする(4)。さらに他の論文も辿ると,1950年代
得る。このとき反応を引き起こすのは,点火プラグの代わり
には呼吸鎖,NADHと蛍光についての報告があり,1949年
に酵素蛋白質である。この反応が,生物が行っているいわ
には細菌の自家蛍光とリボフラビンの関連を言及した報告
ゆる酸素呼吸で,細菌からヒトまで多くの生物で基本的に
がある(5)。このことから,研究者の間では,20世紀前半には
共通である。
その性質が認められていたと思われる。
炭 水化物を酸素で燃やす,つまり酸化するということ
近年,分子生物学の分野で,生体分子を蛍光分子で標
は,酸素の側から見れば,水に還元されるということで
識して検出する手法が盛んに行われている。蛍光顕微鏡が
ある。酸素を水に還元するための還元力を提供するのが
普及し,細胞内の微小な器官や極微量の成分,細胞の働
NADHであり,その還元力を酸素に伝える経路の一部を
きを蛍光標識あるいは蛍光染色することで検出することが
構成するのが,細胞内でリボフラビンが変化して形を変え
可能になった。ところがこのような手法が盛んになったこと
たFMN(Flavin Mono nucleotide)である。リアルタイム細
で,検出系の開発は,細胞の自家蛍光をノイズとして遮断す
菌ディテクタは,これらの分子に由来するとされる細胞の自
る方向に進んできた。リアルタイム細菌ディテクタは,逆に
家蛍光を指標として,生物由来粒子を識別している。
この自家蛍光をうまく利用した画期的な技術を採用してい
還元力であるNADHは,栄養素として取り込んだブドウ
ると言える。
糖を分解する複数の反応過程で作り出される。この代謝経
路が止まるとNADHの供給は止まり,残っているNADHも
速やかに酸化型のNAD +へと変化する。したがってNADH
が存在するかどうかは,細胞の代謝活性の指標としてよく
利用される。
ちなみにウイルスは核酸と蛋白質の殻だけの単純な構造
で,こうした代謝反応は行わず,また単独では増殖しない
点で細菌細胞とは異なる。このような,生命反応である代
謝を行わない粒子は,リアルタイム細菌ディテクタの検出対
象とはしていない。
図8 微生物の大きさ
−5−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
前述した培養による微 生物の増殖能を指標とした検
参考文献
(1)Renald G. Pinnick, Steven C Hill, Paul Nachman, J.
出では,理論的には生きて増殖できる微生物は検出する
David Pendleton, Gilbert L. Fernandez, Michael W.
ことができる。しかし,実際には生きていても増殖しな
Mayo and Joohn G. Bruno:Fluorescence Particle
い細胞が存在する。VBNCあるいはVNC (Viable but
Counter for Detecting Airborne Bacteria and Other
Nonculturable)と呼ばれる細胞の状態がそれである。代謝
Biological Particles, Aerosol Sci. Technol., Vol.23,
活性を測定すると,たしかに活性は確認できるのだが,培
pp.653-664(1995).
(2)F. L. Reyers, T. H. Jeys, N. R. Newbury, C. A.
3.
3 VBNCの検出可能性
養すると増殖してこない。そのような細胞の状態は以前から
Primmerman, G. S. Rowe and A. Sanchez: Bio-
知られていたが,ある種の病原菌が,VBNC状態において
Aerosol Fluorescence Sensor, Field Anal. Chem.
も病原性を発現する可能性が指摘され,感染症学の分野で
Technol. , Vol.3(4-5), pp.240-248(1999).
(3)石松維世,福田和正,石田尾徹,谷口初美,保利 一:
(6)
重視されている 。
このような状態の細胞は,従来の培養法では検出できな
職場における微生物のリスク評価のためのバイオエアロ
かったが,3.2で述べたような代謝をしている限り細胞は自
ゾル捕集方法及び検出方法, 産業衛生学雑誌, Vol.48,
家蛍光を持つことが考えられ,リアルタイム細菌ディテクタ
pp.1-6
(2006)
(4)LS. Agroskin, and NA. Pomoshchnikova:Studies
によって検出できることが期待されている。
on the excitation spectra of auto-fluorescence of
microorganismas, Biofizika, Vol.7, pp.292-297(1962)
.
(5)Otto A. Bessey, Oliver H. Lowry, Ruth H. Love:
4.おわりに The Fluorometric Measurement of The Nucleotide
ヒトゲノムが解読された当時,ヒトの遺伝 子はおよそ
of Riboflavin and Their Concentration in Tissues, J
31,000個と思われた。しかし,その後の研究によって,こ
Biol. Chem., Vol.180, pp.755-769(1949).
(6)Ishrat Rahman, M. Shahamat, M. A. R. Chowdhury,
れまで無意味だと思われていた因子も細胞の働きに大きく
関わっていることが分かった。生物個体として見ればきれ
R. R. Colwell:Potential Virulence of Viable but
いに均衡が保たれていても,その中身は非常に複雑で混沌
Nonculturable Shigella dysenteriae Type 1, Appl.
とした状態である。ヒトよりずっと単純な細菌においても,
Environ. Microbiol. , Vol.62(1), pp.115-120(1996)
.
(7)J. K. Li, E. C. Asali, A. E. Humphrey:Monitoring Cell
数千の遺伝子が明らかになっており,細胞を維持する仕組
みは,さらに多くの因子が入り乱れて複雑なものと考えられ
Concentration and Activity by Multiple Excitation
る。バイオテクノロジーでは,この中から目的に応じて,利
Fluorometry, Biotechnol. Prog., Vol.7, pp21-27(1991)
.
(8)J.P. Jiang:Instantaneous Microbial Detection Using
用できる特徴的な性質を取り出すための知見を蓄積するこ
とが重要である。リアルタイム細菌ディテクタは比較的単純
Optical Spectroscopy, In Michael Miller (ed.),
な構造でありながら,生物細胞が持っている自家蛍光とい
Encyclopedia of Rapid Microbiological Methods,
う性質をうまく利用して,検出している。
Chapter 5, PDA Press(2005).
近年,医薬品製造の現場では,工程内で品質を管理し,
商標
最終製品試験の代替とすることで出荷までの時間を短縮す
「Instantaneous Microbial DetectionTM」はBioVigilant
る
「リアルタイムリリース」が1つの関心事となっている。リア
Systems社の商標です。
ルタイム細菌ディテクタによって製造環境を常時モニタリン
「リアルタイム細菌ディテクタ」は株式会社 山武の商標です。
グできれば,最終製品試験における従来の培養法による時
間を省くことができるという期待があり,リアルタイムリリー
著者所属 スを実現する強力なツールとなると思われる。それによって
長谷川 倫男 研究開発本部
従来行われていた管理手法に代わる,新たなコンセプトを
提唱できる可能性が期待されている。
山﨑 信介
研究開発本部
堀口 康子
研究開発本部 謝辞
J. P. Jiang
Chief Technical Officer,
BioVigilant Systems, Inc.
細菌の噴霧試験にあたり,
(財)北里環境科学研究セン
ター奥田舜治先生,菊野理津子先生,岡上晃氏に御指導
ならびに実験実務への多大な御協力を賜りましたことを,
厚く御礼申し上げます。
−6−
気中微生物リアルタイム検出技術とその応用
−7−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
引継ぎ業務を支援する
操業知識データベースシステムの開発
−経験/知識の可視化・共有・活用−
Development of Operation Knowledge Database System for Assisting in
Work Handover Process
−Visualization, Sharing, and Utilization of Experience and Knowledge−
株式会社 山武
アドバンスオートメーションカンパニー
株式会社 山武
アドバンスオートメーションカンパニー
籠浦 守
Mamoru Kagoura
尾形 竜太
Ryota Ogata
キーワード
製造業,引継ぎ業務,申し送り,見える化,可視化
24時間連続稼動を行っている製造現場のシフト勤務における引継ぎ業務は,紙媒体
(ノート記入など)や口頭伝達で
行われているところが多く,作業漏れ/作業忘れや情報伝達のスピードアップ化などの課題を抱えているのが現状であ
る。引継ぎ業務を電子化することにより,作業項目毎の進捗・重要度・経過履歴の管理機能を提供し,また知識・情報の
共有,蓄積,活用を支援することで日常業務における作業漏れ/作業忘れの防止,コミュニケーションのスピードアップ
を図る環境を実現したシステム「操業知識ベース OperationKnowledgeBase」
を開発したので報告する。
The handover between shifts at manufacturing sites running at 24-hour continuous operation is frequently
conducted by paper(such as filling in of information)or verbal communication, and issues such as operation
omissions, forgotten operations, and faster communication of information are facing the workplace today. This
paper presents the development of an“OperationKnowledgeBase,”a system that performs the handover of shifts
electronically for enabling an environment that provides management functions for the progress, importance,
and history of each operation item and assists in the sharing, accumulation, and utilization of knowledge and
information to prevent the omission or forgetting of operations and speeding up communication in daily operations.
1.はじめに
2.
製造現場における課題
24時間連続稼動を行っている製造現場では,2交代ある
前述のように,引継ぎ業務を紙媒体利用により実施してい
いは3交代のシフト勤務
(交代勤務)により運転を継続してお
る場合,直毎の報告書が作成され,その勤務内で起きた事
り,このシフト勤務では,直の交代時に必ず「引継ぎ業務」
だけを記録していることが多い。記録されている情報は元々
(申し送り)
が行われている。前の直の作業状況,トラブルな
どういう問題だったのか,どのような経緯を辿り現在の状態
どの報告/注意事項などを次の直へ伝える業務である。直
となっているのかといった情報の紐付きは,報告書の内容全
間の引継ぎは,通常フォーマット用紙やノートといった「紙
てに目を通し,頭の中で整理していかなければならない。
媒体」の利用や口頭伝達で行われているところが多く,作
業漏れ/作業忘れや情報伝達のスピードアップ化などの課
題を抱えているのが現状である。引継ぎ業務を電子化する
ことにより,作業項目毎の進捗・重要度・経過履歴の管理機
能を提供し,また知識・情報の共有,蓄積,活用を支援す
ることで日常業務における作業漏れ/作業忘れの防止,コ
ミュニケーションのスピードアップを図る環境を実現したシ
ステム“操業知識ベース OperationKnowledgeBase”
(以下
「OKB」
と略す)
を開発したので,ここに報告する。
図1 紙媒体による引継ぎ業務
−8−
引継ぎ業務を支援する操業知識データベースシステムの開発 −経験/知識の可視化・共有・活用−
4.
OKBの特徴
このような製造現場では,以下に示すような様々な課題を
抱えている。これら課題は,ヒューマンエラーの発生や意思
決定の遅れにつながる可能性があり,ひいては事故発生や
4.1 引継ぎ業務支援
(情報の見える化)
製品の品質低下などのリスクを高めることにもなる。
製 造現場で発生した事 象の進捗 状況,重要性,緊 急
性,経緯が分かりにくいという状況を解決するため,
「事象
①事象別の進捗状況が分からず,作業漏れ/作業忘れが
の経過履歴管理」,
「重要度別色分け表示」,
「進捗ステータ
起きやすい。
ス管理」といった機能を提供することで,今やらなければな
②事象別の重要性,緊急性が分からず,優先度を考慮した
らないこと
(残件)や現在の現場の状況を素早く把握できる
対応ができない。
環境を実現した。
③その勤務内で起きた事だけを記録しているため,断片的
な情報になりがちであり,過去の経緯を含めた全体の流
4.1.1 事象の経過履歴管理
れを把握することが困難である。
OKBでは,運転の情報,発見したことや対処したことな
④紙媒体で管理しているため,必要な情報をすぐに取り出
どの情報を追記式で記録していく方式を採用した。紙媒体
すことができない。過去の事例を活用したくても探すの
で行われていた引継ぎ業務ではばらばらであった情報が,
に時間がかかってしまう。また,情報伝達にも時間的コス
このシステムでは追記していくことにより1つの事象が「発
トを要する。
見」→「判断」→「対処」→「結果」となって結びつく仕組みと
している。情報を紐付けていくことで,事象に対する過去
OKBは,上記課題の解決/リスクの軽減を目的とし,製
の経緯,現在の状況,緊急性などをまとめて管理すること
造現場の
「コミュニケーションを円滑」にし,
「皆で問題解決
ができ,意味のある情報の塊となっている。したがって,誰
する仕組み」を作り,
「経験の蓄積と活用が行える環境」を
でもすぐに状況を理解,把握することができる。
提供することを目指して,開発したものである。
3.システム構成
OKBは,MicrosoftのWebアプリケーションフレームワー
クであるASP.NETを採用して開発した。Webシステムであ
るため,クライアントには特別なソフトウェアをインストー
ルする必要がなく,またイントラネットのみならず,ファイア
ウォール越えのインターネット環境でも利用することが可能
である。
OKBサーバーは,1台でWebサーバーとデータベースサー
バーを共有する構成としている。
図3 OKBにおける情報の紐付き管理
図2 システム構成図
図4 追記式管理の画面イメージ
−9−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
4.2 製造現場の視点で取り出せる文書検索
4.1.2 重要度別色分け表示
事象の重要度を色分けして一覧表示する。現在どこでど
プラントの安全を第一とする製造現場では,様々な状況
んな問題が発生しているのか,問題のレベルはどの程度
下において素早い意思決定が求められており,現場の状況
か,といった状況をひとめで把握できるため,優先度を考慮
やトラブル時の対応手順などの情報を素早く参照できなけ
して次に取るべき行動を素早く判断することができる。
ればならない。OKBでは,素早い情報入手を実現するため
に,蓄積された情報を製造現場の視点で取り出せる仕組み
とした。例えば,装置や機器毎で現場状況,トラブル対応
手順の参照,ロットや品種,日時も単に日にちや時刻だけ
でなく直単位で取り出すなどの工夫をしている。さらに,全
文検索や添付ファイル内検索も可能で,定型化できていな
い過去の経験を素早く取り出し,意思決定に活かすことが
できる。
図5 重要度別色分け表示
4.1.3 進捗ステータス管理
作業項目毎の進捗状態を管理し,一覧表示する。何が終
わっていて,何が終わっていないのか,項目毎の進捗を網
羅的に確認できるため,作業漏れ/作業忘れをなくすこと
ができる。
図6 進捗ステータス管理
4.1.4 その他製造現場に必須な機能も網羅
図7 文書検索画面のイメージ
その他にも製造現場で運用するために必要な以下の機
能を有しており,より現場に密着した最適な運用を可能とし
また,検索条件設定部分をパラメータ化してURL内でも
た。
指定できるように対応することで,よく利用する特定条件に
・シフト管理
おける検索結果情報をいつでも簡単に呼び出すことも可能
2交代,3交代など,勤務時間帯の管理。また,日替わ
としている。
り時刻の管理も行う。
・エリアの管理
製造現場内で管理すべき設備や機器,工程,製品種別
などの情報をエリアと呼び,それら管理対象の集合体を
ツリー形式で管理する。さらに,自分が担当している工
程などのエリアをユーザー情報として登録しておくこと
で,担当エリアで発生したトラブルなどの情報を素早く
入手する手段も提供している。
全ての操作はWebブラウザ上から行うことができ,どこ
からでもすぐに情報を記録及び確認できる。これら機能を
活用することで,製造現場における引継ぎ業務を
「見える
化」し,よりスピーディに円滑に業務を遂行できる環境を実
現している。
また,引継ぎ業務を中心として製造業務に必要な情報全
てを電子媒体でまとめて保存,管理していくため,日常業務
図8 検索条件付きURLの利用
をこなしていけば自然に経験を蓄積していくことができ,ま
さらに,このURLの仕組みを利用することで,他システ
たそれらを活用できる仕組みとなっている。
ムからのOKB呼び出し・連携も容易とし,必要な知識・情
報を必要な場面で素早く取り出し運転や解析にも活用でき
−10−
引継ぎ業務を支援する操業知識データベースシステムの開発 −経験/知識の可視化・共有・活用−
る環境を実現している。当社の生産情報ポータルシステム
である
“Manufacturing Information Briefing”
(以下,
「MI
Briefing」
と略す)と連携する例を以下の図に示す。
図11 文書フォーマットデザインの仕組み
図9 MI Briefingとの連携例
4.3.2 一覧画面のデザイン
文書の一覧画面においては,検索時に指定する条件項目
4.3 文書フォーマットデザイナ
及び検索結果一覧での表示項目を自由にデザインすること
現場で発生した事象を報告するための文書,過去の事例
を可能とした。
を基にノウハウとしてまとめるための文書など,製造現場/
例えば,タイトル,作成日時や作成者など,目的に応じて
部門/目的別に様々な文書フォーマットが存在するが,その
一覧表示する情報を設定しておけば,目的の文書が見つけ
多種多様な文書フォーマットをユーザー自身で容易に作成
やすくなるだけでなく,一覧表示するだけで,文書の概要
できる環境を開発した。また,一覧画面及びアクセス権限
が把握できるようになる。どの項目でソートするか,さらに
の設定についても容易にデザインすることが可能である。
昇順/降順の指定,表示文字数の設定などの詳細動作に
これらデザイン作業についてもすべてWebブラウザ上から操
ついてもカスタマイズすることができる。
作することができる。
4.3.3 文書アクセス権のデザイン
文書に対する詳細なアクセス権限の設定も容易に行うこ
とができ,編集可能/閲覧のみ,など目的や取り扱う情報
の質などに応じて柔軟に対応することができる。
図10 文書フォーマットの例
4.3.1 文書フォーマットのデザイン
OKBでは,日付入力欄・テキスト入力欄やリスト選択欄な
どの各入力項目をパーツと呼ぶ部品と捉え,そのパーツを自
由に組み合わせることで,1つの文書フォーマットを作成す
るという仕組みを提供した。これにより,スクリプトなどの
プログラムに関する特別な知識を必要とせず,誰にでも簡
単に,直感的に文書フォーマットを作成することができる。
パーツは,カレンダー/テキストエリア/ドロップダウンリス
図12 アクセス権の設定例
トなど,様々なパーツを20種類以上用意しており,ユーザー
の文書体系に合わせてフォームを作成することができる。
また,初期設定として,製造現場の運用に必要な以下の
画面を標準画面として予め用意しているため,文書フォー
マットのデザイン作業を行わなくとも,システム導入後すぐ
に使い始めることができる。
・製造ノート記入画面
・引継ぎ業務画面
−11−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
・スケジュール表
たものかを識別し,作成時の文書フォーマットを再現して表
・ノウハウメモ
示する。
・製造日報/直報
・異常対処報告書
5.2 文書検索エンジン
・工程進捗情報
文書フォーマットをデザインする際は,一から作成せず,
文書検索処理における検索項目についてもエンドユーザー
上記標準画面のデザインを雛形としてコピーし,カスタマイ
自身によりデザインすることができ,それにあわせて動的に
ズしていくこともできる。
検索処理を実行するための文書検索エンジンを開発した。
パーツの組み合わせにより作成した文書フォーマットのう
5.OKBの開発技術
ち,どの項目を検索項目とするのか,ロット,装置や日時な
ど目的に応じて様々な項目及びそれらの組み合わせをキー
とした検索要求を処理するため,あらゆるパターンに柔軟に
OK Bの開発コンセプトは徹底的なエンドユーザーコン
対応できるものとする必要があった。文書の登録データは
ピューティングである。エンドユーザーである製造部門の担
データベース内に格納されているが,データ問い合わせの
当者やスタッフの方が,1日以内のトレーニングで,ユーザー
際のSQL(Structured Query Language)を,指定された
やエリアなどマスタ情報の登録から,文書フォーマットのデ
検索項目設定に従い動的に構築し,検索処理を実行するも
ザインに至るまで全ての設定作業を行い,運用できる環境
のである。また,キーワードによる全文検索やファイル内検
を実現している。
索についてもサポートしており,様々な視点・切り口で網羅的
ここでは,OKBを運用していく中で特に重要である文書
に文書データを検索することを可能とし,素早く情報を入手
フォーマットのデザインと,そのデザインに従って文書デー
タを検索するためのエンジン開発内容について説明する。
できる環境を実現している。
5.1 文書フォーマット構築エンジンの開発
的にパーツの種類が増えたとしてもエンジンのコア部分に
さらに,エンジンは拡張性についても考慮しており,将来
は変更を及ぼさずに対応できるよう設計及び実装にも配慮
エンドユーザーが,文書フォーマットをデザインし運用で
している。
きる環境を実現するため,文書フォーマット構築エンジンを
開発した。文書フォーマット構築エンジンは,デザインパー
6.
おわりに
トと運用パートの2つの機能に分かれる。
5.1.1 デザインパート
今回は,
“操業知識ベース OperationKnowledgeBase”
に
ついて,引継ぎ業務における課題解決へのアプローチ及び
デザインパートでは,日付を入力することを目的としたカ
そのフレームワークについて解説した。
レンダーパーツや,事象報告などの文章を入力することを目
的としたテキストエリアパーツなどの各種パーツを自由に組
今後は,他システムとの双方向連携の実現や,蓄積され
み合わせることにより文書フォーマットを作成する環境を実
た情報の傾向分析や新たな価値を持つ情報への変換
(テキ
現している。各パーツに対しては,項目名称や表示色などの
ストデータマイニング)等,暗黙知の抽出と活用が行える環
基本情報と,動作の振る舞いを決定する詳細情報を設定す
境を支援していきたい。
る。詳細情報については,パーツの種類に応じて設定内容
参考文献
がそれぞれ異なってくる。例えば,テキストエリアパーツの
場合は,詳細情報として
「値の入力が必須かどうか」,
「入力
(1)高山仁:引継業務の電子化による製造現場のノウハウ
文字数の制限」,
「入力文字種類の指定
(半角カナのみ,英
蓄積と活用支援,計測技術,日本工業出版株式会社
(2006年1月号)
数のみなど)」などを設定できる。このような設定を各パーツ
(2)水上正ほか:人の直感的な判断,暗黙知の引き出し,形
に対して行い,完成した文書フォーマットの定義内容はデー
式化を支援する生産情報ポータルの開発-人を中心とし
タベースに格納,保存される。
たオートメーションの発展に向けて-,azbil Technical
5.1.2 運用パート
Review(2008)
運用パートでは,デザインされた文書フォーマットの定義
内容に従い,運用時に使用する文書作成画面,文書詳細画
商標
面を動的に描画,構築する。指定されたパーツを動的にイン
Microsoft Wordは,米国Microsoft Corporationの米国及
スタンス化し,基本情報及び詳細情報の設定内容を反映,
びその他の国における登録商標です。
レイアウトどおりに配置し,画面を構築していくものである。
OperationKnowledgeBaseは,株式会社 山武の登録商標です。
Manufacturing Information Briefingは,株式会社 山武の
5.1.3 文書フォーマットの版管理
登録商標です。
また,文書フォーマットのデザイン修正履歴は版として管
理される。運用途中でパーツを追加した場合でも,過去の
文書データがどの版の文書フォーマットを使用して作成され
−12−
引継ぎ業務を支援する操業知識データベースシステムの開発 −経験/知識の可視化・共有・活用−
著者所属
籠浦 守
アドバンスオートメーションカンパニー
エンジニアリング本部ソリューション技術部
尾形 竜太
アドバンスオートメーションカンパニー
エンジニアリング本部ソリューション技術部
−13−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
ビル省エネルギー支援サービスのための
高度情報処理応用技術の開発
Development of Intelligent Data Analysis Technology for Solution
Services for Saving Energy in Buildings
株式会社 山武
久下谷 任祥
Hideaki Kugaya
ビルシステムカンパニー
株式会社 山武
松本 邦裕
株式会社 山武
株式会社 山武
ビルシステムカンパニー
Kunihiro Matsumoto
太宰 龍太
Ryouta Dazai
綛田 長生
Chosei Kaseda
キーワード
省エネルギー支援サービス,データ分析技術,運転条件最適化技術,省エネルギー量推計技術
建物の空調消費エネルギーを削減するため,PDCAサイクルをまわしながら省エネルギー支援をするソリューションビジ
ネスに注目が集まっている。このビジネスを促進するため,当社研究部門の保有技術である最適化技術,予測・推定技術
を応用して,省エネルギー計画立案・効果見積もり
(Plan)及び効果検証
(Check)を支援する技術を開発した。ここでは,
開発した技術及び適用事例を報告する。
Increasing attention has been focused on solution businesses that assist in saving energy and run through
the PDCA cycle for reducing the air-conditioning energy consumption in buildings. To further advance these
businesses, we have developed technology for assisting in the energy-saving plan preparation and result
estimate(Plan)and result verification(Check)by using optimization technology and forecasting and estimation
technology held by our research division. This paper presents this developed technology and examples of its
application.
1.はじめに
2.
省エネルギー支援サービス
国際的なCO 2 排出規制に対する関心の高まりから,建物
省エネルギー支援サービスとは,継続的な省エネ効果が
の省エネルギーに対する社会的要求が強まっている。
得られるように,PDCAサイクルを効果的にまわすサービス
省エネ法では,エネルギー使 用量 が原油に換算して
である。
1,500kl以上の建物では毎年1%以上の省エネルギーを達成
サービスは以下の流れとなっており,中長期計画書・定期報
する活動を義務付けている。この目標を達成するため,事
告書・管理標準など,省エネ法対応業務支援も行っている。
業者は継続的な検討を進める必要があるが,効果的に進め
・Plan(計画立案)
るためには,省エネルギー対策・法対応など,専門的知識が
→ 建物の状況調査,データ収集・解析を行い,最適な運
必要となる。建物によっては,専門員を配置できないことも
用改善,設備投資を計画する
多いため,山武では,省エネルギー活動のアウトソーシング
・Do(対策の実行)
サービス(省エネルギー支援サービス)を提供している。こ
→ 投資対効果などを加味しながら,最適な時期に対策
のような省エネルギー活動においては,運転履歴データを
を実施する
分析する技術やノウハウが重要となることが多い。
・Check(効果検証)
本稿では,省エネルギー支援サービスに欠かせないデータ
→ 実施した対策の効果を評価する
分析技術として,筆者らが開発した運転条件最適化技術(1)及
・Action(改善の実施)
,
について報告する。
び省エネルギー量推計技術(2)(3)
→ 評価結果を考慮し,適切な改善を実施する
−14−
ビル省エネルギー支援サービスのための高度情報処理応用技術の開発
Plan
Do
省エネ化計画
・省エネコンサルティング
・目標及び目標値の設定
・中長期的な計画策定
・管理標準の設定
Action
対策の実施
・計画実施・サポート 省エネ法関連
・運用改善
年間削減目標の実施
設備投資改善
(エネルギー消費原単位
省エネ法関連
・中長期計画書
・参画証明書
・管理標準書
年平均1%以上)
年間を通じて
PDCAサイクルをまわし
包括的に省エネを
実現する。
Check
省エネ化計画の見直し
・計画の改善/見直し 省エネ法関連
(前年度との比較)
・管理標準の改善 ・中長期計画書 (追加・削減・見直し)
・管理標準運用条件の変更
/見直し
・データによる
※効果・検証・分析
・検討会・報告会
や設備増設などに伴う
改善・見直し
実施状況の管理
省エネ法関連
・定期報告書
・燃料等(電気)使用
状況届出書
図1 省エネルギー支援サービス
この継続的なマネジメントサイクルにより,建物オーナー
低下するため,冷水の供給量が増加し,搬送動力が増加す
は,アウトソーシングによる人件費削減だけでなく,運用改
る。このように冷凍機のエネルギー消費量と搬送動力はト
善によるエネルギー削減メリットも享受できる。
レードオフの関係となっている。さらに,外気温や負荷熱量
などの他要因も熱源システムの効率に影響を与えるため,
3.高度情報処理応用技術
熱源単体の最適な設定値が,全体の最適値とは限らない。
そのため,上記,トレードオフの関係や,複雑な因果関
係,機器の制約条件などを考慮して,エネルギーが最小と
PDCAの中で,特に計画立案
(P)と効果検証
(C)は,設
なる最適な設定値を求める必要がある。
備や機器のノウハウだけではなく,データに基づく定量的
な効果の見積もり・評価を必要とする。しかし,建物の設備
3.1.1 これまでの課題
は数多くの機器が複雑に関係しあうシステムであるため,分
これまで,運転条件最適化技術としては,機器仕様に基
析に必要なデータは,複雑な挙動を示すと同時に,気象条
づくモデルや運転履歴データを使用したモデルを利用して
件や建物利用状況の影響も受けるため,単純な分析だけで
シミュレーションを行い,条件を最適化する技術などが提
は対応できないことも多い。
案されている。このような技術を利用する場合には,モデル
そこで,筆者らは計画立案と効果検証のデータ分析技術
構築という作業が必要となるが,通常,熱源システムでは,
をさらに高度化し,分析方法を標準化するために,当社研
多くの機器が,複雑に関係しているため,モデル構築の作
究部門の保有するアルゴリズムを活用し,運転条件最適化
業量が膨大となるという課題がある。また,経年劣化,運
技術
(Plan)及び省エネルギー量推計技術
(Check)を開発し
用変更に合わせて,再度モデル構築する必要があるなど,
た。
継続的なエンジニアリングが求められる。
3.1 運転条件最適化技術
3.1.2 RSM-Sによる運転条件最適化技術
省エネ活動における省エネ計画の立案
(Plan)に利用でき
筆者らは前述の課題を解決するべく,図2に示した当
る解析技術として,運転条件最適化技術を開発した。この
社研究部門が保有する最適化技術(RSM- S:Response
(4)
技術は,最適な風量設定値の算出や空調機の最適起動 な
(5)
を活用した運転条件最
Surface Methodology by Spline)
ど,最適化が求められる様々な対象について,適用するこ
適化技術を開発した。
とが可能である。本稿では,熱源の送水温度の最適化に
RSM-Sとは,収集された運転履歴データをもとに応答曲
適用した事例を用いて,本技術を説明する。
面を生成し,最適条件をシステマティックに導き出す技術で
冷凍機は,通常7℃程度の冷水を作り出しているが,より
ある。
高い温度で送水すれば,運転効率であるCOPが向上し機
器単体としては省エネルギーとなる。一方,熱源システム全
体としては,送水温度が高くなると,空調機の冷却能力が
−15−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
冷凍機2台のうち,送水温度設定の変更が可能なイン
バータターボ冷凍機
(R-1)を対象として分析を行った。
2008年8月から2009年7月までの1年間のデータを用い
て,消費電力量と熱源システムに関係する冷却水温度,送
水温度などの運転条件や外的要因との関係を応答曲面とし
てモデル化した。消費電力量と送水温度,冷却塔出口温度
の関係を表す応答曲面を図5に示す。
図2 RMS-Sの概要
RSM-Sには,下記のような特徴があり,複雑な振る舞い
をするビルの設備データには適用性が高く,設定値最適化
における,従来の課題を解決することができると考える。
・複雑な非線形対象でもモデルを作成できる。
・データがばらついていても容易に対応が可能である。
・可視化機能が充実している。
ここでは,これまでに蓄積されている運転履歴データを
もとに多変数スプラインにより,図3に示すような応答曲面
モデルを作成する。RSM-Sでは,多変数スプライン技術を
図5 応答曲面
図5より,消費電力量と,送水温度や冷却水温度という
複数の要因との関連性を1つの応答曲面として鳥瞰できる
ことが分かる。なお,外気温や負荷熱量などの他の要因と
の関連性も同様な応答曲面として可視化できる。このように
可視化することは,要因の関連性や現象の把握に有効であ
図3 応答曲面モデル
り,計画立案に役立てることができる。
この曲面モデル生成に利用しているため,運転データから
また,このモデルを用いることで,設備の制約と状況に応
滑らかな応答曲面を一意に生成することができ,モデル構
じた最適な送水温度を求めることができる。さらに,送水
築が容易となる。また,応答曲面を可視化できるため,複
温度を変更した場合のエネルギー消費量のシミュレーショ
数の要因とエネルギーの関係を把握することができる。最
ンが行え,それぞれの送水温度設定変更時における省エ
適値探索では,複雑なトレードオフや制約を考慮したうえで
ネルギー量を見積もることができる。
最適値をシステマティックに算出することができる。
図5の事例では,送水温度を7℃から8℃や9℃に緩和す
ることで,年間の省エネルギー量効果がそれぞれ,2.6%,
3.1.3 適用事例
1.1%となることが分かった。
RSM-Sによる設定値最適化技術を適用した事例を以下
に紹介する。
3.2 省エネルギー量推計技術
建物対象は,延べ床面積15,000m 3規模のホテル建物で
省エネ活動における省エネ効果検証
(Check)に利用でき
ある。図4に熱源計装図を示す。
る解析技術として,省エネルギー量推計技術を開発した。
これまで,省エネルギー量を定量化する手法として,エネル
ギー消費量の過去の実績との比較や,機器ごとの定格に基
づく推計などが行われている。これらの手法は,簡易的な
省エネルギー効果の推計には有用である。しかしながら,
図6に示したように,エネルギー消費量は,気象条件や利
用状況によって大きな影響を受けるため,これが省エネル
ギー効果を評価する上での誤差となる。そのため,精度良
く,改修,改善前後の省エネルギー量の評価を行うには,
外部要因の影響を考慮した評価が必要である。
そこで,この課題に対応するために,当社研究開発部門が
保有する技術である推定技術
(TCBM:Topological Case-Based
図4 熱源計装図
(6)
を用いた省エネルギー量推計技術を開発した。
Modeling)
−16−
ビル省エネルギー支援サービスのための高度情報処理応用技術の開発
ルを適用
(部分線形化)し,非線形な現象である消費エネル
ギー特性をモデル化する。
しかしながら,従来手法には,部分線形化のための明確
な基準がなく,精度の高いモデル化のためには,試行錯誤
が必要となる。これは,作業負荷の増大や,分析者による
品質のばらつきの原因となりうる。
そこで,筆者らは省エネルギー量の適切な定量化のた
め,当社研究開発 部門が保有する技術である推定技術
(TCBM:Topological Case-Based Modeling)を活用し,省
図6 外部要因による省エネルギー推計量の違い
エネルギー推計技術を開発した。
3.2.1 外部要因を考慮した省エネルギー量の定量化
3.2.3 新しい定量手法の開発
エネルギー消費量は,外的要因の影響を受けるため,省
TCBMは,事例ベース推論の考えを応用したブラック
エネルギー効果の客観的評価には,改修,改善前後の条件
ボックス・モデリング技術で,運転履歴データを事例という
を一致させる必要がある。外的要因の条件を考慮した省エ
形でデータベース化し,入力データに対する類似した事例
ネルギー量定量化を次の手順で行う。
を検索することで出力値を推計することができる
(図8)。
(1)改修前の消費エネルギー特性のモデル化
TCBMには下記のような特徴があり,従来手法の課題を解
建物のエネルギー消費を,外部要因を入力,エネル
決できる可能性が高い。
ギー消費量を出力としたシステムとして捉え,その入出
・位相数学に基づく指標により予測/推定精度に応じた
力関係
(消費エネルギー特性)
を,運転履歴データをもと
データ分割が自動的に行われる。
にモデル化する。
・消費エネルギーとその複数要因の組を事例として扱うの
これにより,任意の外的要因の組合せに対するエネ
で,モデル構造など特別なモデリング技術の習熟を必
ルギー消費量を推計することができる。
要とせず容易にモデリング可能。
(2)省エネルギー量の計算
そこで筆者らは,空調負荷予測や下水流入量予測などで
下式にて,外的要因について考慮した省エネ量を推計
実績のあるTCBMを省エネルギー量の定量化に適用するこ
する。
とで,従来技術の課題を解決している。
(省エネルギー量推計値)=
(改修前推計値)-
(改修
後実績値)
改修前推計値とは,改修による改善がなされていないと
仮定した場合に,建物が消費するであろうエネルギー量であ
る。改修前推計値は,
(1)
で求めた消費エネルギー特性のモ
デルに,改修後の外的要因を含めた実績値を入力し求める。
3.2.2 従来手法の課題
建物のエネルギー消費量と,空調負荷に影響を与える外
図8 TCBMの概要
気温度の間には相関関係があると言われているが,実際の
TCBMでは,複数の要因をモデルの変数とすることがで
運転履歴データとしては,図7のように非線形な分布を示す
きるため,従来手法で必要な条件分類にもとづく部分線形
ことが多い。
化を行うことなく,多次元の非線形現象を容易にモデリング
できる。図9の例では,曜日を要因とすることで,平日と休日
の利用状況の違いをモデリングできていることが分かる。
図7 消費エネルギーの部分線形化
従来手法では,エネルギー消費量を外気温度,平日・休
図9 事例化例
日などの,条件で分類し,部分的にそれぞれ別の線形モデ
−17−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
3.2.4 適用事例
平均絶対誤差
[kg/day]
平均相対誤差
[%]
(1)適用対象
部分線形化を用いた従来手法とTCBMを用いた開発手
従来手法
6214
12.8
表1 誤差比較
(蒸気消費量)
法のモデル化性能を比較するため,実際の建物の運転履歴
開発手法
4441
9.0
図10を見ると,開発手法の方が,従来手法よりも誤差の
データを用いた検証を行った。
対象建物は延べ床面積20,000m 2 規模の病院建物であ
全体のばらつきが抑えられていることが分かる。表1の精度
り,熱源には蒸気吸収式冷凍機を使用している。省エネル
評価結果では,従来手法,開発手法の蒸気消費量の推定
ギー施策として,冷凍機の蒸気消費量とポンプ,及び空調
誤差は,それぞれ12.8%,9.0%であった。
つまり,開発手法は場合分けなど,煩雑で特別な処理を
機の電力消費量を削減するために,蒸気吸収式冷凍機の
行うことなく,高精度なモデル構築が可能であることが分
台数制御の最適化を行っている。
かる。
(2)
モデル作成
4.
おわりに
従来手法と開発手法のモデル化性能について,評価を
行った。ここでは,蒸気消費量のデータを用いて,評価を
行った。省エネルギー施策前のデータをモデル作成用デー
本 稿では,省エネルギー支援サービスのPDCAにおけ
タと評価用データのセットに分け,評価用データとモデル推
る,省エネルギー量の見積もり,効果検証を高度化,標準
定値との誤差を評価の基準とする。
化するために開発した運転条件最適化技術,省エネルギー
従来手法では,運転履歴データを平日,休日,暖房,冷
量推計技術とその実施事例を紹介した。
房の条件によって4つに分類し,この分類ごとに外気温によ
今後,この技術が,省エネルギー活動のための高度な分
る回帰式を作成した。
析に広く活用され,省エネルギー支援サービスの拡大に貢
開発手法では,外気エンタルピ,外気温度,外気湿度,
献していくことを期待する。
日照時間,気圧,平日,休日を要因として,TCBMによりモ
運転条件最適化技術については,本稿のようなオフライ
デルを作成した。
ンの解析だけでなく,オンラインつまり,リアルタイムに適
従来手法と開発手法について,評価用データとモデル推
宜,運転条件を最適化するシステムにも活用できる。上記
定値の散布図を図10,精度評価結果を表1に示す。
については,現在,国土交通省の平成20年度住宅・建築関
連先導技術開発助成事業「学習機能に基づく省エネ性と快
適性の最適化制御技術の開発」の一部として,実際のビル
(7)
。
において実証試験を実施中である
参考文献
(1)松本邦裕,久下谷任祥,綛田長生:制御系解析装置及び
プログラム,特開2007-156881
(2)松本邦裕,久下谷任祥,綛田長生:省エネルギー量推定
装置,方法,及びプログラム,特開2007-18322
ㄏᕣ⠂ᅑ
sNJGD\
(3)久下谷任祥:外的要因を考慮した省エネルギー量定量化
手法の開発,空気調和・衛生工学会大会学術講演論文
集,pp.687-690
(2006)
(4)上田 悠ほか:学習/多目的最適化機能を組み込んだ
(a)従来手法の場合
[kg/day]
快適性と省エネを両立する室内環境制御技術の開発,
azbil Technical Review,Vol.26,No1,pp.2-9(2008)
(5)綛田長生:設計業務におけるデータ活用技術~山武オ
リジナル応答曲面法 RSM-S~,Savemation Review,
Vol.21,No.2,pp.32-39(2003)
(6)筒井宏明,西村順二:時系列履歴データからのデータ
マイニング,計測と制御,第41巻,第5号,pp.345 -349
(2002)
( 7)太 宰龍 太 ,綛田長 生:冷凍 機 送 水 温 度 最 適 制 御の
ㄏᕣ⠂ᅑ
sNJGD\
実験,日本建築学会学術講演梗概集,pp.1085 -1086
(2009)
商標
(b)開発手法の場合
[kg/day]
TCBMは,株式会社 山武の登録商標です。
図10 蒸気消費量の推計結果
−18−
ビル省エネルギー支援サービスのための高度情報処理応用技術の開発
著者所属 久下谷 任祥 研究開発本部
コアテクノロジーセンター
松本 邦裕
ビルシステムカンパニー
環境ソリューション本部
太宰 龍太
ビルシステムカンパニー マーケティング本部 綛田 長生
研究開発本部
コアテクノロジーセンター
−19−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
原動力設備の運用最適化パッケージの開発
Development of Operation Optimization Package for
Utility Facility
株式会社 山武
アドバンスオートメーションカンパニー
株式会社 山武
アドバンスオートメーションカンパニー
株式会社 山武
アドバンスオートメーションカンパニー
植木 和夫
Kazuo Ueki
鈴木 康央
Michihisa Suzuki
今福 賢一
Kenichi Imafuku
キーワード
ユーティリティ設備,原動力設備,連携制御,需要予測,最適化,混合整数計画法,省エネ,CO 2削減,コスト削減
グローバルな温暖化ガスの削減が叫ばれている中,各工場では投資効果の大きい省エネ対策を模索している。そうし
た中で
「連携制御」が既存設備を有効活用でき比較的安価な投資で大きな削減効果を期待できる省エネ手法として着目
されている。その
「連携制御」を実現するものとして,原動力設備
(ユーティリティ設備)の需給連携,供給連携を実現し,
エネルギーコストやCO 2 排出量を削減するためのパッケージ・ソフトウェア「U-OPT」を開発し,既に実際に適用し成果が
得られたので,ここに紹介する。
With the need for global reduction of greenhouse gases, methods of conserving energy with a high return
on investment(ROI)are highly desirable for production plants.“Cooperative control,”meaning cooperation
between utility supply and demand interests, or cooperation among various utility supply facilities, is one
such new method. Simply adding a control and optimization software package to existing facilities enables a
remarkable reduction of energy costs and CO2 emissions.
The U-OPT operational optimization package for utility facilities has been developed to implement cooperative
control. It has already been successfully applied to automotive, petrochemical, district heating and cooling(DHC)
,
and other plants. This paper describes the U-OPT software package and its results in actual applications.
1.
はじめに
たものを,事業者単位のエネルギー管理を義務づけること
により業務部門に多く見られる中小規模の事業場を数多く
設置する事業者を新たに義務の対象に加えた。さらに,企
地球規模の大気中の温暖化ガス(二酸化炭素,メタン
業全体の省エネを見るエネルギー管理統括者を役員クラス
等)の濃度を安定化することを目的にCOP3
(第3回締約国会
から選任し,それを補佐するエネルギー管理企画者を選任
議)が1997年に開催され,京都議定書が採択された。その
することを規定し,事業者の経営判断に基づく効果的な省
第一次遵守期間の2008-2012年に既に入っている。日本は
エネルギーの取組を推進していくように改正した。
1990年対比で,温暖化ガスを6%削減することを約束してい
これらの改正はエネルギー消費が増加し続ける業務部門
るのに対して,現時点では8%近く既に増加しているため,
を主な対象としているが,エネルギー消費の半分を占める
これから14%削減しなければならないという厳しい状況に
産業部門に対してもさらなる省エネを推進することが期待
ある。
されており,規制も強められている。
政府は,COP3を受けて1997年に改正・強化した省エネ法
を,2004年改正で,今まで5業種に限定されていた第一種
産業部門では,業務部門に比べ省エネルギー対策が進ん
エネルギー管理指定工場を,業種指定を外し,大型業務ビ
でいるが,今までは設備や装置の更新の際に,省エネタイ
ルも第一種エネルギー管理指定工場に含め,毎年のエネル
プの設備や装置に置き換えを行うという対策が主流であっ
ギー使用に関する定期報告書や中長期計画書の提出を義
た。しかし,多くの工場では,そうした投資効果の大きな
務付けた。
省エネ機器の置き換えはある程度実施済みであり,この不
さらに昨年の2008年には,今まで工場単位の規制であっ
−20−
原動力設備の運用最適化パッケージの開発
景気で今後の新たな大きな省エネ投資は行いにくい状況に
ある。そうした中で制御技術を活用した省エネルギー手法
が,既存設備を有効活用でき比較的安価な投資で大きな削
減効果を期待できる省エネ手法として着目されつつある。
特に複数の設備を連携させて無駄なエネルギー使用を削減
する
「連携制御」は,エネルギー利用の
「見える化」によるエ
ネルギー管理の高度化と共に,今後ニーズが大きく拡大する
と考えられている。
ここでは,その「連携制御」及び,それを実現するため
に山武が 提 供している原 動力設備運用最 適化システム
「U-OPT」
について紹介する。
2009年末の締約国会議
(COP)では,2013年以降の温暖
化対策の枠組みについて話し合いが持たれる。そこで,さ
らなる大幅な削減が提案されることになり,各工場への省
図1 需給連携と供給連携(1)
エネの圧力が高まることが予想される。しかし,それを受
身でとらえるのでなく,積極的に新技術の導入を試み,利
連携制御は,従来独立して動作していたシステム同士を
益を生み出す機会であるととらえることが望まれる。
接続し,最適な動作をさせるものである。このため,高額な
機器の設置が不要で,物理的にはコントローラやパソコン
2.連携制御
などで実現され,コストの主体はソフトウェア作成やエンジ
ニアリング費用などである。また,供給設備,需要設備を段
2.1 連携制御とは
階的に連携させることにより,一歩一歩省エネルギーを進
図1は,ビルや工場などのエネルギーフローを示してい
めることが可能である。
る。ビルや工場などでは,電力や燃料などの一次エネル
連携制御は,潜在する無駄を省くように動作するため,
ギーを受け入れ,これらを需要側が必要とする仕様の電力
無駄の絶対量が大きな施設では,コストパフォーマンス(投
や蒸気,冷温水,圧縮空気などの二次エネルギー
(ユーティ
資対効果)が非常に高い。このように,連携制御は,既存の
リティ)に変えて,工場の生産システムやオフィスへ供給して
エネルギー供給設備を有効に使い,高い省エネルギー効果
いる。
を実現する革新的な技術である。
ユーティリティ供給側には,受配電システム,圧空コンプ
レッサ,コジェネシステム,熱源システム(ボイラ,冷凍機,
2.2 連携制御の効果
ポンプ,冷却塔など)などの設備群が集中的に配置されてる
各種の省エネルギー機器や省エネルギーソリューション
ことが多く,それら供給側全体を一般に原動力設備,ある
の投資効果を
(社)電子情報技術産業協会
(JEITA)では,
いはユーティリティ設備と呼んでいる。
図2に示すように炭酸ガス削減単価という指標を用いて比較
原動力設備では,需要側の電力,蒸気,冷温 水,圧縮
している。
空気等の要求に応じて,それらを安定的に供給する役割を
縦軸の
「炭酸ガス削減単価」
とは,炭酸ガスを1t削減する
担っている。
ために,いくら投資すれば良いかを示している。小さいほど
そのため,当然設備の容量は,需要の最大を賄えるよう
優秀な省エネルギー手段ということになる。横軸は
「炭酸ガ
に最大需要に合わせて余裕のある設計がなされている。
ス削減量」を示す。右側にいくほど,絶対値として大きな削
しかし,実際の需要は変動し,工場によっては夜間の負
減量を得ることができる。
荷は昼間の数分の一に下がる場合もある。そうした場合
◆マーカーは,変圧器や熱源装置など機器単体で省エネ
に,設備容量に対して低負荷で運転することになり,シス
ルギー効果を高めたものの事例である。○マーカーは,連
テム効率が低くなりエネルギーの無駄が発生する。その無
携制御の事例である。
駄を省くため,需要に見合ってユーティリティ設備を連携さ
平均的な省エネルギー改修の「炭酸ガス削減単価」は約
せ,効率的に運用することにより,高いシステム効率を維持
11万円/t-CO 2 程度である。連携制御はこれに比べて大幅
することを目的とするのが「連携制御」
である。
に安価なソリューションであることが分かる。また,◆マー
図1に示すように「連携制御」は,大きく2つに分けられ
カーの機器単体の導入時に比べても大幅に安価であること
る。需要に合わせて供給側設備を調整する
「需給連携」と,
が分かる。
供給側が複数の機器で複雑に構成されている場合にそれ
らの最適負荷配分を行う
「供給連携」がある。
−21−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
また,
「U-OPT」をオンラインシステムとして実装するに
は,設備の運用状況のデータをオンラインで取り込み,か
つデータの整合性チェックや機器の特性の変化をチェック
する機能を併せもつ 「データ収集機能」が必要とされる。
3.1 需要予測機能
需給連携の効果を高めるため,特に蓄熱槽等のエネル
ギー蓄積が可能な設備を持つ場合は,需要量の現在値だ
けでなく,将来の需要量変化を予測し,長い時間レンジで
運用最適化を行う必要がある。そのため,U-OPTでは,
「需要予測機能」を備えている。空調負荷であれば,気象予
報情報をベースに冷暖房に必要とされる熱負荷を予測する
し,また製造ラインであれば生産計画より計画製造量に必
図2 連携制御の効果
(1)
要な電力量,蒸気量等の需要を予測する。
注1:炭酸ガス削減単価は炭酸ガス1tを削減するために必要な投資金額
注2:機器単体の場合は省エネルギータイプと標準タイプの差額で計算。
工事費を含まない
「BE建築設備」
2005年12月号,2006年1月号記事などより作成
注3:連携制御は工事費込み。年間保守費含まず
注4:平均的な省エネルギー改修の単価は,日経産業新聞2006年12月25日
より引用
U-OPTの
「需要予測機能」は,次の特徴を持つ。
3.山武の提供する省エネソリューション
●製造カレンダに応じた予測モデル切り替え
●重回帰による予測式
電力や蒸気といった熱源負荷
(y)を,製造量,気温・
湿度といった影響因子
(x1,x2,
・
・xn)の重回帰式で予測
する。
y=a×x1+b×x2+・・・
・+d
予測精度を高めるために,平日,休日,休前日等異な
る代表的負荷パターンごとに予測モデルを持ち,製造カ
山武は,前述の
「需給連携」
「供給連携」による省エネ,省
レンダに従ってそれらを切り替えて予測に使用する。
(ユーティリティ)設備運用最
CO 2を実現するために,原動力
●カルマンフィルタによる学習機能
適化パッケージとして
「U-OPT」を開発した。
「U-OPT」の機
季節変動や製造工程を変更した場合には,重回帰モ
能の全体構成を図3に示す。
デル係数は変化する。その調整をあえて行わないでも,
カルマンフィルタによる学習機能で自動的に重回帰モデ
生産計画
気象情報
ル係数が更新される。それにより季節変動や製造工程
変更への優れた追従性が得られている。
実績値
データ収集
実績値
需要予測
各 需要
予測値
機器効率更新
熱源設備
自動制御
CO2排出量削減
コスト最小化
設備運用最適化
機器選択・負荷配分
ガイダンス/制御
図4 カルマンフィルタによる学習機能
●実績値に合わせた予測値修正
図3 「U-OPT」機能の流れ
予期せぬ突発的な負荷変動が発生した場合,予測値
と実際の値を比較し,それ以降の予測値を実際の値に合
「U-OPT」の機能は,生産計画や気象データなどをベース
に将来のユーティリティ需要量を予測する
「需要予測機能」
と,その予測需要量を満足し,かつエネルギーコストあるい
うように修正を行う。
需要予測の精度は,状況により異なるが,今までの実
績では±5%程度の精度で予測できている。
はCO2の排出量を最小とする原動力設備の最適運用を計算
する
「設備運用最適化機能」がある。
3.2 運用最適化機能
「設備運用最適化機能」では原動機器の機器選択,負荷
「U-OPT」では,最適化アルゴリズムとして数理計画法
配分などが出力される。それを実際の運転に反映するの
の1手法である
「混合整数計画法」
( 分枝限定法)を用いて
に,結果をガイダンスシステムとして表示し,運転員を介し
おり,機器の負荷配分の最適化のみならず,機器の起動・
て運用する方法
(オンラインガイダンスシステム)と,運転員
停止の最適化も行う。プラントを構成する機器モデル及び
を介さず,
「U-OPT」から直接,原動力設備の制御システム
各種制約条件の元に,目的関数である
「一次エネルギーコス
に指令を与える方法
(最適制御システム)が選択される。
−22−
原動力設備の運用最適化パッケージの開発
ト」あるいは
「CO 2 排出量」を最小とする機器の起動・停止,
機器のモデルを構築し,ユーティリティの需要量と燃料・電
最適負荷配分を算出する。
力単価,機器の制約を入力し,最適化を実行することによ
り,目的関数を最小とする最適機器運用計画,コスト,CO 2
例えば,下図のような原動力設備の場合,
排出量が出力され,MS-Excelシートの形で見ることができ
る。
図5 原動力設備例
次の最適化問題を混合整数計画法で解くことになる。
図6 U-OPTオフラインツールの構成
<目的関数>
(最小化)
・燃料使用量×燃料単価+電力使用量×電力単価
あるいは
3.3.2 モデル構築
シミュレーションや最適化を行うには,対象となる設備の
・燃料使用量×燃料単位CO 2 発生量+電力使用量×電力
モデル構築が必要となるが,それは一般的にユーザにとっ
(最小化)
単位CO2 発生量
て大きな負担である。
<機器モデル>
「U-OPT」では,MS-Visio画面でモデル構築がグラフィカ
・ボイラ,廃熱ボイラ,抽気タービン,ガスタービン,吸収
ルな操作で容易に行えるようになっている。ボイラとか冷凍
式冷凍機,ターボ式冷凍機,蓄熱槽の機器モデル。機
機といった熱源設備の機器のテンプレートが用意されてお
器の非線形特性も,折れ線近似で対応可能。
り,それらをDrag & Dropで配置して,ラインで結ぶことで
<制約>
容易に原動力設備モデルを構築することができる。各機器
・機器制約:機器最大・最小負荷,連続運転制約,連続停
仕様のパラメータは配置した機器のアイコンをクリックすれば
止制約,強制運転,強制停止,運転優先順位,燃料選
MS-Excelシートが開き,そこから入力することができる。
択
・全体エネルギーバランス制約
・ユーティリティ需要制約:蒸気需要,冷熱需要,電力需要
3.3 オフライン検討用ツールとしての「U-OPT」
「U-OPT」は,オンライン運用最適化パッケージとしての
適用を考えて開発されているが,そのユーザフレンドリーな
インターフェイスから,オフラインツールとして,次の目的で
使用することができる。また,オンラインシステムの適用の
際にも,その導入効果をオフラインで検証するフィージビリ
ティ・スタディ
(FS)を事前に行うのが一般的で,その検討に
も
「U-OPT」オフラインツールが使用される。
①原動力設備の運用の無駄の検証
図7 U-OPTオフラインツールモデル作成
②設備増設,廃棄した場合の経済効果検証
モデル構築の容易さは,モデルの保守や変更の上でも重
③電力契約等最適な契約条件の検討
要である。特に,設備変更を行った場合の投資効果を算定
するには,モデルへのボイラやタービンの追加等の修正が
3.3.1 オフライン「U-OPT」の構成
容易に行えることが必須の要件となる。
U-OPTのオフライン適用を説明する前にその入出力環
境,モデル構築環境について説明する。シミュレーション・
3.3.3 オフラインツールの適用
最適化を実施するには,モデル構築とデータ入力を必要と
次にオフラインツールの具体的な適用について説明する。
するが,U-OPTのオフラインツールでは,データの入出力
(1)運用改善効果検証
はMS-Excelシートで,またモデル構築はMS-Visioを使用
してグラフィカルに構築することができる。最適化の目的関
運用改善効果を検証するために,先ず,運転実績データ
数としては「コスト最小化」と
「CO 2 排出量最小化」を選択
でシミュレーションを行い,コストあるいはCO 2 発生量を計
することができ,最適化エンジンとしては混合整数計画法
算する。次に負荷のみを実績で固定し,機器の制約条件下
(MILP)を使用している。ボイラや冷凍機といった各熱源
で最適化を行い,目的関数
(コストあるいはCO 2 発生量)を
−23−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
最小にする最適運用を算出する。目的関数値の実績値と最
適値を比較することによりどの程度改善余地があるかを判
断する。
図9 U-OPT オンラインシステム
「オンライン最適化」の適用事例として,組み立て工場で
図8 オフラインツールによる現状と最適化の比較
ある
「自動車工場の熱源システム」への適用例とプロセスプ
ラントである
「石油精製・石油化学工場のユーティリティ設
(2)
設備改善効果検証
備」への適用例の2例を紹介する。
今後予想されるユーティリティ需要を用いて,現状の設備
で運用最適化を行った場合と設備改善を実施した場合の運
3.4.2 自動車工場への適用事例
用最適化を行った場合のコストあるいはCO 2 排出量を比較
組み立て工場の代表例として,自動車工場での適用事例
し,設備投資の効果検証を行う。
を示す。対象原動力設備の構成は複数のボイラ,コジェネ
設備,吸収式およびターボ式冷凍機,蒸気を温水にする熱
(3)電力契約評価
交,冷熱,温熱を貯めるための蓄熱槽からなる。
製品プロファイルが変わったことによる製造装置変更や
この例では,空調負荷の占める割合が高いということ
蒸気吸収冷凍機を電動ターボ冷凍機へのリプレースなどの
で,
「U- OPT」では,機器の最適運用・負荷配分を行う前
原動力設備構成の変更があったときに,現在の電力契約を
に,空調負荷に影響の大きい気温・湿度の気象予報情報を
継続するのが適切であるかどうか,あるいはどのような契約
オンラインで取り入れて,それをベースに空調に必要な冷
に変更すれば有利であるかを評価するのにU-OPTを活用
熱・温熱負荷を24時間先まで予測する。そしてその予測値を
することができる。いくつかの契約パターンから予想される
(当該工場で
ベースに最適化アルゴリズムによりCO 2 排出量
負荷に対する電力コストを算出する。それによりどのような
は,1次エネルギーコストよりもCO 2 排出量削減を優先して
契約パターンを選択し,契約電力量をいくらにしたら良いか
の判断材料とすることができる。
いる)を最小にする24時間先までの原動力設備の運用及び
3.4 オンライン最適化機能
とに新たなデータに基づき,更新される
(図10)。
蓄熱槽の蓄熱パターンを決定する。最適計算結果は30分ご
最適結果は,冷凍機についてはオンラインで直接起動・停
3.4.1 オンラインシステム構成
止を行い,水管ボイラについては運転上の制約からガイダン
「U-OPT」ではオフライン検討に使用したモデルをそのま
スシステムとして運転員を介して起動・停止を行っている。
ま移植して,図9に示す「オンライン運用最適化システム」と
「U-OPT」による全体最適化を適用することにより,受電
して適用することができる。
量を契約電力の範囲内におさめ,かつ抽気蒸気量が適切
オンライン運用最適化システムとしては,一定の周期
(例
になるようにコジェネを最適負荷で運用する。
えば30分おき)の需要予測で推定した蒸気・電力需要に合わ
また,効率の良いボイラの選択や蒸気の製造状況に応じ
せて最適な原動力設備の最適運用を算出する。最適化結
ての冷凍機の優先度変更,蓄熱槽の最適な蓄熱パターンを
果は
「最適ガイダンスシステム」として運転員に出力すること
総合的に考えるなど全体のベストミックスが実現でき,熱源
も,
「最適制御システム」として,運転員を介さずに直接ボイ
設備全体のシステム効率を上げることができる。
ラやタービンの負荷設定を行うことも可能である。
U-OPTの導入により工場全体のCO 2 排出量を5%下げる
ことができ,この成果を受けて,現在他工場にも展開中で
ある。
−24−
原動力設備の運用最適化パッケージの開発
図12 U-OPTオンライン制御階層構造
図10 自動車工場へのU-OPT最適制御システムの適用
「U-OPT」は10分周期で定常最適解を算出するため,外
乱による需給の細かいアンバランスを吸収することはできな
3.4.3 プロセス工場のユーティリティ設備への適用事例
い。そのため図13に示すように,
「U-OPT」から全ての機器
自動車工場の熱源システムの例では,蓄熱槽によるエネ
の負荷配分を指令するのではなく,各蒸気ヘッダの圧力制
ルギー蓄積が可能であり,それがバッファとなって,多少の
御や受電量制御が行えるように自由度を持たせ,通常の大
需給のバランスのずれを吸収することができた。しかし,こ
きさの外乱に対してはDCSレベルの制御で対応できるよう
のプロセス工場のユーティリティ設備への適用例では,そう
いったエネルギーを蓄積する設備がなく,
「オンライン制御」
にする。
を行うには,需給バランスの乱れに即座に対応できる制御
への配慮が重要となる。
対象とするユーティリティ設備を簡略して表すと図11のよ
うな構成となる。
図13 「U-OPT」のターゲットとDCS制御の協調
しかし,廃熱ボイラの突然のダウンや落雷による購買電
力の急な供給停止などの大きな外乱が入った場合は,今ま
図11 ユーティリティ設備
では運転員が介入して緊急事態の回避操作を行っており,
そういったDCSレベルの制御では対応不可である。
複数のボイラにより発生させた高圧蒸気を使って蒸気
「U-OPT」での最適制御システムが運転員に受け入れられ
タービンにより自家発電を行うとともに抽気蒸気をプラント
やすく安心感を持たせるシステムとするには,そのような運
に送気している。
転員が行っていた回避操作もカバーする必要がある。
ユーティリティ設備の役割は,製造プラントに安定的に蒸
そこで,図14に示すようにU-OPT最適化計算とDCS制
気,電力の必要量を供給することである。
御の間に,熟練オペレータの大きな外乱時の回避操作ノウ
同工場では,運用最適化システムを導入することにより,
ハウを基に制御モデルを構築した
「制約回避制御」を導入す
効率が異なる機器の負荷配分の最適化,昼夜の電力価格
る。
差を考慮しての自家発電量と購買電力量の調節などによ
それにより,運転員に安心して受け入れられる最適制御
り,エネルギーコスト削減を実現している。
システムが実現できる。また,刻々と変化する電力需要,ス
「最適制御システム」の実現には,前述したように,エネル
チーム需要への追従性が高まり,自動化によりオペレータ
ギー蓄積のバッファとなるものがないので,需給のアンバラ
の負荷が低減されると同時に,ボイラと発電機の運転をリ
ンスに即座に対応できるように,図12に示す 「U-OPT」→
アルタイムで最適化することができる。
「制約回避制御」→「DCS制御」の階層構造を適用している。
−25−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
ができる。
・
「EneSCOPE」で求めた機器効率を
「U-OPT」最適化モ
デルの機器効率としての採用も容易に行える。
・最 適 化に おいてデータの 信 頼 性 が 重 要となるが,
「EneSCOPE」ではオプションで,そういったデータ健全
性チェック機能も行うことができる。
5.
U-OPTオンラインシステム導入手順
U-OPTのオンラインシステム導入にあたり,その導入によ
りどの程度の効果があるのかを事前に評価することが望ま
しい。山武ではU-OPTのオンラインシステムを提案をする
上で,対象設備の設備仕様や代表日の運転データを顧客か
図14 制約回避制御の適用
ら受領し,事前検討
(フィージビリティスタディ:FS)を実施
して投資・効果を予め推算し,十分な効果が出ると判断され
4.
オンラインデータ取り込み
て,はじめてオンラインシステム実施の次の段階に進むアプ
ローチを行っている。
「U-OPT」をオンラインシステムとして適用する場合,運転
データをオンラインで取り込む必要がある。インターフェイス
ソフトを作成することにより,
「U-OPT」が直接,既存の運
転データベースにアクセスし,データを取り込むこともでき
るが,山武が提供するOPC対応のエネルギー管理システム
「EneSCOPE」を導入すれば,
「U-OPT」のオンラインデータ
取り込みがスムースに行うことができ,かつ「EneSCOPE」
が持つ次のエネルギー管理機能を使用して高度なエネル
ギー管理が可能となる。
・締め処理等の機能による時間平均データ
・エネルギー使用の絶対量管理
(各種グラフ表示)
・ユーティリティ原単位管理
・機器効率管理:プラントレベル効率→機器レベル効率へ
のドリルダウン機能
・機器効率劣化監視・通知機能
図16 導入手順
・エネルギー使用の無駄発見のための解析ツール
・外部ツール使用のためのデータフィルタリング・ダウン
FSの実施にあたっては,対象工場について次のような資料
ロード機能
を揃えてもらう必要がある。
FS実施に必要な資料
・熱源システムのフロー図
・熱源機器仕様
・機器制約,運用制約
・各季節のユーティリティ負荷実績
(数日分)
・各季節の熱源設備の運用実績
(数日分)
・電力,燃料単価,契約形態
図15 EneSCOPE各種画面
さらに次のメリットがある。
・
「EneSCOPE」では,
「U-OPT」のオフライン使用の場合
も,
「U-OPT」フォーマットで必要データを出力すること
−26−
原動力設備の運用最適化パッケージの開発
6.おわりに
エネルギーの需給連携,供給連携といった
「連携制御」を
実現するための原動力設備運用最適化システム「U-OPT」
の紹介及びその自動車工場や石油精製・石油化学への適用
例を紹介した。
「U-OPT」は,地域冷暖房
(DHC)での実績
も多数あり,最近は,半導体工場や製鉄工場等からの適用
要求も増えつつある。また需給連携の適用として,生産計
画→ユーティリティ設備運用計画の一方向の最適化にとど
まらず,生産計画↕ユーティリティ設備運用計画の双方向の
需給連携も試みられている。
また,設備運用最適化以外に,オフラインツールとして設
備投資評価のツール,電力契約等の見直しツールとしても利
用できる。
今後は,パッケージ化をより進め,エンジニアリングコス
トの削減を図るとともに,山武の持つエネルギー管理システ
ム「EneSCOPE」との連携を強め,
「連携制御」という新しい
切り口によるエネルギーソリューションツールとして,工場や
大型ビルなどへ幅広く適用して行く意向である。
参考資料
(1)
(社)電子情報技術産業協会
(JEITA)制御システム専
門委員会省エネルギーWG 2008年度調査報告書より引用
商標
U-OPTは,株式会社 山武の商標です。
EneSCOPEは,株式会社 山武の登録商標です。
MS-Visioは,米国Microsoft Corporationの米国およびそ
の他の国における登録商標です。
MS-Excelは,米国Microsoft Corporationの米国およびそ
の他の国における登録商標です。
著者所属
植木 和夫
アドバンスオートメーションカンパニー
アドバンスト・ソリューション部
鈴木 康央
アドバンスオートメーションカンパニー
アドバンスト・ソリューション部
今福 賢一
アドバンスオートメーションカンパニー
アドバンスト・ソリューション部
−27−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
世界最高水準の精度と信頼性を有する
ピエゾ抵抗式圧力センサの開発
Development of Piezoresistive Pressure Sensors with the World’s
Highest Level of Accuracy and Reliability
株式会社 山武
徳田 智久
Tomohisa Tokuda
キーワード
ピエゾ,圧力,ICP-RIE,R付ダイアフラム,高耐圧,ノッチフリー,拡散抵抗配線
当社の基幹製品である差圧・圧力発信器の心臓部に搭載されるSiピエゾ抵抗式圧力センサを改良することで,従来品
に対して大幅な高耐圧化を達成する理想的なダイアフラム構造とそれを可能にする独自プロセスを開発し,センサの信
頼性を大幅に向上させているので報告する。さらに従来のメタル配線の代わりに半導体拡散抵抗を配線とすることで,
さらなる精度向上を実現しているので併せて報告する。
Improvements have been incorporated into the silicon piezoresistive pressure sensors installed in the central
unit of differential pressure and pressure transmitters, which are key products of our company. This has
enabled the development of ideal diaphragm structures featuring significantly higher pressure resistance and
the unique processes making this possible and the realizing of greatly improved sensor reliability. This paper
covers these topics and how installing semiconductor diffused resistors instead of conventional metal wires
enables even higher accuracy.
1.はじめに
2.
センサ概要
2.1 ピエゾ抵抗式の測定原理
差圧・圧力発信器は圧力,流量,液位などの計測に使わ
れる汎用性の高い工業計器であり,世界中で広く採用さ
センシング方式として利用しているピエゾ抵抗効果とは,
れている。近年,これらを取り巻く環境は市場のグローバ
応力による半導体のバンドギャップの変化で説明され,抵
ル化や世界規模での生産拠点の変化にともない厳しさを
(1)
ピエゾ抵抗係数は,応力に
抗率が変化する現象である。
増し,これまで以上に高いコスト競争力と差別化技術によ
対する抵抗率の変化を示す係数であり,物質によって固有
る製品力強化が必要不可欠な状況となってきている。そこ
の値を持つ。Siの場合では,このピエゾ抵抗係数は,伝導
で,当社で製造・販売している高精度・高機能な差圧・圧力発
型,温度,不純物濃度によって変化し,さらに異方性を持
信器AT9000 Advanced Transmitter Model GTX(以下
つ。
GTX)等に検出素子として内蔵されるSiピエゾ抵抗式圧力
当社では,検出素子として,p型Siの拡散抵抗で結晶面
センサの改良を行い,大幅な信頼性,及び精度向上を達成
(100)を採用している。図2にp型Siの
(100)面におけるピエ
ゾ抵抗係数の異方性を示す。この面においては結晶方向が
しているのでここに紹介する。
<110>方向の時に最もピエゾ抵抗係数が大きくなり,圧力
検出に最適方向となる。逆に結晶方向が<100>の時に,
最もピエゾ抵抗係数が小さく圧力感度最小となり,温度セ
ンサなどの最適方向となる。
測定原理としては,図3に示すとおり,圧力印加時にセン
サチップに形成されたダイアフラムの撓みにより発生する応
力を,センサ表面に形成したピエゾ拡散抵抗の抵抗値変化
としてブリッジ回路で検出する方式を採っている。発生応
力,抵抗値変化率,及びブリッジ出力電圧の関係を式
(1)
に示す。この式が示すように,ダイアフラムの径方向に発生
するσlと接線方向に発生するσtとの差であるσl-σtに比
例する抵抗値変化率ΔR/Rに伴う電圧が出力される。
図1 AT9000 Advanced Transmitter Model GTX
−28−
世界最高水準の精度と信頼性を有するピエゾ抵抗式圧力センサの開発
Vout = 1/2(σl-σt)π44・V0 = ΔR/R・V0 式
(1)
(π44:<110>のピエゾ抵抗係数)
90
120
60
<110>
1012dyne/cm2
30
図4 センサチップ従来構造
0
2.2.2 LZS構造
<100>
支持台であるガラス台座との僅かな熱膨張係数差やヤン
グ率の違いにより接合界面に生じる歪による誤差を排除す
る構造をとっている。これをLZS(Low Zero Shift)構造
(図
5)と呼び,温度特性及び,静圧特性のSN比が従来比で10
330
210
倍以上に向上している。当社センサは,チップ材料としてSi
240
を採用し,台座はガラス材を採用している。異種材料を接
300
合している限り,誤差成分である温度や圧縮力により発生
270
図2 p型Si(100)面のピエゾ抵抗係数
する応力を完全になくすことは不可能である。但し,ここで
3UHVVXUH
や圧縮力により発生する径方向の応力と接線方向の応力が
式
(1)に再度注目すると,このノイズ成分の低減には,温度
等しく,その差が0であれば良いことが分かる。このことに
注目し,センサチップと台座との接合部の形状を最適化す
3LH]RUHVLVWRU
ることで,σ l とσ t の値を等しくし,温度や圧縮力により
発生する応力によるノイズ成分を極力抑えることのできる構
造となっている。
6L'LDSKUDJP
9ROWDJH
2XWSXW
92
図5 LZS構造
図3 測定原理
2.2.3 Si / Glass / Si 三層PKG
2.2 センサ従来構造と特徴
センサチップ・台座を圧力容器であるステンレス鋼にパッ
当社にて,これまでに高精度・高信頼性を追究することによ
ケージしているが,ステンレス鋼との熱膨張係数ミスマッチ
り得られてきた独自の差別化技術について以下に記載する。
により熱応力が発生する。この応力のチップへの伝達を十
分に減衰させる目的として,図6に示すように,Siチューブを
2.2.1 センサチップ構造
導入している。これにより,PKGから受ける誤差要因の排
当社ではSOI(Si On Insulator)
ウエハを用いてセンサチッ
除を可能にしている。
プを作製している。これはSiに比べて極端にエッチングレー
トの低い埋め込み酸化膜
(buried oxide:BOX)層でエッチ
ングストップさせることで,ウエハ面内でダイアフラム厚さの
均一性を保つためである。しかし,この構造では強度の弱
いSiO2やSi-SiO2界面で応力集中が起こるため,耐圧の低
い構造となってしまう。そこで,耐圧向上のためにさらに追
加で掘り込むことにより図4に示すような強度の弱いBOX層
付近への応力集中を避ける構造としている。また,センサ
表面には検出素子が形成されており,アルミ配線によりブ
リッジ接続されている。
図6 三層構造
−29−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
2.2.4 ゼロ点安定化技術
発生するすべりのためゼロ点シフト(以下サーマルヒステリ
計測値の信頼性を論じる際,しばしばゼロ点のドリフト
シス)が発生する。また低圧レンジになるほど,この影響が
が問題になる。当社ではこの問題を解決するため,センサ
大きく,最も低圧の微圧レンジでは深刻な問題となる。これ
ゲージ形成の際のイオン注入プロファイルを独自に最適化
に対しても配線に半導体拡散抵抗を導入することでヒステ
し,ドリフト発生の原因であるイオン性不純物に対する耐
リシスを低減することで解決しているので以下に記載する。
性向上に成功している。図7に示すように,本来特性を保証
3.1.1 新ダイアフラム構造の実現
していない限界動作領域
(125℃)においても17ヶ月以上で
R付ダイアフラムの構造を実現するために,従来のエッチ
0.01%F.S. 以下と工業用差圧・圧力発信器における世界最高
ング手法であるウェットエッチングではなく,ICP-RIEによる
水準の安定性,信頼性を実現している
(図7)。
ドライエッチングを導入した。また,チップサイズは極力小
さい方が好ましく,そのためには開口部面積を極力小さくす
る必要がある。R付ダイアフラム作製プロセスの概要を下記
に記載する。
(1)
1次掘り:SOIのBOX層までのエッチング。Bosch Process
と呼ばれるエッチングとエッチング側壁保護を繰り返
しながら行うエッチング手法を用い,垂直,もしくは逆
テーパー形状となるようなトレンチ構造を形成する。こ
れにより,ダイアフラム寸法からの開口部の広がりをゼ
ロ以下にしている。
(2)BOX層の除去:BHF(Buffered HF)によるウェットエッ
チング。
図7 125℃におけるゼロ点のドリフトデータ
(3)2次掘り:等方性エッチング(Non-Bosch Process)による
深堀り。等方性エッチングで行うことにより,エッチング
時間に伴う寸法のR形状が形成される
(図8)。
3.さらなる高信頼性化・高精度化
前述のとおり,我々の開発したピエゾ抵抗式圧力センサ
は,長年の開発から得た様々な技術を集約した高精度,高
信頼性のセンサである。しかし,従来の構造では,最も低
い微圧レンジの実現が困難であった。これは,差圧センサ
のLP(Low Pressure)
側の耐圧が使用圧力の70倍という厳
しいスペックの中,スパンと耐圧のトレードオフを達成するこ
とが同構造では極めて困難だったためである。一方でスペッ
ク内であっても,厳しい使用環境でウォーターハンマーやア
図8 R付ダイアフラム
コースティックショックなどにも耐える信頼性の高いセンサ
が求められている。このような要求に応えるため,我々はセ
但しこの構造では,図9に見られるように,SOIウエハで
ンサの耐圧を極限にまで高めた。具体策として,設計上のア
実施していることによる,ドライエッチングの際にノッチと呼
プローチ(R付)
とプロセス上のアプローチ(ノッチレス)
の両
ばれるくぼみが酸化膜界面で発生する。これは従来構造と
方により解決している。さらに低圧レンジになるほどヒステ
同じ応力集中箇所となりうるという懸念点があるため,以下
リシスの問題も大きくなってくる。これについても,設計上の
で検証した。
アプローチ(配線メタルレス化)
により課題解決している。
3.1 従来構造の課題点
従来構造のセンサは,アルカリのエッチング液による異方
性エッチングでダイアフラムを形成していたため,面方位の関
係からエッチング終端部に54.74°の角ができ
(図4),この角
が応力集中箇所となるため耐圧が低かった。そこで,高耐圧
化を実現する手段として,この角にRをつけ,応力を分散させ
る構造が有効と考えた。この考えのもと,理想的なダイアフ
ラム構造の実現に成功しているので以下に記載する。
また,従来センサは配線材料にアルミを使用しているた
図9 ノッチ構造
め,温度サイクルが加わった際に主にこの異種材料界面に
−30−
世界最高水準の精度と信頼性を有するピエゾ抵抗式圧力センサの開発
ノッチは低圧以下のレンジでは問題ないが,より使用圧
の高い中圧レンジでは,LP耐圧が0.9倍と逆に低下してしま
うことが耐圧試験結果より分かった。図10にチップ破壊後
の断面図を示すが,チップ破壊はノッチ部を起点としてい
ることが分かる。また,図11にはノッチ形状ダイアフラムと
ノッチフリーの理想的な形状のダイアフラムのLP印加時の
発生応力分布を比較したシミュレーション結果を示してい
る。ノッチ形状ダイアフラムでは,ノッチ部分が新たな応力
集中部となり酸化膜の破壊応力を超える応力が発生してい
ることが分かる。それに対しノッチフリー形状ではBOX層
図12 ノッチフリーR付ダイアフラム断面図
領域に酸化膜の破壊応力を超える応力発生は見られない。
以上の結果より,LP耐圧低下の原因は,ノッチ形状であ
3.1.2 評価結果
り,ノッチが新たな応力集中部となるため,Rによる応力分
新ダイアフラム構造の耐圧について,各レンジ毎に従来品
散効果が生かしきれないためであると結論付けた。またこ
と比較した結果を表1に示す。全レンジとも従来構造の耐圧
れに対応するため,ノッチ形状の発生を解消し,尚かつさ
を基準としての耐圧向上率で表記している。微圧レンジで
らなる高耐圧化実現のため,プロセスの最適化により図12
は従来構造の6倍以上,低圧レンジでは3.3倍以上,中圧レ
の様な形状を達成している。
ンジでは2.8倍以上と各レンジ大幅な高耐圧化を達成してい
る。
以上により,従来構造に対して大幅な高耐圧化を実現す
る理想的なダイアフラム構造であるR付ノッチフリーダイアフ
ラムの作製に成功している。この新ダイアフラム構造の導入
により,微圧レンジ実現において課題であったスパンと耐
圧のトレードオフを達成している。さらに他レンジにも導入
することで,実使用環境で予想されるより強いウォーターハ
ンマーやアコースティックショックなどの過酷な使用環境へ
の耐性が向上され,より信頼性の高いセンサとなっている。
図10 チップ破壊断面観察結果
測定レンジ
LP耐圧評価結果
(従来構造比)
微圧
6倍
低圧
3.3倍
中圧
2.8倍
表1 耐圧結果
(従来比較)
3.1.3 配線メタルレス化
既存センサでは,チップ上に配置した個々のセンサでブ
リッジ回路を形成するための配線材料としてアルミを用い
たメタル配線を採用していた。センサ抵抗はシリコン表面へ
の埋め込み抵抗として形成し,シリコン表面は保護膜として
の酸化膜が形成されている。メタル配線はこの酸化膜にコ
ンタクト用の穴をあけ,チップ全面に引き回す構造を採って
いた。しかしながら,この方式ではサーマルヒステリシスが
大きくなることがあり,この原因が以下の2点であることが
分かっている。
① メタルと酸化膜界面にストレスが発生する。
② メタルで埋め込まれたコンタクト穴が酸化膜とシリコンの
図11 ノッチ有
(上)
とノッチ無
(下)
のLP印加時の
応力分布シミュレーション結果比較
界面に熱ストレスを発生させるが,このコンタクト穴が多
くなる。
また,低圧レンジになるほど,チップの圧力検出感度が
高くなるため,この熱ストレスの影響が顕著に出ることとな
る。このため従来構造の低圧レンジではサーマルヒステリシ
スが大きくなり,最も低圧の微圧レンジ実現に対して,深刻
−31−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
な問題となっていた。そこで,配線としてセンサ素子同様の
半導体の拡散抵抗を導入し,可能な限り異種材料を排除
することで,サーマルヒステリシスの低減を図った。つまり,
図13に示す様に,拡散抵抗を抵抗値,電流パス方向,ブ
リッジバランス等を考慮して配線として引き回すことで,メタ
ルは外部接続用のボンディングパッド用途のもののみとする
ことが可能となり,下記の効果が得られる。
① メタルが最小限となる。
② コンタクト穴数が半減でき,かつ,センサ部より遠ざけら
れる。
図15 ヒステリシス測定結果
前述の高耐圧化ダイアフラムと合わせることで,微圧レン
ジの実現が可能となり,圧力センサの全ラインナップを揃え
ると共に,従来構造に対し,さらなる高精度化を実現してい
る。
4.
おわりに 新たに理想的なダイアフラム構造とそれを可能にする独
自プロセスを導入することで,センサの信頼性を向上させる
ことに成功し,さらに同時に拡散抵抗配線を導入すること
図13 チップ配線形成方法
で,精度向上にも成功している。
今後も世界を代表するピエゾ抵抗式圧力センサの老舗と
図14に図13の内容を考慮して設計したチップレイアウトを
して,さらなる高精度化,高信頼性化,高機能化に向けて
記載する。図で確認されるパターンは主にメタル部であるが
あくなき追究を続け,技術に,かつ製品に,より一層の磨き
メタルが大幅に削減できることが
(a)
(b)図の比較により確
を掛けていく所存である。
認できる。また,差圧,静圧センサ接続用のコンタクト穴を
従来構造に比べて半分以下に減らすことができている。
参考文献 (1)
米田雅之:ピエゾ抵抗式圧力センサの最適設計,Savemation
Review,Vol.18,No2,pp.2-11
(2000)
(2)C. S. Smith:Phys. Rev. Vol.94,No.1,p42-49
(1954)
(3)
K. Matsuda,K. Suzuki,Y. Kanda:The 7th International
Conference on Solid State Sensors and Actuators, p221223
(1993)
(a)
従来構造外観
著者所属 (b)最新構造外観
図14 チップレイアウト
3.1.4 評価結果
上記2種類のチップでのサーマルヒステリシスの実測定結
果を図15示す。グラフは従来品の最大値を1とした相対比較
結果である。ヒステリシス対策が功を奏し半減できている
ことが確認できる。
−32−
徳田 智久
マイクロデバイス生産開発部 研究開発グループ
世界最高水準の精度と信頼性を有するピエゾ抵抗式圧力センサの開発
−33−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
水中環境下におけるトライボケミカル反応を
利用した低摩擦・低摩耗技術の研究
A Study on Low-friction and Low-wear Technology Applying the Tribochemical Reaction in a Water Environment
株式会社 山武
ビルシステムカンパニー
大橋 智文
Tomofumi Oohashi
キーワード
トライボケミストリー,摩擦,摩耗,表面改質技術,電動制御弁
近年,ビル空調用途の電動制御弁の開発において,省エネルギー・省資源の観点からバルブの操作トルク低減や長寿
命化などが要求されている。そのため,軸受部をはじめとする摺動部材の低摩擦・低摩耗技術の確立が技術開発の1つ
の方向として位置付けられている。
主に冷温水用途で使用されるバルブの摺動部材には,水中環境における摩擦・摩耗特性の向上が必要不可欠となる。
本稿では,水中環境下の摩擦によって誘起される化学反応,いわゆるトライボケミカル反応に着目し,その反応生成物に
よる潤滑効果を利用した低摩擦・低摩耗技術に関しての研究結果を報告する。
Recently, concern about energy savings and resource conservation has led development of motor-controlled
valves for building air-conditioning applications to focus on the need for reduced operating torque and longer
lives for valves. One approach taken has been the technological development of low-friction and low-wear
technology for bearings and other sliding parts and materials.
Improved friction and wear characteristics in a water environment is essential for the sliding parts and
materials of valves used mainly in heating and cooling water applications. This paper focuses on the so-called
tribo-chemical reaction, which is a chemical reaction that is incited by friction in a water environment, and
reports on the research results for low-friction and low-wear technology applying the lubricating effects that are
products of the reaction.
1.はじめに
このような背景のもと,軸受部をはじめとするバルブ摺動
部材の低摩擦化や耐摩耗性などの摩擦・摩耗特性を向上す
る技術の確立が,1つの大きな技術開発の方向として位置
ビルや工場などの建物空調用途の電動制御弁
(VY51シ
付けられている。主に冷温水用途で使用されるバルブの摺
リーズ)において,図1に示すようなトラニオン形式のロータ
動部材には水中環境における摩擦・摩耗特性の向上が必要
リ弁により,口径15~150Aまでのラインナップを実現して
であり,本研究では,特に水中環境下における低摩擦・低
いる。
摩耗技術の確立を試みた。
電動制御弁の開発における技術的な課題として,アクチュ
エータの小型化や省電力化,長寿命化があり,その解決策と
してバルブの操作トルク低減が必要不可欠となる。
操作トルクの主な要因の1つとして,流体圧を受けたプラ
グを支える軸受部に発生する摩擦力がある。現状では,低
摩擦係数材料であるPTFE(PolyTetraFluoroEthylene:四
フッ素化樹脂)をコーティングした金属軸受を使用すること
で摩擦力を下げている。しかしながら,流体内に存在する
さび等の粒子状の異物混入が原因で局所的に面圧が上昇
すると,PTFEが激しく偏摩耗し部分的に失われてしまう。
そのため,軸受部の摩擦力が上昇し,操作トルクが増加し
てしまうため,結果的にその増加を許容できる高出力の電
動アクチュエータで対応せざるを得ない状況になっている。
図1 ビル空調用バルブ(VY51)の構造
−34−
水中環境下におけるトライボケミカル反応を利用した低摩擦・低摩耗技術の研究
2.低摩擦・低摩耗化のアプローチ方法
で,その部材の持つ特性
(金属材料であるため加工性,耐
衝撃性などに優れる)は保持しつつ,水中環境下での良好
な摩擦・摩耗特性の実現を目指した。
(1)
(2)
2.1 トライボケミカル反応
一般的に,物質の表面は摩擦という動的な条件が加わる
2.3 低摩擦・低摩耗プロセス
と,その表層付近の原子層は破壊や圧縮などの機械的損
図2に,本研究で想定している低摩擦・低摩耗プロセスの
傷をうけ,原子同士の結合が切断され化学的に不安定にな
概要を模式図を用いて示す。
る。そのため,摩擦条件下では,熱化学反応に本来必要な
(a)機能性Si膜の準備:
活性化エネルギーよりも低いエネルギーで,物質表面とその
軸受
(ボトムガイド)の摺動表面に,Siを含んだ機能性膜
周囲の物質とが反応することが知られている。さらに,摩擦
を形成させる。
による温度上昇や破壊面からの荷電粒子放射などの作用も
(b)水中環境下での摺動:
加わり,摩擦面はより化学反応を起こしやすい状態となる。
軸受
(ボトムガイド)と相手材が使用環境下で摺動する
摩擦によって誘起される化学反応は一般的にトライボケミカ
ことで,Siを含有させた被膜が相手摺動材と接触し,
ル反応と呼ばれ,通常の環境下では発生しないような反応
表層Si原子が化学的に活性化する。
が起こるのが特徴であり,物質表面の性状が変化したり,
(c)摺動界面における潤滑物質生成:
反応生成物により摩擦・摩耗特性に大きな変化が現れるこ
活性化した表層のSi原子が周囲の水と式
(1)のトライボ
とがある。
ケミカル反応を起こし,SiO 2の潤滑物質が生成し,摺動
そこで本研究では,主に水中環境での低摩擦・低摩耗性
界面に介在する。その結果,摺動時の接触応力が分散
の実現を目的として,摺動面において部材表面のSi( ケイ
され,低摩擦・低摩耗性が実現できる。
素)とH 2 Oとが摩擦条件下で下記の化学反応を起こすこと
を利用する。
SiC+2H 2O→SiO2+CH4
式
(1)
上記反応式には大きな活性化エネルギーが必要であり,
通常1000℃以上の高温環境と10~100MPa程度の水圧条
件下でなければ反応しないが,摩擦条件下では常温でも反
応が起こることが知られている(1)。この反応によって生成す
るSiO 2は非晶質でやわらかく,せん断力が小さいため,反
応生成後に潤滑物質として摩擦面に介在し摺動時の接触応
力を分散させることができ,低摩擦・低摩耗への寄与が期
待できると考えられる。水中環境ではさらに連続してSiO 2
の水和化が起こり,潤滑効果のあるSiO 2・nH 2 Oを形成する
ことが推測され(3),より低摩擦・低摩耗化が期待できる。
2.2 表面改質技術による機能性Si膜の創製
式
(1)と同様の反応を起こす代表的な材料としては,SiC
などのSi系セラ
(炭化ケイ素)の他に,Si 3 N(窒化ケイ素)
4
ミックスが知られているが(3)-(5),一般的にセラミックス材料
は非常に高硬度な脆性材料であり,固体粒子の噛み込みに
よる破壊や耐熱衝撃性の低さなどから,バルブ部品として
の適用には難しい面がある。
一方,機械的特性の向上や特定の機能付加を目的とし
て,機械部材の表面をコーティングや熱処理,ショットピー
ニングなどで特性を変化させる技術として,表面改質技術
図2 低摩擦・低摩耗プロセス概要
が知られている。表面の性状のみを変化させることで,部
材の特性を保持しつつ,表面には必要な機能を付加するこ
とが可能になる。特に近年の環境問題や省エネルギー化に
2.4 膜質の設計指針
対応するために,部材の摩擦・摩耗特性を向上させる
“トライ
冷温水用途のビル空調用バルブの摺動部材が主に水中
ボロジー”分野に関連する表面改質技術が注目を集めてい
環境摺動であると想定されることは先に述べたとおりであ
(6)
。
る
るが,配管の向きなどによっては水のない環境で摺動する
そこで本研究では,この表面改質技術に着目し,式
(1)
の
場合も起こりうる。そのため水中環境だけでなく,乾燥環境
トライボケミカル反応が起こるように膜質設計した被膜
(以
(空気中)での摩擦・摩耗特性も無視することはできず,両環
下,機能性Si膜と呼ぶ)をバルブ部材の表面に形成すること
境を想定した膜質設計が必要となる。
−35−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
成膜処理方法にはドライコーティングの1つであるPACV D
(Plasma-Assisted Chemical Vapour Deposition:プラズマ
アシスト化学蒸着法)を用いた。処理温度が約200℃と比較
的低温で,基材表面に堆積した後に結晶化するだけのエネ
ルギーが十分にないため,膜内の原子配列は一般的に規則
性のないアモルファス(非晶質)となる(7)。そのため,原子の
結合状態は熱力学的に非平衡
(非平衡準安定状態)であり
化学的に活性となるため,通常のセラミックスSiCよりも低
い活性化エネルギーで反応することが推定される。
また,乾燥環境
(空気中)
での摩擦・摩耗特性を考慮し,Si
図4 表面SEM像
(走査型電子顕微鏡写真)
(注:左右に走る筋は基材加工時の切削痕)
とC(炭素)
の原子比率を1:1とせず,Siの含有量を減らすこと
で,膜中のSi-C結合に対してC-C結合の割合を十分に確保し
4.
機能性Si膜の基本性質
た。その理由として,一般的にアモルファス構造を持つ炭素
系被膜はDLC(Diamond-like Carbon)
と呼ばれ,空気環境
表1に機能性Si膜の諸特性を示す。Si含有量は10at%に抑
中で自己潤滑性を持ち,良好な摩擦・摩耗特性を示すことが
え,乾燥環境
(空気中)での特性を考慮しC-C結合の確保を
(7)
(
- 9)
。本研究でも膜内成分の炭素量を十分確保
知られている
狙った。比較のためSiを含有していないDLCの特性も併記
しDLC構造を取り入れることで,乾燥環境での良好な摩擦・
する。
摩耗特性を得ることを目指した。
密着性を確認するために,ナノインデンテーション法(10)に
よる微小押し込み硬さ試験
(試験荷重:1000[mgf])を実施
した
(図5)。負荷時にはDLCと比較して押し込み深さが深
3.機能性Si膜の成膜処理
く,除荷時にはほぼ同じ深さに戻っており,比較的大きな
弾性回復を示している。このことから,機能性Si膜の方が
成膜方式は先述のPACVDで,膜厚は約1μm(中間層を
膜硬度は低く,ヤング率が小さいことがわかる。ヤング率が
含めて約3μm)とした。成膜する基材は量産時を考慮して
小さければ摩擦時に与えられる変形エネルギーを弾性変位
軸受
(ボトムガイド)と同じSUS304を使用した。図3に成膜
として蓄積できるため(11),DLCと比べ異物の噛み込みによ
した機能性Si膜の断面図,図4に表面図のSEM(Scanning
る局所的な面圧の上昇にも破壊や剥離を起こさずに密着性
Electron Microscope:走査型電子顕微鏡)
写真を示す。
を確保できる可能性がある。
一般的にDLC構造を含む被膜は非常に高硬度で,基材
のSUS304とは大きな硬度差があり密着性が懸念されるた
め,下地金属層と金属含有炭素層の中間層を形成すること
で傾斜的に硬度差をもたせ,密着性を向上させた。なお,下
地層と中間層の成膜は,同じドライコーティングであるPVD
(Physical Vapor Deposition:物理蒸着法)
で行い,機能性Si
膜のPACVD工程と連続工程で成膜している。
また,膜の表面は非常に滑らかであり,ドライコーティン
機能性Si膜
DLC
Si含有率[at%]
10
0
膜厚
(Si膜)[μm]
1.3
-
膜厚
(全体)[μm]
3
3
押し込み硬さ
(図5)
[mgf/μm2]
3200
4600
表1 機能性Si膜の諸特性
グで問題視されるドロップレット(表層に付着する微粒子)
もほとんど確認されなかった。
1000
1.28μm
2.56μm
1.28μm
0.000
0.000
変位[ m]0.050/div
0.200
1000
図3 断面SEM像
(走査型電子顕微鏡写真)
0.000
0.000
0.200
図5 微小押し込み硬さ試験結果
(荷重‐変位曲線)
−36−
水中環境下におけるトライボケミカル反応を利用した低摩擦・低摩耗技術の研究
5.摩擦特性評価
きる。DLCは空気中と水中の摩擦係数はほぼ同じである
5.1 摩擦係数測定方法
に低く1/2程度であり,含有したSiの効果により水中での低
が,機能性Si膜は空気中に比べ,水中での摩擦係数が非常
摩擦係数を実現していると考えられる。
摩擦特性
(摩擦係数)を把握するために,摺動部を水中
また,水温55℃の結果を図9に示すが,25℃環境に比べ
(水道水を使用)に浸漬したボールオンディスク型往復 動
55℃の高温水環境の方がより低い摩擦係数を示した。一般
摩擦摩耗試験
(関連規格:ASTM G99-05)を実施した。試
的には周囲温度の上昇に伴い,表層の原子の振動が激しく
験装置の概要を図6に示す。実験条件は表2のように設定
なり活性化する影響で摩擦係数は上昇する傾向にあるが,
した。回転速度を実際のバルブ摺動速度に設定し,水温
逆に機能性Si膜においては高温水環境の方が若干ではあ
25℃条件に加え,実使用環境も考慮して55℃の温水環境
るが,摩擦係数の低下を見ることができる。表層原子の活
での試験も実施した。摺動回数に関しては摩擦係数が安定
性化により化学反応が促進された結果であると考えられる。
した時点での終了とした。
図6 ボールオンディスク型往復動摩擦摩耗試験機
摺動形態
回転往復
(90°)
荷重
10N
回転速度
0.26mm/s(0.25rpm)
摺動回数
3000回
周囲環境
空気中,水道水中
流体温度
25℃±1℃,55℃±2℃
供試材
(ディスク)
SUS304
(表面粗さRa0.2μm)
+
機能性Si膜
相手材
(ボール)
SUS304(φ6mm)
図7 摩擦係数推移
(25℃水中)
図8 摩擦係数推移
(空気中)
表2 試験条件
5.2 摩擦係数測定結果
摺動回数と摩擦 係数との関係を図7に示す。比較のた
め,供試材(ディスク)に,セラミックスSiC(バルク材) ,
DLC,及び現行製品で使用しているPTFEを用いた評価結
果も合わせて示す。
水中環境であるため,開始直後に境界潤滑
(固体潤滑と
流体潤滑の混合状態)となり,どの材料でも摩擦係数は一
旦下がる傾向にある。機能性Si膜の摩擦係数は非常に低く
PTFEと同程度を示しており,さらに,ある程度の摺動回数
を経た後に摩擦係数の下降が見られる。一方,セラミックス
図9 摩擦係数推移
(55℃水中)
SiCの摩擦係数は上昇傾向にあり,この条件下ではトライボ
ケミカル反応が起こっていない可能性が高い。
確認試験として空気中環境での結果を図8に示す。機能
性Si膜の摩擦係数は,空気中で低摩擦係数を示すDLCと
同程度であり,炭素量を十分確保した効果であると判断で
−37−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
6.耐久性評価
6.1 耐久性評価方法
バルブに適用する上で必要となる膜の耐久性を評価する
ため,シリンダーオンディスク型摩擦摩耗試験機を用いて長
距離の摩擦・摩耗特性の評価を行った
(図10)。この試験方
法ではサンプル形状が円筒になるため,摺動材同士が常に
継続して擦れあうような状況となり,短時間で耐久性を評価
することが可能になる。試験条件は基本的にJIS K 7218に
準拠するが,摺動距離はバルブ口径150Aの摺動相当距離
1.5kmに対して約2倍の距離をとった。
(a)
試験機
図11 摩擦係数推移
(3km 水中)
(b)試験サンプル形状
図10 シリンダーオンディスク型摩擦摩耗試験機と
試験サンプル(シリンダー側に被膜)
摺動形態
回転
(1方向)
荷重
50N
回転速度
0.5m/s(500rpm)
摺動距離
3km
周囲環境
水道水中
流体温度
25℃±1℃
供試材
(シリンダー)
SUS304円筒
(外径φ26mm,内径φ20mm)
+
機能性Si膜
相手材
(ディスク)
図12 摩耗量
(水中3km摺動後)
SUS304
(表面粗さRa0.2μm)
表3 試験条件
(耐久性)
6.2 耐久性評価結果
(a)機能性Si膜
長距離での摩擦・摩耗特性の評価結果を図11,12に示
図13 水中摩擦摩耗試験後のサンプル
す。摩擦係数は3kmの摺動距離まで安定して0.1以下を維持
し,さらに膜自身の摩耗量及び相手材の摩耗量も0.1mm
(b)相手材
(SUS304)
3
程度と少量であり,セラミックスSiCよりも少なく,DLCと同
レベルである。興味深いのが,DLCに比べ摩擦係数が低い
にも関わらず,機能性Si膜自身の摩耗量が多いことである。
これは,想定した化学反応により表層のSiが消費された結
果であると推定される。
さらに,試験後のサンプル写真を図13,図14に示すが,
機能性Si膜
(a)の摺動表面は,剥離していないだけでなく,
表面が円滑になっていることが確認できる。摺動時の化学
反応により相手材との接触箇所
(ミクロレベルの凸部)が積
極的に削れることで,最終的に円滑な表面が形成されたも
のと考えられる。また,相手材
(b)の摺動部には,摺動跡に
図14 相手材摺動面上の付着物のSEM像
(図13
(b)A部)
沿って付着物が観察された。
−38−
水中環境下におけるトライボケミカル反応を利用した低摩擦・低摩耗技術の研究
7.反応生成物の解析
水中摩擦 摩耗試 験 後(シリンダーオンディスク型 摩擦
摩 耗試 験)に相手材 摺動面に付着した物質を特定する
ために,まずSEM-EDX (Energy Dispersive X-ray
Spectroscopy:エネルギー分散型X線分光法)により,付着
物の元素分析
(定性分析)を行った。その結果を図15に示
す。SEM-EDXは検出深さが数μmであるため,付着物質だ
けでなく基材の元素も検出する可能性がある。そのため,
比較として基材
(SUS304)のみの分析結果も記載する。付
着物質
(箇所)の元素ピークからは,基材に対してSiとO(酸
素)が多く検出されていることがわかる。このことから付着
物質は,機能性Si膜から移着した物質であると推定され
る。
さらに,この移着物質の組成を特定するために,XPS
(X-ray Photoelectron Spectroscopy:X線光電子分光分
析)を使用し,SiとO(酸素)の結合状態を解析した。図16
にSi(2p)の光電子スペクトルを示す。比較のため,機能性
Si膜自体の解析結果も合わせて示す。結合エネルギーの値
から,物質内のSiは,SiO 2とSiOxの両方が混在している状
図16 XPSによるSi(2p)の光電子スペクトル
:約102eV)。SiOxは,結合
態である
(SiO :
2 約103eV ,SiOx
元素がO(酸素)のみではなく,一部が他の元素に置き換
8.
考察
わっている状態であり,もともとの元素構成から,置き換
わっている元素はC(炭素)であると推測できる。文献値(12)
本研究では,トライボケミカル反応による潤滑物質生成と
からはX=1.5に近い組成であると推測される。
いう仮説を立案し,その検証実験と解析を行なったわけであ
であると考えら
以上から,移着物質はSiO(またはSiOx)
2
るが,その結果から機能性Si膜の水中摺動時に起こる低摩
れ,機能性Si膜内で存在していたSiCが,水中のトライボケミ
擦・低摩耗性は以下の要因によって実現したと考察する。
へと変化し,相手摺動材
カル反応によりSiO(またはSiOx)
2
に移着するなどして摺動界面に存在していたと考える。
①潤滑物質生成による摺動時の接触応力の分散
②反応生成したSiO2の剥離による自己潤滑性
③SiO2の生成に伴う摩擦面の円滑化
詳細を以下に述べる。
①潤滑性物質生成による接触応力の分散
水中摩擦摩耗試験後に生成付着した物質の元素分析
(図
16)により,SiO 2またはSiOxの生成が確認された。従って,
立案した仮説の通り,水中摺動時に式
(1)のトライボケミカ
ル反応が生じたと推定される。表層に生成したSiO(または
2
SiOx)が軟質な層
(潤滑物質)として存在し,接触応力を分
(a)生成物質の元素ピーク
散させることで低摩擦性に貢献していたと考える。さらに,
シリンダーオンディスク試験においては,連続して水和シリ
カゲルSiO 2・nH 2 Oとなりゲル状の潤滑物質として低摩擦・低
摩耗性に寄与していたことは十分考えられるものの,一方
で,ボールオンディスク試験のような摺動材同士が擦れあっ
た直後に離れ,摩擦面が周囲の水にさらされるような状況
では,水和シリカゲルSiO 2・nH 2 Oとして溶液状に変化した
直後に周囲の水に溶けてしまう可能性が高い。このような
状況にも関わらず低摩擦を実現していたことを考慮すると,
と
ゲル化せずに表層に生成されたままのSiO(またはSiOx)
2
しての接触応力分散効果が十分大きいものであったと考え
(b)基材
(SUS304)の元素ピーク
る。
図15 生成物質の元素分析
−39−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
2
②反応生成したSiO(またはSiOx)
の剥離による自己潤滑性
( 6 )熊谷泰:機械設計, Vol.48, No.8, pp.17-22
(2004)
( 7 )中東孝浩:表面技術, Vol.53, No.11, pp.715-720
(2002)
( 8 )A.C.Ferrari, J.Robertson:Interpretation of Raman
機能性Si膜内の原子同士の結合はC-C,Si-Cが主であ
り,どちらも共有結合性の結合である。一方,反応生成し
Spectra of Desordered and Amorphous Carbon,
はイオン結合性の高い物
たと推定されるSiO(またはSiOx)
2
Phys. Rev.,B,Vol.61, pp.14095-14107
(2000)
( 9 )加納眞:トライボロジスト, Vol.52, No.3, pp.186-191
質であり,共有結合性の高い機能性Si膜との結合力は比較
的弱く,繰り返し摩擦を受けることで反応場に留まらずに
(2007)
(10)大村孝仁:表面技術, Vol.51, No.3 pp.255-261
(2000)
(11)E. Rabinowicz:Friction and Wear of Materials.
表層から剥離してしまう可能性がある。つまり,表層にSiO 2
(またはSiOx)の化合物として生成した後に潤滑層として存
在するだけでなく,摩擦時に積極的に表層から剥離するこ
Wiley, New York,(1996)2nd printing
(12)Funda menta l Aspects of Silicon Oxidat ion
とで,自己潤滑物質としても摩擦力低減に寄与していたと考
える。
(Springer Series in Materials Science Vol.46),
Yves J. Chabal, Springer(2001)
③SiO2(またはSiOx)の生成に伴う摩擦面の円滑化
6. 2項でも述べたが,水中での摩擦摩耗試験後の機能
著者所属
性Si膜の摺動表面が円滑になっていることから,摺動時の
の生成に伴い,相手材との接触箇所
(ミ
SiO(またはSiOx)
2
クロレベルの凸部)が積極的に削れていくことで,最終的に
円滑な表面が形成されたものと考える。この円滑な表面が
低摩擦係数の要因の1つであると考える。
9.
おわりに
本研究では,トライボケミカル反応を利用した水中環境
における低摩擦・低摩耗技術の確立を行った。今後は,流
量実験設備にて実際の冷温 水を流した条件下で,バルブ
摺動部に適用して機械部品としての強度や,空気中・水中混
合環境での摩擦・摩耗特性,さびなどの異物が混在する環
境下での特性を検証していく予定である。
また,低摩擦・低摩耗性の要因に関しても,①~③のど
の要因が支配的であるのかは未解明であり,さらなる検証
の
が必要であると考える。反応生成後のSiO(またはSiOx)
2
挙動の解明が今後の課題の1つと考える。
参考文献
( 1 )T.Sugita, K.Ueda, Y.Kanemura:Material removal
mechanism of silicon nitride during rubbing in
water, Wear, No.97, pp.1-8(1984)
( 2 )日比裕子:水及びアルコール中のケイ素系セラミックス
のトライボケミカル反応と潤滑及び加工への応用に関
する研究,機械技術研究所報告,No.177
(1998)
( 3 )H.Tomizawa,T.E.Fisher:Friction and wear of
silicon nitride and silicon carbide in water, ASLE
Trans.,No.30,pp.41-46(1986)
( 4 )社団法人日本トライボロジー学会, セラミックスのトラ
イボロジー研究会:セラミックスのトライボロジー, 養賢
堂
(2003)
( 5 )Z. Xingzhong, L. Jiajun, Z. Baoliang, M. Hezhou, L.
Zhenbi:Wear behaviour of Si3N4 ceramic cutting tool
material against stainless steel in dry and waterlubricated conditions.,Ceram. Int.,No.25,pp.309–315
(1999)
−40−
大橋 智文
ビルシステムカンパニー 開発本部開発2部 水中環境下におけるトライボケミカル反応を利用した低摩擦・低摩耗技術の研究
−41−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
流量計測・制御機能付きバルブの開発
Development of Control Valve with Flow Measurement and
Flow Control
株式会社 山武
ビルシステムカンパニー
株式会社 山武
ビルシステムカンパニー
古谷 元洋
Motohiro Furuya
大谷 秀雄
Hideo Otani
キーワード
流量計測,流量制御,コントロールバルブ,エネルギー管理,省エネ
主にビル空調において使用される冷温水制御弁に流量計測の機能を追加した製品を開発したので報告する。本製品
により各空調機のエネルギーの使用効率をきめ細かく把握できるようになる。また,流量制御動作
(従来は開度制御動
作)が可能になり,過流量の抑制が図られ省エネルギーに貢献できる。さらに他の空調機の流量変化に影響を受けずに
必要流量が維持されるため,居室空間の快適性向上が期待できるようになった。
This paper reports on the development of a product that incorporates flow measurement functions in the
heating and cooling water control valves used mainly in building air-conditioning systems. This product can be
used to obtain the energy usage efficiency in detail for each air-conditioning unit. It also allows flow rate control
operations (previously, opening control operations) to reduce excessive flow rates for contributing to energy
savings. In addition, the required flow rate is maintained without being affected by flow rate changes in other
air-conditioning units for allowing improved comfort in living spaces.
1.はじめに
近年,低炭素社会の実現が急務とされる中,ビル・工場
などの建物においても省エネ法の改正などエネルギー管理
や省エネに対する要求が急速に高まっている。省エネ法で
はエネルギーの管理基準を設定し,その状況を定期的に報
告すること,エネルギーの使用に関する合理化の目標に関
し,その達成のための中長期
(3~5年)の計画を作成し提出
(1)
。
することなどが義務付けられている
空調エネルギーの省エネの施策を検討し,施策の実施効
果の検証をするには各空調機の熱処理量を計測することが
重要となる。また,空調機を流れる冷温水の流れすぎによ
る搬送エネルギーの無駄や,熱源設備の運転効率の低下を
防止することが省エネの観点で重要となる。
図1 FVY51製品外観
このような状況において,冷温水制御弁に流量,温度計
測の機能を追加することにより,新たに流量計,熱量計を
追加することなく,上記の課題を解決することが可能となっ
た。
本報告で紹介するインテリジェントコンポ アクティバル電
動二方弁 流量計測制御機能付 形FVY51
(以下FVY51)は
従来製品
(インテリジェントコンポ アクティバル電動二方弁
形VY51:以下VY51)をベースに流量計測/制御機能等を
追加した構成となっている。
図2 製品の構成
図1に製品の外観,図2に製品の構成を示す。
−42−
流量計測・制御機能付きバルブの開発
用した差圧式流量計測方式が最適である。図3にバルブを
バルブで計測される流量,圧力及び温度情報はSAnet通
信(2)によりコントローラに送られる。その他オプションとして
通過する流れの圧力分布を示す。
流量,圧力などの情報を表示するディスプレイパネルや,バ
ルブの温度計測機能と合わせて空調機の出入り口温度を
計測するための温度センサが用意されている。
2.製品ラインナップと主な仕様
FVY51の製品ラインナップと主な仕様は以下の通りである。
図3 バルブを通過する流れの圧力分布
2.1 製品ラインナップ
一般に配管内に置かれたバルブの前後差圧と,そこを流
バルブサイズは口径15A~80Aの6サイズ,Cv値は1.0~
(3)
れる流量との間には式
(1)の関係が成り立つ。
125の10種類となっている。
ρ
1
(1)
ρw ΔΡ 式
Cv=11.57×Q×
2.2 主な仕様
2.2.1 VY51との共通仕様
Q:流体の体積流量
(m3/h)
・バルブ本体材質:FC200
(ねずみ鋳鉄)
Cv:容量係数
・圧力定格:JIS 10K
ΔP:バルブ前後の差圧
(kPa) ・面間寸法:JIS B 2002 系列6
ρ:流体の密度
(kg/m3)
・電源電圧:AC24V ρw:水の密度
(kg/m3)
・開閉動作時間:63秒
(50Hz)
・通信:SAnet(電圧伝送)
一般的にCv値はバルブの開度によって異なった値をと
る。図4にバルブ開度と相対容量係数の関係の一例を示
2.2.2 追加仕様
す。このCv値の特性はバルブによって異なる固有特性で
・流量計測
ある。ここで相対容量係数はバルブ開度100%の容量係数
(精度±5%RD 最大設定流量の10~100%,差圧範囲
Cv100%に対する割合である。
30kPa~300kPa)
・流体温度計測
(精度±1℃ 0~80℃)
・流体圧力計測
(基準精度±0.5%FS 0~1MPa)
・流量制御動作
・積算流量演算
VY51とバルブの基本仕様を共通にしたことで,これまで
と同じようにバルブを選定できる。既設の設備に対しても
配管工事なしに従来製品と本製品の置換えができるなど採
用時の費用負担の低減に配慮している。
3.流量計測の技術要素
図4 Cv値の特性
バルブでの流量計測では一般の流量計と異なり,バル
また,式
(1)における差圧ΔPはバルブの1次側2D,2次側
ブ開度によってバルブ内の流速や圧力分布が大きく変化
(4)
。
6D離れた位置の圧力差と定義されている
(図5)
する。またバルブの直前にエルボ(曲がり配管)やレデュー
サ,手動弁などが置かれ十分な直管長がとれない場合も
多い。このような使用条件において幅広いバルブ開度,差
圧,及び流量範囲で±5%RDの流量計測精度を実現しなけ
ればならない。以下に上記の要求仕様を実現するために開
発した技術要素を述べる。
3.1 流量計測方式
流量を計測するには電磁式,超音波式,渦式,差圧式な
ど様々な方式がある。バルブのように内部流れが非対称か
つ開度によって流れの様子が大きく変化する機器では,バ
図5 容量係数 計測試験条件
ルブ内部の絞り機構部
(バルブプラグ)で発生する差圧を利
−43−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
本開発でFVY51に採用した流量計測のアルゴリズムを
図6に示す。
図7 バルブ入口付近のCFD解析結果
図6 流量計測アルゴリズム
このような状態でも安定した1次圧を計測する方法を検討
上記アルゴリズムを元に流量計測は以下の手順で行われ
した結果,バルブ入口部の周囲4箇所に圧力ポートを設け内
る。
部で圧力を平均化にする構造を考案した
(図8)
(特許出願済
1)バルブ内で圧力を計測し,差圧を求める。
み)
。合わせて圧力ポートをバルブ入口側フランジ部に設けた
2)
バルブ開度を計測する。
ことで1次圧を高い状態で計測することができた
(図9)
。
3)バルブ開度と差圧からCvv値を決定する。
4)決定したCv値と差圧を
(1)式に代入して流量を演算か
ら求める。
3.2 圧力の計測
バルブ面間寸法を変えずに限られたスペースで安定した
差圧を計測すること,差圧を高い状態で計測することが流
量精度を高くする点で重要となる。
3.2.1 1次側圧力の計測
図8 1次側圧力計測部の構造
1次側圧力の計測に求められる条件は以下の通りとなる。
1)バルブのすぐ手前にエルボ配管
(曲がり配管)や手動弁
などが置かれた場合など,流れの圧力分布が非対称な
状態でも安定した圧力を計測する。
2)高い差圧を得るため,バルブ入口側で流量が絞られて
いない状態の圧力を計測する。
エルボがバルブの手前に置かれた場合のバルブ入口付
近断面の圧力分布を,CFD(Computational Fluid Dynamics)解析を使って計算した。その結果,断面上に非
対称な圧力分布
(最大で4kPa程度の圧力差)を生じること
が確認できた
(図7)。圧力差4kPaを流量精度に換算すると
約6.5%と非常に大きな影響を及ぼす。
図9 バルブ入口付近の圧力分布
図7の
(a)は計算の領域,
(b)は等圧線図,
(c)はバルブ
入口断面の等圧線図である。入口断面の左右で圧力分布
が非対称になっていることが分かる。
−44−
流量計測・制御機能付きバルブの開発
本構造の効果をバルブの手前側がストレート配管の場合
前記条件を満たすため,CFD解析を用いてバルブボディ
とエルボ配管の場合について,実流量試験で確認した。そ
の内側形状の設計を行った。その結果,全てのバルブ開度
の結果,バルブ手前にエルボがあってもその影響を本構造
において安定して2次圧を計測することができる,バルブプ
にて十分低減していることが確認できた
(図10)。
ラグとバルブボディに挟まれた空間を形成することができ
た。この位置に2次側圧力ポートを設けることで前記課題を
開度
%
54
79
37
54
79
バルブ
上流配管
差圧
kPa
ストレート
33
エルボ
32
ストレート
30
エルボ
33
ストレート
100
エルボ
104
ストレート
107
エルボ
106
ストレート
105
エルボ
101
解決した
(特許出願済み)。図12
(a)は2次圧計測部付近の
精度差異
流速のコンター図及びベクトル図,
(b)は等圧線図を示す。
-0.1%
-0.3%
-0.1%
0.7%
-0.6%
図12 2次側圧力計測部の構造
図10 バルブ上流配管の流量精度への影響
3.3 圧力センサ
3.2.2 2次側圧力の計測
FVY51用のセンサに要求される機能は圧力,温度,及び
バルブ内部の流れの様子はバルブ開度によって大きく変
差圧を限られたスペース内で計測することである。 化する。図11
( a)は速度コンター図,図11
( b)は圧力コン
市販のセンサで上記要求を満足させることは困難なた
ター図を示す。図3に示したようにバルブ内部の圧力はバル
め,新たに圧力センサの開発を行った。概要は圧力センサ2
ブプラグを通過した直後に急激に圧力降下し,その直後緩
個と温度センサ1個を,エンジニアリングプラスチックのケー
やかに圧力回復する。このような状況で2次側圧力の計測
ス内にパッケージしたハイブリットセンサである
(特許出願
に求められる条件は,以下の通りとなる。
済み)。差圧は1次側,2次側の圧力値から演算で求める方
式とした。特徴としては小形化のため圧力センサエレメント
1)動圧の影響を受けない位置で計測する。
はオイル封止を必要としない,ステンレス製ダイヤフラム構
2)
圧力分布の差がない位置で計測する。
造のセンサエレメントを採用している
(図13)。
上記1)
,2)
を全てのバルブ開度で実現する。
図13 圧力センサ外観
図11 バルブ内の流速分布,圧力分布
−45−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
3.4 バルブ開度計測
バルブ開度はアクチュエータ出力軸の開度計測用ポテン
ショメータで計測する。図14に構造を示す。バルブ開度を
高い精度で計測するために,直線性の高いポテンショメー
タを用い,組立て方法の工夫によりポテンショメータのギヤ
とアクチュエータ出力軸のギヤ部に発生するバックラッシを
低減させた。またバルブボディとアクチュエータを組立てる
際に発生するバルブ回転方向の位置ずれの影響をなくすた
めに,バルブアクチュエータ組付後に調整を行いポテンショ
メータ出力の補正を行っている
(特許出願済み)。
図16 Cvv値テーブル
3.6 流量計測精度の向上施策
バルブ内で流量計測をするための技術要素について述べ
てきた。実際の流量計測精度については各部品の個体差,
組合せ,及び製品組立て作業などのバラツキが流量計測精
度に影響をする。その中でもCvv値の特性を決めるバルブ
プラグ(図17)の個体差とバルブ開度のバラツキが流量精度
図14 バルブ開度計測部の構造
に大きな影響を与える。 Cvv値の特 性を決定するバルブプラグのポート部は,
3.5 容量係数Cvv
必要な流量特性を得るために複 雑な3次元形 状となる。
一般に図5の試験条件から求められるCv値は差圧の影
FVY51では寸法精度を考慮してロストワックス鋳造で製作
響を受けない。したがってバルブ開度によって一義的に決
されているが,機械加工に比べ寸法のバラツキが大きくな
まる。しかし,本製品のようにバルブ内部の差圧と容量係
る。また,バルブ開度は関連する部品点数が多いため開度
数の関係を確認すると,2次側圧力を圧力回復の途上で計
のずれを0にすることは困難である。
測しているため差圧によって一定の傾向で変化することが
FVY51では安定した高い流量計測精度を確保するため,
分かった
(図15)。図5の試験条件と区別するため,バルブ
実流量試験により流量に対するバルブ開度の補正を行って
内の差圧から求める容量係数をCvv,バルブ内の差圧をΔ
いる。
Pvと定義する。この図における相対容量係数は,差圧Δ
Pv=100kPaにおける値を基準とした。特に差圧100kPa以
下の範囲で容量係数Cvv値の落ち込みが大きい。したがっ
て広い差圧範囲で流量計測を行うためには,容量係数Cvv
をバルブ開度とバルブ内の差圧の関数として取り扱う必要
がある。 FVY51においては予め実験から求めたCvv値テーブル
(図16)を用いて,任意のバルブ開度と差圧におけるCvv値
を決定している
(特許出願済み)。
図17 バルブプラグ
図15 バルブ内差圧と容量係数Cvvの関係
−46−
流量計測・制御機能付きバルブの開発
3.7 流量精度
3.6.1 流量演算の補正方法
これまでに述べてきた技術要素により,本製品の流量精
具体的な補正方法は以下の手順で行われている。
度仕様は最大設定流の10~100%,バルブプラグの前後差
1)複数のバルブ開度で実際に流れている流量を基準流
圧30~300kPaの範囲に於いて±5%RDを達成した
(図20)。
量計で計測しCvv’値を求める。
(低流量範囲では±1%FS)
2)製品の容量係数テーブルから各バルブ開度における
Cvv値を求める。
3)各バルブ開度でのCvv値とCvv’値の誤差を求め,その
誤差の分布幅が最小になるよう容量係数テーブルの開
度に一定のオフセット量を加える。図18に概念図を示す。
図20 流量計測精度仕様
4.
省エネルギーへの貢献
図18 テーブル補正
これまでは主にエネルギー管理で重要な情報となる流量
計測機能について述べてきたが,ここで本製品のもう1つの
3.6.2 流量計測精度の検査方法
大きな特徴となる流量制御動作の省エネルギーへの貢献に
FVY51では出荷検査工程にてバルブ開度10ポイントで流
ついて述べる。
量計測を行い,Cvv値テーブルのオフセット値を決定し,製
品のマイコンに記憶させる。その後,バルブ開度と差圧の
4.1 流量制御動作
組合せ5ポイントで製品の流量精度を確認し合否判定を行
FVY51は従来のバルブ開度制御動作ではなく流量制御
う。上記検査行程により製品の流量精度を保証している。
動作を行う。従来の冷温水制御弁ではコントローラからの
図19に製品組立てラインの隣に併設された検査設備の概要
出力値に対応したバルブ開度になるまで開閉動作する
(開
を示す。
度制御動作)。たとえば,コントローラから100%の設定値
が出力されると,バルブは100%開度まで動作する。このと
きの流量は,一般に空調機の設計流量よりもかなり多くな
る。これはバルブも冷温水を搬送するポンプも流量不足に
よる空調能力の不足を避けるために,設計値と同等以上の
ものを選定する傾向があるためである。一方で空調機の熱
交換量は設計流量以上の流量が流れてもあまり増加しな
ᇱ‵Ὦ㔖゛
い。従ってバルブ開度が100%の場合,空調機の設計流量
ㄢ⟿ᘒ
よりも多くの冷温水が流れるが,設定温度への到達時間は
設計流量が流れた場合とあまり変わらない。ここで冷温水
の流しすぎによる搬送エネルギーの無駄が発生している。
FVY51では流量を計測しているので,コントローラから
の出力値に対応した流量になるように開閉動作する流量制
御動作が可能となった。これによりバルブの最大設定流量
を空調機の設計流量に合わせることで,流量が最大設定流
量に一致するように開閉動作を行う
(設定値100%の場合)
ので流れすぎが発生しない。
4.2 流量制御動作による省エネルギー効果
当社藤沢テクノセンターの7F建てオフィスビルの空調用
図19 検査設備 概要
冷温水系統に約100台のFVY51を設置し,流量制御動作と
開度制御動作での空調に関わるエネルギーの差異を評価
−47−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
参考文献
するためのデータを収集している。
(1)エネルギーの使用の合理化に関する法律,「法第14条」
流量制御動作で運用した日と開度制御動作で運用した
及び「法第15条」
日の中から,天気や気温など熱負荷がほぼ同じ日の冷温水
(2)沖田,久保田,関根:現場保全作業を効率化するセン
の搬送エネルギーを比較した結果,約7%の省エネルギー
サ/アクチュエータの開発,azbil Technical Review
効果が確認された。
(2008) 図21に評価した日の空調のデータを示す。開度制御動作
(3)
「工業用プロセス弁-第1部
:調節弁用語及び一般的必
の場合,朝の空調立ち上がり時に空調機の設計流量以上
要条件」,JIS B 2005-1:2004
の流量が流れている。これに対し,流量制御動作の場合
(4)
「工業用プロセス弁-第2部
:流れの容量-第3節:試験
は空調機の設計流量におさえられており,これが省エネル
手順」,JIS B 2005-2-3:2004
ギー大きく寄与している事が分かる。
商標
インテリジェントコンポTMは,株式会社 山武の登録商標
です。
著者所属
図21 1日の空調データ
5.おわりに FVY51は本稿で紹介した流量計測の技術,またその流
量情報を利用した流量制御動作により今後,低炭素社会に
向けてさらに重要となるエネルギ管理,省エネに貢献する
製品である。
今回,流量計測機能を追加した機種はアクティバルシ
リーズ全体の一部である。順次流量計測機能を追加した機
種を充実させ,建物空調のあらゆる場面に対応することで
低炭素社会の実現に貢献していきたい。
−48−
古谷 元洋
ビルシステムカンパニー
開発本部開発2部
大谷 秀雄
ビルシステムカンパニー
開発本部開発2部
流量計測・制御機能付きバルブの開発
−49−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
フィールド機器診断の技術動向と
差圧・圧力発信器導圧管詰まり診断技術の開発
Technological Trends in Field Device Diagnosis and the Development of
Blockage Diagnosis for Impulse Lines Connected to Differential Pressure
Transmitters / Pressure Transmitters
株式会社 山武
田原 鉄也
Tetsuya Tabaru
株式会社 山武
青田 直之
Naoyuki Aota
キーワード
差圧・圧力発信器,フィールド機器診断,導圧管詰まり,AT9000
近年,フィールド機器に対し,機器や対象プロセスをオンラインで監視,診断したいというニーズが高まっている。本
稿ではフィールド機器のオンライン診断の概要と背景技術を紹介する。また,新たな診断項目として差圧・圧力発信器の
導圧管詰まり診断の開発を進めているので,その原理と診断アルゴリズム,及び実流による実験結果を説明する。
Recently, there has been a growing need for online monitoring and diagnosis of devices and target processes
for field devices. This paper presents an overview of online diagnosis for field devices and their component
technology. Development is proceeding on blockage diagnosis for impulse lines connected to differential pressure
transmitters / pressure transmitters as a new diagnosis item, and so this paper describes these basic ideas,
diagnosis algorithms, and experimental results using actual flows.
1.はじめに
2.
フィールド機器診断とデジタルネットワーク化
プロセス産業においては,プラントを安全かつ安定に操
本章ではフィールド機器診断の基盤となるフィールドネッ
業するための様々な取り組みが行われている。そこには生
トワーク技術,及びそれを利用した診断に対する当社の取
産性を高く保つという要求もさることながら,企業の社会的
り組みについて簡単に述べる。
責任という現代社会における要請も大きく背景としてある。
2.1 ネットワーク技術,規格
しかし現実問題としては,運転員・保全員の減少や高齢化と
あいまって,プラントにおける災害件数は年々増加傾向にあ
従来のアナログ4-20mA伝送を利用したフィールド機器で
る。例えば,高圧ガス保安協会の調査では,製造事業所に
は,単一の値を単方向に通信するのみであったが,HART
おける事故件数が2000年以降,一貫して増加していること
やFFを中心とした各種フィールドバス規格の出現により,
(1)
。
が報告されている
複数データを双方向にデジタル通信することが可能となっ
一方,F OU N DAT IONフィールドバス( 以下 F F)や
た。これにより,インテリジェント化した機器が診断情報に
HARTをはじめとしたフィールドへのデジタル通信の導入が
基づいてアラーム発報したり,遠隔のホストシステムから機
国内でも始まり,フィールド機器のインテリジェント化によ
器状態の収集・監視が可能となり,保全業務の効率化に効
る,保全業務の効率化,プラント全体の情報化など多くの
果があらわれてきている
(図1)。
メリットがもたらされている。中でも,予知診断による状態
また,ホストシステムからフィールド 機 器 へ のアクセ
基準保全
(CBM: Condition Based Maintenance)への期
スに関しては,専用のソフトウエアの 使 用から,E DDL
待は高まりを見せている。本稿では,状態基準保全への貢
(Electronic Device Description Language)
やFDT/DTM
献を可能とする調節弁の診断技術とあわせ,新たに開発し
(2)
の利用が
(Field Device Tool / Device Type Manager)
た差圧・圧力発信器(以下,発信器)の導圧管詰まり診断技
増加してきた。FDT/DTMはホストシステムや利用するネッ
術の紹介を行う。
トワークプロトコルに依存しないインタフェースを規定した
国際規格である。DTMを採用することで,ハンディターミナ
−50−
フィールド機器診断の技術動向と差圧・圧力発信器導圧管詰まり診断技術の開発
ルによる表現を超えた複雑な画面構築が可能であり,グラ
に表現することで,調節弁に対するメンテナンスの意思決
フなどの機器診断に特化した機能を提供できる。フィール
定支援を行うシステムである。
デジタルネットワーク化,及びその上での機器診断という
ド機器の診断・管理において,重要な技術であると考えてい
観点から,お客様のValstaff活用事例が報告されつつあるが
る。
(3)
(4)
,このようなお客様との協働に研究開発のメンバも参加
することで,既存の診断手法の高度化や新たな診断技術の
開発に取り組んでいる。
3.
フィールド機器の診断コンテンツ
前章で述べたようにフィールド機器診断の基盤は整備さ
れつつあり,機器からデータや情報を収集,蓄積したり,そ
れを元にアラームを出したりすることが容易になった。しか
し,ユーザにとって重要なのは基盤そのものではなく,基
盤の上で実行される診断コンテンツ,すなわち中味である。
例えば前章で取り上げたValstaffの場合でも,提供する情
報が調節弁の状態や稼働状況と関連の深いものであるか
らユーザのメリットになるのであって,そうでなければメリッ
トはずっと小さいものになる。よって,診断コンテンツはイン
テリジェントなフィールド機器の差別化要素として,今後重
要性がさらに増すものと考えられる。実際,各社とも様々な
診断機能を開発してユーザに提供しており,その種類は近
図1 フィールドのデジタルネットワーク化
年ますます増加している。
当社においてもフィールド機器の診断コンテンツの充実を
2.2 山武における取り組み
図るべく,開発を進めている。図3に診断コンテンツの例を
当社においても,H A R TやF Fに対応したフィールド
示す。フィールド機器の電子回路や通信インタフェースの自
機 器,コントローラなどの製品を展開している。ここで
己診断から,センサやアクチュエータの異常検知,測定・操
は診断の観点から,調節弁メンテナンスサポートシステム
作対象と機器間の接続部分,さらには装置が設置されてい
「Valstaff」について簡単に紹介する
(図2)。
るプロセスのように,診断の対象は機器の内部から外側へ
と広がりつつある。また,調節弁のようなアクチュエータに
比べ,差圧・圧力発信器のようなセンサ機器では,フィール
ド機器そのものの故障だけでなく,その周辺の故障や異常
もあるため,それらの検知や診断は非常に重要である。
図2 調節弁メンテナンスサポートシステムValstaff
Valstaffは,HARTまたはFF接続により,当社製スマー
図3 診断コンテンツの一例とその分類
トバルブポジショナAVP3000 Alphaplusと組み合わせて使
用される。ポジショナ内では調節弁の稼働状況にかかわる
次章ではその一例として,当社で新たに開発している導
情報,例えば摺動距離積算値,全閉回数,スティックスリッ
圧管詰まり診断について紹介する。導圧管は差圧・圧力発
プ指標値などを逐次更新している。Valstaffは定期的に上
信器とプロセスを接続する部分であるが,この部分は発信
器まわりのトラブルの多くに関係している(5)。導圧管に関す
記情報を収集・蓄積すると共に,保全員に対してビジュアル
−51−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
るトラブルに対して当社ではリモートシールによる導圧管レ
ス計装を提案しているが,様々な事情によりリプレースで
きず,導圧管を使い続けている箇所は未だに多い。そのた
め,リモートシール形発信器の開発だけでなく,導圧管の
異常診断にも取り組む必要があると考えた。なかでも導圧
管の詰まりは発生件数,発生した時の影響の大きさから検
知することが強く望まれており,重要な診断コンテンツにな
ると考えられている。
4.導圧管詰まり診断
本章では導圧管詰まり診断の原理,診断アルゴリズムに
ついて述べ,社内実験設備での実験結果を報告する。ま
た,診断用DTMプロトタイプの開発についても触れる。
4.1 詰まり診断の原理
提案する手法は,発信器で測定される流体圧力の微小な
図4 導圧管詰まりによる圧力上下動の変化
上下動の速さが,導圧管の詰まりにより低下することを利用
している
(図4)。この原理を採用するメリットとして,圧力や
4.2 診断アルゴリズムの開発
流量などの条件によって診断のしきい値を変える必要性が
4.1で述べた原理に基づき,診断アルゴリズムを開発し
小さいことがある。これは圧力等が変化しても,上下動の
た。アルゴリズムの開発にあたっては,オンラインで実行
速さが大きく変化しないことによる。
できるよう,できるだけシンプルで処理が軽くなるようにし
以下,原理をより詳しく説明する。プロセス流体の圧力は
た。例えば,FFT(高速フーリエ変換)による周波数解析は
通常,不規則に上下動している。流体が乱流状態にある場
圧力値の精密な分析を可能にするが,比較的長時間かつ大
合は流体内の圧力分布が不規則に変化するので,流れの
量のデータを必要とし,どちらかといえばオフラインでの解
あるプロセスの多くではこのような振舞いがあると言ってよ
析に向いた手法である。これに対し,開発したアルゴリズム
い。この上下動の振幅は圧力値に比べれば微小といえる程
は圧力センサ値の上下動回数をカウントするものであり,比
度だが,発信器の圧力センサであればその動きを十分捉え
較的単純な演算だけで構成されているため,オンライン診
ることができる。また,乱流に起因する圧力の上下動は不
断に向いた手法となっている。以下,アルゴリズムについて
規則な現象である。そのため周波数解析をしても,特定の
順を追って説明する。
周波数だけを含むのではなく,低周波から高周波まで様々
まず,圧力センサ値をサンプリングする。次に,サンプリ
な周波数の上下動を含んでいる。
ングして得られた圧力値の時系列を一定点数の区間に区切
正常時,すなわち導圧管に詰まりがない場合は,プロセ
り,区間毎に上下動検出の基準値を決定する。基準値とし
ス配管の流体圧力がそのまま発信器に伝わる。そのため,
ては圧力センサ値の平均値や中央値などが利用可能であ
圧力の頻繁な上下動が発信器で観測できる。しかし,導圧
る。基準値が決定したら,各区間で圧力センサ値が基準値
管が詰まると挙動が変化する。詰まった導圧管のように管
を横切った回数をカウントする
(図5)。
路中に細い閉塞区間がある場合,この区間は圧力に対する
一種のローパスフィルタとして作用する。そのため,周波数
の高い上下動は閉塞区間を通過する際に振幅が減少する。
一方で,比較的周波数の低い上下動は閉塞区間を通過して
も振幅の減衰幅が小さい。その結果,周波数の高い上下動
の割合が相対的に低下するため,検出される上下動は滑ら
かでゆっくりしたものになる。
この手法の長所は最初にも述べたように,圧力の変化に
対する依存性が低いことである。圧力上下動の振幅はその
時の圧力値に依存し,圧力が高ければ振幅も大きく,低け
れば小さくなる。そのため,導圧管の詰まり診断に用いるた
めには,圧力値に応じてしきい値を変えたり,正規化すると
いったことが必要になる。一方,上下動の速さはその振幅と
は独立した特性である。圧力の変化に対する上下動の速さ
の変化量は,振幅の変化量に比べ小さい。そういう点では
図5 圧力上下動の計数
導圧管詰まり診断に有効な特徴量の1つと考えられる。
−52−
フィールド機器診断の技術動向と差圧・圧力発信器導圧管詰まり診断技術の開発
ここまでで各区間の上下動回数が得られるが,流体の圧
力は不規則な挙動をするので,この回数は区間毎にバラツ
キがある。これは正常時,詰まり時,いずれの場合にもあて
はまる。そのため,一区間のみの上下動回数だけでは詰ま
りの判定は難しい。そこで,ある程度の数の区間を集め,上
下動回数の集合平均を取る。こうすることでバラツキが小さ
くなり,詰まりの診断が可能になる。
実際には次式のような指標を算出することで,上下動回
数のバラツキの影響を抑えている。
Σ(各区間の上下動回数)
(区間数)
×
(
(区間サンプル点数)−1)
式
(1)
なお,この指標は0から1の範囲の値をとるようになってお
図7 詰まり指標値の比較
り,正規化された指標となっている。こうすることで,一区
なお,この結果は差圧発信器によるものであるが,圧力
間あたりのサンプル点数が異なる場合についても比較が可
能となる。
発信器による実験でも同様の結果を得ている。以上のよう
4.3 実流実験の結果
の妥当性を確認した。また,異なる差圧やライン圧でも同じ
に,社内での実流実験を通じ,開発した診断アルゴリズム
しきい値で詰まりを判定できることを確認した。広い範囲
診断アルゴリズムの妥当性を検証するため,水を流体とし
の差圧やライン圧を単一のしきい値でカバーすることができ
て実流実験を社内で行なった。実験設備の概略図を図6に
れば,本手法の大きな特長になりうると考えられる。
示す。オリフィスから発信器までは導圧管代用の樹脂チュー
一方,実験の結果,上下動を検出するためのサンプリン
ブにより接続した。詰まりの模擬は内径を絞った試験流路
グ周期が手法の性能に影響することも明らかになった。長
(ステンレス製)を作成し,これをチューブの途中にはさみ込
すぎるサンプリング周期では上下動が検出できないのは当
むことで行なった。この試験流路を用いることで,様々な程
然だが,短いほど性能が向上するわけではない。対象とな
度の閉塞を再現性良く実現できる。また,試験流路を挿入
る圧力の上下動間隔に比べて過度に短いサンプリング周期
する位置を変えることで,詰まりの位置を変えた場合の実験
では,上下動が適切に検知できず,正常な状態と詰まり状
も比較的容易に実施可能である。本実験ではこの試験流路
態の区別が困難になるケースがあった。また,流体条件や
を高圧側
(上流側),低圧側
(下流側)双方の導圧管に挿入し
適用するプロセスによっても適切なサンプリング周期が異な
た。よって,両側詰まりの模擬となる。また,差圧の違いによ
る可能性がある。圧力センサ値のサンプリング周期・方法に
る影響を調べるため,差圧が16kPaの場合
(流速は 1.00 m/
ついては今後も研究を進めていく予定である。
s)
と6kPa(同 0.63 m/s)
の場合の2通りで実験を行なった。
図7は4.2で説明した詰まり指標
〈式
(1)
〉
の値を,正常時と模
4.4 導圧管詰まり診断用DTM
擬詰まり挿入時とで比較したグラフである。模擬詰まりによっ
アルゴリズムの開発と合わせ,導圧管詰まり診断用DTM
て指標値が低下したことを確認した。また,指標値は差圧に
のプロトタイプを開発した(図8)。本DTMでは,複 雑な
よって多少差異はあるものの,その違いは比較的小さく,実
GUI構築が可能というDTMの利点を活用し,発信器から
験した2通りの差圧において,同じしきい値で判定できること
収集した診断データを様々な観点から分析するためのプ
を確認した。例えば図7の場合,しきい値を0.30~0.35に設定
ロット機能などを実装した。各診断コンテンツに特化した可
すれば,いずれの差圧でも詰まりの判定が可能である。
視化機能や分析機能をユーザに提供できる点は,DTMのメ
リットの中でも特に重要なものと考えられる。
図8 診断用DTMプロトタイプ 画面例
図6 実流実験設備 概略図
−53−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
5.おわりに
計装 vs ダイレクトマウントによる導圧管レス計装,計
装,Vol. 42,No. 2,pp. 32-36(1999)
本稿では,フィールド機器診断に関連するデジタルネット
商標 ワーク技術の概要と当社のこれまでの取り組み,及び新たに
Valstaffは株式会社 山武の登録商標です。
開発した差圧・圧力発信器の発信器の導圧管詰まり診断技
HARTはHART Communication Foundationの登録商標です。
術について説明した。開発した導圧管詰まり診断手法は,発
FoundationTMはFieldbus Foundationの登録商標です。
信器で検出される圧力の微小な上下動の回数に着目したもの
で,その回数が詰まり発生時に減少することを利用している。
著者所属
この現象を利用した診断アルゴリズムと診断指標を開発し,
複数の社内設備で実験による検証を行った。その結果,圧力
や流量の条件が変わっても,提案した指標値の変化が比較
図9 AT9000 Advanced Trasmitter Model GTX
的小さいことを確認した。今後,さらなる検証が必要では
あるが,運転条件によってしきい値を切り替えなくとも導圧
管の詰まりを診断できるような,扱いやすい手法になると考
えている。なお,この詰まり診断機能の一部は2010年春に
発売予定のFF版AT9000 Advanced Transmitter Model
GTX(図9)
に搭載される予定である。
今後はお客様の実プラントにおける検証を実施し,導圧
管詰まり診断手法の検証や改良を進めていく予定である。
また,他の診断コンテンツに関しても,対象フィールド機器
の拡大や診断項目の拡充を進め,お客様のプラントにおけ
る保全業務の効率化,及び安全と安心に貢献していきたい
と考えている。
参考文献
(1)高圧ガス保全協会編:高圧ガス事故統計資料・最新の高
圧ガス事故集計グラフ(平成10年又は平成17年~平成
20年12月),http://www.khk.or.jp/activities/incident_
investigation/hpg_incident/pdf/jiko2012graph.pdf
(2)
http://www.fdtgroup.org/
(3)
西村泰治:FOUNDATIONフィールドバスの有効活用に向
けて,計装,Vol. 52,No. 5,pp. 17-20
(2009)
(4)
喜多井剛志:デジタルフィールドソリューションへの取り組
み,計装,Vol. 52,No. 5,pp. 51-55
(2009)
(5)
泉頭太郎:リモートシール形差圧発信機による導圧管レス
−54−
田原 鉄也
研究開発本部
コアテクノロジーセンター 青田 直之
研究開発本部
コアテクノロジーセンター フィールド機器診断の技術動向と差圧・圧力発信器導圧管詰まり診断技術の開発
−55−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
高安定温度調節モジュールの開発
Development of a High-stability Digital Temperature Controller
株式会社 山武
アドバンスオートメーションカンパニー
岩切 研
Ken Iwakiri
キーワード
温度調節計,安定性,温度特性,通信,小型化,DMC55,半導体製造装置
半導体製造装置に用いられる温度調節計には,基本性能として指示値に対する高い安定性と再現性が求められる。
新製品には従来機種と比較して,配線のしやすさや通信性能の向上等が求められた。また,近年の高性能化に伴い部
品点数が増加する傾向があるため,調節計の小型化も要求に加わった。それらの要求に対応するために,ボードタイプ
の温度調節モジュール「DMC55CVR40」を開発したので報告する。
Temperature controllers used in semiconductor fabrication equipment reguire high stability and
reproducibility as a part of their basic performance. The market is demanding new products with simplified
wiring, enhanced communication performance, and other features. In recent years, the number of component
parts has been increasing due to the higher performance controller designs, and this has resulted in a demand
for more compact controller designs. This paper describes the board-type temperature controller module
“DMC55CVR40”which has been developed to meet these needs.
1.はじめに
高安定温度調節計として,従来機種であるDMC50が市
場投入されてから10年が経とうとしている。DMC50シリー
ズは半導体製造装置の温度調節計としても採用され,測
温抵抗体
(Pt100)を温度センサとし,高い安定性と再現性
を顧客装置に提供してきた。また,自己発熱の少ないニッ
ケルセンサやPt1000に対応した形番を追加することで,顧
客の
“より精密な温度制御をしたい”という要求に応えてき
た。DMC50では,アナログ入力の指示値の安定性
(Pt100:
2.7mK(ミリケルビン),Pt1000:1.7mK)や温度特性
(2mK/
K)について顧客の支持を得ている。しかし,顧客装置の
高性能化に伴い測定点数が増加することで,アナログ入
力性能以外の問題点として,サイズや通信レスポンスの悪
さ,計装の煩雑さ等の問題が顕在化してきた。これらの
問題点を解決すべく,著者らはDMC50の仕様を絞込み,
そのリソースを流用することで,上記要求を満たす高安定
温度調節計としてワンボードタイプの温度調節モジュール
「DMC55CVR40」を開発したので,その概要を報告する。
DMC55は,DMC50のアナログ入力性能を維持したま
ま,複数のモジュールで構成されていた機能を1枚の基板に
まとめ,小型化,通信レスポンスの向上,簡易計装などの
図1 DMC55の概観
顧客要求を満たした。
2.
DMC55の概要
DMC55の概要を説明する。半導体製造装置で必要とさ
れる機能をDMC50で実現するには,コントロールモジュー
ル(基板4枚)とコミュニケーションモジュール(基板3枚)
−56−
高安定温度調節モジュールの開発
の2つのモジュールを必要としたが,DMC55ではそのほとん
どの機能が基板1枚に集約されている。DMC55の回路構成
を大きく区分すると以下となる。図2にブロック図を示す。
アナログ入力 :測温抵抗体の抵抗値等のアナログ信号を
(AI)
電気信号に変換する
アナログ出力 :制御出力を出力する
(AO)
オプション入力 :商用電源の電圧変動を監視するための
(AUX)
AC入力回路
センサROM :測温抵抗体の補正情報を読み出すための
(SENS) 回路
デジタル入力 :DMC55の状態遷移などに使用される
(DI)
デジタル出力 :電圧パルス出力の代替,警報出力などに
(DO)
使用される
通信
(COM) :Ethernet,RS-485
ロジック
:アナログ入力からの信号を処理し,適切な
(DIG)
出力演算をしたり,通信などを制御する
電源
(POW) :絶縁型DC/DC,各回路で使用する電源
を作る
図3 DMC55
(左)とDMC50
(右)
3.2 簡易計装
DMC55はコンパクトPCI対応として本体の脱着を簡易化
したことに加え,電源を含むすべてのI/O線をコネクタ接続
とした。DMC50はセンサ線の接続部や電源部が端子構造
となっており,製品コストや汎用性という面では有利だが,
装置組み立て作業やメンテナンス時には,ケーブルの取り
付け,取り外しが作業負荷となり,誤配線の要因にもなって
いた。全配線をコネクタ化することで誤配線防止と簡易計
装を実現した。
3.3 通信レスポンスの向上
半導体製造装置の高性能化に伴い,より精密な温度制御
が必要になってきた。そのために制御ポイントは増加する傾
向にある。客先装置では,これらの制御状態を監視するた
めに,通信を用いて各指示値や出力値を読み出している。
制御値を読み出す場合,DMC50ではコミュニケーション
モジュールを使用して接続する必要がある。コミュニケー
ションモジュールは各コントロールモジュールとバックプレー
ンコネクタにて接続され,モジュール間はRS-485にて通信
している。装置側から見た場合,このモジュール間通信の
RS-485やコミュニケーションモジュール内でのタイムロスが
ボトルネックとなり,通信レスポンスが悪くなっていた。特
に,コントロールモジュールの連結台数が多くなるにつれそ
図2 DMC55のブロック図
の影響は大きくなり,通信レスポンスは悪化する。DMC55
3.従来機種からの改善点
では同一基板にEthernetとRS-485を実装しているので,上
位と直接通信できるようになった。
従来機種
(DMC50)と比較し,その問題点及びDMC55
で改善した内容について説明する。
3.4 低電力化
3.1 小型化
DMC55では3.3Vに変更した。現在,ロジックICとしては
DMC50ではロジック回路の電源電圧が5Vだったが,
筐体のないスケルトンタイプとし,コンパクトPCIに準拠す
3.3V駆動が主流であり,選択できる部品の種類も多い。低
ることで,小型化を実現した。DMC50のサイズ(54×148×
消費電力の部品を使用することで,Ethernetなどの機能追
145)
と比較すると,約35%小さくなっている。また,DMC50
加分を含めても10%程度の低電力化となった。散在してい
ではEthernetやRS-485を使用して外部と通信する場合,同
たロジックICや追加した回路などをPLD(Programmable
形状のコミュニケーションモジュールを増設する必要があっ
Logic Device)に集約化し,実装面積の確保と回路変更に
た。DMC55では,同一基板内にEthernetとRS-485 を実装
伴うリスク低減を両立しつつ,低電力化を実施した。
しているため,コミュニケーションモジュールを増設する必
要がない。これにより,通信機能を使用する場合,最大で約
70%の小型化となる。質量も約40%軽量化した。
−57−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
3.5 マルチ入力化
生しても,データ読出し時には,補正した値を読み出すこと
DMC50は汎用製品として開発されたが,顧客の要望によ
ができる。
り,対応センサ種類の拡充やカスタマイズを行ってきた。そ
3.8.2 FeRAM
の結果多数の形番が存在し,当社だけでなく顧客でも在
庫管理などが煩雑になっていた。DMC55は仕様を絞り込
顧客が設定するパラメータ等を保存するために,温度調
むことで必要なセンサ種類を特定し,それらをマルチ入力
節計には不揮発性メモリが必要である。不揮発性メモリと
とすることで1つの形番にまとめることができた。DMC55が
は電源OFF時にも記録内容を保持できるメモリのことで,
サポートしている入力はRTD(Pt100,Pt1000),直流電圧
FLASHメモリやEEPROM等に代表される。DMC50では
(DC0-5V,1-5V)であり,一般的な温度調節計がサポート
SRAMをバッテリバックアップすることでデータを保持して
している熱電対や電流入力は使用できない。
いたが,DMC55ではバッテリレス化のために,高速な読み
書きが可能な不揮発性メモリとしてFeRAMを使用してい
3.6 ROM内蔵コネクタユニット対応
る。
DMC 5 5では,ROM内蔵コネクタユニット(QN 10 0)
4.
目標性能と評価結果
に対応した。ROM内蔵コネクタユニットとは,コネクタ
(D-SUB)内部に格納したEEPROMにセンサの補正情報を
記録したユニットで,センサと一対で使用され,より精度の
実機での評価結果を交えながらDMC55の性能を示す。
高い計測に用いられる。
DMC50には,ROM内蔵コネクタユニットと通信する回路が
4.1 アナログ入力の安定性
ないため,補正情報はローダを用いてDMC50に入力する必要
Pt100とPt1000相当の擬似入力として高精度固定抵抗を
があり,間違った補正値を入力してしまうリスクがあった。
入力に接続し,指示値を測定した結果の一例を図4と図5に
DMC55では,このリスクを解消するため,ROM内蔵コネ
示す。
クタユニットとの通信を可能にする回路を追加し,電源投入
時やコマンド発行時にセンサの補正情報を読み出すことが
できるように改善した。これにより,接続されたセンサの補
正情報を正確に設定でき,顧客要求を満足するとともに従
来機種でのリスクを解消した。
3.7 基板温度センサの追加
DMC50を含む従来の温度調節計では温度変化に敏感な
アナログ回路は製品下部に,発熱する電源回路等は上部に
配置するのが一般的で,これは自然排気が前提となってい
るためである。しかし,DMC55が実装されるラックは強制排
気されており常にダウンフローの風が製品にあたっている。
風は風量が一定の場合,部品温度も安定するので,指示
値に与える影響は少ないが,風量の変化や温度変化は誤差
要因となる。このため,基板の温度を測定するセンサを実
図4 Pt100の指示値の安定性の例
装することで,何らかの不適合が発生した際の切り分けの
手段の1つとした。DMC55自身の負荷変動や電源電圧の変
動なども基板温度変化の原因となりうるため,実際に問題
が発生した場合はそれらを勘案しながら原因を見極めてい
く必要がある。
3.8 信頼性向上
3.8.1 ECC付きSRAM
SRAMはデバイスの構造上,ソフトエラーというデータ
化けが生じる可能性がある。ソフトエラーとは,宇宙線等
の影響によりメモリに保持されている値が変わってしまう
現象のことを言う。近年のメモリはこの問題に対応した構
造を持つものが増えてきており,発生確率もだんだん小さ
くなってきている。DMC55では,ECC(Error Check and
Correct)機能がついたSRAMを採用することにより,ソフ
トエラーに対する信頼性を高めた。採用したSRAMは内部
図5 Pt1000の指示値の安定性の例
にECC回路が内蔵されているため,仮にソフトエラーが発
−58−
高安定温度調節モジュールの開発
D M C 5 5では ,指 示 値の 安定 性をサンプリング周 期
(100ms)毎に3分間測定したデータの±3σの値で規定す
る。測定時の環境条件が良く,安定している場合はPt100,
Pt1000ともに1.6mK程度の実力である。
4.2 AIの温度特性
DMC55の入力回路は基準電圧と入力電圧を同じ回路で
制御周期ごとに測定することで,OPAMPのオフセット電圧
等の誤差をキャンセルしている。この機能は,温度変化によ
り生じる誤差についてもキャンセルする事ができる。このこ
とから,温度特性も良好で,実験室の測定レベルでは,ほぼ
1mK/K程度の実力を示した。
(機器仕様では2mK/Kと規
図8 風の影響を示す例
定)
下記は23℃での指示値を基準として,0℃,10℃,40℃,
50℃の時の指示値との差の一例を示したものである。
4.3 通信レスポンス
3.3項でも記したが,DMC50では調節計の使用台数が多
いと通信負荷が重くなり,レスポンスが悪くなっていた。こ
の点について,顧客からは明確な目標仕様の提示はなかっ
たが,DMC55では,レスポンスを4倍以上速くすることを
目標とし,装置本体と個々に通信できるように,基板毎に
Ethernetのポートを持たせてレスポンス性能を改善した。
DMC50とDMC55の通信レスポンスの差を実機で確認
した。この評価におけるAI指示値の更新周期の平均は,
DMC50では1.02s,DMC55では0.13sだった。DMC55の方
が,7倍以上高速になっていることが分かる。評価方法を下
記に示す。
評価方法
図6 Pt100の温度特性の例
下記構成にて,アナログ入力の指示値をそれぞれ2個ずつ
(計8個),20秒間,PCから繰り返し読み出し,それぞれの
指示値の更新周期の平均値を求める。
構成
DMC50
・コミュニケーションモジュール(COM) 1台
・コントロールモジュール(CNT) 4台
・HUB,PC 各1台
DMC55
・DMC55 4台
・HUB,PC 各1台
図7 Pt1000の温度特性の例
指示値は周囲温度だけでなく,ラック内の風量によって
も変動する。前述したが,DMC55はダウンフローによる強
制排気を前提として部品の配置設計をしているため,発熱
部品を製品下部に配置している。このため,風量が少なくな
ると発熱部品の影響を受け,指示値が変化する。図8はダ
ウンフロー用のFANの電源電圧を変化させることで風量を
変化させ,その影響を測定した結果の一例である。FANの
電源電圧を24V,12V,6V,0Vと変化させ,指示値を測定
した。FANの電源電圧が24Vの時の指示値を基準として,
FANの電源電圧を変動させた時の指示値との差を示して
図9 DMC50の構成図
いる。
−59−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
図10 DMC55の構成図
5.おわりに
半導体製造装置は性能向上のために測定点数が増加す
る傾向にある。その結果,センサの配線や出力信号等の信
号線も増加し,装置の容積に対し,ケーブルが占める割合
が大きくなっている。このため,今後は信号線の省配線化
が重要な観点になってくると思われる。省配線化により,装
置の小型化だけでなく,メンテナンス性の向上,さらなる測
定点の増加やコストダウン等について寄与できると考えてい
る。
商標
DMCは,株式会社 山武の登録商標です。
著者所属
岩切 研
アドバンスオートメーションカンパニー
開発部開発2グループ
−60−
高安定温度調節モジュールの開発
−61−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
アクティブ・コンプライアンスデバイスの開発
Development of Active Compliance Device
株式会社 山武
川瀬 茂
Shigeru Kawase
株式会社 山武
津村 高志
Takashi Tsumura
株式会社 山武
小黒 直輝
Naoki Oguro
キーワード
ロボット,組み立て,コンプライアンス制御,センサレス,力検出,外乱オブザーバ
ボイスコイルモータを用い,作業内容に応じて機械的特性を自由に変更でき,かつ,力センサなしで,対象作業とロ
ボット間の接触力及び位置を高速,高精度に制御可能なユニットを開発しアセンブリ・セルに搭載した。
作業対象とロボットの間に,力と位置の検出・制御が可能なデバイスを設置することにより,組み立て動作の高速化,
作業状態の監視,多様な作業への対応が可能となる。
The authors have developed an active compliance device driven by a voice coil motor. It can adjust the
mechanical characteristics according to the targeted operation and can control the operation force and position
between a robot and a targeted workpiece without a force sensor. Installing the device between a robot and
a targeted workpiece makes the robot faster, more intelligent, and more versatile because of its light weight,
quick response, and force and position control/sensing ability.
1.はじめに
近年,産業用ロボットにおいても知能化の研究が進み,
精密組み立てや嵌め合い作業など,従来人手に頼らざるを
得なかった作業もロボットで行えるようになってきた。これ
らを実現する要素技術としてはビジョンやロボットの柔軟制
御,力センサ(力覚)を用いた力制御技術が掲げられる。
一例として垂直多関節ロボットのアーム先端とエンドエ
フェクタとの間に6軸の力センサを設けて機能を実現する装
置があるが,ロボットのアーム質量や減速器の摩擦が比較
的大きいため,電子部品組み立てなど小さな力で細かい部
品を高速にハンドリングするような用途に適しているとは言
えない。
今回,高速に位置制御が可能でコンプライアンス(柔軟
性)を自由に変更でき,かつ力覚機能を持つデバイス(アク
ティブ・コンプライアンス)
(図1)を開発し,ロボットとエンド
エファクタ(もしくはワーク)の間に設置することで,組み立
て作業の高速化,作業状態の監視,多様な作業への対応
を可能にしたのでここに報告する。
図1 アクティブ・コンプライアンス外観
−62−
アクティブ・コンプライアンスデバイスの開発
2.開発の背景
部とに分けられる
(図2)。
2.1 組み立て作業における課題
置,力制御,PWM変調に必要な演算を行い,システム制御
制御演算部は外力推定と定電流,コンプライアンス,位
部はアセンブリ・セル全体を制御する上位コントローラとの
ロボットを使用する組み立て作業の自動化において,人が
通信処理や内部ステート,コマンド処理を行う。
教示ボックスなどを用いてロボットに手先位置を覚えさせる
上位コントローラはEthernet(UDP)経由でアクティブ・コ
ティーチングという作業があり,ロボットが正確に教示位置を
ンプライアンスと指令値や作業力などのデータをリアルタイ
トレースすることで自動化が実現できる。
ムに交換し,アセンブリ・セル内のロボットや他のデバイスと
ところが部品には寸法誤差があるので,ロボットで正確
協調動作をさせる。
に位置決めを行っても組み付け位置や高さがずれる場合が
尚,パラレル接続としてPLCインターフェイスも装備した
あり,そのような状態で組み立て作業を行うと過大な力が
(図3)。
発生して部品破損につながる。
この問題の対応策として従来下記の方法がとられていた。
①ロボットのアーム先端とワークの間にバネを設置し力を吸
収する
(パッシブ・コンプライアンス)。
②ロボットのアーム先端とワークの間に力センサを設置し,
過大な力が加わらないようにロボットで制御する。
しかし組み立て作業においてロボットは様々な作業を行
うため,①の方法は対象物や作業内容によりその都度バネ
図2 ACコントローラ内部ブロック
の種類を変える必要がある。②の方法はロボットの重量が
比較的大きく剛性が高いため,急速に対象物に接近させた
場合に部品破損の危険性があるため高速なハンドリングが
難しい,センサが高価であるなどの難点があった。
2.2 課題の解決
これらの課題を解決するためコンプライアンス(柔軟性)
を自由に変えられ,かつ高速に位置決めが可能で力覚
(力
検出)機能を持つデバイス(アクティブ・コンプライアンス)を
開発し,ロボットのアーム先端とワーク(もしくはハンド)の
間に組み込むことにした。
アクティブ・コンプライアンスの機能・特長を下記に示す。
①作業中の力と柔軟性を瞬時に変更し,部品を破損するこ
となく組み立て作業を高速化できる。
図3 装置構成図
②ロボットと連携して複雑で高速な動作を行える。
③接触力を監視することで作業状態を把握できる。
表1にアクティブ・コンプライアンス装置の仕様を示す。
可搬質量
0.5kg
定格推力
10N(最大30N)
動作範囲
±1.5mm
位置繰り返し精度
±0.01mm
コンプライアンス
600~30000N/m
可動部質量
0.1kg
機構部質量
0.6kg
力検出精度
±0.2N(力センサレス)
ホストI/F
Ethernet,DIO(PLC)
主な適用分野
精密部品組み立てなど
3.装置概要
3.1 装置構成
アクティブ・コンプライアンス(以降AC)はVCM(ボイス
コイルモータ)と位置センサ,小型ACコントローラで構成さ
れ,ロボットとワーク(もしくはハンド)の間に設置して作業
対象物との接触力を制御しながら,嵌め合い,押し付け,
ハンダ付けなどの作業を行う。
位置センサは非接触の近接センサを内蔵しており,外部
に高価な力センサを設けることなく,近接センサ出力と駆動
表1
電流を用いた外乱オブザーバにより作業対象との接触力を
推定する。
アクティブ・コンプライアンスの制御はマイクロコントロー
ラで行い,内部処理は主として制御演算部とシステム制御
−63−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
3.2 ACコントローラ・ハード構成
リアルタイムで行える様にタスクのローテーンションとスケ
ジューリングを行った。
ACの制御は,装置の要求仕様と制御イコライザの計算
その結果,50
(μS)以内に全ての制御演算を行いながら
負荷を考慮してDSP付のARM966E-Sをコアにもつマイクロ
上位コントローラとAC間の通信間隔2
(ms)の性能を実現で
コントローラで行うことにした。
きた。
ACコントローラのアナログ入力はコイル電流検出器,位
置センサ,及び位置を近似微分した速度検出器信号で,マ
イクロコントローラ内のマルチプレクサを通してA/D変換し
取り込む。マイクロコントローラは取り込んだ位置,速度,
電流情報に基づき外力推定と定電流,コンプライアンス,
位置,力制御に必要な各種演算を行い,得られた操作量を
基準にPWM変調した信号でドライバを通してアクチュエー
タを駆動する。
なお制御演算は一定周期で時間内に行う必要があり,
PWM変調の定電流制御ではA/D変換のタイミングも精度
よく管理する必要があるため,制御演算は後述する方法に
よりリアルタイムOSの動作に影響を及ぼすことがないように
してOS管理外で行う
(図4)。
リアルタイムOSではシステム全体の制御と上位コントロー
図5 ファームブロック
ラとの通信制制御を行い,周辺ハードとしてEthernet接続
のためのPHYとパラレル接続のためのBus Bufferがある。
また以上の処理の大半をソフトウェアで実現しているた
め,ACコントローラの小型化は容易である。
図4 ACコントローラ・ハード構成
図6 スケジューリング
3.3 ファームブロック及びスケジューリング
図5にACコントローラのファームウェア構成を示す。定電
4.
アクチュエータ・センサ
流,位置,コンプライアンス制御や外乱オブザーバ演算など
の積和演算処理は最短50
(μS)の周期で時間内に処理を終
4.1 アクチュエータ構成
えなければならないため,高速割り込み
(FIQ)
を使ってリア
アクチュエータは一対のフラットスプリングで支持された
ルタイムOS管理外のモーションコントロール部で行う。
コイル,ネオジウム磁石,ヨークからなるVCMと誘導型近
制御演算はリアルタイムOS上で行うことも可能だが,OS
接センサより構成され,センサを内部ヨークの中心部に配置
のタスク切り換え時間が数
(μS)なので50
(μS)周期で制御
することで小型化を達成している
(図7)。
を行う場合のオーバヘッドは10パーセントに達しスループッ
尚,コイルからの漏洩磁束を極力抑えた設計にした上,
トが低下する。一方高速割込みFIQのlatency timeは1
(μ
センサ周辺を二重シールドすることで磁束飛び込みの影響
S)
程度で影響が少ない
(図6)
。
を実用上問題のない範囲まで押さえ近接センサの使用を可
上位コントローラからの指令はサーボブロックに渡され,
能にしている。図8に近接センサの距離特性を示す。
サーボブロックでは指令に応じてモーションコントロール部
近接センサは非接触で外力を直接受けることがないため
の制御パラメータや動作モードを変更し所定の制御動作を
作業ミスなどで破損の可能性がない利点もある。
させる。
また可動部はヒステリシスの少ないフラットスプリングで
なお制御周辺回路に直接アクセスできるのはモーション
支持する構成のため,摺動抵抗の影響を無視でき外乱オブ
コントロール部のみとし,リアルタイムOSからの直接アクセ
ザーバで正しい外力推定が可能となる。
スを禁止すると同時に,リアルタイムOSの管理下にあるリ
さらにアクチュエータ上下端には可動部位置を制限するス
ソースはモーションコントロール部から直接操作できないよ
トッパを設けてあり,強度が高いためロボットの推力を直接
うにすることで,モジュールの独立性を高め信頼性を向上さ
作業対象に加えることも可能である。
せた。
また制御動作を行いながら上位コントローラとの通信も
−64−
アクティブ・コンプライアンスデバイスの開発
5.
制御特性
5.1 位置制御特性
図10にアクティブ・コンプライアンスの位置ステップ応答
を示す。高速に移動させても短い整定時間で精度よく位置
決めが行えるため,ロボットと連携してプロフィールをコント
ロールすることにより,ロボット単体では難しい複雑な動作
を高速で行うことができる。
図7 アクチュエータ分解図
4.2 アクチュエータ伝達特性
VCM入力からセンサ出力までのゲイン伝達特性は,サス
ペンションのバネ定数と可動部質量で決まる一次共振周波
数をピークに約-40dB/decで減衰する良好な特性を示して
いる
(図9)。位相特性はコイルインダクタンスとサンプリング
図10 位置指令応答
周期の影響で,100Hz近傍から廻り始めるがインダクタンス
による電流遅れの影響は定電流ループを構成して補正して
いる。
5.2 コンプライアンス特性
図11はコンプライアンス特性で,作業に応じて約600
(N/
m)から30000
(N/m)まで柔軟性をコントロールできる。
たとえば精密部品の嵌め合い作業で穴に部品を挿入する
場合,部品を破損しない様に柔らかい状態で穴位置を探
り,穴にはまった時点でコンプライアンスを高めに設定して
ࢣ࢕ࣤ≁ᛮ
押し付け動作を行い確実に挿入する。
また可動部が軽量で柔軟性があるため,対象物の近くで
న┞≁ᛮ
移動速度を大きく落とさないで接触させても部品やワーク
を損傷しないのでタクトタイムを短くできる。
㸝1P㸞
図9 アクチュエータ伝達特性
㸝1P㸞
図11 コンプライアンス特性
図8 センサ特性
−65−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
5.3 外乱オブザーバによる外力推定
5.4 衝突検出
作業対象と接触している時の外力検出はロードセルなどの
ワークやハンドが対象物と衝突した場合,これを検出して
力センサを用いることなく,アクチュエータ駆動電流と近接セ
ロボットに停止指令を出す衝突検出機能を持たせた。
ンサ出力より外乱オブサーバで推定して求める。
衝突の判定は可動部速度信号を微分して求めた加速度の
算出のパラメータはVCMのトルク定数Kt,フラットスプリ
レベルと時間幅を基準に行う。
ングのバネ定数K,可動部の質量Mである
(図12)
。
図15に金属棒先端にロードセルを取り付けて自由落下で
衝突させた場合のロードセル出力と算出した衝撃力を示す。
加速度の演算は位置の二階微分なので,高域ノイズの
フィルタリング処理をしている関係上若干のディレイを伴う
が,落下物と接触している間のロードセル出力と計算により
求めた衝撃力はおおむね一致している。
この衝撃力F(F = Mα)が所定の閾値Frを一定の時間T
を越えた場合,つまり力積がFrTを超えたら部品破損の可
能性ありと判定し,上位コントローラにロボット停止要求を
出すと同時に自ら最大速度で反対方向に移動しショックを
図12 外力推定オブサーバ
低減する。
アクティブ・コンプライアンス可動部に取り付けたロードセ
ルに外力を加えた場合
(図13)のセンサ出力と外乱オブザー
࣭ࣞࢺࢬࣜฝງ
バで算出した外力を
(図14)
に示す。
⟤ฝೋ
図15 算出衝撃力と実測値
図13 外力推定オブサーバ
5.5 センサキャリブレーション
近接センサの感度ばらつきやオフセットの校正は以下の
方法で行う。
アクチュエータの可動部位置を制限する上下端ストッパ間
の距離は予め決まっているので,可動部を上下に移動し上
端ストッパ位置におけるセンサ出力XHと下端における出力
XLの平均値を零中心として,出力差
(XH-HL)が常に一定
になるように内部係数を掛けることで実現する
(図16)。
図14 推定外力と実測値
図16 センサキャリブレーション
−66−
アクティブ・コンプライアンスデバイスの開発
6.ハンダ付け作業への応用
アクティブ・コンプライアンスの力・位置検出機能を用いる
ことで作業中の品質判定も可能である。
たとえばハンダ付け作業はハンダの溶融状態の良否がそ
のまま品質に結びつくため,作業終了後に画像処理で状態
を確認し不良検出を行うが,ハンダ付け作業中はコテ先で
ハンダ面が隠れてしまうので,画像でリアルタイムに溶融状
態を確認することは難しい。
しかしアクティブ・コンプライアンスを使うとハンダ付け作
業中の溶融不良を検出できるので,即座に修正を行うこと
が可能になる。以下にその方法を説明する。
引きハンダ作業はコンプライアンスをハンダ付け作業に適
した値に設定し,ロボットをZ軸上方向に移動する
(図17)。
そして予備ハンダ部分にコテ先が接触した位置よりさらに
押し込んで作業に最適な接触力が得られる様にする。
このとき,ごくまれに予備ハンダが十分溶けない場合が
あり,そのまま動作を継続すると不良になる。
図18にアクティブ・コンプライアンスで検出した引きハンダ
図17 ハンダづけ装置概要
作業中の接触力変化を示す。
ハンダが溶融すると接触位置が変わるため,そのときのコ
参考文献
ンプライアンス値に応じた力の変化となって表れる。
(1)
ロボットマニピュレータの適応センサレスコンプライアンス
ハンダが溶融している過程では変化が大きく
(図18 ①),
制御,第34回 計測自動制御学会
溶融してない状態では変化が少ない
(図18 ②)。
また,十分溶融していない状態で引きハンダ動作を開始
著者所属 すると,接触位置が予備ハンダ頂点から基板面に変わるた
め段差が発生し
(図18 ③)不良と判断できるので,すみやか
に修復作業を行うことが可能になる。
図18 ハンダ作業時の接触力変化
7.おわりに
本稿では組み立て作業における柔軟性や力制御の必要
性と,それを実現するためのアクティブ・コンプライアンス装
置について述べた。またアクティブ・コンプライアンスをアセ
ンブリ・セルに適応することで,その効果と実用性を立証で
きた。
今回のアセンブリ・セルではアクティブ・コンプライアンス
のコンプライアンス,位置決め機能や力検出機能を用いて
作業効率を大幅に改善できたが,その高速性を活かすこと
でさらに作業範囲を拡大することが可能である。
−67−
川瀬 茂
生産技術開発部
自動化技術グループ
津村 高志
生産技術開発部
自動化技術グループ
小黒 直輝
生産技術開発部
自動化技術グループ
azbil Technical Review 2009年12月発行号
バイオマスプラスチックへの取組み
Application of Biomass Plastics to Industrial Control Product Housings
株式会社 山武
浜野 裕之
Hiroyuki Hamano
株式会社 山武
石塚 保夫
ビルシステムカンパニー
株式会社 山武
Yasuo Ishizuka
宇田川 良吉
Ryoukichi Udagawa
キーワード
バイオマス,プラスチック,ポリ乳酸,二酸化炭素,地球環境,カーボンニュートラル,色差,温湿度試験,流動解析,ウェルドライン
「バイオマスプラスチック」とは,トウモロコシのでんぷんなどのバイオマスによって作られる樹脂のことである。成長時
にCO 2を吸収する植物を主な原料とするので従来のプラスチックよりもCO 2の排出量が少なく,各社において開発と利用
が進められているが,耐環境性をより厳しく求められる工業製品への適用事例はまだほとんど見られていない。筆者ら
は,当社理念である
「地球環境への貢献」と低炭素社会へのニーズを踏まえ,これらバイオマスプラスチックによる当社
製品への適用を東レ株式会社
(以下 東レ と称す)
と共同して取り組み,用途を限定すれば従来の樹脂への代替として使
用可能な結果が得られたので報告する。
Biomass plastics refer to resin made from corn flour and other biomass. Because the primary raw material of
biomass plastics uses plants that absorb CO2 during their growth, these plastics have lower CO2 emissions than
conventional plastics. Although many companies are moving ahead with development and usage, there are still
few instances of application in industrial products where a high level of resistance to environmental conditions
is required. Drawing on the need for a low-carbon society and our company’
s principles of contributing to the
global environment, we have taken steps to use biomass plastics with our company’
s products in cooperation
with Toray Industries, Inc.(called“Toray”below)
. The authors report on the results of how biomass plastics
can be used to replace conventional resins for limited applications.
1.はじめに
実際には運搬や製造過程を経ることにより,CO 2 排出量
はゼロにはならないが,排出量削減の手段の1つとして,民
生品の分野ではバイオマスプラスチックの利用が各社で進
図1に示す通り,光合成によって,CO 2を吸収して育った
められている。しかしながら工業分野では,製品の使用環
植物から樹脂を作れば,その樹脂を使用後に焼却しても,
境や耐久性などの観点から耐熱性,強度,素材価格におい
地球上のCO 2は増加しない。これがカーボンニュートラルの
て満足できるバイオマスプラスチックは少なく,各樹脂メー
考え方である。今後は,このようなCO 2 排出の抑制や資源
カーにおいては従来のエンジニアリングプラスチックの性
循環型社会の実現をさらに加速する必要がある。
能に近づけるべく開発が継続されている状況にある。筆者
らは現在提供されている各社の樹脂材料の特性調査を行
い,最終的に選定された樹脂メーカーの東レとともにバイオ
マスプラスチックの材料特性を改良しながら部品を試作し,
従来部品との性能比較評価を行うことで適用の可能性を
明らかにした。また,流動解析と実験よりバイオマスプラス
チックと従来樹脂との成形性の違いを明らかにし,従来樹
脂金型の流用及び生産性の検討も行ったので併せて報告
を行う。
図1 CO 2の循環する社会
(農林水産省HPより)
−68−
バイオマスプラスチックへの取組み
2.樹脂材料の選定
3.2 金型製作
成形試作にあたり当社試作部門で簡易金型を製作した。
簡易金型はアルミ材料を使用し,中子による簡易構造
(図
高度経済成長期においては,埋立て廃棄による公害発生
3)としている。また,3次元CADデータを直接CAD/CAM
や埋立地不足の観点より,バイオマスプラスチックには地中
変換する加工法を用いることにより,短納期を実現してい
での生分解性が求められていたが,今日では,地球温暖化
る。
対策としてCO 2 排出量削減が緊急な課題として取り上げら
れている。本研究においても,当初は生分解が可能な樹脂
への代替を目標として調査を開始したが,今日の地球環境
を守る観点よりバイオマスの樹脂材料全体に範囲を広げて
選定を行った。当社製品への適用の可能性が高いとして候
補に上げた各メーカーの樹脂材料を表1に示す。
最終的には強度,難燃性,収縮率などが従来樹脂に最
も近い東レのバイオマス樹脂を選定し,試作成形を進める
ことに決定した。同樹脂の難燃剤には非ハロゲン系材料が
使用されており,また難燃性としてもUL規格94-5Vが認定
図3 試作した金型
されている。安全性とともに環境保全からも好ましいことも
選定の要因となった。
3.3 成形
選定した樹脂のバイオマス成分はポリ乳酸が使用されて
今回の研究開発の目的がバイオマス樹脂の製品への適
おり,従来樹脂に比べCO 2 排出量が約30%,化石資源消費
用の可能性を探ることから,バイオマス樹脂と従来樹脂に
量は約25%の削減が見込まれる。
メーカー
高分子名称
J社
PLA(ポリ乳酸)
PBS
C社 (ポリブチレンサク
シネート)
PBS
S社 (ポリブチレンサク
シネート)
M社
PLA(ポリ乳酸)
U社
PLA(ポリ乳酸)
東レ
PLA(ポリ乳酸)
よる部品を各々成形して両部品を比較することでバイオマス
樹脂の評価を行うこととした。両材料の収縮率はほぼ同じ
用途
乾電池ブリスタパック
部品トレー,キャリアテープ
窓付封筒,CDケース包装
農業マルチフィルム
ごみ袋,シャンプーボトル,
食品トレー 他
フィルム,シート,フィラメント,
不織布,ラミネート,
発泡成形品,射出成形品
包装フィルム,化粧容器
農業用シート,
コンポストゴミ袋
包装資材,農業資材,
電子機器筐体
(携帯ケース),
事務用資材
包装資材,農業資材,
電子機器筐体
(ノートPC
筐体,TVリモコン筐体)
であり,従来樹脂の金型が使用できれば新たな投資が削
減できる。このことから両材料を同じ金型を使用し成形条
件の変更で試作成形することも目標とした。図4は試作例
である。
図4 試作した部品
表1 樹脂材料候補一覧
評価は部品形状においての強度や耐環境性を比較するた
め,サンプルとして両材料により各々50個程度を試作した。
今回選定したバイオマス樹脂は融点や流動性が従来樹脂
3.評価対象と成形品の試作
材料に対して異なっている。このことから,成形時間,成
形転写性及びウェルドの発生等にも注目して成形を行った。
3.1 対象部品の選定
前述の樹脂材料選定の結果及び現在のバイオマス樹脂
の強度や耐熱性の水準を踏まえ,当社製品において耐環
境性に求められる性能が比較的に緩やかな室内設置型の
製品である空調用センサ「ネオスタット」
(図2)のカバーへの
適用を試みた。
図2 ネオスタットセンサ
(中央部)とそのカバー
−69−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
⊿E*ab=⊿L2+⊿a* 2+⊿b* 2 ・・・・・式
(1)
3.4 流動解析
(L:
* 明度 a:
* 赤み b:
* 青み)
成形の試作過程では,バイオマス樹脂において成形転写
性の不足,ウェルドラインの発生などが明らかになった。図
5に示す流動解析により問題点を明確にして射出条件を求
実験の結果,従来樹脂に比較してバイオマス樹脂に黄色
めた。修正後の条件では,不適合なく成形が可能となって
への変化が確認された。このことから紫外線を吸収する光
いる。今回の成形条件での差によるコストへの影響は,既
安定剤の使用などによる改質を材料メーカー 東レと行なっ
存の成形工程,及び現在の生産数レベルからほとんどない
た。再試験による結果を表3,表4に示す。
改質樹脂と従来樹脂の色差値は差がほとんどなくなり,
ことも確認された。試作環境において適切と思われた成形
同等以上の耐光性能が得られた。
条件を表2に示す。
L*
a*
b*
試験前
65.4
0.1
-0.5
300Hr後
63.6
-1.7
6.5
⊿E *ab
7.0
表3 試料名:従来樹脂
図5 流動解析
材料
射出充填 射出ピーク シリンダー
時間
[s] 圧
[MPa] 温度
[℃]
L*
a*
b*
試験前
66.2
-0.2
-0.8
300Hr後
65.2
-1.2
5.5
型温度
[℃]
従来樹脂
0.65
128
270−280
100
バイオマス
樹脂
3.21
123
170−240
70
⊿E *ab
6.5
表4 試料名:バイオマス樹脂
(改質品)
4.2 温湿度試験
ポリ乳酸の耐熱温度は一般的に55℃近辺であり,これを
成分とするバイオマス樹脂の耐熱性は従来樹脂より劣るこ
とが予想された。このことから製品の使用環境を考慮した
表2 成形条件
試験条件で従来樹脂との性能比較を実施した。
試験条件と結果を表5に示す。
各試験の前後において,割れ,変形,膨れなどの外観上
4.成形試作品の評価
の変化は観察されなかった
(変形は定盤の上で平面状から
4隅の指触により確認した)。また高温放置試験では従来樹
バイオマス樹脂及び従来樹脂により成形試作された部品
脂の部品に僅かに焼けたような色合い変化が認められ,バ
を使用して行った評価及び課題の対応を以下に述べる。
イオマス樹脂が従来樹脂より優っていた。
4.1 耐光性試験
高温
放置
試験
低温放置
試験
高湿
放置
試験
温湿度
サイクル
試験
60℃/
96Hr
-20℃/
96Hr
40℃
・
95%RH
/96Hr
-20~50
95%RH
24Hr
5cycle
従来樹脂
○
○
△
○
バイオマス
樹脂
○
○
○
○
今回選定した部品は太陽光による変色も懸念される。こ
のことからキセノン光を両者へ連続照射して,耐光性を比
較した。図6に試験状況を示す。
試料
表5 試験条件と結果 ○:差異無し △:やや劣る
図6 キセノン光照射試験
照射強度は製品に求められる屋外暴露に相当する値で
試験し,変色の程度を色差測定法で評価した。
色差は色の知覚的な違いを定量的にあらわしたもので,
⊿E *abの次式で定義される数値で表される。
−70−
バイオマスプラスチックへの取組み
4.3 強度試験
バイオマス成分であるポリ乳酸は可撓性においても従来
著者所属 樹脂より劣ることから図7に示すとおり,部品の中心部に集
浜野 裕之
材料技術部
中加重を加え,降伏点荷重と撓み量を比較した。試験結果
石塚 保夫
ビルシステムカンパニー
を図8に示す。
開発本部開発2部
宇田川 良吉 生産技術開発部
図7 強度試験概念図
図8 強度試験結果
バイオマス樹脂の降伏点荷重は約400N前後を示してお
り,従来樹脂とほぼ同等であった。降伏点の撓み量は従来
部品と比較して30-50%低かったが4-7.5mmの撓み量を有し
ていた。撓み量をさらに要求される場合は設計上の配慮が
必要である。
5.おわりに 地球環境負荷の低減を可能とするバイオマス樹脂は,用
途を限定すれば工業市場製品に使用されている従来樹脂
への代替が可能なことが確認できた。
最後に,選定したバイオマス樹脂の耐光性の課題に対し
て改質に尽力を頂いた 東レ株式会社 植田氏に感謝を申し
上げる。
参考文献
(1)
高田:ポリカーボネートの改質,プラスチックスエージ,
pp.89-96
(2004)
(2)
草川:自動車のプラスチック化の現状と今後の展望,工
業材料,Vol.52, No.9
(2004)
(3)
岩田:近未来に向けたバイオベースの新産業, 化学経
済,pp.70-75
(2007)
(4)
ミノルタ株式会社,計測事業部編:色を読む話
商標 「ネオスタット」は株式会社 山武の登録商標です。
−71−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
高温高湿発生技術の研究
Development of Two-pressure, Two-temperature Humidity Generator
株式会社 山武
ビルシステムカンパニー
株式会社 山武
ビルシステムカンパニー
伊藤 力哉
Rikiya Itou
石塚 保夫
Yasuo Ishizuka
キーワード
湿度,二圧力・二温度法,飽和水蒸気,不確かさ
高温高湿領域で湿度計測をするニーズが産業市場などで高まっている。そこで高温環境で湿度センサの特性評価が
できるように,JIS B 7920に規定されている二圧力・二温度法をもとに湿度発生装置を製作した。100℃以上の領域では
飽和水蒸気量が指数的に増加するため飽和状態を作るのが難しい。このため飽和槽の前に前置飽和槽を設置し,空気
に含まれる水蒸気量を操作することによって,湿潤空気を飽和槽に投入し飽和槽の飽和条件を探索した。また,この求
めた飽和条件から,本装置で発生する相対湿度の不確かさについて見積もったので報告する。
The needs for humidity measurement in high-temperature, high-humidity areas are growing in industrial
markets and other sectors. For this reason, we built a humidity generator based on the two-pressure, twotemperature method specified in JIS B 7920 to enable evaluation of the properties of a humidity sensor in a
high-temperature environment. In areas where the temperature is 100°C or higher, it is difficult to create a
saturation state because the saturated water vapor content increases exponentially. Therefore, a pre-saturation
chamber is installed before the saturation chamber for controlling the water vapor content in the air, and damp
air is injected into the saturation chamber for finding the saturation conditions of the saturation chamber. In
this paper, we present our estimates on the uncertainty of the relative humidity generated by this device from
these saturation conditions that were found.
1.はじめに
そこで,高温度領域での湿度計測の実現にあたって,
150℃高温環境下の湿度センサの特性を評価できるよう,
JISB7920に規定される二圧力・二温度法の原理を用いた湿
湿度センサはオフィスや居住空間の空調用途では15~
度発生装置を,高温・高圧条件下で実現する湿度発生装置
35℃程度で多く用いられるが,工業市場を考えた場合,そ
を製作した。
の温度範囲は広く180℃もの高温度領域で使用可能な湿度
飽和水蒸気を連続的に生成する一般的な方法として,飽
センサが存在する。しかし,産業技術総合研究所所有の特
和槽で空気をバブリングしたり,空気の流れを飽和槽内部の
定標準器では露点温度95℃以下となっており,この温度が
水面上を走らせることによって飽和水蒸気を生成する。
基 準 値の国内最高温 度となっている。そのため,9 5 ℃
しかし,100℃以上の高温度領域では指数関数的に飽和
以 上の高温度領域での湿度計測は,メーカー各社の技術
水蒸気量が増加するため,上記の方法では水の蒸発潜熱
に基づく評価装置で得られた精度に依存している。
の授受により飽和槽の水温が低下し,飽和槽の飽和が不
完全になる。飽和が不完全であると試験槽へ導いた空気
が,実際よりも低い湿度で生成され理論値と一致しない。
そのため,本稿では飽和槽の前に予熱した飽和槽
(前置飽
和槽)を設置し,上記の方法に加えてより完全な飽和となる
よう装置を製作した。具体的には前置飽和槽の温度を変化
させ,空気に含まれる水蒸気量を操作し,飽和槽に投入す
ることにより,飽和槽の飽和温度特性を求めた。これを飽
和温度の不確かさとして見積もり,この装置で実現できる
相対湿度の不確かさを見積もった。
図1 二圧力・二温度法の原理
−72−
高温高湿発生技術の研究
2.二圧力・二温度法の原理
Uw=
本装置の湿度発生装置の原理はJISB7920に規定される
二圧力・二温度法に基づいている。二圧力・二温度法は産業
な湿度発生装置の原理として用いられる。
本装置の概略図を図2に,仕様を表1に示す。
二圧力・二温度法は試験槽よりも低い温度にて水蒸気で
温度設定範囲
飽和された飽和槽内の圧縮空気を圧力膨張弁を介して試
湿度生成
験槽へ送る
(図1)
。
50~180℃
~100%RHを目標
耐圧
すると,この時の試験槽内の相対湿度は
(1)式から求め
~1MPa
表1 本装置の仕様
られる。
Uw=
式(2)
3.
本装置の概略
技術総合研究所所有の特定標準器で用いられており,精密
Pt
Ps
Pt f(P,
Ts)e(Ts)
e(Ts)
×100≒
×100
Ps f(P,
Tt)e(Tt)
e(Tt)
飽和槽と試験槽に圧力容器を用い,それらは恒温液槽を
f(Ps,
Ts) e(Ts)
×100
(%)式
(1)
f(Pt,
Tt) e(Tt)
用いて温度を一定に保っている。
加 圧された試 料 空 気は ,エアドライヤを通ってほぼ
Uw:湿度値
(相対湿度)
(%RH)
0%RHになり,レギュレータを介してマスフローコントローラ
Pt:試験槽圧力 e(Tt):試験槽の飽和水蒸気圧
で流量を制御され,前置飽和槽に導かれる。前置飽和槽は
Ps:飽和槽圧力 e(Ts):飽和槽の飽和水蒸気圧
ヒーターとコントローラで特定の温度に制御され,その中で
f(p,t)
:圧力p,温度t時の増加補正係数
試料空気をバブリングしている。
e(t)は水のt℃における飽和水蒸気圧であり,100℃以上
飽和槽Ⅰに送られる。飽和槽Ⅰは熱交換及び結露した水を
の飽和水蒸気圧式はJIS Z 8806ではWAGNER-PRUSSの
溜める容器として用いている。飽和槽Ⅰから送られる空気
式で与えられている。
は同じ恒温液槽内にある飽和槽Ⅱで再びバブリングするこ
前置飽和槽から排出される空気はヒーターで昇温され,
また,fは増加補正係数である。飽和水蒸気圧式で示さ
とにより,飽和水蒸気を生成する。飽和槽で発生した飽和
れる蒸気圧は,水と平衡状態にある水蒸気であり,実際の
蒸気を,飽和槽と試験槽をつなぐ経路でヒーターによって
湿潤空気では水蒸気分子及び乾燥空気分子相互作用によ
露点温度以上に昇温させ,結露しないように試験槽に導い
る影響と水への溶解の影響があるためこれを補正する必要
ている。試験槽は恒温液槽で温度を一定に保っている。ま
(2)
。
がある
た,試験槽内には温度計,圧力計が取り付けられている。
しかし,増 加 補 正係 数は10 0 ℃以下で R .W. Hyl a nd
これらの構成により任意の温湿度環境を作り出している。
(1975)にて報告されている(1)が,100℃以上の補正値は未知
であるため,
(2)式のように本稿ではf≒1とし,増加補正係
数の影響が小さい二温度法で実験を行った。
図2 本装置概略図
−73−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
4.飽和槽の評価
4.1 飽和槽温度の確認
飽和の状態とは水から蒸発する水蒸気分子の量と,水に
戻り凝結する気体の水蒸気分子の量が平衡している状態
である。100℃以上の高温度領域では,指数関数的に飽和
飽和槽設定温度
(恒温液槽)
130℃
試験槽設定温度
(恒温液槽)
150℃
飽和槽設定圧力
550kpa
試験槽設定圧力
550kpa
乾燥空気流量
1.0L/min
(試験槽設定相対湿度)
水蒸気量が増加するため,水の蒸発潜熱の授受により飽
(57%RH)
※前置飽和槽操作
和槽の水温が低下する。すると,水面の温度における水の
前置飽和槽設定温度
水蒸気圧と水面近傍の空間の水蒸気圧が等しくなくなり,
128~146℃
表2 試験条件
相対湿度の分布が発生することになる。従って,飽和槽が
飽和状態にあるか確認するために飽和槽の水温と蒸気の
Tpの温度が128~130℃の範囲で,飽和槽の水温T1が低
温度差を調査した。飽和槽の蒸気と水の温度に差がなく
下し,それにつられるように気体T2の温度が低下する
(a)。
なった時,飽和状態と判断できると考え,その状態を作り
これは飽和槽Ⅱで蒸発が起きているためである。
だす。
その後,前置飽和槽温度の上昇に伴って,飽和槽Ⅱの温
度も上昇していくが,途中温度変化が緩やかになる。この
4.2 試験方法
間,T1とT2の温度差がなくなっていく
(c)。
相対湿度分布を推量するために,飽和槽の前に前置飽
前置飽和槽温度の132~136℃付近でその差がなくなり,
和槽を用意する
(図3)
。前置飽和槽では飽和槽Ⅱよりも高い
138℃以上で飽和槽Ⅰの温度上昇が顕著に現れ,水温と水
温度でバブリングし,空気に水分を含ませた後,飽和槽Ⅱ
蒸気の温度の高低が逆転する
(b)。
に投入する。これにより,飽和槽Ⅱの内部に水分が過剰に
ある状態を作りだす。前置飽和槽をヒーターで加熱し,バ
๑ ⨠ 㣤 ࿰ ᵬ 㸝 7S࡛ 㣤 ࿰ ᵬ ϩ 77Ὼ ᗐ
ブリングする時の温度を操作して,前置飽和槽の設定温度
(Tp)と飽和槽Ⅱ内部の蒸気の温度
(T2)と水温
(T1)の差
㣤࿰ᵬϩῺᗐΥ
77
の関係を調査し,飽和槽の水温と蒸気の温度が一致する
範囲を求める。
b
c
a
๑㣤࿰ᵬῺᗐ7S㸝Υ㸞
㣤 ࿰ ᵬ ϩ Ề ⵠ Ẵ 7
㣤 ࿰ ᵬ ϩ Ề 7
図4 前置飽和槽と飽和槽の温度の関係
図3 前置飽和槽と飽和
(c)の範囲に飽和点があると考える。水温と蒸気の温度
図3の中のT1,T2に関して次のことが言える。
差
(T1-T2)が0になる前置飽和槽の設定条件を求めるため
(a)T1がT2より低くなる領域。飽和槽Ⅱにおいて蒸発が活
に,前置飽和槽温度Tpと,水温と蒸気の温度差
(T1-T2)
発である。
の関係を図5に示した。蒸気温度及び水温の測定には不確
(b)T1よりT2が高くなる領域。飽和槽Ⅱにおいて凝縮熱等
かさがあるため,図5中の各プロットに表3で求めた測定時
により過熱されている。
の不確かさの幅を示した。
(c)
(a)
.
(b)
.
.の中間
(b)の状態が,飽和槽Ⅱの内部に水分が過剰にある状況で
あると考えられ,
(c)が最も飽和状態に近いと考えられ
る。そこで実験では流入する蒸気の温度Tpを操作する
ことにより,でT1,とT2の関係を調査した。
4.3 試験結果
試験条件を表2で示した。図4は前置飽和槽の水温Tpと飽
和槽Ⅱの水温T1と蒸気温度T2の関係を示した結果である。
−74−
高温高湿発生技術の研究
動につながることになるが,この領域は前置飽和槽の温度
の振れ幅
(±0.1℃程度)に対し最も安定的に飽和温度が得
77ỀῺ࡛ỀⵠẴῺᗐࡡᕣ
られる領域でもある。実際
(a),
(b),
(c)の測定時の飽和温
㻃
度の安定性は
(c)の領域が最も良く,図5で各プロットの不
b
c
a
77
ỀῺⵠẴῺᗐ㸝Υ㸞
確かさの幅が小さいのは
(c)の領域であり,これは飽和温
度の安定性が良かったことに起因している。そのため,こ
の領域に飽和点があると想定した。
5.
相対湿度の不確かさ
二圧力・二温度法による湿度発生装置の相対湿度の相対
標準不確かさは不確かさの伝播則に従って,式
(3)のように
表わされる
(JIS Z 7920)。
2
2
2
u(
{
(e/e )
│ts u(ts )
}
r Ps )+u(
r Pt )+
2
2
u(
= +
{
(es/es)│tt u(tt )
}+u{
(ts )
}
r Uw )
r e
2
2
2
+u{
(tt )
}
+u{
f Ps,
ts )
}
+u{
f Pt,
tt )
}
r e
r (
r (
式
(3)
๑㣤࿰ᵬῺᗐ7S㸝Υ㸞
図5 前飽和槽温度と水温-水蒸気の温度差
σ
(℃)
除数
・校正
不確かさの要因
0.02887
1.732
・分解能
0.00058
3.464
・補完校正値
0.00000
1
・安定性
0.00808
3.464
・自己加熱
0.00160
1
u(
:相対湿度の相対標準不確かさ
r Uw )
u(
:飽和槽圧力の相対標準不確かさ
r Ps )
u(
:試験槽圧力の相対標準不確かさ
r Pt )
│ts u
(ts )
}
:温度tsの飽和蒸気圧と飽和蒸気圧の導関数の比
{
(e/e )
{
(e/e)
│tt u (tt )
}
:温度ttの飽和蒸気圧と飽和蒸気圧の導関数の比
u{
e ts )
}
:温度tsの飽和蒸気圧式の相対標準不確かさ
r (
u{
e tt )
}
:温度ttの飽和蒸気圧式の相対標準不確かさ
r (
u{
f P,
t)
}
:圧力p温度t時の増加補正係数の相対標準不確かさ
r(
u(t)
=0.060
(k=2)
表3 水温-水蒸気の測定時の不確かさ要因
第5,6項は飽和蒸気圧式の不確かさ,第7,8項は増加
補正係数の不確かさを表す。
๑ ⨠ 㣤 ࿰ ᵬ 㸝 7S࡛ 㣤 ࿰ ᵬ ϩ 77Ὼ ᗐ
ԥ Υ ԥ Υ
ԥ Υ ԥ Υ ԥ Υ
๑ 㣤 ࿰ ᵬ Ὼ ᗐ 7S㸝 Υ 㸞
㣤 ࿰ ᵬ ϩ Ề ⵠ Ẵ7
㣤 ࿰ ᵬ ϩ Ề 7
本 稿の 飽 和 蒸 気 圧式の不 確かさは,I A PW S( 国際
蒸気性質協会)
“Release on the Skeleton Table 1985,
Substance”に表されている表中のTolerance を用いた。増
加補正係数は未知のため,不確かさの見積もりはこの項を
省略している。
6.
不確かさ要因
測定の主な不確かさ要因を表4に示す。
不確かさ要因は①測定システム②試験環境③試験行為
㣤࿰ᵬϩῺᗐΥ
77
The Termodynamic Properties of Ordinary Water
について検討し一覧にした。
①測定システムは測定に用いた精密温度計や圧力計の不
確かさである。②試験環境は,製作した装置固有の特性に
よる不確かさであり,試験槽及び飽和槽内の温度分布,飽
図6 前飽和槽温度と水温,水蒸気の温度
和槽の飽和の不完全さ,温度計の自己加熱影響を考慮し
不確かさを考慮した場合,水温
(T1)−水蒸気温度
(T2)
=0になる条件は前置飽和槽の設定温度で132~138℃の範
た。③試験行為については,測定者が試験毎に飽和槽に
給水を行う時の給水レベルと飽和槽の飽和温度への影響
に関する不確かさである。
囲にあると推定される。
ここでは,①測定システム及び③試験行為についての詳
また,この範囲で飽和温度が,前置飽和槽温度1℃の変
細は省略し②試験環境について説明する。
化に対し,飽和槽の水温の勾配は約0.04℃/℃で変化して
いる
(図6)。従って前置飽和槽の温度変動は飽和温度の変
−75−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
6.1 飽和槽の温度分布
飽和槽内部では温度分布があり,この温度分布により,
部分的な水蒸気圧分布により,相対湿度の分布が発生する
ことになる。そのため,Tpの設定を133〜136℃の範囲で飽
和槽内部の温度分布を調査した。測定点を図7に示す。こ
れらの測定点の4点を同時に測定した。
図8は飽和槽Ⅱの水温と各測定点の温度との差の関係を
示している。飽和槽Ⅱの水温1℃の変化に対して,各測定点
とも飽和槽の水と水蒸気の温度差は約0.3⊿℃/℃
(温度差/
水温)
で平行に変化している。
相対湿度の算出時の,飽和温度は,これらの測定点の
平均値を用いた。また,飽和槽Ⅱの水温とこれらの測定点
の平均値を一次近似することにより,飽和槽の温度分布の
不確かさとした。
図7 飽和槽内部の測定位置
表4 不確かさの要因
−76−
高温高湿発生技術の研究
また飽 和槽の温 度分布の平均値を飽 和温 度とした場
合,蒸気温度と水温には若干の偏差が残る。この分の偏
差を水温と水蒸気の温度が一致していない不確かさとして
計上した。
図10 試験槽の温度分布
7.
相対湿度の不確かさの見積もり
式
(3)により相対湿度の不確かさを算出した。その一例
を表5に示す。
図8 飽和槽水温と飽和槽内部の温度分布
150℃-60%RHの測定時,相対標準不確かさは1.7%RH
(k=2)だった。また,各部位の温度,圧力の相対標準不確
6.2 試験槽の温度分布
かさの寄与率を図11に示す。温度計の自己加熱の影響は,
試験槽内部の温度分布を調査した。測定点を図9に示
飽和槽内部,試験槽内部ともに小さく0.1%に満たなかっ
す。これらの測定点を4点同時に測定した。
た。最も寄与率が高かったのは,試験槽温度であった。そ
繰り返し2回の測定により,温度分布は図10のようになった。
の中でも試験槽の温度分布が大きく含め8割以上を占めて
いる。
これは,試験槽の上部が被測定サンプルを取り付けるこ
とができるようにしており,断熱材で覆っているが,試験槽
の蓋が大気中にさらされているため,試験槽の上部の温度
が低くなる。そのため,上下方向の温度分布が大きくなって
しまった。
しかし,これを改善し試験槽の上部の温度分布を,試験
槽中部,下部と同等にした場合で試算すると,相対標準不
確かさは1.0%RHに減少することが見込まれる。
図9 試験槽温度分布測定点
試験槽の蓋の近傍で温度が著しく低下しており,また位
置によるばらつきと繰り返し測定のばらつきが大きい。この
付近は,外気の影響をかなり受けていると思われる。さら
に高湿度で計測をする場合,結露する可能性が高いため改
善の必要がある。
相対湿度の算出時の試験槽温度には,基準温度計とこ
れらの測定点の平均値との偏差を補正して用いた。不確か
さの算出はこれらのすべての測定点を試験槽の温度分布の
不確かさとして見積もった。
図11 相対標準不確かさの寄与率
−77−
azbil Technical Review 2009年12月発行号
8.おわりに
今後は圧力レベルを段階的に変化させ,この影響を調べる
とともに,湿度センサ及び露点計の温度,圧力依存性を調査
していく。また,長期安定性の不確かさ等,デ-タの蓄積を
本稿では温度150℃圧縮空気550kPa中の湿度発生装置
行っていく。
の不確かさを見積もった結果を報告した。
そのために飽和槽の前に前置飽和槽を設置し,飽和槽内
参考文献
部の蒸気の温度と水温が一致する前置飽和槽のヒーターの
(1)
(社)
日本計量機器工業連合会:湿度計測の不確かさに関す
設定範囲を調査した。次にその範囲で飽和槽の蒸気の温度
る技術セミナー,
「技術者養成講習会テキスト(
」2003)
分布を調べ,温度分布の平均値から飽和温度を求めた。ま
(2)
日本機械学会編:湿度・水分計測と環境のモニタ,技報堂出
た温度分布の不確かさ及びその平均値が蒸気と水温が一致
版,pp.16~17
(1992)
しない分を飽和温度の不確かさに計上した。
(3)
JIS B 7920
(2000)
「湿度計-試験方法」
試験槽では試験槽の温度分布を求め,本装置で発生し
(4)
JIS Z 8806
(2001)
「湿度測定方法」
ている相対湿度とその不確かさを求めた。
(5)
上田政文:湿度と蒸発,コロナ社,pp.31-34
(2000)
その結果,温度150℃圧力550kPa(空気)の環境で湿度
60%RH±1.7%RH(k=2)という結果が得られた。またその
著者所属
時の寄与率を見ると試験槽の温度分布が最も大きく,不確
かさをさらに小さくするためには試験槽の温度分布を改善
するのがよい。しかし,今回求めた相対湿度は増加補正係数
が不明なため,550kPaの空気雰囲気中という限定的な相対湿
度である。
伊藤 力哉
ビルシステムカンパニー 開発本部開発2部 石塚 保夫
ビルシステムカンパニー 開発本部開発2部 表5 試験槽150℃ 60%RH時の相対標準不確かさの見積もり例
−78−
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