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ジェットエンジンの高性能化を支える耐熱冷却技術

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ジェットエンジンの高性能化を支える耐熱冷却技術
ジェットエンジンの高性能化を支える耐熱冷却技術
環境適応エンジンチーム
山根 敬
1.2 国際協力の中での日本の役割
日本の主要3社はそれぞれ独自、あるいは
(財)日本航空機エンジン協会(JAEC)のメン
バーとして国際開発に参加している。ここで
Engine Models
Compressor
1. 民間機用ジェットエンジン
1.1 日本における開発の歴史
現在、世界で生産されているジェット旅客
機のほぼすべてが高バイパス比ファンジェッ
トエンジンを搭載しているが、この流れを決
定付けたのはジャンボジェット(B747)の登
場であった。当時の日本には、高バイパスエ
ンジンの経験がなかったことから、FJR エン
ジンプロジェクトが 1971 年にスタートした。
開発されたエンジンは、単に技術実証だけに
留まらず、航技研が実施した STOL 実験機「飛
鳥」に搭載された。
プロジェクトで開発・製造した FJR エンジ
ンの試験の一部について、当時日本に設備が
なかったことから英国 NGTE にて実施したこ
とで日本のジェットエンジン技術が注目され、
日英が 50%ずつ分担する RJ500 エンジンの開
発へと繋がった。残念ながら市場性が見込め
なかったため RJ500 の開発は短期で打ち切ら
れたが、日米英独伊(後に伊は離脱)の 5 カ
国のメーカーが参加した V2500 エンジンに発
展し、現在までに 3000 台を出荷する商業的成
功を収めるに至っている。
さらに米英の主要3大メーカーである、
General Electric 、 Rolls-Royce 、 Platt &
Whitney が開発・製造しているエンジンに関
しても、日本の IHI、MHI、KHI が一定の割合
を分担している。
は後者を例に日本の役割を解説する。
図1は主要ジェットエンジンにおける日本
メーカーの分担箇所を示したものである。
V2500 エンジンではファンモジュール全体を
分担した。次に CF34 では低圧タービンモジュ
ールを担当するばかりでなく、高圧圧縮機に
関しても翼を供給している。さらに最新の
B787 搭載用 RR 製 Trent1000 においては、燃
焼器モジュールを担当するに至っている。こ
のように、V2500 で始まった国際共同開発を
きっかけに、次第に日本の分担箇所を増やし
つつあり、ジェットエンジンの大部分の部位
を担当する能力があることを実証している。
唯一、部品レベルでも実現できていないのが
高圧タービンの担当であり、今後の飛躍への
鍵となるであろう。
Fan/Low Pressure
Compressor
Intermediate Pressure
Compressor
High Pressure
Compressor
V2500
CF34
Module
Parts (Fan Rotor)
Engines for B787
GEnx
Trent1000
Module
Parts (Rotor
Parts (Rotor
Blade/Stator Vane Blade/Stator Vane
Combustor
Parts (Case)
Module
Module
Parts (Rotor Blade)
High Pressure Turbine
Turbine
はじめに
日本における民間機用ジェットエンジンの
開発の経緯と高性能化に伴うタービンの高温
化のトレンド、JAXA におけるタービン耐熱冷
却技術研究を紹介する。
Intermediate Pressure
Turbine
Parts (Disc)
Low Pressure Turbine
Gear Box
Accessories
Module
Module
Heat Exchanger,
Pump, Sensor, etc.
Valve, etc.
: Responsible for Mo
図1
: Responsible for Parts
日本メーカーの分担箇所
(JAEC パンフレットより)
国際共同開発における分担比率とともに重
要なのは、協力形態である。残念ながら民間
機用量産ジェットエンジンにおいて、日本が
主導的役割を果たしたものは実現していない。
V2500 を 販 売 す る International Aero
Engines (IAE) は 日 本 側 も 出 資 し た Joint
Venture Company であるため、開発計画、営
業、販売、メンテナンスなどすべての面にお
いて一定の発言力を確保しているが、図 1 に
掲げた他のエンジンに関しては Risk Sharing
Partner (RSP)に留まっているため、主要な権
限は主担当海外メーカーに握られているのが
現状である。
1.3 小型エコエンジンへの期待
FJR エンジンプロジェクト以後、いくつか
の研究開発プロジェクトを経て、現在、経済
産業省民間航空機基盤技術プログラムとして
環境適応型小型航空機用エンジン研究開発
(小型エコエンジンプロジェクト)が実施さ
れている。このプロジェクトは第 2 期の要素
技術開発が終了し、今年度からは第 3 期のエ
ンジン技術実証開発が始まっている。この第
3 期中に試作エンジンの製作と実証運転試験
が行われ、その後の実機開発へ結びつけるこ
とを目指している。
前述のように民間エンジン国際開発におい
て、日本は高圧タービン部を分担するに至っ
ていない。これは海外の主要メーカーが高圧
タービンに求められる耐熱技術を重要技術と
位置づけているばかりでなく、保守などのア
フターマーケットにおいても一定の利益が期
待できるという営業的側面から手放してはな
らない部分と考えているからである。この現
状を打破するには、FJR エンジンが国際協力
への足がかりとなったように、小型エコエン
ジン後の量産機開発を実現させることで、高
圧タービンを含むエンジン全体における日本
の実力を示すことが必要である。
エンジン高温化のトレンド
ジェットエンジンをはじめとするガスター
ビンエンジンの熱サイクルはブレイトンサイ
クルと呼ばれ、理論熱効率はエンジンの圧縮
比で決まる。さらにジェットエンジンとして
の推進性能の最適点を考慮すると、圧縮比の
増大とともに燃焼後のガス温度も上昇する。
図2はタービン入口温度の変遷を示したも
のである。最新のジェットエンジンではター
ビン入口温度が 1500℃を上回る。この高温ガ
スにさらされる高圧タービン初段部分に求め
られる耐熱性能を実現する鍵は、以下の2つ
の技術である。
第 1 は冷却構造技術である。高温高圧ガス
のエネルギーを軸出力として取り出す負荷を
受け止める金属性のタービン翼は、後述の耐
熱合金でも 1000℃付近が限界である。そこで
燃焼前の圧縮機出口での約 600℃の高圧空気
によりタービン翼材を高温から保護する冷却
構造を備えている(図3)。ジェットエンジン
の高性能化のために圧縮比を増大させると、
最適となるタービン入口温度が上昇するばか
りでなく、冷却空気として使用する圧縮機出
口温度も上昇する。しかし冷却空気量を倍増
させるとエンジン全体の効率が2~3%悪化
するため、圧縮比増大による熱効率向上分の
何割かは相殺されてしまう。そこでより性能
の良い冷却構造を研究開発し冷却空気量を削
減することが求められる。
もうひとつの技術は耐熱材料技術である。
現在の主流はニッケルベースの単結晶合金で、
国内では主に(独)物質・材料研究機構が新
材料の研究を実施している。新しく開発され
た無垢の新材料を実際のエンジンに使用する
には、さらに遮熱コーティングとの親和性、
燃焼ガスに対する耐酸化性、エンジン使用サ
イクルによって生じる熱応力サイクルへの耐
久性など、実使用環境を想定した評価が必要
である。
2.
図2
図3
タービン入口温度の変遷
高圧タービン静翼への冷却空気の流れ
(Rolls-Royce「The Jet Engine」より)
3.
JAXA におけるタービン耐熱冷却研究
現在、JAXA で実施している「航空エンジン
環境技術研究開発プロジェクト(TechCLEAN)」
は、小型エコエンジンプロジェクトを支援す
るとともに、先行技術の研究開発を目指して
いる。TechCLEAN では目標の一つとして CO2
排出削減を掲げており、耐熱冷却技術も目標
達成に重要な技術の一つである。
3.1 流体・熱伝導連成解析技術
タービン翼の温度分布は、翼周りの高温ガ
スの流れ、翼内部の冷却空気の流れ、そして
翼部材の熱伝導による熱収支が均衡して決ま
る。従来、翼温度を推定するには、これまで
の様々な研究に基づく翼外面や各種冷却構造
の熱伝達率データを使用した熱解析が行われ
てきたが、実際の流れとの熱バランスに基づ
いていないために、複雑な冷却構造に対応し
た詳細な温度分布を得ることは困難であった。
その点を改善するのが、流体解析と固体熱伝
導解析を同時に実施し、物体表面での熱収支
を厳密に計算する、流体・熱伝導連成解析で
ある。これまでに、JAXA で開発されてきた CFD
共通基盤コード UPACS を改造し、計算領域の
流体ブロックと熱伝導ブロックの同時に解析
する手法による流体・熱伝導連成数値解析を
実現させた。図4は内部から冷却されたター
ビン翼断面の温度分布解析結果の例である。
れる物体温度が変わることになる。特に流れ
の淀み点付近では従来の乱流モデルを使用す
ると熱伝導係数に大きな誤差が生じるため、
問題点を解決する修正をおこなって熱伝達予
測精度の改良を実施した。
最終的な目標は複雑なタービン翼冷却構造
全体の連成解析であり、その実現のために複
雑形状への解析適用、解析速度の向上の研究
を進めている。
3.2 高性能冷却構造の開発
小型エコエンジンプロジェクトでは、低コ
ストと高性能の両立を目指しているが、ター
ビン冷却構造についても従来にない冷却構造
の開発を(株)IHI、東京農工大と共同でおこ
なってきた。まずタービンシュラウド部分の
パーツの冷却構造として、従来の構造と同程
度のコストで冷却空気量を大幅に削減できる
多段傾斜インピンジメント構造を考案し、
JAXA の高温風洞(図5)で模型試験をおこな
って性能を確認した。また、タービン初段静
翼に適用する冷却構造として、多くの実機翼
で使用されているインピンジメント冷却のた
めのインサートを必要としない、マルチスロ
ット冷却構造(図6)を共同で考案し、模型
試験により従来型構造と同程度の冷却性能が
確保できることを確認した。
図5
図4
高温試験風洞とサーモカメラによる温度観察
タービン翼連成数値解析例(温度分布)
連成数値解析の精度には乱流モデルが大き
く影響する。モデルの違いで境界層の温度プ
ロファイルが変わることで、固体と流体との
間でやり取りされる熱流束が変化し、計算さ
図6
マルチスロット冷却構造概念図
小型エコエンジン支援とは別に、冷却性能
を大きく改善するための研究も実施している。
現在のタービン翼の多くが採用している、イ
ンピンジ冷却とフィルム冷却の組み合わせに、
ピンフィンを追加して対流冷却を強化する複
合冷却構造は、製造技術上の課題は大きいも
のの大きな冷却性能向上効果が期待できる。
この構造を最も高温にさらされる翼前縁に適
用できれば、冷却空気を大幅に削減できる。
そこで試験模型を制作して高温風洞で冷却構
造の違いによる性能比較試験を実施した(図
7)。サーモカメラによる温度分布計測により、
ピンフィンの効果で表面温度を下げることが
できることが確認できた。
(a)のように内部を水で冷却した状態で水平
方向に回転させながらバーナーで加熱し、3
分毎に 10 秒間、バーナーを遠ざけて冷却する
装置を開発した。第1世代の単結晶材である
CMSX-2 と第 4 世代の TMS138(物材機構と IHI
が共同開発した国産材料)について 100 サイ
クルの加熱・冷却を行った後の結晶構造の変
化を図8(b)に示す。TMS138 では試験前の格
子状の結晶構造がほぼ維持されていることか
ら熱サイクルに対する耐久性が優れているこ
とがわかる。
現在はさらに表面の耐酸化性能の評価をお
こなうとともに、動翼の遠心応力を模擬でき
る試験装置の開発を進めている。
(a) バーナー加熱試験の様子
(a) 複合冷却構造の前縁形状適用模型
CMSX2
TMS138
(b) 加熱表面より深さ 400μm の試験後の結晶構造
図8
4.
(b) サーモカメラによる観察
図7
複合冷却構造の翼前縁適用試験
3.3 耐熱材料評価技術
本研究テーマも小型エコエンジンプロジェ
クト支援として(株)IHI と共同で実施して
きた。高温下での定常応力によるクリープ強
度ばかりでなく、離着陸の繰り返しによる熱
サイクルや応力サイクルによる疲労や、高温
下での耐熱材料の酸化・腐食の評価技術の確
立を目指している。
まず、熱サイクルを模擬する試験方法とし
て、パイプ状にした耐熱材料試験体を、図8
バーナー加熱試験による耐熱材料組織観察
今後の展開
小型エコエンジンが純国産の量産ジェット
エンジンに結びつけば、タービン耐熱冷却技
術の重要度は一層、増大する。連成数値解析
により複雑な冷却構造の温度分布が容易に得
られるようになれば、熱構造解析と組み合わ
せて応力分布を知ることができ、高温材料評
価データによる寿命予測と合わせて、高温タ
ービンの冷却構造の高性能設計・評価技術の
飛躍的な向上が期待できる。冷却構造試験、
材料評価試験については、より実機の形状と
使用環境に合わせた実験が可能な設備の整備
を進める予定である。
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