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議事概要 - 経済産業省

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議事概要 - 経済産業省
第4回 コンテンツ流通促進検討会 議事概要
◇日 時:平成13年10月29日(月)10時00分∼12時00分
◇場 所:経済産業省 本館2階西8会議室
◇出席者:(五十音順、敬称略)
座長 月尾 嘉男 東京大学大学院新領域創生科学研究科教授
委員 安念 潤司 成蹊大学法学部教授
飯田 尚一 (株)電通メディア・コンテンツ計画局ビジネス開発部長
井崎 直次 (株)ニフティ取締役
江口 覚郎 ソニー(株)放送メディア推進室統括課長
尾木 徹 (社)日本音楽事業者協会常任理事
加藤 衛 (社)日本音楽著作権協会常任理事
加藤 嘉一 (株)東京放送テレビ編成局メディアライツ推進部長
金子 信幸 伊藤忠商事(株)メディア事業部門ネットワーク・コンテンツ部長
上出 卓 (社)音楽制作者連盟顧問
吉良 正男 NTT−MEマーケティング本部21担当部長
久保 雅一 (株)小学館ミュージック&デジタルエンタテイメント取締役
斎藤 汎司 日本テレビ放送網(株)コンテンツ事業局次長
砂川 浩慶 (社)日本民間放送連盟著作権部主事
高村 裕 (株)オフィス・トゥー・ワン常務取締役
田胡 修一 (株)日立製作所デジタルメディアグループ担当部長
田中 純一 (社)日本レコード協会テクノロジーセンター長
土井 宏文 (株)ジャパンデジタルコンテンツ代表取締役社長
林 紘一郎 慶応義塾大学教授
春山 昭彦 吉本興業(株)制作営業統括部経営戦略室長
真木 太郎 (株)ジェンコ代表取締役
元橋 圭哉 NHK 総合企画室兼マルチメディア局副部長
安田 浩 東京大学教授
山田 有人 ロジャム(株)CEO&CFO
欠席 板垣 陽治 フジテレビジョン(株)総合権利センター著作権部長
浜垣 博志 元気(株)代表取締役
講師 武邑 光裕 東京大学大学院新領域創生科学研究科助教授
原 正人 アスミック・エースエンタテインメント会長
経済産業省
岸本 周平 文化情報関連産業課課長
片岡 宏一郎 文化情報関連産業課課長補佐
境 真良 文化情報関連産業課課長補佐
浅野 雄一郎 文化情報関連産業課課長補佐
信谷 和重 情報通信機器課課長補佐
小林 洋介 文化情報関連産業課課長補佐
赤石 綾子 文化情報関連産業課産業活性化係長
オブザーバ
角田 周一 (財)デジタルコンテンツ協会専務理事
◇次回検討会:
11月30日(金)10時∼12時 経済産業省 別館5階526会議室
◇議事概要:
1.開会
片岡課長補佐(メディアコンテンツ課)が開会を宣した。
2.プレゼンテーション
2.1 「ブロードバンド時代におけるコンテンツ産業の人材育成について」
赤石係長(メディアコンテンツ課)より、資料1に基づき説明がなされた。
2.2 「映画製作の活性化のために ∼プロデューサーの育成と資金調達∼」
原正人プロデューサーより、資料2に基づき説明がなされた。
2.3 「デジタルコンテンツ産業の趨勢と人材育成 その焦点をめぐって」
武邑助教授より、資料3に基づき説明がなされた。
3.討議
○大変内容豊富なプレゼンテーションをいただいた。皆様よりご意見をいただく前に二
つ申し上げたい。
一つ目は、日本のデジタルコンテンツ産業がうまく拡大していかない大きな理由の
一つに、流通問題、つまり、国際的なコンテンツ流通が日本のイニシアティブで進ん
でいないことが挙げられると思われる。特に、経済的なバックが日本にちゃんと戻る
かという点は大きな問題である。例えば、日本のゲームが米国でいくら売れても、お
金は米国に落ちてしまって、日本にはお金があまり入ってこないといったことがある。
コンテンツを国際的に流通させ、経済的にもきちんと戻ってくるようなシステムにつ
いて日本が力を持つべきである。この点については民間が努力しなければいけないこ
とは重々承知しているが、経済産業省も是非お考えいただきたい。
二つ目として、コンテンツ産業が拡大するのは結構であるが、そのために他の産業
が食われてしまうことのないようにしなければならない。例えば、現在は携帯不況と
いわれている。若い人がお金や時間を携帯電話に費やすため、他の産業分野にまわら
ないという話である。経済産業省が以前“win-win 政策”を作りたいとおっしゃってい
たように、コンテンツ産業も他産業もうまく発展するにはどうしたらよいか考える必
要がある。
これらの点を踏まえて、ご質問、ご意見をいただきたい。
○資料1のP.6「プロデューサーに求められる機能」と、P.7「クリエイターに求
められる機能」を比較してみると、コンテンツ表現技術がプロデューサーには入って
いない。入っていない理由はある意味重要である。これまでわが国では、プロデュー
サーがプロデューサー足り得なかった。これは、プロデューサーがあまりにも制作者
サイドに寄っていたからであろう。例えば、テレビの世界を見ても、ディレクター上
がりの方がプロデューサーをやっているケースが多い。従って、いつまで経ってもデ
ィレクター色が抜けず、本来プロデューサーに求められる機能を果たしていないのが
現状である。資料1は、プロデューサーというのはディレクターやクリエイターとは
違うという意味を込めて、現状に対するアンチテーゼとして、それぞれに求められる
機能を整理されたものと思われる。
しかし、敢えて言わせてもらえれば、やはりプロデューサーにもクリエイティブの
才能は必要ではないかと思われる。それは、目利き、あるいは、品質管理といった、
クリエイターとは別の視点に立ったクリエイティブな才能である。プロデューサーは、
この作品が監督やクリエイターの一人よがりになっていないかとか、本当に視聴者ニ
ーズを掴んでいるかといったことを、ちょっとひいた目で見ることが必要であり、そ
のためには監督やクリエイターとは別のクリエイティブな機能が必要ではないかと考
える。
○公的資金を使ってシーズマネー的にやろうという趣旨は理解できる。しかし、杞憂に
終わればよいが、手続き面で本来の目的に合わないような、硬直的な手続きを求めら
れるのは大変困る。自分の経験であるが、大学内で研究助成金をもらうためには結構
な手続きがかかる。これを省庁のお金でやろうとすれば、さらに手続きは煩雑になる。
この点については、アメリカ的に成果で評価する方式、つまり成果評価システムを踏
まえた予算・決算の手続きがよいと思われる。手続きの弾力化が必要ではないか。
○先ほど、プロデューサーはクリエイティブでなくてもよいか、という反語的なご意見
があったので、例を挙げてご説明したい。
英国人にデービッド・パットナムという、極めてクリエイティブなプロデューサー
がいる。「小さな恋のメロディー」でデビューして、「炎のランナー」、「キリング
フィールド」、「ミッション」などを手がけた。現在、サーの称号を持つ。彼は、大
変クリエイティブなプロデューサーで、自分のイメージ通りの作品しか作らないので、
作品数は非常に少ない。監督とぶつかることもしばしばである。「炎のランナー」ー
の監督、ヒュー・ハドソンがアカデミー賞を取って偉くなると、切るといった感じで
ある。このデービッド・パットナムは、コロンビア社長としてアメリカに行ったが、
アメリカのシステムに馴染めず契約期間に解任された。その後、イギリスに戻って素
晴らしい作品をプロデュースしている。
クリエイティブなプロデューサーの例としては、もう一人、ジェフリー・トーマス
を挙げることができる。30歳そこそこで「戦場のメリークリスマス」の製作に参加
して名を上げ、その後「ラストエンペラー」や「シェルタリングスカイ」をプロデュ
ースした。彼は、いろんな才能をオーガナイズしていくタイプ。しかし、プロデュー
サーは基本的に目利きでなければならない。プロデューサーは一番最初の観客であり、
今何が求められているか、目利きでなければならない。そういった意味で、オーガナ
イズ・タイプのプロデューサーである彼も、目利きという意味ではクリエイティブで
ある。
監督はよく勉強しており、監督に引きずられることがある。プロデューサーが、ク
リエイティブな監督と対等になるためには、それなりのスキルを身に付けなければな
らない。それは、ファイナンスやマーケティングに関するスキルである。こうしたス
キルを意識的に身に付けることで、ようやく監督らと本当のパートナーとなり得るの
である。
○十数年エンターテイメント関係の仕事をしているが、日本は、才能がある制作者が沢
山いるのに、産業として成り立っていない。それはビジネスサイドのバックオフィス
的な機能を果たせる者がいないからではないかと思われる。例えば、金融機関とのマ
ッチメイクをやろうとすれば、弁護士や会計士、金融機関の者が関わる必要があるが、
彼らにエンターテイメント分野の著作権問題等に関する知識が不足している場合が多
い。彼らが、特に金融機関の方に基本的な問題を理解してもらう公開講座のような場
があれば大変よい。アメリカには、こうした学校や講座がある。
また、本日のプレゼンテーションにあった通り、日本には税制上のメリットがない。
メリットがないことをゼロとすれば、現状はマイナスである。というのも、抽象的な
税法だけがあって、その解釈が分かり難いからである。確認しようとしても、調査結
果を待つしかない。例えば、映画フィルムについて日本の税法には2年間で償却する
と書かれている。何で2年かと聞くと、フィルムは2年ぐらい経つと滅失するという。
しかし、これは映画フィルムという有形資産の話である。今議論しなければならない
のは、映画というコンテンツの著作権つまり無形資産についてである。
○映画を作っている人には悲壮感というか、眦を決したといった感じが漂う。テレビ局
でいえば、ドキュメンタリーを作っている人たちの悲壮感に似ている。こうした悲壮
感をガラッと変えるには、もはや税制程度ではなく、根本的に何かを変えていかなけ
れば駄目ではないか。
また、高等教育機関における体系的な教育は、芸大でやってはいけないのではない
か。少なくとも、経済学部とか法学部、あるいは工学部で行うべきものであって、元々
悲壮感のあるクラシック音楽をやっているような芸術学部ではやるべきでない。国家
政策としては、東大法学部のようなシンボライズされるところに、映画芸術学科とか
メディア学科を置くといったことが必要ではないか。
以前、当時の通産省と伊丹さんが組んでやったシネ懇は大変よかった。3時間でも
座っていることが可能な椅子が必要といった視点は大変感動した。日本の映画館の椅
子は、1時間も座っているとお尻が痛くなる。プロデューサーが椅子替えてくれとは
言えないだろうが、この辺を変えていく必要があるのではないか。
○悲壮感とは少し違うが、貧しい。貧しいから悲壮感が出てしまうのかも知れない。
私も、プロデューサーだけをやっていたら、とっくに潰れていただろう。プロデュ
ーサーのほかに、外国映画の輸入配給もやっていたので残ることができた。つまり、
作ることと流通を車の両輪と考え、その両方をやってきたから生き残ることができた
と思う。それでも会社経営であり、もうかっても自分だけが取るわけにはいかない。
その点アメリカのプロデューサーは豊かである。
この違いは何かというと、日本には成功した人の足を引っ張るという風土があるか
らである。プロデューサーが育ちにくい風土であることは確かである。アメリカは、
成功すれば巨額の富を得ることができるし、それについて足を引っ張られることもな
い。
ヘラルド時代に、「エマニエル夫人」を扱った。この映画のプロデューサーは、当
時、小さな個人代理店を経営していた男で、カンヌ映画祭にやって来て、あの写真一
枚を持って売り込んでいた。私たちも、極めて安く買った。この男は、その後大変な
リッチマンとなり、国会議員になり、二、三年前にはシラク大統領のブレーンの一人、
日仏議員文化連盟の会長として来日した。こうしたことを見ていくと、リッチマンと
いうか豊かさが必要ではないかと思われる。日本でもリッチマンが登場するとか豊か
さが必要。そうなれば、映画にも豊かさが出てくるはずである。例えば、黒澤明は、
常に一流のものを身に付け、一流を気取っていた。日本でも、豊かになることをスト
レートに評価することが必要である。
大会社にいてもおもしろくない時代が始まりそうで、組織から離れてチームを組ん
で何かをやっていく者が増えるだろう。しかし、それを支えるファイナンス面を見る
と、コーポレート・ファイナンスはするが、プロジェクト・ファイナンスはできない
というのが実態である。これが一番の問題であろう。例えば現在、浅間山荘事件を映
画化している。この企画では、新しいビジネス・スキームを立ち上げようと考え、某
銀行をたずねたが、やはりプロジェクト・ファイナンスは理解されなかった。結局、
会社に融資するという形になった。
何人かのフリーランスのプロデューサーがプロジェクトを組んだ場合、そのプロジ
ェクトをきちんと評価して、ちゃんと融資を付けることが必要である。しかし、現状で
はこれができない。何故できないかと言えば、完成するかどうか不安だからである。
従って、完成保証は必要である。預けた金が何十年かにわたってきちんと返るシステ
ムがやはり必要である。こうした面のノウハウを次の世代にきちんと伝えなければ、
という焦りがある。
○建築の世界の例であるが、国際フォーラムの設計者は、アルゼンチン系のアメリカ人
であった。彼は、この設計だけで百億円以上を手にし、この結果、その年のアメリカ
における設計事務所の売上のトップに踊り出た。もしこれが日本人の設計者だったら
どうだったかというと、20億円しかもらえない。つまり、同じものがアメリカ人は
百億円、日本人は20億円である。
日本はネタミの社会とかいろいろあると思うが、この分野については是非違う方向
に変えていってほしい。
○人材育成の話をするとき、川上で物を作った人がもうからないと、川下の人ももうか
らないといった話になる。しかし、川上で作った人よりも、川下で物を売った人のほ
うがもうかっている場合もある。
海外まで流通すればクリエイターにお金が入ってくるんだというのが、この検討会
の趣旨の一つであった。しかし、これは大きな間違いかも知れない。海外を含め広く
流通しても、クリエイターにはお金が返ってこないというのが今の流通システムであ
り、それ以外のシステムは現状存在していない。
また、アニメの仕事をしているが、東京国際映画祭といったフェスティバルでは一
度も表彰されたことがない。日本の興行収入とか配給収入は、日本国内の数字だけを
見ている。「千と千尋」が「タイタニック」を抜いたと騒がれているが、それはあく
までも日本国内の数字である。アニメ作品で既に「タイタニック」を抜いている作品
がある。実写映画をやっている人達は、アニメーションをやっている人間を、全く違
う世界の人間としてみているようなところがある。このような島国根性的なところを
打破して、例えば、東京国際映画祭はアニメも一緒にやるといったぐらいになってい
かないと、未来はないような気がする。
○クリエイターという言葉に若干疑問がある。コンテンツ制作というのは、ハイアラー
キーなクリエイターの階層で成り立っているということを強調したい。今日の議論は、
ともすると、インテグレーターとしてのクリエイター、いわばクリエイティブ・マネ
ージャーを育てるといった話である。しかし、エレメンタル・クリエイター、つまり
例えば著作者、ミュージシャン、俳優を含めた全体を見る必要があるだろう。
映像の著作物を例にしてみると、俳優さんにはほとんど契約慣行がない。これから
多メディアでのマルチユースが広がると思われるが、これについて収益分配のルール
がまったくできていない。俳優の肖像権、人格権などまだまだ定まっていない部分も
多い。こうした俳優などエレメンタル・クリエイターの問題と、かれらを統括するク
リエイティブ・マネージャーの問題を合わせて論じていかなければならないと思われ
る。
○確かにプロデューサーには、クリエイティブからビジネスの感覚まで、ありとあらゆ
るものが要求される。しかし、全部やってなおかつ会社の経営までというのは、ちょ
っと無理である。また、こうしたプロデューサーの育成といっても、一体誰が教える
のか分からない。我々映像エンターテインメント分野は、業界がもうかればプロデュ
ーサーの評価が高まる、優れたプロデューサーが出てくれば業界も潤うといった、“卵
とニワトリ”の関係にある。
ここから提案であるが、プロデューサーを支える者、それは例えば金融面をサポー
トする者、流通をサポートする映画会社やビデオメーカー、あるいは公的機関かも知
れないが、そうしたサポートする人達が、プロデューサーを前面に押し立てていくよ
うな形でないと、業界全体も盛り上がらないのではないか。なお、最近のクリエイタ
ーは、ブロードバンド時代を迎えて、著作権問題にも目覚めているし、ビジネス感覚
もかなりある。大きな成功例としては宮崎駿がいるが、もう少し身近なリーゾナブル
なところから始めていく必要がある。
○以前、3億円、5億円規模の映画投資を行ったことがあるが、ほとんど負けた。仕組
みが分かっていなかったのだから、負けたのも当然であった。作り手は、製作資金で
それなりに作り手集団を維持している。この製作資金をリターン又はリクープする場
合、そもそも製作資金がある程度戻ってくればそれでいいという感覚であった。これ
では駄目だということで、当社では、自分達が中に入って直接関与しようとした。と
ころが、今度はハードルが高くて中々入り込めない。映画関係者は、仲間内でグルグ
ル回しながらやってきたようで、苦しくなれば仲間内で助け合い、たまに当たれば皆
が“何年か食える”といった感じである。結局、お金の流れ、経理面がよく分からな
い。これでは会話についていけないし、産業としてどうかと思う。
金融機関とのマッチングというお話しがあったが、実際には無理ではないか。著作
権に基づくコンテンツの資産価値を認識し、これを自分達で運用するだけのノウハウ
がないからである。金融機関は、過去、土地や建物を担保にしてきたが、これには特
別なノウハウは要らない。しかし、著作権を買ってくれといったことは、ちゃんとし
たノウハウがない現状では難しいだろう。
多少時間はかかるかも知れないが、若い世代が既成のシステムを変えて、その結果、
数億円もうけたといった成功事例に至らない、現状は変わっていかないのではないか。
○実務面で著作権の会計の問題はとても大きな問題である。大きく言えば、企業会計に
おける知的財産権の会計システムが、税法上の取扱いを含めて、日本はかなり遅れて
いる。個別の問題として言えば、制作費管理をきちんとできる企業が少ない。放送局
の編成製作予算の製作費体系は40年、50年の歴史の中で作られてきた。しかし、
新しいコンテンツを扱うことになると、例えばゲームをやろうとした場合、製作費体
系がなく、共同出資契約を交わそうとしてもかなり苦労する。
現在の映画製作でよく行われている製作委員会方式における管理システムも同様で、
日本はかなり遅れている。また、既存の邦画各社のように信頼性ある製作費体系をお
持ちの企業もあるが、その評価というか信用度は別問題である。
制作現場に直結した制作プロダクションだと、個々の予算をきちんと管理している
プロデューサーはほとんどいない。このため、最後の最後に資金ショートを起こして
してしまうことがある。各社あと1000万円づつ出せば完成すると言われれば、出
さないとは言えない。スタジオジブリぐらい成功をおさめれば、ジブリが言うことじ
ゃしょうがない、といった感じで各社のトップまで超特急で決済がおりる。しかし、
これは本当にレアケースである。
○4年ほど前、ビジネス・プロデューサーを育てようというテーマで1日議論したこと
がある。結論は「ビジネス・プロデューサーは育たない」というものであった。その
理由は、「仕組みを教えることはできる。しかし、プロデューサーにはやはり目利き
が必要で、これは才能や生まれ持った運が必要。形を教えることはできるが、育てる
という言い方は適切ではない。」ということであった。
「養成する」という表現になれば、毎年何人、何年間続けて、十件間で何万人養成
するといった目的になってしまう。しかし、そうではなく、なりたい人が勉強できる
場がいいのではないか。先ほど、公開講座という話があったように、才能があろうと
なかろうと、チャンスを与える場が必要である。目標人数を決めた絞込みの場ではな
く、チャレンジする場にするのがよいと思われる。
○本日は人材育成についての第 1 回目の議論であり、皆様に自由にご発言いただいた。
経済産業省や国への要望もかなりあった。従来の業界の常識や伝統を変えないと、新
しいビジネスは育たないのではないかという印書を受けた。この問題については、も
う一回まとめの議論の機会があるので、それまでに資料を用意していきたい。
(了)
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