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礼文島における高山植物保護の現状と課題(PDF:3870KB)
礼文島における高山植物保護の現状と課題 宗谷森林管理署 塩口 綾 浜崎伸一 1 はじめに 礼文島は日本最北端の島で、面積の8割を国有林が占めます。海抜0mから約300種の高山植物 が自生し、レブンアツモリソウなどの礼文島固有種や希少種も少なくありません。 比較的手軽に貴重な高山植物を楽しめるということで、毎年30 万人近い観光客が訪れており、観光は漁業とともに島の主幹産業と なっています。バスに乗って観光するツアーの他に、少人数で島の あちこちをゆっくり歩いて廻るという観光スタイルが増加してきま した。 このように礼文島は、保護すべき高山植物の自生地と、住民の生 活・観光が地理的にも密接に結びついており、高山植物の保護を考 える際に、地域社会を切り離して考えることはできません。そのた め、礼文島において、これまでの法による規制や立ち入り禁止措置 をするといった「保護」を重視した管理方法だけでは高山植物を保 護しきれない状況にあります。そこで、今後どのような管理をすれ ばいいのかを探るため、これまでの活動を振り返り、その中で浮か び上がった問題を考察します。 図1 2 礼文島の地図 高山植物保護の取組について 礼文島を含め、多くの高山植物が自生する自然公園において、盗掘と踏みつけは大きな問題となっ ています。礼文島でも数多くの高山植物が盗掘と踏みつけの被害に遭ってきました。 2-1.盗掘について ウルップソウやフタナミソウなどの希少な高山植物が盗掘によ って激減し、チョウノスケソウなど今では民家の裏庭で栽培されて いる状態でしか見ることのできなくなった種もあります。 特に、礼文島の高山植物を象徴する存在であるレブンアツモリソ ウは、数百株規模の盗掘被害に幾度も遭い、かつて島の至るところ 写真1 に自生していましたが、現在では北部や南部の一部の地域で自生し レブンアツモリソウ ているだけです。 2-2.盗掘防止活動 度重なる盗掘から守るため、レブンアツモリソウを「特定国内希 少野生動植物種」に指定し、監視を強化するなど、レブンアツモリ ソウを含めた高山植物全体の保護のため、森林管理署や礼文町など の行政機関による保護活動が行われています。森林管理署では森林 写真2 盗掘防止キャンペーン 官による巡視の他、シーズン中には自然保護管理員を2人配置し、監 での呼びかけ 視活動や高山植物保護の呼びかけを行っています。 2-3.盗掘防止活動の展開 個体数の多い北部の自生地では、自生地を柵で囲い、開花期間中は24時間体制で監視するなど、 保護が強化され、その結果、これまでのような大規模な盗掘はなくなりました。しかしながら、自生 株が広範囲に散在しているため、北部と同様の監視体制が難しい南部自生地では、監視員不在の時間 帯が狙われ、歩道近くの数株が盗掘されました。レブンアツモリソウの開花期間である6月は早朝3 時頃から夜の20時頃まで明るいため、行動が可能であり、また、移植が可能な休眠状態でなく、開 花状態での盗掘である、平成10年から12年の盗掘事例をみると、レブンアツモリソウに精通した プロではなく、観光客による出来心からの盗掘が近年の主流になってきていることが考えられます。 表1 昭和58年から平成12年までのレブンアツモリソウ盗掘被害状況 年 S.58 S.59~S.60 S.61 S.62 数量 (株)100~200 多数 80 328 地域 北部 北部 北部 北部 S.63 0 - H.1 0 - H.2 H.3~H.8 H.9 H.10 H.11 H.12 0 465 20 6 0 3 北部 北部 南部 南部 このような状況から、これまで個人的にパトロール活動を行 っていたボランティアの方々が保護の手薄な南部の自生地に おいて、組織的にパトロール活動を始めました。レブンアツモ リソウの開花する期間、早朝と夕方の監視員不在の時間帯をパ トロールしています。ボランティアの活動の結果、南部自生地 写真3 パトロール中 において H13 年より盗掘は発生していません。 (提供 宮本栄子氏) 2-4.盗掘防止活動における問題 しかし、早朝・夕方の時間帯にパトロール活動に参加できる方が限られることや、一年でもっとも 忙しい時期であることから、パトロール活動がボランティアの大きな負担となってしまっています。 さらに、ボランティア活動は義務ではないため、活動が衰退してしまう可能性があります。ボランテ ィアのパトロールがなくなってしまえば、再び盗掘被害が発生してしまう恐れがあり、少人数で広範 囲をトレッキングするといった、多様化する観光スタイルを考えると、ボランティアの活動というの は欠かせない存在です。ゆえに行政側でボランティア活動をいかにカバーできるかが問題となります。 その方策の一つとして、ボランティアへの支援と平行し、ボランティア活動を補完するために、林野 庁で行われている「天然生林管理水準確保緊急対策」すなわち、グリーンサポートスタッフ制度を活 用し、礼文島内における人材の育成を図ることが考えられます。 2-5.ふみつけ被害について 盗掘と並んで高山植物保護の問題となっているのが踏みつけ被害の問題です。よりよく花を見るた めや、歩道のぬかるみを避けたいということから高山植物を踏みつけ、群落が衰退しています。 2-6.ふみつけ被害防止活動 踏みつけを防ぐため、注意を うながす看板の設置やロープ張 り、ぬかるみによって歩道が広 がるのを防ぐために麻の土嚢袋 やマットを歩道に敷く作業を行 写真4 ウッドチップ入りの麻袋 写真5 注意を呼びかける看板の っています。行政機関で行うほ を敷いて歩道の修繕 設置 かに、ボランティアの方々の協 (提供 村上賢治氏) 力が大きな力となっています。 また、踏みつけ被害防止活動の一つとして、島の最南部に位置す る群落において、観察路の設置を行っています。 「ベンサシ花園」と 呼ばれる群落は、かつて秘密の花園として穴場的存在でしたが、口 コミで噂が広がり、コースも整備されていないため、縦横無尽に歩 写真6 ロープを張って観察路の かれ高山植物が衰退していました。そこでボランティアの方々の協 設置を行う 力により鉄杭とロープにより観察路を設置することにしました。 2-7.ふみつけ防止活動の結果と問題 観察路を設置した結果、縦横無尽の踏み荒らしはなくなりましたが、それでもロープ外への踏み込 みはなくなっていません。さらに、以前より有名になったため、団体客も訪れるなど入り込み数も増 え、踏みつけによる観察路の悪化が起こっています。また、それに伴って外来種の侵入も見られます。 礼文島にはロープ等で観察路が設置されておらず自由に歩かれているという、植物群落がいくつかあ り、近年徐々に口コミで噂が広がり入り込む人が増加しています。この ように、保護するための観察路の設置が高山植物の衰退をまねいてしま うということをふまえた対策をとる必要があります。 写真7 3 観察路を越えての踏み込み跡 高山植物保護の課題からの考察 これまでと同じ対策では木道を設置したとしても木道外への踏み込みも減ることはないと考えられ ます。また、より自然に近い状態でのトレッキングが求められており、木道等で歩道を整備すること、 即ち正解ではありません。踏みつけ被害をなくすためには、今起こっている現象に対しての対策を考 えるだけではなく、なぜ踏み込みをするのかという根本的問題を考える必要があります。 なぜ歩道外に踏み込むのかですが、森林官としてこれまでの保護活動を通しての経験、また地元関 係者や入り込み者への聞き取りした結果、それは、 「花や風景といった自然をよりよく見たい・もっと 自然とふれあいたいという、自然への欲求がある」と言うことが判ってきました。この欲求を考えず にして保護対策を行っても、踏み込みが絶えることはなく根本的な解決には至りません。 4 考察に対する取り組みの提案 このため人間の自然への欲求を押さえつけるだけではない、これ までの発想を変えた対策が必要となります。そこで新しい取り組み として「自然と自由にふれあえる空間作り」について提案します。 4-1.自然と自由にふれあえる空間作り 従来の高山植物の保護は、 人間と自然の間を柵でさえぎるという 写真8 歩道脇で弁当を食べる ように、「保護」に重点が置かれています。立ち入り禁止区域の設 (提供 村上賢治氏) 置などの保護も必要ですが、「人間の自然とふれあいたいという欲 求」を満たせる空間も必要です。もっと自然に近づきたい・花畑に寝転びたい・草原に座ってお弁当 を食べたいというのは誰しもが思うことです。このような行為をすることができて、 「人間の自然とふ れあいたいという欲求」を満たせる空間を設定すれば、住民・観光客はその場で自然を楽しみ、自然 について学ぶことができます。 4-2.提案に対する取り組みの一例 自然と自由にふれあえる空間作りの一例として、次のことを提案します。 礼文島はササを刈り払えば、高山植物が侵入してくるので、そのことを利用して、高山植物センタ ーのような人工的な公園を限りなく自然に近い状態で作ります。その場所では、自由に自然を楽しん でもらう一方で、踏み荒らしで高山植物が衰退せず外来種が侵入しないようにするためにはといった、 高山植物を守りながら遊ぶための条件を考え実践してもらい ます。踏みつけ被害で高山植物が衰退してしまうかもしれませ んが、それもまた一つの事実として、利用者に受け止めてもら い、自然との接し方を考えてもらうことも必要です。もともと ササ地ということもありますが、実験的意味合いを含めても、 自由に遊んでもらう場所があっていいというのが私の意見で 写真9 ササを刈り払い、高山植物が す。現在、礼文島森林再生事業として森林と高山植物群落の回 回復した場所 復が行われており、これらの事業の拡大などが重要と考えられ ます。 5 まとめ 今後の保護活動に関しては、これまでの対策に囚われるのではなく、場合によっては対策の方向転 換をするといった、柔軟な対応をする必要があります。このために、現状に対して様々な方向からア プローチをし、対策事業に対する責任あるフォローが必要です。また、これまでの経験から、高山植 物の保護には携わる関係者及び住民の人間関係も重要であると判ってきました。関係者のネットワー クの拡大による情報の共有など、日頃のつながりが保護活動には欠かせないものとなっています。ま た、住民、行政機関、ボランティアの方々は、一人一人自分の意見や感情を持っており、高山植物保 護に対して、様々な考え方が存在します。その様な点からも、森林管理署などの行政機関だけ、もし くはボランティアだけの意見で保護対策を実行するのではなく、様々な意見を取り入れられるように、 日頃の意見交換は勿論のこと、地元で開催されるフォーラムや対話集会などへの参加によって地元自 治体、住民及びボランティアとこれまで以上に対話を行い、礼文島の8割を占める国有林の管理責任 者である森林管理署が主体となって新たな保護対策を提案していくべきです。