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第19回「資産運用会社に関する連結基準 <1>」
Law,Accounting & Tax 不動産ファンドに関する国際財務報告基準 第19回 「資産運用会社に関する連結基準 <1>」 清水 毅 あらた監査法人 代表社員 公認会計士 (ARES マスター M0600830) IFRS10 においては、支配の判定は所有権の 「 50% はじめに 基準」によっては決まらないことが明確になってい ます。今まで「 50%基準」に従って連結の判定を行 2011年 5月、国際会計基準委員会 ( 「 IASB 」 )は なっていた資産運用会社は、より多くのファンドを連 国 際 財 務 報 告 基 準 第 10 号・ 連 結 財 務 諸 表 結する必要が生じる可能性があります。その一方 ( 「 IFRS10 」 ) を発行しました。これにより、支配と で、資産運用会社の有する「 パワー」のみによって、 連結についての新たなガイダンスが導入されていま 運用するファンドを支配しているとの結論につなが す。IFRS10 は 2013 年1月1日以降に始まる会計年 るものではないこともまた明確にされています。連 度から適用され 、早期適用も認められています。今 結の判断は、関連するすべての要因を考慮して行わ 回は、ファンドを運用する資産運用会社に 「支配 」が れる必要があります。 存在するか否かの判定 (特に、 「本人 」か 「代理人 」 IFRS10においては、ある事業体が他の事業体を かの判断 )を行うために使用するためのフレーム 支配するためには、 「 パワー」、 「 リターン」及び「 リ ワークについて解説したいと思います。また、実務 ターンを変動させるパワーを用いる能力」が存在し 上検討することが有用であると考えられる IFRS10 なければならないことが主要な原則となっています における設例および他の事例の分析も2 回に分けて (第 12 回 連結財務諸表 参照) 。 行っていきたいと思います。なお、文中意見に関す る記載は、筆者の個人的な見解です。 以前 IFRS の基準の下で評価を行うにあたって最 も困難な領域の一つは、資産運用会社が、自らが 運用しているファンドを連結する必要があるかどう 1.IFRS10の概要 かの判定でした。この点、IFRS10には資産運用会 社に関連する指針が含まれており、ファンドの問題 IFRS10 により、連結にあたって、資産運用会社 について記載されています。IFRS10 における運用 ( 不動産会社や金融グループが所有する資産運用 会社およびファンドに関する主たる論点は以下のと 会社を含む) の運用するファンドがどのように判定さ おりです。 れるかが変更されました。従って、資産運用会社に 1)支配の判定を行うにあたっての要点は、運用会 連結されるファンド数が変わる可能性があります。 社が 「 代理人 ( AGENT ) 」として行動している July-August 2012 79 か( つまり、他の投資家のため 図表 1 「支配」の3要件パワーとリターンのリンク に行動しているか)、または本人 ( PRINCIPAL )として行動し 支配=(1) パワー+(2) リターン+(3) パワーとリターンのリンク ているか ( つまり、自身のため 投資企業 (親会社) に行動しているか)です。後者 のケースでのみ資産運用会社 はファンドを支配していると認 (3) パワーと リターンのリンク (1) パワー (2)リターン められます。 2)IFRS10では、資産運用会社が 被投資企業 (子会社) 「 代理人 」であるか 「 本人 」で あるかを判定するためのガイド ラインを定めています。しかし、 リターンに影響を及ぼすためにパワーを行使できる IFRS10では明確な境界線の定 義は行われておらず、多くの場合において、資 る可能性があります。これもまた判断の重要な 産運用会社は重要な判断を行う必要がありま ポイントになると考えられます。 す。ただし、単独の当事者が 「 解任権 」を有し ている場合には (後述)、それのみを理由として 連結の要否を判断することになります。 3)判定基準は、投資先に対する 「 パワー」の概念 IFRS10 においては、連結の判断の基礎として、 および、投資先からの変動リターンに対するエ 支配概念を定めています。事業体の性質や投資者 クスポージャーに関連したものとなります。 の投資先に対する関与の程度に関係なく、投資者 4)資産運用会社は、ほとんどの場合、運用する が投資しているすべての事業体について支配してい ファンドに対しパワーを有していると考えられま す。 5)多くの場合、意思決定権の範囲と報酬は、他の 投資家によって保有されている権利および変動 るかどうかを判定する必要があります。 「 支配 」は、投資者が、以下の3 つの要素をすべ て有している場合に存在するとされています ( 図表1 参照 ) 。 リターンに対するエクスポージャーほど重視さ (1)投資先に対するパワー れないことになります。 (2)投資先への関与により生じる変動リターンに対 6)資産運用会社の支配のためのパワーが重要で はない、あるいは十分ではないことを示すため には、他の投資家の保有する解任権あるいは 80 2 支配の原則 するエクスポージャーまたは権利 (3)投資者のリターンの額に影響を及ぼすように投 資先に対するパワーを使用する能力 他の権利が実質的なものである必要がありま 1)投資先に対するパワーとは、 「 被投資企業の活 す。 動を左右する現在の能力をもたらす権利」と規定さ 7)変動リターンに対するエクスポージャーがマネ れていますが、その例として、投資先企業の 「 議決 ジメントフィーによるもののみである場合、資産 権 」や、ファンドに関する資産運用契約に基づく運 運用会社が「 代理人 」であることを示すことが 用を指図する権利等があります。 あるとされています。しかし、これらのフィーに 2)変動リターンに対するエクスポージャーまたは 加えファンドに対する直接投資が存在する場 権利とは、被投資企業の業績に応じて変動する権 合、資産運用会社が 「 本人 」であるとみなされ 利・エクスポージャーで、投資先からの配当や投資 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.08 価値の変動が該当します。 図表 2 「支配」の3要件の例 3) 「 投資者のリターンの額に影響 を及ぼすように投資先に対するパ ワーを使用する能力」とは、変動リ ターンに影響を及ぼすためにパワー を行使できることであり、例えば、 配当を得るために株主総会で議決 権を行使することや、株主価値の変 投資企業 (または運用会社) 被投資企業の 活動を左右する 現在の能力を もたらす権利 (1) パワー 権利の例 ① 議決権 ② ファンド運用 取引の実行 実際の行使が なくても パワーは存在 動による利益 (キャピタル・ゲイン) を 得るためにファンドを運用すること (3) パワーと リターンのリンク 被投資企業の 業績に応じて 変動するもの リターンの例 (2)リターン ① 配当 ② 投資価値の 変動 被投資企業 (またはファンド) リターンに影響を及ぼすためにパワーを行使できる リンクの例 ① 配当を得るために、株主総会で議決権を行使 ② 投資価値の変動による利益を得るために、ファンドを運用 リターンは マイナスの 可能性あり 。 等が含まれます (図表 2 参照 ) 資産運用会社が、自身が運用す るファンドを支配しているか否か判 図表 3 パワーとリターンのリンク-議決権に基づく場合 断するのが容易でない時がありま パワーが議決権に基づく場合、リンクは明確 す。一般的に運用会社は、 (マネジメ ント契 約を介して)ある程度のパ 議決権 保有 パワーを 行使できる者 (A社) 投資企業A社 (親会社) ワーと、 ( サービスに対するフィーお よび持分の所有を通じて) ある程度 (1)パワー の変動リターンに対するエクスポー ジャーを有しています。しかし 、変 (3)パワーと リターンのリンク 同一 リターンを 得る者 (A社) (2)リターン パワーとリターンのリンクは明確 被投資企業B社 (子会社) リターンを得るために パワーを行使できることが明確 動リターンに 対 する エクスポ ー ジャーの程度により、資産運用会社 のパワーの水準が異なることは一般的にはないとさ 判定については、ファンドのリターンに対する運用会 れています。これは、一般の事業会社における普通 社の関与や、全体的なファンドのリターンの変動性 株式への投資と異なっています。すなわち、事業会 に関する運用会社のリターンの変動性等 、全ての関 社における投資においては、保有する株式数、これ 連する事項を考慮するように求められています。 らの株式によりもたらされるパワー、及び投資家とし 図表4において、例えば、ファンドへの投資家が、 ての残余利益に対する持分が直接的にリンクしてい 運用は資産運用会社に委託しているような場合を考 。 るからです (図表 3 参照 ) えてみましょう。 「 パワー」は、見かけ上、運用会社 しかしながら、資産運用会社が、ファンドに対す が行使しているように見えます。一方、リターンにつ る直接持分を増加させたとしても、必ずしもファンド いては、投資家が得る一方で、運用会社にも報酬が に対するパワーの変化を生じさせることはないと考 入ってきます。このような場合、リンクについての判 えられます。 断が必要となります。こういうケースにおいては、運 資産運用会社は他の投資者に代わってそのパ 用会社は誰のために行動しているのかを検討する ワーを行使している (= 「 代理人 」として行動してい 必要があります。もし投資家のために運用している る) こともあると考えられますが、時には自らのため ということであれば、ファンドは投資家が支配して に行使している (= 「本人 」として行動している) こと いるということになります。運用会社は投資家の代 も考えられます。この区別を決定するのは困難なこ 理人として行動しているだけで、自分のために行動 とです。それ故に運用会社の「本人 」 ・ 「代理人 」の していないということになります。もし運用会社が July-August 2012 81 自分のために行動しているというこ 図表 4 パワーとリターンのリンク-ファンドの場合 とであれば、運用会社が支配してい ることに なりま す。 この 状 況を IFRS10では、運用会社は「本人 」と して行動していると整理しています。 パワーが議決権に基づかない場合、リンクには判断を要する 投資家 投資利益 「 支配 」を検討するには、運用会社 リターン リタ ン パワーの 委譲? 運用会社 意思 決定 報酬 リンク? リンク ? が誰のために行動しているのかを検 (投資家+運用会社) パワーとリターンのリンクには判断を要する 運用会社は意思決定を誰のために行うか? 討 することに なりま す。 こ れ を 判定 ファンド 投資家のため IFRS10 で は、運 用 会 社 が「 代 理 人」 として活動しているのか 「本人 」 パワー? リターンを 得る者 意思決定者 (運用会社) 支配しているのは 投資家 OR 運用会社 として活動して活動しているのか判 投資家が支配 運用会社は 投資家の代理人 運用会社のた 運用会社のため 運用会社が支配 運用会社は本人 のために行動 定するという言い方をしています。 の有無について述べています。たとえば、アセットマ 3 代理人か本人か 82 ネジメント契約により、資産運用会社はファンドへの 重要な活動 ( 日々の管理業務等)に対するパワーが 前項で述べたように、資産運用会社は、運用する 与えられています。しかし、ファンドの投資者が 5 名 ファンドについて、 「代理人 」か 「本人 」かを決定する のみで、投資家がいかなる時でも、理由なく、多数 必要があります。 「 代理人 」とは、一義的に他の当 決によって、資産運用会社を解任することができる 事者 ( 本人)に代わってその利益のために行動する 状況も考えられます。このような状況では、他の投 当事者をいい、それゆえ意思決定権の行使の際に 資家により保有されている実質的な解任権を通じ 投資先に対する支配を有しないとされています。こ て、資産運用会社のファンドへのパワーが制限され れは、資産運用会社が「代理人 」であれば、それは ていると考えられます。 一義的に他の当事者 (ファンドの投資家) に代わって ( 3)と ( 4)の要件は、リターンに関する基準で 行動するものであり、そのファンドを支配していない す。これらの要件は、ファンドの投資活動から期待 ことを意味します。自身のために行動した場合は 「本 されるリターン総額に比して、資産運用会社がファン 人 」であると考えられ 、ファンドを支配していること ドから得るリターン ( 期待額および最大額 ) の額とそ になります。 の変動性について検討することを求めています。た IFRS10 の指針において、資産運用会社 ( 意思決 とえば、ファンドの変動リターンに対する運用会社の 定者) は、自身が「代理人 」として行動しているかど エクスポージャーは、資産運用会社が受け取るマネ うかを判断する際に、自身とファンドおよびファンド ジメントフィーの市場価格に制限されている可能性 に投資している投資家との全体的な関係性につい があります。運用会社の受け取るフィーが、リターン て考慮する必要があるものとしています。考慮すべ の額と変動性に対して十分なエクスポージャーを有 き点は、次のとおりです。 していない場合は、運用会社は「代理人 」の可能性 (1) 資産運用会社の意思決定権の範囲 があります。別の状況では、マネジメントフィー、パ (2) 他の当事者により保有されている権利 フォーマンスフィー、成功報酬及びファンドに対する (3) 資産運用会社へ与えられている報酬 投資による利益、のうちの幾つか、あるいは全てを (4) 変動リターンに対するエクスポージャー 通じて、運 用会社が 変 動リターンのエクスポー (1) および (2) の要件は、ファンドへの資産運用 ジャーを有している可能性があります。運用会社・ 会社のパワーの範囲、及びこのパワーに対する制限 ファンドの連結は、ファンドに対する資産運用会社 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.08 のパワーも考慮に入れたうえで、す 図表 5 「本人」vs「代理人」の判断基準 べてのリターンの源泉の総計が、運 運用会社は誰のために行動するのか、判断が必要 用会社が「 本人 」であることを示す のに十分なものであるか慎重に分析 する必要があります。 4つの要件のうち ( 1)に関して は、ファンドの目的と設計、エクス ポージャーのあるリスク、当事者に 移転するよう設計されたリスク、ファ ンドの設計への関与のレベルを考慮 するとされています。 要検討事項 1 運用社の権限の 範囲 ① 活動の範囲 ② 裁量の幅 2 他の当事者の権利 ① 解任権(運用会社を解任す (実態を伴うもの) る権利) 3 運用会社の報酬 例 ① 範囲広い ⇒運用会社は本人? ② 裁量広い ⇒運用会社は本人? a. 投資家のみが保有 ⇒ 運用会社は代理人(確定) b. 複数の企業が保有 ⇒ ? ② 運用会社の裁量を制限する 権利 運用会社の行動には投資家の承認が 必要 ⇒ 運用会社は代理人? ① 規模・変動性小さい ② 提供されるサービスに見合う ② + ③ ⇒ 運用会社は代理人? ②&③を満たすだけでは、 運用会社が代理人であることの決め手 にはならない ③ 独立第三者間条件 4 他の利害関係による 他の利害関係からの 変動性 リターンの変動性 (例: 保証の提供) 1∼4すべてを考慮して判定 1∼4すべて を考慮して判定 (2) の解任権は、 「 kick-out right 」 変動性大きい ⇒ 運用会社は本人 (劣後の保有等も考慮) 単独の 解任権は特別 と言われるもので、運用会社を解任 する権利を意味します。もし投資家が単独で解任 ( 4)の要件については、例えば債務保証があった 権をもっていたら、その事実だけで運用会社は「 代 ら、運用会社は「 本人 」の可能性が高まることにな 理人 」と決定されます。 ります。また劣後持分の保有なども考慮されます。 ただし 、複数の人が解任権をもっている場合 (つ まり複数の合意がないと解任権が実行されない場 合)には、それだけでは決められないことになりま おわりに す。また、他の当事者の権利には、ファンドの取締 次回は、IFRS10 に記載されている設例を分析し 役会が行使できる権利および意思決定権限への影 ながら、運用会社とファンドの連結に関して以下の4 響を評価することとされています。 つの点に関して、IFRS10 の考え方を整理していきた (3) の要件については、②運用サービスに見合うも いと思います。 のであることと③独立した第三者価格であることを (1) 資産運用会社の意思決定権の範囲 最低限満たしていないと、運用会社は 「 代理人 」に (2) 他の当事者により保有されている権利 なり得ないとされています。ただし、②・③の要件を (3) 資産運用会社へ与えられている報酬 満たすだけでは、運用会社が 「 代理人 」であること (4) 変動リターンに対するエクスポージャー の決め手にならないとされています。 しみず たけし 公認会計士、日本証券アナリスト協会検定会員、不動産証券化協会 認定マスター あらた監査法人 資産運用グループ代表社員 不動産ファンドおよび運用会社に対して、監査およびアドバイス業 務を提供。主たる著書として、「投資信託の計理と決算」(中央経済 社・共著)、「不動産投信の経理と税務」(中央経済社・共著)、「集 団投資スキームの会計と税務」(中央経済社・共著)等。あらた監 査法人の不動産業・IFRS チャンピオン、および PwC・Global の IFRS・業種別委員会・不動産部会の委員を務める。 July-August 2012 83