...

“顧客の声”の活用による 事業モデル革新 - Nomura Research Institute

by user

on
Category: Documents
5

views

Report

Comments

Transcript

“顧客の声”の活用による 事業モデル革新 - Nomura Research Institute
10-NRI/p40-51 03.9.16 15:01 ページ 40
NAVIGATION & SOLUTION
“顧客の声”の活用による
事業モデル革新
宮本弘之/富田悦生
C O N T E N T S
Ⅰ “顧客の声”の重要性 Ⅱ
日本企業における“顧客の声”活用の実態
Ⅲ “顧客の声”を活用する企業事例と成功条件
Ⅳ
事業モデル革新に向けた具体的ステップ
要約
1
ここ数年、インターネット上での消費者同士のコミュニケーションが活発化し
ている。商品・サービスを購入する際に、他の顧客からの口コミやコメント情
報を重要な判断基準にすることは常識化しつつある。顧客に対する企業の情報
優位は崩れ、「活発に情報交換し合う顧客」を相手に難しいビジネスをしなけ
ればならない状況になっている。
2
一方、企業側では、ウェブサイトやコールセンターなどの拡充により、日々大
量の“顧客の声”
(テキスト化された顧客のコメント)が入ってくるようにな
った。これまでは蓄積された“顧客の声”を整理し分析することが容易ではな
かったが、最近になってテキストマイニングなどの情報処理技術が進化し、こ
れら大量の“顧客の声”を処理することができるようになりつつある。
3
このような変化に伴い、
“顧客の声”を活用した商品・サービス開発に取り組
む企業が増えているが、うまくいっていない企業が多い。NRI 野村総合研究所
の分析によれば、
“顧客の声”の活用に成功している企業は、顧客からの情報
を企業内部でさまざまに利用する風土、業務の流れを確立している。
4
企業が“顧客の声”を活用した事業モデル革新に成功するためには、まず顧客
の期待と自社が提供している事業価値とのギャップを認識しなければならなら
い。そのうえで、顧客の期待に応える戦略とビジネスプロセスの構築に向けた
全社的な取り組みが必要である。
5
最終的には、
“顧客の声”がビジネスプロセスの中に継続的に組み込まれ、
“顧
客起点”ということが当たり前の企業風土になる。それが“顧客の声”を活用
する本当の意義ではないだろうか。
40
知的資産創造/2003年 10月号
当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
10-NRI/p40-51 03.9.16 15:01 ページ 41
Ⅰ “顧客の声”の重要性
ィを利用することが一般化している。
ネットコミュニティの存在感が増している
最近、「“顧客の声”の活用」という言葉が
のは事実だが、同時にその信頼性が高まって
あちこちで聞かれる。どのような事業でも顧
いるわけではない。筆者らの調査によれば、
客が大切であるということは古くからの普遍
「賢い消費者」(高い教育を受け、自分なりの
の事実だが、今、改めて“顧客の声”が注目
価値基準を持っている人)ほど、ネットコミ
されているのはなぜだろうか。
ュニティに流れる情報の信頼性に疑問を持っ
ている。ネットコミュニティでは、匿名性の
1 ネットコミュニティの
もとで一部の消費者の意見が繰り返し流され
パワー増大
ることがある。企業の従業員が、消費者を装
インターネット上の消費者同士のコミュニ
ってネットコミュニティで発言することも、
ケーションは、数年前には考えられなかった
たびたび見られることである。
ほど活発になっている。家電、パソコンおよ
ネットコミュニティのパワーの増大は、消
び周辺機器、旅行商品、ブランド衣料などを
費者のコミュニケーションそのものを急激に
購入する際に、「価格.com」「Yahoo! 掲示板」
変えつつある。それは、インターネット上に
「旅の窓口」などの有名サイトで口コミ情報
とどまらず、リアルの世界におけるコミュニ
を入手してから実際の購入を決めることは、
ケーションにも多大な影響を及ぼしている。
もはや当然の消費行動となった。商品やサー
NRI 野村総合研究所が実施した「生活者1
ビスを購入する際は、EC(電子商取引)サ
万人アンケート調査」によれば、1997年から
イトを利用せずにリアルの店舗に行く場合で
2000年までの3年間に、配偶者、子供、親、
も、情報収集の手段としてネットコミュニテ
きょうだいなどの家族・身内とのコミュニケ
図1 生活者のコミュニケーションの変質
数値はコミュニケーション頻度(回/月)
友人・知人
学生時代の
友人
3.0→3.1
趣味を通じた
友人
3.5→4.1
家族・身内
配偶者の親
8.3→7.5
自分の親
15.5→14.9
きょうだい
7.2→6.2
本人
息子・娘
23.1→22.7
インターネット
による友人
(新規)7.0
矢印は1997年→2000年の変化傾向
地域・隣近所
10.1→11.5
配偶者
29.0→28.3
嫁・婿
8.6→8.4
会社・仕事を
通じた友人
5.7→6.3
その他の親族
2.4→2.2
子どもを
通じた友人
3.3→4.3
出所)野村総合研究所「生活者1万人アンケート調査」1997年、2000年
“顧客の声”の活用による事業モデル革新
当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
41
10-NRI/p40-51 03.9.16 15:01 ページ 42
ーション頻度は総じて減少している反面、友
人・知人とのコミュニケーション頻度は総じ
3 “顧客の声”を分析する
技術革新
て高まっている(前ページの図1)。特に、
“顧客の声”を分析する技術が進歩している
趣味を通じた友人や学生時代の友人とのコミ
ことも見逃せない。テキスト情報は顧客心理
ュニケーションの持続には、ネットコミュニ
を臨場感たっぷりに伝えることができる反
ティが少なからぬ貢献をしているものと想像
面、全体の傾向を把握するといった統計的処
される。
理がしにくいというデメリットがあった。
企業側も、ネットコミュニティに流れる
これまでは、“顧客の声”を入力する際に、
“顧客の声”に注目し始めた。自社の商品・
あらかじめ分類されたコードを別途入力する
サービスに対するうわさや風評にはどのよう
ことが普通だった。これによって、問い合わ
なものがあるかをチェックし、それらが複数
せ、苦情、住所変更などの項目に分けて集計
の掲示板に広がり、あるいはインターネット
することができる。しかし、分析に熱心な企
上だけでなくリアルの世界における口コミに
業では、分類コード数が数百件に達してしま
広がると、すぐに適切な対応をとるように心
い、分類の意味がわからなくなってしまうこ
がけている。
とがある。あるいは、担当者が目視して正し
いコードを振り直すといった業務の負荷が高
2 企業に蓄積される
大量の“顧客の声”
まってしまうこともある。
テキスト情報を分類・分析するテキストマ
“顧客の声”が注目されるようになっている
イニング技術は、このような課題を解決しつ
もう1つの背景は、企業内に大量の顧客情報
つある。あらかじめ設定した分類コードにと
(しかもテキスト情報)が蓄積されるように
らわれることなく、新しいキーワードを用い
なったことである。
例えば、約1000人の営業担当者を抱えるあ
て抽出・分類がしやすくなってきた。例え
ば、新型肺炎SARSのように事前に想定でき
る金融機関では、1担当者当たり日々20件の
ないキーワードが急速に広まった場合にも、
顧客コンタクト履歴(日報に相当する情報)
過去の“顧客の声”を分類し直す必要が少な
を入力すると、全社では日々約2万件、毎月
くなったのである。結果として、詳細な分析
約40万件の“顧客の声”がデータベースに蓄
のための前処理時間が、格段に短縮できるよ
積される。コールセンターでも同様である。
うになった。
400席規模のコールセンターでは、日々2∼
3万件の顧客応対履歴が蓄積されている。
大量に蓄積される“顧客の声”は、マーケ
Ⅱ 日本企業における
“顧客の声”活用の実態
ティングの観点から“宝の山”といえる。テ
キスト形式で蓄積される“顧客の生の声”か
らは、他のデータ以上に消費行動の原因や顧
客の心理を推察しやすいからである。
42
1 “顧客の声”を活用する
企業の増加
最近では、“顧客の声”を活用した商品・
知的資産創造/2003年 10月号
当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
10-NRI/p40-51 03.9.16 15:01 ページ 43
サービス開発に取り組む企業が増えつつあ
ビスの機動的な改善・改良が可能になったこ
る。特に、これまで顧客との直接的コンタク
とを意味している。
ト手段を持っていなかった製造業で、事業モ
デル革新の切り札になるのではと期待されて
2 “顧客の声”活用の
4つのレベル
いる。
これまで製造業は、研究開発部門で開発し
すでに一部の企業では、実際に“顧客の
た“新商品の種”を商品企画部門が商品化
声”を活用した商品・サービス開発で成果を
し、代理店を通じて顧客(最終消費者)に販
上げている。NRI の分析によれば、“顧客の
売する典型的なプロダクトアウト(生産主
声”の活用には4つのレベルがある(図2)。
体)型の事業モデルであった。企業にとって
“顧客の声”は、テストマーケティング時に
(1)“気づき”を得て商品開発に活かす
アンケートやグループインタビューを通じて
消費者アンケートやコールセンターに寄せ
得るものに限られていた。P&G(プロクタ
られた“顧客の声”からヒントを得て、商品
ー・アンド・ギャンブル)などのマーケティ
開発を行っているケースである。多くは非継
ングに強いといわれている企業では、真に顧
続的で、“顧客の声”の活用に取り組み始め
客に支持される商品を開発するため、テスト
ている段階といえる。
マーケティングに力を入れてきた。
しかし、コールセンターやネットコミュニ
TOTOが食器洗い乾燥機購入者からの「ご
愛用ハガキ」の声をヒントに、「洗剤なし」
ティが、製造業に顧客との直接的なコンタク
で食器を洗浄できる技術を開発し、「ウォッ
トをもたらした。これは企業のバリューチェ
シュアップエコ」を販売して、前年同月比で
ーン(価値連鎖)において、商品企画・開発
180%の売り上げを記録したケースがこれに
の段階や市場投入後の段階でも、商品やサー
あたる。
図2 日本企業における“顧客の声”活用のレベル
レベル
企業の取り組み
企業例
4
顧客(コミュニティ)との対話を事業モデルのコアに据える
業態
ワコール、ニッセン、アス
クル、近畿日本ツーリスト
3
コミュニティに仮説を提示して、商品開発に顧客を巻き込む
継続的、企画を打つ
ムジ・ネット、リコーエレ
メックス
2
商品・サービス・サポートの細かな改善や効果的対応に、
“顧客の
声”やコミュニティを活かす
継続的
資生堂、マイクロソフト
1 “気づき”を得て商品開発に活かす
非継続的
TOTOなど一部の日本企業
0 “顧客の声”は部分的に集まっているが、 活用に至っていない
−
大半の日本企業
“顧客の声”の活用による事業モデル革新
当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
コ
ミ
ュ
ニ
テ
ィ
マ
ー
ケ
テ
ィ
ン
グ
の
領
域
43
10-NRI/p40-51 03.9.16 15:01 ページ 44
(2)商品・サービス・サポートの細かな
と頭皮の健康のためのトータルサイト」で作
改善や効果的対応に、“顧客の声”
られたヘアブラシも、定量的なアンケートや
やコミュニティを活かす
定性的なコメントに基づいて商品開発が行わ
コールセンター、ネットコミュニティに寄
れている。
せられる“商品・サービスに関する顧客の不
満”を、継続的な商品・サービス改善につな
げているケースである。
資生堂が「お客さまセンター」に寄せられ
た「今のサイズより少し大きめのコットンが
(4)顧客(コミュニティ)との対話を
事業モデルのコアに据える
“顧客の声”を活用することが自社の事業モ
デルになっているケースである。
欲しい」という声に応えて、「お手入れ専用
アスクルが、「マーケティングパートナー
コットン」を発売したり、「箱や容器の表示
シップ」という考え方のもとに、提携先のメ
が小さくて読みにくい」という声に応えて、
ーカーに代わって“顧客の声”を収集し、メ
ケースの表示文字を見やすく改良したりして
ーカーと協働で新商品を開発しているケース
いるケースがこれにあたる。
がこれにあたる。
また、マイクロソフトのように、顧客同士
また、近畿日本ツーリストの「クラブツー
が自社サイトで質問・回答を行う仕組みを持
リズム」も、旅行の志向を同じくするコミュ
つ企業も出てきた。
ニティであるクラブが基盤となって、商品開
発、集客、催行がなされている。
(3)コミュニティに仮説を提示して、
商品開発に顧客を巻き込む
後述するワコール、ニッセンの事例もこれ
に該当する。
自社でコミュニティサイトを運営し、顧客
に企画開発中の商品に関する仮説を提示し
て、顧客の反応をベースに商品を作り上げる
顧客参加型の商品開発を行っているケースで
ある。
ムジ・ネットは、無印良品の「モノづくり
原因の構造
このように、“顧客の声”の活用に成功し
ている企業が出てきている一方で、多くの企
業では思ったほどうまくいっていない。
家具・家電」のサイトで、複数のデザイン候
NRI が2002年5月に従業員数500人以上の
補を提示し、会員の投稿で絞り込みを行って
企業に対して実施した「カスタマー・リレー
いる。意見は掲示板でやりとりするのではな
ションシップ・マネジメント(CRM)に関
く、ムジ・ネットが準備した具体的な質問に
するアンケート調査」によれば、“顧客の声”
メールで回答をもらう形式をとる。会員の意
が活用できていない企業には2つの明確な特
見に基づいて自社の仮説の検証、修正を行
徴がある。
い、「体にフィットするソファ」を商品化し
たケースがこれにあたる。
また、リコーエレメックスが運営する「髪
44
3 “顧客の声”を活用できない
1つ目は、顧客情報の活用の範囲である。
多くの企業では、コールセンターに入ってき
た顧客情報はコールセンターの中だけで使わ
知的資産創造/2003年 10月号
当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
10-NRI/p40-51 03.9.16 15:01 ページ 45
れている。SFA(営業支援システム)やDB
図3 “顧客の声”活用の範囲
(データベース)マーケティングシステムの
DBマーケティングシステムによる分析結果が
使われている部門(複数回答)
情報は、営業部門の中だけで使われていて、
85
営業企画・販売管理部門
研究開発部門や生産部門で参照されることは
経営企画部門
少ない(図3)。その一方で、“顧客の声”の
商品企画部門
活用に成功している企業では、顧客情報が経
顧客サービス部門
営者に報告され、部門を超えて業務の中で活
広報・宣伝部門
用されている。
2つ目の特徴は、企業風土である。チャレ
ンジ精神が旺盛で組織的な活動が重視される
風土のある企業は、“顧客の声”の活用が成
功しやすい。逆に、失敗を許さない風土や、
一匹狼的な活動が重視される企業風土では、
“顧客の声”の中にどんなに素晴らしい意見
47
43
営業企画・販売管理
以外の部門での活用
は半分以下
38
14
品質管理・生産管理部門
13
製造・生産部門
12
研究開発部門
12
その他
3
N=115
使われていない 0
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90 100
%
注)対象は、DB(データベース)マーケティングシステムを導入している企業
出所)野村総合研究所「カスタマー・リレーションシップ・マネジメント(CRM)に関
する調査」2002年5月
があっても、“宝の持ち腐れ”で終わってし
まうことがわかっている。
これらを総合すると、顧客からの情報を企
業内部でさまざまに利用する業務の流れや、
携して、顧客参加型の商品開発を相次いで成
功させている(次ページの図4)。
ワコールが初めて顧客参加型商品開発に取
それを可能にする風土を確立することが、顧
り組んだのは2001年5月である。当時、国内
客参加型商品開発を成功させる肝であること
市場は成熟し、ワコールの売り上げは10年近
がわかる。CRMシステムを導入して多くの
く横ばいが続く閉塞感のある状況であった。
顧客情報を収集し蓄積しても、それを組織と
他方で、海外通販の利用者は着実に増えてお
して活用しなければ、成功の道筋は見えてこ
り、ワコールの商品が顧客ニーズから乖離し
ないのである。
ているのではないかという問題意識があっ
た。こうした背景が、最初の取り組みである
Ⅲ “顧客の声”を活用する
企業事例と成功条件
「おうちウエア」(自宅で気軽に着ることがで
きるウエア)の開発につながった。
「おうちウエア」は、女性中心の情報サイト
1 “顧客の声”を活用した商品
であるカフェグローブの会員と共同で開発し
開発に成功したワコール
た。カフェグローブは、20代後半から30代前
“顧客の声”を活用して事業モデルを革新し
半までの仕事を持つ女性を主なユーザーとし
ている企業として、ワコールの取り組みを紹
ており、ファッション、キャリアアップとい
介しよう。ワコールは2001年から、インター
った身の回りの話題から、政治や経済といっ
ネット上で女性向けのコミュニティサイトを
た比較的硬い話題まで、幅広く取り上げてい
運営するカフェグローブ・ドット・コムと連
る。掲示板の会員数だけで約6万人のコミュ
“顧客の声”の活用による事業モデル革新
当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
45
10-NRI/p40-51 03.9.16 15:01 ページ 46
図 4 ワコールの顧客参加型商品開発
カフェグローブ・ドット・コム
(企画・開発)
ディレクター
デザイナー
コンテンツ
編集担当
マーケター
ワコール
店頭販売(高島屋)
ネット販売(自社HP)
商品企画
担当者
テーマ決定
ウェブアンケート
掲示板への投稿
企業からの受
託による場合
と、HPから
ニーズを具現
化する場合が
ある
オフ会における
意見収集
販売
デ
ザ
イ
ン
提
案
生産
*画面はカフェグローブのHPより
人気モデルなど、読者の代表が
ファシリテーターとして議論をリード
開発された商品「おうちウエア」
>アクセス状況:平均24万PV/日、月間600万PV
>総読者数:25万人/月(掲示板会員6万人)
顧客
【年齢層】26∼ 34 歳が約 75%
35 歳∼
(13.5%)
∼ 25歳
(11.1%)
【職種】80% が有職者
主婦・学生
(18.2%)
会社経営(1.7%)
営業・事務
(34.9%)
自営業・派遣
(17.4%)
30 ∼ 34 歳
(30.8%)
26 ∼ 29歳
(44.6%)
サービス
(1.8%)
専門職・公務員・
教育医療(26.1%)
注)HP:ホームページ、PV:ページ閲覧
出所)「おうちウエア」写真はワコール提供
ニティが形成されている。
通常の商品開発であれば、企画から発売ま
る。商品を開発する段階でゼロから顧客を集
で約11ヵ月かかる工程を、「おうちウエア」
めても、すぐに顧客同士が協力しながら商品
の場合は顧客(この場合はカフェグローブの
開発を進めていくことはなかなか難しい。カ
会員)の意見を取り入れながら、わずか3ヵ
フェグローブの場合、コミュニティが先に存
月という短い期間で実現した。「おうちウエ
在し、掲示板などで活発な意見交換がもとも
ア」は高島屋の店頭販売にも採用され、販路
と行われていた。そのコミュニティにおける
や顧客層を広げている。その売り上げは、今
“顧客の声”の1つとして「おうちウエア」
年度1億円を目指すレベルにある。
が取り上げられ、商品開発に進んだ。
顧客参加型の商品開発に取り組む企業は多
このような良質なコミュニティは、商品開
いが、思うように成功しないことが多い。そ
発の過程において威力を発揮する。参加者の
れに対して、ワコールが成功している原因
中から否定的な意見や後ろ向きな発言が出て
は、主に2つ考えられる。
も、カフェグローブでは多くの場合、参加者
第1に、カフェグローブという良質なコミ
46
ュニティサイトを基盤としていることであ
同士で励ましあって問題を解決してしまう。
知的資産創造/2003年 10月号
当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
10-NRI/p40-51 03.9.16 15:01 ページ 47
つまり、「自律性のある良質なコミュニティ」
が商品開発を下支えしている。
2 “顧客の声”に基づいた改善を
根付かせるニッセン
第2のポイントは、ワコールからの仮説の
次に、“顧客の声”を活用して、最初から
積極的な提示であろう。「おうちウエア」の
既存の事業モデルの革新に取り組む事例とし
場合、人気モデルであるSHIHO(図4の写
て、ニッセンを紹介しよう。ニッセンは、年
真)が当初の問題の提起や試作品の試着とい
間約30万件にのぼる“顧客の声”を組織的に
った形で登場する。この人気モデルの形を借
活用して、商品・サービスの改善に役立てて
りて、ワコールが「部屋で過ごす時間は大切
いる。
な時間であり、お気に入りの気持ちの良い服
ニッセンが“顧客の声”の活用に取り組み
で過ごすべきだ」という開発コンセプトを顧
始めたのは、経常利益が赤字に陥った1999年
客に問いかけている。それだけでなく、ワコ
以降である。1990年代後半の売り上げ減少を
ールの5人の担当者が顧客の意見すべてに目
補うために、カタログの配布数やページ数を
を通し、“顧客の声”をどのように取り入れ
減らすといったコスト削減を行った。それに
るかを決定していた。
加えて、商品券(割引クーポン)を顧客に送
対照的に、“顧客の声”を一生懸命聞いて
付して価格を訴求し、ニーズを喚起しようと
商品を開発してもなかなかうまくいかない企
した。しかし、このような方法では売り上
業は、「“顧客の声”でも場合によっては捨て
げ・利益減少のスパイラルから脱することは
る」というメリハリに欠けていることが見受
できず、抜本的に顧客満足を高める会社に変
けられる。
わることを志向した。
ワコールが目指しているのは、顧客参加型
ニッセンがこの取り組みの中心に据えたの
の商品開発をトリガー(引き金)とした既存
は、2002年に設置された「お客様の声活用委
事業モデルの革新である。ワコール自身の
員会」という組織横断的な委員会である。情
言葉でそれを表現すれば、「商品を開発・生
報活用教育部が事務局になるものの、委員会
産・デリバリー・販売するという連鎖型の事
のメンバーは本社の社員が半年ごとに交代で
業モデルから、顧客との相互作用に基づく事
担当することになっている。返品伝票やコー
業モデル(顧客の海に浮かぶ事業)に大きく
ルセンターに寄せられた“顧客の声”を一件
舵を切ろうとしている」。
一件すべて読み込み、14に分類・整理して委
すでにその成果は表れつつある。販売員を
介さなくても、直接、“顧客の声”を聞きな
がら商品開発をすることによって、顧客ニー
員会で検討する。年間500件近くの課題が提
起される。
具体的な“顧客の声”活用の例を見てみよ
ズに対する感度の高い人材が育ちつつある。
う。顧客から「肌に触れる商品なのに、サイ
また、高島屋などの流通業者と、企画の早い
ズのタグ・洗濯表示が硬くて、肌に違和感が
段階から対等なパートナーとして取り組むコ
あります(その他、縫い込みラベルが肌に触
ラボレーション(協働)のノウハウが蓄積さ
れるとチクチクする、 痛いなどの声多数)」
れてきた。
といった意見があった。これを重点課題とし
“顧客の声”の活用による事業モデル革新
当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
47
10-NRI/p40-51 03.10.13 17:42 ページ 48
て委員会で取り上げ、ワーキンググループで
視して、14分類に振り分けていた。この費用
対策を考え、縫い込みのラベルの材質を、硬
は年間1000万円近くかかっていたという。
いナイロン製から柔らかいサテン製に統一す
2003年には、この作業を自動化し、図5に示
るという改善を行った。
すような、“顧客の声”を8400のカテゴリー
課題化された案件とその解決策について
に自動分類する「お客様の声活用システム」
は、議事録が社内で公開され、対応状況の確
を構築した(NRI の統合型テキストマイニン
認ができるようになっている。これにより、
グシステム「TRUE TELLER〈トゥルーテ
コールセンターのオペレーターは、改良され
ラー〉」をエンジンとして活用)。これによ
た商品を顧客に薦めるようになる、という好
り、従来の分類作業を軽減するだけでなく、
循環が生まれている。
分類数を増減させることや、時系列の傾向を
“顧客の声”の活用を支える仕組みも充実し
分析するといった高度な活用が可能となって
てきた。当初は、毎週約5000件の“顧客の
いる。
声”を情報活用教育部のスタッフがすべて目
また、社内の各部署で、自分の業務に適合
図5 ニッセンの「お客様の声活用システム」
従来困難であった
“ 顧 客 の 声 ”の 時
系列での変化も、
階層化された分類
に基づいて、簡単
に分析することが
できる
担当者は 5 段階に
階層化された分類
に基づいて、自分
の業務に関係する
“ 顧 客 の 声 ”を 効
率的に確認でき、
入力された翌日に
把握して対策をと
っている
出所)画面イメージはニッセン提供
48
知的資産創造/2003年 10月号
当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
10-NRI/p40-51 03.9.16 15:01 ページ 49
した“顧客の声”を効率的に取り出すことが
が継続しなかったり、情報システム先行で業
可能になった。例えば、メンズの担当者であ
務が変わらなかったりする企業が見受けられ
れば、「商品品質・サイズ−部署別−メン
るなかで、両者の同期をとることがいかに重
ズ−縫製−縫い目がほつれる」のように5段
要かということが、ニッセンの事例から示唆
階に階層化された分類に基づき、自分の業務
される。
に関係する“顧客の声”を入力された翌日に
その結果、ニッセンの事業モデルは、販促
把握して対策をとっている。あるいは、返品
費・広告宣伝費依存型から、顧客データベー
率の高い商品に関する“顧客の声”を表示す
スを中核に据えた事業モデルへと変わりつつ
るなどのアラーム機能も充実してきた。
ある。商品開発→カタログ制作・配布→受
ニッセンが成功したポイントは2つ考えら
れる。
注→商品配送→返品処理といったプロセス
が、“顧客の声”に機敏に反応して改善でき
1番目に、大ヒット商品の開発を狙わずに
るようになったのである。将来的には、顧客
細かな改善を積み上げたことである。通信販
情報の分析ノウハウを活用した新たな事業展
売という事業の特性だが、商品自体への要望
開の可能性も広がっている。
だけでなく、納品方法、ダイレクトメールの
内容、包装などの細かいサービスに対する要
望が多く集まる。これらを少数意見として切
Ⅳ 事業モデル革新に向けた
具体的ステップ
り捨てずに、一つ一つていねいにくみ上げて
対応策を考えていくのは、気の遠くなる作業
だが、ニッセンはそれをやり切っている。
市場が急拡大している時期や、大ヒット商
これらの事例からわかるのは、“顧客の声”
を活用するためには、企業の根幹となる戦略
や組織風土、あらゆる従業員の業務の流れ、
品が生まれる場合には、この木目の細かさは
企業内部につながる広範囲の情報システムに
不要であったかもしれない。だが、デフレ前
メスを入れなければならない、ということで
提の時代に、顧客に近づくことで事業を成り
ある。
立たせようと考えるならば、ニッセンのよう
に、“顧客の声”を地道に積み上げることが
1 共通の4つのステップ
成功条件となる。
“顧客の声”を活用した事業モデル革新に
2番目のポイントは、全社的な活動とそ
は、以下の4つのステップがある。これは、
れを支える仕組みの構築との好循環である。
どの企業も踏むべき共通のステップである。
①顧客ニーズを分析する全社的な委員会を立
ち上げる、②「お客様の声活用システム」を
整備する、③カタログや、コールセンターの
(1)“顧客の声”に耳を澄ませる
自社にどのような種類の“顧客の声”が、
オペレーターのセールス業務を改善する――
どんな形態で、どれくらい入ってきているか
といった形で、業務の変革と情報システムの
を把握できていない企業は想像以上に多い。
整備とが並行して進んでいる。全社的な運動
ある飲料メーカーでは、本社のお客様相談
“顧客の声”の活用による事業モデル革新
当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
49
10-NRI/p40-51 03.9.16 15:01 ページ 50
センターに入ってくる“顧客の声”を毎月分
素早い対応が、問い合わせ時であれば専門家
類して、社内に情報発信していた。しかし、
としての知見が含まれた納得のいく説明が求
調べてみると、“顧客の声”は、販売会社や
められる。さらに、潜在的な期待レベルとし
自販機ベンダーのコールセンターにも、本社
て、顧客からの問い合わせや意見が商品・サ
のお客様相談センター以上に集まっていた。
ービスの改善に反映されることを、顧客が期
特定の窓口に入ってくる“顧客の声”だけを
待していることもある。
分析して、顧客の全体傾向を判断するのは危
険である。
また、ある消費財メーカーでは、ターゲッ
このような顧客の期待レベルを把握するこ
とによって、“顧客の声”を事業モデルに反
映する全体像が見えてくる。
ト顧客全体の約1%が同社のお客様相談セン
ターに問い合わせをしたことがある、という
(3)期待とのギャップをもとに既存の
ことがわかった。問い合わせをした人から口
事業モデルを完全に否定してみる
コミで伝わる範囲を考慮しても、10%程度の
“顧客の声”を活用するための優先順位を決
顧客としか接点がない。この10%の顧客が、
めるためには、顧客の期待とのギャップを明
接点のない90%の顧客を代表しているかをチ
らかにする必要がある。
ェックする必要性が確認された。
ある企業では、ていねいな応対や苦情に対
“顧客の声”がどのように集まっているかを
する素早い対応は問題なかったが、問い合わ
点検することによって、その後に陥る可能性
せ時の納得のいく説明や、問い合わせ内容を
のある過ちの大半を予見することができる。
企業活動に反映させる点については、顧客の
期待とのギャップが大きかった。
(2)顧客の心理を読む
顧客は何らかの意思に基づいて、企業に意
見を述べる。それが“顧客の声”という形に
顧客の期待とのギャップが大きい領域を優
先して、“顧客の声”を活用した革新を行う
べきである。
なる。顧客の意思を無視して“顧客の声”を
利用しようとしても、その結果を顧客は受け
入れてくれないだろう。
例えば、相談窓口であれば、苦情・不満時
50
(4)“顧客の声”からゼロベースで
事業の全体像を描く
顧客の期待とのギャップ分析に基づき、自
と問い合わせ時とで顧客の期待は異なる。そ
社の“顧客の声”活用のあるべき姿を描く。
の期待レベルは、最低限のレベル、満足レベ
これまで接触できていない顧客からニーズを
ル、潜在的な期待レベルに分けて考える必要
吸い上げることを目的とするのか、顧客同士
がある。
の問題解決を促進するのか、商品改善に顧客
最低限のレベルは、言葉遣いやわかりやす
の意見を反映させるのか、といった主目的を
い言葉で説明してくれるといった、ていねい
はっきりさせる。そして、それに必要な業
な応対であろう。満足レベルは、苦情・不満
務、仕組み(情報システム、評価・報酬制度
時であれば迅速な回答や代替品の送付などの
など)を設計する。
知的資産創造/2003年 10月号
当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
10-NRI/p40-51 03.9.16 15:01 ページ 51
図6 “顧客の声”を活用した事業モデル革新のイメージ
これまでの事業モデル
“顧客の声”を活用した事業モデル
問い合わせ
コールセン
ター
口コミ等
コールセン
ター
新商品
販売
営業部門
顧客
コラボレ
ーション
=
顧客知の
導入
口コミ等
商
品
開
発
部
門
顧客
ウェブ
社
内
関
連
部
門
営業担当者
参照
口コミ等
ウェブ
普段は問い合わ
せをしない顧客
口コミが届かない顧客
2 事業モデル革新のロードマップ
大掛かりな事業モデル革新を一気に行うこ
ナレッジ共有の効率化・
高速化・高度化
顧客起点の商品開発
くる。気がついたら既存の事業モデル全体が
革新されているのである。従来、顧客情報が
とは難しい。“顧客の声”を活用した新たな
さまざまな形で入ってくる流通業、金融業、
事業モデルが、次世代の自社の柱となり得る
情報通信業や、強力なリーダーシップがとれ
ものかを検証しながら、事業モデル革新を行
るオーナー企業で有効に作用するだろう。
っていくべきである。その間に、新たな事業
いずれの道のりを通ったとしても、最終的
モデルに適した人材の育成、事業運営のノウ
には、“顧客の声”がビジネスプロセスの中
ハウの蓄積が行われていく。
に継続的に組み込まれ、“商品起点”の事業
ワコールやニッセンも一歩ずつステップを
モデルから“顧客起点”の事業モデルへと変
踏んでいるが、その道のりは1つではない。
革する(図6)。そして、“顧客起点”という
ワコールは、特定の商品・サービスに特化
ことが当たり前の企業風土になる。それが
して新しい事業モデルをつくる“パイロット
“顧客の声”を活用する本当の意義ではない
型”である。既存の事業モデルのしがらみを
排除し、限定された範囲で、理想の環境を先
行的に整えている。パイロット型の革新は、
“顧客の声”が届きにくいメーカーや、既存
だろうか。
著●
者 ――――――――――――――――――――――
●
宮本弘之(みやもとひろゆき)
経営コンサルティング三部 CRMコンサルティング
事業で強力な抵抗勢力が存在する企業におい
グループマネージャー、上級コンサルタント
て有効である。
専門はCRM戦略、マーケティング、営業改革
一方、ニッセンは、“顧客の声”を薄く広
く既存の事業モデルに反映しながら変革を起
こす“種まき型”である。既存事業のあちこ
富田悦生(とみたえつお)
経営コンサルティング三部主任コンサルタント
専門はCRM戦略、営業改革
ちに変革の種をまくことで、新しい芽が出て
“顧客の声”の活用による事業モデル革新
当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
51
Fly UP