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わたしが求める安全・安心な暮らし

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わたしが求める安全・安心な暮らし
第22回 消費者問題に関す る「わたしの提言」 佳作
「わたしが求める安全・安心な暮らし」
花王株式会社勤務(大阪府大阪市在住) 木本淳子
1.はじめに
私たちの身の回りには、家庭用雑貨品や家電製品など、年齢・性別に関係なく誰でも毎日使
用する便利な物が溢れている。正しく使うと便利なこれらの製品も、一歩使い方を間違えると身
に危険を及ぼす凶器と化す場合がある。2006年8月には、幼い子供が親の目が届かないところ
でシュレッダーを使用し、指を切断するという痛ましい事故が多発しているという報道があった。
また、本来はリラックスする場であるはずの浴室内でジェットバスに少女の髪の毛が巻き込ま
れる事件も同年9月に再発している。
NITE(独立行政法人 製品評価技術基盤機構)の平成16年度の事故原因別被害状況1)によ
ると、「製品に起因する事故」すなわち製品の欠陥や不具合に起因する人的被害(死亡、重傷、
及び軽傷)の発生55件のうち死亡事故はなかったのに対し、「誤使用や不注意による事故」で
は、人的被害(死亡、重傷、及び軽傷)118件中死亡事故は21件と、発生件数・死亡事故ともに
「誤使用や不注意による事故」の方が多く発生している。
なぜ、そのような誤使用が起こるのか、また、誤使用を防ぐにはどのような方法があるのか、
企業として、また、消費者としての取り組みについて考察する。
2.なぜ、誤使用が起こるのか
『誤使用』は法律上の定義はないが、読んで字のごとく間違った使い方のことである。
製品を作ったメーカーの意図した使用方法を正しい使い方とすると、メ ー カー の意図していな
い、つま り想定外の使い方が誤使用といえるのではないだろうか(図1)。
では、なぜメーカーの意図していない使用方法である誤使用が発生するのだろうか。
ここで、誤使用の起こる原因を考えてみたい。
図1 誤使用の定義と責任の範囲2)
Ⅰ.メーカーと消費者との製品に関する情報量(常識)の格差
メーカーの常識が消費者の常識と一致しないために、消費者が正しい使い方と疑わずに誤使
用している場合が考えられる。もちろん、濡れた猫を乾かすのに電子レンジを使用するというよう
な常識を逸脱した使用(異常・無謀使用に相当)は論外であるが、例えば、消費者が衣料用漂
白剤には塩素系漂白剤と酸素系漂白剤の2種類があるとは知らずに、漂白力の高い塩素系漂
白剤を色柄物衣料に使用して衣料が脱色した事例は、メーカーの常識が消費者の常識と一致
していない例といえよう。製品の表示をよく読んで使用すれば避けられる誤使用であるが、消費
者が自分の常識(漂白剤の種類による違いはなく、どんな衣料にも使用できる)に従って使用し
たために、メーカーの常識(塩素系漂白剤は白物衣料専用)と一致せず脱色という結果を招い
てしまったことになる。
Ⅱ.消費者の不注意による誤使用
商品名を確認せずに、「これはシャンプーだ」と思い込んでリンスを容器に詰め間違えて「泡が
立たない!」というトラブルなどがこれに相当する。この部類の不注意による誤使用は、消費者
の意識ひとつで解決できる。
Ⅲ.ヒューマンエラーによる誤使用
日ごろは、きちんと使用しているのに、たまたま今回に限って身体の一部が家電製品の操作
ボタンに当たってしまったために、誤作動を引き起こしてしまうなど、意図せずに起きる場合があ
る。人間の行動パターンを解析し、人間工学に基づいて製造しても、全てのヒューマンエラーを
回避することは難しいだろう。
3.誤使用を防ぐために取り組むべきこと
誤使用は、製品を作っているメーカー側だけの責任でも製品を使用する消費者だけの責任で
もないと思う(図1)。そこで、誤使用を防ぐためにメーカーとして、また、消費者としての両側面
から取り組むべき点を考えてみた。
(1)企業に期待されること
Ⅰ.製品設計上の工夫
製品を作っているメーカーとしては、もちろん製品自体の安全性を確認して製品化を行ってい
るはずだが、さらに中身、容器ともに使いやすさを工夫することで誤使用を防げる場合がある。
例えば、製品の操作ボタンの大きさや配置の工夫ひとつで押し間違いは低減できると考える。ま
た、製品は不特定多数の消費者が使用することが前提なので、乳幼児、老人、障害者などの
弱者に対するリスク低減にも配慮する必要がある。特に、総人口の20.7%3)に相当する高齢者
は年々増加の傾向にあり、この層に対する配慮がますます必要である。高齢になるに従って身
体能力は低下すると共に手や指の動作が緩慢となり、可能な動作に制限が出てくる。力をかけ
なくても使いやすい容器、押しやすい操作ボタン、音声表示による確認など、高齢者に合わせて
設計することで全年齢層に対しての使いやすさにも繋がっていく。さらに、使用ステップ数が多
ければそれだけ誤使用の確率も上がるので、出来るだけステップ数を減らした設計で、しかも使
い方が複雑でない製品が望まれる
Ⅱ.容器の工夫
容器の使いやすさについては既述したが、それ以外としては、万が一消費者が誤使用しても
安全が確保できる容器が望ましい。例えば、炎天下の車内のような高温下に放置されると、内
容物が膨張し破裂する危険性がある製品では、キャップにガス抜き機構などの安全装置があ
れば危険な事態は避けられるのではないか。消費者がとりうる行動を考慮し、その危険性を回
避できる容器が望ましい。また、字が読めて危険性が理解できる大人ばかりが製品を手にする
とは限らないので、薬容器のチャイルドロック機構のような、子供に対する危険防止対策(チャイ
ルド・プルーフ)も出来る限り考慮すべきである。
Ⅲ.表示の工夫
表示は読んで理解してもらう必要があるので、わかりやすい表現、読みやすい文字であること
が大切である。もちろん、表示は製品の設計上の 欠陥を補うも のとしての 位置づけではな
く、消費者が使用す る上 での安全を確保す るた めのも のでなければいけない。そのために
は、考えられる危険の程度や回避方法、応急処置などをわかりやすく表示する必要がある。各
工業会で表示に関する規定はあるだろうが、表示基準さえ満たしていれば規定通りの文言・レイ
アウトでなくても、各メーカーで独自の工夫を付加できるようにすれば、工夫のしがいも出てくる
のではないだろうか。
高齢者は視力も衰え、さらに白内障等の疾患を患うと視界が狭くなるので、文字のポイント数
と文字色に工夫を施すなど、高齢者への配慮が必要である。表示に記載すべき内容が多けれ
ば、ポイント数を大きくすることが難しい場合もあるが、同じポイント数でも背景色と文字色とのコ
ントラストを工夫したり、文字を囲んだり、行間を空けたりと工夫次第では読みやすくなる。危険
を回避するために、注意表示をたくさん書いてしまいがちになるものだが、文字ばかりが並んで
いるとメリハリがつかず、かえって読んでもらえない場合がある。読んでもらう工夫として文字の
羅列にならないように、絵表示やマークの使用も取り入れたい。「文字ばかり読むのは面倒」と
いう高齢者や、文字が読めない子供でもマークで注意を喚起することが可能となる。
また、メーカーとしては、トラブル回避のための注意表示を記載することは、消費者に不安意
識を与える恐れがあるので、できれば避けたいところだろう。しかし、花王の調べによると4)、トラ
ブルについての注意表示が記載されている商品については、「不安になり使いたくない」人は1
割強と少なく、逆に「安心して使えるので書いてある方がよい」が70%という結果となった(図2)。
さらに、注意表示が記載されている商品やメーカーについて信頼できるかとの問いに対し、8割
弱が「そう思う」「ややそう思う」と回答している(図3)。この調査から、トラブル回避のための注意
表示はマイナスではなく、商品に対する安心感や信頼感を与えることがわかる。注意表示を記
載する際に、「~をしてはいけない」「~はお避けください」と禁止事項を書くことがあるが、禁止
する理由も併記することで消費者の理解もより深まり、納得して正しく使ってもらえるのではな
いだろうか。 図2トラブル注意表示がある商品への意識
図3商品に起こりうるトラブル
についての注意表示が書かれ
ていると信頼できるか
Ⅳ.情報の公開
誤使用が発生した場合、その後、同様の誤使用の発生を食い止めるために情報の公開が必
要と考える。危険度の高い場合はマスメディアでの発表が必要となるが、緊急性がない場合は
企業のホームページにアップし、広く消費者に活用してもらうことが有効である。この場合、一企
業として発表する方法もあるが、2006年8月26日、社団法人全国清涼飲料工業会が飲み残しの
ペットボトルの破裂事故発生を受けて「開栓後のペットボトルの取扱い上の注意」について発表
したように、工業会として情報を公開することも効果的である(図4)。
図4 社団法人 全国清涼飲料工業会HP5)と その内容の抜粋・要約
また、消費者行政との情報交換により、消費者との接点をより多く持つ必要がある。さらに、同
業者間の情報交換を通じて他社の事例を学び、誤使用の未然防止を図る努力が求められる。
同業者間だけでなく、関連のある異業種間(例えば、洗剤メーカーと家電メーカー、容器包装
メーカーと薬品メーカーなど)の情報交流も、安全な製品を開発する上ではもちろん、誤使用の
回避にも有効である。
Ⅴ.消費者教育
製品を使用する消費者が、企業の発信する情報をうまくキャッチしてくれるとは限らないので、
多方面から消費者へアプローチする必要がある。協同参画という形では、例えば、学校を通じ
て児童に、また、地域社会のイベントで一般市民になど、日ごろ使用する製品の使い方、表示
や注意マークの意味を説明し、正しく使用してもらえるように製品への理解を深めてもらう方法
がある。メーカー単独での企画としては、普段は会社の中に入れない一般消費者を工場見学や
展示会に招待し、商品特徴と共に正しい使い方・選び方を説明すると、興味を持って聞いてもら
えるのではないだろうか。製品を作っているメーカーが正しい使い方を説明するということは、
メーカーの考える常識を直接消費者に伝え、情報誤認の修正に繋がるので効果的である。この
ように講座や勉強会の場で企業が消費者と直接、顔と顔を合わせたコミュニケーションがとれる
と効果は大きいが、反面、一度に対面できる人の数は限られてしまう。そこで、テレビや新聞、
雑誌などの媒体の活用、業界としてキャンペーンを行う、さらにそれらを連動させるなど、提供
する情報や対象者によってルートや方法を工夫しなければならない。
以上、企業に期待される取り組みについて述べてきた。メーカーとして最も大切な責務は、世
に出た製品を最終製品とは考えずに、消費者の声や誤使用情報をもとに製品設計、容器、表示
など、常時改良し続け、より安全に使用できる製品を出すことであると考える。
(2)消費者に望まれること
Ⅰ.表示をよく読む
使用前に製品の表示や使用説明書をよく読み、注意表示の内容を理解した上で正しく使用す
るという一見当たり前のことが最も大切である。たとえ長年、愛用している製品であっても改良に
より中身や容器が以前と同じとは限らないので、使用の度に表示や使用説明書を確認したい。
ヘアカラーの場合、体質や体調により重篤なアレルギー反応を起こすことがあるので、パッケー
ジの表示や取扱い説明書には使用できない人についての記載がある。この表示を読めば避け
られるトラブルも、読まなかったばかりに皮膚トラブルやアレルギー反応を引き起こすという残
念な結果となるケースもある。
花王の調べによると4)、8割近くの女性が初めて購入する時には製品の表示をよく見て買うの
に対し、購入の度に使い方・特徴などの表示を確認する人は3割強と少ない。この割合が上がる
と、誤使用はかなり低減できると思われる(図5)。
思い込みによる間違いを防ぐためにも、商品名・使い方・注意表示の確認は最低限行いたい
図5表示の確認
Ⅱ.情報収集に努める
メーカーと消費者の情報格差が誤使用の要因のひとつと先に述べたが、その差を埋めるた
め、商品や使い方に関する情報収集に努めたい。情報入手先としては、製造メーカー、国民生
活センター、都道府県の消費生活センター、NITEなどがまず挙げられるが、テレビ、新聞、雑誌
などの媒体も身近な情報源である。ただし、テレビ、新聞、雑誌などの情報は、時々メーカー側
からすると正しいとは言いがたい情報も含まれているので、消費者としては内容の正誤を判断
する力が必要となる。
© 1998 (社)消費者関 連専門家会議
最近のメーカーのホームページは充実しており製品情報も豊富である。しかも、24時間いつで
も気になる時にすぐ調べられるのでとても便利である。ホームページの掲載内容だけで解決で
きない場合は、お客様相談センターへ問合わせたうえで納得して使用したい。
4.おわりに
日用品メーカーに勤める身として自戒の念も込めて製造メーカーとしての責務、また、一消費
者として望まれる姿勢について述べてきた。
誤使用を完全になくすことは難しいが、メーカーと消費者がそれぞれの役割を果たして一件で
も誤使用が減り、痛ましい事故の発生がなくなることを期待する。
《参考文献》
1)NITE 平成16年度事故情報収集制度報告書
2)日本石鹸洗剤工業会HP(http://jsda.org/w/01_katud/a_seminar02.html#anchor04)を参考に
作成
3)総務省統計局データより (2006年9月15日発表)
4)花王株式会社「消費者をとりまく環境と消費者の意識研究」 (2006年3月発行)
5)社団法人 全国清涼飲料工業会HP(http://www.j-sda.or.jp/oishiku/cyui.htm)
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