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人間の安全保障とグローバル・タックス

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人間の安全保障とグローバル・タックス
【論 説】
人間の安全保障とグローバル・タックス
――国際連帯税ガヴァナンスを中心に1
千葉大学大学院人文社会科学研究科准教授 上村 雄彦
はじめに
安全保障といえば、
「他国の侵略から自国を防衛する」という類の「国家」
安全保障が基本であった。ところが、とりわけ冷戦の終焉後、国家間での紛争
が減少する一方、国内紛争が多発するようになった。その結果、たとえ他国か
らの侵略がなくても、国家が国民の安全を保証できない事態が生じるように
なった2。
他方、20 世紀後半に入り、地球環境破壊、貧富の格差、感染症の蔓延など、
国境も国家のレベルも越えた地球規模の諸問題が顕在化・深刻化してきた。こ
れらに効果的に対応するためには、各国の国家機能の強化が必要となろうが、
グローバリゼーションが進展する中で、多国籍企業やグローバル金融などグ
ローバリゼーションの「寵児」によって国家の機能は侵食され、相対的に力を
低下させている。
このような時代背景の中で、
「人間の」安全保障という概念が登場してきた。
本稿は、
2008 年 10 月 26 日に開催された日本国際政治学会 2008 年度研究大会「人
間の安全保障部会」における報告論文「人間の安全保障のためのグローバル・ガヴァ
ナンス――グローバル・タックスの可能性を中心に」に加筆・修正を行ったもので
ある。研究大会でコメンテーターを務めてくださった南山大学の山田哲也先生、な
らびに査読者の方々からいただいた貴重なコメントに対し、この場を借りて感謝を
申し上げたい。
2
国民の安全を保証するどころか、国家としての体をなさないソマリア、アフガニ
スタンのような「破綻国家」の問題も起こっている。
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その概念は多岐にわたるが、その達成を図る一つのバロメーターが国連ミレニ
アム開発目標(MDGs: Millennium Development Goals)である。
「2015 年
までに飢餓に苦しむ人口の割合を半減させる」、
「HIV /エイズの蔓延を 2015
年までに食い止め、その後減少させる」など 8 つのターゲットを掲げている(国
連開発計画 , 2006)。しかし、MDGs を達成するために最低限必要な追加資金
である年間 500 億ドル(約 5 兆円)
が調達される見込みはまったく立っていない。
そ こ で、 注 目 さ れ る の が、 政 府 開 発 援 助(ODA: Official Development
Assistance)などの従来の枠組を超えた革新的な資金メカニズムであるグロー
バル・タックスである。これは、グローバルな格差の是正など地球規模問題の
解決に貢献し、解決策を実施する資金を創出し、グローバル・ガヴァナンスを
透明化、民主化、アカウンタブル(説明責任を果たすこと)にし、人間の安全
保障に大きく資する可能性を持つ。最初のグローバル・タックスとして、航空
券連帯税がすでに実施され、その税収で途上国の貧しい人々の HIV /エイズ、
マラリア、結核の治療へのアクセスが高まっている。ここ日本においても、
「国
際連帯税創設を求める議員連盟」が設立され、政府として「地球環境税」の検
討を開始するなど、新たな動きが見られる。
本論では、人間の安全保障を実現するために、グローバル・タックスとグロー
バル・ガヴァナンスに着目し、以下の流れで考察を行う。まず、人間の安全保
障論の系譜を確認した上で、その実現のために求められる要素を抽出し、次に
その主要な要素であるグローバル・ガヴァナンスの実態を導き出すために、グ
ローバル政府、グローバル市場、グローバル市民社会、グローバル・ガヴァナ
ンスからなるグローバル社会の分析枠組を提示する。第 3 節では、分析枠組
の一極をなすグローバル市場の巨大化とその失敗、第 4 節でグローバル政府
の不在、グローバル市民社会の限界、第 5 節でグローバル・ガヴァナンスの
機能不全を検討した上で、第 6 節で、グローバル・ガヴァナンスを刷新しう
るグローバル・タックスを考察する。とりわけ、第 7 節では、事例として航
空券連帯税と UNITAID を吟味し、最後にグローバル・タックスの今後と日
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人間の安全保障とグローバル・タックス
本の動向について、論を進める予定である。
1.人間の安全保障の実現のために求められる要素
人間の安全保障の概念をめぐって、頻繁に引用される文献として、
『人間開
発報告書 1994』、「人間の安全保障委員会」報告書、
「介入と国家主権に関す
る国際委員会」報告書、
「欧州の安全保障力に関する研究グループ」バルセロ
ナ報告書などがある(UNDP, 1994; Commission on Human Security, 2003;
International Commission on Intervention and State Sovereignty, 2001;
Kaldor et al., 2004)
。
前者二つの報告書は、武力紛争にかかわる脅威に限定せず、貧困、経済的機
会の不公平、環境破壊、HIV /エイズなどより広範な問題を「人間の安全保障」
に対する脅威の範疇に含め、これらの脅威によって影響を受ける人々のセーフ
ティーネットとなる国際制度の模索に解決策を見出している。これに対し、後
者二つは基本的に武力紛争に関係が強い脅威に焦点を当て、問題国への武力行
使に道を開くことに関心を置いている(高村 , 2007: 220-222)。
このように、人間の安全保障をめぐる議論にはいくつかの系譜があるが、本
論は前者の立場に立つこととする。この立場に立ったとき、個人レベルで発生
する諸問題(貧困・失業・教育など)が解消され、人間の日々の生活や尊厳
が良好に保たれることが人間の安全保障の中心テーマとなる(最上 , 2007: 12;
24)。
そして、その実現のためには、何よりも貧困、経済的機会の不公平、環境破壊、
HIV /エイズなどを解決するための諸政策、それらを生み出し、調整し、継
続させる国際制度ないしグローバル・ガヴァナンスが必要となる。また、これ
らに関連するグローバル・ガヴァナンスがすでに存在する場合には、人間の安
全保障の柱の一つである人々の主体化の観点からも、またガヴァナンスの効果
を高めるためにも、あらゆるレベルでガヴァナンスを透明化し、民主化し、ア
カウンタビリティを向上させることが欠かせない。
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さらに、そのようなガヴァナンスを構築し、必要な政策を実施していくた
めには資金も不可欠である。たとえば、MDGs 達成に必要な年間 500 億ドル
以外にも、途上国が温暖化に適応するための資金として 2030 年の時点で 490
∼ 1710 億ドル(UNFCCC, 2007: 20-21)、途上国の飢餓や貧困を克服するた
めに年間 300 億ドル(Diouf, 2008: 4)
、食糧価格高騰による途上国の食糧危
機に対応する資金として年間 150~250 億ドルが必要となる 3。にもかかわらず、
先進国の ODA は停滞し、特に日本の拠出額は 76.9 億ドルまで下がり、5 位ま
で後退している4。
このような状況下で、人間の安全保障を実現するための新たな資金を創出し、
必要なガヴァナンス、とりわけ透明で、民主的で、アカウンタブルなグローバ
ル・ガヴァナンスを築き上げるためには、従来の枠組を超えた革新的な構想が
要求されるだろう。その一つがグローバル・タックスであるが、その検討に入
る前に、そもそもなぜ人間の安全保障が脅かされる事態になったのかについて
の考察を行い、現状のグローバル社会の問題点を浮き彫りにするためにも、ま
ずグローバル社会を広く分析してみよう。
2.グローバル社会の分析枠組
一国内の社会を分析するに当たり、よく用いられるのが政府、市場、市民社
会からなる三項モデルである(コーヘン , 2001: 43-46; 臼井 , 2006: 8、図1参
照)
。
この三項モデルをグローバル社会に当てはめるならば、図 2 のようになる
だろう。すなわち、国内社会の政府、市場、市民社会、ガヴァナンスが、グロー
バル社会ではそれぞれグローバル政府、グローバル市場、グローバル市民社会、
グローバル・ガヴァナンスに対応するモデルである(図2)
。
日本経済新聞、2008 年 6 月 5 日、読売新聞、2008 年 6 月 6 日。
DAC (2008) NET OFFICIAL DEVELOPMENT ASSISTANCE IN 2007 ,
OECD Development Assistance Committee, retrieved from: http://www.oecd.org/
dataoecd/27/55/40381862.pdf on 10 November 2008.
3
4
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人間の安全保障とグローバル・タックス
図1:国内社会の基本構造
政府
ガヴァナンス
市場
市民社会
(出典:臼井 , 2006 をもとに筆者作成)
図2:国内社会とグローバル社会の基本構造の分析枠組
グローバル
政府
グローバル
ガヴァナンス
政府
ガヴァナンス
市場
グローバル
市場
市民社会
グローバル
市民社会
(出典:筆者作成)
いうまでもなく、現在のグローバル社会には、
「グローバル政府」と呼べる
権力体は存在しない。現実には、300 の国際機関と 190 あまりの主権国家が
アナーキカルに存在しているだけである(McGrew, 2000: 138)
。しかし、こ
こでは思考実験の分析概念としてグローバル社会の一極にグローバル政府を置
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いておく。
次にグローバル市場である。新自由主義が世界に浸透して、各国がさまざま
規制を緩和・撤廃するのと並行して、グローバリゼーションの波が世界中を
覆った結果、各国の市場は国境を越えて結びつき、多国籍企業は世界中に展開
し、世界貿易、外国直接投資、国際金融市場は拡大し、グローバル市場が形成
された。
世界貿易は、1970 年の 7,700 億ドルから 2004 年の 21 兆 6,300 億ドルに5、
外国直接投資も 1970 年の 140 億ドルから、2006 年の 1 兆 2,160 億ドルに増
加した6。外国為替市場に至っては、1973 年に 4 兆ドルだったものが、1980
年中葉には 40 兆ドル、そして 2007 年には 770 兆ドル(7 京 7,000 億円)ま
で急成長している(Kapoor, 2007: 2)7。これはまさに市場のグローバル化と
呼べるものであり、グローバル市場の形成とみなすことができるだろう。
続いて、グローバル市民社会の形成について見てみよう。グローバル市民社
会の定義もまた多岐に渡るが、上述の分析枠組に則って考えると、グローバル
政府もグローバル市場も排除した民衆の自発的なグローバルな公的領域という
ことになるだろう。とりわけ、情報通信のグローバリゼーションは、各国内の
市民社会のアクターを結びつけたのみならず、国境を越えた市民社会アクター
同士のトランスナショナルなネットワークの形成を可能にした。
国際 NGO は、1992 年の国連環境開発会議を皮切りに、一連の国連関連の
会議にオブザーバー、場合によっては政府代表団の一員として参加するととも
に、これらの会議と並行して NGO フォーラムを開催して、NGO の声や代替
案を国連や各国政府に対置するようになった。
The World Bank URL, http://web.worldbank.org/(2008 年 1 月 6 日閲覧)
UNCTAD URL, http://www.unctad.org/(2008 年 1 月 6 日閲覧)
7
2007 年の外国為替市場規模の計算は、主要市場の 1 営業日平均取引高(グローバ
ルベース)の 3.21 兆ドル(1 営業日)に年間営業日の 240 日をかけたもの(3.21×
240 =約 770 兆ドル)。グローバルベースの 1 営業日平均取引高については、日本銀
行 URL, http://www.boj.or.jp/type/stat/boj_stat/deri/deri0704.htm を参照(2008 年
8 月 20 日閲覧)
。
5
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人間の安全保障とグローバル・タックス
そして、経済のグローバリゼーションの拡大とその影響に対して、国際
NGO のネットワーク化、社会運動のグローバル化とネットワーク化、さらに
はネットワークのネットワーク化(メタ・ネットワークの形成)が促進された。
このような国際 NGO とそのネットワーク、グローバル社会運動とそのネット
ワーク、ならびにこれらのネットワークのネットワーク化によって、グローバ
ル市民社会の内実が拡充していったといえるだろう。
3.グローバル市場の巨大化とその失敗
西川潤は、グローバリゼーションの進展の結果、
グローバル社会における「市
場の失敗」が起こっていることを指摘している。
すなわち、
「グローバリゼーショ
ンは、営利動因で行動する多国籍企業によって推進されている。その結果、
『市
場の失敗』と言われるような、経済集中、地域や貧富の格差、破産や失業、投
機経済の横行、生態系の悪化と公害等を世界大に拡げる傾向がある」と論じて
いる(西川 , 2004: 52)
。ここでは特に多国籍企業、タックス・ヘイブン、グロー
バル金融を事例に「グローバル市場の失敗」の実態を吟味してみよう。
グローバル市場のメインアクターである多国籍企業は、1970 年にはおよ
そ 7,000 社、1992 年には 37,000 社であったが(コーエン&ケネディ , 2003:
172)
、2005 年には世界に 61,000 社、子会社が 100 万社、下請企業も含める
と数百万社が存在するようになった(Utting, 2005: 4)
。
2001 年の世界の GDP、年間売上のトップ 100 を見ると、1 位アメリカ、2
位日本、3 位ドイツと先進国が名を連ねるが、18 位にウォールマート、20 位
にエクソンモービル、23 位にゼネラル・モータースと多国籍企業が増え始め、
トップ 100 のうち実に 54 を企業が占めるようになった。ちなみに上述の 3 社
は、それぞれ 1 社でノルウェー、デンマーク、ポーランドの GDP よりも多く
の売り上げを計上している(ベルナー&バイス , 2005: 59)
。
世界資産の 25% は 300 の多国籍企業で占められ、企業の売り上げは世界貿
易の 3 分の 2、世界産出の 3 分の 1 を占め、世界貿易のおよそ 60% は、多国
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籍企業内部の取引となった(Hertz, 2001: 38; Christensen & Kapoor, 2004: 4)
。
なぜ多国籍企業はここまで利益を上げることができるのか。その理由につい
てデイヴッド・コーテン(Darid Korten)は、
「低賃金の零細下請業者に生産
を任せ、原生林を伐採し、人件費削減のために新技術を導入して何万人もの従
業員を解雇し、有害廃棄物を垂れ流し、政界に圧力をかけて人間より企業を優
先する政策を進めている」からであると論じ、コストをすべて外部化して弱者
に押しつけ、利益をむさぼる多国籍企業を非難している(Korten, 1995: 114115)
。すなわち、多国籍企業は、人間の安全保障を犠牲にして、利益を上げて
いるともいうことができるだろう。
さらに、多国籍企業が多額の富を得ることのできる大きな理由が、タック
ス・ヘイブンの利用である。タックス・ヘイブンとは「もっとも広い意味で
は、外国人の居住者、金持ちの個人、企業などが、その本来の出自国におい
て課税されるのを回避するために、自分たちのお金を預ける国々のこと」であ
る(Chavagneus & Palan, 2006: 7, 11)
。有利な税制あるいは非課税、架空の
所在地、取引の秘密保護、さらには足跡の残らない活動が行える金融市場とい
う企業にとってこの上ない条件を提供するタックス・ヘイブンには、多国籍企
業の海外投資のおよそ 30%が流れ込んでいる(Chavagneus & Palan, 2006:
20)。
タックス・ヘイブンは 1970 年中葉にはおよそ 25 ヶ所であったが、現在は
73 ∼ 80 ヶ所あるといわれている
(Christensen & Kapoor: 2004: 4)
。このタッ
クス・ヘイブンの問題は、多国籍企業が操業する途上国に税金が納められない
という問題のみならず、
途上国から先進国への資本逃避に結びついている。
タッ
クス・ジャスティス・ネットワーク(TJN)によると、その額は、アフリカ
から先進国への資本逃避が年間 1,480 億ドル、ラテンアメリカからは 2,000 ∼
3,000 億ドル、途上国全体から先進国に流出している不正な資金が年間 5,000
億ドル(50 兆円)にも上ることを明らかにしている(Christensen & Kapoor:
2004: 6; Christensen, 2007a: 8; 2007b: 4; Kapoor, 2006: 3)
。また、タックス・
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人間の安全保障とグローバル・タックス
ヘイブンなどオフショア経済に隠匿されている金融資産の総額が 11.5 兆ドル
(1,150 兆円。世界の GDP の 3 分の 1 以上)
、もしこれらが適切に課税されれ
ば年間 2,550 億ドル(25 兆 5,000 億円)の税収になることを明らかにしてい
る(Tax Justice Network, 2005)。
このことは、逆から言えば、タックス・ヘイブンを中核にした世界規模での
脱税、租税回避、資本逃避を克服することができれば、MDGs を始めとする
人間の安全保障を実現するための必要資金が十分得られることを意味している。
しかし現実には、企業は何とかして租税を回避し、従業員や環境や途上国を
犠牲にしてでも生産コストを引き下げ、あくなき利益を追求しようとしている。
企業がそこまでして利益を追求する主要因はグローバル金融の巨大化にある。
2003 年後半の時点で世界の実体経済の規模(世界の GDP の合計額)が 36 兆
ドル程度(3,600 兆円)であるのに対し、世界の金融資本市場(株式時価総額、
債権残高、銀行融資残高の合計)の規模は 130 兆ドル(1 京 3,000 兆円)で、
実体経済の約 3.6 倍となっている(佐藤 , 2005: 1-2)
。
すなわち、現在のグローバル経済はグローバル金融が実体経済を「支配下に
置く」構造となり、国であろうと、企業であろうと、国際機関であろうと、金
融市場が好まない行動を取ることは許されなくなった(Peyrelevade, 2005)。
この事態を捉えて、佐久間は「金融資本の求めるものは唯一つ、
『利潤』である。
この事実が『世界経済は、なぜ右肩上がりの成長、拡大を続けなければならな
いのか』という問いの答えであり、あらゆる政府は経済を成長させ続けなけれ
ばならないし、企業は利潤を上げ続けなければならない。さもなければ、格付
け会社に格下げされ、投資家に見放され、
国債や株式が『売りを浴びせられる』
」
と論じている(佐久間 , 2002: 113)
。
この巨大化したグローバル金融が多国籍企業をして利益至上主義に走らせて
いるのである。そればかりか、巨額の資金が投機マネーとして世界を席巻し、
アジア通貨危機など数々の通貨危機を引き起こし、わずか数週間の間にタイで
は 100 万人が、そして連鎖危機に陥ったインドネシアでは 2,100 万人が貧困
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線以下の生活に突き落とされたこと(Bello, 2002: 67)
、またこれら投機マネー
が食糧や原油価格を高騰させ、途上国に住む人々の貧困に拍車をかけたことは
記憶に新しい。
これらはまさに「グローバル市場の失敗」であり、人間の安全保障を脅かす
大きな原因となっていることが確認できるだろう。
4.グローバル政府の不在とグローバル市民社会の限界
これらの「グローバル市場の失敗」をコントロールするのはグローバル政府
の役割であるが、グローバル社会にはそのような中央政府は存在しない。そこ
で、注目されるのが三項モデルのもう一つのセクター、グローバル市民社会で
ある。
現在 2 万を越える国際 NGO は、一連の国連関連の会議に参加、政府や
国際機関にもの申すようになった。また、市民社会アクターの国際ネット
ワークを見てみると、ジュビリー 2000 は途上国の債務削減に貢献し(北沢 ,
2003)、地雷禁止国際キャンペーン(ICBL: International Campaign to Bun
Landmines)
は 1997 年に対人地雷全面禁止条約を締結させ
(目加田 , 2003: 長 ,
2007)、1999 年にシアトルで開催された WTO 第 3 回閣僚会議における 5 万
人の抗議集会は閣僚会議を頓挫させた(北沢 , 2003)。このようにグローバル
市民社会はグローバル社会の中で影響力を高めつつあるが、とりわけグローバ
ル市場の失敗との関連で注目されるのが、2001 年にブラジルのポルト・アレ
グレで始まった世界社会フォーラム(WSF: World Social Forum)である。
WSF は、新自由主義的グローバリゼーションが世界を席巻し、特にその経
済政策の実施により社会の底辺に位置する弱者に多大な悪影響が及ぶ中で、換
言すればグローバル市場の失敗が人間の安全保障を脅かすことが顕著になって
きた中で、生成されてきた社会運動や NGO ネットワークのメタ・ネットワー
クである。WSF は、世界の巨大企業のトップなど有力企業経営者が年会費 3
万スイス・フラン(約 300 万円)を支払い、
各国の政治家や著名な学者を招いて、
159
人間の安全保障とグローバル・タックス
国際経済・国際政治のあり方やめざすべき世界を議論し、ネットワーキングを
推進している世界経済フォーラム(World Economic Forum: 別名ダヴォス会
議)に対抗する形で表出してきた(大屋 , 2004: 407)
。
WSF はダヴォス会議が象徴する世界の権力者が推し進める世界、すなわち
新自由主義的グローバリゼーションやあらゆる形態の帝国主義に No を突き
つけ、それとは異なる「もうひとつの世界」を希求して、世界中から NGO、
社会運動、市民運動、労働運動、平和運動などが数万単位で結集し、情報や経
験の共有、自由な議論・討論、縦横無尽のネットワーキングが行われる空間、
「巨
大な社会学習の場」となっている(毛利 , 2004b; 上村 , 2007: 218)
。
WSF は、2001 年、2002 年、2003 年はポルト・アレグレで開催され、それ
ぞれ 20,000 人、55,000 人、100,000 人の参加者を集めた。2004 年の第 4 回
大会は初めてポルト・アレグレを離れてインドのムンバイで開催され、80,000
人の参加者があった。2005 年は再びポルト・アレグレで開催され、過去最大
の 155,000 人の参加者で会場が埋め尽くされた(Ghimire, 2005: 3)。2006 年
は初めて分散開催を試み、マリのバマコ、ヴェネズエラのカラカス、パキスタ
ンのカラチで合計 140,000 人の参加者を見た(毛利聡子 , 2006: 155)
。そして、
2007 年、第 7 回フォーラムが統一開催としては初めてのアフリカとなるケニ
アのナイロビで開催され、約 58,000 人の参加者があった8。
WSF は「全体として意思決定を行わないこと」、
「あらゆる団体や運動体に
開かれた空間であること」、
「中心のない水平的なメタ・ネットワーク構造」
、
「党
派的政治の排除」という 4 つの特徴を持つが、これらの特徴によって世界中の
NGO、NGO ネットワーク、労働組合、社会運動、平和運動、周縁化された運
動(農民運動、先住民運動、
「持たざる者」の運動)が合流し、世界各国から
多様なイシュー、価値観、アイデンティティを持つ、多彩なネットワークを包
摂するメタ・ネットワークを構成することとなった。
2008 年はフォーラムの統一開催を行わず、世界各地で同時多発的にイベント行う
ことが呼びかけられたが、2009 年には統一フォーラムが再び開催される予定である。
8
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千葉大学 公共研究 第5巻第4号(2009 年3月)
この世界社会フォーラムの影響であるが、都留康子は社会運動が影響力を持
つ方法として、①抗議行動を通して世論を形成し、外的プレッシャーを政策決
定過程に与えていくという方法と、②運動体の中の中心組織―場合によっては
NGO―が、ロビー活動を通して直接政策決定過程に影響を行使する方法の 2
つを挙げている(都留 , 2006: 104)
。その上で、スミス、パグヌッコ、チャッ
トフィールド論文を引用しながら(Smith et al., 1999: 73-74)、
「反グローバ
リゼーション運動の場合は、政策決定過程に直接かかわることはむずかしく、
①重要なグローバルな問題に対し、エリート層の注意を喚起し、市民の関心を
向けさせること、②問題について、また失敗の政治的コストについて政府が学
ぶことを手助けすること、③政府の説明責任を高めること、としての影響が考
えられるであろう」と論じている(都留 , 2006: 120)
。
これらの諸点を念頭に世界社会フォーラムの成果と影響を考えてみよう。ま
ず、都留が「反グローバリゼーション運動の場合は、政策決定過程に直接かか
わることはむずかしい」としている点である。確かに WSF として直接政策決
定過程にかかわることは困難である。なぜなら、そもそも WSF 全体として統
一した要求を出せないからであり、またもし将来そのような要求を出せるよう
になったとしても、それは政府や国際機関が受け入れるのが困難な「根本的か
つラディカル」な要求になるだろうからである。
しかしながら、ATTAC(Association pour une Taxe sur les Transactions
Financières pour l Aide aux Citoyens: 市民を支援するために金融取引への課
税を求めるアソシエーション)
、タックス・ジャスティス・ネットワーク(TJN:
Tax Justice Network)
、コーディナシオン・シュド(Coordination Sud)など、
後に検討する「開発資金のための連帯税に関するリーディング・グループ」や
航空券連帯税の実現に関与した NGO や NGO ネットワークで、WSF に参加
しているものもある。つまり、WSF に参加している団体、運動体、ネットワー
クによる政策決定過程への参加は現実に行われている点には留意すべきであろ
う。これらの団体やネットワークと WSF が有機的に結びつけば、WSF によ
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人間の安全保障とグローバル・タックス
るバックアップと政府やレジームへの外的プレッシャーによって、これらの団
体によるロビー活動が強化され、政策決定過程により大きな影響を与えること
ができる可能性は存在する(毛利 , 2004a: 144-152)9。
次に、その外的プレッシャーであるが、2002 年 11 月にイタリアで開催さ
れた WSF の地域フォーラムであるヨーロッパ社会フォーラムにおいてイラク
反戦デモが行われ、100 万人を集めた(都留 , 2006: 114)
。これは分野を超え
てあらゆる市民社会のメンバーを結集する WSF の成果であり、一つの外的プ
レッシャーと呼べるだろう。また、毎年数万規模で結集する世界社会フォーラ
ムは、各国のメディア、特に開催地やブラジル、ヨーロッパのメディアに取り
上げられていることから、新自由主義的グローバリゼーションの進展による諸
問題を社会一般に知らしめる役割を果たしているように思われる10。
その影響を受けて、世界経済フォーラム(ダヴォス会議)が徐々に変質して
きたという指摘もある(勝俣ほか , 2007: 16)
。たとえば、新自由主義的グロー
バリゼーションに対して賞賛一辺倒だったダヴォスが、貧富の格差拡大などそ
の負の側面を認め、是正策を議論するようになり、世界社会フォーラムと深く
かかわってきたブラジルのルラ・ダ・シルヴァ(Lula da Silva)大統領をダヴォ
スに招いている。
クレベール・ギミル(Kléber ghimire)は、世界社会フォーラムは、もはや
「無責任な左翼たち」の集まりであるとはみなされなくなり、一定の政治的指
導者、政党、政府に影響を与え、政策立案者が利用できるアイデアの宝庫であ
ると見られるようになったと論じている。また、多くの政治家たちがダヴォス
よりもポルト・アレグレに参加したがっており、
「ポルト・アレグレはダヴォ
スを殺した」という見解も紹介している(Ghimire, 2005: 3)。これらのこと
から、多少なりとも WSF の影響を推測することは可能だろう。
毛利はこの観点から世界社会フォーラムの可能性を探っている(毛利 , 2004a)
。
もっとも日本の場合は、WSF は『赤旗』やインターネット上のメディアなど、一
部のメディアでしか取り上げられず、その認知度は低い。
9
10
162
千葉大学 公共研究 第5巻第4号(2009 年3月)
しかしながら、これらの活動と圧力によって、多国籍企業の基本的な行動が
変わったわけでも、タックス・ヘイブンがなくなったわけでも、グローバル金
融の力が低下したわけでもない。グローバル市民社会の力だけで、「グローバ
ル市場の失敗」を是正することはできないのである。
したがって、ここでの課題は、
「グローバル政府の不在」と「グローバル市
民社会の力量不足」という状況下で、いかにして「グローバル市場」を統治し、
その失敗を是正できるかというものであろう。ここに、セクターを越えた多様
なアクターによる「共治」としての「グローバル・ガヴァナンス」の重要性が
浮かび上がる。
5.グローバル・ガヴァナンスの機能不全
人間の安全保障と同様に、グローバル・ガヴァナンスの論議にも多様な系譜
があり、論者によって大きく異なるが、さしあたりここでは以下のように定義
しておく11。グローバル・ガヴァナンスとは、グローバルなレベルにおける多
様なアクターによる課題設定、規範形成、政策形成・決定・実施を含めた共治
のことをいう(Commission on Global Governance, 1995)。それは、地球規
模で生起する諸問題を解決し、地球公共財を供給するために、国際社会のほと
んどすべての構成メンバーの活動を制御するための大きな枠組取り決めであり、
政策であり、制度である(Young, 1998: 13; 渡辺・土山 , 2001: 9; 内田 , 2004:
11-12)。
またグローバル・ガヴァナンスは、これまで構築されてきた国際レジームの
総体であり(太田 , 2001: 286)
、そのレジームの形成・決定・実施に、NGO、
協同組合、労働組合、大学、市民運動、社会運動など「グローバル市民社会」
の多様なステークホルダーが参加していくプロセスでもある(Wapner, 1997:
77-84)。これまで国家以外のアクターが独自に構築してきたトランスナショ
グローバル・ガヴァナンスの多様な系譜については、McGrew (2000)、渡辺・土
山編(2001)、Wilkinson (2005) の議論が参考になる。
11
163
人間の安全保障とグローバル・タックス
ナル・レジームもあり(Wapner, 1997: 77-84)、その意味でグローバル・ガ
ヴァナンスは、国際レジームの束とトランスナショナル・レジームの束が相互
に影響しあいながら発展、融合していくものであると理解することができる
(Young, 1997: 283-284)。
グローバル市場の失敗に対して、現在さまざまなグローバル・ガヴァナン
スが展開している。多国籍企業に対するガヴァナンスについては、企業の社
会的責任(CSR: Corporate Social Responsibility)や国連グローバル・コン
パクトなどの自主性を重視したものから、OECD の多国籍企業ガイドライン、
ILO の多国籍企業宣言など国際機関による規制(ただし、法的拘束力はない)
、
NGO が中心になって企業に対する法的規制を求める企業の説明責任(CA:
Corporate Accountability)まで、多様な取組みが多様なアクターによって議
論され、実施されている(OECD, 2000; ILO, 2007; Utting, 2005)
。
タックス・ヘイブンについては、OECD、金融安定化フォーラム、金融活動
作業部会によるブラックリスト政策、国連租税委員会の活動など、国際機関を
中心にさまざまな取組みが行われている(Chavagneus & Palan, 2006)。最
後に、グローバル金融についても、金融機関による CSR 活動とも位置づけら
れる責任投資原則(PRI: Principles for Responsible Investment)の推進、国
際決済銀行(BIS: Bank for International Settlements)規制など国際機関に
よる協調と規制など、さまざまなアクターがガヴァナンスの構築に取り組んで
きた(末吉 , 2007; 高田 , 2000)
。
しかしながら、多国籍企業、タックス・ヘイブン、グローバル金融を十分に
コントロールできるほど、現在のグローバル・ガヴァナンスは効果的でも、十
分でもない。また、IMF や世界銀行の「1 ドル 1 票制」や、
名目は「1 国 1 票制」
であるものの、実際にはアメリカを中心に先進国の利害が大きく反映される
WTO、安全保障理事会に見られる五大国中心の国連運営、さらにいえば、ア
ングロ・アメリカン中心の世界秩序など、現状のグローバル・ガヴァナンスは
透明性も、民主性も、アカウンタビリティも欠いている(High-Level Panel
164
千葉大学 公共研究 第5巻第4号(2009 年3月)
on Financing for Development, 2000; Bello, 2002; Stiglitz, 2003; Millet &
Toussaint, 2004)。
6.グローバル・タックスの可能性
そこで、巨大化するグローバル市場の負の影響を抑制し、
「グローバル・ガヴァ
ナンスの機能不全」を刷新する処方箋として、
注目されるのがグローバル・タッ
クスである。グローバル・タックスには狭義の定義と広義の定義がある。
狭義には「グローバルなモノや活動にグローバルに課税し、グローバルな活
動の負の影響を抑制しつつ税収を上げ、グローバル公共財の供給やグローバル
公共善の実現ために、税収をグローバルに再分配する税のシステムのこと」を
いう(Uemura, 2007a: 114; Uemura, 2007b: 15; 上村 , 2007: 225)
。ここで
いうグローバルな「モノ」とは、グローバル富裕税の場合のようにグローバル
な金融資産や、地球炭素税や天然資源税のケースように、二酸化炭素や天然資
源を指す。また、グローバルな「活動」とは、通貨取引税の場合のように国際
通貨取引や、航空券連帯税のように飛行機のグローバルな運航を指す。
この定義には、①グローバルに課税する、②グローバルな活動の負の影響を
抑制する、③グローバルに税収を上げる、④その税収をグローバルに再分配す
るという 4 つの要素が入り込んでいる。この①∼④すべての要素を満たすもの
を「完全な(full)」グローバル・タックス、
これらを部分的に満たすものを「部
分的な(partial)」グローバル・タックスと呼ぶことができるだろう(Uemura,
2007b: 15)
。「完全な」グローバル・タックスとは、グローバル政府がグロー
バル社会に対して一律・一元的に課税、徴税、分配を行うイメージである。
「部分的な」グローバル・タックスには、後述する航空券連帯税のように、
①各国ごとに課税し、②各国ごとに徴税するが、③税収は超国家機関に納め、
関係各国間の議論を経てその税収をグローバル公共財のために使用するという
「国際課税」が相当する。この国際課税は、上記の定義の③、④を部分的に満
たすと考えられるので、本論ではこれも含めてグローバル・タックスの狭義の
165
人間の安全保障とグローバル・タックス
定義としておく。
さらに、グローバル・タックスを広義に捉えた時、その議論は以下の 3 つ
の流れを包摂する。すなわち、①課税以前に資金の流れを透明にして「漏れを
防ぐ( Plugging the leaks )
」、すなわちタックス・ヘイブンや資本逃避を解
決するための議論、②通貨取引税、地球炭素税、武器売上税、航空券連帯税な
ど、実際に課税を行う議論、③税の仕組みを創出・管理・運営するためのグロー
バル・ガヴァナンスを構想する議論の 3 つである(Uemura, 2007b: 15; 上村 ,
2007: 225-226)。したがって、本論では以上にかかわる議論や政策もグローバ
ル・タックスのそれと理解し、以下、それぞれについて考察を行う。
⑴ 「漏れを防ぐ」
グローバルに課税・徴税を実施しようと思えば、グローバルに脱税や租税回
避ができないようにしなければならない。そうでなければ、グローバル・タッ
クスの効果は著しく低減するのみならず、その正当性が揺らぐことになる。ま
た、前述のとおり、グローバルな脱税、租税回避額、資本逃避の規模は絶望的
に大きい。これらの理由から、
「漏れを防ぐ」こと自体により大きな意義と効
果を見るのが、ここでの議論の核心にある。
TJN の国際事務局長であり、もともとタックス・ヘイブンである英領ジャー
ジー島の政府顧問を務めていたジョン・クリステンセン(John Christensen)
は、タックス・ヘイブンと資本逃避をすぐに解決できる「特効薬」はないこと
を認めつつも、3 つのポイントを提示している。それはまず、タックス・ヘイ
ブンが提供するオフショア制度を利用できる機会を、個人や企業から奪うこと、
次にグローバル金融市場の透明化、そしてこれらの問題の深刻さを多くの人々
に知らせること、とりわけ「脱税は汚職であり、犯罪である」との認識を広め
ることである。これらのポイントを念頭に置きつつ、TJN はさまざまな提案
を行っている(Christensen, 2007b; Murphy ed., 2007)
。
中でも、TJN として、
「金融透明化指標」を作成・公表すること、さまざま
166
千葉大学 公共研究 第5巻第4号(2009 年3月)
な調査、研究、議論、政策形成、政策の実施、監視、評価などを整合的かつ効
果的に行うために、世界租税庁の創設を検討することを提言しているのは傾聴
に値する(Murphy ed., 2007: 113)
。
さらに注目されるのは、
「違法な金融フローが開発に与える影響に関す
る タ ス ク フ ォ ー ス(The Task Force on the Development Impact of Illicit
Financial Flows)」の創設である。これは主としてタックス・ヘイブンと資
本逃避対策を議論する作業部会であるが、後述する「開発資金のための連帯
税に関するリーディング・グループ(Leading Group on Solidarity Levies
to Fund Development、以下、開発連帯税リーディング・グループ)
」という
2006 年 3 月に創設された国際連帯税ガヴァナンスの中で、TJN を初めとする
NGO が精力的にタスクフォースの設立を提案し続けた結果、2007 年 9 月に
ノルウェー政府を議長国に、フランス、チリ、スペイン、ブラジル、バングラ
デシュ、カンボジア、ドイツ、ギニア、イタリア、コートジボワール等から構
成されるタスクフォースとして日の目を見たものである(The Task Force on
the Development Impact of Illicit Financial Flows, 2008)
。
この事実は、タックス・ヘイブンと資本逃避というグローバル・タックスに
かかわる問題に対して NGO が「外野から叫ぶだけに終わる」のではなく、政
府が NGO や国際機関と協力しながら、
「フォーマルに」問題解決に当たって
いく意思表示と関与を意味する。ここに、グローバル・タックスが一つの切
り口になって、グローバルなレベルで新たな政府間協力、政府− NGO 間協力、
ガヴァナンスの形成が促進されるという一例を見て取ることができる。
⑵ グローバル・タックスを実施する
現在多種多様なグローバル・タックスが構想されている。たとえば、環境関
係では、地球炭素税、天然資源税、排出権取引税などがあり、経済関係では、
通貨取引税、通貨取引開発税、金融取引税、多国籍企業付加税、タックス・ヘ
イブン税などが構想されている。その他にも、
平和と関連するグローバル・タッ
167
人間の安全保障とグローバル・タックス
クスとして武器売上税や武器取引税、税収の使途が保健・衛生と関連するもの
として航空券連帯税などがある。ここでは、グローバル市場の失敗、とりわけ
巨大化するグローバル金融の暴走を抑制する観点から、通貨取引税とその亜種
である通貨取引開発税を中心に検討したい。
通貨取引税の起源は、ノーベル経済学賞受賞者であるジェームズ・トービン
(James Tobin)が考案したトービン税にある。これは、すべての外国為替取
引に低率(0.5 ∼ 1%)の課税を行い、短期の投機的取引を抑制し、各国の経
済政策の自律性を確保するという構想であった。その後、トービン税はドイツ
の経済学者パウルシュパーン(Paul Spahn)によって再定式化され、通常の
為替取引に対してはさらに低率の税(0.005 ∼ 0.01%)をかける一方(1 階部分)
、
設定した変動幅を越える取引に対しては高率の税(たとえば 80%)をかけ(2
階部分)、投機を抑え込みつつ、一定の税収を確保する二層課税(通貨取引税)
が提案された(Spahn, 1995; Jetin, 2002: 59-68)
。
その税収について、ブリュノ・ジュタン(Bruno Jetin)は、税率 0.1%の
通貨取引税を実施した場合、それによる通貨取引の減少や租税回避を考慮し
たとしても、2001 年度で年間 800 億ドル、2004 年度で 1,250 億ドルと試算
し、およそ 1,000 億ドルの税収が見込まれることを明らかにしている(Jetin,
2007: 106-108)。
しかし、通貨取引税に対しては、①すべての国が一斉に実施しないと成立し
ない、②あらゆる形態の金融取引に対して課税が必要、③技術的に実施が不可
能、④市場を歪めるなどの批判が投げかけられ、現在のところ日の目を見てい
ない。
そこで、通貨取引税を開発資金を得る目的に特化し、超低率の税にして実
現しやすくした通貨取引開発税(CTDL: Currency Transaction Development
Levy、ある特定の通貨にかかわるすべての外国為替取引に、それが世界の
どこで行われていようとも、0.005%の税を課すしくみ)が NGO によって
提案され、開発連帯税リーディング・グループでも積極的に議論されている
168
千葉大学 公共研究 第5巻第4号(2009 年3月)
(Hillman et al., 2006)。もしこれを円取引で実現した場合は 55.9 億ドル、主
要通貨の取引で実施した場合は 334 億ドルの税収が予想されている(Schmidt,
2007: 9)
。CTDL については、若干の「進展」が見られるが、この点は第 8 節
で検討する。
⑶ グローバル・タックスの意義とグローバル・ガヴァナンス
グローバル・タックスの第一の意義は、通貨取引税のように投機を抑え、外
国為替市場を安定させ、グローバルに富を再分配する可能性や、地球炭素税の
ようにグローバルに二酸化炭素の排出を抑制し、地球温暖化の防止に資する
可能性など、地球規模問題の解決、ひいては人間の安全保障に貢献する政策
手段となりうることにある。第二の意義は、予測可能で、規模の大きい税収
を安定して確保できることである。その額は通貨取引税で年間約 1,000 億ド
ル、CTDL で年間 334 億ドル、地球炭素税の場合は年間 1,250 億ドルにも上
る(Landau Group, 2004: 112)
。そして、第三の意義は、グローバル・タッ
クスがグローバル・ガヴァナンスの透明化、民主化、アカウンタビリティの向
上を促進しうる点にある。なぜならグローバル・タックスを現実化させるため
には、課税・徴税を適切に行い、税収を公正に管理、運用、分配できるグロー
バルな仕組み、すなわちグローバル・タックスを実施するためのグローバルな
ガヴァナンスが要請されるからであり、課税・徴税を行う以上、原理的にガヴァ
ナンスは透明で、民主的で、説明責任を果たせるものでなければならないから
である。
7.事例としての航空券連帯税と UNITAID
これらのグローバル・タックスの意義と可能性を確認するために、現実に実
施されているグローバル・タックスである航空券連帯税とそのガヴァナンスで
ある UNITAID(国際医薬品購入ファシリティ)を検討しよう。
169
人間の安全保障とグローバル・タックス
⑴ 航空券連帯税の誕生
2006 年 2 月 28 日から 3 月 1 日にかけて、国際連帯税を含めた革新的資金
メカニズムを議論するための会議「グローバリゼーションと連帯:革新的開発
資金メカニズムに関するパリ会議」が開催された。この会議では、飛行機の
利用客に課税し、その税収を HIV /エイズ、マラリア、結核という三大感染
症に苦しんでいる貧しい人々の治療へのアクセスを向上させるために創設さ
れる国際機関(UNITAID)の資金源にするという航空券連帯税が議論された
(Uemura, 2007a: 66)
。その結果、フランスなど 13 ヶ国が航空券連帯税を実
施すると表明した。
また会議では、航空券連帯税を広めつつ、さまざまなグローバル・タックス
を考案・実施するためのグループ「開発連帯税リーディング・グループ」が
創設された。現在 55 ヶ国が参加しているが、すでに 5 回の全体会合を開催し、
NGO や国際機関と一緒になって議論を進めている。
その後、2006 年 7 月 1 日に、航空券連帯税がフランスで開始され、続いて
チリ、コートジボワール、モーリシャス、コンゴ、韓国、マダガスカル、ニジェー
ル、マリなど合計 11 ヶ国で実施が始まったが、今後さらに 17 ヶ国が航空券
連帯税の実施を予定している。フランスの場合、ファーストクラスとビジネス
クラスの国際線の乗客から 40 ユーロ、エコノミークラスの国際線の乗客から
は 4 ユーロを徴税し、UNITAID の資金源にしている。
この税の実施によって、2007 年には 2 億 6,714 万ドルが UNITAID に投入
された。ちなみに、UNITAID は航空券連帯税以外の歳入も得ており、全体で
は 2007 年予算で 3 億 1,802 万ドルとなっている(UNITAID, 2007b)。この
パリ会議は、完全な形ではないものの、史上初めてグローバル・タックスの実
施が国際的に決定された歴史的な瞬間になった(Uemura, 2007a: 125)
。
⑵ 航空券連帯税のガヴァナンスとしての UNITAID
2006 年 9 月 19 日に設立された UNITAID は、航空券連帯税の税収を主財
170
千葉大学 公共研究 第5巻第4号(2009 年3月)
表1:UNITAID の成果(2007 年度)
HIV /エイズ
パートナー クリントン財団
WHO
UNICEF
マラリア
結核
グローバル・ファンド
WHO
UNICEF
ストップ結核パート
グローバル・ファンド
ナ ー シ ッ プ、 グ ロ ー
バル・ドラッグ・ファ
シ リ テ ィ、 グ ロ ー バ
ル・ファンド
受益国数
53 ヶ国
22 ヶ国
58 ヶ国
受益者
100,000 人 の 子 ど も
の ARV 治療
65,000 人 の 第 2 線
ARV 治療
122,000 人 の 妊 婦 の
ARV 治療
135 万人の ACT 治療
866,000 人の第 1 線治
療
180,000 人の子どもの
治療
4,700 人の多剤耐性治
療
医薬品
40%(小児用 ARV) 29%(ACT)*
価格の低下 25-50%(第 2 線 ARV)
20-30%(MDR-TB)*
註:* は UNITAID, 2007d より
(UNITAID, 2007c: 1 をもとに筆者作成)
源に活発な活動を行っているが、ここで特に検討する必要があるのが、その
成果とガヴァナンスである。まず、活動の成果については、表1にあるとおり、
設立からわずか 1 年余りの短期間でかなりの成果が上がっており、HIV /エ
イズ、マラリア、結核対策という MDGs の、そして人間の安全保障の重要な
分野に貢献していることがわかる。
これらを可能にしたのは、航空券連帯税という予測可能で安定した税収を用
いて、医薬品の大量発注・大量長期購入を行い、価格を低下させるという中
核理念の現実化が大きい。航空券連帯税− UNITAID は、国民全体の「血税」
として所得の差に関係なく徴税した資金を財源とする ODA による「援助」で
はなく、世界の「富裕層」からわずかな税を徴収し、それを世界の「貧困層」
に再分配する「グローバル・タックス」という新たなメカニズムが、実際に地
171
人間の安全保障とグローバル・タックス
球福祉の創造に貢献しているということを表しており、従来の援助のあり方に
一石を投じているといえるだろう。
次に、UNITAID のガヴァナンスを見てみよう。UNITAID の組織は、意
思決定機関である理事会と、理事会を支え、決定事項を実施する事務局か
ら構成されている。また歳入を管理する信託基金が WHO(World Health
Organization、世界保健機関)に置かれている。その後、2007 年 5 月に多様
なアクターが参加して、情報を交換し、議論を行い、理事会に助言を与える諮
問フォーラムが創設され、現在に至っている(UNITAID, 2007c: 3)
。
中でも、中枢機関である理事会は、創設国から 5 名、アフリカ連合、アジ
アから各 1 名ずつ、市民社会(NGO、患者コミュニティ)から 2 名、財団か
ら 1 名、WHO から 1 名の合計 11 名の理事で構成されている。それぞれの理
事の下には理事代理が各 1 名置かれている。
創設国代表はフランス、ブラジル、ノルウェー、チリ、イギリスからそれぞ
れ 1 名ずつ、アフリカ連合からはコンゴ、アジアからは韓国が選出されてい
る。そして、NGO の代表として、フランスの HIV /エイズのアドヴォカシー
NGO である Act-up Paris のハリル・エルアルディギ(Khalil Elouardighi)氏、
患者コミュニティ代表理事としてケニアの HIV 感染者コミュニティサービス
連合(CHIACSOK)のジョー・ムリウキ(Joe Muriuki)氏が選出されている。
また、財団代表理事は、ゲイツ財団からジョー・セレル(Joe Cerrell)氏が
選出された。理事会の初代理事長はフランス前外務大臣のフィリップ・ドスト
ブラジ(Philippe Douste-Blazy)氏が務めている12。
UNITAID の中核である理事会のメンバーに、政府代表以外のステークホル
ダーが加わっていること、とりわけ南北の NGO が入っていることは特筆に値
する。これまで、NGO は国連の諮問資格の取得、政府間会議へのオブザーバー
参加などを通じて、周縁部分で間接的に意思決定に影響を及ぼしてきたが、今
UNITAID URL: http://www.unitaid.eu/en/Board-Members.html 参照(2008 年 2
月 25 日閲覧)
12
172
千葉大学 公共研究 第5巻第4号(2009 年3月)
回は国際機関の最も重要な理事会の中に直接 NGO のメンバーが入り、意思決
定の中核部分で影響力を行使できる立場になっている。また、UNITAID 憲章
によると、理事会は基本的にコンセンサスで物事を決定するように定められて
いる(UNITAID, 2007a: 4)。
つまり、組織上は意思決定の中心部に市民社会の声、草の根の現場の思いが
届けられることを保障するものとなっている。
その意味で、UNITAID のガヴァナンスは、既存の国際機関と比較してより
民主的であると見ることができるが、その実態がどのようなものであるのかに
ついては、さらに詳細な検討がなされなければならない。特に、理事会の中で
どの程度市民社会代表理事の意見が尊重され、意思決定に影響を与えているか
を分析することは重要である。この点ついて、エルアルディギ氏は「第 1 回
理事会の時は、すでに政府代表理事のメンバーはお互いによく知っているよう
で少し疎外感を味わったし、UNITAID 憲章作成に当たっては、彼らとかなり
やりあわなければならなかった」と述懐しつつ、
「しかし、時間が経つにつれて、
多くの課題について市民社会代表理事の方が政府代表理事よりも熟知している
ことが明らかになり、また政府としても市民社会サイドとは対立を避けなけれ
ばならないという認識があったので、徐々に私たちの意見は尊重されるように
なり、決定にも反映するようになった」と答えている13。
透明性とアカウンタビリティについては、UNITAID 憲章で透明性原則を掲
げ、実際に理事会の議事録、決議、予算(2008 年度)について、随時ホームペー
ジで掲載されていることから、透明性とアカウンタビリティはかなり高いとい
えるだろう。
諮問フォーラムはまだ一度しか開催されていないので、確固たる評価はでき
ないが、このフォーラムが理事会に対するチェック・アンド・バランス的機能
を果たし、理事会に参加できないメンバーの声を確実に拾い上げることができ
ハリル・エルアルディギ氏(Khalil Elouardighi)へのインタヴュー(2007 年 9
月 11 日、於:Act-up Paris)。
13
173
人間の安全保障とグローバル・タックス
るかどうかという民主性にかかわる点について、今後とも注視していく必要が
ある。
以上の考察から、UNITAID のガヴァナンスは、まだ形成途上であるものの、
既存の国際機関に比して、より透明で、民主的で、アカウンタブルであると言
えるだろう。
⑶ 航空券連帯税、UNITAID、リーディング・グループの今後の課題と政治
的含意
このように、連帯税を軸に形成された国際連帯税ガヴァナンス(開発連帯税
リーディング・グループならびに UNITAID)は積極的に評価できるものであ
るが、同時にさまざまな課題も抱えている。まず、航空券連帯税は、グローバ
ル金融などのグローバル市場の失敗を直接解決するものではない。また、この
税制を実施している国は現在 11 ヶ国、今後実施予定の国も 17 ヶ国と、グロー
バル・タックスと呼ぶにはまだまだ広がりが弱い。UNITAID も、多国籍企業
やグローバル金融を直接規制、統治するものではないし、加盟国も 27 ヶ国と
1 財団で、グローバルな広がりに欠ける。したがって、これらの処方箋だけで
人間の安全保障に資することにはならない。
そして、開発連帯税リーディング・グループはあくまでも志を同じくする国々
が自主的・非公式に設立したもので、
ここで決定したことが世界のすべての国々
に対して法的拘束力をもって機能するわけでもない。
しかしながら、航空券連帯税ならびに UNITAID の参加国を見たとき、き
わめてユニークな政治的インプリケーション(含意)が浮かび上がる。航空
券連帯税の参加国は 2008 年 10 月現在 28 ヶ国で、ベニン、ブラジル、ブルキ
ナ・ファソ、カンボジア、カメルーン、中央アフリカ、チリ、コートジボワー
ル、コンゴ、キプロス、フランス、ガボン、ギニア、ヨルダン、リベリア、ル
クセンブルグ、マダガスカル、マリ、モロッコ、モーリシャス、モーリタニア、
ナミビア、ノルウェー、ニカラグア、ニジェール、セネガル、サントメ=プリ
174
千葉大学 公共研究 第5巻第4号(2009 年3月)
ンシペ、韓国、トーゴが参加している。
他方、UNITAID は創設国のフランス、ブラジル、ノルウェー、チリ、イギ
リスに加えて、南アフリカ、ベニン、ブルキナ・ファソ、カメルーン、コンゴ、コー
トジボワール、ガボン、リベリア、マダガスカル、マリ、モロッコ、モーリシャス、
ナミビア、ニジェール、中央アフリカ、セネガル、サントメ=プリンシペ、トーゴ、
韓国、スペイン、キプロス、ギニアの 27 ヶ国に、ゲイツ財団が参加している。
これらの加盟国の構成から見てわかることは、この国際連帯税グループを創
設し、リードしているのは、フランスを別にすれば、ブラジル、チリというい
わゆる途上国とノルウェーという小国である。1970 年代中葉に、新国際経済
秩序の樹立を求めて、非同盟諸国を中心に途上国が一致団結し、先進国と対峙
した時代があったが、この新たなグループは「先進国―途上国」
、「援助供与国
―受益国」という伝統的な政治的経済的分断を乗り越えようとしている。
さらにいうならば、イギリスの立場を別にすれば、大雑把に言って国際連帯
税グループは、「反米+旧フランス植民地」連合と見なすことができるかもし
れない。実際に、アメリカ、日本、カナダ、オーストラリアなどアメリカとの
関係が強い同盟国は、航空券連帯税にも UNITAID にも参加も支持もしてい
ない。
このことは、アメリカが中軸にある現在の国際政治経済レジームを維持しよ
うとする勢力と、「反米+旧フランス植民地」連合に率いられた新たなグロー
バル・ガヴァナンスを模索する勢力との国際的な権力闘争と見なすこともでき
よう。しかし、そのことは、航空券連帯税・UNITAID の試みが、アメリカ中
心のアングロ・アメリカン世界秩序への一つの挑戦であるがゆえに強国の反
対に直面しており、前途は多難であるということも意味している(Uemura,
2007a: 127)。
8.グローバル・タックスの今後と日本の動向
そこで注目されるのが日本の動向である。これまで国際連帯税を含むグロー
175
人間の安全保障とグローバル・タックス
バル・タックスに消極的で、開発連帯税リーディング・グループにもオブザー
バーとしてしか参加してこなかった日本であったが、2008 年 2 月 28 日に「国
際連帯税創設を求める議員連盟(以降、国際連帯税議員連盟)
」が超党派で設
立された。
国際連帯税議員連盟の目的は、①制度の研究のため勉強会等を開催し、国会
の場において議論を深める、②我国の「開発資金のための連帯税に関するリー
ディング・グループ」加盟を目指す、
③同グループ提唱の「CTDL タスクフォー
ス」リード・ネーション引受けの提言、の三つである(
「国際連帯税創設を求
める議員連盟」, 2008a)。
その後、3 回の勉強会と関係省庁との折衝が行われた結果、2008 年 6 月 3
日に国際連帯税議員連盟は会長の津島雄二氏らが高村正彦外務大臣(当時)に
対して、日本が開発連帯税リーディング・グループへ正式加盟を行うことを求
める申し入れを行った(「国際連帯税創設を求める議員連盟」, 2008b)14。
さらに、同年 6 月 11 日に自由民主党政務調査会地球温暖化対策推進本部が
作成した中間報告「最先端の低炭素社会構築に向けて―来たるべき世代と地
球のために―」には、国際連帯税の検討が盛り込まれた(自由民主党 , 2008:
31)。
これら国際連帯税議員連盟の提言や自由民主党の中間報告、さらには総理大
臣が有識者を集めて議論を行っている「地球温暖化問題に関する懇談会」での
提言などを受けて、2008 年 6 月 9 日に発表された福田ビジョン、ならびに同
年 7 月 29 日に閣議決定された「低炭素社会づくり行動計画」においても、
「地
球環境税のあり方を研究する」という文言が盛り込まれた(内閣官房 , 2008:
14)。
これを受けて、環境省が主管官庁となって「地球環境税等研究会」が設置さ
れた。これから情報収集ならびに専門家ヒアリングを実施しながら、2009 年
14
参 議 院 議 員 犬 塚 直 史 公 式 サ イ ト:http://tadashi-inuzuka.jp/politicactivity/
archives(2008 年 7 月 7 日閲覧)
176
千葉大学 公共研究 第5巻第4号(2009 年3月)
3 月までに合計 4 回の研究会を開催し、報告書を作成する予定である(環境省
地球環境局 , 2008)
。
このような政府や国会議員、審議会レベルでの動きと並行して、市民社会の
動きも活発になってきている。特に、グローバル金融の規制や国際連帯税の実
施を求める NGO であるオルタモンド、オルタモンドと千葉大学地球福祉研究
センターなど大学関係者が中心となって 2006 年 9 月に設立したグローバル・
タックス研究会などが、グローバル・タックスについての調査・研究活動、市
民に対する啓発活動、政府に対するロビー活動を積極的に行っている15。
こ れ ら の 動 き が、 日 本 が CTDL タ ス ク フ ォ ー ス の 議 長 国 に な る こ と や
CTDL そのものを実施することにすぐにつながるかどうかは現時点では明ら
かではない。しかし、今後必要な資金を創出するという共通項が、日本におい
て国際連帯税を主張するグループと地球環境税等研究会など地球温暖化対策の
資金源を議論するグループの密な連携を招き、ひいては国際レベルで国際連帯
税と気候変動レジームの協働を導く可能性はありうるだろう16。
日本政府は 2008 年 9 月 26 日に、リーディング・グループの事務局を務め
るフランス政府にグループへの正式加盟を要請したが17、これまでグローバル・
タックスにまったく消極的であった親米の日本が、新たな方向に動き始めてい
ることは特筆に値する。
これらの動向を勘案した時、航空券連帯税と UNITAID を生み出した国際
連帯税ガヴァナンスは、長期的かつより高次の次元で見れば、アングロ・アメ
リカン世界秩序を突き崩し、より民主的な新たなグローバル・ガヴァナンスを
詳細は、オルタモンド URL: http://altermonde.jp/、千葉大学地球福祉研究センター
URL: http://globalwelfare.jp/、グローバル・タックス研究会 URL: http://blog.goo.
ne.jp/global-tax を参照(2008 年 9 月 15 日閲覧)。
16
たとえば、スイス政府は 2006 年にナイロビで開催された第 12 回気候変動枠組み
条約締約国会議以来、途上国が地球温暖化に適応する資金を得る目的で、地球炭素
税を提唱している。詳細は、The Government of Swiss (2008) を参照。
17
外 務 省 URL: http://www.mofa.go.jp:80/mofaj/press/release/h20/9/1183470_915.
html(2008 年 9 月 29 日閲覧)
15
177
人間の安全保障とグローバル・タックス
開拓しうる可能性を秘めているように思われる。そして、そのことは、人々の
自由の拡大や主体化を核とする人間の安全保障の観点からも、望ましい変化に
違いない。
おわりに
本論は、人間の安全保障の実現のために必要な要素を抽出した上で、問題は
グローバルな市場の失敗を効果的にコントロールすることのできるグローバ
ル・ガヴァナンスの欠如、ならびに必要な資金の不足にあることを指摘した。
このような状況下で人間の安全保障を実現するための財源を生み出し、グロー
バル・ガヴァナンスを刷新しうる処方箋として、グローバル・タックスが考察
され、新たなグローバル・ガヴァナンスの可能性が検討された。
本論では、グローバル・タックスについて、主に人間の安全保障を実現する
ための「手段」としての側面を強調して論じてきたが、一国の枠組みを越えて、
グローバルに豊かな人々から徴税し、グローバルに貧しい人々に再分配するこ
とを意図するグローバル・タックスは、租税と言えば「国内」を対象とする従
来の枠組から、グローバル社会に住む一人ひとりの「人間」に視点と枠組を移
しているところにそのユニークさがある。このことは、
「国家」安全保障から、
「人」に焦点を当てる「人間の」安全保障と交差することを示しており、原理
レベルでこれらの関係を考究することが今後の大きな課題となるだろう。
その他の課題としては、いかにして今後も市場を不安定化させるグローバル
金融を抑え込むことができるかという国際金融にかかわる課題があり、グロー
バル・タックスに反対しているアメリカとそれに追随している同盟国を、いか
により透明で、民主的で、アカウンタブルなグローバル・ガヴァナンスのパー
トナーにすることができるかという国際政治上の課題がある。
これらの課題を克服して初めて、グローバル・タックスと人間の安全保障の
関係がより明確になり、グローバル・タックスを基軸としたグローバル・ガヴァ
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