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「高養式 社会生活能力育成プログラム 『Wish Project』の開発と

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「高養式 社会生活能力育成プログラム 『Wish Project』の開発と
実践レポート
「高養式 社会生活能力育成プログラム
『Wish Project』の開発と実践について」
-肢体不自由児の行動力、自己肯定感・自己理解を
高める教育プログラム-
香川県立高松養護学校
教諭
1
谷
口
公
彦
はじめに
私が現任校に赴任した 8 年前、知的能力やコミュニケーション能力は十分な生徒
のなかに、休日のほとんどを自宅や福祉施設で過ごしている生徒や 、 保護者の送迎
でしか行動できていない生徒などが見受けられた。
肢体不自由のある生徒たちは移動などの困難から、日々の活動を保護者や教師な
どの支援者と一緒に行う傾向がある 。 そのことから自己決定する機会の不足や、実
体験や行動範囲の制限、さらには自己肯定感のもちにくさ、自己理解の困難さなど、
二次的、三次的な困難を生じてしまう。
そこで 、 外出活動という実体験を通して「自分の Wish ( 希望 ) を表明し 、 保護者
や教師の付き添いを受けず、主体的にその実現に取り組む力の育成 」をねらった教
育プログラム「Wish project」を開発し、9 年間に渡って実践を行ってきた。
2
実践の内容・方法
(1)Wish Project の概要
プログラムは 3 日間の集中プログラムと約 1 ヶ月の事前準備で構成されている。
【事前準備】
まず自分の外出計画の希望を表明する。これまでに生徒たちが企画したプラン
の一例は下表である。生徒たちは約 1 ヶ月の間に、インターネットで調べ、教師
や保護者に相談を持ちかけながら、この希望を実際の計画にする。
活動プランの一例
彼女ができた時に備える!仮想デートコース作り
活動先
丸亀町商店街など
音楽への想いを燃やす 1 日体験プラン(香大バンド部体験入部) 香川大学など
イルカの体はかたいのか柔らかいのか?ドルフィンセンター体験
津田ドルフィンセンター
がんばれガイナーズ!ナイター観戦プラン
香川県営野球場
【1 日目】
携帯電話やパソコンなどを駆使して、計画や予算を仕上
げる。JR などへの電話連絡に「知らない人に電話するのは
初めて」「何を確認すればいいんだろう」と困惑する生徒
もいる。
【2 日目】
外出活動当日。それぞれのプランに沿って自宅最寄りの駅や港から出発する。
教師は安全確保、状況把握のため離れた位置で見守りを行う。見通しの不十分さ
や急なハプニングで計画の変更を迫られ、 自分の力で次の一手を決断しなくては
いけない。これが Wish Project の真骨頂でもある。付添の大人がいない状況が、
情 報 を 探 す 、 人 に 尋 ね る 、 援 助 を 依 頼 す るなどの自主的な行動を飛躍的に高め、
自分に必要な介助方法を説明するなど、今まで意識できていなかったスキルにも
気づかせてくれる。
【3 日目】
活動の振り返り。ハイライトは参加者全員での ディスカッション。「君にとって
バリアフリーは必要か」などをテーマに、体験をベースに意見を語ったり、友達
の発言に触発されたりすることで、お互いの体験を共有している。実体験が不足
しがちな生徒たちにとって、他の人の体験を聞くことは重要な学習の機会である。
9 年間で、生徒 49 名、教員 69 名、ボランティア 87 名(全て延べ人数)が参加し、
それぞれの立場で様々な学びを得てきた。
3
実践の成果
(1)Wish Project が生徒たちにもたらす学習効果について
生徒の学習や成長を示す多くのエピソードが生まれてきた。一部を紹介する。
・初めは人に道を尋ねることができなかったが、店員や警備の人に頼めば良 い
ことに気づき積極的に活動できるようになった。
・体力の消耗や変調の兆し、自力で移動できる距離などを体験的に理解できた。
・初めて一人で JR に乗ったことで自信がつき、その後の自主通学の取り組み
につながった。卒業後も JR 通勤をしている。
・友だちと約束して出かけるなど、週末の時間の過ごし方が広がった。
本プログラムが生徒たちにどんな学習
をもたらしたかについて明らかにするた
め、行動記録やアンケートの記述からそ
の項目(133 項目)を抽出し、6 名の教師
により KJ 法の手法で整理をした(図 1)。
その結果、大きく 6 つのカテゴリーに分
類できた。また、図 1 上部の 5 つの学習
内容が、結果として「自己肯定感・自己
理解」に変容をもたらすという学習の流
れも確認できた。
(図 1)
その自己理解の変容について、事前事
後で、自分の自立度について自己評価を
行いその比較を行った。図 2 はある生徒
の自己評価である。
初参加前後で中段(判断・実行力)と
下段(感情のコントロール)の自己評価
が一度低下している。それまでのあいま
いであった自己評価が実体験によって修
正され、自己理解が促されたことがうか
がえる。そして 2 年後の今年の参加後に
は、自己評価が全般的に向上した。学習
の中で成長を感じた結果と思われる。
これらの結果から、Wish Project が、
行動スキル習得にとどまらず、障害のあ
る生徒たちの自立生活の土台となる自己
肯定感や自己理解を高めるために効果の
(図 2)ある生徒の事前事後の自己評価の変化
ある教育プログラムとなっていることが
説明できる。
キャリア教育の中でも社会的自立に向けて必要となる基礎的・汎用的能力として、
「自己理解・自己管理能力」、「課題対応能力」が示されているが、これらの能力を
高める具体的な取り組みとしての価値を有していると思う。
(2)外出活動におけるタブレット端末活用の可能性の提案
近年の特別支援教育でのタブレット PC 活用の流れを受け、Wish Projectでも導入
を試みている。「タブレット PC で、障害のある人たちの外出スタイルを変える」試
みを行った 。 従来の付き添い型の外出モデルではなく、外出エリアに待機する支援
者に、生徒が必要に応じてタブレット PC の機能を用いて支援を依頼するモデルの提
案である(図 3)。GPS 機能を使い、支援者の位置を確認したり、SOS ボタンを押して
位置情報が含まれたメールを一斉配信したりする仕組みである。
生徒からは、「初めての場所でも何とかなると思えた」「段差があって今まであき
らめていた店に行くことができた」「慌てずにすんだ」などの感想が聞かれ 、 タブ
レット PC の活用によって外出への不安感、バリア感が軽減できたことを感じた。
(図 3)従来の付き添い型の外出モデル(右)と、今回試行
した必要な時に ICT を使っ てつながる外出モデル(左)
タブレット PC の SOS ボタ ンを
使いボランティアを集めた様子
また、準備段階や外出当日に、生徒や教師、ボランティアを含む 参加者全員によ
るネット上での交流も試みた。計画を立てる際に情報を交換し、当日の活動の様子
を共有しあうことで、新しい人とのつながりや活動への安心感、楽しさが得られる
ことも分かった。
授業での活用という枠を越えて、生活スタイルを変えるためのタブレット PC、携
帯端末活用という新しい切り口の提案ができたと感じている。
(3)誰もが暮らしやすい社会づくりへの取り組み
プログラムの実施に先立って、外出エリアへの下見と説明を 行った。街には「で
きることがあれば手伝いたい」と思っている人や「声をかけてくれれば手伝います
よ」という店舗が非常に多いことが分かった。しかし、その気持ちは支援を必要と
する生徒たちには見えない。
「少し手伝ってほしい人」と「手伝ってもいいと思って
いる人」がすぐ近くにいながら、うまくつながっていない状況である。
そのアンマッチを解消するために前述の ICT の活用の他に 2 つの試みを行った。
一つ目は写真のようなステッカーの作成である。「Y A M A H A
高松店」が快く協力してくださった。二つ目は、丸亀町商店
街への事前協議である。生徒が活動する上での困難さを伝え
ると、
「こんなサービスがあります」
「各店舗に周知しておき
ましょう」と様々な提案をして下さった。どちらも「気持ち
の見える化」である。
事後にお礼に伺うと、
「どんな生徒さんかと思っていたが、
安心した」「どんな手伝いが必要か教えて下さい」と、支援
する 側 にも 障 害 者に 対 する 理 解が 深 ま って い るこ と が感 じ
られた。
これまで校外学習では、生徒たちの力の足りなさを教師が補っていた。しかし、
あえて不十分さを含めた実際の様子を見たり、関わったりしていただくことの方が
「誰もが暮らしやすい社会づくり」につながる ことを知った。校外学習を「学校が
社会づくりに関わる機会でもある」と捉え直す必要があるのではないか。
4
課題及び今後の取り組みの方向
今年 10 月、本プロジェクトに協賛してくれている
「富士通株式会社」の協力を得て 3 名の生徒が東京
での Wish Project に挑戦した。3 名とも都内を単独
で移動しながら自らが立てた計画を実行でき、さら
にスキルと自信を身に付けた。私にとってもこれま
で育ててきた様々な能力が、香川県とは状況の異な
る地でも通用したことに大きな手応えを感じた。
都内を人に援助を求めながら
今後の課題は、このプロジェクトの成果やノウハ
移動する生徒
ウを日頃の教育課程に反映させるための方策であ
る。外出スキルや指導内容のリスト化 や、校外学習や日常生活の中でこれらの力を
身に付けていくことのできる指導プログラムの開発などに取り組んでい きたい。
【参考文献】
高坂康雅他(2006)「青年期における心理的自立(Ⅱ)
-心理的自立尺度の作成-」、北海道教育大学紀要
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