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納豆菌ペプチド輸送体 YclF の基質多選択性の全貌解明
納豆菌ペプチド輸送体 YclF の基質多選択性の全貌解明 静岡県立大学 食品栄養科学部 伊藤 圭祐 納豆菌 Bacillus subtilis subsp. natto の生育や香気生成に重要な培地中アミノ酸は、アミノ 酸あるいはペプチドとして菌体内に吸収される。ペプチドとしての吸収は、8,400 種類の ジ・トリペプチドを認識・輸送する“基質多選択性”をもつプロトン共役型オリゴペプチド 輸送体(POT)が中心的役割を担い、ヒトや酵母をはじめとする多くの生物でアミノ酸と しての吸収よりも高効率である[1,2]。このことを利用して、ペプチド素材は経腸栄養剤や スポーツ用途食品、また発酵促進基材等に広く活用されている。しかし一方で、POT は全 生物に保存されているものの、その基質多選択性は生物種ごとの生息環境や代謝生理に応 じて最適化されているとも考えられている。例えば乳酸菌においては、POT を介して細胞 内に取り込まれたペプチドがシグナル伝達分子として働き、プロテアーゼや輸送体等、ア ミノ酸代謝関連遺伝子の発現を引き起こすことが報告されている[3]。POT はこのように多 様な生命現象に関与するにもかかわらず、これまでいずれの原核生物 POT についても基質 多選択性は明らかとされていない。納豆菌 POT である YclF も特有の基質多選択性を有す ることが推測されるが、POT の基質数は膨大であるため、これまでに基質多選択性の全貌 が明らかとされた POT は、我々の報告した酵母 Ptr2p のみである[4]。そのため納豆菌を含 めた様々な生物種由来の POT の基質多選択性の解析は、各生物に最適なペプチド素材の開 発、またアミノ酸動態の理解において重要である。 そこで本研究では、我々が独自に開発した POT 解析システムを納豆菌 YclF に適用し、 ジペプチドライブラリーの網羅的解析により基質多選択性の全貌解明を目指した。納豆菌 YclF の基質多選択性の解析は、納豆製造工程における窒素栄養動態や香気生成制御への有 用な知見を提供する産業的意義に加え、世界で初めて原核生物 POT の基質多選択性を明ら かとする点で、基礎生命科学的側面からも大きな意義がある。 【実験方法】 ・YclF の出芽酵母発現系の構築 YclF(Uniprot: D4G537)の遺伝子断片は、Eurofin genomics 社で受託合成した cDNA を鋳 型として PCR により取得した。プライマー (accccggattctagaactagtggatcccccATGGCCTCCATTGATAACGAATCCA、 aaattgaccttgaaaatataaattttccccTCACAAAACACCCTTCATGGCTCTC)により PCR 増幅した遺 伝子断片を用い、制限酵素 SmaI で処理した pRS426 GAL1_GFP ベクター[5]とともに出芽 酵母 BY4742-ptr2Δ 株(MATα, his3Δ1, leu2Δ0, lys2Δ0, ura3Δ0, ptr2Δ)を形質転換した。遺伝 子断片は相同組換えにより出芽酵母細胞内でプラスミドに連結された。コントロール株と して、pRS426 GAL1_GFP ベクターのみを保持する株も作製した。 ・出芽酵母発現系を用いた YclF の F-CUp assay 形質転換した BY4742-ptr2Δ 株を SD-U 液体培地(0.67% yeast nitrogen base w/o amino acids、 2% Glucose、0.19% yeast synthetic dropout medium without uracil)により、30℃で 24 時間振 盪培養した。遠心分離(4℃、5000 g、5 分間)を行い、回収した菌体を 1 M リン酸ナトリ ウムバッファー(pH 6.0)で懸濁し、SG-U 液体培地(0.67% yeast nitrogen base w/o amino acids、 2% Galactose、0.19% yeast synthetic dropout medium without uracil)に加え、20℃で 24 時間、 振盪培養した(初期の OD660 は 0.05 または 3.0)。遠心分離(4℃、5000 g、5 分間)により 菌体を回収した後、培養液と等量のアッセイバッファー[150 mM NaCl、50 mM NaH2PO4 (pH 6.0)]で菌体を懸濁し、再び遠心分離(4℃、5000 g、5 分間)した後、回収した菌体を アッセイバッファーで再度懸濁した。蛍光測定用 96 穴マイクロプレートの各ウェルに β-Ala-Lys (AMCA) 20 µl (終濃度 50~200 µM)、水 30 µl、菌体懸濁液 150 µl を分注し、DeepWell Maximizer で 1400 rpm、1 分間撹拌した後、37℃、1000 rpm、1 時間インキュベートした。 遠心分離(700 g、3 分間)により菌体を回収し、200 µl のアッセイバッファーで 3 回菌体 を洗った後、200 µl のアッセイバッファーを加えて懸濁し、FlexStationⅡ(Molecular Devices 社)を用いて、励起波長 355 nm における 460 nm での菌体の蛍光強度を測定した。 ・YclF の大腸菌発現系の構築 プライマー(GTTTCATATGGCCTCCATTGATAACGAATCCA、 CCATCTCGAGTCACAAAACACCCTTCATGGCTCTC)により PCR 増幅した遺伝子断片を pCold I ベクターへ導入した。作製したプラスミドにより大腸菌 BL21(DE3)株(F−, ompT, hsdSB(rB− mB−), gal(λcI 857, ind1, Sam7, nin5, lacUV5-T7gene1), dcm(DE3))を形質転換した。 コントロール株として、pCold I ベクターのみを保持する株を作製した。 ・大腸菌発現系を用いた YclF の F-CUp assay 形質転換した BL21(DE3)株を LB+Amp 液体培地により 37℃、24 時間前培養した後、 LB+Amp 液体培地に植菌し、37℃で OD660 が 0.7 になるまで震盪培養した(約 3.5 時間) 。 氷中で 30 分間冷却し、IPTG(終濃度 1 mM)を添加した後、15℃、126 rpm で震盪培養し た(24 h、48 h)。遠心分離(4℃、4000 g、5 分間)により菌体を回収した。培養液と等量 のアッセイバッファー[150 mM NaCl、50 mM NaH2PO4 (pH 6.0)]で菌体を懸濁し、遠心分 離(4℃、4000 g、5 分間)した後、アッセイバッファーで再び菌体を懸濁し、濁度を調整 した。 蛍光測定用 96 穴マイクロプレートの各ウェルに β-Ala-Lys (AMCA) 20 µl、水 30 µl、菌体 懸濁液 150 µl を分注し、DeepWell Maximizer で 1400 rpm、1 分間撹拌した後、37℃、1000 rpm で 1 時間インキュベートした。遠心分離(4℃、4500 g、2 分間)により菌体を回収し、200 µl のアッセイバッファーで 3 回菌体を洗った後、200 µl のアッセイバッファーを加え懸濁 した。FlexStationⅡ(Molecular Devices 社)を用いて、励起波長 355 nm における 460 nm で の蛍光強度を測定した。 ・アミノ酸の出現頻度解析 YclF のジペプチド親和性解析結果をもとに、IC50 値が 100 mM 以下を示した 47 種類の高 親和性ジペプチドを抽出した。そのジペプチドのアミノ酸配列を用い、WebLogo program (http://weblogo.threeplusone.com/create.cgi)によりアミノ酸残基の出現頻度を解析した。 【実験結果及び考察】 ・出芽酵母発現系による納豆菌 YclF の解析 YclF および原核生物 POT のモデルとして大腸菌 YdgR の β-Ala-Lys (AMCA)取り込み活 性を解析した(図 1)。その結果、発現誘導時の菌体濁度が OD660=0.05 の条件では YclF の 活性はみられなかったが、高密度菌体(OD660=3.0)を用いて発現誘導した場合、β-Ala-Lys (AMCA)の濃度依存的な取り込みがみられた。 非誘導条件で生育させた出芽酵母株を回収後、ごく少量の誘導培地に懸濁した高密度菌 体懸濁液を用いて発現誘導をする「高密度発現系」を試み、YclF の活性型発現に成功した。 「高密度発現系」はシイタケラッカーゼの菌体外生産のために開発され、ある種の難生産 性タンパク質の発現に効果的であることが報告されている[6]。「高密度発現系」における 難生産性タンパク質の生産量増大メカニズムは不明であり、現在研究が進められている。 一方、YdgR は活性型で発現しなかった。この原因として、原核生物と真核生物におけ る、輸送シグナルおよび膜組成の違いが考えられる。しかしタンパク質の発現に影響する 要素は多数存在するため、実際のメカニズムは不明である。YclF については発現系構築に 成功したものの、より最適な活性測定条件を検討するため、続けて原核生物である大腸菌 を宿主とした発現系構築も試みた。 図 1:出芽酵母発現系における原核 生物 POT の β-Ala-Lys (AMCA)取込 み解析。横軸が β-Ala-Lys (AMCA) 濃度、縦軸が細胞の蛍光強度。OD660 は発現誘導時の菌体濁度を示す。 ・大腸菌発現系による納豆菌 YclF の解析 YclF の β-Ala-Lys (AMCA)の取り込み活性を解析し、発現誘導時の濁度と培養時間、アッ セイ時の濁度について条件検討を行った。アッセイ時の OD660 を 0.5〜7.0 になるように調 整し、β-Ala-Lys (AMCA)の取り込み活性を解析した。その結果、OD660=0.5、2.0 ではほと んど活性がみられなかったが、OD660=3.5、7.0 では β-Ala-Lys (AMCA)取り込み活性は基質 濃度依存的に増加した(図 2)。 図 2:YclF の β-Ala-Lys (AMCA)取り込 み解析。エラーバーは独立した 3 回の 実験の標準偏差を表す。OD660 はアッ セイ時の菌体濁度を示す。 続いて発現誘導時間を 24 時間、48 時間として条件検討した。アッセイ時の濁度は OD660=7.0 とした。その結果、大腸菌株に取込まれた β-Ala-Lys (AMCA)量は発現誘導時間 によって変化しなかった(図 3)。すなわち YclF は IPTG を加えてから 24 時間の間に発現 し、それ以上発現誘導時間を長くしても活性は変化しないことが分かった。 図 3:YclF の β-Ala-Lys (AMCA)取り込み解 析結果。エラーバーは独立した 3 回の実験 の標準偏差を表す。 ・大腸菌発現系における YdgR の条件検討 YdgR についても β-Ala-Lys (AMCA)取り込み活性を解析した。発現誘導時の濁度と培養 時間は YclF とほぼ同様(発現誘導時の OD660=0.8、24 時間培養)として、アッセイ時の菌 体濁度を変え(OD660=5.0、10)、条件検討を行った。その結果、アッセイ時の OD660 が 10.0 の場合、十分な活性がみられた(図 4)。 図 4:YdgR の β-Ala-Lys (AMCA)取り込み 解析結果。エラーバーは独立した 3 回の 実験の標準偏差を表す。 ・納豆菌 YclF の基質多選択性の解析 出芽酵母、大腸菌、いずれの宿主においても YclF 発現系の構築に成功した。そこで、こ れまで解析された POT の解析結果との比較を容易にするため、本研究では出芽酵母発現系 により調整した YclF について、ジペプチドライブラリーを用いて基質多選択性を解析した (図 5)。YclF のジペプチド親和性は全体的に低かったものの、IC50 値が 100 mM 以下を示 した上位 47 種類の高親和性ジペプチドに着目すると、含有されるアミノ酸には偏りがみら れた(図 6)。すなわち、ジペプチドの C 末端に Pro、Trp、Asp、Glu が顕著に多くみられ た。Pro や酸性アミノ酸である Asp、Glu は真核生物 POT では低親和性ジペプチドに多く 含まれていたアミノ酸であることから[4]、YclF の基質多選択性は真核生物 POT とは明ら かに異なっていた。YclF の基質多選択性が他の原核生物 POT にも保存されているかどう かは不明であるが、少なくとも真核生物 POT に共通する基質多選択性は、原核生物におい ては保存されていないことが明らかとなった。枯草菌において Pro 含有ペプチドが浸透圧 ストレス耐性を向上させることが報告されており[7]、納豆菌 YclF に特有の基質多選択性 がどのような生物学的意義を有しているのか興味深い。 C-terminal A D E F G H <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 28 <100 N.T. 18 <100 <100 <100 N.T. I K 47 L M <100 <100 <100 N.T. <100 65 N N.T. <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 N.T. <100 <100 <100 N-terminal <100 76 <100 68 13 23 N.T. Q R S T V <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 P 33 34 N.T. <100 N.T. <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 N.T. Y 30 N.T. 16 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 70 N.T. <100 12 <100 <100 <100 23 N.T. <100 N.T. <100 100 <100 <100 <100 <100 11 <100 <100 <100 <100 59 <100 <100 19 <100 <100 <100 <100 <100 84 <100 <100 <100 75 10 N.T. 24 N.T. N.T. N.T. <100 33 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 N.T. <100 <100 <100 <100 N.T. 30 <100 90 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 N.T. <100 <100 <100 <100 <100 <100 N.T. <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 N.T. <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 92 56 58 <100 <100 N.T. <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 N.T. <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 83 <100 86 N.T. N.T. 71 <100 <100 <100 <100 <100 N.T. <100 <100 <100 <100 <100 <100 N.T. N.T. 51 78 43 <100 <100 <100 <100 <100 46 <100 <100 <100 <100 53 <100 80 <100 <100 N.T. <100 <100 <100 <100 <100 <100 32 <100 <100 <100 <100 N.T. <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 28 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 86 <100 <100 <100 <100 77 図 5:YclF に対するジ ペプチドの親和性[IC50 値(mM)]。YclF に対 する親和性が高いペプ チドを赤、親和性が低 N.T. <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 N.T. 8.5 38 N.T. W <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 <100 63 89 79 <100 いペプチドを黄色で示 した。三回の独立した 解析から得られた標準 偏差を「±数値」として 表中に記載。N.T は Not Tested を意味する。 <100 <100 図 6:高親和性ジペプチドにおけるアミノ酸の出現頻度。縦軸 はアミノ酸の出現頻度、横軸はそれぞれジペプチドの N 末端、 C 末端を示す。文字の色はアミノ酸の化学的性質を示す。 (黒: 疎水性アミノ酸、緑:親水性アミノ酸、青:塩基性アミノ酸、 赤:酸性アミノ酸、紫:中性アミノ酸) 【要約】 本研究ではアミノ酸源の生体吸収に重要なペプチド輸送体(POT)に着目し、納豆菌 YclF の親和性解析システムを構築した後、ジペプチドライブラリーを用いて基質多選択性の解 析を解析した。出芽酵母と大腸菌の発現・解析条件を検討したが、原核生物 POT(大腸菌 YdgR)は、出芽酵母において活性型で発現しなかった。原核生物 POT の解析には、大腸 菌発現系の方が適しているのかもしれない。YclF の基質多選択性は真核生物型 POT とは 明らかに異なり、Pro や酸性アミノ酸(Asp、Glu)を含むジペプチドが高親和性であった。 このことから、芳香族・分岐鎖アミノ酸を高効率に取込む真核生物 POT の基質多選択性は 原核生物には保存されないことが初めて示された。納豆菌 YclF の基質多選択性の産業応用 は今後の課題である。また基礎生命科学の側面からは、他の原核生物における基質多選択 性の保存性の解析が課題として残されている。 【謝辞】 本研究の遂行にあたり、研究助成を賜りました公益財団法人タカノ農芸化学研究助成財 団に心より感謝申し上げます。 【文献】 [1] Maebichi M, Samoto M, Kohno M, Ito R, Koikeda T, Hirotsuka M, Nakabou Y. Improvement in the intestinal absorption of soy protein by enzymatic digestion to oligopeptide in healthy adult men. Food Sci. Technol. Res., 1, 45-53 (2007). [2] Daniel H, Spanier B, Kottra G, Weitz D. From bacteria to man: archaic proton-dependent peptide transporters at work. Physiology, 21, 93-102 (2006). [3] Lamarque M, Aubel D, Piard JC, Gilbert C, Juillard V, Atlan D. The peptide transport system Opt is involved in both nutrition and environmental sensing during growth of Lactococcus lactis in milk. Microbiology, 157, 1612-1619 (2011). [4] Ito K, Hikida A, Kawai S, Lan VT, Motoyama T, Kitagawa S, Yoshikawa Y, Kato R, Kawarasaki Y. Analysing the substrate multispecificity of a proton-coupled oligopeptide transporter using a dipeptide library. Nat. Commun., 4, 2502 (2013). [5] Drew D, Newstead S, Sonoda Y, Kim H, von Heijne G, Iwata S. GFP-based optimization scheme for the overexpression and purification of eukaryotic membrane proteins in Saccharomyces cerevisiae. Nat. Protoc., 3, 784-798 (2008). [6] Kimata K, Yamaguchi M, Saito Y, Hata H, Miyake K, Yamane T, Nakagawa Y, Yano A, Ito K, Kawarasaki Y. High cell-density expression system: a novel method for extracellular production of difficult-to-express proteins. J. Biosci. Bioeng. 113, 154-159 (2012). [7] Zaprasis A, Brill J, Thüring M, Wünsche G, Heun M, Barzantny H, Hoffmann T, Bremer E. Osmoprotection of Bacillus subtilis through import and proteolysis of proline-containing peptides. Appl. Environ. Microbiol., 79, 576-587 (2012).