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「自然食品愛好」の社会史
学部共通科目「科学と人間」 第1セッション:食と自然 第3回 「自然とともに暮らす」ということ ―近代ヨーロッパの事例から― 長井伸仁 (国際文化コース) 2010/05/14 これまでの講義 GM(遺伝子組換)食品は大丈夫な のか。(生物学、渡部) なぜGM食品を避けたいと思ってし まうのか。(日本史、桑原) 今日の話 自然な食事をして、自然のなかで 暮らそうとした人たちが、その昔 いた。 「体にいいものを食べたい」 「安心できるものを口にしたい」 「環境に優しい農業を」 ・・・ そもそも、食品や農業の安全性を問 題にするようになったのは、それ ほど昔のことではない。 生きるために何でも食べていた時代 1840年代、アイルランドのジャガイモ飢饉 何を食べるか選べる時代 →飢える心配がなくなってはじめて、食べ物の安全性 に気が向く。 →ここ数十年、せいぜい百数十年ほどのこと。 話は100年ほど前のヨーロッパに 飛びます・・・ アスコナ スイスのイタリア 語圏、ロカルノ 近郊。 「真理の山」とも 呼ばれた。 Wikipedia「アスコナ」の項目より。 アスコナに、コロニーを建設 1900年に建設・入植がはじまる。 自給自足・自治をめざす。 ヨーロッパのさまざまな地域から 移住、訪問。 最大時6ヘクタールほど。 コロニーをつくった人たち 実業家の息子。ベルギー出身。自然療 法や菜食主義をめざす。 もとピアノ教師の女性。モンテネグロ 出身。ストレスでそううつ状態に。 もと陸軍中尉。ハンガリー出身。アナ ーキズムにめざめる。 高級官僚の娘。ドイツ出身。 ほか、医師、技師、芸術家、貴族… 何をしていた? 「自然に帰れ」をスローガン。 農作業 菜食:肉、酒、コーヒー、紅茶など は禁止。調味料もできるだけ避ける。 パンのほか、ジャガイモ、キャベツ、タ マネギ、カリフラワー、豆類、等々。 草原で講演、朗読、合唱、舞踊など 日光浴も大切な仕事。裸で働き、裸 で暮らす人も 周りからどう見られたか。 裸での生活が好奇の目で見られる。 新聞が興味本位で記事に。 魅力を感じて、移住してくる人も。 「都会から逃れて、大自然のなかで 暮らせば、人間は活力を回復し、精 神を活性化できる」(コロニーの宣伝 パンフレット) さまざまな人が訪れる レーニン クロポトキン トロツキー ヘッセ マックス・ウェーバー ルドルフ・シュタイナー (名前は覚えなくてもいいです) 革命家、作家、音楽家、画家、霊媒… なりゆき いざこざもあった。 私有財産を認めるかどうか。 文明の利器に頼るかどうか。 性の解放か、禁欲・規律か。 1920年、創設者のひとりが土地を売却 、ブラジルに渡る。以後、縮小。 他にも同じようなコロニーが エデン(ドイツ、1893年) ハイムラント(ドイツ、1909年) ヴォー(フランス、1903年) Cf.「新しき村」(日本、1918年) ・農業を中心とする。 ・共同性・同志性が強い。 ・菜食主義、禁酒。 いろいろな人たちが住む 例:エデン 神秘主義者 民族至上主義者 アナーキスト 極端な例 ミットガルト(計画どまり、ドイツ) 医師が立案 「アーリア人種は絶滅の危機に。」 金髪、青い眼、長身の男性を100人、 女性を1,000人、集める。 男性は鍛錬を。 女性は妊娠・出産・子育てを。 大人になればコロニーを出て、優秀な 形質を広める。 いったい何 いったい何を目指していたのか 目指していたのか? していたのか? 菜食主義、反アルコール運動、自然療法、ヌー ディズム ワンダーフォーゲル、田園都市運動、環境保護運動 も・・・ →これらはまとめて生改革運動 生改革運動と呼ばれる。 生改革運動 「近代社会は 近代社会は、自然からの 自然からの逸脱 からの逸脱だ 逸脱だ。だから、 だから、 自然に 自然に回帰しなければならない 回帰しなければならない。」 しなければならない。」 菜食主義 古代ギリシアのピタゴラス ・・・ 17世紀末のイギリスで、ピューリタンが提唱。 「禁欲と救済」 19世紀に、ひとつの大きな運動に。 イギリスから、ドイツやフランスに伝わる。アメリ カでもさかん。 当時の 当時の菜食主義の 菜食主義の考え 人間は自然の一員。 近代になり、人間は自然から離れてしまった。 生きているという実感も失われている。 人間はもともと草食。なのに、肉や刺激物をとる から、心身ともに病んだ。 菜食に戻せば、自然に帰れる。そうすれば、世 の中も平和に。 (=たんなる (=たんなる食事 たんなる食事や 食事や健康の 健康の話ではない) ではない) ある菜食主義者のことば • 「菜食主義は、宇宙の法則だ。あらゆる願望 の充足であり、あらゆる悪からの解放だ。」 自然療法 • 近代医学への反論。 • 病気は、個々の器官の問題ではない。 • 人間はひとつのシステム。そのバランスが崩 れると病気になる。 • 薬は用いず、かわりに冷水浴、光風浴、運動 などをおこなう。 ヌーディズム • 裸体の持つ自然性が、近代社会の堕落から 人びとを救ってくれる。 • 裸体にならないまでも、できるだけ通気性の 良い素材で、ゆったりしたデザインのものを。 (コルセットなどは良くない) 生改革運動をまとめると… • 近代社会を批判、自然への回帰を。 • 社会をつくりかえ、人間をよみがえらせよう。 (全体を、根底から) • さまざまな人びとをひきつけた。(右も左も) • 宗教的なものが影響している(キリスト教、 神智学、人智学) 神智学 ブラヴァツキ夫人 ブラヴァツキ夫人(1831-1891) いろいろな宗教の神は、じつは同じもの。歴史を 通じてばらばらに。 それを再発見しよう。 神をじかに感じる(神秘主義)。 菜食主義の傾向 アスコナの人びとも関心をもつ。 人智学 シュタイナー(1861-1925) • アスコナの訪問者。 • シュタイナー教育で知られる。 • 神智学の信徒だったが、やがて人智学を提唱。 神を人間に置きかえた。 シュタイナーと シュタイナーと農業 「バイオ・ダイナミック農法」(1924年) 農場は、たくさんの生命が共生する、ひとつの 有機体。 化学肥料を使用せず、家畜の糞尿を加工した 有機肥料を用いる。 まとめ 「昔の人はヘンだ」 →たしかに。でも、人間はもともとそのようなも のかも。 いまの私たちは、彼らをわらえるのだろうか。そもそも、 わらうべきなのか。 ところで、「自然」とは? 「自然に戻る」とは? アスコナを訪れた人のことば 「自然のなかには、あらゆる善と美と力が純粋 に完成されていると、かれらは思っている。… 自然とは、完成されたもののエッセンスであり 、かれらはそこに溶け込もうとしている。」 「善」「美」「力」「完成」 →すべて人間が考え出したもの。そのまま自然 のなかにあるわけではない。 「自然」には、何でもあてはめられる。どうにでも 解釈できる。 それを否定するのは、なかなか難しい。 ふところの深さ? 包容力? たしかに、アスコナをはじめコロニーには、さま ざまな人が来た。 でも・・・ 現在をつよく否定し、自然を美化・理想化する。 自分もそのなかに溶けこみ、浄化されたい。 ↓ 「自然でないもの」「混じり込んだ不純物」を排 除してしまうおそれ。 生改革運動がさかんだったドイツで、ナチスが生まれ たのは、はたして偶然だろうか。 関連する本 • 上山安敏『神話と科学―ヨーロッパ知識社会、 世紀末~20世紀』(岩波書店、1984年) • 関根伸一郎『アスコーナ―文明からの逃走』 (三元社、2002年) • 竹中亨『帰依する世紀末―ドイツ近代の原理 主義者群像』(ミネルヴァ書房、2004年) • 藤原辰史『ナチス・ドイツの有機農業』(柏書 房、2005年) 最後に、お願い。 メールで自由記述を送るとき、 (1)今日の講義についての感想・質問など (2)「エセ科学」(5月28日、三好・小山)で取り上げて ほしいテーマがあれば の二つを書いてください。