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洪水と損失の共有 ハンガリーにおける不器用な解決策
草案 2003−03−21 コメントは大いに歓迎 洪水と損失の共有 ハンガリーにおける不器用な解決策 Joanne Linnerooth-Bayer(1)および Anne Vari(2) 1.序文 ヨーロッパにおいて、ハンガリーはオランダに次いで洪水が多い国である。国土の半分、農地の3 分の2、そして鉄道の3分の1が、川の洪水、地下水の洪水、そして鉄砲水に見舞われている。問題 となっているのは、洪水の地理的な規模だけではない。洪水の程度も頻度も増しているようである。 ハンガリー政府は、被害の増大を受け、洪水の予防、洪水への対応、救援、公共インフラストラクチ ャーの補修などを始めとする洪水リスク管理についての全責任を引き続き担うことに懸念を示してい る。欧州連合の一員であるハンガリーは、緊縮財政プログラムの実施を確約している。従って、政府 の一部の機関は、洪水災害の削減・対応において民間がより多くの責任を担うことを歓迎している。 しかしながら、多くのハンガリー人は、洪水の被害に対する責任を住民、特に非常に貧しい地域で生 活している住民に転嫁するのは不公平だと感じている。ハンガリー、並びにヨーロッパ中央部におい ては、洪水による被害の予防、および洪水の犠牲者の救済において政府と民間市場がそれぞれどのよ うな役割を果たすべきかが、論争になっている問題のひとつである。 IIASA(国際応用システム分析研究所)がハンガリー科学アカデミーおよびストックホルム大 学(3)と共同で行った予備調査においては、ハンガリー公共―民間保険・補償プログラムを作成するた めの住民参加手順が設定され、その手順が試験的に実施された。Renn その他(1995年)は、住 民参加を、“特定の問題についての政府、住民、利害関係者、および民間企業の間の対話を促進する 目的で組織される意見交換のためのフォーラム”と定義付けている(2ページ)。 そのフォーラムには、 公聴会、公開集会、インタビュー、調査、住民で構成される諮問委員会、更に、より重要な集団であ る利害関係者のワークショップやフォーカス・グループ(特定の問題に的を絞って討議するグループ) などの要素も含まれている。住民参加は産業社会においては目新しいものではないが、Renn および Webler(1995年)は、様々な制度的、政治的な文脈の中で住民参加が異なる形態で発展してきた ことを示している。アメリカを始めとするアングロサクソン系の文脈における住民参加は、政府の意 思決定への参加と同義である。一方、ヨーロッパ大陸の協調組合主義において住民参加と直接民主主 義が果たしてきた役割は、2つ、あるいは3つに分かれた管理モデルが担ってきた役割に比べると比 較的小さかった。だが、その状況は、いわゆる新社会運動と共に変化してきた。現在、ヨーロッパの 国およびEUレベルの政策決定者は、住民参加を促進することに対する興味を強めている。その点に ついては、ハンガリーも同様である。本書では、インタビュー、住民アンケート、および利害関係者 のワークショップを組み合わせた住民参加の新しいプロセスについて説明されている。 (1)国際応用システム分析研究所、ラクセンブルグ、オーストリア。 (2)ハンガリー科学アカデミー、ブダペスト。 (3)この調査は、スウェーデンのFORMASが資金を提供した。 この参加プロセスを開発する上での課題は、論点となる展望と利害関係者が望む方針の方向性を確 認すること、そして更に重要なのは、全国的な公共−民間の保険/補償システムへの“不器用な”政 策経路を確認することであった。不器用な政策とは、利害関係者からの幅広い支持を得ているが、そ の支持の理由は様々で、問題、価値観、世界観に対する支持者の認識も異なっている政策、と考える ことができるだろう。(序文を参照)。その課題に対処するために、5段階の利害関係者参加プロセス が開発され、テストされた。第1段階では、24人の活動的な利害関係者へのインタビューを実施し、 第2段階では、ハンガリーの400人の住民に質問表を送付した。インタビューと住民調査に基づき、 保険システムの設計のための3つの政策的選択肢が開発された。第3段階では、活動的な利害関係者 を再度訪問し、それらの選択肢の評価を行った。第4段階では、利害関係者の審議ワークショップを 開催し、その中で参加者は望ましい政策的選択肢を選び、討論を行った。最終段階では、利害関係者 がワークショップにおいて“不器用な”政策の方向性について合意に到達した。そのプロセスにおい ては、それぞれの政策的選択肢が採用されたときの状態を示すシミュレーション・モデル(洪水災害 モデル)が役立てられた。 次のセクションでは、ハンガリー、特にチサ川上流域における洪水リスク問題の背景が説明されて いる。セクション3では、活動的な利害関係者との集中的なインタビューに基づき、問題とその解決 策―対立的な領域―についての様々な見解が説明されている。セクション4には、洪水問題、その原 因、および可能性のある対応策についての詳細な意見が掲載されている全国的な住民調査の集計結果 の抜粋が示されている。その集計結果は、研究チームが開発した3つの政策的選択肢の基礎となった。 その3つの選択肢についての利害関係者の考え方を把握するためにインタビューを繰り返し実施した ことは、セクション5で述べられている。また、住民が審議するためのフォーラムを提供した利害関 係者のワークショップについては、セクション6で説明されている。セクション7には、不器用な解 決策が示されている。最後のセクションでは、結論が示されていると共に、新しい形態の住民参加、 情報技術を使用した住民による審議、不器用な政策決定の概念を実証するための試験調査でテストさ れた利害関係者プロセスの価値が示されている。 2.背景 ハンガリーで洪水のリスクが最も高い地域のひとつ、そして、ヨーロッパで最も貧しい地域のひと つが、ハンガリー北東部のチサ川上流域である。チサ川は、ウクライナのカルパティア山脈に源流を 発し、ルーマニア、スロバキア、ハンガリーを流れ、最終的にはセルビアでダニューブ川に合流する。 その地域、およびハンガリー全土における洪水災害の程度と頻度は、増加しているようである。Pecher その他(1999年)は、チサ川の洪水災害において最高水位で氾濫が起こった時期の間隔は、18 77年から1933年にかけては平均で18年だったが、1933年から64年にかけてはわずか3 −4年になっていることを指摘している。1998年以降、記録破りの水位は毎年発生しているが、 川を取り囲む堤防の広範なネットワークがあるため、大損害の発生は防止されてきた。しかしながら、 2001年の洪水は堤防を越え、大きな被害をもたらした。約17,000人が避難し、1,000 戸が完全に破壊され、2,000戸が被害を受けた。洪水はウクライナの上流で発生し、高速でハン ガリーに到達するので、警戒および準備を行う時間はほとんどない。 チサ川上流地域のコミュニティ、および、特にチサ川とその支流に近い高リスク地域は、ハンガリ ーで最も貧しい地域のひとつである。主に農業で生計を立てている町の大半は都市部から遠くにあり、 道路の接続状態も悪い。特に、有効な資格を持たないこの地域のロマ(ジプシー)の人々の失業率は 非常に高く、1999年は24パーセント(全国平均は9パーセント)であった。農業からの収入は 一般的に少なく、農業だけでは人口を支えることができない。河川の洪水と内陸部の水域は、その状 況を大幅に悪化させている。例えば、種が無料で配られているコミュニティがあるが、主に洪水のリ スクがあるため、住民は種を蒔こうとしないのである(Horvath その他、2001年) 。 プラスの面に目を向けると、この地域には、レクレーション、観光、自然保護の目的で使用できる 可能性がある広い未開発地が存在する。曲がりくねったチサ川を取り囲む地域はほとんど人の手が入 っておらず、その氾濫原には昔からの村落、伝統的な農家、歴史的な建物が散在している。観光は、 2000年までは増加傾向にあった。だが、その年、ルーマニア北西部でオーストリア―ルーマニア 合弁採鉱会社(AURUL社)が維持する尾鉱ダムが決壊し、シアンがソモシュ川とチサ川に流れ込 み、この地域を汚染したのである。その事件が起こるまで、この地域ではウォーター・スポーツが盛 んであった。だが、このスポーツを支えるインフラストラクチャーは未発達のため、観光に関するこ の地域の将来性はかなり不透明である(Vari その他、近刊書)。 チサ地域およびハンガリーの大半において洪水のリスクが問題であることには異論はほとんどない が、それがなぜ問題なのか、あるいは、その問題に対して何をなすべきかについての意見の一致はほ とんど見られていない。推定によると、洪水による損失はハンガリーの多くの河川流域で極めて大き くなっている。ハンガリーの大半(耕作地の3分の2)が氾濫原に位置していることを考えると、毎 年、洪水による大きな被害が発生する可能性が存在する。ハンガリーの国内総生産の7から9パーセ ントが洪水で失われると見積もっている人もいる(Halcrow Water、1999年) 。従って、費用効果 の高い洪水抑制対策を設計すること、また、一部の人々によると、洪水の被害が甚大になる地域から 住民を移動させることが課題である。だが、異なる視点から見ると、川の氾濫は生態系の自然の変動 の一部である。それゆえ、川と調和して生活することが課題なのである。次のセクションでは、それ らの課題を調査すると共に、洪水問題とその解決策についての利害関係者の意見を取り上げる。 3.第1ラウンド:利害関係者へのインタビューにより、政策の経路を確認する ほとんどすべてのハンガリー人は、チサ川上流域の洪水リスク管理システムに直接的あるいは間接 的な利害関係を持っている。直接的な関係は洪水のリスクにさらされること、間接的な関係は、洪水 抑制―被災者救済のための税金を支払うこと、高リスク地域に生活する人々を支援するための洪水保 険の保険料を支払うこと、そして、洪水救済支出のために公共施設の建設が後回しにされることであ る(1998年のチサ川の洪水の後、中央政府はブダペストの地下鉄の新規セクションの建設を一時 停止して、建設資金を洪水被災者への救援に充てることが妥当であるとの見解を示した)。チサ川上流 域の洪水リスク管理戦略に関する利害関係者の意見を明確にさせるため、すべてではないが、政策問 題に積極的に関わり、その情報を十分に得ている利害関係者との自由回答式の直接インタビューを行 うことで、第1段階の住民参加プロセスを実施した(Vaari、2001年)。インタビューの対象とな ったのは、中央政府と地方政府の機関の代表者、農民、企業家、NGOの活動家、保険会社の代表者 である。そのインタビューから、基本的かつ相互対立的な3つの対洪水政策戦略―国家による保護、 個人の責任、地域の持続可能な開発―が誕生した。 国家による保護 中・東欧のすべての旧社会主義国と同様、ハンガリーにおいても、国民を洪水から守る上で、中央 政府がすべての面で一次的な責任を負っていた。体制が変化した1990年以前の社会主義体制にお いて、強大な力を持つ国家水資源局(Vituki)のブダペスト本部と12の地方支部には25,000 人が働いていた。Vituki の主な任務は、ハンガリーの領土の大部分を河川の洪水から守ることにあっ た。そして、チサ川に沿った3,000キロの堤防を始めとする、防護堤防の巨大なネットワークの 構築に巨額の資金を投入した。そのような膨大な支出が正当化される理由はたくさんあった。第一に、 ハンガリーの国民は誰一人として生命を脅かす洪水のリスクにさらされるべきではなかった。第二に、 堤防がなければ、ハンガリーの広大な地域が洪水に見舞われる可能性があるとの主張があった。その 可能性を示す一例は、ハンガリー政府が、チサ川の洪水から防護しなければ国土の17パーセントが 水没する危険性があると見積もっていることである(運輸・水資源管理省、2001年)。 堤防への投資は一度限りの措置ではなく、保守と改良に巨額の資金が必要となる。チサ川の過去の 状況が示すように、洪水はその規模が増大しているようであり、それに伴って当局はより高い堤防を 建設する必要に迫られている。事実、1998年に百年に一度の洪水が発生して川の水が堤防を越え そうになった後、中央政府はチサ川上流とその支流を対象とする堤防建設プログラムの実施を加速さ せた(Horvath その他、2001年)。だが、その百年に一度の洪水の記録はわずか3年後に塗り替 えられ、高さ11メートルの洪水の波が堤防を破壊し、大規模な被害を発生させた。そして、堤防を 更に高くする正当性を水資源管理当局に与えたのである。その措置は、インタビューした利害関係者 の大半が支持した。彼らは、河川に沿った一部のセクションではあっても、既存の堤防を強化し、よ り高くすることは不可避であると考えたのである。インタビューした一部の人々は、堤防建設プログ ラムが過去数年間に実施されていたら、洪水対策活動に費やされたのと同程度の資金が必要になった であろうと指摘した。 政府は、国民を洪水のリスクから守る全責任を負うと共に、堤防を破る、あるいは越える洪水に対 する責任も引き受けている。ハンガリー政府が洪水の犠牲者に補償を行うことは、法律で義務付けら れているわけではない。それにもかかわらず、国家機関はほとんどすべての場合、堤防の決壊による 個人の損害に対して完全な(100%の)責任を取っている。加えて、地下水による水没などのその 他の種類の洪水被害に対しても補償するという、寛大な措置を講じているのである。政府は、200 1年のチサ川の洪水の後、流されたほぼ1,000戸の住宅を完全に再建した。誰もが、高リスク地 域の住民、企業、農家を非難することはせず、その地域でのゾーン規制(もうひとつのトップダウン 式洪水防護措置)の重要性に合意した。そのような納税者と洪水犠牲者との連帯は、中欧のすべての 旧社会主義国にとっては、また、階級的な組織にとっても、一般的な事柄である。公正な分配は、当 局の裁量に委ねられている。そして、誰が分配をどの程度受け取るべきかは、当局が決定するのであ る。 個人の責任 1990年に政治体制が変化した後、洪水防護堤防、犠牲者の救済と住宅の再建、および必要な官 僚機構に対する政府の膨大な支出は、経済的に持続不能な支出とみなされることが多くなった。特に、 ハンガリーが欧州連合の一員となるために必要な緊縮財政プログラムに着手した強力な財務省は、そ の傾向を強めている。例えば、2001年の洪水で被害を受けた住宅や建物の再建あるいは補修に対 して、インタビューした多くの利害関係者は行き過ぎだとの批判を行った(4)。政府高官は、洪水リス ク対策に必要な資金に関する公的な権限と管理を手放すことは躊躇しているものの、財政的な責任に 対する外圧により、洪水の損失防止と洪水保険における個人の責任を強めざるを得なくなっている。 だが、個人の責任を強めるその動きには、水資源機関が反対の姿勢を鮮明にしている。各機関は、洪 水に対する完全な防御を行うことが務めであるとの認識を持っているのである。 財政的な必要性から、あまり乗り気ではない政府が個人の責任を強化する姿勢に転じる可能性があ る一方で、そのような姿勢の変化は、一般的には、政府介入の度合いを弱めることに賛成する人々に よって歓迎されている。シートベルトを締めた後に普段の行動を変えて危険な運転をする人々と同様 (本書の Adams を参照)に、人々は洪水堤防に守られた地域に移動するのである。いずれの場合も、 その防護措置は、実際には損失の増大をもたらす可能性がある。事実、1993年にアメリカ中西部 で大規模な洪水被害が発生した後、米工兵隊は一見してリスクがなさそうなゾーンを造り出し、防護 地域への多額の投資を促進させたという理由で大きな非難を浴びた(Quijano、2001年) 。保険に 入っていない被災者が補助金と低利の貸付を保証され、危険の多い地域に引き続き財産を保有するこ とが可能となり、より多くの人々がその地域に住宅を建設するのであれば、将来の被災者を救済する ために納税者が支払う税金はますます重くなる。そのため、アメリカの自然災害プログラムの改革を 提唱している本の複数の著者は、個人の責任と保険を大災害リスク管理の基礎に置くことを主張して いる(Kunreuther および Roth、1998年)。彼らは、明らかに、個人の責任を指導原理とする立 場を取っている。すなわち、危険地域に居住する人々は、そのコミュニティを安全するための多額の 費用を負担すべきであり、災害発生後の損失の大半に対して責任を取るべきである、と主張している のである。イギリスでも同様の考え方が支配的で、洪水発生後の政府補償は最小限に留まっており、 保険による支払いが大部分を占めていると言われている(Linnerooth-Bayer その他、2001年)。 ハンガリーの利害関係者へのインタビューによると、彼らは、高リスク地域の個人あるいはコミュ ニティに責任を持たせることについての意識は非常に低い。利害関係者たちは、排水溝や暗渠の維持 を怠っているチサ地域の新規の土地所有者たちを非難してはいるが、個人の損失を削減する措置につ いてはほとんど言及しなかった。また、個人およびコミュニティは保険で完全にカバーされるべきで あるという考え方も持っていなかった。その傾向は中欧全体に共通している。例えば、1997年に ポーランドで洪水が発生した後、同国の首相は、保険に入っていなかった被災者はその金銭的な損失 に責任があり、政府の補償を期待すべきではない、との公的な発言を行った。だが、その発言に対す る国民の反発が強まったので、首相は謝罪せざるを得なくなった(Stipple、1998年)。 しかしながら、西欧諸国やアメリカと比較しても、ハンガリーの世帯の保険加入率は高いのが現状 である。約60パーセンが、ハンガリーのひとつの、また外国の16の保険会社が提供する保険に加 入しているのである。そのように高い加入率になっているのは、洪水政策が、住宅ローンに求められ る住宅損害保険と“リンク”されているからである。だが、貧しいチサ川上流域の世帯の洪水保険加 入率は約40パーセントに留まっている。保険は一般的にはなっているものの、保険会社は極めて限 定的な保険しか提供していない。補償は、主に堤防が決壊した場合、あるいは川の水が堤防を超えた 場合に限られている。住宅所有者の洪水保険の保険料は、リスクとは無関係である。事実、保険会社 はハンガリーの全世帯に対して同じパーセンテージ(均一料率)の洪水保険料を請求している。 (4)この地域の保険加入率は40%だが、政府が補修および補償に費やした資金の合計は、保険会社が 支払った保険金の13倍に達した! その結果、低リスク地域の住民(例えばブダペストやセゲドなどの大都市の住民)から高リスク地 域の住民(例えばチサ川上流域の村落の住民)への多大な相互補助が行われることになった。イギリ スの場合と同様、そのような相互補助は、高リスク地域の貧しい人々が限定的ながらも洪水に対処す ることを可能にするので、現在の保険―補償体制の基礎となっている。 政府による保護に反対するハンガリー人は少数だが、世界銀行が資金を提供した最近の調査におい て、その実施者は、チサ川流域で保護されているものはその費用に見合っていないのではないかとの 疑問を投げかけている(Halcrow、1999年) 。自耕自給農家の経済生産量は非常に少ないので、政 府による保護は、高リスク地域の住民にとっては移転する上で経済的意味を持つ可能性がある。その ような危惧があるにもかかわらず、1998年のチサ川の洪水の後、政府は500万米ドルを投じ、 チサ川に沿った約10キロの堤防を強化し、高くした。だが、2001年3月に堤防が決壊すると、 堤防の高さは不十分であったことが認識され、それを受けて政府は他の洪水緩和措置の検討を開始し た。例えば、ハンガリーと上流のウクライナに緊急用の貯水池を建設する、主要な川床の容量を増加 させる、氾濫原における土地使用の慣行を変更する、などの措置である(Varadi、2001年)。 最後に、ハンガリーの利害関係者の多くは、経済的な刺激策によって個人の責任を強化するという 考え方に賛成している。そして、許可なく建築された建物で生活あるいは労働している人々には、洪 水で損害を被っても政府が補償しないよう提案した。しかしながら、氾濫原から人々を移転させるた めの経済的刺激策を講じることについては、様々な意見が寄せられた。その地域には種々の問題が存 在するので、多くの人々は遅かれ早かれ移転するだろう、と考える人もあり、その地域の人々は現状 に満足しているので、金銭的な支援を受けても移転しないだろう、と考える人もあった。 持続可能な開発 堤防建設プログラムの費用と便益の分配に関して、その非効率性に特に困惑しているハンガリー人 は少ないものの、多くの人々、特に環境保護主義者たちは、異なる理由から堤防に反対している。上 流地域を技術的、構造的な手段によって防護すると、最終的には、川の水がチサ川下流の水辺地域に、 更にはダニューブ川にまで押しやられることになる。従って、それらの人々は、堤防は不公平をもた らすもの、更には、河川流域の生態系の破壊を引き起こすものと考えている。必要なのは、この地域 の持続可能な開発のために、歴史的な手法を採用することである。あるいは、この地域全体を国立公 園にすることも考えられる。多くの人々は、主に防護的活動を怠った個人およびコミュニティの失敗 として問題を捉えているのではなく、システムの失敗が、特に災害および被害を防止する持続可能な 対策を講じることができなかった当局の失敗が問題であると考えている。 この地域の環境NGOは、都市化の増大、舗装面と不浸透性の地面の増加、森林伐採、その他の土 地使用の慣行などの組織的な活動、また、特に、極めて貧しい人々の脆弱性が洪水災害の原因になっ ていると指摘した。環境保護主義者たちは、ウクライナでの大規模な伐採と森林破壊による土壌の侵 食が洪水問題を更に悪化させていると考えている。ある推定によると、ウクライナのカルパティア山 脈を挟んだ地域の森林の最近の面積は、以前と比べるとその半分が、あるいは3分の2が消失してい る(Pecher、1999年) 。事実、集水域、特にウクライナの集水域の森林に価値があることは、ほと んどすべての利害関係者が認めていた。だが、ハンガリー政府が森林喪失に対して効果的な対策を講 じる能力があることについては、極めて悲観的であった。この問題は国境を挟んでいるので、より複 雑になっている。いくつかのNGOの報告によると(5)、ウクライナに住むハンガリー人が森の木を伐 採し、大量の木材をハンガリーに輸出しているのである! 環境保護主義者たちは、とりわけ、国境 の向こう側の無秩序な市場を非難すると共に、川に沿った堤防を更に高くすることで洪水問題の解決 を図る政府のプロジェクトを拒否している。それゆえ、多くの利害関係者は、河川流域全体の持続可 能な管理を行うことを要求したのである。また、環境保護主義者たちは、一部の場所の堤防を壊して 河川を自然の状態に戻し、湿地帯を回復させ、自然の貯水池を作り出すことさえ提案した。興味深い ことに、一部の地域の首長は環境保護団体に同調し、それらの代替案への支持を表明した。 問題となる洪水は始めから発生するべきではないので(洪水は生態系の自然な部分である)、洪水の 負担をどのように分配するかについては、ほとんど意見がなかった。しかしながら、インタビューの 対象者の大半は、民間の保険会社に対する根深い不信感を表した。彼らは、チサ川上流域などの貧し い地域で民間保険への加入が増加しているのは極めて不公平だと感じている。また、平等主義者たち は、相互保険の取決めを行い、生活に伴うリスクを引き受けることができない貧しい人々に対する相 互補助を継続するよう要求している。 (5)Jan Sendzimir との個人的な会話、2003年3月。 対立的な領域 利害関係者へのインタビューにより、チサ川上流域の洪水による損失を削減し、洪水犠牲者を救済 するためにハンガリーの政策立案機関が取ることのできる3つの極端かつ明確な戦略が示された。そ れらの戦略は、図1の可能性の三角形の“角に位置する解決策”として示されている。1つの極端な 戦略において、政府は、堤防に対する投資を継続し、洪水犠牲者に対する寛大な補償を続け、トップ・ ダウンのゾーン規制によって洪水リスク地域での開発を管理することにより、洪水抑制と住民救済の 費用の大部分を引き続き吸収することができる。だが、その戦略は中央政府の財政赤字を悪化させ、 規制にもかかわらず、洪水地域での望ましくない開発を促進することになるだろう。政府は、あるい は、そのような地域から資源を引き上げ、市場の力により多く依存することもできる。つまり、洪水 被害の削減と、その被害に対する保険加入についての個人責任を強化するのである。その戦略は、農 家や土地所有者の勤勉さを促進する可能性があるが、同時に、すでに脆弱化している人々に更なる負 担を背負わせ、人口流出を招くと共に、この地域の歴史的な村落が見捨てられる結果も招きかねない。 もうひとつの戦略は、地域の生態系の保存を志向する戦略である。従って、補助金を支給するプログ ラムの実施により、農家に土地使用の慣行を変えるよう促し、一部の地域の堤防を除去して河川を自 然の状態に戻すと共に、ソフト・ツーリズム(自然との共生を目指す観光)のためのインフラストラ クチャーを提供することになる。保険もひとつの選択肢だが、非営利の相互取決めによって民間の保 険会社を排除することが条件となるだろう。この戦略によって、洪水被災者への救済と補償における 連帯が妨げられてはならない。しかしながら、この戦略に懐疑的な人々は、そのような措置を取って もすでに存在している村落のリスクが削減されることにはならず、村人や農家は移転を余儀なくされ る可能性があり、ハンガリーでの洪水をカバーしている16の保険会社が排除されることになると共 に、政府の予算問題の解決にもならない、と指摘している。 図1:対立的な領域 国家による保護 洪水のリスクに対する政府の完全な保護。構造的な措置とトッ プ・ダウン式のゾーン規制が望ましい。 防護措置の失敗に対する完全な責任、被災者に対する最高10 0%の補償。 民間の保険は補足的な手段に留まる。 不器用な政策スペース 個人の責任 持続可能な開発 政府による保護は、公益が費用効果を持つ場 合に限られる。 民間の保険、家庭による対策、リスクが高い 場合の移転を通して個人の責任を強化する。 政府による救済ではなく、民間の保険。 河川の自然化、土地使用慣行の変更などの持 続可能な開発。 社会正義を重視。貧しい世帯は援助すべき。 民間の保険には否定的。地域に共同基金を設 けるのが望ましい。 上記の3つの対立的な政策経路―国家による保護、個人の責任、持続可能な開発―はインタビュー から派生したものの、利害関係者は常にひとつだけの政策経路を支持したわけではない。実際は、彼 らが混乱した見解を表明することも多かった。彼らは、特定の地域に堤防が必要なことは一致してい たが、同時に、経済的な刺激策を講じてでも、個人による洪水のリスクの削減を促進するべきだと考 えた。また、効率性を上げるために、すでに脆弱化している人々に更なる負担を与えるのは正当化さ れないとの見解でも一致していた。それらの意見は、両立できない複数の目標を目指すかのように、 各個人の中でも対立したときもあったが、彼らが驚くほど不器用になるときもあった。つまり、彼ら は3つの政策経路のいくつかの要素を組み合わせたのである。そして、それらの要素は、実際、組み 合わせることが可能で、それを示す多くの事例がある。水資源当局の水文学者は、技術的な構造物の 建設によって住民を防護する決意は持っているものの、堤防の高さには限界があることを認めており、 最近は、特定の地域の堤防を撤去して自然の貯水池を造るという考え方を持ち始めている。更に、大 半の利害関係者は政府による部分的な保護を支持しているが、同時に、洪水への対応において民間市 場の役割は限定的だと見ている。予算が大幅に削減されている水資源管理当局は、現在、民間が所有 する車両や器具などの地域の資源を使用して、脅威となる洪水に対処することを求めている。利害関 係者の大半は、民間の関与を強めるという姿勢を支持しており、最近(1998年から)増加してい る水資源当局への財政支援に対して地域の住民が反発を強めていることを示唆した。 従って、前述した基本的な政策経路は、利害関係者の意見では複雑かつ重複しているものの、制度 的、政治的なレベル−中間のレベル−においては、政策領域が3つの経路に沿って対立していること はほとんど疑いがない。IIASAの調査の課題は、それらの対立する政策(および混合的な政策) の方向性への支持の相対的な強さを確認すること、そして、より重要となる、利害関係者の幅広い支 持を必要とする複数の方向性の共通部分(つまり不器用な経路)を確認することである。その目的の ために、利害関係者である住民の調査を通して、利害関係者の意見と妥協点に関する経験的な情報が 導き出された。 4.第2ラウンド:住民調査 利害関係者へのインタビューに基づき、ハンガリーの400人の住民に面接を通して質問表が渡さ れた。目的は、洪水のリスクを削減し、被災者を救済するためにハンガリーが取り得る選択肢につい て、利害関係者である住民の意見を引き出すことにあった。洪水のリスクが高い農村部と都市部に居 住する利害関係者、および、税金と保険料の支払いによって高リスク地域で生活する人々を支えてい る農村部および都市部の利害関係者を含めるために、ハンガリーの4つの地域が選択された。各地域 のサンプル規模は100人であった。農村部の集落は無作為に選択し、参加者の人数は人口の規模に よって決定した。また、各地域においては、性別と年齢層に偏りが出ないように参加者が選ばれた。 質問表には24項目の質問が記載されており、その中の9つはイエス、ノー、多分、分からない、 で答えることが可能であった。1つの自由回答式の質問を除き、残りの14の質問では、利害関係者 へのインタビューで確認された政策経路に対応する4つの選択肢が示された。それらの選択肢は、3 つの活動的な文化論的連帯感、あるいは文化論的世界観によって示唆されている。文化論に従い、運 命主義的な選択肢も追加された。この調査と結果についての詳細は、Vari その他の著書(近刊書)を 参照のこと。 住民調査では、洪水に関する限り、ハンガリー人の大半が、現状は以前と変わらないと考えている ことが判明した。つまり、住民の福祉に対しては国家が主要な責任を負っていると考えているのであ る。また、洪水の主な原因は、堤防の保守の欠如、集水地の広大な森林の伐採、堤防の高さと強度の 不足にあると見ている。重要なのは、洪水の原因として、地域の人々が十分な防護措置を講じていな いこと、あるいは防護的構造物を建築していないことが最下位になったことである。同時に、洪水の リスクが高い地域で建築許可を出した当局を非難したのは、回答者の3分の1であった。リスクの軽 減については、高リスク地域からの住民の移転を促進する財政措置、代替の農業慣行の導入、河川の 一部の自然化などの措置に対する評価が低かった。調査結果では、利害関係者の意見が確認された。 ハンガリー人の大部分は、洪水による損失を増大させた政府あるいは近隣諸国を非難しており、高リ スク地域で生活あるいは労働する人々が洪水の大きな原因となっているとする人は少数派のようであ る。 そのような認識に関連して、質問表では、洪水に対する主な責任は、高リスク地域で生活している 土地所有者ではなく、中央政府にあるとの見解が強く示された。洪水の責任を追うべき者として、回 答者の92パーセントが中央政府を(4つの選択肢の中の)1位あるいは2位に挙げている。また、 近隣諸国に責任があるとした人は51パーセント、地方自治体は49パーセントで、土地所有者に責 任があるとした回答者はわずか10パーセントであった。中央政府に主な責任があるとの見解に呼応 するように、ほとんどすべての回答者が、政府による寛大な公共補償システムを全面的に、あるいは 部分的に支持している。しかしながら、ここで重要なのは、ほとんどすべての回答者が、同時に、個 人の責任を強化する姿勢を強めることに理解を示したことである。それは、多くの人々が政府による 保護と個人の責任の双方に賛成していることを意味する。事実、救済システムの形態についての後の 質問に関しては、大半の人々がハンガリーの公共―民間保険システムを支持しているのである。 ハンガリー人は、なぜ、洪水被災者との強い連帯感を示しているのだろうか。政府が洪水から国民 を防護してきたハンガリーの歴史を考えると、回答者の半数(51%)が、洪水からの防護は政府の 責任であり、洪水の発生は政府の過失であるとの主張に基づき、洪水被災者への救済は当然のことで あるとしているのも、驚くにはあたらない。川の流れが堤防を越えて村落を水没させるようなことが あれば、堤防を十分に強く、あるいは高くしなかった政府が責任を負うべきなのである。また、回答 者の約 4 分の1(26%)は、政府は常に補償を行ってきたとの理由で、被災者の救済を是としてい る。また、19%は、連帯の原則に基づいて被災者に対する金銭的支援を支持している。だが、その ような圧倒的な見解は、ハンガリーでは意見の対立がないことを意味するものではない。規模は小さ いが重要な少数派は、洪水被災者への補償に反対しているのである。反対の理由は、納税者の負担が 多すぎる、補償は裕福な人々に与えられることが多い、あるいは、補償を行うと保険への加入が阻害 される、などである。 文化論的世界観に沿ったそのような多様性は、調査結果全体において明確に現れた。例えば、国家、 対、個人責任および地域の共同基金に関する見解を求める質問に対する回答は、図2に示されている ように、かなり割れている(但し、運命論的な回答は少なかった)。回答者は、以下の4つの選択肢か ら選ぶようになっていた。 ・連帯を維持するには、政府が洪水被災者を補償することが必要である。 ・誰もが、洪水のリスクに対してより多くの責任を負うべきである。また、余裕のある 者は、民間の保険に加入すべきである。 ・地域は、洪水被災者を救済するための共同基金を創設すべきである。 ・何がなされようとも、洪水被災者は大きな損失を被ることになる。 図2に示されている高リスク地域(チサ川上流域とソルノク)に居住している回答者と、低リスク 地域(ザラとセーケシュフェヘールヴァール)の回答者の相違点においては、自己の利益と公平性の 双方が作用していることが示されている。自己の利益に対応して、連帯に基づく政府の補償において は、高リスクのチサ川上流域とソルノク地域への共感が強まっているのに対し、個人の責任と民間の 保険に基づいたシステムでは、洪水の影響の少ない地域および都市(ソルノクおよびセーケシュフェ ヘールヴァール)への共感が多くなっている。洪水のリスクにさらされていない人々は、自己の利益 についての説明とは矛盾して、税金によって高リスク地域の人々を支援することにはあまり熱心でな いように見えるが、それでもなお、その地域全体としては、政府による補償が驚くほどの支持を集め ている。低リスクあるいはゼロ・リスクの地域の回答者のほぼ 3 分の1が、チサ川の洪水被災者との 税による連帯を支持しているのである。 更に、調査では、多くのハンガリー人は民間の保険会社に不信感を持っている、との活動的な利害 関係者の発言も確認された。その不信感が、相互保険プールの人気の要因になっている可能性がある (図2を参照)。回答者は、また、誰がどの程度の補償を受けるべきかについても、疑問を感じている。 表1は、大多数の回答者が、すべての被災者が損害の程度に応じた補償を受けるシステムを支持して いることを示している。また、回答者の約76パーセントが、被災者の経済状況あるいは損害防止に おける役割にかかわらず、政府はすべての被災者に補償すべきだと考えていることは注目に値する。 図2:地域によるリスクの共有に関する回答者の意見 連帯 補償;個人の責任 チサ川上流域 ソルノク 保険;地域の基金 ザラ 無関係 セーケシュフェヘールヴァール 表1:洪水犠牲者に対する政府の補償の形態 大規模な洪水の後は、ハンガリー政府が以下の補償を行うべきである 被害額の一定の割合を、すべての犠牲者に補償する すべての犠牲者に同じ金額を補償し、それ以上は個人の任意の保険による 別荘の所有者や裕福な企業を除く、貧しい被災者のみに補償する 洪水保険の加入者のみに補償する 高リスク地域に許可なく住宅を建設した人を除く被災者のみに補償する 誰にも補償しない 支持率(%) 57 19 7 3 4 0 回答者のほとんどは、ハンガリー政府が寛大な洪水被災者補償システムを継続することに全面的あ るいは部分的に賛成しているが、一方で、インタビューした人々の大半は、個人の責任を強めること を支持していた。そのような二重性を更に調査したところ、図3に示したように、調査した人々の6 0パーセント以上が(但し、チサ川上流域ではそれより少ない)、土地所有者は洪水被害に対する保険 に入ることが望ましいと考える一方、条件付(低所得者層は、公的補助を受けて保険に加入すること) でその意見に賛成する人は、それらの人々の約半分に留まった(但し、チサ川上流域ではそれより多 い)。 保険加入に賛成した人々のうちの41パーセントは、保険によって被災者に対する補償額が削減さ れると考え、25パーセントは、民間の保険会社は洪水対策を行う上で政府を支援する可能性がある と考えたのである。公正性や効率性に基づいた意見を表明したインタビュー対象者の割合は少なかっ た。具体的には、土地所有者はより多くの責任を引き受けるべきである、あるいは、リスクに連動し た保険料は被害の削減に対する刺激策になる、などの意見である。民間の保険は、その大部分が望ま しいとみなされたが、その保険を強制するべきだと考えた回答者は3分の1に留まった。また、低所 得者層への支援を条件にした回答者も3分の1であった。最も重要なのは、回答者の半数が被災者を 救済する公共−民間の混合システムを支持したことである。その調査結果は、多くのハンガリー人が 政府の補償と民間保険を補助的なものとみなしているとの初期の調査結果と一致している。 図3:土地所有者は洪水の被害に備えるための保険に加入すべきかどうかについての回答者の意見。 ノー−10% 低所得者層は公的補助を受けて 保険に加入するという条件付で イエス−28% 分からない−1% イエス−61% 住民調査のすべての質問について協議するのは、本書の範囲を超えている。手短に言えば、質問表 により、ハンガリーの人々はチサ川上流域の洪水リスク管理については異なる意見を持っていること が確認された。その意見は、ある程度、経済的な利益に左右されており(標高が高くて乾燥している 地域に生活している人々は、洪水犠牲者に対する納税者からの寛大な支援にあまり賛成ではない)、ま た、重要とみなされる程度に、公平な社会という概念に左右されている(標高が高くて乾燥している 地域の人々の約3分の1は、寛大な支援に賛成している)ようである。文化論が生み出した4つの世 界観は、洪水のリスクの問題に対する各個人の認識と対応の方法を明確にするのに有用であることが、 質問表によって示されている。前述したとおり、24の質問のうちの14は、4つの選択肢の中から 1つを選ぶ形式になっているが、その各選択肢−階層主義、個人主義、平等主義、運命主義−は、文 化論的な4つの世界観に対応している。調査結果は、極端な市場主義も、地域の生態系と自然な経路 を極端に重視した考え方もほとんど支持されていないことを示している。階層的な政府は、依然とし てハンガリーで広い支持を受けている。だが、最近の歴史に照らしてみると、個人の責任を増加させ る政策、そして、全体的な利益を考慮した開発を行う政策を重視する少数派の意見が台頭していると 共に、重要な要素になっている。 また、質問表を見る限り、個々の回答者はひとつのみの個人的な世界観に常に縛られているのでは なく、むしろ、“複数の自我”を示しており、異なる生き方を組み合わせているようである。回答の 統計分析の結果、回答者はほとんど例外なく、14の質問に答える中でその世界観を変えていったこ とが明らかになった。例えば、洪水抑制問題について階層主義的な意見を持っていた多くの回答者は、 補償と保険に関する質問では個人主義的な回答を選択したのである。一方、洪水抑制問題について平 等主義的な見解を抱いていた多くの回答者は、補償に関する問題には個人主義的な解答を出した (Ferencz、2001年)。移行期にある現在のハンガリーで、多くの国民が政府と民間の役割につい て複雑な意見を持っているのは、ある意味で当然である。大部分のハンガリー人は、市場が問題を解 決してくれるという約束には失望しているが、だからといって、父親温情主義的な政府や連帯の考え 方に完全に逆戻りすることにも消極的である。そのような不協和音的な心情が回答に表れた可能性が ある。 文化論的な世界観は、質問表に対する答えにおいては一貫した役割を演じることがなかったが、そ の理論が示唆するように、“中間的な”あるいは制度的なレベルにおいては明確に現れた。文化論は、 ひとつの世界観あるいは認識を各個人が固持することではなく、社会関係を構築し、認識し、正当化 する様々な方法について説明するものである。この中間レベルにおいて優勢あるいは主導的なのは、 政府の責任と権限であり、洪水の原因に対して多少なりとも無力な人々を護るべきだとする認識ある いは声である。個人の責任と保険を支持する声も、それほど多くはないものの、政策項目の中では本 格的かつ強力な位置を占めている。また、政府の権限と民間保険会社に大きな不信感を表す声や、負 担を共有する道を辿るべきだとする声もある。 5.第3ラウンド:不器用な国家保険プログラムを開発する ハンガリーの政策立案者は、全国洪水保険プログラムを開発して保険の対象を拡大すると共に、民 間の犠牲者に対する災害後の政府の責任を削減することを検討している。公共・民間部門を組み合わ せる上では、多くの選択肢が存在する。例えば、アメリカの全米洪水保険プログラム(NFIP)で は、住宅ローンを組んでいる人々が公的な保険に加入することを義務付けており、その保険料は、地 域のコミュニティによる洪水リスク削減を促進するために、均一料率からリスクに基づいた率に移行 しつつある。また、フランスの全危険担保保険は民間の保険だが、納税者の基金によって支援されて いる。その保険は連帯の概念に基づいており、意図的な均一料率の保険料により、各地域が各危険に 対して相互補助を行う形態になっている。(全国災害保険プログラムについては、Linnerooth-Bayer その他、2001年を参照のこと)。連帯と、洪水抑制のための個人へのインセンティブとを組み合わ せ、異なる観点から公正の問題に対処するそのような選択肢は、他にも数多く存在する。 文化論の前提によれば、対立的な領域の3つのすべての戦略に基づいていない政策は不安定になり、 最終的には持続不能になる(Thompson その他、1990年)。ひとつの戦略に対して過度のコミット メントを行えば、最終的には、他の2つの戦略を支持する人々の反対によってその効力が失われる。 確かに、階層的・非民主的な色合いが強いハンガリーの社会主義政府は、抑圧された市場からの、ま た、平等を求める環境保護主義者や社会運動関係者からの強い反発を受けていた(例えば、Gabcikovo ダムに反対した環境NGOのダニューブ・サークルは、ハンガリーの資本主義への移行において中心 的な役割を果たした)。政府は劇的に変化したものの、その苦悩は現在も続いている。つまり、洪水か らの防護を行う上での国家の伝統的な役割に対しては、特に、市場を志向する一部の利害関係者と、 平等を志向する環境保護主義者が反対の声を上げているのである。だが、その反対の理由は同じでは ない。国家と個人が同じ政策を異なる理由から支持するという概念は、不器用な政策経路の追求の背 景にある中心的な概念である。長期的に見れば、持続可能な対洪水リスク政策は、各戦略の支持者の 意見を取り込み、その意見を慎重に検討することによってのみ、実施することが可能となる(また、 前述したとおり、各支持者は状況によってその意見を変える場合がある)。不器用な政策とは、各利害 関係者からの幅広い支持を得ているが、その支持の理由は様々で、問題、価値観、世界観に対する支 持者の認識も異なっている(また、変化する)政策、と考えることができるだろう。 前述したように、この試験調査の課題は、様々な意見に対応できる住民参加プロセスを構築し、不 器用な方法を前進させることであった。本調査の3−5ラウンド(図4を参照)の目的は、不器用な 洪水保険プログラム、ハンガリーの法的、経済的、政治的な文脈と両立し、利害関係者が効率的かつ 公平と考えるプログラムの構築につなげることができる審議的参加プロセスをテストすることにあっ た。調査チームは、最初の2つの情報収集段階(利害関係者へのインタビューと公開質問表)が終了 した後、利害関係者の大半の、そして少数の意見に対処することのできる3つの政策経路を提案した。 図4で説明されているそれらの経路では、 (1)利害関係者が、国家保険プログラムに政府が引き続き 大きく関与し、洪水災害後に被災者を救済することを明らかに支持しているという事実、そして、 (2) 限定的だが重要な個人責任と個人保険を導入するための刺激策を講じること、が考慮された。全国的 な公共/民間保険システムの3つの政策シナリオは、以下のとおりである。 ・オプションA。災害後の政府による大規模な救済措置と、任意の均一料率の(相互補 助的な)保険とを組み合わせる現在の慣行を継続する。 ・オプションB。リスクを削減し、保険に加入する上で、高リスク地域に居住する人々 の責任をより重視する。従って、被災者に対する政府の補償額は減額され(恐らく、 生存に最低限必要な程度になる)、公的な役割は2つの保険的階層によって補足される。 その階層とは、均一料率の保険料に基づく任意の民間保険、および、保険の対象をよ り広くしたい場合は、リスクをベースにした任意の保険(この選択肢は、世界銀行の 報告書で提案された。Halcrow、1999年を参照)である。 ・オプションC。ハンガリーのすべての土地所有者に均一料率の保険料の支払いを義務 付け、その基金で完全な公的保険システム(政府災害基金)を構築して、民間保険会 社の役割を減少させる。政府は、低所得者層の保険料に対する補助を行う。 IIASAのチームは、重要な利害関係者(Ekenberg その他、2002年を参照)を対象とした上 記の3つのオプションのモデル的シミュレーションを行い、利害関係者の価値観、政治活動の場、そ して経済的な制約に基づいて政策的選択肢を改善した。そして、モデルの結果を通知された利害関係 者との詳細な協議から、以前とはやや異なる状況が出現した。低所得の洪水犠牲者との連帯感は引き 続き大きかったものの、その連帯感は必ずしも災害後の大規模な補償を意味するものではない。連帯 感は、被害の軽減と保険を目的とする災害前の補助という形態も取り得るのである。事実、政府によ る全面的な救済を実施した場合、保険に加入していた世帯は損害額を上回る保険金を受け取ることも あり得るが、数人の利害関係者はその政策を不公平として拒否した。社会正義にもアピールするよう に思える市場メカニズムと組み合わせた政府の救済策は、不器用な政策のパッケージの最初のヒント となった。 インセンティブ的な構造を構築して高リスク地域からの人々の移転を促すことを重視するエコノミ ストの見解とは異なるもうひとつの興味深い見解は、高リスク地域の人々の移転を是としない見解で ある。ハンガリーの多くの部分が洪水のリスクにさらされていることを考えると、移転は他の措置に 比べてかなり高くつく可能性がある。“チサ川上流域の人々は、非常に少ないお金でまずまずの生活 を送ることができるが、都市に移転した場合はそれが不可能になる”(地域の首長へのインタビュー、 2002年) 。同様に、多くの利害関係者も、リスクをベースにした保険料の導入には反対した。当然 のことながら、例外もある。ハンガリー保険会社協会(MABISZ)は、リスクをベースにした保 険に賛成しており、高い保険料を支払うことができない人々に政府が援助することを求め、“政府は、 リスクをベースにした保険料と均一料率の保険料との差額を低所得者に支給すべきである”と述べた (MABISZの代表者へのインタビュー、2002年) 。 図4:保険プログラムのオプション ラウンド1&2:インタビューと住民調査により、以下の選択肢が提案された。 A 民間の保険 任意、 均一料率 B 民間の保険 任意、リスク・ベース 民間の保険 任意、均一料率 政府による補償 政府による補償 C 公的な保険 災害基金 強制的、均一料率 貧しい世帯への補助 ラウンド3:重要な利害関係者への反復的なインタビューにより、以下の改定された選択肢が浮上し た。 A1 B1 C1 民間の保険 任意、均一料率 政府による再保険 民間の保険 貧しい世帯への補助 公的な保険 災害基金 強制的、均一料率 任意、リスク・ベース 貧しい世帯への補助 貧しい世帯への補助 政府による補償 ラウンド4:利害関係者のワークショップにおけるA1、B1、C1のオプションの改善。 ラウンド5:不器用な解決策D 民間の保険 任意、均一料率 貧しい世帯への補助 政府による補償は、保 険加入世帯に対しての み 一般的に、高リスク地域の低所得世帯への補助は、幅広い支持を集めた。地域の町の首長は、その 支持の姿勢を、国家の保護主義と市場による補助の不器用な組み合わせとして、次のように表現した。 「政府は100%の補償を行わなくてはならない。そうでなければ、洪水のリスクが高い地域の低所 得者を補助しなければならない」(地域の首長へのインタビュー、2002年)。地域の環境保護団体 の指導者は、別の意見を述べた。彼は、高リスク地域の世帯を補償し、洪水から守る必要性は認識し ていたが、そのような「経済的不合理性」には限界がある、とも述べた。例えば、極端な例として、 50億フォーリント(ハンガリーの通貨)の価値しかないものを300億フォーリントの投資によっ て守っている、と指摘したのである(地域の環境NGOの指導者へのインタビュー、2002年)。だ が、一部の人々の意見は、ただひとつの認識に深く根ざしていた。それは、 「高リスク地域に人々が家 を建てるのが望ましくないのならば、補償の決定は行うべきではない。地域の開発についての決定は 政府が行うべきであり、どのような活動を奨励すべきか、また、どれほどの数の人々がその地域に留 まるべきかを決定するのも、政府である(Szabolcs-Szatmar-Bereg 郡の農業会議所の代表者へのイン タビュー、2002年) 。環境保護主義者は、政府の災害基金の創設に関する「災害基金は政府の省庁 の中に設けるべきではない」との意見からも分かるように、政府をあまり信用していなかった(地域 の環境NGOの指導者へのインタビュー、2002年)。 洪水の損失を吸収する上で政府、個人、そして産業界が果たすべき役割について、利害関係者たち は様々な、また複合的な見解を持っていたため、全国的な保険プログラムの一連のオプションが改定 された。事実、利害関係者たちは、市場志向性が強く、より平等な、そして、より中道的な国家保護 主義を反映させるために、オプションの改定に参加したようである。改定された3つのオプションの 詳細は、図4に示されている。その改定は、貧しい世帯は補助すべきであるとのほぼ一致した見解と、 リスクをベースにした民間の保険と政府の基金のそれぞれの役割についての対立的な見解を反映して いる。 ・オプションA1。本質的には以前のオプションのAとBを組み合わせたもので、公共 −民間のシステムが継続される。改定版は、災害後の被災者救済の程度が(現行より) 少なくなっており、各世帯が任意の均一料率の保険に加入することが奨励されている (政府による再保険が付けられる)。但し、以前のオプションBとは異なり、リスク・ ベースの保険はない。また、政府は、貧しい家庭の保険料を補助する。 ・オプションB1。土地所有者の責任が極めて大きくなっている。具体的には、災害後 の政府援助が完全に打ち切られ、リスクをベースにした任意の民間保険が導入される。 同時に、政府は、貧しい世帯の保険料を補助すると共に、民間の保険会社に再保険を 付けることにより、洪水被害の一部を引き続き吸収する。 ・オプションC1。民間の保険を、土地所有者に保険料の支払いを義務付ける政府基金 に置き換え、政府がリスクを完全に引き受けることにより、政府の管理と権限を引き 続き増加させる。この改訂版において、政府は貧しい家庭の保険料を補助する。 6.第4ラウンド:利害関係者のワークショップ 利害関係者のワークショップは、チサ川上流の洪水リスク地域の町、Vasarosnameny で2002年 9月に開かれた。参加者は主要な利害関係者のグループで、地域の首長、非リスク地域の住人、地域 の環境保護グループの指導者、地域の水資源管理当局および国の災害管理当局の職員、主要な国際証 券会社の代表者であった。残念なことに、ハンガリーの保険業界の代表者は参加できなかった(政府 の代表者と共に参加するよう依頼したのが、ワークショップ開催の直前だったため)。 ワークショップは、利害関係者たちがその政策的な立場を主張すると共に、他の参加者の主張を考 慮するためのフォーラムであった。理論家は、“自由かつ平等な市民の間の議論”(Elster、199 8年、1ページ)に基づく意思決定は、民衆の利益を忠実かつ誠実に反映する結果をもたらす、と主 張している(6)。熟慮を伴う審議は、理論的な協議を行う場と、重要な考え方を生み出す機会を提供す る(Fearon、1998年) 。審議的民主主義のひとつの側面は、審議と説得によって市民の優先順位が 転換することである。従って、熟慮の末の結論は、ユルゲン・ハーバーマス(Jurgen Habermas)(1 984年)の言う“合理的な動機付けによる同意”に基づいているゆえに、正当なのである。そして、 そのような同意による政策決定は、すべての住民が合理的な熟慮の上で受け入れることができる理由 に基づいて行われることになる(Dryzek、2000年)。文化論によって支えられている住民審議のも うひとつの側面は、複雑な社会は根本的に対立する価値観、認識、世界観を生み出しているので、民 衆の利益になるひとつの共通の意見にまとめるのが不可能なことである(Thompson その他、1990 年)。それは、妥協が不可能なことを意味するものではないが、妥協案は、対立する価値観で構成され る不体裁なものになる。従って、利害関係者のワークショップの目的は、住民が合意できる政策方針、 但し合意の理由は住民によって異なる政策方針の領域を探ることにある。その領域は存在することも、 しないこともあるが、その領域を探ることで、審議と住民参加は、住民の不満、考え方、意見を吸い 上げると共に、それらを政策立案プロセスに組み込む効果的な手段になる(Renn および Webler、19 95年)。 (6)Ney の著書(2002年)による。 穏やかな雰囲気のワークショップは、この地域の洪水リスク管理問題についての協議から始まった。 その後(図4のA1、B1、C1に示された)洪水保険プログラムの3つの改訂オプションが導入さ れた。協議の際には、チサ川上流域のコンピュータ(災害)モデルの計算結果が示された。そのモデ ルでは、洪水リスクの蓋然性の特徴を把握するために、試験地域での洪水被害のシミュレーションが 行われたのである(Brouwers、2002年;Ekenberg その他、2002年;Ermolieva、2002年; Galambos その他、2001年;Hansson その他、2001年)。モデルは、主要な3つの利害関係者− 犠牲者グループ(試験エリアの住民、保険会社、政府)に対する補償/保険プログラムのオプション を適用した場合を実証した。その実証において、参加者は望ましい保険政策オプションを選択するよ う依頼されると共に、公正かつ実行可能なシステムを詳細に検討した後にそのオプションを変更する 時間的余裕が与えられた。次に、参加者は、選択したオプションに従ってグループに分けられ、各サ ブグループにおいて共通の見解−単一の認識に基づく一種のミニ合意−を形成するよう要請された (年金改革のフォーカス・グループにおいても同種の推論的プロセスが行われた。Ney、2002年を 参照)。次のセクションでは、利害関係者の審議によって生まれた3つのオプションが説明されている。 オプションA1:公共−民間混合システム ハンガリーの現在の慣行に最も類似しているこのオプションは公共−民間の混合システムだが、補 償は犠牲者が最低限の生活を確保できる程度に削減されており、犠牲者の救済は、任意の均一料率の 保険によって補足されている。ワークショップの協議では、政府および民間の保険の対象範囲を拡大 し、静水域による災害やその他の自然災害を含めることに重点が置かれた。 利害関係者のワークショップでは、4人の参加者がこのオプションを選択した。代表者は、その選 択肢の正当性を以下のように説明した。 おそらく百年に一度の大洪水の犠牲者である私たちは、この地域の人々に対して政府が 責任を持っていることには何の疑いも持っていません。それは、国家が対処できない“不 可抗力”の状況ではありませんでした。また、準備を行うことができない地震でも暴風 でもありませんでした。洪水災害の場合は、政府が重要な役割を担うと共に、金銭的な 全責任を負わなければならないのは明らかです。洪水防護ラインは築かれています。従 って、理論的には、水が堤防を越えて流れてくることはないはずです。 グループAは政府が主な責任を負うことを重視したが、参加者たちは、洪水による損失を共有し、 削減する民間部門の補足的な役割の重要性も認識していた。 政府が責任を負う部分を削減するために、パートナーを探さなくてはなりません。誰が、 そのパートナーになる可能性があるでしょうか。3つのすべてのオプションにおいて、 潜在的なパートナーは住民と保険会社です。彼らは、共同で負担を共有することができ ます。住民は、極めて大きな負担を負うのでなければ、洪水の抑制と犠牲者の救済に積 極的に参加してくれることが期待されます。また、負担をほぼ公平に分配するためには、 連帯のシステムも開発しなければなりません。私たちは、原則として、高リスク地域の 保険料を高くすることには賛成していますが、地震や地滑りの危険性が高い、起伏が多 い地域の保険料も高くすべきかどうかも問わなくてはなりません。従って、洪水リスク の程度を保険料計算の基礎にする提案は、支持することができません。一方、政府ばか りでなく、住民も洪水抑制/被災者救済の責任を担うべきです。従って、保険会社も参 加しなければなりません。しかし、強制的な保険は税金と同じですから、受入れるのは 難しいでしょう。 このグループは、高リスク地域の住人にリスクを削減させるためのインセンティブではなく、興味 深い革新的な方法を提案した。政府と保険会社が、洪水防止措置のための基金に資金提供することを 提案したのである。 私たちのグループは、災害基金、特に予防的な意味を持つ基金の設立を支持しています。 というのは、十分に計画された予防措置を講じれば、洪水のリスクを大幅に削減するこ とができると考えているからです。保険会社が長期的な利益を考慮しているのならば、 その利益の中から一定の割合の金額を予防基金に拠出し、新規 Vasarhelyi 計画のような 対応策を支持して欲しいものです。 グループAは、最後に、民間の保険会社の最後の頼みの綱として政府が保険会社の役割を果たすと いう考え方は拒否した。 私たちは、民間の保険会社が政府による再保険を受けるというシステムは受入れること ができません。それは、本質的に国民の負担になるからです。それなら、むしろ、大会 社、あるいは国際的な企業と再保険契約を結ぶという国際慣行を歓迎します。 このグループは、下記のボックス内に示したように、政府による50%の補償と、保険への任意の 加入による50%の負担とを組み合わせたシステムの採用を決定した。 オプションA1:公共−民間混合システム ・政府が、洪水被害の50%を被災者に補償する ・以下の特徴を持つ民間の保険システムに加入する ・任意の保険 ・すべての種類の自然災害(洪水、静水域による危険、地震など)のリスクをカバーす る一括の、あるいは個別の保険 ・損害の最高50%を補償する ・リスク・ベースではなく、均一料率の保険料 ・政府が、貧しい世帯の保険料を最高100%補助する ・政府が再保険会社の役割を担うことはない ・保険会社は、予防的な基金に資金を拠出する オプションB1:個人の責任と保険 オプションB1(図4を参照)に従えば、現在の状況に比べて、災害後の補償において民間の保険 への依存度が大幅に高まることになる。しかし、保険に加入する余裕がない貧困世帯を守るために、 政府は補助金を支給する。このオプションには、 (貧しくない人々)が洪水の高リスク地域に移転する のを抑制するという利点があり、納税者ではなく、危険にさらされている人々全体に負担を担っても らうというある種の公平性がある。 以前の調査で、個人主義的な政策経路に対するハンガリー人の支持が少なかったことを考えると、 利害関係者のワークショップでオプションB1を望ましい政策として選択したのがわずか1人だった のも、当然の帰結と言えよう。 オプションB1は、主に“我は国家であり、我々は国家である”というフランスのこと わざに基づいて合意することができる概念です。政府が政府の基金ですべての費用を負 担するのであれば、それは実際には、我々を含む国民のポケットによって費用が負担さ れることを意味します。従って、政府は直接的な補償を行うべきではないという提案に 私は賛成します。 政府は直接的な補償を行うべきではないが、納税者には2つの重要な負担が求められる場合がある。 第1は、貧しい世帯は補助金付の洪水保険に加入できること、第2は、保険会社が対処できない大規 模な、あるいは複数の災害が発生した場合は、政府の緊急基金(一種の再保険)によって対処される ことである。 利害関係者がワークショップにおいて合意したオプションB1の詳細は、以下のボックスの中に示 されている。 オプションB1:政府の補助および再保険が付いた民間の損害保険 ・国家は、民間の洪水被災者に対する災害後の補償は行わない ・以下の特徴を持つ民間の保険システムに加入する ・非強制的な保険 ・洪水、静水域による危険、およびすべての危険をカバーする一括の、あるいは個別の 保険に、損害保険と共に加入する ・免責条項なしで損害の最高100%を補償する ・リスクをベースにした保険料 ・自然災害保険への加入に関して、政府が貧しい世帯を補助する(補助は100%に達す る可能性がある) ・政府は、税金によって創設される基金に再保険を付ける オプションC1:公的保険基金 オプションC1は、アメリカの全国洪水保険プログラムに類似した公的保険システムで、政府がリ スクを完全に引き受ける。このオプションに従えば、ハンガリーのすべての土地所有者は、均一料率 の財産税を支払うことにより、政府の洪水保険に加入することが求められる。それは、被災者の救済 の責任を納税者から土地所有者に移転させることになる。民間の保険会社は、保険料/税金を徴収し、 洪水災害後の保険請求を評価・受入れる作業を行い、手数料に基づいてシステムを運営する。保険料 は、公的な災害基金に組み入れられる。しかし、税金/保険料収入が損害を十分にカバーできない場 合は、納税者に基金への追加支出が求められる。納税者は、また、貧しい世帯の保険加入を補助する ため(最高100%の補助)、更なる負担が要求される。 フォーカス・グループの4人のメンバーが、このオプションを選択した。この小さなグループの代 表者は、その選択肢の正当性を以下のように述べた。 ハンガリーの洪水は、すでに、保険会社がそのリスクを市場ベースでカバーすることに 消極的になるほどになっています。そのために、私たちは、非市場的な原理に従って運 営される災害基金を必要としています。但し、その基金は、かならずしも中央政府の予 算によって創設される必要はありません。民間の保険会社は、静水域による危険や日干 し煉瓦の家による危険などを対象としないことは明らかです。私たちは、同時に、政府 の関与が非常に重要だとも考えています。問題は、私が不適切な場所で小麦を栽培した いことではなく、生活をやり直すことができなくなることです。それは、市場主義では 対処することができないので、私はオプションCを支持したのです。民間の保険会社に とって良いビジネスには決してならない地域は、確かに存在するのです。 このオプションについて協議する際、リスク・ベース、対、均一料率の保険料の問題が浮上した。 当初は、全国的に均一の保険料にするのが良いと考えました。比較的多くの人々が保険 料を支払えば、保険料が安くなると思ったのです。でも、そのとき同時に、どうしたら リスクを反映させることができるかを考え始めたのです。実際、その問題は非常に複雑 であることが分かりました。というのは、洪水や静水域による危険だけではなく、地震 や嵐などのその他の自然災害も考慮しなければならないからです。ですから、実行性を 考える必要があるのです。 実行性の問題があるにもかかわらず、世帯や企業が高リスク地域に移転するのを抑制するための刺 激策を実施すべきであるとの認識が示された。グループCのもう一人のメンバーは、以下のように述 べた。 おそらく、 (システム)は均一の税金ではなく、保険として運用されるべきでしょう。そ うでない場合は、静水域の危険に関して特に規制を厳しくする必要があります。政府に よる補償は、建築許可を受けて建築された建物のみに適用されるべきです。 グループCが最終的に合意したシステムの詳細は、以下のボックスに示されている。 オプションC1:政府の補助が付いた強制的な公的保険 ・民間の保険会社が運用する、以下の特徴を持つ公共保険システム ・強制的な保険 ・保険の対象をすべての自然災害(洪水、静水域による危険、地震など)に拡大する ・損害に対する補償を最高100%にまで引き上げる(免責はなしだが可能) ・資金は、すべての土地所有者に対する均一料率の税金によって賄う ・政府による貧困世帯への保険料補助は最高100% ・政府は、災害基金を転用するリスクを含むすべてのリスクを引き受ける 7.第5ラウンド:不器用な政策経路 ワークショップの参加者は、それぞれが支持する政策を明らかにした後、妥協の可能性についての 活発な、ときには白熱した議論を開始した。その審議は、想像的な新しいシステムを生み出した。そ れは、 「民間の保険に加入している世帯だけが、災害の後に政府の援助を受ける資格を持つ。だが、政 府は、貧困世帯の洪水保険への加入に対しては手厚い補助を行う」というシステムである。また、政 府は民間保険会社に再保険を提供しないことも合意された。その種の保険プログラムは、現在イタリ アで協議されているプログラムに類似している。その詳細は、以下のボックスに示されている。 合意されたオプションD:政府による条件付の補償 ・政府は、保険に加入している世帯のみに補償する ・民間の保険システムは、以下の特徴を持つ ・あらゆる種類の自然災害(洪水、静水域による危険、地震など)に対する一括の、あ るいは個別の保険 ・損害額のおよそ50%をカバーする ・リスク・ベースではなく、均一料率の保険料 ・政府による貧困世帯への保険料補助は最高100% オプションDは、どうして不器用な解決策になるのだろうか。出発点−初めの対立する領域−に戻 ってみると、審議プロセスは基本的な段階(図1の3つの隅を参照)から中間の段階に徐々に、しか し大きく移行してきたことが分かる。文化論によると、「ウィン−ウィンの(互いに利益がある)」状 況を作り出す機会はときおり存在する。それは、つまり、ある支配的な考え方に基づく優先的な政策 を実施するばかりではなく、同時に、異なる考え方を持つ人々の目標も達成する機会である。その結 果として生まれる政策は、単一の合理性あるいは価値観の上にきれいに立脚しているものではなく、 創造的な考え方がミックスされた政策になるという意味において、不器用な政策である。すべての利 害関係者の考え方を等しく表明することにより、ハンガリーの全国的な保険システムを設計する反復 的、審議的なプロセスから創造的で不器用な妥協が生まれてくるのである。 その中間的な段階を注意深く見てみると、重要なウィン−ウィン的要素が存在していることが分か る。まず、中期的な考え方で見ると、階級的な姿勢は維持されている。各省庁は、官僚的な管理権を 確保しながら被災者を補償するという役割を低コストで引き続き実施することができるので、予算に 対する外部からの圧力を受けることがない。だが、貧困世帯への補助に必要な追加費用が発生するの で、短期的には政府の財政問題は改善されないことになる(モデルがそれを実証している)。しかしな がら、中期的に見ると、補助を必要とする世帯が少なくなれば、政府の予算は改善する。参加者の一 人が述べたように、その政策は短期的には政府に大きな財政負担を与えるが、長期的に見れば、この 地域に責任と保険の文化を創り出すことになるだろう。第2は、貧困世帯の保険料に対する手厚い補 助は、主に社会正義と持続可能な開発に関心を持つ人々を懐柔する役割を果たしたことである。それ らの人々が民間保険会社に対する強い不信感を表明していたことを考えると、その状況には少なから ず驚かされる。興味深いことに、審議プロセスの進展に伴い、保険会社への信頼度が増していったよ うである。それは、おそらく、ハンガリーの大半の保険会社は外国資本であり、ハンガリーの提携会 社に比べて財務的にしっかりしているとの認識が確立されたためだろう。第3は、個人主義的な主張 −主に保険会社の主張−も、妥協点を見出したことである。彼らは、洪水保険の市場が広がることを 歓迎したのである。 しかしながら、多くの警告も存在している。ワークショップの9人のメンバーは、利害関係者の認 識および利益を十分には代表しなかった可能性がある。ハンガリーの保険会社の代表者は参加できな かったので、ロンドンを本拠地とするベンフィールド−グレイグ証券会社がその役割を担ったのであ る。ハンガリーの保険会社がオプションDの妥協策を受入れるかどうかは疑問である。というのは、 均一の料率で保険対象を拡大しなければならないからである。事実、主要な保険会社は、最近、 (均一 料率に基づく)リスクが高いチサ地域から撤退している。最近の連続的な洪水によって大きな損害が 発生した上に、住民にリスク・ベースの保険料を支払う余裕がないからである。更に、保険会社の幹 部に対する追加インタビューを行った結果、保険業界の代表者は現在、総理府で政府の代表者と直接 交渉を行っていることが判明した。保険業界は、新たな提案を行っているようである。それは、保険 会社は洪水のリスクが高い地域から完全に撤退し、その地域の保険は政府が肩代わりして手厚い補助 を行う、という提案である。その提案は、当然のことながら保険会社の利益を増大させ、納税者の負 担を増やすことになる。従って、保険業界の代表者と(その新たな提案を)より多く含めた第2の利 害関係者ワークショップを開くことが望ましいだろう。 8.結論 この試験調査における最終的な不器用な解決策は、利害関係者の対立する見解が尊重され、その対 立的な意見に基づいてひとつの政策経路についての合意が達成される参加的、審議的なプロセスに比 べれば、それほど重要ではない。政策オプションの選択は、非常に幅広い意見の調査からスタートし、 知識と影響力を持ち、文化論者が詳述した世界観と認識を(中間レベルで)代表する利害関係者との 反復的な相互活動によってその範囲が狭められ、改良されていった。そのプロセスは、“三角形の隅 にある”おそらく実行不能な政策が特徴の対立的な領域から、次第に不器用なオプションへと徐々に 移行していき、最終的には、利害関係者のワークショップにおいて、ひとつの不器用な政策提言につ いての合意に到達したのである。その合意は、最初は類似した認識を持つミニグループの構造の中で、 次には、異なる認識を持つ3つのグループの中で、審議および討論のプロセスによって生まれた。従 って、討論に基づく推論のプロセスが存在したことになるが、そのプロセスは、非強制的な優先事項 の変更にも、公共の利益に関する意見の一致にも向かうことがなかった。討論は、公正な保険プログ ラムについての異なる考え方に基づいて、また、極めて重要なことに、実用主義的な考慮および経済 的な利益に基づいて行われたようである。しかし、重要なのは、参加者たちがそれぞれの経済的利益 を超越して、公正なプログラムのひとつの概念に賛成したことである。公開調査の重要な結果のひと つは、標高が高くて乾燥した地域に居住している回答者の30パーセント以上が、リスク地域に居住 している人々への補助が確約されている洪水保険に加入する意志を示したことである。もうひとつの 重要な結果は、洪水リスク地域で生活している貧しい住人を政府は補助すべきであるとの、ほとんど 全員一致の合意がなされたことである。そして、不器用な解決策が導き出された際の画期的な出来事 は、主要な利害関係者たちが、その補助は必ずしも直接的な補償あるいは住宅の再建という形態にな る必要はないとの最終的な認識に至ったことである。それは、補助付の保険−平等という大きな目的 のためにヒエラルキーとマーケットを明確に混合したもの−という形態になることも可能であった。 政策オプションの将来の経済的な結果を示すシミュレーション・モデルが使用されたそのプロセス は、個人の見解はひとつの安定した世界観の上に構築されてはいないことを示した。各個人は、むし ろ、不器用かつ実用主義的な討論を行う中でその姿勢を調整し、政治的な現実に対処していく傾向を 示したのである。それは、連帯と単一の世界観が存在しなかったことを意味するものではない。連帯 と単一の世界観は、個人のレベルではなく、中間のレベルに存在したのである。この調査において、 水資源管理当局は控え目ながら国家による保護に賛成し、保険会社はリスクをベースにした保険料を 支持し、環境保護主義者たちは(それが重要な意味を持つ程度に)、国家による保護と市場の双方を否 定する持続可能な開発政策に賛成した。極端な(また組み合わされた)意見、それらの意見の共通部 分、そして文化論を確認することにより、政策領域のエッセンスを明確化するための有用な分類と、 対立する領域から不器用な解決策へ移行するための概念的な錨が生まれたのである。 だが、ワークショップのわずか9人の参加者が導き出した不器用な解決策が、ハンガリーのすべて の政策領域を代表するものであるとは決して言うことができない。事実、保険会社の声はワークショ ップでは反映されなかったのである。この試験調査の価値は、むしろ、新しい政策分析の方向性が示 されたことにある。それは、利害関係者の審議的な枠組みの中で、情報技術と不器用な政策的解決策 の概念を利用する分析である。だが、その分析手法は、いずれかの見解を支持する費用便益分析や環 境影響調査書などの従来型の政策分析に取って代わるものではない。不器用かつ参加型の分析では、 むしろ、問題や解決策についての異なる意見が尊重され、意識される。5段階のプロセスは、住民、 政策立案者、その他の利害関係者が平等な立場で会議を持ち、それぞれの意見を戦わせる場を提供す る審議的な枠組みの中で終了した。そして、そのプロセスを支えたのが、政策領域への理解と、初期 の段階で提供された政策オプションのモデルである。この調査が示すように、この種のフォーラムに よって、不器用な決定方法の内容が更に明確化する可能性もある。 参考資料 Brouwers、Lisa(2002年)。チサ川上流域における洪水管理政策の空間的・時間的なモデル化、草案、国際応用シ ステム分析研究所、ラクセンブルグ、オーストリア。 Dryzek、John(2000年)。John Dryzek(200年)、審議的な民主主義とその先、オックスフォード、オックスフ ォード大学出版、の中の“序文:民主主義論における審議的転換”。 Ekenberg、Love;Brouwers、Lisa;Danielson、Mats;Hansson、Karin;Johansson、Jim;Riabacke、Ari;Anna(20 02年)。チサ川上流域における洪水リスク管理政策:システム分析手法。3つの洪水管理戦略のシミュレーションと 分析。暫定報告、国際応用システム分析研究所、ラクセンブルグ、オーストリア。 Elster、Jon(1998年) 。Jon Elster(編集) (1998年)、審議的民主主義、ケンブリッジ大学出版、ニューヨー ク、ケンブリッジ大学出版、の中の“序文”。 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