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猿渡 俊介,南 正輝,森川 博之, 無線センサネットワークを用

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猿渡 俊介,南 正輝,森川 博之, 無線センサネットワークを用
東京大学 先端科学技術研究センター
森川研究室 技術研究報告書
No. 2008002
Smart Dust から 10 年: 無線センサネットワークの展開
森戸
貴†
猿渡 俊介†
南
正輝†
森川
博之†
† 東京大学 先端科学技術研究センター 森川研究室
〒 153-8904 東京都目黒区駒場 4-6-1
E-mail: †{morito,saru,minami,mori}@mlab.t.u-tokyo.ac.jp
森川研究室
技術研究報告書 No. 2008002
2008 年 5 月 1 日
あらまし 無線センサネットワーク技術は「つなぐ,通信する」といったネットワーキングの点で成熟し,キラーアプ
リケーションを模索する段階に達している.いま次の一歩を踏み出すために技術とアプリケーションの関係について
整理を行う必要があろう.そこで本稿では,はじめにこの十年間,無線センサネットワークの研究を牽引した Smart
Dust および MICA プラットフォームについて紹介する.次に無線センサネットワークのアプリケーションについて
調査を行い,その概要を述べる.最後に現在と Smart Dust が発表されたときとの前提条件や要求用件など研究環境
の変化について比較し議論を示す.
キーワード
無線センサネットワーク,サーベイ論文,アプリケーション
1. ま え が き
2. 節では,Smart Dust およびその派生プロジェクトである
MICA プラットフォームについて紹介する.3. 節では,無線セ
我々の求める無線センサネットワークのキラーアプリケー
ンサネットワークのアプリケーションを中心に,どのような研
ションは何であろうか.様々な無線センサネットワークのテス
究が行われているかについてまとめる.4. 節で Smart Dust の
トベッドが開発され,そのテストベッド上で動作する通信プロ
世界観と現状のアプリケーションとの比較を行い,5. 節で本稿
トコルが研究されてきた.現在,無線センサノードをつなげる,
のまとめとする.
データを送ると行ったネットワークに求められる基本的な機能
はそろいつつある.しかしながら無線センサネットワークを爆
発的に普及させるアプリケーションは誕生していない.
2. Smart Dust から 10 年
J. M. Kahn らによって発表された Smart Dust は,MEMS
インターネットが誕生したとき,電子メールがキラーアプリ
(Micro Electro Mechanical Systems)により作られた数ミリ
ケーションとなった.一説によれば,一時期はインターネット
四方のノードが互いに通信し合い情報を集めるというその斬新
のトラフィックの 7 割をメールのトラフィックが占めていたと
なコンセプトと,Ad-hoc ネットワークの実用的な応用先とし
される.その後インターネットは研究用途から商業用途に向
て研究者の想像力を強烈に感化し,無線センサネットワークと
けて開放され,Yahoo,Google など Web 検索エンジンの隆盛
いう新たな研究分野を切り開いた.最終的に Smart Dust 自体
を迎えた.現在では Gmail に代表される SaaS(Software as a
は実用化されることなくコンセプトにとどまったが,後の無線
Service)という新たな事業モデルを創出し,YouTube やニコ
センサネットワークの基礎概念を創出したことに疑いはない.
ニコ動画などのエンタテインメントのインフラとしても必要不
本節では,Smart Dust から始まりその現実的な発展的プロジェ
可欠のものとなっている.
クトとして開発された無線センサネットワークプラットフォー
無線センサネットワークもインターネットと同様なポテンシャ
ルを保持していると思われるが,ネットワークの技術を中心に
行われてきた研究開発には閉塞感を感じずにいられない.一方,
ム MICA について述べる.また無線センサネットワークを研
究分野とする学術的な組織についても紹介する.
図 1 に Smart Dust ノードのイメージ図を示す.Smart Dust
無線センサネットワークの概念を提唱した Smart Dust [1] が発
は,センサ,光受信回路,パッシブおよびアクティブな送信機,
表されてから,およそ 10 年が過ぎようとしている現在,無線
信号処理を行う DSP とソーラーセルとバッテリの電源から構
センサネットワークの研究開発を振り返り,どのようなアプリ
成されている.この Smart Dust ノードは,ベースステーショ
ケーションが考え出され,どのような技術が開発されてきたの
ンからレーザ光を光受信回路が受信し,データを受け取ること
かを知ることで,新たな研究指針を得ることができるはずであ
ができる.また,パッシブ送信機は MEMS で製造されたミラー
る.そこで本稿では Smart Dust の想定していた世界観を振り
で構成されていて,照射されたレーザ光を反射させ間接的に
返り,現状の無線センサネットワークの研究と対比させること
データを送信することができる.このようにベースステーショ
でこれからの無線センサワークを再認識することを目標とする.
ンから照射されたレーザ光を介してベースステーション-Smart
—1—
Dust ノード間通信が行われること前提とするが,Smart Dust
•
コンフィグレーションの重要性
ノード間で peer-to-peer 通信も行えるようにレーザ光を発する
•
省電力技術の重要性
アクティブ送信機も搭載している.電源はソーラーセルが太陽
•
数千のノードが構成するネットワーク
光を受光し,そのエネルギーをバッテリに充電することでノー
•
マルチホップ通信/Ad-hoc 通信の必要性
•
ネットワーキングこそが困難であるという認識
ドを駆動する設計である.
Smart Dust は,このようなノードを空中に散布し広大な空
これらの課題を議論する学術的な組織としては,SenSys,
間の情報を取得するという野心的なプロジェクトであったもの
MobiSys,MobiCom,UbiComp,IPSN などがあり,それぞ
の,技術的な限界によって机上の設計およびコンセプトレベル
れ高いレベルでのディスカッションが行われてきた.大まかな
の実装に終わった.一方,この思想を受け継ぎ,無線センサネッ
特徴を述べると,SenSys ではセンサネットワークに特化した
トワークの現実的な課題を模索するためのテストベッドとし
技術的な議論が行われ,MobiSys では Mobile System 全般に
て開発されたのが MICA プラットフォーム [2] である.MICA
関する議論,よりコンピューティング手法について特化した
プラットフォームは,半導体や無線技術の進歩を反映するため
MobiCom,社会科学的視点でシステムを考察する UbiComp,
と,より多くの研究者の要求に応えるために MICA,MICA2,
無線センサネットワークを利用した信号処理などアプリケー
MICAz と改良が加えられてきた.MICA,MICA2,MICAz
ションよりの議論が行われる IPSN となる.日本においては,
は,表 1 に示すようなデバイスを具備しており,無線センサ
電子情報通信学会 USN 研究会,情報処理学会 UBI 研究会など
ネットワーク用の OS である TinyOS [3] とあわせて無線センサ
で議論が行われている.次節では,主にこれらの会議に採択さ
ネットのワークデファクトスタンダードな研究環境となってい
れた論文から,明確なアプリケーションが提示されている研究
る.ハードウェアに注目すると,RISC ベースの MPU である
を分類し要約を示す.
AVR シリーズ(Atmel)を搭載している.また MICA2 までは
自由に MAC 層の設計が可能な RF トランシーバを使用してい
たが,MICAz から標準規格である ZigBee [4] の下位層,すな
3. 無線センサネットワークアプリケーションの
研究動向
わち MAC 層や物理層をになう規格である IEEE802.15.4 [5] に
本稿の目的は無線センサネットワークアプリケーションの研
対応した CC2420(Texas Instruments)を使用することで通
究動向を調査することで,Smart Dust から MICA プラット
信速度が向上している.さらに,MICA プラットフォーム上で
フォームが発表された当時と現在との前提条件や研究課題の差
動作する TinyOS はイベントモデル型の OS であり,メディア
異を明らかにし,今後の研究の指針を明確にすることにある.
制御やルーティングといった通信機能やデータ処理などの機能
無線センサネットワークを各種センサを電波や赤外線などの無
を提供する.
線通信手法を用いてセンサやアクチュエータを接続する技術と
これら MICA プラットフォームを利用して,無線センサネッ
定義すると,無線センサネットワークの応用範囲は非常に多岐
トワークの研究が行われてきた.その際に想定されたいた前提
にわたる.そこで,無線センサネットワークのアプリケーショ
条件や解決すべき課題として考えられてきたのが次のような項
ンを以下のように分類する.
目である.
•
無線センサネットワークの適応範囲の広さ
•
軍事
•
モニタリング
– 環境調査
– 農業への応用
– 構造物への応用
•
コンテキストアウェア
•
ロボティクス
無線センサネットワークのアプリケーションは様々な観点か
ら研究されており,この分類に当てはまらないもの,また複数
表 1 MICA platform specification
Model
MICA
MPU
ATMega103L
MICA2
ATMega128L
MICAz
Clock
4MHz
7.37MHz
RF
TR1000
CC1000
CC2420
433/915
315/433/915
2405
40
38.4
250
Transceiver
RF Freq
図 1 Smart Dust mote, containing microfabricated sensors, opti-
(MHz)
cal receiver, passive and active optical transmitters, signal
DataRate
processing and control circuitry, and power sources.
(Kbit/s)
—2—
の項目に重複するもの存在するが,アプリケーションを構成す
3. 2. 1 環 境 調 査
る技術要素を抽出し議論を進めるために,この分類を軸に議論
環境調査は,要求用件が明確で具体的なアプリケーションを
展開できるため,無線センサネットワークの黎明期から検討さ
を進める.
3. 1 軍
事
軍事的な活動においては,人命や社会を守るためにあらゆる
手段が尽くされる.またその目的のためにコストなどよりも,
れてきた.特に環境調査では広いセンシングエリアを提供する
必要がある.
Great Island はアメリカ合衆国メイン州 Mount Desert Island
システムの冗長性や目的の確実性が求められる.特にアメリカ
の 15Km 沖の大西洋岸に位置する島である.Alan Mainwaring
合衆国においては,DARPA(国防高等研究計画局)を中心に
らによってこの島に生息する鳥の生態調査を行った研究 [8] が
軍事的活動をサポートする技術としてセンサネットワークの応
行われている.要求用件として,階層的なネットワーク構成,
用が考えられている.
長寿命なセンサネットワーク,ネットワークが停止した際の測
戦場での監視任務は,敵に発見されてはならないという状況
定データの保存機能などがあげられている.32 日間にわたって
下で敵の規模や位置などの情報を正確に報告することが求めら
観測が行われ,観測を通して得られた課題として,データサン
れるため,兵士のリスクやストレスを軽減することが必要であ
プリング,通信,ネットワークの再構成,センサノード自体の
る.Tian He らの研究 [6] では,このような監視任務に無線セン
ステータスモニタリングが示されている.
サネットワークを応用している.監視任務で無線センサノード
FireWxNet [9] は,山火事を消火する消防士を支援するシス
に要求される用件は,無線センサノードの寿命,敵に発見され
テムである。山火事の消火においては,延焼を予測するために
ないためのステルス性,異常を検知した場所の推定精度やこれ
温湿度の変化を観測することが必要である.これまでは消防士
らの情報を迅速に報告することである.これらに対し,同期型
が測定器を持って位置時間ごとに測定を行っていた.しかしな
の通信プロトコルを設計し,常にビーコンを送信しイベントが
がらこの方法では消防司令所への報告に 5∼10 分ほどかかる上
発生した場合はビーコンの送信を停止する Proactive 型と,イ
に,延焼する可能性のある危険な場所に消防士を向かわせる必
ベントが発生した場合にビーコンを送信する Reactive 型の実装
要があった.FireWxNet ではこのような温湿度の測定を,3 つ
を行っている.それぞれについて省電力性やステルス性(無線
の無線センサネットワークとそのネットワーク間を接続する 5
送信が少ないほどステルス性が良い)などの評価を行っている.
本の長距離無線リンクで構成されるシステムを利用して行うこ
市街地において,熟練された狙撃手による遠距離からの狙撃
とを提案している.実際にこのシステムを展開し,温湿度の測
受けた場合,兵士になすすべはない.二次的な被害を防ぐため,
定結果や,データの通信成功率,バッテリ寿命について考察し
また狙撃手を捕獲するために,狙撃手の位置および武器の種
ている.結果として局所的な測定をセンサネットワークで行い,
類を特定することは重要である.そこで,狙撃手の位置,武器
そのデータを長距離無線リンクで伝送することでより現実的な
の種類を推定する「CounterSniper」システムが研究されてい
無線センサネットワークの展開ができることを示している.
る [7].CounterSniper システムでは,弾丸が発射されたときに
生ずる muzzle wave と弾丸が音速を超えて移動する際に発する
3. 2. 2 農業への応用
農業における応用は,無線センサネットワークのユーザが特
shockwave を複数のセンサで検出し,AoA(Angle of Arival)
別なトレーニングを受けた技術者とは限らないという点や,学
および ToA(Time of Arival)) を用いてその狙撃点を推定す
術目的とは異なるためコストが重視されるという点で環境調
る.また muzzle blast と shockwave から発射された弾丸の速
度を算出し,武器の種類を推定する.この手法では無線センサ
ノードとして MICAz が用いられ.音響処理と操作デバイス接
続用の Bluetooth ために Xilinx XC3S1000 チップが使われて
いる.10m 四方に 10 個の無線センサノードを配置し,300m
離れた点から発射した場合に発射された方向の誤差が 1.49 度,
発射点の位置推定誤差が 70.6m の結果を得ている.また武器の
種類によって差はあるものの,6 種類の銃から発射された 196
発の弾丸について平均 73 %の確率で武器の種類の推定に成功
している(図 2).
3. 2 モニタリング
動植物の生育環境や構造物の状態をモニタリングすることは,
自然科学系,場合によっては社会科学系の基礎研究としても重
要である.これらの基礎研究ではどのようなデータをモニタリ
ングするかが明瞭であり,無線センサネットワークの展開力が
図 2 CounterSpniper: The muzzle blast produces a spherical
大いに発揮されるアプリケーションでもある.またそのモニタ
wave front. The schockwave is generated in every point
リング対象によって,1.) 環境調査,2.) 農地での応用,3.) 構
of the trajectory of the supersonic projectile.
造物への設置の三種類に大別される.
—3—
査と異なる.そのため設置の容易性,運用コストなどが重要と
ある [13].この研究では,図 3 に示すようにゴールデンゲート
なる.
ブリッジに 64 個のセンサノードを設置し,46 ホップのネット
無線センサネットワークの農業への展開は農地の状態を測定
ワークを構築して加速度を測定している.また技術的な課題と
することにより,作物の育成状況を把握したり病気の発生を事
して,ソフトウェアに起因するサンプリングジッタの発生(周
前に予測したりするなど,農作物の品質向上に大きな意味を持
期的なサンプリングを行う際に発生する測定したい時刻と実際
つ.穀物の育成管理を想定すると温湿度センサや画像カメラな
にサンプリングが行われる時刻とのずれ)が正確なモニタリン
ど様々なセンサをリアルタイムに扱うことが求められる.また
グの妨げになることが示されている.この問題に対してタスク
育成される農作物の種類は季節や年によって変更され,その栽
レベル,およびプロトコルレベルでの解析を行い,センサノー
培規模も変化するため,柔軟性と拡張性も必要である.Field
ドのデファクトスタンダードな TinyOS [3] と MICA2 ノード
Server [10] では,無線 LAN でのシンプルなネットワーク上で
の制限からサンプリングジッタが生ずるという結果を得ている.
Web ベースのセンサネットワークシステムを構築し,マルチ
一方,鈴木らの研究 [14] では無線センサネットワークの OS
エージェントが様々なタスクを実行することで,これらの課題
としてサンプリングジッタの軽減に必要なハードリアルタイム
を解決している.センサノードを実装し,2005 年 9 月の時点
オペレーションシステム PAVENET OS [15] を使用し,シング
において世界各地で 50 台の Field Server が稼働している.
ルホップの時刻同期機構と,MAC プロトコルの最適化を行う
肉牛などの家畜は一匹あたり出荷価格で 20∼30 万円に達し,
ことで高精度な加速度の測定を可能としている.
その商品価値を維持するためには適切な育成管理を行うこと
上下水道を管理する水道局では,水道管の漏れおよび破
が必要である.例えば雄牛は発情期に牧場内の他の雄牛と喧嘩
裂や下水道の閉塞への対処に多額の税金を使用している.
をし互いに傷つけあうことで,商品価値を著しく下げてしまう
PIPENET [16] は,地中に敷設された上下水道の監視に無線
ことがあり,畜産家はそれらの事故が発生すると大きな損害を
センサネットワークを適応した事例である.この研究では,実
被ってきた.Tim Wark らの研究 [11] では雄牛に取り付けられ
際の上下水道への設置,および研究室内で破損検知のための
たセンサおよびアクチュエータを利用して,このような事故を
データ分析の二段階に分けて研究が行われている.実際の上下
防ぐ無線センサネットワークシステムを提示している.このシ
水道への設置では,2ヶ月間,1.) 上水の pH 測定,2.) 下水の流
ステムでは雄牛に無線通信機能,GPS,および雄牛に刺激を与
量測定を行っている.また研究室レベルの検証では水道管の内
えるための装置を具備した首輪を装着し,牧場内に放牧される
の圧力および振動を解析することで,水の漏れおよび破裂を検
雄牛の管理を行う.首輪に内蔵された GPS で牛の位置を測定
出することができることを示している.
し,この位置情報に基づいて雄牛の状態遷移を示すステートマ
3. 3 コンテキストアウェア
シンを構築する.雄牛の軌跡や移動速度から事故の起こりそう
これまで紹介した戦場や研究目的への適応以外にも我々の生
な状況が推測されると,首輪が雄牛を刺激し事故を防ぐ.[11] の
活空間に無線センサネットワークを応用する研究もある.こ
Figure 7. にに位置のみを測定し刺激を与えない場合,位置を
こでは “コンテキストアウェア” の定義を様々なセンサ情報を
測定し刺激を与える場合それぞれの雄牛間の距離の度数分布が
使って,人間および人間のすぐそばのもの状態を認識すること
示されている.この結果から,システムを使用すると雄牛間の
とする.
距離が保たれ,事故の発生を防止できていることがわかる.
MediaCup [17] では,人とコンピュータと新しい関係性であ
3. 2. 3 構造物への応用
る artefact computing model を提唱している.artefact com-
構造物への無線センサネットワークの適応は,構造物の変位
puting model とは,コンピュータと物理空間との粗な融合を
や振動を検知することで,破損を事前に予測したり,すでに破
目指している.PC や携帯電話といったこれまでのコンピュー
損している部分を検出したりすることが目的となる.これらの
ティング環境を置き換えるのではなく,それらのデバイスと物
システムでは,複数または単一の地点での加速度や音などの情
理空間の間を埋める概念である.その初期的な実験としてコー
報から構造物の状態を推定するため,センサノード上での信号
ヒーカップの底に傾きセンサ,温度センサ,赤外線送信機を取
処理や無線センサネットワーク全体での時刻同期が重要となる.
り付け,コーヒーカップを通じてオフィスにいない(カップが
構造ヘルスモニタリングとは構造物の振動を分析すること
棚に置かれている),カップを持って移動している,コーヒー
で,破損を検知したりその場所を特定したりする技術である.
Ning Xu らによる Wisden [12] では,無線センサネットワーク
の要求用件として 1.) 信頼性の高いデータ通信,2.) データ圧
縮,3.) ノード間の時刻同期が必要であると述べ,NACK-base
(NACK:Negative Acknowledge,否定応答)の通信方法,ラン
レングス圧縮,シンプルなタイムスタンプによる時刻同期を提
案している.結果として,12m×6m の環境に加速度センサを搭
載した MICA2 を 10 台設置し,初期的な実験が示されている.
より大規模な構造ヘルスモニタリングとして,Sukun Kim ら
によるサンフランシスコ・ゴールデンゲートブリッジへ設置が
図 3 The Golden Gate Bridge and layout of nodes on the bridge.
To cover this large bridge, long linear topology needs be
used, and it brings challenges to the network.
—4—
を飲み干したなどといったユーザのコンテキストを取得してい
ときの計算時間の変化,確率計算と応答速度の変動の関係につ
る(図 4).
いて実験結果を得ている.
我々は,PC 上の文書を作成し,それを印刷した紙媒体の書
3. 4 ロボティクス
類にメモを書き加えたりクリップで束ね持ち歩いたりする.こ
ロボットにおける無線センサネットワークの適用は,生活空
のとき PC 上の文書が変更されても印刷されたものには当然な
間全体をセンサとアクチュエータの備えた広義の意味でのロ
がら反映されないので,文書の更新に気づかず不便を感じるこ
ボットと見なし,その制御に関する研究が多い [20] [21].一方
とがある.また情報の保護の観点から,個人情報などが含まれ
で,キャタピラや車輪などを備え自走できる狭義の意味におけ
た書類を管理するために,その所在を把握しておきたいという
るロボットの機能を無線センサネットワークに適用する研究は
要求がある.DigiClip [18] では無線通信機能,LED,加速度セ
いくつか存在する.
ンサ,照度センサ,挟まれた紙の厚さを測定できるセンサを具
Robomote [22] は,無線センサネットワークに移動機能を付
備したクリップを用いることで,これらの目的を達成している.
加しノード自体が移動することで,センシング範囲の最適化,
PC 上の文章が印刷されたときに,その文章と DigiClip の ID
ネットワークの修復,太陽電池などを備えたノードが発電ので
を対応づける.PC 上の文章が更新されると,DigiClip の LED
きる場所に移動する機能などを実現する.Robomote には無線
が点灯し更新を知ることができる.また,DigiClip の送信する
センサノード MICA2,移動するための車輪とモータ,方向を
データを受信したアクセスポイントの場所,および明るさ加速
検知するための二軸の磁気コンパスが具備されている.実際に
度センサから文書の大まかな場所を知ることができるので文書
このノードを動作させ,指示通りの動きをするかの実験が行わ
の場所の管理ができる.
れている.
Distributed-JENGA [19] は,ユーザのコンテキストの推定
Disruption Tolerant Sensor Networks(DTSN)とは移動機
処理に無線センサネットワークを利用した例である.生活空間
能を備えたロボットセンサノードが移動することで,無線セン
に配置したセンサノードから照度,温度,加速度などのデータ
サネットワークの無線伝送範囲を拡大しようとする研究分野で
を取得して確率論的にコンテキストを推定を行い,異常検知や
ある(図 5).鈴木らの Billiards [23] は,DTSN の特性を詳細
日常的な動作を自動化するなどのアプリケーションが提案され
に分析し,ノードの移動速度に対して伝送遅延がどのように変
ている.しかしながら一般的なシステムではコンテキストの推
化するかなどを実装して評価している.
定処理を一つの処理サーバで行うため,システムの耐故障性の
一方で,すでに工場などで利用されている産業用ロボットな
問題が生ずる.この問題に対して,Distributed-JENGA では
どに目を向けると,各種センサおよびアクチュエータが使用さ
分散ベイズ確率推論アルゴリズムを提案し,分散配置されたセ
れている.現在はそれらは有線で接続されているが,より数多
ンサノード上で確率計算を行うことで高い冗長性を確保してい
くのセンサおよびアクチュエータを使用しようとした場合,伏
る.このシステムを MICAz に実装し,ノード数の変化させた
線が無用な無線のメリットが生かせるシチュエーションが発生
する可能性はある.その際は,無線を介して接続される制御系
の安定性や反応速度などが課題になると思われる.
図 5 A example scenario of DTSN. Upper: WSNs A and B
図 4 MediaCup can detect peoples context. Under the cup, a sen-
are disrupt, cannot communicate with each other. Lower:
sor node is located. Upper left: a business meeting of some
WSNs A and B can communicate because of some nodes
people. Upper right: woking alone in the front of his desk.
move to make a session between WSNs A and B.
Lower left: refilling next hot coffee. Lower right: looking
for poeple with whom be chatting.
—5—
4. 分
析
マルチホップ/Ad-hoc 通信の必要性
また,いわゆるマルチホップ通信,Ad-hoc 通信は必ずしも無
3. 節で述べたアプリケーションを横断的に眺めると,Smart
線センサネットワークに必須の機能ではなくなり,オプション
Dust が描いていた世界が着実に実現されつつあることがわか
的な機能となっている.これは前述した階層的なネットワーク
る.それをふまえた上で 2. 節で示した前提条件や課題がについ
構成を採用することで複雑な Ad-hoc ルーティング処理を避け
て分析を行う.
ることができたり,スタティックなルーティング処理で十分だっ
無線センサネットワーク適応範囲の広さ
たりするためだと思われる.また,シングルホップ,すなわち数
まず無線センサネットワークの応用性だが,今回紹介した
メートルほどの短距離における無線化で十分有益なアプリケー
研究に限っても,射撃点を推定する例 [7] や,畜産に応用する
ション [11] [17] [18] が存在していることも,影響していると考
例 [11],コーヒーカップにセンサノードを取り付けることでコ
えられる.しかしながら,マルチホップ通信,Ad-hoc 通信が
ンピュータの新しい利用の仕方を示す研究 [17] など非常に多岐
完全に無意味なのではなく,そのメリットを生かした [13] [19]
にわたっている.これは,電波や赤外線などの伏線を必要とし
のようなアプリケーションも存在していることを留意すべきで
ない通信媒体を用いることで,センサの配置の自由度が飛躍的
ある.
に高められていることに起因すると考えられる.
コンフィグレーションの重要性
次に,無線センサネットワークのコンフィグレーションの困
センシングの困難さ
取得したデータの処理や解析に視線を向けると,意外にもセ
ンシング,測定すること自体の難しさが浮かび上がってくる.
難さについては,無線センサネットワークという技術の定義域
例えば構造物のモニタリングではノード間の高精度な時刻同期
が広い上に,[18] のようにコストや性能上の問題で特定のアプリ
が求められるが,電波伝搬に起因する本質的に不安定な無線通
ケーションに特化する必要があるためと考えられる.ZigBee [4]
信を用いて時刻同期をすることは容易ではない.この課題に対
などの無線センサネットワーク向けの標準化規格も存在する
して [6] や [13] ではノード間時刻のずれを詳細に分析し,高精
が,これをそのまま利用したアプリケーションは少ない.これ
度に時刻同期のできるプロトコル [25] [26] を使用することで,
は規格化という形で無線センサネットワークの自由度が妨げ
解決している.[14] では,リアルタイム処理が可能な OS を利
られ,研究分野での応用が難しいからだと考えられる.その
用している.また単純に取得したデータを送信するだけではな
一方で,ZigBee の MAC 層以下を定義する IEEE8002.15.4 [5]
く,[16] のようにセンサノード上でデータに対して FFT(Fast
は MICAz などのテストベッドをはじめ応用例が散見され,標
Fourier Transform)を行うことでデータ転送量を削減する例,
準規格でありながらレイヤによって状況が異なることは興味深
通信に要するコストと圧縮に要するコストをふまえて信号処理
い.また,より汎用性が高く広帯域な無線 LAN を使用しセン
を選択する例 [12] もある.
サネットワークの各タスクはオーバレイネットワーク上で実行
する例 [10] もある.
これらの分析を考慮すると,無線センサネットワークの研究
はアプリケーションの要求を踏まえた上での技術的な課題を解
省電力技術の重要性
決する方向に向かっていることがわかる.単純にデータを伝送
さらに,省電力技術は現在も無線センサネットワークにおけ
する,数多くのつながるといった基礎研究の段階は終わり,ア
るホットトピックの一つである.これは軍事や環境モニタリン
プリケーションにの要求にあわせたデータ転送方法や,データ
グなどの一度センサノードを配置したらメンテナンスが困難な
処理方法が研究対象になりつつある.そのとき具体的な課題に
アプリケーション [6] [9] において特に重要になる.これまでは
なるのが省電力性や正確なセンシング技術である.また,無線
MAC プロトコル [24] を中心に研究が行われてきたが,今後は
センサネットワークを研究者が研究目的で使用するだけでなく,
アプリケーションレベルでの最適化や,いままでソフトウェア
コンテキストアウェアアプリケーションのように一般の消費者
で行っていた処理をハードワイヤ化するなど研究の方向性が変
が「ちょっとした部分の無線化」を目的として無線センサネッ
化しつつあると考えられる.
トワークを使用することも考慮に入れるべきである.
一方で,Smart Dust の時点で想定していた世界と実際の課
題との乖離も一部でみられる.
数千のノードが構成するネットワーク
5. ま と め
本稿では,無線センサネットワークの先駆けとなった Smart
一つの無線センサネットワークの規模は百台規模と Smart
Dust プロジェクトを振り返り,その後の 10 年間の研究を調査
Dust で想定されていた数千のノードが利用されるようなアプ
することで技術課題の変遷を明らかにした.特に無線センサ
リケーションは現在のところ存在しない.これは計算資源の劣
ネットワークの応用性の高さは,想定を大きく超えるものであ
る無線センサネットワークにおいて大規模のネットワークを構
り,これからも様々なアプリケーションが研究開発されること
築することが困難なためと思われる.環境モニタリングアプ
であろう.一方でキラーアプリケーションと呼ばれるような絶
リケーションを中心とした数多くのセンサノードを利用する研
対的応用例は明らかになっておらず,斬新な発想を生み出すた
究 [8] [9] では,ネットワーク全体を階層化し,複数の無線セン
めに今後も個々の技術課題を解決していく必要があるだろう.
サネットワークを別のリンクで接続することで,ノード数の増
加に伴うオーバヘッドの発生を回避している.
文
献
[1] J. M. Kahn, R. Katz and K. Pister: “Next century chal-
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