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市場が日銀より米利上げに注目する理由
平成28年9月9日 松井証券ストラテジスト 田村晋一 【特別レポート:田村の目】 ~市場が日銀より米利上げに注目する理由~ 日銀緩和の実体経済への影響はそもそも限定的 ★ 米利上げとセットでないと円安につながらない ⇒日銀緩和よりも米利上げ待ち レポートのポイント ・日銀は企業や個人と取引がなく、銀行に資金を供給することしかできない ・銀行貸出は増加も、預金増加の方が大きく、銀行は日銀資金が不要 ・結果、銀行のバランスシートは有価証券が減り、日銀預金が増えただけ ・日銀緩和の有効な効果は金利引下げ ⇒ 日米金利差拡大 ⇒ 円安 ・でも米利上げ不透明でマイナス金利も円安につながらず。日銀ではなく米待ち 日銀の追加緩和の可能性が注目され続けている。これは、政府の経済対策によ る具体的な効果が見えにくい一方で、13年4月と14年10月の2度の日銀追加緩和 策「バズーカ」が、その後の大幅な円安と株高につながった記憶がいまだ鮮明だ からであろう。「ぜひあのバズーカをもう一度」というわけだ。 しかし、今年1月のマイナス金利策を導入したときには、過去2回と異なり、円安・ 株高にはならなかった。これには大きく分けて、2つの理由があると考えられる。 1つめは、日銀緩和の実体経済への影響がそもそも限定的であること。金融緩和 は、日銀が銀行等から国債を買い上げる形で資金を供給し、銀行貸出を増やす ように促す仕組み。しかし、企業も個人も全体では資金余剰であり、借入せずに 追加投資が可能。銀行も預金が貸出金を200兆円以上も上回る資金余剰。いず れも日銀資金は要らない。実際に銀行貸出増加ペースは緩和後も変化なく直近 では減速気味。「緩和が資金ニーズを刺激している」と言えないのが実態なのだ。 2つめの理由は米利上げの先送り。金融緩和は市場資金が余剰となり金利低下 をもたらす。日本と米国の金利差が拡がると、市場マネーは金利の高い方に流れ る。つまり、円売りドル買いが起きる。過去の2回の緩和で大幅な円安になったの はこうした構造だ。ところが今年に入り、年2回ペースで実施されるはずだった米 利上げが先送りされた。そのため、日本がマイナス金利になっても、日米金利差 がどうなるか不透明と認識されて円安につながっていない。これが2つめの理由 である。最近、米利上げを巡る高官発言や米景気指標でドル円相場と株式市場 が一喜一憂しているのは、このためであろう。 日銀は9月20~21日の金融政策決定会合において、「これまでの金融緩和政策 の総括的な検証」を実施する予定。おそらく、「緩和は有効だった」「さらなる追加 緩和の余地はある」という結論に沿った内容になるだろう。従来の見方を追認す る形であり、株価反応は限られる可能性が高い。そして、追加緩和が実施された としても、米国の利上げ次第というシナリオは変わらないとみている。 以上の点について、次頁以降でデータを用いながら、詳しく解説する。 Copyright (c) 1998 Matsui Securities Co.,Ltd. 1 平成28年9月9日 松井証券ストラテジスト 田村晋一 日銀の金融緩和の波及経路 ★ 全て銀行経由。企業や個人に直接資金供給することはできない 日銀の金融緩和が市場や経済に影響を与える仕組みを再確認してみよう。 「日銀が市場から国債を買い入れる」と表現されているが、これは日銀が銀行や証 券会社などの金融機関から、国債を主体とした有価証券を買い上げることを示す。 日銀は買い入れた代金を、各金融機関が日銀に持っている当座預金口座に振り 込む。各金融機関(主として銀行)はこの資金を元手に企業や個人に貸し出すこと になるが、大事なポイントは、日銀は企業や個人に直接資金を供給する訳ではな いことだ。 日銀は政策金利を下げ、銀行への資金供給量を増やすことで、銀行が企業や個 人への貸出額を増やし、貸出金利を引き下げることを促そうとしている。そうすると、 借り手となる企業や個人の借入金が増えたり、支払利息が減少して手元資金が増 えることが期待できる。その増えた資金が、さらなる消費や設備投資に回ることで、 景気が刺激される。日銀は、銀行融資拡大を通じて景気の好循環を促そうとして いる訳だ。 図表1:日銀金融緩和のおカネの流れ 日 当座預金 直接には 働きかけない × 銀 銀 国債等 行 貸出増加 金利引下げ 企業・個人 出所:松井証券 Copyright (c) 1998 Matsui Securities Co.,Ltd. 2 平成28年9月9日 松井証券ストラテジスト 田村晋一 銀行の預金超過 ★ 銀行に日銀資金は不要: 預金が貸出金より速いペースで増加中 しかし実際には日銀の期待通りに銀行貸出が増えている訳ではない。 図表2は、銀行の国内部門の預金と貸出金の残高推移を示している。貸出金は、 確かに2011年を底に増加基調にある。しかし、よくみると預金の増加ペースの方 が大きいようにもみえる。黒田日銀の1回目の追加緩和は13年4月だが、その時点 で既に貸出金の年間増加額は+8兆円となっており、緩和後も+8~10兆円で変化 がない。2回目の追加緩和(14年10月末)直後には、一時的に+11兆円ペースと なったが、3回目のマイナス金利導入(16年1月)後は逆に増加ペースが落ち着い てしまい、直近は+8.9兆円(16年7月実績)で推移している。追加緩和で貸出金が 加速したとは言えない。 一方の預金増加ペースは、季節変動があるものの年15~28兆円ペース、つまり貸 出金増加額を10兆円前後上回っている。ちなみに貸出金と預金との差額を預貸 ギャップという。16年8月時点の貸出金残高434兆円に対し、預金残高が654兆円 で、預貸ギャップは220兆円と極めて巨額だ。 預貸ギャップは13年4月時点で180兆円と既に巨額だったが、預金の伸びが貸出 金を大きく上回り続けた結果、さらに40兆円も増えている。これを見る限り、明らか に銀行は資金不足の状態ではなく、日銀が銀行に供給した資金は民間貸出金に は回っていないことが分かるだろう。 図表2:銀行の国内預金・貸出金残高の推移(平均残高ペース) 700 ( 単位:兆円) 650 貸出金 預金 600 550 500 450 400 350 91年 93年 95年 97年 99年 01年 03年 05年 07年 09年 11年 13年 15年 出所:日銀統計より松井証券作成 Copyright (c) 1998 Matsui Securities Co.,Ltd. 3 平成28年9月9日 松井証券ストラテジスト 田村晋一 銀行のバランスシートの変化 ★ 有価証券が減り、日銀預金が増えただけ 図表3は銀行の資産構成の変化を示している。13年3月末をピークに保有有価証 券が減少し、「現金預け金」が急増しているのが分かる。 「現金預け金」とは、そのほとんどが、銀行が日銀に保有する当座預金の残高であ る。日銀が銀行から国債を大量に買い付けた結果、有価証券残高が大きく減少し たものの、銀行は資金の使い道がなくて日銀の当座預金(預け金)にそのまま置 いてあることが見てとれる。 図表3: 銀行の主な資産項目の残高推移 900 (単位:兆円) 現金預け金 800 有価証券 貸出金 700 600 500 400 300 200 100 0 99年 01年 03年 05年 07年 09年 11年 13年 15年 出所:日銀統計より松井証券作成 図表4: 銀行のバランスシートの年間変化(概算) 日 必要? 資金供給 +80兆円 × 直接には 働きかけない 銀 銀 国債等売却 行 貸出 +10兆円 有価証券 -10~20兆円 預け金 +40兆円 預金 +20兆円 企業・個人 出所:松井証券 Copyright (c) 1998 Matsui Securities Co.,Ltd. 4 平成28年9月9日 松井証券ストラテジスト 田村晋一 資金過不足動向 (企業と個人の資金ポジション) ★ 企業も個人も2000年以降ずっと資金余剰が続いている ここで別のデータを見てみよう。日銀の資金循環統計は、国内の企業、家計、政府 の金融資産と負債を集計したデータで、よく聞かれる「個人金融資産1,700兆円」の データ元である。この統計には「資金過不足」という項目があり、四半期または1年 の間に、企業や家計などの資金ポジションがどうだったのかを見ることができる。 この資金過不足が余剰であれば、収入に対して支出と投資が少なく、結果として 借入金が減少したり、現金・預金が増加したことを示しており、不足であれば、逆に 資金ポジションが赤字で借入増加や預金減少につながっているはずである。 この推移をみると、家計(個人)は70年代から一貫して資金余剰が続いている。余 剰分が個人金融資産として積み上がり続けていることになる。一方の企業は70年 代から90年代前半までは資金不足、つまり借金セクターだったが、99年頃からは ずっと資金余剰が続いている。そう、個人も企業もキャッシュフローは黒字であり、 追加の資金調達を必要としていないということになる。これは、図表3に示した銀行 の預金増加が貸出金増加ペースを上回っていることとも整合が取れる。 金融緩和策は資金供給以外に金利低下ももたらす。しかし、金利が下がった結果 が図表3であり、この図表5なのである。金利低下により投資が拡大しているように は見えない。企業の設備投資やM&A投資は増えているが、キャッシュフローが引 き続き順調で、年間収入の範囲で現状程度の投資はカバーできていると言えよう。 これらのことが示しているのは、企業や個人にもっとキャッシュを使わせて、景気 浮揚を狙うのであれば、金利を引き下げたり、銀行に資金を大量に供給することで はなく、別の方策が必要ということではないだろうか。 図表5:資金循環統計の資金過不足の推移(四半期移動平均) 50.0 (兆円) 家計 40.0 政府 企業 30.0 20.0 10.0 0.0 -10.0 -20.0 -30.0 -40.0 -50.0 -60.0 1970 1974 1978 1982 1986 1990 1994 1998 2002 2006 2010 2014 出所:日銀資金循環統計より松井証券作成 Copyright (c) 1998 Matsui Securities Co.,Ltd. 5 平成28年9月9日 松井証券ストラテジスト 田村晋一 日銀緩和は円安に効く ★ 金利引き下げ ⇒ 日米金利差が拡大 ⇒ 円安 金融緩和は何も効果が無い訳ではない。市場金利が下がると、日本の金利と米 国金利との金利差が拡大する。市場マネーは金利の高い国に移動しようとする (またはそう期待される)ので、「円売り・ドル買い」となる。円安要因である。13年4 月、14年12月の2度の追加緩和で大きく円安が進行したのは、そういうメカニズム と考えられる。 ところが16年2月の「マイナス金利導入」では円安とならなかった。米FRBの利上げ 延期で「日米金利差は拡大しないかもしれない」という不安や、英国のEU離脱で欧 州経済が混迷する=「欧州金利が低下して日欧金利差が開かない」という不安か ら、過去のように単純には円安とならなかったと考えられる。 また以前は、「有事のドル・金買い」が定番だったが、経済も金融市場も安定してい て平和な日本に対する「有事の円買い」という現象も観察されるようになった。これ も要因の1つかもしれない。 図表6:金利面から見た円安となる構造 弱 い 景 気 強 い マ ネ ー 低 い 日銀緩和 金 利 どちらが起きても 円安に向かいやすい 高 い FRB利上げ 出所:松井証券 Copyright (c) 1998 Matsui Securities Co.,Ltd. 6 平成28年9月9日 松井証券ストラテジスト 田村晋一 結論 ★ 円安には日銀緩和ではなく、米利上げが必要とみる 今回のレポートのポイントは、「第1の矢」、すなわち日銀金融緩和は、「銀行貸出 金にしか直接影響を及ぼすことができないが、その銀行貸出金は特に増えていな い」という事実だ。資金供給や金利引下げの直接的な影響は、残念ながら限定的 に留まっている。企業と個人はいずれも長期間にわたりキャッシュ黒字が続いてい るのが最大の要因である。 そしてもう1つのポイントは、「円安」には日米金利差の拡大が必要という観点。13 年と14年の追加緩和は円安をもたらしたが、今年2月のマイナス金利策のときは、 米利上げ先送りがあり、日米金利差拡大がイメージできずに円安が生じなかった と見られることだ。 再び円安に向かうには、「日米金利差が拡大する」と市場が意識する必要がある が、ここまでの市場の反応を見ていると、日本のマイナス金利が今より拡大しても 市場心理は変わらない可能性が高いだろう。やはり米国の利上げがより重要とい うことになる。 日銀は9月21日の金融政策決定会合で「これまでの金融緩和政策の総括的な検 証」を実施する予定。 金融緩和に限界があると市場に認識されるのを回避するた め、「緩和は有効だった」「さらなる追加緩和の余地はある」という結論に沿った内 容になるだろう。これは従来の見方を追認する形であり、株価反応は限られる可 能性が高い。 そして、追加緩和が同時に実施された場合も、実体経済への具体的な影響が限ら れている以上、反応は限定的に留まるとみている。仮にETF購入の増額や外債購 入に踏み切った場合、株価の下支え要因につながる可能性はあるが、 「官製相 場」の色彩がより濃くなるため、中長期的には海外投資家の日本株離れなどの副 作用のリスクが高まることを懸念する。 以上の結果として、米国の利上げ次第というシナリオは変わらないとみている。 リスクおよび手数料等の説明 株式取引は、株価の変動等により損失が生じるおそれがあります。 ■株式取引の委託手数料はインターネット経由の場合1日の約定代金の合計により決定し、100,000円(税抜)が上限です ■上場有価証券等書面、取引規程、取引ルール等をご覧いただき、内容を十分ご理解のうえ、ご自身の判断と責任により お申込みください ■口座基本料は個人の場合には原則無料です ※各種書面の郵送交付には、年間1,000円(税抜)をご負担いただく場合があります ■本レポートは、当社が信頼できると判断した情報に基づき記載されていますが、その情報の正確性および完全性を保証 するものではありません ■本レポートは、お客様への情報提供を唯一の目的としたものであり、投資勧誘を目的として作成したものではありません ■投資に関する最終決定は、お客様ご自身の判断でなさるようにお願いいたします ■本レポートに掲載された情報の使用による結果について、当社が責任を負うものではありません ■本レポートに掲載された意見や予測等は、レポート作成時点の判断であり、今後、予告なしに変更されることがあります ■本レポートの一切の著作権は当社に帰属します。いかなる目的であれ、無断複製または配布等を行わないようにお願い いたします 業者名等 松井証券株式会社 金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第164号 加入協会名 日本証券業協会、一般社団法人金融先物取引業協会 Copyright (c) 1998 Matsui Securities Co.,Ltd. 7