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最低賃金が労働市場に与える影響 とその地域的分析1

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最低賃金が労働市場に与える影響 とその地域的分析1
ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
ISFJ2009
2009
政策フォーラム発表論文
最低賃金が労働市場に与える影響
とその地域的分析1
よりよい所得補償導入へ
~勤労者給付付き税額控除~
明治大学 加藤久和研究会 労働分科会
後藤祐太郎 塚越裕太郎
松島勇佑 横田健太郎
2009年12月
2009年12月
1 本稿は、2009年12月12日、13日に開催される、ISFJ日本政策学生会議「政策フォーラム2009」の
ために作成したものである。本稿の作成にあたっては、加藤久和教授(明治大学)をはじめ、多くの方々から有益且
つ熱心なコメントを頂戴した。ここに記して感謝の意を表したい。しかしながら、本稿にあり得る誤り、主張の一切
の責任はいうまでもなく筆者たち個人に帰するものである。
1
ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
要約
――最低賃金(以下、最賃とする)の引き上げは失業率を上昇させる―――
我々、学生が経済学の初歩を学んでいく上で必ず上記の理論に出くわすのではないだろう
か。労働市場における需要曲線と供給曲線の均衡が最賃の引き上げによりバランスを崩して
しまい、労働生産性の低い未熟練労働者の雇用が抑制されてしまう。これが理論の内容だ。
しかし第 45 回衆議院議員選挙において、生活保護との兼ね合いが話題に出され、最賃の引
き上げが政策争点となったことは記憶に新しい。賃金の下支えとなる最賃ではあるが、最賃
引き上げにより雇用が抑制されてしまうことは本末転倒なのではないだろうか。
そもそも上
記の理論は日本の労働市場においても当てはまるものなのだろうか。我々は分析を行い、民
主党のマニフェストに掲げられている、
最賃が引き上げられた場合の失業率のシミュレーシ
ョンを行っていく。
実証分析において日本国内における最賃額の引き上げがどのように失業率に影響を及ぼ
しているのか、二段階最小二乗法を用いて分析を行い計量的に求めることとした。データと
して都道府県別の失業率データを手に入れることができなかったため有効求人倍率を失業
率の代わりとして代用している。都道府県別に行った分析の考察結果として、最賃の引き上
げは有効求人倍率を有意に低下させる、
また全国の分析においても最賃引き上げが失業率を
有意に上昇させるという結果が得られた。都道府県によっては特異な結果も現れたがやは
り、最賃引き上げは失業率を上昇させるという理論は日本においても当てはまるものだっ
た。民主党マニフェストのように最賃が引き上げられた際のシミュレーションにおいてもや
はり有効求人倍率は低下した。
我々が参考にした先行研究である安部・玉田[2007]と川口・森[2009]の研究結果と本稿の
分析結果を基に政策提言を行う。政策提言として我々は第一に最賃制度が労働者にとってど
うあるべきかを提言する。すなわち賃金下支え機能である。第二に最賃額水準で働き、ワー
キングプアの対象となっているものに対し、給付付き税額控除制度の導入を提言する。
最賃と失業率の理論に端を発した我々の論文は、
最賃引き上げ傾向にある日本の今後の失
業率を予測する。そして最賃を引き上げる政策に代わるものとして我々は給付付き税額控除
の導入を提言する。この政策により労働者の生活水準が維持され、勤勉な労働者が働いて報
われるような日本を創っていきたいと考えている。
2
ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
目次
はじめに
第1章 最低賃金の今昔
第 1 節 最賃制度の歴史
第 2 節 最賃制度についての現状と問題点
第 1 項 日本の最賃制度の現状
第 2 項 最賃制度の問題点
第 3 節 最賃の海外比較
第 1 項 最賃額比較
第 2 項 米国の最賃制度
第 3 項 英国の最賃制度
第 4 項 仏国の最賃制度
第 5 項 蘭国の最賃制度
第 4 節 本稿の問題意識
第 1 項 最賃と生活保護
第 2 項 最賃とワーキングプア
第2章 先行研究紹介及び本稿の位置づけ
先行研究紹介及び本稿の位置づけ
第1節
第2節
第3節
第4節
最賃研究に一石を投じた論文(David Card and Alan B. Krueger[1994])
最賃と生活保護に関する論文(安部・玉田[2007])
最賃の失業率への影響(川口・森[2009])
本稿の位置づけ
第3章 実証分析
第 1 節 最賃の決定要因の分析及び有効求人倍率への影響
第 2 節 最賃引き上げのシミュレーション
第4章 政策提言
第 1 節 政策提言Ⅰ 最賃制度の在り方
第 2 節 政策提言Ⅱ 勤労者給付付き税額控除~ハート・プラン~
おわりに
先行論文・参考文献・データ出典
先行論文・参考文献・データ出典
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ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
はじめに
“はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざり
ぢっと手を見る”
これは石川啄木の歌集『一握の砂』のなかの句である。1910 年に発表されたものである
が、現代においてもなお多くの人がこの句に共感するのではなかろうか。働いても生活が苦
しいのはなぜだろうか。
2009 年 10 月において最賃の全国平均は 713 円である。最賃制度は、最低賃金法に基
づき労働者の最低賃金水準を示しており、雇用者側は労働者に対して定められた最賃額以上
を賃金として支払わなければならない。最賃は「地域別最低賃金」と「特別(産業別)最低
賃金」がある。前者、最賃の中でも賃金水準の低い地域別最低賃金と生活保護とを比較した
場合、最賃が生活保護を下回るという状況が存在している。この状況に対応して近年最低賃
金法が改正された。法律内に生活保護との兼ね合いを考えるという文言が付されたが、実際
には最賃額が生活保護額を下回っている地域が多く、未だ改善したとは言い難い。最賃をめ
ぐる問題、研究の多くは金額の低さを問題視したものである。
最賃問題が世間を騒がせた最近の事例としては、第 45 回衆議院選挙が記憶に新しいので
はないだろうか。それまでの与党の自公両党は下野し、野党第一党であった民主党が大勝し
た。民主党、社民党などは最賃を 1000 円まで引き上げることを目標とするマニフェストを
出しており、政権与党になったことで今日まで微増傾向であった最賃引き上げに拍車がかか
ることが予想される。尚、
これまで最賃は多くて十数円単位での引き上げしかされていない。
近年の最賃への関心はこのような政策争点となったこともあって高まってきている。
このように近年は所得保障としての最賃引き上げについて関心が高く、
議論されてはいる
が、最賃引き上げによって失業率は上昇してしまうという理論は根強く存在している。ワー
キングプア問題、生活保護との整合性の問題などで最賃引き上げに圧力がかかっているが、
最賃と失業率の関係は切り離せないものである。そこで我々は、最賃額がどのように決まる
のか、また日本における最賃の引き上げと失業率の関係はどうなっているか、これを明らか
にするために、二段階最小二乗法を用いて計量的に分析していく。
我々はまず最賃と失業率の関係を分析するために二つの仮説をたてた。仮説①最賃はパー
ト賃金と CPI の変化で決定される。②有効求人倍率は最賃、CPI が上がると悪化する。こ
の二つの仮説から構造方程式を導きだした。
しかし変数が攪乱項と相関することが予想され
るので、内生変数のバイアスを除去するために二段階最小二乗法を用いることにした。その
分析結果から導き出された最賃の予測値を基に民主党のマニフェストである最賃引き上げ
のシミュレーションを行い、雇用への影響予測を行った。結果は本論を読んでほしい。
先行研究では、最賃研究に一石を投じた米国の David Card and Alan B. Krueger[1994]、
日本においては最賃と生活保護の研究を行った安部・玉田[2007]、最賃は有効な貧困対策で
あるかどうか研究を行った川口・森[2009]を紹介する。
そして先行研究の結果、また実証分析の結果を基に我々は本稿における政策提言を行う。
第一の提言として最賃制度の在り方を問う。
そして第二の提言として最賃をセーフティネッ
トとした給付付き税額控除を提案する。
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ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
第1章 最賃の今昔
最賃の今昔
本章では日本における最賃制度の歴史的変遷を辿り、
最賃の現状と海外との比較を記して
いく。第 1 節では最賃制度の歴史、第 2 節では日本の最賃の現状、第 3 節では諸外国の最
賃額・制度の紹介、そして第 4 節において本稿の問題意識を記す。
第1節 最賃制度の歴史
最賃制度の歴史
最賃制度、その成立と改正の歴史を述べる。
最賃の決定は、
中央賃金審議会または地方賃金審議会に於いて最賃について調査審議がなさ
れ、その答申によってなされる。
現行の最低賃金法の前身として 1939(昭和 14)年 4 月に公布、施行された「賃金統制令」
がある。これは賃金の最低額を定める一方で、また最高額をも定めていた。また、その目標
は「賃金の面から労務需給の混乱を調節することにあった」
(小粥 1987)
。
現行の最賃制度の様な「労働者の賃金の最低保障を行うものとして、セーフティネットとし
ての役割を果たす」という意義を持つ最賃制度が初めてできたのは 1947 年に公布された労
働基準法においてであり、始動したのはその更に 12 年後の 1959(昭和 34)年に最低賃金
法が公布、施行されてからだった。
制度のひな型が出来てから始動するまでに 12 年もの間があるのは、当時連合国軍労働諮
問委員会が
「労働保護上実質的な意義を有する最低賃金額を定めることが物価の高騰に対し
て不可避の影響を与ふべきことを指摘し」、その延期を勧告していた(寺本 1952)ためで
ある。
1959 年の最低賃金法の公布は、1957 年の中央賃金審議会の「最低賃金制に関する答申」
を受けてのものであった。当時の最低賃金法の特徴は、最賃の適用対象や賃金額の決定方式
として、主に同法の第 9 条である「業者間協定に基づく最低賃金」を想定していたところ。
また、同法第 10 条として定められている、業者間の協定を一定地域内の他業者にも拡張適
用する「業者間協定に基づく地域的最低賃金」。第 11 条として定められている労働協約を
一定地域内の他労使にも拡張適用する「労働協約に基づく地域的最低賃金」
。そして、現在
に続く決定方式として第 16 条に定められている「最低賃金審議会の調査審議に基づく最低
賃金」である。
この、第 9 条と第 10 条である「業者間協定」の条文は 1968 年に廃止され、同時に審議
会の調査審議をうたった同法第 16 条は変更された。これは 1967 年に出された中央最低賃
金審議会答申を受けたものである。第 9 条および第 10 条の廃止と第 16 条変更の理由とし
ては、
「資本の自由化をはじめ多くの面で我が国経済の国際化が一層推し進められる」であ
ろうという予測のもと、「適正な労働条件を確保して労働力の質向上とその有効活用を図
る」などの「事情を十分に考慮する必要がある」というものが挙げられている。この廃止、
変更により、1928 年に発効していた ILO26 号条約(最賃制度の実施に関する条約)が、1971
年には批准された。
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ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
この法改正までに批准不可能であったのは、26 号条約の第 3 条にうたわれている「その使
用者と労働者とは、いかなる場合にも等しい人数で、かつ、平等の条件によって」最低賃金
決定制度の運用に参与すべきである、という条件が満たされていなかったためである。こう
して、今日における最賃の決定方式へとつながる。その決定方式は、労働者、使用者、公益
を代表する三者同数の委員によって構成される審議会によるものである。
直近の、すなわち 2007 年の改正法では、支払われる賃金額が地域別最低賃金に満たない
などの最低賃金法違反についての罰則が強化された。具体的には、従来 1 万円以下であっ
た罰金額が、50 万円以下と大幅に増加している。一方で、特定最低賃金についての罰則は
なくなっている。しかしこれは労働者の権利がないがしろにされているというわけではな
く、結局は権利が保護されるということになっている。
また、同年の法改正では産業別最低賃金の1つである「労働協約に基づく地域的最低賃金」
がその姿を消した。これは、労働協約の定める最賃額を同一地域内の同種の未組織労働者に
も拡張適用する制度で、1959 年制定の最低賃金法、その第 11 条にあたる。
以下、制度の変遷について簡潔に表にまとめた。
表1
最賃制度の変遷
年次
昭和 22 年
昭和 32 年
昭和 34 年
最賃制度に係る施策
労働基準法施行
中央賃金審議会答申 「最低賃金に関する意見」
最低賃金法施行
※業者間協定方式をとっている
昭和 36 年
労働基準局長通達 「最低賃金制普及計画について」
昭和 39 年
同上 「最低賃金法の今後の運用について」
昭和 42 年
中央最低賃金審議会答申 「現段階における最低賃金制の取扱いについて」
※業者間協定方式を廃止し、審議会方式を採用
昭和 43 年
最低賃金法の一部改正
※審議会方式に変えるための改正
中央最低賃金審議会答申 「今後における最低賃金制度のあり方中央最低賃金審議会答申につい
昭和 45 年
て」
昭和 46 年
労働基準局長通達「最低賃金の年次推進計画の運営について」
昭和 52 年
中央最低賃金審議会答申「今後の最低賃金制のあり方について」
昭和 56 年
同上 「最低賃金額の決定の前提となる基本的事項に関する考え方について」
昭和 57 年
同上 「新しい産業別最低賃金の運用方針について」
中央最低賃金審議会答申「現行産業別最低賃金の廃止及び新産業別最低賃金への転換等につい
昭和 61 年
て」
平成 4 年
中央最低賃金審議会 「公正競争ケース」検討小委員会報告
平成 10 年
同上 産業別最低賃金に関する全員協議会報告
平成 14 年 4 月 同上 時間額表示問題全員協議会報告
平成 14 年 12 月 同上 産業別最低賃金制度全員協議会報告
平成 16 年
同上 目安制度のあり方に関する全員協議会報告
最低賃金制度のあり方に関する研究会議事要旨より自ら作成
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ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
第2節 最賃制度についての現状と問題点
最賃制度についての現状と問題点
この節では第 1 項で日本の現在の最賃制度、第 2 項で最賃制度の問題点を記していく。
第 1 項 日本の最賃制度の現状
最賃制度は最低賃金法に基づき国が賃金の最低限度を定めたものであり、
地域別最低賃金
と特定(産業別)最低賃金がある。どちらの制度も雇用側は定められている最賃額以上を労
働者に対して支払う義務があり、最賃額未満を支払っている場合には罰則が科される。対象
となる労働者はパート、アルバイト、嘱託などの雇用形態に関わらず、各都道府県内で労働
に従事するものに適用される。
最賃額の適用としては毎月支払われる基本的な賃金に限られ
ており、残業代やボーナスなどは適用外となっている。ここで最賃額の決定方法を確認する。
地域別最低賃金は労働者の生計費、労働者の賃金、通常の事業の賃金支払い能力の三点が勘
案され最低賃金審議会で決まり、産業別では労使交渉により決定される。以下の図 1 は最
賃の決定方法であり、表 2 は平成 21 年度の地域別最低賃金である。
図 1「最低賃金の決定方法」
引用)厚生労働省 最低賃金制度 HP
表 2「平成21年度地域別最低賃金」
平成21年度地域別最低賃金改定状況(円
平成21年度地域別最低賃金改定状況(円/h
(円/h)
/h)
北海道
青 森
岩 手
宮 城
秋 田
山 形
福 島
茨 城
栃 木
群 馬
678
633
631
662
632
631
644
678
685
676
埼 玉
千 葉
東 京
神奈川
新 潟
富 山
石 川
福 井
山 梨
長 野
735
728
791
789
669
679
674
671
677
681
岐 阜
静 岡
愛 知
三 重
滋 賀
京 都
大 阪
兵 庫
奈 良
和歌山
696
713
732
702
693
729
762
721
679
674
鳥
島
岡
広
山
徳
香
愛
高
取
630
福 岡
680
根
630
佐 賀
629
山
670
長 崎
629
島
692
熊 本
630
口
669
大 分
631
島
633
宮 崎
629
川
652
鹿児島
630
媛
632
沖 縄
629
知
631
H21.9.18 現在
全国加重平均額 713 円
出所)厚生労働省HP 今すぐ確認!最低賃金 地域別最低賃金の全国一覧」より自ら作成
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ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
表から分かるように最賃額の最高は東京で 791 円、最低は沖縄で 629 円と地域によって大
きく異なっている。差は 162 円。この差は平成 20 年度最賃においては 139 円であり今回
の改定で差はさらに拡大したことになる。
第 2 項 最賃制度の問題点
これまで最賃制度の歴史、
現状を記してきたが本項で最賃制度の問題点を改めて確認して
おきたい。
最賃制度は労働者に最賃以上の雇用機会を保障することによって、労働者の生活を保護す
ることを目的にしている。労働市場の需要と供給をグラフで示すと以下の図 2 になる。
図 2 労働市場における需要曲線と供給曲線
W
S
A
W1
E
H
B
W0
F
C
O
D
L1
L0
L2
L
SとDは労働の供給曲線と需要曲線を示す。
供給曲線は労働者が労働を供給する際に最低
限要求する賃金であり、
需要曲線は企業が労働を需要するときに支払ってもよい賃金水準を
意味する。縦軸は賃金、横軸は労働量を示す。
最賃制度がなければ、需給はB点で均衡し、需給均衡労働量はL0、均衡賃金(時間当た
り)はW0になる。
もし政府が最賃を均衡賃金よりも高いW1に規制したとする。賃金がW1のもとでは、企
業は雇用を需要曲線にそってL1まで減らすことになる。
他方、この賃金で働きたい人はL2人になるので(L2-L1)人の超過供給が発生するこ
とになる。つまり、L2人の求職者数のうち、(L2-L1)の人は職を見つけることができ
ないのだ。
また、最賃制度のもとでは雇用量はL1になるが、供給曲線SのFBに位置する労働者は
最賃W1よりも低い賃金W0でも働きたいと思っていると仮定する。最賃制度はそういう労
働者にW1以下の賃金で働くことを禁止し、失業を強制する政策であるといえるのだ。
第3節 最賃の海外比較
最賃の海外比較
この節では日本と海外との最賃制度を比較する。比較対象として主に欧米を選んだ。制度
的には日本の最賃は地域別、産業別にそれぞれ決められているが、欧州を中心とした国々で
8
ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
は全国一律で決められている。1図 3 を見てほしい。金額を比べると、日本の最低賃金は世
界的に見て低いといわれている。英仏などは約 1200 円程度であり、最低賃金が低いと言わ
れていた米も 2007 年からの段階的な引き上げで 2009 年に約 690 円になっている。これ
らと比べると日本の 703 円という最賃は低いと言えるだろう。
図 3「諸外国の最賃額比較」
出所)独立行政法人労働政策研究・研修機構 (2008) 『欧米諸国における最低賃金制度』
より筆者作成
つづいて各国の制度を紹介する。まとめとして表 2 を載せた。諸外国の最賃制度には日
本には設けられていない適用除外、また減額措置等がある。最賃が高い水準で規制されてい
る分、
労働生産性に満たない労働者に対して影響を与えないよう学生に対して減額措置等が
設けられていることがうかがえる。
第 1 項 米国の最賃制度
米国の最賃制度は 1910 年に最初の州別最低賃金(女子・児童労働者の救済)が制定され
1938 年に連邦最低賃金(生活救済・景気対策の一環)が制定された。
現在、米国には州別最低賃金と連邦最低賃金がある。連邦最低賃金は公正労働基準法が基
になっており、米国の最低賃金水準を示している。そのため連邦最低賃金は約 690 円であ
り、州別最低賃金とは異なっている。
連邦最低賃金、州別最低賃金には適用除外と減額措置が共に設けられている。連邦最低賃
金の適用除外又は減額措置となる労働者が存在する。適用除外は幹部社員・専門職など、減
額措置はチップを得る労働者・20 歳未満の労働者・学生・障がい者などである。
第 2 項 英国の最賃制度
英国の最賃制度が制定されたのは 10 年程前の 1998 年である。
1米国最低賃金は公正労働基準法に基づく連邦最低賃金制度と各州法に基づく州別最低賃金制度がある。
図3では連邦最
低賃金を記載している。
9
ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
最賃決定方式としては審議会方式を採用しており、最賃額は使用者団体・労働組合・独立
機関の各代表で構成される最低賃金委員会の勧告を踏まえて決定される。
設定方式は全国一
律である。英国においても適用除外等措置がとられている。適用除外は自営業者・学生の一
部・軍人、漁師の一部等であり、減額措置は 16~21 歳の年齢層で、18~21 歳までは時給
4.77 ポンド、16~17 歳は時給 3.53 ポンドの措置となっている。(2008 年 10 月1日~)
第 3 項 仏国の最賃制度
仏国の最賃制度は SMIC の労働法典が基になり、審議会方式で決定されている。
仏国の最賃決定方式の特徴としては、①物価スライド制 ②国の経済成長とのリンク ③
政府裁量であることが挙げられる。
①物価スライド制とは消費者物価指数が前回の金額改定
の水準より 2%以上上昇した場合、指数の上昇分だけ金額を改定するものである。②国の経
済成長とのリンクというのは、
消費者物価上昇率とブルーカラー実質賃金上昇率の半分を加
味した引き上げ案をもとに改定されるものである。
仏国にも適用除外、減額措置がある。最賃適用除外は、労働時間を把握することができな
い労働者(訪問販売員などの一部)であり、減額措置は・18 歳未満・見習訓練生、研修生
生等である。
第 4 項 蘭国の最賃制度
最賃制度は 15 歳以上 65 歳未満のすべての職業の労働者に適用されている。
但し、15~22 歳までの若年労働者については減額措置が適用される。理由として①生産
性、②必要性、③就学との関係が挙げられる。これらの減額措置が設定されている理由とし
て次のような考え方が挙げられる。
①生産性…若年労働者は一般労働者より生産性が低いた
め、低い最賃で雇用が可能であるという考え方。②必要性…家族と同居している場合が多い
若年者に対し最賃を設定し、生活を保障する必要がないという考え方。③就学との関係…若
年層にとっては就学が本業であり就学を疎かにしてしまう労働条件、
つまり最賃の適用は就
学との関係上不要であるという考え方である。
表3「最賃制度海外比較」
名称
設定
決定・改定
の方法
改定の際の
決定基準
最低賃金額
アメリカ
連邦最低賃金
州別最低賃金
連邦一律
法律の改正によ
る決定
実質価値・平均
賃金との乖離等
の状況
5.85ドル
(約627円)
フランス
全職種成長最低
賃金
全国一律
審議会意見→政
府決定
物価上昇率・ブ
ルーカラー賃金の購
買力上昇分
8.44ユーロ
(約1,334円)
法定最低賃金制度比較
イギリス
オランダ
全国最低賃金
法定最低賃金
全国一律
審議会勧告→政
府決定
全国一律
ドイツ
日本
最低賃金法
地域別・産業別
審議会→各都道
政府決定
府県労働局長
民間及び公共部
労働者の生計費、
国内の経済・雇
門の協約賃金の
労働者の賃金、通
用情勢
上昇率
常の事業の賃金
法定最低賃金制
5.52ポンド
8.11ユーロ
703円
度を持たない国
(約1,162円)
(約1,282円)
(全国平均)
<適用除外>管
適用除外ま
理職、専門職な <適用除外> <適用除外> <適用除外>
たは減額処
ど 10代の労働 販売外交員 18 16~21歳の労働 65歳以上の労働
置の対象と
歳未満
者、学生、障害
者
者、障害者
なる労働者
者、
<適用除外>障
害者、試用期間
中、軽易な業務に
携わる者
出所)独立行政法人労働政策研究・研修機構 (2008)『欧米諸国における最低賃金制度』
10
ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
第4節 本稿の問題意識
この節では本稿の問題意識として 2 つのテーマをあげる。
第 1 項 最賃と生活保護
最賃とは労働者の賃金の最低額を保障するものであり、生活の下支えとなるものである。
しかし現行の最賃制度では前述した通り、日本国内で比較すると最賃額が 162 円の差があ
り、地域によっては実際に最賃額で暮らしてみたものの出来なかったという体験談もあるの
が現状だ。1また最賃額が生活保護額を下回る地域も存在していることを指摘できる。下図
4 は生活保護と最賃額の都道府県別の比較を行ったものである。
図 4「生活保護と最賃額の都道府県別比較」
引用)厚生労働省中央最低賃金審議会「平成 21 年度第 2 回目安に関する小委員会資料」
最賃額が生活保護額を下回る地域が存在しているため、平成 21 年度においては生活保護
との兼ね合いから最賃額が改定されている。次項と重複してしまうが、最賃額の目標として
民主党のマニフェストに最賃全国平均 1000 円と記載されている。2今後、最賃額が今まで
より多く引き上げられていく可能性は否定できない。しかし最賃を引き上げる際には失業率
の増加というリスクが生じてしまう。「最低賃金の引き上げは失業率を上昇させる」この経
済学の理論は日本でも当てはまるのだろうか。我々は最賃の引き上げがどのように労働市場
に影響を与えるのか、また地域別最低賃金に照準を当て都道府県単位を基準とした地域的分
析を行うことで地域別最低賃金制度の影響力を考察していきたい。最賃についてはさまざま
な議論が交わされている。我々も考察を通して最低賃金保障、さらに最賃制度に対しての政
策提言を行っていく。
1
最 低 賃 金 を 引 き 上 げ る 会 編 ( 2009 ) 『 最 低 賃 金 で 1 か 月 暮 ら し て み ま し た 。 』 亜 紀 書 房
「最低賃金生活体験」 1か月の最賃額で生活を行ったもの。1か月の最賃額 =(域別最低賃金)×(各都道府県の平
均労働時間)-(厚生年金+健康保険+雇用保険+所得税(0円))
2引用)民主党 HP 2009 年 第 45 回衆議院議員総選挙 マニフェスト 2009
11
ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
第 2 項 最賃とワーキングプア
第 45 回衆議院議員選挙において最賃の引き上げが民主党、社民党のマニフェストとして
掲げられたことは記憶に新しい。選挙の結果両党は政権与党となり、マニフェスト実現に向
けた政治を行うことができるようになった。実現かくや。民主党がマニフェストで最賃引き
上げをどのような政策として掲げていたのかを紹介したい。
5 雇用・経済――――40.最低賃金を引き上げる
【政策目的】
○まじめに働いている人が生計を立てられるようにし、
ワーキングプアからの脱却を支
援する。
【具体策】
○貧困の実態調査を行い、対策を講じる。
○最低賃金の原則を「労働者とその家族を支える生計費」とする。
○全ての労働者に適用される「全国最低賃金」を設定(800 円を想定)する。
○景気状況に配慮しつつ、最低賃金の全国平均 1000 円を目指す。
○中小企業における円滑な実施を図るための財政上・金融上の措置を実施する。
【所要額】
2200 億円程度
以上が民主党マニフェストの最賃引き上げに関する部分である。
具体策の一つ目である貧
困の実態調査はすでに行われ、今年の 10 月 10 日に数値が公表された。我が国の貧困率は
15.7%。中位所得者の半分以下を貧困層とする相対的貧困の定義で算出された数値である。
政府はこの数値を改善する政策を打ち出す方針を掲げている。
翻って民主党の政策について、政策目的から検証してみる。政策目的には「まじめに働い
ている人が生計を…」と記され、また最賃の原則を「労働者とその家族を支える生計費」と
することが提案されている。この文章からワーキングプアからの脱却を目指すためには最賃
を引き上げることが必要である、という民主党の主張が見えてくる。確かに、まじめに働い
ている人の生計が立てられないことは非常におかしいことではあるが、ここにはある疑問が
投げかけられる。最低賃金の引き上げは貧困対策として適切なものだろうか。これは「最低
賃金の引き上げは失業率を上昇させる」という理論から導き出される疑問である。円滑な実
施のため中小企業に対して、財政上・金融上の措置を講じてはいるが、この政策は前述の理
論からすれば失業者を増やしてしまうのではないだろうかと予想される。
最賃の引き上げは
未熟練労働者・若年労働者の雇用機会を減らすという意見が一般的であり、もし最賃が引き
上げられてしまうと働きたくても働けない労働者であふれ返ってしまう推測ができるはず
だ。だが、まじめに働いている人の生計が立てられないことはおかしい。これらはトレード
オフの関係にあるのだろうか。
まじめに働いている人が生計を立てることができる所得をも
つ。響きは良いが政策として短絡的に最賃引き上げを講じることに対し我々は疑問の念を抱
かざるをえない。
まじめに働く人が生計を立てられるようにするために必要な環境とは何だろうか。最賃の
研究を行っていく過程で行き着く疑問、最賃制度の在り方についても提言していきたい。
12
ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
第2章 先行研究紹介
先行研究紹介及び本稿の位
及び本稿の位
置づけ
最賃と失業率についての研究は米国をはじめ日本でも数多く発表されている。本章では
数ある最賃研究の中から、
第 1 節では米国の最賃研究に一石を投じた David Card and Alan
B. Krueger[1994](以下、カード=クルーガーとする)の論文と第 2 節では日本の安部・
玉田[2007]、第 3 節では川口・森[2009]の論文を紹介する。
第1節 最賃研究に一石を投じた論文
最賃と失業率の関係に関する研究は米国をはじめ数多くのものがある。その中でも最賃研
究に一石を投じた研究がある。米国のカード=クルーガー[1994]によるものだ。
冒頭でも述べた通り、最賃の引き上げは一般的に雇用破壊を引き起こすと考えられてい
る。賃金に見合わない労働生産性を持つものは解雇されるからだ。だが、通説とは異なる分
析結果を持つ論文がカード=クルーガーの研究である。
カード=クルーガーの研究では米国
のニュージャージー州と隣接するペンシルバニア州を対象とし分析を行っている。当時ニュ
ージャージー州では最賃を$4.25→$5.05 にし、ペンシルバニア州では$4.25 と据え置い
た。そこでカード=クルーガーは両州のファーストフード店における地域間の雇用の変化を
需要の季節変動等、最賃以外の雇用決定要因の同質化を図り、労働需要変動を直接的にとら
えられるようにした。期間は 1992 年 4 月の直前(92 年 2-3 月)から約 8 カ月後(92 年 11-12
月)までである。彼らの予想では、もし最賃引き上げにより雇用が減少するならば、最賃の
引き上げのあったニュージャージー州内店の雇用成長率は、
最賃が据え置かれたペンシルバ
ニア州内店の雇用成長率を下回ると考えたのだ。だが、結果として雇用は最賃を引き上げた
ニュージャージー州が 20.44%→21.03%、
最賃を据え置いたペンシルバニア州では 23.33%
→21.17%となったのである。予想とは正反対の結果となったのである。
つまり、最賃の上昇は雇用の減少をもたらさず、むしろ雇用増加をもたらす。という可能
性を示唆したのである。カード=クルーガーの研究では、最賃の引き上げは若年労働者の雇
用数を減少させないと分析されている。
論文で使用されたデータの質を疑問視する研究者た
ちの批判を受けたが、労働研究の流れに多大な変化を与えた論文とされている。
第2節 最賃と生活保護に関する研究
日本における最賃の先行研究を紹介したい。1つ目の先行研究には安部・玉田の論文『最
低賃金・生活保護の地域差に関する考察』[2007]である。この論文では、まず日本における
最賃と生活保護額の地域差の実態を把握し, また最賃が生活保護額に比較して低いことが
中卒男性の就業率の地域差と関連しているかどうかが検討されている。最賃と就業という設
定は私たちの問題意識とも合致する。最賃の地域差とは地域によって最賃の賃金下支え機能
13
ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
が異なることを指している。1990 年代において、都市部では最賃は低賃金労働者の賃金を
下支えする機能を持っておらず、一方地方では最賃が賃金の低下に有効な歯止めとなってい
た。
また EBRatio1という指標を用いて最低賃金、生活保護の地域差を検証している。それ
によると最賃でフルタイム労働が生活保護水準を下回る、という度合いにも地域差が存在す
ることが分かった。
これが意味することは生活保護と最賃は異なる基準で設定されていると
いうことである。(だが最低賃金法の改正により生活保護との兼ね合いを考えることになっ
たのでこれは解消に向かうかもしれない)
そして、低賃金労働からの収入/生活保護額比率と男性就業率が関連するかを調べるため
に回帰分析を行っている。
被説明変数:地域別(都道府県全体、市部)中卒男性2の就業率
説明変数:産業別男性パート賃金と生活保護額の比(MalePT_EBR)
産業別女性パート賃金と生活保護額の比(FemalePT_EBR)
最低賃金と生活保護額の比(MW_EBR)
年齢ダミー、地域ダミー、学歴ダミー
その結果最賃が高くても中卒男性就業率は上昇せず、市場賃金が高いことのほうが有意に
影響を与えているということが分かった。
第3節 最賃の失業率への影響
最後に最新の研究を紹介したい。Daiji Kawaguchi(川口大司)and Yuko Mori(森裕子)”Is
Minimum Wage an Effective Anti-Poverty Policy in Japan?”(最低賃金は有効な貧困対策
か)[2009]である。
この論文では過去の日本での最賃研究を基に、最賃が貧困対策として望ましい政策か否か
を精査することを目的としている。その背景として民主党マニフェストの最賃 1000 円があ
る。川口氏、森氏[2009]の論文は、過去の日本の研究を網羅しており、最賃の上昇が雇用を
減らすのかどうか具体的な観点からの実証分析を行っている点で我々は参考とした。
具体的
な観点とは、①最賃の概観として、どのような労働者が最賃労働者になりやすいのか、最賃
労働者はどういう労働者で構成されているのか。
②最賃の上昇は低技能労働者層の雇用を減
らすか。③最賃は若年層の就学や就労にどのような影響を与えるかという3点である。
実証モデルとしては以下の式である。
⊿E:就業率の5年間の変化
FA:最賃上昇で影響を受ける労働者比率
⊿AW:15-59 歳男性の平均賃金の変化
⊿X:①各カテゴリーの労働者が全就業者数に占める割合
②25-29 歳男性労働者の失業率
P:都道府県ダミー
Y:年ダミー
k:カテゴリー
j:都道府県
t:年
14
ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
カテゴリーの種類:1.15-19 歳男性、2.20-24 歳男性、3.60 歳以上男性、4.15
-19 歳女性、5.20-24 歳女性、6.60 歳以上女性、7.25-59 歳既婚女性の7つであ
る。
回帰分析の結果として、①最賃労働者の割合が高いのは、若年・高齢者、女性、中卒・高
卒、卸売・小売業、飲食業ということがわかり、最賃労働者が低所得家計に属するとは限ら
ないようであることが分かった。
(最賃労働者のうち、20%が年収 200 万円以下家計の世帯
主、約 50%が 500 万以上の家計の世帯員)また、②最賃の引き上げは雇用の減少をもたら
すのかという問題に関しては、最賃引き上げは男性 10 代労働者、中年既婚女性の雇用を阻
害する傾向がみられたのである。③の若年層の就学や就労にどのような影響を与えるかに関
して、
最賃引き上げは若年層の就労意欲にインセンティブを与えることが結果として得られ
ている。
第4節 本稿の位置づけ
最賃に関する研究は欧米をはじめ、日本でも数多くされている。その多くは最賃と失業率
の関係、最賃引き上げと若年者への雇用の影響などの実証分析研究である。Stigler[1946]
の研究を筆頭に、「最賃の引き上げは失業率を上昇させる」理論は強固なものであった。だ
が、カード=クルーガー[1994]によって最賃と失業率の理論の論争が再燃したのである。数
多くの最賃研究がなされてきたが、先行研究ごとに最賃に対する見方は違っており、最賃が
失業に影響するかどうか、先行研究に共通する一つの見方というものは存在せず、最賃と失
業率の関係には未だはっきりした答えというものはない。
我々の研究は最賃の引き上げは失業率を上昇させるという理論に端を発し、近年の最賃議
論の活発化が契機となり始まった。我々はまず最賃に対する見方というものを提示する。具
体的には最賃が失業に正の影響を与えているか負の影響を与えているか、
影響しないかにつ
いて分析する。その分析結果に基づき、我々は現代日本が抱える病について独自の処方箋を
提示する。
最賃の決定要因を分析し民主党マニフェストに掲げられた最賃引き上げのシミュ
レーションを行うことにより、
本稿は現況に即した最賃と失業率研究の足跡を残すものであ
ると我々は考えている。
15
ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
第3章 実証分析
実証分析
前章においては、最賃が雇用にどのような影響を与えるかという目的のもと、先行研究の
紹介を行った。しかし、先行研究の内容をみると最賃が与える影響について一貫した見方が
ないことが分かった。そこで我々は先行研究同様に、最賃が雇用に与える影響について独自
に分析を行う。
第1節 最賃の決定要因の分析及び有効求人倍率
への影響
最賃が失業に与える影響を分析するにあたり、まず最賃が決定される構造を考える。前述
のとおり、最賃は 3 つの要因で決定されている。(ア)労働者の生計費、(イ)労働者の賃金、(ウ)
企業の賃金支払い能力、の 3 点である。これら 3 つの要因について 2 つの変数を用いて代
用する。すなわち労働者の賃金に対してパート賃金を用い、労働者の生計費・企業の支払い
能力については景気に左右されるものとして CPI(消費者物価指数)を変数として用いる。
ここで最賃を説明する仮説を①とする。つづいて最賃が失業に与える構造を考える。失業に
関する指標としてここでは有効求人倍率を用いる。
失業に関する指標としては他に完全失業
率があるが、我々は地域別の分析を行うので、毎年県別にデータがある有効求人倍率を使用
する。有効求人倍率を説明する仮説を②とする。
(以下では簡略化のため最賃を mw、パート賃金を pw、CPI を cpi、有効求人倍率を q と表
記する。)
仮説
①最賃はパート賃金と
最賃はパート賃金と CPI の変化で決定される。
②有効求人倍率は最賃、
②有効求人倍率は最賃、CPI が上がると悪化する。
二つの仮説を基にすると構造方程式は以下のとおりに表せる。
mw=F(pw,cpi)
q=F(mw,cpi)
仮説より二つの構造方程式を作った。しかし変数 mw と pw はともに賃金に関する指標で
あり、攪乱項との相関が予想される。内生変数にバイアスが生じてしまうので、二段階最小
二乗法(2SLS)で分析を行う。そこで前の二つの式を 2SLS 用に調整した。
pw=F{pw(pw=F{pw(-1),cpi,cpi(1),cpi,cpi(-1)}
mw=F(pw^,cpi)
さらに有効求人倍率の推定を mw の予測値を使用して 2SLS で分析する。
q=F(mw^,cpi)
分析は全県を対象にし、変数は 1988 年から 2004 年のデータを使用した。
この分析により最賃と失業の関係についての見方を提示する。
16
ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
定数項
北海道
青森
岩手
0.951
mw^
Cpi
R^2
-0.001
0.004
1.463 (-3.062)***
0.426
0.687
-0.004
0.019
0.473
-1.411
0.627
-2.952
-0.011
0.102
定数項
0.544 滋賀
0.741 京都
0.815 大阪
-1.109 (-4.785)*** (2.588)**
宮城
3.653
(2.602)**
秋田
-10.392
-0.007
0.011
(-4.971)***
0.515
-0.019
0.220
0.870 奈良
(-3.647)*** (-5.405)*** (4.524)***
山形
福島
茨城
-12.457
-0.022
0.259
-0.756
-1.405
1.021
0.457
-0.016
0.095
0.115 (-2.767)**
1.320
5.721
-0.012
0.022
(-8.181)***
0.830
-0.009
-0.035
(-6.479)***
-1.591
-0.006
-0.073
-1.581
-1.082
-0.004
-0.042
(2.761)**
栃木
10.218
(6.919)***
群馬
12.369
(2.721)**
埼玉
7.437
(6.961)***
千葉
5.224
(3.530)***
東京
11.319
(6.256)***
神奈川
9.901
(6.831)***
新潟
富山
石川
福井
-0.006
-0.009
(-4.440)***
-0.432
-0.002
-0.088
(-1.842)*
-0.002
(-2.269)**
-0.077
0.077
0.406
0.165
-0.294
5.334
-0.011
0.025
1.406 (-3.595)***
0.464
-0.008
-0.002
(-5.170)***
-0.069
-0.011
0.011
0.032
1.146 (-3.579)***
0.579
R^2
-0.003
-0.072
(3.064)***
-1.171
-1.601
2.288
-0.003
0.005
1.085
-1.519
0.151
7.445
0.000
-0.070
3.195
0.003
(3.524)*** (-4.342)***
0.182
-0.004
-0.012
(3.655)*** (-3.959)***
-0.768
2.096
0.647
0.720
0.166 (-2.320)**
-0.005
3.990
0.717
-0.005
0.016
1.442 (-4.844)***
0.863
-2.365
-0.013
0.107
-0.318
-1.522
0.879
0.332
-0.013
0.083
0.803
0.880
0.743
0.641
0.917
0.917
0.186 (-8.343)*** (3.249)***
0.952 岡山
0.829 広島
0.894 山口
4.777
-0.006
0.000
0.426
-0.527
-0.001
3.862
-0.008
0.020
1.672 (-5.769)***
0.672
2.852
-0.006
0.018
(-5.843)***
0.982
-0.006
0.074
(2.028)*
0.888 徳島
-3.018
0.595
0.856
0.823
0.725
-1.449 (-5.017)*** (2.738)**
0.843 香川
-1.700
-0.015
0.116
0.849
-0.387 (-4.722)*** (1.911)*
0.844 愛媛
(-4.195)***
-0.237
4.734
0.909 島根
(-3.684)***
0.009
(2.383)**
0.827 鳥取
(-4.807)*** (-2.998)***
19.100
5.897
0.625 和歌山
cpi
9.710
(4.052)***
0.882 兵庫
mw^
-0.394
-0.007
0.051
0.815
-0.210 (-4.379)*** (1.888)*
0.611 高知
0.807 福岡
1.426
-0.002
0.001
1.042
-1.722
0.064
3.555
-0.002
-0.021
(3.494)*** (-1.794)*
0.841 佐賀
0.655 長崎
1.697
0.018
1.420 (-5.936)***
1.216
-0.012
-0.985 (-2.812)**
17
0.666
-1.507
-0.005
-4.004
0.564
0.116
(1.784)*
0.806
0.722
ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
山梨
2.621
-0.014
0.073
0.911 熊本
1.244 (-7.657)*** (2.411)**
長野
4.172
4.172
(2.384)**
岐阜
9.512
(4.288)***
静岡
8.025
(4.174)***
愛知
13.613
(3.085)***
三重
8.766
(2.790)**
-0.013
0.050
(2.349)**
0.933 大分
(-9.739)*** (2.108)*
-0.012
-0.010
(-6.721)***
-0.348
-0.006
-0.033
(-3.026)***
-1.111
-0.006
-0.086
-1.937
-1.447
-0.002
-0.067
-0.515
-1.239
3.162
2.047
-0.003
(-2.408)**
-0.003
1.477 (-2.923)**
0.902 宮崎
4.332
0.705 沖縄
0.006
-0.879
-0.782
0.157
-0.004
0.029
0.033
-0.860
0.374
4.089
0.000
-0.036
-0.199
-1.648
0.737 (*、**、***はそれぞれ 10%、5%、1%水準で有意)
以上が分析の結果である。表を見て分かるように、ほとんどすべての地域において最賃の
上昇は有効求人倍率を低下させる。だが新潟、大阪、沖縄の 3 府県については有効求人倍
率を低下させる結果は得られなかった。しかし 3 府県とも t 値は有意ではなかった。もう一
つの指標として CPI を変数に加えていた。だがこの変数が有効求人倍率に与える影響は各
都道府県で符号条件が異なっており、明らかにできなかった。
つづいて都道府県毎に用いたデータとは別のデータを用いて、全国の分析も行ってみた
い。構造は同じものを考えた。失業率は最賃と景気の変動に影響される、という仮説をたて、
被説明変数には対数化した有効求人倍率と失業率をそれぞれ用い、説明変数は全国平均の最
賃と実質 GDP を用いた。1983~2007 年のデータを使用した。
有効求人倍率
完全失業率
定数項
8.724
定数項
-23.324
t値
3.508
t値
-15.872
実質 GDP
-3.719
実質 GDP
7.443
t値
-4.868
t値
16.486
最低賃金
4.689
最低賃金
-6.904
t値
6.609
t値
-16.466
R^2
0.770
R^2
0.919
どちらの変数においても 1%水準で有意な結果が得られた。景気変動の指標である GDP
の上昇は失業率、有効求人倍率に正の影響を与え、最賃の上昇は失業率、有効求人倍率に負
の影響を与えることが分かった。
以上二つの分析(都道府県別と全国)により、最賃の引き上げは雇用に悪影響をもたらす
と結論付けることができる。やはり最賃の引き上げは失業をもたらす。以下では分析で得ら
れたこの結論をもとに進めていく。
第2節 最賃引き上げのシミュレーション
最賃引き上げのシミュレーション
最低賃金を 1000 円まで引き上げる。政権をとった民主党はマニフェストにこう掲げてい
る。この 1000 円とは、あくまで長期的目標として設定されているものであり、短期的には
800 円という金額が想定されている。現在は約 700 円であるので、およそ 14%の引き上げ
ということだ。我々が前節で行った分析では、最低賃金を引き上げると失業に影響を与える
という結果が出た。分析で得た式を基にして、この 100 円の賃上げがどのような影響をも
たらすかを検証してみたい。
18
0.655
0.294
-0.026
(2.463)**
0.750
-0.370
-0.002
(2.006)*
0.863 鹿児島
-0.007
0.667
0.546
0.681
ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
都道府県の分析で得た式を利用し、最低賃金が 700 から 800 円に引き上げられた際の有
効求人倍率の変化を見た。CPI は 2005 年のもので固定した。結果は以下のとおり。
北海道
-0.129 東京
-0.236 滋賀
-0.288 香川
-1.509
青森
-0.377 神奈川
-0.219 京都
-0.349 愛媛
-0.671
岩手
-1.134 新潟
0.920 大阪
0.034
-0.182
0.034 高知
宮城
-0.674 富山
-1.131 兵庫
-0.456 福岡
-0.150
秋田
-1.903 石川
-0.782 奈良
-0.362 佐賀
-0.515
山形
-2.189 福井
-1.109 和歌山
-0.506 長崎
-1.216
福島
-1.583 山梨
-1.448 鳥取
-1.276 熊本
-0.325
茨城
-1.169 長野
-1.313 島根
-1.331 大分
-0.330
栃木
-0.932 岐阜
-1.161 岡山
-0.609 宮崎
-0.195
群馬
-0.643 静岡
-0.585 広島
-0.826 鹿児島
-0.423
埼玉
-0.401 愛知
-0.606 山口
-0.635 沖縄
-0.022
千葉
-0.574 三重
-0.195 徳島
-0.646 全国平均
-0.689
新潟、大阪では有効求人倍率は上昇するが、それ以外の地域では一様に下落する。
また、全国の分析で使用した式についても検証を行った。
完全失業率(
完全失業率(対数)
対数)=8.724‐
8.724‐3.719×
3.719×実施 GDP(対数
GDP(対数)
対数)+4.689×最低賃金
4.689×最低賃金(
×最低賃金(対数)
対数)+u
有効求人倍率(
有効求人倍率(対数)
対数)=‐23.324
=‐23.324+
23.324+7.443 実質 GDP(対数
GDP(対数)
対数)‐6.904×最低賃金
6.904×最低賃金(
×最低賃金(対数)
対数)+u
全国のデータを用いて行った分析では対数化した値を使用しているのでそのまま弾力性
が分かる。つまり、最低賃金が 14%引き上げられると完全失業率は 0.66%増加し、有効求
人倍率は 0.97 ポイント下落する。
民主党の政策の是非を決めるのは本稿の範囲外であるが、「まじめに働いている人が生計
を立てられる」
ように最賃を引き上げてしまうと失業が発生する。
最賃の引き上げと失業率、
これらはトレードオフの関係にあるといえる。ではどのようにすれば「まじめに働いている
人が生計を立てられる」ようになるのだろうか。この問題は次章で解決される。
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ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
第4章 政策提言
第 3 章において最賃の決定要因と有効求人倍率の分析、また民主党マニフェストである
最賃引き上げのシミュレーション等を行った。我々の最賃と失業率の実証分析による結論、
また先行研究の結論より、やはり最賃引き上げによる失業率への影響はあると断言できる。
我々は「最賃引き上げは失業率を上昇させる」という理論を支持したい。
以上より我々は、最賃制度は労働者(低賃金労働者)の雇用環境に悪影響を及ぼしてしま
い、またそれに関連して生活基盤をも奪ってしまう可能性も含有しているものと結論づけた
い。最賃制度そのものが労働者にとって良いものではない。冒頭の“はたらけどはたらけど
猶わが生活楽にならざり ぢっと手を見る”が記されてから間もなく 100 年ちょうどとな
る。我々は 100 年先も、まじめに働く人々に対し千辛万苦を重ねさせてしまっていいのだ
ろうか。まじめに働く人々のために我々は最賃制度に対し、また民主党マニフェストの最賃
引き上げに対するカウンタープランとして政策を提言し本論文を終わりにしたい。
第1節 政策提言Ⅰ 最賃制度の在り方
最賃制度の在り方
第 2 章の先行研究の結果及び第 3 章の実証分析の結果より我々は最賃制度の在り方を提
言したい。
第 2 章の先行研究で紹介した川口・森[2009]において最賃の引き上げが失業・雇用に負の
影響を与え、特に男性 10 代労働者と中年の既婚女性に影響を及ぼすとされた。
我々の実証研究においてもやはり最賃の引き上げは雇用に悪影響を及ぼすものと考察で
きる。また民主党マニフェストに掲げられている最賃 800 円、1000 円共に雇用に影響する
結果も得ており失業率が上昇することは間違いない。
過去、最賃は毎年度改定され上昇し現在の額になっている。一時、最賃を据え置いた期間
もあったのだが、最賃の決定理論である 3 点を勘案されて引き上げられている。最賃は、
恐らく引き上げによって失業率が上昇するという側面をこれからも持ちつつ民主党による
政治主導の下、引き上げられていくことが予測される。だが民主党がマニフェストで掲げて
いる最賃引き上げ構想による貧困対策は、「最賃の引き上げは失業率を上昇させる」という
理論が労働市場の状況下において最も当てはまる理論のため有効な対策ではない。労働者の
生計をたてられるようにした最賃引き上げ政策で失業者を増やしてしまい、
逆に労働機会に
恵まれず生活ができなくなってしまうのは本末転倒だ。
しかし、このような本質的欠陥が指摘される最賃制度にも忘れてはならない側面がある。
それは賃金下支え機能である。
最賃があることによって一定の賃金水準が保たれている面が
ある。実際に平成不況と呼ばれた 90 年代において地方では最賃制度が賃金低下に歯止めを
かける有効な制約となっていたことが明らかにされている1。最賃制度がもつこの機能を活
かして労働者の生活を守っていくことができないだろうか。
所得保障のため最賃を引き上げ
る。そのようなことはしてはいけない。ここで短絡的に最賃を引き上げてはいけないことは
安部由起子、玉田桂子 (2007) 『最低賃金・生活保護の地域差に関する考察』
1
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ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
我々がすでに分析した。
つまり最賃制度はそれだけでは労働者の生活を保障することにはな
らない。最賃制度とは違ったアプローチで所得保障を行う必要がある。その違ったアプロー
チとは何か。次節で制度案を紹介するが、我々は負の所得税の考えの発展形である給付付き
税額控除を提案したい。
最賃制度はこの制度と複合的に運用することで欠点を補完すること
ができる。最賃の賃金下支え機能はこの制度をもって有効に働くだろう。最賃の引き上げに
よって労働者の所得を保障することに我々は強く反対する。
最賃制度は所得保障としての機
能をもつが、その裏では雇用破壊をもたらすということを忘れてはいけない。最賃制度のあ
るべき姿とは、賃金低下に歯止めをかけるバインド効果を活かしたものだ。
第2節 政策提言Ⅱ 勤労者給付付き税額控除
~ハート・プラン~
労働者の所得保障はいかに可能か。最賃引き上げは雇用破壊をもたらし労働者に対して負
の影響を与える。そこで最賃に代わるものとしてこの節では勤労者給付付き税額控除「ハー
ト・プラン」を導入することを提言する。以下、政策のメリットを説明する。
この政策はフルタイム契約で働いているにもかかわらず所得が少ない人に対し、最低生活
費を保障することを目的としている。我々が想定する給付の概念について図を用いて説明す
る。
図5 勤労者給付付き税額控除 ~ハート・プラン~
Income
平均最賃以上
課税対象範囲
Welfare(1-1)
Average_mw
Welfare(3-2)
給付金目安
(23,320円)
Lower_limit
(103h/月)
Upper_limit
(160h/月)
Time
この政策はフルタイム契約(パートは対象外)労働者を対象とする。縦軸に所得をとり横
軸に時間をとっている。図において色が塗ってある部分が給付を行う範囲である。縦軸と平
行な二つの線はそれぞれ基準に対応した労働時間であり、横軸と平行な二つの線は基準額
(ここでは日本国内において最低生活費として算出される生活保護額の最低額と最高額を想
定している)である。斜めの太線は最低賃金水準で働く労働者したものである。
ある程度の時間(下限時間)以上働いたが、基準(W3-2)以下の所得の者に対して一定
額の給付を行う。
この政策はフルタイム契約(パートは対象外)労働者を対象としているので、この図の対象
者はフルタイムで働く労働者である。縦軸に所得をとり横軸に時間をとっている。縦軸と平
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ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
行な二つの赤い点線はそれぞれ基準に対応した労働時間であり、
下限は政策により設定する
ものである。上限は法定労働時間の週 40 時間より月 160 時間である。原点を通り赤い太線
と交差する線上の賃金水準のものには受給資格がある。横軸と平行な二つの線は基準額(こ
こでは日本国内において最低生活費として算出される生活保護額の最低額と最高額を想定
している)である。斜めの太線は加重平均の最賃(713 円/h)水準で働く労働者、点線は平
均最賃以上の賃金で働く労働者の集合である。図中の青い線、オレンジの線、色が塗ってあ
る部分については後述する。
ある程度の時間(下限時間)以上働いたが、基準(W3-2)以下の所得の者に対しては一
定額の給付を行う。その際給付には上限(W1-1)を設け、給付金によって上限を超えない
ように給付額は調整を行う。図を例にすると黒い太線以下の賃金水準の者は給付金が全額支
給され、黒い線より上の者は上限(W1-1)を超えないように額が調整される。給付額の算
出および下限時間の設定は地域の最賃と生活保護費の比較で行う。地域別最賃の加重平均額
を例に算出の方法を説明したい。
平均最賃で月 160 時間(上限時間)働くと、得られる賃金は 114,080 円である。これ以
上働くことが出来ないが、それでも W1-1 の地域の最低生活費には届かない。W1-1 地域の
最低生活費は住宅手当込みで 137,400 円であり、差額は 23,320 円である。この差額を支給
する。問題はどのような労働時間まで支給するかだが、その判断には W3-2 地域の最低生活
費の基準を使用する。平均最賃のグラフと平行であり、W1-1 と上限時間の交点を通る線(図
中の青い線)を引き、W3-2 との交点の労働時間を求める。この地域の最低生活費は 96,870
円であるので、計算すると 103 時間という基準が出てくる。平均最賃水準で働く者は月 103
時間の労働をすることで W3-2 の生活保護水準、月 160 時間労働することで W1-1 の生活
保護水準に足りない分の定額 23,320 円の給付が受けられる。また、平均最賃以常の賃金水
準で働くものに対しては給付が減額される。
図の黒の点線およびオレンジの点線部でそれを
表している。
23,320 円という金額は十分に現実的であり実行可能であると考える。その根拠として先
の定額給付金の事例を出すことが出来る。定額給付金との大きな違いは全世帯に無差別に行
うわけではないことだ。我々の案では勤労者、その中でもフルタイム労働者に対象を限定し
ている。このことから十分に実現可能性を持っていると考える。対象の特定に関して、平均
最賃以上の賃金水準で働くものに対しては給付が減額され、W1-1 の基準を超えた部分の所
得に対しては課税対象となるということもある。
W3-2 の基準を超えた部分に関しては全て課税対象とする。それは月 103 時間の(下限時
間)を把握するためである。方法としては、通常、企業が年末調整を行う際に労働者の所得
と同時に総労働時間を税務署に提出しなければならないとする法規範を制定することが挙
げられる。その後、所得税を納めた各個人に対して給付金が与えられる。
このハート・プランと最賃制度は相性がよい。給付付き税額控除を導入すると企業は低賃
金労働者の賃金を今までより抑制することが予想される。なぜなら政府が賃金保障を行うこ
とで新たに保障されたぶんの額をカットする可能性があるからだ。この事態を避けるために
は企業が負担する賃金保障がなければならない。
もし最賃制度がなかったらという状況を想
定すると、このような事態が起こりえるということが分かりやすいだろう。給付付き税額控
除と組み合わせて運用することでようやく、
最賃制度は賃金低下歯止め機能を存分に発揮す
ることが出来るだろう。
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ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
おわりに
2009 年 10 月 28 日の日経速報ニュースに以下のような記事が掲載された。
「『最低賃金上昇の影響調査 厚労省、10 年度に全国規模で』
厚生労働省は最低賃
金の引き上げに関する全国初の実態調査を 2010 年度に実施する方針だ。…(中略)卸
売りや流通など各分野の業界団体を通じて、最低賃金を引き上げた場合に経営や雇用、
地域経済に及ぼす影響を把握する。…(以下、省略)」と
政権与党となった民主党が貧困対策として最賃を段階的に 1000 円に引き上げようと動きは
じめている。
我々はこの政策に待ったをかける。本当に最賃引き上げを行ってよいものなのだろうか。
最賃を引き上げると何が発生するか。確かに最賃と失業に関する研究において、未だに一つ
の見方がないのが現状である。最賃についてはいろいろな見方があるだろう。しかし我々の
分析では最賃の引き上げは雇用に影響を及ぼすことは間違いない。「最低賃金の引き上げは
失業率を上昇させる」という理論は、我々の研究においてもやはり妥当であることが証明さ
れた。所得保障・貧困対策としての民主党の最賃引き上げ政策には疑問が残る。我々はまじ
めに働く人々に対し、「ハート・プラン」のセーフティネットを設けることで現行の最賃制
度よりも、より労働者の生活に踏み込んだ政策を提言し、この問題の解決を目指した。
100 年も昔の言葉“はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざり ぢっと手を見る”と
いう詩には、現代を生きる我々の心に強く訴えかけるものがある。今まさにワーキングプア
のような“はたらけどはたらけど猶わが生活楽になら”ない問題は世の中に存在しているの
だ。来年でこの詩が発表されて 100 年を迎える。このまま手をこまねいて“ぢっと見”て
いるわけにはいかない。
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ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
先行論文・参考文献・データ出典
《先行論文》
・Daiji Kawaguchi and Yuko Mori
(2009)
”Is Minimum Wage an Effective Anti-Poverty Policy in Japan?”
RIETI Discussion Paper Series 09-E-032
・安部由起子、玉田桂子 (2007) 『最低賃金・生活保護の地域差に関する考察』
日本労働研究雑誌
・David Card and Alan B. Krueger (1994)
“Minimum Wages and Employment: A Case Study of the Fast-Food Industry in New
Jersey and Pennsylvania” The American Economic Review, Vol. 84, No. 4 pp. 772-793
・《参考文献》
・George J. Stigler
(1946) “The Economics of Minimum Wage Legislation”
The American Economic Review, Vol. 36, No. 3 , pp. 358-365
・最低賃金を引き上げる会編(2009)
『最低賃金で1か月暮らしてみました。』亜紀書房
・独立行政法人労働政策研究・研修機構 (2008) 『欧米諸国における最低賃金制度』
・独立行政法人労働政策研究・研修機構(情報解析部)著(2009)
『データブック国際労働比較2009』
・独立行政法人労働政策研究・研修機構(情報解析部)著(2000)
『データブック国際労働比較2000』
・駒村康平 (2007) 「ワーキングプア・ボーダーライン層と生活保護制度改革の動向」
『日本労働研究雑誌』 No.563 pp.48-60
・古谷 核(2003)「カード=クルーガー 『最低賃金と雇用』
」No.513 pp.26-29
・久本憲夫、玉井金五編(2008)
『社会政策Ⅰ ワーク・ライフ・バランスと社会政策』
法律文化社 pp.277-285
《データ出典》
・ 厚生労働省 HP http://www.mhlw.go.jp/ 2009/11/04
・ 内閣府
http://www.cao.go.jp/ 2009/11/04
・ 民主党 マニフェスト 2009
http://www.dpj.or.jp/policy/manifesto/index.html 2009/11/04
・ 全国障害者介護制度情報ホームページ 『生活保護基準 20 年度版』
http://www.kaigoseido.net/topF.html
2009/11/04
・ 独立行政法人 労働政策研究・研修機構 海外情報 特集『最低賃金制度をめぐる欧米
http://www.jil.go.jp/foreign/index.html 2009/11/04
諸国の最近の動向』
・ 独立行政法人 経済産業研究所 BBL セミナー(2009)『最低賃金は有効な貧困対策
か』
http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/09090901.html
2009/11/04
・ 厚生労働省中央最低賃金審議会『平成 21 年度第 2 回目安に関する小委員会資料』
資料№2 生活保護と最低賃金
http://www.mhlw.go.jp/za/0728/c26/c26-02.pdf
2009/11/04
・ 東京財団上席研究員 森信茂樹 『論考「ばらまき給付金から給付付き税額控除へ」
』
http://www.tkfd.or.jp/topics/detail.php?id=110
2009/11/04
・ 東京財団 『税と社会保障の一体化の研究―給付つき税額控除・納税者番号制度―
第二期第1回研究会【給付付き税額控除研究会】
』
http://www.tkfd.or.jp/research/news.php?id=410
2009/11/04
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ISFJ政策フォーラム2009発表論文 12th – 13th Dec. 2009
・ 日経ビジネスオンライン 『米国、最低賃金を引き上げ「政府は財政赤字を拡大せずに
個人消費を増やせるはず」
』
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20090727/200958/
2009/11/04
・ 厚生労働省第 6 回最低賃金制度のあり方に関する研究会議事要旨
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/01/s0107-2d.html
『最低賃金制度の変遷』
2009/11/04
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