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日本におけるワーク・ライフ・バランス 推進のための考察

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日本におけるワーク・ライフ・バランス 推進のための考察
21 世紀社会デザイン研究 2010 No.9
日本におけるワーク・ライフ・バランス
推進のための考察
筒井 友紀
TSUTSUI Yuki
1.はじめに
近年、少子化傾向より、ワーク・ライフ・バランスの重要性が指摘されている。「ワー
ク・ライフ・バランス」とは仕事と生活の調和を意味し、働きながら生活も充実でき
るように職場や社会環境を整えることを指す。1990 年代に欧米で提唱された概念で、
仕事と生活をうまく両立することにより従業員の能力を引き出し、従業員と企業の双
方の利益になるとの発想が根底にある。日本では、男女雇用機会均等法の改定(1997 年)
により女性の仕事と育児の両立を目指したことから始まった議論であるが、少子化に
よる人口減少社会の到来を踏まえ次世代の労働力を確保するため、仕事と育児の両立
や多様な働き方の提供といった意味で使われる。
しかし、筆者の体験では、20 代から 30 代の女性が出産を機に仕事を辞めて専業主婦
になると正規雇用の仕事につくことができていない。また、同一の業務に総合職・一
般職・派遣社員という 3 つの雇用形態があり、3 段階の賃金格差が存在する。職種も総
合職は主に男性で、一般職と派遣社員は女性である。
独立行政法人労働政策研究・研修機構の『日本人の働き方調査(第 1 回)』
(2006)に
よると、「収入の安定性は正社員、労働時間や休暇・休日については非正社員の満足度
が高い」とある。現在の日本では、仕事と生活のどちらかを選択せざるを得ず、仕事
を優先すれば生活の充実は犠牲にしなければならない。このようにどちらかを選択し
なければならない状況を解決するには、男女、既婚未婚に関わらず平等に休暇や短時
間勤務が選択できるような環境、つまり均等にワーク・ライフ・バランスを実現でき
る環境が必要である。
本論文では、ワーク・ライフ・バランスの実現のためには法制度の整備が重要であ
ると結論づ付けた。なぜなら、①地域、会社による格差を生じさせないため、②労使
が法律を基準として活動できるため、③行政も法律を基準に支援を計画できるため、
という理由である。そこで、ワーク・ライフ・バランスの先進国である英米など 6 ヶ
国の法制度を国際比較し、ワーク・ライフ・バランスと法制度の相関関係を示す。
̶ 87 ̶
2.ワーク・ライフ・バランスの定義
(1)日本での考え方
日本では、「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」及び「仕事と生
活の調和推進のための行動指針」
(2007 年)では定義について明記されていない。厚生
労働省の「仕事と生活の調和とは何か(定義)」によると、「国民一人ひとりがやりが
いや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たすとともに家庭や地域生活などに
おいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・
実現できる社会」とある。具体的には(1)就労による経済的な自立が可能な社会、
(2)
健康で豊かな生活のための時間が確保できる社会、(3)多様な働き方・生き方が選択
できる社会、である。
したがって、ワーク・ライフ・バランスという言葉から仕事と生活を天秤にかけて
バランス良くという誤解を防ぐため、「ワーク・ライフ・シナジー」
「ワーク・ライフ・
ハーモニー」
「ワーク・ライフ・インテグレーション」という言葉を使う人もいる。また、
ワークとライフは「仕事」と「それ以外の生活」とされることがあるが、この論文で
は「ワーク」は企業への従属性の高い被雇用者の仕事、「ライフ」は育児・介護の他に
自己啓発活動や地域活動などを含む日常の生活を念頭においている。
(2)発祥地のアメリカ、イギリスの考え方と本論文での定義
ワーク・ライフ・バランスの発祥地であるアメリカやイギリスでも定義は微妙に異
なる。アメリカでは「企業における施策、プログラム、サービス、姿勢のうち、仕事、
家庭そして個人生活の効果的な管理を通じて、従業員の幸福を増すためのもの」と定
義している。
イギリスでは「年齢、人種、性別にかかわらず、誰もが仕事とそれ以外の責任・欲
求とを上手く調和させられるような生活リズムを見つけられるように、働き方を調整
すること」と定義している。このように国ごとに定義も異なる。
しかし、重要なのは人生の各段階に応じて、時間を各自が希望するように配分でき
ることにある。仕事、家庭生活、地域生活、個人の自己啓発などの活動のために必要
な時間は人生の段階に応じて変わり得るし、個人の事情や希望も多様であるため、個
人主導で配分を決めることができる状況が望ましい。不要な休日を取らなければいけ
ない、必要な時に残業をさせないなどと強制することではない。
本論文では、ワーク・ライフ・バランスを、「人生の各段階で個人が望んだ時に、正
規雇用でも仕事とそれ以外の生活の配分を決められること」と定義する。
3.アンケート調査からみる日本の状況
(1)アンケート調査の概要
日本のワーク・ライフ・バランスの現状を把握するために、1. 政府・2. 労働組合・
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21 世紀社会デザイン研究 2010 No.9
3. 使用者団体・4. 研究機関の実施している最近のワーク・ライフ・バランスに関する
アンケート調査 14 本集め、日本の現状を分析した。
各アンケートはインターネットで公表されている調査を中心に抽出した。政・労・
使それぞれの立場でどのような調査が行なわれているのかを確認するため、国(行政)
5 本、使用者団体 3 本、労働組合 2 本、研究機関 4 本の計 14 調査(調査内容項目 311 件)
とした。
(2)調査の傾向
各アンケートの質問事項を①社会情勢や就労に関する意識、②現在の就労環境の確
認、③現在の就労上の問題点、④社員からみた自社の WLB(ワーク・ライフ・バラン
ス)、⑤企業・管理職からみた自社の WLB、⑥理想の WLB の 6 つに分類してどの項目
に重点を置いているかを確認したところ、図表 1 のような結果となった。
1. 政府(国・行政)の行った調査は、現在の就労環境を確認と理想の WLB(ワーク・
ライフ・バランス)の質問が多く政策への反映が目的である。
2. 労働組合は企業の人事担当者、企業の従業員、育児休暇取得者、育児休暇取得者
の上司と調査の対象を分け、社員からみた自社の WLB と企業・管理職からみた WLB
図表 1 政・労・使・研究機関による調査の傾向
筒井,2009
̶ 89 ̶
との違いを示し、問題提起している。
3. 使用者団体のアンケート調査は企業の代表を対象とした調査であるため、企業・
管理職からみた自社の WLB についての項目が大半を占める。
4. 研究機関では現在の就労環境の現状、社会情勢や就労に関する意識についての項
目が多く、社会情勢への意識と就労環境の関係性を確認している。
(3)法制化に関連する調査
内閣府が全国の 20 歳以上 60 歳未満の 2,500 人に行った『ワーク・ライフ・バラン
スに関する意識調査』
(2008)では、政府の取組みで最も重要なものを問う項目がある。
「保育所など子育て支援を拡充する」が 24.5%で、次に「ワーク・ライフ・バランスの
ための法規制を強化する」が 16.9%であった。これは、ワーク・ライフ・バランスの
実現のためには企業や個人の取組みだけでは限界があり、「法規制」の必要性があると
考えられているからである。
一方で、東京商工会議所が先進的に均等・両立支援を推進している企業 588 社
(1)
を
対象に行った『ワーク・ライフ・バランスに関する緊急アンケート』
(2007)では、「憲
章」や「行動指針」に政府が具体的な数値目標を明記することについて、制度によっ
て異なるが 56.6%から 71.9%の企業が「企業の事情に応じた自主的な取り組みが重要
であり、政府が強制すべきでない」と回答している。
このことから、ワーク・ライフ・バランスの実現には個人や企業の努力だけでは促
進されないと考える「労働者」、法規制や政府の介入により利益とコストのバランスが
崩れることを恐れる「使用者」、ワーク・ライフ・バランスを推進したいが企業に配慮
して法規制が行えない「政府」、という構図が見えてくる。
4.海外 5 ヶ国と日本の法律
海外 5 ヶ国と日本のワーク・ライフ・バランスに関連する法律を比較する。1. 発祥
地のアメリカ、2. EU 加盟国は EU 指令に則し法制化の義務があることから、EU の法
制度も調査する。3. ヨーロッパの中では早期に導入されたイギリス、また 4. オランダ
はフレキシキュリティ政策により不況を乗り越え、1990 年代半ばから出生率も上昇し、
注目すべき国である。5. ドイツは少子化傾向と性別による役割分業意識が日本と近い。
6. 日本以上に長時間労働で少子化傾向も進んでいる韓国も対象とした。
(1)各国の法律
1. アメリカは連邦法の他に州法があり、両者の規定に違いがある場合は、労働者に
有利な法律を適用することができる。本研究では連邦法のみ取り上げたが、もともと
立法による労働環境への介入は少ない。休暇に関しては 1993 年に制定された「家族及
び医療休暇法」で、病気休暇としての効果は見込まれたが、無給となるためか出産・
看護の休暇としては十分な機能を果たしていないという指摘もある。アメリカでワー
ク・ライフ・バランスに貢献しているのは、「雇用差別禁止法」が均等処遇に強力に働
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いているのと、企業独自の制度によるところが大きい。労働時間は他国に比べ長時間
の傾向があった。
2. EU 指令は、「両親休暇指令」
「パートタイム労働に関する指令」
「労働時間指令」が
特徴的である。まず、「両親休暇指令」は有給を規定していないが、男女全ての労働者
に子どもが 8 歳になるまで最低 3 ヶ月の休暇を付与することを定めている。「パートタ
イム労働に関する指令」は「時間比例の原則」の適用による均等待遇の実現し、使用
者は努力義務規定であるがフルタイムとパートタイムの相互転換に応じることが定め
られている。「労働時間指令」は、1 日 24 時間につき、最低連続 11 時間の休息時間、
つまり 1 日につき労働時間の上限を 13 時間としている。週労働時間は、7 日につき時
間外労働を含め平均 48 時間に制限している。ILO の国際基準よりも労使の状況に即し
た規定をしている。
3. イギリスは、「柔軟な働き方の申請権」で 6 歳未満または 18 歳未満の障害を持つ
子どもの親は労働時間の変更、勤務時間帯の変更、在宅勤務のいずれかを申請する権
利があり、柔軟な働き方の制度導入に力を入れている。EU 加盟国で唯一「オプト・ア
ウト
(2)
」を適用しているが、1 日の休息時間 11 時間という EU の労働時間指令は適用
されており、3 ヶ月間の平均で週 60 時間までという規定も設けられた。「パートタイム
労働に関する規制」では①時間当たりの同一賃金、②企業年金、③年次休暇、出産休
暇、親休暇に関する比例的な権利、④契約上の傷病手当、⑤職業訓練が保障され、パー
トタイムの均等処遇についても法で規制している。
4. オランダでは、労働組合は賃金の抑制、使用者は雇用の維持と労働時間の短縮、
政府は財政支出の抑制及び減税にそれぞれ努めるというワッセナー合意(1982 年)が
交わされ、フレキシキュリティ政策
(3)
が導入された。つまり、パートタイム労働者の
就労促進や賃金抑制で高失業を解消し、同時に労働法、社会保障制度、税制などの多
様な制度変革によって社会全体の働き方を変えた。特にパートタイム労働者が常勤雇
用である点が日本と異なる。男女、フルタイムパートタイム間の同一賃金が徹底して
いる。ILO のパート労働条約(1994 年)や EU パート労働指令(1997 年)の採択とい
う背景を経て、平等待遇法(1994 年)や労働時間調整法(2000 年)が制定された経緯
があるが、均等処遇への法制化はワッセナー合意から 10 年以上の時間を要した。
5. ドイツは育児休暇とパートタイムの均等処遇の法制化が進んでいる。育児休暇は
子どもが 3 歳になるまで取得でき、そのうち 12 ヶ月分は使用者が同意すれば子どもが
8 歳になるまでの期間に取得できる。両親が同時に取得可能で、休暇中にパートタイム
労働をすることも認められる。休暇については所得の保障はないが、休暇制度と別に
「親手当」があり、収入の 67%が 12 ヶ月分支給される。また、就業促進法の平等取扱
原則として、フルタイムとパートタイムの労働時間の割合で賃金受領の権利と、フル
タイムとパートタイムの相互転換の権利が定められている。
6. 韓国は、日本の労働基準法を参考に勤労基準法を制定した。政治参加については
女性のポジティブ・アクションが採用されているが、一般労働分野においては採用さ
れていない。また、ワーク・ライフ・バランスに関する施策は特に実施されていない。
関連する法律としては、非正規雇用者の増加にともない、保護する法律「期間制・短
時間労働者法」や「派遣労働者保護法」などが制定されたところであり、日本と比べ
̶ 91 ̶
て法整備が進んでいない。
以上より、EU 加盟国のイギリス・オランダ・ドイツは労働時間とパートタイム労働
に関する均等処遇の法制化が進んでいることが分かった。特にドイツは仕事と育児の
両立が行いやすい法制度が制定され、一定の基準を満たす法律の制定にあたって EU
指令の効果があったと考えられる。
(2)日本の法律
日本のワーク・ライフ・バランスに関連する法律には男女の均等な機会及び待遇の
確保を図るための「男女雇用機会均法」
(1972 年)、日本の労働基準を定める「労働基準法」
(1947 年)、育児・介護休業時の規定を定めた「育児・介護休業法」
(1995 年)、年次有
給休暇の取得促進や労働時間の短縮について努力義務を定めた「労働時間などの設定
の改善に関する特別措置法」
(2006 年)、少子化傾向に歯止めをかけるために従業員の
子育てと仕事の両立を推進する「次世代育成支援対策推進法」
(2003 年)、パートタイ
ム労働者の待遇改善のための「パートタイム労働法」
(1993 年)がある。労働基準法の
なかでは、
「週 40 時間制」と定められているが、一方で「時間外労働の限度(36 協定)」
があり、残業時間を規制しにくい法律となっている。また、パートタイム労働法にお
いても「努力義務」が多く、完全に法律で規制できるようになっていない。
5.データからみる 6 ヶ国のワーク・ライフ・バランス指標
EU 加盟国であるイギリス・ドイツ・オランダはワーク・ライフ・バランスに関連す
る法制度の制定が進んでいた。本稿では、第一に各国の性別による賃金格差を調査し、
第二に総労働時間と労働生産性からワーク・ライフ・バランス実現度を比較すること
により、賃金格差と国際基準の法規制とワーク・ライフ・バランスを実現の相関を調
べる。
(1)各国の男女間賃金格差
日本の育児・介護休業中に手当は出るが、無給か減額となるために男性よりも女性
の利用率が高い。厚生労働省が実施している『平成 21 年度雇用均等基本調査』によれ
ば、育児休業の取得率は女性が 85.6%、男性が 1.72%である。女性より男性の賃金が
高いため、役割分業意識が変化せず女性の利用が多いと思われる。また、制度利用に
より昇進・昇格に影響することを恐れ、男性の利用が極端に低いのではないだろうか。
ここでは、各国の賃金格差を比較する。
男女同一賃金を含めた均等処遇は各国で制定されている。日本においても ILO の同
一報酬条約(第 100 号)を批准し、男女同一賃金は労働基準法で明文化されている。
しかし、各国の男女の賃金格差をみると、男性を 100 としたときの女性の賃金はアメ
リカ 80.2、イギリス 83.1、ドイツ 76.3、韓国 62.8、日本が 66.9 である(図表 2)。ま
た、女性の勤続年数の格差をみると、アメリカ 92.9、イギリス 89.0、ドイツ 88.4、韓
国 59.7、日本 65.4 である。賃金・勤続年数ともに日本と韓国は男女の格差が大きい。
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厚生労働省の『男女間の賃金格差レポート(2009)』では、2008 年の一般労働者の男
女間所定内給与格差は男性を 100 とすると、女性は 67.8 であり、年々格差は縮小傾向
にあるという。しかし、さらに女性のフルタイム正社員の賃金を 100 とした場合、女
性のパートタイム賃金は 68.6 であるという指摘もある(矢島、2009)。つまり、女性
の正規雇用フルタイムの賃金を基準にパートタイムの賃金が決まるとすれば、パート
タイムの均等処遇を先に進めても男性との格差は縮まらず、性別に関係なく制度利用
は進まない。そのため、まず正規雇用の男女間の賃金格差を是正することが必要であ
ると考えられる。
男女間の賃金格差の要因をみてみると(図表 3)、職階による格差が一番大きく、次
に勤続年数による格差が大きい。女性は正社員であっても、出産・育児・介護で休業
することで勤続年数が少なくなり、勤続年数を評価する日本では女性が管理職になり
にくい。つまり、性別により賃金を差別しているのではなく、処遇に差別があるため
に格差が起きていると言える。
女性を積極的に登用するポジティブ・アクションとワーク・ライフ・バランスを同
時に行っている企業では、男女間賃金格差を縮小させている(阿部、2008)という指
摘どおり、今後は女性の参画をますます強化し、正規雇用における男女間の賃金格差
を縮小することが最優先課題である。
図表 2 男女間賃金・勤続年数格差
独立行政法人労働政策研究・研修機構,2009,『データブック国際労働比較 2009』
図表 3 男女間の賃金格差の要因
厚生労働省,2009,『男女間の賃金格差レポート』 ̶ 93 ̶
(2)各国の労働生産性と総労働時間
ワーク・ライフ・バランスの実現度の指標としては、企業調査によるデータの収
集と個人調査によるデータの収集からパフォーマンス指標の測定をする方法が発案
されている(学習院大学経済経営研究所編、2008)。だが、労働時間と生産性の関係
をみるのも一つの目安となる。OECD(Organization for Economic Co-operation and
Development:経済協力開発機構)が公表しているデータを元に、6 ヶ国の数値をグ
ラフにしてみた。アメリカの労働生産性を 100 とすると、オランダ(101.7)がもっと
も生産性が高い結果となった。続いてドイツ(92.8)、イギリス(83.1)も日本(70.2)
より上位である。アメリカの労働時間は日本とほぼ同じであるが、生産性は日本より
も高い。韓国(46.4)は労働時間が圧倒的に長く、労働生産性も低い状況である。今
回の比較の対象としなかった国もいれると、ノルウェー、ルクセンブルク、ベルギー、
アイルランドがグラフの左上に位置する。ドイツに近いのは、フランス、デンマーク、
スェーデン。イギリスに近いのがスイス、スペイン、フィンランド、オーストラリア。
日本に近いのがイタリア、アイスランドである。韓国を除く加盟国の中で日本は、労
働時間が長く生産性が低いことが分かった(図表 4)。
6.結論
以上の調査から、日本でワーク・ライフ・バランスを推進するために以下の 2 点が
必要だと考えられる。第一は、国際基準を視野に入れて法律を改定し、ヨーロッパの
法律に近づけること。第二は、男女間の処遇差別による賃金格差を無くすことである。
図表 4 6 ヶ国の労働生産性と総労働時間
OECD Productivity Database,December 2009 より作成
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まず、第一の法制度の改定については以下のように考える。EU 諸国(イギリス・
オランダ・ドイツ)が日本に比べて労働時間が短く生産性が高いのは、国際基準を意
識した法規制が効果を出しているからである。日本の企業においても「育児・介護休
業制度」やそれに伴う短時間勤務の導入は積極的であるが、育児・介護以外を理由と
する短時間勤務やパートタイムの均等処遇、長時間労働の是正は進んでいない。また、
意識調査では労働者から政府に対して法制度の強化を望む声があり、法制度が個人や
企業側の意識改革をすることにつながると考える。そこで、日本の法規制に必要なの
は以下の 4 点ではないだろうか。
①労働時間に休息時間を規定し残業を含めた上限時間を明確にする、②パートタイ
ム均等処遇を「努力義務」から「義務」にする、③有給休暇についてもその連続取得
を要件とし取得を義務づける、④育児・介護休業制度を取得した際の手当てについて
は年収に応じて支給率を変える。
①は、「EU 指令」によると、労働時間は残業を含めて週 48 時間を規定している。イ
ギリスはオプト・アウトを適用しているが、一日の休息時間を 11 時間取得する要件は
守られ、3 ヶ月の平均で週 60 時間を上限としている。日本の労働時間の規定にも一日
の確保すべき休息時間を明文化することで、いわゆる「サービス残業」を規制できる。
②は、日本の「パートタイム労働法」では、例外を除き均等処遇が、努力義務にとどまっ
ている。パートタイム労働者は 4 つに分類され、その分類方法に関しても判断方法の
提示にとどまり、管理監督されていない。オランダの「平等待遇法」では、男女間、正規・
非正規雇用間で同一価値労働同一賃金を適用しなければならないと規定され、ドイツ
でも「フルタイムからパートタイムへの移行が可能でなければならない」としている。
日本においても男女間、正規・非正規雇用間で同一賃金を義務化すれば、フルタイム
からパートタイムへの移行を可能とする短時間正社員制度が浸透するだろう。
③の有給休暇は、時季決定権が労働者にあるために取得率が低いと考えられるが、
連続取得を要件とし、取得率達成を義務化すれば女性のみならず男性の利用率も高ま
るのではないだろうか。
④の「育児・介護休業制度」は、雇用保険から育児休業の場合は 30%、介護休業の
場合は 40%支給される。休業中の給与は企業によって規定が異なり、減給か無給である。
休業中も生活が保障され、低所得世帯でも生活が成り立つように、年収の低い層に手
当を増額するなども検討が必要ではないだろうか。
第二に、男女間の処遇差別による賃金格差について述べる。現行でも政府主導でワー
ク・ライフ・バランスに関連する制度が導入されつつあるが、利用する人が制限され、
労働者間にも不平等感が生じている。根本的な原因を解決しないまま、法律や施策を
整備しても十分機能しなければ意味が無い。つまり、男女間の均等処遇がなければ、ワー
ク・ライフ・バランスの諸制度の利用も進まないのである。日本の男女間の賃金格差
はアメリカ・イギリス・ドイツよりも大きい(オランダはデータが集められなかった)。
韓国では男女間の同一価値労働同一賃金が法律に明文化されているが実際は日本より
も格差が大きい。日本の男女間の賃金格差の原因は、職階の差と勤続年数の差による
ところが大きいが、現行のコース別採用制度と評価方法によるところも大きい。した
がって、法制度で規制するだけでは不十分で、上記の要因を踏まえ解決策を早急に検
̶ 95 ̶
討する必要がある。
経済状況の変化により共働きで家計を支え、少子化に伴い労働力を確保する必然性
が出てきた。そのために、社会保障と労働時間の柔軟性に社会的な期待や要請が高まっ
ている。少子高齢化がますます深刻になると予測される日本において、フレキシキュ
リティ概念の下に法制度を見直し、政労使が力を合わせて労働環境を整備することが
喫緊の課題である。それには、正規・非正規、フル・パート、男・女、既婚未婚、に
かかわらず、皆が「お互い様」の意識を持って制度の利用ができるような均等処遇の
確立が不可欠である。
■註
(1)「ファミリー・フレンドリー企業表彰」「均等推進企業表彰」「均等・両立推進表彰」受賞企
業(平成 11 年∼ 19 年)
(2) 労使が合意すれば週 48 時間を超えて働ける例外規定
(3) 労働市場の柔軟さ(flexibility)と労働者保護(security)を両立させた政策のことで、造
語である。
■参考文献
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柳沢房子、2009、「フレキシキュリティ─ EU 社会政策の現在─」『レファレンス 700 号』、国立
国会図書館調査及び立法考査局、82-102
̶ 96 ̶
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