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羆塾が各地の支援者・賛同者の力で一般社団法人化しました。

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羆塾が各地の支援者・賛同者の力で一般社団法人化しました。
【ヒグマの問題を抱える⾏政の⽅へ】
昨今、札幌市をはじめ道内各地の都市部周辺でもヒグマのニュースがメディアを賑わしていますが、
一方で、中山間地域を中心とした地方でも農業被害・出没件数等が増加しているのが現状です。その
理由には、バイオエタノール由来のデントコーンの⾼騰、無闇な捕獲によるヒグマ社会の攪乱、地⽅
の過疎化と都市部の拡大、箱罠によるヒグマの誘引、などなど様々な要素があり一概には言えません
が、一つだけ言えることは、従来よりおこなわれてきた「クマ出没→殺して排除」という捕獲一本槍
では到底対応できないということです。⾏政としては、近年変化した新しいヒグマ問題に新しいカー
ドをもって対応する必要があります。一般社団法人・羆塾(ひぐまじゅく)は、その具体的方法を提
供する⾼度な知識とスキルを有した対ヒグマ戦略のスペシャリストからなる公益的な団体です。
もくじ
羆塾のヒグマ対策スタンス
Type1:特定のクマが、あちこちの場所に出没するケース
1)年齢に関して
2)ヒトに対する警戒心
3)人為物を食べているかどうか
ベアドッグとは?
※捕獲について
Type2:特定の場所に、あちこちからクマが集まるケース
調査セクション
羆塾の調査
A.追跡調査・踏査
B.トラップ調査
1)カメラトラップ
2)チョークトラップ
3)ヘアトラップ
ベアプロファイリング
対策セクション
Type1対応―――若グマ・新世代型の無警戒タイプ
羆塾の「追い払い」/パトロール
アグレッシブな「追い払い」対応とディフェンシブな「安全確保」
夜間対応
Type2対応―――食物誘因物へのクマ出没
1)電気柵
2)バッファスペース
文責:ベアドッグハンドラー/塾生代表・岩井基樹
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羆塾のヒグマ対策スタンス
ヒグマの問題は、ともすると⼈⾝被害の危険性につながるため、⾏政としても慎重に対応することが
要求されますが、幾つかのポイントを押さえることで、対応方針は意外と明瞭になることもあります。
Type1:特定のクマが、あちこちの場所に出没するケース
Type2:特定の場所に、あちこちからクマが集まるケース
「ヒグマの出没」とひと⾔で⾔っても、原則的に上の⼆つのタイプを切り分けて対策⽅向を定める必要が
あります。Type1は、昨今特に都市圏の市街地出没に多く⾒られるタイプ。Type2は中⼭間地域などの農地
帯で従来からよく⾒られるタイプです。もちろん、Type1とType2の複合型もあります。
Type1:特定のクマが、あちこちの場所に出没するケース
⼈⾥内の⾷物に関係なく⼈⾥・市街地を軽率に歩く若いクマというのも昨今では増えています。特に都市
圏での市街地出没が顕著になりつつありますが、このタイプのクマに対しては電気柵・バッファスペースで
部分的にクマの移動を阻害しつつ、むしろ積極的な働きかけをして学習させ、無警戒で軽率な性質⾃体を変
えてやることが重要です。
羆塾では、出没が特に緊迫したケースでは初⼿からベアドッグを緊急態勢で出動させ、捕獲を念頭に⼈⾝
被害の防止を最優先します。
それ以外のケースでは、羆塾では以下のような点をまず精査(調査・分析・判断)します。
1.そのクマの年齢は?
2.そのクマの、ヒトに対する警戒心は?
3.そのクマが、何らかの人為食物に執着しているかどうか?
1.年齢に関して
ヒグマの年齢は正確には専⾨家でもわからないことが⼤半です。ただ、近年の市街地出没でよくありがち
な「体⻑1mのクマ」であれば、まず「成獣オスでない」ことはわかりますし、ほかの情報から「1〜3歳の
若グマ」というあたりまでは推測できることも多いでしょう。ヒグマの⾏動を評価するときこの年齢が⾮常
に重要で、2歳の親離れ直後のクマが市街地をウロチョロしても、それで必ずしも緊迫した状況とは判断で
きませんが、同じ⾏動を成獣がおこなえば、即捕獲の判断を下して速やかに排除する必要も出てきうると思
います。⼤まかに⾔えば、その問題グマが「若グマ」かそうでないか。そこをまず注意深く⾒る必要があり
ます。
2.ヒトに対する警戒心
日中に市街地周辺を歩き回るクマならば、それ自体で大なり小なり「ヒトに対する警戒心が薄い」と判断
できますが、特に若グマの⼈や⼈⾥・市街地に対する警戒⼼の強弱は連続的にいろいろで、なおかつ変化し
ます。
また、警戒心の対極になる「好奇心」
「食物の誘引」などとの相対的な関係をできる限り分析します。そ
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れが若グマだった場合は、まともな警戒⼼など持っていないのがむしろ普通なので、まずベアドッグを⽤い
て幾つかの⽅法で威圧・威嚇をおこない、それで⾏動が改善されればそのまま⼈⾥への出没が完全に消す⽅
向で動きます。
⾮常に希なケースですが、速やかにクマが⾏動改善を⽰さない場合、⾏政・住⺠の⼼情を斟酌すれば⻑引
かせる判断はできないので、どこかの段階でマージンを取って捕獲判断を下します。
事例)
「⽇中の市街地で⼩さなクマが歩くのを⽬撃された」2013年丸瀬布
⽬撃情報から痕跡調査に⼊り、得られた総データから「若グマ」であると判断されたため、即座にベアド
ッグ同伴の追跡威圧に移りました。その個体のニオイを正確に追っての追跡では、自然にベアドッグと私の
ニオイが移動ルート上に残り、ベアドッグのマーキング・背こすりなども施されました。
遠軽町の多くの事例では、この⼿のクマも放置すると2ヵ⽉も3ヵ⽉も波状的な市街地出没を繰り返します
が、夏に市街地徘徊をおこなった個体に対して、ベアドッグを用いた追跡威圧で少なくとも2日以内に出没が
完全に⽌まり、その後冬が来るまでこの個体が市街地に接近した痕跡も⾒られませんでした。
3.人為物を食べているかどうか
通常、農地の作物の場合は、電気柵の導入をまず考えます。これは、最終的に農家なり家庭菜園の持ち主
なりが⾃⼰防衛でおこなう措置ですが、農⽔省等の助成⾦を有効に活⽤して導⼊をおこなうといいと思いま
す。もし必要と判断された場合は一定期間、羆塾で電気柵を貸し出し、それを用いてとにもかくにもそのエ
サ場への出没を阻⽌しつつ、そのクマがどのような⾏動変化を⾒せるかを追います。
基本的に、農作物・家庭菜園などの作物の場合は電気柵による防除対策がメインの手段となりますが、特
殊な一頭のヒグマがその農地へやって来て食べているのであれば「捕獲」も有効な手段となり得ます。そう
でない場合、捕獲によって被害が拡⼤していく可能性が⾼く、軽率な捕獲は避けるべきでしょう。また、あ
る農地だけへの防除をおこなっても、単に別の農地に移動するだけで地域として問題の解決にならない場合
もあります。地理・植⽣・ヒグマの⽣息状況・作物種などなど様々な要素によって画⼀的に考えられません
が、農作物等の被害が恒常的に発生しているエリアでは、地域が一丸となって被害を受けている作物に電気
柵を回すなどの措置をとるのが肝要でしょう。
事例)
「⽇中、ひとけのないパークゴルフ場を横断」2011年丸瀬布
横断から数分以内に現場に到着できたため、まずそのヒグマの移動もしくは潜伏先を確認。ベアドッグ一
頭をオフリーシュとして追跡させ、一頭はオンリーシュで待機。観光客等の護衛に当たらせつつ、パークゴ
ルフ場内をチェック。横断個体はそのまま⼭の斜⾯を登って遠ざかっていると判断。隣接する観光果樹園で
⼈為⾷物を⾷べていないか確認し「刹那的に横断した若い個体」と推定しました。
ここは、もともとヒグマの移動ルートにパークゴルフ場ができた経緯があり、場内にはヒグマのエサ場と
なるスモモの樹が数本ありました。ヒグマの大生息地に囲まれた環境で、なおかつパークゴルフ場内には意
図して残された林・ヤブも多いことから、閑散としていれば若い個体がいつ横断しても不思議ではありませ
ん。そのため、パークゴルフ場内を周辺のクマの移動ルートからはずすためにクマ用電気柵でパークゴルフ
場を囲うことを提案。実現。
以後、パークゴルフ場内へのヒグマの侵入が消えたとともに、周辺での目撃も減少しました。
- 3 -
ベアドッグとは?
ベアドッグとは、FCI/JKC等の犬種名ではな
く、生まれたときからクマ対策に特化して育成
された専門犬です。世界でもベアドッグの取り
組みは創⽣期で、北⽶のキャリーハント⽒、そ
の流れをくむ⻑野のNPO法⼈ピッキオでツキノ
ワグマ対策が担わされていますが、羆塾のベア
ドッグ2頭は対ヒグマ戦略に特化した⾼度な訓練
を施されたベアドッグです。
ベアドッグに最適な犬種に関してはアプロー
チが二つあり、一つはクマ猟用で作出された猟
犬を用いる方向性。もうひとつは、もともとオ
オカミやヒグマの撃退用として作出された護羊犬に、牧羊犬を戻す方向性。護羊犬とは、ジャーマン
シェパード、コリーなどの牧⽺⽝のルーツで、より威圧⼒・攻撃⼒・運動能⼒・⾃⽴⼼などの強い⽝
種群です。ヒトがオオカミやクマを駆逐しながら牧羊地を拡大した結果、需要が小さくなったために、
威嚇⼒や⾃⽴⼼を削ぎ落としてヒトへの依存⼼やコントロール性能を⾼めた交通整理型のシェパード
・コリーに現在は置き換わっています。
羆塾では後者を選択しました。
⽝の能⼒の低下を解消するために作出され固定化されたFCI認定⽝種サーロスウルフドッグ、チェ
コスロバキアンウルフドッグ、あるいは軍事⼤国だったソ連時代から洗練され能⼒を発揮しているロ
シアの軍用犬同様、使役犬として最適な組み合わせ――牧羊犬のジャーマンシェパードにオオカミの
血が入れられたウルフドッグを採用しました。羆塾のベアドッグのアルファ(リーダー犬)・魁(KAI
・♂)は、ドイツ産の訓練系シェパードにアラスカのグレイウルフの血が入れられた優秀な個体です。
一般には扱いづらいこの犬に、幼少の頃よりベアドッグ
として必要な躾・訓練を施し、ハンドラーとの信頼関係を
十分深めることによって、実践で対ヒグマ活動のパートナ
ーとして働けるベアドッグとなります。
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ベアドッグは、ヒグマを熟知した専門家のハンドラーのパートナーとして、調査・パトロール・追
い払いなど、ありとあらゆる対ヒグマ作業に活躍しますが、働きは大別して二つあります。
1)ヒグマ感知の超高性能センサーとしての働き
ヒトの五感はヒグマやオオカミなどの野⽣動物に⽐べはるかに鈍感で、それは⻑年ヒグマを扱って
きた専⾨家でも同じです。ベアドッグの嗅覚・聴覚はヒグマに迫る能⼒を有しており、それにハンド
ラーの視覚と経験値・判断が加わることで、チームとしての卓越したポテンシャルを発揮します。
パートナーとしてのベアドッグを同伴するかしないかで、調査・パトロールにおいて踏み込んでい
ける範囲・時間帯に極端な差が生じます。つまり、ヒグマの調査やパトロールを、数歩踏み込んで精
度⾼く、なおかつ安全におこなうためのツールがベアドッグの持つ第⼀の有利点です。
ただし、ベアドッグの発するわずかなボディーランゲージを感知する能⼒をハンドラーは持ってい
なくてはなりません。阿吽の呼吸という⾔葉がありますが、まさにそれに近い会話を常にして、ヒグ
マを相手にするのがベアドッグとそのハンドラーです。
2)対ヒグマの威圧・追い払いの強⼒なウェポン
無闇な捕獲によってヒグマ社会が攪乱され若グマがむしろ市街地・⼈⾥周りで増えている現在、
「殺
して排除する」⼿法から「教えて⽣かす」⽅法へのシフトが迫られています。その⽅法論として、轟
⾳⽟・駆除雷・威嚇弾・ベアスプレーなどの資材はありますが、若グマの忌避教育に抜群に効果的で
応用範囲の広いのがベアドッグです。上述したようにミスのない安全な調査やパトロールをおこなう
ためのツールとして機能するベアドッグは、突進してくる⼤型オス成獣を追い払う能⼒まで有してい
ます。つまり、あらゆる環境で、あらゆるヒグマを相手に、あらゆるケースに対して対応しうるのが
ベアドッグです。
ただし、ベアドッグは闘⽝や猟⽝とはまったく異なります。喧嘩好きで攻撃的な⽝でもなく、勢い
で騒ぎ⽴てる⽝でもありません。むしろ、本能・欲求を制御することを学んだ⽝で、アジリティー⽝
よりは、服従訓練を積んだ訓練競技の警察犬に近い作業犬の気質を備えています。そうでなければ危
険で⾼度な作業は担えないのです。
※捕獲について
現代において、羆塾のヒグマ捕獲⽬標値はあくまで0(ゼロ)です。しかし、学習能⼒が⾼く個体差が⼤き
いヒグマの場合、捕獲が必要な個体も不可避に⽣じます。ケースとしては概ね⼆つ―――忌避教育の効果が⼗
分得られず人身被害の危険性が残ると推測されるケースと、クマ用の防除を施しているにもかかわらずそれを
かいくぐって侵入し被害を及ぼすケース。これらに関しては、羆塾ではリスクにマージンをとって早めに捕獲
判断を下し、確実かつ速やかに捕獲をおこないます。
捕獲に関しては、「捕獲すべき個体は速やかに捕獲排除。それ以外は捕獲しない」という原則が大事で、ただなん
となく「箱罠でも置いときましょうか」
「銃を持ったハンターに⾒回ってもらい撃てたらラッキー」という運頼みで
不確実な対応はむしろ被害を増加・拡⼤し対応不能をまねく可能性も⾼いので避けるべきです。
ただ、捕獲判断と簡単に書いていますが、その捕獲をピンポイントで確実かつ速やかにおこなうのは一般の
ハンターにとっては困難な作業です。周辺にほかのヒグマが活動していないような状況ならハチミツを誘因餌
とした「箱罠」も利⽤できます。が、「箱罠」の不確定性・ディメリット、リスクも多く、使⽤に際しては⼗
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分注意が必要です。
原則的に、捕獲判断を下した問題グマの捕獲には銃器による射殺が理想的ですが、ヒグマの個体識別をしっかり
おこなえていなければ、この⽅法も機能しません。また、特に市街地周辺の射殺では失敗が許さません。⿃獣⾏政
担当者ならご存じの通り、ライフルには様々な⼝径があります。ヒグマを撃つのに適した銃の⼝径もあり、不適切
な低威⼒のライフルでヒグマを⼿負いにする例というのが(表に出てこないだけで)北海道でもたびたび起きてい
ます。⼭の中の狩猟ならともかく、⼈⾥または近辺のリスクマネジメントでヒグマを撃つ場合には、多少の不測が
あっても手負いグマにすることなく100%即倒させなければなりませんから、口径としては最低でも338WinMag
程度が必要でしょう。
この⼝径は狩猟の盛んな北⽶をはじめとする世界的な基準ですが、北海道ではそのあたりも残念ながら普及して
いないため、シカ⽤に威⼒を落とした308ライフルでなんとなくクマに発砲して不⽤意に⼿負いグマを作ってしま
ったり、というのが実情のようです。
『羆撃ち』を書いた久保俊治⽒、あるいは知床で⻑年現場のリスクマネジメ
ントを担ってきた⼭中正実⽒は338WinMag、そしてもちろん羆塾のクマ撃ちもヒグマに適したそれ以上の⾼威⼒
ライフルを使用します。
対ヒグマのリスクマネジメント上の銃器による捕獲の条件は、
・いかなる状況であっても冷静にヒグマに対峙し、確実かつ安全に捕獲を遂⾏できる経験豊かなクマ撃ち
・突発的に不測の事態が⽣じても、捕獲判断を下した問題グマを確実かつ速やかに倒せる適した道具(銃器)
以上の2点です。
羆塾は速やかな捕獲が必要なケースのために熟練したクマ撃ちを数名有し、クマ撃ち不在のエリアで
捕獲判断をした際のアシストもおこなっています。もちろん、十分な数のハンターがいても、市街地周
辺で確実にクマを撃てるプロハンターに任せたいケースでは、地元のハンターの助言を聞きながら、羆
塾のクマ撃ちが問題グマの捕獲をおこなうことも可能です。
捕獲判断を下した場合、無関係なクマを不⽤意に殺すことなくピンポイントで問題個体を確実速やか
に捕獲して取り除く―――それが羆塾の考えです。いずれにしても駆除の主体は⾏政ですから、捕獲ア
シストに関しても市町村・地域の実情・要望に臨機応変に提案・対応させてもらうことになります。
Type2:特定の場所に、あちこちからクマが集まるケース
⼀⽅、従来より北海道で発⽣している農地・家庭菜園などへのヒグマの出没も現在なお続いており、むし
ろ⾼じています。Type2は、ヒグマのエサとなる⾷物誘因物でヒグマを⼭から引き寄せているタイプの軋轢
ですが、原則的にその場所の環境にヒグマの出没が起因していますので、そこに手を加えて改善なければ被
害解消にはつながっていきません。
また、経済被害を解消するために因習的な捕獲対応を場当たり的にとって仮に問題個体を捕獲しても、別
の個体の到来があるでしょうし、意図せずワナ内の誘因餌で新たなクマを山から引き寄せ人身被害の危険性
を跳ね上がらせてしまったり、農業被害を拡⼤・慢性化させて対応困難になりがちですので安易な捕獲は極
⼒控えるのが賢明です。
―――「クマはそれなりに獲れてるけど、農業被害がなかなか減らない」
―――「最近、⼈⾥周りでクマが急に増えた感じがする」
このような印象を持った場合は要注意です。できるだけ早急にヒグマ対策の方針を根本的に改善すること
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を考えてください。漫然と箱罠捕獲を多用していると、
「罠の利かないクマ」
「電気柵を掘り返して農地に入
るクマ」
「⼈⾥を歩き回るクマ」
「農地の被害」
「⼈⾥内の⼈⾝被害の危険性」
「目撃・遭遇件数」などがすべ
て増加し高止まりする状況に陥る可能性もあります。
事例)名寄市の(有)ファミリーファーム夏井
前年、スイートコーン・ジャガイモなどの農地がヒグマによって惨憺たる被害を受けたため、被害防
止について羆塾に相談。
隣接する⼭のヒグマの⽣息数を急遽調査したところ、詳しい数は不明ながら相当数のヒグマが活動し
ていると判明。前年の問題個体を捕獲しても別のクマによって被害が続くと判断。また、箱罠を設置し
てもこの個体が捕獲できない可能性があり、むしろ箱罠の誘因餌が新しい個体をこの農地に引き寄せ被
害拡⼤する可能性もあり、シカとクマの両⽅に利く電気柵を提案・設置。その後被害は完全に解消。電
気柵タイプ:20-40-70-100-130㎝(シカクマ併用型)
。被害防⽌額:推定200万円/年。
周囲の⼭林の広さやヒグマの⽣息状況にもよりますが、原則的に農地の被害は電気柵の導⼊以外ではなか
なか解消しないと思います。農業被害解消しないということは、その地域の⼈⾥の安全性を確保できてない
ということでもあります。最もわかりやすいケースは、⼩学校や保育園の隣にデントコーン農地が広がって
いて、そこが周辺のクマのエサ場となっている場合。つまり、農家にとっては個人的な経済被害の問題です
が、実際はもう一段深い社会的な問題と捉えてリスクマネジメントをおこなうべき事象です。
原則的に、
・ヒトに対する経験と警戒⼼が乏しい若いクマ→ベアドッグを⽤いた教育⼿法
・農作物・コンポストなどをエサ場にしているクマ→電気柵による防除
という対策の基本スタンスになります。
ヒグマによる農地被害を解消することは、現在では電気柵を使えば⽐較的容易で、まず確実に防⽌できま
す。コストパフォーマンス(費用対効果)を考えても、単純にの経済的な被害が解消することに加え、その
周辺の安全が得られるため、効果は十分以上にあると言えると思います。是非導入することをお勧めします
が、設置やメンテナンスで幾つかのポイントがあるので、お気軽にご相談ください。
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調査セクション
■羆塾の調査
羆塾のヒグマ調査は、ベアドッグの嗅覚・聴覚とハンドラーの経験・観察・分析を駆使した追跡調査に加
え、三つのトラップ調査からなります。トラップとは「罠(わな)
」という意味ですが、罠を仕掛けるよう
にヒグマの活動域に仕掛けをおこない、そこに活動するヒグマの特徴的データを採取する方法です。トラッ
プ調査が罠猟(トラッピング)だとすれば、羆塾がベアドッグを用いておこなう追跡調査は、かつてクマ撃
ちがおこなっていたクマ猟に相当し、追跡の仕方によって意図的にヒグマに対するストレスと忌避を与える
ことができます。
羆塾は三つのトラップ調査も十分なレベルでおこなえますが、追跡調査・踏査に特化した団体と言えるか
も知れません。
A)追跡調査・踏査
問題グマの目的地・移動ルート・退避場所・移動時間帯・サイズなどをできる限り調査しますが、ここで
もベアドッグが⾮常に有能な働きをします。ベアドッグ同伴の調査により⾏政・ハンターでは困難だった環
境下・時間帯の調査もおこなうことができます。
下述の三つのトラップ調査が断片的なデータをもたらしてくれるのに比べ、この追跡調査は空間に時間を
加えた四次元的なクマの動きをリニアに捉えることができます。また、調査期間にもよりますが、多くのケ
ースでは追跡中に問題個体を現認・観察・やりとりをおこなうことができ、その反応で問題個体のプロファ
イリング(性質分析)が進む事が多いです。
(↑)信頼できるベアドッグをパートナーにしておこなう対策では、市街地のアスファルト道路から農
地脇・河川敷、さらに⼭塊・林内まで、あらゆる環境で効果的な調査・追跡・パトロール・追い払いが
可能です。
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B)トラップ調査
1)カメラトラップ(トレイルカメラ)
トレイルカメラとはセンサーつきのデ
ジタルカメラのことで、現在では野生動
物調査の必須アイテムです。このカメラ
で得られる情報は視覚的で非常にわかり
やすく有益ですが、基本的に情報は空間
・時間に関して断片的で、広く浅くの初
期調査、あるいは特定個体のチェックの
ような位置づけで用いています。
また、効率的にデータを得るためにはヒグマの習性を知り限られた場所に仕掛けなくてはなりませんので、
単純そうに⾒えて、やはり場数を踏んだ専⾨家に圧倒的な有利があります。ヒグマの通るルートはもちろん、
方向・時間帯まで計算してヒグマの特徴の出やすいヵ所を撮影する場合もあります。
2)チョークトラップ(石灰まき)
ベアドッグによる嗅覚調査でヒグマの
ルートが一定レベルで絞り込めてきた
ら、平坦な場所に石灰を撒き、そこを通
るヒグマの前掌幅(ぜんしょうふく)を
採取します。特にアスファルト上などで
の石灰による足跡は明瞭で、単にヒグマ
がそこを歩いたということではなく、個
体識別に有⼒なデータとなります。チョ
ークトラップはカメラトラップと併用す
ることがほとんどです。
3)ヘアトラップ(体毛採取からのDNA検査)
現在では、ヒグマの体⽑をDNA検査に持ち込んで個体識別をおこなうことができます。何らかの経験か
ら非常に特殊な性質(牛舎や家屋への侵入、人を積極的に攻撃するなど)を帯びた個体などに関しては、捕
獲された場合に加害グマの確定が必要なので、この⽅法で個体の同定をおこなうことが有利です。
通常はバラ腺をクマの通りそうな場所に横断させて体毛採取をおこないますが、羆塾ではヒグマのルート
を追跡しながら樹の幹などでむしり取られた体⽑を採取する訓練をしてきました。量が採れる採取⽅法では
ありませんが、場合によっては特定の問題グマに的を絞って採取できるので有利な場合もあります。
従来、北海道では曖昧な個体識別によって冤罪グマ(無関係なクマの捕獲)が多く出てきたため、不合理な
殺⽣も横⾏してきました。被害を確実に解消し、なおかつあとに悪い影響を残さないために、個体識別と確
実な捕獲はセットでなければなりません。
これらの調査結果を総合的に考察することによって、一頭だと思われていたヒグマがじつは三頭だ
と判明したり、逆に、⼀⾒沢⼭いるように思えたクマが⼀頭だと判ったりということも、よくありま
す。
- 9 -
■ベアプロファイリング
ヒグマの性質・性格分析をすることを「ベアプロフ
ァイリング」と羆塾では呼んでいます。様々な調査デ
ータや情報は、このベアプロファイリングのための材
料と⾔っても過⾔ではありません。
上記4つの調査に加え、過去にわたる聞き取りや目
撃情報など、手に入るすべての情報から、そのヒグマ
のサイズ・年齢・性別、さらに性質・癖・⾷性・過去
の学習傾向などまで、できるだけ詳細に推定し、特に
その個体のヒトに対する危険度を分析して最終的な対
応を個々のヒグマごとに決めます。特に、実地で専門
員が意図的に遭遇した際のヒグマの態度・⾏動は重要な材料になります。
ヒグマの場合、なかなか断定まで持っていける情報が得られないため、あくまで推定を含めて動き、動き
ながら注意深く推定に修正を加えていく作業にならざるを得ません。そのため、実際の対応には注意深さと
臨機応変な柔軟性が必要です。
対策セクション
Type1対応―――若グマ・新世代型の無警戒タイプ
■羆塾の追い払い・パトロール―――若グマの忌避教育
クマ猟と類似する羆塾の追跡調査ですが、クマ猟では密かに追って射程に⼊れたクマを撃ち殺して完了す
るのに対し、羆塾の追跡は調査・分析のほかに、射程に入ったクマを威圧・威嚇して逃亡させたり、意図的
にマークした個体に遭遇して「ヒトを避ける」
「ヒトから遠ざかる」という意識をクマに刷り込みます。
よく誤解されるのは、
「そこで追い払っても別の場所に出るだろう」という考えですが、
「追い払い」の目
的は、単に「そこに居るクマを追い払っていなくする・別の場所に移動させる」ということでは決してなく、
そのクマに「ヒトや⼈⾥への警戒⼼を持たせる」のが⽬的です。上述の追跡・パトロール・追い払いは「⼈
間は危険な存在である」
「⼈⾥は危ない場所である」と刷り込むための⽅法論ですが、教育要素であるため
「学習の強化とメンテナンス」が初期の段階では特に必要になります。若グマの場合「学習の強化」とは、
ヒトやヒトの活動に対する警戒⼼を累積させ固定化させることです。最終的に、クマが⾃発的にヒトの活動
や⼈⾥・市街地に近づかないように持っていくのが「追い払い」の⽬的です。ただし、それと同時に「⼈⾥
ではおいしいものにありつけない」と学習させることが必須です。
- 10 -
■夜間対応
羆塾では、訓練されたベアドッグを用い24時間態勢でヒグマのパトロール・追い払いをおこないます。
ヒグマの出没は、最終的に
日中の市街地徘徊になる場合
でも、その前兆が夜間の⾏動
パタンに現れることがほとん
どです。ヒグマが夜⾏性と勘
違いされる理由もここに関係
しますが、従来はその夜間の
パトロールなどが実質的に不
可能でした。まず、ハンター
は夜間に銃器を⾃宅から持ち
出すことができません。そし
て、ふだんから夜間訓練を積
んでいないため、夜間のヒグ
マ対策を敬遠・放棄してきた
からです。
(↑夜間のシカ死骸回収作業と夜間パトロール・夜間「追い払い」
)
しかし、ヒグマの警戒心が夜間型から徐々に薄れ、完全に明るい時間帯に市街地にまで歩き回るようにな
ってからでは、ヒグマのリスクマネジメントとしては遅すぎます。
羆塾では、早期の段階で夜間出没型のヒグマの性質改善をおこなうために、ベアドッグとともに夜間訓練
を続け、実践で夜間パトロール・夜間追い払いの実績を積んできました。羆塾には、夜間なら市街地にクマ
が歩いても仕方ないという考えはなく、ヒグマの動向を可能な限り把握して夜間でも積極的に追い払いをお
こないます。
(2011年丸瀬布/教育エリアCにおける追い払い)
上図は⼀⼤観光エリアの中核部ですが、確認されたクマの態度(潜み隠れるなど)によっては静観の構え
をとることもありますし、徐々に⾏動が⼤胆になってきた個体に対しては、夜間の張り込みから積極的に
追い払いをおこなうこともあります。
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■アグレッシブな「追い払い」とディフェンシブな「安全確保」
パトロールとひと⾔で⾔っても様々なタイプ・緊急度が
あります。ヒグマの出没が確認された比較的当初の小学生
の登下校や保育園まわりの警護的なパトロールもあります
し、夜間の出没を繰り返す個体に対しては、意図的遭遇か
らの「追い払い」を想定して⾒回ることもあります。
羆塾では2頭のベアドッグを用いていますが、小学生の
登校ガードでクマの存在を近くに感知した場合、あるいは
観光客が動き回っている横でクマを遠ざける場合、1頭を
オフリーシュにしてクマを追跡させ、残りの1頭を近隣の
ヒトのガードとしてバックアップにつかせます。2頭はそれぞれ単独でオスの成獣ヒグマを追い切り撃退す
る能⼒を有しています。
羆塾で2頭のベアドッグをチームとして⽤いるのは、三つの理由があります。⼀つは、何かのミスで不測
の事態が⽣じ1頭が機能しなくなったときのため。ふたつめは、親⼦・親離れ直後の兄弟など複数で出没す
るクマがあるため。そして最後は、市街地や観光地でクマに対する威圧とヒトの警護を同時におこなうため
です。
Type2対応―――食物誘因物へのクマ出没
■食物誘因物(エサ場)への出没は、まず防除
現在、北海道の都市部・地⽅市町村周辺で増えている若グマ、そして「新世代ベアーズ」と呼ばれ
る⼈に対して警戒⼼の薄い個体に関しては、これまで述べてきた「教育⼿法」が最も合理的で、安定
的にヒグマ問題を解消させることのできる方法です。しかし、農作物・家庭菜園・コンポスト・ゴミ
ステーションなどヒグマが好む食べ物が誘因物となっているケースは、ベアドッグを用いても完全に
ヒグマの出没を止めることは困難です。この場合は、とにもかくにも「誘因物への防除」をおこなわ
なければ被害解消はおぼつきませんし、そのエリアの安全性は確保できません。
羆塾のスタンスは「被害を防ぎ、安全な⼈⾥をつくる」ことですので、⼈⾥内にヒグマのエサ場が
ある場合は、追い払いやベアドッグ・教育云々の前に、まず防除を提案させていただいています。
1)電気柵(PowerFencing)
現在、ヒグマの防除は電気柵を適切に張ってメンテすれば、ほぼ100%達成することができます。コ
ーン類・ニンジン・ビートなどなど農地への設置のほか、キャンプ場やコンポスト類への設置も有効で
す。
ヒグマに関して電気柵の効果や原理については奥が深く複雑なので、⾒よう⾒まねで設置するのは避
けたほうが無難です。羆塾では、切迫した状況を除き、原則的に現場周辺の調査をおこない、最も有効
な⽅法を提案あせてもらっていますが、ヒグマ⽤電気柵では設置⽅法・メンテナンスに⼀定の知識・ス
キルが必要なため、確かな技術⼒を有した北原電牧・サージミヤワキ2社の技術的バックアップを受け
つつ、設置業務・メンテナンス業務も請け負っています。
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2)バッファスペース(=バッファゾーン、緩衝帯)
バッファスペースとは、基本的に警戒⼼の強いヒグマが嫌う「こざっぱりした⾒通しのいい空間」の
ことです。これを⼈⾥周りにつくることで確実にヒグマは動向を変えますが、誘因物に寄っている場合
は完全に出没を消すことはできない場合が多く、やはり電気柵の補助手段と考えるべきでしょう。
具体的には、林内の下草を刈ったり、耕作放棄地・河川敷のヤブを刈り払うだけの作業ですが、ただ
なんとなくつくるだけでは効果が乏しく、予想外のクマの動きになる場合もあり得ます。設置の際は、
⼗分ヒグマの動きを調査して適切に配置するのが賢明ですが、場合によっては、ベアドッグを併用して、
ヒグマのルートコントロール、つまり移動経路の制御をかなり正確におこなうことも可能です。
補足)防除前提の駆除
現在、ヒグマの有害駆除の現場のルールブックとも⾔える北海道の策定した指針『北海道⿃獣保護事
業計画書』(根拠法はいわゆる「鳥獣保護法」)では、「十分な防除を施しているにもかかわらずヒグマ
の被害が生ずる場合に捕獲を許可できる」という意味が明記されています。十分な防除とは実際的にク
マ用の電気柵となることが多いですが、その下を掘り返して侵入するケースなどがこれにあたります。
北海道においては⼀般のハンターや⾏政には必ずしも守られていませんが、羆塾では、⼈⾝被害の危険
性が高じている場合を除き、その原則を遵守する方向で対策を考えています。
参照原文:「有害鳥獣の捕獲は、鳥獣による生活環境、農林水産業又は生態系に係る被害若しくは人身への危害が
現に生じているか又はそのおそれがある場合に、その防止及び軽減を図るために行うものとし、原則として被害防除
対策を講じても被害等の防止ができないと認められるときに行うものとする。」
(第10次北海道鳥獣保護事業計画書/第4-3-(1))
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