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日本の特許流通促進

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日本の特許流通促進
日本の特許流通促進
特
許
庁
(社)発明協会アジア太平洋工業所有権センター
目
次
1.はじめに ······························································
1
2.欧米諸国における特許流通の流れ ········································
1)米国における特許流通の流れ ········································
2)欧州における特許流通の流れ ········································
3
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3.日本の特許流通に関わる環境整備 ········································
1)科学技術、知的財産等の基本方針の整備 ······························
2)大学に関わる環境整備 ··············································
3)産業活性化に関わる環境整備 ········································
4)特許流通事業の実施 ················································
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4.特許流通促進事業 ······················································
1)人材活用等による特許流通の促進 ····································
2)開放特許情報等の提供・活用の促進 ··································
3)知的財産権取引事業の育成支援 ······································
4)特許流通促進事業における成約数の推移 ······························
5)特許流通促進事業における成約内容 ··································
6)成約案件の技術分野 ················································
7)成約案件に見る特許流通の流れ ······································
8)ライセンサーとライセンシーの地理的関係 ····························
9)特許流通促進事業における経済的インパクト ··························
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5.特許流通における中小企業の現状 ········································
1)中小企業における技術導入の必要性 ··································
2)企業における技術移転経験の有無 ····································
3)中小企業における特許流通の課題 ····································
4)中小企業のニーズがある技術分野 ····································
5)中小企業が特許流通を行う契機 ······································
6)特許流通が成約に至らない理由 ······································
7)企業が必要とする特許流通上の支援 ··································
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6.地域における特許流通支援環境の現状 ····································
1)企業情報の提供による特許流通アドバイザー支援の仕組み ··············
2)自治体への来訪企業を特許流通アドバイザーに紹介する仕組み ··········
3)マスメディア、広報誌による自治体の特許流通活動、その成果の PR······
4)自治体による説明会/メルマガ/専門家派遣等による特許流通支援 ······
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5)地域における特許流通シーズ紹介の支援 ······························ 19
6)自治体と特許流通アドバイザーとの連携関係 ·························· 20
7.地域における特許流通促進事業 ··········································
1)特許流通アドバイザーの活動状態 ····································
2)特許流通アドバイザーの一日 ········································
3)企業訪問のための情報源 ············································
4)企業訪問 ··························································
5)ニーズ把握/ニーズ深化 ············································
6)シーズ選定 ························································
7)シーズ紹介 ························································
8)マッチング ························································
9)契約交渉支援 ······················································
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8.TLO における特許流通促進事業···········································
1)TLO における特許流通アドバイザーの活動·····························
2)研究室訪問 ························································
3)特許検索 ··························································
4)発明評価 ··························································
5)シーズ紹介文書の作成 ··············································
6)企業訪問 ··························································
7)シーズ紹介/ニーズ把握 ·············································
8)契約交渉支援 ······················································
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9.特許流通ベストプラクティス ············································ 39
1)地域における特許流通ベストプラクティス ···························· 39
2)TLO における特許流通ベストプラクティス····························· 40
10.特許流通促進事業の成果分析 ···········································
1)シーズの完成度 ····················································
2)成約シーズが適用された事業分野 ····································
3)流通シーズの権利化状況 ············································
4)成約時点における販路の確保 ········································
5)成約案件の現在の状況 ··············································
6)成約後の課題 ······················································
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1.はじめに
人類の歴史は、数々の文明が治乱興亡を繰り返しながら発展を遂げてきた歴史であ
るが、文明興亡の背景には革新技術の利用があった。金属精錬技術、農耕技術、
機械技術、エネルギー技術、電気・電子・情報技術など、その時代、時代の革新技
術が、新しい文明の勃興を促し、その文明が次第に周辺地域へと伝播して人々の生
活を革新する、そのサイクルの繰り返しが人類の歴史であったとも言えよう。
しかし、革新技術は人々に多くの富をもたらすが故に、これを独占しようとする動
きと、伝播させようとする動きとがあり、その間を揺れ動いてきたのが、人類にお
ける技術革新とその伝播の歴史でもあった。
日本においても江戸時代の各藩の技術は門外不出であり、禁を破る者には制裁が課
せられたなど、人類は洋の東西を問わず、富をもたらす技術には独占をもって臨み
、技術の伝播には厳罰をもって処してきた歴史がある。
こうした状況が変わるのは、人類の生み出した2つの制度、「特許制度」および「特
許流通制度」によって、「技術の受け手」と「技術の保有者」の関係が、双方に利益
がもたらされる「Win-Win」の関係に変わってからである。(それ以前は、「技術の受
け手」は大きな恩恵を受けるが、「技術の保有者」は大きな損失を蒙る「Win - Lose
」の関係にあった。
)
この二つの制度は、J.ワット(James Watt)の時代の英国には既に見られ、ワット
の蒸気機関の特許料は、蒸気機関の動力(ワット:W)に応じて、節約できる経費の
三分の一程度が支払われたと言われている。技術の「創造」、「保護」、「適用」の「
知的創造サイクル」が既に機能していた時代であり、このサイクルの拡大に
よって、その後の産業革命が成し遂げられた訳である。
しかし、「知的創造サイクル」が、その後も順調に英国社会、世界の諸国を動かし続
けた訳ではなく、英国は間もなく、産業革命で築いた技術的優位を維持するため、
国内の技術情報、技術者が海外へ出て行かない様にと、独占の方向へ舵を戻してし
まう。
英国が特許や特許流通を重視する姿勢を示し、世界の注目を浴びるのは、20世紀に
入ってからである。即ち、A.フレミング(Alexander Fleming)がペニシリンを発見
するものの、特許の取得をしなかったばかりに、米国に多額の特許料を支払う羽目
に陥った、その反省を踏まえて、1948年発明開発法を制定し、翌年には、研究開発
公社(NRDC)を設立し、発明の促進と特許化のみならず、特許の流通にも注力する
方針を打ち出した。(NRDCは後に民営化されて、世界有数の特許流通企業BTGインタ
ーナショナルとなって現在に至っている。
)
20世紀も終盤になると、以下に見るように、産学官を含めた「知的創造サイクル」
の活性化によって、産業振興を図る新しい動きが先ず米国で見られ、日本や英国を
含む西欧諸国にその動きが伝播して行った。
企業レベルでも、世界的な競争の激化により市場における製品ライフが年を追って
短くなり、新製品の開発に要する研究期間も短縮を余儀なくされた結果、自社のみ
で基礎研究、応用研究、製品化研究へと進む従来型の事業化スタイルが通用しなく
なり、技術移転を最大限に活用した事業化スタイルを採用する方向へと変貌して行
-1-
った。今や主要先進国における企業、地域、国家にとっては、地域レベル、国レベ
ル、国際レベルの連携を駆使する中で、如何にして草の根からの「知的創造サイク
ル」の活性化を図るか、新しい挑戦の時代を迎えている。
-2-
2.欧米諸国における特許流通の流れ
1)米国における特許流通の流れ1)
米国における、特許重視「プロパテント」政策が取られた背景、「知的創造サイ
クル」活性化のために取られた政策、およびその結果等について検証する。
第二次大戦後、一貫して世界経済を牽引してきた米国経済は、60年代の後半に
なると、日本や欧州諸国の追い上げ、ヴェトナム戦争の影響等によって競争力
に翳りが生じ始めた。70年代に入っても、2度の石油危機、スタグフレーション
等により、国際競争力の低下には歯止めがかからなかった。その原因は、米国
の技術レベルは高いものの、それが貿易品の開発、競争力にまでは反映されて
おらず、知的財産権の保護も不十分なためであったと、ヤング・レポートで指
摘された。
1980年に制定されたバイ・ドール法は、米国の特許重視「プロパテント」政策
を明確にした法律で、こうした状況を変えるのに大きく役立った。この法律
は、政府の補助金による研究開発によって生じた発明の特許権は、国有ではな
く発明をなした大学や企業に帰属すること、また、得られた特許は企業等へラ
イセンスできること等を定めたものであった。これによって、米国の研究費の
約50%(国防研究費を含む)を占める政府の研究費が、有用な知的財産の創造
( IT 技 術 、 バ イ オ 技 術 等 ) に 生 か さ れ る よ う に な り 、 多 く の 大 学 に TLO(
Technology Transfer Organization)が設立され、ベンチャー企業がスタート
アップし、産学官連携、技術移転の進展とともに、米国産業、米国経済の改善
に大きく貢献した。米国はさらに、知の「創造」、「保護」、「活用」、即ち「知的
創造サイクル」を活性化するため、以下のような環境整備を実施した。
即ち、知の「創造」を促進するために、中小企業革新技術開発法(1982年、中
小企業が提案した案件のFS,研究開発に対して資金援助を実施する)、先進技術
プログラム(1988年、新技術の商業化に付随する資金難をカバーするシード・
マネーを供給する事によって技術革新を促進し、米国企業の国際競争力を増強
する民間主導のプログラム)など制定し、さらに共同研究の促進のため官民共
同開発プログラム(CRADA:Cooperative Research and Development Agreement
)を制定し、国立研究所と企業間の官民共同研究を促進した。
また、知の「活用」を促進するため、スチーブンソン・ワイドラー技術革新法
(1980年、連邦政府の研究成果を民間に技術移転することを義務付け)、中小企
業技術移転法(1992年)などを制定し、技術移転を促進した。特に後者は中小
企業革新技術開発法と共に、大学からのベンチャー企業(サン・マイクロシス
テムズ、デルコンピュータなど)のスタートアップに効果があったと言われて
いる。
2)欧州における特許流通の流れ2)
英国においては、1948年の発明開発法、翌年の研究開発公社(NRDC)の設立によ
って、発明の促進、特許化、流通に注力する体制が整備され1985年まで維持され
た。NRDCは、その後BTG(British Technology Group)に名称変更されたが、引き
-3-
続き大学、公的研究所における研究成果の技術移転、実用化の役割を担った。
その体制が変化したのは、1985年であり、その年以降は各大学にTLOが設立され始
め、2003年には全体の8割の大学にTLOが設置される状況となり、全国規模の産学
官連携がスタートする。
政府も、知の「創造、保護」を促進するため、産業に主眼を置いた研究・技術・
イノベーション政策を展開し、知の「活用」を促進するため大学の技術移転を支
援するなど、国家レベルで「知的創造サイクル」の活性化に取り組んだ。
ドイツにおいては、マックスプランク、フラウンホーファー等の公的機関が、
1970年代より研究開発並びに技術移転機関としての役割を果たしてきた。1980年
代前半に創設された「科学プロジェクト」によって、技術移転の促進が図られた
。1990年代には、ドイツの統一に伴い、産学連携、ベンチャー企業育成策が取ら
れた。
州レベルでは、各州が独自の技術開発振興事業を展開しており、その中で技術移
転機関を設置して活動しているケースが多い。2002年に、「従業者発明法」が改正
され、現在では、全州に大学の特許評価、技術移転機関が設置されている。
フランスは、日本と同様に、政府主導によって国家レベルの科学技術政策が打ち
出され、産学連携についても公的機関に資金が投入されている。
フランスは、研究成果の事業化例が多くなく、欧州各国に比べて産学連携は遅れ
ているとされていたが、1999年のイノベーション法の制定により、産学連携の活
発化が図られ、全国規模でのビジネスプラン・コンペの開始、インキュベーター
の設立、財政支援パッケージなどが実施され、新規創業企業が増加傾向にある。
地方レベルでは、中小企業への技術移転を促進するための組織として、地方イノ
ベーション・技術移転センター等がある。
研究機関は、大部分が国家機関で専属の技術移転、実用化推進の組織を持ってい
る。
-4-
3.日本の特許流通に関わる環境整備
日本が工業立国から、知財立国を指向するようになった背景と、その経緯について
、図3-1 を参照しながら検証する。
【
図
3-1
】
日本の特許流通に関わる環境整備
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2006
GDP Growth Rate (%)
10
戦後復興後の長い高度成長(平均GDP成長率9.1%)によって、日本経済は物量の充
足時代を終了し、新たな段階へと移行しようとする矢先に、石油ショック(1973年)
に見舞われ、日本経済は中成長の時代(平均GDP成長率3.8%)へと突入する。その
中で、狂乱物価や貿易摩擦を経験し、海図なき時代への船出を余儀なくされた日本
経済に、バブルの崩壊(1991年)が襲い掛かり、以後、日本経済はバブル後遺症、
国際経済化に伴うデフレの進行に悩まされる低成長時代(平均DGP成長率1.3%)を迎
える。
この時代は、日本の経験を超えた未知の時代であり、経済・産業の再活性化には従
来とは視点の異なる施策が必要と判断した日本は、1980年代に米国経済が達成した
「知的創造サイクル」の強化による経済の再活性化策を採用し、日本経済の再生に
取り組む。
1)科学技術、知的財産等の基本方針の整備
日本政府は先ず1995年、科学技術基本法を制定し、日本がキャッチアップ時代を
脱してフロントランナー時代に入ったとの認識に立って、科学技術の革新を国の
最も重要な政策課題の一つと位置づけ、研究開発の成果を日本社会に還元する事
を謳った。また、具体的な技術革新のターゲットとして、重要推進4分野(ライフ
サイエンス、情報通信、環境、ナノテク・材料)および推進4分野(エネルギー、
ものづくり技術、社会基盤、フロンティア)を定めた。
-5-
また、2002年には知的財産基本法が施行されたが、この法律は科学技術基本法と
車の両輪をなし、科学技術立国を目指す日本の根幹を担う位置づけとなった。
その内容は、知財の創造、保護、活用、即ち、「知的創造サイクル」の活性化に関
して、国、地方自治体、大学、事業者等の、それぞれの責務を明らかにしたもの
である。即ち、国のみならず地方自治体も、知財の創造、保護、活用に関する施
策、実施の責務を有すること、大学においては従来の教育、研究に加えて成果の
社会還元の責務を有すること、事業者には知財の積極的な活用と適切な管理の責
務を有すること、などが定められた。さらに、これらの間の連携強化、知財
保護、技術移転の促進などが規定されている。
2)大学に関わる環境整備
1998年施行された大学等技術移転促進法(TLO法)は、大学や国の試験研究機関の
研究成果をTLO(Technology Transfer Organization)を通じて民間事業者に技術移
転を図るものである。
これによって多くのTLOが設立(2008年7月1日現在、51機関)され、法律に基づく
補助金の交付、特許料の減免、大学施設の無償使用、国立大学教官等のTLO役員兼
務などが可能となり、大学等の優れた発明が民間企業に移転する事となった。
さらに2003年度より実施された大学知的財産本部整備事業によって、大学等にお
ける職務発明規定(特許等知的財産権の機関帰属)をはじめとする、産学官連携
ポリシー、知的財産ポリシー、利益相反ポリシー、発明保障、共同研究・受託研
究など、大学の知的財産にかかわる基本ルールの整備が図られた。
さらに、2004年4月より実施された国立大学の独立行政化によって、大学研究成果
の活用を推進することが規定され、研究成果を活用する事業へ出資が可能と
なり、職員の身分が非公務員型となって兼業規制がなくなるなど、技術移転、産
学連携の遂行が容易な環境となった。
3)産業活性化に関わる環境整備
1999年施行された産業活力再生特別措置法(日本版バイ・ドール法)第30条によ
って、政府資金による大学、民間企業の研究によって生じた知的財産権は、100%
受託者に帰属させることとなった。従来は国の委託研究によって生じた知的財産
権は、原則として100%国に帰属した。
これによって、日本の総研究費の21.9%(1999年)を占める国の研究費が、企業
ニーズに応える革新的技術開発に使用される端緒が開かれた。
同じく、1999年に施行された中小企業技術革新制度(日本版SBIR)は、中小企業
への補助金支出の機会増大を図るため、政府の関係官庁が協力して、中小企業の
研究開発から事業化までを一貫して支援する制度である。技術開発段階(FS段階
、研究開発段階、販路開拓)、事業化段階等にある案件を中小企業等より提案を受
け、支援する制度となっている。
-6-
4)特許流通事業の実施
1985年、当時の通商産業省は、(財)日本立地センターを母体として(財)日本テ
クノマートを設立した。日本テクノマートでは、会員企業間で流通させたい技術
シーズをデータベース化し、企業ニーズとシーズのマッチングが成立すれば、ラ
イセンス契約が結ばれる仕組みを構築し、運営されたが、会員数が伸びなかった
ため、活動、成約等には限界があった。
こうした背景から、特許庁は1997年、特許流通促進事業を開始した。この事業の
中心は、特許流通アドバイザー(以下、特許流通ADと言う)を地方自治体等(一
年後にはTLOにも)に派遣し、開放意思のある特許を企業間及び大学と企業間等に
おいて移転させ、中小・ベンチャー企業の新規事業の創出や新製品開発の活性化
を図ったことにある。この事業は、成約数が1万件を超えるなど大きな成果をあげ
、現在も活動を継続中であり、以下その詳細について説明する。
-7-
4.特許流通促進事業
特許流通促進事業(以下、本事業という。
)は、独立行政法人工業所有権情報・研修
館(以下、情報・研修館という。)が実施している事業で、図4-1に示された3つの
事業、人材活用等による特許流通の促進、開放特許情報等の提供・活用の促進、知
的財産権取引事業の育成支援、などが展開されている。
【
図
4-1
】
特許流通促進事業3)
特許流通・技術移転市場
独立行政法人工業所有権情報・研修館
1.人材活用等による特許流通の促進 2.開放特許情報等の提供・活用の促進
(1)特許流通アドバイザーの派遣
・特許流通アシスタント
アドバイザーの育成
(1)特許流通データベースの整備
(2)特許情報活用支援
アドバイザーの派遣
3.知的財産権取引事業の育成支援
特許提供側
(1)知的財産権取引事業者データベースの提供
(2)特許ビジネス市の開催
・地域版特許ビジネス市の支援
(3)国際特許流通セミナーの開催
(4)特許流通講座、
特許流通シンポジウムの開催
特許導入側
中小企業
ベンチャー企業等
企業、大学
公的研究機関等
1)人材活用等による特許流通の促進3)
特許流通は、人と人との信頼関係をベースとして、ビジネスの可能性を見極めつ
つ案件を推進する必要があり、人の要素が大きく流通成果を左右する。1997
年、14人の特許流通ADの派遣でスタートした本事業は、現在では地域自治体や
経済産業局に派遣された約70名、TLOへ派遣された約40名、合計約110名の特許流
通ADにより実施されている。彼らの主たる業務は、企業や大学等への訪問によっ
て把握したニーズ/シーズに基づいて、企業家と同じ目線に立ってマッチング
や、契約等の支援を行うほか、本事業の普及・啓蒙を図り、地方自治体が確保す
る特許流通・技術移転に関わる人材、特許流通アシスタントアドバイザー
(以下、特許流通A-ADと言う。
)の指導・育成支援を行っている。
2)開放特許情報等の提供・活用の促進3)
特許電子図書館(IPDL:Industrial Property Digital Library)は、情報・研修
館が運営する国の特許データベースであり、蓄積されている特許情報は、約100万
件と言われている。企業等が自由に、無料でアクセスできるように環境整備され
ているが、中小企業の多くは特許とは必ずしも関連を持たない世界で活動してい
るため、特許の活用には多くの困難を伴う。このため、特許情報活用アドバイザ
-8-
ー(2008年度、54名)を地方自治体に派遣し、IPDLの利用方法、特許情報検
索に必要な基礎知識、特許情報の活用方法などについて、幅広く相談に乗り指導
して、中小企業等の活用を支援している。
一方、IPDLとは別に、特許流通を目的とした特許流通データベースが構築されて
いて、現在、約5万8千件のデータが登録されている。データは、逐次追加される
仕組みとなっている。
3)知的財産権取引事業の育成支援3)
日本において知的創造サイクルを、地域の草の根から活性化するためには、知財
の創造、保護に加えて、活用の分野を担う民間の知的財産権取引事業者の育成が
不可欠である。
しかし、我が国には、そのようなサービス業務の社会的認知度は、まだ低い状況
である。
知的財産権取引事業者データベースは、特許流通をビジネスとして手がけている
民間事業者の情報を纏めたもので、インターネットを通じて誰でもアクセス可能
である。
また、特許流通に関わる人材育成、事業者間の情報交換等を図るため、特許流通
講座や特許流通シンポジウムを開催しているほか、海外の知的財産権取引事業者
を招いた国際特許流通セミナーを実施している。さらに、ビジネス・プランを紹
介することよって、民間事業者間の技術シーズと企業ニーズの出会いを図り、民
間における特許流通の輪を広げるため、各地で特許ビジネス市を開催、実施する
支援を行っている。
以下、情報・研修館ホームページの「特許流通促進事業の成果について」に基づ
き紹介する。
4)特許流通促進事業における成約数の推移4)
図4-2には、本事業における成約数(単年度および累計)と特許流通AD数の推移
を示す。本事業は、平成9年度における特許流通AD数14人、成約数6件よりスタ
ートし、その後、特許流通AD数は約110人でほぼ頭打ちとなるが、成約数、特にそ
の累積値は、年と共に増加し、平成19年度において10,672件と、ついに1万件の
大台を突破した。
単年度の成約数は、平成17年度の2,024件をピークに減少傾向にあるが、本事業
が啓蒙期を過ぎて普及期に入ったことを踏まえて、成約の数の重視から成約の内
容の重視へ、即ち、実施許諾契約など、よりインパクトの大きい成約に重点を置
くよう、方針を転換した結果と考えられる。
-9-
【
図
4-2
特許流通促進事業における成約数の推移4)
】
5)特許流通促進事業における成約内容4)
成約内容を図4-3に示す。目標とする実施権許諾と譲渡を併せた契約が38%と最
も多く、契約の入り口とも言うべき秘密保持契約が31%、残る種々の契約が31%
を占める構成であった。
秘密保持契約は、この契約を結んで以降、提供された秘密情報に基づいて技術受
け手側が検討を進め、共同研究契約、実施許諾契約、譲渡契約等の契約に前進す
ることとなる。
オプション契約は、一定の期間を定め、試験研究、開発研究、試作、ビジネス検
討等を実施し、技術やビジネスの可能性を見極めたのち、技術導入等の取り扱い
を決める契約である。
【
図
4-3
】
特許流通促進事業における成約内容4)
部品製品の供給
契約, 1%
その他, 9%
技術指導契約,
4%
実施権許諾契
約, 32%
共同研究開発
契約, 11%
特許権譲渡契
約, 6%
オプション契約,
7%
秘密保持契約,
31%
-10-
6)成約案件の技術分野4)
成約案件の技術分野を図4-4に示す。食品・バイオ(18%)、機械・加工(17%)、
化学・薬品(13%)、電機・電子(13%)、生活・文化(12%)、土木・建築(11%)
の6分野が相対的に多く、これらの分野における社会的ニーズ、ビジネス・チャン
スが高いことを示している。IT技術を含む情報・通信の割合がもっと高いと予想
されたが、本事業の実績では図の通り4%であった。
【
図
勇気材料, 2%
繊維・紙, 2%
4-4
】
成約案件の技術分野4)
無機材料, 2%
輸送, 1%
その他, 1%
金属材料, 3%
機械・加工, 17%
情報・通信, 4%
化学・薬品, 13%
生活・文化, 12%
土木・建築, 11%
食品・バイオ,
18%
電気・電子, 13%
7)成約案件に見る特許流通の流れ
表4-1には、特許流通の流れを概観するために、技術提供者(ライセンサー)、技
術受け手(ライセンシー)を大企業、中小企業、国公試、TLO、組合等、個人(社
長)の6種類に分類し、どのライセンサーから、どのライセンシーに、何件流通し
たかを表示したものである。(本事業開始の1,997年から、2,005年末までの8年間
の成約6,927件についての調査結果で、成約には秘密保持契約以上の案件が含まれ
ている。
)
特許流通の最も大きな流れは、中小企業(ライセンサー)から中小企業(ライセ
ンシー)への流れ(1,879件)である事が分かった。これは、特許流通ADが、主と
して中小企業を対象に活動を展開していることと無関係ではなく、本事業の主役
は中小企業であることが明らかである。その理由の一端として大企業は通常、知
財の専門組織、専門人材を擁し、特許流通ADの支援は余り必要としていないこと
が考えられる。また、TLOから中小企業(1、813件)、TLOから大企業(1、221件)への
流れも、それぞれ2番目および3番目を占める大きな流れであることも分かった。
-11-
【
表
Large
Company
Large
Company
4-1
】
成約案件に見る特許流通の流れ
National and
Prefectural
Lab.
SME
TLO
Guild and
association
Personal
total
31
283
94
1,221
8
52
1,689
215
1,879
396
1,813
30
580
4,913
National and
Prefectural
Lab.
2
33
5
26
1
6
73
TLO
5
7
2
1
0
2
17
Guild and
association
2
45
15
18
0
11
91
SME
Personal
total
7
63
8
21
1
44
144
262
2,310
520
3,100
40
695
6,927
8)ライセンサーとライセンシーの地理的関係4)
図4-5に、成約案件のライセンサーとライセンシーが、同一県内の割合と、県を
跨る場合の割合を示す。図より同一県内(40%)よりも、県外(60%)の方が1.5
倍も多いことが分った。このことは、
【
図
4-5
】
ライセンサーとライセンシーの地理的関係4)
都道府県内,
41%
都道府県外,
59%
県内で技術移転先が見つからなくても、全国規模であれば見つかる可能性がより
高いことを示しており、特許流通活動を全国規模で展開することの重要性を示すも
のである。
9)特許流通促進事業における経済的インパクト4)
図4-6に、本事業が1997年の事業開始より、2007年末時点までに達成した10,297
件の成約から生み出された経済的インパクト、および投入した事業費の推移(い
ずれも累計額)を示す。
図より、本事業の経済的インパクトは、1997年より2007年迄で2,674億円に達し、
投入した事業費315億円の約8.5倍の経済効果を生み出したことが分る。
ここでの経済的インパクトは、特許流通ADの活動により発生した金銭移動の総額
(事業経費は含まず。)で、具体的には、導入した特許技術に基づき製造した製品
の売上高、製造のための設備投資額、ライセンス収入額、新規雇用者人件費等の
合計額である。
(情報・研修館のホームページ、「特許流通促進事業の経済的インパクトについて」
より)
-12-
【
図
4-6
】
特許流通促進事業の経済的インパクトと事業経費4)
-13-
5.特許流通における中小企業の現状
この章では、特許流通の主役である中小企業の現状、特に、特許流通の視点から
見た現状について調査結果を踏まえて検証し、中小企業を理解する一助とする。
1)中小企業における技術導入の必要性
図5-1は、中小企業が技術導入(特許流通)の必要性をどのように感じているか
を調査した結果であり、「技術導入は必要」と考えている中小企業が80%と圧倒的
に多いことが分かった。逆に、「技術導入は不必要」と回答した企業は13.6%に過
ぎなかった。
【
図
5-1
】
中小企業における技術導入の必要性5)
2)企業における技術移転経験の有無
次に、実際に特許流通(技術導入)を経験した企業が、どの程度あるかを調査し
た結果を図5-2に示す。図より企業における技術移転経験は、大企業と中小企業
とではっきりと差がある結果が得られた。即ち、大企業では技術移転の「経験あ
り」が88.7%を占めたのに対して、中小企では逆に「経験なし」が68.4%を占め
た。言い換えると、中小企業の80%は、図5-1のように「技術導入は必要」と考
えているものの、実際に技術導入を経験した企業は27.5%しかない現実が明らか
となった。その理由は、次の5.3)「中小企業における特許流通の課題」で検討し
たい。
【
図
5-2
】
企業における技術移転経験の有無5)
-14-
3)中小企業における特許流通の課題
図5-3に、中小企業が特許流通活動を行う場合の課題について調査した結果を
示す。
最も多かった課題は、「特許ライセンス契約の経験、ノウハウが少ない」(40.4
%)であり、次いで、「相手企業との交渉実務が負担である(部署、人材がいな
い)」(36.4%)、「導入する特許技術、提携先企業を自社では見つけられない」(
35.9%)など、特許流通の経験、ノウハウ、人材等の不足にあることが分かっ
た。従って、これらの不足部分をカバーする支援環境が整備されれば、中小企
業の特許流通は促進されることを示唆するものである。
【
図
5-3
】
0%
課題点
特許の活用を自社で行う場合の課題6)
10%
20%
30%
40%
特許ライセンス契約の経験、
ノウハウが少ない
50%
40.4%
相手企業との交渉実務が
負担である(部署、人材がない)
36.4%
導入する特許技術、提供先企業を
自社では見つけられない
35.9%
相手企業の状況がわからず、
(最初は)直接交渉したくない
32.6%
特許技術の導入による事業計画
(ビジネスプラン)構築が問題
23.0%
特許技術の導入に充てる
資金的余裕がない
22.7%
手間がかかる割に
収入が期待できない
20.1%
ライセンス供与後の技術指導が
面倒、人員の余裕がない
16.8%
(情報・研修館「特許流通促進事業の成約に関する調査・分析」
(06.09.01)
)
4)中小企業のニーズがある技術分野
図5-4に、特許流通ADが企業訪問によって把握した中小企業のニーズを、技術分
野別に件数%で示す。データは2006年のもので、ニーズによっては複数の技術分
野にカウントされている。
機械・加工(18.7%)、生活・文化(17.7%)、食品・バイオ(14.5%)、化学・薬
品(13.4%)、電気・電子(9.9%)、土木・建築(9.4%)などの分野のニーズが
多い事が分かった。この結果は、成約案件の技術分野と大体は似ているが、違い
もあり「生活・文化」(企業ニーズ:17.7%、成約:6%)は、介護・福祉分野な
どを含みニーズ%の方が高く、逆に、「電機・電子」(企業ニーズ:9.9%、成約:
17%)、「食品・バイオ」(起業ニーズ:14.5%、成約:21%)等は、成約%の方が
多かった。
-15-
【
図
5-4
】
中小企業のニーズがある技術分野
無機材料
情報通信(1.8%) (3.0%)
土木建築(9.4%)
化学薬品
(13.4%)
輸送(1.4%)
金属材料
(3.9%)
生活文化
(17.7%)
電気電子
(9.9%)
有機材料
(3.6%)
繊維・紙(2.7%)
食品バイオ
(14.5%)
機械加工
(18.7%)
5)中小企業が特許流通を行う契機
中小企業がどのような契機によって、特許流通を行うかを調査した結果を図5-5
に示す。図に示す様に「特許流通ADからのアプローチ」、「特許流通ADへの問い合
わせ」など、人と人との繋がり(人脈)が最大の契機となっていることが分っ
た。また、特許流通のPR(フェア、説明会、ガイドブック、アンケート等)が、
もう一つの契機になっていることも分かった。
この事から、企業訪問等によって企業との人的な繋がりを持ち、また、フェア、
説明会等で特許流通のPRを行うことにより、企業の特許流通への門戸が開かれる
ことを示唆している。
【
図
5-5
】
中小企業が特許流通を行う契機5)
6)特許流通が成約に至らない理由
企業向けの「特許流通が成約に至らない理由」を調査することによって、企業
との間で特許流通を進める場合の注意事項を明らかにする。
図5-6に示すように、最大の不成約理由は、「シーズの質・完成度」であった。
これは、中小企業が開発力やインキュベーション能力が十分ではないため、完
-16-
成度の高い、すぐに適用できる技術を紹介する必要があると言う事である。次
いで、「ライセンス費用等の価格交渉」が挙げられており、資金的な余裕が十分
とは言えない中小企業には、契約金額に配慮しつつ「Win-Win」の解決方法を目
指す必要がある。
3番目の要因である「ニーズ技術とシーズ技術の食い違い」が起こらないように
配慮すべきことは、特許流通における基本中の基本である。
4番目の「市場・販路開拓が困難」は、特に中小企業にとっては困難な課題であ
り地域にいる市場開発の専門家の活用、地域を跨ぐ全国的な連携の活用等によ
り達成すべき課題である。
【
図
5-6
】
特許流通が成約に至らない理由5)
7)企業が必要とする特許流通上の支援
特許流通ADが、企業に対して実施した支援活動の実績調査から、企業が必要とす
る特許流通上の支援を明らかにする。図5-7を参照のこと。
①アドバイザーが支援する割合が最も多い業務は、「契約に関するアドバイス」(
50.3%)であった。契約に慣れないうえ、専門家を雇うにも限度がある、中小
企業の現状を示す結果である。
②次いで多かったのは技術面の支援で、「他社の特許技術(技術課題の解決手段)
の紹介」(33.3%)や「課題解決のため、技術情報(特許以外)の紹介やアドバ
イス」(27.7%)などであり、技術畑出身者の多い特許流通ADの力量が試される
業務であった。
③「紹介」が要望されることも多く、「技術相談、技術指導を行う公的機関や企業
の紹介」(25.8%)、「弁護士、弁理士、技術士などの専門人材の紹介」(11.3%)
、「試作先の紹介など試作支援、アドバイス」(9.1%)など、特許流通ADの連携
力(アドバイザー人脈、アドバイザー間連携&地域ネットワーク)が問われる
課題である。
-17-
④「企業における技術課題、新技術導入の意向(技術ニーズ)の調査」(24.7%)
は、「企業ニーズ」に関わるもので、企業との信頼関係の構築が鍵となり、特許
流通ADの人間力が重要となる。
⑤その他、「特許出願など、特許取得手続きに関するアドバイス」(14.6%)、「事
業化計画、ビジネスプランに関するアドバイス」(11.1%)などの支援には、知
財の知識、ビジネス・センス等が求められる。
【
図
5-7
】
支援内容
特許流通ADが行った支援内容6)
0%
10%
20%
30%
40%
契約(契約内容や契約手続)に
関するアドバイス
50.3%
他社の特許技術(技術課題の
解決手段)の紹介
33.3%
課題解決のため、技術情報(特許以外)の
紹介や技術的アドバイス
27.7%
技術相談・技術指導を行う公的機関や
企業の紹介
25.8%
貴社における技術課題、新技術導入の
意向(技術ニーズ)の調査
24.7%
特許出願など、特許取得手続に
関するアドバイス
21.0%
特許情報の取得・検索方法に
関するアドバイス(専門家の紹介)
14.6%
販路開拓に関するアドバイス
11.4%
弁護士、弁理士、技術士などの
専門家人材の紹介
11.3%
事業化計画、ビジネスプランに
関するアドバイス
11.1%
試作先の紹介など試作支援・アドバイス
9.1%
導入特許技術の詳細(機能、信頼性、
量産性、実用化コスト)説明
8.5%
特許侵害など特許紛争に
関するアドバイス
7.2%
公的融資制度の紹介など
資金調達に関するアドバイス
6.7%
19.3%
特許流通促進事業のPR
特許流通促進セミナーの
開催案内
20.7%
特許流通データベースの説明
15.6%
特許流通フェアへの
出展要請
15.6%
特許流通データベースへの
登録の依頼
特許流通支援チャートの説明
その他
50%
11.7%
5.9%
4.6%
-18-
60%
6.地域における特許流通支援環境の現状
地域には、自治体等が提供する様々な特許流通支援環境が存在するが、その状況を
情報・研修館の「都道府県における特許流通ADを取り巻く状況‐特許流通ADの連携
実態‐」
(平成18年5月18日)7)に基づいて概観する。
1)企業情報の提供による特許流通AD支援の仕組み7)
特許流通の主役は企業であるが、地域において企業情報を最も多く保有している
機関の一つは自治体である。自治体は、各種助成施策、各種委員会・研究会、セ
ミナー・交流会、アンケート調査、ヒアリング調査、企業訪問などを通じて、様
々な企業情報を把握している。そして、多くの自治体が、これら情報の提供を含
め様々な形の特許流通AD、特許流通A-ADを支援する仕組みを持っている。また、
同様に地域における商工会、商工会議所等にも豊富な企業情報が集積しており、
これらの情報を活用することにより、特許流通に関わる有力な企業情報を得るこ
とができる。
2)自治体への来訪企業を特許流通ADに紹介する仕組み7)
多くの自治体で、自治体主催のフォーラム、フェア、技術相談会、展示会等の開
催による企業相談、自治体や中小企業支援機関、公設試等による企業の技術相談
などを通じて、相談に来た企業を特許流通AD、特許流通A-ADに紹介する仕組みを
持っている。
3)マスメディア、広報誌による自治体の特許流通活動、その成果のPR7)
自治体によっては、新聞、テレビ等のマスメディア、或いは自治体の広報誌、イ
ンターネットHP、公設試の広報誌、中小企業支援機関の機関紙、パンフレット等
によって、自治体で実施している特許流通活動の紹介、特許流通促進事業、特許
流通AD、特許流通A-ADの活動内容等の紹介、特許流通成約事例の紹介などが広く
行われている。
4)自治体による説明会/メルマガ/専門家派遣等による特許流通支援7)
知財、特許流通に関わる講演会、説明会、セミナー、勉強会、交流会等による企
業への広報、メルマガ等による広報、知財、特許情報、特許流通等に関わる専門
家の派遣による支援など、地域の実情に応じた特許流通支援の手段が用意され、
活用されている。
5)地域における特許流通シーズ紹介の支援7)
殆どの県、地域において、公設試におけるシーズ、大学等研究機関のシーズ、企
業の解放特許シーズ等、地域で活用されるべきシーズが、本、データベース、ホ
ームページ、メール配信等の形で定期的に提供されている。
その他、県が関連する産業展、見本市、技術フェア、ビジネス展、ベンチャー・
マーケット等の場を利用した技術シーズの紹介、シーズの説明会等が行われてい
る。また、公設試のコーディネータ等が企業を訪問して、企業にシーズを紹介し
ている自治体もある。
-19-
6)自治体と特許流通ADとの連携関係7)
①特許流通ADにとって最も重要な連携の一つは、自治体との連携であり、多くの
自治体で運営会議、朝の会のような月1回程度、あるいは適宜のタイミングでミ
ーティングを持ち、情報交換、連携を行っている。
②特許流通ADは、また、地域における特許流通に関連する他の組織とも、連携会
議を持つ場合が多い。連携会議は産学連携組織との会議、中小企業支援団体と
の会議等であり、技術移転連絡会議、新事業支援会議、知財戦略会議、プラッ
トフォーム運営会議、県内コーディネータ会議など、様々な名称で呼ばれてい
る。
③地域には、特許流通を支援する多くの人材が配置され、充実して来ているので、
特許流通 AD、特許流通 A-AD は、これらの人材との連携によって、シーズの事
業化、商品化に必要な支援を得て、特許流通を図ることが重要である。
例えば、特許情報活用支援 AD、特許流通 AD、技術移転コーディネータ、公設試
/中小企業支援財団等のコーディネータなどが、同一建屋に配置されていて、特
許情報提供から事業化までのワンストップ・サービスを提供する県、地域も多
く、そこまで行かない地域でも、特許流通に関わる関係者を同じ場所に配置し
て、相互の連携促進を図っている。
特許流通に関連する人達は、受発注マッチング支援スタッフ、新技術エージェ
ント、マーケティング・マネージャー、インキュベーション・マネージャー、
ビジネス・プロデューサー、創業支援コーディネータなど、様々な名称で呼ば
れている。
④川下連携は、特許流通させたあとの、創業、新事業化等に関わる資金調達、販
路開拓、技術支援、経営支援等に関わる支援で、特許流通AD、特許流通A-AD
は、地域に配置されている専門要員との連携を図り、橋渡しすることが求めら
れている。
川下連携に関わる地域専門要員のいる組織は、産業支援センター、企業活性化
センター、産業支援センター、地域プラットフォーム、ベンチャー支援センタ
ー、新事業支援センターなど、様々な名称で呼ばれている。
⑤特許流通に関わる支援策としてほとんどの自治体が実施しているのは、特許化
補助事業として出願や先行技術調査費の補助、外国出願への補助、特許無料
相談会、弁理士無料相談などがある。
⑥事業化支援として、自治体独自の補助金制度、融資制度を適用しているほか、
ビジネス可能性評価、ビジネス・プラン作成に関わる相談指導などを実施して
いる自治体もある。
また、開放特許を活用した研究、事業化への融資、特許導入企業に事業化経費
を補助、特許流通ADの成約案件への事業化支援、特許を活用した認定商品を県
で使用するなどの支援策もある。
⑦自治体によっては、特許流通プロジェクト、知財創造・活用プロジェクトなど
を策定し、実施しているところもある。その他、知財関連の戦略構築、補助事
業等を実施しているところは多い。
-20-
7.地域における特許流通促進事業
1)特許流通ADの活動状態
特許流通ADの活動パターンを大きく分けると、先ず企業ニーズを把握し、それに
適したシーズを紹介する「ニーズ展開」と、先ずシーズを選定し、それに適した
企業を探索する「シーズ展開」とにニ分することができるが、途中の段階から両
者は同じプロセスとなる。
「ニーズ展開」は、先ず、訪問すべき企業の情報を自治体関連組織、中小企業支援
組織、紹介、フェア/アンケート、商工会/商工会議所などの情報源より入手し
て、訪問企業を選定し、さらに企業調査などの準備を行ったのち、企業訪問を実
施することから始まる。
企業訪問で最も大切なことは、企業の事業化/製品化に関わる本音のニーズを把
握することであり、把握したニーズに対してシーズを紹介するプロセスを何度か
繰り返すことによって、企業の本音のニーズとそれに見合うシーズが確認できれ
ば、ライセンサーとライセンシーのマッチング、契約交渉の支援を経て成約に至
ることができる。
一方、「シーズ展開」は、シーズを紹介する事によって、企業ニーズを顕在化させ
るアプローチで、世の中のニーズに合った適切なシーズを予め選定し、これに適
合する企業を探索する。訪問する企業の情報は、「ニーズ展開」と同様の情報源を
活用して、何度か企業訪問を繰り返すことによって、シーズに適合する企業が確
認できれば、同様にマッチング、契約交渉の支援を経て成約に至ることができ
る。
両者とも、図の「ニーズ把握」から「シーズ紹介」、「マッチング」を経て、再び
「ニーズ把握」に戻るサイクルに入ると、以降は同じ過程を経て成約(不成約)
に到る。
(図7-1を参照)
【
図
7-1
】
特許流通ADの活動(ニーズ展開/シーズ展開)
(シーズ展開)
シーズ
選定
(ニーズ展開)
自治体
関連組織
(シーズ展開)
中小企業
支援団体
紹介
訪問
企業の
選定
訪問
準備
企業
訪問
ニーズ
把握/
深化
シーズ
選定
シーズ
紹介
マッチ
ング
フェア、
アンケート
商工会、
商工会議所
(ニーズ展開)
(企業情報源)
● ニーズ展開 : 先ずニーズを把握し、それに適合するシーズを紹介する方法。
シーズ展開 : 先ずシーズを選定し、それに適合する企業 を探索する方法。
(ただし、両者の中間的な方法も多い。)
-21-
契約
交渉
支援
成約
2)特許流通ADの一日
特許流通ADの平均的な一日の活動を図7-2に示す。主業務である企業訪問(30.7
%)とその準備(18.0%)に一日の約半分(48.7%)を費やし、さらに企業への
移動(車を使用)に約1/4(25.5%)の時間を要している。その結果、企業訪問関
連に一日の約3/4(74.2%)を充て、残る1/4(25.8%)で来訪者、日常業務(週
報の記載など)、特許登録アドバイザー(現・特許流通アソシエイト)管理など、
諸々のオフィス業務に対応している。
また、特許流通ADの一日を、内勤(訪問準備、ルーチン業務、来訪者対応、登録
アドバイザー管理)と外勤(企業訪問、移動時間)に分けると、前者が43.8%、
後者が56.2%となり、ほぼ半々であった。
特に、企業訪問のために一日の約1/4を車での移動に要している点は、企業訪問を
主とする特許流通ADの活動の特徴をよく表しており、平均的には往きに1時間、
還りに1時間程度の移動時間である。
【
図
7-2
】
特許流通ADの一日の活動
3)企業訪問のための情報源
特許流通ADが企業訪問に際して利用する企業の情報源について調査した結果を
図7-3に示す。
工業技術センターや自治体は、長年の地域企業への技術支援、中小企業振興策等
を通じて企業情報を多く有しており、また、前者はアドバイザーが多く赴任して
いる職場であり、後者は地域における特許流通推進の中枢であると共に、アドバ
イザーの管理者であることもあって、主要な企業情報源となっている。
地域プラットフォームは中小企業振興を目的としている関係上、地域の企業情報
に詳しく、アドバイザーの重要な情報源となっている。注目すべきは4番目の紹介
である。紹介を受けて企業訪問する場合は、信頼関係が構築し易いため、特許流
通活動がスムーズになるからである。
特許流通フェア等は、特許流通に適した技術シーズ、シーズ企業が紹介される場
であると共に、ニーズを持つ企業、意欲のある積極的な優良企業が集まる場でも
あるため、そこで得られる企業情報は極めて価値の高い情報源となる。
また、商工会、商工会議所等は、地域における企業情報を豊富に有しており、
特に、研究会、(異業種)交流会等に参加する企業は、特許流通のライセンサー、
ライセンシーとなる可能性を秘めた企業が多く、良い情報源となる。
-22-
【
図
7-3
】
企業訪問のための情報源
4)企業訪問
①企業訪問の実績
特許流通ADの活動の基本は企業訪問にある。図7-4に特許流通ADの企業訪問数
の推移を示す。平成9年度は活動期間が6ヶ月しかなかったので例外であるが、
それ以降は年度を追う毎に順次、企業訪問数が増加し、平成18年度でピークを
迎え、以降は少し減少しているが、累積の企業訪問数は15万社を超える数とな
っている。
(平成20年度は、12月末までのデータである。
)
減少の理由は、特許流通の目標が成約の数の重視から、成約の質の重視(実施
許諾、譲渡等の重視)へと方向転換されたこと、および特許流通ADの数の減少
に起因すると考えられる。
【
図
7-4
】
特許流通ADの企業訪問数の推移
②面談相手
特許流通ADは、主として中小企業を対象に特許流通活動を展開しているので、
面談相手は社長/副社長が67%と圧倒的に多く、役員(16%)、部長(12%)、
担当者(5%)を大きく引き離している。中小企業の場合は、意思決定できる社
長/副社長などの経営者と直接話し合うことが重要で、それによって企業の真
のニーズを把握でき、シーズ紹介やその後の契約条件の詰めにおいても、企業
の本音を契約に反映できるうえ、意思決定が早い。
-23-
③企業訪問時間
特許流通ADが、企業を訪問した際の面談時間を調査したところ、1.0~1.5時
間、1.5~2.0時間の回答が多く、平均的に1.5時間程度となった。中小企業の経
営者は多忙であり、余り多くの時間をアドバイザーに割くことは出来ない環境
の中で、じっくり話をする必要性との兼ね合いから選択された時間である。
④企業訪問における業務内容
特許流通ADが企業訪問時に行う業務として、「自分の組織や特許流通事業関連の
説明」、「企業側から企業概要、製品などの説明」、それらに関わる「質疑応答」、
「雑談」の4つに分けて、その時間配分を答えてもらった結果を図7-5に示す。
この図において特徴的な点は、「自分の組織や特許流通事業関連の説明」が5
%、20%、40%、80%と多くなるにしたがって、「質疑応答」の時間が逆に、80
%、50%、10%、5%と少なくなっていることである。「質疑応答」の部分は、
アドバイザーと企業が同じ土俵で腹を割って話し合い、互いの信頼関係を構築
する重要な機会なので、この部分が少なくなると信頼関係の構築が図れなくな
り、特許流通は進展しなくなる。
図における「組織や事業関連の説明」が80%の人は、アドバイザー2年目の人で
あり、「企業の説明」にも、「質疑応答」にも余り時間を取っていないので、企
業ニーズの把握が困難であり、成果を挙げることが難しかった。逆に、「事業関
連の説明」が5%の人は、ベテランであり「質疑応答」に80%の時間を費やし
て、十分に企業の話を聞き、信頼関係を構築しているので、案件も進展し、結
果としてトップクラスの成果を挙げていた。
【
図
7-5
】
企業訪問における業務内容
90
(
業
務
時
間
割
合
70
60
40
)
20
10
50
60
50
30
%
80
80
80
40
平均値
30
36.3
20
27.3
20
18.7
5
0
事業説明(%)
2
15
10
15 5
企業説明(%)
2
Q&A(%)
20
17.7
16
10
雑談(%)
企業訪問における業務内容
5) ニーズ把握/ニーズ深化
①企業ニーズ把握の推移
特許流通ADが企業を訪問し、週報を通して把握したニーズの報告をするシステ
ムとなっている。このシステムによって集計された企業ニーズ(年間)の推移
を図7-6に示す。ニーズ把握数は、事業開始後、特許流通AD数の増加、および
-24-
各人のニーズ把握への習熟により、順調に数を増加させてきたが、5年目(H13
年)頃より約3,500件で飽和に達する傾向を見せている。これは、5年目頃より
特許流通ADの数がほほ一定となり、活動(企業訪問数、ニーズ把握の習熟度
等)もほぼ成熟の域に達した事の反映と考えられる。(平成18年度以降は、活動
目標の変更によりデータの一貫性が無くなったため除外した。)
企業ニーズ把握数
【
図
7-6
】
企業ニーズ把握数の推移
4000
3500
3000
2500
2000
1500
1000
500
0
H9
H10
H11
H12
H13 H14
平成年度
H15
H16
H17
平成15年からはニーズ・データベースが導入された。それを利用することにより
ニーズ/シーズ・マッチングが、アドバイザーの個人活動から、全アドバイザー
による組織活動へと拡大され、成果の向上に貢献している。
②企業ニーズを引き出すコツ
企業ニーズ、特に企業の本音ニーズの把握は、特許流通活動の鍵を握る要素で
あるため、特許流通ADは今までの活動経験の中から、様々な創意、工夫を凝ら
してきた。それらのコツを調査した結果を図7-7に示す。
図に示されるように、アドバイザーの意見が最も多かったコツは「企業訪問時
の豊富な話題」であった。その内容は、企業との間で豊富な話題について、自
由に話し合う中で互いの親密感が生まれ、信頼関係が構築され、その結果とし
て企業ニーズが引き出されるからである。
豊富な話題とは、特許流通を前面に出すよりは、特許流通が成功した例を紹介
したり、企業にメリットがあることを説明したり、具体的なシーズを提供して
議論したりすることを指すが、また、訪問準備の段階で企業情報調査により、
共通の話題を準備する事も重要な方策である。
「信頼関係の構築」は、特許流通における基本中の基本であり、リピート訪問
や紹介による訪問、対応におけるクイック・レスポンス等が何より重要であ
る。
「アドバイザーの基本姿勢」は、世間話上手、聞き上手になって、企業トップ
の考えを良く理解することである。また、アポイント取得時に、訪問したら企
-25-
業の困っている点、欲しい技術などを聞かせて欲しいと予め言っておくこと
も、企業ニーズ把握のためのアドバイザーの工夫である。
【
図
7-7
】
企業ニーズを引き出すコツ
6)シーズ選定
①特許流通ADが紹介したシーズの情報源
紹介するシーズの選定は、特許流通を成功させる上での最も重要なステップで
あるため、特許流通ADが、どのような情報源から情報を得て、シーズを選定し
ているかを調査した結果を紹介する。
情報源として最も多かったのは、特許流通アドバイザー会議等において、他の
アドバイザーが推奨したシーズ(32%)であった。その中には成約実績のある
シーズも含まれている。
次いで、自分の発掘した自薦のシーズ(20%)、そして多くの地域において作成
されている県の特許の本(15%)も3番目に重要なシーズ源であることが分かっ
た。
以上の結果は、多くのアドバイザーがシーズ展開、即ち、良いシーズを選定し
て企業に紹介するアプローチを採っている場合で、ニーズ展開、即ち企業ニー
ズを把握してシーズを紹介するアプローチの場合は、IPDL,特許流通データベー
ス等が主たる情報源となっている。
いずれの場合でも、シーズ紹介に先立って、シーズの先行技術、類似特許等を
検索し、利用関係の有無、類似技術との差別化などに関しても調査して、ライ
センサー、ライセンシーができる限り正確な認識を持つよう支援することが重
要である。
7)シーズ紹介
特許流通促進事業が開始された平成9年から、平成17年までのシーズ紹介件数の推
移を図7-8に示す。(平成18年度以降は、活動目標の変更によりデータの一貫性が
-26-
なくなったため除外した。)シーズ紹介件数は、平成15年頃よりほぼ飽和に達した
ように見え、その数は約5千件強/年であり、アドバイザー一人当りでは約70件強
/年に相当する。
企業へシーズを紹介すると、企業は自社のニーズに適合するかどうかを検討する
ことになるが、紹介シーズが必ずしも受け入れられるとは限らないし、シーズを
巡る具体的な議論を通じて、新たな企業ニーズの把握や企業ニーズの深化に繋が
る場合もあり、それにマッチするシーズの提供によって、企業ニーズに合うシー
ズ(あるいは、シーズに合う企業)の組み合わせを絞り込むことができる。
【
図
7-8
】
シーズ紹介件数の推移
7000
シーズ紹介件数
6000
5000
4000
3000
2000
1000
0
H9
H10
H11
H12
H13 H14
平成年度
H15
H16
H17
8)マッチング
特許流通ADの活動によって、企業ニーズに合うシーズの目処がついた案件は、ラ
イセンス契約に向けたライセンサーとライセンシーのニーズ/シーズ・マッチン
グへと進む。そこでは、両者が直接顔を合わせ、話し合い、詳細条件を詰める。
特許流通ADは、中立的な仲介者として、「Win-Win」関係になるよう支援を行う。
特許流通ADは通常、マッチング段階にある案件を複数抱えて、並列的に推進して
いるが、その現状について調査したところ、平均的には12件の案件を並列展開し
ている事がわかった。TLOの特許流通ADの意見でも、同時にハンドリングできる案
件数は10件程度であったので、この辺が扱えるぎりぎりの案件数といえよう。
次に、特許流通ADが成約に至るまでに、何回くらいライセンサーとライセンシー
のマッチングを行うかを調査したところ、平均は4.4回であった。
さらに、成約にいたるまでのマッチングの間隔を聞いたところ、平均値は 2.4 週
間、つまり 1 ヶ月に 2 回程度であった。それは、週 1 回では企業に煩がられる恐
れがあり、1 ヶ月も間が空くと案件自身が忘れられてしまう可能性があるからで
ある。
特許流通ADは、マッチング業務を成功させるために様々な工夫を凝らしている
が、それを図7-9に示す。
マッチング段階で特許流通 AD が為すべきことの第 1 は、「短期集中の詰め」であ
り、「鉄は熱いうちに鍛えよ」の例え通り、双方の企業が前向きになっている時に、
-27-
集中的に条件を詰めることである。2 番目の「良く聞き、正しく理解」は、「聞き
上手」になって、企業の考えを良く理解することである。 3 番目の「アドバイ
ザーの配慮」は、企業の考え方は常に一定ではなく変わるものなので、企業ニー
ズ/シーズのマッチ度合を常にチェックしながら推進することが必要であり、資
金などへの配慮も欠かせない。
4 番目の「アドバイザーの基本的態度」は、「Win-Win」の解決を目指して、誠意
を尽くすことである。
【
図
7-9
】
マッチング段階でなすべきこと
9)契約交渉支援
契約交渉は、ライセンサーとライセンシーの本音がぶつかる場であり、両者の意
見の違いを中立的な立場から調整することは、契約交渉を支援する特許流通ADの
正念場である。
①契約交渉で揉める項目
契約交渉で揉める項目を調査してみると、断トツの1位は、「ロイヤリティ」(
60%)であった。中小企業の経営者にとって、お金に絡む経営判断はシビアー
であり、当然の結果と言える。
次いで、「契約形態」(12%)、即ち、実施許諾契約にするか譲渡契約にするか、
オプション契約にするか等の項目が続き、さらにビジネス展開に不可欠な「販
売地域」(11%)、性能、品質などの「ギャランティー(保証)」(10%)などが
続いた。
-28-
②契約段階で当事者間の意見が違う場合のアドバイザーの対応
契約交渉は、常にスムーズに進行するとは限らない。契約交渉が揉めた場合の、
特許流通 AD の対応について、アドバイザーの意見を調査した結果を図 7-10 に
示す。
最も多い意見は「公平、中立的立場で調整」であり、その内容は、両者が歩み
寄るように本などの客観的な事例(ロイヤリティなど)、大手企業の契約事例な
どで一般的なレベルを示し、妥協点に至る調整を実施すること等である。次い
で、「共存共栄を図る」とは、どちらかが一人勝ちにならないように、ライセン
シーのビジネスが成立する範囲で互いの接点を探ることである。
そして、必要に応じて専門の弁護士を紹介することも、アドバイザーの重要な
役割である。
【
図
7-10
】
契約段階で当事者間の意見が違う場合のアドバイザーの対応
-29-
8.TLOにおける特許流通促進事業
1)TLOにおける特許流通ADの活動
日本におけるTLOは、承認TLO、認定TLOを併せてその数は51(2008年7月1日現在)
あるが、大きく分けると大学と一体化(または独立)し、その大学の知財のみを
取り扱うTLO(一体型)、地域等において複数の大学の知財を扱うTLO(広域型)に
分けることができる。
特許流通促進事業では、37のTLOに特許流通AD44名(平成20年度)を派遣し、TLO
における特許流通活動を支援している。支援内容はTLOによって異なる。
特許流通ADの、TLOにおける典型的な特許流通活動は、先ず大学に発明が生まれ発
明届けが大学知財本部に提出されると、大学知財本部と共に発明者、研究室を訪
問して発明ヒアリングを行う。次いで、先行技術調査、技術的優位性の検討、市
場性/事業化検討等によって発明評価用資料を作成すると、委員会で特許出願の
可否が審議される。特許流通ADが委員会メンバーの場合もある。特許出願が決ま
り、出願手続きが終了すると、発明に関わる説明資料を作成し、企業訪問によっ
て企業に紹介する。企業ニーズと合った場合は、ライセンス交渉を開始し、交渉
が上手く行けば契約締結に到る。図8-1を参照のこと。
TLOの特許流通ADと、地域の特許流通ADとの活動上の違いは、地域の場合はライセ
ンサー、ライセンシー、シーズの探索と中立的立場が重要であるが、TLOの場合は
自身がライセンサーに属し、シーズも決まっているので、ライセンシー探しと発
明発掘から契約に至るライセンサー支援活動が中心となる点である。
【
図
8-1
】
TLOにおける特許流通ADの活動
TLO特許流通ADの典型的な一日の業務は、図8-2に示されるように、最も重要な業
務である「企業訪問」(20%)、「大学訪問」(26%)、およびそこに到る「移動時間
」(13%)を併せて、訪問を主とする外勤に一日の約6割(59%)を使用しており
、内勤のオフィス業務は約4割であった。
-30-
また、オフィス業務の内容は、発明の特許化に関わる業務、「先行技術調査」(14
%)、「出願検討関連」(26%)などが併せて40%、ライセンス関連業務の「案件推
進方法の検討」(21%)、「訪問準備」(15%)などが併せて36%、さらに「来訪者
対応」が16%であった。
【
図
8-2
】
TLO特許流通AD の一日
企業訪問
(20%)
オフィス業務
(41%)
大学訪問
(26%)
移動時間
(13%)
2)研究室訪問
図8-3は、特許流通ADが初めて研究室を訪問した際の業務内容について、調査し
た結果である。研究室訪問においては、アドバイザーの最大関心事は発明発掘で
あるため、「研究内容、発明技術内容を聞く」(54.1%)および関連の「Q&A」
(23.5%)が併せて77.6%を占めたが、「知財、特許流通事業、TLO等の説明」(12
%)も忘れてはいない。
【
図
8-3
】
研究室訪問時の業務内容
雑談, 10.3%
知財、事業
TLO等の説明,
12.0%
Q&A等, 23.5%
研究内容、発
明技術の内容
を聞く, 54.1%
特許流通ADが研究室を訪問して面談する相手は、用件によって異なるが、上記の
様な訪問の場合の面談相手を聞いたところ、「教授」(41.2%)、「助教授」(27.7%
)、「講師」(15.3%)、研究者(15.8%)等の順であった。「教授」への面談が多い
理由は、長年の経験に基づいて研究室全体の成果のみならず、研究の背景、位置
づけ、重要性などの評価も教えてもらえるためである。
-31-
研究室への訪問時間は、1時間~1.5時間のアドバイザーが最も多かったが、平均
値は1.1時間であった。
また、研究室訪問に際してアドバイザーがなすべきことを調査した結果、最も大
切なことは「聞き上手」になって、研究内容、発明、発明の用途、関連業界、関
連企業、担当者等の情報を徹底的にヒアリングし、その内容をデータベースとし
て整備することであった。次いで、より強い特許にする、発明をより実用化し易
くするなどの観点から「研究者を支援」すること、さらに特許流通の根本である
研究者との「信頼関係の構築」がそれに続いた。
研究室訪問に関連して重要な事は、特許流通に適した発明者の発掘である。それ
は、TLOにおいて特許流通を成功させる大きな要因であるため、TLOの特許流通AD
に対して調査を実施し、図8-4のように結果を纏めた。括弧の中の数字は、アド
バイザーの意見数を示す。
【
図
8-4
】
特許流通に適した研究者の発掘方法
アドバイザー意見の最も多かった「先生の個性」は、世間一般、業界常識、コス
ト等に理解があり、客観性があって、発明の用途を教えてくれるなど、協力的で
アクティブな先生を指す。
次に多かった「外部研究費が多い先生」は、国や企業の補助金を受けた研究、共
同研究、受託研究などが多い先生のことで、社会や企業のニーズに応える研究が
多いため、成果の流通にも期待がもてる。「特許申請が多い先生」は、知財意識を
もって研究しているため、特許流通への期待が高い。「研究室、研究内容」は、
IT、ナノテク、バイオなど、特許流通が期待される分野を研究している研究室、
研究者を探すことである。
3)特許検索
特許検索は、発明の特許上の強さ、弱さ、競合技術との差異等を知り、特許流通
戦略を考える上で重要であるため、特許流通ADに特許検索の現状を調査した結果
を纏めたのが図8-5である。アドバイザーは、「キーワード」、「IPC(国際特許分
類)」を用いた検索のほか、日本独自の特許分類である「FI、Fターム」などを用
-32-
いたより細目の検索、およびこれらを「組み合わせた検索」などを、目的に応じ
て使い分けている事が分かった。特許流通ADが最も多く用いている手法は、「キー
ワード検索」(64.6%)で、比較的簡単に検索できる利点がある。次いで、それと
IPCとを組み合わせた「IPC+キーワード検索」(13.5%)が次に続いたが、後者の
方が検索したい対象特許の漏れが少ない方法とされている。
また、特許流通ADに特許検索のコツについて聞いた結果を図8-6に示す。
最も多かった意見は、「絞込み方法、調査方法」に関するもので、キーワードを変
え、結果を見ながらキーワードをブラッシュアップして、検索結果を収斂させる
方法、或いは、取りあえずキーワードを用いて先行技術を見つけ、そのIPCと
キーワードを用いて検索を継続する等の方法を指している。
【
図
8-5
】
先行技術調査における検索手法
「絞り込み範囲、検索範囲」は、異なる分野で出願されていることもあるので、
技術、用途などを考慮して多面的に調査する一方、論文、インターネット、周辺
技術の状況なども調査すると言う意見である。「準備」は、良いキーワードを選択
するために、周辺知識を調べたり、発明者ヒアリングに検索者を同行させる等の
ことである。
-33-
【
図
8-6
】
特許検索のコツ
4)発明評価
発明を特許出願するかどうかは、大学、TLO等でオーソライズされた発明評価委員
会のような組織で審議し決定される。発明評価委員会のメンバー数は、大学やTLO
によって5人から20人まで幅があるが、平均値は9人程度であった。メンバーは、
大学(30%程度)、知財本部(20%程度)、TLO(35~40%程度)、民間(15~20%)
などより構成されているが、鍵は発明の流通性を評価できる民間人が、どの程度
参加しているかである。
発明の評価項目は、特許性(新規性、進歩性)、先行技術、競合技術、適用性、優
位性、事業性などの項目であり、最も困難な課題は事業性の評価(ビジネス面の
評価)である。
TLOの特許流通ADに、発明のビジネス面の評価について調査した結果を図8-7に示
す。
【 図 8-7 】 出願検討時におけるビジネス面の評価
その他, 8%
外部依頼,
8%
プレマーケ
ティング,
20%
内部評価,
64%
最も多かったのは、「内部評価」(64%)であり、アドバイザーを含むTLO内部の要
員が自分達の経験から判断して決める訳であり、精度に限界があることは止むを
得ない。「プレマーケティング」は、発明に関連する分野の企業に、発明内容をご
く少し説明して意見を聞く方法である。この方法を採ればビジネス面に関する評
価の精度を高くすることができる反面、時間を要するため多数の案件に対して実
-34-
施する事は困難となる。「外部依頼」は、専門業者に依頼する方法であり、精度は
期待できるが、コスト負担があり、依頼件数は限定されたものとなる。
5)シーズ紹介文書の作成
発明の特許出願が決まり、出願手続きが終了すると、シーズ紹介文書を作成し企
業に紹介する段階へと進む。TLOにおいて誰がシーズ紹介文書を作成するかを調査
したところ、(特許流通ADおよびアソシエイト)が53%を占め、発明者(23%)、
TLOスタッフ(20%)を大きく上回る結果となった。紹介文書は日本語で作成され
る場合が殆どであるが、TLOによっては国際化を視野において、表を日本語、裏を
英語で作成している場合がある。海外に紹介する場合は、発明者の作成した紹介
文書でないと信用されない傾向があり、この点への配慮が必要である。
発明は、見える形(サンプルを付ける、図表示など)にして紹介する事が涵養で
あり、適用分野や、事業化までの道筋なども記載されていると流通の面からも好
適である。
6)企業訪問
シーズ紹介文書が用意されると、いよいよ企業訪問となるが、訪問する企業をど
うやって探すかが重要であり、それについて調査した結果を図8-8に示す。この
結果は、地域の特許流通ADの企業情報源(図7-3)と大きく異なる。
それはTLOの場合、発明者が適用分野の企業、担当者まで知っている場合があるか
らである。
【
図
8-8
地域の企業
研究会, 4%
】
企業訪問の情報源
その他, 10%
大学, 4%
発明者, 41%
会員企業,
18%
TLO
(含むAD
人脈), 23%
図では41%が発明者情報であるが、欧米ではその割合は80%程度にまで達すると
言われているため、発明ヒアリング時に徹底的に聞きだす必要がある。
TLO(含むアドバイザー人脈)、TLOの会員企業等が企業情報源になる事は当然であ
ろう。
TLOの特許流通ADが、企業を訪問している時間は、1~1.5時間が最も多く、平均は
1.4時間であった。また、特許流通ADは、企業訪問のため平均1.2時間の事前準備
-35-
を行っているが、その内容は提供するシーズの勉強(45%)、インターネット等に
よる企業概要の調査(29%)、企業の保有する特許の調査(12%)、その他話題の
ネタとなるトピックスの調査(14%)などであった。
7)シーズ紹介/ニーズ把握
特許流通ADが企業にシーズを紹介した場合、ほとんどの企業が興味を示し、検討
することが多いことが調査の結果分かった。その理由は、大学発の新技術に対し
て企業が興味をもっていること、大学や先生等が地域企業に対して信用があるこ
と等による。シーズ紹介に際して、特許流通ADは、紹介したシーズが企業ニーズ
と合致しているかどうかを見極めると同時に、企業の本音のニーズを把握するこ
とが重要となる。特許流通ADが、企業ニーズの把握のために工夫を凝らしたコツ
を調査した結果を図8-9に示す。
もっとも多かった意見は、図7-7の地域における「企業ニーズを引き出すアドバ
イザー対応」でも2番目に挙げられた「信頼関係の構築」であった。次いでTLO特
有の項目である「先生、大学を売り込む」が続いたが、その内容は大学、先生の
持っている幅広い知識、施設等の利用を前面に出すことである。続いて「シーズ
紹介からニーズ」を引き出す、「自由に話す雰囲気」、「リピート訪問」等は、地域
の特許流通ADも実践しているニーズ把握のための共通のコツである。
【
図
8-9
】
ニーズ把握のコツ
6
5
意
見
数
4
3
2
1
0
信
頼
関
係
の
構
築
ニシ
ーー
ズズ
紹
介
か
ら
リ
ピ
ー
ト
訪
問
売先
り生
込、
む大
学
を
現
場
を
見
る
事
前
準
備
自
由
に
話
す
雰
囲
気
提
案
そ
の
他
8)契約交渉支援
大学、TLOシーズと企業ニーズとが一致すると、特許流通の最終段階である、契約
交渉に入る。特許流通ADは通常、複数の案件を同時並行的に取り扱っているの
で、企業にシーズ紹介した段階から契約段階にある案件を、何件持っているかに
ついて調査を実施した。その結果、10件が最も多く、平均は6.8件であった。
また、同時並行的に取り扱える案件数は10件が限度であり、それ以上は無理との
意見が多かった。また、成約に至るまでに、企業とTLOは何回か会議を重ねること
になるが、その回数について調査したところ、3回から5回との回答が多く、平均
値は3.7回であった。さらに、最初の企業訪問から、成約に至るまでの期間を調査
したところ、図8-10に示されるように、平均で約4.3か月となった。
-36-
【
図
8-10
】
マッチングから成約に至る期間
TLOの特許流通活動においては、海外との取引も多く、調査によると約60%のTLO
で海外へのシーズ紹介を経験していることが分かった。
契約において、最も問題となる項目を調査したところ、特許料が圧倒的に多いこ
とが分かった。これをどのように処理するかを含め、契約を成功させるコツにつ
いて、特許流通ADに調査した結果を図8-11に示す。
【
図
8-11
】
契約を成功させるコツ
最も多い意見は、「説得理論の準備」であった。これは、複数の回答シナリオを用
意して、譲れる点、譲れない点などを、予め明確にしておくことを意味する。次
の「信頼関係の維持」は、企業の立場を考慮して、(TLO/先生/大学)と企業と
の信頼関係を維持しつつ、誠実に案件を推進することである。「粘り強く率直に対
応」は、企業の要望を十分に聴き、こちらの要望も言って、焦らず、諦めず妥協
点を見出すことである。「タイミングよくフォロー」は、企業が前向きになってい
るタイミングで一気に詰めることである。「大学のメリットをPR」は、大学ならで
はの知の集積、共同研究、施設などを利用できるメリットをPRすることである。
-37-
また、地域における特許流通と同様に、契約交渉において当事者間の意見が違っ
た場合に、特許流通ADの取るべき対応を調査した結果を図8-12に示す。
最も意見の多かったのは、「先生、大学を利用」することであり、大学や先生の客
観的な考えを説明したり、大学を利用することのメリット等をPRすることである。
「柔軟に対応」は、特許料などの金額、契約条件など、譲れる部分は柔軟に譲る
ことである。そして、「Win-Winの妥協点を探る」ことが重要であるが、それは企
業の事業計画を考えて、企業が乗れる線に落ち着ける事である。
また、「話し合いにより妥協点を探る」は、腹を割って話し合い、同じ土俵に立っ
て合理性を検討し合い、妥協点を見出すことである。
【
図
8-12
】
当事者間の意見が違う場合のアドバイザー対応
-38-
9.特許流通ベストプラクティス
1)地域における特許流通ベストプラクティス
図9-1に地域の特許流通ADが、特許流通を成功させる上で最も重要な要素として
上げた意見を集約した結果を示す。これを特許流通ベストプラクティスと呼ぶこ
とにすれば、特許流通ベストプラクティスの第一は「良いシーズ」であり、以下
「やる気社長、元気企業」、「ネットワーク」、「信頼関係の構築」、「アドバイザー
の意思、積極性」、「下流業務のネック解消」、「特許流通への習熟」、「アドバイザ
ー能力、人間性」となった。以下にその内容についてのアドバイザーの意見を紹
介する。
【
図
9-1
12
】
地域における特許流通ベストプラクティス
11
9
10
意 8
見 6
数 4
5
5
4
4
3
2
A D能 力 、
人間性
特 許 流 通 への
習熟
下流業務 の
ネ ック 解 消
A D の意 思 、
積極性
信頼関係 の
構築
ネ ット ワ ー ク
やる気 社 長 、
元気企業
良 いシー ズ
0
2
特許流通ADの経験に基づく「良いシーズ」とは、完成度が高く、追加研究を必要
としないシーズ。できれば使用実績があるシーズ。そのシーズを活用した商品イ
メージが明確で、市場が判り易いもの。導入企業の技術、設備で対応し易く、導
入企業の保有する市場、販路に近いもの。また、即製品化できるシーズが、中小
企業にとっては受け入れやすい。
「やる気社長、元気企業」のうち「やる気社長」は、アグレッシブでチャレンジ
精神に富んだ、新規事業に意欲のある社長で、世の中の大局を踏まえたビジョン
を持っており、人の技術にも敬意を表する柔軟性があり、特許流通も自ら先頭に
立って推進する、そういう社長を指す。「元気企業」は、そう言うトップを持ち、
ビジョン、自立心があり自助努力する企業、技術指向の企業のことであり、こう
いう企業はライセンサーとしても、ライセンシーとしても好適である。
「ネットワーク」は、特許流通には不可欠な要素であり、ライセンサーを探すに
も、ライセンシーを探すにも、自分だけのネットワークには限界があり、多くの
人、様々な企業、機関との連携、ネットワークが、特許流通を成約へと導く。「信
頼関係の構築」は、特許流通の基本であり、信頼関係が構築されないと特許流通
は起こらない。
特許流通ベストプラクティスのうち、上位4項目、即ち、「良いシーズ」、「やる気
-39-
社長/元気企業」、「ネットワーク」、「信頼関係の構築」は、結局「よい企業」に
集約される。
というのは、「良いシーズ」を持っているのも、「ネットワーク」を結ぶべき相手
も、「信頼関係」を構築すべき相手も、総て「よい企業」だからである。まさに特
許流通の主役は企業であり、良い企業との出会いが、ニーズ/シーズの発掘、マ
ッチングへと繋がってゆくのである。
では、良い企業と出会うにはどうすればよいか?
特許流通ADの意見を集約すると、ベンチャー企業グループ、異業種交流会などに
参加している企業、地域の商工会、商工会議所、銀行、公設試などの研究会、交
流会等に参加している企業、地域のイベントや特許流通フェアに出展、参加して
いる企業、地域の各種助成金、補助金、支援策などを利用している企業、テレビ
や新聞などのマスメディアに取り上げられた企業等である。
2)TLOにおける特許流通ベストプラクティス
TLOの特許流通ADに、特許流通を成功させる重要事項は何かを聞いた結果を図9-2
に示す。
【
図
意
見
数
9-2
20
18
16
14
12
10
8
6
4
2
0
企
業
ニ
ー
ズ
の
把
握
】
良
い
シ
ー
ズ
の
発
掘
TLOにおける特許流通ベストプラクティス
良
い
企
業
へ
の
紹
介
信
頼
関
係
の
構
築
上
手
い
P
R
方
法
共
同
研
究
を
狙
う
発
明
者
の
関
与
他
の
案
件
推
進
法
そ
の
他
地域の場合と同じく、最も意見の多かったのは「良いシーズの発掘」であり、し
かも特別な多さであった。次いで「上手いPR方法」、「発明者の関与」はTLO特有の
問題であるが、続く項目「良い企業への紹介」、「信頼関係の構築」などは地域と
同様であった。それぞれの項目に関するアドバイザーの意見を以下に紹介する。
「良いシーズ」に関するアドバイザーの意見は、完成度の高い、新規性、市場性
のあるシーズ、誰もやっていないシーズなどであった。
「上手いPR方法」は、分かり易い説明資料のほか、発明を見える形(サンプルの製
作、視覚化など)にしたり、特に新聞等のメディアを利用したPR方法などを
指す。
-40-
「発明者の関与」は、大学/TLOならではの要素で、発明者自身が発明の用途、関連
企業、担当者等を知っている場合があるためであり、また、社会的信用の高い大
学や発明者の幅広い協力、施設の利用等が事業化に大きな役割を果たすためであ
る。
「良い企業への紹介」、「信頼関係の構築」は、地域における特許流通と共通する
項目である。
「良い企業への紹介」は大学の場合、発明者がその情報を持っている可能性が高
いこと、大学と企業は基本的に「Win –Win」関係にあり、ライバル関係には無い
ことなどの事情があり、地域の場合より有利となる。
「信頼関係の構築」ができないと特許流通が起こらないことは、地域もTLOも同じ
であり、依頼事項へのクイック・レスポンス、誠実な対応等が必要である。
-41-
10.特許流通促進事業の成果分析
1)シーズの完成度
図10-1に特許流通したシーズ案件の、流通時点での完成度を調査した結果を示
す。事業化済みなど完成度の「高い」シーズが54%と約半数あるが、試作品デー
タのみ、実験データのみといった必ずしも完成度が高いとはいえない「普通」の
シーズも43%と半数近くあり、アイデア、構想のみの「低い」シーズはさすがに3
%と少なかった。これは、企業が自らの技術力のある分野においては、リスクを
取っても利益追求にチャレンジすることを示しており、アイデア、構想のみの「
低い」案件(3%)や必ずしも完成度が高いとはいえない「普通」の案件(43%)
は、企業がリスクをカバーできると判断した結果である。
「リスクのあるシーズで
も、ニーズに合致すれば流通する」ことも特許流通の一側面である。
【
図
10-1
】
流通したシーズの完成度
2)成約シーズが適用された事業分野
図10-2は、流通シーズがライセンシーのどの様な事業分野に適用されたかを示
す。最も多いケースは特許流通シーズが、その企業にとっての既存事業における
新商品、新技術として適用された場合であり、その割合は58%であった。一方、
企業の新規事業として適用された場合は、32%と2番目に多かった。中小企業に
とっては、リスクの多い新規事業よりも、既存分野を強化するために特許流通を
活用することが、より受け入れ易い選択であることが分かった。
【 図 10-2 】 成約シーズが適用された事業分野
-42-
3)流通シーズの権利化状況
特許流通したシーズ案件の、流通時点での権利化状況を図10-3に示す。図より、
地域の場合は、登録特許42%、公開済み30%、出願済み25%という結果であっ
た。これは、通常、シーズ案件は基本特許と複数の周辺特許、応用特許等より成
るパッケージとして、一括して取り扱われ流通する場合が多く、その中には、登
録特許もあれば、公開済み、出願済みのものも含まれているためである。
一方、TLO案件では、特許出願した案件は公開や登録を待たずに流通対象として扱
われるため、公開と未公開が約半々を占めた。
【
図
10-3
】
成約時点での特許の審査段階
4)成約時点における販路の確保
図10-4には、シーズ案件の成約時点において、販路の確保が出来ていたか、いな
かったかの割合を示す。販路が確保できていたケースが55%、出来ていなかった
ケースが45%であり、ほぼ半々と言う結果であった。
特許流通において、販路の確保は重要課題であり、販路が確保できない場合は、
ビジネスの中止に追い込まれる場合もある。従って、「販路アドバイザー」、「マー
ケティング・アドバイザー」等、販路の確保について支援する人材が、地域に配
置されている場合は、これらの人材を活用する必要がある。
【 図 10-4 】 成約シーズの販路は契約時点で
これ か ら
開拓
45%
既にある
55%
-43-
5)成約案件の現在の状況
「成約案件の現在の状況」は、平成17年度にそれまでの成約案件、約6000件につい
て調査分析した結果の一部である。図10-5に示されるように、現在の状況は契約
の種類によって異なり、代表的な契約である「特許実施権許諾契約」の場合は、
実用化され「製品販売中」が45.9%と最も多く、次いで「実用化に向けて製品開
発中」が24.1%を占めた。また、「特許技術の内容を検討中」のものが9.4%あっ
たほか、「事業の断念・契約の解消・特許の放棄」が11.3%あったことも判明した
。「秘密保持契約」の場合は、ライセンス契約等への進展が期待されたが、「製品
販売中」は3.0%と少なく、逆に「事業の断念・契約の解消・特許の放棄」が43.3
%もあり、事業化への進展は余り見られなかった事が分かった。また、「オプショ
ン契約」は、ある期間後にライセンス契約等へ進展するかどうかを決定する契約
であるが、調査によると「製品販売中」は5.9%と少なく、「事業の断念・契約の
解消・特許の放棄」が39.7%もあり、契約後の進展は余り見られなかった事が分
かった。
【
成約内容
特許権実施
許諾契約(n=446)
特許権譲渡契約
(n=66)
秘密保持契約
(n=319)
0%
部品・製品の
提供契約(n=16)
ノウハウ提供契約
(n=30)
10-5
9.4%
40%
60%
13.2%
12.7%
13.0%
10.0%
5.9%
11.1%
20.0%
不実施補償契約
(n=50)
35.3%
6.9%
14.7%
9.1%
26.7%
27.3%
23.5%
37.9%
特許技術の内容を検討中
製品販売中
その他
18.2%
15.6%
22.2%
13.3%
5.9%
24.8%
39.7%
33.3%
9.2%
8.8%
43.3%
3.0%
44.2%
36.4%
13.8%
30.9%
20.6%
19.1%
100%
11.3%
41.2%
16.1%
11.1%
80%
45.9%
24.1%
技術指導契約
(n=22)
その他(n=29)
成約案件の現在の状況6)
】
20%
オプション契約
(n=69)
共同研究・開発
(n=74)
図
22.2%
30.0%
13.6%
21.6%
24.1%
9.1%
9.8%
13.6%
9.8%
17.2%
実用化に向けて製品開発中
事業化の断念・ライセンス契約の解消・特許の放棄
(情報・研修館「特許流通促進事業の成約に関する調査・分析」
(06.09.01)
)
6)成約後の課題
図10-6に、成約後の課題を示す。
「成約後の課題」で最も多いのは、「製品化に向けた応用開発やノウハウの移転」(
24.2%)であることが分った。これは、特許流通してもまだ製品化に向けた詰めが
必要である現実を示している。次いで、ほぼ同じ比重で「販売、製品PR、販路開拓」
(24.0~25%)が続き、さらに、事業化には不可欠の要素である「製造・生産体制
の構築」(13.5%)、「事業化のための資金調達」(9.8%)などが、課題であることが
分った。従って、特許流通後も事業化に向けたこうした支援が必要である事を示唆
するものである。
-44-
【
図
10-6
0%
】
成約後の課題6)
10%
20%
製品化に向けた
応用開発(技術開発)や、
ノウハウの移転
24.2%
25.1%
24.0%
11.0%
13.5%
製造・生産体制の
構築
9.6%
9.8%
事業化のための
資金調達
特許侵害など紛争への
対応
40%
11.9%
販売、製品PR、
販路開拓
相手方の契約履行の
確認
30%
8.8%
3.0%
4.9%
2.8%
(情報・研修館「特許流通促進事業の成約に関する調査・分析」
(06.09.01)
)
-45-
利用・引用文献リスト
1)(独)工業所有権情報・研修館 平成18年度報告書「米国の技術移転市場に関する調
査研究」
(平成19年7月9日)
2)(独)工業所有権情報・研修館平成19年度報告書「西欧における技術移転市場の動
向に関する調査」(平成20年5月12日)
3)(独)工業所有権情報・研修館インターネットホームページ
「特許流通促進事業について」
(http://www.ryutu.inpit.go.jp)
4)(独)工業所有権情報・研修館インターネットホームページ
「特許流通促進事業の成果について」
(http://www.ryutu.inpit.go.jp)
5)特許庁平成11年度報告書「特許流通促進施策のフォローアップ調査」
(平成12年3月)
6)(独)工業所有権情報・研修館報告書「特許流通促進事業の成約に関する調査・分
析」
(平成18年9月1日)
7)(独)工業所有権情報・研修館報告書「都道府県における特許流通ADを取り巻く状
況―特許流通ADの連携実態」(平成18年5月18日)
-46-
特
許
庁
©2009
執筆協力:千代田ユーテック㈱
主任研究員 柏 原
調査研究部
英 勝
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